山崎闇斎点倭板四書を参考とした。

大學或問

或問、大學之道、吾子以爲大人之學、何也。曰、此對小子之學言之也。曰、敢問、其爲小子之學、何也。曰、愚於序文已畧陳之、而古法之宜於今者亦旣輯而爲書矣。學者不可以不之考也。曰、吾聞、君子務其遠者大者、小人務其近者小者。今子方將語人以大學之道、而又欲其考乎小學之書、何也。曰、學之大小、固有不同。然其爲道、則一而已。是以方其幼也、不習之於小學、則無以收其放心、養其德性、而爲大學之基本。及其長也、不進之於大學、則無以察其義理、措諸事業、而收小學之成功。是則學之大小所以不同、特以小長所習之異宜、而有髙下淺深先後緩急之殊、非若古今之辨、義利之分、判然、如薫蕕氷炭之相反而不可以相入也。今使幼學之士、必先有以自盡乎洒掃應對進退之閒、禮樂射御書數之習、俟其旣長、而後進乎明德新民以止於至善。是乃次第之當然、又何爲而不可哉。曰、幼學之士、以子之言而得循序漸進以免於躐等陵節之病、則誠幸矣。若其年之旣長而不及乎此者、欲反從事於小學、則恐其不免於扞格不勝、勤苦難成之患。欲直從事於大學、則又恐其失序無本而不能以自達也。則如之何。曰、是其歳月之已逝者、則固不可得而復追矣。若其工夫之次第條目、則豈遂不可得而復補耶。蓋吾聞之。敬之一字、聖學所以成始而成終者也。爲小學者不由乎此、固無以涵養本源、而謹夫洒掃應對進退之節、與夫六藝之敎。爲大學者不由乎此、亦無以開發聦明、進德脩業、而致夫明德新民之功也。是以程子發明格物之道、而必以是爲說焉。不幸過時而後學者、誠能用力於此以進乎大而不害兼補乎其小、則其所以進者、將不患於無本而不能以自達矣。其或摧頹已甚而不足以有所兼、則其所以固其肌膚之會、筋骸之束、而養其良知良能之本者、亦可以得之於此、而不患其失之於前也。顧以七年之病而求三年之艾、非百倍其功不足以致之。若徒歸咎於旣往、而所以補之於後者又不能以自力、則吾見其扞格勤苦日有甚焉、而身心顚倒、眩瞀迷惑、終無以爲致知力行之地矣。況欲有以及乎天下國家也哉。曰、然則所謂敬者、又若何而用力邪。曰、程子於此、嘗以主一無適言之矣、嘗以整齊嚴肅言之矣。至其門人謝氏之說、則又有所謂常惺惺法者焉、尹氏之說、則又有所謂其心收不容一物者焉。觀是數說、足以見其用力之方矣。曰、敬之所以爲學之始者然矣。其所以爲學之終也奈何。曰、敬者、一心之主宰而萬事之本根也。知其所以用力之方、則知小學之不能無頼於此以爲始。知小學之頼此以始、則夫大學之不能無頼乎此以爲終者、可以一以貫之而無疑矣。蓋此心旣立、由是格物致知以盡事物之理、則所謂尊德性而道問學。由是誠意正心以脩其身、則所謂先立其大者而小者不能奪。由是齊家治國以及乎天下、則所謂脩己以安百姓、篤恭而天下平。是皆未始一日而離乎敬也。然則敬之一字、豈非聖學始終之要也哉。
【読み】
或ひと問う、大學の道、吾子以て大人の學と爲すは、何ぞや。曰く、此れ小子の學に對して之を言えり。曰く、敢えて問う、其の小子の學と爲すは、何ぞや。曰く、愚、序文に於て已に畧々之を陳べて、古法の今に宜しき者も亦旣に輯めて書と爲す。學者以て之を考えずんばある可からず。曰く、吾聞く、君子は其の遠き者大なる者を務め、小人は其の近き者小なる者を務む、と。今子方に將に人に語るに大學の道を以てせんとして、又其の小學の書を考えんことを欲するは、何ぞや。曰く、學の大小は、固より同じからざること有り。然れども其の道爲ることは、則ち一なるのみ。是を以て其の幼きに方ってや、之を小學に習わざれば、則ち以て其の放心を收め、其の德性を養いて、大學の基本を爲すこと無し。其の長じるに及んでや、之を大學に進めざれば、則ち以て其の義理を察し、諸を事業に措いて、小學の成功を收むること無し。是れ則ち學の大小の同じからざる所以、特に小長習う所の宜しきを異にするを以て、髙下淺深先後緩急の殊なること有り、古今の辨、義利の分、判然たるが若く、薫蕕氷炭の相反して以て相入る可からざるが如きに非ず。今幼學の士をして、必ず先ず以て自ら洒掃應對進退の閒、禮樂射御書數の習いを盡くすこと有らしめ、其の旣に長ずるを俟ちて、而して後に德を明らかにし民を新たにして以て至善に止まるに進む。是れ乃ち次第の當然、又何として不可ならんや。曰く、幼學の士、子の言を以て序に循い漸く進みて以て等を躐え節を陵ぐの病を免るるを得ば、則ち誠に幸いなり。若し其の年の旣に長じて此に及ばざる者は、反って事に小學に從わんと欲せば、則ち恐らくは其れ扞格して勝えず、勤苦して成り難きの患いを免れざらん。直に事に大學に從わんと欲せば、則ち又恐らくは其れ序を失い本無くして以て自ら達すること能わざらん。則ち之を如何。曰く、是れ其の歳月の已に逝く者は、則ち固より得て復追う可からず。其の工夫の次第條目の若きは、則ち豈遂に得て復補う可からざらんや。蓋し吾之を聞けり。敬の一字は、聖學始めを成して終わりを成す所以の者なり。小學を爲[まな]ぶ者此に由らざれば、固より以て本源を涵養して、夫の洒掃應對進退の節と、夫の六藝の敎とを謹むこと無し。大學を爲ぶ者此に由らざれば、亦以て聦明を開發し、德に進み業を脩めて、夫の明德新民の功を致すこと無し。是を以て程子格物の道を發明して、必ず是を以て說を爲せり。不幸にして時を過ぎて後に學ぶ者、誠に能く力を此に用いて以て大に進みて其の小を兼補することを害せずんば、則ち其の進む所以の者、將に本無くして以て自ら達すること能わざることを患うることあらざらんとす。其れ或は摧頹已甚だしくして以て兼ぬる所有るに足らずんば、則ち其の其の肌膚の會、筋骸の束を固くして、其の良知良能の本を養う所以の者も、亦以て之を此に得可くして、其の之を前に失うことを患えず。顧[おも]うに七年の病を以て三年の艾を求むは、其の功を百倍するに非ずんば以て之を致すに足らず。若し徒に咎を旣往に歸して、之を後に補う所以の者も又以て自ら力むること能わずんば、則ち吾其の扞格勤苦日に甚だしきこと有りて、身心顚倒、眩瞀迷惑して、終に以て致知力行の地を爲すこと無きを見ん。況んや以て天下國家に及ぼすこと有ることを欲するをや。曰く、然らば則ち謂う所の敬とは、又若何にして力を用うるや。曰く、程子此に於て、嘗て主一無適を以て之を言い、嘗て整齊嚴肅を以て之を言えり。其の門人に至りて謝氏の說は、則ち又謂う所の常惺惺の法なる者有り、尹氏の說は、則ち又謂う所の其の心收して一物を容れざる者有り。是の數說を觀て、以て其の力を用うるの方を見るに足れり。曰く、敬の學の始めを爲す所以の者然り。其の學の終わりを爲す所以や奈何。曰く、敬は、一心の主宰にして萬事の本根なり。其の力を用うる所以の方を知らば、則ち小學の此に頼りて以て始めを爲すこと無きこと能わざることを知らん。小學の此に頼りて以て始まることを知っては、則ち夫の大學の此に頼りて以て終わりを爲すこと無きこと能わざる者、以て一以て之を貫いて疑い無かる可し。蓋し此の心旣に立ちて、是に由りて物に格り知ることを致めて以て事物の理盡くすは、則ち謂う所の德性を尊びて問學に道[よ]る。是に由りて意を誠にし心を正しくして以て其の身を脩むるは、則ち謂う所の先ず其の大なる者を立てて小なる者奪うこと能わず。是に由りて家を齊え國を治めて以て天下に及べば、則ち謂う所の己を脩めて以て百姓を安んじ、篤恭して天下平かなり。是れ皆未だ始めより一日として敬に離れず。然れば則ち敬の一字は、豈聖學始終の要に非ずや。

○曰、然則此篇所謂在明明德、在新民、在止於至善者、亦可得而聞其說之詳乎。曰、天道流行、發育萬物。其所以爲造化者、陰陽五行而已。而所謂陰陽五行者、又必有是理而後有是氣。及其生物、則又必因是氣之聚而後有是形。故人物之生、必得是理、然後有以爲健順仁義禮智之性、必得是氣、然後有以爲魂魄五臟百骸之身。周子所謂無極之眞、二五之精、妙合而凝者、正謂是也。然以其理而言之、則萬物一原、固無人物貴賤之殊。以其氣而言之、則得其正且通者爲人、得其偏且塞者爲物。是以或貴或賤而不能齊也。彼賤而爲物者、旣梏於形氣之偏塞而無以充其本體之全矣。唯人之生、乃得其氣之正且通者、而其性爲最貴。故其方寸之閒、虛靈洞徹、萬理咸備。蓋其所以異於禽獸者正在於此、而其所以可爲堯舜、而能參天地以贊化育者亦不外焉。是則所謂明德者也。然其通也、或不能無淸濁之異、其正也、或不能無美惡之殊。故其所賦之質淸者智而濁者愚、美者賢而惡者不肖、又有不能同者。必其上智大賢之資、乃能全其本體而無少不明。其有不及乎此、則所謂明德者已不能無蔽而失其全矣。況乎又以氣質有蔽之心、接乎事物無窮之變、則其目之欲色、耳之欲聲、口之欲味、鼻之欲臭、四肢之欲安佚、所以害乎其德者、又豈可勝言也哉。二者相因、反覆深固。是以此德之明、日益昬昧、而此心之靈、其所知者、不過情欲利害之私而已。是則雖曰有人之形、而實何以遠於禽獸。雖曰可以爲堯舜而參天地、而亦不能有以自充矣。然而本明之體得之於天、終有不可得而昧者。是以雖其昬蔽之極、而介然之頃一有覺焉、則卽此空隙之中而其本體已洞然矣。是以聖人施敎、旣已養之於小學之中、而復開之以大學之道。其必先之以格物致知之說者、所以使之卽其所養之中、而因其所發、以啓其明之之端也。繼之以誠意正心脩身之目者、則又所以使之因其已明之端、而反之於身、以致其明之之實也。夫旣有以啓其明之之端、而又有以致其明之之實、則吾之所得於天而未嘗不明者、豈不超然無有氣質物欲之累、而復得其本體之全哉。是則所謂明明德者、而非有所作爲於性分之外也。然其所謂明德者、又人人之所同得、而非有我之得私也。向也倶爲物欲之所蔽、則其賢愚之分固無以大相遠者。今吾旣幸有以自明矣、則視彼衆人之同得乎此而不能自明者、方且甘心迷惑沒溺於卑汚苟賤之中而不自知也、豈不爲之惻然而思有以救之哉。故必推吾之所自明者以及之、始於齊家、中於治國、而終及於平天下、使彼有是明德而不能自明者、亦皆有以自明而去其舊染之汚焉。是則所謂新民者、而亦非有所付畀增益之也。然德之在己而當明、與其在民而當新者、則又皆非人力之所爲、而吾之所以明而新之者、又非可以私意苟且而爲也。是其所以得之於天而見於日用之閒者、固已莫不各有本然一定之則。程子所謂以其義理精微之極、有不可得而名者、故姑以至善目之。而傳所謂君之仁、臣之敬、子之孝、父之慈、與人交之信、乃其目之大者也。衆人之心固莫不有是、而或不能知。學者雖或知之、而亦鮮能必至於是而不去。此爲大學之敎者、所以慮其理雖粗復、而有不純、已雖粗克、而有不盡、且將無以盡夫脩己治人之道、故必指是而言、以爲明德新民之標的也。欲明德而新民者、誠能求必至是而不容其少有過不及之差焉、則其所以去人欲而復天理者、無毫髪之遺恨矣。大抵大學一篇之指、緫而言之不出乎八事、八事之要、緫而言之又不出乎此三者。此愚所以斷然以爲大學之綱領而無疑也。然自孟子沒而道學不得其傳、世之君子各以其意之所便者爲學。於是乃有不務明其明德、而徒以政敎法度爲足以新民者、又有愛身獨善自謂足以明其明德不屑乎新民者、又有略知二者之當務、顧乃安於小成、狃於近利、而不求止於至善之所在者。是皆不考乎此篇之過。其能成己成物而不謬者鮮矣。
【読み】
○曰く、然らば則ち此の篇に謂う所の明德を明らかにするに在り、民を新たにするに在り、至善に止まるに在りとは、亦得て其の說の詳らかなることを聞く可きか。曰く、天道流行して、萬物を發育す。其の造化を爲す所以の者は、陰陽五行なるのみ。而して謂う所の陰陽五行は、又必ず是の理有りて後に是の氣有り。其の物を生すに及んでは、則ち又必ず是の氣の聚まるに因りて後に是の形有り。故に人物の生る、必ず是の理を得て、然して後に以て健順仁義禮智の性と爲る有り、必ず是の氣を得て、然して後に以て魂魄五臟百骸の身と爲る有り。周子謂う所の無極の眞、二五の精、妙合して凝るとは、正に是を謂うなり。然るに其の理を以て之を言えば、則ち萬物一原にして、固より人物貴賤の殊なる無し。其の氣を以て之を言えば、則ち其の正しくして且つ通るを得る者は人と爲り、其の偏にして且つ塞がるを得る者は物と爲る。是を以て或は貴く或は賤しくして齊しきこと能わず。彼の賤しくして物と爲る者は、旣に形氣の偏塞に梏して以て其の本體の全きを充てること無し。唯人の生る、乃ち其の氣の正しくして且つ通るを得る者にして、其の性最も貴しとす。故に其の方寸の閒、虛靈洞徹して、萬理咸[ことごと]く備わる。蓋し其の禽獸に異なる所以の者は正に此に在りて、其の堯舜と爲る可くして、能く天地に參[まじ]わりて以て化育を贊くる所以の者も亦焉に外ならず。是れ則ち謂う所の明德なる者なり。然るに其の通るや、或は淸濁の異なる無きこと能わず、其の正しきや、或は美惡の殊なる無きこと能わず。故に其の賦する所の質淸める者は智にして濁れる者は愚、美しき者は賢にして惡き者は不肖、又同じきこと能わざる者有り。必ず其れ上智大賢の資は、乃ち能く其の本體を全くして少しの明らかならざること無し。其れ此に及ばざること有れば、則ち謂う所の明德なる者は已に蔽うこと無きこと能わずして其の全きを失う。況んや又氣質蔽うこと有るの心を以て、事物窮まり無きの變に接われば、則ち其の目の色を欲し、耳の聲を欲し、口の味を欲し、鼻の臭いを欲し、四肢の安佚を欲して、其の德を害う所以の者、又豈勝げて言う可けんや。二つの者相因り、反覆深固す。是を以て此の德の明らかなる、日に益々昬昧して、此の心の靈なる、其の知る所の者、情欲利害の私に過ぎざるのみ。是れ則ち人の形有りと曰うと雖も、而れども實は何を以て禽獸に遠からん。以て堯舜と爲る可くして天地に參わると曰うと雖も、而れども亦以て自ら充てること有ること能わず。然して本明の體は之を天に得、終に得て昧ます可からざる者有り。是を以て其の昬蔽の極まりと雖も、而れども介然の頃一たび覺ること有れば、則ち此の空隙の中に卽いて其の本體は已に洞然たり。是を以て聖人敎を施し、旣已に之を小學の中に養いて、復之を開くに大學の道を以てせり。其の必ず之を先にするに格物致知の說を以てする者は、之をして其の養う所の中に卽いて、其の發る所に因りて、以て其の之を明らかにするの端を啓かしむる所以なり。之を繼ぐに誠意正心脩身の目を以てする者は、則ち又之をして其の已に明らかなるの端に因りて、之を身に反して、以て其の之を明らかにするの實を致さしむる所以なり。夫れ旣に以て其の之を明らかにするの端を啓くこと有りて、又以て其の之を明らかにするの實を致すこと有れば、則ち吾が天に得る所にして未だ嘗て明らかならざればあらざる者、豈超然として氣質物欲の累い有ること無くして、復其の本體の全きを得ざらんや。是れ則ち謂う所の明德を明らかにする者にして、性分の外に作爲する所有るに非ず。然るに其の謂う所の明德は、又人人の同じく得る所にして、我が得て私すること有るに非ず。向[さき]にや倶に物欲の蔽わるることをすれば、則ち其の賢愚の分ち固より以て大いに相遠き者無し。今吾旣に幸いに以て自ら明らかにすること有れば、則ち彼の衆人の同じく此を得て自ら明らかにすること能わざる者、方に且つ甘心し卑汚苟賤の中に迷惑沒溺して自ら知らざるを視てや、豈之が爲に惻然として以て之を救うこと有らんことを思わざらんや。故に必ず吾が自ら明らかにする所の者を推して以て之に及ぼし、齊家に始まり、治國に中して、終わりに平天下に及び、彼の是の明德有りて自ら明らかにすること能わざる者をして、亦皆以て自ら明らかにして其の舊染の汚を去ること有らしむ。是れ則ち謂う所の民を新たにする者にして、亦之を付畀增益する所有るに非ず。然るに德の己に在りて當に明らかにすべきと、其の民に在りて當に新たにすべき者とは、則ち又皆人力のする所に非ずして、吾が明らかにして之を新たにする所以の者も、又私意苟且を以てす可きに非ず。是れ其の之を天に得て日用の閒に見る所以の者、固より已に各々本然一定の則有らざること莫し。程子の謂う所の其の義理精微の極、得て名づく可からざる者有るを以て、故に姑く至善を以て之に目づく。而して傳に謂う所の君の仁、臣の敬、子の孝、父の慈、人と交わるの信は、乃ち其の目の大なる者なり。衆人の心固より是れ有らざること莫くして、或は知ること能わず。學者或は之を知ると雖も、而れども亦能く必ず是に至りて去らざること鮮し。此れ大學の敎を爲ぶ者、其の理粗々復ると雖も、而れども純ならざること有り、已[つ]くし粗々克つと雖も、而れども盡きざること有り、且つ將に以て夫の己を脩め人を治むるの道を盡くすこと無からんとすることを慮る、故に必ず是を指して言いて、以て明德新民の標的と爲す所以なり。德を明らかにして民を新たにせんと欲する者、誠に能く必ず是に至らんことを求めて其の少しも過不及の差い有ることを容さずんば、則ち其の人欲を去りて天理に復る所以の者、毫髪の遺恨無けん。大抵大學一篇の指は、緫べて之を言えば八事に出でずして、八事の要は、緫べて之を言えば又此の三つの者を出でず。此れ愚、斷然として以て大學の綱領と爲して疑い無き所以なり。然るに孟子沒せるよりして道學其の傳を得ず、世の君子各々其の意の便する所の者を以て學を爲す。是に於て乃ち其の明德を明らかにすることを務めずして、徒に政敎法度を以て以て民を新たにするに足れりとする者有り、又身を愛し獨善して自ら以て其の明德を明らかにするに足れりと謂いて民を新たにすることを屑しとせざる者有り、又略々二つの者の當に務むべきことを知りて、顧みて乃ち小成に安んじ、近利に狃れて、至善の在る所に止まることを求めざる者有り。是れ皆此の篇を考えざるの過ちなり。其の能く己を成し物を成して謬らざる者は鮮し。

○曰、程子之改親爲新也何所據、子之從之又何所考、而必其然耶。且以己意輕改經文。恐非傳疑之義。奈何。曰、若無所考而輒改之、則誠若吾子之譏矣。今親民云者、以文義推之則無理。新民云者、以傳文考之則有據。程子於此其所以處之者亦已審矣。矧未嘗去其本文、而但曰某當作某、是乃漢儒釋經不得已之變例、而亦何害於傳疑耶。若必以不改爲是、則世蓋有承誤踵訛、心知非是、而故爲穿鑿附會、以求其說之必通者矣。其侮聖言而誤後學也益甚。亦何足取以爲法耶。
【読み】
○曰く、程子の親を改めて新たとするや何の據る所、子の之に從えるも又何の考うる所にして、其の然ることを必とするや。且つ己が意を以て輕々しく經文を改む。恐らくは疑いを傳うるの義に非ず。奈何。曰く、若し考うる所無くして輒[たやす]く之を改めば、則ち誠に吾子の譏りの若し。今民を親しむと云うは、文義を以て之を推せば則ち理無し。民を新たにすと云うは、傳文を以て之を考うれば則ち據る有り。程子此に於て其の之を處ける所以の者も亦已に審らかなり。矧[いわ]んや未だ嘗て其の本文を去りて、但某は當に某に作るべしと曰えば、是れ乃ち漢儒經を釋きて已むことを得ざるの變例にして、亦何ぞ疑いを傳うるに害あらんや。若し必ず改めざるを以て是と爲せば、則ち世蓋し誤りを承け訛[いつわ]りを踵[つ]ぐに、心是に非ざるを知りて、故[ことさら]に穿鑿附會を爲して、以て其の說の必ず通ぜんことを求むる者有り。其れ聖言を侮りて後學を誤ることや益々甚だし。亦何ぞ取って以て法と爲すに足らんや。

