岩村紀行(ウソツキつねちゃん岩村に旅す)
by 柏木恒彦
平成19年4月14日(土)、岐阜県恵那市岩村町に孔子祭(釈奠)を訪ねる一人旅に出た。

岩村町とは?
○女城主の里
岩村は、美濃の国、岩村城があったかつての城下町。今は城は城址となってしまったが、当時の面影を残す建物をいくつか見ることができる。尚、岩村本通りは重要伝統的建造物群保存地区である。
さて、この岩村城には織田信定の娘で信長の叔母にあたるおやつの方がおり、戦国の世にあって、織田家と武田家の戦いに翻弄され、最後は信長によって逆磔刑に処せられることとなる。銘酒「女城主」もそれを踏まえて名付けられたのである。
○佐藤一斎
佐藤一斎は儒学者で、安永元年に美濃国岩村藩士の次男として生まれる。小泉前総理が、彼の最初の所信表明演説で米百俵と共に一斎の三学戒を引用したので一時有名になった。岩村藩では儒学が重んじられ、藩校知新館が建てられた。そんなことで、孔子祭が当地で行われているのである。また、当地には佐藤一斎顕彰会がある。今回の孔子祭開催でも主体的役割を担っている。この様な組織が岩村の歴史文化を強固なものとしているのだろう。我々も見習うべきものである。


さて、出発!

06:08
前夜からの風雨も峠を越えた。いざ出発。
千葉県の成東駅から旅立つ。
駅の時計は5時40分をさしている。未だ完全には夜が明けていない。


06:08~07:17
成東駅→東京駅(JR特急しおさい2号)
当然、全席禁煙だ。
この時間だと、自由席でも十分に座って行ける。


07:33~09:15
東京駅→名古屋(JR新幹線のぞみ61号)
JRは全車両禁煙だと思っていたのだが、3号車は喫煙車両だった。当然に3号車に乗る。煙草を敬遠する為だろうか?空席が目立つ。

名古屋駅にひとこと
日本の中部地域の中核駅にしてはとにかくトイレがお粗末、小さ過ぎる。男用もそうだが、それ以上に女用が酷い。長蛇の列を成していた。快適な旅にトイレは欠かせないものだ。

09:30~10:22
名古屋→恵那(JRセントラルライナー1号)
セントラルライナーは全席指定であることを知らなかった。よって、これに乗るには「乗車整理券」を買わなければならない(車中でも買えるようだが)。一律310円なので、名前の通り整理券(座席指定券)ということだろう。そのことを知らなかったのでちょっと焦る。座席指定は多治見まで。

JR恵那駅
恵那に近付くにつれて、集落が小さくなってきた。つまりは田舎っぽくなってきたということ。岩村はこれ以上に田舎なのではないかと想像し、昼飯の心配をする。
恵那はそこそこの規模の町だった。しかし、用心して、恵那で早めの昼食をとることとする(結果として用心は大正解。岩村の駅前にある食事處は臨時休業していた)。

明知鉄道恵那駅
恵那でJRから明知鉄道(私鉄)に乗換えとなる。

明知鉄道恵那駅内

恵那にて
味噌煮込みうどんの幟ははためくものの店はまだ開店前だ。喫茶店やレストランは開店していたが、旅の雰囲気が出ない。駅前通りを歩き、結局はおにぎり屋でおにぎり2個を買う。
おにぎり屋では、「焼き味噌」と「焼きおにぎり」の表示が私の思っているのと違うのでそのことを店員に尋ねると、表示の通りでよいとのこと。郷に入りては郷に従えだ!店員は高校出たて位で新人の様だったが、仕事があるのはよいことだ!

11:31~11:59
恵那→岩村(明知鉄道)
明知鉄道で更に山奥に進む。きっと山を切り開いて鉄道を通したのだろう。隘路だ。両側から壁が迫り、アップダウンが続く。飯沼あたりが一番高いのだろうか?
窓から小さな棚田が見える。山には綺麗に杉が植樹され、落葉樹も多くある。秋も美しいだろう。
線路も狭いが窓から見える道路も狭い。しかし、よく舗装されている。この面での日本の公平性は凄い!

