或問顔子條  四月十六日
【語釈】
・四月十六日…寛政5年(1793年)4月16日。

75
或問、顏子死而不亡之説、先生既非之矣。然聖人制祭祀之禮、所以事鬼神者、恐不止謂但有此理。須有實事。曰、若是見理明者、自能知之。明道所謂、若以爲無、古人因甚如此説。若以爲有、又恐賢問某尋。其説甚當。
【読み】
或るひと問う、顏子死して亡びずの説、先生既に之を非とす。然るに聖人祭祀の禮を制する、以て鬼神に事える所の者は、恐らくは止に但此の理有ると謂うにあらず。須らく實事有るべし。曰く、若し是れ理を見て明なる者は、自ら能く之を知る。明道謂う所の、若し以て無と爲せば、古人甚に因りて此の如く説かん。若し以て有と爲せば、又恐らくは賢の某に問い尋ねん。其の説甚だ當れり。

死而不亡之説は揚亀山の説ぞ。先生非之とは中庸十七章の或問に辨してあり、亀山の顔子たけ挌段と云やうに云れても、どうしても不亡と云が御馳走にはならぬ字ぞ。亡ぬと云字か好む字ではない。それが先生も非となされたが、問手の意が、顔子にも限らす鬼神は亡ぬと云実事てなけれは親切にない。不亡之説はわるいにしても、亡ぬと云にするわけも一つ有りふこととなり。一つ工夫したよい問じゃ。曰、若是見理云云。問とはなれく答のようなれとも、有と云ても吃と有てもなく、無と云ても丸にないともさしぬ。そこであとへ明道のが出て来た。これが鬼神のことをよく呑こんだ上蔡にあの明敏な程子とのかけ合ゆへ、せそはなしを答られた。これまて垩賢鬼神と云はるるからは、無と云ても合点しやるまい。有ると云たらこなたどこにあると尋ふと云れた。有とも無とも片の付ぬ前か鬼神の鬼神たる処じゃ。こんな処は理が明になると知れてくる。程子不出来なやつじゃが其當れりじゃ。孔子も不知生焉知死不能事生焉能事鬼。これも云はあれしゃぞ、甚當れりじゃ。よく答のついたことぞ。
【解説】
楊亀山の「死而不亡之説」は亡と言うのが悪い。鬼神が亡びないと言うのは実事で言わなければ親切でない。鬼神があるとかないとかと片付ける前が鬼神の鬼神たる処である。
【通釈】
「死而不亡之説」は楊亀山の説である。「先生非之」とは、中庸十七章の或問に弁じてある。亀山が顔子だけが格段という様に言われるが、どうしても不亡というのが御馳走にはならない字である。亡という字が好きな字ではない。それで先生も非となされたが、問い手の意が、顔子にも限らず鬼神は亡びないという実事でなければ親切でない。不亡之説は悪いにしても、亡びないとするわけも一つあるだろうと言う。一つ工夫したよい問いである。「曰、若是見理云云」。問いと離れた答えの様だが、あると言ってもきっとあるのでもなく、ないと言っても丸でないともできない。そこで後に明道の語が出て来た。これが鬼神のことをよく飲み込んだ上蔡にあの明敏な程子との掛け合いなので、急いた話を答えられた。これまで聖賢鬼神と言われるからは、ないと言っても合点はしないだろう。あると言えば貴方は何処にあると尋ねるだろうと言われた。あるともないとも片付けない前が鬼神の鬼神たる処である。こんな処は理が明になると知れて来る。程子が、不出来な奴だが「甚当」である。孔子も「不知生焉知死不能事生焉能事鬼」と言った。これも言わばあれで、甚当である。よく答えの付いたこと。
【語釈】
・不知生焉知死不能事生焉能事鬼…論語先進11。「季路問事鬼神。子曰、未能事人。焉能事鬼。敢問死。曰、未知生、焉知死」。


祭祀之感挌條
76
祭祀之感格、或求之陰、或求之陽、各從其類、來則倶來。然非有一物積於空虚之中、以待子孫之求也。但主祭祀者既是他一氣之流傳、則盡其誠敬感格之時、此氣固寓此也。三。
【読み】
祭祀の感格、或いは之を陰に求め、或いは之を陽に求め、各々其の類に從い、來れば則ち倶に來る。然るに一物有りて空虚の中に積み、以て子孫の求めを待つに非ず。但祭祀を主とする者は既に是れ他の一氣の流傳なれば、則ち其の誠敬を盡くし感格するの時、此の氣は固より此に寓す。三。

従類。文言傳の文字。雲従龍風従虎。氣類でつくこと。○非有心物。死者の氣が空虚の中につむと云がない字そ。俵をかさ子たやうにはないはづ。そんならまんざらないかと云に、祭祀をするものが其人の子孫ゆへ、そこへうつりやすい。誠敬さへあればそこへよる。手もなくやどるぞ。いまはやからだはかりが統をついたではない。呼吸がついでをる。吾生れたときの呼吸が生きてをる中は百年もつづく。其呼吸する中で子も孫も出生する。親のを生きうつしに持つづけた水入らずの物ゆへ感する。
【解説】
死者の気は空虚の中に積まれてあるのではないが、それはあるもの。統を継いだ者は呼吸が継いでいるので感格する。
【通釈】
「従類」。文言伝の文字。「雲従龍、風従虎」。気類で付くこと。○「非有心物」。死者の気が空虚の中に積むというのがあり得ない字である。俵を重ねた様にはない筈。それなら満更ないかと言えば、祭祀をする者がその人の子孫なので、そこへ移り易い。誠敬さえあればそこへ寄る。手もなく宿る。今早体だけが統を継いだのではない。呼吸が継いでいる。自分の生まれた時の呼吸が生きている内は百年も続く。その呼吸する中で子も孫も出生する。親のを生き写しに持ち続けた水入らずの者なので感ずる。
【語釈】
・従類…易経乾卦文言伝。「九五曰、飛龍在天、利見大人、何謂也。子曰、同聲相應、同氣相求。水流濕、火就燥。雲從龍、風從虎、聖人作而萬物覩。本乎天者親上、本乎地者親下。則各從其類也」。


答王子合條
77
答王子合書曰、幽滯之魄終歸於盡。以此論伯有爲厲之事、則可矣。然亦須兼魂魄而言、不可專指幽陰也。若論魂魄之正、則便只是陰陽元非他物。若天地之陰陽無窮、則人物之魂魄無盡、所以誠意所格有感必通。尤不得專以陰滯未散、終歸於盡爲説矣。文集四十九。
【読み】
王子合に答うる書に曰く、幽滯の魄は終に盡に歸す。此を以て伯有の厲を爲すの事を論ずるは、則ち可なり。然るに亦須らく魂魄を兼ねて言うべく、專ら幽陰を指す可からず。若し魂魄の正を論ずれば、則ち便ち只是れ陰陽は元他物に非ず。若し天地の陰陽に窮まり無ければ、則ち人物の魂魄も盡きる無く、誠意の格る所感ずる有りて必ず通ずる所以なり。尤も專ら陰滯未だ散らず、終に盡に歸すを以て説を爲すを得ざるなり。文集四十九。

幽滞の魄は幽灵ぞ。彼の白装束の方ぞ。これか三百六十日は云ぬもの。皈尽後は跡かたもないといふが、是が伯有為厲。幽灵はなしのときにはよいなれとも、生きたときが魂魄二つゆへ、死後も魄と斗りは云れぬ。魂魄かもどって出る。○非他物。終尽るに皈すは、ないものの出たのじゃ。肝をつぶすと後はなくなる。それとも魂魄にちがいないからは、正鬼神を云ときも魂魄にちがいない筈。外のものではない。隂陽じゃ。隂陽無尽。帷子きるうちはや綿入の仕度。又是迠春てありたかはや夏じゃ。理の主宰することゆへつきぬからは、魂魄ものたることはない。ばけものは睨める。先祖は大事にするが、どちも魂魄にちがいはない。惣体を尽るに皈すと斗り云と、先祖の氣も年久しけれはない。のけるになる。此條をつつめて云ときに、先祖を幽灵あしらひに皈尽云ばわるいと云こと。
【解説】
化け物も先祖も魂魄に違いはない。魂魄は陰陽だから尽きることはない。そこで、尽きるに帰すと言うのは悪い。
【通釈】
「幽滞之魄」は幽霊のこと。あの白装束の方のこと。これが三百六十日は言わないもの。「皈尽」の後は跡形もないと言うが、これが「伯有為厲」などの幽霊話の時にはよいが、生きている時は魂魄の二つなので、死後も魄とばかりとは言えない。魂魄が戻って出る。○「非他物」。終に尽きるに帰すとは、ないものが出たのである。肝を潰すと後はなくなる。それも魂魄に違いはないから、正鬼神を言う時も魂魄に違いはない筈。外のものではない。陰陽である。「陰陽無尽」で、帷子を着る内に早くも綿入れの仕度である。また、これまで春だったが、早くも夏である。理の主宰することなので尽きないからは、魂魄も野垂れることはない。化け物は睨み、先祖は大事にするが、どちらも魂魄に違いはない。総体、尽きるに帰すとばかり言うと、先祖の気も年久しければないものとし、除けることになる。この条を縮めて言えば、先祖を幽霊あしらいにして、尽きるに帰すと言うのは悪いということ。


