孟子卷之四     本文の読み下しは中村惕齋講述を参考とした、集註は我流。

離婁章句上 凡二十八章。

離婁章句上1
孟子曰、離婁之明、公輸子之巧、不以規矩、不能成方員。師曠之聰、不以六律、不能正五音。堯舜之道、不以仁政、不能平治天下。離婁、古之明目者。公輸子、名班。魯之巧人也。規、所以爲員之器也。矩、所以爲方之器也。師曠、晉之樂師。知音者也。六律、截竹爲筩、陰陽各六、以節五音之上下。黄鍾・太蔟・姑洗・蕤賓・夷則・無射、爲陽。大呂・夾鍾・仲呂・林鍾・南呂・應鍾、爲陰也。五音、宮・商・角・徵・羽也。范氏曰、此言治天下不可無法度。仁政者、治天下之法度也。
【読み】
孟子曰く、離婁が明、公輸子が巧も、規矩を以てせざれば、方員[ほうえん]を成すこと能わず。師曠が聰も、六律を以てせざれば、五音を正すこと能わず。堯舜の道も、仁政を以てせざれば、天下を平治すること能わず。離婁は古の明目なる者。公輸子は名は班。魯の巧人なり。規は、以て員を爲す所の器なり。矩は、以て方を爲す所の器なり。師曠は晉の樂師。音を知る者なり。六律は、竹を截[き]りて筩[とう]とし、陰陽各々六つ、以て五音の上下を節す。黄鍾・太蔟[たいそう]・姑洗・蕤賓[ずいひん]・夷則・無射[ぶせき]を陽と爲す。大呂・夾鍾・仲呂・林鍾・南呂・應鍾を陰と爲す。五音は、宮・商・角・徵・羽なり。范氏曰く、此れ天下を治むるに法度無くんばある可からざることを言う。仁政は、天下を治むるの法度なり、と。

今有仁心仁聞、而民不被其澤、不可法於後世者、不行先王之道也。聞、去聲。○仁心、愛人之心也。仁聞者、有愛人之聲、聞於人也。先王之道、仁政是也。范氏曰、齊宣王不忍一牛之死、以羊易之。可謂有仁心。梁武帝終日一食蔬素、宗廟以麪爲犧牲。斷死刑必爲之涕泣、天下知其慈仁。可謂有仁聞。然而宣王之時、齊國不治、武帝之末、江南大亂。其故何哉。有仁心仁聞而不行先王之道故也。
【読み】
今仁心仁聞有れども、而も民其の澤を被らず、後世に法る可からざるは、先王の道を行わざればなり。聞は去聲。○仁心は、人を愛するの心なり。仁聞は、人を愛するの聲有りて、人に聞ゆるなり。先王の道、仁政是れなり。范氏曰く、齊の宣王一牛の死を忍びず、羊を以て之に易う。仁心有りと謂う可し。梁の武帝終日一食蔬素し、宗廟麪[めん]を以て犧牲を爲る。死刑を斷ずるに必ず之が爲に涕泣し、天下其の慈仁を知る。仁聞有りと謂う可し。然れども宣王の時、齊國治まらず、武帝の末、江南大いに亂る。其の故は何ぞ。仁心仁聞有りて先王の道を行わざる故なり。

故曰、徒善不足以爲政、徒法不能以自行。徒、猶空也。有其心、無其政、是謂徒善、有其政、無其心、是謂徒法。程子嘗言、爲政須要有綱紀文章。謹權、審量、讀法、平價、皆不可闕。而又曰、必有關雎・麟趾之意、然後可以行周官之法度。正謂此也。
【読み】
故に曰く、徒善は以て政をするに足らず、徒法は以て自ら行うこと能わず、と。徒は猶空のごとし。其の心有りて、其の政無きを、是れ徒善と謂い、其の政有りて、其の心無きを、是れ徒法と謂う。程子嘗て言う、政をするには須く綱紀文章有らんことを要すべし。權を謹み、量を審らかにし、法を讀み、價を平らかにすること、皆闕く可からず、と。而して又曰く、必ず關雎[かんしょ]・麟趾[りんし]の意有り、然して後に以て周官の法度を行う可し、と。正に此を謂うなり。

詩云、不愆不忘、率由舊章。遵先王之法而過者、未之有也。詩、大雅假樂之篇。愆、過也。率、循也。章、典法也。所行不過差不遺忘者、以其循用舊典故也。
【読み】
詩に云く、愆[あやま]らず忘れざるは、舊章を率[したが]い由[もち]うなればなり、と。先王の法に遵[したご]うて過てる者、未だ之れ有らじ。詩は、大雅假樂の篇。愆は過なり。率は循うなり。章は典法なり。行う所過差あらず遺忘あらざるは、其の舊典を循い用うるを以て故なり。

聖人旣竭目力焉、繼之以規矩準繩、以爲方員平直、不可勝用也。旣竭耳力焉、繼之以六律、正五音、不可勝用也。旣竭心思焉、繼之以不忍人之政。而仁覆天下矣。勝、平聲。○準、所以爲平。繩、所以爲直。覆、被也。此言古之聖人、旣竭耳目心思之力。然猶以爲未足以徧天下、及後世。故制爲法度、以繼續之、則其用不竆、而仁之所被者廣矣。
【読み】
聖人旣に目力を竭くし、之に繼ぐに規矩準繩を以てして、以て方員平直を爲す、勝げて用う可からず。旣に耳力を竭くし、之に繼ぐに六律を以てして、五音を正す、勝げて用う可からず。旣に心思を竭くし、之に繼ぐに人に忍びざるの政を以てす。而して仁天下を覆う。勝は平聲。○準は、以て平を爲す所。繩は、以て直を爲す所。覆は被るなり。此れ言うこころは、古の聖人、旣に耳目心思の力を竭くせり。然れども猶以爲えらく、未だ以て天下に徧く、後世に及ぼすに足らず、と。故に法度を制爲して、以て之を繼續すれば、則ち其の用竆まらずして、仁の被る所の者廣し。

故曰、爲高必因丘陵。爲下必因川澤。爲政不因先王之道、可謂智乎。丘陵本高、川澤本下。爲高下者因之、則用力少而成功多矣。鄒氏曰、自章首至此、論以仁心仁聞行先王之道。
【読み】
故に曰く、高きを爲るには必ず丘陵に因る。下きを爲るには必ず川澤に因る。政をして先王の道に因らざれば、智と謂いつ可けんや、と。丘陵は本高く、川澤は本下し。高下を爲る者之に因るときは、則ち力を用うること少しきにして功を成すこと多し。鄒氏曰く、章首より此に至るまで、仁心仁聞を以て先王の道を行うことを論ず、と。

是以惟仁者宜在高位。不仁而在高位、是播其惡於衆也。仁者、有仁心仁聞而能擴而充之、以行先王之道者也。播惡於衆、謂貽患於下也。
【読み】
是を以て惟仁者のみ宜しく高位に在るべし。不仁にして高位に在るは、是れ其の惡を衆に播[ほどこ]すなり。仁者は、仁心仁聞有りて能く擴めて之を充たして、以て先王の道を行う者なり。惡を衆に播すは、患えを下に貽[のこ]すことを謂うなり。

上無道揆也。下無法守也、朝不信道、工不信度、君子犯義、小人犯刑。國之所存者幸也。朝、音潮。○此言不仁而在高位之禍也。道、義理也。揆、度也。法、制度也。道揆、謂以義理度量事物而制其宜。法守、謂以法度自守。工、官也。度、卽法也。君子小人、以位而言也。由上無道揆、故下無法守。無道揆、則朝不信道、而君子犯義、無法守、則工不信度、而小人犯刑。有此六者、其國必亡。其不亡者僥倖而已。
【読み】
上道揆無ければ、下法守無し。朝道を信ぜず、工度を信ぜず、君子義を犯し、小人刑を犯す。國の存する所の者は幸なり。朝は音潮。○此れ不仁にして高位に在るの禍を言う。道は義理なり。揆は度なり。法は制度なり。道揆は、義理を以て事物を度量して其の宜しきを制することを謂う。法守は、法度を以て自ら守ることを謂う。工は官なり。度は卽ち法なり。君子小人は、位を以て言うなり。上道揆無きに由る、故に下法守無し。道揆無きときは、則ち朝道を信ぜずして、君子義を犯し、法守無きときは、則ち工度を信ぜずして、小人刑を犯す。此の六つの者有れば、其の國必ず亡ぶ。其の亡びざる者は僥倖なるのみ。

