己酉一六中庸筆記十四
二十一章至廿三章  四月一日 先生批 花澤
【語釈】
・己酉…寛政1年(1789)年。
・花澤文…林潛齋。初め花澤文二と称す。名は秀直。東金市堀上の人。丸亀藩儒臣。文化14年(1817)5月6日没。年68。


中庸章句第二十一章
自誠明、謂之性。自明誠、謂之敎。誠則明矣。明則誠矣。自、由也。德無不實而明無不照者、聖人之德、所性而有者也。天道也。先明乎善、而後能實其善者、賢人之學、由敎而入者也。人道也。誠則無不明矣、明則可以至於誠矣。
【読み】
誠あるによりて明らかなる、之を性と謂う。明らかなるによりて誠ある、之を敎と謂う。誠あるときは則ち明らかなり。明らかなるときは則ち誠あり。自は由なり。德實ならざること無くして明照らさざること無きは、聖人の德の、性のままにして有する所の者なり。天道なり。先ず善を明らかにして、而して後に能く其の善を實にするは、賢人の學の、敎に由りて入る者なり。人道なり。誠なれば則ち明らかならざること無く、明らかなれば則ち以て誠に至る可し。

右第二十一章。子思承上章夫子天道人道之意而立言也。自此以下十二章、皆子思之言、以反覆推明此章之意。
【読み】
右第二十一章。子思上章の夫子天道人道の意を承けて言を立てり。此より以下十二章は、皆子思の言にして、以て反覆して此の章の意を推し明かす。


中庸の書、首めに性道敎をかたり、それより費隱とかたり、これより誠とかたり、三段にかわる。然る處誠の字のことばかり此篇の樞紐と云。されとも性道敎も費隱も皆誠へつまることなり。それ故根を理會すると一つなり。初心のうちは聽たびにそれ々々違ふと思ふがそうでない。大學明德と云、論語仁と云。あれもつまり誠のことなり。○誠の字、ほんのと云処、手の入らぬことと云でかたつくことなり。誠の字、注は實てかたる。垩賢異端の分實ですまず。程子始に皆實學也と云がそれなり。誠は中庸全体なり。誠へつまるが實学なり。樞紐と云がきこへた。何でも誠と云が實學なり。○是から先は誠と銘を切りかへて、末まで皆誠なり。凡此書に右第の下に大書に記したは銘の切りかへなり。
【解説】
誠は中庸の全体である。そこで「所謂誠者、實此篇之樞紐也」と言う。大学で明徳と言い、論語で仁と言う。あれもつまりは誠のこと。誠の字は、注は実で語る。程子が「皆實學也」と言うのがそれで、誠へ詰まるのが実学である。
【通釈】
中庸の書は、始めに性道教を語り、それから費隱と語り、これより誠と語り、三段に変わる。それを誠の字のことばかりをこの篇の樞紐と言う。しかしながら、性道教も費隱も皆誠へ詰まること。そこで根を理会すると一つである。初心の内は聴く度にそれぞれ違うと思うがそうではない。大学で明徳と言い、論語で仁と言う。あれもつまりは誠のこと。○誠の字は、本のという処で、手の入らないことということで片付くこと。誠の字は、注は実で語る。聖賢異端の分は実で済ます。程子が始めに「皆實學也」と言うのがそれ。誠は中庸の全体である。誠へ詰まるのが実学である。樞紐と言うのがよくわかる。何でも誠というのが実学である。○これから先は誠と銘を切り替えて、末までが皆誠である。凡そこの書の「右第二十一章」の下に大書して記したのは銘の切り替えである。
【語釈】
・誠の字のことばかり此篇の樞紐と云…中庸章句20集註。「章内語誠始詳、而所謂誠者、實此篇之樞紐也」。
・皆實學也…中庸章句小序の語。
・凡此書に右第の下に大書に記した…この篇の最後にある「右第二十一章」の後の語が小文字ではなくて普通の文字で記されていることを指す。

○自誠明謂之性。垩人の上へと學者の上をかたるその前置に垩人と學者を語り分けたものなり。自誠明は少も雜りや水のさしたことなし。持前の形りなり。垩人持出したことなく、拜領のなりなり。○何ことも誠の方から分からぬことなし。どのやふなことなれば、誰れにも仁義礼智あると云へとも、名ばかりなり。そこで明でない。誠は親に孝、君に忠は不足はない。誠のなり、道のなりに出る故明なり。思はず知らずに孝、思はず知らずに忠。そこを明と云。此章のこと、程書抄畧下の七反可考。○謂之性。垩人故持前の形りでそうなり。堯舜文王孔子が是なり。○自明誠。これは又學問から誠に至るもの。あたまからでない。気質に申分ありてほんの誠でない。明は學問でこふするはづと云処をさして誠に至る。真知。道理か明になると誠になる。是が道理さへ明になれば、いやともに誠になる。道理の動ぬことを知ると知た通りより外ならぬものなり。中庸で如此すじをみせる。大學では格致の明から誠正の誠え至る工夫をみせる。道の書敎の書一致なことしるべし。○只今の學者は知があれども行がならぬと云ことは、其れは根が知のないゆへなり。道理明なれはその通り急度行に出るものなり。誠にならぬは知の開らかぬ証拠なり。さて明と云、學問から誠と云に至て、其誠へふみこむとやっはり自誠明の誠と同じ。○謂之敎からなる。是が面白こと。骨を折たことが性のままの同格になる。上は性に手柄をさせた文字。下は敎に手柄をさせた文字なり。性のままと云と外のものが力を落すか、力落すことでない。此自明骨折てすれば誠になりて垩人同格なり。これ實学の實学たる処。
【解説】
「自誠明、謂之性。自明誠、謂之敎」の説明。聖人は誠であるから拝領の通りである。そこで性と言う。学問から誠に至るのが「自明誠」である。道理が明になれば誠になる。今の学者は知はあるが行が出来ないと言うのは、それは根から知がないからである。
【通釈】
○「自誠明、謂之性」。これは聖人の上と学者の上を語る、その前置きに聖人と学者を語り分けたもの。「自誠明」は少しも雑りや水の差したことはない。持ち前のなりである。聖人は持ち出したことはなく、拝領の通りである。○何事も誠の方から分からないことはない。それはどの様なことかと言うと、誰にも仁義礼智があるとは言え、名ばかりである。そこで明ではない。誠は、親に孝、君に忠は不足はない。誠の通り、道の通りに出るから明である。思わず知らずに孝、思わず知らずに忠。そこを明と言う。この章のこと、程書抄略下の七反を考える可し。○「謂之性」。聖人なので持ち前のなりでそうなる。堯舜文王孔子がこれ。○「自明誠」。これはまた学問から誠に至るもの。最初からではない。気質に申し分があっては本当の誠ではない。明は学問でこうする筈という処を指して誠に至る。真知。道理が明になると誠になる。道理さえ明になれば、どうしても誠になる。道理の動かないことを知ると、知った通りより他にはならないもの。中庸でこの様に筋を見せる。大学では格致の明から誠正の誠に至る工夫を見せる。道の書と教の書は一致することを知りなさい。○只今の学者は知はあるが行が出来ないと言うのは、それは根から知がないからである。道理が明であればその通りにしっかりと行に出るもの。誠にならないのは知が開かない証拠である。さて明と言い、学問から誠ということに至って、その誠へ踏み込むとやはり「自誠明」の誠と同じである。○「謂之敎」からなる。これが面白いこと。骨を折ったことが性のままと同格になる。上は性に手柄をさせた文字で、下は教に手柄をさせた文字である。性のままと言うと他の者が力を落とすが、力を落とすことではない。この「自明」を骨を折ってすれば誠になって聖人と同格である。これが実学の実学たる処。

