好学論 甲寅三月十八日講于稽古館    花澤文録
【語釈】
・甲寅…寛政6年。1794年。
・花澤文…花澤文二。林潜斎。東金市堀上の人。一時、丸亀藩主京極侯の儒臣となる。1749~1817

或問、聖人之門、其徒三千、獨稱顏子爲好學。夫詩書六藝、三千子非不習而通也。然則顏子所獨好者、何學也。伊川先生曰、學以至聖人之道也。聖人可學而至歟。曰、然。學之道如何。曰、天地儲精、得五行之秀者爲人。其本也、眞而靜。其未發也、五性具焉。曰仁義禮智信。形既生矣、外物觸其形而動其中矣。其中動而七情出焉。曰喜怒哀懼愛惡欲。情既熾而益蕩、其性鑿矣。是故覺者約其情使合於中、正其心、養其性。愚者則不知制之、縱其情而至於邪僻、梏其性而亡之。然學之道、必先明諸心、知所養、一本作往。然後力行以求至。所謂自明而誠也。誠之之道、在乎信道篤。信道篤、則行之果。行之果、則守之固。仁義忠信不離乎心、造次必於是、顚沛必於是、出處語默必於是。久而弗失、則居之安、動容周旋中禮、而邪僻之心、無自生矣。故顏子所事、則曰非禮勿視、非禮勿聽、非禮勿言、非禮勿動。仲尼稱之、則曰得一善則拳拳服膺而弗失之矣。又曰不遷怒、不貳過。有不善、未嘗不知。知之、未嘗復行也。此其好之篤、學之之道也。然聖人則不思而得、不勉而中。顏子則必思而後得、必勉而後中。其與聖人相去一息。所未至者、守之也。非化之也。以其好學之心、假之以年、則不日而化矣。後人不達、以謂聖本生知、非學可至、而爲學之道遂失。不求諸己而求諸外、以博聞强記巧文麗辭爲工、榮華其言。鮮有至於道者。則今之學、與顏子所好異矣。
【読み】
或るひと問う、聖人の門、其の徒三千なるに、獨り顏子を稱して學を好むと爲す。夫[か]の詩書六藝は、三千子習いて通ぜざるには非ず。然らば則ち顏子の獨り好む所は何の學ぞや、と。伊川先生曰く、學びて以って聖人に至るの道なり、と。聖人は學びて至る可きか、と。曰く、然り、と。學ぶ道如何、と。曰く、天地精を儲くるとき、五行の秀を得し者を人と爲す。其の本や、真にして靜。其の未だ發せざるや、五性具る。仁義禮智信を曰う。形既に生ずれば、外物は其の形に觸れて其の中 [うち]を動かす。其の中動きて七情出づ。喜怒哀懼愛惡欲を曰う。情既に熾[さかん]にして益々蕩[うご]けば、其の性鑿たる。是の故に覺れる者は其の情を約して中に合せしめ、其の心を正し、其の性を養う。愚かなる者は則ち之を制するを知らず、其の情を縱 [ほしいまま]にして邪僻に至り、其の性を梏[こく]して之を亡す。然れども學ぶ道は、必ず先ず諸を心に明かにし、養う所を知り、一本に往と作す。然る後に力行して以って至るを求む。謂う所の明かなるによりて誠なるなり。之を誠にする道は、道を信ずること篤きに在り。道を信ずること篤くんば、則ち之を行うこと果 [か]なり。之を行うこと果ならば、則ち之を守ること固し。仁義忠信は心を離れず、造次[ぞうじ]も必ず是に於てし、顚沛[てんぱい]も必ず是に於てし、出處語默も必ず是に於てす。久しくして失わずんば、則ち之に居ること安らかに、動容周旋は礼に中 [あた]りて、邪僻の心、よりて生ずる無し。故に顏子の事とする所は、則ち禮に非ずんば視る勿かれ、禮に非ずんば聽く勿かれ、禮に非ずんば言う勿かれ、禮に非ずんば動く勿かれと曰う。仲尼之を称 [たと]えて、則ち一善を得ば則ち拳拳服膺[ふくよう]して之を失わずと曰う。又怒を遷さず、過を貳びせず。不善有らば、未だ嘗て知らずんばあらず。之を知らば、未だ嘗て復行わずと曰う。此其の之を好むこと篤くして、之を學ぶ道なり。然れども聖人は則ち思わずして得、勉めずして中る。顏子は則ち必ず思いて後に得、必ず勉めて後に中る。其の聖人と相去ること一息なり。未だ至らざる所の者は、之を守るなり。之に化するに非ざるなり。其の學を好む心を以ってして、之に假すに年を以ってせば、則ち日ならずして化せしならん。後人は達 [さと]らず、以って聖は本より生知なれば、學びて至る可きものに非ずと謂いて、學を爲す道遂に失わる。諸を己に求めずして諸を外に求め、博聞强記巧文麗辭を以って工[たくみ ]と爲し、其の言を榮華にす。道に至る者有ること鮮し。則ち今の學、顏子の好む所と異なれり。

