第四十二 伊川先生曰患心慮紛亂の条  十二月十六日  慶年録
【語釈】
・十二月十六日…寛政2年庚戌(1790年)12月16日。
・慶年…北田慶年。東金市福俵の人。通称太兵衛。

伊川先生曰、學者患心慮紛亂、不能寧靜。此則天下公病。學者只要立箇心。此上頭儘有商量。
【読み】
伊川先生曰く、學者は心慮紛亂し、寧靜能わざるを患う。此れ則ち天下の公病なり。學者は只箇の心を立つるを要す。此の上頭に儘[まった]く商量有り、と。
【補足】
・この条は、程氏遺書一五にある。

先、学問を致すものでなふては此患はないと思へ。此れて見れは、学者と云は吾心て患あることと思へ。学者と云ものは心の支配をするから思慮紛乱を患ふなり。学問かないと心の支配することかならぬ。公病と云かたれにもかれにも此通患かあるそとなり。公病は、譬は子ともを持ては疱瘡のことを苦労にする様なものて、なべてあること。それを苦労にせぬものは無いやふに、学者も心は手とりものぞと出しておいて、跡へ藥方をたてた。只要立箇心。秘事は睫で捨てをくと十方もなくなるか、心に主を立ると居り処にしゃんといるものぞ。立心は上の條の立己と云に同し。明道の学者全體此心も、伊川の須守此心と云も大概似たことて、語のたては違へとも、大方同し。存養の篇になりて今日迠五席程よむが、皆一寸四方の内のことて、列子が方寸と云たも心のことて、色々に云てあれとも一つ処の功夫ゆへ、大てい同しやふなもの。又、さま々々あろふ筈もない。そこて心を立るか第一。心も立ると云ことかなけれは傘にろくろ、扇に要めのないやふなものと迂斎云へり。此心を立ると云了簡かつくと、跡のことは自ら成る。此上頭云々。心を立るをさして云こと。心を立ると云は爰のことじゃと合点しての上の商量なり。商量は大学ては八目、近思では十四篇と云様に教はさま々々なれとも、心を立ると云が根なり。根かなふて商量はならぬ。心を立ての上が商量なり。それなくては根なしかづら。何の相談も出来ぬと云ことなり。
【解説】
学者は心を支配するから思慮紛乱を患うが、学問がなければ心は支配することができない。そこで、心を立てるのが第一となる。商量するにも、その前に心を立てて置かなければならない。
【通釈】
先ず、学問をする者でなくてはこの患いはないと思いなさい。これで見れば、学者とは自分の心に患いがある者のことだと思いなさい。学者という者は、心の支配をするから思慮紛乱を患うのである。学問がないと心を支配することはできない。「公病」と言うのが、誰にも彼にもこの通り患いがあるということ。公病は、たとえば子供を持てば疱瘡のことを苦労にする様なもので、押し並べてあること。それを苦労にしない者はない様に、学者も心は大変なものだと出して置いて、その後へ薬方を立てた。「只要立箇心」。秘事は睫で放って置くと途方もなくなるが、心に主を立てると居り処にしっかりとしているもの。「立心」は上の条の「立己」と同じ。明道の「学者全体此心」も、伊川の「須敬守此心」と言うのも大概似たことで、語立ては違っても大方は同じ。存養の篇になってから今日まで五席ほど読んだが、皆一寸四方の内の心のこと。列子が方寸と言ったのも心のことで、色々と言ってはいるが一つ処の工夫であって、大抵は同じ様なもの。また、様々にある筈がない。そこで心を立てるのが第一。心も立てるということがなければ傘に轆轤、扇に要のない様なものだと迂斎が言った。この心を立てるという了簡がわかると、後のことは自ら成る。「此上頭云々」。心を立てることを指して言う。心を立てるとはここのことだと合点した上での商量である。商量は大学では八条目、近思では十四篇と言う様に教えは様々だが、心を立てるということが根である。根がなくては商量はならない。心を立てた上が商量である。それがなくては根無葛。何の相談もできないということ。
【語釈】
・秘事は睫…秘事などというものは、案外ごく手近な所にあるもので、自分の睫と同じように不断、気が付かないだけである。
・学者全體此心…存養12の語。
・須守此心…存養14。「伊川先生曰、學者須敬守此心、不可急迫」。
・方寸…列子仲尼。「文摯乃命龍叔背明而立、文摯後向明而望之。既而曰、嘻、吾見子之心矣、方寸之地虚矣。幾聖人也、子心六孔流通、一孔不達。今以聖智爲疾者、或由此乎。非吾淺術所能已也」。


第四十三 閑邪則誠自存の条

閑邪則誠自存。不是外面捉一箇誠將來存著。今人外面役役於不善、於不善中尋箇善來存著。如此則豈有入善之理。只是閑邪則誠自存。故孟子言性善皆由内出、只爲誠便存。閑邪更著甚工夫。但惟是動容貌、整思慮、則自然生敬。敬只是主一也。主一則既不之東、又不之西。如是則只是中。既不之此、又不之彼。如是則只是内。存此則自然天理明。學者須是將敬以直内涵養此意。直内是本。尹彦明曰、敬有甚形影。只収斂身心。便是主一。且如人到神祠中致敬時、其心収斂、更著不得毫髪事、非主一而何。
【読み】
邪を閑[ふせ]げば則ち誠自ら存す。是れ外面より一箇の誠を捉え將[も]て來りて存著するにあらず。今人は外面不善に役役とし、不善中に於て箇の善を尋ね來りて存著す。此の如くんば則ち豈善に入る理有らん。只是れ邪を閑げば則ち誠自ら存するなり。故に孟子性善を言うに皆内より出ずるは、只誠ならば便ち存するが爲なり。邪を閑ぐに更に甚[いか]なる工夫を著[つ]けん。但惟[ただ]是れ容貌を動かし、思慮を整うれば、則ち自然に敬を生ず。敬は只是れ一を主とするなり。一を主とせば、則ち既に東に之かず、又西に之かず。是の如くんば、則ち只是れ中なり。既に此に之かず、又彼に之かず。是の如くんば、則ち只是れ内なり。此を存せば則ち自然に天理明らかなり。學者は須く是れ敬にして以て内を直くするを將[もっ]て此の意を涵養すべし。内を直くするは是れ本なり。尹彦明曰く、敬甚[なん]の形影ありや。只身心を収斂せよ。便ち是れ主一。且つ人神祠の中に到りて敬を致す時、其の心を収斂して、更に毫髪の事を著け得ざるが如き、主一に非らずして何ぞや。
【補足】
・この条は、程氏遺書一五にある伊川の語。

邪と云は當て来る処に道理の外のことを邪と云。人のわるくなるは道理の外なことにしみるから悪くなり、道理なりにするとよくなるは、偖よいからくりなり。懐手をすると暖かになり、出してをくとつめたいやふに、邪にしまぬと直に誠になるは、むだつかいをせぬと錢のたまるやふなもの。又熟か覚めて邪氣のなくなると元氣づくやふなり。是外靣捉一箇誠云々。誠ははへぬきにあり、余所からつかまへて来ることてなく、悪ひことかなをると誠になる。外から來ることにあらす。病氣がよふなると、あたり前のよい顔色になるやふなり。今人外靣役々云々。今日の人の学ひやふのわるいと云は、上直しをしている。凡夫の水はなれせぬ内は彼是不善だらけなり。尋箇善来云々。一寸と善を尋子、つれ来てよいことをすることもある。付け焼刄なり。只是閑邪云々。前へとり返して云。上なをしばかりしてはならぬ。閑邪と誠は自然と存するそ、と。
【解説】
「閑邪則誠自存。不是外面捉一箇誠將來存著。今人外面役役於不善、於不善中尋箇善來存著。如此則豈有入善之理。只是閑邪則誠自存」の説明。「邪」とは道理でないことで、邪に染まらなければ直に誠となる。誠は人の内にあるもので、善も外から持って来るものではない。
【通釈】
「邪」とは当たって来る処が道理の外のことで、それを邪と言う。人が悪くなるのは道理の外のことに染みるからであって、道理の通りにするとよくなるの。それは実によい絡繰である。懐手をすると暖かくなり、外に出して置くと冷たい様に、邪に染みなければ直に誠になるのは、無駄遣いをしなければ銭が貯まる様なもの。また、熱から覚めて邪気がなくなると元気付く様なもの。「是外面捉一箇誠云々」。誠は生まれ付き持っているもので、他の所から掴まえて来ることではなく、悪いことが直ると誠になる。外から来ることではない。病気がよくなると、当たり前のよい顔色になる様なこと。「今人外面役々云々」。今日の人の学び方が悪いと言うのは、表面だけを取り繕っているだけだからである。凡夫の水離れをしない内はかれこれ不善だらけである。「尋箇善来云々」。一寸善を尋ね、それを連れて来てよいことをすることもあるが、それは付け焼刃である。「只是閑邪云々」。前へ取って返して言う。上直しばかりしていてはならない。閑邪と誠は自然と存すると言ったのである。

故孟子言性善云々。ここらへ性善を出したか只の人の云ふことのなることでない。二程などの仰せらるることは只ものでない。根か爰らでも伺はるることなり。閑邪は文言傳の文字ぞ。孟子が性善と云と性善とはかり見るか、根かすむと一つなり。閑邪とやはり誠なり。誠と云が性善なり。性善と云が大く云へは天なり。天の誠なり。そこで、継之善と孔子の云へる。其善が人の性善。皆同しことなり。某前々云通り、孔子は天窓の方で善を云、孟子は尻尾の方て善を云。天で云と人で云ふのなり。孟子の師匠の子思は誠々と云て性善とは云ぬか、つまり一つことなり。存養は心のそこからたたみこむことゆへ、皆由内出て内々と云なり。誠便存閑邪云々。邪をさへふせぐと誠は存すると聞て、今からは余のことはすまい、邪をふせかうと云てふせぐにしても、更著甚工夫。つかまへ処、目當かない。
【解説】
「故孟子言性善皆由内出、只爲誠便存。閑邪更著甚工夫」の説明。閑邪は誠であり、誠は性善であり、性善は天である。孔子は「継之善」と天で善を言い、孟子は性善と人で善を語った。閑邪で誠は存するとは言うが、その工夫は難しい。
【通釈】
「故孟子言性善云々」。ここへ性善を出したのが、普通の人の言えることではない。二程などの仰せられることは普通の者の言葉ではない。根がここ等でも窺える。閑邪は文言伝の文字である。孟子が性善と言うと性善のこととばかり見るが、根が済むと同じこと。閑邪とやはり誠である。誠というのが性善である。性善というのは大きく言えば天である。天の誠である。そこで、「継之善」と孔子が言ったのである。その善が人の性善で、皆同じこと。私が前々から言う通り、孔子は頭の方で善を言い、孟子は尻尾の方で善を言う。天で言うのと人で言うのとの違いである。孟子の師匠の子思は誠々と言って性善とは言わなかったが、つまり同じこと。存養は心の底から畳み込むことなので、「皆由内出」で内々と言うのである。「誠便存閑邪云々」。邪さえ防げば誠は存すると聞いて、今からは他のことはしないで邪を防ごうと言って防ぐにしても、「更著甚工夫」で、掴まえ処、目当てがない。
【語釈】
・文言傳…易経乾卦文言伝。「九二曰、見龍在田、利見大人、何謂也。子曰、龍德而正中者也。庸言之信、庸行之謹、閑邪存其誠、善世而不伐、德博而化。易曰、見龍在田、利見大人、君德也」。
・継之善…易経繋辞伝上5。「一陰一陽之謂道。繼之者善也、成之者性也」。

