鬼神集説

花澤文二序
默齋先生屏居杜門之日、唯唱佐藤子之學。十年于此、而指導之精、門風之確、屹可祟、坦可據。雖先生軀衰弱、寒暑不倦、疾病自勤丁寧親切無所不至矣。然患後生万俗之浮薄徒從事于此、其或志趣意向之卑陋、而標的不峻嚴、鞭策不猛省、依然不進、人材難育、而下無益彼此、上累先賢。是以自劾、昨年來函丈侍席、終廢矣。今春幸桑名奥平君負笈遠來、以家嚴之命請敎。乃遂復爲之講授闇齋佐藤二先生之書若干巻、中、及鬼神集説三席。君既西、吾軰因以請其卒篇、即與惟秀兄弟共録之爲一箚。曰講義。又先生親撰考證及遺言。今並叙名曰鬼神集説三箚。蓋遺言者、祖師弟之言。考證者徴常故。函丈之題言跋文既詳其意。文竊聞。鬼神之道、學者精義挌致之極、而其要歸報夲追遠之德而已。仁孝誠敬之至莫大於祭祀。而不會鬼神之義、則無所。無所夲故資鬼神之思議者、實莫善於斯書。過此以往、所謂知禘之説者、治天下不難矣。故佐藤子特望與四方之學者共之。但三箚之成、蓋不必公四方、寧依舊資同志之思議、其亦有微意耳。
寛政癸丑六月望 花澤文謹序

【読み】
默齋先生の屏居門を杜ぐの日、唯り佐藤子の學を唱える。此に十年、而して指導の精、門風の確、屹として祟む可く、坦にして據る可し。先生の軀衰弱すと雖も、寒暑を倦まず、疾病自ら勤めて丁寧親切至らざる所無し。然るに後生万俗の浮薄、徒ら此に從事し、其の或いは志趣意向の卑陋にして、標的峻嚴ならず、鞭策猛省せず、依然として進まず、人材育し難く、而して下は彼此に益すること無く、上は先賢を累わすを患う。是れ以て自ら劾し、昨年來函丈侍席、終に廢せり。今春幸いに桑名奥平君負笈して遠く來り、家嚴の命を以て敎を請えり。乃ち遂に復之が爲に闇齋佐藤二先生の書若干の巻を講授し、中、鬼神集説三席に及べり。君既に西し、吾軰因りて以て其の篇を卒るを請い、即ち惟秀兄弟と共に之を録し一箚と爲す。講義と曰う。又先生親から考證及び遺言を撰みぬ。今並びに叙して名づけて鬼神集説三箚と曰う。蓋し遺言は、祖師の弟の言。考證は常故を徴せり。函丈の題言、跋文既に其の意を詳くせり。文竊かに聞く。鬼神の道は、學者精義挌致の極にして、其の要歸は夲に報い遠きを追うの德のみ。仁孝誠敬の至りは祭祀より大なるは莫し。而して鬼神の義を會せざれば、則ち所無し。夲づく所無し故に鬼神の思議を資る者は、實に斯の書より善きは莫し。此を過ぎて以往、謂う所の禘の説を知る者は天下を治むるも難からず。故に佐藤子特に四方の學者と之を共にすることを望めり。但三箚の成る、蓋し必ずしも四方に公にせずとも、寧ろ舊きに依りて同志の思議を資る、其れ亦微意有るのみ。
寛政癸丑六月望 花澤文謹序

鬼神集説序
晦菴朱先生説鬼神之義至矣盡矣。往年撰出於文集語類之中而爲一冊、題曰鬼神集説、以資朋友講習之思議焉。眞西山有言。曰、鬼神之理雖非始學者所易窮、然亦須識其名義。若以神示鬼三字言之、則天之神曰神、以其造化神妙不測也。地之神曰示、以其山川艸木有形可見顯然示人也。示、古祗字。人之神曰鬼。鬼謂氣之已屈者也。若以鬼神二字言之、則神者氣之伸、發出。鬼者氣之屈。收囘。氣之方伸者屬陽故爲神、氣之屈者屬陰故爲鬼。神者伸也、鬼者歸也。且以人之身論之、生則曰人、死則曰鬼。此生死之大分也。然自其生而言之、則自幼而壯、此氣之伸也。自壯而老、自老而死、此又伸而屈也。自其死而言之、則魂遊魄降、寂無形兆。此氣之屈也。及子孫享祀、以誠感之、則又能來格。此又屈而伸也。姑舉人鬼一端如此。至若造化之鬼神、則山澤水火雷風是也。日與電皆火也。月與雨亦水也。此數者合而言之、又只是陰陽二氣而已。陰陽二氣流行於天地之間、萬物賴之以生、賴之以成。此即所謂鬼神也。氣之伸爲神。如春夏生長、是也。氣之屈爲鬼。如秋冬歛藏、是也。今人只以塑像畫像爲鬼神、及幽暗不可見者爲鬼神、殊不知、山峙川流日照雨潤雷動風散乃分明有迹之鬼神。日出爲神、入爲鬼。雨潤爲神、止爲鬼。雷動爲神、息爲鬼。風散爲神、收爲鬼。伊川曰、鬼神者造化之迹。又曰、鬼神天地之功用。横渠曰、鬼神二氣之良能。凡此皆指陰陽而言。天地之氣即人身之氣、人身之氣即天地之氣。又有言。曰、易繋辭曰、精氣爲物、遊魂爲變。人之生也、精與氣合而已。精者血之類。是滋養一身者。故屬陰。氣是能知覺運動者。故屬陽。二者合而爲人。精即魄也。目之所以明、耳之所以聰者、即精之爲也。此之謂魄。氣充乎體。凡人心之能思慮有知識、身之能舉動與夫勇決敢爲者、即氣之所爲也。此之謂魂。人之少壯也血氣強。故魂魄盛。此所謂伸。及其老也血氣既耗、魂魄亦衰。此所謂屈也。既死即魂升于天以從陽、魄降于地以從陰。所謂各從其類也。魂魄合則生、離則死。故先王制祭享之禮、使爲人子孫者、盡誠、致敬、以焫蕭之屬求之於陽、灌鬯之屬求之於陰。求之既至、則魂魄雖離、而可以復合。故禮記曰、合鬼與神、敎之至也。神指魂而言、鬼指魄而言。此所謂屈而伸也。此説尤詳明、能得先生之意者也。因今表章而冠諸集説之首、遂付梓人、刻之以與四方之學者、共之云爾。
元祿已巳孟春下浣。佐藤直方謹識。

【読み】
晦菴朱先生の鬼神の義を説くこと至れり盡せり。往年文集語類の中より撰出して一冊と爲し、題して鬼神集説と曰い、以て朋友講習の思議を資[たす]く。眞西山言える有り。曰く、鬼神の理、始學者の窮め易き所に非ずと雖も、然れども亦須く其の名義を識るべし、と。若し神示鬼三字を以て之を言えば、則ち天の神を神と曰い、其の造化神妙の測れざるを以てなり。地の神を示と曰い、其の山川艸木形有りて見る可く顯然として人に示すを以てなり。示は、古の祗の字。人の神を鬼と曰う。鬼は氣の已に屈する者を謂う。若し鬼神の二字を以て之を言えば、則ち神は氣の伸、發出。鬼は氣の屈。收囘。氣の方に伸ぶる者は陽に屬す故に神と爲し、氣の屈する者は陰に屬す故に鬼と爲す。神は伸なり、鬼は歸なり。且つ人の身を以て之を論ずるに、生は則ち人と曰い、死は則ち鬼と曰う。此れ生死の大分なり。然して其の生ずる自りして之を言えば、則ち幼自りして壯なる、此れ氣の伸なり。壯自りして老なる、老自りして死なる、此れ又伸びて屈するなり。其の死する自りして之を言えば、則ち魂遊魄降、寂として形兆無し。此れ氣の屈するなり。子孫の享祀に及び、誠を以て之を感ずれば、則ち又能く來格す。此れ又屈して伸ぶるなり。姑らく人鬼の一端を舉ること此の如し。造化の鬼神の若きに至りては、則ち山澤水火雷風是れなり。日と電とは皆火なり。月と雨とは亦水なり。此の數者を合わせて之を言えば、又只是れ陰陽二氣のみ。陰陽二氣天地の間に流行し、萬物之に賴って以て生れ、之に賴って以て成る。此れ即ち謂う所の鬼神なり。氣の伸を神と爲す。春夏生長の如き、是れなり。氣の屈を鬼と爲す。秋冬歛藏の如き、是れなり。今人只塑像畫像を以て鬼神と爲し、及び幽暗見る可からざる者を鬼神と爲し、殊に知らず、山峙川流日照雨潤雷動風散の乃ち分明に迹有るの鬼神なるを。日の出づるを神と爲し、入るを鬼と爲す。雨の潤すを神と爲し、止むを鬼と爲す。雷の動くを神と爲し、息するを鬼と爲す。風の散ずるを神と爲し、收まるを鬼と爲す。伊川曰く、鬼神は造化の迹なり。又曰く、鬼神は天地の功用なり。横渠曰く、鬼神は二氣の良能なり、と。凡て此れ皆陰陽を指して言う。天地の氣は即ち人身の氣、人身の氣は即ち天地の氣なり。又言える有り。曰く、易の繋辭に曰く、精氣物と爲り、遊魂は變を爲す、と。人の生るるや、精と氣と合するのみ。精は血の類なり。是れ一身を滋養する者なり。故に陰に屬す。氣は是れ能く知覺運動する者なり。故に陽に屬す。二つの者合して人と爲る。精は即ち魄なり。目の明なる所以、耳の聰なる所以の者は、即ち精之れを爲すなり。此れを之れ魄と謂う。氣體に充つ。凡そ人心の能く思慮し知識有る、身の能く舉動すると夫の勇決敢爲なる者とは、即ち氣の爲す所なり。此れを之れ魂と謂う。人の少壯なるや、血氣強し。故に魂魄盛んなり。此れ謂う所の伸なり。其の老に及んでや、血氣既に耗し、魂魄亦衰う。此れ謂う所の屈なり。既に死すれば即ち魂天に升り以て陽に從い、魄地に降り以て陰に從う。所謂各々其の類に從うなり。魂魄合えば則ち生き、離るれば則ち死す。故に先王祭享の禮を制し、人の子孫爲る者をして、誠を盡し、敬を致し、焫蕭[せっしょう]の屬を以て之を陽に求め、灌鬯[かんちょう]の屬をば之を陰に求めしむ。之を求めて既に至れば、則ち魂魄離ると雖も、以て復た合す可し。故に禮記に曰く、鬼と神とを合する、敎の至れるなり、と。神は魂を指して言い、鬼は魄を指して言う。此れ謂う所の屈して伸するなり、と。此の説尤も詳明、能く先生の意を得る者なり。因りて今表章して諸を集説の首に冠し、遂に梓人[しじん]に付し、之を刻して以て四方の學者に與え、之を共にすと爾[し]か云う。
元祿已巳孟春下浣 佐藤直方謹識。

鬼神集説
1
理有明未盡處、如何得意誠。且如鬼神事、今是有是無。因説張仲隆曾至金沙堤、見巨人跡。此是如何。揚謂、冊子説、幷人傳説、皆不可信、須是親見。揚平昔見冊子上幷人説得滿頭滿耳、只是都不曾自見。先生曰、只是公不曾見。畢竟其理如何。南軒亦只是硬不信、有時戲説一二。如禹鼎鑄魑魅魍魎之屬、便是有這物。深山大澤、是彼所居處、人往占之、豈不爲祟。邵先生語程先生、世間有一般不有不無底人馬。程難之、謂、鞍轡之類何處得。如邵意、則是亦以爲有之。邵又言、蜥蜴造雹。程言、雹有大者、彼豈能爲之。豫章曾有一劉道人、嘗居一山頂結菴。一日、衆蜥蜴入來、如手臂大、不怕人、人以手撫之。盡喫菴中水、少頃菴外皆堆成雹。明日、山下果有雹。此則是冊子上所載。有一妻伯劉丈、致中兄。其人甚樸實、不能妄語、云、嘗過一嶺、稍晩了、急行。忽聞溪邊林中響甚、往看之、乃無止蜥蜴在林中、各把一物如水晶。看了、去未數里、下雹。此理又不知如何。造化若用此物爲雹、則造化亦小矣。又南劍鄧德喩嘗爲一人言、嘗至餘杭大滌山中、常有龍骨、人往來取之。未入山洞、見一陣青煙出。少頃、一陣火出。少頃、一龍出、一鬼隨後。大段盡人事、見得破、方是。不然、不信。中有一點疑在、終不得。又如前生後生、死復爲人之説、亦須要見得破。又云、南軒拆廟、次第亦未到此。須是使民知信、末梢(未稍)無疑、始得。不然、民倚神爲主、拆了轉使民信向怨望。舊有一邑、泥塑一大佛、一方尊信之。後被一無状宗子斷其首、民聚哭之、頸上泥木出舍利。泥木豈有此物。只是人心所致。先生謂一僧云。問、龍行雨如何。曰、不是龍口中吐出。只是龍行時、便有雨隨之。劉禹錫亦嘗言、有人在一高山上、見山下雷神龍鬼之類行雨。此等之類無限、實要見得破。問、敬鬼神而遠之、則亦是言有、但當敬而遠之、自盡其道、便不相關。曰、聖人便説只是如此。嘗以此理問李先生、曰、此處不須理會。先生因曰、蜥蜴爲雹、亦有如此者、非是雹必要此物爲之也。朱子語類三下同。
【読み】
理、明らかに未だ盡くさざる處有り、如何にして意誠なるを得ん。且つ鬼神の事の如き、今是れ有りや是れ無しや。因りて説に張仲隆曾て金沙堤に至り、巨人の跡を見る。此れ是れ如何。揚謂う、冊子に説く、幷に人の傳説、皆信ずる可からず、須らく是れ親に見すべし。揚平昔冊子上に見ゆ、幷に人の得るを説くに頭を滿し耳を滿す、只是れ都て曾て自ら見ざるなり。先生曰く、只是れ公の曾て見ず。畢竟其の理如何。南軒亦只是れ硬く信ぜず、時有りて戲れに一二を説く。禹鼎の魑魅魍魎の屬を鑄るが如き、便ち是れ這の物有り。深山大澤は、是れ彼の居る所の處にて、人の往きて之を占すれば、豈祟り爲さざるや。邵先生、程先生に語るに、世間一般に有にあらず無にあらざる底の人馬有り。程の難し、謂う、鞍轡の類何の處に得る。邵意の如きは、則ち是れ亦以て之を有りと爲す。邵又言う、蜥蜴雹を造る。程言う、雹に大なる者有り、彼豈能く之を爲さん。豫章に曾て一劉道人有り、嘗て一山頂の居りて菴を結う。一日、衆蜥蜴入り來ること、手臂の大の如く、人を怕れず、人手を以て之を撫でる。盡く菴中の水を吃し、少頃し菴外に皆堆く雹を成す。明日、山下果して雹有り。此れは則ち是れ冊子上に載する所。一の妻伯劉丈に有り、致中の兄。其の人甚だ樸實にして、妄語すること能わず、云う、嘗て一嶺を過ぎ、稍晩了、急行す。忽ち溪邊林中響き甚だしきを聞き、往きて之を看ると、乃ち無止の蜥蜴林中に在り、各々一物を把り水晶の如し。看了て、去ること未だ數里ならずして、雹を下す。此の理又知らず如何。造化若し此の物を用い雹を爲せば、則ち造化も亦小なり。又南劍の鄧德喩嘗て一人の爲に言う、嘗て餘杭の大滌山中に至り、常に龍骨有り、人往來し之を取る。未だ山洞に入らざるに、一陣の青煙の出るを見る。少頃し、一陣火出ず。少頃し、一龍出で、一鬼後に隨う。大段人事を盡くし、見得破、方に是なり。然らざれば、信ぜず。中に一點の疑在る有れば、終に得ず。又前生後生、死復人と爲すの説の如き、亦須らく見得破するを要すべし。又云う、南軒の廟を拆く、次第は亦未だ此に到らず。須らく是れ民の信ずることを知り、末梢(未稍)疑無からしむべくして、始めて得。然らざれば、民は神に倚り主と爲し、拆了る轉じて民の信向怨望せしむ。舊一邑に、泥塑し一大佛を、一方に之を尊信する有り。後一の無状の宗子に其の首を斷られ、民聚之を哭し、頸上の泥木舍利を出す。泥木豈此の物有らんや。只是れ人心の致す所。先生一僧に謂いて云う。問う、龍の雨を行うこと如何。曰く、是れ龍の口中吐出ならず。只是れ龍の行く時、便ち雨有りて之に隨う。劉禹錫も亦嘗て言う、人有り一高山の上に在り、山下を見れば雷神龍鬼の類雨を行う。此れ等の類限り無く、實に見得破を要す。問う、鬼神を敬して之を遠ざくは、則ち亦是れ有るを言い、但當に敬して之を遠ざけ、自ら其の道を盡くすべく、便ち相關せず。曰く、聖人は便ち説くこと只是れ此の如し。嘗て此の理を以て李先生に問う、曰く、此の處須らく理會すべからず。先生因りて曰う、蜥蜴雹を爲す、亦此の如き者有るも、是の雹は必ずしも此の物を要し之を爲すに非ざるなり。朱子語類三下同。

2
因論薛士龍家見鬼、曰、世之信鬼神者、皆謂實有在天地間。其不信者、斷然以爲無鬼。然卻又有真箇見者。鄭景望遂以薛氏所見爲實理、不知此特虹霓之類耳。必大因問、虹霓只是氣、還有形質。曰、既能啜水、亦必有腸肚。只纔散、便無了。如雷部神物、亦此類。
【読み】
薛士龍が家に鬼を見るを論ずるに因りて、曰く、世の鬼神を信ずる者は、皆實に有り天地の間に在りと謂う。其の信ぜざる者は、斷然として以て鬼無きと爲す。然るに卻って又真に箇を見る者有り。鄭景望遂に薛氏の見る所を以て實理と爲し、知らず、此れ特に虹霓の類のみなるを。必ずや大いに因りて問う、虹霓只是れ氣、還て形質有りや。曰く、既に能く水を啜れば、亦必ず腸肚有り。只纔に散れば、便ち無し。雷部の神物の如きは、亦此の類なり。

