明倫65
○内則曰、禮始於謹夫婦。爲宮室辨外内、男子居外女子居内。深宮固門閽寺守之、男不入女不出。閽、掌守中門之禁者也。寺、掌内入之禁令者也。男女不同椸枷、不敢縣於夫之楎椸、不敢藏於夫之篋笥、不敢共湢浴。竿謂之椸。楎、杙也。植曰楎、横曰椸。湢、浴室也。夫不在、歛枕篋、簟席襡器而藏之。不敢褻也。少事長賤事貴。咸如之。咸、皆也。雖婢妾衣服・飮食必後長者。人貴賤不可無禮。妻不在妾御、莫敢當夕。辟女君之御日也。
【読み】
○内則に曰く、禮は夫婦を謹むに始まる。宮室を爲り外内を辨ち、男子外に居り女子内に居る。宮を深くし門を固くして閽寺之を守り、男は入らず女は出でず。閽は、中門の禁を掌り守る者なり。寺は、内入の禁令を掌る者なり。男女椸枷[いか]を同じくせず、敢て夫の楎椸[きい]に縣けず、敢て夫の篋笥[きょうし]に藏せず、敢て湢浴を共にせず。竿、之を椸と謂う。楎は杙なり。植なるを楎と曰い、横なるを椸と曰う。湢は浴室なり。夫在らざれば、枕を篋に斂め、簟席を襡[とく]にし器して之を藏す。敢て褻れざるなり。少の長に事え賤の貴に事うる、咸之の如くす。咸は皆なり。婢妾と雖も衣服・飮食は必ず長者に後る。人貴賤、禮無くんばある可からず。妻在らざれば妾御するに、敢て夕に當ること莫し。女君の御日を辟くるなり。

○内則曰、礼始於謹夫婦  九月十六日  十三会目  惟秀彔
【語釈】
・九月十六日…寛政元年(1789)9月16日。
・惟秀…篠原惟秀。本姓は北田。字は秀甫。初名は安進。與五右衛門と称す。号は靜安。幼称は松次郎。東金市堀上の人。北田慶年の弟。文化9年(1812)2月15日没。年68。稲葉黙斎門下。

夫婦と云は人道の根。これか本になりて親子も出きる。夫婦と云ことか礼のまつ始めなり。ここに不埒か有てはなんほ上の方を見事にしても根か立ぬ。文王の夫婦の礼の正しいて周八百年の基か成りた。人君法度號令で政か表向立派てもここにぬけかあると、根かない故紀綱かめた々々とくつれてつぶるる。昔から代々の暴君国をつぶしたに夫婦の礼の正ひはない。歴々は奥深く引こもりをるゆへ、殊に夫婦中のことはたれも見たものもないが、それがわるいと国中へひひいて国もつぶるる。居其室出其言、善則千里之外応之。とふしてそれか遠国まて知れたやらと云なり。そんなら夫婦の礼と云がどのやふなむづかしひことかと云に、こふよんてをいてあとへ爲宮室云々。とのやふなことかと思へは、先つ大工をつれてくることなり。立教にも蚤其別の、十年不出なとと云仕向も宮室からかかる。制治於未乱と云がここなり。
【解説】
「内則曰、禮始於謹夫婦。爲宮室辨外内、男子居外女子居内」の説明。夫婦が本になって親子もできる。夫婦仲が悪いと国中へ響いて国も潰れる。それほどのことも、「為宮室」から始める。
【通釈】
夫婦は人道の根である。これが本になって親子もできる。夫婦ということが礼の始めである。ここに不埒があってはどれほど上の方を見事にしても根が立たない。文王の夫婦の礼が正しいので周の八百年の基ができた。人君の法度号令で政は表向き立派でもここに抜けがあると、根がないので紀綱がめためたと崩れて潰れる。昔から、国を潰した代々の暴君に夫婦の礼の正しい者はなかった。歴々は奥深く引きこもっているので、殊に夫婦仲のことを見ることは誰もないが、それが悪いと国中へ響いて国も潰れる。「居其室出其言、善則千里之外応之」。どうしてそれが遠国まで知れたのやらと言う。それなら夫婦の礼というのはどれほど難しいことかと言うと、この様に読んで置いて、その後に「為宮室云々」。どの様なことかと思えば、先ず大工を連れて来るのである。立教にある「蚤其別」、「十年不出」などという仕向けも宮室から取り掛かる。「制治於未乱」と言うのがここのこと。
【語釈】
・居其室出其言、善則千里之外応之…易経繋辞伝上8。「子曰、君子居其室出其言。善則千里之外應之。況其邇者乎。居其室出其言。不善則千里之外違之。況其邇者乎」。
・蚤其別…小学内篇立教2集註の語。
・十年不出…小学内篇立教2の語。
・制治於未乱…老子徳経64。「爲之於未有、治之於未亂」。

爲宮室のことがあるか大切のこととみへた。家の作りかたが垩人の教のきめ処なり。男女不同席が子供のときからの仕込みてある。男女の別を口て廿尋[はたひろ]ほと云ても、天下かひろいからととかぬ。そこて棟梁に云付けて作り、かたてきめた。唐も日本も大名高家の普請の上は是れなり。今日ても歴々方は軽ひ者の様な不埒な男女の筋のないと云も宮室の手抦なり。されともこの内外を弁へかちいさい家てはならぬと云になると、小学か大名ばかりの藝と云になる。尤内則はれき々々の上のことなれとも、さふ斗り云ては不自由なり。かるいものは内外を弁へるはならぬか、この合点かあれはよい。一寸行ても通らるる、見すかすやふな家ても、亭主がかたいと云になれはこの弁へがなる。女房の髪を結てをる処て寐ころんてたばこをのんてをると云ことなとはあるまいことぞ。それを見たらは外の人ても表へ出てこしをかけてをるかよい筈。
【解説】
「為宮室」が男女の別を形で決めたこと。「弁内外」は宮室のない軽い者にはできないことだが、彼等にはこの合点があればよいのである。
【通釈】
「為宮室」があるのが大切なことと見える。家の作り方が聖人の教えの決め処である。「男女不同席」が子供の時からの仕込みである。口を極めて男女の別を言ったとしても、天下は広いから届かない。そこで棟梁に言い付けて宮室を作り、形で決めた。唐でも日本でも大名高家の普請の上ではこれ。今日でも歴々方には軽い者の様な不埒な男女の筋がないというのも宮室の手柄である。しかし、この「弁内外」は小さい家ではできないと言えば、小学は大名ばかりの芸ということになる。尤も内則は歴々の上のことなのだが、そうとばかり言っては不自由である。軽い者は内外を弁えることはできなくても、この合点があればよい。一寸行っても通ることのできる、見透かす様な家でも、亭主が堅ければこの弁えがなる。女房が髪を結っている処で寝転んで煙草を呑んでいるということなどはあってはならないこと。それを見たら、表に出て腰を掛けて、外の人でも見ているのがよい筈。
【語釈】
・男女不同席…小学内篇立教2。「七年男女不同席、不共食」。

○深宮。八重垣つくる其八重垣をと有も自然なことなり。人の家のはつさなと云はよくないこと。娵がひら々々出ると云によい家風はないもの。○唐にも鈴と云ことあり。家礼にもみへた。大名の奧て鈴か鳴ると、それ御用と云て两方から出る。老女か出合て納戸近侍と用向を取り次く。○閽寺。閽は出入のものを正す。只今の大名居間の鈴の処のやふに、奧と表とつついている処ではなし。やっはり今の大名衆の奥方の玄関か別に立て、をくと表のさかいに中門がある。そこにすわって居て、これは御里からの客と云ても、しるしでもなくてはめったには通さぬ。寺は奥向をくるめて司る。祭の時奧と表と一つに入り込むときなとも、皆寺か司て吟味するなり。格は軽ひが入口の番と云で重ひなり。
【解説】
「深宮固門閽寺守之、男不入女不出。閽、掌守中門之禁者也。寺、掌内入之禁令者也」の説明。宮室は閽寺によって守られている。わけもなく人を通すことはない。
【通釈】
「深宮」。八重垣造る其八重垣をとあるのも自然なこと。人の家のなどを言うのはよくないこと。娵がひらひらと出るというのによい家風はないもの。唐にも鈴ということがあり、家礼にもそれが見える。大名の奧で鈴が鳴ると、それ御用だと言って両方から出る。老女が出て納戸近侍と用向きを取り次ぐ。「閽寺」。閽は出入りの者を糾す。只今の大名の居間の鈴の処の様に、奧と表とが続いている処ではない。今の大名衆の奥方の玄関は別に立っていて、奧と表の境に中門がある。そこに座っていて、これは御里からの客だと言っても、印でもなくては滅多には通さない。寺は奥向きを包めて司る。祭の時、奧と表とが一つに入り込む時なども、皆寺が司って吟味をする。格は軽いが入口の番なので重い。
【語釈】
・八重垣つくる其八重垣を…倭歌。「八雲起つ出雲八重垣夫婦隠みに、八重垣造る其八重垣を」。

