鬼神集説三箚目録
第一
講義
第二
考證
第三
遺言

默齋先生屏居杜門之日、唯唱佐藤子之學。十年于此、而指導之精、門風之確、屹可祟、坦可據。雖先生軀衰弱、寒暑不倦、疾病自勤丁寧親切無所不至矣。然患後生万俗之浮薄徒從事于此、其或志趣意向之卑陋、而標的不峻嚴、鞭策不猛省、依然不進、人材難育、而下無益彼此、上累先賢。是以自劾、昨年來函丈侍席、終廢矣。今春幸桑名奥平君負笈遠來、以家嚴之命請敎。乃遂復爲之講授闇齋佐藤二先生之書若干巻、中、及鬼神集説三席。君既西、吾軰因以請其卒篇、即與惟秀兄弟共録之爲一箚。曰講義。又先生親撰考證及遺言。今並叙名曰鬼神集説三箚。蓋遺言者、祖師弟之言。考證者徴常故。函丈之題言跋文既詳其意。文竊聞。鬼神之道、學者精義挌致之極、而其要歸報夲追遠之德而已。仁孝誠敬之至莫大於祭祀。而不會鬼神之義、則無所。無所夲故資鬼神之思議者、實莫善於斯書。過此以往、所謂知禘之説者、治天下不難矣。故佐藤子特望與四方之學者共之。但三箚之成、蓋不必公四方、寧依舊資同志之思議、其亦有微意耳。
寛政癸丑六月望 花澤文謹序

【読み】
默齋先生の屏居門を杜ぐの日、唯り佐藤子の學を唱える。此に十年、而して指導の精、門風の確、屹として祟む可く、坦にして據る可し。先生の軀衰弱すと雖も、寒暑を倦まず、疾病自ら勤めて丁寧親切至らざる所無し。然るに後生万俗の浮薄、徒ら此に從事し、其の或いは志趣意向の卑陋にして、標的峻嚴ならず、鞭策猛省せず、依然として進まず、人材育し難く、而して下は彼此に益すること無く、上は先賢を累わすを患う。是れ以て自ら劾し、昨年來函丈侍席、終に廢せり。今春幸いに桑名奥平君負笈して遠く來り、家嚴の命を以て敎を請えり。乃ち遂に復之が爲に闇齋佐藤二先生の書若干の巻を講授し、中、鬼神集説三席に及べり。君既に西し、吾軰因りて以て其の篇を卒るを請い、即ち惟秀兄弟と共に之を録し一箚と爲す。講義と曰う。又先生親から考證及び遺言を撰みぬ。今並びに叙して名づけて鬼神集説三箚と曰う。蓋し遺言は、祖師の弟の言。考證は常故を徴せり。函丈の題言、跋文既に其の意を詳くせり。文竊かに聞く。鬼神の道は、學者精義挌致の極にして、其の要歸は夲に報い遠きを追うの德のみ。仁孝誠敬の至りは祭祀より大なるは莫し。而して鬼神の義を會せざれば、則ち所無し。夲づく所無し故に鬼神の思議を資る者は、實に斯の書より善きは莫し。此を過ぎて以往、謂う所の禘の説を知る者は天下を治むるも難からず。故に佐藤子特に四方の學者と之を共にすることを望めり。但三箚の成る、蓋し必ずしも四方に公にせずとも、寧ろ舊きに依りて同志の思議を資る、其れ亦微意有るのみ。
寛政癸丑六月望 花澤文謹序
【語釈】
・寛政癸丑六月望…寛政5年(1793年)6月15日。
・花澤文…花澤文二。林潜斎。東金市堀上の人。一時、丸亀藩主京極侯の儒臣となる。1749~1817


鬼神集説講義

鬼神集説序
晦菴朱先生説鬼神之義至矣盡矣。往年撰出於文集語類之中而爲一冊、題曰鬼神集説、以資朋友講習之思議焉。眞西山有言。曰、鬼神之理雖非始學者所易窮、然亦須識其名義。若以神示鬼三字言之、則天之神曰神、以其造化神妙不測也。地之神曰示、以其山川艸木有形可見顯然示人也。示、古祗字。人之神曰鬼。鬼謂氣之已屈者也。若以鬼神二字言之、則神者氣之伸、發出。鬼者氣之屈。收囘。氣之方伸者屬陽故爲神、氣之屈者屬陰故爲鬼。神者伸也、鬼者歸也。且以人之身論之、生則曰人、死則曰鬼。此生死之大分也。然自其生而言之、則自幼而壯、此氣之伸也。自壯而老、自老而死、此又伸而屈也。自其死而言之、則魂遊魄降、寂無形兆。此氣之屈也。及子孫享祀、以誠感之、則又能來格。此又屈而伸也。姑舉人鬼一端如此。至若造化之鬼神、則山澤水火雷風是也。日與電皆火也。月與雨亦水也。此數者合而言之、又只是陰陽二氣而已。陰陽二氣流行於天地之間、萬物賴之以生、賴之以成。此即所謂鬼神也。氣之伸爲神。如春夏生長、是也。氣之屈爲鬼。如秋冬歛藏、是也。今人只以塑像畫像爲鬼神、及幽暗不可見者爲鬼神、殊不知、山峙川流日照雨潤雷動風散乃分明有迹之鬼神。日出爲神、入爲鬼。雨潤爲神、止爲鬼。雷動爲神、息爲鬼。風散爲神、收爲鬼。伊川曰、鬼神者造化之迹。又曰、鬼神天地之功用。横渠曰、鬼神二氣之良能。凡此皆指陰陽而言。天地之氣即人身之氣、人身之氣即天地之氣。又有言。曰、易繋辭曰、精氣爲物、遊魂爲變。人之生也、精與氣合而已。精者血之類。是滋養一身者。故屬陰。氣是能知覺運動者。故屬陽。二者合而爲人。精即魄也。目之所以明、耳之所以聰者、即精之爲也。此之謂魄。氣充乎體。凡人心之能思慮有知識、身之能舉動與夫勇決敢爲者、即氣之所爲也。此之謂魂。人之少壯也血氣強。故魂魄盛。此所謂伸。及其老也血氣既耗、魂魄亦衰。此所謂屈也。既死即魂升于天以從陽、魄降于地以從陰。所謂各從其類也。魂魄合則生、離則死。故先王制祭享之禮、使爲人子孫者、盡誠、致敬、以焫蕭之屬求之於陽、灌鬯之屬求之於陰。求之既至、則魂魄雖離、而可以復合。故禮記曰、合鬼與神、敎之至也。神指魂而言、鬼指魄而言。此所謂屈而伸也。此説尤詳明、能得先生之意者也。因今表章而冠諸集説之首、遂付梓人、刻之以與四方之學者、共之云爾。
元祿已巳孟春下浣。佐藤直方謹識。

【読み】
晦菴朱先生の鬼神の義を説くこと至れり盡せり。往年文集語類の中より撰出して一冊と爲し、題して鬼神集説と曰い、以て朋友講習の思議を資[たす]く。眞西山言える有り。曰く、鬼神の理、始學者の窮め易き所に非ずと雖も、然れども亦須く其の名義を識るべし、と。若し神示鬼三字を以て之を言えば、則ち天の神を神と曰い、其の造化神妙の測れざるを以てなり。地の神を示と曰い、其の山川艸木形有りて見る可く顯然として人に示すを以てなり。示は、古の祗の字。人の神を鬼と曰う。鬼は氣の已に屈する者を謂う。若し鬼神の二字を以て之を言えば、則ち神は氣の伸、發出。鬼は氣の屈。收囘。氣の方に伸ぶる者は陽に屬す故に神と爲し、氣の屈する者は陰に屬す故に鬼と爲す。神は伸なり、鬼は歸なり。且つ人の身を以て之を論ずるに、生は則ち人と曰い、死は則ち鬼と曰う。此れ生死の大分なり。然して其の生ずる自りして之を言えば、則ち幼自りして壯なる、此れ氣の伸なり。壯自りして老なる、老自りして死なる、此れ又伸びて屈するなり。其の死する自りして之を言えば、則ち魂遊魄降、寂として形兆無し。此れ氣の屈するなり。子孫の享祀に及び、誠を以て之を感ずれば、則ち又能く來格す。此れ又屈して伸ぶるなり。姑らく人鬼の一端を舉ること此の如し。造化の鬼神の若きに至りては、則ち山澤水火雷風是れなり。日と電とは皆火なり。月と雨とは亦水なり。此の數者を合わせて之を言えば、又只是れ陰陽二氣のみ。陰陽二氣天地の間に流行し、萬物之に賴って以て生れ、之に賴って以て成る。此れ即ち謂う所の鬼神なり。氣の伸を神と爲す。春夏生長の如き、是れなり。氣の屈を鬼と爲す。秋冬歛藏の如き、是れなり。今人只塑像畫像を以て鬼神と爲し、及び幽暗見る可からざる者を鬼神と爲し、殊に知らず、山峙川流日照雨潤雷動風散の乃ち分明に迹有るの鬼神なるを。日の出づるを神と爲し、入るを鬼と爲す。雨の潤すを神と爲し、止むを鬼と爲す。雷の動くを神と爲し、息するを鬼と爲す。風の散ずるを神と爲し、收まるを鬼と爲す。伊川曰く、鬼神は造化の迹なり。又曰く、鬼神は天地の功用なり。横渠曰く、鬼神は二氣の良能なり、と。凡て此れ皆陰陽を指して言う。天地の氣は即ち人身の氣、人身の氣は即ち天地の氣なり。又言える有り。曰く、易の繋辭に曰く、精氣物と爲り、遊魂は變を爲す、と。人の生るるや、精と氣と合するのみ。精は血の類なり。是れ一身を滋養する者なり。故に陰に屬す。氣は是れ能く知覺運動する者なり。故に陽に屬す。二つの者合して人と爲る。精は即ち魄なり。目の明なる所以、耳の聰なる所以の者は、即ち精之れを爲すなり。此れを之れ魄と謂う。氣體に充つ。凡そ人心の能く思慮し知識有る、身の能く舉動すると夫の勇決敢爲なる者とは、即ち氣の爲す所なり。此れを之れ魂と謂う。人の少壯なるや、血氣強し。故に魂魄盛んなり。此れ謂う所の伸なり。其の老に及んでや、血氣既に耗し、魂魄亦衰う。此れ謂う所の屈なり。既に死すれば即ち魂天に升り以て陽に從い、魄地に降り以て陰に從う。所謂各々其の類に從うなり。魂魄合えば則ち生き、離るれば則ち死す。故に先王祭享の禮を制し、人の子孫爲る者をして、誠を盡し、敬を致し、焫蕭[せっしょう]の屬を以て之を陽に求め、灌鬯[かんちょう]の屬をば之を陰に求めしむ。之を求めて既に至れば、則ち魂魄離ると雖も、以て復た合す可し。故に禮記に曰く、鬼と神とを合する、敎の至れるなり、と。神は魂を指して言い、鬼は魄を指して言う。此れ謂う所の屈して伸するなり、と。此の説尤も詳明、能く先生の意を得る者なり。因りて今表章して諸を集説の首に冠し、遂に梓人[しじん]に付し、之を刻して以て四方の學者に與え、之を共にすと爾[し]か云う。
元祿已巳孟春下浣 佐藤直方謹識。
【語釈】
・元祿己巳孟春下浣…元禄2年(1689年)1月下旬。