3
鄭説、有人寤寐間見鬼通刺甚驗者。曰、如此、則是不有不無底紙筆。
【読み】
鄭説く、人有りて寤寐の間に鬼の刺を通じ甚だ驗なる者を見る。曰く、此の如きは、則ち是れ有らず無からず底の紙筆。

4
問、伯有之事別是一理、如何。曰、是別是一理。人之所以病而終盡、則其氣散矣。或遭刑、或忽然而死者、氣猶聚而未散、然亦終於一散。釋道所以自私其身者、便死時亦只是畱其身不得、終是不甘心死。御冤憤者亦然。故其氣皆不散。浦城山中有一道人、常在山中燒丹。後因一日出神、乃祝其人云、七日不返時、可燒我。未滿七日、其人焚之。後其道人歸、叫罵取身、亦能於壁間寫字。但是墨較淡、不久又無。揚嘗聞張天覺有一事亦然。鄧隱峰一事亦然。其人只管討身。隱峰云、説底是甚麼。其人悟、謝之而去。
【読み】
問う、伯有の事別に是れ一理と、如何。曰く、是れ別に是れ一理。人の以て病みて終に盡きる所は、則ち其の氣散ずるなり。或いは刑に遭い、或いは忽然として死ぬる者は、氣猶聚って未だ散ぜざるに、然るに亦一散に終える。釋道の以て自ら其の身を私する所の者は、便ち死する時は亦只是れ其の身を畱めて得ず、終に是れ死に甘心せず。冤憤を御する者亦然り。故に其の氣皆散らず。浦城山中に一道人有り、常に山中に在り丹を燒く。後、一日神を出るに因りて、乃ち其の人に祝して云う、七日に返らざる時は、我を燒く可し。未だ七日に滿ずして、其の人之を焚く。後、其の道人歸りて、叫罵し身を取り、亦能く壁間に於て字を寫す。但是れ墨較淡、久しからず又無し。揚嘗て聞く、張天覺に一事有りて亦然り。鄧隱峰が一事亦然り。其の人只管身を討つ。隱峰云う、説底是れ甚だ麼す。其の人悟り、之を謝して去る。

5
伯有爲厲之事、自是一理。謂非生死之常理。人死則氣散、理之常也。它卻用物宏、取精多、族大而強死。故其氣未散耳。
【読み】
伯有厲を爲すの事、自ら是れ一理、と。生死の常理に非ざるを謂う。人死すれば則ち氣散ずるは、理の常なり。它は卻って物を用いること宏に、精を取ること多く、族大にして強死す。故に其の氣未だ散ぜざるのみ。

6
問、世俗所謂物怪神姦之説、則如何斷。曰、世俗大抵十分有八分是胡説、二分亦有此理。多有是非命死者、或溺死、或殺死、或暴病卒死、是他氣未盡、故憑依如此。又有是乍死後氣未消盡、是他當初稟得氣盛、故如此、然終久亦消了。蓋精與氣合、便生人物、游魂爲變、便無了。如人説神仙、古來神仙皆不見。只是説後來神仙。如左傳伯有爲厲、此鬼今亦不見。問、自家道理正、則自不能相干。曰、亦須是氣能配義、始得。若氣不能配義、便餒了。六十三。
【読み】
問う、世俗謂う所の物怪神姦の説は、則ち如何か斷せん。曰く、世俗大抵十分に八分是の胡説有り、二分は亦此の理有り。多く是れ命に非ずして死する者、或いは溺死、或いは殺死、或いは暴病卒死有り、是れ他の氣未だ盡きざる、故に憑依すること此の如し。又是れ乍死の後氣未だ消盡せざる有り、是れ他の當初に氣を稟得すること盛ん、故に此の如く、然るに終に久しく亦消了す。蓋し精と氣と合すれば、便ち人物を生じ、游魂變を爲し、便ち無了す。人の神仙を説くが如き、古來神仙皆見ず。只是れ後來の神仙を説く。左傳伯有の厲を爲すが如き、此の鬼今亦見ず。問う、自家の道理正しければ、則ち自ら相干すること能わず。曰く、亦須らく是れ氣の能く義を配すべくして、始めて得。若し氣の能く義に配すること能わざれば、便ち餒了す。六十三。

7
問、死生有無之説、人多惑之。曰、不須如此疑。且作無主張。因問、識環記井之事、古復有此、何也。曰、此又別有説話。三下同。
【読み】
問う、死生有無の説、人多く之を惑う。曰く、須らく此の如く疑うべからず。且く主張無きを作せ。因りて問う、環を識り井を記すの事、古復此れ有り、何ぞや。曰く、此れ又別に説話有り。三下同。

8
論及請紫姑神吟詩之事、曰、亦有請得正身出見、其家小女子見。不知此是何物。且如衢州有一箇人事一箇神、只録所問事目於紙、而封之祠前。少間開封、而紙中自有答語。這箇不知是如何。
【読み】
紫姑神を請け詩を吟ずるの事に論及し、曰く、亦正身を請得するに出見有り、其の家の小女子見る。知らず、此れは是れ何物ぞ。且く衢州に一箇の人一箇の神に事え、只問う所の事目を紙に録して、之を祠前に封す。少間封を開きて、紙中自ら答語有るが如し。這箇れ知らず、是れ如何。

9
問、嘗問紫姑神云云。曰、是我心中有、故應得。應不得者、是心中亦不知曲折也。
【読み】
問う、嘗て紫姑神を問いて云云。曰く、是れ我が心中に有る、故に應じ得。應じ得ざる者は、是れ心中亦曲折を知らざるなり。

10
鬼神憑依言語、乃是依憑人之精神以發。問、伊川記金山事如何。曰、乃此婢子想出。問、今人家多有怪者。曰、此乃魑魅魍魎之爲。建州有一士人、行遇一人、只有一脚、問某人家安在。與之同行、見一脚者入某人家。數日、其家果死一子。
【読み】
鬼神の言語を憑依す、乃ち是れ人の精神に依憑し以て發す。問う、伊川の金山の事を記すこと如何。曰く、乃ち此れ婢子の出るを想う。問う、今人家多く怪者有り。曰く、此れ乃ち魑魅魍魎之を爲す。建州に一士人有り、行きて一人に遇うに、只一脚有り、某の人の家安くに在ると問う。之と同行し、一脚なる者某の人の家に入るを見る。數日、其の家果して一子を死す。

11
雨風露雷、日月晝夜、此鬼神之跡也。此是白日公平正直之鬼神。若所謂有嘯於梁、觸於胸。此則所謂不正邪暗、或有或無、或去或來、或聚或散者。又有所謂禱之而應、祈之而獲、此亦所謂鬼神、同一理也。世間萬事皆此理、但精粗小大之不同爾。又曰、以功用謂之鬼神、即此便見。
【読み】
雨風露雷、日月晝夜、此れ鬼神の跡なり。此れは是れ白日公平正直の鬼神なり。謂う所の梁に嘯し、胸に觸ること有るが若し。此れ則ち謂う所の不正邪暗は、或は有り或は無く、或は去り或は來し、或は聚り或は散ずる者なり。又謂う所の之を禱りて應じ、之を祈りて獲る有り、此れ亦謂う所の鬼神、同一の理なり。世間萬事皆此の理、但精粗小大の同じからざるのみ。又曰う、功用を以て之を鬼神と謂う、即ち此れ便ち見る。

12
問、道理有正則有邪、有是則有非。鬼神之事亦然。世間有不正之鬼神、謂其無此理則不可。曰、老子謂、以道蒞天下者、其鬼不神。若是王道脩明、則此等不正之氣都消鑠了。
【読み】
問う、道理に正有れば則ち邪有り、是有れば則ち非有り。鬼神の事も亦然り。世間に不正の鬼神有り、其れ此の理無しと謂うは則ち不可なり。曰く、老子の謂う、道を以て天下を蒞する者は、其の鬼、神ならず。若し是れ王道脩明すれば、則ち此等不正の氣は都て消鑠し了る。

13
論及巫人治鬼、而鬼亦效巫人所爲以敵之者、曰、後世人心姦詐之甚、感得姦詐之氣、做得鬼也姦巧。
【読み】
巫人の鬼を治め、鬼も亦巫人の爲す所に效い以て之に敵する者に論及し、曰く、後世人心姦詐之れ甚だしく、姦詐の氣を感じ得、鬼も也た姦巧なるを做い得。

14
因説神怪事、曰、人心平鋪著便好。若做弄、便有鬼怪出來。
【読み】
神怪の事を説くに因りて、曰く、人心平鋪の著なる便ち好し。若し弄ずるを做せば、便ち鬼怪有りて出來す。

15
商人求諸陽、故尚聲。周人求諸陰、故尚臭灌用鬱鬯。然周人亦求諸陽、如大司樂言、圜鍾爲宮、則天神可得而禮。可見古人察得義理精微、用得樂、便與他相感格。此迺降神之樂。如舞雲門、乃是獻神之樂。荀子謂、伯牙鼓琴、而六馬仰秣。瓠巴鼓瑟、而流魚出聽。粗者亦有此理。又如虞美人草、聞人歌虞美人詞與呉詞則自動。雖草木亦如此。又曰、今有箇新立底神廟、縁衆人心邪向他、他便盛。如狄仁傑廢了許多廟、亦不能爲害、只縁他見得無這物事了。上蔡云、可者欲人致生之、故其鬼神。不可者欲人致死之、故其鬼不神。先生毎見人説世俗神廟可怪事、必問其處形勢如何。○八十七。
【読み】
商人諸れ陽を求むる、故に聲を尚ぶ。周人諸れ陰を求むる、故に臭を尚び灌は鬱鬯を用いる。然るに周人も亦諸れ陽を求むること、大司樂に、圜鍾の宮を爲すは、則ち天神の得て禮す可きを言うが如し。見る可し、古人の義理を察し得ること精微にして、得て樂を用い、便ち他と相感格す。此れ迺ち降神の樂なり。雲門に舞うが如きは、乃ち是れ獻神の樂なり。荀子謂う、伯牙の琴を鼓して、六馬仰秣す。瓠巴の瑟を鼓して、流魚出聽す。粗は亦此の理有り。又虞美人草に、人の虞美人の詞を呉の詞として歌うを聞くは則ち自ら動くが如し。草木と雖も亦此の如し。又曰く、今箇の新立底の神廟有りて、衆人の心邪に他に向こうに縁りて、他便に盛んなり。狄仁傑が如く許多の廟を廢了し、亦害を爲すこと能わず、只他に這の物事無きを見得了るに縁る。上蔡云う、可なる者は人之を生るると致すを欲する、故に其れ鬼神なり。不可なる者は人之を死すると欲する、故に其の鬼は神ならず。先生、人の世俗の神廟怪なる可き事を説くを見る毎に、必ず其の處の形勢如何と問う。○八十七。

16
答王子合書曰、謝氏致生致死之説、亦是且借此字、以明當祭與不當祭之意。致生之者、如事死如事生事亡、如事存是也。致死之者、如絶地天通、廢撤淫祀之類是也。若於所當祭者疑其有、又疑其無、則誠意不至矣。是不得不致生之也。於所不當祭者疑其無、又疑其有、則不能無恐懼畏怯矣。是不得不致死之也。此意與檀弓論明器處自不相害、如鬼神二字。或以一氣消息而言、或以二氣陰陽而言。説處雖不同、然其理則一而已矣。人以爲神便是致生之、以爲不神便是致死之。然此兩句獨看卻有病。須連上文看。可與不可、兩字方見道理實處、不是私意造作。若不然即是應觀法界一切唯心造之説矣。文集四十九下同。
【読み】
王子合に答うる書に曰く、謝氏生と致し死と致すの説、亦是れ且く此の字を借り、以て當に祭るべきか當に祭らざるべきかの意を明にす。之を生と致す者は、死に事えること生に事えるが如く亡に事え、存に事えるが如きの如き是れなり。之を死と致す者は、地天の通を絶し、淫祀を廢撤するの類の如き是れなり。若し當に祭るべき所の者に於て其の有るを疑い、又其の無きを疑えば、則ち誠意至らざるなり。是れ之を生と致さざるを得ざるなり。當に祭るべからざる者に於て其の無きを疑い、又其の有るを疑えば、則ち恐懼畏怯の無きこと能わざるなり。是れ之を死と致さざるを得ざるなり。此の意と檀弓明器を論ずる處と自ら相害せず、鬼神の二字の如し。或いは一氣消息を以て言い、或いは二氣陰陽を以て言う。説く處同じからずと雖も、然れども其の理は則ち一のみ。人以て神と爲せば便ち是れ之を生と致し、以て神ならずと爲さば便ち是れ之を死と致す。然るに此の兩句を獨看すれば卻って病有り。須らく上文を連ねて看るべし。可と不可とは、兩字は方に道理の實處を見て、是れ私意造作せず。若し然らざれば即ち是れ應觀法界一切唯心造の説なり。文集四十九下同。

17
又曰、細看前書諸説、謝氏之言大概得之。若以本文上下考之、即誠不免有病。乃若其意、則所謂致生之者即是人以爲神、致死之者即是人以爲不神之意耳。天神地示人鬼、只是一理、又只是一氣。中庸所云未嘗分別人鬼不在内也。人鬼固是終歸於盡。然誠意所格、便如在其上下左右。豈可謂祀典所載不謂是耶。奇怪不測皆人心自爲之。固是如此。然亦須辨得是合有合無。若都不分別、則又只是一切唯心造之説、而古今小説所載鬼怪事、皆爲有實矣。此又不可不察也。
【読み】
又曰く、細かに前書の諸説を看るに、謝氏の言は大概之を得。若し本文上下を以て之を考えれば、即ち誠に病有るを免がれず。乃ち其の意の若きは、則ち謂う所の之を生と致す者は即ち是れ人以て神と爲し、之を死と致す者は即ち是れ人以て神ならずと爲すの意のみ。天神地示人鬼は、只是れ一理、又只是れ一氣。中庸云う所の未だ嘗て人鬼を分別し内に在らざるなきなり。人鬼は固より是れ終に盡に歸す。然るに誠意の格す所は、便ち其の上下左右に在るが如し。豈祀典載す所是れを謂わずと謂う可けんや。奇怪不測は皆人心自ら之を爲す。固より是れ此の如し。然るに亦須らく是れ有を合し無を合すを辨得すべし。若し都て分別せずば、則ち又只是れ一切唯心造の説にして、古今小説載す所の鬼怪の事、皆實有りと爲すなり。此れ又察せざる可からず。

18
問、履帝武敏。曰、此亦不知其何如。但詩中有此語。自歐公不信祥端、故後人纔見説祥端皆闢之。若如後世所謂祥端固多僞妄。然豈可因後世之僞妄、而併眞實者、皆以爲無乎。鳳鳥不至、河不出圖。孔子之言、不成亦以爲非。八十一下同。
【読み】
問う、帝の武の敏を履む。曰く、此れ亦其の何如を知らず。但詩中に此の語有り。歐公の祥端を信ぜざるより、故に後人纔に祥端を説くを見て皆之を闢く。後世謂う所の祥端の如きは固より僞妄多し。然るに豈後世の僞妄に因りて、眞實なる者を併せ、皆以て無と爲す可けんや。鳳鳥至らず、河圖を出ず。孔子の言、亦以て非と爲すと成らず。八十一下同。

19
時舉説履帝武敏歆攸介攸止處曰、履巨跡之事有此理。且如契之生。詩中亦云、天命玄鳥降而生商。蓋以爲稷契皆天生之耳。非有人道之感、非可以常理論也。漢高祖之生亦類此。此等不可以言盡。當意會之可也。
【読み】
時舉帝の武の敏を履むの歆は介する攸止む攸の處を説いて曰く、巨跡を履むの事、此れ理有り。且つ契の生が如し。詩中に亦云う、天玄鳥に命じ降りて商を生む。蓋し以て稷契皆天之を生むと爲すのみ。人道の感有るに非ず、常理を以て論ずる可きに非ざるなり。漢の高祖の生も亦此に類す。此等言を以て盡くす可からず。當に之を意會して可なるべし。

20
問、玄鳥詩呑卵事、亦有此否。曰、當時恁地説必是有此。今不可以聞見不及定其爲必無。
【読み】
問う、玄鳥の詩に卵を呑む事、亦此れ有りや否や。曰く、當時恁地き説は必ず是れ此れ有らん。今聞見の及ばざるを以て定め必ず無と爲す可からず。

21
問、先生解文王陟降在帝左右、文王既沒精神上與天合。看來、聖人禀得清明純粹之氣。其生也、既有以異於人、則其散也、其死與天爲一。則其聚也、其精神上與天合。一陟一降、在帝左右。此又別是一理。與衆人不同。曰、理是如此。若道眞有箇文王上上下下、則不可。若道詩人只胡亂恁地説也不可。
【読み】
問う、先生の解、文王の陟降、帝の左右に在り、文王既に沒し精神上りて天と合す。看來、聖人は清明純粹の氣を禀得す。其の生きるや、既に以て人に異なる有れば、則ち其の散ずるや、其の死は天と一と爲す。則ち其の聚るや、其の精神上りて天と合す。一陟一降、帝の左右に在り。此れ又別に是れ一理。衆人と同じからず。曰く、理は是れ此の如し。若し眞に箇の文王有りて上に上げ下に下ろすと道うは、則不可なり。若し詩人只胡亂に恁地く説くと道うも也た不可なり。

