明倫60
曲禮曰、男女非有行媒、不相知名。有媒往來、傳昏姻之言、乃相知姓名。非受幣不交、不親。重別、有禮乃相纏固。幣謂聘之玄纁束帛也。故日月以告君、書取婦之年月日時以告國君也。周禮、凡取判妻入子者、媒氏書之以告君。謂此也。齊戒以告鬼神、昏禮、凡受女之禮皆於廟爲神席以告鬼神。謂此也。爲酒食以召郷黨・僚友、以厚其別也。會賓客。厚、重愼也。取妻不取同姓。故買妾不知其姓、則卜之。爲其近禽獸也。妾、賤。或時非媵取之。賤者世無本繋。卜者卜吉凶。既不知其姓、但卜吉則取之。
【読み】
曲禮に曰く、男女行媒有るに非ざれば、名を相知らず。媒往來し、昏姻の言を傳うる有りて、乃ち姓名を相知る。幣を受くるに非ざれば交わらず、親しまず。別を重んじ、禮有りて乃ち相纏固す。幣は聘の玄纁束帛を謂うなり。故に日月は以て君に告げ、婦を取るの年月日時を書して以て國君に告ぐるなり。周禮に、凡そ判妻入子を取る者は、媒氏之を書して以て君に告ぐ、と。此を謂うなり。齊戒して以て鬼神に告げ、昏禮に、凡そ女を受くるの禮は皆廟に於て神席を爲して以て鬼神に告ぐ、と。此を謂うなり。酒食を爲りて以て郷黨・僚友を召くは、以て其の別を厚くするなり。賓客を會す。厚は重んじ愼むなり。妻を取るに同姓を取らず。故に妾を買うに其の姓を知らざれば、則ち之を卜す。其の禽獸に近き爲なり。妾は賤し。或は時に媵に非ずして之を取る。賤しき者は世に本繋無し。卜するは吉凶を卜す。既に其の姓を知らざれば、但卜して吉なれば則ち之を取る。

○曲礼曰、男女非有行媒云々  己酉九月十一日  慶年彔
【語釈】
・己酉九月十一日…寛政元年(1789)9月11日。
・慶年…北田慶年。太兵衛、榮二と称す。東金市福俵の人。学思齋の主。篠原惟秀の兄。稲葉黙斎門下。

夫婦の別を礼にあてた説もあり、知にあてた説もあり。兎角智にあてるかよい。これか山嵜先生の定論なり。一年て云へは知は冬にあたる。冬は何にも事のないしまりた処ぞ。雪は豊年の瑞。しまった処から発生を含てをる。夫婦の間も表立ぬことなれとも、人倫の本に成るが夫婦なり。中庸にも造端於夫婦。道の根元なり。冬は爲始爲終なり。なぜ又夫婦の別が冬なれは、知か是と非を分る。しゃんとわかるて別なり。夫婦も二人なり。二人をわけるか知のもちまへて、それか別なり。五倫の内て親子か重けれとも、序卦傳にも夫婦ありて然後有父子とかかれた。人倫の先きへ立つこと。神代から今まて夫婦てつついて来たぞ。夫れを知らずにぜふだんことの様に存するは、夫婦には好色の筋が雜るゆへに笑てしまふことのやふに心得る。それては五倫がらりになる。
【解説】
「曲禮曰、男女非有行媒、不相知名。有媒往來、傳昏姻之言、乃相知姓名」の説明。夫婦の別は知で説くのがよい。知が是非を分ける。二つを分けるのが知の持前であり、そこで夫婦の別となる。知は一年で言うと冬に当たる。冬は締まった時だが、その中に発生を含んでいる。「有夫婦然後有父子」とあり、夫婦が人倫の本となる。
【通釈】
夫婦の別を礼に当てた説もあり、知に当てた説もあるが、とかく知に当てるのがよい。これが山崎先生の定論である。一年で言えば知は冬に当たる。冬は何も事のない締まった処。雪は豊年の瑞。締まった処に発生を含んでいる。夫婦の間も表立たないものだが、人倫の本となるのが夫婦である。中庸にも「造端乎夫婦」とあり、道の根元である。冬は始めとなり終わりとなる。何故また夫婦の別が冬なのかと言うと、知が是と非を分ける。しっかりと分かれるので別なのである。夫婦も二人。二人を分けるのが知の持前で、それが別である。五倫の内では親子が重いが、序卦伝にも「有夫婦然後有父子」と書かれた。夫婦は人倫の先に立つもの。神代から今まで夫婦で続いて来た。それを知らずに冗談事の様に思うのは、夫婦には好色の筋が混じるからで、それで笑ってしまうことの様に心得るのである。それでは五倫が台無しになる。
【語釈】
・造端於夫婦…中庸章句12。「君子之道、造端乎夫婦。及其至也、察乎天地」。
・夫婦ありて然後有父子…易経序卦伝。「有天地然後有萬物。有萬物然後有男女。有男女然後有夫婦。有夫婦然後有父子。有父子然後有君臣。有君臣然後有上下。有上下然後禮儀有所錯。夫婦之道不可以不久也」。

古今の乱も夫婦の別か正しくないゆへ、女か夫をあなとる。そこて女から乱か起る。桀紂幽王のるい、世々乱れは女からぞ。これ、別の正しくないゆへなり。男女は夫婦にならぬ前の字と合点すること。何んて有ふとも人の生んた男、人の生んた女なり。只の男女ているを媒氏か夫婦にする。この始か正くなくてはならぬ。あの方ては媒氏と云て天下中の媒をする役人あるなり。行媒は宦てはないか、男の方へも女の方へもあちこち歩行から、わきより見て行媒と云。使するものを行人と云ひ、又は行脚と云るいの行の字なり。○不相知名。男も女もたがいに知らぬことなり。是れかとふなれは、淫奔の約束づくをせぬこと。名も知子は不届はない筈のこと。つめて云へは皃も見ぬと云こと。垩人か淫奔はわるいなんのと、わるいことをさかすことではない。こふ礼てきめることなり。○乃はそこてと云こと。何と云男、何と云女と始て知ること。
【解説】
古今の乱も夫婦の別が正しくないから起きた。男女は媒氏によって夫婦となる。それまでは顔も知らずにいる。
【通釈】
古今の乱も夫婦の別が正しくないから、女が夫を侮る。そこで女から乱が起こる。桀紂幽王の類、世々の乱れは女からであって、別が正しくないからである。「男女」は夫婦になる前の字と合点しなさい。何であろうとも人の生んだ男、人の生んだ女である。ただの男女でいるのを媒氏が夫婦にする。この始めが正くなくてはならない。中国では媒氏と言う天下中の媒をする役人がある。行媒は官ではないが、男の方へも女の方へもあちこち行くから、脇で見て行媒と言う。使いをする者を行人と言う。また、行脚の行の字である。「不相知名」。男も女も互いに知らないこと。これはどういうことかと言うと、淫奔の約束の類をしないこと。名も知らなければ不届きはない筈。詰めて言えば顔も見ないということ。聖人が淫奔は悪いの何のと、悪いことを探すことはしない。この様に礼で決めるのである。「乃」はそこでということ。ここで、何という男、何という女と初めて知る。

○非受幣云々。幣は結納なり。これから縁者になる。夫れまてはたかいに知らぬに、兎角後世はむさふさて略そふ々々々と云ことかはやりて、輕ひ者なとは、結納もやらぬけれともまあこちへ来て少と逗留したがよいなとと云。一代一度の重ひことをそふする筈はない。平生心近ひ交りさへ、人の内へは案内をして行くに、人の納戸へ案内なしに行ことはないはづぞ。まして結納もせすにまつ心安くとすれは、案内なしに納戸へ這入るの筋にをちるぞ。○重別。何処まても別と云幟を高く立てをか子は成らぬ。是を立ぬと女房の鼻か高くなり、夫との鼻がひさける。和がよい々々々々と云か、夫婦はかりは寢席を供にするから和は自あるか、別かむつかしひ。別を重んすると云て小さい一村の内からも隣り合せから呼もあろふか、それをしかることてなし。一処に居て別をきっとすることなり。○纏固はまとひかためると訓して、進物をやりて結ひ合ふことなり。○玄纁。天地の色なり。天は青くはみへてくろし。地は纁、黄かば色、紅にうこんの類の色を用ゆ。束帛は、右の反物を束るに糸てちとりかけにとちて束子合せる。右段々のことをきゃふさんにするて別かきっとして、末々迠純熟ぞ。
【解説】
「非受幣不交、不親。重別、有禮乃相纏固。幣謂聘之玄纁束帛也」の説明。結納によって縁者となる。後世はこれを略そうとするが、それは悪い。また、別を重んずる。そうしないと、女房の鼻が高くなり、夫の鼻が拉げる。
【通釈】
「非受幣云々」。「幣」は結納である。これから縁者になる。それまでは互いに知らない筈なのに、とかく後世は無造作にこれを略そうとすることが流行って、軽い者などは、結納もしないがまあこちらへ来て一寸逗留すればよいなどと言う。一代一度の重いことをそうする筈はない。平生の心近い交わりでさえ、人の家には案内をつけて行く。人の納戸へ案内なしに行くことはない筈である。ましてや結納もせずに先ずは心安くとすれば、案内なしに納戸へ這い入る筋に落ちる。「重別」。どこまでも別という幟を高く立てて置かなければならない。これを立てないと女房の鼻が高くなり、夫の鼻が拉げる。和がよいとは言うが、夫婦ばかりは寝席を共にするから和は自らあるが、別が難しい。別を重んずると言っても、小さい一村の内からも隣合せから呼ぶこともあるだろうが、それは叱ることではない。一処にいて別をはっきりとすること。「纏固」はまといかためると訓をして、進物を遣って結い合うこと。「玄纁」は天地の色。天は青く見えるが黒い。地は纁で、黄蒲色・紅鬱金の類の色を用いる。「束帛」は、右の反物を束ねるのに糸で千鳥掛けに閉じて束ね合わせること。右段々のことを仰山にするので別がはっきりとして、末々まで純熟である。