鬼神集説序。癸丑正月二十一日文録。先日鞭策排釈の二録ても云通り、何もふやさぬこと。近思録通りのことなり。この鬼神集説も近思の道体致知のことなり。手に入らぬと道体は上のこと、致知は我ことと思ふが、道体を上へあげて見せて、それを致知すること。何ても物に道理あって、其吟味が皆致知の篇の工夫にて、其中に鬼神がむつかしい吟味の第一なり。さて、格物せぬと性を鴨かと思ふ。そこて挌物せぬと吾知にくらひ処あり、鬼神のことすまぬと、たとひ餘のこと明かでも、鬼神のことになると何か後ろの方をふりかへられる。是かすまぬと致知のそこはぬけす。去によって鬼神の情状を知るを窮理に出して、それから垩人尽性の極至のことを孔子の玉へり。上で云通り、どこまでもやはりふやさぬこと。鬼神の名義道体になりて、其きり々々をきめるは致知なり。其鬼神もつまり氣のこと。
【解説】
鬼神集説も近思の道体と致知のことであって、別なものではない。鬼神の名義は道体であり、その至極を決めるのは致知による。鬼神の吟味が済まないと致知の底が抜けない。
【通釈】
鬼神集説序。癸丑正月二十一日文録。先日、鞭策と排釈の二録でも言った通り、何も増やしてはならない。近思録の通りのこと。この鬼神集説も近思の道体致知のこと。これが手に入らないと道体は上のことで、致知は自分のことと思うが、道体を上へ上げて見せ、それを致知するのである。どの様な物にも道理があり、その吟味が皆致知の篇の工夫だが、その中で鬼神の吟味が一番難しい。さて、格物をしないと性を鴨かと思う。そこで、格物をしないと自分の知に暗い処があって、鬼神のことが済まなければ、たとえ他のことが明らかでも、鬼神のことになると何か後ろの方を振りかえる様である。これが済まないと致知の底が抜けない。そこで、鬼神の情状を知ることを窮理に出し、それから聖人尽性の極致のことを孔子が仰せられた。上で言う通り、何処までもやはり増やさないこと。鬼神の名義は道体であり、その至極を決めるのは致知による。その鬼神もつまりは気のこと。
【語釈】
・癸丑正月二十一日…寛政5年(1793年)1月21日。
・文録…花澤文二。林潜斎。東金市堀上の人。一時、丸亀藩主京極侯の儒臣となる。1749~1817
・鬼神の情状を知る…易経繋辞伝上4。「仰以觀於天文、俯以察於地理、是故知幽明之故。原始反終、故知死生之説。精氣爲物、遊魂爲變、是故知鬼神之情状」。
・垩人尽性…易経説卦伝1。「昔者聖人之作易也、幽贊於神明而生蓍。參天兩地而倚數。觀變於陰陽而立卦、發揮於剛柔而生爻、和順於道德而理於義、窮理盡性以至於命」。

さて、一ヶ条にして氣のことを学者て取上るは浩然の氣なり。浩然の氣にむつかしいことはないか、あれは受用がむつかしいことて、何も迷にはならぬ。そこて氣と云上では鬼神が手取もの。仁義礼智孝悌忠信に疑はないが、鬼神は氣の上て奇怪なことあり。推付られぬでやかましい。迂齊、笹の葉が蛇になったと云。それは虚にもせよ、あの酢貝が酢の内て動く。すまぬことなり。鬼神あると云へはある。無と云へばない。そこがむつかしい。これに疑なければ外に疑はない。さて又此間中種々の講書にふれはない。道學標的講学鞭策録其力らから排釈鬼神なり。それを一肩にするが吾黨の旨訣なり。皆離れることはない。これは鬼神の講学なりと云。精義中のことなり。鬼神にうろつくゆへ、神信心やそれから仏にもまよう。鬼神の理のすまぬと仏にも迷ふと云はどうなれは、連崇卿廖子晦への答、排釈録に引けり、又、同じものを此集にも隣り合せに載せらるる。両方へ載せたは鬼神にも仏にも迷はせぬに、此二つの答書が相通する。然れば知の底かぬけると何にも迷ふことはないと云之段なり。
【解説】
浩然の気は難しいことではないが、鬼神は難しい。鬼神には、気の上で奇怪なことがある。鬼神は有るといえば有り、無いといえば無いもの。鬼神の理が済まないと仏にも迷うことになる。それで、連崇卿や廖子晦への答書が排釈録にも鬼神集説にも載せてある。
【通釈】
さて、学者が一箇条にして気のことを取り上るとすれば、それは浩然の気である。浩然の気に難しいことはなく、ただ受用が難しいだけで、何も迷うことはない。そこで、気という上では鬼神が難解である。仁義礼智孝悌忠信に疑いはないが、鬼神は気の上に奇怪なことがある。押さえ付けられないので喧しい。迂斎が、笹の葉が蛇になったと言った。それは虚ではあるが、あの酢貝が酢の内て動くわけはよくわからないこと。鬼神は有るといえば有り、無いといえば無い。そこが難しい。これに疑いがなければ外に疑いはない。さてまたこの間中の種々の講書に振れはない。道学標的講学鞭策録の力から排釈録と鬼神集説となった。それを担うのが我が党の旨訣である。皆離れることはない。これは鬼神の講学であると言う。精義中のこと。鬼神に狼狽えるので、神信心や、それから仏に迷うことになる。鬼神の理が済まないと仏にも迷うと言うのは何故かと言えば、連崇卿や廖子晦への答書を排釈録に引いてあり、また、同じものをこの集にも隣り合わせに載せられている。両方へ載せたのは鬼神にも仏にも迷わせないためで、この二つの答書が相通じている。そこで、知の底が抜けると何も迷うことはないという段なのである。
【語釈】
・酢貝…リュウテンサザエ科の巻貝。殻高約二センチメートル。蓋はサザエのように石灰質で、皿に伏せて酢を注ぐと殻が溶けて動きまわるので、玩具にしたといわれる。

○晦庵先生説鬼神之義至矣盡矣。程子南軒は道理のまていに云、妖怪のことは説かれぬ。あの御方のが御朱印になること。子不語怪力乱神なり。程子南軒は理の鬼神を云、朱子は妖物の一本足一つ眼まで入れて説るる。そうなけれは妖物の有たときさしつかへる。妖もの迠も皆鬼神の領内にする。丁ど程子の性即理也て御朱印なれとも、氣質の性を説て備ったやうなもの。そこて明備録が備たて公事か起らす。程子南軒のは全体正面なれとも、朱子は妖怪迠入れるが鬼神之義至矣盡矣なり。この集説開巻の首に先妖怪のことなり。それを食ひほどか子は鬼神の理會はならぬ。上に云通り、孔子繋辞傳に、精義成物遊魂為変故知鬼神之情状より知周乎萬物とありて、ここの根ずみせ子ばほんの致格てない。
【解説】
「晦菴朱先生説鬼神之義至矣盡矣」の説明。程子と南軒は道理を真正面に言い、妖怪のことは説かれなかった。また、孔子も同じだった。朱子は妖怪までをも入れて説いたが、この根済みがなければ本当の格致ではないのであって、朱子は至れり尽くせりである。
【通釈】
○「晦庵先生説鬼神之義至矣尽矣」。程子と南軒は道理を真正面に言い、妖怪のことは説かれなかった。あの御方の言が御朱印になる。それは「子不語怪力乱神」である。程子と南軒は理の鬼神を言い、朱子は妖物の一本足一つ眼までを入れて説かれた。そうでなければ妖物があった時に差し支える。妖物までも皆鬼神の領内にする。丁度程子の「性即理也」は御朱印だが、気質の性を説くのに備えた様なもの。そこで明備録が備わったので公事が起きない。程子や南軒のは全体が真正面なものだが、朱子は妖怪までをも入れるので、「鬼神之義至矣尽矣」である。この集説の開巻の初めに先ず妖怪のことがある。それを食い解かなければ鬼神の理会はできない。上に言った通り、孔子が繋辞伝に、「精義成物、遊魂為変、故知鬼神之情状」から「知周乎万物」とあり、ここの根済みをしなければ本当の致格ではない。
【語釈】
・子不語怪力乱神…論語述而20。「子不語怪・力・亂・神」。
・性即理也…近思録道体38。「性即理也。天下之理、原其所自、未有不善」。
・精義成物遊魂為変故知鬼神之情状…易経繋辞伝上4。「精氣爲物、遊魂爲變、是故知鬼神之情状」。前出。
・知周乎萬物…易経繋辞伝上4。「與天地相似、故不違。知周乎萬物而道濟天下、故不過」。

東坡は知恵を舞はし、荊公はあのはりのつよいものが皆仏に入たもこれがすまぬからなり。程子の仏か鬼神を使ふと云へり。有鬼神用之とかある。あれをわるく聞くと狐を使ふやうなれとも、さうてない。地獄天堂のこと云ても、それもあちの鬼神の中にて、釈迦も今日云て明日あらはれるやうな迂詐は云ぬ。あちも妙は鬼神をうしろにをく。鬼神は敉も々内て敉はない此方の夲んのものも、あちの迂詐はむつかしいと云は、敉も々々外ゆへそ。外のことを地獄極樂ほどの偽を云はは公事はたへず、何にも形ないゆへ地獄極楽のこと、公事にならす。釈迦ほどな人じゃもの、尻のわれるやうなことは中々云ぬは鬼神を使ふからぞ。ここは形なさのことなり。そこで鬼神のこと知るが知惠の底のぬけること。斯ふ云こともあるが致知の第一になる。
【解説】
仏も鬼神を使う。鬼神には形がないから、鬼神を使って嘘を言っても揉め事にはならない。
【通釈】
東坡は知恵を回し、荊公は張りの強い人だったが、皆仏に入ったのもこれが済まないからである。程子が、仏は鬼神を使うと言った。「有鬼神用之」などとある。あれを悪く聞くと狐を使う様だが、そうではない。地獄天堂のことを言うにしても、それも鬼神の中のことで、釈迦も今日言った嘘が明日わかる様な、その様な嘘は言わない。あちらも妙なところは鬼神を後ろに置く。鬼神は数も数も内で数はないこちらの本当のものであっても、あちらの嘘は難しいと言うのは、数も数も外だからである。地獄極楽ほどの嘘を外のことで言えば公事は絶えないが、何も形がないので地獄極楽のことは公事にならない。釈迦ほどの人だもの、尻の割れる様なことは中々言わない。それは鬼神を使うからである。ここは形がないからのこと。そこで鬼神のことを知るのが知恵の底の抜けること。こういうことがあると知るのが致知の第一になる。
【語釈】
・東坡…蘇東坡。蘇軾。1036~1101
・荊公…王安石。1021~1086
・有鬼神用之…鬼有りて神之を用いる?

