立教7
周禮、大司徒以郷三物敎萬民、而賓興之。物、猶事也。興、猶舉也。三事敎成、郷大夫舉其賢者能者、以飮酒之禮賓客之。既則獻其書於王。一曰、六德。知・仁・聖・義・忠・和。知謂明於事。仁謂愛人以及物。聖謂通而先識。義謂能斷時宜。忠謂言以中心。和謂不剛不柔。二曰、六行。孝・友・睦・婣・任・恤。孝謂善事父母。友謂善於兄弟。睦謂親於九族。婣謂親於外親。任謂信於友道。恤謂振於憂貧。三曰、六藝。禮・樂・射・御・書・數。禮謂五禮。吉・凶・賓・軍・嘉也。樂謂六樂。雲門・大咸・大詔・大夏・大濩・大武。射謂五射。一曰、白矢。矢貫侯過、見其鏃白也。二曰、參連。前放一矢、後三矢連續而去也。三曰、剡注。謂羽頭高鏃低而去、剡剡然也。四曰、襄尺。謂臣與君射不與君並立、襄君一尺而退也。五曰、井儀。謂四矢貫侯如井之容儀也。御謂五御。一曰、嗚和鸞。和在式、鸞在衡。升車則馬動。馬動則鸞鳴。鸞鳴則和應也。二曰、遂水曲。謂御車隨遂水勢之屈曲、而不墜水也。三曰、過君表。謂若毛詩傳云、褐纏旃以爲門、裘纏質以爲褹、間容握、驅而入擊則不得入。君表即褐纏旃也。四曰、舞交衢。衢、道也。謂御車在交道、車旋應於舞節。五曰、逐禽左。謂御驅逆之車、逆驅禽獸、使左當人君、以射之也。書謂六書。一曰、象形。謂日月之類。象日月形體而爲之。二曰、會意。謂武信之類。人言爲信。止戈爲武。會合人意也。三曰、轉注。謂考老之類。建類一首、文意相受、左右相注。四曰、處事。謂上下之類。人在一上爲上、人在一下爲下。各有其處事、得其宜。故曰處事。五曰、假借。謂令長之類。一字两用也。六曰、諧聲。謂形聲一也。如江河之類、皆以水爲形、以工可爲聲也。數謂九數。一曰、方田以御田疇界域。二曰、粟布以御交質變易。三曰、衰分以御貴賤廩税。四曰、少廣以御積羃方圓。五曰、商功以御功程積實。六曰、均輸以御遠近勞費。七曰、盈以御隱雜互見。八曰、方程以御錯揉正負。九曰、勾股御高深廣遠。以郷八刑糾萬民。糾、割察也。謂察取郷中八種之過、而斷割其罪也。一曰、不孝之刑。二曰、不睦之刑。三曰、不婣之刑。四曰、不弟之刑。不弟謂不敬師長。五曰、不任之刑。六曰、不恤之刑。七曰、造言之刑。訛言惑衆。八曰、亂民之刑。亂名改作、執左道、以亂政也。
【読み】
○周禮に、大司徒、郷の三物を以て萬民を敎えて、之を賓興す。物は事に猶[おな]じ。興は舉に猶じ。三事の敎成れば、郷の大夫、其の賢者能者を舉げて、飮酒の禮を以て之を賓客とす。既にして則ち其の書を王に獻ず。一に曰く、六德。知・仁・聖・義・忠・和。知は事に明なるを謂う。仁は人を愛して以て物に及ぶを謂う。聖は通じて先ず識るを謂う。義は能く時の宜しきを斷ずるを謂う。忠は言、中心を以てするを謂う。和は剛ならず柔ならざるを謂う。二に曰く、六行。孝・友・睦・婣・任・恤。孝は善く父母に事うるを謂う。友は兄弟に善きを謂う。睦は九族に親しきを謂う。婣は外親に親しきを謂う。任は友道に信なるを謂う。恤は憂貧を振うを謂う。三に曰く、六藝。禮・樂・射・御・書・數。禮は五禮を謂う。吉・凶・賓・軍・嘉なり。樂は六樂を謂う。雲門・大咸・大詔・大夏・大濩・大武なり。射は五射を謂う。一に曰く、白矢。矢、侯を貫き、過ぎて其の鏃の白きを見わすなり。二に曰、參連。前に一矢を放ち、後の三矢連續して去るなり。三に曰く、剡注。羽頭高く鏃低れて去る、剡剡然たるを謂うなり。四に曰く、襄尺。臣と君と射るに君と並び立たず、君に一尺を襄りて退くを謂うなり。五に曰く、井儀。四矢侯を貫いて井の容儀の如くなるを謂うなり。御は五御を謂う。一に曰く、嗚和鸞。和は式に在り、鸞は衡に在り。車に升れば則ち馬動く。馬動けば則ち鸞鳴る。鸞鳴けば則ち和應す。二に曰く、遂水曲。車を御して水勢の屈曲に隨い遂きて、水に墜ちざるを謂うなり。三に曰く、過君表。毛詩傳に、褐纏旃を以て門と爲し、裘纏質を以て褹と爲し、間に握を容れ、驅けて入り擊てば則ち入るを得ざるを云うが若きを謂う。君表は即ち褐纏旃なり。四に曰く、舞交衢。衢は道なり。車を御して交道に在り、車旋して舞節に應ずるを謂う。五に曰く、逐禽左。驅逆の車を御し、禽獸を逆驅して、左を人君に當て、以て之を射さしむるを謂うなり。書は六書を謂う。一に曰く、象形。日月の類を謂う。日月形體に象りて之を爲す。二に曰く、會意。武信の類を謂う。人の言を信と爲す。戈を止めるを武と爲す。人意を會合するなり。三に曰く、轉注。考老の類を謂う。類を建て首を一にし、文意相受け、左右相注す。四に曰く、處事。上下の類を謂う。人、一の上に在るを上と爲し、人、一の下に在るを下と爲す。各々其の事を處き、其の宜しきを得る有り。故に處事と曰う。五に曰く、假借。令長の類を謂う。一字两用なり。六に曰く、諧聲。形聲一なるを謂うなり。江河の類の如き、皆水を以て形と爲し、工可を以て聲と爲す。數は九數を謂う。一に曰く、方田以て田疇の界域を御む。二に曰く、粟布以て交質の變易を御む。三に曰く、衰分以て貴賤の廩税を御む。四に曰く、少廣以て積羃の方圓を御む。五に曰く、商功以て功程の積實を御む。六に曰く、均輸以て遠近の勞費を御む。七に曰く、盈以て隱雜互見を御む。八に曰く、方程以て錯揉正負を御む。九に曰く、勾股、高深廣遠を御む。郷の八刑を以て萬民を糾す。糾は割察なり。郷中八種の過を察し取りて、其の罪を斷割するを謂うなり。一に曰く、不孝の刑。二に曰く、不睦の刑。三に曰く、不婣の刑。四に曰く、不弟の刑。不弟は師長を敬わざるを謂う。五に曰く、不任の刑。六に曰く、不恤の刑。七に曰く、造言の刑。訛言は衆を惑わす。八に曰く、亂民の刑。名を亂して改め作り、左道を執り、以て政を亂すなり。

以郷三物。とこにもある、一在所での三色のヶ条なり。國中の人を敎ゆる。成徳になると賔興。きっと酒など下されて、上へ御とりあげなり。上代兵農のわからぬ時は学文書で徳をつんたものを上へ書あげる。これではげみをつけると云ことでもないが、ちょこ々々々はげみをつけることは五敎の有寛の内にあること。興、猶挙也。後世の選挙の挙じゃ。とりあけることじゃときかせたもの。
【解説】
「周禮、大司徒以郷三物敎萬民、而賓興之。物、猶事也。興、猶舉也」の説明。どこの郷にも三物があり、徳が成れば上に挙げる。
【通釈】
「以郷三物」。どこにでもある、一在所での三色の箇条のこと。国中の人を教える。それで成徳になれば賓興する。酒などを賜い、しっかりと上に取り上げる。上代兵農が分かれていなかった時は学文書で、徳を積んだ者を上に書いて挙げる。これで励みを付けるということでもないが、ちょこちょこと励みを付けるのは「五教在寛」の内にあること。「興、猶挙也」。後世の選挙の挙である。取り上げることだと聞かせたもの。
【語釈】
・五敎の有寛…小学内篇立教6。「汝作司徒、敬敷五敎在寛」。

賢者。六徳の成た。能者。六藝の成た人。徳業はそろは子ばならぬものじゃが、徳の方のをもなものをば賢者と云、能の藝の方のをもなものをは能者と云。賢者は弓や馬は一向出きぬの、能者は行と云ことは一向ないのと云ことではない。あの方には郷飲酒の礼と云て、一在所でよりて酒を呑むことあり。その時によいものは上へ申上ることなり。これが此方にもあればよい。始めから見処のあるものではない。しむけにもよるぞ。上から声をかけるとせい出すもの。それなのに、今は百姓の学文えよふらしいと云てしかるくらいなり。なるほど栄耀と云はれても無理もないぞ。中原復逐鹿。願著細腰。心に本つかぬ学文はえよふなり。
【解説】
三事敎成、郷大夫舉其賢者能者、以飮酒之禮賓客之。既則獻其書於王」の説明。「賢者」は六徳の成った人で、「能者」は六芸の成った人。中国には郷飲酒の礼があって、人が集まって酒を飲む。そこで、よい人を上に挙げる。
【通釈】
「賢者」。六徳の成った人。「能者」。六芸の成った人。徳と業は揃わなければならないものだが、徳の方の主な者を賢者と言い、能の芸の方の主な者を能者と言う。賢者は弓や馬は一向にできず、能者は行が一向にないということではない。中国には郷飲酒の礼と言う、一在所で寄って酒を飲むことがある。その時によい者を上に申し上げる。これが日本にもあればよい。始めから見処のあるものではない。仕向けにも拠ること。上から声を掛けると精を出すもの。それに、今は百姓の学文が栄耀だと言って叱るぐらいである。なるほど栄耀と言われても無理もない。「中原復逐鹿」、「願著細腰」。心に基づかない学文は栄耀である。
【語釈】
・えよふ…栄耀。派手で贅沢なこと。
・中原復逐鹿…魏徴。述懷。「中原初逐鹿」。
願著細腰…願わくは、軽羅を作り細腰に著け?

