嘉言68
○伊川先生曰、顔淵問克己復禮之目。夫子曰、非禮勿視、非禮勿聽、非禮勿言、非禮勿動。四者身之用也。由乎中而應乎外。制乎外所以養其中也。顔淵事斯語。所以進於聖人。後之學聖人者、宜服膺而勿失也。因箴以自警。視箴曰、心兮本虚、應物無迹。操之有要、視爲之則。蔽交於前、其中則遷。制之於外以安其内。克己復禮久而誠矣。聽箴曰、人有秉彛、本乎天性。知誘物化遂亡其正。卓彼先覺、知止有定。閑邪存誠。非禮勿聽。言箴曰、人心之動、因言以宣。發禁躁妄、内斯靜專。矧是樞機興戎出好、吉凶榮辱惟其所召。傷易則誕、傷煩則支。己肆物忤、出悖來違。非法不道。欽哉訓辭。動箴曰、哲人知幾、誠之於思。志士厲行、守之於爲。順理則裕、從欲惟危。造次克念、戰兢自持、習與性成、聖賢同歸。
【読み】
○伊川先生曰く、顔淵克己復禮の目を問う。夫子曰く、禮に非ざれば視ること勿かれ、禮に非ざれば聽くこと勿かれ、禮に非ざれば言うこと勿かれ、禮に非ざれば動くこと勿かれ、と。四の者は身の用なり。中に由りて外に應ず。外に制するは其の中を養う所以なり。顔淵斯の語を事とす。聖人に進む所以なり。後の聖人を學ぶ者は、宜しく膺に服けて失うこと勿かるべし。因りて箴して以て自ら警む。視る箴に曰く、心は本虚、物に應じて迹無し。之を操るに要有り、視ること之を則と爲す。蔽うこと前に交われば、其の中則ち遷る。之を外に制して以て其の内を安んず。己に克ち禮に復ること久しくして誠なり。聽く箴に曰く、人、秉彛有り、天性に本づく。知に誘かれ物に化せられて遂に其の正を亡う。卓たる彼の先覺、止まるを知りて定まること有り。邪を閑ぎて誠を存す。禮に非ざれば聽くこと勿かれ。言う箴に曰く、人心の動く、言うに因りて以て宣ぶ。發するに躁妄を禁ずれば、内斯に靜專なり。矧[いわ]んや是れ樞機にして戎を興し好みを出だし、吉凶榮辱惟れ其の召く所なるをや。易きに傷れば則ち誕り、煩しきに傷れば則ち支る。己肆なれば物忤[さから]い、出ずること悖れば來ること違う。法に非らざれば道わず。欽めよや訓辭を。動く箴に曰く、哲人幾を知り、之を思うに誠にす。志士は行を厲し、之を爲るに守る。理に順えば則ち裕に、欲に從えば惟れ危し。造次も克く念い、戰兢として自ら持ち、習いて性と成り、聖賢と歸を同くす。

正月二十一日
【語釈】
・正月二十一日…寛政2年(1790)1月21日。

○道統の傳は尭舜からみへてをって、さて学問の功夫は孔子できまりたぞ。心法を云へは中庸、学問の功夫を云へは大学のことなり。然るに心法を云も学問を云ふも二つことでないと合点するがよい。学問と云ふことになっては事がさま々々あれとも、つまり吾が心をよくすると云より外なことはない。顔子が孔子に仁を問はれたれば、克己復礼と答られた。人間の歒は欲なり。欲を取てのけるでなふては学問が吾がものにならぬ。仁を問ふと云端的に克己復礼と云はれた。中庸之天命之性を朱子の克己復礼てとかれたが大切なことぞ。性道教は心法の道体を云たことなれとも、道体も学問へかけて、ああならうとするには克己復礼でなければならぬ。何であろふとも、人欲あるうちは凡夫の水はなれはせぬ。人欲をなくそふとするか孔門の学なり。人欲ある中はま虫を懐中してをるやふなもの。学者からうちたって人欲をさらぬうちは、あぢなものを懐中してをるのなり。
【解説】
道統は堯舜からのことで、学問の功夫は孔子で決まった。心法は中庸、学問の功夫は大学のことだが、どちらも一つのことであり、心をよくするということ。顔子が仁を問うと、孔子が克己復礼と言われた。欲を取り去るのである。
【通釈】
道統の伝は堯舜から見えていて、さて学問の功夫は孔子で決まったこと。心法を言えば中庸、学問の功夫を言えば大学のこと。しかし、心法を言うのも学問を言うのも別なことでないと合点しなさい。学問ということになっては事が様々あるが、つまりは自分の心をよくすると言うより外はない。顔子が孔子に仁を問うと、克己復礼だと答えられた。人間の敵は欲。欲を取り除けるのでなければ学問が自分のものにはならない。仁を問うという端的に克己復礼と言われた。中庸の「天命之性」を朱子が克己復礼て説かれたのが大切なこと。「性道教」は心法の道体を言ったことだが、道体も学問へ掛け、あの様になろうとするには克己復礼でなければならない。何であろうとも、人欲のある内は凡夫の水離れはしない。人欲をなくそうとするのが孔門の学である。人欲のある内は蝮を懐中している様なもの。学者から打ち立てて人欲を去らない内は、妙なものを懐中しているのである。
【語釈】
・顔子が孔子に仁を問はれたれば、克己復礼と答られた…論語顔淵1。「顏淵問仁。子曰、克己復禮、爲仁。一日克己復禮、天下歸仁焉。爲仁由己、而由仁乎哉。顏淵曰、請問其目。子曰、非禮勿視、非禮勿聽、非禮勿言、非禮勿動。顏淵曰、囘雖不敏、請事斯語矣」。
・中庸之天命之性…中庸章句1。「天命之謂性、率性之謂道、脩道之謂敎」。

一つ人欲と云ふの吟味をするがよい。欲をなくそうと思はば人欲に近付になるがよい。人欲に近付になら子ば歒の顔を覚へぬやふなもの。歒の顔を覚へ子ば歒がうたれぬ。又、人欲は顔の沢山なもの。町人百姓は身帯をよくしたい、奉公人は立身したいと云は云に及ばぬ。泥だらけなれども、人しらぬ人欲がある。それをとくと吟味するがよい。直方先生の、でき人欲と云ふことがあると云はれたことあり。若ひ時はかたい人でありたが、年よりて道落になられたと云ふ。その上にもやし人欲と云ことがある。上からみへず、そっと中に人欲がてきてをる。寒ひ時、むまやごへをかけてをくと、芋などが中にめをだしてをる。あのやうなもので、口上は殷謹で心はたかぶり、吾一人の気なり。それかもやし人欲ぞ。或時直方先生迂斉へ、日本一天下一の人欲かある、しってか。我をよいと思ふことじゃと云はれた。
【解説】
欲をなくすには、人欲に近付きになるのがよい。人欲には人に知らないものがある。出来人欲やもやし人欲というものもある。自分をよいと思うのが日本一天下一の人欲だと直方先生が言った。
【通釈】
一つ人欲の吟味をするがよい。欲をなくそうと思えば人欲に近付きになるのがよい。人欲に近付きにならないのは敵の顔を覚えない様なもの。敵の顔を覚えなければ敵を討てない。また、人欲の顔は沢山なもの。町人百姓が身代をよくしたい、奉公人が立身したいと言うのは言うには及ばない。それは泥だらけだが、人の知らない人欲がある。それをしっかりと吟味するのがよい。直方先生が、出来人欲ということがあると言われたことがある。若い時は堅い人だったが、年が寄って道楽になられたと言う。その上にもやし人欲ということがある。上から見えず、そっと中に人欲ができている。寒い時、厩肥えを掛けて置くと、芋などが中で芽を出している。あの様なもので、口上は慇懃でも心は高ぶり、自分一人の気になっている。それがもやし人欲である。或る時直方先生が迂斎へ、日本一天下一の人欲があるが知っているか、自分をよいと思うことだと言われた。

好色金銀を貪るより外は欲でないと思ふが、いろ々々品々の欲かある。細かになりては人欲と見へずして欲がある。幸田云、学者には俗人にない人欲があるもの、と。それまでとってのけるでのふては本のことではない。人欲と云ふものはまたしても々々々々々あとから出てする。一生ぬけか子るもの。それを凡夫の窟を免れぬと云ふ。文七か筆記を改めると云へば講釈もちとよくよむ気になる。これ迠をのけるでなければならぬことぞ。孝助方なども今日こられたが、某の講釈を聞て直方流でまた格別なことじゃと、家へかへられて人欲を去らふとすればよく呑込れたと云ふものぞ。学問面白ひことを始めたと云ふことではとんとならぬことなり。なんの因果で学問をはじめたやらと云ふでなければならぬ。凡夫の窟をぬける了簡がのふて学問するなればむだことぞ。それより内に酒でも飲んでらくにしてをらるるがよい。
【解説】
欲は色々とあり、後から後からと出て一生抜けかねるもの。学問を面白いことだと思う様では悪い。何の因果で始めたのかと言う様でなければならない。凡夫の屈を抜ける了簡がなくて学問をするのは無駄なこと。
【通釈】
好色金銀を貪るより外は欲ではないと思うが、色々と品々の欲がある。細かくなっては人欲と見えない欲がある。幸田が、学者には俗人にない人欲があるものと言った。それまでを取って除けるのでなくては本当のことではない。人欲というものはまたしてもまたしてもと後から出て来て一生抜けかねるもの。それを凡夫の屈を免れないと言う。文七が筆記を改めると言えば、講釈も少々よく読む気になる。それまでを除けるのでなければならない。孝助方なども今日来られたが、私の講釈を聞いて直方流でまた格別なことだと、家に帰られて人欲を去ろうとすればよく呑み込まれたというもの。学問を、面白いことを始めたと言う様では何にもならない。何の因果で学問を始めたのやらと言うのでなければならない。凡夫の屈を抜ける了簡がなくて学問をするのであれば、それは無駄なこと。それよりも家で酒でも飲んで楽にしておられる方がよい。
【語釈】
・幸田…幸田誠之。晩に精義と改める。字は子善。善太郎と称す。江戸の人。幕臣。寛政4年(1792)2月9日没。年73。私諡は穆靖。野田剛斎門下。
・文七…高宮文七。東金市押堀の人。
孝助方

