才卿問来而伸者條  四月六日
【語釈】
・四月六日…寛政5年(1793年)4月6日。

55
才卿問、來而伸者爲神、往而屈者爲鬼。凡陰陽魂魄、人之嘘吸皆然。不獨死者爲鬼、生者爲神。故橫渠云、神祇者歸之始、歸往者來之終。曰、此二句、正如俗語罵鬼云、儞是已死我、我是未死儞。楚詞中説終古、亦是此義。去終古之所之兮、今逍遙而來東。羗靈魂之欲歸兮、何須臾而忘反。用之云、既屈之中、恐又自有屈伸。曰、祭祀致得鬼神來格、便是就既屈之氣又能伸也。僩問、魂氣則能既屈而伸。若祭祀來格是也。若魄既死。恐不能復伸矣。曰、也能伸。蓋他來則倶來。如祭祀報魂報魄、求之四方上下、便是皆有感格之理。用之問、遊魂爲變、聖愚皆一否。曰、然。僩問、天神地祇人鬼、地何以曰祇。曰、祇字只是示字。蓋天垂三辰以著象。如日月星辰是也。地亦顯山川草木以示人。所以曰、地示。用之云、人之禱天地山川、是以我之有感彼之有。子孫之祭先祖、是以我之有感他之無。曰、神祇之氣常屈伸而不已、人鬼之氣則消散而無餘矣。其消散亦有久速之異。人有不伏其死者、所以既死而此氣不散、爲妖爲怪。如人之凶死、及僧道既死、多不散。僧道務養精神、所以凝聚不散。若聖賢則安於死。豈有不散而爲神怪者乎。如黄帝堯舜、不聞其既死而爲靈怪也。嘗見輔漢卿説、某人死、其氣温温然、熏蒸滿室、數日不散。是他氣盛、所以如此。劉元城死時、風雷轟於正寢、雲務晦冥、少頃辯色、而公已端坐薨矣。他是甚麼様氣魄。用之曰、莫是元城忠誠、感動天地之氣否。曰、只是元城之氣自散爾。他養得此氣剛大、所以散時如此。祭義云、其氣發揚於上、爲昭明、焄蒿、悽愴、此百物之精也。此數句説盡了。人死時、其魂氣發揚於上。昭明、是人死時自有一般光景。焄蒿、即前所謂、温温之氣也。悽愴、是一般肅然之氣、令人悽愴、如漢武帝時、神君來則風肅然、是也。此皆萬物之精、既死而散也。淳録云、問、其氣發揚於上、何謂也。曰、人氣本騰上。這下面盡、則只管騰上去。如火之煙、這下面薪盡、則煙只管騰上去。○三。
【読み】
才卿問う、來て伸びる者は神と爲し、往きて屈する者は鬼と爲す。凡そ陰陽魂魄、人の嘘吸は皆然り。獨り死者を鬼と爲し、生きる者を神と爲さず。故に橫渠云う、神祇は歸の始め、歸往は來の終りなり。曰く、此の二句、正に俗語の鬼を罵り、儞は是れ已に死する我、我は是れ未だ死なざる儞と云が如し。楚詞の中に終古と説く、亦是れ此の義なり。終古の之く所を去る、今逍遙して東に來る。羗靈魂の歸するを欲する、何ぞ須臾して反るを忘れん。用之云う、既に屈するの中、恐らくは又自ら屈伸有り。曰く、祭祀に鬼神來格を致得すれば、便ち是れ既に屈の氣に就き又能く伸びるなり。僩問う、魂氣は則ち能く既に屈して伸びる。祭祀來格の若き是れなり。魄の若きは既に死す、恐らくは復伸びること能わず。曰く、也た能く伸びる。蓋し他來れば則ち倶に來る。祭祀の魂に報い魄に報い、之を四方上下に求むるが如きは、便ち是れ皆感格の理有り。用之問う、遊魂變を爲すは、聖愚皆一なるや否や。曰く、然り。僩問う、天神地祇人鬼、地は何を以て祇と曰う。曰く、祇の字は只是れ示の字。蓋し天三辰を垂れ以て象を著す。日月星辰の如き是れなり。地も亦山川草木を顯し以て人に示す。地示と曰う所以なり。用之云う、人の天地山川に禱る、是れ我の有るを以て彼の有るを感ず。子孫の先祖を祭る、是れ我の有るを以て他の無きを感ず。曰く、神祇の氣は常に屈伸して已まず、人鬼の氣は則ち消散して餘無し。其の消散も亦久速の異有り。人に其の死を伏せざる者有り、以て既に死して此の氣散らず、妖を爲し怪を爲す所なり。人の凶死、及び僧道の既に死ぬが如きは、多く散らず。僧道は務めて精神を養う、凝聚し散らざる所以なり。聖賢の若きは則ち死に安んず。豈散らずして神怪を爲す者有らんや。黄帝堯舜の如き、其の既に死して靈怪を爲すを聞かず。嘗て輔漢卿の、某の人死し、其の氣温温然として、熏蒸室に滿ち、數日散らずと説くを見る。是れ他の氣盛ん、此の如き所以なり。劉元城の死する時、風雷正寢に轟し、雲務晦冥、少頃し色を辯じて、公已に端坐し薨ず。他は是れ什麼様の氣魄ぞ。用之曰く、是れ元城の忠誠、天地の氣を感動すること莫きや否や。曰く、只是れ元城の氣自ら散るのみ。他の此の氣を養得すること剛大、散る時此の如き所以なり。祭義云う、其の氣上に發揚し、昭明、焄蒿、悽愴を爲す、此れ百物の精なり。此の數句説き盡くし了る。人死す時、其の魂氣は上に發揚す。昭明は、是れ人死す時自ら一般の光景有り。焄蒿は、即ち前に云う所の、温温の氣なり。悽愴は、是れ一般肅然の氣、人を悽愴ならしむ、漢の武帝の時、神君來れば則ち風肅然の如き、是れなり。此れ皆萬物の精、既に死して散るなり。淳が録に云う、問う、其の氣上に發揚す、何の謂いぞや。曰く、人氣は本騰上す。這の下面に盡きれば、則ち只管騰上して去く。火の煙の如き、這の下面の薪盡きれば、則ち煙は只管騰上して去く。○三。

けふ此ごろ夏じゃ。来而伸者と云のぞ。これから段々六月迠は伸る。時にあとの方を振向てみたとき、春はいつでも伸と云が、その伸となくなった春から今日迠は往て屈んたのぞ。梅も櫻もかたもないなれば、今から云へは當春は鬼じゃ。いつもは伸と云春を、今日になりては屈と云。道体はかう活してみ子ばならぬ。伸の屈のと云が流行するものゆへ、西方東方と側をわけてきまってをらぬ。何で云ても云るる。呼は伸、吸は屈、隂は屈、陽は伸。
【解説】
「才卿問、來而伸者爲神、往而屈者爲鬼。凡陰陽魂魄、人之嘘吸皆然。不獨死者爲鬼、生者爲神」の説明。春は伸だが、それが夏になるのは「往而屈」である。伸と屈は側を分けて決めるものではない。
【通釈】
今日この頃は夏だ。「来而伸者」というもの。これから段々と六月までは伸びる。時に前の方を振り向いて見た時、春はいつでも伸と言うが、その伸がなくなった、春から今日までは往って屈んだのである。梅も桜も形もなくなって、今から言えば当春は鬼である。いつもは伸と言う春を、今日になっては屈と言う。道体はこの様に活かして見なければならない。伸と屈は流行するものなので、西方東方と側を分けて決めるものではない。何に関しても言える。呼は伸、吸は屈、陰は屈、陽は伸。

○神祇者鬼之始云云。この両句が往来屈伸のことを含で云たこと。輯畧にのせてある。鬼神往来屈伸之義と出してをいて、かう云たもの。さて神示と云は天と地の今あるいき々々と見在あるもののこと。今生きたものは屈になるから、そこで皈の始と云たもの。皈往者来之終。ぎゃっと生れた来の字のしまいが鬼じゃと云こと。これが屈伸往来で一とつづきなことをみせる発明なり。横渠のきっとした説を俗諺にももあると合せて通會することぞ。罵鬼云云。罵ると有るからは、町六方でも云ひつらふ。罵るとはどふなれは、人々鬼神々々と手ををくが、田村丸も、いかに鬼神もたしかにきけと云ただけ手をおいた。なんにと云語勢ぞ。そちは已に死んたをれだ。をらはまだ死なぬそちだ。やがて死と同挌ぞ。何こはいことあらふぞと云は、生ただけをれがつよいと云たやうぞ。さて々々町六方にしては悟りをひらいた云やうぞ。田舎荘子以上の見処にまはる。これをもふ一つ端的に云はふなら、昼は未暮之夜、夜は已暮之昼と云のぞ。何もさはぐことはない。一つづきだ。かはることはない。
【解説】
「故橫渠云、神祇者歸之始、歸往者來之終。曰、此二句、正如俗語罵鬼云、儞是已死我、我是未死儞」の説明。今生きているものは屈になるから、「帰之始」と言い、往き切ると鬼になる。俗語にも罵鬼とあり、自分も死ねば鬼と同格なのだから、何も鬼に騒ぐことはない。
【通釈】
○「神祇者鬼之始云云」。この両句が往来屈伸のことを含んで言ったこと。輯略に載せてある。「鬼神往来屈伸之義」と出して置いて、この様に言う。さて「神祇」は天と地の今ある活き活きと見在しているもののこと。今生きているものは屈になるから、そこで「帰之始」と言ったもの。「帰往者来之終」。ぎゃっと生まれた来の字の最後が鬼だということ。これが屈伸往来で一続きなことを見せる発明である。横渠のきっとした説が俗諺にもあると合わせて通会しなさい。「罵鬼云云」。罵るとあるからは、町六方でも言ったことだろう。罵るとはどの様なことかと言うと、人々は鬼神に手を焼くが、田村丸も、いかに鬼神も確かに聞けと言っただけ手を焼いた。何をと言う語勢である。お前は已に死んだ俺だ。俺はまだ死なないお前だ。やがて死ねば同格である。何で恐いことがあるものかと言うのは、生きているだけ俺の方が強いと言う様なこと。実に町六方にしては悟りを啓いた言い様である。田舎荘子以上の見処である。これをもう一つ端的に言うのなら、昼は未暮之夜、夜は已暮之昼ということ。何も騒ぐことはない。一続きである。変わったことはない。
【語釈】
・手ををく…処置に窮する。手をこまぬく。
・田村丸…坂上田村丸。謡曲田村に「いかに鬼神もたしかに聞け。昔もさるためしあり。千方といひし逆臣に仕へし鬼も、王位を背く天罰にて、千方を捨つれば忽ち亡び失せしぞかし」とある。

○終古は楚辞の離騒経に云てある。今と昔を二つにきらぬ云分じゃ。それが町六方が云たことによく合ふ。終古と云は昔と今をぶん々々にかたつけぬことなり。すぎた昔、此後もかうぞ。昔と今ときらずに一つにこめたこと。亦是此義。罵鬼語一つ意ぞ。下の小書は何も入用なことではない。終古のこと楚辞にあるからして、此詞を暗誦なされたをそのまま弟子が爰へわり入れかいたのぞ。終古の字註は離騒經の集註にありて、古之所終来日之無窮也となされた。ここの小書は九章の底郢の篇にある詞なり。これは屈原か放たれたる道中で故卿の都を思た詞ぞ。所之兮を所居としてあり、これまで古よりこの後かきりなふをるべき処を去て、来東とは放たれて東に来たなり。羗は前の離騒經の中に集説あり、楚人發する語端之詞とあり、ああとよむなり。霊魂は屈原が玉しいなり。身は東へきても玉しいは故卿へかへりたく、情切なればなんとしてちっとの間に故郷へかへること、なんとして忘れふぞと云ことなり。つんと鬼神さたはなく、終古の文字ばかり誦されたこと。されども霊魂はかへると云ことは鬼神にも入用ぞ。故郷へ玉しいのゆくと云はやはり鬼神のなりぞ。
【解説】
「楚詞中説終古、亦是此義。去終古之所之兮、今逍遙而來東。羗靈魂之欲歸兮、何須臾而忘反」の説明。楚辞に「終古」と屈原が誦じた。屈原の霊魂が故郷に帰ることを欲したが、それが鬼神の姿である
【通釈】
○「終古」は楚辞の離騒経にある語。今と昔とを二つに切らない言い分である。それが町六方の言ったことによく合う。終古とは、昔と今とを別々片付けないこと。過ぎた昔もその後も同じである。昔と今と切らずに一つに込めたこと。「亦是此義」。罵鬼の語と意は同じである。下の小書は何も入用なことではない。終古のことが楚辞にあので、この詞を暗誦なされ、それをそのまま弟子がここへ割り入れて書いたのである。終古の字註は離騒経の集註にあり、「古之所終来日之無窮也」となさった。ここの小書は九章の哀郢の篇にある詞である。これは屈原が追放された道中で故郷の都を思った詞である。「所之兮」を「所居」としてあり、これまで古よりこの後も限りなく居るべき処を去る。「来東」は放たれて東に来たこと。「羗」は前の離騒経の中に集説があり、楚人の発する語端の詞とあり、ああと読む。霊魂は屈原の魂である。身は東へ来ても魂は故郷へ帰りたく、その情が切であれば、何としても一寸の間でも故郷へ帰ることを、どうして忘れようかということ。全く鬼神沙汰はなく、終古の文字ばかりを誦された。しかしながら、霊魂が帰るということは鬼神にも入用である。故郷へ魂が行くというのはやはり鬼神の姿なのである。
【語釈】
・終古…楚辞離騒九章哀郢。「去終古之所居兮、今逍遙而來東。羌靈魂之欲歸兮、何須臾而忘反」。