○故日月以告君。此故と云字は非有行媒より是迠の意を受た故て、詞て受た故にあらず。なせ意を受たなれは、ことをきゃふさんにするの故なり。昏礼と云字は女を只引とる迠のことなれとも、きゃふさんにする。こそ々々とはせぬ。婚礼が君の御用てはないが重ひことゆへに日月を君に告て表立つことなり。武家などは学問沙汰はのけても日月を告君の礼はしゃんと立てをる。君に告すに呼ましきものを呼んては上へ憚りてすまぬ。其れを下々て、今は何てあろふと先つと押しつける様にしたかる。それては五倫を曲り形りにするになる。武家は中々そふしたことにあらず。番頭組頭へ云ひ出しても不吟味なれはさっとふを打れ、又、願ふても取次れぬもある。五倫の大い所から、君と云字かいるぞ。すれは勝手のよい女房とてわかままにはもたれぬ。町人百姓は大ふくらしをしても、自分の輕ひ方から女房はとふせふともちたい女房を持つと云は下卑た口上なり。女房はとふしても勝手にすると云になると、天地の中に勝手次第の町や村が出来てくる。それては五倫をすりつぶすなり。
【解説】
「故日月以告君、書取婦之年月日時以告國君也」の説明。夫婦は重いことなので仰山にするのがよい。また、自分勝手に女房を持っては天下中が勝手次第となって、五倫を磨り潰すことになる。
【通釈】
「故日月以告君」。この「故」という字は「非有行媒」よりこれまでの意を受けた故で、詞で受けた故のことではない。何故意を受けたとのかと言うと、事を仰山にするからである。婚礼は女をただ引き取るだけのことだが、それを仰山にする。こそこそとはしない。婚礼は君の御用ではないが重いことなので、日月を君に告げ、表立つもの。武家などは学問沙汰は別としても、日月を君に告げる礼はしっかりと立っている。君に告げずに呼ぶまじきものを呼んでは上への憚りとなって済まない。それを今下々では、何であろうと先ずと押し付ける様にしたがる。それでは五倫を曲り形にすることになる。武家はそうしたことを決してしない。番頭や組頭へ言い出しても不吟味であれば察当を打たれ、また、願っても取次がれないこともある。五倫の大きい所から、君という字が要る。それなら勝手のよい女房だと言っても思い通りに持つことはできないもの。町人や百姓でよい暮らしをしている者が、軽い身分でどうでも持ちたい女房を持つと言うのは下卑た口上である。女房はどうしても勝手にするということになると、天地の中に勝手次第の町や村ができる。それでは五倫を磨り潰すことになる。

○判妻入子。本文は曲礼の語。此註は周礼の本文を出した。周礼は職原のやふなもの。判妻と女房を云は夫と同挌て判合するの意なり。片方を合せて一つになるを判合と云。押切判を合せるやふなものぞ。入子は妾のこと。妾を抱へるは血脉をたやすまいためなり。後世の妾のことは御坐へ出されぬこと。一たひ見れは国を傾け、二たひ見れは城を傾ると云。傾城又は踊り子。いや御部屋は兎角上方ものかよいと馬鹿を云。漢の武帝の李夫人の類で、皆皃をかかへるなり。妾は子が入用ゆへにあるぞ。そこて入子と云なり。古は姪娣とて、大名の奥方には皆左様なものある。妾と云は輕ひ物迠の名なれとも、子孫をもちたひためにするは同しこと。然れは大名の家中などても殿の妾になることは願ふことてもなけれとも、耻へきことてもないぞ。今は入子のわけか立ぬゆへ、妾と云と游女を賣ふから二番目のやふに成て耻かるも尤なり。入子と云からは立派な入用な道具ぞ。そふたい女についたことも、垩賢の上て小声に云ことはないぞ。妾をかかへることを小声て云なれは、とふしても好色か手傳ふぞ。媒も内々と云ことはない。それては地と云字夜と云字を小声てよま子はならぬぞ。今日軽き者か媒にたのまれてあちこちあるくを何用にと問へは、ちとしたことでなどと云か、ちとしたことてはないぞ。大な事ぞ。人倫の本を世話すると大声に云へきことぞ。
【解説】
周禮、凡取判妻入子者、媒氏書之以告君。謂此也」の説明。妾は子を産むから入用なのであり、そこで「入子」と言う。媒は人倫の本を世話することであり、大きなことである。
【通釈】
「判妻入子」。本文は曲礼の語で、この註は周礼の本文を出したもの。周礼は職原の様なもの。「判妻」と女房を言うのは夫と同格で判合する意である。片方を合わせて一つになるのを判合と言う。それは押切判を合わせる様なもの。「入子」は妾のこと。妾を抱えるのは血筋を絶やさない様にするため。後世の妾は御座へ出されない。一度見れば城を傾け、二度見れば国を傾くと言う。それは傾城または踊り子のこと。いや御部屋はとかく上方物がよいと馬鹿を言う。それは漢の武帝の李夫人の類で、皆顔を抱えたのである。妾は子が入用なのである。そこで入子と言う。古は姪娣と言い、大名の奥方には皆その様なものがある。妾は軽い者までの名だが、子孫を持ちたいためにするのは同じこと。それなら大名の家中などでも殿の妾になることは願うことでもないが、恥ずべきことでもない。今は入子のわけが立たないので、妾と言えば遊女を買うことから二番目の様になっていて、恥ずかしがるのも尤もなこと。入子と言うからは立派な入用な道具である。総体女に関したことも、聖賢の上では小声で言うことではない。妾を抱えることを小声で言うのであれば、どうしても好色が手伝う。媒も内々ということはない。それでは地という字や夜という字を小声で読まなければならなくなる。今日軽い者が媒を頼まれてあちこち歩くのを何用にと問うと、一寸したことでなどと言うが、媒は一寸したことではなくて大きな事。人倫の本を世話すると大声で言うべきこと。
【語釈】
・職原…職原鈔。有職故実書。北畠親房著。
・傾城…漢書外戚伝上。孝武李夫人。「一顧傾人城、再顧傾人国」。

○斎戒以告鬼神。君か先きの鬼神か後のと云ことなし。牛角と合点せよ。○上には周礼を出し、爰には儀礼で證拠を出す。鬼神に告すは天地開闢以来夫婦かあるから今迠つついた。又、新しく夫婦か出来るによって、一己の了簡てせず鬼神に告すなり。○爲酒食以云々。ものをこそ々々するは質素でよいことなれとも事による。婚礼ばかりはいかにも重ひ礼故に、鼠の娵入しゃの隣知すのとこそ々々するは夫婦の別をかろくするのなり。凶年にはかるいもよけれとも、いかにしても重ひ礼ゆへ、まちをやめるの俸社をやめると云とは違ぞ。人知らずに引とりて、あたりてもあそこに見馴れぬ女かいるか、娵でがなあろふと云ふ。このがなが垩賢はきついきらいしゃそ。きっと正しくせよ。爲酒食て親類朋友に振舞か別のために成そもないもの。別の爲めならは列女傳ても講釈しそふなものを、この振舞を大さふにするか別になるぞ。をどり子や不義でつれて来たには呼んてもをれは行まいと云人か出来る。放埓てつれて来たには朋友も呼はれぬぞ。其振舞の料理人の鱠大根をうすくうっても別を厚くするの詮義ぞ。餅つき男の手軽も別を重くするのなり。○重愼は別と云ことを重んしつつしむことぞ。
【解説】
「齊戒以告鬼神、昏禮、凡受女之禮皆於廟爲神席以告鬼神。謂此也。爲酒食以召郷黨・僚友、以厚其別也。會賓客。厚、重愼也」の説明。婚礼は重い礼なので酒食を振舞う。この振舞いを仰山にするのが夫婦の別のためになる。
【通釈】
「斎戒以告鬼神」。君が先だ、鬼神が後だと言うことではない。互角だと合点しなさい。上では周礼を出し、ここは儀礼で証拠を出す。鬼神に告すのは、天地開闢以来夫婦があるから今まで続き、また、新しく夫婦ができるので、一己の了簡でせずに鬼神に告すのである。「為酒食以云々」。ものをこそこそとするのは質素でよいことだが、それは事による。婚礼ばかりはいかにも重い礼であり、鼠の娵入りとか隣知らずでこそこそとするのは夫婦の別を軽くするのである。凶年には軽いのもよいが、いかにしても重い礼なので、まちを止めたり俸社を止めたりするのとは違う。人知らずに引き取ると、辺りでもあそこに見馴れない女がいるが、娵でもあろうと言う。このでもが聖賢は大層嫌いである。はっきりと正しくしなければならない。為酒食で親類朋友に振舞うのは、別のためになりそうもないもの。別のためであれば、列女伝でも講釈をしそうなものだが、この振舞いを仰山にするのが別のためになる。踊り子や不義で連れて来たのでは、呼んでも俺は行かないと言う人ができる。放埓で連れて来たのでは朋友も呼ぶことができない。振舞いの料理人の鱠大根を薄く打っても別を厚くする詮議となる。餅搗き男の手軽も別を重くすることになる。「重慎」は、別ということを重んじ慎むこと。
【語釈】
・まち…特定の日に人々が集会し、忌み籠って一夜を明かすこと。

