講学鞭策録

講學鞭策録序
邇者、佐藤丈撮朱子書中關於學術綱領者、輯爲一卷、首以立志之本、繼之以操存精義之方、習慣積熟之致、而以好學論終諸。題曰講學鞭策録。書已繕寫、亟謂余以爲、此書之篇、非他也。聖學之道、朱子所以敎人、闡明備密無復遺蘊矣。然朱子已沒學術浸乖、不特詖淫妖妄之説協起、而雖稱從事于朱子者、夷考其所以爲學、則往往不免與平日之訓背馳矛盾。大率高明疏敏者、毎厭檢束涵養之實而不務。渾厚淳質者、又廢博攷審覈之功而不力。由乎資質所得已如此、而其意智所熟、日見其趣。是以不務者遂離規矩而到乎悉雎、不力者益趨省約而安于固陋。其他不可枚舉。以至於一言之是非一義之取舍、向背從違亦各有所主、而甚者至門專其學、徒阿所好、安排造爲、瞞人自誣、两無所得而後已矣。是正自古之可患者、而近世爲尤甚。以故竊不自量、収録日夕所講究、精確詳的尤切于用力者如此。以欲出入起居携持奉誦、以爲終身之箴。至於同志之共是患者、即亦以此因事、對證反復辨析、以一其歸焉、則將不須強辯多説而彼此交明、自無所容夫資質之偏、意智之私也。是乃今日編録之意、尚恐後日之或忘。盍爲吾識之篇端也。余毎歎意。人生賦壽能逮百年者希矣。其間穉騃戲惰老耄衰懶殆居其半、而天下無無事之人、則其可用力於學者、多不過三二十年、而病累憂故不與焉。倘有從學者、則記問詞藻之好、有害其術、利澤聲名之誘、有奪其志、而世味經歴之熟、又有薫鑠蠧蝕乎其中、則方且淪胥以陷於鄙僻壊墮之域之不暇。而况於望其有得哉。設使有脱然能惡世累俗學之陋、欲有所自立者、然已無明師良友指示輔導之、則雖朱子全書具在、而茫不知門庭塗轍之大端、乃何以得實識固守、及時進脩以不自失乎。如此不但背朱子平日之訓、而眩惑疑似之間、將墜彼詖淫妖妄之説而不自知焉、則其害又復有甚焉者。是豈不可惜之尤。而今一得此編潛心熟復之、則朱子敎人之要、所始乎立志而終乎爲聖者、粲然明該、如白日大路冬縕夏葛、不可得而易、而又不可得而闕矣。由是用力而益及其全書、細考篤踐孜孜不已、則向上所詣、其不可測矣。然則此編之成、爲今日學者之大幸亦豈可勝言也哉。嗚呼士不學則無可言矣。苟有志乎學、不能於此警惺奮勵、而徒郡居終日、聚頭閑議、因循玩愒、取適目前、時馳歳去、大耋將至。其從來所爲所得、適不勝其可悔、而悲歎放曠、直與蠢植糟粕共朽腐而止、則亦殊可恥而又獨何心歟。是又余之所大歎而深懼者。因遂幷書之、以庶幾乎鞭策之益焉。抑猶有可慮者。自今學者讀此編而講之、能有所警勵興起、則誰不一旦勇進直前以有爲也。惟其及乎日復一日進歩稍艱鋭氣微沮、則又安知向之、所謂俗習聲利之急、世味經歴之熟者、不乗虚投間、引己以入鄙僻壊墮之域耶。語曰、愼終如始。又曰、靡不有初、鮮克有終。斯言也、既以自爲誦、而又爲吾丈誦之、又徧爲讀此編者誦之。
貞享甲子九月十五日 浅見安正謹序
【読み】
邇者[ちかごろ]、佐藤丈、朱子書中より學術の綱領に關する者を撮り、輯めて一卷と爲し、首めに志を立つるの本を以てし、之に繼ぐに操存精義の方、習慣積熟の致[むね]を以てして、好學論を以て諸を終る。題して講學鞭策録と曰う。書を已に繕寫し、亟[すみや]かに余に謂いて以爲えらく、此の書の篇、他に非ざるなり。聖學の道、朱子以て人を敎うる所、闡明備密復た遺蘊無し。然るに朱子已に沒して學術浸[ようや]く乖[そむ]き、特[ただ]に詖淫妖妄の説協起するのみならずして、朱子に從事すると稱する者と雖も、其の以て學を爲す所を夷考すれば、則ち往往平日の訓と背馳矛盾するを免れず。大率高明疏敏なる者は、毎に檢束涵養の實を厭いて務めず。渾厚淳質なる者は、又博攷審覈の功を廢てて力めず。資質得る所已に此の如きに由りて、其の意智熟する所、日に其の趣きを見る。是れを以て務めざる者は遂に規矩を離れて悉雎に到り、力めざる者は益々省約に趨りて固陋に安んず。其の他枚舉す可からず。以て一言の是非一義の取舍に至り、向背從違も亦各々主とする所有りて、甚しき者は門其の學を專にし、徒好む所に阿ねり、安排造爲、人を瞞き自ら誣し、两つながら得る所無きに至りて後已む。是れ正に古より患う可き者にして、近世尤も甚しと爲す。故を以て竊かに自ら量らず、日夕講究する所、精確詳的尤も力を用いるに切なる者を収録すること此の如し。以て出入起居携持奉誦して、以て終身の箴と爲さんと欲す。同志の是の患を共にする者に至りては、即ち亦此を以て事に因り、證に對し反復辨析して、以て其の歸を一にせば、則ち將に強辯多説を須[ま]たずして彼此[ひし]交々明らかに、自ら夫の資質の偏、意智の私を容るる所無からんとす。是れ乃ち今日編録の意なるも、尚後日の或いは忘れんことを恐る。盍ぞ吾が爲に之を篇端に識さざる。余毎に歎じ意[おも]う。人生賦壽能く百年に逮[およ]ぶ者希なるを。其の間穉騃戲惰老耄衰懶殆ど其の半ばに居て、天下無事の人無ければ、則ち其の力を學に用うべき者、多くは三二十年に過ぎずして、病累憂故は與らず。倘[も]し學に從う者有れば、則ち記問詞藻の好、其の術を害すること有り、利澤聲名の誘い、其の志を奪うこと有りて、世味經歴の熟する、又其の中に薫鑠蠧蝕すること有れば、則ち方に且つ淪胥して以て鄙僻壊墮の域に陷いること之れ暇あらず。而るを况んや其の得ること有るを望むに於てや。設[たと]い脱然として能く世累俗學の陋を惡み、自立する所有らんと欲する者有らしむとも、然れども已に明師良友の之を指示輔導する無ければ、則ち朱子の全書具[つぶ]さに在りと雖も、茫として門庭塗轍の大端を知らざれば、乃ち何を以て實に識り固く守り、時に及んで進脩して以て自ら失わざることを得んや。此の如きは但朱子平日の訓に背くのみならずして、眩惑疑似の間、將に彼の詖淫妖妄の説に墜ちて自ら知らざらんとすれば、則ち其の害も又復た甚しき者有り。是れ豈惜む可きの尤[ゆう]ならざらんや。而るに今一たび此の編を得て心を潛めて之を熟復せば、則ち朱子人を敎うるの要、志を立つるに始りて聖と爲るに終る所の者、粲然として明かに該[そなわ]ること、白日大路冬縕夏葛の如く、得て易かる可からずして、又得て闕く可からず。是れに由りて力を用いて益々其の全書に及び、細に考え篤踐孜孜として已まざれば、則ち向上して詣[いた]る所、其れ測る可からず。然らば則ち此の編の成る、今日學者の大幸爲るも亦豈勝言なる可けんや。嗚呼士學ばざれば則ち言う可き無し。苟くも學に志有りて、此に於て警惺奮勵すること能わずして、徒らに郡居して日を終え、頭を聚めて閑議し、因循玩愒、適を目前に取り、時馳せ歳去り、大耋將に至らんとす。其の從來爲す所得る所、適[まさ]に其の悔ゆ可きに勝えずして、悲歎放曠、直ちに蠢植糟粕と共に朽腐して止まば、則ち亦殊に恥ず可くして又獨り何の心ぞや。是れ又余の大いに歎じて深く懼るる所の者。因りて遂に之を幷書して、以て鞭策の益を庶幾う。抑々[そもそも]猶慮る可き者有り。今より學者此の編を讀みて之を講じ、能く警勵興起する所有れば、則ち誰か一旦勇進直前して以て爲す有らざらんや。惟其れ日に復一日進歩稍々艱[なや]み鋭氣微しく沮[はば]むに及んでは、則ち又安んぞ向[さき]の謂う所の俗習聲利の急、世味經歴の熟なる者、虚に乗じ間に投じ、己を引いて以て鄙僻壊墮の域に入らざるを知らんや。語に曰く、終りを愼むこと始めの如し。又曰く、初め有らざること靡[な]し、克[よ]く終り有ること鮮し、と。斯の言や、既に以て自ら爲に誦して、又吾が丈の爲に之を誦し、又徧[あまね]く此の編を讀む者の爲に之を誦す。
貞享甲子九月十五日 浅見安正謹序

講學鞭策録
1
問爲學大端。曰、且如士人應舉、是要做官。故其功夫勇猛念念不忘、竟能有成。若爲學、須立箇標準、我要如何爲學。此志念念不忘、功夫自進。蓋人以眇然之身、與天地並立而爲三。常思、我以血氣之身、如何配得天地。且天地之所以與我者、色色周僃。人自汚壞了。因舉萬物皆僃於我、反身而誠、樂莫大焉一章。今之爲學、須是求復其初、求全天之所以與我者、始得。若要全天之所以與我者、便須以聖賢爲標準、直做到聖賢地位。方是全得本來之物而不失。如此、則功夫自然勇猛、臨事觀書常有此意自然接續。若無求復其初之志、無必爲聖賢之心、只見因循荒廢了。因舉孟子道性善、言必稱堯舜一章云。道性善、是説天之所以與我者、便以堯舜爲檨子、説人性善、皆可以爲堯舜、便是立箇標準了。下文引成覵顏淵公明儀之言、以明聖賢之可以必爲。末後若藥不瞑眩、厥疾不瘳。最説得好。人要爲聖賢、須是猛起服瞑眩之藥相似、教他麻了一上了。及其定疊、病自退了。又舉顏子仰之彌高一段。又説、人之爲學、正如説恢復相似。且如東南亦自有許多財賦、許多兵甲、儘自好了、如何必要恢復。只爲祖宗元有之物、須當復得、若不復得、終是不了。今人爲學、彼善於此、隨分做箇好人、亦自足矣。何須必要做聖賢。只爲天之所以與我者、不可不復得、若不復得、終是不了。所以須要講論學、以聖賢爲準。故問學須要復性命之本然、求造聖賢之極。方是學問。然此是大端如此。其間讀書、考古驗今工夫皆不可廢。因舉尊德性而道問學一章。朱子語類百十八下同。
【読み】
學を爲むる大端を問う。曰く、且つ士人の舉に應ずるが如き、是れ官と做らんことを要す。故に其の功夫勇猛にして念念忘れず、竟に能く成すこと有り。學を爲むるが若きは、須く箇の標準を立て、我如何にか學を爲めんことを要すべき。此の志念念忘れざれば、功夫自ら進まん。蓋し人眇然の身を以て、天地と並び立ちて三と爲す。常に思え、我が血氣の身を以て、如何ぞ天地に配し得ん。且つ天地の我に與うる所の者、色色周僃す。人自ら汚壞し了る。因りて萬物皆我に僃わる、身に反りみて誠なれば、樂、焉より大なるは莫しの一章を舉ぐ。今の學を爲むる、須く是れ其の初めに復らんことを求め、天の以て我に與うる所の者を全うせんことを求めて、始めて得べし。若し天の以て我に與うる所の者を全くせんことを要せば、便ち須く聖賢を以て標準と爲し、直に聖賢の地位に做し到べし。方に是れ本來の物を全うし得て失わず。此の如くなれば、則ち功夫は自然勇猛にして、事に臨み書を觀るに常に此の意有りて自然に接續せん。若し其の初めに復らんことを求むるの志なく、必ず聖賢と爲るの心無くんば、只因循として荒廢し了ることを見ん。因りて孟子性善と道う、言えば必ず堯舜を稱すの一章を舉げて云う。性善と道うは、是れ天の以て我に與うる所の者を説く。便ち堯舜を以て檨子と爲し、人の性は善、皆以て堯舜と爲る可しと説き、便ち是れ箇の標準を立て了る。下文に成覵顏淵公明儀の言を引き、以て聖賢の以て必ず爲る可きを明かにす。末後に若し藥瞑眩せざれば、厥の疾瘳えず、と。最も説き得て好し。人聖賢と爲らんと要せば、須く是れ猛起して瞑眩の藥を服すと相似、他をして麻了一上了せしむべし。其の定疊するに及び、病自ら退き了る。又顏子之を仰げば彌々高しの一段を舉ぐ。又説く、人の學を爲むること、正に恢復を説くが如く相似たり。且つ東南の如きも亦自ら許多の財賦、許多の兵甲有りて、儘々自ら好く了り、如何ぞ必ずしも恢復を要せん。只祖宗元有の物、須く當に復し得べく、若し復し得ざれば、終に是れ了せざるが爲なり。今人の學を爲むる、彼此より善く、分に隨い箇の好人と做るも、亦自ら足れり。何ぞ必ずしも聖賢と做るを要することを須いん。只天の以て我に與うる所の者、復し得ざる可からず、若し復し得ざれば、終に是れ了せざるが爲なり。以て須く學を講論し、聖賢を以て準と爲すを要す所なり。故に問學は須く性命の本然に復するを要し、聖賢の極に造るを求むべし。方に是れ學問なり。然るに此は是れ大端此の如し。其の間書を讀み、古を考え今を驗するの工夫皆廢す可からず。因りて德性を尊んで問學に道るの一章を舉ぐ。朱子語類百十八下同。

2
昨日所説爲學大端在於立志必爲聖賢、曾看得人皆可以爲堯舜、道理分明否。又見得我可以爲堯舜而不爲、其患安在。固是孟子説性善、徐行後長之類。然今人四端非不時時發見、非不能徐行、何故不能爲堯舜。且子細看。若見得此分明、其志自立、其工夫自不可已。因舉執德不弘、信道不篤、焉能爲有、焉能爲亡。謂、不弘不篤、不當得一箇人數、無能爲輕重。
【読み】
昨日説く所の學を爲むる大端は志を立てれば必ず聖賢と爲るに在り、曾て人皆以て堯舜と爲る可きを看得て、道理分明なるや否や。又我に以て堯舜と爲る可くして爲らざる、其の患安に在るを見得んや。固より是れ孟子性善、徐行して長に後るの類を説く。然るに今人四端時時に發見せざるに非ず、徐行すること能わざるに非ず、何の故に堯舜と爲ること能わざる。且つ子細に看よ。若し此を見得て分明なれば、其の志自ら立ち、其の工夫自ら已む可からず。因りて德を執ること弘からず、道を信ずること篤からず、焉んぞ能く有りと爲さんや、焉んぞ能く亡しと爲さんやを舉ぐ。謂う、弘からず篤からざれば、當に一箇の人數に得べからず、能く輕重を爲すこと無し。

