生死鬼神之理條  四月朔日
【語釈】
・四月朔日…寛政5年(1793年)4月1日。

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問生死鬼神之理。明作録云、問、鬼神生死、雖知得是一理、然未見得端的。曰、精氣爲物、遊魂爲變、便是生死底道理。未達。曰、精氣凝則爲人、散則爲鬼。又問、精氣凝時、此理便附在氣上否。曰、天道流行、發育萬物、有理而後有氣。雖是一時都有、畢竟以理爲主、人得之以有生。明作録云、然氣則有清濁。氣之清者爲氣、濁者爲質。明作録云、清者屬陽、濁者屬陰。知覺運動、陽之爲也。形體、明作録作、骨肉皮毛。陰之爲也。氣曰魂、體曰魄。高誘淮南子注曰、魂者、陽之神。魄者、陰之神。所謂神者、以其主乎形氣也。人所以生、精氣聚也。人只有許多氣、須有箇盡時。明作録云、醫家所謂陰陽不升降、是也。盡則魂氣歸於天、形魄歸于地而死矣。人將死時、熱氣上出、所謂魂升也。下體游冷、所謂魄降也。此所以有生必有死、有始必有終也。夫聚散者、氣也。若理、則只泊在氣上。初不是凝結自爲一物。但人分上所合當然者便是理、不可以聚散言也。然人死雖終歸於散、然亦未便散盡、故祭祀有感格之理。先祖世次遠者、氣之有無不可知。然奉祭祀者既是他子孫、畢竟只是一氣、所以有感通之理。然已散者不復聚。釋氏卻謂、人死爲鬼、鬼復爲人。如此、則天地間常只是許多人來來去去、更不由造化生生、必無是理。至如伯有爲厲、伊川謂別是一般道理。蓋其人氣未當盡而強死、自是能爲厲。子産爲之立後、使有所歸、遂不爲厲、亦可謂知鬼神之情状矣。問、伊川言、鬼神造化之跡。此豈亦造化之跡乎。曰、皆是也。若論正理、則似樹上忽生出蕐葉、此便是造化之跡。又如空中忽然有雷霆風雨、皆是也。但人所常見、故不之怪。忽聞鬼嘯、鬼火之屬、則便以爲怪。不知此亦造化之跡、但不是正理、故爲怪異。如家語云、山之怪曰夔魍魎、水之怪曰龍罔象、土之怪羵羊。皆是氣之雜揉乖戻所生、亦非理之所無也、專以爲無則不可。如冬寒夏熱、此理之正也。有時忽然夏寒冬熱、豈可謂無此理。但既非理之常、便謂之怪。孔子所以不語、學者亦未須理會也。賜録云、問、世之見鬼神者甚多、不審有無如何。曰、世間人見者極多。豈可謂無。但非正理耳。如伯有爲厲、伊川謂別是一理。蓋其人氣未當盡而強死、魂魄無所歸、自是如此。昔有人在淮上夜行、見無數形象、似人非人、旁午克斥、出沒於兩水之間、久之、纍纍不絶。此人明知其鬼。不得已、躍跳之、衝之而過之下、卻無礙。然亦無他。詢之、此地乃昔人戰場也。彼皆死於非命。銜冤抱恨。固宜未散。○三。
【読み】
生死鬼神の理を問う。明作が録に云う、問う、鬼神生死、是の一理を知り得ると雖も、然れども未だ端的を見得ず。曰く、精氣物を爲し、遊魂變を爲すは、便ち是れ生死底の道理。未だ達せず。曰わく、精氣凝れば則ち人と爲り、散れば則ち鬼と爲る。又問う、精氣凝る時、此の理は便ち氣上に附在するや否や。曰く、天道流行、萬物を發育し、理有りて而る後氣有り。是れ一時に都て有りと雖も、畢竟理を以て主と爲し、人之を得て以て生を有す。明作が録に云う、然るに氣には則ち清濁有り。氣の清なる者は氣と爲り、濁なる者は質と爲る。明作が録に云う、清は陽に屬し、濁は陰に屬す。知覺運動は、陽之を爲すなり。形體は、明作が録に骨肉皮毛と作す。陰之を爲すなり。氣を魂と曰い、體を魄と曰う。高誘が淮南子の注に曰く、魂は、陽の神。魄は、陰の神。謂う所の神は、其れ形氣に主するを以てなり。人の生ずる所以は、精氣聚ればなり。人只許多の氣有り、須らく箇の盡くす時有るべし。明作が録に云う、醫家に謂う所の陰陽升降せず、是れなり。盡くせば則ち魂氣天に歸し、形魄地に歸して死す。人將に死せんとする時、熱氣上出し、謂う所の魂升なり。下體漸々冷え、謂う所の魄降なり。此れ生有れば必ず死有り、始め有れば必ず終り有る所以なり。夫れ聚散は、氣なり。理の若きは、則ち只氣上に泊在す。初めより是れ凝結し自ら一物を爲さず。但人の分上に當に然るべきに合う所の者は便ち是れ理、聚散を以て言う可からず。然るに人の死を終に散に歸すと雖も、然れども亦未だ便ち散じ盡くさず、故に祭祀に感格の理有り。先祖世次遠者、氣の有無を知る可からず。然るに祭祀を奉ずる者は既に是れ他の子孫にして、畢竟只是れ一氣、感通の理有る所以なり。然るに已に散ずる者は復聚まらず。釋氏卻って謂う、人死して鬼と爲り、鬼復人と爲る、と。此の如くなれば、則ち天地の間常に只是れ許多の人來來去去、更ら造化に由って生生せず、必ず是の理無し。伯有の厲を爲すが如きに至りては、伊川別に是れ一般の道理と謂う。蓋し其の人の氣未だ當に盡くさずして強死すれば、自ら是れ能く厲を爲す。子産之が爲に後を立て、歸する所有らしめ、遂に厲を爲さず、亦鬼神之情状を知ると謂う可し。問う、伊川言う、鬼神は造化の跡、と。此れ豈亦造化の跡か。曰く、皆是れなり。若し正理を論ずれば、則ち樹上忽ち蕐葉を生出するが似き、此れ便ち是れ造化の跡なり。又空中忽然とし雷霆風雨有るが如き、皆是れなり。但人の常に見る所、故に之を怪まず。忽ち鬼嘯、鬼火の屬を聞けば、則ち便ち以て怪と爲す。此れも亦造化の跡なるを知らず、但是れ正理ならざる、故に怪異と爲す。家語に云う、山の怪を夔魍魎と曰い、水の怪を龍罔象と曰い、土の怪は羵羊の如し。皆是れ氣の雜揉乖戻生ずる所、亦理の無き所に非ず、專ら以て無と爲すは則ち不可なり。冬寒夏熱の如き、此れ理の正なり。時有り忽然として夏寒冬熱、豈此の理無しと謂う可けんや。但既に理の常に非ず、便ち之を怪と謂う。孔子語らざる所以、學者亦未だ須らく理會せざるなり。賜が録に云う、問う、世の鬼神を見る者甚だ多く,審なざる有り無し如何。曰く、世間の人見る者極めて多し。豈無しと謂う可けんや。但正理に非ざるのみ。伯有厲を爲すが如き、伊川別に是れ一理を謂う。蓋し其の人の氣未だ當に盡きさずして強死し、魂魄歸する所無き、自ら是れ此の如し。昔人有り、淮上に在りて夜行し、無數の形象、人に似て人に非ず、旁午克斥、兩水の間に出沒し、之を久しく、纍纍絶えざるを見る。此の人明かに其れ鬼なるを知る。已むを得ず、之を躍跳し、之を衝いて之を過ぎ下し、卻って礙無し。然るに亦他無し。之を詢れば、此の地乃ち昔人の戰場なり。彼皆非命に死す。冤を銜え恨みを抱く。固より宜しく未だ散せざるべし。○三。

此章などがかうとうに眞向なと云章ぞ。此書の序の、真面山の記などのやうな取扱にみるが此条のみやうぞ。さて、明作か論吾や繋辞傳よんだから、鬼神生死一理とは知たが、未見得端的なり。丈夫に知得ぬとなり。昼がすぐに夜じゃ、生がすぐに鬼じゃとは云ても、をちつかぬ処あると云。そこで朱子が其端的を見やう誨てやられた。精氣為物、生、遊魂為変、死。生は神、死は鬼しゃと云た。未達はなぜだ々々々と思ふたなり。繋辞では鬼神にあててあるになぜ生死じゃと思たもの。朱子の、はて精氣一則人、氣の聚るで生るる。散るで死ぬ。
【解説】
「問生死鬼神之理。明作録云、問、鬼神生死、雖知得是一理、然未見得端的。曰、精氣爲物、遊魂爲變、便是生死底道理。未達。曰、精氣凝則爲人、散則爲鬼」の説明。明作が「鬼神生死一理」は知っているものの、はっきりとしないと言ったのに対し、朱子が「精気凝則為人」で、気が聚まるので生まれ、散るので死ぬと言った。
【通釈】
この章などが公道で真向きな章である。この書の序にある真西山の記などの様な取り扱いとして見るのがこの条の見方である。さて、明作が論語や繋辞伝を読んだから「鬼神生死一理」とは知ったが、「未見得端的」で、丈夫に知り得ないと言う。昼が直に夜だ、生が直に鬼だとは言っても、落ち着かない処があると言う。そこで朱子がその端的の見様を教えて遣られた。「精気為物」は、生、「遊魂為変」は、死。生は神、死は鬼だと言った。「未達」は、何故かと思ったこと。繋辞では鬼神に当ててあるのに何故生死なのかと思ったもの。朱子が、「精気凝則為人」で、気が聚まるので生まれ、散るので死ぬと言った。
【語釈】
・真面山…真西山?
・明作…
・精氣為物…易経繋辞伝上4。「仰以觀於天文、俯以察於地理、是故知幽明之故。原始反終、故知死生之説。精氣爲物、遊魂爲變、是故知鬼神之情状」。

○又問、精氣凝時云云。何でも氣の凝るで物は出来る。すれば其氣の上にすぐに理あるかとなり。曰、天道流行、発育万物云云。問にかまはず、鬼神ざたへゆかずに道体からさきへ語りたもの。ぞちが出来るときの氣に理は付てくるかと云が、どちどうしても理が先じゃ、夜になると云ことを昼からもってをる。理と云がをかしいやうなことで、今朝誰も腹のへったものはないが、やがて九つ時となると腹がへる。理は前に立てある。其証據には、人の子には人、牛の子には牛、何が生れやうかと疑はせぬ。畠へも蒔た覚のあるものがはへる。
【解説】
又問、精氣凝時、此理便附在氣上否。曰、天道流行、發育萬物、有理而後有氣。雖是一時都有、畢竟以理爲主、人得之以有生」の説明。気の上に理があるのかとの問いに、理が先にあると答えた。
【通釈】
○「又問、精気凝時云云」。何でも気が凝るので物ができるのであれば、その気の上に直に理があるのかと問うた。「曰、天道流行、発育万物云云」。問いには構わず、鬼神沙汰へ行かずに道体から先に語った。貴方はできる時の気に理が付いて来るのかと問うが、どうしても理が先だ。夜になるということを昼が持っている。理とは可笑しい様なことで、今朝は誰も腹の減った者はいないが、やがて九つ時となると腹が減る。理は前に立ってある。その証拠には、人の子には人、牛の子には牛で、何が生れるのかと疑いはしない。畠へも、蒔いた覚えのあるものが生える。

○明作が録は綿密そ。朱子の御咄はいこうきまったことで、上に清者為氣氣、濁者為質と云てをいて、其氣に有清濁と對句をとり々々云たとみへる。録者でこまかいあらいがある。明作が手がきいて書たとみへる。上の清者為氣の氣は理に對した氣じゃが、其氣の中に清と濁とがある。清は陽、濁は隂とわりたもの。声の高いの低いのは氣の方のもちまへで陽、人のせいの高いひくいは質の方のもちまへで隂とわりたもの。知覚運動。誰か来たそうなと知る、知覚なり。又、自分でそこらあたりは運動ぞ。これは陽のしわざじゃ。形体は陰のしはざと云てきこへることしゃか、知覚運動と云に對するには骨肉皮毛がよい。○氣云魂。やせひがれたをやぢじゃと云ても、玉しいの丈夫ながある。魂は氣につくぞ。氣はかいないと云ても、顔のつや々々したの歯も丈夫も、つや々々した魄のつよいのぞ。
【解説】
「明作録云、然氣則有清濁。氣之清者爲氣、濁者爲質。明作録云、清者屬陽、濁者屬陰。知覺運動、陽之爲也。形體、明作録作、骨肉皮毛。陰之爲也。氣曰魂、體曰魄」の説明。「清者為気」の気は理に対しての気である。その気には清濁があり、清は陽、濁は陰である。また、気を魂と言い、体を魄と言う。
【通釈】
○明作の録は綿密である。朱子の御話は大層決まったことで、上に「清者為気、濁者為質」と言って置いて、その気に「有清濁」と対句をとって言ったものと見える。録者によって細かい粗いがある。明作がうまく書いたと見える。上の清者為気の気は理に対した気だが、その気の中に清と濁とがある。清は陽、濁は陰と分けたもの。声の高い低いは気の方の持ち前で陽、人の背の高い低いは質の方の持ち前で陰と分けたもの。「知覚運動」。誰かが来た様だと知るのが知覚である。また、自分でそこ等辺りに行くのは運動である。これは陽の仕業である。形体は陰の仕業だと言うのもわかり易いことだが、知覚運動に対するには「骨肉皮毛」がよい。○「気曰魂」。痩せ干乾びた親父だと言っても、魂の丈夫な者がいる。魂は気に付く。気は甲斐ないと言っても、顔が艶々とするのも歯が丈夫なのも、艶々とした魄が強いからである。

