善行7
○藍田呂氏郷約曰、凡同約者、德業相勸、德謂見善必行、聞過必改、能治其身、能治其家、能事父兄、能敎子弟、能御僮僕、能事長上、能睦親故、能擇交遊、能守廉介、能廣施惠、能受寄託、能救患難、能規過失、能爲人謀、能爲衆集事、能解闘爭、能决是非、能 興利除害、能居官舉職。業謂居家則事父兄、敎子弟、待妻妾、在外則事長上、接朋友、敎後生、御僮僕。至于讀書、治田、營家、濟物、好禮・樂・射・御・書・數之類、皆可爲之。非此之類、皆爲無益。過失相規、犯義之過、一曰、酗博闘訟。二曰、行止踰違。三曰、行不恭遜。四曰、言不忠信。五曰、造言誣毀。六曰、營私太甚。不脩之過、一曰、交非其人。二曰、游戯怠惰。三曰、動作無儀。四曰、臨事不恪。五曰、用度不節。禮俗相交、謂婚姻・喪葬・祭祀之禮・往還・書問・慶弔之節。患難相卹、一曰、水火。二曰、盗賊。三曰、疾病。四曰、死喪。五曰、孤弱。六曰、誣枉。七曰、貧乏。有善則書于籍、有過若違約者亦書之、三犯而行罰。不悛者絶之。
【読み】
○藍田の呂氏の郷約に曰く、凡そ同約の者は、德業は相勸め、德は、善を見ては必ず行い、過を聞きては必ず改め、能く其の身を治め、能く其の家を治め、能く父兄に事え、能く子弟を敎え、能く僮僕を御し、能く長上に事え、能く親故を睦み、能く交遊を擇び、能く廉介を守り、能く施惠を廣め、能く寄託を受け、能く患難を救い、能く過失を規[ただ]し、能く人の爲に謀り、能く衆の爲に事を集し、能く闘爭を解き、能く是非を决し、能く利を興し害を除き、能く官に居りて職を舉ぐるを謂う。業は、家に居りては則ち父兄に事え、子弟を敎え、妻妾を待ち、外に在りては則ち長上に事え、朋友に接わり、後生を敎え、僮僕を御するを謂う。書を讀み、田を治め、家を營み、物を濟い、禮・樂・射・御・書・數を好むの類に至るまで、皆之を爲す可し。此の類に非ざれば、皆益無しと爲す。過失は相規し、義を犯すの過は、一に曰く、酗博闘訟。二に曰く、行止踰違。三に曰く、行、恭遜ならず。四に曰く、言、忠信ならず。五に曰く、言を造り誣い毀る。六に曰く、私を營むこと太甚だし。脩めざるの過は、一に曰く、交わり其の人に非ず。二に曰く、游戯怠惰。三に曰く、動作儀無し。四に曰く、事に臨みて恪[つつし]まず。五に曰く、用度節ならず。禮俗もて相交わり、婚姻・喪葬・祭祀の禮・往還・書問・慶弔の節を謂う。患難には相卹[あわ]れみ、一に曰く、水火。二に曰く、盗賊。三に曰く、疾病。四に曰く、死喪。五に曰く、孤弱。六に曰く、誣枉。七に曰く、貧乏。善有れば則ち籍に書し、過有り若しくは約に違う者も亦之を書し、三たび犯して罰を行う。悛[あらた]めざる者は之を絶つ。

二月十六日
【語釈】
・二月十六日…寛政2年(1790)2月16日。

○小學の始めで云ふ通り、小学の教は上からの息がかから子ばならぬものなり。然れども、その所に心ある人があれば、上からの息のかかるほとにゆくことなり。さるしょふこは、その村に格段な人があれば、その村の風俗がよくなる。これがなか々々威勢や知惠ではゆかぬもの。ふっくりとなって方々で心得るでなければならぬ。呂與叔は名ある程子の弟子なり。兄弟四人なれども、呂與叔が一ち学問がよいゆへ、そこでながたか井ぞ。この呂氏は呂與叔の兄なり。○郷約は村のか子ての約諾そ。上総で云ふちぎりこふと云ふ様なもの。あのちきりこふが至てよいこと。よいことなれども、なにも知らぬ無面目な人のしたことゆへ役に立ぬ。役に立ぬと云てさへよいぞ。ましてよい人のしたちぎりこふなればよかろふぞ。毎年同じことをくりかへし云ふ。これが公儀からのことは見のがしもあるものなれども、その村ですることと云へは、誠にゆきとどくと云ふにこの上はあるまい。呂氏の郷約はいこふ朱子もくわしくとられて、今文集七十九にくわしくのってある。
【解説】
「藍田呂氏郷約曰、凡同約者」の説明。在所に心ある人がいれば村がよくなるもの。「郷約」は昔からの村の約諾で、上総で言う契講である。何も知らない人の契講でもよいのだから、よい人の契講であれば尚更よい。郷約は村で作ったものだから、誠に行き届いたものである。
【通釈】
小学の始めで言う通り、小学の教えは上からの息が掛からなければならないもの。しかし、在所に心ある人がいれば、上からの息が掛かるほどに行く。その証拠は、その村に格段な人がいれば、その村の風俗がよくなる。これが中々威勢や知恵ではうまく行かないもの。ふっくりとなって方々で心得るのでなければならない。呂与叔は名のある程子の弟子である。兄弟が四人いたが、学問は呂与叔が一番よいので、それで彼の名が高い。この呂氏は呂与叔の兄である。「郷約」は村のかねての約諾である。上総で言う契講の様なもの。あの契講が至ってよいこと。それはよいことなのだが、何も知らない無面目な人のすることなので役には立たない。役に立たないとは言うが、それでさえよい。ましてやよい人のした契講であればよいことだろう。毎年同じことを繰り返して言う。公儀からのことは見逃しもあるものだが、その村ですることと言えば、誠に行き届いたというのにこの上はないだろう。呂氏の郷約は大層朱子も委しく採られ、今文集七十九に委しく載っている。
【語釈】
・呂與叔…名は大臨。号は藍田。

○德業と云ふこと、今のちきりこふには頓とな井ことぞ。德は、人間の人間たる所はこの德のあるな井でちごふことなり。德はあたまかずでなく、人の人たるところなり。米が百俵積てあってもし井なでは役に立ぬ。今日のちぎりこふはあたまかずばかりあって徳業がない。呂氏のは、ちぎりこふの中間がよって徳や業をすすめをふ。徳は一分の身持についたこと。業はわざなり。約束の通り徳業がゆくかゆかぬかとすすめあふなり。てん々々かせきと云ふことはよふないことぞ。○相はいこふ目出度文字なり。相はたか井に知惠をかりをふぞ。好問則裕自用則小と云ふ語もあり、手前独と云ふはよふないことなり。膝とも相談と云ふことがある。相談と云こと、さて々々よいことぞ。向の気のつかぬことを進めをふでなければ、ちぎりこふがあったとてなんにも役に立ぬなり。これがまづちぎりこふのかき出しで、扨その徳業には甚たわけのあることぞ。そのことをこはりに云ふなり。これは注ではなく、本文のことをこはりに云たものなり。
【解説】
「德業相勸」の説明。「徳」は人の人たるところで、「業」はわざである。契講の中で徳業を勧め合う。
【通釈】
「徳業」ということが今の契講には全くない。「徳」。人間の人間たる所はこの徳のあるないで違って来る。徳は頭数ではなく、人の人たるところのこと。米が百俵積んであっても粃では役に立たない。今日の契講は頭数ばかりがあって徳業がない。呂氏のは、契講の中間が寄って徳や業を勧め合うもの。徳は一分の身持に付いたこと。「業」はわざのこと。約束の通りに徳業が行くか行かないかと勧め合う。自分勝手ということではよくない。「相」は大層目出度い文字である。相は互いに知恵を借り合うこと。「好問則裕自用則小」という語もあり、自分独りというのはよくない。膝とも相談と言うことがある。相談ということは実によいことである。向こうの気が付かないことを勧め合うのでなければ、契講があったとしても何も役には立たない。これが先ず契講の書き出しであって、さてその徳業には甚だわけがある。そのことを小割に言う。これは注ではなく、本文のことを小割に言ったもの。
【語釈】
・し井な…粃。秕。殻ばかりで実のない籾。
・好問則裕自用則小…書経仲虺之誥。「予聞曰、能自得師者王、謂人莫己若者亡。好問則裕、自用則小」。

