己酉一六中庸筆記九
鬼神之章  三月六日  重次
【語釈】
・己酉…寛政1年(1789)年。
・重次…中田重次。十二郎と称す。東金市堀上の人。寛政10年(1798)11月没。


中庸章句第十六章
子曰、鬼神之爲德、其盛矣乎。程子曰、鬼神、天地之功用、而造化之跡也。張子曰、鬼神者、二氣之良能也。愚謂以二氣言、則鬼者陰之靈也。神者陽之靈也。以一氣言、則至而伸者爲神、反而歸者爲鬼、其實一物而已。爲德、猶言性情功效。
【読み】
子曰く、鬼神の德爲る、其れ盛んなるかな。程子曰く、鬼神は、天地の功用にして、造化の跡なり、と。張子曰く、鬼神は、二氣の良能なり、と。愚謂えらく、二氣を以て言えば、則ち鬼は陰の靈なり。神は陽の靈なり。一氣を以て言えば、則ち至りて伸びる者は神と爲り、反りて歸る者は鬼と爲り、其の實は一物なるのみ。德爲るは、猶性情功效と言うがごとし。

視之而弗見、聽之而弗聞、體物而不可遺。鬼神無形與聲。然物之終始、莫非陰陽合散之所爲。是其爲物之體、而物所不能遺也。其言體物、猶易所謂幹事。
【読み】
之を視れども見えず、之を聽けども聞こえず、物に體して遺す可からず。鬼神は形と聲と無し。然るに物の終始は、陰陽合散の爲る所に非ざること莫し。是れ其の物の體と爲りて、物の遺すこと能わざる所なり。其の物に體すと言うは、猶易に謂う所の事に幹たるのごとし。

使天下之人、齊明盛服、以承祭祀、洋洋乎、如在其上、如在其左右。齊、側皆反。○齊之爲言齊也。所以齊不齊而致其齊也。明、猶潔也。洋洋、流動充滿之意。能使人畏敬奉承、而發見昭著如此。乃其體物而不可遺之驗也。孔子曰、其氣發揚于上、爲昭明焄蒿悽愴、此百物之精也、神之著也、正謂此爾。
【読み】
天下の人をして、齊明盛服して、以て祭祀に承らしめ、洋洋乎として、其の上に在すが如く、其の左右に在すが如し。齊は側皆の反。○齊の言爲るは齊なり。齊えざるを齊えて其の齊を致むる所以なり。明は猶潔しのごとし。洋洋は、流動充滿の意。能く人をして畏敬奉承せしめて、而して發見昭著なること此の如し。乃ち其の物に體して遺す可からざるの驗なり。孔子曰く、其の氣上に發揚して、昭明焄蒿悽愴を爲す、此れ百物の精なり、神の著なりとは、正に此を謂うのみ。

詩曰、神之格思、不可度思。矧可射思。度、待洛反。射、音亦。詩作斁。○詩、大雅抑之篇。格、來也。矧、況也。射、厭也。言厭怠而不敬也。思、語辭。
【読み】
詩に曰く、神の格る、度る可からざる。矧[いわん]や射[いと]う可けんや。度は待洛の反。射は音亦。詩に斁に作る。○詩は大雅抑の篇。格は來るなり。矧は況やなり。射は厭うなり。言うこころは、厭い怠って敬せず、と。思は語の辭。

夫微之顯、誠之不可揜、如此夫。夫、音扶。○誠者、眞實無妄之謂。陰陽合散、無非實者。故其發見之不可揜如此。
【読み】
夫れ微かなるが顯らかなる、誠の揜[おお]う可からざること、此の如し。夫は音扶。○誠は、眞實無妄の謂。陰陽の合散は、實に非ざること無き者なり。故に其の發見の揜う可からざること此の如し。

右第十六章。不見不聞、隱也。體物如在、則亦費矣。此前三章、以其費之小者而言。此後三章、以其費之大者而言。此一章、兼費隱、包大小而言。
【読み】
右第十六章。見えず聞こえざるは、隱なり。物に體して在すが如しとは、則ち亦費なり。此の前の三章は、其の費の小なる者を以て言う。此の後の三章は、其の費の大なる者を以て言う。此の一章は、費隱を兼ね、大小を包んで言う。


子曰鬼神爲德云云。まつ中庸を讀むに、喜怒哀樂のあそこえ出たと、爰へ鬼神の出たが六つけしいことぞ。偖て此章、爰え出子ばかなわぬと云をしれは、中庸を読むの諸太夫以上也。其故人かいろ々々不審を云が、たま々々知た分が費隱を鬼神て明すなと云が中々そんなではない。それはあとの章句てわりつけたをみて云たもの。爰はとくと根がすま子ば知れぬことなり。子思の中庸をあむに、爰へ鬼神が出子ばならぬ筈になってきたもの。目録附て云ことでない。こふなけれはならぬいきをいになりてきたもの。丁と酒をたん々々呑て、爰で梨をくいたいと云様なもの。どふもそふせ子ばならぬ腹なり。費隱を云て、次の三章費の小なるを云て、爰へは鬼神を出さ子ばならぬよふになりてきたもの。そこを知りたは程朱ぞ。其故程子か浩然の気を発揮すと云たぞ。ここらあたり浩然の章のはなしはないはつなれとも、知た人は思いよらぬことが出る。近思道体の篇可考。朱子の章句など此章でも知れてあるぞ。何もかも合点の上の章句。爰が知た同士は凉しい。色をも香をも知る人ぞしるなり。
【解説】
「子曰、鬼神之爲德」の説明。中庸では、喜怒哀楽と鬼神の章の出た場所が難しい。そこで人が色々と不審を言う。費隱を言って、次の三章では費の小なるを言って、ここへは鬼神を出さなければならなくなったのである。
【通釈】
「子曰、鬼神爲德云云」。先ず中庸を読むのに、喜怒哀楽があそこに出たのと、ここに鬼神が出たのが難しい。さて、この章がここに出なければならないということを知れば、中庸を読む諸大夫以上のこと。それで人が色々と不審を言うが、偶々知った程度で費隱を鬼神で明かすと言うなど、中々そんなことではない。それは後の章句で割り付けたのを見て言ったもの。ここはしっかりと根が済まなければ知れない。子思が中庸を編むに当たって、ここへ鬼神が出なければならない筈になって来たもの。それは目録附で言ったことではない。こうでなければならない勢いになって来たもの。丁度酒を段々と呑んで、ここで梨を食いたいと言う様なもの。どうもそうしなければならない腹である。費隱を言って、次の三章では費の小なるを言って、ここへは鬼神を出さなければならない様になって来たもの。そこを知ったのは程朱である。それで程子が浩然の気を発揮すと言ったのである。ここらあたりは浩然の章の話はない筈だが、知った人からは思いも寄らないことが出る。近思道体の篇考える可し。朱子の章句などはこの章でもよく知れている。何もかも合点の上の章句。知った同士は涼しいもの。色をも香をも知る人ぞ知るである。
【語釈】
・程子か浩然の気を発揮すと云たぞ…近思録道體19。「忠信所以進德、終日乾乾。君子當終日對越在天也。蓋上天之載、無聲無臭。其體則謂之易、其理則謂之道、其用則謂之神。其命於人則謂之性、率性則謂之道、脩道則謂之敎。孟子去其中、又發揮出浩然之氣。可謂盡矣。故說、神如在其上、如在其左右。大小大事、而只曰誠之不可揜如此夫。徹上徹下、不過如此。形而上爲道、形而下爲器。須着如此說、器亦道、道亦器。但得道在。不繋今與後、己與人」。中庸輯略にも同様ものがある。
・色をも香をも知る人ぞしる…紀友則。古今和歌集。「君ならで誰にか見せむ梅の花色をも香をも知る人ぞ知る」。

さて、費は理をとき、鬼神は気をといたこと。費隱の章は、丁ど酒の能を本草で吟味するやふなもの。此章は、酒をのんで是の赤が酒じゃと云やふなものなり。費隱は理たらけ、此章は気たらけ。理の見物は費隱、気の見物は此章なり。なれとも理気妙合で、理のない気はない。気のない理はない。理気は隣合なものなり。そこで是非ここへ鬼神へならべ子ばならぬぞ。理からも云、気からも云。どちからでもすきしだいにとくぞ。されとも根は一とつつきなり。理気のさばき、ちとばさらに合点せよ。迂斎曰、知見なき人は錐でもみ込むやうに覚へる。丁ど本道と外科の様なもの。わざはさま々々なれとも、もと人のからだをつかまいて云ことゆへ、とど一つことなり。そこてすき次第に云たもの。ここか上手得分なり。それゆへに仁斎が、喜怒哀楽の一節取合ぬ、古樂経脱簡と云た。其わけは迂斎先生の蓁蕪弁に云てある通りなり。又此章を順がちごふたと云た学者もあるが、それは韞藏録に弁してあるぞ。鬼神のあんばいを知らぬからなり。両人ともに上からさすりた見やうなり。さて此章は子思の孔子の云はれたことを引て説たこと。孔子は只鬼神のことを仰られたことて、費隱のことに仰せられたことでないが、それを子思の取りて費隱のあとへ用たものなり。子思もやっはり鬼神をしらせるためなり。なぜにここて鬼神をしらせるなれば、費隱とへったりと隣り合せなり。
【解説】
費隱は理を説き、鬼神は気を説いたもの。しかしながら理気妙合で、理のない気はなく、気のない理はない。仁斎が、喜怒哀楽の一節は取り合わない、古の楽経の脱簡だと言い、またこの章を順が違っていると言った学者もあるが、それは鬼神の塩梅を知らないのである。
【通釈】
さて、費隱は理を説き、鬼神は気を説いたこと。費隱の章は、丁度酒の能を本草で吟味する様なもので、この章は、酒を呑んでこの赤いのが酒だと言う様なもの。費隱は理だらけ、この章は気だらけ。理の見物は費隱、気の見物はこの章である。しかしながら理気妙合で、理のない気はなく、気のない理はない。理気は隣合わせなもの。そこで是非ここへ鬼神と並べなければならない。理からも言い、気からも言う。どちらからでも好き次第に説く。しかし、根は一続きである。理気の捌き、少々婆娑羅に合点しなさい。迂斎曰く、知見のない人は錐で揉み込む様に覚える、と。丁度本道と外科の様なもの。技は様々だが、元々人の身体を捉まえて言うことなので、つまりは一つこと。そこで好き次第に言ったもの。ここが上手の得分である。そこで仁斎が、喜怒哀楽の一節は取り合わない、古の楽経の脱簡だと言った。その訳は迂斎先生の蓁蕪弁に言ってある通りである。またこの章を順が違っていると言った学者もあるが、それは韞藏録に弁じてある。それは鬼神の塩梅を知らないから言ったもの。両人共に上からさすった見様である。さてこの章は子思が孔子の言われたことを引いて説いたもの。孔子はただ鬼神のことを仰せられただけで、費隱のことを仰せられたのではないが、それを子思が取って費隱の後へ用いたもの。子思もやはり鬼神を知らせるためにした。何故ここで鬼神を知らせるのかというと、費隱とべったりと隣合わせだからである。
【語釈】
・ばさら…婆娑羅。遠慮なく振舞うこと。
・本道…内科。