○曰、知止而后有定、定而后能靜、靜而后能安、安而后能慮、慮而后能得、何也。曰、此推本上文之意、言明德新民所以止於至善之由也。蓋明德新民固皆欲其止於至善。然非先有以知夫至善之所在、則不能有以得其所當止者而止之。如射者固欲其中夫正鵠。然不先有以知其正鵠之所在、則不能有以得其所當中者而中之也。知止云者、物格知至而於天下之事皆有以知其至善之所在。是則吾所當止之地也。能知所止、則方寸之閒、事事物物、皆有定理矣。理旣有定、則無以動其心而能靜矣。心旣能靜、則無所擇於地而能安矣。能安、則日用之閒、從容閒暇、事至物來有以揆之而能慮矣。能慮、則隨事觀理、極深、研幾、無不各得其所止之地而止之矣。然旣眞知所止、則其必得所止、固已不甚相遠。其閒四節、蓋亦推言其所以然之故有此四者、非如孔子之志學以至從心、孟子之善信以至聖神、實有等級之相懸、爲終身經歴之次序也。
【読み】
○曰く、止まりを知りて后に定まること有り、定まりて后に能く靜かなり、靜かにして后に能く安し、安くして后に能く慮る、慮りて后に能く得とは、何ぞや。曰く、此れ上文の意を推し本づいて、德を明らかにし民を新たにして至善に止まる所以の由を言うなり。蓋し德を明らかにし民を新たにすること固より皆其の至善に止まらんことを欲す。然れども先ず以て夫の至善の在る所を知ること有るに非ざれば、則ち以て其の當に止まるべき所の者を得て之に止まること有ること能わず。射る者固より其の夫の正鵠に中てんことを欲す。然れども先ず以て其の正鵠の在る所を知ること有らざれば、則ち以て其の當に中つべき所の者を得て之に中つること有ること能わざるが如し。止まりを知ると云うは、物格り知至りて天下の事に於て皆以て其の至善の在る所を知ること有り。是れ則ち吾が當に止まるべき所の地なり。能く止まる所を知れば、則ち方寸の閒、事事物物、皆定理有り。理旣に定まること有れば、則ち以て其の心を動かすこと無くして能く靜かなり。心旣に能く靜かなれば、則ち地を擇ぶ所無くして能く安し。能く安ければ、則ち日用の閒、從容閒暇、事至り物來りて以て之を揆[はか]ること有りて能く慮る。能く慮れば、則ち事に隨い理を觀、深きを極め、幾を研ぎ、各々其の止まる所の地を得て之に止まらざること無し。然るに旣に眞に止まる所を知れば、則ち其の必ず止まる所を得ること、固より已に甚だ相遠からず。其の閒の四節は、蓋し亦推して其の然る所以の故は此の四つの者に有ることを言い、孔子の志學より以て從心に至り、孟子の善信より以て聖神に至り、實に等級の相懸[はる]かなること有りて、終身經歴の次序を爲すが如きに非ず。

○曰、物有本末、事有終始、知所先後、則近道矣、何也。曰、此結上文兩節之意也。明德新民兩物而内外相對。故曰本末。知止能得一事而首尾相因。故曰終始。誠知先其本而後其末、先其始而後其終也、則其進爲有序、而至於道也不遠矣。
【読み】
○曰く、物に本末有り、事に終始有り、先後する所を知れば、則ち道に近しとは、何ぞや。曰く、此れ上文兩節の意を結ぶなり。德を明らかにし民を新たにするは兩物にして内外相對す。故に本末と曰う。止まりを知り能く得るは一事にして首尾相因る。故に終始と曰う。誠に其の本を先にして其の末を後にし、其の始めを先にして其の終わりを後にすることを知れば、則ち其の進み爲ること序有りて、道に至ることや遠からず。

○曰、古之欲明明德於天下者先治其國、欲治其國者先齊其家、欲齊其家者先脩其身、欲脩其身者先正其心、欲正其心者先誠其意、欲誠其意者先致其知、致知在格物、何也。曰、此言大學之序其詳如此。蓋綱領之條目也。格物・致知・誠意・正心・脩身者、明明德之事也。齊家・治國・平天下者、新民之事也。格物・致知、所以求知至善之所在、自誠意以至於平天下、所以求得夫至善而止之也。所謂明明德於天下者、自明其明德而推以新民、使天下之人皆有以明其明德也。人皆有以明其明德、則各誠其意、各正其心、各脩其身、各親其親、各長其長、而天下無不平矣。然天下之本在國。故欲平天下者必先有以治其國。國之本在家。故欲治國者必先有以齊其家。家之本在身。故欲齊家者必先有以脩其身。至於身之主則心也。一有不得其本然之正、則身無所主。雖欲勉強以脩之、亦不可得而脩矣。故欲脩身者必先有以正其心。而心之發則意也。一有私欲雜乎其中、而爲善去惡或有未實、則心爲所累、雖欲勉強以正之、亦不可得而正矣。故欲正心者必先有以誠其意。若夫知則心之神明、妙衆理而宰萬物者也。人莫不有、而或不能使其表裏洞然無所不盡、則隱微之閒、眞妄錯雜、雖欲勉強以誠之、亦不可得而誠矣。故欲誠意者必先有以致其知。致者、推致之謂、如喪致乎哀之致。言推之而至於盡也。至於天下之物、則必各有所以然之故、與其所當然之則。所謂理也。人莫不知、而或不能使其精粗隱顯究極無餘、則理所未窮、知必有蔽。雖欲勉強以致之、亦不可得而致矣。故致知之道、在乎卽事觀理以格夫物。格者、極至之謂、如格于文祖之格。言窮之而至其極也。此大學之條目、聖賢相傳所以敎人爲學之次第、至爲纖悉。然漢魏以來、諸儒之論未聞有及之者。至唐韓子乃能援以爲說而見於原道之篇。則庶幾其有聞矣。然其言極於正心誠意、而無曰致知格物云者、則是不探其端而驟語其次。亦未免於擇焉不精、語焉不詳之病矣。何乃以是而議荀揚哉。
【読み】
○曰く、古の明德を天下に明らかにせんと欲する者は先ず其の國を治む、其の國を治めんと欲する者は先ず其の家を齊う、其の家を齊えんと欲する者は先ず其の身を脩む、其の身を脩めんと欲する者は先ず其の心を正しくす、其の心を正しくせんと欲する者は先ず其の意を誠にす、其の意を誠にせんと欲する者は先ず其の知ることを致[きわ]む、知ることを致むるは物に格るに在りとは、何ぞや。曰く、此れ大學の序其の詳らかなること此の如くなることを言えり。蓋し綱領の條目なり。格物・致知・誠意・正心・脩身は、明德を明らかにする事なり。齊家・治國・平天下は、民を新たにする事なり。格物・致知は、至善の在る所を知らんことを求むる所以、誠意より以て平天下に至るまでは、夫の至善を得て之に止まらんことを求むる所以なり。謂う所の明德を天下に明らかにすとは、自ら其の明德を明らかにして推して以て民を新たにし、天下の人をして皆以て其の明德を明らかにすること有らしむなり。人皆以て其の明德を明らかにすること有れば、則ち各々其の意を誠にし、各々其の心を正しくし、各々其の身を脩め、各々其の親を親とし、各々其の長を長として、天下平かならざること無し。然るに天下の本は國に在り。故に天下を平かにせんと欲する者は必ず先ず以て其の國を治むること有り。國の本は家に在り。故に國を治めんと欲する者は必ず先ず以て其の家を齊うること有り。家の本は身に在り。故に家を齊えんと欲する者は必ず先ず以て其の身を脩むること有り。身の主に至りては則ち心なり。一つも其の本然の正を得ざること有れば、則ち身に主とする所無し。勉強して以て之を脩めんと欲すと雖うとも、亦得て脩むる可からず。故に身を脩めんと欲する者は必ず先ず以て其の心を正しくすること有り。而して心の發は則ち意なり。一つも私欲其の中に雜ること有りて、善を爲し惡を去ること或は未だ實ならざる有れば、則ち心累わさるることを爲し、勉強して以て之を正しくせんと欲すと雖うとも、亦得て正しかる可からず。故に心を正しくせんと欲する者は必ず先ず以て其の意を誠にすること有り。若し夫れ知は則ち心の神明、衆理を妙にして萬物を宰る者なり。人有らざること莫くして、或は其をして表裏洞然として盡くさざる所無からしむること能わざれば、則ち隱微の閒、眞妄錯雜し、勉強して以て之を誠にせんと欲すと雖うとも、亦得て誠なる可からず。故に意を誠にせんと欲する者は必ず先ず以て其の知ることを致むること有り。致は、推し致むるの謂い、喪には哀を致むるの致の如し。之を推して盡きるに至るを言うなり。天下の物に至りては、則ち必ず各々然る所以の故と、其の當に然るべき所の則有り。謂う所の理なり。人知らざること莫くして、或は其の精粗隱顯究極餘り無からしむること能わざれば、則ち理未だ窮まざる所、知ること必ず蔽うこと有り。勉強して以て之を致めんと欲すと雖うとも、亦得て致む可からず。故に知ることを致むるの道は、事に卽き理を觀て以て夫の物に格るに在り。格は、極め至るの謂い、文祖に格るの格の如し。之を窮めて其の極に至るを言うなり。此れ大學の條目、聖賢相傳えて人に學を爲むることを敎ゆる所以の次第、至って纖悉爲り。然るに漢魏以來、諸儒の論未だ之に及ぶ者有ることを聞かず。唐の韓子に至りて乃ち能く援[ひ]いて以て說を爲して原道の篇に見す。則ち其の聞けること有るに庶幾し。然れども其の言は正心誠意に極まりて、致知格物と云う者を曰うこと無ければ、則ち是れ其の端を探らずして驟[にわか]に其の次を語る。亦未だ擇びて精しからず、語りて詳らかならざるの病を免れず。何ぞ乃ち是を以て荀揚を議[そし]らんや。

○曰、物格而后知至、知至而后意誠、意誠而后心正、心正而后身脩、身脩而后家齊、家齊而后國治、國治而后天下平、何也。曰、此覆說上文之意也。物格者、事物之理各有以詣其極而無餘之謂也。理之在物者旣詣其極而無餘、則知之在我者亦隨所詣而無不盡矣。知無不盡、則心之所發能一於理而無自欺矣。意不自欺、則心之本體、物不能動而無不正矣。心得其正、則身之所處不至陷於所偏而無不脩矣。身無不脩、則推之天下國家亦舉而措之耳。豈外此而求之智謀功利之末哉。曰、篇首之言明明德以新民爲對、則固專以自明爲言矣。後段於平天下者、復以明明德言之、則似新民之事亦在其中。何其言之不一而辨之不明耶。曰、篇首三言者、大學之綱領也。而以其賓主對待先後次第言之、則明明德者又二言之綱領也。至此後段、然後極其體用之全、而一言以舉之、以見夫天下雖大、而吾心之體無不該、事物雖多、而吾心之用無不貫。蓋必析之有以極其精而不亂、然後合之有以盡其大而無餘。此又言之序也。
【読み】
○曰く、物格りて后知ること至る、知ること至りて后意誠に、意誠にして后心正し、心正しくして后身脩まる、身脩まりて后家齊う、家齊いて后國治まる、國治まりて后天下平かなりとは、何ぞや。曰く、此れ上文の意を覆說す。物格るとは、事物の理各々以て其の極に詣[いた]ること有りて餘り無きの謂いなり。理の物に在る者旣に其の極に詣りて餘り無ければ、則ち知ることの我に在る者も亦詣る所に隨いて盡くさざること無し。知ること盡くさざること無ければ、則ち心の發る所能く理に一にして自ら欺くこと無し。意自ら欺かざれば、則ち心の本體、物動かすこと能わずして正しからざること無し。心其の正しきを得れば、則ち身の處る所偏なる所に陷るに至らずして脩まらざること無し。身脩まらざること無ければ、則ち之を天下國家に推すも亦舉げて之を措くのみ。豈此を外にして之を智謀功利の末に求めんや。曰く、篇首の明明德を言えるは新民を以て對とすれば、則ち固より專ら自ら明らかにするを以て言を爲す。後段天下を平かにする者に於て、復明明德を以て之を言えるは、則ち新民の事も亦其の中に在るに似たり。何ぞ其の言うこと一ならずして辨うること明らかならざるや。曰く、篇首の三言は、大學の綱領なり。而して其の賓主の對待先後次第を以て之を言えば、則ち明明德も又二言の綱領なり。此の後段に至りて、然して後に其の體用の全きを極めて、一言以て之を舉げて、以て夫の天下大なりと雖も、而れども吾が心の體該ねざること無く、事物多しと雖も、而れども吾が心の用貫かざること無きことを見す。蓋し必ず之を析けて以て其の精を極むること有りて亂れず、然して後に之を合わせて以て其の大を盡くすこと有りて餘り無し。此れ又言の序なり。

○曰、自天子以至於庶人、壹是皆以脩身爲本、其本亂而末治者否矣、其所厚者薄而其所薄者厚未之有也、何也。曰、此結上文兩節之意也。以身對天下國家而言、則身爲本而天下國家爲末。以家對國與天下而言、則其理雖未嘗不一、然其厚薄之分、亦不容無等差矣。故不能格物致知以誠意、正心而脩其身、則本必亂而末不可治。不親其親、不長其長、則所厚者薄而無以及人之親長。此皆必然之理也。孟子所謂於所厚者薄、無所不薄、其言蓋亦本於此云。
【読み】
○曰く、天子より以て庶人に至るまで、壹是[いっし]に皆身を脩むるを以て本と爲す、其の本亂れて末治ある者否[な]し、其の厚き所の者薄くして其の薄き所の者厚きことは未だ之れ有らずとは、何ぞや。曰く、此れ上文兩節の意を結ぶなり。身を以て天下國家に對して言えば、則ち身を本と爲して天下國家を末と爲す。家を以て國と天下とに對して言えば、則ち其の理未だ嘗て一ならずんばあらずと雖も、然れども其の厚薄の分ち、亦等差無くんばある容からず。故に物に格り知ることを致めて以て意を誠にし、心を正しくして其の身を脩むること能わざれば、則ち本必ず亂れて末治まる可からず。其の親を親とせず、其の長を長とせざれば、則ち厚き所の者薄くして以て人の親長に及ぶこと無し。此れ皆必然の理なり。孟子の謂う所の厚き所の者に於て薄ければ、薄からざる所無し、其の言蓋し亦此に本づけると云う。

○曰、治國平天下者、天子諸侯之事也。卿大夫以下、蓋無與焉。今大學之敎、乃例以明明德於天下爲言。豈不爲思出其位、犯非其分、而何以得爲爲己之學哉。曰、天之明命、有生之所同得、非有我之得私也。是以君子之心豁然大公、其視天下無一物而非吾心之所當愛、無一事而非吾職之所當爲。雖或勢在匹夫之賤、而所以堯舜其君、堯舜其民者、亦未嘗不在其分内也。又況大學之敎、乃爲天子之元子衆子、公侯卿大夫士之適子、與國之俊選而設。是皆將有天下國家之責而不可辭者、則其所以素敎而預養之者、安得不以天下國家爲己事之當然、而預求有以正其本、淸其源哉。後世敎學不明。爲人君父者慮不足以及此、而苟徇於目前。是以天下之治日常少、亂日常多、而敗國之君、亡家之主、常接迹於當世。亦可悲矣。論者不此之監、而反以聖法爲疑。亦獨何哉。大抵以學者而視天下之事、以爲己事之所當然而爲之、則雖甲兵錢穀籩豆有司之事、皆爲己也。以其可以求知於世而爲之、則雖割股廬墓弊車羸馬、亦爲人耳。善乎張子敬夫之言曰、爲己者、無所爲而然者也。此其語意之深切、蓋有前賢所未發者。學者以是而日自省焉、則有以察乎義利之閒而無毫氂之差矣。
【読み】
○曰く、國を治め天下を平かにするは、天子諸侯の事なり。卿大夫以下は、蓋し與ること無し。今大學の敎は、乃ち例して明德を天下に明らかするを以て言を爲す。豈思うこと其の位を出で、其の分に非ざるを犯すとせずして、何を以て己が爲の學とすることを得んや。曰く、天の明命は、有生の同じく得る所にして、我が得て私すること有るに非ず。是を以て君子の心は豁然大公、其の天下を視ること一物として吾が心の當に愛すべき所に非ざること無く、一事として吾が職の當に爲すべき所に非ざること無し。或は勢い匹夫の賤しきに在りと雖も、而れども其の君を堯舜にし、其の民を堯舜にする所以の者も、亦未だ嘗て其の分内に在らずんばあらず。又況んや大學の敎は、乃ち天子の元子衆子、公侯卿大夫士の適子と、國の俊選との爲に設く。是れ皆將に天下國家の責有りて辭す可からざらんとする者なれば、則ち其の素より敎えて預め之を養う所以の者、安んぞ天下國家を以て己が事の當然と爲して、預め以て其の本を正しくし、其の源を淸くすること有ることを求めざることを得んや。後世敎學明らかならず。人の君父爲る者の慮り以て此に及ぶに足らずして、苟も目前に徇う。是を以て天下の治日は常に少なく、亂日は常に多くして、敗國の君、亡家の主、常に迹を當世に接ぶ。亦悲しむ可し。論者此れ之を監みるにあらずして、反って聖法を以て疑いを爲す。亦獨り何ぞや。大抵學者を以てして天下の事を視、己が事の當に然るべき所とするを以てして之をすれば、則ち甲兵錢穀籩豆有司の事と雖も、皆己が爲なり。其の以て世に知らるることを求む可きを以てして之をすれば、則ち股を割き墓に廬し弊車羸馬と雖も、亦人の爲なるのみ。善いかな張子敬夫の言に曰う、己が爲にする者は、爲にする所無くして然る者なり。此れ其の語意の深切、蓋し前賢未だ發せざる所の者有り。學者是を以て日に自ら省みれば、則ち以て義利の閒を察すること有りて毫氂の差い無し。

○曰、子謂正經蓋夫子之言而曾子述之、其傳則曾子之意而門人記之。何以知其然也。曰、正經辭約而理備、言近而指遠。非聖人不能及也。然以其無他左驗、且意其或出於古昔先民之言也、故疑之而不敢質、至於傳文或引曾子之言、而又多與中庸孟子者合、則知其成於曾氏門人之手、而子思以授孟子無疑也。蓋中庸之所謂明善、卽格物致知之功、其曰誠身、卽誠意正心脩身之效也。孟子之所謂知性者、物格也。盡心者、知至也。存心養性脩身者、誠意正心脩身也。其他如謹獨之云、不慊之說、義利之分、常言之序、亦無不脗合焉者。故程子以爲孔氏之遺書、學者之先務、而論孟猶處其次焉。亦可見矣。曰、程子之先是書而後論孟、又且不及乎中庸、何也。曰、是書埀世立敎之大典、通爲天下後世而言者也。論孟應機接物之微言、或因一時一事而發者也。是以是書之規模雖大、然其首尾該備而綱領可尋、節目分明而工夫有序、無非切於學者之日用。論孟之爲人雖切、然而問者非一人、記者非一手、或先後淺深之無序、或抑揚進退之不齊、其閒蓋有非初學日用之所及者。此程子所以先是書而後論孟、蓋以其難易緩急言之、而非以聖人之言爲有優劣也。至於中庸、則又聖門傳授極致之言、尤非後學之所易得而聞者。故程子之敎未遽及之。豈不又以爲論孟旣通、然後可以及此乎。蓋不先乎大學、無以提挈綱領而盡論孟之精微。不參之論孟、無以融貫會通而極中庸之歸趣。然不會其極於中庸、則又何以建立大本、經綸大經、而讀天下之書、論天下之事哉。以是觀之、則務講學者固不可不急於四書、而讀四書者又不可不先於大學、亦已明矣。今之敎者乃或棄此不務、而反以他說先焉。其不溺於虛空、流於功利、而得罪於聖門者幾希矣。
【読み】
○曰く、子、正經は蓋し夫子の言にして曾子之を述べ、其の傳は則ち曾子の意にして門人之を記すと謂う。何を以て其の然ることを知るや。曰く、正經は辭約にして理備わり、言近くして指遠し。聖人に非ずんば及ぶこと能わざるなり。然れども其の他の左驗無く、且つ其の或は古昔先民の言に出でんと意うを以て、故に之を疑いて敢えて質さず、傳文に至りて或は曾子の言を引いて、又多く中庸孟子なる者と合えば、則ち其の曾氏門人の手に成ることを知りて、子思以て孟子に授けしこと疑い無し。蓋し中庸の謂う所の善に明らかなるは、卽ち格物致知の功、其の身に誠なると曰うは、卽ち誠意正心脩身の效なり。孟子の謂う所の性を知るは、物格るなり。心を盡くすは、知ること至るなり。心を存し性を養い身を脩むるは、誠意正心脩身なり。其の他獨りを謹むの云い、慊らざるの說、義利の分ち、常に言うの序の如きも、亦脗合せざる者無し。故に程子以て孔氏の遺書、學者の先務と爲して、論孟猶其の次に處きぬ。亦見る可し。曰く、程子の是の書を先にして論孟を後にし、又且つ中庸に及ばざるは、何ぞや。曰く、是の書は世に埀れ敎を立つるの大典、通して天下後世の爲にして言う者なり。論孟は機に應じ物に接われるの微言、或は一時一事に因りて發せる者なり。是を以て是の書の規模大なりと雖も、然れども其の首尾該ね備わりて綱領尋ぬ可く、節目分明にして工夫に序有り、學者の日用に切なるに非ざること無し。論孟は人の爲に切なりと雖も、然れども問う者一人に非ず、記す者一手に非ず、或は先後淺深の序無く、或は抑揚進退齊しからず、其の閒蓋し初學日用の及ぶ所に非ざる者有り。此れ程子の是の書を先にして論孟を後にする所以、蓋し其の難易緩急を以て之を言いて、聖人の言を以て優劣有りとするに非ず。中庸に至りては、則ち又聖門傳授極致の言にて、尤も後學の得て聞き易き所の者に非ず。故に程子の敎、未だ遽に之に及ばず。豈又以て論孟旣に通じて、然して後に以て此に及ぶ可しとせざらん。蓋し大學を先にせざれば、以て綱領を提挈して論孟の精微を盡くすこと無し。之を論孟に參えざれば、以て融貫會通して中庸の歸趣を極むること無し。然して其の極を中庸に會せずんば、則ち又何を以て大本を建立し、大經を經綸して、天下の書を讀み、天下の事を論ぜんや。是を以て之を觀れば、則ち講學を務むる者固より四書を急にせずんばある可からずして、四書を讀む者も又大學を先にせずんばある可からざるも、亦已に明けし。今の敎うる者は乃ち或は此を棄て務めずして、反って他說を以て先にす。其の虛空に溺れ、功利に流れて、罪を聖門に得る者幾希し。


