小学題辞

元亨利貞天道之常、仁義禮智人性之綱。凡此厥初無有不善、藹然四端、隨感而見。愛親敬兄、忠君弟長、是曰秉彛。有順無彊。惟聖性者、浩浩其天、不加毫末萬善足焉。衆人蚩蚩、物欲交蔽、乃頽其綱安此暴棄。惟聖斯惻、建學立師、以培其根、以達其支。小學之方、灑掃應對、入孝、出恭、動罔或悖、行有餘力、誦詩讀書、詠歌舞蹈、思罔或逾。窮理脩身斯學之大、明命赫然罔有内外。德崇業廣、乃復其初。昔非不足、今豈有餘。世遠人亡、經殘敎弛、蒙養弗端、長益浮靡、郷無善俗、世乏良材、利欲紛挐、異言喧豗。幸茲秉彛極天罔墜。爰輯舊聞庶覺來裔。嗟嗟小子、敬受此書。匪我言耄。惟聖之謨。
【読み】
元亨利貞は天道の常、仁義禮智は人性の綱。凡そ此れ厥の初め不善有ること無く、藹然[あいぜん]たる四端、感に隨いて見わる。親を愛し兄を敬し、君に忠に長に弟なる、是を秉彛と曰う。順うこと有りて彊[し]うること無し。惟れ聖は性のままなる者、浩浩たる其の天、毫末をも加えずして萬善足る。衆人は蚩蚩、物欲交々蔽い、乃ち其の綱を頽[くず]して此の暴棄に安んず。惟れ聖斯に惻れみ、學を建て師を立て、以て其の根に培い、以て其の支を達す。小學の方は、灑掃應對、入りては孝、出でては恭、動くには悖ること或る罔く、行いて餘力有らば、詩を誦[くちずさ]み書を讀み、詠歌し舞蹈して、思うには逾ゆること或る罔し。理を窮め身を脩むるは斯れ學の大、明命赫然として内外有ること罔し。德崇く業廣くして、乃ち其の初めに復る。昔足らざるに非ず、今豈餘有らんや。世遠く人亡[う]せ、經殘[そこな]われ敎え弛み、蒙養端[ただ]しからず、長じて益々浮靡、郷に善俗無く、世に良材乏しく、利欲紛挐し、異言喧豗[けんかい]す。幸に茲の秉彛は極天墜つる罔し。爰に舊聞を輯め來裔を覺さんことを庶う。嗟嗟小子、敬みて此の書を受けよ。我が言の耄なるに匪ず。惟れ聖の謨なり。

題辞。巻をひらくとすぐに見へる。ひたいにもののついたのみへる如くなり。はじめにかくことを云。それゆへ序のことをも題すと書。辞と云は詩の体なもの。韻をふんで歌はるるやうにしたもの。哥はるると云がしゅこうなり。兒共と云ものか節のあることは覚へるもの。今手習の師匠が庭訓と高砂を敎るに、とかく高砂やあと云処は覚ゆるもの。入門にも藥剤を哥いものにしたはきこへた。覚ゆるための趣向なり。したがこの題辞、いこうむつかしいこと。すれとも、まあそらに覚ゆる計りでも益にはなることなり。先小学の敎の根を出したこと。
【解説】
題辞は本題を知るための趣向であり、子供は節のあるものを覚えるものである。これは、小学の教えの根を出したものである。
【通釈】
「題辞」。巻を開くと直ぐにこれが見える。それは、額にものが付いたのが見える様なもの。始めに書くことを言う。それで、序のことも題すと書く。辞とは詩の様なもの。韻を踏んで歌える様にしたもの。歌えるというのが趣向である。子供は節のあるものを覚えるもの。今手習の師匠が庭訓と高砂を教えるのに、とかく高砂やと言う処は覚えるもの。入門者に薬剤を歌いものにするのがよくわかる。それは覚えるための趣向である。しかし、この題辞は大層難しい。だが、まあ空覚えをするだけでも益にはなる。先ず小学の教えの根を出したのである。

元亨利貞天道之常。ここから語る。是か天の四徳で、春となり、夏とのび、秋はをさまり、冬とかくれ、冬のなんにもない処から、又来年の支度をする。これか昔から今、今から万々年、いつもかわらぬ常なり。天に元亨利貞かあれは、人にも仁義礼智がある。天なりなことを人がもっておる。天のつづくは四徳。人のつつくは五常。これが人性之綱で、人の人たる処はこの大綱でもっておる。してみれば、この天道の常と人性之綱とをはり合せて見る事なり。天の天たる処は常、人の人たる処は綱なり。これを小兒の聞て急に役に立ぬことなれとも、これが源平藤橘と云やふなもので、先つ吾が苗字をしゃんと覚へることなり。
【解説】
「元亨利貞天道之常、仁義禮智人性之綱」の説明。天は元亨利貞の四徳で続き、人は仁義礼智の綱で続く。ここは先ず、大本を語ったもの。
【通釈】
「元亨利貞天道之常」。ここから語る。これが天の四徳で、春となり、夏と伸び、秋は納まり、冬に隠れ、冬の何もない処から、また来年の支度をする。これが昔から今、今から万々年、いつも変わらない常である。天に元亨利貞があれば、人にも仁義礼智がある。天のままのことを人が持っている。天が続くのは四徳があるから。人が続くのは五常があるから。これが「人性之綱」で、人の人たる処はこの大綱で持っている。そこで、この天道之常と人性之綱とを張り合わせて見るのである。天の天たる処は常、人の人たる処は綱である。これを小児が聞いても急に役に立つということではないが、これが源平藤橘という様なもので、先ずは自分の苗字をしっかりと覚えるのである。
【語釈】
・元亨利貞…易経乾卦文言伝1。「文言曰、元者善之長也。亨者嘉之會也。利者義之和也。貞者事之幹也。君子體仁足以長人、嘉會足以合禮、利物足以和義。貞固足以幹事。君子行此四德者。故曰、乾元亨利貞」。
・源平藤橘…奈良時代以来その一門が繁栄して名高かった四氏。源氏・平氏・藤原氏・橘氏の称。四姓。

凡此厥初無有不善。始にわるいことはない。悪るいことはあとからできる。焚立の飯のすへたことはない。結立ての髪の毛一本もそそげぬ。一寸立つ、そこらにひっかかる、はやはるくなる。饅頭もできたてのほや々々としたはわるいことはない。ここを見て、孟子が性善と判を押した。
【通釈】
「凡此厥初無有不善」。始めに悪いことはない。悪いことは後からできる。炊き立ての飯が饐えることはない。結い立ての髪の毛は一本も乱れない。一寸経ち、そこらに引っ掛かると早くも悪くなる。饅頭もできたてのほやほやとしたものは悪いことはない。ここを見て、孟子が性善と判を押した。
【語釈】
・性善…孟子告子章句上6にある。

