問陽魂為神條  四月十一日
【語釈】
・四月十一日…寛政5年(1793年)4月11日。

62
問、陽魂爲神、陰魄爲鬼。祭義曰、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。而鄭氏曰、氣、嘘吸出入者也。耳目之聰明爲魄。然則陰陽未可言鬼神、陰陽之靈乃鬼神也、如何。曰、魄者、形之神。魂者、氣之神。魂魄是形氣之精英、謂之靈。故張子曰、二氣之良能。二氣、即陰陽也。良能、是其靈處。問、眼體也、眼之光爲魄。耳體也、何以爲耳之魄。曰、能聽者便是。如鼻之知臭、舌之知味、皆是。但不可以知字爲魄。纔説知、便是主於心也。心但能知、若甘苦鹹淡、要從舌上過。如老人耳重目昏、便是魄漸要散。潘問、魄附於體、氣附於魂、可作如此看否。曰、也不是附。魂魄是形氣之精英。
【読み】
問う、陽魂を神と爲し、陰魄を鬼と爲す。祭義に曰く、氣なる者は、神の盛んなり。魄なる者は、鬼の盛んなり。而して鄭氏曰く、氣は、嘘吸出入する者なり。耳目の聰明を魄と爲す。然れば則ち陰陽は未だ鬼神を言う可からず、陰陽の靈は乃ち鬼神なり、如何。曰く、魄は、形の神。魂は、氣の神。魂魄は是れ神氣の精英、之を靈と謂う。故に張子曰く、二氣の良能、と。二氣は、即ち陰陽なり。良能は、是れ其の靈なる處。問う、眼は體なり、眼の光を魄と爲す。耳は體なり、何を以て耳の魄と爲す。曰く、能く聽く者は便ち是れなり。鼻の臭を知り、舌の味を知る、皆是れなり。但し知の字を以て魄と爲す可からず。纔かに知を説けば、便ち是れ心に主たるなり。心は但能知、甘苦鹹淡の、舌上に從い過るを要すが若し。老人の耳重く目昏きが如き、便ち是れ魄の漸く散るを要す。潘問う、魄は體に附し、氣は魂に附す、此の如きと作し看る可きや否や。曰く、也た是れ附すにあらず。魂魄は是れ形氣の精英なり。

陽魂為神、隂魄為鬼。これは弟子の口上で、只魂を陽、魄を隂とあてたのみのこと。夫が何から出たと云に祭義からとなり。夫を註した鄭玄が呼吸と云で的切に知るる。氣は一身惣体あることで、呼吸斗りでもないが、出る息引く息みへた処の端的で云てどのやうなものも合点する。これが魂で、耳目聰明が魄も隂陽の鬼神にあてるもきこへたが、夫斗りでは有まい。ぞれにもった霊が鬼神で有ふと我かぞんじよりを云た。はづれぬ問じゃ。朱子の答が隂陽之霊と斗り云と人へ近くない。鄭玄すぐに呼吸と云て人へ近い。雨か降る、風か吹く、ありゃ天地の氣じゃと見るとよわ々々しひから、朱子が形の神、氣之神と人へかけて云で揃ふてくる。鬼神を形氣で云て其形氣の上に精英がある。そこが霊しゃ。霊を云ならとてものことにかう人の迠かけて云かよいなり。直方先生のたび々々云るるに、枕元に樊噲張良の繪のあるはこはくはないが、そこに茶坊主をるがこはい。ひょっと寐て居てをかしひ戯でもすると小坊主が笑ふ。どうも霊あるものはこはひ。魂魄と云ことなぞは天地では云にくひ。人で云ことぞ。
【解説】
「問、陽魂爲神、陰魄爲鬼。祭義曰、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。而鄭氏曰、氣、嘘吸出入者也。耳目之聰明爲魄。然則陰陽未可言鬼神、陰陽之靈乃鬼神也、如何。曰、魄者、形之神。魂者、氣之神。魂魄是形氣之精英、謂之靈」の説明。問者が、魂魄は鬼神の陰陽と言うばかりではなく、陰陽の霊が鬼神ではないかと尋ねた。朱子は、陰陽の霊と言うのでは人に近くないから、「形之神、気之神」と人へ掛けて言うのがよいと言った。形気の上に精英がある。
【通釈】
「陽魂為神、陰魄為鬼」。これは弟子の口上で、ただ魂を陽、魄を陰と当てたのみのこと。それが何から出たのかと言うと祭義からだと言う。それを註した鄭玄が呼吸と言うので的切に知ることができる。気は一身総体にあることで、呼吸ばかりでもないが、出る息引く息の見えた処の端的で言うので、どの様な者でも合点する。これが魂で、「耳目聡明為魄」を陰陽の鬼神に当てるのもわかるが、そればかりではないだろう。それが持つ霊が鬼神だろうと自分の考えを言った。間違いではない問である。朱子の答が陰陽之霊とばかり言うと人に近くない。鄭玄は直に呼吸と言うので人に近い。雨が降る、風が吹く、あれは天地の気だと見ると弱々しい。そこで、朱子が「形之神、気之神」と人へ掛けて言うので揃って来る。鬼神を形気で言い、その形気の上に精英がある。そこが霊だ。霊を言うのなら、実にこの様に人のことにまで掛けて言うのがよい。直方先生が度々言われることだが、枕元に樊噲や張良の絵があるのは恐くはないが、そこに茶坊主がいるのは恐い。ひょっと寝ていて可笑しい戯けでもすると小坊主が笑う。どうも霊あるものは恐い。魂魄ということなどは天地では言い難い。人で言うのである。
【語釈】
・祭義…礼記祭義。「宰我曰、吾聞鬼神之名、不知其所謂。子曰、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。合鬼與神、敎之至也」。

○二氣之良能と云も霊と云も同ことなれども、横渠の手抦と云は始てかう見出されたもの。さて問の意もちがったでなひから、こなたが隂陽と云が即二氣のこと、横渠良能と云やったとなり。○見の体は出にかかるる。光るは画にもかけぬ。魄ぞ。これはきこへたが、耳はほっかりあいて空だ。形ではみへても魄とみへぬやうじゃとなり。いや、耳はくうな処できくことがなる。その聞くことのなるが魄じゃ。魄は形の外じゃ。○皆是。伽羅をたいたそうな、茶を煮たそうなとかぎ付る。そこが皆是れの処。以知字為魄云々。鼻の臭を知るるいのことがわるくするとまちがひになる。言はてこそ魄でかき付ることを知るとは云へ、聞下手には聞せられぬこと。知ると云ことははや心につく。鼻で伽羅としる、舌で砂糖と知る。其知るの字に力らがつくと心の分野になる。甘い辛いと味の知るるは魄。十炷香をきき、きき酒をきくは心ぞ。只匂ひ只味の知るるは魄。これはなんと知る段には心が主ぞ。知覚のことになる。魄て知た外にも一つ吟味をかけるものがあるが心なり。心は魂の方をも魄の方をも魂の方をもしめて知る。甘苦鹹淡、それと知るのみ。舌上へぎりのこと。爰の要の字、かるくみること。語類文字に要の字を一大事なと云処へもつかふてある。そのことでなひ。舌上より過るまてのこと。要はすると云ことになる、過少なるのじゃ、それぎりと云ことにまはる。
【解説】
「故張子曰、二氣之良能。二氣、即陰陽也。良能、是其靈處。問、眼體也、眼之光爲魄。耳體也、何以爲耳之魄。曰、能聽者便是。如鼻之知臭、舌之知味、皆是。但不可以知字爲魄。纔説知、便是主於心也。心但能知、若甘苦鹹淡、要從舌上過」の説明。耳目は体であり、見たり聞いたりするのが魄である。魄はただ知るだけのことで、それが何かと判断するのは心の分野であり、知覚である。
【通釈】
○「二気之良能」と言うのも霊と言うのも同じことだが、これが横渠の手柄だと言うのは、初めてこの様に見出されたからである。さて問いの意も違うわけではないから、貴方が陰陽と言うのが即二気のことで、横渠が良能と言ったことだと言った。○見る体は絵に画けるが、光るのは絵にも画けない。それが魄である。それはよくわかるが、耳はぽっかりと開いて空である。形は見えても魄には見られない様だと言う。いや、耳は空な処があるので聞くことができる。その聞くことのできるのが魄だ。魄は形の外のこと。○「皆是」。伽羅を焚いた様だ、茶を煎じた様だと嗅ぎ付ける。そこが皆是の処。「以知字為魄云々」。鼻の臭いを知る類のことが悪くすると間違いになる。言葉でこそ魄で嗅ぎ付けることを知るとは言え、聞き下手には聞かせられないこと。知るというのは早くも心に付く。鼻で伽羅と知る、舌で砂糖と知る。その知るの字に力が付くと心の分野になる。甘い辛いと味の知れるのは魄。十種香を聞き、聞き酒を聞くのは心。ただ匂い、ただ味が知れるのは魄。これは何だと知る段では心が主であり、知覚のことになる。魄で知った外にも一つ吟味を掛けるものがある。それが心である。心は魂の方をも魄の方をも合わせて知る。「甘苦鹹淡」も、それと知るのみ。舌上だけのこと。ここの「要」の字は軽く見なさい。語類の文字に要の字を一大事という処へも使っているが、そのことではない。舌上より過ぎるまでのこと。要はするということになる、過少なこと、それだけということに嵌る。
【語釈】
・十炷香…十種香。四種の香を三種は三包ずつ、一種は一包の計十包を焚いて聞き当てる組香。室町時代に始まる。

