小学内篇

立敎第一

此の内篇外篇と云は、朱子の序で、其無古今之異、固未始不可行也とある、あのあやと合点せよ。内篇は三代古のことを書き、外篇には近代のことを出した。是て、昔は成ふが今はならぬと云はせぬこと。外篇をそへたが深切なことで、武邉咄をしても、保元平治にこうと云ては、それはとんと昔のことで及もないとして、武士の思い立がない。関ヶ原御陳の時と云と、はや吾がつづきや先祖などもありて、いこううき立つ。いきりが違う。内はをもなこと。外の字はそへたこと。これが人の身ては腹と脊中のやうなもの。どちらもなくてならぬもの。内外は甲乙をつけることではない。をもな処からとかく。それが内篇立敎。小学の篇のをもいは此次の明倫からなり。人は天地の間に生れ五倫をするより外なし。そこで此明倫が小学のはばなり。小学大学並へていへば、三綱八目が大学のはば、明倫が小学のはばなり。其前立に立敎とはどふなれは、明倫の前に一つ敎を立ると云が大事なことなり。そこでこの立敎には、明倫の中のおしへを引ぬいてみせたもの。
【解説】
内篇は三代の古のことを出し、外篇には近代のことを出したもので、内篇が主で、外篇はそれを添えたもの。小学は明倫が重要な部だが、その前に立教を出したのは、明倫の教えを引き抜いて見せたのであり、一つ教えを立てたのである。
【通釈】
ここで内篇と外篇と言うのは、朱子の序に、「其無古今之異、固未始不可行也」とある、あの綾だと合点しなさい。内篇は三代の古のことを書き、外篇には近代のことを出した。これで、昔はできただろうが今はできないとは言わせない。外篇を添えたのが深切なことで、武道に関した話をしても、保元平治にはこうだと言っては、それは全く昔のことで及びもないことだとして、武士の思い立ちがない。関ヶ原御陳の時のことだと言うと、直ぐに自分の続柄や先祖などもいて、大層浮き立つ。熱りが違う。内は主なこと。外の字は添えたこと。これが人の身では腹と背中の様なもので、どちらもなくてならないもの。内外は甲乙をつけることではない。主な処から書く。それが内篇の立教である。小学の篇の重要なところはこの次の明倫からである。人は天地の間に生まれて五倫をするより外はない。そこでこの明倫が小学の幅である。小学と大学とを並べて言えば、三綱八目が大学の幅で、明倫が小学の幅である。その前に立教を置くのはどうしてかと言うと、明倫の前に一つ教えを立てるというのが大事なことだからである。そこで、この立教とは、明倫の中の教えを引き抜いて見せたものなのである。
【語釈】
・武邉…武道に関係した事柄。
・三綱…明明徳・新民・止至善。
・八目…物格・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・天下平。

五倫は乱世でも立てあるが、敎が立たぬからおしへはない。大学も敎、小学も敎なれとも、をしへの立つ立たぬで違ふ。世の中兒共だらけなれとも、孝子の出来ぬは敎のないからなり。そこで敎と云は立た子ば役にたたぬものと知るべし。献立計り書て張てありても、料理人がなくては喰ふやうには出来ぬ。教がつっ立て、その通り教るで立つなり。肴も野菜も沢山ありても、こしらへてがなくては献立が献立に立ぬ。立つと云が大切のことなり。人の家に主のない家はないが、主人ありてもたはけなれは立ぬなり。敎の立ぬと云は、碁のきらいな家に碁局のあるやうなもの。武藝きらいの鎧甲は、只飾りものになる。敎も餝り物になりては役に立ぬ。是非これで立つと云が大事ぞ。洪範皇立有極の立、周子立人極の立の字でいこう重いこと。先輩の説に、纏を立ると同しこと。殿のまどいがしゃんと立と、諸士が皆きっとしておる。まどいがたをれると、火消はどこへやらにげてゆくぞ。立が大切なり。そこて最初に立敎のなり。
【解説】
五倫はいつの世にもあるが、教えが立たなければならない。「立」とは、纏を立てるのと同じことで、殿の纏がしゃんと立つと、諸士が皆きっとする。そこで、最初に立教がある。
【通釈】
五倫は乱世でも立ってあるが、教えが立たないから教えはない。大学も教え、小学も教えだが、教えが立つか立たないかで違って来る。世の中は子供だらけだが、孝子ができないのは教えがないからである。そこで教えとは、立たなければ役に立たないものだと知りなさい。献立ばかりが書いて張ってあっても、料理人がいなくては喰うことはできない。教えが突っ立って、その通りに教えるので立つ。魚や野菜が沢山あっても、拵え手がなくては献立が献立として立たない。立つというのが大切なこと。人の家で主のない家はないが、主人がいても戯けであれば立たない。教えが立たないというのは、碁の嫌いな家に碁盤のある様なもの。武芸嫌いの鎧甲は、ただの飾り物となる。教えも飾り物になっては役に立たない。是非これで立つということが大事である。「立」は洪範の「皇立有極」の立、周子の「立人極」の立の字であって、大層重いこと。先輩の説に、纏を立てるのと同じことだとある。殿の纏がしゃんと立つと、諸士が皆きっとしている。纏が倒れると、火消はどこへやら逃げて行く。立が大切である。そこで最初に立教がある。
【語釈】
・皇立有極…書経洪範。「五。皇極。皇建其有極。斂時五福。用敷錫厥庶民」。
・立人極…近思録道体1。太極図説。「聖人定之以中正仁義、而主靜。立人極焉」。

