明倫40
禮記曰、將適公所、宿齊戒、居外寢沐浴。史進象笏。書思・對・命。思、所思念將以告君者也。對、所以對君者也。命、所受君命也。書之於笏爲失忘也。既服習容觀・玉聲乃出。既服、著朝服已竟也。習容觀爲有觀之者、習玉聲爲有聽之者。
【読み】
禮記に曰く、將に公の所に適かんとすれば、宿に齊戒し、外寢に居りて沐浴す。史、象笏を進む。思・對・命を書す。思は思念して將に以て君に告げんとする所の者なり。對は以て君に對する所の者なり。命は受くる所の君命なり。之を笏に書すは失忘の爲なり。既に服し容觀・玉聲を習いて乃ち出ず。既に服すは、朝服を著て已に竟るなり。容觀を習うは之を觀る者有る爲、玉聲を習うは之を聽く者有る爲なり。

○礼記曰、將適公所云々  九月六日 十一會日  豊昌録
【語釈】
・九月六日…寛政元年(1789)9月6日。
豊昌

父子は一体ゆへ、いかほと不歒なものても親と云に成ては親切かあるぞ。君臣はいこふ厳重ぞ。情意の通せぬことぞ。そこて君臣の義は挌別にみかくことぞ。親をしたしむと云誠のうまみのあんばいかなけれは君臣の義が行ととかぬことぞ。只君臣四角四靣に斗り思ふては味かない。又、親には馴れやすい。そこて君の厳を加味するてよい。君父を互にするて美しくなる。つんと君にも親に事るのあんばいがなけれは義がから々々してとんと義に潤かない。此れ等は小学をよむの一義ぞ。譬は親の死去のとき五人子を持つ。其五人の子がそこへきて歎くやふか一つしゃ。君臣と云にはここらに違ひあり、臣下と云段は同しことなれとも、禄位役の高下で兎角一つにゆきにくい。大名衆の側は向き近習なと、平生君前を離れぬ。又、千石取ても表つとめなとの人は君の死去を近習よりをそくきくも有。そこて四角四靣の厳斗りになる。そこか大事のことぞ。兎角親からの間ん竿てなけれは誠がない。別而外ざまの臣は一入に親への親切を以て君へ仕へ子は義にうるをいかない。
【解説】
親には馴れ易いから君臣の厳を加味するのがよく、君臣は厳重なものなので、父子の親を加味するのがよい。それで、義に潤いが付く。四角四面だけでは悪い。
【通釈】
父子は一体なので、どれほど不敵な者でも親ということになっては親切があるが、君臣は大層厳重なので、情意は通じない。そこで君臣の義は格別に磨かなければならない。親を親しむという誠の甘味の塩梅がなければ君臣の義は行き届かない。ただ君臣を四角四面にばかり思っては味がない。また、親には馴れ易い。そこで君の厳を加味するのでよい。君父を互いにするので美しくなる。君にも親に事える時の塩梅がなければ義がからからとして全く義に潤いがない。これらは小学を読むについての一義である。たとえば親の死去の時、子が五人ある。その五人の子がそこへ来て歎く姿は一つである。君臣にはここらに違いがある。臣下という段は同じだが、禄位や役の高下でとかく一つに行き難い。大名衆の側向きや近習などは平生君前を離れない。また、千石を取っても表勤めなどの人は君の死去を近習よりも遅く聞くこともある。そこで四角四面の厳ばかりになる。そこが大事なところ。とかく親からの間竿でなければ誠がない。特に外様の臣は一入に親への親切を以って君へ仕えなければ義に潤いがない。
【語釈】
・間ん竿…検地を行う時、土地の広さを測るために用いた竹製の竿。

去るに由て古来から主の歒と親の歒とははづみが違ふと云そ。塩梅かあるぞ。主には同家来大勢の朋軰の相手があるゆへ互に見合せ、吾一人のことてもないやふにゆとりか出たかる。そこて挌別に恩義を磨か子はならぬことぞ。父の歒は吾と兄弟一二人に限るゆへ、見合せのないから誠か出る。そこへ浅見先生の靖献遺言のくさびをなされたぞ。君臣となれは親より親切がちこふてうすくなる。そこをちっともうすくないやふに磨が君臣の義ぞ。靖献遺言は小学の附彔。君臣の間の変をかいた。何れにも小学のあとには読むへき筈のことぞ。儀礼經傳通解にも臣礼と云篇あり、これもよま子はならぬことぞ。○先年の彔に曰、君臣は父子と模様ちごふなれとも孝にをち入る。君臣本と他人。君は上、家来は下。そこて君へ誠を尽す。上は、必忠臣を求めんと欲するに孝子の門に求める意。君臣二本の木にかすがへ。はなれぬ。二本の一本になるは親子の意。義のかすがえを誠てしめる。小学は太平の奉公。ここて忠なれは忠心鉄石の如く動くことはない。
【解説】
君主の敵と親の敵とでは塩梅が違う。親の敵には誠が出るが、君主の敵には得てゆとりが出るもの。そこを君臣の義で磨く。君臣は父子と模様は違うが孝に帰着するのは同じである。
【通釈】
そこで、古来から主の敵と親の敵とは弾みが違うと言う。塩梅があるのである。主には同家来大勢の朋輩という相手がいるので互いに見合わせ、自分一人のことでもないと言ってゆとりが出るもの。そこで格別に恩義を磨かなければならない。父の敵は自分と兄弟一二人に限るので、見合わせがないから誠が出る。そこへ浅見先生が靖献遺言の楔をなされた。君臣となれば親とは親切が違い、薄くなる。そこを少しも薄くならない様に磨くのが君臣の義である。靖献遺言は小学の付録で、君臣の間の変を書いたもの。これも小学の後には読むべき筈のもの。儀礼経伝通解にも臣礼という篇があり、これも読まなければならないもの。先年の録に、君臣は父子と模様は違うが孝に帰着するとある。君臣は元は他人。君は上、家来は下。そこで君へ誠を尽くす。上は、「求忠臣、必於孝子之門」の意。君臣という二本の木にかすがいをするので離れない。二本が一本になるのは親子の意。義のかすがいを誠で締める。小学は泰平の奉公。ここで忠であれば忠心鉄石の如くで動くことはない。
【語釈】
・必忠臣を求めんと欲するに孝子の門に求める…「求忠臣、必於孝子之門」。

○適公所。ここか靣白ひ。平生何事ないことをかいてあるぞ。何ぞ侍は役にたたぬかしれる。その何ぞ侍は平生か不勤。其癖へらず口、泰平に生れたゆへとするける。何そのときは一番鑓と云かをかしひ。平生のことかならひては何その時は役に立つまいぞ。平日つとめの処を大切にする心か馬先の役に立つ。つんとここらのことを朱子の始にのせられた思召か有難ひことぞ。君臣の義ならは何ぞ挌段なことを書ひてありそふなもの。何んのことはない。平日のことなり。これならは学問せすともなると云やふな処が朱子の思召ぞ。扨ここのは歴々の勤なり。中小性や小役人の聞てうつらぬことぞ。大人以上の人の大切のことぞ。明日は御前へ出ると云と斎戒沐浴精進することぞ。只聞ては、閙しひものは夫ては平生精進つめと云はふが、これは多葉粉盆、茶の給仕する人のことではない。大夫家老体の人のこと。国天下の政に与ることを申し上ることゆへ至極大切なこと。平生体のことでない。君へ申し上るは神を祭るやふな体ぞ。
【解説】
「禮記曰、將適公所、宿齊戒、居外寢沐浴」の説明。ここは大夫や家老の様な国天下の政に与る人のこと。平生の勤めを大切にする。それでうまく行く。何ぞの時はと言う侍は役に立たない。
【通釈】
「適公所」。ここが面白い。平生の何事もないことが書いてある。何ぞ侍は役に立たないことが知れる。何ぞ侍は平生勤めない。その癖減らず口で、泰平に生まれたのでと言ってずるける。それで何ぞの時は一番鑓と言うのが可笑しい。平生のことができなくて、何ぞの時に役に立つ筈はない。平日の勤めの処を大切にする心が馬先の役に立つ。ここらのことを朱子が始めに載せられた思し召しが実に有難いこと。君臣の義なのだから何か格別なことを書いてありそうなものだが、何のことはない。平日のことである。これであれば学問をしなくてもできるという様な処が朱子の思し召しである。さてここのは歴々の勤めのことで、中小性や小役人が聞いてもわからないこと。大人以上の人の大切とすること。明日は御前へ出るというと斎戒沐浴精進をすること。これを単に聞いては、それでは忙しい者は平生精進詰めだと言い張るが、これは煙草盆や茶の給仕をする人のことではない。大夫家老体の人のこと。国天下の政に与ることを申し上げることなので至極大切なこと。平生体のことでない。君へ申し上げるには神を祭る様な体である。

○史。たたい史は大名にこそ表祐筆があること。ここは大夫家老の史なり。今も家中の家老に物書かある。今日一と通りの家中の留主居ても物書を持てをる。○進象笏。象牙のしゃくのこと。○思所思念。此度此事を上へ申し上る、講釈をするにも下見をつつしんてするぞ。出ほふたいと云ことは不謹なり。殊に新しく国の大事を申し上ることなれは、なみや大ていなことてはない。そこて思念して謹んて申し上るのぞ。○對は御うけのこと。○命はををせ付られた御用向ヶ様と笏に書るす。わすれぬ為め、至極の念を入れることぞ。
【解説】
「史進象笏。書思・對・命。思、所思念將以告君者也。對、所以對君者也。命、所受君命也。書之於笏爲失忘也」の説明。大夫や家老は史を持っている。謹んで申し上げ、仰せ付けは忘れないために笏に記す
【通釈】
「史」。そもそも大名にこそ表祐筆ということがある。ここは大夫家老の史のこと。今も家中の家老に物書きがいる。今日一通りの家中の留守居でも物書きを持っている。「進象笏」。象牙の笏のこと。「思所思念」。この度この事を上へ申し上げる時に謹む。講釈をするにも下見を謹んでする。出放題は謹しまずである。殊に新しく国の大事を申し上げることなので、並大抵なことではない。そこで思念して謹んで申し上げるのである。「対」は御請けのこと。「命」は仰せ付けられた御用向きは斯様なことと笏に記す。それは忘れないために至極の念を入れること。

○既服。服すは朝廷の衣服。○容觀。立まわり。觀はみもの。後世は色々とりかざりがある。虚偽ゆへ、そこて人は木地かよいと云。これらはついえを云。たたい人はよい振まいと云てなけれはみられぬぞ。そこて觀の字。○玉声。日本の印篭巾着を付ると同しやふなこと。鈴をつけて立振舞のたび鳴る音さわやかに、どふも云へぬ筈ぞ。田舎ものの鍬ををいて休むとは違ふぞ。鍬の手さきにはうつらぬことぞ。○為有觀之者。此の容觀の字は本文の容觀の注てはない。さて人にみせやふとてするてない。謹のよいからして容もよい。皆我方のことなり。去れともをのづと見てかあることぞ。さて、そんなら見人かなくはと云て六ヶ鋪をかける。いや石のかろふとの内てもこふつつしむぞ。為有觀之者なとと云語は終世悪名不称と云と同意なり。觀と云ても人に見せるてない。見るものにさっとをうたれぬやふにこの方をよくすること。赤坂奴や芝居の役者の髭や白粉をぬったてない。形をつつしむことを云。觀は畢竟人がらよくても袴ごしまかっては人をなみするのしゃ。鬢鏡を懐中するも謹の至極のことそ。
【解説】
「既服習容觀・玉聲乃出。既服、著朝服已竟也。習容觀爲有觀之者、習玉聲爲有聽之者」の説明。衣服を整え、立ち振舞いに配意するのは人から非難されないためである。
【通釈】
「既服」。服は朝廷の衣服。「容観」。立ち回り。観は見物。後世は色々と取り飾りがある。それは虚偽だから、そこで人は生地がよいと言う。それは費えを言ったもの。そもそも人はよい振舞いでなければ観られたものではない。そこで観の字がある。「玉声」。日本で印籠や巾着を付けるのと同じ様なこと。鈴を付けて立ち振舞の度に鳴る。その音は爽やかで実によい筈。それは田舎者が鍬を置いて休むのとは違う。鍬の手先には似合わないこと。「為有観之者」。この容観の字は本文の容観の注ではない。人に見せようとしてすることではない。謹みがよいから容もよい。皆自分の方のこと。しかしながら、自然と見手があるもの。さて、それなら見手がなければどうかと屁理屈を言う。いや石の唐櫃の内でもこの様に謹むのである。「為有観之者」などという語は「終世悪名不称」と言うのと同意である。観と言っても人に見せるのではない。見ている者に察当を言われない様にこちらをよくすること。赤坂奴や芝居の役者の様に髭や白粉を塗ることではなく、形を謹むことを言う。畢竟人柄がよくても袴腰が曲っては、人が蔑することになる。鬢鏡を懐中するのも謹の至極のこと。
【語釈】
・終世悪名不称…田原利左次の写本には「終世悪不名称(世を終うるまで名の称せざるを悪む)」とある。