この侖もと魯の哀公の問なり。哀公も左ほどたぎらぬ人君なれども、弟子孰か為好學とは只ならぬ問なり。あらひ詮議、あらく心得れは、孔門皆學を好むと思ふが、それは只のなり。そこて哀公三千子の中誰か學を好むと問はれたは、なんぼでも學と云ふもののあんばいをば聞及んでの問と云もの。春秋の世とてもこの筋は知てとみへる。河本先生笑云、いかさまそふなり。茶器かそこにあると茶を好むと見るが、あれにも色々ある。利休が茶のことに数竒者と云た。面白し。今すきと云もこれからぞ。なるほど上手巧者はあれど、数竒と云は別ぞ。そふなふてすれは面白ないこと。数竒者でなければ好むと云はれぬ。この問、哀公にしては大ふ面白こと。それを本としてこの侖なり。いかさまこれでは外の弟子衆が聞ては一分立ぬこと。三千子皆孔子の御いきふきかかって学ふに、顔子一人と云には訳け有ふ。何学也ぞ。これはまつどふした学問ぞと云ことなり。
【語釈】
・哀公の問…論語雍也2。「哀公問、弟子孰爲好學。孔子對曰、有顏回者好學、不遷怒、不貳過。不幸短命死矣。今也則亡。未聞好學者也」。
・河本先生…河本仲遷。名は善。通称三左衛門。丸亀藩士。

○伊川先生曰、學以至垩人之道也。手もない挨拶なり。孔門の学に二つはない。垩人になることなり。斯ふは言へども垩人に至ると云は理會せられぬことゆへ、垩人可學而至欤となり。これが徂徠などがきらいなこと。垩人になると云は空なこと。そこでそう云ふ伊川も垩人にはならぬと云。そふ云はるると返答にこまる。そふでない。さて此問もふと道中で思ひ付た。学以至垩人と云は人の壽を百歳と云やうなもの。皆々必百迄生きる者もないが、又、生きまいものでもない。川本云、いかさま面白ことなり。先生笑曰、なるほど百壽はすくないなれども、生られそふなものなり。これも又学者が只理を言ふなどと云もせつない言ぶん、理でのなんと云はず、至られる筋はあいをる。雲にかけ階てはなし。又、垩人に至てなければ學問の詮はない。垩人可学至欤。これからこちへ渡すこと。ここの大切なり。今迄は至られぬと思ふたが、至らりやふかとなり。