○耳の重いと云をかさ子るとみて、きこへぬからなんだ々々々とかさ子るとみるはわるい。耳のはにぶくなったこと。魄附於体云々。わるひ云やうとみへるがさうてもない。但し名義と云は大切なもの。附の字がわるひ。附と云と上から付たになる。からだにつや々々のあるが魄の方から付たと、魄の方から付たと云てはわるい。瀬戸物の藥をかけぬは中はざら々々。藥をかけたはすべ々々するやうにとりてはわるひ。精爽と云は中から外まて通ったもの。附るてはなひ。水昌外からしん迠ひかる。
【解説】
「如老人耳重目昏、便是魄漸要散。潘問、魄附於體、氣附於魂、可作如此看否。曰、也不是附。魂魄是形氣之精英」の説明。魄が体に附き、気が魂に附くと言うのは悪い。魂魄は附くものではなく、中から外まで通ったものである。
【通釈】
○耳の重いというのを重ねると見て、聞こえないから何だ何だと重ねると見るのは悪い。耳の鈍くなったこと。「魄附於体云々」。悪い言い様と見えるがそうでもない。但し名義というのは大切なもの。附の字が悪い。附と言えば上から付けたことになる。体に艶のあるのが魄の方から付いたからだと言っては悪い。瀬戸物も薬をかけないものは中がざらざら。薬をかけたのはすべすべする様に取っては悪い。精爽とは、中から外まで通ったもの。附けるのではない。水晶は外から芯まで光る。


問魂魄條
63
問魂魄。曰、氣質是實底。魂魄是半虚半實底。鬼神是虚分數多、實分數少底。三。
【読み】
魂魄を問う。曰く、氣質は是れ實底。魂魄は是れ半虚半實の底。鬼神は是れ虚の分數多く、實の分數少き底なり。三。

此條、朱子のわらひながら云れたと云ほどにみるがよいぞ。氣質と云ものかある。見やれ、せいの高ひ、色の黒ひ白ひ、実しゃ。動かぬ。徂徠か氣質変化ならぬと云が妄論ではあるが、云へばあやもある。若ひきから氣の短ひの柔和のと云。それでしまふもの。実底なり。半虚半実。朱子の見立てを云れた。魂魄と云があぢなもので、半虚半実じゃ。魄て目のひか々々するも、魂のきらりっとするもきっかりとあるけれとも、どれと云てつかまへたことはならぬ。半虚半実ぞ。さて鬼神どのがこれが虚の方じゃ。これも半虚半実たけれとも、見之不見聞之而不聞ぞ。客声歎息の声をきくの如在のと云ても、祭の感挌と云ても、隱居所からとろ々々くるではなひ。分敉と云は俗語だ。かけ目升目て云やうなもの。かけ目は分の方、升目は敉の方。分敉多しとは、とうでも虚の方へをもりがゆくと云こと。いかほど親切に云ても生てをる父母のやうにはなひからは、実分敉少底ぞ。
【解説】
気質は実底で、魂魄は半虚半実である。鬼神は半虚半実だが、虚の方が多い。
【通釈】
この条は朱子が笑いながら言われたというほどに見るのがよい。気質というものがある。見なさい、背の高い、色の黒い白い、これが実であり、確かなこと。徂徠が気質変化はできないと言ったのが妄論ではあるが、敢て言えば綾もある。若い時から気の短いとか柔和だと言う。それで終えるもの。「実底」である。「半虚半実」。朱子が見立てを言われた。魂魄というのが味なもので、半虚半実である。魄で目がぴかぴかすることも、魂のきらりとすることもきっかりとあることだが、どれと言って掴まえることはできない。半虚半実である。さて鬼神殿は虚の方である。これも半虚半実なのだが、「視之弗見、聴之而弗聞」である。客声歎息の声を聞くとか如在と言っても、祭の感格と言っても、隠居所からとろとろと来るのではない。「分数」は俗語。掛け目や升目で言う様なもの。掛け目は分の方、升目は数の方。「分数多」とは、どうしても虚の方へ錘が行くということ。どれほど親切に言ったとしても、生きている父母の様ではないからは、「実分数少底」である。
【語釈】
・見之不見聞之而不聞…中庸章句16。「子曰、鬼神之爲德其盛矣乎。視之而弗見、聽之而弗聞、體物而不可遺。使天下之人、齊明盛服、以承祭祀。洋洋乎、如在其上、如在其左右」。
・客声歎息の声をきく…


廣問中庸或問條
64
廣問、中庸或問取鄭氏説云、口鼻之嘘吸者爲魂、耳目之精明者爲魄。先生謂、此蓋指血氣之類言之。口鼻之嘘吸是以氣言之、耳目之精明是以血言之。目之精明以血言、可也。耳之精明、何故亦以血言。曰、醫家以耳屬腎。精血盛則聽聰、精血耗則耳聵矣。氣爲魂、血爲魄、故骨肉歸於地、陰爲野土。若夫魂氣則無不之也。廣云、是以易中説、遊魂爲變。曰、易中又卻只説一邊。精氣爲物。精氣聚則成物、精氣散則氣爲魂、精爲魄。魂升爲神、魄降爲鬼。易只説那升者。廣云、如徂落之義、則是兼言之。曰、然。八十七。
【読み】
廣問う、中庸或問に鄭氏が説を取りて云う、口鼻の嘘吸する者を魂と爲し、耳目の精明なる者を魄と爲す。先生謂う、此れは蓋し血氣の類を指して之を言う。口鼻の嘘吸は是れ氣を以て之を言い、耳目の精明は是れ血を以て之を言う。目の精明、血を以て言うは可なり。耳の精明、何が故に亦血を以て言う。曰く、醫家耳を以て腎に屬す。精血盛んなれば則ち聽聰、精血耗れば則ち耳聵なり。氣は魂と爲り、血は魄と爲る、故に骨肉地に歸し、陰し野土と爲る。夫れ魂氣の若きは則ち之かざる無きなり。廣云う、是れを以て易中遊魂變を爲すと説く。曰く、易中又卻って只一邊を説く。精氣の物を爲す。精氣聚まれば則ち物を成し、精氣散れば則ち氣は魂と爲り、精は魄と爲る。魂升りて神と爲り、魄降りて鬼と爲る。易は只那の升る者を説くのみ。廣云う、徂落の義の如きは、則ち是れ之を兼言す。曰く、然り。八十七。

呼吸は氣はきこへたが、耳目の精明を血で云がきこへか子る。まだしも目は涙だむと云こともあるから血とも云ふ。耳は只空にあいたのみ。をかしひことと云た。是が吾れは医者不案内なればえて云そうなこと。血が减れは耳がきこへぬ。これは医者てすんた。形についたことは血氣盛衰による。隂為野土は祭義なり。氣無不之は季札が旅さきで子を死して、家語檀弓、そこへ埋めた。爰へうつめても魂氣はどこまでもゆくなれは、故郷へゆくと云たことあるときいて、游魂為変もこれでこさらふとと廣かよい処へ引た。よく聞たのじゃ。それに付て又朱子が、あの易の語ももちとたらぬとも云たいことがある。上の精氣為物の句へこまかを云はふなら、氣か聚れば生ず、散れは為変とも仰られそふなものとなり。是が孔子へさび矢射たことではないが、あなた大まかに仰られたと云こと。精氣とわける日にはかう有たいものぞとなり。そこへ又廣が出来した。尭典の徂落なぞは両方へあたりがついてよからふとなり。よくききとりたとみやうことぞ。
【解説】
中庸或問で、目の精明を血で言うのはわかるが、耳の精明を血で言うのはわからないと言う広に、朱子は医者であればわかると言った。それを広が「游魂為変」で言い、朱子はそれを細かにして、気が聚まれば生じ、散れば変と為すと言った。そこでまた、広がそれは徂落と同じことだろうと言った。広はよくわかった人である。
【通釈】
呼吸は気だとはよくわかるが、耳目の精明を血で言ったのがわかりかねる。まだしも目は涙だぐむということもあるから血とも言う。耳はただ空に開いたのみで、可笑しなことだと言った。自分が医者不案内だとその様に言いそうなこと。血が減れば耳が聞こえない。これは医者のことで済む。形に付いたことは血気盛衰による。「陰為野土」は祭義の語。「気無不之」は季札が旅先で子を死なして、家語檀弓、そこへ埋めた。ここへ埋めても魂気は何処までも行くのだから、故郷へ行くと言ったことがあると聞いて、「游魂為変」もこのことだろうと言った。広がよい処へ引いた。よく聞いたのである。それについてまた朱子が、あの易の語ももう少し言い足りないことがあり、上の精気為物の句を細かく言うのならば、気が聚まれば生じ、散れば変と為すとも仰せられそうなものだと言った。これは孔子へ錆矢を射たのではないが、貴方は大まかに仰せられたのだということ。精気と分ける日にはこうありたいものだと言うこと。そこへまた広がでかした。堯典の徂落などは両方へ当たりが付いてよいだろうと言う。よく聞き取ったことだと見なさい。
【語釈】
・隂為野土…礼記祭義。「衆生必死。死必歸土。此之謂鬼。骨肉斃於下、陰爲野土」。
・季札が旅さきで子を死して…
・游魂為変…易経繋辞伝上4。「仰以觀於天文、俯以察於地理、是故知幽明之故。原始反終、故知死生之説。精氣爲物、遊魂爲變、是故知鬼神之情状」。
・徂落…書経舜典。「二十有八載、帝乃俎落」。天子の死去すること。崩御。