22
問、下武詩三后在天。先生解云、在天、言其既沒而精神上合于天。此是如何。曰、便是又有此理。用之云、恐只是此理上合于天耳。曰、既有此理、便有此氣。或曰、想是聖人禀得清明純粹之氣、故其死也、其氣上合于天。曰、也是如此。這事又微妙難説、要人自看得。世間道理有正當易見者、又有變化無常不可窺測者。如此方看得這箇道理活。又如云、文王陟降在帝左右、如今若説文王眞箇在上帝之左右、眞箇有箇上帝、如世間所塑之像、固不可。然聖人如此説、便是有此理。如周公金縢中乃立壇墠一節分明是對鬼。若爾三王是有丕子之責于天、以旦代某之身、此一段先儒都解錯了、只有晁以道説得好。他解丕子之責、如史傳中責其侍子之責。蓋云、上帝責三王之侍子、侍子指武王也。上帝責其來服事左右、故周公乞代其死云。以旦代某之身言。三王若有侍子之責于天、則不如以我代之。我多才多藝能事上帝。武王不若我多才多藝。不能事鬼神。不如且畱他在世上定儞之子孫與四方之民。文意如此。伊川卻疑周公不應自説多才多藝、不是如此。他只是要代武王之死爾。三。
【読み】
問う、下武の詩に三后天に在り。先生解して云う、天に在りは、其れ既に沒して精神上りて天に合するを言う。此れは是れ如何。曰く、便ち是れは又此の理有り。用之云う、恐らくは只是れ此の理上りて天に合するのみ。曰く、既に此の理有れば、便ち此の氣有り。或るひと曰う、是れを想いて聖人は清明純粹の氣を禀得する、故に其の死するや、其の氣上りて天に合す、と。曰く、也た是れ此の如し。這の事又微妙にして説き難く、人の自ら看得るを要す。世間の道理は正に當に見易き者有り、又變化無常の窺測す可からざる者有り。此の如きは方に這の箇の道理を看得て活すべし。又、如か云う、文王の陟降帝の左右に在り、と。如今若し文王の眞に箇の上帝の左右に在り、眞に箇の箇の上帝に有るは、世間塑する所の像の如く説くこと、固より不可なり。然るに聖人此の如くば、便ち是れ此の理有り。周公の金縢の中に乃ち壇墠を立てるの一節の如く、分明に是れ鬼に對す。爾の三王は是れ丕子の責天に有れば、旦を以て某の身に代えるの若きは、此の一段先儒の都て解錯して了り、只晁以道得て説くこと好き有り。他は丕子の責を解するに、史傳の中に其の侍子を責むるの責の如し。蓋し云う、上帝三王の侍子を責むるに、侍子は武王を指すなり。上帝其の來りて左右に服事することを責むる、故に周公其の死に代わるを乞うを云う。旦を以て某の身に代わるを言う。三王若し侍子の責天に有るは、則ち我を以て之に代えるに如かず。我れ多才多藝能く上帝に事える。武王は我れ多才多藝に若かず。鬼神に事えること能わず。且く他を畱め、世上に在りて儞の子孫と四方の民とを定むるに如かず。文意此の如し。伊川卻って疑いて周公自ら多才多藝と説くに應ぜず、是れ此の如からず。他は只是れ武王の死に代わりを要するのみ、と。三。

23
林聞一問、周公代武王之死、不知、亦有此理否。曰、聖人爲之、亦須有此理。七十九下同。
【読み】
林聞一問う、周公の武王の死に代わる、知らず、亦此の理有りや否や。曰く、聖人の之を爲す、亦須らく此の理有るべし。七十九下同。

24
高宗夢傅説。據此、則是眞有箇天帝、與高宗對答、曰、吾賚汝以良弼。今人但以主宰説帝、謂無形象。恐也不得。若如世間所謂玉皇大帝、恐亦不可。畢竟此理如何。學者皆莫能答。
【読み】
高宗傅説を夢みる。此れに據れば、則ち是れ眞に箇の天帝有り、高宗と對答して、曰く、吾汝に賚うに良弼を以てす。今人但主宰を以て帝を説き、形象無しと謂う。恐らくは也た得ず。世間の謂う所の玉皇大帝の如き、恐らくは亦不可なり。畢竟此の理は如何。學者皆能く答うること莫し。

25
夢之事、只説倒感應處。高宗夢帝賚良弼之事、必是夢中有帝賚之説之類。只是夢中事、説是帝眞賚不得。説無此事、只是天理亦不得。
【読み】
夢の事、只感應の處に説倒す。高宗の帝に良弼を賚うを夢みるの事、必ず是れ夢中に帝の之に説を賚うの類有り。只是れ夢中の事にして、是れ帝の眞に賚うと説くは得ず。此れ事無きは、只是れ天理を説くも亦得ず。

26
蔡舉(下は心)問書所謂降衷。曰、古之聖賢才説出、便是這般話。成湯當放桀之初、便説。惟皇上帝降衷于下民。若有常性、克綏厥猷惟后。武王伐紂時、便説。惟天地萬物父母、惟人萬物之靈、亶聰明作元后、元后作民父母。傅説告高宗便説。明王奉若天道、建邦設都樹后王君公。承以大夫師長、不惟逸豫、惟以亂民。惟天聰明、惟聖時憲。見古聖賢朝夕只見那天在眼前。
【読み】
蔡舉書に謂う所の衷を降すを問う。曰く、古の聖賢才かに説出すれば、便ち是れ這般の話。成湯の桀を放つの初に當り、便ち説く。惟皇なる上帝衷を下民に降す。若え常の性有りても、克く厥猷を綏すること惟后。武王紂を伐する時、便ち説く。惟天地は萬物の父母、惟人は萬物之靈、亶に聰明なるを元后と作し、元后を民の父母と作す。傅説高宗に告げて便ち説く。明王天道に奉若し、邦を建て都を設け后王君公を樹つ。承るに大夫師長を以てし、惟逸豫せず、惟以て民を亂す。惟天の聰明、惟聖時に憲る。古の聖賢の朝夕只那の天眼前に在るを見るを見る。

27
董叔重問、盤庚言其先王與其羣臣之祖父。若有眞物在其上、降災降罰、與之周旋、從事於日用之間者。銖竊謂、此亦大概言理之所在、質諸鬼神無疑爾、而殷俗尚鬼故以其深信者導之。夫豈亦眞有一物耶。乞賜埀誨曰、鬼神之理聖人蓋難言之、謂眞有一物固不可。謂非眞有一物亦不可。若未能曉然見得、且闕之可也。文集五十一。
【読み】
董叔重問う、盤庚に、其れ先王は其の羣臣の祖父と言う。眞物の其の上に在りて、災を降ろし罰を降ろし、之と周旋し、事えるに日用の間に從う者有るが若し。銖竊かに謂う、此れ亦大概理の在する所、諸鬼神に質し疑無きを言うのみにして、殷俗の鬼を尚ぶ故に其の深信する者を以て之を導く。夫れ豈亦眞に一物有んや。埀誨を賜うを乞いて曰く、鬼神の理、聖人は蓋し之を言い難く、眞に一物有りと謂うは固より不可なり。眞に一物有るに非ずと謂うも亦不可なり。若し未だ曉然として見得ること能わざれば、且く之を闕くは可なり。文集五十一。

28
鬼神死生之理、定不如釋家所云、世俗所見。然又有其事昭昭、不可以理推者。此等處且莫要理會。語類三下同。
【読み】
鬼神死生の理、定めて釋家の云う所、世俗の見る所の如くならず。然るに又其の事昭昭として、理を以て推す可からざる者有り。此等の處は且く理會するを要すこと莫し。語類三下同。

29
因説鬼神、曰、鬼神事自是第二著。那箇無形影、是難理會底、未消去理會、且就日用緊切處做工夫。子曰、未能事人、焉能事鬼。未知生、焉知死。此説盡了。此便是合理會底理會得、將間鬼神自有見處。若合理會底不理會、只管去理會沒緊要底、將間都沒理會了。
【読み】
鬼神を説くに因りて、曰く、鬼神の事は自ら是れ第二著なり。那の箇の形影無く、是れ理會し難き底は、未だ理會し去くを消いず、且く日用緊切の處に就き工夫を做す。子曰く、未だ人に事えること能わず、焉んぞ能く鬼に事えん。未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん。此の説盡了す。此れ便ち是れ理會するを合す底にて理會し得る、將間鬼神自ら見る處有り。若し理會するを合する底にて理會せざれば、只管緊要を沒する底を理會し去き、將間都て理會すること沒了す。

30
天下大底事、自有箇大底根本。小底事、亦自有箇緊切處。若見得天下亦無甚事。如鬼神之事、聖賢説得甚分明、只將禮熟讀便見。二程初不説無鬼神、但無如今世俗所謂鬼神耳。古來聖人所制祭祀、皆是他見得天地之理如此。
【読み】
天下大底の事は、自ら箇の大底の根本有り。小底の事も、亦自ら箇の緊切の處有り。若し得るを見れば天下亦甚に事無し。鬼神の事の如き、聖賢説き得て甚だ分明、只禮を將って熟讀すれば便ち見る。二程初より鬼神無しと説かず、但如今の世俗の謂う所の鬼神無きのみ。古來聖人の制する所の祭祀は、皆是れ他の天地の理此の如きを見得。

31
廣云、今愚民於村落杜撰立一神祠、合衆以禱之、其神便靈。曰、可知衆心之所輻湊處、便自暖、故便有一箇靈底道理。所以祭神多用血肉者、蓋要得藉他之生氣耳。聞、蜀中灌口廟一年嘗殺數萬頭羊、州府亦賴此一項稅羊錢用。又如古人釁鍾、釁龜之意、皆是如此。廣云、人心聚處便有神、故古人、郊則天神格、廟則人鬼享。亦是此理。曰、固是。但古人之意正、故其神亦正。後世人心先不正了、故所感無由得正。因言、古人祭山川、只是設壇位以祭之、祭時便有、祭了便無、故不褻瀆。後世卻先立箇廟貌如此、所以反致惑亂人心、倖求非望、無所不至。廣因言今日淫祠之非禮、與釋氏之所以能服鬼神之類。曰、人心苟正、表裏洞達無纖毫私意、可以對越上帝、則鬼神焉得不服。故曰、思慮未起、鬼神莫知。又曰、一心定而鬼神服。八十七下同。
【読み】
廣云う、今愚民村落に於て杜撰に一神祠を立て、衆を合して以て之を禱る、其の神便ち靈なり。曰く、衆心の輻湊する所の處は、便ち自ら暖、故に便ち一箇靈底の道理有るを知る可し。以て神を祭り多く血肉を用いる所の者は、蓋し他の生氣に籍を得るを要するのみ。聞く、蜀中の灌口廟は一年に嘗て數萬頭の羊を殺し、州府も亦此一項に賴り羊錢用を稅す。又古人の鍾を釁り、龜を釁るの意の如き、皆是れ此の如し。廣云う、人心の聚まる處は便ち神有り、故に古人、郊には則天神格り、廟には則ち人鬼享く。亦是れ此の理なり。曰く、固より是れなり。但古人の意正し、故に其の神も亦正し。後世人心の先ず正しからざるに了る、故に感ずる所は正を得るに由る無し。因りて言う、古人山川を祭る、只是れ壇位を設け以て之を祭り、祭る時は便ち有り、祭り了れば便ち無き、故に褻瀆せず。後世卻って先ず箇の廟貌を立てること此の如きは、反って人心を惑亂し、非望を倖求し、至らざる所無きを致す所以なり。廣因りて今日淫祠の非禮に、釋氏の能く鬼神を服する所以の類とを言う。曰く、人心苟くも正しき、表裏洞達纖毫の私意無ければ、以て越上帝に對す可く、則ち鬼神も焉んぞ服せざるを得ん。故に曰く、思慮未だ起きず、鬼神知る莫し。又曰く、一心定りて鬼神服す。八十七下同。

32
或問、今人聚數百人去祭廟、必有些影響、是如何。曰、衆心輻湊處、這些便熱。又問、郊焉而天神假、廟焉而人鬼享。如何。曰、古時祭祀都是正。無許多邪誕。古人只臨時爲壇以祭、此心發處、則彼以氣感、纔了便散。今人不合做許多神像只兀兀在這裏坐、又有許多夫妻子母之屬。如今神道必有一名、謂之、張太保、李太保。甚可笑。
【読み】
或るひと問う、今人數百人を聚め廟を祭るを去くに、必ず些かの影響有り、是れ如何。曰く、衆心の輻湊する處は、這些便ち熱す。又問う、郊にして天神を假り、廟にして人鬼享く。如何。曰く、古時の祭祀は都て是れ正し。許多の邪誕無し。古人は只時に臨みて壇を爲し以て祭り、此の心發する處は、則彼の氣を以て感じ、纔に了れば便ち散ず。今人許多の神像を做し只兀兀として這の裏に在りて坐し、又許多の夫妻子母の屬有るを合せず。如今の神道は必ず一名有り、之を張太保、李太保と謂う。甚だ笑う可し。

33
或問、鬼神、體物而不可遺。只是就陰陽上説。末後又卻以祭祀言之、是如何。曰、此是就其親切著見者言之也。若不如此説、則人必將風雷山澤做一般鬼神看、將廟中祭享者又做一般鬼神看。故即其親切著見者言之、欲人會之爲一也。六十三。
【読み】
或るひと問う、鬼神は、物に體して遺す可からず。只是れ陰陽の上に就きて説く。末後又卻って祭祀を以て之を言う、是れ如何。曰く、此れは是れ其の親切著見なる者に就きて之を言うなり。若し此の如く説かざれば、則ち人は必ず風雷山澤を將って一般の鬼神と做し看、廟中祭享する者を將って又一般の鬼神と做し看ん。故に其の親切著見する者に即して之を言えば、人之を會し一と爲すを欲するなり。六十三。

34
董仁叔問、堯薦舜於天。曰、只是要付他事、看天命如何。又問、百神享之。曰、只陰陽和、風雨時、便是、百神享之。五十八下同。
【読み】
董仁叔、堯の舜を天に薦むるを問う。曰く、只是れ他の事を付し、天命の如何と看るを要す。又、百神之を享くるを問う。曰く、只陰陽和し、風雨の時なる、便ち是れ、百神之を享く。五十八下同。

35
問、百神享之。云、如祈晴得晴、祈雨得雨之類。
【読み】
百神之を享くを問う。云う、晴を祈れば晴を得、雨を祈れば雨を得るの類の如し。

36
陳安卿問、小學載、庾黔婁父病毎夕稽顙北辰、求以身代。而全文此下更云數日而愈。果有此應之之理否。若果有應之之理、則恐是父子一氣、此精誠所極、則彼既餒之氣。因復爲之充盛否。抑此適遭其偶然、而實非關於禱、實無轉夭爲壽、轉禍爲福之理。人子於此雖知其無應之之理、而又卻實行其禮、則恐心迹不相似。曰、禱是正禮、自合有應。不可謂知其無是理、而姑爲之。文集五十七。
【読み】
陳安卿問う、小學に載す、庾黔婁父の病に毎夕北辰に稽顙し、身を以て代るを求めず。而して全文の此の下に更に數日にして愈ると云う。果して此れ之に應ずるの理有りや否や。若し果して之に應ずるの理有れば、則ち恐くは是れ父子一氣、此れ精誠極むる所は、則ち彼の既に餒の氣なり。因りて復之が充盛を爲すや否や。抑々此れ適々其の偶然に遭いて、實は禱に關わるに非ず、實は夭を轉じ壽と爲し、禍を轉じ福と爲すの理無し。人子此に於て其れ之に應ずるの理無きを知ると雖も、而して又卻って實に其の禮を行えば、則ち恐くは心迹相似せず。曰く、禱は是れ正禮にして、自ら應ずる有りて合す。其れ是の理無きを知りて姑く之を爲すと謂う可からず。文集五十七。

37
王祥孝感、只是誠發於此、物感於彼。或以爲内感。或以爲自誠中來、皆不然。王祥自是王祥、魚自是魚。今人論理、只要包合一箇渾淪底意思、雖是直截兩物、亦須袞合説、正不必如此。世間事雖千頭萬緒、其實只一箇道理、理一分殊、之謂也。到感通處、自然首尾相應。或自此發出而感於外、或自外來而感於我、皆一理也。語類百三十六。
【読み】
王祥が孝感は、只是れ誠に此に發し、物は彼に感ず。或いは以て内感と爲し、或いは以て誠の中より來ると爲すは、皆然らず。王祥は自ら是れ王祥、魚は自ら是れ魚。今人の理を論ずるは、只一箇渾淪底の意思を包合するを要し、是れ直截兩物と雖も、亦袞合して説くことを須い、正に此の如きを必せず。世間の事は千頭萬緒と雖も、其の實は只一箇の道理、理一分殊、之れを謂うなり。感通の處に到り、自然に首尾相應す。或いは此れより發出して外に感じ、或いは外より來て我に感ず、皆一理なり。語類百三十六。

38
問、王祥孝感事、伊川説如何。曰、程先生多有此處、是要説物我一同。然孝是王祥、魚是水中物、不可不別。如説感應、亦只言己感、不須言物。九十七。
【読み】
問う、王祥孝感の事、伊川の説如何。曰く、程先生多く此の處有り、是れ物我一同を説くを要す。然るに孝は是れ王祥、魚は是れ水中の物、別けざる可からず。感應を説くが如きは、亦只己に感ずるを言い、物を言うを須いず。九十七。