子思子曰、天命之謂性、率性之謂道、脩道之謂敎。則天明、遵聖法、述此篇、俾爲師者知所以敎、而弟子知所以學。
【読み】
子思子曰く、天の命ずる之を性と謂い、性に率う之を道と謂い、道を脩むる之を敎と謂う。天の明に則り、聖の法に遵いて此の篇を述べ、師爲る者をして以て敎うる所を知り、弟子をして以て學ぶ所を知らしむ。

天命之謂性云云。先日云通り、小学は兒共を敎ゆることじゃと云さまに、元亨利貞は天道の常とよみ出す。何ことぞと云に、何に程兒共でも本を知ら子はならぬ。そこで、天にある元亨利貞を人にうけて仁義礼智あるを知らせたなり。この骸どこからきたぞ。親に貰ふたと知らせたもの。御旗本衆の持た米金は淺草の御藏から出たと、吾が持たものの本を知らせるなり。天命之性は只天に本つくと云ことを知らせるのみのこと。六ヶ鋪いことはないが、さて天と云字は誰も彼も知ら子はならぬことぞ。百姓の家に暦をはなされぬと同じこと。一寸々々と見て、天と問答せる。麥はいつまく、種はいつをろしてと、作の事を問合せる。そこで一筆引かぬ者でも、暦なくてはならぬもの。毎にはやいはよいとあてがって、松の中から種を蒔てはやくに立ぬ。天にはづれては作もならぬ。尭舜か天叔有典。何事でも天からと云れた。人作ではない。圣人の道は天次第なり。木に竹をつぐやうなことではない。沼に麥、高畠に稲はやくに立ぬ。
【解説】
「子思子曰、天命之謂性」の説明。題辞では、「元亨利貞天道之常」を「仁義礼智人性之綱」として、元亨利貞を人で受けて仁義礼智とした。「天命之謂性」は、天に基づくということを知らせたもの。聖人の道は天次第である。
【通釈】
「天命之謂性云云」。先日言った通り、小学は子供を教えることだと言うやいなや、「元亨利貞天道之常」と読み出す。何事かと思えば、子供であっても、本を知らなければならないということ。そこで、天にある元亨利貞を人に受けて仁義礼智のあることを知らせたのである。この骸はどこから来たのか。それは親に貰ったのだと知らせたもの。御旗本衆の持っている米金は浅草の御蔵から出たと、自分の持っているものの本を知らせたのである。「天命之性」はただ天に基づくということを知らせるだけのことで難しいことはないが、さて、天という字は誰も彼も知らなければならないこと。百姓の家では暦を離すことができないのと同じこと。一寸一寸見て、天と問答をする。麦はいつ蒔く、種はいつ下ろしてと、作の事を問い合わせる。そこで、文字の書けない者にも、暦はなくてはならないもの。いつも早いことはよいと思って、松の内から種を蒔いては役に立たない。天に外れては作もならない。堯舜が「天叔有典」と、何事でも天からと言われた。人作ではない。聖人の道は天次第である。木に竹を接ぐ様なことではない。沼に麦、高畠に稲は役に立たない。
【語釈】
・元亨利貞は天道の常…小学題辞の語。
・天叔有典…書経皋陶謨。「天敘有典、敕我五典五惇哉」。