六徳。六色のことが十分につまり、本来の人間一疋になりたこと。
知謂明事。知はわけて云時とくるめて云ときとあり。ここはわけて云こと。仁義礼智の知。格物致知は全体で云こと。ここは下の垩の字も知にあててあるゆへ、明事を知と云。孟子に先知後知、先覚後覚と云字か伊尹の語にあるも、知は事にあて、覚は理にあてる。孟子の知の字も事の方なり。賜也、達也、求也、藝也のことも、ここえあてて見るかよい。全体の知は明でなくとも、事にあてて明なものもある。奉公が、地方へはあれより吾ゆけと云こともある。このすじはあれが合点と云こともある。これが知のもちまへなり。王阳明がすました皃で知は合点と云ふりで居るが、すまぬぞ。知を一つと云ても見べきことに目を子むりて居ては知れぬものぞ。知に多少般の數ありしゃ。事の上にはいろ々々がある。

【解説】
「一曰、六德。知・仁・聖・義・忠・和。知謂明於事」の説明。ここの「知」は仁義礼智の知である。孟子に「先知後知、先覚後覚」とあるが、知は事に当て、覚は理に当てる。事を明にするこを知と言う。事は色々とある。
【通釈】
「六徳」。六色のことが十分に詰まり、本来の人間一疋となる。
「知謂明事」。知は分けて言う時と包めて言う時があるが、ここは分けて言ったこと。仁義礼智の知である。格物致知は全体で言うこと。ここでは下の聖の字も知に当ててあるので、「明事」を知と言う。孟子に「先知後知、先覚後覚」という字が伊尹の語としてあるのも、知は事に当て、覚は理に当てるもの。孟子の知の字も事の方のこと。「賜也達、求也芸」も、ここに当てて見なさい。全体の知は明でなくても、事に当てると明なものもある。奉行が、地方へはあの者よりもお前が行けと言うこともある。この筋はあれが合点だということもある。これが知の持前である。王陽明が済ました顔で知は合点だというふりをしているが、済んではいない。知を一つと言っても、見るべきことに目を瞑っていては知れないもの。「知有多少般数」である。事の上は色々とある。
【語釈】
・先知後知、先覚後覚…孟子万章章句上7。「天之生此民也、使先知覺後知、使先覺覺後覺也。予天民之先覺者也。予將以斯道覺斯民也。非予覺之而誰也」。
・賜也達也。求也藝也…論語雍也6。「賜也達、於從政乎何有。…求也藝、於從政乎何有」。
・知に多少般の數あり…近思録致知8。「知有多少般數、煞有深淺」。

仁謂愛人以及物。愛之理、心之徳と云は仁の判かがみ。あれより外はないことなり。仁はふかい字で、いろ々々にはばがある。ここで当理無私心なぞと云と大のちがいぞ。論語に孔門の衆の仁の問があるに、夫子の仁は吾れ知らずとは子のけたはこまかな仁のこと。それはあとで玉録や仁説で吟味すること。ここは克代怨欲不行の如其仁哉のるいて、かるく示すこと。重く云と天下の人の敎に仁か遠々しい。ここはあらい仁なり。あの村にあの人が居ると飢饉年にも本意ない死はとげぬの、藥かあらは粥はこちからやらふと云くらいの仁なり。論語、民者可使由之と云てあり。ここが使由のことなり。今の朱子学がこんなあつかいを知らぬから、ふだん玉録や仁説問答で石こづめを云から人にいやからるるぞ。詩経に共叔段をさへ不如叔之美而且仁と書てあるぞ。徂莱が重盛のことを仁と書た。清盛からみればと云こと。それがしむけのときやふなり。管仲が仁のるい、別に云。仁は格段なり。
【解説】
仁謂愛人以及物」の説明。ここの「仁」は軽く示したもの。粗く言ったのである。
【通釈】
「仁謂愛人以及物」。「愛之理、心之徳」と言うのは仁の判鑑。あれより外はない。仁は深い字で、色々に幅がある。ここで「当理無私心」などと言うと大きな違いとなる。論語に孔門の衆の仁の問いがあるが、夫子は、「仁則吾不知也」と跳ね除けたのは細かな仁のこと。それは後で玉録や仁説で吟味すること。ここは「克・伐・怨・欲、不行焉、可以為仁矣」の類であって、軽く示すこと。重く言うと天下の人の教えに仁が遠々しい。ここは粗い仁である。それは、あの村にあの人がいると飢饉の年にも本意でない死は遂げないとか、薬があるのなら、粥はこちらから出そうと言うくらいの仁のこと。論語で、「民可使由之」とある。ここが「使由」のこと。今の朱子学はこの様な扱いを知らず、普段玉録や仁説問答で石子詰を言うから人に嫌がられる。詩経では共叔段でさえ、「不如叔也、洵美且仁」と書いてある。徂徠が重盛のことを仁と書いた。それは清盛から見ればということ。それが仕向けの説き様である。管仲の仁の類は別に言う。仁は格段なもの。
【語釈】
・愛之理、心之徳…論語学而2集註。「仁者、愛之理、心之德也」。
・当理無私心…理に当たりて私心無し。
・仁は吾れ知らず…論語憲問2。「克・伐・怨・欲、不行焉、可以爲仁矣。子曰、可以爲難矣。仁則吾不知也」。
・民者可使由之…論語泰伯9。「子曰、民可使由之、不可使知之」。
・石こづめ…石子詰。罪人を生きながら穴の中に入れ、さらに多くの小石を入れて埋め殺す厳刑。
・不如叔之美而且仁…詩経国風鄭叔于田。「叔于田、巷無居人。豈無居人。不如叔也、洵美且仁」。
・管仲が仁…論語憲問17。「子曰、桓公九合諸侯、不以兵車。管仲之力也。如其仁。如其仁」。

垩謂通而先識。論語の始めに後覚と出た。これが伊尹覚の方て圣の塲なり。覚は知のあたまでうんとのみ込むこと。顔子聞一知十と云もこの知のこと。これは明医でなくてはならぬ。医書にない病をみても、うんとのみこむと直に藥をもる。たとへて云はは、道中を度々して五十三次どこはどふと知ったは前の知の字。ここは道中せぬ前に五十三次から京まての大旨を知ったこと。哥人は居ながら名所をしる。大きい知なり。そこて圣人の圣の字を出してみせたぞ。圣人と云も知の名なり。文字は地頭々々についてみることぞ。仁與垩吾不能と云て、孔子さへにげた圣の字を、郷の三物で云はるるはづはない。孔子尭舜の圣のことではない。
【解説】
聖謂通而先識」の説明。ここの「聖」は聖人の聖ではない。知のことである。それは、歌人が居ながらにして知る様な大きな知のこと。
【通釈】
「聖謂通而先識」。論語の始めに後覚と出した。これが伊尹の覚の方で、聖の場である。覚は知の頭で、うんと飲み込むこと。「顔子聞一以知十」というもこの知のこと。これは名医でなくてはならない。医書にない病を看ても、うんと飲み込むと直に薬を盛る。たとえて言えば、度々道中をして五十三次のどこはどうと知ったのは前の知の字。ここは道中をする前に五十三次から京までの大旨を知ったこと。歌人は居ながらにして名所を知る。それは大きな知である。そこで聖人の聖の字を出して見せた。聖人というのも知の名である。文字はその場に合わせて見るもの。「聖與仁吾不能」と言って、孔子でさえ逃げた聖の字を、郷の三物で言う筈はない。ここは、孔子や堯舜の聖のことではない。
【語釈】
・論語の始めに後覚…論語学而1集註。「人性皆善、而覺有先後。後覺者必效先覺之所爲。乃可以明善而復其初也」。
・顔子聞一知十…論語公冶長9。「子謂子貢曰、女與囘也、孰愈。對曰、賜也、何敢望囘。囘也、聞一以知十。賜也、聞一知二。子曰、弗如也。吾與女、弗如也」。
・地頭…その場次第。
・仁與垩吾不能…論語述而33。「子曰、若聖與仁、則吾豈敢。抑爲之不厭、誨人不倦、則可謂云爾已矣」。公西華曰、正唯弟子不能學也」。孟子公孫丑章句上2。「孔子曰、聖則吾不能」。