○不同椸枷。何のこともないもの迠も分ん々々にして、男と女とは一つにませぬと云か垩賢の法なり。後世は栄耀をしたひ心から、こんなことには儉約が始って、男女の道具を別にするかすくない。垩賢は別のことについたことは儉約はせぬ。今でも心ある者は、やかてよめをとるから湯殿は別にせずにはならぬと云。若ひよめの手水をつこふ処て、弟やなにかが行水するはよくないことた。○上の不同椸枷は男女の別のこと。ここの不懸楎椸は夫を尊ぶこと。これか夫婦は寢席をさへ同ふするもの、一寸着物をまぜてもよさそふなことなれとも、尊ふと云日には、夫の衣類のぬいてをいたすそをふんてもはっとをもふて戴くほどでなくてはならぬ。夫婦の中てそれには及ひそもないものと云はふが、その及びそもないと思ふか凡心なり。○四疂半の家にをりても別は立てらるる。皆男の心にある。○着物を衣桁へ一つにかけるさへよくないと云に、別して湯殿は大切なこと。国語かにありた。呉越之俗、男女同川而浴す。わるい風しゃ。
【解説】
「男女不同椸枷、不敢縣於夫之楎椸、不敢藏於夫之篋笥、不敢共湢浴。竿謂之椸。楎、杙也。植曰楎、横曰椸。湢、浴室也。夫不在、歛枕篋、簟席襡器而藏之」の説明。男女がそれぞれ使う物までも別にするというのが聖賢の法である。「不同椸枷」は男女の別を言い、「不懸楎椸」は夫を尊ぶことを言う。
【通釈】
「不同椸枷」。何事もない物までも別々にして、男と女とは一つに混ぜないというのが聖賢の法である。後世は栄耀をしたい心から、こんなことには倹約が始まって、男女の道具を別にすることが少ない。聖賢は「別」に関したことに倹約はしない。今でも心ある者は、やがて娵を取るから湯殿は別にしなければならないと言う。若い娵が手水を使う処で、弟や誰かが行水をするのはよくないこと。上の「不同椸枷」は男女の別のこと。ここの「不懸楎椸」は夫を尊ぶこと。夫婦は寝席さえ同じくするので、一寸着物を混ぜてもよさそうなものだが、尊ぶという日には、夫が脱いで置いた衣類の裾を踏んでもはっと思って戴くほどでなくてはならない。夫婦の中なのでそれには及びそうもないものと言い張るが、その及びそうもないと思うのが凡心である。四畳半の家にいても別は立てられる。それは皆男の心にある。着物を衣桁へ一緒に掛けるのでさえよくないと言うのに、別して湯殿は大切なこと。国語にあったかと思うが、「呉越之俗、男女同川而浴」。悪い風である。
【語釈】
・男女同川而浴す…通典嶺南蠻獠。「極南之人、雕題交趾。其俗男女同川而浴」。

○敢不褻也。夫の留主には寢道具迠もそれ々々にしゃんと片付、置処へしまふとある。夫の寢道具を鬼神を拜むやふにせすともよさそふなものなれとも、先祖の交割ものほどにする。これからみると成程不礼なそは出ぬ筈なり。ここて垩人の教の手あついと云ことを知るかよい。夫とをは大切にし、女房をは不便かれと云へはたった一と口てすむこと。然るを、云へはをかしひと云ほどな、ささいなことをきゃふさんにするか教の手あつい処。不埒の出来ぬの本をきめる。こふ教へこむとよいことになれる。よいことになれるとわるいことの種かきれる。必也使無訟乎の意なり。今親類か寄合ての公訴にするのと云は事の出来た上の相談なり。垩人か一人一人につかまへて、男女の別はこふするものああするものと云てはととかぬ。そこて普請て内外を弁へ、それから不同椸枷也。軽ひことか教に成てなくては小学が靣白くない。
【解説】
不敢褻也」の説明。夫の留守には寝道具をも先祖の交割物の様に扱う。瑣細なことを仰山にするのが聖人の教えの手厚いところで、それで不埒をすることができない様に本を決める。
【通釈】
「敢不褻也」。夫の留守には寝道具までもそれぞれにしっかりと片付け、置処へしまうとある。夫の寝道具は鬼神を拝む様にしなくてもよさそうなものだが、先祖の交割物の様に扱う。これから見ると、なるほど不礼などは出ない筈。ここで聖人の教えの手厚いことを知りなさい。夫を大切にし、女房を不便がれと言うのはたった一口で済むこと。それを、言えば可笑しいと言うほどの瑣細なことを仰山にするのが教えの手厚い処。不埒をすることができない様に本を決める。この様に教え込むとよいことに慣れる。よいことに慣れると悪いことの種が切れる。これが「必也使無訟乎」の意である。今親類が寄合って公訴にすると言うのは事ができた上での相談である。聖人が一人一人を掴まえて、男女の別はこうするものああするものと言っては届かない。そこで普請で内外を弁え、それから「不同椸枷也」。軽いことが教えになるのでなければ小学が面白くない。
【語釈】
・交割もの…交割物。寺の宝物。転じて、家宝の意。
・必也使無訟乎…論語顔淵13。「子曰、聽訟、吾猶人也。必也、使無訟乎」。

○父子の親ては父子にもかきらず家来まてかよくなけれは孝かなり兼ると云て、夫婦の別て夫婦にも限らぬ。少事長賤事貴咸如之と有が靣白ひあやぞ。これか本文正意と云ことてもないが、これをさかさまにしてみると靣白ひ味ぞ。今ををちゃくな奉公人ても家来か主人の留主に、幸ひあいてある、をれか旦那の寢道具て寢やふの、をれか炬燵に入ろふのと云ことはせぬ。下々は不教ともこふなれは、れき々々の夫婦合か不行義てはならぬ筈ぞ。これさかさまにして戒よと云の餘意なり。○召仕の下女下男かわつかな金銀て奉公をしてをるから六ヶしひ曲尺をあてるには及ひそもないものしゃに、人貴賎不可無礼。あいらはとふでもよいとは云はぬ。召仕は二里の間をやとりた駕舁とはちごふ。わるい下女ををくと娘の風まてわるくなる。吾家内に男女一つにをるから礼なくてはならぬ。されとも礼は手まわしのわるいもの。大せいの男女を仕ふものは居風呂に一つに入ることも有るげな。それて手廻しはよかろふが、心あるものかみると顔をしかめることぞ。礼記にも以是坊民民猶と云ことがある。小学にこれほどに云てさへ猶本んのものにならぬ。手まわしかよいとてこんなことをゆるすと、あとはどのやふなことか出来るも知れぬ。町人も百姓も、大勢男女召仕ふものなどは心得あるへきことなり。奉公人をゆるす内に大切の娘がばさらになるぞ。
【解説】
「少事長賤事貴。咸如之。咸、皆也。雖婢妾衣服・飮食必後長者。人貴賤不可無禮」の説明。横着な奉公人であっても、主人の留守に主人の寝道具で寝る者はいない。それなら歴々の夫婦合いが不行儀ではならない筈である。また、召使いが悪いと娘の風までが悪くなる。礼がなくてはならないが、礼は手回しの悪いもの。しかし、手回しのよいことを許せば大変なことになる。
【通釈】
父子の親では父子に限らず家来までがよくなければ孝とはならないと言ったが、夫婦の別も夫婦に限ったことではない。「少事長賤事貴。咸如之」とあるのが面白い綾である。これが本文の正意ということでもないが、これを逆様にして見ると面白い味がある。今、横着な奉公人でも、家来が主人の留守に、幸い空いているから俺が旦那の寝道具で寝ようとか、俺が炬燵に入ろうと言ったりはしない。下々は教えなくてもこうなのだから、歴々の夫婦合いが不行儀ではならない筈。これが逆様にして戒めよと言う余意である。召使いの下女や下男は僅かな金銀で奉公をしているのだから、難しい曲尺をあてるには及びそうもないものだが、「人貴賎不可無礼」で、彼等はどうでもよいとは言えない。召使いは二里の間を雇った駕籠舁きとは違う。悪い下女を置くと娘の風まで悪くなる。自分の家内に男女が一緒にいるのだから礼がなくてはならない。しかし、礼は手回しの悪いもの。大勢の男女を仕う者は居風呂に一緒に入ることもあることだろう。それは手回しはよいだろうが、心ある者が見ると顔をしかめること。礼記にも「以是坊民、民猶」とある。小学でこれほどに言っても、猶本物にはならない。手回しがよいからと言ってこんなことを許すと、後はどの様なことができるかも知れない。町人でも百姓でも、大勢の男女を召し仕う者などは心得て置かなければならないことである。奉公人を許す内に大切な娘が婆娑羅になる。
【語釈】
・以是坊民猶…礼記に多出。
・ばさら…婆娑羅。時勢粧。遠慮なく振舞うこと。しどけないこと。乱れること。狼藉。