故曰、城郭不完、兵甲不多、非國之災也。田野不辟、貨財不聚、非國之害也。上無禮、下無學、賊民興、喪無日矣。辟、與闢同。喪、去聲。○上不知禮、則無以敎民。下不知學、則易與爲亂。鄒氏曰、自是以惟仁者至此、所以責其君。
【読み】
故に曰く、城郭完[まった]からず、兵甲多からざるは、國の災に非ず。田野辟[ひら]けず、貨財聚まらざるは、國の害に非ず。上禮無く、下學無く、賊民興って、喪ぶること日無し。辟は闢と同じ。喪は去聲。○上禮を知らざるときは、則ち以て民を敎うること無し。下學を知らざるときは、則ち與に亂を爲し易し。鄒氏曰く、是以惟仁者より此に至るまでは、以て其の君を責むる所なり、と。

詩曰、天之方蹶、無然泄泄。蹶、居衛反。泄、弋制反。○詩、大雅板之篇。蹶、顛覆之意。泄泄、怠緩悦從之貌。言天欲顚覆周室。群臣無得泄泄然、不急救正之。
【読み】
詩に曰く、天の方に蹶[くつがえ]すときに、然[しか]く泄泄たること無かれ、と。蹶は居衛の反。泄は弋制の反。○詩は大雅板の篇。蹶は顚覆の意。泄泄は、怠緩悦從の貌。言うこころは、天周室を顚覆せまく欲す。群臣泄泄然として、急に之を救正せざるを得ること無かれ、と。

泄泄、猶沓沓也。沓、徒合反。○沓沓、卽泄泄之意。蓋孟子時人語如此。
【読み】
泄泄は、猶沓沓のごとし。沓は徒合の反。○沓沓は卽ち泄泄の意。蓋し孟子の時の人の語此の如し。

事君無義、進退無禮、言則非先王之道者、猶沓沓也。非、詆毀也。
【読み】
君に事えて義無く、進退禮無く、言うては則ち先王の道を非[そし]る者は、猶沓沓のごとし。非は詆毀なり。

故曰、責難於君、謂之恭。陳善閉邪、謂之敬。吾君不能、謂之賊。范氏曰、人臣以難事責於君、使其君爲堯舜之君者、尊君之大也。開陳善道、以禁閉君之邪心、惟恐其君或陷於有過之地者、敬君之至也、謂其君不能行善道、而不以告者、賊害其君之甚也。鄒氏曰、自詩云天之方蹶至此、所以責其臣。○鄒氏曰、此章言、爲治者、當有仁心仁聞以行先王之政、而君臣又當各任其責也。
【読み】
故に曰く、難を君に責む、之を恭と謂う。善を陳べ邪を閉ず、之を敬と謂う。吾君能わじとす、之を賊と謂う、と。范氏曰く、人臣難き事を以て君を責め、其の君をして堯舜の君たらしめんとする者は、君を尊ぶことの大いなり。善道を開陳して、以て君の邪心を禁閉し、惟其の君或は過有るの地に陷らんことを恐るる者は、君を敬することの至れるなり。其の君善道を行うこと能わずと謂って、以て告げざる者は、其の君を賊害することの甚だしきなり。鄒氏曰く、詩云天之方蹶より此に至るまでは、其の臣を責むる所以なり。○鄒氏曰く、此の章言うこころは、治を爲す者は、當に仁心仁聞有るを以て先王の政を行うべし。而して君臣も又當に各々其の責を任ずべし、と。


離婁章句上2
○孟子曰、規矩、方員之至也。聖人、人倫之至也。至、極也。人倫說見前篇。規矩盡所以爲方員之理、猶聖人盡所以爲人之道。
【読み】
○孟子曰く、規矩は、方員の至りなり。聖人は、人倫の至りなり。至は極まるなり。人倫の說は前篇に見ゆ。規矩の方員と爲る所以の理を盡くすは、猶聖人の人爲る所以の道を盡くすがごとし。

欲爲君盡君道、欲爲臣盡臣道。二者皆法堯舜而已矣。不以舜之所以事堯事君、不敬其君者也。不以堯之所以治民治民、賊其民者也。法堯舜以盡君臣之道、猶用規矩以盡方員之極、此孟子所以道性善、而稱堯舜也。
【読み】
君爲らまく欲して君の道を盡くし、臣爲らまく欲して臣の道を盡くす。二つの者皆堯舜に法[のっと]らまくのみ。舜の堯に事うる所以を以て君に事えざるは、其の君を敬せざる者なり。堯の民を治むる所以を以て民を治めざるは、其の民を賊[そこな]う者なり。堯舜に法りて以て君臣の道を盡くすは、猶規矩を用いて以て方員の極を盡くすがごとし。此れ孟子性善を道いて、堯舜を稱する所以なり。

孔子曰、道二、仁與不仁而已矣。法堯舜、則盡君臣之道而仁矣。不法堯舜、則慢君賊民而不仁矣。二端之外、更無他道。出乎此、則入乎彼矣。可不謹哉。
【読み】
孔子曰く、道二つ、仁と不仁とのみ、と。堯舜に法るときは、則ち君臣の道を盡くして仁なり。堯舜に法らざるときは、則ち君を慢り民を賊[そこな ]いて不仁なり。二端の外、更に他の道無し。此を出れば、則ち彼に入る。謹まざる可けんや。

暴其民甚、則身弑國亡。不甚、則身危國削。名之曰幽厲。雖孝子慈孫、百世不能改也。幽、暗。厲、虐。皆惡謚也。苟得其實、則雖有孝子慈孫、愛其祖考之甚者、亦不得廢公義而改之。言不仁之禍必至於此。可懼之甚也。
【読み】
其の民を暴[そこな]うこと甚だしきときは、則ち身弑され國亡ぶ。甚だしからざるときは、則ち身危く國削らる。之を名づけて幽厲と曰う。孝子慈孫と雖も、百世改むること能わず。幽は暗。厲は虐。皆惡き謚なり。苟し其の實を得るときは、則ち孝子慈孫、其の祖考を愛することの甚だしき者有りと雖も、亦公義を廢して之を改むることを得ず。言うこころは、不仁の禍は必ず此に至る。懼る可きの甚だしきなり、と。

詩云、殷鑒不遠、在夏后之世、此之謂也。詩、大雅蕩之篇。言商紂之所當鑒者、近在夏桀之世、而孟子引之、又欲後人以幽厲爲鑒也。
【読み】
詩に云く、殷の鑒[かがみ]遠からず、夏后の世に在りとは、此を謂うなり。詩は大雅蕩の篇。言うこころは、商紂の當に鑒とすべき所は、近く夏桀の世に在り、と。而して孟子之を引いて、又後人幽厲を以て鑒と爲さまく欲するなり。


離婁章句上3
○孟子曰、三代之得天下也、以仁。其失天下也、以不仁。三代、謂夏・商・周也。禹・湯・文・武、以仁得之、桀・紂・幽・厲、以不仁失之。
【読み】
○孟子曰く、三代の天下を得るは、仁を以てす。其の天下を失うは、不仁を以てす。三代は夏・商・周を謂うなり。禹・湯・文・武は、仁を以て之を得、桀・紂・幽・厲は、不仁を以て之を失う。

國之所以廢興存亡者亦然。國、謂諸侯之國。
【読み】
國の廢興存亡する所以の者も亦然り。國は、諸侯の國を謂う。

天子不仁、不保四海、諸侯不仁、不保社稷、卿大夫不仁、不保宗廟、士庶人不仁、不保四體。言必死亡。
【読み】
天子不仁なれば、四海を保たず、諸侯不仁なれば、社稷を保たず、卿大夫不仁なれば、宗廟を保たず、士庶人不仁なれば、四體を保たず。必ず死亡することを言う。

今惡死亡而樂不仁、是猶惡醉而強酒。惡、去聲。樂、音洛。強、上聲。○此承上章之意、而推言之也。
【読み】
今死亡を惡んで不仁を樂しむは、是れ猶醉を惡んで酒を強いるがごとし、と。惡は去聲。樂は音洛。強は上聲。○此れ上章の意を承けて、之を推して言うなり。