義謂能断時宜。今道理のわきへゆきても時に合ふを時に宜しと心得るが、さふでない。道理の通りをして時に宜しいがこれなり。学者が今神主をつくると唐めいた所へでもをいて、喪服まてもこしらへてきたがる。思へは中蕐から色々なものの渡らぬも仕合なり。今は麻上下一具で大名の婚礼から祭礼、大工の棟上から斬衰まですむなり。今はこふする筈と云が心のきれなり。忠謂言以中心。今證文に判をするはうれしくない。印判のやくに立ぬやふにしたい。急度返済と書てあるがかへさぬ。昔は胸の中にかけごかない。胸にあることが詞に出る。言を心の花と云。今の人は胸か梅で言が櫻なり。和謂不剛不柔。和は生れつきの女のやふなことではない。和者天下之達道の和で、こはいともやはらかいともかたつらぬ。以上六つに甲乙はないが、この和の字はちとをもい。成就の処ぞ。
【解説】
義謂能斷時宜。忠謂言以中心。和謂不剛不柔」の説明。「義」は道理の通りをして時に宜しいこと。「忠」は胸にあることと言とが同じこと。「和」は剛にも柔にも片寄らないこと。
【通釈】
「義謂能断時宜」。今、道理の脇へ行ったとしても、時に合えば時に宜しいと心得るが、そうではない。道理の通りをして時に宜しいというのがこれ。学者が今神主を作ると唐めいた所へでも置いて、喪服までも拵えて着たがる。思えば中華から色々なものが渡らないのも幸せである。今は麻裃一具で大名の婚礼から祭礼、大工の棟上から斬衰までが済む。今はこうする筈と言うのが心の切れである。「忠謂言以中心」。今、証文に判をするのは嬉しくない。印判を役に立たない様にしたい。必ず返済すると書いてあるが返さない。昔は胸の中に隠し事はなかった。胸にあることが詞に出る。言葉を心の花と言う。今の人は胸が梅で言が桜である。「和謂不剛不柔」。和は生まれ付きが女の様なことではない。「和者天下之達道」の和で、剛いとも柔らかいとも片寄らない。以上の六つに甲乙はないが、この和の字は一寸重い。成就の処である。
【語釈】
・かけご…懸子。掛子。本心を打ち明けて話さないこと。
・和者天下之達道…中庸章句1。「和也者、天下之達道也」。

六行。六徳は袋の中の金のよふなもの。六行はそれを出してつかふよふなもの。内にあるものから業にあらわるる。六行はあたまへ孝なり。たれもかれもなり。孝は人間のあたまで春なり。春かないと四時も見処はない。人に孝がなくてはあとには見処はない。善事父母とある事の字か面白い。親を大切にする心いきのなんのと云ことではない。まぎらの出きぬこと。親の病気を苦にして泣て寢てをると云と、いや、その子てがわるい。をきて事をすることなり。たれでも親につかへぬものはない。この善の字がないと、日傭とりのやふになる。そこてこの善の字は大学の至善の字なり。孝と云男なれば、夜が夜中も切手いらずに門をあけて通すことなり。
【解説】
「二曰、六行。孝・友・睦・婣・任・恤。孝謂善事父母」の説明。六行は業として現われるもの。その最初は孝である。親に仕えない者はいない。
【通釈】
「六行」。六徳は袋の中の金の様なもの。六行はそれを出して使う様なもの。内にあるものから業に現れる。六行は最初が孝である。誰も彼もがそれ。孝は人間の最初で春である。春がないと四時も見処はない。人に孝がなくては後に見処はない。「善事父母」とあるが、事の字が面白い。親を大切にする心意気の何のということではない。逃げることのできないこと。親の病気を苦にして泣いて寝ているというと、いや、その寝ているのが悪い。起きて事をするのだと言う。誰でも親に仕えない者はいない。この善の字がないと、日傭取りの様になる。そこで、この善の字は大学の至善の字のこと。孝という男であれば、夜中でも切手不要で門を開けて通すもの。
【語釈】
・切手…関所の通過や乗船などの際の通行証。

友謂善於兄弟。兄にはつかえるもののなんのと云ことではない。わけもなくよいこと。どこがよいと形のつくはわるい。兄弟でも気質はいろ々々あり、兄の酒ずきに弟の餅のすきもあり、うって違たことなれとも、又例の餅か、はてよふ喰ふことじゃなぞと云。其ちがったてけっくになる。これが外が別に見へても内がよいゆへのことぞ。同じ棋ずき、同じ釼術すきても内がよいゆへ。心向きがあしければ友ではない。唐の玄宗なとが兄弟中が至てよかりた。ふとんを大きくして兄も弟も子たと云ことあり。迂斉もいこう兄弟中がよかりた、と。これも貧乏ゆへ、ふとんを大きくして兄弟ともが子たと云ことなり。それでいつまでか咄をして居りたそふな。あまり咄しすぎて、もふこれから咄をしたものはぶつと云たこともありたげな。いこふむつましいこと。
【解説】
友謂善於兄弟」の説明。兄弟仲のよいのを友と言う。
【通釈】
「友謂善於兄弟」。兄には仕えるものだの何のということではない。わけもなくよいこと。どこがよいと形に付くのは悪い。兄弟でも気質は色々とあり、兄の酒好きに弟の餅好きもあり、それは打って違ったことだが、また例の餅か、さてもよく喰うことだなどと言う。その違うことが結局はになる。これが、外は別に見えても内がよいからのこと。同じ碁好き、同じ剣術好きと言っても、それは内がよいからで、心向きが悪ければ友ではない。唐の玄宗なとは兄弟仲が至ってよかった。布団を大きくして兄も弟も寝たという。迂斎も大層兄弟仲がよかったそうである。これも貧乏だったからで、布団を大きくして兄弟共が寝たということ。それで、いつまでも話をしていた。あまりに話し過ぎて、もうこれから話をした者は打つと言われたこともあった様だ。大層睦ましいことである。

睦謂親於九族。婣謂親於外親。任謂信於友道。朱子の黃中本に荅る書にあり。五倫の建立か皆友なり。他人を入るるからはよく々々益になら子ばならぬ。恤謂振於憂貧。上だん々々のは五倫の中の重いこと。恤はささいなことなり。上の五つ、ものに惠むは云にか及ぶなり。郷黨の中の遠いものの難義は、ははあと云て見てもをるもの。それが学者の行のかけになる。そこで、よそに見ぬ。火事や病人のありて、なんぎなもの貧なものをよそにして、をれが役人ではあるまいしと云てすててをいては、友の交りはすんでも郷黨の交りが立ぬ。六行の行が一つかける。某が隱者でからが、近所のものの難義は餘所にはみられぬ。五舛ある米を三舛わけてやら子はならぬわけのものぞ。これも心からするでなくてはやくにはたたぬ。
【解説】
睦謂親於九族。婣謂親於外親。任謂信於友道。恤謂振於憂貧」の説明。五倫の建立には友が大切である。郷党の難儀を放って置くのは悪い。
【通釈】
「睦謂親於九族。婣謂親於外親。任謂信於友道」。朱子の黄中本に答うる書にある。五倫の建立が皆友のこと。他人を入れるからは、よくよく益にならなければならない。「恤謂振於憂貧」。上段々のは五倫の中の重いことだが、恤は瑣細なこと。上の五つがものに恵むことなのは言うに及ばない。郷党の内の遠い者の難儀は、ははあと言って見ているもの。それが学者の行の欠けになる。そこを、余所事としては見ない。火事や病人がいて、難儀な者や貧な者を余所事にして、俺は役人でもあるまいしと言って棄てて置いては、友の交わりは済んでも郷党の交わりが立たない。六行の行が一つ欠ける。私の様な隠者でさえ、近所の者の難儀を余所事として見ることはできない。五枡ある米を三枡分けて遣らなければならないというわけがある。これも心からするのでなくては役に立たない。