○之目と云ふがめさす歒に近付になるきみ。克己をするになにからと云へは、非礼勿視云々なり。これが孔子の顔子に告けられたは甚た気味のよいことぞ。学者の地位では届かぬことなり。顔子は手に鉄炮を以てをるゆへ、孔子がそれ、それが歒じゃと云ふと、ぢきに手にある鉄炮でづほん々々々と打てとる。云よりはやい。今日の人は鉄炮ももた子ば打よふもしらぬ。どふも顔子のま子がならふはづはない。顔子のはぶげんな人の金をつかふよふなもの。今日の人はその金からを才覺せ子はならぬ。そこでならぬ。ならぬと云へば昔し話しになるときに伊川なり。伊川の四箴、これで顔子より外ならぬを今日の人にまでさせることなり。顔子のは大山の石尊と云よふに甚た高いことで、あれが克己と云ても中々あがられぬ。そこでかんぎをつけてをく。がんぎのつかまるところがあるゆへ、あれほど高くても子共も老人ものぼられる。ここが伊川先生の手抦なり。
【解説】
「伊川先生曰、顔淵問克己復禮之目。夫子曰、非禮勿視、非禮勿聽、非禮勿言、非禮勿動」の説明。克己の最初は勿視である。顔子は地位が高いので、学者にはそれを真似ることはできない。そこを伊川先生が四箴を出されたので、誰もが真似ることができる様になった。
【通釈】
「之目」と言うのが目指す敵に近付きになる気味。克己をするには何からかと言うと、「非礼勿視云々」である。これを孔子が顔子に告げられたのは甚だ気味のよいことで、学者の地位では届かないこと。顔子は手に鉄砲を持っているので、孔子が、それ敵だと言うと、直ぐに手にある鉄砲でずぼんずぼんと撃って取る。言うより早い。今日の人は鉄砲も持たなければ撃ち方も知らない。それではどうも顔子の真似ができる筈はない。顔子のは分限な人が金を使う様なもの。今日の人はその金から才覚しなければならない。そこでできない。できないと言えば昔話になるところを、そこが伊川である。伊川の四箴、これで顔子の外はできないことを今日の人にまでさせる。顔子のは大山の石尊という様で甚だ高いことで、あれが克己だと言っても中々登り詰めることはできない。そこで雁木を付けて置く。雁木という掴まるところがあるので、あれほど高くても子供も老人も登ることができる。ここが伊川先生の手柄である。

顔子は斗飲をされる人ぞ。孔子が舛についで出すと、舛のすみからずっと呑む。ところを伊川先生が徳利にあけてそろ々々一抔つつ呑ませる。舛の酒も徳利にあけれはそろ々々呑れる。こふしてみれば、顔子の工夫も学者迠なることぞ。伊川の、学者までなるよふに料理でくわせられた。近思彔の克己篇もこの伊川の語から出来たもの。近思彔は近く思ふと云こと。顔子のとをりしろと云へばならぬ。なら子ば近く思ふでない。四箴あるて今日の学者迠なることなり。されとも克己と云ものは、假令ひ顔子の様でなくても顔子めいてするどくするでのふてはならぬ。毎々云とをり、克己の功夫はやっこにかかるがよい。をとなくさくするはわるい。朱子も克己無巧法と云はれた。
【解説】
顔子は枡で飲む人。それを伊川が徳利に移して他の人も飲める様にした。しかし、克己はたとえ顔子の様でなくても顔子めいて鋭くするのでなければならない。
【通釈】
顔子は枡飲みをされる人。孔子が枡に注いで出すと、枡の隅からずっと呑む。そこを伊川先生が徳利にあけてそろそろと一杯ずつ呑ませる。枡の酒も徳利にあければそろそろと呑める。こうして見れば、顔子の工夫も学者までができること。伊川が学者にまでできる様に料理で食わせられた。近思録の克己篇もこの伊川の語からできたもの。近思録は近く思うということ。顔子の通りをしろと言ってもそれはできない。できなければ近く思うではない。四箴があるので今日の学者までができる。しかし克己というものは、たとえ顔子の様でなくても顔子めいて鋭くするのでなければならない。毎々言う通り、克己の功夫は奴で掛かるのがよい。大人臭くするのは悪い。朱子も「克己無巧法」と言われた。
【語釈】
・近く思ふ…論語子張6。「子夏曰、博學而篤志、切問而近思。仁在其中矣」。
・克己無巧法…朱子語類41。「克己亦別無巧法。譬如孤軍猝遇強敵、只得盡力舍死向前而已。尚何問哉」。

酒を飲むまいと云ふなれば、ぢきに德利をうちこわすがよい。そふするのが克己の姿。そろ々々と雨たれ拍子にするは克己でない。月夜の夜の明けたと云よふなは面白ない。手ひどくするでなければならぬ。又、巨燵にをったものがずっと出て、割り膝になるでなければならぬ。人欲がなごりをしいゆへ、炬燵から出よふとはしても帯の結び玉の方を半分よせてをる。謝上蔡がよい硯をもたれた。これををしいと云きがあってはならぬとてうちこはされた。さても気の短いと云をふが、それが人欲とえんをきることぞ。これが克己の功夫の姿なり。がんぎをつけたと云ても克己の目鼻はするどひことぞ。先刻云ふとをり、人欲と近付になるがよい。猪狩に出たよふなもの。出たほどの獣はみなうってとる。狼や狐までをかぬ。兎ても見のがしにせず、皆うって取る。欲のあるうちは俗人の水ばなれはならぬ。兎角學者も木まぶりのよふに人欲をのこしてをきたがる。克己はからだをきれいにし、あかををとすやふなもの。片方の耳には垢すこしをけではない。
【解説】
克己は手酷くするのでなければならない。それで人欲と縁を切るのである。学者は人欲を残して置きたがるもの。
【通釈】
酒は飲まないと言うのであれば、直ぐに徳利を打ち壊すのがよい。そうするのが克己の姿。そろそろと雨垂れ拍子にするのは克己ではない。月夜の夜の明けたという様なことは面白くない。手酷くするのでなければならない。また、炬燵にいた者がずっと出て、割り膝になるのでなければならない。人欲が名残惜しいので、炬燵から出ようとはしても帯の結び玉の方を半分寄せている。謝上蔡がよい硯を持たれた。これを惜しいという気があってはならないとして打ち壊された。実に気が短いとも言えるが、それが人欲と縁を切ること。これが克己の功夫の姿である。雁木を付けたと言っても克己の目鼻は鋭いこと。先刻言った通り、人欲と近付きになるのがよい。それは猪狩りに出た様なもの。出た獣は皆打って取る。狼や狐まで放っては置かない。兎でも見逃しにせず、皆打って取る。欲のある内は俗人の水離れはできない。とかく学者も木守りの様に人欲を残して置きたがる。克己は体を綺麗にし、垢を落とす様なもの。片方の耳には垢を少し残して置けと言うことはない。
【語釈】
・木まぶり…木守り。来年もよく実るようにというまじないで木に取り残しておく果実。

