明倫5
○曲禮曰、凡爲人子之禮、冬温而夏清、昏定而晨省。定、安其牀衽也。省、問其安否如何。○温公曰、父母舅姑將寢、則安置而退。丈夫唱喏、婦人道安置。此即禮之昏定也。出必告、反必面。告與面同。反言面者、從外來。宜知親之顔色安否。所遊必有常、所習必有業。縁親之意、欲知之。恒言不稱老。廣敬也。老、是尊稱。稱老是自尊。
【読み】
○曲禮に曰く、凡そ人の子爲るの禮は、冬は温かにして夏は清しくし、昏に定めて晨に省みる。定は其の牀衽を安んずるなり。省は其の安否如何と問う。○温公曰く、父母舅姑將に寢ねんとすれば、則ち安置して退く。丈夫は唱喏し、婦人は安置を道う。此れ即ち禮の昏定なり、と。出ずれば必ず告げ、反れば必ず面す。告と面は同じ。反るに面すと言うは、外より來る。宜しく親の顔色安否を知るべし。遊ぶ所必ず常有り、習う所必ず業有り。親の意、之を知るを欲するに縁る。恒の言に老を稱せず。敬を廣むるなり。老は是れ尊稱。老を稱すれば是れ自ら尊し。

○曲礼曰凡為人子之礼云云  八月十六日  惟秀録
【語釈】
・八月十六日…寛政元年(1789)8月16日。
・惟秀…篠原惟秀。本姓は北田。字は秀甫。初名は安進。與五右衛門と称す。号は靜安。幼称は松次郎。

礼の字は動かぬこととみること。孝は心ですると云てまぎらかすこともある。礼と云はきっと帳面につけるやうでなくてはならぬ。二日隱居処へは見舞わぬが心に如在がないからとは云わせぬ。心迠やりたてぬ。きっと毎日々々と礼でせめる。○冬温夏清。何から何迠こうしむけるにはいこう手のこんだこと。これを心がけるだんには寔に奉養に尻をおちつけ子はならぬこと。○夏の日よけをするにも朝の間は東をよける。やがて南へまわる。又西日がさす。そこを又よける。水をうつにも心入れあることなり。盃を出すにも、大鉢に水を入れて盃をうけて出すとよほどすずしい。一つでも限りもないこまかな手あてがいる。夏清くと云から、きのふ一寸渋團で親をあをいだと云てはすまぬ。
【解説】
「曲禮曰、凡爲人子之禮、冬温而夏清、昏定而晨省。定、安其牀衽也。省、問其安否如何。温公曰、父母舅姑將寢、則安置而退。丈夫唱喏、婦人道安置。此即禮之昏定也」の説明。礼は毎日しっかりとするもの。心ですると言って紛らかしてはならない。礼は大層手の混んだこと。
【通釈】
礼の字は動かないものだと見なさい。孝は心ですると言って紛らかすこともある。しかし、礼はしっかりと帳面につける様でなくてはならない。二日隠居処を見舞わないが心に如在がないからよいとは言わせない。心までは遣り立てない。しっかりと毎日礼をする。「冬温夏清」。何から何までこの様に仕向けるのは大層手の混んだこと。これを心掛ける段では誠に奉養に尻を落ち着けなければならない。夏の日除けをするにも朝の間は東を除ける。やがて南へ回る。また西日が差す。そこをまた除ける。水を打つにも心入れが必要である。盃を出すにも、大鉢に水を入れて盃を受けて出すとよほど涼しい。一つでも限りもなく細かな手当が要る。夏清しくと言うのだから、昨日一寸渋団扇で親を扇いだと言う位では済まない。

○御きげんよふ御体なされませと云はたれもなること。これををこたる位では、親を鴬の子より麁末にするのぞ。かい鳥をすくものはよく毎日朝ばんの手あてをするぞ。朝ははやそとへ出しえをすり、晩は鼠を用心と打やりてはをかぬ。此鴬にさへ省るがあるからは、此たとへか只のたとへではない。いこう面々心得べきことなり。こふ気がつくとどふも御座にたまられぬことなり。○反言面者從外来云云。古人の文字のつかいやふのこまかなをみよ。外より皈るにはしばらくおらぬから、きっとをやに面と面を合せること。障子ごしに只今と云ぬこと。成程親は皆子の顔を見ぬ内は安堵はあるまい。子から親へはこふ云心が出ぬ。
【解説】
「出必告、反必面。告與面同。反言面者、從外來。宜知親之顔色安否」の説明。飼い鳥を好く者はよく手当をする。外から帰った時は、その間はいなかったのだから、しっかりと親に面する。親は子の顔を見て安堵する。
【通釈】
御機嫌よう、御休みなされませは誰もが言えること。これを怠るくらいでは、親を鴬の子より粗末にするのである。飼い鳥を好く者は毎日朝晩よく手当をする。朝は早くから外へ出して餌を擂り、晩は鼠を用心する。放って置きはしない。この鴬にさえ省みるのであって、このたとえがただのたとえではなく、大層面々の心得るべきこと。この様に気が付くとどうも御座に堪らない。「反言面者従外来云云」。古人の文字の使い様の細かなことを見なさい。外から帰るのは暫くいなかったのだから、はっきり親と面と面とを合わせる。障子越しに只今と言ってはならない。なるほど親は皆、子の顔を見ない内は安堵しないだろう。子から親へはこの様な心が出ない。

○蓮の実のぬけ出すやふなむす子じゃと云は所遊必有常でない。必有々々は親の心をやすませること。こっちへは今朝みへたがと云ことのない。○是までは鞠、このころは楊弓。必有業でない。○不称老。これらが上への上を云たこと。もふけことなり。子が親の前で年寄めいたことを云と、親は尚をれは年寄じゃと思ふ。これが十五や廿のものにはいらぬ戒じゃ。三四十からさき、をやの前でをれもさきを考ればと云ことなどを云ぬこと。さし合なり。○松敬老の老の字は殿の字のかはり。老と称せずではない。老を称せぬこと。老めいたことは親への不礼になる。注の称老是自尊がこのこと。
【解説】
「所遊必有常、所習必有業。縁親之意、欲知之。恒言不稱老。廣敬也。老、是尊稱。稱老是自尊」の説明。「必有常」と「必有業」で親を安堵させる。親の前で老めいたことを言っては差し合う。それでは親への不礼となる。
【通釈】
蓮の実が抜け出した様な息子だというのは「所遊必有常」ではない。「必有」は親の心を安ませること。こちらへは今朝見えたがと言うことがない。これまでは鞠、この頃は楊弓というのは「必有業」ではない。「不称老」。これらが上のまた上を言ったことで、設けたこと。子が親の前で年寄めいたことを言うと、親はなお俺は年寄だと思う。これは十五や二十歳の者には要らない戒である。三四十から先、親の前で俺も先を考えればなどとは言わないこと。それは差し合う。松敬老の老の字は殿の字の代わり。老と称せずではない。老を称せぬということ。老めいたことは親への不礼になる。注の「称老是自尊」がこのこと。
【語釈】
松敬老


明倫6
○禮記曰、孝子之有深愛者必有和氣。有和氣者必有愉色。有愉色者必有婉容。愛根於心。故其發見於外如此。孝子如執玉、如奉盈、洞洞屬屬然如弗勝、如將失之。洞洞、質愨貌。屬屬、專一貌。上言愛、此言敬。故曰、愛敬盡於事親。嚴威儼恪非所以事親也。嚴謂嚴肅。威謂威重。儼謂儼正。恪謂恪敬。言四者容貌非事親之體。事親當和順卑柔。
【読み】
○禮記に曰く、孝子の深愛有る者は必ず和氣有り。和氣有る者は必ず愉色有り。愉色有る者は必ず婉容有り。愛は心に根ざす。故に其の外に發見すること此の如し。孝子は玉を執るが如く、盈るを捧ぐるが如く、洞洞屬屬然として勝えざるが如く、將に之を失わんとするが如し。洞洞は質愨の貌。屬屬は專一の貌。上に愛を言い、此に敬を言う。故に曰く、愛敬親に事うるに盡す、と。嚴威儼恪は親に事うる所以に非ざるなり。嚴は嚴肅を謂う。威は威重を謂う。儼は儼正を謂う。恪は恪敬を謂う。四の者の容貌は親に事うるの體に非ず。親に事うるは當に和順卑柔にすべし。

