大学伝6
所謂誠其意者、毋自欺也。如惡惡臭、如好好色、此之謂自謙。故君子必愼其獨也。惡・好上字、皆去聲。謙讀爲慊、苦劫反。
誠其意者、自脩之首也。毋者、禁止之辭。自欺云者、知爲善以去惡、而心之所發有未實也。謙、快也、足也。獨者、人所不知而己所獨知之地也。言欲自脩者、知爲善以去其惡、則當實用其力、而禁止其自欺、使其惡惡則如惡惡臭、好善則如好好色、皆務決去、而求必得之、以自快足於己、不可徒苟且以徇外而爲人也。然其實與不實、蓋有他人所不及知、而己獨知之者。故必謹之於此以審其幾焉。
小人閒居爲不善、無所不至。見君子而后厭然、揜其不善、而著其善。人之視己、如見其肺肝然、則何益矣。此謂誠於中形於外。故君子必愼其獨也。閒、音閑。厭、鄭氏讀爲黶。
閒居、獨處也。厭然、銷沮閉藏之貌。此言小人陰爲不善、而陽欲揜之、則是非不知善之當爲與惡之當去也。但不能實用其力以至此耳。然欲揜其惡而卒不可揜、欲詐爲善而卒不可詐、則亦何益之有哉。此君子所以重以爲戒、而必謹其獨也。

曾子曰、十目所視、十手所指、其嚴乎。
引此以明上文之意。言雖幽獨之中、而其善惡之不可揜如此。可畏之甚也。
富潤屋、德潤身。心廣體胖。故君子必誠其意。胖、歩丹反。
胖、安舒也。言富則能潤屋矣、德則能潤身矣。故心無愧怍、則廣大寬平、而體常舒泰。德之潤身者然也。蓋善之實於中而形於外者如此。故又言此以結之。

右傳之六章。釋誠意。
經曰、欲誠其意、先致其知。又曰、知至而后意誠。蓋心體之明有所未盡、則其所發必有不能實用其力、而苟焉以自欺者。然或己明而不謹乎此、則其所明又非己有、而無以爲進德之基。故此章之指、必承上章而通考之、然後有以見其用力之始終、其序不可亂而功不可闕如此云。
【読み】
謂う所の其の意を誠にすとは、自ら欺くこと毋からんとするなり。惡臭を惡むが如く、好色を好むが如き、此れ之を自ら謙[こころよ]くすと謂う。故に君子は必ず其の獨を愼むなり。惡・好の上の字は、皆去聲。謙は讀みて慊と爲し、苦劫の反。
其の意を誠にすとは、自ら脩むるの首[はじめ]なり。毋は、禁止の辭。自ら欺くと云うは、善を爲して以て惡を去ることを知りて、心の發る所未だ實ならざること有るなり。謙は、快しなり、足るなり。獨は、人の知らざる所にして己の獨り知る所の地なり。言うこころは、自ら脩めんと欲する者は、善を爲して以て其の惡を去ることを知らば、則ち當に實に其の力を用いて、其の自ら欺くことを禁[おさ]え止めて、其の惡を惡むことは則ち惡臭を惡むが如く、善を好むことは則ち好色を好むが如く、皆務めて決め去りて、求めて必ず之を得て、以て自ら己に快足すべく、徒らに苟且して以て外に徇いて人の爲にす可からずとなり。然るに其の實と不實とは、蓋し他人の知るに及ばざる所にして、己獨り之を知る者なり。故に必ず之を此に謹みて以て其の幾を審かにす。

小人閒居して不善を爲すこと、至らざる所無し。君子を見て后厭然として、其の不善を揜いて、其の善を著わす。人の己を視ること、其の肺肝を見るが如く然り、則ち何の益かあらん。此を中に誠ありて外に形わると謂う。故に君子は必ず其の獨を愼む。閒は、音は閑。厭は、鄭氏讀みて黶[えん]と爲す。
閒居は、獨處なり。厭然は、銷沮閉藏の貌。此れ言うこころは、小人陰に不善を爲して、陽に之を揜わんと欲すれば、則ち是れ善の當に爲すべきと惡の當に去るべきとを知らざるには非ず。但實に其の力を用うること能わずして以て此に至るのみとなり。然るに其の惡を揜わんと欲して卒に揜う可からず、善を爲すことを詐[いつわ]らんと欲して卒に詐る可かざれば、則ち亦何の益か之有らんや。此れ君子の重く以て戒を爲して、必ず其の獨を謹む所以なり。

曾子曰く、十目の視る所、十手の指す所、其れ嚴なるかな、と。
此を引きて以て上文の意を明らかにす。言うこころは、幽獨の中と雖も、而れども其の善惡の揜う可からざること此の如し。畏る可きの甚だしとなり。
富は屋を潤し、德は身を潤す。心廣く體胖[ゆた]かなり。故に君子は必ず其の意を誠にす。胖は、歩丹の反。
胖は、安舒なり。言うこころは、富は則ち能く屋を潤し、德は則ち能く身を潤す。故に心に愧じ怍じること無ければ、則ち廣大寬平にして、體は常に舒泰なり。德の身を潤すこと然りとなり。蓋し善の中に實[み]ちて外に形わること此の如し。故に又此を言いて以て之を結ぶ。

右は傳の六章。意を誠にすることを釋く。
經に曰く、其の意を誠にせんと欲すれば、先ず其の知ることを致む、と。又曰く、知ること至りて后意誠なり、と。蓋し心體の明らかなる、未だ盡くさざる所有れば、則ち其の發る所必ず實に其の力を用うること能わずして、苟焉として以て自ら欺く者有り。然るに或は己に明らかしにて此に謹まざれば、則ち其の明らかなる所も又己が有に非ずして、以て德に進むの基を爲すこと無し。故に此の章の指は、必ず上章を承けて通じて之を考えて、然して後以て其の力を用うるの始終を見ること有り、其の序の亂る可からずして功の闕く可からざること此の如しと云う。

所謂誠其意云々。三月十六日。前の致知格物で善悪ははきとわかりてをる。すればもふここではわるいことはないはづなり。前は善悪の関と云なり。朱子が関処でたとへてをかれたが面白いこと。ときに又ここで誠意関と云があるなり。前で善悪ははきとわかりてをれとも、手前の身へ持て来たときに兼て思た通りにはならぬ。そこで誠其意と云はいよ々々兼て思ふた通りにすることなり。直方先生が、致知格物と云は木刀で稽古するやふなもの、誠意は眞劔勝負と云たぞ。木刀の稽古のうちは仕直しもなるが、眞劔勝負になりては仕直しはならぬぞ。朱子も人鬼の關と云たは、今の諺で云へば地獄極樂のさかいと云様なものなり。迂斎のいつも、盃に向へば変る心哉と云ことを引た。兼ての通りにならぬこと故なり。善は善、悪は悪とわかりてをれとも、意の向ふ処で其通りにいかぬことになる。そこでわたもちの君子になるぞ。自欺は、わが手に我をだますのなり。人をだますことはありさふなものじゃに、吾でにわれをだますと云ことは其やふなこともござるかなと云ほどのことなり。親に孝行と云は知て処ではない、親に孝でなくてどふしませうと云が、ときによりて親のよぶときに不返事になる。そこが自欺なり。自の字が心へたたみこんだこと。自の字がすむと何のことはないぞ。
【解説】
「所謂誠其意者、毋自欺也」の説明。致知格物は善悪の関、誠意は人鬼の関にたとえる。善悪は知れていても、今まで思っていた通りにできないことがある。そこを誠意で思っていた通りにする。「自欺」は自分の手で自分を騙すこと。「自」が心に畳み込むことで、これが済めば何事もない。
【通釈】
「所謂誠其意云々」。三月十六日。前の致知格物で善悪ははっきりとわかっている。それならもうここでは悪いことはない筈。前を善悪の関と言う。朱子が関所でたとえて置かれたのが面白い。時にまたここに誠意の関というものがある。前で善悪ははっきりとわかっているのだが、自分の身へ持って来た時に兼ねて思った通りにはならない。そこで、「誠其意」は、いよいよ兼ねて思っていた通りにすること。直方先生が、致知格物は木刀で稽古をする様なもの、誠意は真剣勝負だと言った。木刀の稽古の内は為直しもできるが、真剣勝負になっては為直しはできない。朱子が人鬼の関と言ったのは、今の諺で言えば地獄極楽の境と言う様なもの。迂斎がいつも、盃に向かえば変わる心かなということを引いた。兼ねての通りにならないからである。善は善、悪は悪とわかっているが、意が向かう処でその通りに行かないことになる。そこで腸持ちの君子になる。「自欺」は、自分の手で自分を騙すこと。人を騙すことはありそうなものだが、自分で自分を騙すという様なことはある筈がないと言うほどのことで、親に孝行は知っている処ではない、親に孝でなくてどうするのかと言うが、時によって親が呼ぶ時に不返事になる。そこが自欺である。自の字が心へ畳み込むこと。自の字が済むと何のことはない。
【語釈】
・三月十六日…天明六年(1786)丙午3月16日。
・人鬼の關…朱子語類大学2。「誠意是人鬼關」。

如悪々臭云々。はなの先へ不淨をこぼしたときに、客があるからくさいと云たが、客のないときはくさくはないと云ことはないぞ。好色もそれで、人みせに好むと云ものはないぞ。どうぞ好色は好まぬやふにしたいものなれとも、間がな透がな好むぞ。それで此二つはとんとうそのないものなり。自謙は、これはのこることのないと云やふなことなり。みじんも心がかりのないやふにしてゆくことなり。誠意の工夫は人を頼ですることはないぞ。自謙と云は我でにすることで、隣から異見云てもらふことではないぞ。君子にも色々ありて、をとなしい人も君子と云が、この君子と云は本式の學問で正德の処を合点した人のことなり。慎獨は人しらぬ処なり。心のうちからしてをるうちに、隣へはとんとしれぬものなり。自謙と云が我心中のことなり。外からどうかふと入ることではない。慎獨なり。直方先生が、心にとはは如何荅へんを引がそれなり。
【解説】
「如惡惡臭、如好好色、此之謂自謙。故君子必愼其獨也。惡・好上字、皆去聲。謙讀爲慊、苦劫反」の説明。誠意の工夫は人を頼んですることではなく、「自謙」で、自分の手で微塵も心掛かりのない様にして行くこと。「慎独」は人の知らない処で慎むこと。
【通釈】
「如悪々臭云々」。鼻の先に不浄をこぼした時に、客があるから臭いとは言うが、客のない時は臭くはないということはない。好色もそれで、人見せに好むというものはない。どうか色は好まない様にしたいものだが、間がな隙がな好む。それでこの二つは全く嘘のないもの。「自謙」は、残ることはないという様なこと。微塵も心掛かりのない様にして行くこと。誠意の工夫は人を頼んですることではない。自謙は自分の手ですることで、隣から異見を言ってもらうことではない。君子にも色々とあって、大人しい人も君子と言うが、この君子とは、本式の学問で正徳の処を合点した人のこと。「慎独」は人の知らない処。心の内でしていることで、隣へは全く知れないもの。自謙というのが自分の心中のこと。外からどうこうと入ることではない。慎独である。直方先生が、心に問わば如何答えんを引くのがそれ。
【語釈】
・間がな透がな…間がな隙がな。隙さえあれば。絶えず。常に。