問死者精神條
78
問、死者精神既散、必須生人祭祀、盡誠以聚之、方能凝聚。若相奪予享事、如伊川所謂、別是一理否。曰、他夢如此、不知是如何。或是他有這念、便有這夢、也不可知。語類三下同。
【読み】
問う、死者精神既に散れば、必ず生人は祭祀し、誠を盡くし以て之を聚むるを須いて、方に能く凝聚す。相予が享を奪う事の若きは、伊川謂う所の、別に是れ一理の如くなるや否や。曰く、他の夢此の如き、知らず、是れ如何。或いは是れ他の這の念有れば、便ち這の夢有るも、也た知る可からず。語類三下同。

死た先祖の氣は散ても生人の氣て聚と云は祭祀のこと。これまでたび々々ありたこと。若相奪予享事。左傳僖公三十一年。衛の君が先祖の康叔を夢みる。吾を祭りたれば夏公相か、をしが祭を奪ふたと夢に見た。だたい衛か夏后相の苟。相は禹王の孫。このことを伊川が、是はぞんなことじゃと云た。此の別に是一理が二程全書には見へぬが、朱子のころ迠はあの書にない。二程の詞が傳へてありたであらふ。此夢がどうして来たものか、有々と夏后相か枕神に立たなぞと云か合点のゆかぬことじゃ。ついに見たこともない人だが、此国があの衆の国じゃと不断胸にあるから見たもしれぬ。
【解説】
生きた人の気で死んだ祖先の気を聚めることはできる。「相奪予享」も普段からこの国が夏后相の国だったことを知っていて夢見たのかも知れない。
【通釈】
死んだ先祖の気は散っても生人の気で聚まるというのは祭祀のこと。これまで度々あったたこと。「若相奪予享事」。左伝僖公三十一年。衛の君が先祖の康叔を夢に見た。彼を祭ると夏公相が、わしの祭を奪ったと言うと夢に出た。そもそも衛は夏后相の苟。相は禹王の孫。このことを伊川が、これは別なことだと言った。この「別是一理」が二程全書には見えないが、朱子の頃まではあの書にない。二程の言葉が伝わってあったのだろう。この夢がどうして来たものか、ありありと夏后相が枕神として立ったなどというのが合点の行かないことだ。全く見たこともない人だが、この国があの衆の国だと不断胸にあるから見たのかも知れない。
【語釈】
・相奪予享…春秋左伝僖公31年。「冬。狄圍衛、衛遷于帝丘。卜曰、三百年。衛成公夢康叔曰、相奪予享。公命祀相。甯武子不可。曰、鬼神非其族類、不歆其祀。杞鄫何事。相之不享、於此久矣。非衛之罪也。不可以間成王周公之命祀、請改祀命」。
・夏公相…夏の5代目の帝。帝中康の子で、帝少康の父。后羿の家臣である寒澆によって殺される。


問死者魂氣既散條
79
問、死者魂氣既散、而立主以主之、亦須聚得些子氣在這裏否。曰、古人自始死、弔魂復魄、立重設主、便是常要接續他些子精神在這裏。古者釁龜用牲血、便是覺見那龜久後不靈了、又用些子生氣去接續他。
【読み】
問う、死者の魂氣既散じれば、而して主を立て以て之を主とし、亦些子の氣を聚め得て這の裏に在るを須つや否や。曰く、古人始めて死ぬより、魂を弔い魄を復し、重を立て主を設けるは、便ち是れ常に他の些子の精神を接續し這の裏に在るを要す。古者の龜に釁り牲血を用いるは、便ち是れ那の龜久しき後靈ならずして了るを覺見し、又些子の生氣を用い他を接續し去く。

魂魄が散れば人は死ぬが、其散った氣を主を作てそこへとめるかとの問。○古人始死云云。始死は今息を引取たと云ときのこと。弔魂復魄。出処の有そうな字で、古書ともみへぬ。爰て云たこととみへる。魂を弔ふはよびかへすこと。それに弔の字つかふはをいたましやと云て問たづ子る意。玉よはいのことぞ。魄に玉よばひはないか、弔魂と上にあるから文を互にしたこととみゆ。重と云衣で復ひしたのを重の木へうつしたを云。朱子のときには魂帛と云。帛を巻てつくる。設主とは重の木へとめた氣を葬の日に又神主へうつすぞ。これか復ひした衣から重へ、重から神主へととめく氣をうつし々々々、一寸の間もとぎれずひやさぬやうに氣をもちつづけとめること。神主にかぎらす、亀にもそうしたこと有る。亀とは臧文中居祭の通り、か子て設けをく。卜をするときが一寸したことで、亀のとはせぬ。卜のことが一大事なこと。それに生氣甲斐なくではわるい。夫ゆへ血ぬると云ことありて、生き物にするためなり。一大事を天へ伺ふたときに用ることゆへ、干からびた亀の甲ではならぬ。そこで血ぬりて生氣を用るぞ。○接續他些子精神。祭のとき遺衣服を出す。上下の此しみが祖父様の屠蘓酒をこぼしたしみじゃと云。其しみが生氣のとまる処。手あかの付た大学にこれをばたび々々よまれたと云。其手澤が祭の御馳走になる。祭りはいささかの処に大事のあること。知つりな男が何んにと云。ひやすと妙が失せる。
【解説】
人が死んだら主を立てるかとの問いに、朱子は、「弔魂復魄、立重設主」で、気を途切れさせず冷やさない様にすると言った。それで、亀で卜すにも血を塗るのである。また、古人の衣服や手沢など、些かのところが生気の止まる処である。
【通釈】
魂魄が散れば人は死ぬが、その散った気を、主を作ってそこへ留めるかとの問いである。○「古人始死云云」。「始死」は今息を引き取ったという時のこと。「弔魂復魄」。出処のありそうな字で、古書からとも見えない。ここで言ったことことと見える。魂を弔うとは呼び返すこと。それに弔の字を使うのはお傷ましいと言って問い尋ねる意である。魂呼ばいのこと。魄に魂呼ばいはないが、弔魂と上にあるから文を互いにしたことと見える。「重」とは、衣で復びしたのを重の木へ移すことを言う。朱子の時には魂帛と言う。帛を巻いて作る。「設主」とは。重の木へ留めた気を葬の日にまた神主へ移すこと。これが復びした衣から重へ、重から神主へと留めた気を移して、一寸の間も途切れず冷やさない様に気を持ち続け留めること。神主に限らず、亀にもそうしたことがある。亀とは蔵文中の居祭の通り、兼て設けて置く。卜する時が一寸したことで、亀のこととはしない。卜のことが一大事なこと。それに生気が甲斐なくでは悪い。そこで、血を塗るということがあって、それは生き物にするためである。一大事を天へ伺う時に用いることなので、干乾びた亀の甲ではならない。そこで血を塗って生気を用いる。○「接続他些子精神」。祭の時に遺衣服を出す。裃のこの染みが祖父様の屠蘇酒をこぼした染みだと言う。その染みが生気の止まる処。手垢の付いた大学を、これを度々読まれたと言う。その手沢が祭の御馳走になる。祭には些かの処に大事がある。知吊りな男が何それがと言う。冷やすと妙が失せる。
【語釈】
・玉よはい…死者の魂を呼びもどす儀式。死者があると屋根に登って、大声でその名を呼ぶ習俗が広く行われていた。招魂。
・臧文中…論語衛霊公13。「子曰、臧文仲、其竊位者與。知柳下惠之賢、而不與立也」。


問謝氏謂祖考條
80
問、謝氏謂、祖考精神、便是自家精神、如何。曰、此句已是説得好。祖孫只一氣、極其誠敬、自然相感。如這大樹。有種子下地、生出又成樹。便即是那大樹也。六十三下同。
【読み】
問う、謝氏謂う、祖考の精神は、便ち是れ自家の精神、如何。曰く、此の句已に是れ説き得て好し。祖孫は只一氣、其れ誠敬を極め、自然と相感ず。這の大樹の如し。種子有りて地に下り、生出して又樹と成る。便ち即ち是れ那の大樹なり。六十三下同。