但惟是動容貌云々。垩賢の教と異端の違ふが爰なり。異端は外をすてるぞ。形の上へからゆくか垩人の内外交羪ふなり。動容貌と云か心法沙汰てはあるまいやふなれとも、この内に心法の工夫がなることなり。整思慮。とふこうと云思慮を整ふと云は出次第にせぬことなり。整と云は出る処を愼むことで、そでないことを思ふ筈はない々々と出次第にせづ、整ると自然生敬。生すと云を氣を付て見よ。外から来るてない。敬は工夫なれは、外から膏藥を持てはるやふなことに心得るか、そふでなく、敬は学問の眞味、心の本然の主宰ぞ。容皃思慮の工夫すれば、此致し方で自然に敬を生する。いつも齒ぎしりしてすることてない。整思慮、これをする内に、敬は人心の本体てあるものゆへ、自然と生しはへてくる。
【解説】
「但惟是動容貌、整思慮、則自然生敬」の説明。異端は外を捨てるが、聖賢の教えは内外共に養う。「整思慮」とは、思慮が出るところを慎むこと。敬は学問の真味、心の本然の主宰であり、容貌思慮の工夫をすれば自然と敬が生じる。
【通釈】
「但惟是動容貌云々」。聖賢の教えと異端との違いがここである。異端は外を捨てる。形の上から行くのが聖人であって、「内外交相養」である。動容貌は心法沙汰ではない様だが、この内に心法の工夫ができるのである。「整思慮」。どうのこうのと言う思慮を整えるのは、出次第にしないということ。整とは出る処を慎むことで、本来でないことを思う筈はないとして、出次第にせずに整えれば「自然生敬」。生という語を、気を付けて見なさい。外から来ることではない。敬は工夫だから、外から膏薬を持って来て貼る様なことと心得るが、そうではなく、敬は学問の真味、心の本然の主宰である。容貌思慮の工夫をすれば、その致し方で自然に敬を生ずる。歯ぎしりをいつもしてすることではない。敬は人心の本体にあるものだから、整思慮をする内に自然と生じ生えて来る。
【語釈】
・内外交羪ふ…存養55。「持其志、無暴其氣、内外交相養也」。
・そでない…然で無い。①違う。然るべきでない。②いけない。不都合である。また、薄情である。③尋常でない。悪い。

敬只是主一也。敬と云は別のことはない。主一專一になりて余のことを交せぬことなり。編集のしやふをも大切に見よ。主一無適は敬の字の判鑑なり。そんならば卑く出そふなものと云に、朱子も囲てをいた。存養の篇を明て見ると、周子の一為要とあり、それから段々長いことを云ふて、ここでかんじんの主一の字を出して、主一と云ふにきまるなり。此様な大切なことは、聞てずっとすむ位でなければ受用にならぬ。いかさま外に手段はないぞとはっきと心得へし。外に相談はないことなり。主一則既不之東云々。主一の專一になっていれは東へも西へもゆかぬ。なれとも又、押へ結めて死んたやうにすることてない。心のはせぬこととみよ。心を引つめてをくことてはなく、ものにはせぬことぞ。そうみぬと心を枯木死灰のやふにする。心はいきものなり。只是中。何のことない、中庸の中なり。未發の中と云も、東の西のと心が欠出さず、不視戒謹不聞恐懼すと主一のていなり。
【解説】
「敬只是主一也。主一則既不之東、又不之西。如是則只是中」の説明。敬とは、外のことを交じらせないことで、主一無適が敬の字の判鑑である。主一とは心が馳せない様にすることで、心を押え付けることではない。未発の中も心が馳せないことで、主一である。
【通釈】
「敬只是主一也」。敬とは特別なことではなく、主一専一になって、外のことを交じらせないことである。編集の仕方も大切に見なさい。主一無適は敬の字の判鑑である。それならもっと低いところに出しそうなものだと言うが、朱子はこれを存養の篇に囲って置いた。存養の篇を開けて見ると、周子の「一為要」があり、それから段々と長いこと述べて、ここで肝心の主一の字を出したのであって、主一と言うことに決まる。この様な大切なことは、聞いてすっかりと済む位でなければ受用にはならない。全くこの外に手段はないとはっきりと心得なさい。外に相談はない。「主一則既不之東云々」。主一専一になっていれば東へも西へも行かない。しかしそれはまた、押え詰めて死んだ様にすることでもない。心が馳せない様にすることだと見なさい。心を引き詰めて置くことではなく、物に馳せないこと。その様に見ないと心を枯木死灰の様にする。心は生き物である。「只是中」。これは何のことでもなく、中庸の中のことである。未発の中というのも、東や西へと心が駆け出さず、「不視戒謹不聞恐懼」で主一の姿なのである。
【語釈】
・主一無適…論語学而5。「敬者、主一無適之謂」。
・一為要…存養1の語。
・不視戒謹不聞恐懼す…中庸章句1。「道也者、不可須臾離也。可離非道也。是故君子戒愼乎其所不睹、恐懼乎其所不聞」。

既不之此云々。上の東西と同しことて、あちこちうろたへ巡ぬことぞ。そふすると心か内にしゃんとして居る。只是内。内の字は外を相手にして云字なり。これは敬以直内と云にかけて、ただ心のことぞ。上の中と云は本然て云ひ、下の内と云は本領で云。内と云は外を相手にする。地位をさして云て、これこの処と云ふの意なり。葉解か、中を未発、内を已発とあててよく氣の付たやふなれども、能いほど前方なことなり。中と云ことか出たれとも、爰は易て云ゆへ、そふあてるはわるい。是内と云は本領の塲で心上の工夫て云、中は本然で云なれとも、又、中と内を二つにわけるは又悪し。東西と云、此彼と云こと、同じく馳せぬことなり。須是將敬以直内云々。学者の工夫と云はこれより外に存養のいたしかたはないと云こと。直内是本と葉解が云ふやうに未発已發と見ると、爰でさしつかへる。依て、ここは上に云通り、易を主にして云ゆへに未発已発くるめて内を心のことと一くるめに見るかよい。何ても敬て内を直ふすることとみよ。是中は未發じゃの、是内は謹獨じゃの、かかることにあらず。一くるめに見るかよいことなり。
【解説】
「既不之此、又不之彼。如是則只是内。存此則自然天理明。學者須是將敬以直内涵養此意。直内是本」の説明。上にある「只是中」とここの「只是内」は易が出典だから、中庸の未発已発で言うよりも、「中」は本然で言い、「内」は本領で心の工夫を言うとするのがよい。
【通釈】
「既不之此云々」。上の東西と同じことで、あちらこちらへと狼狽え廻らないこと。そうすると心が内にしゃんとしている。「只是内」。内の字は外を相手にして言う字である。これは「敬以直内」に掛けたことで、ただ心のこと。上にある「中」は本然で言い、下の「内」は本領で言う。内とは外を相手にしたこと。地位を指して言うことで、これ、この処と言う意である。葉解が、中を未発、内を已発と当てた。それはよく気が付いた様に見えるが、よいほどそれは未熟である。中ということが出ても、ここは易で言うから、その様に当てるのは悪い。「是内」は本領の場で、心上の工夫を言い、「中」は本然で言うことだが、また、中と内とを二つに分けるのは悪い。東西と「此彼」は、同じく馳せないこと。「須是将敬以直内云々」。学者の工夫というものには、これより外に存養の仕方はないということ。葉解が言った様に未発已発と見ると「直内是本」で差し支える。そこで、ここは上に言う通り、易を主にして言ったことだから、未発已発を包めて内を心のことだと一包めに見るのがよい。何でも敬で内を直くすることだと見なさい。是中は未発だの、是内は謹独だのということではない。一包めに見るのがよい。
【語釈】
・敬以直内…易経坤卦文言伝。「直其正也、方其義也。君子敬以直内、義以方外。敬義立而德不孤」。
・前方…①旧式なこと。時代おくれなこと。②初心。うぶ。未熟。③ひかえ目であること。

細字。尹彦明曰敬有甚形影。学者は氣質をあてにせぬこと。氣質は変化するもの。これ御定りのことなり。なれとも又、氣質にうれしいこともある。氣質はたしかなもの。覚へないことを云は預りもので本の塩梅か出ぬ。尹氏は敬の工夫を学問てした人なれとも、氣質が収斂底の人。それか手傳たで、尚々此語が丈夫で精彩あり。氣質は手抦にせす、ほめぬこと。なれとも尹氏、氣質だけ左こそとひびくぞ。味があるなり。道理を合点すれば曽点でも敬の咄しはなるか、曽点が此様なことを云へばそら々々しい。敬めかぬ。敬の道理を云ことゆへ、某もそふは讀めとも中々味はない。尹氏は得手方て出るゆへ、敬に味がある。直方の弟子の中でも永井先生なとのやふに敬すきると云程の人か云とひびく。甚形影はないか、収斂身心は身と心を引しめる。そのたんてきか敬の形象なり。尹氏なとは醉へば酔ほと手と足か一つ処になると云。いつも収斂底の人なり。某なとは、醉へはへったりと直に枕と云。医者も大切の病人の医案にはしゃんと見つめて考る。これ、収斂なり。医案をするに、どれ枕とは云はぬでみよ。
【解説】
尹彦明曰、敬有甚形影。只収斂身心。便是主一」の説明。学者は気質を当てにしないものだが、尹氏は気質が収斂した様な人だから、その言は丈夫で精彩がある。
【通釈】
細字。「尹彦明曰敬有甚形影」。学者は気質を当てにしないもの。気質は変化するもの。これはお定まりのことである。しかしまた、気質には嬉しいこともある。気質は確かなもの。覚えのないことを言うのは預り物で本当の塩梅が出ない。尹氏は敬の工夫を学問でした人だが、気質が収斂した様な人。それが手伝ったので、殊の外この語は丈夫で精彩がある。気質は手柄にせず、褒めないこと。しかし、尹氏の気質だけにその通りだと響いて来る。それは味のあること。道理を合点すれば曾点でも敬の話はできるが、曾点がこの様なことを言えば空々しくて敬めかない。敬の道理を言うことだから、私もその様には読むが中々味が出ない。尹氏は得手方で出るから敬に味がある。直方の弟子の中でも永井先生などの様に敬過ぎるというほどの人が言うと響く。「甚形影」であって形影はないが、収斂身心は身と心を引き締める。その端的が敬の形象である。尹氏などは酔えば酔うほど手と足が一緒になると言う。いつも収斂底の人である。私などは酔えばべったりとして直ぐに枕を出せと言う。医者も大切な病人の医案はしっかりと見詰めて考える。これが収斂である。医案をするのに、どれ、枕などとは言わないことで見なさい。
【語釈】
・尹彦明…尹和靖。名は焞。程伊川の高弟。紹興の初め祟政殿説書兼侍講。当時金との和議に反対し、学問は伊川の敬を継承して著しく主体的。『伊洛淵源録』『宋元学案』同『補遺』。1071~1142

