或問鬼神體條  三月廿六日以下終篇惟秀録
【語釈】
・三月廿六日…寛政5年(1793年)3月26日。
・惟秀…篠原惟秀。東金市堀上の人。北田慶年の弟。与五右衛門。医者。1745~1812

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或問、鬼神、體物而不可遺。只是就陰陽上説。末後又卻以祭祀言之、是如何。曰、此是就其親切著見者言之也。若不如此説、則人必將風雷山澤做一般鬼神看、將廟中祭享者又做一般鬼神看。故即其親切著見者言之、欲人會之爲一也。六十三。
【読み】
或るひと問う、鬼神は、物に體して遺す可からず。只是れ陰陽の上に就きて説く。末後又卻って祭祀を以て之を言う、是れ如何。曰く、此れは是れ其の親切著見なる者に就きて之を言うなり。若し此の如く説かざれば、則ち人は必ず風雷山澤を將って一般の鬼神と做し看、廟中祭享する者を將って又一般の鬼神と做し看ん。故に其の親切著見する者に即して之を言えば、人之を會し一と爲すを欲するなり。六十三。

体物不可遺と以祭祀言之は、鬼神を天地で云と人の身て云との違なり。祭祀で云で親切著見ぞ。されとも中庸の鬼神の章で初の一節は天地のこと斗り、第三節のは祭祀ぎりと、胴切に二つにしてはちがふ。視而不見聴而不聞じゃ。どちも同ことなれとも、末後。洋々乎如在其上、如在其左右と云だけ親切ぞ。此條の文義なにのことはない。中庸本文の通のことぞ。さてこれで形化氣化のことを合点せふことぞ。形化始って氣化息むとこそ云へ、母の懐妊したに氣化の方ではかまはぬと云ことではないは、母と云か天地にはらまれて生てをる。母に氣化つきると、はや天地の氣化かかまは子ば腹の中で死ぬ。天地の氣化をうけて十月居る人が隂陽の氣ぞ。氣化も形化もつまり隂陽の霊からの、爰が体物而不可遺の処ぞ。是も天地て斗り云ては遠々しいことになる。鬼神と云ものも祭る度ぎりと云と、一年に只四時の祭四度きりになる。毎日夜のあけ日のくれ、丁どそれなりにゆくは皆鬼神の感通ぞ。人の身ては、呼は神、吸は鬼。飯食ふも腹のへるも天地の道理ぞ。物に体してのこさすも何もかも一つに合点なることなり。天地の鬼神、人の鬼神。天地の氣化、人の形化。へったりと一つに會してみること。さても々々々なり。
【解説】
形化が始まると気化が息むと言うが、気化も形化もつまりは陰陽の霊からのこと。夜が明け日が暮れ、丁度それなりに行くのは皆鬼神の感通であり、人の身で言えば、呼は神、吸は鬼で、飯を食うのも腹の減るのも天地の道理なのである。
【通釈】
「体物不可遺」と「以祭祀言之」は、鬼神を天地で言うのと人の身て言うのとの違いである。祭祀で言うので「親切著見」である。しかしながら、中庸の鬼神の章を、初めの一節は天地のことばかりで、第三節のは祭祀のことばかりだと、胴切りに二つにするのは違う。「視而不見聴而不聞」で、どちらも同じことであって、「末後」に「洋々乎。如在其上、如在其左右」と言うだけ親切である。この条の文義は何こともない。中庸本文の通りのこと。さてこれで形化気化のことを合点しなさい。形化が始まって気化は息むとこそ言え、母の懐妊に気化の方は構わないということではない。母は天地に孕まれて生きている。母に気化が始まると、早くも天地の気化が構わなければ腹の中で死ぬ。天地の気化を受けて十月腹の中にいる人が陰陽の気である。気化も形化もつまりは陰陽の霊からのことで、ここが体物而不可遺の処である。これも天地でばかり言うのでは遠々しいことになる。鬼神も祭る度だけだと言うと、一年にただ四時の祭を四度だけすることになる。毎日夜が明け日が暮れ、丁度それなりに行くのは皆鬼神の感通である。人の身では、呼は神、吸は鬼。飯を食うのも腹の減るのも天地の道理である。これで、物に体して遺さずと言うのも何もかも、一つに合点することができる。天地の鬼神、人の鬼神。天地の気化、人の形化。べったりと一つに会して見るのである。実によい。
【語釈】
・鬼神の章…中庸章句16。「子曰、鬼神之爲德、其盛矣乎。視之而弗見、聽之而弗聞、體物而不可遺。使天下之人齊明盛服、以承祭祀。洋洋乎。如在其上、如在其左右」。
・視而不見聴而不聞…中庸章句7。「心不在焉、視而不見、聽而不聞、食而不知其味」。ここは中庸章句16の意。


董仁叔條
34
董仁叔問、堯薦舜於天。曰、只是要付他事、看天命如何。又問、百神享之。曰、只陰陽和、風雨時、便是、百神享之。五十八下同。
【読み】
董仁叔、堯の舜を天に薦むるを問う。曰く、只是れ他の事を付し、天命の如何と看るを要す。又、百神之を享くるを問う。曰く、只陰陽和し、風雨の時なる、便ち是れ、百神之を享く。五十八下同。

天に薦ると云、もふ鬼神さたになる。何中の百姓があの人を名主にと願は、地頭か合点なればすむ。それは人ぎりなり。孟子は道理の発越からの人事的切に説ていつもさっはりとすむが、薦天不思議にきこへる。そこでの問也。○付他事。舜の摂政官をさるるときのことを看よ。付他事也。さて、全体の処は重蕐協乎帝。尭の通りじゃと舜典にある。すればをれが子に位を傳るはづはないとて禅られた。事を一つさせて見たときに、ぎくしゃくしたことはない。又最初からが釐降二女媯汭。其二女則とるをみる。垩賢夫婦合でためしたもの。是か仏なとの知ぬこと。夫婦合のよいが天地の思召に叶ふ。天地か世界大きい夫婦合ぞ。そこで思召に叶ふはづ。して見れは、薦天は舜のまだ田舎住居のうちにもはやあるぞ。○又問、百神享之。事脩りは問に及ぬが、百神享るがすめぬと正直な問也。いや、ふしぎなことでない。隂陽和す。春が春、夏が夏、五日の雨、十日の風、これが尭舜のときのこと。百神享之也。今天氣合いもよくてと喜ぶもきこへたと、天地無心ですることなれども、上下の心の和してよいときは天地もよいはづ。
【解説】
孟子が「薦天」と言ったのは、堯が舜を夫婦合で試したこと。夫婦合のよいのが天地の思し召しに叶うことなのである。また、堯舜の時は陰陽が和していたので「百神享之」であった。
【通釈】
天に薦めると言えば、もう鬼神沙汰になる。どこぞの百姓があの人を名主にと願うのは、地頭が合点すれば済むことで、それは人だけのこと。孟子は道理の発越から人事的切に説いていつもさっぱりと済ませるが、「薦天」が不思議に聞こえる。そこでの問いである。○「付他事」。舜の摂政官をされた時のことを見なさい。付他事である。さて、全体の処は「重華協乎帝」で、堯の通りだと舜典にある。それなら俺の子に位を伝える筈はないと言って禅られた。事を一つさせて見た時に、ぎくしゃくしたことがない。また、最初からが「釐降二女媯汭」。その二女を側に置いて見る。聖賢が夫婦合で試したのである。これが仏なとの知らないこと。夫婦合のよいのが天地の思し召しに叶うこと。天地という世界は大きい夫婦合である。そこで思し召しに叶う筈。それで見れば、薦天は舜がまだ田舎住居の内にも既にあること。○「又問、百神享之」。事修めは問うには及ばないが、「百神享」が済めないと、正直な問いである。いや、不思議なことではない。陰陽和す。春が春、夏が夏、五日の風、十日の雨、これが堯舜の時のこと。百神享之である。今天気合もよくてと喜ぶのもよくわかる。天地は無心でこれをするが、上下の心が和してよい時は天地もよい筈である。
【語釈】
・天に薦る…孟子万章章句上5。「天子能薦人於天、不能使天與之天下。諸侯能薦人於天子、不能使天子與之諸侯。大夫能薦人於諸侯、不能使諸侯與之大夫。昔者堯薦舜於天而天受之。暴之於民而民受之。故曰、天不言、以行與事示之而已矣。曰、敢問、薦之於天而天受之、暴之於民而民受之、如何。曰、使之主祭而百神享之、是天受之。使之主事而事治、百姓安之、是民受之也。天與之、人與之。故曰、天子不能以天下與人」。
・重蕐協乎帝…書経舜典。「曰、若稽古帝舜。曰、重華協于帝」。
・釐降二女媯汭…書経堯典。「帝曰、我其試哉。女于時、觀厥刑于二女。釐降二女于媯汭、嬪于虞。帝曰、欽哉」。
・五日の雨、十日の風…五風十雨。五日に一度風が吹き、十日に一度雨が降ること。転じて、風雨その時を得て、農作上好都合で、天下の太平なこと。


百神享之條
35
問、百神享之。云、如祈晴得晴、祈雨得雨之類。
【読み】
百神之を享くを問う。云う、晴を祈れば晴を得、雨を祈れば雨を得るの類の如し。

神の享ると云が今もあること。旱魃霖雨に國主城主祈晴祈雨、降った晴たは享けたなり。此條は前とちがひ、垩人じゃの舜しゃのと云さたなしにみること。今の人も是かなると云でよいぞ。だたい祈雨祈晴、神の享たと云が垩賢でなくては云にくいこと。此方ていの氣質人欲こみたらけでは小耻しくて云れぬことじゃが、あなた方は天に近いゆへ、子供の親にものの云よいやうなもの。かうでござる、とうでござると云よい。那の天在眼前なり。なれとも、さう斗り云と只の者は天帳面はづれになる。只の者も邪曲のない直正直と云から天へ近くなる。そこから祈れはひびくなり。此章、今日のことに云がよい扱ひなり。治教録序で先日云通り、手のある謀と云ことがとんと役に立ぬこと。今日百姓の雨乞ひにも、法なしに祈たらきかふ。去年も不作、又今年米なくてはと云一心ではきくはづ也。法あればまじないになる。日蓮か祈るはあの人だけきくと云が題目を尊ぶからのことなれとも、浄土宗では題目は甚いやがる。夫なれは咒咀になる。どこ迠も術のなひことぞ。術の字いやみと云か医術の術は実に付たぞ。大黄下す、肉桂温める。あの術は垩賢の術と同ことなり。祈るに術はない。術があれは誠の外ぞ。
【解説】
神の享けるとは、聖賢でなくては言い難いことだが、普通の者でも邪曲のない真っ正直というところから天に近くなり、それで祈れば響く。その時には術があっては誠でないから悪い。但し、医術の術は実に付いたことであって、それは聖賢の術と同じこと。
【通釈】
神の享けるというのが今もあること。旱魃長雨に国主城主が祈晴祈雨をするが、降った晴れたは享けたのである。この条は前とは違って、聖人だの舜だのという沙汰なしに見なさい。今の人もこれができると言うのでよい。そもそも祈雨祈晴で神が享けるというのが聖賢でなくては言い難いこと。我々如きの気質人欲塵だらけでは小恥ずかしくて言えないことだが、貴方は天に近いからというのは、それは子供が親にものを言い易い様なもの。こうでござる、どうでござると言い易い。「那天在眼前」である。しかしながら、そうとばかり言うと普通の者は天の帳面から外れることになる。普通の者も邪曲のない真っ正直というところから天に近くなる。そこから祈れば響く。この章は今日のことで言うのがよい扱いである。治教録序で先日言った通り、手のある謀ということが全く役に立たないこと。今日の百姓の雨乞いも、法なしに祈ったら利くことだろう。去年も不作、また今年も米がなくてはという一心なら利く筈である。法があると呪いになる。日蓮が祈るのはあの人だけに利くと言うのも題目を尊ぶからのことだが、浄土宗では題目を甚だ嫌がる。それであれば呪詛になる。何処までも術のないのがよい。術の字は嫌味だとは言うものの、医術の術は実に付いたこと。大黄は下し、肉桂は温める。あの術は聖賢の術と同じこと。しかし、祈るに術はない。術があれは誠の外となる。
【語釈】
・神の享る…孟子万章章句上5。「曰、敢問、薦之於天而天受之、暴之於民而民受之、如何。曰、使之主祭而百神享之、是天受之。使之主事而事治、百姓安之、是民受之也。天與之、人與之。故曰、天子不能以天下與人」。
・那の天在眼前…蔡舉(下は心)問書所謂降衷の条の語。