○曰、然り。これが大きなことで、伊川の面白こと。この返事が中々心にのらぬこと。もと學問はこの山こへてあの山こへてで、一と口に云にくいことを然りと輕く云も、伊川の覚あるゆへ自ら返辞がむつかしく出ぬ。伊川の道統でなければこんな荅は出ぬ。ここでどふで有ふかと首をひ子ることでない。さて、好学侖もつまり心へたたみこむこと。そこてこそ好むと云ふになる。わざはかりてはいそがしい。心にたたみこむとひまになる。垩人に至ると云ふになにも荷物はないぞ。必竟これは餘意なれども、曰然が外から人敉やとうことでない。心へたたむことの外はなし。伊川の然りと云れて、より学問に精彩ついた。これ、漢唐に地を拂ふてない口上。これは重疂な一句。吾も人も耳よりなことそ。

○天地儲精、得五行之秀者為人。さて学問の咄はとかく道体からなり。近思の篇目も道体為學とゆく。道体知ら子は為學はならぬ。軽いことで、生け花などてもそれなり。あれも出生のなりをくづさぬ。なんでもこれ天なりぞ。好學侖、為学なれども、かたり出しは道体から云。これが大事のこと。人の道は天のなりにゆか子はならぬ。それが小学でもそふで、小学は小児が正客なれども、あたまで題辞に元亨利貞、それか人へうけて仁義礼智、立教の始に天命性、なんでも天から語ら子はならぬ。そふなけれは半分さきなり。精は天地の氣のすぐれたを云。太極圖説にも無極之眞二五之精と云。眞は、理之名。精は、氣之名。氣にもぬるけたがありて、それでは物が出来ぬ。同じ一本の梅花に実のとまるととまらぬがある、と。こらぬは精がないゆへなり。天地のきっすいのすぐれた氣の引ぬいたがとどまる。だたい氣は天地一枚の流行なれども、物を造るはとどまるからなり。先軰の云ふ、左右の手のひら合せるとあたたまるはととまるそ。天地とどまる処で物が出来る。一切衆生が天地の精からぞ。理に二つないが氣に精粗ありて、牛馬のやうなものは大くても秀と云れぬ。何もかも揃ふたは人なり。人は秀を得るゆへ中庸て天地化育を賛するともある。さて々々格段なものぞ。人の元來、かふしゃ。そこて好学論へうつる。
【語釈】
・題辞に元亨利貞…小学題辞。「元亨利貞天道之常、仁義禮智人性之綱」。
・立教の始に天命性…小学立教。「子思子曰、天命之謂性、率性之謂道、脩道之謂敎。則天明遵聖法述此篇、俾爲師者知所以敎、而弟子知所以學」。
・中庸て天地化育を賛する…中庸章句22。「唯天下至誠、爲能盡其性。能盡其性、則能盡人之性。能盡人之性、則能盡物之性。能盡物之性、則可以贊天地之化育。可以贊天地之化育、則可以與天地參矣」。

○其本也、真而静。其未發也、五性具焉。曰仁義礼智信。其本也から五性迠のこの間に段合あることでない。一と息に誦むがよい。其本は人の生れた大根なり。天より理を拜領ぞ。眞而静は人に道理具って少も雜りないぞ。さま々々にうつりてうばはれると内が乱れるものなれども、ここは静で此塲にはなにもないが未發なり。其本也、真而靜。其未發也、五性具焉。曰仁義礼智信。ここは今日某あらくよめども、ここを一息によめ。一つ塲と云が傳授ことなり。左様思召せ。大學の序、自天降生民則與之仁義礼智之性と云てなんのことないが、あれを其本とも未發云なり。仁義礼智信は明德とも性善とも。それを人がもって御朱印にする。そこて人か尊いなり。五性が人に具て動かされぬか、それに拍子のよいとわるいがある。されどもだたい人のなりが仁義礼智信を持て、丁ど肉桂のあたため、附子のめぐらすやふなれども、それは目に見へず知れぬが、其中動と云が耳へ入、眼に見ることで、腹の立ことや喜ひ悲ひがある。それか外物触其形から中を動すぞ。元来人は理のかたまりか性、氣のかたまりが形。天地理気の二なり。西銘、天地之帥天地之塞がそれなり。五性計りで七情がなければ人間も取乱さぬが、七情からさま々々くるひが出る。されども物をとってすてるやうにはならぬ。七情をやめにせふとはされぬ。但し仁義礼智は律義、喜怒哀樂はどうらくなり。それでわるくなるぞ。仁義礼智は道理の寸法、喜怒哀樂は寸法はづれ。喜ひことあると夜も寐ぬもの。子とも山王祭うれしふて子ぬ。腹の立と云が別してひょんなもの。どふしてかふいと出て来る。某などは怒が得てものじゃ。田舎の麥畑のわきに居ながら、何かして斯ふはあるまい、あふはあるまいなどとすい々々と怒が出る。さて怒もだたいあるまいものてなく、それが無れば蕃椒の辛くないのぞ。人のはたらきで人にあるものと見へし。そのあるべきものから取りみだす。これ、學問なくてならぬかしれた。
【語釈】
・自天降生民則與之仁義礼智之性…大学章句序。「大學之書、古之大學所以敎人之法也。蓋自天降生民、則既莫不與之以仁義禮智之性矣」。
・天地之帥天地之塞…近思録為学89。「横渠先生作訂頑曰、乾稱父、坤稱母。予茲藐焉、乃混然中處。故天地之塞、吾其體、天地之帥、吾其性」。

