用之問先生答廖子晦書云條  四月二十一日
【語釈】
・四月二十一日…寛政5年(1793年)4月21日。

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用之問、先生答廖子晦書云、氣之已散者、既化而無有矣。而根於理而日生者、則固浩然而無窮也。故上蔡謂、我之精神、即祖考之精神。蓋謂此也。問、根於理而日生者浩然而無窮、此是説天地氣化之氣否。曰、此氣只一般。周禮所謂、天神、地示、人鬼、雖有三様、其實只一般。若説有子孫底引得他氣來、則不成無子孫底他氣便絶無了。他血氣雖不流傳、他那箇亦自浩然日生無窮。如禮書、諸侯因國之祭、祭其國之無主後者、如齊太公封於齊、便用祭甚爽鳩氏、季萴、逢伯陵、蒲姑氏之屬。蓋他先主此國來、禮合祭他。然聖人制禮、惟繼其國者、則合祭之。非在其國者、便不當祭。便是理合如此、道理合如此、便有此氣、如晉侯夢康叔云、相奪予饗。蓋晉後都帝丘。夏后相亦都帝丘、則都其國。自合當祭不祭、宜其如此。又如晉侯夢黄熊入寢門、以爲鯀之神、亦是此類。不成説有子孫底方有感格之理。便使其無子孫其氣亦未嘗亡也。如今祭勾芒、他更是遠。然既合當祭他、便有些氣。要之、通天地人只是這一氣、所以説、洋洋然如在其上、如在其左右。虚空偪塞、無非此理、要人自看得活。難以言曉也。所以明道答人鬼神之問云、要與賢説無、何故聖人卻説有。要與賢説有、賢又來問某討。説只説到這裏、要人自看得。孔子曰、未能事人、焉能事鬼。而今且去理會緊要道理。少間看得道理通時、自然曉得。上蔡所説、已是煞分曉了。
【読み】
用之問う、先生廖子晦に答うる書に云う、氣の已に散じる者は、既に化して有る無し。而して理に根して日に生ずる者は、則固より浩然として窮まり無し。故に上蔡謂う、我の精神は、即ち祖考の精神なり。蓋し此を謂うなり。問う、理に根して日に生ずる者は浩然として窮まり無しとは、此れは是れ天地氣化の氣を説くや否や。曰く、此の氣は只一般なり。周禮に謂う所の、天神、地示、人鬼は、三様有りと雖も、其の實は只一般なり。若し子孫有る底の他の氣を引き得て來ると説けば、則ち子孫無き底の他の氣は便ち絶無し了ると成さず。他の血氣流傳せずと雖も、他の那箇も亦自ら浩然とし日に生じ窮まり無し。禮書に、諸侯の國の祭りに因りて、其の國の主後無き者を祭が如き、齊の太公の齊に封ずるが如きは、便ち甚の爽鳩氏、季萴、逢伯陵、蒲姑氏の屬を祭るを用いる。蓋し他は先きに此の國に主とし來て、禮は合に他を祭るべし。然るに聖人の禮を制する、惟其の國を繼ぐ者は、則ち合に之を祭るべし。其の國に在る者に非ざれば、便ち當に祭るべからず。便ち是の理は合に此の如くなるべく、道理は合に此の如くなるべき、便ち此の氣有るは、衛成公の康叔を夢みるに、相予の饗を奪うと云が如し。蓋し衛後に帝丘に都す。夏后相も亦帝丘に都すれば、則ち其の國に都す。自ら合に當に祭るべきに祭らざれば、宜く其れ此の如し。又晉侯の黄熊の寢門に入ると夢みるが如きは、以て鯀の神と爲す、亦是れ此の類なり。子孫有る底は方に感格の理有りと説くと成さず。便ち其れ子孫無らかしめば、其の氣も亦未だ嘗て亡びざるなり。如今の勾芒を祭る、他は更ち是れ遠し。然るに既に合に當に他を祭るべきは、便ち些の氣有り。之を要するに、天地人を通じ只是れ這の一氣、洋洋然として其の上に在るが如く、其左右に在るが如しと説く所以なり。虚空偪塞、此の理に非ざること無く、人自ら看得て活すことを要す。言を以て曉し難し。明道の人鬼神の問に答え、賢と無しと説くを要し、何の故に聖人は卻って有りと説く。賢と有ると説くを要せば、賢は又來て某に問いて討と云う所以なり。説けば只這の裏を説到し、人は自ら看得るを要す。孔子曰く、未だ人に事えること能わず、焉んぞ能く鬼に事えん。而今且く緊要の道理を理會し去れ。少間道理を看得て通ずる時、自然に曉り得。上蔡説く所の、已に是れ煞た分曉にし了る。

此條の問の字二つともに用之ぞ。此ごろも云通り、この後にある答廖子晦書が甚大切なこと。あれが佛を論じたことなれとも、仏を論じたで自鬼神のことはすんでくる。○既化而有ることなし。是が儒者のさへたことで、をしげなしに云たこと。尭舜孔子をしいものとしててほしひが、はっと散ると火の消たやうなことでや。君から拜領の蝋燭もとぼしてしまへはきへるぎりぞ。そんならないことじゃと云かと思へば、根於理而日生者、則固浩然而無窮。今日学者が舜の通りに孝行をしたときに、舜かそこへ出てきたやうなもの。そこが上蔡の云我精神が祖考の精神て、祖父も父もとふに死んだが、やっぱりそこに廖子晦への書は天地の氣化でといたかとなり。朱子の、氣と云ものは天地の氣も人の氣もかはることはない、天地か暑ければ人の骸も暑ひ。天地か寒氣の強ときは人の身も寒氣か強い。それゆへ周礼にも天神地示人鬼三つをならへて一般にしてある。
【解説】
「用之問、先生答廖子晦書云、氣之已散者、既化而無有矣。而根於理而日生者、則固浩然而無窮也。故上蔡謂、我之精神、即祖考之精神。蓋謂此也。問、根於理而日生者浩然而無窮、此是説天地氣化之氣否。曰、此氣只一般。周禮所謂、天神、地示、人鬼、雖有三様、其實只一般」の説明。「既化而無有矣」で、化せばなくなってしまうが、廖子晦への書の「根於理而日生者、則固浩然而無窮也」は天地の気化で説いたものかと用之が尋ねた。朱子は、天地の気も人の気も変わることはないと答えた。
【通釈】
この条の「問」の字は二つ共に用之である。先にも言う通り、この後にある答廖子晦書が甚だ大切なこと。あれは仏を論じたものだが、仏を論ずることで自ずから鬼神のことは済んで来る。○「既化而無有矣」。これが儒者の冴えたことで、惜しげなく言った。堯舜孔子は惜しい者なので惜しいが、ぱっと散ると火の消えた様なもの。君から拝領の蝋燭も灯してしまえは消えるだけ。それならないことだと言うかと思えば、「根於理而日生者、則固浩然而無窮」。今日学者が舜の通りに孝行をした時は、舜がそこへ出て来た様なもの。そこが上蔡の言う、我が精神が祖考の精神である。祖父も父もとっくに死んで、そこでやはり廖子晦への書は天地の気化で説いたのかと尋ねた。朱子が、気というものは天地の気も人の気も変わることはない、天地が暑ければ人の骸も暑い。天地が寒気の強い時は人の身も寒気が強い。それで、周礼にも天神地示人鬼の三つを並べて一般にしてあるのである。
【語釈】
・天神地示人鬼…周礼春官宗伯。「大宗伯之職、掌建邦之天神人鬼地示之禮」。

若説有子孫底。子孫あるもの斗りが他の氣をひく。ないものはなくなるとをもふはわるい。今山崎先生の子孫はないが、あの衆のことを思ふと道理はそこへ出てたる。古人の書をよむと古人がそこへ出てくる。根於理たものはかうしたもの。がたい学者が先達遺事は世説めいたと云が、あれをよむと先輩を想像する。そこへはへてくる。三宅先生浅見先生も跡はないけれとも、そこへ出てくる。無いものの出て来やうわない。あるのものゆへ出てくる。今先輩の声色貌を云ても、皆きっと其人有たゆへあり々々と思はるる。実に有たことは霊があるもの。荘子か器用てさま々々云たが寓言ゆへ霊かない。仏か地獄極樂本とないことゆへ霊がない。夲とあることは実理がだん々々出てきて霊になる。
【解説】
「若説有子孫底引得他氣來、則不成無子孫底他氣便絕無了。他血氣雖不流傳、他那箇亦自浩然日生無窮」の説明。子孫のある者だけが他の気を引くと思うのは悪い。古人を思うとその人が出て来る。ないものが出て来ることはないが、あるものは実理によって霊がある。
【通釈】
「若説有子孫底」。子孫のある者だけが他の気を引き、子孫のない者はなくなると思うのは悪い。今山崎先生の子孫はないが、あの衆のことを思うと道理はそこへ出て来る。古人の書を読むと古人がそこへ出て来る。「根於理」とはこうしたもの。そもそも学者が先達遺事は世説めいていると言うが、あれを読むと先輩を想像する。そこへ生えて来る。三宅先生や浅見先生も跡はないが、そこへ出て来る。ないものが出て来ることはない。あるのものなので出て来る。今先輩の声色顔を言っても、皆が確かにその人がいたのでありありと思うことができる。実にあることには霊があるもの。荘子が器用で様々と言ったが、寓言なので霊がない。仏の地獄極楽は本来ないことなので霊がない。本来あることは実理が段々と出て来て霊になる。