離婁章句上4
○孟子曰、愛人不親、反其仁。治人不治、反其智。禮人不答、反其敬。治人之治、平聲。不治之治、去聲。○我愛人而人不親我、則反求諸己。恐我之仁未至也。智・敬放此。
【読み】
○孟子曰く、人を愛して親しんぜざれば、其の仁に反る。人を治めて治まらざれば、其の智に反る。人を禮して答えざれば、其の敬に反る。治人の治は平聲。不治の治は去聲。○我人を愛して人我を親しまざれば、則ち諸を己に反り求む。我が仁未だ至らざらんことを恐るるなり。智・敬も此に放え。

行有不得者、皆反求諸己、其身正而天下歸之。不得、謂不得其所欲。如不親、不治、不答、是也。反求諸己、謂反其仁、反其智、反其敬也。如此、則其自治益詳、而身無不正矣。天下歸之、極言其效也。
【読み】
行うて得ざること有れば、皆反って諸を己に求む。其の身正しうして天下之に歸す。得ざるは、其の欲する所を得ざることを謂う。親しまず、治まらず、答えざるが如き、是れなり。諸を己に反り求むは、其の仁に反り、其の智に反り、其の敬に反るを謂うなり。此の如きときは、則ち其の自ら治まること益々詳らかにして、身正しからざること無し。天下之に歸すは、其の效を極言するなり。

詩云、永言配命。自求多福。解見前篇。○亦承上章而言。
【読み】
詩に云く、永く言[おも]うて命に配す。自ら多福を求む、と。解は前篇に見ゆ。○亦上章を承けて言う。


離婁章句上5
○孟子曰、人有恆言、皆曰、天下國家。天下之本在國、國之本在家、家之本在身。恆、胡登反。○恆、常也。雖常言之、而未必知其言之有序也。故推言之、而又以家本乎身也。此亦承上章而言之。大學所謂自天子至於庶人、壹是皆以脩身爲本、爲是故也。
【読み】
○孟子曰く、人恆の言有り、皆曰う、天下國家、と。天下の本は國に在り、國の本は家に在り、家の本は身に在り、と。恆は胡登の反。○恆は常なり。常に之を言うと雖も、而して未だ必ずしも其の言の序有ることを知らざるなり。故に之を推して言い、又家を以て身に本づけり。此も亦上章を承けて之を言う。大學謂う所の天子より庶人に至るまで、壹是に皆身を脩むるを以て本とすは、是が爲故なり。


離婁章句上6
○孟子曰、爲政不難。不得罪於巨室。巨室之所慕、一國慕之。一國之所慕、天下慕之。故沛然德敎溢乎四海。巨室、世臣大家也。得罪、謂身不正而取怨怒也。麥丘邑人祝齊桓公曰、願主君無得罪於羣臣百姓。意蓋如此。慕、向也。心悦誠服之謂也。沛然、盛大流行之貌。溢、充滿也。蓋巨室之心、難以力服、而國人素所取信。今旣悦服、則國人皆服、而吾德敎之所施、可以無遠而不至矣。此亦承上章而言。蓋君子不患人心之不服、而患吾身之不脩。吾身旣脩、則人心之難服者先服、而無一人之不服矣。○林氏曰、戰國之世、諸侯失德、巨室擅權、爲患甚矣。然或者不脩其本、而遽欲勝之、則未必能勝、而適以取禍。故孟子推本而言、惟務脩德以服其心。彼旣悦服、則吾之德敎無所留礙、可以及乎天下矣。裴度所謂韓弘輿疾討賊、承宗斂手削地、非朝廷之力能制其死命。特以處置得宜、能服其心故爾、正此類也。
【読み】
○孟子曰く、政をすること難からず。罪を巨室に得ざれ。巨室の慕う所、一國之を慕う。一國の慕う所、天下之を慕う。故に沛然として德敎四海に溢る、と。巨室は、世臣大家なり。罪を得るは、身正しからずして怨怒を取ることを謂う。麥丘の邑の人齊の桓公を祝して曰く、願わくは主君罪を羣臣百姓に得ること無かれ、と。意は蓋し此の如し。慕は向かうなり。心に悦び誠に服すの謂なり。沛然は、盛大にして流行するの貌。溢は、充滿なり。蓋し巨室の心、力を以て服し難くして、國人の素より信を取る所なり。今旣に悦服するときは、則ち國人皆服して、吾が德敎の施す所、以て遠くして至らざること無かる可し。此も亦上章を承けて言う。蓋し君子は人心の服さざることを患えずして、吾が身の脩まらざることを患う。吾が身旣に脩まるときは、則ち人心の服し難き者先ず服して、一人も服さざること無し。○林氏曰く、戰國の世は、諸侯德を失い、巨室權を擅[ほしいまま]にし、患えを爲すこと甚だし。然れども或は其の本を脩めずして、遽に之に勝たまく欲せば、則ち未だ必ずしも能く勝たずして、適に以て禍を取る。故に孟子本を推して言う、惟德を脩めて以て其の心を服さんことを務めよ。彼旣に悦服するときは、則ち吾が德敎留礙する所無く、以て天下に及ぶ可し、と。裴度謂う所の韓弘疾を輿して賊を討ち、承宗手を斂めて地を削るは、朝廷の力能く其の死命を制するに非ず。特[ただ]處置の宜しきを得、能く其の心を服するを以て故のみ。正に此の類なり、と。


離婁章句上7
○孟子曰、天下有道、小德役大德、小賢役大賢。天下無道、小役大、弱役強。斯二者天也。順天者存、逆天者亡。有道之世、人皆脩德、而位必稱其德之大小、天下無道、人不脩德、則但以力相役而已。天者、理勢之當然也。
【読み】
○孟子曰く、天下道有れば、小德大德に役し、小賢大賢に役す。天下道無ければ、小大に役し、弱強に役す。斯の二つの者は天なり。天に順う者は存す。天に逆う者は亡す、と。道有る世は、人皆德を脩めて、位は必ず其の德の大小に稱い、天下道無く、人德を脩めざるときは、則ち但力を以て相役すのみ。天は、理勢の當然なり。

齊景公曰、旣不能令、又不受命、是絶物也。涕出而女於吳。女、去聲。○引此以言小役大、弱役強之事也。令、出令以使人也。受命、聽命於人也。物、猶人也。女、以女與人也。吳、蠻夷之國也。景公羞與爲昏、而畏其強。故涕泣而以女與之。
【読み】
齊の景公曰く、旣に令すること能わず、又命を受けざるは、是れ物を絶つなり、と。涕出でて吳に女[めあ]わす。女は去聲。○此を引いて以て小は大に役し、弱は強に役す事を言うなり。令は、令を出して以て人を使うなり。命を受くは、命を人に聽くなり。物は猶人のごとし。女は、女を以て人に與うなり。吳は蠻夷の國なり。景公與に昏を爲すことを羞ずるも、其の強きを畏る。故に涕泣して女を以て之に與う。

今也小國師大國、而恥受命焉、是猶弟子而恥受命於先師也。言小國不脩德以自強、其般樂怠敖、皆若效大國之所爲者、而獨恥受其敎命、不可得也。
【読み】
今小國大國を師として、命を受くることを恥ずるは、是れ猶弟子にして命を先師に受くることを恥ずるがごとし。言うこころは、小國德を脩めて以て自ら強[つと]めず、其の般樂怠敖すること、皆大國のする所に效う者の若くして、獨り其の敎命を受くることを恥ずるは、得可からざるなり、と。

如恥之、莫若師文王。師文王、大國五年、小國七年、必爲政於天下矣。此因其愧恥之心、而勉以脩德也。文王之政、布在方策、舉而行之、所謂師文王也。五年七年、以其所乘之勢不同爲差。蓋天下雖無道、然脩德之至、則道自我行、而大國反爲吾役矣。程子曰、五年七年、聖人度其時則可矣。然凡此類、學者皆當思其作爲如何。乃有益耳。
【読み】
如し之を恥じば、文王を師とするに若くは莫し。文王を師とせば、大國は五年、小國は七年、必ず政を天下にせん。此れ其の愧じ恥ずるの心に因りて、勉むるに德を脩むることを以てす。文王の政は、布いて方策に在り、舉げて之を行えば、謂う所の文王を師とするなり。五年七年は、其の乘ずる所の勢同じからざるを以て差と爲す。蓋し天下道無しと雖も、然れども德を脩むるの至りは、則ち道自ら我より行われて、大國も反って吾が役と爲す。程子曰く、五年七年は、聖人其の時を度るときは則ち可なり。然れども凡て此の類、學者皆當に其の作爲の如何を思うべし。乃ち益有るのみ、と。