○今は本妻の留主がいかいことあるか、小学てはいかいことはないことと見ることぞ。父母の皈寧より外ない。夫れも两親の死後にはゆかぬ、礼ぞ。○御とは番日がある。士大夫ともに妾はあるが、本妻の留主に自分の当番てもないに御そばへ出るを当夕と云。妻妾は聘奔のたがひ。この始の礼をとこ迠も大切にわけ子はならぬ。○避女君之御日。奥方のとまり日に妾のそこへ出るかきつふ不礼なり。此わけむつかしひことて、委くは詩の小星の説約にある。それさへちとあたらぬなり。小野﨑先生が、こんなことをあまり吟味するも無用の弁じゃと云たなれとも、大切にあつかることなり。なんても本妻の留主に奥様ぶらぬこと、合点するかよい。只今は夫の方からも本妻の留主には妾に一はいをさせたかるはあま口からなり。妻の留主を幸として出たかるものぞ。
【解説】
「妻不在妾御、莫敢當夕。辟女君之御日也」の説明。本妻の留守に妾が御側へ出ることを「当夕」と言う。本妻の留守に奥様ぶってはならない。また、本妻の留守に夫が妾に好き放題をさせたがるのは悪い。
【通釈】
今は本妻が留守にすることが大層あるが、小学ではそれほどないことだと見なさい。父母の帰寧より外はない。それも両親の死後には行くことができないのが礼である。「御」とは番日があること。士大夫共には妾がいるが、本妻の留守に自分の当番でもないのに御側へ出ることを「当夕」と言う。妻と妾には聘と奔の違いがある。この始めの礼をどこまでも大切に分けなければならない。「辟女君之御日」。奥方の泊まり日に妾がそこへ出るのは非常に不礼なことである。このわけが難しいことで、委しくは詩の小星の説約にある。それでさえ一寸外れている。小野崎先生が、こんなことを深く吟味するのも無用の弁だと言ったが、大切に与ること。何でも本妻の留守に奥様ぶらないことと合点しなさい。只今は夫の方からも本妻の留守には妾に好き放題をさせたがるが、それは甘口からのこと。妾は妻の留守を幸いとして出たがるもの。
【語釈】
・皈寧…嫁した女が生家に帰って父母の安否を問うこと。里帰り。出典は詩経国風周南葛覃。「害澣害否、歸寧父母」。
・妻妾は聘奔のたがひ…小学内篇立教2。「聘則爲妻、奔則爲妾」。
・小星…詩経国風召南小星題下。「小星、惠及下也。夫人無妒忌之行、惠及賤妾、進御於君。知其命有貴賤、能盡其心矣」。
・小野﨑先生…本姓大田原。師由。出羽秋田の人。牛島随筆に「小野崎師由、雅量通長」とある。直方晩年の門人。直方の子就正が秋田の佐竹候に仕えたのは、師由の推挙によったとある。

○温公など妾はなかりた。後、奥方のひたすらすすめられて妾ををいたか、只茶の給仕斗りをさせられたなり。或とき奥方の、今日はをれか他出するから御側へ出て御話ても申せと云付て出られた。夫れゆへ妾が温公の処へ出たれは、不断さへ出ぬに不埒なこと、そっちへ々々々々と云れた。今ても妾ををくものも始は祭祀か大切、子孫をもつためにと云てかかへるか、とかく後にはあま口になる。あたまををさぬからのこと。男女の騒動の出来るは夫のあま口からなり。家道の篇にも失剛とあり、男の心かなまくらになりたこと。この無当夕、万端にをすかよい。雨ふりにも本妻は駕、妾ははだしてあとからくるがよい。何にやら駕か二挺這入りたと云段になると当夕になる。男女の別をこふよむで家に人参を呑せるになる。ここを一と間ぬけた男にきかせると元気になる。女房の留主にも妾はやっはりいつもの処て縫物しているてよい。炬燵のそばになをる、はや当夕の罪なり。
【解説】
男女の騒動ができるのは夫の甘口からである。妾は、女房の留守にはいつもの処で縫物でもしているもの。
【通釈】
温公などに妾はなかった。後に奥方が只管勧められたので妾を置いたが、ただ茶の給仕ばかりをさせられた。或る時奥方が、今日は私は他出するから御側へ出て御話でも申せと言い付けて出られた。それで妾が温公の処へ出ると、普段さえ出ないのに不埒なこと、そちらへ行けと言われた。今でも妾を置く者が、始めは祭祀が大切、子孫を持つためにと言って抱えるが、とかく後には甘口になる。それは頭を押さえないからである。男女の騒動ができるのは夫の甘口からである。家道の篇にも「失剛」とあり、男の心が鈍らになったこと。この「莫当夕」を万端に推しなさい。雨降りにも本妻は駕籠、妾は裸足で後から来るのがよい。何やら駕籠が二挺這い入ったと言う段になると当夕になる。男女の別をこの様に読むので家に人参を呑ませることになる。ここを一間抜けた男に聞かせると元気になる。女房の留守にも妾はやはりいつもの処で縫物をしているのでよい。炬燵の側にいれば、早くも当夕の罪である。
【語釈】
家道の篇にも失剛


明倫66
○男不言内、女不言外。謂事業之次序。非祭非喪不相授器。祭嚴、喪遽、不嫌也。其相授、則女受以篚。其無篚則皆坐奠之而后取之。奠、停地也。外内不共井、不共湢浴、不通寢席、不通乞假、男女不通衣裳、男子入内不嘯不指。嘯、讀爲叱。夜行以燭。無燭則止。女子出門必擁蔽其面。夜行以燭。無燭則止。道路男子由右、女子由左。地道尊右。
【読み】
○男は内を言わず、女は外を言わず。事業の次序を謂う。祭に非ず喪に非ざれば器を相授けず。祭は嚴に、喪は遽にし、嫌とせざるなり。其の相授くるには、則ち女は受くるに篚[ひ]を以てす。其れ篚無ければ則ち皆坐して之を奠[お]きて后之を取る。奠は地に停むなり。外内井を共にせず、湢浴を共にせず、寢席通ぜず、乞假[きっか]を通ぜず、男女衣裳を通ぜず、男子内に入りては嘯かず指さず。嘯は讀みて叱と爲す。夜行くに燭を以てす。燭無ければ則ち止む。女子門を出ずれば必ず其の面を擁い蔽う。夜行くに燭を以てす。燭無ければ則ち止む。道路は、男子は右に由り、女子は左に由る。地道は右を尊ぶ。