藹然四端云々。無有不善と云ても、地獄極樂の説のやうではすまぬから、こちでは無有不善の証拠を見せた。雉子や鼠が尻尾を出す。その尾から頭をあると知る。仁義礼智の尻尾が時々出る。そこで有るを知る。藹然がことの外面白いこと。生きもののけい容で、うるわしいこと。うるをいのあること。春、二た葉かいわけて出るもやうがいこううるはしく、いき々々したこと。凡そいきものにはうるはしいがある。仁義礼智が四端へ出るも、いこういき々々したうるはしいもの。作り花は見事でもうるをいがない。人形つかいの弁慶や、からくりの大職冠は、動いてもぎくしゃくなり。人は生物ゆへうるはしい。ここが敎をするの畠なり。藹然と云からで敎もなる。火鉢の内へ種は蒔れぬ。
【解説】
「藹然四端」の説明。人には四端があるから性善であることが知れる。生き物は藹然としているから教えも成る。
【通釈】
「藹然四端云々」。「無有不善」と言っても、地獄極楽の説の様では悪いから、こちらでは無有不善の証拠を見せた。雉子や鼠が尻尾を出す。その尾から頭があると知る。仁義礼智の尻尾が時々出る。そこで、それがあることを知る。「藹然」が殊の外面白い。生き物の形容で、麗しいこと。潤いのあること。春、双葉がかい分けて出る模様が大層麗しく、活き活きとしたこと。凡そ生き物には麗しいところがある。仁義礼智が四端へ出るのも、大層活き活きとした麗しいもの。作り花は見事でも潤いがない。人形使いの弁慶や、絡繰の大職冠は、動いてもぎくしゃくしている。人は生き物なので麗しい。ここが教えをする畠である。藹然だから教えも成る。火鉢の中に種は蒔けない。
【語釈】
・大職冠…浄瑠璃の一。近松門左衛門作の時代物。能の「海士」や幸若舞の「大織冠」などをもとに、蘇我入鹿と藤原鎌足のことを脚色。

隋感而見。平生はひっそりとしてをるが、向ふからうつるもので、ずんずと出てくる。人の親を大切にするを見て、はやはやよいこととうつる。市で巾着を切るをみる。やれにくいやつとひびく。途中で主人に出合ふ。はっと云て平伏する。人が錢一文出して金の受取を書てくれよと云。いかなあほうも合点はせぬ。だまって居たときはしれぬが、向からあたるなりで知るる。
【通釈】
「隋感而見」。平生はひっそりとしているが、向こうのことが遷る。それがずんずんと出て来る。人が親を大切にするのを見て、早くもそれはよいことだと遷る。市で巾着を切るのを見れば、憎い奴だと響く。途中で主人に出合えば、はっと言って平伏する。人が銭一文を出して金の受け取りを書いてくれと言う。それはどの様な阿呆でも合点はしない。黙っている時は知れないが、向こうから当たるところで知れる。

愛親。これは四端の尾で示すことではない。じかに親切を出す。何もかもすててかから子ばならぬ。学文をしたせぬには及はぬ。親の大事はよく知りたこと。こうせ子は御觸に違ふの、名主がしかるのと云やうなまだるいことではない。仁が丸で出たこと。
【解説】
「愛親」の説明。愛親は四端どころではなく、仁がそのまま出たこと。
【通釈】
「愛親」。これは四端の尾で示すことではない。直に親切を出すこと。これには何もかも棄てて掛からなければならない。学文をするかしないかには関係がない。親が大事なのはよく知ったこと。こうしなければお触れに違う、名主が叱るという様な間怠いことではない。仁がそのまま出たこと。

敬兄。どっちも親の子ではあり、兄弟には一つましなもある。敬まはずともよさそうにみえるが、これが自然で、半時先へ生れても、兄をは敬ふ。
【通釈】
「敬兄」。どちらも親の子であり、兄弟には一歳違いだけのこともある。そこで、敬わなくてもよさそうに見えるが、これが自然で、半時先に生まれても兄を敬うのである。

忠君。義のはえぬきからなり。ここの木口塲をにげると、生きてもどうもならぬと云ものを持合せておる。
【通釈】
「忠君」。これは義の生え抜きである。人は、ここの木口場を逃げると、生き残ってもどうにもならないというものを持ち合わせている。

弟長。長は君についた字なり。君長の長で、我上にたつ者。序文の敬長とはかへてよむがよい。序の敬長は兄や伯父・伯母のこと。ここではそんなものは敬兄の中に入れてある。ここの弟長の字は君へつけて云。朱子の文を互にしたもの。弟すとは、何あれがと云ことのないことなり。我上にたつかしらと云は、田舎ではまづつっかかり、名主なり。年が若くても、知惠がなくても、長あしらいにすることぞ。まづこの四句で君父二つのこと。孝弟と見ることなり。
【解説】
「弟長」の説明。兄や伯父・伯母を敬うことは「敬兄」に含まれている。ここの「弟長」は君に対してのこと。
【通釈】
「弟長」。「長」は君に付いた字である。君長の長で、自分の上に立つ者。序文の「敬長」とは違うものとして読むのがよい。序の敬長は兄や伯父・伯母のこと。ここではそんなものは「敬兄」の中に入れてある。ここの弟長の字は君へ付けて言う。朱子の文を互いにしたもの。弟すとは、何あれがと言うことのないこと。我が上に立つ頭というのは、田舎では先ずは名主である。年が若くても、知恵がなくても、長あしらいをしなければならない。先ずはこの四句は君父のこと。孝弟のことと見なさい。

是曰秉彛云々。先輩の云、木棟の黒く、水昌の白ひ。万古かはらぬ。有順無彊。性なりにして無理のいらぬこと。高い処から水の流るる如くなり。中庸の率性と云もここのこと。○是までで、天から人に下さるる性に別のないを云。是から跡へ圣凡の別をみせた。
【通釈】
「是曰秉彛云々」。先輩の言う、木棟は黒く水昌は白いである。それは万古変わらない。「有順無強」。性のままにして無理の要らないこと。高い処から水の流れる如くである。中庸の率性もここのこと。これまでで、天から人に下される性に別のないことを言う。ここから後は聖凡の別を見せる。
【語釈】
・中庸の率性…中庸章句1。「天命之謂性、率性之謂道、脩道之謂教」。

