崎門学脈系譜(山崎闇齋門下)
 

この系譜図は岡直養が昭和15年に編集したものに若干の補正を加えたものである。岡氏の跋に、彼の編んだ「崎門学脈系譜」は楠本碩水が明治36年に編んだものを、内田遠湖と岡直養が補録し、池上幸二郎や関田駒吉など、多くの人の捃摭によって完備されたとある。私が参考にしたのは梅沢芳男氏自用本であり、彼もまた編集に参加した一人である。


山崎闇齋 名は嘉、柯。小字は長吉。字は敬義。号は垂加霊社。嘉右衛門と称す。京都の人。近江伊香立郡に生まれる。天和2年(1682)9月16日没。年65。
 ├ 佐藤直方 別出。
 ├ 淺見絅齋 別出。
 ├ 三宅尚齋 別出。
 ├ 永田養庵 字は在明。備後福山藩儒臣。
 ├ 植田艮背 名は成章。字は玄節。別号は動山、因齋。父は淡久。京都の人。安芸広島藩に仕える。享保20年(1735)2月23日没。年85。
 │ ├ 植田愼齋 名は成之。伊助、三大夫と称す。字は玄仙。別号は李蹊、樂知。本姓は金子。植田艮背の養子。広島藩侍儒。元文3年(1738)6月2日没。年57。
 │ │  └ 植田千之 名は成己。久平と称す。植田愼齋の第二子。広島藩侍儒。明和9年(1772)4月17日没。年58。加藤十千にも学ぶ。
 │ │     └ 植田含翠 名は成コ。守衛と称す。植田千之の子。広島藩侍儒。文化9年(1812)5月6日没。年65。加藤十千にも学ぶ。
 │ │        ├ 植田成彦 太郎一と称す。本姓は駒井。植田含翠の養子。広島藩儒。天保3年(1832)7月12日没。年54。
 │ │        └ 植田勿齋 名は靜正。孝蔵と称す。植田千之の第二子。広島藩儒。天明8年(1788)9月11日没。年31。加藤十千にも学ぶ。
 │ │          └ 植田復齋 名は淑。周助と称す。本姓は東氏。植田勿齋の養子。広島藩儒。文化14年(1817)2月25日没。年50。植田含翠にも学ぶ。
 │ │             └ 植田兼山 名は贊。字は子襄。贊三郎と称す。別号は盧峯、悠庵。植田復齋の第三子。広島藩儒。慶応3年(1867)2月16日没。年58。
 │ │               ├ 植田寸碧 名は豐。字は開大。豐太郎と称す。別号は果庵、植田兼山の子。広島藩儒。明治10年(1877)4月13日没。年35。
 │ │               └ 植田成山 名は成亮。成次郎と称す。植田兼山の第三子。広島藩儒。慶応3年(1867)12月27日没。年21。
 │ ├ 加藤缶樂 名は友u。次郎左衛門、新右衛門と称す。別号は守直。加藤十千の父。安芸郡海田市の人。元文3年(1738)9月18日没。年66。
 │ ├ 加藤十千 名は友コ。好謙、後に孫三と称す。別号は豈苟。安芸郡海田市の人。広島藩に仕える。安永7年(1778)7月7日没。年80。
 │ │  ├ 橋本寛栗 名は知義。字は子中。榮蔵と称す。別号は培根堂。尾道の人。寛政5年(1793)8月15日没。年56。
 │ │  ├ 香川正直 將監と称す。安芸郡矢野の人。八幡宮社司。寛政9年(1797)10月17日没。年76。
 │ │  ├ 加藤靜古 名は兼次。甲次郎と称す。加藤十千の次子。広島藩儒。安永7年(1778)6月6日没。年42。
 │ │  ├ 金子樂山 名は忠福。源内と称す。広島藩儒。金子霜山の祖父。文化2年(1805)5月9日没。年87。
 │  │  │  └ 金子華山 名は忠房、後に忠周。字は君郁。希三と称す。金子樂山の長子。広島藩儒。文化13年(1816)12月16日没。年55。
