山崎闇斎点倭板四書を参考とした。

大學章句序
大學之書、古之大學所以敎人之法也。蓋自天降生民、則旣莫不與之以仁義禮智之性矣。然其氣質之稟或不能齊。是以不能皆有以知其性之所有而全之也。一有聰明睿智能盡其性者出於其閒、則天必命之以爲億兆之君師、使之治而敎之、以復其性。此伏羲・神農・黄帝・堯・舜、所以繼天立極、而司徒之職、典樂之官所由設也。三代之隆、其法寖備。然後王宮・國都以及閭巷、莫不有學。人生八歳、則自王公以下至於庶人之子弟、皆入小學、而敎之以灑掃・應對・進退之節、禮・樂・射・御・書・數之文。及其十有五年、則自天子之元子・衆子、以至公・卿・大夫・元士之適子、與凡民之俊秀、皆入大學、而敎之以窮理、正心、脩己、治人之道。此又學校之敎、大小之節所以分也。夫以學校之設、其廣如此、敎之之術、其次第節目之詳又如此、而其所以爲敎、則又皆本之人君躬行心得之餘、不待求之民生日用彝倫之外。是以當世之人無不學。其學焉者、無不有以知其性分之所固有、職分之所當爲、而各俛焉以盡其力。此古昔盛時、所以治隆於上、俗美於下、而非後世之所能及也。及周之衰、賢聖之君不作、學校之政不脩、敎化陵夷、風俗頹敗。時則有若孔子之聖、而不得君師之位以行其政敎。於是獨取先王之法、誦而傳之以詔後世。若曲禮・少儀・内則・弟子職諸篇、固小學之支流餘裔、而此篇者、則因小學之成功、以著大學之明法、外有以極其規模之大、而内有以盡其節目之詳者也。三千之徒、蓋莫不聞其說、而曾氏之傳獨得其宗。於是作爲傳義、以發其意。及孟子沒而其傳泯焉。則其書雖存、而知者鮮矣。自是以來、俗儒記誦詞章之習、其功倍於小學而無用、異端虛無寂滅之敎、其高過於大學而無實。其他權謀術數、一切以就功名之說、與夫百家衆技之流、所以惑世誣民、充塞仁義者、又紛然雜出乎其閒、使其君子不幸而不得聞大道之要、其小人不幸而不得蒙至治之澤。晦盲否塞、反覆沈痼、以及五季之衰、而壞亂極矣。天運循環、無往不復。宋德隆盛、治敎休明。於是河南程氏兩夫子出、而有以接乎孟氏之傳。實始尊信此篇而表章之、旣又爲之次其簡編、發其歸趣。然後古者大學敎人之法、聖經賢傳之指、粲然復明於世。雖以熹之不敏、亦幸私淑而與有聞焉。顧其爲書猶頗放失。是以忘其固陋、采而輯之、閒亦竊附己意、補其闕略、以俟後之君子。極知僭踰。無所逃罪。然於_國家化民成俗之意、學者脩己治人之方、則未必無小補云。
  淳熙己酉二月甲子
                新安朱熹序
【読み】
大學の書は、古の大學にして人を敎うる所以の法なり。蓋し天の生民を降すよりは、則ち旣に之に與うるに仁義禮智の性を以てせざること莫し。然るに其の氣質の稟[う]けること或は齊しきこと能わず。是を以て皆以て其の性の有る所を知りて之を全くすること有ること能わず。一りも聰明睿智にして能く其の性を盡くす者其の閒に出づること有れば、則ち天は必ず之に命じて以て億兆の君師と爲して、之をして治めて之を敎えて、以て其の性に復らしむ。此れ伏羲・神農・黄帝・堯・舜の、天に繼ぎ極を立つる所以にして、司徒の職、典樂の官、由りて設くる所なり。三代の隆んなりし、其の法寖[ことごと]く備われり。然して後王宮・國都より以て閭巷に及ぶまで、學有らざること莫し。人生れて八歳なれば、則ち王公より以下、庶人に至るまでの子弟は、皆小學に入りて、之に敎うるに灑掃・應對・進退の節、禮・樂・射・御・書・數の文を以てす。其の十有五年に及びては、則ち天子の元子・衆子より、以て公・卿・大夫・元士の適子と、凡民の俊秀とに至るまで、皆大學に入りて、之に敎うるに理を窮め、心を正しくし、己を脩め、人を治むるの道を以てす。此れ又學校の敎、大小の節の分かたる所以なり。夫れ以[おも]んみれば、學校の設、其の廣きこと此の如く、之を敎うるの術、其の次第節目の詳かなること又此の如くにして、其の敎を爲す所以は、則ち又皆之を人君躬に行い心に得るの餘に本づき、之を民生日々に用うる彝倫の外に求むるを待たず。是を以て當世の人學ばざること無し。其の學ぶ者は、以て其の性分の固より有る所、職分の當に爲すべき所を知りて、各々俛焉として以て其の力を盡くすこと有らざる無し。此れ古昔の盛んなりし時の、治は上に隆んに、俗は下に美しき所以にして、後世の能く及ぶ所に非ず。周の衰うるに及びて、賢聖の君作[おこ]らず、學校の政脩まらず、敎化陵夷し、風俗頹敗す。時に則ち孔子の若き聖有りて、君師の位を得て以て其の政敎を行わず。是に於て獨り先王の法を取り、誦じて之を傳えて以て後世に詔[つ]げり。曲禮・少儀・内則・弟子職の諸篇の若きは、固に小學の支流餘裔にして、此の篇は、則ち小學の成功に因りて、以て大學の明法を著わし、外は以て其の規模の大なるを極むること有りて、内は以て其の節目の詳かなるを盡くすこと有る者なり。三千の徒、蓋し其の說を聞かざること莫くして、曾氏の傳、獨り其の宗を得たり。是に於て傳義を作爲して、以て其の意を發す。孟子沒せるに及びて其の傳も泯びたり。則ち其の書は存すと雖も、而れども知る者は鮮し。是より以來、俗儒の記誦詞章の習は、其の功小學に倍して用無く、異端の虛無寂滅の敎は、其の高きこと大學に過ぎて實無し。其の他權謀術數、一切に以て功名を就[な]すの說と、夫の百家衆技の流と、世を惑わし民を誣い、仁義を充塞する所以の者も、又紛然として其の閒に雜り出で、其の君子をして不幸にして大道の要を聞くことを得ず、其の小人をして不幸にして至治の澤を蒙ることを得ざらしむ。晦盲否塞、反覆沈痼して、以て五季の衰うるに及びて、壞亂極まりぬ。天運循環して、往きて復らざること無し。宋の德は隆盛にして、治敎は休明なり。是に於て河南の程氏兩夫子出で、以て孟氏の傳を接すること有り。實に始めて此の篇を尊信して之を表章し、旣に又之が爲に其の簡編を次して、其の歸趣を發せり。然して後古者[いにしえ]の大學の人を敎うるの法、聖經賢傳の指、粲然として復た世に明らかなり。熹の不敏なるを以てすと雖も、亦幸に私淑して聞くこと有るに與れり。顧るに其の書爲る、猶頗る放失す。是を以て其の固陋を忘れ、采りて之を輯め、閒々[まま]亦竊かに己が意を附け、其の闕略を補いて、以て後の君子を俟つ。極めて僭踰なることを知る。罪を逃るる所無し。然れども國家の民を化し俗を成すの意と、學者の己を脩め人を治むるの方に於ては、則ち未だ必ずしも小補無くんばあらずと云う。
    淳熙己酉二月甲子
                  新安の朱熹序す


大學 大舊音泰。今讀如字。
                        朱熹章句
【読み】
大學 大は、舊音は泰。今讀んで字の如し。
                        朱熹章句


小序
子程子曰、大學、孔氏之遺書、而初學入德之門也。於今可見古人爲學次第者、獨頼此篇之存、而論・孟次之。學者必由是而學焉、則庶乎其不差矣。
【読み】
子程子曰く、大學は孔氏の遺書にして、初學の德に入るの門なり。今に於て古人の學を爲むる次第を見る可き者は、獨り此の篇の存するに頼りて、論・孟之に次ぐ。學者必ず是に由りて學べば、則ち其の差[たが]わざるに庶からん、と。


