稲葉黙斎語録-山崎闇斎のこと

小学講義より

通鑑の点をした鵜飼金平が山﨑先生の前ではさみで爪をいぢる。そこであの山﨑先生の厳重な人ゆへ大声をあげて、金平それも礼かとゆわれた。(小学明倫14)

會津侯の、とかく学校を建てやふとあれば、山崎先生が、をもふ様な師がな井ゆへならぬ々々々とて建てられなんだ。(小学善行4)

或大名が山崎先生へ、國元へつかわすからよい御弟子をと云たれば、山崎先生が、よ井弟子がござらぬ。直方と浅見を見て、あれらは出ますまいと云た。そんなら家来を御弟子にしてよくしたいと云たれば、儒者は大根や午房の出来るやふて出来ぬものと云へり。いかさま通明暁達にするなれば、中々請合れぬ。ただ贔屓でたのむ筋はさても々々々ぞ。(小学善行5)
 

近思録講義より

山﨑先生の妾が、五郎左ェ門さま、重次郎さま、御まへなど講席へこざら子ば、先生もきげんがわるいと云た。(近思録序)

やかましい山﨑先生なれとも、朱批に去虎皮とあり。これ、あやまった、負たと云意なり。(近思録道体10)

人を牢へ入るも首をきるも皆仁なり。それて山﨑先生、人の首切る迠か仁と云はるる。…盗賊奉行仰付られて今日からは鬼になると合点するは心得違と云もの。人の首切ることか鬼ては切れぬか、涙ては切られる。涙て切れは仁の意なり。面白けれは鬼になりたのそ。(近思録道体45)

天かついてはなれぬ。をぬしの行く方へついて行と云こと。山﨑先生曰ふ、石のかろふとなり。石のかろふとても天はついている。人は天理のかたまりゆへ、ついているはつのこと。(近思録道体45)

柯先生の、書物を見て古人を怒か肉につかぬ怒じゃと云た。よい説ぞ。(近思録為学4)

山﨑先生が、仁は馬鹿なものと云た。科人の首を切ておいて、跡で泣く様なもの。科あるから切るる理なり。夫は公の上で、其上に涙と云温りの出たが仁なり。(近思録為学52)

凡夫は吾さへよければ人のことにはかまわぬ。柯先生の所謂、人と吾との間に鉄の塀が凡夫にはある。(近思録為学52)

愼獨は我より外はしらぬ。山崎先生、孔子より漆雕開が能知たと云はるる。(近思録存養30)

山﨑先生の、山庄太夫の草紙を見て腹は立ても遷らぬと云れた。繪双紙を見て怒たは肉が手傳ぬゆへ、人にうつらぬ。(近思録克己27)