且如人倒神祠中。尹氏なぞはさぞかふであろふ。某などは多賀や熟田へ詣てもしまらぬ。俗人ても獨り子の疱瘡なとを祈るときには、更著不得毫髪事なもの。そこて、人と云字みよ。神前ては主一の体になるもので、只の人にもあることぞ。敬に形はないか、あのときの模様か敬の紋切形と云ものぞ。尹氏がこふ云たで敬に形ち姿か見へてきた。敬の工夫をするにこふ形か出たか主一の繪姿なり。心が向へ馳そふなを引もとし々々々々すると主一になる。そのときの心もちと云ものか収斂そ。その収斂は、神前にてはっとをがむときの心持そ。船頭なとが居風呂へでも入るときのやふに、づふ々々とした姿でないぞ。
【解説】
且如人到神祠中致敬時、其心収斂、更著不得毫髪事、非主一而何」の説明。神前では主一の姿になることがある。その時の姿が敬の姿だと尹氏が言った。心が向こうへ馳せそうなところを引き戻し続けるのが主一の姿であり、その時の心持ちが収斂である。収斂とは、神前ではっと拝む時の心持ちである。
【通釈】
「且如人倒神祠中」。尹氏などはさぞこの様だったことだろう。私などは多賀や熱田へ詣でてもしまらない。俗人でも一人っ子の疱瘡などを祈る時には、「更著不得毫髪事」なもの。そこで、人という字を見なさい。神前では主一の姿になるもので、これは普通の人にもあること。敬に形はないが、あの時の模様が敬の紋切形というもの。尹氏がこの様に言ったので敬に形ができて姿が見えて来た。敬の工夫をするのにこの様に形が出たのが主一の絵姿である。心が向こうへ馳せそうなところを引き戻し続けると主一になる。その時の心持というものが収斂である。その収斂は、神前ではっと拝む時の心持ちである。船頭などが居風呂へでも入る時の様な図々しい姿ではない。
【語釈】
・多賀…多賀神社。滋賀県多賀町多賀にある元官幣大社。
・熟田…熱田神宮。名古屋市熱田区にある元官幣大社。


第四十四 閑邪則固一の条

閑邪則固一矣。然主一則不消言閑邪。有以一爲難見、不可下工夫、如何。一者無他。只是整齊嚴肅、則心便一。一則自是無非僻之干。此意但涵養久之、則天理自然明。
【読み】
邪を閑[ふせ]がば則ち固より一なり。然れども一を主とせば則ち邪を閑ぐと言うを消[もち]いず。一を以て見難しと爲し、工夫を下す可からず、如何というもの有り。一とは他無し。只是れ整齊嚴肅ならば、則ち心便ち一なり。一ならば則ち自ら是れ非僻の干[おか]す無し。此の意[こころ]は但涵養すること之を久しくせば、則ち天理自然に明らかなり。
【補足】
・この条は、程氏遺書一五にある伊川の語。

上の章でぎり々々に云たやふなれとも未た残ったて、此段と上の段とかすかいを打て一つにすると主一にきまる処が根から知る。閑邪則固一は人心の本来邪はないものなり。心は、たとへば人の膚のあたたかてほか々々するやふなもの。それが熱があると手も付られぬ。邪なり。一とは少もまじりのない処そ。熱かないと一なり。本来のなりは一なものと云に、某幼年の弁に、虎を捕と云心も蚤をとると云心も一つなり。虎をとるはををごとなれとも、其とき心が大くもならぬ。蚤は指の先でとれとも、うっかとしてはとれぬ。そこで蚤取眼と云もそこへ一てなければならぬ。うっとりとしたは專一てないからそ。そこて心の本来一なものを知り、心の工夫するには、本来なりの心に其なりの工夫をはめるてなる。道体なりの為学と云もそれなり。本来一なものそ。
【解説】
「閑邪則固一矣」の説明。人心に本来邪はない。「一」とは少しも混じりのない処。心は本来一だと言うのは、虎を捕える時も蚤を捕える時も心は同じであることでわかる。心の工夫とは、本来の通りの心をその通りに扱うことである。
【通釈】
上の章でぎりぎりに言った様だがまだ残っていたので、この段と上の段とにかすがいを打って一つにすると主一に決まるということが根からわかる。「閑邪則固一」は、人心に本来邪はないということ。心は、たとえば人の膚が温かくてほかほかとする様なもの。それが、熱があると手も付けられない。それが邪である。「一」とは少しも混じりのない処。熱がないと一である。本来の姿は一なものだということについて、私が幼年の時に、虎を捕えるという心も蚤を捕るという心も一つであると弁じた。虎を捕るのは大事だが、その時でも心は大きくもならない。蚤は指の先で捕れるが、うっかりとしては捕れない。そこで蚤取眼ということも、そこへ一でなければならない。うっとりとするのは専一でないからである。そこで心が本来一なものであることを知り、その心の工夫をするのは、本来の通りの心にその通りの工夫を嵌めることによって可能なのである。道体の通りの為学と言うのもそれである。心は本来一なものなのである。

然主一則云々。克己と誠意と同しことなれとも、克己は邪を閑ぐの方を主にして相手がある。誠意は相手をとらぬ。本知なりにせふとする。主一も相手なしにする。主一を初手からすれば、不消言閑邪なり。仲弓問仁の章の注に学者從事於敬恕之間而有得焉亦將無己之可克矣と朱子の断たも聞へたことなり。主一になれは邪を閑くと云ことはいらぬ。盗人も寢ずに居れば来ることはならぬやふなもの。主一は本方なり。閑邪と云ふは目さす歒があるが、あたまて主一なれば閑く邪もないなり。さて、以一難見とは、主一には形がないゆへに工夫か下しにくひとすることかあるが、なにも難見なことはない。そこを教てやろふぞ。一者無他只是整齊嚴肅云々。整齊云々の文字、上の條にはない。ここにあるこれでつかまへ処の實事ぞ。一とはかりではとりつき憎ひか、一と云て外はない。整齊とは、形の上へ出た敬を整齊と云。俗人ても、君邉に麻上下て手をついて居るときと内へ帰てあぐらかいたときと、人は同しことなれともちごうぞ。嚴肅は心の内のことて、心のはっきりとなること。此つかまへ処をする。
【解説】
「然主一則不消言閑邪。有以一爲難見、不可下工夫、如何。一者無他。只是整齊嚴肅」の説明。克己と誠意は同じであるが、克己には相手があり、誠意には相手がない。主一にも相手がない。主一であれば本来の心の通りだから邪を閑ぐ必要もない。「整斉」とは、形の上へ出た敬を言い、「厳粛」は心の内のことで、心がはっきりとなること。整斉厳粛が実事である。
【通釈】
「然主一則云々」。克己と誠意とは同じことだが、克己は邪を閑ぐ方を主にしていて相手があり、誠意は相手を取らず、本知の通りにしようとすること。主一も相手なしにする。主一を初めからすれば、「不消言閑邪」である。仲弓問仁の章の注に「学者誠能従事於敬恕之間而有得焉亦将無己之可克矣」と朱子が断じたのもよくわかる。主一になれば邪を閑ぐということは要らない。盗人も寝ずにいれば来ることはできない様なもの。主一は本方である。閑邪と言えば目指す敵があるが、最初から主一であれば閑ぐ邪もない。さて、「以一難見」とは、主一には形がないので工夫がし難いと考える人がいるが、何も見難いことはない。そこを教えて上げよう。「一者無他只是整斉厳粛云々」。「整斉云々」の文字は上の条にはない。ここにあるこの語が掴まえ処の実事である。一とばかり言うのでは取り付き難いが、一と言う外はない。整斉とは、形の上へ出た敬を言う。俗人でも、君辺に麻裃で手をついている時と家へ帰って胡座をかいている時とでは、人は同じでも違ったこと。厳粛は心の内のことで、心がはっきりとなること。この掴まえ処をするのである。
【語釈】
・学者從事於敬恕之間而有得焉亦將無己之可克矣…論語顔淵2集註。「愚按、克己復禮、乾道也。主敬行恕、坤道也。顏冉之學、其高下淺深、於此可見。然學者誠能從事於敬恕之閒、而有得焉、亦將無己之可克矣」。
・本方…漢方で、昔から一定した調剤の処方。

