稲葉黙齋先生農村自治ニ關スルノ訓戒

八、葬之心得

地ニ入テ久ク持ツ木ヲ吟味シ、棺ヲ作リ松脂ヲ厚ク掛ケ、或ハ勢ヒ及ハザル人ハ藥ノヨクカヽリタル水瓶ヲモトメ、板葢ニ松脂ヲカケルコト、是マテ先軰ノ教ニヨリテトリ行ヒ来リ。委曲ハ家々ノ筆記ニ詳ナリ。ヨンデ知ルベシ。但シ死ヨリ三日スキテ棺ノフタヲシメルコト甚要義ナレトモ、コノコト必定ノ極メナキニヨッテ、今更ニコノ一事ヲ論スルコト左ノコトシ。

死シテ三日ノ内ハ千ニ一ツ蘓ルタメシアレバ、此三日ノ内ハ棺ニ納ルトモ葢ヲセス、折節死者ノ面ヲカヘリミテ萬一氣ヲ吹キ復ンヤトタメシ、三日過キテハ又蘇ルコトナキ日数ナル故、三日スキテ棺ノ葢ヲナシ、三日ノ内ハ堅クフタヲスベカラズ。
三日トハ、死ヨリ三十六刻タツコトヲ云。
右ハ格別々々如此心得、堅ク古禮ニ従ヒ、毛頭薄情ノ意アル可カラズ。コレニ付テハ處置モアリ議論モアラン。因テ略々下ニ記ス。

一、早ク葬ルコトハ時ノ習セニテ、死ノ即日葬ルトモ誰アリテ咎ル者ハナク、只葬ノ延引スルコトハイカヾシク思フコト、今日ノ勢ナリ。仕官ノ人ハソノ家々ノ法令モアリ、又田舎モ城下モソノ町ノ風俗ノ並アリテ心ノマヽナラザレバ、凡ソ右之義ニ従ントセバ、死去ノ廣メ知セ届ケ書等ニ心得差略アルベシ。コレ私ノ公タリ。

一、右之義ニトリ納ントシテモサマ々々不得已子細デキテ成リカタキコトアルベシ。カヽル時色々ト工夫シテ本意ノ通リニスル手段アルヲ才力ト云テ、イカヤフトモシテナラザルコトナシ。サレトモ本ト誠ノ志ナケレバ此事ノミナラズ諸事本意ヲ達シカタキコトニテ、我ニ赤心ノ誠アリテハ、誠ヨリシテ人ヲ動スコトニテ、人ヲウコカセバ、人ノ才力ヲ以テ己カ誠ヲ達スルコト、コレニカキルヘカラス。礼式ノツケヤキバニテハ届クベカラズ。先静カニ相思ヒ看ヨ。我カ此身カ死シ、地中ニテ蘓リタルトキハイカヤフナル心ナルベキヤ、ト。我コトヲ我手ニ思ヒ計ラバ、ソノ心ヨリシテ親戚ヲ早ク葬ルコト忍可カラズ。

一、右之日数刻限ニタカハサルコトヲ第一ノ要義トスル心ナレバ、ソノ外ノ規式ハタトヒ分限ニテイカヽト思ハルヽホトノ鄙薄ナルコトヲモ、上ノ法令ニソムカヌコトハイカヤフニモ堪忍スヘキコトナリ。コレ一大要義ヲ伸ントスル故、自餘ノコトハ堪忍スルコトニテ、此コトニカキラズ、凡ソ萬事如此ルイ多シ。扨其分限ニテハイカヽト思ハルヽホドノコトハ今日アルコトニテ、寺ノ沐浴塲ニテ死者ヲ沐浴シ、或ハ寺ノ迎駕篭ニ死者ヲ入レテ遣ルコト、士以上ノ身ニテハ餘リイカヽシキヤフナレトモ、ソレスラ如此シテ便利ナルコトアリテ、ソノ家ノ法令ニモソムカスンバ、コレ苦シカラズト忍ブベシ。其譯ハ、左様ノ仕方ニスレバ家内ハモノシツカニ日ヲ送リ、棺椁ヲハ外ニテ作リ直ニ葬地ニツカワシ、扨葬地ニテ沐浴入棺等ノ手間アル内ニ彼ノ一大要義ノ三十六刻ト云時刻ニ過ル手段ナキニシモアラザレバ、必シモ本意ナラストセス。却テハヤク本式ノ棺椁ニ納メ釘ヲシメ松脂ヲカケ、蘇ルトモ知レサルニマサルベシ。其鄙薄ナル態ヲモ、忍ヨリシテ我本意ノ要義思ヒノマヽニユクコトアルモノナリ。コレ行ヒ難キコトヲ行フトキノ心得ニテ、臨時ノ取舎緩急ナリ。然レバ要義ノ日数時刻ノ如クシテ、サテ又棺椁松脂等ノ要ハ固リ先軰ノ説ニ詳ナルモノナリ。但シ以上云フ処ハ是皆身分軽キ者ノコトナリ。大夫以上并ニ世家ノ儒門ノ権冝ヲ云コトニ非ス。

