近思録巻之五筆記

克己凡四十一條 寛政三年辛亥正月六日
【語釈】
・寛政三年辛亥…1791年。

近思の字がいつ讀でも親切なり。當年元日鞭策録讀だが、巻頭の常に思への字、近思なり。論語子夏の語でこふ聞たとばかりではすまぬ。常思は子ば何の益なし。それは知り顔で知ぬなり。我心へてっきりとこたへると近思と云もの。朱子の、天地へこのちいさいからだが並ぶとはどふしたことぢゃと思へとあり。近く思はせやうなり。鯨が大くても天地と並ん。又、それを思とじっとしては居られぬ。拜領のものがけっこうゆへ、天地に並ぶか、只は並はれぬ。そこで、それにならぶようにするが近思なり。人が氣質人欲の邪魔で天地にはづれて三才と云はれぬ。其邪魔を切をとすが克己なり。せきはやい男が様存候とかくを存候の、美様をかくべきに下軰の檨を書た迚はやせき、かろんじられたと耻るが、さて、我か三才とならばぬをば耻もせず、せきもせぬ。萬端のこと、我から天地と並ばぬようにする。ちと思て見よなり。
【解説】
人は三才として天地と並ぶものだが、気質人欲の邪魔で天地から外れる。その邪魔を切り落とすのが克己であり、そのためには近く思うのでなければならない。
【通釈】
近思の字はいつ読んでも切実である。当年元日に鞭策録を読んだが、巻頭の「常思」の字が近思である。論語の子夏の語で近思の字は知っていると言うだけでは済まない。常に思わなければ何の益もない。それは知り顔で知らないのである。自分の心へしっかりと答えるのが近思というもの。朱子が、天地へこの小さな体が並ぶとはどうしたことかと思えと言っている。それは近く思わせようとしてのこと。鯨は大きくても天地と並ばない。また、それを思うとじっとしてはいられない。拝領したものが結構なものなので天地に並ぶのだが、簡単に並ぶことはできない。そこで、それに並ぶ様にするのが近思によってである。人が気質人欲の邪魔で天地から外れる。それでは三才とは言えない。その邪魔を切り落とすのが克己である。急き早い男が様存候と書くところを存候と書き、美様を書くべきなのに下輩の平様を書たことにさえ早くも急いて、軽んじられたと恥じるが、さて、自分が三才と並ばないことは恥もせず、急きもしない。それから万端のことまで、自分から天地と並ばない様にする。少々思って見なさい。
【語釈】
・常に思へ…講学鞭策録1。「常思。我以血氣之身如何配得天地、且天地之所以與我者色色周備。人自汚壞了」。
・三才…易経説卦伝2。「昔者聖人之作易也、將以順性命之理。是以立天之道、曰陰與陽。立地之道、曰柔與剛。立人之道、曰仁與義。兼三才而兩之」。
・美様…様には永様、美様、平様の三種の書き方がある。

堯舜文武周公孔子に並ぶへき明德をもちながら、我は凡夫で居る、と。これには腹を立つべきはづなるに、それにはけっこう人なり。氣質人欲ゆへ此面目と憤りて惕勵するが近思なり。学問は歒うちに出るようなもの。そこへ腹を立べきなり。そなたの親は病死ではない。実は人に殺されたと聞たら、それを面白い咄承たとは云まい。眼を瞋らし歯をかみて腰物の吟味すべし。学問は本来の処へかへるゆへのこと。大抵なことでなし。そふないは京へゆくに六郷の渡切でかへるやうなもの。我庭に居がよい。なんでも氣質人欲を歒と思へば近思の端的なり。此間不圖思出して可笑かった。氣質人欲に臭のあるものなれば、さぞたまられまい。人欲くさいなれは一坐はならぬ。酒を呑と靣があかくなる。酒の匂もするが、人欲もあの如なればうるさかろふ。我こころ鏡にうつるものならばの哥もそこなり。太極を藏頭底の物と云が、某云人欲も藏頭底のものなり。それからして巧言令色も始りた。巧言令色は白壁の土藏を羨むが、森へ紙をはりて胡粉てぬりて遠望んたら同じことであろふ。皆人欲を上からぬりている。論語をきいたでなく、ここへ氣がついたら巧言令色もすまい。上ても云、朱子の開巻毎々とくと見へきこと。元日の屠蘓のよふにしては役に立ぬ。これが心へひひくが我黨の学の大切なり。
【解説】
気質人欲で凡夫のままでいることを憤るのが近思である。気質人欲を敵としなければならない。太極は蔵頭底だが、人欲も蔵頭底で目に見え難いもの。
【通釈】
堯舜文武周公孔子に並ぶべき明徳を持ちながら、自分は凡夫でいる。これには腹を立てるべき筈なのに、それには結構人である。気質人欲でこの面目になったと憤って惕励するのが近思である。学問は敵討に出る様なもので、それに腹を立てるべきことなのである。貴方の親は病死ではなく、実は人に殺されたのだと聞いたら、それは面白い話を承ったとは言わず、眼を瞋[いか]らし歯を噛んで腰物の吟味をするだろう。学問は本来の処へ帰ることなので、並大抵なことではない。そうでないのは京へ行くのに六郷の渡しまで行って帰る様なもの。それなら自分の庭にいる方がよい。何でも気質人欲を敵と思えば近思の端的である。この間図らず思い出して可笑しかったことがある。気質人欲に臭いがあるとしたら、さぞ堪らないことだろう。人欲臭ければ同座はならない。酒を飲むと面が赤くなる。酒の匂いもするが、人欲もあの様なものであれば煩いことだろう。我が心鏡に映るものならばの歌もそこのこと。太極を蔵頭底のものと言うが、私の言う人欲も蔵頭底のものである。それからして巧言令色も始まった。巧言令色な人は白壁の土蔵を羨むが、森へ紙を貼って胡粉で塗って遠くから望めば同じことだろう。皆人欲を上から塗っている。論語を聞かなくても、ここへ気が付いたら巧言令色もしないだろう。上でも言ったが、朱子の開巻を毎々しっかりと見なければならない。元日の屠蘇の様にしては役に立たない。これが心へ響くことが我が党の学では大切なことなのである。
【語釈】
・けっこう人…おとなしい人。好人物。おとなし過ぎて才の鈍い人。愚直な人。
・惕勵…「惕」は、おそれること。「勵」は、励むこと。
・六郷の渡…徳川家康が慶長5年(1600)に多摩川の六郷の渡しに橋を架ける。家康の橋はたびたびの洪水で破損し、1688年の洪水で流されたのち、橋は造られず渡船渡しとなった。
・我こころ鏡にうつるものならば…我が心鏡に映るものならばさぞや姿の醜かるらん。
・胡粉…日本画に用いる白色の顔料。