心便一じゃ。一になれば無非僻之干で、をかすことはならぬ。俗人にも只形がじたらくでない人もある。敬としらずに敬の形たなり。大手や櫻田に番をしている人は、心はよいかわるいかはしれ子とも、しゃんとして居れば誰もそこへ居て一盃呑ふとも云はぬ。道落ものかさそひに来ることはならぬ。馬鹿な皃をしていると狐が妖す。主一なれは干すことはならぬ。ばかすがあれか役ならば、毎日はかしそふなものじゃが、うっかりとしたのをばかすなれは、人の方にあることなり。涵養久しいと云かよい。やか上々々々とすることぞ。誹諧でも、麥阿のをれか処て一石程の茶飯を喰ふと上る、と。又、茶人渋谷伊斎が三年たてつめるとくっつりとなる、と。皆をもしろいことなり。天理自然明。整齊と出たあとへ天理明ときた。そふないと小笠原のけいこになる。板天神のやふに計りなる。くっつりと中へ這入てしまふて明になる。敬の工夫から天理明になるは、ぼんぼりをかけるとらうそくが明るくなるやふに自然になる。迂斎の云、つまり心のいきてくること、と。
【解説】
「則心便一。一則自是無非僻之干。此意但涵養久之、則天理自然明」の説明。心が一になれば不正に干されることはない。干されるのは、その人がうっかりとしているからである。敬によって涵養することで、天理が自然と明らかになる。
【通釈】
「心便一」である。一になれば「無非僻之干」で、干すことはできない。俗人にも、ただ形が自堕落でない人もいる。それは、敬とは知らずに敬の姿と成ったのである。大手門や桜田門に番をしている人は、心はよいか悪いかはわからないが、しゃんとしていれば誰もそこにいて一盃飲もうと言うこともない。道楽者が誘いに来ることはできない。馬鹿な顔をしていると狐が化かす。主一であれば干すことはできない。化かすのが狐の役なのだから、毎日化かしそうなものだが、うっかりとしたのを化かすのだから、化かされるか否かは人の方にあること。「涵養久」というのがよい。弥が上にとすること。俳諧でも、麦阿が俺の処で一石ほどの茶飯を喰えば上がると言い、また、茶人の渋谷伊斎が三年点て詰めるとぐっつりとなると言った。どちらも面白いこと。「天理自然明」。整斉と出た後へ天理明と来た。そうでないと小笠原の稽古になり、板天神の様にばかりなる。ぐっつりと中へ這い入るので明になる。敬の工夫から天理明になるというのは、雪洞を掛けると蝋燭が明るくなる様なことで、自然となる。迂斎が、つまり心の活きて来ることだと言った。
【語釈】
・非僻…曲がった事柄。不正。
・麥阿…佐久間柳居。松露庵主人。1695~1748
・渋谷伊斎…
・板天神…


第四十五 有言未感時云々の条

有言未感時、知何所寓。曰、操則存、舍則亡。出入無時、莫知其鄕。更怎生尋所寓。只是有操而已。操之之道、敬以直内也。
【読み】
未だ感せざる時、何[いずく]か寓する所なるを知ると言うもの有り。曰く、操[と]れば則ち存し、舍[お]けば則ち亡ぶ。出入に時無く、其の鄕を知ること莫し。更に怎生[いかん]ぞ寓する所を尋ねん。只是れ操ること有るのみ。之を操る道は、敬以て内を直くすることなり。
【補足】
・この条は、程氏遺書一五にある伊川の語。

有言は、えてこふ云ことを云ものかあると云こと。未感時。このことを云たす人も余程心法へ工夫をつけた人か云ふた。ものの感するときはそれについて工夫かあるか、感せぬときに心を何処へ寓してをこふ、と。これは求未発之前と同しことて、其ときにはどふせふと、そこをせんさくするなり。曰操則存。そこを云きかすための曰くなり。孔子の語にもあるてはなきや。そのやふに置き処を尋ると云やふな不調法なことにあらす。心をしゃんと引しめていると存す。出入無時。人の出入は知るるか、心の出入は形ないてしれぬ。此語は心の工夫を云たことてなく、心のもよふを語ることて、心はかけ出すものじゃと模様をかたるかしきに功夫になる。
【解説】
「有言未感時、知何所寓。曰、操則存、舍則亡。出入無時、莫知其鄕」の説明。ものに感じる時には心の工夫ができるが、感じない時はどこに心を置けばよいかとの質問に、心は駆け出すものだと伊川が答えた。
【通釈】
「有言」は、よくこの様に言う者がいるということ。「未感時」。このことを言い出した人もよほど心法の工夫をした人である。ものを感じる時はそれに対しての工夫ができるが、感じない時には心をどこへ置けばよいかと尋ねた。これは「求未発之前」と同じことで、その時にはどうすればよいかと、そこを穿鑿したのである。「曰操則存」。そこを言い聞かすための「曰」である。孔子の語にもあるではないか。その様に置き処を尋ねるという様な不調法なことではないと答えた。心をしっかりと引き締めていると存す。「出入無時」。人の出入はわかるが、心の出入は形がないのでわからない。この語は心の工夫を言ったことではなく、心の模様を語ったことで、心は駆け出すものだと模様を語ることが直に工夫となる。
【語釈】
・求未発之前…存養52。「蘇季明問、喜怒哀樂未發之前求中、可否」。

怎生尋所寓只是有操而已。をき処をたつ子、そこへよせるでない。操と云までのことなり。張天祺か寄寓制縛して、かの処へ心をくくし付ると云のぞ。手づつなせつないことなり。心は操ると云ぎりのことなり。狐ではないかと氣がつく。はや、それでよい。操之之道云々。道理なりにして居れば、内は自ら直くなる。あちこちすると散乱する。迂斎云、操と云ことは一寸々々と氣をつけること、と。舟頭のすわって居て梶へちょっ々々々と手を付るをみるにせつなくもない躰なり。をも梶取り楫と声をかけ、楫を直しぎり々々するやふに一寸々々と氣を付ることて非番はない。先日の文王の純亦不止かそれなり。閑断ありては存せぬ。それをふだんしてをる。そこで存養ぞ。
【解説】
「更怎生尋所寓。只是有操而已。操之之道、敬以直内也」の説明。心は、置き場を決めてそこに縛り付けて置くものではない。心は操るのみでよく、道理の通りにしていれば、内は自ずと直くなる。「操」とは間断なく絶えず行うことである。
【通釈】
「怎生尋所寓只是有操而已」。置き処を尋ねて、そこへ寄せるのではなく、「操」と言うまでのこと。張天祺が「寄寓制縛」して、あの処へ心を括り付けると言ったが、それは拙劣で切ないこと。心は操るというだけのこと。狐ではないかと気が付けばそれでよい。「操之之道云々」。道理の通りにしていれば、内は自ら直くなる。あちこちすると散乱する。迂斎が、操とは少しのことに気を付けることだと言った。船頭が据わりながら梶に少し手を付けるのを見れば切なくもない様子である。面舵、取舵と声を掛け、梶を直してぎりぎりする様に、一つ一つに気を付けることであって、そこに非番はない。先日の文王の「純亦不已」がそれである。間断があっては存しない。それを絶えずする。そこで存養なのである。
【語釈】
・張天祺…張戩。張横渠の弟。横渠とともに二張と言われた。
・寄寓制縛…存養21。「張天祺昔嘗言、自約數年、自上著牀、便不得思量事。不思量事後、須強把他這心來制縛。亦須寄寓在一箇形象。皆非自然」。
・純亦不止…中庸章句26。「詩云、維天之命、於穆不已。蓋曰、天之所以爲天也。於乎不顯、文王之德之純。蓋曰、文王之所以爲文也。純亦不已」。詩は、詩周頌維天之命篇。ここは存養40を指す。


第四十六 敬則自虚靜の条

敬則自虚靜。不可把虚靜喚做敬。
【読み】
敬なれば則ち自ら虚靜なり。虚靜を把り敬と喚び做[な]す可からず。
【補足】
・この条は、程氏遺書一五にある伊川の語。

これも上の条のうけなり。上の寓すると云は、あそこへ心をよせ、ちりもはいもつけまいと、このいきじゃのあのいきじゃのと云やふて、あのいきこのいきを云たかるからわるい。だれでも成る。實地なことをして敬むと云かよい。あたまから虚靜を々々々と云と、心にくせかつく。自らと云でなければならぬ。敬の長か持からしてゆくてなければならぬ。向へ目あてをせずに自らなるがよい。敬の工夫て心が本然にさへなれは虚靜には自らなる。不可把虚靜云々。虚靜をつかまへてそれか敬じゃと云と、願ふやうになりて工夫にはならぬ。前日の処、敬不可以謂中と云と同じ訳ぞ。虚靜を敬とは云れぬ。敬は徹上徹下なり。小学の洒掃応對、周公旦の座以待朝と云ふも皆敬なり。迂斎の、丸ひものは天と云とさかさまになる。天は丸いものとは云はるる。これと同じ筋なり。なせこれを云へは、敬と云と地路初心らしくいやかる。虚靜と云と上品らしい。はやくここへやりたかり、異端老荘はこれをうれしかりて、床へあけて飾ってをくが、敬をして自然と虚靜になることぞ。敬なしにここへ目がつく、老荘になる。
【解説】
虚静は自然になるのでなければならず、それは敬の工夫で成る。虚静を敬と言うのは、丸いものを天と言うのと同じで、それは間違いである。敬のない虚静では老荘になる。
【通釈】
これも前条を受けたもの。前条の「寓」は、あそこへ心を寄せ、塵も灰も付けない様にしようと、この意気だ、あの意気だと言う様なことで、あの意気この意気を言いたがるから悪い。誰でもできることで、実地なことをして敬むのがよい。最初から虚静ばかりを言うと心に癖が付く。自然になるのでなければならない。敬の長持ちからしていかなければならない。向こうへ目当てをせずに自然となるのがよい。敬の工夫によって心が本然にさえなれば、虚静に自然となる。「不可把虚静云々」。虚静を掴まえてそれを敬だと言えば、願う様になって工夫にはならない。前日の処にある、「敬不可以謂中」と同じこと。虚静を敬とは言えない。敬は徹上徹下である。小学の洒掃応対も周公旦の「座以待旦」と言うのも皆敬である。迂斎が、丸いものは天だと言えば逆様になる。天は丸いものだと言うことはできると言った。これと同じ筋である。何故これを言うのかというと、敬と言うと地道で初心者らしく見えて嫌がる。虚静と言えば上品らしいから、早くそれをしたがる。異端や老荘はこれを嬉しがって、床へ上げて飾って置くが、敬をして自然に虚静になるのであって、敬なしにここへ目が付けば、老荘になるからである。
【語釈】
・敬不可以謂中…存養18の語。
・座以待朝…孟子離婁章句下20。「周公思兼三王、以施四事。其有不合者、仰而思之、夜以繼日、幸而得之、坐以待旦」。


