敬身第三

孔子曰、君子無不敬也。敬身爲大。身也者親之枝也。敢不敬與。不能敬其身、是傷其親。傷其親、是傷其本。傷其本、枝從而亡。仰聖模、景賢範、述此篇、以訓蒙士。
【読み】
孔子曰く、君子は敬まざること無し。身を敬むを大なりと爲す。身は親の枝なり。敢て敬まざらんや。其の身を敬むこと能わざるは、是れ其の親を傷[そこな]うなり。其の親を傷うは、是れ其の本を傷うなり。其の本を傷えば、枝從いて亡ぶ、と。聖模を仰ぎ、賢範を景[した]い、此の篇を述べ、以て蒙士を訓[おし]う。

十月六日
【語釈】
・十月六日…寛政元年(1789)10月6日。

○是迠て五倫すみて、其五倫に相手になるものかある。相手になるものはなんたと云に、此身なり。明君臣之義、明父子之親するも、此身てなふてはならぬ。それゆへ山﨑先生、敬斎箴序に人之一身五倫備と云れた。五倫は天地の内に立てをりて、誰か五倫にすると云に此方のからたか五倫にする。此身と云ものは五倫の中に立てをりて父子君臣夫婦長幼朋友の交りをする。それゆへ此身をはなれることはない。道中するに路銀か出来ても、この身か病気ては発足はならぬ。いかほと仕度かよく出来よふと、吾かうなっては旅立はならぬ。五倫を一ち々々こまかに吟味して其吟味かつまりても、此体かをさまら子は向へ出しやうかない。そこて五倫をみな出して、しまいに此の敬身と云篇を出されたなり。
【解説】
五倫の相手は人の体である。この身が修まらなければならない。
【通釈】
これまでで五倫が済んだが、その五倫の相手になるものがある。その相手になるものは何かと言うと、この身である。明君臣之義、明父子之親をするのも、この身でなくてはならない。それで、山崎先生が敬斎箴序に「人之一身五倫備」と言われたのである。五倫は天地の内に立っているが、誰が五倫にするのかと言えば、自分の体である。この身というものが五倫の中に立っていて、父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の交わりをする。そこで、この身を離れることはない。道中するための路銀ができても、この身が病気では発足はできない。どれほど支度がよくできたとしても、自分が唸っていては旅立ちはできない。五倫を一つ一つ細かに吟味して、その吟味が詰まっても、この体が修まらなければ向こうへの出し様がない。そこで五倫を皆出して、その終わりにこの敬身という篇を出されたのである。

○孔子曰云々。無不敬。相手か吾と云口上と同しこと。向からさま々々なことかくれとも、いつも無不敬也。普天之下莫非王土と云語と同しこと。天下をしろしめす御方はどこでもわがものでないと云ことはなく、何処ても天子の土てないと云処はない。そこて君子の物に交る上が丁どそのやふに、ここは敬の領分てはこさらぬと云ことはなく、大ひこと小ひことなんてもかても凡そ敬てないと云ことはない。軽ひと云に茶の給仕ほとかるいことはなけれとも、あれも敬がないと麁相をしてこほす。楊枝をつこふさへに敬かある。無性につきちらかすと歯根から血を出す。何事ても敬ぬことはないそ。その中に一ち肝要なか敬身なり。
【解説】
「孔子曰、君子無不敬也」の説明。君子は全てを自分のものとする人である。その様に、敬でないものはないが、中でも一番肝要なのが敬身である。
【通釈】
「孔子曰云々」。「無不敬」が、その相手は自分だという口上と同じ。向こうから様々なことが来るが、いつも「無不敬也」。これが「普天之下莫非王土」という語と同じこと。天下をお治めになる御方は何処でも自分の物でないということはなく、何処でも天子の土でないという処はない。そこで君子の物に交わる上が丁度その様なもので、ここは敬の領分ではないということはなく、大きいことや小さいこと、何もかもが凡そ敬でないということはない。軽いといえば茶の給仕ほど軽いことはないが、あれも敬がないと粗相をしてこぼす。楊枝を使うことにさえ敬がある。無性に突き散らかすと歯茎から血を出す。何事も敬まないものはない。その中で一番肝要なのが敬身である。
【語釈】
・普天之下莫非王土…孟子万章章句上4。「咸丘蒙曰、舜之不臣堯、則吾既得聞命矣。詩云、普天之下、莫非王土。率土之濱、莫非王臣。而舜既爲天子矣。敢問瞽瞍之非臣、如何」。詩は詩経小雅北山。

○敬身爲大とすと云か一ち大事にかまへること。火之用心を大事にしろと云やふなもの。なるほと火の用心をするかよいが、なにほど火の用心して火事かなくても、吾か不身持ては其家かつふれてしまふ。火事て焼けたと云も気の毒千万なことなれとも、火事て身帯をつふしてしまふたものもない。いかほと火之用心しても、此の方か不身持をすると遠島改易になりて、屋敷もうちつぶして跡にはたたほうほうと草などがはへて火事塲の跡のやふになる。そこて身を敬むと云ことか一ち大事になる。
【解説】
「敬身爲大」の説明。自分が不身持では家が潰れる。それは火事よりも酷い。
【通釈】
「敬身為大」は、敬身が一番大事だと構えたのである。火の用心を大事にしろと言う様なもの。なるほど火の用心をするのがよいが、どれほど火の用心をして火事がなくても、自分が不身持では家が潰れてしまう。火事で焼けたというのも気の毒千万なことだが、火事で身帯を潰してしまった者もいない。どれほど火の用心をしても、自分が不身持をすると遠島や改易になって、屋敷も打ち潰して、跡にはただ茫々と草などが生えて火事場の跡の様になる。そこで身を敬むということが一番大事になる。

○身者親之枝也云々。これから敬身由緒をみせたもの。敬身と云か人間の本意なり。そこを敬身か人間の本意と云はす、身也親之枝也と云。ここか小学の小学たる処なり。これか出世すると西銘になる。西銘は道体で敬む。ここは親て敬む。そこて天下の人の教になる。西銘はうはてな方て、性天道をきく子貢以上の人てなけれは合点することはならぬ。此身也親之枝也なとと云か垩人の教のふく々々したこと。たれてもこれをしらぬ者はない。いろはをしらぬものもこれはしってをることなり。此体はをれか建立したものと云者はない。子の自由はならぬ。そこて、敢不敬與也。浅見先生の、鼻紙に親の名を書てをくとふまれぬと云はれた。親の名を書た紙のふまれぬくらいなことてはない。身也者親之枝也。次良兵衛太良兵衛と親の名かかんさりと書てあるは中々ふまれぬ。親の方てはいたくもかゆくもないか、ふまれぬ。これか人間のはえぬきのことなり。をれらはなんとも思はぬと、ひとつふんてみよと云ても、しょふきになるとふまれぬそ。身也者親之枝也の合点ゆかぬと云者はない。民可使由之と云語あり。此咄はかりは大部屋の仲間もいかさまと云。そこて民可使由之也。西銘はこきあけたこと。連衆かすくない。ここは連衆かををい。
【解説】
「身也者親之枝也。敢不敬與」の説明。西銘は道体で敬むので理解が難しいが、ここは親で敬むことを言うので天下の人の教えとなる。自分の身は親が生んだものである。その親を敬するのは自然なこと。
【通釈】
「身者親之枝也云々」。これからが敬身の由緒を見せたもの。敬身は人間の本意である。そこを敬身が人間の本意とは言わずに「身也親之枝也」と言う。ここが小学の小学たる処である。これが出世すると西銘になる。西銘は道体で敬む。ここは親で敬む。そこで天下の人の教えになる。西銘は上手な方に対してのことで、性天道を聞く子貢以上の人でなければ合点することはできない。この「身也親之枝也」などというのが聖人の教えのふっくらとしたこと。これを知らない者は誰もいない。いろはを知らない者でもこれは知っている。この体は俺が建立したものだと言う者はいない。子の自由にはならない。そこで、「敢不敬与」である。浅見先生が、鼻紙に親の名を書いて置くとそれを踏めないと言われた。親の名を書いた紙を踏めないぐらいのことではない。「身也者親之枝也」である。次郎兵衛、太郎兵衛と親の名がはっきりと書いてあると中々踏めない。親の方では痛くも痒くもないが、踏めない。これが人間の生え抜きのこと。俺らは何とも思わない、一つ踏んでみようと言っても、正気になると踏めないもの。「身也者親之枝也」の合点の行かない者はいない。「民可使由之」という語がある。この話ばかりは大部屋の仲間もいかにもと言う。そこで、「民可使由之」である。西銘は扱き上げたことなので仲間が少ないが、ここは仲間が多い。
【語釈】
・性天道…論語公冶長13。「子貢曰、夫子之文章、可得而聞也。夫子之言性與天道、不可得而聞也」。
・民可使由之…論語泰伯9。「子曰、民可使由之、不可使知之」。

○不能敬其身。わがからたをそまつにしてあるまいさまをすれは、傷其親。をれがからだじゃ、打捨てをけと云。そこてそちのからたしゃとをもひやるな。親のからたたと云のなり。孝經の趣と同しことなり。親を傷ひ切るやふなもの。よい植木も根をそっとほってらりにしてをくと、一日はそのぶんてをろふか、二三日の内に枯れてしまふ。何事も本か大事。本かやふれると、あとは皆なくなってしまふ。理のなりなことなり。しゃほとに、身を敬につまることじゃ。大学の經文にも自天子以至於庻人、壹是皆以脩身爲本。治国平天下と云も皆此方の身を敬むに帰着すること。身を敬まぬと云なれは、枝従而亡。
【解説】
「不能敬其身、是傷其親。傷其親、是傷其本。傷其本、枝從而亡」の説明。自分の体を粗末にするのは親を傷付けるのと同じである。そこで身を敬むのが全ての本となる。
【通釈】
「不能敬其身」。自分の体を粗末にして、あってはならないことをすれば、「傷其親」である。俺の体だ、放って置けと言う。そこで、貴方の体だと思うな、親の体だと言う。これが孝経の趣と同じこと。親を傷り切る様なもの。よい植木も根をずっと掘って放って置くと、一日はそのままでいるだろうが、二三日の内には枯れてしまう。何事も本が大事。本が傷れると、後は皆なくなってしまう。それは理の通りのこと。そこで、身を敬むことに詰まる。大学の経文にも「自天子以至於庶人、一是皆以修身為本」とある。治国平天下というのも皆自分の身を敬むことに帰着する。身を敬まないと言うのであれば、「枝従而亡」である。
【語釈】
・自天子以至於庻人、壹是皆以脩身爲本…大学章句経1の語。

