問先生解文王陟降條  三月十二日  惟秀録
【語釈】
・三月十二日…寛政5年(1793年)3月12日。
・惟秀…篠原惟秀。東金市堀上の人。北田慶年の弟。与五右衛門。医者。1745~1812

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問、先生解文王陟降在帝左右、文王既沒精神上與天合。看來、聖人禀得清明純粹之氣。其生也、既有以異於人、則其散也、其死與天爲一。則其聚也、其精神上與天合。一陟一降、在帝左右。此又別是一理。與衆人不同。曰、理是如此。若道眞有箇文王上上下下、則不可。若道詩人只胡亂恁地説也不可。
【読み】
問う、先生の解、文王の陟降、帝の左右に在り、文王既に沒し精神上りて天と合す。看來、聖人は清明純粹の氣を禀得す。其の生きるや、既に以て人に異なる有れば、則ち其の散ずるや、其の死は天と一と爲す。則ち其の聚るや、其の精神上りて天と合す。一陟一降、帝の左右に在り。此れ又別に是れ一理。衆人と同じからず。曰く、理は是れ此の如し。若し眞に箇の文王有りて上に上げ下に下ろすと道うは、則不可なり。若し詩人只胡亂に恁地く説くと道うも也た不可なり。

此は詩の大雅文王篇、周公の作。にある詞ぞ。文王御逝去の後、其精神か天帝の左右に在すと云こと。陟降の字をこしゃくを入れて、陽氣は陟り、隂氣は降るなぞとみるはわるい。陟降でおそばにいて奉公することにみるがよい。小学の明倫の周旋升降出入て意と同しそ。夫を朱子の詩の集傳に天帝のおそばにをらるると云は、天と合ふからと云れた。夫をみて朱門が、天と合ふは文王か天理なりな御方ゆへ、自ら文王は文王だけにちがふと云ことかと斗りみたもの。御生れが清明純粹ゆへ、平生か只の人と違ふ。則是一理となり。別一理は伯有為厲などの類。定りてないやうに云たこと。
【解説】
「問、先生解文王陟降在帝左右、文王既沒精神上與天合。看來、聖人禀得清明純粹之氣。其生也、既有以異於人、則其散也、其死與天爲一。則其聚也、其精神上與天合。一陟一降、在帝左右。此又別是一理。與衆人不同」の説明。文王が天帝の左右にいると言うのは、文王の生まれが清明純粋なので、普通の人とは違うからで、「別是一理」だと朱門が言った。
【通釈】
これは詩の大雅文王篇、周公の作。にある詞である。文王御逝去の後、その精神が天帝の左右に在すということ。「陟降」の字を小癪に、陽気は陟り、陰気は降りるなどと見るのは悪い。陟降でお側にいて奉公することに見るのがよい。小学明倫の「周旋升降出入」の意と同じである。それを朱子が詩の集伝に、天帝のお側におられると言うのは天と合うからだと言われた。それを見て、天と合うとは文王が天理の通りの御方なので、自ずから文王は文王なだけに違うのかと朱門が思ったのである。御生まれが清明純粋なので、平生がただの人とは違う。「別是一理」だと言った。「別一理」とは「伯有為厲」などの類のことで、定まってはいないと言ったこと。
【語釈】
・大雅文王篇…詩経大雅文王。「文王在上、於昭于天。周雖舊邦、其命維新。有周不顯、帝命不時。文王陟降、在帝左右」。
・周旋升降出入…小学内篇明倫。「在父母舅姑之所、有命之應唯敬對、進退周旋愼齊、升降出入揖遊」。
・伯有為厲…伯有為厲之事の条。「伯有爲厲之事、自是一理」。

朱子の答の理是如是は、あれもやはり理の外でないと云たことよ。さふある筈と云こと。是かきこへたことで、君に忠な心は一と云ても、足軽の死んだと城代や家老の死だとは人君の胸へのひびきか違ふ。文王は文王だけちがふはつのこと。されとも上は上り下は下ると云やうに、今上の方に生てござるやうはあまりあたたまりすきる。又、詩がめったを云たになる。ないことをと云はひやしすぎる。鬼神のさばきはあたためるとひへたとのあわいに妙あることぞ。あれを詩人のめったに云たにすれは、孔子の六経にとるはづなし。况や周公の作なれは、めったで有ふやうなし。
【解説】
「曰、理是如此。若道眞有箇文王上上下下、則不可。若道詩人只胡亂恁地説也不可」の説明。朱子は、それも理外ではないと言った。詩人が滅多なことを言ったとすれば、孔子が採る筈もなく、作者は周公なのだから、滅多なことではない筈である。
【通釈】
朱子の答えの「理是如是」は、あれもやはり理の外でないと言ったこと。そうある筈ということ。これが当然のことで、君に忠な心は一つだと言っても、足軽が死んだのと城代や家老が死んだのとは人君の胸への響きが違う。文王は文王だけ違う筈のこと。しかしながら、上には上り下には下ると言う様に、今上の方に生きておられると言うのはあまり温まり過ぎ、また、詩が滅多なことを言ったことになる。逆に、ないことだと言うのは冷やし過ぎる。鬼神の捌きは温めるのと冷えるとの間に淡い妙がある。あれを詩人が滅多に言ったこととすれば、孔子が六経に採る筈はない。况んや周公の作なのだから、滅多なことである筈はない。


問下武詩條
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問、下武詩三后在天。先生解云、在天、言其既沒而精神上合于天。此是如何。曰、便是又有此理。用之云、恐只是此理上合于天耳。曰、既有此理、便有此氣。或曰、想是聖人禀得清明純粹之氣、故其死也、其氣上合于天。曰、也是如此。這事又微妙難説、要人自看得。世間道理有正當易見者、又有變化無常不可窺測者。如此方看得這箇道理活。又如云、文王陟降在帝左右、如今若説文王眞箇在上帝之左右、眞箇有箇上帝、如世間所塑之像、固不可。然聖人如此説、便是有此理。如周公金縢中乃立壇墠一節分明是對鬼。若爾三王是有丕子之責于天、以旦代某之身、此一段先儒都解錯了、只有晁以道説得好。他解丕子之責、如史傳中責其侍子之責。蓋云、上帝責三王之侍子、侍子指武王也。上帝責其來服事左右、故周公乞代其死云。以旦代某之身言。三王若有侍子之責于天、則不如以我代之。我多才多藝能事上帝。武王不若我多才多藝。不能事鬼神。不如且畱他在世上定儞之子孫與四方之民。文意如此。伊川卻疑周公不應自説多才多藝、不是如此。他只是要代武王之死爾。三。
【読み】
問う、下武の詩に三后天に在り。先生解して云う、天に在りは、其れ既に沒して精神上りて天に合するを言う。此れは是れ如何。曰く、便ち是れは又此の理有り。用之云う、恐らくは只是れ此の理上りて天に合するのみ。曰く、既に此の理有れば、便ち此の氣有り。或るひと曰う、是れを想いて聖人は清明純粹の氣を禀得する、故に其の死するや、其の氣上りて天に合す、と。曰く、也た是れ此の如し。這の事又微妙にして説き難く、人の自ら看得るを要す。世間の道理は正に當に見易き者有り、又變化無常の窺測す可からざる者有り。此の如きは方に這の箇の道理を看得て活すべし。又、如か云う、文王の陟降帝の左右に在り、と。如今若し文王の眞に箇の上帝の左右に在り、眞に箇の箇の上帝に有るは、世間塑する所の像の如く説くこと、固より不可なり。然るに聖人此の如くば、便ち是れ此の理有り。周公の金縢の中に乃ち壇墠を立てるの一節の如く、分明に是れ鬼に對す。爾の三王は是れ丕子の責天に有れば、旦を以て某の身に代えるの若きは、此の一段先儒の都て解錯して了り、只晁以道得て説くこと好き有り。他は丕子の責を解するに、史傳の中に其の侍子を責むるの責の如し。蓋し云う、上帝三王の侍子を責むるに、侍子は武王を指すなり。上帝其の來りて左右に服事することを責むる、故に周公其の死に代わるを乞うを云う。旦を以て某の身に代わるを言う。三王若し侍子の責天に有るは、則ち我を以て之に代えるに如かず。我れ多才多藝能く上帝に事える。武王は我れ多才多藝に若かず。鬼神に事えること能わず。且く他を畱め、世上に在りて儞の子孫と四方の民とを定むるに如かず。文意此の如し。伊川卻って疑いて周公自ら多才多藝と説くに應ぜず、是れ此の如からず。他は只是れ武王の死に代わりを要するのみ、と。三。

此詩も大雅にあるなり。上の文王の詩も此詩も朱注のしむけ同しあつかいぞ。三后在天。大大平王季文王なり。上の條と同しふり合なり。三后は同腹中の垩德の方ゆへ、天帝と一つになりてあり々々とそこに御坐なさるる。此は是如何。どうしたことじゃと云だけ、上の條の問人より合点せぬ問とをもへ。上の條はあやをつけて問ただけよい。○便是又有此理。鬼神のことは定木板行に押したやうに理でをされぬこと。あるまいはつのことのあることもある。子共の中でもあれか云ことは親もよくきくと云もままあることなれども、夫は氣の上斗りのこと。夫ともちがふなり。有り々々と云ても外につかまへ処はない。有此理なり。不審なれとも、理外にせぬ筈なり。用之はさび々々と理て片付たもの。上帝の心は道理至極、三后も天に叶た御方なり。理てつめた処が一つじゃ。獲罪於天、則禱之無所。身持わるい子は親のひざ元にさへ居か子るもの。あなた方は理か叶ふたから在天の、はて、わるい人ならばそば耻しくてよられぬはづとなり。是が理斗りで片付たのなり。
【解説】
「問、下武詩三后在天。先生解云、在天、言其既沒而精神上合于天。此是如何。曰、便是又有此理。用之云、恐只是此理上合于天耳」の説明。詩に「三后在天」とあるのは、三后は天に叶った御方だからだろうと理詰めで用之が言った。
【通釈】
この詩も大雅にあるもの。上の文王の詩もこの詩も朱注の仕向けは同じ扱いである。「三后在天」。大王と王季、文王である。上の条と同じ振り合いである。三后は同腹中の聖徳の方なので、天帝と一つになってありありとそこに御座なさっている。「此是如何」。どうしたことだと言うだけ、上の条の問人より合点していない問いだと思いなさい。上の条は綾を付けて問うただけよい。○「便是又有此理」。鬼神のことは定木で板行に押した様には理で押せないこと。ない筈のことがあることもある。子供の中でも、あれの言うことは親もよく聞くというのもままあることだが、それは気の上だけのこと。これはそれとも違う。ありありと在すと言っても外に掴まえ処はない。「有此理」である。不審なことだが、理外にしない筈である。用之は寂々と理で片付けた。上帝の心は道理の至極、三后も天に叶った御方である。理でつめた処が一つである。「獲罪於天、則祷之無所」。身持ちの悪い子は親の膝元にさえいかねるもの。貴方は理が叶ったから在天であり、悪い人であれば恥ずかしくて寄れない筈だと言うが、それは理ばかりで片付けて言ったものである。
【語釈】
・大雅…詩経大雅下武題辞。「下武、繼文也。武王有聖德、復受天命。能昭先人之功焉」。同下武。「下武維周。世有哲王。三后在天。王配于京」。
・文王の詩…詩経大雅文王。「文王在上、於昭于天。周雖舊邦、其命維新。有周不顯、帝命不時。文王陟降、在帝左右」。
・獲罪於天、則禱之無所…論語八佾13。「王孫賈問曰、與其媚於奧、寧媚於竈、何謂也。子曰、不然。獲罪於天、無所禱也」。

尤な云分なれとも、朱子の上の又有此理の一句は含む処あるが、此用之かやうに鬼神のことを理斗りて片付ると云はあまりせつない云分ゆへ、朱子か用之のすます処へ當りて、いや、理で斗りは云れぬ、既有此理、便有此氣。理があれば、いつでもそこに氣はある。氣あると云ても衣冠束帯でそこに居るではないが、こなた理と斗りかたを付ては太極圖説の講釈のやうて、氣と云か鬼神の鬼神たる処。祭祀の来挌のことは大学の講釈よりは親切と云もそこの処なり。先祖には大小学の文義も知らぬが有ふけれとも、そこにあり々々と有て、そらをそろしくなると云が氣の妙なり。伊勢八幡日光大廣威武厳然。そこにあり々々とあるでそらおそろしい。そこに見てごさると云やうな心持ゆへ、孫子の警戒にもなる。理とばかりではない。氣と云で威霊ある。文王も下武もそこを説たことなり。
【解説】
「曰、既有此理、便有此氣」の説明。鬼神のことを理ばかりで片付けるのは切ないことであって、気で言うのが鬼神の鬼神たる処なのである。理があれば、そこにはいつも気がある。人が恐れを抱くのも、気の妙からである。
【通釈】
それは尤もな言い分だが、朱子の上にある「又有此理」の一句は含む処があるのであって、用之の様に、鬼神のことを理ばかりで片付けるのはあまりに切ない言い分なので、朱子が用之の片付けた処へ当たって、いや、理でばかりでは言えない、「既有此理、便有此気」。理があれば、いつでもそこに気はある。気があると言っても衣冠束帯でそこにいるのではないが、貴方の様に理ばかりで片を付けては太極図説の講釈の様である。気というのが鬼神の鬼神たる処。祭祀来格のことが大学の講釈よりも親切と言うのもそこの処。先祖には大学や小学の文義も知らない者もいるだろうが、そこにありありとあるので、そら恐ろしくなるというのが気の妙である。伊勢八幡日光大広威武厳然。そこにありありとあるのでそら恐ろしい。そこに見ておられるという様な心持ちなので、孫子の警戒にもなる。理と言うばかりではない。気があるので威霊がある。文王も下武もそこを説いたもの。

