第九 益之上九曰莫益之云々条  四月一日  慶年録
【語釈】
・四月一日…寛政4年辛亥(1791年)4月1日。
・慶年…北田慶年。東金市福俵の人。通称太兵衛。

益之上九曰、莫益之。或擊之。傳曰、理者天下之至公、利者衆人所同欲。苟公其心、不失其正理、則與衆同利。無侵於人、人亦欲與之。若切於好利、蔽於自私、求自益以損於人、則人亦與之力爭。故莫肯益之、而有擊奪之者矣。
【読み】
益の上九に曰く、之を益すこと莫し。之を擊つもの或らん、と。傳に曰く、理は天下の至公にして、利は衆人の同じく欲する所なり。苟も其の心を公にし、其の正理を失わずんば、則ち衆と利を同じくせん。人を侵すこと無くんば、人亦之を與にするを欲せん。若し利を好むに切にして、自私に蔽われ、自ら益するを求めて以て人を損せば、則ち人も亦之と力[つと]めて爭う。故に肯て之を益する莫くして、之を擊奪する者有らん、と。
【補足】
・この条は、周易程氏伝益卦上九の象伝の注にある。

利欲をこのめは禍の来ると云警戒なり。そふ云と、学者が俗人こそ利害を好ふか、致知存養の学をして利欲などと云様な処ではないと云ふが、さう思ふたら淺見先生の云るる、それは筭用違ひなり。今日学者が只少とばかり古へのことを知たと云ぎりのこと。利を好むはやっはり奧の院にあるもので、中々今ま近思をよみても俗人と違ふことではない。そこでどこ迠も警戒はいるなり。莫益之云々。此方を益ふとかかると益しはせすして人の方から打こんて來て、益さずに却て損をする。丁どじみちな啇人はへらさぬもの。一網にせふとする啇人は身上破滅にもする。擊なり。傳曰云々。なぜそふじゃと思ふそと云に、理と利を出して示す。直方先生、日本では理も利も一口に云ふが、玉へんと禾へんとは偖て違ふ、と。理は公けで、譬ばをれが月じゃの日じゃの、をれが風じゃの雨じゃのとは云はぬ様なもので、理と云は上から下迠動かされぬもの。そこが理なり。利は又衆人所同欲で、誰でも彼てもこれて悦はぬものはない。寒中に火鉢を出す。わるいことをすると云ものはない。土用の内日隂をとをるは知者でも愚者でもいやなとは思はぬ。利はこふ人か欲するものゆへ、兎角禾へんの方へ手を出して玉へんを打やる。そこて結句ますことはなくして擊なり。
【解説】
「益之上九曰、莫益之。或擊之。傳曰、理者天下之至公、利者衆人所同欲」の説明。利欲を好めば禍が来る。学者は一寸古のことを知っただけなので、利害を好むことでは俗人と変わりはない。益を得ようとすると逆に人から攻撃される。「理」は公であって動かすことのできないもの。「利」は人の欲するもの。人は理よりも利を好む。
【通釈】
利欲を好めば禍が来るという警戒である。そう言うと学者が、俗人こそ利害を好むだろうが、致知存養の学をして利欲などという様な処ではないと言う。その様に思うのは浅見先生の言われる算用違いということ。今日の学者はただ一寸古のことを知ったというだけのこと。利を好むことはやはり奧の院にあるもので、今近思を読んでも中々俗人と違うことはない。そこで何処までも警戒は要るのである。「莫益之云々」。こちらを益そうと掛かると益しはせず、人の方から打ち込んで来て益さずに却って損をする。丁度地道な商人は減らさないもの。一網にしようとする商人は身上破滅もする。それが「撃」である。「伝曰云々」。何故その様に思うのかというわけを理と利を出して示した。直方先生が、日本では理も利も一口に言うが、王偏と禾偏とは違うと言った。理は公で、たとえば俺の月だの日だの、俺の風だの雨だのとは言わない様なことで、理とは上から下まで動かすことのできないもの。そこが理である。また、利は「衆人所同欲」で、誰でも彼でもこれで悦ばない者はいない。寒中に火鉢を出しても、悪いことをすると言う者はいない。土用の内に日陰を通るのは知者でも愚者でも嫌とは思わない。利はこの様に人が欲するものなので、とかく禾偏の方へ手を出して王偏を打ち遣る。そこで結局は益すことはなく、撃となる。

公其心云々。百姓なれは鍬をかつく。大工は手斧打つ。我持前とをりをすると垩人の前へも出さるる。不失其正理則與衆同利。いくらさわいでも百姓の手で鍋や釜は出来ぬ。作ったものを遣ってとりかへる。衆と同利してよい。無侵於人。この侵と云か大切なことて、ささいなことても犯すかわるい。論語にも放利而行多怨とある。公事出入も犯すからをこる。水も人の方を行くをこちへとりたがり、竹の子一本でも隣の屋鋪のを取るともふ犯すなり。欲與之。與すと云がよいこと。古大勢の百姓かより合て一同に骨を折て力らを合せて年貢を上る。これが助法なり。公なことは與すなり。兎角人とともにするがよい。
【解説】
「苟公其心、不失其正理、則與衆同利。無侵於人、人亦欲與之」の説明。人の物を侵すのが悪い。人と共にするのが公であり、それがよい。
【通釈】
「公其心云々」。百姓であれば鍬を担ぐ。大工は手斧で打つ。自分の持ち前の通りをすると聖人の前へも出すことができる。「不失其正理則与衆同利」。いくら騒いでも百姓の手で鍋や釜はできない。作った物を遣って取り換える。衆と同利でよい。「無侵於人」。この侵というのが大切なことで、瑣細なことでも犯すのが悪い。論語にも「放利而行多怨」とある。公事出入も犯すから起こる。水も人の方へ行くのをこちらへ取りたがる。竹の子一本でも隣の屋敷のを取ればもう犯すことになる。「欲与之」。与というのがよいこと。古大勢の百姓が寄り合って一同に骨を折って力を合わせて年貢を上げた。これが助法である。公なことは与である。とかく人と共にするのがよい。
【語釈】
・放利而行多怨…論語里仁12。「子曰、放於利而行、多怨」。
・出入…もめごと。もんちゃく。けんか。
・助法…孟子滕文公章句上3。「夏后氏五十而貢。殷人七十而助。周人百畝而徹。其實皆什一也。徹者、徹也。助者、藉也」。

切於好利蔽於自私。この切蔽の二字を戒やふこと。切と云は鹿を追猟師なり。蔽は山を見ずの筋なり。利を好むには自私せ子はならぬ。陽虎が冨をすれば不仁、仁をすれば冨ずと云ていよ々々蔽れ眞昏になる。だたいあほふはめったにつかふ。金銀をためるものには馬鹿はなけれとも、彼の切と蔽るで眞閽になる。そこて人かわるく云にも、あの男も金銀のことについてはどふも平生に似合ぬと云。身上あげること、馬鹿ではならぬもの。いこふかしこいなれども、蔽るのてそうなる。求自益云々。金なとを貸にも先一寸と見せて云やふにして、最ふ二ヶ月分の利足をも取たがるそ。されともそれてはつまり人も合点せず、いつもそふはさせぬ。莫肯益之なり。有擊奪之者。家内を治める旦那かしかたて内のもめることのあるものそ。元と撿約は損をすまいと云ふてするに、諺にも一錢を憎んて百錢をついやすと云ことあり。つまり不調法と云もの。迂斎の、これが前見ず將棊と云ものとなり。只斯ふ云へばあらいことの警戒のやうなれとも、学者も垩賢の分上に至らぬ内は何でも油断はならぬもの。あらい様な警戒をすると云がこの方の細かと云ものなり。そこが警戒の警戒たる処なり。
【解説】
「若切於好利、蔽於自私、求自益以損於人、則人亦與之力爭。故莫肯益之、而有擊奪之者矣」の説明。「切」「蔽」の二字を戒めなければならない。自私で人を損して自分を益そうとするが、人はそれを認めず、逆に攻められて損をすることになる。
【通釈】
「切於好利蔽於自私」。この切蔽の二字を戒めなければならない。「切」は鹿を追う猟師であり、「蔽」は山を見ずの筋である。利を好むには自私をしなければならない。陽虎が富をすれば不仁、仁をすれば富まないと言い、いよいよ蔽われて真っ暗になった。そもそも阿呆は滅多矢鱈に使うもの。金銀を貯める者には馬鹿はいないが、あの切と蔽で真っ暗になる。そこで人がそれを悪く言うには、あの男も金銀のことについてはどうも平生に似合わないことだと言う。身上を上げることは馬鹿ではできないもの。大層賢いのだが蔽われるのでそうなる。「求自益云々」。金などを貸すにも先ずは一寸のことの様に見せて、もう二ヶ月分の利息をも取りたがる。しかし、それではつまり人も合点せず、いつもそうはさせない。「莫肯益之」である。「有撃奪之者」。家内を治める旦那の仕方次第で内がもめることもあるもの。本来倹約は損をしない様にすることなのに、諺にも一銭を惜しんで百銭を費やすともある。つまり不調法というもの。迂斎が、これが前見ず将棋というものだと言った。ただこの様に言えば粗い警戒の様だが、学者も聖賢の分上に至らない内は何にでも油断はならないもの。粗い様な警戒をするのがこちらの細かというもの。そこが警戒の警戒たる処である。
【語釈】
・陽虎…孟子滕文公章句上3。「陽虎曰、爲富不仁矣。爲仁不富矣」。