大学経1
大學之道、在明明德、在親民、在止於至善。程子曰、親、當作新。大學者、大人之學也。明、明之也。明德者、人之所得乎天、而虛靈不昧、以具衆理而應萬事者也。但爲氣稟所拘、人欲所蔽、則有時而昏。然其本體之明、則有未嘗息者。故學者當因其所發而遂明之、以復其初也。新者、革其舊之謂也。言旣自明其明德、又當推以及人、使之亦有以去其舊染之汙也。止者、必至於是而不遷之意。至善、則事理當然之極也。言明明德、新民、皆當止於至善之地而不遷。蓋必其有以盡夫天理之極、而無一毫人欲之私也。此三者、大學之綱領也。
【読み】
大學の道は、明德を明らかにするに在り、民を親[あら]たにするに在り、至善に止まるに在り。程子曰く、親は當に新に作るべし、と。大學は、大人の學なり。明は、之を明らかにするなり。明德は、人の天に得る所にして、虛靈にして昧[くら]からず、以て衆理を具えて萬事に應ずる者なり。但氣稟に拘わされ、人欲に蔽わるることをすれば、則ち時として昏きこと有り。然れども其の本體の明らかなることは、則ち未だ嘗て息まざる者有り。故に學者は當に其の發る所に因りて遂に之を明らかにして、以て其の初に復るべきなり。新は、其の舊を革むるの謂なり。言うこころは、旣に自ら其の明德を明らかにして、又當に推して以て人に及ぼして、之をして亦以て其の舊染の汙を去ること有らしむべしとなり。止は、必ず是に至りて遷らざるの意。至善は、則ち事理當然の極なり。言うこころは、明德を明らかにし、民を新たにすること、皆當に至善の地に止まりて遷らざるべし。蓋し必ず其の以て夫の天理の極を盡くすこと有りて、一毫も人欲の私無しとなり。此の三つの者は、大學の綱領なり。

知止而后有定。定而后能靜。靜而后能安。安而后能慮。慮而后能得。
后、與後同。後放此。止者、所當止之地、卽至善之所在也。知之、則志有定向。靜、謂心不妄動。安、謂所處而安。慮、謂處事精詳。得、謂得其所止。
【読み】
止まるを知りて后定まること有り。定まりて后能く靜かなり。靜かにして后能く安し。安くして后能く慮る。慮りて后能く得。后は、後と同じ。後も此に放[なら]え。止は、當に止まるべき所の地、卽ち至善の在る所なり。之を知れば、則ち志定まり向かうこと有り。靜は、心の妄りに動かざるを謂う。安は、處る所にして安きを謂う。慮は、事を處することの精詳なるを謂う。得は、其の止まる所を得るを謂う。

物有本末、事有終始。知所先後、則近道矣。
明德爲本、新民爲末。知止爲始、能得爲終。本・始所先、末・終所後。此結上文兩節之意。
【読み】
物に本末有り、事に終始有り。先後する所を知れば、則ち道に近し。德を明らかにするを本と爲し、民を新たにするを末と爲す。止まるを知るを始めと爲し、能く得るを終 わりと爲す。本・始は先にする所、末・終は後にする所なり。此れ上文の兩節の意を結ぶ。

古之欲明明德於天下者、先治其國。欲治其國者、先齊其家。欲齊其家者、先脩其身。欲脩其身者、先正其心。欲正其心者、先誠其意。欲誠其意者、先致其知。致知在格物。
治、平聲。後放此。明明德於天下者、使天下之人皆有以明其明德也。心者、身之所主也。誠、實也。意者、心之所發也。實其心之所發、欲其一於善而無自欺也。致、推極也。知、猶識也。推極吾之知識、欲其所知無不盡也。格、至也。物、猶事也。窮至事物之理、欲其極處無不到也。此八者、大學之條目也。
【読み】
古の明德を天下に明らかにせんと欲する者は、先ず其の國を治む。其の國を治めんと欲する者は、先ず其の家を齊う。其の家を齊えんと欲する者は、先ず其の身を脩む。其の身を脩めんと欲する者は、先ず其の心を正しくす。其の心を正しくせんと欲する者は、先ず其の意を誠にす。其の意を誠にせんと欲する者は、先ず其の知ることを致[きわ]む。知ることを致むることは物に格[いた]るに在り。治は、平聲。後は此に放え。明德を天下に明らかにすとは、天下の人をして皆以て其の明德を明らかにすること有らしむなり。心は、身の主とする所なり。誠は、實なり。意は、心の發る所なり。其の心の發る所を實にするは、其の善に一にして自ら欺くこと無きことを欲してなり。致は、推し極むるなり。知は、猶識のごときなり。吾の知識を推し極むるは、其の知る所盡くさざること無きことを欲してなり。格は、至るなり。物は、猶事のごときなり。窮めて事物の理に至るは、其の極處到らざること無きことを欲してなり。此の八の者は、大學の條目なり。

物格而后知至。知至而后意誠。意誠而后心正。心正而后身脩。身脩而后家齊。家齊而后國治。國治而后天下平。
治、去聲。後放此。物格者、物理之極處無不到也。知至者、吾心之所知無不盡也。知旣盡、則意可得而實矣。意旣實、則心可得而正矣。脩身以上、明明德之事也。齊家以下、新民之事也。物格知至、則知所止矣。意誠以下、則皆得所止之序也。
【読み】
物格りて后知ること至る。知ること至りて后意誠なり。意誠にして后心正し。心正しくして后身脩まる。身脩まりて后家齊う。家齊いて后國治まる。國治まりて后天下平かなり。治は去聲。後も此に放え。物格るは、物理の極處到らざる無し。知至るは、吾が心の知る所盡くさざること無し。知旣に盡きれば、則ち意得て實なる可し。意旣に實なれば、則ち心得て正しかる可し。身を脩むる以上は、明德を明らかにするの事なり。家を齊うる以下は、民を新たにするの事なり。物格り知ること至るは、則ち止まる所を知るなり。意誠なる以下は、則ち皆止まる所を得るの序なり。

自天子以至於庶人、壹是皆以脩身爲本。
壹是、一切也。正心以上、皆所以脩身也。齊家以下、則舉此而錯之耳。
【読み】
天子より以て庶人に至るまで、壹是[いっし]に皆身を脩むるを以て本と爲す。壹是は、一切なり。心を正しくする以上は、皆身を脩むる所以なり。家を齊うる以下は、則ち此を舉げて之を錯[お]くのみ。

其本亂而末治者否矣。其所厚者薄、而其所薄者厚、未之有也。
本、謂身也。所厚、謂家也。此兩節結上文兩節之意。
【読み】
其の本亂れて末治まる者は否[あら]ず。其の厚き所の者薄くして、其の薄き所の者厚きことは、未だ之有らざるなり。本は、身を謂うなり。厚き所は、家を謂うなり。此の兩節は上文の兩節の意を結ぶ。

右經一章。蓋孔子之言、而曾子述之。
凡二百五字。其傳十章、則曾子之意而門人記之也。舊本頗有錯簡。今因程子所定、而更考經文、別爲序次如左。凡千五百四十六字。凡傳文、雜引經傳、若無統紀。然文理接續、血脈貫通、深淺始終、至爲精密。熟讀詳味。久當見之。今不盡釋也。
【読み】
右は經一章。蓋し孔子の言にして、曾子之を述べり。凡て二百五字。其の傳の十章は、則ち曾子の意にして門人之を記すなり。舊本は頗る錯簡有り。今程子の定むる所に因りて、更に經文を考えて、別けて序次を爲すこと左の如し。凡て千五百四十六字。凡そ傳文は、經傳を雜え引ける、統紀無きが若し。然れども文理接續、血脈貫通し、深淺始終、至て精密爲り。熟々讀み詳かに味え。久しくして當に之を見るべし。今盡く釋かざるなり。


大学伝1
康誥曰、克明德。康誥、周書。克、能也。
【読み】
康誥に曰く、克く德を明らかにす、と。康誥は、周書なり。克は、能なり。

大甲曰、顧諟天之明命。
大、讀作泰。諟、古是字。大甲、商書。顧、謂常目在之也。諟、猶此也。或曰審也。天之明命、卽天之所以與我、而我之所以爲德者也。常目在之、則無時不明矣。
【読み】
大甲に曰く、諟[こ]の天の明命を顧みる、と。大は、讀みて泰に作る。諟は、古の是の字。大甲は、商書なり。顧は、常に目の之に在るを謂うなり。諟は、猶此のごときなり。或は曰く、審かにするなり、と。天の明命は、卽ち天の我に與うる所以にして、我が之德と爲る所以の者なり。常に目之に在れば、則ち時として明らかならざること無し。

帝典曰、克明峻德。
峻、書作俊。帝典、堯典、虞書。峻、大也。
【読み】
帝典に曰く、克く峻德を明らかにす、と。峻は、書に俊に作る。帝典は、堯典、虞書なり。峻は、大なり。