自修はすぐに前の経文の文字なり。山﨑先生の勿らんと点をしたも精しいことなり。自欺と云ことはありそもないものゆへに云ふ者とかいたものなり。巾着をきるはうたかいもないことなれとも、我でに巾着をきることゆへに疑ひのかかる字なり。朱子が不知不覺と説てをかれた。知た通りにゆく筈なれとも、不知不覺わるいことをするなり。講釈をするときは我身持とは大きな違なり。講釈は致知格物で知た通りを云ことゆへよいぞ。快也云々。快は上戸がよい酒を一杯のんでああよい酒でござると云やふなものなり。そんならもふ盃はとりませふと云と、上戸が不機嫌なり。湯に入もそれなり。湯に入たときにはああよい心もちとは云ふなり。なれともそれぎりであがりては心もちがよくないぞ。其はづなり。垢がをちぬからなり。独者人不知云々。どのやふなかしこいものでも推量でこそ有れ、内證のことは知ぬぞ。慎独は外からはしれぬぞ。致知格物には外からいけんも云なり。
【解説】
誠其意者、自脩之首也。毋者、禁止之辭。自欺云者、知爲善以去惡、而心之所發有未實也。謙、快也、足也。獨者、人所不知而己所獨知之地也」の説明。知った通りに行く筈なのだが、知らず覚えずに悪いことをする。致知だけではならず、誠意が必要である。致知格物には外から異見も言えるが、慎独は外からは知れない。
【通釈】
「自修」は直に前の経文の文字である。山崎先生が勿らんと点をしたのも精しいこと。自欺はありそうもないものなので「云者」と書いたのである。巾着を切るのは疑いもないことだが、自分の手で自分の巾着を切ることなので疑いが掛かる字である。朱子が「不知不覚」と説いて置かれた。知った通りに行く筈だが、不知不覚に悪いことをする。講釈をする時は自分の身持ちとは大きな違いである。講釈は致知格物で知った通りを言うことなのでよい。「快也云々」。快は上戸がよい酒を一杯飲んでああよい酒ですと言う様なもの。それならもう盃は取りましょうと言うと上戸が不機嫌になる。湯に入るのもそれ。湯に入った時にはああよい心持ちだと言うが、それぎりで上がっては心持ちがよくない。その筈で、垢が落ちていないからである。「独者人所不知云々」。どの様な賢い者でも推量はできるが、内証のことは知れない。慎独は外からは知れない。致知格物には外から異見も言う。
【語釈】
・不知不覺…朱子語類大学3。「所謂心之所發、陽善陰惡、乃是見理不實、不知不覺地陷於自欺」。

為善以去其悪云々。致格なり。當実用其力云々は誠意なり。手前の身へもって来たときに実に力を用ることなり。使其悪云々。今日の人は悪を悪む々々と云ながら、にやくやなり。務は我役にすることなり。快足於己は、吾でに吟味をせ子ばならぬことなり。医者の療治も、岥皮扁鵲がきても此上はないと云なれば快足なり。苟はいやしくもと訓してけれうなことなり。且はまあと云ことなり。けれうなことにはまあと云ことがあるものなり。むす子が袴着すると云に脇差を買てやるときには、道具屋がまあこれをと云てもってくるぞ。親のかたき打時の脇差がまあと云脇差ではならぬ。二胴もためしたのでなければならぬぞ。徇外云々。腹のへった者に人の飯を食をみせたとて、それで役にたたぬぞ。
【解説】
言欲自脩者、知爲善以去其惡、則當實用其力、而禁止其自欺、使其惡惡則如惡惡臭、好善則如好好色、皆務決去、而求必得之、以自快足於己、不可徒苟且以徇外而爲人也」の説明。「為善以去其悪云々」が致格であり、「当実用其力云々」が誠意である。誠意は仮令ではならず、外に徇っている様ではならない。
【通釈】
「為善以去其悪云々」。これが致格である。「当実用其力云々」は誠意である。自分の身へ持って来た時に実に力を用いること。「使其悪云々」。今日の人は悪を悪むと言いながら、にやくやとしている。「務」は自分の役にすること。「快足於己」は、自分の手で吟味をしなければならないということ。医者の療治も、岥皮や扁鵲が来てもこの上はないと言うのであれば快足である。「苟」はいやしくもと訓をして仮令なこと。「且」はまあということ。仮令なことにはまあということがあるもの。息子が袴着をするのに脇差を買って遣る時は、道具屋がまあこれをと言って持って来る。親の敵討の時の脇差がまあという脇差ではならない。二胴も試したものでなければならない。「徇外云々」。腹の減った者に人が飯を食うのを見せたとしても、それでは役に立たない。
【語釈】
岥皮

其実與不実云々。朋友と云ものは五倫の中で切磋琢磨の工のあるものなれとも、朋友も役にたたぬことなり。孔孟に隨身してをっても役に立ぬぞ。直方先生が弓を発たとへなどを云れたぞ。弓の名人ゆへに発てもよさそふなものじゃに、たとひ中ても快くないとなり。繪書などが、折角かいて引さいてしまう。扨も惜いものじゃ、私へと云ても、いやこれはやられませぬと云なり。審其幾焉。雞の時をつくらぬまへのことなり。慎独審幾と云ふ本文章句をよくみることなり。直方先生の人の耳へあたることゆへにめったに云はれぬが、この幾と云ことなどを未発の密夫と云れたぞ。これらがくはしい論なり。髙野師直があのやふな不埒の風説のあると云も、其初は佐藤の琵琶をひくときにあやめの前と云をきいてからなり。人の心の慎みは、わるいことのふとらぬまへのことなり。
【解説】
然其實與不實、蓋有他人所不及知、而己獨知之者。故必謹之於此以審其幾焉」の説明。心の慎みは、悪いことが太る前にする。未発の内にするのである。
【通釈】
「其実与不実云々」。朋友というものは五倫の中で切磋琢磨の工夫があるものだが、これには朋友も役に立たない。孔孟に随身していても役に立たない。直方先生が弓を発するたとえなどで言われた。弓の名人なので発してもよさそうなものだが、たとえ中ったとしても快くないと言う。絵描などが、折角描いても引き裂いてしまう。実に惜しいことだ、私へと言っても、いやこれは遣ることができないと言う。「審其幾焉」。鶏が時を作る前のこと。慎独審幾という本文章句をよく見なさい。直方先生が、人の耳へ当たることなので滅多に言えないが、この幾などを未発の密夫だと言われた。これらが精しい論である。高野師直にあの様な不埒な風説があると言うのも、その初めは佐藤が琵琶を弾いた時、あやめの前を聞いてからのことである。人の心の慎みは、悪いことが太る前でするのこと。
【語釈】
髙野師直

小人間居云々。直方先生曰、人々が誠意の章をみぢかへると云は、此小人間居の章から見ちがへることとなり。それはどふなれば、このわるいことをせぬのが誠意だと云なり。それでは殊の外あらい誠意になるぞ。これは審其幾、そこにゆるみがあると此やふなわるいものになると云ことなり。大きな堤も蟻の穴から崩れるぞ。慎独を聞て小人云々。これをせぬが誠意と云と、ずんどあらいものを出してみせたものなり。間居は人を相手にせぬゆだんな塲処なり。其ときは見物はなし。一はいざまをするぞ。どのやふなことだと云ときに、かずかぎりはあるまいぞ。金銀のことを初として好色のことに至るまで、挙てかぞへられぬなり。見君子云々。この君子は精微を云ことではないぞ。よい人と云ことなり。厭然は、かくすていなり。揜其不善は、急によいやふにしなすぞ。此間も孝経をよみますとなり。そこで、直方先生が、爰がかたじけない処じゃとなり。虎狼には孝経と云ことはないぞ。爰を辱ないと云たは大眼目なり。
【解説】
「小人閒居爲不善、無所不至。見君子而后厭然、揜其不善、而著其善。人之視己、如見其肺肝然、則何益矣」の説明。悪いことをしないのが誠意だということではない。「審其幾」が大事だということで、それが弛むから悪くなるのである。間居は人のいない処なので、油断をして好き勝手をする。
【通釈】
「小人間居云々」。直方先生が、人々が誠意の章を見違えるのは、この小人間居の章からであると言った。それはどういうことかと言うと、この悪いことをしないのが誠意だと言うからである。それでは殊の外粗い誠意になる。これは「審其幾」に弛みがあるとこの様な悪い者になるということ。大きな堤も蟻の穴から崩れる。慎独を聞いて小人云々で、これをしないのが誠意だと言い、非常に粗いものを出して見せた。間居は人を相手にせず、油断する場所である。その時に見物はない。好き勝手をする。これはどの様なことかと言えば、数限りはないだろう。金銀のことを始めとして好色のことに至るまで、挙げれば数え切れない。「見君子云々」。この君子は精微を言ったことではなく、よい人ということ。「厭然」は隠すことではない。「揜其不善」は、急によい様にすること。この間も孝経を読みましたと言う。それで直方先生が、ここが辱い処だと言った。虎狼には孝経ということはない。ここを辱いと言ったのは大眼目である。

此謂云々。これからは廣く誠意のことにかけて云がよいぞ。小豆をまけば小豆、豆をまけば豆がはへる。迂斎が云たぞ。丁ど茶椀へ水を一はい入てたもとへ入るやうなものなり。入れるか入ぬ内にぼた々々ながれるぞ。蛍ほどの火を懐中するとじきにもへ出るぞ。故君子云々。前の苟且徇外でないことなり。独処也。そうたい誠意章の独の字は胸中の中のことなり。ここの独処と云、さうではなく、我独り居ることなり。これも知れたことなれとも、目と鼻の間に独の字がいかいことあるからわけて云なり。銷沮云々は、小児が菓子でも盗で口のまはりを拭ふて喰ぬかほをするやふな底なり。此言小人云々。隂に陽にと云も胸の中のことではないぞ。此君子云々。君子の上では小人などのことは遠くのことにしてありそふなことを、重以為戒なり。小人間居を遠の火事の様に思ふことではないぞ。
【解説】
「此謂誠於中形於外。故君子必愼其獨也。閒、音閑。厭、鄭氏讀爲黶。閒居、獨處也。厭然、銷沮閉藏之貌。此言小人陰爲不善、而陽欲揜之、則是非不知善之當爲與惡之當去也。但不能實用其力以至此耳。然欲揜其惡而卒不可揜、欲詐爲善而卒不可詐、則亦何益之有哉。此君子所以重以爲戒、而必謹其獨也」の説明。内を誠にすれば、それが直ぐに外に現れる。そこで君子は独りでいる時も慎む。君子とは言っても、ここを遠くの火事の様に思ってはならない。
【通釈】
「此謂云々」。これからは広く誠意のことに掛けて言うのがよい。小豆を蒔けば小豆、豆を蒔けば豆が生える。迂斎が、丁度茶椀へ水を一杯に入れてそれを袂へ入れる様なものだと言った。入れるか入れないかの間にぼたぼたと流れる。蛍ほどの火を懐中すると直ぐに燃え出る。「故君子云々」。前の「苟且徇外」ではない。「独処也」。総体、誠意の章の独の字は胸中の中のことだが、ここの独処と言うのはそうではなく、自分独りでいること。これも知れたことだが、目と鼻の間に独の字が大層あるから分けて言う。「鎖沮云々」は、小児が菓子でも盗んで口の周りを拭って喰っていない顔をする様な体である。「此言小人云々」。陰に陽にと言うのも胸の中のことではない。「此君子云々」。君子の上では小人などのことは遠くのことにしてありそうなものだが、「重以為戒」である。小人間居を遠くの火事の様に思ってはならない。