○徳謂見善必行は、よ井ことと云ふとぢきにそれを行ふ。わるいことと云へば、それはわるいと云ふ。それをきくとぢきに改める。これが徳ではな井が、これをすると徳になる。心でわる井と知りても兎角我がわる井にせぬ。過を聞くも、ちょっとしたことではすなをなものぞ。墨が額に付たと云とをいと云ふてふく。よのことはとかくきかぬぞ。よ井ことにはわる井ことがあると、きさまはそう云がこれにはいちぞんあると云ふ。それが以の外のことぞ。呂氏の郷約は必改と云ふ。こう云ふことではよ井ちぎりこふなり。○治其身は身持をよくすることなり。我はよく思ふても、わきから見てはわる井ものぞ。わる井と五人組がよりて呵る。徳は脩身より外はない。脩身でも家か治ら子はならぬ。家内がををければををいほどわる井と云は、みな家か治らぬなり。治は道具のかたつける様なもの。道具ほどよいものはないが、とりちらしてをくと、客が来ても内へ入ることもならぬ。親は親のやふにし、女房は女房のやふにして、弟は弟のやふにをちついてをるが治なり。子や弟によ井喜世流を買ふてやったらばさぞうれしがろふか、子共に菓子をかふてやる様なもの。うまがってくふが、脾胃はらりになる。よい烟管を買ふてやれば當世はやるなどと奢る。物数竒で子や弟の身持がらりになる。可愛子に旅をさせろと云ふがきこへたことぞ。とかく子共や弟に教子ば役に立ぬ。教ぬは、馬をつかはずにをく様なもの。
【解説】
德謂見善必行、聞過必改、能治其身、能治其家、能事父兄、能敎子弟」の説明。善を見れば直ぐに行い、悪いことは直ぐに改める。これをすると徳になる。また、身持をよくし、家を治め、親は親、女房は女房、弟は弟らしくなる様に決める。
【通釈】
「徳謂見善必行」は、よいことと言えば直ぐにそれを行う。悪いことと言えば、それは悪いと言う。それを聞けば直ぐに改める。これは徳ではないが、これをすると徳になる。心で悪いと知っていても、とかく自分が悪いとは認めない。過を聞くのも、一寸したことでは素直なもの。墨が額に付いたと言えば、はいと言って拭くが、他のことはとかく聞かない。よいことには悪いことがあるとして、貴様はそう言うがこれには一存があると言う。それが以の外のこと。呂氏の郷約は「必改」と言う。こういうことなのでよい契講なのである。「治其身」は身持をよくすること。自分はよく思っても、脇から見ては悪いもの。悪いと五人組が寄って来て呵る。徳は修身より外はない。修身も家が治まらなければならない。家内が多ければ多いほど悪いと言うのは、皆家が治まらないからである。治は道具を片付ける様なもの。道具ほどよいものはないが、取り散らかして置くと、客が来ても内に入ることもできない。親は親の様にし、女房は女房の様にし、弟は弟の様にして落ち着いているのが治である。子や弟によい煙管を買って遣ったらさぞ嬉しがるだろうが、それは子供に菓子を買って遣る様なもの。美味そうに食うが、脾胃は台無しになる。よい煙管を買って遣れば当世流行るものだなどと奢る。物好きで子や弟の身持が台無しになる。可愛い子には旅をさせろと言うのがよくわかる。とかく子供や弟に教えなければ役に立たない。教えないのは、馬を使わずに置く様なもの。

○僮僕は大勢の家来ともなり。内に役に立ぬ者ををけばわるい。これをつかふに云に云へぬつか井やふがある。○御はもと馬をつかふこと。馬にむちをあててもなら子ばゆるくしてもならぬ。又、馬にのりやふがある。家来もつかいやふがある。これも徳ではな井やうなれとも徳の領分ぞ。臆病な大將かかかれ々々々と云様なもの。よい大將は勇氣と云ふ徳があるゆへ士卒をひきまわす。○長上は、奉公すれば家老番頭のと云ふが長上。田舎の村では名主組頭が長上なり。○親は親類ぞ。これがほしいとても出来ぬもの。その親類をうるさがるは気質や人欲なり。○故は、あの家へは親類同前と云ふ。故は、この方のためになろふがなるまいが、親類同前と云ふはやっはり親類と同しことにすることぞ。○交遊が大事。今川状に人依善悪友と云へり。なるほどそうぞ。善悪の友次第てわるくもよくもなる。あの方の文字に鮑魚之肆と云ふことあり。くさった肴の所にをると、この方迠わる井匂ひがする。道落も親や兄やの側にをればな井が、友に交てから馬鹿をつくす。それゆへにこれをよく擇ぶことぞ。
【解説】
能御僮僕、能事長上、能睦親故、能擇交遊」の説明。大勢の家来を御し、上役に仕える。親類などと仲良くする。友次第でよくも悪くもなるから、友はよく択ぶ。
【通釈】
「僮僕」は大勢の家来共のこと。家に役に立たない者を置くのは悪い。これを使うには言うに言えない使い様がある。「御」は元、馬を使うこと。馬に鞭を当ててもならないが、緩くしてもならない。また、馬には乗り様がある。家来も使い様がある。これも徳ではない様だが、徳の領分である。臆病な大将が掛かれと言う様なもの。よい大将は勇気という徳があるので士卒を引き回す。「長上」。奉公をする時に家老や番頭のというのが長上。田舎の村では名主や組頭が長上である。「親」は親類のこと。これが欲しいと言ってもできないもの。その親類を煩がるのは気質や人欲からである。「故」。あの家は親類同然と言う。故は、こちらのためになろうがなるまいが、親類同然と言うのがやはり親類と同じにすること。「交遊」が大事。今川状に「人依善悪友」とある。なるほどそうである。善悪の友次第で悪くもよくもなる。中華の文字に「鮑魚之肆」とある。腐った魚の所にいると、こちらまで悪い匂いがする。道楽も親や兄などの側にいればないが、友に交わってから馬鹿を尽くす。そこで、これをよく択ばなければならない。
【語釈】
・人依善悪友…今川状。水は方円の器に随い、人は善悪の友による。
・鮑魚之肆…孔子家語六本15。「與善人居、如入芝蘭之室、久而不聞其香、即與之化矣。與不善人居、如入鮑魚之肆、久而不聞其臭、亦與之化矣」。