先儒言口鼻條
65
先儒言、口鼻之嘘吸爲魂、耳目之聰明爲魄。也只説得大概。卻更有箇母子、這便是坎離水火。煖氣便是魂、冷氣便是魄。魂便是氣之神、魄便是精之神。會思量計度底便是魂、會記當去底便是魄。又曰、見於目而明、耳而聰者、是魄之用。老氏云、載營魄、營是晶熒之義、魄是一箇晶光堅凝物事。釋氏之地水火風、其説云、人之死也、風火先散、則不能爲祟。蓋魂先散而魄尚存。只是消磨未盡、少間自塌了。若地水先散、而風火尚遲、則能爲祟。蓋魂氣猶存爾。又曰、無魂、則魄不能以自存。今人多思慮役役、魂都與魄相離了。老氏便只要守得相合。所謂、致虚極、守靜篤。全然守在這裏、不得動。又曰、專氣致柔、不是守字、卻是專字。便只是專在此、全不放出、氣便細。若放些子出、便粗了也。三下同。
【読み】
先儒言う、口鼻の嘘吸するを魂と爲し、耳目の聰明なるを魄と爲す。也た只大概を説き得。卻って更に箇の母子有り、這えば便ち是れ坎離水火。煖氣は便ち是れ魂、冷氣は便ち是れ魄。魂は便ち是れ氣の神、魄は便ち是れ精の神。思量計度を會する底は便是れ魂、記當去を會する底は便ち是れ魄。又曰く、目にして明、耳にして聰に見る者は、是れ魄の用。老氏云う、營魄を載す、營は是れ晶熒の義、魄は是れ一箇晶光堅凝の物事。釋氏の地水火風、其の説に云う、人の死するや、風火先ず散れば、則ち祟るを爲すこと能わず。蓋し魂先ず散って魄尚存す。只是れ消磨し未だ盡くさず、少間自ら塌了す。若し地水先ず散って、風火尚遲ければ、則ち能く祟るを爲す。蓋し魂氣猶存するのみ。又曰く、魂無ければ、則ち魄は以て自ら存すること能わず。今人多く思慮役役とし、魂は都て魄と相離れ了る。老氏は便ち只守得相合を要す。謂う所の、虚を致すを極め、守靜を篤くす、と。全然に這裏に守在し、動き得ず。又曰く、氣を專らにし柔を致す、是れ守の字にあらず、卻って是れ專の字なり。便ち只是れ專ら此に在り、全く放出せず、氣便ち細なり。若し些子を放ち出せば、便ち粗くし了るなり。三下同。

先儒は、鄭玄。大概と云か鄭玄わるひ云やうと云でない。口鼻。耳目で云たは親切み。人で知らせうとてのことなり。これが鬼神を丁寧に云たと云ほどのこと。但し此前に天地と云ことがある。夫をば云はずに人から云たとのこと。そこが大がいの。○有母子。迂斎の、子は付字とみよ。只をやがあると云たこと。母と子と見るがようない。魂魄は人の身上での名じゃ。天地に坎水離火、これが天地の魂魄だと見たもの。これ、母子なり。○暖氣は、魂。其縁を見たに火と水なり。思量云云は魂の受取り前ぞ。魂のはたらきは竒妙なもので、久しく役など勤たもの、老衰してぐっとこまるもの。魂をあまりはたらかせたで魂の労れたなり。それで若いときがたのもしいもの。朱子の動靜所乘之機を弟子がきめたれば、朱子も少し御自慢て、若いときあのやうな語も云たが、今は老衰してあんなことも出ぬと云はれたことあり。
【解説】
「先儒言、口鼻之嘘吸爲魂、耳目之聰明爲魄。也只説得大概。卻更有箇母子、這便是坎離水火。煖氣便是魂、冷氣便是魄。魂便是氣之神、魄便是精之神。會思量計度底便是魂」の説明。魂魄は人の身上での名であり、天地で言えば坎水離火である。思量するのは魂の役であり、人は年を取ると魂が疲れるので、若い時の様な思量ができない。
【通釈】
「先儒」は、鄭玄。「大概」と鄭玄が言ったのは悪い言い様ということではない。「口鼻」。耳目で言ったのは親切から。人で知らせようとしてのこと。これが鬼神を丁寧に言ったというほどのこと。但しこの前に天地ということがある。それを言わずに人から言ったこと。そこが大概である。○「有母子」。迂斎が、子は付け字だと見なさいと言った。ただ親があると言ったこと。母と子と見るのはよくない。魂魄は人の身上での名である。天地は坎水離火で、これが天地の魂魄だと見たもの。これが母子である。○暖気」は、魂。その縁を見れば火と水である。「思量云云」は魂の受け取り前である。魂の働きは奇妙なもので、久しく役など勤た者が老衰してぐっと困るもの。魂をあまり働かせたので魂が疲れたのである。それで若い時が頼もしいもの。朱子の言った「動静所乗之機」を弟子が尋ねると、朱子も少し御自慢で、若い時にはあの様な語も言ったが、今は老衰してあんな言も出ないと言われたことがあった。
【語釈】
・坎水離火…易で、坎は水、離は火。
・動靜所乘之機…太極図説朱解。「蓋太極者、本然之妙也。動靜者、所乘之機也。太極、形而上之道也。陰陽、形而下之器也」。

○記當去底。さま々々なことを覚るなぞは陽物をしいものだに隂物じゃ。魄へうつる。某なども十歳斗りのときよく覚てをる。又、一年ぎりの迂斎の家来などの顔を今に覚へてをる。其外人と應接したことに覚悟にも受用にもならぬことが今にきっと目にみへるやうなこと多し。ひょっとうつると魄か久しく覚てをるもの。今田舎でもあること。人家の内ばな女などがあれば、あれはいつのことであったなど云。あれが去年の四月の幾日でと云があるもの。それも根が隂陽ゆへ、思慮よりは記憶の方が得手なものぞ。
【解説】
「會記當去底便是魄」の説明。記憶するのは魄の役である。昔のことを覚えているのは魄である。
【通釈】
○「記当去底」。様々なことを覚えるのは陽物ではなく、惜しいことに陰物で魄へ映る。私なども十歳ばかりの時のことをよく覚えている。また、一年だけの迂斎の家来などの顔を今も覚えている。その外人と応接したことで覚悟にも受用にもならないことが今はっきりと目に見えることが多い。ひょっと映ると魄が久しく覚えているもの。それは今田舎でもあること。人家に内端な女などがいると、あれはいつのことだったなどと言う。あれが去年の四月の幾日でと言うことがあるもの。それも根が陰陽なので、思慮よりは記憶の方が得手なもの。

○又曰、見于目而明云云。目では見へ、耳ではきく。見[あらは]ると云がよい字で、上の條の知味知臭と云たときに、それがもそっとさきへゆくとはや心じゃとことはられたが、爰では見るると云。どうしてかきく、どうしてか見ると云ことで、あらはれたのしゃ。現在出て来てそのなりのなる処で云。魄のはたらきがこれぞ。先生因曰、中庸て体物而不可遺と鬼神のことを云た。爰でもよくすむ。鬼神がのかれられぬことじゃ。五年さきのことをも覚て、あのことがと云は魄、それで腹の立は魄ぞ。魄がかいないと、それもたもちがない。忘てしまふ。魄がかいないと腹の立ことも張がぬける。意赴をふくんてをぼへてをるは魄、それて喧嘩をするは魄ぞ。すれば鬼神は喧嘩の塲にもあるぞ。魂と魄とで喧嘩をもするぞ。そこでまくぬいなしをば玉しいがないと云は魂魄のかいないのぞ。鬼神のこちの身にもってをる。体物不可遺はさて々々親切なぞ。
【解説】
「又曰、見於目而明、耳而聰者、是魄之用」の説明。中庸で「体物而不可遺」とあるが、人は身に鬼神を持っている。魄が甲斐ないと、覚えたことも忘れる。
【通釈】
○「又曰、見于目而明云云」。目では見え、耳では聞く。見[あらわ]るというのがよい字で、上の条では知味知臭という時に、それがもう少し先へ行くと早くも心だと注意されたが、ここでは見れると言う。どうしてか聞く、どうしてか見るということで、現れたのである。現在出て来てその通りとなる処で言う。魄の働きがこれ。そこで先生が、中庸で「体物而不可遺」と鬼神のことを言うのがここでもよく済むと言った。鬼神は逃れられないこと。五年前のことをも覚えていて、あのことがと言うのは魄、それで腹が立つのは魄から。魄が甲斐ないと、それも保てず忘れてしまう。魄が甲斐ないと腹の立つことも張りが抜ける。意趣を含んで覚えているのは魄、それで喧嘩をするのは魄である。それなら鬼神は喧嘩の場にもある。魂と魄とで喧嘩をもする。そこでまた甲斐ない者を魂がないと言うのは魂魄が甲斐ないのである。鬼神を自分の身に持っている。体物不可遺は実に親切なこと。
【語釈】
・体物而不可遺…中庸章句16。「視之而弗見、聽之而弗聞、體物而不可遺」。

○載営魄の営と云がきら々々したこと。魄のもちまへ。明德に明の字のつくと同こと。魄は一箇なれとも、ひかるが魄のもちまへ。そこを営と云。これらもあぢな話を朱子のなさるるやふなれとも、魄がたたい晶光堅疑物事。それで孝子も屈原も云ふたとなり。○地水火風。どの宗旨でもかく。魂魄の字のかへ名ぞ。そとわへ表号にするぞ。なぜかくと云に、其説云云なり。これが何の経にと云ことを云はぬことそ。其説とはこの心得から日比云なり。どこにもかしこにも此意なり。魂がさきへちるもの。それなれは祟りはせぬ。魄は息を引取てからそろ々々跡でわるくなる。魂がちっきらぬと体魄がなくなっても魂氣がたたる。魂は風火ぞ。とかく形がみへでどうかする。成程幽灵の有ふと思ことには、伽羅をたいた跡に久しく匂ふもの。木は灰になり、けむりもきへてないなれとも匂ふ。それは伽羅の幽灵のやふなもの。一両日も匂ふぞ。すれば幽灵は出るにした処が、鬼神集説きいて段々にすむとさはがぬぞ。
【解説】
「老氏云、載營魄、營是晶熒之義、魄是一箇晶光堅凝物事。釋氏之地水火風、其説云、人之死也、風火先散、則不能爲祟。蓋魂先散而魄尚存。只是消磨未盡、少間自塌了。若地水先散、而風火尚遲、則能爲祟。蓋魂氣猶存爾」の説明。魂は魄よりも先に散るものなので、それであれば祟りはしないが、魂が散り切らないと体魄がなくなっても魂気が祟る。それは伽羅を焚いた後に久しく匂う様なもの。
【通釈】
○「載営魄」の営はきらきらとしたことで魄の持ち前。明徳に明の字が付くのと同じこと。魄は一箇だが、光るのが魄の持ち前で、そこを営と言う。これ等も妙な話を朱子がなされた様だが、そもそも魄は「晶光堅凝物事」。老子も屈原もこれで言ったのである。○「地水火風」。どの宗旨でもこう書く。魂魄の字の変え名である。外に対しての表号にする。何故これを書くのかと言えば、「其説云云」である。これが何の経にあると言うことではない。その説は、この心得から日頃言っていること。何処にもかしこにもこの意である。魂は先に散るもの。それであれば祟りはしない。魄は息を引き取ってからゆっくりと後で悪くなる。魂が散り切らないと体魄がなくなっても魂気が祟る。魂は風火である。とかく形が見えずにどうかする。なるほど幽霊があると思えるのは、伽羅を焚いた後は久しく匂うもので、木は灰になり、煙も消えてないのだが匂う。それは伽羅の幽霊の様なものだからである。一両日も匂う。そこで幽霊は出るとした処は、鬼神集説を聞いて段々に済むと騒がなくなる。
【語釈】
・載営魄…老子道経能為。「載營魄抱一、能無離。專氣致柔、能嬰兒。滌除玄覽、能無疵。愛人治國、能無爲。天門開闔、能爲雌。明白四達、能無知。生之畜之、生而不有、爲而不恃、長而不宰。是謂玄德」。
・屈原…楚辞遠遊。「山蕭條而無獸兮、野寂漠其無人。載營魄而登霞兮、掩浮雲而上征」。