克己は欲を打捨ることなり。うってすてるはするどがよい。朱子の、克己無功法と云。欲と見たら、こればかりのことはよいと云はぬ。當る処で根だをしなり。存羪の金持の金ためる。克己は火消の火を消すなり。この二つで先塩梅がてんすべし。火消は火さへ消せばよい。手延しすることでない。あと火でやける。克己の功夫、をとなしい顔はわるい。手づつのようなれとも、それがよい。奴に出ると云がここなり。学問のたけ、身分の位いてさま々々克己の功夫有。克己は本顔子の字で、顔子のは、胷の中ちらりとしたを克つ。紅爐上一點雪、一刀两断。早く出来る。あとへのこさぬが紅爐上なり。今日の学者かそれはならぬ。そのような顔子の立派な相手にせずに、なんでも欲が出たら端的にするがよい。吝いなら、こらへても物をやるがよい。心にないことするは立派てないと云はわるい。そうする内にあとで顔子のよふな立派になる。酒を禁じよふなら德利をわるがよい。彼の心を厳師として久く仕こむと上品になる。手づつなやうで德利をわりたで克己の手抦がある。なんでもするどが克己なり。
【解説】
存養は金持が金を貯める様なことで、克己は火消しが火を消す様なこと。そこで、欲を打ち捨てるための克己は鋭くするのがよい。どの様な欲でもそれが出たら直ぐに打ち捨てるのである。
【通釈】
克己は欲を打ち捨てること。打って捨てるのは鋭いのがよい。朱子が、「克己無巧法」と言った。欲と見たら、これ位のことはよいとは言わず、当たる処で根倒しにする。存養は金持が金を貯める様なこと。克己は火消しが火を消す様なこと。この二つで先ずは塩梅を合点しなさい。火消しは火さえ消せばよく、それは手延しにすることではない。後の火で焼ける。克己の功夫に大人しい顔をしては悪い。不器用な様だが、それがよい。奴に出ると言うのがここのこと。学問の進み具合や身分の上下によって様々な克己の功夫がある。克己は本来顔子の字で、顔子の克己は胸の中にちらりとしたことに克つこと。それは「紅爐上一点雪」であり一刀両断である。素早くする。後へ残さないのが紅爐上である。今日の学者はそれができない。そこで、顔子の様な立派な人を相手にしなくても、何でも欲が出たら端的にするのがよい。吝いのなら、堪えて物を遣るのがよい。心にないことするのは立派なことでないと言うのは悪い。そうする内に後で顔子の様な立派になる。酒を禁じたいのなら徳利を割るのがよい。心を厳師として久しく仕込むと上品になる。不器用な様だが、徳利を割るので克己の手柄がある。何にしても鋭いのが克己である。
【語釈】
・克己無功法…朱子語類41。「克己亦別無巧法。譬如孤軍猝遇強敵、只得盡力舍死向前而已。尚何問哉」。
・克己は本顔子の字…論語顔淵1。「顏淵問仁。子曰、克己復禮爲仁。一日克己復禮、天下歸仁焉。爲仁由己。而由仁乎哉。顏淵曰、請問其目。子曰、非禮勿視、非禮勿聽、非禮勿言、非禮勿動。顏淵曰、囘雖不敏、請事斯語矣」。
・紅爐上一點雪…碧巌録。紅炉の上に雪を置けばたちまちとけるように、私欲や疑惑のとけることにいう。
・心を厳師…存養67。「正心之始、當以己心爲嚴師」。

椽の下の盗人をもそっとそうしてをけと云はれぬ。如何な火道具を持て居るもしれぬと云ふよふなもの。孟子の鷄のたとへ、來年とは云はぬ。克己は其塲を退かさぬこと。歒の皃を見ると直に討つ。ゆとりはない。先上段々の通り克己の姿そふなれども、なりにくい功夫ゆへ、程子の克難しと云はるる。なぜなれば、此五尺のからだがとかく人欲すきなり。有身有自私之心。とうか太極圖説の講釈しても克己はなりにくい。口之於味目之於色。自然の欲あり、それがつい人心は暑い寒いで狂いが出来る。人心は水魚のやふなもので中がよい。そこへたま々々道心か来ても一車薪の火なり。どふも一抔の水間に合ぬ。然ればこわいものゆへ克己なり。そこで飛道具で打てとる。あとさきなしに行の端的を克己と云。俗儒は克己の功夫を知らぬ。欲をば仕廻て置て、表向きで身持が大事々々と云。近思には行と云部はない。克己が行なり。欲がしたたかありて身持のよいと云は所謂明道狐なり。欲を仕舞て置を魚鱗鸖翼ではゆかぬ。俗学ては小学ては善行、大學では誠意、それを持て来て近思で克己と云と思ふが、其ような人形まわすようなことはない。小学は小児の手本ゆへ紋切形で示す。近思ては欲がありて上部のよいは行には立てぬ。大学の止善もここからつめ子は至られぬ。誠意を人鬼關と云も人と魔物の堺なり。致知をしてもここの關で天狗にさらはれる。
【解説】
克己はその場を退かずに直ぐにするものだが、それは難しいこと。それは、人には自然の欲があって、それがつい出るからである。人心は欲を好むから、そのままでは道心が働けない。欲があるのに見かけのよい者に克己はできず、大学の止善にも至ることはできない。近思には行の部はないが、克己が行なのである。
【通釈】
縁の下の盗人をもう少し放って置けと言うことはできない。どの様な火道具を持っているかも知れないという様なもの。孟子の鶏のたとえも来年とは言わない。克己はその場を退かさないこと。敵の顔を見ると直ぐに討つ。そこにゆとりはない。先ず上段々の通りで克己の姿とはその様のものだが、成り難い功夫なので、程子は克難しと言われた。それは何故かと言うと、この五尺の体はとかく人欲が好きだからである。「有身有自私之心」。太極図説の講釈しても、どうも克己は成り難い。「口之於味目之於色」と、人には自然の欲があり、それがつい出る。人心は暑い寒いで狂いができる。人心は水魚の様なもので欲と仲がよい。そこへ偶々道心が来ても、人心は一車薪の火であって、どうも一杯の水では間に合わない。そこで、人心は怖いものだから克己なのである。飛び道具で打って取る。後先なしに行う端的を克己と言う。俗儒は克己の功夫を知らない。欲を仕舞って置いて、表向きで身持ちが大事などと言う。近思には行という部はないが、克己が行である。欲がしたたかあって身持ちがよいというのは所謂明道狐である。欲を仕舞って置いて魚鱗鶴翼の陣は組めない。俗学は、小学は善行、大学は誠意、それを持って来て近思で克己というのだと思うが、その様な人形を回す様なことではない。小学は小児の手本なので紋切形で示す。近思では欲があって上辺のよい者では行が成らないことを言う。大学の止善もここから詰めなければ至ることはできない。誠意を人鬼の関と言うのも、人と魔物の境だからである。致知をしてもここの関で天狗にさらわれる。
【語釈】
・孟子の鷄…孟子滕文公章句下8。「孟子曰、今有人日攘其鄰之雞者、或告之曰、是君子之道。曰、請損之、月攘一雞、以待來年、然後已。如知其非義、斯速已矣。何待來年」。
・克難し…
・有身有自私之心…克己22。「大抵人有身、便有自私之理」。
・口之於味目之於色…孟子告子章句上7。「口之於味也、有同耆焉。耳之於聲也、有同聽焉。目之於色也、有同美焉。至於心、獨無所同然乎」。
・人鬼關…