 │  │  └ 加藤定齋 名は友諒。三平と称す。別号は中瀬。本姓は清水。加藤十千の養孫。広島藩儒。天保6年(1835)4月4日没。年80。
 │  │      ├ 加藤棕廬 名は景纉。字は君緒。太郎三と称す。別号は肯堂。加藤定齋の子。広島藩儒。嘉永4年(1851)8月23日没。年62。
 │  │      ├ 湯淺花崖 名は復。字は子享。東左衛門と称す。広島藩儒臣。天保9年(1838)4月18日没。年58。
 │  │      └ 金子霜山 名は濟民。字は伯成。コ之助と称す。号は勉盧。広島藩儒。慶応1年(1865)8月2日没。年77。
 │  │          ├ 曾我勉齋 名は祐申。多賀八と称す。本姓は岡本。美濃恵那郡日比野の人。苗木藩に仕える。明治14年(1881)5月19日没。年57。
 │  │          └ 梅園介庵 名は昭卿。字は造甫。順次郎、後に順造と称す。別号は有春、梅叟。本姓は平木氏。広島藩儒臣。明治21年(1888)2月6日没。年74。
 │ ├ 鹽谷志帥 名は貞敏。玄龍、後に道碩と称す。別号は鳳洲。安芸賀茂郡竹原の人。明和1年(1764)10月18日没。年62。
 │  │  ├ 唐崎赤齋 初めの名は信コ。右近、後に八百道と称す。字は士愛、實愛。常陸介と称す。唐崎辛齋の子。竹原磯宮祠官。寛政8年(1796)11月18日屠腹。年60。谷川士清にも学ぶ。
 │  │  ├ 頼 春水 名は惟寛。字は伯栗、千秋。彌太郎と称す。竹原の人。広島藩儒。文化13年(1816)2月19日没。年71。父は惟清、号は亨翁。
 │  │  └ 頼 春風 名は惟彊。字は千齡。松三郎と称す。頼春水の弟。広島藩儒。文政8年(1825)9月12日没。年73。
 │  ├ 木原一要 安芸賀茂郡三津の人。
 │  ├ 村田深齋 広島藩の臣。
 │  ├ 野村u庵 広島藩の臣。
 │  └ 磯邊昌言 名は咸令、勘介。一左衛門、莊左衛門と称す。字は子愈。号は麗澤、約軒。京都の人。稲葉氏に仕える。佐倉及び淀に住む。元文3年(1738)5月10日没。年70。
 ├ 遊佐木齋 名は好生。養順、後に清左衛門、次郎左衛門と称す。号は季齋。仙台藩儒。享保19年(1734)10月17日没。年77。
 │  ├ 佐久間洞巖 名は義和。字は子ー。本姓は新田。別号は容軒、太白山人。彦四郎(彦九郎)と称す。仙台の人。仙台藩に仕える。能書。元文1年(1736)2月11日没。年84。
 │ ├ 佐久間義方 字は共之、子直。喜内と称す。佐久間洞巖の長子。宝永1年(1704)10月28日没。年28。
 │  ├ 國分悔愆 名は盛之。彦次郎、傳右衛門と称す。陸前登米郡の人。天明2年(1782)3月16日没。年82。
 │ ├ 遊佐毅齋 名は好篤。運蔵と称す。別号は梅隱。本姓は長谷川。遊佐木齋の養子。宝暦14年(1764)6月3日没。年71。
 │ ├ 菅原南山 名は茂實。字は子英。新内と称す。号は居易。仙台の人。天明2年(1782)没。年82。
 │ ├ 高橋玉齋 名は以敬。與右衛門と称す。仙台藩儒員。宝暦12年(1762)3月15日没。年78。
 │ │  ├ 高橋周齋 名は以仲、時行。字は修甫。治平と称す。高橋玉齋の長子。仙台藩儒臣。寛政4年(1792)10月28日没。年76。
 │  │  ├ 高橋容齋 名は有則。義蔵と称す。別号は東溪。高橋玉齋の次子。仙台藩儒臣。享和3年(1803)2月16日没。年78。