皆自明也。
結所引書、皆言自明己德之意。
【読み】
皆自ら明らかにするなり。引く所の書は、皆自ら己が德を明らかにすることを言うの意を結ぶ。

右傳之首章。釋明明德。
此通下三章至止於信、舊本誤在沒世不忘之下。
【読み】
右は傳の首章。明德を明らかにすることを釋く。此れ下の三章の止於信に至るまでに通じて、舊本は誤りて沒世不忘の下に在り。


大学伝2
湯之盤銘曰、苟日新、日日新、又日新。盤、沐浴之盤也。銘、名其器以自警之辭也。苟、誠也。湯以人之洗濯其心以去惡、如沐浴其身以去垢。故銘其盤。言誠能一日有以滌其舊染之汙而自新、則當因其已新者、而日日新之、又日新之、不可略有間斷也。
【読み】
湯の盤の銘に曰く、苟[まこと]に日に新たならば、日日に新たに、又日に新なり、と。盤は、沐浴の盤なり。銘は、其の器に名じて以て自ら警むるの辭なり。苟は、誠なり。湯は人の其の心を洗濯して以て惡を去ること、其の身を沐浴して垢を去るが如くなるを以てす。故に其の盤に銘ぜり。言うこころは、誠に能く一日以て其の舊染の汙を滌[あら]いて自ら新たにすること有らば、則ち當に其の已に新たなる者に因りて、日日に之を新たにし、又日に之を新たにして、略々間斷有る可からざるべしとなり。

康誥曰、作新民。
鼓之舞之、之謂作。言振起其自新之民也。
【読み】
康誥に曰く、新たにするの民を作す、と。之を鼓ち之を舞す、之を作と謂う。言うこころは、其の自ら新たにするの民を振い起こすとなり。

詩曰、周雖舊邦、其命惟新。
詩大雅文王之篇。言周國雖舊、至於文王能新其德、以及於民、而始受天命也。
【読み】
詩に曰く、周は舊邦なりと雖も、其の命惟れ新たなり、と。詩は大雅文王の篇。言うこころは、周國舊たりと雖も、文王に至りて能く其の德を新たにし、以て民に及ぼして、始めて天命を受けりとなり。

是故君子無所不用其極。
自新新民、皆欲止於至善也。
【読み】
是の故に君子は其の極を用いざる所無し。自ら新たにし民を新たにするとは、皆至善に止まらんことを欲するなり。

右傳之二章。釋新民。
【読み】
右傳の二章。民を新たにするを釋く。


大学伝3
詩云、邦畿千里、惟民所止。詩商頌玄鳥之篇。邦畿、王者之都也。止、居也。言物各有所當止之處也。
【読み】
詩に云う、邦畿千里は、惟れ民の止[お]る所、と。詩は商頌玄鳥の篇。邦畿は、王者の都なり。止は、居るなり。言うこころは、物、各々當に止まるべき所の處有りとなり。

詩云、緡蠻黄鳥、止于丘隅。子曰、於止、知其所止。可以人而不如鳥乎。
緡、詩作綿。詩小雅綿蠻之篇。緡蠻、鳥聲。丘隅、岑蔚之處。子曰以下、孔子說詩之辭。言人當知所當止之處也。
【読み】
詩に云う、緡蠻[めんばん]たる黄鳥、丘隅に止まる、と。子曰く、止まるに於て、其の止まる所を知る。以て人として鳥に如かざる可けんや、と。緡は、詩に綿に作る。詩は小雅綿蠻の篇。緡蠻は、鳥の聲。丘隅は、岑蔚の處。子曰く以下は、孔子詩を說けるの辭なり。言うこころは、人當に當に止まるべき所の處を知るべきなりとなり。

詩云、穆穆文王、於緝熙敬止。爲人君、止於仁、爲人臣、止於敬、爲人子、止於孝、爲人父、止於慈、與國人交、止於信。
於緝之於、音烏。詩文王之篇。穆穆、深遠之意。於、歎美辭。緝、繼續也。熙、光明也。敬止、言其無不敬而安所止也。引此而言聖人之止、無非至善。五者乃其目之大者也。學者於此究其精微之蘊、而又推類以盡其餘、則於天下之事、皆有以知其所止而無疑矣。
【読み】
詩に云う、穆穆たる文王、於[ああ]緝熙[しゅうき]にして敬で止まれり、と。人の君と爲りては、仁に止まり、人の臣と爲りては、敬に止まり、人の子と爲りては、孝に止まり、人の父と爲りては、慈に止まり、國人と交わりては、信に止まれり。於緝の於、音は烏[お]なり。詩は文王の篇。穆穆は、深遠の意。於は、歎美の辭。緝は、繼續なり。熙は、光明なり。敬で止まるは、言うこころは、其れ敬まざること無くして止まる所に安んぜりとなり。此を引きて、聖人の止まれる、至善に非ざること無きことを言えり。五の者は乃ち其の目の大なる者なり。學者此に於て其の精微の蘊を究めて、又類を推して以て其の餘を盡くさば、則ち天下の事に於て、皆以て其の止まる所を知ること有りて疑い無けん。

詩云、瞻彼淇澳、菉竹猗猗。有斐君子、如切如磋、如琢如磨。瑟兮僩兮、赫兮喧兮。有斐君子、終不可諠兮。如切如磋者、道學也。如琢如磨者、自脩也。瑟兮僩兮者、恂慄也。赫兮喧兮者、威儀也。有斐君子、終不可諠兮者、道盛德至善、民之不能忘也。
澳、詩作奧。澳、於六反。菉、詩作綠。猗、協韻、音阿。僩、下版反。喧、詩作咺。諠、詩作諼。並況晩反。恂、鄭氏讀作峻。詩衛風淇澳之篇。淇、水名。澳、隈也。猗猗、美盛貌。興也。斐、文貌。切以刀鋸、琢以椎鑿。皆裁物使成形質也。磋以鑢鍚、磨以沙石。皆治物使其滑澤也。治骨角者、旣切而復磋之。治玉石者、旣琢而復磨之。皆言其治之有緒、而益致其精也。瑟、嚴密之貌。僩、武毅之貌。赫喧、宣著盛大之貌。諠、忘也。道、言也。學、謂講習討論之事。自脩者、省察克治之功。恂慄、戰懼也。威、可畏也。儀、可象也。引詩而釋之、以明明明德者之止於至善。道學自脩、言其所以得之之由。恂慄、威儀、言其德容表裏之盛。卒乃指其實而歎美之也。
【読み】
詩に云う、彼の淇[き]の澳[いく]を瞻れば、菉竹[りょくちく]猗猗[ああ]たり。斐有る君子は、切るが如く磋するが如く、琢[う]つが如く磨くが如し。瑟たり僩たり、赫たり喧たり。斐有る君子は、終に諠[わす]る可からず、と。切るが如く磋するが如しとは、學を道[い]うなり。琢つが如く磨くが如しとは、自ら脩むるなり。瑟たり僩たりとは、恂慄なり。赫たり喧たりとは、威儀なり。斐有る君子は、終に諠る可からずとは、盛德至善、民の忘るること能わざるを道うなり。澳は詩に奧に作る。澳は、於六[うりく]の反。菉は、詩に綠に作る。猗は、協韻、音は阿。僩は、下版の反。喧は、詩に咺に作る。諠は、詩に諼に作る。並びに況晩の反。恂は、鄭氏讀みて峻に作る。詩は衛風淇澳の篇。淇は、水名。澳は、隈なり。猗猗は、美盛の貌。興なり。斐は、文の貌。切は刀鋸を以てし、琢は椎鑿を以てす。皆物を裁ちて形質を成さしむるなり。磋は鑢鍚[りょとう]を以てし、磨は沙石を以てす。皆物を治めて其れをして滑澤ならしむるなり。骨角を治むる者は、旣に切りて復た之を磋する。玉石を治むる者は、旣に琢ちて復た之を磨く。皆其の之を治むること緒有りて、益々其の精を致すを言うなり。瑟は、嚴密の貌。僩は、武毅の貌。赫喧は、宣著盛大の貌。諠は、忘るるなり。道は、言うなり。學は、講習討論の事を謂う。自ら脩むるとは、省察克治の功なり。恂慄は、戰懼なり。威は、畏る可きなり。儀は、象[のっと]る可きなり。詩を引きて之を釋き、以て明德を明らかにする者の至善に止まることを明らかにす。學を道い自ら脩むるとは、其の之を得る所以の由を言う。恂慄と威儀とは、其の德容表裏の盛んなるを言う。卒わりに乃ち其の實を指して之を歎美するなり。