初條

濂渓先生曰、君子乾乾不息於誠。然必懲忿窒慾、遷善改過、而後至。乾之用其善是。損益之大莫是過。聖人之旨深哉。吉・凶・悔・吝生乎動。噫、吉一而已。動可不愼乎。
【読み】
濂渓先生曰く、君子は乾乾として誠に息まず。然れども必ず忿[いかり]を懲らし慾を窒ぎ、善に遷り過を改めて、而して後に至る。乾の用は其れ是を善しとす。損益の大なる是に過ぐるは莫し。聖人の旨深きかな、と。吉・凶・悔・吝は動より生ず。噫、吉は一なるのみ。動は愼まざる可けんや。
【補足】
・この条は、通書の乾損益動第三一にある。

濂渓先生曰君子乾々。この章聞よき章なれとも、文義の取りようがあしいとすめか子る。葉解がわるい。惣体、朱子四書の註例少しふれは圏外に載す。葉解も朱子の氣になりてここの注を自分の意でし、圏外に通書の朱解を出したは片腹いたいことなり。朱子は大切なり。然るに其眞似をして、通書の註を如何と思ひ、我註を主にしたが、全体あれが甲斐ないは、この章のきり々々を見ることならぬ。この章の意細かに云よりぢかづけに云が、乾々からどこ迠下を乾につこうか周子の意なり。そこへふれたで葉解がわるい。先つ葉解を弁じて置て、この章見へし。君子乾々不息於誠は垩人の上を云たもの。なんの訳なく天のようにしている功夫なり。全体に少も雜がなく、天の通りにそれを体して居るなり。これをだして大根の本体の処を見せ、それゆへ手を付ずに餘のものをかりて云ふ。それが餘のものになるて損益二卦の辞が出たが、實か損益を云ではない。やはり乾なり。
【解説】
「濂渓先生曰、君子乾乾不息於誠。然必懲忿窒慾、遷善改過、而後至。乾之用其善是。損益之大莫是過」の説明。この章は乾を用いて説くのが周子の意である。「君子乾々不息於誠」は聖人のことで、天の通りにする工夫である。そこに損益の二卦を出すが、それは損益によって乾を説いているのである。
【通釈】
「濂渓先生曰君子乾々」。この章は聞き易い章だが、文義の取り方が悪いと済めかねる。葉解が悪い。全体、朱子の四書註例では、少し振れたことは圏外に載せる。葉解も朱子の様な気になってここの註を自分の意で行い、圏外に通書の朱解を出したのは片腹痛いことである。朱子は大切である。それなのに、その真似をして、通書の註を如何なものかと思って自分の註を主にしたが、あれが全体的に甲斐ないのは、それではこの章の至極を見ることができないからである。この章の意は細かに言うよりも直付けに言う方がよく、乾々からどこまで下へ行っても乾を使うのが周子の意である。そこが振れたので葉解が悪い。先ず葉解を弁じて置いて、この章を見ることとする。「君子乾々不息於誠」は聖人のことを言ったもの。それは、何のわけもなく天の様にするという功夫である。全体に少しも雑がなく、天の通りにそれを体している。これを出して大根の本体の処を見せ、そこで、乾には手を付けずに他のものを借りて言う。乾が他のものになるので損益二卦の辞が出たが、実は損益を言うことでははなく、やはり乾のことである。
【語釈】
・君子乾々…易経乾卦。「九三。君子終日乾乾、夕惕若。厲无咎」。
・損…易経損卦象伝。「象曰、山下有澤損。君子以懲忿窒欲」。
・益…易経益卦象伝。「象曰、風雷益。君子以見善則遷、有過則改」。