其盛矣乎云云。偖て々々すさまじいと云こと。人とさえあれば天地と云ことを知らぬものはないが、鬼神と云と知らぬぞ。天は上に位し、地は下に位してありても、鬼神がなければ、舞臺はできて能のはじまらぬやふなもの。そうきけばなんのこともないが、されとも鬼神と云は至て六ヶしいことて、しりにくいことなり。鬼ををにとよみ、神をかみとよむからして心得違あるぞ。直方先生の、田村にある、いかに鬼神もたしかにきけのやうなことてはないと云へり。又曰、人が虎の皮のふんどしてもしめてをるやうに思と云へり。又一つ何ぞありて、ばちでもあてるやふに思うが、そうしたことでない。石原先生の、それは鬼神の気のちごふたのじゃと云へり。鬼神と云は、全体にいきてをるもののこと。天地一盃にみちてはたらいておる。そこか鬼神なり。盛は大名の供まわりのやふなもの。あのどろ々々通るが盛な底なり。天地が丁どあのやふて一盃にみちて働てをる。稲光りのやふなものてない。大海の水の様なもの。盛と云で鬼神のことがよくすむ。又はばもみへる。爲德は鬼神の鬼神たると云こと。あの人はこふ云德と云やふなもの。蔡虚斎か人之爲德の德の字とは違と云てあるがあれもよい。文會にもその説あるぞ。されども三宅先生は、あのやふに云にも及ぬ。やはり人の上て云德の字のあたりてよいと云り。そう云ほどよくすむぞ。しりた云やうなり。
【解説】
「其盛矣乎」の説明。鬼をおにと読み、神をかみと読むからして鬼神への心得違いがある。鬼神とは、全体に活きているもののこと。天地一杯に満ちて働いているもの。
【通釈】
「其盛矣乎云云」。さてさて凄まじいということ。人とさえあれば天地ということを知らない者はないが、鬼神は知らない。天は上に位し、地は下に位してあっても、鬼神がなければ、舞台はできて能の始まらない様なもの。そう聞けば何のこともないが、しかしながら鬼神は至って難しいもので、知り難いものである。鬼をおにと読み、神をかみと読むからして心得違いがある。直方先生が、田村にある様な、いかに鬼神も確かに聞けの様なことではないと言った。また、人が虎の皮の褌でも締めている様に思っていると言った。また、一つ何かあって、罰でも当てる様に思うが、そうしたことではない。石原先生が、それは鬼神の気が違ったのだと言った。鬼神とは、全体に活きているもののこと。天地一杯に満ちて働いている。そこが鬼神である。「盛」は大名の供廻りの様なもの。あのどろどろ通るのが盛な底である。天地が丁度あの様で、一杯に満ちて働いている。稲光りの様なものではなく、大海の水の様なもの。盛と言うので鬼神のことがよく済む。また幅も見える。「爲德」は鬼神の鬼神たるということ。あの人はこういう徳だと言う様なもの。蔡虚斎が人之爲德の德の字とは違うと言ってあるがあれもよい。文会にもその説がある。しかしながら三宅先生は、あの様に言うにも及ばない。やはり人の上で言う徳の字の当たりでよいと言った。そう言うほどよく済む。知った言い様である。
【語釈】
・石原先生…野田剛齋。名は德勝。七右衛門と称す。江戸の人。本所石原に住む。石原先生。明和5年(1768)2月6日没。年79。佐藤直方門下。三宅尚齋にも学ぶ。
・三宅先生…三宅尚齋。名は重固。丹治と称す。播磨明石に生まれる。京都に住む。寛保1年(1741)1月29日没。年80。

偖て盛と云てもそのあやがしれにくいこと。其訳は注ですむ。此註大切な註なり。凡註解はそのわけを語るものなれとも、爰は孔子の語を補ふたことぞ。さて此註、程子張子朱三人なから殊の外な手柄なり。孔子は怪力乱神を語らずと云て鬼神のことは語られぬぞ。其の語られぬは、をしいてもめんとうなでもない。人か惑うゆへなり。此三人の衆は殊の外明白に説て、たれに云てもよくすむこと。此註孔子の見られたなら、さて々々よく説た。そなた衆のやうに説くと鬼神のことを毎日云てもよいと云れやふぞ。学者のしんだいもここらてしるる。それで鬼神も語りてもよいになりた。其故直方先生の鬼神集説を偏れたぞ。程子より前に作れば孔子に呵らるる。然ども説に塩梅のあることなり。石原先生が、爰は理づりに説くとうまみかなくなる。気すりに説と妖怪になる、と。鬼神などのことにわからぬことあると、しまいはとふならふも知れぬ。それゆへ繋辞傳にも太極圖説もここで云とめるそ。程張朱の此様なことを云た計ても道統の人なり。欲さへなけれは道統と云ことてない。鬼神の吟味は大切にあつかることゆへ、得くと知ら子はならぬことなり。
【解説】
孔子は鬼神のことを語られなかったが、それは人が惑うからである。この註は程張朱三人ながら殊の外の手柄である。これで鬼神を語ることができる様になった。
【通釈】
さて盛と言ってもその綾がわかり難い。その訳は注で済む。この註は大切な註である。凡そ註解はその訳を語るものだが、ここは孔子の語を補ったもの。さてこの註、程子張子朱子三人ながら殊の外の手柄である。孔子は怪力乱神を語らずと言って鬼神のことは語られない。その語られないのは、惜しいのでも面倒なのでもない。人が惑うからである。この三人の衆は殊の外明白に説き、誰に言ってもよく済む。この註を孔子が見られたなら、さてさてよく説いた。貴方衆の様に説くと鬼神のことを毎日言ってもよいと言われるだろう。学者の身代もここらで知れる。それで鬼神を語ってもよくなった。それで直方先生が鬼神集説を編まれたのである。程子より前に作れば孔子に呵られる。しかしながら、説に塩梅がある。石原先生が、ここは理吊りに説くと甘味がなくなる。気吊りに説くと妖怪になると言った。鬼神などのことにわからないことがあると、最後はどうなるかも知れない。そこで繋辞伝も太極図説もここで言い止めている。程張朱はこの様なことを言っただけでも道統の人だとわかる。欲さえなければ道統だということではない。鬼神の吟味は大切に与ることなので、しっかりと知らなければならない。
【語釈】
・怪力乱神を語らず…論語述而20。「子不語怪力・亂・神」。
・繋辞傳…繫辭傳上4章と9章に鬼神のことがある。
・太極圖説…「故聖人與天地合其德、日月合其明、四時合其序、鬼神合其吉凶」。

先つ爰に三人の説あるが、程張御両人はもと云ぬきに云たことて、皆一人つつで足たことなれとも、三つ出したて尽きたなり。それなら程子ので足らぬから張子て補ふか、程張で十分にないから朱子て補ふかと云に、そうしたことでない。三つを一つ々々に吟味するでよい。三人ともに一とはな々々々々に云て、優劣あることてないそ。学者につかまへ処を合点させるためなり。譬は程子上總国と云た様なもの。国と云は郡も村もこもりてある。又張子は山邊郡と云た様なもの。朱子東金と云た様なものなり。此三説でくわしくなるそ。其故子思の中庸を作も丁寧反覆、朱子の註も丁寧反覆なり。偖て天地が大なれとも死物なれば席ふさきなり。天地は活て働くてこそよいそ。春になり夏になり、春過て夏気にけらしなり。それか天か働らくか地か働くかと云に、鬼神か働らきなり。天地か鬼神と云手代をもっておるからぞ。そこで鬼神が御役人付けにのる。鬼神かないと公方様計て御役人のないやふなものなり。造化之迹なり。造は出来る。化はなくなること。春て出来て秋なくなる。子が生ると造。それか年か寄るて死ぬ。化なり。迹はがんさりと見る処なり。何も合点ゆかぬことてない。すんとはっきりと見るとをりのことなり。迂斎先生が、雪か降たぞ、霜が降ったそよと云やふなものと云へり。是が誰かすると云へば、鬼神のわざなり。そこで鬼神のはばか廣い。いかさま盛乎じゃと程子とすめた。天地の間は鬼神が充滿しておる。そこか本文の鬼神なり。爲德其盛矣乎なり。
【解説】
「程子曰、鬼神、天地之功用、而造化之跡也」の説明。ここに三人の説があるが、三人共に一鼻ずつ言って、そこに優劣があるわけではない。天地は活きて働くからこそよい。それは鬼神の働きである。「造」は出来る。「化」はなくなること。「迹」ははっきりと見る処。
【通釈】
先ずここに三人の説があるが、程張御両人はもと言い抜きに言ったことで、皆一人ずつで足りたことなのだが、三つ出したので尽きる。それなら程子ので足りないから張子で補うのか、程張で十分ではないから朱子で補うのかと言えば、そうしたことではない。三つを一つずつ吟味するのでよい。三人共に一鼻ずつ言って、そこに優劣があるわけではない。これは学者に捉まえ処を合点させるためのこと。譬えば程子は上総国という様なもの。国と言えば郡も村も籠ってある。また張子は山辺郡という様なもので、朱子は東金という様なもの。この三説で精しくなる。それで子思が中庸を作るのも丁寧反覆、朱子の註も丁寧反覆である。さて天地は大だが死物であれば席塞ぎである。天地は活きて働くからこそよい。春になり夏になり、春過ぎて夏きにけらしである。それは天が働くか地が働くかというに、鬼神の働きである。天地が鬼神という手代を持っているからである。そこで鬼神が御役人付に載る。鬼神がないと公方様ばかりで御役人のない様なもの。「造化之迹也」。「造」は出来る。「化」はなくなること。春で出来て秋になくなる。子が生まれると「造」。それが年が寄るので死ぬ。「化」である。「迹」ははっきりと見る処。何も合点の行かないことではない。実にはっきりと見る通りのこと。迂斎先生が、雪が降ったぞ、霜が降ったぞと言う様なものだと言った。これを誰がすると言えば、鬼神の業である。そこで鬼神の幅が広い。いかにも「盛矣乎」だと程子で済めた。天地の間は鬼神が充満している。そこが本文の鬼神である。「爲德、其盛矣乎」である。