詩云、於戲前王不忘。君子賢其賢而親其親。小人樂其樂而利其利。此以沒世不忘也。
於戲、音嗚呼。樂、音洛。詩周頌烈文之篇。於戲、歎辭。前王、謂文・武也。君子、謂其後賢・後王、小人、謂後民也。此言前王所以新民者止於至善、能使天下後世無一物不得其所、所以旣沒世而人思慕之、愈久而不忘也。此兩節詠歎淫佚、其味深長。當熟玩之。
【読み】
詩に云う、於戲[ああ]前王忘れず、と。君子は其の賢を賢として其の親を親とす。小人は其の樂を樂として其の利を利とす。此を以て世を沒して忘れざるなり。於戲は、音は嗚呼。樂は、音は洛。詩は周頌烈文の篇。於戲は、歎の辭。前王は、文・武を謂うなり。君子は、其の後賢・後王を謂い、小人は、後民を謂うなり。此れ言うこころは、前王の民を新たにする所以の者は至善に止まりて、能く天下後世をして一物も其の所を得ざること無からしむ、旣に世を沒して人々之を思い慕い、愈々久しくして忘れざる所以なりとなり。此の兩節は詠歎淫佚、其の味深く長し。當に熟々之を玩[あじわ]うべし。

右傳之三章。釋止於至善。
此章内自引淇澳詩以下、舊本誤在誠意章下。
【読み】
右は傳の三章。至善に止まることを釋く。此の章の内、淇澳の詩を引くより以下、舊本は誤りて誠意の章の下に在り。


大学伝4
子曰、聽訟、吾猶人也。必也使無訟乎。無情者不得盡其辭。大畏民志。此謂知本。猶人、不異於人也。情、實也。引夫子之言、而言聖人能使無實之人不敢盡其虛誕之辭。蓋我之明德旣明、自然有以畏服民之心志。故訟不待聽而自無也。觀於此言、可以知本末之先後矣。
【読み】
子曰く、訟を聽くこと、吾猶人のごときなり。必ずや訟無からしめんか、と。情無き者は其の辭を盡くすことを得ず。大いに民の志を畏れしむ。此を本を知ると謂う。猶人のごとしとは、人に異ならざるなり。情は、實なり。夫子の言を引きて、聖人は能く實無きの人をして敢て其の虛誕の辭を盡くさざらしむるを言う。蓋し我の明德旣に明らかなれば、自然に以て民の心志を畏服すること有り。故に訟は聽くことを待たずして自ら無し。此の言を觀て、以て本末の先後を知る可し。

右傳之四章。釋本末。
此章舊本誤在止於信下。
【読み】
右は傳の四章。本末を釋く。此の章は、舊本は誤りて止於信の下に在り。


大学伝5
此謂知本。程子曰、衍文也。
【読み】
此を本を知ると謂う。程子曰く、衍文なり、と。

此謂知之至也。
此句之上別有闕文、此特其結語耳。
【読み】
此を知ること之至ると謂うなり。此の句の上に別に闕文有り、此れ特[ただ]其の結語のみ。

右傳之五章。蓋釋格物、致知之義、而今亡矣。
此章舊本通下章、誤在經文之下。閒嘗竊取程子之意以補之曰、所謂致知在格物者、言欲致吾之知、在卽物而窮其理也。蓋人心之靈莫不有知、而天下之物莫不有理。惟於理有未窮、故其知有不盡也。是以大學始敎、必使學者卽凡天下之物、莫不因其已知之理而益窮之、以求至乎其極。至於用力之久、而一旦豁然貫通焉、則衆物之表裏精粗無不到、而吾心之全體大用無不明矣。此謂物格、此謂知之至也。
【読み】
右は傳の五章。蓋し物に格り、知ることを致むるの義を釋きて、今亡びぬ。此の章、舊本は下章に通じて、誤りて經文の下に在り。閒[このごろ]嘗[こころ]みに竊かに程子の意を取りて以て之を補いて曰く、謂う所の知ることを致むることは物に格るに在りとは、言うこころは、吾が之知ることを致めんと欲せば、物に卽きて其の理を窮むるに在りとなり。蓋し人心の靈は知ること有らざること莫くして、天下の物は理有らざること莫し。惟理に於て未だ窮めざること有り、故に其の知ること盡くさざること有り。是を以て大學の始めの敎は、必ず學者をして凡そ天下の物に卽きて、其の已に知るの理に因りて益々之を窮めて、以て其の極に至らんことを求めざること莫からしむ。力を用うること久しくして、一旦豁然として貫通するに至りては、則ち衆物の表裏精粗到らざること無くして、吾が心の全體大用明らかならざること無し。此を物格ると謂い、此を知ること之至ると謂うなり、と。


大学伝6
所謂誠其意者、毋自欺也。如惡惡臭、如好好色、此之謂自謙。故君子必愼其獨也。惡・好上字、皆去聲。謙讀爲慊、苦劫反。
誠其意者、自脩之首也。毋者、禁止之辭。自欺云者、知爲善以去惡、而心之所發有未實也。謙、快也、足也。獨者、人所不知而己所獨知之地也。言欲自脩者、知爲善以去其惡、則當實用其力、而禁止其自欺、使其惡惡則如惡惡臭、好善則如好好色、皆務決去、而求必得之、以自快足於己、不可徒苟且以徇外而爲人也。然其實與不實、蓋有他人所不及知、而己獨知之者。故必謹之於此以審其幾焉。
【読み】
謂う所の其の意を誠にすとは、自ら欺くこと毋からんとするなり。惡臭を惡むが如く、好色を好むが如き、此れ之を自ら謙[こころよ]くすと謂う。故に君子は必ず其の獨を愼むなり。惡・好の上の字は、皆去聲。謙は讀みて慊と爲し、苦劫の反。其の意を誠にすとは、自ら脩むるの首[はじめ]なり。毋は、禁止の辭。自ら欺くと云うは、善を爲して以て惡を去ることを知りて、心の發る所未だ實ならざること有るなり。謙は、快しなり、足るなり。獨は、人の知らざる所にして己の獨り知る所の地なり。言うこころは、自ら脩めんと欲する者は、善を爲して以て其の惡を去ることを知らば、則ち當に實に其の力を用いて、其の自ら欺くことを禁[おさ]え止めて、其の惡を惡むことは則ち惡臭を惡むが如く、善を好むことは則ち好色を好むが如く、皆務めて決め去りて、求めて必ず之を得て、以て自ら己に快足すべく、徒らに苟且して以て外に徇いて人の爲にす可からずとなり。然るに其の實と不實とは、蓋し他人の知るに及ばざる所にして、己獨り之を知る者なり。故に必ず之を此に謹みて以て其の幾を審かにす。

小人閒居爲不善、無所不至。見君子而后厭然、揜其不善、而著其善。人之視己、如見其肺肝然、則何益矣。此謂誠於中形於外。故君子必愼其獨也。
閒、音閑。厭、鄭氏讀爲黶。閒居、獨處也。厭然、銷沮閉藏之貌。此言小人陰爲不善、而陽欲揜之、則是非不知善之當爲與惡之當去也。但不能實用其力以至此耳。然欲揜其惡而卒不可揜、欲詐爲善而卒不可詐、則亦何益之有哉。此君子所以重以爲戒、而必謹其獨也。
【読み】
小人閒居して不善を爲すこと、至らざる所無し。君子を見て后厭然として、其の不善を揜いて、其の善を著わす。人の己を視ること、其の肺肝を見るが如く然り、則ち何の益かあらん。此を中に誠ありて外に形わると謂う。故に君子は必ず其の獨を愼む。閒は、音は閑。厭は、鄭氏讀みて黶[えん]と爲す。閒居は、獨處なり。厭然は、銷沮閉藏の貌。此れ言うこころは、小人陰に不善を爲して、陽に之を揜わんと欲すれば、則ち是れ善の當に爲すべきと惡の當に去るべきとを知らざるには非ず。但實に其の力を用うること能わずして以て此に至るのみとなり。然るに其の惡を揜わんと欲して卒に揜う可からず、善を爲すことを詐[いつわ]らんと欲して卒に詐る可かざれば、則ち亦何の益か之有らんや。此れ君子の重く以て戒を爲して、必ず其の獨を謹む所以なり。

曾子曰、十目所視、十手所指、其嚴乎。
引此以明上文之意。言雖幽獨之中、而其善惡之不可揜如此。可畏之甚也。
【読み】
曾子曰く、十目の視る所、十手の指す所、其れ嚴なるかな、と。此を引きて以て上文の意を明らかにす。言うこころは、幽獨の中と雖も、而れども其の善惡の揜う可からざること此の如し。畏る可きの甚だしとなり。