詩云、商之孫子、其麗不億。上帝旣命、侯于周服。侯服于周、天命靡常。殷士膚敏、祼將于京。孔子曰、仁不可爲衆也。夫國君好仁、天下無敵。祼、音灌。夫、音扶。好、去聲。○詩、大雅文王之篇。孟子引此詩及孔子之言、以言文王之事。麗、數也。十萬曰億。侯、維也。商士、商孫子之臣也。膚、大也。敏、達也。祼、宗廟之祭、以鬱鬯之酒灌地而降神也。將、助也。言商之孫子衆多、其數不但十萬而已。上帝旣命周以天下、則凡此商之孫子、皆臣服于周矣。所以然者、以天命不常、歸于有德故也。是以商士之膚大而敏達者、皆執祼獻之禮、助王祭事于周之京師也。孔子因讀此詩而言、有仁者則雖有十萬之衆、不能當之。故國君好仁、則必無敵於天下也。不可爲衆、猶所謂難爲兄難爲弟云爾。
【読み】
詩に云く、商の孫子、其の麗[かず]億のみならず。上帝旣に命じて、侯[こ]れ周に服す。侯れ周に服すること、天命常靡[な]ければなり。殷士膚敏なるも、祼[かん ]して京を將[たす]く、と。孔子曰く、仁には衆を爲す可からず。夫れ國君仁を好めば、天下敵無し、と。祼は音灌。夫は音扶。好は去聲。○詩は大雅文王の篇。孟子此の詩及び孔子の言を引いて、以て文王の事を言う。麗は數なり。十萬を億と曰う。侯は維れなり。商士は、商の孫子の臣なり。膚は大いなり。敏は達するなり。祼は、宗廟の祭に、鬱鬯[うっちょう]の酒を以て地に灌ぎて神を降すなり。將は助くなり。言うこころは、商の孫子衆多、其の數但十萬のみならず。上帝旣に周に命ずるに天下を以てすれば、則ち凡て此の商の孫子は、皆周に臣服す。然る所以は、天命常ならず、有德に歸す故を以てなり。是を以て商士の膚大にして敏達なる者は、皆祼獻の禮を執り、王の祭事を周の京師に助くなり、と。孔子此の詩を讀むに因りて言う、仁有る者は則ち十萬の衆有りと雖も、之に當たること能わず、と。故に國君仁を好むときは、則ち必ず天下に敵無し。衆を爲す可からずは、猶所謂兄爲り難く弟爲り難しと爾か云うがごとし。

今也欲無敵於天下、而不以仁。是猶執熱而不以濯也。詩云、誰能執熱、逝不以濯。恥受命於大國、是欲無敵於天下也。乃師大國、而不師文王、是不以仁也。詩、大雅桑柔之篇。逝、語辭也。言誰能執持熱物、而不以水自濯其手乎。○此章言不能自強、則聽天所命、脩德行仁、則天命在我。
【読み】
今天下に敵無からまく欲して、仁を以てせず。是れ猶熱きを執って濯うことを以てせざるがごとし。詩に云く、誰か能く熱きを執って、逝[ここ]に濯うことを以てせざらん、と。命を大國に受くるを恥ずるは、是れ天下に敵無からまく欲するなり。乃ち大國を師として、文王を師とせざるは、是れ仁を以てせざるなり。詩は大雅桑柔の篇。逝は語辭なり。言うこころは、誰か能く熱き物を執り持つに、水を以て自ら其の手を濯わざらんや、と。○此の章言うこころは、自ら強むること能わざるときは、則ち天の命ずる所を聽き、德を脩め仁を行うときは、則ち天命我に在り、と。


離婁章句上8
○孟子曰、不仁者、可與言哉。安其危而利其菑、樂其所以亡者。不仁而可與言、則何亡國敗家之有。菑、與災同。樂、音洛。○安其危利其菑者、不知其爲危菑、而反以爲安利也。所以亡者、謂荒淫暴虐、所以致亡之道也。不仁之人、私欲固蔽、失其本心。故其顚倒錯亂至於如此。所以不可告以忠言、而卒至於敗亡也。
【読み】
○孟子曰く、不仁者は、與に言う可けんや。其の危きを安んじて其の菑[わざわい]を利とし、其の亡ぶる所以の者を樂しむ。不仁にして與に言う可くば、則ち何ぞ國を亡ぼし家を敗[やぶ]ること有らん。菑は災いと同じ。樂は音洛。○其の危きを安んじ其の菑を利とすは、其の危菑と爲ることを知らずして、反って以て安利と爲す。亡ぶる所以の者は、荒淫暴虐の、亡を致す所以の道なるを謂うなり。不仁の人は、私欲固く蔽い、其の本心を失う。故に其の顚倒錯亂此の如きに至る。告ぐるに忠言を以てす可からずして、卒に敗亡に至る所以なり。

有孺子、歌曰、滄浪之水淸兮、可以濯我纓、滄浪之水濁兮、可以濯我足。浪、音郎。○滄浪、水名。纓、冠系也。
【読み】
孺子有り、歌って曰く、滄浪の水淸[す]めらば、以て我が纓を濯う可し、滄浪の水濁らば、以て我が足を濯う可し、と。浪は音郎。○滄浪は水の名。纓は冠の系なり。

孔子曰、小子聽之。淸斯濯纓、濁斯濯足矣。自取之也。言水之淸濁、有以自取之也。聖人聲入心通、無非至理。此類可見。
【読み】
孔子曰く、小子之を聽け。淸めれば斯[すなわ]ち纓を濯い、濁れば斯ち足を濯う。自ら之を取れり、と。言うこころは、水の淸濁、以て自ら之を取ること有り、と。聖人聲入りて心通じ、至理に非ざること無し。此の類見る可し。

夫人必自侮、然後人侮之。家必自毀、而後人毀之。國必自伐、而後人伐之。夫、音扶。○所謂自取之者。
【読み】
夫れ人必ず自ら侮って、然して後に人之を侮る。家必ず自ら毀[やぶ]って、而して後に人之を毀る。國必ず自ら伐って、而して後に人之を伐つ。夫は音扶。○謂う所の自ら之を取る者なり。

太甲曰、天作孼、猶可違。自作孼、不可活、此之謂也。解見前篇。○此章言、心存、則有以審夫得失之幾、不存、則無以辨於存亡之著。禍福之來、皆其自取。
【読み】
太甲に曰く、天の作[な]せる孼[わざわい]は、猶違[さ]く可し。自ら作せる孼は、活[い]く可からずとは、此を謂うなり、と。解は前篇に見ゆ。○此の章言うこころは、心存するときは則ち以て夫の得失の幾を審らかにすること有り、存せざるときは、則ち以て存亡の著なるを辨くこと無し。禍福の來ること、皆其れ自ら取るなり、と。


離婁章句上9
○孟子曰、桀紂之失天下也、失其民也。失其民者、失其心也。得天下有道。得其民、斯得天下矣。得其民有道。得其心、斯得民矣。得其心有道。所欲與之聚之、所惡勿施爾也。惡、去聲。○民之所欲、皆爲致之、如聚斂然。民之所惡、則勿施於民。鼂錯所謂人情莫不欲壽。三王生之而不傷。人情莫不欲富。三王厚之而不困。人情莫不欲安。三王扶之而不危。人情莫不欲逸。三王節其力而不盡、此類之謂也。
【読み】
○孟子曰く、桀紂が天下を失うは、其の民を失えばなり。其の民を失うは、其の心を失えばなり。天下を得るに道有り。其の民を得れば、斯[すなわ]ち天下を得。其の民を得るに道有り。其の心を得れば、斯ち民を得。其の心を得るに道有り。欲する所をば之が與[ため]に之を聚め、惡みんずる所をば施すこと勿からまくのみ。惡は去聲。○民の欲する所、皆爲に之を致すは、聚斂の如く然り。民の惡む所は、則ち民に施すこと勿かれ。鼂錯[ちょうそ]謂う所の、人の情として壽を欲せざること莫し。三王之を生かして傷わず。人の情として富を欲せざること莫し。三王之を厚うして困しめず。人の情として安きを欲せざること莫し。三王之を扶けて危くせず。人の情として逸を欲せざること莫し。三王其の力を節して盡くさせずとは、此の類を謂うなり。