 │  │  └ 鈴木篤齋 名は善尹。字は長溪。百助と称す。陸前名取郡の人。一関藩田村村隆に仕える。仙台藩儒。享和1年(1801)6月23日没。年71。
 │  ├ 新井滄洲 名は義質。字は子敬。彦四郎と称す。佐久間洞巖の季子。仙台藩儒。寛政4年(1792)4月16日没。年79。
 │  │  └ 新井瀛洲 名は義路。字は子正。彦七と称す。別号は龍潭。新井滄洲の長子。仙台藩儒。享和3年(1803)7月25日没。年49。
 │  ├ 蜂屋惺齋 名は可敬。又三衛門と称す。仙台藩儒。享保12年(1727)3月8日没。年67。
 │  └ 松木椿園 名は理景。佐一郎(太郎)と称す。仙台の人。宝暦11年(1761)2月26日没。年88。
 │      └ 木村覺左衛門 名は景盛。仙台の人。神道を木内義門にも学ぶ。
 ├ 田邊整齋 名は希賢。字は淳甫。喜右衛門と称す。私諡は恭懿。京都の人。田邊晉齋の父。仙台藩儒。元文3年(1738)10月1日没。年86。
 ├ 淺井琳庵 名は重遠。萬右衛門と称す。近江の人。園部藩の臣。享保2年(1717)没。年60。
 │  └ 田邊晉齋 名は希文。字は子郁。喜右衛門と称す。別号は翠溪。私諡は守正。京都の人。仙台藩に仕える。安永1年(1772)12月12日没。年81。
 ├ 深井秋水 名は政圓。字は得繇。主膳と称す。土佐の人。江戸に住む。享保8年(1723)6月27日没。年82。
 ├ 近藤市郎右衛門 肥前の人。
 ├ 矢野拙齋 名は義道。理平と称す。伊予西條の人。後に改姓して山中久右衛門。享保17年(1732)1月12日、江戸にて没。年71。
 │  ├ 矢野道坦 字は貞甫。丹右衛門と称す。号は容齋。矢野拙齋の子。明和1年(1764)7月11日没。年67。後に三宅尚齋に学ぶ。
 │  └ 籾木常證軒 名は武眞。與左衛門と称す。日向佐土原藩士。安永8年(1779)5月21日没。年70。子は武主、武備。
 │      └ 籾木剛齋 名は繩武。剛一郎と称す。武主の子。御牧赤報に受業す。学習館助教。文政11年(1828)6月2日没。年59。
 │          └ 籾木慥齋 名は武經。籾木剛齋の子。山口菅山に受業す。学習館学頭。明治23年(1890)6月23日没。年78。
 ├ 桑名黙齋 名は松雲。字は子石。養節、後に十右衛門と称す。京都の人。仙台藩に仕える。享保16年(1731)没。年83。
 │  ├ 栗山潛峰 名は愿。字は伯立。源介と称す。別号は拙齋。初め長澤成信と称す。山城淀の人。水戸藩に仕える。宝永3年(1706)4月7日没。年36。尚仁親王侍講。
 │  └ 桑名元春 十郎右衛門と称す。桑名黙齋の子。阿部氏に仕える。
 ├ 正親町從一位 姓は藤原。名は公道。号は風水軒、白玉霊社。権大納言。享保18年(1733)7月11日没。年81。
 ├ 保科中將 名は正之。号は土津霊社。会津藩主。近衛中将。肥後守。寛文12年(1672)12月18日没。年62。
 ├ 土御門二位 名は泰福。享保2年(1717)6月17日没。年63。
 ├ 野々宮中納言 名は定基。号は松堂。中院通茂の次子。中納言。正徳1年(1711)6月29日没。年43。
 ├ 中院宰相 名は通躬。中院通茂の長子。右大臣。元文4年(1739)12月3日没。年72。
 ├ 井上河内守 名は正利。遠江横須賀城主。後に常陸笠間に移る。延宝3年(1675)11月8日没。年70。
 ├ 加藤美作守 名は泰義。号は省齋。伊予大洲藩主。寛文8年(1668)3月8日没。年40。
 ├ 小出備前守 名は英安。号は靜齋。但馬出石藩主。元禄4年(1691)12月26日没。年55。