さてこれがふへたことでなく、今日近思録の致知の會かあると云に、やはりこの鬼神のことにて、鬼神集説の分が即ち近思録致知のことなり。至矣盡矣は程子南軒も至矣なり盡矣なり。朱子てなければならす。肴新しくても、吸口のわるいうしほなれば尽ぬ処あるぞ。料理出してごだんなり。一つ眼までわけが付てある。性善を云は至矣なり。然れとも、世の中悪人がある。それは氣質の性と云が尽矣なり。窮挌のことに、ここ迠はさばきのつきぬと云は尽せりてない。前も云たか、蒙求にある鬼神有か無かの論に無いと云たれば、でも有ものをと云て鬼形になりぬ。爭った向の男がすぐに怪ものなり。これかよい説なり。化けものは変ゆへ不断はなけれども、たま々々あること。其たま々々あることをも吟味せ子はならぬ。伊川は人が化け者をみたと云と、をのしの眼病じゃなどと云るる。なるほど伊川や南軒は疑をはらしてよいが、未だあると云公事が一つある。
【解説】
伊川や南軒は疑を晴らしてあるので鬼神を言わない。化け物は変なので普段はないものだが、偶にはあるもの。偶にあるものまでを吟味するから「至矣尽矣」である。
【通釈】
さてこれが増えたことではなく、今日近思録の致知の会があると言っても、それはやはりこの鬼神のことであって、鬼神集説のわけが即ち近思録致知のこと。「至矣尽矣」では、程子や南軒もそれだが、朱子でなければならない。肴が新しくても、吸口の悪い潮汁であれば尽きない処がある。料理出して後段である。一つ眼までにわけが付いてある。性善を言うのは至矣である。しかしながら、世の中には悪人がいる。それは気質の性と言うのが尽矣である。窮格のことでは、ここまでは捌きが尽きないと言うのは尽くせりでない。前にも言ったが、蒙求に、鬼神有るか無いかの論に無いと言えば、それでも有るものだと言って鬼形になる。争った向こうの男が直ぐに怪物である。これがよい説である。化け物は変なので普段はないが、偶にはあるもの。その偶々あることをも吟味しなければならない。伊川は人が化け物を見たと言うと、お前の眼病だなどと言われる。なるほど伊川や南軒は疑を晴らしてよいが、まだあるという公事が一つある。
【語釈】
・吸口…吸物に浮べて芳香を添えるつま。ユズ・木の芽・フキノトウなどの類。
・ごだん…後段。江戸時代、饗応の時に飯の後に他の飲食物を出したこと。
・蒙求…児童・初学者用教科書。唐の李瀚撰。三巻。

○往年撰出於文集語類中而為一冊、題鬼神集説、以資朋友講習之思議焉。集は出來て序はなかった。そこて往年と云。中庸集畧、上祭の説為題目入思議とある。鬼神はああしたものと題目をなして置くと、思議に入て終には鬼神のこと根からすむものなり。眞西山有言云云。迂斉か直方より聞たことを某又迂斉にきく。竹村市兵衛が眞西山文集を持てきたとき、この語をみて、をれが不文な序をかかんより、これが序によいとてすくに載られき、と。
【解説】
「往年撰出於文集語類之中而爲一冊、題曰鬼神集説、以資朋友講習之思議焉。眞西山有言。曰、鬼神之理雖非始學者所易窮」の説明。この序は後で作ったもの。真西山の語は、竹村市兵衛が持って来た真西山文集を見て、直ぐにそれを載せたもの。
【通釈】
○「往年撰出於文集語類中而為一冊、題鬼神集説、以資朋友講習之思議焉」。集説はできたが序はなかった。そこで「往年」と言う。中庸集略に、上祭が「説為題目入思議」とある。鬼神はああしたものだと題目を付けて置くと、思議に入って終には鬼神のことも根から済むもの。「真西山有言云云」。迂斎が直方より聞いたことを私がまた迂斎から聞いた。竹村市兵衛が真西山文集を持って来た時にこの語を見て、俺が下手な序を書くよりもこれが序にはよいとして直ぐに載せられたそうである。
【語釈】
・上祭…謝上蔡。顕道。良佐。程氏門人。1050~1103
・眞西山…
・竹村市兵衛…書籍販売元?京都。

○須識其名義は、即ち題目のことなり。若以神示鬼三字言之、天之神曰神云云。諸書にある名義なり。これてすますべし。これで思義に入る。吾黨の学者のあからぬは名義がきまらぬ。題目思義に入ぬゆへ高いこと云やうでもあとがきまらぬ。さて、眞西山如此に字義から云。直方のに合ぬやうに思べし。直方は大すしをすふ々々と云人なり。西山もちがふやうなり。然に其語をとらるるは、書に氣質はないことなり。眞西山は浅見先生の出處からは咎めある人なれとも、学問は朱子の修理をよく得た人なり。其について云ふに、学者にも色々と此筋か好きそうなと云ことあり、浅見の好くことは直方のたてにきらいなことあれども、よい説を取らるるに氣質はないこと。まして三宅先生の云るるに、今直方をして快潤な樂易な学者とはかり思が、直方はこまかに工夫して綿密な学問ゆへ、今快潤になられたとなり。今日の者は快潤からさきへやり、樂をしながらゆきたがる。此序をよむにも、西山の云るるほどな細密一分別はとくに出来て有た上への編集にて、序の名義もと直方にあるを知るべし。
【解説】
「然亦須識其名義。若以神示鬼三字言之、則天之神曰神」の説明。字義から言う真西山の語を直方が採ったのは、気質を入れないからである。直方は快潤楽易な学者だと思われているが、それは細かに工夫をした綿密な学問が下地にあってのことである。
【通釈】
○「須識其名義」は、即ち題目のこと。「若以神示鬼三字言之、天之神曰神云云」。諸書にある名義である。これで済ましなさい。これで思議に入る。我が党の学者の学問が上がらないのは名義が決まらないから。題目思義入らないので高いことを言う様でも後が決まらない。さて、真西山がこの様に字義から言ったが、それは直方に合わない様に思える。直方は大筋をずんずんと言う人なので、西山とは違う様である。それなのに、彼の語を採られたのは、書に気質はないからである。真西山は浅見先生の出処から見れば咎めのある人だが、学問は朱子の修理をよく得た人である。そのことに関して言うと、学者にもこの筋が好きだということが色々とあり、浅見の好くことを直方が実に嫌うこともあるが、よい説を取られるのに気質はない。ましてや三宅先生が言われるには、今直方のことを快潤な楽易な学者とばかり思っているが、直方は細かに工夫をした綿密な学問なので、今快潤になられたのだとある。今日の者は快潤から後をして、楽をしながら行きたがる。この序を読むに場合にも、西山の言われるほどの細密一分別は特にできてあった上の編集であって、序の名義も元々直方にあることを知らなければならない。
【語釈】
・浅見先生…浅見絅斎。名は安正。通称、重次郎。別号、望楠軒。1652~1711

○以其造化神妙不測也。造化の測られぬは、いつも云芳野の桜なり。一夜に開は造化のはたらきなり。世俗て人間わざてないと云もよい云やうなり。幸次郎殿、そなたの旦那さま大手の御番所を勤めらるる。大そうなことなれども人間業なり。明日の客迠に牡丹開かせると云ことは人間業にはならぬ。それか天の神のことなり。それは太極ではないかと云に、太極にさてもと云やうな形体方処めいたことはない。太極にぎか々々としたことはない。天のあの御手際と云ふは鬼神のすることなり。太極に力のあるか鬼神なり。そこて太極では無極にして而と云ひ、鬼神ては盛哉と云。
【解説】
「以其造化神妙不測也」の説明。人間業には限界があるが、造化の神妙は測ることができない。天は「無極而太極」ではっきりとはわからないものだが、それが目に見えるのは鬼神の業である。
【通釈】
○「以其造化神妙不測也」。造化を測ることができないのは、いつも言う吉野の桜である。一夜に開くのは造化の働きである。世俗で人間業ではないと言うのもよい言い様である。幸次郎殿、貴方の旦那様は大手の御番所を勤められる。それは大層なことだが人間業である。明日の客までに牡丹を開かせるということは人間業ではできない。それか天の神のこと。それは太極ではないかと言われても、太極に実にそうだという様な形体方処めいたことはない。太極にはっきりとしたことはない。天のあの御手際というのは鬼神のすることで、太極に力のあるのが鬼神である。そこで太極では「無極而」と言い、鬼神では「盛哉」と言う。
【語釈】
・幸次郎殿…奥平棲遅庵。名は定時。通称は幸次郎、晩年は玄甫。武蔵忍藩士。明和6年(1769)~嘉永3年(1850)
・無極にして而…太極図説。近思録道体1。「無極而太極」。
・盛哉…中庸章句16。「子曰、鬼神之爲德其盛矣乎」。

○地之神曰示云々。示は夲と祗字なり。山川草木皆形ありてよく見へる。小児の目にも知る。其死物でないが地の神なり。上京のとき某も冨士をみたが、西行や業平も見たて有ふと思ふたが、あれが生きものなり。生た処が地の神。よくみへるは示なり。○人之神曰鬼。人は次郎兵衛太郎兵衛なり。それが死でしまふとそこに居らぬが、今迠さう云者の在たと云あり々々としたものがある。今そこにをらぬが、其人の神と云はきへぬ。それゆへ、昔の垩賢のことを今に云にあり々々としてをる。頼朝太閤豪傑なれども、今はなくこはくもなし。なれども其昔のことは出てくることあるなり。朝鮮せめのこと、やはりのこる。有た人のことは消されぬ。里中の小祠などは毀てなんともないは、何やら知れぬからそ。知れば自つと神がのる。
【解説】
「地之神曰示、以其山川艸木有形可見顯然示人也。示、古祗字。人之神曰鬼。鬼謂氣之已屈者也」の説明。山川草木には形があってよく見える。死物でないのは地の神であり、見えるところが「示」である。人は死ねば形がなくなるが、それでも残っているものがある。これが鬼である。
【通釈】
○「地之神曰示云々」。「示」は本来、「祗」という字である。山川草木には皆形があってよく見える。小児の目にもわかる。その死物でないのが地の神である。上京の時に私も富士を見た。西行や業平も見ただろうと思ったが、あれが生きものである。生きた処が地の神で、よく見えるのが示である。○「人之神曰鬼」。人は次郎兵衛太郎兵衛である。それが死んでしまうとそこにはいないのだが、今までそういう者がいたことがありありとしてある。今そこにはいないが、その人の神というのは消えない。それで、昔の聖賢のことを今言うとありありとしている。頼朝や太閤は豪傑だが、今はいないので恐くもない。しかしながら、その昔のことは出て来ることがある。朝鮮攻めのこと、やはり残る。いた人のことは消すことはできない。里中の小祠などは毀れても何ともないのは、それが何だか知れないからで、知れば自ずと神が乗る。

○若以鬼神二字言之、則神者氣之伸云々。西山の学問、朱子に御目にかからず私淑の人なり。朱門にもこれほどに名義を云ことはめったではならぬ。鬼神の名義さま々々あれとも、それを一つになるやうに説子ばならす、鷺は白、烏は黒も名義なれとも、ふてうを付たでそれきりのことなり。鬼神のことは名義はかりでもいそがしい。天地人の三字て云ことあり、又二字で云ことあり。礼記て宰我の問もこの二字なり。発出は一日々々とあがるゆへ、みへ出るやうなもの。幸次郎どの此前来たときより、今日はあの豊後梅もよほどほころびてきた。収回は、もと伸たものの屈だのなり。をさまりすでのことを云て、輪回とは違ふ。回の字ぐるみ爰て吟味してゆくへし。出來たもののなくなるにて、無くなる所へをさまったを収回と云。佛は滅を主にして、又それを出したがる。こちは飯を食て仕舞ったなり。酒を飲て仕舞ふたなり。又、此樽の底からでると云ことでない。又、底からでるならこの黙齊などよからふなり。
【解説】
「若以鬼神二字言之、則神者氣之伸、發出。鬼者氣之屈。收囘」の説明。鬼神は二字で言う時もあり、天地人の三字で言う時もある。神は気が次第に伸びて行くことで、鬼は気が屈して元に戻り、終えること。屈は、酒を飲めば樽の中の酒がなくなる様なもの。
【通釈】
○「若以鬼神二字言之、則神者気之伸云々」。西山は、朱子に御目に掛かることはなかったが、私淑の学問だった。朱門にもこれほどに名義を言う者は滅多にいなかった。鬼神の名義は様々だが、それを一つになる様に説かなければならない。鷺は白、烏は黒も名義だが、それは符帳を付けただけのこと。鬼神のことは名義だけでも忙しい。天地人の三字で言うこともあり、また、二字で言うこともある。礼記の宰我の問いもこの二字である。「発出」は一日毎に上がるので、見え出る様なもの。幸次郎殿がこの前来た時より、今日はあの豊後梅もよほどほころんで来た。「収回」は、伸びたものが屈むこと。収まって終わることを言うのであって輪廻とは違う。回の字を含め、ここで吟味して行きなさい。できたものがなくなるのであり、なくなる所へ収まったことを収回と言う。仏は滅を主にして、また、それを出したがる。こちらは飯を食って終えるのである。酒を飲んで終えるのである。また、この樽の底から出るということではない。また、底から出るのならこの黙斎などにはよいだろうが。
【語釈】
・宰我の問…礼記祭義。「宰我曰、吾聞鬼神之名、不知其所謂。子曰、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。合鬼與神、敎之至也」。