惟垩性者。垩人は天の気に入りじゃから、別してよい性を下されたと云ことにはない。此方で拜領に疵をつけぬなり。百兩の封金けづれもせぬ。浩々其天。垩人も凡人の通り形あるもの故、やはり五尺。されとも殊の外大きいことで、丸に天のやうじゃと云こと。ここは垩人も形あるもの、からだこそ五尺なれ、天の通り浩々じゃ。からだこそ五尺なれと云ことを含んでみることぞ。五尺の天なり。
【解説】
「惟聖性者、浩浩其天、不加毫末萬善足焉」説明。聖人は特別な性を持っているということではなく、拝領の性に疵をつけないのである。聖人も凡人と同じく五尺の体を持っているが、天の通り浩浩としている。五尺の天なのである。
【通釈】
「惟聖性者」。聖人は天の気に入りだから、特によい性を下されたということではない。こちらが拝領のものに疵を付けないのである。百両の封金は削ることができない。「浩々其天」。聖人も凡人と同じく形あるものなので、やはり五尺である。しかし、殊の外大きく、全く天の様だということ。ここは、聖人も形あるもので、体こそ五尺だが、天の通り浩々だということ。体こそ五尺だがということを含んで見なさい。五尺の天である。
【語釈】
・封金…封印をした金子。

衆人蚩々、物欲交蔽。これからが連衆が多い。学者が、孔孟の法被を着て居るから、この仲間ではないと思ふは、所謂淺見先生の筭用違なり。伽羅は匂いで尊い。人は仁義で尊い。其伽羅の伽羅たる匂いをけすこと計りをして、人が目に見、耳にふるることの欲におおはれて、人の人たる処の仁義をけすことに精を出す。気の毒千万ぞ。皆物欲がすることぞ。
【解説】
「衆人蚩蚩、物欲交蔽」の説明。人は仁義によって尊いのだが、欲に蔽われて仁義を消すことに精を出している。
【通釈】
「衆人蚩々、物欲交蔽」。これからが連衆が多い。学者が、孔孟の法被を着ているのだからこの仲間ではないと思うのは、浅見先生の謂う所の算用違いである。伽羅は匂いで尊い。人は仁義で尊い。その伽羅の伽羅たる匂いを消すことばかりをして、人が目に見、耳に触れることの欲に蔽われて、人の人たる処の仁義を消すことに精を出す。それは気の毒千万である。皆物欲がすること。

乃頽其綱安此暴棄。正宗の刄をひく。利口者がいくらなんと云ても、そこで蚩々の仲間へ入れ子はならぬ。程子の下愚とは商辛是なりと云た。尤なこと。これらが仁義の良心に疵をつけつぶすの一番なり。此蚩々が詩経の字を、女の詞に氓之蚩々。信濃の丁稚としかりたこと。それを朱子のここへ出したは、人性之綱をくづすは皆蚩々じゃと、なべての人えかけたもの。耻入ら子はならぬこと。
【通釈】
「乃頽其綱安此暴棄」。正宗の刃を引く。利口者がいくら何と言っても、そこで「蚩々」の仲間へ入れなければならない。程子が、下愚とは商辛だと言った。それは尤もなこと。これらが仁義の良心に疵を付けて潰すことの一番である。この蚩々が詩経の字で、女の詞に「氓之蚩々」とある。これが信濃の丁稚だと叱ったこと。それを朱子がここへ出したのは、「人性之綱」を崩すのは皆蚩々だと、世の人に掛けたもの。恥じ入らなければならない。
【語釈】
・程子の下愚とは商辛是なり…近思録道体14。「然天下自棄自暴者、非必昬愚也。往往強戻而才力有過人者。商辛是也」。
・氓之蚩々…詩経国風衛氓。「氓之蚩蚩、抱布貿絲。匪來貿絲、來即我謀。送子渉淇、至于頓丘。匪我愆期、子無良媒。將子無怒、秋以爲期」。

暴。元気よく学文をそしる。棄。吾が身を引さげて、私共とてもやくに立たぬと云。隂症の傷寒と阳症の傷寒なり。自暴自棄、孟子の字。安は、学文する上で、綱をくづすほどな悪いことはない。それをすててをくと云は、敵の顔を見てこぢ々々としてをるやうなもの。をらはならぬと云て居る。のめ々々としてをるを安んずと云。こしな人は、桀紂の世ても人があたまへ小便をしかけるつろう。学文をせずにをるは暴棄にて、仁義の性から云へは、親の敵の処え奉公にゆくやうなもの。それで鞭策録にも恢復のことで云てある。
【解説】
「暴」は学問を誹ることで、「棄」は自分にはそれができないとすること。ここの「安」は、それを放って置くこと。
【通釈】
「暴」。元気よく学文を誹る。「棄」。我が身を引っ提げていながら、私共はとても役に立たないと言う。陰症の傷寒と陽症の傷寒である。「自暴自棄」は孟子の字。「安」は、学文をする上では綱を崩すほどの悪いことではない。しかし、それを放って置くのは、敵の顔を見て躊躇している様なもの。俺はできないと言う。のめのめとしていることを安んずと言う。こんな人は、桀紂の世でも、人が頭に小便を掛けることだろう。学文をせずにいるのは暴棄であって、仁義の性から言えば、親の敵の処へ奉公に行く様なもの。それで、鞭策録でも恢復のことでこれを言っている。
【語釈】
・自暴自棄…孟子離婁章句上10。「孟子曰、自暴者不可與有言也。自棄者不可與有爲也。言非禮義、謂之自暴也。吾身不能居仁由義、謂之自棄也。仁、人之安宅也。義、人之正路也。曠安宅而弗居、舍正路而不由、哀哉」。
・恢復…講学鞭策録1。「人之爲學、正如説恢復相似。且如東南亦自有許多財賦、許多兵甲、儘自好了、如何必要恢復」。

惟聖斯惻。天下中がよけれは学校はいらぬ。建学立師。草根木皮ではいかぬから、学校、そこへ師をおく。師のないと足利の学校なり。舞臺計りありても大夫かなくては能は始らぬ。
【通釈】
「惟聖斯惻」。天下中がよければ学校は要らない。「建学立師」。草根木皮だけでは悪いから、学校を建て、そこに師を置く。師がないと足利の学校である。舞台だけがあっても太夫がいなくては能は始まらない。