仰垩模云々。模範は熟字なり。それを垩人と賢人にわりたもの。模は金を鋳るいかたなり。とかく人は気つりになり、自分の血気に流れたかる。金を銷[とか]せは脇へ流れる処を、金のわきへ流れぬやふにこのいかたかある。垩人の教も人を流さぬやふにする。小学や大学は模[いかた]なり。人を其模に入れて気の方へ流れぬやふにする。範はのりと云ことて、模の外にのりと云ことはないか、模のとふりののりになることなり。紙をたつにすっと立つに、手のゆき次第にまかる。そこを定規てまっすくにする。此の方の身持をそのやふにわるくならふとするを、そふはさせまいと彼の定規の通りにすることなり。上の仰は、尊恭してかの北斗の星の上なひよふにする。○景も仰にちがったことてはない。したふと云字か日に向たよふな処から云字なり。そこて此方てありかたく思方から云こと。賢人の教を聞、ああありかたいことしゃ、あの教に順て蹈迷まいとしたわしく思ふことなり。朱子の此の小学敬身を編まれた、仰垩模景賢範なり。
【解説】
「仰聖模、景賢範、述此篇、以訓蒙士」の説明。「模」は鋳型であり、人が気の方へ流れない様にする。「範」は規矩である。朱子は「仰聖模景賢範」の意で敬身を編んだ。
【通釈】
「仰聖模云々」。「模範」は熟字である。それを聖人と賢人とに分けたもの。「模」は金を鋳る鋳型である。とかく人は気釣りになり、自分の血気に流れたがる。金を熔かすと脇へ流れる処を、金が脇へ流れない様にするためにこの鋳型がある。聖人の教えも人を流さない様にする。小学や大学は模[いかだ]である。人をその模に入れて気の方へ流れない様にする。「範」はのりということで、模の外に規ということはないが、模の通りの規になること。紙をすっと裁てば、手の行き次第に曲る。そこを定規で真っ直ぐにする。自分の身持がその様に悪くなろうとするところを、そうはさせないとあの定規の通りにすること。上の「仰」は、尊恭して、あの北斗の星の上ない様にする。「景」も仰と違うことではない。景うという字は日に向かった様な処から言う字である。そこで、自分が有難く思う方から言うこと。賢人の教えを聞き、ああ有難いことだ、あの教えに順って踏み迷うまいと景わしく思うこと。朱子がこの小学敬身を編まれたのは、「仰聖模景賢範」からのこと。
【語釈】
・熟字…二字以上の漢字が結合して一つの概念を表す語。


敬身1
丹書曰、敬勝怠者吉。怠勝敬者滅。義勝欲者從、欲勝義者凶。
【読み】
丹書に曰く、敬、怠に勝つ者は吉。怠、敬に勝つ者は滅ぶ。義、欲に勝つ者は從い、欲、義に勝つ者は凶。

○丹書曰云々。何ても人の心には勝負かある。世の中のことに勝と云ことと負と云ことかある。これかいこふ親切な語なり。目の覚たは睡ひに勝たのなり。睡ひは目の覚たに勝。万端皆それて、息才は病気に勝。病気は達者に勝。身帯のよいは身帯のわるいに勝。身帯のわるいはよいに勝。なんても勝々と云てすかたはかわること。先つ敬身の始めゆへ、身と云ことてもかきそふなものなれとも、身と云ことは云はぬ。勝々と云軍咄のあるは、学問と云は手や足を見詰めて云ことてはない。ここに一つ勝と云ふと負ると云ことかある。垩賢の学問はその勝負を决することなり。尭舜の允執其中は、人間の心に不断人心と道心か勝負をしてをる。尭舜は其人心に勝負に勝たのなり。人間は理と気かある。不断理はかりなれは御目出度と云ふなれとも、理と気かひっついてをる。そこてこまる。直方先生の、理は正直なもの、気は道楽なものと云はれた。親に孝行をするのよいと云ふは知ってをれとも、偖て親か靣倒しゃと云は気なり。どこがどこ迠も人の子となっては親に孝をせ子はならぬ、人の臣となっては忠をせ子はならぬと云は理の勝軍なり。なんほ親仁の事ても今日はかまわれぬと云。それは気の勝軍。それを凡夫と云そ。
【解説】
「丹書曰」の説明。人間は普段、人心と道心が勝負をしていている。理と気とが勝負をしているのである。理が勝つのが聖賢であり、気が勝つのが凡夫である。学問はこの勝負を決するもの。
【通釈】
「丹書曰云々」。何でも人の心には勝負がある。世の中のことには勝つということと負けるということがある。これが大層親切な語である。目が覚めたのは眠いのに勝ったのである。眠いのは目の覚めたのに勝つこと。万端皆それで、息災は病気に勝ち、病気は達者に勝つ。身代がよいのは身代が悪いのに勝ち、身代が悪いのはよいのに勝つ。何でも勝々と言って姿が変わる。先ずは敬身の始めなので、身ということでも書きそうなものだが、身ということは言わない。勝々という軍話があるのは、学問は手や足を見詰めて言うことではなく、ここに一つ勝つことと負けることがあるのである。聖賢の学問はその勝負を決すること。堯舜の「允執厥中」は、人間の心には普段人心と道心が勝負をしていて、堯舜はその人心との勝負に勝たのである。人間には理と気がある。普段理ばかりであれば御目出度いのだが、理と気が引っ付いている。そこで困る。直方先生が、理は正直なもの、気は道楽なものと言われた。親に孝行をすることがよいということは知っているが、さて親は面倒だと言うのは気である。どこがどこまでも、人の子となっては親に孝をしなければならない、人の臣となっては忠をしなければならないと言うのは理の勝軍である。いくら親父の事でも今日は構うことはできないと言う。それは気の勝軍。それを凡夫と言う。
【語釈】
・允執其中…書経大禹謨。「人心惟危、道心惟微。惟精惟一、允執厥中」。

学問は其勝負に軍配すること。此章に心と云ことはないか、此一條が皆心をすへて云ことなり。心は形のないもの。心のなりに敬怠と云かある。この二つの敬怠か勝負をしてをる。敬は心のはっきりとさめていること。怠は心のへったりとなりた処て云。敬も心、怠も心なり。敬は心か理すりになり、怠は心か気ずりになる。心は理ずりになるとなにもかも皆道理の通りになる。君に向へは忠、親に向へは孝、それから推廣めて万端のこと、皆理なりに出るなり。心の目の覚た処を敬とも云。怠はべろりとなる。此方の心かべろりとなってをるゆへ、そこて、見ることも聞こともみな横さまに出て、これからは不忠もすれは不孝もする。気すりなべろりとした処から、今日の凡夫か桀紂や盗蹠のやふな塲にずる々々と流れこむ。学問と云はそこに肩を入れて、そふはさせまいとすることなり。そふすると、此の方の心か理なりになりて活た心になる。それから垩賢と云も水入らすになることなり。敬か怠に軍に勝て道理のなりになる。そこを目出度と云。○敬勝怠者吉也。怠て此方の心かとめともなくうっかりとなる。さてこれらのことは書物藝ては頓としれぬ。吾か心のなりを合点せ子はしれぬことなり。怠は心かたたゆるんて、丁と土用の中にわるい蝋燭を日向へたし手も付られぬやふになる、あのやふなもやふて、悪ひ事をたくむの、謀叛をたくむのと云てもなく、たたべろりとなりてをりて、彼の敬と云理づりかぬけて、怠と云気かいっはいになってをる。それゆへ心に主宰かない。そこてずる々々とわるい方へをち込て、跡はみなに成てしまふ。
【解説】
「敬勝怠者吉」の説明。心には「敬」と「怠」とがある。敬は心がはっきりと覚めていることで、怠は心がべったりとなっていること。怠は悪いことをしようと思っているのではなく、心に主宰がないこと。
【通釈】
学問とは、その勝負に軍配をすること。この章に心ということはないが、この一条が皆心を統べて言ったこと。心は形のないもの。心の姿に「敬」と「怠」とがある。この二つの敬怠が勝負をしている。敬は心がはっきりと覚めていること。怠は心がべったりとなった処で言う。敬も心、怠も心である。敬は心が理釣りになり、怠は心が気釣りになったこと。心は理釣りになると何もかもが皆道理の通りになる。君に向かえば忠、親に向かえば孝、それから推し広めて万端のことが皆理の通りに出る。心の目の覚めた処を敬とも言う。怠はべろりとなる。自分の心がべろりとなっているので、そこで、見ることも聞くことも皆横様に出て、これからは不忠もすれば不孝もする。気釣りなべろりとした処から、今日の凡夫が桀紂や盗跖の様な場にずるずると流れ込む。学問はそこに肩を入れて、そうはさせまいとすること。そうすると、自分の心が理の通りになって活きた心になる。それからは聖賢とも水入らずになる。敬が怠との軍に勝って道理の通りになる。そこを目出度いと言う。「敬勝怠者吉也」。怠で自分の心が取留めもなくうっかりとなる。さてこれらのことは書物芸では全くわからない。自分の心の姿を合点しなければわからない。怠は心が弛んで、丁度土用に粗悪な蝋燭を日向へ出して手も付けられない様になる、あの様な模様で、悪い事を企むとか、謀叛を企むということでもなく、たたべろりとなって、あの敬という理釣りが抜け、怠という気が一杯になっている。それで心に主宰がない。そこでずるずると悪い方へ落ち込んで、後は台無しになってしまう。

○滅かあさましいてい。もののくさってなくなるよふなことを滅と云。人間のからたか川へ流れてくる。そろり々々々と一日ましになくなってしまふ。あのやふなか滅なり。あるやふて一雨々々になくなる。丁とそのやふに道理かとんと怠からしてなくなって仕廻。此方に主宰かないと云になれは、なにもかも皆なくなって仕廻ふなり。先軰の説にも、敬は行燈をかき立るやふなものと云へり。さてこれか靣白言て、行燈をかき立るとはっきりとなる。敬の工夫か行燈をかき立て油を増すやふなものなり。怠は油も増さ子ば掻き立もせぬやふなもの。そこて眞暗になる。大悪人とは名は付ぬか、心のうっかとした処か悪人と餘り差別のちかわぬことなり。凡夫のあのさまになるも皆心のうっかとなる処からなり。此方の怠からして全体のことか皆消へてしまふ。
【解説】
「怠勝敬者滅」の説明。怠によって道理が全くなくなってしまう。敬は行燈を掻き立てて油を増す様なもの。
【通釈】
「滅」は浅ましい体。ものの腐ってなくなる様なことを滅と言う。人間の体が川を流れて来る。そろそろと日毎になくなってしまう。あの様なのが滅である。ある様で一雨毎になくなる。丁度その様に、道理が怠によって全くなくなってしまう。自分に主宰がないということになれば、何もかも皆なくなってしまう。先輩の説にも、敬は行燈を掻き立てる様なものとある。さてこれが面白い言で、行燈を掻き立てるとはっきりとなる。敬の工夫は行燈を掻き立て油を増す様なもの。怠は油も増さなければ掻き立てもしない様なもの。そこで真っ暗になる。大悪人と名は付かないが、心のうっかりとした処があまり悪人と差がない。凡夫があの様になるのも皆心のうっかりとなる処から。自分の怠から全体のことが皆消えてしまう。