仏法のやくに立ぬと云も、天にはづれたもの。小学に天命之性を出すと云も、異端へたいしたこと。三代の古は云ぬことなり。あれらが邪魔を入れたがるから天と云字を出したもの。今日は老荘はさして邪魔にはならぬが、異端の中でも兎角仏が小学に水をさしたがるが、まづ天地を見よ。天は夫、地は妻。それで万物ができる。それに外れた仏法、一つはもやくに立ぬこと。天にもとるの道じゃ。丁度魚を山へ上け、鳥を海へ入るやうなもの。天に外るるぞ。吾身はもと夫婦から出来て、その夫婦は吾が父母なり。其父母を去る。夫婦をやめるは天でないぞ。垩人の敎は天の字をかふりたこと。圣学はいつも天。天命之性は題辞にある通り、天命は元亨利貞、性は仁義礼智。天にあるものが人え備ること。
【解説】
「天命之性」は異端に対しての言である。老荘はそれほど邪魔とはならないが、仏が聖学の邪魔をする。人は父母から生まれるが、仏はその父母を去る。それは天に悖る道である。聖学はいつも天である。天にあるものが人に備わっている。
【通釈】
仏法が役に立たないと言うのも、天に外れたものだからである。小学に「天命之性」を出したのも、異端に対してのことで、三代の古では言う必要がない。あれらが邪魔を入れたがるから天という字を出したのである。今日、老荘は大して邪魔にはならないが、異端の中でもとかく仏が小学に水をさしたがる。先ずは天地を見なさい。天は夫、地は妻。それで万物ができる。それに外れた仏法だから、少しも役には立たない。天に悖る道である。丁度魚を山へ上げ、鳥を海へ入れる様なもの。それでは天に外れる。我が身は元々夫婦からできるもの。その夫婦は自分の父母である。仏はその父母を去る。夫婦を止めるのは天ではない。聖人の教えは天の字を被ったもの。聖学はいつも天。天命之性は題辞にある通りで、天命は元亨利貞、性は仁義礼智。天にあるものが人に備わること。

率性之謂道は、吾にある性にしたかって、題辞にある通り、仁の性にしたがへは親に孝、義と云性にしたかへば君に忠。それか道なり。先日の題辞とすっはり割符が合ふ。夫れならよさそうなものを、なぜ脩道の教か入ると云に、是も題辞にある通り、衆人蚩々、物欲交蔽。あつい、寒い、ひだるいと云欲にさへられて、肉から吾ままが出る。そこで持前が持前にたたぬ。それを道の通り本のものにするに敎がいる。病がある。医がいる。目か翳む。目藥をつけるなり。これてみれば天命の性の通りにするが教なり。これに外れ子は、教はいらぬ。世の中は皆はづれだらけなり。
【解説】
「率性之謂道、脩道之謂敎」の説明。自分にある性に率えばよいのだが、人は欲に障えられる。そこで教えが要る。天命の通りであれば教えは要らないが、人はそれに外れてばかりである。
【通釈】
「率性之謂道」は、自分にある性に率うこと。題辞にある通り、仁の性に率えば親に孝、義の性に率えば君に忠。それが道である。先日の題辞とすっかり割符が合う。それならよさそうなものだが、何故「修道之謂教」が要るのかというと、これも題辞にある通り、「衆人蚩々、物欲交蔽」で、暑い、寒い、空腹という欲に障えられて、肉から我侭が出るからである。そこで持前が持前として立たない。それを道の通りに本来のものにするために教えがいる。病であれば医が要る。目か翳めば目薬をつける。これで見れば、天命の性の通りにするのが教えである。天に外れなければ教えは要らないのだが、世の中は皆外れだらけである。