○礼記曰と出し、曲礼曰と出すにわけあること。ここが祭義にあるからと云て祭義と出してはここへ預らぬ。散齊於外云云の処では祭義とある。こふわけを合点して見ると上の曲礼曰と云もいやと云せぬことなり。舜や曽子のやふな孝をせよではない。大極圖説がすんでも、出るは必告、反れは必面すがなければ、草履取の草履をなをさぬのなり。三つ子もなると云が曲礼の曲の字。人にことはりを云わせぬこと。曲[こまか]な礼もならぬなれば、ををちゃくと云もの。○有深愛者云云。ここは孝々の道体なり。前の章は深入りなことではない。ここは天地自然の大根からかたる。ここの孝子と云は今からつとめてする孝行ではない。孝子の上のこと。小学をよみて孝行を習ふと云は繪書の画本ををいて学ふこと。ここは至極な孝行者の繪姿を彩色しあげて見せたこと。小学に載せたはそれを画本にするなり。○凡そ人とさへあれは愛はある。ここはやが上にある深愛なり。平人はちらりとある。少ある愛はじきに汲ほすから、なんぼ親でもと出る。ここは掘ぬき井戸から出るゆへ、あとから出る、あとから出る。そこが深の字なり。
【解説】
「禮記曰、孝子之有深愛者」の説明。曲礼は三つ子にもできること。しかし、ここは孝行の道体を言ったものなので「礼記曰」とある。人でさえあれば愛はあるが、凡人の愛は少ない。孝子の愛は後から後からと出るので深愛と言う。
【通釈】
「礼記曰」と出したり、「曲礼曰」と出すのにはわけのあること。ここは祭義にあるからと言って「祭義曰」と出してはここには当て嵌まらない。「散斉於外云云」の処では祭義曰とある。この様にわけを合点して見ると、上にあった曲礼曰も違うと言えないこと。舜や曾子の様な孝をしなさいということではない。太極図説が済んでも、「出必告、反必面」がなければ、草履取が草履を直さないのと同じ。三つ子にもできるというのが曲礼の曲の字である。人に理屈を言わせないこと。曲[こまか]な礼もできないのであれば、横着者というもの。「有深愛者云云」。ここは孝行の道体である。前の章は深入りなことではないが、ここは天地自然の大根から語る。ここの孝子とは、今から努めて孝行をする者ではない。孝子の上のこと。小学を読んで孝行を習おうというのは絵書の画本を置いて学ぶこと。ここは至極な孝行者の絵姿を彩色で仕上げて見せたこと。これを小学に載せたのはそれを画本にしたのである。凡そ人でさえあれば愛はある。ここはやが上にある深愛である。平人はちらりとある。少しある愛は直ぐに汲み干すから、いくら親でもと出る。ここは掘り抜き井戸から出るので、後から後からと出る。そこが深の字のこと。
【語釈】
・散齊於外云云…小学内篇明倫31。「祭義曰、致齊於内散齊於外」。
・出るは必告、反れは必面す…小学内篇明倫5。「出必告、反必面」。

○有和気。親をいとをしむものはきみゃうなもので和いでをる。その和から愉色のにこはこが出る。愉色は女兒共の祭り見物にゆくときのてい、下女が在所へゆくときのてい。いそ々々にこはこする。それが形にあらわれて、ゆっくりとしなやかなていなり。此必有々々はつとめてすることでもなく、せい出してもなることではない。人にはへぬいて有る仁が親へ出て父子の親となる。其仁は春のていなり。此和気愉色婉容が春のていでみればなんのことなくすむ。麥阿か句に、ふんさんの中ににこ々々梅の花と云た。花なぞと云ものが愉色なもの。あの草木の芽の二葉かいわって出たていが婉容しゃ。榎や皀角[さいかち]のつっぱたていではない。孝心は天地の春なり。仏頂頬な孝子はない。
【解説】
「必有和氣。有和氣者必有愉色。有愉色者必有婉容。愛根於心。故其發見於外如此」の説明。親をいとおしむ者は和らいでいる。和があると愉色がある。愉色だと婉容である。それは仁から出たもので、春の様なもの。
【通釈】
「有和気」。親をいとおしむ者は奇妙なもので和らいでいる。その和から愉色のにこにこが出る。愉色は女子供の祭見物に行く時の体、下女が在所へ行く時の体。いそいそにこにことする。それが形に現れて、ゆっくりとしなやかな体である。この「必有」は努めてすることでもなく、精を出してもできることではない。人に生まれ付いてある仁が親へ出て父子の親となる。その仁は春の体である。この和気愉色婉容は春の体で見れば何事もなく済む。麦阿の句かに、分散の中ににこにこ梅の花と言った。花などというものは愉色なもの。あの草木の芽の二葉が貝割って出た体が婉容である。榎や皀角の様な突っ張った体ではない。孝心は天地の春である。仏頂面な孝子はいない。
【語釈】
麥阿…麦河?
・皀角…皀莢[さいかち]。マメ科の落葉高木。皀角子[そうかくし]として利尿・去痰剤となる。

○孝子如執玉。上の句まてでいとふしむはすんで、又親を敬ふと云ことがある。そこでここからは敬のもやうをとく。○玉は唐で一番大事にするもの。水は一寸するとこぼるる。○律義な召仕が主人の大切な道具を持たていが洞々なり。ちと馬鹿をろかにみへるていぞ。○屬々。よのことに心をよせず、一方になること。親のことになるとまっぽっまじ目になってすること。○如弗勝。ああしををせられぬ、これは當惑したと云ていなり。如將失之。朝夕鼻の先きにある親のきげんのことを、ついに知らぬもののやふにあぶながる。毎日つかへる親にこれか出る。君邊にいたやふに也。迂斎がこの句のことを、曽て此方に覚のないことじゃと云た。迂齊なぞは學問沙汰をのけても孝行のさたのあったほどのこと。それでもこれは覚へにないと云た。よく々々のことと合点せよ。不断の心いきを知た親じゃに、しちがへやふか々々々々々々々と初めての様にきづかふは、なるほどをぼへはないこと。
【解説】
「孝子如執玉、如奉盈、洞洞屬屬然如弗勝、如將失之」の説明。ここからは敬の説明である。親は玉を執る様に、器の水を保つ様に大事にする。親の心意気は知っているが、し間違えたことはないだろうかと初めての様に気遣う。
【通釈】
「孝子如執玉」。上の句まででいとおしむことは済んで、また親を敬うということがある。そこでここからは敬の模様を説く。玉は唐では一番大事にするもの。水は一寸するとこぼれる。律儀な召使いが主人の大切な道具を持った体が「洞洞」である。少し馬鹿か愚かと見える体である。「属属」。他のことに心を寄せず、一方になること。親のことになると滅法真面目になってすること。「如弗勝」。あの様にはし遂げられない、これは当惑したと言う体である。「如将失之」。朝夕鼻の先にある親の機嫌のことを、全く知らない者の様に危ながる。毎日事える親にこれが出る。君辺にいる様にする。迂斎がこの句のことを、かつて自分には覚えのないことだと言った。迂斎などは学問沙汰を除けても孝行の沙汰はあったほどである。それでもこれは覚えにないと言った。よくよくのことだと合点しなさい。いつも心意気を知っている親なのに、し間違えただろうかと初めての様に気遣うのは、なるほど覚えのないこと。

○田舎ものが江戸見物にゆくと常盤橋から腰をかかめる。なるほど質愨。市の戻りに肴をひっさげて、今日はこれじゃ、親父がきげんがよかろふと云は畢竟親をやすくしたこと。曽て敬ではない。○專一。利口な沙汰ではないと云ほどなことを親には重宝する。王祥が母が梨子を落すときかぬと云て番をさせた。風雨もあるもの。無理なばばしゃ。そこて木につかまってないていた。專一也。○愛敬盡事親。敬がありても愛がなくてはこしらいたことになる。愛がありても敬がなければ心安だてて長つづきがせぬ。
【解説】
洞洞、質愨貌。屬屬、專一貌。上言愛、此言敬。故曰、愛敬盡於事親」の説明。王祥などは「専一」だった。また、敬があっても愛がなくては拵えたことになり、愛があっても敬がなければ心安立てとなる。
【通釈】
田舎者が江戸見物に行くと常盤橋から腰を屈める。なるほど「質愨」である。市の戻りに肴を引っ提げて、今日はこれだ、親父も機嫌がよいだろうと言うのは畢竟親を卑くすること。敬では全くない。「専一」。利口な沙汰ではないというほどのことを親は重宝とする。王祥の母が梨子を落としてはならないと言って番をさせた。風雨もあるもの。無理な母である。そこで木につかまって泣いていた。これが専一である。「愛敬尽事親」。敬があっても愛がなくては拵えたことになる。愛があっても敬がなければ心安立てになって長続きはしない。
【語釈】
・常盤橋…江戸城外郭の正門。
・王祥が母が梨子を落すときかぬ…小学明倫善行11。「有丹柰結實。母命守之。毎風雨祥輒抱樹而泣。其篤孝純至如此」。
・心安だて…心安立て。親しさになれて遠慮のないこと。