第十 艮之九三曰艮其限の条

艮之九三曰、艮其限、列其夤。厲熏心。傳曰、夫止道貴乎得宜。行止不能以時、而定於一。其堅強如此、則處世乖戻、與物睽絶。其危甚矣。人之固止一隅、而擧世莫與宜者、則艱蹇忿畏、焚撓其中。豈有安裕之理。厲熏心、謂不安之勢、熏爍其中也。
【読み】
艮の九三に曰く、其限[こしぼね]に艮[とど]まり、其の夤[せぼね]を列[さ]く。厲[あや]うきこと心を熏[や]く、と。傳に曰く、夫れ止の道は宜しきを得るを貴ぶ。行止するに時を以てすること能わずして、一に定まる。其の堅強なること此の如くんば、則ち世に處りて乖戻し、物と睽絶す。其の危うきこと甚だし。人の固く一隅に止まりて、擧世宜しきを與にする者莫くんば、則ち艱蹇[かんけん]忿畏、其の内を焚撓[ふんどう]せん。豈安裕の理有らんや。厲うきこと心を熏くとは、不安の勢い、其の中を熏爍するを謂う。
【補足】
・この条は、周易程氏伝艮卦九三の爻辞の注にある。

偖警戒にさま々々あることなり。これは又上の條の裏はらなり。それじゃによって何でも警戒のあることと知れ。上章は向へ手を出して利欲をかわかすの戒め、此れはあまり又偏屈ているものなり。上の裏ならば廉潔てよいかと思へは、あまり守りか過きて手前の德を失ふ。艮其限と云辞をかけたは、九三は内卦のしまいて内卦と外卦の間なり。よって人て云はは腰にあたるによって、限[こし]に艮ると云点もあるぞ。骸は上下通するで手を動かそふとすれは動く、足を動かそふとすれば動く。それを列其夤て、そこを列ち切てしまふなり。於陵の陳仲子と云ものなり。兄と云もけがらはし。母はいやではなくとも兄の処に居るて賄賂の厂鴨を食ふ。それていやなと思ふ。孔孟も浪人なれば據なければどの様な処にも居住せらるへし。すれは邉り三軒両鄰はあるへし。それにはわるい人もあろふなれども、それをもけからはしいと嫌ひ々々して、とんと一人はなれものになるぞ。それからあとがどふもつまらぬもの。さふなると女房もすこしのことで去子はならす、ろくな奉公人はないとて家来も使ふまいと云になる。煩ふても藥を呑むこともならぬやふに、只一人になった処がひょんなものなり。厲薫心で偏屈ゆへ、とんとこふなる。艮は止ると云て、それが間違ふて斯ふ偏屈なことになりつめたなり。それて厲ひ。そこを警戒すべきことなり。
【解説】
「艮之九三曰、艮其限、列其夤。厲熏心」の説明。これは偏屈でいる者への戒めである。あまりに守りが過ぎると自分の徳を失う。間違って艮ることに固守すると偏屈になって離れ者となる。
【通釈】
さて、警戒は様々である。これはまた前条とは裏腹なこと。それで、何にでも警戒のあることと知りなさい。前章は向こうへ手を出して利欲を貪ることへの戒めで、これはあまりにまた偏屈でいる者への戒めである。前条の逆であれば廉潔でよいかと思えは、あまりに守りが過ぎて自分の徳を失う。「艮其限」という辞を繋けたのは、九三は内卦の最後で内卦と外卦の間だからである。そこで、人で言えば腰に当たるので、限[こし]に艮るという点もある。骸は上下通じるので手を動かそうとすれば動き、足を動かそうとすれば動く。それを「列其夤」と言い、そこを裂き切ってしまう。それは於陵の陳仲子というものである。兄と言うのも汚らわしい。母は嫌ではないが兄の処にいて賄賂の雁鴨を食った。それで嫌だと思う。孔孟も浪人なので、いるところがなければどの様な処にも居住されただろう。そこで、辺り三軒両隣はある筈である。そこには悪い人もいるだろうが、それをも汚らわしいと嫌っては、すっかりと一人だけが離れ者になる。それから後はどうも詰まらないもの。そうなると女房も少しのことで去らなければならず、碌な奉公人がいないと言って、家来も使わない様にしようと言う様になる。煩っても薬を飲むこともできない様に、ただ一人になった処がひょんなもの。「厲薫心」で偏屈なのですっかりとこうなる。艮は止まると言い、それが間違ってこの様な偏屈なことになり詰めたのである。そこで厲い。そこを警戒しなければならない。
【語釈】
・夤…背骨の両側にある肉。
・陳仲子…孟子滕文公章句下10。「仲子、齊之世家也。兄戴蓋祿萬鍾。以兄之祿爲不義之祿而不食也。以兄之室爲不義之室而不居也。辟兄離母、處於於陵。他日歸、則有饋其兄生鵝者。己頻顣曰、惡用是鶃鶃者爲哉。他日其母殺是鵝也、與之食之。其兄自外至曰、是鶃鶃之肉也。出而哇之」。

傳曰夫止道云々。艮ると云にも丁どのよいづぼしの処があるに、そこを知らぬ。大学ては止至善と云ふがずぼしの処に止ること。中庸ては時に中すと云がずぼしの処。大学て止至善と云ふはかたいやうに心得、中庸の時中はやはらかにきこへ、どふやらまぎらもなるやふに思は了簡ちがい。大学の至善がすぐに中庸の時中、皆ずぼしの処へ止ることなり。このずぼしを得るを貴ぞ。学者の上で手前の氣質を貴ぶことはなし。今の学者人抦よけれはそれをふいちゃうしてかたひとて貴ぶが、其の堅いに了簡違があるもの。行止不能以時云々。時を以てすることのあるに定於一。雨ふれは傘、日和よければささぬがよいに、一に定って、降てもささぬ。日和かよくてもさすならばさすと云。其堅強如此。片意地につっはる。これにこまる。どんなことでもきかぬ。私ヶ様存じつめましたと云。處世乖戻云々。以後御見廻申さぬ、御出も御無用と云。あげくには頭らにもすれあふて、たん々々人交もなくなり、其危きこと甚しなり。某しがこれ計りの家でも柱もあれば梁もあり、何ほど小ふても柱一本ではもたず、材木もくみあふでないと風が吹と直に吹倒さるる。人もそれ。このくみするでよいに、それがないと危いなり。
【解説】
「傳曰、夫止道貴乎得宜。行止不能以時、而定於一。其堅強如此、則處世乖戻、與物睽絶。其危甚矣」の説明。丁度のところに艮らなければならない。それは大学の止至善であり、中庸の時中である。時に応じてせずに一に定まって片意地を張るのは困ったもの。人は組するのでよい。
【通釈】
「伝曰夫止道云々」。艮るにも丁度のよい図星の処があるのにそこを知らない。大学では「止至善」というのが図星の処に止まること。中庸では時に中すというのが図星の処。大学で止至善と言うのは堅い様に心得、中庸の「時中」は柔らかな様に聞こえ、どうやら紛らかしもできる様に思うのは了簡違いであって、大学の至善が直に中庸の時中で、皆図星の処へ止まること。この図星を得るのを貴ぶ。学者の上で自分の気質を貴ぶことはない。今の学者は人柄がよければそれを吹聴して堅いと言って貴ぶが、その堅いことに了簡違いがあるもの。「行止不能以時云々」。時をもってすることがあるのに「定於一」。雨が降れば傘を差し、日和がよければ差さないのがよいのに一に定まって、降っても差さない。日和がよくても差すものだから差すと言う。「其堅強如此」。片意地で突っ張る。これに困る。どんなことでも聞かない。私は斯様に存じ詰めたと言う。「処世乖戻云々」。以後ご挨拶にも参りません、御出でも御無用と言う。揚句には頭とも争って段々と人交もなくなり、「其危甚矣」となる。これだけの私の家でも柱もあれば梁もある。どれほど小さくても柱一本では保たず、材木も組み合っていなければ風が吹くと直に吹き倒される。人もそれ。組するのでよいのであって、それがないと危い。
【語釈】
・止至善…大学章句1。「大學之道在明明德、在親民、在止於至善」。
・時に中す…中庸章句2。「仲尼曰、君子、中庸。小人、反中庸。君子之中庸也、君子而時中。小人之中庸也、小人而無忌憚也」。