曽子曰、十目所視云々。語を一つ起して云たものなり。どうしても見ることが動ぬことを云なり。上文は小人間居のことなり。十目所視云々は肺肝のことではないぞ。やはり小人間居のことなり。直方先生曰、十目所視云々は小人間居をうけて、幽独はすぐに手前をさす、と。なるほど直方先生は賀茂へ大學一冊を持て引込れたほどはあるぞ。幽独は慎独のことなり。富潤屋云々。ここが誠意の效を云たものなり。身代のよい処へゆくと、どことなくよいよふにみへるものなり。潤屋と云が金屏風のあるやふなことではないぞ。又、手前から、おれは身代がよいと云者もないぞ。なれとも其うちへ往てみると自然と手厚くよいが見へるぞ。丁ど其やふに、君子が德がつんであるものゆへに外からみへるぞ。無愧怍はやはり自謙のことなり。盖善之実於中云々。玉ある山はかがやくと云と同ことなり。故又言云々。誠於中形於外のことを云たものなり。
【解説】
「曾子曰、十目所視、十手所指、其嚴乎。引此以明上文之意。言雖幽獨之中、而其善惡之不可揜如此。可畏之甚也。富潤屋、德潤身。心廣體胖。故君子必誠其意。胖、歩丹反。胖、安舒也。言富則能潤屋矣、德則能潤身矣。故心無愧怍、則廣大寬平、而體常舒泰。德之潤身者然也。蓋善之實於中而形於外者如此。故又言此以結之」の説明。ここも小人間居のことで、幽独は慎独のことである。「富潤屋云々」は誠意の効を言ったもの。身代のよい家は何処となくよく見えるもの。君子も徳が蘊んであるので外からもよく見える。
【通釈】
「曾子曰、十目所視云々」。語を一つ起こして言ったもの。どうであっても見ることが確かなことを言う。上文は小人間居のこと。十目所視云々は肺肝のことではないが、やはり小人間居のこと。直方先生が、十目所視云々は小人間居を受け、「幽独」は直に自分を指すと言った。なるほど直方先生は賀茂へ大学一冊を持って引き込まれたほどのことはある。幽独は慎独のことである。「富潤屋云々」。ここが誠意の効を言ったもの。身代のよい処へ行くと、何処となくよい様に見えるもの。潤屋は金屏風のある様なことではない。また、自分から、俺は身代がよいと言う者もいない。しかし、その家へ往って見ると自然と手厚くてよいことが見える。丁度その様に、君子は徳が蘊んであるので外からもよく見える。「無愧怍」はやはり自謙のこと。「蓋善之実於中云々」。玉ある山は輝くと言うのと同じこと。「故又言云々」。これが「誠於中形於外」のことを言ったもの。

右傳之六章。釈誠意。序に闕畧を補ふと云ことがあるなり。闕と云は五章めのこと。畧はこの章なり。永田養庵が五章めは表立て補ふた、六章めはそっと内証で補ふたとなり。経曰欲誠其意云々は、これが文章斗りでもなく道理にかかはるぞ。朱子の説にも大學は鎖つなぎだと云てをかれた。それで誠意ばかりなれば誠意が一夲立になるぞ。そこをつなぎ合せ子ばならぬぞ。そのつなぎ合せのあやは盖云々なり。ここのつなぎが無と誠意がまにあひの誠になるぞ。それはたれじゃと云に温公なり。温公は其誠乎と云て致知格物をせぬ誠なり。そこで直方先生も温公は田舎間の誠じゃとなり。此章之指の指の字をよくみよ。どふしてか誠意の章は一夲立になりてをれとも、其なかへこれを入てみることなり。さて誠意と云ものが、致知をせぬまへにはどふしてもならぬぞ。品川なしには河崎へはゆかれぬぞ。不可乱也。をとなしい學者は致知斗りで髙いことばっかり云てをる。それを直方先生が一休が小僧と云はれたぞ。をとなしい學者は念仏組になるぞ。それでは片一方づけた學問なり。两方揃てほしくは致知格物から誠意なり。不可欠也。伯夷桺下惠の様なものでも隘不恭也。君子は大學の誠をした人のことなり。邵子は知斗り、温公は誠はかりなり。どちもかた々々づつじゃゆへに近思彔にのせぬ。
【解説】
「右傳之六章。釋誠意。經曰、欲誠其意、先致其知。又曰、知至而后意誠。蓋心體之明有所未盡、則其所發必有不能實用其力、而苟焉以自欺者。然或己明而不謹乎此、則其所明又非己有、而無以爲進德之基。故此章之指、必承上章而通考之、然後有以見其用力之始終、其序不可亂而功不可闕如此云」の説明。序の「補其闕略」の闕は五章目のことで、略はこの章のこと。誠意だけでは間に合わせの誠意になる。そこで、鎖繋ぎでなければならず、誠意の前には致知がなければならない。邵康節は知ばかり、温公は誠ばかりだった。
【通釈】
「右伝之六章。釈誠意」。序に「補其闕略」とある。闕とは五章目のこと。略はこの章のことである。永田養庵が、五章目は表立って補ったが六章目はそっと内証で補ったと言った。「経曰欲誠其意云々」は、これが文章ばかりでもなくて道理に関わったこと。朱子の説にも大学は鎖繋ぎだと言ってある。それで、誠意ばかりであれば誠意が一本立ちになる。そこで繋ぎ合わせなければならない。その繋ぎ合わせの綾は「蓋云々」である。ここの繋ぎがないと誠意が間に合わせの誠になる。それは誰かと言うと温公である。温公は「其誠乎」と言って致知格物をしない誠である。そこで直方先生も温公は田舎間の誠だと言った。「此章之指」の指の字をよく見なさい。どうしてか誠意の章は一本立ちになってはいるが、その中へこれを入れて見るのである。さて、誠意は致知をする前にはどうしてもできないもの。品川なしに川崎へは行けない。「不可乱也」。大人しい学者は致知ばかりで高いことばかりを言う。それを直方先生が一休の小僧と言われた。大人しい学者は念仏組になる。それでは片一方だけの学問である。両方揃えて欲しければ致知格物から誠意である。「不可闕也」。伯夷や柳下恵の様な者でも「隘不恭」である。君子とは、大学の誠をした人のこと。邵康節は知ばかり、温公は誠ばかりである。どちらも片々ずつなので近思録には載せない。
【語釈】
・序に闕畧を補ふ…大学章句序。「補其闕略、以俟後之君子」。
・永田養庵…字は在明。備後福山藩儒臣。山崎闇斎門下。
・其誠乎…小学外篇善行72の語。
・隘不恭也…孟子公孫丑章句上9。「孟子曰、伯夷隘、柳下惠不恭。隘與不恭、君子不由也」。


大学伝7
所謂脩身在正其心者、身有所忿懥、則不得其正、有所恐懼、則不得其正、有所好樂、則不得其正、有所憂患、則不得其正。程子曰、身有之身當作心。忿、弗粉反。懥、敕值反。好・樂、並去聲。
忿懥、怒也。蓋是四者、皆心之用、而人所不能無者。然一有之而不能察、則欲動情勝、而其用之所行、或不能不失其正矣。
心不在焉、視而不見、聽而不聞、食而不知其味。
心有不存、則無以檢其身。是以君子必察乎此、而敬以直之、然後此心常存而身無不脩也。
此謂脩身在正其心。
右傳之七章。釋正心脩身。

此亦承上章以起下章。蓋意誠則眞無惡而實有善矣。所以能存是心以檢其身。然或但知誠意、而不能密察此心之存否、則又無以直内而脩身也。自此以下、並以舊文爲正。
【読み】
謂う所の身を脩むることは其の心を正しくするに在りとは、身(心)忿懥[ふんち]する所有れば、則ち其の正しきを得ず、恐懼する所有れば、則ち其の正しきを得ず、好樂する所有れば、則ち其の正しきを得ず、憂患する所有れば、則ち其の正しきを得ず。程子曰く、身有の身は當に心に作るべし、と。忿は、弗粉の反。懥は、敕值の反。好・樂は、並びに去聲。
忿懥は、怒るなり。蓋し是の四の者は、皆心の用にして、人の無きこと能わざる所の者なり。然るに一つも之有りて察すること能わざれば、則ち欲動き情勝ちて、其の用の行わるる所、或は其の正しきを失わざること能わず。

心焉に在らざれば、視て見ず、聽きて聞かず、食みて其の味を知らず。
心存せざること有れば、則ち以て其の身を檢すること無し。是を以て君子は必ず此に察して、敬以て之を直くして、然して後此の心常に存して身脩まらざること無し。
此を身を脩むることは其の心を正しくするに在りと謂う。
右は傳の七章。心を正しくして身を脩むることを釋く。
此も亦上章を承けて以て下章を起こす。蓋し意誠なれば則ち眞に惡無くして實に善有り。所以に能く是の心を存して以て其の身を檢す。然るに或は但意を誠にすることを知りて、密に此の心の存否を察すること能わざれば、則ち又以て内を直くして身を脩むること無し。此れより以下は、並びに舊文を以て正と爲す。

所謂脩身在正其心云々。うへの誠意の工夫がすめばもふよい人になりすまし、君子の列に入る。もふよい人になりすましたゆへに、それで打やってをきさふなものを、爰で正心と云工夫が入るぞ。よい人になりすましても情の処へ工夫せぬと心がひずむ。これでくわしい工夫としるべし。情へ工夫をするで心のひずみがなくなるぞ。朱子のたとへがある。誠意の工夫で水は澄たぞ。そこで誠意がすめば清水になりたのなり。それに風があたると水がなみ立ぞ。水の波立せぬが正心の工夫なり。その波立せぬと云は何でなるなれば、忿懥云々なり。身を脩復するが脩身なり。身へ脩復すると云ても身の主になるものは心なり。そこで人のわるいも心なり。その心は形のないものゆへに外にいぢり様のないものなり。そこでずんと扱のしにくいものぞ。大學の教がここへきて、心と云がきこへたぞ。色々よいことが有ふとも、心のわるいと云なれば相談はならぬ。
【解説】
「所謂脩身在正其心者」の説明。誠意の上に正心の工夫が要る。情への工夫をしないと心が歪む。誠意が済めば清水になるが、それに風が当たると水が波立つ。水を波立たせないのが正心の工夫である。また、身を修復するのが修身だが、身の主は心である。心が悪くてはならない。
【通釈】
「所謂修身在正其心云々」。上の誠意の工夫が済めばもうよい人になりすまし、君子の列に入る。もうよい人になりすましたので、それで打ち遣って置きそうなものだが、ここで正心という工夫が要る。よい人になりすましても情の処へ工夫をしないと心が歪む。これが精しい工夫であると知りなさい。情へ工夫をするので心の歪みがなくなる。朱子のたとえがある。誠意の工夫で水は澄んだ。そこで、誠意が済めば清水になるのである。それに風が当たると水が波立つ。水を波立たせないのが正心の工夫である。その波立たせないというのは何でするかと言うと、「忿懥云々」である。身を修復するのが修身である。身を修復すると言っても身の主になるものは心である。そこで、人が悪いのも心が悪いからである。その心は形のないものなので外に弄り様はない。そこで大層扱い難いものなのである。大学の教えがここへ来て、心ということがよくわかる。色々とよいことがあったとしても、心が悪いというのであれば相談はできない。