○男不言内。よはいことのやふてつよいこととみることぞ。内のことはをぬししやれと云てをく。女房にしまかされたとはちごふ。そちのかかり、をらしらぬと、ふんとしたことなり。○あの女もよくはないが、旦那が来年もとめろと云からをいたと云は事業之次序てない。男の内を云たのなり。男をおくは男の差圖、女をおくは妻の差圖ぞ。これがあちらこちらにすると乱なり。大な家にも殿の御物好きと云て、女中の風俗髪形から衣類まで芝居の風のやふな女があるもの。それは内を言ふの甚きなり。○不嘯不指。歴々の上で大勢の兄弟衆かずっと奥へ通りて朝夕親の定省をさるるか、其時女中大勢の中を通るとき、わけもなく向の方を指たり、せふがもなく叱と云ことなとをせぬこと。嘯は口笛のこと。ここてはせふかのないこと、不埒なことのあらはにものの云れぬとき、こんな相圖がある。それに似たことゆへに避嫌なり。こんなことを英雄豪傑が聞て、はて垩賢は愚癡なもの、わるいことさへせずはどふしてもよい筈と嘲るか、賢者已下には避嫌と云教がある。垩賢の教は児共を教るやふなことて、こんなことはせぬ筈のものだよと云たやふなこと。それか垩賢の慈悲なり。侍はこぼれぜにはひろはぬものと云が風俗のやふに成て、今もひろはぬ。これと同しことて、不叱不指の仕込ては状は書ぬ。今の人が好色たらけの心てきらひをさけぬは、あまり吾身を大きく吹上すきる。
【解説】
内のことは女がするもので、男がそれに口を出すと乱れる。女が大勢の中を通る時には、しっと言ったり指を指したりしてはならない。それは嫌を避けるためである。聖賢の教えにはその様な瑣細なことまでもある。
【通釈】
「男不言内」。弱いことの様で強いことだと見なさい。内のことは御前がしなさいと言って置く。女房にし負かされたのとは違う。御前の係りであって、俺の知らないことだと、分にしたこと。あの女もよくはないが、旦那が来年も置けと言うから置いたと言うのは「事業之次序」ではない。それは男が内を言ったのである。男を置くのは男の指図、女を置くのは妻の指図でする。これがあちらこちらにすると乱となる。大きな家にも殿の御物好きと言って、女中の風俗、髪型から衣類までが芝居の風な女がいるもの。それは内を言うことの甚だしきから。「不嘯不指」。歴々の上では大勢の兄弟衆がずっと奥へ通って朝夕親の定省をされるが、その時に女中が大勢の中を通る時、わけもなく向こうの方を指したり、不用意にしっと言ったりなどをしないこと。嘯は口笛のこと。仕様がないことや不埒なことがあって、それを顕わに言えない時にこんな合図がある。それに似たことなので嫌を避けるのである。こんなことを英雄豪傑が聞くと、はて聖賢は愚癡なもの、悪いことさえしなければどうでもよい筈だと嘲るが、賢者以下には避嫌という教えがある。聖賢の教えは子供を教える様なことで、こんなことはしない筈のものだよと言う様なこと。それが聖賢の慈悲である。侍はこぼれ銭は拾わないものと言うのが風俗の様になって、今も拾わない。これと同じことで、不嘯不指の仕込みで状は書かない。今の人が好色だらけの心で嫌を避けないのは、あまりに我が身を大きく吹き上げ過ぎるためである。
【語釈】
・定省…礼記曲礼上。「凡爲人子之礼、冬温而夏凊、昏定而晨」。子が日夜よく親に仕えて孝養を尽くすこと。
状は書ぬ

○今も昏礼には丸綿をかぶる。京では被[かつき]をする。靣を蔽ふか垩賢の遺風なり。今の帽子をきるはみせるのなり。堺町でだれかこふかむりたと云てする。粧容の類なり。それては淫乱の道具を親が呉服屋からとりてあてがふになる。此靣を蔽ふと云が女の全体を仕込の根なり。○夜行にと云ても他行てはない。家内のくらい処へも行ぬ。女が暗ひ処へなぜ行かぬなれば、ゆくと云字がはやうるさい。これも使無訟の意なり。なぜとは云ぬ。行ぬことにきめたもの。これか易を潔静精微と云意、合点すべし。占か吉と出るとする、凶と出るとせぬ。それきりのこと。何のかのと理屈は云ぬ。女は夜る出ぬですんたこと。そこか潔静精微。
【解説】
女が面を蔽うのが聖賢の遺風である。また、女は暗い処へは行かない。女はそうするものなのであり、それが絜静精微ということである。
【通釈】
今も昏礼には丸綿を被る。京では被[かずき]をする。面を蔽うのが聖賢の遺風である。今の帽子を着るのは見せるため。堺町で誰がこの様に被ったと言ってする。それは容を粧うの類である。それでは淫乱の道具を親が呉服屋から買って宛がうことになる。この面を蔽うと言うのが女の全体を仕込む根である。「夜行」と言っても他へ行くことではない。家内の暗い処へも行かない。女が暗い処へ何故行かないのかと言われれば、行くという字が早くも煩いから。これも「使無訟」の意である。何故とは言わない。行かないことに決めたもの。これが易を絜静精微と言う意であり、これで合点しなさい。占いが吉と出るとする、凶と出るとしない。それだけのこと。何のかのと理屈は言わない。女は夜出ないと言うだけで済む。そこが絜静精微である。
【語釈】
・被…衣被。平安時代ごろから身分ある女性が外出時顔をかくすために、衣をかぶったこと。また、その衣。
・使無訟…論語顔淵13。「子曰、聽訟、吾猶人也。必也、使無訟乎」。
・礼記経解。「孔子曰、入其國、其敎可知也。其爲人也、溫柔敦厚、詩敎也。疏通知遠、書敎也。廣博易良、樂敎也。絜靜精微、易敎也。恭儉莊敬、禮敎也。屬辭比事、春秋敎也」。


明倫67
○孔子曰、婦人伏於人也。是故無專制之義。有三從之道。在家從父、適人從夫、夫死從子。無所敢自遂也。敎令不出閨門、事在饋食之間而已矣。是故女及日乎閨門之内。不百里而犇喪。事無擅爲、行無獨成。叅知而後動、可驗而後言。晝不遊庭、夜行以火。所以正婦德也。女有五不取。逆家子不取、亂家子不取、世有刑人不取、世有惡疾不取、喪父長子不取。逆家子、爲其逆德也。亂家子、爲其亂人倫也。世有刑人者、爲其棄於人也。世有惡疾者、爲其棄於天也。喪父長子者、爲其無所受命也。婦有七去。不順父母去、無子去、淫去、妬去、有惡疾去、多言去、竊盗去。不順父母、爲其逆德也。無子、爲其絶世也。淫、爲其亂族也。妬、爲其亂家也。有惡疾、爲其不可與共粢盛也。多言、爲其離親。盗竊、爲其反義也。有三不去。有所取無所歸不去、與更三年喪不去、前貧賤後富貴不去。凡此聖人所以順男女之際、重婚姻之始也。
【読み】
○孔子曰く、婦人は人に伏するなり。是の故に專制するの義無し。三從の道有り。家に在りては父に從い、人に適きては夫に從い、夫死しては子に從う。敢て自ら遂ぐる所無し。敎令閨門を出ださず、事饋食の間に在るのみ。是の故に女は日を閨門の内に及ぶ。百里にして喪に犇らず。事擅[みだり]に爲すこと無く、行い獨り成すこと無し。叅り知りて而して後動き、驗す可くして而して後言う。晝は庭に遊ばず、夜は行くに火を以てす。婦の德を正しくする所以なり。女に五の取らざる有り。逆家の子は取らず、亂家の子は取らず、世々刑人有るは取らず、世々惡疾有るは取らず、父を喪いし長子は取らず。逆家の子は、其の德に逆う爲なり。亂家の子は、其の人倫を亂す爲なり。世々刑人有る者は、其の人に棄らるる爲なり。世々惡疾有る者は、其の天に棄らるる爲なり。父を喪いし長子は、命を受く所無き爲なり。婦に七の去る有り。父母に順ならざれば去る、子無きは去る、淫すれば去る、妬めば去る、惡疾有れば去る、多言なれば去る、竊盗すれば去る。父母に順ならずは、其の德に逆う爲なり。子無きは、其の世を絶つ爲なり。淫は、其の族を亂す爲なり。妬は、其の家を亂す爲なり。惡疾有るは、其の與に粢盛を共す可からざる爲なり。多言は、其の親を離るる爲なり。盗竊は、其の義に反く爲なり。三の去らざる有り。取る所有りて歸す所無きは去らず、與に三年の喪を更[ふ]れば去らず、前に貧賤にして後に富貴なれば去らず。凡そ此れ聖人の男女の際を順にし、婚姻の始めを重んずる所以なり。