一、トカク葬事ハ身分ト主ノ家風ト郷俗トアレバソレニ応シテ處シテ、サテ右ノ要義ト棺椁松脂トノ要ニソムカサレバ第二着ノコトヲ定メヲクニ及ス。定ムレバ却テ勢ナキ者ノ差支ナリ。松脂ノカケヤフハ予カ内難箚記ト云書付アリ。

一、人ノ稟受肥瘠ニモヨリ、又厚薄病證ト藥性ニモヨルベシ、死シテ後モ手足ハハヤク冷レトモ、腹腰ノ間ハ一日余モ二日モ微ク温氣アルモノナリ。今日世俗ノ並ミニテハヒヘヌ内ニ取置クナルベシ。多クハ妻子モ腹ヤ腰ヲ試ルモノナケレバ知ラサルナリ。誰レニテモ試テ温氣アルニ葬ル者ハナキコト、人ノ良心ナレトモ、世ノ習セニテハヤク片付ルヲ第一トスルヨリ何ノ心モナク、息絶ヘヌレバハヤソノマヽ棄テヲキ、省ミサルモノナリ。仁愛自然ノ涙ハ出レトモ、誠ノ尽ル道ヲバ知ラザルハ是非ナキコトナリ。何方モ古今トモニ物シラヌ親切ノ世話ヤキアリテ、其人ノキリモリニテヤヽ心アル孝子モソレニマカセ、心ナラサルコトアルハ通情ナリ。礼シラザレバ親切ノ世話モ害夛キコト、コレニ限ルベカラズ。此親切ノ世話ヤキト云モノ、武家ニモ市井ニモ田舎ニモアリテ調法ナルモノナレトモ、妨アルモノナリ。