○哀も人のもち前にて、薄情な人と云へども、をほへす涙の出る。どふも今日は酒も得飲ぬてやと云ことがあり。○樂はいそ々々そこあらはれたなり。喜と樂は手短く云へは一つにも云はれる。内にあるか喜、外へ出るが樂なり。侖吾首章の説と樂のいきそ。○愛は人を愛するは固りのこと、牡丹切られぬと云迠が愛の遠くへ参ったなり。親が、愚なことなれども、どふも忰ふびんになってならぬと云。○悪はいやに思ふこと。そちへ持てゆけなり。人の情、これが必すあることなれども、寸法はつれるとどふもならぬ。○欲と云も持前で欲閼迦でない。好色や金銀のむさい欲計りでなし。欲が七情の惣もち前にて、そふしたい斯ふしたいのにて何に一と色でない。さま々々あるものなり。さて、七情こまりものなれども取てのけられぬ。仏はこれをすてたがる。垩人の道にそれはないが、とふしてもやっかいものなり。
【語釈】
・侖吾首章の説と樂…論語学而1。「子曰、學而時習之、不亦說乎。有朋自遠方來、不亦樂乎」。
・欲閼迦…欲垢煩悩。欲心と煩悩。

○情既熾而益蕩、其性鑿矣。腹立とあとさきを見ぬ。これは日頃の發明に似合はぬと云に、當人も知らぬがふい々々と腹立なり。先年住吉にをるとき某を一啇人が、をしい先生じゃが腹立はやいと云た。某が人を大だわけなどと云をきいたものなり。偖、定性畫に惟怒為甚と七情の中、怒計りを出された。面白い。玉のやふな明道、手前にはないことなれとも、あれか療治の上手なり。仲景が傷寒を第一とし、あとは雜病へ入れたやふなものなり。喜の樂のと云も自然なれとも、怒のやふにあとさき見ずに出ると云ことはないもの。なんぼ溺れてもそふはない。怒は手とりものぞ。それゆへここは七情そろへて云へとも、この中てはとふしても怒かむつかしいと知れは、はや受用に親切なり。蕩は御定りの処に居ぬこと。尭の洪水蕩々。山も川も知れぬやふになってくる。又、放蕩の蕩もこれで、人の寐るときも子ず、起るときも起す。法はづれてくると蠟燭の流れて何にか形の知れぬやうになる。怒るへきに怒、喜ぶべきに喜べは寸法はよいもの。この寸法はづれの蕩けると云になりては、何でもろくなことはないと思召せ。淫乱の淫もとらけること。垩人の道、夫婦は人倫の大綱と云ても、玄宗の楊貴妃、其性鑿矣ぞ。すると性に穴があく。御朱印の箱に巤が入て其御朱印を呀破るやふてはとふあらふぞ。言語のへられぬ。沙汰のかきりなり。五性よのものは邪魔せぬが、七情が邪魔する。
【語釈】
・定性畫に惟怒為甚…近思録為学4。「夫人之情、易發而難制者、惟怒爲甚」。
・仲景…張仲景。河南省南陽県の人。長沙の太守を勤める。「傷寒雑病論」を著した。
・尭の洪水蕩々…書経堯典。「湯湯洪水方割。蕩蕩懷山襄陵。浩浩滔天」。
・夫婦は人倫の大綱…漢書列伝王貢兩龔鮑伝。「吉意以爲、夫婦、人倫大綱、夭壽之萌也」。