 ├ 林山三郎 名は敬勝。寛文6年(1666)に生まれる。後に艮背に学ぶ。
 ├ 雲川春庵 名は弘毅。治兵衛と称す。別号は勞謙齋。
 ├ 藤井懶齋 初めは眞邊仲庵。名は蔵。字は季廉。一号は伊蒿子。京都の人。久留米藩に仕える。洛西鳴瀧村に住む。宝永6年(1709)7月12日没。年93。
 │  └ 臼田畏齋 名は可久。次郎介と称す。本姓は阪口。備前の人。元禄3年(1690)10月7日没。年46。
 ├ 大森固庵 会津の人。
 ├ 戸田又十郎 初めは片岡友謙。莊内藩主酒井左衛門尉忠眞に仕える。
 ├ 澀川春海 名は都翁、土守。字は順正。助左衛門と称す。旧姓は保井。名は算哲。幕臣。正徳5年(1715)10月6日没。年77。
 ├ 福島新之丞 外宮御師。
 ├ 野中主計 
 ├ 谷秦山 名は重遠。丹三郎と称す。土佐の人。享保3年(1718)6月30日没。年56。淺見絅齋にも学ぶ。
 │  ├ 山内規重 主馬と称す。号は畏齋。土佐藩老。享保6年(1721)8月29日没。年40。淺見絅齋にも学ぶ。
 │  ├ 乾 矩庸 土佐の人。貞享1年(1684)7月没。
 │  ├ 野中繼業 野中繼善ともある。希四郎と称す。野中兼山の第三子。土佐の人。元禄11年(1698)4月17日幽死。年42。
 │ ├ 依光伊兵衛 土佐の人。元禄12年(1699)5月13日自刃。
 │ ├ 小原正明 善助と称す。土佐の人。元禄15年(1702)5月19日没。年61。
 │ ├ 安東郷東 半兵衛と称す。土佐の人。宝永1年(1704)10月10日没。
 │  ├ 傍士正直 土佐の人。宝永2年(1705)2月13日没。年31。
 │  ├ 市原辰中 段二郎と称す。土佐の人。宝永2年(1705)2月19日没。年31。
 │  ├ 高橋充長 高橋充良ともある。務兵衛と称す。土佐の人。宝永6年(1709)5月23日没。年36。
 │  ├ 池 敬之 文蔵と称す。土佐の人。正徳1年(1711)9月1日没。年28。
 │  ├ 富永成是 專右衛門と称す。土佐の人。享保7年(1722)5月4日没。年70。
 │  ├ 野中 婉 号は安履亭。野中兼山の三女。土佐の人。享保10年(1725)12月29日没。年65。
 │  ├ 奥宮正明 藤九郎と称す。号は爲山。土佐の人。享保11年(1726)3月24日没。年48。
 │  ├ 西村佐五丞 土佐の人。享保13年(1728)8月20日没。
 │  ├ 西村得正 新五右衛門と称す。土佐の人。享保18年(1733)11月18日没。年54。
 │  ├ 板垣只介 喜右衛門と称す。土佐の人。元文3年(1738)8月20日没。
 │  ├ 松下長敬 太右衛門と称す。土佐の人。元文5年(1740)2月17日没。年56。
 │  ├ 齋藤實純 平兵衛と称す。土佐の人。元文5年(1740)7月12日没。
 │  ├ 高橋正充 太兵衛と称す。高橋充長の弟。土佐の人。宝暦3年(1753)9月15日没。年76。
 │  ├ 安養寺禾麿 幸之丞と称す。号は陽山。土佐の人。明和4年(1767)7月16日没。年71。
 │  ├ 松尾利正 彦太郎と称す。土佐の人。明和6年(1769)8月13日没。年87。
 │  ├ 本山操之 總兵衛と称す。土佐の人。明和6年(1769)11月1日没。年88。
 │  ├ 入江正雄 彌内と称す。土佐の人。天明4年(1784)6月15日没。年86。
 │  ├ 渡邊 復 曾源次と称す。土佐の人。安永6年(1777)12月8日没。