一、家屋ノシゲキ所ニテハ火災ノ変多キ故、一刻モハヤク死者ヲトリ片付ヘシト云説、古今ノ口実ニテ、皆々火災ノ憂ハ覚アルコト。江戸表ナト一入ノコト故、コレニ服セヌ者ハスクナシ。コレ尤ナルヤフナレトモ、サレバトテ、礼ノ重キモノ、殊更我親戚死シ蘇ルコトモアラント赤心ノ誠ヨリ感シテ制シタル垩賢礼典ノ日数ヲ火事アランカトテ地下ニ埋ントセハ、コレタヽ事ノ障リナキヲ主トシテ心ノ誠ニ本ツカス、成敗ヲ求ルノ意ニテ、世俗ノ人ハ尤ナレトモ、學者慎終ノ心ニアラス。况ヤ又火災ニカキラス物ニ遇ト云モノアリテ、タトヒ成敗ヲ以テ云フトモソレ々々ノ遇アレバ、急ヒテアシキアリ後レテヨキコトアリテ、産婦臨月ノ期モ各幸不孝アル如ク、萬事ニ急ガズバヌレマジモノヲト云歌ノ心ヲ、ヨク遇ト云コトヲ云カナヘタリ。サレバ火ノ用心ヲスヘキコトハ初喪ノ第一肝要ナレトモ、火事シケキユヘハヤク葬ントハ心薄キノミナラズ、術拙キト云ヘシ。サテ序ナレバ瑣細ナコトナレトモ申サン。トカク死者家内ニアルトキハ誠ニ火災ノ変ノソナヘ第一ニテ、大身ノ人ハ格別ナレトモ、小身ノ者ハ急火ニテハ殊ノ外手ニアマルコトナリ。トカク一人カ二人ニテハヤク死者ヲトリノケル手段ヲツケヲクベシ。コレモ其仕方ハ如此スベシト豫メ書付ケヲケバ、却テ障リアルモノナリ。臨終ノ初メニハヤ火災アラハ如此スベシト手軽キ仕法ヲ定メ、家内ト云合セヲクベシ。棺ニ納メ蓋ヲシメテカラハ、何ホド手軽クトモ四五人以上ナラデハ取片付ナラザレバ、棺ヘハヤク入ストモ、或ハ棺ニ入レタリトモ未蓋ヲセザレバ、死者ヲ引出シテ負ヒニクルコトモアレバ、コレ又ハヤク入棺シ蓋ヲセザルコト、火災用心ノ一助タリ。大概都下ノ士モ市井モ中人以下ハ、火災ノ用意ニ負ヒツヾラト云モノヲ所持セヌ家モナシ。コレニ納レバ僕ニテモ或ハ婢ニテモ達者ナル者ハ力ニ及フコトナリ。又至テ下賎ニテ志アル人ハ却テ己ガ肩ニテモ弁ズベシ。コレニモ限ラサレトモ、如此心ヲ配リ置ケバ、火災ト云テモ左ホドニモナキコトナリ。歴々ハ萬事ノコルコトナケレバ、コレ等ノコト論ニ及ス。左ノミ大事ニモナキコトヲ豫メ慮ルヨリシテ、古人誠心ヨリ定タル日数ニソムクコトハ淺間ナルコトナリ。

一、火災ノ戒ハ自火ヲ用心スルヨリ外ハ勢不及コトナリ。然ルニ自火ト云コト、大屋鋪或百姓ノ居宅ナトハ自火サヘナケレバズイブンニ恙ナキコトニテ、十分ニ死者ヲ取ノケル間アリ。但シ家中ノ長屋ニスム人或ハ市井ノ借宅ニテハ、壁一重ノ隣ハ此方ノフセクヘキニ非レバ、吾自火ノ戒メ至テ謹密ナリトモ、近隣ノ失火ガ自火モ同前ナレバ甚不安心ナレトモ、自分ノコトヲツヽシムノ外ハ度外ニ置クコト。垩賢ノ心ニテ左様ノ時ハ天ニ任スルコトナリ。サレバトテ死者ニ恙ハナク、生者立ノマヽニテノクバカリナリ。立ノマヽデノクト云コトハ、初喪ノ変ニカギラズ自餘ノ火事ニモアルコトナリ。コレ又異トスルニタラズ。サテカノ大身ノ喪ナトハ自火サヘ出サネバ大ナル憂ナシト云ニヨッテ思フ。ソノ自火ヲ出サザル用心誠ニ利益アリ。凡ソ火事ハ天災モアリ人事ノ粗脱モアリテ出ルコトナリ。ソノ人事コソ手段アルベキナレトモ、年中二六時中ノコトニハ勢及ヒカタク、下々ノ粗脱アルトモ常情ナリ。但シ喪ハ大故ナレバ、大身ノ御方ハ事十分ノ手段ユキトヽケハ、其勢ニテ大故ヲ處スルトキワヅカ発引ノ前、自火不出ヤフニ制スルコトハイト易キコトナルベシ。シカシ易キトテ手段ナクテ事ノユキトヾクコトハナシ。コレ亦カキツケヲキタキコトモアレトモ、豫メ記シヲケバ障リニナルモノナリ。ヶ様ノコトニ至ルマテ未発之愛滋味親切ヨリ生シ、サテ英雄ノ手ニアラザレバマヘラヌコトニテ、通練底ノ人モ謹愿的ノ徒モ生活ノ意思ナケレバユカサルナリ。火災アリトモ、コノ方ノ手段トヽケハシキニ撲チ滅スベシ。火事ヲ消スモ合戦ノ小ナルモノナリ。コレヲトヽムルコトモ帷幕ノ中ニメクラスベシ。尋常ノシムケニテハ事ノユキ届クコト覚束ナシ。