○誠は明なり。百匁掛の猟燭なり。ともさぬ先から明なり。若いもの、眼の達者、歯の丈夫。それが持まいの形りなり。眼鏡や入歯はいらぬ。骨は折れぬ。あたまくだしになるなり。按排して道理に合ふでない。丁ど無病な人の針灸入らぬのなり。○ただのものは其様にはならぬ。下の自明誠は修行ゆへ性のままにするとは違へども、ほんとふに明になれば上と同ことなり。善い茶器持て居れとも、明でないゆへすててをく。其器は百两道具と聞くと、知。最ふ大切にして、明。すててをかぬ。箱をこしらへる。○明則誠矣。骨折ることなれとも、とどは同格になる。矦家に代々家老の家と云があり、又す子からもんで家老になるもあり、家老になれば同格なり。○首章と此章、性と敎との文字の并びやふに見やふあり。天命性の之の字上にあり。手のつかぬが上に置なり。此章下にあり。下に置は斯ふこそ言へと云ふ時なり。性道敎はありなりをかたる。申せは其ままを言て発明もないと云程のことなり。○性のまま敎のままと云わけた者のないゆへ、子思のわけて示すなり。手を付ずに垩人の敎のままの垩人なり。手を付るゆへここは之字下に置。語類百三十八、謂之は名之なり、之謂は直為なりの説を文會に中庸首章に載せり。この章と掛時に入用なり。
【解説】
「誠則明矣。明則誠矣」の説明。「誠則明」は持ち前の姿で、「明則誠矣」は骨を折ることだが、誠ということでは同格である。「之謂」はある通りを言い、「謂之」は名付けて言う。
【通釈】
○「誠則明」。百匁掛けの蝋燭である。灯さない先から明である。若い者は、眼が達者、歯が丈夫。それが持ち前のなりである。眼鏡や入れ歯は要らない。骨は折れない。頭ごなしにできる。按排して道理に合うのではない。丁度無病な人は針や灸が不要なのと同じ。○普通の者はその様にはできない。下の「自明誠」は修行なので性のままにするのとは違うが、本当に明になれば上と同じこと。善い茶器を持っていても、明でないから捨てて置く。その器は百両道具だと聞くと、知。もう大切にして、明。捨てては置かない。箱を拵える。○「明則誠矣」。骨を折ることなのだが、つまりは同格になる。侯家に代々家老の家というものがあり、また脛から揉んで家老になる者もあるが、家老になれば同格である。○首章とこの章は、性と敎との文字の並びに見様がある。「天命之謂性」の之の字は上にある。手が付かないのは上に置く。この章は下にある。下に置くのはこの様にこそ言えと言う時のこと。性道教はある通りを語る。申せばそのままを言って発明もないというほどのこと。○性のまま教えのままと言い分けた者がいないので、子思が分けて示した。手を付けずに聖人の教のままの聖人である。手を付けるので、ここは之の字を下に置く。語類百三十八にある、謂之は之を名づくなり、之謂は直に為すなりの説を文会に中庸首章に載せてある。この章と掛ける時に入り用である。
【語釈】
・謂之は名之なり、之謂は直為なり…朱子語類138。「謂之、名之也。之謂、直爲也」。

○山崎先生性のまま敎のままと点せり。性のままは聞へたが、教のままがきこへにくいなり。教は脩行ゆへ教のままと付にくい点を付たが趣向なり。ままは手示葉なり。有りのまま其ままなどの手示葉なり。性のままは御定りの手示葉なれとも、教は骨折ゆへ今申す通り教のままの手示葉付にくいが、是は敎も固り天地自然のものゆへままを点をすなり。教と云ものがすりくだいて別にあたらしくするでなく、自然にあるものなり。百姓の麥のさくをきると云も一寸手を付る。あれが敎なり。そこが教を楯にとりて性も敎も同格に云ふ。作爲でない。自然に出る手示葉と見ることなり。○三宅先生も首章とは違ふて死活の分ありと云へり。首章はありの名を示す斗り。遠くから冷して云ふ。首章の之字は死字なり。ここの之字活て居る。あのやふなが性のまま敎のままじゃと名を付たなり。是活字なり。故に性教有死活之弁。○堯舜性之湯武身之、ここから出たことなり。蒙引よく気を付て、孟子も爰から生み出したと云。あの男が常はやくにたたぬことを云が、ここはよく気を付た。
【解説】
山崎先生が性のまま教のままと点をした。教は修行なのだが、その教も固より天地自然のものなので、ままと点をしたのである。三宅先生は、首章の之は死字で、この章の之は活字だとした。
【通釈】
○山崎先生が性のまま教のままと点をした。性のままはわかるが、教のままがわかり難い。教は脩行なので教のままと付け難い点を付けたのが趣向である。ままは手爾波である。ありのまま、そのままなどの手爾波である。性のままは御定まりの手爾波だが、教は骨を折るので、今申す通り教のままの手爾波を付け難いが、ここは教も固より天地自然のものなので、ままと点をしたのである。教というものは擂り砕いて別に新しくすることではなく、自然にあるもの。百姓が麦のさくを切るというのも一寸手を付けること。あれが教である。そこが教を楯に取って性も教も同格に言うもの。それは作為ではない。自然に出る手爾波と見るのである。○三宅先生も首章とは違い。死活の分有りと言った。首章はありのままの名を示すだけ。遠くから冷して言う。首章の之の字は死字である。ここの之の字は活きている。あの様なものが性のまま教のままだと名を付けた。これは活字である。故に性教に死活の弁有り。○「堯舜性之、湯武身之」はここから出たこと。蒙引がよく気を付けて、孟子もここから生み出したと言った。あの男は常は役に立たないことを言うが、ここはよく気を付けた。
【語釈】
・手示葉…手爾波。弖爾波。弖爾乎波。助詞の称。
・さくをきる…うね間の土を鍬でさくり、農作物の根元によせかける。
・堯舜性之湯武身之…孟子盡心章句上30。「孟子曰、堯舜性之也。湯武身之也。五霸假之也」。
・三宅先生…三宅尚齋。

○自は由なり。自字ふだんは自江戸自上総の自也。ここは由緒由來の由なり。由と云はなんでも根のありて云ときの字なり。根ありて明、明なれば誠なり。そなたはをかしな顔じゃと云。病によって然り。そなたは一はいのんだが、顔が赤いの口を利すぎるのと云ふ。酒に由ってなり。明の修行したゆへ誠と由緒ありて云ことなり。○德無不實。迂斉の、實はすき間ないことと云へり。これなどは明弁で、どふも手みじかに斯ふは付られぬことなり。生猟でも半分鼠が喰ふと早くとぼれる。それだけのすき間があると百匁懸の光りなし。人が三達德持て居れども、すき間があるとやくにたたぬ。年より目がみへぬ、耳がきこへぬ、足が弱くて歩行がれぬと云。衰へるとすき間がある。德無不實は君臣父子皆透間はない。直方先生、玉ある山はかがやくと云へり。誠のてい、自然と外へあらはれる。○垩人之德所性而有者也。垩人の德かけはない。丸で持て居る。凡人は五百石とるといへども名代ばかりなり。借金へひける。垩人は拜領の通り少しもすきまはない。是が天道也、垩人なり。
【解説】
「自、由也。德無不實而明無不照者、聖人之德、所性而有者也。天道也」の説明。由というのは何でも根があって言う時の字である。根があって明、明であれば誠である。「德無不實」。迂斎が、実は隙間のないことだと言った。隙間があると役に立たない。
【通釈】
○「自、由也」。自の字は普段は自江戸、自上総の自だが、ここは由緒由来の由である。由というのは何でも根があって言う時の字である。根があって明、明であれば誠である。貴方は可笑しい顔だと言う。病に由って然り。貴方は一盃飲んだのか。顔が赤いとか口を利き過ぎるなどと言う。酒に由ってである。明の修行をしたので誠という由緒あって言うこと。○「德無不實」。迂斎が、実は隙間のないことだと言った。これなどは明弁で、どうも手短にこうは付けられないこと。生蝋も半分鼠が喰うと早く点れる。それだけの隙間があると百匁懸けの光はない。人が三達徳を持っていても、隙間があると役に立たない。年寄りは目が見えず、耳が聞こえず、足が弱くて歩行ができないという。衰えると隙間がある。「德無不實」は、君臣父子皆透き間はない。直方先生が、玉ある山は輝くと言った。誠の体が自然と外へ現れる。○「聖人之德、所性而有者也」。聖人の徳に欠けはない。丸々持っている。凡人は五百石を取ると言っても名代ばかりである。借金へ引ける。聖人は拝領の通り少しも隙間はない。これが「天道也」で、聖人なのである。