○義は業の上て云ひ、敬は心の中のことを云そ。義は事[わざ]にあらはれた上。なんても事さはく上、物に交る上、みな道理の当然かある。其事か物に交るたひ、急度道理の当然を出すことなり。こふしたいとふしたいと云か欲。欲は吾か体にかのふて工靣のよいことを云。義は理すりて万端のことを皆道理のなりにする。欲は気すり。なにもかも皆気なりにする。気なりにすると云段になると、体に合ふことの好色淫乱を始様々なことをする。これか皆吾か心持のよいことゆへ、其気について流れるなり。ところを義と云理すりなものかでて、そふはせぬ筈と勝欲也。欲か出ると義を脇へをっかた付て吾か勝手次第をする。そこへ義か出て、欲のあたまをはりて欲を打つふす。そこを義勝欲と云。
【解説】
「義勝欲者從、欲勝義者凶」の説明。「義」は事の上で言い、「敬」は心の中のことを言う。義は理釣りで、道理の通りをすること。「欲」は気釣りで、勝手次第に肉についたことをする。
【通釈】
「義」は業の上で言い、「敬」は心の中のことを言う。義は事[わざ]に現れた上のこと。何でも事を捌く上、物に交わる上に皆道理の当然がある。その事が物に交わる度に、必ず道理の当然を出す。こうしたいどうしたいというのが欲。欲は自分の体に叶った工面のよいことを言う。義は理釣りで万端のことを皆道理の通りにする。欲は気釣りで、何もかも皆気の通りにする。気の通りにするという段になると、体に合うことの好色淫乱を始め、様々なことをする。これが皆自分の心持のよいことなので、その気に付いて流れる。そこを義という理釣りなものが出て、そうはしない筈だとして欲に勝つ。欲が出ると義を脇へ片付けて自分の勝手次第をする。そこへ義が出て、欲の頭を張って欲を打ち潰す。そこを「義勝欲」と言う。

○従は順路なこと。道理なりなことなり。そこて従と云。道理にはつれたことは従はぬもの。道理なりゆへ従なり。今日の人は欲か義に勝て、義理にもなんにもかまわす欲か主になりて義を打つふしてしまふ。それゆへ、するほとのことか皆道理にはつれてよいことはひとつもない。皆悪ひこと斗りする。扨て是まてのことか敬身の篇全体にあつかること。敬身の初に長言ても云かと思たれは、敬と云ことと義と云ことを云ふ。これを敬身の篇のこととはかり見すに小学全体のこらす云たことと合点するかよい。まつきめかこれなり。身を敬むと云たとて、たたみを敬むことてはなく、吾身の仇をするものを伐亡すことなり。その吾身に仇をするものはなんてあると云に、怠と欲なり。只身を敬むとはかり云ては役に立ぬゆへ、身にけささをし崇をするものをとってのけること。怠欲と云けささを敬と義て伐亡して、その怠や欲に勝を身を敬と云。その敬身た処をすくに君子とも大賢とも云。
【解説】
敬身とは、身を敬むだけでなく、身に仇をする怠と欲を伐ち亡ぼすこと。それができた人を君子とも大賢とも言う。
【通釈】
「従」は順路なことで、道理の通りのこと。そこで従と言う。道理に外れたことは従わないもの。道理の通りなので従である。今日の人は欲が義に勝ち、義理にも何にも構わず欲が主になって義を打ち潰してしまう。そこで、することが皆道理に外れてよいことは一つもない。皆悪いことばかりをする。さてこれまでのことが敬身の篇の全体に与ること。敬身の始めに長言でも言うかと思えば、敬と義を言う。これを敬身の篇のこととばかり見ずに、小学全体を残らず言ったことだと合点しなさい。先ずはこの様に決める。身を敬むと言っても、ただ身を敬むのではなく、我が身に仇をするものを伐ち亡ぼすこと。我が身に仇をするものは何かと言えば、怠と欲である。ただ身を敬むとばかり言っては役に立たないので、身に害をし崇るものを取って除ける。怠欲と言う障害を敬と義で伐ち亡ぼして、怠や欲に勝つことを身を敬むと言う。身を敬んだ処を直に君子とも大賢とも言う。
【語釈】
・けささ…障害。邪魔。

これて小学のことはすみて、偖て此章か道学の祖になることなり。垩人の教は心と云ことと事と云ことと、此両方にきまることなり。それを道学と云。異端も心めいたことはあるか事かない。俗学は事についたことは云か心と云本かない。敬と云は内の功夫。義と云は外をよくすること。こふ云へは宗旨を云やふなれとも、武王か天下をこれて治められた。武王か天下を取て三日目に、今度天下を取たかそれに付て大切の処をききたいと云たれは、太公望の、大切なことか丹書にこさる。潔斎をしたら御聞せ申そふと云はれた。是は太公望の新敷云はれたことてはあるまい。丹書に曰とあれは、古の丹書にある道統のことを太公の守本尊にして、大切に告られたことと見へる。さてその告られたはなんのことなれは、敬と義なり。敬義内外と云もここのこと。
【解説】
道学は心と事のことである。敬は内の功夫で、義は外の功夫である。丹書は太公望の言ではなく、これを太公望が守り本尊にして武王に告げられたものだろう。武王に告げた中身は敬と義である。
【通釈】
これで小学のことは済んで、さて、この章は道学の祖となるもの。聖人の教えは心ということと事ということと、この両方に決まる。それを道学と言う。異端も心めいたことはあるが事がない。俗学は事に付いたことは言うが心という本がない。敬は内の功夫。義は外をよくすること。この様に言えば宗旨を言う様だが、武王は天下をこれで治められた。武王が天下を取って三日目に、今度天下を取ったがそれに付いて大切な処を聞きたいと言うと、太公望が、大切なことが丹書にあります、潔斎をしたら御聞かせしますと言われた。これは太公望が新らしく言われたことではないだろう。丹書に曰くとあれば、古の丹書にある道統のことを太公が守り本尊にして、大切に告げられたことと見える。さてその告げられたのは何かと言うと、敬と義である。「敬義内外」と言うのもここのこと。
【語釈】
・敬義内外…易経坤卦文言伝。「直其正也、方其義也。君子敬以直内、義以方外。敬義立而德不孤。直方大、不習无不利、則不疑其所行也」。

書經に武王か紂王を伐て箕子を訪はれたれは、箕子が武王に洪範を授られた。其洪範の中に皇建其有極と云ことかある。建皇極と云は人間の身を建立することなり。人間の身を建立すると云たとて、外にしかたはない。敬と義てこちを建立すること。其敬義は皇極の中にあることなり。皇極と云も敬義の外はない。皇極も敬義の二つを建つ。周の世八百年つついたと云も此敬義の二つなり。敬義て建皇極。その敬義を天下のものか見て、ああなろふと心かけることなり。君の建皇極たを天下の者かみてま子ることなり。周公か易の辞を繋るとき敬義とは云はぬか、坤の六二にそっと人しらす直方と云ことを云はれた。人の臣たるものか直方てなけれはならぬと云こと。これかすくに敬義なり。そふ云たとて周公か丹書をだしたと云ことてはない。皇極を建る眞柱は直方。それを敬義とも云。人の臣たる者は直方て吾身をきめ、さて天下の人は此敬義て我身を建立することなり。そこを文言傳に敬以直内、義以方外と云。それもみな此の丹書から出たものなり。
【解説】
洪範にある「建皇極」は人間の身を建立すること。それは敬と義で自分を建立するということである。周が八百年続いたのもこの敬と義とからである。周公が易の坤の六二に「直方」と書いた。それは「敬以直内、義以方外」のことであり、それもこの丹書から出たこと。
【通釈】
武王が紂王を伐って箕子を訪われると、箕子が武王に洪範を授けられたが、その書経にある洪範の中に「皇建其有極」がある。建皇極は人間の身を建立すること。人間の身を建立すると言っても、外に仕方はない。敬と義で自分を建立すること。その敬義は皇極の中にあるもの。皇極というのも敬義の外はない。皇極も敬義の二つを建つ。周の世が八百年続いたというのもこの敬義の二つから。敬義で建皇極。その敬義を天下の者が見て、ああなろうと心掛ける。君の建皇極を天下の者が見て真似るのである。周公が易の辞を繋ける時に敬義とは言わなかったが、坤の六二に人知れずそっと「直方」ということを言われた。人の臣たる者は直方でなければならないということ。これが直に敬義である。そうとは言え、周公が丹書を出したということではない。皇極を建てる真柱は直方。それを敬義とも言う。人の臣たる者は直方で我が身を決め、さて、天下の人はこの敬義で我が身を建立するのである。そこを文言伝に「敬以直内、義以方外」と言う。それも皆この丹書から出たもの。
【語釈】
・坤の六二…易経坤卦六二。「六二。直方大。不習无不利。象曰、六二之動、直以方也。不習无不利、地道光也」。易経坤卦文言伝に、「直其正也、方其義也。君子敬以直内、義以方外。敬義立而德不孤。直方大、不習无不利、則不疑其所行也」とある。