○取妻不取同姓云々。人の氏に同姓異姓あり。とかく同姓はめとらす他姓より取るゆへ。買妾はかるい町人百姓には姓の知れぬ人もあり。卜之は何の姓と占て知ることにあらす。姓は知れぬか、あのものを入れてよいかわるいかを占ふなり。先つ此同姓異姓と本源を吟味した書もなし。先軰もはきとした説もないか、某が考には、天地開闢以来同姓異姓は分ってあるぞ。気化と形化て別るへし。夏、蚊や孑孑[ぼうふり]の一度にたんと出来る様に、人もそれて天地か開けると気化て大勢の男女がすっとわいて出た。皆分ん々々なり。其出来た人の数ほと姓が出来ると云はとふなれは、天地一気の化て出来ても形を異にして出来たれは、これ異姓の始なり。其天地の気化て出来た人か夫婦になり、あとは形化なり。すわ形化すると、一たひ形化するより今日我々か身まて皆第一始の形化からの同姓にて第一始の形化。これ同姓の始りなり。虫には気化も形化もあれとも、人は程子所謂形化始て気化息むと云。然れは気化か異姓の始、形化が同姓の始。こふ云処は根元を云ことて、同姓異姓の道体なり。源平藤橘なとの姓は後につけたことぞ。わるくすると学者迠か元は一つじゃと云たかる。元か一つては、天地の間皆同姓になりて同異の弁がとふもつまらぬ。始て気化て出来たか異姓、形化て出来たが同姓と思ふべし。
【解説】
「取妻不取同姓。故買妾不知其姓、則卜之」の説明。妻は同姓から娶らずに異姓より娶る。気化が異姓の始めで、形化が同姓の始めである。元は一つだと言うと、天地の間が皆同姓となって同異の弁が決まらない。
【通釈】
「取妻不取同姓云々」。人の氏には同姓異姓がある。とかく同姓は娶らずに他姓より娶るのである。「買妾」。軽い町人や百姓には姓のわからない人もいる。「卜之」は何の姓と占って知ることではない。姓はわからないが、あの者を入れてもよいか悪いかを占うのである。先ずはこの同姓異姓の本源を吟味した書もない。先輩にもはっきりとした説はないが、私が考えるには、天地開闢以来同姓異姓は分ってある。気化と形化で別れている筈である。夏に蚊やぼうふらが一度に沢山できる様に、人もそれで、天地が開けると気化で大勢の男女がすっと湧いて出た。皆分々である。そのできた人の数だけ姓ができると言うのはどうしてかと言うと、天地一気の化でできても形を異にしてできたのだから、これが異姓の始めである。その天地の気化でできた人が夫婦になった後は形化である。すわ形化すると、一度形化するより今日我々の身までが皆第一始の形化からの同姓で第一始の形化からで、これが同姓の始まりである。虫には気化も形化もあるが、人は「程子所謂形化始而気化息」である。そこで、気化が異姓の始め、形化が同姓の始め。こういう処は根元を言ったことで、同姓異姓の道体である。源平藤橘などの姓は後に付けたこと。悪くすると学者までが元は一つだと言いたがる。元が一つでは、天地の間が皆同姓になって同異の弁がどうも決まらない。始めに気化でできたのが異姓、形化でできたのが同姓だと思いなさい。
【語釈】
程子所謂形化始て気化息む

○近禽獸。とかく人を禽獸に云やふに腹立ことに非す。孟子の無教近禽獸と云も禽獸に似たやふてはないかと云こと。爰も禽獸のやふになるにこまると云ことぞ。礼を知らぬものても兄弟か夫婦になるものはなし。同姓と云ものは兄弟から段々と別れたものゆへ、兄弟でなくても同姓は兄弟の遠ひものなれは、忌服のかからぬ遠ひものても血すじの残るて同姓を忌むぞ。禽獸はああしたさまのものなり。その差別をしらぬぞ。それに人が似てはさて々々気の毒ぞ。先年も爰をよむに名敎か大切と云ことを示したぞ。孔子の名不正云々政不成とあり、唐は文字の問屋て名をとふ付けふとも自由ても、親類書に書くにも兄弟と付け出して従弟再従兄弟三従兄弟と兄弟の字をはなさぬ。夫からさきは服かきれる故名はなけれとも、兄弟の字から別れたものゆへ、同姓と云へは皆肉のわかれなり。又伯父の妻を伯母と云も、母と云字を動さずに付るて名教なり。この名に付て不埒はならぬにて名教たること知るへし。
【解説】
爲其近禽獸也。妾、賤。或時非媵取之。賤者世無本繋。卜者卜吉凶。既不知其姓、但卜吉則取之」の説明。同姓は兄弟から段々と別れたもの。そこで遠い同姓でも血筋が残っているから同姓を忌む。先年はここを名教で説いた。
【通釈】
「近禽獣」。とかく人のことを禽獣と言ったと腹を立てることではない。孟子が「無教近禽獣」と言ったのも、禽獣に似た様ではないかということ。ここも禽獣の様になっては困るということ。礼を知らない者でも兄弟が夫婦になることはない。同姓というものは兄弟から段々と別れたものであり、兄弟でなくても同姓は兄弟の遠いものなので、忌服の掛からない遠い者でも血筋が残っているから同姓を忌む。禽獣はあの様なもので、この差別を知らない。人がそれに似ては実に気の毒なこと。先年もここを読むのに名教が大切だということを示した。孔子も「名不正云々事不成」と言い、唐は文字の問屋で、名をどの様に付けようとも自由だが、親類書に書くにも兄弟と付け出して従弟・再従兄弟・三従兄弟と兄弟の字を離さない。これから先は服が切れるので名はないが、兄弟の字から別れたものなので、同姓と言えば皆肉の別れである。また、伯父の妻を伯母と言うのも、母という字を動かさずに付けるので名教となる。この名に付いて不埒はならないということで、名教たることを知りなさい。
【語釈】
・無教近禽獸…孟子滕文公章句上4。「人之有道也、飽食煖衣、逸居而無教、則近於禽獸」。
・名不正云々政不成…論語子路3。「名不正、則言不順。言不順、則事不成」。

此同姓を不娶のことについてはいこふ当り障りのあることぞ。大名高家にもそれかありて、当りさわりのあることなれとも、そこを鴬声にやるは本んのことてない。道理をとくには当りさわりに搆はず云ぬくことぞ。書をよむにはしかたないことなれとも、鼻の先きに君父を置たときは扣ることもある。魯照公のことを知礼乎と問たは同姓を娶た故に難して問たに、孔子の礼を知れりとこたへたを、孔子のへつらふたやふに脇から譏ったを、丘や幸なり、有過は人告之と云へり。こふしたことゆへ君父に差合あらばあらはに云はぬ筈のこと。平生道理の吟味にはそこの遠慮は入らす。一宗をひろめるに日蓮は首の坐に直る迠あたりさわりに搆はす説たは、これ日蓮の尊ひ処ぞ。医者も病人の禁物をくにゃ々々々に云てをくはわるし。儒者も、周公よりつついた同姓不娶のことを当りさわりを思てはきと説かぬは本でない。立派によむへきことぞ。○媵。あの方は大名の娘ても媵にやる。妾に出すと云はこの媵のことてはなく、下々から出る妾は媵とは各別ちかへとも、本妻でない処は同しことなり。然れは妾になることも礼にあれは、親類の耻しかるは気習ぞ。理に付たことてはない。本妻にもやり様で耻しひことある筈ぞ。
【解説】
「不娶同姓」には当たり障りがあり、君父に差し合いがあればはっきりと言うべきではないが、道理を説く時はそれに構わずに言い抜く。周公より続いた同姓不娶のことなので、はっきりと説くのである。また、妾のことは礼にもあることだから恥ずべきことではない。それを恥じるのは気習である。
【通釈】
この「不娶同姓」のことについては大層当たり障りがある。大名高家にもそれがあって、当たり障りのあることだが、そこを鴬声でするのは本来のことではない。道理を説くには当たり障りに構わず言い抜く。書を読む時には仕方ないことだが、鼻の先に君父を置いた時は控えることもある。魯照公のことを「知礼乎」と問うたのは同姓を娶ったのを難じて問うたのだが、孔子は礼を知れりと答えた。それを孔子が諂った様に思って脇から譏ったのを、「丘也幸、苟有過人必知之」と言った。こうしたことなので君父に差し合いがあればはっきりとは言わない筈である。しかし、平生の道理の吟味にはその遠慮は要らない。日蓮は一宗を広めるために首の座に直るまで当たり障りには構わずに説いた。これが日蓮の尊い処である。医者も病人の禁物をはっきりと言わないのは悪い。儒者も、周公より続いた同姓不娶のことを当たり障りを思ってはっきりと説かないのは本来のことではない。立派に読むべきこと。「媵」。中国では大名の娘でも媵に遣る。妾に出すというのはこの媵のことではない。しかし、下々から出る妾は媵とは格別に違うが、本妻でない処は同じこと。妾になることも礼にあるのだから、親類が恥ずかしがるのは気習であって、理に付いたことではない。本妻にも遣り様で恥ずかしいこともある筈。
【語釈】
・知礼乎…論語述而30。「陳司敗問、昭公知禮乎。孔子曰、知禮。孔子退。揖巫馬期而進之曰、吾聞君子不黨。君子亦黨乎。君取於呉、爲同姓、謂之呉孟子。君而知禮、孰不知禮。巫馬期以告。子曰、丘也幸、苟有過、人必知之」。