陳安卿問條
36
陳安卿問、小學載、庾黔婁父病毎夕稽顙北辰、求以身代。而全文此下更云數日而愈。果有此應之之理否。若果有應之之理、則恐是父子一氣、此精誠所極、則彼既餒之氣。因復爲之充盛否。抑此適遭其偶然、而實非關於禱、實無轉夭爲壽、轉禍爲福之理。人子於此雖知其無應之之理、而又卻實行其禮、則恐心迹不相似。曰、禱是正禮、自合有應。不可謂知其無是理、而姑爲之。文集五十七。
【読み】
陳安卿問う、小學に載す、庾黔婁父の病に毎夕北辰に稽顙し、身を以て代るを求めず。而して全文の此の下に更に數日にして愈ると云う。果して此れ之に應ずるの理有りや否や。若し果して之に應ずるの理有れば、則ち恐くは是れ父子一氣、此れ精誠極むる所は、則ち彼の既に餒の氣なり。因りて復之が充盛を爲すや否や。抑々此れ適々其の偶然に遭いて、實は禱に關わるに非ず、實は夭を轉じ壽と爲し、禍を轉じ福と爲すの理無し。人子此に於て其れ之に應ずるの理無きを知ると雖も、而して又卻って實に其の禮を行えば、則ち恐くは心迹相似せず。曰く、禱は是れ正禮にして、自ら應ずる有りて合す。其れ是の理無きを知りて姑く之を爲すと謂う可からず。文集五十七。

陳安卿、心術に十分にない処ありと聞て、吾黨の者もあまり信向せぬが、ものをきめて問に此人程のはない。勝れたことなり。問のよいですっはりと済だ。孟子の萬章公孫丑よく問ひ、水をもらさぬと云てともつまらぬことも云ひ、又、問者轉して他置く。其類できまらぬことある。陳淳はまだ手上なぞ。庾黔婁。南北朝のもの。南史の全文に敉日而愈とある。きっとかやうかときめて其理かあるなら其訳を一つ申さふ。親子は一氣しゃ。父の衰へた処を子の氣で一つ祈る。そこの心が精誠ゆへ、彼既に餒る。氣たへ々々になりたのが、為充盛否。こまかな見やうぞ。子の一氣と誠の温めるでふとりてくる。壁はぬるい湯へ熱い湯をさしたやうなもの。大病今かと云処を子の氣で温めるやうなもの。そこで充盛になる。氣を云の至極なり。よい發明ぞ。酒やの火を入るもこの意ぞ。
【解説】
「陳安卿問、小學載、庾黔婁父病毎夕稽顙北辰、求以身代。而全文此下更云數日而愈。果有此應之之理否。若果有應之之理、則恐是父子一氣、此精誠所極、則彼既餒之氣。因復爲之充盛否」の説明。陳安卿は決め所よく質問をする人。庾黔婁の件は、親子が一気なのと、子の心が精誠なことからのことだと言った。
【通釈】
陳安卿は心術に十分でない処があると聞いて、我が党の者もあまり信仰もしないが、ものを決めて問うのにこの人ほどの者はない。勝れた人である。問いがよいのですっぱりと済んだ。孟子に万章や公孫丑がよく問い、水を漏らさいと言ってつまらないことをも言い、また、問者転じて他に置く。その類で決まらないことがある。陳淳はまだ上手な方である。庾黔婁。南北朝の者。南史の全文に「数日而愈」とある。きっとこの様なことがあると決めて、その理があるのならそのわけを一つ申そう。親子は一気だ。父が衰えた処を子の気で一つ祈る。そこの心が精誠なので、「彼既餒」。絶え絶えになった気が、「為充盛否」。細かな見様である。子の一気と誠が温めるので太って来る。たとえば温い湯へ熱い湯を差した様なもの。大病で今や既にという処を子の気で温める様なもの。そこで充盛になる。気を言った至極である。よい発明である。酒屋が火を入れるのもこの意である。
【語釈】
・陳安卿…

○抑此適遭其偶然云云。又さうでなくばかうかとなり。今はとみへて親類よって守り居た。茶漬でも食はふと云出すがある。庾黔婁が父もそれで有て、其時節で祈のきいたやうにみへたのか轉夭為壽云云、漢書の字、かうしたことはなく、ふとよくなりた。偶然と云へはてん々々かふ。こちはこち、あちはあちて振合なり。向から桃灯のきたやうなもの。○人子於此云云。是からか難問也。いつしゃとても死ぬものは死ぬか、外に手段のないときは祈るすべもあると云てするなら、心迹不相似。心とわざか二つになる。これを学者へあててみたときに、太極の道理も合点した者はずんとつめたく合点するもの。されとも又仁と云温めるものもある。それでは置れぬ。周礼などにあるとてするなら御法さし合ひ心迹がわかる。感通の道理と吾することの処置が二つになる。吾が庾黔婁になりたときにどうも心得があじになると見て問たもの。深切な問なり。今のものが小学あの條よみても、身に引受る心かないからざっと通す。只書物藝ゆへ祈ると云は只誠じゃ々々々と云昔し咄にする。夫は、上は皮からのぞいて見たのぞ。
【解説】
「抑此適遭其偶然、而實非關於禱、實無轉夭爲壽、轉禍爲福之理。人子於此雖知其無應之之理、而又卻實行其禮、則恐心迹不相似」の説明。庾黔婁の父が治ったのは偶然であるとすれば、そこに理はない。人は死ぬものだが、治す手段が他になければ祈る術もあると言ってするのでは心と業が二つになると陳安卿が言った。
【通釈】
○「抑此適遭其偶然云云」。また、そうでなければこうだろうかと言った。今は既にと見て、親類寄って守っていた。それで、茶漬でも食おうと言い出すことがある。庾黔婁の父もそれであって、その時節で祈りの効いた様に見えたというのが、「転夭為寿云云」、漢書の字、ということではなく、ふとよくなった。「偶然」と言えば、それぞれがこうで、こちらはこちら、あちらはあちらで振り合う。向こうから提灯が来た様なもの。○「人子於此云云」。ここからが難問である。いつでも死ぬ者は死ぬが、外に手段のない時は祈る術もあると言ってするのなら、「心迹不相似」。心と業が二つになる。これを学者へ当てて見た時に、太極の道理も合点している者はしっかりと冷たく合点するもの。しかしながら、また仁という温めるものもある。それではそのままにすることはできない。周礼などにあると言ってするのなら御法差し合い心迹が分かれる。感通の道理と自分のすることの処置が二つになる。自分を庾黔婁にたとえて見るとどうも心得が悪くなると見て問うたのであって、親切な問である。今の者が小学のあの条を読んでも、身に引き受ける心がないからざっと通す。ただ書物芸なので、祈るというのはただ誠だという昔話にする。それは、上皮から覗いて見ただけである。
【語釈】
・漢書の字…

○禱是正禮。周公旦周礼にのせた。祈る礼あれば祈りに應するはづ。礼あるから祈る。祈ればきく。そこに妙あることなり。上の句は礼、下の句は鬼神の情状で云。先祖へ膳をすへるは礼。来挌するは應するなり。家礼と鬼神集説かつれ立てゆくでなくては本のことでない。三宅先生の祭祀来挌説の初江河から語の出し、致齊於内云云から彷彿如在其左右。ここらの一つになりた。さて々々よい書きやうなり。正礼と云か子の役た。祈ると云ではない、理はないがまあかうと云は心迹わかるぞ。さて悪人でも歴々にはないことの下々怪い者の薄情な奴か親の急死をかなしむよりは、却て人口を恐れ、医者をよばぬときに世間底がわるいとて医者をと云ことある。いこうていのわるいことぞ。只死なれてをけばよいに、人見へするだけ罪が重い。根が孝心にないゆへ、医者を呼だも不孝になる。此やうなことも全体を合点すると跡も先もなひこと。子供の疱瘡や引付たに医者へかけ出してさわぐ。姑為之の何のと云まだるいことはない。これで合点せよ。姑くと云字がやだもの。凡夫はまあかうと云が得てぞ。
【解説】
「曰、禱是正禮、自合有應。不可謂知其無是理、而姑爲之」の説明。礼をもって祈れば応じるので効く。世間体を思って医者を呼ぶのは、呼ぶこと自体も不孝となる。
【通釈】
○「祈是正礼」。周公旦が周礼に載せた。祈るのに礼があれば祈りに応ずる筈。礼があるから祈る。祈れば効く。そこに妙がある。上の句は礼、下の句は鬼神の情状で言う。先祖へ膳を据えるのは礼。来格するのは応ずること。家礼と鬼神集説が連れ立って行くのでなくては本当のことではない。三宅先生の祭祀来格説の初めは江河から語を出し、致斉於内云云から彷彿如在其左右とあり、ここ等が一つになっている。実によい書き方である。正礼が子の役である。祈るというのではない、理はないがまあこの様にと言うのでは心迹が分かれる。さて、悪人でも歴々でもなく、下々の怪しい者で薄情な奴が親の急死を悲しむよりは、却って人口を恐れ、医者を呼ばなければ世間体が悪いと思って医者を呼ぶということがある。それは大層体の悪いこと。ただ死なれたままにすればよいのに、人見えを気にするだけ罪が重い。根が孝心でないので、医者を呼ぶことも不孝になる。この様なことも全体を合点すると跡も先もないこと。子供の疱瘡や引き付けに医者へ駆け出して騒ぐ。「姑為之」の何のというまだるいことはない。これで合点しなさい。姑くという字は嫌なもの。凡夫はまあこうしようと言うのが上手である。
【語釈】
・周公旦周礼にのせた…