祖考精神語が肉でもちつづけた処をよく云た。なるほど先祖遠いこと。某など高祖と云でもはや百四五十年になる。其呼吸がやっぱりをれが今ついてをる。其さきの祖までもこれで何代さきの知れぬても、今其息をついではをる。精神のつづくと云が見る見ぬには限らぬことぞ。祖父に可愛がられたの、皃をみたのと云はいよ々々よいが、其やふに見覚たのでなくとも息はつづいてをる。天地もそれぞ。天地ひらけてから今迠一とつづき。一條連綿の水ぞ。生民の祖も爰てすむことぞ。吾から父母、それから祖とたん々々推すと氣化の祖までととくぞ。親子は一氣ゆへ、子は可愛ひ。親の目に露がふるとは云が、子の勘當もするなれは、氣のつづき絶たとは云れぬ。連綿だから感する。下の種の譬が自然なことしゃ。梅の種うえると同し梅がはへ、実を結ぶ。子に違はない。犬などが此毛色ではたしかにあの犬の子と知るる。是からみれば人の遠祖が知るる筈じゃか、理一では推されるが、分殊になってからは百代まへの祖ゆへ、又では却て親切でない。木の譬はくるいはない。返て親切ぞ。此方の屋鋪に何夲有ふとも、隣から貰った木は花も実もなりが別じゃと云が、きっとみへるで親切なり。理の正直なりで氣が眞すぐにとをる。
【解説】
先祖の呼吸を自分が継ぐ。謝氏は祖考精神は自家の精神であると言った。それは天地開闢以来、一条連綿である。これには木のたとえがよい。大樹の種から大樹ができる。
【通釈】
「祖考精神」の語が肉で持ち続けた処をよく言っている。なるほど先祖は遠いこと。私などの高祖も早くも百四五十年になる。その呼吸をやはり俺が今継いでいる。その先の祖までもが、これで何代先の知れない者をも、今その息を継いでいる。精神の続くというのが見る見ないには限らないこと。祖父に可愛がられたとか、顔を見たというのはいよいよよいが、その様に見覚えたのでなくても息は続いている。天地もそれ。天地が闢けてから今までが一続き。一条連綿の水である。生民の祖もここで済むこと。自分から父母、それから祖と段々に推すと気化の祖まで届く。親子は一気なので子は可愛い。親の目に露が降ると言い、子を勘当もするが気は続き、絶えたとは言えない。連綿だから感ずる。下の種のたとえが自然なこと。梅の種を植えると同じ梅が生え、実を結ぶ。子に違いはない。犬などがこの毛色なら確かにあの犬の子だとわかる。これから見れば人の遠祖がわかる筈だが、理一では推せるが、分殊になってからは百代前の祖なので、「又」では却って親切でない。木のたとえは狂いはない。却って親切である。自分の屋敷に何本あったとしても、隣から貰った木は花も実もできが別だというところがはっきりと見えるので親切である。理の正直な通りに気が真っ直ぐに通る。


淳因挙謝氏條
81
淳因舉謝氏、歸根之説。先生曰、歸根本老氏語、畢竟無歸。這箇何曾動。問、性只是天地之性。當初亦不是自彼來入此、亦不是自此往歸彼。只是因氣之聚散、見其如此耳。曰、畢竟是無歸。如月影映在這盆水裏、除了這盆水、這影便無了。豈是這影飛上天去、歸那月裏去。又如這蕐落、便無了、豈是歸去那裏。明年復來生這枝上。問、人死時、這知覺便散否。曰、不是散、是盡了。氣盡則知覺亦盡。
【読み】
淳因りて謝氏の、根に歸すの説を舉ぐ。先生曰く、根に歸すは本老氏の語、畢竟歸すること無し。這箇何ぞ曾て動かん。問う、性は只是れ天地の性。當初亦是れ彼より來たり此れに入らず、亦是れ此れより往きて彼に歸せず。只是れ氣の聚散に因りて、其れ此の如きを見るのみ。曰く、畢竟是れ歸すこと無し。月影映をし這の盆水の裏に在るが如き、這の盆水を除了すれば、這の影は便ち無き了る。豈是れ這の影天に飛上し去り、那の月裏に歸し去らん。又這の蕐落、便ち無し了るが如き、豈是れ那の裏に歸去せん。明年復來て這の枝上に生ぜん。問う、人の死ぬ時、這の知覺は便ち散るや否や。曰く、是れ散らずんば、是れ盡くし了る。氣盡くせば則ち知覺亦盡く。

謝上蔡、摧仆而皈根を云た。朱子のいやな語と云れた。これをは云ひやうのわるいと云迠のこと。鬼神の説には手柄の有る。謝氏鬼神にとりちがいはない。知覚で仁をといたはちっと見処が違たか、鬼神の説には違はないことなり。ただし云やうのわるいのぞ。皈根はもと老子の云たことじゃ。それをつれて来て云た。朱子の畢竟無皈のれぎりて散る。もとの穴へ這入るやうなことはない。残暑がさったの、餘寒かなくなったのと云ても本との土用の中、大寒の中へ戻ったと云ことではない。何ぞ動んや、動はせぬ。今来た人の宿へ皈ったやふなことはない。わやうなことは形而以下のこと。天地のもどうやら去年の寒か来たやふにみへるが、天地はつかいずてなり。直方先生の、今朝の潮が又来ると云ではないとなり。川端のやしきの窓からみて、今朝の火の死んだが又来た、あの破れ桶が又と云が、それはどこぞ橋くひにてかかったもの。汐は別に新いぞ。
【解説】
「淳因舉謝氏、歸根之説。先生曰、歸根本老氏語、畢竟無歸。這箇何曾動。問、性只是天地之性。當初亦不是自彼來入此、亦不是自此往歸彼。只是因氣之聚散、見其如此耳。曰、畢竟是無歸」の説明。「帰根」と言うのが悪い言い方である。気は元あったところに帰るのではなく、散るのである。直方がそれを潮でたとえた。潮はいつも新しい。
【通釈】
謝上蔡が、「摧仆而帰根」と言った。朱子が嫌な語だと言われた。これは言い方が悪いと言うまでのこと。鬼神の説には手柄のある人で、謝氏の鬼神に取り違えはない。知覚で仁を説いたのは一寸見処が違うが、鬼神の説に違いはない。但し、言い方が悪いのである。帰根は元、老子の言ったこと。それを連れて来て言ったこと。朱子は「畢竟無帰」でそれぎりで散り、元の穴へ這い入る様なことではないと言った。残暑が去った、余寒がなくなったと言っても、本の土用の中、大寒の中へ戻ったということではない。どうして動くだろうか、動きはしない。今来た人が宿へ帰った様なことはない。その様なことは形而以下のこと。天地もどうやら去年の寒が来た様に見えるが、天地は使い捨てである。直方先生が、今朝の潮がまた来るということではないと言った。川端の屋敷の窓から見て、今朝の火の死んだのがまた来た、あの破れ桶がまたと言うが、それは何処かの橋杭に掛かっていたもの。汐はそれとは別で新しい。
【語釈】
・摧仆而皈根…
・皈根…荘子外篇知北遊。「今已為物也、欲復歸根、不亦難乎。其易也、其唯大人乎」。

盆水の譬が面白ひ。月の影が水のある中はうつりたが、盆の水をこぼしたれは影はなくなった。月中へ影のもとりたではない。人の死もそれぞ。水のなくなったと同し。鳥は古巣に花は根に、云ちかひぞ。去年散ったのが又来て咲でない。上蔡あれほどの鬼神しりでも、皈ると云ては輪廻めいてわるい。爰で又淳が知覚が散るかと云。名義は大切なもの。散ると云てはわるい、無なったと云がよいと云へば、いや、待れよ、散るも無なったも一つことではないかと云。はて散ると無くなるはちがふ。散るは客の宿へ皈る。暦々のつぶれたに、諸家中ちり々々になるのぞ。散るは物ある上で云、尽くは五十目がけのとぼりしまったのじゃ。外のを持て来てとぼさぬ内あかるくはならぬ。尽くは形あるものの無くなること。
【解説】
「如月影映在這盆水裏、除了這盆水、這影便無了。豈是這影飛上天去、歸那月裏去。又如這蕐落、便無了、豈是歸去那裏。明年復來生這枝上。問、人死時、這知覺便散否。曰、不是散、是盡了。氣盡則知覺亦盡」の説明。気は月影が盆水に映るのと同じで、水がなくなれば見えないが、それは月に帰ったわけではない。淳が知覚は散るかとの問いに、朱子は、散るのではなく、なくなったのであると答えた。散るは物がある上で言い、なくなるは尽きることを言う。
【通釈】
盆水のたとえが面白い。月の影が水のある内は映っていたが、盆の水をこぼすと影はなくなった。月中へ影が戻ったわけではない。人の死もそれ。水がなくなったのと同じ。鳥は古巣に花は根にと言うのとは違う。去年散ったのがまた来て咲くのではない。上蔡があれほどの鬼神知りでも、帰ると言っては輪廻めいて悪い。ここでまた淳が知覚は散るかと尋ねた。名義は大切なもの。散ると言っては悪い、なくなったと言うのがよいと言えば、いや待て、散るのもなくなったのも同じことではないかと言う。さて、散るとなくなるは違う。散るは客が宿へ帰り、歴々が潰れて、諸家中が散り散りになること。散るは物がある上で言い、尽くは五十目掛けの蝋燭がの灯し切ったのである。外のを持って来て灯さない内は明るくならない。尽くは形のあるものがなくなること。