○高誘が淮南子の注に之神々々とある。知た註ぞ。陽魂隂魄と云へは只わった斗そ。之神と云が生きものになる。神は生きものにちがいないと云は、今日はあの人はとうかして元氣がわるいと云は魂の云分んなり。顔つきがわるいと云は魄の云分なり。魂魄の咄は医者でよくうつると云は、医者が眼さしや顔の色、惣体からだの上のことをきっかけに見てとるかある。それは魂魄て見たものぞ。氣病は陽方、魂の方の云分ん。外感は陰の方へうける。多くは魄の方の云分んぞ。何でも一身皆隂陽ぞ。形氣に主な処からなり。神と云氣があっても氣ぬけのする。魂の神のよはり、耳目か有てもはきときこへみへぬは魄の神のぬけなり。氣かいさまぬと云の療治は陽の方、目医者なぞは魄の方の療治ぞ。医者は魂からも魄からも両方からみる。そこでどちからもかかりてなをすことがある。張介賓は医者だけのこと細か。そこで鬼神の咄はなると直方の云へり。尤なことなり。素問灵樞道体めいたこともあるからと云て太極圖説の講尺斗聞ては、却て医者のためにはならぬ。外にはなれたことの氣の活きては医のためになる。
【解説】
「高誘淮南子注曰、魂者、陽之神。魄者、陰之神。所謂神者、以其主乎形氣也。人所以生、精氣聚也。人只有許多氣、須有箇盡時」の説明。「魂者、陽之神。魄者、陰之神」と言うので魂魄が生きて来る。医者は魂魄に対して治療をするので、魂魄のことがよくわかる。
【通釈】
○高誘が淮南子の注に「之神」と書いた。それは知った註である。「陽魂陰魄」と言うのはただ分けただけのこと。之神と言うと生き物になる。神は生き物に違いないと言うのは、今日はあの人はどうしてか元気が悪いと言うのが魂の言い分であり、顔付きが悪いと言うのは魄の言い分だからである。魂魄の話は医者でよくわかると言うのも、医者が眼差しや顔の色、総体、体の上のことをきっかけに見て取ることがあるからである。それは魂魄で見たもの。気病は陽方で魂の方の言い分。外感は陰の方へ受けるもので、多くは魄の方の言い分である。何でも一身は皆陰陽だが、それは形気に主な処からのことである。神という気があっても気抜けがする。魂の神が弱って、耳目があってもはっきりと聞こえず見えない。それは魄の神が抜けたからである。気が勇まない時の療治は陽の方、目医者などは魄の方の療治をする。医者は魂からも魄からも両方から見る。そこでどちらからも掛かって治すことがある。張介賓は医者なだけこと細かい。そこで鬼神の話ができると直方が言った。それは尤もなこと。素問霊枢には道体めいたこともあるからと言って太極図説の講釈ばかりを聞いては、却って医者のためにはならない。外に離れた気が活きれば医のためになる。
【語釈】
・高誘…漢代の儒者。
・張介賓…明代の医者。1563~1640
・素問灵樞…黄帝内経が隋の頃に素問と霊枢とに二分された。素問は人体の生理・病理を説き、霊枢は鍼灸など治療を説く。

○隂陽不升降、是也。陽、魂、隂、魄。水と火なり。火は升り水は降るぎりては升降がない。升るものの中に下るものある、下るものの中に升るものあるで魂魄がひったりとだき合て生てをる。そこが升降のよいのなり。生てをるなり。箇の尽ると云になれば、ばったりをちる。むすび合ぬからなり。鳥などは只升る斗りのやうじゃが、魄と云靜ったものが付てをる。升ると下るがひっ付合てをる。そこで死ぬと木の枝にとまられぬはづ。たた落る。魚も游くは陽、潜むは隂。これも升降てもち合てをる。そこを死ぬ、水の上へ浮く。隂から陽へ合力し、陽から隂に合力するでもち合生てをる。下體遊冷。死ぬときか皆かうじゃ。湧泉の灸の段になりて生かへりたものも少い。先生笑曰、今講尺にこれを云が、やがてをらなどがこれじゃ。鬼神がきいていてわらをふ。若いときにはこんなことも遠く思ふが、やがて身に知るるぞ。
【解説】
「明作録云、醫家所謂陰陽不升降、是也。盡則魂氣歸於天、形魄歸于地而死矣。人將死時、熱氣上出、所謂魂升也。下體游冷、所謂魄降也。此所以有生必有死、有始必有終也。夫聚散者、氣也。若理、則只泊在氣上。初不是凝結自爲一物。但人分上所合當然者便是理」の説明。陽は魂であって火、陰は魄であって水である。火は昇り、水は下るが、昇る中に下るものがあり、下るものの中に昇るものがある。魂魄が持ち合っているので生きる。
【通釈】
○「陰陽不升降、是也」。陽は、魂、陰は、魄。水と火である。火が昇り水が降りるだけでは昇降はない。昇るものの中に下るものがあり、下るものの中に昇るものがあるので魂魄がぴったりと抱き合って生きている。そこが昇降のよいところであり、それで生きているのである。箇が尽きるということになれば、ばったりと落ちる。それは結び合わないからである。鳥などはただ昇るだけの様だが、魄という静まったものが付いている。昇るのと下るのが引っ付き合っている。そこで死ねば木の枝に止まれない筈で、ただ落ちる。魚も泳ぐのは陽、潜むのは陰。これも昇降で持ち合っている。そこを死ねば水の上に浮く。陰から陽へ合力し、陽から陰に合力するので持ち合って生きている。「下体遊冷」。死ぬ時は皆こうである。湧泉の灸をする段になって生き返る者は少ない。先生が微笑んで言った。今講釈にこれを言ってはいるが、やがて俺などがこれになる。鬼神が聞いていて笑っていることだろう。若い時にはこんなことも遠くのことと思うが、やがて身に知れること。
【語釈】
・湧泉…足の裏のつぼ。

○精氣為物、游魂為変をうかとあらくすますから、鬼神のこと斗りと思ふ。細にをさめればかうじゃと、魂氣皈于天、形魄皈于地而死す。さて、これ迠の朱子の云れやうは仏者も云が、爰で儒佛辨までもすむ。如理、泊在氣上。爰か佛の知ぬ処。理は形ないからどこにもかしこにもある。所謂ちり々々草の上まても影をほそめての処ぞ。理はかたまりきりてはをらぬ。それぎりにはならぬもの。そこで氣は尽ても理は尽ぬ。○人分上所合當然者の点をなをして當然とした人もあるが、やはり板点がよい。しかるべかるべきとは、梅は梅、松は松、皆しかるべきこと。人て云へは親に孝、君に忠。山﨑先生は合當然る所とされた。抄畧可考。
【解説】
魂は天に帰り、魄は地に帰って死ぬ。理は形のないもので、何処にもある。気が尽きても理は尽きない。
【通釈】
○「精気為物、游魂為変」をうっかりと粗く済ますから、鬼神のことばかりと思う。細かに修めればこうだと、「魂気帰於天、形魄帰于地而死」。さて、これまでの朱子の言い様は仏者も言うが、ここで儒仏弁までもが済む。「若理、泊在気上」。ここが仏は知らない処。理は形がないから何処にもかしこにもある。所謂ちりぢり草の上までにも影を細めてと言う処である。理は固まり切ってはいない。それで終わりにはならないもの。そこで気は尽きても理は尽きない。○「人分上所合当然者」の点を直して当然とした人もあるが、やはり板点がよい。然るべかるべきとは、梅は梅、松は松、皆然るべきこと。人で言えば親に孝、君に忠。山崎先生は、合って当に然るべき所とされた。抄略で考えなさい。

○以聚散不可言。民の秉彜が理だ。其人が死ぬ。氣は尽ても理は尽ぬ。天命の性の無極而太極ぞ。上の方にあること。佛がそりゃこちの不生不滅と同ことと云が、あちの不生不滅は人の道理を得てさとる。釋迦の心、達磨の心がのこると云こと。以我為主の方ぞ。氣をつかまへて云から衣鉢を道統の傳にをいたもの。鬼神の方には氣でつるからよい。あのやりばなしに似合ぬことで、爰の処なぞはこまかぞ。なれども理を主とせぬ。此方は斯く別々の者がくる。尭の神霊は天と一つになってをるが、尭の服で、道統はつらぬ。
【解説】
「不可以聚散言也」の説明。人が死んでも理は尽きない。仏はそれを不生不滅と同じことだと言うが、彼等は「以我為主」であり、理を主としない。
【通釈】
○「不可以聚散言」。民の秉彜が理である。その人が死ぬ。気は尽きても理は尽きない。天命の性であり、無極而太極である。それは上の方にあること。仏がそれはこちらの不生不滅と同じことだと言うが、あちらの不生不滅は、人が道理を得て悟ること。それは、釈迦の心、達磨の心が残るということで、「以我為主」の方のことである。気を掴まえて言うから、衣鉢を道統の伝として置いたもの。鬼神の方には気で吊るからよい。あの遣りっ放しの仏には似合わないことだが、ここの処などは細かである。しかし、理を主としない。こちらはこの様に別々の者が来る。堯の神霊は天と一つになっているが、堯の服で道統を吊ることはない。
【語釈】
・秉彜…詩経大雅烝民。「天生烝民、有物有則。民之秉彝、好是懿德」。人が天から定められた常道に従うこと。
・以我為主…答連崇卿書、答廖子晦書にこの語がある。

○然人死雖終皈於散。氣は尽ても理は尽す。禅受放伐たった一度、天地始りて有たこと。其大垩でも今御目にかからうとは云れす。それはなくなったが、理は尽ぬ。そこであのなされた方がやはり中庸になる。道の證文に入る。理で尽ぬから感格の理がある。吾先祖祭れは感格のあると云は理のあるからなり。ちそうがよいの誠が深いのと云ことでない。感挌は理のすじからぞ。氣のことを理できめるがうれしい字だ。ちそうで感挌するなら、周公の冨とあるから天下の人の神か皆来挌するかと云、亦うはゆかぬこと。詠と云へは孔子の上はないが、外のすれのものは来挌とせぬ。百姓は苗の字ならぬと云が、又苗の字知ぬと云もある。あんまりなことなれとも、先祖のあるはたしかなり。祭さへすれは向から来挌する。武士は又先祖はる。武士だけこれはていのよいことじゃ。よく糺してある。
【解説】
「然人死雖終歸於散、然亦未便散盡、故祭祀有感格之理。先祖世次遠者、氣之有無不可知。然奉祭祀者既是他子孫、畢竟只是一氣、所以有感通之理」の説明。禅受放伐をした大聖でも今会うことはできないが、理は尽きないから感格がある。人には先祖があるから、祭りさえすれば来格する。
【通釈】
○「然人死雖終帰於散」。気は尽きても理は尽きない。禅受放伐は天地が始まってからたった一度のこと。その大聖であっても今御目に掛かろうとは言えない。それはなくなったが、理は尽きない。そこであれをなされた方がやはり中庸になる。道の證文に入る。理で尽きないから感格の理がある。自分の先祖を祭れば感格があると言うのは理があるからである。馳走がよいとか誠が深いからということではない。感格は理の筋からのこと。気のことを理で決めるというのが嬉しいことである。馳走で感格するのなら、周公の富とあるのだから、天下の人の神が皆来格するかと言えば、そうは行かない。詠むと言えば孔子より上はないが、外の擦れ者では来格はしない。百姓は苗の字はならないと言うが、また、苗の字を知らないという者もある。それはあまりなことだが、先祖があるのは確かである。祭りさえすれば向こうから来格する。武士はまた先祖を張る。武士なだけこれは体のよいこと。先祖をよく糺してある。
【語釈】
・周公の冨…論語先進16。「季氏富於周公、而求也爲之聚斂而附益之。子曰、非吾徒也。小子鳴鼓而攻之可也」。