第四十七 学者先務固在心志の条

學者先務、固在心志。然有謂欲屏去聞見知思、則是絶聖棄智。有欲屏去思慮、患其紛亂、則須坐禪入定。如明鑑在此、萬物畢照。是鑑之常。難爲使之不照。人心不能不交感萬物。難爲使之不思慮。若欲免此、惟是心有主。如何爲主。敬而已矣。有主則虚。虚謂邪不能入。無主則實。實謂物來奪之。大凡人心不可二用。用於一事、則他事更不能入者、事爲之主也。事爲之主、尚無思慮紛擾之患。若主於敬、又焉有此患乎。所謂敬者、主一之謂敬。所謂一者、無適之謂一。且欲涵泳主一之義。不一則二三矣。至於不敢欺、不敢慢、尚不愧於屋漏、皆是敬之事也。
【読み】
學者の先務は、固より心志に在り。然れども聞見知思を屏去せんと欲すと謂うもの有らば、則ち是れ聖を絶ち智を棄つるなり。思慮を屏去せんと欲して、其の紛亂を患うるもの有らば、則ち須く坐禪入定すべし。如し明鑑此に在らば、萬物畢[ことごと]く照らさる。是れ鑑の常なり。之をして照らさざらしむを爲し難し。人心は萬物に交感せざること能わず。之をして思慮せざらしむるを爲し難し。若し此を免れんと欲せば、惟是れ心に主有るのみ。如何なるを主と爲す。敬ならんのみ。主有らば則ち虚なり。虚とは邪の入ること能わざるを謂う。主無くんば則ち實なり。實とは物來りて之を奪うを謂う。大凡人心は二つに用う可からず。一事に用いば、則ち他の事の更に入ること能わざる者は、事之が主爲るなり。事之が主と爲るも、尚思慮紛擾の患え無し。若し敬を主とせば、又焉んぞ此の患え有らん。敬と謂う所の者は、一を主とするを之れ敬と謂う。一と謂う所の者は、適くこと無きを之れ一と謂う。且くは一を主とする義を涵泳せんことを欲す。一ならずんば則ち二三なり。敢て欺かず、敢て慢らず、尚[ねが]わくは屋漏に愧じざるに至りては、皆是れ敬の事なり。
【補足】
・この条は、程氏遺書一五にある伊川の語。

何処もかしこも幷へやふに段かある。上の段に虚靜と云、そこからの續きなり。虚靜と云と老荘めく。禪坊主のやうにもなるぞと、一寸それを示した。固在心志。とかく心法にきわまる。先務は爰ぢゃと胷をたたひて云やふな躰なり。されとも、然有謂欲屏去云々。然るにとは子かへして、なれとも又あまりに心法ざたか過てくるとわるい。直方の、異端の心法は味噌のみそくさひやうで食へぬ。学者も余り心法過るとそれになる。つひ聞見知思を去りたかる。聞見は、なんでも人の心は耳目から打こんて胸へたたみ入て、向から應して此方の胷へ来るて、胸を狂はせる。聞見で俗人は迷ふによって、見ざる聞ざるの三つの申もよく云たもの。あのやふに聞見を去てしまいたいと云やふになる。
【解説】
「學者先務、固在心志。然有謂欲屏去聞見知思」の説明。学は心法に極まるが、心法沙汰が過ぎるのは悪い。聞見は耳目を通して心に入って来るもので、俗人はそれによって迷う。そこで、聞見を去ろうとするが、それは悪い。
【通釈】
何処もかしこも並べ方に段取りがある。前条で「虚静」と言い、ここはそこからの続きである。前条では、虚静と言えば老荘めいて禅坊主の様にもなると、少しそれを示した。「固在心志」。とにかく心法に極まる。先務はここだと胸を叩いて言う様なこと。しかし、「然有謂欲屏去云々」。然るにと跳ね返して、しかしながらまた、あまりに心法沙汰が過ぎるのは悪いと言った。直方が、異端の心法は味噌の味噌臭い様で食えないと言った。学者もあまりに心法が過ぎるとそれになる。つい「聞見知思」を去りたがる。聞見は、何でも人の心は耳目から打ち込んで胸へ畳み入るものだから、向こうから自分の胸へ来るものに応じて、胸を狂わせる。聞見で俗人は迷うから、見ざる聞かざるという三猿もよく言ったもの。あの様に聞見を去ってしまいたいという様になる。

則是絶垩棄智。此れは老子の文字て、垩は知惠の至極の処て云。知は知解知思のこと。垩知はあたりちごう。とちも智のことなれとも、通るは垩をなすとも、又、六德に知仁垩義ともわけてありて、垩知すしはあれとも、一つ上のこと。絶垩棄智は、このはたらきで色々とするてわるくなる。無爲自然にならぬから、たちすてるなり。朱子か老子のことを虚無と二字に方を付られた。動かぬ云分なり。荘子も面白く発越しても、つまり虚無なり。れっきとした老子なり。老子は理巧へやらす、のろりとした方へやる手だてなり。佛者は根からさっはりとしてしまふなり。直方先生云、老子はないやふにする。仏氏はなきものにする。根からあらせぬ。子ともかぎゃっと生れ出る。あいつもふ死だのじゃと見るやふなもの、やうなもの。老子は泣かせてすててをくやふなもの。
【解説】
「則是絶聖棄智」の説明。「聖」は知恵の至極であり、「知」とは知解知思のことだが、ここの「聖智」はその上のこと。聖と智によって悪くなり、無為自然になるから絶ち棄てると老子は言う。老荘はそのまま捨てて置くが、仏は最初からないものとする。
【通釈】
「則是絶聖棄智」。これは老子の文字で、「聖」とは知恵の至極の処で言う。「知」とは知解知思のこと。聖知はそれとは当たりが違う。どちらも智のことだが、「通為聖」とも、また、六徳に知仁聖義とも分けてあって、聖知の筋もあるが、これは一つ上のこと。絶聖棄智は、聖と智の働きで色々とするので悪くなり、無為自然にならないから絶ち棄てるということである。朱子が老子のことを虚無の二字で片付けられた。それはしっかりとした言い分である。荘子も面白く発越しても、つまり虚無であって、れっきとした老子である。老子は理巧へ遣らず、のろりとした方へや遣る手立て。仏者は根からさっぱりとして仕舞う。直方先生が、老子はない様にする。仏氏はなきものにする。最初からないものにすると言った。子供がぎゃっと生まれ出る。あいつはもう死んだのだと見る様なもの。老子は泣くままに棄てて置く様なもの。
【語釈】
・絶垩棄智…老子還淳。「絶聖棄智、民利百倍。絶仁棄義、民復孝慈。絶巧棄利、盜賊無有」。
・通るは垩をなす…通書思。「洪範曰、思曰睿、睿作聖。無思本也。思通用也。幾動於彼、誠動於此、無思而無不通爲聖人」。
・六德…周礼。知・仁・聖・義・忠・和。
・発越…

須坐禪入定。天台の止觀でも禪坊主ても、つまり此入定の処て、何もかも寂滅の見なり。あちでも涅般般若眞如のと云ひ、又、座禪をする。色々の仕ごと、皆入定から佛心を得る。それには思慮がいかい邪魔なり。学者、あまり心法過ると入定のやふになる。よって爰は塩梅ものじゃと云ことなり。さてここに絶垩棄智と坐禪入定を出して、如明鑑在此云々以下にそれをわけて云とめる。明鑑在此より難為使之不照まては上の絶垩棄知を弁する。人心不能不交感万物より難為使之思慮まては坐禪入定を弁したものなり。皆上へ合はすなり。人間は天地はへぬき自然なもので、心と云ものを持て物々に交感するてよい。難爲使之不思慮。いくら修行しても、本体なりてないによってそふはならぬ。思慮を屏去ふと云ふのは、せつなくて云たてあろふ。不調法なことなり。
【解説】
「有欲屏去思慮、患其紛亂、則須坐禪入定。如明鑑在此、萬物畢照。是鑑之常。難爲使之不照。人心不能不交感萬物。難爲使之不思慮」の説明。仏は仏心を得るために入定をするが、それには思慮が大きな邪魔となる。それと同じで、学者もあまり心法が過ぎると入定の様になる。人は天地から生まれた自然なものだから、物に交感するのでよい。思慮を屏去するのは不調法な仕方である。
【通釈】
「須座禅入定」。天台の止観でも禅坊主でも、つまりこの入定の処であって、何もかも寂滅の見なのである。あちらでも涅槃、般若、真如と言い、また、座禅をする。色々の仕事は皆入定から仏心を得ること。それには思慮が大層な邪魔となる。学者もあまりに心法が過ぎると入定の様になる。よってここは塩梅が必要だということ。さてここに絶聖棄智と坐禅入定を出し、「如明鑑在此云々」以下にそれを分けて言い止める。「明鑑在此」より「難為使之不照」までは上の絶聖棄智を弁じたもので、「人心不能不交感万物」より「難為使之思慮」までは座禅入定を弁したもの。皆上へ合わせたものである。人間は天地からの生え抜きで自然なものであって、心というものを持って物々に交感するのでよい。「難為使之不思慮」。いくら修行しても、それは本体の通りでないからうまくは行かない。思慮を屏去するとは、切なくて言ったのであろうが、それは不調法なことである。
【語釈】
・入定…禅定に入ること。
・止觀…心を一つの対象に集中させて雑念を止め、正しい智慧によって対象を観察すること。天台宗の中心となる行法。
・眞如…ものの真実のすがた。あるがままの真理。

惟是心有主。此主あるて絶垩も入定もいらぬ。如何爲主敬而已。外のことは入ぬ。佛者抔は天を動し地を驚すやふなことを云。偖、ぎゃうさんなり。佛者はいかにも好色金銀などの欲を去り、心をしゃんとたてて居るやふなれども、ぎゃふさんな方なり。垩賢は敬と云てやかましいことはない。何以聚民曰財。財を生すに有大道。金を山にすてよとは云はぬ。色も財もあれとも、着せぬは敬なり。垩賢は暑ひに扇をつかひ、寒いに羽織を着る。のんどかはくに湯を呑むやうにすら々々なり。りきみはない。金調法とする、こちの心にかからぬ。山へ捨ると云にも及ず。文王の夫婦中のよいと玄宗の夫婦中のよいとは違ふ。文王のは理なりぞ。佛者は女房うるさいと云、にげるのなり。こちては理なりそ。著せぬから何ともない。とふしてそふと云に、心有主でなる。あちは料理やうを知ぬゆへなり。白人か鰻をつかまへる。つかまらぬ。鰻屋かをさへると動かさぬ。せっかく心を持ても、をさめやふをしらぬ。有主則虚云々。人心と云ものは本と形ないものて、理より外ない。虚と云字はわるいやふじゃが、邪の入ぬを云。よごれぬが虚なり。心の内は虚でもののないが本体ぞ。常人の心にはごみがある。鼻紙袋へ藁くつを入てをくやふなり。
【解説】
「若欲免此、惟是心有主。如何爲主。敬而已矣。有主則虚。虚謂邪不能入」の説明。聖賢には敬という主がいるから絶聖も入定も要らない。色にも財にも対応するが、それに執着しないのは敬があるからであり、それで理の通りにするのである。また、「虚」とは邪の入らないことであり、心の内は虚で、ものの入っていないところが心の本体である。
【通釈】
「惟是心有主」。この主があるので絶聖も入定も要らない。「如何為主敬而已」。外のことは要らない。仏者などは驚天動地の様なことを言うが、全く大袈裟なことである。仏者はいかにも好色や金銀などの欲を去り、心をしっかりと立てている様だが、それは大袈裟なことである。聖賢は敬と言うだけで喧しいことはない。「何以聚民曰財」。財を活かすのには大道がある。金を山に捨てろとは言わない。色も財もあるが、それに執着しないのは敬があるからである。聖賢は暑い時には扇を使い、寒い時には羽織を着る。喉が渇けば湯を飲む様にすらすらとしたもので、力みはない。金は調法だとするが、それはこちらの心に関わったことではない。山へ捨てると言うにも及ばない。文王の夫婦仲がよいのと玄宗の夫婦仲がよいのとは違う。文王のは理の通りである。仏者は女房を煩わしいと言って逃げる。こちらでは理の通りである。執着しないから何ともない。どうしてそうなのかと言えば、「心有主」でそれが成る。あちらは料理の仕方を知らないからそうなる。素人が鰻を掴まえようとしても掴まえられない。鰻屋が押さえると鰻を動かさせない。折角の心を持っていても、納め方を知らない。「有主則虚云々」。人心というものは本来形のないもので、理より外はない。虚という字は悪い言葉の様だが、邪の入らないことを言う。汚れないのが虚である。心の内は虚で、もののないのが本体である。常人の心には塵がある。それは、鼻紙袋へ藁屑を入れて置く様なもの。
【語釈】
・何以聚民曰財…易経繋辞伝下1。「天地之大德曰生、聖人之大寶曰位。何以守位。曰仁。何以聚人。曰財。理財正辭、禁民爲非、曰義」。