三曰六藝。六徳六行で、これではや小作りに圣人のなりが出きたこと。穴のあいたことはない。其上に六藝と云は、歴々の装束よいやふなもの。五徳がよいからかざりがいる。このかざりがないと上の六行六徳が釈迦や達磨のやふになる。あの方ではわさがなくて、ここた々々々と心をたたいてをる。垩人の其上にわざがある。立派な徳故、この立派なわさがある。礼楽射御書數。これでこそ人間全体かけめはない。六藝の注は永井先生の筆記詳之。可考。今十呂盤と云と、武士が町人かと云て笑ふ。とほふもないことぞ。周公旦の郷の三物の中に數がある。御老中まで知ら子はならぬことぞ。其上数と云は理のあらはれたもの。そこで郡子の數などは理に皈したぞ。数は大極の道理のあらはれたもの。理でしるも数で知るもつまり同しことなり。今勘定が合ぬと云か尤なことなり。儉約しても自代のならぬと云は、かずの足らぬのなり。かずと云は理と連立てあるくものなり。孝行をしても親がきげんのわるいと云は、かずの理だけにまはらぬことぞ。
【解説】
「三曰、六藝。禮・樂・射・御・書・數。禮謂五禮。吉・凶・賓・軍・嘉也。樂謂六樂。雲門・大咸・大詔・大夏・大濩・大武。射謂五射。一曰、白矢。矢貫侯過、見其鏃白也。二曰、參連。前放一矢、後三矢連續而去也。三曰、剡注。謂羽頭高鏃低而去、剡剡然也。四曰、襄尺。謂臣與君射不與君並立、襄君一尺而退也。五曰、井儀。謂四矢貫侯如井之容儀也。御謂五御。一曰、嗚和鸞。和在式、鸞在衡。升車則馬動。馬動則鸞鳴。鸞鳴則和應也。二曰、遂水曲。謂御車隨遂水勢之屈曲、而不墜水也。三曰、過君表。謂若毛詩傳云、褐纏旃以爲門、裘纏質以爲褹、間容握、驅而入擊則不得入。君表即褐纏旃也。四曰、舞交衢。衢、道也。謂御車在交道、車旋應於舞節。五曰、逐禽左。謂御驅逆之車、逆驅禽獸、使左當人君、以射之也。書謂六書。一曰、象形。謂日月之類。象日月形體而爲之。二曰、會意。謂武信之類。人言爲信。止戈爲武。會合人意也。三曰、轉注。謂考老之類。建類一首、文意相受、左右相注。四曰、處事。謂上下之類。人在一上爲上、人在一下爲下。各有其處事、得其宜。故曰處事。五曰、假借。謂令長之類。一字两用也。六曰、諧聲。謂形聲一也。如江河之類、皆以水爲形、以工可爲聲也。數謂九數。一曰、方田以御田疇界域。二曰、粟布以御交質變易。三曰、衰分以御貴賤廩税。四曰、少廣以御積羃方圓。五曰、商功以御功程積實。六曰、均輸以御遠近勞費。七曰、盈以御隱雜互見。八曰、方程以御錯揉正負。九曰、勾股御高深廣遠」の説明。聖人は徳の上に業がある。よい徳の上に立派な飾りを付ける。それが六芸である。また、六芸の中の数は理が現われたもの。
【通釈】
「三曰六芸」。六徳六行で、これで早くも小作りな聖人の形ができた。穴の開いたことはない。その上に六芸と言うのは、歴々の装束のよい様なもの。五徳がよいから飾りが要る。この飾りがないと上の六行六徳が釈迦や達磨の様になる。あの方では業がなくて、ここだと胸を叩いているだけ。聖人はその上に業がある。立派な徳なので、この立派な業がある。「礼楽射御書数」。これでこそ人間全体に欠け目がない。六芸の注は永井先生の筆記に詳しくある。それで考えなさい。今算盤と言うと、武士が、町人がと言って笑う。それは途方もないこと。周公旦の郷の三物の中に数がある。数は御老中までが知らなければならないこと。その上、数というものは理の現われたもの。そこで邵子の数などは理に帰したもの。数は太極の道理の現われたもの。理で知るのも数で知るのもつまりは同じこと。今勘定が合わないと言うのが尤もなこと。倹約しても事態がうまく行かないと言うのは、数が足りないのである。数は理と連立って歩くもの。孝行をしても親の機嫌が悪いというのは、数が理だけに回らないのである。

圣人の制はよく行ととく。周公が五畝之宅樹之以桑の、雞豚狗彘之養で五十以上は食肉衣帛と云はるる。これが周公旦のそろばんのよいのなり。今堆朱の香はあるが、隱居はひしほで飯をくい、三幅對はあるが、親は枯魚て茶づけなり。唐では老人はいつも鯛平目を喰ふなり。これが始に理をみてをいて、理だけに數をつけたものなり。五畝の宅の餘歩には二男の手あてまである。又、牛羊をかへはこふ々々と云て、老人を養ふ手あてがしてある。一度々々に東金へ買にやったではない。數と云は理のあらはれたもの。そこで朱子が一生精力大学啓蒙にありと云れた。垩賢の数と云は伴頭がそろばんを置くことではない。永井先生が、子の親に孝をするは筭用の合ふたこと。今不孝など云はそろばんの合ぬことじゃと云はれたも面白いことなり。
【解説】
周公が桑を植えて家畜を飼うことを言ったのは、それで人は安泰になるということで、これが数の合ったこと。子が親に孝をするは算用の合ったことで、不孝は算盤の合わないこと。
【通釈】
聖人の制はよく行届いている。周公が「五畝之宅樹之以桑、雞豚狗彘之畜」で五十以上は食肉衣帛と言われた。これが周公旦の算盤のよいところ。今堆朱の香はあるが、隠居は塩辛で飯を食い、三幅対はあるが、親は干物で茶漬けである。唐では老人はいつも鯛や平目を喰う。これが始めに理を見て置いて、理だけに数を付けたもの。五畝の宅の余歩には二男の手当までがある。また、牛羊を飼えばこうなると言って、老人を養う手当がしてある。その都度、東金へ買に遣るのではない。数は理の現われたもの。そこで朱子が一生精力大学啓蒙にありと言われた。聖賢の数というのは番頭が算盤を置く様なことではない。永井先生が、子が親に孝をするは算用の合ったこと。今不孝などと言うのは算盤の合わないことだと言われたのも面白い。
【語釈】
・五畝之宅樹之以桑…孟子梁恵王章句上3。「五畝之宅、樹之以桑、五十者可以衣帛矣。雞豚狗彘之畜、無失其時、七十者可以食肉矣」。
・堆朱…彫漆の一種。朱漆を百回内外塗り重ね、その漆の層に山水・花鳥・人物などを彫り出したもの。
・三幅對…三幅を一対とした掛物。
一生精力大学啓蒙にあり…

己酉八月六日
【語釈】
・己酉…寛政元年。1789年。

以郷八刑。先一在所て御定りの仕置か八色ある。この形罰が氣の毒なことではあるが、なくてならぬもの。垩人の愛民、親の子をかあいがるやふなもの。親の子をかあいがりてしこむが敎の通り丁度にゆかぬと、母がつめりてあざを出かす。平生はふきでをもなめてやる。このなめるも折檻するも同しこと。あるへいを喰はせるも、たたくも親の愛なり。敎も刑罰も上の仁心は同じ。雲雀を一つころすも生きものとなれはいやなもの。なれとも畠をあらすと云日には、猪でも鉄炮でうつ。これがむごいのなんのと云ことではない。垩人の仁でも、敎にもとるものは急度仕置を云付る。惣たい垩人の刑と云ものを制されたは、殺すへきは殺さ子ばならぬ。これでやはり惠むのすじ。可愛がるのヶ条なり。仏が天地自然の道をもとりて大罪人に袈裟をかけたがるは、道が片ひらな故ぞ。春はほこ々々なれとも、秋はきびしくしまる。刑はありうちのもの。ここの刑、それ々々のあること。丁度の罰を申付る。皆首を切ることではない。
【解説】
「以郷八刑糾萬民」の説明。刑罰は八種類ある。刑罰があるのも聖人の愛からのこと。春があって秋がある。刑罰はあるべきもの。
【通釈】
「以郷八刑」。先ずは一在所で御定まりの仕置きが八色ある。この形罰は気の毒なことだが、なくてはならないもの。聖人の愛民は、親が子を可愛がる様なもの。親が子を可愛がって仕込んでも、教えの通りに丁度に行かないと、母が抓って痣ができる。平生は吹出物をも嘗めて遣るが、この嘗めるも折檻するも同じこと。有平を喰わせるのも叩くのも親の愛である。教えも刑罰も上の仁心は同じ。雲雀を一羽殺すのも生物なので嫌なもの。しかし、畠を荒らすという日には、猪でも鉄砲で撃つ。これが酷いの何のと言うことではない。聖人の仁でも、教えに悖る者にはしっかりと仕置きを言い付ける。総体、聖人が刑というものを制されたのは、殺すべきは殺さなければならないからである。これがやはり恵むの筋。可愛がるの箇条である。仏が天地自然の道に悖って大罪人に袈裟を掛けたがるのは、道が傍片なため。春はほこほこだが、秋は厳しく締まる。刑は有り内なもの。ここの刑は、それぞれにあること。丁度の罰を申し付る。全部が首を切ることではない。
【語釈】
・あるへい…有平。有平糖。南蛮菓子。砂糖に飴を加えて煮詰め、棒状とし、または花や果実に模したもの。