3
從前朋友來此、某將謂、不遠千里而來。須知箇趣向了。只是隨分爲他説箇爲學大概去、看來都不得力。此某之罪。今日思之。學者須以立志爲本。如昨日所説、爲學大端、在於求復性命之本然、求造聖賢之極致。須是便立志如此、便做去始得。若曰我之志只是要做箇好人、識些道理便休、宜乎、工夫不進、日夕漸漸消靡。今須思量天之所以與我者、必須是光明正大、必不應只如此而止、就自家性分上儘做得去、不到聖賢地位不休。如此立志、自是歇不住、自是儘有工夫可做。如顏子之欲罷不能、如小人之孳孳爲利、念念自不忘。若不立志、終不得力。因舉程子云、學者爲氣所勝、習所奪、只可責志。又舉云、立志以定其本、居敬以持其志。此是五峰議論好處。又舉、士尚志。何謂尚志。曰、仁義而已矣。又舉、舜爲法於天下、可傳於後世、我猶未免爲鄕人也。是則可憂也。憂之如何。如舜而已矣。又舉、三軍可奪帥、匹夫不可奪志也。如孔門亦有不能立志者。如冉求非不説子之道、力不足也、是也。所以其後志於聚斂、無足怪。
【読み】
從前朋友此に來るに、某將に謂わんとす、千里を遠くせずして來たり、と。須く箇の趣向を知りて了すべし。只是れ分に隨い他の爲に箇の學を爲むる大概を説き去き、看み來れば都て力を得ず。此れ某の罪なり。今日之を思う。學者須く志を立つるを以て本と爲すべし。昨日説く所の、學を爲むる大端は、性命の本然に復するを求め、聖賢の極致に造るを求むるに在るの如し。須く是れ便ち志を立つること此の如ければ、便ち做し去きて始めて得。若し我の志は只是れ箇の好人と做し、些の道理を識りて便ち休むを要すと曰えば、宜なるかな、工夫進まず、日夕漸漸として消靡す。今須く天の以て我に與うる所の者は、必ず是れ光明正大なるを須って、必ずしも只此の如くして止まるに應ぜず、自家性分の上に就きて儘く做し得て去き、聖賢の地位に到らざれば休まざるを思量すべし。此の如く志を立て、自ら是れ歇きて住まず、自ら是れ儘く工夫有りて做す可し。顏子の罷れんと欲して能わざるが如く、小人の孳孳として利を爲すが如く、念念自ら忘れず。若し志を立てざれば、終に力を得ず。因りて程子を舉げて云う、學者氣に勝つ所、習に奪う所を爲す、只志を責む可し。又舉げて云う、志を立つるを以て其の本を定む、敬に居り以て其の志を持す。此れは是れ五峰の議論の好き處。又舉ぐ、士は志を尚ぶ。何を志を尚ぶと謂う。曰く、仁義のみ。又舉ぐ、舜は法を天下に爲し、後世に傳う可し、我れ猶未だ鄕人爲るを免れず。是れ則ち憂う可きなり。之を憂うること如何。舜の如くするのみ。又舉ぐ、三軍も帥を奪う可し、匹夫も志を奪う可からず。孔門の如きも亦志を立つこと能わざる者有り。冉求子の道を説かざるに非ず、力足らざるなりの如き、是れなり。以て其の聚斂に志す所、怪しむに足る無し。

4
學者大要立志。所謂志者、不道將這些意氣去蓋他人、只是直截要學堯舜。孟子道性善、言必稱堯舜。此是眞實道理。世子自楚反、復見孟子。孟子曰、世子疑吾言乎。夫道一而已矣。這些道理、更無走作。只是一箇性善可至堯舜、別沒去處了。下文引成覵顏子公明儀所言、便見得人人皆可爲也。學者立志、須敎勇猛、自當有進。志不足以有爲、此學者之大病。八。
【読み】
學者大いに志を立つるを要す。謂う所の志は、這の些の意氣を將って去き他人を蓋うを道わず、只是れ直截に堯舜を學ぶを要す。孟子性善と道い、言えば必ず堯舜を稱す。此れは是れ眞實の道理なり。世子楚より反り、復た孟子を見む。孟子曰く、世子吾が言を疑うか。夫れ道は一のみ。這の些の道理は、更ち走作無し。只是れ一箇の性善堯舜に至る可く、別に去處に沒し了る。下文に成覵顏子公明儀の言う所を引くは、便ち人人皆爲す可きを見得るなり。學者の志を立つる、須く勇猛にしむべく、自ら當に進むこと有るべし。志以て爲すこと有るに足らざれば、此れ學者の大病なり。八。

5
若道生做一世人、不可汎汎隨流、須當了得人道、便有可望。若道不如且過了一生、更不在説。須思量到。如何便超凡而達聖。今日爲鄕人、明日爲聖賢。如何會到。此便一聳拔。聳身著力言。如此、方有長進。若理會得也好、理會不得也好、便悠悠了。百十七。
【読み】
若し生きて一世の人と做し、汎汎として流れに隨う可からずと道わば、須く當に人道を了得すべくして、便ち望む可き有り。若し且一生を過ぎ了るに如かずと道わば、更に説に在らず。須く思量し到るべし。如何ぞ便ち凡を超えて聖に達する。今日鄕人爲り、明日聖賢爲り。如何ぞ到るを會せん。此れ便ち一聳拔。身を聳え力を著けて言う。此の如ければ、方に長進有り。若し理會し得るも也た好し、理會し得ざるも也た好し、便ち悠悠なり。百十七。

6
若果是有志之士、只見一條大路直上行將去、更不問著有甚艱難險阻。孔子曰、向道而行、忘身之老、也不知年數之不足、也俛焉日有孜孜、斃而後已。自家立著志向前做將去、鬼神也避道。豈可先自計較、先自怕卻。如此終於無成。百二十六。
【読み】
若し果して是れ志有るの士なれば、只一條の大路を見て直上し行き將に去り、更に甚だ艱難險阻有るを問著せず。孔子曰く、道に向いて行き、身の老を忘れ、也た年數の足らざるを知らず、也た俛焉日に孜孜たる有り、斃れて後已む、と。自家志を立著し前に向いて做し去けば、鬼神も也た道を避く。豈先ず自ら計較し、先ず自ら怕卻する可けんや。此の如くなれば成ること無きに終わる。百二十六。

7
聖賢千言萬語、無非只説此事。須是策勵此心、勇猛奮發、拔出心肝與他去做、如兩邊擂起戰鼓、莫問前頭如何。只認捲將去。如此、方做得工夫。若半上落下、半沉半浮、濟得甚事。八下同。
【読み】
聖賢の千言萬語は、只此の事を説くに非ざる無し。須く是れ此の心を策勵し、勇猛奮發、心肝を拔出し他と做し去くこと、兩邊戰鼓を擂起するが如くすれば、前頭如何と問うこと莫し。只認捲し將ち去る。此の如くして、方に工夫を做し得。若し半上落下、半沉半浮なれば、甚だ事を濟み得ん。八下同。

8
且如項羽救趙、既渡、沈船破釜、持三日糧、示士必死、無還心。故能破秦。若瞻前顧後、便做不成。
【読み】
且に項羽の趙を救うが如き、既に渡り、船を沈め釜を破り、三日の糧を持ち、士に必ず死し、還心無きを示す。故に能く秦を破る。若し前を瞻て後ろを顧みれば、便ち做して成らず。

9
陽氣發處金石亦透。精神一到何事不成。
【読み】
陽氣發する處金石も亦透る。精神一到すれば何事か成らざらん。

10
今學者全不曾發憤。
【読み】
今の學者は全く曾て憤を發せず。

11
或言、在家羇羇、但不敢忘書冊、亦覺未免間斷。曰、只是無志。若説家事、又如何汨沒得自家。如今有稍高底人、也須會擺脫得過、山間坐一年半歲、是做得多少工夫。只恁地、也立得箇根脚。若時往應事、亦無害。較之一向在事務裏羇、是爭那裏去。公今三五年不相見、又只恁地悠悠。人生有幾箇三五年耶。百二十一。
【読み】
或るひと言う、家に在りて羇羇、但敢て書冊を忘れず、亦未だ間斷を免れざるを覺ゆる。曰く、只是れ志無し。家事を説くが若き、又如何ぞ自家を汨沒し得んや。如今稍高底の人有り、也た擺脫し得て過ぎ、山間坐すこと一年半歲を會しを須って、是れ多少の工夫を做し得。只恁地きも、也た箇の根脚を立ち得。若し時に往きて事に應ずるも、亦害無し。之を一向事務の裏に在りて羇するに較ぶるに、是れ那の裏を爭い去く。公今三五年相見ず、又只恁地く悠悠。人生幾箇の三五年有りや。百二十一。

12
凡人謂以多事廢讀書、或曰氣質不如人者、皆是不責志而已。若有志時、那問他事多、那問他氣質不美。曰事多、質不美者、此言雖若未是太過、然耶此可見其無志、甘於自暴自棄、過孰大焉。眞箇做工夫人、便自不説此話。百十八。耶當作即。
【読み】
凡そ人多事を以て書を讀むを廢すと謂い、或いは氣質は人に如ずと曰うは、皆是れ志を責めざるのみ。若し志有る時は、那ぞ他事多きを問わん、那ぞ他に氣質の美ならざるを問わん。事多、質美なずと曰うは、此の言未だ是れ太だ過ならざるが若しと雖も、然れども即ち此れ其の志無きを見る可く、自暴自棄に甘するを、過ぎ孰か大ならん。眞箇に工夫を做す人は、便ち自ら此の話を説かず。百十八。耶は當に即と作すべし。

13
人之血氣、固有強弱。然志氣則無時而衰。苟常持得這志、縱血氣衰極、也不由他。如某而今如此老病衰極、非不知毎日且放晩起以養病。但自是心裏不穩、只交到五更初、目便睡不著了。雖欲勉強睡、然此心已自是箇起來底人、不肯就枕了。以此知。人若能持得這箇志氣、定不會被血氣奪。凡爲血氣所移者、皆是自棄自暴之人耳。百四下同。
【読み】
人の血氣は固より強弱有り。然るに志氣は則ち時として衰えること無し。苟も常に這の志を持ち得ば、縱え血氣衰極するも、也た他に由らず。某が如き而今此の如く老病衰極すとも、毎日且放晩起き以て病を養うを知らざるに非ず。但自ら是れ心裏穩かならず、只五更の初に交到する、目便ち睡り著せず了る。勉強して睡らんと欲すと雖も、然れども此の心已に自ら是れ箇の起來底の人、肯んじて枕に就かず了る。此を以て知る。人若し能く這箇の志氣を持ち得ば、定めて血氣に奪われるを會せず。凡そ血氣の爲に移る所の者は、皆是れ自棄自暴の人のみ。百四下同。

14
先生患氣痛、脚弱、泄瀉。或勸晩起。曰、某自是不能晩起。雖甚病、纔見光、亦便要起、尋思文字。纔稍晩、便覺似宴安鴆毒、便似箇懶惰底人、心裏便不安。須是早起了、卻覺得心下鬆爽。
【読み】
先生氣痛、脚弱、泄瀉を患う。或るひと晩起を勸む。曰く、某自ら是れ晩起すること能わず。甚だ病むと雖も、纔に光を見れば、亦便ち起きて、文字を尋ね思うを要す。纔に稍晩すれば、便ち宴安鴆毒に似、便ち箇の懶惰底の人に似るを覺え、心裏便ち安んぜず。是れ早起し了るを須って、卻って心下鬆爽を覺得す。

15
某平生不會懶。雖甚病、然亦一心欲向前做事、自是懶不得。今人所以懶、未必是眞箇怯弱、自是先有畏事之心。纔見一事、便料其難而不爲。縁先有箇畏縮之心。所以習成怯弱而不能有所爲也。百二十。
【読み】
某平生懶を會せず。甚だ病むと雖も、然れども亦一心前に向き事を做すを欲し、自ら是れ懶し得ず。今人以て懶する所、未だ必ずしも是れ眞箇に怯弱ならず、自ら是れ先ず事を畏るるの心有り。纔に一事を見て、便ち其の難を料りて爲さず。先ず箇の畏縮するの心有るに縁る。怯弱を習い成して爲す所有ること能わざる所以なり。百二十。

16
孔子曰、不得中行而與之、必也狂狷乎。看來這道理、須是剛硬、立得脚住、方能有所成。只觀孔子晩年方得箇曾子、曾子得子思、子思得孟子、此諸聖賢都是如此剛果決烈、方能傳得這箇道理。若慈善柔弱底、終不濟事。如曾子之爲人、語孟中諸語可見。子思亦是如此。如云、摽使者出諸大門之外。又云、以德、則子事我者也、奚可以與我友。孟子亦是如此。所以皆做得成。學聖人之道者、須是有膽志、其決烈勇猛、於世間禍福利害得喪不足以動其心、方能立得脚住。若不如此、都靠不得。況當世衰道微之時、尤用硬著脊梁、無所屈撓方得。然其工夫只在自反常直、仰不愧天、俯不怍人、則自然如此、不在他求也。五十二。
【読み】
孔子曰く、中行を得て之に與せざるは、必ずや狂狷か。看來るに這の道理、須く是れ剛硬、得脚を立て住むべく、方に能く成す所有り。只孔子晩年方に箇の曾子を得、曾子子思を得、子思孟子を得るを觀るに、此れ諸聖賢都て是れ此の如く剛果決烈、方に能く這箇の道理を傳え得。慈善柔弱底の若きは、終に事を濟まず。曾子の人爲りが如き、語孟中の諸語を見る可し。子思も亦是れ此の如し。使者を摽き諸を大門の外に出すと云い、又德を以てすれば、則ち子は我に事える者なり、奚ぞ以て我と友なる可しと云うが如し。孟子も亦是れ此の如し。以て皆做し得て成す所なり。聖人の道を學ぶ者は、是れ膽志有り、其の決烈勇猛、世間の禍福利害得喪に於て其の心を動かすに足ざるを須って、方に能く脚を立ち得て住む。若し此の如からざる、都て靠り得ず。況や世衰道微の時に當り、尤も脊梁を硬著し、屈撓する所無きを用いて方に得。然るに其の工夫は只自ら反りて常に直、仰いで天に愧ず、俯して人に怍らずに在り、則ち自然此の如く、他に求むるに在ざるなり。五十二。

17
與或人説、公平日説甚剛氣、到這裏爲人所轉、都屈了。凡事若見得了、須使堅如金石。百二十一。
【読み】
或る人と説く、公平日甚だの剛氣を説き、這の裏に到りて人の爲に轉す所、都て屈し了る。凡そ事は若し見得て了れば、須く堅きこと金石の如くならしむべし。百二十一。

18
學者不立、則一齊放倒了。八。
【読み】
學者立たざれば、則ち一齊に放倒し了る。八。

19
學者當常以志士不忘在溝壑爲念。則道義重、而計較死生之心輕矣。況衣食至微末事、不得未必死、亦何用犯義犯分、役心役志、營營以求之耶。某觀今人、因不能咬菜根、而至於違其本心者衆矣。可不戒哉。十三下同。
【読み】
學者當に常に志士の溝壑に在りて忘ざるを以て念と爲すべし。則ち道義重くして、死生を計較するの心輕し。況や衣食は至微末事、得ざるも未だ必ずしも死せず、亦何ぞ義を犯し分を犯し、心を役し志を役し、營營として以て之を求めんや。某今人を觀るに、菜根を咬むこと能わざるに因りて、其の本心に違う者衆し。戒めざる可けんや。十三下同。

20
人最不可曉。有人奉身、儉嗇之甚、充其操、上食槁壤、下飲黄泉底。卻只愛官職。有人奉身清苦而好色。他只縁私欲不能克、臨事只見這箇重、都不見別箇了。或云、似此等人、分數勝已下底。曰、不得如此説。才有病、便不好、更不可以分數論。他只愛官職。便弑父與君也敢。
【読み】
人は最も曉る可からず。人の身を奉ずるに、儉嗇の甚しく、其の操を充てるに、上槁壤を食い、下黄泉を飲む底有り。卻って只官職を愛す。人の身を奉ずるに清苦して色を好む有り。他は只私欲克つ能わざるに縁り、事に臨みて只這箇の重きを見て、都て別箇を見ずに了る。或るひと云う、此れに似る等の人は、分數已下底に勝る、と。曰く、此の如く説くを得ず。才に病有れば、便ち好まず、更に分數を以て論ず可からず。他は只官職を愛する。便ち父と君とを弑すも敢てす。

21
答王子合書曰、大抵吾輩於貨色两關、打不透、便更無話可説也。朱子文集四十九。
【読み】
王子合に答うる書に曰く、大抵吾輩貨色两關に於て、打たし透らざれば、便ち更に話の説く可き無し。朱子文集四十九。