39
問、聖人凡言鬼神、皆只是以理之屈伸者言也。至言鬼神禍福凶吉等事、亦只是以理言。蓋人與鬼神天地同此一理、而理則無有不善。人能順理則吉、逆理則凶、於其禍福亦然。豈謂天地鬼神一一下降於人哉。如書稱、天道福善禍淫、易言、鬼神害盈而福謙、亦只是這意思。祭義、宰我曰、吾聞鬼神之名、不知其所謂。孔子曰、神也者、氣之盛也。魄也者、鬼之盛也。又曰、衆生必死。死必歸土。是之謂鬼。骨肉斃於下、陰爲野土。其氣發揚於上、爲昭明、焄蒿、悽愴、百物之精、神之著也。魄既歸土。此則不問。其曰氣、曰精、曰昭明、又似有物矣。既只是理、則安得有所謂氣與昭明者哉。及觀禮運論祭祀則曰、以嘉魂魄、是謂合莫。注謂、莫、無也。又曰、上通無莫。此説又似與祭義不合。曰、如子所論、是無鬼神也。鬼神固是以理言、然亦不可謂無氣。所以先王祭祀、或以燔燎、或以鬱鬯。以其有氣、故以類求之爾。至如禍福吉凶之事、則子言是也。八十七。
【読み】
問う、聖人の凡そ鬼神を言うは、皆只是れ理の屈伸する者を以て言うなり。鬼神禍福凶吉等の事を言うに至れば、亦只是れ理を以て言うのみ。蓋し人は鬼神天地と此の一理を同じくして、理は則ち不善有ること無し。人能く理に順わば則ち吉、理に逆えば則ち凶、其の禍福に於て亦然り。豈天地鬼神一一人に下降すと謂わんや。書に天道善に福し淫に禍すと稱し、易に鬼神盈を害して謙を福するを言うが如き、亦只是れ這の意思なり。祭義に、宰我曰く、吾鬼神の名を聞けども、其の所謂を知らず。孔子曰く、神は氣之盛んなり。魄は鬼の盛んなり。又曰く、衆生必ず死し。死すれば必ず土に歸す。是れを之れ鬼と謂う。骨肉は下に斃し、陰は野土と爲る。其の氣上に發揚し、昭明、焄蒿、悽愴を爲し、百物の精、神の著なり。魄既に土に歸す。此れ則ち問わず。其れ氣と曰い、精と曰い、昭明と曰い、又物有るに似るなり。既に只是れ理なれば、則ち安んぞ謂う所の氣は昭明となる者有るを得んや。禮運の祭祀を論ずるを觀るに及べば則ち曰く、以て魂魄を嘉ます、是れ合莫と謂う。注に謂う、莫は、無なり。又曰く、上無莫に通ず。此の説も又祭義と合わざるに似る。曰く、子論ずる所の如き、是れ鬼神無きなり。鬼神は固より是れ理を以て言えども、然るに亦氣無しと謂う可からず。先王の祭祀の、或いは燔燎を以てし、或いは鬱鬯を以てする所以なり。其の氣有るを以て、故に類を以て之を求むるのみ。禍福吉凶の事の如きに至りては、則ち子の言是れなり。八十七。

40
鬼神只是氣。屈伸往來者、氣也。天地間無非氣。人之氣與天地之氣常相接、無間斷、人自不見。人心才動、必達於氣。便與這屈伸往來者相感通。如卜筮之類、皆是心自有此物。只説儞心上事、才動必應也。三下同。
【読み】
鬼神は只是れ氣なり。屈伸往來は、氣なり。天地の間氣に非ざる無し。人の氣は天地の氣と常に相接し、間斷無けれども、人自ら見ず。人心才かに動けば、必ず氣に達す。便ち這の屈伸往來なる者と相感通す。卜筮の類の如き、皆是の心自ら此の物に有り。只儞の心上の事を説くに、才かに動けば必ず應ずるなり。三下同。

41
問、鬼神便只是此氣否。曰、又是這氣裏面神靈相似。
【読み】
問う、鬼神は便ち只是れ此の氣なるや否や。曰く、又是れ這の氣の裏面に神靈相似す。

42
或問、以主宰謂之帝。孰爲主宰。曰、自有主宰。蓋天是箇至剛至陽之物、自然如此運轉不息。所以如此、必有爲之主宰者。這様處要人自見得、非言語所能盡也。因舉莊子、孰綱維是、孰主張是、十數句。曰、他也見得這道理。六十八。
【読み】
或るひと問う、主宰を以て之を帝と謂う。孰か主宰と爲す。曰く、自ら主宰有り。蓋し天は是れ箇の至剛至陽の物、自然に此の如く運轉し息まず。以て此の如き所は、必ず之が主宰を爲す者有り。這の様の處は人自ら見得るを要し、言語の能く盡くす所に非ざるなり。因りて莊子、孰か是れを綱維す、孰か是れを主張するの十數句を舉ぐ。曰く、他は也た這の道理を見得。六十八。

43
問、天道福善禍淫。此理定否。曰、如何不定。自是道理當如此。賞善罰惡、亦是理當如此。不如此、便是失其常理。又問、或有不如此者、何也。曰、福善禍淫、其常理也。若不如此、便是天也把捉不定了。又曰、天莫之爲而爲、他亦何嘗有意。只是理自如此。且如冬寒夏熱、此是常理當如此。若冬熱夏寒、便是失其常理。又問、失其常者、皆人事有以致之耶、抑偶然耶。曰、也是人事有以致之、也有是偶然如此時。又曰、大底物事也不會變、如日月之類。只是小小底物事會變。如冬寒夏熱之類、如冬間大熱、六月降雪是也。近年徑山嘗六七月大雪。○七十九。
【読み】
問う、天道善に福し淫に禍す。此の理定まるや否や。曰く、如何んぞ定まらざらん。自ら是の道理當に此の如くなるべし。善を賞し惡を罰す、亦是の理當に此の如くなるべし。此の如からざる、便ち是れ其の常理を失う。又問う、或いは此の如からざる者有るは、何ぞや。曰く、善を福し淫を禍す、其れ常理なり。若し此の如からざる、便ち是れ天も也た把捉し定らずして了る。又曰く、天は之を爲すこと莫くして爲す、他は亦何ぞ嘗て意有らん。只是の理自ら此の如し。且つ冬寒夏熱の如き、此れ是の常理當に此の如くなるべし。冬熱夏寒の若きは、便ち是れ其の常理を失う。又問う、其の常を失う者は、皆人事以て之を致すこと有りや、抑々偶然なるや。曰く、也た是れ人事以て之を致すこと有り、也た是れ偶然此の如き時有り。又曰く、大底の物事は也た變を會せず、日月の類の如し。只是れ小小底の物事變を會す。冬寒夏熱の類の如き、冬間大熱、六月雪を降すが如き是れなり。近年徑山嘗て六七月大いに雪す。○七十九。

44
問生死鬼神之理。明作録云、問、鬼神生死、雖知得是一理、然未見得端的。曰、精氣爲物、遊魂爲變、便是生死底道理。未達。曰、精氣凝則爲人、散則爲鬼。又問、精氣凝時、此理便附在氣上否。曰、天道流行、發育萬物、有理而後有氣。雖是一時都有、畢竟以理爲主、人得之以有生。明作録云、然氣則有清濁。氣之清者爲氣、濁者爲質。明作録云、清者屬陽、濁者屬陰。知覺運動、陽之爲也。形體、明作録作、骨肉皮毛。陰之爲也。氣曰魂、體曰魄。高誘淮南子注曰、魂者、陽之神。魄者、陰之神。所謂神者、以其主乎形氣也。人所以生、精氣聚也。人只有許多氣、須有箇盡時。明作録云、醫家所謂陰陽不升降、是也。盡則魂氣歸於天、形魄歸于地而死矣。人將死時、熱氣上出、所謂魂升也。下體游冷、所謂魄降也。此所以有生必有死、有始必有終也。夫聚散者、氣也。若理、則只泊在氣上。初不是凝結自爲一物。但人分上所合當然者便是理、不可以聚散言也。然人死雖終歸於散、然亦未便散盡、故祭祀有感格之理。先祖世次遠者、氣之有無不可知。然奉祭祀者既是他子孫、畢竟只是一氣、所以有感通之理。然已散者不復聚。釋氏卻謂、人死爲鬼、鬼復爲人。如此、則天地間常只是許多人來來去去、更不由造化生生、必無是理。至如伯有爲厲、伊川謂別是一般道理。蓋其人氣未當盡而強死、自是能爲厲。子産爲之立後、使有所歸、遂不爲厲、亦可謂知鬼神之情状矣。問、伊川言、鬼神造化之跡。此豈亦造化之跡乎。曰、皆是也。若論正理、則似樹上忽生出蕐葉、此便是造化之跡。又如空中忽然有雷霆風雨、皆是也。但人所常見、故不之怪。忽聞鬼嘯、鬼火之屬、則便以爲怪。不知此亦造化之跡、但不是正理、故爲怪異。如家語云、山之怪曰夔魍魎、水之怪曰龍罔象、土之怪羵羊。皆是氣之雜揉乖戻所生、亦非理之所無也、專以爲無則不可。如冬寒夏熱、此理之正也。有時忽然夏寒冬熱、豈可謂無此理。但既非理之常、便謂之怪。孔子所以不語、學者亦未須理會也。賜録云、問、世之見鬼神者甚多、不審有無如何。曰、世間人見者極多。豈可謂無。但非正理耳。如伯有爲厲、伊川謂別是一理。蓋其人氣未當盡而強死、魂魄無所歸、自是如此。昔有人在淮上夜行、見無數形象、似人非人、旁午克斥、出沒於兩水之間、久之、纍纍不絶。此人明知其鬼。不得已、躍跳之、衝之而過之下、卻無礙。然亦無他。詢之、此地乃昔人戰場也。彼皆死於非命。銜冤抱恨。固宜未散。○三。
【読み】
生死鬼神の理を問う。明作が録に云う、問う、鬼神生死、是の一理を知り得ると雖も、然れども未だ端的を見得ず。曰く、精氣物を爲し、遊魂變を爲すは、便ち是れ生死底の道理。未だ達せず。曰わく、精氣凝れば則ち人と爲り、散れば則ち鬼と爲る。又問う、精氣凝る時、此の理は便ち氣上に附在するや否や。曰く、天道流行、萬物を發育し、理有りて而る後氣有り。是れ一時に都て有りと雖も、畢竟理を以て主と爲し、人之を得て以て生を有す。明作が録に云う、然るに氣には則ち清濁有り。氣の清なる者は氣と爲り、濁なる者は質と爲る。明作が録に云う、清は陽に屬し、濁は陰に屬す。知覺運動は、陽之を爲すなり。形體は、明作が録に骨肉皮毛と作す。陰之を爲すなり。氣を魂と曰い、體を魄と曰う。高誘が淮南子の注に曰く、魂は、陽の神。魄は、陰の神。謂う所の神は、其れ形氣に主するを以てなり。人の生ずる所以は、精氣聚ればなり。人只許多の氣有り、須らく箇の盡くす時有るべし。明作が録に云う、醫家に謂う所の陰陽升降せず、是れなり。盡くせば則ち魂氣天に歸し、形魄地に歸して死す。人將に死せんとする時、熱氣上出し、謂う所の魂升なり。下體漸々冷え、謂う所の魄降なり。此れ生有れば必ず死有り、始め有れば必ず終り有る所以なり。夫れ聚散は、氣なり。理の若きは、則ち只氣上に泊在す。初めより是れ凝結し自ら一物を爲さず。但人の分上に當に然るべきに合う所の者は便ち是れ理、聚散を以て言う可からず。然るに人の死を終に散に歸すと雖も、然れども亦未だ便ち散じ盡くさず、故に祭祀に感格の理有り。先祖世次遠者、氣の有無を知る可からず。然るに祭祀を奉ずる者は既に是れ他の子孫にして、畢竟只是れ一氣、感通の理有る所以なり。然るに已に散ずる者は復聚まらず。釋氏卻って謂う、人死して鬼と爲り、鬼復人と爲る、と。此の如くなれば、則ち天地の間常に只是れ許多の人來來去去、更ら造化に由って生生せず、必ず是の理無し。伯有の厲を爲すが如きに至りては、伊川別に是れ一般の道理と謂う。蓋し其の人の氣未だ當に盡くさずして強死すれば、自ら是れ能く厲を爲す。子産之が爲に後を立て、歸する所有らしめ、遂に厲を爲さず、亦鬼神之情状を知ると謂う可し。問う、伊川言う、鬼神は造化の跡、と。此れ豈亦造化の跡か。曰く、皆是れなり。若し正理を論ずれば、則ち樹上忽ち蕐葉を生出するが似き、此れ便ち是れ造化の跡なり。又空中忽然とし雷霆風雨有るが如き、皆是れなり。但人の常に見る所、故に之を怪まず。忽ち鬼嘯、鬼火の屬を聞けば、則ち便ち以て怪と爲す。此れも亦造化の跡なるを知らず、但是れ正理ならざる、故に怪異と爲す。家語に云う、山の怪を夔魍魎と曰い、水の怪を龍罔象と曰い、土の怪は羵羊の如し。皆是れ氣の雜揉乖戻生ずる所、亦理の無き所に非ず、專ら以て無と爲すは則ち不可なり。冬寒夏熱の如き、此れ理の正なり。時有り忽然として夏寒冬熱、豈此の理無しと謂う可けんや。但既に理の常に非ず、便ち之を怪と謂う。孔子語らざる所以、學者亦未だ須らく理會せざるなり。賜が録に云う、問う、世の鬼神を見る者甚だ多く,審なざる有り無し如何。曰く、世間の人見る者極めて多し。豈無しと謂う可けんや。但正理に非ざるのみ。伯有厲を爲すが如き、伊川別に是れ一理を謂う。蓋し其の人の氣未だ當に盡きさずして強死し、魂魄歸する所無き、自ら是れ此の如し。昔人有り、淮上に在りて夜行し、無數の形象、人に似て人に非ず、旁午克斥、兩水の間に出沒し、之を久しく、纍纍絶えざるを見る。此の人明かに其れ鬼なるを知る。已むを得ず、之を躍跳し、之を衝いて之を過ぎ下し、卻って礙無し。然るに亦他無し。之を詢れば、此の地乃ち昔人の戰場なり。彼皆非命に死す。冤を銜え恨みを抱く。固より宜しく未だ散せざるべし。○三。

45
安卿問、禮記、魂氣歸于天、與橫渠、反原之説、何以別。曰、魂氣歸于天、是消散了。正如火煙騰上、去處何歸。只是消散了。論理大概固如此。然亦有死而未遽散者、亦有冤恨而未散者。然亦不皆如此、亦有冤死而魂即散者。叔器問、聖人死如何。曰、聖人安於死、死即消散。八十七。
【読み】
安卿問う、禮記に、魂氣天に歸すと、橫渠の、原に反るの説とは、何を以て別なる。曰く、魂氣天に歸すは、是れ消散し了る。正に火煙の騰上するが如き、去る處は何に歸せん。只是れ消散し了る。理を論ずるは大概固より此の如し。然るに亦死して未だ遽かに散せざる者有り、亦恨みを冤じて未だ散らざる者有り。然るに亦皆此の如くならず、亦冤死して魂即散りし者有り。叔器問う、聖人の死如何。曰く、聖人死に安んじ、死せば即ち消散す。八十七。

46
或問、二氣五行、聚則生、散則死。聚則不能不散、如晝之不能不夜。故知所以生、則知所以死。苟於事人之道未能盡、焉能事鬼哉。曰、不須論鬼爲已死之物。但事人須是誠敬、事鬼亦要如此。事人、如出則事公卿、入則事父兄、事其所當事者。事鬼亦然。苟非其鬼而事之、則諂矣。三十九下同。
【読み】
或るひと問う、二氣五行は、聚まれば則ち生じ、散れば則ち死す。聚まれば則ち散らざること能わず、晝の夜ならざること能わざるが如し。故に生ずる所以を知れば、則ち以て死ぬ所を知る。苟も人に事えるの道に於て未だ盡すこと能わずんば、焉んぞ能く鬼に事えんや。曰く、須らく鬼を論じて已に死する物と爲すべからず。但人に事えるに須らく是れ誠敬すべく、鬼に事えるも亦此の如きを要す。人に事える、出でれば則ち公卿に事え、入りては則ち父兄に事えるが如く、其の當に事えるべき所の者に事える。鬼に事えるも亦然り。苟も其の鬼に非ずして之に事えるは、則ち諂いなり。三十九下同。

47
或問季路問鬼神章。曰、世間無有聚而不散、散而不聚之物。聚時是這模様、則散時也是這模様。若道孔子説與子路、又不全與他説。若道不説、又也只是恁地。
【読み】
或るひと、季路の鬼神の章を問う。曰く、世間は聚って散らず、散って聚らざる物有る無し。聚る時は是れ這の模様なれば、則ち散る時は也た是れ這の模様なり。若し孔子説を道えば、子路と、又全く他と説かず。若し説かずと道えば、又也た只是れ恁地。

48
問、伊川謂、死生人鬼、一而二、二而一。是兼氣與理言之否。曰、有是理、則有是氣。有是氣、則有是理。氣則二、理則一。
【読み】
問う、伊川謂う、死生人鬼、一にして二、二にして一。是れ氣と理とを兼ねて之を言うや否や。曰く、是の理有れば、則ち是の氣有り。是の氣有れば、則ち是の理有り。氣は則ち二、理は則ち一なり。

49
正卿問、原始反終、故知死生之説。曰、人未死、如何知得死之説。只是原其始之理、將後面摺轉來看、便見得。以此之有、知彼之無。七十四下同。
【読み】
正卿問う、始めを原ねて終りに返る、故に死生の説を知る。曰く、人の未だ死なず、如何ぞ死の説を知り得。只是れ其の始めの理を原ねて、後面を將って摺轉し來り看れば、便ち見得。此の有を以て、彼の無を知る。七十四下同。

50
問、尹子解、遊魂一句爲鬼神、如何。曰、此只是聚散。聚而爲物者、神也。散而爲變者、鬼也。鬼神便有陰陽之分、只於屈伸往來觀之。橫渠説、精氣自無而有、遊魂自有而無。其説亦分曉。然精屬陰、氣屬陽。然又自有錯綜底道理。然就一人之身將來橫看、生便帶著箇死底道理。人身雖是屬陽、而體魄便屬陰。及其死而屬陰、又卻是此氣、便亦屬陽。蓋死則魂氣上升、而魄形下降。古人説、徂落、二字極有義理、便是謂魂魄。徂者、魂升於天。落者、魄降於地。只就人身、便亦是鬼神。如祭祀、求諸陽、便是求其魂。求諸陰、便是求其魄。祭義中宰我問鬼神一段説得好、注解得亦好。
【読み】
問う、尹子の遊魂の一句を解するに鬼神と爲す、如何。曰く、此れは只是れ聚散なり。聚って物を爲す者は、神なり。散って變を爲す者は、鬼なり。鬼神は便ち陰陽の分有り、只屈伸往來に於て之を觀る。橫渠は、精氣は無よりして有、遊魂は有よりして無と説く。其の説亦分曉なり。然るに精は陰に屬し、氣は陽に屬す。然るに又自ら錯綜底の道理有り。然るに一人の身に就き將來橫に看れば、生は便ち箇の死底の道理を帶著す。人身是れ陽に屬すと雖も、而して體魄便ち陰に屬す。其の死に及んで陰に屬し、又卻って是れ此の氣は、便ち亦陽に屬す。蓋し死は則ち魂氣上升して、魄形下降す。古人、徂落の二字を説くこと極めて義理有り、便ち是れを魂魄と謂う。徂は、魂天に升る。落は、魄地に降りる。只人身に就けば、便ち亦是れ鬼神なり。祭祀、諸陽に求むが如きは、便ち是れ其の魂を求む。諸陰に求めば、便ち是れ其の魄を求む。祭義中に宰我鬼神を問うの一段、得て説いて好し、注解得て亦好し。