王祥孝感條
37
王祥孝感、只是誠發於此、物感於彼。或以爲内感。或以爲自誠中來、皆不然。王祥自是王祥、魚自是魚。今人論理、只要包合一箇渾淪底意思、雖是直截兩物、亦須袞合説、正不必如此。世間事雖千頭萬緒、其實只一箇道理、理一分殊、之謂也。到感通處、自然首尾相應。或自此發出而感於外、或自外來而感於我、皆一理也。語類百三十六。
【読み】
王祥が孝感は、只是れ誠に此に發し、物は彼に感ず。或いは以て内感と爲し、或いは以て誠の中より來ると爲すは、皆然らず。王祥は自ら是れ王祥、魚は自ら是れ魚。今人の理を論ずるは、只一箇渾淪底の意思を包合するを要し、是れ直截兩物と雖も、亦袞合して説くことを須い、正に此の如きを必せず。世間の事は千頭萬緒と雖も、其の實は只一箇の道理、理一分殊、之れを謂うなり。感通の處に到り、自然に首尾相應す。或いは此れより發出して外に感じ、或いは外より來て我に感ず、皆一理なり。語類百三十六。

誠発於此、物感於彼。此章大切の字。眼は彼此の二字ぞ。兎角感通は二つものでこそ感通なり。只王祥か誠よと云と一つになる。此は王祥、彼は萑の鯉のなり。○或以為内感云云。内感も程子の言かとくと覚へぬが、誠の中より来るは全く伊川なり。内感も誠中より来るも一つにをちることで、伊川はこち斗りと云、天地の感應はこちのものとあちのものとなり。人の誠が鯉の雀の微物にひびくまいと云が、一つ腹から出来たものぞ。ひびく。王祥、魚自魚。別々なり。天地の間は何でも二つものなり。其二つもので感し合ふ。王祥と魚と二つに切りはなしてをいて見やうことなり。其二つものの際が感なり。人の身は身、南風は南風じゃが、南風が吹たから、こちのからだあつい。二つもので一つつきなり。
【解説】
「王祥孝感、只是誠發於此、物感於彼。或以爲内感。或以爲自誠中來、皆不然。王祥自是王祥、魚自是魚」の説明。感通は二つものでこそ感通である。天地から生まれたものだから、人の誠が鯉や雀という様な微物にまで響く。
【通釈】
「誠発於此、物感於彼」。この章の大切な字である。着眼は「彼」「此」の二字である。とかく感通は二つものでこそ感通である。ただ王祥の誠からのことと言うと一つになる。此は王祥、彼は雀や鯉である。○「或以為内感云云」。内感は程子の言なのか、はっきりと覚えていないが、「自誠中来」はまさに伊川の語である。内感も自誠中来も一つに落ちることで、伊川はこちらばかりで言うが、天地の感応はこちらのものとあちらのものということ。人の誠が鯉や雀という微物に響くことはないだろうと言うが、一つ腹からできたものだから響く。「王祥自是王祥、魚自是魚」で別々である。天地の間は何でも二つもの。その二つもので感じ合う。王祥と魚とを二つに切り離して置いて見るのである。その二つものの際が感である。人の身は身、南風は南風だが、南風が吹いたから、こちらの体が熱くなる。二つもので一続きである。

○今人はと云ても、此中へ伊川もすべりこむ。されども、伊川斗りあてて云には此やうにかる々々しくは云ぬ。弘くさすなり。今人か何か爰を恠しく云をわるいにして一つにしたがるから、片を付すにさっとになる。包合渾淪。渾はすべること。王祥の誠かすべたと、一つの誠にしてすっへりと一つに説た。爰を太極圖説の後論へあててみるがよい。粲然も渾然も同しことぞ。粲然をいやがることはないことぞ。直截兩物。二つものを一つだ々々々と云がよくない。須袞合説。須ゆと点するがよい。べったりと一つにときたがるの意なり。須ゆと云は、又其手を用ゆの筋ぞ。これも喜合悪離の見からぞ。
【解説】
「今人論理、只要包合一箇渾淪底意思、雖是直截兩物、亦須袞合説、正不必如此」の説明。今の人は王祥の誠一つで説くが、二つものを一つだと言うのはよくない。
【通釈】
○「今人」と言っても、この中に伊川も滑り込む。しかしながら、伊川ばかりを当てて言う時にはこの様に軽々しくは言えない。ここは広く指す。今人が、何かここを怪しく言うのは悪いとして一つにしたがり、片を付けずにざっと通す。「包合渾淪」。渾は統べること。王祥の誠が統べたと、一つの誠にしてすっかりと一つに説いた。ここを太極図説の後論へ当てて見なさい。粲然も渾然も同じこと。粲然を嫌がることはない。「直截両物」。二つものを一つだと言うのがよくない。「須袞合説」。須ゆと点をするのがよい。べったりと一つに説きたがる意である。須ゆとは、またその手を用ゆの筋である。これも喜合悪離の見からである。
【語釈】
・喜合悪離…合えば喜び離れれば悪む。

千頭万緒。天地の間のもの、皆別なり。じゃが別々と二つに分けた上を一つにするがよい。今のものはあたまから一つにしたかる。益氣湯、これは人参、これは白朮て、煎た処で一つを云がよい。何に皆薬さと云ではわからぬ。理一分殊と云が、これが理のなりゆへいやと云れぬ。水はどれも同し水なれども、海の川のと波立つ。波立が分殊なり。秤に目がなく、ものさしに一寸二寸なひはわからぬ。迂斎曰、客のとき、旦那も家来もひもじくないやうにと云は理一、大名も陸尺も同し料理にならぬは分殊なり、と。爰へ感通をみること。感はこち、通は向ふ。二つものなれとも、一氣ゆへ一とつつきになる。そこか首尾相應すなり。元日か晦になる。一とつづきなり。
【解説】
「世間事雖千頭萬緒、其實只一箇道理、理一分殊、之謂也。到感通處、自然首尾相應」の説明。天地の間のものは皆別々だから、別だと二つに分けた上で一つにするのがよく、最初から一つにするのは悪い。また、二つものだが一気なので一続きになる。
【通釈】
「千頭万緒」。天地の間のものは皆別になっている。しかし、別々と二つに分けた上を一つにするのがよい。今の者は最初から一つにしたがる。益気湯は、これは人参、これは白朮と別だが、煎じた処で一つと言うのがよい。何、皆薬さと言うのでは分かれていない。「理一分殊」と言うのが、これが理の姿なので違うとは言えないこと。水はどれも同じ水だが、海の水、川の水と別れて波立つ。この別に波立つのが分殊である。秤に目がなく、物差に一寸二寸がないのでは分かれない。迂斎が、客の来た時に旦那も家来もひもじくない様にと言うのは理一、大名と陸尺が同じ料理でないのが分殊だと言った。ここで感通を見なさい。感はこちらで通は向こう。二つものだが一気なので一続きになる。そこが「首尾相応」である。元日が晦になる。一続きである。
【語釈】
・陸尺…力仕事や雑役に従う人夫。かごかき人足や掃除夫・賄方などにいう。

○或自此發出云云。こちから向へ感することも、あちからこちへ感することもある。先日の高宗傅説を賚ふとしたのもある。在番さきから親が子を夢ることもあり、又、こちからあちを夢ることもある。王祥か孝行ゆへ、雀を々々と思ふ処へ幕中に入る。鯉を々々と思ふ。鯉か池上にあらはれた。されとも感通と云が毎日あることでない。毎日あるものなれば微妙ではない。爰をあまり王祥から感して向から雀か来たと云も、もと不思議な話なり。初学者のすめぬこと。雀や鯉は鬼神とはみへぬが、やはりあれが鬼神ぞ。先日の粗者亦有此理と云がこれなり。鯉や雀のことがすむと先祖へ膳をそなへる精彩がついてくることなり。
【解説】
「或自此發出而感於外、或自外來而感於我、皆一理也」の説明。こちらから向こうへ感ずることも、あちらからこちらを感ずることもある。王祥の話にある雀や鯉は鬼神である。
【通釈】
○「或自此発出云云」。こちらから向こうへ感ずることも、あちらからこちらを感ずることもある。先日の高宗傅説を賚うということもある。在番先から親が子を夢見ることもあり、また、こちらからあちらを夢見ることもある。王祥が孝行なので、雀をと思う処へ幕中に入る。鯉をと思ふと鯉が池上に現れた。しかしながら、感通は毎日あることではない。毎日あるものならば微妙ではない。ここをあまりに王祥に感じて向こうから雀が来たと言うのも、元々不思議な話であって、初学者の済めないこと。雀や鯉は鬼神とは見えないが、やはりあれが鬼神である。先日の「粗者亦有此理」と言うのがこれ。鯉や雀のことが済むと先祖へ膳を供える時に精彩が付いて来る。
【語釈】
・高宗傅説を賚ふ…高宗夢傅説の条にある。
・粗者亦有此理…商人求諸陽の条にある。


問王祥孝感事條
38
問、王祥孝感事、伊川説如何。曰、程先生多有此處、是要説物我一同。然孝是王祥、魚是水中物、不可不別。如説感應、亦只言己感、不須言物。九十七。
【読み】
問う、王祥孝感の事、伊川の説如何。曰く、程先生多く此の處有り、是れ物我一同を説くを要す。然るに孝は是れ王祥、魚は是れ水中の物、別けざる可からず。感應を説くが如きは、亦只己に感ずるを言い、物を言うを須いず。九十七。

伊川説如何はすぐに誠の中より来るのことなり。曰、程先生多有此處と云語勢、道理を知ぬと云ことではないが、とかく外を借らぬと云があなたの御家風にあるとのこと。あちから来たなぞをいやに思れたもの。易を道理にとくも、有此處から来たもの。程子のああ仰らるるは物我一理と云の思召からなり。こちの動くが物我同一ゆへ向へこそひびけ、何もあの微物の方から王祥へむいて来たと云ことはないはづと見たもの。麒麟や鳳凰の出るが聖人の中和の德からよび付ると云のなり。さう理づりには云れぬことで、麒麟鳳凰か垩人のちさうにあの方から出たのぞ。あちから出ると云がいやに思召ても、だたいあちに夫をもったことなり。主人がよべは畜犬が尾をふる。肴のあたまもってをるから計りでない。向にふるものをもってをる。○魚是水中物、不可不別。別物なれども、あちにある。王祥よびよせたとは云はれぬ。○不須言物。向のものはあてにせず、己感、こち斗りと云。これが有此處なり。爰の須の字ももちいずとよむ。
【解説】
伊川はこちらばかりで言うが、相手も感ずるものを持っているのである。麒麟や鳳凰が出るのは聖人の中和の徳から呼び付けるからだと言うが、麒麟や鳳凰は聖人への馳走のために自ら出たのである。
【通釈】
「伊川説如何」は直に誠の中から来ること。「曰、程先生多有此処」と言う語勢は、道理を知らないということではないが、とかく外を借りないというのが貴方の御家風であるということ。あちらから来たことなどを嫌に思われたもの。易を道理で説くのも、有此処から来たもの。程子があの様に仰せられたのは「物我一理」という思し召しからのこと。こちらが動くのが物我同一なので向こうへこそ響くものの、何もあの微物の方から王祥へ向かって来たということはない筈だと見たもの。麒麟や鳳凰が出るのは聖人の中和の徳から呼び付けるからだと言う。しかし、その様に理吊りには言えないことで、麒麟や鳳凰が聖人への馳走にあの方から出たのである。あちらから出ると言うのは嫌なことと思し召しても、そもそもあちらもそれを持っているのである。主人が呼べば畜犬が尾を振る。肴の頭を持っているばかりでもない。向こうに振るものを持っている。○「魚是水中物、不可不別」。別物だが、あちらにもある。王祥が呼び寄せたとは言えない。○「不須言物」。向こうのものは当てにせず、「己感」で、こちらばかりと言う。これが有此処である。ここの須の字ももちいずと読む。