富潤屋、德潤身。心廣體胖。故君子必誠其意。
胖、歩丹反。胖、安舒也。言富則能潤屋矣、德則能潤身矣。故心無愧怍、則廣大寬平、而體常舒泰。德之潤身者然也。蓋善之實於中而形於外者如此。故又言此以結之。
【読み】
富は屋を潤し、德は身を潤す。心廣く體胖[ゆた]かなり。故に君子は必ず其の意を誠にす。胖は、歩丹の反。胖は、安舒なり。言うこころは、富は則ち能く屋を潤し、德は則ち能く身を潤す。故に心に愧じ怍じること無ければ、則ち廣大寬平にして、體は常に舒泰なり。德の身を潤すこと然りとなり。蓋し善の中に實[み]ちて外に形わること此の如し。故に又此を言いて以て之を結ぶ。

右傳之六章。釋誠意。
經曰、欲誠其意、先致其知。又曰、知至而后意誠。蓋心體之明有所未盡、則其所發必有不能實用其力、而苟焉以自欺者。然或己明而不謹乎此、則其所明又非己有、而無以爲進德之基。故此章之指、必承上章而通考之、然後有以見其用力之始終、其序不可亂而功不可闕如此云。
【読み】
右は傳の六章。意を誠にすることを釋く。經に曰く、其の意を誠にせんと欲すれば、先ず其の知ることを致む、と。又曰く、知ること至りて后意誠なり、と。蓋し心體の明らかなる、未だ盡くさざる所有れば、則ち其の發る所必ず實に其の力を用うること能わずして、苟焉として以て自ら欺く者有り。然るに或は己に明らかしにて此に謹まざれば、則ち其の明らかなる所も又己が有に非ずして、以て德に進むの基を爲すこと無し。故に此の章の指は、必ず上章を承けて通じて之を考えて、然して後以て其の力を用うるの始終を見ること有り、其の序の亂る可からずして功の闕く可からざること此の如しと云う。


大学伝7
所謂脩身在正其心者、身有所忿懥、則不得其正、有所恐懼、則不得其正、有所好樂、則不得其正、有所憂患、則不得其正。程子曰、身有之身當作心。忿、弗粉反。懥、敕值反。好・樂、並去聲。忿懥、怒也。蓋是四者、皆心之用、而人所不能無者。然一有之而不能察、則欲動情勝、而其用之所行、或不能不失其正矣。
【読み】
謂う所の身を脩むることは其の心を正しくするに在りとは、身(心)忿懥[ふんち]する所有れば、則ち其の正しきを得ず、恐懼する所有れば、則ち其の正しきを得ず、好樂する所有れば、則ち其の正しきを得ず、憂患する所有れば、則ち其の正しきを得ず。程子曰く、身有の身は當に心に作るべし、と。忿は、弗粉の反。懥は、敕值の反。好・樂は、並びに去聲。忿懥は、怒るなり。蓋し是の四の者は、皆心の用にして、人の無きこと能わざる所の者なり。然るに一つも之有りて察すること能わざれば、則ち欲動き情勝ちて、其の用の行わるる所、或は其の正しきを失わざること能わず。

心不在焉、視而不見、聽而不聞、食而不知其味。
心有不存、則無以檢其身。是以君子必察乎此、而敬以直之、然後此心常存而身無不脩也。
【読み】
心焉に在らざれば、視て見ず、聽きて聞かず、食みて其の味を知らず。心存せざること有れば、則ち以て其の身を檢すること無し。是を以て君子は必ず此に察して、敬以て之を直くして、然して後此の心常に存して身脩まらざること無し。

此謂脩身在正其心。
【読み】
此を身を脩むることは其の心を正しくするに在りと謂う。

右傳之七章。釋正心脩身。
此亦承上章以起下章。蓋意誠則眞無惡而實有善矣。所以能存是心以檢其身。然或但知誠意、而不能密察此心之存否、則又無以直内而脩身也。自此以下、並以舊文爲正。
【読み】
右は傳の七章。心を正しくして身を脩むることを釋く。此も亦上章を承けて以て下章を起こす。蓋し意誠なれば則ち眞に惡無くして實に善有り。所以に能く是の心を存して以て其の身を檢す。然るに或は但意を誠にすることを知りて、密に此の心の存否を察すること能わざれば、則ち又以て内を直くして身を脩むること無し。此れより以下は、並びに舊文を以て正と爲す。


大学伝8
所謂齊其家在脩其身者、人之其所親愛而辟焉、之其所賤惡而辟焉、之其所畏敬而辟焉、之其所哀矜而辟焉、之其所敖惰而辟焉。故好而知其惡、惡而知其美者、天下鮮矣。辟、讀爲僻。惡而之惡、敖・好、並去聲。鮮、上聲。人、謂衆人。之、猶於也。辟、猶偏也。五者、在人本有當然之則。然常人之情其所向而不加焉、則必陷於一偏而身不脩矣。
【読み】
謂う所の其の家を齊うることは其の身を脩むるに在りとは、人其の親愛する所に之きて辟[ひが]み、其の賤惡する所に之きて辟み、其の畏敬する所に之きて辟み、其の哀矜する所に之きて辟み、其の敖惰する所に之きて辟む。故に好みて其の惡きを知り、惡みて其の美しきを知る者は、天下鮮し。辟は、讀みて僻と爲す。惡而の惡、敖・好は、並びに去聲。鮮は、上聲。人は、衆人を謂う。之は、猶於のごときなり。辟は、猶偏のごときなり。五の者は、人に在りて本當然の則有り。然るに常人の情は其の向かう所にしてを加えざれば、則ち必ず一偏に陷りて身脩まらず。

故諺有之曰、人莫知其子之惡、莫知其苗之碩。
諺、音彦。碩、叶韻、時若反。諺、俗語也。溺愛者不明、貪得者無厭。是則偏之爲害、而家之所以不齊也。
【読み】
故に諺に之有りて曰く、人其の子の惡きを知ること莫し、其の苗の碩[おお]いなることを知ること莫し、と。諺は、音は彦。碩は、叶韻、時若の反。諺は、俗語なり。愛に溺るる者は明らかならず、得ることを貪る者は厭うこと無し。是れ則ち偏の害を爲して、家の齊わざる所以なり。

此謂身不脩不可以齊其家。
【読み】
此を身脩まらずんば以て其の家を齊う可からずと謂う。

右傳之八章。釋脩身齊家。

【読み】
右は傳の八章。身を脩めて家を齊うることを釋く。


大学伝9
所謂治國必先齊其家者、其家不可敎而能敎人者、無之。故君子不出家而成敎於國。孝者、所以事君也。弟者、所以事長也。慈者、所以使衆也。弟、去聲。長、上聲。身脩、則家可敎矣。孝・弟・慈、所以脩身而敎於家者也。然而國之所以事君事長使衆之道不外乎此。此所以家齊於上、而敎成於下也。
【読み】
謂う所の國を治むることは必ず先ず其の家を齊うとは、其の家敎う可からずして能く人を敎うる者は、之無し。故に君子は家を出でずして敎を國に成す。孝は、君に事うる所以なり。弟は、長に事うる所以なり。慈は、衆に使うる所以なり。弟は、去聲。長は、上聲。身脩まれば、則ち家敎う可し。孝・弟・慈は、身を脩めて家に敎うる所以の者なり。然して國の君に事え長に事え衆に使うる所以の道も此に外ならず。此れ家上に齊いて、敎下に成る所以なり。

康誥曰、如保赤子。心誠求之、雖不中不遠矣。未有學養子而后嫁者也。
中、去聲。此引書而釋之、又明立敎之本不假強爲、在識其端而推廣之耳。
【読み】
康誥に曰く、赤子を保つが如し、と。心誠に之を求むれば、中らずと雖も遠からず。未だ子を養うことを學んで后嫁する者有らざるなり。中は、去聲。此れ書を引いて之を釋き、又敎を立つるの本は強いて爲すことを假らず、其の端を識りて之を推し廣むるに在ることを明らかにするのみ。

一家仁、一國興仁。一家讓、一國興讓。一人貪戾、一國作亂。其機如此。此謂一言僨事、一人定國。
僨、音奮。一人、謂君也。機、發動所由也。僨、覆敗也。此言敎成於國之效。
【読み】
一家仁にして、一國仁を興す。一家讓にして、一國讓を興す。一人貪戾にして、一國亂を作す。其の機此の如し。此を一言事を僨[やぶ]り、一人國を定むと謂う。僨は、音は奮。一人は、君を謂うなり。機は、發動の由る所なり。僨は、覆敗なり。此れ敎の國に成るの效を言う。