○用之云、既屈之氣又能伸る。屈んだは死、それが伸るから生きてくるやうなが、それか祭の処で、用之は鬼神の妙で斗り云。朱子は実事で答たもの。祭祀で云。○僩が問は一等よい。魂は来挌せうが、魄は形についたもの。来挌は有そもないとなり。曰也能伸。魄も魂がのびればともにのびる。事死如事生もよくすむ。魂と魄とは生たときついたものゆへ倶来るぞ。魂斗り来挌するなら香をたく斗でよい。灌酒は魄を求るのぞ。魂にも魄にも有感挌之理と云は小學でもみへる。僾然有見於其位。そこにござったやうと云が魄の至ったこと。容声嘆息之声と云て、魂の方の来挌とすること。これ小学で云とき、形のみへるやうなと云は魄の来挌、声のきこへるやうなと云が魂の来とわるには及ぬが、此問人か魄の来挌はどうだと云から近い小学を引て云もよい。
【解説】
「用之云、既屈之中、恐又自有屈伸。曰、祭祀致得鬼神來格、便是就既屈之氣又能伸也。僩問、魂氣則能既屈而伸。若祭祀來格是也。若魄既死。恐不能復伸矣。曰、也能伸。蓋他來則倶來。如祭祀報魂報魄、求之四方上下、便是皆有感格之理」の説明。僩が、魂は来格するだろうが、魄は形に付いたものだから、来格はありそうにないと言う。朱子は、魂にも魄にも感格の理があると答えた。魂だけが来格するのなら香を焚くだけでよいが、魄を求める潅酒もある。
【通釈】
○「用之云、既屈之気又能伸」。屈んだのは死、それが伸びるから生きて来る様だが、それが祭の処であって、用之は鬼神の妙ばかりで言い、朱子は実事で答た。祭祀で言ったのである。○僩の問いは一等よい。魂は来格しようが、魄は形に付いたもの。来格はありそうにないと言う。「曰也能伸」。魄も魂が伸びれば倶に伸びる。「事死如事生」もよく済む。魂と魄とは生きた時に付いているものなので倶に来る。魂だけが来格するのなら香を焚くだけでよい。潅酒は魄を求めるもの。魂にも魄にも「有感格之理」と言うのは小学でも見える。「僾然有見於其位」。そこにおられる様だと言うのが魄の至ったこと。「容声嘆息之声」と言い、それは魂の方の来格すること。これが小学で言う時、形の見える様なというのは魄の来格、声が聞こえる様だというのが魂の来格と割るには及ばないが、この問者が魄の来格はどうだと言うから近い小学を引いて言うのもよい。
【語釈】
・事死如事生…中庸章句19。「踐其位、行其禮、奏其樂、敬其所尊、愛其所親、事死如事生、事亡如事存、孝之至也」。
・僾然有見於其位…小学内篇明倫。「祭之日入室僾然必有見乎其位、周還出戸肅然必有聞乎其容聲、出戸而聽愾然必有聞乎其歎息之聲」。

○用之か游魂為変、垩愚一否。手づつな問にみへるが、何ぞ又趣向あってのことか。朱門だとてもさまでもない問もあらふ。朱子の然りも、をらなどは氣があらいから答はせす。朱子など丁寧ぞ。ををさやうと云は、さまでもない問にある答ぶりかなり。もしや用之の意は近思にもある、又甚者は指游魂為変輪回と横渠の説もあるゆへに云たかなり。それなれは垩は輪回はないにする意。○地何以曰祇。地ばかりでもない。天にも象のあるはみへるからと答たもの。三辰云云なり。山川松杉地の神灵ぞ。いよ々々しっかりと示したもの。天の神霊と地の神霊とは功用がちがふ。天の方は、此ごろまで寒かったが今は暑いと云ても目にみへぬ。地の方は画師が受とる。菊の牡丹の画るるでと云はづ。
【解説】
「用之問、遊魂爲變、聖愚皆一否。曰、然。僩問、天神地祇人鬼、地何以曰祇。曰、祇字只是示字。蓋天垂三辰以著象。如日月星辰是也。地亦顯山川草木以示人。所以曰、地示」の説明。地は示で、見えるものだが、天にも象があって見えるものがある。
【通釈】
○用之が「游魂為変、聖愚一否」と問うた。稚拙な問いに見えるが、何かまた趣向があってのことだろうか。朱門だとしてもさほどでもない問いもあるだろう。朱子は然りと言ったが、俺などは気が粗いから答えはしない。朱子などは丁寧である。おお左様だと言ったのは、大したこともない問いにある答えぶりなのだろう。もしかすると、用之の意は近思にもある、また「惑者指遊魂為変輪廻」と横渠の説もあるので言ったのかも知れない。それであれば、聖人には輪廻がないとする意である。○「地何以曰祇」。地ばかりでもない。天にも象があるのは見えるからだと答えたもの。「三辰云云」である。山川松杉は地の神霊である。いよいよしっかりと示したもの。天の神霊と地の神霊とは功用が違う。天の方は、この頃まで寒かったが今は暑いと言っても目に見えない。地の方は画師も受け取る。菊や牡丹が描けると言う筈である。
【語釈】
・游魂為変…易経繋辞伝上4。「仰以觀於天文、俯以察於地理、是故知幽明之故。原始反終、故知死生之説。精氣爲物、遊魂爲變、是故知鬼神之情状」。
・近思…近思録異端14。「惑者指遊魂爲變爲輪廻、未之思也」。

○用之云ふ人之禱云云。大名なとが国の山川へいのる。こちにしかとした心が有て向に山川と云あてのあるはきこへたが、先祖の方は其うらはらで、こちにはしかと形体あるが向にはない。すれば有ものでないをひくかとの問ぞ。神祇の氣常屈伸而不息。すこしづつ山がくづれた、川がかけたのと云は一寸したこと。全体は冨士でも大井河ても萬古不易。人の方は東方朔も武内宿称も跡形はない。天地は常に屈伸不已なり。○不服其死。死に案堵せぬことぞ。病て死んだは心か服すが、殺されたの冤恨して死たの、又今をれが死ではどうもならぬ。左傳に不瞑之憾とある。案堵して死なぬから目がとぢぬ。強死はあるべかかりの死でないこと。其やうなは皆死に服せぬ。
【解説】
「用之云、人之禱天地山川、是以我之有感彼之有。子孫之祭先祖、是以我之有感他之無。曰、神祇之氣常屈伸而不已、人鬼之氣則消散而無餘矣。其消散亦有久速之異。人有不伏其死者、所以既死而此氣不散、爲妖爲怪」の説明。山川には形があるが、先祖には形がない。形ないものを祭ることはできるかとの問いである。殺されたり冤恨して死んだ者は死に服さず妖怪となる。
【通釈】
○「用之云、人之禱云云」。大名などが国の山川へ祈る。こちらにしっかりとした心があり、向こうに山川という当てのあるのはよくわかるが、先祖の方はその裏腹で、こちらには確かに形体があるが向こうにはない。それならあるものでないものを引くのかとの問いである。「神祇之気常屈伸而不已」。少しずつ山が崩れ、川が壊けるというのは一寸したこと。全体は富士でも大井川でも万古不易で、人の方は東方朔も武内宿禰も跡形はない。天地は常に屈伸不已である。○「不服其死」。死に安堵しないこと。病んで死んだのは心が服すが、殺されたり冤恨して死んだりして、また今俺が死んではどうにもならない。左伝に「不瞑之憾」とある。安堵して死なないから目が閉じない。強死はあるべき死ではない。その様なものは皆死に服せない。
【語釈】
・東方朔…前漢の学者。字は曼倩。山東平原の人。武帝に仕え、金馬門侍中となる。ひろく諸子百家の語に通じ、奇行が多かった。伝説では方士として知られ、西王母の桃を盗食して死ぬことを得ず、長寿をほしいままにしたと伝える。前154頃~前93頃
・武内宿称…大和朝廷の初期に活躍したという伝承上の人物。孝元天皇の曾孫で、景行・成務・仲哀・応神・仁徳の五朝に仕え、成務天皇のとき大臣。仲哀天皇に従って熊襲を征し、天皇の崩後、神功皇后を助けて新羅に遠征、また、幼帝応神天皇を助け偉功があったという。その子孫と称するものに葛城・巨勢・平群・紀・蘇我の諸氏がある。
・不瞑之憾…春秋左伝。

○僧道。二つに僧道と引わけるがよいかなり。されどもさう云れぬことある。僧道と云ときも、このやうなものが氣を子るから散ぬことある。訓門人にある、友仁が道服を着てとある。あたまをそらぬ僧もある。僧道ならすことある、と。その中に禅まで入て云はは、禅坊主か何そのやうなきたないこと有ふと云があの方に散ぬことを一つ持てをる。禅者形體もすてたものとみる。死ぬことも何も思はぬが一つ一通でないことがある。本来の面目不生不滅と云。かうしたことが滞りになる。そこで散ぬことあるなり。すれば僧にも道にもあるなれとも、道家脩養のことがここは主なり。それでも滞ることあるとちらぬ。
【解説】
「如人之凶死、及僧道既死、多不散。僧道務養精神、所以凝聚不散。若聖賢則安於死。豈有不散而爲神怪者乎」の説明。仏は本来の面目や不生不滅を言って滞るがら魂が散らない。ここは道家修養のことが主だが、滞ると散らないのである。
【通釈】
○「僧道」。二つに仏僧と道家とを引き分けるのがよいだろう。しかしながら、その様に言えないこともある。僧道と言う時も、この様なものが気を練るから散らないことがある。訓門人にある、友仁が道服を着てとある。頭を剃らない僧もいる。僧道でないこともある言う。その中に禅まで入れて言えば、禅坊主か何かの様な汚いことがあるだろうと言うのが、あの方に散らないことを一つ持ているからである。禅者は形体も捨てたものと見る。死ぬことも何とも思わないが、一つ一通りでないことがある。本来の面目、不生不滅と言う。こうしたことが滞りになる。そこで散らないことがある。それなら僧にも道にもあることだが、道家修養のことがここは主である。それでも滞ることがあると散らない。

○如黄帝尭舜。あなた方は一通りならぬことゆへ、なんぞ霊恠があるかと云にとんとない。先生笑曰、なんぞ霊恠があらふなら、いかにしても天下の政がにが々々しい。ちと助言せうと云て出さうなものじゃがそれもない。死に安じたゆへぞ。因言ふ、近思録に周羅事と云ことが人欲にたてて警戒の篇へ出てある。学者の戒やうことの、世話やき学者がああではないかうではないのといそがしくどうもだまらぬ。己れ々々が當然が間に合ぬに人のこと処ではない。當然から五分さへ出てもはや周羅ぞ。替たことをよむと云はふが、これかあれかとせわをやくは胸のこびり付ぞ。滞りなり。其滞りと云がばけものぞ。人のせわはせ子ばならぬやうに心えて、胸にまとふ。滞ると云になると妖物ぞ。それを半分しかけては霊恠も出やうぞ。今の学者は氣があらいから、わるいことをするものを前へをいて、をらはわるいことないからと云が、一文字よまぬものでもはや年ごろにもなればわるいことはせぬもの。まして学者わるいことはないはず。其上をこまがに周羅までを警戒へ入ると云が吾道学の大切ぞ。安んせぬことは氣にかかる。氣にかかれば滞る。婦人の恨み積聚になる。それが幽灵の前立ぞ。
【解説】
「如黄帝堯舜、不聞其既死而爲靈怪也」の説明。黄帝や堯舜は死に安んじたから霊怪などはない。人の世話に気を掛けるのは心のこびり付きであり、滞りであり、それが化け物である。
【通釈】
○「如黄帝堯舜」。貴方は一通りではないので、何か霊怪があるかと言えば全くない。先生が微笑んで言った。何かの霊怪があるのなら、いかにしても天下の政が苦々しくなる。一寸助言しようと言って出そうなものだがそれもない。死に安んじたからである。因りて言う、近思録に「周羅事」ということが人欲のこととして警戒の篇に出ている。学者の戒めなければならないことで、世話焼き学者がああではないこうではないのと忙しく、どうも黙っていない。自分の当然が間に合わないのに、人のこと処ではない。当然から五分さえ出ても早くも周羅である。変わったことを読むと言うが、これかあれかと世話を焼くのは胸のこびり付きであり、滞りである。その滞りというのが化け物である。人の世話をしなければならない様に心得て、胸で惑う。滞ることになると妖物である。それを半分仕掛けては霊怪も出ることだろう。今の学者は気が粗いから、悪いことをする者を前に置いて、俺は悪いことがないからと言うが、一文字も読まない者でも早年頃にもなれば悪いことはしないもの。まして学者に悪いことはない筈。その上を細かに周羅までを警戒へ入るというのが我が道学の大切なところ。安んじないことは気に掛かる。気に掛かれば滞る。婦人の恨みは積聚になる。それが幽霊の始まりである。
【語釈】
・周羅事…近思録警戒23。「疑病者、未有事至時、先有疑端在心。周羅事者、先有周事之端在心。皆病也」。