宋朝になりて周茂叔・程子・朱子以来の学問も皆此の敬義につまることなり。建皇極は固執中た処。中庸の心法の書に戒愼恐懼謹独と云て、心のをこらぬ塲に敬をする。それか致中和塲になる。ここか道学の教なり。其教の書に朱子か首章の説を作られて、克己復礼てなけれはならぬと書てをかれた。克己復礼か彼の勝の字なり。克己復礼と始を書て、敬以直内義以方外て書き治められた。道学はとこかとこ迠も此敬義の二つなり。此敬義から中庸の首章の説もきまることなり。治心修身も此の敬義の二つてなけれはをさめられす。身の身たる処は心て敬、それをわざに出すとき義なり。こふ云ては小学めかぬやふなれとも、敬義を只論談の上て斗りはしれぬ。これを吾てためしてみなけれはしれぬ。敬義を吾でためしてみると云なれは、これほとにきり々々に説か子は朱子の思召に届かぬなり。
【解説】
「建皇極」は「允執厥中」であり、中庸に「戒慎恐懼謹独」と、心の発らない場で敬をする。それが中和を致す場となる。朱子は中庸首章の説で、「克己復礼」で書き始め、「敬以直内義以方外」で書き止めた。
【通釈】
宋朝の周茂叔・程子・朱子以来の学問も皆この敬義に詰まること。建皇極は「允執厥中」の処。中庸の心法の書に「戒慎恐懼謹独」と言い、心の発こらない場で敬をする。それが中和を致す場となる。ここが道学の教えである。その教えの書に朱子が首章の説を作られて、克己復礼でなければならないと書いて置かれた。克己復礼があの勝の字である。克己復礼と始めに書いて、「敬以直内義以方外」で書き納められた。道学は何処が何処までもこの敬義の二つである。この敬義から中庸の首章の説も決まる。治心修身もこの敬義の二つでなければ修められない。身の身たる処は心で敬、それを事に出す時は義である。この様に言っては小学めかない様だが、敬義をただ論談の上でばかり言ってはわからない。自分で試して見なければわからない。敬義を自らが試して見るということになれば、これほどにぎりぎりに説かなければ朱子の思し召しには届かない。
【語釈】
・戒愼恐懼謹独…中庸章句1。「道也者、不可須臾離也。可離非道也。是故君子戒愼乎其所不睹、恐懼乎其所不聞。莫見乎隱、莫顯乎微。故君子愼其獨也。喜怒哀樂之未發、謂之中。發而皆中節、謂之和。中也者、天下之大本也。和也者、天下之達道也。致中和、天地位焉、萬物育焉」。
朱子か首章の説を作られ

ここをたた子とものよむことのやふに思てはちこふ。これからは大学以上のことなり。なせ小学と云てそのやふなことを云と云ををか、そこか垩賢の教の妙な処。小学をするに敬と云ことか遠くのことてはない。事をする上か皆敬なり。事をする上か皆敬なれは、小学校なしとも小学に叶ふことなり。そこて年長けた者か小学の下地なくては大学にかかられぬと云とき、此の敬て小学をうめてゆく。そこて是か大切なことて、小学て云は子はならぬことなり。小学校は證文、小学の書は沽券のやふなもの。證文さへあれはとってかへすこともなるなり。これか小学を補のきり々々。程子の道統を得られたも敬と云処からえられた。それゆへここを一通りに見ることてはない。山﨑先生の啓発集の入り口にも此敬と云ことを云はれた。敬と云か学問の一大事のことにあつかることなり。此方か敬すれは五倫かよくなる。此方か敬ぬと云なれは、なんてもなることてはない。丁と切れぬ庖丁て料理をするやふなものなり。五倫は此方の体を相手にして行はれるものなり。そこに欲か出ては中々行ことはえならぬ。そこて此の勝怠勝欲と云でなけれはならぬことなり。
【解説】
事をする上が皆敬であり、小学を学ばなかった者が大学に取り掛かることができるのも、この敬で小学の穴を埋めることができるからである。敬は学問の一大事に与るもので、敬で五倫がよくなる。
【通釈】
ここをただ子供が読むことの様に思うのは違う。これからは大学以上のこと。何故小学なのにその様なことを言うのかと不審を言われるだろうが、そこが聖賢の教えの妙である。小学をするのに敬は遠くのことではない。事をする上が皆敬である。事をする上が皆敬であれば、小学校がなくても小学には叶う。そこで、年長けた者が小学の下地がなくては大学に取り掛かれないと言う時に、この敬で小学の穴を埋めて行く。そこで、これが大切なことであって、これは小学で言わなければならないことなのである。小学校は証文、小学の書は沽券の様なもの。証文さえあれば取って返すこともできる。これが小学を補うことの至極である。程子が道統を得られたのも敬という処から。そこで、ここを一通りに見てはならない。山崎先生の啓発集の入口にも敬ということがある。敬は学問の一大事に与るもの。自分が敬をすれば五倫がよくなる。自分が敬まなければ、何も成ることはない。それは丁度、切れない庖丁で料理をする様なもの。五倫は自分の体を相手にして行われるもの。そこに欲が出ては中々行うことはできない。そこで、この勝怠勝欲でなければならない。


敬身2
○曲禮曰、毋不敬。禮主於敬。儼若思。儼、矜莊貌。人之坐思貌、必儼然。安定辭。審言語。安民哉。上三句可以安民。敖不可長、欲不可從、志不可滿、樂不可極。四者慢遊之道。桀紂所以自禍。賢者狎而敬之、畏而愛之。狎、習也、近也。附而近之、習其所行。易相褻慢。故戒令相敬。心服曰畏。既有所畏、必當愛其德義。不可踈之。愛而知其惡、憎而知其善。謂凡與人交、不可以己心之愛憎、誣人之善悪。積而能散、謂己有蓄積、見貧窮者、則當能散、以賙之。安安而能遷。謂己今安此之安、圖有後害、則當能遷。臨財、毋苟得。爲傷廉也。臨難、毋苟免。爲傷義也。狠、毋求勝。分、毋求多。爲傷平也。狠、鬩也。謂爭訟也。疑事、毋質。質、成也。彼己倶疑、則己無得成言之。直而勿有。彼疑而己不疑者、仍須謙退稱師友所説以正之。勿爲己有此義也。
【読み】
○曲禮に曰く、敬まざること毋かれ。禮は敬を主とす。儼として思うが若くせよ。儼は矜莊の貌。人の坐して思う貌は、必ず儼然たり。辭を安定にせよ。言語を審かにす。民を安んぜんかな。上の三句、以て民を安んず可し。敖りは長ず可からず、欲は從[ほしいまま]にす可からず、志は滿たす可からず、樂は極む可からず。四の者は慢遊の道なり。桀紂の自ら禍する所以なり。賢者は狎れて之を敬い、畏れて之を愛す。狎は習なり、近なり。附きて之に近づき、其の行く所を習う。相褻れ慢り易し。故に戒めて相敬わしむ。心服するを畏と曰う。既に畏るる所有りて、必ず當に其の德義を愛すべし。之を踈んず可からず。愛して其の惡きを知り、憎みて其の善を知る。凡そ人と交わり、己の心の愛憎を以て人の善悪を誣ゆ可からざるを謂う。積みて能く散じ、己に蓄積有りて、貧窮の者を見れば、則ち當に能く散らして、以て之を賙わすべきを謂う。安きに安んじて能く遷る。己今此の安きに安んじ、後害有らんことを圖れば、則ち當に能く遷るべし。財に臨みては、苟も得ること毋かれ。廉を傷る爲なり。難に臨みては、苟も免るること毋かれ。義を傷る爲なり。狠[あらそ]いては、勝たんことを求むること毋かれ。分ちては、多からんことを求むること毋かれ。平を傷る爲なり。狠は鬩なり。爭い訟るを謂うなり。疑わしき事は質[な]すこと毋かれ。質は成なり。彼己倶に疑えば、則ち己之を成言するを得ること無し。直して有りとすること勿かれ。彼疑いて己疑わざるは、仍[なお]須く謙退して師友の説く所と稱して以て之を正すべし。己此の義有りと爲ること勿かれ。

○曲礼曰毋不敬云々。上の君子無不敬と云孔子の語と同こと。此の無と云と毋と云でちこふ。上のは、君子には敬ぬと云処はなく皆敬んて、なんでもかでも敬ぬことはないと、君子の上をかたりた語なり。此毋と云は学者の戒にすること。これくらいのことはよかろふと云ことなく、ちょっとしたことても敬むなり。此曲礼は礼記の首章にあり、いかさまはや小戴なとも古人の遺書をつき、古のことを編立ることゆへ、心有てこれらを始へ出したてあろふ。礼と云は皆敬てすることなり。いかほと礼かありても敬と云根か立子は禽獣に装束をさせたやふになる。人は敬か本に立て、そこて礼をする。小笠原て太刀折紙はこふするものしゃなとと云も、此方の心か御留主になってはならぬこと。○主於敬と云注も敬て惣体の落着し、敬か全体の綱領になること。敬は心の功夫てつかまへ処かない。そこて此の儼と云字か靣白い。
【解説】
「曲禮曰、毋不敬。禮主於敬」の説明。人は敬が本に立った上で礼をする。礼があっても敬という根がなければ禽獣に装束をさせた様になる。しかし、敬は心の功夫で捕まえ処がない。
【通釈】
「曲礼曰、毋不敬云々」。これは上の「君子無不敬」という孔子の語と同じことだが、「無」と「毋」とは違う。上のは、君子には敬まない処はなく皆敬んで、何でもかでも敬まないことはないと、君子の上を語った語である。この毋は学者の戒めにすることで、これくらいのことはよいだろうと言うことはなく、一寸したことでも敬むこと。この曲礼は礼記の首章にある。いかにも小戴などは古人の遺書を継ぎ、古のことを編み立てたものなので、心あってこれらを最初に出したのだろう。礼は皆敬でする。どれほど礼があっても敬という根が立たなければ禽獣に装束をさせた様になる。人は敬が本に立ち、そこで礼をする。小笠原で太刀折紙はこうするものだなどと言うのも、自分の心が御留守になってはならないこと。「主於敬」という注も敬で総体が落着し、敬が全体の綱領になるということ。敬は心の功夫で捕まえ処がない。そこでこの「儼」という字が面白い。
【語釈】
・君子無不敬…小学内篇敬身題下。「孔子曰、君子無不敬也」。
・小戴…礼記のこと。
・太刀折紙…①太刀・馬の進物目録とした折紙。②刀剣の鑑定状とした折紙。金四枚以上の貴重品に発行した。

○儼。此儼は形に付た字なり。形の惣体のしっかりとしたことて、一口に云へは行儀のよいこと。仏者なとは心て心をいしりまわす。所謂味噌の味噌くさいなり。味噌か味噌くさくては一口もくわれぬこと。仏者の心て心をいしるか心くさいなり。心は形のないもの。形のないものを形のないものていしるゆへ、いしりやふか下手なり。垩賢は心のいしりやふか上手。形を儼にすると心かはっきりとなる。心は形に宿ているもの。形は心の入れ物なり。形かまかると心もまかる。形かしゃんとすると心も動かすしゃんとなってをる。そこて平生急度してをるなり。人のものを考へるときは必す儼なもの。医者か六ヶ敷病人の薬を取に行と、まつちとまたっしゃれと云て薬箱の方を見つめてをる。儼と云かあのやふなもやふなり。ものを思の時はわれしらす儼になる。寐てをった者かしゃんと起きかへりて考る。不断其通りにすること。犬なともくったりと寐てをるに、とこてか友犬か吠るとをきかへる。其時は犬のからたかしゃんとなる。あのやふなていなり。
【解説】
「儼若思。儼、矜莊貌。人之坐思貌、必儼然」の説明。仏者の様に、心で心を弄ると心臭くなる。形は心の入れ物であり、形をしゃんとさせると心もしゃんとする。聖賢は形を儼にすることで心をはっきりとさせる。
【通釈】
「儼」。この儼は形に付いた字である。形の総体がしっかりとしたことで、一口に言えば行儀のよいこと。仏者などは心で心を弄り回す。所謂味噌の味噌臭いである。味噌が味噌臭くては一口も食えない。仏者が心で心を弄るのが心臭いこと。心は形のないもの。形のないものを形のないもので弄る。それは弄り様が下手なのである。聖賢は心の弄り様が上手。形を儼にすると心がはっきりとなる。心は形に宿っているもの。形は心の入れ物である。形が曲ると心も曲る。形がしゃんとすると心も動かずにしゃんとなっている。そこで平生からしゃんとしている。人がものを考える時は必ず儼なもの。医者の所へ難しい病人の薬を取りに行くと、先ずは一寸待ちなさいと言って薬箱の方を見詰めている。儼とはあの様な模様である。ものを思う時は我知らずに儼になる。寝ていた者がしゃんと起き返って考える。普段からその通りにする。犬などもぐったりと寝ていても、何処かで友犬が吠えると起き返る。その時は犬の体がしゃんとなる。あの様な体である。