○礼書諸矦。王制篇。大名が主後無ものは、其国を領した諸矦か只はをかれぬ。他人あしらいにせうことでない。祭る理があるから祭ればそこへ出てくる。ぞこて齊太公祭られた。ぬけめはない。昔の領主只はをかれぬこととて祭りた。○制礼と云字が人か祭て感するとても、其国につくものは祭るがよい。国をついだてなくては祭らぬ。垩人の礼なぞと云が礼にはいつも義がつく。昏礼に昏義、祭礼に祭義あるぞ。理合如此は理かあるから氣か聚てくる。仁にも姑息、忠にも婦寺の忠。理かなくてはならぬ。乳母なぞが親より乳児を可愛がるもの。さぞ世の中では乳母が乳児の死だに餡餅でも具へるが有ふか、主の子を吾宿で祭る。理がないからひびかぬ。大名も主後あるものは祭るに及す。理があると氣がそこへよる。理のない氣は聚らぬ。姑息の祭はひびかぬ。そこですじあることを出して晋侯康叔を夢に見たれば、そなたが折角祭ても、夏后相が来てひったくると云た。夏后相は禹孫。帝丘に都するものは祭のついでに具へ物はすることじゃが、日比それをせぬから夢みやった。姑さまがさん々々不機嫌だと女などかみる。汗をかいたと云が理のあること。昏礼のときはしたたか姑のきるもの貰て、跡では精進もせぬ。そこで耻入る。女の夢じゃと云れぬことぞ。
【解説】
「如禮書、諸侯因國之祭、祭其國之無主後者、如齊太公封於齊、便用祭甚爽鳩氏、季萴、逢伯陵、蒲姑氏之屬。蓋他先主此國來、禮合祭他。然聖人制禮、惟繼其國者、則合祭之。非在其國者、便不當祭。便是理合如此、道理合如此、便有此氣、如晉侯夢康叔云、相奪予饗。蓋晉後都帝丘。夏后相亦都帝丘、則都其國。自合當祭不祭、宜其如此」の説明。諸侯は後継ぎのない国主を祭るが、主後のある者を祭るのは不要である。理があるからするのである。衛侯が康叔を夢に見ると、夏后相が来てひったくると言ったのは、主後のない夏后相を祭らなかったからである。
【通釈】
○「礼書諸侯」。王制篇。大名で主後のない者は、その国を領した諸侯が放っては置かない。他人あしらいにしようとはしない。祭る理があるから祭ればそこへ出て来る。そこで斉の太公が祭られた。抜け目はない。昔の領主は放っては置けないことだとして祭った。○制礼という字は人が祭って感ずるとことだが、その国を継ぐ者は祭るのがよい。国を継ぐのでなければ祭らない。聖人の礼などというのが、いつも礼に義が付く。昏礼に昏義、祭礼に祭義がある。「理合如此」で、理があるから気が聚まって来る。仁にも姑息、忠にも婦寺の忠。理がなくてはならない。乳母などが親より乳児を可愛がるもの。さぞ世の中では乳母が乳児の死んだのに餡餅でも具えることがあるだろうが、主の子を我が宿で祭るのは理がないから響かない。大名も主後のある者は祭るに及ばない。理があると気がそこへ寄る。理のない気は聚まらない。姑息な祭は響かない。そこで筋のあることを出して、衛侯が康叔を夢に見ると、貴方が折角祭って、夏后相が来てひったくると言った。夏后相は禹の孫。帝丘に都する者は祭の序でに具え物をするが、日頃それをしないから夢を見た。姑様が散々不機嫌だと女などが言う。汗をかくというのが理のあること。昏礼の時にはしたたか姑の着る物を貰って、後には精進もしない。そこで恥じ入る。これは女の夢だとは言えないこと。
【語釈】
・礼書諸矦…礼記上王制。「天子諸侯、祭因國之在其地而無主後者」。
・夏后相…夏の5代目の帝。帝中康の子で、帝少康の父。后羿の家臣である寒澆によって殺される。

黄熊を鯀の神と云もすぢのある。このこと、国語にもあり。左傳昭公七年にあり。凡夫はとかくこはひ夢をみるもの。このやうな類でみると筋があれは、かうした夢もみる。古へ鯀と云人があれは、鯀と云理はいつ迠もある。亡びはてはせぬ。向芒。月令。今の荒神祭と云やうなこと。句芒はのったと祭りそもないものだが、これが俗の祭のよいことてはないが、祭るべきすべがあれはあの久ひことの句芒でも神はある。亡たとのこと。ぞこへ云たもの。○天地一氣。天地と云父母が有て、それから出来たもの。鬼神為德盛哉。あれは天地の鬼神じゃが、使承齊明盛服祭祀の一節は天地の鬼神も人の鬼神もこめたもの。章句はもっと親切に人で云たもの。
【解説】
「又如晉侯夢黄熊入寢門、以爲鯀之神、亦是此類。不成説有子孫底方有感格之理。便使其無子孫其氣亦未嘗亡也。如今祭勾芒、他更是遠。然既合當祭他、便有些氣。要之、通天地人只是這一氣、所以説、洋洋然如在其上、如在其左右」の説明。古に鯀という人がいれば、鯀という理はいつまでもあり、亡びはしない。祭るべき理があれば、神は宿る。天地は一気だから、祭れば神が来る。
【通釈】
黄熊を鯀の神と言うのも筋がある。これは国語にあり、左伝昭公七年にもある。凡夫はとかく恐い夢を見るもの。この様な類で、見る筋があればこうした夢も見る。古に鯀という人があれば、鯀という理はいつまでもある。亡び果てはしない。「勾芒」。月令。今の荒神祭りという様なこと。勾芒はのったと祭りそうもないものだが、これが俗の祭がよいということではないが、祭るべき術があれば、あの久しいことの句芒にでも神はある。亡びないこと。そこを言ったもの。○「天地一気」。天地という父母があって、それからできたもの。「鬼神為徳盛哉」、あれは天地の鬼神だが、「使承斉明盛服祭祀」の一節は天地の鬼神も人の鬼神も込めたもの。中庸章句はもっと親切に人で言ったもの。
【語釈】
・国語…晋語8。
・左傳昭公七年…左伝昭公七年。「今夢黄熊入于寢門、其何厲鬼也。對曰、以君之明、子爲大政、其何厲之有。昔堯殛鯀于羽山、其神化爲黄熊、以入于羽淵、實爲夏郊。三代祀之。晉爲盟主、其或者未之祀也乎。韓子祀夏郊、晉侯有間」。
・鬼神為德盛哉…中庸章句16。「子曰、鬼神之爲德、其盛矣乎。視之而弗見、聽之而弗聞、體物而不可遺。使天下之人齊明盛服、以承祭祀。洋洋乎。如在其上、如在其左右」。

○虚空、そらのこと。偪塞、一はいにみちたこと。よこへもたてへも身うごきのならぬ程道理でふさがりきってをること。爰はてん々々の見識しだいでよく合点ゆくとさてもと云こと。要見得活。近思禄で西の銘をきくと、人欲をつぶして仁になることと云。尤あたり前じゃが、あれで鬼神のこともすむ。活看はそこなり。医者も偏論を主張するはわるけれとも、さま々々病因を論じてはたらきのあるで療治が手に入る。只いつも々々々頭を付ではいかぬ。
【解説】
「虚空偪塞、無非此理、要人自看得活。難以言曉也」の説明。自分自身でよく見て活かせば合点する。
【通釈】
○「虚空」、空のこと。「偪塞」、一杯に充ちたこと。横へも縦へも身動きのできないほどに道理で塞がり切っていること。ここは各自の見識次第でよく合点が行くと実にそうだと言うこと。「要見得活」。近思録で西の銘のことを聞けば、人欲を潰して仁になることだと言う。それは尤もで当たり前のことだが、あれで鬼神も済む。「活看」はそこ。医者も偏論を主張するのは悪いが、様々な病因を論じ、働きがあることによって療治が手に入る。いつも頭をひねっていてはうまく行かない。
【語釈】
・西の銘…近思録為学89。

○答人鬼神之問。人の字は上蔡があてぞ。問手がそれじゃゆへ、明道のかう云はれたぞ。傳受ことをかくしたの、むこい人だのと云ことでない。呑込たから上蔡が答底の話じゃ。あれて答たのじゃと云れた。朱子がそれを又あそこは箸そ取てくくめるやうにはならぬと云れた。孔子焉能々々と云しゃりたではないが。事人かならぬに鬼には事へられた。生た人に事へやうのよいで鬼に事へらるる。あの人心もないやうな瞽叟か底豫したは鬼神の来挌したのじゃ。外に外に緊要とてはない。鼻のさきの道理に合点せよとぞ。上蔡語禄ににた所、鬼神のことをよくといた。あれで平だが、さへて云なら分曉にし了ると云たは答底の話と云たが、分曉了だと云てもよい。答のないのか答じゃ。明道の云はなしも孔子の答子路たも答底の話と云やうに思はれぬことだ。聞手がよくなくてはならぬ。吾不如老圃も答たことじゃ。あれからひらけばよいに、樊遲うかとして去りた。ぞこて小人哉ぞ。あれが子貢なれば、夫子不助のずんが出よう。
【解説】
「所以明道答人鬼神之問云、要與賢説無、何故聖人卻説有。要與賢説有、賢又來問某討。説只説到這裏、要人自看得。孔子曰、未能事人、焉能事鬼。而今且去理會緊要道理。少間看得道理通時、自然曉得。上蔡所説、已是煞分曉了」の説明。上蔡への明道の答えや、子路や樊遲への孔子の答えなどは答えとは思えないが、これが答えなのである。聞き手がよくなくては、それはわからないこと。
【通釈】
○「答人鬼神之問」。人の字は上蔡を言ったこと。問い手が彼なので、明道がこの様に言われた。伝受事を隠したとか、酷い人だということではない。飲み込んでいた上蔡への答え方である。あれで答えたのだと言われた。朱子がそれをまた、あそこは箸を取って括める様にはならないと言われた。孔子が「焉能」と言われたではないか。人に事えることができないのに、鬼に事へることはできない。生きた人によく事えるので鬼にも事えられる。あの人心もない様な瞽瞍が底豫したのは鬼神が来格したのである。外に緊要なことはない。鼻の先の道理を合点しなさいと言う。上蔡語録に似た所があり、鬼神のことをよく説いてある。あれで落ち着くが、冴えて言えば、分曉にして了るというのは答底の話だと言ったが、分曉了だと言ってもよい。答えのないのが答えである。明道の言いっ放しも孔子の子路に答えたのも答底の話という様に思えないこと。聞き手がよくなくてはならない。「吾不如老圃」も答たこと。あれから啓けばよいのに、樊遲はうっかりとして去った。そこで「小人哉」と言う。あれが子貢であれば、「夫子不為」と言っただろう。
【語釈】
・焉能…論語先進11。「季路問事鬼神。子曰、未能事人。焉能事鬼。敢問死。曰、未知生、焉知死」。
・瞽叟か底豫…孟子離婁章句上28。「舜盡事親之道而瞽瞍厎豫。瞽瞍厎豫而天下化。瞽瞍厎豫而天下之爲父子者定。此之謂大孝」。
・吾不如老圃…論語子路4。「樊遲請學稼。子曰、吾不如老農。請學爲圃、曰、吾不如老圃。樊遲出。子曰、小人哉、樊須也。上好禮、則民莫敢不敬。上好義、則民莫敢不服。上好信、則民莫敢不用情。夫如是、則四方之民、襁負其子而至矣。焉用稼」。
・夫子不助…論語述而14。「冉有曰、夫子爲衞君乎。子貢曰、諾、吾將問之。入曰、伯夷、叔齊何人也。曰、古之賢人也。曰、怨乎。曰、求仁而得仁、又何怨。出曰、夫子不爲也」。