○或曰云云。或人が氣を付ただけ用之よりよいやうに見へれども、やはり是もすまぬのなり。そこで理くつづめを云た。云違いでもないから、朱子が也是如此と云た。まあさうさと云やうないきぞ。用之が理て片を付るも、こなさまの清明純粹氣かけっかうゆへ、よこれがないから天と一になると氣て片を付ても、どちも済たと云れぬ。鬼神は訓話のやうに片端から片付てゆくと云ことにはならぬ。微妙難解。口にならぬ、云とれぬことじゃ。要人自看得。手前のふところの内からほっこりと、ああかうだとほっこりと落るでなくては済ぬ。是から合点せよと世間を云なり。余のことを話ししてきかせたもの。
【解説】
「或曰、想是聖人禀得清明純粹之氣、故其死也、其氣上合于天。曰、也是如此。這事又微妙難説、要人自看得」の説明。用之が理で片を付け、或る人は気が清明純粋で結構なものなので天と一つになると気で片を付けたが、どちらも済んだとは言えない。鬼神のことは「微妙難説」で、口では言い尽くせない。それは自ら看得しなければならないもの。
【通釈】
○「或曰云云」。或る人は気を付けただけ用之よりよい様に見えるが、やはりこれも済まないのである。そこでは理屈詰めを言った。それは言い違いでもないから、朱子が「也是如此」と言った。まあそうさと言う様な意気である。用之が理で片を付けるのも、貴方が「清明純粋」で気が結構なので、汚れがないから天と一つになると気で片を付けても、どちらも済んだとは言えない。鬼神は訓詁の様に片端から片付けて行くというのでは悪い。「微妙難説」。口では現せない、言い切れないこと。「要人自看得」。自分の懐の内からほっこりと、ああこうだとほっこりと落ちるのでなくては済まない。これから合点しなさいと「世間」以下を言う。それは、他のことを話しして聞かせたもの。

道理正當有易見者。爰からゆくことぞ。是て合点がすると変な鬼神のことも知るるか、されとも窺測られぬこと有て、初学のいじられぬことある。いつも々々々知れた処ので片を付たがりては、下手医者か傷寒壊症や蠱惑の症をいじるやうでゆかぬことぞ。如此看得這箇道理活す。かうなればゆく。道理の根ずみかしてせつなくないを活すと云。知た路をすき次第にありくやうなもの。かう行は遠けれとも道かよいからはかがゆくと云のぞ。鬼神のことが頭ら付けをしてをいてあのいき此あやと云ても、心からすまぬ中はをぞけるとはこともあり、迷ふと云こともあり、文王在天をあたためすぎると、夫からは地獄極樂もあると云やうにもなり、又理つりにつめたく済すと鬼神の妙がないになる。
【解説】
「世間道理有正當易見者、又有變化無常不可窺測者。如此方看得這箇道理活」の説明。個々の世間の道理には見易いものがあるが、変化は窺い測ることが難しい。そこで、個々の道理を看得すればよい。「文王在天」を温め過ぎると、地獄極楽をもあると言う様にもなり、また、理吊りに冷たく済ますのでは、鬼神の妙はない。
【通釈】
「道理正當有易見者」。ここから行くのである。これで合点すると変な鬼神のことも知れるが、そこには窺い測れないことがあって、初学では弄られないことがある。いつも知った処のことで片を付けたがっては、下手医者が傷寒壊症や蠱惑の症を弄る様でうまく行かないもの。「如此看得這箇道理活」。こうなればうまく行く。道理の根済みがして切なくないことを活すと言う。知った路を好き次第に歩く様なもの。こう行くのは遠くなるが、道がよいから計が行くと言う様なもの。鬼神のことを形付けをして置いて、あの意気この綾と言っても、心から済まない内は怖気るということもあり、迷うということもあり、「文王在天」を温め過ぎると、それからは地獄極楽をもあると言う様にもなり、また、理吊りに冷たく済ますと鬼神の妙がないことになる。

○又如云、文王陟降云云。上の章のことか出て来子ばならぬ。一つ筋のあつかいぞ。きっとそこに在るにすれば天へ幸便に紙衣を届たいになる。さう思ふはわるい。世間の塑像土人形すへたやうなは佛からきたもの。地獄の圖、人形を出し、鬼神のことを皆に早くすませたがる。さうはゆかぬことぞ。小学の吟味から段々に精義した上でなくては鬼神のことはすまぬ。文王の詩は周公旦の親御さまのことを作られた。あやしいことではない。○有此理。凡夫の何もかも道理に背いた者の死たと天と一枚な垩人の死たとは違ふ筈なり。さて右の二つは詩経にもあると金縢を出したなり。
【解説】
「又如云、文王陟降在帝左右、如今若説文王眞箇在上帝之左右、眞箇有箇上帝、如世間所塑之像、固不可。然聖人如此説、便是有此理」の説明。文王が帝の左右に在るというのを、塑像や土人形の様に思うのは悪い。仏は地獄の図や人形を出して、鬼神のことを皆に早く済ませたがるが、小学の吟味から段々に精義した上でなくては鬼神のことは済まない。
【通釈】
○「又如云、文王陟降云云」。上の章のことが出て来なければならない。一つ筋とする扱いである。きっとそこに在るとすれば天への幸便として紙衣を届けたいということになるが、その様に思うのは悪い。世間にある塑像や土人形を据えた様なものは仏から来たもの。地獄の図や人形を出して、鬼神のことを皆に早く済ませたがるが、そうは行かない。小学の吟味から段々に精義した上でなくては鬼神のことは済まない。文王の詩は、周公旦が親御様のことを思って作られたもので、怪しいことではない。○「有此理」。凡夫で、道理に何もかも背いた者が死んだのと、天と一枚な聖人が死んだのとは違う筈。さて右の二つは詩経にもあることだがと、ここに金縢を出した。
【語釈】
・金縢…書経金縢。

○金縢か不思議なことに聞へるが、何のことはない。鬼神感通の理の金、縢とは大切な箱なり。金、かな物で錠のあること。縢はひぼのことなれども、夫をくくってしめてをくて錠のことになる。武王天下平治の後時、疾を病れた。天下もうい々々しいに、此節あなたか崩ふしられてはこまったものと周公天へ祈られた。夫を祝文書いて入た箱ぞ。よんでみやれ、いかさま伺はれぬことでもある。御病氣には御典藥よんで人事を尽してせふことに、周公は祈りを專一にされた。そこて壇をついて爾三王とは向をよひ立ること。丕子は嫡子のことゆへ、すぐに武王のことなり。あなたの元子を御用がある、よこせよと天からよはるる。責とは、さいそくにあふこと。夫に付て以旦代へよなり。此文義、先儒古註よくない。晁以道。温公の弟子。よく云た。史傳云云。どの史傳をさすか考へぬ。責とはこちへよこせとはたらるること。武王か死て天へゆきて天帝につかへること。病にあふたを丕子の責よこせと云ことに云たもの。
【解説】
「如周公金縢中乃立壇墠一節分明是對鬼。若爾三王是有丕子之責于天、以旦代某之身、此一段先儒都解錯了、只有晁以道説得好。他解丕子之責、如史傳中責其侍子之責。蓋云、上帝責三王之侍子、侍子指武王也。上帝責其來服事左右、故周公乞代其死云。以旦代某之身言」の説明。「金縢」は、武王が病まれたので、周公が天に祈った際の祝文を入れた箱のこと。武王の病は、天帝が武王を天に遣して仕えろと責めたもの。
【通釈】
○「金縢」は不思議なことに聞こえるが、何のことはない。鬼神感通の理の「金」で、「縢」とは大切な箱のこと。金は金物で錠のあること。縢は紐のことだが、それを括って締めて置くので錠のことになる。武王が天下平治の後に疾を病まれた。天下も初々しく、この節貴方に崩御されては困ると思って周公が天に祈られた。その祝文を書いて入れた箱のこと。これを読んで見なさい、いかにも伺われないこともある。御病気には御典薬を呼んで人事を尽くしてするものだが、周公は祈りを専一にされた。そこで壇を立てた。「爾三王」とは、向こうを呼び立てること。「丕子」は嫡子のことなので、直に武王のこと。貴方の元子に御用がある、遣せと天に呼ばれた。「責」とは、催促に遭うこと。それに関して、「以旦代」と答えた。この文義、先儒の古註よくない。晁以道が、温公の弟子。うまく言った。「史伝云云」。どの史伝を指すのかは考えないこと。責とはこちらへ遣せと要求すること。武王が死んで天へ行って天帝に仕えること。病に遭ったのを、丕子を責遣せということに言ったもの。
【語釈】
・金縢…書経金縢題辞。「武王有疾。周公作金縢」。同金縢。「既克商、二年、王有疾。弗豫。二公曰、我其爲王穆卜。周公曰、未可以戚我先王。公乃自以爲功、爲三壇同墠、爲壇於南方北面、周公立焉。植璧秉珪、乃告大王、王季、文王。史乃冊祝曰、惟爾元孫某、遘厲虐疾。若爾三王、是有丕子之責于天、以旦代某之身。予仁若考、能多材多藝、能事鬼神。乃元孫不若旦多材多藝、不能事鬼神。乃命于帝庭、敷佑四方、用能定爾子孫于下地。四方之民、罔不祗畏。嗚呼、無墜天之降寶命、我先王亦永有依歸。今我即命于元龜。爾之許我、我其以璧與珪、歸俟爾命。爾不許我、我乃屏璧與珪」。
・はたらるる…徴る。債る。徴収する。

○不如以我代之。私が方がよささうなもの。御前方の元子を天からよこせと仰せらるるが、あなた方から天へ申上けて、私に代へて下されとなり。多才多藝。武王の死にかはりたいが主で云こと。私はたらき者、上帝の御側には我か方が御調法、兄は大德でも御側のつかいものには目はしがきかぬこともあらんと云たやうなこと。此多才多藝が孔子の吾少時賎焉、故多能鄙事と云た語勢と同し。これは別義なことで、御法さし合で云たことでなく、又うそと云ことでも夲んに鬼神の御用あると云ことてもない。誠から云ことにはかうしたことあるもの。渕源録などでも伊川の祭文などにしん切を云たことみるべし。今文盲なをやぢなどが明友の墓に向て、やがて私も□て御目にかからふと云やうなも、夲んに云へともほんでなく、神に交るなり。
【解説】
「三王若有侍子之責于天、則不如以我代之。我多才多藝能事上帝。武王不若我多才多藝。不能事鬼神。不如且畱他在世上定儞之子孫與四方之民。文意如此」の説明。周公が、私は多才多芸だから、私を武王に代えて欲しいと言った。これは御法に差し合ったこでもなく、また、嘘ということでも、本当に鬼神の御用があるということでもない。誠から言ったことにはこうしたことがあるもの。
【通釈】
○「不如以我代之」。私の方がよさそうなもの。貴方は元子を天から遣せと仰せられるが、貴方から天へ申し上げて、私に代えて下さいと言った。「多才多芸」。武王の死と代わりたいというのが主で言ったこと。私は働き者なので、上帝の御側には私の方が御調法、兄は大徳でも御側の使い物には目端が利かないこともあるだろうと言う様なこと。この多才多芸が孔子の「吾少時賎焉、故多能鄙事」と言った語勢と同じ。これは別義なことで、御法に差し合って言ったことでなく、また、嘘ということでも、本当に鬼神の御用があるということでもない。誠から言ったことにはこうしたことがあるもの。淵源録などでも、伊川が祭文などに親切を言ったところがあるので、それを見なさい。今文盲な親父などが盟友の墓に向って、やがて私も□て御目に掛かろうと言う様なことも、本当の気持ちで言っても本当のことではなく、それは神に交わるのである。
【語釈】
・吾少時賎焉、故多能鄙事…論語子罕6。「大宰問於子貢曰、夫子聖者與。何其多能也。子貢曰、固天縱之將聖。又多能也。子聞之曰、大宰知我乎。吾少也賤。故多能鄙事。君子多乎哉。不多也。牢曰、子云、吾不試、故藝」。