51
問、其氣發揚於上、爲昭明、焄蒿、悽愴。曰、此是陰陽乍離之際、髣彿如有所見、有這箇聲氣。昭明、焄蒿是氣之升騰、悽愴是感傷之意。八十七下同。
【読み】
問う、其の氣上に發揚し、昭明、焄蒿、悽愴を爲す。曰く、此れは是れ陰陽乍離の際、髣彿とし見る所有り、這の箇の聲氣有るが如し。昭明、焄蒿は是れ氣の升騰、悽愴は是れ感傷の意なり。八十七下同。

52
問、其氣發揚於上、爲昭明、焄蒿、悽愴。曰、昭明是所謂光景者、想像其如此。焄蒿是騰升底氣象。悽愴是能令人感動模様。墟墓之閒未施哀而民哀、是也。洋洋乎如在其上、如在其左右、正謂此。
【読み】
問う、其の氣上に發揚し、昭明、焄蒿、悽愴を爲す。曰く、昭明は是れ謂う所の光景なる者、其れ此の如きを想像す。焄蒿は是れ騰升底の氣象。悽愴は是れ能く人を感動せしめる模様。墟墓の閒未だ哀を施かずして民哀す、是れなり。洋洋乎とし其の上に在るが如し、其の左右に在るが如し、正に此を謂う。

53
問、洋洋如在其上、如在其左右、似亦是感格意思、是自然如是。曰、固是。然亦須自家有以感之、始得。上下章自恁地説、忽然中間插入一段鬼神在這裏、也是鳶飛魚躍底意思。所以末梢只説、微之顯、誠之不可揜也如此。六十三下同。
【読み】
問う、洋洋として其上に在るが如し、其の左右に在るが如しは、亦是れ感格の意思に似る、是れ自然に是の如きか。曰く、固より是れなり。然るに亦須らく自家以て之を感ずる有るべくして、始めて得。上下の章自ら恁地く説けば、忽然として中間に一段の鬼神を插入して這の裏に在り、也た是れ鳶飛魚躍底の意思なり。末梢は只微の顯、誠の揜う可からざるや此の如しと説く所以なり。六十三下同。

54
或問、鬼神者、造化之跡。曰、風雨霜露、四時代謝。又問、此是跡、可得而見。又曰、視之不可得見、聽之不可得聞、何也。曰、説道無、又有。説道有、又無。物之生成、非鬼神而何。然又去那裏見得鬼神。至於洋洋乎如在其上、是又有也。其氣發揚于上、爲昭明、焄蒿、悽愴、猶今時惡氣中人、使得人恐懼悽愴、此百物之精爽也。
【読み】
或るひと問う、鬼神は造化の跡。曰く、風雨霜露、四時代謝なり。又問う、此れ是の跡は、得て見る可し。又曰く、之を視て見るを得可からず、之を聽いて聞くを得可からず、何ぞや。曰く、無しと説道す、又有り。有りと説道す、又無し。物の生成は、鬼神に非ずして何ぞや。然るに又那の裏に去り鬼神を見得。洋洋乎として其の上に在るが如きに至りては、是れ又有るなり。其の氣上に發揚し、昭明、焄蒿、悽愴を爲し、猶今時惡氣の人に中り、人の恐懼悽愴を得せしむがごとき、此れ百物の精爽なり。

55
才卿問、來而伸者爲神、往而屈者爲鬼。凡陰陽魂魄、人之嘘吸皆然。不獨死者爲鬼、生者爲神。故橫渠云、神祇者歸之始、歸往者來之終。曰、此二句、正如俗語罵鬼云、儞是已死我、我是未死儞。楚詞中説終古、亦是此義。去終古之所之兮、今逍遙而來東。羗靈魂之欲歸兮、何須臾而忘反。用之云、既屈之中、恐又自有屈伸。曰、祭祀致得鬼神來格、便是就既屈之氣又能伸也。僩問、魂氣則能既屈而伸。若祭祀來格是也。若魄既死。恐不能復伸矣。曰、也能伸。蓋他來則倶來。如祭祀報魂報魄、求之四方上下、便是皆有感格之理。用之問、遊魂爲變、聖愚皆一否。曰、然。僩問、天神地祇人鬼、地何以曰祇。曰、祇字只是示字。蓋天垂三辰以著象。如日月星辰是也。地亦顯山川草木以示人。所以曰、地示。用之云、人之禱天地山川、是以我之有感彼之有。子孫之祭先祖、是以我之有感他之無。曰、神祇之氣常屈伸而不已、人鬼之氣則消散而無餘矣。其消散亦有久速之異。人有不伏其死者、所以既死而此氣不散、爲妖爲怪。如人之凶死、及僧道既死、多不散。僧道務養精神、所以凝聚不散。若聖賢則安於死。豈有不散而爲神怪者乎。如黄帝堯舜、不聞其既死而爲靈怪也。嘗見輔漢卿説、某人死、其氣温温然、熏蒸滿室、數日不散。是他氣盛、所以如此。劉元城死時、風雷轟於正寢、雲務晦冥、少頃辯色、而公已端坐薨矣。他是甚麼様氣魄。用之曰、莫是元城忠誠、感動天地之氣否。曰、只是元城之氣自散爾。他養得此氣剛大、所以散時如此。祭義云、其氣發揚於上、爲昭明、焄蒿、悽愴、此百物之精也。此數句説盡了。人死時、其魂氣發揚於上。昭明、是人死時自有一般光景。焄蒿、即前所謂、温温之氣也。悽愴、是一般肅然之氣、令人悽愴、如漢武帝時、神君來則風肅然、是也。此皆萬物之精、既死而散也。淳録云、問、其氣發揚於上、何謂也。曰、人氣本騰上。這下面盡、則只管騰上去。如火之煙、這下面薪盡、則煙只管騰上去。○三。
【読み】
才卿問う、來て伸びる者は神と爲し、往きて屈する者は鬼と爲す。凡そ陰陽魂魄、人の嘘吸は皆然り。獨り死者を鬼と爲し、生きる者を神と爲さず。故に橫渠云う、神祇は歸の始め、歸往は來の終りなり。曰く、此の二句、正に俗語の鬼を罵り、儞は是れ已に死する我、我は是れ未だ死なざる儞と云が如し。楚詞の中に終古と説く、亦是れ此の義なり。終古の之く所を去る、今逍遙して東に來る。羗靈魂の歸するを欲する、何ぞ須臾して反るを忘れん。用之云う、既に屈するの中、恐らくは又自ら屈伸有り。曰く、祭祀に鬼神來格を致得すれば、便ち是れ既に屈の氣に就き又能く伸びるなり。僩問う、魂氣は則ち能く既に屈して伸びる。祭祀來格の若き是れなり。魄の若きは既に死す、恐らくは復伸びること能わず。曰く、也た能く伸びる。蓋し他來れば則ち倶に來る。祭祀の魂に報い魄に報い、之を四方上下に求むるが如きは、便ち是れ皆感格の理有り。用之問う、遊魂變を爲すは、聖愚皆一なるや否や。曰く、然り。僩問う、天神地祇人鬼、地は何を以て祇と曰う。曰く、祇の字は只是れ示の字。蓋し天三辰を垂れ以て象を著す。日月星辰の如き是れなり。地も亦山川草木を顯し以て人に示す。地示と曰う所以なり。用之云う、人の天地山川に禱る、是れ我の有るを以て彼の有るを感ず。子孫の先祖を祭る、是れ我の有るを以て他の無きを感ず。曰く、神祇の氣は常に屈伸して已まず、人鬼の氣は則ち消散して餘無し。其の消散も亦久速の異有り。人に其の死を伏せざる者有り、以て既に死して此の氣散らず、妖を爲し怪を爲す所なり。人の凶死、及び僧道の既に死ぬが如きは、多く散らず。僧道は務めて精神を養う、凝聚し散らざる所以なり。聖賢の若きは則ち死に安んず。豈散らずして神怪を爲す者有らんや。黄帝堯舜の如き、其の既に死して靈怪を爲すを聞かず。嘗て輔漢卿の、某の人死し、其の氣温温然として、熏蒸室に滿ち、數日散らずと説くを見る。是れ他の氣盛ん、此の如き所以なり。劉元城の死する時、風雷正寢に轟し、雲務晦冥、少頃し色を辯じて、公已に端坐し薨ず。他は是れ什麼様の氣魄ぞ。用之曰く、是れ元城の忠誠、天地の氣を感動すること莫きや否や。曰く、只是れ元城の氣自ら散るのみ。他の此の氣を養得すること剛大、散る時此の如き所以なり。祭義云う、其の氣上に發揚し、昭明、焄蒿、悽愴を爲す、此れ百物の精なり。此の數句説き盡くし了る。人死す時、其の魂氣は上に發揚す。昭明は、是れ人死す時自ら一般の光景有り。焄蒿は、即ち前に云う所の、温温の氣なり。悽愴は、是れ一般肅然の氣、人を悽愴ならしむ、漢の武帝の時、神君來れば則ち風肅然の如き、是れなり。此れ皆萬物の精、既に死して散るなり。淳が録に云う、問う、其の氣上に發揚す、何の謂いぞや。曰く、人氣は本騰上す。這の下面に盡きれば、則ち只管騰上して去く。火の煙の如き、這の下面の薪盡きれば、則ち煙は只管騰上して去く。○三。

56
問、以功用謂之鬼神、以妙用謂之神。曰、鬼神者、有屈伸往來之跡。如寒來暑往、日往月來、春生夏長、秋收冬藏、皆鬼神之功用、此皆可見也。忽然而來、忽然而往、方如此又如彼、使人不可測知、鬼神之妙用也。六十八。
【読み】
問う、功用を以て之を鬼神と謂い、妙用を以て之を神と謂う。曰く、鬼神は、屈伸往來の跡有り。寒來暑往、日往月來、春生夏長、秋收冬藏の如き、皆鬼神の功用、此れ皆見る可し。忽然として來、忽然として往く、方に此の如く又彼が如き、人をして測知す可からざる、鬼神の妙用なり。六十八。

57
叔器問、先生前説、日爲神、夜爲鬼、所以鬼夜出、如何。曰、間有然者、亦不能皆然。夜屬陰。且如妖鳥皆陰類、皆是夜鳴。三下同。
【読み】
叔器問う、先生の前説に、日は神と爲り、夜は鬼と爲る、鬼の夜出る所以は、如何。曰く、間々然る者有り、亦皆然ること能わず。夜は陰に屬す。且つ妖鳥の如きは皆陰の類、皆是れ夜鳴く。三下同。

58
人生初間是先有氣。既成形、是魄在先。形既生矣、神發知矣。既有形後、方有精神知覺。子産曰、人生始化曰魄、既生魄、陽曰魂。數句説得好。
【読み】
人生初間は是れ先ず氣有り。既に形を成す、是れ魄先に在り。形既に生じ、神發して知る。既の形有りて後、方に精神知覺有り。子産曰く、人生始めて化するを魄と曰い、既に魄を生じ、陽を魂と曰う。數句説き得て好し。

59
安卿問、體與魂有分別、如耳目是體、聰明便是魄。曰、是。魂者氣之神、魄者體之神。淮南子註謂、魂、陽神也。魄、陰神也。此語説得好。安卿問、心之精爽、是謂魂魄。曰、只是此意。又問、人生始化曰魄、如何是始化。曰、是胎中初略略成形時。六十八。
【読み】
安卿問う、體と魂と分別有り、耳目の如きは是れ體、聰明は便ち是れ魄。曰く、是なり。魂は氣の神、魄は體の神。淮南子の注に謂う、魂は、陽の神なり。魄は、陰の神なり。此の語説き得て好し。安卿問う、心の精爽、是れを魂魄と謂う。曰く、只是れ此の意なり。又問う、人生始めて化すを魄と曰う、如何にか是れ始めて化する。曰く、是れ胎中初めて略略形を成す時なり。六十八。

60
問、孔子答宰我鬼神一段。鄭注云、氣、謂嘘吸出入者也。耳目之聰明爲魄。竊謂、人之精神知覺與夫運用云爲皆是神。但氣是充盛發於外者、故謂之神之盛。四肢九竅與夫精血之類皆是魄、但耳目能視能聽而精明、故謂之鬼之盛。曰、是如此。這箇只是就身上説。又曰、燈似魂、鏡似魄。燈有光焰、物來便燒。鏡雖照見、只在裏面。又、火日外影、金水内影。火日是魂、金水是魄。又曰、運用動作底是魂、不運用動作底是魄。又曰、動是魂、靜是魄。八十七下同。
【読み】
問う、孔子宰我に答える鬼神の一段。鄭註云う、氣は、嘘吸の出入する者を謂うなり。耳目の聰明を魄と爲す。竊かに謂う、人の精神知覺と夫の運用云爲とは皆是れ神。但氣は是れ充盛外に發する者、故に之を神の盛んと謂う。四肢九竅と夫の精血の類とは皆是れ魄、但耳目能く視能く聽きて精明、故に之を鬼の盛んと謂う。曰く、是れ此の如し。這の箇は只是れ身上に就く説。又曰く、燈は魂に似、鏡は魄に似る。燈は光焰有り、物來れば便ち燒く。鏡は照見すと雖も、只裏面に在り。又、火日は外影し、金水は内影す。火日は是れ魂、金水は是れ魄。又曰く、運用動作底は是れ魂、運用動作せざる底は是れ魄。又曰く、動は是れ魂、靜は是れ魄。八十七下同。

61
問、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。豈非以氣魄未足爲鬼神、氣魄之盛者乃爲鬼神否。曰、非也。大凡説鬼神、皆是通生死而言。此言盛者、則是指生人身上而言。所以後面説、骨肉斃於下、陰爲野土。但説體不説魄也。問、頃聞先生言、耳目之精明者爲魄、口鼻之嘘吸者爲魂。以此語是而未盡。耳目之所以能精明者爲魄、口鼻之所以能嘘吸者爲魂、是否。曰、然。看來魄有箇物事形象在裏面、恐如水晶相似、所以發出來爲耳目之精明。且如月、其黑暈是魄也、其光是魂也。想見人身魂魄也是如此。人生時魂魄相交、死則離而各散去、魂爲陽而散上、魄爲陰而降下。又曰、陰主藏受、陽主運用。凡能記憶、皆魄之所藏受也、至於運用發出來是魂。這兩箇物事本不相離。他能記憶底是魄、然發出來底便是魂。能知覺底是魄、然知覺發出來底又是魂。雖各自分屬陰陽、然陰陽中又各自有陰陽也。或曰、大率魄屬形體、魂屬精神。曰、精又是魄、神又是魂。又曰、魄盛、則耳目聰明、能記憶、所以老人多目昏耳聵、記事不得、便是魄衰而少也。老子云、載營魄。是以魂守魄。蓋魂熱而魄冷、魂動而魄靜。能以魂守魄、則魂以所守而亦靜、魄以魂而有生意、魂之熱而生涼、魄之冷而生暖。惟二者不相離、故其陽不燥、其陰不滯、而得其和矣。不然、則魂愈動而魄愈靜、魂愈熱而魄愈冷。二者相離、則不得其和而死矣。又云、水一也、火二也。以魄載魂、以二守一、則水火固濟而不相離、所以能永年也。養生家説盡千言萬語。説龍説虎、説鉛説汞、説坎説離、其術止是如此而已。故云、載魄抱魂、能勿離乎。專氣致柔、能如嬰兒乎。今之道家、只是馳騖於外、安識所謂、載魄守一、能勿離乎。
【読み】
問う、氣なる者は、神の盛んなり。魄なる者は、鬼の盛んなり。豈氣魄の未だ鬼神と爲るに足らざるを以て、氣魄の盛んなる者を乃ち鬼神と爲すに非ずや否や。曰く、非なり。大凡鬼神を説くは、皆是れ生死を通じて言う。此れ盛んを言う者は、則ち是れ生人身上を指して言う。所以に後面に、骨肉の下に斃し、陰し野土と爲すと説く。但體を説いて魄を説かざるなり。問う、頃聞先生言う、耳目の精明なる者は魄と爲し、口鼻の嘘吸する者は魂と爲す。以に此の語是にして未だ盡さず。耳目の以て能く精明なる所の者を魄と爲し、口鼻の以て能く嘘吸する所の者を魂と爲す、是れなるや否や。曰く、然り。看來に魄は箇の物事形象裏面に在る有り、恐らくは水晶の如く相似、發出し來て耳目の精明と爲す所以なり。且つ月の如き、其の黑暈は是れ魄なり、其の光は是れ魂なり。想い見るに人身の魂魄も也た是れ此の如し。人の生ずる時は魂魄相交じ、死すれば則ち離れて各々散り去り、魂は陽と爲りて散上し、魄は陰と爲りて降下す。又曰く、陰は藏受を主とし、陽は運用を主とす。凡そ能く記憶するは、皆魄の藏受する所なり、運用發出し來るに至るは是れ魂なり。這の兩箇の物事は本相離れず。他の能く記憶する底は是れ魄、然るに發出し來る底は便ち是れ魂なり。能く知覺する底は是れ魄、然るに知覺發出し來る底は又是れ魂なり。各々自ら陰陽に分屬すと雖も、然れども陰陽の中又各々自ら陰陽有るなり。或るひと曰く、大率魄は形體に屬し、魂は精神に屬す。曰く、精は又是れ魄、神は又是れ魂なり。又曰く、魄盛んなれば、則ち耳目聰明、能く記憶するは、老人多く目昏耳聵、事を記し得ざる所以にして、便ち是れ魄衰えて少ければなり。老子云う、營魄を載す。是れ魂を以て魄を守るなり。蓋し魂熱して魄冷え、魂動いて魄靜なり。能く魂を以て魄を守れば、則ち魂は守る所を以て亦靜、魄は魂を以て生意有り、魂の熱して敘を生じ、魄の冷て暖を生ず。惟二の者は相離れず、故に其の陽燥せず、其の陰滯らずして其の和を得る。然らざれば、則ち魂愈々動き、魄愈々靜かに、魂愈々熱して魄愈々冷す。二の者相離れれば、則ち其の和を得ずして死す。又云う、水は一なり、火は二なり。魄を以て魂を載せ、二を以て一を守れば、則ち水火固濟して相離れず、能く永年する所以なり。養生家は千言萬語を説盡す。龍を説き虎を説き、鉛を説き汞を説き、坎を説き離を説く、其の術止だ是れ此の如きのみ。故に云う、魄を載せ魂を抱けば、能く離れること勿からん。氣を專らにし柔を致す、能く嬰兒の如くならんか、と。今の道家、只是れ外に馳騖し、安んぞ謂う所の、魄を載せ一を守り、能く離すこと勿らんかを識らん。