以培其根、以達其支。培はこやしをすること。小学は根。大学は支。根のない枝はさかへぬ。こやしは根へすることぞ。どんな見事な花ても根は面白くないもの。なれとも、こやしをするで花がよくさく。小学に花がさくと大学じゃとは誰れもしるまい。小学が大事なものと、これから本えかへしてとく。
【解説】
「以培其根、以達其支」の説明。小学は根で、大学は支である。小学に花が咲いて大学となる。
【通釈】
「以培其根、以達其支」。「培」は肥やしをすること。小学は根で、大学は支である。根のない枝は栄えない。肥やしは根にするもの。どんな見事な花でも根は面白くないもの。しかし、肥やしをするので花がよく咲く。小学に花が咲くと大学になるとは誰も知らないだろう。小学が大事なものと、これから元へ返して説く。

小学之方、洒掃応對。方はしかたなり。これより外にしかたはない。洒掃応對を大事々々とする心が一つ生ついてまわり、根となりて、ことの外よいことになる。あのつかまへた所作ゆへにかるいことと見て如在にするなよ。其心で君に事へると直に遠慮閉門ぞ。同役つき合も朋友の交りもすっぺりよくない。そこで外篇の始を横渠で語りたをここへ引合せてみることぞ。天下の老中になりても、ここの処からと云てあるぞ。○洒掃応對は五香湯の塲なり。小兒の胎毒をはき出させるでよい。こうないと、元服してからふきでになる。管仲・晏子を功烈如彼其卑しと云も、根にこやしのない故、一つ生よい花が咲ぬ。
【解説】
「小學之方、灑掃應對」の説明。灑掃応対を大事にすることが根となってよい花を咲かすのである。根がなければよい花は咲かない。
【通釈】
「小学之方、洒掃応対」。「方」は仕方のこと。これより外に仕方はない。洒掃応対を大事とする心が一つ生まれ付いて回り、根となって、殊の外よいことになる。分かり切った所作だからと軽く見て如在にしてはならない。その心で君に事えると直に遠慮閉門となる。同役の付き合いも朋友の交わりも全くよくない。そこで、外篇の始めを横渠で語ったことをここへ引き合わせて見なさい。天下の老中になっても、ここの処からと言っている。○洒掃応対は五香湯の場である。これが小児の胎毒を吐き出させるのでよい。こうでないと、元服してから吹き出ものが出る。管仲・晏子を「功烈如彼其卑」と言うのも、根に肥やしがないからで、それで一つも活きのよい花が咲かない。
【語釈】
・五香湯…五香は、江戸時代の小児用の振出し薬。五香湯はその薬湯。
・功烈如彼其卑し…孟子公孫丑章句上1。「管仲得君如彼其專也。行乎國政如彼其久也。功烈如彼其卑也」。

入孝。入は親のひざもとにおること。平生親についてまはり、くはだんや菊畠けでも、このきたないものはわしがしまはふ、この虫はわしがのけましゃうと云ことまでが孝のヶ條の内なり。出恭。学校などへ出ること。今田舎でも大尽の兒はあたまのはげたものにも大へいを云。さうしたことではたかぶりの根をそだてるなり。ろくなものにはならぬはづ。小学校では、兒共ゆへ貴賤なしに敎るから、家老の子でも仲間にまでいんぎんをさする。ここで一つ高ぶりの根をひき下げてをく。
【解説】
「入孝、出恭」の説明。「入」は親の膝元にいることで、「出」は学校などへ出ること。小学校では、貴賎の別なく教えた。高ぶりの根を抑えたのである。
【通釈】
「入孝」。「入」は親の膝元にいること。平生親に付いて回り、花壇や菊畠でも、この汚いものは私が仕舞おう、この虫は私が除けましょうと言うことまでが孝の箇条の内である。「出恭」。学校などへ出ること。今田舎でも大尽の児は頭の禿げた者にも横柄を言う。そうしたことは高ぶりの根を育てることになる。それでは碌な者にならない筈。小学校では、子供なので貴賎の別なく教えたので、家老の子でも仲間に対してまで慇懃をさせる。ここで一つ高ぶりの根を引き下げて置く。

動或罔悖。かりそめの事に、もとるか々々々々と気をつける。
【通釈】
「動或罔悖」。仮初の事にも、悖るだろうかと気を付ける。
【語釈】
・動或罔悖…「動くに或は悖ること罔く」と読んでいるが、原文は「動罔或悖」であって、読み方も違う。

誦詩読書。これが所作で詩書の麁よみなり。行有餘力。朝から晩までたばこ盆のそうじもない。親がひめもすよびつめでもない。そこが餘力なり。
【通釈】
「誦詩読書」。これが所作で、詩書の素読である。「行有余力」。朝から晩まで煙草盆の掃除をする必要はない。親が終日呼び詰めるわけでもない。そこが余力である。

詠歌舞蹈、思罔或逾。今はふっつりないこと。古はこれでいそがしい。これを仕事にするでわるさの入る間がない。能なしの食たくみと云はよい諺なり。あまりひまゆへわるさがます。大尽の息子は一日を消しか子る。とかくひまのないと云がとうなれば、む子にわるいことをおく間がない。いそがしい職人かこのごろはゆっくと酒も呑めぬと云が尤なこと。今の若いものは髪月代をしてわるだくみをする。道樂なむすこがしゃんとすわりて、嚴如思の躰でじっとして考てをるから、なんぞよいことを考へ出すかと思へは、やがて彼のつき合のわる塲へかけ出す。碁を打も学者からはほめたことでもないが、心にひまのないでよい。釣ずきもそれなり。あれを主におるだけ、心のわきへゆかぬと云しるしはあるぞ。そこで琴瑟をするでと云なり。まして学校で学ぶ上に垩賢の制作の音楽を習ふことゆへ、そこで思ふことがこへることがならぬ。それを持参に大学へゆく。
【解説】
「詠歌舞蹈、思罔或逾」の説明。心に閑がなければ、悪さの入る間がない。古は聖賢の制作した「詠歌舞踏」を習うことで忙しかった。
【通釈】
「詠歌舞踏、思罔或逾」。今はこれが全くない。古はこれで忙しい。これを仕事にするので悪さの入る間がない。能なしの食巧みと言うのはよい諺である。余りに閑なので悪さが増す。大尽の息子は一日を過ごし兼ねる。とかく閑がないとはどういうことかと言うと、胸に悪いことを置く間がない。忙しい職人が、この頃はゆっくりと酒も呑めないと言うのが尤もなこと。今の若い者は髪月代をして悪巧みをする。道楽な息子がしゃんと座って、厳[おごそか]にして思うが如しの躰でじっとして考えているから、何かよいことを考え出すかと思えば、やがてあの付き合いの悪場へ駆け出す。碁を打つのも学者からは褒められることでもないが、心に閑がないのでよい。釣好きもそれ。あれを主にするだけ、心が脇に行かないという験はある。そこで琴瑟をするのでと言う。ましてや学校で学ぶ上では、聖賢の制作した音楽を習うことなので、そこで思うことが逾えない。それを持参に大学へ行く。