これを垩人が見て、敎を立たもの。立ると云ても別に立てたではない。此身が天の元亨利貞から仁義礼智とうけた通りになる。惟垩性者になるために立る敎なり。病人も五臟六腑にさわりがあるから煩ふ。さわりがとれると其日から藥をやめるなり。御蔭で五臟六腑がふへたではない。濁り水を砂ごしにしたやふなもの。本とのままになりたこと。垩人の敎と云は天に本づく。皆自然なり。其自然と云には別に珍らしいことはない。そこで敎が洒掃応對からぞ。仏法などは自然に本つかぬから、敎が皆手くろなり。手短に面白く云立る。地獄と云ておどしたり、仏になると云てすかしたり、皆くろなり。この方はみな天地自然、人間日用の實をじか々々と敎ることなり。
【解説】
聖人の教えは天に基づき、皆自然なもの。そこで洒掃応対から始める。仏法は自然に基づかない。
【通釈】
これを聖人が見て、教えを立てた。立てると言っても別に立てたのではない。この身が、天の元亨利貞から仁義礼智と受けた通りになる。「惟聖性者」になるために立てた教えである。病人も五臓六腑に障りがあるから煩う。障りが取れるとその日から薬を止める。御蔭で五臓六腑が増えたということではない。濁り水を砂漉しにした様なもの。元の通りになったということ。聖人の教えは天に基づき、皆自然なもの。自然であれば、別に珍らしいことはない。そこで教えが洒掃応対からとなる。仏法などは自然に基づかないから、教えが皆手くろである。手短に面白く言い立てる。地獄と言って脅したり、仏になると言ってすかしたりするが、皆手くろである。こちらは皆天地自然、人間日用の実をじっくりと教えるのである。
【語釈】
・惟垩性者…小学題辞。「惟聖性者、浩浩其天、不加毫末萬善足焉」。
・手くろ…人目をごまかすこと。人をたぶらかすこと。

則天命。この天命の字は孝経から書た。朱子の文字のつかいやうが、道具持の道具を其塲々々へつかうやうに自由なり。人の性は仁があたまで、五倫は親があたまじゃ。そこで孝経からとりて出たもの。小学のあたまへ置にはよい字なり。朱子の幼年のときに孝経をよんで、不如茲非人と云た。其思ひ入から、ひととなりよいはつぞ。天明と云は道理全躰のこと。天の理の明な処を云。ここでじかに云はふならは、すぐに上にある性道から敎まてのことを天明に則ると云。
【解説】
「則天明」の説明。「則天明」は孝経から引用したもので、性・道・教を指す。
【通釈】
「則天明」。この天明の字は孝経からのもの。朱子の文字の使い様は、道具持ちが道具をその場その場で使い分ける様に自由である。人の性は仁が最初で、五倫は親が最初。そこで孝経から取って出したもの。小学の最初に置くにはよい字である。朱子が幼年の時に孝経を読んで、「不如茲非人」と言った。その思い入れからしても、人となりはよい筈である。天明は道理全体のことで、天の理の明かな処を言う。ここで直に言うとすれば、直ぐ上にある性・道・教のことを天明に則ると言う。
【語釈】
・孝経…孝経三才章。「曾子曰、甚哉、孝之大也。子曰、夫孝、天之經也、地之義也、民之行也。天地之經而民是則之。則天之明、因地之利、以順天下。是以其教不肅而成、其政不嚴而治。先王見教之可以化民也。是故先之以博愛、而民莫遺其親、陳之於德義、而民興行、先之以敬讓、而民不爭、導之以禮樂、而民和睦、示之以好惡、而民知禁。詩云、赫赫師尹、民具爾瞻」。
・不如茲非人…茲[かく]の如くならずんば人に非ず。