○輔漢卿が知た。人が死だとき温々然とはむら々々と云やうなことなり。昭明焄蒿はみな々々あれぞ。ちらとしたことじゃに、これは尋常ならぬこと。藥を煎す湯氣のやうにはっ々々と上り、二三日散りきらぬ。其人でいかさま氣の盛なものかかうあることとみへた。某が板ながしでいつも鯵を四つ五つ切るはじきにくさみものぞ。鰹のときは大いだけいつ迠もくさい。盛と云かかうしたことと云て、あとへ劉元城なり。これとても何も不思議なことではないとをとすことなり。他是甚摩。氣魄のさても々々々なり。これが朱子のひいき人なり。大久保彦左衛門どのに學問のあるやうな人ぞ。直方先生が不問而可知為安定之門人。ない筈じゃと云れた。元城は温公の弟子ぞ。玉のやうな温公に学ぶ大奴なり。さて学識忠誠ぞ。嶌のさきでも小人どもがうっとうしく思て、だまして死なせうと思て、だれそれもはや死だなぞとすかして腹をきらせふとするに中々くはぬ。をれに死子と云ことか、死ぬに手まはとれぬ、とくと聞て死でもをそくはないとて只ぐう々々と子むられた。さて々々けつい氣魂ぞ。風雨雲霧まっくらになりたがきこへたこと。
【解説】
「嘗見輔漢卿説、某人死、其氣温温然、熏蒸滿室、數日不散。是他氣盛、所以如此。劉元城死時、風雷轟於正寢、雲務晦冥、少頃辯色、而公已端坐薨矣。他是甚麼様氣魄。用之曰、莫是元城忠誠、感動天地之氣否」の説明。人が死ぬ時、その気が数日散らなかったと輔漢卿が言った。劉元城が死んだ時、風雷雲霧で真っ暗になったという。
【通釈】
○輔漢卿はよく知った人。人が死んだ時に「温々然」と言うのは、むらむらという様なこと。「昭明焄蒿」は皆それである。ちらりとしたことだが、これは尋常でない。薬を煎ず湯気の様にぱっぱっと昇り、二三日は散り切らない。その人でいかにも気の盛んなものがこの様にあることと見えた。私が流し板でいつも鯵を四つ五つ切るのは直に臭いもの。鰹の時は大きいだけにいつまでも臭い。盛んというのがこうしたことだと言って、その後へ劉元城を出す。これも何も不思議なことではないと落としたこと。「他是甚摩」。気魄は実にこの通りである。これが朱子の贔屓する人である。大久保彦左衛門殿に学問のある様な人である。直方先生が「不問而可知為安定之門人」はない筈だと言われた。元城は温公の弟子である。玉の様な温公に学ぶ大奴である。さて学識忠誠である。島の先でも小人共がうっとうしく思って、騙して死なせようと思い、誰それも既に死んだなどとすかして腹を切らせようとしたが、中々その手は食わない。俺に死ねということか、死ぬのに手間は掛からない、じっくりと聞いて死んでも遅くはないと言ってただぐうぐうと眠っておられた。実にきつい気魂である。風雷雲霧で真っ暗になったのがよくわかる。
【語釈】
・昭明焄蒿…中庸章句16集註。「孔子曰、其氣發揚于上、爲昭明焄蒿悽愴。此百物之精也、神之著也。正謂此爾」。

○自散る爾。元城の死ぬときの風雨雲霧を問人は忠誠から天の感動としたもの。これが王祥孝感の、文天祥の威灵か空々隱なり。雷鳴るのと云は天へひびいたこと。爰は元城のもちまへの氣魂のつよいでさうしたことなり。隱者の一つ竈で火をたくと大釜の下の火とはちがう。元城平生氣の養いやうがちがふ。そこてかうしたこともあるとなり。此二人不思議らしいことを出して、あれもやはり祭義の発揚于上云云。そのつよいのじゃとさまして知せたもの。一般光景。ひかりとすることがある。人の目の光ると云が形体の中でも精神の聚るに目ほどなことはない。眼も魄だけれども神の凝る処ゆへひかる。それと同こと。肅然之氣。ぞっとひびくこと。人の死ぬとき何か側の者の氣が改るもの。子の生れたときとはちがふて、今引取たそうなと云ときはぞっとする。人心の自然ぞ。
【解説】
「曰、只是元城之氣自散爾。他養得此氣剛大、所以散時如此。祭義云、其氣發揚於上、爲昭明、焄蒿、悽愴、此百物之精也。此數句説盡了。人死時、其魂氣發揚於上。昭明、是人死時自有一般光景。焄蒿、即前所謂、温温之氣也。悽愴、是一般肅然之氣」の説明。朱子は元城の持ち前の気魂が強かったので自然とそうなるのだと言った。
【通釈】
○「自散爾」。元城の死ぬ時の風雷雲霧を、問者は忠誠から天が感動したものだとした。これが王祥孝感や文天祥の威霊が空々隠なのと同じこと。雷が鳴るというのは天へ響いたこと。ここは元城の持ち前の気魂が強いので、そうしたことになる。隠者が一つ竈で火を焚くのと大釜の下の火とは違う。元城は平生気の養い様が違う。そこでこうしたこともあると言う。この二人の不思議らしいことを出して、あれもやはり祭義の「発揚于上云云」で、それが強いのだと冷まして知らせたもの。「一般光景」。光ることがある。人の目は光ると言うが、形体の中でも精神の聚まるのに目ほどのことはない。眼も魄だが、神の凝る処なので光る。それと同じこと。「肅然之気」。ぞっと響くこと。人が死ぬ時に何か側の者の気が改るもの。子の生まれた時とは違って、今引き取ったそうだという時はぞっとする。それが人心の自然である。
【語釈】
・王祥孝感…王祥孝感の條。
・文天祥…南宋末の忠臣。文山と号。理宗に仕えて江西安撫使。恭帝の時に元軍が侵入するや、1275年任地から兵を率いて上京、のち捕えられて大都に護送。投降の勧めをしりぞけ、処刑された。獄中で「正気歌」を作る。1236~1282

肅然の見やうがある。近いころでは武帝じゃ。漢武だまされた。神仙ずきでごまのごふになりやった。軽い者にも鬼神ずきと云もあれとも、勢及ぬぞ。あの天子のさるること故御用の鬼神が出来た。武帝本紀に昔長陵の女が子をころして其悲哀で死だ。そこで魂魄かちらぬ。霊か有たゆへ、時の人が祭たそうな。それを取出して武帝祭られた。ずんどちそうがよいから霊が出てきたもの。神をこめた処で神君がものを云やうなことある。只の人のもの云ふにはこはくないが、神のもの云ことゆへぞっとする。これもだたい人の神灵だから云はふことぞ。武帝馬鹿をしやったことなれども、死ぬとき子を哀んで息を引取たから出るはづのことぞ。これと云もやはり鬼神の妙用ぞ。
【解説】
「令人悽愴、如漢武帝時、神君來則風肅然、是也。此皆萬物之精、既死而散也。」の説明。武帝が長陵の女の霊を祭ると、神がものを言ったという。これも鬼神の妙用である。
【通釈】
「肅然」の見方がある。近い頃では武帝である。漢武が騙された。神仙好きで護摩や護符にもなった。軽い者にも鬼神好きということもあるが、勢いは及ばない。あの天子のされることなので、御用の鬼神ができた。武帝本紀に、昔長陵の女が子を殺してその悲哀で死んだ。そこで魂魄が散らない。霊があったので、時の人が祭ったそうだ。それを取り出して武帝が祭られた。かなり馳走がよいから霊が出て来たとある。神を込めた処で神君がものを言う様なことがある。普通の人がものを言うのは恐くはないが、神がものを言うのでぞっとする。これもそもそも人の神霊だから言うこと。武帝は馬鹿なことをしたが、死ぬ時に子を哀んで息を引き取ったのだから出る筈のこと。これというのもやはり鬼神の妙用である。

此間の淮水の幽灵でも伯有でも、これらでも出るきっかけあるぞ。散か子てをる所をこちからたき付る。招く縁がある。縁のないをやぢにはどうもならぬ。妖恠の出きるも病と同こと。あれは氣欝、勝手の浮腫、勝手の湿にあたり、勝手のそれ々々の縁あるぞ。○人氣本騰上す。陽氣はっとする。やれ暑いと云。はっとなる。汗が出る。汗は下へ流るる。人の氣もと騰るもの。生きてをる内は、丁ど人家で煙をとめてをると云やうなもの。死ときは引窓をあけるやうなもの。煙ずっとのぼる。又堤をきる、水ぞっとながるる。もと盛な生きたものぞ。夫がわかるるからはっとのぼりだ。はったりとをちる。
【解説】
「淳録云、問、其氣發揚於上、何謂也。曰、人氣本騰上。這下面盡、則只管騰上去。如火之煙、這下面薪盡、則煙只管騰上去」の説明。幽霊には出るきっかけがあり、こちらが招くのである。人が死ねば魂はぱっと昇り、魄はばたりと落ちる。
【通釈】
この間の淮水の幽霊も伯有も、これ等にも出るきっかけがある。散りかねている所をこちらで焚き付ける。招く縁がある。縁のない親父はどうにもならない。妖怪のできるのも病と同じこと。あれは気欝、勝手の浮腫、勝手の湿に中り、勝手というそれぞれの縁がある。○「人気本騰上」。陽気がはっとする。やれ暑いと言う。はっとなる。汗が出る。汗は下へ流れる。人の気は本来は騰るもの。生きている内は、丁度人家で煙を止めているという様なもの。死ぬ時は引窓を開ける様なもの。煙がずっと昇る。また、堤を切れば水がぞっと流れる。元は盛んな生きたものである。それが分かれるのだからはっと昇り、ばったりと落ちる。
【語釈】
・淮水の幽灵…生死鬼神之理の条。「昔有人在淮上夜行、見無數形象、似人非人、旁午克斥、出沒於兩水之間、久之、纍纍不絕。此人明知其鬼」。


問以功用鬼神條
56
問、以功用謂之鬼神、以妙用謂之神。曰、鬼神者、有屈伸往來之跡。如寒來暑往、日往月來、春生夏長、秋收冬藏、皆鬼神之功用、此皆可見也。忽然而來、忽然而往、方如此又如彼、使人不可測知、鬼神之妙用也。六十八。
【読み】
問う、功用を以て之を鬼神と謂い、妙用を以て之を神と謂う。曰く、鬼神は、屈伸往來の跡有り。寒來暑往、日往月來、春生夏長、秋收冬藏の如き、皆鬼神の功用、此れ皆見る可し。忽然として來、忽然として往く、方に此の如く又彼が如き、人をして測知す可からざる、鬼神の妙用なり。六十八。

鬼神と二字のときは御役筋で云、神と云一字云ときは不思議で云。可見迠は御役すぢぞ。以下は不思議すぢぞ。忽然か妙ぞ。一夜の内に花かさく。今朝皆か出るときは綿入に羽織、今ここへ来たれははや暑いとて羽織をぬぐ。忽然ぞ。そこは神ぞ。どうしてそうか不思義すぢぞ。不可測知。昨日まて達者でどうして今朝死だと云。どうも人の手ぎわでない。さうたい手きわの見ことと云ことが神なもの。能書か六枚屏風ぶっ付けに書くは功用。筆道の妙見事、云に云へぬは妙用用の神ぞ。返魂丹の能書は功用、三粒呑んだ、腹がぐうと云は妙用ぞ。
【解説】
神の手際は人ができる様なものではない。功用では鬼神と言い、妙用では神と言う。
【通釈】
鬼神と二字の時は御役筋で言い、神と一字で言う時は不思議で言う。「可見」までは御役筋で、以下は不思議筋である。「忽然」が妙なこと。一夜の内に花が咲く。今朝皆が出る時は綿入れに羽織だったが、今ここへ来れば早くも暑いので羽織を脱ぐ。忽然である。そこは神である。どうしてそうなのか、不思議筋である。「不可測知」。昨日まて達者だったのに、どうして今朝死んだと言う。どうも人の手際ではない。総体手際が見事なのが神というもの。能書が屏風を六枚ぶっ付けに書くは功用。筆道の妙が見事で、言うに言えないのは妙用の神である。返魂丹の能書きは功用、三粒飲んで腹がぐうと言うのは妙用である。