○守廉介は、人間の心にはかどがなければわる井。義と云ふもののある。かどがある。めったに人から金は請取らぬ。これが人の本心にあるものなれども、だん々々世の中に交るとそれがなくなる。烟草庖丁の刄のへるよふに段々なくなる。役人も初めてなったときは滅多に賂は取らぬが、勤め狎れると取るまいものを取るぞ。誠にここらが小学の人間を垩賢にとりたてる処なり。垩賢になるもこれより外はない。○施惠は、人の難義なとき、この方からものをやることなり。たとひ難義でなくてもこれをすると云が人の徳ぞ。陽虎か云ふ通り、為仁不冨為冨不仁で、人にものをやるとやっただけこちのものがへるゆへやらぬものぞ。それゆへやろふ々々々と心がけることなり。凡夫はあぢな処へ理屈をつけて、めったにやると道理にそむくと云ふ。道理にそむくほどやられるものではない。それゆへ寸法なしにやると云ふことにして、まづやる合点でをるがよ井。やると云口はひろくしてをくことぞ。ここの塲を奥州ほどにひろけてをくがよ井。そこが廣るの字なり。
【解説】
能守廉介、能廣施惠」の説明。世の中に交わると廉が取れるものだが、廉を守る。人の難儀な時には物を遣る。滅多矢鱈に遣ると道理に背くと言うが、道理に背くほど遣れるものではない。先ずは遣るという間口を広くするのである。
【通釈】
「守廉介」。人間の心には廉がなければ悪い。義というものがあるので廉がある。滅多に人から金を受け取らない。これは人の本心にあるものだが、段々と世の中に交わるとそれがなくなる。煙草や庖丁の刃が減る様に段々となくなる。役人も初めてそれになった時は滅多に賂は取らないが、勤め狎れると取ってはならないものを取る。ここらのことが実に小学が人間を聖賢に取り立てる処。聖賢になるのもこれより外はない。「施恵」は、人の難儀な時にこちらから物を遣ること。たとえ難儀でなくてもこれをするというのが人の徳である。陽虎が言う通り、「為仁不富為富不仁」で、人に物を遣ると遣っただけこちらの物が減るので遣らないもの。そこで、遣ろう遣ろうと心掛けるのである。凡夫は妙な処へ理屈を付けて、滅多矢鱈に遣ると道理に背くと言う。道理に背くほど遣れるものではない。そこで、寸法なしに遣るということにして、先ずは遣る合点でいるのがよい。遣るという口は広くして置くもの。ここの場を奥州ほどに広げて置くのがよい。そこが広むるということ。
【語釈】
・為仁不冨為冨不仁…孟子滕文公章句上3。「陽虎曰、爲富不仁矣。爲仁不富矣」。

難義な衆があらばござれ々々々と云ふがよいぞ。わけな井者へはやらぬと云ふは尤なれども、そふ云人はわけのある者へもつ井やらぬ様になる。なんのかのと云ふても、なんとして人にものをやられるものではない。由章謂、心術はたわけなものなり。この講釈を聞く中にも人にものを遣りた人があると、をれこそと云気になり、顔つきもかわるが、我が身に親切な功夫の話は朱子傳来の理屈と思ふかしてしゃあ々々々としてをる。冝哉道理、不會其心哉。挙世すべて我が自慢になることは心に入りて、我をよくすることは却て油紙に水なり。可笑。今日の人があれほと仏道に迷ふてをるゆへ銭をやりそふなものなれとも、奉加帳がまわると、今迠信仰した和尚も信仰せぬ様になる。とかく施惠はしにく井ものぞ。
【解説】
何のかのと言う人は、物を遣れない者である。由章が、人に物を遣るとそれを自慢するものだが、自分をよくすることはしないものだと言った。
【通釈】
難儀な衆があれば来い来いと言うのがよい。わけのわからない者へは遣らないと言うのは尤もなことだが、そう言う人はわけのある者へもつい遣らない様になる。何のかのと言う者が、どうして人に物を遣れるものか。由章が言った。心術は戯けなもの。この講釈を聞く中にも人に物を遣った人がいると、俺こそという気になり、顔付も変わるが、自分の身に親切な功夫の話は朱子伝来の理屈だと思ってしゃあしゃあとしている。宜しきかな道理、会せざる其の心かな。世を挙げて全て自分の自慢になることは心に入り、自分をよくすることは却って油紙に水である。笑う可し、と。今日の人があれほど仏道に迷っているのだから銭を遣りそうなものだが、奉加帳が回ると、今まで信仰していた和尚も信仰しない様になる。とかく施恵はし難いもの。
【語釈】
由章

○寄託は、まづ上総にはこれが行なはれる方そ。此者江戸でくわれぬと云ふとかくまふてをくなり。これもあとさきを考ればならぬものなり。人のことを親切にすることゆへ、まつはよいことぞ。人をかくまうなどと云が大肌拔になってかから子はならぬものぞ。筭用のこまかに云へば、犬を蓄へばそれだけ米が入り、雞をこふも米がいると云筈なり。ところを夫婦をかうまふてをく。さてこれも筋を吟味しよふことぞ。男立のする様なは却てわる井。わけなしに、先祖のことも親族のこともしらず、人がたのむとうんとうけこむ。これは却て不徳ぞ。うけこむとても不埒なうけこみはせぬことなり。
【解説】
能受寄託、能救患難」の説明。人を匿うのには費用が掛かるが、よく人を匿う。しかし、何もわからずに人を受けるのは不徳である。
【通釈】
「寄託」。上総では、先ずはこれが行われている方である。この者は江戸では食うことができないと言うと匿って置く。これも後先を考えればできないもの。人のことを親切にすることなので、先ずはよいこと。人を匿うなどというのは大肌脱ぎになって掛からなければできないこと。算用細かに言えば、犬を飼えばそれだけ米が要り、鶏を飼うにも米が要ると言う筈。そこを、夫婦を匿って置く。さてこれも筋を吟味しなければならない。男伊達のする様なことは却って悪い。わけもなく、先祖のことも親族のことも知らず、人が頼むとうんと請け込むのは却って不徳である。請け込むと言っても不埒な請け込みをしてはならない。

○規過失は人のことではなさそうなことなれども、まいに聞過必改とあるゆへ重て出る筈はない。これは人の上にかけて見るがよい。さて過失と云ものが此方がよくなくては規されぬものぞ。規せば人が悪むゆへ、ただすはわるい様なれども、これが大学の新民のやふなものなり。由章云、前の聞過は見善必行に對して、よ井ことを見る、ぢきに行ひ、さて我がわるいことはぢきに改ると、この方をよくすることなり。それゆへ能治其身と間に能の字あって治其身にかかり、後のは前の身をよくするから段々能々と重々きて人の上までをすることゆへ、人が難義があると云ふとぢきにそれをすく井、さて人のわる井ことをよくしてやる。明德をしたがすぐに新民になるやふなもの。然れはこの規過失は人の上にかけて見ること。前から段々推せば、文義はなはだ明なりと見へたり。
【解説】
能規過失」の説明。人の過失を規す。これが大学の新民の様なもの。前にあった「聞過」は自分の過失のことである。
【通釈】
「規過失」は人のことではなさそうだが、前に「聞過必改」とあるので重ねて出る筈はない。これは人の上に掛けて見るのがよい。さて過失というものはこちらがよくなくては規せないもの。規せば人が悪むので、規すのは悪い様だが、これが大学の新民の様なもの。由章が言った。前の「聞過」は「見善必行」に対してのことで、よいことを見れば直ぐに行い、さて自分の悪いところは直ぐに改めるということで、自分をよくすること。それで、「能治其身」と間に能の字あって「治其身」に掛かり、後のは前の身をよくすることから段々能々と重ねて来て人の上までをすることなので、人に難儀があると言えば直ぐにそれを救い、さて人の悪いところをよくしてやるのである。これが、明徳をするのが直ぐに新民になる様なもの。それならこの規過失は人の上に掛けて見るもの。前から段々に推せば、文義は甚だ明らかに見える、と。