心か怠と若思てない。たわいもない人を狐に付れるなと云か尤なことなり。とりしめかない。若思の人には狐も付ことはならぬ。これか小学の心法なり。心法と云たとて、坐禅観法のことてはない。此方のしっかりとなること。いつそ悟道をすると云てはない。儼かしゃんとして、よってもつかれぬやふなこと。そこてこれか親には禁物。そこて非所事親とあり、儼かに吾体をもちなすと、心もしゃんとなる。なんそ咄のあるときに先年のと云。それを思ひ出そふとする。そのとき寐そへりてはをらぬ。巨燵から出てしゃんとなって向を見つめてをる。そのやふに平生をすることなり。
【解説】
思い詰めると心に他のことが寄り付くことはできない。心をしゃんとして思い詰める。これが小学の心法である。
【通釈】
心が怠ると「若思」ではない。他愛もない人を狐に付かれるなどと言うのが尤もなこと。思い詰めることがない。若思の人には狐も付くことができない。これが小学の心法である。心法とは言っても、座禅観法のことではなく、自分がしっかりとなることであって、いつかは悟道をするということではない。儼がしゃんとして、寄り付くこともできない様なこと。これが親には禁物。そこで「非所事親」であり、儼かに自分の体を処置すると、心もしゃんとなる。何か話のある時に先年のと言う。それを思い出そうとする。その時は寝そべってはいない。炬燵から出てしゃんとなって向こうを見詰めている。その様に平生すること。

○安定辞は、平生ものを云に気を付ること。ここて味噌の味噌くさくないかしれる。言はに気を付るか心術の功夫になる。辞を打捨てをくと心もよくはならぬ。告子などかこれなり。仏者か利口そふに口をきくか、とふに告子か云た。辞なとはうちなくりてをくかよいと云たは仏者の沙汰のないときなり。辞をすてて心にかかろふとしては心はよくはならぬ。辞と云ものは心のなりに出るもの。辞にわからぬことを云か、わさてばかり云ことてはない。心は道理についてゆくものなり。ひょんな声て云へは安定てない。安定辞にすると云は辞か理のふりから出ること。辞の惣体かしなよく出ることなり。安定は一二三と云やふに、届いた云やふをすること。浅見先生のとく々々と云意しゃ。にはんにないやふに心得る意しゃと云はれた。今何やらぬったりはけたりと云は、とふかこふかして云まわしたなり。辞は心の花て、ここてつまらぬことを云へは心に穴かあく。安定辞にせぬと、辞の御影て此方の心がらりになる。
【解説】
「安定辭。審言語」の説明。言葉は心の花であり、詰まらないことを言えば心に穴が開く。理の通りに言わなければならない。
【通釈】
「安定辞」は、平生ものを言うのに気を付けること。ここで味噌の味噌臭くないのがわかる。言葉に気を付けるのが心術の功夫になる。辞を打ち捨てて置くと心もよくはならない。告子などがこれ。仏者が利口そうに口を利くが、とっくにそれを告子は言っていた。彼が辞などは疎かにして置くのがよいと言ったのは仏者の沙汰のない時のこと。辞を棄てて心に掛かろうとしては心はよくならない。辞というものは心の通りに出るもの。辞でわからないことを言うのは、業でばかり言ったものではない。心は道理に付いて行くもの。ひょんな声で言えば安定ではない。安定辞と言うのは辞が理の振りから出ることで、辞の総体が品よく出ること。安定は一二三と言う様に、行き届いた言い様をすること。浅見先生がとくとくとという意で、二半でない様に心得る意だと言われた。今何やらぬったりはげたりと言うのは、どうかこうかして言い回したのである。辞は心の花で、ここで詰まらないことを言えば心に穴が開く。安定辞にしないと、辞で自分の心が台無しになる。
【語釈】
・とふに告子か云た…孟子公孫丑章句上2。「告子曰、不得於言、勿求於心。不得於心、勿求於氣」。
・にはん…二半。二判。事のどちらとも決定しないこと。どちらつかず。

○安民哉。心法にかかりた政をすれは天下か治るてあろふと云こと。近年徂徠以来安民の術と云ことがはやりて、天下の政をすることをたすきをかけて一つ働くことのやふに思か、安民なとと云か中々そんなことてはない。篤恭而天下平の、脩己以安百姓なととありて、天下を治めるなとか向へ出すことてはない。かよふな君か上に立てこされは天下は安泰になる。どふこふと云ことはなく、人君の一心の上て云こと。事の上のことなとてはない。後来の伯者や漢唐以来の小康てはない。此通り垩賢のしたとをりなれは天下は治る。
【解説】
「安民哉。上三句可以安民」の説明。心法による政をすれば天下は治まる。「安民」は人に対することではなく、君子が心法ですればそうなるということ。
【通釈】
「安民哉」。心法に掛かった政をすれば天下が治まるだろうということ。近年徂徠以来安民の術ということが流行って、天下の政をすることを襷を掛けて一つ働くことの様に思っているが、安民などというものは中々そんなことではない。「篤恭而天下平」とか「修己以安百姓」などとあって、天下を治めるのは向こうへ出すことではない。この様な君が上に立っておられれば天下は安泰になる。どうのこうのと言うことではなく、人君の一心の上で言うことで、事の上のことなどではない。後来の伯者や漢唐以来の小康ではない。この通り、聖賢のした通りであれば天下は治まる。
【語釈】
・篤恭而天下平…中庸章句33。「詩曰、不顯惟德。百辟其刑之。是故君子篤恭而天下平」。詩は詩経周頌烈文。
・脩己以安百姓…論語憲問45。「子路問君子。子曰、脩己以敬。曰、如斯而已乎。曰、脩己以安人。曰、如斯而已乎。曰、脩己以安百姓。脩己以安百姓、堯舜其猶病諸」。

○敖不可長云々。此四句はにたことてつんとはなれぬものなり。注にくるめてあるてみれは、此四が根からみになりてついたもの。摸様の似たことなれとも、古書にこふかきわけてあるゆへ、それ々々にあたりをわけてみるかよい。敖は高慢とも云をふし、向をかるしめること。わるいこともつんと初手はこわ々々するもの。そのわるいことか手に入と敖と云になる。長か今日よりは明日、明日よりは両明日と、こふなってくる。そこを敖と云。敖と云をみたら根倒しにするかよい。あたまの上迠のぼると云か長なり。敖か人を下目に見ること。徂徠なとか敖吏と云も、役人は世間を大切にするものなれとも、役をつとめなから世をかるしめる。なんにと云て見下す。道落もなんにと見下さ子は上手にならぬ。町人の息子なとか始は番頭にかくれてこは々々酒を呑む。それか段々後になると声高に飲も、はや四つか鳴りましたと云と、四つか人を食ひはすまいと云。悪所へ行に初手は頭巾を蒙り編笠をかむるか、たん々々後は、悪所へ行たとてとふするものしゃとかををだしてあるいて人をへちまとも思はぬ。周恭叔なとも躍子に戯られて、始はこのことを尹彦明にしらせなと云。後は尹彦明にしれたとてどふするものと云へり。あちにつよくなってくる。
【解説】
「敖不可長」の説明。敖は高慢であり、人を下目に見ること。悪いことも最初は控えめにするが、それが長じると敖になる。
【通釈】
「敖不可長云々」。この四句は似たことで全く離れたものではない。注に包めてあるのを見れば、この四つが根絡みになって付いたものなのがわかる。それは模様の似たことだが、古書にこの様に書き分けてあるので、それぞれに当たりを分けて見るのがよい。「敖」は高慢とも言い、向こうを軽んじめること。悪いことも初手は恐々とするもの。その悪いことが手に入ると敖になる。「長」は今日よりは明日、明日よりは明後日と、この様になって来る。そこを敖と言い、敖を見たら根倒しにするのがよい。頭の上にまで昇るというのが長である。敖は人を下目に見ること。徂徠などを敖吏と言うのも、役人は世間を大切にするものだが、役を勤めながら世を軽んじめるからである。何と言って見下す。道楽も何と見下さなければ上手にはならならい。町人の息子などが始めは番頭に隠れて恐々と酒を呑む。それが段々後になると声高に飲む。既に四つが鳴りましたと言うと、四つが人を食いはしないだろうと言う。悪所へ行くにも初手は頭巾を蒙り編笠を被るが、段々後には、悪所へ行ったとしてもどうしたことでもないと顔を出して歩いて行く。人を糸瓜とも思わない。周恭叔なども踊り子に戯れられて、始めはこのことを尹彦明には知らせるなと言ったが、後には尹彦明に知れたとしてもどうしたことでもないと言った。悪く強くなって来る。
【語釈】
・周恭叔…周行己。伊川の門人。
・尹彦明…尹和靖。名は焞。程伊川の高弟。紹興の初め祟政殿説書兼侍講。当時金との和議に反対し、学問は伊川の敬を継承して著しく主体的。1071~1142。『伊洛淵源録』『宋元学案』同『補遺』