民之歸仁也、猶水之就下、獸之走壙也。走、音奏。○壙、廣野也。言民之所以歸乎此、以其所欲之在乎此也。
【読み】
民の仁に歸すること、猶水の下に就き、獸の壙[のら]に走[おもむ]くがごとし。走は音奏。○壙は廣き野なり。言うこころは、民の此に歸す所以は、其の欲する所の此に在るを以てなり、と。

故爲淵敺魚者、獺也。爲叢敺爵者、鸇也。爲湯武敺民者、桀與紂也。爲、去聲。敺、與驅同。獺、音闥。爵、與雀同。鸇、諸延反。○淵、深水也。獺、食魚者也。叢、茂林也。鸇、食雀者也。言民之所以去此、以其所欲在彼而所畏在此也。
【読み】
故に淵の爲に魚を敺[か]る者は、獺[かわうそ]なり。叢の爲に爵[すずめ]を敺る者は、鸇[はやぶさ]なり。湯武の爲に民を敺る者は、桀と紂となり。爲は去聲。敺は驅ると同じ。獺は音闥。爵は雀と同じ。鸇は諸延の反。○淵は深き水なり。獺は魚を食う者なり。叢は茂れる林なり。鸇は雀を食う者なり。言うこころは、民の此を去る所以は、其の欲する所彼に在りて、畏るる所此に在るを以てなり、と。

今天下之君、有好仁者、則諸侯皆爲之敺矣。雖欲無王、不可得已。好・爲・王、並去聲。
【読み】
今天下の君、仁を好む者有るときは、則ち諸侯皆之が爲に敺らん。王たること無からまく欲すと雖も、得可からざらくのみ。好・爲・王は並去聲。

今之欲王者、猶七年之病求三年之艾也。苟爲不畜、終身不得。苟不志於仁、終身憂辱、以陷於死亡。王、去聲。○艾、草名。所以灸者。乾久益善。夫病已深、而欲求乾久之艾、固難卒辦。然自今畜之、則猶或可及。不然、則病日益深、死日益迫、而艾終不可得矣。
【読み】
今の王たらまく欲する者は、猶七年の病に三年の艾[よもぎ]を求むるがごとし。苟し畜えざることをせば、身を終うるまで得じ。苟し仁に志さざれば、身を終うるまで憂え辱められて、以て死亡に陷らん。王は去聲。○艾は草の名。以て灸をする所の者。乾くこと久しくして益々善し。夫れ病已に深くして、乾くこと久しき艾を求めまく欲するは、固より卒[にわか]に辦じ難し。然れども今より之を畜えば、則ち猶或は及ぶ可し。然らずば、則ち病日々に益々深く、死日々に益々迫り、艾終に得可からず。

詩云、其何能淑、載胥及溺、此之謂也。詩、大雅桑柔之篇。淑、善也。載、則也。胥、相也。言今之所爲、其何能善。則相引以陷於亂亡而已。
【読み】
詩に云く、其れ何ぞ能く淑[よ]けん、載[すなわ]ち胥[あい]及[とも]に溺れんとは、此を謂えり、と。詩は大雅桑柔の篇。淑は善いなり。載は則ちなり。胥は相なり。言うこころは、今のする所、其れ何ぞ能く善からん。則ち相引きいて以て亂亡に陷るのみ、と。


離婁章句上10
○孟子曰、自暴者、不可與有言也。自棄者、不可與有爲也。言非禮義、謂之自暴也。吾身不能居仁由義、謂之自棄也。暴、猶害也。非、猶毀也。自害其身者、不知禮義之爲美而非毀之。雖與之言、必不見信也。自棄其身者、猶知仁義之爲美、但溺於怠惰、自謂必不能行。與之有爲、必不能勉也。程子曰、人苟以善自治、則無不可移者。雖昏愚之至、皆可漸磨而進也。惟自暴者拒之以不信、自棄者絶之以不爲。雖聖人與居、不能化而入也。此所謂下愚之不移也。
【読み】
○孟子曰く、自ら暴[そこな]う者は、與に言うこと有る可からず。自ら棄つる者は、與にすること有る可からず。言禮義を非る、之を自ら暴うと謂う。吾が身仁に居り義に由ること能わじとす、之を自ら棄つと謂う。暴は、猶害うのごとし。非は、猶毀るのごとし。自ら其の身を害う者は、禮義の美爲るを知らずして之を非毀す。之と與に言うと雖も、必ず信じられず。自ら其の身を棄つる者は、猶仁義の美爲るを知りて、但怠惰に溺れ、自ら必ず行うこと能わずと謂う。之と與にすること有れば、必ず勉むること能わず。程子曰く、人苟し善を以て自ら治めるときは、則ち移す可からざる者無し。昏愚の至りと雖も、皆漸磨して進む可し。惟自ら暴う者は之を拒みて以て信ぜず、自ら棄つる者は之を絶ちて以てせず。聖人與に居ると雖も、化して入ること能わず。此れ所謂下愚の移らざるなり、と。

仁、人之安宅也。義、人之正路也。仁宅已見前篇。義者、宜也。乃天理之當行、無人欲之邪曲。故曰正路。
【読み】
仁は、人の安宅なり。義は、人の正路なり。仁宅は已に前篇に見ゆ。義は宜なり。乃ち天理の當に行われるべくして、人欲の邪曲無し。故に正路と曰う。

曠安宅而弗居、舍正路而不由、哀哉。舍、上聲。○曠、空也。由、行也。○此章言道本固有、而人自絶之。是可哀也。此聖賢之深戒、學者所當猛省也。
【読み】
安宅を曠[むな]しうして居らず、正路を舍てて由らず、哀しいかな、と。舍は上聲。○曠は空しいなり。由は行くなり。○此の章言うこころは、道は本固有にして、人自ら之を絶つ。是れ哀しむ可し。此れ聖賢の深く戒め、學者當に猛省すべき所なり。


離婁章句上11
○孟子曰、道在爾、而求諸遠。事在易、而求諸難。人人親其親、長其長、而天下平。爾・邇、古字通用。易、去聲。長、上聲。○親長在人爲甚邇。親之長之、在人爲甚易。而道初不外是也。舍此而他求、則遠且難、而反失之。但人人各親其親、各長其長、則天下自平矣。
【読み】
○孟子曰く、道爾[ちか]きに在れども、而も諸を遠きに求む。事易きに在れども、而も諸を難きに求む。人人其の親を親とし、其の長を長として、天下平かなり、と。爾・邇は古字通用す。易は去聲。長は上聲。○親長は人に在りて甚だ邇きとす。之を親とし之を長とするは、人に在りて甚だ易しとす。而も道初めより是に外れず。此を舍てて他に求むれば、則ち遠く且つ難くして、反って之を失う。但人人各々其の親を親とし、各々其の長を長とすれば、則ち天下自ら平かなり。