○伊川先生どうしたか疑れた。不才不藝とは云はふことの、多才多藝はいかがと云れた。あなた方の上てもつとかうしたことあるかなり。是は武王の死に代りたいと云が主ぞ。伊川かたた取れたもの。其上此多才多藝と云かあまりふき上けたことでもない。今云はふなら、私小才覚で料理もなる、兄より御調法と云たこと。小学に薛包が家財をわけるに、はげた椀でもをれが喰なれたがよいと云。死そうな老爺をも、あれがをれがつかいなれたからよいと云も、第一と主にすることあるときかう云ことを云もの。あれが、弟どもによいのをやりたいが主なり。爰もまがほで取てはすめぬこと。正面からとるには意會ないことあるもの。丁と英雄欺人を野澤の疑ふたやうなもの。
【解説】
「伊川卻疑周公不應自説多才多藝、不是如此。他只是要代武王之死爾」の説明。伊川は「多才多芸」の語を疑ったが、これは武王の死に代わりたいといううのを主として言ったこと。真正面に取ると意を解せないことがある。
【通釈】
○伊川先生はどうしたことか疑われた。不才不芸とは言えるだろうが、多才多芸はいかがなものかと言われた。貴方の上でも、ふとこうしたことがあるのだろうか。これは武王の死に代わりたいと言うのが主である。伊川はただ言っただけのこと。その上、この多才多芸というのはあまり吹き上げたことでもない。今言うとすれば、私は小才覚なので料理もできる、兄より御調法と言ったこと。小学に薛包が家財を分けるのに、禿げた椀でも俺の喰い慣れたのがよいと言う。死にそうな老爺をも、あれは俺が使い慣れているからよいと言うのも、第一と主にすることがある時にはこういうことを言うもの。あれが、弟共によいものを遣りたいというのが主である。ここも真顔で取っては済めないこと。正面から取ると意会のないことがあるもの。丁度、「英雄欺人」を野沢が疑った様なもの。
【語釈】
・薛包…小学外篇善行。「薛包好學篤行。父娶後妻而憎包分出之。包日夜號泣不能去。至被敺杖不得已。廬于舍外旦入而灑掃。父怒又逐之。乃廬於里門晨昏不廢。積歳餘父母慚而還之。後服喪過哀。既而弟子求分財異居色。包不能止。廼中分其財。奴婢引其老者曰、與我共事久、若不能使也。田廬取其荒頓者曰、吾少時所理意所戀也。器物取其朽敗者曰、我素所服食身口所安也。弟子數破其産輒復賑給」。
・英雄欺人…
・野澤…


林聞一條
23
林聞一問、周公代武王之死、不知、亦有此理否。曰、聖人爲之、亦須有此理。七十九下同。
【読み】
林聞一問う、周公の武王の死に代わる、知らず、亦此の理有りや否や。曰く、聖人の之を爲す、亦須らく此の理有るべし。七十九下同。

周公代武王云云。迂齊曰、上の條の餘りて云たこと。此条てはすべき筈の理と云処まではきまらぬ。此理有りやと云は、上の条の問てともよりよい。よいは考た処あるゆへぞ。只誠ぢゃ々々々と云ても、垩賢は理のないことはせぬはづ。文盲もの、親の大病に藥をやめて水垢離、又、医者の方角はどっちと云。理のないことぞ。誠はありても理のないはとらず。そこを問たなり。垩人為此亦須有此理。朱子の答へ、垩人で片を付たが面白い。理のないことするなら垩人はめったなもの。さうではないはづ。土地を預る城主探題、祈雨所賄皆理かある。况や垩人のなさるること、必理あることなり。ただい藥なと云ものも実理の物の上にあらはれたもの。何であれきくと云ことでなく、これはこれにきく、何病には何藥がきくとたしかに形した物の上にきく理が具てある。垩賢が君父の病に命乞をし祈る。きく理が具てある故、藥ほどにきくなり。
【解説】
聖人は、誠があっても理のないことはしない。聖賢が君父の病に命乞いをして祈るのは薬の様なもので、効く理が具わっているので効くのである。
【通釈】
「周公代武王云云」。迂斎が、上の条の余りで言ったこと。この条は、すべき筈の理があるという処までははっきりとしないことでの問いである。「有此理否」は、上の条の問い手共よりもよい聞き方である。よいと言うのは考えた処があるからである。ただ誠だと言っても、聖賢は理のないことはしない筈。文盲者が親の大病に薬を止めて水垢離をし、また、医者が方角はどちらだと言う。それは理のないこと。誠はあっても理のないことはしない。そこを問うたのである。「聖人為之、亦須有此理」。朱子の答えが、聖人で片を付けたのが面白い。理のないことするのなら聖人は滅多なものだが、そうではない筈。土地を預かる城主や探題が雨を祈り賄う所には皆理がある。況や聖人のなさることなのだから、必ず理はある。そもそも薬などというものも実理が物の上に現れたもの。何であれ効くということではなく、これはこれに効く、何の病には何の薬が効くと確かに形した物の上に効く理が具わってある。聖賢が君父の病に命乞いをして祈る。効く理が具わってあるので、薬ほどに効くのである。
【語釈】
・水垢離…神仏に祈願するため、冷水を浴び身体のけがれを去って清浄にすること。
・探題…鎌倉・室町幕府の、一定の広い地域の政務・訴訟・軍事をつかさどる要職の通称。

祭りに先祖の来挌するも、此消息ぞ。垩賢祈れは應あり、祭れは感する。周公祈り得た。其以下の者ても庾點婁親の病愈たとある。理かあるゆへ、そこできくことなり。祈る理は有か、只術のないことと思がよい。かう云法あると云は異端ぞ。周公旦只一つの誠て感する。法てするは咒詛なり。法でなをすことあるからは、人を殺す法も有ふ。今祈てよくしたことがひょっとあると俗人が尊ふが、其うらに殺すことのあるは邪法じゃとしらぬなり。そこで造言乱民は刑せ子ばならぬ。先祖へ膳を供へるも、かうすれは必感すると云仕方の術ありてせうなら、祭でからが妖術になる。只誠と云ひ理と云てよい。
【解説】
祈るのも、理があるので効く。しかし、それを法ですれば咒詛である。単に誠とか、理とかと言うだけでするのがよい。
【通釈】
祭りに先祖が来格するのも、このためである。聖賢が祈れば応があり、祭れば感ずる。周公が祈って得た。それ以下の者でも庾點婁が親の病を癒したとある。理があるので、そこで効く。祈る理はあっても、それはただ術のないことだと思うのがよい。この様な法があると言うのは異端である。周公旦はただ一つの誠で感ずる。法でするのは咒詛である。法で治すことがあるからは、人を殺す法もあるだろう。今祈ってよくなることがひょっとあると俗人はそれを尊ぶが、それは、これが裏に殺すことのある邪法だということを知らないからである。そこで造言乱民は刑さなければならない。先祖へ膳を供えるにも、こうすれは必ず感ずるという仕方の術があってするのなら、その祭自体が妖術になる。ただ誠と言い理と言うのでよい。
【語釈】
・庾點婁…
・造言乱民は刑せ子ばならぬ…周礼地官司徒。「以郷八刑糾萬民。一曰不孝之刑、二曰不睦之刑、三曰不姻之刑、四曰不弟之刑、五曰不任之刑、六曰不恤之刑、七曰造言之刑、八曰亂民之刑」。


高宗夢傅説條
24
高宗夢傅説。據此、則是眞有箇天帝、與高宗對答、曰、吾賚汝以良弼。今人但以主宰説帝、謂無形象。恐也不得。若如世間所謂玉皇大帝、恐亦不可。畢竟此理如何。學者皆莫能答。
【読み】
高宗傅説を夢みる。此れに據れば、則ち是れ眞に箇の天帝有り、高宗と對答して、曰く、吾汝に賚うに良弼を以てす。今人但主宰を以て帝を説き、形象無しと謂う。恐らくは也た得ず。世間の謂う所の玉皇大帝の如き、恐らくは亦不可なり。畢竟此の理は如何。學者皆能く答うること莫し。

凡夢は昼のことをみるの、明友近付を夢にみるのと云は本と其根のあることゆへ珎しからぬことじゃが、見ず知らす傅説を夢み、天帝から云付けたなぞと云、不思儀の第一ぞ。天の神霊がじきに出て、旦那か家来に云付るやうに、そちに家老をやるとなり。是はどうしたこと、考てみよとなり。今人とは俗人をさすことでなく、今の学者と指すことぞ。易傳に以主宰相帝から、後の学者皆理で主宰すること斗りにみるか、さうも云れぬ。無形象。恐くは不得。傅説のやうなこともある。無極而大極と云は、只ひへて理で云こと。不孝をすればばちがあたると云と主宰になってくる。天帝がある。罪を天にうればと云は、太極に罪をえれはと云とはちがふ。主宰ある帝と一つ名のつくときには形象ないと斗りは云にくい。いかさま日に向て小用しても直にばちのあたるでもないか、誰でも日蔭へ向てする。主宰あるからこはくなる。そこが也不得のところぞ。
【解説】
「高宗夢傅説。據此、則是眞有箇天帝、與高宗對答、曰、吾賚汝以良弼。今人但以主宰説帝、謂無形象。恐也不得」の説明。高宗が傅説を夢に見たというのが不思議なこと。今の学者は理が主宰し、形象はないと見るが、そうとも言えない。
【通釈】
凡そ夢で昼のことを見たり、盟友や近付きを夢に見たりするのは本々根のあることなので珍しくないことだが、見ず知らずの傅説を夢に見て、それが天帝からの言い付けだなどというのが不思議の第一である。天の神霊が直接に出て、旦那が家来に言い付ける様に、お前に家老を遣ると言う。これはどうしたことか、考えてみなさいと言う。「今人」は俗人を指すのではなく、今の学者を指すもの。易伝に「以主宰謂帝」とあるから、後の学者が皆理で主宰することばかりに見るが、そうとも言えない。「無形象、恐不得」。傅説の様なこともある。無極而大極は、ただ冷えて理で言ったこと。不孝をすれば罰が当たると言えば主宰になって来る。天帝がある。罪を天に獲ればと言うのは、太極に罪を得ればと言うのとは違う。主宰ある帝と一つ名が付く時には、形象がないとばかりは言い難い。いかにも日に向かって小用をしても直に罰が当たるものでもないか、誰でも日陰へ向かってする。主宰があるから恐くなる。そこが「也不得」のところである。
【語釈】
・傅説…殷の武丁(高宗)の賢相。土木工事の人夫から宰相に登り、殷の中興の業を完成。
・罪を天にうれば…論語八佾13。「王孫賈問曰、與其媚於奧、寧媚於竈、何謂也。子曰、不然。獲罪於天、無所禱也」。

○玉皇大帝。あちで道家と云もの有て、此やうなことを云。皇帝と云は天子のことじゃに、天子の外にあり々々と此やうなものあると云。こりゃないことぞ。こんな筋も餘りあたためると妖恠になる。さますと鬼神の妙がなくなる。○学者皆莫能答。これが程門なら答がつかふが、朱門は甲斐ない、え答へぬと云ことでなく、其中にすんだも有ふとも、此やうな語意のときは答へぬことは十露盤つめでかうとは云れぬ筈ぞ。おらが其席にいたらば答やうがあると云はうつらぬのぞ。ここは答られぬところぞ。
【解説】
「若如世間所謂玉皇大帝、恐亦不可。畢竟此理如何。學者皆莫能答」の説明。道家の言う玉皇大帝などはないこと。ここは理詰めで言うことではなく、答えられないと言うのが正しい言い方である。
【通釈】
○「玉皇大帝」。中国では道家というものがあって、この様なことを言う。皇帝は天子のことなのに、天子の外にありありとこの様な者がいると言うが、これはないこと。こんな筋もあまり温めると妖怪になり、冷ますと鬼神の妙がなくなる。○「学者皆莫能答」。これは、程門なら答えることができるが、朱門は甲斐がないので答えることができないということではなく、その中にはわかっている人がいるとしても、この様な語意の時は、答えないというのが算盤詰めでこうだとは言えない筈だからである。俺がその席にいれば答え様があると言うのはわかっていないのである。ここは答えられないところである。
【語釈】
・玉皇大帝…玉皇上帝。天公。昊天上帝。道教の実質の最高神。道教の最高主宰神は、5世紀には太上老君、6世紀からは元始天尊だが、それが化身して天界を統治するようになったのが玉皇大帝である。


夢之事只説條
25
夢之事、只説倒感應處。高宗夢帝賚良弼之事、必是夢中有帝賚之説之類。只是夢中事、説是帝眞賚不得。説無此事、只是天理亦不得。
【読み】
夢の事、只感應の處に説倒す。高宗の帝に良弼を賚うを夢みるの事、必ず是れ夢中に帝の之に説を賚うの類有り。只是れ夢中の事にして、是れ帝の眞に賚うと説くは得ず。此れ事無きは、只是れ天理を説くも亦得ず。