有所云々。七情へ気をつけたものなり。七情と云ことは此間近思彔でも云通り、其七情もつめて云へばこの四つですむことなり。七情と云ものはなくて叶ぬもの。垩人も腹を立と云こともあるなり。そこで工夫が六かしいぞ。まつ腹を立と云ときになる其腹の立やさきへもってなつむものなり。そこを気を付けひずまぬやふにすることなり。凡夫は、腹が立てくるとうれしいことが来ても腹ばかり立て喜ばぬ。そこで今日はをらが旦那は機嫌のわるい日だと云。そこを不得其正と云なり。平生牡丹のすきな人も、腹の立ときにもってくると喜はずに、そちへもてゆけと云なり。恐懼。これも人の情にあることなり。武士などはこはいと云ふことはないなどと云が、これは日夲の武士気習で、七情のうち一つを欠と云ものなり。先つあたまの上でなると云ことはをそろしきこと。垩人も冠してつつしむと云こともあるなり。なれとも、凡夫はさあこはいと云ときになるとまっさをになるぞ。そこを不得正と云なり。平家の鳥の羽音にをそれたなどと云が不得正なり。好楽云々。面白と云ことがあると、それへ一偏になる。そこでどのやうな用向がありてもそれへ振向ぬ。そこが不得正なり。憂患。ひとりむすこをなくしたなどと云になるとそれへ一偏になりて、いっそ出家せふなどと云が憂に一偏になるからなり。これでみれば、忿懥恐懼好楽憂患は皆人心の働きぞ。そこで心をくるはせるも此四つのものからなり。これへ気を付ると云が正心の工夫なり。
【解説】
「身有所忿懥、則不得其正、有所恐懼、則不得其正、有所好樂、則不得其正、有所憂患、則不得其正。程子曰、身有之身當作心。忿、弗粉反。懥、敕值反。好・樂、並去聲」の説明。七情は忿懥・恐懼・好楽・憂患の四つで済む。七情は人心の働きであって、なくては叶わないもの。これに気を付けるのが正心の工夫である。
【通釈】
「有所云々」。七情へ気を付けたもの。七情はこの間の近思録でも言った通りで、詰めて言えばこの四つで済む。七情というものはなくては叶わないもの。聖人も腹を立てるということがある。そこで工夫が難しい。先ず腹を立てることになると、その腹の立つ矢先に泥むもの。そこを気を付けて歪まない様にするのである。凡夫は、腹が立って来ると嬉しいことが来ても腹ばかり立てて喜ばない。そこで、今日は俺の旦那の機嫌の悪い日だと言う。そこを「不得其正」と言う。平生牡丹の好きな人も、腹の立つ時に持って来ると喜はず、向こうへ持って行けと言う。「恐懼」。これも人の情にあること。武士などは恐いということはないなどと言うが、これは日本の武士の気習で、七情の内の一つを欠くというものである。先ず頭の上でなるということは恐ろしいこと。聖人にも冠して慎むということもある。しかし、凡夫はさあ恐いという時になると真っ青になる。そこを不得正と言う。平家が鳥の羽音に恐れたなどというのが不得正である。「好楽云々」。面白いことがあると、それへ一偏になる。そこでどの様な用向きがあってもそれへ振り向かない。そこが不得正である。「憂患」。一人息子を亡くしたなどということになるとそれに一偏になって、いっそ出家をしようなどと言うのが憂に一偏になるからである。これで見れば、忿懥・恐懼・好楽・憂患は皆人心の働きである。そこで、心を狂わせるのもこの四つのものからなのである。これに気を付けるのが正心の工夫である。

怒也。たたい忿懥と云ことは怒の甚しいことなり。それを知りながら、朱子のひろく怒と注したが朱子の思召なり。有所がもふ泥みなり。丁ど十五夜の月はよくさへたがよいと云は誰も云ことなれとも、それを今夜ふりてはどうもならぬと云はもふ泥みなり。迂斎云、正心の工夫は波立ことをしすめることじゃ。丁どひだるいときのやふなものなり。工夫は、ひたるいは垩賢にもあることなれとも、其様にはないぞ。これはまつ大身に多くあるもの。卑いものは人がかんにんせぬぞ。本のことを知らぬものが結構な人でござる、一生腹を立ぬ人でござると云が、それもほんの腹を立ぬなれば、とうがらしの辛くないやふなものなり。人の怒るべきことに怒らぬは七情の風を引たよふなものなり。然一有之云々。火も釜の下でもへてをればよいが、外の小屋へつくと早拍子木なり。今日凡夫の底は、不断はや拍子木でなければならぬぞ。不能察。からの文字では目付のことを鑑察御使と書くぞ。欲動云々。この欲は邪な欲と云ことではない。何でも生きものにあるものなり。そよとも云はぬまは草木の葉も動ぬやふなものなり。かふしてをるうちにも国から飛脚がきて家内に病人がござると云と、もふ憂患の情が起るぞ。情勝は情が一はいになることなり。正心の工夫と云ふは兎角風をあらぬやふにすることなり。ものは情の好む処から偏になるぞ。
【解説】
忿懥、怒也。蓋是四者、皆心之用、而人所不能無者。然一有之而不能察、則欲動情勝、而其用之所行、或不能不失其正矣」の説明。正心の工夫は心が波立つのを静めること。情の好む処から偏になる。
【通釈】
「怒也」。そもそも忿懥とは怒の甚だしいこと。それを知りながら、朱子が広く怒と注をしたのが朱子の思し召しである。「有所」がもう泥みである。丁度十五夜の月はよく冴えたのがよいとは誰もが言うことだが、それを今夜降ってはどうにもならないと言うのはもう泥みである。迂斎が、正心の工夫は波立つのを静めることだと言った。それは丁度空腹な時の様なもの。空腹は聖賢にもあることだが、工夫はその様にはない。これは先ず大身に多くあるもの。卑しい者は人が堪忍しない。本当のことを知らない者が結構な人だ、一生腹を立てない人だと言うが、それも本当に腹を立てないのであれば、唐辛子の辛くない様なもの。人が怒るべきことに怒らないのは七情が風邪を引いた様なもの。「然一有之云々」。火も竈の下で燃えていればよいが、外の小屋へ点くと早くも拍子木が必要である。今日の凡夫の体は、絶えず拍子木でなければならない。「不能察」。唐の文字では目付のことを鑑察御使と書く。「欲動云々」。この欲は邪な欲ということではない。何でも生き物にはあるもの。そよとも言わない間は草木の葉も動かない様なもの。こうしている内にも国から飛脚が来て家内に病人がいると言うと、もう憂患の情が起こる。「情勝」は情が一杯になること。正心の工夫とはとかく風が当たらない様にすること。情の好む処から偏になる。

心不在焉云々。兎角心が情にひかれると正をえぬと上のだんで云なり。そこで情からひずんでくる。其ひづむと云ふもかた々々へ一偏になりて放心したのなり。これも形のあるもののやうに只今は内に居る、只今は他出したと云ことはないぞ。心と云ものはちら々々するものなり。朱子が同安の任に行て、時の鐘をつく内に心が外へはせてさま々々なことを思て放心したとなり。そこでもふ一つある。朱子ある夜、足が痛で足をさすりた。いくつさするかと思て数てみたれば、もふ其さする内に心が外へはせて数をはすれたとなり。此やふななかいことを云はなぜなれば、兎角人が爰のとりつきを合点せぬぞ。上の段の七情に一偏になる方から、うっかりとして放心することを云たものなり。盲人ではなけれとも不見、つんぼうではなけれとも不聞ぞ。心が留守じゃからなり。専一でないからなり。
【解説】
「心不在焉、視而不見、聽而不聞、食而不知其味」の説明。心が情に引かれると正を得ないと言うのは、片々へ一偏になって放心したのである。朱子も鐘の音や足を摩っていて放心したと言う。
【通釈】
「心不在焉云々」。とかく心が情に引かれると正を得ないと上の段で言う。そこで情から歪んで来る。その歪むと言うのも、片々へ一偏になって放心したのである。これも形のあるものの様に、只今は内にいる、只今は他出したということはない。心というものはちらちらとするもの。朱子が同安の任に行って、時の鐘を撞く内に心が外へ馳せ、様々なことを思って放心したと言う。そこでもう一つある。朱子がある夜、足が痛んで足を摩った。幾つ摩るのかと思って数えてみると、もうその摩る内に心が外へ馳せて数を忘れたと言う。この様な長いことを言うのは何故かと言うと、とかく人がここの取り付きを合点しないからである。ここは、上の段の七情に一偏になる方からうっかりとして放心することを言ったもの。盲人ではないが見えず、聾ではないが聞こえない。それは、心が留守だからである。専一でないからである。

心有不存云々。心と云ものは取扱のしにくいものなり。盗人をあつかると云は縄でしばりてをくものゆへに、番さへすればすんと取扱のしよいものなり。心はしばりてはをかれぬぞ。扨も取扱のしにくいものなり。検は検束とつつく。俵もものを入てかがらずにをくとばっとしてをるぞ。察と云ふなどがずんと細かな工夫なり。犬の穴から犬のくくるを見付るやふなことではない。親兄弟も知らぬことなり。敬以直之は文言傳の中にあり、つつしむと云ふではっきりとするぞ。こはいものをみるとはっきりとする。敬と云があのやふなもよふなり。血の道のをこりたものに酢をかがせるやふなものなり。敬の工夫と云がしまることなり。そこで外へゆきそふな心がしまってくることなり。そこで心が居処にをるぞ。万能一心で何でもなるぞ。此謂脩身云々。身と云ものは菓子袋のやふなもの。心はその中のかしなり。そこで學問と云ふは心からしてゆくことなり。
【解説】
心有不存、則無以檢其身。是以君子必察乎此、而敬以直之、然後此心常存而身無不脩也。此謂脩身在正其心」の説明。心は縛っては置けないもの。そこで、敬で居処に落ち着かせる。
【通釈】
「心有不存云々」。心というものは取扱い難いもの。盗人を預かるのは縄で縛って置くものなので、番さえすれば大層取扱い易いものだが、心は縛っては置けない。実に取扱い難いものである。「検」は検束と続く。俵も物を入れ、縛って置かないとだらしなくなっている。察というのが大層細かな工夫である。犬の穴から犬が潜るのを見付ける様なことではない。親兄弟も知らないこと。「敬以直之」は文言伝の中にあり、敬むと言うのではっきりとする。恐いものを見るとはっきりとする。敬というのがあの様な模様である。血の道の起こった者に酢を嗅がせる様なもの。敬の工夫が締まること。そこで外へ行きそうな心が締まって来る。そこで心が居処にいる。万能一心で何でも成る。「此謂修身云々」。身というものは菓子袋の様なもの。心はその中の菓子である。そこで、学問とは心からして行くこと。
【語釈】
・敬以直之は文言傳の中にあり…易経坤卦文言伝。「直其正也、方其義也。君子敬以直内、義以方外。敬義立而德不孤」。