堯・舜帥天下以仁、而民從之。桀・紂帥天下以暴、而民從之。其所令反其所好、而民不從。是故君子有諸己而后求諸人、無諸己而后非諸人。所藏乎身不恕、而能喩諸人者、未之有也。
好、去聲。此又承上文一人定國而言。有善於己、然後可以責人之善。無惡於己、然後可以正人之惡。皆推己以及人。所謂恕也。不如是、則所令反其所好、而民不從矣。喩、曉也。
【読み】
堯・舜天下を帥いるに仁を以てして、民之に從う。桀・紂天下を帥いるに暴を以てして、民之に從う。其の令する所其の好む所に反いては、民從わず。是の故に君子は己に有して后人に求[せ]め、己に無くして后人を非[そし]る。身に藏する所恕[おしはか]らずして、能く人を喩す者は、未だ之有らざるなり。好は、去聲。此れ又上文の一人國を定むるを承けて言う。己に善有りて、然して後に以て人の善を責む可し。己に惡無くして、然して後に以て人の惡を正す可し。皆己を推して以て人に及ぼす。謂う所の恕なり。是の如くならざれば、則ち令する所其の好む所に反いて、民從わざるなり。喩は、曉すなり。

故治國在齊其家。
通結上文。
【読み】
故に國を治むることは其の家を齊うるに在り。通じて上文を結ぶ。

詩云、桃之夭夭、其葉蓁蓁。之子于歸、宜其家人。宜其家人、而后可以敎國人。
夭、平聲。蓁、音臻。詩周南桃夭之篇。夭夭、少好貌。蓁蓁、美盛貌。興也。之子、猶言是子、此指女子之嫁者而言也。婦人謂嫁曰歸。宜、猶善也。
【読み】
詩に云う、桃の夭夭たる、其の葉蓁蓁たり。之[こ]の子于[ここ]に歸[とつ]ぐ、其の家人に宜し、と。其の家人に宜しくして、后に以て國人を敎う可し。夭は、平聲。蓁は、音は臻。詩は周南桃夭の篇。夭夭は、少好の貌。蓁蓁は、美盛の貌。興なり。之の子は、猶是の子と言うがごとく、此れ女子の嫁する者を指して言うなり。婦人は嫁を謂いて歸と曰う。宜は、猶善のごときなり。

詩云、宜兄宜弟。宜兄宜弟、而后可以敎國人。
詩小雅蓼蕭篇。
【読み】
詩に云う、兄に宜しく弟に宜し、と。兄に宜しく弟に宜しくして、后に以て國人を敎う可し。詩は小雅蓼蕭の篇。

詩云、其儀不忒、正是四國。其爲父子・兄弟足法、而后民法之也。
詩曹風鳴鳩篇。忒、差也。
【読み】
詩に云う、其の儀忒[たが]わず、是の四國を正す、と。其れ父子・兄弟法るに足れりと爲りて、后に民之に法るなり。詩は曹風鳴鳩の篇。忒[とく]は、差うなり。

此謂治國在齊其家。
此三引詩、皆以詠歎上文之事、而又結之如此。其味深長、最宜潛玩。
【読み】
此を國を治むることは其の家を齊うるに在りと謂う。此の三つ詩を引けるは、皆以て上文の事を詠歎して、又之を結ぶこと此の如し。其の味深く長じ、最も宜しく潛[ひそ]み玩[あじわ]うべし。

右傳之九章。釋齊家治國。

【読み】
右は傳の九章。家を齊いて國を治むることを釋く。


大学伝10
所謂平天下在治其國者、上老老而民興孝、上長長而民興弟、上恤孤而民不倍。是以君子有絜矩之道也。長、上聲。弟、去聲。倍、與背同。絜、胡結反。老老、所謂老吾老也。興、謂有所感發而興起也。孤者、幼而無父之稱。絜、度也。矩、所以爲方也。言此三者、上行下效、捷於影響、所謂家齊而國治也。亦可以見人心之所同、而不可使有一夫之不獲矣。是以君子必當因其所同、推以度物、使彼我之間各得分願。則上下四旁均齊方正、而天下平矣。
【読み】
謂う所の天下を平かにすることは其の國を治むるに在りとは、上老を老として民興りて孝し、上長を長として民興りて弟し、上孤を恤[あわれ]みて民倍[そむ]かず。是を以て君子に絜矩[けっく]の道有り。長は、上聲。弟は、去聲。倍は、背と同じ。絜は、胡結の反。
老を老とすとは、謂う所の吾が老を老とするなり。興は、感發して興起する所有るを謂うなり。孤は、幼にして父無きの稱。絜は、度るなり。矩は、方を爲る所以なり。言うこころは、此の三の者は、上行い下效うこと、影響より捷[はや]く、謂う所の家齊いて國治まるとなり。亦以て人心の同じき所にして、一夫も之獲ざること有らしむ可からざるを見る可し。是を以て君子は必ず當に其の同じき所に因りて、推して以て物を度りて、彼我の間をして各々分願を得せしむべし。則ち上下四旁均齊方正にして、天下平かなり。

所惡於上、毋以使下。所惡於下、毋以事上。所惡於前、毋以先後。所惡於後、毋以從前。所惡於右、毋以交於左。所惡於左、毋以交於右。此之謂絜矩之道。
惡・先、並去聲。此覆解上文絜矩二字之義。如不欲上之無禮於我、則必以此度下之心、而亦不敢以此無禮使之、不欲下之不忠於我、則必以此度上之心、而亦不敢以此不忠事之、至於前後左右、無不皆然。則身之所處、上下四旁、長短廣狹、彼此如一、而無不方矣。彼同有是心而興起焉者、又豈有一夫之不獲哉。所操者約、而所及者廣。此平天下之要道也。故章内之意、皆自此而推之。
【読み】
上に惡む所、以て下に使うこと毋かれ。下に惡む所、以て上に事うること毋れ。前に惡む所、以て後に先だつこと毋かれ。後に惡む所、以て前に從うこと毋かれ。右に惡む所、以て左に交わること毋かれ。左に惡む所、以て右に交わること毋かれ。此れ之を絜矩の道と謂う。惡・先は、並びに去聲。此れ上文の絜矩の二字の義を覆解す。上の我に無禮なるを欲せざれば、則ち必ず此を以て下の心を度りて、亦敢て此の無禮を以て之を使わず、下の我に不忠なるを欲せざれば、則ち必ず此を以て上の心を度りて、亦敢て此の不忠を以て之に事えざるが如く、前後左右に至るまで、皆然らざること無し。則ち身の處る所、上下四旁、長短廣狹、彼此一の如くにして、方[みち]ならざること無し。彼の同じく是の心有りて興起する者は、又豈一夫も之獲ざること有らんや。操る所の者は約にして、及ぶ所の者は廣し。此れ天下を平かにするの要道なり。故に章内の意は、皆此よりして之を推す。

詩云、樂只君子、民之父母。民之所好好之、民之所惡惡之。此之謂民之父母。
樂、音洛。只、音紙。好・惡、並去聲、下並同。詩小雅南山有臺之篇。只、語助辭。言能絜矩而以民心爲己心、則是愛民如子、而民愛之如父母矣。
【読み】
詩に云う、樂しめる君子は、民の父母、と。民の好む所は之を好み、民の惡む所は之を惡む。此れ之を民の父母と謂う。樂は、音は洛。只は、音は紙。好・惡は、並びに去聲、下並びに同じ。詩は小雅南山有臺の篇。只は、語助の辭。言うこころは、絜矩を能くして民の心を以て己が心と爲せば、則ち是れ民を愛すること子の如くにして、民之を愛すること父母の如しとなり。

詩云、節彼南山、維石巖巖、赫赫師尹、民具爾瞻。有國者不可以不愼、辟則爲天下僇矣。
節、讀爲截。辟、讀爲僻。僇、與戮同。詩小雅節南山之篇。節、截然高大貌。師尹、周太師尹氏也。具、俱也。辟、偏也。言在上者人所瞻仰、不可不謹。若不能絜矩而好惡徇於一己之偏、則身弑國亡、爲天下之大戮矣。
【読み】
詩に云う、節たる彼の南山は、維れ石巖巖たり、赫赫たる師尹は、民具に爾く瞻る、と。國を有つ者は以て愼まずんばある可からず。辟するは則ち天下の僇[りく]と爲る。節は、讀みて截[せつ]と爲す。辟は、讀みて僻と爲す。僇は、戮[りく]と同じ。詩は小雅節南山の篇。節は、截然高大の貌。師尹は、周の太師尹氏なり。具は、俱なり。辟は、偏るなり。言うこころは、上に在る者は人の瞻仰ぐ所、謹まずんばある可からず。若し絜矩を能くせずして好惡一己の偏に徇えば、則ち身弑し國亡び、天下の大戮と爲るとなり。