或問、一章而下以至三章之半、鄭本元在沒世不忘之下、而程子乃以次於此謂知之至也之文。子獨何以知其不然、而遂以爲傳之首章也。曰、以經統傳、以傳附經、則其次第可知而二說之不然審矣。
【読み】
或ひと問う、一章よりして下以て三章の半に至るまで、鄭本は元沒世不忘の下に在りて、程子乃ち以て此謂知之至也の文に次げり。子獨り何を以て其の然らざるを知りて、遂に以て傳の首章とするや。曰く、經を以て傳を統べ、傳を以て經に附ければ、則ち其の次第知る可くして二說の然らざること審らかなり。

○曰、然則其曰克明德者、何也。曰、此言文王能明其德也。蓋人莫不知德之當明而欲明之。然氣稟拘之於前、物欲蔽之於後。是以雖欲明之、而有不克也。文王之心渾然天理、亦無待於克之而自明矣。然猶云爾者、亦見其獨能明之而他人不能、又以見夫未能明者之不可不致其克之之功也。
【読み】
○曰く、然らば則ち其の克く德を明らかにすと曰う者は、何ぞや。曰く、此れ文王能く其の德を明らかにせることを言うなり。蓋し人德の當に明らかにすべきことを知りて之を明らかにせんことを欲せざること莫し。然れども氣稟之を前に拘え、物欲之を後に蔽う。是を以て之を明らかにせんことを欲すと雖も、而れども克くせざること有り。文王の心は渾然たる天理、亦之を克くすることを待つこと無くして自ら明らかなり。然れども猶爾か云う者は、亦其の獨り能く之を明らかにして他人能くせざることを見し、又以て夫の未だ能く明らかにせざる者の其の之を克くするの功を致さずんばある可からざることを見す。

○曰、顧諟天之明命、何也。曰、人受天地之中以生。故人之明德非他也。卽天之所以命我而至善之所存也。是其全體大用、蓋無時而不發見於日用之閒。人惟不察於此、是以汨於人欲而不知所以自明。常目在之、而眞若見其參於前倚於衡也、則成性存存而道義出矣。
【読み】
○曰く、諟の天の明命を顧みるとは、何ぞや。曰く、人は天地の中を受けて以て生る。故に人の明德は他に非ず。卽ち天の我に命ずる所以にして至善の存する所なり。是れ其の全體大用、蓋し時として日用の閒に發見せざること無し。人惟此に察せず、是を以て人欲に汨れて自ら明らかにする所以を知らず。常に目之に在りて、眞に其の前に參わり衡に倚るを見るが若くなれば、則ち成性存存して道義出づ。

○曰、克明俊德、何也。曰、言堯能明其大德也。
【読み】
○曰く、克く俊德を明らかにすとは、何ぞや。曰く、堯能く其の大德を明らかにせることを言うなり。

○曰、是三者固皆自明之事也。然其言之亦有序乎。曰、康誥通言明德而已。太甲則明天之未始不爲人、而人之未始不爲天也。帝典則專言成德之事而極其大焉。其言之淺深亦畧有序矣。
【読み】
○曰く、是の三つの者固より皆自ら明らかにすの事なり。然して其の之を言うことも亦序有るか。曰く、康誥は通して德を明らかにすることを言うのみ。太甲は則ち天の未だ始めより人爲らずんばあらずして、人の未だ始めより天爲らずんばあらざるを明かす。帝典は則ち專ら成德の事を言いて其の大を極む。其の言の淺深も亦畧々序有り。


或問、盤之有銘、何也。曰、盤者、常用之器、銘者、自警之辭也。古之聖賢兢兢業業、固無時而不戒謹恐懼。然猶恐其有所怠忽而或忘之也。是以於其常用之器、各因其事而刻銘以致戒焉。欲其常接乎目、每警乎心、而不至於忽忘也。曰、然則沐浴之盤、而其所刻之辭如此、何也。曰、人之有是德、猶其有是身也。德之本明、猶其身之本潔也。德之明而利欲昏之、猶身之潔而塵垢汙之也。一旦存養省察之功、眞有以去其前日利欲之昏而日新焉、則亦猶其疎瀹澡雪而有以去其前日塵垢之汙也。然旣新矣、而所以新之之功不繼、則利欲之交將復有如前日之昏、猶旣潔矣、而所以潔之之功不繼、則塵垢之集將復有如前日之汙也。故必因其已新而日日新之、又日新之、使其存養省察之功、無少閒斷、則明德常明而不復爲利欲之昏、亦如人之一日沐浴而日日沐浴、又無日而不沐浴、使其疎瀹澡雪之功、無少閒斷、則身常潔淸而不復爲舊染之汙也。昔成湯所以反之而至於聖者、正惟有得於此。故稱其德者有曰、不邇聲色、不殖貨利。又曰、以義制事、以禮制心。有曰、從諫弗咈、改過不吝。又曰、與人不求備、檢身若不及。此皆足以見其日新之實。至於所謂聖敬日躋云者、則其言愈約而意愈切矣。然本湯之所以得此、又其學於伊尹而有發焉。故伊尹自謂與湯咸有一德、而於復政太甲之初、復以終始惟一、時乃日新、爲丁寧之戒。蓋於是時、太甲方且自怨自艾、於桐處仁遷義而歸、是亦所謂苟日新者。故復推其嘗以告于湯者告之、欲其日進乎此無所閒斷、而有以繼其烈祖之成德也。其意亦深切矣。其後周之武王踐阼之初、受師尙父丹書之戒。曰、敬勝怠者吉、怠勝敬者滅、義勝欲者從、欲勝義者凶。退而於其几席觴豆刀劔戶牖莫不銘焉。蓋聞湯之風而興起者。今其遺語、尙幸頗見於禮書。願治之君、志學之士、皆不可以莫之考也。曰、此言新民。其引此何也。曰、此自其本而言之。蓋以是爲自新之至、而新民之端也。
【読み】
或ひと問う、盤の銘有るは、何ぞや。曰く、盤は、常に用うるの器、銘は、自ら警むるの辭なり。古の聖賢は兢兢業業として、固より時として戒謹恐懼せざること無し。然れども猶其の怠忽する所有りて或は之を忘れんことを恐る。是を以て其の常に用うるの器に於て、各々其の事に因りて銘を刻んで以て戒めを致せり。其の常に目に接え、每に心を警めて、忽忘に至らざらんことを欲してなり。曰く、然らば則ち沐浴の盤にして、其の刻む所の辭此の如くなるは、何ぞや。曰く、人の是の德有る、猶其の是の身有るがごとし。德の本明らかなる、猶其の身の本潔きがごとし。德の明らかにして利欲之を昏ますは、猶身の潔くして塵垢之を汙すがごとし。一旦存養省察の功、眞に以て其の前日利欲の昏きを去りて日に新たなること有るは、則ち亦猶其の疎瀹澡雪して以て其の前日塵垢の汙れを去ること有るがごとし。然るに旣に新たにして、之を新たにする所以の功繼がざれば、則ち利欲の交わり將に復前日の昏きが如くなること有らんとするは、猶旣に潔くして、之を潔くする所以の功繼がざれば、則ち塵垢の集まり將に復前日の汙れの如くなること有らんとするがごとし。故に必ず其の已に新たなるに因りて日日に之を新たにし、又日に之を新たにして、其をして存養省察の功、少しの閒斷無からしむれば、則ち明德常に明らかにして復利欲の昏きことを爲さず、亦人の一日沐浴して日日に沐浴し、又日として沐浴せざること無くして、其をして疎瀹澡雪の功、少しの閒斷無からしむれば、則ち身常に潔淸にして復舊染の汙れを爲さざるが如し。昔成湯之に反って聖に至る所以の者、正に惟此に得ること有り。故に其の德を稱する者曰えること有り、聲色を邇づけず、貨利を殖めず、と。又曰く、義を以て事を制し、禮を以て心を制す、と。曰えること有り、諫めに從いて咈[たが]わず、過ちを改めて吝かならず、と。又曰く、人と與にしては備わらんことを求めず、身を檢することは及ばざるが若し、と。此れ皆以て其の日に新たにするの實を見るに足れり。謂う所の聖敬日に躋[のぼ]ると云う者に至りては、則ち其の言愈々約にして意愈々切なり。然るに湯の此を得る所以を本づくるに、又其れ伊尹に學びて發けること有り。故に伊尹自ら湯と咸一德有りと謂いて、政を太甲に復すの初めに於て、復終始惟一なれば、時[これ]乃ち日に新たなるを以て、丁寧の戒めを爲す。蓋し是の時に於て、太甲方に且つ自ら怨み自ら艾[おさ]め、桐に於て仁に處り義に遷りて歸すること、是れ亦謂う所の苟に日に新たなる者なり。故に復其の嘗て以て湯に告ぐる者を推して之に告げて、其の日に此に進めて閒斷する所無くして、以て其の烈祖の成德を繼げること有らんことを欲す。其の意も亦深切なり。其の後周の武王踐阼の初め、師尙父丹書の戒めを受けり。曰く、敬怠に勝つ者は吉、怠敬に勝つ者は滅ぶ、義欲に勝つ者は從い、欲義に勝つ者は凶し、と。退いて其の几席觴豆刀劔戶牖に於て銘ぜざること莫し。蓋し湯の風を聞いて興起せる者なり。今其の遺語、尙幸いに頗る禮書に見えたり。治を願う君、學に志す士、皆以て之を考うること莫くんばある可からず。曰く、此に新民を言えり。其の此を引けるは何ぞや。曰く、此れ其の本よりして之を言う。蓋し是れ自ら新たにするの至りにして、民を新たにするの端と爲すを以てなり。

○曰、康誥之言作新民、何也。曰、武王之封康叔也、以商之餘民染紂汙俗而失其本心也、故作康誥之書而告之以此。欲其有以鼓舞而作興之、使之振奮踴躍以去其惡而遷於善、舍其舊而進乎新也。然此豈聲色號令之所及哉。亦自新而已。曰、孔氏小序以康誥爲成王周公之書、而子以武王言之、何也。曰、此五峯胡氏之說也。蓋嘗因而考之、其曰朕弟寡兄云者、皆爲武王之自言。乃得事理之實、而其他證亦多。小序之言不足深信、於此可見。然非此書大義所關。故不暇於致詳、當別爲讀書者言之耳。
【読み】
○曰く、康誥の民を作し新たにすと言うは、何ぞや。曰く、武王の康叔を封ぜるや、商の餘民、紂が汙俗に染まりて其の本心を失うを以て、故に康誥の書を作して之に告ぐるに此を以てす。其の以て鼓舞して之を作興し、之をして振奮踴躍して以て其の惡を去りて善に遷り、其の舊を舍てて新に進めしむること有らんことを欲してなり。然るに此れ豈聲色號令の及ぶ所ならんや。亦自ら新たにするのみ。曰く、孔氏が小序は康誥を以て成王周公の書と爲して、子は武王を以て之を言うは、何ぞや。曰く、此れ五峯の胡氏の說なり。蓋し嘗て因りて之を考うるに、其の朕が弟寡兄と云う者、皆武王の自言と爲すと曰う。乃ち事理の實を得て、其の他の證も亦多し。小序の言深く信ずるに足らざること、此に於て見る可し。然るに此の書の大義の關わる所に非ず。故に詳らかなることを致すに暇あらず、當に別に書を讀む者の爲に之を言うべきのみ。

○曰、詩之言周雖舊邦、其命維新、何也。曰、言周之有邦、自后稷以來千有餘年、至于文王、聖德日新而民亦丕變。故天命之以有天下。是其邦雖舊、而命則新也。蓋民之視效在君、而天之視聽在民。君德旣新、則民德必新。民德旣新、則天命之新亦不旋日矣。
【読み】
○曰く、詩の周は舊邦と雖も、其の命維れ新たなりと言うは、何ぞや。曰く、言うこころは、周の邦を有つ、后稷より以來千有餘年、文王に至りて、聖德日に新たにして民も亦丕[おお]いに變われり。故に天之に命じて以て天下を有てり。是れ其の邦舊しと雖も、而れども命は則ち新たなり。蓋し民の視效は君に在りて、天の視聽は民に在り。君の德旣に新たなれば、則ち民の德も必ず新たなり。民の德旣に新たなれば、則ち天命の新たなるも亦日を旋らさず。

○曰、所謂君子無所不用其極者、何也。曰、此結上文詩書之意也。蓋盤銘、言自新也。康誥、言新民也。文王之詩、自新新民之極也。故曰君子無所不用其極。極、卽至善之云也。用其極者、求其止於是而已矣。
【読み】
○曰く、謂う所の君子は其の極を用いざる所無しとは、何ぞや。曰く、此れ上文詩書の意を結ぶなり。蓋し盤の銘は、自ら新たにすることを言う。康誥は、民を新たにするを言う。文王の詩は、自ら新たにし民を新たにするの極なり。故に君子は其の極を用いざる所無しと曰う。極は、卽ち至善の云いなり。其の極を用うるとは、其の是に止まらんことを求むるのみ。


或問、此引玄鳥之詩、何也。曰、此以民之止於邦畿、而明物之各有所止也。
【読み】
或ひと問う、此に玄鳥の詩を引くは、何ぞや。曰く、此れ民の邦畿に止[お]るを以て、物の各々止まる所有ることを明かすなり。

○曰、引綿蠻之詩、而系以孔子之言。孔子何以有是言也。曰、此夫子說詩之辭也。蓋曰、鳥於其欲止之時、猶知其當止之處。豈可人爲萬物之靈、而反不如鳥之能知所止而止之乎。其所以發明人當知止之義、亦深切矣。
【読み】
○曰く、綿蠻の詩を引いて、系るに孔子の言を以てす。孔子何を以て是の言有るや。曰く、此れ夫子詩を說けるの辭なり。蓋し曰う、鳥其の止まらんと欲するの時に於て、猶其の當に止まるべきの處を知る。豈人萬物の靈と爲りて、反って鳥の能く止まる所を知りて之に止まるに如かざる可けんや。其の人當に止まりを知るべきの義を發明する所以も、亦深切なり。

○曰、引文王之詩、而繼以君臣父子與國人交之所止、何也。曰、此因聖人之止、以明至善之所在也。蓋天生烝民、有物有則、是以萬物庶事莫不各有當止之所。但所居之位不同、則所止之善不一。故爲人君、則其所當止者在於仁、爲人臣、則其所當止者在於敬、爲人子、則其所當止者在於孝、爲人父、則其所當止者在於慈、與國人交、則其所當止者在於信。是皆天理人倫之極致、發於人心之不容已者、而文王之所以爲法於天下可傳於後世者、亦不能加毫末於是焉。但衆人類爲氣稟物欲之所昏。故不能常敬而失其所止。唯聖人之心表裏洞然、無有一毫之蔽。故連續光明自無不敬、而所止者莫非至善。不待知所止、而後得所止也。故傳引此詩而歴陳所止之實、使天下後世得以取法焉。學者於此誠有以見其發於本心之不容已者而緝煕之、使其連續光明無少閒斷、則其敬止之功、是亦文王而已矣。詩所謂上天之載、無聲無臭、儀刑文王、萬邦作孚、正此意也。曰、子之說詩、旣以敬止之止爲語助之辭、而於此書又以爲所止之義、何也。曰、古人引詩斷章、或姑借其辭以明己意。未必皆取本文之義也。曰、五者之目、詞約而義該矣。子之說乃復有所謂究其精微之蘊、而推類以通之者。何其言之衍而不切耶。曰、舉其德之要而緫名之、則一言足矣。論其所以爲是一言者、則其始終本末豈一言之所能盡哉。得其名而不得其所以名、則仁或流於姑息、敬或墮於阿諛、孝或陷父、而慈或敗子。且其爲信亦未必不爲尾生白公之爲也。又況傳之所陳、姑以見物各有止之凡例。其於大倫之目猶且闕其二焉。苟不推類以通之、則亦何以盡天下之理哉。
【読み】
○曰く、文王の詩を引いて、繼ぐに君臣父子と國人と交わるの止まる所を以てするは、何ぞや。曰く、此れ聖人の止まれるに因りて、以て至善の在る所を明かすなり。蓋し天烝民を生し、物有り則有り、是を以て萬物庶事各々當に止まるべきの所有らざること莫し。但居る所の位同じからざれば、則ち止まる所の善一ならず。故に人の君と爲りては、則ち其の當に止まるべき所の者は仁に在り、人の臣と爲りては、則ち其の當に止まるべき所の者は敬に在り、人の子と爲りては、則ち其の當に止まるべき所の者は孝に在り、人の父と爲りては、則ち其の當に止まるべき所の者は慈に在り、國人と交わりては、則ち其の當に止まるべき所の者は信に在り。是れ皆天理人倫の極致、人心の已む容からざる者に發りて、文王の法を天下に爲して後世に傳う可き所以の者も、亦毫末を是に加うること能わず。但衆人は類ね氣稟物欲の昏まるることを爲す。故に常に敬むこと能わずして其の止まる所を失う。唯聖人の心は表裏洞然として、一毫の蔽い有ること無し。故に連續光明自ら敬まざること無くして、止まれる所の者至善に非ざること莫し。止まる所を知りて、而して後に止まる所を得ることを待たず。故に傳に此の詩を引いて止まれる所の實を歴陳して、天下後世をして以て法を取ることを得せしむ。學者此に於て誠に以て其の本心の已む容からざる者に發るを見て之を緝煕し、其をして連續光明少しの閒斷無からしむること有らば、則ち其の敬みて止まるの功、是れ亦文王なるのみ。詩に謂う所の上天の載は、聲も無く臭いも無し、文王に儀[かたど]り刑[のっと]らば、萬邦作りて孚とせんとは、正に此の意なり。曰く、子が詩を說くに、旣に敬止の止を以て語助の辭と爲して、此の書に於ては又以て止まる所の義と爲すは、何ぞや。曰く、古人詩を引き章を斷ち、或は姑く其の辭を借りて以て己が意を明かす。未だ必ずしも皆本文の義を取らざるなり。曰く、五つの者の目は、詞約にして義該ねたり。子の說に乃ち復謂う所の其の精微の蘊を究めて、類を推して以て之に通ずる者有り。何ぞ其の言の衍にして切ならざるや。曰く、其の德の要を舉げて緫べて之を名づくれば、則ち一言にして足れり。其の是の一言を爲す所以の者を論ずれば、則ち其の始終本末豈一言の能く盡くす所ならんや。其の名を得て其の名づくる所以を得ざれば、則ち仁或は姑息に流れ、敬或は阿諛に墮ち、孝或は父を陷れて、慈或は子を敗る。且つ其の信爲るも亦未だ必ずしも尾生白公の爲[しわざ]を爲さずんばあらず。又況んや傳の陳ぶる所は、姑く以て物各々止まること有るの凡例を見す。其れ大倫の目に於て猶且つ其の二つを闕けり。苟に類を推して以て之に通ぜずんば、則ち亦何を以て天下の理を盡くさんや。