遵垩法。此上下の二句、上に天、下に圣とかけたで、これが此圣性者、浩々其天のこと。天なりの垩人のこと。天明なりが垩人じゃ。天明は理で云、圣法はわさで云た。朱子の此小学の立敎が少しも作意でない。理も業も。俾為師者知所以教云云。立敎と云は弟子と師匠へかけたこと。師の教へやうがよくても、弟子の学びやうがわるくてはならぬ。弟子がよく学んでも、師の敎へようがわるくてはならぬ。孔子のよいで弟子もよい。そこで七十人のよい人が出来た。後世もちらほら敎もあれども、両方そろわぬゆへよい者がない。師の敎へやう、弟子の学びやうが此立敎の通りに。闕ると師弟ともにむだ骨折ぞ。そこでこの師弟へかけた二つの知の字大事ぞ。小学も知行、大学も知行と云寸に、小学は行か主、大学は知か主なり。小学は行か主なれとも、先つここへ知の字を出たは、師が敎を仕かけるなれば大学の知と思へ。立教も知か出子は教がたたぬ。いかさまさうで、保元から元弘、建武の大乱まで敎さだはない。其中では今川了俊も珍客なり。其中にはよいこともありて今に賞翫さるるか、中々不知文道而武道終不得勝利の、水は方圓の器に隨ひと云しくらひでは、人を一つ取立ると云にはくひたらぬことぞ。朱子のこの小学などと云もので、寔に敎と云に不足はない。それを見だしたは日本で惺窩・道春の功なり。今此小学の行はるるで垩人の敎の通りになりたなり。
【解説】
「遵聖法、述此篇、俾爲師者知所以敎、而弟子知所以學」の説明。「天明」は理で言い、「聖法」は業で言ったものだが、そこに作意はない。また、立教は弟子と師匠へ掛けたもので、教え方も学び方もよくなければ無駄である。なお、小学は行が主だが、ここの「知」は大学の知である。
【通釈】
「遵聖法」。この上下の二句、上に天、下に聖と掛けた。これが「惟聖性者、浩々其天」のことで、天の通りな聖人のこと。天明の通りが聖人。天明は理で言い、聖法は業で言う。朱子のこの小学の立教は少しも作意がない。理も業も作意はない。「俾為師者知所以教云云」。立教は弟子と師匠へ掛けたこと。師の教え方がよくても、弟子の学び方が悪くてはならない。弟子がよく学んでも、師の教え方が悪くてはならない。孔子がよいので弟子もよい。そこで七十人のよい者ができた。後世もちらほら教えもあるが、両方が揃わないのでよい者がいない。師の教え方、弟子の学び方がこの立教の通りであればよいが、闕けると師弟共に無駄な骨折である。そこでこの師弟へ掛けた二つの「知」の字が大事である。小学も知行、大学も知行と言う時に、小学は行が主、大学は知が主である。小学は行が主だが、先ずここへ知の字を出したのは、師が教えを仕掛けるのだからであって、これは大学の知だと思いなさい。立教も知が出なければ教えが立たない。いかにもその通りで、保元から元弘、建武の大乱まで教えの沙汰はない。その中では今川了俊などは珍客であり、中にはよいこともあって今に賞翫されているが、「不知文道而武道終不得勝利」や水は方圓の器に隨いと言う位では、人を一つ取り立てるには中々食い足りない。朱子のこの小学などは、教えとして寔に不足はない。それを見出したのは日本で惺窩と道春であり、これが彼等の功である。今この小学が行われることで、聖人の教えの通りになるのである。
【語釈】
・今川了俊…室町前期の武将・歌学者。範国の子。名は貞世。剃髪して了俊。足利義詮・義満に仕えて遠江守護・九州探題となる。また、冷泉為秀に師事し、歌学に堪能。
・不知文道而武道終不得勝利…今川状。文の道を知らずして武の道終に勝利を得ず。
・水は方圓の器に隨ひ…今川状。水は方円の器に随い、人は善悪の友による。


立教1
列女傳曰、古者婦人妊子寢不側、坐不邊、立不蹕、不食邪味、割不正不食、席不正不坐、目不視邪色、耳不聽淫聲。夜則令瞽誦詩、道正事。瞽盲者、樂官也。如此則生子、形容端正、才過人矣。言妊子之時、必愼所感。感於善則善、感於惡則惡也。
【読み】
列女傳に曰く、古は婦人子を妊めば寢ぬるに側せず、坐するに邊せず、立つに蹕[ひ]せず、邪味を食わず、割[きりめ]正しからざれば食わず、席正しからざれば坐せず、目は邪色を視ず、耳は淫聲を聽かず。夜には則ち瞽をして詩を誦し、正事を道わしむ。瞽盲は、樂官なり。此の如くなれば則ち生まるる子、形容端正にして、才人に過ぐ。子を妊む時は、必ず感ずる所を愼むを言う。善に感ずれば則ち善、惡に感ずれば則ち惡なり。