22
學者不於富貴貧賤上立定、則是入門便差了也。語類十三。
【読み】
學者富貴貧賤の上に於て立ち定まらざれば、則ち是れ門に入りて便ち差い了る。語類十三。

23
財、猶膩也。近則汚人。豪傑之士耻言之。百三十八。
【読み】
財は猶膩のごとし。近ければ則ち人を汚す。豪傑の士は之を言うを耻ず。百三十八。

24
人須是有廉耻。孟子曰、耻之於人大矣。耻便是羞惡之心。人有耻、則能有所不爲。今有一檨人不能安貧、其氣銷屈、以至立脚不住。不知廉恥、亦何所不至。因舉呂舍人詩云、逢人即有求、所以百事非。十三。
【読み】
人は須く是れ廉耻有るべし。孟子曰く、耻の人に於るや大なり。耻は便ち是れ羞惡の心。人耻有れば、則ち能く爲さざる所有り。今一檨の人有りて貧を安んずること能わず、其の氣銷屈し、以て立脚を住まざるに至る。廉恥を知らざれば、亦何の至らざる所あらん。因りて呂舍人の詩を舉げて云う、人に逢えば即ち求むる有り、以て百事非なる所なり。十三。

25
答蔡季通書曰、見近日朋友憂道、不如憂貧之切。心甚愧恐。平日所講果爲何事、而一旦小利害便打不過。欲望其守死善道難矣。文集四十四。
【読み】
蔡季通に答うる書に曰く、近日朋友の道を憂うるは、貧を憂うるの切に如かざるを見る。心は甚だ愧恐す。平日講ずる所、果して何事と爲して、一旦小利害あれば便ち打たし過たず。其れ死を守り道を善くするを望まんと欲するは難し。文集四十四。

26
以今世之所習、雖做得官、貴窮公相、也只是箇沒見識底人。若依古聖賢所敎做去、雖極貧賤、身自躬耕、而胸次亦自浩然、視彼汚濁卑下之徒、曾犬彘之不若。語類百二十一。
【読み】
今世の習う所を以て、官と做し得、貴きこと公相を窮むと雖も、也た只是れ箇の見識を沒する底の人なり。若し古聖賢の敎うる所に依りて做し去かば、貧賤を極め身は自ら躬耕すと雖も、而して胸次亦自ら浩然、彼の汚濁卑下の徒を視るに、曾て犬彘之れに若かず。語類百二十一。

27
廷秀問、今當讀何書。曰、聖賢敎人、都提切己説話。不是敎人向外、只就紙上讀了便了。自家今且剖判一箇義利、試自睹當自家、今是要求人知、要自爲己。孔子曰、君子喩於義、小人喩於利。又曰、古之學者爲己、今之學者爲人。孟子曰、亦有仁義而已矣。何必曰利。孟子雖是爲時君言、在學者亦是切身事。大凡爲學、且須分箇内外。這便是生死路頭。今人只一言一動、一歩一趨、便有箇爲義爲利在裏。從這邊便是爲義、從那邊便是爲利。向内便是入聖賢之域、向外便是趨愚不肖之途。這裏只在人劄定脚做將去、無可商量。若是已認得這箇了、裏面煞有工夫、卻好商量也。顧謂道夫曰、曾見陸子靜義利之説否。曰、未也。曰、這是他來南康。某請他説書、他卻説這義利分明、是説得好。如云、今人只讀書便是爲利、如取解後、又要得官、得官後、又要改官、自少至老、自頂至踵、無非爲利、説得來痛快、至有流涕者。今人初生稍有知識、此心便恁亹亹地去了。干名逐利、浸浸不已。其去聖賢日以益遠。豈不深可痛惜。百十九。
【読み】
廷秀問う、今當に何の書を讀むべき。曰く、聖賢の人を敎うる、都て己に切なる説話を提ぐ。是れ人の外に向い、只紙上に就きて讀了し便ち了らしめず。自家今且つ一箇の義利を剖判し、試みに自ら自家、今是れ人知を求むるを要するか、自ら己が爲を要するかを睹當せよ。孔子曰く、君子は義に喩く、小人は利に喩し。又曰く、古の學者己が爲、今の學者人の爲。孟子曰く、亦仁義有るのみ。何ぞ必ずしも利と曰わん。孟子是れ時君の爲に言うと雖も、學者に在りても亦是れ身に切なる事なり。大凡學を爲むるは、且つ須く箇の内外を分つべし。這は便ち是れ生死路頭。今人只一言一動、一歩一趨、便ち箇の義を爲し利を爲すは裏に在るに有り。這邊に從えば便ち是れ義の爲、那邊に從えば便ち是れ利の爲。内に向えば便是れ聖賢の域に入り、外に向えば便ち是れ愚不肖の途に趨る。這裏は只人の脚を劄定し做し將に去くに在り、商量す可き無し。若し是れ已に這箇を認得し了れば、裏面煞だ工夫有り、卻って商量に好し。顧みて道夫に謂いて曰く、曾て陸子靜義利の説を見るや否や。曰く、未だし。曰く、這は是れ他は南康より來れり。某他に書を説くを請うに、他は卻って這の義利を説いて分明、是れ説き得て好し。今人只書を讀むは便ち是れ利の爲、解を取りて後、又官を得るを要し、官を得て後、又官を改むるを要すが如く、少より老に至るまで、頂より踵に至るまで、利の爲に非ざる無しと云が如き、説き得來て痛快、涕を流す者有るに至る。今人初めて生れ稍知識有る、此の心便ち恁く亹亹地に去き了る。名を干し利を逐い、浸浸として已まず。其の聖賢を去ること日に以て益々遠し。豈深く痛惜す可からざるや。百十九。

28
答呂子約書曰、熹嘗語此間朋友、孟子一生忍窮受餓費盡心力、只破得枉尺直尋四字。今日諸賢苦心勞力費盡言語、只成就枉尺直尋四字。不知淆訛在甚麼處。此話無告訴處。只得仰屋浩歎也。文集四十七。
【読み】
呂子約に答うる書に曰く、熹嘗て此の間の朋友に語る、孟子一生窮を忍び餓を受け心力を費盡し、只尺を枉げ尋を直にすの四字を破り得。今日諸賢心を苦しめ力を勞し言語を費盡し、只尺を枉げ尋を直にすの四字を成就す。知らず、淆訛甚だ麼の處に在るを。此の話告訴する處無し。只屋を仰ぎ浩歎するを得るなり。文集四十七。

29
答呉伯豐書曰、示及疑義。未及奉報。但念。上蔡先生有言、富貴利達、今人少見出脱得者。非是小事。邇來學者何足道。能言眞如鸚鵡。此言深可畏耳。伯豐講學精詳、議論明決、朋游少見其比、區區期望之意不淺願、更於此加意、須是此處、立得脚定。然後博文約禮之工、有所施耳。五十二。
【読み】
呉伯豐に答うる書に曰く、疑義を示及す。未だ報を奉るに及ばず。但念ず。上蔡先生の言有り、富貴利達、今人出脱し得る者を見ること少なし。是れ小事に非ず。邇來の學者何ぞ道うに足らん。能く言いて眞に鸚鵡の如し。此の言深く畏る可きのみ。伯豐の講學精詳、議論明決、朋游其の比すを見ること少なく、區區として期望の意淺からず願い、更に此に於て意を加え、須く是れ此の處に脚を立ち得て定むべし。然る後博文約禮の工、施す所有るのみ。五十二。

30
答石應之書曰、熹衰病日益沈痼。數日來、又加寒熱之證、愈覺不可支吾。相見無期、亦勢應爾不足深念。猶恨、黨錮之禍。四海横流而賢者從容其間、獨未有以自明者、此則拙者他日視而不瞑之深憂也。富貴易得名節難保。此雖淺近之言、然亦豈可忽哉。便中寓此以代靣訣。五十四。
【読み】
石應之に答うる書に曰く、熹の衰病日に益々沈痼す。數日來、又寒熱の證を加え、愈々支吾す可からざるを覺ゆ。相見て期無く、亦勢爾に應うるに深念に足らず。猶恨む、黨錮の禍。四海横流して賢者其の間に從容し、獨り未だ以て自明すること有らざるは、此は則ち拙者他日視て瞑ならざるの深憂なり。富貴得易く名節保ち難し。此れ淺近の言と雖も、然れども亦豈忽せにす可けんや。便中此を寓し以て靣訣に代う。五十四。

31
今爲辟禍之説者、固出於相愛。然得某壁立萬仭、豈不益爲吾道之光。語類百七下同。
【読み】
今禍を辟くの説を爲す者、固より相愛するに出ず。然るに某壁立萬仭を得れば、豈益々吾が道の光を爲さざらんや。語類百七下同。

32
今人開口亦解一飲一啄自有定分、及遇小小利害、便生趨避計較之心。古人刀鋸在前、鼎鑊在後、視之如無物者、蓋縁只見得這道理、都不見那刀鋸鼎鑊。又曰、死生有命。如合在水裏死、須是溺殺。此猶不是深奧底事、難曉底話。如今朋友都信不及、覺見此道日孤。令人意思不佳。
【読み】
今人口を開けば亦一飲一啄自ら定分有るを解し、小小の利害に遇うに及び、便ち趨避計較の心生ず。古人刀鋸前に在り、鼎鑊後ろに在り、之を視ること物無きが如きは、蓋し只這の道理を見得て、都て那の刀鋸鼎鑊を見ざるに縁る。又曰く、死生命有り。水裏に在りて死するに合うが如き、須く是れ溺殺すべし。此れ猶是れ深奧底の事、曉ること難き底の話にあらざるがごとし。如今朋友都て信じて及ばず、此の道日に孤なるを覺見す。人の意思を佳からざらしむ。

33
今世人多道、東漢名節無補於事。某謂、三代而下、惟東漢人才、大義根於其心、不顧利害、生死不變、其節自是可保。未説公卿大臣、且如當時郡守懲治宦官之親黨。雖前者既爲所治、而來者復蹈其跡、誅殛竄戮、項背相望、略無所創。今士大夫顧惜畏懼、何望其如此。平居暇日琢磨淬厲、緩急之際、尚不免於退縮。況遊談聚議、習爲軟熟、卒然有警、何以得其仗節死義乎。大抵不顧義理、只計較利害。皆奴婢之態、殊可鄙厭。三十五。
【読み】
今世人多く道う、東漢の名節は事を補うこと無し、と。某謂う、三代より下、惟東漢の人才、大義其の心に根し、利害を顧みず、生死變らず、其の節自ら是れ保つ可し。未だ公卿大臣を説かず、且つ當時の郡守、宦官の親黨を懲治するが如し。前者既に治むる所を爲すと雖も、而れども來者も復た其の跡を蹈み、誅殛竄戮、項背相望、略創る所無し。今士大夫顧惜畏懼、何ぞ其れ此の如きを望まん。平居暇日琢磨淬厲するも、緩急の際、尚退縮を免れず。況や遊談聚議、習いて軟熟を爲し、卒然として警め有る、何を以て其の節に仗り義に死するを得んや。大抵義理を顧みず、只利害を計較す。皆奴婢の態にして、殊に鄙厭す可し。三十五。

34
味道問、死生是大關節處。須是日用間、雖小事亦不放過。一一如此用工夫、當死之時、方打得透。曰、然。十三。
【読み】
味道問う、死生是れ大關節の處。須く是れ日用の間、小事と雖も亦放過せざるべし。一一此の如く工夫を用いれば、死する時に當り、方に打し得て透る。曰く、然り。十三。

35
跋鄭景元簡。曰、六經記載聖賢之行事、僃矣。而於死生之際無述焉。蓋以是爲常事也。獨論語檀弓記曾子寢疾時事爲詳、而其言不過保身謹禮與語學者以持守之方而已。於是足以見聖賢之學、其所貴重、乃在於此非若浮屠氏之不察於理、而徒以坐亡立脱爲奇也。然自學者言之、則死生亦大矣。非其平日見善明、信道篤、深潛厚養力行而無間、夫亦孰能至此而不亂哉。今觀鄭君景元所報、其兄龍圖公事、亦足以驗其所學之正而守之固矣。所謂朝聞道夕死可矣者、於公見之。因竊書其後、以自警、又將傳之同志、相與勉焉。文集八十一。
【読み】
鄭景元が簡に跋す。曰く、六經聖賢の行事を記載する、僃われり。而して死生の際に於て述る無し。蓋し是を以て常事と爲すなり。獨り論語檀弓に曾子疾に寢る時の事を記すこと詳爲りて、其の言、身を保ち禮を謹しむと學者に語るに持守の方を以てするとに過ぎざるのみ。是に於て以て聖賢の學、其の貴重なる所は、乃ち此に在りて浮屠氏の理に察せずして、徒らに坐亡立脱を以て奇と爲すが若きに非ざるを見るに足るなり。然るに學者より之を言えば、則ち死生も亦大なり。其の平日善を見るに明かに、道を信ずるに篤く、深潛厚養力行して間無きに非ざれば、夫れ亦孰か能く此に至りて亂れざらんや。今鄭君景元が報ずる所、其の兄龍圖公の事を觀れば、亦以て其の學ぶ所の正にして守りの固きを驗るに足る。謂う所の朝に道を聞かば夕に死すも可なる者は、公に於て之を見る。因りて竊に其の後に書し、以て自警し、又將に之を同志に傳え、相與に勉めんとす。文集八十一。