明倫41
○曲禮曰、凡爲君使者、已受命君言不宿於家。急君使也。言謂有故所問也。君言至、則主人出拜君言之辱。使者歸、則必拜送于門外。敬君命也。出、出門也。此謂國君問事於其臣。若使人於君所、則必朝服而命之。使者反、則必下堂而受命。謂臣有所告請於其君。去不下、送反而下迎、尊君命也。不出門、己使卑於君使也。
【読み】
○曲禮に曰く、凡そ君の爲に使いする者は、已に命を受けては君言家に宿[とど]めず。君の使いを急にするなり。言は、問う所を故有りて言うなり。君言至れば、則ち主人出でて君言の辱きを拜す。使者歸れば、則ち必ず拜して門外に送る。君命を敬うなり。出は門を出ずるなり。此は國君の事を其の臣に問うを謂う。人をして君の所に使わすが若きは、則ち必ず朝服して之を命ず。使者反れば、則ち必ず堂を下りて命を受く。臣の其の君に告げ請う所有るを謂う。去るに下り送らず、反りて下り迎うは、君命を尊ぶなり。門を出でざるは、己の使い、君の使いより卑ければなり。

○曲礼曰、凡為君使者云々。今日も武家の仕宦使者役なとは日々のことなり。時に如此の心かけなれは何ぞ侍でない。君の御用て他所へゆくと云とき、たとへ今日中なれはよいことても、そこを已受命不宿家。早速に命をつとむることぞ。○急君使也。今医者の処へ薬取にゆくは只のめしつかひでもぶら々々せずにゆく。まして歴々なと君の使なれは、筋を知ていてもをちつかぬことぞ。去れとも勤めなれたるもの、あぢに高をくくり行きすきをする。馬や足輕供まわりのそこへ来てをるに碁をうっている。結句つとめなれたと云自慢にもをちつくのかある。それては君臣の義てない。爰等がそろ々々と靖献遺言の下地。平生是れ程のこと。如此なれは、まして一大事有時猶更な筈ぞ。
【解説】
「曲禮曰、凡爲君使者、已受命君言不宿於家。急君使也。言謂有故所問也」の説明。君命があれば直ぐに命を勤める。勤め慣れているからと言って、その様にしないのは君臣の義ではない。
【通釈】
「曲礼曰、凡為君使者云々」。今日も武家の仕官使者役などは日々のこと。時にこの様な心掛けであれば何ぞ侍ではない。君の御用で他所へ行くという時、たとえ今日中であればよいことでも、そこを「已受命君不宿於家」で、早速命を勤める。「急君使也」。今医者の処へ薬を取りに行くのはただの召使いでもぶらぶらとせずに行く。ましてや歴々などが君の使いとなれば、筋を知っていても落ち着かないこと。しかし、勤め慣れた者は悪く高を括り、行過ぎをする。馬や足軽供廻りがそこへ来ているのに碁を打っている。つまりは勤め慣れていると自慢して落ち着いているのである。それでは君臣の義ではない。ここらがそろそろと靖献遺言の下地になること。平生これほどのこと。この様であれば、ましてや一大事のある時は尚更な筈である。
【語釈】
・行きすき…行過ぎ。知ったかぶりをすること。やたら通人ぶること。

○君言至云々。此章三つにわけてみよ。ここらの文は皆ふっきりしゃ。不宿於家て一とくさり、君言至て二たくさり。君よりの御用向や病気のとき、家がら家老なとの処へは上使かある。今の上使かこの体。主人が出迎ふぞ。○拜君言之辱。辱は有難より重いぞ。辱は、私しきへ仰せられたは上をはつかしめるのぞ。御身をけがすと云ことて、いこふあかめるのしゃ。○使者帰。門の外迠をくる。君言来る家は必重ひ家ぞ。○若使人於君所。此章は大名、其臣は大夫。ここて三段ぞ。上の段とは違ふ。君処へ使を以て申し上ること。今日国使者なとかこれぞ。又家老なとの上へ上ること有。留主居なとか献上ものを上る類のこと。国主重臣を君へつかわすことあり。○謂臣有所云々。今もいこふ爰等のことはあきらかぞ。君命て輕ひ者もくる。其輕ひものを上坐へ直して敬ふぞ。
【解説】
「君言至、則主人出拜君言之辱。使者歸、則必拜送于門外。敬君命也。出、出門也。此謂國君問事於其臣。若使人於君所、則必朝服而命之。使者反、則必下堂而受命。謂臣有所告請於其君。去不下、送反而下迎、尊君命也。不出門、己使卑於君使也」の説明。上使がある場合は主人自らが出迎え、帰る際は門外まで送る。それは君を崇めるのである。君命で軽い者が来ても、その者を上座にして敬う。
【通釈】
「君言至云々」。この章は三つに分けて見なさい。ここらの文は皆ぶっ切れたもの。「不宿於家」で一くさり、「君言至」で二くさり。君からの御用向きや病気の時には、家柄によって家老などの処へは上使がある。今の上使がこの体。それを主人が出迎えるのである。「拝君言之辱」。辱は有難いというよりも重いこと。辱は、私如きへ仰せられたのは上を辱めるということ。御身を汚すということで、大層崇めるのである。「使者帰」。門の外まで送る。君言の来る家は必ず重い家である。「若使人於君所」。この章は大名のことで、その臣は大夫である。ここで三段であり、上の段とは違う。君処へ使を以って申し上げること。今日国使者などがこれ。また、家老などが上へ上げることもある。留守居などが献上物を上げる類のこと。国主が重臣を君へ使わすこともある。「謂臣有所云々」。今も大層ここらのことは明かである。君命で軽い者も来る。その軽い者を上座へ直して敬う。


明倫42
○論語曰、君召使擯、色勃如也、足躩如也。擯、主國之君所使出接賓者。勃、變色貌。躩、盤辟貌。皆敬君命也。揖所與立左右手、衣前後襜如也。所與立謂同爲擯者也。擯用命數之半、皆西向立、以次傳命。揖左人、則左其手。揖右人、則右其手。襜、整貌。趨進翼如也。疾趨而進、張拱端好如鳥舒翼。賓退必復命曰、賓不顧矣。紓君敬也。
【読み】
○論語に曰く、君召して擯せしめば、色勃如たり、足躩如[かくじょ]たり。擯は主國の君、出でて賓に接せられる所の者。勃は色を變ずる貌。躩は盤辟の貌。皆君命を敬うなり。與に立つ所に揖[ゆう]して手を左右にすれば、衣の前後襜如[せんじょ]たり。與に立つ所は同じく擯と爲る者を謂うなり。擯は命數の半を用い、皆西に向きて立ち、次を以て命を傳う。左の人を揖すれば、則ち其の手を左にす。右の人を揖すれば、則ち其の手を右にす。襜は整う貌。趨り進めば翼如たり。疾く趨りて進み、拱を張るに端好にして鳥の翼を舒るが如し。賓退けば必ず復命して曰く、賓顧みず、と。君の敬を紓うるなり。

○論吾曰、君召云々。さて論吾は孔子の御様子を書た。孔子は垩人故何も彼もなさるることが皆道理のなりぞ。君へはこふする筈と云てはなされぬ。自然。それか後世の法になるぞ。そこで論吾郷黨の篇をここに引く。孔子の立居振舞を御門人の記してをかれたことぞ。さて孔子の君に仕へる様子はいこふ愼の深ひこと。皆垩人の妙用にて小学者の及はぬことなれとも、はやこれを礼として手本にするそ。孔子のなされたことを何も彼も学ぶて小学ぞ。孔子の方には覚ないことなり。利休か数寄屋を窓は何尺何寸と好みはせぬ。利休には寸法はない。たた利休のしたことが何もかもとふも云へぬ妙所かあるゆへ、寸法として茶人の形にする。垩人のはつんとなさるることが皆気なしになされたか、皆万世の手本になるそ。
【解説】
「論語曰、君召」の説明。孔子は聖人なので何でも道理の通りである。その孔子を手本にするのが小学である。聖人は手本になろうとしたのではない。しかし、それが皆万世の手本になる。
【通釈】
「論語曰、君召云々」。さて論語は孔子の御様子を書いたもの。孔子は聖人なので何もかもなされることが道理の通りである。君へはこうする筈と言ってはされない。自然なことで、それが後世の法になる。そこで論語郷党の篇をここに引く。これは孔子の立居振舞いを御門人が記して置かれたもの。さて孔子が君に仕える様子は大層謹み深い。皆聖人の妙用で小学者には及びもしないことだが、早くもこれを礼として手本にする。孔子のなされたことを何もかも学ぶのが小学である。しかしそれは孔子の方に覚えのないこと。利休が数寄屋を窓は何尺何寸と好みはしない。利休に寸法はない。ただ利休のしたことには何もかもどうも言うに言えない妙所があるので、寸法として茶人の規範とする。聖人は皆気なしになされたのだが、それが皆万世の手本になるのである。
【語釈】
・論吾郷黨の篇…論語郷党3を指す。

○使擯色勃如也。垩德の云わうやふない。垩人は知は万物にあま子く。天地の中には何にもかもくらいことはない。なれとも其高大な知て色勃如なり。勃如は、ああと云てもつとまろふかと、兎角うてたと云体てあるぞ。今日の凡夫は、働のあるは呑込姿て人を人くさいとも思はぬ。垩人は兎角勃如。あぶなく一っはいのない。いつも新参のやふな体。大事々々となさるることぞ。勃如と云に付き、今朝も思ふことなり。今親や主人の癰疔にさわるに、ぐわさ々々々ふるへるほとながよいぞ。白徒が外科のやふに、はてに手ぎはのよい筈はない。そこか勃如じゃ。とんと親や君を大切とする誠からは勃如なものぞ。○足躩如。足もとすら々々とあるかれぬ体。謹かあるて進みか子る。味池の弁に、伺ふてなさるやふに向へ進み兼る。垩人の誠の至りぞ。○擯、主国之君云々。兩国の交り、ここは擯次第なり。そこて大事のこと。垩人もたんは色になったぞ。君へのかいそへ。論吾の序、會斉侯于夾谷相たり。此擯のてい。今茶湯を知らぬ人か圍へ這入ると勃如の体。吾か不案内ゆへ、そこて勃如か知れる。垩人は何ても自由自在のことなれとも、誠の至りからの勃如じゃ。○盤辟。盤は立ちもとをるてすすみか子ること。辟は常はめくることにかく。爰は向へすすまぬこと。
【解説】
「使擯、色勃如也、足躩如也。擯、主國之君所使出接賓者。勃、變色貌。躩、盤辟貌。皆敬君命也」の説明。聖人の知は万物に遍くが、それが「色勃如」である。「足躩如」は謹みから足が進まないこと。「擯」は君への介添えである。
【通釈】
「使擯色勃如也」。これが聖徳の言い様もないこと。聖人の知は万物に遍く。天地の中に何もかも暗いことはない。しかしその高大な知でありながら色勃如となる。勃如は、ああと言う様なことで、勤まるだろうかと、とかく心配する体。今日の凡夫は、働きのある者は呑み込み姿で人を人臭いとも思わない。聖人はとかく勃如で、危な気なく自分勝手もない。いつも新参の様な体。大事になされる。勃如ということについて、今朝も思ったことだが、今親や主人の癰疔を触るのに、がさがさ震えるほどなのがよい。素人の外科の様に、派手で手際のよい筈はない。そこが勃如である。親や君を大切とする誠からは、実に勃如なもの。「足躩如」。足元をすらすらと歩けない体。謹みがあるので進みかねる。味池の弁に、伺ってなさる様で、向こうへ進みかねるとある。聖人の誠の至りである。「擯、主国之君云々」。両国の交わりは擯次第である。そこで大事なこと。聖人もたんは色になった。君への介添えである。論語の序に、「相定公会斉侯于夾谷」とあり、これが擯の体である。今茶湯を知らない人が囲へ這い入ると勃如の体である。不案内なので、それで勃如なのがわかる。聖人は何でも自由自在だが、誠の至りからの勃如である。「盤辟」。盤は徘徊して進みかねること。辟は通常は廻ることに使うが、ここは向こうへ進まないこと。
【語釈】
・味池…味池修居。名は直好。儀平、丹治と称す。号は守齋。播磨美嚢郡竹原の人。三宅尚齋姉の孫。延享2年(1745)8月19日没。年57。初め佐藤直方及び淺見絅齋に学ぶ。
たんは色…
・會斉侯于夾谷相たり…論語序説。「十年辛丑、相定公會齊侯于夾谷、齊人歸魯侵地」。
・立ちもとをる…立ち徘徊る。歩きまわる。行きつもどりつする。徘徊する。