窮理脩身斯学之大。今日から大学で、今までの小学とはちごうと云ことではない。今日から役がへじゃと、役人の役がへのやうに心得て、さあこれからは格物じゃから、親父の向ふへ蜘の巢がはろうともかまわぬの、母のよぶには返事するにも及はぬことのと云は心得違なり。只小学校ではわざを主に云、大学は其根の道理をしることで、そこでうはみがきなり。茶の給仕を丁寧にすると、其根の理をきはめる。脩身は身を道理なりにすること。大学では窮理から脩身までは格段のあること。ここでは知行とくくりて見せたもの。
【解説】
「窮理脩身斯學之大」。小学校では業を主に言い、大学ではその根の道理を知る。大学は小学の上磨きである。修身は身を道理の通りにすること。
【通釈】
「窮理脩身斯学之大」。今日から大学で、今までの小学とは違うということではない。今日から役替えだと、役人の役替えの様に心得て、さあこれからは格物だから、親父の向こうへ蜘の巣が張ろうとも構わない、母が呼んでも返事をするには及ばないなどと言うのは心得違いである。只、小学校では業を主に言い、大学ではその根の道理を知ることなのであって、そこで上磨きなのである。茶の給仕を丁寧にして、その根の理を窮める。修身は身を道理の通りにすること。大学では窮理から修身までは格段のあること。ここでは知行と括って見せたもの。

明命赫然無有内外。明德は天の仰付てもつから明命なり。赫然。てら々々てりぬくこと。内外の字を柯先生が、内は身、外は人のことで、明德を新民のことじゃと云て文會にもあり。淺見先生は、内は知のこと、外は身のことで、行ひのことじゃと云り。某もいろ々々と考て見たが、中々むつかしいことぞ。先是迠は柯先生の説によみたがようないぞ。其訳は、これは上の句をうけたことなり。究理は内で心の知のこと、脩身は外で身のふりまはしと、内外をわけて、内の心をきめるも外のわざをよくするも二つではない。一つことで内外はないと見ることなり。こうみると、あともよみよい。
【解説】
「明命赫然罔有内外」の説明。「内外」の字は、柯先生が、内は身、外は人のことだと言った。浅見先生は、内は知のこと、外は身のことで、行のことだと言った。窮理は内で心の知のこと、修身は外で身の振り回しのことだから、浅見先生の説がよい。
【通釈】
「明命赫然無有内外」。明徳は天の仰せ付けで持っているから「明命」と言う。「赫然」。てらてらと照り抜くこと。「内外」の字を柯先生が、内は身、外は人のことで、明徳を新民にすることだと言い、これが文会にもある。浅見先生は、内は知のこと、外は身のことで、行いのことだと言った。私も色々と考えて見たが、中々難しい。先ずこれまでは柯先生の説で読んだが、それはよくない。その訳は、これは上の句を受けたものだからである。窮理は内で心の知のこと、修身は外で身の振り回しのことと、内外を分けて、内の心を決めるのも、外の業をよくするのも別のことではない。一つことで内外はないと見るのである。この様に見ると、後も読みよい。
【語釈】
・明德…大学章句経1。「大學之道、在明明德、在親民、在止於至善」。

徳崇業廣、乃復其初。これが繋辞傳七章の崇徳廣業の文字で、文言の進徳脩業をもとりて内外にしたもの。進徳は内、脩業は外なり。徳業で知行なり。敬以直内、義以方外のやうに、知をみがいて身のわざをよくすることなり。いづれ敎のことゆへ、学ぶものの身一箇でかたることぞ。業廣の字あるゆへ新民のやうに是まて見たが、さうではない。それがどうなれは、徳崇を明徳、業廣を新民にあてると、復其初と云が新切にない。業廣を新民にすると治国平天下にあててみ子はならぬが、どうもさう見ると廣の字にはよいやうなれとも、易の本文にあはぬ。これで柯先生の説にしたがはれぬ。淺見先生の方がよい。さて又業廣を治国平天下に見ると、孔孟は其初に復らぬになる。復其初は明徳至善になりたことを云。かの衆人蚩々が惟垩性者になりたこと。そこを復其初と云。本下された仁義の上にもう一つやると云て下されたではない。
【解説】
「德崇業廣、乃復其初」の説明。知を磨いて身の業をよくすること。「復其初」は、明徳至善になったこと。
【通釈】
「徳崇業広、乃復其初」。これが繋辞伝七章の「崇徳広業」の文字で、文言の「進徳修業」をも含めて内外にしたもの。進徳は内、修業は外である。徳業で知行となる。「敬以直内、義以方外」の様に、知を磨いて身の業をよくすること。いずれも教えのことなので、学ぶ者の身一箇で語る。業広の字があるので新民の様にこれまでは見ていたが、そうではない。それはどうしてかと言うと、徳崇を明徳、業広を新民に当てると、「復其初」が深切でない。業広を新民にすると治国平天下に当てて見なければならないが、どうもその様に見ると広の字にはよい様だが、易の本文には合わない。そこで、柯先生の説には従えない。浅見先生の方がよい。さてまた業広を治国平天下に見ると、孔孟は復其初とならない。復其初は明徳至善になったことを言う。あの「衆人蚩々」が「惟聖性者」になったということ。そこを復其初と言う。始めに下された仁義の上にもう一つ遣ると言ったのではない。
【語釈】
・繋辞傳七章…易経繋辞伝7。「子曰、易其至矣乎。夫易、聖人所以崇德而廣業也。知崇禮卑。崇效天、卑法地。天地設位、而易行乎其中矣。成性存存、道義之門」。
・進徳脩業…易経乾下文言伝九三。「子曰、君子進德脩業。忠信所以進德也」。九四にもある。
・敬以直内、義以方外…易経坤卦文言伝。「直其正也、方其義也。君子敬以直内、義以方外。敬義立而德不孤」。
・治国平天下…大学章句経1。「物格而后知至、知至而后意誠、意誠而后心正、心正而后身脩、身脩而后家齊、家齊而后國治、國治而后天下平」。