糺、割察也。一在所のものが揃ふて皆わるいもないもの。それ々々にこまかに吟味のあることなり。吟味がととかぬと、わるいことのあるも、こちによいことあると、それてかくして通る。また善いことのあるものも、悪い評判を受てをるもあるもの。料理をするに鰹の血あいをぬいてつかふ。断割と云もそれて、反物を女がこれは襟、これは袖とわける。他人には物を施したり振舞ふたりして、親に不孝も、外の評判のよいてついかくしてしまふ。ここを急度わける。不孝の刑。病も癰疔と云か一ちむつかしい。なれとも藥かやらるる。首のをちた、藥はやられぬ。不孝は首の云分んなり。人も不孝は首のないやふなものなり。後世は敎か立ぬから、孝不孝のあやがはきと立ぬ。ぐにゃ々々々になりてをる。親を殺すばかり刑あれとも、殺すものはめったにない。親殺がめったになりてはたまらぬ。左様な大逆てない不孝があるぞ。これに手あてがないからぐにゃ々々々になってをる。殺しさへせ子ば何のさたもないからなり。そこで不孝が多い。
【解説】
糾、割察也。謂察取郷中八種之過、而斷割其罪也。一曰、不孝之刑」の説明。人にはよいことも悪いこともあるから、それをしっかりと分けて見なければならない。不孝な者は人とは言えないのだが、教えがないと孝不孝の綾がはっきりとしない。後世は、殺しさえしなければ刑を受けないので、不孝が多い。
【通釈】
「糺、割察也」。一在所の者が揃って皆悪いということもないもの。それぞれに細かに吟味のあること。吟味が届かなければ、悪いことがあっても、こちらによいことがあるとそれで隠して通ったり、また善いことをした者も悪い評判を受けていることがあるもの。料理をするには鰹の血合を抜いて使う。「断割」もそれで、反物を女がこれは襟、これは袖と分ける。他人には物を施したり振舞ったりして、親に不孝も、外の評判がよいのでつい隠してしまう。ここをしっかりと分ける。「不孝之刑」。病も癰疔が一番難しいが、薬がある。首が落ちたのに薬は効かない。不孝は首の言い分である。人も不孝は首のない様なもの。後世は教えが立たないから、孝不孝の綾がはっきりと立たず、ぐにゃぐにゃになっている。親を殺すことばかりに刑があるが、殺す者は滅多にいない。親殺しが滅多矢鱈にあっては堪らない。その様な大逆ではない不孝がある。これに手当がないからぐにゃぐにゃになっている。殺しさえしなければ何の沙汰もないからである。そこで不孝が多い。

後世は孝行かたまさかあるから褒美をやる。唐にも中古旌表門閭。わるいことではないが、名敎の立ぬのなり。孝はするはづのこと。不孝はせぬはつのこと。孝をするものに褒美をやりてはたまらぬこと。尭舜の仁惠でなぜほふびをやらぬと云に、天下中孝々だらけなり。孝行は武士の刀をさすと同しこと。刀をさす、竒特とほふびはせぬ。たま々々不孝あると刑をばする。さて刑といへはだん々々あることなれとも、三千の中で不孝が一番重いと孔子の仰せられた。きもにめいずることぞ。親にあたりのわるいを火つけほどに思はぬぞ。
【解説】
後世は孝行が滅多にないから褒美を遣る。しかし、天下中が孝行であれば、褒美を遣る必要はないのである。刑の中では不孝が最も重いが、それを人はわかっていない。
【通釈】
後世は孝行が滅多にないから褒美を遣る。唐でも「中古旌表門閭」。それは悪いことではないが、名教が立たない。孝はする筈のことで、不孝はしない筈のこと。孝をする者に褒美を遣っては堪らない。堯舜の様な仁恵で何故褒美を遣らないのかと言うと、天下中が孝行だらけだからである。孝行は武士が刀を差すのと同じ。刀を差すのは奇特だと言って褒美などはしない。偶々不孝があると刑をする。さて刑と言えば、それは段々のあることだが、三千の中で不孝が一番重いと孔子が仰せられた。これは肝に銘ずることである。親への対応が悪いのを、火付けほどには思わない。
【語釈】
・中古旌表門閭…小学外篇善行31、同49にある。

不睦之刑。親類と云は面白くないもの。それていよ々々ほと々々とつき合ぬ。陶渕明かやふに親戚の情話を喜ぶでなふては不睦也。
不弟謂不敬師長。師匠朋友の目上や頭のこと。弟の字は本肉類て云詞。兄や伯父にしたよること。それは不睦の内にある。上に立つ人を敬はぬと云は不届なこと。田舎ても名主やかしらの云ことを敬するが、すぐに地頭公儀を敬するになる。此に君に不忠のことのないは、此一在処でしこむ内は、四十而始仕まてをしこむ故ぞ。君はそれからさのこと。

【解説】
「二曰、不睦之刑。三曰、不婣之刑。四曰、不弟之刑。不弟謂不敬師長。五曰、不任之刑」の説明。不弟とは、目上や頭を敬わないこと。ここで君のことがないのは、郷のことだからで、君に忠はその後のこと。
【通釈】
「不睦之刑」。親類というものは面白くないもの。それで愈々付き合わなくなる。陶淵明の様に親戚の情話を喜ぶのでなくては「不睦」である。
「不弟謂不敬師長」。師匠や朋友などの目上や頭のこと。弟の字は本は肉類で言う詞だが、ここは兄や伯父に弟すこと。これは不睦の内にある。上に立つ人を敬わないのは不届きなこと。田舎でも名主や頭の言うことを敬することが直に地頭や公儀を敬することになる。ここに君に不忠のことがないのは、この一在処で「四十而始仕」までを仕込むのであって、君のことはそれから先のことだからである。
【語釈】
・陶渕明かやふに親戚の情話を喜ぶ…帰去来兮辞。「悦親戚之情話、樂琴書以消憂」。

不恤之刑。そちはそち、こちはこちとて、ききんのときにもふり向きもせぬ。吾は皷を打たりうまいもの喰ふたりして居る。これがにくいことなり。刄物で人をころせは刑があるが、飢饉のとき、村はづれのぢぢばば少しの手あてすれば死なぬものを、それを惠まぬ。眼前河へをちた子をあげ子はころしたになる。これがやはり殺そうと云やふな心から出る。圣代にはこんな吟味かつまりて、天下の中にをっかぶせておくやふなことがない。造言之刑。上の六いろは敎にそむいたものの刑のこと。この造言乱民と云はふいと出るもの。やだものの出たなり。造言はあまりないもの。無いことをつくり出して云。ちと才のあるものでなくては出きぬ。使にやりて口上さへ云ひとれぬに、これは人を一っぱいくはせふとてすること。にくいやつなり。何からなれば、謀と利から出る。謀でこはがらせてをいて、あとで利をとる。一つ云はふなれば、今年は六ヶしい何病がはやると云て、祢宜山伏やことふれのるいが星を祭れはのがるるの、祈祷をすればよいのと云て守り札などをよこす。医者の五運六気でをして云ことはすじあることなれとも、造言は根のないことぞ。訛言。詩に民の訛言とある、あれとはちとあたりが違ふなれとも、つまり訛言なり。ここは四日市の判を判じ巫祢宜のるい。
【解説】
「六曰、不恤之刑。七曰、造言之刑。訛言惑衆」の説明。飢饉の年に他人を顧みないのは、その人々を殺そうとする心からのこと。「造言」はないことを作り出して言うことで、謀と利とから起こる。
【通釈】
「不恤之刑」。お前はお前、俺は俺と言って、飢饉の時にも振り向きもしない。自分は鼓を打ったりうまいものを喰ったりしている。これが憎いこと。刃物で人を殺せば刑があるが、飢饉の時、村外れの爺婆に少しの手当をすれば死ななかったものを、それを恵まない。眼前で河に落ちた子を揚げなければ殺したことになる。これがやはり殺そうという様な心から出たもの。聖代にはこんな吟味が詰まっていて、天下の中に蔽い被せて隠して置く様ことはなかった。「造言之刑」。上の六色は教えに背いた者の刑のこと。この造言乱民はふいに出るもの。悪い癖が出たのである。造言はあまりないもの。ないことを作り出して言う。それは一寸才のある者でなくてはできない。使いに遣っては口上さえ言えないものだが、これは人を一杯食わせようとしてすること。憎い奴である。それは何から起こるのかと言うと、謀と利から出る。謀で恐がらせて置いて、後で利を取る。例を一つ言えば、今年は難しい何病が流行ると言って、禰宜山伏や言触れの類が星を祭れば逃れられるとか、祈祷をすればよいなどと言って守り札などを遣す。医者の五運六気で推して言うことには筋があるが、造言は根のないこと。「訛言」。詩に「民之訛言」とあるが、あれとは一寸当りが違うが、つまりは訛言のこと。ここは四日市の判を判じる巫禰宜の類。
【語釈】
・祢宜…禰宜。神主の下、祝の上に位する神職。伊勢神宮では、少宮司の次、宮掌の上位。宮司の命を受け祭祀に奉仕し、事務を司った。
・ことふれ…鹿島の事触れ。その年の豊凶・吉凶につき、鹿島大明神の神託と称して春ごとに全国に触れまわった人。
・詩に民の訛言…詩経小雅の鴻鴈沔水と節南山正月にある。「民之訛言」
・四日市の判…