明倫61
○士昏禮曰、父醮子、子、婿。命之曰、往迎爾相、承我宗事、相、助也。宗事、宗廟之事。勗帥以敬、先姒之嗣。若則有常。勗、勉也。若猶女也。勉帥婦道以敬。其爲先姒之嗣、女之行則當有常。深戒之。詩云、大姒嗣徽音。子曰、諾。唯恐弗堪。不敢忘命。父送女、命之曰、戒之敬之夙夜無違命。夙、早起也。早起夜臥。命、舅姑之戒命。母施衿結帨曰、勉之敬之夙夜無違宮事。帨、佩巾。庶母及門内施鞶、申之以父母之命、命之曰、敬恭聽。宗爾父母之言夙夜無愆。視諸衿鞶。庶母、父母之妾也。鞶、鞶囊也。所以盛帨巾。申、重也。宗、尊也。愆、過也。諸、之也。示之衿鞶者、皆託戒使識之也。
【読み】
○士昏禮に曰く、父子に醮[しょう]し、子は婿なり。之に命じて曰く、往きて爾の相を迎え、我が宗事を承け、相は助なり。宗事は宗廟の事。勗[つと]め帥いて以て敬み、先姒に之れ嗣げ。若は則ち常有れ、と。勗は勉なり。若は女に猶[おな]じ。勉めて婦を帥いて道くに敬を以てす。其れ先姒に之れ嗣ぐと爲さば、女の行は則ち當に常有るべし。深く之を戒む。詩に云う、大姒徽音を嗣ぐ、と。子曰く、諾。唯堪えざらんことを恐る。敢て命を忘れず、と。父女を送り、之に命じて曰く、之を戒め之を敬して夙夜命に違うこと無かれ、と。夙は早くに起きるなり。早くに起き夜臥す。命は舅姑の戒命なり。母衿を施し帨[ぜい]を結びて曰く、之を勉め之を敬して夙夜宮事に違うこと無かれ、と。帨は佩巾なり。庶母門内に及びて鞶を施し、之を申[かさ]ぬるに父母の命を以てし、之に命じて曰く、敬み恭しく聽け。爾の父母の言を宗び夙夜愆[あやま]つこと無かれ。諸を衿鞶に視よ、と。庶母は父母の妾なり。鞶は鞶囊なり。以て帨巾を盛る所なり。申は重なり。宗は尊なり。愆は過なり。諸は之なり。之を衿鞶に示るは、皆戒めを託して之を識らしむるなり。

○士昏禮曰、父醮子云々。これ儀礼の篇名。醮すは和訓片盃と云て、やりとりないこと。重いことは酬はない。天盃や御流頂戴と云ふはとりやりはない。男子[むすこ]か支度して今往くと云ときに云つけることぞ。相をむかへるとは女房を迎ひとることなり。○相は助也。宗事は夫婦是を自らする。祭りの助けにむかへる。○勗帥以敬云々。心ある人ならは、実は女房持つも苦労なことなり。よく帥子はならぬ。脇から人の女を呼んて不埒なれは、人の女て吾家をつふすやふなことになる。以敬は、士の番入には大事をとるか、女房のことには親も大事にかまへよとは云はず。いつか敬がぬける。先姒とは死た母のこと。母は生きてはいるか、祭りを主に云ことゆへに先と云。吾か母が祖母をついたやふに嗣しめよ。
【解説】
「士昏禮曰、父醮子、子、婿。命之曰、往迎爾相、承我宗事、相、助也。宗事、宗廟之事。勗帥以敬、先姒之嗣」の説明。宗事は夫婦がすることなので、祭の助けとして妻を迎える。妻を持つのは苦労なこと。迎えた妻が不埒ではれば、我が家を潰すことにもなりかねない。
【通釈】
「士昏礼曰、父醮子云々」。士昏礼は儀礼の篇名である。「醮」は和訓では片盃と言い、遣り取りのないこと。重いことに酬いはない。天盃や御流れ頂戴と言う様な遣り取りはない。息子が支度をして今往くという時に言い付けること。相を迎えるとは女房を迎え娶ること。「相、助也」。宗事は夫婦がこれを自らする。祭の助けとして迎える。「勗帥以敬云々」。心ある人であれば、実は女房を持つのも苦労なこと。よく帥いなければならない。脇から人の女を呼んで不埒であれば、人の女で我が家を潰す様なことになる。「以敬」。士の番入には大事を取るが、女房のことには親も大事に構えろとは言わない。それでいつかは敬が抜ける。「先姒」は死んだ母のこと。母は生きてはいるが、祭を主に言うので先と言う。自分の母が祖母を嗣いだ様に嗣がせる。
【語釈】
・天盃…天皇から賜る盃酒。恩賜のさかずき。

○若有常。かわらぬやふにせよ、と。昏礼の日は上下でにがみはしりてをるか、段々崩るるゆへに女房にあなとられて色々のことか出来てくる。敬常の二字で天地の間の夫婦のことはすむ。今は昏礼には色々のいみ詞ありて、のしめもこしがわりと云はす腰あき、帰るをひらくのと云て目出度いつくしを云ふか教はない。垩賢のは詞のいわひもあるか、教がきっとあるぞ。○道婦以敬。亭主かこごとを云出す。女房か仕事しなから後ろ向ひて舌を出す。そふなると最ふ釘ことはきかぬ。行則当有常。腰のまかるまてと悦て海老をやっても身もちがわるくてはつつかぬ。大姒。文王の奥方。大姙のよいをとつれをつかれた。
【解説】
「若則有常。勗、勉也。若猶女也。勉帥婦道以敬。其爲先姒之嗣、女之行則當有常。深戒之。詩云、大姒嗣徽音」の説明。婚礼の後も常に変わらない様にしなければ、妻に侮られることにもなる。妻を帥いるのには敬でする。夫が小言を言い出せば、妻は後ろを向いて舌を出す様になる。
【通釈】
「若有常」。変わらない様にしなさいと言った。婚礼の日は裃で苦み走っているが、段々と崩れるので女房に侮られて色々なことが起きて来る。「敬常」の二字で天地の間の夫婦のことは済む。今は婚礼には色々の忌み詞があって、熨斗目も腰変りと言わずに腰明き、帰ることを開くと言って目出度い尽くしを言うが教えはない。聖賢のは詞の祝いもあるが、教えがしっかりとある。「道婦以敬」。亭主が小言を言い出すと、女房が仕事をしながら後ろを向いて舌を出す。そうなるともう釘ごとは効かない。「行則当有常」。腰の曲るまでと悦んで海老を遣っても身持が悪くては続かない。「大姒」。文王の奥方である。大姙のよい音信を嗣がれた。
【語釈】
・大姒…詩経大雅思斉。「思齊大任、文王之母。思媚周姜、京室之婦。大姒嗣徽音、則百斯男」。
・大姙…文王の母。

○子曰諾。親への答へはつ子にはかるいか能けれとも、ここははいと云ことになく、しっとりと静に受ること。仰の通承知はいたしましたか、不肖の私覚束なけれとも、命をわすれは致すましと云。○父送女命之曰戒之。これまでは男子に云こと。是からは女か昏礼て、今往と云ときに戒之とは大事しゃそ々々々々々と云ひきかすこと。戒るとて悪るひことをつかまへて云戒めにあらす。孟子に有戒心と云と同しく、押込みかはやるによって用心せよと気を付るやふなもの。一事々々箸のあけをろしに気を付け敬めと云つけるのなり。○夙夜無違命。男の方て引まわし次第に吾れか方に了簡はいらぬ。舅姑の云付にそむくななり。戒は全体にかかる。敬は一つ々々なり。
【解説】
「子曰、諾。唯恐弗堪。不敢忘命。父送女、命之曰、戒之敬之夙夜無違命」の説明。女に「戒之」と言ったのは用心をしなさいと言ったこと。瑣細なことも気を付けて敬みなさいと言ったのである。妻は自分の了簡を出してはならず、舅姑の言い付けに背いてはならない。戒めは全体に掛かり、敬は一つ一つに掛かること。
【通釈】
「子曰諾」。親への答えはいつもは軽いのがよいが、ここははいと言うのではなく、しっとりと静かに受ける。仰せの通り承知致しましたが、不肖の私覚束ないが、命を忘れは致しませんと言う。「父送女命之曰戒之」。これまでは男子に言ったことで、これからは女の婚礼で、今往くという時に「戒之」とは、大事なことだと言い聞かすこと。戒めると言っても悪いことを掴まえて言う戒めではない。孟子に「有戒心」とあるのと同じく、押し込みが流行るから用心しろと気を付けさせる様なもの。一事一事、箸の上げ下ろしにまで気を付けて敬めと言い付けたのである。「夙夜無違命」。男の方の引き回し次第で自分の方に了簡は入らない。舅姑の言い付けに背くなと言った。戒めは全体に掛かる。敬は一つ一つに掛かる。
【語釈】
・有戒心…孟子公孫丑下3。「當在薛也、予有戒心。辭曰、聞戒。故爲兵餽之。予何爲不受」。