昔非不足、今豈有餘。それがふへたのと云でもたらぬと云でもない。元より空に有明の月。れい々々としてある。曇りは月から下たのこと。鏡磨は曇をおとしたのなり。光りを一つくれを行たではない。
【通釈】
「昔非不足、今豈有餘」。それは増えたのでも足りないということでもない。元より空に有明の月。冷々としてある。曇っているのは月から下のこと。鏡を磨くのは曇りを落とすのである。光を一つくれということではない。

世遠。垩人の世の遠いこと。人亡。賢君賢人のなくなりたこと。漢唐の間にも学校はありたが、上によい人がない。師たる人のないこと。敎弛。最をこれてよいから已後は勝手次第と云御觸もないが、上がぬるけるからゆるまりなり。武士の武藝をするに、すたったのはやるのと云ことはありそもないものなれとも、ゆるむときもあるぞ。見よ、当世は御世話のよいゆへ、いこう武藝のはげみがちごうそうなぞ。とかく上み次第なり。
【解説】
「世遠人亡、經殘敎弛」の説明。「人亡」は、よい師がいないということ。「教弛」は上がぬるけるので弛むこと。
【通釈】
「世遠」。聖人の世の遠いこと。「人亡」。賢君賢人のなくなったこと。漢唐の間にも学校はあったが、上によい人がいない。師たる人のないこと。「教弛」。もうこれでよいから以後は勝手次第というお触れもないが、上がぬるけるから弛む。武士が武芸をするのに、廃るとか流行るということはありそうもないものだが、弛む時もある。見なさい、当世は御世話がよいので、大層武芸の励みが違うそうである。とかく上次第である。

蒙養弗端、長益浮靡。兒共はをとなを見習ふぞ。よいことをせよ々々々々々々々と敎ゆるより、親や師匠のよいことをして見するがよい。世間によいことのしてがないと云には、兒共のよいことを見習はふやうはない。浮靡は敎弛からきたもの。実のないこと。ふは々々したこと。弗端から浮靡とかけたも面白い。先つたいてい英雄豪傑じゃの、又は大悪人じゃのと云もないもの。大方にたか々々々なり。すれは兒共のときも似たか々々々なり。この似たか々々々と云が草臥もの。勘当するほどでもないが、とかくよふはならぬ。浮はつかまへ処もないやうで、靡はなびくことで、そちへよりこちへよりする。どちともに弛みのてい也。浮靡と云は大仰そうなわるさもないが、又よいこともせぬ。一番療治のしにくいもの。かるい病いなれども、とうもなをらぬと云やふなもの。敎のないときの容躰書は、皆浮靡と云病症なり。
【解説】
「蒙養弗端、長益浮靡」の説明。子供は大人を見習うものだが、手本となる大人がいない。大人が似たり寄ったりだから、子供も似たり寄ったりである。この似たり寄ったりが最も療治のし難いもの。
【通釈】
「蒙養弗端、長益浮靡」。子供は大人を見習うもの。よいことをしなさいと教えるより、親や師匠がよいことをして見せる方がよい。世間によいことをする人がいないのに、子供がよいことを見習う筈はない。「浮靡」は「教弛」から来たもの。それは実のないことで、ふわふわとしたこと。「弗端」から浮靡と掛けたのも面白い。先ずは大抵、英雄豪傑、または大悪人という者もいないもの。大方、似たり寄ったりである。それで、子供の時も似たり寄ったりである。この似たり寄ったりというのが草臥れ者。勘当するほどでもないが、とかくよくはならない。浮は捕まえ処もない様。靡は靡くことで、そちらへ寄り、こちらへ寄り、靡く。どちらも弛みの体である。浮靡というのは大仰そうな悪さもないが、また、よいこともしない。一番療治のし難いもの。軽い病だが、どうも治らないと言う様なもの。教えのない時の容躰書は、皆浮靡という病症である。

郷無善俗。どこを見てもすじがみなわるい。一粒よりにしてもよいものはない。よい風の一つのこりたが善俗なり。平生はしわいが、病人と云とよく物を入るるの、さて、やりばなしぢゃか、祭には丁寧じゃなどと云が善俗なり。又一村で云ても、あの村の風はよいと云もあるもの。一村でもそんな風はしたわしきもの。論語にも、里は仁なるをよしとすと云り。それがなくなりたことなり。世乏良材。教のないと云も、気運がわるくなりたのがそこで、一疋にならるる人が生れあはぬ。よい人のないと云がこまったもので、みなかたぎらぬ。
【解説】
「郷無善俗、世乏良材」の説明。よい風を「善俗」と言う。今は郷にそれがない。また、気運が悪くなったので良材が生まれない。それで皆が滾らない。
【通釈】
「郷無善俗」。どこを見ても筋が皆悪い。一粒選りにしてもよいものはない。よい風が一つ遺ったのが善俗である。平生は吝いが、病人と言えばよく物を差し入れたり、さて、遣り放しの人だが、祭には丁寧だなどというのが善俗である。また、一村で言っても、あの村の風はよいということもあるもの。一村でもそんな風があれば慕わしきもの。論語にも、「里仁為美」とある。それがなくなったのである。「世乏良材」。教えがないというのも、気運が悪くなったためで、そこで一疋になれる人が生まれ合えない。よい人がいないというのは困ったもので、皆が滾らない。
【語釈】
・里は仁なるをよしとす…論語里仁1。「子曰、里仁爲美。擇不處仁、焉得知」。

利欲紛挐。世の中さらへて皆欲なり。欲に次第階級こそあれ、みな欲なり。次第を云へは三つあるぞ。功利欲・名利欲・財利欲なり。功利は斎の桓、晋の文から高祖や大宗、末々は蘇秦・張儀までなり。これが錢のほしいでもなく、からだの可愛てもなく、かさのある立派な欲なり。一つ功を立てて人の為にもなろうとをもふてすることで、後世へ功業をのこしたいなり。そこでその業の上は垩人にも似たかと云ようなていなり。されとも自分の身を君子にせうとはせずして、天下に功を成そう々々々とするから利欲と云たもの。孔子の口からも、其仁の如くならんやと云はるる。こう云れても只これ功て云ことなり。欲の部をぬけることはならぬ。何でも道理の外をはたらくはみな欲なり。
【解説】
「利欲紛挐」の説明。世の中は欲だらけである。その欲にも次第階級があり、大別すると、功利欲・名利欲・財利欲である。功利欲は、後世に功業を遺したいとするもの。
【通釈】
「利欲紛挐」。世の中、すっかりと皆欲である。欲に次第階級こそあれ、皆欲である。その次第を言えば三つある。功利欲・名利欲・財利欲である。功利は斉の桓公、晋の文公から高祖や太宗、末々では蘇秦・張儀までがそれ。これが銭を欲しいのでもなく、体が可愛いのでもなく、嵩のある立派な欲である。一つ功を立てて人のためにもなろうと思ってすることだが、それは後世に功業を遺したいのである。そこでその業の上では聖人にも似ているという様な体である。しかし、自分の身を君子にしようとはせずに、天下に功を成そうとするから利欲と言うのである。孔子も、「如其仁」と言われた。しかしこの様には言われても、それはただ功で言ったこと。欲の部を抜けることができない。何でも道理の外を働くのは皆欲である。
【語釈】
・其仁の如くならんや…論語憲問17。「子路曰、桓公殺公子糾、召忽死之。管仲不死。曰、未仁乎。子曰、桓公九合諸侯、不以兵車。管仲之力也。如其仁。如其仁」。