人之固云々。これより下も別のことてはないが、これ迠は周公のかけた辞の九三の形りを説たが、この下は周公のああかけたも尤じゃとのえときなり。惣して人の固く別ものと云があるものじゃと云ことで、江戸でも田舎でも除けものになっているには一了簡ありて、大概よい人にあるものなれとも、止一隅と云で天地自然の形でない。東があれは西があり、北かあり南かあるは此一隅てはない。東へ出た日か西へ巡る。あれ、天地流行なり。人もそふなり。それか一隅では、人が最ふあれには搆はぬかよいとなりてはこまりもせまいか、亦つまらぬものぞ。艱蹇忿畏云々。人と云ものは替たものて、途中て病ても人かあわれみ助るて思たほど難義せぬものを、それををれ一人て立つと云氣ては將棊を一枚てさすやふてどふもつまらぬ。艱蹇てとかくさしつかへる。忿はそれてむか々々するなり。畏。この畏の字をつけたが面白ことて、これほどの人て畏れそふもないものじゃか、兎角寢覚かよふないもの。胷の中かぶつくさして、豈有安裕之理やなり。安裕はのび々々としたことなり。とかく艱蹇忿畏ゆへ、心かきょと々々々してゆっくりとせぬ。
【解説】
「人之固止一隅、而擧世莫與宜者、則艱蹇忿畏、焚撓其中。豈有安裕之理。厲熏心」の説明。天地は流行して一隅に止まってはいない。人も同じである。一隅に止まる者は「艱蹇忿畏」であり、「安裕」でない。
【通釈】
「人之固云々」。これから先も別のことではないが、これまでは周公の繋けた辞の九三の姿を説いたもので、この下は周公があの様に繋けたのも尤もなことだという絵解きである。総じて人には固くて別者というものがあるということで、江戸でも田舎でも除け者になっている者には一了簡があり、大概それはよい人にあるものなのだが、「止一隅」なので天地自然の形ではない。東があれは西があり、北があり南があるのは一隅ではない。東へ出た日が西へ巡る。あれが天地流行である。人もそれである。それが一隅では、人がもうあれには構わないのがよいと言う様になっては、困りはしないとしてもそれでは詰まらないもの。「艱蹇忿畏云々」。人というものは変わったもので、途中で病んでも人が哀れみ助けるので思ったほど難儀はしないものだが、それを俺一人で立つという気では将棋を一枚で指す様でどうも詰まらない。艱蹇でとかく差し支える。「忿」はそれでむかむかとすること。「畏」。この畏の字を付けたのが面白いことで、これほどの人が畏れそうもないものだが、とかく寝覚めがよくないもの。胸の中がぶつくさして「豈有安裕之理」である。安裕は伸び伸びとしたこと。とかく艱蹇忿畏なので心がきょときょととしてゆっくりとしない。
【語釈】
・艱蹇…行き悩むこと。
・焚撓…焼いて乱すこと。

不安之勢云々。やかましい亭主が家内のものを尤な道理て叱る。尤でもやかましいと云に成ては不安の勢なり。叱た跡かよふないもの。さあ茶漬をと云つけた処かどふかふっくりとはせぬものて、しかったあとは羽衣一番謡ふたあとのやふてはないもの。人の上へは安裕かよいに、胷中かもめては針の上なり。俗人は挌別、学者抔に情のこわいと云ことなとはないはづのことなり。学問は癖を直すか学問じゃに、どふもそれではつまらず、片意地なとと云はたとへよふても本のことてない。そこに警戒かいることぞ。元来山は動ぬものなれは、動ぬと云は貴ぶへきこと。俗人はやれこれはと動くことを動ぬはよいが、それ動ぬと云てこのやふに偏になる。本道のことてない。このやふに一偏にかたまって動ぬはさん々々なり。
【解説】
「謂不安之勢、熏爍其中也」の説明。片意地なのはたとえそれがよいことでも本来のことではない。一偏に固まって動かないのは散々なことである。
【通釈】
「不安之勢云々」。喧しい亭主が家内の者を尤もな道理で叱る。尤もでも喧しいということになっては不安之勢である。叱った後がよくないもの。さあ茶漬をと言い付けた処がどうもふっくりとはしないもので、叱った後は羽衣一番謡った後の様ではないもの。人の上には安裕がよいのに、胸中が揉めては針の上である。俗人は格別だが、学者などに情が強いということなどはない筈のこと。癖を直すのが学問なのに、どうもそれでは詰まらず、片意地などというのはたとえそれがよくても本来のことではない。そこに警戒が要る。元来山は動かないものなのだから動かないのは貴ぶべきこと。俗人がやれこれはと動くところを動かないのはよいが、絶対に動かないと言うのでこの様に偏になる。それは本来のことではない。この様に一偏に固まって動かないのは散々なことである。
【語釈】
・熏爍…「熏」は焼く、「爍」は熔かす。


第十一 大率以説而動云々の条

大率以説而動、安有不失正者。
【読み】
大率説を以て動くとき、安んぞ正を失わざる者有らん。
【補足】
・この条は、周易程氏伝帰妹卦彖伝の注にある。帰妹卦彖伝は、「彖曰、歸妹、天地之大義也。天地不交而萬物不興。歸妹、人之終始也。説以動、所歸妹也。征凶、位不當也。无攸利、柔乘剛也」である。

易の歸妹の卦の傳なり。妹[むすめ]を歸くことぞ。妹と云か女の惣名で云ことで、日本ても古い詞には妹と云ふそ。偖悦ひと云は理の上にも氣の上にもあることて、学而の篇の又不悦哉は理の上の悦ひなり。ひだるいに食ふてこころよひは氣の上についた悦なり。以悦の以てと云字に氣をつけよ。理にも氣にもかまわず、あたまから悦ひて動くことなり。喜と云ふは七情の内て氣についてあることなれは垩賢君子にも誰にもあるか、以てでやれ悦しいと云やうになると、どのやふになろふもしれぬ。俗に云ふ有頂天になり、喜ひと云が先き棒になってかけ出すで身代もらりにする。親兄弟をも忘れて正しきを失ふなり。そこて一ち喜しかることの男女のことをこめて、下の章で細にとく。
【解説】
「以説」の以が悪い。以だと、理にも気にも構わず最初から有頂天になってするので身代をも台無しにし、正しきを失う。
【通釈】
易の帰妹の卦の伝である。妹が帰[とつ]ぐこと。妹とは女の総名で言うことで、日本でも古い詞には妹とある。さて悦びは理の上にも気の上にもあることで、学而の篇の「不亦説乎」は理の上での悦びである。空腹に食って快いのは気の上に付いた悦である。「以説」の以という字に気を付けなさい。理にも気にも構わず最初から悦んで動くこと。喜は七情の内で気に付いてあることなので、聖賢や君子にも誰にもあるものだが、以でやれ悦しいという様になるとどの様になるかも知れない。俗に言う有頂天になり、喜しいということが先棒になって駆け出すので身代も台無しにする。親兄弟をも忘れて正しきを失う。そこで最も喜しがることを男女のことを込めて下の章で細かに説く。
【語釈】
・又不悦哉…論語学而1。「子曰、學而時習之、不亦説乎。有朋自遠方來、不亦樂乎。人不知而不慍、不亦君子乎」。


第十二 男女有尊卑之序条

男女有尊卑之序、夫婦有倡隨之理。此常理也。若徇情肆欲、唯説是動、男牽欲而失其剛、婦狃説而忘其順、則凶而無所利矣。
【読み】
男女には尊卑の序有り、夫婦には倡隨の理有り。此れ常理なり。若し情に徇[したが]い欲を肆[ほしいまま]にして、唯説ぶことにのみ是れ動き、男は欲に牽かれて其の剛を失い、婦は説ぶに狃れて其の順を忘れなば、則ち凶にして利ろしき所無からん。
【補足】
・この条は、周易程氏伝帰妹卦彖伝の注にある。

上の段は短いか、あれを綱領にして此條を条目にして細かに云と見よ。先男女と云は天地のなりか人間になったのなり。日本橋を入交りでどろ々々通るか、男は大名から輿かきのかるいものても天か男に成たのなり。女は又大名の奧方から下女端女でも地か女になったのなり。そこて尊卑之序か、何処迠も男の上へ女は出られぬと云ことをしろふこと。ここが尊卑の序あるなり。上の条の正きを失ふも尊卑の序をはづるるなり。人の内の乱るるも牝鷄晨たする。かかが市兵衛になりて尊卑の序を失ふゆへなり。天地のなりをみるに禽獣五穀草木からして天手抦よりは多くは地がもっているやふなれとも、その地かをれかなくてこまろふと云様に高ぶらぬ。いつも天に從って実としている。あれを奧の院にすれは何処迠もちかわぬ。斯ふ先つ上句て廣く天地の理て云て、下で夫婦有倡隨之理。其天地形りの男女をここへ持て来て夫婦と人倫へかけたもの。倡隨の理と出した。倡は天から春を倡ると、それについて暖て芽を出す。天か冬を倡へると、寒ひて種を蒔ても生へぬ。これ、地か天の倡るなりになってくる。とかく天に隨ている。そこを合点して人の警戒にする。此の倡隨のなりか万古かわらぬ常理なり。たとひ道の明てないときてもそふ々々は夫を輕しめるばかりてもないもの。教かあってもなふてもさふ違ふことはなく、ここは唐も日本も同しことなれは、此常理の処を警戒にせよ。ここの筈にあわせるとよし。そこに戒ないのは筈ちがいになるとあとへかけたもの。
【解説】
「男女有尊卑之序、夫婦有倡隨之理。此常理也」の説明。男は天が、女は地が人間になったもの。そこに「尊卑之序」があって、何処までも男の上に女は出られない。地は天に随うのであり、それが常理である。
【通釈】
前条は短い条だが、あれを綱領にして、この条はそれを条目にして細かに言ったことだと見なさい。先ず男女とは天地の姿が人間になったもの。日本橋を入り交じってぞろぞろと通るが、大名から駕篭舁きの軽い者までも、それは天が男になったのである。また大名の奥方から下女や端女でも、それは地が女になったのである。そこで「尊卑之序」で、何処までも男の上に女は出られないということを知らなければならない。ここが尊卑の序があるということ。上の条の正きを失ふというのも尊卑の序を外れること。人の内が乱れるのも雌鶏が晨を告げるからである。嬶が市兵衛になって尊卑の序を失うからである。天地の姿を見ると禽獣五穀草木からして天の手柄というよりも多くは地が持っている様だが、その地も俺がいなくて困るだろうなどとは高ぶらない。いつも天に従ってじっとしている。あれを奥の院にすればどこまでも違わない。この様に先ず上句で広く天地の理で言って、下で「夫婦有倡随之理」。その天地の姿の男女をここへ持って来て夫婦と人倫へ掛けたもの。「倡随之理」と出した。天が春を倡[とな]えると、それについて暖かで芽を出す。天が冬を倡えると、寒いので種を蒔いても生えない。これは地が天の倡える通りになっているからである。とかく天に随っている。そこを合点して人の警戒にする。この倡随の姿が万古変わらない常理である。たとえ道が明でない時でも、滅多には夫を軽んじるものではない。教えがあってもなくてもそう違うことはなく、ここは唐も日本も同じことなので、この常理の処を警戒にしなさい。ここの筈に合せるとよい。そこに戒めがないのは筈違いになると後へ掛けた。
【語釈】
・牝鷄晨たする…書経牧誓。「王曰、古人有言曰、牝雞無晨。牝雞之晨、惟家之索」。