叔器問條
57
叔器問、先生前説、日爲神、夜爲鬼、所以鬼夜出、如何。曰、間有然者、亦不能皆然。夜屬陰。且如妖鳥皆陰類、皆是夜鳴。三下同。
【読み】
叔器問う、先生の前説に、日は神と爲り、夜は鬼と爲る、鬼の夜出る所以は、如何。曰く、間々然る者有り、亦皆然ること能わず。夜は陰に屬す。且つ妖鳥の如きは皆陰の類、皆是れ夜鳴く。三下同。

只鬼神と思ふ。昼夜とわけて云た。そこになづんで又ばけものなぜ夜と云。そこで朱子のをどけまじりにきっといつも夜と斗り云れぬ、昼出ることもある。隂陽の分で夜はわるい。夜寢られぬ病人多くは死ぬ。鵺もふくろも夜る出るぞ。
【解説】
化け物は夜ばかりに出るわけではないが、陰陽の分で夜の方が悪いから夜に多く出るのである。
【通釈】
朱子が鬼神を昼夜に分けて言ったことに泥んで、化け物は何故夜に出るのかと尋ねた。そこで朱子が戯け混じりにいつも夜ばかりとは言えない、昼に出ることもある。陰陽の分で夜は悪い。夜寝られない病人の多くは死ぬ。鵺も梟も夜出るぞと言った。


人生初間條
58
人生初間是先有氣。既成形、是魄在先。形既生矣、神發知矣。既有形後、方有精神知覺。子産曰、人生始化曰魄、既生魄、陽曰魂。數句説得好。
【読み】
人生初間は是れ先ず氣有り。既に形を成す、是れ魄先に在り。形既に生じ、神發して知る。既の形有りて後、方に精神知覺有り。子産曰く、人生始めて化するを魄と曰い、既に魄を生じ、陽を魂と曰う。數句説き得て好し。

人生れではよくない。人生[じんせい]と点すべし。人と云ものはと云こと。初間先有氣。一両月懐姙も知れぬほどのもの。医者が知た。取り揚婆々が見て取た。そこでやう々々わかる。太極図説は道体咄しなれども、形既生、かく神發する。子も腹の内ではなかぬ。形の出生して形が夲になりて精神知覚はある。○人生始化曰魄。子産よいこと云た。朱子ほめてある。劉康候民受天地之衷而生るの、子産が伯有為厲のさばきの精微、どうもあのころ古垩賢の遺言の残り、古の学問を傳たからと云れた。子産が荘子ほどなことを云た。中々荘子に及ぶ学問ではないが、此語さりとは手づつにない。人生は初手は魄じゃとなり。陽はさきへ立ものなれども、ずっ々々とゆくが能でとどまるときに二氣あへども、人のまっ先にととまる処は魄ぞ。そこで初手できるは魄。魄が出来、あたたまりてから魂が発する。子が腹中でも二三月動ぬは魄、四五ヶ月以後動くときは魂か出来たの。数句云云。づんどよい云やうとなり。人にかぎらず巢にちつめをるとき魄がぢなり。それから鳥もなき、蜂なども飛て出るは魂なり。
【解説】
形があって後に精神知覚がある。子産は「人生始化曰魄」と言った。人の最初は魄であり、それに温まりが付いて魂が発する。
【通釈】
人生まれと読むのはよくない。人生[じんせい]と点をしなさい。人というものはということ。「初間先有気」。一両月に懐妊というのもわからないほどのもの。それを医者が知り、取り揚げ婆が見て取る。そこで漸くわかる。太極図説は道体話だが、「形既生」で「神発」する。子も腹の中では泣かない。形が出生して、形が本になることにより精神知覚がある。○「人生始化曰魄」。子産がよいことを言ったので、朱子が褒めている。劉康候の「民受天地之衷而生」や、子産の伯有為厲の捌きの精微は、どうもあの頃は古の聖賢の遺言が残り、古の学問を伝えたからだと言われた。子産が荘子ほどのことを言った。中々荘子に及ぶ様な学問ではないが、この語は拙劣なことでは全くない。人生の初手は魄だと言う。陽は先に立つもので、ずっと行くのが能で、止まる時に二気が合うのだが、人の真っ先に止まる処は魄である。そこで初手にできるのは魄。魄ができ、温まりが付いてから魂が発する。子が腹中にいて二三月動かないのは魄、四五ヶ月以後に動く時は魂ができたのである。「数句云云」。実によい言い様だと言う。人に限らず、巣に縮んでいる時は魄勝ちである。それから鳥も鳴き、蜂なども飛んで出るのは魂である。
【語釈】
・形既生…近思録道体1。太極図説。「形既生矣、神發知矣」。
・人生始化曰魄…春秋左氏伝昭公七年。「及子産適晉。趙景子問焉、曰、伯有猶能爲鬼乎。子産曰、能。人生始化曰魄、既生魄、陽曰魂。用物精多、則魂魄強。是以有精爽、至於神明。匹夫匹婦強死、其魂魄猶能馮依於人、以爲淫厲。況良霄。我先君穆公之冑、子良之孫、子耳之子、敝邑之卿、從政三世矣。鄭雖無腆、抑諺曰、蕞爾國、而三世執其政柄、其用物也弘矣、其取精也多矣、其族又大、所馮厚矣。而強死、能爲鬼、不亦宜乎」。
・劉康候民受天地之衷而生る…


安卿問體與魂條 此條體與魂之魂當作魄
59
安卿問、體與魂有分別、如耳目是體、聰明便是魄。曰、是。魂者氣之神、魄者體之神。淮南子註謂、魂、陽神也。魄、陰神也。此語説得好。安卿問、心之精爽、是謂魂魄。曰、只是此意。又問、人生始化曰魄、如何是始化。曰、是胎中初略略成形時。六十八。
【読み】
安卿問う、體と魂と分別有り、耳目の如きは是れ體、聰明は便ち是れ魄。曰く、是なり。魂は氣の神、魄は體の神。淮南子の注に謂う、魂は、陽の神なり。魄は、陰の神なり。此の語説き得て好し。安卿問う、心の精爽、是れを魂魄と謂う。曰く、只是れ此の意なり。又問う、人生始めて化すを魄と曰う、如何にか是れ始めて化する。曰く、是れ胎中初めて略略形を成す時なり。六十八。

体と魂に分別あるかと問ふ安郷でない。魄の字の誤ぞ。魄は体についたもの。ぞれに分別があるかと問て、あとに自らわけたで發明になる。如耳目是體に形あれば繪にもかかるる。聡明は形ない。画にかかれぬ。垩德太子の耳はかかるる。八耳の処はかけぬ。○曰魂者氣之神。之神と云二字で体と魄は一つにはならぬ。淮南子の註、手がらぞ。神なりと云たてよい。そうないと隂陽が魂魄になる。五臓六腑は隂陽じゃが、長上に生きたものある。それを神と云。安卿が云ふ心之精爽謂魂魄、古語なり。左傳にあり。心之精爽。心は氣につりたものなれども、せう子のあるは魂魄ぞ。そこで精爽なり。此意と云は淮南子の註をさして云たもの。隂陽神隂神と云が精爽なものと云こと。人生初化は子産が云たこと。始化と云は懐姙の始め。どうと云形はないが、はや魄と云ものぞ。死物でないから魄と云子ばならぬ。某が前々云、津液は生き物、痰は死物と云が此いきぞ。生きものは流行する。死物は流行せぬからはき出すぞ。二便は死物ぞ。用がすんだからすてる。人の孕んだのは生物、魄なり。そこでだん々々長する。畧々地成形は生きものじゃから、そろ々々出来る。玉子のたとへがよい。ふは々々に畧々地為形があるもの。安卿わけはよく合点なれとも、始化と云文字がどのやうなあたりを云語かと問た。朱子の畧々地の字が始の字の意をとく。
【解説】
体と魄には違いがある。耳目は体で、耳目の聡明が魄である。魄は生きたものにあり、それは陰陽でできた体の上にある神である。魄は始化の時からある。
【通釈】
体と魂に分別があるかと問う様な安卿ではない。魄の字の誤りである。魄は体に付いたもの。それに分別があるかと問うて、後に自ら分けたので発明になる。「如耳目是体」で、形があれば絵にも画くことができるが、「聡明」には形がないので絵に画けない。聖徳太子の耳は画くことができるが、八耳の処は画けない。○「曰魂者気之神」。「之神」という二字があるから、体と魄とが一つということにはならない。淮南子の註であり、手柄なこと。神也と言ったのがよい。そうでないと陰陽が魂魄になる。五臓六腑は陰陽だが、その上に生きたものがある。それを神と言う。安卿が言った「心之精爽謂魂魄」は古語で、左伝にある。「心之精爽」。心は気に吊られたものだが、性根のあるのは魂魄だからである。そこで精爽である。「此意」は淮南子の註を指して言ったもの。「陽神陰神」というのが精爽なものということ。「人生始化」は子産が言ったこと。始化は懐妊の始めで、どうという形はないが、早くも魄というものなのである。死物ではないから魄と言わなければならない。私が前々から、津液は生き物、痰は死物と言うのがこの意気である。生き物は流行する。死物は流行しないから吐き出す。二便は死物。用が済んだから捨てる。人の孕んだのは生き物で、魄である。そこで段々と長ずる。「略々地成形」は生き物だから、そろそろとできる。卵のたとえがよい。ふわふわに略々地為形があるもの。安卿もわけはよく合点しているが、始化という文字がどの様なことを言った語かと問うたのである。朱子の畧々地の字が始の字の意を説いたもの。
【語釈】
・心之精爽謂魂魄…春秋左氏伝昭公七年。「及子産適晉。趙景子問焉、曰、伯有猶能爲鬼乎。子産曰、能。人生始化曰魄、既生魄、陽曰魂。用物精多、則魂魄強。是以有精爽、至於神明。匹夫匹婦強死、其魂魄猶能馮依於人、以爲淫厲。況良霄。我先君穆公之冑、子良之孫、子耳之子、敝邑之卿、從政三世矣。鄭雖無腆、抑諺曰、蕞爾國、而三世執其政柄、其用物也弘矣、其取精也多矣、其族又大、所馮厚矣。而強死、能爲鬼、不亦宜乎」。


問孔子答宰我條
60
問、孔子答宰我鬼神一段。鄭注云、氣、謂嘘吸出入者也。耳目之聰明爲魄。竊謂、人之精神知覺與夫運用云爲皆是神。但氣是充盛發於外者、故謂之神之盛。四肢九竅與夫精血之類皆是魄、但耳目能視能聽而精明、故謂之鬼之盛。曰、是如此。這箇只是就身上説。又曰、燈似魂、鏡似魄。燈有光焰、物來便燒。鏡雖照見、只在裏面。又、火日外影、金水内影。火日是魂、金水是魄。又曰、運用動作底是魂、不運用動作底是魄。又曰、動是魂、靜是魄。八十七下同。
【読み】
問う、孔子宰我に答える鬼神の一段。鄭註云う、氣は、嘘吸の出入する者を謂うなり。耳目の聰明を魄と爲す。竊かに謂う、人の精神知覺と夫の運用云爲とは皆是れ神。但氣は是れ充盛外に發する者、故に之を神の盛んと謂う。四肢九竅と夫の精血の類とは皆是れ魄、但耳目能く視能く聽きて精明、故に之を鬼の盛んと謂う。曰く、是れ此の如し。這の箇は只是れ身上に就く説。又曰く、燈は魂に似、鏡は魄に似る。燈は光焰有り、物來れば便ち燒く。鏡は照見すと雖も、只裏面に在り。又、火日は外影し、金水は内影す。火日は是れ魂、金水は是れ魄。又曰く、運用動作底は是れ魂、運用動作せざる底は是れ魄。又曰く、動は是れ魂、靜は是れ魄。八十七下同。