問聖人凡言鬼條
39
問、聖人凡言鬼神、皆只是以理之屈伸者言也。至言鬼神禍福凶吉等事、亦只是以理言。蓋人與鬼神天地同此一理、而理則無有不善。人能順理則吉、逆理則凶、於其禍福亦然。豈謂天地鬼神一一下降於人哉。如書稱、天道福善禍淫、易言、鬼神害盈而福謙、亦只是這意思。祭義、宰我曰、吾聞鬼神之名、不知其所謂。孔子曰、神也者、氣之盛也。魄也者、鬼之盛也。又曰、衆生必死。死必歸土。是之謂鬼。骨肉斃於下、陰爲野土。其氣發揚於上、爲昭明、焄蒿、悽愴、百物之精、神之著也。魄既歸土。此則不問。其曰氣、曰精、曰昭明、又似有物矣。既只是理、則安得有所謂氣與昭明者哉。及觀禮運論祭祀則曰、以嘉魂魄、是謂合莫。注謂、莫、無也。又曰、上通無莫。此説又似與祭義不合。曰、如子所論、是無鬼神也。鬼神固是以理言、然亦不可謂無氣。所以先王祭祀、或以燔燎、或以鬱鬯。以其有氣、故以類求之爾。至如禍福吉凶之事、則子言是也。八十七。
【読み】
問う、聖人の凡そ鬼神を言うは、皆只是れ理の屈伸する者を以て言うなり。鬼神禍福凶吉等の事を言うに至れば、亦只是れ理を以て言うのみ。蓋し人は鬼神天地と此の一理を同じくして、理は則ち不善有ること無し。人能く理に順わば則ち吉、理に逆えば則ち凶、其の禍福に於て亦然り。豈天地鬼神一一人に下降すと謂わんや。書に天道善に福し淫に禍すと稱し、易に鬼神盈を害して謙を福するを言うが如き、亦只是れ這の意思なり。祭義に、宰我曰く、吾鬼神の名を聞けども、其の所謂を知らず。孔子曰く、神は氣之盛んなり。魄は鬼の盛んなり。又曰く、衆生必ず死し。死すれば必ず土に歸す。是れを之れ鬼と謂う。骨肉は下に斃し、陰は野土と爲る。其の氣上に發揚し、昭明、焄蒿、悽愴を爲し、百物の精、神の著なり。魄既に土に歸す。此れ則ち問わず。其れ氣と曰い、精と曰い、昭明と曰い、又物有るに似るなり。既に只是れ理なれば、則ち安んぞ謂う所の氣は昭明となる者有るを得んや。禮運の祭祀を論ずるを觀るに及べば則ち曰く、以て魂魄を嘉ます、是れ合莫と謂う。注に謂う、莫は、無なり。又曰く、上無莫に通ず。此の説も又祭義と合わざるに似る。曰く、子論ずる所の如き、是れ鬼神無きなり。鬼神は固より是れ理を以て言えども、然るに亦氣無しと謂う可からず。先王の祭祀の、或いは燔燎を以てし、或いは鬱鬯を以てする所以なり。其の氣有るを以て、故に類を以て之を求むるのみ。禍福吉凶の事の如きに至りては、則ち子の言是れなり。八十七。

此章ことの外長い問ぞ。是が出たで上の段の捌きになる。皆一箇渾淪底の意思で片を付たがる。此問の人の意も伊川が根ぞ。鬼神を理で断する日には洗ぬいたやうで胸のすくほどなものなれども、鬼神の六ヶしいが理くつづめがようない。世間の云鬼神は恠いを云。そこへ理を出すことなり。さて、垩人凡言鬼神は理じゃと云意なり。これで疑は晴れることなり。春夏は神、秋冬は鬼。昼は神、夜は鬼。皆道理じゃ。垩人與鬼神合吉凶の、福善禍淫のと理で云ことで、上に何かあると云やうには云はず。天地か鬼神、人も鬼神。一つことじゃ。順理則吉、逆理則凶と云か、上にものある、そら恐しいばちをあてるの筋でない。理なりの端的か吉、理に背く端的か凶。別に鬼神はない。天地か一々に下降して、上から見ていた通りにあれは褒美なり、これには咎を云付ると役人めいたことはないと、禍福から云たものなり。書経などにも此筋あり。上に居てさいなむやうに人のするやうなことではないと、理斗りに見た問なり。
【解説】
「問、聖人凡言鬼神、皆只是以理之屈伸者言也。至言鬼神禍福凶吉等事、亦只是以理言。蓋人與鬼神天地同此一理、而理則無有不善。人能順理則吉、逆理則凶、於其禍福亦然。豈謂天地鬼神一一下降於人哉」の説明。問い手は鬼神を理詰めで言う。神が上にいて、人のする様に褒美や咎をするわけではなく、理の通りであれば吉、それに背けば凶なのだと言った。
【通釈】
この章はことの外長い問いである。これが出たので上の段の捌きになる。皆一箇渾淪底の意思で片を付けたがる。これを問うた人の意も伊川が根にある。鬼神を理で断ずる日には洗い抜いた様で胸のすくほどのことなのだが、鬼神が難しいのは理屈詰めではよくないからである。世間の言う鬼神は怪しいことを言うが、そこへ理を出す。さて、「聖人凡言鬼神」のことは理だと言う意である。これで疑いは晴れる。春夏は神、秋冬は鬼。昼は神、夜は鬼。皆道理である。「聖人与鬼神合吉凶」や、「福善禍淫」と理で言い、上に何かがあるとは言わない。天地も鬼神、人も鬼神で一つことである。「順理則吉、逆理則凶」というのが、上にものあってそら恐ろしい罰を当てる筋ではない。理の通りの端的が吉、理に背く端的が凶で、別に鬼神はなく、天地が一々下降して、上から見ていた通りにあれには褒美を遣り、これには咎を言い付けるなどと、役人めいたことはないと禍福から言ったもの。書経などにもこの筋がある。上にいて苛む様な、人のする様なことではないと、理ばかりに見た問いである。
【語釈】
・渾淪…朱子語類51。「正淳問、仁者、心之德、愛之理。義者、心之制、事之宜。德與理倶以體言、制與宜倶以用言否。曰、心之德、是渾淪説、愛之理、方説到親切處」。列子天端。「子列子曰、昔者聖人因陰陽以統天地。夫有形者生於無形、則天地安從生。故曰、有太易、有太初、有太始、有太素。太易者、未見氣也。太初者、氣之始也。太始者、形之始也。太素者、質之始也。氣形質具而未相離。故曰渾淪。渾淪者、言萬物相渾淪而未相離也」。
・垩人與鬼神合吉凶…易経乾卦文言伝6。「夫大人者、與天地合其德、與日月合其明、與四時合其序、與鬼神合其吉凶。先天而天弗違、後天而奉天時。天且弗違、而況於人乎、況於鬼神乎」。
・福善禍淫…書経湯誥。「天道福善禍淫。降災于夏、以彰厥罪」。

○這意思とは、問手か吾か今云たことゆへ、書経や易にある、あのあんばいとをとすことなり。何にをとすなれば理にをとすことぞ。さて、それから先を云たのが、祭義にあると出したもの。これまで理できめてつめたく申たれども、氣で云とちと差支ることある。温まると云こともある。こまったものと朱子に質したもの。所謂の二字点を上から下せばいはれと云こと。ことはりと云意なり。下からかへれは所謂は前云たことにつかふ。所謂[いわれ]はあやと云こと。されとも大学の所謂は上に云所はと云ことなれとも、つまり爰のいはれも取てはなれたことではない。宰我か所謂と云は、いはれとよむ例なり。鬼神々々と名斗覚て吾人申すことじゃか、はきとしたいはれをしらぬとなり。孔子の答が魂魄で云たこと。神也者氣之盛也と、とんと陽物じゃ、まけぬ男じゃと云。魂の勝たのじゃ。足痛歩行ならぬと云ても、玉しいの丈夫をもったと云がある。その玉しいと云か氣之盛なり。
【解説】
「如書稱、天道福善禍淫、易言、鬼神害盈而福謙、亦只是這意思。祭義、宰我曰、吾聞鬼神之名、不知其所謂。孔子曰、神也者、氣之盛也」の説明。問者が、書経や易は理で言うこともできるが、祭義の語は気で言うので差し支えると言った。孔子が鬼神を魂魄で言ったのである。
【通釈】
○「這意思」とは、問い手が自分の今言ったことは書経や易にある、あの塩梅と落としたこと。何に落とすかと言うと理に落とすのである。さて、それから先に言うのが、祭義にあると出したこと。これまで理で決めて冷たく申したが、気で言うと一寸差し支えることがある。温まるということもある。困ったものだと朱子に質したのである。「所謂」の二字点を上から下せば謂れということで、ことわりという意である。下から返れば所謂は前に言ったことに使う。所謂[いわれ]は綾ということ。しかしながら、大学の所謂は上に言う所はということであって、つまりはここのいわれも全く離れたことではないが、宰我が所謂と言ったのは、いわれとよむ例である。私達は鬼神という名ばかり覚えて申してはいるが、はっきりとしたいわれを知らないと言った。孔子の答えは魂魄で言ったこと。「神也者気之盛也」と、全くの陽物だ、負けない男だと言った。魂が勝っているのである。足痛で歩行もできないと言っても、魂を丈夫に持っているということがある。その魂というのが気之盛である。