岩村行きの切符

整理券

岩村駅に着く。
岩村は綺麗な町だ。そして、多分は明知鉄道の中で最も栄えている町ではないだろうか。失礼な言い方だが、こんな山奥にありながら、優れた歴史文化を守り続けている人々がいる。その心意気からだろうか、町も美しい。くわえ煙草はちょっと気が引ける。水もさすがに清い。これなら観光客が来る筈である。

駅の構内には「美濃国 岩村城 女城主の里」の看板がある。

岩村城藩主邸太鼓櫓
岩村駅から東に進むと岩村城址があり、そこまでは上り坂が続く。

江戸時代初期、時の藩主松平家乗が、城の麓に藩主邸を造営し、併せて太鼓櫓を造り城下に時を知らせた。

 

岩村城藩主邸太鼓櫓を別の角度から望む。

佐藤一斎翁像
太鼓櫓の近くにある。また、知新館正門と歴史資料館もここにある。

三学戒
佐藤一斎翁像の脇にある。

少にして学べば則ち壮にして為すこと有り
壮にして学べば則ち老いて衰えず
老にして学べば則ち死して朽ちず
 

太鼓櫓から駅へ坂道を下りながら、城下の古い街並みの中を散策する。

岩村醸造
大看板は「恵那の誉」だが、今の主力は「女城主」。うまい酒、銘酒である。

インターネットで購入可能
http://www.torokko.co.jp/

土産に一個購入
手荷物になるのが嫌だったので、ワンカップを購入。
帰宅後、地元の酒と飲み比べてみたが、ワンカップであってもうまい。地の利は天の賜である。
 

松浦軒本店
「カステーラ」の老舗。
寛政年間に岩村藩の藩医師谷雲沢が長崎で蘭学を学んでいた時にカステラの製法を取得したのが始まり。



 

参考:「論語とカステラ ―東濃の教育立藩― 」
http://homepage2.nifty.com/7928/m_kondo/rongo-kasutera.html

土産に一本購入。
今風のカステラとはちょっと違う。
買った時はアツアツだった。これが結構固くなる。
アツアツでもOKだし、固くなればまた食べ応えがある。

岐阜信用金庫
信金の支店がこれ。素晴らしいではないか!これが街作りだ!!

道沿いの家々にはこの様な語が掛けられている。多分『言志四録』の語だろう。
今でも佐藤一斎がこの地に定着しているのである。

上に同じ。
多分、岩村醸造に掛けてあったもの。

13:30~15:00
岩村町公民館にて 平成19年度岩村孔子祭記念講演「温故知新―礼の生活文化論」(岐阜女子大学近藤正則教授講義)を拝聴する。

流石に普段から講義馴れしているので、内容は結構難しい筈なのだが、わかり易く手堅い。講義の中に礼記内則の一文があったが、これは小学にも載っていたと思い、帰宅後確認すると、小学内篇立教2だった。朱子学では礼記も小学を通じて教わるのである。そもそも、小学は礼を礼と思わずに自然と身に付けるものだから当然ではあるが・・・

15:14~
岩村を離れて帰途に着く

静岡からの富士山

東京駅での接続が悪く、千葉駅まで快速電車を利用する。
しかし、千葉駅でも接続が悪く、結局は千葉から成東までしおさい13号に乗る(これなら東京から乗ることも出来たのだ)。
ただ、10年振り位に千葉駅の立ち食いラーメンを食べた。330円と安いのに何故かああいうのは美味いんだ。名古屋で立ち食いのきしめんを食べられなかったのは残念だった!
21:40 我が家に無事到着

結語:
岩村の本通りには伝統的建造物が多くある。今回はそれをここに載せるにまでは至らなかったが、一見の価値はある。それから、町造りの志と、それが具現化された今の岩村町の姿は、地域活性化のモデルとなることだろう。ここでは、佐藤一斎の存在が大きい。日本人の心の落着き場は、今、都市には無い。是非、この岩村に訪れることを奨める。きっとよい思い出となることだろう。

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