○曰、復引淇澳之詩、何也。曰、上言止於至善之理備矣。然其所以求之之方、與其得之之驗、則未之及。故又引此詩以發明之也。夫如切如磋、言其所以講於學者已精、而益求其精也。如琢如磨、言其所以脩於身者已密、而益求其密也。此其所以擇善固執、日就月將、而得止於至善之由也。恂慄者、嚴敬之存乎中也。威儀者、輝光之著乎外也。此其所以睟面盎背、施於四體、而爲止於至善之驗也。盛德至善、民不能忘、蓋人心之所同然。聖人旣先得之、而其充盛宣著又如此。是以民皆仰之而不能忘也。盛德、以身之所得而言也。至善、以理之所極而言也。切磋琢磨、求其止於是而已矣。曰、切磋琢磨、何以爲學問自脩之別。曰、骨角脈理可尋而切磋之功易。所謂始條理之事也。玉石渾全堅確而琢磨之功難。所謂終條理之事也。
【読み】
○曰く、復淇澳の詩を引くは、何ぞや。曰く、上に至善に止まるの理を言うこと備われり。然るに其の之を求むる所以の方と、其の之を得るの驗とは、則ち未だ之に及ばず。故に又此の詩を引いて以て之を發明す。夫れ切るが如く磋するが如しとは、其の學を講ずる所以の者已に精しくして、益々其の精しきを求むるを言うなり。琢[う]つが如く磨くが如しとは、其の身を脩むる所以の者已に密にして、益々其の密を求むるを言うなり。此れ其の善を擇びて固く執り、日に就[な]り月に將[すす]んで、至善に止まることを得る所以の由なり。恂慄は、嚴敬の中に存するなり。威儀は、輝光の外に著るなり。此れ其の面に睟[きら]らかに背に盎[あふ]れ、四體に施して、至善に止まることをする所以の驗なり。盛德至善、民忘るること能わざるは、蓋し人心の同じく然る所。聖人旣に先ず之を得て、其の充盛宣著も又此の如し。是を以て民皆之を仰いで忘るること能わざるなり。盛德は、身の得る所を以て言うなり。至善は、理の極まる所を以て言うなり。切磋琢磨は、其の是に止まらんことを求むるのみ。曰く、切磋琢磨は、何を以て學問自脩の別を爲さん。曰く、骨角は脈理尋ぬ可くして切磋の功易し。謂う所の條理を始むるの事なり。玉石は渾全堅確にして琢磨の功難し。謂う所の條理を終えるの事なり。

○曰、引烈文之詩、而言前王之沒世不忘何也。曰、賢其賢者、聞而知之、仰其德業之盛也。親其親者、子孫保之、思其覆育之恩也。樂其樂者、含哺鼓腹而安其樂也。利其利者、耕田鑿井而享其利也。此皆先王盛德至善之餘澤、故雖已沒世、而人猶思之、愈久而不能忘也。上文之引淇澳、以明明德之得所止言之、而發新民之端也。此引烈文、以新民之得所止言之、而著明明德之效也。
【読み】
○曰く、烈文の詩を引いて、前王の世を沒して忘れざるを言うは何ぞや。曰く、其の賢を賢とすとは、聞いて之を知りて、其の德業の盛んなるを仰ぐなり。其の親を親とすとは、子孫之を保ちて、其の覆育の恩を思うなり。其の樂を樂しむとは、哺を含み腹を鼓して其の樂を安んずるなり。其の利を利とすとは、田を耕し井を鑿ちて其の利を享くなり。此れ皆先王の盛德至善の餘澤、故に已に世を沒すと雖も、而れども人猶之を思い、愈々久しくして忘るること能わざるなり。上文の淇澳を引くは、明德を明らかにするの止まる所を得るを以て之を言いて、民を新たにするの端を發すなり。此れ烈文を引くは、民を新たにするの止まる所を得るを以て之を言いて、明德を明らかにするの效を著すなり。

○曰、淇澳烈文二節、鄭本元在誠意章後、而程子置之卒章之中。子獨何以知其不然而屬之此也。曰、二家所繫文意不屬。故有不得而從者。且以所謂道盛德至善、沒世不忘者推之、則知其當屬乎此也。
【読み】
○曰く、淇澳烈文の二節は、鄭本元誠意の章の後に在りて、程子之を卒章の中に置けり。子獨り何を以て其の然らざることを知りて之を此に屬すや。曰く、二家の繫ける所の文意屬せず。故に得て從わざる者有り。且つ謂う所の盛德至善を道いて、世を沒して忘れざる者を以て之を推せば、則ち其の當に此に屬すべきを知るなり。


或問、聽訟一章、鄭本元在止於信之後、正心脩身之前。程子又進而寘之經文之下、此謂知之至也之上。子不之從、而寘之於此、何也。曰、以傳之結語考之、則其爲釋本末之義可知矣。以經之本文乘之、則其當屬於此可見矣。二家之說有未安者。故不得而從也。曰、然則聽訟無訟、於明德新民之義何所當也。曰、聖人德盛仁熟、所以自明者皆極天下之至善。故能大有以畏服其民之心志、而使之不敢盡其無實之辭。是以雖其聽訟無以異於衆人、而自無訟之可聽。蓋己德旣明而民德自新、則得其本之明效也。或不能然、而欲區區於分爭辯訟之閒、以求新民之效。其亦末矣。此傳者釋經之意也。曰、然則其不論夫終始者、何也。曰、古人釋經、取其大畧。未必如是之屑屑也。且此章之下有闕文焉、又安知其非本有而幷失之也耶。
【読み】
或ひと問う、訟を聽くの一章は、鄭本元止於信の後、正心脩身の前に在り。程子も又進めて之を經文の下、此謂知之至也の上に寘[お]けり。子之に從わずして、之を此に寘くは、何ぞや。曰く、傳の結語を以て之を考うれば、則ち其の本末を釋くの義を爲すこと知る可し。經の本文を以て之を乘すれば、則ち其の當に此に屬すべきこと見る可し。二家の說未だ安からざる者有り。故に得て從わざるなり。曰く、然らば則ち訟を聽き訟無きは、明德新民の義に於て何の當たる所ぞや。曰く、聖人は德盛んに仁熟し、自ら明らかにする所以の者皆天下の至善を極めり。故に能く大いに以て其の民の心志を畏服すること有りて、之をして敢えて其の實無きの辭を盡くさざらしむ。是を以て其の訟を聽くこと以て衆人に異なること無しと雖も、而れども自ずから訟の聽く可き無し。蓋し己が德旣に明らかにして民の德自ら新たにするは、則ち其の本の明效を得るなり。或は然ること能わずして、爭を分かち訟を辯うるの閒に區區として、以て民を新たにするの效を求めんと欲す。其れ亦末なり。此れ傳者經を釋くの意なり。曰く、然らば則ち其の夫の終始を論ぜざるは、何ぞや。曰く、古人の經を釋ける、其の大畧を取れり。未だ必ずしも是の如く屑屑たらず。且つ此の章の下に闕文有り、又安んぞ其の本有りて幷せて之を失うに非ざることを知らんや。


或問、此謂知本、其一爲聽訟章之結語、則聞命矣。其一鄭本元在經文之後此謂知之至也之前、而程子以爲衍文、何也。曰、以其複出而他無所繫也。曰、此謂知之至也、鄭本元隨此謂知本繫於經文之後、而下屬誠意之前。程子則去其上句之複、而附此句於聽訟知本之章、以屬明德之上。是必皆有說矣。子獨何据以知其皆不盡然、而有所取舍於其閒耶。曰、此無以他求爲也。考之經文、初無再論知本知至之云者、則知屬之經後者之不然矣。觀於聽訟之章旣以知本結之、而其中閒又無知至之說、則知再結聽訟者之不然矣。且其下文所屬明德之章、自當爲傳文之首。又安得以此而先之乎。故愚於此皆有所不能無疑者。獨程子上句之所刪、鄭氏下文之所屬、則以經傳之次求之而有合焉、是以不得而異也。曰、然則子何以知其爲釋知至之結語、而又知其上之當有闕文也。曰、以文義與下文推之、而知其釋知至也。以句法推之、而知其爲結語也。以傳之例推之、而知其有闕文也。
【読み】
或ひと問う、此謂知本は、其の一つは訟を聽くの章の結語とすることは、則ち命を聞く。其の一つは鄭本元經文の後の此謂知之至也の前に在りて、程子以て衍文とするは、何ぞや。曰く、其の複出して他に繫かる所無きを以てなり。曰く、此謂知之至也は、鄭本元此謂知本に隨いて經文の後に繫けて、下誠意の前に屬す。程子は則ち其の上の句の複を去りて、此の句を訟を聽き本を知るの章に附けて、以て德を明らかにするの上に屬す。是れ必ず皆說有らん。子獨り何に据[よ]りて以て其の皆盡く然らざることを知りて、其の閒に取舍する所有るや。曰く、此れ他に求むるを以てすること無し。之を經文に考うるに、初めより再び知本知至の云いを論ずる者無ければ、則ち之を經の後に屬する者の然らざることを知る。訟を聽くの章は旣に本を知るを以て之を結びて、其の中閒も又知ること至るの說無きを觀れば、則ち再び訟を聽くを結ぶ者の然らざることを知る。且つ其の下文屬する所の明德の章も、自ずから當に傳文の首めと爲すべし。又安んぞ此を以て之を先にすることを得んや。故に愚此に於て皆疑い無きこと能わざる所の者有り。獨程子上の句の刪れる所、鄭氏下文の屬する所は、則ち經傳の次を以て之を求めて合うこと有り、是を以て得て異にせざるなり。曰く、然らば則ち子は何を以て其の知至を釋くの結語爲ることを知りて、又其の上の當に闕文有るべきことを知るや。曰く、文義と下文とを以て之を推して、其の知至を釋くことを知る。句法を以て之を推して、其の結語爲ることを知る。傳の例を以て之を推して、其の闕文有ることを知る。

○曰、此經之序、自誠意以下其義明自傳悉矣。獨其所謂格物致知者字義不明、而傳復闕焉。且爲最初用力之地、而無復上文語緒之可尋也。子乃自謂取程子之意以補之、則程子之言何以見其必合於經意、而子之言又似不盡出於程子何耶。曰、或問於程子曰、學何爲而可以有覺也。程子曰、學莫先於致知。能致其知、則思日益明、至於久而後有覺爾。書所謂思曰睿、睿作聖、董子所謂勉強學問、則聞見博而智益明、正謂此也。學而無覺、則亦何以學爲也哉。或問、忠信則可勉矣、而致知爲難奈何。程子曰、誠敬固不可以不勉。然天下之理不先知之、亦未有能勉以行之者也。故大學之序先致知而後誠意。其等有不可躐者。苟無聖人之聦明睿知、而徒欲勉焉以踐其行事之迹、則亦安能如彼之動容周旋無不中禮也哉。惟其燭理之明、乃能不待勉強而自樂循理爾。夫人之性本無不善。循理而行宜無難者。惟其知之不至、而但欲以力爲之。是以苦其難而不知其樂耳。知之而至、則循理爲樂、不循理爲不樂。何苦而不循理以害吾樂耶。昔嘗見有談虎傷人者、衆莫不聞、而其閒一人神色獨變。問其所以、乃嘗傷於虎者也。夫虎能傷人、人孰不知。然聞之有懼有不懼者、知之有眞有不眞也。學者之知道、必如此人之知虎、然後爲至耳。若曰知不善之不可爲而猶或爲之、則亦未嘗眞知而已矣。此兩條者、皆言格物致知所以當先而不可後之意也。又有問進脩之術何先者。程子曰、莫先於正心誠意。然欲誠意、必先致知。而欲致知、又在格物。致、盡也。格、至也。凡有一物必有一理。窮而至之、所謂格物者也。然而格物亦非一端。如或讀書講明道義、或論古今人物而別其是非、或應接事物而處其當否、皆窮理也。曰、格物者、必物物而格之耶。將止格一物而萬理皆通耶。曰、一物格而萬理通、雖顏子亦未至此。唯今日而格一物焉、明日又格一物焉、積習旣多、然後脱然有貫通處耳。又曰、自一身之中以至萬物之理、理會得多、自當豁然有箇覺處。又曰、窮理者、非謂必盡窮天下之理。又非謂止窮得一理便到。但積累多後、自當脱然有悟處。又曰、格物、非欲盡窮天下之物。但於一事上窮盡、其他可以類推。至於言孝、則當求其所以爲孝者如何。若一事上窮不得、且別窮一事。或先其易者、或先其難者、各隨人淺深。譬如千蹊萬徑皆可以適國。但得一道而入、則可以推類而通其餘矣。蓋萬物各具一理、而萬理同出一原。此所以可推而無不通也。又曰、物必有理、皆所當窮。若天地之所以髙深、鬼神之所以幽顯、是也。若曰天吾知其髙而已矣、地吾知其深而已矣、鬼神吾知其幽且顯而已矣、則是已然之詞、又何理之可窮哉。又曰、如欲爲孝、則當知所以爲孝之道。如何而爲奉養之宜、如何而爲溫凊之節。莫不窮究、然後能之。非獨守夫孝之一字而可得也。或問、觀物察己者、豈因見物而反求諸己乎。曰、不必然也。物我一理、纔明彼卽曉此。此合内外之道也。語其大天地之所以髙厚、語其小至一物之所以然、皆學者所宜致思也。曰、然則先求之四端可乎。曰、求之情性、固切於身。然一草一木亦皆有理、不可不察。又曰、致知之要、當知至善之所在。如父止於慈、子止於孝之類。若不務此而徒欲汎然以觀萬物之理、則吾恐其如大軍之遊騎、出太遠而無所歸也。又曰、格物莫若察之於身。其得之尤切。此九條者、皆言格物致知所當用力之地、與其次第工程也。又曰、格物窮理、但立誠意以格之。其遲速則在乎人之明暗耳。又曰、入道莫如敬。未有能致知而不在敬者。又曰、涵養須用敬。進學則在致知。又曰、致知在乎所養。養知莫過於寡欲。又曰、格物者、適道之始。思欲格物、則固已近道矣。是何也。以收其心而不放也。此五條者、又言涵養本原之功、所以爲格物致知之本者也。凡程子之爲說者不過如此。其於格物致知之傳詳矣。今也尋其義理旣無可疑、考其字義亦皆有據。至以他書論之、則文言所謂學聚問辨、中庸所謂明善擇善、孟子所謂知性知天、又皆在乎固守力行之先、而可以驗夫大學始敎之功爲有在乎此也。愚嘗反覆考之而有以信其必然。是以竊取其意以補傳文之闕。不然、則又安敢犯不韙之罪、爲無證之言、以自託於聖經賢傳之閒乎。曰、然則吾子之意、亦可得而悉聞之乎。曰、吾聞之也。天道流行、造化發育。凡有聲色貌象而盈於天地之閒者、皆物也。旣有是物、則其所以爲是物者、莫不各有當然之則而自不容已。是皆得於天之所賦、而非人之所能爲也。今且以其至切而近者言之、則心之爲物實主於身。其體則有仁義禮智之性、其用則有惻隱・羞惡・恭敬・是非之情、渾然在中、隨感而應、各有攸主而不可亂也。次而及於身之所具、則有口鼻耳目四支之用、又次而及於身之所接、則有君臣・父子・夫婦・長幼・朋友之常。是皆必有當然之則而自不容已。所謂理也。外而至於人、則人之理不異於己也。遠而至於物、則物之理不異於人也。極其大、則天地之運、古今之變、不能外也。盡於小、則一塵之微、一息之頃、不能遺也。是乃上帝所降之衷、烝民所秉之彛、劉子所謂天地之中、夫子所謂性與天道、子思所謂天命之性、孟子所謂仁義之心、程子所謂天然自有之中、張子所謂萬物之一原、邵子所謂道之形體者。但其氣質有淸濁偏正之殊、物欲有淺深厚薄之異。是以人之與物、賢之與愚、相與懸絶而不能同耳。以其理之同、故以一人之心而於天下萬物之理無不能知。以其稟之異、故於其理或有所不能窮也。理有未窮。故其知有不盡。知有不盡、則其心之所發、必不能純於義理、而無雜乎物欲之私。此其所以意有不誠、心有不正、身有不脩、而天下國家不可得而治也。昔者聖人蓋有憂之。是以於其始敎、爲之小學而使之習於誠敬、則所以收其放心養其德性者、已無所不用其至矣。及其進乎大學、則又使之卽夫事物之中、因其所知之理、推而究之以各到乎其極、則吾之知識亦得以周遍精切而無不盡也。若其用力之方、則或考之事爲之著、或察之念慮之微、或求之文字之中、或索之講論之際、使於身心性情之德、人倫日用之常、以至天地鬼神之變、鳥獸草木之宜、自其一物之中、莫不有以見其所當然而不容已、與其所以然而不可易者、必其表裏精粗無所不盡、而又益推其類以通之、至於一日脱然而貫通焉、則於天下之物、皆有以究其義理精微之所極、而吾之聦明睿智、亦皆有以極其心之本體而無不盡矣。此愚之所以補乎本傳闕文之意、雖不能盡用程子之言、然其指趣要歸、則不合者鮮矣。讀者其亦深考而實識之哉。曰、然則子之爲學、不求諸心而求諸迹、不求之内而求之外。吾恐聖賢之學不如是之淺近而支離也。曰、人之所以爲學、心與理而已矣。心雖主乎一身、而其體之虛靈足以管乎天下之理。理雖散在萬物、而其用之微妙實不外乎一人之心、初不可以内外精粗而論也。然或不知此心之靈而無以存之、則昏昧雜擾而無以窮衆理之妙。不知衆理之妙而無以窮之、則偏狹固滯而無以盡此心之全。此其理勢之相須、蓋亦有必然者。是以聖人設敎、使人默識此心之靈、而存之於端莊靜一之中、以爲窮理之本、使人知有衆理之妙、而窮之於學問思辨之際、以致盡心之功。巨細相涵、動靜交養、初未嘗有内外精粗之擇。及其眞積力久而豁然貫通焉、則亦有以知其渾然一致、而果無内外精粗之可言矣。今必以是爲淺近支離、而欲藏形匿影、別爲一種幽深恍惚艱難阻絶之論、務使學者莽然措其心於文字言語之外、而曰道必如此、然後可以得之、則是近世佛學詖淫邪遁之尤者、而欲移之以亂古人明德新民之實學。其亦誤矣。
【読み】
○曰く、此の經の序、誠意より以下は其の義明らかにして傳悉くせり。獨其の謂う所の格物致知は字義明らかならずして、傳も復闕けたり。且つ最初力を用うるの地と爲して、復上文語緒の尋ぬ可き無し。子乃ち自ら程子の意を取りて以て之を補うと謂うは、則ち程子の言は何を以て其の必ず經意に合うを見て、子の言も又盡く程子に出でざるに似れるは何ぞや。曰く、或ひと程子に問いて曰く、學は何として以て覺ること有る可き、と。程子曰く、學は知ることを致[つく]すより先なるは莫し。能く其の知を致せば、則ち思い日に益々明らかに、久しくして後覺ること有るに至るのみ、と。書に謂う所の思うに睿と曰い、睿は聖と作る、董子謂う所の勉強して學問すれば、則ち聞見博くして智益々明らかなりとは、正に此を謂うなり。學びて覺ること無くんば、則ち亦何ぞ學を以て爲さんや。或ひと問う、忠信は則ち勉む可くして、知ることを致すこと難しと爲すは奈何。程子曰く、誠敬は固より以て勉めずんばある可からず。然れども天下の理先ず之を知らざれば、亦未だ能く勉めて以て之を行う者有らず。故に大學の序は致知を先にして誠意を後にす。其の等躐ゆ可からざる者有り。苟も聖人の聦明睿知無くして、徒に勉焉として以て其の行事の迹を踐まんと欲せば、則ち亦安んぞ能く彼の動容周旋禮に中らざること無きが如くならんや。惟其れ理を燭すこと明らかにして、乃ち能く勉強を待たずして自ずから理に循うを樂しむのみ。夫れ人の性は本不善無し。理に循いて行うこと宜しく難き者無かるべし。惟其れ之を知ること至らずして、但力を以て之をせんと欲す。是を以て其の難きを苦しみて其の樂しみを知らざるのみ。之を知りて至れば、則ち理に循うを樂しむとし、理に循わざるを樂まずとす。何ぞ苦しみて理に循わずして以て吾が樂しみを害せんや。昔嘗虎人を傷[そこな]うことを談[かた]る者有り、衆聞かざること莫くして、其の閒一人神色獨り變わるを見る。其の所以を問うに、乃ち嘗て虎に傷われたる者なり。夫れ虎の能く人を傷うこと、人孰か知らざらん。然るに之を聞いて懼るる有り懼れざる有る者は、之を知るに眞なる有り眞ならざる有ればなり。學者の道を知る、必ず此の人の虎を知るが如くにして、然して後に至れりとするのみ。若し不善のす可からざるを知りて猶或は之をすと曰わば、則ち亦未だ嘗て眞に知らざるのみ。此の兩條は、皆格物致知は當に先にすべくして後にす可からざる所以の意を言うなり。又進脩の術何れか先なると問う者有り。程子曰く、正心誠意より先なるは莫し。然るに意を誠にせんと欲せば、必ず先ず知ることを致す。而して知ることを致さんと欲せば、又物に格るに在り。致は、盡くすなり。格は、至るなり。凡そ一物有れば必ず一理有り。窮めて之に至るは、謂う所の物に格る者なり。然して物に格ることも亦一端に非ず。或は書を讀みて道義を講明し、或は古今の人物を論じて其の是非を別ち、或は事物に應接して其の當否を處するが如き、皆理を窮むるなり。曰く、格物は、必ず物物にして之に格るや。將止一物に格りて萬理皆通ずるや。曰く、一物格りて萬理通ずることは、顏子と雖も亦未だ此に至らず。唯今日にして一物に格り、明日又一物に格り、積習旣に多くして、然して後に脱然として貫通する處有るのみ。又曰く、一身の中より以て萬物の理に至るまで、理會し得ること多くして、自ずから當に豁然として箇の覺る處有るべし。又曰く、理を窮むるは、必ずしも盡く天下の理を窮むと謂うに非ず。又止一理を窮め得て便ち到ると謂うに非ず。但積累多くして後、自ずから當に脱然として悟る處有るべし。又曰く、格物は、盡く天下の物を窮めんと欲するに非ず。但一事の上に於て窮め盡くして、其の他は以て類し推す可し。孝を言うに至りては、則ち當に其の孝を爲す所以の者如何と求むべし。若し一事の上窮まること得ざれば、且つ別に一事を窮む。或は其の易き者を先にし、或は其の難き者を先にし、各々人の淺深に隨う。譬えば千蹊萬徑皆以て國に適く可きが如し。但一道を得て入らば、則ち以て類を推して其の餘に通ず可し。蓋し萬物各々一理を具えて、萬理同じく一原に出づ。此れ推して通ぜざること無かる可き所以なり。又曰く、物には必ず理有り、皆當に窮むべき所。天地の髙深なる所以、鬼神の幽顯なる所以の若き、是れなり。若し天は吾其の髙きを知るのみ、地は吾其の深きを知るのみ、鬼神は吾其の幽に且つ顯なるを知るのみと曰わば、則ち是れ已に然るの詞、又何の理の窮む可けんや。又曰く、孝を爲さんと欲するが如きは、則ち當に孝を爲す所以の道を知るべし。如何にして奉養の宜しきを爲し、如何にして溫凊の節を爲す。窮め究めざること莫くして、然して後に之を能くす。獨夫の孝の一字を守りて得可きに非ず。或ひと問う、物を觀て己を察するとは、豈物を見るに因りて諸を己に反り求むるや。曰く、必ずしも然らず。物我一理、纔かに彼に明らかなれば卽ち此に曉る。此れ内外を合するの道なり。其の大を語れば天地の髙厚なる所以、其の小を語れば一物の然る所以に至るまで、皆學者宜しく思いを致すべき所なり。曰く、然らば則ち先ず之を四端に求めて可なるか。曰く、之を情性に求むるは、固より身に切なり。然れども一草一木も亦皆理有り、察せずんばある可からず。又曰く、致知の要は、當に至善の在る所を知るべし。父は慈に止まり、子は孝に止まるの類の如し。若し此を務めずして徒に汎然として以て萬物の理を觀んと欲せば、則ち吾れ恐らくは其れ大軍の遊騎、出でること太だ遠くして歸する所無きが如くならん。又曰く、格物は之を身に察するに若くは莫し。其れ之を得ること尤も切なり。此の九條は、皆格物致知の當に力を用ゆべき所の地と、其の次第工程とを言う。又曰く、物に格り理を窮むるは、但誠意を立てて以て之に格る。其の遲速は則ち人の明暗に在るのみ。又曰く、道に入るは敬に如くは莫し。未だ能く知ることを致して敬に在らざる者有らず。又曰く、涵養は須く敬を用ゆべし。學に進むことは則ち知ることを致すに在り。又曰く、知ることを致すは養う所に在り。知ることを養うは欲寡なきに過ぎたるは莫し。又曰く、格物は、道に適くの始め。思いて物に格らんと欲すれば、則ち固より已に道に近し。是れ何ぞや。其の心を收めて放たざるを以てなり。此の五條は、又本原を涵養するの功、格物致知の本を爲す所以の者を言う。凡そ程子の說を爲せるは此の如きに過ぎず。其れ格物致知の傳に於けるや詳らかなり。今や其の義理を尋ぬるに旣に疑う可き無く、其の字義を考うるに亦皆據有り。他書を以て之を論ずるに至りては、則ち文言に謂う所の學びて聚め問いて辨え、中庸に謂う所の善に明らかに善を擇び、孟子に謂う所の性を知り天を知るも、又皆固く守り力めて行うの先に在り、而して以て夫の大學始敎の功、此に在る有りと爲すことを驗す可し。愚嘗て反覆して之を考えて以て其の必然を信ずること有り。是を以て竊かに其の意を取りて以て傳文の闕けたるを補う。然らずんば、則ち又安んぞ敢えて不韙の罪を犯し、無證の言を爲して、以て自ら聖經賢傳の閒に託せんや。曰く、然らば則ち吾子の意、亦得て悉く之を聞く可し。曰く、吾之を聞けり。天道流行し、造化發育す。凡そ聲色貌象有りて天地の閒に盈ちる者は、皆物なり。旣に是の物有れば、則ち其の是の物爲る所以の者、各々當然の則有らざること莫くして自ずから已む容からず。是れ皆天の賦する所に得て、人の能くする所に非ず。今且つ其の至って切にして近き者を以て之を言えば、則ち心の物爲る、實に身に主たり。其の體は則ち仁義禮智の性有り、其の用は則ち惻隱・羞惡・恭敬・是非の情有り、渾然として中に在り、感ずるに隨いて應じ、各々主る攸有りて亂る可からず。次にして身の具わる所に及んでは、則ち口鼻耳目四支の用有り、又次にして身の接わる所に及んでは、則ち君臣・父子・夫婦・長幼・朋友の常有り。是れ皆必ず當然の則有りて自ずから已む容からず。謂う所の理なり。外にして人に至りては、則ち人の理己に異ならず。遠くして物に至りては、則ち物の理人に異ならず。其の大を極むれば、則ち天地の運、古今の變、外なること能わず。小を盡くせば、則ち一塵の微、一息の頃、遺すこと能わず。是れ乃ち上帝降す所の衷、烝民秉る所の彛、劉子の謂う所の天地の中、夫子の謂う所の性と天道と、子思の謂う所の天命の性、孟子の謂う所の仁義の心、程子の謂う所の天然自ずから有るの中、張子の謂う所の萬物は一原、邵子の謂う所の道の形體なる者なり。但其の氣質に淸濁偏正の殊なる有り、物欲に淺深厚薄の異なる有り。是を以て人と物と、賢と愚と、相與に懸絶して同じきこと能わざるのみ。其の理の同じきを以て、故に一人の心を以て天下萬物の理に於て知ること能わざること無し。其の稟の異なるを以て、故に其の理に於て或は窮まること能わざる所有り。理未だ窮めざること有り。故に其の知ること盡くさざること有り。知ること盡くさざること有れば、則ち其の心の發る所は、必ず義理に純らにして、物欲の私に雜ること無きこと能わず。此れ其の意誠あらざること有り、心正しからざること有り、身脩まらざること有りて、天下國家得て治まる可からざる所以なり。昔者聖人蓋し之を憂うること有り。是を以て其の始敎に於て、之が小學を爲めて之をして誠敬に習わしむれば、則ち其の放心を收め其の德性を養う所以の者、已に其の至りを用いざる所無し。其の大學に進むに及んでは、則ち又之をして夫の事物の中に卽き、其の知る所の理に因りて、推して之を究めて以て各々其の極に到らしむれば、則ち吾が知識も亦以て周遍精切にして盡くさざること無きことを得。其の力を用うるの方の若きは、則ち或は之を事爲の著わなるに考え、或は之を念慮の微かなるに察し、或は之を文字の中に求め、或は之を講論の際に索め、身心性情の德、人倫日用の常に於るより、以て天地鬼神の變、鳥獸草木の宜しきに至るまで、自ずから其の一物の中、以て其の當に然るべき所にして已む容からざると、其の然る所以にして易う可からざる者とを見ること有らざること莫からしめ、必ず其れ表裏精粗盡くさざる所無くして、又益々其の類を推して以て之に通じ、一日脱然として貫通するに至りては、則ち天下の物に於て、皆以て其義理精微の極まる所を究むること有りて、吾が聦明睿智も、亦皆以て其の心の本體を極むること有りて盡くさざること無し。此れ愚が本傳の闕文を補う所以の意、盡く程子の言を用うること能わずと雖も、然れども其の指趣要歸は、則ち合わざる者鮮し。讀む者其れ亦深く考えて實に之を識れ。曰く、然らば則ち子の學を爲むる、諸を心に求めずして諸を迹に求め、之を内に求めずして之を外に求む。吾恐らくは聖賢の學是の如く淺近にして支離ならざらん。曰く、人の學を爲むる所以は、心と理とのみ。心は一身に主たりと雖も、而れども其の體の虛靈は以て天下の理を管[す]ぶるに足れり。理は萬物に散在すと雖も、而れども其の用の微妙は實に一人の心に外ならず、初めより内外精粗を以て論ず可からず。然るに或は此の心の靈を知らずして以て之を存すること無ければ、則ち昏昧雜擾して以て衆理の妙を窮むること無し。衆理の妙を知らずして以て之を窮むること無ければ、則ち偏狹固滯して以て此の心の全きを盡くすこと無し。此れ其の理勢の相須つ、蓋し亦必然なる者有り。是を以て聖人敎を設くる、人をして此の心の靈を默識して、之を端莊靜一の中に存して、以て理を窮むるの本と爲さしめ、人をして衆理の妙有ることを知りて、之を學問思辨の際に窮めて、以て心を盡くすの功を致さしむ。巨細相涵し、動靜交々養いて、初めより未だ嘗て内外精粗の擇び有らず。其の眞積り力むること久しくして豁然貫通するに及んでは、則ち亦以て其の渾然一致を知ること有りて、果たして内外精粗の言う可き無し。今必ず是を以て淺近支離と爲して、形を藏し影を匿し、別に一種幽深恍惚艱難阻絶の論を爲すことを欲し、務めて學者をして莽然として其の心を文字言語の外に措かしめて、道は必ず此の如くにして、然して後に以て之を得可しと曰うは、則ち是れ近世の佛學詖淫邪遁の尤けき者にして、之を移して以て古人の明德新民の實學を亂さんと欲す。其れ亦誤りぬ。