問鬼神以祭祀條
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問、鬼神以祭祀而言。天地山川之屬、分明是一氣流通、而兼以理言之。人之先祖、則大概以理爲主、而亦兼以氣魄言之。若上古聖賢、則只是專以理言之否。曰、有是理、必有是氣、不可分説。都是理、都是氣。那箇不是理、那箇不是氣。問、上古聖賢所謂氣者、只是天地間公共之氣。若祖考精神、則畢竟是自家精神否。曰、祖考亦只是此公共之氣。此身在天地間、便是理與氣凝聚底。天子統攝天地、負荷天地間事、與天地相關、此心便與天地相通。不可道他是虚氣、與我不相干。如諸侯不當祭天地。與天地不相關、便不能相通。聖賢道在萬世、功在萬世。今行聖賢之道、傳聖賢之心、便是負荷這物事。此氣便與他相通。如釋奠列許多籩豆、設許多禮儀、不成是無此姑謾爲之。人家子孫負荷祖宗許多基業、此心便與祖考之心相通。祭義所謂、春禘秋嘗者、亦以春陽來則神亦來、秋陽退則神亦退、故於是時而設祭。初間聖人亦只是略爲禮以達吾之誠意、後來遂加詳密。
【読み】
問う、鬼神は祭祀を以て言う。天地山川の屬は、分明に是れ一氣流通して、兼て理を以て之を言う。人の先祖は、則ち大概理を以て主と爲して、亦兼て氣魄を以て之を言う。上古聖賢の若きは、則ち只是れ專ら理を以て之を言うや否や。曰く、是れ理有り、必ず是れ氣有り、分説す可からず。都て是れ理、都て是れ氣なり。那箇が是れ理ならざれば、那箇が是れ氣ならざらん。問う、上古聖賢の謂う所の氣なる者は、只是れ天地間公共の氣なり。祖考精神の若きは、則ち畢竟是れ自家の精神なりや否や。曰く、祖考も亦只是れ此の公共の氣なり。此の身天地の間に在れば、便ち是れ理と氣と凝聚する底なり。天子は天地を統攝し、天地の間の事を負荷し、天地を相關して、此の心は便ち天地と相通ず。他は是れ虚氣、我と相干せずと道う可からず。諸侯の如きは當に天地を祭るべからず。天地と相關せざれば、便ち相通ずること能わず。聖賢は、道は萬世に在り、功は萬世に在り。今聖賢の道を行い、聖賢の心を傳えれば、便ち是れ這の物事を負荷す。此の氣は便ち他と相通ず。釋奠の許多の籩豆を列し、許多の禮儀を設けるが如きは、是れ此れ無ければ、姑く謾に之を爲すと成さず。人家の子孫、祖宗許多の基業を負荷し、此の心は便ち祖考の心と相通ず。祭義に謂う所の、春禘秋嘗なる者も、亦春陽來れば則ち神も亦來、秋陽退けば則ち神も亦退くを以て、故に是の時に於てして祭を設ける。初間聖人亦只是れ略禮を爲し以て吾の誠意を達す、後來遂に詳密を加う。

以祭祀と云が第一儒者には入用な語ぞ。祭のないに鬼神話はない。今日はただ吟味ぞ。道の明にないとき、子思作中庸。朱子の近思禄編れたも衰世の思召ぞ。祭祀のためにさぞ古は鬼神話がありたであらふ。道体の名義の為ではない筈。以理言之。祭る祭らぬのあやは理が主ぞ。人の祭先祖は先祖の有たと云か主になる。今五十にもなるものの母の一人も有ると云は上もない目出たいこと。田舎にはあるが江戸などには稀れなことすくない。今生たをやのあるは子の身では悦ぶことぞ。先祖は今ないものだが、其理のある処に氣の魄と云ものが残って有から祭らるる。上古の垩神は氣のつづきないから余の理だらふと問ふなり。よくわけはつけたが、是が理と氣をぶつきれに云たもの。初心な問ぞ。古の垩賢を祭るに理斗りで氣がないと云は初心なぞ。理があれは氣がある。論吾をよむに太極とはをもはぬ。これが孔子のと思ふ。そこは氣ぞ。無極而太極とよむときはどふでも周子のと云心がある。そこは氣ぞ。論吾をよむにも太極図よむにも氣と理がある。
【解説】
「問、鬼神以祭祀而言。天地山川之屬、分明是一氣流通、而兼以理言之。人之先祖、則大概以理爲主、而亦兼以氣魄言之。若上古聖賢、則只是專以理言之否。曰、有是理、必有是氣、不可分説」。先祖を祭るには理を主としても気が残っているから祭ができるが、聖賢を祭る際は、気の続きがないから理だけでするのだろうとの問いに、理だけではなく、気もあると答えた。論語には孔子の気があり、太極図説には周子の気がある。
【通釈】
「以祭祀」というのが儒者には第一に入用な語である。祭がなければ鬼神話はない。今日はただ吟味をするだけ。道が明でない時に「子思作中庸」。朱子が近思録を編まれたのも衰世の思し召しである。祭祀のためにさぞ古は鬼神話があったことだろう。道体の名義のためではない筈。「以理言之」。祭るか祭らないかの綾は理が主である。人が先祖を祭るのは、先祖がいたということが主になる。今五十にもなる者に母が一人いるということはこの上もない目出度いこと。田舎にはあるが江戸などには稀で少ないこと。今生きた親がいるのは子の身にとっては悦ぶこと。先祖は今いないが、その理のある処に気の魄というものが残ってあるから祭ができる。上古の聖賢は気の続きがないから理だけだろうと問うた。よくわけは付けたが、これが理と気をぶつ切れに言ったもので、初心な問いである。古の聖賢を祭るのに理ばかりで気がないと言うのは初心である。理があれは気がある。論語を読むのは太極だとは思わない。これは孔子の語と思う。そこは気である。無極而太極と読む時はどうでも周子という心がある。そこは気である。論語を読むにも太極図を読むにも気と理とがある。
【語釈】
・子思作中庸…中庸章句序。「中庸何爲而作也。子思子憂道學之失其傳而作也」。
・無極而太極…近思録道体1。太極図説。

都是理、都是氣。こちはこち、あちはあちと云の云やうではない。那箇か々々々と云かせきみになって云たこと。どこに理でないがあらふ。どこに氣てないがあらふと乘って云たこと。中庸て至誠無見、不息則誠とたたみかけ々々々々々云てあるを、直方先生のせくこともないにと云れた。親切に人に合点させふと云とき、たたみかけ々々々々々なり。はてさて理氣と云ものが一つものだとなり。初心な内ばかたく心得て、たとへは酒を呑めば暖まる。餅を喰へは腹がはると思ふやうなもの。されとも餅でも暖まり、酒て腹のはることもある。両方の役をするものぞ。理氣のあつかひもそのいきぞ。医者が人の體をいじりまはすと云ても、議論が高いから古法家かよくきこへるが、むまみは却て後世になる。和らな藥でよくあつかふ塲がある。わからぬやうでもよい手がある。理氣と云が一隂一陽之謂道と云が元祖になってはなれたものではない。問に云そこないはない。垩賢の神灵を祭ると云は理には極りた。そうないと学者が孔子の紋所を付るになる。わけやうにまちがひはないが、あまりはなしすぎる。
【解説】
「都是理、都是氣。那箇不是理、那箇不是氣」の説明。気と理は何処にでもある。「一陰一陽之謂道」と言う様に、理気は離れたものではない。
【通釈】
「都是理、都是気」。こちらはこちら、あちらはあちらと言う様なことではない。「那箇」というのか急いて言ったこと。何処に理でないことがあるだろう。何処に気でてないことがあるだろうと乗って言ったこと。中庸で「至誠無息、不息則誠」と畳み掛けて言ってあるのを、直方先生が急くこともないのにと言われた。親切に人に合点させようという時に畳み掛けるのである。はてさて理気というものが一つのものだと言う。初心な内は固く心得る。たとえば酒を飲めば暖まる。餅を喰えば腹が張ると思う様なもの。しかしながら、餅でも暖まり、酒で腹の張ることもある。両方の役をするもの。理気の扱いもその様なこと。医者が人の体を弄り回すと言っても、議論が高いから古法家がよく思えるが、甘味は却って後世にある。和らな薬でよく扱う場がある。わからない様でもよい手がある。理気は「一陰一陽之謂道」が元祖になり、離れたものではない。問いに言い損ないはない。聖賢の神霊を祭るというのは理に極まったこと。そうでないと学者が孔子の紋所を付けることになる。分け様に間違いはないが、あまりに離し過ぎる。
【語釈】
・至誠無見、不息則誠…中庸章句26。「故至誠無息。不息則久、久則徴」。
・一隂一陽之謂道…易経繋辞伝上5。「一陰一陽之謂道。繼之者善也、成之者性也。仁者見之謂之仁、知者見之謂之知、百姓日用而不知。故君子之道鮮矣」。