人欲の根をきって葉をからすが克己の克己たるところ。すこしの処を吟味するが大切なり。長持にいっはいあっても気遣のないことがあり、胡椒壷ほどなことでもそうしてをかれぬことがある。疂は二十疂ほどありてもきづかいはないが、火はほたるほどありてもそうしてはをかれぬ。人欲は火と同じこと。道落をするはわるいことなれとも、道落者と見へれば戒にもするからきづかいはないが、心にちらりとあるが一生ぬけぬもの。屋根がもへれば人が欠けて来るが、椽下のふす々々もへるは人もしらず、そうするうちに家がくわらりになる。我が心の中て我をたかぶりてをる。これをすててをくと甚た心法の害になる。克己の章のことになってはさま々々先軰の説もををいが、是等をよくて云ふが某今日此章を読むの趣向なり。人も年よりてからは人知らぬ欲がある。そこを吟味に吟味をつめることぞ。役人の盗人をたつ子るよふなもの。啇人のふりをし、百姓のふりをしてそこらにをるを役人か吟味する。学者も人欲をあのよふに吟味することぞ。問目と云ふが功夫をする人の問なり。聞てすててをく人は目はいらぬ。目は道中の仕方と云ふよふなもの。道中する人はきく。道中記を見てばかりをる人は入らぬか、道中するは目の吟味をせ子ばならぬ。
【解説】
人欲は火と同じで、縁の下でぶすぶすと燃えるのは人も知らないが、そうする内に家が大事になる。
【通釈】
人欲の根を切って葉を枯らすのが克己の克己たるところであり、少しの処を吟味するのが大切である。長持に一杯あっても気遣いのないことがあり、胡椒壷ほどのことでもそうしては置けないことがある。畳は二十畳ほどあっても気遣いはないが、火は蛍ほどあってもそうしては置けない。人欲は火と同じこと。道楽をするのは悪いことだが、道楽者と見えれば戒めにもするから気遣いはない。心にちらりとあるのが一生抜けないもの。屋根が燃えれば人が駆けて来るが、縁の下でぶすぶすと燃えるのは人も知らず、そうする内に家が大事になる。心の中で自分を高ぶっている。これを放って置くと甚だ心法の害になる。克己の章のことになっては先輩の説も様々とあるが、これらを欲で言うのが、私が今日、この章を読む趣向である。人も年が寄ってからは人知れない欲がある。そこを吟味に吟味を詰めるのである。これが、役人が盗人を尋ねる様なもの。商人の振りをし、百姓の振りをしてそこらにいるのを役人が吟味する。学者も人欲をあの様に吟味するのである。「問目」と言うのが功夫をする人の問いである。聞いても放って置く人に目は要らない。目は道中の仕方という様なもの。道中する人は聞く。道中記を見てばかりいる人には要らないが、道中する人は目の吟味をしなければならない。

○一つ々々非す々々と云が、人欲の方へゆくと皆天理にはづれる。人欲でも天理でもないと、中にういてをるものはない。道二、仁與不仁而已。よい加减な人と云ふことはない。私は孝行てもないが不孝でもござらぬと云ふ。孝行でなければ不孝に足を入れたなり。天理でないことをすれば人欲。それが非礼ぞ。非礼と云ふめざす歒を出して、其方え足をいれぬよふにする。視ること聞こと動くことに勿々と功夫をつけて人欲の方へ流れぬよふにする。子共に守りを付てをくよふなもの。視ること聞くことに付てわるい方へはゆくまいと、勿れと云ふ字を付る。向の非礼なれば、そこへ不埒な者の来たとき見まいとすること。向の非礼とばかりみす、此の方へかけて見ることぞ。堺町へゆくの、傾城を見るのと云はあらいことぞ。この方の非礼で見ぬこと。金銀米穀は非礼ではないが、あれをこちへとろふとすると非礼になる。こちの心が非礼なり。人の息女や人の妻は非礼ではないが、こちに不埒な心があって見ると非礼になる。
【解説】
人欲の方へ行くと天理に外れる。人欲でも天理でもないということはない。天理に外れれば人欲であり、非礼である。勿は人欲の方へ流れない様にすること。非礼は相手のことだけではない。自分の心に不埒な心があって見れば非礼になる。
【通釈】
一つ一つ非ず非ずと言うのが、人欲の方へ行くと皆天理に外れるから。人欲でも天理でもなく、中に浮いているものはない。「道二、仁与不仁而已」。よい加減な人ということはない。私は孝行でもないが不孝でもござらぬと言う。孝行でなければ不孝に足を入れたのである。天理でないことをすれば人欲。それが非礼である。非礼という目指す敵を出して、その方へ足を入れない様にする。視ること聞くこと動くことに勿と功夫を付けて人欲の方へ流れない様にする。それは子供に守りを付けて置く様なもの。視ること聞くことで、悪い方へは行かない様にと、勿という字を付ける。向こうが非礼であれば、そこに不埒な者が来た時に見ない様にしようとするわけだが、向こうの非礼とばかり見ず、自分に掛けて見るのである。堺町へ行くとか傾城を見るというのは粗いこと。自分が非礼で見ないこと。金銀米穀は非礼ではないが、あれをこちらへ取ろうとすると非礼になる。こちらの心が非礼なのである。人の息女や人の妻は非礼ではないが、こちらに不埒な心があって見ると非礼になる。
【語釈】
・道二、仁與不仁而已…孟子離婁章句上2。「孔子曰、道二。仁與不仁而已矣」。

これは两方にかけて見るがよい。向の非礼を見ぬと云ことは御定り。それはなを見よふことではない。非礼を向の非礼にばかりすると、非礼勿動と云へばをどりでもをどるよふなれども、そうではない。動は身のふりまわしなり。年始もけいはくの心で行けは非礼ぞ。年始が非礼と云ふことではない。井やな心があってすれは非礼になる。子共をどふじゃとほふをなでるも、子共は可愛ものゆへなてると云へば非礼ではないが、へつらいになでれば、ほふをなでるも非礼になる。これも非礼かこれも非礼かと箸しの上けをろしに吟味すると云ふでなければならぬ。人に気を付てくれろなどと云ふことではない。天理からずいとまっすぐに出子ば礼ではない。ここらでも克己と大学の誠意のひとつなと云ことを合点しよふことぞ。非の字なしにずっとゆくが誠意。克己は欲を目當にして其欲をうってとることぞ。欲をうってとれば誠意になる。克己も誠意もどちもひとつなと云がここらでもしれる。
【解説】
向こうの非礼を見ないというのは当然であって、自分が非礼ではないかと吟味しなければならない。ここらでも克己と大学の誠意が一つだということがわかる。非の字なしにずっと行くのが誠意で、克己は欲を目当てにしてその欲を打って取ること。欲を打って取れば誠意になる。
【通釈】
これは両方に掛けて見るのがよい。向こうの非礼を見ないというのは御定まり。それは決して見ようとしてはならない。非礼を向こうの非礼ばかりのこととすると、非礼勿動と言えば踊りでも踊る様だが、そうではない。動は自分の身の振り回しである。年始も軽薄の心で行けば非礼である。年始が非礼ということではない。嫌な心があってすれば非礼になる。子供をどうだと頬を撫でるのも、子供は可愛いものなので撫でると言えば非礼ではないが、諂いで撫でれば、頬を撫でるのも非礼になる。これも非礼かこれも非礼かと箸の上げ下ろしにまで吟味するというのでなければならない。人に気を付けてくれなどと言うことではない。天理からずっと真っ直ぐに出なければ礼ではない。ここらでも克己と大学の誠意が一つだということを合点しなさい。非の字なしにずっと行くのが誠意。克己は欲を目当てにしてその欲を打って取ること。欲を打って取れば誠意になる。克己も誠意もどちらも一つだというのがここらでも知れる。

○四者身之用也で、人間一生これにはづれることはない。身の用は鮒などが生てをるうちは口ちをはく々々するよふなもの。あのよふで竹の内宿称がよふに三百年生きていても、この四の視るの聞くの言の動くのと云にはづれることはならぬ。それゆへ此功夫がいかふむつかしい。その働からしてわるくなる。仏法などはここをすてる。捨身のきょうと云ふがこれなり。はたらきのある上に功夫をするが垩人の教なり。由乎中応乎外。此上の二句はもちなりのすがたをかたり、制於外所以養其中也は功夫をする姿を語りたもの。心と云ものは理の自然でこふしたものじゃ。由乎中は、ものを見るも心が見よふとするから見る。心が聞ふとするから聞く。今小道具好きなどかわるいものをもって来て見せたがるが目の毒と云ふは、それは無理そ。人のことではない。こちの心のことなり。この方にすくものあるからのことなり。
【解説】
「四者身之用也。由乎中而應乎外。制乎外所以養其中也」の説明。この四つが身の用なのだが、仏法などは捨身の行と言って、ここを捨てる。「由乎中」は、こちらに好くものがあるから見たり聞いたりするということ。
【通釈】
「四者身之用也」で、人間一生これに外れることはない。身の用は、鮒などが生きている内は口をぱくぱくする様なもの。あの様なことで、武内宿禰の様に三百年生きても、この四つの視聴言動に外れてはならない。そこでこの功夫が大層難しい。その働きからして悪くなる。仏法などはここを捨てる。捨身の行と言うのがこれ。しかし、働きのある上に功夫をするのが聖人の教えである。「由乎中而応乎外」。この上の二句は持った通りの姿を語り、「制乎外所以養其中也」は功夫をする姿を語ったもの。心というものは理の自然でこうしたもの。由乎中は、ものを見るのも心が見ようとするから見る。心が聞こうとするから聞くということ。今小道具好きなどが、悪いものを持って来て見せたがるのは目の毒だと言うのは、それは無理なこと。人のことではない。こちらの心のこと。こちらに好くものあるからのこと。
【語釈】
・竹の内宿称…武内宿禰。大和朝廷の初期に活躍したという伝承上の人物。