列女傳曰。序て云通り、圣人の八歳を待兼て敎と云はあまりせはしいやうじゃが、それに深い思召あること。大德寺の定惠院が迂斉に云た。此方では十二才より後は弟子にはとらぬと云た。いかさま尤なことで、肴をくいなれ、わるさに仕馴てはようあるまいぞ。異端でさへこんなよいことを云た。朱子の小学には、それはをろか腹の中からしむけがあるとはとうなれば、伏羲の卦を尽したを見て、邵子がまだこれより前がある、画前の易があると云た。兒共の教も八歳入小学より前にまだある。それはあんまりなことと云に、あるは々々。教と思はれぬ処にはや小学の教がそなはりてある。ここか敎の根元、と。そこで列女傳を引く。
【解説】
「列女傳曰」の説明。小学では、腹の内にいるころから教えがあると言う。その証拠に列女伝を引いた。
【通釈】
「列女伝曰」。序で言う通り、聖人が八歳を待ち兼ねて教えるというのはあまりに忙しい様だが、それには深い思し召しがある。大徳寺の定恵院が迂斎に、こちらでは十二才以後の者は弟子に採らないと言った。いかにも尤もなことで、肴を食い慣れ、悪さに仕馴れてはよくないだろう。異端でさえこんなよいことを言う。朱子の小学には、それは疎か、腹の内から仕向けがあるというのはどうしてかと言うと、伏羲が卦を尽くしたのを見て、邵康節が、まだこれより前がある、画前の易があると言った様に、子供の教えも「八歳入小学」より前にまだある。それはあまりなことだと言われても、あるにはある。教えと思えない処に早くも小学の教えが備わってある。ここが教えの根元だとしてある。そこで列女伝を引く。

さて、内篇は三代以来のこと。外篇は漢唐以来近代のことなり。すれは列女傳は漢の劉尚が作てあれば、外篇に入りそなものなれとも、これが古と云字か三代をこめた字なり。姙子。小学の始に子をはらむと云がめでたいこと。立教は天命之性から出る。そこて立敎に天の命ずると語り出して、天地は生物、そこで人も天なりに夫婦ありて子を姙む。これか釈迦一代ないこと。神道の仏道よりよいと云のも、この子をはらむと云ことのある故なり。あなにへやと云は、此のはらむと云が長熨斗道具なり。子を姙む。はや教がいる。これが父子君臣の本なり。そこで、孔子も易の十翼に夫婦を始めに出た。経文もつれで、上経初に乾坤、下経の始めか咸恒。さて、此子を姙んだについては、古は上天子諸侯のれき々々から下庶人までに敎へかたあり、今はめったに御目出度と云て、ますその大切なめでたいことをそれなりにしておこうはづはない。きっとてあてのあるべきこと。
【解説】
「古者婦人妊子」の説明。天地は生物であり、人も天の通りに夫婦があって子を妊む。子を妊むのは目出度いことだから、そこには手当がある筈である。
【通釈】
さて、内篇は三代以来のことで、外篇は漢唐以来近代のこと。列女伝は漢の劉尚の作なので外篇に入りそうなものだが、ここの「古」という字が三代を込めた字なのである。「妊子」。小学の始めに子を妊むというのが目出度いこと。立教は「天命之性」から出る。そこで立教は天の命ずると語り出して、天地は生物、そこで人も天の通りに夫婦があって子を妊む。これが釈迦には一代ないこと。神道が仏道よりもよいと言うのも、この子を妊むということがあるためである。美哉と言うのも、この妊むということが長熨斗道具である。子を妊めば、早くも教えが要る。これが父子君臣の本である。そこで、孔子も易の十翼に夫婦を始めに出した。経文も同様で、上経の始めが乾坤、下経の始めが咸と恒。さて、この子を妊んだ際には、古は上天子諸侯の歴々から下庶人までに教え方があったが、今は滅多矢鱈に御目出度と言うだけである。しかし、先ずはその大切な目出度いことをそれなりにして置く筈はない。きっと手当がある筈である。
【語釈】
・あなにへや…あなにえや。美哉。妍哉。
・十翼に夫婦…易経序卦伝。「有天地然後有萬物。有萬物然後有男女。有男女然後有夫婦。有夫婦然後有父子。有父子然後有君臣。有君臣然後有上下。有上下然後禮儀有所錯」