詩云、殷之未喪師、克配上帝。儀監于殷、峻命不易。道得衆則得國、失衆則失國。
喪、去聲。儀、詩作宜。峻、詩作駿。易、去聲。詩文王篇。師、衆也。配、對也。配上帝、言其爲天下君、而對乎上帝也。監、視也。峻、大也。不易、言難保也。道、言也。引詩而言此、以結上文兩節之意。有天下者、能存此心而不失、則所以絜矩而與民同欲者、自不能已矣。
【読み】
詩に云う、殷の未だ師を喪わざる、克く上帝に配[こた]う。儀[よろ]しく殷に監るべし、峻命は易からず、と。道うこころは、衆を得れば則ち國を得、衆を失えば則ち國を失うとなり。喪は、去聲。儀は、詩に宜に作る。峻は、詩に駿に作る。易は、去聲。詩は文王の篇。師は、衆なり。配は、對うるなり。上帝に配うは、其れ天下の君と爲りて、上帝に對するを言うなり。監は、視るなり。峻は、大なり。易からずは、保ち難きを言うなり。道は、言うなり。詩を引きて此を言いて、以て上文の兩節の意を結ぶ。天下を有つ者は、能く此の心を存して失わざれば、則ち絜矩して民と欲を同じくする所以の者、自ずと已むこと能わず。

是故君子先愼乎德。有德此有人、有人此有土、有土此有財、有財此有用。
先愼乎德、承上文不可不愼而言。德、卽所謂明德。有人、謂得衆。有土、謂得國。有國則不患無財用矣。
【読み】
是の故に君子は先ず德を愼む。德有れば此に人有り、人有れば此に土有り、土有れば此に財有り、財有れば此に用有り。先ず德を愼むとは、上文の愼まずんばある可からずを承けて言う。德は、卽ち謂う所の明德なり。人有りとは、衆を得るを謂う。土有りとは、國を得るを謂う。國有れば則ち財用無きを患えず。

德者本也。財者末也。
本上文而言。
【読み】
德は本なり。財は末なり。上文に本づいて言う。

外本内末、爭民施奪。
人君以德爲外、以財爲内、則是爭鬭其民、而施之以劫奪之敎也。蓋財者人之所同欲、不能絜矩而欲專之、則民亦起而爭奪矣。
【読み】
本を外にし末を内にすれば、民を爭わし奪うことを施[し]く。人君德を以て外と爲し、財を以て内と爲せば、則ち是れ其の民を爭い鬭わしめて、之に施すに劫奪の敎を以てす。蓋し財は人の同じく欲する所、絜矩を能くせずして之を專にせんと欲すれば、則ち民も亦起きて爭い奪う。

是故財聚則民散。財散則民聚。
外本内末、故財聚。爭民施奪、故民散。反是則有德而有人矣。
【読み】
是の故に財聚まれば則ち民散る。財散れば則ち民聚まる。本を外にし末を内にす、故に財聚まる。民を爭わし奪うことを施す、故に民散る。是に反すれば則ち德有りて人有り。

是故言悖而出者、亦悖而入。貨悖而入者、亦悖而出。
悖、布内反。悖、逆也。此以言之出入、明貨之出入也。自先愼乎德以下至此、又因財貨以明能絜矩與不能者之得失也。
【読み】
是の故に言悖[もと]りて出づる者は、亦悖りて入る。貨悖りて入る者は、亦悖りて出づ。悖は、布内の反。悖[はい]は、逆[さかしま]なり。此れ言の出入を以て、貨の出入を明らかにするなり。先ず德を愼むより以下此に至るまで、又財貨に因りて以て絜矩を能くすると能くせざる者との得失を明らかにするなり。

康誥曰、惟命不于常。道善則得之、不善則失之矣。
道、言也。因上文引文王詩之意而申言之。其丁寧反覆之意益深切矣。
【読み】
康誥に曰く、惟れ命は常に于[おい]てせず、と。道うこころは、善なれば則ち之を得、不善なれば則ち之を失うとなり。道は、言うなり。上文の文王の詩を引くの意に因りて申[かさ]ねて之を言う。其の丁寧反覆の意、益々深切なり。

楚書曰、楚國無以爲寶。惟善以爲寶。
楚書、楚語。言不寶金玉而寶善人也。
【読み】
楚書に曰く、楚國には以て寶と爲すこと無し。惟善以て寶と爲す、と。楚書は、楚語。言うここをは、金玉を寶とせずして善人を寶とすとなり。

舅犯曰、亡人無以爲寶。仁親以爲寶。
舅犯、晉文公舅狐偃、字子犯。亡人、文公時爲公子、出亡在外也。仁、愛也。事見檀弓。此兩節又明不外本而内末之意。
【読み】
舅犯曰く、亡人は以て寶と爲すこと無し。親しきを仁[いつく]しむを以て寶と爲す、と。舅犯は、晉の文公の舅の狐偃、字は子犯。亡人は、文公時に公子爲り、出亡して外に在り。仁は、愛するなり。事は檀弓に見えり。此の兩節も又本を外にして末を内にせざるの意を明らかにす。

秦誓曰、若有一个臣。斷斷兮無他技、其心休休焉。其如有容焉。人之有技、若己有之、人之彦聖、其心好之、不啻若自其口出、寔能容之、以能保我子孫黎民。尙亦有利哉。人之有技、媢疾以惡之、人之彦聖、而違之俾不通。寔不能容、以不能保我子孫黎民。亦曰殆哉。
个、古賀反、書作介。斷、丁亂反。媢、音冒。秦誓、周書。斷斷、誠一之貌。彦、美士也。聖、通明也。尙、庶幾也。媢、忌也。違、拂戾也。殆、危也。
【読み】
秦誓に曰く、若し一个[いっか]の臣有らんか。斷斷として他の技無きも、其の心は休休たり。其れ容るること有るが如し。人の技有るは、己之有るが若く、人の彦聖なるは、其の心之を好み、啻[ただ]に其の口より出すが若きのみにあらず、寔に能く之を容れ、以て能く我が子孫・黎民を保つ。尙[こいねが]わくは亦利有らんかな。人の技有るは、媢疾以て之を惡み、人の彦聖なるは、而も之に違いて通ぜざらしむ。寔に容るること能わず、以て我が子孫黎民を保つこと能わず。亦曰[ここ]に殆[あやう]きかな、と。个は、古賀の反、書に介と作る。斷は、丁亂の反。媢は、音は冒。秦誓は、周書。斷斷は、誠一の貌。彦は、美士なり。聖は、通明なり。尙は、庶幾うなり。媢は、忌むなり。違は、拂戾なり。殆は、危きなり。

唯仁人放流之、迸諸四夷、不與同中國。此謂唯仁人爲能愛人、能惡人。
迸、讀爲屛。古字通用。迸、猶逐也。言有此媢疾之人、妨賢而病國、則仁人必深惡而痛絶之。以其至公無私、故能得好惡之正如此也。
【読み】
唯仁人は之を放ち流し、諸を四夷に迸[しりぞ]け、與に中國を同じくせず。此を唯仁人のみ能く人を愛し、能く人を惡むことを爲すと謂う。迸は、讀みて屛と爲す。古字通用す。迸は、猶逐のごときなり。言うこころは、此の媢疾の人、賢を妨げて國を病ますこと有れば、則ち仁人必ず深く惡みて痛く之を絶つ。其の至公にして私無きを以て、故に能く好惡の正を得ること此の如しとなり。

見賢而不能舉、舉而不能先、命也。見不善而不能退、退而不能遠、過也。
命、鄭氏云、當作慢。程子云、當作怠。未詳孰是。遠、去聲。若此者、知所愛惡矣、而未能盡愛惡之道。蓋君子而未仁者也。
【読み】
賢を見て舉ぐること能わず、舉げて先んずること能わざるは、命なり。不善を見て退くること能わず、退けて遠ざくること能わざるは、過ちなり。命は、鄭氏が云う、當に慢に作るべし、と。程子の云う、當に怠に作るべし、と。未だ孰[いず]れか是なることを詳かにせず。遠は、去聲。此の若き者は、愛惡する所を知りて、而して未だ愛惡の道を盡くすこと能わず。蓋し君子にして未だ仁ならざる者なり。