○揖所与立云々。擯は吾一人てない。同役がある。○衣前後襜如。孔子の衣を召たていがいこふしゃんとととのをりたぞ。それか襜如なり。垩人は高位でなくとも、丁ど葵祭りの公家衆の出立のやふにいこふ見事てあるぞ。爰も襜如と勃如を合せてみよ。さても々々々なり。所与立。擯の同役あることぞ。○擯用命数之半。さてあの方と此方は違あるぞ。日本は一位重くそれから二位、あの方は九命か重く一命はさがりなり。名数の半とは、九命の挌式なれは五人、七命は四人、五命は三人。とかく半分のわりに擯の数をするなり。
【解説】
「揖所與立左右手、衣前後襜如也。所與立謂同爲擯者也。擯用命數之半、皆西向立、以次傳命。揖左人、則左其手。揖右人、則右其手。襜、整貌」の説明。擯には同役がいる。九命の格式であれば五人、七命は四人、五命は三人の擯となる。中国では九の方が一よりも重い。
【通釈】
「揖所与立云々」。擯は自分一人ではなく、同役がいる。「衣前後襜如」。孔子の衣を召した体が大層しゃんと整っていた。それが襜如である。聖人は高位でなくても、丁度葵祭りの公家衆の出立の様に大層見事である。ここも襜如と勃如を合わせて見なさい。実によい。「所与立」。擯の同役があること。「擯用命数之半」。さて中国と日本とには違いがある。日本は一位が重く、それから二位となるが、中国では九命が一番重くて一命は低い。命数の半とは、九命の格式であれば五人、七命は四人、五命は三人ということ。とかく擯の数を半分の割りにする。

○趨進云々。先日も云通り、わしると云ことは君の御目通りを通る時はすら々々とゆくが礼ぞ。のろり々々々とゆくは横平ぞ。○翼如は鳥の翼をのふると有て、今の常服の麻上下の体てない。素袍や大紋のとき鳥の翼をのぶる体て、いこふゆゆしきなり。○賔退云々。重ひ會首尾よくすみ、賔不顧と擯か告る。賔不顧矣。この矣の字て首尾よくすんてと云ことをきめるの矣しゃ。不顧は、主人玄関まて送るにたたい顧ることあり。其顧ることあろふと主君もまってをるゆへ、不顧と告る。これて滞なくすんたと、君の敬もゆるまりやすんすることぞ。先年の彔に曰、さて天理か酒、それを燗をしたか人情なり。礼も人情に本つく。ああと安んぜしむるかよい。孔子御客か皈りましたと云ふと、楽しゃと云。御鷹方が首尾よく御立と云と隱居悦ぶ。心つかいをやすめる。これを云か天理人情じゃ。
【解説】
「趨進翼如也。疾趨而進、張拱端好如鳥舒翼。賓退必復命曰、賓不顧矣。紓君敬也」の説明。会が首尾よく終わり、賓を送った後には「賓不顧矣」と言う。これで君を安んずる。
【通釈】
「趨進云々」。先日も言った通り、趨るとは、君の御目通りを通る時はすらすらと行くことで、それが礼である。のろりと行くのは横柄である。「翼如」は鳥の翼を舒ぶるとあり、今の常服の麻裃の様な体ではない。素襖や大紋の時が鳥の翼を舒ぶる体で、大層立派なことである。「賓退云々」。重い会も首尾よく済み、「賓不顧」と擯が告げる。「賓不顧矣」。この矣の字が、首尾よく済んでということを決めた矣である。「不顧」。主人が玄関まで送る間には顧みることがよくある。顧みることがあるだろうと主君も待っているので、不顧と告げる。これで滞りなく済んだと、君の敬も緩まり安んずる。先年の録に、天理が酒、それを燗をしたのが人情だと言った。礼も人情に基づく。ああと安心させるのがよい。孔子が御客が帰りましたと言うと、楽だと言う。御鷹方が首尾よく御立ちと言うと隠居が悦ぶ。心遣いを休める。これを言うのが天理人情からのこと。


明倫43
○入公門鞠躬如也。如不容。鞠躬、曲身也。公門高大、入如不容、敬之至也。立不中門、行不履閾。中門、中於門也。詳見此篇第七條。閾、門限也。禮、士大夫出入君門、由闑右不踐閾。立中門則當尊。行履閾則不恪。過位色勃如也。足躩如也。其言似不足者。位、君之虚位。謂門屏之間、人君宁立之處。所謂宁也。君雖不在、過之必敬。不敢以虚位而慢之也。言似不足不敢肆也。攝齊升堂鞠躬如也。屏氣似不息者。攝、摳也。齊、衣下縫也。禮、將升堂兩手摳衣使去地尺。恐躡之而傾跌失容也。息、鼻息出入者。近至尊氣容肅也。出降一等逞顔色怡怡如也。没階趨、翼如也。復其位踧踖如也。等、階之級也。逞、放也。漸遠所尊、舒氣解顔。怡怡、和悦也。没階、下盡階。趨、走就位也。俗本、作趍進。陸氏釋文云、古本無進字。今從之。復位踧踖、敬之餘也。
【読み】
○公門に入れば鞠躬[きくきゅう]如たり。容れられざるが如し。鞠躬は身を曲むるなり。公門高大、入るに容れられざるが如きは、敬みの至りなり。立ちて門に中せず、行きて閾を履まず。門に中するは門に中するなり。詳かに此の篇第七條に見ゆ。閾は門限なり。禮に、士大夫君門を出入すれば、闑の右に由り閾を踐まず、と。立ちて門に中すれば則ち尊に當る。行きて閾を履めば則ち恪[つつし]まず。位を過ぎれば色勃如たり。足躩如たり。其の言足らざる者に似たり。位は君の虚位。門屏の間、人君宁立の處を謂う。宁と謂う所なり。君在らずと雖も、之を過ぎれば必ず敬む。敢て虚位を以て之を慢らず。足らざるに似るは敢て肆にせざるを言うなり。齊を攝[かか]げて堂に升れば鞠躬如たり。氣を屏[おさ]めて息せざる者に似る。攝は摳なり。齊は衣の下の縫めなり。禮に、將に堂を升らんとして兩手衣を摳りて地を去る尺ならしむ、と。之を躡みて傾跌して容を失わんことを恐る。息は鼻息の出入する者。至尊に近づき氣の容肅むなり。出でて一等を降れば顔色を逞[はな]ちて怡怡如たり。階を没して趨る、翼如たり。其の位に復れば踧踖[しゅくせき]如たり。等は階の級なり。逞は放なり。漸く尊ぶ所に遠ざかり、氣を舒え顔を解く。怡怡は和悦なり。階を没するは、階を下り盡すなり。趨は走りて位に就くなり。俗本に、趍り進むに作る、と。陸氏釋文に云う、古本に進の字無し、と。今之に從う。位に復りて踧踖たるは、敬の餘なり。

○公門。上の御門を通るに身をちちめて通る。どふやらくぐりをくくるやふに、いこふ孔子の這入りにくき処へえいやっと通るてい。究屈なやふなり。茶の湯のにしり上りを這入るやふなてい。謹の至り。いかさま今日も葵の御紋の瓦にある御門前はぬく々々と通る筈はない。ここらのことは、子路や其外の供をする門人方が孔子の御様子を書てをかれた。それが残りて後世臣下の手本法りになるぞ。○立不中門云々。さて父子の親ては親に似たことはせぬことぞ。君臣ては君に似たことをせぬか大体ぞ。○行不履閾。またいて通るはづ。またいて通るぞ。書をよみても文字がなくてははたらかぬぞ。閾はふまぬか毛氈のすみをはふんてもよいと云ことはない。此等も万事に通して合点すへし。
【解説】
「入公門鞠躬如也。如不容。鞠躬、曲身也。公門高大、入如不容、敬之至也。立不中門、行不履閾」の説明。孔子のしたことが、後世臣下の手本となり法となる。父子之親では、子は親に似たことをしてはならない。君臣之義では、臣は君に似たことをしてはならない。
【通釈】
「入公門」。上の御門を通るのに身を縮めて通る。どうやら潜りを潜る様で、孔子が這い入り難い処へえいやっと通る体。窮屈な様子で、茶の湯の躙り口を這い入る様な体。謹みの至りである。今日も瓦に葵の御紋のある御門前はいかにもぬくぬくと通る筈はない。ここらのことは、子路やその外の供をする門人方が孔子の御様子を書いて置かれたもの。それが残って後世臣下の手本となり法となるのである。「立不中門云々」。さて父子の親では親に似たことをしてはならない。君臣では君に似たことをしないというのが大要である。「行不履閾」。閾は跨いで通る筈。跨いで通るもの。書を読んでも文字がなくては働かない。閾は踏まないが毛氈の隅は踏んでもよいということはない。これらも万事に通して合点しなさい。

○中門云々。中於門と中に於の字を入れたは中門とよませぬため。○不恪。つつしまずなり。しきみはふんで通るへき筈でない。人の下駄艸履ふんてはとをらぬ。君臣の義もこの様なささいな処からふんてゆく。小をなくりて大な処てして取ふと云は、丁度山師か懐手で金をもふける工靣をするやふなもの。たたいほんの富豪は分厘の目銭から身代をあける。小学もしきみをふます門に中せす。こそ々々したことから廣がる。此やふな処を大切にするか小学の小学たる処じゃ。今医者か人参斗り吟味して外の藥種はあまり吟味せぬ。可笑しひことぞ。人参も用る塲てない時は何んの役にたたぬ。小学は閾をふまぬ処から、何ても残すことはない。一寸閾をふんたとて不忠てもないか、其細かからをし廣けると大義も失ぬ。やっはり鳶飛戻天魚躍于淵と云かここのわけぞ。皆道かゆき渡ってつんと理に大小はないこととしるへし。何んその時と何ぞを出さぬことぞ。なんそを笠にきると今日を麁末にする。そこか大の不忠になる。閾をふまぬはささいなれとも、どふでもよいとすれは君を輕んずるのぞ。大も小も君をかろんするは同しこと。そこて小学は大切のことぞ。此小学かすめは人間一匹どこと云べきやふはない。仏は日用をすてて道を悟りたかる。やっはりなんぞ侍の筋ぞ。今がぬける。儒者は日用について道をさとる。小さいことをすてずにそこから行ふ。それ故大きひこともなるぞ。とんと天地丸呑にして残さぬから、君臣の義も瑣細なこと迠のこさぬ。
【解説】
中門、中於門也。詳見此篇第七條。閾、門限也。禮、士大夫出入君門、由闑右不踐閾。立中門則當尊。行履閾則不恪」の説明。閾は踏んで通るべきものではない。君臣之義は、その様な瑣細なことを守ることからする。そこで残す様なことがない。道は全てに行き渡っていて、理に大小はない。何かの時にはと言うのは今を粗末にするものであって、これが不忠へと続く。
【通釈】
「中門云々」。「中於門也」と、中に於の字を入れたのは中門と読ませないため。「不恪」。つつしまずである。閾は踏んで通るべき筈のものではない。人の下駄や草履を踏んでは通らない。君臣の義もこの様な瑣細な処から踏んで行く。小を疎かにして大な処でして取ろうと言うのは、丁度山師が懐手で金を儲ける工面をする様なもの。そもそも本当の富豪は分厘の目銭から身代を上げる。小学も閾を踏まず門に中せずと、こそこそとしたことから広がる。この様な処を大切にするのが小学の小学たる処である。今の医者は人参ばかりを吟味して外の薬種はあまり吟味をしないが、それは可笑しいこと。人参も用いる場でない時は何も役に立たない。小学は閾を踏まない処からするから何も残すことはない。一寸閾を踏んだとしても不忠でもないが、その細かなところから押し広げると大義も失わない。やはり「鳶飛戻天魚躍于淵」と言うのがここのわけである。皆に道が行き渡っており、理に大小は全くないことと知りなさい。何ぞの時と、何ぞを出さない。何ぞを笠に着ると今日を粗末にする。そこが大の不忠になる。閾を踏まないのは瑣細なことだが、それをどうでもよいとするのは君を軽んずることになる。大も小も君を軽んずるのは同じこと。そこで小学は大切なこと。この小学が済めば人間一匹言うべきことは何もない。仏は日用を棄てて道を悟りたがる。やはり何ぞ侍の筋である。今が抜けている。儒者は日用のことで道を悟る。小さいことを棄てずにそこから行う。そこで大きいこともできる。天地を丸呑みにして全く残さないから、君臣の義も瑣細なことまで残さない。
【語釈】
・鳶飛戻天魚躍于淵…詩経大雅旱麓。「鳶飛戻天、魚躍于淵」。中庸章句12に引く。