○欲は好色、それから飲食、皆欲なり。これか根から立つものてはない。そこて六ヶ敷。仏者は肉をたち、男女の交もたつゆへなんのこともないか、たたい食色性也て人についたものなり。人についたものなれとも、そこをほしひままにせぬこと。そこを縦にせぬが垩賢。昔から好色淫乱て国を亡したことか多くある。それかみなこの欲なり。○志はこふした井と思ふ望みのこと。欲は身に付た欲、志は其外てはないか、今をはるへと思ひ立ところ。東金から酒を買て飲む。今段々呑んてをる処は欲なり。とふしても酒は江戸てあろふと云て江戸へ買にやる。以後は江戸にしやふと思立か志なり。それをさせると限りはない。思ふ事一つ叶へは又二つと云哥と同ことなり。隋の煬帝なとか冬花をさかせふとて庭の木に花を拵へて付させたと云。これか滿てさせるのなり。酒池肉林と云もそれ。たらぬことをとこ迠もしやふとするから限りはない。
【解説】
「欲不可從、志不可滿」の説明。仏者は欲を断つが、欲は人に付いてあるものであって、根から断つものではない。それを縦にしないのが聖賢である。「志」はこうしたいと思う望みのことで、これには限りがない。
【通釈】
「欲」は好色、それから飲食。これが皆欲である。これが根から断つものではない。そこで難しい。仏者は肉を断ち、男女の交わりも断つので何事もないが、そもそも「食色性也」で人に付いているもの。人に付いているものなのだが、そこを縦にしないこと。そこを縦にしないのが聖賢である。昔から好色淫乱で国を亡したことが多くある。それが皆この欲からである。「志」はこうしたいと思う望みのこと。欲は身に付いた欲、志もその外ではないが、今を春方と思い立つ処。東金から酒を買って飲む。今段々と呑んでいる処は欲である。どうしても酒は江戸がよいと言って江戸へ買いに遣る。以後は江戸にしようと思い立つのが志である。それをさせると限りはない。思う事一つ叶えばまた二つという歌と同じこと。隋の煬帝などが冬に花を咲かせようとして庭の木に花を拵えて付けさせたという。これが「満」でさせること。酒池肉林というのもそれ。足らないことを何処までもしようとするから限りはない。
【語釈】
・食色性也…孟子告子章句上4。「告子曰、食色、性也。仁、内也。非外也。義、外也。非内也」。

○楽は心靣白こと。心靣白と云ことは垩賢にもあることて、和慶歓楽と云は人間の上にあるへきことなれとも、今日も明日も々々々々々々するゆへ、そこて極と云。菓子を舌の上へのせるは誰も甘ひことなれとも、無性に食ては口かすくなってくる。不可々々となせ四つ制札かあるなれは、此方の心か大事ゆへ、敖にも欲にも志にも楽にも不可々々と制札を出したもの。前に勝欲とあり、ここてその勝欲た処の團がきれた。夜咄して居ても四つか鳴と、それと云てうろたへかへして子るなとと云か慢遊にさせぬのなり。外篇に人定鐘に至て寐るとある。よいことそ。四つかなるとしきに子る。夜と昼の見界もなく酒を飲てさわいてをるなとと云か慢遊之道なり。桀紂を出すと云か甚た人を戒たこと。桀紂と云になっては大火事。これを懇意にしたいと云ものはない。風上にもいやなり。此方か昼夜酒呑んてをると云なれは、すくに此方か桀紂になるにて、もはや焼出したのなり。すこし斗りはよかろふ、ゆるせと云か、不可々々と云て中々すててをかぬ。一抔つつ呑む酒に加减をせぬと吐血になる。桀紂と云ことをたすなとをみたら、はっと思かよい。中庸の戒愼恐懼もこわかること。桀紂と云ことかあらは、ふるへるほとにみるかよい。垩賢の教なとか只壁に向て居ることてはない。外むきからしこむて内かよくなることそ。
【解説】
「樂不可極。四者慢遊之道。桀紂所以自禍」の説明。「楽」も人間の上にあることだが、それを極めてはならない。ここに桀紂を出したことからも、これらのことは謹むべきことなのである。聖賢の教えは外から仕込んで内をよくする。
【通釈】
「楽」は心の面白いこと。心が面白いということは聖賢にもあることで、和慶歓楽は人間の上にあるべきことだが、今日も明日もとするので、そこで「極」と言う。菓子を舌の上に乗せると誰も甘いと感じるが、無性に食っては口が酸くなって来る。「不可」と何故四つの制札があるのかと言うと、自分の心が大事だから、敖にも欲にも志にも楽にも不可と制札を出したのである。前に「勝欲」とあり、ここでその欲に勝つ処の団が切れた。夜話をしていても四つが鳴ると、それと言って狼狽え返して寝るなどというのが「慢遊」にさせないこと。外篇に「至人定鐘、然後帰寝」とある。これがよい。四つが鳴ると直ぐに寝る。夜と昼の見境もなく酒を飲んで騒いでいるなどというのが「慢遊之道」である。桀紂を出すというのが甚だ人を戒めたこと。桀紂ということになっては大火事。これを懇意にしたいと言う者はいない。風上に置くのも嫌である。しかし、自分が昼夜酒を呑んでいるというのであれば、直ぐに自分が桀紂になるのであって、それが最早焼き出したのである。少しばかりはよいだろう、許せと言っても、不可と言って中々棄てては置かない。一杯ずつ呑む酒も加減をしないと吐血する。桀紂を出すことなどを見て、はっと思うのがよい。中庸の戒慎恐懼も恐がること。桀紂ということがあれば、震えるほどに見なさい。聖賢の教えなどはただ壁に向かっていることではない。外向きから仕込むので内がよくなる。
【語釈】
・勝欲…小学内篇敬身1。「丹書曰、敬勝怠者吉。怠勝敬者滅。義勝欲者從、欲勝義者凶」。
・人定鐘に至て寐る…小学外篇善行51。「至人定鐘、然後歸寢」。

○賢者狎而云々。これほとなことを云て、ここへ賢者と云ことを出すか、賢者を役に立て賢者をこちの受用にすることなり。心術之要と云ても医者をよは子はならぬ。孔子や顔子のやふな人を向に置てこちか学ふことなり。後世願の上人を召びたかるやふなもの。賢者をよぶ、それか心術のこやしになる。大勢近付も沢山あるに、さて賢者をばなり。是か正五九月のやふにたま々々てはない。不断そこへ行、心安くする。心安くするとてたた懇にするてはなくて、殊の外心服して心安くなれ、そふしてなるほとと天窓をさける。偖て格段なことと心の底からそっとするほとに畏なり。畏と云たとてたた畏るはにけるになる。殊の外叔母様のやふに懇にして、さて畏なり。そふなけれは向のよいかこちへこぬ。とかく賢者を善ひと思ても、度々行か子は役にたたぬ。誰とか云誹諧師か、をれか処の奈良茶を一石くへと云たとなり。そのやふにするてなけれはならぬことそ。先日某訓門人開巻て、朱子の処へゆき、朱子の臺所て飯を食てなけれはならぬなとと云もこのやふなことなり。とかく今日の学者往々朱子を畏る処はあれとも狎かない。そこて朱子を学ふ々々と云なから、朱子のことか不案内なり。其中へはへりてをれは、自賢者のすることを習て心安懇ぶりになる。そふして敬て始終同ことにする。德義はなるほとちかったものてはあるか、まづ御暇乞と云ては役に立ぬ。そこて、当愛其德義也。
【解説】
「賢者狎而敬之、畏而愛之。狎、習也、近也。附而近之、習其所行。易相褻慢。故戒令相敬。心服曰畏。既有所畏、必當愛其德義。不可踈之」の説明。賢者を受用にする。それは、普段から賢者のところへ行き、心服して畏れるのである。今の学者は、朱子を畏れる処はあるが、狎れがない。そこで、朱子を学びながらも朱子のことが不案内である。
【通釈】
「賢者狎而云々」。これほどのことを言って、ここへ賢者を出したのは、賢者を役に立てて賢者をこちらの受用にするためである。心術の要とは言っても医者を呼ばなければならない。それは、孔子や顔子の様な人を向こうに置いてこちらが学ぶこと。それは後世願いが上人を呼びたがる様なもの。賢者を呼ぶ、それが心術の肥やしになる。近付きも沢山いるが、さて賢者を呼ぶ。これが正五九月の様な偶々ではない。普段からそこへ行き、心安くする。心安くすると言ってもただ懇ろにするのではなく、殊の外心服して心安く狎れ、そうしてなるほどと頭を下げる。実に格段なことだと心の底からぞっとするほどに畏れる。畏れると言っても、ただ畏れるのは逃げることになる。殊の外叔母様の様に懇ろにして、さて畏れるのである。そうでなければ向こうのよいものがこちらへ来ない。とかく賢者をよいと思っても、度々行かなければ役には立たない。何とかという俳諧師が、俺の処の奈良茶を一石食えと言ったそうである。その様にするのでなければならない。先日私が訓門人開巻で、朱子の処へ行き、朱子の台所で飯を食うのでなければならないなどと言ったのもこの様なこと。とかく今日の学者は往々朱子を畏れる処はあるが、狎れがない。そこで朱子を学ぶとは言いながら、朱子のことが不案内である。その中へ入っていれば、自ら賢者のすることを習って心安く懇ろになる。そうして敬んで始終同じことをする。なるほど徳義は格段だが、先ずは御暇乞をと言うのでは役に立たない。そこで、「当愛其徳義」である。
【語釈】
・正五九月…旧暦の正月と五月と九月との称。忌むべき月として結婚などを禁じ、災厄をはらうために神仏に参詣した。

○愛而知其悪云々。上には賢者をはとあり、ここは注に凡そとあれは上とは分のこと。ここにしきりをするほとなことなり。そこてここでは上の畏而愛之は頓と忘れてしまふかよい。ここはなみていの出合のことて、上とは分のことを云。とかくに人の心は向の者を可愛かると、何事も善ひと思て悪ひかしれぬ。又、悪むと云になると何もかも悪ひと思ひ、よいことかあってもわるいと思ふ。人の心は形ないものゆへ色々になる。目や耳はうろたへはせぬ。鳶と烏は見違はぬ。東金て鐘を打と、鐘は鐘、大皷は大皷と聞か、心は可愛と思と悪ひことも一理あると思ひ、悪ひと云者は、善ひことも何、あいつかと云ふ。愛悪て理の体かくらむ。而の字で目を覚まさせることなり。
【解説】
「愛而知其惡、憎而知其善。謂凡與人交、不可以己心之愛憎、誣人之善悪」の説明。人の心は愛憎で眩む。そこで、ここの「而」で目を覚ませる。
【通釈】
「愛而知其悪云々」。上には賢者をとあり、ここには注に凡そとあるから、ここは上とは別で、ここに仕切りをするほどのこと。そこでここは上の「畏而愛之」を頓と忘れてしまうのがよい。ここは並大抵の出合いのことで、上とは別なことを言う。とかく人の心は向こうの者を可愛がると、何事もよいと思って悪いことがわからない。また、憎むということになると何もかも悪いと思い、よいことがあっても悪いと思う。人の心は形のないものなので色々になる。目や耳は狼狽えはしない。鳶と烏を見違えることはない。東金で鐘を打つと、鐘は鐘、太鼓は太鼓として聞こえるが、心は可愛いと思うと悪いことも一理あると思い、憎いと思う者には、よいことでも何、あいつがと言う。愛憎で理の体が眩む。「而」の字で目を覚まさせるのである。