 │  ├ 松本守眞 源八、後に彈右衛門と称す。土佐の人。
 │  ├ 澤田弘列 十四郎と称す。土佐の人。宝暦1年(1751)没。
 │  ├ 竹内常成 土佐の人。
 │  ├ 竹内康次 土佐の人。竹内常成の弟。
 │  └ 西原惟正 土佐の人。
 ├ 黒岩慈庵 名は恒。別号は震翁、東峯。土佐の人。土佐藩儒。後に福岡藩に仕える。宝永2年(1705)6月21日没。年79。
 │  └ 桂井素庵 健、伯、後に光實、新助、三郎と称す。号は居易齋、艮山、東溪、東谷。土佐の人。宝永3年(1706)5月26日没。年55。
 ├ 辛島古淵 名は道珠。字は之實。熊本藩儒。元禄6年(1693)7月22日没。年63。
 │  └ 辛島朴庵 名は貞次。道專と称す。辛島古淵の長子。
 ├ 野野山四郎兵衛 松平(戸田)丹波守光永に仕える。
 ├ 槇 元眞 七郎右衛門と称す。美濃の人。加納藩主松平丹波守光重に仕え、後に第二子戸田光正の家宰となる。元禄4年(1691)夏没。子の元勝、孫の秀武は迂齋に学ぶ。
 ├ 鵜飼錬齋 名は眞昌。字は子欽。金平と称す。鵜飼石齋の次子。京都の人。水戸藩に仕える。元禄6年(1693)4月11日没。年61。
 │  └ 鵜飼稱齋 名は眞泰。字は子雅。權平と称す。鵜飼錬齋の弟。水戸藩に仕える。享保5年(1720)8月18日没。年69。
 ├ 高田未白 名は正方。号は白翁。備中の人。
 ├ 東知退翁 
 ├ 楢崎正員 忠右衛門と称す。備後三原の薬商。元禄9年(1696)6月9日没。年77。
 │  └ 淺野忠義 甲斐守と称す。広島藩老。三原第四代城主。享保15年(1730)1月10日没。年64。植田艮背にも学ぶ。
 ├ 楢崎正之 楢崎正員の弟。備後三原の人。
 ├ 楢崎正重 善兵衛と称す。楢崎正員の子。
 ├ 戸田勝政 備後三原城代。
 ├ 生駒直正 備後三原城代。
 ├ 湯淺三夕 備後の人。
 ├ 伊藤正茂 備後の人。
 ├ 秦 重金 備後三原祠官。
 ├ 行武重治 備後の人。
 ├ 河重屋コ兵衛 備後三原商人。
 ├ 友松南翁 名は氏興。勘十郎と称す。号は忠彦霊社。土佐の人。会津藩老。貞享4年(1687)2月29日没。年66。
 │  └ 安西慶安 平吉と称す。会津の人。延宝6年(1678)8月晦日没。年27。
 ├ 中島道因 号は春湖。福山藩儒臣。
 ├ 唐崎定信 隼人と称す。安芸竹原の人。
 │  └ 唐崎清繼 主膳と称す。唐崎定信の子。安芸竹原の人。正徳5年(1715)没。高田未白にも学ぶ。
 │      └ 唐崎辛齋 名は信通。字は子濯。織部、後に上總介と称す。唐崎清繼の子。唐崎彦明の兄。竹原の人。磯宮八幡宮祠官。延享4年(1747)5月8日没。年60。鹽谷志帥、鴨桂齋にも学ぶ。
 ├ 梨木(鴨)桂齋 名は祐之。民部と称す。京都下加茂祠官。懸主。享保9年(1724)1月29日没。年65。
 ├ 出雲路民部 姓は春原、板垣氏。名は信直。号は八鹽道翁。京都下御霊祠官。元禄16年(1703)3月20日没。年54。
 ├ 渡邊左京 西宮祠官。
 ├ 小形由齋 
 ├ 川井東村 名は正直。布袋屋與左衛門と称す。大坂の人。京都に住む。延宝5年(1677)11月3日没。年77。
 ├ 伊藤重剛 名は勝。勝兵衛と称す。土佐の人。野中兼山の騎士。
 ├ 安東有u 会津の人。市兵衛と称す。宝暦5年(1755)6月25日没。年84。
 ├ 松岡恕庵 名は玄達。字は成章。号は植鈴翁、怡顔齋。京都の人。延享3年(1746)7月11日没。年79。
 ├ 羽黒養潛 初めは牧野左平治と称す。名は成實。号は迂巷。近江の人。元禄15年(1702)1月11日没。年74。