然とも、さうないとても今このからだからをせば神武以来からの祖のあると云ことはをろか、天地開闢からあると云は見へたこと。百姓か氏は知らぬとも氣化形化のときからの先祖かある。初手出来た鮒は氣化。二番目のは形化。鮒には年々氣化あれとも、人は初の氣化ぎりで、それが初始の祖じゃ。それはどうして知たと云が、中のきるることはないはづ。生々はやまぬもの。理からをして知るぞ。源平藤橘で先祖を知るはあらいこと。理からをすはたしかじゃ。そこで誰それと知ずとも、其方へむいて拜んだとてもひびくまいとは云はれぬ。祭ればひびくぞ。伊川は垩人の資ぞ。冬至祭始祖云れた。一陽の起る中に始めて生じた始祖を祭る。理からをしたこと。小笠原てしたでない。伊弉冊のときからの始祖を祭ても感するぞ。それを朱子のあれほど程子を信仰してもされぬは、をれは為まい、天子めいて僭上なと云。これはまだ手上なこと。理がないではないが、其祭をすると云わさの上が身分に似合ぬとなり。
【解説】
生々は息まず、間断はないのだから、人には天地開闢からの祖がある筈である。そこで、祖を祭れば響く。朱子は始祖を祭らなかったが、それは天子めいて僭上だと思ったからである。
【通釈】
しかしながら、武士でなくても今この体から推せば、神武以来からの祖があるということはおろか、天地開闢から祖があるのははっきりとしたこと。百姓も、氏は知らなくても気化形化の時からの先祖がある。初手にできた鮒は気化。二番目のは形化。鮒には年々気化があるが、人の気化は初めだけで、それが初始の祖である。それはどうして知ったのかと言えば、間が切れることはない筈だからである。生々は息まないもの。理から推して知れるのである。源平藤橘で先祖を知るのは粗いこと。理から推すのは確かである。そこで誰それとは知らなくても、そちらへ向いて拝んでも響きはしないとは言えない。祭れば響く。伊川は聖人の資がある。「冬至祭始祖」と言われた。一陽の起こる中に初めて生じた始祖を祭る。理から推したこと。小笠原でしたのではない。伊弉冊の時からの始祖を祭って感ずる。それを朱子があれほどに程子を信仰してもそれをなさらなかったのは、俺はしないで置こう、天子めいて僭上だと思ったからである。これはまだ手上なこと。理がないのではないが、その祭をするという業の上が自分の身に似合わないとしたのである。
【語釈】
・源平藤橘…奈良時代以来その一門が繁栄して名高かった四氏。源氏・平氏・藤原氏・橘氏の称。
・冬至祭始祖…近思録治法15の語。
・伊弉冊…日本神話の神。七代目に男神の伊弉諾[いざなぎ]と、女神の伊弉冊[いざなみ]生まれる。

何千年過ても一氣で祭れは感するぞ。これを聞てあまりのりすぎて、そんならとてものことに生かして下されと云に、それはならぬ。散者不復聚なり。感挌ありても聚りはせぬ。釈氏云云。こちの感通は理に原いて一氣て感すること。あたらしいのが出てくることじゃに、釈氏は十分理と心得てすれとも、大根か氣の分野て性をかためていぢりまはすから輪回を云。娘が親のはな紙帒のこはぜや銀の匕のをれたので笄を打たせるやうに、あれがこれになりたと云。こちのはそれとはちがう。皆別々、みな新しくくる。垩人の死た氣がかたまりて娵のはらへかたまれは、垩人を孫にもつになる。むまいものじゃがさうはゆかぬ。どれかくると云やうな細工了簡ては知れぬ。佛は手前の一心から天地をせばく見たもの。
【解説】
「然已散者不復聚。釋氏卻謂、人死爲鬼、鬼復爲人」の説明。一気で祭れば感ずるが、祖を生き返すことはできない。仏は輪廻を言うが、感通は理に基づいて一気で感ずることで、新しいのが出て来るのである。
【通釈】
何千年過ぎても一気で祭れば感ずる。これを聞いてあまりに乗り過ぎて、それならいっそのこと生き返して下さいと言われても、それはできないこと。「散者不復聚」である。感格があっても聚まりはしない。「釈氏云云」。こちらの感通は理に基づいて一気で感ずること。それは新しいのが出て来ることなのに、釈氏は十分にそれを理と心得てするのだが、大根が気の分野で性を固めて弄り回すから輪廻を言う。娘が親の鼻紙袋の小鉤や銀の匙の折れたので笄を打たせる様に、あれがこれになったと言う。こちらのはそれとは違う。皆別々で、皆新しく来る。聖人の死んだ気が固まって娵の腹に固まれば、聖人を孫に持つことになるので好都合だが、そうは行かない。どれが来るという様な細工了簡ではわからない。仏は自分の一心から天地を狭く見る。

○来々云々。両替やへ錢をやって金にしたり、金をやりて銭を取たりのやうに覚て、何兵衛が何に生れたと云。それでは不由造化。蜥蜴がつくる雹斗りとをもふ見じゃ。天地をのけものにする。○強死。伯有はならぬ身分。其上に天年の尽ぬうち死まい者のそと死だのなり。強訴の強の字、つよく願ふと云ことでない。すまじい無理をすること。爰がそれで、死まいものの刄にかかって死たのぞ。子産よい取計いぞ。跡を立るは、厲かやんだ。鬼神のをもはくがかうしたもの。落付処あるはよいとなり。子産鬼神知りぞ。秀曰、語類四初丁子産論伯有為厲事、其先理煞精。あやまり入たの御尤のと云となを々々厲はつのる。情状と云はをもはくと云こと。はらを知たと云のぞ。今料理は上手だが、上戸のはらを知ぬと云ことがある。腹を知たのは、あとの処へ酢うどでしてとる。子産は鬼神をして取た。それと云も鬼神しりじゃからなり。
【解説】
「如此、則天地間常只是許多人來來去去、更不由造化生生、必無是理。至如伯有爲厲、伊川謂別是一般道理。蓋其人氣未當盡而強死、自是能爲厲。子産爲之立後、使有所歸、遂不爲厲、亦可謂知鬼神之情状矣。問、伊川言、鬼神造化之跡」の説明。人が生まれ変わると言うのは造化ではない。子産は鬼神をよく知っていたので、伯有の子である良止を後継とすることで伯有の厲を鎮めた。
【通釈】
○「来々云々」。両替屋に銭を遣って金にしたり、金を遣って銭を取ったりする様に覚えて、何兵衛が何に生まれ変わったと言う。それでは「不由造化」で、雹は蜥蜴が作るとのみ思う見で、天地を除け者にするもの。○「強死」。伯有は高貴な身分で、その上天年の尽きない内で、死ぬ筈のない者なのに死んだのである。強訴の強の字の様に、強く願うということではない。する筈のない無理をすること。ここがそれで、死ぬ筈のない者が刃にかかって死んだのである。子産がよい取り計らいをした。後継者を立てたので、厲が止んだ。鬼神の思惑はこうしたもの。落ち着き処があるのはよいことだと言った。子産は鬼神知りである。惟秀が、語類四初丁に「子産論伯有為厲事。其窮理煞精」とあると言った。謝り入ったとか御尤もと言うと尚更厲は募る。「情状」は思惑ということで、腹を知ったということ。今料理は上手だが、上戸の腹を知らないということがある。腹を知ったのは、後の処へ酢独活でして取る。子産は鬼神をして取った。それと言うのも鬼神知りだからである。
【語釈】
・跡を立る…春秋左氏伝昭公。「鄭人相驚以伯有、曰伯有至矣。則皆走、不知所往。鑄刑書之歳二月、或夢伯有介而行、曰壬子、余將殺帶也。明年壬寅、余又將殺段也。及壬子、駟帶卒、國人益懼。齊燕平之月、壬寅、公孫段卒。國人愈懼。其明月、子産立公孫洩及良止以撫之、乃止。子大叔問其故。子産曰、鬼有所歸、乃不爲厲。吾爲之歸也。大叔曰、公孫洩何爲。子産曰、説也、爲身無義而圖説、從政有所反之以取媚也、不媚不信。不信、民不從也。及子産適晉、趙景子問焉。曰、伯有猶能爲鬼乎。子産曰、能。人生始化曰魄、既生魄、陽曰魂。用物精多、則魂魄強。是以有精爽、至於神明。匹夫匹婦強死、其魂魄猶能馮依於人、以爲淫厲。況良霄、我先君穆公之冑、子良之孫、子耳之子、敝邑之卿、從政三世矣。鄭雖無腆、抑諺曰、蕞爾國、而三世執其政柄、其用物也弘矣。其取精也多矣。其族又大、所馮厚矣。而強死、能爲鬼、不亦宜乎」。
・秀…篠原惟秀。東金市堀上の人。北田慶年の弟。与五右衛門。医者。1745~1812
・子産論伯有為厲事、其先理煞精…朱子語類4。「鄭子産論伯有爲厲事、其窮理煞精」。

○此豈造化之迹乎。これらは合点した問なり。李□祖。これらは伊川の云造化の迹のやうにも思れぬことじゃが、でも天地の中にあることじゃからは造化の迹かとなり。皆是なりは、それさと云こと。花の咲くの雷の鳴るのはまむきの造化、鬼嘯鬼火もやはり造化の迹ぞ。何やらうそぶく々々々々と云ことがあることぞ。詩経にも嘯きなり、哥ふともあり。又、七賢の内阮籍が嘯の上ちとある。それは人じゃからこはく思はぬが、これは鬼と云てぞっとする。鬼火は隂火なり。秀曰、燐火と云こと唐詩に多くみゆ。これ古戦塲などにあること。風雨の夜なともゆるなり。釜の下の火でない。狐火などのるいも皆それぞ。火消屋鋪の火見夜番など、さま々々の鬼恠を見ることあらふぞ。造化之迹は表向。巻き舌で云はるること。かやうなものもその内ぞ。天地にあるものの造化の氣を受ぬものはない。石臺の蘇銕、鉢植の梅床や棚にをく、天地とえんを切たと思ふかちかいそ。床の間にあって地にあると一つなり。此書始の四反に以功用謂之鬼神、即此便見と云がここのことなり。一つ眼二本も造化の迹ぞ。恠異も天地のそとではないか、正理でないからいつも々々々ありはせぬ。天地の廣い内にはあやしのものもあるが、造化をのけてははたらけぬなり。
【解説】
「此豈亦造化之跡乎。曰、皆是也。若論正理、則似樹上忽生出蕐葉、此便是造化之跡。又如空中忽然有雷霆風雨、皆是也。但人所常見、故不之怪。忽聞鬼嘯、鬼火之屬、則便以爲怪。不知此亦造化之跡、但不是正理、故爲怪異」の説明。鬼嘯や鬼火などの怪異も造化の迹である。造化を除けて働くことはできないのである。しかし、それは正理でないからいつもあるわけではない。
【通釈】
○「此豈造化之迹乎」。これ等は合点した問いである。李□祖。これ等は伊川の言う造化の迹の様にも思えないことだが、天地の中にあることなのだから造化の迹かと尋ねた。「皆是也」は、そうさということ。花が咲いたり雷が鳴ったりするのは真向きの造化だが、「鬼嘯鬼火」もやはり造化の迹である。何やら嘯くということがある。詩経にも嘯きや歌うともある。また、七賢の内で阮籍にも嘯のことが少しある。それは人だから恐くは思わないが、これは鬼というのでぞっとする。鬼火は陰火である。惟秀が言った。燐火ということが唐詩に多くある。これは古戦場などにあること。風雨の夜などに燃える。釜の下の火ではない。狐火などの類も皆それ。火消屋敷の火見夜番など、様々な鬼怪を見ることだろう。造化之迹は表向き。切口上で言えることだが、この様なものもその内である。天地にあるもので造化の気を受けないものはない。石台の蘇鉄、鉢植えの梅を床や棚に置くと天地と縁を切ったと思うが、それは違う。床の間にあっても地にあるのと一つである。この書に初めの四反に「以功用謂之鬼神、即此便見」と言うのがここのこと。一つ眼二本も造化の迹である。怪異も天地の外ではないが、正理でないからいつもはない。天地の広い内には怪しいものもあるが、造化を除けては働くことはできない。
【語釈】
・四反…雨風露雷の条。

○家語云、山の恠。今も昔もただもの知りと覚へて学にものをきく。儒者をたのんで掛物などよみてもらふ。先君子の隣の堀長州公の土用干に、掛物これよんてくれよとなり。孔子に問なら国家の成敗にもあづかることかと云に、季桓子井戸を掘た、けしからぬものが出た。それ孔子にきけとて聞にこされた。垩人は温和なもの。山之恠云云。これが羵羊てごさらふとなり。先生笑曰、をらならは何でもよい、すててをけと云が、垩人丸いものなり。昔からあることですと云てつんとさはらぬていなり。前にある禹王の鼎にさま々々の竒恠を鑄付られた。見たこときいたこと云つたへありて鑄られたものなり。あることゆへなり。
【解説】
「如家語云、山之怪曰夔魍魎、水之怪曰龍罔象、土之怪羵羊」の説明。聖人は温和だからつまらない怪しいことを聞かれても答えてあげる。禹王が鼎に様々な奇怪を鋳付けられたのも、それがあることだからである。
【通釈】
○「家語云、山之怪」。今も昔もただ物知りのことだと思って学者にものを聞く。儒者を頼んで掛物などを読んで貰う。先君子は隣の堀長州公の土用干しに、掛物を読んでくれと言われた。孔子に問うのなら国家の成敗にも与ることかと思えば、季桓子が井戸を掘って怪しからぬものが出た。それ、孔子に聞けと言って聞きに寄越した。聖人は温和なもの。「山之怪云云」。これは羵羊だろうと答えた。先生が微笑んで言った。俺ならば何でもよい、捨てて置けと言うが、聖人は丸いもの、昔からあることですと言ってつんと触れない体である。前にあったことだが、禹王が鼎に様々な奇怪を鋳付けられた。見たこと聞いたこと、言い伝えがあって鋳られたもの。それはあることだからである。
【語釈】
・家語…孔子家語弁物。「季桓子穿井、獲如玉缶、其中有羊焉。使使問孔子曰、吾穿井於費、而於井中得一狗、何也。孔子曰、丘之所聞者、羊也。丘聞之木石之怪夔魍魎、水之怪龍罔象、土之怪羵羊也」。
・禹王の鼎に…理有明未盡處の条。「鼎鑄魑魅魍魎之屬、便是有這物」。