○能為人謀は、万端こまかに人のことを問ひ、相談をするなり。これもわるくすると逃けたがるものぞ。為人謀而不忠乎と云ふて、曽子も毎日ここをしごとにしられたほどの叓ぞ。にげると云ふは本と不親切からをこりたものなり。○能為衆集事は為人謀と似た様なことぞ。人の為めに謀る。その相談を成就してやることなり。田地のことでも家内のことでもあの人のをかげでこふなったと云ふが集事なり。この集事の字は書經の字と見るがよ井。書経大勲未集と云ふ字あり。○解闘争は、村内にとかくむつかしが出来るものぞ。これも解きやふがよいとはやくやむなり。糸のもつれをはやく解く様なもの。せはしい女がとくとなをもつれて、あやみちも知れぬ様になってををことになる。そこを静な女が、どれここへもってござ井と云ふてしつかにほどこすとちきにとける。その様なものなり。むつかし井もそこへでてかたをちなことを云ふ。なを六ヶ敷くなる。この様なことも地頭や公義の世話にならぬやふにするがよい。闘争は命から一番の前のものぞ。これがひとこふしこふじると命もすてるものゆへ、そこへ行て世話をするものはすぢをわけるより外はない。そうすれば笑ふてしまふこともある。
【解説】
能爲人謀、能爲衆集事、能解闘爭」の説明。人のことを相談し、人のために謀り、その相談を成就させる。闘争があればそれを解く。闘争には筋を分けるより外に仕方はない。
【通釈】
「能為人謀」は、万端細かに人のことを問い、相談をすること。これも悪くすると逃けたがるもの。「為人謀而不忠乎」と言い、曾子も毎日ここを仕事にされたほどのこと。逃げるというのは本、不親切から起こったもの。「能為衆集事」は為人謀と似た様なこと。人のために謀る。その相談を成就してやること。田地のことでも家内のことでもあの人の御蔭でこうなったというのが「集事」である。この集事の字は書経の字だと見なさい。書経に「大勲未集」という字がある。「解闘争」は、村内にとかく難しいことができるもの。これも解き様がよいと早く止む。糸の縺れを早く解く様なもの。忙しい女が解くと尚更縺れて、綾道も知れない様になって大事になる。そこを静かな女が、どれここへ持って来なさいと言って静かに解すと直ぐに解ける。その様なもの。難しいことも、そこへ出て片落ちなことを言うと尚更難しくなる。この様なことも地頭や公儀の世話にならない様にするのがよい。闘争は命から一番前のもの。これが一つ高じると命も捨てるものなので、そこへ行って世話をする者は筋を分けるより外はない。そうすれば笑って終えることもある。
【語釈】
・為人謀而不忠乎…論語学而4。「曾子曰、吾日三省吾身。爲人謀而不忠乎。與朋友交而不信乎。傳不習乎」。
・大勲未集…書経泰誓上の語。

○是非は、学問はさてをき、これかしれぬものぞ。目利をするやふなもの。羅紗もこれは今渡りゆへこの位の直段でよい。これは古渡ゆへ此の位な直段で買ふてよ井と云ふ。学問をせぬものは目利をしらずものを買ふ様なもの。天から拜領で知惠をうみつけられてをるゆへ相応になる様なれども、薬をせんじずにかじるやふなもの。柎子や肉桂も剤法ありて、せんじて呑むで利く。たたあれを薬じゃとてもてきてかぢりては、なんの役に立ぬことぞ。是非も稽古なふては中々决られるものではない。○興利は村の第一ためになることぞ。これが帳面ではくられぬことで、利と云ふことがあるものなり。○除害は、わるいことやめるなり。○居官はやがてのやふなれども、これが徳のはばを見せたもの。一村の役をするも官なり。今徳と云は毒にもならぬ人のことを云ふが、爰で云ふ德は細字にあるとをりのことのできる人を德と云ふ。律義まっほうな役にたたずのことは云はぬ。
【解説】
能决是非、能興利除害、能居官舉職。業謂居家則事父兄、敎子弟」の説明。「是非」は目利をする様なもので、それも稽古がなければできないこと。徳は細字にある通りをする人のことで、律儀全うな役立たずのことではない。
【通釈】
「是非」は、学問はさて置き、これが知れないもの。目利をする様なもの。羅紗もこれは今渡りなのでこの位の値段でよい。これは古渡りなのでこの位の値段で買うのがよいと言う。学問をしない者は目利を知らずに物を買う様なもの。天からの拝領で知恵を産み付けられているので相応にはできる様だが、薬を煎じないでかじる様なもの。附子や肉桂にも剤法があって、煎じて飲むので利く。ただあれを薬だと持って来てかじっては、何の役にも立たない。是非も稽古がなくては中々決められるものではない。「興利」は村第一のためになること。これが帳面では括れないことで、利ということがあるもの。「除害」は、悪いことを止めること。「居官」はやがてのことの様だが、これが徳の幅を見せたもの。一村の役をするのも官である。今徳と言えば毒にもならない人のことを言うが、ここで言う徳は細字にある通りのことのできる人のこと。律儀全うな役立たずのことではない。

○待妻妾は、妻もあれば妾もある。これはありうちなことなれども、これが乱のはじめなり。待ちやふがわるいとさわがしくなる。作法からきめるがよい。業は德とはちが井、事にあらはれたことゆへ、足輕が使にゆかふと云ふと錆しつの合羽を出し、中間が使にゆこふと云と赤合羽を出し、みなそれ々々にしやうがある。わざと云になりてはこのやうにそれ々々にわけるなり。○教後生は、人を教ると云ふが甚た上への奉公なり。若い者を教るはよい人をこしらへることぞ。何より調法なことなり。よい人がな井ゆへ上をたまそうとする。それゆへ検見がくる。田を植るの畑をどうするのと云ふことも教からでなふてはならぬ。後生を教る。この様なことをしりたちきりこうはけっしてない。今はわるい人ばかりゆへ迂偽をつくことが上手であざむくから、上からもあ井つらに油断はならぬと云ふ。後生を教へ、よい人ばかりなれば、上下かけひなたなし。○御僮僕。上にもあるが重言と見ぬがよ井。上は德のことで、これがなると云意なり。ここは業でこれをする意なり。じかに今する事の上で云。○済物は物を大叓と愛すること。なんでももののそだつよふにする。手の付け様がわる井とものがらりになる。迂斉も万端が仁愛から出ればすくふじゃと云ふ。もののむだにならぬが仁から出るなり。○営家はそふたいの家叓なり。土藏の土臺屋根の脩復までもこの内なり。営ぬなれば万叓すててをきてなり次第と云ふになる。そこでつぶれるなり。
【解説】
侍妻妾、在外則事長上、接朋友、敎後生、御僮僕。至于讀書、治田、營家、濟物、好禮・樂・射・御・書・數之類、皆可爲之。非此之類、皆爲無益」の説明。業は事に現れたことなので、作法からするのがよい。また、人を教えるのが上への奉公になる。よい人がいないので上を騙そうとする。作物も教えがなければできない。「済物」は物を大事にして愛することで、仁愛から出ると救うことになる。「営家」は家事のこと。家を営まなければ潰れる。
【通釈】
「待妻妾」は、妻もあれば妾もある。これはよくあることだが、これが乱の始まりである。待ち様が悪いと騒がしくなる。作法から決めるのがよい。業は徳とは違って事に現われたことなので、足軽が使いに行くと言えば錆漆の合羽を出し、中間が使いに行くと言えば赤合羽を出す。皆それぞれに仕方がある。業ということになってはこの様にそれぞれに分ける。「教後世」。人を教えるということが甚だ上への奉公になる。若い者を教えるのはよい人を拵えることで、それは何より調法なこと。よい人がいないので上を騙そうとする。そこで検見が来る。田を植ることや畑をどうするかということも教えからでなければならない。後世を教える。この様なことを知った契講は決してない。今は悪い人ばかりなので、嘘を吐くことが上手で欺くから、上からもあいつらには油断がならないと言う。後生を教えてよい人ばかりであれば、上下陰日向はない。「御僮僕」。上にもあるが重言と見ない方がよい。上は徳のことで、これが成るという意である。ここは業で、これをするという意で、直に今する事の上で言う。「済物」は物を大事にして愛すること。何でもものが育つ様にする。手の付け様が悪いとものが台無しになる。迂斎も万端が仁愛から出れば救うことになると言った。ものが無駄にならならないというのが仁から出ること。「営家」は総体の家事のこと。土蔵の土台や屋根の修復までもがこの内にある。営まないのであれば万事捨てて置いてなり次第ということになる。そこで潰れる。