○孔子曰、婦人伏於人云々。惣体女は一人立ちはせぬ。人の方へべったりと従ふこと。平伏の伏て、頭のあがらぬこと。なんても向の云なりになりて畏る。元来このあや故に手前から事を一つ仕出すことはない。專は吾か眞柱になりてすること。管仲か政を專と云もそれて、一度々々に伺をせぬなり。女も奥はをれか了簡とはせぬ。従ふなり。その中三つをも立た綱領を出した。先つ女の境界が、始が娘、中が女房、終か婆々。此三つなり。此三つを經る中、上の方はかわっても、こちはかわらぬ。天か春夏秋冬と代りても地はしいっとしてをる。女にも仁義礼智はあるから、親夫とのことてもあれてはと思ふこともあるが従てをる。まして子にあれではと思はなをさらのこと。なれとも夫と死してと云も女は冬なり。さあ冬と云段にはじっとしまって吾侭はせぬ。
【解説】
「孔子曰、婦人伏於人也。是故無專制之義。有三從之道。在家從父、適人從夫、夫死從子」の説明。女は人に従うもので、自分から仕出すものではない。また、天が代わっても、女は地なので変わることはない。特に夫が死ねば女は冬だから、じっとしているものなのである。
【通釈】
「孔子曰、婦人伏於人云々」。総体、女は一人立ちはしない。人の方へべったりと従うのである。「伏」は平伏の伏で、頭の上がらないこと。何でも向こうの言いなりになって畏まる。元来この綾があるので、自分から事を一つ仕出すことはない。「専」は自分が真柱になってすること。管仲が政を専と言うのもそれで、その都度伺いをしなかった。女も奥は俺の了簡とはせず、従うもの。その中で主だった綱領を三つ出した。先ず女の境界は、始めが娘、中が女房、終わりが婆々でこの三つである。この三つを経る中で、上の方は代わっても、こちらは変わらない。天が春夏秋冬と代わっても地はじっとしている。女にも仁義礼智はあるから、親や夫のことでもあれではと思うこともあるが従っている。ましてや子にあれではと思うのは尚更のこと。しかし夫が死ねば女は冬である。さあ冬という段にはじっとしまって我侭はしないもの。
【語釈】
・管仲か政を專…孟子公孫丑章句上1「管仲得君如彼其專也。行乎國政如彼其久也。功烈如彼其卑也」。

○無所遂。鯨の羽のないやふなもの。なんと云ても水中のもの。遂ると牝鷄晨したになる。呂后即天尼将軍、魚に羽のはへたなり。敢て女の役てはこざらぬよと云がよい。従と云でなけれは女の妖たすしになる。○あの御袋様かもちと云てくれれはよけれともと云ても云はぬ。今日口きく女は云へは云ほと軽しめらるる。云まいことを云ぬ女は、云は子は云はぬほど人にこはがらるる。どちとふして云はぬか女の道体なり。儀礼經傳通解内治の処みよ。后の方は奥の女の方の教のこと斗りなり。
【解説】
「無所敢自遂也。敎令不出閨門、事在饋食之間而已矣」の説明。女はでしゃばると「牝鶏晨」となる。言を控えるのが女の道体である。
【通釈】
「無所遂」。鯨に羽がない様なもの。何と言っても水中のもの。遂げると「牝鶏晨」になる。呂后や則天・尼将軍は魚に羽が生えたのである。敢えて女の役ではございませんと言うのがよい。従でなければ女の妖けた筋になる。あの御袋様がもう少し言ってくれればよいのだかと言っても言わない。今日口を利く女は言えば言うほど軽しめられる。言ってはならないことを言わない女は、言わなければ言わないほど人に恐がられる。どう見ても言わないのが女の道体である。儀礼経伝通解内治の処を見なさい。后の方は奥の女の方の教えのことばかりである。
【語釈】
・牝鷄晨…書経牧誓。「王曰、古人有言曰、牝雞無晨。牝雞之晨、惟家之索」。

○女及日乎閨門之内。これらが靣白ひ文ぞ。毎日々々そこて日をくらして白髪婆々になることぞ。歴々の上は今はこれなり。かるいものは嚊が市兵衛、御存の通り私共の亭主は無口て心よしてと云て罷り出し、古券の賣買にも口を入れたがる。○百里。中蕐は六丁一里て、其間一と泊りある処ては、女は喪に行ぬなり。○事無擅爲。これは小さいことて云ほと親切なり。栽木一本牡丹一ともと奥の庭に栽たいと云ことをも表へ相談すること。子婦無私蓄のあんはい。○行ひと云は事と云よりちと重ひこと。奥様か病気の願がけに百日法花になりたと云は行独成すなり。此頃奥にはこふ云ことかあると云は成すなり。歴々の上は道楽の方の怪我は少いか、信心の方からも家風を乱ることか有る。奥へは医者より外入らぬものが、かの隱居婆々さまが信心者と云て祈祷者山伏か入り込むぞ。はや異端が奥迠害をなす。
【解説】
「是故女及日乎閨門之内。不百里而犇喪。事無擅爲、行無獨成」の説明。女は閨門の内で暮らして終えるもの。それを、軽い者は仕事にも口を出して来る。また、女は庭木一本を植えることでさえ表に相談をする。独断で行ってはならない。
【通釈】
「女及日乎閨門之内」。これらが面白い文である。毎日そこで日を暮らして白髪婆々になること。歴々の上は今はこれ。軽い者は嚊が市兵衛で、御存じの通り私共の亭主は無口で心好しでと言って罷り出て、沽券の売買にも口を入れたがる。「百里」。中華は六丁一里で、その間に一泊する処では、女は喪に行かない。「事無擅為」。これは小さいことで言うほど親切である。植木一本牡丹一つを奥の庭に植えたいということまでも表に相談する。これが「子婦無私蓄」の塩梅である。「行」は事ということよりも一寸重いこと。奥様が病気の願掛けに百日法華になったというのは「行独成」である。この頃、奥にはこういうことがあるというのは成すである。歴々の上は道楽の方の怪我は少ないが、信心の方からも家風を乱すことがある。奥へは医者より外は要らないものだが、あの隠居婆々様が信心者だというので祈祷者や山伏が入り込む。早くも異端が奥まで害をなす。
【語釈】
・嚊が市兵衛…嚊天下の意。
・心よし…心好し。お人好し。
・子婦無私蓄…小学内篇明倫12。「子婦無私貨、無私畜、無私器」。

○参知而後動。いつもの例ては動と云字は行のことになるか、上に行無独成の字あるから、ここの動くは他出なとのことに動の字をとるかよい。参知はたれもかれも知たこと。二三人知たことてない。味池の弁に、あいよみのあること、と。三宅先生の、大身の御隱居様なれともこそ々々と御出じゃと云がわるいことと云はれた。参知而動可驗而言。これは本んの女にしこむこと。こふするか德をつませるのなり。○柯先生の昼るものもの字の点をみよ。昼ても表さしきへは出ぬ。菊や牡丹をうへた庭のことてはない。あれは園と云字ぞ。
【解説】
「叅知而後動、可驗而後言。晝不遊庭、夜行以火。所以正婦德也」の説明。人知れずに他出してはならない。「参知而動云々」が徳を積ませること。
【通釈】
「参知而後動」。いつもの例では動という字は行のことになるが、上に「行無独成」の字があるから、ここの動は他出などのことと見るのがよい。参知は誰も彼も知ったこと。二三人が知っていることではない。味池の弁に、相読みのあることだとある。三宅先生が、大身の御隠居様なのだが、こそこそと御出だというのが悪いと言われた。「参知而動可験而言」。これは本当の女に仕込むこと。こうするのが徳を積ませることである。柯先生の「昼も」と点をしたが、もという字を見なさい。昼でも表座敷へは出ない。「庭」は菊や牡丹を植えた庭のことではない。あれは園という字である。
【語釈】
・味池…味池修居。名は直好。儀平、丹治と称す。号は守齋。播磨美嚢郡竹原の人。三宅尚齋姉の孫。延享2年(1745)8月19日没。年57。初め佐藤直方及び淺見絅齋に学ぶ。