○氣之方伸者属陽。これは上のことを云。且以人身論之云云。まだありなり。上て天地人て云ことを、つまり隂陽の二つて云なり。人はあたたかて云。死でから鬼と云。目出度ときは人、氣の毒からさきが鬼なり。墓所のやうなもの。もと元日に上下着たものが石牌に苔むしたは、丁ど春と秋のやうなもの。これがここては生死之理を知らせふでもないが、斯ふしたことなり。此生死之大分なりと西山にちょっと云れても胸かすくやうなり。
【解説】
「氣之方伸者屬陽故爲神、氣之屈者屬陰故爲鬼。神者伸也、鬼者歸也。且以人之身論之、生則曰人、死則曰鬼。此生死之大分也」の説明。人とは生きている時に言い、死ぬと鬼と言う。
【通釈】
○「気之方伸者属陽」。これは上のことを言う。「且以人身論之云云」。まだある。上では天地人で言うことを、つまり陰陽の二つで言ったのである。人は温かで言い、死んでから鬼と言う。生きて目出度い時は人、死んで気の毒から先が鬼である。それは墓所の様なもの。もと元日に裃を着ていた者が石牌に苔生すのは、丁度春と秋の様なもの。これがここでは生死の理を知らせようとするわけでもないが、こうしたこと。「此生死之大分也」と西山に一寸と言われただけでも胸がすく様である。

○然自其生而言之、則自幼而壮、此氣之伸也云云。上の句死生て鬼神を云。さて生てをる内にも鬼神があるとなり。天地は常に無窮て死生ないが、人は生死あれども、天地も春夏と昼は神、秋冬と夜は鬼なれは、人も天地のなりゆへ、生た内から鬼神あり。自幼壮と云が幸次郎殿栄二などは羨ましい。あの大たぶさは幼より壮の伸るなり。自老而死云云。ここが御用心々々々の処。黙斎瓶を買ふたもここの処なり。晦日と云字はこちのかかりてはない檨なが死なり。あれも入滅の姿なり。これが自然の天地のなりにて、ここを致挌で吟味つまら子ばなんぞのときは泣き出す。當春もはや今日廿一日なれは、伸た元日が十五日から屈だ。我等もなけなしの歯を二十日つかいこんだなり。
【解説】
「然自其生而言之、則自幼而壯、此氣之伸也。自壯而老、自老而死、此又伸而屈也」の説明。天地が春夏と昼が神、秋冬と夜が鬼である様に、人も生死だけでなく、生きている内にも鬼神がある。幼年から壮年までが伸で神、老いて死ぬまでが屈で鬼である。
【通釈】
○「然自其生而言之、則自幼而壮、此氣之伸也云云」。上の句は死生で鬼神を言ったが、さて、生きている内にも鬼神があると言う。天地は常に無窮で死生はなく、人には生死があるが、天地も春夏と昼は神、秋冬と夜は鬼だから、人も天地の姿なので、生きた内から鬼神がある。「自幼壮」というのが幸次郎殿や栄二などは羨ましいこと。あの大髻は幼より壮の伸びるところである。「自老而死云云」。ここが御用心の処。黙斎が瓶を買ったのもここの処である。晦日という字はこちらに関係はない様だが、それが死である。あれも入滅の姿である。これが自然の天地の姿で、ここを致格で吟味しつめなければ何かの時には泣き出す。当春も早今日は二十一日であれば、伸びた元日が十五日から屈になる。我等もなけなしの齢を二十日使い込んだのである。
【語釈】
・栄二…

○自其死而言之、則魂遊魄降云云。死てからの鬼と神とを云が、上文の死則鬼と云とちがい見にくい。参互措綜して見子ばほんのことてない。死だを鬼とはかり片付るな。さきも其なりに又屈伸あることを云ことなり。さて、人の生てをる内は魂魄互に合力している。死のときか魂遊なり。ふっとなることを遊と云。魄は、形はありても今迠と違ふていやなものにみへる。降たのなり。人は魂魄のつり合て坐しても立ても居が、魂魄遊魄降て魂魄はなるるとばたりと倒れる。魂遊と直に呼吸もなくなる。魂は一旦に飛もの。俗か死ぬときは人魂が飛だと云も、なるほど飛ぶもやうなり。魄は直には去らぬもの。そろ々々と死面になる。魄はぢりり々々々と降る。彼の煙草をのむ説がよし。あれも敉かつきると煙も出ぬは遊ぶなり。力らの落るは降るなり。あの大が死なり。○寂無形兆は、つよい人て云がよい。大閤をは異國迠もこはがるが、魂遊魄降ては誰もこはからぬ。石原先生の大閤生てをらるる中は人か安堵せまいと云れき。魂遊んでからひっそりとする。豊国や□□□の□る□なり。此氣之屈也なり。
【解説】
「自其死而言之、則魂遊魄降、寂無形兆。此氣之屈也」の説明。人が生ている間は魂魄が互いに合力しているが、死ぬ時に魂魄は離れる。魂は直ぐに飛ぶが、魄はゆっくりと降りて去る。それが気の屈である。
【通釈】
○「自其死而言之、則魂遊魄降云云」。死んでから、鬼と神とを言うのが、上文で「死則鬼」と言うのとは違って見難い。しかし、参互措綜して見なければ本当のことではない。死んだのを鬼とばかりに片付けるなと、その先もそれなりにまた屈伸があると言う。さて、人の生きている内は魂魄が互いに合力している。死の時が「魂遊」である。ふっとなることを遊と言う。魄は、形はあっても今までとは違って嫌なものに見える。降りたのである。人は魂魄の釣り合いで座しも立ってもいるが、「魂遊魄降」で魂魄が離れるとばたりと倒れる。魂遊になると直に呼吸もなくなる。魂は一旦に飛ぶもの。俗が、死ぬ時に人魂が飛んだと言うが、なるほど飛ぶ模様がある。魄は直ぐには去らないもの。次第に死面になる。魄はゆっくりと降りる。あの煙草を飲む説がよい。あれも命数が尽きると煙も出なくなるが、それが遊である。力が落ちるのは降りること。その大きいのが死である。○「寂無形兆」は強い人で言うのがよい。大閤を異国までもが恐がるが、魂遊魄降では誰も恐がらない。石原先生が、大閤が生きておられる内は人が安堵しないだろうと言った。魂遊の後にひっそりとする。豊国や□□□の□□□である。「此気之屈也」である。

○及子孫享祀、以誠感之、則又能來挌。此又屈而伸也。誠がないと感せす。ここか精微なことで、名義でなく、思義のことなり。この來挌するものあれば、鬼神なくてならぬ。狼疐録に鬼神のこと卜筮のこと、互に相発して卜筮の方から鬼神来挌のことに精彩あり。鬼神のことすむ方から卜筮にも精微を発す。感而遂通天下之故。五十夲の蓍木は田がく串のやうなものなれとも、あれで天心を窺い、それで天下のことがすむ。卜筮も祭祀も我に誠なくて其席に出てはひょんなものぞ。誠に歸すること。鬼神もすててをくと只天地の氣と一枚になりてをる。それを子孫の誠て祭ると上の屈の字が又伸てくる。さて又鬼神来挌のことも、昨日の靜坐集説の且つ靜坐せよと云やうにゆっくりと合すべし。これを大学三綱領八條目のやうにきびしく云とわるい。鬼神のこと、妙はきびしうは云れぬ。因て姑く挙人鬼一端如此なり。姑くはまあなり。形のないものの妙を云ゆへにまあなり。鬼神のことはまあがよし。笑曰、證人にはまあ五十両ともして置ふはわるし。
【解説】
「及子孫享祀、以誠感之、則又能來格。此又屈而伸也。姑舉人鬼一端如此」の説明。来格するものがあるのだから、鬼神はなくてはならない。卜筮と鬼神来格は相発するものだが、どちらも自分に誠がなければならない。
【通釈】
○「及子孫享祀、以誠感之、則又能来格。此又屈而伸也」。誠がないと感じない。ここは精微なことで、名義ではなく、思議のこと。この来格するものがあるのだから、鬼神はなくてはならない。狼疐録に鬼神のことや卜筮のことがあり、互いに相発して卜筮の方から鬼神来格のことに精彩が出たり、鬼神のことが済む方から卜筮にも精微を発することがある。「感而遂通天下之故」で、五十本の蓍木は田楽串の様なものだが、あれで天心を窺い、それで天下のことが済む。卜筮も祭祀も自分に誠がなくてその席に出るのではひょんなもの。誠に帰すること。鬼神も放って置くとただ天地の気と一枚になっている。それを子孫の誠で祭ると上の屈の字がまた伸びて来る。さてまた鬼神来格のことも、昨日、静座集説で且つ静座せよと言った様にゆっくりと合しなさい。これを大学三綱領八条目の様に厳しく言うのは悪い。鬼神のこと、その妙は厳しくは言えない。そこで、「姑挙人鬼一端如此」である。姑くはまあである。形のないものの妙を言うのでまあである。鬼神のことはまあがよう。微笑んで言う、証人にはまあ五十両ともして置こうと言うのは悪い。
【語釈】
・狼疐録…三宅尚斎著。
・感而遂通天下之故…易経繋辞伝上10。「易无思也、无爲也。寂然不動、感而遂通天下之故。非天下之至神、其孰能與於此」。

○至若造化之鬼神、則山澤水火雷風是也。前にあるを最一つ云なり。造化の伸のこと。小わりに最一を云へば、山沢水火雷風が六つなれども、太抵で云へは二つなもの。それはつまり隂陽の二なりと云。ここの書き出よりだん々々下文の程張の説しきはの小口にて、これが我説を程張へ落す手段なり。山澤水火雷風は鬼神をはきとみるの大分なり。つまり水火の二にて、山沢は水に属す。雷風は乾かすもの、火につく。○日與電皆火也。月與雨亦水也。隂をみたければ水を出す。陽をみたけれは火なり。其大きなかたまりが日月なり。
【解説】
「至若造化之鬼神、則山澤水火雷風是也。日與電皆火也。月與雨亦水也」の説明。造化の鬼神は山沢水火雷風とも言うことができるが、これも陰陽の二つなのである。山沢は水に属し陰、雷風は火に属し陽である。山沢水火雷風で鬼神をはっきりと見ることができ、その大きな塊が日月である。
【通釈】
○「至若造化之鬼神、則山沢水火雷風是也」。前にあったことをもう一つ言う。造化の伸のこと。小割りにもう一つ言えば、山沢水火雷風は六つだが、大まかに言えば二つなもので、つまり陰陽の二つだと言う。ここの書き出しからの段々が下文の程張への説き落とし際の小口であって、これが自説を程張へ落とす手段である。山沢水火雷風は鬼神をはっきりと見る大分である。つまり水火の二つで、山沢は水に属す。雷風は乾かすもので火に属す。○「日與電皆火也。月與雨亦水也」。陰を見たければ水を出す。陽を見たければ火を出す。その大きな塊が日月である。