一、トカクニ葬ノ延引スルコト時俗ノ人心ニ適セス。上ヨリノ制禁トテモナケレトモ、時制アルヤフニモテナシ、ハヤク葬ルコトヲ得計トス。コレ人心ニ適セサルニ由レリ。此処甚タムツカシキコトニテ、右ノ要義ハ吾親属及ビ同志ノ間ニ行フコトナレバ、世俗ノ人心ニ適セサルコトハ妨ケナキヤフナレトモ、葬事ハ親旧同藩郷里ヨリアツマルモノナレバ、世俗ノ心ニ適セサル処、即チ親属同志ノ家ニ行レサルノ端的ナリ。故右ノ要義人々ノ心ニ興起スルヤフニナシタキコトニテ、伊川ノ家法一二ノ人家化スルノ趣ニ同シキヲ欲スルナリ。
【語釈】
・一二ノ人家化スル・・・『近思録』治法17。「正叔云、某家治喪、不用浮圖。在洛亦有一二人家化之。」

一、人ノ情ニ大病苦痛甚シク堪ヘ難キ時ハ刄ハニテ自滅シタキト思フ心アリ。コレウロタヘタルナレトモ亦人情ノアルヘキ処ニテ、堪ヘカタキヨリ出ルナリ。サレトモ必死ノ病症ニテ快気セサルヲ知リ、長病ニ退屈シタル人アリテ、早ク死タキトハ云ヘトモ、生ケナカラ埋メヨトタノミタル人ハ古今キカサル。人ノ眞情ニ思ヒ迎ヘテモ、地下ニ蠢テモヨシト云意ハウカバザル情思ナレバ、地下ニ蘇リタルトキノ心如何ト試ニカンガヘミヨ。コノ心考ヘ見ハ、早ク葬ルノ心アルヘカラズ。下人ノ口ニ、死ナハ一ト思ヒト云ハ、至テ切ナル情ナリ。コレニテモ思フベキコトナリ。

一、先軰ノ咄シニ、ウツケタル親ノ遺言ニ、吾死セバ首ヲ切リ淺艸川ニ流セトアルニ従ヘキヤト云コトアリ。コレハ遺言タリトモ乱命ニハ従フヘカラスト云ノ説ナリ。外ニトリ用ル咄ニハアラス。サレトモ右ノ要義ニ付キ細ニ推ス。乱命タリトモ凡ソ人心ニ出ルコトニ因ルコトナキコトハナキハツナレハ、カク云愚耄ノ乱命ナリトモ何ノ故ニテ如此遺言スルヤト尋ネミレバ、甚タ思ヲ過ス。人ハエシレヌユクカタヲ思案スルモノナレバ、カク云遺言モ世俗ハヤク葬ル習ヒユヘ、カヽル親ユクカタヲ思ヒ、萬一地下ニテ蘇リナハ其苦ニ堪ベカラサルユヘ、首ヲ切リ淺草川ニ流スヘシト云タルカモハカリカタシ。コレ先軰ノ咄ノ主意ニハアラサレトモ、コノ要義ニヨリテ推セバ、愚耄ノ遺言コノ意ニ出ルカモハカラレズ。近ク予ト懇意ノ者ノ妻、予カ亡兄ヲ葬ルノアラマシヲ其夫ノ物語ニテ聞キ、儒家ノ葬礼ハ誠ニ厚キコトナレトモ、吾ハ火葬コソ望マシキト云ユヘ、其夫何ユヘカクハ申スト咎レハ、妻云、地下ニテ蘇リタルトキハ苦ミ堪ヘカラサレバ、焼タルコソ苦ミナシト答フ。此等ニテモ、人ノ心ニ地下ニテ蘇リタルコトアラハ、恐ルヘキコトニコレホト苦シキ思ハアルマジ。思ヒ付ケザレバコソナレ、思ヘハコノ上アルマシ。サレハ礼ハ心ニ本ツキ仁ハ人ノ心ニ不忍ノ意ヲ体セザレバ、葬ノ厚キモ皆虚文ナリ。