徇情肆欲云々。理から情をつかへばよいに氣ばかりてする。情を根から絶つと云は異端のこと。垩賢に情を絶つと云ことはないが、此徇ふのが理なしに徇ふのなり。どれとふり反りて見ずに、何か知ずにこい々々と云から往くと云やふに、むせふに徇ひ往くのなり。情と云も欲と云も同しやうなれとも、情ははへぬきなもの。欲は情なりにはたらき出て、今一寸とこふせふ、どふしたいとするのなり。そこに警戒かいることなり。肆と云は警戒のないことて、子ともに菓子袋をそのままあづけたやふにかぎりもなく食ふ。肆なり。そこて食傷もする。情に徇ふで斯ふらりになる。唯説是動云々。今ま軽いものの通言にあることで、今度の女房は氣に入ったそふでござると云などはあるまい口上なり。人は天地人三才と幷んて、天地の代りをもするは人なり。凡夫でも天地の化を賛るは昏礼なり。そこて嫁婦之家三日不挙樂と云もそこなり。それに小道具なとを取扱やふに、夫婦のことに氣に入るの入らぬのと云ふは云まい口上なれとも、凡人は根か好色と云欲から動くゆへなり。
【解説】
「若徇情肆欲、唯説是動」の説明。聖賢は情を絶つことはなく理で情を使う。しかし、人は理なしに徇う。情と欲との違いは、情は生え抜きなもので、欲は情の通りに働き出ること。夫婦のことに気に入るとか気に入らないとかと言うのは根が好色という欲で動くためである。
【通釈】
「徇情肆欲云々」。理から情を使えばよいが、気ばかりでする。情を根から絶つと言うのは異端のこと。聖賢に情を絶つということはないが、ここの徇うとは理なしに徇うのである。どれと振り返って見ず、来いと言うから何かは知らずに往くという様に、無性に徇い往くのである。情も欲も同じ様だが、情は生え抜きなもの。欲は情の通りに働き出て、今一寸こうしよう、どうしたいとするのである。そこに警戒が要る。「肆」とは警戒のないことで、子供に菓子袋をそのまま預けると限りもなく食う。それが肆である。そこで食傷もする。情に徇うのでこの様に台無しになる。「唯説是動云々」。今軽い者の通言にあることで、今度の女房は気に入ったそうだなどと言うことはあってはならない口上である。人は天地人三才と並び、天地の代わりをもするのは人である。凡夫でも天地の化を讃えるのは婚礼である。そこで「嫁婦之家三日不挙楽」と言うのもそこのこと。そこで、小道具などを取り扱う様に、夫婦のことに気に入るの入らないのなどとは言ってはならない口上だが、それを言うのは、凡人は根が好色という欲で動くためである。
【語釈】
・通言…普通一般に行われていることば。通語。とおりことば。
・嫁婦之家三日不挙樂…礼記曾子問。「孔子曰、嫁女之家、三夜不息燭。思相離也。取婦之家、三日不舉樂。思嗣親也」。

男は率欲而云々。どふあっても女よりは挌別な筈に、好色の情に率るると内證はへったりになる。迂斎云、義經や義貞の剛もここてよわる、と。いかさまあの衆も匂當の内侍や靜と酒てものむときはぐにゃとなってあろふなり。今若ひ者か今流行羽織を着るの何のと云ふも、枩の木や杉の木に見せる為めではない。皆婦人に見せるのなり。其やふにとりいるには及はぬことてあろふぞ。向へいてあたまをさげるてもあるまいなれとも、つまり女にとりいるなれば頭をさけるのなり。幽王か花火をあけるも褒似にとりいるのなり。褒姒か何をして見せてもつんとして居たか、花火を見てにっことしたて、それからあげてとり入る。さふとり入るには及ふまいことなり。
【解説】
「男牽欲而失其剛」の説明。男は女より格別な筈だが、好色の情に牽かれると内証が台無しになる。女に取り入るのは不要である。
【通釈】
「男牽欲而云々」。どうあっても男は女より格別な筈なのに、好色の情に牽かれると内証はべったりになる。迂斎が、義経や義貞の剛もここで弱ると言った。いかにもあの衆も、匂当の内侍や静と酒でも飲む時はぐにゃっとなっていただろう。若い者が今流行の羽織を着るの何のと言うのも、松の木や杉の木に見せるためではない。皆婦人に見せるためである。その様に取り入るには及ばないことだろう。向こうに行って頭を下げるわけでもないだろうが、つまりは女に取り入るのであれば頭を下げるのと同じである。幽王が花火を上げたのも褒姒に取り入るためである。褒姒は何をして見せてもつんとしていたが、花火を見てにっこりとしたので、それから花火を上げて取り入った。その様に取り入るには及ばない。
【語釈】
・幽王…周の第12代の王。宣王の子。暗愚な王で、申侯の娘姜氏を妃としたが、褒姒の愛に溺れ、申侯の率いる犬戎の軍に攻められ、驪山の麓で殺された。
・褒似…褒姒。周の幽王の寵妃。褒国から献上され、申后に代って后となる。

婦狃説而云々。男かこふするで女はこふなる筈なり。云にや及ぶ。男子剛膓なるものじゃに、それが斯ふするからは、もってこいと女が悦びなれる筈なり。未た悦ぶ迠はよいか、そこて其順を忘るなり。忘るると云て亭主を輕しめ最ふよいと高をくくり、夫のするをもはやよい加減にしたがよいと云やふになる。凶而無所利矣。女かそふなるともふわるいに限りはない。彼の漢の呂后や即天、日本の尼將軍、哲婦は傾國なり。女の斯ふなるもとはと云へは、みな男の仕やふのわるいてなるなり。偖警戒の篇の幷へやふ、大ふ面白い。女と云柔かを一つ出して次条へ巧言令色を出した。どれも柔かなもので中かこわいと云なり。佛か内心夜叉はこわいことそ。次の條も半分上の條にもかかることとみよ。それはどふなれば、やわらかなこわいもの。
【解説】
「婦狃説而忘其順、則凶而無所利矣」の説明。男が情に牽かれるから女も悦び狃れ、順を忘れることにもなる。それは限りなく悪いことだが、女がそうなるのも元は男のせいである。
【通釈】
「婦狃説而云々」。男がこうするので女がこうなる筈である。それは当然である。男子は剛腹なものなのに、それがこうするのだから、持って来いのことと言って女が悦び狃れる筈である。まだ悦ぶまでならよいが、そこで「忘其順」である。忘れると言うので、亭主を軽んじて、もうよいと高を括り、夫のすることをももういい加減にした方がよいと言う様になる。「凶而無所利矣」。女がそうなるともう限りなく悪い。あの漢の呂后や則天武后、日本の尼将軍、哲婦は傾国である。女がこうなる元はと言えば、皆男の仕方が悪いからそうなるのである。さて警戒の篇の並べ様が大分面白い。女という柔らかなものを一つ出して次条へ巧言令色を出した。どれも柔らかなもので中が恐いと言う。仏は内心夜叉を恐がる。次の条も半分は上の条にも掛かることだと見なさい。それは何故かと言うと、それは柔らかな恐いものだからである。
【語釈】
・哲婦は傾國…詩経大雅瞻卬。「哲夫成城、哲婦傾城」。


第十三 雖舜之聖且畏巧言令色条

雖舜之聖、且畏巧言令色。説之惑人、易入而可懼也如此。
【読み】
舜の聖と雖も、且つ巧言令色を畏る。説の人を惑わす、入り易くして懼る可きこと此の如し。
【補足】
・この条は、周易程氏伝兌卦九五の爻辞の注にある。兌卦九五は、「九五。孚于剥。有厲。象曰、孚于剥、位正當也」である。