○此敉者合而言之、又只是隂陽二氣而已矣。山沢水火雷風ばかりでなく、世界にあるものは隂陽の二氣へ落す。それが皆鬼神なり。水鉢の水、煙草盆の火も鬼神なり。さう云と、これがかるくきこへるが、是より外に水火もない。せうこは火入れの火てもやけどをする。水鉢の水にぬれても其ままてをられぬを見よ。これはたらきがあり、霊かありて生きものゆへなり。水も洪水のときはよりつかれぬ。煙草盆の火不断心やすい火なれども、大火のときは各別の霊ありて、巨燵の了簡てはすまぬ。霊は盛んなりな所てみへる。そこで鬼神爲徳其盛乎哉と孔子の玉ふ。太極とはあんばい違ふ。上天の載無声無臭はさび々々なり。鬼神も太極の理と云へども、太極と違ふ。太極は理、鬼神は氣て、もと太極にはづれはないが、鬼神は太極の理が氣にのりてきが々々とはたらくを云。そこで、鬼神は別のぎんみがある。鬼神は氣の上のはたらきゆへ妖もある。一と吟味あること故、中庸天命性から費隱を出し、鬼神を別二つ云もそこなり。とと何でも鬼神の名のつくは太極にはたらきのある、さてもと云処で云ぞ。茄子苗をふせんと云は、理をあてにする。幸田村へ東金から賣にくるときは理なり。凡そ畠ても田でも百姓のもふけるときは鬼神為徳のときぞ。とんと不作ても又できるは太極なり。
【解説】
「此數者合而言之、又只是陰陽二氣而已」の説明。世界にあるものは陰陽の二気であり、皆鬼神である。鬼神は太極の理が気に乗ってはっきりと働くことを言う。気の上の働きなので妖もある。
【通釈】
○「此数者合而言之、又只是陰陽二気而已矣」。山沢水火雷風ばかりでなく、世界にあるものは陰陽の二気へ落とす。それが皆鬼神である。水鉢の水、煙草盆の火も鬼神である。そう言うと、これが軽く聞こえるが、これより外に水火もない。その証拠は火入れの火でも火傷をする。水鉢の水に濡れてもそのままで置けないのを見なさい。これは働きがあり霊がある生き物だからである。水も洪水の時は寄り付くことができない。煙草盆の火は普段は心安い火だが、大火の時は格別の霊があって、炬燵の了簡では済まない。霊は「盛矣」という所で見える。そこで「鬼神之為徳其盛矣乎」と孔子が仰った。太極とは塩梅が違う。「上天之載無声無臭」は寂々としたもの。鬼神も太極の理とは言え、太極とは違う。太極は理、鬼神は気で、本来は太極に違いはないが、鬼神は太極の理が気に乗ってはっきりと働くことを言う。そこで、鬼神には別の吟味がある。鬼神は気の上の働きなので妖もある。一吟味あることなので、中庸天命性から費隠を出し、鬼神を別に二つ言うのもそこのこと。つまり何でも鬼神の名が付くのは太極に働きのあるところであって、実に凄いという処で言うもの。茄子苗を布銭と言うのは、理を当てにするから。幸田村へ東金から売りに来る時は理である。凡そ畠でも田でも百姓が儲ける時は鬼神為徳の時である。酷い不作でもまたできるのは太極だからである。
【語釈】
・火入れ…煙草を吸うための火を入れる小さな器。
・上天の載無声無臭…中庸章句33。「上天之載、無聲無臭。至矣」。詩経大雅文王。「上天之載、無聲無臭」。
・天命性…中庸章句1。「天命之謂性、率性之謂道、脩道之謂敎」。
・費隱…中庸章句12。「君子之道、費而隱。夫婦之愚、可以與知焉」。
・鬼神を別二つ…中庸章句16の「子曰、鬼神之爲德其盛矣乎」と、中庸章句29の「質諸鬼神而無疑。百世以俟聖人而不惑。質鬼神而無疑、知天也。百世以俟聖人而不惑、知人也」。
・ふせん…布銭。周代の青銅貨幣の一種。鋤や鍬をかたどったもの。布貨。布幣。

○萬物頼之以生、頼之以成。此即所謂鬼神也云云。頼は頼天之霊と云字もあり、袁安倚瀬の頼で、それがすぐに中庸体物不可遺ことなり。天地間万物皆隂陽て出来たもの。生も滅も鬼神かする。死生皆鬼神の文配しゃと云か頼之なり。歛藏は両説三限などと云も鬼神をあてにして云なれば、あれ迠が鬼神の文配て、地頭衆も百姓ありても鬼神がないと年貢とると云こともならぬ。皆鬼神の歛藏なり。体物不可遺か手に入と、地頭などは鬼は外とは云れぬことと云程にすますへし。
【解説】
「陰陽二氣流行於天地之間、萬物賴之以生、賴之以成。此即所謂鬼神也。氣之伸爲神。如春夏生長、是也。氣之屈爲鬼。如秋冬歛藏、是也」の説明。天地の間の万物は皆陰陽でできたもので、生も滅も鬼神がする。
【通釈】
○「万物頼之以生、頼之以成。此即所謂鬼神也云云」。頼は「頼天之霊」という字もあり、「袁安倚頼」の頼で、それが直ぐに中庸の「体物不可遺」のこと。天地の間の万物は皆陰陽でできたもの。生も滅も鬼神がする。死生は皆鬼神の分配だというのが「頼之」である。「歛蔵」。「両説三限」などと言うのも鬼神を当てにして言うのであって、あれまでが鬼神の分配で、地頭衆も、百姓がいても鬼神がないと年貢を取ることもできない。皆鬼神の歛蔵である。体物不可遺が手に入ると、地頭などは、鬼は外とは言えないことと言うほどに済ましなさい。
【語釈】
・頼天之霊…
・袁安倚瀬…蒙求。「胡広補闕、袁安倚頼」。
・体物不可遺…中庸章句16。「視之而弗見、聽之而弗聞、體物而不可遺」。
・両説三限…

○今人只以塑像画像為鬼神云云。今人は無学なものをさす。手習子が天神様と云やうなものなり。和歌三神も皆ありはあること。あれも鬼神なり。あれを呵ったことではないか、あれ計りを鬼神と思ふは了簡ちかいなり。幽暗不可見は幽霊はまづないもの。一度幽霊が見たいと朝聞道ほとに希ふはあほうなれども、だたい幽灵のことが氣にかかるゆへのこと。剛ひではない。幽暗不可見のことゆへ、先刻云地獄極楽の説もこれからなりと、祠でも踏だら足が曲ふかと思ふ。ひっきゃう幽暗でこはいなり。それも鬼神なれとも、それ斗りを鬼神と思ふと、見やすい鬼神からみよとなり。
【解説】
「今人只以塑像畫像爲鬼神、及幽暗不可見者爲鬼神、殊不知」の説明。塑像や画像も幽霊も鬼神だが、もっと見易いところから見るのである。
【通釈】
○「今人只以塑像画像為鬼神云云」。「今人」は無学な者を指す。手習子が天神様と言う様なもの。和歌三神も皆あるはあること。あれも鬼神である。あれを呵るわけではないが、あれだけを鬼神と思うのは了簡違いである。「幽暗不可見」。幽霊は先ずはないもの。一度幽霊が見たいと「朝聞道」ほどに希うのは阿呆だが、そもそも幽霊のことが気に掛かるからのこと。剛くないからである。幽暗不可見なので、先刻言う地獄極楽の説もこれからのことで、祠でも踏んだら足が曲るだろうかと思う。畢竟、幽暗で恐いからである。それも鬼神だが、それだけを鬼神と思わず、見易い鬼神から見なさいと言う。
【語釈】
・和歌三神…歌道を守護する三柱の神。流派により異なるが、柿本人麻呂・山部赤人・衣通姫や、住吉明神・玉津島神・人麻呂など。

○山峙川流日照雨潤雷動風散乃分明有迹之鬼神。漸次二程張へ落す。山の峙、川の流も夲竒妙なり。されども人々疑はぬ。この人の不審云ぬを出すが趣向なり。隂陽は二つ。それを隂中陽陽中隂と云へは四つになるやうに、先こふ二つに分て云がよい。日出為神入為鬼は、旭日あたりのよい処は物がよく生へる。夕日ては出来ぬ。人も七十八十の者は子を生ます。同じ日なれども日の出入でよく知れたこと。雨潤為神、止為鬼。小字は文がどどかぬとみゆ。雨降為神、又雷起風出とも書べきはづなり。筆者の誤か、或は西山もさう々々はいそがしく氣がつくまい。それて夲文のなりて出されたなり。たたい小書の方は夲文を分るのゆへ、夲文の通りの字ではないはづなり。文のことはまあそれにもかまはす、皆二つつつのことを云か主意なりと知べし。
【解説】
「山峙川流日照雨潤雷動風散乃分明有迹之鬼神。日出爲神、入爲鬼。雨潤爲神、止爲鬼。雷動爲神、息爲鬼。風散爲神、收爲鬼」の説明。自然の中に鬼神が見える。「雨潤為神、止為鬼」は誤りの様だが、とにかくここは陰陽で鬼神を言うのが主意である。
【通釈】
○「山峙川流日照雨潤雷動風散乃分明有迹之鬼神」。漸次二程張へ落とす。山の峙や川の流も本来は奇妙なものだが、人々は疑わない。人が不審を言わないを出すのがここの趣向である。陰陽は二つ。それを陰中陽陽中陰と言えば四つになる様だが、先ずはこの様に二つに分けて言うのがよい。「日出為神入為鬼」は、旭日の当たりのよい処は物がよく生える。夕日では生えない。人も七十八十の者は子を生まない。同じ日だが、日の出入でよくわかる。「雨潤為神、止為鬼」。小字は文が行き届いていないと見える。「雨降為神、又雷起風出」とも書くべき筈である。筆者の誤りか、或いは西山も忙しくてそうそうは気が付かなかったのだろう。それで本文のままで出されたのである。そもそも小書の方は本文を分けるものなのだから、本文の通りの字ではない筈である。文のことはまあそれにも構わず、皆二つのことを言うのが主意だと知りなさい。

○以上のこと皆隂陽のことなれども、それを引くくって、伊川曰、鬼神者造化之迹。眞西山が、をれが上文てさま々々云ても新意てはなく、とど伊川横渠の意を逑て云となり。造化の迹はよく目に見へるを云。太極に迹の字つけると形がつく。形体方處はない無の字て太極を云てよい。造化は、櫻は花にあらはれにけりのけりか迹なり。あの梅も桜も梅よ桜よとみへるか鬼神なり。又曰、鬼神天地之功用。太極は死物でない。隂陽の上にある功用はさて々々御手柄と云処なり。理てあふと云ことは太極のこと。理と云ずに手柄を云が鬼神なり。孝行と孝子と云やうなもの。孝行は太極。孝子は鬼神。そこて孝經はひろく理て云ゆへ、そこへ舜や曽子を出すと天下の人の子があたまをさげる。功用がぢかに見へる処なり。
【解説】
「伊川曰、鬼神者造化之迹。又曰、鬼神天地之功用」の説明。造化の迹はよく目に見える。太極に迹の字を付けると形が付く。太極は理で言い、鬼神は太極の功用が現れたところで言う。孝行は太極であり、孝子は鬼神なのである。
【通釈】
○以上のことは皆陰陽のことだが、それを引っ括って、「伊川曰、鬼神者造化之迹」と言った。真西山が、俺が上文で様々に言っても、それは新意ではなく、つまりは伊川横渠の意を集めたものだと言った。造化の迹はよく目に見えることを言う。太極に迹の字を付けると形が付く。形体方処のない無の字で太極を言うのがよい。造化は、桜は花にあらわれにけりのけりが迹のこと。あの梅も桜も梅だ桜だと見えるのが鬼神である。「又曰、鬼神天地之功用」。太極は死物ではない。陰陽の上にある功用は実に御手柄なことという処である。理で合うと言うのは太極のこと。理と言わずに手柄で言うのが鬼神である。孝行と孝子という様なもの。孝行は太極。孝子は鬼神。そこで孝経は広く理で言うので、そこへ舜や曾子を出すと天下の人の子が頭を下げる。功用が直に見える処である。