離婁章句上12
○孟子曰、居下位而不獲於上、民不可得而治也。獲於上有道。不信於友、弗獲於上矣。信於友有道。事親弗悦、弗信於友矣。悦親有道。反身不誠、不悦於親矣。誠身有道。不明乎善、不誠其身矣。獲於上、得其上之信任也。誠、實也。反身不誠、反求諸身、而其所以爲善之心、有不實也。不明乎善、不能卽事以竆理、無以眞知善之所在也。游氏曰、欲誠其意、先致其知。不明乎善、不誠乎身矣。學至於誠身、則安往而不致其極哉。以内則順乎親、以外則信乎友、以上則可以得君、以下則可以得民矣。
【読み】
○孟子曰く、下位に居て上に獲ざれば、民得て治む可からず。上に獲るに道有り。友に信ぜられざれば、上に獲ず。友に信ぜらるるに道有り。親に事えて悦ばれざれば、友に信ぜられず。親に悦ばるるに道有り。身に反って誠あらざれば、親に悦ばれず。身を誠にするに道有り。善に明らかならざれば、其の身に誠あらず。上に獲るは、其の上の信任を得るなり。誠は實なり。身に反って誠ならずは、諸を身に反り求めて、其の以て善を爲す所の心に、實あらざること有るなり。善に明らかならずは、事に卽いて以て理を竆むること能わず、以て眞に善の在る所を知ること無きなり。游氏曰く、其の意を誠にせまく欲すれば、先ず其の知を致す。善に明らかならざれば、身に誠あらず。學びて身を誠にするに至るときは、則ち安くに往くとして其の極を致さざらん。内には以て則ち親に順、外には以て則ち友に信、上には以て則ち以て君を得可く、下には以て則ち以て民を得可し、と。

是故誠者、天之道也。思誠者、人之道也。誠者、理之在我者、皆實而無僞、天道之本然也。思誠者、欲此理之在我者皆實而無僞。人道之當然也。
【読み】
是の故に誠は、天の道なり。誠を思うは、人の道なり。誠は、理の我に在る者にて、皆實にして僞り無し。天道の本然なり。誠を思うは、此の理の我に在る者、皆實にして僞り無からまく欲するなり。人道の當然なり。

至誠而不動者、未之有也。不誠、未有能動者也。至、極也。楊氏曰、動便是驗處。若獲乎上、信乎友、悦於親之類是也。○此章述中庸孔子之言、見思誠爲脩身之本、而明善又爲思誠之本。乃子思所聞於曾子、而孟子所受乎子思者。亦與大學相表裏。學者宜潛心焉。
【読み】
至誠にして動かざる者、未だ之れ有らず。誠あらざれば、未だ能く動かす者有らず。至は極なり。楊氏曰く、動かすは便ち是れ驗ある處。上に獲る、友に信ぜらる、親に悦ばるるの類の若き、是れなり、と。○此の章中庸孔子の言を述べて、誠を思うは身を脩むるの本と爲し、善を明らかにするも又誠を思うの本と爲すことを見る。乃ち子思の曾子に聞ける所にして、孟子の子思より受く所なり。亦大學と相表裏す。學者宜しく心を潛むべし。


離婁章句上13
○孟子曰、伯夷辟紂、居北海之濱、聞文王作、興曰、盍歸乎來。吾聞西伯善養老者。太公辟紂、居東海之濱、聞文王作、興曰、盍歸乎來。吾聞西伯善養老者。辟、去聲。○作・興、皆起也。盍、何不也。西伯、卽文王也。紂命爲西方諸侯之長、得專征伐。故稱西伯。太公、姜姓、呂氏、名尙。文王發政、必先鰥寡孤獨、庶人之老、皆無凍餒。故伯夷・太公來就其養。非求仕也。
【読み】
○孟子曰く、伯夷紂を辟けて、北海の濱[ほとり]に居り、文王の作[おこ]るを聞いて、興って曰く、盍ぞ歸せざらんや。吾聞く、西伯は善く老を養う者なり、と。太公紂を辟けて、東海の濱に居り、文王の作るを聞いて、興って曰く、盍ぞ歸せざらんや。吾聞く、西伯は善く老を養う者なり、と。辟は去聲。○作・興は皆起こるなり。盍は、何不なり。西伯は卽ち文王なり。紂命じて西方諸侯の長とし、征伐を專らにすることを得。故に西伯と稱す。太公は姜姓、呂氏、名は尙。文王政を發すときは、必ず鰥寡[かんか]孤獨を先にし、庶人の老も、皆凍餒すること無し。故に伯夷・太公來りて其の養いに就く。仕えを求むるに非ざるなり。

二老者、天下之大老也、而歸之、是天下之父歸之也。天下之父歸之、其子焉往。焉、於虔反。○二老、伯夷・太公也。大老、言非常人之老者。天下之父、言齒德皆尊、如衆父然。旣得其心、則天下之心不能外矣。蕭何所謂養民致賢、以圖天下者、暗與此合。但其意則有公私之辨。學者又不可以不察也。
【読み】
二老は、天下の大老なり。而も之に歸す。是れ天下の父之に歸す。天下の父之に歸す、其の子焉[いずく]にか往かん。焉は於虔の反。○二老は伯夷・太公なり。大老は、常人の老者に非ざることを言う。天下の父は、齒德皆尊くして、衆父の如く然ることを言う。旣に其の心を得るときは、則ち天下の心外にすること能わず。蕭何謂う所の民を養い賢を致し、以て天下を圖るとは、暗に此と合す。但其の意は則ち公私の辨かち有り。學者又以て察せずんばある可からず。

諸侯有行文王之政者、七年之内、必爲政於天下矣。七年、以小國而言也。大國五年、在其中矣。
【読み】
諸侯文王の政を行う者有らば、七年が内、必ず政を天下にせん、と。七年は、小國を以て言えり。大國の五年も、其の中に在り。


離婁章句上14
○孟子曰、求也爲季氏宰、無能改於其德、而賦粟倍他日。孔子曰、求非我徒也、小子鳴鼓而攻之可也。求、孔子弟子冉求。季氏、魯卿。宰、家臣。賦、猶取也。取民之粟倍於他日也。小子、弟子也。鳴鼓而攻之、聲其罪而責之也。
【読み】
○孟子曰く、求季氏が宰と爲り、能く其の德を改むること無くして、粟を賦[と]ること他日よりも倍せり。孔子曰く、求は我が徒に非ず、小子鼓を鳴らして之を攻めんこと可なり、と。求は孔子の弟子冉求。季氏は魯の卿。宰は家臣。賦は猶取るのごとし。民の粟を取ること他日よりも倍せり。小子は弟子なり。鼓を鳴して之を攻むは、其の罪を聲[な]らして之を責むるなり。

由此觀之、君不行仁政、而富之、皆棄於孔子者也。況於爲之強戰。爭地以戰、殺人盈野、爭城以戰、殺人盈城。此所謂率土地而食人肉。罪不容於死。爲、去聲。○林氏曰、富其君者、奪民之財耳。而夫子猶惡之。況爲土地之故而殺人、使其肝腦塗地、則是率土地而食人之肉。其罪之大、雖至於死、猶不足以容之也。
【読み】
此に由って之を觀れば、君仁政を行わず、而るを之を富ますは、皆孔子に棄てらるる者なり。況や之が爲に強戰するに於てや。地を爭いて以て戰い、人を殺して野に盈て、城を爭いて以て戰い、人を殺して城に盈つ。此れ所謂土地を率いて人肉を食ましむ。罪死にも容れられず。爲は去聲。○林氏曰く、其の君を富ますは、民の財を奪うのみ。而して夫子猶之を惡む。況や土地の爲の故に人を殺して、其の肝腦を地に塗らしむは、則ち是れ土地を率いて人の肉を食ましむなり。其の罪の大いなること、死に至ると雖も、猶以て之を容るるに足らざるなり、と。

故善戰者服上刑。連諸侯者次之。辟草萊、任土地者次之。辟、與闢同。○善戰、如孫臏・吳起之徒。連結諸侯、如蘇秦・張儀之類。辟、開墾也。任土地、謂分土授民、使任耕稼之責、如李悝盡地力、商鞅開阡陌之類也。
【読み】
故に善く戰う者は上刑を服す。諸侯を連ぬる者は之に次ぐ。草萊を辟[ひら]き、土地を任する者は之に次ぐ、と。辟は闢と同じ。○善く戰うは、孫臏・吳起が徒の如し。諸侯を連ね結ぶは、蘇秦・張儀が類の如し。辟は開墾なり。土地を任するは、土を分けて民に授け、耕稼の責を任せしむることを謂う。李悝が地力を盡くし、商鞅が阡陌を開くの類の如し。