右傳之七章。釈正心脩身。大學は兎角此事のつなぎが大事なり。いつも云、いくら上手な蒔絵師でも下地なしに蒔絵はならぬぞ。承上章云々と云もそれなり。つなぎが有て正心とくるのなり。朱子の云、くさりつなぎと云のなり。上章下章とわけるなれとも、中は一つにつつくことなり。然或云々。正心がなればあとは將棋たをしにいきそふなものじゃに然ふなり。大學のはしこのやふなもので、一つこがをれるともふ其上へはのぼられぬぞ。察と云でなければならぬぞ。
【解説】
「右傳之七章。釋正心脩身。此亦承上章以起下章。蓋意誠則眞無惡而實有善矣。所以能存是心以檢其身。然或但知誠意、而不能密察此心之存否、則又無以直内而脩身也。自此以下、並以舊文爲正」の説明。大学は繋ぎが大事である。これが梯子の様なもので、一つ子が折れるともう上へ上ることはできない。
【通釈】
「右伝之七章。釈正心修身」。大学はとかく繋ぎが大事である。いつも言うことだが、いくら上手な蒔絵師でも下地なしに蒔絵はできない。「承上章云々」と言うのもそれ。繋ぎがあって正心と来る。朱子が鎖繋ぎと言うのがこれ。上章下章と分けてはいるが、中は一つに続く。「然或云々」。正心が成れば後は将棋倒しに行きそうなものだが、「然」である。これが大学の梯子の様なもので、一つ子が折れるともう上へ上ることはできない。察でなければならない。


大学伝8
所謂齊其家在脩其身者、人之其所親愛而辟焉、之其所賤惡而辟焉、之其所畏敬而辟焉、之其所哀矜而辟焉、之其所敖惰而辟焉。故好而知其惡、惡而知其美者、天下鮮矣。辟、讀爲僻。惡而之惡、敖・好、並去聲。鮮、上聲。
人、謂衆人。之、猶於也。辟、猶偏也。五者、在人本有當然之則。然常人之情
其所向而不加焉、則必陷於一偏而身不脩矣。
故諺有之曰、人莫知其子之惡、莫知其苗之碩。諺、音彦。碩、叶韻、時若反。
諺、俗語也。溺愛者不明、貪得者無厭。是則偏之爲害、而家之所以不齊也。

此謂身不脩不可以齊其家。
右傳之八章。釋脩身齊家。

【読み】
謂う所の其の家を齊うることは其の身を脩むるに在りとは、人其の親愛する所に之きて辟[ひが]み、其の賤惡する所に之きて辟み、其の畏敬する所に之きて辟み、其の哀矜する所に之きて辟み、其の敖惰する所に之きて辟む。故に好みて其の惡きを知り、惡みて其の美しきを知る者は、天下鮮し。辟は、讀みて僻と爲す。惡而の惡、敖・好は、並びに去聲。鮮は、上聲。
人は、衆人を謂う。之は、猶於のごときなり。辟は、猶偏のごときなり。五の者は、人に在りて本當然の則有り。然るに常人の情は其の向かう所にしてを加えざれば、則ち必ず一偏に陷りて身脩まらず。

故に諺に之有りて曰く、人其の子の惡きを知ること莫し、其の苗の碩[おお]いなることを知ること莫し、と。諺は、音は彦。碩は、叶韻、時若の反。
諺は、俗語なり。愛に溺るる者は明らかならず、得ることを貪る者は厭うこと無し。是れ則ち偏の害を爲して、家の齊わざる所以なり。

此を身脩まらずんば以て其の家を齊う可からずと謂う。
右は傳の八章。身を脩めて家を齊うることを釋く。

所謂斉家在脩其身者云々。誠意で掃除はすんだ。その上を正心の羽箒ではいて服紗でふくことなり。それほどに委くなりたことなり。ときに爰ではあとへかへりてちと工夫があらくなりたぞ。これが書物藝でいかぬことなり。正心は胷の内のしらへ、脩身は人と交る上で物を相手にしてする処の工夫なり。そこで物を相手にすると云だけあらいやうなり。斉家と云ことはいのり祈祷ではいかぬぞ。斉はにっとりとすることで、扨其にっとりがいかぬぞ。それが至て六ヶ鋪ことなり。ときに向へ付てはいかぬぞ。手前へかへることなり。それを脩身と云なり。手前の身は定規なり。そこで定規がよけれは、まげてきれと云ってもその定規なりにきら子ばならぬぞ。そこでここへなへての人を出したものなり。これが面白ことなり。この人は十人なみの人のことなり。垩賢もわるものもこれにある人なり。そこでこれは誰れも覚あることなり。親に孝な子と云があるなり。さうすると親のわるいことがありてもよいと思ふぞ。親愛のくらんたのなり。親の子を可愛がるもそれなり。かはゆい子はよくしてやりたい。やらも々々々稽古はさせたけれとも、今朝は寒いからもそっと寐てをれと云なり。
【解説】
「所謂齊其家在脩其身者、人之其所親愛而辟焉」の説明。正心は胸の内の工夫であり、修身は人と交わる上で物を相手にしてする工夫である。自分の身が定規となる。親に孝なだけでは親の悪いところを見逃す様になる。また、子を可愛がるだけだと甘やかすことになる。
【通釈】
「所謂斉其家在修其身者云々」。誠意で掃除は済んだ。その上を正心の羽箒で掃いて服紗で拭く。それほどに委しくなったのである。時にここでは後に戻って少々工夫が粗くなった。これが書物芸ではできないこと。正心は胸の内の調べで、修身は人と交わる上で物を相手にしてする処の工夫である。そこで物を相手にするというだけ粗い様に見える。斉家は祈りや祈祷ではうまく行かない。斉はにっとりとすることで、さて、そのにっとりができないこと。それが至って難しい。向こうへ付いて行くことではなく、自分に復ること。それを修身と言う。自分の身は定規である。そこで定規がよければ、曲げて切れと言われてもその定規の通りに切れる。そこでここへ並べての人を出したもの。これが面白いこと。この「人」は十人並みの人のこと。聖賢も悪者もこの中にある。そこでこれは誰にも覚えのあること。親に孝な子がいる。そうすると親に悪いことがあってもよいと思う。それは親愛が暗んだのである。親が子を可愛がるのもそれ。可愛い子にはよくして遣りたい。どうしても稽古はさせたいが、今朝は寒いからもう少し寝ていなさいと言う。

賎悪。わるものなり。なるほどわるいものではあれとも、わるいと云ても其わるい中によいこともあるのなり。にくいと思ふものが火事のとき欠付てくると、あいつが来たのは此拍子に何ぞとろふと思ふて来たろふと云なり。親の首へ縄をつけやうと云やふなものにもずんと兄弟中のよいがあるぞ。あれが兄弟のよいは役にたたぬと云は僻なり。畏敬云々。君の邪なことがあれば膝元へより付ても云は子ばならぬものなり。ときに畏敬に偏になると、君にわるいことがありても御尤と云なり。哀矜云々。あはれむ方から道理ををしのけてするなり。敖惰云々。これは人をざっと大へいにあしろふことなり。惣体人の出合ときに、さまてもないものに出合たときに敖惰が出る。久い近付たが名を覚へぬと云やうながある。敖惰ていなり。なれともそれで丁どよい加减なり。これはずんと人がとりちがへる。人をざっとあしらふ様なことはない筈じゃと云が僻なり。垩賢も弟子衆との接りのときには敖惰な筈なり。朱子の説も弟子衆の色々とりなやんだからして説は多あれとも、ちとつつ説がふれてをるなり。正心の章も同じことなり。それで註も皆察の字で註してあるなり。故好而云々。こちのすき嫌いで向の善悪をするはづはないぞ。天下鮮は僻々へあてたものなり。人謂衆人云々。なぜ衆人なれば人情の常を云たものなり。それでたが聞てもなるほど々々々々と云なり。世間で愛子と云ことを云ふが、さて子と云名が付てをるならば、どれもかれも同じやふにしたいものなり。大學の斉家と云ことは親迠もそろ々々異見を云ことなれば、其なかで愛子抔と云ものをのけては斉やふはないぞ。あのやふなものはにくむ筈じゃと云当然之則があるなり。正心も脩身もあまり大きく違はぬと云も朱子のこの註の仕向けで知るがよい。
【解説】
「之其所賤惡而辟焉、之其所畏敬而辟焉、之其所哀矜而辟焉、之其所敖惰而辟焉。故好而知其惡、惡而知其美者、天下鮮矣。辟、讀爲僻。惡而之惡、敖・好、並去聲。鮮、上聲。人、謂衆人。之、猶於也。辟、猶偏也。五者、在人本有當然之則。然常人之情唯其所向而不加察焉、則必陷於一偏而身不脩矣」の説明。賎悪で嫌いな者を悪み、畏敬で君の過ちを見過ごし、哀矜で道理を押し退け、敖惰で人を大柄にあしらう。それは偏からするのである。
【通釈】
「賎悪」。悪者である。なるほど悪い者ではあるが、悪いと言ってもその悪い中によいこともある。悪いと思う者が火事の時に駆け付けて来ると、あいつが来たのはこの拍子に何かを取ろうと思って来たのだろうと言う。親の首へ縄を付けようという様な者にも大層兄弟仲のよい者がいる。その様な者の兄弟仲のよいのは役に立たないと言うのは「辟」だからである。「畏敬云々」。君に邪なことがあれば膝元へ寄り付いても言わなければならないもの。そこを畏敬に偏になると、君に悪いことがあっても御尤もと言う。「哀矜云々」。哀れむ方から道理を押し退けてする。「敖惰云々」。これは人をざっと大柄にあしらうこと。総体人が出合う時、それほどでもない者に出合った時に敖惰が出る。久しい近付きだが名を覚えていないという様なことがある。それが敖惰の体である。しかし、それで丁度よい加減なのである。これは大層人が取り違えること。人をざっとあしらう様なことはない筈だと言うのが辟である。聖賢も弟子衆との接わりの時には敖惰な筈。朱子の説も弟子衆が色々と取り悩んだので説が多くあるが、少しずつ説が振れている。正心の章も同じこと。それで註も皆察の字で註をしてある。「故好而云々」。自分の好き嫌いで向こうが善悪をする筈はない。「天下鮮」は辟に当てたもの。「人謂衆人云々」。何故衆人と言うかと言うと、人情の常を言ったもの。それで誰が聞いてもなるほどと言う。世間で愛子と言うが、さて子という名が付いているのだから、誰も彼も同じ様にしたいもの。大学の斉家になると親までにもそろそろ異見を言うのだから、その中で愛子などを別格にしては斉う筈はない。あの様な者は憎む筈だとする「当然之則」がある。正心も修身もあまり大きくは違わないということも、朱子のこの註の仕向けで知りなさい。