○横渠曰、鬼神二氣之良能。三の語一つなれとも、言やうの精彩なり。造化の迹はあれみやれと見せた斗りなり。功用はきついはたらき。人参を出し飲して云処が功用なり。この二氣之良能と云は、天地の功用の、造化之迹と云より、あっちの方にある天地やあっちの造化とせず、みち々々した吾にもある二氣でべったりとくる。二氣は隂陽ゆへこちへひびきかよい。さて又二氣と斗り云ては隂陽の二畫のやうなもの。父母と云やうなり。それをこの良能て云と、父母の子を生むやうでいこう生きものなり。いつも云、能人形は子を生ます。鬼神の良能なきゆへなり。夫婦あれは子を生む。それもやはり造化之迹、天地の功用なれども、この二氣の良能と云てよい。老人は子を生まぬも鬼神のよはり。良能と云は盛哉の眞を云。いき々々したものなり。活た娘ゆへ子を生むなり。二王は良能かない。死物なり。こはくない。小僧は良能かあるゆへこはい。わるいことをみれば、をらか旦那がと云。生きもの鬼神なり。
【解説】
「横渠曰、鬼神二氣之良能」の説明。天地の功用や造化の迹は向こうを見たものでだが、良能は人の二気で鬼神を言ったもの。また、ただ陰陽と言うだけでは父母の様なものであり、それを良能と言えば、父母が子を産む様で大層生き生きとする。
【通釈】
○「横渠曰、鬼神二気之良能」。三つの語は同じことだが、言い様に精彩がある。造化の迹はあれを見ろと見せただけである。功用は激しい働きで、人参を出して飲ませる処が功用である。この二気の良能とは、天地の功用とか造化の迹というよりも、あちらの方にある天地やあちらの造化とせず、自分にもある満々とした二気でべったりと来ること。二気は陰陽なのでこちらへの響きがよい。さてまた二気とだけ言っては陰陽の二画の様なもので、父母という様なもの。それをこの良能で言うと、父母が子を産む様で大層生き生きとする。いつも言うことだが、能人形は子を産まない。鬼神の良能がないからである。夫婦があれば子を産む。それもやはり造化の迹で天地の功用だが、二気の良能と言うのでよい。老人は子を産まないのも鬼神の弱りからである。良能は盛哉の真を言い、生き生きとしたもの。活きた娘なので子を産む。仁王は良能がない。死物である。それは恐くはない。小僧は良能があるので恐い。悪いことを見れば、俺の旦那がと言う。生き物が鬼神である。

○凡此皆指隂陽而言。天地之氣即人身之氣云云。ただ隂陽をさしては鬼神を云ひはせす。隂陽と斗りで鬼神がすむなれば、夫はわけた斗りなり。さうでない。そこで功用の良能のと云て鬼神を曉す。されとも、隂陽につまるから指隂陽而言と結だ。天地の氣即人身の氣云云。最初神示鬼を云もここなり。天人合一。あちとこちと通する。西詺もそれなり。水か動けば魚も動くなり。天の南風か人の身にあたたか、天の北風か人の身に寒い。天が即の字なりにこちへひびくは一まいゆへなり。貴様の南風か天の南風かと云ほどなことなり。天人の氣か通じ々々するゆへなり。こちとあちか通するゆへここの道体すむと祭祀もきこへた。天子は天地を祭り、諸侯は山川を祭なり。はばの大小は分別あれども、どちも感通するは理一なり。一氣と云ても理が夲に立から。凡人が天を祭るは天子へ恐れあり。恐れあれば感せす。夫よりは下々の軽い家でも兄は祭の主なり。弟は手傳ふ。弟か兄を置て祭れは感挌はない理なり。一氣でも鬼神への慮外ゆへのことなり。
【解説】
「凡此皆指陰陽而言。天地之氣即人身之氣、人身之氣即天地之氣」の説明。陰陽に帰着するから「指陰陽而言」と結ぶ。天人合一だから、天と人とが通じ合う。それで祭祀も成る。天子は天地を祭り、諸侯は山川を祭るのは通じるからで、凡人が天地を祭っても感格はない。
【通釈】
○「凡此皆指陰陽而言。天地之気即人身之気云云」。ただ陰陽を指して鬼神を言いはしない。陰陽だけで鬼神が済むと言うのは、それは分けただけのこと。そうではない。そこで功用や良能と言って鬼神を明らかにする。しかしながら、陰陽に帰着するから「指陰陽而言」と結んだ。「天地之気即人身之気云云」。最初の「神示鬼」もここのこと。天人合一で、あちらとこちらとが通じる。西銘もそれ。水が動けば魚も動く。天の南風は人の身に暖かで、天の北風が人の身に寒い。天が即の字の通りにこちらへ響くのは一枚だからである。貴様の南風か天の南風かと言うほどのこと。天人の気か通じ合うからである。こちらとあちらが通じるので、ここの道体が済むと祭祀もよくわかる。天子は天地を祭り、諸侯は山川を祭る。幅の大小に分別はあるが、どちらも感通するのは理が一つだからである。一気と言うのも理が本に立つから。凡人が天を祭るのは天子に対して恐れあること。恐れあれば感通しない。それでなくても下々の軽い家でも兄は祭の主であり、弟はそれを手伝う。弟が兄を超えて祭れば感格はないのが理というもの。一気であっても鬼神へは慮外のことだからである。
【語釈】
・西詺…西銘。近思録89。

天人の氣の一なと云は彼の来挌説の江河洪々なり。一でも理と云か夲に立ゆへ我筋がありて、源平藤橘それ々々へ来挌する。其筋でなければ感せず。筋なりに受取に行たものへ感ずる。ただの者がいっては、浅草藏てわたさぬのは筋ないゆへそ。筋ないと金皷の来挌もない。是からして、雨を祈り諸の祈祷も、一氣から感すると云ても理か夲に立つ。だん々々と能あれば、子供か親へ佗言をすると親の機嫌のなをるやうに感挌ある。夫でも筋ちがひを云ては機嫌なをらぬ。理と云筋に誠と云親切て感する。あまりはやく理會して為学の筋に云ひ、西銘のやうに心得るとここの主意がちかふ。祭祀をする為の前をきに天地之氣即人身之氣と出して易繋辞をひくも、魂魄の離れたを合るに落す。ここを説に其あたりを知ぬとすます。
【解説】
気は一つであっても理が本に立つので、それぞれに筋がある。その筋でなければ感格はしない。理という筋に誠という親切で感じるのである。ここは為学でも西銘の意でもなく、祭祀をする前置きとして、魂魄の離れたのを合わせることを言う。
【通釈】
天人の気が一つだと言うのは、あの来格説の「江河洪々」のこと。気は一つであっても理が本に立つので、その筋があって、源平藤橘それぞれへ来格する。その筋でなければ感じない。筋の通りに受け取りに行た者へ感じる。ただの者が行っても、浅草蔵で渡さないのは筋がないからである。筋がないと金鼓の来格もない。これからして、雨を祈ったりなどの様々な祈祷も、一気から感じると言っても、理が本に立つのである。段々と能が付けば、子供が親に詫び言を言うと親の機嫌が直る様に感格がある。それでも筋違いを言っては機嫌は直らない。理という筋に誠という親切で感じる。あまり早く理会して為学の筋として言い、西銘の様に心得るのはここの主意と違う。祭祀をするための前置きに「天地之気即人身之気」と出して、それから易の繋辞を引くのも、魂魄の離れたのを合わせることに落すため。ここを説くのにその辺りを知らないと済まない。
【語釈】
・江河洪々…
・源平藤橘…奈良時代以来その一門が繁栄して名高かった四氏。源氏・平氏・藤原氏・橘氏の称。四姓。
・金皷…金鼓。仏具の一。金属製、正円で平たく中空。片面の鉦鼓のようなものと両面のものとがある。僧が布教のとき首にかけ、また仏堂で架にとりつけて打ち鳴らす。

○又有言。曰、易繋辞曰、精氣爲物云云。是からは全く人斗へかけて、人で云の鬼神なり。そこで祭の根を云。道体でも、天地を云てもいつも人が正客なものなり。万物生滅あれとも、人の生死か第一疑になる。天地人三才て庶物中ち人が第一ゆへなり。煙草の吸売では仏も無常を云ぬ。そこであちも人て、生死事大無常迅連と云。因て程子の釈氏懼死生と云へり。あちはさはがしい。元日雜烹の中を御用心々々々と髑髏なり。とこぞては死と知らせたが珎いことでない。一休も髑髏は衆生濟度のため。あれは別に悟が有てのこと。凡夫欲ばかりて死を知らぬをさとす。関の地藏もそれなり。あまりさわぐな、原始反終、これではやすむ。朝日が西に入るなり。さて、大極圖説では死生を覚悟のことに見るはひくい。それらでは道体をしらぬのぞ。こちはそこの悟りは入す。只隂陽が二つゆへ二つとさばくことに云て、生と死を始と終に筭用して見せたのなり。そこを悟に云へば、大易不言有有無の語がたたぬ。此方は死生にさはがぬが、どうでも大いことゆへ煙艸一ふくのあやには思はぬ。尤なことなり。そこで死生亦大と云なり。あちを死生をおそるると云も、さはがしく云ゆへぞ。○精氣為物は、隂陽の二で物ができる。精氣為物は始、遊鬼為変は終。道理てはすめた顔しても其塲になると、きのふはこふとはおもはさりしにとさはく。精氣為物たから、遊鬼為変なり。なんのことなくこの二ですんだこと。
【解説】
「又有言。曰、易繋辭曰、精氣爲物、遊魂爲變」の説明。仏は死生を騒がしく言う。それで程子が「釈氏懼死生」と言った。儒では死生を陰陽で説いて、覚悟のこととしては見ない。「原始反終」なだけである。「精気為物」が始まりで、「遊鬼為変」は終わりなのである。
【通釈】
○「又有言。曰、易繋辞曰、精気為物云云」。これからは全く人だけに掛ける。人で言う鬼神である。そこで祭の根を言う。道体でも、天地を言うにもいつも人が正客となる。万物には生滅があるが、人の生死が第一の疑いになる。天地人三才であり、庶物の中で人が第一だからである。煙草の吸殻では仏も無常を言わない。そこであちらも人で生死事大無常迅速と言う。そこで、程子が「釈氏懼死生」と言った。あちらは騒がしい。元日に、雑煮の中を御用心と髑髏である。いつかは死ぬと知らせたのは珍しいことではない。一休も髑髏を持ったのは衆生済度のためで、あれは別に悟りがあってのこと。凡夫は欲ばかりで死を知らないのを諭したのである。関の地蔵もそれ。あまり騒ぐな、「原始反終」、これでよく済む。朝日が西に入ったのである。さて、大極図説では死生を覚悟のことに見るのでは卑い。それでは道体を知らない。こちらはそこの悟りは要らない。ただ陰陽が二つなので、二つと捌いて言い、生と死を始と終に算用して見せたのである。そこを悟りで言うと、「大易不言有無」の語が立たない。こちらは死生に騒がないが、どうしても大きいことなので煙草一服の綾には思わない。それは尤もなこと。そこで「死生亦大」と言う。あちらが死生を懼れると言うのも、騒がしく言うからである。○「精気為物」は、陰陽の二つで物ができること。精気為物は始まりで、「遊鬼為変」は終わり。道理では済めた顔をしてもその場になると、昨日はこうとは思わざりしにと騒ぐ。精気為物だから、遊鬼為変なのである。何事もなくこの二つで済む。
【語釈】
・精氣爲物…易経繋辞伝上4。「仰以觀於天文、俯以察於地理、是故知幽明之故。原始反終、故知死生之説。精氣爲物、遊魂爲變、是故知鬼神之情状」。前出。
・天地人三才…易経説卦伝2。「昔者聖人之作易也、將以順性命之理。是以立天之道、曰陰與陽。立地之道、曰柔與剛。立人之道、曰仁與義。兼三才而兩之」。
・釈氏懼死生…
・髑髏…一休は正月に髑髏を持って「ご用心」と言いながら歩いた。「にくげなきこのしゃれこうべあなかしこ、目出度くかしくこれよりはなし」。「元旦は冥土の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし」。
・関の地藏…三重県鈴鹿郡関町の九関山宝蔵寺の地蔵菩薩。地蔵の開眼供養の時に偶々通り合わせた一休に頼んだところ、禅師は地蔵に向かって、「釈迦は過ぎ、弥勒はいまだ出でぬ間の、かかるうき世に目あかしの地蔵」と詠み、立小便をして立ち去った。
・大易不言有有無…正蒙大易。「大易不言有無。言有無、諸子之陋也」。
・死生亦大…王羲之。蘭亭集序。「古人云、死生亦大矣。豈不痛哉」。