寢不側、坐不邉。側は身をかたつりにすること。不邉は居はる寸になびいて居らぬこと。不蹕。ものに持たれて片足立てて居ることをせぬこと。さて、かう嘉点の訓によむが、よほとの字の正面でなく、骨の折れる云取り。一説に、側は、あの方で寢る寸に莝[ござ]のわきへひずんて子ぬこと。邉は、すはる寸にすきもののすみにすはらぬことと云り。これで側邉のあたりはよいが、下の蹕の字にとり合ぬ。そこで、やはり嘉点の訓によむへし。不食邪味。鯛平目でないこと。
【通釈】
「寝不側、坐不辺」。「側」は身を片釣りにすること。「不辺」は座る時に靡いて座らないこと。「不蹕」。ものに持たれて片足を立てて座らないこと。さて、この様に嘉点の訓で読んだが、それは字本来のものではなく、かなり骨の折れる言い取りである。一説に、側は、中国で、寝る時に茣蓙の脇に歪んで寝ないこと。辺は、座る時に敷物の隅に座らないことだと言う。それは側辺の当りにはよいが、下の蹕の字には取り合わない。そこで、やはり嘉点の訓で読みなさい。「不食邪味」。鯛や平目ではないということ。

割不正。菜でも肉でも曲ったものをくはず。これが何の爲なれは、自分の身を正くすること。身を正くすることは平生することなれとも、格段にようすると云は、懐姙した寸は、化育を思て吾身一箇と思はす大切にすること。
【通釈】
「割不正」。菜でも肉でも曲ったものは食わない。これが何のためかと言うと、自分の身を正しくするためである。身を正しくするのは平生することだが、格段にこれをするのは、懐妊した時は化育を思い、我が身一箇と思わず、大切にするのである。

邪色。哥舞妓・狂言・淨瑠璃、或今日坐頭などの云めりやす、これをきかせぬ。只今は懐姙すると養生をは主にするが、敎ことには一向気がつかぬ。只子取婆々の手あてと医者のさばきなり。くはいにんと云は女の役なり。女が懐姙でもせぬものならば、とんとなくてことのかけぬもの。それを今の女、はらむと過怠のやうに吾がままをする。それから又、煩もするゆへちと保養に芝居と出る。江戸などては、追付臨月じゃから、今月の中堺町へやらふと云。これはあまりなことぞ。芝居を見たから産がかるいと云ことはないことなり。垩人は手あてがこまかなれとも、懐姙して気うかぬ、ふら々々煩ふていな処へ芝居とは出ぬ。よくも思ふてもみたがよい。淫声のこと、らちたらだらの狂言をみると、それがぶら々々煩の本になることなり。なれとも、親共の心付ぬはにが々々しいこと。
【解説】
「目不視邪色、耳不聽淫聲」の説明。今は懐妊すると養生を主にするが、教え事には一向に気が付かない。そこで、我侭をし、煩うので芝居を見たりもする。
【通釈】
「邪色」。歌舞伎・狂言・浄瑠璃、或いは今日座頭などの言うめりやす、これを聞かせない。今は懐妊すると養生を主にするが、教え事には一向気が付かない。ただ子取り婆々の手当と医者の捌きだけである。懐妊は女の役である。女が懐妊しないのであれば、女はなくても全く事欠かない。それを今の女は、妊むと過怠の様に我侭をする。それからまた煩いもするので、一寸保養に芝居へと出る。江戸などては、もう直ぐ臨月だから、今月の内に堺町へ行こうと言う。これはあまりなこと。芝居を見たから産が軽いということはない。聖人は手当が細かいが、懐妊して気が浮かず、ぶらぶらと煩っている風な処で、芝居とは出ない。よく思ってみなさい。「淫声」。埒もない狂言を見ると、それがぶらぶら煩いの本になる。しかし、これに親たちが気付かないのは苦々しいこと。
【語釈】
・めりやす…①歌舞伎下座音楽、長唄の一種。②義太夫節の三味線の手。