○曰、近世大儒有爲格物致知之說者。曰、格猶扞也。禦也。能扞禦外物、而後能知至道也。又有推其說者。曰、人生而靜、其性本無不善。而有爲不善者、外物誘之也。所謂格物以致其知者、亦曰、扞去外物之誘、而本然之善自明耳。是其爲說、不亦善乎。曰、天生烝民、有物有則、則物之與道固未始相離也。今曰禦外物而後可以知至道、則是絶父子而後可以知孝慈、離君子而後可以知仁敬也。是安有此理哉。若曰所謂外物者不善之誘耳、非指君臣父子而言也、則夫外物之誘人、莫甚於飮食男女之欲。然推其本、則固亦莫非人之所當有而不能無者也。但於其閒自有天理人欲之辨、而不可以毫氂差耳。惟其徒有是物、而不能察於吾之所以行乎其閒者、孰爲天理、孰爲人欲、是以無以致其克復之功、而物之誘於外者、得以奪乎天理之本然也。今不卽物以窮其原、而徒惡物之誘乎己、乃欲一切扞而去之、則是必閉口枵腹、然後可以得飮食之正、絶滅種類、然後可以全夫婦之別也。是雖裔戎無君無父之敎、有不能充其說者。況乎聖人大中至正之道、而得以此亂之哉。
【読み】
○曰く、近世の大儒に格物致知の說を爲す者有り。曰く、格は猶扞のごとし。禦なり。能く外物を扞[ふせ]ぎ禦いで、而して後に能く至道を知る、と。又其の說を推す者有り。曰く、人生まれて靜に、其の性は本不善無し。而して不善を爲すこと有る者は、外物之を誘えばなり。謂う所の物を格[ふせ]いで以て其の知ることを致すとは、亦曰う、外物の誘いを扞ぎ去りて、本然の善自ずから明らかなるのみ、と。是れ其の說爲る、亦善からずや。曰く、天烝民を生し、物有り則有れば、則ち物と道と固より未だ始めより相離れず。今外物を禦いで而して後に以て至道を知る可しと曰わば、則ち是れ父子を絶ちて而して後に以て孝慈を知る可く、君子を離れて而して後に以て仁敬を知る可し。是れ安んぞ此の理有らんや。若し謂う所の外物は不善の誘いのみ、君臣父子を指して言うに非ずと曰わば、則ち夫の外物の人を誘う、飮食男女の欲より甚だしきは莫し。然れども其の本を推せば、則ち固より亦人の當に有るべき所に非ざること莫くして無きこと能わざる者なり。但其の閒に於て自ずから天理人欲の辨有りて、毫氂を以て差う可からざるのみ。惟其れ徒に是の物有りて、吾が其の閒に行う所以の者に於て、孰が天理爲り、孰が人欲爲ることを察すること能わず、是を以て以て其の克復の功を致すこと無くして、物の外に誘う者、以て天理の本然を奪うことを得。今物に卽いて以て其の原を窮めずして、徒に物の己を誘うことを惡みて、乃ち一切に扞いで之を去らんと欲せば、則ち是れ必ず口を閉じ腹を枵[むな]しくして、然して後に以て飮食の正しきを得可く、種類を絶滅して、然して後に以て夫婦の別を全くす可し。是れ裔戎君を無みし父を無みするの敎と雖も、其の說を充てること能わざる者有り。況んや聖人は大中至正の道にして、此を以て之を亂すことを得んや。

○曰、自程子以格物爲窮理、而其學者傳之、見於文字多矣。是亦有以發其師說而有助於後學者耶。曰、程子之說、切於己而不遺於物、本於行事之實而不廢文字之功、極其大而不畧其小、究其精而不忽其粗。學者循是而用力焉、則旣不務博而陷於支離、亦不徑約而流於狂妄。旣不舍其積累之漸、而其所謂豁然貫通者、又非見聞思慮之可及也。是於說經之意、入德之方、其亦可謂反復詳備而無俟於發明矣。若其門人、雖曰祖其師說、然以愚考之、則恐其皆未足以及此也。蓋有以必窮萬物之理同出於一爲格物、知萬物同出乎一理爲知至、如合内外之道、則天人物我爲一、通晝夜之道、則死生幽明爲一、達哀樂好惡之情、則人與鳥獸魚龞爲一、求屈伸消長之變、則天地山川草木爲一者似矣。然其欲必窮萬物之理而專指外物、則於理之在己者有不明矣。但求衆物比類之同、而不究一物性情之異、則於理之精微者有不察矣。不欲其異而不免乎四說之異、必欲其同而未極乎一原之同、則徒有牽合之勞、而不睹貫通之妙矣。其於程子之說何如哉。又有以爲窮理只是尋箇是處。然必以恕爲本、而又先其大者、則一處理通而觸處皆通者。其曰尋箇是處者、則得矣。而曰以恕爲本、則是求仁之方、而非窮理之務也。又曰先其大者、則不若先其近者之切也。又曰一處通而一切通、則又顏子之所不能及、程子之所不敢言、非若類推積累之可以循序而必至也。又有以爲天下之物不可勝窮。然皆備於我而非從外得也。所謂格物亦曰、反身而誠、則天下之物無不在我者、是亦似矣。然反身而誠、乃爲物格知至以後之事。言其窮理之至無所不盡、故凡天下之理、反求諸身、皆有以見其如目視耳聽手持足行之畢具於此、而無毫髪之不實耳。固非以是方爲格物之事、亦不謂但務反求諸身、而天下之理、自然無不誠也。中庸之言明善、卽物格知至之事。其言誠身、卽意誠心正之功。故不明乎善、則有反諸身而不誠者、其功夫地位固有序而不可誣矣。今爲格物之說、又安得遽以是而爲言哉。又有以今日格一物、明日格一物爲非程子之言者、則諸家所記程子之言、此類非一。不容皆誤。且其爲說、正中庸學問思辨弗得弗措之事、無所咈於理者、不知何所病而疑之也。豈其習於持敬之約、而厭夫觀理之煩耶。抑直以己所未聞而不信他人之所聞耶。夫持敬觀理不可偏廢。程子固已言之。若以己偶未聞而遂不之信、則以有子之似聖人、而速貧速朽之論、猶不能無待於子游而後定、今又安得遽以一人之所未聞、而盡廢衆人之所共聞者哉。又有以爲物物致察而宛轉歸己、如察天行以自強、察地勢以厚德者、亦似矣。然其曰物物致察、則是不察程子所謂不必盡窮天下之物也。又曰宛轉歸己、則是不察程子所謂物我一理、纔明彼卽曉此之意也。又曰察天行以自強、察地勢以厚德、則是但欲因其已定之名、擬其已著之迹、而未嘗如程子所謂求其所以然、與其所以爲者之妙也。獨有所謂卽事卽物、不厭不棄、而身親格之以精其知者、爲得致字向裏之意。而其曰格之之道、必立志以定其本、居敬以持其志、志立乎事物之表、敬行乎事物之内、而知乃可精者、又有以合乎所謂未有致知而不在敬者之指。但其語意頗傷急迫、旣不能盡其全體規模之大、又無以見其從容潛玩積久貫通之功耳。鳴呼、程子之言、其答問反復之詳且明也、如彼、而其門人之所以爲說者、乃如此。雖或僅有一二之合焉、而不免於猶有所未盡也。是亦不待七十子喪而大義已乖矣。尙何望其能有所發、而有助於後學哉。閒獨惟念、昔聞延平先生之敎。以爲、爲學之初、且當常存此心、勿爲他事所勝。凡遇一事、卽當且就此事反復推尋以究其理、待此一事融釋脱落、然後循序少進而別窮一事。如此旣久、積累之多、胸中自當有洒然處。非文字言語之所及也。詳味此言、雖其規模之大、條理之密、若不逮於程子、然其功夫之漸次、意味之深切、則有非他說所能及者。惟嘗實用力於此者、爲能有以識之。未易以口舌爭也。曰、然則所謂格物致知之學、與世之所謂博物洽聞者奚以異。曰、此以反身窮理爲主、而必究其本末是非之極摯。彼以徇外誇多爲務、而不覈其表裏眞妄之實然。必究其極。是以知愈博而心愈明。不覈其實。是以識愈多而心愈窒。此正爲己爲人之所以分、不可不察也。
【読み】
○曰く、程子格物を以て理を窮むるとするよりして、其の學者之を傳えて、文字に見すこと多し。是れ亦以て其の師說を發くこと有りて後學に助け有る者か。曰く、程子の說は、己に切にして物を遺さず、行事の實に本づいて文字の功を廢てず、其の大を極めて其の小を畧せず、其の精を究めて其の粗を忽せにせず。學者是に循いて力を用いば、則ち旣に博きを務めて支離に陷らず、亦徑に約して狂妄に流れず。旣に其の積累の漸を舍てずして、其の謂う所の豁然貫通なる者も、又見聞思慮の及ぶ可きに非ず。是れ經を說くの意、德に入るの方に於て、其れ亦反復詳備して發明を俟つこと無しと謂う可し。其の門人の若き、其の師說を祖とすと曰うと雖も、然れども愚を以て之を考うれば、則ち恐らくは其れ皆未だ以て此に及ぶに足らず。蓋し必ず萬物の理同じく一に出でるを窮むるを以て物に格ると爲し、萬物同じく一理に出づるを知るを知ること至ると爲し、内外の道を合すれば、則ち天人物我一と爲り、晝夜の道に通ずれば、則ち死生幽明一と爲り、哀樂好惡の情に達すれば、則ち人と鳥獸魚龞と一と爲り、屈伸消長の變を求むれば、則ち天地山川草木一と爲るが如き者有りて似たり。然れども其の必ず萬物の理を窮めんと欲して專ら外物を指せば、則ち理の己に在る者に於て明らかならざること有り。但衆物比類の同じきを求めて、一物性情の異なりを究めざれば、則ち理の精微なる者に於て察せざること有り。其の異なりを欲せずして四說の異なりを免れず、必ず其の同じきを欲して未だ一原の同じきを極めざれば、則ち徒に牽合の勞有りて、貫通の妙を睹ず。其れ程子の說に於て何如ぞや。又以て理を窮むるは只是れ箇の是處を尋ぬ。然して必ず恕を以て本と爲して、又其の大なる者を先にすれば、則ち一處理通じて觸れる處は皆通ずとする者有り。其の箇の是處を尋ぬと曰う者は、則ち得たり。而れども恕を以て本と爲すと曰うは、則ち是れ仁を求むるの方にして、理を窮むるの務めに非ず。又其の大なる者を先にすと曰うは、則ち其の近き者を先にするの切なるに若かず。又一處通じて一切通ずと曰うは、則ち又顏子の及ぶこと能わざる所、程子の敢えて言わざる所、類推積累の以て序に循いて必ず至る可きが若きに非ず。又以て天下の物勝げて窮む可からず。然れども皆我に備わりて外從り得るに非ず。謂う所の格物も亦曰う、身に反して誠なれば、則ち天下の物我に在らざること無しとする者有りて、是も亦似たり。然れども身に反して誠なるは、乃ち物格り知ること至る以後の事爲り。其の理を窮むるの至りは盡くさざる所無し、故に凡そ天下の理、諸を身に反求して、皆以て其の目視耳聽き手持ち足行くの畢く此に具わるが如くなることを見ること有りて、毫髪の實ならざること無きを言うのみ。固より是を以て方に格物の事とするに非ず、亦但務めて諸を身に反り求めて、天下の理、自然に誠ならざること無しと謂わざるなり。中庸の善に明らかなりと言うは、卽ち物格り知ること至るの事。其の身に誠なりと言うは、卽ち意誠に心正しきの功。故に善に明らかならざれば、則ち諸を身に反して誠ならざる者有り、其の功夫地位は固より序有りて誣う可からず。今格物の說を爲して、又安んぞ遽に是を以て言を爲すことを得んや。又今日一物に格り、明日一物に格るを以て程子の言に非ずとする者有り、則ち諸家記す所の程子の言は、此の類一に非ず。皆誤る容からず。且つ其の說爲る、正に中庸の學問思辨得ざれば措かざるの事、理に咈[もと]る所無きは、何の病む所にして之を疑うことを知らざらん。豈其れ敬を持つの約なるに習いて、夫の理を觀ることの煩わしきを厭わんや。抑々直[ただ]己が未だ聞かざる所を以て他人の聞く所を信ぜざるや。夫れ敬を持ち理を觀ること偏々廢つ可からず。程子固より已に之を言えり。若し己が偶々未だ聞かざるを以て遂に之を信ぜずんば、則ち有子の聖人に似たるを以て、速やかに貧しく速やかに朽ちるの論、猶子游を待ちて而して後に定むること無きこと能わず、今又安んぞ遽に一人の未だ聞かざる所を以て、盡く衆人の共に聞く所の者を廢つることを得んや。又以て物物察を致して宛轉して己に歸り、天行を察して以て自ら強め、地勢を察して以て德を厚くするが如しとする者有りて、亦似たり。然れども其の物物察を致すと曰うは、則ち是れ程子の謂う所の必ずしも盡く天下の物を窮めざるを察せず。又宛轉して己に歸ると曰うは、則ち是れ程子の謂う所の物我一理、纔かに彼に明らかなれば卽ち此に曉るの意を察せず。又天行を察して以て自ら強め、地勢を察して以て德を厚くすと曰うは、則ち是れ但其の已に定まるの名に因り、其の已に著るの迹に擬せんと欲して、未だ嘗て程子の謂う所の其の然る所以と、其のする所以とを求むる者の妙なるに如かず。獨り謂う所の事に卽き物に卽き、厭わず棄てずして、身親ら之に格りて以て其の知ることを精しくする者有り、致の字、裏に向かうの意を得たりとす。而して其の之に格るの道は、必ず志を立て以て其の本を定め、敬に居りて以て其の志を持ち、志は事物の表に立ち、敬は事物の内に行われて、知ること乃ち精しかる可しと曰う者は、又以て謂う所の未だ知ることを致して敬に在らざる者有らずの指に合うこと有り。但其の語意は頗る急迫に傷られ、旣に其の全體規模の大を盡くすこと能わず、又以て其の從容潛玩積久貫通の功を見ること無きのみ。鳴呼、程子の言、其の答問反復の詳らかにして且つ明らかなるや、彼が如くにして、其の門人の說を爲す所以の者、乃ち此の如し。或は僅かに一二の合うこと有りと雖も、而れども猶未だ盡くさざる所有ることを免れず。是れ亦七十子喪[みだ]るを待たずして大義已に乖く。尙何ぞ其の能く發く所有りて、後學に助け有ることを望まんや。閒[このごろ]獨り惟[おも]い念う、昔延平先生の敎を聞けり。以爲えらく、學を爲むるの初めは、且つ當に常に此の心を存し、他事に勝たるることをすること勿かるべし。凡そ一事に遇いては、卽ち當に且つ此の事に就いて反復推尋して以て其の理を究め、此の一事融釋脱落するを待ちて、然して後に序に循い少しく進みて別に一事を窮むべし。此の如くすること旣に久しく、積累多くして、胸中自ずから當に洒然たる處有り。文字言語の及ぶ所に非ず、と。詳らかに此の言を味わうに、其の規模の大、條理の密、程子に逮ばざるが若しと雖も、然れども其の功夫の漸次、意味の深切は、則ち他說の能く及ぶ所に非ざる者有り。惟嘗て實に力を此に用うる者、能く以て之を識ること有りとす。未だ口舌を以て爭い易からず。曰く、然らば則ち謂う所の格物致知の學と、世の謂う所の博物洽聞の者とは奚を以て異なる。曰く、此は身に反りて理を窮むるを以て主と爲して、必ず其の本末是非の極摯を究む。彼は外に徇い多に誇るを以て務めと爲して、其の表裏眞妄の實然を覈[しら]べず。必ず其の極を究む。是を以て知ること愈々博くして心愈々明らかなり。其の實を覈べず。是を以て識ること愈々多くして心愈々窒がる。此れ正に己が爲人の爲の分かる所以、察せずんばある可からず。