36
或問、大學之道、吾子以爲大人之學、何也。曰、此對小子之學言之也。曰、敢問、其爲小子之學、何也。曰、愚於序文已略陳之、而古法之宜於今者亦既輯而爲書矣。學者不可以不之考也。曰、吾聞、君子務其遠者大者、小人務其近者小者。今子方將語人以大學之道、而又欲其考乎小學之書、何也。曰、學之大小固有不同。然其爲道則一而已。是以方其幼也。不習之於小學、則無以收其放心、養其德性、而爲大學之基本。及其長也、不進之於大學、則無以察夫義理、措諸事業、而收小學之成功。是則學之大小所以不同、特以少長所習之異宜、而有高下淺深先後緩急之殊。非若古今之辨、義理之分判然、如薫蕕氷炭之相反而不可以相入也。今使幼學之士、必先有以自盡乎洒掃應對進退之間、禮樂射御書數之習、俟其既長、而後進乎明德新民以止於至善。是乃次第之當然、又何爲而不可哉。曰、幼學之士、以子之言而得循序漸進以免於躐等陵節之病、則誠幸矣。若其年之既長而不及乎此者、欲反從事於小學、則恐其不免於扞格不勝勤苦難成之患、欲直從事於大學、則又恐其失序無本、而不能以自達也。則如之何。曰、是其歳月之已逝者、則固不可得而復追矣。若其工夫之次第條目、則豈遂不可得而復補耶。蓋吾聞之、敬之一字聖學所以成始而成終者也。爲小學者不由乎此、固無以涵養本源而謹夫洒掃應對進退之節與夫六藝之敎。爲大學者不由乎此、亦無以開發聦明進德脩業而致夫明德新民之功也。是以程子發明格物之道、而必以是爲説焉。不幸過時而後、學者誠能用力於此以進乎大、而不害兼補乎其小、則其所以進者、將不患於無本而不能以自達矣。其或摧頽已甚而不足以有所兼、則其所以固其肌膚之會筋骸之束、而養其良知良能之本者、亦可以得之於此、而不患其失之於前也。顧以七年之病而求三年之艾、非百倍其功不足以致之。若徒歸咎於既往而所以補之後者、又不能以自力、則吾見其扞格謹苦日有甚焉、而心身顚倒眩瞀迷惑終無以爲致知力行之地矣。况欲有以及乎天下國下也哉。曰、然則所謂敬者又若何而用力耶。曰、程子於此嘗以主一無適言之矣、嘗以整齊嚴肅言之矣。至其門人謝氏之説、則又有所謂常惺惺法者焉。尹氏之説、則又有所謂其心收歛不容一物者焉。觀是數説足以見其用力之方矣。曰、敬之所以爲學之始者、然矣。其所以爲學之終也奈何。曰、敬者一心之主宰而萬事之本根也。知其所以用力之方、則知小學之不能無頼於此以爲始、知小學之□此以始、則夫大學之不能無頼乎此以爲終者、可以一以貫之而無疑矣。蓋此心既立、由是格物致知以盡事物之理、則所謂尊德性而道問學。由是誠意正心以脩其身、則所謂先立其大者而小者不能奪。由是齊家治國以及乎天下、則所謂脩己以安百姓。篤恭而天下平。是皆未始一日而離乎敬也。然則敬之一字、豈非聖學始終之要也哉。大學或問。
【読み】
或るひと問う、大學の道、吾子以て大人の學と爲す、何ぞや。曰く、此れ小子の學に對して之を言うなり。曰く、敢えて問う、其の小子の學爲るは、何ぞや。曰く、愚序文に於て已に略之を陳べ、古法の今に宜しき者も亦既に輯めて書と爲す。學者以て之を考せざる可からず。曰く、吾聞く、君子は其の遠き者大なる者を務め、小人は其の近き者小なる者を務む、と。今子方に人に語るに大學の道を以てせんとするを將って、又其れ小學の書に考するを欲す、何ぞや。曰く、學の大小固より同じからざる有り。然るに其れ道爲るは則ち一のみ。是れ以て其の幼に方てなり。之を小學に習わざれば、則ち以て其の放心を收め、其の德性を養いて、大學の基本に爲ること無し。其の長に及ぶや、之を大學に進めざれば、則ち以て夫の義理を察し、諸を事業に措きて、小學の成功を收むること無し。是れ則ち學の大小以て同じからざる所は、特に少長習う所の宜きを異にするを以てして、高下淺深先後緩急の殊有るなり。古今の辨、義理の分の判然たる、薫蕕氷炭の相反して以て相入る可からざるが如きが若きに非ざるなり。今幼學の士、必ず先ず以て自ら洒掃應對進退の間、禮樂射御書數の習に盡すこと有り、其れ既に長ずるを俟ちて、而る後に德を明にし民を新にし以て至善に止まるに進ましむ。是れ乃ち次第の當然、又何と爲して可ならざらんや。曰く、幼學の士、子の言を以て序に循い漸進して以て等を躐え節を陵ぐの病に免るるを得ば、則ち誠幸なり。若し其れ年之れ既に長じて此に及ばざる者、反りて事うるに小學に從わんと欲せば、則ち恐らくは其れ扞格勝えず、勤苦成し難きの患いに免れず、直に事うるに大學に從わんと欲せば、則ち又恐らくは其れ序を失い本無くして、以て自ら達すること能わざるなり。則ち之を如何。曰く、是れ其の歳月の已に逝く者は、則ち固より得て復た追う可からず。其れ工夫の次第條目の若きは、則ち豈遂に得て復た補う可けんや。蓋し吾れ之を聞く、敬の一字は聖學以て始を成して終わりを成す者なり。小學を爲むる者、此に由らざれば、固より以て本源を涵養して夫れ洒掃應對進退の節と夫れ六藝の敎を謹しむこと無し。大學を爲むる者、此に由らざれば、亦以て聦明を開發し德を進め業を脩めて夫れ明德新民之功を致すこと無し。是を以て程子格物の道を發明して、必ず是を以て説を爲す。不幸に時を過ぎて後、學者誠に能く力を此に用いて以て大に進めて、其の小を兼補するを害さざれば、則ち其の以て進む所の者、將に本無くして以て自ら達すること能わざるに患わん。其れ或いは摧頽已に甚しくして以て兼ねる所有るに足らざれば、則ち其れ以て其の肌膚の會筋骸の束を固くして、其の良知良能の本を養う所の者も、亦以て之を此に得る可くして、其れ之を前に失うを患わず。顧みるに七年の病を以て三年の艾を求め、其の功を百倍にするに非ざれば以て之を致すに足らず。若し徒に咎を既往に歸して以て之を後に補う者も、又以て自ら力むこと能わず、則ち吾れ其の扞格謹苦日に甚だしき有りて、心身顚倒眩瞀迷惑終に以て致知力行の地と爲すこと無きを見る。况や以て天下國下に及ぼすこと有らんと欲するをや。曰く、然れば則ち謂う所の敬は又若何にして力を用いんや。曰、程子此に於て嘗て主一無適を以て之を言い、嘗て整齊嚴肅を以て之を言う。其の門人謝氏の説に至りては、則ち又謂う所の常惺惺の法なる者有り。尹氏の説は、則ち又謂う所の其の心を收歛し一物も容れざる者有り。是の數説を觀れば以て其の力を用いるの方を見るに足る。曰く、敬の以て學の始めを爲す所の者は然り。其の以て學の終わりを爲すや奈何。曰く、敬は一心の主宰にして萬事の本根なり。其の以て力を用いるの方を知れば、則ち小學の此に頼りて以て始めを爲すこと無きこと能わざるを知り、小學の□此に以て始めを知れば、則ち夫れ大學の此に頼りて以て終わりを爲すこと無きこと能わざる者、以て一以て之を貫ぬきて疑う無かる可し。蓋し此の心既に立ち、是に由りて物に格り知を致し以て事物の理を盡せば、則ち謂う所の德性を尊びて問學に道る。是に由りて意を誠にし心を正し以て其の身を脩めば、則ち謂う所の先ず其の大なる者を立てて小なる者奪うこと能わず。是に由りて家を齊え國を治め以て天下に及べば、則ち謂う所の己を脩め以て百姓を安んず。篤恭して天下平なり。是れ皆未だ始めより一日として敬に離れざるなり。然れば則ち敬の一字、豈聖學始終の要に非ざるや。大學或問。

37
答胡廣仲書曰、近來覺得敬之一字、眞聖學始終之要。向來之論、謂必先致其知然後有以用力於此。疑、若未安。蓋古人由小學而進於大學。其於洒掃應對進退之間、持守堅定涵養純熟固已久矣。是以大學之序、特因小學已成之功、而以格物致知爲始。今人未嘗一日從事於小學、而曰必先致其知、然後敬有、所施、則未知其以何爲主、而格物以致其知也。故程子曰、入道莫如敬。未有能致知而不在敬者。又論敬。云、但存此久之、則天理自明。推而上之、凡古昔聖賢之言亦莫不如此者。試考其言而以身驗之、則彼此之得失見矣。文集四十二下同。
【読み】
胡廣仲に答うる書に曰く、近來敬の一字、眞に聖學始終の要を覺え得。向來の論、必ず先ず其の知を致し然る後に以て力を此に用いること有りと謂う。疑うらくは、未だ安からざるが若し。蓋し古人小學に由りて大學に進む。其の洒掃應對進退の間に於て、持守堅定涵養純熟固より已に久し。是れ以て大學の序、特に小學已に成すの功に因りて、物に格り知を致すを以て始めと爲す。今人未だ嘗て一日事に小學に從わずして、必ず先ず其の知を致し、然る後に敬施す所有りと曰うは、則ち未だ其れ以て何を主と爲して、物に格り以て其の知を致すかを知らざるなり。故に程子曰く、道に入るは敬に如くは莫し。未だ能く知を致して敬に在らざる者有らず。又敬を論ず。云う、但此を存し之を久しくすれば、則ち天理自ら明かなり、と。推して之を上ぐるに、凡そ古昔聖賢の言も亦此の如からざる者莫し。試みに其の言を考えて身を以て之を驗せば、則ち彼此の得失を見ん。文集四十二下同。

38
答胡廣仲書曰、上蔡雖説明道先使學者有所知識却從敬入、然其記二先生語、却謂未有致知而不在敬者。又自云、諸君不須別求見處。但敬與窮理則可以入德矣。二先生亦言、根本須先培擁、然後可立趨向。又言、莊整齊肅久之、則自然天理明。五峰雖言知不先至則敬不得施、然又云、格物之道必先居敬以持其志。此言皆何謂耶。熹竊謂、明道所謂先有知識者、只爲知邪正識趨向耳。未便遽及知至之事也。上蔡五峰既推之太過、而來喩又謂知之一字、便是聖門授受之機、則是因二公之過而又過之。試以聖賢之言考之、似皆未有此等語意。却是近世禪家説話多如此。若必如此、則是未知。已前可以怠慢放肆無所不爲、而必若曾子一唯之後、然後可以用力於敬也。此説之行於學者日用工夫、大有所害。恐將有談玄説妙以終其身、而不及用力於敬者。非但言語之小疵也。上蔡又論。横渠以禮敎人之失、故其學至於無傳。據二先生所論、却不如此。蓋曰、子厚以禮敎學者、最善。使人先有所据守。但譏其説清虚一大、使人向別處走、不如且道敬耳。此等處、上蔡説皆有病、如云正容謹節外靣威儀非禮之本。尤未穩當。
【読み】
胡廣仲に答うる書に曰く、上蔡、明道の先ず學者知識する所有らしむは却って敬に從いて入ると説くと雖も、然れども其の二先生の語を記する、却って未だ知を致して敬に在らざる者有らざるを謂う。又自ら云う、諸君須く別に見處を求めるべからず。但敬と理を窮むるとで、則ち以て德に入る可し、と。二先生も亦言う、根本須く先ず培擁すべく、然る後に趨向を立つ可し、と。又言う、莊整齊肅之を久しくすれば、則ち自然に天理明かなり、と。五峰、知先ず至らざれば則ち敬施すことを得ずと言うと雖も、然れども又云う、物に格るの道は必ず先ず敬に居り以て其の志を持す、と。此の言は皆何の謂いぞや。熹竊に謂う、明道謂う所の先ず知識有る者は、只邪正を知り趨向を識ると爲すのみ。未だ便遽に知至るの事に及ばざるなり。上蔡五峰既に之を推すこと太だ過ぎて、來喩に又知の一字は、便ち是れ聖門授受の機と謂うは、則ち是れ二公の過るに因りて又之を過す。試に聖賢の言を以て之を考えるに、皆未だ此等の語意有らざるに似たり。却って是れ近世禪家の説話多く此の如し。若し必ず此の如くなれば、則ち是れ未だ知らず。已前以て怠慢放肆爲さざる所無く可くして、必ず曾子一唯の後の若くして、然る後以て力を敬に用いる可し。此の説の學者日用の工夫に行わるる、大いに害する所有り。恐らくは將に玄を談じ妙を説き以て其の身を終えて、力を敬に用いるに及ばざる者有らんとす。但言語の小疵に非ざるなり。上蔡又論ず。横渠の禮を以て人を敎うるの失、故に其の學傳わる無きに至る、と。二先生の論ずる所に據るに、却って此の如からず。蓋し曰く、子厚の禮を以て學者を敎える、最も善し。人先ず据守する所有らしむ、と。但其れ清虚一大を説き、人をして別處に向き走らしめ、且敬を道うに如かずと譏るのみ。此等の處、上蔡の説皆病有るは、容を正し節を謹しみ外靣の威儀禮の本に非ずと云うが如し。尤も未だ穩當ならず。

39
答林擇之書曰、古人直自小學中涵養成就。所以大學之道只從格物做起、今人從前無此工夫。但見大學以格物爲先、便欲只以思慮知識求之、更不於操存處用力。縱使窺測得十分、亦無實地可據。大抵敬字是徹上徹下之意。格物致知、乃其間節次進歩處耳。四十三。
【読み】
林擇之に答うる書に曰く、古人直に小學の中より涵養成就す。以て大學の道の只物に格るに從い做起する所、今人從前に此の工夫無し。但大學の物を格すを以て先と爲すを見て、便ち只思慮知識を以て之を求め、更に操存の處に於て力を用いず。縱え窺測得て十分ならしむとも、亦實地據る可き無し。大抵敬の字は是れ徹上徹下の意。物に格りて知を致せば乃ち其の間の節次歩を進むる處のみ。四十三。

40
答范文叔書曰、大學之序、固以致知爲先、而程子發明、未有致知而不在敬者。尤見用力本領親切處。三十八。
【読み】
范文叔に答うる書に曰く、大學の序、固より知を致すを以て先と爲して、程子、未だ知を致して敬に在ざる者有らざるを發明す。尤も力を用いる本領親切の處を見る。三十八。

41
答潘恭叔書曰、敬之一字萬善根本。涵養省察格物致知種種功夫、皆從此出。方有據依。平時講學非不知此。今乃覺得愈見親切端的耳。願益加功、以慰千里之望。五十。
【読み】
潘恭叔に答うる書に曰く、敬の一字は萬善の根本なり。涵養省察格物致知は種種の功夫、皆此に從いて出ず。方に據依有り。平時學を講ずるに此を知らざるに非ず。今乃ち愈々親切端的を見るを覺え得るのみ。願わくば益々功を加え、以て千里の望を慰せよ。五十。

42
諸公固皆有志於學。然持敬工夫大段欠在。若不知此、何以爲進學之本。程先生云、涵養須用敬。進學則在致知。此最切要。和之問、不知、敬如何持。曰、只是要收斂此心、莫令走失。便是。今人精神自不曾定、讀書安得精專。凡看山看水、風驚草動。此心便自走失、視聽便自眩惑。此何以爲學。諸公切宜勉此。語類百十八。
【読み】
諸公固より皆學に志す有り。然るに敬を持する工夫大段欠在す。若し此を知らざれば、何を以て學に進むの本と爲さん。程先生云う、涵養須く敬を用うべし。學に進むは則ち知を致すに在り、と。此れ最も切要なり。和之問う、知らず、敬は如何にか持す、と。曰く、只是れ此の心を收斂し、走失せしむること莫きを要す。便ち是れなり。今人は精神自ら定むるを會せず、書を讀みて安ぞ精專を得ん。凡そ山を看、水を看、風驚草動す。此の心便ち自ら走失し、視聽便ち自ら眩惑す。此れ何を以て學を爲めん。諸公切に宜しく此を勉むるべし。語類百十八。

43
敬莫把做一件事看。只是收拾自家精神、專一在此。今看來諸公所以不進、縁是但知説道格物、卻於自家根骨上煞欠闕、精神意思都恁地不專一。所以工夫都恁地不精銳。未説道有甚底事分自家志慮、只是觀山玩水、也煞引出了心。那得似敎他常在裏面好。如世上一等閑物事、一切都絶意、雖似不近人情、要之、如此方好。十二下同。
【読み】
敬は把みて一件の事と做して看ること莫し。只是れ自家の精神を收拾し、專一に此に在り。今看來るに諸公以て進まざる所は、是れ但物に格るを説道するを知り、卻って自家根骨の上に於て煞だ欠闕し、精神意思都て恁地く專一ならざるに縁る。以て工夫の都て恁地く精銳ならざる所なり。未だ甚だ底の事有りて自家の志慮を分んと説道せず、只是れ山を觀、水を玩ぶも、也た煞だ心を引き出し了る。那ぞ他に常に裏面に在りて好しとしむる似きを得ん。世上一等閑物事の如き、一切都て意を絶ち、人情に近からずに似ると雖も、之を要するに、此の如くして方に好し。十二下同。

44
問、敬何以用工。曰、只是内無妄思、外無妄動。
【読み】
問う、敬は何を以て工を用いん。曰く、只是れ内に妄思無く、外に妄動無し。

45
問心思擾擾。曰、程先生云、嚴威整肅、則心便一。一則自無非僻之干。只才整頓起處、便是天理。無別天理。但常常整頓起、思慮自一。百二十。
【読み】
心思擾擾すを問う。曰く、程先生云う、嚴威整肅、則ち心は便ち一なり。一なれば則ち自ら非僻の干無し、と。只才かに整頓し起す處は、便ち是れ天理。別の天理無し。但常常整頓し起せば、思慮自ら一なり。百二十。

46
敬非是塊然兀坐、耳無所聞、目無所見、心無所思而後謂之敬。只是有所畏謹、不敢放縱。如此則身心收斂、如有所畏。常常如此、氣象自別。存得此心、乃可以爲學。十二下同。
【読み】
敬は是れ塊然兀坐し、耳は聞く所無く、目は見る所無く、心は思う所無くして後之を敬と謂うに非ず。只是れ畏謹する所有り、敢て放縱せず。此の如くなれば則ち身心收斂し、畏るる所有るが如し。常常此の如くなれば、氣象自ら別なり。此の心を存し得れば、乃ち以て學を爲むる可し。十二下同。

47
大凡學者須先理會敬字。敬是立脚去處。程子謂、涵養須用敬、進學則在致知。此語最妙。或問、持敬易間斷、如何。曰、常要自省得。才省得、便在此。或以爲、此事最難。曰、患不省察爾。覺得間斷、便已接續。何難之有。操則存、舍則亡、只在操舍兩字之間。要之、只消一箇操字。到緊要處、全不消許多文字言語。若此意成熟、雖操字亦不須用。
【読み】
大凡學者須く先ず敬の字を理會すべし。敬は是れ脚を立て去く處なり。程子謂う、涵養須く敬を用うべく、學に進むは則ち知を致すに在り、と。此の語最も妙なり。或るひと問う、敬を持すは間斷し易き、如何。曰く、常に自ら省し得るを要す。才かに省し得れば、便ち此に在り。或るひと以爲らく、此の事最も難し、と。曰く、省察せざるを患うのみ。間斷を覺り得ば、便ち已に接續す。何の難きこと之れ有らん。操れば則ち存し、舍れば則ち亡ぶ、只操舍兩字の間に在り。之を要せば、只一箇の操の字を消う。緊要の處に到りて、全て許多の文字言語を消いず。若し此意成熟すれば、操の字と雖も亦用いるを須ず。