○嚴威儼恪。上の段の恒の言不称老もあまりもののやふ。此段もこの嚴威儼恪があまりもののやふなれとも、垩人の教のうましと云がここなり。しまいに大事のことを示すのなり。前とはたての違たことの出たが餘味なり。嚴威儼恪は板天神なり。敬の工夫ではちさうする字。親へ出してはわるい道具なり。事もぎゃうさんにしゃちこばる。○威重。一番家老のやふなてい。浅見先生の気がるにないこと、と。直方曰、瞽瞍は舜を丁稚のやふにあしらふたか、舜の皃に嚴威儼恪はなかった。それと云ふとはや尻からげて濱へ肴かいにゆかるる。威重は論語てちそふする字でも、いかさま子が一番家老のやふに折目髙では親も気のつまることぞ。○嚴肅は気のじっとしまりてそそけぬ方で云。儼正は貌についた字なり。すわるへき処にしゃんとすわってをるてい。恪敬はくつろきのないこと。
【解説】
「嚴威儼恪非所以事親也。嚴謂嚴肅。威謂威重。儼謂儼正。恪謂恪敬。言四者容貌非事親之體」の説明。「厳威儼恪」は敬にはよいが、親に出しては悪い。
【通釈】
「厳威儼恪」。上の段の「恒言不称老」も余り物の様で、この段もこの厳威儼恪が余り物の様だが、聖人の教えの甘味がここ。最後に大事なことを示す。前とは筋の違うことの出たのが余味である。厳威儼恪は板天神で、敬の工夫では馳走する字だが、親へ出しては悪い道具である。事も仰山に鯱張る。「威重」。一番家老の様な体。浅見先生が気軽でないことだと言った。直方が、瞽瞍は舜を丁稚の様にあしらったが、舜の顔に厳威儼恪はなかったと言った。それと言うと早くも尻を絡げて濱へ肴を買いに行かれた。威重は論語では馳走する字でも、いかにも子が一番家老の様に折目高では親も気が詰まる。「厳粛」は気のじっとしまって解れない方で言う。「儼正」は貌に関した字である。座るべき処にしゃんと座っている体。「恪敬」は寛ぎのないこと。
【語釈】
・恒の言不称老…小学内篇明倫5の語。
板天神
・折目髙…衣服の折目が目立つほどに高くあらわれていること。転じて、行儀の正しいこと。起居動作の堅苦しいこと。

○此四つか大名の家老にもならるる人品で、それて不孝とはどふなれば、山本勘助がひかへてをると云躰では親は気がつまる。酒屋て御用野郎ををくは、さきでなぐさまれたりつかはれたりするで啇がある。親に事へるにも酒屋の野郎のやふに尻のかるいがよい。○四者容貌。上の二つは心いきのことなれとも、打見た処が兎角きっとしたていなり。それはよくないと云て下へ又よい字を四つ出して見せる。和順卑柔。○十二三な娘に茶の給仕をさする、一ちよいもの。和順卑柔ゆへぞ。だれでも親の前ではかふなるがよい。舜の五十而慕ふと云がそれなり。かかさま今の事は堪忍して下されませふと云そ。自不肖ながら私も御役もつとめまするとは云わぬ。
【解説】
事親當和順卑柔」の説明。「厳威儼恪」は家老にもなれる人品だが、それは不孝である。それでは親の気が詰まる。親には「和順卑柔」がよい。
【通釈】
この四つは大名の家老にもなることのできる人品だが、それが不孝とはどういうことかと言うと、山本勘助が控えているという体では親は気が詰まる。酒屋で御用聞きを置くのは、先方で慰められたり使われたりするので商いができるから。親に事えるにも酒屋の野郎の様に尻の軽いのがよい。「四者容貌」。上の二つは心意気のことだが、打ち見た処がとかくきっとした体であり、それではよくないと言って下にまたよい字を四つ出して見せた。「和順卑柔」。十二三歳の娘に茶の給仕をさせるのが一番よいもの。和順卑柔だからである。誰でも親の前ではこの様になるのがよい。舜の五十而慕うと言うのがそれ。母様今の事は堪忍して下されませと言う。私不肖ながら御役も勤めますとは言わない。
【語釈】
・舜の五十而慕ふ…孟子万章章句上1。「五十而慕者、予於大舜見之矣」。孟子告子章句下3。「孔子曰、舜其至孝矣、五十而慕」。


明倫7
○曲禮曰、凡爲人子者、居不主奥。室中西南隅謂之奥。奥、尊者所居。不敢當尊處也。坐不中席。一席四人、席端爲上。非惟不可上、亦不可中。或曰、共坐則席端爲上。獨坐則席中爲尊。故卑者坐不得居中也。行不中道。尊者當正路而行。卑者故不得也。男女各路。路各有中。立不中門。門中有闑。两旁有棖。中門謂棖闑之中。尊者所行也。○温公曰、有賓客不敢坐於正廳。無書院則坐於廳之傍側。升降不由東階。上下馬不當廳。凡事不敢自擬於其父。食饗不爲槩。槩、量也。不制待賓客、饌具之限量多少也。祭祀不爲尸。尸、代尊者之處。爲其失子道。然則尸卜筮無父者。聽於無聲、視於無形。恒若親之將有敎使然。不登高、不臨深。不苟訾、不苟笑。爲其近危辱也。人之情不欲見毀訾。不欲見笑。
【読み】
○曲禮に曰く、凡そ人の子爲る者は、居るに奥を主たらず。室中は西南の隅、之を奥と謂う。奥は尊者の居る所。敢て尊處に當らざるなり。坐するに席に中せず。一席四人、席端を上と爲す。惟上す可からざるに非ず、亦中す可からず。或は曰く、共に坐すれば則ち席端を上と爲す。獨り坐すれば則ち席中を尊と爲す。故に卑者坐するに中に居るを得ざるなり。行くに道に中せず。尊者は正路に當りて行く。卑者は故に得ざるなり。男女各々路あり。路各々中有り。立つに門に中せず。門中に闑有り。两旁に棖有り。門に中するは棖闑の中を謂う。尊者の行く所なり。○温公曰く、賓客有れば敢て正廳に坐せず。書院無ければ則ち廳の傍側に坐す。升降は東階に由らず。馬を上下するに廳に當らず。凡そ事は敢て自ら其の父に擬せず、と。食饗に槩を爲さず。槩は量なり。賓客を待つに、饌具の限量の多少を制せざるなり。祭祀に尸と爲らず。尸は尊者の處に代わる。其の子の道を失う爲なり。然れば則ち尸は父無き者を卜筮す。聲無きに聽き、形無きに視る。恒に親の將に敎使すること有らんとするが若く然り。高きに登らず、深きに臨まず。苟も訾[そし]らず、苟も笑わず。其の危辱に近づく爲なり。人の情は毀訾せらるるを欲せず、笑わるるを欲せず。