或問、六章之指、其詳猶有可得而言者耶。曰、天下之道二。善與惡而已矣。然揆厥所元而循其次第、則善者天命所賦之本然、惡者物欲所生之邪穢也。是以人之常性莫不有善而無惡。其本心莫不好善而惡惡。然旣有是形體之累、而又爲氣稟之拘。是以物欲之私得以蔽之、而天命之本然者不得而著。其於事物之理、固有瞢然不知其善惡之所在者、亦有僅識其粗、而不能眞知其可好可惡之極者。夫不知善之眞可好、則其好善也、雖曰好之、而未能無不好者以拒之於内、不知惡之眞可惡、則其惡惡也、雖曰惡之、而未能無不惡者以挽之於中。是以不免於苟焉以自欺、而意之所發有不誠者。夫好善而不誠、則非唯不足以爲善、而反有以賊乎其善、惡惡而不誠、則非唯不足以去惡、而適所以長乎其惡。是則其爲害也、徒有甚焉、而何益之有哉。聖人於此、蓋有憂之。故爲大學之敎、而必首之以格物致知之目、以開明其心術、使旣有以識夫善惡之所在與其可好可惡之必然矣。至此而復進之以必誠其意之說焉、則又欲其謹之於幽獨隱微之奥、以禁止其苟且自欺之萌。而凡其心之所發、如曰好善、則必由中及外無一毫之不好也。如曰惡惡、則必由中及外無一毫之不惡也。夫好善而中無不好、則是其好之也如好好色之眞、欲以快乎己之目、初非爲人而好之也。惡惡而中無不惡、則是其惡之也如惡惡臭之眞、欲以足乎己之鼻、初非爲人而惡之也。所發之實旣如此矣、而須臾之頃、纖芥之微、念念相承、又無敢有少閒斷焉、則庶乎内外昭融、表裏澄澈、而心無不正、身無不脩矣。若彼小人、幽隱之閒實爲不善、而猶欲外託於善以自蓋、則亦不可謂其全然不知善惡之所在、但以不知其眞可好惡、而又不能謹之於獨、以禁止其苟且自欺之萌、是以淪陷至於如此而不自知耳。此章之說、其詳如此。是固宜爲自脩之先務矣。然非有以開其知識之眞、則不能有以致其好惡之實。故必曰欲誠其意者先致其知、又曰知至而后意誠。然猶不敢恃其知之已至、而聽其所自爲也。故又曰必誠其意、必謹其獨、而毋自欺焉。則大學功夫次第相承、首尾爲一、而不假他術以雜乎其閒亦可見矣。後此皆然。今不復重出也。
【読み】
或ひと問う、六章の指、其の詳らかなること猶得て言う可き者有りや。曰く、天下の道は二つ。善と惡とのみ。然るに厥の元づく所を揆りて其の次第に循えば、則ち善は天命賦する所の本然、惡は物欲生る所の邪穢なり。是を以て人の常性は善有りて惡無きにあらざること莫し。其の本心は善を好みて惡を惡まざること莫し。然れども旣に是の形體の累い有りて、又氣稟の拘りを爲す。是を以て物欲の私以て之を蔽うことを得て、天命の本然なる者得て著れず。其れ事物の理に於て、固より瞢然として其の善惡の在る所を知らざる者有り、亦僅かに其の粗を識りて、眞に其の好む可く惡む可きの極を知ること能わざる者有り。夫れ善の眞に好む可きを知らざれば、則ち其の善を好むや、之を好むと曰うと雖も、而れども未だ好まざる者を以て之を内に拒ぐこと無きこと能わず、惡の眞に惡む可きを知らざれば、則ち其の惡を惡むや、之を惡むと曰うと雖も、而れども未だ惡まざる者を以て之を中に挽くこと無きこと能わず。是を以て苟焉として以て自ら欺くことを免れずして、意の發る所に誠ならざる者有り。夫れ善を好みて誠ならざれば、則ち唯以て善を爲すに足らざるのみに非ずして、反って以て其の善を賊うこと有り、惡を惡みて誠ならざれば、則ち唯以て惡を去るに足らざるのみに非ずして、適に其の惡を長ずる所以なり。是れ則ち其の害を爲すことや、徒に甚だしきこと有りて、何の益か有らんや。聖人此に於て、蓋し之を憂うること有り。故に大學の敎を爲りて、必ず之を首むるに格物致知の目を以てして、以て其の心術を開明し、旣に以て夫の善惡の在る所と其の好む可く惡む可きとの必然を識ること有らしむ。此に至りて復之に進むるに必ず其の意を誠にするの說を以てするは、則ち又其の之を幽獨隱微の奥に謹みて、以て其の苟且自欺の萌しを禁止せんことを欲せり。而して凡そ其の心の發る所、善を好むと曰うが如きは、則ち必ず中由り外に及んで一毫の好まざること無し。惡を惡むと曰うが如きは、則ち必ず中由り外に及んで一毫の惡まざること無し。夫れ善を好みて中好まざること無ければ、則ち是れ其の之を好むや好色を好むの眞の如く、以て己が目に快からんことを欲し、初めより人の爲にして之を好むに非ず。惡を惡みて中惡まざること無ければ、則ち是れ其の之を惡むや惡臭を惡むの眞の如く、以て己が鼻に足らんことを欲し、初めより人の爲にして之を惡むに非ず。發る所の實旣に此の如くにして、須臾の頃、纖芥の微かなる、念念相承け、又敢えて少しの閒斷有ること無くんば、則ち内外昭融し、表裏澄澈して、心正しからざること無く、身脩まらざること無きに庶からん。彼の小人の若き、幽隱の閒實に不善を爲して、猶外は善に託して以て自ら蓋わんと欲すれば、則ち亦其れ全然として善惡の在る所を知らずと謂う可からず、但其の眞に好み惡む可きを知らずして、又之を獨りに謹みて、以て其の苟且自欺の萌しを禁止すること能わざるを以て、是を以て淪陷此の如くなるに至りて自ら知らざるのみ。此の章の說、其の詳らかなること此の如し。是れ固より宜しく自ら脩むるの先務とすべし。然れども以て其の知識の眞を開くこと有るに非ざれば、則ち以て其の好惡の實を致すこと有ること能わず。故に必ず其の意を誠にせんと欲する者は先ず其の知ることを致むと曰い、又知ること至りて后意誠と曰えり。然れども猶敢えて其の知ることの已に至るを恃みて、其の自ら爲す所に聽[まか]せず。故に又必ず其の意を誠にし、必ず其の獨りを謹みて、自ら欺くこと毋かれと曰えり。則ち大學の功夫次第相承け、首尾一と爲して、他術を假りて以て其の閒に雜えざること亦見る可し。此より後も皆然り。今復重ねて出さず。

○曰、然則慊之爲義、或以爲少、又以爲恨。與此不同何也。曰、慊之爲字、有作嗛者、而字書以爲口衘物也。然則慊亦但爲心有所衘之義、而其爲快爲足爲恨爲少、則以所衘之異而別之耳。孟子所謂慊於心、樂毅所謂慊於志、則以衘其快與足之意而言者也。孟子所謂吾何慊、漢書所謂嗛栗姫、則以衘其恨與少之意而言者也。讀者各隨所指而觀之、則旣並行而不悖矣。字書又以其訓快與足者、讀與愜同、則義愈明而音又異、尤不患於無別也。
【読み】
○曰く、然らば則ち慊の義爲る、或は以て少なきと爲し、又以て恨むと爲す。此と同じからざるは何ぞや。曰く、慊の字爲る、嗛に作る者有りて、字書に以て口物を衘[ふく]むと爲す。然れば則ち慊も亦但心衘む所有るの義と爲して、其の快しと爲し足ると爲し恨むと爲し少なきと爲すは、則ち衘む所の異なるを以て之を別つのみ。孟子の謂う所の心に慊る、樂毅が謂う所の志に慊るは、則ち其の快きと足るとを衘む意を以て言う者なり。孟子に謂う所の吾何ぞ慊らん、漢書に謂う所の栗姫に嗛らざるは、則ち其の恨むと少なきとを衘む意を以て言う者なり。讀む者各々指す所に隨いて之を觀れば、則ち旣に並び行われて悖らず。字書に又其の快と足とに訓ずる者を以て、讀んで愜と同じくすれば、則ち義愈々明らかにして音も又異なり、尤も別無きことを患えず。


或問、人之有心、本以應物、而此章之傳以爲、有所喜怒憂懼、便爲不得其正。然則其爲心也、必如槁木之不復生、死灰之不復然、乃爲得其正耶。曰、人之一心、湛然虛明、如鑑之空、如衡之平、以爲一身之主者、固其眞體之本然、而喜怒憂懼隨感而應、妍蚩俯仰因物賦形者、亦其用之所不能無者也。故其未感之時、至虛至靜、所謂鑑空衡平之體、雖鬼神有不得窺其際者、固無得失之可議。及其感物之際、而所應者又皆中節、則其鑑空衡平之用、流行不滯。正大光明、是乃所以爲天下之達道、亦何不得其正之有哉。唯其事物之來、有所不察、應之旣或不能無失。且又不能不與倶往、則其喜怒憂懼必有動乎中者、而此心之用始有不得其正者耳。傳者之意、固非以心之應物便爲不得其正、而必如枯木死灰、然後乃爲得其正也。惟是此心之靈、旣曰一身之主、苟得其正而無不在是、則耳目鼻口四肢百骸、莫不有所聽命以供其事、而其動靜語默出入起居、唯吾所使而無不合於理。如其不然、則身在於此而心馳於彼、血肉之軀無所管攝、其不爲仰面貪看鳥、回頭錯應人者幾希矣。孔子所謂操則存、舍則亡、孟子所謂求其放心、從其大體者、蓋皆謂此。學者可不深念而屢省之哉。
【読み】
或ひと問う、人の心有る、本以て物に應じて、此の章の傳に以爲えらく、喜怒憂懼する所有れば、便ち其の正を得ずとす。然らば則ち其の心爲るや、必ず槁木の復生いず、死灰の復然[も]えざるが如くにして、乃ち其の正を得とするや。曰く、人の一心は、湛然虛明、鑑の空しきが如く、衡の平かなるが如く、以て一身の主と爲る者、固より其の眞體の本然にして、喜怒憂懼感に隨いて應じ、妍蚩俯仰物に因りて形を賦する者も、亦其の用の無きこと能わざる所の者なり。故に其の未だ感ぜざるの時、至虛至靜、謂う所の鑑空衡平の體、鬼神と雖も其の際を窺うことを得ざる者有り、固より得失の議る可き無し。其の物に感ずるの際及んで、應ずる所の者又皆節に中れば、則ち其の鑑空衡平の用、流行して滯らず。正大光明、是れ乃ち天下の達道と爲る所以、亦何ぞ其の正を得ざること有らんや。唯其れ事物の來、察せざる所有れば、之に應ずること旣に或は失無きこと能わず。且つ又與に倶に往かざること能わざれば、則ち其の喜怒憂懼必ず中に動く者有りて、此の心の用始めて其の正を得ざる者有るのみ。傳者の意、固より心の物に應ずるを以て便ち其の正を得ずとして、必ず枯木死灰の如くしにて、然して後乃ち其の正を得るとするには非ず。惟是れ此の心の靈、旣に一身の主と曰い、苟に其の正を得て是に在らざること無ければ、則ち耳目鼻口四肢百骸、命を聽く所有りて以て其の事を供えざること莫くして、其の動靜語默出入起居、唯吾が使う所にして理に合わざること無し。如し其れ然らざれば、則ち身此に在りて心彼に馳せ、血肉の軀管攝する所無く、其れ面を仰いで貪りて鳥を看て、頭を回して錯りて人に應ずることをせざる者幾希し。孔子の謂う所の操れば則ち存し、舍つれば則ち亡ぶ、孟子の謂う所の其の放心を求め、其の大體に從うは、蓋し皆此を謂えり。學者深く念いて屢々之を省みざる可けんや。


或問、八章之辟、舊讀爲譬、而今讀爲僻、何也。曰、舊音舊說、以上章例之而不合也、以下文逆之而不通也。是以閒者竊以類例文意求之、而得其說如此。蓋曰、人之常情、於此五者一有所向、則失其好惡之平而陷於一偏。是以身有不脩、不能齊其家耳。蓋偏於愛、則溺焉而不知其惡矣、偏於惡、則阻焉而不知其善矣。是其身之所接、好惡取舍之閒將無一當於理者。而況於閨門之内、恩常掩義。亦何以勝其情愛暱比之私、而能有以齊之哉。曰、凡是五者皆身與物接所不能無、而亦旣有當然之則矣。今曰一有所向便爲偏倚而身不脩、則是必其接物之際、此心漠然都無親疎之等貴賤之別、然後得免於偏也。且心旣正矣、則宜其身之無不脩、今乃猶有若是之偏、何哉。曰、不然也。此章之義、實承上章。其立文命意、大抵相似。蓋以爲身與事接而後或有所偏、非以爲一與事接而必有所偏。所謂心正而后身脩、亦曰、心得其正、乃能脩身。非謂此心一正、則身不待檢而自脩也。
【読み】
或ひと問く、八章の辟は、舊讀んで譬として、今讀んで僻とするは、何ぞや。曰く、舊音舊說は、上章を以て之を例して合わず、下文を以て之を逆えて通ぜず。是を以て閒者[このごろ]竊かに類例文意を以て之を求めて、其の說を得ること此の如し。蓋し曰う、人の常情、此の五つの者に於て一つも向かう所有れば、則ち其の好惡の平を失いて一偏に陷る、と。是を以て身脩まらざること有りて、其の家を齊うること能わざるのみ。蓋し愛に偏なれば、則ち溺れて其の惡しきを知らず、惡に偏なれば、則ち阻んで其の善きを知らず。是れ其の身の接わる所、好惡取舍の閒將に一つとして理に當たる者無からんとす。而るを況んや閨門の内に於て、恩常に義を掩う。亦何を以て其の情愛暱比の私に勝ちて、能く以て之を齊うること有らんや。曰く、凡そ是の五つの者は皆身物と接わりて無きこと能わざる所にして、亦旣に當然の則有り。今一つも向かう所有れば便ち偏倚を爲して身脩まらずと曰えば、則ち是れ必ず其の物に接わるの際、此の心漠然として都て親疎の等、貴賤の別無くして、然して後に偏に免るることを得ん。且つ心旣に正しければ、則ち宜しく其の身の脩まらざること無かるべく、今乃ち猶是の若きの偏有るは、何ぞや。曰く、然らず。此の章の義は、實に上章を承く。其の文を立て意を命ずること、大抵相似たり。蓋し以て身事と接わりて後に或は偏なる所有りとし、以て一たび事と接わりて必ず偏なる所有りとするには非ず。謂う所の心正しくして后身脩まるも、亦曰う、心其の正しきを得て、乃ち能く身を脩む、と。此の心一たび正しければ、則ち身檢[はか]ることを待たずして自ずから脩まると謂うには非ず。

○曰、親愛・賤惡・畏敬・哀矜、固人心之所宜有。若夫敖惰、則凶德也。曾謂本心而有如是之則哉。曰、敖之爲凶德也、正以其先有是心、不度所施而無所不敖爾。若因人之可敖而敖之、則是常情所宜有、而事理之當然也。今有人焉。其親且舊未至於可親而愛也、其位與德未至於可畏而敬也、其窮未至於可哀、而其惡未至於可賤也。其言無足去取、而其行無足是非也、則視之泛然如塗之人而已爾。又其下者則夫子之取瑟而歌、孟子之隱几而臥、蓋亦因其有以自取、而非吾故有敖之之意。亦安得而遽謂之凶德哉。又況此章之指、乃爲慮其因有所重而陷於一偏者發。其言雖曰有所敖惰、而其意則正欲人之於此更加詳審。雖曰所當敖惰、而猶不敢肆其敖惰之心也、亦何病哉。
【読み】
○曰く、親愛・賤惡・畏敬・哀矜は、固より人心の宜しく有るべき所。若し夫れ敖惰は、則ち凶德なり。曾て本心をして是の如き則有りと謂わんや。曰く、敖の凶德爲るや、正に其の先ず是の心有りて、施す所を度らずして敖らざる所無きを以てのみ。若し人の敖る可きに因りて之に敖るは、則ち是れ常情の宜しく有るべき所にして、事理の當然なり。今人有らん。其の親しくして且つ舊きこと未だ親しんで愛す可きに至らず、其の位と德と未だ畏れて敬う可きに至らず、其の窮まれる未だ哀れむ可きに至らずして、其の惡未だ賤しむ可きに至らず。其の言去取するに足ること無くして、其の行是非するに足ること無きや、則ち之を視ること泛然として塗の人の如くにして已むのみ。又其の下の者は則ち夫子の瑟を取りて歌い、孟子の几に隱れて臥せる、蓋し亦其の以て自ら取ること有るに因りて、吾が故[ことさら]に之に敖るの意有るに非ず。亦安んぞ得て遽に之を凶德と謂わんや。又況んや此の章の指、乃ち其の重き所有るに因りて一偏に陷る者を慮るが爲に發せり。其の言敖惰する所有りと曰うと雖も、而れども其の意は則ち正に人の此に於て更に詳審を加えんことを欲す。當に敖惰すべき所と曰うと雖も、而れども猶敢えて其の敖惰の心を肆にせざれば、亦何ぞ病まんや。