62
問、陽魂爲神、陰魄爲鬼。祭義曰、氣也者、神之盛也。魄也者、鬼之盛也。而鄭氏曰、氣、嘘吸出入者也。耳目之聰明爲魄。然則陰陽未可言鬼神、陰陽之靈乃鬼神也、如何。曰、魄者、形之神。魂者、氣之神。魂魄是形氣之精英、謂之靈。故張子曰、二氣之良能。二氣、即陰陽也。良能、是其靈處。問、眼體也、眼之光爲魄。耳體也、何以爲耳之魄。曰、能聽者便是。如鼻之知臭、舌之知味、皆是。但不可以知字爲魄。纔説知、便是主於心也。心但能知、若甘苦鹹淡、要從舌上過。如老人耳重目昏、便是魄漸要散。潘問、魄附於體、氣附於魂、可作如此看否。曰、也不是附。魂魄是形氣之精英。
【読み】
問う、陽魂を神と爲し、陰魄を鬼と爲す。祭義に曰く、氣なる者は、神の盛んなり。魄なる者は、鬼の盛んなり。而して鄭氏曰く、氣は、嘘吸出入する者なり。耳目の聰明を魄と爲す。然れば則ち陰陽は未だ鬼神を言う可からず、陰陽の靈は乃ち鬼神なり、如何。曰く、魄は、形の神。魂は、氣の神。魂魄は是れ神氣の精英、之を靈と謂う。故に張子曰く、二氣の良能、と。二氣は、即ち陰陽なり。良能は、是れ其の靈なる處。問う、眼は體なり、眼の光を魄と爲す。耳は體なり、何を以て耳の魄と爲す。曰く、能く聽く者は便ち是れなり。鼻の臭を知り、舌の味を知る、皆是れなり。但し知の字を以て魄と爲す可からず。纔かに知を説けば、便ち是れ心に主たるなり。心は但能知、甘苦鹹淡の、舌上に從い過るを要すが若し。老人の耳重く目昏きが如き、便ち是れ魄の漸く散るを要す。潘問う、魄は體に附し、氣は魂に附す、此の如きと作し看る可きや否や。曰く、也た是れ附すにあらず。魂魄は是れ形氣の精英なり。

63
問魂魄。曰、氣質是實底。魂魄是半虚半實底。鬼神是虚分數多、實分數少底。三。
【読み】
魂魄を問う。曰く、氣質は是れ實底。魂魄は是れ半虚半實の底。鬼神は是れ虚の分數多く、實の分數少き底なり。三。

64
廣問、中庸或問取鄭氏説云、口鼻之嘘吸者爲魂、耳目之精明者爲魄。先生謂、此蓋指血氣之類言之。口鼻之嘘吸是以氣言之、耳目之精明是以血言之。目之精明以血言、可也。耳之精明、何故亦以血言。曰、醫家以耳屬腎。精血盛則聽聰、精血耗則耳聵矣。氣爲魂、血爲魄、故骨肉歸於地、陰爲野土。若夫魂氣則無不之也。廣云、是以易中説、遊魂爲變。曰、易中又卻只説一邊。精氣爲物。精氣聚則成物、精氣散則氣爲魂、精爲魄。魂升爲神、魄降爲鬼。易只説那升者。廣云、如徂落之義、則是兼言之。曰、然。八十七。
【読み】
廣問う、中庸或問に鄭氏が説を取りて云う、口鼻の嘘吸する者を魂と爲し、耳目の精明なる者を魄と爲す。先生謂う、此れは蓋し血氣の類を指して之を言う。口鼻の嘘吸は是れ氣を以て之を言い、耳目の精明は是れ血を以て之を言う。目の精明、血を以て言うは可なり。耳の精明、何が故に亦血を以て言う。曰く、醫家耳を以て腎に屬す。精血盛んなれば則ち聽聰、精血耗れば則ち耳聵なり。氣は魂と爲り、血は魄と爲る、故に骨肉地に歸し、陰し野土と爲る。夫れ魂氣の若きは則ち之かざる無きなり。廣云う、是れを以て易中遊魂變を爲すと説く。曰く、易中又卻って只一邊を説く。精氣の物を爲す。精氣聚まれば則ち物を成し、精氣散れば則ち氣は魂と爲り、精は魄と爲る。魂升りて神と爲り、魄降りて鬼と爲る。易は只那の升る者を説くのみ。廣云う、徂落の義の如きは、則ち是れ之を兼言す。曰く、然り。八十七。

65
先儒言、口鼻之嘘吸爲魂、耳目之聰明爲魄。也只説得大概。卻更有箇母子、這便是坎離水火。煖氣便是魂、冷氣便是魄。魂便是氣之神、魄便是精之神。會思量計度底便是魂、會記當去底便是魄。又曰、見於目而明、耳而聰者、是魄之用。老氏云、載營魄、營是晶熒之義、魄是一箇晶光堅凝物事。釋氏之地水火風、其説云、人之死也、風火先散、則不能爲祟。蓋魂先散而魄尚存。只是消磨未盡、少間自塌了。若地水先散、而風火尚遲、則能爲祟。蓋魂氣猶存爾。又曰、無魂、則魄不能以自存。今人多思慮役役、魂都與魄相離了。老氏便只要守得相合。所謂、致虚極、守靜篤。全然守在這裏、不得動。又曰、專氣致柔、不是守字、卻是專字。便只是專在此、全不放出、氣便細。若放些子出、便粗了也。三下同。
【読み】
先儒言う、口鼻の嘘吸するを魂と爲し、耳目の聰明なるを魄と爲す。也た只大概を説き得。卻って更に箇の母子有り、這えば便ち是れ坎離水火。煖氣は便ち是れ魂、冷氣は便ち是れ魄。魂は便ち是れ氣の神、魄は便ち是れ精の神。思量計度を會する底は便是れ魂、記當去を會する底は便ち是れ魄。又曰く、目にして明、耳にして聰に見る者は、是れ魄の用。老氏云う、營魄を載す、營は是れ晶熒の義、魄は是れ一箇晶光堅凝の物事。釋氏の地水火風、其の説に云う、人の死するや、風火先ず散れば、則ち祟るを爲すこと能わず。蓋し魂先ず散って魄尚存す。只是れ消磨し未だ盡くさず、少間自ら塌了す。若し地水先ず散って、風火尚遲ければ、則ち能く祟るを爲す。蓋し魂氣猶存するのみ。又曰く、魂無ければ、則ち魄は以て自ら存すること能わず。今人多く思慮役役とし、魂は都て魄と相離れ了る。老氏は便ち只守得相合を要す。謂う所の、虚を致すを極め、守靜を篤くす、と。全然に這裏に守在し、動き得ず。又曰く、氣を專らにし柔を致す、是れ守の字にあらず、卻って是れ專の字なり。便ち只是れ專ら此に在り、全く放出せず、氣便ち細なり。若し些子を放ち出せば、便ち粗くし了るなり。三下同。

66
因言魂魄鬼神之説、曰、只今生人、便自一半是神、一半是鬼了。但未死以前、則神爲主。已死之後、則鬼爲主。縱橫在這裏。以屈伸往來之氣言之、則來者爲神、去者爲鬼。以人身言之、則氣爲神而精爲鬼。然其屈伸往來也各以漸。
【読み】
魂魄鬼神の説を言うに因りて、曰く、只今生人は、便ち自ら一半は是れ神、一半は是れ鬼にし了る。但未だ死なざる以前は、則ち神を主と爲す。已に死ぬの後は、則ち鬼を主と爲す。縱橫這の裏に在り。屈伸往來の氣を以て之を言えば、則ち來者は神と爲し、去者は鬼と爲る。人身を以て之を言えば、則ち氣は神と爲りて精は鬼と爲る。然るに其の屈伸往來也た各々漸を以てす。

67
萇弘死三年而化爲碧。此所謂魄也。如虎威之類。弘以忠死、故其氣凝結如此。
【読み】
萇弘死し三年にして化し碧と爲る。此れ謂う所の魄なり。虎威の類の如し。弘は忠を以て死す、故に其の氣凝結して此の如し。

68
問、在天地爲鬼神、在人爲魂魄否。曰、死則謂之魂魄、生則謂之精氣、天地公共底謂之鬼神。是恁地模様。六十三下同。
【読み】
問う、天地に在るを鬼神と爲し、人に在るを魂魄と爲すや否や。曰く、死は則ち之を魂魄と謂い、生は則之を精氣と謂い、天地公共底は之を鬼神と謂う。是れ恁地き模様なり。六十三下同。

69
問、魄守體、有所知否。曰、耳目聰明爲魄、安得謂無知。問、然則人之死也、魂升魄降、是兩處有知覺也。曰、孔子分明言、合鬼與神、教之至也。當祭之時、求諸陽、又求諸陰、正爲此、況祭亦有報魄之説。
【読み】
問う、魄は體を守る、知る所有りや否や。曰く、耳目の聰明魄と爲す、安んぞ知る無きを謂うを得ん。問う、然れば則ち人の死は、魂升り魄降りる、是れ兩處知覺有るなり。曰く、孔子分明に、鬼と神とを合す、教の至りなりと言う。祭の時に當り、諸を陽に求め、又諸を陰に求む、正に此が爲にす、況んや祭に亦魄に報いるの説有り。

70
説鬼神、舉明道有無之説、因斷之曰、有。若是無時、古人不如是求。七日戒、三日齋、或求諸陽、或求諸陰、須是見得有。如天子祭天地、定是有箇天、有箇地。諸侯祭境内名山、大川、定是有箇名山、大川。大夫祭五祀、定是有箇門、行、戸、竈、中霤。今廟宇有靈底、亦是山川之氣會聚處。久之、被人掘鑿損壞、於是不復有靈、亦是這些氣過了。三下同。
【読み】
鬼神を説くに、明道有無の説を舉げ、因りて之を斷じて曰く、有り。若し是れ時無ければ、古人是の如く求めず。七日戒、三日齋、或いは諸を陽に求め、或いは諸を陰に求め、須らく是れ有るを見得。天子の如く天地を祭るが、定めて是れ箇の天有り、箇の地有り。諸侯境内の名山、大川を祭るが、定めて是れ箇の名山、大川有り。大夫五祀を祭るが、定めて是れ箇の門、行、戸、灶、中霤有り。今廟宇に靈有る底も亦是れ山川の氣會聚の處。之を久くし、人に掘鑿損壞せられ、是に於て復靈有らず、亦是這の些の氣過ぎ了る。三下同。

71
汪德輔問、祖考精神便是自家精神。故齋戒祭祀、則祖考來格。若祭旁親及子、亦是一氣、猶可推也。至於祭妻及外親、則其精神非親之精神矣。豈於此但以心感之而不以氣乎。曰、但所祭者、其精神魂魄、無不感通。蓋本從一源中流出、初無間隔。雖天地山川鬼神亦然也。
【読み】
汪德輔問う、祖考の精神は便ち是れ自家の精神。故に齋戒祭祀は、則ち祖考來格。若し旁親及子を祭れば、亦是れ一氣、猶推す可きなり。妻及び外親を祭るに至りては、則ち其の精神は親の精神に非ず。豈此に於て但心を以て之を感じて氣を以てせざるか。曰く、但所の祭る者は、其の精神魂魄、感通せざる無し。蓋し本一源の中に從いて流出し、初めより間隔無し。天地山川鬼神と雖も亦然り。

72
問、人祭祖先、是以己之精神去聚彼之精神、可以合聚。蓋爲自家精神便是祖考精神、故能如此。諸侯祭因國之主、與自家不相關、然而也呼喚得他聚。蓋爲天地之氣、便是他氣底母、就這母上聚他、故亦可以感通。曰、此謂無主後者、祭時乃可以感動。若有主後者、祭時又也不感通。用之曰、若理不相關、則聚不得他。若理相關、則方可聚得他。曰、是如此。又曰、若不是因國、也感他不得。蓋爲他元是這國之主、自家今主他國土地、他無主後、合是自家祭他、便可感通。
【読み】
問う、人の祖先を祭る、是れ以て之の精神を己にし、彼の精神を聚め去き、以て合聚す可し。蓋し自家の精神は便ち是れ祖考の精神なるが爲に、故に能く此の如し。諸侯の國に因るの主を祭るは、自家と相關せず、然して也た得て他を呼喚し聚む。蓋し天地の氣は、便ち是れ他の氣底の母なるが爲に、這の母上に就き他を聚む、故に亦以て感通す可し。曰く、此れ主後無き者を謂い、祭る時は乃ち以て感動す可し。若し主後有る者は、祭る時又也た感通せず。用之曰く、若し理相關せざれば、則ち他を聚め得ず。若し理相關せば、則ち方に他を聚め得可し。曰く、是れ此の如し。又曰く、若し是れ國に因らざれば、也た他を感じ得ず。蓋し他は元是れ這の國の主、自家は今他の國の土地を主とし、他は主後無く、是れ自家の他を祭るを合するが爲に、便ち感通す可し。

73
問、天地山川是有箇物事、則祭之其神可致。人死氣已散。如何致之。曰、只是一氣。如子孫有箇氣在此、畢竟是因何有此。其所自來、蓋自厥初生民氣化之祖相傳到此。只是此氣。問、祭先賢先聖如何。曰、有功德在人、人自當報之。古人祀五帝、只是如此。
【読み】
問う、天地山川是れ箇の物事有れば、則ち之を祭るに其の神を致す可し。人死ねば氣已に散る。如何に之を致さん。曰く、只是れ一氣なり。子孫の如き、箇の氣此に在る有り、畢竟是れ何に因りて此れ有る。其の自ら來る所は、蓋し厥の初生民の氣化の祖より相傳え此に到る。只是れ此の氣なり。問う、先賢先聖を祭るは如何。曰く、功德人に在る有り、人自ら當に之に報うべし。古人の五帝を祀る、只是れ此の如し。

74
因言、鬼神有無、聖人未嘗決言之。如言、之死而致死之、不仁。之死而致生之、不知。於彼乎、於此乎之類、與明道語上蔡、恐賢問某尋之意同。問、五廟、七廟遞遷之制、恐是世代浸遠、精爽消亡、故廟有遷毀。曰、雖是如此、然祭者求諸陰、求諸陽、此氣依舊在。如嘘吸之、則又來。若不如此、則是、之死而致死之也。蓋其子孫未絶、此氣接續亦未絶。又曰、天神、地祇、山川之神、有此物在、其氣自在此、故不難曉。惟人已死、其事杳茫、所以難説。○六十三下同。
【読み】
因りて言う、鬼神の有無、聖人は未だ嘗て之を決言せず。死に之きて之を死と致すは、不仁。死に之きて之を生と致すは、不知。彼に於いてか、此に於いてかを言わざるの類の如き、明道の上蔡に語るに、恐らくは賢、某に問い尋ねるの意と同じ。問う、五廟、七廟遞に遷るの制、恐らくは是れ世代浸遠、精爽消亡す、故に廟に遷毀有り。曰く、是れ此の如しと雖も、然れども祭る者は諸を陰に求め、諸を陽に求め、此の氣舊に依りて在り。之を嘘吸すれば、則ち又來るが如し。若し此の如くならざれば、則ち是れ、死に之きて之を死と致すなり。蓋し其の子孫未だ絶えざれば、此の氣接續して亦未だ絶えず。又曰く、天神、地祇、山川の神は、此の物在る有り、其の氣自ら此れ在り、故に曉り難からず。惟人已に死ねば、其の事杳茫、説き難き所以なり。○六十三下同。

75
或問、顏子死而不亡之説、先生既非之矣。然聖人制祭祀之禮、所以事鬼神者、恐不止謂但有此理。須有實事。曰、若是見理明者、自能知之。明道所謂、若以爲無、古人因甚如此説。若以爲有、又恐賢問某尋。其説甚當。
【読み】
或るひと問う、顏子死して亡びずの説、先生既に之を非とす。然るに聖人祭祀の禮を制する、以て鬼神に事える所の者は、恐らくは止に但此の理有ると謂うにあらず。須らく實事有るべし。曰く、若し是れ理を見て明なる者は、自ら能く之を知る。明道謂う所の、若し以て無と爲せば、古人甚に因りて此の如く説かん。若し以て有と爲せば、又恐らくは賢の某に問い尋ねん。其の説甚だ當れり。

76
祭祀之感格、或求之陰、或求之陽、各從其類、來則倶來。然非有一物積於空虚之中、以待子孫之求也。但主祭祀者既是他一氣之流傳、則盡其誠敬感格之時、此氣固寓此也。三。
【読み】
祭祀の感格、或いは之を陰に求め、或いは之を陽に求め、各々其の類に從い、來れば則ち倶に來る。然るに一物有りて空虚の中に積み、以て子孫の求めを待つに非ず。但祭祀を主とする者は既に是れ他の一氣の流傳なれば、則ち其の誠敬を盡くし感格するの時、此の氣は固より此に寓す。三。