○過位色勃如也。年始や五節句のとき君か礼を受る御坐式。つ子には君はこさら子とも、そこを通るとき、孔子はあたまがさかり色勃如たり、足躩如たりじゃ。ここらのもやふは声なきに聞無形に見るとはあたりはちがへとも、誠心の処はつんと同意ぞ。○其言似不足者。もの云ことのえならぬもののやふに見へた。今不弁なものは心に思ふ様に云れぬと云やふなてい。垩人常は御弁舌立て板に水を流すなれとも、ここてはむさと高声もせぬ。垩人の誠のあらはれたのぞ。○位は君之虚位。なんぞ挌式のときに君の出御の間なり。常は御坐らぬによって虚位と云。今大名の屋形にも虚位あるぞ。常は御城坊主や出入のものへ吸物を出すときもあるが、孔子は色勃如なり。
【解説】
「過位色勃如也。足躩如也。其言似不足者。位、君之虚位」の説明。孔子は君の御座敷を通る時は「色勃如也、足躩如也」で、言葉もうまく出ない様である。それは誠心からのこと。
【通釈】
「過位色勃如也」。「位」とは、年始や五節句の時に君が礼を受ける御座敷のこと。いつもは君はおられないが、そこを通る時に孔子は頭が下がり「色勃如也、足躩如也」である。ここらの模様は「聴於無声、視於無形」とは当たりが違うが、誠心の処は実に同意である。「其言似不足者」。ものを言うことができない者の様に見える。今不弁な者が心に思う様には言うことができないという様な体。いつもは聖人の御弁舌は立て板に水を流す様だが、ここでは中々高声もしない。これが聖人の誠の現れたところ。「位君之虚位」。何かの格式の時に使う君の出御の間である。いつもはおられないので虚位と言う。今大名の館にも虚位がある。普段は御城坊主や出入りの者に吸物を出す時もあるが、孔子は色勃如也である。
【語釈】
・声なきに聞無形に見る…小学内篇明倫7。「聽於無聲、視於無形」。

○謂門屏云々。土間てしき瓦ぞ。家の内にある門じゃ。屏は、この方の坐鋪ならつい立てなそのあるやふなぞ。○宁立はちっとの間立てこさることで、ふだんは君はごさらぬなれとも、以暗昧不廃礼て、影日向なきつつしみ。誠の活しているのぞ。先年の彔に曰、凡夫は得て鬼の留主のやふに安堵して落し咄をしなから御坐鋪を見物と出かけるぞ。たたいは君の御殿なとと云ものは見物せぬ筈のことぞ。垩人とは裏ら腹らで、凡夫はほしいまま一っはいをするのぞ。御廟拜見したいと云ことも願ふましきことぞ。謹あればせつない筈なり。勃如の意なき故のことぞ。
【解説】
謂門屏之間、人君宁立之處。所謂宁也。君雖不在、過之必敬。不敢以虚位而慢之也。言似不足不敢肆也」の説明。凡夫は君がいなければ安堵して、無駄話をしながら御座敷を見物しようなどとも言う。凡夫と聖人とは裏腹である。
【通釈】
「謂門屏云々」。土間での敷瓦のこと。家の内にある門である。屏は、日本の座敷であれば衝立などのある様なこと。「宁立」は少しの間立っておられることで、普段君はおられないが、「以暗昧不廃礼」で、陰日向のない謹みである。誠が活しているのである。先年の録に、凡夫はよく鬼の留守の様に安堵して、落し咄をしながら御座敷を見物しようと出掛けるとある。そもそも君の御殿などというものは見物しない筈のこと。凡夫は聖人とは裏腹で、欲しいまま一杯をするもの。御廟を拝見したいなどと願うべきではない。謹みがあれば切なくなる筈。凡夫は勃如の意がないからこうなる。
【語釈】
・以暗昧不廃礼…暗昧を以て礼を廃さず。

○摂斉云々。堂のきさはしを上るに、衣類のすそをすくふて前をかかめて上る。鞠躬如たりてかかむのぞ。屏気。君の御坐近ひ。そこて気を屏る。水風呂に入るとは違ふ。水風呂のときはすっと湯に入て気をのばすぞ。御前へ出るには息つかぬやなていぞ。不断も気容粛むと礼記にあり、父子の親ても孝子の繪姿をかいたか孝行の手本、孔子の繪姿か君臣の手本。さて屏気似不息者、ここらて唱喏を合点してみよ。唱喏は気ををさめると自唱喏ぞ。気をしっと屏るはづみか唱喏になる。やくにたたぬことなれとも、このやふな意思も覚てをるかよい。
【解説】
「攝齊升堂鞠躬如也。屏氣似不息者。攝、摳也。齊、衣下縫也。禮、將升堂兩手摳衣使去地尺。恐躡之而傾跌失容也。息、鼻息出入者。近至尊氣容肅也」の説明。君の御座に近ければ気を屏める。気を屏めると自ずと唱喏となる。
【通釈】
「摂斉云々」。堂の階を上がるのに、衣類の裾をすくって前を屈めて上がる。「鞠躬如也」で屈むのである。「屏気」。君の御座に近い。そこで気を屏める。それは水風呂に入るのとは違う。水風呂の時はすっと湯に入って気を伸ばす。御前へ出るには息を吐かない様な体である。普段も「気容粛」と礼記にあり、父子の親では孝子の絵姿を書いたのが孝行の手本となり、孔子の絵姿が君臣の手本となる。さて「屏気似不息者」辺りで「唱喏」を合点して見なさい。気を屏めると自ずと唱喏となる。気をじっと屏める弾みがが唱喏になる。これは役にも立たないことだが、この様な意趣も覚えているとよい。
【語釈】
・気容粛む…礼記上玉藻。「君子之容舒遲、見所尊者齊遫、足容重、手容恭、目容端、口容止、聲容靜、頭容直、氣容肅、立容德、色容莊、坐如尸」。

○出降一等云々。怡々はにこ々々笑ふてはない。丁ど灸をすへて仕舞ふたあとの顔のやふなり。又、重荷ををろした顔つきじゃ。○没階。きさはしをりるといつものやふなていになる。復其の位とは、役所のつめ所へ御前よりさがりているときに、まだ御前へ出たをもぶりか残てある。君を恐れつつしむすがたは今下々か奉行所の白洲からさがる体でも見よ。そこで歌はうたはぬ。垩人は君を尊ふゆへ踧踖如しゃ。先年の彔、踧踖、つつしみのほとけぬ。次へ下りてもつつしみかある。敬のあまりぞ。垩人の模様は天地と同しきぞ。寒があけてさむい暑もそれぞ。とんと天と同しきぞ。○進の字、陸德明か昔の本にはない。ここは進むは入らぬ。○舒の字、あくひは出ぬ筈。初手気をつめた息をつくのじゃ。少しとけたてい。和悦は心のほとけたのじゃ。
【解説】
「出降一等逞顔色怡怡如也。没階趨、翼如也。復其位踧踖如也。等、階之級也。逞、放也。漸遠所尊、舒氣解顔。怡怡、和悦也。没階、下盡階。趨、走就位也。俗本、作趍進。陸氏釋文云、古本無進字。今從之。復位踧踖、敬之餘也」の説明。御前を下がった後に安堵する。階を降りるといつもの様子に戻る。自分のところに戻っても「踧踖如」である。踧踖は謹みが解けないこと。
【通釈】
「出降一等云々」。「怡怡」はにこにこ笑うのではない。丁度灸をすえてそれが終わった時の顔の様なこと。また、重荷を下ろした顔付きである。「没階」。階を降りるといつもの様な体になる。「復其位」とは、役所の詰所へ御前より下がっている時に、まだ御前へ出た面振りが残っている。君を恐れ謹む姿は、今下々が奉行所の白洲から下がる体でも見なさい。そこで歌は歌わない。聖人は君を尊ぶので「踧踖如」である。先年の録に、踧踖は謹みの解けないこととある。次へ下りても謹みがある。それは敬の余りのこと。聖人の模様は天地と同じである。寒が明けて寒い暑いもそれ。実に天と同じである。陸徳明が「進」の字は昔の本にはないと言った。ここに進は要らない。「舒」。欠伸は出ない筈。初手気を詰めた息を吐くことで、少し解けた体。「和悦」は心の解けたこと。
【語釈】
・陸德明…唐代の儒者。


明倫44
○禮記曰、君賜車馬乗以拜、賜衣服服以拜。敬君惠也。乗服所賜、往至君所。賜君未有命、弗敢即乗服也。謂卿大夫受賜於天子者、歸必致於其君、有命乃乗服之。或曰、君賜句絶。若車馬則乗以拜賜。若衣服則服以拜賜也。君未有命、弗敢即乗服者、謂非經賜、雖有車馬衣服、不敢輙乗服也。若後世三品雖應服紫、五品雖應服緋、必君賜而後服。
【読み】
○禮記に曰く、君車馬を賜えば乗りて以て拜し、衣服を賜えば服して以て拜す。君の惠を敬うなり。賜う所を乗服し、往きて君の所に至る。賜わりて君未だ命有らざれば、敢て即ち乗服せず。卿大夫の賜を天子に受くる者、歸を必ず其の君に致し、命有りて乃ち之を乗服するを謂う。或は曰く、君の賜句絶す。車馬の若きは則ち乗りて以て賜を拜す。衣服の若きは則ち服して以て賜を拜すなり。君未だ命有らざれば、敢て即ち乗服せざる者は、賜を經るに非ざれば、車馬衣服有りと雖も、敢て輙[たやす]く乗服せざるを謂うなり。後世の三品應に紫を服すべしと雖も、五品應に緋を服すべしと雖も、必ず君に賜いて後服すが若し。

○礼記曰、君賜車馬云々。車に馬に拜領して上への御礼は、先つ拜領の馬にのりて、其後有がたひと申上る。賜衣服。着して拜す。今軽ひものても何ぞ進物に食物をもろふと、早速風味いたし賞翫いたすと書は尤な返答ぞ。とんと進物くれた志をほとくのじゃ。其を、人のくれたものを直に又人へやるはよくないこと。同軰な処の進物も、あの男のすきじゃ、この酒をやるとて親切に酒をよこすに、幸なこと、髪置じゃと隣へ祝儀に封のままやる。それては銭をもろふたになる。呑子は貰ふたにならぬ。まして君の賜なれは、乘れとて馬を下さるるを、其馬にのら子は張り子の馬を貰ふたと同しこと。衣服なれは早速きて辱拜。君の惠を直に身にきるのぞ。
【解説】
「禮記曰、君賜車馬乗以拜、賜衣服服以拜。敬君惠也。乗服所賜、往至君所」の説明。車馬を拝領した時は、それに乗って礼を言う。それで、進物をくれた志を解くのである。進物をそのまま人に遣るのは銭を貰うのと同じである。
【通釈】
「礼記曰、君賜車馬云々」。車馬を拝領した時の上への御礼は、先ず拝領の馬に乗って、その後に有難いと申し上げる。「賜衣服」。着して拝す。今軽い者でも何か進物に食物を貰うと、早速風味いたし賞翫いたすと書くのは尤もな返答である。進物をくれた志をすっかりと解くのである。それを、人のくれた物を直ぐにまた人へ遣るのはよくないこと。同輩な処への進物も、あの男の好きな物だからこの酒を遣ると言って親切に酒を遣すのに、幸いなことだ、髪置きだと言って隣へ祝儀として封のまま遣る。それでは銭を貰ったことになる。飲まなければ貰ったことにはならない。ましてや君の賜であれば、乗れと言って馬を下されるのに、その馬に乗らなければ張子の馬を貰ったのと同じこと。衣服であれば早速着て忝く拝す。君の恵みを直に身に着るのである。

○賜君未有命。倍臣に下さるのぞ。そこて君へ申上る。君が自分迠有難、と。謹んて着やれとあれば着用するぞ。○謂卿大夫云々。ここは是迠か本文の注ぞ。或曰からが本文の左の点の注ぞ。君賜句絶すて、ここて句を切て、車馬をは乘て以て拜賜。君未有命弗敢即乘服。上の説は、倍臣か天子の下され物は国君へ經子は輙く乘服はならぬ、吾君のゆるしかなくてはならぬを云。此或人の説は、凡そ拜領に新しく初ての拜領ものを云ぞ。これまて拜領した例なく初てなれは、車馬ても衣服ても再応の命なくてはきぬことぞ。さて御紋付始て拜領のとき、此度御紋付き下さる、已後きよとあれはかまいなくきる。そふなけれは拜領してもきぬぞ。今の時とは違ふ。今は家中もの多くは一度も拜領せぬ者も、目見以上は拜領せすとも君の紋をきるぞ。固より命あるないにはよらぬ。古は命なくては拜領しても着られぬことぞ。そこて漢以来三品五品のことて證した。
【解説】
「賜君未有命、弗敢即乗服也。謂卿大夫受賜於天子者、歸必致於其君、有命乃乗服之。或曰、君賜句絶。若車馬則乗以拜賜。若衣服則服以拜賜也。君未有命、弗敢即乗服者、謂非經賜、雖有車馬衣服、不敢輙乗服也。若後世三品雖應服紫、五品雖應服緋、必君賜而後服」の説明。陪臣に対する天子からの賜物は、国君の許しがなければ乗服しない。初めて賜う者は、再応の命がなくては乗服しない。今はそれとは違う。
【通釈】
「賜君未有命」。陪臣に下されること。そこで君へ、君が自分までに有難いと申し上げる。謹んで着ろということだから着用するのである。「謂卿大夫云々」。これまでが本文の注であり、「或曰」からが本文の左の点の注である。「君賜句絶」で句を切って、「若車馬則乗以拝賜」。「君未有命弗敢即乗服」。上の説は、陪臣に対する天子の下され物は、国君を経なければ輙く乗服はならない、我が君の許しがなくてはならないということ。この或る人の説は、凡そ拝領について新しく、初めて拝領する者を言ったこと。これまで拝領した例がなくて初めてであれば、車馬でも衣服でも再応の命がなくては着ない。さて御紋付を初めて拝領の時、この度御紋付を下さる、以後着なさいとあれば構いなく着る。そうでなければ拝領しても着ない。今時とは違う。今は家中者の多くは一度も拝領したことのない者でも、御目見以上は君の紋を着る。固より命のあるないには由らない。古は命がなくては拝領しても着てはならなかった。そこで漢以来の三品五品のことでこれを証した。