○是故覚者約其情使合於中云々。先覚後覚の覚なり。伊尹天民之先覚と云。覚の字は學者計りを云なり。学者第一に七情のをさめやふ知ら子はならぬ。だたい学問は致知格物にて、一草一木皆吟味することなれども、とど心のことと云は、その心のひらけ、あがるくする。そふしても情をつづめるてなくては垩人になられぬ。それて喜怒が丁どにゆく。約の字、倹約の約で、つかふべきことにつかふを約と云。そこを七情勝手次第につかふとわるい。偖て、中の字が、中庸の中は丁どのほどらいよいこと。それにちがいはないか、中庸の中と云へは出ものになる。上文の其中の字をうけて、うちとよむへし。うちにある仁義礼智に合せるなり。德利の中の酒なり。仁義礼智の中にあるなりにすると丁どになる。そこて中庸の中に見ても間違もない筈なれとも、中ちと云へば心統性情ものにて、学問は心てする。情を約めると仁義礼智居処にいる。仁義礼智がかけをちせぬ。悪人は中の仁義礼智がかけをちしたもの。中に合せるは仁義礼智に合せることなり
【語釈】
・伊尹天民之先覚…孟子万章章句上7。「天之生此民也、使先知覺後知、使先覺覺後覺也。予、天民之先覺者也。予將以斯道覺斯民也」。万章章句下1にもある。
・心統性情…近思録道体50。「心統性情者也」。

○正其心、養其性云云。正心、大學の文字なり。兎角心は形なくつかまへにくいゆへむつかしい。牛馬は形あるゆへ厩牛部屋に繋て置く。なんのことなし。心はむつかしい。そこて孔子も操存舎亡なり。こころがわるいとふわ々々して、それについて仁義も欠落する。正心は德利をふりちらさぬのなり。そこで中の性か養れる。心には正とし、性には養とする。仁義礼智は正くするの直すのと云ことは入らぬ。心を正くすると性は養はれる。わづかの間でも、茶入わるくいらふと茶がかたまる。御臺所から銚子をふってくると酒がこぼれる。正心養性は學問の綱領なり。これでなければ書物讀みなり。学者々々と云ても藝になる。心性のことは人はたのまれぬ。孔子の膝の前に居てもやくにたたぬ。
【語釈】
・操存舎亡…孟子告子章句上8。「孔子曰、操則存、舍則亡。出入無時、莫知其鄕。惟心之謂與」。

○愚者則不知制之云云。愚とて縄にもたばにもかからぬでない。皆人が愚はこちのことでないと思ふて居て、をらなどは智者でも愚者でもない、其中と思ふが、それが愚なり。氣の毒千萬ぞ。制することを知らぬと云が愚の至なり。道具屋がふきさする。一日きりの肴屋さへ魚に手入するも、それで渡世する。况んや人間は五性で人なり。それに制することを知らす我まますると、打まぜ打ても寢て居る。縦其情と云が情次第の勝手よいもの。大酒好色かぎりなくする。○至邪僻。もふ其分にしてをかれぬ。親も勘当せ子はならぬ。だたい親の目にはきりがある。子を思ふやみのと云へども、この段になりてはそふしてはをかれぬ。これは生れつきで別かと云にそふでなく、縦にしたゆへなり。