 │  └ 室 鳩巣 名は直清。字は子禮。新助と称す。江戸の人。享保19年(1734)8月12日没。年77。
 ├ 有賀満武 文左衛門と称す。会津の人。
 ├ 有賀満辰 小一郎と称す。会津の人。有賀満武の弟。宝永4年(1707)2月9日没。
 │  └ 淺岡玄通 淺岡元通ともある。字は宗雄。有賀満辰の第五子。会津儒医。
 ├ 田近竹因 号は恒庵。豊後の人。医者。京都に住む。
 ├ 大伴重堅 近江大津四宮祠官。本姓は守井。左京と称す。宝永1年(1704)2月18日没。出雲路民部にも学ぶ。
 ├ 横田俊u 横田友uともある。会津の人。三平、清四郎と称す。号は三友。元禄15年(1702)正月没。年83。
 ├ 大山爲起 旧姓は松本。左兵衛と称す。号は葦水翁。山城草深稲荷祠官。松山藩に仕える。正徳3年(1713)3月9日没。年63。
 ├ 加藤章庵 名は延雪。一名は絅。字は黙子。源十郎と称す。号は晦養堂、潤黙堂。伊勢洞津に住む。処士。元禄4年(1691)6月7日自刃。年45。
 ├ 清水以義 小兵衛と称す。土佐の人。宝永2年(1705)没。出雲路民部にも学ぶ。
 ├ 貝原u軒 名は篤信。字は子誠。久兵衛と称す。筑前の人。正徳4年(1714)8月27日没。年85。
 ├ 米川操軒 名は一貞。字は幹叔。儀兵衛と称す。京都の人。延宝6年(1678)8月19日没。年52。
 │  ├ 小原丈夫軒 名は正義。字は伯實。善助と称す。美濃加納の人。備前池田光政に仕える。正徳2年(1712)11月6日没。年76。
 │  └ 市浦毅齋 名は惟直。字は季清。清七郎と称す。武蔵の人。備前池田光政に仕える。正徳2年(1712)9月6日没。年71。
 │      ├ 窪田立軒 名は道和。字は重中。紀伊和歌山の人。岡山藩に仕える。享保2年(1717)没。年74。
 │      └ 篠岡謙堂 名は重遠、後に利貞。次郎七郎と称す。備前の人。岡山藩に仕える。
 ├ 秋田三孝 字は宗清。尼崎屋又右衛門と称す。大坂の人。
 ├ 栗原三周 
 ├ 美濃部玄悦 
 ├ 山本義泰 
 ├ 窪 宗季 
 ├ 藤村政直 藤村當直ともある。本姓は久田氏。京都の人。元禄12年(1699)9月17日没。年88。
 ├ 石川 宗 字は隆義。土佐の人。
 ├ 片岡 義 字は正之。義右衛門と称す。土佐藩の臣。野中兼山の騎士。片岡半齋の子。
 ├ 明石行豐 筑前の人。
 ├ 津田信堅 筑前の人。
 ├ 林 玄白 一之進と称す。京都の人。儒医。初め三島亡羊に学ぶ。
 ├ 山脇道圓 名は重顯。字は士晦。京都の人。
 ├ 前田葉庵 名は時敏。字は道通。京都の人。儒医。宝暦2年(1752)11月8日、福井にて没。山脇道圓にも学ぶ。
 │  └ 前田鶴皐 名は誠。字は子立。前田葉庵の季子。福井藩主松平宗矩侍読。宝暦5年(1755)11月9日没。年35。
 ├ 澤田東庵 名は春伯。伊勢の人。
 ├ 藤本衷眞 姓は秦。甚左衛門と称す。伊勢山田の人。
 ├ 小川 定 出羽新城の人。
 ├ 服部文蔵 豊後杵築の人。
 ├ 松下友仙 紀伊の人。
 ├ 湯淺文伯 一左衛門と称す。和泉の人。京都に住む。
 ├ 岡本洞齋 名は節。字は以義。次郎兵衛と称す。京都に住む。
 ├ 松田牧庵 京都に住む。
 ├ 駒井的庵 近江の人。讃岐に住む。医者。元禄5年(1692)1月21日没。
 ├ 川上莘齋 奈良に住む。
 ├ 福島充成 儀左衛門と称す。伊勢山田に住む。
 ├ 岩出未清 名は彌六。伊勢山田に住む。