○魄者鬼之盛也。からだの上にしゃんと生たものを持てをる。魂は了簡分別したり、喜ぶの怒るの動くのと云氣の盛なり。魄は其となりにべったりと付ひたもので、形の上のいきたものなり。魂にも魄にも盛の字を付て仰られたが面白い。隂陽か盛でないとぐったりとなる。形の上にも盛て生きたものある。そこを鬼と云て魄のことなり。魂と魄とたし合て、どちもめりかりかなく盛と云て生てをる。そこでどちにも盛の字ぞ。さて此盛の字が理の名ではない。氣から立た名そ。人は隂も盛、陽も盛じゃが、微物の方では片々ものなり。蜂などと云がぶん々々云処ずんと強い声なり。魂の方は盛なれとも魄が弱い。からだの方は團で打ても切れる。鰻魚や鰌ほどは魄がつよい。人の難有さは兩方もってをる。盛は氣の名と云が動ぬことで、孟子浩然章にも盛大とある。中庸鬼神為德盛哉。どれも氣が主ぞ。人は魂と魄がだき合てをる。
【解説】
「魄也者、鬼之盛也」の説明。魂は了簡を分別したり、喜んだり怒ったり動くということで、気の盛んなこと。魄はその隣にべったりと付いたもので、形の上に生きたものである。人だけが魂も魄も盛んである。ここで盛んと言うのは気で言ったこと。
【通釈】
○「魄也者、鬼之盛也」。体の上にしゃんと生きたものを持っている。魂は了簡を分別したり、喜んだり怒ったり動くという気の盛んなこと。魄はその隣にべったりと付いたもので、形の上の生きたものである。魂にも魄にも盛の字を付けて仰せられたのが面白い。陰陽が盛んでないとぐったりとなる。形の上にも盛んで生きたものがある。そこを鬼と言うが、それは魄のことなのである。魂と魄と足し合うので、どちらも甲乙がなく盛んだと言い、生きている。そこでどちらにも盛の字がある。さてこの盛の字は理の名ではない。気から立った名である。人は陰も盛んで陽も盛んだが、微物の方では片方なもの。蜂などというのはぶんぶんという処はかなり強い声で、魂の方は盛んだが魄が弱い。体の方は団扇で打っても切れる。鰻魚や鰌などは魄が強い。人の有難さには両方を持っている。盛は気の名というのが確かなことで、孟子の浩然の章にも盛大とある。中庸に鬼神為徳盛哉と、どれも気が主である。人は魂と魄が抱き合っている。
【語釈】
・盛大…孟子公孫丑章句上2集註。「浩然、盛大流行之貌。氣、即所謂體之充者」。
・鬼神為德盛哉…中庸章句16。「子曰、鬼神之爲德其盛矣乎」。

遊魂為変は魂がはっととぶ。そこで魄もをち子ばならぬ。別々なものは今まをっとが死でも妻が後家ぐらしと云こともあるが、人のからだは魂と魄と生てをるゆへ、魂かちると魄は残て独り立はならぬ。隂れて為野土。どのやうな厚ひ棺椁で松脂をたんとかけて腐ぬとこそいへ、つまりは土になるにきまったもの。垩人の厚い思召で、親の死たにいつ迠もかこをふと云さうなものなれとも、土に皈す筈のものゆへ埋子はならぬことなり。魂は上り魄は下る。魂はちっても魄はしばらくは活たやうにみへるも隂のもち前なり。魂はふいと上へのぼりきへる。そこで玉よばいと云ことあり。これで魂ののぼると云が知れる。唐の礼ですると云斗りで、此方にも五箴内のうちに復ひ[玉よばい]のある所ありときく。古からこちにも傳りてある。礼書にある通り、死者の衣を持て屋根へあがり、某の人復れといふて招ぶ。それも死者の魄にををひ々々々することなり。魂を体魄へよびかかへすことぞ。
【解説】
「又曰、衆生必死。死必歸土。是之謂鬼。骨肉斃於下、陰爲野土」の説明。人は魂魄で生きているのだから、魂が飛ぶと魄は落ちなければならない。土に帰るのである。魂は上に行ったので、魂呼ばいということもある。
【通釈】
「遊魂為変」で魂がはっと飛ぶ。そこで魄も落ちなければならない。別々なものは、今夫が死んでも妻が後家暮らしということもあるが、人の体は魂と魄とで生きているので、魂が散ると魄は残って独り立ちすることはできない。「陰為野土」。どの様な厚い棺椁で松脂を沢山かければ腐らないとは言うが、つまりは土になることに決まっている。聖人の厚い思し召しからは、親が死んだらいつまでも囲おうと言いそうなものだが、土に帰す筈のものなので埋めなければならない。魂は上り魄は下る。魂は散っても魄は暫くは活きている様に見えるのも陰の持ち前である。魂はふいと上へ上り消える。そこで魂呼ばいということがある。これで魂が上るというのが知れる。唐が礼ですると言うばかりでなく、こちらにも五箴内の内に魂呼ばいのある所があると聞く。古からこちらにも伝わってある。礼書にある通り、死者の衣を持って屋根へ上り、その人復れと言って招く。それも死者の魄に呼び掛けること。魂を体魄へ呼び返すのである。
【語釈】
・遊魂為変…易経繋辞伝上4。「仰以觀於天文、俯以察於地理、是故知幽明之故。原始反終、故知死生之説。精氣爲物、遊魂爲變、是故知鬼神之情状」。
・玉よばい…魂呼ばい。死者の魂を呼びもどす儀式。死者があると屋根に登って、大声でその名を呼ぶ習俗が広く行われていた。招魂。

○昭明。人の死ぬときひかりとすること。此かいつもさやうと云ことでもないが、魂には光りと云がいやと云れぬこと。火ゆへひかりなり。焄蒿は白ひなり。魄に付たこと。悽愴は人の心へひびきいたむなり。人の死ぬときそばにをる者の胸へきやりといたむ。ぞっとすること。此ぞっとすると云字が、上の二つの盛の字からとみることぞ。牡丹の花をもきったとき、はてをしいと云がぞっとはせぬ。盛んなものにはぞっとする。微物にはぞっとはせぬ。人は万物の霊ゆへちがふはづなり。禽獣でも馬か死子は鼠のやうには思はれぬ。○百物と云は万物と云ことなり。精、神之著なりは、光りかみへるの、にほふのと云か、もののはなれるときのこと。死物にはない。仁王のやけるはなんのことなし。立臼も同しこと。百物、人を始めなんでも生氣あるもののこと。
【解説】
「其氣發揚於上、爲昭明、焄蒿、悽愴、百物之精、神之著也。魄既歸土。此則不問」の説明。魂は火なので、死ぬ時に光る。「焄蒿」は白いことで、魄に付いたこと。「悽愴」は人の心へ響き痛むこと。それはぞっとすることで、人は万物の霊なので響く。
【通釈】
○「昭明」。人が死ぬ時に光ること。いつもこの様だということでもないが、魂は光だというのが否定できないこと。火なので光である。「焄蒿」は白いことで、魄に付いたこと。「悽愴」は人の心へ響き痛むこと。人が死ぬ時に側にいる者の胸へきりっと痛む。ぞっとすること。このぞっとするという字が、上の二つの盛の字からと見ること。牡丹の花を切った時にはさて惜しいと言うがぞっとはしない。盛んなものにはぞっとする。微物にはぞっとしない。人は万物の霊なので違う筈である。禽獣でも、馬が死ぬのは鼠の様には思われない。○「百物」は万物ということ。「精、神之著也」は、光が見えたり匂ったりすると言うのが、ものの離れる時のことで、死物にはない。仁王が焼けても何事もない。立臼も同じこと。百物とは、人を始めとして何でも生気のあるもののこと。

○神之著也。もと形ないものなれども、かくはあらはるるなり。人の魂のあらはるることを云ものを云は魂、耳のきこへる目のみへる、きら々々した処は魄。此はなれきはゆへあり々々とみへるなり。惣体著はるると云文字は、とこてか伽羅をたひたそうなの、あの藥には肉桂入るそうなのと云が著はるると云意なり。人の上の鬼神をみせること故大切のことなり。中庸は初め鬼神之為德盛乎哉と天地の造化の上て発しられて、鬼神を天地て云。それでは人の方へうとひから、使齊明盛服享祭祀と出して天地も人も同く鬼神じゃと示す。そこで此一節へは、そっと朱子の爰の孔子の語をもてゆきて註をされた手ききなり。祭は外神も先祖も一つなれとも、先祖を祭るにこれを云はとうなれば、其死たとき、散った氣を聚るから此のことなくてならぬなり。此問ふ人のやうに理て片を付てさらりとするが氣を云ときに差支る。もと祭は氣が主なり。孔子の語にこまったことあると問たものなり。理でゆかぬ、そこにまちがいが出来ての問なり。
【解説】
神は本来形のないものだが、この様に著れることがある。そこで祭祀をすれば、死んだ時に散った気を聚めることができる。これは気のことだから、理で説いてもうまくは行かない。
【通釈】
○「神之著也」。元々形のないものだが、この様に著れる。人の魂の著れることを言う時は魂で、耳が聞こえ目が見え、きらきらとした処は魄である。これが離れ際なのでありありと見える。総体、著れるという文字は、何処かで伽羅を焚いた様だ、あの薬には肉桂が入っているそうだというのが著れるという意である。これは人の上の鬼神を見せることなので大切なことである。中庸は初めに「鬼神之為徳盛乎哉」と天地の造化の上て発せられて、鬼神を天地で言う。それでは人の方へ疎いから、「使斉明盛服享祭祀」と出して天地も人も同じく鬼神だと示す。そこでこの一節へは、そっと朱子がこの孔子の語を持って行って註をされたという手際である。祭は外神も先祖も一つなことだが、先祖を祭るのにこれを言うのはどうしてかと言うと、死んだ時に散った気を聚めるから、このことがなくてならないのである。この問う人の様に理で片を付けてさらりとすると、気で言う時に差し支える。本来、祭は気が主である。孔子の語に困ったことがあると問うたのも、理ではうまく行かないからで、そこに間違いができての問いである。
【語釈】
・使齊明盛服享祭祀…中庸章句16。「使天下之人齊明盛服、以承祭祀。洋洋乎。如在其上、如在其左右」。