○有五不取。ものは何ても初めにきめること。まあ々々よんだかよい。わるくは追ひ出せ。女房去るに手間は入らぬと云はあらい口上そ。奉公することを礼記にも謀而后入、入而后不謀と有り、女房もつも初によくするかよい。さふたんにかからぬ前にきめて、此五つはやめにする。○祖父か親のとき反逆さたの有た家のこと。明智や何かが娘いやなもの。ここへ犁牛之子と云ことは出さぬことぞ。かたてきめるかよい。○悪所通ひ、嶋原はやめたときにはよいやふなもの。この乱家と云は人知れす淫乱な家のこと。五倫の上に乱りかありて、外からはきっと指をささぬわるいことの有ること。○世々刑人。今の縁女がよくても世々の字でいま子はならぬ。○田舎が何もかも自墮落で悪疾の吟味かつよい。医書の厲風の処てみよ。必傳染もせぬもの。それをいつも々々々きつふ吟味をつめるが、垩人の世々の字をつけたが見処ろなり。其家に一度悪疾ありたとて皆がそれを染るてはない。そこて世々とある。世々のは娶るへからすなり。
【解説】
「女有五不取。逆家子不取、亂家子不取、世有刑人不取、世有惡疾不取」の説明。最初に女房として娶らない者を決めて置く。娶らないと言ってもここに「世々」とあり、それは世々そうであれば娶らないということである。
【通釈】
「有五不取」。ものは何でも初めに決めるもの。まあ呼べばよい、悪ければ追い出せ、女房を去るのに手間は要らないと言うのは粗い口上である。奉公することを礼記にも「量而后入、不入而后量」とあり、女房を持つのも最初によくするのである。相談しなければならなくなる前に決めて、この五つは止めることとする。「逆家子」は、祖父か親の時に反逆沙汰のあった家のこと。明智光秀などの娘は嫌なもの。ここで「犁牛之子」は出さない。形で決めるのがよい。「乱家子」。悪所通いは、嶋原は止めればそれでよい様なもの。この乱家というのは人知れず淫乱な家のこと。五倫の上に乱れがあって、外からはっきりと指を指されはしないが、悪いことのあること。「世刑人」。今の縁女がよくても、世々の字で忌まなければならない。「世有悪疾」。田舎は何もかも自堕落なので悪疾の吟味が強い。医書の厲風の処で見なさい。必ず伝染するものでもない。それをいつも厳しく吟味を詰める。聖人が世々の字を付けたのが見処である。その家に一度悪疾があったとしても皆がそれに染まるものではない。そこで世々とある。世々あれば娶る可からずである。
【語釈】
・謀而后入、入而后不謀…礼記下少儀。「事君者、量而后入、不入而后量」。
・犁牛之子…論語雍也4。「子謂仲弓曰、犁牛之子騂且角、雖欲勿用、山川其舍諸」。

○喪父長子。只今も世間て母やしなひ子しゃと云。同しくは望にないこと。教のないから吾ままなと云こと。朱子のここに吟味もあるか、親類伯父叔母によいもの有れはよいことも有とある。夫共に先つもらわぬか法じゃ。今をやもあり、五六人目の娘ても大きにわるいが有るか、それに性行の吟味はかけずに金や容儀てもろふ。爰の処は法をこふ立ててをいて、これからさき処置あることぞ。喪父長子を我侭たと云てとらぬからは、をやがありても吾侭な娘は取られぬは知れたことぞ。○乱人倫。あるまいものを妻にしてをる。唐の代の始なとか皆これじゃ。詩の新臺のことや魯の桓公の奥方のことや可鋻。○世々と云字みよ。祖父か遠嶋になりた禹王の娘でも望にないと云ことてはない。今の昏礼に道理の吟味は少ひが、悪疾は道理の方でなく病のことゆへに後世ても吟味をつめる。世々の字に目をつけぬはあまり刻薄なこと。これらは江戸なとては大槩なり。田舎ではあまりやかましく人のたたぬほとに吟味する。
【解説】
「喪父長子不取。逆家子、爲其逆德也。亂家子、爲其亂人倫也。世有刑人者、爲其棄於人也。世有惡疾者、爲其棄於天也。喪父長子者、爲其無所受命也」の説明。父長のいない子は我侭だから娶らないというのだから、親がいても我侭な娘は娶るわけにはいかないのは当然のことである。
【通釈】
「喪父長子」。只今も世間で母の養い子だと言う。これは同じく望まない。教えがないから我侭である。朱子はここに吟味があって、親類伯父叔母によい者がいればよいこともあるとある。それも含めて先ずは貰わないのが法である。今は親もあり、五六人目の娘でも大いに悪い者がいるが、それに性行の吟味は掛けずに金や容儀で貰う。ここの処は法をこの様に立てて置いて、これから先に処置があるということ。喪父長子を我侭だと言って娶らないのだから、親がいても我侭な娘は娶るわけにはいかないことは知れたこと。「乱人倫」。あってはならない者を妻にしている。唐の代の初めなどが皆これ。詩の新台のことや魯の桓公の奥方のことで鑑みなさい。世々という字を見なさい。祖父が遠島になった禹王の娘でも望まないということではない。今の昏礼に道理の吟味は少ないのに、悪疾は道理の方ではなくて病のことなので後世でも吟味を詰める。しかし、世々の字に目を付けないのはあまりに刻薄なこと。これらは江戸などではほどほどにするが、田舎ではあまりに喧しく人が立てないほどに吟味をする。
【語釈】
・新臺…詩経国風邶新臺題下。「新臺、刺衛宣公也。納伋之妻、作新臺于河上而要之。國人惡之、而作是詩也」。
・魯の桓公…桓公は夫人の文姜と共に斉へ行き、斉の襄公と文姜の密通を咎めために殺される。

○妻は去らぬものに立ててをくゆへ七つの去有りなり。後世はうすい了簡から、女房は去るに手間は入ぬと覚へたもの。古人は去らぬにしたものなれとも、吟味がつまるから去ると云ことも有。爰へ去るの紋切形を出してみせたもの。去ると云は刑罸も同こと。垩人のいこふいやに思召すことなれとも、此ヶ条を出さ子はならぬ。頬が憎ひの恰好かわるいのと云て去ることてない。さふ云と歴々はつらのにくひものの首をめったに切るになる。朱門か去るは権道がと云たれは、朱子の常道と荅られた。靣白ひあやそ。可味。○今日靣々式のやふな輕ひ者はわるい心得て、女房を一と季もののやふに出し入れするも有り、又、事によりて去るべきものを去らずにをくも有る。いろ々々取りこしらへて上なでにしてをくか多い。それては妻も夫も安堵はない。この七の去て去ることがきまりてあるから、これをきいて男女共に安堵なり。今のは去るに七去てないことて去るから安堵にない。今はどのやふなことて出されやふも知れぬ。
【解説】
「婦有七去」の説明。妻は去らせるものではないが、去らせる理由が七つある。本来、この七去が決まっているから、男女共に安堵することができるのだが、今は七去以外の理由で出されることがあるので安堵ができない。
【通釈】
妻は去らないものとして立てて置くので「有七去」である。後世は薄い了簡から、女房を去るのに手間は要らないと覚えている。古人は去らないとしたものだが、吟味が詰まるから去るということもある。そこで、ここへ去ることの紋切型を出して見せた。去るというのは刑罰も同じこと。聖人はこれを大層嫌に思し召すが、この箇条を出さなければならない。面が憎いとか恰好が悪いと言うので去るのではない。その様に言うと、歴々は面の憎い者の首を滅多矢鱈に切ることになる。朱門が去るのは権道かと聞くと、朱子は常道だと答えられた。面白い綾である。味わいなさい。今日の面々の如き軽い者の中には、悪い心得で、女房を一季者の様に出し入れする者もあり、また、事によっては去るべき者を去らせずに置く者もいる。色々と取り拵えて上撫でにして置くのが多い。それでは妻も夫も安堵はしない。この七去で去ることが決まっているから、これを聞いて男女共に安堵をする。今のは去るにも七去でないことで去るから安堵しない。今はどの様なことで出されるのかも知れない。