故諺有之曰云々。これも前の心不在焉のさはきと同なり。世間の世話に道理に叶ふことがあるものなり。人莫知云々。前へ親愛と云ことを一つあげて云たものなり。今諺に我子にはきりがふると云と同ことなり。わきでは子める子でも、親はなか々々あぢなやつでごさると云なり。可愛いと云方へ一偏になる方からなり。莫知其苗云々。これは対句に云たものなり。兎角一偏になると気が付ぬと云ことを云のなり。叶韻云々。御定てないよみのときに叶韻と云なり。溺愛者不明。ものの一偏になりてえこひいきのあると云はすんと気の毒なものなり。舌と云ものはずんとよく物を味へるものなれとも、我気に入たうしほ煮はわるくてもよいと云なり。よく々々で、酒屋に迠ひいきがあるなり。此謂身不脩云々。身がをさまらずに家が斉ふならば御傳授を得たいと云ほどのことなれとも、どんなことでも身が不脩に家の斉ふと云ことはないぞ。右傳之八章。釈脩身斉家。
【解説】
「故諺有之曰、人莫知其子之惡、莫知其苗之碩。諺、音彦。碩、叶韻、時若反。諺、俗語也。溺愛者不明、貪得者無厭。是則偏之爲害、而家之所以不齊也。此謂身不脩不可以齊其家。右傳之八章。釋脩身齊家」の説明。依怙贔屓をするのは大層気の毒なもの。身が修まらずに家が斉うということはない。
【通釈】
「故諺有之曰云々」。これも前章の「心不在焉」の捌きと同じ。世間の世話に道理に叶ったことがあるもの。「人莫知云々」。前の親愛のことを一つ挙げて言ったもの。今諺に、我が子には霧が降ると言うのと同じこと。脇では睨み付ける子でも、親は中々味な奴だと言う。それは可愛いという方へ一偏になるからである。「莫知其苗云々」。これは対句に言ったもの。とかく一偏になると気が付かないことを言ったもの。「叶韻云々」。御定めでない読みの時に叶韻と言う。「溺愛者不明」。ものの一偏になって依怙贔屓があるというのは大層気の毒なもの。舌というものは大層よく物を味わえるものだが、自分の気に入った潮煮は悪くてもよいと言う。それはよくよくなことで、酒屋にまで贔屓がある。「此謂身不修云々」。身が修まらずに家が斉うのであれば御伝授願いたいと言うほどのことだが、どんなことでも身が修まらずに家が斉うということはない。「右伝之八章。釈修身斉家」。


大学伝9
所謂治國必先齊其家者、其家不可敎而能敎人者、無之。故君子不出家而成敎於國。孝者、所以事君也。弟者、所以事長也。慈者、所以使衆也。弟、去聲。長、上聲。
身脩、則家可敎矣。孝・弟・慈、所以脩身而敎於家者也。然而國之所以事君事長使衆之道不外乎此。此所以家齊於上、而敎成於下也。

康誥曰、如保赤子。心誠求之、雖不中不遠矣。未有學養子而后嫁者也。中、去聲。
此引書而釋之、又明立敎之本不假強爲、在識其端而推廣之耳。

一家仁、一國興仁。一家讓、一國興讓。一人貪戻、一國作亂。其機如此。此謂一言僨事、一人定國。僨、音奮。
一人、謂君也。機、發動所由也。僨、覆敗也。此言敎成於國之效。

堯・舜帥天下以仁、而民從之。桀・紂帥天下以暴、而民從之。其所令反其所好、而民不從。是故君子有諸己而后求諸人、無諸己而后非諸人。所藏乎身不恕、而能喩諸人者、未之有也。好、去聲。
此又承上文一人定國而言。有善於己、然後可以責人之善。無惡於己、然後可以正人之惡。皆推己以及人。所謂恕也。不如是、則所令反其所好、而民不從矣。喩、曉也。
故治國在齊其家。
通結上文。
詩云、桃之夭夭、其葉蓁蓁。之子于歸、宜其家人。宜其家人、而后可以敎國人。夭、平聲。蓁、音臻。
詩周南桃夭之篇。夭夭、少好貌。蓁蓁、美盛貌。興也。之子、猶言是子、此指女子之嫁者而言也。婦人謂嫁曰歸。宜、猶善也。

詩云、宜兄宜弟。宜兄宜弟、而后可以敎國人。
詩小雅蓼蕭篇。
詩云、其儀不忒、正是四國。其爲父子・兄弟足法、而后民法之也。
詩曹風鳴鳩篇。忒、差也。
此謂治國在齊其家。
此三引詩、皆以詠歎上文之事、而又結之如此。其味深長、最宜潛玩。
右傳之九章。釋齊家治國。
【読み】
謂う所の國を治むることは必ず先ず其の家を齊うとは、其の家敎う可からずして能く人を敎うる者は、之無し。故に君子は家を出でずして敎を國に成す。孝は、君に事うる所以なり。弟は、長に事うる所以なり。慈は、衆に使うる所以なり。弟は、去聲。長は、上聲。
身脩まれば、則ち家敎う可し。孝・弟・慈は、身を脩めて家に敎うる所以の者なり。然して國の君に事え長に事え衆に使うる所以の道も此に外ならず。此れ家上に齊いて、敎下に成る所以なり。

康誥に曰く、赤子を保つが如し、と。心誠に之を求むれば、中らずと雖も遠からず。未だ子を養うことを學んで后嫁する者有らざるなり。中は、去聲。
此れ書を引いて之を釋き、又敎を立つるの本は強いて爲すことを假らず、其の端を識りて之を推し廣むるに在ることを明らかにするのみ。

一家仁にして、一國仁を興す。一家讓にして、一國讓を興す。一人貪戻にして、一國亂を作す。其の機此の如し。此を一言事を僨[やぶ]り、一人國を定むと謂う。僨は、音は奮。
一人は、君を謂うなり。機は、發動の由る所なり。僨は、覆敗なり。此れ敎の國に成るの效を言う。

堯・舜天下を帥いるに仁を以てして、民之に從う。桀・紂天下を帥いるに暴を以てして、民之に從う。其の令する所其の好む所に反いては、民從わず。是の故に君子は己に有して后人に求[せ]め、己に無くして后人を非[そし]る。身に藏する所恕[おしはか]らずして、能く人を喩す者は、未だ之有らざるなり。好は、去聲。
此れ又上文の一人國を定むるを承けて言う。己に善有りて、然して後に以て人の善を責む可し。己に惡無くして、然して後に以て人の惡を正す可し。皆己を推して以て人に及ぼす。謂う所の恕なり。是の如くならざれば、則ち令する所其の好む所に反いて、民從わざるなり。喩は、曉すなり。
故に國を治むることは其の家を齊うるに在り。
通じて上文を結ぶ。
詩に云う、桃の夭夭たる、其の葉蓁蓁たり。之[こ]の子于[ここ]に歸[とつ]ぐ、其の家人に宜し、と。其の家人に宜しくして、后に以て國人を敎う可し。夭は、平聲。蓁は、音は臻。
詩は周南桃夭の篇。夭夭は、少好の貌。蓁蓁は、美盛の貌。興なり。之の子は、猶是の子と言うがごとく、此れ女子の嫁する者を指して言うなり。婦人は嫁を謂いて歸と曰う。宜は、猶善のごときなり。

詩に云う、兄に宜しく弟に宜し、と。兄に宜しく弟に宜しくして、后に以て國人を敎う可し。
詩は小雅蓼蕭の篇。
詩に云う、其の儀忒[たが]わず、是の四國を正す、と。其れ父子・兄弟法るに足れりと爲りて、后に民之に法るなり。
詩は曹風鳴鳩の篇。忒[とく]は、差うなり。
此を國を治むることは其の家を齊うるに在りと謂う。
此の三つ詩を引けるは、皆以て上文の事を詠歎して、又之を結ぶこと此の如し。其の味深く長じ、最も宜しく潛[ひそ]み玩[あじわ]うべし。
右は傳の九章。家を齊いて國を治むることを釋く。

所謂治国必先云々。国の政務をつかさどるに一つの治めやうがあると云と、もふ手くだになる。国の主が家内をよく治ると、それを一国の者が見習てよく治ることなり。そこで向へ手を出すことではないぞ。一国を治る手夲は家内にあることなり。今日の者の治めかたは臭いものにふたをするやうなり。家内のことはろくにをさまらずにいて、ただ国を治めやふ々々々々とするなり。本とうのきれいすきと云は人のみぬ処からきれいにしてゆくと云がよいたとへなり。惣体大學は物の根がある。そこで先々と云なり。爰に斗りは必と云字を入た。これを気を付てみるがよい。必先つなり。そこで必と云はなぜなれば、うそがありたがるぞ。内證のふたをあけるとうさめのつきることがある。そこで必ず家からでなければならぬゆへなり。兄弟中はよいが親子中がわるし。親子中はよくても夫婦中がわるかったり、兎角斉ぬぞ。其家云々。親のことを子が尤に思はず、夫のことを女房が尤に思はぬ。不可教なり。家内を教ることがならずに痎ばらいをして外へ出て人を教ることはないぞ。
【解説】
「所謂治國必先齊其家者、其家不可敎而能敎人者、無之」の説明。君が家内をよく治めれば、それを一国の者が見習って国がよく治まる。家内を教えることができずに外で人を教えるということはない。ここで「必」と言うのは嘘がありがちだから入れたのである。
【通釈】
「所謂治国必先云々」。国の政務を司るには一つの治め方があると言えば、もう手管になる。国の主が家内をよく治めると、それを一国の者が見習ってよく治まる。そこで、向こうへ手を出すことではない。一国を治める手本は家内にある。今日の者の治め方は臭い物に盖をする様なもの。家内のことは碌に治まらずにいて、ただ国を治めようとする。本当の奇麗好きは人の見ない処から奇麗にして行くと言うのがよいたとえである。総体大学には物の根がある。そこで「先々」と言うが、ここにだけは「必」という字を入れた。これを気を付けて見なさい。必ず先ずである。そこで、必と何故言うのかと言うと、嘘がありたがるからである。内証の盖を開けるとうさめの尽きることがある。そこで必ず家からでなければならないのである。兄弟仲はよいが親子仲が悪い。親子仲はよくても夫婦仲が悪かったりで、とかく斉わない。「其家云々」。親のことを子が尤もと思わず、夫のことを女房が尤もと思わない。「不可教」である。家内を教えることができずに咳払いをして外へ出て人を教えるということはない。