懲忿窒慾。損卦。遷善改過。益卦。この二つ出し、乾々不息於誠は色品見へぬゆへ取つかれぬ。そこで損益てかかられる。この二句て彼の乾々の體か用にあらわれるゆへ、つかまへられる。乾々不息於誠は存養底、上品なこと。それはよいと云て上へあけて置てはない。損益の二句でするが乾の用じゃと云こと。用ぢゃか大切なり。損益のはたらきを乾のはたらきにする。不息を体と見せたもの。そこで存養の二卦であれをしてゆくが、やはり乾のはたらきと云ものなり。損益のあれほどなこと、乾にひったくられたなり。このさばき六ヶしいゆへ、某始に云、乾が受用になる思たら當が違ふぞ。因て、損益を雇て來て使ふ。それゆへ毎常の損益でなく乾の用にて、これて乾々があらはれて出る。損益之大と云が乾の用になったから、手前の身分より大くなりたぞ。これか挌式が違ふ。易の卦中、乾坤は大にて平生は損益も六十四卦並々の卦なれとも、これは御用足の町人か帶刀になったよふなもの。損益を引て、これがやはり乾の用なり。損益ではない。御三家の家中は大名殿付にするぞ。旦那がちごうなり。これを文義のさばきなり。
【解説】
乾は見ることができないので目に見える損益を借りて説く。乾の体を損益の用で見せるのである。損益は並の卦だが、ここはそれで乾を説くので「損益之大」と言う。
【通釈】
「懲忿窒慾」。損卦。「遷善改過」。益卦。この二つを出すのは、「乾々不息於誠」の色品が見えないので取り付くことができないが、損益で取り付くことができるからである。この二句であの乾々の体が用に現われるので掴まえられる。乾々不息於誠は存養風で上品なこと。それはよいことだと言って上へ挙げて置くことではない。損益の二句でするのが乾の用だということ。用だと言うのが大切である。損益の働きを乾の働きとして、不息を体と見せたもの。そこで存養の二卦であれをして行くのが、やはり乾の働きというものである。損益のあれほどのことも、乾に繰られたことなのである。この捌きは難しく、私が始めに言った様に、乾が受用になると思うのは当てが違う。そこで、損益を雇って来て使う。それで、いつもの損益ではなく、乾の用とすることで乾々が現れて出る。「損益之大」と言うのが乾の用になったからで、それで、自分の身分よりも大きくなったのである。これは格式の違ったこと。易の卦中で乾坤は大きな卦で、平生損益は六十四卦の並の卦であるが、ここは御用足の町人が帯刀した様なもの。損益を引用したが、これがやはり乾の用であって損益のことではない。御三家の家中は大名殿付にする。それは旦那が違うからである。これが文義の捌きである。

君子乾々不息於誠。克己は乾でなければならぬ。男まさりの女と云は神后后宮巴御前などなれとも、あれらは常にないこと。相手は男でなければならぬ。克己は向に歒あり、一旦に攻めつけて和睦やかけ引をす。石火矢でほん々々打てかかる。天理が云つけて皆ころしにする。そこを乾と云ことなり。不息於誠は取つきがない。そこで、其功夫は懲忿窒慾て克己のたんてきなり。七情の中、忿は跡先き見ず大たんもの。何処の書にも怒を第一にして、顔子に不遷怒と云、定性書に惟怒為甚と云。あとの情はまつ脩められるとも、とかく怒は炎のやうによくつかれず上へもへ出るものなり。懲はわるそする猫の鼻づらをこすりつけるやうなもの。異見づくては間に合はぬ。怒の鼻てあたまをへすやうなこと。そこて克己の功夫になるか面白い。御氣を付られてと頼むではない。怒の療治は我手にする。怒てをれは地獄へ墜る。をれも知もあるが、あの怒かをれて馬鹿にする。あれがをれを人にせぬと云て懲す。懲治とつつく字。こうあってはならぬ々々々と、外のさい人てなく我方のことなり。無そうとするゆへ我手料理なり。窒欲は、欲がさし水のやうなものなり。ちっとするがあると這入る。ふさくと出ぬもの。窒が大切なり。埋金をして出ぬやうにする。
【解説】
克己は乾乾でなければならない。不息於誠は取り付きどころがないが、その工夫は「懲忿窒慾」で、これが克己の端的である。忿は七情の中でも大きなものであり、それを懲らして治療するのは自分である。窒欲は、油断をすると欲が這い入るので、それを塞ぐこと。
【通釈】
「君子乾々不息於誠」。克己は乾でなければならない。男勝りの女とは神功后宮や巴御前などだが、あれ等は通常はないこと。乾の相手は男でなければならない。克己は向こうに敵がいて、一気に攻めつけて和睦や駆け引きをすること。石火矢をぼんぼんと打って掛かる。天理が言い付けて皆殺しにする。そこを乾と言う。不息於誠は取り付きどころがない。そこで、その功夫は「懲忿窒慾」で、これが克己の端的である。七情の中で、忿は後先見ずに大胆なもの。何処の書にも怒を第一にしており、論語では顔子を「不遷怒」と言い、定性書では「惟怒為甚」と言う。他の情は先ずは修められるとしても、とかく怒は炎の様に疲れもせずよく上へ燃え出るもの。懲は悪さをする猫の鼻面を擦り付ける様なもの。異見だけを言っても間に合わない。怒の鼻先で頭を押さえつける様なこと。そこで克己の功夫になるのが面白い。御気を付けられてと頼むのではない。怒の療治は自分でする。怒によって俺は地獄へ墜ちる。俺も知はあるが、あの怒が俺を馬鹿にする。あれが俺を人にしないと言って懲らす。懲治と続く字。こうであってはならないと、外の裁人によってではなく、自分がするのである。自分でなくそうとするのから自分の手料理となる。窒欲とは、欲は差し水する様なもの。少しでも油断すると這い入るが、塞ぐと出ない。窒が大切である。埋金をして出ない様にするのである。
【語釈】
・神后后宮…神功皇后。仲哀天皇の皇后。熊襲叛するに及び天皇とともに西征、天皇香椎宮に崩御の後、新羅を征して凱旋し、応神天皇を筑紫で出産、摂政70年にして崩。
・巴御前…武勇すぐれた美女で、源義仲に嫁し、武将として最後まで随従。
・七情…礼記礼運。「何謂人情、喜・怒・哀・懼・愛・惡・欲。七者弗學而能」。
・不遷怒…論語雍也2。「哀公問、弟子孰爲好學。孔子對曰、有顏囘者好學、不遷怒」。
・惟怒為甚…為学4。「夫人之情、易發而難制者、惟怒爲甚」。