張子曰云云。程子のと一つことなれとも、ちと塩梅が違ふぞ。二気だけ親切になる。二気は阥阦なり。あついは陽、寒いは隂。昼は阦。何のこともない。二気なり。それは誰かさせると云に、鬼神がさせるぞ。石原先生が、誰れかさせるものかあると云へり。良能、自然なりなり。目のみるを誰れに拵てもろふたてもない。耳もそれなり。どうしてあのやふじゃと云か良能なり。前の程説て鬼神をつかまへた。張子は自然から云ぞ。愚謂云云。是は程張の二説を説たこと。朱子のは又手に入たもの。直方先生が、愚謂が出るとしまると云へり。先ここて二気て一気と云ことを知ること。此朱説は張子の説に付て云たことなり。学者か二気と云へは二気にかたまる。そこて二気て云へはかう、一気て云へはかふと、朱子の説はどうもこふも云はれると云ことを知らせたもの。丁ど東西南北と云やふなもの。東西と對し、南北と對すると二つ。東から日が出て、西へくるりとまわりていると云は一なり。春秋と云は二つなれとも、一年と云へば一つなり。昼夜もそれなり。さて是迠は程張は鬼神を一口に云たか、朱子は分て云ぞ。隂之霊陽之霊々と云たで程張よりよいぞ。玉しいのある処て云たものなり。霊はいき々々した名て玉しいのことなり。気の妙を語るには霊と云かよいそ。仁王を見てはこはくないか、そこへやせた女かくるときみかわるいそ。あれほとな大魚なれとも塩鯨かくると切るか、すすめをしめるとひく々々と云て気味わるいそ。鬼瓦にも小便もするが、そこへけらや蚓ても出る。仕にくいそ。いきものゆへなり。それゆへに子供のもちあそひにはりこの虎をあつけるか、鼠はあつけられぬそ。いきものゆへなり。迂斎先生の、猫を繪に書ても鼠かこはからぬ。いきた猫が居るとごそともせぬと云へり。
【解説】
「張子曰、鬼神者、二氣之良能也。愚謂以二氣言、則鬼者陰之靈也。神者陽之靈也」の説明。張子は二気を用いて自然から鬼神を言う。朱説は張子の説に付いて言ったもの。霊は活き活きとした名で魂のこと。気の妙を語るには霊というのがよい。
【通釈】
「張子曰云云」。程子のと同じことなのだが、一寸塩梅が違う。二気だけ親切になる。二気は陰陽である。暑いのは陽、寒いのは陰。昼は陽。何のこともない。二気である。それは誰がさせるのかと言えば、鬼神がさせる。石原先生が、誰かさせるものがあると言った。それは良能で、自然の通りである。目で見るのは誰に拵えてもらったのでもない。耳も同じ。どうしてあの様なのだろうというのが良能なり。前の程説で鬼神を捉まえた。張子は自然から言う。「愚謂云云」。これは程張の二説を説いたこと。朱子のは、また手に入れたもの。直方先生が、愚謂が出ると締まると言った。先ずここで二気で一気ということを知りなさい。この朱説は張子の説に付いて言ったもの。学者が二気と言えば二気に固まる。そこで二気で言えばこう、一気で言えばこうと、朱子の説はどうもこうも言うことができるということを知らせたもの。それは丁度東西南北という様なもの。東西と対し、南北と対すると二つ。東から日が出て、西へくるりと廻っているというのは一である。春秋というのは二つだが、一年と言えば一つである。昼夜もそれ。さてこれまでは程張は鬼神を一口に言ったが、朱子は分けて言う。「陰之靈也、陽之靈也」と言ったので程張よりよい。魂のある処で言ったもの。霊は活き活きとした名で魂のこと。気の妙を語るには霊というのがよい。仁王を見ては恐くはないが、そこへ痩せた女が来ると気味が悪い。あれほどの大魚だが、塩鯨が来ると切るが、雀を締めるとひくひくと言って気味が悪い。鬼瓦に小便もするが、そこへ螻蛄や蚯蚓でも出ると仕難い。生き物だからである。それで、子供の玩びに張子の虎を預けるが、鼠は預けられない。それは生き物だからである。迂斎先生が、猫を絵に書いても鼠が恐がらない。生きた猫がいるとごそともしないと言った。

以一気云云。流行する上て云こと。至而伸者云云。元日から一気てはたらくそ。たん々々向へ々々とのひて行くなり。反而帰者云云。反はうつまく気味なり。明六から暮六迠ては伸なり。それから夜になる。それから反なり。人のからたも三四十迠は伸て神、四五十から屈て鬼なり。をかしいことなれとも、四十比迠は下駄のはもあとかへるもの。五十からは前かへるものなり。天地のからくりは伸と屈の二つなり。鬼神をこう見ることかならぬことそ。天地全体人間全体か鬼神なり。是て見れは、一とみれは一、二つと見れは二つなり。直方先生か、一而二二而一を合点すると、とこへいっても関所をあけて通すと云へり。どちでも一方てはつかへるそ。猶言性情云云。此註常の德の字にない註なり。性情は、をもわくなり。鬼神はこうしたものと云こと。功效は、このやふなはたらきをすると云こと。直方先生か、張子は性情を主に云う。程子は效驗を主に云と云へり。功效は、吉野の桜の一夜に咲かせるやふなこと。どふも人間わざでない処を云。天地の間のことは何てもかても皆鬼神のはたらきなり。それから大風大雨て人家を敗り并木をたをすの、或は雷が落て人か死ぬのと云も皆鬼神なり。附合に、雷めやれめといふな様といへとあるぞ。折節はこはいこともあるそ。人の子るも起るも皆鬼神なり。ほつ々々小刀細工てはない。殊の外な働きなり。をかしきことながら、をそろしさにからく云たは好笑なり。皆鬼神のしわざなり。我々も今茅屋のことにつき大工屋根ふきに委曲丁寧をつくすは、日比の性情效驗恐ろしさのことなり。二百十日比にはちと鬼神も気が違ふぞ。それがやっはり費隱の章、垩人の不能と同こと。顔子の夭、孔子の浪人。又この章の效驗も、わるい效驗のあるも皆一つことなり。あまり手廣さにわるいことあり。やく病、疱瘡もそれなり。
【解説】
「以一氣言、則至而伸者爲神、反而歸者爲鬼、其實一物而已。爲德、猶言性情功效」の説明。一気で言えば、伸びるのが神で、屈するのが鬼である。天地全体人間全体が鬼神である。直方先生が、張子は性情を主に言い、程子は效験を主に言うと言った。天地の間のことは全て皆鬼神の働きだから、悪い效験もある。
【通釈】
「以一氣云云」。流行する上で言うこと。「至而伸者云云」。元日から一気で働く。段々向こうへと伸びて行く。「反而歸者云云」。反は渦巻く気味。明六から暮六までは伸で、それから夜になる。それから反となる。人の身体も三四十までは伸びて神、四五十から屈して鬼である。可笑しいことだが、四十頃までは下駄の歯も後ろが減るものだが、五十からは前が減るもの。天地の絡繰は伸と屈の二つである。鬼神をこう見ることができないこと。天地全体人間全体が鬼神である。これで見れば、一つと見れば一つ、二つと見れば二つである。直方先生が、「一而二、二而一」を合点すると、何処へ行っても関所を開けて通すと言った。どちらでも一方では支える。「猶言性情云云」。この註は常の徳の字にはない註である。「性情」は、思惑である。鬼神はこうしたものだということ。「功效」は、この様な働きをするということ。直方先生が、張子は性情を主に言い、程子は效験を主に言うと言った。功效は、吉野の桜を一夜に咲かせる様なこと。どうも人間技ではない処を言う。天地の間のことは何でもかでも皆鬼神の働きである。それから大風や大雨で人家を敗り並木を倒したり、或いは雷が落ちて人が死ぬなどというのも皆鬼神である。附合に、雷めやれめと言うな様と言えとある。折節は恐いこともある。人の寝るのも起きるのも皆鬼神である。ぼつぼつ小刀細工ではない。殊の外の働きである。可笑しいことながら、恐ろしさにこの様に言ったのは好笑である。皆鬼神の仕業。我々も今茅屋のことについて大工屋根葺きに委曲丁寧を尽くすのは、日頃の性情效験の恐ろしさのためである。二百十日頃には一寸鬼神も気が違うぞ。それがやはり費隱の章、「雖聖人亦有所不能焉」と同じこと。顔子の夭、孔子の浪人。又この章の效験も、悪い效験があるのも皆一つこと。あまりの手広さのために悪いことがある。疫病、疱瘡もそれ。

視之而弗見云云。爰が面白い。孔子に盛と云はれて御目にかかりたいと云ても、御目にはかかられぬ。耳をひったててきいてもきこへぬそ。形ないからなり。前軰か爰をいつも古歌を引て説れたそ。秋來ぬと目にはさやかに見へねども風の音にぞおどろかれぬる、と。よくよんだそ。体物不可遺云云。鬼神は目に見へぬからよいかけんにしてをけと云ても、そうしてはをかれぬそ。万物の心ん木になりてをるもの。何ても鼻の先き目に見へ耳にふれるもの、皆鬼神なり。潮のみつるは神、ひくは鬼。人の呼吸もそれなり。つくは神、ひくは鬼。何ても是をはなれることはないことなり。をれは鬼神にくいあいはないとは云はれぬことなり。天地の間かっさらへて皆鬼神そ。体物而不可遺は言其上下察と同しことなり。費隱の章ては学者もいきるか、鬼神の章てはをとなしく説く。それは中庸を知らぬのなり。この講解、即自負の處。呼吸迠か鬼神と云れるからは、費隱とよく割符か合たことなり。爰てこの鬼神の章か爰へ出子はならぬと云を知ること。鳶飛戾于天は言上下察てとめ、視之而不見は体物而不可遺てとめたそ。又費隱の章ては理のそこにあることを言上下察と云、此章は鬼神のいきて働くを体物而不可遺と云、語だてまてか似てをるそ。もと隣り合せのものゆへ其筈なり。似たやふて我邦の道とはちがふ。盛矣乎と云て、それを見せぬが儒者の見所なり。佛者は西方の弥陀と云てみせたがるぞ。
【解説】
「視之而弗見、聽之而弗聞、體物而不可遺」の説明。鬼神は万物の心木である。鼻の先、目に見え耳に触れるものは皆鬼神である。費隱の章では理がそこにあることを「言上下察」と言い、この章は鬼神の活きて働くことを「體物而不可遺」と言って、語立てまでが似ている。元々隣合わせなのだからその筈のこと。
【通釈】
「視之而弗見云云」。ここが面白い。孔子に盛んと言われて御目に掛かりたいと言っても、御目には掛かれない。耳を引っ立てて聞いても聞こえない。それは形がないからである。先輩がここを何時も古歌を引いて説かれたぞ。秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる、と。よく読んだぞ。「體物而不可遺云云」。鬼神は目に見えないからよい加減にして置けと言っても、そうしては置かれない。万物の心木になっているもの。何でも鼻の先、目に見え耳に触れるものは皆鬼神である。潮の満ちるのは神、引くのは鬼。人の呼吸もそれ。つくのは神、引くのは鬼。何でもこれから離れることはない。俺は鬼神に食い合いはないとは言えないこと。天地の間掻っ攫えて皆鬼神である。「體物而不可遺」は「言其上下察」と同じこと。費隱の章では学者も熅るが、鬼神の章では大人しく説く。それは中庸を知らないのである。この講解は、即ち自負の處。呼吸までが鬼神と言われるからは、費隱とよく割符が合ったもの。ここでこの鬼神の章がここに出なければならないということを知りなさい。「鳶飛戾天」は「言其上下察」で止め、「視之而弗不見」は「體物而不可遺」で止めた。また費隱の章では理がそこにあることを言上下察と言い、この章は鬼神の活きて働くことを體物而不可遺と言って、語立てまでが似ている。元々隣合わせのものなのでその筈のこと。似た様で我が邦の道とは違う。「盛矣乎」と言って、それを見せないのが儒者の見所である。仏者は西方の弥陀と言って見せたがるぞ。
【語釈】
・言其上下察…中庸章句12。費隱の章の語。