○明乎萬物而后能實其善者賢人之學云云。明乎善は二十章目の通りなり。中庸道を語る書なれとも、大中離れぬことなり。善を離さずする。見たきり聞たきりてないを實と云。益気湯がよいと云は明乎善也。それをのむ。實其善也。賢人は湯武顔曽を始として丸で持たでなく、由敎て入たなり。ここが中庸傳授の所なり。性道行は云ばなしなり。戒懼慎獨からが敎なり。明から入こんで誠になる。○本文は垩賢どちも同格なれども、註では少しふりが違ふ。そふでなければ章句にならぬ。本文は京のものも江戸のものも同ことなり。江戸の者には東山之櫻見せぬでなく、京都のもの其地に居て花見るも、江戸よりあくせく道中して花見るも同格なれとも、然しもと根の違たことなり。○明則無不實矣云云。迂斉の將棊倒しと云へり。明則可以至於誠矣。直方先生、一つ山なれども上り坂の下り坂のやふなものなり。
【解説】
「先明乎善、而後能實其善者、賢人之學、由敎而入者也。人道也。誠則無不明矣、明則可以至於誠矣」の説明。中庸は道を語る書だが、大中は離れないもの。そこで善を離さずに「明乎善」と言う。賢人の学は教に由り入って誠になるもの。
【通釈】
○「明乎善、而後能實其善者、賢人之學云云」。「明乎善」は二十章目の通りである。中庸は道を語る書だが、大中は離れないもの。善を離さずにする。見た切り聞いた切りではないことを実と言う。益気湯がよいと言うのは明乎善である。それを飲むのは「實其善」である。賢人は湯武顔曾を始めとして丸に持ったのではなくて、教に由って入ったのである。ここが中庸伝授の所。性道は言い放し。戒懼慎独からが教である。明から入り込んで誠になる。○本文は聖賢どちらも同格だが、註では少し振りが違う。そうでなければ章句にならない。本文は京の者も江戸の者も同じこと。江戸の者には東山の桜を見せないというのではなく、京都の者がその地にいて花を見るのも、江戸よりあくせく道中して花を見るのも同格だが、しかしそれは本来根の違ったこと。○「明則無不明矣」。迂斎が将棋倒しだと言った。「明則可以至於誠矣」。直方先生が、一つ山なのだが上り坂と下り坂の様なものだと言った。
【語釈】
・明乎善は二十章目の通りなり…中庸章句20。「不明乎善、不誠乎身矣」。

右第二十一章云云。立言は先達っても云ふ、彼の棒杬なり。これから先は何にもかも誠へをとす。天道は自然と誠なり。人道はそれを學んで誠にいるなり。胡乱信口説出す。不必如此弁別。○天道人道之意云云。中庸天道は道体なれども人でさとす。扨易繫辞傳、實の天でかたる。易は隂陽の書ゆへなり。中庸は人が主ゆへ天道と云へば皆垩人でかたる。同じ道体をかたるに中庸と易はにたやふで違ふ。中庸は心法の書ゆへ直に垩人を語るが天道なり。扨又修行で得るを人道と云ふか、天道でも人道でもとど誠のことなり。○反復推明此章之意。いろ々々と語て誠がすむ。大きな鯛が何にもなる。鰯やひしこはならぬ。鯛は大きいゆへなり。反覆してするとどこ迠も言はれる。讃岐にはこれをや。
【解説】
「右第二十一章。子思承上章夫子天道人道之意而立言也。自此以下十二章、皆子思之言、以反覆推明此章之意」の説明。易の繋辞伝は陰陽の書だから実の天で語る。中庸は人が主なので天道と言えば皆聖人で語る。
【通釈】
「右第二十一章云云」。「立言」は先達ても言った、彼の棒杬である。これから先は何も彼も誠へ落とす。天道は自然に誠である。人道はそれを学んで誠に入るのである。胡乱に口に信[まか]せて説き出す。必ずしも此の如く弁別ならず。○「天道人道之意云云」。中庸は、天道は道体だが人で諭す。さて易の繋辞伝は実の天で語る。それは易が陰陽の書だからである。中庸は人が主なので天道と言えば皆聖人で語る。同じ道体を語るにも、中庸と易とは似た様で違う。中庸は心法の書なので直に聖人を語るのが天道である。さてまた修行で得るのを人道と言うのが、天道でも人道でもつまりは誠のこと。○「反覆推明此章之意」。色々と語って誠が済む。大きな鯛は何にでもなる。鰯やひしこはならない。鯛は大きいからである。反覆してすると何処までも言うことができる。讃岐ではこれをや。


中庸章句第二十二章
唯天下至誠、爲能盡其性。能盡其性、則能盡人之性。能盡人之性、則能盡物之性。能盡物之性、則可以贊天地之化育。可以贊天地之化育、則可以與天地參矣。天下至誠、謂聖人之德之實、天下莫能加也。盡其性者、德無不實。故無人欲之私、而天命之在我者、察之由之、巨細精粗、無毫髮之不盡也。人物之性、亦我之性。但以所賦形氣不同而有異耳。能盡之者、謂知之無不明、而處之無不當也。贊、猶助也。與天地參、謂與天地竝立爲三也。此自誠而明者之事也。
【読み】
唯天下の至誠のみ、能く其の性を盡くすことを爲す。能く其の性を盡くすときは、則ち能く人の性を盡くす。能く人の性を盡くすときは、則ち能く物の性を盡くす。能く物の性を盡くすときは、則ち以て天地の化育を贊[たす]く可し。以て天地の化育を贊く可きときは、則ち以て天地と參となる可し。天下の至誠とは、聖人の德の實の、天下に能く加うること莫きを謂う。其の性を盡くすとは、德實ならざること無し。故に人欲の私無くして、天命の我に在る者、之を察らかにし之に由りて、巨細精粗、毫髮も盡くさざること無し。人物の性も、亦我の性なり。但以て賦する所の形氣同じからずして異なること有るのみ。能く之を盡くすとは、之を知ること明らかならざること無くして、之を處すること當たらざること無きを謂うなり。贊は猶助くのごとし。天地と參となるとは、天地と竝び立ちて三つと爲ることを謂うなり。此れ誠よりして明らかなる者の事なり。

右第二十二章。言天道也。
【読み】
右第二十二章。天道を言うなり。


○唯天下至誠爲能尽其性。此章、彼の天道なり。生知安行の垩人を語る。唯は外にはないぞやと示すなり。日本人の冨士を語るが唯なり。山といへば冨士が唯と出る。○天下の至誠は中庸詞なり。天下一と云こと。誠に毛一筋不足ないゆへ至と云。顔曽もしんしゃくなり。二三十萬石とる大名でも、御三家がとをると直には行れぬ。顔曽でもひかへさっしゃれと云はるる。○爲能尽其性。この上なしの誠が外でなく、持まいを尽したなり。ここが實學なり。顔曽もしんしゃくなれば天へ飛やふなことかと云ふにそふでなく、我性を尽したのなり。○尽は迂斉の云へる、扇の十間の骨皆開いたなり。又滿月なり。ありだけの光りあり。人間性さへ尽せば外にすることはない。至誠と云が膽潰させることでなく、性を一はいに尽したもののこと。○能尽其性則能尽人之性云云。人へ及ぶを云。手前がよいと人へ及ぶ。日月手前が光る。あれが人の為にとて光りはせまい。性を尽したなり。一切衆生それをかりて明るい。○人は天下中の人なり。垩人の我性を尽したゆへ天下へ及ぶ。もと人は同物なり。大學明德から新民は敎のなり。ここは道の形りなれどもとど同じことなり。手前の性を尽したゆへ人をよくしてやる。手前の病気のときのんだ藥で人の病も愈してやる。
【解説】
「唯天下至誠、爲能盡其性。能盡其性、則能盡人之性。能盡人之性、則能盡物之性」の説明。この章は天道のことであり、聖人を語ったもの。至誠は持ち前の性を尽くしたもの。聖人は自分の性を尽くすので天下へ及ぶ。
【通釈】
○「唯天下至誠、爲能盡其性」。この章は彼の天道のこと。生知安行の聖人を語る。「唯」は他にはないと示すもの。日本人が富士を語るのが唯である。山と言えば富士が唯と出る。○天下の至誠は中庸の詞である。天下一ということ。誠に毛一筋不足ないので至と言う。顔曾も斟酌する。二三十万石を取る大名でも、御三家が通ると直には行かれない。顔曾でも控えなされと言われる。○「爲能盡其性」。この上なしの誠が他でなく、持ち前を尽くしたのである。ここが実学である。顔曾も斟酌するのであれば天へ飛ぶ様なことかと言えばそうではなく、自分の性を尽くしたのである。○「盡」は迂斎が言った、扇の十間の骨が皆開いたということ。また満月である。有り丈の光がある。人間は性さえ尽くせば他にすることはない。至誠というのは肝を潰させることではなく、性を一杯に尽くしたもののこと。○「能盡其性、則能盡人之性云云」。人へ及ぶことを言う。手前がよいと人へ及ぶ。日月は手前が光る。あれが人のためにと光りはしないだろう。性を尽くしたのである。一切衆生それを借りて明るい。○「人」は天下中の人のこと。聖人が自分の性を尽くしたので天下へ及ぶ。本来人は同物である。大学明徳から新民は教の形。ここは道の形だが、つまりは同じこと。手前の性を尽くしたので人をよくしてやる。手前の病気の時に飲んだ薬で人の病も癒してやる。