前條の夢のことも学者莫能答、此條ても片は付ぬが少しかたの付たことになる。感應と云字がどうも妙なことぞ。凡そ微物でも此方にそれを好むものを持てをるからひびく。花か咲くと誰れ觸もせぬに蝶がくるは感應ぞ。紂王のやうなはをれ斗りで天下は治ると思から、人は入用にない。それがつのれば比干が胸をも刻く。高宗は好賢と云根がある。天下をれ斗りてはゆかぬ々々々と日夜思ふ賢者ゆへの感應なり。天から傅説と云ものある、是を宰相にせよと告たことなり。是か玉皇大帝のやうにあり々々と云ことでもなく、又、時服を御手自からと云やうにもないが、天から賜ったは感應ぞ。
【解説】
高宗が天から傅説を宰相にしなさいと夢で告げられたのは感応からである。高宗には賢を好むという根があったので感応した。
【通釈】
前条の夢のことは「学者莫能答」で、この条でも片は付かないものの、少しは片が付いたことになる。「感応」という字がどうも妙なもの。凡そ微物でも、こちらにそれを好むものを持っているから響く。花が咲くと誰れも知らせないのに蝶が来るのは感応である。紂王の様な者は自分だけで天下が治まると思うから、人を入用としない。それが募れば比干の胸をも裂く。高宗には賢を好むという根がある。天下は自分だけではうまく行かないと日夜思う賢者なので感応する。天から傅説という者がいるからこれを宰相にしなさいと告げられた。これは玉皇大帝の様にあるということでもなく、また、時服を御手自ら賜るという様なことでもないが、天から賜ったのは感応だからである。
【語釈】
・高宗…殷の武丁。
・傅説…殷の武丁(高宗)の賢相。土木工事の人夫から宰相に登り、殷の中興の業を完成。
・玉皇大帝…玉皇上帝。天公。昊天上帝。道教の実質の最高神。道教の最高主宰神は、5世紀には太上老君、6世紀からは元始天尊だが、それが化身して天界を統治するようになったのが玉皇大帝である。
・時服…朝廷から皇親以下諸臣に毎年春・秋または夏・冬の二季に賜った衣服。

○天理と云字は御朱印の字なれども、鬼神のことには差合ぞ。賚ふも天理でと云はわるい。あまりと云へは不思儀なと云ほとに説くがよい。神道者に大才は少ない。其中に梨木祐之などからがあるから高調に説く。あれで神道はみんなになる。神道者は理づめを云たが賞玩になる。あまりさっと云と鬼神の妙はなくなる。理て云とさひ々々となる。さうすると中庸の鬼神の章も天命之謂性ですんだこと。十六章は出ものじゃと云やうになる。朱子などの鬼神ざたになるとあぶなく説。あそこが妙を知たなり。
【解説】
天理は大切な字だが、鬼神には合わない字である。理詰めで言うと鬼神の妙はなくなり、中庸の鬼神の章も余計だと言う様になる。
【通釈】
○「天理」という字は御朱印となる字だが、鬼神のことには差し合う。賚うというのも天理で賚うと言うのは悪い。あまりに不思議なことだと言うほどに説くのがよい。神道者に大才は少ない。その中に梨木祐之などからがいて高調に説く。あれで神道は台無しになる。神道者は理詰めを言うのが賞玩になる。あまりに高く言うと鬼神の妙はなくなる。理で言うと寂々となる。そうすると中庸の鬼神の章も「天命之謂性」で済むことになり、十六章は余計だと言う様になる。朱子などは鬼神沙汰になると危なく説く。それが妙を知ったということ。
【語釈】
・梨木祐之…鴨祐之。江戸中期の神道家(垂加)。1659(万治2)~1723(享保8)
・天命之謂性…中庸章句1。「天命之謂性、率性之謂道、脩道之謂敎」。


蔡舉(下は心)問書所謂降衷條
26
蔡舉(下は心)問書所謂降衷。曰、古之聖賢才説出、便是這般話。成湯當放桀之初、便説。惟皇上帝降衷于下民。若有常性、克綏厥猷惟后。武王伐紂時、便説。惟天地萬物父母、惟人萬物之靈、亶聰明作元后、元后作民父母。傅説告高宗便説。明王奉若天道、建邦設都樹后王君公。承以大夫師長、不惟逸豫、惟以亂民。惟天聰明、惟聖時憲。見古聖賢朝夕只見那天在眼前。
【読み】
蔡舉書に謂う所の衷を降すを問う。曰く、古の聖賢才かに説出すれば、便ち是れ這般の話。成湯の桀を放つの初に當り、便ち説く。惟皇なる上帝衷を下民に降す。若え常の性有りても、克く厥猷を綏すること惟后。武王紂を伐する時、便ち説く。惟天地は萬物の父母、惟人は萬物之靈、亶に聰明なるを元后と作し、元后を民の父母と作す。傅説高宗に告げて便ち説く。明王天道に奉若し、邦を建て都を設け后王君公を樹つ。承るに大夫師長を以てし、惟逸豫せず、惟以て民を亂す。惟天の聰明、惟聖時に憲る。古の聖賢の朝夕只那の天眼前に在るを見るを見る。

湯誥の降衷の文義を問た條なり。そこを朱子の古垩賢の詞を段々並へて天の字へあたたまりを付け、とき示した章ぞ。上の條の不得のあやも爰ですむことぞ。湯王でも武王でも這般の話、いつでも天をあり々々とそこへをいたやうに云のぞ。○湯當放桀之初。天下の人心の動くに放伐ほどの一大事はない。そこでも這の話なり。放伐をめったむせうに太神樂の曲太皷ではない。元来の道理爰の処からじゃと説たもの。いはれをきけば桀もああさるるはづ、湯王もああするはづと云が見へてくる。そこで人々にも告ることなり。元来あの人を生み出す上帝が衷を下民に降した。人斗りに此結搆なものを下された。天命のことぞ。夫をそれなりにもつが、若って有常性なり。上の方にあるときは衷、こちへうけた処では性と云ぞ。若は偱と同し。それなりにもつこと。克綏厥猷君と云は、只の者では君の夲意ではないと云こと。大学の序、生民を降した中から億兆の君師となる。人君素生をつけぬ口上ぞ。猷は仁義の性。それを吾身に綏んするか君。さうないと君ではないと云ことなり。德なければ凡夫はそこ々々になる。綏んすると云は持て量になる意ぞ。綏んすと云でなくては假のもの也。
【解説】
「蔡舉(下は心)問書所謂降衷。曰、古之聖賢才説出、便是這般話。成湯當放桀之初、便説。惟皇上帝降衷于下民。若有常性、克綏厥猷惟后」の説明。放伐は一大事のことだが、桀には放伐をされる理があり、湯王には放伐をする理があった。上帝は衷を下民に降す。それを人が受けたところで性と言う。
【通釈】
湯誥の降衷の文義を問うた条であり、朱子が、古の聖賢が詞を段々と並べて天の字へ温まりを付けて説き示したものだと答えた章である。上の条にある「不得」の綾もここで済む。湯王でも武王でもこの様な話は、いつも天をありありとそこへ置いた様に言う。○「湯当放桀之初」。天下の人心が動くには、放伐ほどの一大事はない。そこでもこの様な話をする。放伐は滅多無性にはなく、大神楽の曲太鼓の様なものではない。元来の道理はここの処からだと説いたもの。いわれを聞けば桀もあの様にされる筈、湯王もあの様にする筈だということが見えて来る。そこで人々にも告げる。元来、人を生み出す上帝が衷を下民に降した。人だけにこの結構なものを下された。それは天命のこと。それをそれなりに持つのが、「若有常性」である。上の方にあるときは衷、こちらに受けた処では性と言う。若は偱と同じで、それなりに持つこと。「克綏厥猷后」は、普通の者は君の本意ではないということ。大学の序に、生民を降した中から億兆の君師となるとある。それは人君に素生を付けない口上である。猷は仁義の性。それを我が身に綏んずるのが君。そうでなければ君ではないということ。徳がなければ凡夫と同様になる。綏んずるとは、持って量になる意である。綏んずるというのでなくては仮のものである。
【語釈】
・湯誥…書経湯誥。「王歸自克夏、至于亳、誕告萬方。王曰、嗟爾萬方有衆、明聽予一人誥。惟皇上帝、降衷于下民。若有恆性、克綏厥猷惟后」。
・不得…夢之事只説の条。「只是天理亦不得」。
・大学の序…大学章句序。「大學之書、古之大學所以敎人之法也。蓋自天降生民、則既莫不與之以仁義禮智之性矣。然其氣質之稟或不能齊、是以不能皆有以知其性之所有而全之也。一有聰明睿智能盡其性者出於其閒、則天必命之以爲億兆之君師、使之治而敎之、以復其性。此伏羲、神農、黄帝、堯、舜、所以繼天立極、而司徒之職、典樂之官所由設也」。

○武王伐紂云云。役人の例ぐり帳で合せた事でない。爰も上文の湯王の古句をなをしたでもないが、つまり一つことを云たことなり。惟天地萬物父母云云。人斗りが天の相手になる。其内で一ちよいが頭になる。最初に誰がとる天下と云ことはない。聰明次第なり。直方先生の、子共遊ひも利口なやつが頭らになる。火消の真似するも先きへ立つやうなもの。これ、自然なり。作元后作民父母。これが紂を伐るるとき、かう云きかせる。只の者へ云はるる口上でない。天に近い人でなくてはならぬ。天の摂政官の云やうなもの。○傅説告高宗云云。まだある。明王奉若天道。新く云迠もない。明王はかうしたことゆへよい。桀紂幽属、只をれが々々々と云。吾をふけらかすで天下はらりになる。奉若天道は天なりを奉行することなり。建邦建都。これも天のなさるるを受てするなり。また其上に大夫師長亂民。これが君の職なり。をれはよい身分だ、樂をせうとかかると天下はらりになる。成王の幼とき、周公無逸を作て示した。逸豫させぬためぞ。
【解説】
「武王伐紂時、便説。惟天地萬物父母、惟人萬物之靈、亶聰明作元后、元后作民父母。傅説告高宗便説。明王奉若天道、建邦設都樹后王君公。承以大夫師長、不惟逸豫、惟以亂民」の説明。天の相手になるのは人だけであり、その中で一番聡明な者が頭になる。明王は天の通りに奉行をする。それは楽なことではなく、油断はならないこと。
【通釈】
○「武王伐紂云云」。役人が例繰り帳で合わせる様なことではない。ここも上文の湯王の古句を直したことでもないが、つまりは一つ事を言ったもの。「惟天地万物父母云云」。人だけが天の相手になる。その内で一番よいのが頭になる。最初から誰が天下を取るということはない。聡明次第である。直方先生が、子供遊びも利口な奴が頭になると言った。それは、火消の真似をすると先に立つ様なもの。これが自然である。「作元后作民父母」。紂を伐たれた時にこの様に言い聞かせたもので、普通の者の言える口上ではない。天に近い人でなくてはならない。天の摂政官という様なもの。○「傅説告高宗云云」。まだある。「明王奉若天道」。新しく言うまでもない。明王はこうしたことなのでよい。桀紂幽厲はただ俺がと言うだけ。自分を吹けらかすので天下は台無しになる。「奉若天道」は天の通りを奉行すること。「建邦建都」。これも天のなされることを受けてすること。またその上に「大夫師長乱民」。これが君の職である。俺はよい身分だ、楽をしようと掛かると天下は台無しになる。成王が幼い時に、周公が無逸を作って示した。それは逸豫させないためである。
【語釈】
・傅説告高宗…説命中。「惟説命總百官、乃進于王曰、嗚呼、明王奉若天道、建邦設都、樹后王君公、承以大夫師長。不惟逸豫、惟以亂民、惟天聰明」。
・無逸…書経無逸。