問人之死也條
82
問、人之死也、不知魂魄便散否。曰、固是散。又問、子孫祭祀、卻有感格者、如何。曰、畢竟子孫是祖先之氣。他氣雖散、他根卻在這裏。盡其誠敬、則亦能呼召得他氣聚在此。如水波様、後水非前水、後波非前波、然卻通只是一水波。子孫之氣與祖考之氣、亦是如此。他那箇當下自散了。然他根卻在這裏、根既在此、又卻能引聚得他那氣在此。此事難説。只要人自看得。三。
【読み】
問う、人の死は、知らず、魂魄便ち散るや否や。曰く、固より是れ散ず。又問う、子孫の祭祀は、卻って感格する者有り、如何。曰く、畢竟子孫は是れ祖先の氣。他の氣散ると雖も、他の根は卻って這の裏に在り。其の誠敬を盡くせば、則ち亦能く他の氣を呼召し得、此に聚在す。水波の様の如き、後水は前水に非ず、後波は前波に非ず、然るに卻って通じ只是れ一水波なり。子孫の氣と祖考の氣とは、亦是れ此の如し。他の那箇の當下は自ら散じ了る。然るに他の根は卻って這の裏に在り、根は既に此に在り、又卻って能く他の那の氣を引聚し得るも此に在り。此の事説き難し。只人自ら看得るを要す。三。

此條、前條の問よりさがりた問ぞ。直方先生も笑はれたとなり。人の死に魂魄の散る、しれたこと。否もをかしい。固是散る。ただいさうしたはづとなり。○雖散、他根脚更在。垩人の御心からは、不孝の内でも無後為大と有そうなこと。天地開闢つづひた祖先の氣が、をれが此からたてふっつりと思ふたら、夜の目も寐られぬはづのこと。田地を賣て仕舞たの、屋鋪も皆にしたのなんのと云やうなかるいことではない。根脚在這裡。吾からだ在ん限りは先祖の生てをるのじゃ。親は重い、子は軽いが、一氣から云ときは同挌ぞ。ちっともをやに不足はない。
【解説】
「問、人之死也、不知魂魄便散否。曰、固是散。又問、子孫祭祀、卻有感格者、如何。曰、畢竟子孫是祖先之氣。他氣雖散、他根卻在這裏。盡其誠敬、則亦能呼召得他氣聚在此」の説明。人が死ねば魂魄が散るのは知れたことだが、自分の中に先祖はあるのである。それは重いこと。
【通釈】
この条は前条の問いよりも低い問いである。直方先生も笑われたそうだ。人が死ねば魂魄が散るのは知れたこと。「否」も可笑しい。「固是散」。そもそもそうした筈である。○「雖散、他根卻在」。聖人の御心からは、不孝の中でも「無後為大」とありそうなこと。天地開闢より続いた祖先の気が、俺のこの体でぷっつり切れると思ったら、夜も寝られない筈。田地を売ってしまったとか、屋敷を畳んだの何のという様な軽いことではない。「根卻在這裡」。自分の体がある限りは先祖が生きているのである。親は重く子は軽いが、一気から言う時は同格である。少しも親に不足はない。

○如水消様。三宅先生の祭祀来挌説、前波生後波、ここから。子孫と云ものは神代から一つ水ぞ。波はをびたたしいと云ても、只是一水波。那固は、先祖の氣。當下は、そのときのこと。そのとき散ったときなり。○根既在此。親子に似たも似ぬもあれとも、どこぞ似るもの。どうもうそのならぬもの。○此章難説は、朱子のいこふ感し入てどうもいへぬことと思ふたと見ることぞときけば靣白て有ふが、聞手はない。某思ふに、とかく鬼神の大事と云が真面なものに云て聞せては益がない。孔門でも宰我が所謂をしらぬと問ふたも、問の出ぬ前から鬼神のことにさとひからなり。雄弁で理が器用て、上蔡のかてんもそのいきぞ。明道に問ぬ前、半分すみてをる。陣安卿なども其組ぞ。聞た前にうつるものを持てをる。此衆以上でなふては難説なり。
【解説】
「如水波様、後水非前水、後波非前波、然卻通只是一水波。子孫之氣與祖考之氣、亦是如此。他那箇當下自散了。然他根卻在這裏、根既在此、又卻能引聚得他那氣在此。此事難説。只要人自看得」の説明。子孫の気と祖考の気は一水波と同じである。ここは説き難いことで、真面目だけの人にはわからないこと。宰我や上蔡、陳安卿などは鬼神に敏い人だった。
【通釈】
○「如水消様」。三宅先生の祭祀来格説の前波生後波はここから。子孫というものは神代から一つ水である。波は夥しいと言っても、「只是一水波」である。「那固」は、先祖の気。「当下」は、その時のこと。その時が散った時である。○「根既在此」。親子に似た者も似ない者もあるが、何処か似るもの。それはどうも嘘の付けないこと。○「此事難説」は、朱子が大層感じ入って、どうも言えないことだと思ったと見ることだと聞けば面白いだろうが、聞き手はない。私が思うに、とかく鬼神の大事というのを真面目な者に言って聞かせても益がない。孔門でも宰我が所謂を知らないと問うたのが、問いの出る前から鬼神のことに敏いからである。雄弁で理が器用で、上蔡が合点したのもその意気である。明道に問う前から半分済んでいる。陳安卿などもその組である。聞く前に映るものを持っている。この衆以上でなくては難説である。
【語釈】
・宰我が所謂をしらぬ…礼記祭義。「宰我曰、吾聞鬼神之名、不知其所謂。子曰、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。合鬼與神、敎之至也」。
・陣安卿…陳安卿。


安卿問人於條
83
安卿問、人於其親始死、則復其魂魄。又爲重、爲主、節次尊祭、所以聚其精神、使之不散。若親死而其子幼稚、或在他鄕、不得盡其萃聚之事。不知後日祭祀、還更萃得他否。曰、自家精神自在這裏。九十下同。
【読み】
安卿問う、人の其の親始めて死ぬに於ては、則ち其の魂魄を復す。又重を爲し、主を爲し、節次に尊祭するは、其の精神を聚め、之を散らざらしむ所以なり。若し親死して其の子幼稚、或いは他鄕に在れば、其の萃聚の事を盡くし得ず。知らず、後日の祭祀に、還た更に他を萃め得んや否や。曰く、自家の精神は自ら這の裏に在り。九十下同。

此條、今日よんだ処の亀に血ぬる條のたらぬ処が爰てすむ。陳淳のよい氣の付けやうぞ。あの祭の通り復ひの衣から重へ、重から神主へうつす。それは絶まなくつづいて云はふやうなくよいが、親の死たとき、其子が役に付て遠方にをるが又は幼年で何のぐはんぜもなく世間並にすててをいて、重も神主もとめたはないには、祭りをする時にたへちぎれたやふて、集る縁がごさらぬではないかと問たなり。朱子の尤なことじゃ、始死から礼を備へれは鬼に金棒だが、それなれとも、此方に慥なものあるとなり。こなたが祭るとき、ひょんなものと云やるが、夫に及はぬことじゃ。自家と云たしなか精神につづひてあるとなり。此やうな答へ、朱子でなけれはならぬ。或時朱子の、礼のことにをぬしたちは死蛇をつかふが、をれは活た蛇をつかふと云れたもこんな所で、たとへとめぬと云ても、とめた神主よりも此方の生たからだがたしかじゃと云こと。
【解説】
陳淳が、親の始死の時に、子が幼年であったり、遠方にいたりした場合には祭ができないのはどうしたものかと尋ねた。朱子は自家の精神があるからそれでよいと答えた。
【通釈】
この条、今日読んだ処の亀に血を塗る条で足りない処がここで済む。陳淳のよい気の付け様である。あの祭の通り復の衣から重へ、重から神主へ移す。それは絶え間なく続いて言い様もなくよいことだが、親の死んだ時、その子が役に付いて遠方にいるか、または幼年で何の頑是もなく世間並に捨てて置いて、重も神主も留めるものがなければ、祭をする時に絶えちぎれた様で、集まる縁がないのではないかと問うた。朱子が尤もなことだ、始死から礼を備えれば鬼に金棒だが、そうではあるが、こちらに確かなものがあると言った。貴方が祭る時にはひょんなものだと言うが、それには及ばない。自家という確かな精神に続いてある。この様な答えは朱子でなければ言えない。或る時朱子が、礼のことにお前達は死蛇を使うが、俺は活きた蛇を使うと言われたのもこんな所で、たとえ留めなくても、留めた神主よりもこちらの生きた体が確かだということ。