心はこふしたものじゃと云ふてあとが面白ひ。そこじゃ。それをよくしよふとするには外へ気を付るがよい。視るがわるいの、聴がわるいのと云ふは、あまくな井沙糖にし、辛くない唐辛にすると云よふなもの。無理なことぞ。沙糖はあまいはづ。唐辛はからいはづなり。視たり聞たりに覚悟を失ふゆへ、そこへ気を付る。見まいものを視るな。聞くまいものを聞なと制するゆへ、自然と養中なり。禁好物の通りにするよふなもの。食たけれどもくわぬ。視聴言動に勿々と云ふが由中応乎外。所以養其中也と云が孔子の御手段なり。顔子がこれをきいて手前のにしられた。それを手前へひきうけて事と云ふは、百姓の鍬をかつひで出るやふなもの。面白と云ふことではなく、自分の役にする。ちょっと云ふたことで、いこふ伊川の思入れあって云はれたことなり。
【解説】
視ない、聴かないというのは無理なので、そこで、外に気を付ける。見てはならないものを視るな、聴いてはならないものを聴くなと制するので、自然に中を養う。顔子はそれを事とした。
【通釈】
心はこうしたものだと言って、その後が面白い。そこで、それをよくしようとするには外へ気を付けるのがよい。視るのが悪い、聴くのが悪いと言うのは甘くない砂糖にし、辛くない唐辛子にするという様なもので無理なこと。砂糖は甘い筈。唐辛子は辛い筈。視たり聴いたりすることに覚悟を失うので、そこへ気を付ける。見てはならないものを視るな、聴いてはならないものを聴くなと制するので、自然と中を養う。それは、禁好物の通りにする様なもの。食いたいが食わない。視聴言動に勿と言うのが「由乎中而応乎外」。「所以養其中也」と言うのが孔子の御手段である。顔子がこれを聞いて自分のものにされた。それを自分に引き受けて事とすると言うのは、百姓が鍬を担いで出る様なもの。これが面白いということではなく、自分の役にするということ。一寸言ったことだが、大層伊川に思い入れがあって言われたこと。

顔子か事斯語したばかりで、やがて垩人の塲へもゆかふと云ほどになられた。垩人になるの路金なり。道中するには掛物もなにもいらぬ。あればある程さん々々じゃ。まただ路金さへあれは、川留ても何様の変もどふかこふかして通る。克己の工夫をすれは、かの路金のあるなり。京迠もどこ迠もゆかれる。さて人々顔子を昔咄にするを、後之学垩人者と云ふ。伊川先生が學者への進物なり。學垩人ぬ合点なれば学問をくがよいそ。出家か仏になろふと云よふなもの。仏になる気がなければ釈迦も達磨もそちへゆけと云はふぞ。いろ々々な書を読で口をききたいと云ことならば、垩賢がそちへゆけと云ふぞ。病気て療治をするはもとの無病な人になりたいとてのことぞ。者とは人をあてて云ことぞ。とんとここを大切にして、宜服膺而勿失也。○因箴してとは、論語の本文ばかりてはゆきたけあはぬ。そこて視聴言動に戒を書て學者もなるやふにしられた。これが伊川先生の御手前のものにされて、人にみしょふとて作られたことではない。
【解説】
「顔淵事斯語。所以進於聖人。後之學聖人者、宜服膺而勿失也。因箴以自警」の説明。顔子はこれを事としただけで聖人の場に行けるほどになられた。克己の功夫で何処までも行ける。後世の学者が聖人を学ばない合点であれば、学問を止めるのがよい。
【通釈】
顔子がその語を事としただけで、やがて聖人の場へも行こうというほどになられた。これが聖人になる路金である。道中するには掛物も何も要らない。あればあるほど散々なこと。ただ路金さえあれは、川留めでも何様の変でもどうかこうかして通ることができる。克己の工夫をするのは、あの路金があるということ。京までも何処までも行ける。さて人々が顔子を昔話にするのを、「後之学聖人者」と言う。これが伊川先生の学者への進物である。聖人を学ばない合点であれば学問を止めるのがよい。それは、出家が仏になろうと言う様なもので、仏になる気がなければ釈迦も達磨もそちらへ行けと言うぞ。色々な書を読んで口を利きたいということであれば、聖賢がそちらへ行けと言うぞ。病気で療治をするのは元の無病な人になりたいとしてのこと。「者」は人を当てて言うこと。ここを実に大切にして、「宜服膺而勿失也」。「因箴」と言うのは、論語の本文だけでは裄丈が合わないから、そこで視聴言動に戒めを書いて学者もできる様にされたのである。これは、伊川先生が自分のものにされたことで、人に見せようとして作られたことではない。

○視箴曰云々。心兮本虚と云は心に形のないことを云。虚はいこふとりあつかいの大事なことぞ。老子の道の虚無と云ふ。あのほふで虚と云ことを秘藏して、あんばいあることなり。あの方のことはこちではのぞみにないことぞ。これはなんのこともなく、心に形ないことを云ふたことぞ。無極と云よふなもの。無に入用はない。太極に形ないと云ふ処からして無極と云ふ。然るにあの方は虚無と見識の立たがうるさい。異端の道なり。人のからだに心の臟と云があって、はや臟と云へば心は一寸四方あると云。それからして列子が心のことを方寸とも云ふ。ここはそのうへを云ふたもの。形のないと云が心の姿。道理はかわりたもので、ひまなときだん々々考て見ると笑ひ出すほどなことがある。心は形なくて尊ひものぞ。目や耳はつかまへられるが、心につかまへよふはない。虚で形はなく、さま々々なものをうつす。中蕐天竺のこと迠心へうつすぞ。形ないゆへ天下あらゆることをみな心へうつす。形あるものは、冨士山ほどををきふてもあれぎりなり。心は形ないゆへ何もかも入れる。向から物がくれば物なりにいれて、さてどこへうつすの、とこへいれるのと云ことはない。水に繪を書くやふなもの。水に繪をかいてもあとへはのこらぬ。まい々々心のことを鏡にたとへて云も、それものがくるとうつすがあとにはのこらぬ。鏡に人の顔かのこりてはをらぬなり。あとがない。馬を馬屋にをき、黄鳥を鳥籠にをく。あれはしよいが、心は形ないゆへとりやふかないが、きめところがある。きめ処をしらぬとなまずをひょふたんでをさへるよふて、あちこちしてをさへられぬ。
【解説】
「視箴曰、心兮本虚、應物無迹。操之有要」の説明。心に形はない。それは、太極に形がないことを無極と言うのと同じ。心に形はないが、天下のあらゆるものを遷す。心は形がないので取りようがないが、そこに決め所がある。老子は心を虚無だと見識を立てた。
【通釈】
「視箴曰云々」。「心兮本虚」は心に形のないことを言う。虚は大層取り扱いの大事なこと。老子は道を虚無と言う。あの方では虚ということを秘蔵する。それは塩梅のあること。あの方のことはこちらでは望まないこと。これは何の事もなく、心には形がないことを言ったこと。無極と言う様なもの。無に入用はない。太極に形はないという処からして無極と言う。そこをあの方では虚無と見識を立てる。それは煩い。異端の道である。人の体に心の臓というものがあって、はや臓と言えば心は一寸四方あると言う。それからして列子が心のことを方寸とも言う。ここはその上を言ったもの。形がないというのが心の姿。道理は変わったもので、暇な時に段々と考えて見ると笑い出すほどのことがある。心は形がなくて尊いもの。目や耳は掴まえられるが、心は掴まえ様がない。虚で形はなく、様々なものを遷す。中華天竺のことまで心へ遷す。形がないので天下のあらゆることを皆心へ遷す。形あるものは、富士山ほど大きくてもあれぎり。心は形がないので何もかも入れる。向から物が来れば物なりに入れて、さて何処へ遷す、何処へ入れるということはない。それは水に絵を描く様なもの。水に絵を描いても迹は残らない。毎々心のことを鏡にたとえて言うのも、ものが来ると遷すが、迹は残らないから。鏡に人の顔は残ってはいない。迹はない。馬を馬屋に置き、鴬を鳥籠に置く。あれはし易いが、心は形がないので取りようがない。しかし、決め所がある。決め処を知らないと鯰を瓢箪で押さえる様で、あちこちして押さえられない。
【語釈】
・方寸…列子仲尼。「文摯乃命龍叔背明而立、文摯後向明而望之。既而曰、嘻、吾見子之心矣、方寸之地虚矣。幾聖人也、子心六孔流通、一孔不達。今以聖智爲疾者、或由此乎。非吾淺術所能已也」。