○所謂と有ても上古の垩神の仰られた氣と云はと云ことでない。上古の垩神は天地公共の氣で、伏義から孔子までの垩人たち、上古の垩神で申す氣と云ものは天地と共の氣で、同姓ではごさらぬが祖考は肉つづきじゃと云語意なり。爰ても手に入らぬ云分ん。祖考だとても天地公共の氣の外ではない。弟子かせつな々々々筋を付て云から、いや祖考は肉つづきと云やるか、それも外のものの有ふはづはない、公共の氣じゃとなり。魚でよくみるべし。あれが始は氣化で水のかたまったもの。鯔のをぼこの形化でうみ出すなれとも、やはり水でをる。とれとも凝聚するて出来た。よくおもへば氣化も同ことだ。形化になってから耳目鼻口が挌段よくなったと云こともない。氣化であれ形化であれ一つこと。これ天地間のがれられぬ。一氣中なり。
【解説】
「問、上古聖賢所謂氣者、只是天地間公共之氣。若祖考精神、則畢竟是自家精神否。曰、祖考亦只是此公共之氣。此身在天地間、便是理與氣凝聚底」の説明。上古の聖賢は天地公共の気によって肉続きとなっている。天地の間は一気だから、気化も形化も同じこと。
【通釈】
○「所謂」とあっても、上古の聖賢の仰せられた気とはということではない。上古の聖賢は天地公共の気で、伏羲から孔子までの聖人達のこと、上古の聖賢で申す気というものは天地と共の気で、同姓ではないが祖考は肉続きだという語意である。ここもわかり難い言い分である。祖考だとしても天地公共の気の外ではない。弟子が切ない筋を付けて言うから、いや、祖考は肉続きだと言ったが、それも外のものがある筈はなく、公共の気だと言う。魚でよく見なさい。あれの始まりは気化で水が固まったもの。鯔はおぼこを形化で産み出すが、やはり水にいる。どれも凝聚するのでできる。よく思えば気化も同じこと。形化になってから耳目鼻口が格段によくなったということもない。気化であれ形化であれ一つこと。これが天地の間に逃れられないこと。一気中である。
【語釈】
・をぼこ…ボラの幼魚。

○人と云へは一つじゃが、又身分んでちがふと云ことが尤なこと。それをあとへ出す。どう見ても西銘がよい。大君者吾父母の宗子、天の惣領じゃ。天子も六尺の骸なれとも、天地間のことがあなたへかかる。負荷と云がのがれられぬ。天下に禎祥が有ふが妖蘗が有ふがをれが知たことでないとは云はれぬ。又浪人は彗星が出やうが近か星が出やうが搆ふことはない。惻隠羞悪は一つことでも任と云て身分んか違ふ。厳子陵が光武の胸へ足をあげて寐たれは、直に天象にあらはれたと云。それほどひびくに、天子は天地を祭ら子はならぬ。動ぬことじゃ。学者の身分でさへ西銘のよく合点すれは最一人親が出来たと云。ましてじきの跡とりじゃ。諸矦は百万石取てもあつかられぬ。なぜなれは、をれが天地と云塲がない。あづかるあつからぬがのっぴきならぬことぞ。いつもの例では爰へ大夫祀五祀が出るが、爰で出さぬも靣白ひ。ここは負荷と云字の精彩なり。
【解説】
「天子統攝天地、負荷天地間事、與天地相關、此心便與天地相通。不可道他是虚氣、與我不相干。如諸侯不當祭天地。與天地不相關、便不能相通」の説明。一気で言えば人で違いはないが、身分からは違って来る。天子は天の惣領だから、天地を祭らなければならない。天子でない者はそれをすることはならない。
【通釈】
○人として言えば一つだが、また、身分で違うというのが尤もなこと。それを後へ出す。どう見ても西銘がよい。「大君者、吾父母宗子」で天子は天の惣領である。天子も六尺の骸だが、天地間のことが貴方に掛かっている。「負荷」というので逃れられない。天下に禎祥があろうが妖怪があろうが俺の知ったことでないとは言えない。また、浪人は彗星が出ようが近星が出ようが構うことはない。惻隠羞悪は同じでも、任じる身分で違う。厳子陵が光武の胸へ足を上げて寝ると、直に天象に現れたと言う。それほど響くことなので、天子は天地を祭らなければならない。それは確かなこと。学者の身分でさえ西銘をよく合点すればもう一人親ができたと言う。ましてや直の跡取りである。諸侯は百万石取っていてもこれには与れない。何故かと言うと、俺の天地と言う場がない。与る与らないがのっぴきならないこと。いつもの例ではここへ「大夫祀五祀」が出るが、ここでそれを出さないのも面白い。ここは負荷という字の精彩である。
【語釈】
・西銘…近思録為学89。「大君者、吾父母宗子、其大臣、宗子之家相也」。
・近か星…月の近くに星が見えること。不吉な前兆とされる。
・厳子陵が光武の胸へ足をあげて寐た…
・大夫祀五祀…礼記曲礼下。「天子祭天地。祭四方、祭山川、祭五祀、歳遍。諸侯方祀、祭山川、祭五祀、歳遍。大夫祭五祀、歳遍。士祭其先」。

○道在萬世、功在萬世。日蓮宗御命講は萬世に有ふとも、ありゃ僧の礼式一通りじゃ。ほんぽあの宗旨を負荷と云はないぞ。学者も其通りそ。爰らは近思よむにもただではない。為萬世開太平、大きなこと。横渠以上でなくてはならぬ。伊川の敉千載之後、傷斯文之湮晦とある。道を任じた御心からぞ。今吾黨ですはと云と漢唐夢をとくと云ても、只のは役に立ぬ。このやうな精彩からでなふてはならぬ。○此氣與他相通。周程張朱のやうな方は通するぞ。鬼神のことにはのいたやうなことじゃが、直方先生が道學標的を編んで孔曽思孟と周程張朱と八人出されたが旨あること。靖獻遺言の八人衆とはちがふ。学者がいかほどつよみが有ても、後は段々俗になるもの。中々只の強みではゆかぬ。俗になると只の者になる。只の者になると無学の武人の如く心が俗になる。そこで垩賢の道統の筋は傳へられた。一通りに靖獻遺言めいてもゆかぬものぞ。
【解説】
「聖賢道在萬世、功在萬世。今行聖賢之道、傳聖賢之心、便是負荷這物事。此氣便與他相通」の説明。学者は「為万世開太平」と言った横渠や伊川の様に道を任じなければならない。それでなければ聖賢には通じない。学者も後には俗になるもの。
【通釈】
○「道在万世、功在万世」。日蓮宗御命講は万世にあろうとも、あれは僧の礼式一通りのこと。全くあの宗旨を負荷と言うことはないこと。学者もその通りで、ここ等のことは近思を読むにしてもただのことではない。「為万世開太平」で大きなこと。横渠以上でなくてはならない。伊川も「数千載之後、悼斯文之湮晦」とある。それは道を任じた御心からのこと。今我が党で何かと言えば漢唐夢を説くと言うが、ただの者は役に立たたない。この様な精彩からでなくてはならない。○「此気与他相通」。周程張朱の様な方は通ずる。鬼神のことには外れた様だが、直方先生が道学標的を編んで孔曽思孟と周程張朱とを八人出されたのが意趣あること。靖献遺言の八人衆とは違う。学者はどれほど強みがあっても、後には段々と俗になるもの。中々普通の強みではうまく行かない。俗になると普通の者になる。普通の者になると無学の武人の様に心が俗になる。そこで聖賢の道統の筋を伝えられた。一通りに靖献遺言めいてもうまく行かないもの。
【語釈】
・日蓮宗御命講…
・為萬世開太平…近思録為学95。「爲天地立心、爲生民立道、爲去聖繼絶學、爲萬世開太平」。
・敉千載之後、傷斯文之湮晦…近思録致知49。「予生千載之後、悼斯文之湮晦、將俾後人沿流而求源」。

○釋奠云云。これからはちとをもぞりをかへてよむことぞ。漢唐からの礼式が垩賢の礼が残ったものゆへ、学挍で舎菜をする。それもまあと云て役目にするではない。さてそこへ人家の子孫を云たは骨肉と云斗りではない。外に基業を負荷すると云に入用なことがある。諸矦には百世不遷の廟と云がある。父子の親歴々と庶人にかはることはないが、庶人無廟と云て称を祭る斗りぞ。それが基業だけちがふ。程子の庶人も高祖の服はあるからは、高祖の祭の有まい筈はないとて以義起した。四世を祭ることにされたは、これは又挌段の滋味旨哉そ。定りて大名には百世不遷がある。自余の者にはないも基業によるぞ。されともそれも一つ云はふなら、林家が諸矦と云ではないが、道春なぞと云衆があの家では百世不遷にせ子はならぬこと。狩野家でもそれなり。探幽その外家々に有ふこと。今は世禄ゆへ官醫の家にも基業をこしつ人を祭らふこと。其人の基業か今迠つづく。大久保彦左ェ門どのなと基業がちがふ。大名さへ名のしれぬもあるに、あの衆天下へ知れてある。それか基業でのこと。この話は別なことなれとも、此筋のことが鬼神集説にないゆへ云ことぞ。されとも不遷之庿と題名をすれは僭ぞ。元祖の功德あるのを遷して何でもないのから祭るは、いかに大夫以下の子孫でも安心せぬことなり。
【解説】
「如釋奠列許多籩豆、設許多禮儀、不成是無此姑謾爲之。人家子孫負荷祖宗許多基業、此心便與祖考之心相通」の説明。大名には百世不遷の廟があるが、それは基業を起こした人がいるからである。しかし、庶人も高祖の服はあるので、四世を祭ることを程子は勧めた。また、諸侯でなくても、林家や狩野家などには基業を起こした人がいる。
【通釈】
○「釈奠云云」。これからは少し趣を変えて読みなさい。漢唐からの礼式には聖賢の礼が残っているので、学校で舎菜をするが、それもまあと言って役目でするのは悪い。さてそこへ人家の子孫を言ったのは、骨肉というだけではなく、外に基業を負荷するということに入用なことがある。諸侯には百世不遷の廟がある。父子の親が歴々と庶人とに変わることはないが、「庶人無廟」と言い、称を祭るだけである。それは基業なだけ違う。程子が、庶人も高祖の服はあるのだから、高祖の祭がない筈はないとして義を以って起こした。四世を祭ることにされたのは、これはまた格段の滋味旨哉である。確かに大名には百世不遷がある。その外の者にはないのは基業がないからである。しかし、一つ言うとすれば、林家は諸侯というのではないが、道春などという衆があの家では百世不遷にしなければならないこと。狩野家でもそれ。探幽など、その外の家々にもあるだろう。今は世禄なので、官医の家でも基業を起こした人を祭るべきである。その人の基業が今まで続く。大久保彦左衛門殿などの基業は違ったもの。大名さえ名の知れない者もあるのに、あの衆は天下へ知れ渡っている。それが基業でのこと。この話は別なことだが、この筋のことが鬼神集説にないから言うのである。しかし、不遷之廟と題名をすれは僭越である。元祖の功徳ある者を遷して何でもない者から祭るのは、いかに大夫以下の子孫でも安心しないこと。
【語釈】
・庶人無廟…礼記祭法。「庶士庶人無廟、死曰鬼」。