此條、今日の事体にいこうたしかなことと思はふことしゃ。今冠昏喪祭の礼が世の中に行れぬゆへ、学者の家に神主もない。棺に松脂かける位がまづ十分だ。復ひは勿論、重も神主もないとてすててをくはわるい。神主は此ごろ作りたと云てもやっはり霊はとまる。顧重次郎曰、そちの九月の禰祭、煮しめに赤飯ではやっはり感ずるぞ。山崎先生以来大名衆新規に神主を作りて先祖祭をなさるるが、死だときの魂帛の礼もないが新に神主を作ても、今日の自家精伸て接續するぞ。始死から接續せぬは役に立ぬと云は、丁ど俗人が精進に肴一口くってつい精進をおちた。いっそのことと云て喰ふ。それは精進をちたいからの口上。今まで神主もない祭はならぬと云はせぬ。勝手の口上ぞ。誰でも今日志を立て先祖の神主をつくれは、これまでなくとも百年前の高曽の神灵も新い木主によるは理と自家の精神からぞ。此條は今日の受用にする條なり。
【解説】
かつて神主がなかったとしても、これからそれを作ればよい。それは、自家精神で接続するからである。山崎先生以来、大名衆が新規に神主を作って先祖祭をする様になった。
【通釈】
この条は今日の事体に大層確かなことだと思いなさい。今は冠昏喪祭の礼が世の中に行われないので、学者の家に神主もない。棺に松脂を掛ける位が先ずは十分なこと。復は勿論、重も神主もないからと言って、放って置くのは悪い。神主はこの頃作ったと言ってもやはり霊は留まる。重次郎を顧みて言った。お前の九月の禰祭が煮しめに赤飯なのはやはり感ずるぞ、と。山崎先生以来、大名衆が新規に神主を作って先祖祭をなされるが、死んだ時の魂帛の礼もないが新たに神主を作って、今日の自家精神で接続するのである。始死から接続しないのは役に立たないと言うのは、丁度俗人が精進に肴を一口食ってつい精進を落ち、いっそのことと言って食う様なこと。それは精進を落ちたいからの口上。今まで神主もない祭はならないと言いはしない。それは勝手な口上である。誰でも今日志を立てて先祖の神主を作れば、これまではなくても百年前の高曾の神霊も新しい木主に寄る。それは理と自家の精神からである。この条は今日の受用にする条である。
【語釈】
・重次郎…中田重次。東金堀上の人。寛政10年(1798)没。


用之曰祭祀之礼條
84
用之云、祭祀之禮、酒肴豐潔、必誠必敬、所以望神之降臨、乃歆嚮其飲食也。若立之尸、則爲尸者既已享其飲食。鬼神豈復來享之。如此卻爲不誠矣。曰、此所以爲盡其誠也。蓋子孫既是祖宗相傳一氣下來、氣類固已感格、而其語言飲食、若其祖考之在焉、則有以慰其孝子順孫之思、而非恍惚無形想象不及之可比矣。古人用尸之意、所以深遠而盡誠、蓋爲是耳。今人祭祀但能盡誠、其祖考猶來格。況既是他親子孫、則其來格也益速矣。因言、今世鬼神之附著生人而説話者甚多、亦有祖先降神於其子孫者。又如今之師巫、亦有降神者。蓋皆其氣類之相感、所以神附著之也。周禮祭墓則以墓人爲尸、亦是此意。
【読み】
用之云う、祭祀の禮、酒肴豐潔、必誠必敬なるは、神の降臨し、乃ち其の飲食を歆嚮するを望む所以なり。若し之が尸を立てれば、則ち尸を爲す者は既已に其の飲食を享く。鬼神豈復之を來て享けんや。此の如きは卻って誠ならずと爲す。曰く、此れ其の誠を盡くすと爲す所以なり。蓋し子孫既に是れ祖宗に一氣を相傳え下來し、氣の類は固より已に感格して、其の語言飲食は、其の祖考の在るが若く、則ち以て其の孝子順孫の思いを慰むる有りて、恍惚として形無く想象及ばざる、之れ比す可きに非ず。古人尸を用いるの意は、深遠にして誠を盡くす所以、蓋し是が爲のみ。今人の祭祀は但能く誠を盡くし、其の祖考猶來格するがごとし。況や既に是れ他の親子孫なれば、則ち其の來格も也た益々速かなり。因りて言う、今世鬼神の生人に附著して説話する者甚だ多く、亦祖先の其の子孫に降神する者有り。又今の師巫の如く、亦神を降ろす者有り。蓋し皆其の氣類の相感ずるは、以て神の之を附著する所なり。周禮の墓を祭るは則ち墓人を以て尸と爲す、亦是れ此の意なり。

先つ祭に酒肴豊潔と云がよい字ぞ。坊主の知ぬこと。さび々々としたことではない。先祖への仕かけは娘の婚礼支度ほどには親切がまはらぬ。豊潔は成たけの一はいよくすること。これは尤だが、用之があの戸はわるからふとなり。尸と云ものは同姓の者の役で、従兄弟などが来て鬼神の上りものをくひちらす、後世のうすい了簡からわるいとも思ひそうなこと。朱子か、こなたなぞがたとへは、我子に物を習ふなぞと云が氣の高いこと。子とは思はぬ。吾か理を究ふとすれは、吾子にも習ふが氣の高いこと。尸と云目鼻の付た鬼神を一つ設ると云が深遠でをのだらいことぞ。親子孫と云ふ親の字、水入らずのこと。をやとよむことでない。親筆の親。じかに其子孫と云こと。朱子が爰であのことを云ぬかれた。野沢十九郎の、尸は親の名代に子をやるやうなもの、と。今日家来を使にやりてはすまぬ、子はよいと云はじきに父のきたになる。実事にかけて見たときたんてきぞ。事によりて子ではすまぬと云こともあれとも、子のきたのに不足は云はれぬことぞ。
【解説】
「用之云、祭祀之禮、酒肴豐潔、必誠必敬、所以望神之降臨、乃歆嚮其飲食也。若立之尸、則爲尸者既已享其飲食。鬼神豈復來享之。如此卻爲不誠矣。曰、此所以爲盡其誠也。蓋子孫既是祖宗相傳一氣下來、氣類固已感格、而其語言飲食、若其祖考之在焉、則有以慰其孝子順孫之思、而非恍惚無形想象不及之可比矣。古人用尸之意、所以深遠而盡誠、蓋爲是耳。今人祭祀但能盡誠、其祖考猶來格。況既是他親子孫、則其來格也益速矣」の説明。用之は尸が悪いと言った。朱子は、自分が理を窮めようとすれば、我が子に習うのが気高いことだと答えた。目鼻の付いた鬼神を一つ設けるというのがよいこと。野沢十九郎が、尸は親の名代に子を遣る様なものだと言った。
【通釈】
先ず祭に酒肴豊潔と言うのがよい字である。それは坊主の知らないこと。寂々としたことではない。先祖への仕掛けは娘の婚礼支度ほどには親切が回らない。豊潔はできるだけよくすること。これは尤もだが、用之があの尸は悪いだろうと言った。尸は同姓の者の役で、従兄弟などが来て鬼神へ上げたものを食い散らすことで、後世の薄い了簡から悪いとも思いそうなこと。朱子が、貴方などはたとえば我が子にものを習うなどというのが気の高いことだと言った。子とは思わず、自分が理を窮めようすれは、我が子にも習うのが気の高いこと。尸という目鼻の付いた鬼神を一つ設けるというのが深遠でをのだらいこと。親子孫という親の字は水入らずのこと。おやと読むのではない。親筆の親である。直にその子孫ということ。朱子がここであのことを言い抜かれた。野沢十九郎が、尸は親の名代に子を遣る様なものだと言った。今日家来を使いに遣っては済まず子はよいと言うのは、直に父が来たことになるからである。実事に掛けて見た時に端的である。事によっては子では済まないこともあるが、子が来たのに不足は言えないこと。
【語釈】
・野沢十九郎…野沢弘篤。