此問、胡泳ぞ。どちにしても此章のわけやうなぞは中々朱子にもまけぬほどぞ。沢山はない。宰我の段に鄭玄が注のしむけ、嘘吸出入でわけたは小さいわけやうのやうだが、とんとこれが実しりとした。人の上へとったと云が、上はない。属纊と云も息でみること。氣と云に呼吸と云がはっきり知るることなり。○耳目聡明曰魂。魂當作魄。これもちがいじゃ。よくきく、よくみる、魄ぞ。魄についたことゆへ目のみへぬ、耳のきこへぬは魄の病ぞ。目はみへずとも魂はあるから大切な相談もある。魄に云分あるでみへぬ。又乱心ものは魂の病ぞ。そこで相談はならぬ。○神の盛と云は、氣は陽でみちたものの外に発するものゆへぞ。昭明もはっとすること。○四肢九竅と如此に形についた、皆魄なり。氣が盛んでも、魄がかいないと耳目はきかぬ。○這箇只是就身上。鄭玄は人の身で斗りといたことぞ。天地で云鬼神とはあつかいちがふ。孔子のだたいが人で云たこと。そこで中庸でも齊明盛服承祭祀の一節は人が主ぞ。そこで此語をあそこの章句へ入た。
【解説】
「問、孔子答宰我鬼神一段。鄭注云、氣、謂嘘吸出入者也。耳目之聰明爲魄。竊謂、人之精神知覺與夫運用云爲皆是神。但氣是充盛發於外者、故謂之神之盛。四肢九竅與夫精血之類皆是魄、但耳目能視能聽而精明、故謂之鬼之盛。曰、是如此。這箇只是就身上説」の説明。鄭玄が気を呼吸のことで言ったのはよい仕向けである。見聞することができるのは魄によるが、相談事をすることができるのは魂による。鄭玄は人の身で鬼神を説いたが、中庸の「斉明盛服承祭祀」も人が主である。
【通釈】
この問いは、胡泳のもの。どちらにしてもこの章の仕分けなどは中々朱子にも負けないほどのことで、この様なものは沢山はない。宰我の段にある鄭玄の注の仕向けが、「嘘吸出入」で分けたのは小さい分け様の様だが、これが実にずっしりとしたこと。人の上を取るというのにこの上はない。属纊というのも息で見ること。気と言えば、呼吸ではっきりとそれが知れるもの。○「耳目聡明曰魂」。魂は当に魄と作すべし。これも間違いである。よく聞きよく見るのが魄である。魄に関したことなので、目の見えない、耳の聞こえないのは魄の病である。目は見えなくても魂はあるから大切な相談もできる。魄に言い分があるので見えない。また、乱心者は魂の病である。そこで相談ができない。○「神之盛」とは、気は陽で充ちたもので、それが外に発するものだからである。「昭明」もはっとすること。○四肢九竅とこの様に形が付いたのは皆魄である。気が盛んでも、魄が甲斐ないと耳目は利かない。○「這箇只是就身上」。鄭玄は人の身ばかりで説いたのである。天地で言う鬼神とはあつかいが違う。孔子もそもそも人で言ったこと。そこで中庸でも「斉明盛服承祭祀」の一節は人が主である。そこでこの語をあそこの章句へ入れた。
【語釈】
・胡泳…
・属纊…
・宰我の段…礼記祭義。「宰我曰、吾聞鬼神之名、不知其所謂。子曰、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。合鬼與神、敎之至也」。
・昭明…中庸章句16集註。「孔子曰、其氣發揚于上、爲昭明焄蒿悽愴。此百物之精也。神之著也」。
・齊明盛服承祭祀…中庸章句16。「子曰、鬼神之爲德、其盛矣乎。視之而弗見、聽之而弗聞、體物而不可遺。使天下之人齊明盛服、以承祭祀。洋洋乎。如在其上、如在其左右」。

○又曰、燈似魂。燈は火で陽で魂ぞ。鏡は水で隂で魄ぞ。山﨑先生なぞが魂の勝た人。問に答る、鐘をつくが如しの、人を訶るにたっ々々と云るい。魂のつよみぞ。鏡は内の方であかるいもの。火は外へ照るからわきがあかるい。鏡は内であかるいからうつるものをわけてをる。火日外影、金水内影。淮南子ぞ。同しひかるものても火日は外をてらす。金水鏡のるいは内をてらす。これで耳目聽明爲魄なそが別してよくすむ。爰はざっとしたことで、只名義斗りぞ。されとも名義のよくすむで祭祀のことまでがしんせつになる。生たときのそれなりが感して出るぞ。
【解説】
「又曰、燈似魂、鏡似魄。燈有光焰、物來便燒。鏡雖照見、只在裏面。又、火日外影、金水内影。火日是魂、金水是魄」の説明。燈は火であり、陽で魂である。鏡は水で、陰で魄である。火日は外を照らし、金水鏡の類は内を照らす。
【通釈】
○「又曰、燈似魂」。燈は火であり、陽で魂である。鏡は水で、陰で魄である。山崎先生などは魂の勝った人。問いに答るのは鐘を撞く様であり、人を訶るにたったと言う類である。魂が強い。鏡は内の方で明るいもの。火は外へ照るから脇が明るい。鏡は内で明るいから映るものを分けている。「火日外影、金水内影」。これは淮南子にある。同じ光るものでも火日は外を照らし、金水鏡の類は内を照らす。これで「耳目聡明為魄」などが極めてよく済む。ここはざっとしたことで、ただ名義だけのこと。しかしながら、名義がよく済むので祭祀のことまでが親切になる。生きた時のそれなりが感じて出る。
【語釈】
・火日外影、金水内影…
・耳目聽明爲魄…耳目聰明爲魄

○運用動作ははたらくこと。魂なり。魄ははたらきはせぬもの。人の云ことをだまってきき、じろりとみてうけるものは魄ぞ。それををれがせわをせうと云は魂ぞ。魄は窓から人のよいことわるいこと見付る。こちへうける処が魄なり。そこを其やうなことがあるものか、夫れにくいやつと云は、じきに魂の受とりたのなり。下々にが、ああやかましい旦那の、こはい旦那のと云も外のことではない。魄がじろ々々していて、魂がしかり付るからなり。これみよ、日用の間鬼神たく山じゃ。一身にみちてをる。魂魄のかいないやうは物を見届ることも聞届ることも、又見聞てしかることもならぬ。そのやうな男を古今ともに心よしと云。今朝北へ向いたまま南へは向ませぬと云はるる。魂魄かいないのぞ。○動是魂、静是魄。医者が病人の顔付でみてとるは魄、医案を考るは魂。魄がみとめるは静、魂か思慮するは動。二つものでなくてはならぬ。
【解説】
「又曰、運用動作底是魂、不運用動作底是魄。又曰、動是魂、靜是魄」の説明。魄は見聞したものを受けるもので、魂は見聞を元にして思慮するもの。魄は静であり、魂は動である。
【通釈】
○「運用動作」は働くことで、魂である。魄は働きはしないもの。人の言うことを黙って聞き、じろりと見て受けるものは魄である。それを俺が世話をしようと言うのは魂である。魄は天窓で人のよいことや悪いことを見付け、それをこちらに受けるもの。そこをその様なことがあるものか、それ、憎い奴と言うのが直に魂が受け取ったのである。下々が、ああ喧しい旦那だ、恐い旦那だと言うのも外のことではない。魄がじろじろとしていて、魂が訶り付けるからである。これで見れば、日用の間は鬼神が沢山である。一身に充ちている。魂魄の甲斐ない奴は物を見届けることも聞届けることも、また、見聞で訶ることもできない。その様な男を古今共に心よしと言う。今朝北を向いたまま南へは向けませんと言われる。それは魂魄が甲斐ないのである。○「動是魂、静是魄」。医者が病人の顔付きで見て取るのは魄、医案を考えるのは魂。魄が見止めるのは静、魂が思慮するのは動。二つものでなくてはならない。


問氣者神之盛也條
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問、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。豈非以氣魄未足爲鬼神、氣魄之盛者乃爲鬼神否。曰、非也。大凡説鬼神、皆是通生死而言。此言盛者、則是指生人身上而言。所以後面説、骨肉斃於下、陰爲野土。但説體不説魄也。問、頃聞先生言、耳目之精明者爲魄、口鼻之嘘吸者爲魂。以此語是而未盡。耳目之所以能精明者爲魄、口鼻之所以能嘘吸者爲魂、是否。曰、然。看來魄有箇物事形象在裏面、恐如水晶相似、所以發出來爲耳目之精明。且如月、其黑暈是魄也、其光是魂也。想見人身魂魄也是如此。人生時魂魄相交、死則離而各散去、魂爲陽而散上、魄爲陰而降下。又曰、陰主藏受、陽主運用。凡能記憶、皆魄之所藏受也、至於運用發出來是魂。這兩箇物事本不相離。他能記憶底是魄、然發出來底便是魂。能知覺底是魄、然知覺發出來底又是魂。雖各自分屬陰陽、然陰陽中又各自有陰陽也。或曰、大率魄屬形體、魂屬精神。曰、精又是魄、神又是魂。又曰、魄盛、則耳目聰明、能記憶、所以老人多目昏耳聵、記事不得、便是魄衰而少也。老子云、載營魄。是以魂守魄。蓋魂熱而魄冷、魂動而魄靜。能以魂守魄、則魂以所守而亦靜、魄以魂而有生意、魂之熱而生涼、魄之冷而生暖。惟二者不相離、故其陽不燥、其陰不滯、而得其和矣。不然、則魂愈動而魄愈靜、魂愈熱而魄愈冷。二者相離、則不得其和而死矣。又云、水一也、火二也。以魄載魂、以二守一、則水火固濟而不相離、所以能永年也。養生家説盡千言萬語。説龍説虎、説鉛説汞、説坎説離、其術止是如此而已。故云、載魄抱魂、能勿離乎。專氣致柔、能如嬰兒乎。今之道家、只是馳騖於外、安識所謂、載魄守一、能勿離乎。
【読み】
問う、氣なる者は、神の盛んなり。魄なる者は、鬼の盛んなり。豈氣魄の未だ鬼神と爲るに足らざるを以て、氣魄の盛んなる者を乃ち鬼神と爲すに非ずや否や。曰く、非なり。大凡鬼神を説くは、皆是れ生死を通じて言う。此れ盛んを言う者は、則ち是れ生人身上を指して言う。所以に後面に、骨肉の下に斃し、陰し野土と爲すと説く。但體を説いて魄を説かざるなり。問う、頃聞先生言う、耳目の精明なる者は魄と爲し、口鼻の嘘吸する者は魂と爲す。以に此の語是にして未だ盡さず。耳目の以て能く精明なる所の者を魄と爲し、口鼻の以て能く嘘吸する所の者を魂と爲す、是れなるや否や。曰く、然り。看來に魄は箇の物事形象裏面に在る有り、恐らくは水晶の如く相似、發出し來て耳目の精明と爲す所以なり。且つ月の如き、其の黑暈は是れ魄なり、其の光は是れ魂なり。想い見るに人身の魂魄も也た是れ此の如し。人の生ずる時は魂魄相交じ、死すれば則ち離れて各々散り去り、魂は陽と爲りて散上し、魄は陰と爲りて降下す。又曰く、陰は藏受を主とし、陽は運用を主とす。凡そ能く記憶するは、皆魄の藏受する所なり、運用發出し來るに至るは是れ魂なり。這の兩箇の物事は本相離れず。他の能く記憶する底は是れ魄、然るに發出し來る底は便ち是れ魂なり。能く知覺する底は是れ魄、然るに知覺發出し來る底は又是れ魂なり。各々自ら陰陽に分屬すと雖も、然れども陰陽の中又各々自ら陰陽有るなり。或るひと曰く、大率魄は形體に屬し、魂は精神に屬す。曰く、精は又是れ魄、神は又是れ魂なり。又曰く、魄盛んなれば、則ち耳目聰明、能く記憶するは、老人多く目昏耳聵、事を記し得ざる所以にして、便ち是れ魄衰えて少ければなり。老子云う、營魄を載す。是れ魂を以て魄を守るなり。蓋し魂熱して魄冷え、魂動いて魄靜なり。能く魂を以て魄を守れば、則ち魂は守る所を以て亦靜、魄は魂を以て生意有り、魂の熱して敘を生じ、魄の冷て暖を生ず。惟二の者は相離れず、故に其の陽燥せず、其の陰滯らずして其の和を得る。然らざれば、則ち魂愈々動き、魄愈々靜かに、魂愈々熱して魄愈々冷す。二の者相離れれば、則ち其の和を得ずして死す。又云う、水は一なり、火は二なり。魄を以て魂を載せ、二を以て一を守れば、則ち水火固濟して相離れず、能く永年する所以なり。養生家は千言萬語を説盡す。龍を説き虎を説き、鉛を説き汞を説き、坎を説き離を説く、其の術止だ是れ此の如きのみ。故に云う、魄を載せ魂を抱けば、能く離れること勿からん。氣を專らにし柔を致す、能く嬰兒の如くならんか、と。今の道家、只是れ外に馳騖し、安んぞ謂う所の、魄を載せ一を守り、能く離すこと勿らんかを識らん。