○積而能散は財宝の上て云。財宝のことのここにあるか至極靣白ことそ。是は仁義礼智のよふなものてはなく、ををきくちかったものなり。財宝は土藏の中にある。これか殊の外心術の邪魔になる。金銀のことになると人間も様か違てくる。そこて積而能散なり。儉約をし身をつめるか、儉約してやるへきことにはやる。ちらすへきことに散すと云、なりにくいことなり。ときに財宝と云になっては次第階級のあること。貧乏なものは大身をしわいと云。財宝はためるに手間のとれることて、食ひたいものもくはず、着たいものも着ず、いこふ手間ひまのかかり骨の折れるものゆへ、そこてこれかめったにはなしにくい。そこを骨折てためて、散ときはさっと散す。講釈にしてはなんのこともないか、决してならぬことなり。とかく久敷ためたものをはなすはいやなもの。江戸なとて町人か奴穉をかかへ、子とものときからをって三十はかりになって欠落をすると主人か様々述懐を云。これも積むの意なり。
【解説】
「積而能散、謂己有蓄積、見貧窮者、則當能散、以賙之」の説明。財宝が心術の邪魔になる。財宝は貯めるのに手間が取れ、簡単なことではない。手間暇掛けて骨を折って貯めるが、それを散らす時はさっと散らす。
【通釈】
「積而能散」は財宝の上で言う。財宝のことがここにあるのが至極面白いこと。これは仁義礼智の様なものではなく、それとは大きく違ったもの。財宝は土蔵の中にある。これが殊の外心術の邪魔になる。金銀のことになると人間も様が違って来る。そこで、「積而能散」である。倹約をして身を詰めるが、倹約して遣るべきことには遣る。散らすべきことに散らすというのはでき難いこと。時に財宝ということになっては次第階級がある。貧乏な者は大身を吝いと言う。財宝は貯めるのに手間の取れる。食いたい物も食わず、着たい物も着ず、大層手間暇の掛かり骨の折れるものなので、そこでこれが滅多にはし難いもの。そこを骨を折って貯めて、散らす時はさっと散らす。講釈で言うと何のこともないが、実にし難いことである。とかく久しく貯めたものを放すのは嫌なもの。江戸などで町人が奴穉を抱え、子供の時からいて三十ばかりになって欠落をすると主人が様々な述懐を言う。これも積むの意である。

ため々々したものははなしにくい。道落者や博打の銭は積てないから銭づかいかあらいてあらふ。守銭奴と云字あり。散すと云ことをしらず、つこふすべをしらぬ。もと財と云ものは、何以聚人曰財の、生財有大道のと云て入用なものなれとも、散さぬと云なれは、気付を懐中して人の目を廻したもののあるとき出さぬやふなもの。そんなものを見るといかいたわけと云か、金銭をにきりつめてをるのか気付を以て呑せぬやふなもの。そふする筈てはないの、そふする筈のと云ことてはないか、持たものをはなすまいと云か心術のわるいなり。持たものはなすまいと云になると、人と吾との間に盾かある。そふするとこちの心か死たになる。出さ子はならぬ金をしらぬかををしてをる。其心か垩賢には中々なられぬことなり。如此説ては甚た人の耳に当ることなれとも、心術の要と云ことゆへ、これほとに云は子はならぬ。
【解説】
財は入用なものだが、持ったものを放すまいとするのが心術の悪い仕方である。放すまいとすると人と自分との間に盾ができ、自分の心が死んだことになる。
【通釈】
貯めたものは放し難い。道楽者や博打の銭は積んでいないから銭遣いが荒いことだろう。守銭奴という字がある。散らすということを知らず、使う術を知らない。本来財というものは、「何以聚人曰財」や、「生財有大道」などと言って入用なものだが、散らさないと言うのであれば、気付けを懐中して、目を回した者のある時にそれを出さない様なもの。そんな者を見れば大層な戯けだと言うが、金銭を握り詰めているのは気付けを持っていて飲ませない様なもの。そうする筈ではないとか、そうする筈だと言うことではないが、持ったものを放すまいというのが心術の悪い仕方である。持ったものを放すまいということになると、人と自分との間に盾があることになる。そうするとこちらの心が死んだことになる。金を出さなければならないのに、知らない顔をしている。その心だから聖賢には中々なることができない。この様に説いては甚だ人の耳に当たることになるが、心術の要ということなので、これほどに言わなければならない。
【語釈】
・何以聚人曰財…易経繋辞伝下1。「天地之大德曰生、聖人之大寶曰位。何以守位。曰仁。何以聚人。曰財。理財正辭、禁民爲非、曰義」。
・生財有大道…大学章句10。「生財有大道、生之者衆、食之者寡。爲之者疾、用之者舒。則財恆足矣。仁者、以財發身。不仁者、以身發財」。

これをわざへかけて子共なとに教るかよい。身帯のよいものなとか子共に高い持ち遊ひをこふてやりて、大事にしろ、人にやるなと云。そこて子ともがにぎりつめる。やすいものをかふてやって、人がほしがらはやれと云がよい。人のほしひと云たびにやれば積而能散すを小児から示す。これ、小学校てしこむのなり。銀の烟管はたたのを二十本も買程な銭を出して買ふ。そこて一寸とをとすとををうろたへなり。百姓の田畔て吸てをる烟管は落してもそのやふにさわかぬ。これ、烟管てさへ心術にかかることなり。なんても小学の教はた子いことて、何もかも人にものをやるまて教るてなふてはならぬ。本道に子を可愛ひと云親かあれは、三つ子のときから仕込れることなり。蜜柑なども一つやるからはなさぬ。一斗さるに一抔もあるとよい。そふすると人になけて出す。それゆへ蜜柑切の来たときは子ともも沢山に人にやるそ。
【解説】
安い玩具を買って遣って、人が欲しがれば遣る様にして「積而能散」を小児の時から仕込む。小学の教えは細かいことで、人に物を遣ることまでを教える。
【通釈】
これを業に掛けて子供などに教えるのがよいこと。身代のよい者などが子供に高い玩具を買って遣って、大事にしろ、人に遣るなと言う。そこで子供が握り詰める。安い物を買って遣って、人が欲しがれば遣れと言うのがよい。人が欲しいと言う度に遣る。これが「積而能散」を小児の時から示すもの。これを小学校で仕込むのである。銀の煙管は普通の煙管を二十本も買えるほどの銭を出して買う。そこで一寸落とすと大狼狽えとなる。百姓が田畔で吸っている煙管は落としてもその様には騒がない。これ、煙管でさえ心術に掛かること。何でも小学の教えは細かいことで、何もかも、人に物を遣ることまでを教えるのでなくてはならない。本当に子を可愛いという親であれば、三つ子の時から仕込むことができるもの。蜜柑なども一つ遣るから放さない。一斗笊に一杯あるとよい。そうすると人に投げて出す。そこで、蜜柑の来た時は、子供でも人に沢山遣る。

○安安而能遷は、はてよいことと思を安と云。某なとのやふな足腰の立ぬ者などが上総にをるなとと云か安なり。そふするとどふがなしてここにいたいと云。人情はそふすると道理のことかあろふと身をふらぬやふにするが、ここにいるかわるいと思とうづら立にひょいと立て行。人の身分にはそこにいてしがみ付ほどよいことがある。人欲をのこらず叶はせることかなる。そこて脇へゆくことかいやになる。荘子か冨貴を慕ふ者のことを鳶か腐鼠をにきったやふしゃと云た。なるほと鳶がくされ鼠なとをつかんたていが、しっかりとつかまへてはなさぬ。鶴林玉露に、老僧か草鞋を一足方丈へつるしてをいたとなり。そこてなせあのやふに草鞋をこふてをくと云たれは、どこて死のふもしれぬと云偈あり。爰て死ぬと云、安に安んする、はや禅機がぬけてくる。学者もここにいては始終よくあるまいと云なれは、じきにうつる。理なりでないことをはうつる。心は理なりにはたらくべきことゆへ、理にそむけた処にじっといることはない。
【解説】
「安安而能遷。謂己今安此之安、圖有後害、則當能遷」の説明。人欲を叶わせるところがあれば、人はそこにしがみ付くもの。安心しているところでも、理の通りでないことがあれば直ぐに遷る。
【通釈】
「安安而能遷」。実によいことだと思うのを「安」と言う。私などの様な足腰の立たない者などが上総にいるなどというのが安である。そうするとどうしてもここにいたいと思う。人情はそうであって、道理のことがあったとしても身を動かさない様にするが、ここにいるのが悪いと思えば鶉立ちでひょいと立って行く。人の身分ではそこにいてしがみ付くほどよいことがある。人欲を残らず叶わせることができる。そこで脇へ行くことが嫌になる。荘子が富貴を慕う者のことを鴟が腐れ鼠を握った様だと言った。なるほど鴟が腐れ鼠などを掴んだ体が、しっかりと捕まえて放さないもの。鶴林玉露に、老僧が草鞋を一足方丈に吊るして置いたとある。そこで何故あの様に草鞋を買って置くのかと尋ねると、何処で死ぬかも知れないと言ったという偈である。ここで死ぬと言うのは安に安んずるもので、それで早くも禅機が抜けて来る。学者もここにいては始終がよくないだろうと思えば直ぐに遷る。理の通りでないことがあれば遷る。心は理の通りに働くべきのものなので、理に背いた処にじっとしていることはない。
【語釈】
・うづら立…鶉立ち。用意もなく急に旅立つこと。
・鳶か腐鼠をにきったやふ…荘子外篇秋水。「惠子相梁、莊子往見之。或謂惠子曰、莊子來,欲代子相。於是惠子恐、搜於國中三日三夜。莊子往見之曰、南方有鳥、其名鵷鶵、子知之乎。夫鵷鶵、發於南海而飛於北海。非梧桐不止、非練實不食、非醴泉不飲。於是鴟得腐鼠、鵷鶵過之。仰而視之曰、嚇。今子欲以子之梁國而嚇我邪」。
・方丈…一丈四方。畳四畳半の広さの部屋。