註。鬼神無形與聲云云。偖てその鬼神と云ものは影も形もないものゆえ、みることもきくこともならぬものなり。なれとも何ても鬼神の手にかからぬものはない。始終の字は二十五の誠の章にある字なり。朱子の手かきいてをるからとりこし問答にならぬ。ひき上手なり。程門はひき好て、却てひきそこのうそ。朱子は目か高い。此章の終りに誠不可揜とあるから、そのえんて引たもの。丁と親類衆かをりますからつれてきましたと云やうなもの。物の始終は皆鬼神なり。石原先生が、鬼神と云は物を拵てやって、又そこに付てをるものと云へり。面白ことなり。人のからたはすくに鬼神たと見せたもの。生れたは神、死は鬼。何も遠いことてはない。合散。隂陽かあつまれは生れ、散れは死す。鬼神の世話て出來て、又鬼神の世話て死ぬぞ。こふ合点すれは生きるも死も皆鬼神のわざなり。何もさわくことはないそ。天地の間に鬼神のあるは、人の家に亭主のあるやふなもの。何もかも皆亭主のすることなり。
【解説】
「鬼神無形與聲。然物之終始、莫非陰陽合散之所爲」の説明。物の始終は皆鬼神である。石原先生が、鬼神とは物を拵えてやって、またそこに付いているものだと言った。生まれたのは神、死んだのは鬼。陰陽が集まれば生まれ、散れば死ぬ。
【通釈】
註。「鬼神無形與聲云云」。さてその鬼神というものは影も形もないものなので、見ることも聞くこともできないもの。しかしながら、何でも鬼神の手に掛からないものはない。「始終」の字は二十五章の誠の章にある字。朱子の手が利いているから取越し問答にならない。引き上手である。程門は引き好きで、却って引き損う。朱子は目が高い。この章の終わりに「誠之不可揜」とあるから、その縁で引いたもの。丁度親類衆がおりますから連れて来ましたと言う様なもの。物の始終は皆鬼神である。石原先生が、鬼神とは物を拵えてやって、またそこに付いているものだと言った。面白いことである。人の身体は直ぐに鬼神だと見せたもの。生まれたのは神、死んだのは鬼。何も遠いことではない。「合散」。陰陽が集まれば生まれ、散れば死ぬ。鬼神の世話で出来て、また鬼神の世話で死ぬぞ。こう合点すれば生きるも死ぬも皆鬼神の業であり、何も騒ぐことはない。天地の間に鬼神のあるのは、人の家に亭主のある様なもの。何もかも皆亭主のすることである。

其爲物之体而云云。爰の章句、其の字からは一つ趣向の分なこととみること。本文には物の字の上に体の字を置てある。ここの始の章句に物之体云云と、物の字の下に体の字を置てわけて語りとめて、さて本文に体の字を上にをいたはとうなれは、物の心ん木になりてをるを云。物の字を上にして体すとあれは、物が出来た上に鬼神が宿をかりるやうになるか、爰はそふしたやふなことてはない。鬼神か先きへたつゆへに如此体物と書たものなり。体物の字例は孔子か易文言傳に貞幹事の字例なり。事之幹とありそふなものか幹事たりとあるは、事の心木になりてをること。丁と冬か四時の本たてになりてをるやうなもの。冬しつまりて体は見へぬか、天地のあのはたらきを皆冬かさせるそ。人の知と同こと。仁をするも義をするもみな知させるぞ。体と云字を上へ書くは、物のかしらになりてをること。事の上も事の心んになるものかあるそ。
【解説】
「是其爲物之體、而物所不能遺也。其言體物、猶易所謂幹事」の説明。ここで「物之體云云」と、物の字の下に体の字を置いて分けて語り止めてあるが、本文に「體物」としたのは、物の心木になっているのを言ったこと。これは易の文言伝にある貞幹事の字例である。「體物」は冬と同じであり、人の知と同じである。仁をするのも義をするのも皆知がさせる。
【通釈】
「是其爲物之體而云云」。ここの章句、「其」の字からは一つ別な趣向があると見なさい。本文には物の字の上に体の字を置いてある。ここの始めの章句に「物之體云云」と、物の字の下に体の字を置いて分けて語り止めて、さて本文に体の字を上に置いたのはどういことかというと、物の心木になっているのを言う。物の字を上にして体すとあれば、物が出来た上に鬼神が宿を借りる様になるが、ここはその様なことではない。鬼神が先に立つのでこの様に「體物」と書いたもの。体物の字例は孔子の易の文言伝にある貞幹事の字例である。事之幹とありそうなものが幹事たりとあるのは、事の心木になっていること。それは丁度冬が四時の本立てになっている様なもの。冬は静まって体は見えないが、天地のあの働きを皆冬がさせる。それは人の知と同じこと。仁をするのも義をするのも皆知がさせる。体という字を上へ書くのは、物の頭になっていること。事の上も事の芯になるものがある。
【語釈】
・易文言傳に貞幹事の字例なり…易經文言傳。「元者善之長也。亨者嘉之會也。利者義之和也。貞者事之幹也。君子體仁足以長人、嘉會足以合禮、利物足以和義、貞固足以幹事」。

使天下之人云云。上の二説は天地の鬼神を云、是から人の鬼神を云。天地の鬼神も人の鬼神も一つものなり。人も死は天の鬼神と一つものになる。そこて先祖を祭ると云ても、やはりあの鬼神なり。石原先生か、爰は人の鬼神を語るにて、鬼神の骨ずいしゃと云へり。人の鬼神て云が深切ぞ。人と云に先祖をおもわぬものはないもの。偖其先祖を祭るには、先祖の鬼神は天地の間にありて、人が誠を以てすれは来格するそ。小学にも春雨露すてに濕則云云。有怵惕悽愴之心て、先祖を思ふことはとふもわすれられぬ処あるものなり。そこを以て垩人が祭を始たもの。今はわるいくるみ祭のことは仏法に任せてをくゆへ、あのことて云より外ないそ。どのやふなしわいものても、先祖を祭ると云へはものをついやすものなり。世俗は仏法にせよ先祖の法事を打破りてをくことならず。どのやふな男もやまれぬものを持てをるなり。そこも使しむの処ぞ。
【解説】
「使天下之人」の説明。
【通釈】
「使天下之人云云」。上の二説は天地の鬼神を言い、ここからは人の鬼神を言う。天地の鬼神も人の鬼神も一つもの。人も死ねば天の鬼神と一つものになる。そこで先祖を祭るといっても、やはりあの鬼神である。石原先生が、ここは人の鬼神を語ることで、鬼神の骨髄だと言った。人の鬼神で言うのが親切である。人と言えば先祖を思わない者はいない。さてその先祖を祭るには、先祖の鬼神は天地の間にあって、人が誠を以てすれば来格する。小学にも「春雨露旣濡云云」。「有怵惕悽愴之心」で、先祖を思うことはどうも忘れられない処があるもの。そこを以て聖人が祭を始めたもの。今は悪い包み祭のことは仏法に任せておくので、あのことで言うより外はない。どの様な吝い者でも、先祖を祭ると言えば物を費やすもの。世俗は仏法にせよ先祖の法事を打ち破りて置くことはできない。どの様な男も止まれぬものを持っている。そこも「使」の処。
【語釈】
・春雨露すてに濕則云云…小學明倫28。「祭義曰、霜露旣降、君子履之必有悽愴之心。非其寒之謂也。春雨露旣濡、君子履之必有怵惕之心。如將見之」。

齊明盛服云云。心をきよらかにし、身をきよにすること。をきよと云こと知るべし。しみのあるきるもの、子共の小便をしかけたきるものては祭はならぬもの。我々式百姓ていも、このときはきれいな先濯ものても着替るなり。油をかけたきるものては膳はそなへられぬそ。石原先生の爰を講せらるるとき、大白衣ず、をうへいがならぬてさと云れた。予十七歳ばかりのときのことなり。是非上下てなくてならぬことなり。どのやふなををじゃくでも、よごれしみたきるもので鬼神へは御目にかかられぬ筈なり。其故今も笹の葉て掃ふるいあり。こんな処は禮で合点せずに心て合点すること。心てすむと誰も彼も祭る心になるもの。そこて使の字をよくみよなり。させると云こと。上からの云付てもないか、そうせ子はならぬか使の字なり。鬼神は催促はないが、どふもそうせ子はならぬ処あるそ。そこて霊なり。そこで迂斎先生が西行か歌を引かれたそ。何事のおはしますかはしらねども、かたじけなさに泪だこぼるるとはよくもよまれたぞ。そこて泪のこほるるでみれば、神のあるにはきわまりたそ。いかほと一盃機嫌ても、鳥井へ小便しかけるものはないそ。向に霊あるゆへなり。今位牌を出たり物を具たりすると泪のこほれるやふになるもの。
【解説】
「齊明盛服、以承祭祀」の説明。祭祀には心を清らかにし、身を清らかにする。鬼神は催促しないが、どうもそうしなければならない処がある。それが「使」である。向こうに霊があるから、泪がこぼれる様にもなる。
【通釈】
「齊明盛服云云」。心を清らかにし、身を清にすること。清ということを知りなさい。染みのある着物、子供の小便をし掛けた着物では祭はできない。我々の如き百姓底でも、この時は綺麗な洗濯物にでも着替える。油を掛けた着物では膳は供えられない。石原先生がここを講じられた時、大白衣ず、横柄ができないものと言われた。私が十七歳ばかりの時のこと。是非裃でなくてはならない。どの様な横着者でも、汚れて染みた着物で鬼神へは御目に掛かれない筈。そこで今も笹の葉で掃う類がある。こんな処は礼で合点せずに心で合点すること。心で済むと誰も彼も祭る心になるもの。そこで使の字をよく見なさい。させるということ。上からの言い付けでもないが、そうしなければならないのが使の字である。鬼神は催促しないが、どうもそうしなければならない処がある。そこで霊である。そこで迂斎先生が西行の歌を引かれた。何事のおわしますかは知らねども、忝さに泪こぼるるとはよく詠まれた。そこで、泪のこぼれることで見れば、神があるには極まった。どれほど一盃機嫌でも、鳥居へ小便をし掛ける者はいない。向こうに霊あるからである。今位牌を出したり物を供えたりすると泪のこぼれる様になるもの。
【語釈】
・大白衣…装束の下着として用いる白の小袖、または帷子。