○曲礼曰、凡為云云。不主奥。此方の普請では云はれぬが、なんでも床の間の上面を吾がをりばとかまへぬこと。○垩代の古は路まて男女の別がありた、と。よく手のまわりたこと。○温公曰。これで補ふたがとかくききよい。客人のときは正廳には親が出てをるから、子供は皆正廳を去て書院へゆく。書院のない家では廳のすみに片ついてをる。えんがわ通りと云るい。○不敢自擬其父。これがくくりなり。皆此六字ですむ。親に似たと云ことをせぬが子のつつしみなり。前巾着をさけるもはや親父めくからよふない。息子がはやく紙子羽織は着ぬことなり。何事もない大事もないことでも、いや々々親父のすることはをれはせぬと云がよい。一寸くくり頭巾を天窓へのせてもあながち不埒千万と云ほどのことでもないが、さて似合ぬこと。これからをしてこんなことさへせぬなれは、あとはよいはづのこと。
【解説】
「曲禮曰、凡爲人子者、居不主奥。室中西南隅謂之奥。奥、尊者所居。不敢當尊處也。坐不中席。一席四人、席端爲上。非惟不可上、亦不可中。或曰、共坐則席端爲上。獨坐則席中爲尊。故卑者坐不得居中也。行不中道。尊者當正路而行。卑者故不得也。男女各路。路各有中。立不中門。門中有闑。两旁有棖。中門謂棖闑之中。尊者所行也。温公曰、有賓客不敢坐於正廳。無書院則坐於廳之傍側。升降不由東階。上下馬不當廳。凡事不敢自擬於其父」の説明。親に似たことをしないのが子の敬みである。子が早く親父めくのは悪い。
【通釈】
「曲礼曰、凡為云云不主奥」。日本の普請には当て嵌まらないが、何でも床の間の上面を自分の居り場として構えないこと。聖代の古は路にまで男女の別があったと言う。よく手が回ったことである。「温公曰」。これで補ったのが、とかくわかり易い。客人のある時は正廳には親が出ているから、子供は皆正廳を去って書院へ行く。書院のない家では廳の隅に片付いている。縁側通りという類である。「不敢自擬其父」。これが括りであり、皆この六字で済む。親に似たことをしないのが子の敬みである。前巾着を下げるのも、早くも親父めくからよくない。息子は早々と紙子羽織を着ないこと。何事もなく大事でもないことでも、いやいや親父のすることは俺はしないと言うのがよい。一寸括り頭巾を頭に乗せてもあながち不埒千万と言うほどのことでもないが、さて、それは似合わないこと。これから推して、こんなことさえしなければ、後はよい筈のこと。
【語釈】
・路まて男女の別がありた…小学内篇明倫66。「道路男子由右、女子由左」。

○食饗。法事や大判又は子んごろふるまいでも、これををやのすきしだいにしてこちからかぎって出さぬ。饌具のことにも、今年は年がらじゃ、こふなされと云ことを云はぬこと。是らは一がいにも云れぬていなこともある。むせふにをごるをやもある。又一身でも人には何もくわせぬと云をやもある。此れはさきの熟諌の字の中でこめて云こと。○客を呼ふとすきか、大和めぐりよりすきながあるものじゃ。客がくるといこふ喜ぶ。其筈しゃは。年寄りて身が叶はぬから懇合なものに出て逢ふこともならぬ。うれしい筈なり。そこでをやもはづんでする処を子の方からそれへさをを入るるは不孝なり。今中よい親子合でも息子にえんりょと親から云るるは大の不孝じゃ。上にある愉色婉容の子なればはづんでする。又よい親子合では親の云付けぬことをしてもうれしがらるることも有。今日此の肴がやすいから買てきましたと云と、いらぬことなと云ながら喜ぶ。
【解説】
「食饗不爲槩。槩、量也。不制待賓客、饌具之限量多少也。祭祀不爲尸。尸、代尊者之處。爲其失子道。然則尸卜筮無父者」の説明。年が寄ると客が来るのを喜ぶ。食饗は親の好き次第にして、子がそれを制してはならない。
【通釈】
「食饗」。法事や大判振舞い、懇ろ振舞いでも、これを親の好き次第にしてこちらから制限はしない。「饌具」のことにも、今年は年柄だ、こうしなさいとは言わない。これらは一概に言えない様なこともある。無性に奢る親もある。また、大身でも人には何も食わせないと言う親もある。これは後の熟諌の字の中に込めて言うこと。客を呼ぶのが大和巡りをするよりも好きな者がいるもの。客が来ると大層喜ぶ。その筈で、年が寄って身が叶わないから懇ろ合いな者に出て逢うこともできない。嬉しい筈である。そこで親も弾んでする処を、子の方からそれへ竿を入れるのは不孝である。今仲のよい親子でも、息子に遠慮すると親から言われるのは大の不孝である。前条にある愉色婉容の子であれば弾んでする。また、仲のよい親子では、親が言い付けなかったことをしても嬉しがられることもある。今日はこの肴が安いから買て来ましたと言うと、要らぬことをなどと言いながら喜ぶ。
【語釈】
・さきの熟諌…小学内篇明倫22を指す。

○聽於無声。親の呼びもせぬに聞耳を立る。をやのそこにござりもせぬにはっと見る。そりゃ何てことじゃ、たわいもないと云ほどのこと。是が親にかんぼうをやつしてをるゆへ、そふなり。一と通りならぬ孝行と見ること。ををちゃくものはよんでもゆかぬ。○若親之將有教使然。こふよんでも通するゆへに柯先生の麁相でこふされた。教使と点をなをしてよむがよい。さきの正立拱手の注に教使とあり、あいよみのあることなり。教使は用向を云付ること。これが古注の文字で、つづいてあり。○然りとは、よふだと云こと。某か考に火消屋鋪の馬を見るやふだと云こと。大鼓がとんと云とかけ出す。灰吹きをちゃんとうっても親がよふかときく。不孝ものは、今日は隠居があまり呼はぬと云て喜ぶ。この無聲聞無形視るか旦那の方へは出て、親の方へは出ぬ。大切な御馳走人や近習番の初泊りにこれがある。好色のことには深草少將もこれぞ。
【解説】
「聽於無聲、視於無形。恒若親之將有敎使然」の説明。親が呼ばなくても聞き耳を立て、親がそこにいなくてもはっと視る。不孝者は親に呼ばれないことを却って喜ぶもの。
【通釈】
「聴於無声」。親が呼びもしないのに聞き耳を立てる。親がそこにおられないのにはっと視る。それは何ということだ、他愛もないことだと言うほどのこと。これが親のために顔貌をやつしているのでそうなる。一通りでない孝行だと見なさい。横着者は呼んでも行かない。「若親之將有教使然[親の將に教有りて然らしめんとするが若し]」。この様に読んでも通じるので、柯先生が粗相でこうされた。教使と点を直して読みなさい。後の正立拱手の注に教使とあり、相読みのあること。教使は用向きを言い付けること。これが古注の文字で、続いてある。「然」とは、ようだということ。私の考えでは火消屋敷の馬を見る様だということ。大鼓がどんと鳴ると駆け出す。灰吹きをちゃんと打っても親に呼んだのかと聴く。不孝者は、今日は隠居があまり呼ばないと言って喜ぶ。この無声聞無形視が旦那の方へは出て、親の方へは出ない。大切な御馳走人や近習番の初泊りにこれがある。好色のことでは深草少将もこれ。
【語釈】
・正立拱手…小学内篇明倫74。「遭先生於道、趨而進、正立拱手。爲有敎使」。

○不登髙不臨深の對に不苟訾不苟笑と出た。似てもつかぬことじゃか、なんでも親を大事にするからしては吾身大切なことなり。それてはよくついたことなり。○危辱と云字で二句づつわけた。○人情で訾笑さるるのよいものはない。初つに来た人のあるに、何にかわけなしに人が笑ふ。さて心ざわりなもの。うい々々しいものの方をちらと見ては笑ふ。これがよふないこと。人によってはたたぬと云ほどに思ふもの。其返報がくるなり。それがすくにをやへあたるなり。何事でも親と云字でひかへること。○父子の親は皆親から間地をうって云ふ。
【解説】
「不登高、不臨深。不苟訾、不苟笑。爲其近危辱也。人之情不欲見毀訾。不欲見笑」の説明。人は訾笑されることを好まない。訾笑で大事になることもあり、それが親に及ぶこともあるから、慎まなければならない。
【通釈】
「不登高、不臨深」の対に「不苟訾、不苟笑」と出した。似ても似つかないことだが、何でも親を大事にするには我が身が大切である。そこでうまく対にしたのである。「危辱」という字で二句ずつに分けた。人の情で、訾笑されることが好きな者はいない。初めて来た人がいて、何かわけもなく人が笑う。それは心障りなもの。初々しい者の方をちらりと見ては笑う。これがよくないこと。人によってはただでは置かないというほどに思うもの。その返報が来る。それが直ぐに親へ当たる。何事でも親という字で控えること。父子の親は皆親から決めて言う。


明倫8
○孔子曰、父母在不遠遊。遊必有方。遠遊則去親遠、而爲日久。定省曠而音問踈。不惟己之思親不置、亦恐親之念我不忘也。遊必有方、如已告云詣甲、則不敢更詣乙、欲親必知己之所在而無憂、召己則必至而無失也。子能以父母之心爲心則孝矣。
【読み】
○孔子曰く、父母在れば遠く遊ばず。遊べば必ず方有り。遠く遊べば則ち親を去ること遠くして、日爲たるや久し。定省曠くして音問踈なり。惟己の親を思いて置かざるにあらず、亦親の我を念いて忘れざらんことを恐る。遊べば必ず方有りは、已に告げて甲に詣ると云うが如き、則ち敢て更に乙に詣ることをせず、親の必ず己の在る所を知りて憂い無く、己を召せば則ち必ず至りて失う無からんことを欲すなり。子能く父母の心を以て心と爲れば則ち孝なり。