○今世云云。鬼神の尸に附著することを云はふとて、どっともせぬすじの附著から語りだしたもの。尸がよい塩梅と云。一盃ぐっとのむ、すぐに鬼神なり。これを妖怪て云たとき、鬼神が人に来りうつる。それは邪氣神だけれとも、それで合点せよ。降神とは先祖かのりうつりて、子孫がものを云ふ。なぜなれば、捨ものにしてをく。如在にすると云もある。○今の師巫云云。神をろしをしてのりうつること。氣類と云が親先祖は知れたが、師巫も其宮を支配するから氣類ぞ。今々と云がどっともせぬことを云たもの。氣類のすることが周礼にもある。墓祭をするには墓守を尸にする。一氣ではないが、平生其墓について居、支配しなじみたもの。別當のやうなもの。氣類で立たもの。周公旦のこまかなことぞ。
【解説】
「因言、今世鬼神之附著生人而説話者甚多、亦有祖先降神於其子孫者。又如今之師巫、亦有降神者。蓋皆其氣類之相感、所以神附著之也。周禮祭墓則以墓人爲尸、亦是此意」の説明。邪気神が人に乗り移る。鬼神も尸に附著する。先祖が乗り移って子孫がものを言うのは親を粗略にするからである。これは気類のことだが、それには師巫も含まれる。師巫は宮を支配するから気類なのである。
【通釈】
○「今世云云」。鬼神の尸に附著することを言おうとして、気色の悪い筋の附著から語り出した。尸がよい塩梅と言う。一盃ぐっと飲むと直に鬼神である。これを妖怪で言う時、鬼神が人に来り移る。それは邪気神だが、それで合点しなさい。「降神」とは、先祖が乗り移って子孫がものを言う。それは何故かと言うと、捨て物にして置くからである。如在するということもある。○「今之師巫云云」。神降ろしをして乗り移ること。気類というのは親先祖であることは知れたが、師巫もその宮を支配するから気類なのである。「今」と言うのが気色の悪いことを言ったもの。気類のすることが周礼にもある。墓祭をするには墓守を尸にする。一気ではないが、平生その墓に付いていて、支配し馴染んでいる者。別当の様なもの。気類で立ったもの。周公旦は細かなことである。
【語釈】
・如在にする…疎略にする。等閑にする。
・周礼…


問人死氣散
85
問、人死氣散。是無蹤影、亦無鬼神。今人祭祀、從何而求之。曰、如子祭祖先、以氣類而求。以我之氣感召、便是祖先之氣、故祭之如在、此感通之理也。味道又問、子之於祖先、固是如此。若祭其他鬼神、則如之何。有來享之意否。曰、子之於祖先、固有顯然不易之理。若祭其他、亦祭其所當祭。祭如在、祭神如神在。如天子則祭天。是其當祭、亦有氣類。烏得而不來歆乎。諸侯祭社稷、故今祭社亦是從氣類而祭、烏得而不來歆乎。今祭孔子必於學、其氣類亦可想。三下同。
【読み】
問う、人の死すると氣散ず。是れ蹤影無く、亦鬼神無し。今人の祭祀は、何に從いて之を求めん。曰く、子の祖先を祭るが如き、氣類を以てして求む。我の氣を以て感召す、便ち是れ祖先の氣、故に祭の在るが如きは、此れ感通の理なり。味道又問う、子の祖先に於る、固より是れ此の如し。若し其の他の鬼神を祭るは、則ち之を如何。來享の意有りや否や。曰く、子の祖先に於るや、固より顯然として易らざるの理有り。其の他を祭るが若きも、亦其の當に祭るべき所を祭る。祭るは在るが如く、神を祭るは神在るが如し。天子の如きは則ち天を祭る。是れ其の當に祭るべく、亦氣類有り。烏んぞ得て來歆せざらんか。諸侯の社稷を祭る、故に今社を祭るも亦是れ氣類に從って祭り、烏んぞ得て來歆せざらんか。今孔子を祭るに必ず學に於てし、其の氣類も亦想う可し。三下同。

人が、孔子は氣が散る、あとかたもないからは鬼神も無となり。直方の、めったむしゃうな問しゃと云れた。無しと片付けてをいて、何に申て求んやと云不審なり。されども手つつぞ。をぼこな問なり。○以氣類而求。朱子のかまはぬ答ぞ。垩人が如在と云てもばけものの出たではない。此方の氣でよんでたるとなり。そばから味道が、先祖の方のことはそれですんだが、外神の祭をすることはどうしたとなり。他鬼神と云も當の字が大事の字ぞ。當ははづと云こと。祭るべきすじ合あってすること。當と云字は理の方へ付た字で、理から氣をよび出すこと。丁ど五倫に天合と人合とのやうなもの。肉つづき父子兄弟、天合、妻や主人は、人合。ふんなものなれとも、それが天合同然になること。君は嚴、親は慈愛なれとも、親にもまけぬ分んかある。甲乙はない。丁どそれと同ことで、先祖を祭るは肉つつき、外神は肉はつづか子とも當祭と云當の字、そこが理か先へ立て祭をする処ぞ。それで祭るから如在になる。なぜと云れぬことなり。
【解説】
「問、人死氣散。是無蹤影、亦無鬼神。今人祭祀、從何而求之。曰、如子祭祖先、以氣類而求。以我之氣感召、便是祖先之氣、故祭之如在、此感通之理也。味道又問、子之於祖先、固是如此。若祭其他鬼神、則如之何。有來享之意否。曰、子之於祖先、固有顯然不易之理。若祭其他、亦祭其所當祭。祭如在、祭神如神在」の説明。孔子が気は散ると言ったので、鬼神もないとある人が言った。ない鬼神をどうやって求めるのかとの問いに、朱子が、「以気類而求」と答えた。また、味道が外神の祭を尋ねた。先祖を祭るのは肉続きで、外神は肉は続かないが「当祭」という理で祭るので如在になると朱子は答えた。
【通釈】
人が、孔子は気が散ると言ったので、跡形もないのだから鬼神もないと言った。直方が、滅多無性な問いだと言われた。ないと片を付けて置いて、何に従って求めるのかという不審である。しかしながら、拙劣である。幼稚な問いである。○「以気類而求」。朱子の構わない答えである。聖人が如在と言っても化け物が出たのではない。こちらの気で呼んだのであるのである。その側から味道が、先祖の方のことはそれで済んだが、外神の祭をすることはどうしたことかと尋ねた。他鬼神というのも「当」の字が大事な字である。当は筈ということ。祭るべき筋合いがあってすること。当という字は理の方へ付いた字で、理から気を呼び出すこと。丁度五倫に天合と人合とがある様なもの。肉続きの父子兄弟は、天合、妻や主人は、人合。それは別なものだが、天合同然となる。君は厳で親は慈愛だが、親にも負けない分がある。甲乙はない。丁度それと同じことで、先祖を祭るのは肉続き、外神は肉は続かないが「当祭」という当の字、そこが理が先へ立って祭をする処である。それで祭るから如在になる。何故そうなのかとは言えないこと。
【語釈】
・如在…論語八佾12。「祭如在。祭神如神在。子曰、吾不與祭、如不祭」。中庸章句16。「子曰、鬼神之爲德其盛矣乎。視之而弗見、聽之而弗聞、體物而不可遺。使天下之人、齊明盛服、以承祭祀。洋洋乎、如在其上、如在其左右」。
・味道…

○天子は天の惣領、天は祭ら子ばならぬ。諸矦は名山大川社稷。○朱子の烏能々々とせきみになって云が當祭氣類と云ことを知らせうとてなり。隱者某こときは二疂鋪、又百万石取て三国の主じと云ことあり。大きなことぞ。名山大川祭る氣類ぞ。ひびかふことなり。孔子の如神在と云も理か先へ立こと。理かあれば氣はついてまはる。理があれは氣をひく。今日でも学者は孔子を祭ることもあるべし。理からの氣類ぞ。夷講ではない。学挍には此礼きっとしたことなり。孔子の御恩忘れられぬと云処からする。氣類でひびく。なれとも祭さへすればいつも感挌あるをとはいはれぬ。直方先生曰、かんざぶやへいではうけつけぬぞ。ぬれとも皆か爰をよく聞くことで、中庸の自明而誠と云が知るの明から誠になる。道理が明になると孔子を只をかれぬやうになってくる。ぞこが感挌のある処なり。
【解説】
「如天子則祭天。是其當祭、亦有氣類。烏得而不來歆乎。諸侯祭社稷、故今祭社亦是從氣類而祭、烏得而不來歆乎。今祭孔子必於學、其氣類亦可想」の説明。「如神在」は理が先へ立ったことで気類である。理があれば気は付いて廻る。しかし、祭ればよいということではない。中庸にある「自明而誠」で、誠からするのである。
【通釈】
○天子は天の惣領で、天を祭らなければならない。諸侯は名山大川社稷を祭る。○朱子の「烏能」と急き込んで言うのが当祭気類ということを知らせようとしてのこと。隠者の私ごときは二畳敷、また百万石取って三国の主ということもある。それは大きなことで、名山大川を祭る気類である。響くことだろう。孔子が「如神在」と言ったのも理が先へ立ったこと。理があれば気は付いて廻る。理があれは気を引く。今日でも学者は孔子を祭ることもあるだろう。理からの気類である。夷講ではない。学校にはこの礼がはっきるとしている。孔子の御恩を忘れられないという処からする。気類で響く。しかしながら、祭りさえすればいつも感格があるとは言えない。直方先生が、かんざぶやへいでは受け付けないと言った。皆はここをよく聞きなさい。中庸の「自明而誠」というのが知ることの明から誠になること。道理が明になると孔子をそのままにして置けない様になって来る。そこが感格のある処である。
【語釈】
・夷講…恵比寿講。商家で商売繁昌を祝福して恵比須を祭ること。
・かんざぶやへい…
・自明而誠…中庸章句21。「自誠明、謂之性、自明誠謂之敎。誠則明矣、明則誠矣」。