此章は、朱子の思召にはどれほどのことかあるかはしれ子とも、害にもならぬことゆへ云ふ。此條の意思三色あり。人の云ふ、それしきなことはと云ふに舜はそれを用心された。あの大垩の舜の用心したからは、古今用心せ子はならぬと云が一つ。又一つには巧言令色てない人品ても、向ふが巧言令色なれば大きに當てが違ふ。この方らりになる。そこを用心すること。三つ目は、少々外のことはわるくてもそれはゆるす。巧言令色めいたことをするのかこれより上のわるいことはないとをもへと我方へかける。これ三つなり。かふとけは警戒仕やふが三端あるそ。朱子の心にこのやふな心は無いであろふ。細工て云やふなれとも、しかし警戒は數多かよい。病人の禁好物をきくも、色々と聞すとすむまてをきくか戒になる。雖舜之聖と云て、これか御定りの一ちの説て、あなたてさへ且つ巧言令色を畏る。いやはや令色はこわいものじゃと云のなり。ここか中庸の舜は其大知へあててみよ。大知て知れぬことはないに、問ふことを好か大知じゃと云。垩人でこのやうなを恐れそふもないものに、それを恐るる。そこが警戒の深意なり。元来本語は斯ふ々々すれは巧言令色もをそれずと云を、舜なとはそれは云にも及ぬこと。畏れん乎、畏はせぬ筈じゃにあふ云るるからは、本は畏れられた。舜と雖とも畏と云字を出したは、しかと畏れたと云かへたなり。
【解説】
「雖舜之聖、且畏巧言令色」の説明。ここの意は三つあると黙斎が言う。一つは、巧言令色を舜でさえ用心したのだから、皆用心しなければならないということ。二つは、相手が巧言令色だと自分が台無しになるから用心しなければならないということ。三つは、巧言令色は最も悪いことなのでしてはならないということである。「畏乎巧言令色」の本来の意は巧言令色を畏れることはないということだが、本当は畏れたのである。
【通釈】
この章に朱子の思し召しがどれほどあるのかは知れないが、害にもならないことなので言う。この条の意思は三色ある。人がそれ位のことはと言うことに舜は用心をされた。あの大聖の舜が用心したからは、古今用心しなければならならないというのが一つ。また一つには巧言令色でない人品でも、向こうが巧言令色であれば大いに当てが違う。こちらが台無しになるからそこを用心する。三つ目は外のことは少々悪くても許すが、巧言令色めいたことをするのはそれ以上に悪いことはないことだと思えと自分へ掛ける。これが三つである。この様に説くと警戒の仕方が三端あることになる。朱子の心にこの様な心はなかっただろう。細工で言う様だが、しかし警戒は数多いのがよい。病人が禁好物を聞くのも、色々と聞かなくても済むことまでを聞くのが戒めになる。「雖舜之聖」と言うが、これが御定まりの一番の説で、舜でさえ且つ巧言令色を畏れる、いやはや令色は恐いものだと言ったのである。ここが中庸の「舜其大知」へ当てて見なさい。大知で知らないことはないのに問うことを好むのが大知だと言う。聖人なのだからこの様なことを畏れそうもないものなのに、それを畏れる。そこが警戒の深意である。本来の語はこうすれば巧言令色も畏れることはないということだが、それは舜などには言うにも及ばないこと。「畏乎」、畏れはしない筈なのにあの様に言われるからは、本当は畏れられたのである。舜と言えども畏という字を出したのは、確かに畏れたということを替えて言ったのである。
【語釈】
・舜はそれを用心…書経皋陶謨。「何憂乎驩兜、何遷乎有苗、何畏乎巧言令色孔壬」。これは舜ではなく堯のこと。
・舜は其大知…中庸章句6。「子曰、舜其大知也與。舜好問而好察邇言、隱惡而揚善。執其兩端、用其中於民。其斯以爲舜乎」。

説之惑人云々。味いものを食するのぞ。偖々甘ひことじゃが心のそこはそふてない。今も氣一物と云、人はきぶいもの。巧言の人はふっくりとしたものなり。易入而云々。一度つき合ふと千年も附き合ふたやふなと云ふは、世俗ではよいやふても本んのことてはない。食物で云へは兎角巧言令色は口あたりが味く口がはなされぬやうなもの。つい過て食傷もする。あの人はさて々々云ひやうもないよい塩梅な人と云そ。いやなことなり。これにも又大ふ手か込て、巧言令色めかすにやる人がある。鴬声でにこ々々してやるは御定の巧言令色の繪姿なり。つんとして人を悦すと云手あり。丁と怪物に女に化るもあり、鬼に化るもある。化るやつはどちも巧言令色とをもへ。何てあろふと人にとりいるやつに油断はならぬ。吸もの一つてもああ有難と云は御定の諂なり。もっと咁ひものを食せろと云ふもやっはり化けるのなり。あじにそれてとりいる。巧言令色はうそをして取入の惣名で、何でも心の形りをあらわさぬが巧言令色なり。
【解説】
「説之惑人、易入而可懼也如此」の説明。巧言令色とは嘘をして取り入ることの総名で、心の形を表さないこと。人に取り入る奴には油断がならない。
【通釈】
「説之惑人云々」。美味いものを食べる。実に美味いが心の底はそうでない。今も気一物と言い、人は激しいものだが、巧言の人はふっくりとしている。「易入而云々」。一度付き合うと千年も付き合った様だと言うのは、世俗ではよい様でも本当のことではない。食物で言えばとかく巧言令色は口当たりが美味く口が離せない様なもの。つい食い過ぎて食傷もする。あの人は本当に言い様もないよい塩梅の人だと言う。それは嫌なこと。これにもまた大分手が込んで巧言令色めかずにする人がいる。鴬声でにこにこしてするのは御定まりの巧言令色の絵姿である。つんとして人を悦ばすという手がある。丁度怪物には女に化けるものもあり、鬼に化けるものもあって、化ける奴はどちらも巧言令色と思え。何であろうと人に取り入る奴には油断がならない。吸い物一つでもああ有難いと言うのは御定まりの諂いである。もっと美味いものを食わせろと言うのもやはり化けるのである。それで悪く取り入る。巧言令色は嘘をして取り入ることの総名で、何でも心の形を表さないのが巧言令色である。

ここへ先日の教学の内の舞射見人誠自洒掃応對可至聖人事を引あててみよ。孔門か皆顔子曽子のやふではないはつなれども、中々巧言令色するものはなかった。遠佞人の、郷愿は德之賊も皆孔子の巧言令色を御呵なり。医者でみよ。禁好物を聞くに、やわらかなあたりそもない物でもいや々々無用と云、又ゆるす内にどふや許しそもないもの、あら々々しくこわいものもゆるす。これ醫者の眼なり。たとひひょっとして腹痛してもやかて解すと云食物あり、又やはらかてもいつ迠も胷さきにつかへ停滞してをる。巧言令色は脾胃にていたいする。孔子のきつふ禁せられた。他山之石可以磨玉。他山はあの山と云こと。あらくてもこちをみかくものはよい。巧言令色は玉てなふて直に玉のやうなり。先きに云通、向か巧言令色てもこふ用心するとくわぬ。若し又われか巧言令色めいたくせあるならは、臑胖からぬいて洗は子はならぬぞ。なるほどこれでは此章が警戒にのる筈。いかふ親切そ。学者外をかざり尤めくは地獄にをちるそ。
【解説】
孔門に巧言令色の者はいなかった。巧言令色な人に用心をして、自分もそれにならない様にする。学者も外を飾って尤もらしくしていると地獄に落ちる。
【通釈】
ここへ先日の教学にあった「舞射見人誠而洒掃応對可至聖人事」を引き当てて見なさい。孔門が皆顔子や曾子の様ではない筈だが、中々巧言令色をする者はいなかった。「遠佞人」や「郷愿徳之賊」も皆巧言令色を孔子が呵ったこと。医者で見なさい。禁好物を聞くと、柔らかな中りそうもない物でもいやいや無用と言い、また許す時にはどうも許しそうもないものや荒々しく強いものをも許す。これが医者の眼である。たとえひょっとして腹痛をしてもやがて解すという食物があり、また柔らかでもいつまでも胸先に支えて停滞しているものもある。巧言令色は脾胃に停滞する。孔子がこれを厳しく禁じられた。「他山之石可以磨玉」。他山はあの山ということ。粗くても自分を磨くものはよい。巧言令色は玉でないが、直に玉の様なもの。先に言った通り、向こうが巧言令色でもこの様に用心すると騙されない。もしもまた自分に巧言令色めいた癖があるのなら、襦袢から脱いで洗わなければならない。なるほどこれではこの章が警戒に載る筈で、大層親切なこと。学者も外を飾って尤もめくと地獄に落ちる。
【語釈】
・舞射見人誠自洒掃応對可至聖人事…教学11。「舞射便見人之誠。古之敎人、莫非使之成己。自灑掃・應對上、便可到聖人事」。
・遠佞人…論語衛霊公10。「顏淵問爲邦。子曰、行夏之時、乘殷之輅。服周之冕。樂則韶舞。放鄭聲、遠佞人。鄭聲淫、佞人殆」。
・郷愿は德之賊…論語陽貨13。「子曰、郷原、德之賊也」。
・他山之石可以磨玉…詩経小雅鶴鳴。「鶴鳴于九皋、聲聞于野。魚潛在淵、或在于渚。樂彼之園、爰有樹檀、其下維蘀。它山之石、可以爲錯。鶴鳴于九皋、聲聞于天。魚在于渚、或潛在淵。樂彼之園、爰有樹檀、其下維穀。它山之石、可以攻玉」。