○天の聰明は天の公なことを云。天に耳目はないが、天は上に在て見通し聞通しなり。そこを天の聰明と云。垩人は吾耳の道理なりにきき、目の道理なりにみる。是が只の者はならぬが、垩人はそれがなる。天の聰明なりを身に持てござる。すれは天は吾鼻の先にある。在眼前なり。この天が鼻の先にあると云が垩賢の精彩なり。凡夫は天を遠くみる。遠々しい。そこで淫乱放蕩わるいことをする。吾身に天のあることを知ぬゆへ、人見ぬ間にわるいことして取ふとする。見咎められぬ。やれそれじゃと云。君子は鼻の先が天とみる。かくれ家はない。天に非番かないから此方もうかとすることはならぬ。そこで工夫が戒慎乎不睹、恐懼乎不聞、君子謹其獨。爰ではとうしてもよいと云ことはならす。納戸の隅も天。縁がは出るも一寸とそこへ立つも天と知らぬから、凡夫は女房にも話されぬ程なわるいことをしてをる。直方曰、人間に非番はない。わるいことをするひまと云処かないことそ。此章、鬼神と云字もなくて爰へのったは天へあたたみを付る処で鬼神になる。天を道理でつめたく云へは、遠くなりてひへたことになる。あり々々と近く云で戒になる。終日對越在天。そらをそろしいと云で鬼神になる。
【解説】
「惟天聰明、惟聖時憲。見古聖賢朝夕只見那天在眼前」の説明。聖人は天の聡明の通りを身に持っておられる。そこで、天は眼前にあると言う。凡夫は天を遠くのものだと思うから悪いこともするが、天は眼前にあるのだから、そこで「君子謹其独」なのである。この章は天を近付けて言うので戒めとなる。
【通釈】
○天の聡明は天の公なことを言う。天に耳目はないが、天は上に在って見通し聞き通しである。そこを天の聡明と言う。聖人は自分の耳の道理なりに聞き、目の道理なりに見る。これが普通の者にはできないことだが、聖人はそれができる。天の聡明の通りを身に持っておられる。それなら天は自分の鼻先にあるもの。「在眼前」である。この天が鼻の先にあると言うのが聖賢の精彩である。凡夫は天を遠くに見る。遠々しい。そこで淫乱放蕩と、悪いことをする。我が身に天があることを知らないので、人が見ていない間に悪いことをして取ろうとする。見咎められなければ、やれそれだと言う。君子は鼻の先が天と見る。隠れ家はない。天に非番がないから、こちらもうっかりとすることはならない。そこで、その工夫が「戒慎乎不睹、恐懼乎不聞、君子謹其独」である。ここではどうしてもよいと言うことはならない。納戸の隅も天で、縁側に出るのも一寸そこへ立つのも天だと知らないから、凡夫は女房にも話せないほどの悪いことをしている。直方が人間に非番はないと言った。悪いことをする暇がないということ。この章には鬼神という字もないが、ここへ載ったのは天へ温かみを付ける処で鬼神になるからである。天を道理で冷たく言えば、遠くのことになって冷えたことになる。ありありと近くに言うので戒めになる。「終日対越在天」。そら恐ろしいと言うので鬼神になる。
【語釈】
・戒慎乎不睹、恐懼乎不聞、君子謹其獨…中庸章句1。「君子戒愼乎其所不睹、恐懼乎其所不聞。莫見乎隱、莫顯乎微。故君子愼其獨也」。
・終日對越在天…近思録道体19。「忠信所以進德、終日乾乾。君子當終日對越在天也」。詩経周頌清廟。「對天越在天、駿奔走在廟」。


董叔重問盤庚條
27
董叔重問、盤庚言其先王與其羣臣之祖父。若有眞物在其上、降災降罰、與之周旋、從事於日用之間者。銖竊謂、此亦大概言理之所在、質諸鬼神無疑爾、而殷俗尚鬼故以其深信者導之。夫豈亦眞有一物耶。乞賜埀誨曰、鬼神之理聖人蓋難言之、謂眞有一物固不可。謂非眞有一物亦不可。若未能曉然見得、且闕之可也。文集五十一。
【読み】
董叔重問う、盤庚に、其れ先王は其の羣臣の祖父と言う。眞物の其の上に在りて、災を降ろし罰を降ろし、之と周旋し、事えるに日用の間に從う者有るが若し。銖竊かに謂う、此れ亦大概理の在する所、諸鬼神に質し疑無きを言うのみにして、殷俗の鬼を尚ぶ故に其の深信する者を以て之を導く。夫れ豈亦眞に一物有んや。埀誨を賜うを乞いて曰く、鬼神の理、聖人は蓋し之を言い難く、眞に一物有りと謂うは固より不可なり。眞に一物有るに非ずと謂うも亦不可なり。若し未だ曉然として見得ること能わざれば、且く之を闕くは可なり。文集五十一。

盤庚。殷に都かへをするときのこと。新しいことをするが人心の喜はぬもの。皆いやがりた。よって利害を云てきかすなり。夫も吾からは云ぬ。先王先祖から云。おのしたちの先祖も先王もあり々々とござる。降災降罰。都うつしを其方どもとやかく云が、是が先王からの思召。そちの先祖も同心のことじゃ。それに従は子はばちを下さるるとなり。余りあり々々と云てだますやうにも聞へるから、董叔重が了簡つけたなり。竊疑。都かへも道理なりをするに差支はない筈。それでよいはつだに、鬼神に聞て来たやうに云て論すもあまりなことと疑たなり。丁ど側にいたやうに云たを疑ふたなり。
【解説】
「董叔重問、盤庚言其先王與其羣臣之祖父。若有眞物在其上、降災降罰、與之周旋、從事於日用之間者。銖竊謂、此亦大概言理之所在、質諸鬼神無疑爾」の説明。殷に都替えをする時、民に対し、先祖も同心であって、これに従わなければ罰が降りると言ったのを、董叔重が、都替えも道理の通りにするのなら差し支わりはない筈で、騙す様に言うことはないと疑った。
【通釈】
「盤庚」。殷に都替えをする時のこと。新しいことをするのは人心が喜ばないもの。皆が嫌がった。そこで利害を言って聞かした。それも自分のことからは言わず、先王先祖から言う。お前達の先祖も先王もありありとおられる。「降災降罰」。都遷しをお前達はとやかく言うが、これが先王からの思し召しで、お前の先祖も同心のことだ。それに従わなければ罰を下されると言った。ありありと言ってあまりに騙す様にも聞こえるから、董叔重が了簡を付けた。「竊疑」。都替えも道理の通りにするのなら差し支わりはない筈。それでよい筈なのに、鬼神に聞いて来た様に言って諭すのもあまりなことだと疑った。丁度側にいる様に言ったのを疑ったのである。
【語釈】
・盤庚…書経盤庚。「盤庚五遷。將治亳殷、民咨胥怨。作盤庚三篇」。

○殷俗尚鬼。日本の神道のやうになり。尚とは、其とき々々でをもにすることあるを云。是を、おぬしたちの先祖も上に有て得心じゃと云るるで、づんとよくききこむことなり。故以其深信者導之也。さて爰を董銖か眞に一物は有まい、理のあることじゃと云がわけはきこへたが、手にのらぬ説なり。朱子の答が垩人盖難言之。云にくいことしゃ。云やうわるいと迷をもひとりにくい。怪力乱神語らぬも尤。子路問鬼神。事生を云て孔子の鬼神咄しされぬもきこへた。此ゆへなり。されともこなたのやうに理で斗りつめてはならす。鬼神爲德盛哉。どんどとしたことないとは云はれぬ。若未能曉然見得、且闕之可也。学問が上ればみへることしゃか、夫が佛に迷ふ端にもなる。すててをくがよいとは断せぬやうな答なれとも、これがよくつまりを答たになる。
【解説】
「而殷俗尚鬼故以其深信者導之。夫豈亦眞有一物耶。乞賜埀誨曰、鬼神之理聖人蓋難言之、謂眞有一物固不可。謂非眞有一物亦不可。若未能曉然見得、且闕之可也」の説明。殷では鬼を尚んだから、この諭しがよく通るのである。董銖は、一物はなくて理があると言ったが、朱子はそれに対して「聖人蓋難言之」と答えた。孔子が鬼神の話は避けたのもこのためである。
【通釈】
○「殷俗尚鬼」。日本の神道の様である。「尚」とは、その時々で主にすることを言う。お前達の先祖も上にいて得心だと言われるので、づんとよく聞き込む。「故以其深信者導之」である。さて、ここで董銖が真に一物はないだろう、理のあることだと言ったが、そのわけはわかるが、手に乗らない説である。朱子の答えは「聖人蓋難言之」。言い難いことだ。言い方が悪いと迷いをも悟り難い。怪力乱神を語らないのも尤もなこと。「季路問鬼神」。孔子が「事生」を言って鬼神話をされないのもよくわかる。このためである。しかしながら、貴方の様に理でばかり詰めてはならない。「鬼神為徳盛哉」。この様なことがないとは言えない。「若未能曉然見得、且闕之可也」。学問が上がれば見えることだが、それが仏に迷う端にもなる。捨てて置くのがよいとは断じない様な答えだが、これがよく要点を答えたことになる。
【語釈】
・怪力乱神語らぬ…論語述而20。「子不語怪・力・亂・神」。
・子路問鬼神…論語先進11。「季路問事鬼神。子曰、未能事人。焉能事鬼。敢問死。曰、未知生、焉知死」。
・鬼神爲德盛哉…中庸章句16。「子曰、鬼神之爲德其盛矣乎」。


鬼神死生條
28
鬼神死生之理、定不如釋家所云、世俗所見。然又有其事昭昭、不可以理推者。此等處且莫要理會。語類三下同。
【読み】
鬼神死生の理、定めて釋家の云う所、世俗の見る所の如くならず。然るに又其の事昭昭として、理を以て推す可からざる者有り。此等の處は且く理會するを要すこと莫し。語類三下同。

鬼神死生と云ても仏や俗の云とは違ふ。何ほど宋は禅でも、ここの釈家と指すは今の法蕐浄土のひくい云やうなこと。世俗の云とは、三尊の弥陀来迎のすじ、夫ではないが理でをすと鬼神の妙はない。以理不可推。前にある伯有厲、韓退之嘯于梁のるい。医書の鬼に打殺したなぞと云ことも病ひとは云ものの、そんなもある。其やうなことは理會をやめて捨てをけと云ことなり。此やうになげやりに云たことが開巻にもあるが、どこぞてはすむと云てをくが妙のあることなり。ふんな処に妙はあるもの。今茶人が真の臺子と云。これが傳授こと。ゆるしぞ。是を知ればもう上はないと云ことなれとも、夫を知ても心が俗々しく下手ながある。鬼神もそれと同こと。ほぞをちない中はいくら聞取で知たとても役に立ぬ。心から疑のなくなる塲が上達なり。上達と云が軽い内にある。こまかをする内が上達ぞ。別に塲はない。恍然得要領は朱子の未発のすんだこと。あのとき朱子の足目倶に到るなり。是はならぬこと。今の学者目斗りて未発を知る。あそこじゃと知る。それはなりもせうが、鬼神のことは根ずみして疑なくほっこりとすむと云ことはならぬ。なれども鬼神集説をよむはどうなれば、さま々々あるで鬼神馴れる。道具や沢山道具を扱ふで物すきかよくなる。道具なれるのぞ。藥種やの手代、藥種なれて敗毒敬合せるも医者めく。藥なれるのぞ。沢一が、垩賢のことも思ひなれるがよいと云た。馴るで垩賢めく。鬼神なれるて上達する。いぢりまはす内妙へゆく。
【解説】
鬼神死生は仏や俗が言うのとは違うが、理で推すのも悪い。投げ遣りにして置くことに妙がある。知を窮めても心に疑いがあっては悪い。それなのに鬼神集説を読むのは何故かと言うと、鬼神に馴れるためである。馴れることで上達する。
【通釈】
「鬼神死生」と言っても仏や俗が言うのとは違う。どれほど宋では禅が流行っていたとしても、ここで「釈家」と指したのは、今の法華浄土の低い者が言う様なこと。「世俗」とは、三尊の弥陀来迎の筋ではないが、また、理で推すと鬼神の妙はない。「不可以理推」。前にあった「伯有厲」や「韓退之嘯于梁」の類である。医書に鬼に打ち殺されたなどということも病とは言うものの、そんなこともある。その様なことは理会を止めて捨てて置けということ。この様に投げ遣りに言ったことが開巻にもあるが、何処かでは済むと言って置くのが妙のあること。分な処に妙はあるもの。今茶人が真の台子と言う。これが伝授ごとで、許しである。これを知ればもうこの上はないということだが、それを知っても心が俗々しく下手な者がある。鬼神もそれと同じこと。臍落ちしない内はいくら聞き取って知ったとしても役に立たない。心から疑いのなくなる場が上達である。上達は軽い内にある。細かにする内が上達である。別に場はない。「恍然得要領」は朱子の未発が済んだこと。あの時、朱子の足目が倶に到る。これはできないこと。今の学者は目ばかりで未発を知る。あそこだと知る。それはできもしようが、鬼神のことでは根済みして疑いなくほっこりと済むということはできない。しかしながら、鬼神集説を読むのは何故かと言うと、様々に鬼神があるので鬼神に馴れる。道具屋が沢山道具を扱うので物好きがよくなる。道具馴れするのである。薬種屋の手代が薬種馴れして敗毒敬を合わせるにも医者めく。薬馴れするのである。沢一が、聖賢のことも思い馴れるのがよいと言った。馴れるので聖賢めく。鬼神に馴れるので上達する。弄り回す内に妙へ行く。
【語釈】
・臺子…正式の茶道で用いる風炉・杓立・蓋置・建水・水指など皆具一式を飾る棚物。及台子は中国から渡ったもので、二本柱。桑台子は千宗旦好みで、及台子と同型。桑で作る。真台子は黒の真塗で四本角柱。竹台子は珠光好みで、竹の四本柱。
・恍然得要領…中庸章句序。「熹自蚤歳即嘗受讀而竊疑之。沈潛反復、蓋亦有年、一旦恍然似有以得其要領者。然後乃敢會衆説而折其中、既爲定著章句一篇、以俟後之君子」。
・沢一…大神沢一。筑前黒田藩士。亡国人。直方門下。迂斎と親しい。貞享元年(1684)~享保10年(1725)