理なしにまつると念仏組、又、誠なしに祭れば告朔之餼羊。形ばかりでひびかぬ。誠かないと画に書た火、繪にかいた水。やけずぬれぬ。孔子を祭るも只有がたい々々々々と云てはすまぬ。理からぞ。されとも祭る段には誠か主ぞ。とかく親切にわりが入らずは鬼神は感ずることぞ。肉はつづかず、儀丹や庄内が迂斎を祭りたらは感しやう。つんと雜りのない。わきひらみずぎり々々の親切てはひびく。柳橋の要助なども義丹を祭りたら感やう。つんとまじりのない底だ。作法かきまっても行義がよくても誠のないはうそ々々しい。學者の家に垩像を持合せたゆへ祭るはづと役でするなぞは、ひびくひびかぬの吟藥処ではない。又学挍では君命ぞ。別段のことなり。しかれとも、実に垩賢を望む人は一たいがちがふはづ。昔年德か氏の子が笑ふたとて行蔵のいこふ悪み怒りた。これらは行蔵か実心と云ものなり。それゆへ行蔵や宗伯は又別な処ありたぞ。
【解説】
理なしに祭ると念仏組になり、誠なしに祭れば形ばかりで響かない。理と誠では誠が主である。雑じりのない誠であれば響く。
【通釈】
理なしに祭ると念仏組、また、誠なしに祭れば「告朔之餼羊」。形ばかりで響かない。誠がないと画に書いた火、絵に書いた水。焼けず濡れず。孔子を祭るのもただ有難いと言っていては済まない。理からする。しかしながら、祭る段には誠が主である。とかく親切に雑じりがなければ鬼神は感ずる。肉は続かなくても、儀丹や庄内が迂斎を祭れば感じるだろう。全く雑じりがない。脇目もせずぎりぎりの親切なら響く。柳橋の要助なども儀丹を祭れば感じるだろう。全く雑じりのない底である。作法が決まっても行儀がよくても誠がなければ嘘々しい。学者の家で、聖像を持ち合せたので祭る筈だと役でするなどは、響く響かないの吟味処ではない。また学校は君命であって別段なこと。しかし、実に聖賢を望む人は一体が違う筈。昔年、徳か氏の子が笑ったので行蔵が大層憎み怒った。これ等は行蔵の実心というもの。行蔵や宗伯にはまた別段な処があったのである。
【語釈】
・告朔之餼羊…論語八佾17。「子貢欲去告朔之餼羊。子曰、賜也。爾愛其羊、我愛其禮」。
・儀丹…和田儀丹。下総酒々井の人。医を業とする。酒井修敬に見出されて鈴木庄内と共に迂斎に師事。上総道学の草分け。成東の安井武兵衛方に食客として住む。元禄7年(1694)~寛保4年(1744)、51歳にて没。
・庄内…鈴木養察。俗称庄内。酒井修敬に見出され、和田義丹と共に江戸へ出て迂斎に入門。元禄8年(1695)~安永8年(1779)
・柳橋の要助…大原要助。
・德か氏の子…
・行蔵…村士玉水。江戸の人。名は宗章。享保14年(1729年)~安永5年(1776年)。
・宗伯…柳田求馬。明石宗伯。迂斎門下。江戸の人。名は義道。天明4年(1784)7月22日没。47歳。


或問鬼神條
86
或問鬼神。曰、且類聚前輩説鬼神處看。要須自理會得。且如祭天地祖考、直是求之冥漠。然祖考卻去人未久、求之似易。先生又笑曰、如此説、又是作怪了也。
【読み】
或るひと鬼神を問う。曰、且く前輩の鬼神を説く處を類聚し看よ。要に自ら理會し得るを須たん。且つ天地祖考を祭るが如きは、直に是れ之を冥漠に求む。然るに祖考は卻って人を去り未だ久からずして、之を求め易きに似る。先生又笑って曰く、此の如き説は、又是れ怪を作し了る。

古人の鬼神話なされた処を類聚して看よが、孔門言仁處類聚してみよと程子の云れた。仁の名義を知る、たの鬼神の名義も多く聞てすむ。序文もそこなり。謝氏の做題目而思議もここの意ぞ。天地でも祖考でも物はないが、冥漠のまっくらな処を祭るは祖考はちかい。たとへば親死てから十年、祖父は死後三十年のと云から易きに似たが、天の方は祈雨禱晴でからが遠ひ。祖考のことは吾身へ近い処から祈がかけよと云やうなものぞ。朱子の笑曰は鬼神のことは問ふ人の持領しだいだからのこと。類聚してみよ、あれでしるると云たはにげたことじゃか、爰ではちと口がすべりた。先祖のことやすいと云が、なぜやすいと問れたときの返事は又六ヶしい。其わけを云は子はならぬ。話はしにくいもの。先祖はなぜやすいと云れたとき、わけを付る日にはむつかしいこと。易いと手に取やふに云も恠をなしたになる。とかく類聚して合点せよとなり。
【解説】
鬼神のことは問う人の力量次第であり、古人の言を類聚して看るのがよい。ここで朱子が「似易」と言ったのは口が滑ったのであり、何故易いのかと問われると、また答えるのが難しい。
【通釈】
古人が鬼神話をされた処を類聚して看なさいというのが、孔門仁を言う処を類聚して看よと程子の言われたのと同じこと。仁の名義を知る様に、あの鬼神の名義も多く聞くので済む。序文もそこ。謝氏の「做題目而思議」もここの意である。天地でも祖考でも物はなく、冥漠の真っ暗な処を祭るが、祖考は近い。たとえば親が死んでから十年、祖父は死後三十年のということで易きに似るが、天の方は祈雨祈晴のことですら遠い。祖考のことは我が身に近い処から祈りが掛かるという様なもの。「朱子笑曰」は、鬼神のことは問う人の持料次第のことだからである。類聚して看ればわかると言ったのは逃げたことだが、ここでは一寸口が滑った。先祖のことを易いと言うが、何故易いのかと問われた時の返事がまた難しい。そのわけを言わなければならない。話はし難いもの。先祖は何故易いと言われた時に、わけを付ける日には難しい。易いと手に取る様に言うのも怪を成したことになる。とかく類聚して合点しなさいということ。
【語釈】
・孔門言仁處類聚してみよ…
・做題目而思議…上蔡。


問天地山川條
87
問、祭天地山川、而用牲幣酒醴者、只是表吾心之誠耶。抑眞有氣來格也。曰、若道無物來享時、自家祭甚底。肅然在上、令人奉承敬畏、是甚物。若道眞有雲車擁從而來、又妄誕。
【読み】
問う、天地山川を祭って、牲幣酒醴を用する者は、只是れ吾が心の誠を表するや。抑々眞に氣有りて來格するや。曰く、若し物の來享無しと道う時は、自家の甚底を祭らん。肅然として上に在り、人をして奉承敬畏せしむ、是の甚だしき物ぞ。若し眞に雲車擁從して來る有りと道うは、又妄誕なり。

祭祀に牲幣を用る。日本で色々あること。祭について、天地山川、いやなにもないと云とからしてしもそ。寒くするのじゃ。たたい上にある。不断天は上にある。窓をあけてみれは見へるが、その中にぞっとするものが一つある。あちがそうするではなけれとも、こちがぞっとせ子はならぬを見れば、ありはあると云て、仙人などの雲車擁従乘てくると云、そんなことではないとなり。ないと云とすっへりないになる。有ると云へはあまりあり々々とする。鬼神は手とりものぞ。
【解説】
天は絶えず上にあり、その中にぞっとするものがある。しかしそれは仙人が「雲車擁従」で乗って来る様なことではない。
【通釈】
祭祀に牲幣を用いる。日本で色々あること。祭について、天地山川は何もないと言えば枯らしてしまう。それは寒くするのである。そもそも天は上にある。絶えず天は上にある。窓を開けて見れば見えるが、その中にぞっとするものが一つある。あちらがそうするのではないが、こちらがぞっとしなければならないことからすれば、あることはある。そうかと言って、仙人などが「雲車擁従」で乗って来る様なことではないと言う。ないと言うとすっかりないことになる。あると言えばあまりにありありとする。鬼神は難しいもの。