○夙早起。小学にはこの前にも朝起することをたらふく云てあり、又爰にも云ふ。女は先つかみゆい身拵へのをそいは亭主を馬鹿にするやふに見へる。女はとかく早く起身拵して人に見る。美女の素皃より悪女の身こしらへとも云。朝起するて夫婦中も親子中もよくなる。万善の本になる。なぜなれは、こちか手廻りさしつかへぬからよいはづぞ。朝起は学者ても武士ても何にもよい。太閤かあれほとの豪傑て云つけやふもあろふに、諸士に朝起せよと云はれたと、水府の亡伯父、先生の伯父水戸にあり、その咄しなり。圓斎申聞せたぞ。漢の高祖か秦の数百の條目法度を只三章にしたも同ことて、朝起してと云はなんのこともないやふなが、何れへも親切の訓ぞ。身代も寐てつぶすあり、朝起て仕出すあり。○戒命は兼て云付らるること。先觸あって人足を出すやふが戒命ぞ。
【解説】
夙、早起也。早起夜臥。命、舅姑之戒命」の説明。女は早く起きて身拵えをするのがよい。それで手が回ることになり、夫婦仲も親子仲もよくなる。早起きは誰にとってもよいこと。
【通釈】
「夙早起」。小学では前にも朝起きをすることをたらふく言っているが、またここでも言う。先ず女の髪結いや身拵えが遅いのは亭主を馬鹿にする様に見える。女はとかく早く起きて身拵えをして人に見えるのがよい。美女の素顔より悪女の身拵えとも言う。朝起きするので夫婦仲も親子仲もよくなる。それが万善の本になる。それは何故かと言うと、手が回って差し支えがないからよい筈なのである。朝起きは学者にも武士にも何にでもよい。太閤があれほどの豪傑には言い付け様もあるだろうに、諸士に朝起きをしろと言われたと、水府の亡伯父、先生の伯父が水戸にいて、その話である。円斎が申し聞かせた。漢の高祖が秦の数百の條目法度をただ三章にしたのも同じことで、朝起きをするというのは何事もない様だが、何れへも親切な訓えである。身代も寝て潰すこともあり、朝起きで仕出すこともある。「戒命」は前もって言い付けられること。先触れがあって人足を出す様なことが戒命である。

○母施衿結帨曰云々。こしをびをしなから母か云教る。宮事はさきの奥向のこと。宮事には兼て部した作法、それ々々の家にあるへし。其とをりにせよや。○庻母及門内。庻母とは父の妾なり。鞶。こしをひやさけものの身拵しなから御两親の仰られたことをわすれなさるなとくりかへし々々々々々云。大切に思ひたまへと云。この衿鞶のこし帯や鼻かみ入れは其れとみすに、父母のつ子に側についてをると思ひ大切々々と敬み玉へとなり。このものをみるとしきに父母になる。親切な云やふなり。○鞶はたたい帯のことしゃに、爰て盛帨巾袋とつけたは朱子の帯にせぬ思召てのこととみへて、初にある注を又爰に出したは鞶を帯とせぬためかなり。
【解説】
「母施衿結帨曰、勉之敬之夙夜無違宮事。帨、佩巾。庶母及門内施鞶、申之以父母之命、命之曰、敬恭聽。宗爾父母之言夙夜無愆。視諸衿鞶。庶母、父母之妾也。鞶、鞶囊也。所以盛帨巾。申、重也。宗、尊也。愆、過也。諸、之也。示之衿鞶者、皆託戒使識之也」の説明。妻は嫁ぎ先の作法の通りをしなければならない。衿鞶を見て父母のことを思い、大切に敬むのである。鞶は帯のことだが、朱子はそれを帯とはせずに鞶囊と注をした。
【通釈】
「母施衿結帨曰云々」。腰帯をしながら母が言い教える。「宮事」は先の奥向きのこと。宮事には、予て部した作法がそれぞれの家にあることだろう。その通りにしなさいと言ったのである。「庶母及門内」。「庶母」は父の妾である。「鞶」。腰帯や提げ物の身拵えをしながら、御両親の仰せられたことを忘れなさるなと繰り返し言った。大切に思いなさいと言った。この衿鞶の腰帯や鼻紙入れはただそれとは見ずに、父母の常に側に付けているものと思って大切に敬みなさいということ。この物を見る時に、直ぐに父母になる。親切な言い様である。そもそも鞶は帯のことだが、ここで「盛帨巾袋」と注をしたのは、朱子には帯としない思し召しがあってのことと見え、始めにある注をまたここに出したのも、鞶を帯としないためなのかも知れない。


明倫62
○禮記曰、夫昏禮萬世之始也。取於異姓、所以附遠厚別也。取異姓者、所以依附相疏遠之道、厚重分別之義、不欲相褻故也。幣必誠、辭無不腆。誠、信也。腆猶善也。告之以直信。直猶正也。二者所以敎婦正直信也。信事人也。信婦德也。事猶立也。或曰、婦人事人者也。事人必以信。故體信以爲德。壹與之齊、終身不改。故夫死不嫁。齊謂共牢而食、同尊卑也。男子親迎男先於女、剛柔之義也。天先乎地、君先乎臣。其義一也。先謂倡導也。執摯以相見、敬章別也。言不敢相褻也。摯、所奠鴈也。章、明也。男女有別、然後父子親。父子親、然後義生。義生、然後禮作。禮作、然後萬物安。言人倫有別則氣性醇也。無別無義禽獸之道也。言聚麀之亂類也。
【読み】
○禮記に曰く、夫れ昏禮は萬世の始なり。異姓に取るは遠きに附き、別を厚くする所以なり。異姓に取るは、相疏遠なるに依り附く所以の道、分別を厚重するの義は、相褻るるを欲せざる故なり。幣は必ず誠に、辭に不腆無し。誠は信なり。腆は猶善のごとし。之を告ぐるに直信を以てす。直は猶正のごとし。二の者は婦に正直信を敎うる所以なり。信は人を事[た]つるなり。信は婦の德なり。事は猶立のごとし。或は曰く、婦人は人に事うる者なり。人に事うるには必ず信を以てす。故に信を體して以て德と爲す。壹たび之と齊しくし、身の終えるまで改めず。故に夫死して嫁せず。齊は牢を共にして食い、尊卑を同じくするを謂うなり。男子親迎して男女に先だつは、剛柔の義なり。天は地に先だち、君は臣に先だつ。其の義一なり。先は倡い導くを謂うなり。摯を執りて以て相見ゆるは、敬みて別を章かにするなり。敢て相褻れざるを言うなり。摯は奠る所の鴈なり。章は明なり。男女別有りて、然して後父子親しむ。父子親しみて、然して後義生ず。義生じて、然して後禮作る。禮作りて、然して後萬物安し。人倫別有れば、則ち氣性醇[あつ]きを言うなり。別無く義無きは禽獸の道なり。麀を聚にするの類を亂すを言うなり。

○礼記曰。夫昏礼万世之始也云々。昏礼はをれか女房をもつことばかりと思ふことにあらす。これをきけはいかさまと云ほとのこと。天地開けてこれ迠つついたを又つつかせることなり。只今も云通り、気化と形化て唐ては盤古氏、日本ては伊弉諾伊弉冉よりこれ迠つついたぞ。かろしめやふことてなし。是ふして見れは、きりゃふのよい女を貰の、金をそへるをなとと云は風上にもをかれぬ心入れなり。万世の始と云へは、好色の沙汰なとはのぞくこともならぬ。先生励声曰、万世之始と云字は十二万九千六百の天地の数に網を引くやふなり。天地始てより今迠昏礼と云細ひ網を引てある。それて吾身てつつき、我身か昏礼するて又限りなき万世へ網をひきのこすなり。こふした味は釈迦や達磨は夢にも知らぬ。是を知らぬ人たちてもないはつなれとも、片々に目かつくと眼前のことをも知ぬものぞ。爰は吾が道の道体、大切なことぞ。天は上に位し地か下に居て、天地に夫婦あり。人間の天地に幷ふ三才と云も夫婦か無れは天地にはつるる。釈迦か雪山へ迯ても上を見ると天と云夫とあり、下を蹈には地と云女房あり。何所へ往てもどふも離れられぬ。某か弁に、仏者は亀や泥亀の丘に居て甲を干すやふなもの。水をはなれ甲を干して居ても山からは出ぬもの。元来水中ものなり。仏者は女房を持ぬか、元来持べきはづのものを持ぬのなり。吾ばかり水をはなれてをるのなり。其身は夫婦から出たなり。夫婦でなけれは天地と合紋はあはぬぞ。
【解説】
「禮記曰、夫昏禮萬世之始也」の説明。昏礼は天地開闢以来の血筋を続かせること。天が上に位し地が下にいて、天地に夫婦がある。人間を天地に並ぶ三才と言うのもそれで、夫婦がなければ天地に外れる。釈迦や達磨はそれを知らない。
【通釈】
「礼記曰。夫昏礼万世之始也云々」。昏礼は自分が女房を持つこととばかり思ってはならない。これを聞けばいかにもと言うほどのこと。天地開けてこれまで続いたのを、また続かせること。只今も言った通り、気化と形化で唐では盤古氏、日本では伊弉諾伊弉冉よりこれまで続いた。軽んずることではない。こうして見れば、器量のよい女を貰うとか、金を添える者を貰うなどと言うのは風上にも置けない心入れである。万世の始めと言えば、好色の沙汰などは覗くこともできない。先生が声を励まして言った。万世之始という字は十二万九千六百の天地の数に網を引く様なことだ、と。天地が始まってより今まで昏礼という細い網が引いてある。それで我が身まで続き、我が身が昏礼するので、また限りなき万世へ網を引き残すのである。こうした味は釈迦や達磨は夢にも知らない。これを知らない人達でもない筈だが、片方に目が付くと眼前のことをもわからないもの。ここは我が道の道体で、大切なこと。天が上に位し地が下にいて、天地に夫婦がある。人間を天地に並ぶ三才と言うのだから、夫婦がなければ天地に外れる。釈迦が雪山へ逃げても上を見ると天という夫があり、下を踏めば地という女房がある。何処へ行ってもどうも離れられないもの。私の弁に、仏者は亀や泥亀が丘にいて甲羅を干す様なものとある。水を離れて甲羅を干していても山からは生まれない。元来水中のものである。仏者は女房を持たないが、元来は持つべき筈のものを持たないのである。自分ばかりが水を離れているのである。その身は夫婦から出た。夫婦でなければ天地と合紋は合わない。
【語釈】
・盤古氏…中国で、天地を開闢した神の名。