乱民之刑。造言か民を乱すもの。一つに出してよさそふなことを周公の二つ出したは似たことで違いあり。上の造言は詞の上計り。乱民はわさの上で云。先つ訛言は、今年は大水が出やふの、乱逆がをころふも知れぬのととほふもないことを云。乱民は父子君臣云々御定りの中へ一つ割込むことなり。人は親に事るもの故一っ生そばに居るはづのものじゃ。養の爲に奉公に出るも無拠出ることぞ。仏法ては、何事もないに小僧の時から遠方に居る。大寺ても持たとき親が死ぬと、ほほを親はいづ死ぬなど云やふになる。今俗て、こふするはづはないと気がつかぬ。此法が人の家へ這入ると、親を不孝する心が出てくる。圣人の世にああしたことがあると刑に合ふことぞ。日本て切支丹計り乱民の刑なり。石原先生が浮屠を論じた書にかいてある。片々は仕合、片々は不仕合なり。切支丹は乱が起りた故、御制禁に逢ふた。仏者も道の見そこないからああなりた。わる心で仕出したことではないが、圣人の世にあれがあると刑罰なり。後世周公旦なさのこと。周公の時あれは、其分んですもふか。
【解説】
「八曰、亂民之刑」の説明。「造言」は言葉の上だけのことだが、「乱民」は業の上のこと。仏は孝を棄てる。仏が家に這い入れば、不孝をする心ができる。切支丹は御制禁に遭ったが、仏がそうならないのは仏の幸せである。聖人の世であれば必ず罰せられた。
【通釈】
「乱民之刑」。「造言」も民を乱すものなので、一つにして出してもよさそうだが、周公が二つにして出したのは、似ていても違いがあるからである。上の造言は詞の上だけのこと。「乱民」は業の上で言う。先ず「訛言」は、今年は大水が出るだろうとか、乱逆が起こるかも知れないなどと途方もないことを言う。乱民は父子君臣云々の御定まりの中へ一つ割り込むこと。人は親に事えるものなので、一生側にいる筈のもの。養のために奉公に出るのも止むを得ず出るのである。仏法では、何事もないのに小僧の時から遠方にいる。大寺でも持った時に親が死ぬと、ほほう、親はいつ死んだなどと言う様になる。今俗は、こうする筈ではないということに気が付かない。この法が人の家に這い入ると、親に不孝をする心が出て来る。聖人の世にその様なことがあると刑に遭う。日本で切支丹だけが乱民の刑を受けた。石原先生が浮屠を論じた書に書いてある。一方は幸せで、一方は不幸せだ、と。切支丹は乱が起こったので御制禁に遭った。仏者も道の見損ないからあの様になった。悪心で仕出したことではないが、聖人の世にあれがあると刑罰となる。後世は周公旦がいないだけのこと。周公の時であれば、そのままで済む筈はない。

乱名改作、執左道、以乱政也。前世の後世のと云で今日をすてる。子は三界の首かせと云て親を親、子を子とせぬ。たばこ盆をきせると云やふなもの。さたもない地獄極樂を云。皆左道なり。ちいさく云へは似せ金つかい、にた舛づかひが乱名改作るなり。それまで乱民に入れてよむがよい。尭舜律度量衡を同ふすとあるのを改作るぞ。又、異端は、周公の時あたまをあげた異端はあるまいが、それでもいろ々々乱民左道の徒か折ふしはありたと見ゆ。孔子のときは何者ともなくありた。それ故、攻異端者是害而已とあり、人の心のからくりが違ふと変なことを云出す。無いと云はれぬこと。已に周公の流言にあわれた。民の訛言の中ぞ。さて乱民は役の行者から弘法まで、にた舛づかい、似せ金つかいまで入れて乱民なり。政にさしつかへる。
【解説】
亂名改作、執左道、以亂政也」の説明。贋金使い、偽枡使いが「乱名改作」である。人の心の絡繰が違うと変なことを言い出す。周公も流言に遭った。乱民は政を乱す。
【通釈】
「乱名改作、執左道、以乱政也」。仏は前世や後世を言って今日を棄てる。子は三界の首枷と言って、親を親、子を子としない。それは煙草盆を煙管と言う様なもの。沙汰もない地獄極楽を言う。皆「左道」である。小さく言えば贋金使い、偽枡使いが「乱名改作」である。それまで乱民に入れて読むのがよい。「堯舜同律度量衡」とあるのを改め作る。また異端も、周公の時に頭を上げた異端はいないだろうが、それでも色々な乱民左道の徒が折節はいたと見える。孔子の時は何者と言うことでもなくいた。それで、「攻乎異端、斯害也已」とあり、人の心の絡繰が違うと変なことを言い出す。これがないとは言えないこと。既に周公は流言に遭われた。それは民の訛言の内のこと。さて乱民は役行者から弘法まで、偽枡使い、贋金使いまで入れて乱民である。政に差し支える。
【語釈】
・尭舜律度量衡を同ふす…書経舜典。「協時月、正日、同律度量衡」。
・攻異端者是害而已…論語為政16。「子曰、攻乎異端、斯害也已」。
・周公の流言にあわれた…書経金滕。「武王既喪。管叔及其群弟、乃流言於國曰、公將不利於孺子」。
・役の行者…奈良時代の山岳修行者。修験道の祖。多分に伝説的な人物で、大和国葛城山に住んで修行、吉野の金峰山・大峰などを開いたという。


立教8
王制曰、樂正崇四術立四敎。樂正、樂官之長。掌國子之敎。崇、高也。高尚其術以作敎也。四術、詩・書・禮・樂。四敎、春・夏・秋・冬。順先王詩・書・禮・樂以造士。順、依也。造、成也。依此四術而敎、以成是士也。春秋敎以禮樂、冬夏敎以詩書。春夏、陽也。詩樂者聲。聲亦陽也。秋冬、陰也。書禮者事。事亦陰也。
【読み】
○王制に曰く、樂正、四術を崇び四敎を立つ。樂正は樂官の長。國子の敎を掌る。崇は高なり。其の術を高尚にして以て敎を作すなり。四術は詩・書・禮・樂。四敎は春・夏・秋・冬。先王の詩・書・禮・樂に順いて以て士を造[な]す。順は依なり。造は成なり。此の四術に依りて敎え、以て是の士を成すなり。春秋は敎うるに禮樂を以てし、冬夏は敎うるに詩書を以てす。春夏は陽なり。詩樂は聲。聲も亦陽なり。秋冬は陰なり。書禮は事。事も亦陰なり。

王制曰云々。高尚は易の字なり。敎をするものが此方を高上にすると云が尤なこと。つけもったいではないが、尊敬すると云でなくては敎はうけぬもの。こちを一つきゅうくつがらせるてよいものにする。大底手のよいものでも、我子には外の師をたのむなり。敎は病を直すことなり。江戸の医が歴々の処へは伽に行く。同前にするが、其人の藥はきかぬもの。益気湯は誰がもっても益気湯てありそなものなれとも、きかぬは尊れぬ故のこと。術は尊れ子はならぬこと。敎は公儀の御法度ほどにはゆかぬ。迂斉曰、公儀の御觸ほどに小学をしこんたらよい人が出来やふと云た。四術、詩書礼樂。今時はこふと云ことのないこと。いつも益氣湯本方でなければ藥はきかぬ。一味配剤はせぬこと。今は四書近思が詩礼樂ぞ。四書近思録より手短な道があると云は一味配剤なり。手嶋が手短にして出したは垩人の道に弓を引なるなり。依は、医者が方彙のはなされぬ、着るものの肌をはなされぬやふに。春秋敎以礼樂云々。これは大方をみせたこと。冬、布子、夏は帷子と云とはちごふ。あちらこちらにわけある。阴阳をたがいにすることなり。某今の宅にうつりて、朝は北窓によりて東金の方を詠して、夕方は南窓から眺望すれは心持がいとよい。敎もいとと云取扱ある。みな自然なことなり。
隂礼 楽阳 阳詩 書隂
陽春 秋隂 隂冬 夏阳