無主則實云々。實はたっふりとしたぞ。なにかたっふりなれば、やだものかみちてをる。大屋店借りなり。人欲があぐらかいてをる。前の呂与叔の章には有主實とあり、処々の地頭々々て違ふ。語類百十三にも説あり。文集答廖子晦書、節要の今日會讀の処にもありて、虚實は説やう々々々て違ふ。此の實は来まじきもののそこへ来て居るのなり。腹中に塊のあるやうなもの。物来奪之。凡夫の人欲さかんと云は、てふまんこてふのやふなものて、病が實しかたまったのそ。大凡人心不可二用。これからは語を一つまけてさとしたやふなものぞ。心と云ものはあじなものぞ。軽ひことても取扱かあるとさとしたものなり。何のかのと云ことなしに、人心は二つに用るな。一すじつつにせよ。一心二用と云はわるい。八耳千手觀音、ほんのことてない。两刀つかいも片方はどふしても秡けやふぞ。手帋書ながら用談をするは、どちそかぬけやふ。心は形せぬものゆへ、二つにも用ひらりょうが、用ひたと思ふてもぬけてをる筈なり。用於一事云々。一すじに用ゆれは、調法なことには他事更不能入なり。
【解説】
「無主則實。實謂物來奪之。大凡人心不可二用。用於一事、則他事更不能入者、事爲之主也」の説明。ここの「実」とは欲が満ちていることで、そこで凡夫は人欲が盛んだと言うのである。心には取り扱い方があって、一筋にするのがよい。一心二用では落度ができる。
【通釈】
「無主則実云々」。「実」はたっぷりとしたこと。何がたっぷりなのかと言うと、つまらない物が満ちているのである。それは大屋の店貸しであって、人欲が胡座をかいている。前の呂与叔の章に「有主実」とあるが、処々の場によって違って来る。語類百十三にも説がある。文集答廖子晦書や今日の節要の会読の処にもあって、虚実は説き方次第で違って来る。ここの実は来てはならないものがそこへ来ているのである。腹中に塊のある様なもの。「物来奪之」。凡夫の人欲は盛んだと言うのは、腸満鼓腸の様なもので、病が実って塊ったのである。「大凡人心不可二用」。これからは語を一つ曲げて諭した様なもの。心というものは難しいもので、軽いことにも取り扱い方があると諭したのである。何のかのと言わずに、人心は二つに用いるな。一筋ずつにしなさい。一心二用というのは悪い。八耳千手観音は本当のことではない。両刀使いも、片方はどうしても落度がある。手紙を書きながら用談をするのは、どちらかに落度ができるだろう。心は形のないものだから、二つにも用いることができるだろうが、二つを用いたと思っても抜けている筈である。「用於一事云々」。一筋に用いれば、調法なことには、「他事更不能入」となる。
【語釈】
・呂与叔の章…存養10。「蓋中有主則實、實則外患不能入、自然無事。」。
・語類百十三…朱子語類113。訓門人1。「先生良久舉伊川説曰、人心有主則實、無主則虚。又一説卻曰、有主則虚、無主則實。公且説看是如何。廣云、有主則實、謂人具此實然之理、故實。無主則實、謂人心無主、私欲爲主、故實。先生曰、心虚則理實、心實則理虚。有主則實、此實字是好。蓋指理而言也。無主則實、此實字是不好。蓋指私欲而言也。以理爲主、則此心虚明、一毫私意著不得。譬如一泓清水、有少許砂土便見」。

事爲之主。碁打が打入ては、かかとへ少ひ灸をすへてもしらぬものと迂斎の笑ひながら云へり。事が主になると思慮紛擾の患はなし。釣好よいことでもなけれとも、遊山舟が来てもふり向かぬ。美女三味線引くでも邪魔なものが来たと思ふて一すじに釣なり。これ、事為之主なり。大工のつもり物をし、大名の書院の繪圖をする。女房が飯をと云ても、はてやかましいと呵る。事を主にしているゆへでなり。敬と云ものは心の本体なれば、学問せぬものでもこのやふに事爲之主と云ときがじきに敬のなりぞ。兎角敬と云ふと別段なことのやふに思ふか、敬者主一ことぞ。手帋を書、そこへ奉公人がくる。何々と云つけるか先、手帋をしまふてかかれ。一者無適謂一。主一の形を云たこと。主一と云ふと無適は這入てをる。坐中、唐津の書生、主一と云名も少し耳立つ様なが、親が学者でなふては此名は付けまい。今から学問成就してたとひ垩人に成ても、此主一の名はもふいらぬと云日は一生ないことで、湯王の誠敬日に登ると云も、とこまでも主一なり。敬は人の呼吸のやふなもので、生れてから死ぬ迠はなれられす、一生主一なり。
【解説】
「事爲之主、尚無思慮紛擾之患。若主於敬、又焉有此患乎。所謂敬者、主一之謂敬。所謂一者、無適之謂一」の説明。一事に専念すれば思慮紛擾の患いはない。これが敬の姿である。敬は主一であり、主一の中に無適は這い入っている。
【通釈】
「事爲之主」。碁打ちが打つのに夢中になると、踵へ少々灸をすえても気付かないものだと迂斎が笑いながら言った。事が主になると思慮紛擾の患いはない。釣好きはよいことでもないが、遊山舟が来ても振り向かない。美女が三味線を弾いても、邪魔な者が来たと思って一筋に釣をする。これが「事為之主」である。大工が積り物をして、大名の書院の絵図を作る。女房が飯をと言っても、煩いと言ってそれを呵る。これは、事を主にしているからである。敬は心の本体だから、学問をしない者であってもこの様であり、「事為之主」という時が直に敬の姿である。とかく敬と言うと別段なことの様に思うが、「敬者主一」ということ。手紙を書いているところに奉公人が来る。何々と言い付ける前に、手紙を仕舞いなさい。「一者無適謂一」。これは主一の姿を言ったこと。主一と言えば、そこに無適は這い入っている。座中、唐津の書生に主一という名があることも少し気になる様なことではあるが、親が学者でなくてはこの名は付けないだろう。今から学問が成就し、たとえ聖人に成ったとしても、この主一の名はもう要らないと言う日は一生ないことで、湯王の「聖敬日躋」と言うのも、どこまでも主一なのである。敬は人の呼吸の様なもので、生まれてから死ぬまで離れることはできない。一生主一なのである。
【語釈】
・つもり物…積り物。①かけ算。②見積りを出して受注したもの。転じて、注文生産。
・唐津の書生…大谷主一。
・湯王の誠敬日に登る…詩経商頌長発。「帝命不違、至于湯齊。湯降不遲、聖敬日躋」。

欲涵泳主一之義。どこまでもこれをとすることなり。且の字は、まあ餘のことさしをきこれへとくること。不一則二三矣。二三と云が二百にも三百にもなる。不敢欺云々。この語の爰へ出たて語脉をしれ。上の事為之主の句をまけて云て曉すと云がそこなり。ここの不敢欺不敢慢不愧屋漏は地位の重ひ塲ゆへ、至於の二字あり。これが中庸の心法で、中庸と云てもとど敬ぞ。徹上徹下はそこなり。垩人も戦々兢々なり。敢てせす々々々々と云か心を活すのぞ。これではっきりはり弓ぞ。欺と云は人をだますことなり。道理なりでないことをして、まじ々々として居るは人てない。古人は眼前天かそこに見ているやふにをもふ。桓公の云たことてあてにはならぬか、天威去顔咫尺などと云語も天子を敬するなれとも、鼻の先きに天がござると思ふ。慢は、ああせつないことと思ふ心から、そこて欺くにもなる。不愧屋漏云々。納戸のすみて女房もいぬ処ても身心に一点の曇りのないで不愧なり。堺町の唄にか、枕がもしも物云ははと云ふか、枕か云はは大ふことであろふが、其枕にも云はるることのないやふにするなり。ここはいこう独をつつしむのぎり々々。それも敬でなることじゃ。皆是敬なり。
【解説】
「且欲涵泳主一之義。不一則二三矣。至於不敢欺、不敢慢、尚不愧於屋漏、皆是敬之事也」の説明。古人は眼前に天を見てそれを恐れた。道理に背かず、心身に一点の曇りもない様にして慎独をする。それで敬が成る。
【通釈】
「欲涵泳主一之義」。どこまでも主一をするということ。「且」の字は、まあ他のことは差し置き、これをするということ。「不一則二三矣」。二三というのが二百にも三百にもなる。「不敢欺云々」。この語がここへ出たことで語脈を知りなさい。上の「事為之主」の句を曲げて言って曉かすと言うのがそこのこと。ここの「不敢欺不敢慢不愧於屋漏」は地位の重い場だから、「至於」の二字がある。これは中庸の心法であり、中庸と言っても結局は敬である。徹上徹下とはそこのこと。聖人も「戦々兢々」である。敢えてせずというのが心を活かすこと。これではっきりと心が張り弓となる。「欺」とは人を騙すこと。道理の通りでないことをして、平気な顔をしているのは人でない。古人は眼前にある天がそこで見ている様に思う。桓公の言ったことで当てにはならないが、「天威不違顏颶尺」などという語も天子を敬することだが、鼻の先に天がいらっしゃると思うのである。「慢」は、ああ切ないことだと思う心から、そこで欺くことにもなる。「不愧於屋漏云々」。納戸の隅で女房もいない処でも、身心に一点の曇りもないから不愧である。堺町の唄だっただろうか、枕がもしも物言わばと言う唄があるが、枕が言えば大事だろうが、その枕にも言われることのない様にするのである。ここは大層独を慎む至極の所である。それも敬で成ることで、「皆是敬」である。
【語釈】
・不愧屋漏…詩経大雅抑。「相在爾室、尚不愧于屋漏」。中庸章句33にもある。
・戦々兢々…論語泰伯3。「曾子有疾。召門弟子曰、啓予足、啓予手。詩云、戰戰兢兢、如臨深淵、如履薄冰。而今而後、吾知免夫。小子」。詩は詩経小雅小旻。
・天威去顔咫尺…東周列国誌。「天威不違顏颶尺」。
・独をつつしむ…大学章句6。「所謂誠其意者、毋自欺也。如惡惡臭、如好好色、此之謂自謙。故君子必愼其獨也」。