○祭義所謂云云。これはずっと元来のことを云たと。小学は小児のことゆへ祭こともずっとぶっつけに礼から云かと云に春雨露既濡云云、秋霜露既降云云がある。あれからかたるでよい。隂陽の片るるかはりめ々々々々に春雨か降ったぞ、水霜が来たぞよと云処にどうしたことか人心にひびくはつと云やうな感かある。此やふなきっかけがあると云て祭は起ったことそ。春禘秋嘗は天子の先祖祭りじゃ。陽氣がくれは先祖の氣も来る。隂氣につれては先祖の氣が来る。秋嘗てする。如祥密は周監二代而郁郁乎文哉じゃ。始はこのひびきからですることでざっとでもあるが、後は大ふこまかに結搆にもなりた。
【解説】
「祭義所謂、春禘秋嘗者、亦以春陽來則神亦來、秋陽退則神亦退、故於是時而設祭。初間聖人亦只是略爲禮以達吾之誠意、後來遂加詳密」の説明。陰陽の変わり目が人身に響くことから祭は起こった。最初は粗いものだったが、後には細かで結構なものとなった。
【通釈】
○「祭義所謂云云」。これはずっと元来のことを言ったこと。小学は小児のことなので祭事もずっと直に礼から言うかと思えば「春雨露既濡云云、秋霜露既降云云」がある。あれから語るのでよい。陰陽の変わり目に春雨が降った、水霜が来たと言う処にどうしたことか人心に響く筈という様な感がある。この様な切っ掛けがあるというので祭は起こったのである。「春禘秋嘗」は天子の先祖の祭である。陽気が来れば先祖の気も来る。陰気に連れて先祖の気が来る。秋嘗でする。「加詳密」は「周監二代而郁郁乎文哉」である。初めはこの響きからのことで粗いものだったが、後は大分細かで結構なものとなった。
【語釈】
・祭義…礼記祭義。「祭不欲數。數則煩、煩則不敬。祭不欲疏。疏則怠、怠則忘。是故君子、合諸天道。春禘秋嘗、霜露既降、君子履之、必有悽愴之心、非其寒之謂也。春雨露既濡、君子履之、必有怵惕之心、如將見之。樂以迎來、哀以送往。故禘有樂而嘗無樂」。
・小学…小学明倫。
・周監二代而郁郁乎文哉…論語八佾14。「子曰、周監於二代、郁郁乎文哉。吾從周」。


陳後之問祖宗條
91
陳後之問、祖宗是天地間一箇統氣、因子孫祭享而聚散。曰、這便是上蔡所謂、若要有時、便有。若要無時、便無。是皆由乎人矣。鬼神是本有底物事。祖宗亦只是同此一氣。但有箇總腦處。子孫這身在此、祖宗之氣便在此、他是有箇血脈貫通。所以神不歆非類、民不祀非族、只爲這氣不相關。如天子祭天地、諸侯祭山川、大夫祭五祀。雖不是我祖宗、然天子者天下之主、諸侯者山川之主、大夫者五祀之主。我主得他、便是他氣又總統在我身上。如此便有箇相關處。
【読み】
陳後之問う、祖宗は是れ天地の間一箇の統氣、子孫祭享に因りて聚散す。曰く、這れ便ち是れ上蔡の謂う所の、若し有るを要する時は、便ち有り。若し無きを要する時は、便ち無し。是れ皆人に由る。鬼神は是れ本有る底の物事。祖宗も亦只是れ此の一氣を同じくす。但箇の總腦の處有り。子孫の這の身此に在れば、祖宗の氣も便ち此に在り、他は是れ箇の血脈貫通する有り。神の非類を歆けず、民の非族を祀らざる所以は、只這の氣の相關せざるが爲なり。天子は天地を祭り、諸侯は山川を祭り、大夫は五祀を祭るが如し。是れ我が祖宗ならずと雖も、然れども天子は天下の主、諸侯は山川の主、大夫は五祀の主なり。我は他を主とし得れば、便ち是れ他の氣も又總統し我が身上に在り。此の如くんば便ち箇の相關する處有り。

天地の氣と云ても先祖の氣と云ても一つに棒を引たやうなぞ。一箇統氣。そうなくては直方の云鬼神屋鋪がたをすと云のぞ。誰か鬼神は爰、彼れか魂魄は彼しことかまへてはない。天地の氣とべったり一つに成てをる。そこを子孫が祭るで新しく出てくる。祭るも来挌するも皆爰てないこと。○要有時、便有。要無時、便無。上蔡語録。有るは祭ること。無はすててをけと云のぞ。生た親すててをけと云ては中々がてんはせぬ。隱居所からしたたか訶られる。鬼神はこちしたいになる。あの方からなせ祭らぬと催促はない。皆是依人。鬼神は祭れば有り、祭ら子はない。鬼神の分にないことを云て、さて、元有底物事が靣白ひ。有底てないから垩人か鬼神をこしらへ初めたになる。それではふやしたになる。
【解説】
「陳後之問、祖宗是天地間一箇統氣、因子孫祭享而聚散。曰、這便是上蔡所謂、若要有時、便有。若要無時、便無。是皆由乎人矣。鬼神是本有底物事。祖宗亦只是同此一氣」の説明。鬼神や魂魄に何処という特定の場はなく、天地の気と一体になっている。鬼神は人次第であり、祭ればあり、祭らなければない。そこで、本来はあるものである。
【通釈】
天地の気と言っても先祖の気と言っても一つに棒を引いた様なこと。「一箇統気」。そうでなくては直方の言う、鬼神屋敷が倒れるになる。誰の鬼神はここ、彼の魂魄はそこと構えるのではない。天地の気とべったり一つになっている。そこを子孫が祭るので新しく出て来る。祭るのも来格するのも皆ここだということではない。○「要有時、便有。要無時、便無」。上蔡語録。ある時は祭る。無なければ放って置く。生きた親を捨てて置けと言っては中々合点はしない。隠居所から大層訶られる。鬼神はこちら次第になる。あちらから何故祭らないのかとの催促はない。「皆由乎人」。鬼神は祭ればあり、祭らなければない。鬼神が特別なことでないことを言い、さて、「本有底物事」が面白い。有底でないから聖人が鬼神を拵え始めたと言うのは、鬼神を増やしたことになる。

○但有箇惣脳處。先年土屋侯の家士が迂斉に云た。吾からだはすぐに親。親からは祖父、祖父から曽祖、推してみれは一とつづきじゃと云た。学者でもなかったが、先人も感しられた。此からだが惣脳ぞ。父祖の血脉が貫通してある。顔の親に似た。愈々よい。それなりとも血脉貫通はたしかなり。神不歆非類、民不祀非族。相あつからぬゆへぞ。血肉相養は云にも及ぬこと。天地祖宗へ箇の統氣で云たか、其外に相關るものは關ることあるぞ。天子は天下、諸矦は山川、大夫は五祀。門の出入りの井の水くむのと云は小作人も啇人もすることだに、なぜ大夫斗りが祭ると云たときに、いくら出入せうとも太夫が主の祭ると云字が重い礼式てあるから、大夫以上てなくてはならぬ。只者のならぬこと。庶人も門や井をもち、かまども元よりあれども、五祀の祭は大夫以上と云は身分による。庶人はせぬと云は、小児が人に紙鳶もらふてもせんべいでも、返礼の入ぬやうなもの。
【解説】
「但有箇總腦處。子孫這身在此、祖宗之氣便在此、他是有箇血脈貫通。所以神不歆非類、民不祀非族、只爲這氣不相關。如天子祭天地、諸侯祭山川、大夫祭五祀。雖不是我祖宗、然天子者天下之主、諸侯者山川之主、大夫者五祀之主。我主得他、便是他氣又總統在我身上。如此便有箇相關處」の説明。血脈貫通しているから祭る。血脈に与らない者は祭らない。大夫が五祀を祭るのは重いことだから、庶人はしてはならない。それは、する必要がないということ。
【通釈】
○「但有箇惣脳処」。先年土屋侯の家士が迂斎に言った。自分の体は直に親。親からは祖父、祖父から曾祖、推して見れば一続きだと言った。学者でもなかったが、先人も感じられた。この体が惣脳である。父祖の血脈が貫通してある。顔が親に似ている。それは愈々よい。それだけでも血脈貫通は確かなことである。「神不歆非類、民不祀非族」。相与らないからである。血肉相養うのであれば言うにも及ばない。天地祖宗へは箇の統気で言ったが、その外に相関わる者には関わることがある。天子は天下、諸侯は山川、大夫は五祀。門の出入りや井の水を汲むというのは小作人も商人もすることだが、何故大夫だけが祭るのかと言うと、いくら出入しようとも、大夫が主を祭るという字が重い礼式だから、大夫以上でなくてはならないのである。ただの者ではならないこと。庶人も門や井を持ち、竈も固よりあるが、五祀の祭は大夫以上と言うのは身分によること。庶人はしないと言うのは、小児が人に紙鳶や煎餅を貰っても返礼は要らない様なこと。
【語釈】
・天子は天下…礼記曲礼下。「天子祭天地。祭四方、祭山川、祭五祀、歳遍。諸侯方祀、祭山川、祭五祀、歳遍。大夫祭五祀、歳遍。士祭其先」。
・紙鳶…凧。