遷善改過。ここを論語で云へば、克己と云て復礼と云やうなもの。遷善はよい方へうつるに、それを怒や欲へやらぬ。改過は遷善のあらはれた所なり。ここがにやくやなもの。半分つつ足を入れてさっはりの手抦かない。胡麻さび一滴の水を入れぬと善へすっ々々と行く。今日の人、過も何ぞのとき出すつもり。孟子の君子の過に日蝕のことを出すがさっはりとしたことなり。額の墨なり。今日の人は過をひいきに思ふ。偖、ここがさっはりとしたことなり。克己めかぬやうなれとも、後ろくらいやうにする。尤と腹立と云はせずにする。そこをゆるすと隣へもうつる。なんでも上からどっさりと落さ子ばならぬ。これを損益はどうなれは、懲窒は損益でそれ々々の働きするが、ここへ人間の建立にこれほどのことなし。そこて損益の大と云。それ々々で云へば、克己は損、復礼は益。邪を損し元氣を益。借金返すは損、身代のなをりたは益。凡夫は親の田地をふやすを益と云が、それも非義でふやすなれば垩賢は損たと云。あの家は二代の短慮と云。懲して改がよい。持病の肝積でらりになる。懲忿窒欲で、からだの建立にこの損益の引れた。
【解説】
「遷善改過」は論語の克己復礼と同じ。これを損益で言えば、克己は損で復礼は益。邪を損し元気を益すのである。欲の差し水が入らなければ、善へすっと行く。
【通釈】
「遷善改過」。ここを論語で言えば、克己と言って復礼と言う様なもの。遷善はよい方へ移ることで、それを怒や欲へ遣らないこと。改過は遷善の現れた所である。ここが二役は嫌なものということ。半分ずつ足を入れてはさっぱり手柄がない。胡麻錆一滴の水も入れなければ善へすっと行く。今日の人は、過も何かの時に出すつもり。孟子が君子の過に日蝕のことを出すのがさっぱりとしたこと。それは額の墨である。しかし、今日の人は過を贔屓に思う。さて、ここがさっぱりとしたこと。克己めかない様だが、後ろ暗い様なことをして、尤もなことだと言って腹を立てることはしない。それを許せば隣へも移る。そこで、何にしても上からどっさりと落さなければならないのである。それは損益ではどうなのかと言うと、懲窒は損益でそれぞれの働きをするが、人間の建立にこれほどのことはない。そこで「損益之大」と言う。それぞれで言えば、克己は損、復礼は益。邪を損し元気を益す。借金を返すのは損で、身代の直ったのは益。凡夫は親の田地を増やすことを益と言うが、それも非義で増やすのなら聖賢は損だと言う。あの家は二代の短慮と言う。懲らして改めるのがよい。持病の癇癪で台無しになる。懲忿窒欲で、体の建立のためにこの損益を引かれた。
【語釈】
・君子の過に日蝕…孟子公孫丑章句下9。「且古之君子、過則改之。今之君子、過則順之。古之君子、其過也、如日月之食、民皆見之。及其更也、民皆仰之。今之君子、豈徒順之。又從爲之辭」。
・額の墨…額に角を入れる。元服前の男子が額髪の角を剃りあげること。

垩人之旨深哉。どふして嘆ずるなれは、垩人のは本体の処なれとも、学ぶものは懲忿窒欲の一寸々々との功夫で本体になる。乾の卦ばかりて損益なくはあの乾々にゆかれまいに、其旨深哉なり。吉凶悔吝。道理通りは吉なり。凶は道の外なり。悔は十分でないゆへ凶へつく。凶は片付たもの。悔は凶迠とといてはない。大く道理のそむかぬなれとも、どっとないことは悔なり。尤な理屈でも、初て逢ふた人を訶りたり、はげしく理屈つめてはわるい。そこで今日は這過たと云。非義でないことでも、をれか出そこないと悔る。時によりここからたしなみよい方へもゆくから善にほっきする筋もこめてもあるか、先つ凶に属す。吝も凶とは違ふ。公儀の御咎もなく役人の察當もないが、さて々々あの男には氣の毒と云なり。
【解説】
「聖人之旨深哉。吉・凶・悔・吝」の説明。聖人は本体のところにいるが、学者は懲忿窒欲の工夫によって少しずつ本体に近づく。また、道理の通りが吉で、それ以外は凶である。悔は十分でないこと。吝は気の毒があること。
【通釈】
「聖人之旨深哉」。どうして嘆ずるのかと言うと、聖人の旨は本体の処であり、学ぶ者は懲忿窒欲の功夫で少しずつ本体になる。乾の卦だけで損益がなければあの乾々には行けないだろうとして、其旨深哉なのである。「吉凶悔吝」。道理の通りは吉。凶は道の外のこと。悔は十分でないから凶へ付く。凶は片側に付いたもの。悔は凶まで届いたものではない。大きくは道理り背きはしないが、あまりよくないことは悔である。尤もな理屈でも、初めて逢った人を訶ったり、激しく理屈詰めをするのは悪い。そこで今日は言い過ぎたと言う。非義でないことでも、自分の出損いだったと悔いる。時によってはここから嗜みのよい方へも行くから善に発起する筋を込めてもあるが、先ずそれは凶に属す。吝も凶とは違う。公儀の御咎めもなく役人の察当もないが、実にあの男には気の毒だと言うこと。
【語釈】
・察當…人の行為をとがめ、非難すること。

生乎動。視聽言動へ戒をかけるやうなもの。存羪はじりんからして戒愼恐懼する。克己は番木がなる、そこへかけ出す。病人へ医者ののり出すよふなもの。事をするゆへ吉凶悔吝か分る。佛は動かぬことをする。なるほど動く、ことを起る。内に居てふみぬきはせぬ。このことあしくみるとたったもの、動くをいやに見るがそうしたことでない。動からことをこる。大切なものと云こと。噫吉一而已。吉凶悔吝からさとしたもの。天下の一大事、四つにわるいこと三つある。それも動からなれは、動くを戒むへし。動か子ばそれぎりなり。さて、吉のあとが一つかと見れば數々なれば、動が大切の処ぢゃ。愼めなり。時にこれが顔子の克己復礼を云ではなけれとも、やっはり顔子の怒と過を相手にされたでみよ。これを始にするが克己なり。手に入ぬとどのやうな功夫と思ふが、これは動の功夫なり。克己に未發の功夫はない。欲を動上で切て離すことなり。ここを功夫すると何でもしてとられぬことなし。
【解説】
「生乎動。噫、吉一而已。動可不愼乎」の説明。存養は地道に戒慎恐懼することだが、克己は直ぐに行に出ること。動くことで吉凶悔吝に分かれる。動くことで事が起こるから、そこで慎むことが大切である。克己とは、欲を動の上で切って離すことである。
【通釈】
「生乎動」。ここは、視聴言動へ戒めを掛ける様なもの。存養は一歩ずつ地道に戒慎恐懼をすること。克己は、番木が鳴ればそこへ駆け出す。病人のところへ医者が乗り出す様なもの。事をするので吉凶悔吝が分かれる。仏は動かない。なるほど、動けば事が起こる。内にいて踏み抜きはしない。このことを間違えると立ったものや動くことを悪く見るが、そうしたことではない。動から事が起こる。それが大切だということ。「噫吉一而已」。吉凶悔吝から諭したもの。天下の一大事、その四つの中に悪いことが三つある。それも動からであれば、動くことを戒まなければならない。しかし、動かなければそれ限りである。さて、吉の後は一つかと見れば数々とあるからは、動が大切な処であって、それを慎まなければならない。時にこれが顔子の克己復礼を言うわけではないが、やはり顔子が怒と過を相手にされたところから判断しなさい。これを始めにするのが克己である。これがわからなければどの様な功夫なのかと思うが、これは動の功夫なのである。克己に未発の功夫はない。それは、欲を動の上で切って離すこと。ここを功夫するとし遂げられないことは何もない。