○氣之雜揉乖戻。氣のからくりでさま々々のものも出来る。人のからだでも隂処なとと云がある。是らは人前へは出されぬもの。変ではなけれとも、氣中の異類ぞ。凡そ御座へ出されぬ物はないはづなれとも、耳目鼻口は正しい。どこへも出さるるが、氣の格式わるいものは表向へは出されぬ。角力取が裸せうばいと云ても、褌はかり。されともこれは身の内でないと云はれぬ。草なども、どくだみも蘭も同し造化ぞ。只挌式のちがふ斗り。すれは恠も云てもよいが、孔子なぜ云れぬと云に、氣呆のわるいと云でもなく、又すまぬことと云でもなく、じゃか弟子の内にならぬこと。入ざる咄し格物のために却てわるいから、恠力乱神不語なり。
【解説】
「皆是氣之雜揉乖戻所生、亦非理之所無也、專以爲無則不可。如冬寒夏熱、此理之正也。有時忽然夏寒冬熱、豈可謂無此理。但既非理之常、便謂之怪。孔子所以不語、學者亦未須理會也」の説明。気には人前に出せないものもあるが、それは格式に違いがあるだけのこと。孔子が「不語怪力乱神」なのは、不要な話は弟子の格物のためには却って悪いと思ったからである。
【通釈】
○「気之雑揉乖戻」。気の絡繰で様々なものができる。人の体でも陰処などと言うところがある。これ等は人前へは出されないもの。変ではないが、気中の異類である。凡そ御座へ出せない物はない筈のなだが、耳目鼻口は正しく何処へも出せるが、気の格式の悪いものは表向きへは出せない。角力取りは裸商売と言って褌を付ける。しかしながら、これも身の内でないとは言えない。草なども、どくだみも蘭も同じ造化である。只格式が違うだけのこと。それなら怪も言ってもよい筈だが、孔子は何故その様に言わないのかと言うと、気呆が悪いと言うのでもなく、また、済まないことだと言うのでもないが、それは弟子のためにはならないことなので、不要な話は格物のためには却って悪いから、「不語怪力乱神」なのである。
【語釈】
・恠力乱神不語…論語述而20。「子不語怪・力・亂・神」。

○世間之見者多云云。世間と云て学者も俗人もこめて云。道理のぎんみをするに俗人まて入れたはどうじゃと云に、大勢みたと云でせうこになる。非正理耳。いつ何日そばぶるまいとは約束がなるが、ばけ物の出る日と云約束はならぬ。正理でないことはかうしたもの。伯有爲厲云云自是如此とは、幽灵に理を付たこと。強死ゆへ散はづのものが散ぬ。別に是一理。直方先生、やるはづの賄をやらぬからつらふくらしたと云語意と同しこと。
【解説】
「賜録云、問、世之見鬼神者甚多、不審有無如何。曰、世間人見者極多。豈可謂無。但非正理耳。如伯有爲厲、伊川謂別是一理。蓋其人氣未當盡而強死、魂魄無所歸、自是如此。昔有人在淮上夜行、見無數形象、似人非人」の説明。大勢の人が鬼神を見ているのが鬼神のいる証拠だが、鬼神は正理ではないので、いつそれを見るということは言えない。伊川の言った「別是一理」は、幽霊に理を付けたこと。
【通釈】
○「世間之見者多云云」。「世間」は学者も俗人も込めて言う。道理の吟味をするのに俗人までを入れたのはどうしたわけかと言うと、大勢が見たと言うので証拠になる。「非正理耳」。いつ何日蕎麦振舞いとは約束ができるが、化け物の出る日という約束はできない。正理でないことはこうしたもの。「伯有為厲云云自是如此」とは、幽霊に理を付けたこと。強死なので散る筈のものが散らない。「別是一理」。直方先生の、遣る筈の賄賂を遣らないから面を膨らましたという語意と同じこと。

○旁午。漢書霍光傳。うちちがへに横も竪にもと云ことなり。小児の象戯の駒などちらしたていが旁午なもの。よこになりたものたてになりたもある。充斥。古い字とみへる。充はみつる。斥は大と通す。隅から隅迠一はいにみちてぞよめくこと。纍々。いくらかたへずをるてい。纍々とは旁午充斥をもふ一つ云たやうなもの。此男氣ぜうもの。中に只ものは通りか子るていなれとも、つん々々と通たなれとも、只もゆかれす。足ふみならし躍跳し、をとってつきのけるなり。妖怪もあてのないものには何こともせぬ。こちに覚ないゆへぞ。つんと無難に通りたなり。すれは知盛も源氏ばかりぞ。頼朝義経の外けざさはせぬ。これをこれをさて竒恠なこととてきいたれば、無他なり。外のことではない。古戦塲じゃとなり。その筈よ、戦と云になっては思いがけぬに人夫に當って出て、それ玉へそれ箭で不圖死ぬ。妻子に心が残るも有ふし、又天根が本意ならぬ方からちりきらぬことで、をもへは幽灵の出る筈なり。
【解説】
「旁午充斥、出沒於兩水之間、久之、纍纍不絕。此人明知其鬼。不得已、躍跳之、衝之而過之下、卻無礙。然亦無他。詢之、此地乃昔人戰場也。彼皆死於非命。銜冤抱恨。固宜未散」の説明。妖怪も気丈な者には何もしない。古戦場の様なところでは、図らず死んだ者がいる。そこなら幽霊も出る筈である。
【通釈】
○「旁午」。漢書霍光伝の語。打ち違えに横も縦にもということ。小児が将棋の駒などを散らした様なものが旁午なもの。横になったものや縦になったものもある。「充斥」。古い字と見える。充は充つる。斥は大きく通す。隅から隅まで一杯に充ちてぞよめくこと。「纍々」。いくらか絶えずにいる体。纍々とは旁午充斥をもう一つ言った様なもの。「此人」は気丈者。中でも普通の者は通りかねる様なことなのに、ずんずんと通った。しかし、簡単に行くことはできない。足を踏み鳴らして躍跳し、躍って衝き過ぎるのである。妖怪も当てのないものには何もしない。こちらに覚えがないからである。しっかりと無難に通った。それなら知盛も源氏だけに対してのこと。頼朝や義経以外の邪魔はしない。これを実に奇怪なことと思って聞いていると、「無他」と言う。外のことではない。古戦場だと言う。その筈で、戦ということになっては思いがけずに人夫に当って出て、逸れ玉や逸れ矢で図らず死ぬ。妻子に心が残る者もあるだろうし、また、大根が本意でない方から散り切らないこともあって、思えば幽霊は出る筈である。
【語釈】
・旁午…漢書霍光伝。「受璽以來二十七日、使者旁午」。同注。「如淳曰、旁午、分布也。師古曰、一從一橫為旁午、猶言交橫也」。
・知盛…平安末期の武将。清盛の子。重盛・宗盛の弟。権中納言。1180年(治承四)源頼政を宇治に滅ぼし、81年(養和一)源行家を美濃に破った。壇ノ浦の戦で入水。1152~1185
・けざさ…障害。邪魔。


安卿問礼記云云條
45
安卿問、禮記、魂氣歸于天、與橫渠、反原之説、何以別。曰、魂氣歸于天、是消散了。正如火煙騰上、去處何歸。只是消散了。論理大概固如此。然亦有死而未遽散者、亦有冤恨而未散者。然亦不皆如此、亦有冤死而魂即散者。叔器問、聖人死如何。曰、聖人安於死、死即消散。八十七。
【読み】
安卿問う、禮記に、魂氣天に歸すと、橫渠の、原に反るの説とは、何を以て別なる。曰く、魂氣天に歸すは、是れ消散し了る。正に火煙の騰上するが如き、去る處は何に歸せん。只是れ消散し了る。理を論ずるは大概固より此の如し。然るに亦死して未だ遽かに散せざる者有り、亦恨みを冤じて未だ散らざる者有り。然るに亦皆此の如くならず、亦冤死して魂即散りし者有り。叔器問う、聖人の死如何。曰く、聖人死に安んじ、死せば即ち消散す。八十七。

魂氣皈于天。此皈の字をわるくみると、こそへ溜ってをるやうにとると輪回の説にもなるが、聚ったの散たことを天に皈すと云。本の穴へはいったと云ことてなく、行へき処へ行たこと。別窓から煙の上へ上った。皈すなり。そうたい横渠の説ともは辨異端にものってある通り、何でもちがったことないからは、心えの上にちがったことはさら々々ないが、此反原□のなぞかあまり合点すぎて、筆のたてやうの上に病がある。ひょっと花は根にと云やうに見ると輪囘にもなる。礼記の皈るに天にとはどうちがふとの問なり。張子の此語を輯畧とらぬゆへ或問にも張子を辨じはせぬが、呂與叔のこれに似たを出した。此筋伊川の前々わるいとしかられたと云ことが出てある。そこて朱子が或問可考。とかく詞の立やうは大事なもの。
【解説】
「安卿問、禮記、魂氣歸于天、與橫渠、反原之説、何以別」の説明。安卿が、礼記にある「魂気帰于天」と、横渠の言う「反原」とはどの様に違うのかと尋ねた。聚まったものが散ったことを天に帰すと言い、反原と言えば、うっかりすると輪廻にもなる。伊川は反原の筋は悪いと叱っていた。
【通釈】
「魂気帰于天」。この「帰」の字を悪く見て、こそへ溜まっている様に取ると輪廻の説にもなるが、聚まったものが散ったことを天に帰すと言う。本の穴へ入ったということではなく、行くべき処へ行ったこと。別窓から煙が上に上った。これが帰すである。総体、横渠の説などは弁異端にも載っている通り、何も違うことはないから、心得の上に違ったことは更々ないが、この「反原之説」などがあまりに合点し過ぎて、筆の立て様の上で病がある。うっかりと花は根にという様に見ると輪廻にもなる。それは礼記の「帰于天」とはどの様に違うのかとの問いである。張子のこの語を輯略が採らず、或問でも張子を弁じはしないが、呂与叔がこれに似たことを出した。伊川が前々からこの筋のことは悪いと叱られたということがそれに出ている。そこで朱子が「或問可考」と言った。とかく詞の立て様は大事なもの。
【語釈】
・魂氣皈于天…礼記郊特牲。「魂氣歸于天、形魄歸于地」。
・辨異端…近思録弁異端。
・呂與叔…程伊川の門人。呂大臨の字。汲郡の人。

これで弁ずべきあやはすんだが、鳥は古巣にの筋にもならふ。すればつまり反の字がわるいであらふが、そんなら皈すの字はどうじゃとなり。朱子の答が横渠の語のよいわるい沙汰を云ずに、礼記のこと斗りなり。皈ると云でも火煙の升りたやうなもの。去処と云字はどこへと云こと。ちったより外にどこへと云塲のないこと。処の字を主に見よ。冤恨[えんこん]とよむべし。恨と云に冤より上はない。盗人火付の首きらるる、冤はない。冤はむしつと云ことで吾に十分理をもって上からをし付られたもののこと。冤死を死霊、上の冤恨を生き霊とわけて云はわるい。どちも同こと。それても散るものもある。又、散きらぬもあると云で、どうでも一つことぞ。かたでをしたやうにはないとぞ。
【解説】
「曰、魂氣歸于天、是消散了。正如火煙騰上、去處何歸。只是消散了。論理大概固如此。然亦有死而未遽散者、亦有冤恨而未散者。然亦不皆如此、亦有冤死而魂即散者」の説明。「帰」とは散ったということだけで、何処へ行くという様なことはない。「冤恨」は十分理を持っていながら上から押し付けられることで生じるもの。冤恨でも、散らないものもあり、散るものもある。
【通釈】
これで弁ずべき綾は済み、これでは鳥は古巣にの筋にもなるだろうから、つまり反の字は悪いだろうが、それなら帰すという字はどうなのかと尋ねた。朱子の答えが横渠の語のよい悪いの沙汰を言わずに、礼記のことばかりを言った。帰ると言っても火煙の昇った様なもの。「去処」の字は何処へということ。散ったと言うだけで、それより外に何処へ行くという様な場のないこと。処の字を主に見なさい。「冤恨」[えんこん]と読みなさい。恨と言えば冤より上はない。盗人火付が首を切られるのに冤はない。冤は無実ということで、自分に十分理を持っていながら上から押し付けられた者のこと。「冤死」を死霊、上の「冤恨」を生き霊と分けて言うのは悪い。どちらも同じこと。それでも散るものもあり、また、散り切らないものもあると言うので、どうでも一つ事である。型で押した様なことではないと言った。