○過失相規。前に德の中にある。ここへぶんに出すがきこへたことぞ。前のはわるいことを見出して、とうちゃ々々々々とすすめて規すが吾持前の仁愛の徳になるそ。そこでやっはりををさわやかなことなり。爰はなんとそれではすまぬと、表向のちぎりこふから互にその分にせぬなり。わるいことの目にかかるを見ぬふりでをらぬことなり。とかく過失を見ぬふりにするとその人もよろこび、我も大腹中に見へるものゆへ、大概よ井は、それくら井なことをと云が、それは英雄をただの人のま子るのなり。本多作左ェ門の、大久保彦左ェ門のと云ふ人は後の世迠もををきい胸中の人と云ふ。それからして今日は一村によくな井ことありても、なにその位のこと大事ないと許すと、それがはやるゆへ武士も町人百姓もををきくとまり、とかくえぶくろををき井をたっとむが、それがわるい。火の元で見よ。ぶす々々もへるを、それ煙が出ると云ふかよい。烟の出るを知らせるをわる井と云人はない。たた外の過失をはとかくに云はすにをくことを今はよいと云ふ。子供などのわる井をかくしてやる。これはわるいことの進物ぞ。過失を知りつつだまって居て、わるくなると、をれがとをから見てを井たと云ふはさて々々不親切ぞ。とは云へ、道通のやふな遠々しひ人をつかまへて云ふはわるけれとも、同村ならば云ふてやるがよい筈そ。
【解説】
「過失相規」の説明。表向きの契講で、互いに過失をそのままにはしない。人の過失を見ない振りをするとその人も喜び、自分も大腹中に見えるものだが、悪いことは見ない振りをしない。火事を人に告げない者はいない。
【通釈】
「過失相規」。前には徳の中にあったが、ここへ別に出すのがよくわかる。前のは悪いことを見出して、どうだどうだと勧めて規すのが自分の持前の仁愛の徳になるということ。そこでやはり大爽やかなこと。ここはどうしてもそれでは済まないと、表向きの契講で、互いにそのままにはしないこと。悪いことが目に入れば見ない振りはしない。とかく過失を見ない振りにするとその人も喜び、自分も大腹中に見えるので、大概は、それ位のことはよいと言う。それは英雄をただの人が真似るのである。本多作左衛門や大久保彦左衛門という人は後の世までも大きい胸中な人だと言われる。それからしては、今日は一村によくないことあっても、何、その位のことは大事なことではないと許し、それが流行るので武士も町人百姓も大きく止まり、とかく餌袋の大きいのを尊ぶが、それが悪い。火の元で見なさい。ぶすぶすと燃えるのを見れば、それ煙が出ていると言うのがよい。煙が出ているのを知らせるのを悪いと言う人はいない。ただ他の過失はとかく言わずに置くことを今はよいと言う。子供などがした悪いことを隠してやるのは、悪いことを進物するのである。過失を知りつつ黙っていて、悪くなると、俺はずっと前から見ていたと言うのは実に不親切である。そうとは言え、道を通る様な遠々しい人を掴まえて言うのは悪いが、同村であれば言って遣るのがよい筈。
【語釈】
・本多作左ェ門…本多重次。徳川家康の臣。通称、作左衛門。勇猛で直情径行。鬼作左の称がある。1529~1596
・えぶくろ…餌袋。①鷹の餌を入れて鷹狩に携行した竹籠の類。のち旅などに食物を入れて行くのに用いた。②鳥または人の胃袋。

○犯義は、道理にそむ井て御法度の筋になるゆへ重ひ。酗を、今いんぎんにあの人は酒の上がわるいと云ふ。これが一ちわる井ことぞ。周公旦が、無性にのむやつがあらばひ井てこい、首をきると云われた。万端をそんざすものは酒なり。をとなし井人が飲でさへわる井ぞ。ましてわる井人が飲むとどの様なことをするも知れぬ。酒を飲てわるくなるのききやふが、朝鮮人参よりきくものなり。諠譁をしそふなものが一杯飲む。はや出がけに人をうつ。○訟は公訟に及ふことなり。これも事によれば公訟はせ子ばならぬこともあるが、十あれば八九迠は訴へまじきことに出るがあるものなり。たとへばなにものとも知れず討ち果すと云ふ様なことは内分てはすまぬ。訟へる筈ぞ。もしあれは、それは早く埒があく。方々て此度の義はとて子づに居て相談をしてをるが、とれもみなやうないことぞ。多くは訟ま井ことを上の御世話にかけるぞ。そこをちぎりこふで相規すなり。
【解説】
犯義之過、一曰、酗博闘訟」の説明。酗が一番悪い。酒は朝鮮人参よりも利くもの。しなければならない公訟もあるが、多くは訟える必要のないものである。
【通釈】
「犯義」は、道理に背いて御法度の筋になるので重い。酗を、今は慇懃にあの人は酒の上が悪いと言う。これが一番悪いこと。周公旦が、無性に飲む奴がいれば引いて来い、首を斬ると言われた。万端を損なうものは酒である。大人しい人が飲んでさえ悪い。ましてや悪い人が飲むとどの様なことをするかも知れない。酒を飲んで悪くなるその利き様が、朝鮮人参よりも利くもの。喧嘩をしそうな者が一杯飲む。早くも出掛けに人を討つ。「訟」は公訟に及ぶこと。事によれば公訟はしなければならないこともあるが、十あれば八九までは訴えるべきではないのに出るもの。たとえば何者とも知れずに討ち果たすという様なことは内分では済まない。訟える筈。もしもそうであれば、それは早く埒が明く。方々でこの度の義はと言って寝ずに相談をしているが、どれも皆用のないこと。多くは訟える必要のないことで上に御世話を掛けているのである。そこを契講で相規す。
【語釈】
・酗…酒に耽って穏やかでないこと。