知が人間の宝じゃ。今出たときにはっと云はふが、跡はうろたへぬ。はっとがうろたへのやふなれとも、それは氣の弱いゆへじゃ。氣はよはくてもわけがすめは跡かつよい。氣の強い男は妖怪に出合てもはっとは云はぬと云も有ふが、あとがはれぬ。寺の和尚に聞ても山伏に問てもすまぬと云てうろたへる。前方或寺が幽灵の真似が上手で、檀方が所望すると幽灵をみたといふ。それをきいて石原の先生か、いかさま寺て上方ぶしも似合ふまい、幽灵と云はよい趣向だ。あちではをしへのたすけにもなろと云て笑れた。
【解説】
知があれば、幽霊が出ても狼狽えない。知がなければ、気の強い男でも幽霊が出るわけが済まずに狼狽える。
【通釈】
知が人間の宝である。今幽霊が出た時にははっと言うだろうが、後は狼狽えない。はっとするのが狼狽えの様だが、それは気が弱いだけである。気は弱くてもわけが済めば後は強い。気の強い男は妖怪に出合ってもはっとは言わないと言う人もいるだろうが、後は強くない。寺の和尚に聞いても山伏に問うても済まないと言って狼狽える。以前、ある寺が幽霊の真似が上手で、檀方が所望すると幽霊を見たと言う。それを聞いて石原の先生が、いかにも寺では上方節も似合うまい、幽霊と言うのはよい趣向だ。あちらでは教えの助けにもなろうと言って笑われた。

○又曰云云。魂と魄とのくみ合ぬに生きてをることはならぬ。思慮役々。當然のことで思慮するはなんともないもの。啇人などがいそがしく思慮もするか當然ぞ。周公旦坐以待且。髪結を間もない。喰ものもをけ、付てはそはれぬと云ても當然なことは心の邪魔にならぬもの。思慮役々は鼻の先へこぬこと迠を心づかいする。人欲の多いものにあること。労咳病の思ふのるい。今度類焼したらどうせうこうしやうと云て、今さしあたらぬこと迠に心をつかふ。つまり人欲ぞ。
【解説】
「又曰、無魂、則魄不能以自存。今人多思慮役役、魂都與魄相離了。老氏便只要守得相合」の説明。当然なことを思慮するのは何ともないことだが、差し当たったことでないことまでを思慮するのは悪い。それは人欲からである。
【通釈】
○「又曰云云」。魂と魄とが組み合わずに生きていることはできない。「思慮役々」。当然なことに思慮するのは何ともないもの。商人などが忙しく思慮もするのが当然である。「周公旦座以待士」。髪を結う間もない。食い物も置け、座っては食えないと言っても、当然なことは心の邪魔にならないもの。思慮役々は鼻の先へ来ないことまでを心遣いすることで、人欲の多い者にあること。労咳病みが思う類。今度類焼したらどうしようこうしようと言って、今差し当たりでないことまでに心を遣う。つまりは人欲である。
【語釈】
・周公旦坐以待且…史記魯周公世家。「周公戒伯禽曰、我文王之子、武王之弟、成王之叔父、我於天下亦不賤矣。然我一沐三捉髮、一飯三吐哺、起以待士、猶恐失天下之賢人。子之魯、愼無以國驕人」。

老子の致虚守靜は氣をもまぬこと。人の世に處するにはかれやこれやと云ことがある筈じゃに、老子は夫にも及はぬとしたもの。孟子出盡不豫の色、それにも及ぬことじゃ。能言而拒楊墨、それにも及ぬ。吾豈好辨哉不得已、それにも及ぬこと。さて々々御丁寧千万と笑ふてそっとも心をもまぬ。これてはあんまりじゃ。昔し一士人が客と棋をうっていた。その子ともが井へをちた。外から與茂作井戸へ落たとしらせたれは、上けてくれいと云てさはがなんだ。こりゃ魂魄が死物になったのぞ。老子が胸中の氣がふっと吹て氣ををさめる。動さぬ法ぞ。寺静も上の致虚のことと同し。物の方から来たときに動くもの。それを動かせぬが守静なり。致虚は胸のすいた、守静、いつもはそれてをる。惻隠などをあまりださぬしかけだ。あまりはっ々々と云と魂魄かはなれるときらふたもの。
【解説】
「所謂、致虚極、守靜篤。全然守在這裏、不得動」の説明。人は生きている以上対処することがあるが、老子はそれに気を揉まない。ものに動じると魂魄が離れるとして嫌ったのである。
【通釈】
老子の「致虚守静」は気を揉まないこと。人が世に処するにはかれこれとすることがある筈なのに、老子はそれにも及ばないとする。「孟子出盡不豫色」、それにも及ない。「能言而拒楊墨」、それにも及ばない。「吾豈好弁哉、不得已」、それにも及ばない。実に御丁寧千万と笑って少しも心を揉まない。これではあんまりである。昔、一士人が客と碁を打っていた。彼の子供が井戸に落ちた。外から与茂作が井戸に落ちたと知らせると、上げてくれと言って騒がなかった。これは魂魄が死物になったのである。老子が胸中の気がふっと吹いて気を収める。これが動さない法である。「守静」も上の致虚と同じ。物の方から来た時に動くもの。それを動かさないのが守静である。致虚は胸の空いたことで、守静はいつもそれでいること。惻隠などをあまり出さない仕掛けである。あまりにはっと言うと魂魄が離れると嫌ったもの。
【語釈】
・孟子出盡不豫の色…孟子公孫丑章句下13。「孟子去齊。充虞路問曰、夫子若有不豫色然」。
・能言而拒楊墨…孟子滕文公章句下9。「豈好辯哉。予不得已也。能言距楊・墨者、聖人之徒也」。

專氣致柔。載営魄。氣は虚なもの。天地自然の一元の氣に手はそはぬもの。それなりて一元の氣をおくには致柔がよい。これが守静と同ことで、さからはぬこと。こちが柔かでをるとづんど動ぬ。柔と云が剛を制するもの。じっとしてをると制せらるるぞ。制しやう々々とするとさはがしい。そこがまけじゃとしたこと。朱子か老子の像をみて笑嬉々地と云れた。にこ々々してをってさはがぬていなり。いかさまひすいわらふじゃ。此の專の字か朱子のこのときの本には守とありたとみへる。守より専字かよい。專て一元氣の処を專にすること。
【解説】
「又曰、專氣致柔、不是守字、卻是專字。便只是專在此、全不放出」の説明。天地自然の一元気には逆らわず、柔らかに応じるのがよい。制しようとすると騒がしい。
【通釈】
「専気致柔」。載営魄。気は虚なもの。天地自然の一元の気は手を添えるものでない。そのままに一元の気を置くには致柔がよい。これが守静と同じことで、逆らわないこと。こちらが柔らかでいるとしっかりと動かない。柔は剛を制するもの。じっとしていると制することができる。制しようとすると騒がしい。そこが負けだとしたこと。朱子が老子の像を見て「笑嬉々地」と言われた。にこにこして騒がない姿である。いかにもひすい笑うだ。この専の字が朱子のこの時の本には守とあったと見える。守より専の字の方がよい。専で一元気の処を専にすること。

細と云字は羽二重や帛の地合などて云ことじゃが、それがどうしたことなれば、致柔の処の守る処でこまかとあらいがわかる。九十九里の浪はあらい。風もあたらぬ処の清い水はこまかなり。細膩と云字もある。細と云字はそこに氣をおこつかぬことなり。些子。ちっと。氣が激するとあらいぞ。茶坊主、茶臼引きながら子むるが手からぞ。氣かこまかで静るゆへ眠る。茶もこまかに出る。三輪善蔵、大名衆弓馬はよい、剱術は氣かあらけると云た。これも細の字の對なり。されとも劍の極意は細をすることなり。禅学をしたかるもそこからぞ。
【解説】
「氣便細。若放些子出、便粗了也」の説明。専気致柔で気を守ることで、気は細かなままでいる。それに少しでも外れると気が粗くなる。
【通釈】
「細」という字は羽二重や帛の地合などで言うことだが、それがどうしたことかと言うと、致柔で守る処で細かと粗いの違いがわかる。九十九里の浪は粗い。風も当たらない処の清い水は細かである。細膩という字もある。細という字はそこに氣をおこつかぬこと。「些子」。一寸。気が激すると粗くなる。茶坊主が茶臼を引きながら眠るのが手柄である。気が細かで静まるので眠る。茶も細かに出る。三輪善蔵が、大名衆に弓馬はよい、剣術は気が粗くなると言った。これも細の字の対である。しかしながら、剣の極意は細をすること。禅学をしたがるのもそこからである。
【語釈】
・細膩…細は綿緻で嬰膚の様。膩は肌裡の油溢の様。
・三輪善蔵…三輪執斎。江戸中期の陽明学者。名は希賢。字は善蔵。京都の人。崎門三傑の一人である佐藤直方に学ぶ。致良知の説を尊び、1712年王陽明の『伝習録』に標注を加えて翻刻し、中江藤樹・熊沢蕃山なきあと、江戸の地で陽明学の先駆をなした。和歌もよくした。著書『伝習録講義』『周易進講手記』『古文大学講義』など。1669~1744