○孔子曰、父母在云云。親の生てをる内は五三日で皈られぬ遠方ゆくことはあるまいこと。親が国で死たを知らずに小田原で鰹を喰ふてをるも知れぬ。吐ても間に合ぬ。○恐親之念我不忘。吾からをやを思ふと、これを秤にかけてみると面目はない。○知己之所在而無憂。子をそばにをきたいは山々なれとも無拠事もある。きっとあそこの国にをると云ことさへ知るればよいもの。親の道樂な子を勘當して雪の日に案じると云も、どこにをるやらを知らぬゆへのこと。勘當の子も吾子なり、鳥鳴と云句もありて、よく心に合ふ。○子能以父母之心為心則孝矣。親は寢て鐘をかぞへる踊り哉じゃ。親が案じるから皈ろふと云に水をさすものはない。一度はさしても二度とはささぬ。盃に酒を一杯ひかへていても、親の心を心とするがよい。又これを呑だら親がと云気がつく。そこで人にすけてもろふ。此の為心が孝のきめ処なり。
【解説】
親が生きている内は遠方に行くことはならない。しかし、遠方に行かなければならない時もある。その場合は居場所をはっきりとさせるのである。親は子がどこにいるのかを知らないと案じる。親の心を自分の心とするのがよい。
【通釈】
「孔子曰、父母在云云」。親が生きている内は五三日で帰ることのできない遠方へ行くことは、あってはならないこと。親が国で死んだのを知らずに小田原で鰹を喰っているかも知れない。吐いても間に合わない。「恐親之念我不忘」。自分の方から親を思って、これを秤に掛けてみると面目はない。「知己之所在而無憂」。子を側に置きたいのは山々だが、仕方のない時もある。きっとあそこの国にいるということさえ知ることができればよいもの。親が道楽な子を勘当して雪の日に案じるというのも、どこにいるやら知れないからである。勘当の子も吾が子なり、鳥鳴という句もあって、よく心に合う。「子能以父母之心為心則孝矣」。親は寝て鐘を数える踊り哉である。親が案じるから帰ろうと言うのに水を差す者のはない。一度は差しても二度とは差さない。盃に酒を一杯控えていても、親の心を心とするのがよい。またこれを飲んだら親がと気が付く。そこで人に助けてもらう。この「為心」が孝の決め処である。
【語釈】
・五三日…数日。


明倫9
○曲禮曰、父母存、不許友以死。爲忘親也。死謂相衛。非報仇讎也。
【読み】
○曲禮に曰く、父母存すれば、友に許すに死を以てせず。親を忘るる爲なり。死は相衛るを謂う。仇讎を報ゆるに非ざるなり。

○曲礼、父母存、不許友以死。女の許嫁と云もあらかじめ約束をすること。今じきに嫁するではない。懇な朋友に、貴様の難義には助太刀をせう、万一の時はあとて復讐をせふのと兼て約束をせぬこと。たとへは當然でも、親のある内さきへ進物にはやられぬ。これが根からわるいことなれば存不存のさたはいらぬ。朋友にもことにより死するのわけもあること。そこで存の字あり。死する訳の筋でも、父母の存する内は左様の約諾せぬこと。○為忘親也。此四字は鄭玄が古注のままで本文の意をといたこと。死は謂相衛。これからが朱子の思召で鄭玄をなをされ、公羊が文字での注なり。相衞は道理出合の朋友に助太刀をすること。公羊傳の注に、歒に勝たせぬこととあり。報仇讎は戦国遊俠の者のすることで、あの時分はやりた事。なんぞのとき立派に助太刀や復讎をすること。是れは不埒者のすること。男立てのすること。两親のない後もせぬこと。死は相衞をこそ云へ、男立でするやふなことをすることではない。それはいつもせぬことと朱子の念入れて注した。鄭玄が以死報仇讎とかいた註を、朱子の程説からして、報仇讎とは遊俠のすることじゃと見られたゆへ、そのことではないと古注の上へ朱子の非の字を入れてなをされた。
【解説】
親が存命であれば、友の難儀に助太刀をする約束をしてはならない。ここで朱子は「報仇讎」を戦国の遊侠がすることだとした。両親がいてもいなくてもそれはしてはならないことだと言った。
【通釈】
「曲礼、父母存、不許友以死」。女の許嫁も予め約束をすることで、今直ぐに嫁することではない。懇ろな朋友に、貴様の難儀には助太刀をしよう、万一の時は後で復讐をしようと前もって約束をしてはならない。たとえば復讐が当然なことであったとしても、親のある内は先に進物には遣れない。これが根から悪いことであれば親が存するか存さないかの沙汰は要らない。朋友にもことによっては死ぬわけもある。そこで存の字がある。死ぬわけのある筋でも、父母の存する内はその様な約諾をしてはならない。「為忘親也」。この四字は鄭玄の古注のままで本文の意を解いたもの。「死謂相衛」。これからが朱子の思し召しで、鄭玄の言を直された。これは公羊伝の文字を使っての注である。相衛は道理出合いの朋友の助太刀をすること。公羊伝の注に、敵に勝たせないことだとある。「報仇讎」は戦国遊侠の者のすることで、あの時分に流行ったこと。何かの時に立派に助太刀や復讎をすること。これは不埒者のすること。男伊達のすることで、両親のいなくなった後もしてはならない。死は相衛をこそ言え、男伊達でする様なことをしてはならない。それはいつもしてはならないことだと朱子が念を入れて注をした。鄭玄が「以死報仇讎」と書いた註を、朱子が程説から、報仇讎とは遊侠のすることだと見てとられ、そのことではないと古注の上へ非の字を入れて直された。

○さて臨時と兼々の約束と云はちごふことあり。曲礼て不許友以死と云ても、又戦陳無勇者非孝と云にてみよ。親があるとて馬先でにげ、主に不忠では孝がかける。なれば朋友の信もそれなり。眼前連れになりて行た朋友の殺されたをにげてきては、やはりこれも又孝行に穴のあくこと。朋友も五倫の内じゃ。命に及ぶとも一と働きするすべもある。顔子も孔子の難に逢ふた時、顔路がありた。みよ。塲によりて師友に死ぬことも無拠ある筈ぞ。すればをやのある内にもあることもあり、それは論外なり。それは臨時なり。許すではない。委細は浅見先生の不許友以死之説にあり。もふ一つきんみがある。先生の説の内に儀礼経傳通解が引てない。夫を迂齊もなぜかと云て疑ふた。通解にはやはり古注を用てあればいかがとなり。然る某し近来考るに、朱子の思召は家礼や小学にある。経傳通解はそふたい鄭玄孔頴達にまかせたものて、却て主の思召はないことなり。それて通解が定説、小学の注は未定と云ことにあらず。小学の注にてよきなり。
【解説】
朋友も五倫の内のもの。朋友のために命に及ぶこともあるが、それは臨時のことであって、予ての約束ということではない。浅見先生に不許友以死の説があるが、先生の説では儀礼経伝通解を引いていない。迂斎もそれを疑ったが、朱子の思し召しは家礼や小学にあるのだと思う。
【通釈】
さて臨時と兼々の約束とは違うことがる。曲礼で「不許友以死」と言っても、また、「戦陳無勇者非孝」とも言うことがあるのを見なさい。親がいるからと言って馬先で逃げ、主に不忠では孝が欠ける。朋友の信もそれと同じ。眼前連れになって行った朋友が殺されたのに逃げて来ては、やはりこれもまた孝行に穴の開くこと。朋友も五倫の内である。命に及ぶとしても一働きをする術もある。顔子も孔子が難に逢った時には顔路がいた。見なさい。場によっては師友のために死ぬことも拠所ない時がある筈。それなら親のいる内にもあることもある。しかし、それは論外であり、それは臨時である。許すということではない。委細は浅見先生の不許友以死の説にある。もう一つ吟味がある。先生の説の内には儀礼経伝通解を引いたものがない。それを迂斎も何故だろうと言って疑った。通解にはやはり古注を用いてあるのはどうしたことかと思った。しかし、私が近来考えるには、朱子の思し召しは家礼や小学にある。経伝通解は総体鄭玄や孔頴達に任せたもので、却って主の思し召しはないもの。それでは通解が定説で、小学の注は未定かと言うと、そうではない。小学の注なのでよい。
【語釈】
・戦陳無勇者非孝…小学内篇明倫38。「戰陳無勇非孝也」。