○人之生也、精氣合而已矣。これが天地が隂陽でもつ。人はこの精と氣とてもつ。やっはり人の隂陽なり。精者血之類。是滋養一身者。故属隂。又二つもので示せり。直方の、張介賓医者ゆへ鬼神の咄かなると云へり。人のからだのことすまぬと、夫かたた何ぞのときさしつかへる。療治も氣と血を分け子はならぬ。滋養人身は人のからだ。肉の生ものは血なり。○氣是能知覚運動云云。体の活したは精なり。其外にまつ魂と云があるは氣が生ている。隂の生きたは魄そ。魄斗りではしろ々々したやうではたらかぬ。氣は陽の活たのはたらく、ひびく。客が来たさうなと知り、寒い厚いと覚え、中庸の序の知覚とやはり同ことで、知覚は氣の活たなりを云。火事と知覚して欠出すは運動。みな氣の働き。用る処の違斗りなり。理へひびくも氣へひびくも知覚なり。○二者合而為人。精氣だき付合て居るもの。人はなんでも精氣の二つなり。
【解説】
「人之生也、精與氣合而已。精者血之類。是滋養一身者。故屬陰。氣是能知覺運動者。故屬陽。二者合而爲人」の説明。天地が陰陽で成り、人は精と気とで成る。精は人が生きるところのもので、血の類がそれ。気は知覚運動するところのもの。
【通釈】
○「人之生也、精気合而已矣」。これは天地が陰陽で成るということ。人はこの精と気とで成る。やはり人の陰陽である。「精者血之類。是滋養一身者。故属陰」。また二つもので示した。直方が、張介賓は医者なので鬼神の話ができると言った。人の体のことが済まないと、それで何かの時に差し支える。療治でも気と血を分けなければならない。「滋養一身」は人の体。肉が生きるところのものは血である。○「気是能知覚運動云云」。体を活かすのは精である。その外、先ず魂というものがあるのは気が生きているから。陰の生きたところは魄である。魄だけでは白々とした様で働かない。気は陽の活きたもので、働き響く。客が来た様だと知り、寒い厚いと覚える。中庸の序の知覚とやはり同じことで、知覚は気の活きた姿を言う。火事と知覚して駆け出すのは運動。皆気の働きである。それは用いる処の違いだけである。理へ響くのも気へ響くのも知覚である。○「二者合而為人」。精気は抱き付き合っているもの。人は何でも精気の二つである。
【語釈】
・張介賓…

○精即魄也。目之所以明云云。精は飛では子ぬもの。じっと活てつやのあること。魄か形へついて、形ないものなり。肴も古いは精かぬけるゆへうっとりとなる。形の外のあやなり。この聰明のこと、ここは聖人の質には云ぬ。人に耳目と云形あり、形ばかりてなく、耳のきこへ目のみへするは理のことではなく、氣に付たこと。夫からして、垩人は若い者の耳目のよくみへよくきこへるやうに、万端の道理かずう々々と耳目なりにすむから垩人聰明と云。中庸の知覚か理ても氣ても知覚を云如し。垩人の聰明は理の方へ持てくる。是は目の道理、耳の道理と云ことでなく、みへきこへるか精之為なりなり。太極のあやとはちがふから、分るで人の身に持た所のことがよく分る。
【解説】
「精即魄也。目之所以明、耳之所以聰者、即精之爲也。此之謂魄」の説明。精には働きがある。魄は形に付いているが、それ自体には形がないもの。ここの聡明は耳が聞こえ目が見えることで、気に関したこと。それが「精之為也」である。
【通釈】
○「精即魄也。目之所以明云云」。精は飛ん跳ねるもの。じっと活きて艶のあるもの。魄は形に付いていて、形のないもの。肴も古いのは精が抜けるのでうっとりとなる。これは形の外の綾のこと。この聡明のことは、ここでは聖人の質としては言わない。人に耳目という形があり、形ばかりでなく、耳が聞こえ目が見えたりするのは理のことではなく、気に関したこと。それで、聖人は若い者が耳目のよく見えよく聞こえる様に、万端の道理かずんずんと耳目の通りに済むから聖人聡明と言う。中庸で知覚のことを理でも気でも言う様なもの。聖人の聡明は理の方へ持って来るが、これは目の道理、耳の道理ということではなく、見え聞こえるのが「精之為也」である。太極の綾とは違うから、分けることで人の身に持った所のことがよくわかる。
【語釈】
・聖人の質…中庸章句31集註。「聰明睿知、生知之質」。
・垩人聰明…中庸章句31。「唯天下至聖、爲能聰明睿知、足以有臨也」。
・中庸の知覚…中庸章句20を指す?「或生而知之、或學而知之、或困而知之、及其知之一也」。

○氣充乎体。凡人心之能思慮有知識、身之能挙動與夫勇决敢為者、即氣之所為也。此之謂魂。孟子の字をうけるゆへ斯ふ云。上文と對せぬ文と見るへし。眞西山の雄美之文なり。氣は同之あや。耳てあやできく。惣体に充たもの。理ではなく四体にはっきりとある。眠けのつくは充ぬときのこと。狐のつかすと云も風寒に中らぬと云も、氣のはりで魂のことなり。上の聰明と同し例なこと。さて、思慮はものをかんがへること。目にも耳にもかまはぬもの。心てものをどふせう斯うせふと思慮するなり。かんかへかけるは皆魄のことなり。有知識は、大がいくくりて合点するのが魂なり。人のさはがぬと云は魂でのこと。爰を分て云に知識を種にして学問もする。仁義礼智の平ら日のある智のたすけになるを知識と云。それて挌致をする。さて、天性の智ありても学なければくらし。学の下地になるものが知識なれとも、爰はさう見ずに心に魂と云。玉しいりんとして、何事もさはかぬ様なか知識からなり。夫は目でも耳でもない。魂のうけとりなり。
【解説】
「氣充乎體。凡人心之能思慮有知識、身之能舉動與夫勇決敢爲者、即氣之所爲也。此之謂魂」の説明。気は充ちたものではっきりとわかるもの。その気の張りが魂である。「思慮」は心で考えることであり、それは魂のこと。「知識」は智の助けとなるもので、これで魂が凛となる。
【通釈】
○「気充乎体。凡人心之能思慮有知識、身之能挙動与夫勇決敢為者、即気之所為也。此之謂魂」。孟子の字を受けるのでこの様に言う。上文とは対応しない文だと見なさい。真西山の優美な文である。気は同之あや。耳てあやできく。総体に充ちたもの。理ではなく四体にはっきりとあるもの。眠気が付くのは充ちない時のこと。狐が付かないと言うのも風寒に中らないと言うのも、気の張りで魂のこと。上の聡明と同じ例である。さて、「思慮」はものを考えること。それは目にも耳にも構わない。心でものをどうしようこうしようと思慮する。考えるのは皆魂のこと。「有知識」は、大概括って合点するのが魂である。人が騒がないと言うのは魂でのこと。ここを分けて言えば、知識を種にして学問もする。仁義礼智の平日のある智の助けになるのを知識と言う。それて格致をする。さて、天性の智はあっても学がなければ暗い。学の下地になるものが知識だが、ここはその様に見ず、心に魂と言う。魂が凛として何事にも騒がない様なところが知識からのこと。それは目でも耳でもない。魂の受け取りである。
【語釈】
・平ら日…漢字の構成部分の名称。「曰」の文字また「最」「更」「書」などの「曰」を「日」と区別していう。

此位のことに医者をよぶに及ぬと云て落付も知識なり。知識ないと少の病氣でも、是はたまらぬ、死と云さわく。狐に引るると云も知識ないゆへのこと。老て物忘れすると云も体に充たものの衰ふゆへなり。其中風を恐るるもそれなり。あさましいものなり。中風はだたい魂ばかりの咎でもなく、体魄の方の因もあるが、知識する役の魂へ全く咎をかけることなく、氣の充ぬから乱心もする、中風もする。魂は学者の療治あるはづ。さて、魄のこと、夫に付て云へは、医になるまを置べし。挙動は、どりゃ行ふとはり出す。はってんぐ働くと云が魂なり。臨事氣充が魂のことにて、曹操は事のあるときはり出たなり。唐崎彦明か大閤を一身みな膽と云た。これも魂から云たもの。挙動と云は、其膽か朝鮮まで玉しいなり。浩然の氣も魂のこと。魄へついたことでなし。勇决敢為なり。されとも、しりり々々々と養いこむと云になりては魄もつれ立つ。そこで氣と云へは老子になる。義を主にするとせぬとのちがい。
【解説】
物忘れや乱心、中風も、気が充ちないからだと言う。「挙動」や「勇決敢為」は魂のことで、魄に関わることではない。
【通釈】
この位のことで医者を呼ぶには及ばないと言って落ち着いているのも知識である。知識がないと少しの病気でも、これは堪らない、死ぬと言って騒ぐ。狐に引かれるというのも知識がないからのこと。老いて物忘れをするというのも体に充ちたものが衰えるからである。中風を恐れるのもそれで、浅ましいもの。そもそも中風は魂だけの咎でもなく、体魄の方にも原因はあるが、知識する役の魂へは全く咎を掛けることはせず、気が充たないから乱心もする、中風もすると言う。魂は学者が療治することができる筈。さて、魂のことについて言えば、医者になるには間を置かなければならないのである。「挙動」は、どれ行こうと張り出すこと。八天狗働くと言うのが魂である。「臨事気充」が魂のことにて、曹操は事のある時に張り出た。唐崎彦明が大閤を、一身皆胆だと言った。これも魂から言ったもの。挙動とは、その胆が朝鮮まで張り出すことで、魂のこと。浩然の気も魂のことで、魄に付いたことではない。「勇決敢為」である。しかしながら、じりりじりりと養い込む段になっては魄も連れ立つ。そこで気と言うと老子になる。気を主にするのとしないのとの違いである。
【語釈】
・はってんぐ…八天狗。愛宕・比良・大山・大峰・鞍馬・飯縄・彦山・白峰の八山にすむという天狗の総称。
・唐崎彦明…三宅尚斎門下。芸州竹原の人。黙斎の親友。彦明は伊勢長島藩主増山候に仕えたが、ある事件で禁固に処せられたとき、黙斎はその救援に献身したという。なお竹原は頼山陽の出たところでもある。~1758。

