稲葉黙齋先生農村自治ニ關スルノ訓戒

六、二程治教録酒者古養老條筆記 丁巳夏自録
【語釈】
・酒者古養老條…程氏遺書18。伊川先生語3。「酒者古之養老祭祀之所用。今官有榷酤、民有買撲。無故輒令人聚飮、亦大爲民食之蠹也。損民食惰民業、招刑聚寇、皆出於此。如損節得酒課、民食亦爲小充分明。民食却釀爲水後、令人飮之、又不當飢飽。若未能絕得買撲、若且只諸縣都鄙爲之、亦利不細。(酒は古の養老祭祀の用ゆる所。今官に榷酤[かっこ]有り、民に買撲有り。故無くして輒ち人をして聚飮せしめ、亦大いに民食の蠹[と]と爲るなり。民食を損し民業を惰り、刑を招き寇を聚むること、皆此に出づ。如し酒課を損節し得ば、民食も亦小充を爲さんこと分明ならん。民食却って釀して水と爲して後に、人をして之を飮ましめば、又飢に當たりて飽かず。若し未だ買撲を絕え得ること能わざれば、若し且只諸縣都鄙之を爲さば、亦利細ならざらん。)」
・丁巳…寛政9年。1797年。

酒ト云フモノカ手トリモノ。禹ノ悪マレテ以来、学問ニモ経済ニモ邪魔ニナルモノゾ。養老祭ト云フエフデ通ルガ、實ハコマリモノ。周公ハ縛テ出セ、刑スルト云ハレタノニ、今ハ官有榷酤、民有買撲ナリ。ヲッケハレタコト、飲め々々ト云フニナリタ。榷酤ハ、漢武ノ榷酒酤ト云コトアルニ始テ宋ニモアル。公儀デ利を專ニスルコト。ワキヘチラヌヤフニスル。ツマリ公儀デ酒見世ヲ出シタヤフナモノ。サン々々ナコトナリ。ソコデ下デ仕方ナサニ、民ニ買撲ガ出来タ。コレハ官ニ請フテ上ノ定数ノ通リニ上納シテ餘分デ利ヲ取ルナリ。今ノ小作人ヤ下タ質ヲ取ルナドヽ云フ、利分カ皆コレナリ。コノヤフニ公儀ハレタコトユヘ、下々モハレ々々トノムソ。損民食惰民業、招刑聚寇。コレハ害ヲナラベタテヽ云フ。酒課トハ、一年ニコレホド作レ、コレカギリト云ノナリ。只今御世話ノアルノガコノコトナリ。豊凶ニカマハズ、酒ハイツモアルデハドフモ筭用アハヌコトナリ。水ニシテノマセ、腹ニハ役ニタヽズ、喧嘩口論ノ役ニハタツ。横カラミテモ堅カラミテモ、一ツモ調法ニナイモノ。経済スル人、右ノ買撲ヤメニスルコトナラズバ、セメテ酒課ヲ損節スル方ヲシタラハ利不細ナリ。為人ト云ハ損節酒課ヲ指ス。ソフシタラヨカラフナリ。コレハ大経済ナリ。今日チョットシタコトデハ、田舎小村ナドニ居酒ト云フ店屋ヲ禁スレバ、ヨホドヨキコトアリ。會飲聚飲デ過酒モスル。手間モトル。口論ヲモスル。小百姓モ妻ヤ子ニ云付テ小德利テカフテ飲メバ、禍モ少ク物入モ半减、又家内モムツマシクナルヘシ。店屋テノムユヘ、サキカラサキヘ醉ニマカセテユキ、不埒ヲモスル。己レカ家テノメバ、醉フテモ臥スルバカリデスムナリ。信ナド幼ヨリ酒ヲ嗜メトモ、学者ヘモ酒ヲノマセルハキライゾ。役人ナラバ酒禁ヲモ云付ベシ。コレ恕ナシト思フベシ。コレニ恕ヲスレバ却テ不仁ニナル。去リナガラ、吾ハスキナカラ禁スレハ、中々人ハキヽ入レズ。所藏乎身不恕而能喩諸人者未之有也。ソレユヘ誠意正心シタ人デナケレバ経済ハナラス、シテミテモヒヾカス、人欲アル中ニ人ノ師ニナレバ、人ヲ取リ立ルコトハナラス。何モカモ大学ノ教ノ通リソ。

里中破産者、不必奢豪費錢、多以談戲廃事之所致。古人曰、宴安鴆毒也。予亦有一題曰、圍棋農蠧也。
【読み】
里中に産を破る者は、必ずしも奢豪錢を費すにあらず、多く談戲を以て事を廃するの致す所なり。古人曰く、宴安は鴆毒なり、と。予亦一題有りて曰く、圍棋は農蠧なり、と。