洋洋乎如在其上云云。大判振舞のやふに鬼神は食はぬ。よいあんばいとも云はぬ。祭の具物はひへかたまりても、あちはなんともあいさつなし。されども鬼神はそこにござるやふなもの。如とは、そのやふしゃと云こと。じきにそこにござるやふに思ふものぞ。石原先生が、如がなければいちごや山伏の云やふになると云へり。伯母様がそこへござりたと云は化けものなり。目にも見へぬがそこにござると云か鬼神の妙なり。丁ど親の名をかいて蹈れぬやうなものなり。神かそれにあるからそ。ここらは学問かあから子は知れぬことなり。直方先生が、鬼神をあるにすれば鬼神の屋敷が足らぬと云り。なれとも誠を以て祭ると感格するそ。那須の与市が一人狂言てはない。こちの心ばかりでないなり。
【解説】
「洋洋乎、如在其上、如在其左右」の説明。鬼神は何も言わないが、そこにいる様に思える。目にも見えないがそこに御座るというのが鬼神の妙である。直方先生は、鬼神をあるとすれば鬼神の屋敷が足りないと言った。しかし、誠を以て祭ると感格するのである。
【通釈】
「洋洋乎如在其上云云」。椀飯振舞の様に鬼神は食わない。よい塩梅だとも言わない。祭の供物は冷え固まっても、あちらの挨拶は何もない。しかしながら、鬼神はそこに御座る様なもの。「如」とは、その様だということ。直にそこに御座る様に思うもの。石原先生が、如がなければ巫子や山伏の言う様になると言った。伯母様がそこへ御座ったというのは化物である。目にも見えないがそこに御座るというのが鬼神の妙である。丁度親の名を書いたものを踏めない様なもの。神がそれにあるからである。ここらは学問が上がらなければ知れないこと。直方先生が、鬼神をあるとすれば鬼神の屋敷が足りないと言った。しかしながら、誠を以て祭ると感格する。那須の与市の一人狂言ではない。こちらの心ばかりのことではない。

無いと云て又在と云。爰か明道の謝氏に答られて、待向你道無來、怎の生して信得。及に待向你道有來、你去尋討看と告られたで、謝氏がここでよく合点せられて、鬼神のことには大ふ精しかりたなり。ないと云へはないと思い、あると云へはどこにあると尋る。たつ子てもみへぬ。そこは傳授ことなり。ここもやっはり會不得弄精神なり。かやふなことは大切なことなり。ただの学問などは何の役に立ぬものと思へ。又朱子は其明道の有無のあやををかれ判断せふか、ととあることじゃと云へり。そこを又直方先生、もとあることに合点せよ。丁と其方の内に猫かあるかと云に、あると云へは、猫はそこに居す、隣へいってをる。ないと云へは、たたい猫をかふてをいた。此返答あくみたなり。されともそのあくむは猫があるからなり。なけれは手もなくないと云。あるからをこったこと。是朱子のありと断した處なり。明道も明道、朱子も朱子、直方も直方。鬼神のことは理すりに云と無いになりてあしし。有と云と妖怪になる。ここらはくくめるやふには云れぬ。まつこのくらいに云て、あとは独て合点すること。偖て祭と云になりてはこちに誠かあれは感ずる。なけれは来格はないぞ。いきみ玉の振舞は同じ。親をふるまふことても塩梅のよいわるいを云。鬼神はなにとも云ぬから、誠でなければ役に立ぬぞ。
【解説】
鬼神は伝授事である。朱子は鬼神があると言い、直方もあると合点せよと言った。鬼神のことは理吊りに言うと無いことになって悪い。有ると言うと妖怪になる。独りで合点するのである。
【通釈】
無いと言って、また在ると言う。ここが明道が謝氏に答えて、「待向你道無來、你怎生信得。及待向你道有來、你但去尋討看」と告げられたので、謝氏がここでよく合点されて、鬼神のことには大分精しかった。ないと言えばないと思い、あると言えば何処にあると尋ねる。尋ねても見えない。そこは伝授事なのである。ここもやはり「會不得弄精神」である。この様なことは大切なこと。ただの学問などは何の役にも立たないものと思え。また、朱子はその明道の有無の綾を置いて判断したが、つまりはあることだと言った。そこをまた直方先生が、もとあることに合点しなさい。丁度お前の家に猫がいるかと言うと、いると言えば、猫はそこにいず、隣へ行っている。いないと言えば、そもそも猫を飼っておいたことになる。この返答は倦む。しかしながら、その倦むのは猫がいるからである。なければ手もなくないと言う。あるから起こったことだと言った。これが朱子のありと断じた處である。明道も明道、朱子も朱子、直方も直方。鬼神のことは理吊りに言うと無いことになって悪い。有ると言うと妖怪になる。ここらは包める様には言えない。先ずこのくらいに言って、後は独りで合点すること。さて祭ということになっては、こちらに誠があれば感ずる。なければ来格はない。生御霊の振舞は同じ。親を振舞うことでは塩梅の良い悪いを言うが、鬼神は何とも言わないから、誠でなければ役には立たない。
【語釈】
・待向你道無來、怎の生して信得。及に待向你道有來、你去尋討看…上蔡語録。「待向你道無來、你怎生信得。及待向你道有來、你但去尋討看」。
・會不得弄精神…朱子語類63。「程子又謂、會不得時、只是弄精神、何也。曰、言實未會得、而揚眉瞬目、自以爲會也。弄精神、亦本是禪語」。

註。斎之爲言斎也云云。禮記の祭統にある語なり。垩人の語ならん。字のことでも心得ひたと來たことゆへ、かくは云たまでなり。大切なことなり。示雅を周公の作ると云はんよりは味あり。さて人の心はさま々になるもの。それゆへものいみするぞ。斎みのときは斎の音なり。その字心は斎なり。ととのうと云こと。斎家の斎て、家内のすらりとしたか斎なり。調度そのやふに、心をすらりとして物にうつらぬやうにしてをること。客かきても出合ぬやうにするそ。致は致斎の致てつめること。祭になると心かちんまりとなるそ。心のちると云は、ととのはぬからなり。今六ヶしきことを考るとき、人か咄をすれはたまってくれろと云か、咄の方へちらさぬことなり。程子が、つつしみが至極になると心になにもないと云へり。漢儒が思居處思其笑語と云たは斎を知らぬ云分んなり、と。心のちらぬやふにするか大切そ。迂斎先生か、今日は魚鳥なとを食はぬを精進と心得るか、少々肉を食ても心のちらぬやふにするかよいと云へり。
【解説】
「齊、側皆反。○齊之爲言齊也。所以齊不齊而致其齊也。明、猶潔也」の説明。「斉」は斎の時はさいの音で、その字心はせいの音である斉[ととの]うである。斉の時は心が散らない様にするのが大切である。
【通釈】
註。「齊之爲言齊也云云」。礼記の祭統にある語で、聖人の語だろう。字のことでも、心得てひたと来たことなので、この様に言ったまでのこと。大切なことである。爾雅を周公が作ったと言うよりは味がある。さて人の心は様々になるもの。それで斎をする。斎の時はさいの音で、その字心はせいである。斉[ととの]うということ。斉家の斉で、家内のすらりとしたのが斉である。丁度その様に、心をすらりとして物に移らない様にしていること。客が来ても出合わない様にする。「致」は致斉の致で詰めること。祭になると心がちんまりとなる。心が散るというのは、斉わないからである。今難しいことを考える時、人が話をすれば黙ってくれと言うのが、話の方へ散らさないこと。程子が、敬みが至極になると心に何もないと言った。漢儒が「思其居處思其笑語」と言ったのは斉を知らない言い分である。心が散らない様にするのが大切である。迂斎先生が、今日は魚や鳥などを食わないことを精進だと心得るが、少々肉を食っても心が散らない様にするがよいと言った。
【語釈】
・禮記の祭統にある語…禮記祭統。「及時將祭。君子乃齊。齊之爲言齊也」。
・思居處思其笑語…禮記祭義。「致齊於内、散齊於外。齊之日、思其居處、思其笑語、思其志意、思其所樂、思其所嗜。齊三日、乃見其所爲齊者」。小學明倫31にも祭義からの引用がある。