第十四 治水天下之大任也の条

治水、天下之大任也。非其至公之心、能舍己從人、盡天下之議、則不能成其功。豈方命圯族者所能乎。鯀雖九年而功弗成、然其所治、固非他人所及也。惟其功有敘、故其自任益強、咈戻圯類益甚、公議隔而人心離矣。是其惡益顯、而功卒不可成也。
【読み】
水を治むるは、天下の大任なり。其の至公の心、能く己を舍てて人に從い、天下の議を盡くすに非ずんば、則ち其の功を成すこと能わず。豈命に方[さか]い族を圯[やぶ]る者の能くする所ならんや。鯀は九年にして功成らずと雖も、然れども其の治むる所は、固より他人の及ぶ所に非ざるなり。惟其の功に敘有り、故に其の自ら任ずるころ益々強く、咈戻して類を圯ること益々甚だしく、公議隔たりて人心離れたり。是れ其の惡益々顯われて、功卒に成る可からざりしなり。
【補足】
・この条は、伊川経説二書解にある。

これは手前のかしこいを鼻にかけるものへの戒と迂斎の云へり。兎角片手でしてとると云心になるかわるい。是式のこと々々々々々と云ふが自分の高ぶりなり。そこを押へるが警戒の大事なり。治水。水にも段々かあり、尭のときの水と云ものは一通てない。大海を手でふさぐと云やふなあぐみはてたことなり。是でいかにも大任なり。大ひことには一人細工てはいかぬ。医者の療治なともそれで、生ものをつかまへて相手にするて、根づけや緒じめの小刀て細工するやふなことてはない。細工と云ものは生たやふでも死たものなり。水は生きもので、それを治めるはかりそ。してならぬ。大任なり。それををれがやって見せふと云心ではいかぬ。非其至公之心云々。偖々こまったもの、をれが往ふかとをもふ心か至公なもの。われをよいとをもふといかぬ。捨己從人云々。書經の文字なり。兎角我をはるかよくない。山奧の人が吾古郷をよいと思ふもの。一寸一つよいとほめらるるかあると、大名にもこんなことはあるまいと思ふ程のものなり。どふも我と云かわるいことぞ。学者が論孟の議論するにも我をはるがつまらぬことそ。吾ことではない。孔孟のことなれは、あれは畫の似靣を書やふなもので、あちの顔に習ふこと。論語孟子も孔子孟子の思召を知ふことじゃに、いやをれがよいと我をはる。論孟はわきになりて己が言をはるなり。さりとはつまらぬ。捨己て人に從はぬて不能成其功になる。浩水を治るに成ては、そこへ来た名主や人足迠のどふせふこふせふと云まてをも聞ふことに、なにあいつらがと輕んじ、をれがやってみせふとするて功かない。
【解説】
「治水、天下之大任也。非其至公之心、能舍己從人、盡天下之議、則不能成其功」の説明。これは高ぶりのある者への戒めである。我を張り、人を軽んじるのが悪い。堯の時の治水は大任であって、己を捨て人に従い、人の意見をよく聞かなければできないことだった。
【通釈】
これは自分の賢さを鼻にかける者への戒めだと迂斎が言った。とかく片手でして取るという心になるのが悪い。これ位のことと言うのが自分の高ぶりである。そこを押えるのが警戒の大事である。「治水」。水にも色々とあり、堯の時の水は一通りでない。それは大海を手で塞ぐという様な倦み果てたことだった。それでいかにも「大任」なのである。大きいことは一人細工ではうまく行かない。医者の療治などもそれで、生き物を捉まえて相手にするのだから、根付や緒締めを小刀で細工する様なことではない。細工というものは生きた様でも死んだもの。水は生き物で、それは治めるだけである。細工をしてはならない。大任である。それを俺がやって見せようという心では悪い。「非其至公之心云々」。実に困ったものだ、俺が往こうかと思う心が至公なもの。自分をよいと思うとうまく行かない。「捨己従人云々」。これは書経の文字で、とかく我を張るのがよくない。山奥の人が自分の故郷をよいと思うもの。一寸一つよいと褒められることがあると、大名にもこんなことはないだろうと思う。どうも我というものが悪い。学者が論孟の議論をするにも我を張るが、それは詰まらないこと。自分のことではなくて孔孟のことなのだから、あれは似顔絵を書く様なもので、あちらの顔に習うこと。論語孟子も孔子や孟子の思し召しを知ることなのに、いや俺のがよいと我を張る。論孟は脇に置いて自分の言を主張する。それでは詰まらない。捨己で人に従わないので「不能成其功」になる。洪水を治める段になっては、そこへ来た名主や人足がどうのこうのと言うことまでをも聞かなければならないことなのに、何あいつ等がと軽んじ、俺がやってみせようとするので功がない。
【語釈】
・捨己從人…書経大禹謨。「稽于衆、舍己從人、不虐無告」。

方命。命は上の命令なり。鯀か器量ものて、何そと云と私にまかせならせふと云方なり。圯族は同役同士の了簡を用いぬ。をれかしてみせふ、なんの役に立ずともがと出る。一人了簡なり。そこて出来ぬ。鯀雖九年而云々。然し出来ぬとて、これが弥太や平太てはない。固より他人の及ふことではなし。医者もそれで、若ひ内に一手抦したものは高ぶる方から中年にくつ入りか出来るもの。若ひときによくしこんで内塲にしていて、それから四十五十で流行出した医者が本んのこと。鯀が前々功のあったもので自任することつよく圯族、同役てもあたま數はかりにしてをく。そふするて公儀隔なり。よいことてもをらが云ことはきかぬからと、最ふ鯀へ持て行くものはない。たとへは今巡見の道案内を云付るにも、知惠があるとて他国の者を用はせぬ。土地の者はよく道を知ってをるから調法ぞ。これ公なり。所の者にきくと云かきこへた。至公と云もそれて、老人にはとぼけたもあるが、先年はヶ様と云ことを覚へてをれば老人はいきた帳面なり。そこで年寄ともを召出してきけなどと云が自然なことなり。洪水なども処の老人なれば、先年の水はこの処からをとしてと云筋ありて用に立つもの。ただ水理水脉なとと推すことでなし。此邉でもそふなり。所のこと不案内ではつひ高い方の村へ落ふともすることあらん。所の者はとくに合点なり。どふあれでゆくものじゃと笑て居るそ。そこを云てもきかぬで人心離矣。同役も、をれもそふ云たにとふもきかぬ。其靣らがにくひからすててをいたと云ふになると、常々軽いことでもふみはづしてどぶへをちる。それ見たかと云やふになる。
【解説】
「豈方命圯族者所能乎。鯀雖九年而功弗成、然其所治、固非他人所及也。惟其功有敘、故其自任益強、咈戻圯類益甚、公議隔而人心離矣」の説明。鯀は前々から功があったので自任するところが強く、同役を侮っていたので同役も鯀に意見を言わなくなった。結局、それで鯀は治水に失敗した。
【通釈】
「方命」。命は上からの命令である。鯀は器量者で、何かというと私に任せなさいと逆らうので「方」である。「圯族」は同役や同士の了簡を用いないこと。俺がしてみせよう、何も役に立たない者共がと出る。それは一人了簡である。そこで失敗をする。「鯀雖九年而云々」。しかし、できないと言っても鯀は弥太や平太ではない。固より他人の及ぶことではない。医者もそれで、若い内に一手柄をした者は高ぶるので中年になってくつ入りができるもの。若い時によく仕込んで内場にしていて、それから四十五十で流行り出した医者が本物である。鯀は前々から功があったので自任することが強く、圯族で、同役も頭数だけのことにして頼らない。そうするので「公議隔」となった。よいことでも俺の言うことは聞かないからと、もう鯀へ持って行く者はいない。たとえば今巡見の道案内を言い付けるにも、知恵があるからと言って他国の者を用いはしない。土地の者はよく道を知っているから調法である。これが公である。土地の者に聞くというのがよくわかる。「至公」というのもそれで、老人にはとぼけた者もいるが、先年はこの様だったと覚えているので、老人は生きた帳面である。そこで年寄り共を召し出して聞けなどと言うのが自然なこと。洪水なども土地の老人であれば、先年の水はこの処から落したという筋があって用に立つもの。ただ水理水脈などと推すものではない。この辺りでも同じである。土地のことが不案内ではつい高い方の村へ落そうとすることもあるだろう。土地の者はよく合点している。どうしてあれでうまく行くものかと笑っている。そこを、言っても聞かないので「人心離矣」。同役も、俺もそう言ったのにどうも聞かない。その面が憎いから放って置いたと言う様になると、常々の軽いことでも踏み外して溝へ落ちる。それ見たことかと言う様になる。
【語釈】
・方命…書経堯典。「僉曰、於、鯀哉。帝曰、吁、咈哉、方命圯族」。
・鯀…中国古代伝説上の人物。堯の臣。顓頊の子、禹の父。
・鯀雖九年而…書経堯典。「九載績用弗成」。
・くつ入り…屈し入る?