名利欲は斉の桓、晋文のことではない。覇者は人か何んと云ふともへちまとも思はず。この名利と云は、手前の評判がよくなるやふなことをうれしがるを云。吾が名を一つよく云れやうとかかる。人に金を百両ずつとやるも、義の当然でも親切でもなく、あの人はよい人じゃ、惠み深いなどとも云はれたがる。これが至誠惻怛から出ぬこと故に、あとではをしくもなり。胸のわるいことにもかまはず、とかく名の為なり。これか隱者などにも多くあることで、許由巣父を始め、皆世を非に見て居るものにさへ名を好むあり。そこで朱子も淵明のことにつき、隱者も名を好むと云れた。人は奉公して立身かせぎをあくせくする。をらにはそんなことはないと云ふ。啇ぶりて引込ておると、啇上なと云たら喜ぶ。つまりからだの可愛ひなり。やっはり欲の内なり。その筈ぞ、もと垩賢の道理で身を処置するでなく、只得手の方や虚名を愛するのじゃもの。欲の内なり。
【解説】
名利欲とは、自分の評判がよくなる様なことを嬉しがることを言う。聖賢の道理で身を処置するのではなく、得手方や虚名を愛するもので、これが隠者などにも多くあること。
【通釈】
名利欲は斉の桓公や晋の文公のことではない。覇者は人が何と言おうとも、それを糸瓜とも思わない。この名利というのは、自分の評判がよくなる様なことを嬉しがることを言う。自分の名を一つよく言われようと掛かる。人に金を百両ずつ遣るのも、義の当然でも親切でもなく、あの人はよい人だ、恵み深いなどと言われたがってのこと。これが至誠惻怛から出たことではないので、後では惜しくもなる。胸の悪いことにも構わずにするが、とかく名のためである。これか隠者などにも多くあることで、許由巣父を始め、皆世を非に見ている者にさえ名を好むことがある。そこで朱子も淵明のことについて、隠者も名を好むと言われた。人は奉公して立身稼ぎを齷齪するが、俺にはそんなことはないと言う。高ぶって引っ込んでいても、高上なことだと言われたら喜ぶ。つまり体が可愛いのである。それはやはり欲の内である。その筈で、元々聖賢の道理で身を処置するのではなく、ただ得手の方や虚名を愛するのだから、欲の内なのである。
【語釈】
・許由巣父…許由が俗事を聞いた耳を潁川で洗っているのを、牛を引いてきた巣父が見て、そのような汚れた水は牛にも飲ませることはできないと言って引き返したという故事。共に隠士の典型として画題となる。
朱子も淵明のことにつき、隱者も名を好むと云れた

さて、三番目のは財利也。士農工啇、皆是なり。宋の宰相が天下の宰相になるも錢を得るの多きによるの、論語の束脩以上のことに付き、経筵官が垩人も愛錢と云た。とかく賤と云ものは、凡夫の水ばなれをせぬ中はとかく是なり。学者もとかくここに心がはなれぬ。年よれは又一入、戒之在得。とかく金ほしがるはあさましし。右三品の利欲が、なんでも義理から出ぬことは皆利欲と思ふがよい。天下一まいのものが皆一生、この利欲の二字のあつかいをしてをる。垩人の敎あれは、その利欲のあたまをあげさせぬ。小兒のときから欲の根をたをしてやるなり。教なければ利欲ばかりなり。
【解説】
財利欲は金を欲しがることで、学者にもとかくこれに心が離れない。年寄ると尚更である。
【通釈】
さて、三番目のは財利欲である。士農工商は皆これである。宋の宰相が天下の宰相になったのも銭を多く得るため、論語の「束修以上」のことについて、経筵官が聖人も銭を愛すと言った。とかく銭というものは、凡夫の水離れをしない内はこうなる。学者もとかくここに心が離れない。年寄ればまた一入「戒之在得」である。とかく金を欲しがるのは浅ましいこと。右の三品の利欲が、何でも義理から出ないことは皆利欲と思いなさい。天下一枚の者が皆一生、この利欲の二字を扱っている。聖人の教えがあれば、その利欲の頭を上げさせない。小児の時から欲の根を倒してやる。教えがなければ利欲ばかりである。
【語釈】
・束脩以上…論語述而7。「子曰、自行束脩以上、吾未嘗無誨焉」。
・戒之在得…論語季氏7。「孔子曰、君子有三戒。少之時、血氣未定、戒之在色。及其壯也、血氣方剛、戒之在鬥。及其老也、血氣既衰、戒之在得」。

紛挐。もと軍のことにつかうた字なり。組んずほぐれつつかみ合ていなこと。右に云三つの欲ともに、つまりからだのかあいいからなり。もののほしいも功を立てて仰がれたがるも、よくいはれたがるも、皆利欲なり。其中、名を好むは死にぎはまでついてまはる。学者別して名を好む。凡そ死ぬときに辞世を詠する輩は息を引とるまで好名の心かたへぬと若林強斎云へり。病にせまり、胸はどき々々で居ながら、けり、かな、をやる。
【解説】
学者は特に名を好む。辞世を詠ずる者は、息を引き取るまで好名の心が絶えないと若林強斎が言った。
【通釈】
「紛挐」。元々は軍のことに使った字である。組んず解れず掴み合う体である。右に言う三つの欲は共に、つまりは体が可愛いからのこと。物を欲しがるのも、功を立てて仰がれたがるのも、よく言われたがるのも、皆利欲である。その中、名を好むことは死際まで付いて回る。学者は特に名を好む。凡そ死ぬ時に辞世を詠ずる輩は、息を引き取るまで好名の心が絶えないと若林強斎が言った。病に迫り、胸はどきどきしていながら、けり、かな、をやる。
【語釈】
・若林強斎…名は進居。新七と称す。一号は守中翁、晩年は寛齋、自牧。望南軒。京都の人。享保17年(1732)1月20日没。年54。淺見絅齋門下