流動充滿之意云云。いきた体なり。迂斎先生が、充滿しても流動かないと藏に米をつめたやうなものと云へり。充滿はしても流動せぬ。流道は人の気血のやふなもの。人のからたを一寸つくともう血か出る。流道充滿なり。能使人畏敬云云。鬼神はとかめもせぬか、をそれるそ。丁と上様の御通のとき、くさみをすることもならぬやふなもの。とのやふなものてもきっとしてをる。それは咎められるからなり。神前ては誰も訶はせぬか、きっとする。そこか鬼神のある処なり。あのををちゃくものが今日はしゃんとしてをると云は、鬼神からさせらるること。それと云も発見昭著からなり。乃体物不可遺云云。このやふに本文を引たか面白。発見昭著て体物而不可遺は濟たなり。爰は先祖を祭るときひり々々するもののあることを知らせたものなり。体物不可遺之驗なり。驗の字はふだんは藥のきいたと云やふな字なれとも、爰は衣服に酒かしみたと云やふな印なり。たたみへ油をこぼしたあとのやふなもの。そのしみかとふしてもとれぬ如し。きが々々とみせることなり。その筈そ。体物而不可遺はここなりとみせたもの。孔子曰其気発揚于上云云。人の死たことを云たこと。爰へ此語を引たは、ふたんは死は終りなれとも、祭ると云には死か先き、祭はのちゆへなり。祭はかの死て散た気をあつめることなり。易には渙萃の二卦て祭を云てあるもここぞ。発揚于上云云。死ときは気か上へぬけるぞ。文盲ものか玉しいか飛んたと云。あれも実は知りた方なり。気は陽て上にのほり、魄は隂て下へくたるそ。かくれて野土となるのこと。大全などに死だときのことをかりて來て明すと云。なにかりるものだ。かりずとやっはりそのことじゃ。子路に孔子の御あいさつもこの意に近し。丁とたはこの煙は気、すいからは魄のやふなものなり。
【解説】
「洋洋、流動充滿之意。能使人畏敬奉承、而發見昭著如此。乃其體物而不可遺之驗也。孔子曰、其氣發揚于上」の説明。流道は人の気血の様なもので、人の身体を一寸突くと直ぐに血が出る。鬼神は何もしないが、先祖を祭る時はきっとするもの。それは鬼神の験があるからである。祭はあの死んで散った気を集めること。気は陽で上へ昇り、魄は陰で下へ降る。
【通釈】
「流動充滿之意云云」。活きた体である。迂斎先生が、充満しても流動がないと蔵に米を詰めた様なものだと言った。充満はしても流動しない。流道は人の気血の様なもの。人の身体を一寸突くともう血が出る。流道充満である。「能使人畏敬云云」。鬼神は咎めもしないが、恐れる。丁度上様の御通りの時、嚔をすることもできない様なもの。どの様な者でもきっとしている。それは咎められるからである。神前では誰も訶りはしないが、きっとする。そこが鬼神のある処。あの横着者が今日はしゃんとしていると言うのは、鬼神によってそうさせられるのである。それというのも「發見昭著」だからである。「乃體物而不可遺云云」。この様に本文を引いたのが面白い。発見昭著で体物而不可遺は済む。ここは先祖を祭る時にぴりぴりとするものがあることを知らせたもの。「體物而不可遺之驗也」。験の字は、普段は薬が効いたという様な字だが、ここは衣服に酒が染みたという様な印のこと。畳へ油をこぼした跡の様なもの。その染みがどうしても取れない様なもの。はっきりと見せること。その筈で、體物而不可遺はここだと見せたもの。「孔子曰、其氣發揚于上云云」。人の死んだことを言ったこと。ここへこの語を引いたのは、普段は死は終わりのことだが、祭るという時には死が先、祭は後のことだからである。祭はあの死んで散った気を集めること。易に渙萃の二卦で祭を言ってあるのもここのこと。「發揚于上云云」。死んだ時は気が上へ抜ける。文盲の者が魂が飛んだと言う。あれも実は知った方である。気は陽で上へ昇り、魄は陰で下へ降る。隠れて野土となるのである。大全などに死んだ時のことを借りて来て明かすと言う。何、借りる必要があるものか。借りなくてもやはりそのこと。子路への孔子の御挨拶もこの意に近い。丁度煙草の煙は気、吸殻は魄の様なもの。
【語釈】
・易には渙萃の二卦て祭を云てある…渙卦と萃卦に「王假有廟」とあること。
・子路に孔子の御あいさつ…論語述而34。「子疾病。子路請禱。子曰、有諸。子路對曰、有之。誄曰、禱爾于上下神祇。子曰、丘之禱久矣」か?先進11。「季路問事鬼神。子曰、未能事人、焉能事鬼。敢問死。曰、未知生、焉知死」か?。

昭明は何となくあかるいていなり。人の息を引とるときはっとする意なり。是を正直に、私をや父か死ぬときそふてはなかったと云れてはみしんなり。是はたたそふ云きみを云なり。俗に云、燈火きへんとして光りをますと云も、たえるとはっとする。気のちりきはなり。はっと云いきをひて少し明るいきみのこと。焄蒿。何となくむし々々すること。礼記に孔穎達か疏、朱子のわるいと云てあるか、さてわるいと云てみなのけることてもない。孔穎達はあまりつかまへすきたもの。しっかりと臭あると云はよくない。そのきみあることなり。朱子は気象と説れたそ。丁子釜や蒼木をたくやふなことではないぞ。答歐陽希遜書。文會六、五十二を可考。悽愴。そっとすること。ここの一句予かく云たるとも覺へず。けつるべけれとも、先さしをく。一意思あるやうにもあり。どのやふなあらい心のものでもぞっとするぞ。こちにも隂陽の気をたっふりと以てをるからなり。不測なことて、人の死ときこふしたこともあるものなり。百物之精也云云。系辞に精気爲物とある。精は活た気なり。人のこふして活てをるは精気なり。それゆへ死ぬときこふある筈なり。其昭明焄蒿かすくに神之著なり。右段々かもと此れか宰我の孔子に問た御答故、之精なり、之著との示しなり。祭義にあるそ。百物之精は前へかへして云たこと。此あたり記録あらし。文二にて補ふべし。文二録曰、人に阴阳の気たっふりとあるから、そのはなれるときゆへ人へぞっとひびく。文二録よし。文二録曰、神之著なり。神のがんさりとあらはるるなり。角のはえたの、青鬼黒鬼にあらす。根を知るがよい。宰我に告て曰、をのしやをれが斯ふして生ているが精なり。そのはなれるゆへ昭明焄蒿悽愴。そこを鬼神もこれで合点せよなり。其離れたわちかふが、ここへ来格すること。本文の三百年あとの先祖のござるのたと云は、正謂之なり。魂魄つきても天地の気と流行するものあり。この上のこまかは祭祀來格てみるべし。
【解説】
「爲昭明焄蒿悽愴、此百物之精也、神之著也、正謂此爾」の説明。気の散り際は、燈火消えんとして光を増すで、はっとする気味がある。その時は、自分も陰陽の気をたっぷりと持っているからぞっとする。
【通釈】
「昭明」は何となく明るい底。人の息を引き取る時にはっとする意である。これを正直に、私の親父が死んだ時はそうではなかったと言われれば、全く台無しである。ここはただそういう気味だと言ったのである。俗に言う、燈火消えんとして光を増すというのも、絶えるとはっとすること。気の散り際である。はっという勢いで少し明るい気味のこと。「焄蒿」。何となくむしむしすること。礼記にある孔穎達の疏を朱子が悪いと言ってあるが、さて悪いと言って皆除けることでもない。孔穎達はあまり捉まえ過ぎたもの。しっかりと臭があると言うのはよくない。その気味のあること。朱子は気象と説かれた。丁子釜や蒼木を焚く様なことではない。欧陽希遜に答うる書。文会六の五十二を考える可し。「悽愴」。ぞっとすること。ここの一句は、私がその様に言った覚えはない。削るべきなのだが、先ずは差し置く。一意思ある様でもある。どの様な粗い心の者でもぞっとする。それは、こちらにも陰陽の気をたっぷりと持っているからである。不測なことで、人の死ぬ時はこうしたこともあるもの。「百物之精也云云」。繋辞に「精氣爲物」とある。精は活きた気である。人がこうして活きているのは精気である。それで、死ぬ時はこうある筈。その昭明焄蒿が直ぐに「神之著」である。右段々は、元々宰我が孔子に問うたことへの御答えなので、「之精也」、「之著也」と示したもの。祭義にある。「百物之精」は前へ返して言ったこと。この当たりの記録は粗い。文二にて補いなさい。文二録に曰く、人に陰陽の気がたっぷりとあるから、それが離れる時なので人へぞっと響く、と。文二録よし。文二録に曰く、「神之著也」。神がはっきりと顕れること。角の生えたとか、青鬼黒鬼ということではない。根を知りなさい。宰我に告げて曰く、お前や俺がこうして生きているのが精である。それが離れるので昭明焄蒿悽愴。そこで鬼神もこれで合点しなさい、と。その離れたわけは違うが、ここへ来格すること。本文にある三百年後の先祖が御座るのだと言うのは、「正謂之」である。魂魄が尽きても天地の気と流行するものがある。この上の詳細は祭祀来格で見なさい、と。
【語釈】
・孔穎達…唐の学者。字は仲達。574~648。
・精気爲物…易經繫辭傳上4。「原始反終。故知死生之說。精氣爲物、遊魂爲變。是故知鬼神之情状」。
・宰我の孔子に問た御答…禮記祭義。「宰我曰、吾聞鬼神之名、不知其所謂。子曰、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。合鬼與神、敎之至也。衆生必死、死必歸土。此之謂鬼。骨肉斃於下、陰爲野土。其氣發揚于上爲昭明焄蒿悽愴。此百物之精也。神之著也。因物之精、制爲之極、明命鬼神、以爲黔首、則百衆以畏、萬民以服」。

詩曰神之格云云。是を引て鬼神と云は、いつござらふも知れぬことを云たものそ。御老中招請のときは見ほしを附るか、鬼神へ見ほしは附られぬそ。毎年祭る鬼神か来格するときもあり、来格せぬときもある。それゆへ誠か大切なり。いかほと祭ても誠かなけれは来格はないそ。活た親は塩梅よいわるいのと云か、鬼神は何とも云はぬから、誠てなけれはならぬことなり。矧可射思云云。めんとふに思ふことてはない。早く膳をとりて一盃飲ふと云ては来格はない。鬼神は活たものとは違ふて鱠かへるの汁かへるのと云ことてもない。只神のそこへこさる計りなり。そこて誠かなけれはならぬ。そこか大ふ精いの精いこと。祭のときは内外うちこみなり。誠かなけれは物に目かつくぞ。大名なれは奥方も女中うちこみ、軽者親類男女集る。その姑のつれて来た腰元もそこへ一所にくる。その腰元の皃をちらと見る気が有る。もふ其日の祭はせぬも同こと。これは来格のないことを示したもの。中人以下は先つかたで祭るがよし。爰の斎のこともよく合点するがよい。一寸目にかかるものがあると、しきに来格はないそ。されとも家督をとるものは祭ら子はならぬそ。直方先生が、今学者が孔子を祭るは勘左ぞ。弥兵衛でうけつけぬと云り。言厭怠云云。觀の卦に盥不薦とある。ここの処の心持大切なり。祭はすすめて膳をとると敬かゆるももの。すすめす前は心か張弓のやふになりてをるそ。其敬て祭ることなり。寒いから衣を着替えるがいやの、上下を着るかめんどうじゃのと云ては祭はならぬことなり。
【解説】
「詩曰、神之格思、不可度思。矧可射思。度、待洛反。射、音亦。詩作斁。○詩、大雅抑之篇。格、來也。矧、況也。射、厭也。言厭怠而不敬也。思、語辭」の説明。鬼神は何時来られるかも知れない。そして、どれほど祭っても誠がなければ来格はしない。一寸目に掛かる物があると、直に来格はない。祭は薦めて膳を取ると敬が弛むもの。薦める前は心が張弓の様になっている。その敬で祭る。
【通釈】
「詩曰、神之格云云」。これを引いて鬼神と言うのは、何時来られるかも知れないことを言ったもの。御老中招請の時は目星を付けられるが、鬼神へ目星は付けられない。毎年祭る鬼神が来格する時もあり、来格しない時もある。そこで誠が大切である。どれほど祭っても誠がなければ来格はしない。活きた親は塩梅がよいとか悪いとかと言うが、鬼神は何とも言わないから、誠でなけれはならない。「矧可射思云云」。面倒に思うことではない。早く膳を取って一盃飲もうと言っては来格はない。鬼神は活きたものとは違って鱠が減るとか汁が減るなどということもない。ただ神がそこへ来られるだけである。そこで誠がなければならない。そこが大分精しいこと。祭の時は内外打込みである。誠がなけれは物に目が付く。大名であれば奥方も女中も打込み、軽者や親類の男女が集る。その姑が連れて来た腰元もそこへ一所に来る。その腰元の顔をちらっと見る気があれば、もうその日の祭はしないのも同じこと。これは来格のないことを示したもの。中人以下は先ずは形で祭るのがよい。ここの斉のこともよく合点しなさい。一寸目に掛かる物があると、直に来格はない。しかしながら、家督を執る者は祭らなければならない。直方先生が、今学者が孔子を祭るのは勘左だ。弥兵衛では受け付けないと言った。「言厭怠云云」。観の卦に「盥而不薦」とある。ここの処の心持が大切である。祭は薦めて膳を取ると敬が弛むもの。薦めない前は心が張弓の様になっているぞ。その敬で祭ること。寒いから衣を着替えるのが嫌だとか、裃を着るのが面倒だなどと言っては祭はできない。
【語釈】
・觀の卦に盥不薦とある…易經觀。「觀、盥而不薦。有孚顒若」。