○垩人は生て居たときが従容不迫じゃ。死でからはなをさらなり。凡夫のかうはあるまいはづなぞと云心持がない。西銘の生順没則吾寧しぞ。直方先生の、比干は口惜とは云ぬとなり。此安と云辨の出るで凡夫しぶのぬけたがみへる。垩賢と凡夫は天理と人欲とのわけぞ。人欲には安の字はないものなり。又、天理に亡魂はないものなり。
【解説】
「叔器問、聖人死如何。曰、聖人安於死、死即消散」の説明。聖人は「従容不迫」で天理と同じである。人欲があれば安んじるということはなく、天理であれば亡魂はない。
【通釈】
○聖人は、生きていた時は「従容不迫」だった。死んでからは尚更である。こうではない筈だなとと言う様な凡夫の心持はない。西銘にある「存吾順事、没吾寧」である。直方先生が、比干は口惜しいとは言わないと言った。この「安」という弁が出たので凡夫渋の抜けたことが見える。聖賢と凡夫とは天理と人欲との違いである。人欲には安の字はないもの。また、天理に亡魂はないもの。
【語釈】
・従容不迫…論語学而12。「禮者、天理之節文、人事之儀則也。和者、從容不迫之意。蓋禮之爲體雖嚴、而皆出於自然之理。故其爲用、必從容而不迫、乃爲可貴」。
・西銘…近思録為学89。「存吾順事、沒吾寧也」。
・亡魂…死んだ人の魂。亡霊。また、成仏し得ない霊魂。


或問二氣五行條
46
或問、二氣五行、聚則生、散則死。聚則不能不散、如晝之不能不夜。故知所以生、則知所以死。苟於事人之道未能盡、焉能事鬼哉。曰、不須論鬼爲已死之物。但事人須是誠敬、事鬼亦要如此。事人、如出則事公卿、入則事父兄、事其所當事者。事鬼亦然。苟非其鬼而事之、則諂矣。三十九下同。
【読み】
或るひと問う、二氣五行は、聚まれば則ち生じ、散れば則ち死す。聚まれば則ち散らざること能わず、晝の夜ならざること能わざるが如し。故に生ずる所以を知れば、則ち以て死ぬ所を知る。苟も人に事えるの道に於て未だ盡すこと能わずんば、焉んぞ能く鬼に事えんや。曰く、須らく鬼を論じて已に死する物と爲すべからず。但人に事えるに須らく是れ誠敬すべく、鬼に事えるも亦此の如きを要す。人に事える、出でれば則ち公卿に事え、入りては則ち父兄に事えるが如く、其の當に事えるべき所の者に事える。鬼に事えるも亦然り。苟も其の鬼に非ずして之に事えるは、則ち諂いなり。三十九下同。
【補足】
この条では、論語先進11の「季路問事鬼神。子曰、未能事人。焉能事鬼。敢問死。曰、未知生、焉知死」と、子罕15の「子曰、出則事公卿、入則事父兄。喪事不敢不勉。不爲酒困。何有於我哉」、為政24の「子曰、非其鬼而祭之、諂也。見義不爲、無勇也」を引用している。

此問どこへ出してもみよ。云分ない。よいがつまりつめたくすましたもの。そこを足ぬと見て、朱子の答が足したもの。曰、不須論鬼為己死之物。氣か聚れば生る。散れは死ぬ。人の死だが鬼じゃとつめたく片を付て破れ茶碗すてろと云やうにはならす。祭ると云ことのあるとせぬのぞ。事るといふことが鬼にもある。こなたが孔子を引てつめたく云が、だたいあの孔子の語も、中をむいてみると親に誠敬と云を尽すことぞ。生た親にも愛敬、父母に事るに尽すともある。両方持合でなくてはならぬ。今日百姓が肴買ふて進せたと云が誠でも敬がないと、呑なかま膝ぐみと云になる。後にはをれが養てをくと云やうになる。誠敬つれ立子ばならぬ。それて鬼神へもってゆくことゆへ、鬼神も甚た有にしたもの。それからは誠が甚ある。敬甚あると孔子の語中から鬼神を有ものにあたたかに説て、誠敬を示たもの。事人云云。これから人に事るを廣めてときひろけたもの。公卿父兄事ふべきすぢとなり。
【解説】
問者が、気が聚れば生き、散れば死ぬ、死んだのが鬼だと言うが、引用した孔子の語も親に誠敬を尽くすことを言ったもの。その様に鬼神に事えるのである。
【通釈】
この問いは何処へ出して見ても言い分はない。よいと言うのがつまりは冷たく済ましたものだからである。そこを足りないと見て、朱子が足して答えたもの。「曰、不須論鬼為己死之物」。気が聚まれば生きる。散れば死ぬ。人の死んだのが鬼だと冷たく片を付けて、破れ茶碗は捨てろと言う様にしてはならない。また、祭るということがあると思ってもならない。事えるということが鬼にもある。貴方が孔子を引いて冷たく言うが、そもそもあの孔子の語も、中を向いて見ると親に誠敬を尽くすこと。生きた親にも愛敬、父母に事えるのに尽くすともある。両方を持ち合わせていなくてはならない。今日百姓が肴を買って進ぜたというのは誠からであっても、敬がないと、飲み仲間の膝組みと同じである。後には俺が養って置くと言う様になる。誠敬が連れ立たなければならない。それを鬼神へ持って行くことなので、鬼神も甚だあることとしたもの。それであれば誠が甚だある、敬も甚だあると孔子の語中から鬼神をあるものとして温かに説いて、誠敬を示したもの。「事人云云」。これから人に事えることを説き広げたもの。公卿父兄という事えるべき筋を言ったこと。


季路問鬼神條
47
或問季路問鬼神章。曰、世間無有聚而不散、散而不聚之物。聚時是這模様、則散時也是這模様。若道孔子説與子路、又不全與他説。若道不説、又也只是恁地。
【読み】
或るひと、季路の鬼神の章を問う。曰く、世間は聚って散らず、散って聚らざる物有る無し。聚る時は是れ這の模様なれば、則ち散る時は也た是れ這の模様なり。若し孔子説を道えば、子路と、又全く他と説かず。若し説かずと道えば、又也た只是れ恁地。

此條の答で論語のあの章が手に入ることなり。かう見ると言外にすみ、さて鬼神のこともたっふりとすむ。聚而不散云云。日夲国尋ても散て聚らぬことも、聚たの散ぬこともない。聚散は自然ぞ。今寒は散、はや暑がくる。それが秋から散て又寒氣か聚る。聚は、生、人、散、死、鬼。不知生、焉知死。をっと心得たとはすまぬ。這摸様々々々と云が生死人鬼一とつづきと知せたもの。不全與他説。垩人が子路にいりわりよく云たとも云れぬ。又、説ぬと云てみれば、あの語でしたたかもうかることぞ。只是恁地はあれほどあると云こと。道具やも不丁法が見ると一銭にもならぬ。目利よいものはしたたかもふかる。すればよく考てみればあれぎりのことじゃ。あれて説たになる。卿黨の篇、只のものは膾のけに夜具のたけのこととみる。尹子はもうかった。甚哉、孔門諸子之嗜学なりと云れた。伊川の処で只はをらぬが知れた。半年前の夲と手からなり。あそこでも西の銘よまぬ前、いかいこともうけた。知子ば問鬼神の章になる。知れはもふかる。
【解説】
聚散は自然なこと。聚は生であり人であり、散は死であり鬼である。それは一続きである。孔子は季路の問いにまともに答えなかったが、聚散が一続きであると言ったのであり、無調法な者には、それはわからないのである。
【通釈】
この条の答えで論語のあの章が手に入る。この様に見ると言外に済み、さて鬼神のこともたっぷりと済む。「聚而不散云云」。日本国中を尋ねても、散ったのが聚まらないことも、聚まったのが散らないこともない。聚散は自然である。今寒いのは散で、早くも暑が来る。それが秋から散って、また寒気が聚まる。聚は、生、人、散は、死、鬼。「不知生、焉知死」。それは心得たとは済まないもの。「這模様」と言うのが生死人鬼は一続きだと知らせたもの。「不全与他説」。聖人が子路に入り訳よく言ったとも言えず、また、説かなかったことで見れば、あの語でしたたか儲かることになるのである。「只是恁地」は、あれほどあるということ。道具屋も無調法な者が見ると一銭にもならない。目利の者はしたたか儲かる。それならよく考て見ればあれだけのことで、あれで説いたことになる。郷党の篇も、普通の者は膾除けや夜具の丈のことと見る。尹子は儲かった。「甚哉、孔門諸子之嗜学」と言われた。伊川の処にただではいなかったのが知れた。それは半年前の元手からのこと。あそこでも西銘を読む前に大層儲けた。知らなければ問鬼神の章になる。知れば儲かる。
【語釈】
・論語のあの章…論語先進11。「季路問事鬼神。子曰、未能事人。焉能事鬼。敢問死。曰、未知生、焉知死」。
・いりわり…入り訳。入り組んだ事情。込み入った経緯。
・膾のけに夜具のたけ…論語郷党8。「食不厭精、膾不厭細」。同郷党6。「必有寢衣、長一身有半。」
・甚哉、孔門諸子之嗜学…
・半年前の夲と手…近思録為学75。「尹彦明見伊川後、半年方得大學西銘看」。


死生人鬼一而二條
48
問、伊川謂、死生人鬼、一而二、二而一。是兼氣與理言之否。曰、有是理、則有是氣。有是氣、則有是理。氣則二、理則一。
【読み】
問う、伊川謂う、死生人鬼、一にして二、二にして一。是れ氣と理とを兼ねて之を言うや否や。曰く、是の理有れば、則ち是の氣有り。是の氣有れば、則ち是の理有り。氣は則ち二、理は則ち一なり。

伊川の此語は理氣を兼て云ことかとなり。人の生るの死のと云ことは氣じゃが、其氣の聚散は理のすること。二つもので一つ。よく合点して云へば、朱子と同案にもなるが、兼ると云がはやどうやら二つものに引わけた語意ある。伊川の此語死生人鬼のことで云たれとも、全体が道理をさらへた語なり。道体性命をさばく道具に此上はない。さて今も云ふこれは何だと、はやなんだと云理がある。何にだのかうかのと云はつかまへらるるもの。氣なり。それに理はある。爰の文義をこまかに云に、氣は二つ、理は一。爰の文義にかけて的切にといたこと。人の上で生たと死だとはいかいことちがふ。すれとも今迠生て酒を呑たものの死だのじゃ。理は一じゃ。これを只一理しゃ、理一じゃと云て、氣の二つを知ぬと道体はさばけぬ。雨の降も日和のよいも根の処は一理なれとも、天氣の善悪は氣じゃ。氣を二つしゃと知ぬと雨降るにも晴れたと一理じゃとて、傘はささずとよいと云になる。昼も夜も理は一と云ても二としらぬと、桃灯もたずに夜あるきする、どぶへはまるになる。今日とは昨日の今日になったのじゃ。理一じゃと云ても朔日二日はちかは子ばならぬ。只一理々々と云と天地が居すはりになりてうごかぬ。氣はいろ々々と流行するを一理がつらぬくでこそあれ。
【解説】
気は色々と流行するが、そこを一理が貫く。今日は昨日が今日になったことで理一だが、朔日と二日は違わなければならない。
【通釈】
伊川のこの語は理気を兼ねて言ったことかと問うた。人が生まれ死ぬということは気だが、その気の聚散は理のすること。二つもので一つ。よく合点して言えば、朱子と同案にもなるが、兼ねると言うのに早くもどうやら二つものに引き分ける語意がある。伊川のこの語は「死生人鬼」のことで言ったのだが、全体が道理を浚った語である。道体性命を捌く道具にこの上はない。さて今何だと言う、そこに早くも何だという理がある。何だとかこうかなどと言うのは掴まえられるもので、気である。それに理はある。ここの文義を細かく言えば、気は二つ、理は一。それは、ここの文義に掛けて的切に説いたこと。人の上では生と死とは大層違うこと。しかしながら、今まで生きて酒を飲んだ者が死んだのだから、理は一である。これをただ一理だと言って、気の二つを知らないと道体は捌けない。雨が降るのも日和のよいのも根の処は一理だが、天気の善悪は気である。気は二つだと知らないと雨が降るにも拘らず、晴れと一理だとして、傘は差さなくてもよいと言うことになる。昼も夜も理は一だと言っても気は二と知らなければ、提灯を持たずに夜歩きをして溝に嵌ることになる。今日は昨日が今日になったこと。理一だと言っても、朔日と二日は違わなければならない。ただ一理だと言うと、天地が居座って動かない。気は色々と流行するが、そこを一理が貫くのである。


正卿問原始反終條
49
正卿問、原始反終、故知死生之説。曰、人未死、如何知得死之説。只是原其始之理、將後面摺轉來看、便見得。以此之有、知彼之無。七十四下同。
【読み】
正卿問う、始めを原ねて終りに返る、故に死生の説を知る。曰く、人の未だ死なず、如何ぞ死の説を知り得。只是れ其の始めの理を原ねて、後面を將って摺轉し來り看れば、便ち見得。此の有を以て、彼の無を知る。七十四下同。