其悪益顯云々。手前をよいと鼻へ出たと云ふがひょんなもので、悪益あらはれて、卒にとは、初め手抦があって人もよい々々と云、われもよいと思ふたで卒に不成になる。とふ々々しまいにはゆかぬなり。医者の藥も、さへた藥法ではあるが始終はかけられぬと云ことあり。此れを鯀の水を治る遠いことと思ふと警戒にならぬが、今学者は天下國家をも治めやふと思ふ程の氣でをるものを名主にでも云つけると、何にこんなことを片手でつとまると云ぞ。其心が警戒のないのぞ。そふした人が得てつとまらぬものなり。天下を治るも小村を治めるも理は同しことぞ。理に大小はない。何んてもわれをよいと思ふ高ぶりではとかく出來ぬもの。
【解説】
「是其惡益顯、而功卒不可成也」。鼻へかけると益々悪くなり、よかった者も遂には駄目になる。自分をよいと思って高ぶると、とかくうまく行かない。
【通釈】
「其悪益顕云々」。自分をよいと鼻へかけるというのがひょんなもので、悪が益々顕われる。「卒」とは、初めに手柄があって人もよいよいと言い、自分もよいと思ったのに、卒に不成になるということ。とうとう最後はうまく行かない。医者の薬も、冴えた薬法であっても始終は使えないということがある。これを鯀が水を治める遠い話だと思うと警戒にならないが、今学者で天下国家をも治めようと思うほどの気でいる者を名主にでも言い付けると、何こんなことは片手で勤まると言う。その心が警戒のないこと。そうした人がうまく勤められないもの。天下を治めるのも小村を治めるのも理は同じこと。理に大小はない。何でも自分をよいと思う高ぶりではとかくうまく行かないもの。


第十五 君子敬以直内微生高の条

君子敬以直内。微生高所枉雖小、而害直則大。
【読み】
君子は敬して以て内を直くす。微生高の枉ぐる所は小なりと雖も、直を害するは則ち大なり。
【補足】
・この条は、伊川経説六論語解の公冶長の条にある。

君子の心の掃地するは何んて心の掃除をするなれは、敬て掃除をする。心の芥は心のよどんだ処で芥が溜る。瀧の水や水車の水はくさらぬ。よとむとくさる。敬は心をはっきとするもの。はっきとすると心かよとまぬ。よって芥がない。大学の誠意正心、易の敬以直内、どちも心の掃除なり。正直と云字は心に用る字なり。直い形りが正い。正いなりが直なり。そこで大学の正の字、易の直の字一つことなり。微生高所枉云々。彼酢のことなり。心を直くすると云にずんと禁好物がある。微生高が酢のないを貰てやったは左ほど不埒なの不義だの御坐へ出されぬと云ことではないに、これを孔子のとが々々しく叱られた。ささいなことなれども大ふこれが心の害になること。小ても害になることと、大ても害にならぬことあり。譬ば人の内に德利がある。口はかけてもやはり元との通一升はいるなり。口のかけたはいこう見苦しいが、一舛はいるで害にならぬ。見た処は立派な德利なれとも、底に小な隙目があると云へははや用られぬ。酒買て來る内にからものになる。小ても害は大なり。迂斎の移り香のしたやふなもの。茶はよいがどふも生くさい。それよりはうつり香のないしぶ茶がよい。これを前の巧言令色へあててみるがよい。巧言令色も上はよいやふで内がわるい。微生高も手前にないを間に合せた。親切らしい処の内證の心のつかいやふがわるい。この心をつかひ覚へると、箸のあげをろしに此心が出るもの。日々の学友の出合にも我を忘れついちらり々々々と微生高になる。詞のはしにもこの心が出たがるもの。致知存養克己をした学者でも、胷の中てあちこちするのはさて々々きたない心なり。若ひときの道落をするは目に見へたあほうぞ。たれもよいとは云はぬが、年よった学者なと萬事につき胷の中てちらり々々々といやな氣味のあるは吟味してたしなむへきこと。これ心術の警戒なり。
【解説】
君子は敬で心の掃除をする。瑣細なことでも心の大きな害になることがある。微生高は心の使い方が悪い。心の中にちらりとも嫌な気味が出てはならない。それを警戒するのである。
【通釈】
君子が心の掃除をするには何でするのかと言えば、敬でする。心の澱んだ処に芥が溜まる。瀧の水や水車の水は腐らない。澱むと腐る。敬は心をはっきりとさせるもの。はっきりとすると心が澱まない。そこで芥がない。大学の誠意正心と易の敬以直内はどちらも心の掃除である。正直という字は心に用いる字。直い姿が正しい。正しい姿が直である。そこで大学の正の字と易の直の字は同じことなのである。「微生高所枉云々」。あの酢のこと。心を直くするには大層禁好物がある。微生高が酢のないのでそれを貰って遣ったのはそれほど不埒だとか不義だとか人前に出せないということではないが、これを孔子が咎めて叱られた。瑣細なことだが大分これが心の害になる。小さくても害になることと、大きくても害にならないことがある。たとえば人の家に徳利がある。口は欠けてもやはり元の通り一升入る。口の欠けたのは大層見苦しいことだが、一升入るので害にはならない。見た処は立派な徳利でも底に小さな隙目があると言えば早くも用いられない。酒を買て来る内に空になる。小さくても害は大きい。迂斎が移り香のした様なものだと言った。茶はよいがどうも生臭い。それよりは移り香のない渋茶の方がよい。これを前の巧言令色へ当てて見なさい。巧言令色も上辺はよい様で内が悪い。微生高も自分が持っていないので隣から貰って間に合わせた。親切らしいが内証の心の使い方が悪い。この心を使い覚えると箸上げ下ろしにもこの心が出るもの。日々の学友の出合いにも我を忘れ、ついちらりと微生高になる。詞の端にもこの心が出たがるもの。致知存養克己をした学者であっても胸の中であちこちするのは本当に汚い心である。若い時の道落をするのは目に見えた阿呆で、誰もそれをよいとは言わないが、年寄った学者などでも、万事につき胸の中てちらりと嫌な気味が出れば吟味して嗜まなければならない。これが心術の警戒である。
【語釈】
・敬以直内…易経坤卦文言伝。「直其正也、方其義也。君子敬以直内、義以方外。敬義立而德不孤。直方大、不習无不利、則不疑其所行也」。
・微生高…論語公冶長24。「子曰、孰謂微生高直。或乞醯焉、乞諸其鄰而與之」。
・巧言令色…警戒13を指す。


第十六 人有慾則無剛の条

人有慾則無剛。剛則不屈於慾。
【読み】
人は慾有らば則ち剛無し。剛ならば則ち慾に屈せず。
【補足】
・この条は、伊川経説六論語書解の公冶長の条にある。

欲と云字は下に心のつくがありつかぬがあるが、通して用るときはどちも同じことなれとも、心の字のないは其塲に臨んてこふせふどふせふとすることで、あまり根のないこと。此下に心のあるは兎角に實した欲なり。重みのあるのなり。ちょっと行德舟にのっても此風かはやくやめはよいと思ふ様な輕いのか心のない欲の字なり。心の字のつくのは、はやむか々々と病になる程にかたまっている慾て、酒を好む人か、これがなけれは夜も寢られず酒なくては死だも同然と云やふなか此慾なり。そふなると無剛てつよみはない。人は剛ひがよいと云て、剛ひとて腕をこく町六方のつよいではない。剛則不屈於慾。この方に道理と云丈夫なものかあるて慾にかかまぬ。どふする筈こふする筈と云其筈が眞柱になる。道理と云水勢かつよいて欲かよどまぬ。ずいふん酒ものめとも、酒かないからとてこまらぬなれはほんの剛なり。好色もそれて、何ことにもこだわることのないは慾に屈ぬなり。剛ひとて綱公時のやふなことてはなし。
【解説】
欲には下に心が付くものと付かないものとがある。「慾」は実した欲のことなので重い。「剛」とは喧嘩が強いということではなく、道理を丈夫に持っていること。慾があると剛みはない。
【通釈】
欲という字には下に心の付くものもあり、付かないものもあって、通常に用いる時はどちらも同じことだが、心の字のないのはその場に臨んでこうしようどうしようとすることで、あまり根のないこと。この下に心があるのはとかく実した欲であり、重みのある字である。一寸行徳舟に乗るのでも、この風が早く止めばよいと思う様な軽いのが心のない欲の字である。心の字が付くのは既にむかむかとして病になるほどに固まっている慾で、酒を好む人がこれがなければ夜も寝られず、酒がなくては死んだも同然と言う様なのがこの慾である。そうなると「無剛」で剛みはない。人は剛いのがよいと言っても、町六方が腕を扱く様な剛いことではない。「剛則不屈於慾」。自分に道理という丈夫なものがあるので慾に屈まない。どうする筈こうする筈というその筈が真柱になる。道理という水勢が強いので欲が澱まない。随分と酒も飲むが、酒かないとしても困らないのであれば本当の剛である。好色も同じで、何事にも拘ることがなければ慾に屈まない。剛いと言っても綱公時の様なことではない。
【語釈】
・町六方…町奴。江戸初期の市中の侠客。旗本奴に対し、浪人や口入れ人などの町人がなった。
・綱公時…源頼光の四天王の二人。四天王は渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武。