○附遠は別を重するゆへに遠くから呼かよいと云。昏礼は月夜の夜明のやふにずる々々はわるし。はっきりとしたかよい。そこを別と云。○依附相疏遠。近所を呵るてもないか、遠方を別の助けにする意ぞ。医者の瀉薬を用るときは冬瓜もうともよいか、兎角厚味のものは喰ふな、と。又補薬なれは喰ものまて補になるものをと、少も益をつけたかる。これも遠ひて少っとも重く別をつける。たたい遠ひのはよくないもの。詩にも勿思遠人労心怛々たり。別を主にするからは、遠ひをよいと云。近ひには裏戸かあくと路次で下駄の音がする。そのやふな処から縁談をするとどふやらなれ々々しひゆへ、みずしらずをこのむことなり。鄭衛風のやふなよくないことがありたがるが、それらは垩人は知らぬけれとも、別をあつく々々々と云てそふない前からの礼ぞ。ここが知易者其知盗乎の意なり。不欲相褻。今は昏礼があると、今度の御縁者はとれから、大方あれからてこさろふと云は行くあんはいを知て云こと。其ふしたことは垩賢はきついをきらい。あのいつか不動へ行とき通った村かと云程てよい。○講後に曰、某この解は餘意なり。文義の正意に非ず。附遠とはすくに異姓のことを指して云。註の疏遠は異姓を云。依附は取るの註なり。
【解説】
「取於異姓、所以附遠厚別也。取異姓者、所以依附相疏遠之道、厚重分別之義、不欲相褻故也」の説明。別を主とする場合は遠いことがよい。近いところと縁談をすると馴れ馴れしい。そこで見ず知らずを好む。
【通釈】
「附遠」。別を重んずるので遠くから呼ぶのがよいと言う。昏礼は月夜の夜明の様にずるずるとするのは悪い。はっきりとするのがよい。そこを別と言う。「依附相疏遠」。これは近所者を呵ることでもないが、遠方を別の助けにする意である。医者が瀉薬を用いる時は、冬瓜も独活もよいがとかく厚味の物は食うなと言い、また補薬であれば、食物まで補いになる物をと少しでも益を付けたがる。これも遠いことで少しでも重く別を付けるもの。そもそも遠いのはよくないもの。詩にも「無思遠人労心怛々」とある。しかし、別を主にするからは、遠いのをよいと言う。近いと裏戸が開けば路地で下駄の音がする。その様な処から縁談をするとどうやら馴れ馴れしいから見ず知らずを好む。鄭衛の風の様なよくないことがよくあるもの。それらは聖人の知る所ではないが、別を厚くすると言うのが、そうならない前からの礼である。ここが「作易者其知盗乎」の意である。「不欲相褻」。今は昏礼があると、今度の御縁者は何処からか、大方あれからだろうと言うのは行く塩梅を知って言ったこと。そうしたことは聖賢は大層嫌う。あのいつか不動へ行った時に通った村かと言うほどでよい。講後に言った。私のこの解説は余意で、文義の正意ではない。附遠とは直に異姓のことを指して言い、註の疏遠は異姓を言う。依附は取るの註である、と。
【語釈】
・勿思遠人労心怛々…詩経国風斉甫田。「無田甫田、維莠桀桀。無思遠人、勞心怛怛」。
・知易者其知盗乎…易経繋辞伝上8。「子曰、作易者、其知盗乎」。

○幣必誠、辞無不腆。幣は今日武家ても屋内喜多留などかき、金銀をも帯代とてやり、するめ塩鯛こんぶなとやるを、それは時々のこと、それを必誠にすること。年礼の扇箱のやふなは箱ばかりて、扇は田楽もやかれす、樽も上け底で悪酒[をにころし]と云やふなは誠てないぞ。反物も金水引て蝶花形もないか地合がよい、樽も見かけは麁相ても中の酒はよい、これか誠。女房もきりょふもよく利口ても、亭主へ誠がなけれは浮雲[あぶな]いものを留主にをくと云ものそ。あの女はきりゃふはよいが折々不埒は有ろか貰やれと云ても、誰もよびはすまい。女房に誠を好くなれは、それて進物も誠にする。不腆はあつからずと訓し、左傳なとにたひ々々あるぞ。こちらて軽少や微少なとと云きみて謙る詞なれとも、事によりては云われぬことあり。百姓か年貢を出すに麁末なからとは云はれぬ。不腆はあまくちな時に云ことて、献上ものに軽少なからとは云はぬてみよ。昏礼のをくりものも麁末なものをやるとは云はれぬぞ。誠からすることなれはなり。
【解説】
「幣必誠、辭無不腆。誠、信也。腆猶善也」の説明。女房は誠がなければならない。そこで、昏礼の贈物も誠にする。辞も、軽少ながらと言うのは悪い。
【通釈】
「幣必誠、辞無不腆」。「幣」は今日武家でも屋内喜多留などと書き、金銀をも帯代と言って遣り、するめ塩鯛昆布などを遣るが、それは時々のことで、それを必ず誠にする。年礼の扇子箱の様なものは箱ばかりで、扇は田楽も焼かれず、樽も上げ底で悪酒[鬼殺し]という様なことでは誠でない。反物も金水引きで蝶花の形もないが地合がよい、樽も見掛けは粗相でも中の酒はよい、これが誠である。女房も器量がよくて利口でも、亭主への誠がなければ危ないものを留守に置くというもの。あの女は器量はよいが、折々不埒はあるだろうが貰いなさいと言われても、誰も喜びはしないだろう。誠のある女房を好くのであれば、進物も誠にする。「不腆」は厚からずと訓じ、左伝などに度々ある語。こちらで軽少や微少などと言う気味で謙る詞だが、事によってはこれを言えないこともある。百姓が年貢を出すのに粗末ながらとは言えない。不腆は甘口な時に言うことで、献上物に軽少ながらとは言わないことで見なさい。昏礼の贈物も粗末な物を遣るとは言えない。それは誠からすることだからである。

○告之以直信。上の幣必誠辞無不腆を云ことなり。それはあたまから直信を示す爲めに辞無不腆ぞ。さて勗帥以敬も爰の直信を以てするも平生正しひことを云きかせるか第一のことなり。かるいものは夫と手業して居る。脇に女房はぬいものをして居て不断皃を見合せてをるから、人の噂や利欲勝手なことのみを云て以直信せぬは扨々不養生なことなり。一生女房にする気からはぜひ直信にせ子はならぬぞ。○女は正直て正ひてなけれはならぬ。遊女踊り子にもものを隱さぬ直なもあれとも、正しくして直てなけれはならぬ。因て直猶正と云ふなり。男なれは直ですむを犹正としたは、女もやふにしたことなり。二の者は必誠無不腆て婦を正直に教たてる手段から、結納までにあげぞこはせぬ。輕少なからとも云ぬ。とかくに正くうそのないやふに示す手始めなり。
【解説】
「告之以直信。直猶正也。二者所以敎婦正直信也」の説明。男であれば直だけで済むが、女は正にして直でなければならない。これを二つ言うのは、「必誠」と「無不腆」が婦を正直に教え立てる手段で、それに合わせたからである。
【通釈】
「告之以直信」。上の「幣必誠、辞無不腆」を言ったこと。それは頭から直信を示すためのことなので、「辞無不腆」なのである。さて「勗帥以敬」もここの以直信も、平生正しいことを言い聞かせるのが第一のこと。軽い者は夫が手業をしていると、女房は脇で縫物をしていて絶えず顔を見合わせているから、人の噂や利欲勝手なことだけを言って以直信をしないのは実に不養生なことである。一生女房にする気からは是非直信にしなければならない。女は正直で正しくなければならない。遊女や踊り子にも物を隠さない直な者もいるが、正しくして直でなければならない。そこで「直猶正」と言う。男であれば直だけで済むのを猶正としたのは、女模様にしたもの。この二つのものは必誠無不腆で婦を正直に教え立てる手段からのことで、結納も上げ底はしない。軽少ながらとも言わない。これがとかくに正しく嘘のない様に示す手始めである。
【語釈】
・勗帥以敬…小学内篇明倫61。「勗帥以敬、先姒之嗣」。