【解説】
教える者は尊敬されなければ響かない。「術」は詩書礼楽で、その他のものは入れない。「春秋教以礼楽、冬夏教以詩書」は、春夏秋冬と詩書礼楽にはそれぞれ陰陽があって、それを互い違いにするのが自然でよいということ。
【通釈】
「王制曰云々」。「高尚」は易の字。教える者が自分を高上にするというのが尤もなこと。勿体を付けるわけではないが、尊敬するというのでなくては教えは響かない。こちらを一つ窮屈がらせるのでよい者になる。大抵手のよい者でも、自分の子には外の師を頼む。教えは病を治すこと。江戸の医が歴々の処へ伽に行く。同前にしても、その人の薬は効かないもの。益気湯は誰が盛っても益気湯でありそうなものだが、それが効かないのは尊ばれないからである。術は尊ばれなければならない。教えは公儀の御法度ほどには行き届かない。迂斎が、公儀の御触れほどに小学を仕込めば、よい人ができるだろうと言った。「四術、詩書礼楽」。今時はこうしてと言うことのないこと。いつも益気湯本方でなければ薬は効かない。一味配剤はしないこと。今は四書近思が詩礼楽である。四書近思録より手短な道があると言うのは一味配剤である。手島堵庵が手短にして出したのは聖人の道に弓を引いたのである。「依」は、医者が方彙を離せず、着る物が肌を離れない様なこと。「春秋教以礼楽云々」。これは大方を見せたこと。冬は布子、夏は帷子と言うのとは違う。あちらこちらにわけがある。陰陽を互い違いにすること。私が今の宅に移って、朝は北窓に寄って東金の方を詠じて、夕方は南窓から眺望すれば心持がとてもよい。教えにも、とてもよいという取り扱いがある。それは皆自然なこと。
陰礼 楽陽 陽詩 書陰
陽春 秋陰 陰冬 夏陽
【語釈】
・高尚は易の字…易経蠱卦。「上九。不事王侯。高尚其事」。
・本方…漢方で、昔から一定した調剤の処方。


立教9
弟子職曰、先生施敎、弟子是則。温恭自虚、所受是極。必虚其心、然後能有所容。極謂盡其本原也。見善從之、聞義則服。温柔孝弟毋驕恃力。驕而恃力則羝羊觸藩。志無虚邪、虚謂虚僞。行必正直游居有常。必就有德。顔色整齊、中心必式。式、法也。夙興夜寐、衣帶必飭、朝益暮習、小心翼翼。一此不懈。是謂學則。
【読み】
○弟子職に曰く、先生敎を施し、弟子是れ則る。温恭にして自ら虚しくし、受くる所是れ極む。必ず其の心を虚しくして、然して後能く容るる所有り。極むるは其の本原を盡すを謂うなり。善を見ては之に從い、義を聞きては則ち服す。温柔孝弟にして驕りて力を恃むこと毋かれ。驕りて力を恃めば則ち羝羊藩に觸れる。志に虚邪無く、虚は虚僞を謂う。行は必ず正直に游居常有り。必ず有德に就く。顔色整齊にして、中心必ず式あり。式は法なり。夙に興き夜寐ね、衣帶必ず飭[ととの]え、朝は益し暮は習い、心を小にして翼翼たり。此を一にして懈らず。是を學則と謂う。

弟子職は管仲が録したが、これは自言ともみへぬ。古言成へし。先生施敎云々。小序にある、俾爲師者所以敎、弟子以知所学のこと。さきへ生れたもの故、兄のことをも先生とも云が、ここは先覚後覚のこと。さきへ目のさめたものが起す。道を知らぬものは案内者についてゆく。則がないと手ん手になるものぞ。こしゃくがいるからぞ。これはみぢんもそむかぬこと。高橋利左ェ門が、手習子と云ものは師匠の書たを一字一点はづすものではないと云た。学ぶ日にはこふあるはづ。直方先生曰、論語に習へ。論語を敎ゆるな、と。何んぼ論語にありても、今はそふゆかぬと云は、孔子を敎へるになる。
【解説】
「弟子職曰、先生施敎、弟子是則」の説明。ここの先生は先覚後覚のこと。弟子には則が必要である。則がないと自分勝手になる。微塵も教えに背いてはならない。
【通釈】
弟子職は管仲が録したものだが、これは自らの言とも見えない。古言だろう。「先生施教云々」。立教の小序にある、「俾為師者知所以教、而弟子知所以学」のこと。先に生まれた者なので、兄のことをも先生とも言うが、ここは先覚後覚のこと。先に目の覚めた者が起こす。道を知らない者は案内者に付いて行く。そこに「則」がないとてんでんばらばらになるもの。それは小癪が入るからである。これは微塵も背かないこと。高橋理右衛門が、手習子というものは師匠の書いたものを一字一点外すものではないと言った。学ぶ日にはこうある筈。直方先生が、論語に習え、論語を教えるなと言った。どれほど論語にあったとしても、今はそうは行かないと言うのは、孔子を教えることになる。
【語釈】
・先覚後覚…孟子万章章句上7。「天之生此民也、使先知覺後知、使先覺覺後覺也。予天民之先覺者也。予將以斯道覺斯民也。非予覺之而誰也」。
高橋利左ェ門…高橋理右衛門?唐津藩の臣。稲葉迂斎門下。

温恭自虚。これからは心いきのこと。心に一ち物ありては、こだわりて師の云ことが受られぬ。明き箱にはよくものがつまる。水のない水入れはよく水がいる。師匠がああ云ても手前からしてああはゆかぬと云は、其心を虚にすでない。謂尽本原。ぎり々々の処までつめるを云。一子相傳、反魂丹の方は本原を尽すには及はず。直方先生曰、弟子の功は七分に師は三分じゃ、と。本原を尽すことなり。医の御典藥の弟子分んと云人はやくに立ぬ。
【解説】
「温恭自虚、所受是極。必虚其心、然後能有所容。極謂盡其本原也」の説明。心は虚でなければ物がよく入らない。弟子の功は七分だと直方先生が言った。そこで、本原を尽くさなければならない。
【通釈】
「温恭自虚」。これからは心意気のこと。心に一物があっては、拘って師の言うことを受けられない。空き箱にはよく物が詰まる。水のない水入れはよく水が入る。師匠があの様に言っても、自分はあの様には行かないと言うのは、「虚其心」ではない。「謂尽其本原」。ぎりぎりの処まで詰めることを言う。一子相伝や反魂丹の方は本原を尽くすには及ばない。直方先生が、弟子の功は七分で師は三分だと言った。これが本原を尽くすこと。医の御典薬で弟子の分と言う人は役に立たない。
【語釈】
・反魂丹…食傷・腹痛等に特効ある懐中丸薬。

見善従之。雨ふりあがりにちっともよい路をあるくやふなもの。凡夫はあじな処へしわみを出す。よいことと見たなら、あとさきなしにするがよい。見合せる中にはさし水がする。聞義則服。今まけをしみと云ことがある。吾等家は代々さふはせぬと云はがまんなり。服すと云も虚其心からなり。虚心がなぜ服すなれば、大極に形がなく、知に形がないから、どふともなる。水に形がないから、水隨方圓器。四角にも丸くもならるる。智はすらり々々々とゆく。色の白い黒いの、せいの高いの卑いのと云は直らぬが、形のない敎に形のない智ゆへ直りよい。それでも虚心従服がなくては直らぬ。直方先生云、管仲が管子は狼に衣じゃ、と。されとも先王の世を去ることの近い故、よい語がある。太閤や頼朝は我慢計り云。こんなことはゆめにも云はぬ。
【解説】
「見善從之、聞義則服」の説明。善を見たら直ぐに従うのがよい。ここで服すと言うのは虚心からのこと。それは、太極にも知にも形はなく、形のない教えに形のない知なので、虚心で服せば直り易いのである。
【通釈】
「見善従之」。雨が上がると少しでもよい路を歩きたがる。凡夫は変な処に吝味を出す。よいことと見れば、後先なしにするのがよい。見合わせる内には差水が入る。「聞義則服」。今負け惜しみということがある。我が家では代々その様にはしないと言うのは我慢である。服すというのも「虚其心」からのこと。虚心が何故服すことになるのかと言うと、太極には形がなく、知にも形がないから、どうともなるのである。水に形がないから、「水随方円器」。四角にも丸くもなる。智はすらりと行く。色が白いの黒いの、背が高いの低いのというのは直らないが、形のない教えに形のない智なので直りよい。それでも「虚心従服」がなくては直らない。直方先生が、管仲の管子は狼に衣だと言った。しかし、先王が世を去ってから日が浅いので、よい語がある。太閤や頼朝は我慢ばかりを言い、こんなことは夢にも言わなかった。
【語釈】
・水隨方圓器…荀子君道。「君者槃也、民者水也、槃圓而水圓。君者盂也、盂方而水方」。今川状に、水は方円の器に随い、人は善悪の友によるとある。
・狼に衣…うわべは善人らしくよそおいながら、内心は凶悪無慈悲であるたとえ。