○能尽物之性則以賛天地之化育。たん々々及ぶことを云。人ばかりでなく、物上へも及ぶ。扨人は同類ゆへ及ぶはづ。物は聞へぬやふなれども、あれももと天地の道理で出來たものなり。垩人がなくは知れぬものも出來やふなり。繫辞傳などで見るに、垩人がそれ々々に物を尽してあり。包羲氏没後神農氏をこり云云の処にてもみよ。迂斉笑ながら、甘草肉桂が袴着て垩人の前へ礼に出ると云。垩人が肉桂はあたためると云たゆへ歴々になった。又迂斉曰く、垩人なくは肉桂も竈の下へ入れて焚れるで有ふとなり。網罟を敎るなり。九十九里も日和見る斗りてないて鰯はこやしにする。天は口ないゆへ生みすてにする。それを垩人が跡へまはりて物の性を尽す。○賛化育は天のならぬことをする。天の造化の手傳をすることなり。西銘天に事ることを発明が是なり。よい子て親が早く樂をする。そこで天の賛になる。物の方から袴着て來る。天の方からは褒美なり。○宮室弓矢、繫辞に云てあり。垩人目利が上手なり。牛や馬を見立るも垩人の御世話と迂斉云へり。重荷は馬にはならぬ。牛にさせる。火事のときは牛てはをそい。火消は馬なり。目利が上手ゆへ化育をたすく。○三才と云も垩人から起ったことなり。参は天地と同格なり。天地とたいまでさす。是は或問にくはしく云てあり。天地が人間のはたらきはならぬ。風雨は天地がすれとも、今日のやふに屋根をふくことは人がする。即日掘上の屋根ふき最中ふきいたるに由てかく説たるが、後三日の大雨に予安堵しをるにつき、つく々々思ふ。これ亦垩人と思ひき。后稷敎民於稼稷と云。苗を青くするは天なれども、まくは人也。人のからだ五尺なれども、天地と參るなり。参は三になることなり。凡人も三になるべきものを持って居るゆへ列に入れて三才といへとも、實に與天地參とは云れぬ。
【解説】
「能盡物之性、則可以贊天地之化育。可以贊天地之化育、則可以與天地參矣」の説明。物も本は天地の道理で出来たものなので、聖人が性を尽くすと物にも及ぶ。天は生み捨てだが、聖人が天の賛をする。聖人は目利きが上手なので天地の化育を賛ける。
【通釈】
○「能盡物之性、則以贊天地之化育」。段々と及ぶことを言う。人ばかりではなく、物の上へも及ぶ。さて人は同類なので及ぶ筈。物はそうではない様だが、あれも本は天地の道理で出来たもので、聖人がいなくては知れないものも出来ただろう。繋辞伝などで見ると、聖人がそれぞれに物を尽くしてある。「包犧氏沒、神農氏作云云」の処でも見なさい。迂斎が笑いながら、甘草や肉桂が袴を着て聖人の前へ礼に出ると言った。聖人が肉桂は温めると言ったので歴々になった。また迂斎曰く、聖人がいなければ肉桂も竈の下へ入れて焚かれるだろう、と。網罟を教えた。九十九里も日和を見るばかりではなくて鰯は肥やしにする。天は口がないので生み捨てにする。それを聖人が跡に回って物の性を尽くす。○「贊化育」は天のできないことをすること。天の造化の手伝いをすること。西銘の天に事えることを発明したのがこれ。よい子だから親が早く楽をする。そこで天の賛になる。物の方から袴を着て来る。天の方からは褒美をする。○宮室や弓矢のことを繋辞で言ってある。聖人は目利きが上手である。牛や馬を見立てるのも聖人の御世話だと迂斎が言った。重荷は馬にはならない。牛にさせる。火事の時は牛では遅い。火消しは馬である。目利きが上手なので化育を賛ける。○三才と言うのも聖人から起こったこと。「參」は天地と同格である。天地と対待で差す。これは或問に詳しく言ってある。天地に人間の働きはできない。風雨は天地がするが、今日の様に屋根を葺くことは人がする。即ち日掘上の屋根葺き最中、葺き至るによってこの様に説いたが、後三日の大雨に私が安堵しているに付、熟々思った。これも亦聖人のこと、と。「后稷敎民稼穡」と言う。苗を青くするのは天だが、蒔くのは人である。人の身体は五尺だが、天地と参わる。参は三になること。凡人も三になるべきものを持っているので列に入れて三才と言うが、実に「與天地參」だとは言えない。
【語釈】
・包羲氏没後神農氏をこり云云…易經繫辭傳下2。「包犧氏沒、神農氏作。斲木爲耜、揉木爲耒、耒耨之利、以敎天下、蓋取諸益」。
・網罟を敎る…易經繫辭傳下2。「作結繩而爲網罟、以佃以漁、蓋取諸離」。
・宮室…易經繫辭傳下2。「上古穴居而野處。後世聖人易之以宮室、上棟下宇、以待風雨、蓋取諸大壯」。
・弓矢…易經繫辭傳下2。「弦木爲弧、剡木爲矢、弧矢之利、以威天下、蓋取諸睽」。
・たいま…物干竿を渡す二本の柱。
・后稷敎民於稼稷…孟子滕文公章句上4。「后稷敎民稼穡、樹藝五穀」。