一、今諸家ノ倍臣ニテ葬ノ延引スルコトハ、養子願其外跡目等ノサマ々々曲折アリテハ十日モソノ余モ延引スルコトアリ。コレハ偽ノヤフナレトモ、私ニ似タル処即チ公ノ道ニテ、白直ニ死ヲ廣メ家ヲツフサハ親戚ノ内人ナキト云ヘシ。或ハ咎メモアルベシ。コノコトハ並モアルコトニテ、人々心得アリテ下々冝シク取計、葬ノ延引スルコト公ノ道ニ叶フ。左様ノ取扱冝キヲバ才徳兼備タルト云ホトノコトナリ。サレトモ只何叓ナク天命ニテ終リ、実子アリ、跡目曲折モナキ葬ニ彼要義ヲ以テ三日ヲ歴テ葬ント云ヘハサマ々々ノ異論アルコト、本礼ヲ知ラス、心中ニ感動セサルニヨレリ。誠ニ不学ノ過チナリ。

一、人ノ死ハ魂ノホリ魄クタリ、多葉粉ノ煙リ、タバコノ吸ヒカラ再ヒ合サルガ如シ。蘇ランヤト云此説固リ然リ。但シ常変一ナラス、死ノ再ヒ蘇ラサルハ常ナリ。蘇ハ変ナリ。常ハ夛ク変ハ少シ。サレトモソノ理ナキコトナシ。况ヤ物ニ大小ノ分アリ。多葉粉ノ煙リト吸ヒカラトハ生死ノ理ヲ喩ルニハ的切ナレトモ、萬物形気ノ上ハ左ノミニアラス。鰻魚ノ首ヲ切リタルモ几上ニテ良久ク動クニテミルヘシ。マシテ人ノ身ハ萬物ヨリ全ク、血氣満チ臟腑具リ首領ヲ全フシテ氣絶スルモノ。形体ノ中ニ生氣未滅モノ存シ、魂魄一端ハハナレタリトモ天地生々ノ気ト一マイナレバ、氣血ノ未ダ悉ク滅ヒサル処ノモノ天地生々ノ氣ニ乘シテ蘇ルノ理アリ。幽灵ノ類ハ巌タル氣ノアツマルニテ形ナシ。魂ノ為サナリ。蘇ルハ精魄ノツキサルヨリ魂ヲヨビカヘスニテ、魄ノ為サナリ。体魄上ノコトナリ。サレトモ遊魂ノアツマルハ日数ノ限リナケレトモ、精魄ハ形体ニ付タルモノユヘ、三日ト云日数ツキレハハヤヨミカヘラサルナリ。コレ風ノ止ミタルハ又起レトモ、解タル氷雪ハハヤ又凝ラサルノ理ナリ。故ニ三日過レハ又蘇ルコトナキナリ。

一、學問ハ仁知ノ二ツナレトモ、各主トスル処アリテ、葬リナトハトカク仁ノ作用ナレバ、纔ニ知底ノ消息アレハアル処情ウスク、薄キ処即チ礼ノ本ヲ失フ。知ヅリナル心ヨリ云ハヾ、死者ハ終ニ亡ルニ帰スルナレハ、古礼ノ厚キモ必シモ行フ心アル可カラズシテ、殊更三日ノ内ハ或ハ蘇ルナドノ説ハ愚験ナルニ似タリ。コレ即チ桐棺三寸七賢八達ノ心。垩賢ノ罪スル処ナリ。此見処至テ大切ニテ、所謂仁智交際之間ナルモノ、道学ノ宗旨ナリ。去レトモコヽヲ了會スルハ学知ニテ、無学ノ人ノ仁愛底一ツトシテ頼ミナキコトナリ。
【語釈】
・桐棺三寸・・・『荘子』天下。「古の喪禮は、貴賤に儀有り、上下に等有り。天子は棺槨七重、諸侯は五重、大夫は三重、士は再重なり。今墨子獨り生なれて歌わず、死して服せず、桐棺三寸にして槨無く、以て法式と爲す。」
・七賢八達・・・七賢は竹林七賢。阮籍・嵆康・山濤・向秀・劉伶・阮咸・王戎の称。八達は、胡母輔之・謝鯤・阮放・阮孚・畢卓・羊曼・桓彝・光逸。