因言魂魄鬼神條
66
因言魂魄鬼神之説、曰、只今生人、便自一半是神、一半是鬼了。但未死以前、則神爲主。已死之後、則鬼爲主。縱橫在這裏。以屈伸往來之氣言之、則來者爲神、去者爲鬼。以人身言之、則氣爲神而精爲鬼。然其屈伸往來也各以漸。
【読み】
魂魄鬼神の説を言うに因りて、曰く、只今生人は、便ち自ら一半は是れ神、一半は是れ鬼にし了る。但未だ死なざる以前は、則ち神を主と爲す。已に死ぬの後は、則ち鬼を主と爲す。縱橫這の裏に在り。屈伸往來の氣を以て之を言えば、則ち來者は神と爲し、去者は鬼と爲る。人身を以て之を言えば、則ち氣は神と爲りて精は鬼と爲る。然るに其の屈伸往來也た各々漸を以てす。

此章、朱子のをどけて云やふな語意ぞ。魂魄の鬼神のと遠くのことのやうに云が、そんな遠いことてはない。今ま生人が一半は神、一半は鬼。両方あるから鬼とも神とも云るる。それから云へは生れた當坐は神だか、今は鬼じゃとも云るる。生たときは半分つつだか、死後は本の鬼と云までのことじゃ。縦横在這裡。生ても死でも鬼神はのがれられぬ。よこしてもたてにしても鬼神ぞ。さる者は今朝喰た朝飯は鬼じゃ。来者は今から昼飯は伸ぞ。今日の會に皆が爰迠あるいて来たは、週き去たははや鬼なり。これからそろ々々かへるはまだ主らぬときゆへ、伸を初手に人の身で云たが爰ぞ。
【解説】
人が生きている時は半神半鬼であり、死ぬと鬼になる。
【通釈】
この章、朱子が戯けて言った様な語意である。魂魄や鬼神と遠くのことの様に言うが、そんな遠いことではない。今の生人が一半は神、一半は鬼。両方あるから鬼とも神とも言える。それから言えば生まれた当座は神だか、今は鬼だとも言える。生きている時は半分ずつだか、死後は元の鬼と言うまでのこと。「縦横在這裡」。生きても死んでも鬼神からは逃れられない。横にしても縦にしても鬼神である。「去者」は、今朝食った朝飯が鬼。「来者」は、今からの昼飯は神である。今日の会に皆がここまで歩いて来たのが過ぎ去ると早くも鬼である。これからそろそろと帰るにしても、まだ去らない時なので、伸を初手に人の身で言うのがここのこと。

各以漸。鬼神と云ものがぶつきれなものでない。かうたとへるとどこもかも鬼神だが、人間纔五十年と云てもそろ々々なもの。屏風の倒れたやふにはない。学者は当然をして仕ずてにして行くこと。當然と云ことが面白いこと。今日々々とそろ々々つとまる。じり々々としてゆくが漸ぞ。其内にをやぢになり、ほくと死す。その上をもそっと聞たひと云やると、太極を出さ子はならぬ。其守のからくりは太極なり。もう夏も十日たちたが漸を以すだからまた綿入のものもある。是から越後縮は出されぬ。以漸なり。其御亭至はどなたでと云と、太極がをれじゃと咳拂をする。以漸はみへた処、理はみへぬ処。太極者蔵頭底之物事。
【解説】
鬼神は繋がったもので、ゆっくりと詰まって行く。これ以上のことを言うのであれば、大元の太極を出さなければならない。
【通釈】
「各以漸」。鬼神というものはぶつ切れなものではない。この様にたとえると何処もかしこも鬼神である。人間纔か五十年と言ってもそろそろとしたもので、屏風の倒れた様なことではない。学者は当然をして行く。当然ということが面白いこと。一日ずつそろそろと詰まる。じりじりとして行くのが「漸」である。その内に親父になり、ぽっくりと死ぬ。その上をもう少し聞きたいと言えば、太極を出さなければならない。その守の絡繰は太極である。もう夏も十日経ったが漸を以てすなので、まだ綿入れのものもある。今から越後縮は出せない。以漸である。その御亭主はどなたかと言うと、太極が俺だと咳払いをする。以漸は見えた処、理は見えない処。「太極者蔵頭底之物事」。
【語釈】
・人間纔五十年…幸若舞曲敦盛の一節。人間五十年。下天の内をくらぶれば夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか。
・越後縮…越後国小千谷地方から出す縮。苧で織った夏着尺。おぢやちぢみ。越後布。
・太極者蔵頭底之物事…朱子語類100。「先生曰、嘗謂太極是箇藏頭底物事。重重推將去、更無盡期。有時看得來頭痛」。


萇弘死三年條
67
萇弘死三年而化爲碧。此所謂魄也。如虎威之類。弘以忠死、故其氣凝結如此。
【読み】
萇弘死し三年にして化し碧と爲る。此れ謂う所の魄なり。虎威の類の如し。弘は忠を以て死す、故に其の氣凝結して此の如し。

此編次も此三四會に不思議さたは久くないか、爰へ萇弘を出した。直方先生の趣向とみへた。一寸一つ出された。萇弘は春秋のときの忠臣なり。左傳哀公三年。其死骸が碧になりたとある。名高いことで荘子にもある。荘子は空言とも云はふか、左傳にしかとある。○是所謂魄也。さはがぬ口上じゃ。さうあるはづ。魄じゃとなる。伯有爲勵は氣の聚って霊をなしたのじゃが、伯有いつ幾日ござれと約束はならぬ。これは見て束たと云ものいくらかあると云。いや、虎威の類じゃ。虎魄威骨と云ものある。虎を打殺して其跡を掘てみるとそこにあると云こと。あの猛獣ゆへ魄が残りある。碧もふしきなことではない。そのあやぞ。朱子の疑結と片をつけた。忠臣ゆへこりむすんだのそ。よりむすぶと云ことも不断もあること。水は流るるものだに氷はかたまる。人の腹内に塊の出来ると云も久しくかかると云でもない。氣の凝りて一寸とも出来る。其外人のからだにもずんどすまぬこともある。そこを知るは医者じゃ。すれば山伏と医者はいこう挌式がちがふ。山伏は理の外の世話をする。医者は氣をつかまへてすることなれとも、理の筋からゆへ、吾儒て受取るふしぎを云とはせす。先年親類ともの中であったが、下女が腹の塊物を医がみて、これはいつころからのことと問たれば、其下女にくい声をして、亭主のこごとをきいてをるうちのかたまりじゃと云た。にくいやつなり。されとも尤ぞ。氣の凝結を、氷も始て見たらば、どうして水がこのやうにならふぞと人が不審をたてるであらふぞ。
【解説】
萇弘が死んで碧に化したのは魄のことである。朱子は、萇弘が忠臣だったので、その気が凝結して碧になったのだと説いた。凝結は水が氷になる様なことで、氷を見たことのない人は水が氷になることをも不審に思う。
【通釈】
この編次もこの三四会には久しく不思議沙汰はないが、ここへ萇弘を出した。これが直方先生の趣向と見える。一寸一つ出された。萇弘は春秋の時の忠臣である。左伝哀公三年。その死骸が碧になったとある。名高いことで荘子にもある。荘子は空言とも言うが、左伝には確かにある。○「是所謂魄也」。落ち着いた口上である。そうある筈で、魄ということになる。「伯有為厲」は気が聚まって霊となったのだが、伯有に、いつ幾日に来なさいと約束することはならない。しかし、これは見て束たと言う者がいくらかあると言う。いや、これは「虎威之類」である。「虎魄威骨」というものがある。虎を打ち殺してその跡を掘って見るとそこにあるということ。あの猛獣なので魄が残ってある。碧も不思議なことではない。その綾である。朱子が「凝結」と片を付けた。忠臣なので凝り結んだのである。凝り結ぶということも普段あること。水は流れるものだが氷は固まる。人の腹の中に塊ができるというのも久しくしてできるというのでもない。気が凝って一寸でできる。その外、人の体にも酷く済まないこともある。そこを知るのが医者である。それなら山伏と医者とでは大層格式が違う。山伏は理の外の世話をする。医者は気を掴まえてするが、理の筋からのことなので、我が儒で受け取る不思議は言わない。先年親類共の中だったか、下女の腹の塊物を医者が診て、これはいつ頃からのことかと問うと、その下女が憎らしい声で、亭主の小言を聞いている内にできた塊だと言った。憎い奴である。しかしながら、それは尤もなこと。気の凝結も、氷を初めて見る人は、どうして水がこの様になるのだろうかと不審を言うだろう。
【語釈】
・左傳…春秋左伝哀公三年。「劉氏、范氏、世爲婚姻。萇弘事劉文公、故周與范氏、趙鞅以爲討。六月癸卯、周人殺萇弘」。
・荘子…荘子雑篇外物。「萇弘死於蜀,藏其血三年而化爲碧」。


問天地為鬼神條
68
問、在天地爲鬼神、在人爲魂魄否。曰、死則謂之魂魄、生則謂之精氣、天地公共底謂之鬼神。是恁地模様。六十三下同。
【読み】
問う、天地に在るを鬼神と爲し、人に在るを魂魄と爲すや否や。曰く、死は則ち之を魂魄と謂い、生は則之を精氣と謂い、天地公共底は之を鬼神と謂う。是れ恁地き模様なり。六十三下同。