77
答王子合書曰、幽滯之魄終歸於盡。以此論伯有爲厲之事、則可矣。然亦須兼魂魄而言、不可專指幽陰也。若論魂魄之正、則便只是陰陽元非他物。若天地之陰陽無窮、則人物之魂魄無盡、所以誠意所格有感必通。尤不得專以陰滯未散、終歸於盡爲説矣。文集四十九。
【読み】
王子合に答うる書に曰く、幽滯の魄は終に盡に歸す。此を以て伯有の厲を爲すの事を論ずるは、則ち可なり。然るに亦須らく魂魄を兼ねて言うべく、專ら幽陰を指す可からず。若し魂魄の正を論ずれば、則ち便ち只是れ陰陽は元他物に非ず。若し天地の陰陽に窮まり無ければ、則ち人物の魂魄も盡きる無く、誠意の格る所感ずる有りて必ず通ずる所以なり。尤も專ら陰滯未だ散らず、終に盡に歸すを以て説を爲すを得ざるなり。文集四十九。

78
問、死者精神既散、必須生人祭祀、盡誠以聚之、方能凝聚。若相奪予享事、如伊川所謂、別是一理否。曰、他夢如此、不知是如何。或是他有這念、便有這夢、也不可知。語類三下同。
【読み】
問う、死者精神既に散れば、必ず生人は祭祀し、誠を盡くし以て之を聚むるを須いて、方に能く凝聚す。相予が享を奪う事の若きは、伊川謂う所の、別に是れ一理の如くなるや否や。曰く、他の夢此の如き、知らず、是れ如何。或いは是れ他の這の念有れば、便ち這の夢有るも、也た知る可からず。語類三下同。

79
問、死者魂氣既散、而立主以主之、亦須聚得些子氣在這裏否。曰、古人自始死、弔魂復魄、立重設主、便是常要接續他些子精神在這裏。古者釁龜用牲血、便是覺見那龜久後不靈了、又用些子生氣去接續他。
【読み】
問う、死者の魂氣既散じれば、而して主を立て以て之を主とし、亦些子の氣を聚め得て這の裏に在るを須つや否や。曰く、古人始めて死ぬより、魂を弔い魄を復し、重を立て主を設けるは、便ち是れ常に他の些子の精神を接續し這の裏に在るを要す。古者の龜に釁り牲血を用いるは、便ち是れ那の龜久しき後靈ならずして了るを覺見し、又些子の生氣を用い他を接續し去く。

80
問、謝氏謂、祖考精神、便是自家精神、如何。曰、此句已是説得好。祖孫只一氣、極其誠敬、自然相感。如這大樹。有種子下地、生出又成樹。便即是那大樹也。六十三下同。
【読み】
問う、謝氏謂う、祖考の精神は、便ち是れ自家の精神、如何。曰く、此の句已に是れ説き得て好し。祖孫は只一氣、其れ誠敬を極め、自然と相感ず。這の大樹の如し。種子有りて地に下り、生出して又樹と成る。便ち即ち是れ那の大樹なり。六十三下同。

81
淳因舉謝氏、歸根之説。先生曰、歸根本老氏語、畢竟無歸。這箇何曾動。問、性只是天地之性。當初亦不是自彼來入此、亦不是自此往歸彼。只是因氣之聚散、見其如此耳。曰、畢竟是無歸。如月影映在這盆水裏、除了這盆水、這影便無了。豈是這影飛上天去、歸那月裏去。又如這蕐落、便無了、豈是歸去那裏。明年復來生這枝上。問、人死時、這知覺便散否。曰、不是散、是盡了。氣盡則知覺亦盡。
【読み】
淳因りて謝氏の、根に歸すの説を舉ぐ。先生曰く、根に歸すは本老氏の語、畢竟歸すること無し。這箇何ぞ曾て動かん。問う、性は只是れ天地の性。當初亦是れ彼より來たり此れに入らず、亦是れ此れより往きて彼に歸せず。只是れ氣の聚散に因りて、其れ此の如きを見るのみ。曰く、畢竟是れ歸すこと無し。月影映をし這の盆水の裏に在るが如き、這の盆水を除了すれば、這の影は便ち無き了る。豈是れ這の影天に飛上し去り、那の月裏に歸し去らん。又這の蕐落、便ち無し了るが如き、豈是れ那の裏に歸去せん。明年復來て這の枝上に生ぜん。問う、人の死ぬ時、這の知覺は便ち散るや否や。曰く、是れ散らずんば、是れ盡くし了る。氣盡くせば則ち知覺亦盡く。

82
問、人之死也、不知魂魄便散否。曰、固是散。又問、子孫祭祀、卻有感格者、如何。曰、畢竟子孫是祖先之氣。他氣雖散、他根卻在這裏。盡其誠敬、則亦能呼召得他氣聚在此。如水波様、後水非前水、後波非前波、然卻通只是一水波。子孫之氣與祖考之氣、亦是如此。他那箇當下自散了。然他根卻在這裏、根既在此、又卻能引聚得他那氣在此。此事難説。只要人自看得。三。
【読み】
問う、人の死は、知らず、魂魄便ち散るや否や。曰く、固より是れ散ず。又問う、子孫の祭祀は、卻って感格する者有り、如何。曰く、畢竟子孫は是れ祖先の氣。他の氣散ると雖も、他の根は卻って這の裏に在り。其の誠敬を盡くせば、則ち亦能く他の氣を呼召し得、此に聚在す。水波の様の如き、後水は前水に非ず、後波は前波に非ず、然るに卻って通じ只是れ一水波なり。子孫の氣と祖考の氣とは、亦是れ此の如し。他の那箇の當下は自ら散じ了る。然るに他の根は卻って這の裏に在り、根は既に此に在り、又卻って能く他の那の氣を引聚し得るも此に在り。此の事説き難し。只人自ら看得るを要す。三。

83
安卿問、人於其親始死、則復其魂魄。又爲重、爲主、節次尊祭、所以聚其精神、使之不散。若親死而其子幼稚、或在他鄕、不得盡其萃聚之事。不知後日祭祀、還更萃得他否。曰、自家精神自在這裏。九十下同。
【読み】
安卿問う、人の其の親始めて死ぬに於ては、則ち其の魂魄を復す。又重を爲し、主を爲し、節次に尊祭するは、其の精神を聚め、之を散らざらしむ所以なり。若し親死して其の子幼稚、或いは他鄕に在れば、其の萃聚の事を盡くし得ず。知らず、後日の祭祀に、還た更に他を萃め得んや否や。曰く、自家の精神は自ら這の裏に在り。九十下同。

84
用之云、祭祀之禮、酒肴豐潔、必誠必敬、所以望神之降臨、乃歆嚮其飲食也。若立之尸、則爲尸者既已享其飲食。鬼神豈復來享之。如此卻爲不誠矣。曰、此所以爲盡其誠也。蓋子孫既是祖宗相傳一氣下來、氣類固已感格、而其語言飲食、若其祖考之在焉、則有以慰其孝子順孫之思、而非恍惚無形想象不及之可比矣。古人用尸之意、所以深遠而盡誠、蓋爲是耳。今人祭祀但能盡誠、其祖考猶來格。況既是他親子孫、則其來格也益速矣。因言、今世鬼神之附著生人而説話者甚多、亦有祖先降神於其子孫者。又如今之師巫、亦有降神者。蓋皆其氣類之相感、所以神附著之也。周禮祭墓則以墓人爲尸、亦是此意。
【読み】
用之云う、祭祀の禮、酒肴豐潔、必誠必敬なるは、神の降臨し、乃ち其の飲食を歆嚮するを望む所以なり。若し之が尸を立てれば、則ち尸を爲す者は既已に其の飲食を享く。鬼神豈復之を來て享けんや。此の如きは卻って誠ならずと爲す。曰く、此れ其の誠を盡くすと爲す所以なり。蓋し子孫既に是れ祖宗に一氣を相傳え下來し、氣の類は固より已に感格して、其の語言飲食は、其の祖考の在るが若く、則ち以て其の孝子順孫の思いを慰むる有りて、恍惚として形無く想象及ばざる、之れ比す可きに非ず。古人尸を用いるの意は、深遠にして誠を盡くす所以、蓋し是が爲のみ。今人の祭祀は但能く誠を盡くし、其の祖考猶來格するがごとし。況や既に是れ他の親子孫なれば、則ち其の來格も也た益々速かなり。因りて言う、今世鬼神の生人に附著して説話する者甚だ多く、亦祖先の其の子孫に降神する者有り。又今の師巫の如く、亦神を降ろす者有り。蓋し皆其の氣類の相感ずるは、以て神の之を附著する所なり。周禮の墓を祭るは則ち墓人を以て尸と爲す、亦是れ此の意なり。

85
問、人死氣散。是無蹤影、亦無鬼神。今人祭祀、從何而求之。曰、如子祭祖先、以氣類而求。以我之氣感召、便是祖先之氣、故祭之如在、此感通之理也。味道又問、子之於祖先、固是如此。若祭其他鬼神、則如之何。有來享之意否。曰、子之於祖先、固有顯然不易之理。若祭其他、亦祭其所當祭。祭如在、祭神如神在。如天子則祭天。是其當祭、亦有氣類。烏得而不來歆乎。諸侯祭社稷、故今祭社亦是從氣類而祭、烏得而不來歆乎。今祭孔子必於學、其氣類亦可想。三下同。
【読み】
問う、人の死すると氣散ず。是れ蹤影無く、亦鬼神無し。今人の祭祀は、何に從いて之を求めん。曰く、子の祖先を祭るが如き、氣類を以てして求む。我の氣を以て感召す、便ち是れ祖先の氣、故に祭の在るが如きは、此れ感通の理なり。味道又問う、子の祖先に於る、固より是れ此の如し。若し其の他の鬼神を祭るは、則ち之を如何。來享の意有りや否や。曰く、子の祖先に於るや、固より顯然として易らざるの理有り。其の他を祭るが若きも、亦其の當に祭るべき所を祭る。祭るは在るが如く、神を祭るは神在るが如し。天子の如きは則ち天を祭る。是れ其の當に祭るべく、亦氣類有り。烏んぞ得て來歆せざらんか。諸侯の社稷を祭る、故に今社を祭るも亦是れ氣類に從って祭り、烏んぞ得て來歆せざらんか。今孔子を祭るに必ず學に於てし、其の氣類も亦想う可し。三下同。

86
或問鬼神。曰、且類聚前輩説鬼神處看。要須自理會得。且如祭天地祖考、直是求之冥漠。然祖考卻去人未久、求之似易。先生又笑曰、如此説、又是作怪了也。
【読み】
或るひと鬼神を問う。曰、且く前輩の鬼神を説く處を類聚し看よ。要に自ら理會し得るを須たん。且つ天地祖考を祭るが如きは、直に是れ之を冥漠に求む。然るに祖考は卻って人を去り未だ久からずして、之を求め易きに似る。先生又笑って曰く、此の如き説は、又是れ怪を作し了る。

87
問、祭天地山川、而用牲幣酒醴者、只是表吾心之誠耶。抑眞有氣來格也。曰、若道無物來享時、自家祭甚底。肅然在上、令人奉承敬畏、是甚物。若道眞有雲車擁從而來、又妄誕。
【読み】
問う、天地山川を祭って、牲幣酒醴を用する者は、只是れ吾が心の誠を表するや。抑々眞に氣有りて來格するや。曰く、若し物の來享無しと道う時は、自家の甚底を祭らん。肅然として上に在り、人をして奉承敬畏せしむ、是の甚だしき物ぞ。若し眞に雲車擁從して來る有りと道うは、又妄誕なり。

88
問、性即是理、不可以聚散言。聚而生、散而死者、氣而已。所謂精神魂魄、有知有覺者、氣也。故聚則有、散則無。若理則亘古今常存。不復有聚散消長也。曰、只是這箇天地陰陽之氣、人與萬物皆得之。氣聚則爲人、散則爲鬼。然其氣雖已散、這箇天地陰陽之理生生而不窮。祖考之精神魂魄雖已散、而子孫之精神魂魄自有些小相屬。故祭祀之禮盡其誠敬、便可以致得祖考之魂魄。這箇自是難説。看既散後、一似都無了。能盡其誠敬、便有感格。亦縁是理常只在這裏也。
【読み】
問う、性は即ち是れ理なり、聚散を以て言う可からず。聚まりて生じ、散じて死ぬは、氣のみ。謂う所の精神魂魄、知る有り覺る有る者は、氣なり。故に聚れば則ち有り、散じれば則ち無し。理の若きは則ち古今に亘り常に存す。復聚散消長有らざるなり。曰く、只是れ這箇の天地陰陽の氣、人と萬物と皆之を得。氣聚れば則ち人と爲り、散れば則ち鬼と爲る。然るに其の氣已に散ると雖も、這箇の天地陰陽の理生生して窮まらず。祖考の精神魂魄は已に散ると雖も、子孫の精神魂魄自ら些小相屬する有り。故に祭祀の禮、其の誠敬を盡くせば、便ち以て祖考の魂魄を致し得。這箇は自ら是れ説き難し。看よ、既に散じて後、一に都て無きに似て了る。能く其の誠敬を盡くせば、便ち感格有り。亦是の理は常に只這の裏に在るに縁る。

89
用之問、先生答廖子晦書云、氣之已散者、既化而無有矣。而根於理而日生者、則固浩然而無窮也。故上蔡謂、我之精神、即祖考之精神。蓋謂此也。問、根於理而日生者浩然而無窮、此是説天地氣化之氣否。曰、此氣只一般。周禮所謂、天神、地示、人鬼、雖有三様、其實只一般。若説有子孫底引得他氣來、則不成無子孫底他氣便絶無了。他血氣雖不流傳、他那箇亦自浩然日生無窮。如禮書、諸侯因國之祭、祭其國之無主後者、如齊太公封於齊、便用祭甚爽鳩氏、季萴、逢伯陵、蒲姑氏之屬。蓋他先主此國來、禮合祭他。然聖人制禮、惟繼其國者、則合祭之。非在其國者、便不當祭。便是理合如此、道理合如此、便有此氣、如晉侯夢康叔云、相奪予饗。蓋晉後都帝丘。夏后相亦都帝丘、則都其國。自合當祭不祭、宜其如此。又如晉侯夢黄熊入寢門、以爲鯀之神、亦是此類。不成説有子孫底方有感格之理。便使其無子孫其氣亦未嘗亡也。如今祭勾芒、他更是遠。然既合當祭他、便有些氣。要之、通天地人只是這一氣、所以説、洋洋然如在其上、如在其左右。虚空偪塞、無非此理、要人自看得活。難以言曉也。所以明道答人鬼神之問云、要與賢説無、何故聖人卻説有。要與賢説有、賢又來問某討。説只説到這裏、要人自看得。孔子曰、未能事人、焉能事鬼。而今且去理會緊要道理。少間看得道理通時、自然曉得。上蔡所説、已是煞分曉了。
【読み】
用之問う、先生廖子晦に答うる書に云う、氣の已に散じる者は、既に化して有る無し。而して理に根して日に生ずる者は、則固より浩然として窮まり無し。故に上蔡謂う、我の精神は、即ち祖考の精神なり。蓋し此を謂うなり。問う、理に根して日に生ずる者は浩然として窮まり無しとは、此れは是れ天地氣化の氣を説くや否や。曰く、此の氣は只一般なり。周禮に謂う所の、天神、地示、人鬼は、三様有りと雖も、其の實は只一般なり。若し子孫有る底の他の氣を引き得て來ると説けば、則ち子孫無き底の他の氣は便ち絶無し了ると成さず。他の血氣流傳せずと雖も、他の那箇も亦自ら浩然とし日に生じ窮まり無し。禮書に、諸侯の國の祭りに因りて、其の國の主後無き者を祭が如き、齊の太公の齊に封ずるが如きは、便ち甚の爽鳩氏、季萴、逢伯陵、蒲姑氏の屬を祭るを用いる。蓋し他は先きに此の國に主とし來て、禮は合に他を祭るべし。然るに聖人の禮を制する、惟其の國を繼ぐ者は、則ち合に之を祭るべし。其の國に在る者に非ざれば、便ち當に祭るべからず。便ち是の理は合に此の如くなるべく、道理は合に此の如くなるべき、便ち此の氣有るは、衛成公の康叔を夢みるに、相予の饗を奪うと云が如し。蓋し衛後に帝丘に都す。夏后相も亦帝丘に都すれば、則ち其の國に都す。自ら合に當に祭るべきに祭らざれば、宜く其れ此の如し。又晉侯の黄熊の寢門に入ると夢みるが如きは、以て鯀の神と爲す、亦是れ此の類なり。子孫有る底は方に感格の理有りと説くと成さず。便ち其れ子孫無らかしめば、其の氣も亦未だ嘗て亡びざるなり。如今の勾芒を祭る、他は更ち是れ遠し。然るに既に合に當に他を祭るべきは、便ち些の氣有り。之を要するに、天地人を通じ只是れ這の一氣、洋洋然として其の上に在るが如く、其左右に在るが如しと説く所以なり。虚空偪塞、此の理に非ざること無く、人自ら看得て活すことを要す。言を以て曉し難し。明道の人鬼神の問に答え、賢と無しと説くを要し、何の故に聖人は卻って有りと説く。賢と有ると説くを要せば、賢は又來て某に問いて討と云う所以なり。説けば只這の裏を説到し、人は自ら看得るを要す。孔子曰く、未だ人に事えること能わず、焉んぞ能く鬼に事えん。而今且く緊要の道理を理會し去れ。少間道理を看得て通ずる時、自然に曉り得。上蔡説く所の、已に是れ煞た分曉にし了る。