一、父母妻子ホド親シキ者ハナケレトモ、我身ホトニ思ハサルユヘニ能近ク取リ譬フトハ云ヘリ。カヘス々々々モ吾身モシ地下ニ蘇ラバ其時ノ心如何ト、吾身ニ引付テ思ヘシ。所謂認得為己何有所不至トハコヽヲ云ヘリ。コレ滋味親切孔門教ヲ設ルノ本領ナリ。
【語釈】
・能近ク取リ譬フ・・・論語雍也28の語。
・認得為己何有所不至・・・論語雍也28集註。「己為るを認得せば何の至らざる所か有らん。」

一、市井ノ風俗、同町ニテ葬埋ニ互ニヨク世話スルコトヨキ習セナリ。其上ニ礼ヲ知リタラハ、何カ加ベキ美談ニナルベシ。タヽ人ノ世話親切ニヤクコト人々ノ生付ニアルトハ云ヘトモ、人心ノ自然ニ出テ性善ノ證ナリ。サレトモ学問ナキ故、埒明ニ片付ケ利便ニトリ計ルコトヲ能叓ニスル故、喪ハイソカワシク事夛キト云ヘトモ、カノ親切ノ世話ヤキ利便ノ捷径案内ナルユヘ、事々了々トシテ即時ニ葬事成ルコト神妙ナリ。學者ヤヽ礼ヲ知リ、或ハヤヽ志アル人モソレニカフレ、葬ヲハヤク片付ルコト通情ナリ。トクト思フニ、人死シテ蘇ルト蘇ラザルノ沙汰ヲ置テ、生死ハ事大ナリ。人間一生ノ別ナレバ、少シハ留メヲキ暇乞スル心アルベシ。人ノ旅立スルニ、四十里或ハ五十里ノ道ハ一二旬ニテ歸ルベシ。ソレサヘ互ニ暇乞トテ往来シ、或立振舞ナトヽ酒饌ヲ設ルニ、マシテヤ又ミンコトナキ別ニ、一日半ノ間ニハヤ葬ルコト、死生ノ趣キ何トテカクハ異ナルヤ。人心ノ軽薄ト佛ノ導キト又一種ノ穢レト云忌ミ事ニ起レリ。皆心ノ軽薄ト古ノ礼ニ昏キニヨル。ソレノミナラス、火災ノコトヲ恐ルヽマテカ葬ヲ急クノ一義ニナリ、又ハ夏ノ日ニハ死者臭氣ナトノコトヲ云立、葬ヲ急ニスルコトヲ欲ス。一々ニ論スルニ暇ナシ。タヾ誠ノ心ヨリシテ右ノ要義ヲ必トセハ、夏ノ比[ころ]臭氣出ルトモ親戚ノ因[ちなみ]ナレハ、ソノ臭氣ニタヘシノブベシ。又薫物ト云モノアリ。下賎ノ者ハ抹香ナト云得安キ品アレバ、左ノミタヘカタキコトハナイモノナリ。タマ々々ハタヘカタキ臭気モアルベシ。豫メソレヲ云人ハ不仁ノ心ナリ。予先君子ノ命ヲ以テ一六七ノコロヨリ人ノ葬埋ノ世話ヤキ、沐浴マデモ手ヅカラス。朋友我ヲオンボウ儒者ト嘲弄セシタメシモアリキ。数十人手カケタル死者、殊更骨肉ノ外多ケレトモ、タヘカタキト覚ヘタルコトモナケレバ、コレニテ人ヲ恕スルコトモ心得ス。吾身モ終ハ人ノ手ニカヽレバ、吾モ人ノ屍ヲ手ニカケ穢ラハシキト思フ心ナキコトト知ルベシ。
【語釈】
・オンボウ・・・墓守・埋葬を業とする賤民の称。隠坊・隠亡・御坊。