天地では鬼神と云、魂魄とは云れす。魂魄と云詞は人で云こと。死則云云。この魂魄は死でから云ことと云が段々此前の耳目鼻口て魂魄を云たとは似合はぬ。わるい答のやうなれとも、ためにすること有てと云やうなもの。色々に云ふにぞれ々々の筋みへることなり。○生たときは精氣の、死後は魂魄と云。又天下中をしはれて云ときは鬼神と云そ。易も中庸もそれ々々に云。恁地はまつかうした摸様だとなり。これか味ある語意ぞ。板行て押したやうには云ぬなり。
【解説】
天地では鬼神と言い、人では魂魄と言う。生きている時は精気で、死後は魂魄である。天地公共で言う時は鬼神と言う。
【通釈】
天地では鬼神と言って、魂魄とは言えない。魂魄という言葉は人で言うこと。「死則云云」。この魂魄は死んでからのことと言うのが、段々とこの前から耳目鼻口で魂魄を言ったこととは似合わず、悪い答えの様だが、理由があって言ったこと。色々と言うことで、それぞれの筋が見える。○生きている時は精気、死後は魂魄と言う。また、天下中を押し並べて言う時は鬼神と言う。易も中庸もそれぞれに言う。「恁地」は、先ずはこうした模様だということ。これが味ある語意である。板行で押した様には言えないのである。


問魄守体條
69
問、魄守體、有所知否。曰、耳目聰明爲魄、安得謂無知。問、然則人之死也、魂升魄降、是兩處有知覺也。曰、孔子分明言、合鬼與神、教之至也。當祭之時、求諸陽、又求諸陰、正爲此、況祭亦有報魄之説。
【読み】
問う、魄は體を守る、知る所有りや否や。曰く、耳目の聰明魄と爲す、安んぞ知る無きを謂うを得ん。問う、然れば則ち人の死は、魂升り魄降りる、是れ兩處知覺有るなり。曰く、孔子分明に、鬼と神とを合す、教の至りなりと言う。祭の時に當り、諸を陽に求め、又諸を陰に求む、正に此が爲にす、況んや祭に亦魄に報いるの説有り。

守るは魂か体の上にしゃんとあること。所に領主のあるやうなもの。有所知否は、なんぞ其処に灵かあるかとなり。それは云にも及はぬ。物を見わけ聞わけする。知ることないとは云はれぬ。此知の字も前々の條の知臭知味の知の字と一つにをちるが、これは主ると云ことにして、知行取の知州のと云字にみてもすむ。先生曰、これは一説ぞ。然則人之死也云云。魂にはありそうに思はるる。魂にはなささうに思るるゆへ、魂も魄も知覚ありやとなり。あれはこそ孔子が鬼と神とを合すと云た。すれば生き物じゃ、隂に求め陽に求めも両方ぞ。報魄と云こと、礼の祭義にあり。又、郊特牲、このあやあるぞ。祭齊加名水報隂也。あることぞ。
【解説】
魂魄双方に知覚はあるのかとの問いに、朱子は両方にあると答えた。孔子も「合鬼与神」と言った。
【通釈】
守るとは、魂が体の上にしっかりとあること。在所に領主のある様なもの。「有所知否」は、何かその処に霊があるのかと言ったこと。それは言うにも及ばない。物を見分け聞き分ける。知ることがないとは言えない。この知の字も前々の条の知臭知味の知の字と一つに落ちるが、これは主となるということにして、知行取りや知州という字に見ても済む。先生が、これは一説だと言った。「然則人之死也云云」。魄にはありそうに思われるが、魂にはなさそうに思われるので、魂にも魄にも知覚があるのかと尋ねた。あるからこそ、孔子が鬼と神とを合すと言った。それで生き物なのである。陰に求め陽に求めと言うのも両方があるから。「報魄」は礼記祭義にある。また、郊特牲にもこの綾がある。「祭斉加明水報陰也」。これはあること。
【語釈】
・孔子…礼記祭義。「宰我曰、吾聞鬼神之名、不知其所謂。子曰、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。合鬼與神、敎之至也」。
・報魄…礼記祭義。「二端既立、報以二禮。建設朝事、燔燎羶薌、見以蕭光、以報氣也。此敎衆反始也。薦黍稷羞肝肺、首心、見間以俠甒加以鬱鬯、以報魄也」。
・郊特牲…礼記郊特牲。「祭肺肝心、貴氣主也。祭黍稷加肺、祭齊加明水、報陰也。取膟膋燔燎升首、報陽也」。


明道有無説條
70
説鬼神、舉明道有無之説、因斷之曰、有。若是無時、古人不如是求。七日戒、三日齋、或求諸陽、或求諸陰、須是見得有。如天子祭天地、定是有箇天、有箇地。諸侯祭境内名山、大川、定是有箇名山、大川。大夫祭五祀、定是有箇門、行、戸、竈、中霤。今廟宇有靈底、亦是山川之氣會聚處。久之、被人掘鑿損壞、於是不復有靈、亦是這些氣過了。三下同。
【読み】
鬼神を説くに、明道有無の説を舉げ、因りて之を斷じて曰く、有り。若し是れ時無ければ、古人是の如く求めず。七日戒、三日齋、或いは諸を陽に求め、或いは諸を陰に求め、須らく是れ有るを見得。天子の如く天地を祭るが、定めて是れ箇の天有り、箇の地有り。諸侯境内の名山、大川を祭るが、定めて是れ箇の名山、大川有り。大夫五祀を祭るが、定めて是れ箇の門、行、戸、灶、中霤有り。今廟宇に靈有る底も亦是れ山川の氣會聚の處。之を久くし、人に掘鑿損壞せられ、是に於て復靈有らず、亦是這の些の氣過ぎ了る。三下同。

明道有無の説は上蔡記憶平日語内にある。鬼神はあるものかないものかと上蔡の問たときに、明道曰、待向儞道無、来儞怎生信得、及待向儞道有、来儞但去尋討看。無と云ても合点しやるまい。有と云たら尋わ。孔子も鬼神為德盛哉とある。此が口には云れす、有と無との其あいだて合点せよと言外の意なり。そこで朱子か决断して有ると片を付た。そこを又直方先生が猫の辨あり。明日貴宅の猫をかりやうと云に、猫はないとも云れず、あると云へば又屋根から隣へゆくこともある。そこで挨拶にこまるぞ。されともそのこまるも猫があるからなり。かいしき猫のない家ならないてすむが、畢竟あるからのこと。そこを朱子の断してありとなり。有るにきはめること。いかさま靣白ことぞ。無いものには隂に求め陽に求めも入らぬ。鬼神が有から礼も立つ。
【解説】
「説鬼神、舉明道有無之説、因斷之曰、有。若是無時、古人不如是求。七日戒、三日齋、或求諸陽、或求諸陰、須是見得有。如天子祭天地、定是有箇天、有箇地」。明道は上蔡に、鬼神がないと言っても合点しないし、あると言えばまた更に尋ねられると言ったが、朱子は鬼神があると断じた。直方にも猫の弁があり、鬼神はある。そこで礼もある。
【通釈】
明道有無の説は上蔡が平日の語を記憶した中にある。鬼神はあるものかないものかと上蔡の問うた時に、明道が、「待向儞道無、来儞怎生信得、及待向儞道有、来儞但去尋討看」と言って。ないと言っても合点はしないだろう。あると言ったらまた尋ねる。孔子も「鬼神為徳盛哉」と言う。これが口には言えず、あるとないとのその間で合点しなさいと、言外の意である。そこで朱子が決断してあると片を付けた。そこにまた直方先生に猫の弁がある。明日貴宅の猫を借りたいと言われれば、猫はないとも言えず、あると言えばまた屋根から隣へ行くこともある。そこで挨拶に困る。しかしながら、その困るのも猫があるからである。何も猫のいない家ならないで済むが、畢竟あるからのこと。そこを朱子が断じてありと言った。あるには極めたこと。いかにも面白い。ないものには陰に求め陽に求めも要らない。鬼神があるから礼も立つ。
【語釈】
・鬼神為德盛哉…中庸章句16。「子曰、鬼神之爲德其盛矣乎」。

○天地山川三つ子も知りた。大井川富士山眼前有りものを見ての祭。○大夫祀五祀と曲礼にある。大夫はをもいことゆへ祭るなり。中霤。ひきまどのやうに深奧の処にあかりをとるなり。○今廟宇有霊底。爰て少し咄しかよこへきれた。此間にもちと話が有たであらふ。録のぬけとみへる。上とうつらぬ。此廟宇以下を主意か上の名山大山にあてたもの。今獻山の愛宕の大山石尊のるい。山の氣が會聚してをる。山氣で人を動すことなり。それを切開いてみると些于氣過了。朱子の手もなく片をつけられた。氣と云があつまったとき霊かある。山氣の盛ぞ。佛像なども、これをふむとばちがあたると云時に、それをふむにこは々々するからばちもあたる。たれぞが一人ありて、一度ふまれてからは足のあとなどがつくはまだたらぬ。
【解説】
「諸侯祭境内名山、大川、定是有箇名山、大川。大夫祭五祀、定是有箇門、行、戸、竈、中霤。今廟宇有靈底、亦是山川之氣會聚處。久之、被人掘鑿損壞、於是不復有靈、亦是這些氣過了」の説明。諸侯が名山や大川を祭るのは任が重いからである。廟宇も気が聚まって霊のあるものだが、人がそれを壊す様ではまだ気が足りないのである。
【通釈】
○天地山川は三つ子も知っている。大井川や富士山という眼前にあるものを見て祭る。○「大夫祭五祀」と曲礼にある。大夫とは重いことなので祭る。「中霤」。引き窓の様に深奥の処に灯りを取ること。○「今廟宇有霊底」。ここで少し話が横へ逸れた。この間にもう少し話があったのだろう。録の抜けと見える。上と合わない。この廟宇以下の主意が上の名山大山に当てたもの。今の献山や愛宕、大山石尊の類。山の気が会聚している。山気で人を動かすこと。それを切り開いて見ると「些気過了」。朱子が手もなく片を付けられた。気は聚まった時に霊がある。山気の盛んである。仏像なども、これを踏むと罰が当たるという時に、それを踏むのは恐々とするから罰も当たる。誰かが一人踏んだので、それからは足跡などが付くというのはまだ気が足りないのである。
【語釈】
・大夫祀五祀…礼記曲礼下。「天子祭天地。祭四方、祭山川、祭五祀、歳遍。諸侯方祀、祭山川、祭五祀、歳遍。大夫祭五祀、歳遍。士祭其先」。
・獻山…
・愛宕…京都市北西部、上嵯峨の北部にある山。山頂に愛宕神社があって、雷神を祀り、防火の守護神とする。
・大山石尊…丹沢大山(雨降山)の大山石尊大権現。