90
問、鬼神以祭祀而言。天地山川之屬、分明是一氣流通、而兼以理言之。人之先祖、則大概以理爲主、而亦兼以氣魄言之。若上古聖賢、則只是專以理言之否。曰、有是理、必有是氣、不可分説。都是理、都是氣。那箇不是理、那箇不是氣。問、上古聖賢所謂氣者、只是天地間公共之氣。若祖考精神、則畢竟是自家精神否。曰、祖考亦只是此公共之氣。此身在天地間、便是理與氣凝聚底。天子統攝天地、負荷天地間事、與天地相關、此心便與天地相通。不可道他是虚氣、與我不相干。如諸侯不當祭天地。與天地不相關、便不能相通。聖賢道在萬世、功在萬世。今行聖賢之道、傳聖賢之心、便是負荷這物事。此氣便與他相通。如釋奠列許多籩豆、設許多禮儀、不成是無此姑謾爲之。人家子孫負荷祖宗許多基業、此心便與祖考之心相通。祭義所謂、春禘秋嘗者、亦以春陽來則神亦來、秋陽退則神亦退、故於是時而設祭。初間聖人亦只是略爲禮以達吾之誠意、後來遂加詳密。
【読み】
問う、鬼神は祭祀を以て言う。天地山川の屬は、分明に是れ一氣流通して、兼て理を以て之を言う。人の先祖は、則ち大概理を以て主と爲して、亦兼て氣魄を以て之を言う。上古聖賢の若きは、則ち只是れ專ら理を以て之を言うや否や。曰く、是れ理有り、必ず是れ氣有り、分説す可からず。都て是れ理、都て是れ氣なり。那箇が是れ理ならざれば、那箇が是れ氣ならざらん。問う、上古聖賢の謂う所の氣なる者は、只是れ天地間公共の氣なり。祖考精神の若きは、則ち畢竟是れ自家の精神なりや否や。曰く、祖考も亦只是れ此の公共の氣なり。此の身天地の間に在れば、便ち是れ理と氣と凝聚する底なり。天子は天地を統攝し、天地の間の事を負荷し、天地を相關して、此の心は便ち天地と相通ず。他は是れ虚氣、我と相干せずと道う可からず。諸侯の如きは當に天地を祭るべからず。天地と相關せざれば、便ち相通ずること能わず。聖賢は、道は萬世に在り、功は萬世に在り。今聖賢の道を行い、聖賢の心を傳えれば、便ち是れ這の物事を負荷す。此の氣は便ち他と相通ず。釋奠の許多の籩豆を列し、許多の禮儀を設けるが如きは、是れ此れ無ければ、姑く謾に之を爲すと成さず。人家の子孫、祖宗許多の基業を負荷し、此の心は便ち祖考の心と相通ず。祭義に謂う所の、春禘秋嘗なる者も、亦春陽來れば則ち神も亦來、秋陽退けば則ち神も亦退くを以て、故に是の時に於てして祭を設ける。初間聖人亦只是れ略禮を爲し以て吾の誠意を達す、後來遂に詳密を加う。

91
陳後之問、祖宗是天地間一箇統氣、因子孫祭享而聚散。曰、這便是上蔡所謂、若要有時、便有。若要無時、便無。是皆由乎人矣。鬼神是本有底物事。祖宗亦只是同此一氣。但有箇總腦處。子孫這身在此、祖宗之氣便在此、他是有箇血脈貫通。所以神不歆非類、民不祀非族、只爲這氣不相關。如天子祭天地、諸侯祭山川、大夫祭五祀。雖不是我祖宗、然天子者天下之主、諸侯者山川之主、大夫者五祀之主。我主得他、便是他氣又總統在我身上。如此便有箇相關處。
【読み】
陳後之問う、祖宗は是れ天地の間一箇の統氣、子孫祭享に因りて聚散す。曰く、這れ便ち是れ上蔡の謂う所の、若し有るを要する時は、便ち有り。若し無きを要する時は、便ち無し。是れ皆人に由る。鬼神は是れ本有る底の物事。祖宗も亦只是れ此の一氣を同じくす。但箇の總腦の處有り。子孫の這の身此に在れば、祖宗の氣も便ち此に在り、他は是れ箇の血脈貫通する有り。神の非類を歆けず、民の非族を祀らざる所以は、只這の氣の相關せざるが爲なり。天子は天地を祭り、諸侯は山川を祭り、大夫は五祀を祭るが如し。是れ我が祖宗ならずと雖も、然れども天子は天下の主、諸侯は山川の主、大夫は五祀の主なり。我は他を主とし得れば、便ち是れ他の氣も又總統し我が身上に在り。此の如くんば便ち箇の相關する處有り。

92
答連崇卿書曰、所謂天地之性即我之性、豈有死而遽亡之理。此説亦未爲非。但不知、爲此説者、以天地爲主耶。以我爲主耶。若以天地爲主、則此性即自是天地間一箇公共道理、更無人物彼此之間死生古今之別。雖曰死而不亡、然非有我之得私矣。若以我爲主、則只是於自己身上認得一箇精神魂魄有知有覺之物、即便目爲己性、把持作弄到死不肯放舎。謂之死而不亡。是乃私意之尤者、尚何足與語死生之説性命之理哉。釋氏之學本是如此。今其徒之黠者往往自知其陋而稍諱之、却去上頭別説一般玄妙道理。雖若滉瀁不可致詰、然其歸宿實不外此若。果如此、則是一箇天地性中別有若干人物之性、毎性各有界限不相交雜。改名換姓自生自死、更不由天地隂陽造化、而爲天地隂陽者亦無所施其造化矣。是豈有此理乎。四十一。
【読み】
連崇卿に答うる書に曰く、謂う所の天地の性は即我の性は、豈死して遽に亡ぶの理有らん、と。此の説亦未だ非と爲さず。但知らず、此の説を爲す者は、天地を以て主と爲すや。我を以て主と爲すや。若し天地を以て主と爲せば、則ち此の性は即ち自ら是れ天地の間一箇公共の道理にして、更に人物彼此の間で死生古今の別無し。死して亡ばずと曰うと雖も、然れども我の私するを得る有るに非ず。若し我を以て主と爲せば、則ち只是れ自己身上に於て一箇精神魂魄、知ること有り覺ること有るの物を認得し、即ち便ち目がけて己が性と爲し、把持作弄、死に到りても放舎を肯ぜず。之を死して亡びずと謂う。是れ乃ち私意の尤もなる者は、尚何ぞ與に死生の説性命の理を語るに足らんや。釋氏の學は本是れ此の如し。今其徒の黠者は往往自ら其の陋を知りて稍く之を諱み、却って上頭に去り別に一般玄妙の道理を説く。滉瀁の詰を致す可からざるが若しと雖も、然れども其の歸宿は實に此に外ならず。果して此の如きならば、則ち是れ一箇天地の性中に別に若干の人物の性有り、性毎に各々界限有り相交雜せず。名を改め姓を換え自ら生じ自ら死し、更に天地隂陽の造化に由らずして、天地隂陽爲る者も亦其の造化を施す所無きなり。是れ豈此の理有らんや。四十一。

93
答廖子晦書曰、死生之論、向來奉答所諭知性事人之問、已發其端而近答崇卿書論之尤詳。意明者一讀當已洞然無疑矣、而來書之諭尚復如此。雖其連類引義若無津涯、然尋其大指、則皆不出前此兩書所論之中也。豈未嘗深以鄙説思之、而直以舊聞爲主乎。既承不鄙又不得不有以奉報。幸試思之。蓋賢者見所以不能無失者、正坐以我爲主、以覺爲性爾。夫性者理而已矣。乾坤變化萬物受命。雖所禀之在我、然其理則非有我之所得私也。所謂反身而誠、蓋謂盡其所得乎己之理、則知天下萬物之理、初不外此。非謂盡得我此知覺、則衆人之知覺皆是此物也。性只是理、不可以聚散言。其聚而生、散而死者氣而已矣。所謂精神魂魄有知有覺者、皆氣之所爲也。故聚則有、散則無。若理則初不爲聚散而有無也。但有是理則有是氣。苟氣聚乎此、則其理亦命乎此耳。不得以水漚比也。鬼神便是精神魂魄、程子所謂天地之功用造化之迹、張子所謂二氣之良能、皆非性之謂也。故祭祀之禮以類而感、以類而應。若性則又豈有類之可言耶。然氣之已散者既化而無有矣。其根於理而日生者、則固浩然而無窮也。故上蔡謂我之精神即祖考之精神、蓋謂此也。然聖人之制祭祀也、設主立尸、炳蕭灌鬯、或求之隂、或求之陽、無所不用其極、而猶止曰庶或享之而已。其至誠惻怚精微恍惚之意、蓋有聖人所不欲言者。非可以世俗麤淺知見、執一而求也。豈曰一受其成形、則此性遂爲吾有、雖死而猶不滅、截然自爲一物、藏乎寂然一體之中、以俟夫子孫之求而時出以饗之耶。必如此説則其界限之廣狹安頓之處所、必有可指言者。且自開闢以來積至于今、其重併積疊計已無地之可容矣。是又安有此理耶。且乾坤造化如大洪爐。人物生生無少休息。是乃所謂實然之理不憂其斷滅也。今乃以一片大虚寂目之、而反認人物已死之知覺、謂之實然之理。豈不誤哉。又聖賢所謂歸全安死者、亦曰無失其所受乎天之理、則可以無愧而死耳。非以爲實有一物可奉持而歸之、然後吾之不斷不滅者、得以晏然安處乎冥漠之中也。夭壽不貳修身以俟之。是乃無所爲、而然者與異端爲生死事大無常迅速、然後學者、正不可同日而語。今乃混而言之、以彼之見爲此之説。所以爲説愈多而愈不合也。四十五。
【読み】
廖子晦に答うる書に曰く、死生の論、向來答えを奉り諭す所は生を知り人に事えるの問、已に其の端を發して近ごろ崇卿に答うる書の之を論ずる、尤も詳らかなり。明者一たび讀めば當に已に洞然として疑い無きの意にて、來書の諭も尚復此の如し。其の類を連ね義を引けば津涯無きが若しと雖も、然れども其の大指を尋れば、則ち皆此より前兩書の論ずる所の中を出ざるなり。豈未だ嘗て深く鄙説を以て之を思わずして、直に舊聞を以て主と爲さんや。既に不鄙を承て又以て報を奉ずること有らざるを得ず。幸に試みに之を思え。蓋し賢者の見の以て失う無きこと能わざる所の者は、正に我を以て主と爲し、覺を以て性と爲すに坐するのみ。夫れ性は理のみ。乾坤變化萬物命を受く。禀する所之れ我に在りと雖も、然れども其の理は則ち我の私するを得る所有るに非ざるなり。謂う所の身に反りて誠なるは、蓋し其の己に得る所の理を盡くせば、則ち天下萬物の理、初めより此に外ならざるを知るを謂う。我が此の知覺を盡くし得ば、則ち衆人の知覺皆是れ此の物と謂に非ざるなり。性は只是の理にて、聚散を以て言う可からず。其れ聚って生じ、散じて死する者は氣のみ。謂う所の精神魂魄知ること有り覺ること有る者、皆氣の爲す所なり。故に聚まれば則ち有り、散れば則ち無し。理の若きは則ち初めより聚散して有無なるを爲さざるなり。但し是の理有れば則ち是の氣有り。苟も氣此に聚まれば、則ち其の理も亦此に命ずるのみ。水漚を以て比するを得ざるなり。鬼神は便ち是れ精神魂魄、程子の謂う所の天地の功用造化の迹、張子の謂う所の二氣の良能は、皆性の謂いに非ざるなり。故に祭祀の禮は類を以て感じ、類を以て應ず。性の若きは則ち又豈類の言う可き有らんや。然して氣の已に散ずる者は既に化して有る無し。其の理に根いて日に生ずる者は、則ち固より浩然として窮むこと無きなり。故に上蔡の我の精神は即ち祖考の精神と謂うは、蓋し此の謂いなり。然して聖人の祭祀を制するや、主を設け尸を立て、蕭を炳し鬯を灌し、或いは之を隂に求め、或いは之を陽に求め、其極を用いざる所無くして、猶止々として庶わくば或いは之を享けんと曰うのみ。其の至誠惻怚精微恍惚の意は、蓋し聖人の言を欲せざる所の者有り。世俗麤淺の知見を以て、一を執りて求める可きに非ず。豈一たび其の成形を受ければ、則ち此の性は遂に吾に有りと爲し、死すと雖も而して猶滅せず、截然として自ら一物と爲し、寂然一體の中に藏し、以て夫れ子孫の求めを俟ちて時に出で以て之を饗すと曰んや。必ず此の如くなれば則ち其の界限の廣狹、安頓の處所、必指言す可き者有り。且つ開闢より以來積んで今に至り、其の重併積疊計に已に地の容れる可き無きなり。是れ又安んぞ此の理有らんや。且つ乾坤造化は大洪爐の如し。人物生生し少しの休息無し。是れ乃ち謂う所の實然の理は其の斷滅を憂えざるなり。今乃ち一片大虚寂を以て之を目て、反って人物已に死するの知覺を認め、之を實然の理と謂う。豈誤まらざるや。又聖賢の謂う所の全きを歸し死を安んずる者も、亦其の天に受くる所の理を失うこと無くば、則ち以て愧ずること無くして死す可しと曰うのみ。以て實に一物奉持して之を歸す可く有り、然る後吾の斷ぜず滅せざる者は、以て晏然として冥漠の中に安處するを得ると爲すに非ず。夭壽貳ず身を修め以て之を俟つ。是れ乃ち爲にする所無くして、然る者は異端の生死事大無常迅速の爲にし、然る後學ぶ者と、正に日を同じくして語る可からず。今は乃ち混じて之を言い、彼の見を以て此の説を爲す。説を爲すこと愈々多くして愈々合わざる所以なり。四十五。

94
呉伯豐問、鬼神之義。來敎云、只思上蔡祖考精神便是自家精神一句、則可見其苗脈矣。必大嘗因書以問正淳。正淳云、祖考是有底人、便是有此理。爲子孫者、能以祖考之遺體致其誠敬以饗之、則所謂來格者蓋眞有此理也。然必大嘗讀大極圖義有云。人物之始以氣化而生者也。氣聚成形、則形交氣感、遂以形化而人物生生變化無窮。是知、人物在天地間、其生生不窮者固理也。其聚而生散而死者則氣也。有是理則有是氣。氣聚於此則其理亦命於此。今所謂、氣者既已化而無有矣。則所謂理者、抑於何而寓耶。然吾之此身即祖考之遺體。祖考之所具以爲祖考者、蓋具於我而未嘗亡也。是其魂升魄降、雖已化而無有、然理之根於彼者既無止息。氣之具於我者復無間斷。吾能致精竭誠以求之。此氣既純一而無所雜、則此理自昭著而不可掩。此其苗脈之較然可睹者也。上蔡云、三日齋、七日戒、求諸陰陽上下、只是要集自家精神。蓋我之精神即祖考之精神、在我者既集、即是祖考之來格也。然古人於祭祀必立之尸。其義精甚。蓋又是因祖考遺體、以疑聚祖考之氣。氣與質合、則其散者庶乎復聚。此敎之至也。故曰、神不歆非類、民不祀非族。必大前書所疑、今日之來格者、非前日之發揚于上者。固非是矣。而正淳之説、言理而不及氣。若於存亡聚散之故察之不密、則所謂以類而爲感應者益滉漾而不可識矣。故再此、仰瀆尊聽。欲望、更賜一言以釋所蔽不勝萬幸。曰、所喩鬼神之説甚精密、叔權書中亦説得正當詳悉。大抵人之氣傳於子孫、猶木之氣傳於實也。此實之傳不泯、則其生木雖枯毀無餘、而氣之在此者猶自若也。此等處但就實事。推之反復玩味自見意味眞實深長。推説太多、恐反成汨沒也。正淳所論誠爲踈略。然恐辭或未盡其意耳。五十二。
【読み】
呉伯豐問う、鬼神の義。來敎に云う、只上蔡、祖考の精神は便ち是れ自家の精神の一句を思えば、則ち其の苗脈を見る可し。必大嘗て書に因りて以て正淳に問う。正淳云う、祖考は是れ有底の人、便ち是れ此の理有り。子孫爲る者は、能く祖考の遺體を以て其の誠敬を致し以て之を饗せば、則ち謂う所の來格する者は蓋し眞に此の理有るなり。然るに必大嘗て大極の圖義を讀むに云う有り。人物の始めは氣化を以てして生ずる者なり。氣聚の形を成すは、則ち形交わり氣感じ、遂に以て形化して人物生生變化窮まり無し、と。是れに知る、人物天地の間に在りて、其の生生窮まらざる者は固より理なり。其の聚まりて生じ散じて死ぬ者は則ち氣なり。是の理有れば則ち是の氣有り。氣此に聚れば則ち其の理も亦此に命ず。今謂う所の、氣は既已に化して有ること無し、と。則ち謂う所の理は、抑々何に於てして寓するや。然るに吾の此の身は即ち祖考の遺體。祖考の具して以て祖考と爲す所の者は、蓋し我に具わって未だ嘗て亡びざるなり。是れ其の魂升り魄降り、已に化して有ること無しと雖も、然るに理の彼に根ざす者は既に止息無し。氣の我に具うる者も復間斷無し。吾能く精を致し誠を竭くし以て之を求む。此の氣既に純一にして雜する所無ければ、則ち此の理自ら昭著して掩う可からず。此れ其の苗脈の較然として睹る可き者なり。上蔡云う、三日齋、七日戒、諸陰陽上下に求めるは、只是れ自家の精神を集めるを要す。蓋し我の精神は即ち祖考の精神、我に在る者既に集まれば、即ち是れ祖考の來格なり。然るに古人の祭祀に於て必ず之が尸を立つ。其の義精甚。蓋し又是れ祖考の遺體に因りて、以て祖考の氣を疑聚す。氣と質と合えば、則ち其の散る者は復聚るに庶し。此れ敎えの至りなり。故に曰く、神は非類を歆けず、民は非族を祀らず。必大前書に疑う所、今日の來格は、前日の上に發揚する者に非ず。固より是に非ず。而して正淳の説は、理を言いて氣に及ばず。若し存亡聚散の故に於て察すること密ならざれば、則ち謂う所の類を以てして感應を爲す者益々滉漾して識る可からず。故に此を再びし、仰いで尊聽を瀆す。欲望す、更に一言を賜い以て蔽う所を釋せば萬幸に勝たず。曰く、喩す所の鬼神の説は甚だ精密、叔權書中も亦説き得て正當詳悉。大抵人の氣の子孫に傳うる、猶木の氣の實に傳うるがごときなり。此の實の傳えて泯びざるは、則ち其の生木の枯毀し餘無きと雖も、而して氣の此に在る者は猶自若なるがごとし。此等の處は但實事に就く。之を推して反復玩味すれば自ら意味眞實に深長なるを見る。推説太だ多きは、恐らくは反て汨沒と成る。正淳の論ずる所は誠踈略爲り。然るに恐らくは辭或いは未だ其の意の盡くせざるのみ。五十二。