明倫45
○曲禮曰、賜果於君前、其有核者懷其核。敬君之賜不敢褻也。木實曰果。核當棄。重君賜、故懷之而不棄也。
【読み】
○曲禮に曰く、果を君前に賜えば、其の核有る者は其の核を懷にす。君の賜を敬いて敢て褻れざるなり。木實を果と曰う。核は當に棄つべし。君の賜を重んず、故に之を懷にして棄てざるなり。

○曲礼曰、賜果云々。それてたへよと云ときに、柿ならは柿、梨子ならは梨子、その類さ子あるもの。懐其核と云は其核を器へをへて皈るやふなことはせす懐中する。庭へすてなとはせぬ筈のこと。
【通釈】
「曲礼曰、賜果云々」。それで食べなさいと言う時に、柿ならば柿、梨ならば梨と、その類には核があるもの。「懐其核」は、その核を器へ置いて帰る様なことはせずに懐中すること。庭へ棄てなどはしない筈。


明倫46
○御食於君、君賜餘、器之漑者不寫。其餘皆寫。重汙辱君之器也。漑、謂陶梓之器、可滌潔者。不漑謂萑竹之器。寫者傳己器中乃食之也。勸侑曰御。
【読み】
○君に御食するに、君餘を賜えば、器の漑する者は寫さず。其の餘は皆寫す。君の器を汙辱するを重んずるなり。漑は陶梓の器、滌潔す可き者を謂う。漑せざるは萑竹の器を謂う。寫は己の器中に傳えて乃ち之を食すなり。勸め侑るを御と曰う。

○御食於君云々。君の相伴。賜餘。あまりは君のくいかけのことになる。君のしたしき方から是をくわぬかと云こと。餕とは違う。餕は君へ御前の菜盛出して、あとにあまりてあるを云。餘はくいかけなり。漑者不写。是は下さるものを其器てじきに喰ふ。其餘は皆写す。これらは惣体、あらはれぬものは外のものへうつしてたへることぞ。さて今日の心得になる。今の器には大方洗れぬものはない。先洗れぬ者はかけなかし。これは論はない。写すうつさぬはあんばい有るぞ。君ても親ても常椀は不断召上る椀なれは决して喰ふ筈はない。同し君の道具ても、つい通りの吸物椀なとの類あり。これらはうつさず其まま喰ふことぞ。不断の茶碗なとには遠慮はない。此が旦那の御茶碗と云ことあり。それらはうつすことぞ。如此に合点せぬと用にたたぬ。○陶梓。陶は皿砂鉢猪口の類。梓はあつさとよんで碗の類。万事ぬりもののるい。此方のぬりものとみるかよい。萑竹。あらはぬものて、又も用るものと見ゆる。勸侑曰御。相伴人か有て喰へは挌別にむまいことぞ。凡そ歴々には御食のすすめすすむるて心よく上けらるるぞ。
【解説】
君の相伴の際に君から食を賜った時、洗える器のものはそのままで食い、洗えない器のものは写して食う。しかし、君や親が常に使う椀であれば、臣下や子がそれで食う筈はない。並みの碗であればそれで食ってもよい。
【通釈】
「御食於君云々」。君の相伴である。「賜余」。「余」は君の食い掛けのこと。これは君が親しさからこれを食わないかと言ったことで、「餕」とは違う。餕は、君へ御前の菜を盛り出し、後に余っていることを言う。余は食い掛けのこと。「漑者不写」。これは下さるものをその器で直に食うこと。漑以外は皆写す。これらは総体、洗えないものは外のものに写して食べること。実に今日の心得となる。大方今の器に洗えないものはない。先ずは、洗えないものは掛流しなので論はない。写す写さないに塩梅がある。君でも親でも常椀は普段召し上がる椀なので、決してそれで食う筈はない。同じ君の道具でも、並みの吸物碗などの類もある。これらは写さずにそのまま食う。普段の茶碗などに遠慮はない。これが旦那の御茶碗ということがある。それらは写す。この様に合点しないと用に立たない。「陶梓」。「陶」は皿砂鉢猪口の類。「梓」はあずさと読んで碗の類。万事塗物の類。日本の塗物のことと見なさい。「萑竹」。洗わないもので、またも用いるものと見える。「勧侑曰御」。相伴人がいて食うと格別に美味い。凡そ歴々には御食の勧め侑めることで心よく召し上がることとなる。
【語釈】
・つい通り…並み。普通。


明倫47
○論語曰、君賜食必正席先嘗之。君賜腥必熟而薦之。君賜生必畜之。食恐或爲餕餘。故不以薦。正席先嘗、如對君也。言先嘗、則餘當以頒賜矣。腥、生肉。熟而薦之祖考、榮君賜也。畜之者仁君之惠、無故不敢殺也。
【読み】
○論語に曰く、君食を賜えば必ず席を正して先ず之を嘗む。君腥を賜えば必ず熟して之を薦む。君生を賜えば必ず之を畜う。食は或は餕餘爲らんことを恐る。故に以て薦めず。席を正して先ず嘗むるは、君に對するが如くするなり。先ず嘗むると言えば、則ち餘は當に以て頒ち賜うべし。腥は生肉なり。熟して之を祖考に薦むるは君の賜を榮とするなり。之を畜う者は君の惠を仁にし、故無ければ敢て殺さざるなり。

○論吾曰、君賜食云々。君から料理を下さる。これはむまいもの、能ひ処と云てなんともない体でくふことでない。難有とて席を正しくして謹て喰ふぞ。○君賜腥必熟すは煮ること。日本なれは鳥か生肴なり。料理して先祖の神主へ備ることなり。君賜生必畜之。日本なれは鶉や凡そしめ鳥、うなぎや鮒や鯲の類下さる。直には喰はぬ。先ついかしてをくことぞ。○食恐或爲餕餘。何ほと君ても喰残しは神主へはそなへられぬ。元、君の臣なれとも、鬼神になりてはあまりものはそなへられぬことぞ。さて又食を下さる。吾内なれは殿中とちがひ、とふしてくふてもよいとやりこかすかそふてない。御前でたべるも同しことに謹てたへることぞ。頒賜。君から下されたものを親類念比な人にわけてやってふいてふするのぞ。今も御鷹の鳥なと拜領すれは先祠堂へ備る。自らそふあるへき筈のこと。土井公なとも左様なり。迂斎のきわめたことなり。○畜之物仁君之惠云々。君の思召あって賜を活して下されたとき、まあ其侭いかしてかふてをく。君のあつひ思召ていかして下されたを、はやじきに殺す筈はない。君の惠を生けてをいて拜すなれとも、有故は料理にするぞ。むたにころさぬこと。さてことの外何もこまかあたりぞ。身にきりこんて合点すべきことぞ。
【解説】
君から食を賜った時は席を正しくして謹んで食う。賜物は先ず祠堂へ供える。しかし、食い残しは供えない。それは鬼神に余り物を供える筈はないからである。また、賜物が生きていれば、それには君の篤い思し召しがあって生かしているのだから直ぐには殺さない。無駄に殺すことはしない。
【通釈】
「論語曰、君賜食云々」。君から料理を下さる。それを、これは美味い、よい処だと言って何ともない体で食ってはならない。有難いことだと、席を正しくして謹んで食うのである。「君賜腥必熟」は煮ること。日本であれば鳥か生魚である。料理をして先祖の神主へ供える。「君賜生必畜之」。日本であれば鶉や凡そ鵠、鰻や鮒、鯲の類を下さる。それを直ぐには食わない。先ずは生かして置く。「食恐或為餕余」。どれほど君からのものでも食い残しを神主へは供えられない。元は君の臣なのだが、鬼神になっては余り物は供えられない。さてまた食を下さる。自分の家でのことであれば殿中とは違い、どの様に食ってもよいとよい加減にするのは悪い。御前で食べるのと同じこととして謹んで食べるのである。「頒賜」。君から下されたものを親類や懇ろな人に分けて遣って吹聴する。今も御鷹の鳥などを拝領すれば、先ずは祠堂へ供える。自ずとそうあるべき筈のこと。土井公などもそうだった。迂斎が窮めたからである。「畜之物仁君之恵云々」。君の思し召しがあって賜を活かして下された時、先ずはそのまま生かして置く。君の篤い思し召しで生かして下されたのを、直ぐに殺す筈はない。君の恵みを生かして置いて拝するのだが、「有故」では料理にする。無駄に殺さない。さて殊の外何もかも細か当たりがある。これは身に切り込んで合点すべきこと。
【語釈】
・土井公…唐津藩主。


明倫48
○侍食於君、君祭先飯。君祭則己不祭而先飯、若爲君嘗食然。不敢當客禮也。
【読み】
○君に侍食するに、君祭れば先ず飯す。君祭れば則ち己祭らずして先ず飯するは、君の爲に食を嘗むるが若く然り。敢て客の禮に當らざるなり。

○侍食於君云々。御食と侍食は文字はちかへとも、わさは一つこと。御食の外に侍食はない。訳は有ることゆへに、御食の字注は勸侑曰御。上の段に注するなり。○君祭れは己不祭先飯すなり。飲食をこしらへ始めたものへ飲するごとに備ることぞ。日本ても保食の神と云そ。一寸喰はぬ前に祭る。吾家ては祭るぞ。御前てはそれをすると君と同挌になる。さるに由て客は祭るぞ。御前にはかまわずさきへたべるぞ。おにをする心ぞ。先年彔に曰、君祭、昔飲食を作た人を祭る。今も祭飯臺と云ことあり。仏寺なとにあり、その飯を雀にくわするやふなこと。
【解説】
「君祭」は、昔飲食を作った人を祭ること。その時は、客は御前には構わず、先に食べる。それは毒見をする様なもの。
【通釈】
「侍食於君云々」。御食と侍食とは文字は違うが業は同じである。御食の外に侍食はない。ここにはわけがあり、御食の字注は「勧侑曰御」で、上の段に注をしたのである。「君祭則己不祭而先飯」。飲食を拵え始めた者へ飯する毎に供えること。日本でも保食の神と言う。食う前に一寸祭る。我が家では祭るが、御前ではそれをすると君と同格になる。そこで、客は祭る御前には構わず、先に食べる。それは毒見をする心である。先年の録に、君祭は昔飲食を作った人を祭るとある。今も祭飯台などということがあって、仏寺などにあり、その飯を雀に食わす様なこと。
【語釈】
・勸侑曰御…小学明倫46の語。
・おに…貴人の飲食物の毒見役。おにやく。


明倫49
○疾君視之、東首、加朝服、拖紳。疾者常處北牖下。爲君來視疾、暫時遷向南牖下東首、令君得以南面視己。病臥不能著衣束帶、又不可以褻服見君。故加朝服於身、又引大帶於上也。
【読み】
○疾みて君之を視れば、東首し、朝服を加え、紳を拖[ひ]く。疾む者は常に北牖の下に處る。君來て疾を視るを爲さば、暫時南牖の下に遷り向きて東首し、君をして以て南面して己を視るを得せしむ。病臥衣を著け帶を束ること能わざれば、又褻服を以て君を見る可からず。故に朝服を身に加え、又大帶を上に引くなり。

○疾君視之。これらは今はない。古代はあったことぞ。古も歴々の臣のことと見へる。君かしきに疾の御見舞にごさることそ。○加朝服。今云なら麻上下を病人の上にをくのぞ。○病者当処北牖下。君の御出の時は寐処を南へかたし、東枕にする。君を南靣させることぞ。
【通釈】
「疾君視之」。これらは今はないが、古代にはあったこと。古と言っても、歴々の臣のことと見える。君が直に疾の御見舞にこられること。「加朝服」。今言うのなら麻裃を病人の上に置くこと。「病者当処北牖下」。君の御出の時は寝床を南へかたし、東枕にする。それで君を南面させる。


明倫50
○君命召、不俟駕行矣。急趨君命、行出而駕車隨之。
【読み】
○君命じて召せば、駕を俟たずして行く。急に君命に趨り、行き出でて駕車之に隨う。

○君命召、不俟駕行。これは登城日てない。そこて君命至れは肝をつぶして孔子の出らるる。駕は大夫の乘る礼なれとも、供廻りの揃はぬ内にかけ出す。とんと火消のどんと云と乘り出すやふなこと。供まわりはあとからつつくことぞ。○急趨君命。これを礼に立ててをく。いかほとな愚不肖ても此通りのかたてすること。垩人は至誠惻怛ぞ。今の役人は何も彼も呑込み姿。召ますと云と、をを定めてこれであろふと落つく。さきをくくるのぞ。それは君を蔑にするのしゃ。垩人は至誠惻怛の御心ゆへ、はっと云てゆく。
【解説】
君命があれば駆け出して行く。落ち着いているのは君を蔑ろにするのである。
【通釈】
「君命召、不俟駕行」。これは登城日のことではない。そこで君命が至れは肝を潰して孔子は出られた。大夫は駕に乗るのが礼だが、供廻りの揃わない内に駆け出す。これが、どんと鳴ると火消が乗り出す様なこと。供廻りは後から続く。「急趨君命」。これを礼に立てて置く。どれほどの愚不肖でもこの通りのことを形からするのである。聖人は至誠惻怛である。今の役人は何もかも呑み込み姿で、召しますと言われると、おお、きっとこのことだろうと落ち着いている。それは先を括るのである。それは君を蔑ろにすること。聖人は至誠惻怛の御心なので、はっと言って行く。