○視為之則と云は、孔子に聞かれて云ふたことでもない。論吾にもなければ繋辞傳にもないが、伊川先生などの学問をしたが、漢唐の間のよふに文字をすますよふなことではない。心のとり扱ひで覚へられたもの。覺へのある人でのふてはこの様な語は頓と云出すことはならぬことぞ。論吾勿視とあるゆへちと云ふてみよふなどと云よふなことでは、ほっても云はれぬことぞ。うってちがったことなれとも、明道の怒為甚、伊川視為之則がならふ語なり。道体をのみこまれた人てなふては、中々この語などを云ふことはえならぬことぞ。心にしをぼへたもの。文字穿鑿のよふなことではない。明道は怒り、ここが療治ものじゃと云ひ、伊川は視聴言動の上に視ると云ふが手取りものじゃとかんをつけられた。視るをじょうぎにしろとなり。人欲がじょさいもなく多くあるが、そう々々また人欲か藪に蚊の居るよふに一日ぶん々々ともせぬものぞ。静な時もある。しかる処へ何ぞ目にさわる処が人欲のむづかしくなる処ぞ。その視るまっさきを規矩にする。
【解説】
「視爲之則。蔽交於前、其中則遷。制之於外以安其内」の説明。「視為之則」は伊川先生が心の取り扱いで覚えられたもの。明道の「怒為甚」と伊川の「視為之則」が並ぶ語である。明道は怒りが療治物だと言い、伊川は視聴言動の上で視るというのが手取り物だと勘を付けられた。
【通釈】
「視為之則」は、孔子に聞かれて言ったことでもない。論語にもなければ繋辞伝にもないが、伊川先生などの学問は、漢唐の間の様に文字を済ます様なことではない。心の取り扱いで覚えられたもの。覚えのある人でなければこの様な語は全く言い出すことはできないこと。論語に勿視とあるので一寸言って見ようなどという様なことでは、決して言えないこと。打って違ったことだが、明道の「怒為甚」と伊川の「視為之則」が並ぶ語である。道体を飲み込まれた人でなくては、中々この語などを言うことはできないこと。心にし覚えたもの。文字穿鑿の様なことではない。明道は怒りが療治物だと言い、伊川は視聴言動の上で視るというのが手取り物だと勘を付けられた。視ることを規矩にしろと言った。人欲が如在なく多くあるが、そうそうはまた人欲が藪に蚊がいる様に一日ぶんぶんともしていないもの。静かな時もある。そこで、何か目に触る処が人欲の難しくなる処。そこで、視るという真っ先を規矩にする。
【語釈】
・怒為甚…近思録為学4。定性書。「夫人之情、易發而難制者、惟怒爲甚」。

視為之則と云はあいづの大皷と云よふなもの。視る、そこがかしらの処じゃ。そこを大切にする。とんと吾も人も人欲の中にしゃんとしてをっていろしなはわかれぬが、こちの目へなんぞさへきりくると、そこへ人欲がそりゃと云て出る。酒を飲む者が溺れてはをるが、夜も明けぬうちから呑ふとはせぬが、盃か出ると講釈もはやくかたづけてのみたい気になる。視るとはや欲が出る。丁どよそから食ひものがくると母親がそれを子共にかくす。先生微笑して曰、視るとやかましい。やっはり大人もあの通りそ。かわりたことはない。兎角菓子袋がみせられぬてや。深草少將も本とちょっと見たもの。それからあのよふにながわづらいした。して九十九夜のををたわけをした。見た目からそこへうつる。そこでみる処に気を付る。視るは外のことで、外からするとては、さりとはてづつなよふでくいたりぬよふなれども、そこが垩人の療治の手段なり。みるあたまのかしらの処に氣を付るなり。制乎外でふはとのならぬ。
【解説】
視ると直ぐに欲が出る。視るという最初の処に気を付ける。それは拙劣で食い足りない様だが、そこが聖人の療治の手段である。
【通釈】
「視為之則」は合図の太鼓という様なもの。視る、そこが最初の処。そこを大切にする。自分も人も人欲の中にしゃんとしていて色品は別れないが、こちらの目に何か遮るものが来ると、そこへ人欲がそりゃと言って出る。酒を飲む者は溺れてはいるが、夜も明けない内から呑もうとはしない。しかし、盃が出ると講釈も早く片付けて呑みたい気になる。視ると直ぐに欲が出る。丁度よそから食物が来ると母親がそれを子供から隠す様なもの。先生が微笑して言った。視ると喧しい。大人もやはりあの通りで、変わることはない。とかく菓子袋は見せられないもの。深草の少将も本は一寸見ただけ。それからあの様に長患いをして九十九夜の大戯けをした。視た目からそこへ遷る。そこで視る処に気を付ける。視るのは外のことで、外からすると言うのは実に拙劣で食い足りない様だが、そこが聖人の療治の手段である。視るという最初の処に気を付ける。「制乎外」でなければならない。

四箴を書かるるに視るが始にありて、ここにみな克己復礼の字が出てある。文會筆録の四巻に一々この説あり、それをのけては小学の蒙養集にあり、浅見先生の四箴附考、これて諸説のとりあつかいもすむことぞ。見る処の欲にくらわされる。そこを克己復礼の功夫してうってとることなれとも、さっそくによくはなられぬ。年月をへるにしたがって成徳になる。克己復礼は今する功夫なれども、毎日々々するで欲がなくなり切て、それからして垩人の塲につまる。久而誠矣。訂斉先生の三功夫と云はれたは云あやまりぞ。なれども胡乱に云あやまりと云てはわけをしらぬことぞ。あやのあると云をしるべきことなり。為仁を三つの一つにされたは云あやまりなれとも、あの筆記のそうたいにかかることはいはうやふもないあんばいぞ。克己復礼をすると仁なれとも、ここに位のあることなり。農夫か武士になる。その日から武士なれとも、五六年も前から武士になったものとはちこふばがある。朱子の説にも、川のごみをさらふよふなもの。ごみを取れば流れる。もふ一つさらふと云ふことではない。然れとも、仁になりたと云には次第階級のあることなり。克己復礼をしてとれば仁の本体なれとも、久而誠と云ふがふるびなり。新参でも君へ諌言もしよふが、十年もつとめた者とはちが井があるよふなものぞ。
【解説】
「克己復禮久而誠矣」の説明。見る処の欲を克己復礼の功夫をして打って取る。しかしそれが早速によくなることではない。年月を経るに従って成徳になる。克己復礼をすると仁なるが、それにも次第階級がある。
【通釈】
四箴を書かれるのに視ることが始めにあるが、ここには皆克己復礼の字があるもの。文会筆録の四巻に詳しくこの説があり、それを除けては小学の蒙養集にあり、浅見先生の四箴附考で諸説の取り扱いも済むこと。見る処の欲に食らわされる。そこを克己復礼の功夫をして打って取るのだが、早速によくなることはできない。年月を経るに従って成徳になる。克己復礼は今する功夫だが、毎日それをするので欲がなくなり切って、それから聖人の場に詰まる。「久而誠矣」。訂斎先生が三功夫と言われたのは言い誤りである。しかし、滅多に言い誤りと言うのはわけを知らないこと。綾があることを知らなければならない。「為仁」を三つを一つにされたのは言い誤りだが、あの筆記の総体に関したことは言い様もない塩梅がある。克己復礼をすると仁なるのだが、それは位のあること。農夫が武士になる。その日から武士なのだが、五六年も前から武士になった者とは違う場がある。朱子の説にも、川の塵を浚う様なものとある。塵を取れば流れる。もう一つ浚うということではない。しかし、仁になるというのは次第階級のあること。克己復礼をして取れば仁の本体だが、久而誠というのが古びである。新参も君へ諌言をするだろうが、十年も勤めた者とは違いがある。
【語釈】
訂斉先生の三功夫

○聴箴曰云々。人有秉彛。人間の天からの御朱印なり。人間は万古かわらぬ結搆なものを取てをる。どこで云ふても同じこと。中庸ではこのことを天命之性と云ひ、大学では明德と云。論吾ては仁と云ひ、孟子では仁義と云ふ。人間と生れてもってをらぬものはない。それはなんぞと云へば、かの仁義礼智なり。人のからだと云ふものはあき店ではない。秉彛ばかりで天地人三才と云ふ。秉彛と云ふも本乎天性と云ふも一つことを云ふたこと。秉彛がすぐに天性なれとも、四箴なとは韻をふんでかいたものゆへこふ云こともある。さて語立が、御旗本の納戸に金のあるは秉彛なり。これと云も公義の物じゃ。浅草の御藏からきたと云ふが本乎天性なり。上から結搆なものを貰ふて居ると云ふ。そんなら子ていてもよいかと云ふに、いやそふでない。わるくなることがある。そこか大事。甚た手入れのあることぞ。正宗祐定もすててをくとさびる。人も教がないとわるくするものがあるなり。人の心の働は何でもてら々々と光り、理も気も一つに知覚して、なんでも天地間のことが此方へひびく。それはかふあればこふと云ふが知で、人の生たなりなり。太極図説も形既成神発而知とあって、内に灵妙にものをしるものがあり、よ井方へゆくも知、わるい方へゆくも知。親に孝行をするも知、不孝をするも知。そこで知は油断のならぬものぞ。子共の正直なは知か発せぬゆへなり。土藏へ入れるとなによりこはく、首でも切られるほどに思ふ。それか一年二年すぎると、誰か教るともなく土藏などへいることはなんとも思はぬ。知識のひらけるのなり。
【解説】
「聽箴曰、人有秉彛、本乎天性」の説明。人間は天から結構なものを授かっている。それは中庸では天命之性であり、大学では明徳であり、論語では仁であり、孟子では仁義である。人には生来、仁義礼智があるが、そのままにしているのは悪い。知からよい方へも悪い方へも行く。そこで手入れが必要である。
【通釈】
「聴箴曰云々」。「人有秉彛」。人間の天からの御朱印である。人間は万古変わらない結構なものを取っている。それは、何処で言っても同じこと。中庸ではこのことを天命之性と言い、大学では明徳と言う。論語では仁と言い、孟子では仁義と言う。人間として生まれてこれを持っていない者はない。それは何かと言えば、かの仁義礼智である。人の体というものは空き店ではない。秉彛ばかりで天地人三才と言う。秉彛と言うのも「本乎天性」と言うのも同じことを言ったこと。秉彛が直ぐに天性のことだが、四箴などは韻を踏んで書いたものなので、この様に言うこともある。さてこの語立ては、御旗本の納戸に金があるのが秉彛で、それも公儀の物であって、浅草の御蔵から来たと言うのが本乎天性である。上から結構なものを貰っていると言う。それなら寝ていてもよいかと言えば、いやそうではない。悪くなることがある。そこが大事。甚だ手入れが必要である。正宗や祐定でも放って置くと錆びる。人も教えがないと悪くするものがある。人の心の働きは何でもてらてらと光り、理も気も一つに知覚して、天地間のことが何でもこちらへ響くというもの。こうであればこうと言うのが知で、それが人の生まれた姿である。太極図説にも「形既成神発而知」とあって、内に霊妙にものを知るものがあり、よい方へ行くのも知、悪い方へ行くのも知。親に孝行をするのも知、不孝をするのも知。そこで知は油断のならない。子供の正直なのは知が発しないからである。土蔵へ入れると何より恐くて首でも切られるほどに思う。それが一年二年過ぎると、誰が教えるともなく土蔵などへ入ることは何とも思わない。それは知識が開けるからである。