○先つ一番に親の気に入ら子はふっつりと去る。ここで情愛でないことか知るる。妻はこの先き長くをるもの。親はやかて死ぬからまきらかしもなる筈のことを、そこを去ると云か、孝は人の大根本なり。これを去ら子は一日も安堵せぬ。去るにはとちとふしても気の毒はある。謡うたいなからてはないか、妻の心にも父母の気に入らぬて去らるれは、舅姑に順れぬは女てはない、余義ないことと安堵する。○舜不告而娶、爲憂無後也。先祖の血脉か大事ゆへ女房をとる。それに子かなけれは女房ていて女房でないから去ると爰を知せることなり。妾をかかへれはすむことなれとも、子がなけれは女房てない。そこで去る。女は子のないと云か一大事のかけなり。○爰に一つ了簡あり。妻に男子かなけれは去る筈ときめて、去らるるものと云たんに心得ては血脉をつつけるための妾をかかへる。そこて女房も妾をかかへる相談にはことの外にこはこして手傳ふてせ子はならぬこと。子をもたぬのみならず、妾をかかへるには口ばしを入るるなら、いよ々々去ら子はならぬぞ。こふ文義をきめることじゃ。
【解説】
「不順父母去、無子去」の説明。夫婦は情愛ではない。人の大根は孝だから、父母が気に入らなければ去る。子がなければ先祖の血筋が絶えるので去る。ここで妾を持つことによって妻が残ることもあるが、子を持たないのみならず、妾を抱えることに嘴を入れるのなら、益々去るべきである。
【通釈】
「不順父母」。先ず一番に親が気に入らなければぷっつりと去る。ここで、夫婦は情愛でないことが知れる。妻はこの先長くいるもので、親はやがて死ぬから紛らかしもできる筈だが、そこを去ると言うのが、孝は人の大根本だからである。これで去らなければ一日も安堵はしない。去るにはどうしても気の毒はある。謡を謡いながらではないが、妻の心も、父母が気に入らないので去らなければならなくなれば、舅姑に順われないのは女ではない、それは余儀もないことだと思って安堵する。「無子」。「舜不告而娶、爲憂無後也」。先祖の血筋が大事なので女房を娶る。それなのに、子がなければ女房体で女房でないから去ると知らせたもの。妾を抱えれば済むことだが、子がなければ女房ではない。そこで去る。女は子がないというのが一大事の欠けである。ここに一つ了簡がある。妻に男子がなければ去る筈のものと決め、去らせることができるものという段に心得て、血筋を続けるための妾を抱える。そこで女房も妾を抱える相談には殊の外にこにことして手伝ってしなければならない。子を持たないのみならず、妾を抱えるのに嘴を入れるのなら、いよいよ去らなければならないことになる。この様に文義を決めるのである。
【語釈】
・舜不告而娶、爲憂無後也…孟子離婁章句上26。「孟子曰、不孝有三。無後爲大。舜不告而娶。爲無後也。君子以爲猶告也」。

○好色の情は自然なり。淫は其度をこへたこと。度をこへると有まいことか出てくる。ここは密夫になる前の処ぞ。ここの処から知れてくることぞ。○妬と云にも甲乙はあるものなれとも、妬むと云心からはさま々々なことか出てくる。咒咀牛の刻参り。それては鬼じんを養[か]ふてをくやふなもの。○淫と妬は似た病なり。两からあるもの。無子去るのあとへ淫し妬むを書たは靣白ひこと。相発して知ることぞ。淫妬する心からは妾を抱るにだまってはいぬ。垩人のときに今のやふな有様はないか、今後世へべったりと合ふ。作易者は知盗乎の意ぞ。七去のならべやふは万代へ的中ぞ。○有悪疾。別室に養ふと云こともある。妻にはならす、追拂ふことはなをせず。○迂斎曰、多言は咄し好きと云ことてはない。下女と一日咄すの、来た人ごとに御まえの御国にはときくのと云ことてもないが、多言はどふでもよいこと斗りは出ぬもの。もちとこふじると親類兄弟中迠つつきちらす。○爲其絶世也。舜不告而娶る。よく々々のことぞ。妾をかかへれはすむ。去るには及はぬ。されとも去るほとの相談てなくてはならぬことゆへ去ると云字なり。
【解説】
「淫去、妬去、有惡疾去、多言去、竊盗去。不順父母、爲其逆德也。無子、爲其絶世也。淫、爲其亂族也。妬、爲其亂家也。有惡疾、爲其不可與共粢盛也。多言、爲其離親。盗竊、爲其反義也」の説明。「淫妬」する心があると妾を抱えることにも黙ってはいない。淫妬であれば去る。「悪疾」の者は別室に養うということもあり、妻にはしないが追い払うこともしない。「多言」だと、やがては親類兄弟仲まで突付き散らす。
【通釈】
好色の情は自然なもの。「淫」はその度を超えたこと。度を超えるとあってはならないことが出て来る。ここは密婦になる前の処。ここの処から知れて来る。「妬」にも甲乙はあるものだが、妬むという心からは様々なことが出て来る。咒咀牛の刻参り、それでは鬼神を飼って置く様なもの。淫と妬は似た病で、両方があるもの。「無子去」の後へ淫し妬むを書いたのが面白いこと。相発して理解しなさい。淫妬する心からは妾を抱えることにも黙ってはいない。聖人の時には今の様な有り様ははないが、今後世へべったりと合う。これが「作易者、其知盗乎」の意である。七去の並べ様は万代へ的中する。「有悪疾」。別室に養うということもある。妻にはならず、追い払うことは尚しない。迂斎が、「多言」は話好きということではないと言った。下女と一日中話したり、来た人毎に御前の御国はと聞くということでもないが、多言はどうでもよいことばかりは出ないもの。もう少し高じると親類兄弟仲まで突付き散らす。「為其絶世也」。「舜不告而娶」はよくよくのことで、妾を抱えれば済む。去るには及ばない。しかし、去るほどの相談でなくてはならないことなので去るという字がある。
【語釈】
・作易者は知盗乎…易経繋辞伝上8。「子曰、作易者、其知盗乎」。

○三不去者は、上の七去の列のわることが有ても、又去られぬすじのことが有る。○何処へもより処のないを皈せは路頭にまよはせるのぞ。それては死ぬことをあてこふになる。ほし殺すも同前。○古三年の喪のをもいの、人心の大綱をくくるのと云もここらて知ること。これて上の父母に不順な妻は去ると云もみへてくるなり。三年の喪に灵座の給仕をとも々々した妻は、上の七去の例の内がありても去るに忍ひぬ。○前貧賎云々。これらか垩人のあついことなり。浪人の妻か洗濯や針仕事をしてをる。其浪人か宦禄に有り付たとき、飯をたかせて艱難させた妻はすてることはならぬ筈。
【解説】
「有三不去。有所取無所歸不去、與更三年喪不去、前貧賤後富貴不去」の説明。七去の例があっても、去らせないことが三つある。身寄りのない者、三年の喪を共にした者、艱難を共にした者である。
【通釈】
「三不去者」は、上の七去の様な悪いことがあっても、また、去らせられない筋があるということ。何処へも拠り所のない者を帰すのは路頭に迷わせるのである。それでは死を宛がうことになり、干し殺すのも同前である。古三年の喪の重きや、人心の大綱を括ると言うのもここらで知ること。これで上の父母に不順な妻は去ると言うのも見えて来る。三年の喪に霊座の給仕を共にした妻は、上の七去があっても去るには忍びない。「前貧賎云々」。これらが聖人の篤いこと。浪人の妻が洗濯や針仕事をしている。その浪人が官禄にあり付いた時、飯を炊かせて艱難をさせた妻を棄てることはならない筈。