問性即是理條
88
問、性即是理、不可以聚散言。聚而生、散而死者、氣而已。所謂精神魂魄、有知有覺者、氣也。故聚則有、散則無。若理則亘古今常存。不復有聚散消長也。曰、只是這箇天地陰陽之氣、人與萬物皆得之。氣聚則爲人、散則爲鬼。然其氣雖已散、這箇天地陰陽之理生生而不窮。祖考之精神魂魄雖已散、而子孫之精神魂魄自有些小相屬。故祭祀之禮盡其誠敬、便可以致得祖考之魂魄。這箇自是難説。看既散後、一似都無了。能盡其誠敬、便有感格。亦縁是理常只在這裏也。
【読み】
問う、性は即ち是れ理なり、聚散を以て言う可からず。聚まりて生じ、散じて死ぬは、氣のみ。謂う所の精神魂魄、知る有り覺る有る者は、氣なり。故に聚れば則ち有り、散じれば則ち無し。理の若きは則ち古今に亘り常に存す。復聚散消長有らざるなり。曰く、只是れ這箇の天地陰陽の氣、人と萬物と皆之を得。氣聚れば則ち人と爲り、散れば則ち鬼と爲る。然るに其の氣已に散ると雖も、這箇の天地陰陽の理生生して窮まらず。祖考の精神魂魄は已に散ると雖も、子孫の精神魂魄自ら些小相屬する有り。故に祭祀の禮、其の誠敬を盡くせば、便ち以て祖考の魂魄を致し得。這箇は自ら是れ説き難し。看よ、既に散じて後、一に都て無きに似て了る。能く其の誠敬を盡くせば、便ち感格有り。亦是の理は常に只這の裏に在るに縁る。

性即是理と云は伊川の性論の旨じゃ。聚ったから散たからのと云ふものではない。極天而堕。聚散はない。天命の性は万古不易そ。人の死は聚たものの散たの、目出たくはない。人の泪をながす、あぢきないと云も尤なり。されどもそれは知あり覺あり、皆氣から以下のこと。五尺のからだになってからのこと。理に聚散はない。私はかやう々々々しまれたとなり。問ひと云ても不審てはない。言は皆朱子の言で、門人がえときしたことなり。此云やふが心得ちかいはないが、理ばかり云から鬼神の感挌の方、祭の方になって手うすくなり、むつみなくなる。道理のさばきにはよいが、鬼神をさむくする。そこで朱子のわるいとは云はぬ。夫に付て一つ云たもの。なるほど天地万物の出来るに氣と云ものがすてものではない。皆これて出来る。散れば鬼となる。祭鬼禄と云がこのこと。俗の世話にあの人も目出度なられたと云も片の付たこと。いかさま世路さま々々こまることじゃと云。そこでは欲安則死也じゃ。死では火事も雷もこはくはない。迂斎戯れてほどなく目出たくなると云れた。散則為鬼なり。
【解説】
「問、性即是理、不可以聚散言。聚而生、散而死者、氣而已。所謂精神魂魄、有知有覺者、氣也。故聚則有、散則無。若理則亘古今常存。不復有聚散消長也。曰、只是這箇天地陰陽之氣、人與萬物皆得之。氣聚則爲人、散則爲鬼」の説明。気には聚散があるが、性にそれはない。理に聚散はない。しかし、理ばかりで言うのは道理を説くにはよいが鬼神には悪い。天地万物ができるには気といいうものが大事である。散れば鬼になる。
【通釈】
「性即是理」は伊川の性論の旨である。聚まったから散ったからと言うことではない。「極天而堕」。性に聚散はない。天命の性は万古不易である。人の死は聚まったものが散ったのであって目出度くはない。人が泪を流し、どうしようもないと言うのも尤もなこと。しかし、それは知あり覚るありのことで、皆気から以下のことで、五尺の体になってからのこと。理に聚散はない。私はこの様に見ましたと言う。問いと言っても不審ではない。言は皆朱子の言で、門人が絵解きをしたこと。この言い様に心得違いはないが、理ばかりを言うから鬼神の感格の方、祭の方になると手薄になり、睦がなくなる。道理の捌きにはよいが、鬼神を寒くする。そこで、朱子が悪いとは言わずに、それに付いて一つ述べた。なるほど天地万物ができるには気というものが大事である。皆これでできる。散れば鬼となる。祭鬼禄というのがこのこと。俗の世話にもあの人も目出度くなられたと言うのも片の付いたこと。いかにも世路は様々困るものだと言う。そこでは「欲安則死也」である。死ねば火事も雷も恐くはない。迂斎が戯れでほどなく目出度くなると言われた。「散則為鬼」である。
【語釈】
・伊川の性論…近思録道体38を指す。
・極天而堕…
・祭鬼禄…

○受た氣が散ても這箇の理と云があるからたったものうみ出す。人の死んだをそれぎりなりと云か小さい一身からの了簡ぞ。親は死でも子孫を氣でつづく。朱子か氣の一連してあるを云たもの。あちが理つり斗りを云から、其一氣で理でたへぬと云。子孫があれば先祖の精神魂魄は属してある。氣の尽ぬ処に理はある。とかく理と云から氣かあつまりて、それかちりても子孫につづいてあるので又あつめる。つまり理かしんになるなり。形化と云てもそっち斗りでない。やっはり天地からも手傳ふ。氣化と云は造化て出来て、人へわたしても、造化は离れたやふに天地隂陽の理の生々すると、祖考の精神魂魄とがへったり一つなものなり。
【解説】
「然其氣雖已散、這箇天地陰陽之理生生而不窮。祖考之精神魂魄雖已散、而子孫之精神魂魄自有些小相屬」の説明。親は死んでも子孫は気で続く。祖考と子孫の精神魂魄が一つになる。気の尽きない処に理はあり、理はその芯となる。
【通釈】
○受けた気が散っても「這箇之理」があるから絶った物を産み出す。人が死んだのをそれで終わりだと言うのが小さい一身からの了簡である。親は死んでも子孫は気で続く。これは朱子が気の一連してあることを言ったもの。あちらが理吊りばかりを言うから、その一気で理は絶えないと言う。子孫があれば先祖の精神魂魄はそれに属してある。気の尽きない処に理はある。とかく理から気が聚まって、それが散っても子孫に続いてあるのでまた聚める。つまり理が芯になるのである。形化と言ってもこればかりのことでない。やはり天地からも手伝う。気化は造化でできる。人へ渡すと造化は離れた様だが、天地陰陽の理が生々すると、祖考の精神魂魄がべったりと一つになる。

○祭祀之礼云云。誠敬を尽すでなければならぬことぞ。理の方に云分ありては肉がつづいてもひびかぬ。精神魂魄よびかへすが理から氣をよびかへすこと。此章いつも鬼神は氣ををもに云が、此では理で云たもの。問人が理づりにさむく云がら朱子が氣て説てをいて、氣のさらな処がすぐに理ぞと理をあたためて云。先祖の来挌するは子孫の氣の一とつづきゆへ。ぞれと云も理からをこりたこと。親子の一体と云もどこ迠も理が主になる。さて此章あたりから連嵩郷廖子晦の二書のかたへをどす編次そ。排釈録もあの二書でしめてある。此書も二書がしめになる。因で二書へそろ々々しよりを分るに実事を出してかたる。次の條もそのわけなり。
【解説】
「故祭祀之禮盡其誠敬、便可以致得祖考之魂魄。這箇自是難説。看既散後、一似都無了。能盡其誠敬、便有感格。亦縁是理常只在這裏也」の説明。先祖が来格するのは子孫の気が一続きだからだが、それも理から起こったことで、理が主となる。
【通釈】
○「祭祀之礼云云」。誠敬を尽くすのでなければならない。理の方に言い分があっては肉が続いても響かない。精神魂魄を呼び返すというのが理から気を呼び返すこと。この章、いつも鬼神のことは気を主に言うが、ここは理で言ったもの。問う人が理吊りに寒く言うから朱子が気で説いて置いて、気の純な処が直に理だと理を温めて言う。先祖が来格するのは子孫の気が一続きだからである。それと言うのも理から起こったこと。親子一体と言うのも何処までも理が主になる。さてこの章辺りから連嵩卿廖子晦の二書の方へ落とした編次である。排釈録もあの二書で締めてある。この書も二書が締めになる。そこで二書へそろそろ向きを分けるために実事を出して語る。次の条もその向きである。

講後先生謂十次郎曰、虚無と云も寂滅と云もあまりすぢのちがはぬこと。仏には、心もならす身もならず、ならぬものこそ佛なりけり。これかつまり寂滅を知らせた歌なれとも、此歌を受用すると虚無と云にまはることぞ。
【解説】
虚無も寂滅もあまり筋は違わない。
【通釈】
講後、先生が十次郎に言った。虚無と言っても寂滅と言ってもあまり筋は違わない。仏は、心もならず身もならず、ならぬものこそ仏なりけり。これがつまり寂滅を知らせた歌だが、この歌を受用すると虚無に嵌る。
【語釈】
・十次郎…中田重次。東金堀上の人。寛政10年(1798)没。