○臨財云々。財宝かこちのものになる塲所なり。両替屋の前に立てをるてはない。こちの方へくる塲所のこと。こちへをちこんてくると天から降たやふにうれしく思ふもの。○苟は、まあ取てをかっせと云やふなもの。まあと云か垩賢はきつくをきらい。まあと云てやっても、これはとるまいと云。人か烟草入を落してゆく。わつかのことゆへ取ったとてそのやふに害にもならぬか、取ることと云ことは烟草入てもいやなことなり。廉はかどなり。ものにはかどのあると云かよい。圍碁盤はころばぬ、かとのあるゆへ。鉄炮玉はころ々々ころげる。どこへ落ちやふもしれぬ。大腹中をよろこぶ人は取たがよいさと云。世の中のことはそふはならぬと云ことあり、わづかなことてもいやこれはと云てとらぬ。めったに取ると廉に傷がつくゆへなり。をれがものてもない、人のものてもないと云。此界目か廉に傷か付く。そこて取まいものを取るとささいなことても赤靣をする。ここか心術之要なり。とかく毎日心の掃除をすること。渋谷丹右ェ門か、此頃は久く先生に謁せぬ。見先生てちと胸中の洗濯をしよふとて迂斎へ来れり、と。襦伴や帷子は垢か付と着られぬ。心のいやな臭のするにかまわぬ。きれいすきは烟草入にちと血か付ても手にとらぬか、心にはかまわぬなり。
【解説】
「臨財、毋苟得。爲傷廉也」の説明。財を得ることのできる機会があったとしても、それを取れば廉に傷が付くことがある。そこで取らない。人は襦伴や帷子は垢が付くことには喧しいが、心が嫌な臭いがしても構わない。
【通釈】
「臨財云々」。財宝がこちらのものになる場所である。それは両替屋の前に立っていることではない。こちらの方へ来る場所のこと。こちらへ落ち込んで来ると天から降った様に嬉しく思うもの。「苟」は、まあ取って置きなさいと言う様なもの。まあというのが聖賢は大層嫌いである。まあと言って遣っても、これは取らないことにすると言う。人が煙草入れを落として行く。僅かなことなので取ったとしてもそれほど害にもならないが、取ることは煙草入れでも嫌なこと。「廉」はかどのこと。ものには廉があるのでよい。囲碁盤が転ばないのは廉があるから。鉄砲玉はころころと転げる。何処へ落ちるかも知れない。大腹中を悦ぶ人は取るのがよいさと言う。世の中のことはそうではならないということがあって、僅かなことでも、いやこれはと言って取らない。それは、滅多矢鱈に取ると廉に傷が付くからである。俺のものでもない、人のものでもないという、この境目が廉に傷が付くもの。そこで取ってはならないものを取ると瑣細なことでも赤面をする。ここが心術の要である。とかく毎日心の掃除をするのである。渋谷丹右衛門が、この頃は久しく先生に謁えていない。先生に見えて一寸胸中の洗濯をしようと言って迂斎のところへ来たそうである。襦伴や帷子は垢が付くと着ないが、心が嫌な臭いがしても構わない。綺麗好きは煙草入れに一寸血が付いても手に取らないが、心には構わない。
【語釈】
・渋谷丹右ェ門…澀谷義通。丹右衛門と称す。阿波の人。土浦藩及び阿波藩に仕える。元文5年(1740)7月28日没。年79。稲葉迂斎門下。

○臨難云々。ひとつ変なことのあることて、これは出合がしらてすることなり。親族のことても其塲にをらぬことかあり、遠々敷者ても其塲にをれはすててをかれぬがある。利口なものはここをはづす。宵の内に遁たと云。その心か人の屋尻をきるよりわるい。義はなんてもすへき当然の通りする。○傷義は、義て人間は立てをるもの。手前の難義にならふとそのこくち塲をはづすは傷義なり。不埒な交をして男立をだすやふなことてはない。信近義て道義之交ゆへ、そこてうか々々してはならぬから、はづしてにけよふなとと云ふことはない。
【解説】
「臨難、毋苟免。爲傷義也」の説明。義は何でもすべき当然の通りをすることであり、難に臨んで逃げてはならない。
【通釈】
「臨難云々」。一つ変がある時のことで、これは出合い頭ですること。親族のことでもその場にいないこともあり、遠々しい者でもその場にいれば棄てては置けないことがある。利口な者はここを外す。宵の内に遁げたと言う。その心が人の屋尻を切るよりも悪い。義は何でもすべき当然の通りをすること。「傷義」。義で人間は立っているもの。自分の難儀になるだろうと思ってその小口場を逃げるのは傷義である。それは、不埒な交わりをして男立てを出す様なことではない。「信近義」で、道義の交わりなので、そこでうかうかとしてはならないから、外して逃げようなどということはない。
【語釈】
・信近義…論語学而13。「有子曰、信近於義、言可復也。恭近於禮、遠恥辱也。因不失其親、亦可宗也」。

○狠毋求勝云々。そのやふなことか心術之要にいりそもないもの、さっかけないと云かそふてない。何から何迠も防くか警なり。丁と警戒の近思彔の末に載てあると同しこと。六十七十になっても好色に迷まいと戒む。老人になりても戒をするか垩賢の教なり。狠はよろしからぬことて、人と爭ふこと。つかみをふと云やふな筋の爭ひやふかある。天地の間にせめくことかひとつある。是非を爭ふことやどふこふと云てせめくことあり。狠と云段になると理をみす我身をみたがる。道理を棚へ上てわれか勝手になる。此狠と云かあるまいことてもない。なんても道理の是非をみるかよい。とかくこれかある。分て多とは、ものをわけるにも手前の方へ多くするやふにしたい。それをせぬことなり。下さけなことのやふなれとも、下々のつかみ合にはこれか多い。学問をする者なとにはこれはあるまいと思と大に違ふ。勝ふと思へは無理なこともし、数は丁どても目の重ひ方をとると云は平てない。理のなりにすることなり。理をはつして勢てすることはないことそ。
【解説】
「狠、毋求勝。分、毋求多。爲傷平也。狠、鬩也。謂爭訟也」の説明。狠では理を見ずに自分勝手になる。道理の是非を見なければならない。勝とうと思って無理なことをして、分けては、数は丁度でも目方の重い方を取る。それは平ではない。理外なことを勢いでしてはならない。
【通釈】
「狠毋求勝云々」。その様なことが心術の要に入りそうもないものだ、ざっかけないと言うが、そうではない。何から何までも防ぐのが警である。丁度警戒が近思録の末に載せてあるのと同じこと。六十七十になっても好色に迷うまいと戒む。老人になっても戒めをするのが聖賢の教えである。「狠」はよろしからぬことで、人と争うこと。掴み合うという様な筋の争い様がある。天地の間に鬩ぐことが一つある。是非を争うことや、どうこうと言って鬩ぐことがある。狠という段になると理を見ずに我が身を見たがる。道理を棚へ上げて自分勝手になる。この狠はないことでもない。何であっても道理の是非を見なさい。とかくこれがある。「分多」。物を分けるにも自分の方へ多くする様にしたいものだが、それをしない。これは卑近なことの様だが、下々の掴み合いにはこれが多い。学問をする者などにこれはないだろうと思うのは大いに違う。勝とうと思えば無理なこともし、数は丁度でも目方の重い方を取るというのは平ではない。理の通りにする。理を外して勢いでしてはならない。
【語釈】
・さっかけない…荒っぽく粗野である。

○疑事勿質は、学者の寄合でああもみへこふもみへる。相談のことても、ああしてよかろふかこふしてよかろふかと云か疑なり。そこへ手前かまかり出ていよ々々このことはこふとかたを付ぬこと。○質すと云か大事もないやふなれとも、是を人の心のをこりと云。たかふりの出来るか心術の邪魔。をこりと云も万端に付てのりてるからする。これか才力のないやくにたたすにはない。手前かそこへ出てこふしやでかたを付る。是は理から推て云へは、致知格物の功夫あれはなるはつ。なるはづのことをなかれと云は、なせはなることをなさぬ。なさぬと云か心のたかぶりを戒ること。どふかこふかかたの付ぬことを是て片か付たと云。それをせぬことなり。今日寄合も此鼻か行ずは片か付まいと云。みなたかぶりなり。
【解説】
「疑事、毋質。質、成也。彼己倶疑、則己無得成言之」の説明。「質」は心の驕りでするもの。疑事に関して、自分が出て片を付ける様なことをしてはならない。できることをしない。それは、心の高ぶりを戒めたのである。
【通釈】
「疑事勿質」。学者の寄合で、ああも見えこうも見える。相談事でも、ああした方がよいだろうかこうした方がよいだろうかと言うのが「疑」である。そこへ自分が罷り出ていよいよこのことはこうだと片を付けないこと。「質」というのが大事なことでもない様だが、これを人の心の驕りと言う。高ぶりのできるのが心術の邪魔となる。驕りというのも万端に付いて乗るからなるもの。これは才力のない役立たずにはない。自分がそこへ出てこうしろと言って片を付ける。これは理から推して言えば、致知格物の功夫があればできる筈。できる筈のことを毋かれと言うのは、成せば成ることを成さないのである。成さないと言うのが心の高ぶりを戒めること。どうかこうかと片の付かないことをこれで片が付いたと言う。それをしないのである。今日の寄合もこの鼻が行かなければ片が付かないだろうと言う。皆高ぶりである。

○直而勿有は、朱子の、上とひとつらぬきに云ことしゃと云へり。ぶつきれては文義か通せぬ。上を直に指すことなり。疑敷ことのあるとき、ここは此方か微塵も疑かはぬ。疑かはぬことを疑へはいやみなことゆへ、たたしてきめる迠はきめるか、をれかこれと鼻を高くして云はぬこと。とのやふなことなれは、注に彼疑而已云々。両方疑に、こちは疑はぬか、謙退してわがうみ出したやふにせぬ。学友なとにも承たなとと云。吾胷中から出たやふにせぬことなり。一部大学在胷中と云てよいことなれとも、人の前へ、をれは胷には大学があると云ことてはない。これは語類にあるなとと云べきことなり。
【解説】
「直而勿有。彼疑而己不疑者、仍須謙退稱師友所説以正之。勿爲己有此義也」の説明。疑事を正すことまではしても、それを自分の言として出さない。謙退して、人や書物の言として言う。
【通釈】
「直而勿有」。朱子が、上と一貫きに言ったことだと言った。ぶつ切れでは文義が通じない。上を直に指すこと。疑わしいことがある時、そこを自分は微塵も疑わない。疑うべきでないことを疑うのは嫌味なことなので、正して決めるまでは決めるが、俺がこれはと鼻を高くして言わない。それはどの様なことかと言うと、注に「彼疑而己云々」。両方が疑うのに、自分は疑わないことにして謙退し、自分が生み出した様にはせず、学友などに承ったことだがなどと言う。自分の胸中から出た様にはしないこと。「一部大学在胸中」と言うのはよいことだが、人前で、俺の胸には大学があるなどと言ってはならない。これは語類にあるなどと言うべきこと。