○凡是。小学ては、今日の読だしの礼は始於謹夫婦からこれ迠をくくるて小学の書の上なり。婦人伏於人からを凡是とうくるなり。○順男女之際云々。中庸に妻子好合如皷瑟琴。家内か調子そろふてにっとりとなると父母の心はほき々々となる。そこて其下に父母其順乎と書てある。それもから手ではいかぬ。外からみても、あのやふな家内をもちた親の心はさぞほぎ々々とせうと云るるには夫婦から始る。其の又夫婦の順路も父母の心をほぎ々々とさするもの、昏礼の始めを重んすることと、之始と云が大事ぞ。垩人のこふ法を立てさしをかれた。昏礼に日を占ふと云も始か大事ゆへぞ。藝者さへ三番叟か大事と云ことを云。
【解説】
「凡此聖人所以順男女之際、重婚姻之始也」の説明。夫婦仲がよいと父母も心もよくなる。その夫婦仲をよくするのも昏礼の始めを重んじることからする。始めが大事である。
【通釈】
「凡此」。小学では、今日の読み出しの「礼始於謹夫婦」からこれまでを括って小学の書の上であり、「婦人伏於人」からを「凡此」と受ける。「順男女之際云々」。中庸に「妻子好合如鼓瑟琴」とあり、家内の調子が揃ってにっとりとなると父母の心はほぎほぎとなる。そこで、この下に「父母其順矣乎」と書いてある。それも空手ではうまく行かない。外から見ても、あの様な家内を持った親の心はさぞほぎほぎとしていることだろうと言われるには夫婦から始まる。そのまた夫婦の順路も父母の心をほぎほぎとさせるのも、昏礼の始めを重んじることからであり、「之始」が大事なのである。聖人がこの様に法を立てて置かれた。昏礼に日を占うと言うのも始めが大事だからである。芸者でさえ三番叟が大事だと言う。
【語釈】
・妻子好合如皷瑟琴…中庸章句15。「君子之道、辟如行遠必自邇、辟如登高必自卑。詩曰、妻子好合、如鼓瑟琴。兄弟既翕、和樂且耽。宜爾室家、樂爾妻帑。子曰、父母其順矣乎」。詩は詩経小雅常棣。
・三番叟…物事の始め。幕開き。


明倫68
○曲禮曰、寡婦之子、非有見焉、弗與爲友。避嫌也。有見謂有竒才。卓然衆人所知。
【読み】
○曲禮に曰く、寡婦の子は、見わるること有るに非ざれば、與に友と爲らず。嫌を避くるなり。見わるること有るは、竒才有るを謂う。卓然として衆人の知る所なり。

○曲礼曰、寡婦之子云々。男女の交り婦人の戒になることぞ。夫と死しては従子とて全体のがかいから子に従ふなり。其子に従ふと云も、玉しいがくさりて夫の死後に不身持がありてはなんにもならぬ。従ふは婉娩聽従の従て、婉娩聽従の烈女になると云もこの従の字からなり。不身持ては従ふか従ふにならぬ。從の字は不たしなみてはならぬこと。其寡婦の不嗜と云には必相手があるから、寡婦の方を云すに外のことから云たが教の親切ぞ。若ひ後室に近つくなとは云に及はぬこと。其子共にもつき合はぬかよいと云こと。其子か挌別な人なれはつき合てもよいと云は、内のしまりが挌別なゆへのことぞ。一と口には云れぬ。既に孟子か寡婦の子なり。あの孟子にあの孟母なり。それは別なことなり。近所てもあの人は挌別なもの、当代てあの人とほめに合ふ人なれはつき合もする。これがあまりきゃふさんなやふなれとも、夫婦の別の終へ朱子の引れたか男女の魂なり。これて怪我はない。君臣之義の終りに忠臣不事二君、列女不更二夫とかきとめて男女の別を起し、又其終りに列女のあてに寡婦之子非有見焉、弗与爲友ととめた。すきまもない用心なり。
【解説】
寡婦に近付かないのは言うにも及ばないことで、その子供にも付き合わない方がよい。その子供が格別であれば付き合ってもよいと言うのは特別なこと。
【通釈】
「曲礼曰、寡婦之子云々」。これが男女の交わりや婦人の戒めになること。夫が死んで子に従う言っても、全体として子に従うもの。その子に従うというのも、魂が腐って夫の死後に不身持があっては何にもならない。従うとは婉娩聴従の従のことで、婉娩聴従が烈女になると言うのもこの従の字からのこと。不身持では従うが従うことにならない。従の字は不嗜みではならない。その寡婦の不嗜みというのには、必ず相手があることだから、寡婦の方を言わずに外のことから言うのが教えの親切である。若い後室に近付くなと言うには及ばない。その子供にも付き合わない方がよいと言う。その子が格別な人であれば付き合ってもよいと言うのは、内の締まりが格別だからである。それは一口には言えないこと。既に孟子は寡婦の子である。あの孟子にあの孟母である。それは別なこと。近所でもあの人は格別なもの、当代であの人と褒めに合う人であれば付き合いもする。これはあまりに仰山な様なことだが、夫婦の別の終わりに朱子がこれを引かれたのが男女の魂である。これで怪我はない。君臣之義の終わりに「忠臣不事二君、列女不更二夫」と書き止めて男女の別を起こし、またその終わりに列女に当てて、「寡婦之子非有見焉、弗与為友」と止めた。隙間もない用心である。
【語釈】
・婉娩聽従…小学内篇立教2。「姆敎婉娩聽從」。

○避嫌。年始にも行ぬの、足むけもせぬことでもないが、幼年な児に、若ひ後室の処、このころ何やらちょこ々々々行くがと云ふになる。垩人はさけるには及はぬが、其以下にはさけると云教がある。あぢなことのやふなれとも、この避嫌て礼のきめになる。既に以て孔子の南子に逢れたをさへ、子路なとかいかかと云てけがれると云ほとに思ふた。垩人には避嫌には及はぬ。七十になる寺参か悪所の土手て人に逢たとて靣目ない筋ではない。賢者以下はさけるてよい。瓜田不納履。瓜畠を通りすきぬ中は足袋の緒はしめぬかよい。蜜柑の木の下ては頭巾かをちよふともなをさぬがよい。詩に匪適株材従夏南とて耳こすりを云れた。あれらは古今のまれことなり。あの後家て陳が乱て歴々か九人ほと死んた。あれほどてなくてもちらほらのことは数しれずあることぞ。学者なそと云は見れぬ子の処へ行くへきことてはない。
【解説】
聖人は寡婦を避けるには及ばないが、それ以下の者は避ける。避嫌で礼の決めになる。
【通釈】
「避嫌」。年始にも行かないとか、足向けもしないということでもないが、幼年の児に、この頃若い後室の処へ何やらちょこちょこと行くがと言う様になる。聖人は避けるには及ばないが、それ以下には避けるという教えがある。それは妙なことの様だが、この避嫌で礼の決めになる。既に孔子が南子に逢われたのでさえ、子路などはいかがなものかと穢れるというほどに思った。聖人は避嫌に及ばない。七十になる寺参りが悪所の土手で人に逢ったとしても面目ない筋ではない。賢者以下は避けるのでよい。「瓜田不納履」で、瓜畠を通り過ぎない内は足袋の緒は締めないのがよい。蜜柑の木の下では頭巾が落ちるとしても直さないのがよい。詩に「匪適株材従夏南」と耳擦りを言われた。あれらは古今稀なこと。あの後家によって陳は乱れて歴々が九人ほど死んだ。あれほどでなくてもちらほらとしたことは数知れずある。学者などという者は、見われない子の処へは行くべきではない。
【語釈】
・孔子の南子に逢れた…論語雍也26。「子見南子、子路不説。夫子矢之曰、予所否者、天厭之。天厭之」。
・瓜田不納履…古楽府君子行。「君子防未然、不處嫌疑間。瓜田不納履、李下不正冠」。
・匪適株材従夏南…詩経国風陳株林。「胡爲乎株林、從夏南。匪適株林、從夏南」。題下に、「株林、刺靈公也。淫乎夏姫、驅馳而往、朝夕不休息焉」とある。陳の霊公は夏姫と淫らな関係にあった。

右明夫婦之別。
【読み】
右、夫婦の別を明かにす。

夫婦の別かないと、水か上へ流れ、火の下へもへるやふになる。寢席を同ふするものゆへ、狎れるはやすくて別はなりにくい。
【通釈】
夫婦の別がないと、水が上に流れ、火が下へ焚える様になる。寝席を同じくする者なので、狎れるのは易くて別はなり難い。