此問ちがいもせぬが、盛と云の心いきにちがいがある。そこで否と云たもの。打て違たことでもないが、中庸にも鬼神之為德盛乎哉と云てある。灰のやうでは盛んにない。然れば盛と云字はとこで云てもよいが、孔子の指し塲を見たときに非也と云子ばならぬ。だたい鬼神は生死を通して云たこと。生は神、死は鬼じゃが、爰の祭義の盛の字は生た人の死きはをさして云たことじゃから非也の処ぞ。ひろく云には氣魄の盛が鬼神と云てもよいが、死ぎはのことで其氣発揚云云じゃから、あたりがそなたの云とはちがふぞ。どちも盛の字はあれども、中庸と祭義とは指す処がちがふなり。宰我かいはれを聞たいに答へたことゆへ、あの生人の死ぎは、あれが鬼神と知らせたこと。生た物の此盛なものの散りぎは、其天地に皈したものが鬼神しゃ。問ては盛なと云。朱子のは身上の氣魄は盛なものじゃと云なり。それで其下に隂れて為野上とある。生たものの斃れ、在たもの隱れた。人をつかまへて云は、生たもので云からのこと。盛ん々々と云は、生きたものは盛なこと。骨肉と云は魄のぬけたものなり。魄は去てしまって跡の骨肉は土になる。さてここの説体不説魄と云一句はなにのことなく、骨肉云云の句を云。凡ぬけがらになりては魄はない。
【解説】
「問、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。豈非以氣魄未足爲鬼神、氣魄之盛者乃爲鬼神否。曰、非也。大凡説鬼神、皆是通生死而言。此言盛者、則是指生人身上而言。所以後面説、骨肉斃於下、陰爲野土。但説體不説魄也」の説明。広く言うには気魄の盛んが鬼神だと言ってもよいが、ここは死際を指して言ったことなので当たりが違う。祭義は、生きているものの気魄は盛んであり、その死際で天地に帰したものが鬼神であると言ったのである。魄が去ると残った骨肉は土になる。
【通釈】
この問いは違うというわけではないが、盛んの心意気に違いがある。そこで否と言ったのである。打って違ったことでもないが、中庸にも「鬼神之為徳盛乎哉」とある。灰の様では盛んでない。それなら盛んという字は何処で言ってもよいが、孔子の指し場を見た時には「非也」と言わなければならない。そもそも鬼神は生死を通して言うこと。生は神、死は鬼だが、ここにある祭義の盛の字は生きた人の死際を指して言ったことだから非也の処なのである。広く言うには気魄の盛んが鬼神だと言ってもよいが、死際のことで「其気発揚云云」だから、当たりが貴方の言うのとは違う。どちらも盛の字はあるが、中庸と祭義とは指す処が違う。宰我がいわれを聞きたいと言ったのに答えたことなので、あの生きている人の死際、あれが鬼神だと知らせたこと。生きた物の、この盛んなものの散り際、それを天地に帰したものが鬼神である。問い手は気魄が盛んだと言い、朱子のは身上の気魄は盛んなものだと言った。それでこの下に「陰為野上」とある。生きたものが斃れ、あったものが隠れた。人を掴まえて言うのは、生きたもので言うからのこと。盛んというのは、生きたものは盛んだということ。「骨肉」は魄の抜けたもの。魄は去ってしまって跡の骨肉は土になる。さてここの「説体不説魄」という一句は何事でもなく、骨肉云云の句を言ったもの。凡そ抜け殻になっては魄はない。
【語釈】
・鬼神之為德盛乎哉…中庸章句16。「子曰、鬼神之爲德其盛矣乎」。
・祭義…礼記祭義。「宰我曰、吾聞鬼神之名、不知其所謂。子曰、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。合鬼與神、敎之至也」。
・其氣発揚…中庸章句16集註。「孔子曰、其氣發揚于上、爲昭明焄蒿悽愴。此百物之精也、神之著也。正謂此爾」。

○問、頃先生。これもよほど考た問ぞ。耳目の精明を魄と云がきこへたことなれとも、所と云字を入るがよいと、所に以能精明と所の字をさし、自讀て問たもの。いらざることぞ。ちらとみるのじきに聞のと云、そこが耳目の霊。呼吸か生てをるから、さて々々いつまて息をついも草臥ることがな井。呼吸草臥た。そこが神ぞ。耳目にも聰明と云ことをどうかしてもってをると云。そこが能くなり。所の字なぞか呼吸さするものをもってをると、もそっとのことでかう云たがよからふとなり。これは耳目の聰明が魄と、口鼻の呼吸か魂と云てすんだことじゃに、所以の字なぞを付ると理らしくなりてをくの院のことになりてわるい。能所以と云あやもあるから朱子然りと云れたが、又あとではやっぱり朱子のを手前の説を出された。今仏像をきざむに玉眼を入るる。ぎら々々してよく内へうつるにても目の方はよくすむ。耳もそれなり。音声をきくもこちへうつるのなり。空なあいた処へ入るでうつすになる。
【解説】
「問、頃聞先生言、耳目之精明者爲魄、口鼻之嘘吸者爲魂。以此語是而未盡。耳目之所以能精明者爲魄、口鼻之所以能嘘吸者爲魂、是否。曰、然」の説明。見たり聞いたりすることができるのが耳目の霊であり、生きている間中、呼吸が草臥れないところが神なのである。それに所以の字を入れることは不要である。
【通釈】
○「問、頃先生」。これもよほど考えた問いである。耳目の精明を魄と言うのはよくわかるが、所という字を入れるのがよいと、「所以能精明」と所の字を挿し、自ら読んで問うたもの。それは要らざること。ちらりと見たり直に聞くという、そこが耳目の霊。呼吸は生きているから、さてさていつまで息を吐いても草臥れることがない。呼吸は草臥れない。そこが神である。耳目も聡明ということをどうしてか持っていると言う。そこが「能」である。所の字などは、呼吸をさせるものを持っていると、もう少し詰めてこの様に言うのがよいだろうと思ってのこと。これは耳目の聡明が魄、口鼻の呼吸が魂と言うので済んだことなのに、所以の字などを付けると理らしくなり、奥の院のことになるので悪い。「能所以」という綾もあるから朱子も然りと言われたが、また後ではやはり朱子も自分の説を出された。今仏像を刻むのに玉眼を入れる。ぎらぎらしてよく内へ映ることからも目の方のことはよく済む。耳もそれ。音声を聞くのもこちらへ映るのである。空な開いた処へ入るので映すことになる。

魄を水昌と云たとへからして月の話になりた。だたいこれがほんの魂魄に出るはづの咄なり。月の光は魂なり。黒い処は魄なり。これらはこのやうにわけずにさっとみることぞ。月はもち前で云へは皆魄だけれとも、姑く光る処では魂と云たもの。月は仰でみれば遠くてもすむ。きこへるが人の身では却てすむまい。あれで合点せよとなり。これが譬喩の妙そ。我にある近いものを遠く日月で知らせる。想見るに人身の魂魄なり。だき合ふてむすび付てをる。魂の氣を魄がかり、魄の氣を魂がかりて両方からもち合てをる。病氣と云は魂魄の云分のあるのぞ。それではては各ちる。さらば々々々なり。こなたは天の方へ、わしは地の方へと云てわかるる。こんなことは今まて集説にいくらも有たことと聞ふことでない。度々出るで鬼神のことに熟す。某か若いとき通鑑をよんだに、集覧が度々一つことの註曰の出るをうっとうしいやうに思ふて云たれば、唐彦明が、それが知ぬのだ、あの大部の通鑑に初て有た註が二度ひ出ぬならどうも覚られまい、同しことのたび々々て熟してすむと云た。尤射ことぞ。さてこれからあとは別に文字の出て、どれも要語なり。
【解説】
「看來魄有箇物事形象在裏面、恐如水晶相似、所以發出來爲耳目之精明。且如月、其黑暈是魄也、其光是魂也。想見人身魂魄也是如此。人生時魂魄相交、死則離而各散去、魂爲陽而散上、魄爲陰而降下」の説明。月を見れば魂魄のことがわかり易い。魂と魄とは抱き合って結び付いている。それが離れれば生き物は死ぬ。この様なことは集説にいくらもあると言ってはならない。何度も出るので熟すのである。
【通釈】
魄を水昌にたとえたから月の話になった。そもそもこれが本当の魂魄として出る筈の話である。月の光は魂であり、黒い処は魄である。これ等はこの様に分けずにざっと見ること。月は持ち前で言えば皆魄だが、姑く光る処では魂と言ったもの。月は仰いで見れば遠くても済む。月ではよくわかるが人の身では却って済まないだろう。あれで合点しなさいと言った。これが譬喩の妙である。自分にある近いものを遠くの日月で知らせる。「想見人身魂魄也」。抱き合って結び付いている。魂の気を魄が借り、魄の気を魂が借りて両方から持ち合っている。病気は魂魄の言い分があるのである。それで果ては各々散る。去らばと言うこと。貴方は天の方へ、私は地の方へと言って分かれる。こんなことは今まで集説にいくらもあったことだなどと聞いていてはならない。度々出るので鬼神のことに熟す。私が若い時に通鑑を読んでいて、集覧に度々同じ註曰が出るのを鬱陶しく思ってそれを言うと、唐彦明が、それが知らないということだ、あの大部の通鑑で、最初にあった註が再び出なければどうも覚えられないだろう、同じことが度々あるので熟して済むと言った。それは尤もなこと。さてこれから後は別な文字が出ており、それはどれも要語である。
【語釈】
・唐彦明…唐崎彦明。三宅尚斎門下。芸州竹原の人。黙斎の親友。彦明は伊勢長島藩主増山候に仕えたが、ある事件で禁固に処せられたとき、黙斎はその救援に献身したという。なお竹原は頼山陽の出たところでもある。~1758。

○蔵受。蔵はくらと云も物ををさめること。知蔵の蔵。己をさめてみへぬなる。受ると云か隂のもの前。こちから先を明にするでなくて、吾方が明てよくこちへくる。女房留守するで内がしまると云底ぞ。運用は旦那の外へ出る。蝋燭の光の外へてら々々するやうなり。記憶は魄の覚へたこと。をどけ咄も覚のよいものは金もちのためたやうに藏へ入れて持てをる。今日一件明日一件、さま々々のことをためてをくと、いかいことある道具を土用干するに、はてこれもをれか処に有たかと云やうにもある。古今のこと、挌物致知のことから蔵しをくは魄なり。俗儒はいかいこと覚るを手抦にする。魄ぎりで仕廻てをく。魂かない。英雄豪傑は魂が勝てをるから、今日の上へ出てくる。吾假数年而易を学ひば、孔子のなさるることが皆易が出てくるも、孔子の魂の発出ぞ。政事にも魄て覚て、覚たことを魂でくり出す。医学をしてためるは魄、療治へ出すは魂ぞ。化能記憶す。家祀の吟味を記するは魄、家礼の義に叶ふやうに世話するは魂ぞ。医者も人の目のまはしたで本草をくってをるやうでは魄も魂も甲斐はない。
【解説】
「又曰、陰主藏受、陽主運用。凡能記憶、皆魄之所藏受也、至於運用發出來是魂。這兩箇物事本不相離。他能記憶底是魄、然發出來底便是魂」の説明。陰は蔵受し、陽はそれを運用する。魄が記憶をして、魂がそれを使う。
【通釈】
○「蔵受」。蔵は、くらと言うのも物を納めること。知蔵の蔵。己を納めて見えなくする。受けるというのが陰の持ち前。こちらから先を明にするのではなくて、自分が明なのでよくこちらへ来る。女房が留守をするので内が締まるという様なこと。「運用」は旦那が外へ出る様なことで、蝋燭の光が外へ照る様なこと。「記憶」は魄が覚えたこと。戯け話でも、覚えのよい者は金持ちが貯める様に蔵に入れて持っている。「今日一件明日一件」、様々なことを貯めて置けば、沢山ある道具を土用干しする時に、はてこれも俺の処にあったかという様なことにもなる。古今のこと、格物致知のことから蔵して置くのは魄である。俗儒は大層覚えることを手柄にする。魄だけでしまって置き、魂がない。英雄豪傑は魂が勝っているから、今日の上へ出て来る。「吾仮数年而学易」と、孔子のなされることが皆易が出て来るのも、孔子の魂の発出である。政事にも魄で覚えて、覚えたことを魂で繰り出す。医学をして貯めるのは魄、療治へ出すのは魂である。「他能記憶」。家礼の吟味を記すのは魄、家礼の義に叶う様に世話をするのは魂である。医者も人が目を回した時に本草を捲っている様では魄も魂も甲斐はない。
【語釈】
・今日一件明日一件…近思録致知9。「須是今日格一件、明日又格一件」。
・吾假数年而易を学…論語述而16。「子曰、加我數年、五十以學易、可以無大過矣」。同集註。「劉聘君見元城劉忠定公自言嘗讀他論、加作假、五十作卒。蓋加、假聲相近而誤讀、卒與五十字相似而誤分也。愚按、此章之言、史記作爲、假我數年、若是我於易則彬彬矣。加正作假、而無五十字。蓋是時、孔子年已幾七十矣。五十字誤無疑也。學易、則明乎吉凶消長之理、進退存亡之道、故可以無大過。蓋聖人深見易道之無窮、而言此以敎人、使知其不可不學、而又不可以易而學也」。