夫微之顯云云。是て格別に親切なり。微とは視之而不見云云を云たことなり。不見不聞と云ても洋々乎如在其上。そこへがんざりとみへるやふにひひく。そこて顯れと云なり。鬼神と云はなまけたものでない。きらりっとしたものなり。鬼神は気て語るが、此誠て理になりた。迂斎先生が、爰て始てほんの費隱になりたと云へり。実理の誠て揜れぬそ。隂も誠、陽も誠。水火か今日はもえまへ流れまいとは云はぬ。天地始てから同じことなり。誠はかくされぬもの。一寸ふところえ吸からを入ると、はやもへ出る。茶のあまりをたもとへ入ると、じきに外へ出るぞ。菜種としん菊をませて蒔ても、菜は菜、しん菊はしんきくとはへる。未塵もうそはないそ。此章の終へ誠を出すは幸田君の説に、繪双紙にある狸をしまいにくくりて出したやふなものと云へり。面白ことなり。鬼神は気ばかりて理では云はぬか、終は誠なり。丁と堺甼の役者か七変化を踊って、しまいに面をとりた処を見れは、もとの役者と云やふなもの。鬼神の爲德云云と云ても理てしめることなり。太極と云親方かあるそ。仏者気計を云て理てしめぬから妖怪になるなり。
【解説】
「夫微之顯、誠之不可揜、如此夫」の説明。実理の誠だから揜われない。誠は隠せないもの。鬼神は気ばかりで理では言わないが、その終わりは誠である。仏者は気ばかりを言って理で閉めないから妖怪になる。
【通釈】
「夫微之顯云云」。これで格別に親切である。「微」とは「視之而弗見云云」を言ったこと。不見不聞といっても「洋々乎如在其上」。そこへはっきりと見える様に響く。そこで「顯」と言う。鬼神は怠けたものではなくてきらりとしたもの。鬼神は気で語るが、この誠で理になった。迂斎先生が、ここで始めて本当の費隱になったと言った。実理の誠だから揜われない。陰も誠、陽も誠。水火が今日は燃えないぞ、流れないぞとは言わない。天地始まってから同じこと。誠は隠せないもの。一寸懐に吸殻を入れると、早くも燃え出る。茶の余りを袂に入れると、直に外へ出る。菜種と新菊を雑ぜて蒔いても、菜は菜、新菊は新菊となって生える。微塵も嘘はない。この章の終わりに誠を出すのは、幸田君の説に、絵双紙にある狸を最後に括って出した様なものだある。面白いこと。鬼神は気ばかりで理では言わないが、終わりは誠である。丁度堺町の役者が七変化を踊って、最後に面を取った処を見れば、元の役者だったという様なもの。「鬼神之爲德云云」と言っても、理で閉めること。太極という親方がある。仏者は気ばかりを言って理で閉めないから妖怪になる。
【語釈】
・幸田…幸田誠之。晩に精義と改める。字は子善。善太郎と称す。江戸の人。幕臣。寛政4年(1792)2月9日没。年73。私諡は穆靖。

誠は眞実无妄云云。是の註は二十章目にあることて、あの章て出す料理なれとも、誠と云字か出たからは出さ子はならぬ。眞実無妄はいんすをかためたやふなもの。みぢんもまじりのないこと。誠の註にこれより外に云やふはないそ。誠に必是の註入る。丁と何そ格式と云と侍従の布衣を供につれる様に、誠か歴々ゆへいつても眞実无妄の文字は出さ子ばならぬ。実理のほんのなりをあらはしたこと。神道者か爰は神道じゃなとと云ても、眞実无妄の字は出されぬ。髯か杉にの筋なり。潮満玉潮ひる玉。それからしてへびをうしろへすてるとこぬなと、歴々の口から云はるる。中庸へ出されぬことなり。それは神道知らぬゆへと云はふが、それぐるみのぞみにないことなり。あちて云妙はあやしいこと。こちて云妙はあれなりなことなり。迂斎先生の妙字説可見。さて直方先生も此章て神道などはあまり弁じなんだか、石原先生は弁じられた。あれも所によりては親切にない。神道を弁するには誠の処てはかり弁ることなり。眞実无妄は妙用と云ことではない。実なりをあらはすこと。晩の相談はをそからんと云て灯ちん以ていくに、あれの如くをそいから灯ちんをつける。実なことなり。妙用てはないそ。薬は飲ずにまぢないと云は実でないぞ。気の上にこふしたこともあると云ても、それは中庸へよせ付ぬこと。洋々乎如在其上、誠之不可揜は實理て見たもの。妖怪てはない。
【解説】
「夫、音扶。○誠者、眞實無妄之謂。陰陽合散、無非實者。故其發見之不可揜如此」の説明。「眞實無妄」は二十章にあるべきものだが、誠という字が出たのでここに載せた。実理の本当の姿を表したのである。神道は真実無妄ではない。
【通釈】
「誠者、眞實無妄云云」。この註は二十章目にあるもので、あの章で出す料理なのだが、誠という字が出たからは出さなければならない。真実無妄は印子を固めた様なもの。微塵も混りのないこと。誠の註はこれより外に言い様はない。誠には必ずこの註が入る。丁度何ぞ格式と言えば、侍従の布衣を供に連れる様に、誠は歴々なので、何時でも真実無妄の文字は出さなければならない。実理の本当の姿を表したこと。神道者がここは神道だなどと言っても、真実無妄の字は出せない。髯が杉にの筋である。潮満珠潮干珠。それからして蛇を後ろへ捨てると来ないなどと、歴々の口から言われる。それは中庸へは出せないこと。それは神道を知らないからだと主張するが、それ包み望むことではない。あちらで言う妙は怪しいこと。こちらで言う妙はあるがままなこと。迂斎先生の妙字説を見なさい。さて直方先生もこの章で神道などはあまり弁じられなかったが、石原先生は弁じられた。あれも所によっては親切でない。神道を弁ずるのは誠の処だけで弁ずるもの。真実無妄は妙用ということではない。実のままを表すこと。晩の相談は遅くなるだろうと言って提灯を持って行くに、その通りに遅くなったから提灯を点ける。それは実なことで、妙用ではない。薬は飲まずに呪いをと言うのは実でない。気の上にこうしたこともあるといっても、それは中庸では寄せ付けない。「洋々乎如在其上」、「誠之不可揜」は実理で見たもの。妖怪ではない。
【語釈】
・いんす…よく精錬された舶来の純金。
・髯か杉にの筋…スサノオが鬚髯を抜いて放つと杉になったという。
・潮満玉潮ひる玉…潮満珠潮干珠。海水につければ潮水を満ちさせる(引かせる)呪力があるという宝珠。

右第十六章。不見不聞云云。費隱へ合せた註なり。人参肉桂のあたためぐらすは形ないゆへみえぬ。鬼神も形ないゆへ見へぬ。隱のをさだまりなり。そこて隱なりときっと出す。亦費なり。亦の字が面白い。鬼神が拂抵なものでなく、一切衆生にあるそ。夫婦の愚はもとより費の正面なれども、体物不可遺、洋々乎如在其上、もとあわぬことのやふじゃか、費にをちるから亦の字なり。誰か上もあると云になると、同しことにをちるぞ。鬼神の体物てのこらす洋々乎其上にあるが費の底なことなり。是をはっきとあわせることてはない。附合にべったりと合たより、ちらりと合たか面白ひぞ。花と花とは色をあらそふと云前句へ、藤山吹で付たはつきすきて却てうるさい。峯の枩ひとり春をやおくるらんと附たは上手なり。前三章は身てなることゆへ小と云たもの。後三章は舜文武の德の事業に出て天下へ及んたことゆへ大なり。あなた方の事業にくらべては、孔子もあたまをなてるがある。それを費の大と云たものそ。此一章中にあるは至て趣向のあることなり。かの直方の弁のある。大坂て何やらと云学者か鬼神の章は朱子の章句わるい。たたい此章を十九章の次に置て如示諸掌をうけて鬼神の德と出し、又十五章の父母其順矣乎の次へ舜の大孝を出すとうけかよいと云たか、それは中を知らぬ云やふなり。丁と御手紙の通り承知と旦那が云、取次も御手紙の通り承知と云ても、中を知らぬやふなもの。ちょっときくとうはべからは尤にみへる。王魯斎が大学格物の傳闕はせぬと云類。何れの世にか賢なからん。朱子のあの学力て吟味したことを今そのやふなことを云は無忌憚なり。爰て鬼神を云は子は中庸が前後にくさびのない書になるぞ。
【解説】
「右第十六章。不見不聞、隱也。體物如在、則亦費矣。此前三章、以其費之小者而言。此後三章、以其費之大者而言」。鬼神の体物で遺らず、洋々乎其上にあるのが費の底である。前三章は身でなることなので小と言い、後三章は舜文武の徳の事業に出て天下に及んだことなので大である。ここの章句の構成について、大坂のある学者が、十九章の後にこの章を置き、十五章の後に十七章の舜の大孝を置くべきだと言ったが、それは知らないのである。
【通釈】
「右第十六章」。「不見不聞云云」。費隱へ合わせた註である。人参や肉桂が温め廻らすのは形がないので見えない。鬼神も形がないので見えない。隱のお定まりである。そこで「隱也」ときっと出す。「亦費矣」。亦の字が面白い。鬼神は払底なものではなく、一切衆生にある。夫婦の愚は固より費の正面だが、「體物不可遺」と「洋々乎如在其上」は本来合わないことの様だが、費に落ちるから亦の字がある。誰の上もあるということになれば、同じことに落ちるのである。鬼神の体物で遺らず、洋々乎其上にあるのが費の底である。ここははっきりと合わせることではない。附合にべったりと合うよりも、ちらりと合う方が面白い。花と花とは色を争うという前句へ、藤山吹で付けるのは付き過ぎて却って煩い。峯の松ひとり春をやおくるらんと付けたのは上手である。前三章は身でなることなので小と言い、後三章は舜文武の徳の事業に出て天下に及んだことなので大である。貴方方の事業に比べれば、孔子も頭を撫でることがある。それを費の大と言ったもの。この一章中にあるのは至って趣向のあること。彼の直方の弁がある。大坂で何やらという学者が、鬼神の章は朱子の章句が悪い。そもそもこの章を十九章の次に置いて「如示諸掌乎」を受けて鬼神の徳と出し、また十五章の「父母其順矣乎」の次へ舜の大孝を出すと受けがよいと言ったが、それは中を知らない言い様である。丁度御手紙の通り承知と旦那が言い、取次も御手紙の通り承知と言っても、中を知らない様なもの。一寸聞くと上辺からは尤もに見える。王魯斎が大学格物の伝は闕けていないと言った類である。何れの世にか賢無からん。朱子のあの学力で吟味したことに、今その様なことを言うのは「無忌憚」である。ここで鬼神を言わなければ中庸が前後に楔のない書になる。
【語釈】
・無忌憚…中庸章句2。「君子之中庸也、君子而時中。小人之反中庸也、小人而無忌憚也」。