因説鬼神條
29
因説鬼神、曰、鬼神事自是第二著。那箇無形影、是難理會底、未消去理會、且就日用緊切處做工夫。子曰、未能事人、焉能事鬼。未知生、焉知死。此説盡了。此便是合理會底理會得、將間鬼神自有見處。若合理會底不理會、只管去理會沒緊要底、將間都沒理會了。
【読み】
鬼神を説くに因りて、曰く、鬼神の事は自ら是れ第二著なり。那の箇の形影無く、是れ理會し難き底は、未だ理會し去くを消いず、且く日用緊切の處に就き工夫を做す。子曰く、未だ人に事えること能わず、焉んぞ能く鬼に事えん。未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん。此の説盡了す。此れ便ち是れ理會するを合す底にて理會し得る、將間鬼神自ら見る處有り。若し理會するを合する底にて理會せざれば、只管緊要を沒する底を理會し去き、將間都て理會すること沒了す。

鬼神話の序でに云たこと。第二著が面白い。飛脚は状箱が第一ぞ。三保松原詠める、第二著ぞ。学者は入孝出悌。これをするがよい。鬼神のことは急になめたがらぬがよい。形ないことゆへ急に合点ゆかぬ。理會がしにくいことは理會せずやめてをくがよい。あとにすることを先へすると順か違ふゆへ知えにくるいが出来る。今親の子を褒るにも、不順なやくに立ぬことを吹聽するがある。私が忰がまだ乳をのむから鯉のさしみは好みましたと云。其やうなは必病氣あるもの。日用緊切はふじぎのないこと。家内て不思義かりてよいことは、親のきげんのなをらぬが不思義の第一ぞ。あれほど子を愛する其親のきけんとれぬ筈はない。夫と云が知えにくるひが出来てあとさきになりたからのこと。すれば鬼神すまぬ々々々と云がまだ早い。親や兄は教ると云こともしかると云こともある。それに氣に入られぬやうな不誠で、なんとして鬼神が来挌せふ。未能事人、焉能事鬼。生きたからくりが知れずに死がなんとして知れふ。伊川のたび々々吾五臟六腑懐中のものを知ぬと云れた。○此説盡了。程朱以前の人は子路を孔子のそっちへ行けと云たやうに思ふ。さうでない。説盡したことぞ。生た人を知るが死た鬼に見所のあるのぞ。かへす々々々も日用からゆくがよい。順かちがふとすまぬ。八つ橋も先つ物食ふてからの杜若そ。鬼神は日用のをくにある。こちに急くことあるに、向へはかかられぬ。
【解説】
鬼神のことは理会せずに日用緊切のことをするのがよい。後にすることを先にするのは順が違うので知恵に狂いができる。また、程朱以前の人は「未能事人、焉能事鬼」を孔子が子路を突き放した様に思っているが、それは間違いであり、説き尽したのである。
【通釈】
鬼神話の序でに言ったこと。「第二著」と言うのが面白い。飛脚は状箱が第一。三保松原を詠むのは第二著である。学者は「入孝出悌」で、これをするのがよい。鬼神のことは急に嘗めたがらないのがよい。形のないことなので急に合点することはできない。理会がし難いことは理会せずに止めて置くのがよい。後にすることを先にすると順が違うので知恵に狂いができる。今、親が子を褒めるにも、不順な役に立たないことを吹聴する者がいる。私の忰はまだ乳を呑むから鯉の刺身は好みませんと言う。その様な者は必ず病気があるもの。「日用緊切」は不思議のないこと。家内で不思議がってよいことは、親の機嫌が直らないのが不思議の第一である。あれほど子を愛する、その親の機嫌を取れない筈はない。それと言うのが知恵に狂いができて後先違いになったからのこと。その様なことでは、鬼神が済まないと言うのはまだ早い。親や兄は教えるということも訶るということもある。それなのに気に入られない様な不誠で、何で鬼神が来格するものか。「未能事人、焉能事鬼」。生きている絡繰が知れずにどうして死を知ることができるだろうか。伊川が度々自分の五臓六腑懐中のものは知らないと言われた。○「此説尽了」。程朱以前の人は孔子が子路をそっちへ行けと言った様に思うがそうではない。説き尽くしたのである。生きた人を知るのが死んだ鬼に見所が付くことになる。返す返すも日用から行くのがよい。順が違うと済まない。八橋も先ず物食うてからの杜若。鬼神は日用の奥にある。こちらに急ぐことがあるのに、向こうへ取る掛かることはならない。
【語釈】
・入孝出悌…論語学而6。「子曰、弟子、入則孝、出則弟、謹而信、凡愛衆、而親仁。行有餘力、則以學文」。
・未能事人、焉能事鬼…論語先進11。「季路問事鬼神。子曰、未能事人。焉能事鬼。敢問死。曰、未知生、焉知死」。
・八つ橋…愛知県知立市の東部、逢妻川の南の地名。伊勢物語の東下りに杜若の名所として詠まれたところ。丘に業平塚がある。


天下大底事條
30
天下大底事、自有箇大底根本。小底事、亦自有箇緊切處。若見得天下亦無甚事。如鬼神之事、聖賢説得甚分明、只將禮熟讀便見。二程初不説無鬼神、但無如今世俗所謂鬼神耳。古來聖人所制祭祀、皆是他見得天地之理如此。
【読み】
天下大底の事は、自ら箇の大底の根本有り。小底の事も、亦自ら箇の緊切の處有り。若し得るを見れば天下亦甚に事無し。鬼神の事の如き、聖賢説き得て甚だ分明、只禮を將って熟讀すれば便ち見る。二程初より鬼神無しと説かず、但如今の世俗の謂う所の鬼神無きのみ。古來聖人の制する所の祭祀は、皆是れ他の天地の理此の如きを見得。

物には一つ根と云ことある。大きいことは大きな道理があり、小さいことには小底の道理がある。それには緊要と云根のくくりがある。茶を沸し飯をたくにも緊要の処ある。老中の政を仕そこなったも草履取の取はづしたも同しことと直方の云へり。理を大小うちぬきと日用からじり々々吟味してゆくことぞ。爰の所に合点がゆくと天下亦無甚事。なんのことはない。手もないと云こと。これはといきつまることはない。さて、鬼神のことは難言、形容ないにとかれぬと前に云てあるに、爰では説得分明と云はどうなれば、垩賢の鬼神のこと云たはいかいことはない。論語繋辞礼記、あれに付てみると甚筋のわかりたこと。垩賢の説示した夲業の処ある。あれをたてにするでよい。鬼神のことが人の咄できいて、あれやこれやとさはぐではゆかぬ。某前々云ふ、愛之理心之德が仁之判鑑。あれでどこへもよい。鬼神も夲業からゆくがよい。
【解説】
「天下大底事、自有箇大底根本。小底事、亦自有箇緊切處。若見得天下亦無甚事。如鬼神之事、聖賢説得甚分明」の説明。物には根があり、それは理である。これを大小打ち抜いて日用からじりじりと吟味して行けば何も苦労はない。本業の処から行くのがよい。
【通釈】
物には一つ根ということがある。大きいことには大きな道理があり、小さいことには小底の道理がある。それには「緊切」という根の括りがある。茶を沸かし飯を炊くにも緊切の処がある。老中の政をし損なったのも草履取りが取り外したのも同じことだと直方が言った。理を大小打ち抜いて日用からじりじりと吟味して行くのである。ここの所に合点が行くと「天下亦無甚事」。何のことはない。手もないことである。これはと行き詰ることはない。さて、鬼神のことは言うに憚る、形容がないので説けないと前に言ってあるのに、ここでは「説得分明」と言うのはどうしてかと言うと、聖賢が鬼神のことを言ったのはそれほどはない。論語と繋辞、礼記、あれに付いて見ると甚だ筋が分かれているのである。そこには聖賢が説き示した本業の処がある。あれを楯にするのでよい。鬼神のことを人の話に聞いて、あれこれと騒ぐのではうまく行かない。私が前々から言うことだが、「愛之理心之徳」が仁の判鑑である。あれで何処へもよい。鬼神も本業から行くのがよい。
【語釈】
・愛之理心之德…論語学而2集註。「仁者愛之理、心之德也」。孟子梁恵王章句上2集註。「仁者心之德、愛之理」。

○只将禮熟読。これからぶんのことなり。子路問事鬼神。鬼神のあやを知る斗りでない。事ることを問たもの。鬼神のことを礼の上から吟味するでしっかりとなる。道体めかす礼言ですますなり。酒はなぜ地こぼす。隂に求めなり。蕭はなせたく。陽に求めなり。すれは鬼神は隂陽じゃとみる、はや鬼神が知れてきた。郊の祭も天に形ないから供物にも及ひそもないものと云に供へる。すればいき々々したものあると知る。孔子の御側て道理の話を聞ても鬼神がすまふし、又、太宗伯小宗伯祭礼役人の手傳しても鬼神のことがすまふとなり。子入太廟毎時問も規式と供物あるゆへぞ。○朱門か程子をば鬼神の打こはしのやうに思ふ。さうでない。爰でみよ。有るにしたもの。あるにせ子ば中庸の十六章が堀きれになる。迂齊曰、をばさまがいつもの小袖とあり々々と云は屋鋪がたらぬになる。そんなうばかかの云鬼神はない。
【解説】
「只將禮熟讀便見。二程初不説無鬼神、但無如今世俗所謂鬼神耳」の説明。「子路問事鬼神」は鬼神に事えることまでを問うたもの。礼で吟味することで鬼神がわかる。朱門では、程子は鬼神を打ち壊す人の様に思うが、そうではない。しかし、それは姥嬶の言う様な鬼神ではない。
【通釈】
○「只将礼熟読」。これからは分上のこと。「子路問事鬼神」。これは、鬼神の綾を知るだけではなく、事えることを問うたもの。鬼神のことを礼の上から吟味するのでしっかりとなる。道体めかず、礼で済ますのである。酒は何故地にこぼす。陰に求めるからである。蕭は何故焚く。陽に求めるからである。それなら鬼神は陰陽だと見る。それで早くも鬼神が知れて来た。郊の祭も天に形がないから供物をするにも及ばなさそうだが供える。そこで、生き生きとしたものがあると知る。孔子の御側で道理の話を聞いても鬼神が済むだろうし、また、大宗伯や小宗伯の祭礼役人の手伝いをしても鬼神のことが済むだろうと言った。「子入大廟毎時問」も規式と供物があるからである。○朱門は、程子は鬼神を打ち壊す人の様に思うが、そうではない。ここで見なさい。鬼神はあるとしたもの。あることにしなければ、中庸の十六章が堀切れになる。迂斎が、伯母様のいつもの小袖とありありは屋敷が足らぬになる。そんな姥嬶の言う様な鬼神はない。
【語釈】
・子路問事鬼神…論語先進11。「季路問事鬼神。子曰、未能事人。焉能事鬼。敢問死。曰、未知生、焉知死」。
・郊の祭…中国古代に、王者が郊野で上天を祀った大礼。円丘を国都の南郊に築き、柴を焚いてこれを行い、始祖をこれに配して祀った。
・太宗伯…大宗伯。周礼春官宗伯。「大宗伯之職、掌建邦之天神人鬼地示之禮」。
・小宗伯…周礼春官宗伯。「小宗伯之職、掌建國之神位。右社稷、左宗廟、兆五帝於四郊、四望四類亦如之」。
・子入太廟毎時問…論語八佾15。「子入大廟、毎事問。或曰、孰謂鄹人之子知禮乎。入大廟、毎事問。子聞之曰、是禮也」。

○垩人所制祭祀。儀礼かをもで、それから周礼太宗伯のるいなり。今日学者は黄勉齋の續儀礼経傳通解喪祭の二礼、あれを読で知がよい。今の学者全書に及れぬものはせめて目録でも覚るがよし。夫でさへ心得になるぞ。續通解にさま々々あり々々と礼式のせてあることから理がきまる。只親切と云は俗人にもある。理できめるでなくてはならぬ。先祖か淨るりや將棊がすきでも、生きてをるときこそなれ、鬼神になりては理に返た。神主の前へ將棋盤を出してはいやなことと先祖か云ふ。好きでも鰒汁は供へられぬ。褻味を用すも神にしたもの。生涯すきてもなかったと云ても小かぶ二つも入れと云汁がよい。生涯のすきなことを云と戯れ咄しして笑い出すことになる。夫では理にはづれて感挌はないと、垩人そこを見得て祭祀の規式も定りた。
【解説】
「古來聖人所制祭祀、皆是他見得天地之理如此」の説明。祭祀は理で決める。先祖が将棋や河豚汁が好きであったとしても、それを供えたりはしない。それをしては理に外れるから感格はない。
【通釈】
○「聖人所制祭祀」。儀礼が主で、それから周礼太宗伯の類になる。今日学者は黄勉斎の続儀礼経伝通解喪祭の二礼、あれを読んで知りなさい。今の学者で全書に及ぶことのできない者はせめて目録でも覚えるのがよい。それでも心得になる。続通解に様々にありありと礼式を載せてあることから理が決まる。親切というものは俗人にもあるが、理で決めるのでなくてはならない。先祖が浄瑠璃や将棋が好きでも、生きている時であればこそであって、鬼神になっては理に返る。神主の前へ将棋盤を出しては嫌なことだと先祖が言う。好きでも河豚汁は供えられない。「不用褻味」も神として扱ったこと。生涯好きでもなかったとしても、小蕪二つも入れてという汁がよい。生きていた時に好きだったことを言えば、戯れ話で笑い出すことになる。それでは理に外れて感格はないと、聖人はそこを見得たのであって、これで祭祀の規式も定まる。
【語釈】
・黄勉齋…名は幹。字は直卿。1152~1221
・褻味を用す…礼記上郊特牲。「鼎俎奇而籩豆偶、陰陽之義也。籩豆之實、水土之品也。不敢用褻味而貴多品、所以交於旦明之義也」。