然るに此上に仇讎を報の文義に付き一つ云ことあり。朱子は程説からして男立のことにとりて、遊俠のすることは父母没後もせぬと云から非報仇讎とされた。然れとも、通解の鄭玄が以死報仇讎と云文字か戦国遊俠のこととも定められず。朋友の変化したことあらば、その報讎を報んと許さぬことなるべし。然れば程子が遊俠のことにされても、古注の文字のままにては遊俠とも定められず。報仇讎と云がやっはり鄭玄が云ままにて理を害せぬ故に、下に疏の説舉て、親亡れは許友仇を報るを以してよし。周礼、主友之讎視從父兄弟とありて、遊俠のことではなし。朋友非命に死すれはいとこのかたきをうつに準することなれとも、父母存する内はその約束せぬと云ことにて、古注のままにてすむことなり。もし程子のやふに遊俠のやふに取んかの慮りは小學の注よし。如此に此章に一段の吟味入ることなり。
【解説】
朱子は程子の説を採って「報仇讎」を遊侠のこととした。しかし、それは遊侠のことだと定めることはできない。父母が存する内は朋友の敵討ちを約束しないということである。しかし、遊侠のこととするのは小学の注としてはよい。
【通釈】
しかしながら、この上に仇讎を報ずるの文義について一つ言うことがある。朱子は程説からして男伊達のことに取って、遊侠のすることは父母没後もしてはならないとして「非報仇讎」とされた。しかし、通解の鄭玄の「以死報仇讎」という文字が戦国遊侠のことだとも定められるものでもない。朋友に変化したことがあれば、その報讎を報いなければ許さないということだろう。それなら程子が遊侠のことにされても、古注の文字のままでは遊侠とも定められない。報仇讎というのはやはり鄭玄が言うままで理を害さないから、下に疏の説を挙げて、親亡くなれば、友に許すに仇を報るを以てしてよし。周礼に、「主友之讎、視従父兄弟」とあり、遊侠のことではない。これは朋友が非命で死ねば、従兄弟の仇を討つのに準ずることだが、父母が存する内はその約束をしないということで、それで古注のままで済む。程子の様に遊侠のことにする慮りは小学の注としてはよい。この様に、この章は一段の吟味が要る章である。
【語釈】
・主友之讎視從父兄弟…周礼地官司徒。「調人掌司萬民之難、而諧和之。凡過而殺傷人者、以民成之、鳥獸亦如之、凡和難。父之讎、辟諸海外。兄弟之讎、辟諸千里之外。從父兄弟之讎、不同國。君之讎視父、師長之讎視兄弟、主友之讎視從父兄弟、弗辟、則與之瑞節而以執之。凡殺人有反殺者、使邦國交讎之。凡殺人而義者、不同國、令勿讎、讎之則死。凡有鬥怒者成之、不可成者則書之、先動者誅之」。


明倫10
○禮記曰、父母在不敢有其身、不敢私其財。示民有上下也。有猶專也。身及財、皆當統於父母。父母在饋獻不及車馬。示民不敢專也。車馬、物之重者。
【読み】
○禮記に曰く、父母在れば敢て其の身を有せず、敢て其の財を私せず。民に上下有るを示すなり。有は猶專のごとし。身及び財は、皆當に父母に統ぶべし。父母在れば饋[や]り獻[や]るに車馬に及ばず。民に敢て專らにせざるを示すなり。車馬は物の重き者なり。

○礼記曰、父母在云云。これで前の本文の注をしたやうにとんとすむ。其身を有せぬからは友に許すに死を以てせぬ筈。きさまの難義をすくをふ処ではない。親に上けきりのからだじゃゆへやへ賣にはならぬ。商人さへ手付をとりたしろものじゃと云ぞ。○後世親の金、子の金と云ことがある。ひょんな金じゃ、子と云て別なはづはない。それでは示上下でない。親の中へ子ははいってをると云ことを知らぬ。田舎のかるいもの、兒共の時はひ子り銭をも母へあつける。ちともの心がつくと、はやさうせぬ。
【解説】
子は我が身を親に差し上げているのだから、朋友の難儀を救おうとする処のことではない。後世は、親の金、子の金と別けることがあるが、それは全て親の金である。親の中に子が這い入っているのである。
【通釈】
「礼記曰、父母在云云」。これが前の本文の注をした様ですっかりと済む。その身を有さないからは友に許すに死を以てしない筈。貴様の難儀を救おうと言う処ではない。親に上げ切りの体なので、売ることはできない。商人でさえ手付を取った代物だと言うもの。後世、親の金、子の金と言うことがあるが、それは可笑しな金である。子と言っても別な筈はない。それでは「示上下」でない。親の中へ子は這い入っていることを知らないのである。田舎の軽い者は、子供の時は捻り銭をも母へ預けるが、少し物心が付くと、早くもそうはしない。


明倫11
○内則曰、子婦孝者敬者、父母・舅姑之命、勿逆、勿怠。恃其孝敬之愛、或則違解。若飮食之、雖不耆必嘗而待。言尊者以飮食與己、己雖不耆必且嘗之、而待尊者後命令己去之而後去之。加之衣服、雖不欲必服而待。待後命而藏去之。加之事人代之、己雖不欲姑與之、而姑使之而後復之。姑、且也。尊者使人代己、己雖不欲其妨己業、且與代己者爲之、待其休解而後復。本事業於己身、遠懟怨於勞事也。
【読み】
○内則に曰く、子婦の孝なる者、敬する者は、父母・舅姑の命、逆うこと勿かれ、怠ること勿かれ。其の孝敬の愛を恃みて、或は則ち違解す。之に飮食するが若き、耆まずと雖も必ず嘗めて待つ。尊者飮食を以て己に與うれば、己耆まずと雖も必ず且く之を嘗めて、尊者後命じて己をして之を去らしむるを待ちて後之を去るを言う。之に衣服を加うれば、欲せずと雖も必ず服して待つ。後命を待ちて之を藏して去る。之に事を加えて人之に代れば、己欲せずと雖も姑く之に與えて、姑く之を使[せ]しめて後之を復す。姑は且なり。尊者人をして己に代わらしむれば、己其の己の業を妨ぐるを欲せずと雖も、且く己に代る者に與えて之を爲し、其の休解するを待ちて後復す。事業を己の身に本づけ、懟怨を勞事に遠ざくるなり。

○内則曰、子婦孝者敬者云云。此の内則の出しが面白い。をらは親に孝敬じゃ、こちのものだと思ふとはやわるくなるもの。よい子よいよめと名がつくとわるくなるもの。迂齊曰、出頭鼻つく。勿れ々々は走る馬にむちがよい。○嘗而待。一寸くってしまふてをると、きらいならこちのをやろふと親から出る。○且はまあと云こと。砒霜班猫ではなし。そばきりややきもち、まあがなる。○加衣服。くいもののきらいはこらへられぬこともある。衣服のことはどこまでもきよと出るはづじゃに、こふ出るか人情をつくしたこと。若いものに黄色なきるものや、まっ赤な嶋のじゃけらなはこらへられぬも人情じゃ。人情をつくさぬと内が治らぬ。ここで気に入らぬきる物に皃ふくらすことはない。親の愛心はたっふりあるから、やがてよせと云まで吾が着る。
【解説】
「内則曰、子婦孝者敬者、父母・舅姑之命、勿逆、勿怠。恃其孝敬之愛、或則違解。若飮食之、雖不耆必嘗而待。言尊者以飮食與己、己雖不耆必且嘗之、而待尊者後命令己去之而後去之。加之衣服、雖不欲必服而待。待後命而藏去之」の説明。自分が親に孝敬だと思えば、早くも悪くなる。親の愛心はたっぷりとあるから、自分の着たい着物もいつかは許されることになる。それまでは親の命じたものを着るのである。
【通釈】
「内則曰、子婦孝者敬者云云」。この内則の出だしが面白い。俺は親に孝敬だ、それは自分のこのだと思うと早くも悪くなるもの。よい子よい娵と名が付くと悪くなるもの。迂斎が、出頭で鼻を突くと言った。「勿」は走る馬に鞭がよい。「嘗而待」。一寸食ってそのままにしていると、嫌いなのであればこちらのを遣ろうと親が言う。「且」はまあということ。砒霜斑猫のことではない。蕎麦切りや焼餅で、まあがなる。「加之衣服」。嫌いな食物は堪えられないこともあるが、衣服のことはどこまでも着なさいと出る筈だが、この様に出るのが人情を尽くしたこと。若い者が黄色い着物や真っ赤な嶋の邪気乱な着物を堪えられないのも人情である。人情を尽くさないと家が治まらない。ここで気に入らない着物に顔を膨らますことはない。親の愛心はたっぷりとあるから、やがてよせと言われるまで命じられた着物を着る。
【語釈】
・じゃけら…邪気乱。ふざけていること。とるにたりないこと。とりとめのないこと。