○二曰行止踰違は義にたがふたこと。踰違の字は官府文字なり。身持が踰違になる。好色などにつ井たことをこめてか井たことと見るがよい。踰濫と云ふ字ある。朱子劾唐仲文の中に踰濫の字あって、わけもなく人の内にはへりてをる類なことを云。密夫などがこれぞ。時でもないに裏の方から手拭をかむりて出る。踰濫なり。礼を踰へ義に違ふと云ふことなれども、耳遠てそれでは下の戒にたらぬ。女房より外のものと咄をしてをる。はや踰違なり。これほど委細の郷約に男女色欲のことな井は、この処にこめて云ふことなり。○四曰言不忠信。ものをつくろひことを云ことが、やはり下男が使に行て咄すも忠信なは無器用に見へ、不忠信なものは利口に見へるが、奉公人もはたらきはなくとも忠な方へ給金をやる様にするがよい。それがわからぬものゆへただすなり。口をきけば役人にもなるが、その口をきくを、をのしはなにを云ふぞ、根からそれはな井ことじゃと云ふがよい。○五曰造言が、それでな井ことを云ふて云ひあてたと思ふ。小盗大盗になるかこれなり。しあてたと思ふとそれからわるくなってををごとになる。○六曰云々。必しも人の物を取るではな井。手前の勝手をするが上手なり。目こするまも私をする。ち井さく云ふほどこれがはなはたしくなる。人のものを丸で取ると云は却て甚しくはな井。人に知れぬやふに取る。これが大私なり。
【解説】
二曰、行止踰違。三曰、行不恭遜。四曰、言不忠信。五曰、造言誣毀。六曰、營私太甚」の説明。「踰違」は礼を踰えて義に違うことで、ここは好色も込めて書いたもの。「言不忠信」は繕い事を言うこと。「造言」は嘘を言って言い当てることで、盗人になるのもこれからである。「営私」は自分勝手をすること。
【通釈】
「二曰行止踰違」は義に違ったこと。踰違の字は官府文字である。身持が踰違になる。ここは好色などに付いたことを込めて書いたものと見なさい。踰濫という字がある。朱子劾唐仲文の中に踰濫の字があって、わけもなく人の内に入っている類のことを言う。密夫などがこれ。時でもないのに裏の方から手拭を被って出る。踰濫である。これは礼を踰え義に違うということだが、それでは耳遠くて下々の戒めには足りない。女房よりも他の者と話をすれば、早くも踰違である。これほど委細な郷約に男女色欲のことがないのは、この処に込めて言うのである。「四曰言不忠信」。繕い事を言うこと。下男が使いに行って話すのも、やはり忠信な者は不器用に見え、不忠信な者は利口に見えるが、奉公人も働きはなくても忠な方へ給金を遣る様にするのがよい。それがわからないものなので規す。口を利けば役人にもなるが、その口を利くところを、御前は何を言うのか、根からそれはないことだと言うのがよい。「五曰造言」。本当でないことを言って言い当てたと思う。小盗や大盗になるのがこれから。し当てたと思うとそれから悪くなって大事になる。「六曰云々」。必ずしも人の物を取るわけではなく、自分勝手をするのが上手なこと。目を擦る間に私をする。小さく言うほどこれが甚だしくなる。人の物をすっかりと取るというのは却って甚だしくはない。人に知れない様に取る。これが大私である。
【語釈】
朱子劾唐仲文

○一曰云々。交てわる井人のこと。異なつきあいをするを云。○二曰云々。あそんでぶらつくことなり。これが惣体にあづかる。人をわるくすることぞ。何にもせずぶらりと懐手でをるがよろづのわる井ことの本になる。わる井ことはせぬが、とかく巨燵がすきと云のなり。しり人は格別。太閤があれほどな人ゆへ、一番の法度にあさ子をするなと云はれた。○四曰云々。道普請と人の死だをかつき出すも同しことではたましいはな井。今引導をわたすと云ふに笑てをる。恪まぬの甚しきなり。○五曰云々。一と口に云へば銭をつこふこと。をれが身分ではこれほどはつかはれぬと云ふなり。よ井烟艸入もかひたかろふが、其日くらしや日傭とりの身分ではそう々々はかわれぬことぞ。
【解説】
不脩之過、一曰、交非其人。二曰、游戯怠惰。三曰、動作無儀。四曰、臨事不恪。五曰、用度不節」の説明。悪い人とは交わらない。何もせずにぶらついているのが人を悪くする。身を恪む。銭は無駄に使わない。
【通釈】
「一曰云々」。交わると悪い人のことで、異な付き合いをすることを言う。「二曰云々」。遊んでぶらつくこと。これが総体に与ることで、人を悪くする。何もせずにぶらりと懐手でいるのが万の悪いことの本になる。悪いことはしないが、とかく炬燵が好きということ。知った人は格別で、太閤はあれほどの人なので、一番の法度に朝寝をするなと言われた。「四曰云々」。道普請と人の死んだ者を担ぎ出すのが同じでは魂はない。今引導を渡すというのに笑っている。恪まないことの甚しいものである。「五曰云々」。一口に言えば銭を使うこと。俺の身分ではこれほどは使えないと言う。よい煙草入れも買いたいだろうが、その日暮らしや日雇取りの身分ではそうそうは買えない。

○礼俗相交。ただ世間で並の交なり。目白のをしをふ様なもの。人間はあれとは違ふ筈なり。それ々々に礼が立子ばならぬ。さて礼のうち昏礼を一ちをもひにたてるが垩人なり。○喪葬祭祀みな重いことで、娘を片付けるなどな物入。さて人が娘をかたづけるにはつづらばかりではやられま井などと云ふてさわぐが、親の死だときは土掘てただうめる。なすびのへたをすてるも同じことにする。偖々薄情なことぞ。祭祀も先祖が夫婦あって我か體も出来たものゆへ、我も先祖を祭るに夫婦ともにする。抹香くさくな井ことぞ。先祖が肴を食ふたものゆへ肴も具へる。祭はこの体をくださりた、かたしけな井とすることなり。さて元服婚礼は目出度と酒を飲むが、死だとき酒を飲むは礼俗でな井。亭主がなけくと客もとも々々に泣てかへる筈なり。酒は謡を催すもの。そこが酒なり。長生の家にこそと酒から謡になる筈。酒は弔であわぬことぞ。今も悔には行くが、あとの一杯が礼俗でな井。
【解説】
「禮俗相交、謂婚姻・喪葬・祭祀之禮・往還・書問・慶弔之節」の説明。婚礼を一番重いことに立てる。婚礼には物入りだが、親が死んだ時は土を掘って埋めるだけ。それは実に薄情なこと。自分は両親から生まれたものなので、先祖を祭るには夫婦でする。元服や婚礼は目出度いので酒を飲むが、喪葬で酒を飲むのは礼俗でない。酒は謡を催すものだから、弔いには合わない。
【通釈】
「礼俗相交」。これが世間並みの交わりで、目白が押し合う様なもの。人間はあれとは違う筈。それぞれに礼が立たなければならない。さて礼の内で昏礼を一番重いことに立てるのが聖人である。「喪葬祭祀」は皆重いことで、娘を片付けることなどに物入りがある。さて人が娘を片付けるには葛篭ばかりでは遣れないなどと言って騒ぐが、親が死んだ時は土を掘って埋めるだけで、茄子の蔕を捨てるのと同じにする。さてさてそれは薄情なこと。先祖が夫婦になって自分の体もできたものなので、自分が先祖を祭るのにも夫婦共にする。それは抹香臭くはない。先祖が肴を食ったので肴も具える。祭は、この体を下さった、忝いと思ってすること。さて元服や婚礼では目出度いと酒を飲むが、死んだ時に酒を飲むのは礼俗でない。亭主が歎くと客も共々に泣いて帰る筈。酒は謡を催すもの。そこが酒である。長生の家にこそと、酒から謡になる筈。酒は弔いには合わないもの。今も悔やみには行くが、その後の一杯が礼俗ではない。