廣云今愚民條
31
廣云、今愚民於村落杜撰立一神祠、合衆以禱之、其神便靈。曰、可知衆心之所輻湊處、便自暖、故便有一箇靈底道理。所以祭神多用血肉者、蓋要得藉他之生氣耳。聞、蜀中灌口廟一年嘗殺數萬頭羊、州府亦賴此一項稅羊錢用。又如古人釁鍾、釁龜之意、皆是如此。廣云、人心聚處便有神、故古人、郊則天神格、廟則人鬼享。亦是此理。曰、固是。但古人之意正、故其神亦正。後世人心先不正了、故所感無由得正。因言、古人祭山川、只是設壇位以祭之、祭時便有、祭了便無、故不褻瀆。後世卻先立箇廟貌如此、所以反致惑亂人心、倖求非望、無所不至。廣因言今日淫祠之非禮、與釋氏之所以能服鬼神之類。曰、人心苟正、表裏洞達無纖毫私意、可以對越上帝、則鬼神焉得不服。故曰、思慮未起、鬼神莫知。又曰、一心定而鬼神服。八十七下同。
【読み】
廣云う、今愚民村落に於て杜撰に一神祠を立て、衆を合して以て之を禱る、其の神便ち靈なり。曰く、衆心の輻湊する所の處は、便ち自ら暖、故に便ち一箇靈底の道理有るを知る可し。以て神を祭り多く血肉を用いる所の者は、蓋し他の生氣に籍を得るを要するのみ。聞く、蜀中の灌口廟は一年に嘗て數萬頭の羊を殺し、州府も亦此一項に賴り羊錢用を稅す。又古人の鍾を釁り、龜を釁るの意の如き、皆是れ此の如し。廣云う、人心の聚まる處は便ち神有り、故に古人、郊には則天神格り、廟には則ち人鬼享く。亦是れ此の理なり。曰く、固より是れなり。但古人の意正し、故に其の神も亦正し。後世人心の先ず正しからざるに了る、故に感ずる所は正を得るに由る無し。因りて言う、古人山川を祭る、只是れ壇位を設け以て之を祭り、祭る時は便ち有り、祭り了れば便ち無き、故に褻瀆せず。後世卻って先ず箇の廟貌を立てること此の如きは、反って人心を惑亂し、非望を倖求し、至らざる所無きを致す所以なり。廣因りて今日淫祠の非禮に、釋氏の能く鬼神を服する所以の類とを言う。曰く、人心苟くも正しき、表裏洞達纖毫の私意無ければ、以て越上帝に對す可く、則ち鬼神も焉んぞ服せざるを得ん。故に曰く、思慮未だ起きず、鬼神知る莫し。又曰く、一心定りて鬼神服す。八十七下同。

杜撰はめったなこと。古へ杜氏の人かめったな書を撰したより云。今めったに祠を立る。便ち霊山師の付たと云やうなもある。杜撰の祠に灵は有そもないものじゃに、かはったことて、はやり神と云ことがあると問ふたなり。所輻湊。漢書の文字。賈誼か語也。人心のあつまりとまると云こと。石佛の間にすへてをいては霊はない。拜む者の精神が鬼神へ合力をする。暖める。夫て灵がある。其外正鬼神でも生氣をかる。祭神多く血肉を用ゆ。牛の羊の生氣をかる。只供物に備ると云斗りてはない。こちから合力する。
【解説】
「廣云、今愚民於村落杜撰立一神祠、合衆以禱之、其神便靈。曰、可知衆心之所輻湊處、便自暖、故便有一箇靈底道理。所以祭神多用血肉者、蓋要得藉他之生氣耳」の説明。杜撰な祠にも霊があるのは、拝む人の精神が鬼神に合力するからである。鬼神も生気を仮りる。
【通釈】
「杜撰」は滅多なこと。古、杜氏の人が滅多な書を撰したことから言う。今滅多矢鱈に祠を建てると、便ち霊が山師に付いたという様なこともある。杜撰な祠に霊はありそうもないものだが、変わったことで、流行り神ということがあるがどうしたことか問うたのである。「所輻湊」。漢書の文字で、賈誼の語である。人心が集まり止まること。石仏の間に据えて置いては霊はない。拝む者の精神が鬼神へ合力をする。暖めるので霊がある。その外、正鬼神でも生気を仮りる。「祭神多用血肉」。牛や羊の生気を仮りる。ただ供物として供えるというばかりではない。こちらから合力をする。
【語釈】
・輻湊…輻が轂にあつまる意。方々から集まること。物が一ヵ所にこみあうこと。
・賈誼…前漢の学者。洛陽の人。文帝に仕え諸制を改革、長沙王および梁の懐王の太傅となった。前200~前168

○灌口。所之名。廟。これは杜撰なでもなく、又、垩賢の神祠てもない。唐の李冰が水を治めた。其霊を祭た庿也。朱書折畧に載す。語類三の廿三反。それかはやり出現して来たのなり。此一項云云は、流行りたのをびたたしいことを朱子の云れたことなり。それに付て上の益にもなりた。運上錢がとれたとなり。今はやり神で身上を仕上けたと云町人もある。茶やを出すぞ。はやりのをひたたしいからのこと。其はやると云も血肉と云なまものからの趣向なり。又如古人釁鍾云云之意。鏡。音樂の鐘も軍令の鐘にも用る。鳴りものには入らぬことのやうなれとも、牛の血をぬりてひびめをふさき霊をあぐる。亀は占の用。重い器なり。干からびた甲では生氣がないから血をぬりて焼く。其ひびわれで洪範の占をする。皆是如此。性はましてのことと云てきかせたことなり。
【解説】
「聞、蜀中灌口廟一年嘗殺數萬頭羊、州府亦賴此一項稅羊錢用。又如古人釁鍾、釁龜之意、皆是如此」の説明。潅口廟は聖賢の神祠でもないが夥しく流行り、その御蔭で上も潤った。それが流行るのも、血肉という生物からのこと。
【通釈】
○「潅口」。地名。「廟」。これは杜撰なものでもなく、また、聖賢の神祠でもない。唐の李氷が水を治めた。その霊を祭った廟である。朱書抄略に載っている。語類三の二十三段。それが流行って出現して来たのである。「此一項云云」は、夥しいほどに流行ったことを朱子が言われたのである。それに関しては上の益にもなった。運上銭が取れたのである。今流行り神で身上を仕上げたと言う町人もある。茶屋を出す。それも流行りが夥しいからのこと。その流行ると言うのも血肉という生物からの趣向である。「又如古人釁鍾云云之意」。鐘。音楽の鐘にも軍令の鐘にも用いる。鳴り物には不要な様だが、牛の血を塗ってひび目を塞ぎ霊を上げる。亀は占の用となる重い器である。干乾びた甲では生気がないから血を塗って焼く。そのひび割れで洪範の占をする。「皆是如此」。生きていてはましてのことだと言って聞かせたこと。
【語釈】
・語類三…朱子語類3。「論鬼神之事、謂、蜀中灌口二郎廟、當初是李冰因開離堆有功、立廟。今來現許多靈怪、乃是他第二兒子出來」。

廣云人心云云。爰の云やうがをかしい。前に杜撰の神祠に灵ありそもないと云から、朱子が人心所輻湊云云を云たに、爰で又人心聚る処便有霊。なるほどさうと朱子の祠について、其引合せに郊則天神挌りが取合ぬぞ。朱子のは杜撰なにも人氣のあつまるには自暖とある。これはきっとした正底の天神、祖先の感挌を出すは合ぬことなり。先輩も爰へ氣を付てないが、某が見るには合す語とみるぞ。根がすまずに朱子の御詞について云たもの。郊則天神格、廟則人鬼享。韓退之か云たこと。是は垩人のほんの鬼神を云たこと。天帝を祭ると先祖の廟祭ぞ。曰固是。さうさなと云たこと。合ぬことを云によって、朱子もきのどくさにむむと云てしまふたこととみへる。
【解説】
「廣云、人心聚處便有神、故古人、郊則天神格、廟則人鬼享。亦是此理。曰、固是」の説明。「人心聚処便有神」の例として「郊則天神格」を出すのは合わないこと。「郊則天神格」は真の天神のことであり、先祖の廟などとは違ったこと。
【通釈】
「広云人心云云」。ここの言い方が可笑しい。前は杜撰な神祠に霊はありそうもない筈だと言うから、朱子が「人心所輻湊云云」と言ったのに、ここでまた「人心聚処便有霊」と、なるほどそうだと言いながら、朱子の言った祠の引き合わせに「郊則天神格」を言うのが取り合わないこと。朱子のは、杜撰なものにも人気が聚まるのは「自暖」だからであるというもの。これはきっとした正しい天神であり、それに祖先の感格を出すのは合わないことである。先輩もここは気を付けてはいないが、私が見るには合わない語である。根が済まないで朱子の御詞に釣られて言ったもの。「郊則天神格、廟則人鬼享」。韓退之が言ったこと。これは聖人が真の鬼神を言ったこと。天帝を祭るのと先祖の廟を祭ること。「曰固是」。そうさなと言ったのである。合わないことを言うので、朱子も気の毒に思ってうむと言ってしまったと見える。
【語釈】
・廣…
・韓退之か云た…原道。「郊焉而天神假,廟焉而人鬼饗」。

○但古人意。但しから一寸なをして云たもの。古人は此方の意の正しいで神も正しい。郊廟の天神人鬼は正鬼神、こなたの云はやり神は正くはない。其心からは感するも正くはないなり。今神信心するものも邪心をもせぬが、まあ其身夲とか正くない。家内では妻子家来をいじりまはし、外では淫乱放蕩、一つもよいことないから神感もないはつ。夫に應があれば正くはないと云もの。すれば狐にばかされたも同しこと。人心聚るも、其いきではやると云てもよいではないと云意なり。
【解説】
「但古人之意正、故其神亦正。後世人心先不正了、故所感無由得正」の説明。古人は自分の意が正しいので神も正しいが、今は信心する人自身が正しくないので、その流行り神も正しくはない。
【通釈】
○「但古人意」。「但」からは一寸言い直したもの。古人は自分の意が正しいので神も正しい。郊廟の天神や人鬼は正鬼神であって、貴方の言う流行り神は正くない。その心では感ずるのも正しくはない。今神を信心する者も邪心はないものの、まあ身の本来が正くない。家内では妻子家来を弄り回し、外では淫乱放蕩で、一つもよいことはないから神感もない筈。それに応があれば、それは正くはないというもの。それなら狐に化かされたも同じこと。人心聚まると言っても、その様なことで流行るのはよいことではないという意である。

○因言、古人祭山川。話のついでに杜撰に祠を立るのわるいを云。淫祠はなれ々々しいぞ。駿河の領主は冨士を祭る、遠州領するものは大井河を祭ると云やうに定りたこと。夫も祭の日に檀を立、祭すむとはらふ。神の宿る処をないやうにする。宿り処のないが却て神を重くするのなり。日夲でも三輪などには宿る処はない。有りものにやどる処あるでなれ々々しくなり、却て神にない。後世有りものに神を宿してをくゆへ、其弊で鳥居の前でころぶと今年中に死ぬと云ひ、清水の三年坂の類を云なり。神前でころぶは此方の誠敬の至らぬゆへ、不敬の罪はありと云までのことぞ。死と云理はない。
【解説】
「因言、古人祭山川、只是設壇位以祭之、祭時便有、祭了便無、故不褻瀆。後世卻先立箇廟貌如此、所以反致惑亂人心」の説明。本来、祭る相手は定まったことで、それも祭の日に檀を立て、祭が済めば掃って神の宿る処はない様にする。宿る処があるのでは、馴れ馴れしくなる。
【通釈】
○「因言、古人祭山川」。話の序でに杜撰に祠を建てるのが悪いことを言う。淫祠は馴れ馴れしい。駿河の領主は富士を祭り、遠州を領する者は大井川を祭るという様に、祭る相手は定まっている。それも祭の日に檀を立て、祭が済めば掃う。神の宿る処はない様にする。宿り処のないのが却って神を重くするのである。日本でも三輪山などに宿る処はない。あるものに宿る処があるので馴れ馴れしくなる。それでは却って神ではない。後世あるものに神を宿して置くので、その弊で鳥居の前で転ぶと今年中に死ぬと言ったりして、清水の三年坂の類を言う。神前で転ぶのは自分の誠敬が至らないからで、不敬の罪があるというまでのこと。死ぬという理はない。