離婁章句上15
○孟子曰、存乎人者、莫良於眸子。眸子不能掩其惡。胸中正、則眸子瞭焉。胸中不正、則眸子眊焉。眸、音牟。瞭、音了。眊、音耄。○良、善也。眸子、目瞳子也。瞭、明也。眊者、蒙蒙、目不明之貌。蓋人與物接之時、其神在目。故胸中正則神精而明、不正則神散而昏。
【読み】
○孟子曰く、人に存するは、眸子[ぼうし]より良きは莫し。眸子は其の惡を掩うこと能わず。胸中正しきときは、則ち眸子瞭焉たり。胸中正しからざるときは、則ち眸子眊焉[ぼうえん]たり。眸は音牟。瞭は音了。眊は音耄。○良は善しなり。眸子は目の瞳子なり。瞭は明らかなり。眊は、蒙蒙として、目の明らかならざるの貌。蓋し人物と接わる時、其の神は目に在り。故に胸中正しきときは則ち神精にして明らかに、正しからざるときは則ち神散[あら]けて昏し。

聽其言也、觀其眸子、人焉廋哉。焉、於虔反。廋、音搜。○廋、匿也。言亦心之所發。故幷此以觀、則人之邪正不可匿矣。然言猶可以僞爲。眸子則有不容僞者。
【読み】
其の言を聽き、其の眸子を觀ば、人焉んぞ廋[かく]さんや、と。焉は於虔の反。廋は音搜。○廋は匿すなり。言も亦心の發する所。故に此を幷せて以て觀るときは、則ち人の邪正匿す可からず。然れども言は猶僞りを以てす可し。眸子は則ち僞りを容れざる者有り。


離婁章句上16
○孟子曰、恭者不侮人、儉者不奪人。侮奪人之君、惟恐不順焉、惡得爲恭儉。恭儉豈可以聲音笑貌爲哉。惡、平聲。○惟恐不順、言恐人之不順己。聲音笑貌、僞爲於外也。
【読み】
○孟子曰く、恭者は人を侮らず、儉者は人を奪わず。人を侮り奪う君は、惟順わざらんことを恐る。惡んぞ恭儉爲ることを得ん。恭儉豈聲音笑貌を以てす可けんや、と。惡は平聲。○惟順わざらんことを恐るは、人の己に順わざらんことを恐るることを言う。聲音笑貌は、僞りて外を爲るなり。


離婁章句上17
○淳于髠曰、男女授受不親、禮與。孟子曰、禮也。曰、嫂溺則援之以手乎。曰、嫂溺不援、是豺狼也。男女授受不親、禮也。嫂溺援之以手者、權也。與、平聲。援、音爰。○淳于、姓、髠、名。齊之辯士。授、與也。受、取也。古禮、男女不親授受、以遠別也。援、救之也。權、稱錘也。稱物輕重、而往來以取中者也。權而得中、是乃禮也。
【読み】
○淳于髠[じゅんうこん]曰く、男女授受親[みずか]らせざるは、禮か、と。孟子曰く、禮なり、と。曰く、嫂溺るるときは則ち之を援[すく]うに手を以てせんか、と。曰く、嫂溺るるときに援わざるは、是れ豺狼なり。男女授受親[みずか]らせざるは、禮なり。嫂溺るるとき之を援うに手を以てするは、權なり、と。與は平聲。援は音爰。○淳于は姓、髠は名。齊の辯士なり。授は與うなり。受は取るなり。古の禮、男女親ら授受せざるは、以て遠く別つなり。援は之を救うなり。權は稱の錘なり。物の輕重を稱るに、往來して以て中を取る者なり。權って中を得、是れ乃ち禮なり。

曰、今天下溺矣。夫子之不援、何也。言今天下大亂、民遭陷溺。亦當從權以援之、不可守先王之正道也。
【読み】
曰く、今天下溺れり。夫子の援わざること、何ぞ、と。言うこころは、今天下大いに亂れて、民陷溺に遭う。亦當に權に從いて以て之を援うべく、先王の正道を守る可からず、と。

曰、天下溺、援之以道、嫂溺、援之以手。子欲手援天下乎。言天下溺、惟道可以救之。非若嫂溺可手援也。今子欲援天下、乃欲使我枉道求合、則先失其所以援之之具矣。是欲使我以手援天下乎。○此章言直己守道、所以濟時、枉道狥人、徒爲失己。
【読み】
曰く、天下溺るるときは、之を援うに道を以てす。嫂溺るるときは、之を援うに手を以てす。子手をもって天下を援わまく欲するか、と。言うこころは、天下溺るるときは、惟道のみ以て之を救う可し。嫂溺るるときに手をもって援う可きが若きに非ざるなり。今子天下を援わまく欲して、乃ち我をして道を枉げて合わんことを求めしめまく欲するは、則ち先ず其の之を援う所以の具を失わしむ。是れ我をして手を以て天下を援わしめまく欲すか、と。○此の章言うこころは、己を直くして道を守るは、時を濟[すく]う所以にて、道を枉げ人に狥[したが]うは、徒[ただ]に己を失うと爲す、と。


離婁章句上18
○公孫丑曰、君子之不敎子、何也。不親敎也。
【読み】
○公孫丑曰く、君子の子を敎えざること、何ぞ、と。親[みずか]ら敎えざるなり。

孟子曰、勢不行也。敎者必以正。以正不行、繼之以怒。繼之以怒、則反夷矣。夫子敎我以正。夫子未出於正也。則是父子相夷也。父子相夷、則惡矣。夷、傷也。敎子者、本爲愛其子也。繼之以怒、則反傷其子矣。父旣傷其子、子之心又責其父曰、夫子敎我以正道、而夫子之身未必自行正道。則是子又傷其父也。
【読み】
孟子曰く、勢行われざればなり。敎うる者は必ず正しきを以てす。正しきを以てして行われざれば、之に繼ぐに怒を以てす。之に繼ぐに怒を以てするときは、則ち反って夷[そこな ]う。夫子我に敎うるに正しきを以てす。夫子未だ正しきに出でず、と。則ち是れ父子相夷うなり。父子相夷うときは、則ち惡し。夷は傷うなり。子を敎うるは、本より其の子を愛するが爲なり。之に繼ぐに怒を以てするときは、則ち反って其の子を傷うなり。父旣に其の子を傷えば、子の心も又其の父を責めて曰う、夫子我に敎うるに正道を以てすれども、夫子の身未だ必ずしも自ら正道を行わず、と。則ち是れ子も又其の父を傷うなり。

古者易子而敎之。易子而敎、所以全父子之恩、而亦不失其爲敎。
【読み】
古は子を易えて之を敎う。子を易えて敎うは、父子の恩を全うする所以にして、亦其の敎を爲すことも失わず。

父子之閒不責善。責善則離。離則不祥莫大焉。責善、朋友之道也。○王氏曰、父有爭子、何也。所謂爭者、非責善也。當不義則爭之而已矣。父之於子也如何。曰、當不義、則亦戒之而已矣。
【読み】
父子の閒は善を責めず。善を責むるときは則ち離る。離るるときは則ち不祥焉より大いなるは莫し、と。善を責むるは、朋友の道なり。○王氏曰く、父爭子有るは、何ぞ。所謂爭[いさ]むは、善を責むるに非ず。不義に當りては則ち之を爭むるのみ。父の子に於ること如何。曰く、不義に當たりては、則ち亦之を戒むるのみ、と。


離婁章句上19
○孟子曰、事孰爲大。事親爲大。守孰爲大。守身爲大。不失其身、而能事其親者、吾聞之矣。失其身、而能事其親者、吾未之聞也。守身、持守其身、使不陷於不義也。一失其身、則虧體辱親。雖日用三牲之養、亦不足以爲孝矣。
【読み】
○孟子曰く、事うること孰れをか大いなりとす。親に事るを大いなりとす。守ること孰れをか大いなりとす。身を守るを大いなりとす。其の身を失わずして、能く其の親に事る者をば、吾之を聞けり。其の身を失って、能く其の親に事る者をば、吾未だ之を聞かず、と。身を守るは、其の身を持守して、不義に陷らざらしむなり。一たび其の身を失うときは、則ち體を虧[か]き親を辱む。日々に三牲の養いを用うと雖も、亦以て孝とするに足らず。

孰不爲事。事親、事之本也。孰不爲守。守身、守之本也。事親孝、則忠可移於君、順可移於長。身正、則家齊、國治、而天下平。
【読み】
孰れを事るとせざらん。親に事るは、事うるが本なり。孰れを守るとせざらん。身を守るは、守るが本なり。親に事えて孝なるときは、則ち忠君に移す可く、順長に移す可し。身正しきときは、則ち家齊い、國治まりて、天下平かなり。