○信事人也。人々信てなくてはならぬか、中んつく女は正直てなくてはならぬ。女房に信かないと盗をかこふてをくになる。女房はたしかなものなれはこそ、町人ても百姓ても召つかひに金をもたせ使にやったときに、なせ受とりても取てこぬと云と、使のものが、いやかみさまに渡しましたと云なれは、信てなくてはならぬ。金てはそれほとにたしかに呼はるるぞ。その金のときのたしかが万事そふなれは婦德なり。貞女と云もそこなり。○事犹立。これて信を献立すること。或人の婦人事人と云点ては、女はひとり立のならぬものて事人。江戸なとて一季ものををくにも不調法なは仕方もなし、兎角正直ものをと云。そこて信か人に事る第一の德と云ことぞ。
【解説】
「信事人也。信婦德也。事猶立也。或曰、婦人事人者也。事人必以信。故體信以爲德」の説明。信が人に事える第一の徳である。女は正直者でなければならない。
【通釈】
「信事人也」。人々は信でなくてはならないが、就中、女は正直でなくてはならない。女房に信がないと盗人を囲って置くことになる。女房は確かな者であればこそ、町人でも百姓でも召使いに金を持たせて使いに遣った時に、何故受取りでも取って来ないのかと尋ねると、使いの者が、いや奧様に渡しましたと言う。そこで、信でなくてはならない。金ではそれほどに確かに呼ばれる。その金の時の確かが万事そうであれば婦徳である。貞女と言うのもそこ。「事猶立」。これで信を建立する。或る人曰く、婦人は人に事える人という点は、女は独り立ちのできないものなので人に事えるということ。江戸などで一季者を置くにも不調法な者では仕方もない、とかく正直者をと言う。そこで信が人に事える第一の徳ということ。

○壹与之斉云々。一たひ斉しては終身不改。これか夫との心の大事な処ぞ。妻をとりかへぬことなり。詩にも采葑采菲云々。若ひうちは寵愛もするか、年へるとえて寵かぬけて夫とがすてたかるか、どこまても偕老同穴なり。その心の夫とゆへに夫と死して妻が片付ぬ。それては返りをとるやふしゃが、そこは對々しゃ。喪服の礼も親のは三年しゃ。又、子は親の下なれとも、宗領のは親か三年喪をするぞ。これ對々なり。某しか人倫のことを喪服て示すに思入あること。因て此地へ来ても学友に服忌令をみよと云もそれなり。定挌か知るるて礼の本かすむ。ものには返報のあるもの。夫とがこふするから女房もこふと云てなけれは人心にひびかぬ。それを吾か女房をは普請のものずきのやふに、こちの窻をやめてここを窻にせふと云やふに、女房をも出し入れをする。甚ひものは女房をかへるは男の名聞と云やふに心へる。それては不埒な女も出来る筈ぞ。○共牢。夫婦一所に飯をくふ飯臺のやふなもの。つくへのやふであるぞ。そこを妾かならんてくふとならぬ。妾はいつも別の所て喰ふ筈。○男子親迎云々。男か自ら迎にいて妻をつれてくる。剛柔の義ていつも天か地に先き立つ。夫か女房に先立つ。三綱はみな上たるものか先き立つ。○執摯。日本ても扇箱や麻を末廣の諸ろ白髪のと祝ふてもて往やふに、唐ては結納に鳫をやる。鴻鳫来賔すと礼記にもあり。時を違へぬもの故になり。
【解説】
「壹與之齊、終身不改。故夫死不嫁。齊謂共牢而食、同尊卑也。男子親迎男先於女、剛柔之義也。天先乎地、君先乎臣。其義一也。先謂倡導也。執摯以相見、敬章別也。言不敢相褻也。摯、所奠鴈也。章、明也」の説明。夫が妻を棄てようとするのは悪い。それでは不埒な女ができるのも当然である。男は自ら妻を迎えに行くもの。結納には時を違えない物を贈る。
【通釈】
「一与之斉云々」。一度斉しては「終身不改」。これが夫の心の大事な処。妻を取り替えないこと。詩にも「采葑采菲云々」。若い内は寵愛もするが、年経ると得て寵が抜けて夫が棄てたがる。そこをどこまでも偕老同穴である。その様な心の夫なので、夫が死ぬと妻は片付かない。それでは返報を取る様だが、そこは対々である。喪服の礼も親のは三年で、子は親の下だが、惣領のは親が三年喪をする。これが対々である。私が人倫のことを喪服で示すのには思い入れのあること。この地へ来ても学友に服忌令を見ろと言うのもそれから。定格が知れるので礼の本が済む。ものには返報があるもの。夫がこうするから女房もこうするというのでなければ人心に響かない。それを我が女房を普請の物好きの様に、こちらの窓を止めてここを窓にしようと言う様に、女房をも出し入れする。甚だしい者は女房を替えるのは男の名聞という様に心得る。それでは不埒な女もできる筈。「共牢」。夫婦一所に飯を食う時の飯台の様なもので、机の様なもの。そこに妾が並んで食うのは悪い。妾はいつも別の所で食う筈。「男子親迎云々」。男が自ら迎えに行って妻を連れて来る。剛柔の義でいつも天が地に先立ち、夫が女房に先立つ。三綱は皆上たる者が先立つ。「執摯」。日本で扇子箱や麻を末広の諸白髪のと祝って持って行く様に、唐では結納に鳫を遣る。「鴻鳫来賓」と礼記にもある。それは時を違えないものだからである。
【語釈】
・采葑采菲…詩経国風邶谷風。「采葑采菲、無以下體。德音莫違、及爾同死」。
・鴻鳫来賔…礼記上月令。「鴻鴈來賓、爵入大水爲蛤、鞠有黃華、豺乃祭獸戮禽」。

○男女有別、然後父子親。此段か昏礼は万世の始めと大く語り出して、中ばに進物の吟味や色々のことを細に云て、又天地のことに説きもとすぞ。天地てとめるか大切なこと。中庸の戒愼恐懼からかたり、天地位し万物育す。天地にいろ々々のことありても、つまり人が正客なり。この外はないぞ。垩王の政の人をよくするか先と云もこれで、男女の別か正しいと云になると、其正しい人のはらに出きた子故に父子が親しくなる。ここも序卦傳の意なり。親の不埒て親子の中のわるくなることもあるぞ。めったに子が親を見くひるものではないが、男女の間の不埒ては得て見くびらる。武帝が戻太子のこと、蒙養集にもあるぞ。武帝か李夫人と乱れた故に終に親子したします、太子を殺した。親か馬鹿を尽す時は子が奥へ行こともならぬ。をれが行くと親父か邪魔にするで、何日も親の処へ見廻はぬと云やふに成て親まぬ。これ夫婦の別のない故こふなる。別がしゃんと立つと義生るなり。
【解説】
「男女有別、然後父子親」の説明。男女の別が正しければ、それから生まれた子なので父子が親しくなる。夫婦之別ができなくて父子之親ができなかった例として、武帝と戻太子のことがある。
【通釈】
「男女有別、然後父子親」。この段は、昏礼は万世の始めと大きく語り出して、半ばに進物の吟味や色々なことを細かに言って、また天地のことに説き戻す。天地で止めるのが大切なこと。中庸で「戒慎恐懼」から語り、「天地位焉万物育焉」。天地には色々なことがあるが、つまりは人が正客である。この外はない。聖王の政が人をよくするのが先と言うのもこれで、男女の別が正しいということになれば、その正しい人の腹にできた子なので父子が親しくなる。ここも序卦伝の意である。親が不埒なので親子の仲が悪くなることもある。子は滅多に親を見くびるものではないが、男女の間の不埒によってよく見くびられる。武帝と戻太子のこと、蒙養集にもある。武帝が李夫人と乱れたので、終に親子が親しまず、太子を殺した。親が馬鹿を尽くす時は子が奥へ行こともならない。俺が行くと親父が邪魔にするので何日も親の処へ見舞うことがないと言う様になっては親しまない。夫婦の別がないのでこうなる。別がしっかりと立つと「義生」である。
【語釈】
・中庸の戒愼恐懼からかたり、天地位し万物育す…中庸章句1。「道也者、不可須臾離也。可離非道也。是故君子戒愼乎其所不睹、恐懼乎其所不聞。…致中和、天地位焉、萬物育焉」。
・序卦傳…易経序卦伝。「有天地然後有萬物。有萬物然後有男女。有男女然後有夫婦。有夫婦然後有父子。有父子然後有君臣。有君臣然後有上下。有上下然後禮儀有所錯。夫婦之道不可以不久也」。