第四十八 嚴威儼恪非敬之道の条

嚴威儼恪、非敬之道。但致敬、須自此入。
【読み】
嚴威儼恪は、敬の道に非ず。但し敬を致すには、須く此より入るべし。
【補足】
・この条は、程氏遺書一五にある伊川の語。

嚴威儼恪と云は容貌威義の上へついた敬なり。嚴はをこそかてきびしい方へつく。威はをそれる方。威の字は、今上みの御威光と云ふ威て、何としてをしつけられぬ。人には威と云がなくてはならぬ。君子不重不威。人に悔るると云は此方のぬけなり。儼は、殊の外仰山過ると云ほと。恪とは、しゃんとつちつまあひ、律義につつしむことて、閙い中でも袴のひだを直すと云ほどのこと。非敬之道。嚴威儼恪のやふに敬は繪に書るるやふなものてはない。中庸の戒謹恐懼。敬は仰山過ることではない。孔子の御様子を畫くにも嚴威儼恪とはされぬ。されとも学者が敬に入るならば、須自此入。先、これから掛れ、と。敬の工夫をするならば、あぐらをかくを先やめよと云やふなもの。これを形にしてかかることなり。
【解説】
敬は、厳威儼恪の様に目に見えることではないが、学者が敬をする場合には、先ず厳威儼恪という形から取り掛かるのがよい。
【通釈】
「厳威儼恪」とは容貌威儀の上における敬である。「厳」は厳かで厳しいことで、「威」は恐れる方のこと。威の字は、今お上の御威光と言う時の威で、何としても逃れられない。人には威がなくてはならない。「君子不重不威」。人に侮られるのはこちらが抜けているからである。「儼」は、殊の外仰山過ぎるというほどのこと。「恪」とは、しっかりと辻褄が合い、律儀に慎むことで、忙しい中でも袴のひだを直すというほどのこと。「非敬之道」。敬は嚴威儼恪の様に絵に画ける様なものではない。中庸の「戒謹恐懼」であって、敬は仰山過ぎることではない。孔子のご様子を画くにも厳威儼恪の様には画かない。しかし、学者が敬に入るのであれば、「須自此入」。先ずはこれから掛かれと言った。敬の工夫をするのなら、胡座をかくのを先ず止めろと言う様なもの。これを形にして掛かるのである。
【語釈】
・君子不重不威…論語学而8。「子曰、君子不重則不威。學則不固」。
・戒謹恐懼…中庸章句1。「道也者不可須臾離也。可離非道也。是故君子戒慎乎其所不睹、恐懼乎其所不聞」。中庸章句33集註。「君子之戒謹恐懼、無時不然、不待言動而後敬信、則其爲己之功益加密矣」。

今志于義理心不安樂の条の亦須且恁去と云もここの意と似て、仰山てはあろふがまあよいと、山﨑先生の且字不可閑過もそこなり。てづつなしやふて十分にないことなれとも、ここから入子はならぬ。嚴威儼恪を敬之道と云へば、垩賢になると最ふ一篇敬を仕直子はならぬ。垩賢は敬なれとも嚴威儼恪ではない。されとも学者は爰から入なり。手習をするにも師匠の筆法をくづすまいと金釘を曲けた様にかく。後はよふなる。畫をちかへ、点を落すやふではいつ迠も役に立ぬ。学者も板天神のやふで手づつても、ここが入口なり。是をかるく見ると放蕩不軌になる。
【解説】
聖賢は敬ではあるが厳威儼恪ではない。しかし、学者はここから入るのである。手習をするにも師匠の筆法を真似るから、後に上手くなるのであって、ここを軽んじてはならない。
【通釈】
「今志於義理心不安楽」の条にある「亦須且恁去」もここの意と似たことで、大袈裟なことではあろうがまあそれでよいとする。山崎先生の「且字不可閑過」もそのことである。拙劣な仕方の様で十分ではないことだが、ここから入らなければならない。厳威儼恪を敬之道と言えば、聖賢になるともう一度敬を仕直さなければならなくなる。聖賢は敬ではあるが厳威儼恪ではない。しかし、学者はここから入るのである。手習をするにも師匠の筆法を崩さない様にしようとして金釘を曲げた様に書く。そこで、後にはよくなる。画を違えて点を落とす様ではいつまでも役には立たない。学者も、板天神の様で拙くても、これをするのが入口となる。これを軽く見ると放蕩不軌になる。
【語釈】
・今志于義理心不安樂…存養17の語。
・且字不可閑過…且の字、閑過す可からず。講学鞭策録63に「凡事不可著箇且字。且字、其病甚多」とある。
・板天神…


第四十九 舜孳々爲善の条

舜孳孳爲善。若未接物、如何爲善。只是主於敬、便是爲善也。以此觀之、聖人之道、不是但嘿然無言。
【読み】
舜は孳孳[しし]として善を爲せり。若し未だ物に接せざるときは、如何にして善を爲す。只是れ敬を主とせば、便ち是れ善を爲すなり。此を以て之を觀るに、聖人の道は、是れ但に嘿然として言無きのみにあらず。
【補足】
・この条は、程氏遺書一五にある伊川の語。

孟子の本文でみよ。舜方と云ことで、朝から起て善をして精を出すと云か、夫についての難問なり。未接物。朝起ても、物に接らずじっとして居るときはどふする、と。只是主於敬。これは自問自答の文例なり。仲弓の章の、未出門使民之時如何曰此儼若思時也と云と同じことなり。敬の工夫で不断心を張弓のやふにしてをるそ。以此觀之云々。このとり捌て合点しろとなり。心のうっかりとせぬか敬なり。事をするときは事の上て善をなす。ないときは敬なり。不是但嘿然無言。たまってうつむひて計り居るが垩賢の道ではない。さきに事をするものはもってをる。だまりきりではない。孳々として善をするの相手ないときか敬なり。敬は一身の主ぞ。それか事の上へもあらはるるなり。此語が出もののやふなれとも、禪学抔を相手にした語と迂斎の云へり。仏者の坐禪なとは嘿然無言で、それぎりで入定なり。垩人のは鷄初鳴孳々爲善て、物に接る上て善をなすなり。爰は孟子の本文を出してよく考へ見るへし。
【解説】
仏は嘿然無言だけで入定するが、聖人は事について善を成す。そして、事に接していない時は敬を主とするのである。敬は一身の主であり、それが事の上にも現れるのである。
【通釈】
ここは孟子の本文を見て理解しなさい。舜の方ではということで、朝から起きて善に精を出すという、それに関しての難問である。「未接物」。朝起きても、物に接せずにじっとしている時はどうするのか。「只是主於敬」。これは自問自答の文例である。仲弓の章で「未出門使民之時如何曰此儼若思時也」と言うのと同じこと。敬の工夫で絶えず心を張弓の様にしているのである。「以此観之云々」。この取り捌きで合点しなさいと言う。心がうっかりとしないことが敬である。事をする時は事の上で善を成す。事がない時は敬をする。「不是但嘿然無言」。黙ってうつむいてばかりいるのは聖賢の道ではない。当初から事をするためのものは持っているのであって、黙ったままではない。孳々として善をするための相手がいない時は敬をする。敬は一身の主であって、それが事の上へも現れるのである。この語は出物の様だが、禅学などを相手にした語だと迂斎が言った。仏者の座禅などは嘿然無言だけで入定する。聖人のは「鶏初鳴孳々為善」で、物に接する上で善を成すのである。ここは孟子の本文を出して、よく考えて見なさい。
【語釈】
・孟子の本文…孟子尽心章句上25集註。「孟子曰、雞鳴而起、孳孳爲善者、舜之徒也。孳孳、勤勉之意。言雖未至於聖人、亦是聖人之徒也。雞鳴而起、孳孳爲利者、蹠之徒也。蹠、盜蹠也。欲知舜與蹠之分、無他、利與善之閒也。程子曰、言閒者、謂相去不遠、所爭毫末耳。善與利、公私而已矣。纔出於善、便以利言也。楊氏曰、舜蹠之相去遠矣、而其分、乃在利善之閒而已、是豈可以不謹。然講之不熟、見之不明、未有不以利爲義者、又學者所當深察也。或問、雞鳴而起、若未接物、如何爲善。程子曰、只主於敬、便是爲善」。
・仲弓の章…論語集註顔淵2。「或問、出門使民之時、如此可也。未出門使民之時、如之何。曰、此儼若思時也」。


第五十 問人之燕居形體怠惰の条

問、人之燕居、形體怠惰、心不慢者、可否。曰、安有箕踞而心不慢者。昔呂與叔六月中來緱氏。閒居中、某嘗窺之、必見其儼然危坐。可謂敦篤矣。學者須恭敬。但不可令拘迫。拘迫則難久。
【読み】
問う、人の燕居するとき、形體は怠惰にして、心は慢らざる者、可なるや否や、と。曰く、安んぞ箕踞[ききょ]して心の慢らざる者有らん。昔呂與叔六月の中に緱氏に來る。閒居中に、某嘗て之を窺うに、必ず其の儼然として危坐するを見たり。敦篤と謂う可し。學者は須く恭敬なるべし。但し拘迫ならしむ可からず。拘迫せば則ち久しくし難し、と。
【補足】
・この条は、程氏遺書一八にある伊川の語。