○天下至誠謂垩人之德之實云云。至誠が別にない。この實の字が誠へあてたものなり。かけ目のないが實なり。只今の人は仁義礼智德が名斗りなり。實は拜領を一厘かけはない。○不足は少し足しをする。これは不加毫末の加なり。もそっと雪が白くふればよいと云ことはない。洗濯をするはもそっと垢をされと云。牡丹の芲にもそっとべにをさすに及ぬ。○德無不實。性を一はいなり。千两箱に二两不足でも實とは云れぬ。丸に千两なり。○故無人欲之私云云。一舛のへ一舛なり。人欲入ることならぬ。人欲ははりこむものなれとも、一はい滿たゆへ入ることならぬ。固り德と人欲つれたたぬものなり。猫と鼠とはつれ立ことならぬ。○天命之在我。誠と云字がもと天命なり。それを仁義礼智も德とも云ふ。○察之由之。察由大切な出処のあることなり。孟子舜を稱して明乎庻物察於人倫、又由仁義と云。推へ察の察でなく、明察の察。白昼に見るなり。五倫が明也。それゆへ垩人でなければ忠孝も申分んあり。察は道理に細かのことなり。由之は仁義に離れず仁義から出る。仁義と一つなり。息をつくにこちの息をつく。煙草を呑ふと云とは違ふ。こちのものなり。○巨細精粗云云。巨細は大小なり。人の交りの上も天下の交は大い、家内のことは少い。粗はくびをひ子るには及ぬ。精は奧に奧のあることなり。學者はそれを學ぶ。義にも大はれもあり、又肴をやる小いことの義もある。郷黨の篇、垩人はこれはこふと長面くってするに非ず。一心の誠から皆出ることなり。巨細精粗それ々々に丁どにかなふ。直方先生、仏者は巨細精粗が分らぬと云へり。彼も影子を見付て本來の面目の渾沌未分のと云て彼の軰がさはいでも、こまかあたりはない。垩人は與之釜とこまかなことなり。
【解説】
「天下至誠、謂聖人之德之實、天下莫能加也。盡其性者、德無不實。故無人欲之私、而天命之在我者、察之由之、巨細精粗、無毫髮之不盡也」の説明。「實」は、拝領のものに一厘も欠けがないこと。聖人は性で一杯なので人欲が入る余地はない。ここの「察」は推察の察ではなく、明察の察である。聖人は巨細精粗それぞれに丁度に適う。直方先生が、仏者は巨細精粗が分からないと言った。
【通釈】
○「天下至誠、謂聖人之德之實云云」。至誠は別にはない。この「實」の字が誠へ当てたもの。欠け目のないのが実である。只今の人は仁義礼智徳が名ばかりである。実は拝領のものに一厘も欠けがないこと。○不足は少し足しをする。これは「不加毫末」の加である。もう少し雪が白く降ればよいと言うことはない。洗濯をする時は、もう少し垢を去れと言う。牡丹の花に、もう少し紅をさすには及ばない。○「德無不實」。性を一杯である。千両箱に二両不足しても実とは言えない。丸に千両である。○「故無人欲之私云云」。一升のへ一升である。人欲が入ることはならない。人欲は張り込むものだが、一杯に満ちているので入ることがならない。固より徳と人欲は連れ立たないもの。猫と鼠とは連れ立つことはならない。○「天命之在我」。誠という字は本来は天命のこと。それを仁義礼智とも徳とも言う。○「察之由之」。「察」「由」には大切な出処がある。孟子が舜を稱して「明於庶物、察於人倫」、また「由仁義」と言った。推察の察ではなく、明察の察である。白昼に見ること。五倫が明である。そこで聖人でなければ忠孝も申し分がある。察は道理に細かなこと。「由之」は、仁義に離れず仁義から出る。仁義と一つである。息をつくのは自分の息をつく。煙草を呑もうと言うのとは違う。こちらのものである。○「巨細精粗云云」。「巨細」は大小。人の交わりの上でも、天下の交わりは大きく、家内のことは小さい。「粗」は、首を捻るには及ばないこと。「精」は奧に奧のあること。学者はそれを学ぶ。義にも天晴もあり、また肴を遣る様な小さい義もある。郷党の篇、聖人はこれはこうと帳面を繰ってするのではない。一心の誠から皆出る。巨細精粗それぞれに丁度に適う。直方先生が、仏者は巨細精粗が分からないと言った。影子を見付けて本来の面目や渾沌未分などと言って彼の輩が騒いでも、細か当たりはない。聖人は「與之釜」と細かである。
【語釈】
・不加毫末…孟子離婁章句下10。「孟子曰、仲尼不爲已甚者」の集註に、「楊氏曰、言聖人所爲、本分之外、不加毫末。非孟子眞知孔子、不能以是稱之」とある。
・明乎庻物察於人倫、又由仁義…孟子離婁章句下19。「舜明於庶物、察於人倫。由仁義行。非行仁義也」。
・與之釜…論語雍也3。「子華使於齊。冉子爲其母請粟。子曰、與之釜」。

○人物之性亦我之性。垩人をぬいて云。垩人は亭主になって云やふなもの。人物之性もと一つ釜。大極のわれたもの。皆理の分れて天命性で出來たものなり。人物の性も我性と云はあぶないやふなり。是があきらかになると向がすめてくる。そこで我性と云ぞ。直方云、物はきこへたり。垩人も人なるによそ々々しく云はいかが。至誠の人はすぐに天なり。爪あかもないほとに行水してをる分、泥まぶれになりた人をみてはよそ々々しく云も尤なり。○形気不同。日和のわるいときの細工なり。理に二つなく、気に二つあるゆへなり。人の中でも垩凡形気の不同あり。○能尽之者謂知之無不明而處之無不當也。物の性、人の性、二つを一つに云ことなり。迂斉曰、いせの御師か暦をつくると思ふが、堯の御世話て出來たとなり。あれが天下のことに知の明なり。堯典云云。○處之は、草木を伐り魚鼈を捕るも以時する。垩人のこまかあたりがある。あれも物の性を尽したゆへなり。親切はかりでない。あれを親切と斗り云はれては有難いめいわくなり。知の明からのこと。親切ばかりでなし。知が明ゆへ處之ことが丁ど行く。親切も知が尽子ば向のめいわくなことがあるものなり。○賛猶助なり。これはきっとことはら子ばならぬ。賛字程説と不合、又賛美と云もあしし。賛美と云やふな手ぬるいことでない。直に天地手代をするを賛と云。○此自誠而明者之事也。上の段の天道、理なり骨折なしにずっとなさるる者の事也。
【解説】
「人物之性、亦我之性。但以所賦形氣不同而有異耳。能盡之者、謂知之無不明、而處之無不當也。贊、猶助也。與天地參、謂與天地竝立爲三也。此自誠而明者之事也」の説明。「形氣不同」は、理は一つで気は二つあるからである。
【通釈】
○「人物之性、亦我之性」。聖人を抜いて言う。聖人は亭主になって言う様なもの。「人物之性」は本一つ釜。大極の破れたもの。皆理が分かれて天命性で出来たもの。人物の性も我の性と言うのは危ない様である。これが明らかになると向こうが済めて来る。そこで「我之性」と言う。直方が言う、物はよくわかるが、聖人も人なのによそよそしく言うのはどうしたものか。至誠の人は直ぐに天である。爪垢もないほどに行水をしている分、泥まぶれになった人を見てはよそよそしく言うのも尤もなことだ、と。○「形氣不同」。日和の悪い時の細工である。理に二つはなく、気に二つあるからである。人の中にも聖凡形気の不同がある。○「能盡之者、謂知之無不明、而處之無不當也」。物の性、人の性、二つを一つに言うこと。迂斎曰く、伊勢の御師が暦を作ると思うが、堯の御世話で出来たもの、と。あれが天下のことに知の明である。堯典云云。○「處之」は、草木を伐り魚鼈を捕るのも時をもってすること。聖人の細か当たりがある。あれも物の性を尽くしたからである。親切ばかりではない。あれを親切とばかり言われては有難迷惑である。知の明からのこと。親切ばかりではない。知が明なので處之のことが丁度に行く。親切も知を尽くさなければ向こうに迷惑なことがあるもの。○「贊、猶助也」。これはしっかりと断らなければならない。賛の字は程説とは合わず、また賛美と言うのも悪い。賛美という様な手温いことではない。直に天地の手代をするのを賛と言う。○「此自誠而明者之事也」。上の段の天道のことで、理なりに骨折りなしにずっとなされる者のことである。
【語釈】
・堯の御世話て出來た…書經虞書堯典。「乃命羲・和、欽若昊天、曆象日月星辰、敬授人時」。

右第二十二章。言天道也。上の段て云云。これから段々それを釘をさしたものなり。
【通釈】
「右第二十二章。言天道也」。上の段で云云して、これからが段々とそれに釘をさしたもの。


中庸章句第二十三章
其次致曲。曲能有誠。誠則形。形則著。著則明。明則動。動則變。變則化。唯天下至誠爲能化。其次、通大賢以下凡誠有未至者而言也。致、推致也。曲、一偏也。形者、積中而發外。著、則又加顯矣。明、則又有光輝發越之盛也。動者、誠能動物。變者、物從而變。化、則有不知其所以然者。蓋人之性無不同、而氣則有異。故惟聖人能舉其性之全體而盡之。其次則必自其善端發見之偏、而悉推致之、以各造其極也。曲無不致、則德無不實、而形・著・動・變之功自不能已。積而至於能化、則其至誠之妙、亦不異於聖人矣。
【読み】
其の次は曲を致[きわ]む。曲は能く誠有り。誠あるときは則ち形[あらわ]る。形るるときは則ち著し。著しきときは則ち明らかなり。明らかなるときは則ち動く。動くときは則ち變ず。變ずるときは則ち化す。唯天下の至誠のみ能く化することを爲す。其の次とは、大賢より以下凡そ誠の未だ至らざること有る者を通じて言うなり。致とは、推して致むなり。曲とは、一偏なり。形るとは、中に積んで外に發るなり。著しとは、則ち又顯を加うるなり。明らかなるとは、則ち又光輝發越するの盛んなること有るなり。動くとは、誠能く物を動かすなり。變ずとは、物從って變ずるなり。化すとは、則ち其の然る所以の者を知らざること有り。蓋し人の性は同じからざること無くして、氣は則ち異なること有り。故に惟聖人のみ能く其の性の全體を舉げて之を盡くす。其の次は則ち必ず其の善の端の發見の偏よりして、悉く之を推し致めて、以て各々其の極に造るなり。曲致めざること無ければ、則ち德實あらざること無くして、形・著・動・變の功自ら已むこと能わず。積んで能く化するに至れば、則ち其の至誠の妙も、亦聖人に異ならざるなり。