偖て前後六章の大小と云はよくみへるか、此章に大小と云はとうなれは、裏店のものの先祖の祭るも大嘗會の祭も同ことなり。そこか大小を包たなり。又人の鬼神は小、天地造化は大なり。直方先生か、兼は根附か巾着印籠を兼るやふなこと。包は上からは見へずに中に色々あること。巾着をあけて見ると中に金も丸藥も耳かきもあるやふなこと。大全の本には小大を大小と書てある。尤費隱の本文は語大語小とあれとも、爰の章句に前三章か小て後の三章か大とあるなれば、そこを受て云からやはり小大てよい。前日も云通り、費隱が一株になりてをるから、鬼神もすぐに費隱のことなり。これか序にある脉畧貫通詳畧相因の処なり。日比のやりばなしに似合ぬ。記録よく出来珍重々々。此も信仰かつき候故と存候。先つほんのことはならすとも、時祭は始て申事て、此はとんと俗へつかへよう云云。二中の祭にてよく候。諸事は時制の通り檀那寺へ任すべし。葬埋と年忌等は寺を始、世間村面の掛引きあることなれば、六かしし。時祭は却て仕よきことなり。直方、鬼神の理がよくすむと祭りたくなる筈のこととは各別な眼にて候。此章すみても祭る心なけれはうはさを云てしまふたのなり。炉に火を入ぬ茶人のやふなものにて候。茶ものまぬなれは茶にてはなし。此処了得すれば、眞に活溌々地。或人へ迂斎直方へ謁しけるに、直方面白きゆへに今日はと申しけれは、祭をしたと仰せられしよし。後三四十年後に迂斎咄すに、飲れた顔と云き。
【解説】
「此一章、兼費隱、包大小而言」の説明。ここの「大小」とは、小さな祭も大きな祭もということ。また、人の鬼神は小、天地の造化は大ということ。祭の中では時祭がし易い。
【通釈】
さて前後六章の大小ということはよく見えるが、この章に「大小」と言うのはどういうことかと言うと、裏店の者が先祖を祭るのも大嘗会の祭も同じことで、そこが大小を包んだこと。また、人の鬼神は小、天地の造化は大である。直方先生が、「兼」は根付が巾着印籠を兼ねる様なこと。「包」は上からは見えないが、中に色々とあることだと言った。巾着を開けて見ると中に金も丸薬も耳掻きもある様なこと。大全の本には小大を大小と書いてある。尤も費隱の本文には「語大、語小」とあるが、ここの章句に前三章が小で後の三章が大とあるからは、そこを受けて言うから、やはり小大でよい。前日も言う通り、費隱が一株になっているから、鬼神も直ぐに費隱のことである。これが序にある「脈絡貫通詳略相因」の処である。日頃の遣り放しに似合わず、記録がよく出来て珍重珍重。これも信仰が付いたからだと思う。先ず本当のことは出来なくても、時祭は始めて申した事で、これはかなり俗へ支えよう云云。二中の祭でよい。諸事は時制の通りに檀那寺へ任せなさい。葬埋と年忌等は寺を始め、世間村面の駆引きがあることなので難しいが、時祭は却って仕易いこと。直方が、鬼神の理がよく済むと祭りたくなる筈だと言ったのは格別な眼である。この章が済んでも祭る心がなければ、噂を言って終わるのと同じ。炉に火を入れない茶人の様なものである。茶も飲まないのであれば茶ではない。この処を了得すれば、真に活溌々地。或る人へ迂斎と直方が謁した時、直方の話が面白いので、今日はと申すと、祭をしたと仰せられたそうである。後三四十年後に迂斎が話すに、飲まれた顔だったそうである。

講後恭節稟云、此章の爰へ出た塩梅面白云は、費隱の言其れ上下察と体物不可遺と同しことと云こと乎。先生曰、不然。費隱の理を鬼神の気てもふ一篇云てみせたものそ。首章道不可離、後日を費隱て云て、費隱の後日を又鬼神て云たものなり。以下恭節録。○恭節窃謂れは、体物如在亦隱矣は不見不聞を隱也と云より、体物如在亦費と云へることならん、と。先生曰、不然。手つから書を取り十三章の題下を示して曰、ここに亦の字ありや。又十七章題下を示して曰、ここに亦の字ありや。鬼神の体物不可遺なとは学問のをしつまりゆへ、夫婦の手際にしれることてなし。洋々如在上と云ても、これも視へることてはない。そこて鬼神章はみな隱計のやふなり。それを費と云ことゆへ亦字なり。それて迂斎も鬼神章の費は前とはふりが違ふと云。必竟予が説ではなく、迂斎の云たことなり。燈下話。下同。
【解説】
ここは費隱の理を鬼神の気でもう一遍言って見せたもの。「體物如在、亦費矣」は、鬼神の章はみな隱ばかりのことの様である。それを費と言うから亦の字がある。
【通釈】
講後に恭節が稟けて言う、この章のここへ出た塩梅が面白いというのは、「費隱」が「言其上下察」や「體物而不可遺」と同じことだということか、と。先生曰く、然らず。費隱の理を鬼神の気でもう一遍言って見せたもの。首章の「道也者、不可須臾離」の後日を費隱で言って、費隱の後日をまた鬼神で言ったもの、と。以下は恭節の録。○恭節竊かに思うに、「體物如在、亦隱矣」は「不見不聞、隱也」と言うことから、「體物如在、亦費矣」と言ったことでしょう、と。先生曰く、然らず、と。自ら書を取って十三章の題下を示して曰く、ここに亦の字があるか。また十七章題下を示して曰く、ここに亦の字あるか。鬼神の体物不可遺などは学問の押し詰まりなので、夫婦の手際で知れることではない。「洋洋乎、如在其上」と言っても、これも視えることではない。そこで鬼神の章は皆隱ばかりの様である。それを費と言うので亦の字がある。それで迂斎も鬼神の章の費は前とは振りが違うと言った。畢竟これは私の説ではなくて、迂斎の言ったことだ、と。燈下の話。下も同じ。
【語釈】
・恭節…鈴木恭節。字は子長。長藏と称す。大網白里町清名幸谷の人。鵜澤近義の第三子。館林藩儒臣。文政13年(1830)11月10日没。年55。

○恭節稟曰、直方先生、大坂学者の此章のここへ出たを疑を弁するには、此章のここへ出子はならぬと云は、前三章は費隱の小、後三章は費隱の大、このつなぎの処ゆへここへ包小大の鬼神章か出子ば叶ぬと云ことのやふに思へり。曰、然り。然に又不然。請問。曰、大畧はさうなれとも、又そうばかりてなく、すんと塩梅のあることぞ。子思の中庸を編むとき、大方孔子の語は不残手帳にても認てあるを、そこを段々語を並へて來たときに、此語はここへ出さうと云て此へ出したことて、子思の方にさしてふかく枕をわらしたことはない。首章から段々并へて来て乘て来て、ここへ鬼神の章を出したことなり。それて朱子も、鳶飛魚躍の詩も子思胡乱に引と云てあり。面白き云分なり。あとさきなしにあの詩をすっと引たことなり。先日これを云ををとも思へとも、あまりむずかしくなるゆへ止めにしたぞ。脉畧貫通に意はない。若し子思かそこに深い了簡のあってしたことなれは拵へものになる。後人の文章たくみ出すになる。子思の方にそれほとのことはない。異端に對する書ゆへ鬼神と云ことも出さ子はならぬ。ここへ出そうと云。此時先生云云。怡々として面談。乘て来、ここへ此章を出したことなり。それゆへ今日予か酒盛の中に梨を切て来いと云やふなものと云が大事の塩梅なり。鬼神落着の付ぬ内は知惠のそこはぬけぬことなり。中庸にのせる筈なり。
【解説】
子思がこの章をここに載せたのは、大して苦労してしたことではない。乗って来て、ここへこの章を出しただけのことである。
【通釈】
○恭節が稟けて曰く、大坂の学者がこの章のここへ出たのを疑ったことを直方先生が弁ずるには、この章がここへ出なければならないというのは、前三章は費隱の小、後三章は費隱の大、この繋ぎの処なのでここへ「包小大」の鬼神の章が出なければならないということの様に思えるが、と。曰く、然り。然るにまた然らず、と。請う問わん。曰く、大略はそうなのだが、またそうばかりではなく、かなり塩梅のあること。子思が中庸を編む時、大方孔子の語は残らず手帳にでも認めてあったが、そこを段々と語を並べて来た時に、この語はここへ出そうと言ってここへ出したことで、子思の方にさして深く枕を割らしたことはない。首章から段々と並べて来て乗って来て、ここへ鬼神の章を出した。それで朱子も、鳶飛魚躍の詩も子思胡乱に引くと言ってある。面白い言い分である。後先なしにあの詩をすっと引いたのである。先日これを言おうとも思ったが、あまりに難しくなるので止めにした。脈絡貫通に意はない。若し子思がそこに深い了簡があってしたことであれば拵え物になる。後人の文章を巧み出すことになる。子思の方にそれほどのことはない。異端に対する書なので鬼神ということも出さなければならない。そこで、ここへ出そうと言う。この時先生云云。怡々として面談。乗って来て、ここへこの章を出したのである。それで、今日私が酒盛りの内に梨を切って来いと言う様なものだと言ったのが大事な塩梅である。鬼神の落着きの付かない内は知恵の底は抜けない。中庸に載せる筈である。
【語釈】
・枕をわらした…枕を割る。苦心する。肝胆を砕く。