此條の幷びは不知生焉の孔子の語が三條ならへて来たものゆへ、それが易の原始反終でかたの付くことゆへ、そこで是を出したもの。人未死、如何知得死之説。致知挌物も生たうちこそ知れ、吾死ぬに死のことの知れやうはないと云が前へ反してみれば知るる。今生れてをるがどうして生れた。父母が生んて付釼から元服になり、今をやぢになりた。そふ尋てみると知るる。将後面と云がうしろの方へと取る処もあるが、爰はこのさきと云こと。摺轉はをりかへしてきたことなり。始め理がだん々々こうして来たからは、さきの方にをりかへてみよとなり。始の方が知れたからは、折返して来て知るると云こと。原反の字を回首と云説、よくすむぞ。爰の摺轉は折夲や巻物などに比して云となり。大學なれは開巻を原て終り一部すんた意なり。○以有知彼之無。有は酒を德利へ入れた処。彼のいつも下女に云、もふないかと云と一舛のをたれ々々がいくら呑だ、もふないはづと云。それと同こと。德利に酒のあるうちにはやなくなるを知ることぞ。
【解説】
「未知生、焉知死」であるが、それも「原始反終」で知ることができる。始めの理が嵩じて来たのだから、始めを原ね、折り返して来れば知れるということ。
【通釈】
孔子の「不知生焉」の語が三条並んで来たが、それは易の「原始反終」で片付くことなので、そこでこの条を出したもの。「人未死、如何知得死之説」。致知格物も生きた内にこそ知れるが、自分が死んでもいないのに死のことを知る術はないと言うが、前へ反して見ることで知れる。今生まれているがどうして生まれたのか。父母が生んで付釼から元服になり、今親父になった。その様に尋ねて見ると知れる。「将後面」は後ろの方へと取る処もあるが、ここはこの先へということ。「摺転」は折り返して来たということ。始めの理が段々嵩じて来たのだから、先の方に折り返して見なさいと言う。始めの方が知れれば、折り返して来て知れるということ。「原反」の字を回首という説がよく済む。ここの摺転は折本や巻物などに比して言うそうである。大学であれば、開巻を原ねて終り一部が済む意である。○「以有知彼之無」。「有」は酒を徳利へ入れた処。あのいつも下女に言う、もうないかと言うと一升の酒を誰がいくら飲んだからもうない筈と言う。それと同じこと。徳利に酒のある内に早くもなくなることが知れる。
【語釈】
・不知生焉…論語先進11。「季路問事鬼神。子曰、未能事人。焉能事鬼。敢問死。曰、未知生、焉知死」。
・原始反終…易経繋辞伝上4。「仰以觀於天文、俯以察於地理、是故知幽明之故。原始反終、故知死生之説。精氣爲物、遊魂爲變、是故知鬼神之情状」。
・折夲…巻子本の用紙を、巻かずに一定の幅で折り畳んだ本。普通、前と後とに、紙または板で表紙をつける。法帖や仏典などに多く見られる。中国では摺本・摺巻・摺葉などという。帖装本。


尹子解游魂條
50
問、尹子解、遊魂一句爲鬼神、如何。曰、此只是聚散。聚而爲物者、神也。散而爲變者、鬼也。鬼神便有陰陽之分、只於屈伸往來觀之。橫渠説、精氣自無而有、遊魂自有而無。其説亦分曉。然精屬陰、氣屬陽。然又自有錯綜底道理。然就一人之身將來橫看、生便帶著箇死底道理。人身雖是屬陽、而體魄便屬陰。及其死而屬陰、又卻是此氣、便亦屬陽。蓋死則魂氣上升、而魄形下降。古人説、徂落、二字極有義理、便是謂魂魄。徂者、魂升於天。落者、魄降於地。只就人身、便亦是鬼神。如祭祀、求諸陽、便是求其魂。求諸陰、便是求其魄。祭義中宰我問鬼神一段説得好、注解得亦好。
【読み】
問う、尹子の遊魂の一句を解するに鬼神と爲す、如何。曰く、此れは只是れ聚散なり。聚って物を爲す者は、神なり。散って變を爲す者は、鬼なり。鬼神は便ち陰陽の分有り、只屈伸往來に於て之を觀る。橫渠は、精氣は無よりして有、遊魂は有よりして無と説く。其の説亦分曉なり。然るに精は陰に屬し、氣は陽に屬す。然るに又自ら錯綜底の道理有り。然るに一人の身に就き將來橫に看れば、生は便ち箇の死底の道理を帶著す。人身是れ陽に屬すと雖も、而して體魄便ち陰に屬す。其の死に及んで陰に屬し、又卻って是れ此の氣は、便ち亦陽に屬す。蓋し死は則ち魂氣上升して、魄形下降す。古人、徂落の二字を説くこと極めて義理有り、便ち是れを魂魄と謂う。徂は、魂天に升る。落は、魄地に降りる。只人身に就けば、便ち亦是れ鬼神なり。祭祀、諸陽に求むが如きは、便ち是れ其の魂を求む。諸陰に求めば、便ち是れ其の魄を求む。祭義中に宰我鬼神を問うの一段、得て説いて好し、注解得て亦好し。

尹彦明ときちがへた。精氣爲物は神、游魂爲変は鬼のことしゃに、游魂為変の一句を鬼神と云た。二句揃てこそ鬼神じゃに、尹氏のまちがいどうしたことと問たことなれとも、前の章のとりあつかひと同しことで、尹彦明がどうこうと辨せずに、只鬼神の話をされた。此只是聚散云云。辨じはせぬがかうわけてみれば尹氏のまちがいも知れた。鬼神は隂陽の分があるから鬼と神とをぶつきれに二つに云ことじゃ。屈伸往来あれでみよとなり。屈伸が天地の造化であるが、鬼神のあたり前がよくみへる。今日は衣がへじゃ。乾の卦の月なり。伸びたはあたたかでよし。寒ひはかるいものもこまるぞ。爐をあけるの巨燵の掃除をするのと云ときが屈ぞ。
【解説】
「問、尹子解、遊魂一句爲鬼神、如何。曰、此只是聚散。聚而爲物者、神也。散而爲變者、鬼也。鬼神便有陰陽之分、只於屈伸往來觀之」の説明。鬼神には陰陽の分があるから鬼と神とに分けて言う。それは「屈伸往来」を見ればよくわかる。
【通釈】
尹彦明が説き違えた。「精気為物」が神で、「遊魂為変」が鬼のことなのに、遊魂為変の一句を鬼神と言った。二句揃ってこそ鬼神なのに、尹氏が間違えたのはどうしたことかと問うたのだが、これも前の章の取り扱いと同じく、尹彦明をどうのこうのと弁ぜずに、ただ鬼神の話をされた。「此只是聚散云云」。弁じはしないがこの様に分けて見れば尹氏の間違いも知れる。鬼神は陰陽の分があるから鬼と神とをぶつ切れに二つに言うのである。「屈伸往来」で見なさいと言った。屈伸が天地の造化であり、鬼神の当然がよく見える。今日は衣替えで、乾の卦の月である。伸びたのは暖かでよい。寒いのには軽い者も困る。爐を開けたり炬燵の掃除をするという時が屈である。
【語釈】
・尹彦明…尹和靖。名は焞。程伊川の高弟。紹興の初め祟政殿説書兼侍講。当時金との和議に反対し、学問は伊川の敬を継承して著しく主体的。1071~1142。『伊洛淵源録』『宋元学案』同『補遺』
・精氣爲物…易経繋辞伝上4。「仰以觀於天文、俯以察於地理、是故知幽明之故。原始反終、故知死生之説。精氣爲物、遊魂爲變、是故知鬼神之情状」。
・屈伸往来…易経繋辞伝下5。「易曰。憧憧往來、朋從爾思。子曰、天下何思何慮。天下同歸而殊塗、一致而百慮。天下何思何慮。日往則月來、月往則日來、日月相推而明生焉。寒往則暑來、暑往則寒來、寒暑相推而歳成焉。往者屈也、來者信也。屈信相感而利生焉。尺蠖之屈、以求信也。龍蛇之蟄、以存身也。精義入神、以致用也。利用安身、以崇德也。過此以往、未之或知也。窮神知化、德之盛也」。

○横渠説精云云。さて々々よい云やうぞ。去年此利などでは自無而有がいかいことある。方々に出生がある。子守りともどろ々々ゆくでみへる。自有而無は此間傳左衛門が老父じゃ。氣の毒ながら道理なりぞ。さてこれ迠て繋辞の説はすんだか、然氣属陽云云。これからは分んに語りたこと。たたい孔子の精氣爲物、一つに云たやうじゃか、あれもわけることなり。氣は陽、精は隂なり。又游魂為変を尹彦明の二句で鬼神と云るるか上に二句なくには鬼神と一句ても云はるやうじゃ。繋辞傳で兩句をしめて、故知鬼神請状とあるでみよ。どうもよくない。錯綜と云は兩方うちくるんでまぜこぜな意なり。○帯著死底道理。からだの上に死ぬものを持てをる。どこに死底の道理があるとは云れぬ。をやぢどの早くござれと云ても知た者はきにかけぬ。ものいまいする男は四の字も云す。四百四文と云ても死の字の道理をのがれることはならぬ。
【解説】
「橫渠説、精氣自無而有、遊魂自有而無。其説亦分曉。然精屬陰、氣屬陽。然又自有錯綜底道理。然就一人之身將來橫看、生便帶著箇死底道理」の説明。「自無而有」は生まれることで、「自有而無」は死ぬこと。体の上に死ぬものを持っているから、死の道理から逃れることはできない。
【通釈】
○「横渠説精云云」。実によい言い方である。去年、この村などでは「自無而有」が大層あった。方々に出生があった。子守り共がぞろぞろと行くのでわかる。「自有而無」はこの間の伝左衛門の老父である。気の毒ながら道理の通りである。さてこれまでで繋辞の説は済んだが、「然気属陽云云」。これからは分けて語ったこと。そもそも精気為物は孔子が一つにして言った様だが、あれも分けること。気は陽、精は陰である。また、游魂為変を尹彦明が一句で鬼神と言われるが、上に二句なくても、鬼神と一句で言うこともできる様である。繋辞伝で両句を締め、「故知鬼神情状」とあることを見なさい。しかし、それはどうもよくない。「錯綜」は両方をうち包んで混ぜこぜにする意である。○「帯著死底道理」。体の上に死ぬものを持っている。何処に死底の道理があるとは言えない。親父殿早く来られよと言われても、知った者は気に掛けない。物忌をする男は四[し]の字も言わない。四[よ]百四[よ]文と言っても死の字の道理を逃れることはできない。

○人身雖是属陽云云。これがみへたことで、朝をきて口きき働くは魂陽の、寐ていたときは魂の字はたらきはない。さても大きな腹じゃと云やうなは魄斗りぞ。目がさめてをると、戸にあたりても何者じゃとしかり付るが、眠てをるときは死に似たものぞ。さて人の死とき、魂がはなれたときには魄をちる。息を引とるとはや二たび通はぬ。魂はずっとでるものなれとも、魄はまだあり々々と笑顔してをるとも云。生たときのやうじゃとて朋友が取ついて泣く。魂はとふに舛った。古人説徂落二字。これらでみよ。徂来なとが目がたらぬ。道体の名義など多く宋儒から云出したと心得る。尭典をかく史臣が道体鬼神□分ではないが、道体からしてかうしたことゆへ、いやともかう出さ子ばならぬ。魂か落たと死のことを記した、徂落の文字なり。只尭の死すことて入りわり付てみたことなれとも、それで祭のいりわり迠がすむ。香をたいて升った魂をもとめ、酒をそそいで下りた魄を求め、かうしたことが古からあることなり。礼記でもそれじゃ。宰我が問に上もない孔子の答。その上又鄭玄が注がよい。此外も六經の註、愨実によく文段をわけたものゆへ、程朱も益をえられたと云は漢儒ぞ。道統にはよくつかぬと云ても、鄭玄いりわりをよくといた。
【解説】
「人身雖是屬陽、而體魄便屬陰。及其死而屬陰、又卻是此氣、便亦屬陽。蓋死則魂氣上升、而魄形下降。古人説、徂落、二字極有義理、便是謂魂魄。徂者、魂升於天。落者、魄降於地。只就人身、便亦是鬼神。如祭祀、求諸陽、便是求其魂。求諸陰、便是求其魄。祭義中宰我問鬼神一段説得好、注解得亦好」の説明。死ぬと魂は直ぐに昇るが、魄はゆっくりと落ちる。既に古人が堯の死を徂落と言い、「潅用鬱鬯」で祭っている。
【通釈】
○「人身雖是属陽云云」。これが見抜いたことで、朝起きて口をきいて働くのは魂陽で、寝ている時は魂の働きがない。実に大きな腹だと言う様なのは魄ばかりである。目が醒めていると、戸に当たっても何者だと叱り付けるが、眠っている時は死に似たもの。さて人が死ぬ時、魂が離れた時には魄が落ちる。息を引き取るともう再び通わない。魂はずっと出るものだが、魄はまだありありと笑顔でいるとも言う。生きた時の様だと言って朋友が取り付いて泣く。魂はとっくに昇っている。「古人説徂落二字」。これ等で見なさい。徂来などは目が足りない。道体の名義などの多くは宋儒から言い出したものと心得ている。堯典を書く史臣が道体鬼神をよくわかっているわけではないが、道体からしてこうしたことなので、嫌でもこの様に出さなければならない。魄が落ちたと死のことを記した。それが徂落の文字である。ただ堯の死んだことに訳を付けて見たことだが、それで祭の入り訳までが済む。香を焚いて昇った魂を求め、酒を潅いで下りた魄を求める。こうしたことが古からあること。礼記もそれ。宰我の問いにこの上もない孔子の答え。その上、また鄭玄の注がよい。この外にも六経の註があり、それは愨実によく文段を分けたもので、程朱も益を得られたというのは漢儒のお蔭である。道統には入らないと言っても、鄭玄は入り訳をよく説いた。
【語釈】
・徂落…書経舜典。「二十有八載、帝乃俎落」。天子の死去すること。崩御。
・入りわり…入り訳。いりくんだ事情。こみいったいきさつ。
・香をたいて…礼記郊特性。「至敬不饗味、而貴氣臭也。諸侯爲賓、灌用鬱鬯。灌用臭也。大饗尚腶脩而已矣」。
・宰我が問…礼記祭義。「宰我曰、吾聞鬼神之名、不知其所謂。子曰、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。合鬼與神、敎之至也」。