○氣の精の昭明のと云が物あるに似てひょんなものじゃが、実は理なれはかうこそ云へ、昭明はないと手前の理ずりから孔子をも推てくる。理に昭明の焄蒿のと云ことはない。そこて祭義のはよいが礼運に又一つ異なことある。祭義さへも温かすぎる云分じゃに、礼運は魂魄の嘉せるとある。死た魂魄の御馳走申すなり。あれらは又一物あるになる。祭義と合ぬとなり。さて、此か鬼神を饗應する。そのことを合莫と云。鄭玄が注に莫は無也。形ないものを合せて、そこて祭る。臺所て料理をするが御客はどれと云に、駕にのっては来すなり。上通無莫。祭をすると無い外へ通すると礼運の註にあるがなり。生た親にむまいものを進するは形ある。無莫に通するは、死た親は何もない。そこへ通するのぞ。問は夲意とり違たから合ぬと云。祭義の方をば問手が己の了簡でないにして礼運に合ぬと云ふ也。これが鬼神の妙を知すに理で片を付るゆへなり。たたい祭義のと礼運のがよく合たことなり。朱子の答はそこを細に示さず、ただ根の心得ちがいをただせり。
【解説】
「其曰氣、曰精、曰昭明、又似有物矣。既只是理、則安得有所謂氣與昭明者哉。及觀禮運論祭祀則曰、以嘉魂魄、是謂合莫。注謂、莫、無也。又曰、上通無莫。此説又似與祭義不合」の説明。礼運にも「嘉魂魄」とあり、それではまた一物があることになって祭義と合わないと問者は言う。しかし、それは「合莫」であり、ないものを祭って通じることなのである。祭義と礼運とはよく合う。
【通釈】
○気の精や昭明というのが物にあるのに似てひょんなものだが、実は理で言うからこそその様に言うのであって、昭明はないと自分の理吊りから孔子をも批判する。理に昭明や焄蒿ということはない。そこで祭義のはよいが、礼運にまた一つ異なことがある。祭義さえも温か過ぎる言い分なのに、礼運には「嘉魂魄」とある。死んだ魂魄に御馳走を申すこと。それではまた一物があることになり、祭義と合わないと言う。さて、ここは鬼神を饗応することだが、そのことを「合莫」と言う。鄭玄の注に「莫、無也」とある。形のないものを合わせて、そこで祭る。台所で料理をするが、御客はどうだと言えば、駕籠に乗って来ない。「上通無莫」。祭をすると、ない外へ通ずると礼運の註にある。生きた親に美味いものを進ずるのには形がある。無莫に通ずるとは、死んだ親は何もない。そこへ通ずること。この問いは本意を取り違えたから合わないと言った。問い手が祭義の方を自分の了簡ではないとして、それが礼運に合わないと言う。それは鬼神の妙を知らずに理で片を付るからである。そもそも祭義と礼運とはよく合ったもの。朱子の答えはそこを細かに示さず、ただ根本の心得違いを正したのである。
【語釈】
・魂魄の嘉せる…礼記上礼運。「作其祝號、玄酒以祭、薦其血毛、腥其俎。孰其殽、與其越席、疏布以冪、衣其澣帛、醴塿以獻、薦其燔炙。君與夫人交獻、以嘉魂魄、是謂合莫」。

○如此無鬼神也。こなたのやうに云へば、鬼神はないになる。理て斗では鬼神を太極ぎりで片を付るのなり。以燔燎は庭燎や蕭をたく。酒を灌くのと云は氣あるからなり。論語へは膳は供へぬ。釈菜するは孔子を氣て祭るゆへ供物あるぞ。只理と片付てはわるい。福善禍淫はこなたの云理でさばくがよい。鬼神は氣と云ても延命地蔵はわけなしに命を長くせふと云。医者に聞て保生するがよい。こなた不養生、夕の酒やめやれのと云なり。理のさはきぞ。
【解説】
「曰、如子所論、是無鬼神也。鬼神固是以理言、然亦不可謂無氣。所以先王祭祀、或以燔燎、或以鬱鬯。以其有氣、故以類求之爾。至如禍福吉凶之事、則子言是也」の説明。論語に供物を上げることはないが、釈菜は気で祭るから供物がある。「福善禍淫」や延命は理で捌くのがよいが、ここの鬼神は気で捌くのである。
【通釈】
○「如此無鬼神也」。貴方の様に言えば、鬼神はないことになる。理でばかりでは鬼神を太極だけで片付けることになる。「以燔燎」は庭燎や蕭を焚くこと。酒を潅ぐと言うのは気があるからである。論語へは膳を供えない。釈菜をするのは、孔子を気で祭るから供物があるのである。ただ理と片付けては悪い。福善禍淫は貴方の言う理で捌くのがよい。鬼神は気だと言うが、延命地蔵はわけもなく命を長くしようと言う。医者に聞いて養生するのがよい。貴方は不養生だから夕の酒を止めなさいと言う。それが理の捌きである。
【語釈】
・庭燎…庭でたくかがり火。特に、君主の庭中でたいまつを焚いて、夜中参内の諸臣を照らしたもの。
・釈菜…孔子を祭る儀式。釈奠と釈菜がある。


鬼神只是氣條
40
鬼神只是氣。屈伸往來者、氣也。天地間無非氣。人之氣與天地之氣常相接、無間斷、人自不見。人心才動、必達於氣。便與這屈伸往來者相感通。如卜筮之類、皆是心自有此物。只説儞心上事、才動必應也。三下同。
【読み】
鬼神は只是れ氣なり。屈伸往來は、氣なり。天地の間氣に非ざる無し。人の氣は天地の氣と常に相接し、間斷無けれども、人自ら見ず。人心才かに動けば、必ず氣に達す。便ち這の屈伸往來なる者と相感通す。卜筮の類の如き、皆是の心自ら此の物に有り。只儞の心上の事を説くに、才かに動けば必ず應ずるなり。三下同。

前に理斗りを云、其跡へ此條、氣ぞ。中庸は道の証文、理か入用。鬼神のさたは氣が入用ぞ。天地の間にはたらきの出来るものは氣ぞ。雨のふる、風のふくのと云は理なれとも、雨と云もの、風と云ものつかまへたときが氣なり。其氣か生てはたらくで働かせるものが生たものなくてはならぬ。そこが鬼神なり。○天地間無非氣云云人自不見。氣はみちきったものなれとも、氣は細なものゆへ目にみへぬ。昼のあかるく夜のくらいは隂陽の大分ゆへだれも見れとも、今ま日中にも氣か人の身にへだてなく充てをる処はみへぬ。空曇るとくらい。晴るとあかるい。これもみへるが、全体の氣がもよ々々たへまなく充た処を見ることはならぬ。鏡にいきをかけてくもる。あたたまつの付たは氣の聚たことゆへみゆるが、さうなくくる々々まはるうちに氣のあつまることあるはみへぬ。耳の中にも目の中にもみち々々てめぐる。さうないと人か死ぬ。天地は氣のめぐるでつりてをる。さうないと落る。
【解説】
「鬼神只是氣。屈伸往來者、氣也。天地間無非氣。人之氣與天地之氣常相接、無間斷、人自不見」の説明。天地の間で働きのあるのが気であり、それを働かせるのが鬼神である。気は充ち切ったものだが、それは見えないもの。
【通釈】
前条は理ばかりのことを言い、その後のこの条は気で言う。中庸は道の証文で理が入用だが、鬼神の沙汰は気が入用である。天地の間に働きのできるものは気である。雨が降る、風が吹くというのは理だが、雨や風を掴まえて言う時が気である。その気が生きて働くので、働らかせるものは生きたものでなくてはならない。そこが鬼神である。○「天地間無非気云云人自不見」。気は充ち切ったものだが、細かなものなので目に見えない。昼が明るく夜が暗いのは陰陽の大分なので誰もが見ることができるが、今日中にも気が人の身に隔てなく充ちている処は見えない。空が曇ると暗い。晴れると明るい。これも見えるが、全体の気がもよもよと絶え間なく充ちている処を見ることはできない。鏡に息をかけると曇る。温まりが付くのは気が聚まったことなので見えるが、そうではなく、くるくると回る内に気が聚まることのあるのは見えない。耳の中にも目の中にも充ちて廻る。そうでないと人が死ぬ。天地は気が廻ることで吊っている。そうでないと落ちる。

先軰の云、魚の水を知ぬのなり。人も氣中に有て氣を知ぬ。鳥の飛か、あれがからたの動の斗でない。天から氣で動かせる。動かせてもらふてをる。天地の氣は身動もならぬほど充たもの。扇を揺かせば風の出るも、其みちた処へあたるから出る。蜂の向ふてくるを、帚を動すとよることのならぬは、あれが帚を恐るる。知はないが、みちた氣が帚であをるでよることがならぬ。人心かちらと動くとよいこともわるいこともはや天地へ知るる。小鮒が水中で水をふくと、それだけはや泡が立つてみへる。向へそれだけ水が動く。すべの人の呼吸が向へふくと、口の外が皆氣がみちてをる。これじきに天地の氣と一つになる。人心一寸動く、さら々々みへぬが、はや天地へは達する。
【解説】
「人心才動、必達於氣」の説明。万物が動くのは、天が気で動かしているのである。天地は気で充ちているので、人心も天地に達する。
【通釈】
先輩が、それは魚が水を知らないのと同じだと言った。人も気中にあって気を知らない。鳥が飛ぶのは、体が動くからだけではない。天が気で動かす。動かせて貰っているのである。天地の気は身動きもならないほどに充ちたもの。扇を揺がせば風が出るのも、その充ちた処へ当たるから出る。蜂が向かって来ても、箒を動かすと寄ることができないのは、あれが箒を恐がるから。知はないが、充ちた気があって箒で扇ぐので寄ることができない。人心が一寸動くとよいことも悪いことも早くも天地へ知れる。小鮒が水中で水を吹くと、それだけ早くも泡が立つのでこれがわかる。向こうへそれだけ水が動く。全て、人が呼吸をして向こうへ吹くと、口の外は皆気が充ちているので、直に天地の気と一つになる。人心が一寸動くのはさらさら見ることはできないが、早くも天地に達する。

○便與這箇屈伸往来者相感通。屈伸往来は天地の氣なり。人が其中にをるから、怒ることも喜ふことも天地の氣とべったりとはらまれた中ゆへ感通する。楊震が天知地知子知吾知は理で云たことなれとも、よく氣を合点した云分なり。親を面倒と思ふ、君に不忠を思ふ、じきに天地へ知るる。氣が一とつつきゆへぞ。思へはこはいことなり。
【解説】
「便與這屈伸往來者相感通」の説明。人は充ちた気の中にいるから感通する。不孝不忠も直に天地に知れる。
【通釈】
○「便与這屈伸往来者相感通」。屈伸往来は天地の気である。人はその中にいるから、怒ることも喜ぶことも天地の気にべったりと孕まれた中なので感通する。楊震の「天知地知子知吾知」は理で言ったことだが、よく気を合点した言い分である。親を面倒だと思い、君に不忠を思えば直に天地へ知れる。それは気が一続きだからである。思えば恐いことである。
【語釈】
・屈伸往来…易経繋辞伝下5。「易曰。憧憧往來、朋從爾思。子曰、天下何思何慮。天下同歸而殊塗、一致而百慮。天下何思何慮。日往則月來、月往則日來、日月相推而明生焉。寒往則暑來、暑往則寒來、寒暑相推而歳成焉。往者屈也、來者信也。屈信相感而利生焉。尺蠖之屈、以求信也。龍蛇之蟄、以存身也。精義入神、以致用也。利用安身、以崇德也。過此以往、未之或知也。窮神知化、德之盛也」。
・天知地知子知吾知…後漢書楊震列伝。「大將軍鄧騭聞其賢而辟之、舉茂才、四遷荊州刺史、東萊太守。當之郡、道經昌邑、故所舉荊州茂才王密爲昌邑令。謁見、至夜懷金十斤以遺震。震曰、故人知君、君不知故人、何也。密曰、暮夜無知者。震曰、天知、神知、我知、子知。何謂無知。密愧而出。