○非望。望云べき外なことを云。望まいことをのぞむなり。僥倖、もとめまいことを求るなり。皆これが神の常宿のあるついへなり。此へんの者が神のきらいな数珠で神を祈る。めったに祠のあるゆへぞ。天下の人心が深い了簡は何もない。神祠こしらへ子ば拜みはせすたったに、芝居のあるで見物にゆくやうなもの。○廣固言今日淫祠之非。前の話につれて、廣が釈氏がさま々々ものをつくり鬼神をつかふなど、民を迷はせる。垩人に人だましはない。あの親切な心で天下を治るに、だましてなりと親切をしさうなものを、だまして早くよくなるもせぬと云は、垩人の政は心からよくすることなり。必世而仁と云は、人の心の正くなるには三十年かかると云。古人あり体な。
【解説】
「倖求非望、無所不至。廣因言今日淫祠之非禮、與釋氏之所以能服鬼神之類。」の説明。望むべきでないことを望むのは、神の常宿があるからである。釈氏は鬼神を使うなどをして民を迷わせるが、聖人はその様なことをせず、民を心からよくすると広が言った。
【通釈】
○「非望」。望むべき外のことを言う。望んではならないことを望むのである。僥倖という求めるべきでないことを求めること。皆これが神の常宿があるからの費えである。この辺の者が神の嫌いな数珠で神を祈る。それは滅多矢鱈に祠があるからである。天下の人心に深い了簡は何もない。神祠を拵えなければ拝みはしなかったものを、それは、芝居があるので見物に行く様なもの。○「広因言今日淫祠之非」。前の話に釣られて広が、釈氏が様々なものを作って、鬼神を使うなどをして民を迷わせるが、聖人は人騙しをしない。あの親切な心で天下を治めるには、騙しても親切をしそうなものだが、騙して早くよくなる様にしようとしないのは、聖人の政は心からよくすること。「必世而後仁」とは、人の心が正しくなるには三十年掛かると言うこと。古人あり体なこと。
【語釈】
・必世而仁…論語子路12。「子曰、如有王者、必世而後仁」。

○可以對越上帝。神道者が正直と云と同し。心かきれいゆへ鬼神もこはがる。心にいや氣な処あるものは鬼神に迷ふ。釈氏などか私意澤山ぞ。天地自然の隂陽を絶つて女房もたぬが倫を絶つ。さうした不筈で鬼神を服するなら、まじなひ咒詛であらふ。夫はこちにないこと。此方は正心て服すとなり。爰の文義見やうでさま々々になる。上帝に對すべしを垩賢分上で云ふが、爰は人心苟正し。私心のないものと云こと。吹き上て云ぬことそ。上で惑乱非望と云たあとのことゆへ、爰は正直な処で服すと云こと。こちにわたかまりない処ては鬼神服す。盗賊改め衆をみて横町へきれるものは、巾着きりわるもの。只の商人こはがらぬ。ずっ々々とゆく。これが上帝に對すの小さな処なり。
【解説】
「曰、人心苟正、表裏洞達無纖毫私意。可以對越上帝、則鬼神焉得不服」の説明。聖学では正心で服す。私心はない。心が綺麗だと鬼神も恐がるが、心に嫌気な処がある者は鬼神に迷う。
【通釈】
○「可以対越上帝」。神道者が正直と言うのと同じこと。心が綺麗なので鬼神も恐がる。心に嫌気な処がある者は鬼神に迷う。釈氏などには私意が沢山ある。天地自然の陰陽を絶つので女房をも持たないが、それで倫を絶つ。そうした不筈で鬼神を服するのであれば、それは呪いや呪詛だろう。それはこちらにはないこと。こちらは正心で服すと言う。ここの文義は見様次第で様々になる。可以対上帝は聖賢分上で言うが、ここでは「人心苟正」で、私心のないものだということ。吹き上げて言ってはならない。上で「惑乱」「非望」と言った後のことなので、ここは正直な処で服すということ。こちらにわだかまりのない処では鬼神が服す。盗賊改め衆を見て横町へ切れる者は巾着切りなどの悪者であって、普通の商人は恐がらず、ずんずんと行く。これが上帝に対すということの小さな処である。

○故曰、思慮未起、鬼神莫知。郡子の詩。駿臺雜話に引。飛騨山の天狗と云ことに引てある。あれはよし。段々にくはしく云たは引すぎかも知れぬ。これは何のことはない。我一念の起らときは誰も知た者はない。一念ちらりと起ると吾心中のことゆへ、吾知ただけ見通しに知れるゆへ鬼神かはや知る。紫姑神の條の心中有り故應得と云も、やはり一手段のとりさばきにみることなり。此方を主に云なり。又曰、一心定。義へも片足、わるい方へも片足は一心定らぬ。なんで有ふと此方の心落着するで一心定ると云。鬼神も服す。もう祟りはならぬ。妖恠有かとも思ひ、無かとも思と、何ぞのときにつけこまるる。無とつめるで迷にならぬ。此鬼神の字は中庸なとの表立った鬼神で云ふことでない。
【解説】
「故曰、思慮未起、鬼神莫知。又曰、一心定而鬼神服」の説明。一念が起こらなければ鬼神を知ることはない。妖怪はないと一心が定まれば鬼神も服す。ここで言う鬼神は中庸で言う鬼神のことではない。
【通釈】
○「故曰、思慮未起、鬼神莫知」。邵子の詩。駿台雑話に引く。飛騨山の天狗のことに引いてある。あれはよい。段々に詳しく言ったのは引き過ぎかも知れないが、これは何のこともないこと。我が一念の起らない時は誰も知る者はない。一念がちらりと起こると自分の心中のことなので、自分の知っただけ見通しに知れるので鬼神が早くも知れる。紫姑神の条で「心中有故応得」と言うのも、やはり一手段の取り捌きと見ることで、こちらを主に言う。「又曰、一心定」。義へも片足、悪い方へも片足では一心が定まらない。何であろうと、こちらの心が落着するので一心定まると言う。鬼神も服す。もう祟りはできない。妖怪はあるかとも思い、ないかとも思うと、何かの時に付け込まれる。ないと詰めるので迷いにならない。この鬼神の字は中庸などの表立った鬼神で言うことではない。
【語釈】
・駿臺雜話…随筆。室鳩巣著。五巻。1732年(享保17)成る。
・紫姑神の條…朱子語類3。「問、嘗問紫姑神云云。曰、是我心中有、故應得。應不得者、是心中亦不知曲折也」。紫姑神は雪隠神。


或問今人條
32
或問、今人聚數百人去祭廟、必有些影響、是如何。曰、衆心輻湊處、這些便熱。又問、郊焉而天神假、廟焉而人鬼享。如何。曰、古時祭祀都是正。無許多邪誕。古人只臨時爲壇以祭、此心發處、則彼以氣感、纔了便散。今人不合做許多神像只兀兀在這裏坐、又有許多夫妻子母之屬。如今神道必有一名、謂之、張太保、李太保。甚可笑。
【読み】
或るひと問う、今人數百人を聚め廟を祭るを去くに、必ず些かの影響有り、是れ如何。曰く、衆心の輻湊する處は、這些便ち熱す。又問う、郊にして天神を假り、廟にして人鬼享く。如何。曰く、古時の祭祀は都て是れ正し。許多の邪誕無し。古人は只時に臨みて壇を爲し以て祭り、此の心發する處は、則彼の氣を以て感じ、纔に了れば便ち散ず。今人許多の神像を做し只兀兀として這の裏に在りて坐し、又許多の夫妻子母の屬有るを合せず。如今の神道は必ず一名有り、之を張太保、李太保と謂う。甚だ笑う可し。

聚数百人。只今神社の祭などと云がこれなり。有影響。書経の字。爰では不思義のあることになる。形あれは影ある。音ある、ひびく。それだけのあること。感通が有て利生があると云こと。大勢の者の難有々々と思ふ処から霊か付てくる。熱すと云なり。熱すると云には微物ても霊がある。かびのたかると云こと迠があたたまる処からかびるぞ。あたたまるで灵あると同しこと。又問郊則。これは前の記録よりよいぞ。膝を改て問たのなり。古時の祭祀は正い。只祭るとき壇きつくのみぞ。此心発するは誠敬ぞ。其ときわる心はない。天を祭るとき日月を祭るときの心不断あるとよいが、さうはゆかぬ。御成海道と云やうなもの。其あとは不断の路ぞ。
【解説】
「或問、今人聚數百人去祭廟、必有些影響、是如何。曰、衆心輻湊處、這些便熱。又問、郊焉而天神假、廟焉而人鬼享。如何。曰、古時祭祀都是正。無許多邪誕。古人只臨時爲壇以祭、此心發處、則彼以氣感、纔了便散」の説明。感通があるので利生がある。古の祭祀は壇を築くだけであり、そこに悪心はない。
【通釈】
「聚数百人」。只今の神社の祭りなどというのがこれ。「有影響」。書経の字。ここでは不思議なことのあること。形があれは影がある。音があれば響く。それだけのことはある。感通があるので利生があるということ。大勢の者が有難いと思う処から霊が付いて来る。それが熱すということ。熱するということでは、微物にも霊がある。黴がたかることまでも、温まる処からかびるである。温まるので霊があるのと同じになる。「又問郊則」。これは前条の記録よりもよい。膝を改めて問うたのである。古時の祭祀は正しい。ただ祭る時に壇を築くのみである。「此心発」は誠敬である。その時に悪心はない。天を祭る時や日月を祭る時の心が普段からあるとよいが、そうは行かない。それは御成街道という様なもの。その後は普通の路である。
【語釈】
・影響…書経大禹謨。「禹曰、惠迪吉、從逆凶、惟影響」。
・利生…仏が衆生を利益すること。また、その利益。仏の冥加。
・郊焉而天神假、廟焉而人鬼享…原道。「郊焉而天神假,廟焉而人鬼饗」。

兀兀。熊野の山王のとつっくりとすへてをく。村中ても埒もないものの作久とづろくを備る。不断宮造り、すへものにしてある弊へで、人さへ宿をかさす乞兒も泊る。神の前でをどりさはく。さま々々不埒だらけぞ。夫妻子母像をあり々々とそこへをくから、家内かあると云ことも始る。孟子の匡章かことを云た中の字。家内と云ことになる。子かあるの、夫婦の神と云ことも云。張太保李太保。これか仏道の外に、あちに道家と云ことある。隂陽家のことを神道と云。上にある玉皇大帝なぞを云男共なり。張三李四と云も、張李があの方でいかいことある氏なり。そこで張李の字をつかふ。ここもそれなり。著姓て付たもどこにもかしこにもある役人のやうに神にも名を付たこと。をかしいことそと也。先年新田大明神のはやりたとき、願かけの者はさきの方の家老の宮へゆくと云ことありた。をかしいことぞ。夫てむしろ媚於竈の筋になる。却て鬼神の威のさがることなり。
【解説】
「今人不合做許多神像只兀兀在這裏坐、又有許多夫妻子母之屬。如今神道必有一名、謂之、張太保、李太保。甚可笑」の説明。像を据えて置くから乞食も泊まり、神の前で踊り騒ぐこともして不埒をする。夫妻子母像を置くから家内が大切だということになる。それに加えて、神に名を付けるが、それは可笑しなことである。
【通釈】
「兀兀」。熊野や山王の様にずっしりと据えて置く。村中でも、埒もない者が作久と図録を備える。いつも宮を造って据え物にしているので、その弊えから、人にさえ宿を貸さないのに乞児も泊まる。神の前で踊り騒ぐ。様々な不埒だらけである。夫妻子母像をありありとそこへ置くから、家内があるということも始まる。孟子が匡章のことを言った中の字。家内ということになる。子があるとか、夫婦の神があるとも言う。「張太保李太保」。中国には、仏道の外に道家ということがあり、陰陽家のことを神道と言う。上にある玉皇大帝などのことを言う男共のこと。張三李四と言うのも、張李があちらには大層ある氏だからである。そこで張李の字を使う。ここもそれ。著名な姓を付けたのも、何処にもかしこにもある役人の様に神にも名を付けたもの。それは可笑しいことである。先年新田大明神が流行った時、願掛けの者が敵である家老の宮へ行くということがあった。それは可笑しいこと。それでは寧ろ「媚於竈」の筋になり、却って鬼神の威が下がる。
【語釈】
・兀兀…絶えずつとめる様。律儀につとめる様。
・山王…大津市坂本の日吉神社の別称。
・孟子の匡章かことを云た…孟子離婁章句下30。「夫章子、豈不欲有夫妻子母之屬哉。爲得罪於父、不得近、出妻屏子、終身不養焉」。
・玉皇大帝…玉皇上帝。天公。昊天上帝。道教の実質の最高神。道教の最高主宰神は、5世紀には太上老君、6世紀からは元始天尊だが、それが化身して天界を統治するようになったのが玉皇大帝である。ここは高宗夢傅説条を指す。
・張三李四…身分もなく名の知れない人々。平凡な人物。わが国でいう熊公八公の類。
・新田大明神…新田義興を祭る神社。足利基氏の執事である畠山国清は、竹沢右京亮と江戸遠江守を使って義興を矢口の渡しで謀殺する。
・媚於竈…八佾13。「王孫賈問曰、與其媚於奧、寧媚於竈、何謂也。子曰、不然、獲罪於天、無所禱也」。