客に對するときてなく、何事なく宿に居るときを云。此塲は垩人も褻裘長短右袂とあれは、燕居と云は垩人でも朝廷のやふではないはづ。朱子抔も當時の服てないものをも時によると着て居られたが、同僚がくる、着かへて出て逢たとある。垩賢も平居は別なり。これほどなわけなものゆへ、そこで或人が必しもいつもきっとして居るに及ふまい、形は曲っても、心さへ曲らずはよかろふやと問た。ここは医者の禁好物をゆるすやふにゆるすこともあり、又、ゆるされぬこともあるが、このことゆるされぬなり。安有箕踞而心不慢者。心と形ちは別々なものなれとも、心形は樽と酒のやふなもので、樽がまかると酒もまかる。箕は箕の形で足を投出したの、踞はうつくまることて、原壌夷俟のやふにたてひざなとそ。箕踞は二つと見へる。つまりあぐらいていぞ。こふ形は曲ても、心さへきっとしたらはとまぎらかしをやりたがるが、足を投出し寢ころぶ位では心もじたらくになる。医者も六ヶしい病症の医案するにはしゃんとして居て考る。大事の医按じゃ、枕をかせとは云はぬ。すれは形体怠惰はゆるされぬ。
【解説】
「問、人之燕居、形體怠惰、心不慢者、可否。曰、安有箕踞而心不慢者」の説明。燕居の場では、聖人も朝廷にいる時とは異なる。しかし、形體怠惰でも心さえ慢らなければよいということではない。箕踞では心が自堕落になる。
【通釈】
客に対する時ではなく、何事もなく宿にいる時のことを言う。ここの場は聖人も「褻裘長短右袂」とあれば、燕居の場では聖人でも朝廷にいる時の様ではない筈。朱子なども当時の服でないものをも時によると着ておられたが、同僚が来ると着替えて出て逢ったとある。聖賢も平居の際は別である。これほどのわけがあるものなので、そこで或る人が必ずしもいつも毅然としているには及ばないだろう、形は曲がっても心さえ曲がらなければよいだろうと問うた。ここは医者が禁好物を許す様に、許すこともあり、また、許すことのできないこともあるが、ここは許せないところである。「安有箕踞而心不慢者」。心と形とは別々なものだが、心と形は樽と酒の関係の様なもので、樽が曲がると酒も曲がる。箕は箕の形に足を投出すこと。踞はうずくまることで、「原壌夷俟」の様に立て膝をすること。箕踞は二つのことと見える。つまり胡座居の様なもの。この様に、形は曲がっても心さえしっかりとしていればとまぎらかしをしたがるが、足を投出し寝転ぶ位では心も自堕落になる。医者も難しい病症の医案をするにはしっかりとした姿で考える。大事の医按だから、枕を貸せとは言わない。そこで、形体怠惰は許すことができない。
【語釈】
・褻裘長短右袂…論語郷党6。「褻裘長、短右袂」。
・原壌夷俟…論語憲問46。「原壤夷俟。子曰、幼而不孫弟、長而無述焉、老而不死。是爲賊。以杖叩其脛」。

夫れにつひて咄がある。昔呂与叔六月中云々緱氏。地名。暑中に緱氏へ来て逗留中なり。閑居中某嘗窺之云々。暑ひときはくつろきたき時なり。そふにかうじゃ。可謂敦篤矣。手あつひ学ひかたではないか、と。此二字味あり。学者もさへたことを云ても、この手あつくないが多ひものなり。それはたのみなし。敦篤と云は眞の口ぬりと云もので敦篤なり。閑居の中ても御老中招請のやふにしゃんとして、かけひなたはない。利休か弟子の処へいて棚にある菓子重を扇子の柄てかき立て見て、菓子の上下に甲乙ないを見て、偖茶が上ったとほめた。表裏なき手あつひを云たもの。須恭敬云々。人見せでなく、こちの心を大切することぞ。但不可令拘迫。然し、無理無体にあまり行義をよくしやふとすると敬の長もちがならぬ。恭敬する人は得て拘迫の病かありたかるものそと、そこをちょっとをさへたなり。
【解説】
「昔呂與叔六月中來緱氏。閒居中、某嘗窺之、必見其儼然危坐。可謂敦篤矣。學者須恭敬。但不可令拘迫。拘迫則難久」の説明。燕居でも毅然とし、陰日向のない様にしなければならない。それは人見せではなく、自分の心を大切にすることである。しかし、拘迫であってはならない。
【通釈】
それについて話がある。「昔呂与叔六月中云々緱氏」。緱氏は地名。暑中に緱氏へ来て逗留中のこと。「閑居中某嘗窺之云々」。暑い時はくつろぎたい時なのにこの様なことである。「可謂敦篤矣」。手厚い学び方ではないかと言った。この敦篤の二字に味がある。学者も冴えたことを言っても、手厚くない者が多いもの。それでは頼み難い。敦篤とは真の口ぬりというものでこそ敦篤である。閑居の中ても御老中招請の様に毅然としていて陰日向はない。利休が弟子の処で棚にある菓子重を扇子の柄で掻き立てて見て、菓子の上下に甲乙のないことを見て、さて、茶が上ったと褒めた。それは、表裏がなく手厚いことを言ったもの。「須恭敬云々」。人見せでなく、自分の心を大切にすること。「但不可令拘迫」。しかし、無理無体にあまり行儀をよくしようとすると、敬は長く続かない。恭敬をする人はともすると拘迫の病がありがちだと、そこを少し注意さられたのである。
【語釈】
・呂与叔…呂大臨。汲郡の人。程門の四先生の一人。


第五十一 思慮雖多の条

思慮雖多、果出於正、亦無害否。曰、且如在宗廟則主敬、朝廷主莊、軍旅主嚴、此是也。如發不以時、紛然無度、雖正亦邪。
【読み】
思慮多しと雖も、果たして正に出でなば、亦害無きや否や。曰く、且く宗廟に在りては則ち敬を主とし、朝廷にては莊を主とし、軍旅にては嚴を主とするが如き、此れ是なり。如し發するに時を以てせず、紛然として度無くんば、正と雖も亦邪なり、と。
【補足】
・この条は、程氏遺書一八にある伊川の語。

色々なことを思ふと役にたたぬことか胷に浮んでくる。某なども是がありて、そふしては人のせわをやきたがる。此章も前の條と同しやふで、前の条は、形は怠りても心さへ慢らずはよいかと問ふ。この条も、思慮は多くても不埒な思慮てなく正くは無害やと問ふた。伊川の御答も、いや、其正と云からして其塲々々のことを思慮して一筋でなければよくないを云て、其とき々々て正に出るすじを見せた。且如在宗廟則主敬。紅葉山御鑑、日光御祭禮のと云、それを勤るには其事を專一に敬む。朝廷主荘。親類振舞や花見とは違ひ、くすんで居るか朝廷の姿なり。軍旅主嚴。これは天下の一大事で、人命にかかり國の存亡にかかることゆへ嚴密にせ子はならぬことなり。此是也如發不以時云々。こふものにつひて、それ々々に重ひと云処かあり、其時々がある。正いなればよいことなれともむき々々かありて、この塲にはこふせ子はならぬと云ことあるに、紛然無度てそこへ出まい余のものが出てはつまらぬことなり。
【解説】
「思慮雖多、果出於正、亦無害否。曰、且如在宗廟則主敬、朝廷主莊、軍旅主嚴、此是也。如發不以時、紛然無度」の説明。思慮は多くてもそれが正しければ無害かとの問いに、その場その場のことを思慮して一筋でなければよくないと伊川は答えた。各場面や時々によって正しいことは異なる。「紛然無度」では、出てはならないものが出る。
【通釈】
色々なことを思うと役に立たないことが胸に浮かんで来る。私などもそれがあって、そうしては人の世話を焼きたがる。この章も前の条と同じ様なことで、前の条は、形は怠っても心さえ慢らなければよいかと問う。この条も、思慮は多くても不埒な思慮でなくて正しければ無害かと問うたもの。伊川のお答えも、いや、その正と言うことからして、その場その場のことを思慮して一筋でなければよくないと言い、その時々で正に出る筋を見せた。「且如在宗廟則主敬」。紅葉山御鑑や日光御祭礼と言えば、それを勤めるにはそのことを専一に敬む。「朝廷主荘」。親類振舞いや花見の時とは違い、地味にするのが朝廷での姿である。「軍旅主厳」。これは天下の一大事の時で、人命に関わり国の存亡に関わることなので厳密にしなければならない。「此是也如発不以時云々」。この様に、物に関してそれぞれに重いという処があり、その時々がある。正しいのはよいことだが、それぞれに向きがあって、この場にはこうしなければならないということがあるのに、「紛然無度」で、そこへ出てはならない筈のものが出るのはよくない

雖正亦邪。出處がわるくては正ても邪にをちる。為学の中に不合正理妄なり便邪心なりもきこへた。よいことでも、女房の今出産をすると云ふのに太極圖説の吟味するは妄なり。火事塲で身体髪膚と孝經の咄をするはあほふなり。いくら正ひことでも邪になる。とかく出へきと出まじきの度がある。經師やは障子のはり替に御城へすっ々々と這入れとも、倍臣は千石取ても出られぬ。それ々々の出る筋が立て出る。殿中へ出まじきものが出る、はや番所で咎める。人心はとがめてなさに紛然として出る。そこの吟味してとかめるが敬の主宰ぞ。能ひことても出所かわるいと妄になる。大名の床へ千两箱をかさる、はや邪なり。金はしごく望ましひが、床へ出すと出ちがいなり。中々床にはをかれぬ。床には獅子か布袋の置物か出るはずの処へ出たのなり。置処が大事なり。出まじき処へ出るは心の害なり。
【解説】
「雖正亦邪」の説明。出処が悪くては正でも邪に落ちる。人心を咎めるのが敬の主宰であり、敬がなければ人心は紛然として出る。出てはならない処へ出るのは心の害である。
【通釈】
「雖正亦邪」。出処が悪くては正でも邪に落ちる。為学の中にある「不合正理妄也乃邪心也」もよくわかる。よいことでも、女房が今出産をするという時に太極図説の吟味をするのは妄である。火事場で身体髪膚と孝経の話をするは阿呆である。いくら正しいことでも邪になる。とかく出るべきと出てはならないことの度がある。経師屋は障子の張り替えに城へすっと這い入ることができるが、陪臣は千石取りでも出られない。それぞれの出る筋が立って出るのである。殿中へ出てはならない者が出れば、直ぐに番所で咎める。人心は咎め手がないので紛然として出る。そこの吟味をして咎めるのが敬の主宰である。よいことでも出所が悪いと妄になる。大名が床へ千両箱を飾るのは直に邪である。金は大層望ましいものだが、床へ出すのは出違いである。決して床に置くことはならない。床には獅子か布袋様の置物などが出る筈の処へ千両箱が出たのである。置き処が大事。出てはならない処へ出るのは心の害である。
【語釈】
・不合正理妄なり便邪心なり…為学8。「雖無邪心、苟不合正理、則妄也。乃邪心也」。
・經師や…経師を職業とする人。表具屋。大経師。