右第二十三章。言人道也。
【読み】
右第二十三章。人道を言うなり。


○其次致曲。上の段、垩人の天道を聞て中々よってつかれぬことと思ふ。天道を聞ては力らを落して御いとま申ふなり。然るに其次は、迂斉いかふ忝ない字と云へり。上の天道では、顔曽もしんしゃくなれば學者も叶ぬことと云になる。そこてこの致曲なり。上の段の至誠は堯舜なり。それをのけては数の夛いこと。學知困知が皆ここの例なり。皆其次へかかる。○曲はなんでも一つ筋のあいた処なり。全体丸の德でなく、一いろを云。曲と云をわるく云て、一つ々々のこらずと云ことではない。人間の有難さは、何ぞ一つよいことあるものなり。これが脉の切れぬ処。○出して云へば不狩ものなれども親を親切にする。そこはよい脉なり。あれ一人が殿の病気を大ふ苦労すると云がある。それが手がかりなり。それをたよりに一服盛る。誰にも曲と云ものありて、其極から極めてまいる。迂斉、只のものは曲をすてると云へり。そこで其曲までなくなる。扨一つよいを段々しだす。そこで一色がだん々々ふへる。人使はよいが女房へあたりがわるいと云。人使のよいから女房へも推すなり。迂斉が玄宗を引て云へり。貴妃で天下をつぶすやふなれども、兄弟思な処は舜にも似たやふな処もあった。其曲を尽さぬゆへ貴妃にをぼれて天下をらりにし、手前の子をも殺す。かの兄弟中のよいを致さぬ故なり。迂斉曰、銭一文も小判の端となり。一文も風前の塵と云はずにだん々々推して有德の身上にもなる。○わるくすると曲に腰かける人あり。我曲を自慢して其ぎりで居る。それは致でない。
【解説】
「其次致曲」の説明。上の段は聖人のことで、ここは学知困知の者のこと。「曲」は何でも一つ筋の開いた処で一色を言う。それは誰にもあるもので、これから致めて行く。
【通釈】
○「其次致曲」。上の段は聖人の天道を聞くことで、中々寄り付けないことだと思う。天道を聞いては力を落として御暇申すと言いたくなる。そこを「其次」とは、迂斎が大層忝い字だと言った。上の天道では、顔曾も斟酌であれば学者も叶わないことということになる。そこでこの「致曲」である。上の段の至誠は堯舜のこと。それを除けると数が多い。学知困知が皆ここの例である。皆其次へ掛かる。○「曲」は何でも一つ筋の開いた処。全体丸々の徳ではなく、一色を言う。曲を悪く言って、一つ一つ残らずということではない。人間の有難さには、何か一つよいことがあるもの。これが脈の切れない処。○例を出して言えば、不埒者だが親を親切にする。そこはよい脈である。あれ一人が殿の病気を大層苦労するということがある。それが手掛かりである。それを頼りに一服盛る。誰にも曲というものがあって、その極から極めて参る。迂斎が、ただの者は曲を捨てると言った。そこでその曲までなくなる。さて一つよいところを段々と仕出す。そこで一色が段々増える。人使いはよいが女房へ当たりが悪いと言う。人使いのよいところから女房へも推す。迂斎が玄宗を引いて言った。貴妃で天下を潰した様だが、兄弟思いな処は舜にも似た様な処もあった。その曲を尽くさないから貴妃に溺れて天下を台無しにし、自分の子をも殺す。彼の兄弟仲のよいのを致さないからである、と。迂斎曰く、銭一文も小判の端だ、と。一文も風前の塵と言わずに段々と推して有徳の身上にもなる。○悪くすると曲に腰掛ける人がある。自分の曲を自慢してそれ切りでいる。それは致ではない。

○曲能有誠。ここは上と違ふと見るべし。下の曲は致曲た曲なり。上の曲は誰もあることなり。この訳大切に見べし。○積を直したれば、それから惣体もよくなったと云。曲能有誠なり。うそは仕舞にはける。本のよいは少しばかりてもほんのものゆへ、其を廣けると本んとふの誠になる。親に孝、君に忠からそろ々々ひろかる。兄弟中も朋友もよくなり、僅の金から身上仕出が曲能有誠なり。利足がついて金がふへる。人の德もそれなり。学問少しつつの処をして、どのやふなことにもなる。是より以下少しつつ間ありて、とどは垩人に至る。如此たとへると曲が邪曲になると恭節疑ふが、左様にかかわるべからず。一色よくなりたる処から全体のよくなるたとへぞ。譬喩不十分親切。○誠則形。そろ々々表へ見へてまいる。人に誠の功夫して垩人になった覚ないゆへ、ここらは譬で云より外はない。病人脉がよくなると皃向がよくなってくる。そうすると食もすすむ。大学誠於内形於外と云。名乘らずとも自然としれる。から樽實のあるたる、ふらずども自然としれるもの。自上のよい人素きらでも福々しく見へるものなり。直方の、紅の綿を入たと云へり。白羽二重の下へ入れるといえぬ色が出るなり。
【解説】
「曲能有誠。誠則形」の説明。ここの曲は曲を致めた曲である。本当によいものは少しばかりでも本物なので、それを広げると本当の誠になる。そして、名乗らなくても自然に知れる様になる。
【通釈】
○「曲能有誠」。ここは上と違うことだと見なさい。下の曲は曲を致めた曲で、上の曲は誰にもあること。この訳を大切に見なさい。○癪を治したら、それから総体もよくなったと言う。曲能有誠である。嘘は最後には剥がれる。本当によいものは少しばかりでも本物なので、それを広げると本当の誠になる。親に孝、君に忠からそろそろと広がる。兄弟仲も朋友もよくなり、僅かの金から身上を仕出すのが曲能有誠である。利息が付いて金が増える。人の徳もそれ。学問を少しずつして、どの様なことにもなる。これより以下は少しずつ間があって、つまりは聖人に至る。この様に譬えると曲が邪曲になると恭節は疑うが、左様に拘わってはならない。一色のよくなった処から全体がよくなる譬えである。譬喩十分親切ならず。○「誠則形」。そろそろ表に見えて来る。人には誠の功夫をして聖人になった覚えがないので、ここらは譬えで言うより外はない。病人が脈がよくなると顔向きがよくなって来る。そうすると食も進む。大学に「誠於中形於外」とある。名乗らなくても自然に知れる。空樽と実のある樽は、振らなくても自然と知れるもの。身上のよい人は素きらでも福々し見えるもの。直方が、紅の綿を入れたと言った。白羽二重の下に入れると何とも言えない色が出る。
【語釈】
・大学誠於内形於外と云…大學傳6。「小人閒居爲不善、無所不至。見君子而后厭然、揜其不善、而著其善。人之視己、如見其肺肝然、則何益矣。此謂誠於中形於外。故君子必愼其獨也」。
・素きら…素綺羅?

○形則著。がんざりとみへる。著は格別人の目にみへる。ここの文、上から格別はないことなり。迂斉の毎々云、形は東じらみなり。著はすっはりと明たなり。明は日の出たなり。学問はすすみ、聖堅の德斯ふしたものなり。○動則変。こちから手を出さずとも向から動く。孔孟に人の服す如し。自西自東が動くなり。東西南北の人魯へ來る。孔子の德で天下が動く。変は藥のきいたのなり。○変ずる至極は化なり。二つではない。何やら向がよくなる。所謂熱湯へ雪なり。人が感動すると変ずる。あの人の御庇でと思へども、後は我を忘れて覚へぬ。○だん々々子思がのべて、この塲は垩人なり。上の章、杖ばらい。宮様の道中至誠と云。大賢も及ぬなり。そこて其次とかたりて大賢以下で、さて又ここてはいつの間にか堯舜や孔子の通りになる。因て天下至誠爲能化と云。月夜の夜の明たなり。それと云も致曲が實地な功夫ゆへ、いつの間にかそふなる。大賢が我よくなることは知らぬ。よいことをたん々々とり々々する内にそふなる。我よくなる至極は人をも化す。仏の一超直入ではない。此塲になるなり。
【解説】
「形則著。著則明。明則動。動則變。變則化。唯天下至誠爲能化」の説明。例えば「形」は東が白むことで、「著」はすっぱりと明けること。「明」は日が出た様なことだと迂斎が言った。大賢がよくなると最後には人をも化す。
【通釈】
○「形則著」。はっきりと見える。著は格別人の目に見えること。ここの文は、上から格別ということではない。迂斎が毎々言う、形とは東白みで、著はすっぱりと明けたこと。明は日が出たことだ、と。学問が進み、聖賢の徳はこうしたもの。○「動則變」。こちらから手を出さなくても向こうから動く。それは孔孟に人が服する様なもの。「自西自東」が動くということ。東西南北の人が魯へ来る。孔子の徳で天下が動く。変は薬が効いた様なこと。○変ずる至極は化である。それは二つではない。何やら向こうがよくなる。所謂熱湯へ雪である。人が感動すると変ずる。あの人のお蔭でとは思うが、後は我を忘れて覚えていない。○段々と子思が述べて、この場は聖人のこと。上の章は杖払い。宮様の道中至誠と言う。それは大賢も及ばない。そこで「其次」と語って大賢以下のことを言い、さてまたここでは何時の間にか堯舜や孔子の通りになる。因って「天下至誠爲能化」と言う。月夜の夜の明けたのである。それというのも致曲が実地な功夫なので、何時の間にかそうなる。大賢は自分がよくなっていることは知らない。よいことを段々する内にそうなる。自分がよくなる至極は人をも化す。それは仏の一超直入ではない。この場になるのである。
【語釈】
・自西自東…孟子公孫丑章句上3。「以德服人者、中心悦而誠服也。如七十子之服孔子也。詩云、自西自東、自南自北、無思不服、此之謂也」。詩は詩經大雅文王有聲。