○加之事人代之云云。孟子、加齊之郷相の加なり。さきからもってきて用事ををっつけること。朝から丁寧に障子を張りておりたに、もふ二三本にした時に親が見て、やれ大義じゃ、たれぞ代ってたばこでものませろと云てかはらする。下手がかわるとしはだらけにはりて、あとのよいまでも見にくくする。節角よく差味をつくりてをいても一とよじ下手が切てみんなにすることもあるから、さいくなぞにはいやなこともあり内なり。されとも親のやれ大義な体してと云るるをもい詞のあるゆへ、しばらく人にさするなり。それから又私も一服のんだから、又をれがと云てかわることなり。不孝な子は大義がる方からして、一寸きられるも二寸きらるるも同事じゃと云て一人でする。はやぎくかわとすれ々々が出きる。○待其休解。やめてよい時分んにこちですること。休解は此方で云さふなことなれとも、其の字てさきのことになる。○夲事業於己身。夲と吾が受取じゃとしてをるから而復すなり。○障子を張るも肴をきるも大義なこと。そこでたれ代れ、かれ代れと云はるる。怨はこちのうらむこと。あの下手がきて大なしにしたと云てうらまぬやふにすること。今日の労事て人をうらまぬやふな工夫のたりにすること。
【解説】
「加之事人代之、己雖不欲姑與之、而姑使之而後復之。姑、且也。尊者使人代己、己雖不欲其妨己業、且與代己者爲之、待其休解而後復。本事業於己身、遠懟怨於勞事也」の説明。自分の仕事が他人に代わられ、それで仕事が悪くなったとしても、これが親の命であれば怨んではならない。親は子を思って代わる様に仕向けたのである。
【通釈】
「加之事人代之云云」。孟子の「加斉之郷相」の加である。先から持って来て用事を押し付けること。朝から丁寧に障子を貼っていて、もう二三本で終わる時に親が見て、やれ大儀なことだ、誰か代わって煙草でも喫ませろと言って代わらせる。下手が代わると皺だらけに貼って、他のよいところまでも醜くする。折角よく刺身を作って置いても一つ下手が切って台無しにすることもあるから、細工などには嫌なこともあるもの。しかし、やれ大儀な体をしてと親が言われた、その重い言葉があるので、暫くは人にさせる。それからまた、私も一服喫んだから、また俺がしようと言って代わるのである。不孝な子は大儀がる方からして、一寸切られるのも二寸切られるも同じ事だと言って一人でする。それで早くもぎくしゃくとしていがみ合うことになる。「待其休解」。向こうが止めてもよい時分にこちらがすること。休解はこちらで言いそうなことだが、其の字があるので向こうのことになる。「本事業於己身」。本々自分の受取りなのだから「而復」である。障子を貼るのも肴を切るのも大儀なこと。そこで誰か代われ、彼代われと言われる。「怨」はこちらで怨むこと。あの下手が来て台無しにしたと言って怨んではならない。これが今日の労事で、人を怨まない工夫の足しにすること。
【語釈】
・加齊之郷相…孟子公孫丑章句上2。「公孫丑問曰、夫子加齊之卿相、得行道焉、雖由此霸王不異矣。如此、則動心否乎」。


明倫12
○子婦無私貨、無私畜、無私器。不敢私假、不敢私與。家事統於尊也。○温公曰、俸禄及田宅所入、盡歸之父母舅姑、當用則請而用之。婦或賜之飮食・衣服・布帛・佩帨・茝蘭、則受而獻諸舅姑。舅姑受之、則喜如新受賜。或賜之謂私親・兄弟。若反賜之則辭。不得命如更受賜、藏以待乏。不得命、不見許也。待乏、待舅姑之乏也。婦若有私親・兄弟將與之、則必復請其故、賜而后與之。温公曰、夫人子之身、父母之身也。身且不敢自有、况敢有私財乎。若父子異財互相假借、則是有子富而父母貧者、父母飢而子飽者。賈誼所謂借父耰鉏慮有德色、母取箕箒、立而誶語、不孝不義孰甚於此。
【読み】
○子婦に私の貨無く、私の畜無く、私の器無し。敢て私に假さず、敢て私に與えず。家事は尊を統ぶるなり。○温公曰く、俸禄及び田宅の入る所、盡く之を父母舅姑に歸し、用うるに當りては則ち請いて之を用う。婦或は之に飮食・衣服・布帛・佩帨・茝蘭を賜えば、則ち受けて諸を舅姑に獻ず。舅姑之を受ければ、則ち喜びて新めて賜を受くるが如くす。或は之に賜うは私親・兄弟を謂う。之を反し賜うが若きは則ち辭す。命を得ざれば更に賜を受けたるが如くにして、藏して以て乏しきを待つ。命を得ざるは、許されざるなり。乏しきを待つは、舅姑の乏しきを待つなり。婦の私親・兄弟有りて將に之に與えんとするが若きは、則ち必ず復た其の故を請い、賜いて而る后に之を與う。温公曰く、夫れ人子の身は父母の身なり。身且つ敢て自ら有せず、况や敢て私財を有せんや、と。父子財を異にして互いに相假借するが若きは、則ち是れ子富みて父母貧しき者、父母飢えて子飽く者有り。賈誼の、父に耰鉏を借して慮り德色有り、母箕箒を取り、立ちて誶語すと謂う所、不孝不義孰れか此より甚しからん。

○子婦無私貨云云。上の不有其身、こまかわりを云たこと。○蓄へと云は、德利に江戸酒をかこふて子の部屋にあるの、娵の部屋に人參かあるのと云ことはない。○温公曰云云。先生讀終て曰、やれも々々々見事なこと。尽のと云字もよいぞ。○児共の時は密柑や柿まで母にあづける。成人して金銀のことでもさきのつかい道が知れてあれば親の心持がよい。今日の人のはさきが知れぬからよふない。請而用之がならぬことなり。○宅は屋賃のこと。宋朝などではこんなことありて、日夲の町屋鋪などと云やふなこともありつらん。上代ではないなれども、桑から糸や布などのことは宅の持前なるべし。
【解説】
「子婦無私貨、無私畜、無私器。不敢私假、不敢私與。家事統於尊也。温公曰、俸禄及田宅所入、盡歸之父母舅姑、當用則請而用之」の説明。子供の時は些細な物でも母に預けた。親は、物の使い道がわかっていれば心持がよくなる。今の人は使い道を親に知らせない。「請而用之」がよい。
【通釈】
「子婦無私貨云云」。上にあった「不敢有其身」の細か割りを言ったこと。「蓄」とは、江戸酒の入った徳利が子の部屋にあったり、娵の部屋に人参があるということで、その様なことはしない。「温公曰云云」。先生が読み終えて言った。実に見事なことだ。「尽」という字もよい、と。子供の時は蜜柑や柿まで母に預ける。成人しては金銀のことでも先の使い道が知れていれば親の心持がよい。今日の人のは先が知れないのでよくない。「請而用之」ができない。「宅」は家賃のこと。宋朝などではこんなことがあって、日本の町屋敷などという様なこともあったことだろう。上代ではなかったことだが、桑から糸や布などを作るのは宅の持前だったのだろう。
【語釈】
・不有其身…小学内篇明倫10。「禮記曰、父母在不敢有其身、不敢私其財」。