一、世ノ人ハ禍福報応ノコトヲ心ニ掛テサマ々々ノ祈禱ヲ以テ禍ヲヨケルコト多シ。儒者ハ左様ナルコトヲ取ラサルユヘニ、儒者ヲハヲシコトヲスルト毎々訶ヲ請ケルナリ。因テ姑ク儒者ヲ以テ禍福報応ノコトヲ云ハヾ、世ノ貧乏短命ノ徒、或ハ多病多難ノ人ハ、親戚ヲ早ク葬リ、地下ニテ蘇リタル苦ミノ報応ニテハナキヤモ計リカタシ。地下ニテ蘇リタルヲミタモノモナク、又ハヤク葬ルトモ决シテ蘇ルコトナシト云證拠モナシ。皆片便ナレトモ、凡ソ片便ナルコトニ祈祷サヘスルコトナレバ、右ノ一大要義ヲ誠ニ云赤心ヨリ体認シ、父母親戚一生ノ別レノ時、ワツカ三日ノコトナレバ、アヽ世ノ人知惠ノ働ヲ出サス、姑ク愚昧ノ思ヲナシ、古人ノ説ニ従ヒ三日ヲ過テ葬ルベシ。是レ礼ノ当然ニシテ其心安カルベシ。即チ礼之用和為貴。此処未発之愛、滋味親切の消息也。
右親属舊友之為ニ斯々ニ書付テ置。辛丑秋七月十二日
【語釈】
・礼之用和為貴・・・『礼記』儒行。「礼は和を以て貴しと為す。」「用」は「以」に同じ。
・辛丑・・・天明1年。1781年。

追記。程子云、有死而復蘇者。故三日而歛。未三日而歛、皆有殺之理。外書十一。
悪火葬以薄於死也。悪早葬以薄於生也。早葬謂未過三日而葬也。俑者枯槁物也。然夫子云、其無後不逾三日而葬者、何保不蘇於地下哉。然欲速欲了、且早葬之亦何心那。其心薄似乎火葬也。過三日後火葬、雖非禮而孰若不慮蘇地下哉。向將死者言之、蘇地下其心如何。人々必遺言曰、必過三日矣。是自親切処。儒者有知見故其教不入愚夫愚婦之心。独此事親切説、乃入愚夫愚婦之心。當有益於名教矣。
清名幸谷葬事、男女従行。既葬、隣佑負喪家婦女而反。因婦人哀哭甚不能歩也。杖之重也。是古俗之善者也。以上二条壬寅雜記。
【読み】
追って記す。程子云う、死して復蘇る者有り。故に三日にして歛す。未だ三日ならずして歛するは、皆之を殺すの理有り、と。外書十一。
火葬を悪むは死を薄くするを以てなり。早葬を悪むは生を薄くするを以てなり。早葬は未だ三日を過ぎずして葬るを謂うなり。俑は枯槁の物なり。然して夫子云う、其の後無く三日を逾えずして葬る者、何ぞ地下に蘇らざるを保たんや、と。然るに速やかなるを欲し了せんことを欲し、且つ早く之を葬るは亦何の心ぞや。其の心火葬似[よ]りも薄し。三日を過ぎて後に火葬するは、非禮と雖も地下に蘇るを慮らざるに孰若[いずれ]ぞや。將に死せんとする者に向かって之を言え、地下に蘇らば其の心如何、と。人々必ず遺言して曰ん、必ず三日を過ぎよ、と。是れ自ずから親切の処。儒者は知見有る故に其の教愚夫愚婦の心に入らず。独り此の事親切に説かば、乃ち愚夫愚婦の心に入らん。當に名教に益有るべし。
清名幸谷の葬事、男女従行す。既に葬り、隣佑喪家の婦女を負って反る。婦人哀哭甚だしくして歩すること能わざるに因れり。杖の重きなり。是れ古俗の善き者なり。以上二条壬寅雜記。
【語釈】
・壬寅・・・天明2年(1782)。