明倫51
○吉月、必朝服而朝。吉月、月朔也。孔子在魯致仕時如此。
【読み】
○吉月には、必ず朝服して朝す。吉月は月朔なり。孔子魯に在りて致仕の時此の如し。

○吉月必朝服而朝云々。只今は五節句。これは孔子の御隱居なされたとき。今は隱居か礼に出ると咎めらるる。孔子は上を大事にする思召から隱居しても五節句にはあかろふと云ことぞ。なれともきっとの隱居てない、御役上りてのときてもかふなり。何んであろふと人の臣たるものは此心を定木にする筈ぞ。軽ひことても君へ忠のさなこなり。さて此章迠がなんのことないことを出す。やはり子供の洒掃応對がここぞ。それかならぬと云は大それたことぞ。さて右段々の君につかへるは誰もなることぞ。忠も孝も、初学は心いきにかかわらずすることなり。心いきに成ては親へも君へも至善の吟味ぞ。小学は形からすることなり。今俗人は君子のすることをは嘲弄して、何か御念かいりますなとと云ぞ。又律義につとめる者をみて、ほほふ、論吾をやるなとと云。それを云せたくない。とんと小学を形てするかよい。なんても小学の注文通りにするかよい。果を賜へは多葉粉盆へは核は入れぬもの。これらのことをちょこ々々々としあけると、其心か靖献遺言になる。君辺のことを輕んすると終には跋扈の臣になる。今凡夫か垩人のなされたことをするはとふやらうそ々々しいと云。いやそふでない。やはり小学通りにすることぞ。君臣の義も初に宿に斎戒からここまてをざっと説き、後の孔子曰からか肝心じゃと云とわるい。そふすると君臣の義にほころびかきれるぞ。そこてここまてのことをこまかに云子ばならぬ。
【解説】
これまでのことは誰もができることであり、初学の者は心意気に関わらずにこれをするのである。心意気ということになると至善の吟味となる。小学は形でするのである。
【通釈】
「吉月必朝服而朝云々」。只今は五節句。これは孔子の隠居なされた時のこと。今は隠居が礼に出ると咎められる。孔子は上を大事にする思し召しから隠居しても五節句には上がろうとしたということ。しかしながら、隠居の時ばかりでなく、御役上がりの時でもこの様だった。何であろうと人の臣たる者はこの心を定規にする筈。軽いことでも君へ忠の核子である。さて、この章までは何事もないことを出す。やはり子供の洒掃応対がここのこと。それができないと言うのは大それたこと。さて右段々の君に仕えることは誰もができること。忠も孝も、初学は心意気に関わらずにするのである。心意気ということになっては、親へも君へも至善の吟味となる。小学は形からすること。今俗人は君子のすることを嘲弄して、何か御念の入ったことだと言う。また、律儀に勤める者を見て、ほほう、論語をやるなどと言う。それを言わせたくない。小学はすっかりと形でするのがよい。何でも小学の注文通りにするのがよい。果を賜えば煙草盆へ核は入れないもの。これらのことをちょこちょこと仕上げると、その心が靖献遺言になる。君辺のことを軽んずると終には跋扈の臣になる。今凡夫が聖人のなされたことをするのはどうやらうそうそしいと言う。いやそうではない。やはり小学の通りにするのである。君臣の義も最初の「宿斎戒」からここまでをざっと説き、後の「孔子曰」からが肝心だと言うのは悪い。そうすると君臣の義に綻びが切れる。そこで、ここまでのことを細かに言わなければならないのである。
【語釈】
・さなこ…核子。瓜の種。


明倫52
○孔子曰、君子事君、進思盡忠、退思補過、將順其美、匡救其惡。故上下能相親。
【読み】
○孔子曰く、君子の君に事うる、進みては忠を盡さんことを思い、退きては過を補わんことを思い、其の美を將順し、其の惡を匡救す。故に上下能く相親しむ。

○孔子曰、君子事君、進思尽忠云々。思ふと云はわさはない。上下を着て出るは業。思ふはあらはれぬ処の胸の内の忠。進は御前へ出たとき。忠はとこ迠ものこさすに尽。一分残しても尽したてない。尽すと云字は誠のあさいうすいてない。残さぬを云詞。盃の底へ一滴も残さぬやふなことぞ。一々残さす吾誠を出す。無隱のことぞ。過は君、忠は吾か方なり。是を吾過とみるは非なり。たたい君へ仕るは四十にして仕るなれは過はないにしたもの。君の過を補ふはいかさま衣る物の綻を縫ふやふなこと。その侭をくと綿か見へる。このやふに旦那の過を補かよき家来ぞ。世人はたとひ旦那の過あればとて、をれ一人の役てはない、いらさることと同役をまつ。それでは忠てない。○其美。花にそへ木するのぞ。○此上下親むと云か、如此思ふと云平生の誠ゆへ。故に君からも、あれはをれかことには身はをしまぬと云。漢の汲黯の直諌すれは武帝腹は立られるけれとも、又よくいれる。とんと君からも親む意かなけれは、よいことも君の胸にをちぬことぞ。これらのあんばいか上下親てなけれはいかぬことぞ。兎角信向なくては医者ても薬がきかぬ。それでは役に立ぬ。
【解説】
「忠」とは、誠を尽くすことで、「尽」は残さずということ。「過」は君の過であり、それを補う。自分が忠を尽くすから、君も親しむ。「上下能相親」でなければうまく行かない。
【通釈】
「孔子曰、君子事君、進思尽忠云々」。「思」に業はない。裃を着て出るのは業。思うとは現われない処の胸の内の忠。「進」は御前へ出た時のこと。「忠」はどこまでも残さずに尽くすこと。一分残しても尽くしたことにはならない。尽くすという字は誠の浅い薄いではなく、残さないことを言った詞で、盃の底へ一滴も残さない様なこと。一々残さずに自分の誠を出す。それは「無隠」のこと。「過」は君で、忠は自分の方のこと。これを自分の過と見るのは違う。そもそも君へ仕えるのは「四十而仕」なのだから過はないとしたもの。君の過を補うのはいかにも着物の綻びを縫う様なことで、そのままにして置くと綿が見える。この様に旦那の過を補うのがよい家来である。世人はたとえ旦那に過があったとしても、俺一人の役ではない、要らざることだと同役を待つ。それでは忠でない。「其美」。花に添え木をするのと同じ。この「上下能相親」というのが、この様に思う平生の誠からのこと。そこで君からも、あれは俺のことには身を惜しまないと言う。漢の汲黯が直諌すれば武帝は腹は立てられるが、また、よくその言を受け入れる。実に君も親しむ意がなければ、よいことも君の胸には落ちない。これらの塩梅が上下親でなければうまく行かない。とかく深厚がなくては医者でも薬が効かない。それでは役に立たない。
【語釈】
・無隱…論語述而23。「子曰、二三子以我爲隱乎。吾無隱乎爾。吾無行而不與二三子者、是丘也」。
・漢の汲黯の直諌…小学外篇善行20に話がある。


明倫53
○君使臣以禮、臣事君以忠。
【読み】
○君、臣を使うに禮を以てし、臣、君に事うるに忠を以てす。

○君使臣以礼。家老は家老、用人は用人の、あしらいも次第か立てつめ処もちごふ。侍に草履をもたせぬと云は礼の形を云。礼と云は手前の権威を立、手前をたかぶり、臣下へ情ない交りをせぬことぞ。迂斎、詩の小雅の篇を読んてみよ、家来を客あしらいにする燕礼と云ことあるぞ。今の臣をは物を飼ふてをくと思ふゆへ、権斗て礼はないぞ。君と云も家来あっての君なり、百姓有ての君なり。さて家来の方は脇ひら見ず、此体か君のものとするぞ。
【解説】
君は臣下に対して情のない交わりをしてはならない。臣下は我が身を君のものと思って忠を尽くさなければならない。
【通釈】
「君使臣以礼」。家老は家老、用人は用人と、あしらいも次第が立っていて詰め処も違う。侍に草履を持たせないというのは礼の形を言ったもの。礼とは、自分の権威を立てず、自分を高ぶらず、臣下に対して情のない交わりをしないこと。迂斎が、詩の小雅の篇を読んで見なさい、家来を客あしらいにする燕礼ということがあると言った。今は臣を物を飼って置く様に思うので、権ばかりで礼はない。君というのも家来あっての君、百姓あっての君である。さて、家来の方は脇目も振らず、この体は君のものとする。
【語釈】
・燕礼…詩経小雅湛露題下。「湛露、天子燕諸侯也」。


明倫54
○大臣者以道事君、不可則止。
【読み】
○大臣は道を以て君に事え、不可なれば則ち止む。

○大臣。挌式の大臣でない。道理の上から云ことぞ。世々の家て世禄の人を大臣と云てはない。国の柱にもなる臣を大臣と云。以道は一と通りの親切てないと迂斎云へり。忠は誠の道筋。道理ををし立るのぞ。伊尹の其君を尭舜にせふとするか道を以てするのそ。誠の親切ぞ。それてなけれは乳母か若殿を可愛かるのぞ。それては道の字はつけられぬ。道理一はいでつんとかかいから大根か違ふことぞ。時に君が用ひられぬなれは、爰か出処の処の字。孔孟は道理て事るから君の用ひなけれは去るなり。これが義じゃなり。けれともと云ことの遁辞はない。大臣は道の通りてなけれはいつても引込むぞ。君が一と通りにあしらはれぬぞ。何そと云と居ぬと云てのことぞ。道を以て事る圖から去ることぞ。其れゆへ重ひことぞ。
【解説】
大臣は道理を押し立てるもの。道を以って事えるのだから、君が用いなければ去る。
【通釈】
「大臣」。ここは格式で言う大臣のことではなく、道理の上から言ったこと。世々の家で世禄の人を大臣と言うのとは違う。国の柱にもなる臣を大臣と言う。「以道」は一通りの深切ではないと迂斎が言った。忠は誠の道筋であって、道理を押し立てるのである。伊尹が君を堯舜にしようとするのが道を以ってすること。これが誠の深切である。それでなければ乳母が若殿を可愛がるのと同じ。それでは道の字は付けられない。道理一杯で規模から実に大根の違ったもの。時に君が用いられないのであれば、ここが出処の処の字である。孔孟は道理で事えるから、君が用いなければ去る。これが義者である。けれどもなどと遁辞は言わない。大臣は道の通りでなければいつでも引き込む。君が一通りにあしらわない。何かというと居留守を使う。それでは、道を以って事えるのだから去る。そこで重いことなのである。
【語釈】
・伊尹の其君を尭舜にせふ…近思録為学1。「伊尹恥其君不爲堯舜、一夫不得其所、若撻于市」。


明倫55
○子路問事君。子曰、勿欺也。而犯之。
【読み】
○子路君に事うるを問う。子曰く、欺くこと勿かれ。而して之を犯せ、と。

○子路問事君云々。欺くは君へうそをつくことてない。孔子のあの子路にたた欺くななとと甘ひことぞ。それては小丁児に仰らるるやふなことなれとも、そこにあんはいかあるぞ。つんと子路なとに只の欺くことはない。直方先生のうじ々々した迂詐てはないと云れた。子路は兎角勇気て君ををどしかけて君をよくするの筋がある。氣がさゆへきついことを云てたます意があり。今人が子共をだますやふに、其様に喰ふと腹がわれるの、喰て直に子ると牛になるのと云てをどしてやめさするぞ。これらのことも欺の趣ぞ。ここらてあんばいをみよ。子路のもこれとはちかへとも意は一つぞ。譬は君が酒を好かるれは、去年已来五十人あまり呑みすき内損て死たと申すの、当月になって脚気腫滿甚流行ものなとと云と、君かひいやりと胸にこたへて酒をやめることぞ。至極親切なれとも、そこか君を小僧をだますやふになんでもないやふなことぞ。いかに御爲めになればとても、これらの事は君をだますのじゃ。これかとんと欺くのじゃ。
【解説】
「子路問事君。子曰、勿欺也」の説明。子路には勇気で脅して君をよくする筋がある。そこで孔子は「勿欺」と言ったのである。欺くとは、脅して騙すこと。
【通釈】
「子路問事君云々」。欺くとは君へ嘘を吐くことではない。孔子があの子路にただ欺くななどと言うのは甘いこと。それでは小丁稚に仰せられる様だが、そこに塩梅がある。子路などにただ欺く様なことは全くない。直方先生が、うじうじした嘘ではないと言われた。子路にはとかく勇気によって君を脅して君をよくする筋がある。気嵩なのできついことを言って騙す意がある。今人が子供を騙す様に、その様に食うと腹が割れるとか、食って直ぐに寝ると牛になるなどと言って脅して止めさせる。これらのことも欺く趣きである。ここらで塩梅を見なさい。子路のもこれとは違うが意は同じである。たとえば君が酒を好かれるのであれば、去年以来五十人あまりが呑み過ぎて内損して死んだと申したり、当月になって脚気や腸満が甚だ流行しているなどと言うと、ひやりと胸に応えて君も酒を止める。それは至極深切なことだが、これが小僧を騙す様なことを君にすることなのだが、それを何でもない様に思っている。いかに君のお為になればとしたことでも、これらの事は君を騙すのである。これが実に欺くということ。