第二 養心莫善於寡欲条

濂渓先生曰、孟子曰、養心莫善於寡欲。予謂、養心不止於寡而存耳。蓋寡焉以至於無。無則誠立明通。誠立賢也。明通聖也。
【読み】
濂渓先生曰く、孟子曰く、心を養うは寡欲より善きは莫し、と。予謂[おも]えらく、心を養うは寡なくして存するに止まらず。蓋し寡なくして以て無に至るなり。無なれば則ち誠立ち明通ず。誠立つは賢なり。明通ずるは聖なり、と。
【補足】
・この条は、養心亭説にある。

孟子は兼て存心養性とあたり前の書きやうなり。孟子の此章は其上を云、やはり一つにこめて云ことなり。心は統性情もの。心の方にけささのないやうにする。心は人の主、虚霊不昧なもの。無極而太極なものが人に存してをる。天では冷のようなもの。心では燗をしたなり。二つはなけれども、かんだけあたたまりがある。人は血氣ありて生ものゆへ欲がある。欲も孟子の註の通り、耳目鼻口の自然の欲なり。金やもくさんでない。持具った欲を云。垩賢にもあれとも、人の生れつきでそれに多少がある。佛は根から絶とうとする。なくなるものでない。そこで孟子の淡泊かよい、と。さらりとしたことなり。好色は人に存したことなれとも、さて々々九十九夜は見苦しいなり。垩賢にもありて、口の味も孟子の熊の掌なり。この寡欲かよい字なり。かれやこれやと欲に引れると心がらりになる。ああしたい、こふしたいとあくせくするが、この寡で本源をよくする。拜領の仁を虫喰にするもこの欲がするなれば大切なこと。これは輕いことに迠かけて見べし。のろりとした人は心を使はぬもの。土用の中、肴が来てもまあすてて置く。肴がくさろふとも心を使はぬ。某などは性急ゆへ、そふしては置れぬ。それどうしろと云。心を無用に用るも寡欲で無いからなり。前にも云輕いことで、ひよ鳥が南天の実を食ふも、それ追てやれとはやそこ迠へ心が行く。それを非義と云でもなく、それほど滔溺でもないが、それ迠へ心の行くだけか寡欲でないゆへなり。
【解説】
「濂渓先生曰、孟子曰、養心莫善於寡欲」の説明。心は人の主であり、虚霊不昧なもの。無極而太極が人にもある。しかし、人は血気ある生き物なので自然な欲があり、それを無にすることはできない。そこで孟子は寡欲を説いた。
【通釈】
孟子は前々から「存心養性」と当り前の書き様であり、孟子を引用したこの章もその上でのことで、やはり一つに込めて言ったこと。心は性情を統べるもの。心の方に障害のない様にする。心は人の主であり、虚霊不昧なもの。無極而太極なものが人に存してある。それは、天は冷酒の様なものだが、心は燗をした様なもの。別なものではないが、燗なだけ温まりがある。人には血気があって生き物なので欲がある。その欲も孟子の註の通りで、耳目鼻口の自然な欲である。金や目算ではなく、持ち具わった欲を言う。聖賢にも欲はあるが、人の生まれ付きによってそれに多少がある。仏は根から絶とうとするが、欲はなくなるものではない。そこで孟子は淡泊なのがよいと言った。それはさらりとしたこと。好色は人に存したことだが、全く九十九夜は見苦しいこと。聖賢にもある口の味も、孟子の熊の掌と同じこと。この「寡欲」がよい字である。かれこれと欲に引かれると心が台無しになる。ああしたい、こうしたいとあくせくするが、この寡で本源をよくする。拝領の仁を虫喰いにするのもこの欲がするのだから、これが大切なこと。これは軽いことに掛けて見なさい。のろりとした人は心を使わないもの。土用に魚が来ても、まあ捨てて置く。肴が腐ろうが心を使わない。私などは性急なので、そうしては置けない。それ、どうしろと言う。心を無用に用いるのも寡欲でないからである。前にも言った軽いことだが、鵯が南天の実を食うのを見ても、それ、追ってやろうと早くもそこまで心が行く。それを非義と言うのでもなく、それほどの沈溺でもないが、それまでに心が行くのは寡欲でないからである。
【語釈】
・存心養性…孟子尽心章句上1。「孟子曰、盡其心者、知其性也。知其性、則知天矣。存其心、養其性、所以事天也。妖壽不貳、修身以俟之、所以立命也」。
・心は統性情…道体50。「心統性情者也」。
・けささ…障害。邪魔。
・孟子の註の通り…孟子尽心章句下35集註。「欲、如口鼻耳目四支之欲、雖人之所不能無、然多而不節、未有不失其本心者。學者所當深戒也。程子曰、所欲不必沈溺、只有所向便是欲」。
・九十九夜…深草少将が小野小町のもとに九十九夜通ったこと。
・熊の掌…孟子告子章句上10。「孟子曰、魚、我所欲也。熊掌、亦我所欲也。二者不可得兼、舍魚而取熊掌者也。生、亦我所欲也。義、亦我所欲也。二者不可得兼、舍生而取義者也」。
・寡欲…孟子尽心章句下35。「孟子曰、養心莫善於寡欲。其爲人也寡欲、雖有不存焉者、寡矣。其爲人也多欲、雖有存焉者、寡矣」。