48
胡問靜坐用工之法。曰、靜坐只是恁靜坐、不要閑勾當、不要閑思量、也無法。問、靜坐時思一事、則心倚靠在事上。不思量、則心無所倚靠、如何。曰、不須得倚靠。若然、又是道家數出入息、目視鼻端白一般。他亦是心無所寄寓。故要如此倚靠。若不能斷得思量、又不如且恁地、也無害。又曰、靜坐息閑雜思量、則養得來便條暢。百二十。
【読み】
胡、靜坐工を用いるの法を問う。曰く、靜坐は只是れ恁く靜坐し、閑勾當を要せず、閑思量を要せず、也た法無し。問う、靜坐の時一事を思えば、則ち心倚靠して事上に在り。思量せざれば、則ち心倚靠する所無し、如何。曰く、倚靠するを得るを須ず。若し然れば、又是れ道家出入の息を數え、目は鼻端の白きを視ると一般なり。他も亦是の心寄寓する所無し。故に此の如く倚靠するを要す。若し思量を斷じ得ること能わざれば、又且恁地くするに如ず、也た害無し。又曰く、靜坐閑雜の思量を息れば、則ち養い得て來て便ち條暢たり。百二十。

49
問、毎日暇時、略靜坐以養心、但覺意自然紛起、要靜越不靜。曰、程子謂、心自是活底物事、如何空定敎他不思。只是不可胡亂思。纔著箇要靜底意思、便是添了多少思慮。且不要恁地拘迫他、須自有寧息時。百十八。
【読み】
問う、毎日暇時、略々靜坐し以て心を養い、但意自然に紛起し、靜を要し越て靜ならざるを覺る、と。曰く、程子謂う、心は自ら是れ活底の物事、如何ぞ空しく定まりて他に思わざらしめん。只是れ胡亂に思う可からず。纔に箇の靜を要する底の意思を著せば、便ち是れ多少の思慮を添了す。且恁地く拘迫を要せざる他、須く自ら寧息の時有り。百十八。

50
或問、疲倦時、靜坐少頃、可否。曰、也不必要似禪和子檨去坐禪方爲靜坐。但只令放敎意思靜、便了。十二。
【読み】
或るひと問う、疲倦する時、靜坐少頃、可なるや否や、と。曰く、也た必ずしも禪和子の檨の似く坐禪し去くを要して方に靜坐と爲すにあらず。但只放ちて意思靜ならしめ、便ち了らしむなり。十二。

51
答呂伯恭書曰、承喩、整頓收斂、則入於著力、從容游泳又隨於悠悠。此正學者之通患。然程子嘗論之。曰、亦須且自此去到德盛、後自然左右逢其源。今亦當且就整頓收斂處著力。但不可用意安排等候。即成病耳。文集三十五。
【読み】
呂伯恭に答うる書に曰く、喩を承る、整頓收斂は、則ち力を著けるに入り、從容游泳又悠悠に隨う、と。此れ正に學者の通患なり。然るに程子嘗て之を論ず。曰く、亦須く且つ此より德盛なるに去き到るべく、後自然に左右其の源に逢う、と。今亦當に且つ整頓收斂の處に就きて力を著けるべし。但意を用い安排等候す可からず。即ち病を成すのみ。文集三十五。

52
答何叔京書曰、持敬之説甚善。但如所喩、則須是天資儘髙底人、不甚假脩爲之力。方能如此、若顏曾以下尤須就視聽言動容貌辭氣上做工夫。蓋人心無形出入不定、須就規矩繩墨上守定。便自内外帖然、豈曰放僻邪侈於内、而姑正容謹節於外乎。且放僻邪侈正與莊整齊肅相反。誠能莊整齊肅、則放僻邪侈决知其無所容矣。既無放僻邪侈、然後到得自然莊整齊肅地位。豈容易可及哉。此日用工夫至、要約處亦不能多談。但請、尊兄以一事驗之。儼然端莊執事恭恪時、此心如何。怠惰頽靡渙然不收時、此心如何。試於此審之、則知内外未始相離。而所謂莊整齊肅者、正所以存其心也。別集四。
【読み】
何叔京に答うる書に曰く、敬を持するの説甚だ善し。但喩す所の如きは、則ち是れ須く天資儘く髙底の人、甚だ脩爲の力を假りざるべし。方に能く此の如ければ、顏曾以下の若きは尤も須く視聽言動容貌辭氣の上に就きて工夫を做すべし。蓋し人心形無く出入定まらず、須く規矩繩墨の上に就きて守り定むべし。便ち自ら内外帖然、豈内に放僻邪侈して、姑く外に容を正し節を謹しむと曰んや。且つ放僻邪侈は正に莊整齊肅と相反す。誠に能く莊整齊肅なれば、則ち放僻邪侈は决して其の容れる所無きを知るなり。既に放僻邪侈無き、然る後自然に莊整齊肅の地位に到り得。豈容易及ぶ可けんや。此れ日用の工夫至りて、要約の處は亦多く談すること能わず。但請う、尊兄一事を以て之を驗せよ。儼然端莊事を執りて恭恪なる時、此の心如何。怠惰頽靡渙然收まらざる時、此の心如何。試みに此に於て之を審らかにせば、則ち内外未だ始めより相離れざるを知らん。而して謂う所の莊整齊肅は、正に以て其の心を存する所なり。別集四。

53
答林擇之書曰、此因朋友講論深究近世學者之病。只是合下欠却持敬工夫。所以事事滅裂。其言敬者、又只説能存此、心自然中理、至於容貌詞氣、往往全不加工。設使眞能如此存得、亦與釋老何異。上蔡説、便有此病了。又况心慮荒忽未必眞能存得耶。程子言敬必以整齊嚴肅、正衣冠、尊瞻視爲先。又言未有箕踞而心不慢者。如此乃是至論、而先聖説克己復禮。尋常講説於禮字毎不快意、必訓作理字、然後已。今乃知其精微縝密、非常情所及耳。文集四十三。
【読み】
林擇之に答うる書に曰く、此れ朋友講論に因るは深く近世學者の病を究む。只是れ合下し敬を持するの工夫を欠却す。以て事事滅裂する所なり。其れ敬を言う者も、又只能く此の心を存すれば、自然に理に中ると説き、容貌詞氣に至りて、往往全く工を加えず。設え眞に能く此の如く存し得しむとも、亦釋老と何ぞ異ならん。上蔡の説、便ち此の病有り了る。又况や心慮荒忽未だ必ずしも眞に能く存し得ざるや。程子敬を言うに必ず整齊嚴肅、衣冠を正し、瞻視を尊するを以て先と爲す。又未だ箕踞して心慢らざる者有らず。此の如くなれば乃ち是れ至論にして、先聖の己に克ちて禮に復すと説く。尋常講説は禮の字に毎に意快よからざるに於て、必ず理の字と訓じ作し、然る後已む。今乃ち其の精微縝密、常情の及ぶ所に非ざるを知るのみ。文集四十三。

54
答方耕道書曰、向者妄謂自立規程。正謂正衣冠、一思慮、莊整齊肅、不慢不欺之類耳。此等雖是細微、然人有是身内外動息、不過是此數事。其根於秉彜、各有自然之則。若不於此一一理會、常切操持、則雖理窮玄奧論極幽微、於我亦有何干渉乎。四十六。
【読み】
方耕道に答うる書に曰く、向者は妄りに自ら規程を立つと謂う。正に衣冠を正し、思慮を一にし、莊整齊肅、慢らず欺かずの類のみ。此等は是れ細微と雖も、然れども人是の身有る、内外動息は是れは此れ數事に過ぎず。其の彜を秉るに根し、各々自然の則有り。若し此に於て一一理會し、常に切に操持せざれば、則ち理は玄奧を窮め論は幽微を極むと雖も、我に於て亦何の干渉有らんや。四十六。

55
讀張敬夫主一箴、掇其遺意、作敬齋箴、書齋壁、以自警云。正其衣冠、尊其瞻視、潜心以居、對越上帝。足容必重、手形必恭、擇地而蹈、折旋蟻封。出門如賓、承事如祭、戰戰兢兢罔敢或易。守口如瓶、防意如城、洞洞屬屬罔敢或輕。不東以西、不南以北、當事而存靡他其適。勿貳以二、勿參以三。惟心惟一、萬變是監從事於斯。是曰持敬。動靜無違表裡交正。須臾有間私欲萬端、不火而熱、不氷而寒、毫釐有差。天壤易處、三綱既淪、九灋亦斁於乎、小子念哉、敬哉。墨卿司戒敢告靈臺。八十五。
【読み】
張敬夫主一の箴を讀み、其の遺意を掇いて、敬齋の箴を作し、齋壁に書し、以て自警すと云う。其の衣冠を正し、其の瞻視を尊し、心を潜め以て居り、越上帝に對す。足の容は必ず重く、手の形は必ず恭しく、地を擇びて蹈み、蟻封を折旋す。門を出るに賓の如く、事を承るに祭の如く、戰戰兢兢、敢て或易すること罔し。口を守りこと瓶の如く、意を防ぐこと城の如く、洞洞屬屬敢て或輕すること無し。東を以て西とせず、南を以て北とせず、事に當りて存し他に其れ適くこと靡し。貳で以て二とすること勿れ、參で以て三とすること勿れ。惟心惟一、萬變是れ監て事に斯に從う。是れを敬を持すと曰う。動靜違う無く表裡交々正しき。須臾も間有れば私欲萬端、火ならずして熱く、氷ならずして寒く、毫釐の差い有り。天壤處を易え、三綱既に淪み、九灋も亦斁するに於や、小子念ずるかな、敬するかな。墨卿戒を司り敢て靈臺に告ぐ。八十五。

56
行宮便殿奏箚曰、臣竊惟皇帝陛下祗膺駿命、恭御寳圖。正位之初、未遑它事、而首以博延儒臣討論經藝、爲急先之務。蓋將求多聞以建事學古訓而有獲。非若記問愚儒詞章小技誇多以爲博、闘靡、以爲工而已也。如是則勸講之官所宜遴選。顧乃不擇。誤及妄庸、則臣竊以爲過矣。蓋臣天資至愚極陋、雖嘗挾策讀書妄以求聖賢之遺旨、而行之不力老矣。無聞。况於帝王之學、則固未之講也。其何以當擢任之寵、而辱顧問之勤乎。是以聞命、驚惶不敢奉詔。然嘗聞之、人之有是生也、天固與之以仁義禮智之性、而叙其君臣父子之倫、制其事物當然之則矣。以其氣質之有偏、物欲之有蔽也、是以或昧其性以亂其倫敗其則、而不知反。必其學以開之、然後有以正心脩身、而爲齊家治國之本。此人之所以不可不學、而其所以學者初非記問詞章之謂、亦非有聖愚貴賤之殊也。以是而言、則臣之所嘗用力、固有可爲陛下言者。請、遂陳之。蓋爲學之道、莫先於窮理。窮理之要必在於讀書。讀書之法、莫貴於循序而致精、而致精之本、則又在於居敬而持志。此不易之理也。夫天下之事、莫不有理。爲君臣者有君臣之理、爲父子者有父子之理、爲夫婦爲兄弟爲朋友、以至於出入起居應事接物之際、亦莫不各有理焉。有以窮之、則自君臣之大、以至事物之微、莫不知其所以然與其所當然、而亡纖芥之疑、善則從之、惡則去之而無毫髪之累。此爲學、所以莫先於窮理也。至論天下之理、則要妙精微各有攸當、亘古亘今不可移易。唯古之聖人爲能盡之、而其所行所言、無不可爲天下後世不易之大法。其餘則順之者爲君子而吉、背之者爲小人而凶。吉之大者、則能保四海而可以爲法、凶之甚者則不能保其身而可以爲戒。是其粲然之跡、必然之效、蓋莫不具於經訓史冊之中。欲窮天下之理而不即是而求之、則是牆靣而立爾。此窮理、所以必在乎讀書也。若夫讀書、則其不好之者固怠忽間斷而無所成矣。其好之者又不免乎貪多而務廣、往往未啓其端而遽已欲探其終。未究乎此而忽已志在乎彼。是以雖復終日勤勞不得休息、而意緒忽忽常若有所奔趨迫逐、而無從容涵泳之樂。是又安能深信自得常久不厭、以異於彼之怠忽間斷而無所成者哉。孔子所謂欲速則不達、孟子所謂進鋭者退速、正謂此也。誠能鑒此而有以反之、則心潜於一久而不移、而所讀之書、文意接連血脉通貫、自然漸漬浹洽心與理會、而善之爲勸者深、惡之爲戒者切矣。此循序致精所以爲讀書之法也。若夫致精之本則在於心、而心之爲物至虚至靈神妙不測、常爲一身之主、以提萬事之綱而不可有頃刻之不存者也。一不自覺而馳騖飛揚、以狥物欲於軀殻之外、則一身無主萬事無綱。雖其俯仰顧盻之間、蓋已不自覺其身之所在、而况能反覆聖言、參考事物、以求義理至當之歸乎。孔子所謂君子不重則不威、學則不固、孟子所謂學問之道無他、求其放心而已矣者、正謂此也。誠能嚴恭寅畏常存此心、使其終日儼然不爲物欲之所侵亂、則以之讀書、以之觀理、將無所往而不通、以之應事、以之接物、將無所處而不當矣。此居敬持志、所以爲讀書之本也。此數語者皆愚臣平生爲學艱難辛苦、已試之效。竊意、聖賢復生、所以敎人不過如此。不獨布衣韋帶之士所當從事。蓋雖帝王之學、殆亦無以易之。特以近年以來風俗薄陋、士大夫間聞此等語、例皆指爲道學。必排去之而後已。是以食芹之美、無路自通。毎抱遺經、徒竊慨歎。今者乃遇皇帝陛下始初清明、無他嗜好、獨於問學孜孜不倦、而臣當此之時特蒙引對。故敢忘其固陋、而輒以爲獻。伏惟、聖明深賜省覽、試以其説驗之於身、蚤寤晨興無忘今日之志、而自彊不息、以緝熈于光明、使異時嘉靖邦國如商高宗、興衰撥亂如周宣王、以著明人主講學之效、卓然爲萬世帝王之標準、則臣雖退伏田野與世長辭、與有榮矣。何必使之勉彊盲聾扶曳跛躄、以汙近侍之列、而爲盛世之羞哉。干冒宸嚴不勝戰慄。惟陛下留神財幸。取進止。十四。
【読み】
行宮便殿の奏箚に曰く、臣竊に惟う皇帝陛下祗んで駿命に膺り、恭しく寳圖を御す。位を正すの初め、未だ它事に遑あらずして、首に博く儒臣を延き經藝を討論するを以て、急先の務と爲す。蓋し將に多聞を求め以て事を建て古訓を學んで獲る有らんとす。記問の愚儒詞章の小技多きに誇り以て博と爲し、靡を闘わし、以て工と爲すのみが若きに非ず。是の如くなれば則ち勸講の官宜しく遴選すべき所なり。顧みれば乃ち擇ばず。誤ちて妄庸に及べば、則ち臣竊に以て過つと爲す。蓋し臣の天資至愚極陋、嘗て策を挾み書を讀み妄りに以て聖賢の遺旨を求めると雖も、而れども行之れ力せず老たり。聞くこと無し。况や帝王の學に於てや、則ち固より未だ之を講ぜざるなり。其れ何を以て擢任の寵に當りて、顧問の勤を辱せんや。是を以て命を聞き、驚惶し敢て詔を奉ぜざる。然るに嘗て之を聞く、人の是の生有るや、天固より之を與うるに仁義禮智の性を以てして、其れ君臣父子の倫を叙し、其れ事物當然の則を制す、と。其れ氣質の偏有り、物欲の蔽有るや、是れ以て或いは其の性を昧し以て其の倫を亂し其の則を敗りて、反ることを知らず。必ず其れ學を以て之を開き、然る後以て心を正し身を脩めて、家を齊え國を治むるの本と爲すこと有り。此れ人の以て學ばざる可からざる所にして、其れ以て學者初めより記問詞章の謂に非ずして、亦聖愚貴賤の殊有るに非ざるなり。是を以て言わば、則ち臣の嘗て力を用いる所、固より陛下の爲に言う可き者有り。請う、遂に之を陳べん。蓋し學を爲むるの道は、理を窮むるより先なるは莫し。理を窮むるの要は必ず書を讀むに在り。書を讀むの法は、序に循いて精を致すより貴きは莫くして、精を致すの本は、則ち又敬に居て志を持つに在り。此れ不易の理なり。夫れ天下の事は、理有らざる莫し。君臣爲る者は君臣の理有り、父子爲る者は父子の理有り、夫婦爲り兄弟爲り朋友爲るは、以て出入起居事に應じ物に接するの際に至り、亦各々理有らざる莫し。以て之を窮むること有らば、則ち君臣の大より、以て事物の微に至るまで、其の以て然る所と其の當に然るべき所とを知りて、纖芥の疑亡く、善は則ち之に從い、惡は則ち之を去りて毫髪の累無からざる莫し。此れ學を爲むるは、以て理を窮むるより先なるは莫きなり。天下の理を論ずるに至りては、則ち要妙精微各々當る攸有り、古に亘り今に亘りて移易す可からず。唯古の聖人能く之を盡すことを爲して、其の行く所言う所は、天下後世不易の大法爲る可からざる無し。其の餘は則ち之に順う者君子と爲りて吉、之に背く者小人と爲りて凶。吉の大なる者は、則ち能く四海を保ちて以て法と爲す可く、凶の甚しき者は則ち其の身を保つこと能わずして以て戒めと爲す可し。是れ其の粲然の跡、必ず然るの效、蓋し經訓史冊の中に具わざる莫し。天下の理を窮めんと欲して是に即して之を求めざれば、則ち是れ靣に牆して立つのみ。此れ理を窮むるは、以て必ず書を讀むに在る所なり。若し夫れ書を讀めば、則ち其れ之を好まざる者は固より怠忽間斷して成す所無し。其れ之を好む者は又多くを貪りて廣きを務むるに免れず、往往未だ其の端を啓かずして遽に已に其の終わりを探さんと欲す。未だ此に究めずして忽已に志彼に在り。是れ以て復日を終え勤勞し休息を得ずと雖も、而れども意緒忽忽常に奔趨迫逐しり所有るが若きにして、從容涵泳の樂無し。是れ又安んぞ能く深信自得常久して厭わず、以て彼の怠忽間斷して成す所無き者異ならんや。孔子謂う所の速なるを欲すれば則ち達せず、孟子謂う所の進むこと鋭なる者は退ぞくこと速なる、正に此を謂うなり。誠に能く此を鑒みて以て之を反すこと有らば、則ち心一に潜み久しくして移らずして、讀む所の書、文意接連血脉通貫、自然に漸漬浹洽心と理と會して、善之れ勸と爲す者は深く、惡之れ戒と爲す者は切なり。此れ序に循い精を致し以て書を讀むの法と爲す所なり。夫れ精を致すの若きの本は則ち心に在りて、心の物と爲るは至虚至靈神妙測れざる、常に一身の主と爲り、以て萬事の綱を提げて頃刻の存せざること有る可からざる者なり。一も自覺せずして馳騖飛揚し、以て物欲に軀殻の外に狥えば、則ち一身に主無く萬事綱無し。其れ俯仰顧盻の間と雖も、蓋し已に其の身の在る所を自覺せずして、况や能く聖言を反覆し、事物を參考し、以て義理至當の歸を求めんや。孔子謂う所の君子重からずんば則ち威あらず、學は則ち固からず、孟子謂う所の學問の道は他無し、其の放心を求むるのみとは、正に此を謂うなり。誠に能く嚴恭寅畏常に此の心を存し、其れ日に終わりて儼然として物欲に之れ侵亂する所を爲さざらしめば、則ち之を以て書を讀み、之を以て理を觀れば、將に往く所にして通ぜざること無しとし、之を以て事に應じ、之を以て物に接すれば、將に處する所にして當らざること無しとす。此れ敬に居り志を持するは、以て書を讀むの本と爲す所なり。此の數語は皆愚臣平生學を爲むる艱難辛苦、已に試みるの效なり。竊に意う、聖賢復た生るとも、以て人を敎うる所は此の如きを過ぎず。獨り布衣韋帶の士のみの當に事に從うべき所にあらず。蓋し帝王の學と雖も、殆ど亦以て之を易えること無からん。特に近年以來の風俗薄陋を以て、士大夫の間此等の語を聞くに、例して皆指して道學と爲す。必ず之を排去して後已む。是れ以て芹を食するの美しき、自通するに路無し。毎に遺經を抱き、徒らに竊に慨歎す。今は乃ち皇帝陛下始初より清明、他の嗜好無く、獨り問學に於て孜孜として倦まざるに遇して、臣此の時に當りて特に引對を蒙る。故に敢て其の固陋を忘れて、輒ち以て獻を爲す。伏して惟う、聖明深く省覽を賜い、試みに其の説を以て之を身に驗み、蚤に寤め晨に興るの今日の志を忘るること無くして、自ら彊く息まず、以て光明を緝熈し、異時邦が國を嘉靖すること商高宗の如く、衰を興し亂を撥ること周宣王の如くせしめ、以て人主學を講ずるの效を著明し、卓然として萬世帝王の標準爲れば、則ち臣田野に退き伏し世と長く辭すると雖も、榮有るに與せん。何ぞ必ずしも之に盲聾を勉彊し跛躄を扶曳し、以て近侍の列を汙して、盛世の羞を爲さしめん。宸嚴を干冒し戰慄に勝えず。惟陛下神を留めて財幸せよ。進止を取る。十四。