答連崇卿書條
92
答連崇卿書曰、所謂天地之性即我之性、豈有死而遽亡之理。此説亦未爲非。但不知、爲此説者、以天地爲主耶。以我爲主耶。若以天地爲主、則此性即自是天地間一箇公共道理、更無人物彼此之間死生古今之別。雖曰死而不亡、然非有我之得私矣。若以我爲主、則只是於自己身上認得一箇精神魂魄有知有覺之物、即便目爲己性、把持作弄到死不肯放舎。謂之死而不亡。是乃私意之尤者、尚何足與語死生之説性命之理哉。釋氏之學本是如此。今其徒之黠者往往自知其陋而稍諱之、却去上頭別説一般玄妙道理。雖若滉瀁不可致詰、然其歸宿實不外此若。果如此、則是一箇天地性中別有若干人物之性、毎性各有界限不相交雜。改名換姓自生自死、更不由天地隂陽造化、而爲天地隂陽者亦無所施其造化矣。是豈有此理乎。四十一。
【読み】
連崇卿に答うる書に曰く、謂う所の天地の性は即我の性は、豈死して遽に亡ぶの理有らん、と。此の説亦未だ非と爲さず。但知らず、此の説を爲す者は、天地を以て主と爲すや。我を以て主と爲すや。若し天地を以て主と爲せば、則ち此の性は即ち自ら是れ天地の間一箇公共の道理にして、更に人物彼此の間で死生古今の別無し。死して亡ばずと曰うと雖も、然れども我の私するを得る有るに非ず。若し我を以て主と爲せば、則ち只是れ自己身上に於て一箇精神魂魄、知ること有り覺ること有るの物を認得し、即ち便ち目がけて己が性と爲し、把持作弄、死に到りても放舎を肯ぜず。之を死して亡びずと謂う。是れ乃ち私意の尤もなる者は、尚何ぞ與に死生の説性命の理を語るに足らんや。釋氏の學は本是れ此の如し。今其徒の黠者は往往自ら其の陋を知りて稍く之を諱み、却って上頭に去り別に一般玄妙の道理を説く。滉瀁の詰を致す可からざるが若しと雖も、然れども其の歸宿は實に此に外ならず。果して此の如きならば、則ち是れ一箇天地の性中に別に若干の人物の性有り、性毎に各々界限有り相交雜せず。名を改め姓を換え自ら生じ自ら死し、更に天地隂陽の造化に由らずして、天地隂陽爲る者も亦其の造化を施す所無きなり。是れ豈此の理有らんや。四十一。

此次の答廖子晦と云が名高いこと。其名高いこと、其名高いも爰の連崇郷の書と一つにして云ことなり。夫ゆへ、廖子晦の書のまつ始に近答連崇郷書論詳と此書へもたせてある。此れを前段、あれを後段として二つを合せてすっはりとすむことなり。そこでどこへも二つ並へて出してある。合せて合点することぞ。これが大学の挌物致知と云と同ことと思へ。二つもので一つこと。此二書もそのいきぞ。これをはなして一つ々々にみるとたっぷりとした用に立ぬ。所謂天地の性吾性。これが崇郷云てよこしたが、物体異端を近理で乱真もこのやうなものて、云ひやうにあたまからちがったことはないとみへるもの。仏者は詩客文人とはちがふ。めったなことは云ぬ。天地の性は吾性は中庸の天命性をよこにひっくべたもの。天地がらじきに下された天地なりのものが此方になりたと。これが動たことじゃが、下の句に病かある。人間が死ても天地か亡ぬからは人もつきぬと云。これも一理ある。先日の顔子死而不亡の説もこのいきぞ。これを云と大概な学者はこまることたが、そこが朱子じゃ。云れやうもよい。天地のつぶれぬうちはこちもあると云。
【解説】
「答連崇卿書曰、所謂天地之性即我之性、豈有死而遽亡之理。此説亦未爲非」の説明。答廖子晦書とこの書は合わせて見るのがよい。二つで一つである。天地の性は我が性と言うのは確かなこと。人間が死んでも天地は亡びないのだから人も尽きないと連崇卿が言った。朱子は天地が潰れない内はこちらもあると答えた。
【通釈】
この次の答廖子晦というのが名高いこと。その名高いのもここの連崇卿の書と一つにして言ったこと。そこで、廖子晦の書の前に近答連崇卿書論詳と、この書を掛けている。これを前段、あれを後段として二つを合わせることですっぱりと済む。そこで何処へも二つ並べて出してある。合わせて合点するのである。これが大学の格物致知と同じことだと思いなさい。二つもので一つ事。この二書もその域である。これを離して一つ一つで見るとたっぷりとした用には立たない。「所謂天地之性即我之性」。これが崇卿の言って遣したことだが、総体、異端を近理で乱真と言うのもこの様なもので、言い様に最初から違ったことはないと見えるもの。仏者は詩客や文人とは違って滅多なことは言わない。天地の性は我が性は中庸の天命性を横に引っ手繰ったもの。天地から直に下された天地の通りのものがこちらになったと言う。これは確かなことだが、下の句に病がある。人間が死んでも天地は亡びないのだから人も尽きないと言う。これも一理ある。先日の顔子死而不亡の説もこの域である。これを言うと大概の学者は困るが、そこは朱子である。言い様もよい。天地が潰れない内はこちらもあると言った。
【語釈】
・近理で乱真…中庸章句序。「則吾道之所寄不越乎言語文字之閒、而異端之説日新月盛、以至於老佛之徒出、則彌近理而大亂眞矣」。
・天命性…中庸章句1。「天命之謂性、率性之謂道、脩道之謂敎」。
・顔子死而不亡の説…或問顔子の条。

為此説者云云。こなたの云れやうはよいが、心根が知れぬ。爰で儒仏のわかれぞ。中庸の首章、大命性、終りの弎三章、上天之載無声無臭。あとさきそ天でかためた。こちにあづからぬと云が天命性の秘傳ぞと云やうに思ふべし。天地之性云云も天から云たが、天を至にする意かこちが主か、これらが朱子は禅學が手に入てをるからたたりやうが挌別だ。語はよいにしてやることもあらふが、心がちがはふ。いよ々々天地の方か主で云るるならよい。自是天地間一箇公共道理。於天命穆而不已も文王の誠も天なりなこと。無人物彼此之間云々。天命性の誠のと名ばかりても一つこと。人物へ下さったが性、その下さったものの少も相違ないが誠。どれも同し物。直方先生の、天命の性の処では獅子も牡丹も一つと云れた。太極にへだてはない。鯨も鰯も大小はあれとも同じ潮からぞ。死生古今の別が其身一箇でこそみたもの。誠の太極と云塲にへだてはない。前瞻既無始、後際何有終。古の今のと云ひ、下手けはない。
【解説】
「但不知、爲此説者、以天地爲主耶。以我爲主耶。若以天地爲主、則此性即自是天地間一箇公共道理、更無人物彼此之間死生古今之別」の説明。天地を主にして言わなければならない。中庸も天で固めてある。太極には隔てはないから、人物も死生古今も一つである。
【通釈】
「為此説者云云」。貴方の言い様はよいが、心根がよくわかっていない。ここが儒仏の別れである。中庸の首章に天命性、終りの三十三章に「上天之載無声無臭」と、後先を天で固めた。こちらに与らないというのが天命性の秘伝という様に思いなさい。「天地之性云云」も天から言ったことだが、天を主にする意かこちらが主か、これ等は朱子が禅学を手に入れてあるから、祟り様が格別である。語はよいとしてやることもあるだろうが、心が違うだろうと言う。いよいよ天地の方が主で言うのであればよい。「自是天地間一箇公共道理」。「於天命穆而不已」も文王の誠も天の通りなこと。「無人物彼此之間云々」。天命性や誠と名ばかり多いが、それは一つ事。人物へ下さったのが性、その下さったものに少しも相違のないのが誠。どれも同じ物。直方先生が、天命の性の処では獅子も牡丹も一つだと言われた。太極に隔てはない。鯨も鰯も大小はあるが、同じ潮からである。「死生古今之別」はその身一箇でこそ見たもの。誠の太極という場に隔てはない。「前瞻既無始、後際那有終」で、古や今と言う様な下手なことはない。
【語釈】
・上天之載無声無臭…中庸章句33。「上天之載、無聲無臭、至矣」。詩経大雅文王の語。
・於天命穆而不已…中庸章句26。「詩云、維天之命、於穆不已。蓋曰天之所以爲天也。於乎不顯。文王之德之純。蓋曰文王之所以爲文也、純亦不已」。
・前瞻既無始、後際何有終…齋居感興二十首の2。「吾觀陰陽化、升降八紘中。前瞻既無始、後際那有終。至理諒斯存、萬世與今同。誰言混沌死、幻語驚盲聾」。

○雖曰死而不亡。亡ぬは亡ぬ。極天而無墜じゃと云てなにもこちのかまったことではない。それぐるみ天の物だ。をれが月だと云ことはない。客に往たとき、座鋪のよいわるい、ちそうのよいわるいと云ことはあるが、月に御丁寧な月と云挨拶はない。太極の道理にこちの得手勝手はならぬ。つつみからげて私することはならぬ。私するものは指物やをよんで箱をさして塗迠をしてをく。月の光に此方からそへた光はない。近思の道体になんでも力を添ることはない。道体はああしたものと上にをいて見せたのみぞ。為学の希天帝、垩は手の入るやうなが、あれなりになら々々が道体なりの為学ぞ。性と云もあっちなりなこと。此方でこれがをれがと云は修行する工夫でこそ云たもの。死而不亡。人は死でも天地はつぶれぬからは亡ぬ。云ことも有ふが、それも此方で云ときは公共の道理なればこちのかまったことではないが、そなくのはさうであるまい。
【解説】
「雖曰死而不亡、然非有我之得私矣」の説明。太極の道理にこちらの得手勝手はならない。私してはならない。天の通りにするのである。公共の道理は人が構うことではない。
【通釈】
○「雖曰死而不亡」。亡びないことは亡びない。「極天而無墜」であって、何もこちらの構うことではない。それを包んで天の物である。俺の月だと言うことはない。客に行った時は、座敷のよい悪い、馳走のよい悪いということはあるが、月に御丁寧な月という挨拶はない。太極の道理にこちらの得手勝手はならない。包み絡げて私することはならない。私する者は指物屋を呼んで箱を指して塗りものをして置く。月の光にこちらから添えた光はない。近思の道体には何も力を添えることはない。道体はああしたものだと上に置いて見せただけのこと。為学の「聖希天」、聖であれば手に入る様なものだが、あの通りになろうとするのが道体なりの為学である。性というのもあちらの通りのこと。こちらでこれが俺がというのは修行する工夫でこそ言うこと。「死而不亡」と、人は死んでも天地は潰れないから亡びないと言うこともあるだろうが、それもこちらで言う時は公共の道理のことだからこちらの構うことではないが、貴方のはそうでないだろう。
【語釈】
・極天而無墜…
・希天帝…近思録為学1。「濂渓先生曰、聖希天、賢希聖、士希賢」。