君子々々といかいこと出してあるが、これは本とうの人の道を知て大學の道に叶た人のことなり。左傳などにはとほうもないものを君子と云てあるなり。不出家は、家内のなりを取もなをさず国へ出すなり。そのはつぞ。君も家内があれば、家中のものも家内があるなり。成教於国は、これもふれることではないぞ。云へば人君の気の付ぬと云ほどのことなり。君が親へ孝行ゆへ、下にをるものが自然と見習て我をわすれて親に孝行をするなり。これがみな上の化なり。そこで君子の德は風、小人之德は草云々とも云なり。孝者所以云々。親に孝な心もちで君に事へればいつでも忠なり。親と君はもよふはちかふたものなれとも、親に孝な誠心も、君につかへる忠節な誠にかわることはないぞ。孝悌慈は家内のこと。君長衆は国で云なり。これでみれば、人君たるものが声をからして治ることはないぞ。この手でやるの、あの手でやるのと云、皆覇者のことで、一度はそれで治りもしようが、皆膠づけなり。本とうのことは手前でに大概よくなりてをる。そこをちょいと治ることなり。孔孟の世にあはぬも、兎角人君が国の治めやうはどふじゃ々々々々と問ゆへに、孔孟の、国が治めたくは手前を治るがよいと云から、そこで二たび相談はせぬぞ。此註などもいつも云ふくさりつなぎな仕向けなり。悪事災難ぬけと云札をはりても、手前がわるいことをしては免ることはならぬぞ。毎日箸のあけをろしに兄弟中をよくせよと云ぬぞ。此所以斉家斉於上云々。これでみれば国を治ると云ぶんな道はないぞ。家内の孝悌慈の名をかへて出るなり。
【解説】
「故君子不出家而成敎於國。孝者、所以事君也。弟者、所以事長也。慈者、所以使衆也。弟、去聲。長、上聲。身脩、則家可敎矣。孝・弟・慈、所以脩身而敎於家者也。然而國之所以事君事長使衆之道不外乎此。此所以家齊於上、而敎成於下也」の説明。君が親に孝行なので、下の者が自然と見習って親に孝行をする。これが上の化である。親に孝な心持で君に事えれば忠である。ここの「孝悌慈」は家内のことで言い、「君長衆」は国で言う。国を治めるのに特別な道はない。家内の孝悌慈の名が変わって出るのである。
【通釈】
「君子々々」と大層なことを出してあるが、これは本当の人の道を知って大学の道に叶った人のことで、左伝などでは途方もない者を君子と言う。「不出家」は、家内での行いを取りも直さず国へ出すこと。その筈で、君にも家内があれば、家中の者にも家内がある。「成教於国」は、これもお触れを出すことではない。言えば人君が気付かないというほどのこと。君が親へ孝行なので、下にいる者が自然と見習って我を忘れて親に孝行をする。これが皆上の化である。そこで君子の徳は風、小人の徳は草云々とも言う。「孝者所以云々」。親に孝な心持で君に事えればいつでも忠である。親と君とでは模様は違うが、親に孝な誠心も、君に事える忠節な誠と変わることはない。「孝悌慈」は家内のこと。「君長衆」は国で言う。これで見れば、人君たる者は声を嗄らして治めることはない。この手で遣るとか、あの手で遣ると言うのは皆覇者のことで、一度はそれで治まりもしようが、皆膠付けである。本当のことは独りでに大概はよくなっている。そこをちょいと治めるのである。孔孟が世に合わなかったのも、とかく人君が国の治め方はどうだとばかり問うので、孔孟が、国が治めたければ自分を治めなさいと言うから、そこで二度と相談はしなくなったのである。この註などもいつも言う鎖繋ぎな仕向けである。悪事災難抜けという札を貼っても、自分が悪いことをしては免れることはできない。毎日の箸の上げ下ろしの様に兄弟仲をよくしようとは言わない。「此所以家斉於上云々」。これで見れば国を治めるというのに特別な道はない。それは、家内の孝悌慈の名が変わって出ること。
【語釈】
・君子の德は風、小人之德は草…論語顔淵19。「季康子問政於孔子曰、如殺無道、以就有道、何如。孔子對曰、子爲政、焉用殺。子欲善、而民善矣。君子之德風。小人之德草。草上之風必偃」。孟子滕文公章句上2にも引用がある。

康誥曰如保赤子。国天下を治ると云に此やうな語の出てをると云が大學の教の大事なり。上には孝悌慈の三つ云て、爰では慈と云ほど親切なものはないとぞ。孝悌と云はたれも知ってをれとも、兎角孝の悌のと云ものは思ふやふにいかぬものなり。子の可愛ばかりはたれもかわらぬものなり。そこで、かわゆいと云せつな処からさとしたものなり。康誥は武王が弟の康叔を封するとき、領分のものを親が赤子をそだてる合点で治めよと云たことなり。未有云々。昏礼の支度にはさま々々なならはしあるが、子をそたてるそだてやうとてぶんに親が包ではやらぬぞ。領分の百姓は赤子とは大ふ違ふ。すれば赤子よりは育てよいものなり。誠さへあればみことなるものなり。又明立教云々。本と云は條目制札にしては出さぬぞ。赤子を保つが如くせられていやがる百姓はないぞ。推廣は、下の心が二つものではないぞ。其端は四端の端と同ことなり。たれにもある端を推廣のことなり。推廣、すくに推充をふくんで書たものなり。講後先生曰、直方先生曰、慈者所以使衆也、一家云々とつついてよい処を間へ保赤子の條を入たは、中庸無顕於隱云々、致中和天地位万物育と移てよい処を間へ喜怒哀樂云々の条を入たやうなものじゃとなり。細に気を付てをかれた。
【解説】
「康誥曰、如保赤子。心誠求之、雖不中不遠矣。未有學養子而后嫁者也。中、去聲。此引書而釋之、又明立敎之本不假強爲、在識其端而推廣之耳」の説明。孝や悌というものは思う様には行かないが、慈はし易いもの。そして、領分の百姓は赤子よりも育て易いものだから、誠さえあれば見事に治まる。
【通釈】
「康誥曰如保赤子」。国天下を治めるのにこの様な語が出ているというのが大学の教えの大事である。上には孝悌慈の三つを言い、ここでは慈というほど親切なものはないと言う。孝悌は誰もが知っているが、とかく孝や悌というものは思う様には行かないもの。子が可愛いということばかりは誰も変わることはない。そこで、可愛いという切な処から諭したもの。康誥は、武王が弟の康叔を封じる時、領分の者を親が赤子を育てる合点で治めろと言ったもの。「未有云々」。昏礼の支度には様々な習わしがあるが、子の育て方は、特別に親が包んで遣る様なことはない。領分の百姓は赤子とは大分違う。それなら赤子よりは育てよいもの。誠さえあれば見事になる。「又明立教云々」。「本」は条目制札にしては出さないもの。赤子を保つが如くされて嫌がる百姓はいない。「推広」。下の心は別なものではない。「其端」は四端の端と同じこと。誰にもある端を推し広めること。推広は直に推充を含んで書いたもの。講後に先生が言った。直方先生が、「慈者所以使衆也」から「一家云々」と続いてよい処を間に保赤子の条を入れたのは、中庸で「莫見乎隠云々」から「致中和天地位万物育」と移ってよい処を、間に「喜怒哀楽云々」の条を入れた様なものだと言った。細かに気を付けて置かれた、と。
【語釈】
・中庸無顕於隱…中庸章句1を指す。

一家仁一国興仁云々。これは直方先生も気を付てをかれたぞ。まへの慈者所以云々からじきに爰へうつるはづじゃに、間へ保赤子と云親切なものを出すと云が大事のこととなり。朱子も孟子の孺子の井に入を見て怵惕惻隱云々と同しことじゃとなり。そこで慈者云々と云間へ赤子を保と云出してをいて、そこで一家仁云々云でよいぞ。仁と云ことは六ヶしいことなれとも、爰らであまり六ヶ鋪云ことではないぞ。これが書をよむの大事なり。何となく機嫌よいぞ。親のゆつりものを辞退すると云ふも譲なり。なれとも爰らのやふにひろく云ときは一家の風俗のことになるなり。とかく人と云ものはまんがちに出たがるものなり。そこをあとへしざりてをるやふなことを云なり。火事の消し口と云と、もふゆうべの火事はと乗出したがるなり。手前の手柄も、いや人がはやくかけ付たからと云なれば譲るなり。今日の風で見よ。親子の間でさへのり出たがるぞ。
【解説】
「一家仁、一國興仁。一家讓、一國興讓」の説明。仁というのは難しいことだが、ここは何となく機嫌がよいこと。「譲」は後に退いている様なこと。これらが風俗となる。
【通釈】
「一家仁一国興仁云々」。これは直方先生も気を付けて置かれた。前の「慈者所以云々」から直ぐにここへ移る筈なのに、間へ「保赤子」という親切なものを出すというのが大事なことだと言った。朱子も、孟子の孺子が井に入るのを見て怵惕惻隠云々となるのと同じことだと言った。そこで慈者云々という間へ赤子を保つと言い出して置いて、そこで一家仁云々と言うのでよい。仁というのは難しいことだが、ここ等はあまり難しく言ってはならない。これが書を読む上で大事なこと。何となく機嫌がよいこと。親の譲り物を辞退するというのも譲である。しかし、ここらの様に広く言う時は、一家の風俗になること。とかく人というものは人を差し置いて出たがるもの。そこを後に退いている様なことを言う。火事の消口と言うと、もう昨夜の火事はと乗り出したがる。自分の手柄も、いや人が早く駆け付けたからと言うのであれば譲るである。今日の風で見なさい。親子の間でさえ乗り出たがる。
【語釈】
・まんがち…人をさしおいて、われ勝ちに事をするさま。自分勝手なさま。

一人貪戻云々。一家一国云々と云ひながら爰では一人と云。気を付べし。一家と云はさやへ治めてをいて云やふなものなり。一人と云は秡身で云ことなり。君一人がわるくても家老用人もあれは一国の乱になると云ことは有そふもないものじゃに、君が貪戻なれば、みな人心がはなれるゆへに乱をなすなり。君の尊いも一国の大勢を一にして領してをるからぞ。作乱と云、どのよふなもようなれば、喰物もなく妻子も離散してをる。いっそわるいことをしてと云気になるなり。一言僨事はつい句に出したものなり。一人と云から一言と云たものなり。この御一言はぜうだんとは存ぜぬと云がさいご、果しあふと云ことになるなり。かうは云ものの、これが主ではないぞ。一人と云が主なり。治るも乱るも上人君の身一にあつかることなり。夏の桀王の、殷の紂王などが皆これなり。ことさら紂王なとには三仁と云人がいってをりたなれとも、あの通りのことなり。
【解説】
「一人貪戻、一國作亂。其機如此。此謂一言僨事、一人定國。僨、音奮。一人、謂君也。機、發動所由也。僨、覆敗也。此言敎成於國之效」の説明。君一人が貪戻なだけで作乱となる。治まるのも乱れるのも上人君の身一つに与ること。
【通釈】
「一人貪戻云々」。一家一国云々と言いながら、ここでは一人と言う。ここを気を付けなさい。一家とは鞘へ治めて置く様なもので、一人とは抜き身で言う様なこと。君一人が悪くても家老用人もいれば一国の乱になるということはありそうもないものだが、君が貪戻であれば、人心が皆離れるので乱を作す。君が尊いのも一国の大勢を一つにして領しているからである。「作乱」とはどの様な模様かと言うと、食物もなく妻子も離散していて、いっそ悪いことをしてでもという気になること。「一言僨事」は対句に出したもの。一人と言うから一言と言ったもの。この御一言は冗談とは思えないと言うが最後、果し合うということになる。そうは言うものの、これが主ではない。一人というのが主である。治まるのも乱れるのも上人君の身一つに与ること。夏の桀王や殷の紂王などが皆これ。殊更紂王などには三仁という人が忠告をしたのだが、あの通りとなった。
【語釈】
・三仁…微子、箕子、比干。