57
答呉晦叔書曰、熹伏承示及先知後行之説。反覆詳明引據精密警發多矣。所未能無疑者、方欲求敎、又得南軒寄來書藳讀之、則凡熹之所欲言者、蓋皆已先得之矣。特其曲折之間、小有未僃。請、得而細論之。夫泛論知行之理、而就一事之中以觀之、則知之爲先行之爲後、無可疑者。如孟子所謂、知皆擴而充之。程子所謂、譬如行路、須得光照。及易文言所謂、知至至之、知終終之之類、是也。然合夫知之淺深行之大小而言、則非有以先成乎其小、亦將何以馴致乎其大者哉。如子夏敎人以洒掃應對進退爲先。程子謂未有致知而不在敬者。及易文言所言、知至知終、皆在忠信脩辭之後之類、是也。蓋古人之敎自其孩幼而敎之以孝悌誠敬之實、及其少長而博之以詩書禮樂之文。皆所以使之即夫一事一物之間、各有以知其義理之所在、而致涵養踐履之功也。此小學之事。知之淺而行之小者也。及其十五成童學於大學、則其洒掃應對之間、禮樂射御之際、所以涵養踐履之者略已小成矣。於是不離乎此、而敎之以格物以致其知焉。致知云者因其所已知者、推而致之、以及其所未知者、而極其至也。是必至於舉天地萬物之理、而一以貫之。然後爲知之至、而所謂誠意正心脩身齊家治國平天下者、至是而無所不盡其道焉。此大學之道。知之深而行之大者也。今就其一事之中而論之、則先知後行、固各有其序矣。誠欲因夫小學之成以進乎大學之始、則非涵養履踐之有素、亦豈能居然以夫雜亂紛糾之心、而格物以致其知哉。且易之所謂忠信脩辭者聖學之實事、貫始終而言者也。以其淺而小者言之、則自其常視毋誑、男唯女兪之時、固已知而能之矣。知至至之、則由行此而又知其所至也。此知之深者也。知終終之、則由知至又進以終之也。此行之大者也。故大學之書雖以格物致知爲用力之始、然非謂初不涵養履踐而直從事於此也。又非謂物未格知未至、則意可以不誠、心可以不正、身可以不脩、家可以不齊也。但以爲必知之至、然後所以治己治人者、始有以盡其道耳。若曰必俟知至而後可行、則夫事親從兄承上接下、乃人生之所不能一日廢者、豈可謂吾知未至而暫輟以俟其至而後行哉。按、五峯作復齋記、有立志居敬身親格之之説。蓋深得乎此者。但知言所論、於知之淺深、不甚區別而一以知先行後概之、則有所未安耳。抑聖賢所謂知者雖有淺深、然不過如前所論二端而已。但至於廓然貫通、則内外精粗自無二致、非如來敎及前後所論觀過知仁者、乃於方寸之間、設爲機械欲因觀彼而反識乎此也。候子所闢緫老默識之、是識甚底之言、正是説破此意。如南軒所謂知底事者、恐亦未免此病也。又來論所謂端謹以致知、所謂克己私集衆理者、又似有以行爲先之意、而所謂在乎兼進者、又若致知力行初無先後之分也。凡此皆鄙意所深疑、而南軒之論所未僃者。故敢復以求敎、幸深察而詳論之。四十二。
【読み】
呉晦叔に答うる書に曰く、熹、知を先にし行を後にするの説を示し及ぶを伏承す。反覆詳明引據精密警發多きかな。未だ疑い無きこと能わざる所の者は、方に敎えを求めんと欲すれば、又南軒寄來の書藳を得て之を讀めば、則ち凡そ熹の言わんと欲する所の者は、蓋し皆已に先ず之を得るなり。特に其の曲折の間、小に未だ僃わざる有り。請う、得て細に之を論ぜん。夫れ泛く知行の理を論じて、一事の中に就きて以て之を觀れば、則ち知の先と爲り行の後と爲るは、疑う可き者無し。孟子謂う所の、皆擴げて之を充つるを知る。程子謂う所の、譬えば路を行くが如く、須く光照を得るべし。及び易の文言に謂う所の、至るを知りて之に至り、終えるを知りて之を終えるの類、是れなり。然るに夫れ知の淺深行の大小を合わせて言えば、則ち以て先ず其の小に成ること有るに非ざれば、亦將に何を以て其の大なる者に馴致せん、と。子夏の人を敎えるに洒掃應對進退を以て先と爲す。程子の未だ知を致して敬に在ざる者有らずと謂う。及び易の文言に言う所の、至るを知りて終えるを知る、皆忠信辭を脩むるの後に在るの類の如き、是れなり。蓋し古人の敎えは其の孩幼よりして之を敎えるに孝悌誠敬の實を以てし、其の少く長ずるに及びて之を博くするに詩書禮樂の文を以てす。皆以て之に夫れ一事一物の間に即して、各々以て其の義理の在る所を知ること有りて、涵養踐履の功を致さしむ所なり。此れ小學の事。知の淺くして行の小なる者なり。其れ十五の成童大學に學ぶに及べば、則ち其の洒掃應對の間、禮樂射御の際、以て之を涵養踐履する者略已に小成す。是に於て此に離れずして、之を敎えるに物に格り以て其の知を致すを以てす。知を致すと云う者は其れ已に知る所の者に因りて、推して之を致し、以て其の未だ知らざる所の者に及んで、其の至りを極むなり。是れ必ず天地萬物の理を舉げて、一を以て之を貫くに至る。然る後知の至りと爲りて、謂う所の意を誠にし心を正し身を脩め家を齊え國を治め天下を平にする者、是に至りて其の道を盡さざる所無し。此れ大學の道。知の深くして行の大なる者なり。今其の一事の中に就きて之を論ずれば、則ち知を先にし行を後にする、固より各々其の序有り。誠に夫れ小學の成るに因りて以て大學の始めに進まんと欲せば、則ち涵養履踐の素有るに非ざれば、亦豈能く居然として夫の雜亂紛糾の心を以てして、物に格り以て其の知を致さんや。且つ易の謂う所の忠信辭を脩むる者、聖學の實事は、始終を貫いて言う者なり。其の淺くして小なる者を以て之を言えば、則ち其れ常に誑かすこと毋きを視て、男唯女兪の時より、固より已に知りて之を能くす。至るを知りて之に至るは、則ち此を行に由りて又其の至る所を知るなり。此れ知の深き者なり。終えるを知りて之を終えるは、則ち至るを知るに由りて又進んで以て之を終えるなり。此れ行の大なる者なり。故に大學の書、物に格り知を致すを以て力を用いるの始めと爲すと雖も、然れども初めより涵養履踐せずして直に事えるに此に從うと謂うに非ず。又物未だ格らず知未だ至らざれば、則ち意は以て誠ならざる可く、心は以て正しからざる可く、身は以て脩めざる可く、家は以て齊わざる可きと謂うに非ず。但以て必ず知之れ至りて、然る後以て己を治め人を治むる所の者は、始めて以て其の道を盡すこと有りと爲すのみ。若し必ず知至るを俟ちて後行う可しと曰えば、則ち夫れ親に事え兄に從い上に承り下に接する、乃ち人生の一日廢すること能わざる所の者、豈吾が知未だ至らずして暫輟以て其の至るを俟ちて後行う可けんや。按ずるに、五峯復齋の記を作るに、志を立て敬に居り身親之に格るの説有り。蓋し深く此に得る者なり。但し知言に論ずる所、知の淺深に於て、甚だ區別せずして一に知先行後を以て之を概すれば、則ち未だ安ぜざる所有るのみ。抑々聖賢謂う所の知は淺深有りと雖も、然れども前に論ずる所の二端の如くに過ぎざるのみ。但廓然貫通に至れば、則ち内外精粗自ら二致無く、來敎及び前後論ずる所の過ぎるを觀て仁を知る者は、乃ち方寸の間に於て、機械を設爲し彼を觀るに因りて此に反識せんと欲すが如きに非ざるなり。候子の緫老默して之を識る、是の甚だ底を識るを闢く所の言、正に是れ此の意を説破す。南軒謂う所の底事を知る者の如きも、恐らくは亦未だ此の病を免れず。又來論謂う所の端謹以て知を致し、謂う所の己私に克ち衆理を集める者、又行を以て先と爲すの意有るに似て、謂う所の兼進在る者も、又致知力行初めより先後の分無きが若し。凡そ此れ皆鄙意深く疑う所にして、南軒の論未だ僃わざる所の者なり。故に敢て復た以て敎えを求め、幸に深く察して詳さに之を論ず。四十二。