問其氣發揚於上條
51
問、其氣發揚於上、爲昭明、焄蒿、悽愴。曰、此是陰陽乍離之際、髣彿如有所見、有這箇聲氣。昭明、焄蒿是氣之升騰、悽愴是感傷之意。八十七下同。
【読み】
問う、其の氣上に發揚し、昭明、焄蒿、悽愴を爲す。曰く、此れは是れ陰陽乍離の際、髣彿とし見る所有り、這の箇の聲氣有るが如し。昭明、焄蒿は是れ氣の升騰、悽愴は是れ感傷の意なり。八十七下同。

昭明焄蒿。中庸の章句ではいそがしい中で一寸と御意得たのぞ。とっくと説にはここがよい。大病て親類寄てつめてをる。このやうな氣味合のあることそ。乍離の際と云は、大工が鉄槌て柱に付た板などをこぢはなすやうではない。花のはらりと散り、燈のふっときへたやうに乍ち離れるなり。彷彿と云はどうやら見へるやうじゃとなり。匂ひあるの、はっと云氣味あるのと云が爰のことことなり。心安い者の臺処で鯛を煮るに何やらむまい匂がすると云は氣の正當、人の死ぬときのは其やうにあり々々と匂ふと云ことてないが、百歳迠生べき精をもった人の死ぬきはゆへ、何か匂ふと云も聚た氣のちりぎはぞ。蝋燭もきへきはがにほふものなり。○感傷ても、さしをもり、医者が灸もはややめるがよいと云時分ぞっとすることある。これが孝の不孝の、誠の不誠のと云ことでなく、ひり々々とひびくものある。それを祭の註に入れたが面白い。親の死たときのことも忘れたが、あのときのことを云が祭のつかまへ処が出來てきたことなり。
【解説】
人が死ぬ時には匂いがする。また、こちらがぞっとして響くもの。
【通釈】
「昭明焄蒿」。中庸の章句では忙しい中で一寸御意を得たもの。とっくりと説くにはここがよい。大病で親類寄って詰めている。この様な気味合いのあること。「乍離之際」とは、大工が鉄槌で柱に付いた板などをこじ離す様なことではない。花がぱらりと散り、灯りがふっと消える様に乍ち離れること。「髣彿」は、どうやら見える様だということ。匂いがあるとか、はっという気味があるというのがここのこと。心安い者が台所で鯛を煮ているのを、何か美味い匂いがすると言うのは気の正当で、人が死ぬ時はその様にありありと匂うということではないが、百歳まで生きるべき精を持った人の死に際に何か匂うと言うのも、聚まった気の散り際だからである。蝋燭も消え際が匂うのもの。○「感傷」。さし重り、医者が灸ももう止める方がよいと言う時分にぞっとすることがある。これが孝や不孝、誠や不誠と言うことではなく、ぴりぴりと響くものがある。それを祭の註に入れたのが面白い。親の死んだ時のことも忘れたが、あの時のことを言うのが祭の掴まえ処ができて来たこと。
【語釈】
・昭明焄蒿…中庸章句16集註。「孔子曰、其氣發揚于上、爲昭明焄蒿悽愴。此百物之精也、神之著也。正謂此爾」。


問其氣發揚條
52
問、其氣發揚於上、爲昭明、焄蒿、悽愴。曰、昭明是所謂光景者、想像其如此。焄蒿是騰升底氣象。悽愴是能令人感動模様。墟墓之閒未施哀而民哀、是也。洋洋乎如在其上、如在其左右、正謂此。
【読み】
問う、其の氣上に發揚し、昭明、焄蒿、悽愴を爲す。曰く、昭明は是れ謂う所の光景なる者、其れ此の如きを想像す。焄蒿は是れ騰升底の氣象。悽愴は是れ能く人を感動せしめる模様。墟墓の閒未だ哀を施かずして民哀す、是れなり。洋洋乎とし其の上に在るが如し、其の左右に在るが如し、正に此を謂う。

光景。何がひっかりとするやうなもの。所謂も古書にあると云ことでなく、あの世間で云ひかりじゃと云ことなるべし。想像は、をもひはかることにつかふ文字。どうやらこちがさう思はるることぞ。ひっかりと云ても定りはせぬ。先日某が昭明は、魂、焄蒿は、魄、と云たが、騰升底と云字にあててみると先日魄と云たはあたらぬやうにみへるが、血などや体の匂ふは魄につくなり。此等はことも一定せす、これまでに物をはき々々とわけるでなくては鬼神のあつかいはならぬ。升騰底。今ふっつりと息の切れたは魂なり。さっと匂ふてのぼることなり。魄は下るものと云ても、わかるるときにはっと焄蒿の匂ふこともあるゆへ、魄へかけて云たも必しも誤りでもなし。朱子の説ゆへこの條を正とすることなり。己か説を主張するはさん々々わるい。ここらのことは錯綜して云るること。融通するため予前説をも一意思あるとすることなり。感動と云になれば心がしんとなって、をかしい話もさま々々の話もとんとならぬ。そこが悽愴のひびきぞ。人は万物の霊と云。その霊と云人が今息を引とるときのことゆへ、さうあるはづ。
【解説】
「問、其氣發揚於上、爲昭明、焄蒿、悽愴。曰、昭明是所謂光景者、想像其如此。焄蒿是騰升底氣象。悽愴是能令人感動模様」の説明。人は万物の霊だから、人が死ねば「昭明焄蒿悽愴」がある筈である。死ぬと魂はさっと匂って昇り、魄は下るが、分かれる時に焄蒿が匂うのだから、魄に掛けて言うのも必ずしも誤りでもない。
【通釈】
「光景」。何がぴかっとする様なもの。「所謂」も古書にあるということではなく、世間で言う光ということだろう。「想像」は、想い量ることに使う文字。どうやらこちらがそう思えるということ。光るといっても定まりはしない。先日私が「昭明」は、魂、「焄蒿」は、魄、と言ったが、「騰升底」という字に当てて見ると、先日魄と言ったのは当たらない様に見えるが、血などや体の匂うのは魄についたこと。これ等はことも一定しないので、これまでに物をはっきりと分けるのでなくては鬼神の扱いはできない。「騰升底」。今ぷっつりと息が切れたのは魂である。さっと匂って昇る。魄は下るものだと言っても、分かれる時にはっと焄蒿の匂うこともあるので、魄へ掛けて言うのも必ずしも誤りでもない。朱子の説なのだから、この条を正しいとする。自分の説を主張するのは散々に悪い。ここ等のことは錯綜して言われたこと。融通するため予め前説をも一意思あるとすること。「感動」ということになれば心が神妙になって、可笑しい話も様々な話も全くすることはできない。そこが悽愴の響きである。人は万物の霊と言う。その霊という人が今息を引き取る時のことなので、そうである筈である。
【語釈】
・昭明…中庸章句16集註。「孔子曰、其氣發揚于上、爲昭明焄蒿悽愴。此百物之精也、神之著也。正謂此爾」。

○墟墓云云。礼の檀弓下。らんとうなぞと云がどうもあれだによって悲しくなる。哀しまうともせぬが悲しい。田舎などに酒呑の墓には德利や小茶碗かすててあり、小児の墓にはもてあそび人形竹馬。これでみれば、こはいの誠しゃからのと云ことなしにあはれになるやうに、人の死ときぞっとせづともせぬが、ついぞっとする。其がすぐに祭のときの感挌の種なり。洋々乎如在其上。百年前の祖を祭るにも死ぬときの感動する。彼ぞっとを種にして祭る。感挌あるぞ。此檀弓の語を引れたはさて々々よい引付ぞ。思はず知らず哀み、をもはずしらず悽愴をなすなり。
【解説】
「墟墓之閒未施哀而民哀、是也。洋洋乎如在其上、如在其左右、正謂此」の説明。人が死ぬ時にぞっとするのを直に祭の種にする。そこで、感格することになる。
【通釈】
○「墟墓云云」。礼記檀弓下。卵塔などというのがどうもあの通りなので悲しくなる。哀しもうとしなくても悲しくなる。田舎などでは、酒飲みの墓には徳利や小茶碗か捨ててあり、小児の墓には玩んだ人形や竹馬がある。これで見れば、恐いからとか誠だからということなしに哀れになる様に、人の死ぬ時にぞっとしようとしなくても、ついぞっとする。それが直に祭の時の感格の種となる。「洋々乎如在其上」。百年前の祖を祭るにも死ぬ時の感動でする。あのぞっとするのを種にして祭る。そこで感格がある。この檀弓の語を引かれたのは実によい引き付けである。思わず知らず哀れみ、思わず知らず悽愴を成す。
【語釈】
・墟墓…礼記檀弓下。「墟墓之間、未施哀於民而民哀」。
・洋々乎如在其上…中庸章句16。「子曰、鬼神之爲德其盛矣乎。視之而弗見、聽之而弗聞、體物而不可遺。使天下之人、齊明盛服、以承祭祀。洋洋乎、如在其上、如在其左右。詩曰、神之格思、不可度思、矧可射思。夫微之顯、誠之不可揜、如此夫」。


問洋々乎如在其上條
53
問、洋洋如在其上、如在其左右、似亦是感格意思、是自然如是。曰、固是。然亦須自家有以感之、始得。上下章自恁地説、忽然中間插入一段鬼神在這裏、也是鳶飛魚躍底意思。所以末梢只説、微之顯、誠之不可揜也如此。六十三下同。
【読み】
問う、洋洋として其上に在るが如し、其の左右に在るが如しは、亦是れ感格の意思に似る、是れ自然に是の如きか。曰く、固より是れなり。然るに亦須らく自家以て之を感ずる有るべくして、始めて得。上下の章自ら恁地く説けば、忽然として中間に一段の鬼神を插入して這の裏に在り、也た是れ鳶飛魚躍底の意思なり。末梢は只微の顯、誠の揜う可からざるや此の如しと説く所以なり。六十三下同。

感挌の意思を自然と云たはわるい問でもないが、ちと感挌を知りすぎた問ぞ。理の自然でかうかうじゃ、こしらへたものではないとなり。朱子のなるほどそうなれとも、自然にさうだと斗り云て一氣だからと云と、孝子も不孝子も一つにをちるが、こちの誠敬のつまるで感通するから妙あるなり。こちの誠なくてはならす。伯牙が琴で六馬が仰むく。只の坐頭でも仰むくなれば面白くない。
【解説】
「問、洋洋如在其上、如在其左右、似亦是感格意思、是自然如是。曰、固是。然亦須自家有以感之、始得」の説明。「感格意思」は理の自然だが、こちらの誠敬が詰まることで感通するというところに妙がある。
【通釈】
感格の意思を「自然」と言ったのは悪い問いでもないが、少々感格を知り過ぎた問いである。理の自然で自ずからこうだ、拵えたものではないと言う。朱子は、なるほどそうではあるが、自然にそうだとばかり言い、一気だからだと言えば、孝子も不孝子も一つに落ちるが、こちらの誠敬が詰まるので感通するから妙がある。こちらに誠がなくてはならない。伯牙が琴で六馬が仰向く。ただの座頭でも仰向くのであれば面白くない。
【語釈】
・伯牙が琴で六馬が仰むく…荀子勧学。「昔者瓠巴鼓瑟、而流魚出聽。伯牙鼓琴、而六馬仰秣」。
・洋洋如在其上、如在其左右…中庸章句16。「子曰、鬼神之爲德其盛矣乎。視之而弗見、聽之而弗聞、體物而不可遺。使天下之人、齊明盛服、以承祭祀。洋洋乎、如在其上、如在其左右。詩曰、神之格思、不可度思、矧可射思。夫微之顯、誠之不可揜、如此夫」。詩は、詩経大雅抑。