夜則令瞽誦詩、道正事。垩人の世には人をすてぬから、目盲は樂人にする。これが詩経の詩を歌ふ。正事と云は、咄にも正いことのみを云。今時は奥方へ出るには御伽と心得て、をとしばなしや芝居のさたを聞出して出る。俗習とは云なから、是非もないこと。昔のは懐姙の奥さまにさし合ふていなことは云ぬ。生子形容端正。出生の子の形までがよい。骨法云分んなく、不具にないこと。才過人。利口ものがきいてわるく云。そうもござらぬ、不身持なものの子、堺丁ものの子にも骨法のよいも利口もあると云。それは道理に手ざさをつけることなり。さう云ては不養生でも長生はなると云もの。なんでも姙子正事を云ひ、身持の正しけれは出生の形も才も各別によいと云が理の正面、注文通りなり。
【解説】
「夜則令瞽誦詩、道正事。瞽盲者、樂官也。如此則生子、形容端正、才過人矣」の説明。昔は懐妊にした人は正しいことしか話しをしなかった。この様な教えがあったので、生まれた子は、その形や才が格別によかった。
【通釈】
「夜則令瞽誦詩、道正事」。聖人の世では人を棄てないから、盲目の人は楽人にする。それが詩経の詩を歌う。「正事」は、話も正しいことだけを言うこと。今時は奥方へ出るには御伽と心得、落語や芝居の沙汰を聞き出して出る。俗習とは言え、それは是非もないこと。昔は懐妊した奥様に差し合う様なことは言わなかった。「生子形容端正」。出生した子の形までがよい。骨法は言い分なく、不具でない。「才過人」。利口者がこれを聞いて悪く言う。そうでもございません、不身持な者の子や堺町の者の子にも骨法のよい者や利口者もいると言う。それは道理に手疵を付けること。その様に言っては不養生でも長生はできるというもの。何であっても、妊子が正事を言い、身持ちが正しければ、出生の形も才も格別によいというのが理の正面であって、注文の通りのこと。
【語釈】
・骨法…身体の骨組み。骨格。

言姙子之時。母の心に感するものが大事なり。胎内にまだきまらずあるゆへ、親の心もちしだいでかたまる。感善則善。これが理の上ては急に合点ゆくまいが、気の上にあやかると云ことがある。伽羅はきゃら、抹香はまっこうでありそなものなれとも、匂いと云にはうつることもあり、着物はどこまでもきものでありそなものを、伽羅をたきこむときゃらの匂ひがする。今日の潮煮はよかろうと思ふて出したに、なぜか客がうかぬ皃をする。よく味ふてみたれは、をとといの鯨汁で鍋のうつり香なり。これがいやと云れぬこと。母親に顔の似たと云こともあり、父の物云ひの似たと云子もある。似たと云ことがあるから、ここで安大事にはならぬ。どんな子が生れてもよいと云ことはない。芥子を蒔にも、どふそわるいけしが生へれはよいがと云ことはない。まして開闢から万代にのこる子孫にわるいがよいと云ことはないはづのこと。よい上にもよくしたいなり。すれはこの胎教は小学の奧の院、万善の根になることなり。是より後の手あては小学の前立ちなり。
【解説】
言妊子之時、必愼所感。感於善則善、感於惡則惡也」の説明。胎児は未定なものなので、親の心持次第で固まる。「感善則善」は気の上で言うことで、移るということがあるもの。
【通釈】
「言妊子之時」。母の心に感じるものが大事である。胎内にまだ決まらずにあるので、親の心持次第で固まる。「感善則善」。これは、理の上では直ぐに合点はできないだろうが、気の上に肖るということがある。伽羅は伽羅、抹香は抹香でありそうなものだが、匂いには移るということもあり、着物はどこまでも着物でありそうなものだが、伽羅を焚き込むと伽羅の匂いがする。今日の潮煮はよいだろうと思って出したのに、何故か客が浮かない顔をする。よく味わってみると、鍋に一昨日の鯨汁の移り香がある。これが違うと言えないこと。母親に顔が似るということもあり、父の物言いに似ている子もある。似るということがあるから、安泰ごとにはならない。どんな子が生まれてもよいということはない。芥子を蒔くにも、どうぞ悪い芥子が生えればよいということはない。まして開闢から万代に遺った子孫に悪いのがよいということはない筈。よい上にもよくしたい筈である。そこで、この胎教は小学の奧の院、万善の根になるものなのである。これより後の手当は小学の前立ちである。