○如卜筮之類云云。三宅先生の狼疐録中の諸説よく爰を知りた。吾胸でさばけぬことの六ヶしいことの、君に暇を乞ふ、妻の縁をきるのと云、そこを占ふたとき、往けば吝さしの、大川を渉るに利しのと出る。空な天へ問ことなれとも、じきに吾今日の用向にひびく。屈伸往来と感通が一つになる。こんなことを理で云たはいくらもあるが、理では凡心にはひびきが遠ひ。此條、氣てこれを云で身にびり々々とじかにひびく。かうした云とりの説はめづらしい。朱子が人は天地一枚と云ことを前々知れぬと云ではなけれとも、雲谷へ登るときにべったりと雨にぬれて一入にひびかれて、西銘の注が出来たと云も氣で感したことなり。此からだ親にもらふたも知れたが、じかに天地の氣で云で親切なり。鬼神はかうべったりと感通を手どりにとくでなくては面白ない。感通を理と斗り片付ると遠よそになる。氣でなくてはしかとせぬことなり。寒いとき一盃のむ。其氣であたたまる。ひだるいとき一杯くふ。其氣て暖まる。寒いとき夲草の酒の部の吟味しては温らぬ。呑とあたたまる。理と氣とのあたりぞ。感通は氣て云ことぞ。理に感應があれはうっとうしい。無声無臭てない。されとも、其感應のあると云は理からなり。
【解説】
「如卜筮之類、皆是心自有此物。只説儞心上事、才動必應也」の説明。卜筮も天に届くもの。屈伸往来と感通が一つになる。しかし、感応があるのは理からである。
【通釈】
○「如卜筮之類云云」。三宅先生の狼疐録中の諸説はよくここを知ってのこと。自分の胸で捌けないことや難しいことで、君に暇を乞うことや妻と縁を切るということを占った時、「往吝」だとか「利渉大川」と出る。空な天へ問うことなのだが、直に自分の今日の用向きに響く。屈伸往来と感通が一つになる。こんなことを理で言うことはいくらでもできるが、理では凡そ心への響きが遠い。この条は氣でこれを言うので身にびりびりと直に響く。こうした言い取りの説は珍しい。朱子は人が天地一枚だということを前々から知らなかったというのではないが、雲谷へ登った時にべったりと雨に濡れて一入に響かれ、西銘の注ができたというのも気で感じたこと。この体は親に貰ったものだというのは知れたことだが、直に天地の気で言うので親切である。鬼神はこの様にべったりと感通を手取りにして説くのでなくては面白くない。感通を理ばかりで片付けると遠余所になる。気でなくてははっきりとしないのである。寒い時に一盃飲む。その気で温まる。ひだるい時に一杯食う。その気で暖まる。寒い時に本草の酒の部の吟味したのでは温まらない。飲むと温まる。理と気との当たりである。感通は気で言うもの。理に感応があればうっとうしい。無声無臭ではない。しかし、その感応があるというのは理からである。
【語釈】
・無声無臭…中庸章句33。「上天之載、無聲無臭。至矣」。詩経大雅文王。「上天之載、無聲無臭」。


鬼神便只是此氣條
41
問、鬼神便只是此氣否。曰、又是這氣裏面神靈相似。
【読み】
問う、鬼神は便ち只是れ此の氣なるや否や。曰く、又是れ這の氣の裏面に神靈相似す。

前條は鬼神のことを理で主張するものあるから氣と落してみせたものなれとも、只氣々と片を付ると沼の杜若、畠の牛蒡を取てきて、これが鬼神じゃと云になる。それも鬼神をはなれたものでもないとこそいへ、あんまりなことになる。そこで此条は、氣は氣じゃが、氣の灵妙なものを云となり。よい幷びぞ。相似たと云字も灵妙だときっと片を付る。よくない。そんなほどらいのものじゃとなり。似たりが菖蒲杜若の似たりてない。氣の中に理のやうな霊妙なものある処が鬼神じゃと思やれとなり。氣と云ても霊妙と云になれは氣斗でない。そこに侮られぬ物が一つあることぞ。火鉢をみて、やれ鬼神をそろしやとも云れぬが、火の中へは手の入られぬと云ものかある。をれか屋鋪の井戸じゃ、どうでもよいと云ても飛込れぬものある。それを霊と相似たりなり。
【解説】
鬼神とは、ただの気ではなく、気の霊妙なものである。
【通釈】
前条は鬼神のことを理で主張する者がいるから気で落として見せたものだが、ただ気で片を付けると沼の杜若や畠の牛蒡を取て来て、これが鬼神だと言う様になる。それも鬼神から離れたものでもないとこそ言え、あまりなことになる。そこでこの条は、気は気なのだが、それは気の霊妙なものを言ったことだと言う。よい並び様である。「相似」という字も、霊妙なものだとしっかりと片を付けるのはよくない。その様なものだということ。似るというのが菖蒲と杜若が似ている様なことではない。気の中に理の様な霊妙なもののある処が鬼神だと思えと言う。気と言っても、それが霊妙だということになれば気ばかりではない。そこに侮れない物が一つある。火鉢を見て、やれ鬼神恐ろしやとも言わないが、火の中へは手を入れられないというものがある。俺の屋敷の井戸だ、どうでもよいと言っても、飛び込めないものがある。それを霊と相似ると言う。


以主宰謂之帝條
42
或問、以主宰謂之帝。孰爲主宰。曰、自有主宰。蓋天是箇至剛至陽之物、自然如此運轉不息。所以如此、必有爲之主宰者。這様處要人自見得、非言語所能盡也。因舉莊子、孰綱維是、孰主張是、十數句。曰、他也見得這道理。六十八。
【読み】
或るひと問う、主宰を以て之を帝と謂う。孰か主宰と爲す。曰く、自ら主宰有り。蓋し天は是れ箇の至剛至陽の物、自然に此の如く運轉し息まず。以て此の如き所は、必ず之が主宰を爲す者有り。這の様の處は人自ら見得るを要し、言語の能く盡くす所に非ざるなり。因りて莊子、孰か是れを綱維す、孰か是れを主張するの十數句を舉ぐ。曰く、他は也た這の道理を見得。六十八。

以主宰謂之帝。伊川易傳の語なり。同じものでも名の付やうでさま々々かはることを云てある。主宰のときには帝と云は、帝の字で云は道理に威光を付て云こと。天子と云も四肢百骸は常人と同しこと。代ることはないなれとも、分なことなり。帝王の帝の字では靣白ことなり。此問人がたれか知らぬが、夫をたれが主宰すると問たはかいない問ぞ。朱子の自主宰するとなり。自然と持てをるとなり。別に主宰のしてが有ふならは何の發明ないことなり。
【解説】
「或問、以主宰謂之帝。孰爲主宰。曰、自有主宰」の説明。問い手が主宰は誰かと問うたのに対して、朱子は「自有主宰」と答えた。
【通釈】
「以主宰謂之帝」。伊川の易伝の語である。同じものでも名の付け様で様々変わることを言う。主宰の時に帝と言うのは、道理に威光を付けて言うこと。天子と言うのも四肢百骸は常人と同じで違うことはない筈だが、分なことがある。帝王の帝の字は面白い。この問う人は誰だか知らないが、誰が主宰すると問うたのは甲斐ない問いである。朱子が「自有主宰」と答えた。自然と持っていると言う。別に主宰をする人があるのなら、何も発明はない。

○至陽至剛之物。天之破損と云ことも落たと云こともない。すれは丈夫なもの。いつからくりの違たと云こともない。すれば主宰するものあるぞ。こんなことは手前がでて見ること。孰か主宰と云て、乳母が子ともを付釼持てをるのだいてをるのと云やうなことではないと問人へあてたもの。そこで跡へ荘子を出したもの。学礼而未得者須学荘子と云へり。直方の、権八にうそをつき習への筋ぞ。あまり屈託しては書はすめぬ。以主宰謂之帝、やれ靣白やと出子ばならぬことじゃに、孰がと尋る。そこで荘子などはちがったものじゃ、孰綱維是、孰主張是と云ばなしをして散した所が見所なり。老中若年寄天下の政を綱維主張するが、天にはそんなものないと云こと。綱維は全体をしゃんとくくったこと。主張はそこのめり込む所をはり立ること。孰か々々と云て仕手のないことを云た。あれが道理見得たじゃと向のうたうぬにあてて云たことなり。問手も孰と云、荘子も孰と云。字は一つでも違ふ。問は誰れぞあるかに疑ふ。荘子は誰もないに見取たなり。
【解説】
「蓋天是箇至剛至陽之物、自然如此運轉不息。所以如此、必有爲之主宰者。這様處要人自見得、非言語所能盡也。因舉莊子、孰綱維是、孰主張是、十數句。曰、他也見得這道理」。天に主宰はあるが、それは誰と言うことではない。問い手は誰かがあるのかと疑ったが、荘子は誰もないと見取っている。
【通釈】
○「至陽至剛之物」。天には破損することも落ちるということもない。それなら丈夫なもの。いつか絡繰が違うということもない。それなら主宰するものがある。こんなことは自分が出て見ること。「孰為主宰」と言うが、乳母が子供を付釼持っているとか抱いていると言う様なことではないと問い手に当てたもの。そこでこの後へ荘子を出した。「学礼而未得者須学荘子」と言ったのである。直方が権八に、嘘を吐き習えと言った筋である。あまり屈託しては書は済めない。「以主宰謂之帝」は、やれ面白いことだと出なければならないことなのに、孰がと尋ねる。そこは荘子などは違ったもので、「孰綱維是、孰主張是」と言い放しをして散じた所が見所なのである。老中や若年寄は天下の政を綱維主張するが、天にはその様なものはないと言ったこと。綱維は全体をしっかりと括ったこと。主張はめり込む所を張り立てること。孰がと言いながら、する者のないことを言ったのである。あれが道理を見得たのだと向こうがわかっていないのを当てたこと。問い手も孰と言い、荘子も孰と言う。字は一つでも違う。問い手は誰かがあるのかと疑う。荘子は誰もないと見取ったのである。
【語釈】
・荘子…荘子天運。「天其運乎、地其運乎、日月其爭於所乎、孰主張是、孰維綱是」。


福善禍淫條
43
問、天道福善禍淫。此理定否。曰、如何不定。自是道理當如此。賞善罰惡、亦是理當如此。不如此、便是失其常理。又問、或有不如此者、何也。曰、福善禍淫、其常理也。若不如此、便是天也把捉不定了。又曰、天莫之爲而爲、他亦何嘗有意。只是理自如此。且如冬寒夏熱、此是常理當如此。若冬熱夏寒、便是失其常理。又問、失其常者、皆人事有以致之耶、抑偶然耶。曰、也是人事有以致之、也有是偶然如此時。又曰、大底物事也不會變、如日月之類。只是小小底物事會變。如冬寒夏熱之類、如冬間大熱、六月降雪是也。近年徑山嘗六七月大雪。○七十九。
【読み】
問う、天道善に福し淫に禍す。此の理定まるや否や。曰く、如何んぞ定まらざらん。自ら是の道理當に此の如くなるべし。善を賞し惡を罰す、亦是の理當に此の如くなるべし。此の如からざる、便ち是れ其の常理を失う。又問う、或いは此の如からざる者有るは、何ぞや。曰く、善を福し淫を禍す、其れ常理なり。若し此の如からざる、便ち是れ天も也た把捉し定らずして了る。又曰く、天は之を爲すこと莫くして爲す、他は亦何ぞ嘗て意有らん。只是の理自ら此の如し。且つ冬寒夏熱の如き、此れ是の常理當に此の如くなるべし。冬熱夏寒の若きは、便ち是れ其の常理を失う。又問う、其の常を失う者は、皆人事以て之を致すこと有りや、抑々偶然なるや。曰く、也た是れ人事以て之を致すこと有り、也た是れ偶然此の如き時有り。又曰く、大底の物事は也た變を會せず、日月の類の如し。只是れ小小底の物事變を會す。冬寒夏熱の類の如き、冬間大熱、六月雪を降すが如き是れなり。近年徑山嘗て六七月大いに雪す。○七十九。