○能知覚底魂。知覚は生きた処。魂魄両方にみへることだが面白い。いかさま誰かきたそうなととめるは知覚て魄の、掛乞が来たと知たは魄。留守をつかふは魂ぞ。耳のきこへすと云は魄と云分ぞ。すればどちへもひひくこともあるゆへ分属隂陽わけて云は御定りなれとも、向儀と分けても四象と云と、隂陽の中に隂陽があるやうなもの。○或曰魄属形体云云。この或曰はわるくはないが、かう斗り云とあぶないから、朱子がちっと直したもの。或人の云通り耳目の聰明を魄と云も、耳目と云形から上にあること。魄を形体はよいが魂属精神があぶない。さし合なことがある。俗語にして精神と一つに云ときはこんぜうほ子、玉しい、せふ子ともと云ふて魂になるが、だたい本法にかけたときにはかうじゃと精又是魄、神又是魄、神又是魂。こうわけるが上の各分属なり。朱子の語に精神一倒何事不成と云。精神は玉しいぞ。二字くるんで云こと。鬼神の名義て吟味のときはわけ子ばならぬ。
【解説】
「能知覺底是魄、然知覺發出來底又是魂。雖各自分屬陰陽、然陰陽中又各自有陰陽也。或曰、大率魄屬形體、魂屬精神。曰、精又是魄、神又是魂」の説明。魂は陽で魄は陰に分かれると言っても、魂魄それぞれに陰陽がある。魄は形体に属し魂は精神に属すかとの問いに、精は魄で神は魂だと答えた。
【通釈】
○「能知覚底魂」。知覚は生きた処で魂魄両方に見えることだが、こう言うのが面白い。いかにも誰か来た様だ受けるのは知覚で魄、掛乞いが来たと知るのは魄。居留守を使うのは魂である。耳が聞こえないと言うのは魄の言い分。それならどちらへも響くこともあるので「分属陰陽」。分けて言うのは御定まりだが、両儀と分けても四象と言えば陰陽の中に陰陽がある様なもの。○「或曰魄属形体云云」。この「或曰」は悪くはないが、こうとばかり言うと危ないから、朱子が一寸直したもの。或る人の言う通り耳目の聡明を魄と言うのも、耳目という形の上にあること。魄を形体と言うのはよいが「魂属精神」が危ない。差し合うことがある。俗語にして精神と一つに言う時は、根性骨、魂、性根とも言い、それが魂だと言うが、そもそも本法に掛けた時には「精又是魄、神又是魂」と、この様に分けるのが上にある各分属である。朱子の語に精神一倒何事不成とある。精神は魂であり、二字を包んで言うが、鬼神の名義で吟味する時は分けなければならない。
【語釈】
・向(両)儀と分けても四象…近思録道体1。「一動一靜、互爲其根、分陰分陽、兩儀立焉。陽變陰合、而生水火木金土、五氣順布、四時行焉」。
・精神一倒何事不成…朱子語類8学2。「陽氣發處、金石亦透。精神一到、何事不成」。

○又曰、魄氣云云。魂氣の盛に耳目の云分はなひ。今日の惟わるいと云人かある。それは分んなこと。病ぞ。爰の老人目昏耳聵は全体の持前のをとろへで云。老人の耳目のわるいは、此間はのぼせてと云ことではないゆへ病ではなし。字よりは心はふれず。静だから覚はよいはづだに、却て物わすれする。魄と云本とでのうすくなったのぞ。又物の研ききったやうなもの。刄金をとぎなくしてきれぬのぞ。皆魄のをとろへぞ。
【解説】
「又曰、魄盛、則耳目聰明、能記憶、所以老人多目昏耳聵、記事不得、便是魄衰而少也」の説明。老人になると耳目が悪くなるのは魄の衰えであって、それは病ではない。
【通釈】
○「又曰、魄盛云云」。魂気が盛なのは耳目に言い分はない。今日、これが悪いと言う人がいるが、それは別なことで、病である。ここの「老人目昏耳聵」は全体の持ち前の衰えで言う。老人の耳目が悪いのは、この間は逆上せてということではないので病ではない。字よりは心は振れず。静だから覚えはよい筈なのに、却って物忘れをする。それは魄という元手が薄くなったので、また、物の研ぎ切った様なもの。刃金を研いでなくしたので切れない。皆魄の衰えである。

○載営魄の三字、こと々々く吟味のあること。老子にあることで、楚辞にも云てある。諸説いこう沢山あるが、楚辞の辨證が定説ぞ。辨證を定説にしたときに、点を営魄に載るとつけ子ばならぬ。山﨑先生は営魄にのると云ことにして啓発集にもある。そこを此点はのすとある。先点のつけちかいと一つ片を付ることぞ。さて此こと直方先生の委く吟味なされた。全く営魄を載すと見ぬ證拠は薛文精の語を取られたことでもみへるぞ。点の付ぞこないは鬼神集説には少しあるやうなが、爰はあの目のたぎった直方ゆへ、楚辞の辨證は朱子の定説なれども、爰の語はつの説にきまらぬ前の話とみて、爰はやっはり医術の意て合ふと見てなされたも知れぬ。其ときには営魄を載すの点なり。さてそれにして、のるものするもどちしても車で云たこと。営の字は魄のつや々々生たこと。どうしても営の字は魄のことを云にきまった。
【解説】
「老子云、載營魄」の説明。ここの点は営魄に載るとしなければならないが、営魄に載すとある。それは点の付け損ないである。しかし、ここは医術の意に合うと見てこの様にされたのかも知れない。
【通釈】
○「載営魄」の三字は悉く吟味のあること。老子にあり、楚辞にもある。諸説は沢山あるが、楚辞の弁証が定説である。弁証を定説にした時は、点を営魄に載ると付けなければならない。山崎先生は営魄に載るということにして、啓発集にもある。そこをこの点は載すとある。先ず点の付け違いと一つ片を付けなさい。さてこのことは直方先生が委しく吟味なされた。全く営魄を載すと見ない証拠は、薛文靖の語を採られたことでもわかる。点の付け損ないは鬼神集説には少しある様だが、ここはあの目の滾った直方なので、楚辞の弁証は朱子の定説だが、ここの語はその説が決まる前の話と見て、ここはやはり医術の意に合うと見てこうなされたのかも知れない。その時には営魄を載すの点となる。さて、それにしても、載るのも載すのもどちらにしても車で言ったこと。営の字は魄の艶々と生きたこと。どうしても営の字は魄のことを言ったことに決まる。
【語釈】
・老子…老子道経能為。「載營魄抱一、能無離。專氣致柔、能嬰兒。滌除玄覽、能無疵。愛人治國、能無爲。天門開闔、能爲雌。明白四達、能無知。生之畜之、生而不有、爲而不恃、長而不宰。是謂玄德」。
・楚辞…楚辞遠遊。「山蕭條而無獸兮、野寂漠其無人。載營魄而登霞兮、掩浮雲而上征」。
・楚辞の辨證…朱子著?
・薛文精…薛文靖。薛徳温、薛敬軒。

林希逸が老子の注に営の字を別にして営魄を二つに説いたは違ひぞ。二つにわらずに云こと。すぐに魄のことを営の字を付て云なり。それゆへのるでものすでも営魄と云は一つことなり。のると云へば営魄へ魂かのるなり。上は魂、下は魄なり。辨證は上の下のと云ことはなく、只はなれぬこと。人でも荷物でも車にのりたり積れたりしたものはなれることはないから、辨證はただ魂と魄とはなれぬを云たぎりのことなり。老子も楚辞も魄の上に魂がはなれすをること。それを医術て一つ精く云はば、のすと云点なり。載すと云ときには、上に水、下に火なり。地天泰ぞ。上下の氣か交る。上の水氣は下り、下の火氣はのぼる。これで交りがよい。営魄を載すと云は、下る性の水が上に居て下の方へくるから、下の火がたかぶらぬ。又上る性の火か下にいて上の方へあがるから、上の水もくさらぬ。如此に医術で説けは、魂の上へ魄がのることゆへ、水の下に火あるから両方もち合てよいぞ。辨證の説は只はなれぬと云ぎりのこと。これはやっはり医術の方が爰の條にはよく合と見てのすと点したともみへる。されとも、此條を弁證の方にも説るる。片付られぬぞ。
【解説】
載ると言えば営魄に魂が載ることで、上は魂、下は魄である。但し、弁証ではただ離れないと言ったこと。載すと言う時には、上に水、下に火であり、「地天泰」である。上の水気は下り、下の火気は昇るので交わりがよい。
【通釈】
林希逸が老子の注に営の字を別にして営魄を二つに説いたのは違う。二つに割らずに言うのである。直に魄のことを営の字を付けて言うのである。それで、載るでも載すでも営魄と言うのは一つことである。載ると言えば営魄に魂が載ること。上は魂、下は魄である。弁証は上下と言うことではなく、ただ離れないこと。人でも荷物でも車に載ったり積まれたりしたもの離れることはないから、弁証はただ魂と魄とが離れないことを言っただけのこと。老子も楚辞も魄の上に魂が離れずにいること。それを医術で一つ精しく言えば、載すという点である。載すと言う時には、上に水、下に火であり、「地天泰」である。上下の気が交わる。上の水気は下り、下の火気は昇る。これで交わりがよい。営魄を載すと言うのは、下る性の水が上にいて下の方へ来るから、下の火が昂らない。また、昇る性の火が下にいて上の方へ上がるから、上の水も腐らない。この様に医術で説けは、魂の上に魄が載ることなので、水の下に火があるから両方持ち合ってよいのである。弁証の説はただ離れないと言っただけのこと。これはやはり医術の方がここの条にはよく合うと見て載すと点をしたとも見える。しかし、この条は弁証の方でも説くことができる。片付けられないことである。
【語釈】
・林希逸…字は肅翁,号鬳翁。宋代の学者。
・地天泰…易経泰。地天泰。乾下坤上。

○以魂守魄。魂と云は足のかるい者。守魄と云は魄とははなれぬやうにしたもの。魂は火てあつい。魄は水冷物。これを人事へかけてみるに面白い。魂かひとりさはぎをすると無性をする。魄を守ると云処でよひ。忰にこまりますと云ても、昏礼てもすると大抵よひもの。語類にも單獨なものは動き易いと云てあるもこの意なり。魂魄はなれと、若男に女房などのないと云も同しやうなことで、自然でないから在番さきなどて労咳やむものも乱心するものもある。両方から合力するでよい。女房と隂物が陽物の裏打をするでそうたいしまりかつく。火もめったとやけるとやけきれるぞ。
【解説】
「是以魂守魄。蓋魂熱而魄冷、魂動而魄靜。能以魂守魄、則魂以所守而亦靜」の説明。魂は火で熱く、魄は水で冷たい。魂一つだと無性をする。両方が離れずにいるのが自然なこと。
【通釈】
○「以魂守魄」。魂は足の軽いもの。「守魄」は魄と離れない様にしたもの。魂は火で熱い。魄は水で冷物。これを人事へ掛けて見ると面白い。魂が独り騒ぎをすると無性をする。魄を守ると言う処でよい。忰に困りますと言っても、婚礼でもすると大抵はよくなる。語類にも単独なものは動き易いとあるのもこの意である。魂魄が離れるのは、若男に女房などのないというのと同じ様なことで、自然でないから在番先などで労咳を病んだり乱心する者もある。両方から合力するのでよい。女房という陰物が陽物の裏打ちをするので総体締まりが付く。火も滅多に焼けると焼け切れる。
【語釈】
・單獨…朱子語類65。「天下之理、單便動、兩便靜。且如男必求女、女必求男、自然是動。若一男一女居室後、便定」。