 ├ 梨木采女 梨木桂齋の弟。
 ├ 西 宮氏 筑後守。
 ├ 河合道節 京都の人。
 ├ 板垣元專 京都の人。
 ├ 吉田玄竹 福山の人。
 ├ 田中文玄 京都の人。
 ├ 市川與一郎 
 ├ 武村市兵衛 京都書肆。号は壽文堂。
 ├ 灘屋與市郎 南部の人。
 ├ 木村伊兵衛 名は元專。京都の人。
 ├ 井上松軒 備中の人。
 ├ 森 玄達 長崎の人。
 ├ 前田道撮 京都の人。
 ├ 船越玄陸 五島の人。
 ├ 井上順碩 明石の人。
 ├ 森 自仙 備後の人。
 ├ 藤田甚七 道悦と称す。京都の人。
 ├ 植田三圭 名は成幸。勝八郎、伊織と称す。植田艮背の兄。伊勢山田の人。京都に住む。慶安3年(1650)生まれ。
 ├ 毛利仙安 京都の人。
 ├ 山崎周悦 備後の人。
 ├ 西村權兵衛 京都の人。
 ├ 永井元順 松坂の人。
 ├ 正井宗順 松坂の人。
 ├ 池田厚順 水口の人。
 ├ 鈴木正誼 重左衛門と称す。神道を学ぶ。
 ├ 渥美平八郎 彦根の人。後に佐藤直方に学ぶ。
 ├ 下村靜安 越後の人。
 ├ 青木養庵 松坂の人。
 ├ 室田三省 明石の人。
 ├ 伊藤可淳 
 ├ 井上齡庵 
 ├ 朝山助三郎 姫路の人。
 ├ 松岡元順 南部の人。
 ├ 杉山四郎兵衛 仙台の人。
 ├ 喜多素庵 備中の人。
 ├ 竹内三郎右衛門 松坂の人。
 ├ 村上友之丞 松坂の人。
 ├ 長野半平 伊勢津の人。
 ├ 丹下宗清 字は元周。京都の人。後に佐藤直方に学ぶ。
 ├ 安井眞祐 初めは僧、後に儒に帰す。
 ├ □□□□
 │  └ 秋篠守道 正徳5年(1715)、安芸倉橋敬長館。
 ├ □□□□
 │  └ 井澤蟠龍 名は長秀。十郎左衛門と称す。肥後熊本の人。藩主に仕える。享保15年(1730)12月3日没。年63。
 ├ 東 林コ 孝七郎と称す。
 ├ 竹富成實 市郎右衛門と称す。
 ├ 合田利貞 次郎五郎と称す。姫路の人。
 ├ 鹽田任庵 字は任安。儒医。土佐の人。
 ├ 濱川 董 
 ├ 西郷頼母 会津藩上大夫。元禄16年(1703)3月25日没。年67。私諡は護忠。
 ├ 青木助之丞 松坂の人。
 ├ 淺岡久平 
 ├ 森川知信 與一郎と称す。後に佐藤直方に学ぶ。
 ├ 山崎 泉 字は子冽。門平、勝蔵、松心と称す。阿波の人。会津藩に仕える。享保19年(1734)10月没。年75。
 ├ 杉田清之 名は源。岩代棚倉の人。
 ├ 山野内山休 伊予の人。初めは僧で、靖月川と称す。
 ├ 野中 千 字は正心。
 ├ 桃川惟一 彦五郎と称す。会津藩士。
 ├ 木村順成 長崎の人。享保12年(1727)10月没。年76。
 ├ 石河有政 又十郎と称す。江戸の人。甲府城代石河貞利の弟。
 ├ 赤井維則 
 ├ 石川次右衛門 土佐の人。
 ├ 安積彦助 名は伊良。土佐の人。天和2年(1682)11月27日没。
 ├ 安積次郎作 名は幸良。安積彦助の弟。土佐藩大目付。宝永1年(1704)7月14日没。
 ├ 衣斐角介 衣斐覺助ともある。名は光清。土佐の人。正徳2年(1712)1月14日没。
 ├ 渡邊武平 土佐の人。
 ├ 青木彌三右衛門 土佐の人。
 ├ 馬淵彌助 土佐の人。元禄5年(1692)2月26日没。
 ├ 山崎半兵衛 名は正明。土佐の人。元禄5年(1692)1月14日没。
 ├ 平野勘助 京都に住む。
 ├ 淺井正達 京都に住む。
 ├ 池野貞八 京都に住む。
 ├ 山田道哲 京都に住む。
 ├ 山田道意 京都に住む。
 ├ 喜多村利春 京都に住む。
 └ 江間惟中 京都に住む。