○人之少壮也血氣強。故魂魄盛。此所謂伸。及其老也血氣既耗云云。若いときは魂魄さかんでからだも精氣が丈夫なり。十年以前、徳十郎が所へ来た経師やが粗工でやくにも立ぬが、あれが云ことを某も聞て感したことあり。渠云、我なかまが来て夕方にどこぞへ行ふと云に、いや今からは晩い、明日のことにせうと云が其中でいっち年のよった男となり。なるほと自然と屈伸のなりなり。若い者は伸るゆへ、血氣が強い方からあとさきの考なく出る。考へのつんだのが、はやかがんだのなり。直方の、血氣既衰戒之在得を、孫の紙持てをるを、ぢいにも一枚くれろと云となり。これも氣の屈た底なり。誰かが説に、天竺は西で日の入方ゆへ、死のことに世話をやく、と。よい説なり。屈の底なり。
【解説】
「人之少壯也血氣強。故魂魄盛。此所謂伸。及其老也血氣既耗、魂魄亦衰。此所謂屈也」の説明。若い者は伸びる。そして、血気が強いので後先の考えなく出る。年を取ると考えは積むが、血気は衰えるので屈となる。
【通釈】
○「人之少壮也血気強。故魂魄盛。此所謂伸。及其老也血気既耗云云」。若い時は魂魄が盛んで体も精気が丈夫である。十年以前、徳十郎の所へ来た経師屋が粗工で役にも立たない者だったが、あれの言うことを私も聞いて感じたことがある。彼が、自分の仲間が来て夕方に何処かへ行こうと言う時に、いや今からでは遅い、明日にしようと言う者がその中で一番年が寄った男だと言った。なるほど自然と屈伸の姿になる。若い者は伸びるので、血気が強い方から後先の考えなく出る。考えを積んだのが、既に屈んだのである。直方が、「血気既衰戒之在得」を、孫が紙を持っているのを、爺にも一枚くれと言うことだと言った。これも気の屈んだ底である。誰かの説に、天竺は西で日の入る方なので、死のことに世話を焼くとある。よい説である。屈の底である。
【語釈】
・徳十郎…
・血氣既衰戒之在得…

○既死則魂升于天以従陽、魄降于地以従隂。所謂各従其類也。魂魄合則生、離則死。地は水のかたまりゆへ魄降于地か従隂なり。各従其類は文言傳なり。雲従龍風従虎なり。湯氣は上へ烟のやうにひきまどへ升り、又、たらいが洩ると水は下へ降る。尭の俎落も古人文字の使ひやうがよいとあるも、ただ死と云ず、上と下へわかるる文字なり。魂魄合則生は、精氣成物なり。離則死は、遊魂為変なり。さて、各従其類で、死だときの類を求て祭る。升于天降于地た。其類で又祭祀の儀あり。子孫一氣と云へとも、祭やうに仕方のあるは親の死たときの類てする。○故先王制祭祀之礼云云以焫蕭之属求之於陽、灌鬯之属求之於隂云云。焫蕭の香て、遊散した天にある魂氣を招く。鬱を地に布くとはっとした匂がする。夫で魄をむかへる。それ々々に迎にやりやうがよい。垩人の教は粲然なもので渾然たるを得る。一氣と云て渾然としたを粲然とした祭りやうあり。太極圖説後論のけっこうなも渾然粲然のあやなり。
【解説】
「既死即魂升于天以從陽、魄降于地以從陰。所謂各從其類也。魂魄合則生、離則死。故先王制祭享之禮、使爲人子孫者、盡誠、致敬、以焫蕭之屬求之於陽、灌鬯之屬求之於陰。求之既至、則魂魄雖離、而可以復合」の説明。「魂魄合則生」は「精気成物」で、「離則死」は「遊魂為変」である。祭祀の儀は、親の死んだ時の類でする。そして、焫蕭の香で遊散した天にある魂気を招き、鬱を地に布いて地にある魄を招く。類に従って迎えるのである。
【通釈】
○「既死則魂升于天以従陽、魄降于地以従陰。所謂各従其類也。魂魄合則生、離則死」。地は水の塊なので「魄降于地」が「従陰」となる。「各従其類」は文言伝の語である。「雲従龍、風従虎」である。湯気は上へ煙の様に引き窓へ昇り、また、盥が洩れると水は下へ降りる。堯の俎落も古人文字の使い方がよいとあるのも、ただ死と言わずに、上と下へ分かれる文字だからである。「魂魄合則生」は、「精気成物」である。「離則死」は、「遊魂為変」である。さて、各従其類で、死んだ時の類を求めて祭る。「升于天降于地」である。その類でまた祭祀の儀がある。子孫は一気と言っても、祭り方に仕方があり、親の死んだ時の類でするのである。○「故先王制祭祀之礼云云以焫蕭之属求之於陽、灌鬯之属求之於陰云云」。焫蕭の香で、遊散した天にある魂気を招く。鬱を地に布くとはっとした匂がする。それで魄を迎える。それぞれに迎える遣り様がよい。聖人の教えは粲然なもので渾然を得る。一気と言うので、渾然としたものを粲然と祭る仕方がある。太極図説後論が結構なのも渾然粲然の綾からである。
【語釈】
・文言傳…易経乾卦文言伝。「九五曰、飛龍在天、利見大人、何謂也。子曰、同聲相應、同氣相求。水流濕、火就燥。雲從龍、風從虎、聖人作而萬物覩。本乎天者親上、本乎地者親下。則各從其類也」。
・尭の俎落…書経舜典。「二十有八載、帝乃俎落。百姓如喪考妣」。

○故礼記曰、合鬼與神、教之至也。この語、礼祭儀の中にある。孔子宰我につけ玉ふなり。垩人の語でなくばかうは云れまい。ここが祭のしやう迠示さるる。さて々々有難いことなり。この儀がなくて寸法なしの誠なれば、親が謡か好きとて神主の前てうたふは鬼神を褻す。褻味を具へぬと云もそこなり。祭に火についた香をたき、水についた酒をそそくはどうしたわけなれば、魂の火と魄の水と云わけなり。其わけ筋を分るが合鬼與神なり。中庸章句にも祭義を引けり。之精之著と筋を付てみせる。祭の筋合が只の人の手でならぬこと。鬼神を招く道てするがここの教なり。香斗りてならす、酒斗りでならぬ。さて々々行き届たこと。なるほど教の至なり。ここの合する仕方をするが教の至て、それからのことはこちの誠次第なり。
【解説】
「故禮記曰、合鬼與神、敎之至也。神指魂而言、鬼指魄而言。此所謂屈而伸也。此説尤詳明、能得先生之意者也」の説明。鬼神を合するのが教えの至りである。祭の筋合いの通りをすれば、後は自分の誠次第のこと。
【通釈】
○「故礼記曰、合鬼與神、教之至也」。この語は礼祭儀の中にあり、孔子が宰我に告げられたもの。聖人の語でなければこうは言えないだろう。ここで祭の仕方まで示された。それは実に有難いこと。この儀がなくて寸法なしの誠で、親が謡が好きだからと神主の前で謡うのでは鬼神を褻す。褻味を具えないと言うのもそこのこと。祭に火に付いた香を焚き、水に付いた酒を灌ぐのはどうしたわけかと言うと、魂の火と魄の水というわけなのである。そのわけ筋を分けるのが「合鬼与神」である。中庸章句にも祭義を引いてある。「之精之著」と筋を付けて見せた。祭の筋合いは普通の人の手ではできないこと。鬼神を招く道でするのがここの教えである。香だけではならず、酒だけでもならない。実に行き届いたこと。なるほど教えの至りである。ここの合する仕方をするのが教えの至りで、それからのことはこちらの誠次第である。
【語釈】
・礼祭儀…礼記祭義。「宰我曰、吾聞鬼神之名、不知其所謂。子曰、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。合鬼與神、敎之至也」。前出。
・中庸章句…中庸章句16。「子曰、鬼神之爲德其盛矣乎。視之而弗見、聽之而弗聞、體物而不可遺。使天下之人、齊明盛服、以承祭祀。洋洋乎、如在其上、如在其左右。詩曰、神之格思、不可度思、矧可射思。夫微之顯、誠之不可揜、如此夫」。同集註。「孔子曰、其氣發揚于上、爲昭明焄蒿悽愴。此百物之精也、神之著也。正謂此爾」。詩は、詩経大雅抑。

○遂付梓人、刻之以與四方之学者、共之云爾。ここの文意某今以すめぬ。鞭策排釈は固り吾仕にすること。鬼神も致知のぎり々々なれは、手前へ切込ことなり。されども鬼神集説は別して身の建立することでもなく、鞭策とは違ふ。ゆへに排釈録鬼神集説には天下後世四方之学者とされたか。又別して祭祀は天下の大乱にもなる。このこと天下に知ら子ばならぬこと。又、排釈も天下にかかりたことて、天下後世とせらる。此書一己のことにせず、四方の学者と書たかなり。この集三部の書に幷んだ書ゆへ、一例なるべき。排釈に天下後世とし、此書に四方之学者の字か疑しい。排釈も鬼神のことも人の惑をもひらくこと。故文講学の中でもあたり違ふことなるべし。
【解説】
「因今表章而冠諸集説之首、遂付梓人、刻之以與四方之學者、共之云爾」の説明。これは鞭策録と排釈録に並ぶ書だから、天下で言わなければならず、ここで「四方之学者」とあるのが済めないと黙斎は言う。
【通釈】
○「遂付梓人、刻之以与四方之学者、共之云爾」。私は今でもここの文意が済めない。鞭策排釈は固より自分の任とすること。鬼神も致知の至極だから、自分へ切り込むことである。しかしながら、鬼神集説は特に身の建立をすることでもなくて、鞭策とは違う。そこで排釈録と鬼神集説には「天下後世」「四方之学者」とされたのだろうか。また、特に祭祀は天下の大乱にもなることだから、このことは天下に知られなければならない。また、排釈も天下に関わったことなので、天下後世とされた。この書は一己のことにしないため、四方の学者と書いたのだろうか。この集は三部の書に並ぶ書なので、一例となるべきものである。排釈に天下後世として、この書には四方之学者とあるのが疑わしい。排釈も鬼神のことも人の惑いをも啓くもの。故文講学の中でも当たりが違うのではないだろうか。
【語釈】
・梓人…大工の棟梁。工匠。
・天下後世…跋排釈録。「此予所以不敢自量、集是編、以欲與天下後世植正排邪者共之也」。

講後曰、無極而太極は鼻を見せぬかよい。鼻を見せるか鬼神なり。又曰、旨酒を悪むは義なり。酔は酒之理なり。醉て赤は鬼神なり。又曰、某當年の発明にて、近思の外にふやさぬと云。どこても大学でないことなく、近思でないことなし。文問、四方之学者の字、発端資朋友之思議焉と昭應なり。鬼神の説を撰出して未だ艸稿ゆへ、明友斗りの資にし、もはや板か出來たゆへ、四方の学者と共之するならん。如何。然り。
【解説】
「無極而太極」は目に見えないのがよく、目に見えるのは鬼神である。文二が、「四方之学者」は、「資朋友之思議焉」と照応し、鬼神の説を撰出した時はまだ草稿だったので明友だけの資とし、その後に板ができたので「四方之学者共之」と言ったのではないかと訊ねた。
【通釈】
講後に言う、「無極而太極」は鼻を見せないのがよい。鼻を見せるのが鬼神である。また言う、旨酒を悪むのは義である。酔うのは酒の理である。酔って赤くなるのは鬼神である。また言う、私の当年の発明として、近思の外に増やさないことだと言う。何処でも大学でないことはなく、近思でないことはない。文二が問う、「四方之学者」の字は、発端の「資朋友之思議焉」と照応する。鬼神の説を撰出した時はまだ草稿だったので明友だけの資にし、その後、最早板ができたので、四方の学者とこれを共にしたのではないだろうか。その通りである。
【語釈】
・文…花澤文二。前出。