○患難相卹。江戸などで火事に遇ふて、軽ひ者の口上に箸が片々な井と云ふことがある。それほとなことをみす々々打捨てをくと云ふことはな井筈。○四曰云々。親の死だとき、亭主はものもくわずにをると、客があまりなこと、これ、粥をくわぬかともってゆくぞ。死たとき、喪者の方から客に食はせると云ふはなき筈ぞ。古は喪に別の物入はなし。今は甚たいる。死者をばそのままに葬て何に物入あると云へば、大勢の客来りて飲食大會なり。古の物入と云ふは、五寸ほどな板をさしてそれへ入れる。このものいりはあるが、客に食せるもの入りはない。古は賻金と云ふことありて、棺椁の物入あるをめくむ。これを礼俗と云ふなり。○六曰云々。その村に居てとがもな井が、とかく方々から無理を云ひかけられをしつけられて、たれもかまいてがな井。よこさまなことをされて、その上に、あれとは火のとりかわせもするなと云ふ。これを呂氏がそのぶんにすててをかれぬ。○七曰云々。顔子をはじめ古からこれが多くあるものぞ。生れ付て貧乏がある。これと云子細なく貧乏なことなり。
【解説】
「患難相卹、一曰、水火。二曰、盗賊。三曰、疾病。四曰、死喪。五曰、孤弱。六曰、誣枉。七曰、貧乏」の説明。人の患難を打ち捨てては置かない。喪葬で子がものを食わない時は粥を持って行く。喪者の方から客にものを食わせるのは違う。「誣枉」は村で横様なことをされ、誰にも相手にされないこと。「貧乏」はこれという仔細がなくて貧乏なこと。
【通釈】
「患難相卹」。江戸などで火事に遇うと、軽い者の口上に箸が片々ないと言うことがある。それほどのことをみすみす打ち捨てて置くということはない筈。「四曰云々」。親が死んだ時に亭主がものも食わずにいると、客があまりなことだ、これ、粥を食えと持って行く。死んだ時に喪者の方から客に食わせるということはない筈。古は喪に別の物入りはなかったが、今は甚だ要る。死者をそのままに葬って何に物入りがあるのかと言えば、大勢の客が来て飲食大会のためである。古の物入りは、五寸ほどの板を差してそれに入れる。この物入りはあるが、客に食せる物入りはない。古は賻金ということがあって、棺椁の物入りのあるのを恵んだ。これを「礼俗」と言う。「六曰云々」。その村にいて咎もないが、とかく方々から無理を言い掛けられ押し付けられて、誰も構う者がない。横様なことをされて、その上に、あれとは火の取り交わしもするなと言う。呂氏はこれをそのままに捨てては置かない。「七曰云々」。顔子を始め、古からこれが多くあるもの。生まれ付きで貧乏がある。これという仔細なく貧乏なこと。

○有善則云々。たん々々書てある通りのことを守れば帳に付る。よ井もわる井もすててを井てはのりがつかぬ。圍棋將戯も勝ち負けがなくは打人はあるまい。これでは俗なよふなことなれとも、郷約は俗人をさとすことゆへ、よいことがあれば帳につけ、わるいも帳に付る。法にそむくことがあるとつみするなり。○罸は過料を出させることであろふと迂斉なども云へり。一郷では盗賊をしばるさへ本道には縛られぬもの。それゆへこれは罸金でも出させることであろう。その上に、改めぬものがあれば公義へ申上けて帳外にするなり。今日某ここを講すること、江戸なればあれほどに丁寧に読まぬが、田舎でこれを読と云ふなれば、これほどよ井ことはな井なり。講釈にすらりと一と通りにしてさへ的中なこと。このとをりを村へ行へば垩賢の世の中なり。今日其読む通りのことはみななることなり。かたいぢでこの様なことを云ふてもきかぬかと云に、随分きくもの。これに吟味のあることで、大勢がそり出すときかぬ。その段になると番所へ出してきてもきかぬ。順境なときにはきく。其村で器量ある人や冨豪な人の云ふことは百姓はきくものぞ。逆境なときは為めになることもきかぬ。順境は腹中のよ井とき甘物をくわせる様なもの。これもしてさへあればなることなれども、してがない。村の長になるものなどはこれを意得てをこふことぞ。
【解説】
「有善則書于籍、有過若違約者亦書之、三犯而行罰。不悛者絶之」の説明。郷約は俗人を諭すことなので、善いことがあれば帳に付け、悪いことも帳に付ける。「罰」は過料を出させることで、それでも改めなければ講義に申し出て帳外にする。また、順境な時には人が異見を聞くものだが、逆境な時はためになることでも聞かない。村の長になる者などはこれを心得て置かなければならない。
【通釈】
「有善則云々」。段々に書いてある通りのことを守って帳に付ける。よいことも悪いことも捨てて置いては乗りが付かない。囲碁将棋も勝ち負けがなくては打ち手はいないだろう。これでは俗な様だが、郷約は俗人を諭すことなので、よいことがあれば帳に付け、悪いことも帳に付ける。法に背くことがあると罪する。「罰」は過料を出させることだろうと迂斎なども言った。一郷では盗賊を縛るにさえ本当には縛らないもの。そこで、これは罰金でも出させることだろう。その上で改めない者がいれば公儀へ申し上げて帳外にする。今日、私がここを講ずること、江戸であればこれほどに丁寧には読まないが、田舎でこれを読むのだから、これほどよいことはない。講釈ですらりと一通りにしてさえ的中する。この通りを村へ行えば聖賢の世の中である。今日読んだ通りのことは皆できること。片意地なのでこの様なことを言っても聞かないとは言うが、これが随分聞くもの。これは吟味のあることで、大勢が反り出すと聞かない。その段になると番所へ出しても聞かない。順境な時には聞く。その村で器量のある人や富豪な人の言うことは百姓は聞くもの。逆境な時はためになることでも聞かない。順境は腹中のよい時に甘物を食わせる様なもの。これも仕手さえあればできることだが、仕手がない。村の長になる者などはこれを心得て置かなければならない。


善行8
○明道先生敎人、自致知至於知止、誠意至於平天下、洒掃應對至於窮理盡性、循循有序。病世之學者捨近而趨遠、處下而闚高、所以輕自大、而卒無得也。
【読み】
○明道先生の人を敎うる、致知より知止に至り、誠意より平天下に至り、洒掃應對より窮理盡性に至り、循循として序有り。世の學者、近きを捨てて遠きに趨り、下に處りて高きを闚い、以て輕[かろがろ]しく自ら大なる所にして、卒に得ること無きを病む。

○明道先生云々。學問はひくひなんのこともない所からゆくことなり。そのなんのこともな井ひくひ処を上の郷約で呂藍田が教られた。明道先生もそれなり。さてそれも知惠がいっちさきへたた子はならぬ。○知止は知惠のしごくにつまりたこと。誠意をすると平天下にとどく。これはあたまと尾を見せたもの。頭をよくすると尾へとどく。○窮理は易に出て、洒掃がそれまでゆきととく。○致知は医者の医學をする様なもの。○誠意は医者の上手になり、○平天下は天下中の人の療治をする様なもの。医學をして上手になる迠は療治をせず、まちてをるがよい。誠意迠にしてかかることぞ。天下はぶんに稽古はない。昔はこの次第かあってしたが、今はこれなしにする。裸で軍に出る様なもの。一夜檢挍と云ふことはないことぞ。一超直入と云ふことはな井。めったに高ひことを云ふは潦[にわ]た水のやふなもので、そろり々々々とひる。
【解説】
学問は低いところから行くもので、真っ先に知恵を立てる。「知止」は知恵が至極に詰まったことで、「誠意」で「平天下」へと届く。「洒掃応対」から「窮理尽性」に至る。先ずは誠意までを十分にして平天下へと行く。
【通釈】
「明道先生云々」。学問は低く何の事もない所から行くもの。その何の事もない低い処を上にあった郷約で呂藍田が教えられた。明道先生もそれ。さてそれも知恵が真っ先に立たなければならない。「知止」は知恵が至極に詰まったこと。「誠意」をすると平天下に届く。これは頭と尾を見せたもの。頭をよくすると尾へ届く。「窮理」は易に出ていて、「洒掃」によってそこまで行き届く。「致知」は医者が医学をする様なもの。「誠意」は上手な医者で、「平天下」は天下中の人の療治をする様なもの。医学をして上手になるまでは療治をせず、待っているのがよい。誠意までをして掛かるのである。天下に特別な稽古はない。昔はこの次第があってそれをしたが、今はこれがなくてする。それは裸で軍に出る様なもの。一夜検校ということはなく、一超直入ということはない。滅多矢鱈に高いことを言うのは潦の様なもので、ゆっくりと干る。
【語釈】
・窮理は易…易経説卦伝1。「昔者聖人之作易也、幽贊於神明而生蓍。參天兩地而倚數。觀變於陰陽而立卦、發揮於剛柔而生爻、和順於道德而理於義、窮理盡性以至於命」。
・一夜檢挍…江戸時代、千両の金を納めて、にわかに検校になったもの。転じて、にわかに富裕となること。また、その人。
・潦[にわ]た水…潦[にわたずみ]。雨が降って地上にたまり流れる水。行潦。