○梏其性而亡之。伊川の畫をしった。梏するは桎梏の梏で、この大切な性を以て罪人を手かせ足かせするやうにする。大学で明德、中庸て誠と云。それを何とがあるやふに桎梏する。いや私は縛らぬと云へども、しばって置けばこそ仁も義も出ぬ。さて々々なげかはしいことなり。好学侖畫物藝にせぬと受用になる。仁義にかんか立、穴があくと忠孝がならぬ。人の家来て居て忠がならぬと云はば御前も御合点遊ばすまい。公子在性を梏するとそれがならぬ。然れば大ふ大切なり。段々申上る通り、仁義をわるくするとあとのはたらきならぬ。そこて性か重ことなり。

○然学之道、必先明諸心云々。さて字の承け、これ迄は綱領を語りてこれから学ぶことを云。七情か制しにくひとて、これを制する相談になると坐禅堂へ引こみ、それ喜、それ怒と、それをしつめることのやふにはかりをもふ。それにしてもたたそふはかりては暗やみてさわぐやうなもの。そこて、この然るになり。空手であたまからは制されぬ。先明と云が大学の入り口。格物致知がこれぞ。なんでも知惠を明にせぬ内はならぬ。○一作往。間違ないやふには往がよい。先、品川川嵜と道中知ら子ば、なにほど足か達者てもとほうもない所へゆく。

○而後力行以求至云々。知たばかりはずんとうれしふない。下坐見の大名方を覚へたやうなもの。手前の為にはならぬ。向の参り処を知て力行すると我ものになる。○所謂自明而誠也。誠之道、在乎信道篤云云。七情に先つ明のことが入る。ここは伊川□□かけ々々々々云。なるほど伊川などの論は我々式の知た道をゆくやうに探り足でない。伊川の我脩行の覚へなり。大学中庸を借てきて引付るやふなでない。さて道と云ものは信てなければ得られぬ。茶人か利休の文や茶杓を大切にするのか信ゆへぞ。信がないと文も只の反古、茶杓も只竹を曲けたものなれども、あれを金銀ちりばめたものより尊む。そこで道は我に具りたたれとも、信でなけれはのりがつかぬ。そふないと我は我、道は道になる。それも只後生願の珠敉でない。道を知から信ずる。前々迂斎云、軽いものが烟草入は落すが金子はをとさぬ。されも金銀尊ひを知たゆへぞ。信の字涙流すやふなれども、知らぬとそふない。目利者その道具を大事かるは知たからするのなり。

○行之果。行へ出ぬは信のないなり。あつい灸するも効験あるを知て信するからぞ。小児の泣てにげるは知らず、信せぬゆへぞ。○守之固。守と行は似て違ふ。行はをし出すあたまを云。行の上に守がなければ長くつつかぬ。よいこと一寸して、それでは垩賢には至られぬ。守りがなければならぬ。この文字どふして居たなれば、情は仁義をわるくする仲人なり。約は心に明でなければならぬが、それも信がなければつづかぬ。文盲なうばかかでも後生願てくたひれぬは信ゆへぞ。そこで又借りものは固いと云はれぬ。藝術の上ても固と云でなければやめるもの。火事に合とせぬ茶人が、実に好むと小屋がけの中からしぶ茶一ふくと云。

○仁義忠信離乎心云々。先刻は仁義欠落すると字にしたが、ここの段になるともふどふしてもかけ落せぬ。斯ふなると性善のなりぞ。さてここは上の誠の縁で仁義忠信と云へとも、仁義に礼智をこめて信で云ことなり。○造次必於是云云。造次顚沛は、箸の上け下しの軽いことも一生懸命、命から々々のときにもなり。出処は近思の出処と見るはわるい。これは出入のことなり。○久而不失、則居之安云云。皆程子の語は我に覚へあるなりに出るゆへ、そこでこの好學論にも四箴にも、久而の字がある。久でなければならぬ。始の脩行か後は我ものになる。○動容周旋中礼而云云。ここは垩人の塲なり。これ迠の脩行でここは月夜の夜の明けるのなり。堺目は見へぬ。これまで近習、今日からは外ざまになりたと云やふに、きっと役かへしたやふにはない。垩賢に至るにここと分ることはない。さてここへ動容周旋中礼と云字が出まい文字の出たやふなれども、上の曰然を照応したものぞ。されが出たぞ。然りと云たはかふしたことなり。動容周旋になる、この段になると頼でも邪僻にはならぬ。悪いことはどふしてもならぬ。
【語釈】
・四箴…近思録克己3を指す。「克己復禮、久而誠矣」。