或問、如保赤子、何也。曰、程子有言。赤子未能自言其意、而爲之母者慈愛之心出於至誠、則凡所以求其意者、雖或不中、而不至於大相遠矣。豈待學而后能哉。若民則非如赤子之不能自言矣、而使之者反不能無失於其心、則以本無慈愛之實、而於此有不察耳。傳之言此、蓋以明夫使衆之道、不過自其慈幼者而推之、而慈幼之心、又非外鑠而有待於強爲也。事君之孝、事長之弟、亦何以異於此哉。旣舉其細、則大者可知矣。
【読み】
或ひと問う、赤子を保つが如しとは、何ぞや。曰く、程子言えること有り。赤子は未だ自ら其の意を言うこと能わずして、之が母爲る者慈愛の心至誠に出づれば、則ち凡そ其の意を求むる所以の者、或は中らずと雖も、而れども大いに相遠きに至らず。豈學ぶを待ちて后に能くせんや。民の若きは則ち赤子の自ら言うこと能わざるが如きに非ずして、之を使う者反って其の心を失うこと無きこと能わざることは、則ち本慈愛の實無きを以て、此に於て察ぜざること有るのみ。傳の此を言えるは、蓋し以て夫の衆を使う道は、其の幼を慈しむ者よりして之を推すに過ぎずして、幼を慈しむ心も、又外より鑠して強いてすることを待つこと有るに非ざるを明かす。君に事るの孝、長に事るの弟も、亦何を以て此に異ならんや。旣に其の細を舉げれば、則ち大なる者知る可し。

○曰、仁讓言家、貪戾言人、何也。曰、善必積而后成、惡雖小、而可懼。古人之深戒也。書所謂爾惟德罔小、萬邦惟慶。爾惟不德罔大、墜厥宗亦是意爾。
【読み】
○曰く、仁讓に家と言い、貪戾に人と言うは、何ぞや。曰く、善は必ず積んで后成り、惡は小と雖も、而れども懼る可し。古人の深き戒めなり。書に謂う所の爾惟れ德小と罔く、萬邦惟れ慶ぶ。爾惟れ不德大と罔く、厥の宗を墜とすとは亦是の意なるのみ。

○曰、此章本言上行下效、有不期然而然者。今曰有諸己而后求諸人、無諸己而后非諸人、則是猶有待於勸勉程督而后化。且内適自脩、而遽欲望人之皆有、己方僅免、而遂欲責人以必無也。曰、此爲治其國者言之、則推吾所有與民共由、其條敎法令之施、賞善罰惡之政、固有理所當然而不可已者。但以所令反其所好、則民不從、故又推本言之、欲其先成於己而有以責人。固非謂其專務脩己、都不治人、而拱手以俟其自化。亦非謂其矜己之長、愧人之短、而脅之以必從也。故先君子之言曰、有諸己不必求諸人、以爲、求諸人而無諸己則不可也。無諸己不必非諸人、以爲、非諸人而有諸己則不可也。正此意也。曰、然則未能有善而遂不求人之善、未能去惡而遂不非人之惡、斯不亦恕而終身可行乎哉。曰、恕字之指、以如心爲義。蓋曰、如治己之心以治人、如愛己之心以愛人、而非苟然姑息之謂也。然人之爲心、必嘗窮理以正之、使其所以治己愛己者皆出於正、然後可以卽是推之以及於人、而恕之爲道、有可言者。故大學之傳最後兩章始及於此、則其用力之序亦可見矣。至卽此章而論之、則欲如治己之心、以治人者、又不過以強於自治爲本。蓋能強於自治、至於有善而可以求人之善、無惡而可以非人之惡、然後推以及人、使之亦如我之所以自治而自治焉、則表端景正。源潔流淸而治己治人無不盡其道矣。所以終身力此、而無不可行之時也。今乃不然、而直欲以其不肖之身爲標準、視吾治敎所當及者、一以姑息待之、不相訓誥、不相禁戒、將使天下之人皆如己之不肖、而淪胥以陷焉。是乃大亂之道、而豈所謂終身可行之恕哉。近世名卿之言有曰。人雖至愚、責人則明、雖有聦明、恕己則昏。苟能以責人之心責己、恕己之心恕人、則不患不至於聖賢矣。此言近厚。世亦多稱之者。但恕字之義、本以如心而得。故可以施之於人、而不可以施之於己。今曰恕己則昏、則是己知其如此矣。而又曰以恕己之心恕人、則是旣不知自治其昏、而遂推以及人、使其亦將如我之昏而後已也。乃欲由此以入聖賢之域、豈不誤哉。藉令其意但爲欲反此心以施於人、則亦止可以言下章愛人之事、而於此章治人之意、與夫中庸以人治人之說、則皆有未合者。蓋其爲恕雖同、而一以及人爲主、一以自治爲主、則二者之閒、毫氂之異、正學者所當深察而明辨也。若漢之光武、亦賢君也。一旦以無罪黜其妻、其臣郅惲不能力陳大義以救其失、而姑爲緩辭以慰解之。是乃所謂不能三年而緦功是察、放飯流歠而齒決是憚者。光武乃謂惲爲善恕己量主、則其失又甚遠、而大啓爲人臣者不肯責難陳善、以賊其君之罪。一字之義有所不明、而其禍乃至於此。可不謹哉。
【読み】
○曰く、此の章は本上行い下效う、然ることを期せずして然る者有ることを言う。今己に有りて后に人を求[せ]め、己に無くして后に人を非ると曰えば、則ち是れ猶勸勉程督を待ちて后に化すること有るがごとし。且つ内適々自ら脩めて、遽に人の皆有らんことを望まんと欲し、己方に僅かに免れて、遂に人を責むるに必ず無からんことを以てせんと欲す。曰く、此れ其の國を治むる者の爲に之を言えば、則ち吾が有る所を推して民と共に由る、其の條敎法令の施し、善を賞し惡を罰するの政、固より理の當に然るべき所にして已む可からざる者有り。但令する所其の好む所に反けば、則ち民從わざるを以て、故に又推し本づけて之を言いて、其の先ず己に成して以て人を責むること有らんことを欲す。固より其の專ら己を脩むることを務め、都て人を治めずして、手を拱して以て其の自ずから化するを俟つと謂うに非ず。亦其の己が長を矜[ほこ]り、人の短を愧じて、之を脅すに必ず從わんことを以てすと謂うに非ず。故に先君子の言に曰う、己に有りて必ずしも人を求めずは、以爲えり、人を求めて己に無ければ則ち不可なり。己に無くして必ずしも人を非らずは、以爲えり、人を非って己に有れば則ち不可なり、と。正に此の意なり。曰く、然らば則ち未だ善有ること能わずして遂に人の善を求めず、未だ惡を去ること能わずして遂に人の惡を非らず、斯れ亦恕にして身を終うるまで行う可きにあらずや。曰く、恕の字の指、心の如くするを以て義とす。蓋し曰う、己を治むるの心の如くして以て人を治め、己を愛するの心の如くして以て人を愛して、苟然姑息の謂いに非ず。然るに人の心爲る、必ず嘗て理を窮めて以て之を正しくし、其の己を治め己を愛する所以の者をして皆正しきに出でしめて、然して後に以て是に卽いて之を推して以て人に及ぼす可くして、恕の道爲る、言う可き者有り。故に大學の傳の最後の兩章始めて此に及べば、則ち其の力を用うるの序亦見る可し。此の章に卽いて之を論ずるに至りては、則ち己を治むるの心の如くして、以て人を治めんと欲する者、又自ら治むることを強むるを以て本とするに過ぎず。蓋し能く自ら治むることを強めて、善有りて以て人の善を求む可く、惡無くして以て人の惡を非る可きに至りて、然して後に推して以て人に及ぼし、之をして亦我の自ら治むる所以の如くして自ら治めしめば、則ち表端しく景正し。源潔く流れ淸くして己を治め人を治むること其の道を盡くさざること無し。身を終うるまで此を力めて、行う可からざるの時無き所以なり。今乃ち然らずして、直に其の不肖の身を以て標準と爲し、吾が治敎の當に及ぶべき所の者を視ること、一えに姑息を以て之を待たんと欲し、相訓誥せず、相禁戒せず、將に天下の人をして皆己が不肖の如くして、淪胥して以て陷らしめんとす。是れ乃ち大亂の道にして、豈謂う所の身を終うるまで行う可きの恕ならんや。近世名卿の言に曰えること有り。人至愚なりと雖も、人を責むることは則ち明らかに、聦明有りと雖も、己を恕[ひろ]むることは則ち昏し。苟に能く人を責むるの心を以て己を責め、己を恕むるの心にて人を恕むれば、則ち聖賢に至らざることを患えず、と。此の言厚きに近し。世亦之を稱する者多し。但恕の字の義は、本心の如くなるを以て得。故に以て之を人に施す可くして、以て之を己に施す可からず。今己を恕むるは則ち昏しと曰えば、則ち是れ己其の此の如くなるを知る。而して又己を恕むるの心を以て人を恕むと曰えば、則ち是れ旣に自ら其の昏きを治むることを知らずして、遂に推して以て人に及ぼし、其をして亦將我が昏きが如くならしめて而して後に已む。乃ち此に由りて以て聖賢の域に入らんと欲すは、豈に誤らざらんや。藉令[たと]い其の意は但此の心を反して以て人に施さんと欲すと爲せば、則ち亦止以て下章人を愛するの事を言う可くして、此の章人を治むるの意と、夫の中庸人を以て人を治むるの說とに於ては、則ち皆未だ合わざる者有り。蓋し其の恕爲るは同じと雖も、而れども一つは人に及ぼすを以て主とし、一つは自ら治むるを以て主とすれば、則ち二つの者の閒、毫氂の異なり、正に學者當に深く察して明らかに辨ずべき所なり。漢の光武の若き、亦賢君なり。一旦罪無きを以て其の妻を黜[しりぞ]く、其の臣郅惲力めて大義を陳べて以て其の失を救うこと能わずして、姑く緩辭を爲して以て之を慰め解く。是れ乃ち謂う所の三年を能くせずして緦功是れ察し、放飯流歠して齒決是れ憚る者なり。光武は乃ち惲[はか]りを善く己に恕して主を量ることをすと謂うは、則ち其の失又甚だ遠くして、大いに人の臣爲る者肯えて難を責め善を陳べずして、以て其の君を賊うの罪を啓く。一字の義明らかならざる所有りて、其の禍乃ち此に至る。謹まざる可けんや。

○曰、旣結上文而復引詩者三、何也。曰、古人言必引詩。蓋取其嗟嘆咏歌優游厭飫有以感發人之善心。非徒取彼之文證此之義而已也。夫以此章所論齊家治國之事、文具而意足矣。復三引詩、非能於其所論之外別有所發明也。然嘗試讀之、則反復吟咏之閒、意味深長、義理通暢、使人心融神會、有不知手舞而足蹈者。是則引詩之助與爲多焉。蓋不獨此、他凡引詩云者、皆以是而求之、則引者之意可見、而詩之爲用亦得矣。曰、三詩亦有序乎。曰、首言家人、次言兄弟、終言四國。亦刑于寡妻、至于兄弟、以御于家邦之意也。
【読み】
○曰く、旣に上文を結んで復詩を引く者三つなるは、何ぞや。曰く、古人言えば必ず詩を引く。蓋し其の嗟嘆咏歌優游厭飫して以て人の善心を感發すること有るを取る。徒に彼の文を取りて此の義を證するのみに非ず。夫れ以[おも]んみるに此の章論ずる所の齊家治國の事は、文具わりて意足れり。復三つ詩を引けるは、能く其の論ずる所の外に於て別に發明する所有るに非ず。然るに嘗試みに之を讀めば、則ち反復吟咏の閒、意味深く長く、義理通り暢べ、人をして心融り神會い、手舞って足蹈むことを知らざる者有らしむ。是れ則ち詩を引くの助け多しとするに與れり。蓋し獨此のみにあらず、他凡そ詩を引いて云う者、皆是を以て之を求めば、則ち引く者の意見る可くして、詩の用爲るも亦得ん。曰く、三つの詩も亦序有るか。曰く、首めに家人を言い、次に兄弟を言い、終わりに四國を言う。亦寡妻に刑り、兄弟に至りて、以て家邦を御むるの意なり。


或問、上章論齊家治國之道、旣以孝弟慈爲言矣。此論治國平天下之道、而復以是爲言、何也。曰、三者人道之大端、衆人之所同得者也。自家以及國、自國以及天下、雖有小大之殊、然其道不過如此而已。但前章專以己推而人化爲言、此章又申言之、以見人心之所同而不能已者如此、是以君子不唯有以化之、而又有以處之也。蓋人之所以爲心者、雖曰未嘗不同、然貴賤殊勢、賢愚異稟。苟非在上之君子眞知實蹈有以倡之、則下之有是心者亦無所感而興起矣。幸其有以倡焉而興起矣、然上之人乃或不能察彼之心、而失其所以處之之道、則彼其所興起者或不得遂、而反有不均之歎。是以君子察其心之所同而得其絜矩之道、然後有以處此而遂其興起之善端也。曰、何以言絜之爲度也。曰、此莊子所謂絜之百圍、賈子所謂度長絜大者也。前此諸儒蓋莫之省、而強訓以挈。殊無意謂。先友太史范公乃獨推此以言之、而後其理可得而通也。蓋絜、度也。矩、所以爲方也。以己之心度人之心、知人之所惡者不異乎己、則不敢以己之所惡者施之於人、使吾之身一處乎此、則上下四方、物我之際、各得其分、不相侵越而各就其中。校其所占之地、則其廣狹長短、又皆平均如一、截然方正、而無有餘不足之處。是則所謂絜矩者也。夫爲天下國家、而所以處心制事者一出於此、則天地之閒將無一物不得其所、而凡天下之欲爲孝弟不倍者、皆得以自盡其心而無不均之嘆矣。天下其有不平者乎。然君子之所以有此、亦豈自外至而強爲之哉。亦曰、物格知至、故有以通天下之志、而知千萬人之心卽一人之心。意誠心正、故有以勝一己之私、而能以一人之心爲千萬人之心。其如此而已矣。一有私意存乎其閒、則一膜之外便爲胡越。雖欲絜矩、亦將有所隔礙而不能通矣。若趙由之爲守則易尉、而爲尉則陵守、王肅之方於事上而好人佞己、推其所由、蓋出於此、而充其類、則雖桀紂盗跖之所爲、亦將何所不至哉。曰、然則絜矩之云、是則所謂恕者已乎。曰、此固前章所謂如愛己之心以愛人者也。夫子所謂終身可行、程子所謂充拓得去、則天地變化而草木蕃、充拓不去、則天地閉而賢人隱、皆以其可以推之而無不通耳。然必自其窮理正心者而推之、則吾之愛惡取舍皆得其正、而其所推以及人者亦無不得其正。是以上下四方以此度之、而莫不截然各得其分。若於理有未明而心有未正、則吾之所欲者未必其所當欲、吾之所惡者未必其所當惡。乃不察此而遽欲以是爲施於人之準則、則其意雖公、而事則私。是將見其物我相侵、彼此交病、而雖庭除之内跬歩之閒、亦且參商矛盾而不可行矣。尙何終身之望哉。是以聖賢凡言恕者、又必以忠爲本、而程子亦言忠恕兩言、如形與影、欲去其一、而不可得。蓋唯忠而後所如之心始得其正。是亦此篇先後本末之意也。然則君子之學、可不謹其序哉。
【読み】
或ひと問う、上章齊家治國の道を論ずる、旣に孝弟慈を以て言を爲す。此に治國平天下の道を論じて、復是を以て言を爲すは、何ぞや。曰く、三つの者は人道の大端、衆人の同じく得る所の者なり。家より以て國に及び、國より以て天下に及び、小大の殊なること有りと雖も、然れども其の道は此の如きに過ぎざるのみ。但前章は專ら己推して人化するを以て言を爲し、此の章は又申ねて之を言いて、以て人心の同じき所にして已むこと能わざる者此の如し、是を以て君子は唯以て之を化すること有るのみにあらずして、又以て之を處くこと有るを見すなり。蓋し人の心と爲す所以の者、未だ嘗て同じからずんばあらずと曰うと雖も、然れども貴賤勢いを殊にし、賢愚稟を異にす。苟も上に在るの君子眞に知り實に蹈んで以て之を倡うること有るに非ざれば、則ち下の是の心有る者も亦感じて興起する所無し。幸いに其れ以て倡えて興起すること有れども、然れども上の人乃ち或は彼の心を察すること能わずして、其の之を處く所以の道を失えば、則ち彼の其の興起する所の者或は遂ぐることを得ずして、反って均しからざるの歎有り。是を以て君子其の心の同じからざる所を察して其の絜矩の道を得て、然して後に以て此を處くこと有りて其の興起の善端を遂ぐ。曰く、何を以て絜の度爲ることを言う。曰く、此れ莊子が謂う所の之を絜[はか]れば百圍、賈子が謂う所の長を度り大を絜る者なり。此より前は諸儒蓋し之を省みること莫くして、強いて訓ずるに挈を以てす。殊に意謂無し。先友太史范公乃ち獨り此を推して以て之を言いて、而して後に其の理得て通ず可し。蓋し絜は、度なり。矩は、方を爲す所以なり。己が心を以て人の心を度り、人の惡む所の者己に異ならざることを知れば、則ち敢えて己が惡む所の者を以て之を人に施さず、吾が身をして一えに此に處らしむれば、則ち上下四方、物我の際、各々其の分を得、相侵越せずして各々其の中に就く。其の占める所の地を校れば、則ち其の廣狹長短、又皆平均一の如く、截然方正にして、餘り有り足らざる處無し。是れ則ち謂う所の絜りて矩なる者なり。夫れ天下國家を爲[おさ]めて、心を處き事を制する所以の者一えに此に出づれば、則ち天地の閒、將に一物の其の所を得ざること無くして、凡そ天下の孝弟不倍を爲さんと欲する者、皆以て自ら其の心を盡くすことを得て均しからざるの嘆無からんとす。天下其れ平かならざる者有らん。然るに君子の此れ有る所以、亦豈外より至りて強いて之を爲さんや。亦曰く、物格り知ること至る、故に以て天下の志に通ずること有りて、千萬人の心は卽ち一人の心なることを知る。意誠に心正し、故に以て一己の私に勝つこと有りて、能く一人の心を以て千萬人の心とす。其れ此の如きのみ。一つも私意其の閒に存すること有れば、則ち一膜の外便ち胡越と爲る。絜矩せんと欲すと雖うとも、亦將隔礙する所有りて通ずること能わず。趙由の守と爲りては則ち尉を易[あなど]りて、尉と爲りては則ち守を陵ぎ、王肅の上に事るに方にして人の己に佞[へつら]うことを好むが若き、其の由る所を推すに、蓋し此に出でて、其の類を充てれば、則ち桀紂盗跖のする所と雖も、亦將何の至らざる所あらんや。曰く、然らば則ち絜矩の云いは、是れ則ち謂う所の恕なる者のみか。曰く、此れ固より前章に謂う所の己を愛する心の如くして以て人を愛する者なり。夫子の謂う所の身を終うるまで行う可し、程子の謂う所の充拓し得去れば、則ち天地變化して草木蕃り、充拓し去らざれば、則ち天地閉じて賢人隱るとは、皆其の以て之を推して通ぜざること無かる可きを以てのみ。然るに必ず其の理を窮め心を正しくする者よりして之を推せば、則ち吾が愛惡取舍は皆其の正を得て、其の推して以て人に及ぼす所の者も亦其の正を得ざること無し。是を以て上下四方此を以て之を度りて、截然として各々其の分を得ざること莫し。若し理未だ明らかならざること有りて心未だ正しからざること有るに於ては、則ち吾が欲する所の者未だ必ずしも其の當に欲すべき所にあらず、吾が惡む所の者未だ必ずしも其の當に惡むべき所にあらず。乃ち此を察せずして遽に是を以て人に施す準則とせんと欲せば、則ち其の意公なりと雖も、而れども事は則ち私なり。是れ將に其の物我相侵し、彼此交々病んで、庭除の内、跬歩の閒と雖も、亦且つ參商矛盾して行う可からざるを見んとす。尙何ぞ身を終うるまでの望みあらんや。是を以て聖賢凡そ恕を言えるは、又必ず忠を以て本と爲して、程子も亦忠恕の兩言は、形と影の如し、其の一を去らんと欲すとも、得可からずと言えり。蓋し唯忠にして後に如くする所の心始めて其の正を得。是れ亦此の篇先後本末の意なり。然らば則ち君子の學は、其の序を謹まざる可けんや。