汪德輔問條
71
汪德輔問、祖考精神便是自家精神。故齋戒祭祀、則祖考來格。若祭旁親及子、亦是一氣、猶可推也。至於祭妻及外親、則其精神非親之精神矣。豈於此但以心感之而不以氣乎。曰、但所祭者、其精神魂魄、無不感通。蓋本從一源中流出、初無間隔。雖天地山川鬼神亦然也。
【読み】
汪德輔問う、祖考の精神は便ち是れ自家の精神。故に齋戒祭祀は、則ち祖考來格。若し旁親及子を祭れば、亦是れ一氣、猶推す可きなり。妻及び外親を祭るに至りては、則ち其の精神は親の精神に非ず。豈此に於て但心を以て之を感じて氣を以てせざるか。曰く、但所の祭る者は、其の精神魂魄、感通せざる無し。蓋し本一源の中に從いて流出し、初めより間隔無し。天地山川鬼神と雖も亦然り。

祖考精神便是自家精神。上蔡の鬼神のことを云に手がらなと云も此語などそ。祭の道理を云ぬいて事実までもこもることぞ。道理か的切でも事実にぬけがありてはならぬ。事実斗りではない。親の精神をこちが持てをる。親子からだか別ゆへいたひかゆいは別なれとも、祭には一氣で感ずる。祭旁親及子。をぢや従弟のあとのないもの。一と工夫したたての問ぞ。親の肉をわけたもの斗りではない。妻及ひ外親となり。外親は祭らぬものじゃが、実体によりてあることもある。郡国夫人の故事。又、そうなくとも焼香などするも小祭の内ぞ。此なきは心の誠で斗りて、一氣はつつかぬではないかとなり。いや、祭はさういふことでなく、精神魂魄氣からうけたことじゃ。とかく祭べきすじ、祭べきものと云が大事ぞ。祭るべきを祭ればひびくぞ。○従一氣之中流出。なんでも人の氣と云は一元の氣で貫ひたもの。そこでひびいてある。上方の鴬のなくのも関東の鴬かきいてあはせる。これと云が理に根ざしてすること故、同類でないものはまつられぬ。
【解説】
上蔡の鬼神の語は、祭の道理を言い抜いた上に事実までもがこもっている。汪徳輔が、「旁親及子」は自分と一気なので祭るのが当然だが、妻と外親は自分とは一気でないからどうしたものかと尋ねた。上蔡は、祭は精神魂魄で気から受けるものだから、祭るべき筋、祭るべきものを祭れば響くと答えた。
【通釈】
「祖考精神便是自家精神」。上蔡が鬼神のことを言うのは手柄なことだと言うのもこの語などがあるからのこと。祭の道理を言い抜き、事実までもこもっている。道理が的切でも事実に抜けがあってはならない。事実ばかりではない。親の精神をこちらが持っている。親子の体が別なので、痛い痒いは別なのだが、祭には一気で感ずる。「祭旁親及子」。叔父や従弟の跡継ぎのない者。一工夫した立て方の問いである。親の肉を分けた者ばかりではない。妻及び外親はと言う。外親は祭らないものだが、実体によってあることもある。郡国夫人の故事もあり、また、そうでなくても焼香などをするのも小祭の内である。これがない場合は心の誠ばかりで、一気は続かないではないかと言う。いや、祭はそういうことでなく、精神魂魄で気から受けること。とかく祭るべき筋、祭るべきものというのが大事である。祭るべきを祭れば響く。○「従一源之中流出」。何でも人の気というのは一元の気で貫いたもの。そこで響いてある。上方の鴬が鳴いても関東の鴬が聞いて合わせる。これが理に根差してすることなので、同類でない者は祭ることはできない。
【語釈】
・郡国夫人…


問人祭祖先條
72
問、人祭祖先、是以己之精神去聚彼之精神、可以合聚。蓋爲自家精神便是祖考精神、故能如此。諸侯祭因國之主、與自家不相關、然而也呼喚得他聚。蓋爲天地之氣、便是他氣底母、就這母上聚他、故亦可以感通。曰、此謂無主後者、祭時乃可以感動。若有主後者、祭時又也不感通。用之曰、若理不相關、則聚不得他。若理相關、則方可聚得他。曰、是如此。又曰、若不是因國、也感他不得。蓋爲他元是這國之主、自家今主他國土地、他無主後、合是自家祭他、便可感通。
【読み】
問う、人の祖先を祭る、是れ以て之の精神を己にし、彼の精神を聚め去き、以て合聚す可し。蓋し自家の精神は便ち是れ祖考の精神なるが爲に、故に能く此の如し。諸侯の國に因るの主を祭るは、自家と相關せず、然して也た得て他を呼喚し聚む。蓋し天地の氣は、便ち是れ他の氣底の母なるが爲に、這の母上に就き他を聚む、故に亦以て感通す可し。曰く、此れ主後無き者を謂い、祭る時は乃ち以て感動す可し。若し主後有る者は、祭る時又也た感通せず。用之曰く、若し理相關せざれば、則ち他を聚め得ず。若し理相關せば、則ち方に他を聚め得可し。曰く、是れ此の如し。又曰く、若し是れ國に因らざれば、也た他を感じ得ず。蓋し他は元是れ這の國の主、自家は今他の國の土地を主とし、他は主後無く、是れ自家の他を祭るを合するが爲に、便ち感通す可し。

諸侯国内の主を祭るのこと。このさきに委くある。昔つぶれた大名のほこらが其領内にあると、それを祭ること。此章、上の條のうらはらぞ。それて上の条もすむ。聞人が天地の一氣であるから感格があることかとなり。さう云と非其鬼而祭之諂也もつぶるる。○此言無主後者。祭りてのあるに吾取りて祭らふはづはない。土井侯の墓が今唐津にあるが、今はやはり古河侯の祭るなり。そこで感格はある。唐津の領主は国にあるとても祭らぬ。主後のないときは祭りたらひびかふぞとなり。寺澤などをは祭りてもひびくべし。此編集が上の條のたらぬ処を此條の問でたっふりとすまし、又、答のすじ合て云残してあるも爰で又云ぬいたを出したことなり。○理相関ると云は、祭りてのないときにはこちで祭ることを云。因国と云は国が因縁になる。ぞの国をとればと云こと。因襲のことなり。
【解説】
諸侯が国内の主を祭る時、それに祭り手があれば祭り手が祭るべきだから祭らない。祭り手がなければ諸侯が祭る。
【通釈】
諸侯が国内の主を祭る時のこと。この先に委しくある。昔潰れた大名の祠がその領内にあり、それを祭ること。この章は上の条の裏腹で、これで上の条も済む。聞く人が天地は一気であるから感格があることかと尋ねた。その様に言えば「非其鬼而祭之諂也」も潰れる。○「此謂無主後者」。祭り手がいるのに自分が取って祭る筈はない。土井侯の墓が今唐津にあるが、今はやはり古河侯が祭る。そこで感格がある。唐津の領主は国にいても祭らない。主後のない時は祭れば響くだろうと言う。寺沢候などをは祭っても響くだろう。この編集が上の条の足りない処をこの問いでたっぷりと済まし、また、答えの筋合いで言い残してあったものもここで言い抜いた。○「理相関」は、祭り手のない時にはこちらで祭ることを言う。「因国」は国が因縁になる。その国を取ればということ。因襲のこと。
【語釈】
・非其鬼而祭之諂也…論語為政24。「子曰、非其鬼而祭之、諂也。見義不爲、無勇也」。
・土井侯…唐津藩主。
・古河侯…唐津の土井家が国替で古河藩主となる。
・寺澤…唐津初代藩主。


問天地山川條
73
問、天地山川是有箇物事、則祭之其神可致。人死氣已散。如何致之。曰、只是一氣。如子孫有箇氣在此、畢竟是因何有此。其所自來、蓋自厥初生民氣化之祖相傳到此。只是此氣。問、祭先賢先聖如何。曰、有功德在人、人自當報之。古人祀五帝、只是如此。
【読み】
問う、天地山川是れ箇の物事有れば、則ち之を祭るに其の神を致す可し。人死ねば氣已に散る。如何に之を致さん。曰く、只是れ一氣なり。子孫の如き、箇の氣此に在る有り、畢竟是れ何に因りて此れ有る。其の自ら來る所は、蓋し厥の初生民の氣化の祖より相傳え此に到る。只是れ此の氣なり。問う、先賢先聖を祭るは如何。曰く、功德人に在る有り、人自ら當に之に報うべし。古人の五帝を祀る、只是れ此の如し。

天地山川は遠いものなれともありものでするが、人の鬼はみへぬもの。夫をするはどうしたあやぞとなり。朱子の一氣が續てあるとなり。今日の処は文義ばかりざっとよむが、向の條で此男のみへた々々々と云もすむ。からだをもちつづけたは先祖あるからのこと。○其初生民氣化之祖。某なとはやう々々五代さきを知たぎりだが、天地の始めぼうふりのわいたやふなときからの祖がある。それが今までつづく。○先垩先師。天地山川は物がきっかりあり、先祖は一氣でつづいてをるが先垩は如何となり。先垩は孔子、先賢は十哲から曽子子思孟子、朱子のときには周程張も合食するが垩賢の師思のをもいと云ことでなく、功德のあるゆへぞ。医者の神農講もきこへた。誠さへあれは祭るすべはある。
【解説】
人が先祖を祭るのは一気が続いているからだと朱子は言う。天地の始めから自分の祖がある。先聖賢を祭るのは、功徳があるからである。それは、医者が神農を祭るのと同じである。
【通釈】
天地山川は遠いものだが、あるから祭るが、人の鬼は見えないもの。それを祭るのはどうした綾かと言う。朱子が、一気が続いているからだと言った。今日の処は文義ばかりをざっと読むが、向こうの条でこの男が見えたと言うのもこれで済む。体を持ち続けたのは先祖があるからのこと。○「其初生民気化之祖」。私などは漸く五代前までを知るだけだが、天地の始め、ぼうふらの湧く様な時からの祖がある。それが今まで続く。○「先聖先賢」。天地山川は物がはっきりとあり、先祖は一気で続いているが先聖は如何と言う。先聖は孔子、先賢は十哲から曾子子思孟子、朱子の時には周程張も入るが、聖賢の師を思うことが重いということでなく、功徳があるからである。医者の神農講もよくわかる。誠さえあれは祭る術がある。
【語釈】
・神農講…神農祭。漢方医が冬至の日に医薬の祖として神農氏を祀り祝うこと。