○上下章云云。これからは問へかけずにひろく中庸の鬼神の章を論ず。上下章とは十五章と十七章と斗りみることでなく、上は費而隱の章から十五章までのこと。下は十八九章までのこと。あとさきにあれほどのことあるまん中が鬼神の章なり。あれがやはり費隱の鳶飛魚躍だ。道はぎらりっとどこもかしこにも充たもの。砂中の金や松茸を尋るやうなことでない。目にみへぬものではあるが沢山なことは沢山じゃ。たしないことを賞翫して麒麟鳳凰をたのむことではなく、鳶魚で語るて珍しくない。たっぷりとある。上下のあやが鳶飛魚躍であらはれ、鬼神が祭をして洋々乎如在其上とあらはれ、同しくはっきと昭著なと云こと。道理は微で形なく目にみへぬが、鳶魚のあの氣の上へあらはれたもの。
【解説】
「上下章自恁地説、忽然中間插入一段鬼神在這裏、也是鳶飛魚躍底意思。所以末梢只説、微之顯、誠之不可揜也如此」の説明。ここの「上下」とは、十二章から十九章までのこと。道は何処にでも充ちたものだから、身近なもので見ることができる。
【通釈】
○「上下章云云」。これからは問いへ掛けずに広く中庸の鬼神の章を論じた。上下章とは十五章と十七章だけを見ることでなく、上は「費而隠」の章から十五章までのことで、下は十八十九章を含めてのこと。後先にあれほどのことある、その真ん中が鬼神の章である。あれがやはり費隠の「鳶飛魚躍」である。道はぎらぎらとして何処にもかしこにも充ちたもの。砂中の金や松茸を尋ねる様なことではない。目に見えないものではあるが沢山ある。希なことを賞翫して麒麟鳳凰を頼むのではなく、鳶魚で語るので珍しくない。たっぷりとある。上下の綾が鳶飛魚躍で現れ、鬼神が祭をして「洋々乎如在其上」と現れる。それは同じくはっきりと昭著である。道理は微で形なく目に見えないが、鳶魚のあの気の上に現れるもの。
【語釈】
・費而隱…中庸章句12。「君子之道、費而隱。夫婦之愚、可以與知焉」。
・鳶飛魚躍…中庸章句12。「詩云、鳶飛戻天、魚躍于淵。言其上下察也」。詩は詩経大雅旱麓。
・たしない…足し無い。窮い。物に乏しい。苦しい。
・昭著…中庸章句12集註。「察、著也。子思引此詩以明化育流行。上下昭著、莫非此理之用、所謂費也」。

親子と云は氣なれとも、其氣の上に父子の親と云理が付てある。之親と云ものはみへぬが、どうも他人とちがふもの。きっとある。親義別序信、皆これぞ。鬼神洋々乎如在其上と云ても膳中のものにへったものはないが、来挌はする。してみれば道体で云ても昭著、祭で云ても昭著なり。此條感通と云から中庸全体へをとすことなり。齊明盛服と云祭りのことから誠之不可揜と云いとめるが、鬼神の章はつまり費隱の章から出て誠を中庸のしんばしらにする。二十章以下一貫するぞ。
【解説】
道体で言っても祭で言っても鬼神は昭著である。鬼神の章は、費隠の章から出て誠を中庸の真柱にするものであり、そこで、二十章以下が一貫となる。
【通釈】
親子というものは気だが、その気の上に「父子之親」という理が付いてある。「之親」という理は見えないが、どうも他人と違うもので、しっかりとある。親義別序信が皆これ。鬼神を「洋々乎如在其上」と言っても膳中のものが減るわけでもないが、来格はする。こうして見れば、道体で言っても昭著、祭で言っても昭著である。この条は感通から中庸全体へ落とすこと。「斉明盛服」という祭のことから始めて「誠之不可揜」と言い止めたが、つまり鬼神の章は、費隠の章から出て誠を中庸の真柱にするものだからである。これで二十章以下が一貫となる。
【語釈】
・父子の親…孟子滕文公章句上4。「后稷教民稼穡、樹藝五穀。五穀熟而民人育。人之有道也、飽食煖衣、逸居而無敎、則近於禽獸。聖人有憂之、使契爲司徒、教以人倫、父子有親、君臣有義、夫婦有別、長幼有序、朋友有信」。


或問鬼神者造化之迹條
54
或問、鬼神者、造化之跡。曰、風雨霜露、四時代謝。又問、此是跡、可得而見。又曰、視之不可得見、聽之不可得聞、何也。曰、説道無、又有。説道有、又無。物之生成、非鬼神而何。然又去那裏見得鬼神。至於洋洋乎如在其上、是又有也。其氣發揚于上、爲昭明、焄蒿、悽愴、猶今時惡氣中人、使得人恐懼悽愴、此百物之精爽也。
【読み】
或るひと問う、鬼神は造化の跡。曰く、風雨霜露、四時代謝なり。又問う、此れ是の跡は、得て見る可し。又曰く、之を視て見るを得可からず、之を聽いて聞くを得可からず、何ぞや。曰く、無しと説道す、又有り。有りと説道す、又無し。物の生成は、鬼神に非ずして何ぞや。然るに又那の裏に去り鬼神を見得。洋洋乎として其の上に在るが如きに至りては、是れ又有るなり。其の氣上に發揚し、昭明、焄蒿、悽愴を爲し、猶今時惡氣の人に中り、人の恐懼悽愴を得せしむがごとき、此れ百物の精爽なり。

之迹と云は一よくみへるもの。雨や風や代謝はあちへゆくこと。花のさくを開謝と云。春過て夏きにけらしもそれぞ。衣がへ春があちへゆきた。春が謝したれは、代りに四月がきたなり。迹も代謝もみへる。又曰云云。そのあとに見之而不可得見云云と孔子の云れたはどうしたことと云に、無いと云へばある、あるならとても御意得やうと云ことはならぬ。爰が鬼神の鬼神たる所じゃからは、こなたの云処がすぐに鬼神の鬼神たる処じゃと云やうな語ぶりに答たもの。朱子か有るともないとも片はつけられぬと云たなり。物之生成は鬼神をあるにして云たもの。いくらにも人力ではゆかぬことが、それが手もなく出来る。すれば有る。そんなら見やうと云にみへぬ。なれとも又洋々乎如在。忝けなさに涙こぼるる。自然とあたまがさがる。甚だありなり。此の有と云たり無と云たりするが鬼神の妙そ。
【解説】
「或問、鬼神者、造化之跡。曰、風雨霜露、四時代謝。又問、此是跡、可得而見。又曰、視之不可得見、聽之不可得聞、何也。曰、説道無、又有。説道有、又無。物之生成、非鬼神而何。然又去那裏見得鬼神。至於洋洋乎如在其上、是又有也」の説明。春が過ぎて夏になる。四時の代謝はよく見える。鬼神は「如在其上、如在其左右」であるものなのだが、見ることはできない。
【通釈】
「之迹」は一際よく見えるもの。雨や風や代謝はあちらへ行くこと。花の咲くのを開謝と言う。春過て夏きにけらしもそれ。衣替えで春があちらへ行った。春が謝したので、代わりに四月が来たのである。迹も代謝も見える。「又曰云云」。その後に「見之而不可得見云云」と孔子が言われたのはどうしたことかと言えば、ないと言えばある、あると言っても御意得ようということはできない。ここが鬼神の鬼神たる所だから、貴方の言う処が直に鬼神の鬼神たる処だという様な語振りで答えたもの。朱子があるともないとも片は付けられないと言った。「物之生成」は鬼神をあることにして言ったもの。人力ではいくらもできないことが、手もなくできる。それならある。それなら見ようと言っても見えない。しかしまた、「洋々乎如在」で、忝さに涙がこぼれる。自然と頭が下がる。甚だある。このあると言ったりないと言ったりするのが鬼神の妙である。
【語釈】
・之迹…中庸章句16集註。「程子曰、鬼神、天地之功用、而造化之跡也」。
・見之而不可得見…中庸章句16。「子曰、鬼神之爲德、其盛矣乎。視之而弗見、聽之而弗聞、體物而不可遺。使天下之人齊明盛服、以承祭祀。洋洋乎。如在其上、如在其左右」。

○其氣發揚于上。孔子が魂魄のはなれることを昭明云云と云れたが、それをもっと知らせふと、ぎが々々とある氣で悪氣中人とわるい氣でさとしたが朱子の活法ぞ。悪氣と云は山嵐の瘴氣。嶺南などへ流されたものが瘴毒と云にあたる。江戸などでも下人が云ことある。今度の疾病は病み始めに兎角坊主をみると云類を云。先年ある町人が、私下女山伏をみると思ふたれば、ふるい付たと云た。心の迷てもあれとも、つまり悪氣のことなり。春九十日にたった一日のよい日和じゃの、十月の小春なぎのと云はよい氣の方ぞ。其うらでわるい氣が人に中る。萑香正氣散でなをるのぞ。十一月中穴藏入りてやむものある。必ぞっとする。ぞっとと云が悪氣でみせるでたしかになる。孔子が昭明焄蒿と云はれても、我々も度々親類共の看病で死ぎはを見ましたが、ひっかりもぞっともないと云が、ないこともあるべし。この悪氣の方はじかに身にあたること。悪氣で云でたしかなり。あるにしたもの。
【解説】
「其氣發揚于上、爲昭明、焄蒿、悽愴、猶今時惡氣中人、使得人恐懼悽愴」の説明。朱子は悪気で鬼神がいることを説いた。春九十日にたった一日のよい日和だとか、十月の小春凪というのはよい気だが、その裏で悪い気が人に中る。
【通釈】
○「其気発揚于上」。孔子が魂魄の離れることを昭明云云と言われたが、それをもっと知らせようと、ぎがぎがとある気で「悪気中人」と、悪い気で諭したのが朱子の活法である。悪気とは山嵐の瘴気。嶺南などへ流されたものが瘴毒に中る。江戸などでも下人がこれを言うことがある。今度の疾病は病み始めにとかく坊主を見るという類を言う。先年ある町人が、私の下女が何故か山伏を見ると思っていると、震い付いたと言った。心の迷いだろうが、つまりは悪気のこと。春九十日にたった一日のよい日和だとか、十月の小春凪というのはよい気の方。その裏で悪い気が人に中る。それは麝香正気散で治るもの。十一月中穴蔵に入って病む者もある。必ずぞっとする。ぞっとというのが悪気で見せるので確かになる。孔子が昭明焄蒿と言われても、我々も度々親類共の看病で死に際を見ましたが、光もぞっともしないと言う。ないこともあるだろう。この悪気の方は直に身に中ること。悪気で言うので確かである。ここは鬼神があるとしたもの。
【語釈】
・其氣發揚于上…中庸章句16集註。「孔子曰、其氣發揚于上、爲昭明焄蒿悽愴。此百物之精也、神之著也。正謂此爾」。
・瘴氣…熱病を起させる山川の悪気。

○此百物之精爽。やっはり万物の精爽と云と同こと。精はくはしい。爽はさはやかと云こと。いうもはよい字ぞ。よいもわるいも、毒のあたるも藥のきくも精爽でなくてはきかぬ。朝鮮人参でもかびてはきかぬ。精氣でない。正鬼神の正い氣が悪氣の話をするできこへるは、孟子の浩然の氣のことに昔吾聞大勇於夫子と垩賢のことを云ながら、又北宮孟舎の町六万の勇を出すでよくきこへたと同こと。幽灵も此氣で出る。来挌も此氣で感すると云こと。かうしてみれば鬼神の手に入ったことになる。これから推せば、香草の鼻に怪いも不浄のくさいも氣の善悪でこそあれ、精爽ぞ。醇酒にほぎ々々ようたも毒にあてられたも皆氣の精爽の中のためぞ。毒にも藥にもならぬなと云は性のぬけたのぞ。
【解説】
「此百物之精爽也」の説明。幽霊も精気で出、来格もこれで感ずる。毒にも薬にもならないのは性が抜けているのである。
【通釈】
○「此百物之精爽」。やはり万物の精爽と言うのと同じこと。精は精しい。爽は爽やかということ。よい字である。よいも悪いも、毒が中るのも薬が効くのも精爽でなくてはならない。朝鮮人参でもかびては効かない。精気でない。正鬼神の正い気が悪気の話をすることでよくわかるのは、孟子が浩然の気のことで「昔吾聞大勇於夫子」と聖賢のことを言いながら、また、北宮孟舎の町六万の勇を出すのでよくわかるのと同じこと。幽霊もこの気で出る。来格もこの気で感ずるということ。こうして見れば鬼神が手に入ったことになる。これから推せば、香草の鼻に快いのも不浄の臭いのも気の善悪でこそあれ、精爽である。醇酒にほぎほぎと酔うのも毒に中られたのも皆気の精爽に中ったのである。毒にも薬にもならないなどと言うのは性が抜けたのである。
【語釈】
・昔吾聞大勇於夫子…孟子公孫丑章句上2。「北宮黝之養勇也、不膚撓、不目逃、思以一豪挫於人、若撻之於市朝。不受於褐寛博、亦不受於萬乘之君。視刺萬乘之君、若刺褐夫。無嚴諸侯。惡聲至、必反之。孟施舍之所養勇也、曰、視不勝猶勝也。量敵而後進、慮勝而後會、是畏三軍者也。舍豈能爲必勝哉。能無懼而已矣。孟施舍似曾子、北宮黝似子夏。夫二子之勇、未知其孰賢。然而孟施舍守約也。昔者曾子謂子襄曰、子好勇乎。吾嘗聞大勇於夫子矣。自反而不縮、雖褐寛博、吾不惴焉。自反而縮、雖千萬人吾往矣。孟施舍之守氣、又不如曾子之守約也」。