右實立敎。
【読み】
右、立敎を實にす。

○教は夏殷周の垩人の世ばかりで、後世は人がな井ゆへ教は出来ぬかと云ふに、幼少両親のをしへは呂栄公夫婦の教外傳から、学挍は唐陽城から、安定明道伊川の学挍の教も三代に叶ふたこと。呂氏の郷約、明道先生のこの章、やっはり三代の教の通りのことなり。
【解説】
教えは三代の世だけにあるものではなく、善行にあったこれまでの教えも三代の教えの通りである。
【通釈】
教えは夏・殷・周の聖人の世だけにあり、後世は人がいないので教えはできないかと言えば、幼少の時の両親の教えは呂栄公夫婦の教えの外伝から、学校のことは唐陽城からで、安定・明道・伊川の学校の教えも三代に叶ったこと。呂氏の郷約や明道先生のこの章も、やはり三代の教えの通りのこと。


善行9
江革少失父、獨與母居。遭天下亂盗賊並起。革負母逃難、備經險阻、常採拾以爲養。數遇賊、或刼欲將去。革輒涕泣求哀、言有老母。辭氣愿欵、有足感動人者。賊以是不忍犯之、或乃指避兵之方。遂得倶全於難。轉客下邳貧窮。裸跣行傭、以供母。便身之物莫不畢給。
【読み】
江革少[わか]くして父を失い、獨り母と居る。天下亂れて盗賊並び起るに遭う。革母を負いて難を逃れ、備[つぶ]さに險阻を經、常に採り拾いて以て養を爲す。數々賊に遇い、或は刼[おびやか]して將い去らんと欲す。革輒ち涕泣して哀を求め、老母有りと言う。辭氣愿欵、人を感動するに足る者有り。賊是を以て之を犯すに忍びず、或は乃ち兵を避くるの方を指す。遂に倶に難に全きを得。下邳に轉客し貧窮なり。裸跣行傭して、以て母に供す。身に便する物畢[ことごと]く給せざること莫し。

○江革云々。親に孝と云ふ字は垩人と凡夫で掛目はちがへとも、心は同じこと。世に傳る二十四孝の本に、舜の中に孟宗や郭巨のたたの孝行かある。こちの手本になる所は垩人もたたの孝行も同じことなり。學者は垩人を尊ぶゆへ、學問のな井江革をあれらはと云ふ。それは朱子の思召に叶ぬことそ。孝行になると江革も舜も先手後手の圍棋をうつ。その合点で見ぬと小学はいきぬなり。○天下乱と云ふ字を気をつけて見ることぞ。乱世の盗賊はけしきかちかふ。をっけはれた盗賊。○備と云字は、險阻かあそこにも爰にもあるゆへに云ふ。木曽道中した人などよくしりてをることぞ。山に醉ふと云ふがこれなり。○辞気愿欵云々。なみたなり。どふぞ私が事はゆるしてくださ井と云ふ。むりなものへのむしんぞ。あちにな井ことなり。老母かあるとても中々合点することではないか、江革か云ひやふか辞気愿欵なり。あの孝行な心でありだけの誠が声にあらわれたゆへ、それがひひいた。そこで江革をつれてゆくことかあはれでならぬ。ここか鬼の目に涙なり。不忍人之心と云が人にはあって、人が指を切るとこちの指もいたくなり、人か目をやむとこちの目もいたむ様になる。それかわる井ことをするとだん々々不忍之心へしぶばりをした様になるか、もとより空に有明の月で、江革が誠がひひ井た。そこで日本左衛門も涙なり。貧窮云々。冬が来てもはだかでをる様なて井。これからさきが母へのあてか井のきつ井ことぞ。鯛が食ひた井と云ふと買ふてくる。腰か痛むと云とま綿も買ふてくる。この様な貧窮ではほし殺しさへせ子ばよ井と云ふほどのことなれとも、頓となんでも不自由のないやふに進せつづけたぞ。
【解説】
聖人でもただの人でも孝行の手本になるのは同じこと。江革が盗賊に辞気愿款で許しを請うた。そこで盗賊でさえも彼を許した。それは江革の誠が盗賊に響いたのである。その後も江革は大層貧乏だったが、母へは何不自由ない様にした。
【通釈】
「江革云々」。親に孝という字は聖人と凡夫とでは掛け目は違っても、心は同じこと。世に伝わる二十四孝の本に、舜と共に孟宗や郭巨など、ただの孝行もあるが、こちらの手本になる所は聖人のもただの孝行も同じこと。学者は聖人を尊ぶので、学問のない江革をあれらはと言うが、それでは朱子の思し召しに叶わない。孝行になると江革も舜も先手後手の囲碁を打つ。その合点で見ないと小学は生きない。「天下乱」という字を気を付けて見なさい。乱世の盗賊は模様が違う。おっけ晴れた盗賊である。「備」は、険阻があそこにもここにもあるので言う。これが、木曾道中をした人などはよく知っていること。山に酔うと言うのがこれ。「辞気愿款云々」。涙を流す。どうか私のことは許して下さいと言う。無理な者への無心である。これがあちらにはないことで、老母があるとしても中々合点することではないが、江革の言い様が辞気愿款だった。あの孝行な心で有りっ丈の誠が声に現われたので、それが響いた。そこで江革を連れて行くことが哀れでならない。ここが鬼の目に涙である。「不忍人之心」ということが人にはあって、人が指を切るとこちらの指も痛くなり、人が目を病むとこちらの目も痛む様になる。それが悪いことをすると、段々と不忍之心へ渋張りをした様になるが、もとより空に有明の月で、江革の誠が響いた。そこで日本左衛門も涙である。「貧窮云々」。冬が来ても裸でいる様な体。これから先が母への宛がいの大層なこと。鯛が食いたいと言えばそれを買って来る。腰が痛むと言えば真綿も買って来る。この様な貧窮では干し殺しさえしなければよいというほどのことだが、実に何でも不自由のない様に進じ続けた。
【語釈】
・孟宗…寒中に親に筍を供えた孝子の名。
・郭巨…後漢の人。家が貧しく、母が減食するのを見て、一子を埋めようと思って地を掘ったところ、黄金が六斗四升出て、その上に、「天、孝子郭巨に賜う」と刻んであったという。
・をっけはれた…おおっぴらに。公然と。
・愿欵…まことで偽りのないこと。
・不忍人之心…孟子公孫丑章句上6。「孟子曰、人皆有不忍人之心」。