温の字がわづかな処に二つある。弟子にはよく々々大事な字。弟子職じゃから羝羊云々が出たもの。若い時にはをれこそと云て力らをたのむ。若い羊がまがきに角をつっこんで、あとへもさきへゆかぬもの。志無虚邪。虚邪の字をわけることではない。一つに見ること。からだに虚があると邪気は入る。人の心も仁義の良心ですきまひまはないが、誠がぬけるとやだものが入る。人の家に主人がしっかとして居れば悪るものはこぬが、あき店には犬が床の間に子ておる。邪魔なものをむ子に持って居ると学文をしてもやくに立ぬ。邢和叔が邵子に易を習はふと云たれは、邵子が、おぬしにはならぬ、こなた易を敎へたらなを々々わるくならふと云た。心の虚邪をはらふたうへでなくてはならぬ。
【解説】
「温柔孝弟毋驕恃力。驕而恃力則羝羊觸藩。志無虚邪、虚謂虚僞」の説明。人心は仁義で隙間はない筈だが、誠が抜けると虚邪となる。心に虚邪があっては、学問をしても無駄である。
【通釈】
「温」の字が僅かな処に二つある。弟子にはよくよく大事な字である。弟子職だから「羝羊云々」が出た。若い時には俺こそはと言って力を恃む。若い羊が籬に角を突っ込んで、後へも先へ行けないもの。「志無虚邪」。虚邪の字は分けずに一つに見なさい。体に虚があると邪気が入る。人の心も仁義の良心で隙間や閑はないが、誠が抜けると悪い物が入る。人の家に主人がどっしりとしていれば悪者は来ないが、空き店では犬が床の間に寝ている。邪魔な物を胸に持っていると学文をしても役に立たない。邢和叔が邵康節に易を習おうと言うと、邵子が、お主にそれはならない、貴方に易を教えたら尚更悪くなるだろうと言った。心の虚邪を払った上でなくてはならない。
【語釈】
・邢和叔…邢恕。陽武の人。

游居有常。いつも同し調子なこと。弟子職にあるから、あたまでばくちうちにゆくの、あそびにゆくのではないが、今日をとなしい忰と云ても、此頃は人相見じゃの、此頃は花のけいこじゃの飼鳥じゃの、又、唐詩選じゃなぞとかわる。其かわる末はどふなろふも知れぬ。このどふならふも知れぬと云が一番父兄の安堵せぬもの。雨か風か、天氣のほどが知れぬ。登戸から舩は出されぬ。丁稚奉公も常ないものにはうけ判に立れぬ。必就有德。いくら地黄を呑んでもむせふに大根を喰ふてはやくに立ぬ。孟子に、一日温之、十日暴之。よい師を持てもわるい友があるとみんなにする。外でわるいことをすれは師の方ては知れぬ。そこをせいとふすることなり。嚴師友なきは第一の不幸なり。
【解説】
「行必正直游居有常。必就有德」の説明。末にどうなるものか知れないというのが父兄を安堵させない一番である。常のないのが悪い。また、厳しい師友がいないのが一番の不幸である。
【通釈】
「游居有常」。いつも同じ調子なこと。弟子職にあるから、初めから博打を打ちに行くとか、遊びに行くと言うのではないが、今日大人しい忰だと言っても、この頃は人相見だの、花の稽古だの、飼鳥だの、また、唐詩選などと変わる。その変わった末はどうなろうかも知れない。このどうなろうかも知れないというのが一番父兄を安堵させないこと。雨か風か、天気の様子がわからない。それでは登戸から船は出せない。丁稚奉公も常のない者では請判はできない。「必就有徳」。いくら地黄を飲んでも無性に大根を喰っては役に立たない。孟子に、「一日暴之、十日寒之」とある。よい師を持っても悪い友があると台無しにする。外で悪いことをしても師の方ではわからない。そこをせいとふするのである。厳師友がいないのは第一の不幸である。
【語釈】
・一日温之、十日暴之…孟子告子章句上9。「孟子曰、無或乎王之不智也。雖有天下易生之物也、一日暴之、十日寒之、未有能生者也」。

顔色整斉。目や鼻はうごかぬ。貌なれはなり。顔色は心のあらはるるもの。人の吟味処はこれなり。加役衆も顔色をみて捕る。顔色と云は全く内へつくことなり。道樂ものがちゃんとして異見をきいて居るが、心がそでないから己れそら死じゃとみてとらるる。心がそでないと、しゃんと上下を着て居ても顔色て知れる。顔色整斎でないと、上下がうそなり。りっぱな学者でも、がんしょくのことまてはゆかぬ。心の工夫からでなけれは外のよいやふにはゆか出きぬ。どふもうそのならぬもの。ぎぶい皃、をとけた皃、ゆっくとした皃、外からしたことではない。心からしたこと。鏡で見て知ることではない。
【解説】
「顔色整齊」の説明。顔色で心の内が見える。嘘は顔に出る。心の工夫からでなければ顔色をよくはできない。
【通釈】
「顔色整斉」。目や鼻は動かない。貌だから窺える。顔色は心が現れるもの。人の吟味処はこれである。加役衆も顔色を見て捕らえる。顔色は全く内に付いたこと。道楽者がちゃんとして異見を聞いているが、心がそうでないから、お前は空死にだと見てとられる。心が違っていると、しゃんと裃を着ていても顔色で知れる。顔色整斉でないと、裃が嘘になる。立派な学者でも、顔色のことまではうまく行かない。心の工夫からでなければ外をよくはできない。どうも嘘はできないもの。厳しい顔、戯けた顔、ゆっくりとした顔、それは外からしたことではなく、心からしたこと。鏡で見て知ることではない。
【語釈】
・加役衆…火付盗賊改の俗称。

中心必式。これは一句々々にみること。徂萊が古文字の学と云ふも文義にうといから。注に法の字あれとも、心法は垩人の敎にないとみて、管子をわるく云たことがない。程子が心法と云へは禅じゃと云。心式とは心に雜念ないこと。形のない心に形のない則なり。やはり心法のこと。本文と注とを一つにすると心法なり。うっかとしたことのないこと。公方様の出御のときにうっかとした皃でをる者はない。ものがしまらぬ故うっかりとするなり。人の心はをさへがなければ物から物へすらり々々々とうつる。そこへ肴篭がくると駿河細工じゃとうつる。するとはや冨士とうつる。冨士から西行、西行が俗名は佐藤兵衛とさきへ々々々とうつるもの。式てしまりをつけ子は放心するなり。そこで主一無適がいる。脇から手紙がくると見る。はや式ありなり。
【解説】
「中心必式。式、法也」の説明。「心必式」は心に雑念のないことで、形のない心に形のない則でする。これが心法である。心は遷るもので、遷って放心となる。そこで法がなければならない。
【通釈】
「中心必式」。これは一句ずつ見なさい。徂徠が古文辞の学と言うのも文義に疎いから。注に法の字があるのに、心法は聖人の教えにはないと見て、管子を悪く言ったことがない。程子が心法と言うと、禅だと言う。「心式」は心に雑念のないこと。形のない心に形のない則である。これがやはり心法のこと。本文と注とを一つにすると心法である。これが、うっかりとしたことのないこと。公方様の出御の時にうっかりとした顔でいる者はいない。物が締まらないのでうっかりとする。人の心は押さえがなければ物から物へすらりすらりと遷る。そこへ魚篭が来ると駿河細工だと遷る。すると早くも富士と遷る。富士から西行、西行の俗名は佐藤兵衛と先へ先へと遷るもの。式で締まりを付けなければ放心する。そこで主一無適が要る。脇から手紙が来ると見る。早くもそれに式がある。

朝寢は若いもののわるくなるの第一じゃと心得べし。悪事の種なり。夜寢をせぬこと。一日きりの用事をしゃんと片付る。あすとのばさぬからは、霄寢はならぬぞ。書物をもよむなり。たた夜をふかすではない。一此不懈。通俗文言ならは右通りと云たと同じ。之をひろくさす。此の字、上段々ときっとさす。○是謂学則。此通りを管仲が桓公へすすめると伊尹太公也。管仲は敬勝怠の筋をば吾が旦那へは云はぬ。君は君のきりよふしだいにしたもの。そこが功烈如彼者其卑しの処。此語は、管仲が人からにも似合ぬ、殊勝千万十分よいから出した。其あとへ孔子が出たが、それにもうつろふほどのこと。
【解説】
「夙興夜寐、衣帶必飭、朝益暮習、小心翼翼。一此不懈。是謂學則」の説明。朝寝は悪事の種である。夜は一日の用事をしっかりと片付けなければならない。この条は、管仲の人柄にも似合わず、よい条である。
【通釈】
朝寝は若い者が悪くなる第一だと心得なさい。悪事の種である。夜寝をしないこと。一日切りの用事をしっかりと片付ける。明日へと延ばさないのだから、空寝はならない。書物をも読む。ただ夜を更かすのではない。「一此不懈」。通俗文言で右の通りと言うのと同じ。「此」は広く指した字で、上段々のことだとしっかりと指したこと。「是謂学則」。この通りを管仲が桓公へ勧めれば伊尹や太公である。管仲は「敬勝怠」の筋を自分の旦那に言わなかった。君の切りよい通りにしたもの。そこが「功烈如彼其卑也」の処。この語は、管仲の人柄にも似合わず、殊勝千万で十分よいから出した。次条に孔子が出るが、それにも映るほどのこと。
【語釈】
・敬勝怠…小学内篇敬身1。「丹書曰、敬勝怠者吉。怠勝敬者滅。義勝欲者從、欲勝義者凶」。
・功烈如彼者其卑し…孟子公孫丑章句上1。「管仲得君如彼其專也。行乎國政如彼其久也。功烈如彼其卑也」。