予謂養心不止於寡而存耳蓋焉以至於無。さて、孟子のあたりまへより周子はつよく見られた。朱子は孟子と違ふと云、直方先生、とど一つと云。至於無と云が捨身のやうになりてさしつかへるゆへ、孟子と違ふと云。されともそこを功夫するには根からなくす合点ぞ。そこで一つと云なり。予謂云々か周子の孟子を打つでなく、もとぎり々々を云。孟子はゆるやかに云たを、周子の意にまた量簡有ふは、無やうにせ子ば安堵はならぬ。無と云ゆへ、克己には的切なり。欲か非とは違ふゆへ、耳目鼻口の欲を根から無するではない。直方先生一つと云も面白いは、程子の人心は人欲と云やふなもの。欲を断はせぬが、それからそれで居ぬもの。そこで、根から火を消さ子ばならぬ。そこで周子の偏に云が面白い。三宅先生の、垩人は道心計りて人心はないと云やふなもの。垩人は暑い寒いか理なりで出るゆへなり。中庸序にさしあわず自然ゆへ、寡とは云へとも、それがだん々々ふとり、御免になりてはばするから耳目鼻口の欲を退治する。これで至於無か克己の大切になる。病氣も少しから重り、借金もだん々々ふへるものゆへ、其借金を無して餘分かありて備不虞でなければやくにたたぬ。ここらよまば行百里者半九十里の心得て克己になる。垩人にも耳口欲かあると云。號帯を持たせてはならぬことなり。
【解説】
「予謂、養心不止於寡而存耳。蓋寡焉以至於無」の説明。周子は養心のためには無にすることだと、孟子よりも強く説いた。朱子は周子と孟子とは違うと言ったが、直方は同じであると言った。それは、功夫によって欲を根絶やしにするのだから同じだと言ったのである。寡でもそのまま放って置いては欲が段々と太っていくから、初めから欲を退治して置くのである。
【通釈】
「予謂養心不止於寡而存耳蓋焉以至於無」。さて、孟子の当り前な見方よりも強く周子は見られた。朱子はそれを孟子とは違うと言い、直方先生は、結局は同じだと言った。「至於無」というのが捨て身の様になって差し支えるので孟子と違うと朱子は言い、しかしながら、そこを功夫するには根からなくすという合点があるから、そこで同じだと直方は言う。「予謂云々」は周子が孟子を批判したことでもなく、元々至極を言ったこと。孟子は緩やかに言ったが、周子の意にまた了簡があるのは、ない様にしなければ安堵はできないということ。無と言うので、克己には的切である。欲は非とは違うので、耳目鼻口の欲を根からなくすことではない。直方先生が一つと言ったのが面白いというのは、程子が人心は人欲だと言ったのと同じ様なこと。欲を断たなければ、欲はそのままではいないもの。そこで、根から火を消さなければならない。そこで周子の篇でこれを言うのが面白い。それは、三宅先生が、聖人は道心ばかりで人心はないと言う様なもの。聖人は暑い寒いが理の通りに出るからである。中庸序にも差し支えることもなく自然なことなので寡とは言うが、それが段々太り、御免と言って幅をするから、耳目鼻口の欲を退治するのである。これで「至於無」が克己の大切になる。病気も少しのところから重くなり、借金も段々と増えて行くものなので、その借金をなくして余分があり、不慮に備えるのでなければ役には立たない。ここ等を読めば「行百里者半九十里」の心得で克己になる。聖人にも耳口の欲があると言う。そこで、欲に絵符を持たせてはならない。
【語釈】
・はばする…幅をする。みえを張る。うわべを飾っていばる。
・行百里者半九十里…戦国策秦策。「行百里者半九十」。

膾不厭細飯不厭精と氣て書ても、丸に理なり。凡夫がそれをかりて、人欲が人心にあるゆへあぶない。そこで無する。ここが孔明が天下の醜女を撰だと云ことではないが、孔明は寡欲。顔にかまふことかと云たことなり。ここをあまりするどに云は仏家の持まい、女房をもつなと云ぞ。又、そげて女房をめとらぬがよいと云でもない。文王の奧方は容顔もよかろふ。わるいがよいと云と人のそげる偏になる。朱子の違たと云もよいのわるいのに欲手傳ふことでない。理なりなり。直方先生の違ぬと云も見手のこと。ここは六ヶしいあやなり。欲を食色性也と云て、咳拂をして、私ならぬ、餘義もないとするゆへ、捨身の業に似たほどのことに示すなり。人欲がけささにならぬやうに無すと云。永田養庵を誠意の功夫したと云も、予期をたつに至た人なり。あるとき疂が破れて見苦しいゆへ、門人が師につげては合点せぬゆへ、師の留主にとか々々依て疂かへをしたなり。時に養庵歸りてこれを見て、ほほを蚤が居ずによかろふとなり。今日の人なら其事數々言へは、それは執着かあるからなり。迂斎も諸矦へ出て美味なと喰た咄を娵などへするてない。さても執着はなかった。石原先生の父は茶の湯の名人なり。料理は先生手傳はれた。至てよくしったは知た。それても曽てのそみなし。咽へは別に通る。寡欲なり。
【解説】
人心に人欲があっては危ないから、そこで欲をなくすのである。朱子の周子に対する批判は、理の通りにすればよいという意からのことである。欲とは「食色性也」であってどうしようもないことだと人々が思っているから、ここではそれを無にすればよいと周子は言ったのである。永田養庵も迂斎も石原先生も寡欲な人だった。
【通釈】
「膾不厭細飯不厭精」と気で書いても、それは全体が理である。凡夫がそれを借りて言うが、人欲が人心にあるので危ない。そこで無くすのである。ここが、孔明が天下の醜女を選んだということではないが、孔明は寡欲である。顔に構うことかと言った。ここをあまり強く言うと仏家の領分となって、女房を持つなと言うことになる。また、話が逸れて、女房を娶らないのがよいということでもない。文王の奥方は容顔もよかっただろう。顔の悪いのがよいと言えば、人の本来から外れた篇になる。朱子が違うと言ったのも、よい悪いということは欲が手伝うことではなく、理の通りにするということ。直方先生が違わないと言ったのも見手の立場でのこと。ここには難しい綾がある。欲を「食色性也」と言い、咳払いをして、私にはどうにもならない、余儀もないことだとするので、捨て身の業に似たほどのこととして示したのである。人欲が邪魔をしない様に無くすと言う。永田養庵を誠意の功夫をした人だと言うのも、欲を絶つに至った人だからである。ある時畳が破れて見苦しいので、門人が師にそれを告げては承知しないだろうからと、師の留守にどかどかと集まって畳替えをした。時に養庵が帰ってこれを見て、ほほう、蚤がいなくてよいだろうと言った。今日の人ならその時に色々と言うものだが、それは執着があるからである。迂斎も諸侯のところへ行って美味なものを喰った話などを娵などにしたことはない。全く執着はなかった。石原先生の父は茶の湯の名人だった。料理は先生も手伝われた。そこで、至ってよく知っているには知っていた。それでも一度もそれを望まれなかった。咽へは別に通る。寡欲である。
【語釈】
・膾不厭細飯不厭精…論語郷党8。「食不厭精、膾不厭細」。
・食色性也…孟子告子章句上4。「告子曰、食色、性也。仁、内也。非外也。義、外也。非内也」。
・永田養庵…山崎闇斎門下。佐藤直方は初め永田養庵に学び、彼を介して山崎闇斎の弟子となる。