○以我為主と云は、あちは天地公共の外に一つ見るものがある。祖師西来の意と云ことも、達磨が九年靣壁と云も、釈迦の仏心仏性と云も道体の天地公共の理そ。挌致して見やうと修行するでなく、我方へ一つある物を観念して我を建立すること。それをこちのにする。人が折角御直叅に生れたを我物好で倍臣になるやうなもの。天地自然の天命性ではなくて、我此心に一つ活物の光りとするやうな本来をみやう為のこと。こちのからだの方にあるを夲心とし性とし、仏心も仏性ともの見やうとする。凡そ垩賢の云るる道体に吾がと云ことはない。仏は吾を主に見る。そこで認一箇精神魂魄云云。天地の太極を吾性にしたと云に、久しくかかって氣をもむことはいらぬ。吾上にこれかある。それを見やう々々々と云が天理のことならば、ああではない筈。
【解説】
「若以我爲主、則只是於自己身上認得一箇精神魂魄有知有覺之物、即便目爲己性」の説明。仏は自分の心を主とする。仏は天地自然の天命性ではなく、自分の心に活物の光る様な本来を見ようとする。
【通釈】
○「以我為主」。仏は天地公共の外に一つ見るものがある。祖師西来の意ということも、達磨が九年面壁というのも、釈迦の仏心仏性というのも道体の天地公共の理である。格致して見ようと修行するのではなく、我が方へ一つある物を観念して自分を建立する。それを自分の性とする。人が折角御直参に生まれたのに、自分の物好きで陪臣になる様なもの。それは天地自然の天命性ではなくて、自分のこの心に一つ活物の光る様な本来を見たいがためのこと。自分の体の方にあるものを本心とし、性とし、仏心や仏性というものを見ようとする。凡そ聖賢の言われる道体に自分がということはない。仏は自分を主に見る。そこで「認得一箇精神魂魄云云」。天地の太極を我が性にすることに、久しく掛かって気を揉むことは不要である。自分の上にこれがある。それを見ようというのが天理のことであれば、あの様なことではない筈。

一箇精神魂魄、有知有覚なり。此かなるほど吾上に有はあるが、太極から見れば下卑たもの。精神魂魄も形なひもので有から、形ないを云なら仁義礼智の性と同く、形なさにをさ々々をとらぬことに心得る。これ、生る性と告子が云もここなり。有知有覚有りが人の身の生きた処の灵妙のあるもの。これとても凡夫はしらぬが、ここへ目を付てここを一つ見やう々々々と云。知覚はいきもの。暑ひ寒ひひだるいのとさま々々精欲で下さけかあるが、どこにか生てはたらくうち、一つあるものがある。仏もそれを懇望するではなくて一つ性をみる合点なれとも、ついその灵をみたもの。あちの願は性を見やうだか、性はをっかけをんまはしすることならぬもの。観心と云が心で心をみるうちにきら々々するものある。そのきら々々を見付て、これが仏心じゃと云のぞ。
【解説】
仏は有知有覚で仏心を見ようとするが、それは知覚を見ただけなのである。
【通釈】
「一箇精神魂魄、有知有覚」。なるほどこれは自分の上にあるにはあるが、太極から見れば下卑たもの。精神魂魄も形のないものだから、形ないことで言えば仁義礼智の性と同じであり、それと無下には劣らないと心得る。「生之謂性」と告子が言ったのもここのこと。「有知有覚」が人の身の生きた処の霊妙である。これでさえも凡夫は知らないが、ここへ目を付けてここを一つ見ようと言う。知覚は生き物。暑い寒いひだるいと様々な性欲で下卑るが、何処か生きて働く内に一つあるものがある。仏もそれを懇望するわけではなく、一つ性を見る合点なのだが、ついその霊妙な知覚を見ただけである。あちらの願いは性を見ることだが、性は追っ掛け追い回してはならないもの。観心というのが、心で心を見る内にきらきらするものがあり、そのきらきらするものを見付けて、これが仏心だと言うこと。
【語釈】
・生る性…孟子告子上3。「告子曰、生之謂性」。同集註。「生、指人物之所以知覺運動者而言」。

○把持作弄。ぶんのものになる。欲もなく思もなく、さま々々よくなる。大笑をしての通身、汗出豁然大悟のくはら々々々とひらく。そこを覚たものゆへ、そこの処がうれしくてはなされぬ。云はばそこへをぼれたなり。子供が夢で泣出して昼の人形をよこせと云やうなもの。此方の性と云ものは日用常汗をするため。それゆへ出たなりがすぐに仁義礼智を形して、わぐ々々にしてはない。把持も作弄もならす。
【解説】
「把持作弄到死不肯放舎。謂之死而不亡。是乃私意之尤者、尚何足與語死生之説性命之理哉」の説明。仏は「把持作弄」でよくなり、それを離すことができなくなる。
【通釈】
○「把持作弄」。特別なものとなる。欲もなく思いもなく、様々とよくなる。大笑いをしての通身、汗出豁然大悟でがらがらと啓く。そこを覚えたので、そこの処が嬉しくて離すことができない。言わばそこに溺れたのである。子供が夢で泣き出して昼の人形を寄越せと言う様なもの。こちらの性は日用常汗をするためのもの。そこで出た姿が直に仁義礼智を形でして、わぐ々々にしてはない。把持も作弄もならない。

○不放舎。そこを見付るとはなすことはなすぬ。上戸が酒と云ものは々々々々々々というも々々々云。杯中之趣のなんのと高致にする。呑たい時づう々々とのめは垩賢の酒になるに、把持作弄すてることはならぬ。飲食の人にをちるようなもの。其中数年のことゆへ見付る。見た処で悟りと云。その見付たものは彼の不生不滅の本来の面目のとする。人の性も附子のめくらすも同こと。附子かなくなればめぐらすがない。人が死ぬ、此人誰殿の仁義礼智と云はない。あちは一つ仏心を見付たと云と、凡人とはちかふて亡ぬと云。すると一つ別段と云になる。尊いに尭舜孔子のやうなもないがをしいに上はないが、死子は死だぎりのこと。そこをあちでは一つ秘藏して本来と云がくさらぬと云。一と目みれば本来の立姿戀となりけりは放舎せぬのぞ。
【解説】
仏は、仏心を見付ければ亡びることはないと言う。しかし、あの堯舜や孔子でさえ、死ねばそれで終わりなのである。
【通釈】
○「不放舎」。そこを見付けると離すことができない。上戸が酒というものはと言いながら、杯中之趣だの何のと高致にする。飲みたい時に飲めば聖賢の酒だが、把持作弄で捨てることができない。飲食の人に落ちる様なもの。それが数年のことなので見付ける。見た処で悟りと言う。その見付けたものはあの不生不滅、本来の面目とする。人の性も附子が廻らすのも同じこと。附子がなくなれば廻らすことはない。人が死ねば、この人誰殿の仁義礼智ということはない。あちらは一つ仏心を見付ければ、凡人とは違い亡びないと言う。仏心を見付ければ一つ別段になると言う様になる。尊いことでは堯舜孔子、彼等がいないのは惜しいことこの上ないが、死ねば死んだだけのこと。そこをあちらでは一つ秘蔵して、本来というものが腐らないと言う。一目見れば本来の立姿恋となりけりは、放舎しないからである。

これが高くきこへてひくいことになる。垩賢の上に秘藏すると云ことはない。親に孝、君に忠、上なしの結搆だが、あれに傳授ことはない。忠臣孝子はすくないとこふいへ、あれがすべきすじのこと別段と云ことではない。不忠の心がをこると楠を思ひ出すと云も、はや異端の方へそろ々々趣くじゃ。さて此精神魂魄と云ことを爰へかけて云かどうなれは、あちも精神魂魄に秘蔵はない。性々と云ことだが、あちの本来の靣目たのなんのとみるが、こちからみれは精神魂魄だ。異端は氣をすてて理をつかまへやう々々々々々々とする。つかまへられぬものをつかまへやう々々々々々々とするから折角つかまへた処が氣じゃ。そちは性をみた氣で居やうが、こちでは精神魂魄た。そこであちでは人で云。釈迦の達磨のと云ものの上て云、死而不亡と吹上る。此方では故知死生之道原始反終、太極図説にこれが引てあるも太極は隂陽の上にある。隂陽と云が太極の外ないことなり。それまで入用ぞ。死而不亡の筋はない。
【解説】
仏が見付けようとする本来の面目などが、こちらの精神魂魄である。仏は性を見たと思っているが、彼等の掴まえたものは気である
【通釈】
これが高く聞こえて卑いことである。聖賢の上に秘蔵するということはない。親に孝、君に忠、この上ない結構なことだが、あれに伝授事はない。忠臣孝子は少ないとこそ言え、あれはすべき筋のことであって別段と言うことはない。不忠の心が起こると楠木を思い出すというのも、早くも異端の方へそろそろと赴くからである。さてこの精神魂魄をここへ掛けて言うのはどうしたことかと言うと、あちらも精神魂魄に秘蔵はない。それは性ということで、あちらが本来の面目だの何だのと見るのが、こちらから見れば精神魂魄である。異端は気を捨てて理を掴まえようとする。掴まえられないものを掴まえようとするから折角掴まえた処が気なのである。貴方は性を見たと思っているだろうが、それはこちらでは精神魂魄である。そこで、あちらでは人で言い、釈迦や達磨という者の上で言い、死而不亡と吹き上げる。こちらでは「故知死生之道原始反終」で、太極図説にこれが引いてあるのも太極が陰陽の上にあるからである。陰陽は太極の外にはないもの。それまでが入用である。死而不亡の筋はない。
【語釈】
・故知死生之道原始反終…易経繋辞伝上4。「原始反終、故知死生之説」。太極図説に引用。