好人之所惡、惡人之所好、是謂拂人之性。菑必逮夫身。
菑、古災字。夫、音扶。拂、逆也。好善而惡惡、人之性也。至於拂人之性、則不仁之甚者也。自秦誓至此、又皆以申言好惡公私之極、以明上文所引南山有臺・節南山之意。
【読み】
人の惡む所を好み、人の好む所を惡むは、是を人の性に拂[さから]うと謂う。菑[わざわい]は必ず夫の身に逮[およ]ぶ。菑は、古の災の字。夫は、音は扶。拂は、逆うなり。善を好みて惡を惡むは、人の性なり。人の性に拂うに至りては、則ち不仁の甚だしき者なり。秦誓より此に至るまで、又皆以て申[かさ]ねて好惡公私の極を言いて、以て上文引く所の南山有臺・節南山の意を明らかにす。

是故君子有大道。必忠信以得之、驕泰以失之。
君子、以位言之。道、謂居其位而脩己治人之術。發己自盡爲忠、循物無違謂信。驕者矜高、泰者侈肆。此因上所引文王・康誥之意而言。章内三言得失、而語益加切。蓋至此而天理存亡之幾決矣。
【読み】
是の故に君子に大道有り。必ず忠信以て之を得、驕泰以て之を失う。君子は、位を以て之を言う。道は、其の位に居りて己を脩め人を治むるの術を謂う。己に發りて自ら盡くすを忠と爲し、物に循いて違うこと無きを信と謂う。驕は矜高、泰は侈肆なり。此れ上に引く所の文王・康誥の意に因りて言う。章内に三たび得失を言いて、語益々切を加う。蓋し此に至りて天理存亡の幾決せり。

生財有大道。生之者衆、食之者寡、爲之者疾、用之者舒、則財恒足矣。
恒、胡登反。呂氏曰、國無遊民、則生者衆矣。朝無幸位、則食者寡矣。不奪農時、則爲之疾矣。量入爲出、則用之舒矣。愚按、此因有土有財而言、以明足國之道在乎務本而節用、非必外本内末而後財可聚也。自此以至終篇、皆一意也。
【読み】
財を生ずるに大道有り。之を生ずる者衆く、之を食む者寡く、之を爲る者疾く、之を用うる者舒[ゆる]ければ、則ち財恒に足る。恒は、胡登の反。呂氏曰く、國に遊民無ければ、則ち生ずる者衆し。朝に幸位無ければ、則ち食む者寡し。農時を奪わざれば、則ち之を爲ること疾し。入ることを量りて出づることを爲れば、則ち之を用うること舒し、と。愚按ずるに、此れ土有り財有るに因りて言いて、以て國を足すの道は本を務めて用を節するに在り、必ずしも本を外にし末を内にして後財聚むる可きに非ざることを明らかにす。此より以て終篇に至るまで、皆一意なり。

仁者以財發身、不仁者以身發財。
發、猶起也。仁者散財以得民、不仁者亡身以殖貨。
【読み】
仁者は財を以て身を發し、不仁者は身を以て財を發す。發は、猶起こすのごときなり。仁者は財を散じて以て民を得、不仁者は身を亡ぼして以て貨を殖[ふや]す。

未有上好仁而下不好義者也。未有好義其事不終者也。未有府庫財非其財者也。
上好仁以愛其下、則下好義以忠其上。所以事必有終、而府庫之財無悖出之患也。
【読み】
未だ上仁を好みて下義を好まざる者有らざるなり。未だ義を好みて其の事終わらざる者有らざるなり。未だ府庫の財其の財に非ざる者有らざるなり。上仁を好みて以て其の下を愛すれば、則ち下義を好みて以て其の上に忠す。事必ず終 わること有りて、府庫の財に悖り出づるの患無き所以なり。

孟獻子曰、畜馬乘不察於雞豚。伐冰之家不畜牛羊。百乘之家不畜聚斂之臣。與其有聚斂之臣、寧有盜臣。此謂國不以利爲利、以義爲利也。
畜、許六反。乘・斂、並去聲。孟獻子、魯之賢大夫仲孫蔑也。畜馬乘、士初試爲大夫者也。伐冰之家、卿大夫以上、喪祭用冰者也。百乘之家、有采地者也。君子寧亡己之財、而不忍傷民之力。故寧有盜臣、而不畜聚斂之臣。此謂以下、釋獻子之言也。
【読み】
孟獻子曰く、馬乘を畜えば雞豚を察せず。冰を伐る家は牛羊を畜わず。百乘の家は聚斂の臣を畜わず。其の聚斂の臣有らんよりは、寧ろ盜臣有れ、と。此を國は利を以て利と爲さず、義を以て利と爲すと謂うなり。畜は、許六の反。乘・斂は、並びに去聲。孟獻子は、魯の賢大夫仲孫蔑なり。馬乘を畜うは、士初めて試[もち]いられて大夫と爲る者なり。冰を伐るの家は、卿大夫以上、喪祭に冰を用うる者なり。百乘の家は、采地有る者なり。君子は寧ろ己の財を亡して、民の力を傷つくるに忍びず。故に寧ろ盜臣有りて、聚斂の臣を畜わず。此謂以下は、獻子の言を釋くなり。

長國家而務財用者、必自小人矣。彼爲善之。小人之使爲國家、菑害並至。雖有善者、亦無如之何矣。此謂國不以利爲利、以義爲利也。
長、上聲。彼爲善之、此句上下、疑有闕文誤字。自、由也。言由小人導之也。此一節、深明以利爲利之害、而重言以結之、其丁寧之意切矣。
【読み】
國家に長として財用を務むる者は、必ず小人に自[よ]る。彼之を善しとす。小人をして國家を爲[おさ]めしめれば、菑害[さいがい]並び至る。善者有りと雖も、亦之を如何ともすること無し。此を國は利を以て利と爲さず、義を以て利と爲すと謂うなり。長は、上聲。彼爲善之は、此の句の上下、疑うらくは闕文誤字有らん。自は、由るなり。小人之を導くに由るを言うなり。此の一節は、深く利を以て利と爲すの害を明らかにして、重ね言いて以て之を結ぶ、其の丁寧の意切なり。

右傳之十章。釋治國平天下。
此章之義、務在與民同好惡而不專其利、皆推廣絜矩之意也。能如是、則親賢樂利各得其所、而天下平矣。凡傳十章、前四章統論綱領指趣、後六章細論條目功夫。其第五章乃明善之要、第六章乃誠身之本、在初學尤爲當務之急。讀者不可以其近而忽之也。
【読み】
右は傳の十章。國を治めて天下を平かにすることを釋く。此の章の義は、務めは民と好惡を同じくして其の利を專にせざるに在り、皆絜矩の意を推し廣むるなり。能く是の如くなれば、則ち親賢樂利各々其の所を得て、天下平かなり。凡て傳の十章、前の四章は統て綱領の指趣を論じ、後の六章は細に條目の功夫を論ず。其の第五章は乃ち善に明らかなるの要、第六章は乃ち身に誠なるの本にして、初學に在りて尤も當に務むべきの急爲り。讀む者其の近きを以て之を忽にす可からざるなり。

大學章句


右大學一篇、經二百有五字、傳十章、今見於戴氏禮書、而簡編散脱、傳文頗失其次。子程子蓋嘗正之。熹不自揆、竊因其說、復定此本。蓋傳之一章、釋明明德、二章、釋新民、三章、釋止於至善、以上並從程本、而増詩云瞻彼淇澳以下。四章、釋本末、五章、釋致知、並今定。六章、釋誠意、從程本。七章、釋正心・脩身、八章、釋脩身・齊家、九章、釋齊家・治國、十章、釋治國・平天下。並從舊本。序次有倫、義理通貫、似得其眞。謹第録如上。其先賢所正、衍文誤字、皆存其本文、而圍其上旁、注所改、又與今所疑者幷見於釋音云。新安朱熹謹記。
【読み】
右、大學の一篇、經二百有五字、傳十章、今戴氏の禮書に見えて、簡編散脱し、傳文頗る其の次を失う。子程子蓋し嘗て之を正せり。熹自ら揆[はか]らず、竊かに其の說に因りて、復た此の本を定む。蓋し傳の一章は明德を明らかにするを釋き、二章は民を新たにすることを釋き、三章は至善に止ることを釋き、以上は並びに程本に從いて、詩に云う瞻彼淇澳以下を増す。四章は本末を釋き、五章は知ることを致むることを釋き、並びに今定む。六章は意を誠にすることを釋き、程本に從う。七章は心を正しくして実を脩むることを釋き、八章は身を脩めて家を齊うことを釋き、九章は家を齊えて國を治むることを釋き、十章は國を治めて天下を平にすることを釋く。並びに舊本に從う。序次倫有り、義理通貫して、其の眞を得るに似たり。謹みて第録すること上の如し。其の先賢の正せる所、衍文誤字は皆其の本文を存して、其の上旁を圍み、改むる所を注し、又今疑う所の者と幷せて釋音に見[しめ]すと云う。新安の朱熹謹みて記す。