此問も天道福善禍淫、理ときめたこと。云やうに違いない。わるいではなし。夫が定らぬことはない。定たことじゃが、さう斗の心得では腹にたまらぬ、食ひたらぬ。さうゆかぬこともあるとなり。爰て却てさきの問垩人凡言鬼神の條の公事かさばける。実否はさうきめることかとなり。如何不定はをんでもないこととなり。倹約をすると身上なをる。驕るとつぶるる。かうなって叶はぬことなり。至如禍福吉凶之事則、こなたのが尤と云たと同ことと云さま、朱子は少し思召あることなり。不如此、則失常理。理と云ものが氣にのって助くものゆへ、からくりの違ふことある。定理通りにゆかぬもある。
【解説】
「問、天道福善禍淫。此理定否。曰、如何不定。自是道理當如此。賞善罰惡、亦是理當如此。不如此、便是失其常理」の説明。「天道福善禍淫」は理で言ったことに違いはないが、理は気の上に乗るものだから、定理通りに行かないこともある。
【通釈】
この問いも「天道福善禍淫」と、理と決めた言い様には違いがない。それが悪いわけではなく、それで定らないことではない。定まったことだが、そうとばかりの心得では腹に溜まらず食い足りない。そうも行かないこともあると言う。ここで却って前にあった問聖人凡言鬼神の条の公事が捌ける。「定否」はその様に決めることかと尋ねたこと。「如何不定」は勿論だということ。倹約をすると身上が直る。驕ると潰れる。こうでなくては叶わないこと。「至如禍福吉凶之事則」で、貴方の言うのは尤なことだと言いながら、朱子には少し思し召しがある。「不如此、則失常理」。理というものは気に乗って働くものなので、絡繰の違うことがある。定理通りに行かないこともあると言った。
【語釈】
・天道福善禍淫…書経湯誥。「天道福善禍淫。降災于夏、以彰厥罪」。
・をんでもない…言うまでもない。勿論。
・至如禍福吉凶之事則…問聖人凡言鬼神の条。「至如禍福吉凶之事、則子言是也」。

○又問。よい問た。さやうでござらふが、道理は動ぬものじゃからは辻つま揃へてゆきそうなものぞ。其ゆかはどうしてと一つ吟味をつめた問なり。朱子の此の把捉不定と云が道樂な答なり。天地が廣いことゆ定理をつかまへそこなふことあるなり。天も顔子を長生させ、孔子を御老中にせうと思たが、つかまへぞこなふたと道楽めいて云がさへぎったことなり。これが朱子の大眼力なり。辻つまの合ぬやうな合たことなり。天もしぞこないじゃと云こと。天にしぞこないはないはづと云が、折節はづれが出来ると云。そこが大眼力ぞ。天地は理なれとも、理が一人はたらきはせぬ。氣にのるゆへちがふことある。直方曰、くさめの出たやうなもの。風も引ぬが出る。なぜ々々と云ても出る。天地は大身代じゃ、筭用つめには云れぬ。五歳再閏と云もきっはりとは合ぬ。残るか足らぬ。そこをうめる。直方曰、帳靣の付落じゃ。百姓もきっとよいはづの苗のはづれたと云もある。大きく合点すると道体がら人事まですまぬことはない。一つ々々にほるやうに云てはすまぬことそ。天莫為之為す。今日の風て桃を咲せふの、今日の雨て苗をそだてやうのと云ことでなく、只雨ふり只風ふくなり。孟子の萬章の篇にある語なり。天は心なしにするが、道理のあとにゆくが定り。其脇へちっと出る事もある。寒い土用がある。冬熱夏寒則失常理。けしからぬ暖な冬もあると云こと。
【解説】
「又問、或有不如此者、何也。曰、福善禍淫、其常理也。若不如此、便是天也把捉不定了。又曰、天莫之爲而爲、他亦何嘗有意。只是理自如此。且如冬寒夏熱、此是常理當如此。若冬熱夏寒、便是失其常理」の説明。道理の通りに行かないのは何故かとの問いに、天地は広いので定理を掴まえ損なうこともあると朱子が答えた。天もし損なうことがある。それは、理は気に乗っているからである。天はあてなしにするので、脇へ出ることもある。
【通釈】
○「又問」。よい問いである。そうでしょうが、道理は動かないものなのだから、辻褄揃って行きそうなもの。その様に行かないのはどうしてかと、一つ吟味を詰めた問いである。朱子がここで「把捉不定」と言ったのが道楽な答えである。天地は広いので定理を掴まえ損なうこともある。天も顔子を長生きさせ、孔子を御老中にしようと思ったが、掴まえ損なったのだと道楽めいて言うのが冴え切ったこと。これが朱子の大眼力である。辻褄が合わない様で合ったこと。天もし損なうということ。天にし損ないはない筈だと言うが、折節外れができると言う。そこが大眼力である。天地は理だが、理は一人働きはしない。気に乗るので違うことがある。直方が、くしゃみが出た様なものだと言った。風邪も引かないのに出る。何故か出る。天地は大身代なので算用詰めには言えない。五歳再閏もきっぱりとは合わない。残るか足りないもの。そこを埋める。直方が、帳面への付け落ちだと言った。百姓もきっとよい筈の苗が外れたということもある。大きく合点すると道体から人事まで済まないことはない。一つ一つ掘る様に言っては済まない。「天莫之為而為」。今日の風で桃を咲せようとか、今日の雨て苗を育てようということでなく、ただ雨が降り、ただ風が吹く。孟子の万章の篇にある語である。天は心なしにするが、道理がその後に付いて行くのが定まりである。その時、脇へ一寸出る事もある。寒い土用がある。「冬熱夏寒則失常理」。怪しからぬ暖かな冬もあるということ。
【語釈】
・五歳再閏…易経繋辞伝上9。「大衍之數五十。其用四十有九。分而爲二以象兩、掛一以象三、揲之以四以象四時。歸奇於扐以象閏。五歳再閏、故再扐而後掛」。
・天莫為之為…孟子万章章句上6。「莫之爲而爲者、天也。莫之致而至者、命也」。

○又問、失其常者云云。これもよい問ぞ。上一人が中和の德を致れば片照り片降りはない筈だに、尭に九年の水と云がある。又、衰世には天のきげんのわるいすち、政のわるいでさま々々のことあるもある。是は時のまはり合せか人の上のしむけがわるいできげんのそこ子たのかと問なり。朱子又此問にも片を付ぬ。道楽に云たもの。人事でこちから招くもあり、又偶然もある。あの男は佛性じゃと云れても、葬埋の所へ雷の隕たと云こともある。わるいものの仕合よいもある。とかく天地か大きいゆへ煮てかためたやうなことはない。大きいと云ことではきっはりとはゆかぬもの。御成の掃除を茶人の二疂鋪を羽帚ではくやうにはゆかぬ。天地の方は大きいことゆへ、小便所も埃捨もある。羽帚てはゆかぬ。此間のことはどうなされたと天に問と、いやをれも氣か付ぬと云。づんとあちは無心てかまはぬなり。此夲文のやうに斗を云てはあまりきまりないから、録者か小書をした。大底と云は、日月の行度の南から日か出たの、今日で三日になるかまた夜かあけぬのと云やうなことはづんと昔からないこと。冬寒夏熱のるい、さっとのことはある。径山大雪。近年有たこと。六月の雪やかへり花のさく、小底のことなり。すれは理に常変あると云てもどなしても少つつのことで云こと。大きいことはちがはぬ。そこを元亨利貞天道之常と云。いこう安心なことなり。
【解説】
「又問、失其常者、皆人事有以致之耶、抑偶然耶。曰、也是人事有以致之、也有是偶然如此時。又曰、大底物事也不會變、如日月之類。只是小小底物事會變。如冬寒夏熱之類、如冬間大熱、六月降雪是也。近年徑山嘗六七月大雪」の説明。天地の狂いは人事で招くこともあり、偶然もある。天は大きく無心なので構いはしない。しかし、大きなことに違いはない。理に常変があると言っても、それは小さなことを指して言ったこと。
【通釈】
○「又問、失其常者云云」。これもよい問いである。上一人が中和の徳を致れば片照り片降りはない筈だが、堯に九年の水ということがある。また、衰世には天の機嫌が悪い筋もあり、政が悪いので様々なことがあることもある。これは時の巡り合わせか、人の上の仕向けが悪いので機嫌を損ねたのかとの問いである。朱子はこの問いにもまた片を付けず、道楽に言った。人事でこちらから招くこともあり、また偶然もある。あの男は仏性だと言われても、葬埋の所へ雷が隕ちたということもある。悪い者が幸せでよいこともある。とかく天地は大きいので、煮て固める様なことではない。大きいのできっぱりとは行かないもの。御成の掃除は茶人が二畳敷を羽箒で掃く様には行かない。天地の方は大きいことなので、小便所も埃捨てもある。羽箒ではうまく行かない。この間のことはどうなされたと天に問うと、いや俺も気が付かなかったと言う。全くあちらは無心で構わない。この本文の様にばかり言ってはあまり決まりがないから、録者が小書をした。「大底」とは、日月の行度で南から日が出たとか、今日で三日になるがまだ夜が明けないと言う様ことは全く昔からないということ。「冬寒夏熱之類」は少しはある。「径山大雪」。近年あったこと。六月の雪や返り花が咲くのは小底なこと。それで、理に常変があると言っても、それはどうしても小さなことで言ったこと。大きいことでは違わない。そこを「元亨利貞天道之常」と言う。それは大層安心なこと。
【語釈】
・尭に九年の水…史記夏本紀。「當帝堯之時、鴻水滔天、浩浩懷山襄陵、下民其憂。堯求能治水者、群臣四嶽皆曰鯀可。堯曰、鯀爲人負命毀族、不可。四嶽曰、等之未有賢於鯀者、願帝試之。於是堯聽四嶽、用鯀治水。九年而水不息、功用不成。於是帝堯乃求人、更得舜。舜登用、攝行天子之政、巡狩。行視鯀之治水無状、乃殛鯀於羽山以死。天下皆以舜之誅爲是。於是舜舉鯀子禹、而使續鯀之業」。
・元亨利貞天道之常…