○知と云はよい方へもわるい方へもさそふもの。たとへは啇人の忰どもも、内に帳でもつけてをるところへ朋達かきて、濱見物にゆかぬかと云とついゆく。向のゆふばかりでなく、こちに誘ものがある。さてこれを誘かれと云ふ点もにくからぬこと。楽記の本意は知外にみちびかれると云ふこと。それゆへ浅見先生は、礼記にしたがってみちびられと点をなされた。山崎先生のは、こちの知が誘たと見たもの。外物ばかりのとがにしようことではない。擇兮擇兮もこちにひかれるものがある。年がだん々々たつと色欲がをこる。こちの知の誘くところへ向からものがくる。一人狂言ではない。こちにあるところへ向からこちへこいと云ふ。一滴も呑ぬ下戸はしいぬ。しいてこまると云ふも呑ゆへなり。向のとがにしよふことではない。此の方と向とがふれてそうなる。この方がしゃんとしてをれは中々ものにはばかされぬ。
【解説】
「知誘物化遂亡其正」の説明。知に誘かれる。浅見先生は礼記に従って誘かれと点をされ、山崎先生はこちらの知が誘うと見た。こちらの知が誘くところへ向こうからものが来る。こちらがしっかりとしていれば誘かれることはない。
【通釈】
知はよい方へも悪い方へも誘うもの。たとえば商人の忰共も、内に帳でも付けているところへ友達が来て、濱見物に行こうと言われるとつい行く。向こうが言うばかりからでなく、こちらに誘うものがある。さてこれをみちびかれとする点も悪くはない。楽記の本意は知外にみちびかれるということ。それで浅見先生は、礼記に従ってみちびられと点をなさった。山崎先生のは、こちらの知が誘ったと見たもの。外物ばかりの咎にすることではない。「擇兮擇兮」もこちらに引かれるものがあるから。年が段々経つと色欲が起こる。こちらの知が誘くところへ向こうからものが来る。一人狂言ではない。こちらにあるところへ向こうがこちらへ来いと言う。一滴も呑まない下戸は強いない。強いて困ると言うのも呑むからである。向こうの咎にすることではない。こちらと向こうとが触れてそうなる。この方がしゃんとしていれば、ものには中々化かされない。
【語釈】
・楽記…礼記楽記。「人生而靜、天之性也。感於物而動、性之欲也。物至知知、然後好惡形焉。好惡無節於内、知誘於外、不能反躬、天理滅矣。夫物之感人無窮、而人之好惡無節、則是物至而人化物也。人化物也者、滅天理而窮人欲者也。於是有悖逆詐偽之心」。
擇兮擇兮

○卓彼先覚を、中々ものにばかされぬ男と迂斉云へり。凡人の中からすぐれたもの。卓はつくへなどのつっと立たこと。先覚は伊尹の云ふたこと。はやく目のさめた人のことぞ。酒によふでだらけて子てをるとなにもしらぬが、目がさめると地震のいるも盗人のかきが子をよじるもぢきにしる。○知止有定は、道理のきり々々をしりてをるゆへとんとわきへは目ふらぬ。鼻の先へ邪がこよふともよせぬ。これを聞て云ふにも及ぬ、○邪は閑きそふなものでごさると云はふが、それは邪からして知ぬ云分なり。邪と云はこちの工面によ井ものぞ。邪と云は吾が方にとくがつき、とればとらるるもので心面白もの。中々たた人が邪を閑ところてはない。邪かくるとよふ御出と云ふでとをす。閑は乞食どめに竿をわたしてをけは乞食が来ぬ。あのよふに邪のはへらぬよふにしきりをする。閑邪と云たとて、七つ道具を立てをどすことではない。狐が叔父になってきてうろたへたことじゃと迂斉云へり。叔母は我をかわいがるもの故ををちゃくものも叔母さまと馳走しはたらく。人欲も肉身によいものなれとも、秉彛と云ふになっては疫病神と同じことぞ。
【解説】
「卓彼先覺、知止有定。閑邪存誠。非禮勿聽」の説明。道理の至極まで知り尽くせば、邪が来ても寄せ付けない。ただの人は邪を閑ぐどころではなく、邪を通すもの。邪が入らない様に閑ぐ。
【通釈】
「卓彼先覚」を、中々ものに化かされない男だと迂斎が言った。凡人の中から優れた者が出る。卓は机などがつっと立ったこと。先覚は伊尹の言ったことで、早く目の覚めた人のこと。酒に酔ってだらけて寝ていると何も知らないが、目が覚めると地震があるのも盗人が繋金を捩るのも直ぐに知る。「知止有定」。道理のぎりぎりを知っているので全く脇に目は振らない。鼻の先へ邪が来ようとも寄せない。これを聞いて、言うにも及ばないことで、邪は閑ぎそうなものだと主張するが、それは邪からして知らない言い分である。邪はこちらの工面によいもの。自分に徳が付けば、邪は取ろうとすれば取ることもできるもので心面白いもの。しかし、中々ただの人は邪を閑ぐどころのことではない。邪が来ると、よく御出と言って通す。乞食止めに竿を渡して置けば乞食が来ない。閑はあの様に邪が入らない様に仕切りをすること。閑邪と言っても、七つ道具を立てて脅すことではない。狐が叔父になって来たので狼狽えることだと迂斎が言った。叔母は自分を可愛がるものなので、横着者も叔母様と言って馳走して働く。人欲も肉身によいものだが、秉彛ということになっては疫病神と同じこと。
【語釈】
・先覚は伊尹の云ふたこと…孟子万章章句上7。「予天民之先覺者也」。

○言箴曰云々。一ちかかるところの重ひは視箴なり。總体のあたまてをもいれふかく見ることぞ。言は深く省へきゆへ文字も長くかかれた。言箴にある言と云ふものが至て戒のあるべきことなり。南容の三復白圭したもこれなり。ことばと云ふものが大切なこと。格別丁寧にすべきことぞ。あれが心はよくしれてをるとは云ものの、しれか子るものぞ。なれとも口上に云ふとはやしれる。胸の中に思ふことはしれぬ。くらやみでかぶりをふるよふなもの。しれぬ。せきばら井をすると、はやそこにこざったと云ふ。言は花のさくやふなもの。言は心の花なり。大切なものぞ。言は大切なものを開帳するやふなもの。ただ出まかせを云をふことではない。発はたれであらふと一つものを云ふこと。出まかせにはら々々云ふと跡先きなしになる。
【解説】
「言箴曰、人心之動、因言以宣。發禁躁妄、内斯靜專」の説明。言は戒めるべきもの。人の心はわからないものだが、口上に出すと直に知れる。そこで出任せに言ってはならない。
【通釈】
「言箴曰云々」。一番掛かるところの重いのは視箴である。総体の最初なので、思い入れ深く見なさい。言は深く省すべきものなので文字も長く書かれた。言箴にある言というものが至って戒めのあるべきこと。南容が三復白圭したのもこれ。言葉というものが大切なことで、格別に丁寧にすべきこと。あいつの心はよくわかっているとは言うものの、知れかねるもの。しかし、口上に出すと直ぐに知れる。胸の中で思うことは知れない。それは暗闇で頭を振る様なもので知れない。咳払いをすると、直ぐにそこにおられたかと言う。言は花の咲く様なもの。言は心の花である。大切なもの。言は大切なものを開帳する様なもの。出任せを言うものではない。「発」は誰であろうと一つものを言うこと。出任せにはらはらと言うと後先がなくなる。
【語釈】
・南容の三復白圭…論語先進5。「南容三復白圭。孔子以其兄之子妻之」。