○以魂有生意。魄と云水氣のくさるものも魂が合力するであたたかにうごくでくされぬ。火も水から制さ子ばむせうにやけるぞ。両方もち合処でにっとりとなる。をちついてをる。水に動く火か交るで生暖。これて湯をわかすと云ことでもないが、水か死水にならぬを云。直方先生の載すと点を付るはずなり。ここらが全く医家の論そ。若い者の労咳、禅僧の乱心するも片へらに和せぬものゆへそ。又隂虚火動は水氣の虚へ乘しめ火か熾んになる。工夫から云ても陽有餘隂不足と云に道体の自然てなく一主意ありて、水を大切にするが魄のため養生の要に云ぞ。下部の病も不埒な身持と斗にかきらす、水火の氣が丁どゆかぬと謹厳な若いもののとどこほりて下部の湿にもなる。又あまり若いきからの竒麗ずきで乱心でもする。養生は水火をちょこ々々々とあしらふことなり。中庸の章句挌道の教を呂節と云てある。人の身体血氣の上も品節のことぞ。よきほどのさばきと云が自然ぞ。人身の第一は水火ぞ。其とりさばきよくすることを載営魂と云。上に火、下に水ではぶん々々になるゆへ養生にはわるい。秀、載すは水上下火、載るは上火下水なれとも、離れぬと云たんは一つことなり。
【解説】
「魄以魂而有生意、魂之熱而生涼、魄之冷而生暖。惟二者不相離、故其陽不燥、其陰不滯、而得其和矣。不然、則魂愈動而魄愈靜、魂愈熱而魄愈冷。二者相離、則不得其和而死矣」の説明。養生は水火をちょこちょことあしらうこと。中庸でも修道の教えを品節と言う。ほどよい捌きが自然なのである。
【通釈】
○「以魂有生意」。魄という水気の腐るものも、魂が合力して暖かく動くので腐らない。火も水で制さなければ無性に焼ける。両方持ち合う処でにっとりとなり、落ち着いている。水に動く火が交わるので「生暖」。これで湯を沸かすということでもないが、水が死水にならないことを言う。これなら直方先生が載すと点を付ける筈である。ここ等が全く医家の論である。若い者の労咳や禅僧が乱心するのも傍片で和せないからである。また、陰虚火動は水気の虚に入って火が熾んになる。工夫から言っても、陽有余陰不足は道体の自然ではないが一主意があって、水を大切にするのが魄のための養生の要だということ。下部の病も不埒な身持ちだけに限らず、水火の気が丁度に行かないと謹厳な若い者も滞って下部の湿にもなる。またあまりに若い時からの綺麗好きから乱心することもある。養生は水火をちょこちょことあしらうこと。中庸の章句で修道の教えを品節と言う。人の身体血気の上も品節のこと。ほどよい捌きというのが自然である。人身の第一は水火である。その取り捌きをよくすることを「載営魂」と言う。上に火、下に水では別々になるので養生には悪い。惟秀が言った。載すは水上下火、載るは上火下水だが、離れないということでは同じである。
【語釈】
・隂虚火動…腎はただ水だけではなく、命門の火も併せ持つ。腎が虚していなければ,水は足りて火を制する事ができるが、虚していると火は制されずに熱証が生ずる。これを陰虚火動という。
・陽有餘隂不足…朱丹渓(1281~1358)の論。病気は陽有余、陰不足の状態であり、陰を補うことに重点を置くべきであると提唱。
・中庸の章句…中庸章句1集註。「脩、品節之也。性道雖同、而氣稟或異。故不能無過不及之差。聖人因人物之所當行者而品節之、以爲法於天下、則謂之敎。若禮・樂・刑・政之屬是也」。
・秀…篠原惟秀。東金市堀上の人。北田慶年の弟。与五右衛門。医者。1745~1812

○水一也。天一生水、儒書でも動ぬ数ぞ。二の火で水を守る。○固の字、かたくと云ことてなく、水火はかたくと云ては不自由ぞ。もとよりの意ぞ。水火はたんてき中わるなれとも、此通り養生すると両方たすけ合となり。固有の性なりに相ひ濟ふ意なり。○而字で句の切てみるがよい。水火が濟ふから相はなれずとつづけてみるはわるい。済はぬとはなれると云文意ではない。ぞうじゃから、相はなれぬと永年になると、不相離を永年につけて云がよい。そこで固の字がいよ々々固よりすくふと云ことになるる。だたいの固有のものてしてとるとぞ。○養生。家医者でも云が、ここは脩養家なり。異端とみて云こと。○説龍説虎。さま々々のことを云が、とど魂魄二つ外はない。感興詩金鼎蟠竜虎三年養神丹はこれぞ。水火て付た名なり。○故云、載魄抱魂。老子載営魄章。載るは車てたとへたこと。抱くは子の守りをするのいだくて云ふ。とちもはなれぬことなり。魄の身になって云ときは魂を抱く。魂から云ときは魄をのせると云口上とみること。二つにわけずに一つに見かよい。○能勿離乎。老子ぞ。ゆっくとした口上なりや、離るるとしまいしゃ。あぶないものじゃ。はなれやうを離るることなきか能せんやの意そ。
【解説】
「又云、水一也、火二也。以魄載魂、以二守一、則水火固濟而不相離、所以能永年也。養生家説盡千言萬語。説龍説虎、説鉛説汞、説坎説離、其術止是如此而已。故云、載魄抱魂、能勿離乎」の説明。魂魄が助け合う。魂魄が離れなければ永年になる。「載魄抱魂」は、魄を主とすれば魂を抱くことで、魂を主とすれば魄を載せるということ。
【通釈】
○「水一也。天一生水」は、儒書でも動かない数である。二の火で水を守る。○「固」の字は、固くということではない。水火は固くと言っては不自由である。固よりの意である。端的、水火は中が悪いものだが、この通りに養生すると両方が助け合うと言う。固有の性なりに相済う意である。○「而」の字で句を切って見るのがよい。水火が済うから相離れずと続けて見るのは悪い。済わないと離れるという文意ではない。それで、相離れなければ永年になると、「不相離」を「永年」に付けて言うのがよい。そこで固の字がいよいよ固より済うということになる。そもそも固有のものでして取ると言う。○「養生」。これは家医者をも言うが、ここは修養家である。異端と見て言ったこと。○「説龍説虎」。様々なことを言うが、つまりは魂魄の二つ以外はない。感興詩にある「金鼎蟠竜虎三年養神丹」はこれ。水火で付けた名である。○「故云、載魄抱魂」。老子載営魄の章。載るは車でたとえたこと。抱くは子の守りをする者が抱くことで言う。どちらも離れないこと。魄の身になって言う時は魂を抱く。魂から言う時は魄を載せるという口上と見ること。二つに分けずに一つに見るのがよい。○「能勿離乎」。老子の語である。ゆっくとした口上で、離れると仕舞いである。危ないものだ。離れようとするのを離れない様にするのが「能」の意である。
【語釈】
・金鼎蟠竜虎三年養神丹…

○專氣致柔。これも魂魄をはなさぬこと。別立って云ことの有ふはづはない。魂と魄とはなれぬやうにすると云も氣を專一にすることとなり。氣を子って外物を入ぬでよい。勝と氣を客氣と云も、入ぬはづのものゆへ客の字かつく。家内のものでないは客の、外のものはませらぬが專氣ぞ。餘のものの這入らぬやうに一はいにこちを煉てをる。そこでない。致柔と云は老子が甚工夫したこと。甚いやなことなれとも、あの方て致柔と云が大切のことなり。專氣は綱領、致柔の細目、專氣と云処て人に異見を云たこと。さま々々とやかくせわをすると專氣にならぬ。只大きな耳でこり々々して、そこてよいと云。能如嬰兒乎。柔のもようを云たこと。兒共の柔かはら々々したもの。それになること。理屈を理屈に立ると理屈でない。ものの来たときこちが騒しくなる。やれ々々孝行なと云と、やれ不孝のとき氣をもむ。專氣でないとなり。そこが異端なり。柱下の吏で子ともあり。礼を勤る役で今日は八朔とて出るが、つまり虚無ぞ。そこで善悪不二にけちる。大道が手のそはぬこと。道はすててをくで氣か樂でよいに、垩賢世話やきとしたもの。
【解説】
「專氣致柔、能如嬰兒乎」の説明。魂と魄とを離れない様にすると言うのは気を専一にすることである。とやかく世話を焼くのは専気でない。老子は無為がよいとするので、聖賢が世話焼きだと言う。
【通釈】
○「専気致柔」。これも魂魄を離さないこと。別立って言うことがある筈はない。魂と魄とを離れない様にすると言うのも気を専一にすることだと言う。気を煉って外物を入れないのでよい。勝気を客気と言うのも、入れない筈のものなので客の字が付く。家内の者でないのは客で、外のものは混じらせないのが専気である。他のものが這い入らない様に一杯にこちらを煉っている。そこで入らない。「致柔」は老子が甚だ工夫したこと。これは甚だ嫌なことだが、あの方で致柔というのが大切なこと。専気は綱領、致柔は細目、専気という処で人に異見を言ったこと。様々とやかく世話をすると専気にならない。ただ大きな耳でこりこりとして、それでよいと言う。「能如嬰児乎」。柔の模様を言ったこと。子供は柔らかではらはらとしたもの。それになること。理屈を理屈に立てると理屈でない。ものの来た時にこちらが騒がしくなる。やれやれ孝行なことだと言えば、やれ不孝の時は気を揉む。それでは専気でないと言う。そこが異端である。柱下の吏でいたともあり。礼を勤める役で、今日は八朔だからと出るが、つまりは虚無である。そこで善悪不二に落ちる。大道は手を添えないこと。道は捨てて置くので気楽でよいのに、聖賢は世話焼きだとしたもの。
【語釈】
・柱下の吏…史記老子列伝。「老子者、楚苦縣厲鄕曲仁里人也。姓李氏、名耳、字聃。周守藏室之史也」。同註。「索隱按、藏室史、周藏書室之史也。又張蒼傳、老子爲柱下史、蓋即藏室之柱下。因以爲官名。正義藏、在浪反」。

大同廃焉仁義興る。三千三百礼儀うるさい。進物の肴さへ新くは濱から来たなりでよいに、白木の臺て鰆を奉書て包む。礼は忠信のうすきと云。そんなら皆なぐるなと云に、啇賣からしゃとて礼役を勤る。孔子礼を習にゆく。すててをけと云と却て氣かもめる。大廟ではかやうと云て教る。そっとも心を動さぬ。そこて軍者の祖にもなる。軍は強ひこととて眞赤でゆうから負ける。柳に雪折なし。幕に鉄炮やは々々として、それからほいと起る。ぞこて軍術になる。致柔ぞ。專氣致柔で仙人迠にならずとも、長生はなる。今の道家馳騖於外。可笑のことぞ。漢武のときなと道家が乘りまはしてあるいた。のかぬことぢゃ。今の道家のってまはる、又後世は茶屋同然の寺もある。公用人の名も知てをる。普請も見はらしのよい処、腰ばかりも娘めいたをはる。朱子がああさはいでは離れやうと笑ひなから云たこと。底の櫻か咲ました。ちと御出と役人へ云。道家めかぬ。魂魄のとりをさへがわるからふ。仙人と云てもとと魂魄のはなれぬやうにすること。其ことを老子が云たに今はさて々々をかしひとなり。
【解説】
「今之道家、只是馳騖於外、安識所謂、載魄守一、能勿離乎」の説明。老子は柔を行い、少しも心を動かさないから軍者の祖にもなった。老子はその様な人なのに、当時も今も道家は世話を焼く。専気で魂魄が離れない様にしなければならない。
【通釈】
「大同廃有仁義」。三千三百の礼儀が煩い。進物の肴さえ新しければ濱から来た通りでよいのに、白木の台で鰆を奉書で包む。礼は忠信の薄きと言う。それなら皆手を抜くかと言えば、商売だからと言って礼役をも勤める。孔子が礼を習いに行く。捨てて置けと言うと却って気が揉める。大廟ではこの様にと言って教える。少しも心を動かさない。そこで軍者の祖にもなる。軍は強いことだとして真赤でゆうから負ける。柳に雪折れなし。幕に鉄炮、柔々として、それからほいと起こる。そこで軍術になる。致柔である。専気致柔で、仙人までにはなれなくても、長生はできる。「今道家馳騖於外」。可笑しいこと。漢の武王の時など、道家が乗り回して歩いた。それは悪いこと。当時の道家も乗って回った。また、後世は茶屋同然の寺もある。公用人の名も知っている。普請も見晴らしのよい処、小柴垣も娘めいたものを張る。朱子があの様に騒いでは離れるだろうと笑いながら言ったのである。底の桜が咲きました、一寸御出にと役人へ言う。それは道家めかない。魂魄の取り押さえがわるいだろう。仙人と言ってもつまりは魂魄の離れない様にすること。そのことを老子が言ったのに、今は実に悲しいことだと言う。
【語釈】
・大同廃焉仁義興る…老子俗薄。「大道廃有仁義、智恵出有大偽、六親不和有孝慈、国家昬乱有忠臣」。
・三千三百礼儀…中庸章句27。「大哉聖人之道。洋洋乎、發育萬物、峻極于天。優優大哉、禮儀三百、威儀三千。待其人而後行」。礼記礼器。「經禮三百、曲禮三千」。
・礼は忠信のうすき…老子論徳。「夫禮者、忠信之薄、而亂之首」。
・孔子礼を習にゆく…史記老子列伝。「孔子適周、將問禮於老子」。