○本是如此と云語意が、あの異端が此位なこと。此方ないものだと云こと。爰へ詞を入て云はつなら、これか因果輪廻になる。天地は生れは生れ、死子はしにきりじゃか、あちはこれが出てくる。銅の手盥を花瓶に鑄直す。布袋の水入にするやふなこと。把持作弄するからは亡ずにいつ迠も入用にする。因果輪廻と云へばひくくきこへ、不生不滅は高くきこへるが、不生不滅も持たものばなさぬ処からぞ。しはいものがはなしをしひから久しくある。ふせうふしゃうに鼻紙から出はしわいからのこと。垩人はつかひずてなり。今日の潮をのけてをいて明日のにせうと云やうにせばいことではない。其徒黠と云は麻三斤乾屎撅と消した。有物先天地無形本寥などはづんと儒の太極を云やうて近理なれとも、そふ云ふと筋が付てきてうるさいとみて、麻三斤にし、たまにまこととこころへれば和泥水などとそふしてかかる。そこて又麻三斤と云、はやそうでもないと出る。
【解説】
「釋氏之學本是如此。今其徒之黠者往往自知其陋而稍諱之、却去上頭別説一般玄妙道理」の説明。仏は不生不滅と言うが、それも持ったものを離さないのである。また、理に近いことを言うと筋が付いて悪いとして、麻三斤などと言う。
【通釈】
○「本是如此」という語意が、あの異端はこれ位なこと、つまらないものだということ。ここへ言葉を入れて言えば、これが因果輪廻になる。天地は生まれれば生まれ、死ねば死ぬだけのことだが、あちらではこれが出て来る。銅の手盥を花瓶に鋳直したり、布袋を水入れにする様なこと。把持作弄をするから、亡びずにいつまでも入用にする。因果輪廻と言えば卑く聞こえ、不生不滅と言えば高く聞こえるが、不生不滅も持ったものを離さない処から言う。吝い者は離すことが惜しいので久しく持っている。不承不承に鼻紙から出すのは吝いからである。聖人は使い捨てである。今日の潮を取って置いて明日のにしようと言う様な狭い了簡はない。「其徒黠」は、麻三斤乾屎撅と消したもの。「有物先天地無形本寥」などは実に儒の太極を言った様で近理だが、その様に言うと筋が付いて来て煩いと見て、麻三斤と言い、偶に誠と心得れば和泥水などとして掛かる。そこでまた麻三斤と言い、早くもそうでもないと出る。
【語釈】
・麻三斤…法話の一。洞山和尚に修行僧が仏とは何かと尋ねると、麻三斤だと答えた。
・乾屎撅…法話の一。雲門和尚に修行僧が仏とは何かと尋ねると、乾屎橛だと答えた。乾屎橛は糞を掻き出す棒。
・有物先天地無形本寥…老子道経象元。「有物混成、先天地生、寂兮寥兮」。
・和泥水…

これが滉瀁不可致詰ぞ。破衣と云へは錦の衣が出るやうぞ。本と唐朝からなれとも、東の大慧から一入になりた。滉は水のかぎりなくたっふりとあるやうなこと。瀁はそこへうづてもまくやうなこと。大波か打てよってをつかれぬ。そこで一と議論もならぬ底ぞ。夫から物の細かにすると云ことがなくなって、六祖迠は却てこまか、麻三斤乾屎撅の類からは何やら知れぬことになりた。若果如此則云々。さうしてみると天地の外に骨折て建立したものになる。蚤も虱も天地の太極からじゃに、あちは界限、これが人、これは物と云てあるで有ふ。不由造化。あの方て交割にするから云たもの。こちは天地の公共で、語天則無載、語小則無破。大きいことに禅受放伐から裏店のものの昏礼も、中間か草履取も天下の政も理の筋から云へは一つことぐに、あちはわけ々々にする。彼の大切にする性が、これは何に渡す、それは誰が分と云て人作にする。向で云たことではないが、これを考てみやれ。論をつめるとかうなると云ことなり。垩賢の性をとくに天命とかけて兎角人物を一つにしてある。挌式をわけたらよさそうなものを、夲とは一つと云。これが公共なり。そのはづぞ。一太極からのことそ。
【解説】
「雖若滉瀁不可致詰、然其歸宿實不外此若。果如此、則是一箇天地性中別有若干人物之性、毎性各有界限不相交雜」の説明。仏も六祖までは細かだったが、大慧あたりから変になった。仏は界限があるとして、人と物とを分けるが、こちらは天地公共で人物を一つに見る。それは本が一つの太極だからである。
【通釈】
これが「滉瀁不可致詰」である。破衣と言うと錦の衣が出る様なこと。それは元は唐朝からのことだが、東の大慧から一入盛んにになった。「滉」は水の限りなくたっぷりとある様なこと。「瀁」はそこへ渦でも巻く様なこと。大波が打ち寄せても寄ることはできない。一議論もならない様子である。それから物を細かにするということがなくなる。六祖までは却って細かだったが、麻三斤乾屎撅の類からは何やら知れないことになった。「若果如此則云々」。そうして見ると天地の外に骨折って建立することになる。蚤も虱も天地の太極から出たものなのに、あちらでは界限があって、これが人、これは物と別なものとして言うのだろう。「不由造化」。あの方が交割物にするから言ったもの。こちらは天地の公共で、「語天則無載、語小則無破」である。禅受放伐という大きいことから裏店の者の昏礼までも、中間や草履取りも天下の政も理の筋から言えば一つのことなのに、あちらはそれを分ける。あの大切にする性が、これは何に渡す、それは誰の分だと言って人作にする。向こうで言ったことではないが、これを考て見なさい。論を詰めるとこうなるということ。聖賢はとかく早くから性を天命に掛けて人物を一つにしてある。格式を分けたらよさそうなものだが、本は一つと言う。これが公共である。その筈で、一太極からのことだからである。
【語釈】
・大慧…南岳懐譲。六祖慧能の法を嗣ぐ。677~744。
・交割…交割物。寺の宝物。転じて、家宝の意。
・語天則無載、語小則無破…中庸章句12。「天地之大也、人猶有所憾。故君子語大、天下莫能載焉。語小、天下莫能破焉」。

○天地隂陽者亦無所施。大海塵を擇はずと云は天地の造化なりぞ。此方で建立すと佛の云やうではこれによらぬじゃ。無所施。朱子のいたつらを云れた。天地もひまになり、天地か小普請になりやった。天地もをれは入ぬがそっちでしまふのかと云はるる。道理の自然てないことはいかほど高いやうに云てもかうなる。以吾主とすと云になれは天を外にするから本の自然ではない。何とこうした理もあるかとなり。いやともかうなら子はならぬことなり。天地隂陽も造化を施す所なしと云を、あまりな人をあほうにした云分じゃとみるべし。あの佛のぜうごはをかうさばくそ。屋根ふき落て人の小児をふみころすを、屋根ふきの子を下手人にとりたいといへは、其方屋根からをちて屋根ふきが子をころせとさばくなり。無筋な願へはとうあしらふ。佛は番頭の理運ばるやうに、天地と云旦那を外にしてさはぐなり。なんぞのときは何屋が家来と云ことになるぞ。
【解説】
「改名換姓自生自死、更不由天地隂陽造化、而爲天地隂陽者亦無所施其造化矣。是豈有此理乎」の説明。天地がなくなれば造化もなくなる。そこで、「以我為主」は自然なことではないのである。
【通釈】
○「天地陰陽者亦無所施」。大海塵を択ばずというのは天地の造化の通りなこと。仏がこちらで建立すると言うのはこれに由らない。「無所施」。朱子が悪戯を言われた。天地も暇になり、天地が小普請になった。天地も俺は要らないがそちらで仕舞うのかと言われた。道理の自然でないことはどれほど高い様に言ってもこうなる。「以我為主」と言うのであれば天を外にするから本当の自然ではない。何とこうした理もあるのかと言う。嫌でもこうならなければならないのである。天地陰陽も造化を施す所なしと言うのは、あまりに人を阿呆にした言い分だと見なさい。あの仏の情強をこの様に捌く。屋根葺きが落ちて人の小児を踏み殺したのを、屋根葺きの子を下手人に捕りたいと言えば、御前が屋根から落ちて屋根葺きの子を殺せと捌く。無筋な願いにはこの様にあしらう。仏は番頭が理運張る様に、天地という旦那を外にして捌く。何かの時は何屋の家来と言うことになる。
【語釈】
・理運…勝手気ままにふるまうこと。高慢なさま。

崇郷も次の子晦も高妙のかぶれゆへ、中々輪廻めいたことなどは出さず、不生不滅を儒者の性者理而已にした顔を云へとも、朱子が朱子ゆへ中々うけられぬ。そこで此名換姓はてきと輪廻て云。あさは輪廻のやうな下卑た処ではなく、輪廻をこへ三界をこへた塲で云そ。不生不滅なれとも、其死而不亡と把持作弄するものはやっはりよい顔をして輪廻ぞ。たれはたれが再来と云ふ。一体をもたれが再来と云たがる。よいものの出たのなれとも、よいぐるみ輪廻なれば、牛にうまれかはりたも羅漢になりたも同し細工なり。爰は高いも卑いも戀の道じゃから、しょせん不埒するをば理からきめるには、業平も夜発から中間をも同挌にする。そこで文會に圭峯が人死為鬼、鬼後為人の語類を出されたなり。爰の崇卿をやっはり出来合ひ通例の輪廻あしらいにしたは、闇斎も根がしてくふた人ゆへぬけめはない。文會のあの引證はこの答書の為に出されたなり。
【解説】
仏が不生不滅と言っても、それは輪廻である。再来と言うのも輪廻である。理から決めれは全て同格である。
【通釈】
崇卿も次の子晦も高妙に被れたから、中々輪廻めいたことなどは出さず、不生不滅を儒者の「性者理而已」とした顔で言うが、あの朱子なので中々それを認めない。そこで「改名換姓」をはっきりと輪廻で言う。姓は輪廻の様な下卑た処ではなく、輪廻を越え三界を越えた場で言うこと。それは不生不滅だが、「死而不亡」と把持作弄するものはやはりよい顔をしても輪廻である。彼は誰の再来と言う。一体の面振りが再来だと言いたがる。それはよいものが出たことだが、よいことも含めて輪廻であるから、牛に生まれ変わったのも羅漢になったのも同じ細工である。ここは高いも卑いも恋の道だから、所詮は不埒するところを理から決めるのであって、業平も夜発や中間を同格にする。そこで文会に圭峯が「人死為鬼、鬼復為人」と語類を出された。ここの崇卿をやはり出来合い通例の輪廻あしらいにしたのは、闇斎も根がして取った人なので抜け目はない。文会のあの引証はこの答書のために出されたのである。
【語釈】
・性者理而已…答廖子晦書の条。「夫性者理而已矣」。近思録道体38。「性即理也」。
・夜発…夜、辻などに立って通行人の袖をひき、売春する女。辻君・よたかなどの類。
・圭峯…
・人死為鬼、鬼後為人…朱子語類3。「釋氏卻謂人死爲鬼、鬼復爲人」。