58
天道流行造化發育。凡有聲色貌象而盈於天地之間者、皆物也。既有此物則其所以爲是物者、莫不各有當然之則、而自不容己。是皆得於天之所賦而非人之所能爲也。今且以其至切而近者言之、則心之爲物實主於身。其體則有仁義禮智之性、其用則有惻隱羞惡恭敬是非之情、渾然在中、隨感而應、各有攸主而不可亂也。次而及於身之所具、則有口鼻耳目四支之用。又次而及於身之所接、則有君臣父子夫婦長幼朋友之常。是皆必有當然之則而自不容己。所謂理也。外而至於人、則人之理不異於己也。遠而至於物、則物之理不異於人也。極其大、則天地之運、古今之變、不能外也。盡於小、則一塵之微、一息之頃、不能遺也。是乃上帝所降之衷、烝民所秉之彜、劉子所謂天地之中、夫子所謂性與天道、子思所謂天命之性、孟子所謂仁義之心、程子所謂天然自有之中、張子所謂萬物之一源、邵子所謂道之形體者、但其氣質有清濁偏正之殊、物欲有淺深厚薄之異、是以人之與物、賢之與愚、相與懸絶而不能同耳。以其理之同、故以一人之心而於天下萬物之理無不能知。以其稟之異、故於其理或有所不能窮也。理有未窮、故其知有不盡。知有不盡、則其心之所發、必不能純於義理、而無雜乎物欲之私。此其所以意有不誠、心有不正、身有不脩、而天下國家不可得而治也。昔者、聖人蓋有憂之。是以於其始敎爲之小學、而使之習於誠敬、則所以收其放心養其德性者、已無所不用其至矣。及其進乎大學、則又使之即夫事物之中、因其所知之理、推而究之以各到乎其極、則吾之知識亦得以周遍精切而無不盡也。若其用力之方、則或考之事爲之著、或察之念慮之微、或求之文字之中、或索之講論之際、使於身心性情之德、人倫日用之常、以至天地鬼神之變、鳥獸草木之宜、自其一物之中、莫不有以見其所當然而不容己、與其所以然而不可易者。必其表裡精粗無所不盡、而又益推其類以通之、至於一日脱然而貫通焉、則於天下之物、皆有以究其義理精微之所極、而吾之聦明睿知亦皆有以極其心之本體而無不盡矣。大學或問。
【読み】
天道流行し造化發育す。凡そ聲色貌象有りて天地の間に盈つる者は、皆物なり。既に此の物有れば則ち其の以て是の物を爲す所の者、各々當然の則有らざる莫く、而して自ら己を容れず。是れ皆天の賦す所に得て人の能く爲す所に非ず。今且く其の至って切にして近き者を以て之を言わば、則ち心の物を爲すは實に身に主たり。其の體は則ち仁義禮智の性有り、其の用は則ち惻隱羞惡恭敬是非の情有り、渾然として中に在り、感ずるに隨いて應じ、各々主とする攸有りて亂れる可からざるなり。次で身の具わる所に及べば、則ち口鼻耳目四支の用有り。又次で身の接する所に及べば、則ち君臣父子夫婦長幼朋友の常有り。是れ皆必ず當然の則有りて自ら己を容れず。謂う所の理なり。外にして人に至れば、則ち人の理は己に異ならざるなり。遠くして物に至れば、則ち物の理人に異ならざるなり。其の大を極めれば、則ち天地の運、古今の變、外なること能わざるなり。小に盡せば、則ち一塵の微、一息の頃、遺すこと能わざるなり。是れ乃ち上帝降ろす所の衷、烝民秉る所の彜、劉子謂う所の天地の中、夫子謂う所の性と天道と、子思謂う所の天の命じる之れ性、孟子謂う所の仁義の心、程子謂う所の天然自ら有るの中、張子謂う所の萬物之れ一源、邵子謂う所の道の形體なる者、但其の氣質は清濁偏正の殊有り、物欲は淺深厚薄の異有り、是れ以て人の物と、賢の愚と、相與に懸絶して同じこと能わざるのみ。其理の同じきを以て、故に一人の心を以て天下萬物の理に於て知ること能わざる無し。其の稟の異なるを以て、故に其の理に於て、或いは窮むること能わざること有るなり。理有りて未だ窮めざる、故に其の知盡きざること有り。知盡きざること有れば、則ち其の心の發する所、必ず義理に純にして、物欲の私に雜ること無きこと能わず。此れ其の以て意誠ならざる有り、心正しからざる有り、身脩めざる有りて、天下國家得て治む可からざる所なり。昔者、聖人蓋し之を憂うこと有り。是れ以て其の始敎に於て之が小學を爲めて、之に誠敬に習わしめば、則ち以て其の放心を收め其の德性を養う所の者、已に其の至りを用いざる所無し。其の大學に進むに及べば、則ち又之に夫れ事物の中に即し、其の知る所の理に因り、推して之を究め以て各々其の極に到らしめば、則ち吾の知識も亦以て周遍精切にして盡きざる無きを得。其れ力を用いるの方の若きは、則ち或いは之を事爲の著に考え、或いは之を念慮の微に察し、或いは之を文字の中に求め、或いは之を講論の際に索め、身心性情の德、人倫日用の常に於るより、以て天地鬼神の變、鳥獸草木の宜きに至り、其の一物の中より、以て其の當に然るべき所にして己を容れず、其の以て然る所にして易る可からざる者とを見ること有らざる莫し。必ず其の表裡精粗盡ざる所無くして、又益々其の類を推し以て之に通じ、一日脱然として貫通するに至れば、則ち天下の物に於る、皆以て其の義理精微の極むる所を究むること有りて、吾の聦明睿知も亦皆以て其の心の本體を極むること有りて盡きざること無し。大學或問。

59
格物致知、彼我相對而言耳。格物所以致知。於這一物上窮得一分之理、即我之知亦知得一分。於物之理窮二分、即我之知亦知得二分。於物之理窮得愈多、則我之知愈廣。其實只是一理。才明彼、即曉此。所以大學説致知在格物、又不説欲致其知者在格其物。蓋致知便在格物中、非格之外別有致處也。語類十八。
【読み】
物に格りて知を致すは、彼我相對して言うのみ。物に格るは以て知を致す所なり。這の一物上に於て一分の理を窮め得ば、即ち我の知も亦一分を知り得。物の理に於て二分を窮めば、即ち我の知も亦二分を知り得。物の理に於て窮め得ること愈々多ければ、則ち我の知愈々廣し。其の實は只是れ一理なり。才かに彼に明なるは、即ち此に曉かなり。以て大學の知を致すは物に格るに在りと説き、又其の知を致さんと欲する者は其の物に格るに在りと説かざる所は、蓋し知を致すは便ち物に格る中に在り、格るの外別に致す處有るに非ざればなり。語類十八。

60
致知格物、只是一事。非是今日格物、明日又致知。格物以理言、致知以心言。百二十。
【読み】
知を致して物に格る、只是れ一事。是れ今日物に格り、明日又知に致るに非ず。物に格るに理を以て言い、知を致すに心を以て言う。百二十。

61
黄去私問致知格物。曰、致字有推出之意、前輩用致字、多如此。人誰無知。爲子知孝、爲父知慈。只是知不盡、須是要知得透底。且如一穴之光、也喚做光、然逐旋開剗得大、則其光愈大。物皆有理、人亦知其理、如當慈孝之類、只是格不盡。但物格於彼、則知盡於此矣。十五。
【読み】
黄去私知を致し物に格るを問う。曰く、致の字は推出すの意有り、前輩致の字を用いる、多く此の如し。人誰か知無き。子爲るは孝を知り、父爲るは慈を知る。只是の知盡きず、須く是れ透底を知り得るを要すべし。且つ一穴の光の如きも、也た光と喚び做し、然るに逐旋開剗し得て大なれば、則ち其の光愈々大なり。物皆理有り、人亦其の理を知るは、當に慈孝なるべきの類の如く、只是の格盡きず。但物彼に格れば、則ち知此に盡きるなり。十五。

62
知、便要知得極。致知、是推致到極處、窮究徹底、眞見得決定如此。程子説虎傷人之譬、甚好。如這一箇物、四陲四角皆知得盡、前頭更無去處、外靣更無去處、方始是格到那物極處。十八。
【読み】
知は便ち知り得極むを要す。知を致すは、是れ推致して極處に到り、徹底を窮究し、眞に決定此の如きを見得。程子虎人を傷るの譬を説く、甚だ好し。這の一箇の物の如く、四陲四角皆知得盡し、前頭更に去く處無く、外靣更に去く處無き、方に始めて是れ那の物の極むる處に格到す。十八。

63
致知格物、十事格得九事通透、一事未通透不妨。一事只格得九分、一分不透、最不可。凡事不可著箇且字。且字、其病甚多。十五下同。
【読み】
知を致し物に格る、十事の九事に格り得て通透し、一事未だ通透せざるも妨げず。一事の只だ九分に格り得て、一分に透らざる、最も可ならず。凡そ事に箇の且の字を著す可からず。且の字、其の病甚だ多し。十五下同。

64
格物云者、要窮到九分九釐以上、方是格。
【読み】
物に格ると云は、九分九釐以上窮め到るを要す、方に是れ格るなり。

65
問、事各有理、而理各有至當十分處。今看得七八分、只做到七八分處、上面欠了分數。莫是窮來窮去、做來做去久而且熟、自能長進到十分否。曰、雖未能從容、只是熟後便自會從容。再三詠一熟字。百十七。
【読み】
問う、事各々理有りて、理各々至當十分の處有り。今七八分を看得て、只七八分の處に做し到り、上面分數を欠了す。是れ窮來窮去、做來做去久しくして且つ熟し、自ら能く長進し十分に到ること莫きや否や。曰く、未だ從容なること能わずと雖も、只是れ熟する後便に自ら從容を會す。再三一の熟の字を詠ず。百十七。

66
余國秀問、治心脩身之要、以爲、雖知事理之當爲、而念慮之間、多與日間所講論相違。曰、且旋恁地做去、只是如今且説箇熟字。這熟字如何便得到這地位。到得熟地位、自有忽然不可知處、不是被你硬要得、直是不知不覺得如此。百二十。
【読み】
余國秀問う、心を治め身を脩むるの要は、以爲らく、事理の當に爲すべきを知ると雖も、而れども念慮の間、多く日間講論する所と相違う、と。曰く、且く旋々恁地く做し去き、只是れ如今且く箇の熟字を説け。這の熟字如何ぞ便ち這の地位に到るを得ん。熟の地位に到り得れば、自ら忽然として知る可からざる處、是れ你に硬く要し得らるるにあらず。直ち是れ知らず覺えず此の如きを得。百二十。

67
如人要知得輕重、須用秤方得。有拈弄得熟底、只把在手上、便知是若干斤兩、更不用秤。此無他。只是熟。今日也拈弄、明日也拈弄、久久自熟。也如百工技藝做得精者、亦是熟後便精。孟子曰、夫仁亦在乎熟之而已。所以貴乎熟者、只是要得此心與義理相親。苟義理與自家相近、則非理之事、自然相遠。思慮多走作、亦只是不熟、熟後自無。百十八。
【読み】
人の輕重を知り得るを要するが如きは、須く秤を用いて方に得べし。拈弄し得て熟すること有るが底は、只手上に把在し、便ち是れ若干の斤兩を知り、更に秤を用いず。此れ他無し。只是れ熟す。今日も也た拈弄し、明日も也た拈弄し、久久自ら熟す。也た百工技藝做し得て精しき者の如きも、亦是れ熟する後便に精し。孟子曰く、夫れ仁も亦之を熟するに在るのみ、と。以て熟に貴ぶ所の者は、只是れ此の心と義理と相親しきを得るを要す。苟も義理と自家と相近ければ、則ち非理の事、自然に相遠ざかる。思慮多く走作するも、亦只是れ熟せず、熟する後自ら無し。百十八。

68
讀書須是成誦。方精熟。今所以記不得、説不去、心下若存若亡、皆是不精不熟之患。若曉得義理、又皆記得、固是好。若曉文義不得、只背得、少間不知不覺、自然相觸發、曉得這義理。蓋這一段文義橫在心下、自是放不得、必曉而後已。若曉不得、又記不得、更不消讀書矣。橫渠説、讀書須是成誦。今人所以不如古人處、只爭這些子。古人記得、故曉得。今人鹵莽、記不得、故曉不得。緊要處、慢處、皆須成誦、自然曉得也。今學者若已曉得大義、但有一兩處阻礙説不去。某這裡略些數句發動、自然曉得。今諸公盡不曾曉得、縱某多言何益。無他、只要熟看熟讀而已。別無方法也。百二十一。
【読み】
書を讀むは須く是れ誦を成すべし。方に精熟す。今以て記して得ず、説いて去かず、心下存するが若く亡きが若きは、皆是れ精しくせず熟せざるの患いなり。若し義理を曉り得れば、又皆記し得、固より是れ好し。文義を曉りて得ざるが若き、只背得すれば、少間知らず覺えず、自然に相觸發し、這の義理を曉り得。蓋し這の一段の文義は心下に橫在し、自ら是れ放ちて得ず、必ず曉りて後已む。曉りて得ず、又記して得ざるが若きは、更に書を讀むを消いざるなり。橫渠説く、書を讀むは須く是れ誦を成すべし、と。今人以て古人に如ざる所の處は、只這の些子を爭う。古人記し得、故に曉り得。今人鹵莽、記し得ず、故に曉り得ず。緊要の處、慢る處、皆須らく誦を成すべく、自然に曉り得るなり。今の學者の已に大義を曉り得るが若き、但一兩處阻礙し説いて去かざる有り。某這の裡に些の數句を略して發動すれば、自然に曉り得。今諸公盡く曾て曉り得ず、縱え某多言するも何の益あらん。他無し、只熟看熟讀を要すのみ。別に方法無し。百二十一。

69
天下無不可説底道理。如爲人謀而忠、朋友交而信、傳而習、亦都是眼前底事、皆可説。只有一箇熟處説不得。除了熟之外、無不可説者。未熟時、頓放這裡又不穩帖、拈放那裏又不是。然終不成住了、也須從這裡更著力始得。到那熟處、頓放這邊也是、頓放那邊也是、七顚八倒無不是。所謂居之安、則資之深。資之深、則左右逢其原。譬如梨柿。生時酸澁、喫不得、到熟後、自是一般甘美。相去大遠。只在熟與不熟之間。百十七。
【読み】
天下説く可からざる底の道理無し。人の爲に謀りて忠、朋友に交わりて信、傳えて習うの如きも、亦都て是れ眼前底の事、皆説く可し。只一箇の熟する處を説きて得ざる有り。熟すを除了するの外、説く可からざる者無し。未だ熟せざる時、這の裡に頓放するも又穩帖ならず、那の裏に拈放するも又是ならず。然るに終に住了を成さず、也た須く這の裡に從いて更に力を著るべくして始めて得。那の熟する處に到れば、這の邊に頓放するも也た是、那の邊に頓放するも也た是、七顚八倒是ならざる無し。謂う所の之に居ること安ければ、則ち之に資すること深し。之に資すること深ければ、則ち左右其の原に逢う。譬えば梨柿の如し。生し時は酸澁、喫し得ず、熟後に到れば、自ら是一般の甘美。相去ること大いに遠し。只熟と不熟との間在り。百十七。

70
先生問學者曰、公今在此坐、是主靜、是窮理。久之未對。曰、便是公不曾做工夫。若不是主靜、便是窮理、只有此二者。既不主靜、又不窮理、便是心無所用、閑坐而已。如此做工夫、豈有長進之理。佛者曰、十二時中、除了著衣喫飯是別用心。夫子亦云、造次必於是、顚沛必於是。須是如此做工夫方得。公等毎日只是閑用心、問閑事、説閑話底時節多。問緊要事、究竟自己底事時節少。若是眞箇做工夫底人、他自是無閑工夫、説閑話、問閑事。百二十一。
【読み】
先生學者に問いて曰く、公は今此に在りて坐す、是れ靜を主とするか、是れ理を窮むるか。之を久しくして未だ對えず。曰く、便ち是れ公は曾て工夫を做さず。是れ靜を主とせざれば、便ち是れ理を窮むるが若く、只此の二者有り。既に靜を主とせず、又理を窮めざれば、便ち是れ心を用いる所無く、閑坐するのみ。此の如く工夫を做せば、豈長進の理有らんや。佛者曰く、十二時中、衣を著し飯を喫すを除了するは是れ別に心を用いる、と。夫子も亦云う、造次も必ず是に於てし、顚沛も必ず是に於てす、と。須く是れ此の如く工夫を做すべくして方に得。公等毎日只是れ閑に心を用い、閑事を問い、閑話を説く底の時節多し。緊要の事を問い、自己底の事を究竟する時節少なし。若し是れ眞箇に工夫を做す底の人は、他に自ら是れ閑の工夫、閑話を説き、閑事を問うこと無し。百二十一。