○禁は勿れと云ふ字と同じこと。躁妄。人の口上がこの二つなもの。気のさわがしく云ふが躁なり。道理にはづれたことでなく、道理に叶ふたことを云ふてもがさ々々云へば躁と云ふ。笹の葉に鈴を付たよふなと云は躁なり。をっつ井て云人もあれとも、道理にそむいたことを云。道理にそむけたことを云へは妄なり。理についてはつれたが躁、気についてはつれたが妄。ここに気を付て吟味するがよ井。春雨は静、大風が吹ときょっ々々々とする。まして口で云ふことがさわがし井と心迠躁妄になる。専になるが心の姿。ぶんに主一無適と云ふものはない。躁の妄のと云ふをなくすれば主一無適になる。なるほと尤なことでも、さわがしく云へば心かをちつかぬ。しっとりと云ふても、道理にそむいたことではまたをちつかぬ。銀鉢に水を入てをくに風が吹かぬと静なり。風が吹くとさざなみがたつ。ささなみかたつときれる。きれると專てない。静じゃと専になる。
【解説】
人の口上は「躁妄」の二つである。理に付いて気に外れたのが躁、気に付いて理に外れたのが妄である。躁妄をなくせば主一無適になる。「静」で「専」となる。
【通釈】
「禁」は勿という字と同じ。「躁妄」。人の口上はこの二つである。気の騒がしく言うのが躁。道理に外れたことでなく、道理に叶ったことを言うのにも、がさがさと言えば躁と言う。笹の葉に鈴を付けた様なと言うのは躁。落ち着いて言う人もあるが、道理に背いたことを言う。道理に背いたことを言えば妄である。理に付いて気に外れたのが躁、気に付いて理に外れたのが妄。ここに気を付けて吟味するのがよい。春雨は静、大風が吹くときょっきょっとする。まして口で言うことが騒がしいと心までが躁妄になる。専らになるのが心の姿。別に主一無適があるのではない。躁妄をなくせば主一無適になる。なるほど尤もなことでも、騒がしく言えば心が落ち着かない。しっとりと言っても、道理に背いたことではまた落ち着かない。銀鉢に水を入て置く。風が吹かないと静。風が吹くと細波が立つ。細波が立つと切れる。切れると專ではない。静だと専になる。

○矧は、ましていはんやのいはんやなり。言ばか大騒動にもなる。言行は君子の樞機と易にもあり。○樞機は石弓のこはぜ。大名の大門の扉もうすがあるゆへ、足軽や中間か一人でもひらく。鉄炮もそれ。ちらりとしたことからををことになる。そこを樞の機のと云。言はが大事のきまりの処なり。和漢の軍も交た口上のうへに鬱憤のあることも、人の言で和睦もする。口上一つが大事。使四方不辱君命と云ふも男ぶりを云たことではなく、その人の口上なり。云よふのよいでをこる軍もをこらぬ。みな古の德あり才あるものは使者に行たときがききことなり。爰では云にもたらぬことなれとも、呉の季札、鄭の子産、方々へあるいて云ふことが甚よい。三寸の舌の上で云ふことが國家の為めになる。
【解説】
「矧是樞機興戎出好」の説明。言で軍も起こらない様にすることができる。古の徳あり才ある者は皆、使者に行った時の言が素晴らしかった。
【通釈】
「矧」は、まして況やの況やである。言葉が大騒動にもなる。「言行君子之枢機」と易にもある。枢機は石弓の小鉤。大名の大門の扉も臼があるので足軽や中間が一人でも開く。鉄砲もそれ。ちらりとしたことから大事になる。そこを枢の機のと言う。言葉が大事の決まり処。和漢の軍も、交わった口上の上に鬱憤のあることも、人の言で和睦もする。口上一つが大事。「使四方不辱君命」というのも男振りを言ったことではなく、その人の口上のこと。言い様がよいので起こる軍も起こらない。古の徳あり才ある者は皆、使者に行った時が聞き事である。ここでは言うにも足りないことだが、呉の季札や鄭の子産が方々へ歩いて言ったことが甚だよい。三寸の舌の上で言うことが国家のためになる。
【語釈】
・言行は君子の樞機と易にもあり…易経繋辞伝上8。「言行君子之樞機。樞機之發、榮辱之主也。言行、君子之所以動天地也。可不愼乎」。
・使四方不辱君命…論語子路20。「子貢問曰、何如斯可謂之士矣。子曰、行己有恥。使於四方、不辱君命。可謂士矣」。

言語の上に栄辱があり、尤なことを云ふと、なるほどよいと云ふ。栄なり。たはけを云ふと、あああれはと云。辱なり。かくだんなことじゃと云。栄。いやなにかわからぬたはけを云ふは辱。君と一夜の話は勝十年読書と云。いやゆふべ夜中咄たがなんにもならぬと云ふ。栄辱を言語からま子く。さて又言に易と云ふと煩と云ことがある。此用心をすることぞ。これを上の躁妄にかけて云ふはわるい。話をするにかるはづみにひょいと云ふと、心ならず迂偽ができる。昨日濱へ行きたれば鯛がしたたか取れたと云ふ。二三枚あれはとれぬと云ことをそふ云ふ。昔から云ふ、猿が三千いたと云ふから段々吟味したれは三疋になりて、そこからでごそりと云ふが猿てあったげなと云たとなり。又煩と云は、あまりことばをあそこここ丁寧に云ふと、言はに枝がついて主意がたたぬ。そこを煩と云。丁寧な人が一日相談をして云ふことが何の事かしれぬ。先年唐津て丁寧な人があってたん々々と云たれば、いたつらな医者か然後どうじゃと云ふて皆を笑せたとなり。訟事などもこれでしかられる。多弁なやふじゃなどとも云はれる。
【解説】
「吉凶榮辱惟其所召。傷易則誕、傷煩則支」の説明。言葉の上に栄辱がある。尤もなことを言えば栄で、戯けを言えば辱である。また言葉には易と煩とがある。易は軽はずみなことを言うこと。煩はあまりに丁寧に言うこと。煩だと言葉に枝が付いて主意が立たなくなる。
【通釈】
言語の上に栄辱があり、尤もなことを言うと、なるほどよいと言われる。栄である。戯けを言うと、あああれはと言われる。辱である。格段なことだと言われる。栄。いや何かわからない戯けを言うと言われるのは辱。君との一夜の話は十年の読書に勝ると言う。いや昨夜夜中に話したのが何にもならないと言う。栄辱を言語から招く。さてまた言には易と煩とがある。これに用心をしなければならない。これを上の躁妄に掛けて言うのは悪い。話をするのに軽はずみにひょいと言うと、心ならず嘘ができる。昨日浜へ行くと鯛が沢山獲れたと言う。二三枚であれば獲れないと言うべきところをその様に言う。昔から、猿が三千いたと言うから段々と吟味すると三匹になって、それから、ごっそりと言ったのは猿であった様な気がしたなどと言う。また煩は、言葉をあそこここにあまりに丁寧に言うと、言葉に枝が付いて主意が立たない。そこを煩と言う。丁寧な人が一日相談をするが、言っていることが何の事かわからない。先年唐津で丁寧な人がいて段々と言っていると、悪戯な医者が然る後はどうだと言って皆を笑わせたそうである。訟事などもこれで叱られる。多弁な様だなどとも言われる。

○己肆物忤。一はいなづををへいを云ふこと。物忤は向の人の受取ぬことぞ。ずををへいを云ふと、よいことでも向ふて受取ぬ。輕ひものがこまると云に、食ふものがなくはをれが処へきてくへと云ふ。云やふがほしいままじゃと、いやくふまいと出る。たたいくへばよいことなれとも、忤なり。礼記の檀弓に嗟来の食と云ことがあるが、ゆをにて飢人にくわせるとき、ああ来て喰へと云ふたれば、そのああと云声がずををへいゆへくふまいと云ふた。医書の小児門に客忤と云ふことがある。見付ぬ人をいやがるなり。向のためによいことを云てもををへいと云ふが向の気にくはぬことぞ。○出悖来違ふ。あたりをひどく云ふと賣辞に買辞で向もその通りをする。云まいことを云から向からも云まいことでかへす。○非法不道は孝經にあること。○欽哉訓辞も孝経をさして云ふことぞ。
【解説】
「己肆物忤、出悖來違。非法不道。欽哉訓辭」の説明。こちらが大柄だと、たとえそれがよいことでも相手は受け取らない。また、こちらが言ってはならないことを言えば、相手も言ってはならないことを言って返す。
【通釈】
「己肆物忤」。これは一杯な図大柄を言うこと。物忤は向こうの人の受け取らないこと。図大柄を言うと、よいことでも向こうで受け取らない。軽い者が困ると言うと、食う物がなければ俺の処へ来て食えと言う。言い様が肆だと、いや食わないと言う。そもそも食えばよいことなのだが、忤である。礼記の檀弓に嗟来の食ということがあるが、湯を煮て飢人に食わせる時に、ああ来て喰えと言うと、そのああという声が図横柄なので食わないと言った。医書の小児門に客忤ということがある。見知らぬ人を嫌がること。向こうのためによいことを言っても横柄だと向こうが気に食わない。「出悖来違」。酷く当たって言うと売り言葉に買い言葉で向こうもその通りをする。言ってはならないことを言うから向こうも言ってはならないことで返す。「非法不道」は考経にある。「欽哉訓辞」も孝経を指して言ったこと。
【語釈】
・礼記の檀弓に嗟来の食…礼記上檀弓下。「齊大饑。黔敖爲食於路、以待餓者而食之。有餓者、蒙袂輯屨、貿貿然來。黔敖左奉食、右執飲曰、嗟來食、揚其目而視之。曰、予唯不食嗟來之食。以至於斯也、從而謝焉。終不食而死。曾子聞之曰、微與、其嗟也可去。其謝也可食」。
・非法不道…考経卿大夫。「非先王之法服不敢服、非先王之法言不敢道、非先王之德行不敢行。是故、非法不言、非道不行、口無擇言、身無擇行。言滿天下、無口過、行滿天下、無怨惡。三者備矣、然後能守其宗廟。蓋卿大夫之孝也。詩云、夙夜匪懈、以事一人」。詩は詩経大雅烝民。「夙夜匪解、以事一人」。