犯之。君か顔色を変ずることを云。此は子路の持前、云に及はぬやふなれとも、どこへあてても犯は君への上靣ゆへ御定りの犯すを出す。偖、君の貌色ちごふやふに犯すことならぬものなり。兎角君へ異見もよいかけんにするものそ。まあこれてをけとひかへると、夫では君の悪の腰押しの筋になるぞ。名は云はれぬが或士が君を直諌し爭を近習の者か次て聞て、ひや々々してとふ々々煩に成て死んた近習かありた。これらは犯の甚きなり。脇て聞て其通りなるはよく々々ぞ。犯すと云は君臣でのふてはない。それゆへ吾が体を体にせぬことぞ。それてなけれは犯すことはならぬぞ。
【解説】
「而犯之」の説明。君の顔色が変わるほどに直諌することを犯すと言う。君臣でなければ犯すということはない。自分の体を差し上げるのでなければ犯すことはできない。
【通釈】
「犯之」。君が顔色を変ずることを言う。これは子路の持前で、言うに及ばない様だが、どこへ当てても犯は君への上面のことなので、御定まりの犯すを出す。さて、君の顔色が変わる様に犯すことはできないもの。とかく君への異見もよい加減にするもの。まあこうして置こうと控えると、君の悪を腰押しする筋になる。名は言えないが、或る士が君を直諌して争うのを近習の者が次の間で聞いて、ひやひやして、終にはそれが煩いとなって死んだ。これらは犯の甚だしいこと。脇で聞いてその様になるのはよくよくのこと。犯すということは君臣でなくてはない。そこで、自分の体を自分の体としてはならない。それでなければ犯すことはできない。


明倫56
○鄙夫可與事君也與哉。其未得之也、患得之、既得之、患失之。苟患失之、無所不至矣。
【読み】
○鄙夫は與に君に事う可けんや。其の未だ之を得ざるや、之を得んことを患え、既に之を得れば、之を失わんことを患う。苟も之を失わんことを患えば、至らざる所無し。

○鄙夫はきたない男。いこふ人を下さけにしてことなれとも孔子の詞しゃ、悪口てはないぞ。其きたない男と一所に奉公かなろふや。こちとは迯け子はならぬ。なせ鄙夫と奉公を一所にならぬ筈と云へは、知行高宦斗り、其身を楽にしたい肉からつかへる。人の立身冨貴を見てそれを羨む。脇ひら見すに夫のみを思ひ、高禄立身えたい々々々と苦労する。そこて立身不動へ月参をする。皆吾か肉身かせきぞ。夫故今日仕るかと思へは、明日は門柱の大きひ処かあるとかけこみたくなる。とんと我身がかわゆい。つまり金が懇望。やれ々々にか々々しきぞ。
【解説】
「鄙夫可與事君也與哉。其未得之也、患得之」の説明。鄙夫は自分の肉のために知行や高官になることばかりを思って仕える汚い男のこと。金のために仕えるのである。
【通釈】
「鄙夫」は汚い男。大層人を卑下したことだが孔子の詞である、悪口ではない。その汚い男と一所に奉公ができようか。こちらは逃げなければならない。何故鄙夫と奉公を一所にすることができない筈なのかと言うと、知行高官ばかりを思い、その身を楽にしたいという肉から仕えるためである。人の立身富貴を見てそれを羨む。脇目もせずにそれのみを思い、高禄立身を得たいと苦労をする。そこで立身不動へ月参をする。皆自分の肉身稼ぎである。そこで、今日仕えるかと思えば、明日には門柱の大きい処があると駆け込みたくなる。我が身が実に可愛い。つまりは金が懇望なのである。やれやれ苦々しいことである。

○既得之。数年の望を得ては、とんと猫か鼠にかふりついたやふにはなすまいとする。此語脉を尋よ。凡文義に語脉の有ぞ。鄙夫の様体書ぞ。上の得んことを患ると下の失んことを患ると同格なやふに見ゆるか、ちと語脉か違ふぞ。得ぬ知行をえたい々々々はまたなにやら形の知れぬこと故、へつらひてれんかせく斗ぞ。そふしてまんまと得て失ふまいとする段になりて、又中々てもない追従輕薄、夫ても間に合ぬときは讒をする。吾か知行の邪魔になると孔孟をも讒するぞ。あれみよ。あの程朱の御一生あのやふな体てこさるも、失んことを患るの軰がすることぞ。そこて苟もとかけて無所不至とくる語脉をみよ。やっはり孟子の不奪不饜と仰せられた同意ぞ。百石から千石限りはない。なを取らりゃふなら国主にもなりたいとする。それか古来より謀叛人の次第。そろ々々すすみ、それから天下へ届かせる心か出る。つまりはと云へは、得たものをはなさぬから謀叛もする。爰から靖献遺言もいる。
【解説】
「既得之、患失之。苟患失之、無所不至矣」の説明。望みを得ると、それを離すまいとする。得ようとする時は諂い手練を稼ぐだけだが、得たものを失わない様にする時は追従や軽薄、更には讒までと、何でもする様になる。得たものを離さないから謀叛人にもなる。
【通釈】
「既得之」。数年の望みを得ると、猫が鼠に齧り付いた様に離すまいとする。この語脈を見なさい。凡そ文義には語脈がある。鄙夫の容体書である。上の「患得之」と下の「患失之」は同格な様に見えるが、一寸語脈が違う。未だ得ない知行を得たいと言うのはまだ何やら形の知れないことなので、諂い手練を稼ぐだけである。そうしてまんまと得て失うまいとする段になって、また中々でもない追従や軽薄、それでも間に合わない時は讒をする。自分の知行の邪魔になると孔孟をも讒する。あれを見なさい。あの程朱の御一生があの様な体だったのも、失わんことを患える輩がしたこと。そこで「苟」と掛けて「無所不至」と来る語脈を見なさい。やはり孟子の「不奪不饜」と仰せられたのと同意である。百石から千石と限りはない。尚取れるものなら国主にもなりたいとする。それが古来より謀叛人の次第である。そろそろと進み、それから天下へ届かせる心が出る。つまりは得たものを離さないから謀叛をもする。そこで靖献遺言も要る。
【語釈】
・不奪不饜…孟子梁恵王章句上1。「萬乘之國弑其君者、必千乘之家。千乘之國弑其君者、必百乘之家。萬取千焉、千取百焉、不爲不多矣。苟爲後義而先利、不奪不饜」。

鄙夫、さもしいやつと云なれは、さのみ悪む可きやふにはきこへぬが、其鄙夫かむほん人にもなる。爰の吟味か君臣の大義ぞ。忠節を尽す心なく吾か俸禄に目かつき、妻子を養ひたいと云斗りなれは、ととむほん人になるもはかられぬと鑑れは、さて々々をそろしひことぞ。此語をこれまてに云つめ子は君臣の義の骨髓てない。さて禄仕は吾か俸禄の浅深をえらぶことはない。門番足輕奉公を望む。同し奉公望むなれとも鄙夫とは雲泥、きつひちかひ。百石やろふと云ても、いや門番を仰付られて下されと云。鄙夫は根か身勝手ゆへ、欲にいたたきはない。手の届き次第よい奉公を勤めたがる。浅ましく、又をそろしきことぞ。
【解説】
禄仕では、自分の俸禄の浅深を選ぶことをしてはならない。鄙夫は根が身勝手なので、手の届き次第によい奉公を勤めたがる。
【通釈】
鄙夫はさもしい奴だと言うのであれば、それほど悪むべきには聞こえないが、その鄙夫が謀叛人にもなる。ここの吟味が君臣の大義である。忠節を尽くす心がなくて自分の俸禄に目が付き、妻子を養いたいというばかりであれば、つまりは謀叛人になるともあるだろうと鑑みれば、実に恐ろしいことである。この語をこれまでに言い詰めなければ君臣の義の骨髄ではない。さて禄仕では、自分の俸禄の浅深を選ぶことをしてはならない。門番や足軽の奉公を望む。奉公を望むのは同じことだが、鄙夫とは雲泥で、大層な違いである。百石遣ろうと言われても、いや門番を仰せ付けて下されと言う。鄙夫は根が身勝手で欲に限りはないから、手の届き次第によい奉公を勤めたがる。浅ましく、また、恐ろしいことである。


明倫57
○孟子曰、責難於君、謂之恭、陳善閉邪、謂之敬、吾君不能、謂之賊。
【読み】
○孟子曰く、難きを君に責むる、之を恭と謂い、善を陳べ邪を閉ずる、之を敬と謂い、吾君能わずとす、之を賊と謂う。

○孟子曰、責難於君云々。偖、恭敬と云字かある。恭も敬もうやまふぞ。第一君には表向きの定りぞ。世間の恭敬は君を拜むやふにするぞ。本んの恭敬はかたきを君に責るのぞ。学問せぬものはなめてもみぬことぞ。責難於君。皆君のせつないことぞ。若殿子むい々々々と云に鶏かなくとをこす。酒好きを盃を取るなとと云。それがきつい忠臣と云もの。それか敬ふのしゃ。巍々堂々としたしゃちこばったやふなことを恭敬とは云ず。君のせつないことを云はいこふかたひことぞ。それを云か恭ふのそ。
【解説】
「孟子曰、責難於君、謂之恭」の説明。恭も敬もうやまうことだが、本当の恭は君の切ないことを責めることである。
【通釈】
「孟子曰、責難於君云々」。さて、恭敬という字がある。恭も敬もうやまうこと。これが第一、君には表向きの定まりである。世間の恭敬は君を拝む様にする。本当の恭敬は難きを君に責るのである。これは学問をしない者には全くわからないこと。「責難於君」。皆君の切ないことで、若殿が眠いと言っても鶏が鳴けば起こす。酒好きの盃を取る。それがきつい忠臣というもの。それが恭うということ。巍々堂々とした鯱張った様なことを恭敬とは言わない。君の切ないことを言うのは大層難いこと。それを言うのが恭うということ。

○陳善云々。似たやふなことてちこふ。責難は瀉藥、陳善は補薬ぞ。君の耳にわるいことの這入らぬやふに、古三公の御側てよいことの御話をする。薫聒耳にみてしむると云が補藥。今日の入用てないことのやふに思ふが、道理の話を不断するか邪を閉るのしゃ。兎角邪の通用ないやふにする。邪をは内からも外からも用心する。どちどふしても病は邪ぞ。そこを邪の通用せぬやふの補藥。丁ど物を大切にすると皿や椀なとの間に吉野紙や綿を入れるもそこ子ぬやふにするのぞ。とんとそれか邪を閉るのしゃ。君へあらい風もあてぬと云もつつしみなれとも、悪るひことの入らぬやふに閉るはつつしみの大ひのなり。迂斎曰、恭は表向から云字、敬は心の内へこみ入て云、と。上の一句は表立のぞ。下は何事なきときのこと。難を君に責るは傍軰も知る。陳善閉邪、世間知らすに不断のこと。此二つの恭敬を出すぞ。
【解説】
「陳善閉邪、謂之敬」の説明。君の耳に悪いことが這い入らない様にするのが敬である。絶えず道理の話をして邪を閉じるのである。恭は表立ったことで、敬は心の内に込み入ったこと。
【通釈】
「陳善云々」。似た様なことで違う。「責難」は瀉薬で、陳善は補薬。君の耳に悪いことが這い入らない様に、古は三公が御側でよいことの御話をした。薫聒耳に満てしむというのが補薬。今日では入用でない様に思うが、道理の話を絶えずするのが邪を閉じることになる。とかく邪が通用しない様にする。邪を内からも外からも用心する。どう見ても病は邪である。そこを邪が通用しない様にするための補薬である。丁度物を大切にすると皿や椀などの間に吉野紙や綿を入れるが、それで損ねない様にするのである。それが実に邪を閉じることになる。君へ荒い風も当てないというのも敬みだが、悪いことが入らない様に閉じるのは敬みの大である。迂斎が、恭は表向きから言う字、敬は心の内へ込み入って言う字だと言った。上の一句は表立ったもので、下は何事もない時のこと。難を君に責めるのは傍輩も知っている。陳善閉邪は、世間は知らず普段のこと。この二つの恭敬を出す。
【語釈】
・薫聒耳にみてしむる…