因言鬼神無條
74
因言、鬼神有無、聖人未嘗決言之。如言、之死而致死之、不仁。之死而致生之、不知。於彼乎、於此乎之類、與明道語上蔡、恐賢問某尋之意同。問、五廟、七廟遞遷之制、恐是世代浸遠、精爽消亡、故廟有遷毀。曰、雖是如此、然祭者求諸陰、求諸陽、此氣依舊在。如嘘吸之、則又來。若不如此、則是、之死而致死之也。蓋其子孫未絶、此氣接續亦未絶。又曰、天神、地祇、山川之神、有此物在、其氣自在此、故不難曉。惟人已死、其事杳茫、所以難説。○六十三下同。
【読み】
因りて言う、鬼神の有無、聖人は未だ嘗て之を決言せず。死に之きて之を死と致すは、不仁。死に之きて之を生と致すは、不知。彼に於いてか、此に於いてかを言わざるの類の如き、明道の上蔡に語るに、恐らくは賢、某に問い尋ねるの意と同じ。問う、五廟、七廟遞に遷るの制、恐らくは是れ世代浸遠、精爽消亡す、故に廟に遷毀有り。曰く、是れ此の如しと雖も、然れども祭る者は諸を陰に求め、諸を陽に求め、此の氣舊に依りて在り。之を嘘吸すれば、則ち又來るが如し。若し此の如くならざれば、則ち是れ、死に之きて之を死と致すなり。蓋し其の子孫未だ絶えざれば、此の氣接續して亦未だ絶えず。又曰く、天神、地祇、山川の神は、此の物在る有り、其の氣自ら此れ在り、故に曉り難からず。惟人已に死ねば、其の事杳茫、説き難き所以なり。○六十三下同。

垩人が鬼神のことを决言せぬは鬼神知りゆへぞ。医者の藥袋に藥名かくやうにはされぬ。形ないから决言せぬ。决言せぬか鬼神の鬼神たる処ぞ。○致死。あまり死だにしすきる。祭りでも上け物に手はつかぬと云。致生はあまり生きたにしすぎる。さぞ御不自由で有ふ。寒からふとてわた入れを墓へ埋る。盃へ酒をついだにびり々々すると云。生きすぎる。あの侮而不倦の孔子がかた付けぬをみよ。於彼乎於此乎は郊特牲の語なり。御老中はみほしをつけて、今とれまで御出と云が鬼神のごさる処。きっかけがないなれとも、この於彼乎於此乎で誠をもこのたことぞ。そこと云塲処の知れぬをこちの誠心て感通が成る。心誠求之も感通と云ことにみらるることぞ。赤子かなくが母の心が誠ゆへ、なんで泣くとかぎつける。来挌も於彼乎於此乎と云て孝子の祭祀の心ぞ。
【解説】
「因言、鬼神有無、聖人未嘗決言之。如言、之死而致死之、不仁。之死而致生之、不知。於彼乎、於此乎之類、與明道語上蔡、恐賢問某尋之意同」説明。聖人は鬼神をよく知っているから鬼神のことを決言しない。「致死」も「致生」も言い過ぎた語である。誠心で感通する。
【通釈】
聖人が鬼神のことを決言しないのは鬼神をよく知っているからである。医者の薬袋に薬名を書く様にはしない。形がないから決言しない。決言をしないのが鬼神の鬼神たる処である。○「致死」。あまりに死んだことにし過ぎる。祭でも上げ物に手は使わないと言う。「致生」はあまりに生きたことにし過ぎる。さぞ御不自由だろう。寒いだろうと綿入れを墓へ埋める。盃へ酒を注げばびりびりとすると言う。生き過ぎる。あの「誨而不倦」の孔子が片付けないのを見なさい。「於彼乎於此乎」は郊特牲の語である。目星を付けて、御老中は今何処まで御出と言うのが鬼神のおられる処。切っ掛けはないが、この於彼乎於此乎で誠をもこもったこと。そこという場処の知れないのを、こちらの誠心で感通が成る。「心誠求之」も感通ということに見ることができる。赤子が泣いても母の心が誠なので、何で泣くのかと嗅ぎ付ける。来格も於彼乎於此乎と言うので孝子の祭祀の心となる。
【語釈】
・侮而不倦…論語述而2。「子曰、默而識之、學而不厭、誨人不倦。何有於我哉」。
・於彼乎於此乎…礼記上郊特牲。「不知神之所在、於彼乎、於此乎、或諸遠人乎」。
・心誠求之…大学章句9。「康誥曰、如保赤子。心誠求之、雖不中不遠矣。未有學養子而后嫁者也」。

○祭ればどこ迠もひびくからはいつ迠も祭るはづだに、七廟の五廟のとする。その外は遷したりつぶしたりする。これがそろ々々消亡する。朝鮮人参の氣のぬけるやふになるからうつすかとなり。遷は、父の神主が立ては前に穪で有たが祖になり、祖か曽祖になること。毀は服尽りの祖を夾室に入るること。○曰如此と云ても、精爽の氣がぬけたからと云ことではない。天子は七、諸侯五は礼でさうじゃ。こなたのやふに消亡で云と氣のぬけた藥をつめかへるになる。百年すぎても祭れは氣は聚る。消てじまふではない。誠がありて理通りにすると生民の始祖も感ずる。
【解説】
「問、五廟、七廟遞遷之制、恐是世代浸遠、精爽消亡、故廟有遷毀。曰、雖是如此、然祭者求諸陰、求諸陽」の説明。廟は七廟や五廟とするのは祖の気が抜けるからかとの問いに、それは礼で決まったことであり、気は消えるものではなく、百年過ぎても祭れば気は聚まると答えた。
【通釈】
○祭れば何処までも響くのだからいつまでも祭る筈なのに、七廟、五廟とする。その外は遷したり潰したりする。これはそろそろと消亡するからで、朝鮮人参が気の抜ける様になるから遷すのかと尋ねた。「遷」とは、父の神主が立てば前に称えてあったのが祖になり、祖が曽祖になること。「毀」は服の尽きた祖を夾室に入れること。○「曰如此」と言っても、精爽の気が抜けたからということではない。天子は七、諸侯が五は礼で決まったこと。貴方の様に消亡で言うと気の抜けた薬を詰め替えることになる。百年過ぎても祭れば気は聚まる。消えてしまうのではない。誠があって理通りにすると生民の始祖も感ずる。
【語釈】
・天子は七、諸侯五…礼記上王制。「天子七廟、三昭三穆、與大祖之廟而七。諸侯五廟、二昭二穆、與大祖之廟而五。大夫三廟、一昭一穆、與大祖之廟而三。士一廟。庶人祭於寢」。

○此氣依舊在。如呼吸之、則又来。朱子のさっと云れたことなれとも、これほどに氣の妙を知たでなくては感通のあやはすまぬ。感通か氣をふっと吹くと又来ると同しことじゃと。三宅先生の、江河浩々日夜不已、前波生後波一條連綿の水と書出されたも爰らてみてとりたもの。接續と云がからだのあるうちは来挌すること。根のあるうちは芽は出る。来挌は先祖なれとも、一氣を云へば吾か子の生るるも同し意ぞ。○天神地祗山川の神。不断は思ひもかけぬ冨士山や大井川なれとも、有りものじゃ。西行が詠めたときの、業平の鹿子まだらよんだときの、それが今もずっしとしてあるから、あのあるものをつかまへて霊も有らが、只人のがむつかしい。佛者がまけたりくさらかしたりするが、鬼神は有るか其人の鬼神がどこで云あてもなくすみにくい。さうたい天地よりは人の身に付た道理はすみよいものじゃが、鬼神のことは却て人の方の鬼神がすみにくいとなり。
【解説】
「此氣依舊在。如嘘吸之、則又來。若不如此、則是、之死而致死之也。蓋其子孫未絕、此氣接續亦未絕。又曰、天神、地祇、山川之神、有此物在、其氣自在此、故不難曉。惟人已死、其事杳茫、所以難説」の説明。感通は呼吸の様なもので、気をふっと吹くとまた来るのと同じことだと言う。富士山や大井川は見ればあることがわかるが、人の鬼神は当て所がないので済み難い。
【通釈】
○「此気依旧在。如呼吸之、則又来」。朱子がざっと言われたことだが、これほどに気の妙を知るのでなくては感通の綾は済まない。感通は、気をふっと吹くとまた来るのと同じことだと言う。三宅先生が、「江河浩々日夜不已、前波生後波一条連綿之水」と書き出されたのもここ等で見て取ったもの。「接続」は、体のある内は来格するということ。根のある内は芽が出る。来格は先祖だが、一気を言えば我が子の生まれるのも同じ意である。○「天神地祗山川之神」。普段は思いも掛けない富士山や大井川だが、それはあるもの。西行が詠んだ時、業平が鹿の子斑を詠んだ時のそれが、今もずっしりとしてあるから、あのあるものを掴まえて霊もあるだろうが、ただ人が難しい。仏者が曲げたり腐らかしたりするが、鬼神はあるが、人の鬼神が何処と言う当てもなくわかり難い。総体、天地よりも人の身に付いた道理は済みよいものだが、鬼神のことは却って人の方の鬼神が済み難いと言う。
【語釈】
・鹿子まだら…伊勢物語。「時知らぬ山は富士の嶺いつとてか。鹿の子斑に雪の降るらん」。