○故顔子所事、則非礼勿視云云。顔子、これでつかまへた。學者が太極の道体のと云てもつかまへ処がない。いつもあがらぬ。顔子は非礼に用心して勿れと云ふ番を付る。視聽言動は人間のはたらき。朝夕この外なし。顔子この通り脩行せられたゆへ、孔子の御賞美で、得一善則云々。學者すこしよい、はや髙ぶり、それからわるくなる。極樂へ行ふと思ふ心こそ、地獄へ落る始なりけり。髙上が魔がさす。顔子はたまか一善を得る、それを大事々々とせらるる。町人のぶげんが、もと一銭から大切にしてあふなる。顔子克己は手荒。人欲を真っ二つに切りながら、一善でもこれをにがしてはならぬと云。○拳々服膺云々。大事々々とする。今日も大切の畫付と云と胸へつける。

○又曰不迁怒云々。其上にまだあるなり。上に故にとある。とふしてあふじゃと不審云ゆへ、そこでこふ段々出して見せる。怒はうつりやすきもの。怒はもと火なり。類火と云ことでも火は一人からうつるもの。顔子の大賢も、怒がむつかしさにいかふ工夫されたそ。ゆだんするとわきへ出す。○不貳過。これがきついこと。過は垩人の外はありうちなれとも、顔子に再はない。凡夫は又しても々々々々なり。迂斎が、凡夫は過ちをつづけ々々々する。廿八日の御礼にをくれ、又、朔日にもをそい。あんまりしゃ。小の月は一日ちがひじゃと酒なとのむに、又例のと云ことあるぞ。あさましいことぞ。不迁怒、不貳過、こふなると心はさっはりとよいそ。このあとはきれいな除の心なり。凡夫の心、不掃除なり。丁ど二疂敷を羽帚、塵も灰もない。顔子明英と云がこれなり。

○此其好之篤、学之道也。学ぶ筋合がこふぢゃとなり。好と學ぶ筋の二つのこと。學者が有難々々と云ても、筋よくなければやくにたたぬ。筋よくても好まぬと経学知りなり。二つでなければならぬ。たた感拜すれは念佛組になる。○然垩人則不思而得、不勉而中。これが急度前へ照すことなり。垩人は天へ登るやうなれども、段々脩行て動容周旋中礼になる。垩人になるに関も川もない。さて又垩人と顔子の二つてないが、然に垩人なり。孔顔同じことなれども、垩人は氣がつかぬ。丁ど自分の子の可愛いやふなもの。かわゆいに脩行はないやうに、垩人か萬端其通りに出るが、顔子そこが垩人に及はぬ。

○一息。所未至者、守之也。垩人と顔子の問が一と息の所はまだ守るぞ。某先年云、これは人の歩行に草履と木履とのやうなもの。木履でも太義はないが、蹈かへそふかと云処あり。なれども顔子に殊の外に筋を張り息をつめてきびしくする様な工夫はないが、垩人のやうに手ばなしではない。扨、化の段はこの方と一つになれははなれることはない。丁と、耳や目に用心入らぬが、巾着は外物ゆへ落そふかと云。顔子垩人と帳面は同ことなれども、この化に至らぬ。○假之以年云々。顔子もちと長命なれば化になるぞ。垩人は欲する処のりをこへず。顔子は勿れ々々とする。言へば顔子は天の不調法で短命。そふないと垩人が二人出来る。
【語釈】
・欲する処のりをこへず…論語為政4。「子曰、吾十有五而志于學、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而從心所欲、不踰矩」。