○さて、利欲のつかみ合をするかと思へは理屈らしいことを云。これが異言喧豗なり。異。異端の異の字で、ほんの道理を主にせず、すき次第を云。少しづつ理屈をもってきて、とりつけひっつけ、いろ々々さわぐ。仏・老荘がこれなり。垩人の道にふりのかわったこと。喧豗。かまびすしくうつとよんで、これを利欲紛挐と幷へて見ることなり。学問をせず、君子になる心かないから利欲紛挐。ほんのことを知らず、世を欺き、垩賢をおす心からして異言喧豗。是か人の気々を動かすことで、さま々々な手短なことを云て人を教るなり。いやなことの一番で、垩学に似たことを云て圣学の書に弓をひくなり。近頃はやる、本心會得すると云ことあるそうな。これらがよいやうなあさはかを云て、人のぎぎを動かす。いやなことの一番なり。
【解説】
「異言喧豗」の説明。「異言喧豗」は、本当の道理を主にせず、好き次第を言うこと。聖学に似たことを言って聖学の書に弓を引く。これが一番嫌なこと。
【通釈】
さて、利欲の掴み合いをするかと思えば理屈らしいことを言う。これが「異言喧豗」である。「異」は異端の異の字で、本当の道理を主にせず、好き次第を言うこと。少しずつ理屈を持って来て、取っ付け引っ付け、色々と騒ぐ。仏や老荘がこれ。聖人の道の振りの変わったこと。「喧豗」。喧しく打つと読み、これを「利欲紛挐」と並べて見るのである。学問をせず、君子になる心がないから利欲紛挐。本当のことを知らず、世を欺き、聖賢を推す心からして異言喧豗。これが人の気々を動かし、様々な手短なことを言って人を教える。これが一番嫌なことで、聖学に似たことを言って聖学の書に弓を引く。近頃流行っているものに、本心会得するということがあるそうだ。これらがよい様な浅はかを言って、人の気々を動かす。嫌なことの一番である。

惣たい珍らしいことを云は一世を鼓扇するためで、圣学のきりゃうにあらずなり。藥賣も木香丸々々々面白くないから、壷を背屓ってをどりなぞををどりて賣るぞ。渡世口かせぎはとも角もなれとも、垩人の道を切りつまんで大学小学もいらぬやうにしたがるは、皆本の教がないゆへにこんなものが出て来る。垩道の衰へたに、色々手のよいものが出てはやらせる。道が明でないゆへなり。されとも垩人の道の忝さには、天地あらんかぎりたへきるものではない。力を落とすなと云こと。極天罔墜。当年のやうな田をうへ、又年がいつも々々々こうではつづかぬが、又来年はよかろうと誰も知ってをる。そこで百姓があまりさはがぬ。種の支度をして待てをるやうに、小学をこしらへて、庻覚来裔なり。今日我々式が小学をよむも、すぐに朱子の来裔をさとされたる処なり。
【解説】
「幸茲秉彛極天罔墜。爰輯舊聞庶覺來裔」の説明。道が明かでないから、色々と聖人に違う者が出る。しかし、忝いことに、聖人の道は天地のある限り絶え切るものではない。
【通釈】
総体、珍しいことを言うのは一世を鼓扇するためで、聖学の器量ではない。薬売りも木香丸と叫んでも面白くないから、壷を背負って踊りなどをして売る。渡世の口稼ぎならともかく、聖人の道を切り摘まんで大学や小学も要らない様にしたがるのは、皆本の教えがないからで、それでこんな者が出て来る。聖道の衰えたところを、色々と手のよい者が出て流行らせる。道が明かでないからである。しかし、聖人の道の忝いことには、天地のある限り絶え切るものではない。力を落とすなということ。「極天罔墜」。当年の様な田を植えて、来年もその次もこの様では続かないが、再来年はよいだろうと誰もが知っている。そこで百姓は余り騒がない。種の支度をして待っている様に、小学を拵えて、「庶覚来裔」である。今日我々如きが小学を読むのも、直に朱子の来裔を覚された処である。
【語釈】
鼓扇
・木香丸…「木香」は、キク科の多年草。薬用植物。「木香丸」は木香で作った生薬。健胃剤。

嗟嗟小子、敬受此書。小子は小学をよむものよとさす。洒掃応對と出た小学ゆへに、敬でと書た。わるくすると、ああ小学かとくる。
【通釈】
「嗟嗟小子、敬受此書」。小子は小学を読むものだと指した。洒掃応対と出た小学なので、敬でと書いた。悪くすると、ああ小学かと軽んじる。

匪我言耄。惟垩之謨。かへす々々々も某が老のくりごとと思いたまいなよ。あなどるへからず。垩人の敎じゃと云たもの。垩の謨なれば風化之万一と出た筈ぞ。ここからでなけれは復古の業はできぬことじゃ。小学がなけれは大学はならず。大学の道でなければ小康ぞ。後世の能及ぶ処にあらずと云もそこを云たもの。その根は小学なり。謨は聖人に成るのいがたなり。なべのいがたと同じ。小学にはいりて居れはわるい方へは流れぬ。鉄もの、あかが子のるいも、いがたがなけれは、なべも茶がまも湯がながれてしもふなり。なべも茶がまも出来ぬ。知べし。人間も小学のいがたがなけれは至気にながれてやくたひなしの人間。その病症を浮靡と云なり。
【解説】
「匪我言耄。惟聖之謨」の説明。小学がなければ大学は成らず、大学の道でなければ小康である。「謨」は聖人になるための鋳型であり、小学という鋳型がなければならない。
【通釈】
「匪我言耄。惟聖之謨」。返す返すも私の老いの繰言だと思われるな、侮ってはならない、これは聖人の教えだと言ったのである。「聖之謨」だから「風化之万一」と出す筈である。ここからでなければ復古の業はできない。小学がなければ大学は成らず、大学の道でなければ小康である。「非後世之所能及也」もそこを言ったもの。その根は小学である。「謨」は聖人になるための鋳型である。鍋の鋳型と同じ。小学に入っていれば悪い方へは流れない。鉄物や銅の類も鋳型がなければ、鍋も茶釜も湯が流れてしまう。鍋も茶釜もできない。人間も小学の鋳型がなければ至気に流されて益体無しの人間となることを知りなさい。その病症を浮靡と言う。
【語釈】
・後世の能及ぶ処にあらず…大学章句序。「此古昔盛時所以治隆於上、俗美於下、而非後世之所能及也」。