71
呉楶直翁問、學亦頗知自立、而病痛猶多、奈何。曰、未論病痛。人必全體是、而後可以言病痛。譬如純是白物事了、而中有黑點、始可言病痛。公今全體都未是、何病痛之可言。設雖有善、亦只是黑上出白點。特其義理之不能已與氣質之或美耳。大抵人須先要趨向是。若趨向正底人、雖有病痛、也是白地上出黑花。此特其氣稟之偏、未能盡勝耳。要之白地多也。趨向不正底人、雖有善、亦只是黑地上出白花、卻成差異事。如孔門弟子、亦豈能純善乎。然終是白地多。可愛也。人須先拽轉了自己趨向始得。孔子曰、苟志於仁矣、無惡也。既志於義理、自是無惡。雖有未善處、只是過耳。非惡也。以此推之、不志於仁、則無善矣。蓋志在於利欲、假有善事、亦偶然耳。蓋其心志念念只在利欲上。世之志利欲與志理義之人、自是不干事。志利欲者、便如趨夷狄禽獸之徑、志理義者、便是趨正路。鄕里如江德功呉公濟諸人、多少是激惱人。然其志終在於善。世亦有一種不激惱人底、又見人説道理、他也從而美之、見人非佛老、他亦從而非之。但只是胡亂順人情説、而心實不然、不肯眞箇去做。此最不濟事。百二十。
【読み】
呉楶直翁問う、學は亦頗る自立を知りて、病痛猶多し、奈何、と。曰く、未だ病痛を論ぜず。人必ず全體是にして、後以て病痛を言う可し。譬えば純は是れ白物事にし了りて、中に黑點有るが如き、始めて病痛を言う可し。公は今全體都て未だ是ならず、何ぞ病痛と之れ言う可きや。設え善有りと雖も、亦只是れ黑上に白點を出す。特に其の義理の已むこと能わざると氣質の或いは美なるとのみ。大抵人須く先ず趨向是なるを要すべし。趨向正しき底の人の若きは、病痛有りと雖も、也た是れ白地上に黑花を出す。此れ特に其の氣稟の偏、未だ盡く勝つこと能わざるのみ。之を要するに白地多きなり。趨向正しからざる底の人は、善有りと雖も、亦只是れ黑地上に白花を出す、卻って差異の事を成す。孔門の弟子の如きも、亦豈能く純善ならんや。然るに終に是れ白地多し。愛す可きなり。人須く先ず自己の趨向を拽轉し了りて始めて得。孔子曰く、苟に仁に志せば、惡無し。既に義理に志せば、自ら是れ惡無し。未だ善からざる處有りと雖も、只是て過ちのみ。惡に非ざるなり。此を以て之を推せば、仁に志さざれば、則ち善無し。蓋し志利欲に在れば、假え善事有るも、亦偶然のみ。蓋し其の心志念念只利欲の上に在り。世の利欲に志すと理義に志す人と、自ら是れ事に干せず。利欲に志す者は、便ち夷狄禽獸の徑に趨くが如く、理義に志す者は、便ち是れ正路に趨く。鄕里の江德功呉公濟諸人の如き、多少は是れ人を激惱す。然るに其の志終に善に在り。世に亦一種人を激惱せざる底有り、又人の道理を説くを見て、他も也た從いて之を美め、人の佛老を非するを見て、他も亦從いて之を非する。但只是れ胡亂に人情に順いて説きて、心は實は然らず、肯じて眞箇に做し去かず。此れ最も事を濟まず。百二十。

72
答呂子約書曰、後書不免有輕内重外之意、氣象殊不能平。愚意、竊所未安、大抵此學以尊德性求放心爲本、而講於聖賢親切之訓、以開明之。此爲要切之務。若通古今考世變、則亦隨力所至推廣增益、以爲補助耳。不當以彼爲重、而反輕凝定收斂之實、少聖賢親切之訓也。若如此説、則是学問之道不在於己而在於書。不在於經而在於史。爲子思孟子、則孤陋狹劣而不足觀、必爲司馬遷班固范曄陳壽之徒、然後可以造於高明正大簡易明白之域也。八字乃來書本語。夫學者既學聖人、則當以聖人之敎爲主。今六經語孟中庸大學之書具在。彼以了悟爲高者、既病其障礙而以爲不可讀。此以記覽爲重者、又病其狹小而以爲不足觀。如是、則是聖人所以立言埀訓者、徒足以悞人而不足以開人。孔子不賢於堯舜、而達磨遷固賢於仲尼矣。無乃悖之甚邪。文集四十七。
【読み】
呂子約に答うる書に曰く、後書内を輕んじ外を重んずるの意を免がれず、氣象殊に平なること能わず。愚意う、竊に未だ安ぜざる所は、大抵此れ學は德性を尊び放心を求むるを以て本と爲して、聖賢親切の訓に講じ、以て之を開明す。此れ要切の務と爲す。古今に通じ世變を考えが若きは、則ち亦力の至る所に隨い推し廣めて增益し、以て補助と爲すのみ。當に彼を以て重きと爲して、反て凝定收斂の實輕んじ、聖賢親切の訓を少なしとすべからず。若し此の如く説かば、則ち是れ学問の道は己に在らずして書に在り。經に在らずして史に在り。子思孟子爲むるは、則ち孤陋狹劣にして觀るに足らず、必ず司馬遷班固范曄陳壽の徒を爲め、然る後以て高明正大簡易明白の域に造る可きなり。八字は乃ち來書の本語。夫れ學者既に聖人を學べば、則ち當に聖人の敎えを以て主と爲すべし。今六經語孟中庸大學の書具在す。彼の了悟を以て高きと爲す者は、既に其の障礙を病んで以て讀む可からずと爲す。此れ記覽を以て重きと爲す者は、又其の狹小を病んで以て觀るに足らずと爲す。是の如くなれば、則ち是れ聖人の以て言を立て訓を埀れる所の者、徒らに以て人を悞るに足りて以て人を開くに足らず。孔子は堯舜に賢ならずして、達磨遷固は仲尼に賢す。乃ち悖ること之より甚だしきは無きや。文集四十七。

73
徽州婺源縣學藏書閣記曰、道之在天下其實原於天命之性、而行於君臣父子兄弟夫婦朋友之間。其文則出於聖人之手、而存於易書詩禮樂春秋孔孟氏之籍。本末相須人言相發、皆不可以一日而廢焉者也。蓋天理民彜自然之物。則其大倫大灋之所在、固有不依文字而立者。然古之聖人欲明是道於天下而埀之萬世、則其精微曲折之際非託於文字、亦不能以自傳也。故自伏羲以降列聖繼作至于孔子。然後所以埀世立敎之具、粲然大僃。天下後世之人自非生知之聖、則必由是以窮其理、然後知有所至而力行以終之。固未有飽食安坐無所猷爲、而忽然知之、兀然得之者也。故傅説之告高宗、曰學于古訓乃有獲、而孔子之敎人亦曰、好古敏以求之。是則君子所以爲學致道之方。其亦可知也。已然自秦漢以來、士之所求乎書者、類以記誦剽掠爲功、而不及乎窮理脩身之要。其過之者、則遂絶學捐書、而相與馳騖乎荒虚浮誕之域。蓋二者之蔽不同、而於古人之意則胥失之矣。嗚呼道之所以不明不行、其不以此與。七十八。
【読み】
徽州婺源縣學藏書閣の記に曰く、道の天下に在る、其の實は天命の性に原て、君臣父子兄弟夫婦朋友の間に行わる。其の文は則ち聖人の手に出でて、易書詩禮樂春秋孔孟氏の籍に存す。本末相須ち人言相發し、皆以て一日として廢する可からざる者なり。蓋し天理民彜は自然の物なり。則ち其の大倫大灋の在する所は、固より文字に依らずして立つ者なり。然るに古の聖人は是の道を天下に明にして、之を萬世に埀れんと欲すれば、則ち其の精微曲折の際、文字に託すに非ざれば、亦以て自ら傳えること能わざるなり。故に伏羲より以降列聖繼ぎ作り孔子に至る。然る後以て世に埀れ敎えを立てる所の具、粲然として大僃す。天下後世の人、生知の聖に非ざるよりは、則ち必ず是れに由り以て其の理を窮め、然る後知至る所有りて力行以て之を終える。固より未だ飽食安坐猷爲する所無くして、忽然として之を知り、兀然として之を得る者あらざるなり。故に傅説の高宗に告げるに、古訓に學べば乃ち獲ること有りと曰いて、孔子の人を敎えるにも亦曰う、古きを好み敏以て之を求む、と。是れ則ち君子以て學を爲め道を致すの方。其れ亦知る可し。已然に秦漢より以來、士の書に求むる所の者、類ち記誦剽掠を以て功と爲して、理を窮め身を脩むるの要に及ばず。其れ之を過ぎる者は、則ち遂に學を絶ち書を捐て、相與に荒虚浮誕の域に馳騖す。蓋し二の者の蔽は同じからずして、古人の意に於ては則ち之を胥失す。嗚呼道の以て明かならず行われざる所は、其れ此を以いざらんか。七十八。

74
答張敬夫書曰、學而説、篇名也、取篇首兩字爲別。初無意義。但學之爲義、則讀此書者不可以不先講也。夫學也者、以字義言之、則己之未知未能、而曉夫知之能之之謂也。以事理言之、則凡未至而求至者皆謂之學。雖稼圃射御之微、亦曰學、配其事而名之也。而此獨專之、則所謂學者果何學也。蓋始乎爲士者、所以學而至乎聖人之事、伊川先生所謂儒者之學、是也。蓋伊川先生之意、曰今之學者有三、詞章之學也、訓詁之學也、儒者之學也。欲通道、則舍儒者之學不可。尹侍講所謂、學者所以學爲人也。學而至於聖人、亦不過盡爲人之道而已。此皆切要之言也。夫子之所志、顏子之所學、子思孟子之所傳、皆是學也。其精純盡在此書、而此篇所明又學之本、故學者不可以不盡心焉。三十二。
【読み】
張敬夫に答うる書に曰く、學而の説、此の篇名や、篇首の兩字を取りて別を爲す。初めより意義無し。但學の義を爲すは、則ち此の書を讀む者、以て先ず講ぜざる可からず。夫れ學なる者は、字義を以て之を言えば、則ち己の未だ知らず未だ能わずして、夫れ之を知り之を能くするを曉るの謂いなり。事理を以て之を言わば、則ち凡そ未だ至らずして至るを求める者は皆之を學と謂う。稼圃射御の微と雖も、亦學と曰い、其れ事に配して之を名づくなり。而して此れ獨り之を專らにすれば、則ち謂う所の學は果して何の學ぞ。蓋し士爲るに始まる者、以て學んで聖人に至る所の事、伊川先生謂う所の儒者の學、是れなり。蓋し伊川先生の意、今の學なる者三有り、詞章の學なり、訓詁の學なり、儒者の學なり。道を通ぜんと欲せば、則ち儒者の學を舍てるは可ならずと曰う。尹侍講謂う所、學なる者は以て人と爲るを學ぶ所なり。學んで聖人に至るも、亦人と爲るの道を盡すに過ぎざるのみ。此れ皆切要の言なり。夫子の志す所、顏子の學ぶ所、子思孟子の傳える所は、皆是の學なり。其の精純盡く此の書に在りて、此の篇の明にする所も又學の本、故に學者は以て心を盡さざる可からず。三十二。

75
袁州州學三先生祠記曰、自鄒孟氏沒而聖人之道不傳、世俗所謂儒者之學、内則局於章句文詞之習、外則雜於老子釋氏之言、而其所以脩己治人者、遂一出於私智人爲之鑿、淺陋乖離莫適主統。使其君之德、不得比於三代之隆、民之俗、不得躋於三代之盛。若是者、蓋已千有餘年於今矣。濂渓周公先生奮乎百世下、乃始深探聖賢之奧、疏觀造化之原、而獨心得之、立象著書闡發幽秘。詞義雖約、而天人性命之微、脩己治人之要、莫不畢舉。河南兩程先生既親見之而得其傳。於是其學遂行於世、士之講於其説者、始得以脱於俗學之陋、異端之惑、而其所以脩己治人之意亦往往有能卓然不惑於世俗利害之私、而慨然有志於堯舜其君民者。蓋三先生者、其有功於當世、於是爲不小矣。然論者既未嘗考於其學、又拘於今昔顯晦之不同。是以莫知其本末源流之若此、而或輕議之。其有略聞之者、則又舍近求遠、處下窺高、而不知即事窮理、以求其切於脩己治人之實也。七十八。
【読み】
袁州州學三先生の祠の記に曰く、鄒孟氏沒するよりして聖人の道傳わらず、世俗謂う所の儒者の學、内は則ち章句文詞の習に局し、外は則ち老子釋氏の言に雜りて、其の以て己を脩め人を治むる所の者、遂に一に私智人爲の鑿に出で、淺陋乖離適として主統する莫し。其れ君の德、三代の隆に比するを得ず、民の俗、三代の盛んに躋るを得ざしむ。是の若き者、蓋し已に今に千有餘年なり。濂渓周公先生百世の下に奮い、乃ち始めて聖賢の奧を深探し、造化の原を疏觀して、獨り心は之を得、象を立て書を著し幽秘を闡發す。詞義約なりと雖も、而して天人性命の微、己を脩め人を治むるの要、畢舉せざる莫し。河南兩程先生既に親しく之を見て其の傳を得。是に於て其の學遂に世に行われ、士の其の説に講ずる者、始めて以て俗學の陋、異端の惑に脱するを得て、其の以て己を脩め人を治むる所の意も亦往往能く卓然として世俗利害の私に惑わずして、慨然として其の君民を堯舜にするに志有る者有り。蓋し三先生は、其れ當世に功有る、是に於て小ならずと爲す。然るに論者既に未だ嘗て其の學を考えず、又今昔顯晦の同じからざるに拘わる。是れ以て其の本末源流此の若きを知ること莫くして、或いは輕く之を議す。其れ略之を聞くこと有る者は、則ち又近きを舍て遠きを求め、下に處り高きを窺いて、事に即し理を窮め、以て其の己を脩め人を治むるに切なるの實を求むるを知らず。七十八。

76
或曰、詩書六藝、七十子非不習而通也。而夫子獨稱顏子爲好學。顏子之所好、果何學歟。程子曰、學以至乎聖人之道也。學之道奈何。曰、天地儲精、得五行之秀者爲人。其本也眞而靜。其未發也五性具焉。曰仁義禮智信。形既生矣、外物觸其形而動於中矣。其中動而七情出焉。曰喜怒哀懼愛惡欲。情既熾而益蕩、其性鑿矣。故覺者約其情使合於中、正其心、養其性而已。然必先明諸心、知所往、然後力行以求至焉。若顏子之非禮勿視聽言動、不遷怒貳過者、則其好之篤、而學之得其道也。然其未至於聖人者、守之也。非化之也。假之以年、則不日而化矣。今人乃謂聖本生知、非學可至、而所以爲學者、不過記誦文辭之間。其亦異乎顏子之學矣。論語集註。
【読み】
或るひと曰く、詩書六藝は、七十子習いて通ぜざるには非ず。而して夫子獨り顏子を稱して學を好むと爲す。顏子の好む所、果して何の學ぞや。程子曰く、學びて以て聖人に至るの道なり。學ぶ道は奈何。曰く、天地精を儲くるとき、五行の秀を得し者を人と爲す。其の本や眞にして靜。其の未だ發せざるや五性具る。仁義禮智信を曰う。形既に生ずれば、外物は其の形に觸れて其の中を動かす。其の中動きて七情出づ。喜怒哀懼愛惡欲を曰う。情既に熾にして益々蕩けば、其の性鑿たる。故に覺れる者は其の情を約して中に合せしめ、其の心を正し、其の性を養うのみ。然れば必ず先ず諸を心に明らかにし、往く所を知り、然る後に力行して以て至るを求む。顏子の禮に非ざれば視聽言動すること勿れ、怒を遷し過を貳びせざる者は、則ち其の之を好むこと篤くして、之を學びて其の道を得るなり。然るに其の未だ聖人に至らざる者は、之を守るなり。之を化するに非ざるなり。之に假すに年を以てせば、則ち日ならずして化せしならん。今人乃ち聖は本より生知なれば、學びて至る可きものに非ずと謂いて、以て學を爲す者は、記誦文辭の間を過ず。其れ亦顏子の學に異なれり。論語集註。

跋講學鞭策録
爲學之方、朱子明之、至矣、盡矣。今究其要而舉之不過敬義兩言、而至於日新之功上達之效、則全在乎積累習熟而已矣。頃日略掇其尤確實緊切者、集次爲一編。然學者志不先立焉、則千言萬語皆無用之贅也耳。尚何學之可議哉。故又冠立志一節於最首、以備乎觀省儆戒之資焉。先生嘗有言。開卷便有與聖賢不相似處。豈可不自鞭策。吾輩所宜深致思也。
天和癸亥冬至日 佐藤直方謹識
【読み】
學を爲むるの方、朱子之を明かにする、至れり、盡せり。今其の要を究めて之を舉ぐるに敬義兩言に過ぎずして、日新の功上達の效に至りては、則ち全く積累習熟に在るのみ。頃日略其の尤も確實緊切なる者を掇り、集次して一編と爲す。然れども學者志先ず立たざれば、則ち千言萬語は皆無用の贅なるのみ。尚何ぞ學を之れ議す可けんや。故に又志を立つるの一節を最首に冠し、以て觀省儆戒の資に備う。先生嘗て言える有り。卷を開けば便ち聖賢と相似ざる處有り。豈自ら鞭策せざる可けんや。吾輩宜しく深く思を致すべき所なり。
天和癸亥冬至の日 佐藤直方謹識