義と云字か出ると国家は磐石のやふになる。義から出るとわるいことや不埒はつら出しはならぬ。迂斎の、衛の出公輒が祖父様から受取た国しゃからとてつかまへて放さぬ。そこて親をも拒て国へ入れぬは義のないなり。義なしに礼は出ぬ。義があると御子孫もはん昌か謡るるか、誘ってきた踊り子ては長生の家とは謡れぬ。礼かあると一切万物安し。中庸にも造端於夫婦から云て、そこに道か存する。そこて謹みから中和を致[きわむ]れば天地位万物育す。大学ては宜其家人。又、父子兄弟足法。爰て男女有別て万物安になる。孟子の管仲かことを功烈いやしと云たは、あのさまをみよと云たのしゃ。孟子か管仲を見ては探幽か大津絵を見たやふて、凧の画に鬼のあたまを書たやふてみられぬはづ。桓公か死後内嬖六人ありて、各々其子か家督を爭て尸に虫のつく迠斂めることもならなんだ。何と万物安してあろふか。皆男女有別かないゆへぞ。程子曰、有関雎麟趾之意而可行周官之法度じゃ。関々たる雎鳩の別かもとひで周八百年つついたなり。垩人の政のきり々々か爰へつまることぞ。
【解説】
「父子親、然後義生。義生、然後禮作。禮作、然後萬物安」の説明。義が出れば、悪いことや不埒は面を出すことができない。また、義がなければ礼はできない。礼があると一切万物安しである。夫婦之別から万物安しとなる。
【通釈】
義という字が出ると国家は磐石の様になる。義から出れば、悪いことや不埒は面を出すことができない。迂斎が、衛の出公輒が祖父様から受け取った国だからと言って掴まえて放さない。そこで親をも拒んで国へ入れなかったのは義がないのだと言った。義なしでは礼は出ない。義があると御子孫も繁昌と謡うこともできるが、誘って来た踊り子では長生の家とは謡えない。礼があると一切万物安しである。中庸も「造端於夫婦」と言い、そこに道が存する。そこで謹みから中和を致れば天地位し万物育すとなる。大学では「宜其家人」や「父子兄弟足法」。ここでは男女別有りて万物安しになる。孟子が管仲のことを功烈卑しと言ったのは、あの様を見ろと言ったのである。孟子が管仲を見ては、探幽が大津絵を見た様で、凧の画に鬼の頭を書いた様で見られたものではない筈。桓公の死後内嬖が六人いて、各々その子が家督を争って尸に虫の付くまで斂めることができなかった。それでどうして万物安しとなるものか。皆男女有別がないからである。「程子曰、有関雎麟趾之意而可行周官之法度」である。「関々雎鳩」の別が基になって周は八百年続いた。聖人の政の至極がここに詰まること。
【語釈】
・衛の出公輒…論語述而14集註。「衛君、出公輒也。靈公逐其世子蒯聵。公薨、而國人立蒯聵之子輒。於是晉納蒯聵而輒拒之」。
・造端於夫婦…中庸章句12。「君子之道、造端乎夫婦。及其至也、察乎天地」。
・宜其家人…大学章句9。「詩云、桃之夭夭、其葉蓁蓁。之子于歸、宜其家人。宜其家人、而后可以敎國人」。詩は詩経国風周南桃夭。
・父子兄弟足法…大学章句9。「詩云、其儀不忒、正是四國。其爲父子兄弟足法、而后民法之也」。詩は詩経国風曹鳲鳩。
・管仲かことを功烈いやし…孟子公孫丑章句上1。「管仲得君如彼其專也。行乎國政如彼其久也。功烈如彼其卑也」。
・大津絵…近世初期より近江国大津の追分・三井寺辺で売り出された民衆絵画。
程子曰、有関雎麟趾之意而可行周官之法度…「程子曰く、関雎麟趾の意有りて周官の法度を行う可し」。
・関々たる雎鳩…詩経国風周南關雎。「關關雎鳩、在河之洲。窈窕淑女、君子好逑」。

○言人倫有別云々。別あるは夫婦の上をさす。気性醇は生れるときの根から云。如此生子形容端正才過人と云もここ。大姙の純一誠荘のまじりのない吉瑞から生れた文王と傾城やをどり子の腹から生れた子はちこふ筈ぞ。わるい樽に酒をいれたやふに樽くさくなるぞ。まだも相応な人間の生れ出るは後ろに天と云者がひかへてをれはこそなれ、不埒だらけて気性醇な筈はない。○無別無義云々。人と禽獣との違ふはからたについたことにあらす。別あり義ありて人は貴きなり。○聚麀。女鹿のこと。あのさかる時分には何んにも別たぬ。感の詩にも聚麀瀆天倫。ひょっとこんなことがあると、もふどふしても跡ては埋らぬ。重に蓋をしても金箔てぬってもとふもならぬ。保建大記にも匂してある。
【解説】
「言人倫有別則氣性醇也。無別無義禽獸之道也。言聚麀之亂類也」の説明。人は相応に生まれるが、それは天が控えているからである。しかし、不埒だらけでは「気性醇」である筈はない。別や義があるから人は尊いのである。
【通釈】
「言人倫有別云々」。「別」とは夫婦の上を指す。「気性醇」は生まれた時の根から言う。「如此生子、形容端正、才過人」と言うのもここ。「大姙之性端一誠荘」で、混じりのない吉瑞から生まれた文王と傾城や踊り子の腹から生まれた子とは違う筈。悪い樽に酒を入れた様に樽臭くなる。まだしも相応な人間が生まれ出るのは後ろに天という者が控えているからでこそあれ、不埒だらけでは気性醇な筈はない。「無別無義云々」。人と禽獣との違いは体に関したことではない。別あり義ありで人は貴いのである。「聚麀」。女鹿のこと。あの盛りの時分には何にも別たない。感の詩にも「聚麀瀆天倫」とある。ひょっとこんなことがあると、もうどうしても後には埋まらない。重に蓋をしても金箔で塗ってもどうにもならない。保建大記にも匂いはしてある。
【語釈】
・如此生子形容端正才過人…小学内篇立教1の語。
・大姙の純一誠荘…小学内篇稽古1。「太任之性端一誠莊」。大姙は文王の母。
聚麀瀆天倫
・保建大記…歴史書。栗山潜鋒著。皇室の衰退を嘆く立場から、保元の乱から建久三年、源頼朝の幕府開設までの政治の動きを記す。1700年頃成る。


明倫63
○取婦之家、三日不舉樂、思嗣親也。重世變也。
【読み】
○婦を取るの家、三日樂を舉げざるは、親を嗣ぐを思えばなり。世變を重んずるなり。

○取婦之家云々。この章は存の外のことなり。学問をすれは学知、書をよま子は俗知て、このやふな意は知れぬぞ。五礼の吉凶賔軍嘉の中て昏礼は嘉礼なれは、楽を目出度しそふなものにせぬと云は、生たときの悦とは違ひ、昏礼は成人して親の代りをつけは、親はそろ々々隱居と云に近くなり、死ぬ方へをもむくに成から、そこを思ひ楽をあけられぬ。思ふと云字が意思の深ひこと。これは昏の礼てはなくて昏義なり。をもへは老人なとの嬉しひことになくは死んたものを思ひ出し、旁からなり。なんてもかんを付れはむさと謡もうたわれぬ筈なり。と云て、鳴物停止と云てはない。丁と在番の別れに臨では、うき々々せぬ方から食すすます肴もくへぬぞ。なれとも忌中と云てはない。
【解説】
昏礼は嘉礼なので楽をしそうなものだが、昏礼は親を継ぐことであり、親はそれで隠居に近くなり、死に近付くことになる。そこで楽は三日はしない。
【通釈】
「取婦之家云々」。この章は思いの外のこと。学問をすれば学知だが、書を読まなければ俗知で、この様な意は知れないこと。五礼の吉凶賓軍嘉の中で昏礼は嘉礼なので楽を目出度くしそうなものだが、それをしないと言うのは、生まれた時の悦びとは違い、昏礼は成人して親の代わりを継ぐことなので、親はそろそろ隠居に近くなり、死ぬ方へ赴くことになるから、それを思って楽を挙げられないのである。「思」という字が意思の深いこと。これは昏の礼ではなくて昏の義である。思えば老人などが嬉しいことに泣くのは死んだ者を思い出すからで、旁々からのこと。何でも勘を付ければ無闇に謡も謡えない筈である。そうかと言って、鳴物停止ということではない。丁度在番の別れに臨んでは、うきうきとしないから食が進まず肴も喰えない。しかし、それは忌中だからということではない。


明倫64
○昏禮不賀、人之序也。序猶代也。
【読み】
○昏禮に賀せざるは、人の序なり。序は猶代のごとし。

○昏礼不賀。祝義を云はぬことなり。これは一つ訳あるへきは人の序なればなり。人のかはりめ、代の違ふことになる故、一はなかけて賀すへきことなれとも、心ある人はあんはいのあることにて、ヶ様なり。やはり上の章と同し意味なり。なれともこれをきいて、今日朋友の昏礼をしたにこちらをむいてだまってをることでもないぞ。たたここらに思入のあるは学問の知なり。昏礼にかぎらす、俗人のやふにめったと目出たがることは垩人の教にはないぞ。伊尹や周公は御役仰せつけられても苦労な顔こそなさらふぞ。すれはむせふと賀を云ものもあるまいぞ。彼是入れ合せてここらのこともすむぞ。後世の昏礼のやふに薄手な浅間なことはないからは、不賀不挙楽の取組みも丁度に相応するて有ふ。俗知のうかかわれぬことなり。
【解説】
昏礼は人の代わり目なので、心ある人は思い入れがあって賀を言わない。俗人は滅多矢鱈に目出度がるが、聖人は丁度に相応にする。
【通釈】
「昏礼不賀」。祝儀を言わないこと。これには一つわけがあることで、それは人の序だからである。人の代わり目、代が違うことになるので、一端駆けて賀すべきことだが、心ある人には塩梅があって、この様である。これがやはり上の章と同じ意味合いである。しかし、これを聞いて、今日朋友が昏礼をしたのにこちらを向いて黙っていることでもない。ただここらに思い入れがあり、それが学問の知からのことである。昏礼に限らず、俗人の様に滅多矢鱈に目出度がることは聖人の教えにはない。伊尹や周公は御役を仰せ付けられても苦労な顔をなさるだろう。それなら賀は無闇に言うものでもない。かれこれ入れ合わせてここらのことも済む。後世の昏礼の様に薄手で浅間なことではないから、「不賀」「不挙楽」の取り組みも丁度に相応したことだろう。それは俗知には窺えないこと。
【語釈】
・一はなかけて…一端駆く。最初に駆ける。一番がけをする。
・不挙楽…小学内篇明倫63の語。