註。其次通大賢以下云云。迂斉御目見以下と云へり。加賀様からふっ立て、百表二百表取ても門の眞ん中を行く。そこで御直參の忝い所なり。學者も気質人欲で汚て居るが、人道を得やふとなれば顔曽と同じく門の眞ん中を通る。ここはいこふはつみのつくことなり。物知事知り書物よみ文章書き詩作り講釈上手のことでなし。澤一以上のことなり。○致は推致也。致と云は其上を々々々と一つ宛上をも云、又段々数のふへる方へも用ゆ。だたい致は一つことを九分九厘迠つめることを云て、致中和も一つことなり。ここは一つことを極るでなく、大學にも推致と云、あの中にないことをも致る。そこでここも数のふへる方へきわめることなり。大學の章句又推類以尽其餘にてみるべし。○曲一偏なり。誠の全体でなく、片われになっている。雞の時、犬の吠へる。一偏を持た人もここと云ことあり。そう説くと気質になる。それでなく、ここは仁の方へ一偏に出る人を云。金を借せと云ときかぬが、病人と云と親切にするなり。仁へ一偏なり。又親切はなくとも、斯ふ云義理ゆへ金を借してやらずはなるまいと云がある。義へ一偏なり。仁の方、義の方の一偏があるなり。
【解説】
「其次、通大賢以下凡誠有未至者而言也。致、推致也。曲、一偏也」の説明。「推致」は、数の増える方へ極めること。「曲」は、仁や義の方へ一偏に出ることを言う。
【通釈】
註。「其次、通大賢以下云云」。迂斎が御目見以下だと言った。加賀様を始め、百俵二百俵を取る者でも門の真ん中を行く。そこが御直参の忝い所である。学者も気質人欲で汚れているが、人道を得ようとするのであれば顔曾と同じく門の真ん中を通る。ここは大層弾みの付くこと。物知り、事知り、書物読み、文章書き、詩作り、講釈上手のことではない。澤一以上のこと。○「致、推致也」。致とは、その上をその上をと一つ宛上ることをも言い、また段々数が増える方へも用いる。そもそも致は一つのことを九分九厘まで詰めることを言い、「致中和」も一つごとである。しかしここは一つごとを極めるのでなく、大学にも推致と言う、あの中にないことをも致める。そこでここも数の増える方へ極めること。大学の章句、「又推類以盡其餘」で見なさい。○「曲、一偏也」。誠の全体ではなく、片破れになっている。鶏の時、犬が吠える。一偏を持った人もここということがある。そう説くと気質になる。そうではなく、ここは仁の方へ一偏に出る人を言う。金を貸せと言うと聞かないが、病人と言うと親切にする。仁へ一偏である。また親切はなくても、こういう義理なので金を貸してやらなければなるまいということがある。義へ一偏である。仁の方、義の方の一偏がある。
【語釈】
・澤一…大神澤一。筑前早良郡原の人。瞽者。享保10年(1725)12月1日没。年42。
・致中和…中庸章句1。「致中和、天地位焉、萬物育焉」。
・大學の章句又推類以尽其餘…大學伝3集註。「學者於此究其精微之蘊、而又推類以盡其餘、則於天下之事、皆有以知其所止而無疑矣」。

○積中而発外。朱子の使やふよいなり。礼記学記の文字なり。中に一はい有るゆへ外へあらはれる。○著則又加顕矣。あらはれたことのます々々あかりのつよくなるなり。迂斎の東しらみからと云をいつもはなさずよむがよい。○光輝発越之盛。光のわきへさし出たを輝と云。曲突の火は輝がない。○動は誠能動物、変者物從而変。動すはこの方の誠の人へひびくことなり。ここは凡夫覚ないこと故藝の上で云がよい。なんでも上手はうごかす。さて又義経の鵯越、武勇が人の心へひびいたなり。某底武勇の咄は人か動かぬ。達者な人と道中すると、道がはかがゆくものなり。杞梁か妻の泣たも国俗をうごかした。○化則有不知其所以然者。其つまりを段々語たものなり。動くから変化は皆向のことなり。不知所以然は、思はず知らずよくなったなり。医者の藥て去年の病気が直りて、今年迠道中するに其医のことはとんと忘れて仕舞ものなり。もと医者の療治て達者になりたれとも、達者になると忘れて居る。始め能書の筆を向へ置て習て、段々化して能書の通りに自在になると、もとのことは忘れる。孔門も義理自在になっては、孔子と云こともわすれるなり。京談になるやふなもの。いつかそふなる。悪いこともそれなり。人は善悪の友によると云。若いもの他国へ出て悪るずれになり、国に居る時のやふでない。善悪ともに化するものなり。
【解説】
「形者、積中而發外。著、則又加顯矣。明、則又有光輝發越之盛也。動者、誠能動物。變者、物從而變。化、則有不知其所以然者」の説明。動・變・化は向こうのこと。それによって思わず知らずよくなる。それは悪いことも同じで、善悪共に化するもの。
【通釈】
○「積中而發外」。朱子の使い様がよい。礼記学記の文字である。中に一杯有るので外へ発れる。○「著、則又加顯矣」。顕れて益々明かりが強くなる。迂斎の東白みからと言うのを、何時も離さず読みなさい。○「光輝發越之盛」。光の脇へ差し出たのを「輝」と言う。曲突の火は輝がない。○「動者、誠能動物。變者、物從而變」。動は、自分の誠が人に響くこと。ここは凡夫には覚えのないことなので芸の上で言うのがよい。何でも上手は動かす。さてまた義経の鵯越は、武勇が人の心へ響いたのである。私などの武勇の話では人が動かない。達者な人と道中をすると、道が計が行くもの。杞梁の妻が泣いたのも国俗を動かした。○「化、則有不知其所以然者」。その詰まりを段々語ったもの。動くから変と化までは皆向こうのこと。「不知其所以然」は、思わず知らずよくなったのである。医者の薬で去年の病気が治って、今年道中をするまで、その医のことはすっかりと忘れてしまうもの。もと医者の療治で達者になったのだが、達者になると忘れている。始め能書の筆を向こうに置いて習って、段々化して能書の通りに自在になると、もとのことは忘れる。孔門も義理が自在になっては、孔子ということも忘れる。それは京談になる様なもの。何時かそうなる。悪いことも同じ。人は善悪の友に依ると言う。若い者が他国へ出て悪擦れになり、国にいる時の様ではない。善悪共に化するもの。
【語釈】
・礼記学記の文字…禮記學記。「詩、言其志也。歌、詠其聲也。舞、動其容也。三者本於心、然後樂器從 之。是故情深而文明、氣盛而化神、和順積中、而英華發外。唯樂不可以爲僞」。
・杞梁か妻の泣たも国俗をうごかした…孟子告子章句下6。「華周・杞梁之妻善哭其夫、而變國俗」。
・京談…京都弁。京ことば。
・人は善悪の友による…「水隨方圓之器、人依善惡之友」。