○吾君不能。おらか旦那は今伊尹かでてもゆかぬ、あれはよく成る人てないと云は、さて々々不届千万な口上。それを孟子は賊と云。君をそこのふと云て見殺しにするのぞ。君の能くなる脉も有に君を死んたにする。迂斎曰、息のあるに屏風を引まわすのと云。是かしきに人を殺したのしゃ。人は何程わるくても仁義礼智のないことはない。病人にも脉のあるやふなもの。極天罔墜て、むごい人あはれになることもあり、子が死んてからいこふやさしくなったと云こともある。子の孝行て親か温和にかわったと云もあるぞ。すれはたたいよくなる脉のあるからぞ。君もよくなる脉あるを、療治せすにをくは君を殺すのしゃ。
【解説】
「吾君不能、謂之賊」の説明。君を不能とする臣は賊である。人は誰にも仁義礼智があるからよくなる脈はある。それを不能とするのは君を殺すのと同じである。
【通釈】
「吾君不能」。俺の旦那は今伊尹が出てもうまく行かない、あれはよくなる人ではないと言うのは、実に不届千万な口上。それを孟子は賊と言った。君を損なうと言い、見殺しにするのである。君にもよくなる脈もあるのに君を死んだことにする。迂斎が、息があるのに屏風を引き回すと言った。これが直に人を殺したことになる。人は何程悪くても仁義礼智のないことはない。それは病人にも脈がある様なもの。「極天罔墜」で、酷い人が哀れになることもあり、子が死んでから大層やさしくなったということもある。子の孝行で親が温和に変わったということもある。それはそもそもよくなる脈があるから。君にもよくなる脈があるのに、療治をせず放って置くのは君を殺すのである。
【語釈】
・極天罔墜…小学題辞。「幸茲秉彛極天罔墜。爰輯舊聞庶覺來裔」。


明倫58
○有官守者、不得其職則去。有言責者、不得其言則去。
【読み】
○官守有る者は、其の職を得ざれば則ち去る。言責有る者は、其の言を得ざれば則ち去る。

○有官守者。なんそ一と役の主になる官。勘定奉行は百姓かかり、町奉行は町と主かある。官守は君にかわりて下を治るのぞ。百姓ても町人ても其御役通りて下を治めやふとしても、上の思召に叶子ばそこて去るのぞ。何んても官職あり、其職の通りに叶子は、しきに去ることぞ。○有言責云々。此方の納言のやふなもの。言を納れると云て、上へ物を申上るの官ぞ。あの方も後世ては諌議大夫ぞ。なんても存寄を申上ると云か言宦の惣まくりそ。不得其言は、君の用ぬなれは去るか義なり。それてもそこに居るはそこのぬけた德利のやふなもの。たた德利と見ゆるばかりぞ。そこに穴か有ては德利てはない。役にたいしても立ぬことなり。用ひられぬなら去子はならぬ。爰の塲にしっとして居ては君臣の義はないのぞ。近思の出処、出は其職を得ると出て仕へる。又得ぬと直に去ることと合点すへし。去るは君に御暇申て去るなれは、とふやらうすいやふにきこへるが、あの孔子のやふな丸ひ垩人が待てしばしはない。すい々々と去る。そこを義と云ぞ。今は去るは法度。そこで御役御免を願て役義を去ることじゃ。
【解説】
君が用いないのであれば、臣は去るのが義である。そこにいても大して役には立たない。直ぐに去るのが義である。
【通釈】
「有官守者」。何か一役の主になる官。勘定奉行は百姓の係り、町奉行は町という主がある。官守は君に代わって下を治めるのである。百姓でも町人でもその御役通りに下を治め様としても、上の思し召しに叶わなければそこで去る。何にでも官職があり、その職の通りに叶わなければ直に去る。「有言責者云々」。日本の納言の様なもの。言を納れると言い、上へ物を申し上げる官である。中国も後世では諌議大夫がそれ。何でも存じ寄りを申し上げるというのが言官の総捲りである。「不得其言」は、君が用いないのであれば去るのが義である。それでもそこにいるのは底の抜けた徳利の様なもの。ただ徳利と見えるだけで、底に穴があっては徳利ではない。それでは大して役にも立たない。用いられないのであれば去らなければならない。ここの場にじっとしていては君臣の義はない。近思の出処は、出はその職を得ると出て仕え、また得なければ直に去ることだと合点しなさい。去るとは君に御暇申して去ることなので、それはどうやら薄いことの様に聞こえるが、あの孔子の様な丸い聖人にも待て暫しはない。すいすいと去る。そこを義と言う。今は去るのは法度。そこで御役御免を願って役義を去るのである。


明倫59
○王蠋曰、忠臣不事二君、列女不更二夫。
【読み】
○王蠋曰く、忠臣は二君に事えず、列女は二夫を更[か]えず。

○王蠋曰、忠臣不事二君云々。君二人もたぬことて、是が人の家来たり臣たる人の魂ぞ。君と云ものは、わか一心の忠誠て君に事るのぞ。浅見先生の弁に、北斗の星の上ないやふにと云るるは臣下の心なり。天地の内にあの上はない。なんとそちの方はとふ云相塲をきかぬぞ。親は一人外ないもの。君は親と違て主をとれはいくらも有。其上君には去るの道あるからいくらも取かへらるる。なれとも、臣下の身としてさふ云心はない。取かへると云は、何んとやら旅篭屋をかへるやふに、五十三次あるくやふては不届ぞ。道中するには奢り者も必腰張の松葉紙には泊るなの、障子の骨はとのやふながよいのと物好きはなく、どふでもよい、大槩きれいなれはよいと云。なせなれは、一夜きり。さきへ々々々と走る故ぞ。君に事るが左やふにすら々々と一日流れかあっては勿体ないことなり。
【解説】
「王蠋曰、忠臣不事二君」の説明。親は一人だけだが、臣には去るということもあり、君を取り替えることもできる。しかし臣は忠誠で君に事えるものだから、二君という心では悪い。
【通釈】
「王蠋曰、忠臣不事二君云々」。君を二人持たないことで、これが人の家来たり臣たる人の魂である。君というものは、我が一心の忠誠で君に事えるもの。浅見先生の弁に、北斗の星の、その上のない様にと言われたのは臣下の心である。天地の内にあの上はない。そちらの方はどうかと相場を聞いてはならない。親は一人の外はないもの。君は親と違って主を取ればいくらもある。その上君には去る道があるからいくらも取り替えられる。しかし、臣下の身としては、そういう心はない。取り替えるというのは、何やら旅籠屋を替える様で、五十三次を歩く様では不届きである。道中をする時には、奢り者でも必ず松葉紙の腰張りには泊るなとか、障子の骨はどの様なのがよいなど言う様な物好きはなく、どうでもよいとする。大概きれいであればよいと言う。それは何故かと言うと、一夜限りで先へ先へと走るからである。君に事える者がその様にすらすらと一日流れがあっては勿体ないことである。

出処進退かあり、そこて大事のことぞ。どこまても君は二人もたぬ一心ぞ。去るに依て去ると云義と差合はならぬ。陳平か心多きのそしりありと云れたもきこへた。兎角動ぬと云てなくては忠臣の心てない。張良あの通り始皇を子ろふたも、張良自身はつかへずとも先祖五代韓に仕へたに由て。そこて張良か其国に忠をするのぞ。今は門柱の大きひを目かける。鎌倉斗り日は照らぬなぞと云ことは日雇取同挌じゃ。忠臣不事二君て君は二人はない。これは歒に下らぬか正靣なれとも、平日から君二人に仕へぬと云心根をかたるなり。歒に下らぬは本とよりのことて、治世にも不事二君と云ふて不事二君のははかひろいことぞ。
【解説】
臣は、去るという義との差し合いはならない。本来、忠臣不事二君は敵に降らないことを言ったものだが、治世でもこの通りのこと。
【通釈】
臣には出処進退があり、そこで大事なこと。どこまでも君は二人持たないという一心でする。そこで、去るという義との差し合いはならない。陳平を心多きの誹りありと言われたのもよくわかる。とかく動かないというのでなくては忠臣の心ではない。張良があの通り始皇帝を狙ったのも、張良自身は仕えなくても先祖五代が韓に仕えたから、そこで張良はその国に忠をしたのである。今は門柱の大きいのを目掛ける。鎌倉ばかり日は照らぬなどと言うのは日雇取りと同格である。忠臣不事二君で君は二人はいない。これは敵に降らないことが正面だが、平日から君二人に仕えないという心根を語ったもの。敵に降らないのは固よりのことで、治世にも不事二君と言うので不事二君の幅が広がる。
【語釈】
陳平か心多きのそしりあり…靖献遺言の語?始めに楚の項羽に仕え、後に漢の劉邦に仕えたことを指す。

○列女不更二夫。これらも貞女の心をかたる。列女傳の列てない。あれは女傳を列[つ]らぬと云こと。爰は烈[けわ]しひ女と云こと。連[れん]、灬はないか灬のあると同し。烈風烈火の烈なり。なんても変なとき烈か出るぞ。夫の死だあとて列女があらわれるのぞ。大槩女は人について従ふかあたり前じゃが、変に遭ふて節を立る段になりて烈なり。烈は男まさり。亭主二人はもたぬと云塲に至てはなんとして動かぬことぞ。常には女はやわらか、綿のやふなが女の德。常は夫に従ふて居る。柔が婦の德。烈がふだんも出てはさん々々なことぞ。二夫をもたぬと云時になりて烈の字なり。地の方には天と云ことはたった一つ。外に天はない。一と度夫と定る、一人きり。とんと男を二人もたぬ。いかりををろす。この玉しいは日ころの婉娩聽従か烈に成て出たとみることなり。二君に事へぬも日ごろ入公門鞠躬如から出ると見ることなり。その鞠躬如かないと何ゆへに二君に不事か儀式一扁になる。今云通り、かの婉娩聽従の娘か烈と云つよいものになることぞ。
【解説】
「列女不更二夫」の説明。柔が婦の徳だが、夫が死んだ後は烈でなければならない。これは、日常の婉娩聴従が烈という強いものになったのである。
【通釈】
「列女不更二夫」。これらも貞女の心を語ったもの。列は、列女伝の列ではない。あれは女伝を列ねたということ。ここは烈しい女ということ。列に灬はないが灬があるのと同じ。烈風烈火の烈である。何でも変が起こった時に烈が出る。夫の死んだ後に列女が現れる。大概女は人に付いて従うのが当たり前だが、変に遭って節を立てる段になって烈である。烈は男勝り。亭主二人は持たないという場に至ってはどうしても動かない。常には女は柔らかで綿の様なのが女の徳。常は夫に従っている。柔が婦の徳。普段から烈が出ては散々なこと。二夫を持たないという時になって烈の字が出る。地の方には天はたった一つで外に天はない。一度夫と定まれば一人限りで、全く男を二人持たない。錨を降ろす。この魂は日頃の「婉娩聴従」が烈になって出たと見なさい。二君に事えないのも、日頃の「入公門鞠躬如」から出たことと見なさい。その鞠躬如がないと二君不事が儀式一辺倒になる。今言う通り、あの婉娩聴従の娘が烈という強いものになる。
【語釈】
・婉娩聽従…小学内篇立教2。「姆敎婉娩聽從」。
・入公門鞠躬如…小学内篇明倫43。「入公門鞠躬如也。如不容」。

さて、所天と云文字あり、大切な文字にて、親と君と夫とに用る字にて一つなことなれとも、親には云にも及はぬ。知れたことなり。君臣と夫婦とは本と他人なり。下々の詞に、合ふたものははなれるものと云。それか不忠不貞の根ぞ。そこて所天と云文字は臣や婦の玉しひぞ。この吟味なくては君臣の義か明にない。義は向からついてくることてない。手前をみかか子はならぬ。吟味なしに忠義がなるならは、丁ど医学なしに藥をもるやふなもの。とんとならぬことぞ。かるひことなれとも、道中をするに並木の松あるて、あれについてゆけはゆかるるなれとも、道中記なくてはまっくらぞ。なれとも小学も読ぬものも性善で相応にしてはゆくなれとも、それはやくに立ぬ。只の者はどふやらこふやら曲りなりにすると云か、其まがりなりをせぬが君臣の義を明すと云ものぞ。
【解説】
君臣は元は他人だが、君を「所天」とするのが臣の魂である。人は性善なので相応にしては行けるが、義は自らが磨かなければならないものなのである。
【通釈】
さて、「所天」という文字がある。これが大切な文字で、親と君と夫に同様に用いる字だが、親には言うには及ばない。知れたこと。君臣と夫婦は元は他人である。下々の詞に、合ったものは離れるものとあるが、それが不忠不貞の根である。そこで所天という文字は臣や婦の魂である。この吟味がなくては君臣の義が明でない。義は向こうから付いて来ることではない。自分を磨かなければならない。吟味なしに忠義ができるのであれば、それは丁度医学なしに薬を盛る様なもので、全くどうにもならない。軽いことで言えば、道中をするのに並木の松があるので、あれに付いて行けば行くことはできるが、道中記がなくては真っ暗である。小学を読まない者も性善なので相応にしては行けるが、それでは役に立たない。ただの者はどうやらこうやら曲り形にすると言うが、その曲り形をしないのが君臣の義を明にすというもの。


右明君臣之義。
【読み】
右、君臣の義を明かにす。