○動箴曰云々。幾と云ふ字は万端にかける文字。心の上ても云へば事の上でも云。これかわるいとをもへば事をする上でもとってかへすこと。胸の上でも取てかへし改ることそ。鄰でも知らぬ火事があれば方々へしれる火事もある。火とさへいへばみな取て消す。○思ふと云ふことは洪範にはあって、孔子顔渕に告るにはないが、あらはれた処にみなあること。そこで四箴の動に思と為の字を出した。思と為るとで動のほどらいはこのよふなことと見ることなり。然し思と為の姿をしろふことぞ。知と云とものしりのよふに心へ、そふなければわるごふのいることと思ふ。あれは知者の了簡ちがひ。知は道理をさとることぞ。道理は水火黒白のよふにわからぬもの。善と思ふうちにとふに悪になってをる。○哲人は道理のさとりよふか明なり。ちらりとした処でしる。幾を知ら子ば知惠の至極ではない。萌しで見て取る。死ぬ病人を見るよふなもの。旅もしては子てあるく人を見て合点ゆかぬと云ふ。外から見てはわるいことのな井とき、哲人はちらりとこれがわるいなと思ふと胸中てよくする。顔子などは有不善未嘗不知、知之不復行。ちらりとわるいことがある、もふせぬ。さてなかいことを云ふと聴徒の迷ひになるが、大学の致知格物もこれなり。しったとをりにすると誠意になる。誠意は為るに守ることなり。哲人知幾誠之於思は知者。知った通りにすると大学の誠意になる。
【解説】
「動箴曰、哲人知幾、誠之於思」の説明。知は道理を覚ることで、哲人は道理の覚り方が明かな人。ちらりとした処で知る。顔子などはちらりと悪いことがあると、もうそれをしない。
【通釈】
「動箴曰云々」。幾という字は万端に掛ける文字で、心の上でも言い、事の上でも言う。これが悪いと思えば事をする上でも取って返し、胸の上でも取って返して改める。隣でも知らない火事があれば方々に知れる火事もある。火とさえ言えば皆取って消す。「思」ということは洪範にはあって、孔子が顔淵に告げられたものにはないが、現われた処に皆あること。そこで四箴の動に「思」と「為」の字を出した。思と為とで動の程合いはこの様なことだと見させた。ここで思と為の姿を知りなさい。知というと物知りの様に心得、そうでなければ悪功の入ることと思うが、それは知者の了簡違い。知は道理を覚ること。道理は水火黒白の様には分かれないもの。善と思う内にすっかりと悪になっている。「哲人」は道理の覚り方が明な人。ちらりとした処で知る。幾を知らなければ知恵の至極ではない。萌しで見て取る。それは、死ぬ病人を見る様なもの。旅もしては、寝ながら歩く人を見ては合点が行かないと言う。外から見て悪いことがない時に、哲人はちらりとこれが悪いと思うと胸中でよくする。顔子などは「有不善未嘗不知、知之不復行」で、ちらりと悪いことがあると、もうそれをしない。さて長いことを言うと聴徒の迷いになるが、大学の致知格物もこれ。知った通りにすると誠意になる。誠意は為るを守ること。「哲人知幾、誠之於思」は知者のこと。
【語釈】
・思ふと云ふことは洪範にはあって…書経洪範。「二、五事。一曰貌、二曰言、三曰視、四曰聽、五曰思。貌曰恭、言曰從、視曰明、聽曰聰、思曰睿。恭作肅、從作乂、明作晢、聰作謀、睿作聖」。
・有不善未嘗不知知之不復行…近思録為学3。好学論。「有不善、未嘗不知。知之、未嘗復行也」。

○志士は仁者にあたる。ひろく云へば知者はかるく仁者は重ひが、知者はかるく仁者は重いとそふ心得てはならべられぬが、知がするどいゆへ悪にひかれぬ。知者は消し口ちを取てほたるほどの火も消す。志士は行ひゆへ中々道理にはつれたことはせま井とこぶしをにきり、非礼にならうとするをどっこい非礼にはやるま井とする。知は火をはやくふきけす。行は火の中へ飛込んてもみ消す。火事にせぬ処はどちも同しこと。つまんて云へば、どちも道理なりにするより外はない。非礼勿視非礼勿聴云々と四つあるが、天理の大道をゆくこと。よろ々々するとわきへきれる処を勿れ々々と云ふで大道をあるく。道理なりをすれば手もなくすらりとしたことぞ。むつかし井ことはない。借た金をかへすやふなもの。とるまじきものは取ら子ばなんのことはない。取るまいものを取るゆへあぶない。甘ひ物がく井たいと云は肉身の欲なり。肉身の欲にしたがへは危きなり。理に従をふ々々々とすることぞ。ここが地獄極楽のさかいそ。天理と人欲のたたかいをしるが大事。ここをぬかすとわるい。
【解説】
「志士厲行、守之於爲。順理則裕、從欲惟危」の説明。知が鋭ければ悪に引かれない。知は火を早く吹き消し、行は火の中へ飛び込んで揉み消す様なもので、どちらも道理の通りにすること。道理の通りであれば何事もないが、肉身の欲に従えば危い。
【通釈】
「志士」は仁者に当たる。広く言えば知者は軽く仁者は重い。知者は軽く仁者は重いと、その様に心得ては並べることはできないが、知が鋭いので悪に引かれない。知者は消口を取って蛍ほどの火も消す。志士は行いのことなので、道理に外れたことは中々しないと拳を握り、非礼になろうとするところをどっこい非礼には遣るまいとする。知は火を早く吹き消す。行は火の中へ飛び込んで揉み消す。火事にしない処はどちらも同じこと。摘んで言えば、どちらも道理の通りにするより外はない。非礼勿視非礼勿聴云々と四つあるが、それは天理の大道を行くこと。よろよろすると脇へ切れる処を勿勿と言うので大道を歩く。道理の通りをすれば手もなくすらりと行く。難しいことはない。借りた金を返す様なもの。取ってはならないものは取らなければ何事もない。取ってはならないものを取るので危ない。甘い物が食いたいというのは肉身の欲。肉身の欲に従えば危い。理に従おうとすること。ここが地獄極楽の境である。天理と人欲の戦いを知るのが大事。ここを抜かすと悪い。
【語釈】
・消し口ちを取て…ある消防組が、他の組に先んじて消口をつくる。そこにその組の纏を立てる。

○造次はちょっとかりそめなこと。どふてもよ井と云よふなことなれども、どふてもよ井と云ふことが道理にはない。役人などは一日に廻状が二十本もくる。一度々々にあけて見る。ああよいは、すててをけとて一通ても見ずにをくとしをちが出来る。垩學にきれめはないと見ることぞ。○戦兢自持は、大事々々として一生はなさぬ。江戸へ一年中出入もあり、毎月出る人もあるが、登戸舟にのるときはいつも々々々戦兢なり。箸のあけをろしにこのよふにすることぞ。これをはなすとずる々々とわるくなる。人鬼之關と云ふもこのよふなことぞ。この方のものになることを習與性と云ふ。これが伊尹が大甲の人抦のわるくなりたとき云ふたことで、わるいことに云たことぞ。誰が教てああなりたと云ことも見へず。よいことを功夫をしかさ子々々々々してこちの気質のよふになり、そとからすることでこちがよくなる。今日の学者もこふすれはよい。制乎外と内の心がよくなる。心がよくなると垩賢になる。ここもやっはり好学論のふりあい。後之学垩人者と語て、とどの処が垩人になることぞ。
【解説】
「造次克念、戰兢自持、習與性成、聖賢同歸」の説明。「造次」はどうでもよいという様なことだが、どうでもよいということは道理にはない。大事にして一生離さず、自分のものとする。「制乎外」で内の心がよくなる。心がよくなると聖賢になる。
【通釈】
「造次」は一寸仮初なこと。どうでもよいという様なことだが、どうでもよいということは道理にはない。役人などは一日に廻状が二十本も来るが、それを一度々々に開けて見る。ああよい、捨てて置けと一通でも見ずに置くと為落ちができる。聖学に切れ目はないと見なさい。「戦兢自持」は、大事にして一生離さないこと。江戸へ一年中出入りもあり、毎月出る人もあるが、登戸舟に乗る時はいつも戦兢である。箸の上げ下ろしにもこの様にする。これを離すとずるずると悪くなる。人鬼の関と言うのもこの様なこと。自分のものになることを「習与性」と言う。これは伊尹が太甲の人柄が悪くなった時に言ったことで、悪いことで言うこと。誰かが教えてあの様になったということにも見えない。よいことを功夫し重ねて自分の気質の様になる。外からすることでこちらがよくなる。今日の学者もこうすればよい。「制乎外」で内の心がよくなる。心がよくなると聖賢になる。ここもやはり好学論の振り合い。「後之学聖人者」と語って、とどの詰まりが聖人になること。
【語釈】
・習與性…書経太甲上。「伊尹曰、茲乃不義、習與性成。予弗狎于弗順、營于桐宮」。