○蓋人之性無不同。いつとてもこの註か出てある。なぜ一度々に断るなれば、人の性別なれば御相談ならぬことなり。性善と誠が同格になるが是なり。垩凡一つなものなり。それならばよいと云に、いや気則有異。○藥一ふくでよくなる病あり。百服でも愈ぬあり。用ゆる方剤に相違なく、向のことなり。○故唯聖人挙全体而尽之。この注何の為の持出しなれば、曲の字へあてて見せたものなり。全体からわれた一曲なり。そこてそまつにせぬことなり。○其次則必自其善端發見之偏而云云。顔子より今日の学者迠なり。皆全体でない。然れとも惻隱の心か善端なり。垩賢の通りはっと出る。其れが垩人かはっと云て二番目に賢人、三番目衆人がはっと云でない。此注擴充なことなれども、ここで擴充出すとはづみが違ふゆへ、そこて推致むと云。擴充と一つことなれども、語の出端ちがふゆへじかにたさず善端と孟子を匂はせて、あとは推致と中庸きりにとめる。
【解説】
「蓋人之性無不同、而氣則有異。故惟聖人能舉其性之全體而盡之。其次則必自其善端發見之偏」の説明。人の性は別ではないが、気に異なるところがある。しかし、善端は誰にもある。
【通釈】
○「蓋人之性無不同」。何時もこの註が出てある。何故一度一度に断るかというと、人の性が別であれば御相談はならないことだがそうではない。性善と誠が同格になるのがここである。聖凡一つなものなのである。それならばよいと言うところを、いや「気則有異」。○薬一服でよくなる病もあり、百服でも癒えないものもある。用いる方剤に相違はなく、それは向こうのこと。○「故惟聖人能舉其性之全體而盡之」。この注は何の為の持出しかと言うと、曲の字へ当てて見せたもの。全体から破れた一曲である。そこで粗末にしないこと。○「其次則必自其善端發見之偏而云云」。これが顔子より今日の学者までのこと。皆全体ではない。しかしながら、惻隠の心が善端である。聖賢の通りにはっと出る。それが聖人がはっと言って、二番目に賢人、三番目に衆人がはっと言うのではない。この注は拡充のことだが、ここで拡充を出すと弾みが違うので、そこで「推致」と言う。拡充と一つごとなのだが、語の出る端が違うので直に出さずに善端と孟子を匂わせて、後は推致と中庸切りに止める。
【語釈】
・擴充…孟子公孫丑章句上6。「凡有四端於我者、知皆擴而充之矣、若火之始然、泉之始達」。

○悉推致之。すみから推すなり。悉くと云字が敉字なり。九分九厘以上と云てなく、京めくりの通りを悉くしたなり。しからはわるく致めてもよいかと云。気つかふな。大学は至善、中庸は誠。○各造其極也。曲無不致則無不實而形著変動之功自不能已。迂斉、凡人は心が二つあると云。昨日亭主ぶりよくて今日は違ふ。凡人はかの曲をすてると云がよい弁なり。曲の些少を致ると段々大くなる。仁も義も皆ふへて來る。悉各の二字てらしみよ。德無不實なり。形著動変之功自不能已と云。此段になると春風に花の開くなり。明後日の客は待たぬ。そふなければならぬこと。いつまでも鵯越、灸のかはぎりではたまらぬこと。それなれば賢者も若死すべし。此段は樂なことなり。○至於能化云云。ふるびの付なり。我知らずそふなったと云になる。○其至誠之妙亦不異於垩人矣。不異と書に及ぬやふなり。直きに垩人だと云てよかろうと思ふが其ことでなく、不異と云は、この章人道を云て學者のことゆへ斯ふ書たるなり。先きへ着ひた垩人もあとから來た垩人も何も異らすと云ことなり。迂斉云、妙の字佛とは違ふ、と。仏の悟道の妙は跡もどりする。儒はだん々々つめたゆへ跡もとりせぬ。扨ぶげんになったときに、代々のぶげん者も日雇取りからぶげんになったも同ことなり。この塲になっては不異どこのことではなく、じきに垩人なれとも、もとかもとじゃからかふ云なり。と云て、ここへ禹入垩域不優の意を出すことてなし。
【解説】
「而悉推致之、以各造其極也。曲無不致、則德無不實、而形・著・動・變之功自不能已。積而至於能化、則其至誠之妙、亦不異於聖人矣」の説明。曲の些少を致めると段々と大きくなる。仁も義も皆増えて来る。知らない内に化す。ここの妙の字は仏とは違う。仏の悟道の妙は後戻りする。儒は段々と詰めたものなので後戻りはしない。
【通釈】
○「悉推致之」。隅から推す。悉くという字が数字である。九分九厘以上ということではなくて、京巡りの通りを悉くしたのである。それなら悪く致めてもよいかと言うが、気遣うな。大学は至善、中庸は誠。○「各造其極也。曲無不致、則德無不實、而形・著・動・變之功自不能已」。迂斎が、凡人は心が二つあると言った。昨日亭主振りがよくて今日は違う。凡人は彼の曲を捨てると言うのがよい弁である。曲の些少を致めると段々と大きくなる。仁も義も皆増えて来る。悉・各の二字を照らし見なさい。「德無不實」で、「形・著・動・變之功自不能已」と言う。この段になると春風に花が開く様なもの。明後日の客は待たない。そうでなければならない。何時までも鵯越、灸の皮切りでは堪らない。それであれば賢者も若死にすることだろう。この段は楽なこと。○「至於能化云云」。古びが付くこと。知らない内にそうなったと言う様になる。○「其至誠之妙、亦不異於聖人矣」。「不異」と書くには及ばず、直に聖人だと言ってもよいだろうと思うが、そのことではなくて、不異というのは、この章は人道を言って学者のことなのでこの様に書いたのである。先に着いた聖人も後から来た聖人も何も異ならないということ。迂斎が、妙の字は仏とは違うと言った。仏の悟道の妙は後戻りする。儒は段々と詰めたものなので後戻りはしない。さて、分限になった時に、代々の分限者も日傭取から分限になったのも同じこと。この場になっては不異どころのことではなく、直に聖人のことだが、本が本だからこの様に言う。そうとは言え、ここへ「禹入聖域而不優」の意を出すことではない。
【語釈】
・灸のかはぎり…灸の皮切り。最初にすえる灸。
・禹入垩域不優…朱子語類138。「禹入聖域而不優」。

右第二十三章。言人道也。人道をしっかり々々々々と云。○扨ここに言ことあり。嘉本此章言天道也は大きな間違のやふなれとも、これがいかほど手が利ても間違あるものなり。此誤と云も手が廻ら子ばあることで、其外点などもそれなり。手のまわらぬことあり。○最ふ一つ云ことあり。中庸を読ものは字の間違は我手にこれは誤りと知る位でなければ中々すめぬ。嘉点にかふあるとてそれなりに天道と見てはやくに立ぬ。嘉点夲に天道と有ても、本文を見て人道と見るでなければ中庸見る眼でない。中庸のすじがすめは、是は筆工の書の誤りと見る。○講後曰、柯本天道の文字の大きな誤りも手の廻らぬゆへ有ことなれは点のあやまりもありうちと云は、二十五章目の点のことなり。あの点の間違はかまはずに文會を正説に取ることなり。
【解説】
「右第二十三章。言人道也」の説明。山崎闇斎の本に「此章言天道也」とあるのは間違いである。また二十五章には点の誤りがある。それは手が廻らなかったためである。
【通釈】
「右第二十三章。言人道也」。人道をしっかりと言う。○さてここに言うことがある。嘉本にある「此章言天道也」は大きな間違いの様だが、どれほど手が利いても間違いはあるもの。この誤りというのも手が廻らなければあることで、その他に点なども同様である。手の廻らないことがある。○もう一つ言うことがある。中庸を読む者は字の間違いは自らこれは誤りだと知る位でなければ中々済めない。嘉点にこうあるとして、その通りに天道と見ては役に立たない。嘉点本に天道と有っても、本文を見て人道と見るのでなければ中庸見る眼ではない。中庸の筋が済めば、これは筆工の書の誤りと見る。○講後に曰く、柯本の天道の文字の大きな誤りも手が廻らないから有ることであれば、点の誤りも有り内だと言ったのは、二十五章目の点のこと。あの点の間違いには構わずに文会を正説として取るのである。
【語釈】
・二十五章目の点…中庸章句25の「誠者自成也」の「自」を、山崎闇斎が「おのずから」と読んだことを指す。