○飲食と云は保命酒養老酒や重肴のことなり。里からよくよこすものぞ。古今和漢同情ぞ。糀町のすけそふもくるぞ。○茝蘭。これも藤ばかまのるいぞ。よせいものではなし。家内に用ゆべきものぞ。○婦の里からきたものを舅姑へ上げてそれを受納されたがうれしいと云ことが御法さし合では出ぬこと。よいよめの繪姿をここへかいてみせた。○姑か婦の里からきたものを、いやこれをばそっちのにせよと云。その時も又玉ものをうけたやふに喜ぶ。どっちしてもきげんがよい。いつもきげんがよい。こふしたよめのあると云が垩人の化なり。後世とのやふにしても三代の世に復されぬと云がこんな処。この様なよめが一軒々々にあることじゃもの、中々夫れがまわってあるいてせはしてはゆかぬこと。いつも々々々春のやふでにぎ々々しい。家内に秋風はない。ほっこりとしたつき合なり。今は反賜之などと云ことあると、私共の里からきたものはをらが姑の気には入らぬはづのことじゃとす子て出る。これが秋風なり。さむいつき合ぞ。一寸のことがひびわれになる。
【解説】
「婦或賜之飮食・衣服・布帛・佩帨・茝蘭、則受而獻諸舅姑。舅姑受之、則喜如新受賜。或賜之謂私親・兄弟。若反賜之則辭。不得命如更受賜、藏以待乏。不得命、不見許也。待乏、待舅姑之乏也」の説明。娵の里から来た物を舅姑へ差し上げる。それが受納されても喜び、自分のものとしなさいと言われても喜ぶ。この様な娵が家々にいるというのが聖人の化である。
【通釈】
「飲食」は保命酒や養老酒、重肴のこと。里からよく遣すもの。古今も和漢も同情である。麹町の助惣焼も来る。「茝蘭」。これも藤袴の類。よせいものではなく、家内で用いるべきものである。婦の里から来たものを舅姑へ上げてそれを受納されたのが嬉しいというのが御法差し合いでは出ないこと。よい娵の絵姿をここへ描いて見せた。姑が婦の里から来たものを、いやこれはお前のにしなさいと言う。その時もまた賜物を受けた様に喜ぶ。どちらにしても機嫌がよい。いつも機嫌がよい。こうした娵がいるというのが聖人の化である。後世はどの様にしても三代の世に復すことができないと言うのがこんな処から。この様な娵が一軒毎にいる。回って歩いて世話をしても、中々それはうまく行かないこと。いつも春の様で賑々しい。そこで家内に秋風はない。ほっこりとした付き合いである。今は「反賜之」などということがあると、私共の里から来たものは俺の姑には気に入らない筈のことだと拗ねて出る。これが秋風である。寒い付き合いである。一寸のことがひび割れになる。
【語釈】
・重肴…重箱詰めの肴。
・糀町のすけそふ…麹町の助惣焼。現在のどら焼きの原型。
よせいもの

○私親。よめの里の方に貧乏な伯母や弟などがかかりてをるもあるもの。それによめが物をやりたいと云こともあるはづ。それをこらへてをるが婦と姑との中わるくなる夲じゃ。よめは里方へはものをやらぬと云ことは垩人の世にはないことじゃ。先日の帯を妹にやりましたいがどふごさろうかと云と、ををやれと姑も云ふ。今時のよめはかくしてやるから、去年の土用ほしに有たものがなくなりた、どふでも鼠にひかれたさふなと姑の方からも耳こすりを云。○爰の如の一軒々々にこんなよめのあると云は出きぬこと。垩人でなくてはならぬ。こんな処を得手かるくみるがさうでないぞ。これよりよい手ぎはが出きても、これはならぬこと。尭舜三代と云はここなり。かふ出来子は、功烈如彼、其卑しと云。
【解説】
「婦若有私親・兄弟將與之、則必復請其故、賜而后與之」の説明。娵が里方に物を遣りたい場合は、姑にそれを伺う。隠してそれをすると娵と姑との仲が悪くなる。
【通釈】
「私親」。娵の里の方に貧乏な伯母や弟などがいることもあるもの。それに娵が物を遣りたいと言うこともある筈。それを堪えているのが娵と姑との仲が悪くなる本である。娵が里方へものを遣らないということは聖人の世にはないこと。先日の帯を妹に遣りたいがどうでしょうかと聞くと、おお、遣れと姑も言う。今時の娵は隠して遣るから、去年の土用干しにあったものがなくなった。どうも鼠に引かれた様だと姑の方も耳擦りを言う。一軒毎にここにある様な娵がいるというのができないこと。聖人でなくてはできない。こんな処は軽く見がちだが、そうではならない。これよりよい手際ができても、これはできない。堯舜三代というのはここのこと。この様にできなければ、「功烈如彼其卑」と言う。
【語釈】
・鼠にひかれた…家の中にたった一人で、淋しい様子のたとえ。
・耳こすり…あてこすり。皮肉の言。
・功烈如彼、其卑し…孟子公孫丑章句上1。「管仲得君如彼其專也。行乎國政如彼其久也。功烈如彼其卑也」。

○奉公には非番がある。親には非番がないからくたびれて、そこてこれではからだかたまらぬと出る。身をかばふと云が不孝の土臺になる。此身かばふ筈はない。こちのものではない。○父子異財。道理を知らぬ浅間しさに後世こんなことが出る。隠居扶持をあてがふと云ことがわるくなるのすじでもないが、異財のはじめなり。そこで假りるの借したのと云ことが始る。これがあながち不孝と云でなくても、ここからいくらもわるいことがはじまる。一体なものにかりかしはないはづ。指が五夲あれとも、一体なものゆへかりかしと云ことはない。○父母飢而子飽。をやはうまくないもの、粥を喰て、子はうまいものをくうを云。隠居は土鍋てさら々々と云なれば、はや父母飢と云もの。
【解説】
温公曰、夫人子之身、父母之身也。身且不敢自有、况敢有私財乎。若父子異財互相假借、則是有子富而父母貧者、父母飢而子飽者」の説明。親に事えるのに非番はないが、自分の身は父母の身だから、自分の身を庇うのは不要である。また、親子は一体だから貸し借りはない。父子が財を異にすべきではない。
【通釈】
奉公には非番があるが、親に事えるのには非番がないから草臥れる。そこで、これでは体が堪らないと言う。身を庇うのが不孝の土台になる。この身を庇う筈はない。しかし、この身はこちらのものではない。「父子異財」。道理を知らない浅間しさで、後世はこの様なことが出る。隠居扶持を宛がうということが悪くなる筋でもないが、それが異財の始まりである。そこで借りるの貸すのということが始まる。これがあながち不孝ということでもないが、ここからいくらも悪いことが始まる。一体なものに借り貸しはない筈。指は五本あるが、一体なものなので借り貸しということはない。「父母飢而子飽」。親は粥の様な美味くないものを喰って、子は美味いものを喰うこと。隠居は土鍋でさらさらであれば、早くも父母飢と言うもの。

○賈誼曰云云。息子が隠居のすきや鍬をかりてつかう。そこで子の方から親父がさぞ恩がましくするであろふとはかること。是が山﨑先生のみやうなり。某が考に、上の子飽父飢からきたから、父に耰鉏を借して子の方で恩みせ皃をすること。まんのうぐはも安錢では出きぬ。をれがよいやうにしてをくでさと云ことなり。さきの心をはかることゆへに、前説が慮の字にはよくあたるよみやうのやふなれとも、念慮とつづくときもありて、心のそこに思ふことにもなる。○母執箕箒、立而誶語。母親は隠居してもよく世話をするもの。母が掃除をすると息子がぶつくさ云て、いらざる、こなたがじゃまにと云。こなさまには炬燵をあてがってあるから、あれにしがみ付て引込んでごされと云。此段になりては人沙汰はない。上の不有其身を大切のこととみるべし。○わるいことは皆父子異財からわいて出たぞ。
【解説】
賈誼所謂借父耰鉏慮有德色、母取箕箒、立而誶語、不孝不義孰甚於此」の説明。「借父耰鉏慮有徳色」を、山崎先生は、息子が親の鋤鍬を借りた際に子が親の心を量ったこととし、黙斎は、子が親に鋤鍬を貸した際の子の心を言ったものとした。悪いことは皆「父子異財」から始まる。
【通釈】
「賈誼曰云云」。息子が隠居の鋤や鍬を借りて使う。そこで子の方から親父がさぞ恩着せがましくすることだろうと量ること。これが山崎先生の見方である。私が考えるには、上の「子飽父飢」から来たものだから、これは父に耰鉏を貸して子の方で恩着せ顔をすることだろう。万能鍬も安銭ではできない。俺がよい様にして置くさと言うのである。先の心を量ることなので、前説の方が「慮」の字にはよく当たる読み様の様だが、念慮と続く時もあり、心の底に思うことにもなる。「母取箕箒、立而誶語」。母親は隠居してもよく世話をするもの。母が掃除をすると息子がぶつくさ言って、不要なことだ、貴方は邪魔だと言う。貴方には炬燵を宛がってあるから、あれにしがみ付いて引き込んでいなさいと言う。この段になっては人沙汰はない。上の不有其身を大切なことだと見なさい。悪いことは皆「父子異財」から沸いて出たもの。
【語釈】
・みやう…田原利三次写本では「妙」とある。見様ではないか?