○曰、自身而家、自家而國、自國而天下、均爲推己及人之事。而傳之所以釋之者、一事自爲一說、若有不能相通焉者、何也。曰、此以勢之遠邇、事之先後、而所施有不同耳。實非有異事也。蓋必審於接物、好惡不偏、然後有以正倫理、篤恩義、而齊其家。其家已齊、事皆可法、然後有以立標準胥敎誨、而治其國。其國已治、民知興起、然後可以推己度物、舉此加彼、而平天下。此以其遠近先後而施有不同者也。然自國以上、則治於内者嚴密而精詳、自國以下、則治於外者廣博而周徧、亦可見其本末實一物、首尾實一身矣。何名爲異說哉。
【読み】
○曰く、身よりして家、家よりして國、國よりして天下、均しく己を推して人に及ぼすの事爲り。而るに傳の之を釋く所以の者、一事自ずから一說と爲し、相通ずること能わざる者有るが若きは、何ぞや。曰く、此れ勢いの遠邇、事の先後を以て、施す所同じからざること有るのみ。實は異事有るに非ず。蓋し必ず物に接わるに審らかに、好惡偏ならずして、然して後に以て倫理を正し、恩義を篤くして、其の家を齊うること有り。其の家已に齊えり、事皆法る可くして、然して後に以て標準を立て胥[あ]い敎誨して、其の國を治むること有り。其の國已に治まり、民興起することを知りて、然して後に以て己を推して物を度り、此を舉げて彼に加えて、天下を平らかにす可し。此れ其の遠近先後を以て施し同じからざること有る者なり。然るに國より以上は、則ち内に治むる者嚴密にして精詳、國より以下は、則ち外に治むる者廣博にして周徧、亦其の本末實に一物、首尾實に一身なることを見る可し。何ぞ名づけて異說とせんや。

○曰、所謂民之父母者、何也。曰、君子有絜矩之道。故能以己之好惡知民之好惡、又能以民之好惡爲己之好惡也。夫好其所好而與之聚之、惡其所惡而不以施焉、則上之愛下眞猶父母之愛其子矣。彼民之親其上、豈不亦猶子之愛其父母哉。
【読み】
○曰く、謂う所の民の父母とは、何ぞや。曰く、君子に絜矩の道有り。故に能く己が好惡を以て民の好惡を知り、又能く民の好惡を以て己が好惡とす。夫れ其の好む所を好んで之を與え之を聚め、其の惡む所を惡んで以て施さざれば、則ち上の下を愛すること眞に猶父母の其の子を愛するがごとし。彼の民の其の上を親しむこと、豈亦猶子の其の父母を愛するがごとくならざらんや。

○曰、此所引節、南山之詩、何也。曰、言在尊位者人所觀仰、不可不謹。若人君恣己徇私、不與天下同其好惡、則爲天下僇如桀紂幽厲也。
【読み】
○曰く、此に引く所の節、南山の詩は、何ぞや。曰く、言うこころは、尊位に在る者は人の觀て仰ぐ所、謹しまずんばある可からず。若し人君己を恣にし私に徇い、天下と其の好惡を同じくせざれば、則ち天下の僇[りく]と爲ること桀紂幽厲が如くならん。

○曰、得衆得國、失衆失國、何也。曰、言能絜矩、則民父母之、而得衆得國矣。不能絜矩、則爲天下僇而失衆失國矣。
【読み】
○曰く、衆を得國を得、衆を失い國を失うは、何ぞや。曰く、言うこころは、絜矩を能くすれば、則ち民之を父母として、衆を得國を得。絜矩を能くせざれば、則ち天下の僇と爲りて衆を失い國を失う。

○曰、所謂先愼乎德、何也。曰、上言有國者不可不謹、此言其所謹而當先者尤在於德也。德、卽所謂明德、所以謹之、亦曰、格物致知誠意正心以脩其身而已矣。
【読み】
○曰く、謂う所の先ず德を愼むとは、何ぞや。曰く、上には國を有つ者は謹まずんばある可からざることを言い、此には其の謹む所にして當に先んずべき者は尤も德に在ることを言う。德とは、卽ち謂う所の明德、之を謹む所以は、亦曰う、物に格り知ることを致め意を誠にし心を正しくして以て其の身を脩むるのみ。

○曰、此其深言務財用而失民、何也。曰、有德而有人有土、則因天分地不患乎無財用矣。然不知本末而無絜矩之心、則未有不爭鬭其民而施之、以劫奪之敎者也。易大傳曰、何以聚人、曰財。春秋外傳曰、王人者將以導利而布之上下者也。故財聚於上、則民散於下矣。財散於下、則民歸於上矣。言悖而出者亦悖而入。貨悖而入者亦悖而出。鄭氏以爲、君有逆命、則民有逆辭、上貪於利、則下人侵畔、得其旨矣。
【読み】
○曰く、此に其の深く財用を務めて民を失うことを言うは、何ぞや。曰く、德有りて人有り土有れば、則ち天に因り地を分けて財用無きことを患えず。然れども本末を知らずして絜矩の心無ければ、則ち未だ其の民を爭鬭して之に施すに、劫奪の敎を以てせざる者有らず。易の大傳に曰く、何を以て人を聚む、曰く財、と。春秋外傳に曰く、人に王たる者は將に以て利を導いて之を上下に布かんとする者なり、と。故に財上に聚まれば、則ち民下に散る。財下に散れば、則ち民上に歸す。言悖りて出づる者は亦悖りて入る。貨悖りて入る者は亦悖りて出づ。鄭氏以爲えり、君に逆命有れば、則ち民に逆辭有り、上利を貪れば、則ち下人侵し畔くとは、其の旨を得たり。

○曰、前旣言命之不易矣、此又言命之不常、何也。曰、以天命之重、而致其丁寧之意、亦承上文而言之也。蓋善則得之者、有德而有人之謂也。不善則失之者、悖入而悖出之謂也。然則命之不常、乃人之所自爲耳。可不謹哉。
【読み】
○曰く、前に旣に命の易からざるを言い、此に又命の常ならざるを言うは、何ぞや。曰く、天命の重きを以て、其の丁寧の意を致し、亦上文を承けて之を言うなり。蓋し善なれば則ち之を得るとは、德有りて人有るの謂いなり。不善なれば則ち之を失うとは、悖り入りて悖り出づるの謂いなり。然れば則ち命の常ならざるは、乃ち人の自らする所なるのみ。謹まざる可けんや。

○曰、其引泰誓何也。曰、言好善之利及其子孫、不好善之害流於後世。亦由絜矩與否之異也。曰、媢疾之人誠可惡矣。然仁人惡之之深至於如此。得無疾之已甚之亂耶。曰、小人爲惡、千條萬端、其可惡者、不但媢疾一事而已。仁人不深惡乎彼而獨深惡乎此者、以其有害於善人、使民不得被其澤、而其流禍之長、及於後世而未已也。然非殺人于貨之盗、則罪不至死。故亦放流之而已。然又念、夫彼此之勢雖殊、而苦樂之情、則一。今此惡人放而不遠、則其爲害雖得不施於此、而彼所放之地、其民復何罪焉。故不敢以己之所惡施之於人、而必遠而置之無人之境、以禦魑魅而後已。蓋不惟保安善人使不蒙其害、亦所以禁伏凶人使不得稔其惡、雖因彼之善悪而有好惡之殊、然所以仁之之意、亦未嘗不行乎其閒也。此其爲禦亂之術至矣。而何致亂之有。曰、迸之爲屛、何也。曰、古字之通用者多矣。漢石刻詞有引尊五美屛四惡者、而以尊爲遵、以屛爲迸、則其證也。曰、仁人之能愛人能惡人、何也。曰、仁人者私欲不萌而天下之公在我。是以是非不謬而舉措得宜也。曰、命之爲慢與其爲怠也孰得。曰、大凡疑義、所以決之不過乎義理・文勢・事證三者而已。今此二字、欲以義理文勢決之、則皆通。欲以事證決之、則無考。蓋不可以深求矣。若使其於義理事實之大者、有所郷背而不可以不究、猶當視其緩急以爲先後。況於此等字旣兩通、而於事義無大得失、則亦何必苦心極力以求之、徒費日而無所益乎。以是而推他亦皆可見矣。曰、好善惡惡、人之性然也。有拂人之性者、何哉。曰、不仁之人、阿黨媢疾有以陷溺其心。是以其所好惡戾於常性如此。與民之父母能好惡人者正相反。使其能勝私而絜矩、則不至於是矣。
【読み】
○曰く、其の泰誓を引くは何ぞや。曰く、言うこころは、善を好むの利は其の子孫に及び、善を好まざるの害は後世に流る。亦絜矩すると否[せ]ざるの異なりに由るなり。曰く、媢疾の人は誠に惡む可し。然るに仁人之を惡むの深き、此の如くなるに至る。之を疾むこと已甚だしきの亂無きことを得んや。曰く、小人惡を爲すこと、千條萬端、其の惡む可き者は、但媢疾の一事のみにあらず。仁人深く彼を惡まずして獨り深く此を惡める者は、其の善人を害し、民をして其の澤を被ることを得ざらしむること有りて、其の禍いを流すの長き、後世に及んで未だ已まざるを以てなり。然れども人を貨に殺すの盗に非ざれば、則ち罪は死に至らず。故に亦之を放ち流すのみ。然るを又念えり、夫れ彼此の勢い殊なりと雖も、而れども苦樂の情は、則ち一なり。今此の惡人放って遠ざけざれば、則ち其の害を爲すこと此に施さざることを得ると雖も、而れども彼の放つ所の地、其の民復何の罪あらん。故に敢えて己が惡む所を以て之を人に施さずして、必ず遠ざけて之を人無きの境に置き、以て魑魅を禦いで而して後に已む。蓋し惟善人を保安して其の害を蒙らざらしむるのみにあらず、亦凶人を禁伏して其の惡を稔らすことを得ざらしむる所以は、彼が善悪に因りて好惡の殊なること有りと雖も、然れども之を仁[めぐ]む所以の意も、亦未だ嘗て其の閒に行われずんばあらず。此れ其の亂を禦ぐの術爲ること至れり。而して何ぞ亂を致すこと有らん。曰く、迸を屛と爲すは、何ぞや。曰く、古字の通用する者多し。漢の石刻の詞に五美を尊び四惡を屛[しりぞ]くるを引く者有りて、尊を以て遵と爲し、屛を以て迸と爲すは、則ち其の證なり。曰く、仁人の能く人を愛し能く人を惡むは、何ぞや。曰く、仁人は私欲萌さずして天下の公我に在り。是を以て是非謬らずして舉措宜しきを得るなり。曰く、命の慢とすると其の怠とするや孰か得たる。曰く、大凡疑わしき義、之を決[さだ]むる所以は義理・文勢・事證三つの者に過ぎざるのみ。今此の二字、義理文勢を以て之を決めんと欲すれば、則ち皆通ず。事證を以て之を決めんと欲すれば、則ち考うること無し。蓋し以て深く求む可からず。若し其をして義理事實の大なる者に於て、郷背する所有りて以て究めずんばある可からざらしむとも、猶當に其の緩急を視て以て先後を爲すべし。況んや此等の字は旣に兩つながら通じて、事義に於て大なる得失無ければ、則ち亦何ぞ必ずしも心を苦しめ力を極めて以て之を求め、徒に日を費やして益する所無きに於てをや。是を以てして推して他も亦皆見る可し。曰く、善を好み惡を惡むは、人の性然り。人の性に拂[もと]る者有るは、何ぞや。曰く、不仁の人は、阿黨媢疾して以て其の心を陷溺すること有り。是を以て其の好惡する所の常性に戾ること此の如し。民の父母能く人を好惡する者と正に相反す。其をして能く私に勝ちて絜矩せしむれば、則ち是に至らず。

○曰、忠信驕泰之所以爲得失者、何也。曰、忠信者、盡己之心而不違於物。絜矩之本也。驕泰、則恣己徇私、以人從欲、不得與人同好惡矣。
【読み】
○曰く、忠信驕泰の得失を爲す所以の者は、何ぞや。曰く、忠信は、己が心を盡くして物に違わず。絜矩の本なり。驕泰は、則ち己を恣にし私に徇い、人を以て欲に從い、人と好惡を同じくすることを得ず。

○曰、上文深陳財用之失民矣。此復言生財之道、何也。曰、此所謂有土而有財者也。夫洪範八政、食貨爲先、子貢問政、而夫子告之亦以足食爲首。蓋生民之道不可一日而無者、聖人豈輕之哉。特以爲國者以利爲利、則必至於剥民以自奉而有悖出之禍、故深言其害以爲戒耳。至於崇本節用、有國之常政、所以厚下而足民者、則固未嘗廢也。呂氏之說、得其旨矣。有子曰、百姓足、君孰與不足。孟子曰、無政事、則財用不足。正此意也。然孟子所謂政事、則所以告齊梁之君、使之制民之產者是已。豈若後世頭會箕厲民自養之云哉。曰、仁者以財發身、不仁者以身發財、何也。曰、仁者不私其有。故財散民聚而身尊。不仁者惟利是圖。故捐身賈禍以崇貨也。然亦卽財貨而以其效言之爾。非謂仁者眞有以財發身之意也。曰、未有府庫財、非其財者、何也。曰、上好仁則下好義矣。下好義、則事有終矣。事有終、則爲君者安富尊榮、而府庫之財可長保矣。此以財發身之效也。上不好仁、則下不好義、下不好義、則其事不終。是將爲天下僇之不暇。而況府庫之財又豈得爲吾之財乎。若商紂以自焚而起鉅橋塵臺之財、德宗以出走而豐瓊林大盈之積、皆以身發財之效也。曰、其引孟獻子之言、何也。曰、雞豚牛羊、民之所畜養以爲利者也。旣已食君之祿而享民之奉矣、則不當復與之爭。此公儀子所以拔園葵、去織婦、而董子因有與之齒者去其角、傳之翼者兩其足之喩、皆絜矩之義也。聚之臣、剥民之膏血以奉上而民被其殃。盗臣、竊君之府庫以自私而禍不及下。仁者之心、至誠惻怛、寧亡己之財、而不忍傷民之力。所以與其有聚之臣、寧有盗臣、亦絜矩之義也。昔孔子以臧文仲之妾織蒲而直斥其不仁、以冉求聚於季氏而欲鳴鼓以聲其罪。以聖人之宏大兼容、溫良博愛、而所以責二子者疾痛深切、不少假借如此。其意亦可見矣。曰、國不以利爲利、以義爲利、何也。曰、以利爲利、則上下交征不奪不饜。以義爲利、則不遺其親、不後其君。蓋惟義之安而自無所不利矣。程子曰、聖人以義爲利。義之所安、卽利之所在。正謂此也。孟子分別義利拔本塞源之意、其傳蓋亦出於此云。曰、此其言葘害並至、無如之何、何也。曰、怨已結於民心、則非一朝一夕之可解矣。聖賢深探其實而極言之、欲人有以審於未然、而不爲無及於事之悔也。以此爲防、人猶有用桑羊・孔僅・宇文融・楊矜・陳京・裴延齡之徒以敗其國者。故陸宣公之言曰、民者、邦之本。財者、民之心。其心傷、則其本傷。其本傷、則枝幹凋瘁而根柢蹷拔矣。呂正獻公之言曰、小人聚以佐人主之欲。人主不悟、以爲有利於國、而不知其終爲害也。賞其納忠、而不知其大不忠也。嘉其任怨、而不知其怨歸於上也。鳴呼、若二公之言、則可謂深得此章之指者矣。有國家者可不監哉。
【読み】
○曰く、上文は深く財用の民を失うことを陳ぶ。此に復財を生すの道を言うは、何ぞや。曰く、此れ謂う所の土有りて財有る者なり。夫れ洪範の八政に、食貨を先とし、子貢政を問いて、夫子之に告ぐるに亦食を足すを以て首めとす。蓋し生民の道は一日として無くんばある可からざる者、聖人豈之を輕んぜんや。特に國を爲むる者利を以て利とすれば、則ち必ず民を剥いで以て自ら奉じて悖り出づるの禍い有るに至るを以て、故に深く其の害を言いて以て戒めを爲すのみ。本を崇び用を節するは、國を有つ常政、下を厚くし民を足す所以の者に至りては、則ち固より未だ嘗て廢てず。呂氏の說、其の旨を得たり。有子曰く、百姓足らば、君孰と與に足らざらん、と。孟子曰く、政事無ければ、則ち財用足らず、と。正に此の意なり。然るに孟子の謂う所の政事は、則ち齊梁の君に告げて、之をして民の產を制せしむる所以の者、是れのみ。豈後世頭會箕して民を厲し自ら養うの云いの若くならんや。曰く、仁者は財を以て身を發し、不仁者は身を以て財を發すとは、何ぞや。曰く、仁者は其の有を私せず。故に財散り民聚まりて身尊し。不仁者は惟利是れ圖る。故に身を捐[そこ]ねて禍いを賈[か]いて以て貨を崇ぶ。然れども亦財貨に卽いて其の效を以て之を言うのみ。仁者眞に財を以て身を發すの意有りと謂うに非ず。曰く、未だ府庫の財、其の財に非ざる者有らずとは、何ぞや。曰く、上仁を好めば則ち下義を好む。下義を好めば、則ち事終わること有り。事終わること有れば、則ち君爲る者安富尊榮して、府庫の財長く保つ可し。此れ財を以て身を發すの效なり。上仁を好まざれば、則ち下義を好まず、下義を好まざれば、則ち其の事終わらず。是れ將に天下の僇と爲ること暇あらざらんとす。而るを況んや府庫の財も又豈吾が財と爲すことを得んや。商紂以て自ら焚けて鉅橋塵臺の財を起こし、德宗以て出で走りて瓊林大盈の積を豐かにするが若き、皆身を以て財を發すの效なり。曰く、其の孟獻子の言を引くは、何ぞや。曰く、雞豚牛羊は、民の畜い養いて以て利と爲す所の者なり。旣已に君の祿を食んで民の奉を享ければ、則ち當に復之と爭うべからず。此れ公儀子の園葵を拔き、織婦を去る所以にして、董子因りて之に齒を與える者は其の角を去り、之に翼を傳[おく]る者は其の足を兩にするの喩え有り、皆絜矩の義なり。聚の臣は、民の膏血を剥いで以て上に奉じて民其の殃いを被る。盗臣は、君の府庫を竊みて以て自ら私して禍い下に及ばず。仁者の心は、至誠惻怛、寧ろ己が財を亡えども、而れども民の力を傷うに忍びず。其の聚の臣有らんよりは、寧ろ盗臣有らん所以も、亦絜矩の義なり。昔孔子、臧文仲の妾が蒲を織るを以て直に其の不仁を斥け、冉求が季氏に聚するを以て鼓を鳴らして以て其の罪を聲[なら]べんと欲す。聖人の宏大兼容、溫良博愛を以てして、二子を責むる所以の者の疾痛深切、少しも假借せざること此の如し。其の意も亦見る可し。曰く、國は利を以て利とせず、義を以て利とすとは、何ぞや。曰く、利を以て利とすれば、則ち上下交々征きて奪わずんば饜らず。義を以て利とすれば、則ち其の親を遺[わす]れず、其の君を後にせず。蓋し惟義之れ安んじて自ずから利せざる所無し。程子曰く、聖人は義を以て利とす。義の安んずる所は、卽ち利の在る所、と。正に此を謂えり。孟子義利を分別し本を拔き源を塞ぐの意、其の傳え蓋し亦此に出づと云う。曰、此に其の葘害[さいがい]並び至る、之を如何ともすること無しと言うは、何ぞや。曰、怨み已に民の心に結めば、則ち一朝一夕の解く可きに非ず。聖賢深く其の實を探りて極めて之を言えるは、人以て未然に審らかにすること有りて、事に及ぶこと無きの悔いを爲さざらんことを欲してなり。此を以て防ぎを爲せども、人猶桑羊・孔僅・宇文融・楊矜・陳京・裴延齡の徒を用いて以て其の國を敗る者有り。故に陸宣公の言に曰く、民は、邦の本。財は、民の心。其の心傷えば、則ち其の本傷う。其の本傷えば、則ち枝幹凋瘁して根柢蹷拔す、と。呂正獻公の言に曰く、小人聚して以て人主の欲を佐く。人主悟らず、以て國に利有として、其の終わりに害を爲すことを知らず。其の忠を納[のたま]うことを賞して、其の大いに忠ならざるを知らず。其の怨みを任ずることを嘉みして、其の怨み上に歸することを知らず。鳴呼、二公の言の若きは、則ち深く此の章の指を得たる者と謂う可し。國家を有つ者監みざる可けんや。

○曰、此章之文、程子多所更定、而子獨以舊文爲正者、何也。曰、此章之義博。故傳言之詳。然其實則不過好惡義利之兩端而已。但以欲致其詳、故所言已足而復更端以廣其意。是以二義相循、閒見層出、有似於易置而錯陳耳。然徐而考之、則其端緒接續、脈絡貫通、而丁寧反復爲人深切之意、又自別見於言外、不可易也。必欲二說中判、以類相從、自始至終畫爲兩節、則其界辨雖若有餘、而意味或反不足。此不可不察也。
【読み】
○曰く、此の章の文、程子更め定むる所多くして、子獨り舊文を以て正とする者は、何ぞや。曰く、此の章の義博し。故に傳之を言うこと詳らかなり。然れども其の實は則ち好惡義利の兩端に過ぎざるのみ。但其の詳らかなることを致さんと欲するを以て、故に言う所已に足りて復端を更めて以て其の意を廣む。是を以て二義相循い、閒見層出し、易え置きて錯え陳ぶるに似たること有るのみ。然れども徐[しずか]にして之を考うれば、則ち其の端緒接續し、脈絡貫通して、丁寧反復人の爲の深切の意、又自ずから別に言外に見れて、易う可からず。必ず二說中判し、類を以て相從い、始めより終わりに至るまで畫して兩節と爲さんと欲すれば、則ち其の界辨餘り有るが若しと雖も、而れども意味或は反って足らず。此れ察せずんばある可からず。