尭舜師天下云々。前へに道理を云てをいて、あとへ人を出すでよいぞ。丁どつよい咄をしてをいて、あとへ弁慶を出すやうなものなり。以仁云々。以云を、料理をするにまな箸をもってと云やうにみることではないぞ。論語に為政以德の以と同ことなり。德ある人が政をすると云ことなり。天があたたかになるときるものを一つ々々ぬくやふに民從之なり。以暴と云身持なり。そこで下にをる民も桀紂のやふになる。所令は、親に孝をしろと家中へふれるやうなものなり。反其所好は、家中へは孝行をしろとふれてをいて、手前の身持はそふないから民不從なり。我は一日酔ていなから人には酒をのむなと云から不從なり。非諸人は、今日の人をそしるとは違ふぞ。今日の人はぜうだんにそしるのゆへにわるいぞ。このそしると云は政事にあつかることゆへにそしら子ばならぬぞ。道理にそむいてをるゆへに、其やうなことをすると云ことはあるまい筈じゃとそしるゆへに向もいたみ入ぞ。所蔵は、手前が治てをって、向の人をそれではつまらぬ、そふしてはなるまいと恕することなり。我が親に孝ゆへに人に孝行の異見も云れるぞ。武勇な大將でなければ士卒ははずまぬぞ。
【解説】
「堯・舜帥天下以仁、而民從之。桀・紂帥天下以暴、而民從之。其所令反其所好、而民不從。是故君子有諸己而后求諸人、無諸己而后非諸人。所藏乎身不恕、而能喩諸人者、未之有也。好、去聲」の説明。徳のある人が政をすると民が従うが、上が「以暴」という身持ちなので、そこで下にいる民も桀紂の様になる。ここの「非」は、道理に背いたことをしているのを非ること。「所蔵」は、自分が治まっていて相手を恕すること。それで相手も従う。
【通釈】
「堯舜師天下云々」。前に道理を言って置いて、後へ人を出すのでよい。丁度強い話をして置いて、後へ弁慶を出す様なもの。「以仁云々」。この「以」を、料理をする時に真魚箸をもってという様に見てはならない。論語にある「為政以徳」の以と同じこと。徳のある人が政をするということ。天が暖かになると着る物を一つずつ脱ぐ様に「民従之」である。「以暴」という身持ちなので、そこで下にいる民も桀紂の様になる。「所令」は、親に孝をしろと家中へ触れる様なもの。「反其所好」は、家中へは孝行をしろと触れて置きながら、自分の身持ちはそうでないということで、それで民不従となる。自分は一日酔っていながら人には酒を飲むなと言うから不従である。「非諸人」は今日の人を非るのとは違う。今日の人は冗談で非るので悪い。この非るというのは政事に与ることなので、非らなければならないのである。道理に背いているので、その様なことをするということはない筈だと非る。そこで向こうも痛み入る。「所蔵」は、自分が治まっていて、向こうの人をそれでは詰まらない、そうしてはならないだろうと恕すること。自分が親に孝なので、人に孝行の異見も言うことができる。武勇な大将でなければ士卒は弾まない。
【語釈】
・為政以德…論語為政1。「子曰、爲政以德、譬如北辰居其所而衆星共之」。

桀紂も皆垩人の子孫ゆへに皆垩人の遺訓がありた。そこでふれれども人が用ひぬと云は、反其所好からなり。同浴而譏裸程と云て、我もはだかで居ながら、人のはたかになりてをるをそしるやうなものなり。扨、恕と云ことにとりちがひがあるぞ。老人などに多くあることで、をれもそふでありた、若いときは二度はない、若いうちに道落もしろと云が、それはわるい方へ思いやりを出したのなり。恕と云ことはわるいことに思ひやりをすることではないぞ。よい方へ恕をすることなり。それで朱子もこの恕の字を諸賢とり違へたことを或問にしたたかこごとを云てをかれたぞ。暁と云はうはべでないこととみるがよいぞ。故治国云々。大學はみなかう結んだものなり。前がすま子ば故の字はかかれぬぞ。家を斉へずに国を治ると云ことはどのやふなことでもならぬぞ。曲たものを出して直なかげをうつすやうにと云ことはどのやうなことでもならぬことなり。通結上文は、今日よみ出した処からこれ迠なり。これから詩を三つ出して暁したものなり。直方先生曰、中庸鳶飛魚躍の結語にはただ結上文とある。ここには通結上文とあり、朱子の註は精いこと、気を付よとなり。
【解説】
此又承上文一人定國而言。有善於己、然後可以責人之善。無惡於己、然後可以正人之惡。皆推己以及人。所謂恕也。不如是、則所令反其所好、而民不從矣。喩、曉也。故治國在齊其家。通結上文」の説明。桀紂に民が従わないのは「反其所好」だからである。多くの学者が「恕」を取り違えるが、恕はよい方へ恕することを言う。
【通釈】
桀紂も皆聖人の子孫なので皆聖人の遺訓があった。それでも触れても人が用いないというのは、反其所好だからである。同浴而譏裸程と言い、自分も裸でいながら、人が裸になっているのを譏る様なもの。さて、恕ということに取り違いがある。老人などに多くあることで、俺もそうだった、若い時は二度はない、若い内に道楽もしろと言うが、それは悪い方へ思い遣りを出したのである。恕は悪いことに思い遣りをすることではない。よい方へ恕するのである。それで朱子もこの恕の字を諸賢が取り違えたことについて、大層小言を或問の中に言って置かれた。「曉」は上辺でないことだと見なさい。「故治国云々」。大学は皆この様に結んだもの。前が済まなければ故の字は書けない。家を斉えずに国を治めるということはどの様なことをしてもできない。曲ったものを出して直な影を映す様にということはどの様なことをしてもできない。「通結上文」は、今日読み出した処からこれまでのこと。これから詩を三つ出して曉した。直方先生が、中庸の鳶飛魚躍の結語にはただ結上文とある。ここには通結上文とあって、朱子の註は精しい。気を付けなさいと言った。
【語釈】
・鳶飛魚躍…中庸章句12。「詩云、鳶飛戻天、魚躍于淵。言其上下察也。君子之道、造端乎夫婦。及其至也、察乎天地。結上文」。詩は、詩経大雅旱麓篇。

詩云桃之夭々云々。後段にこの詩を引たでくっつりとすむことなり。今日古歌抔を引て教ると云ことが面白ことなり。制札には歌は引ぬぞ。垩賢の歌を引はわけのあることと思ふがよいぞ。此歌と云てほろりとくることなり。唐で詩と云は日夲の歌と同ことなり。昔は昏礼と云は春のことにきわまりてをりた。そこで桃之夭々云々なり。興也。この方で云へば、山鳥の尾のと興して、それからして、なか々々し夜をと云やうなものなり。不出家為教於国のところへ引たものなり。帰は落付処のことなり。女と云ものは親の家にをるうちは仮のうちなり。夫の家へゆくが落付処なり。詩云宜兄云々。小兒のとき兄弟中のわるいと云はないものなり。段々長なりて情欲のことから兄弟中もわるくなるが、始終兄弟中がよいと云ことならば此通りのことなり。それを大學が云々なり。唐の太宗と云は垩人の世につついての治世と云ことなれとも、兄弟中がよいとは云れまいぞ。兄を殺して天下をとり、それから弟を殺て弟の妻をひきあげて妃にしたぞ。頼朝が義経を腰越から云々して、天下へ兄弟中をよくせよと云制札は出されまいぞ。詩云其儀不忒云々。板天神のやふに向斗りをみてをると云行儀のよいてはない。人君のことなとと云ものは中々誰も見たものはなけれとも、その人君の身持行義のよいが津々浦々迠へひびくことなり。それがとこからしれるなれば、近くから知れてくるなり。
【解説】
「詩云、桃之夭夭、其葉蓁蓁。之子于歸、宜其家人。宜其家人、而后可以敎國人。夭、平聲。蓁、音臻。詩周南桃夭之篇。夭夭、少好貌。蓁蓁、美盛貌。興也。之子、猶言是子、此指女子之嫁者而言也。婦人謂嫁曰歸。宜、猶善也。詩云、宜兄宜弟。宜兄宜弟、而后可以敎國人。詩小雅蓼蕭篇。詩云、其儀不忒、正是四國。其爲父子・兄弟足法、而后民法之也。詩曹風鳴鳩篇。忒、差也」の説明。詩を引くのでよく済む。女は親の家にいる内は仮の家であって、夫の家が落ち着き処である。唐の太宗や頼朝は兄弟仲がよいとは言えない。それでは兄弟仲をよくしろという制札は出せない。人君の身持ちや行儀のよいのが津々浦々まで響く。それは何処から知れるかと言えば、近くから知れて来るのである。
【通釈】
「詩云桃之夭々云々」。後段にこの詩を引いたのでぐっつりと済む。今日古歌などを引いて教えるというのが面白いこと。制札に歌は引かない。聖賢の歌を引くのにはわけがあると思いなさい。歌というのでほろりと来る。唐で詩と言うのは日本の歌と同じこと。昔は昏礼というのは春のことに極まっていた。そこで桃之夭々云々である。「興也」。日本で言えば、山鳥の尾のと興して、それから、ながながし夜をと言う様なもの。これは「不出家成教於国」の処へ引いたもの。「帰」は落ち着き処のこと。女というものは親の家にいる内は仮の家である。夫の家へ行くのが落ち着き処である。「詩云宜兄云々」。小児の時に兄弟仲が悪いということはないもの。段々と長じて情欲のことから兄弟仲も悪くなるが、始終兄弟仲がよいということであればこの通りになる。それを大学で云々と言う。唐の太宗は聖人の世に続いての治世の人ということになっているが、兄弟仲がよいとは言えないだろう。兄を殺して天下を取り、それから弟を殺して弟の妻を引き上げて妃にした。頼朝が義経を腰越から云々して置きながら、天下へ兄弟仲をよくせよという制札は出せないだろう。「詩云其儀不忒云々」。板天神の様に向こうばかりを見ているという行儀のよいことではない。人君のことなどは中々誰も見た者はないが、その人君の身持ちや行儀のよいのが津々浦々まで響く。それが何処から知れるかと言うと、近くから知れて来る。

此謂治国云々。上て道理は尽きてをるを詩経にもかふ々々あると咏嘆するうちに感するなり。歎と云て、かなしいことをなげくとは違ふ。又は、結た上に又結だと云ことなり。深長は、面白ないことはちょっと云て仕まうが、面白ことは。近思彔に治体治法と云が此の大學に叶ふことなり。政談経済彔も尤なことがあれとも、あれでいくならば大學はいらぬぞ。これで治てをいて此上に法も出すことなり。右傳之九章。釈斉家治国。
【解説】
「此謂治國在齊其家。此三引詩、皆以詠歎上文之事、而又結之如此。其味深長、最宜潛玩。右傳之九章。釋齊家治國」の説明。近思録に治体治法とあるのがこの大学に叶ったことであり、これで治め、その上に法も出すのである。政談や経済録を用いるのであれば大学は要らない。
【通釈】
「此謂治国云々」。上で道理は尽きているのを詩経にもこの様にあると「詠嘆」する内に感ずる。歎と言っても、悲しいことを歎くのとは違う。「又」は、結んだ上に又結んだということ。「深長」。面白くないことは一寸言って終えるが、面白いことは長く続ける。近思録に治体治法とあるのがこの大学に叶ったこと。政談や経済録にも尤もなことがあるが、あれで行くのであれば大学は要らない。これで治めて置いて、この上に法も出すのである。右伝之九章。釈斉家治国。