無則誠立明通云々。ここに欲のあたまの上るを無すると云も寡欲と云も、あまり違はぬ。欲が一寸あると、仁と誠の匁方も一寸减る。直方の、人欲と天理の同坐はせぬと云。兎角並ぬもの。丁とからくりのやうなものにて、天理が出る、人欲ひっかへる。人欲か無と誠か立。只今の人、两方を持て油の中へ水なり。誠立賢也明通垩也。誠立った処から明通る。中庸は誠よりして明と云が垩なり。明よりして誠か賢なり。文字はあの通なれとも、周子は中庸にかまわず云。立つは三十而立と云よふなもの。明通は五十而知天命と云やふなもの。誠立つは、賢人の德で立つと云が相塲がかわらぬ約束の通なり。明は学者の入口のやうなれとも、そふでない。仲尼明快人と云も垩人の上を知で説くが、やはり中庸の顔子は仁なり、舜は知なりと一つ説なり。立つはつかまい所を云、明は上品で云。理なりでをる処なり。さてこれがとこへ克己なれば、寡欲から垩賢に至る其功夫。寡焉して無するが克己なり。顔子のは欲をなくすこと。垩賢に至ら子ば欲にさへられる。某為學の開巻でも、学問は理計で氣にさへられぬことと云。それで、太極がはたらく。そこで誠立た所。垩人のは形ある天。全体が天なり。それゆへ、至るも欲を無するてのことなり。
【解説】
「無則誠立明通。誠立賢也。明通聖也」の説明。人欲と天理は一緒にはいないもので、天理が出れば人欲が引っ込む。そして、人欲がなければ誠が立つ。誠が立てば明が通じる。中庸の「自誠明」がここの「聖」であり、「自明誠」が「賢」である。この条は、寡欲から聖賢に至る功夫を説いたもので、寡なくしてなくすのが克己なのである。
【通釈】
「無則誠立明通云々」。ここで欲が頭を上げるのを、無くすと言っても寡欲と言ってもあまり違ったことではない。欲が一寸あると、仁と誠の重さも一寸減る。直方が、人欲と天理が同座はしないと言った。とかく並ばないもの。丁度絡繰の様なもので、天理が出れば人欲が戻って行く。人欲が無ければ誠が立つ。只今の人は両方を持っているから油の中へ水である。「誠立賢也明通聖也」。誠が立った処から明が通じる。中庸にある「自誠明」が聖のことで、「自明誠」が賢のこと。文字はあの通りだが、周子は中庸に構わずに言う。「立」は「三十而立」という様なもの。「明通」は「五十而知天命」という様なもの。誠立は、賢人の徳で立つというのが相場の変わらない約束の通りのこと。明は学者の入口の様だが、そうではない。仲尼明快人と言うのも、聖人のことを知で説くことで、やはり中庸の「顔淵仁也舜知也」と同じ説である。立つとは掴まえ所を言い、明は上品なところで言う。理の通りでいることである。さてこれの何処が克己なのかと言うと、寡欲から聖賢に至る功夫のことであり、寡くしてなくすのが克己だからである。顔子のは欲を無くすこと。聖賢に至らなければ欲に障えられる。私は為学の開巻でも、学問は理ばかりで気に障えられないことだと言った。それで太極が働く。そこで誠が立った所となる。聖人のは形ある天で、全体が天である。それで、そこに至るのも欲をなくしてからのことなのである。
【語釈】
・誠よりして明…中庸章句21。「自誠明、謂之性。自明誠、謂之教。誠則明矣。明則誠矣」。
・仲尼明快人…
・顔子は仁なり、舜は知なり…中庸章句11集註。「舜、知也。顏淵、仁也。子路、勇也。三者廢其一、則無以造道而成德矣」。

講後曰、損益之大、これは常の損益とちがふ。たたい損益は六十四卦の並み々々の卦なれとも、ここは學の損益でない。乾の用になる。平大名を國主にあしろふやうなもの。先刻の辨の御用足の帯刀なり。ちと竒説かも知れぬ。江戸の学者に評させ、わるくはわるいと云がよし。文義の違いを改ることは肉身手傳ぬゆへ、寐酒より改めやすきことなれとも、先生かぶまけをしみの学者多し。これ、幸田の云るる俗人になき人欲を持合せているなり。損益と云道理色々なれとも、懲窒遷改ほど大な損益はない。これに過ぐへからずと云が乎なるべし。
【解説】
初条にある損益の卦は乾の用として引かれたものだと言ったが、少々奇説かも知れない。損益の中で「懲窒遷改」ほど大きな損益はない。慎まなければならない。
【通釈】
講後に言う。「損益之大」は通常言う損益とは違う。そもそも損益は六十四卦の中では並の卦であるが、ここは学者への損益ではなく、乾の用になること。平大名を国主扱いする様なもの。先刻の弁にあった、御用足の帯刀である。少々奇説かも知れない。江戸の学者に評させて、悪ければ悪いと言えばよい。文義の違いを改めることは肉身の欲が関わらないので寝酒を止めるよりも改め易い意ことなのだが、先生株になったり負け惜しみをする学者が多い。これが幸田の言われた、学者は俗人にはない人欲を持ち合わせているということ。損益という道理は色々だが、「懲窒遷改」ほど大きな損益はない。「莫是過」なので「可不慎乎」なのである。
【語釈】
・幸田…幸田子善。名は誠之。善太郎と称す。江戸の人。幕臣。享保5年(1720)~寛政4年(1792)