○後人不達云々。後人が無学と云ことでなひ。歴々の學者が垩人は脩行ではならぬと云。徂徠一向にそふ言が、あれもひまな時相手なしに静に考て見たら耻しからふ。又、彼徒のやふに垩人には至られぬと云へば、どらほど人の為めになることやら、可笑しきことなり。垩賢の化の月夜の夜の明けると云ことは、後人知らぬ。そこで伊川、千歳の前に徂徠をはや撞てあり。○為學之道遂失云々。至られぬと云、魂からのこと。それがとげて遂になり。根が遠方へ行かぬ氣ゆへ、長崎と云て六郷から歸るのぞ。顧川本子、向公子曰。先刻申上る通り、心へたたむこと故垩人を目ざすと一体の出がけか違ふ。

○不求諸己云云。怒も勝手に怒り、非礼も勝手にする。我方へはふりむかぬ。文を作り詩を作って出すと人もよいと云。それが望みなり。○以博文強記云云。日本へ渡った畫は皆見たの、一度聞くとわすれぬのと云が、されども有りだけを皆覚へるにも及はぬ。大事のことはすこしなものそ。巧文、文章。麗辞、詩も其中にあり。栄蕐其言、大抵これなり。王代もこれぞ。唐の世が日本へうつりた。何の用に立つことでない。垩人辞達してやむと云。御祐筆は御用足りればよい。去るに因て、栄蕐と云ふは御用筋にない。文学者、あれも暇のあまりなり。○鮮至於道者云々。道理を得るの沙汰は微塵もない。
【語釈】
・辞達してやむ…論語衛霊公40。「子曰、辭、達而已矣」。

○今之学者、與顏子所好異なり。大勢学ぶものあるが顔子と違ふ。哀公の誰が好むと問はれたも尤なことなり。さてこの章、聞ふれた文ゆへそふ思はぬが、これが朝聞道なり。好学侖は程子の名髙い文と云てそれぎりて仕舞って置き、たんてき己の受用になら子は伊川へぶしつけなり。我身の受用になる、はや朝聞道ぞ。直方の道学標的へ朝聞道のせたもかふした処へ落る。垩賢に至る望なくは大酒のまふとも、我ままし怒ふともさして功夫も入らぬこと。病氣を直さず死ふと思なら灸は入らぬ。我に直す合点なくはかってなことするがよい。すれば好学侖よく見べし。ほんの学問はこれらのことなり。
【語釈】
・朝聞道…論語里仁8。「子曰、朝聞道、夕死可矣」。

講後仲遷曰、朝聞道照り合せると、ここか大ふ引立なり。○先生曰、然るに々々々とは子かへすが、段をつけずいつの間にか動容中礼になる。○仲迁曰、昨夜近火ありしに皆よく働て、一人が五人にも当りき。扨、根本立ぬことはならぬもので、先火のは皆そふなかった。きめ所きめて君の御声がかかると大ふ違ふ。よいことは直にひひくもの。わるいことも、それで奥向のわすかのことが人へ知るる。愼独が大切なこと。曰、玄宗の比翼連理。仲迁云、誰か後に傳へけんなり。奧に在しては人へもれまいことなれども、中遘之言も聞たものあればこそ、詩にのこりてあり。○先生問公子曰、御前は近年御学問御勵の由、今に御詩作も遊すや。曰、いや近來は作らじ。案じて作るは却て滞りてあしし。詩の畫さへ見ず。惟道学せんと小学近思四書熟復するのみ
【語釈】
・比翼連理…白居易。長恨歌。「在天願作比翼鳥、在地願爲連理枝」。
・中遘之言…詩経国風鄘牆有茨。「中冓之言」。

右為丸亀之公子蔀君講