これは論語吾未見剛者の章を云た説なり。浩然の氣を至大至剛とも云。慾ありては浩然の氣がかじける。皆人欲にかかまぬことなり。繫馬千駟不顧ともあり、をれかやうな隠者の馬のきらいな者は馬は入らぬと云ふが、千駟の身上なれば酒も稲寺が飲る。好色も千駟の内にあるぞ。然るに酒も色も慾と云ものないなればさらり々々々なり。そこで不顧なり。そこをすてるが剛なり。太公望の武王に告れたに義勝欲と云ふた。義と云水勢のつよいて慾の方かあたまあげぬなり。常人は兎角欲にはまける。欲にはまけてうでをばこく。ほんの剛ひと云ふは欲にまけぬことなり。永田養菴が弟子か疂替をしてをいたれは、ほを蚤がいずによかろふと云たは剛くは見へすをかしみのやふじゃか剛ひのなり。今きれいずき、備後疂をしいて、やれ火を落すなの墨をつけるなのと云だけ。最ふ慾に屈むなり。中々よいものを着やふの、よいものをしかうのと云心のないで、ああ蚤かなくてよかろふと思たまてのことなり。
【解説】
人欲に屈んではならない。本当の剛は欲に負けないこと。欲に勝てば酒も色もさらりとしたものとなる。
【通釈】
これは論語の「吾未見剛者」の章を言った説である。浩然の気を「至大至剛」とも言う。慾があっては浩然の気が悴ける。皆人欲に屈まないことが重要である。「繋馬千駟不顧」ともあり、俺の様な隠者で馬の嫌いな者なら馬は要らないと言うが、千駟の身上であれば酒も稲寺が飲める。好色も千駟の内にある。それなのに酒も色も、慾というものがなければさらりとしたもの。そこで不顧であり、そこを捨てるのが剛である。太公望が武王に「義勝欲」と告げられた。義という水勢が強いので慾が頭を上げられない。常人はとかく欲に負ける。欲には負けて腕を扱く。本当の剛とは欲に負けないこと。弟子が畳替えをしてをいるところを永田養菴が、ほお、蚤がいなくなってよいだろうと言ったのは剛くは見えず可笑しい様だが剛いのである。今の綺麗好きは、備後畳を敷いて、やれ火を落とすな墨を付けるなと言うだけ。もう慾に屈む。よいものを着ようとか、よいものを敷こうという心もなく、ああ蚤がいなくてよいだろうと思ったまでのこと。
【語釈】
・吾未見剛者…論語公冶長11。「子曰、吾未見剛者。或對曰、申棖。子曰、棖也慾、焉得剛」。
・至大至剛…孟子公孫丑章句上2。「我知言。我善養吾浩然之氣。敢問何謂浩然之氣。曰、難言也。其爲氣也、至大至剛、以直養而無害、則塞于天地之閒」。
・繋馬千駟不顧…孟子万章章句上7。「伊尹耕於有莘之野、而樂堯舜之道焉。非其義也、非其道也、祿之以天下、弗顧也。繫馬千駟、弗視也。非其義也、非其道也、一介不以與人、一介不以取諸人」。
・義勝欲…丹書。「敬勝怠者吉。怠勝敬者滅。義勝欲者從、欲勝義者凶」。
・永田養菴…山崎闇斎門下。佐藤直方は初め永田養庵に学び、彼を介して山崎闇斎の弟子となる。


第十七 人之過也各於其類の条

人之過也、各於其類。君子常失於厚、小人常失於薄。君子過於愛、小人傷於忍。
【読み】
人の過つや、各々其の類に於てす。君子は常に厚きに失し、小人は常に薄きに失す。君子は愛に過り、小人は忍に傷る。
【補足】
・この条は、伊川経説六論語解の里仁の条にある。論語里仁7に、「子曰、人之過也、各於其黨。觀過、斯知仁矣」とある。

警戒らしくない処に警戒のあるで載てある。不調法のときにも君子方か小人方かとためして見よふこと。学者は兎角われは小人てはないと思ふものぞ。不調法しても、これは君子の方の不調法、小人の方の不調法かと吟味せよ。過は過ても、能書の書そこないと悪筆の書そこないとは違ふ。觀世か謡ひそこないと此方ともの謡ひそこないとは違。於其類にするのなり。同し不調法てもそれ々々に違ふ。君子失於厚。不調法の内ても丁寧すぎるの親切過ると云ふは中庸ではないが、これは過きてもよいもの。病人も家内のものさへ騒かぬに二度見廻に來たの、下女下男がわづろふときに夜更けに邉り近所ををこすは仰山過るやふなれとも、病氣のことにはそれもよい。小人常失於薄。人参は痰にあたると云相談にしたかる。とかく薄情て飲せぬ方の工面なり。
【解説】
「人之過也、各於其類。君子常失於厚、小人常失於薄」の説明。君子の過ちと小人の過ちとは違う。君子は厚過ぎる不調法だから悪いものではない。小人は薄情な不調法である。
【通釈】
警戒らしくない処に警戒が要るので載せたもの。不調法の時にも君子の方か小人の方かと試してみなさい。学者はとかく自分が小人ではないと思うもの。不調法をしても、これは君子の方の不調法か小人の方の不調法かと吟味しなさい。過ちは過ちでも、能書の書き損ないと悪筆の書き損ないとでは違う。観世の謡い損ないと我々などの謡い損ないとでは違う。「於其類」である。同じ不調法でもそれぞれに違う。「君子失於厚」。不調法の内でも丁寧過ぎるとか親切過ぎるというのは中庸ではないが、これは過ぎてもよいもの。病人に対しても、家内の者さえ騒がないのに二度も見舞いに来たり、下女下男が患う時に夜更けに辺り近所を起こすのは大袈裟過ぎる様だが、病気のことにはそれもよい。「小人常失於薄」。人参は痰に中るということにしたがる。とかく薄情で飲ませない方の工面をする。

君子過於愛。下人を召しつかふにも、不埒なやつじゃが子とものときから使ふたに最一年と云内に悪事を仕出し、近所のやっかいになる手ぬけもあるもの。されとも厚ひ方の不調法と云もの。小人はそふないもの。君子のはふびんがり過る過ちなり。かわいや柳橋の老人抔がふびんがり過る方で、何やら名主の処の児共がとさしてもないものを、親戚のやふに泪ぐみて取あつこふ。皆厚方そ。小人傷於忍。小人は見きりを云て、あいつ迚も役に立ぬやつと思ひきりがよい。とはおもへともぬるる袖哉と云ことは曽てない。どふも薄情なり。ここには朱子の詞を足して見るがよいと云れた。説き廣けてみると此二つばかりのことではない。役人なとが廉潔すきるは仰山なやふても君子方なり。貪る方は决ありても理屈が付ても小人方なり。孟子可以取ともあり、又鎌金一百のこと受たもあり、受ぬもあり、孟子のはあれが丁どのことなり。常人は丁どに往ずとも、廉潔過ると云方は先つ君子方なり。人か畑から蕪を二本もって來たを、役中はこれでももらわぬと云ふ。あまりなこと。蕪二本は取てもよいなれとも、取ぬと云のが君子の方なり。それ式のことをこせ々々と云ことはないと云へは、どふしても取るは小人の方なり。此やふにとりひろけると此筋のことは未た數々あること。伊川只挙一隅耳と朱子の云へり。又此趣のこと、論孟或問の中に説あり。冉子五秉の章、取失廉章とをぼへた。可考。
【解説】
「君子過於愛、小人傷於忍」の説明。孟子は丁度に行ったが、それができなければ君子の過ちの方がよい。ここは厚薄、愛忍を言ったがそれは一例に過ぎず、君子と小人の違いは数多くある。
【通釈】
「君子過於愛」。下人を召し使うにも、不埒な奴だが子供の時から使ったのでもう一年使おうという内に悪事をし出し、近所の厄介になる手抜かり者もあるもの。しかし、それは厚い方の不調法というもの。小人はそうではない。君子のは不憫がり過ぎる過ちである。殊勝にも柳橋の老人などが不憫がり過ぎる方で、何やら名主の処の子供がと、大したことでもないのに親戚の様に涙ぐんで取り扱う。皆厚い方である。「小人傷於忍」。小人は見切って、あいつなどは役に立たない奴だと言って思い切りがよい。とは思えども濡るる袖哉ということは全くない。どうも薄情である。ここには朱子が言葉を足して見るのがよいと言われた。説き広げて見るとこの二つだけのことではない。役人などが廉潔過ぎるのは大袈裟な様でも君子の方である。貪る方では決断があり理屈が付いていても小人の方である。「孟子可以取」ともあり、また「兼金一百」を受けた時もあり受けない時もあるが、孟子のはあれが丁度のこと。常人は丁度に行かないとしても、廉潔過ぎるという方は先ず君子の方である。人が畑から蕪を二本持って来たのを、役中はそれでも貰わないと言う。それはあまりなこと。蕪二本は取ってもよいものだが、取らないと言うのが君子の方である。それ位のことをこせこせと言うことはないと言い、どうしても取るのは小人の方である。この様にとり広げるとこの筋のことはまだ数々あること。「伊川只挙一隅耳」と朱子が言った。またこの趣のことは論孟或問の中に説がある。冉子五秉の章と取失廉章にあったと思う。考えなさい。
【語釈】
・柳橋の老人…大原要助。大網白里柳橋の人。
・孟子可以取…孟子離婁章句下23。「孟子曰、可以取、可以無取、取傷廉。可以與、可以無與、與傷惠。可以死、可以無死、死傷勇。」
・鎌金一百…孟子公孫丑章句下3。「陳臻問曰、前日於齊、王餽兼金一百而不受。於宋、餽七十鎰而受。於薛、餽五十鎰而受。前日之不受是、則今日之受非也。今日之受是、則前日之不受非也。夫子必居一於此矣」。
・冉子五秉…論語雍也3。「冉子與之粟五秉」。
・取失廉…前出。孟子離婁章句下23?。「取傷廉」。