曾子養曾皙、必有酒肉。將徹、必請所與。問有餘、必曰有。曾皙死。曾元養曾子、必有酒肉。將徹、不請所與。問有餘、曰亡矣。將以復進也。此所謂養口體者也。若曾子、則可謂養志也。養、去聲。復、扶又反。○此承上文事親言之。曾皙、名點。曾子父也。曾元、曾子子也。曾子養其父、每食必有酒肉。食畢將徹去、必請於父曰、此餘者與誰。或父問此物尙有餘否、必曰有。恐親意更欲與人也。曾元不請所與、雖有言無。其意將以復進於親、不欲其與人也。此但能養父母之口體而已。曾子則能承順父母之志、而不忍傷之也。
【読み】
曾子曾皙を養うに、必ず酒肉有り。將に徹せんとするときに、必ず與えん所を請う。餘り有りやと問うときは、必ず有りと曰う。曾皙死ぬ。曾元曾子を養うに、必ず酒肉有り。將に徹せんとするときに、與えん所を請わず。餘り有りやと問うときは、亡しと曰う。將に以て復進めんとすればなり。此れ所謂口體を養う者なり。曾子の若きんば、則ち志を養うと謂いつ可し。養は去聲。復は扶又の反。○此れ上文の親に事ることを承けて之を言う。曾皙は名は點。曾子の父なり。曾元は曾子の子なり。曾子其の父を養うに、食する每に必ず酒肉有り。食畢わり將に徹去せんとするときに、必ず父に請うて曰く、此の餘りは誰に與えん、と。或は父此の物尙餘り有りや否やと問うときは、必ず有りと曰う。恐らくは親の意更に人に與えまく欲すればなり。曾元與うる所を請わず、有りと雖も無しと言う。其の意將に以て復親に進めんとして、其れを人に與えまく欲せざればなり。此は但能く父母の口體を養うのみ。曾子は則ち能く父母の志に承け順いて、之を傷うに忍びざるなり。

事親若曾子者、可也。言當如曾子之養志、不可如曾元但養口體。程子曰、子之身所能爲者、皆所當爲、無過分之事也。故事親若曾子、可謂至矣。而孟子止曰可也。豈以曾子之孝爲有餘哉。
【読み】
親に事ること曾子の若き者、可なり、と。言うこころは、當に曾子の志を養うが如くすべく、曾元の但口體を養うが如くす可からず、と。程子曰く、子の身の能くする所の者は、皆當にすべき所にして、分に過ぐ事無し。故に親に事ること曾子の若きは、至れりと謂いつ可し。而るに孟子止[ただ]可也と曰う。豈曾子の孝を以て餘り有りとせんや、と。


離婁章句上20
○孟子曰、人不足與適也、政不足閒也。惟大人爲能格君心之非。君仁莫不仁。君義莫不義。君正莫不正。一正君而國定矣。適、音謫。閒、去聲。○趙氏曰、適、過也。閒、非也。格、正也。徐氏曰、格者、物之所取正也。書曰、格其非心。愚謂閒字上亦當有與字。言人君用人之非、不足過讁、行政之失、不足非閒。惟有大人之德、則能格其君心之不正、以歸於正、而國無不治矣。大人者、大德之人、正己而物正者也。○程子曰、天下之治亂、繫乎人君之仁與不仁耳。心之非、卽害於政。不待乎發之於外也。昔者孟子三見齊王而不言事。門人疑之。孟子曰、我先攻其邪心、心旣正、而後天下之事可從而理也。夫政事之失、用人之非、知者能更之、直者能諫之。然非心存焉、則事事而更之、後復有其事、將不勝其更矣、人人而去之、後復用其人、將不勝其去矣。是以輔相之職、必在乎格君心之非、然後無所不正。而欲格君心之非者、非有大人之德、則亦莫之能也。
【読み】
○孟子曰く、人も與に適[とが]むるに足らず、政も閒[そし]るに足らず。惟大人のみ能く君心の非を格[ただ]すことをす。君仁あれば仁ならずということ莫し。君義あれば義あらずということ莫し。君正しければ正しからずということ莫し。一たび君を正しうして國定まる、と。適は音謫。閒は去聲。○趙氏曰く、適は過[とが]むるなり。閒は非[そし]るなり。格は正すなり、と。徐氏曰く、格は、物の正しきを取る所なり。書に曰く、其の非心を格す、と。愚謂えらく、閒の字の上に亦當に與の字有るべし。言うこころは、人君の人を用うるの非は、過讁するに足らず、政を行うの失は、非閒するに足らず。惟大人の德有るときのみ、則ち能く其の君心の正しからざるを格し、以て正しきに歸せしめて、國治まらざること無し、と。大人は、大德の人にて、己を正しうして物も正しくなる者なり。○程子曰く、天下の治亂は、人君の仁と不仁とに繫れるのみ。心の非は、卽政に害あり。之を外に發するを待たず。昔者[むかし]孟子三たび齊王に見えて事を言わず。門人之を疑えり。孟子曰く、我先ず其の邪心を攻む。心旣に正しうして、後に天下の事從いて理む可し、と。夫れ政事の失と、人を用うるの非は、知者能く之を更め、直者能く之を諫む。然れども非心存すれば、則ち事事にして之を更むとも、後に復其の事有れば、將に其れを更むるに勝えざらんとす。人人にして之を去[す]つとも、後に復其の人を用うれば、將に其れを去つるに勝えざらんとす。是を以て輔相の職は、必ず君心の非を格すに在り、然して後に正しからざる所無し。而れども君心の非を格さまく欲するは、大人の德有るに非ざれば、則ち亦之を能くすること莫し。


離婁章句上21
○孟子曰、有不虞之譽、有求全之毀。虞、度也。呂氏曰、行不足以致譽、而偶得譽、是謂不虞之譽。求免於毀、而反致毀、是謂求全之毀。言毀譽之言、未必皆實。脩己者、不可以是遽爲憂喜。觀人者、不可以是輕爲進退。
【読み】
○孟子曰く、虞[はか]らざるの譽[ほまれ]有り、全きを求むるの毀[そし]り有り、と。虞は度るなり。呂氏曰く、行い以て譽を致すに足らずして、偶々譽を得る、是を虞らざるの譽と謂う。毀りを免れんことを求めて、反って毀りを致す、是を全きを求むるの毀りと謂う。言うこころは、毀譽の言は、未だ必ずしも皆實ならず。己を脩むる者、是を以て遽に憂喜を爲す可からず。人を觀る者、是を以て輕々しく進退を爲す可からず、と。


離婁章句上22
○孟子曰、人之易其言也、無責耳矣。易、去聲。○人之所以輕易其言者、以其未遭失言之責故耳。蓋常人之情、無所懲於前、則無所警於後。非以爲君子之學、必俟有責、而後不敢易其言也。然此豈亦有爲而言之與。
【読み】
○孟子曰く、人の其の言を易くするは、責めらるること無きのみ、と。易は去聲。○人の其の言を輕易する所以は、其の未だ失言の責めに遭わざるを以て故のみ。蓋し常人の情、前に懲る所無ければ、則ち後に警むる所無し。以て君子の學は、必ず責めらるること有るを俟ちて、後に敢えて其の言を易くせずとするに非ざるなり。然れども此れ豈亦爲にすること有りて之を言えるにや。


離婁章句上23
○孟子曰、人之患、在好爲人師。好、去聲。○王勉曰、學問有餘、人資於己、不得已而應之可也。若好爲人師、則自足而不復有進矣。此人之大患也。
【読み】
○孟子曰く、人の患えは、好んで人の師と爲るに在り、と。好は去聲。○王勉曰く、學問餘り有り、人己に資[と]ることあらば、已むことを得ずして之に應ずること可なり。若し好んで人の師と爲るときは、則ち自ら足りて復進むこと有らず。此れ人の大いなる患えなり、と。


離婁章句上24
○樂正子從於子敖之齊。子敖、王驩字。
【読み】
○樂正子子敖に從って齊に之く。子敖は王驩の字。

樂正子見孟子。孟子曰、子亦來見我乎。曰、先生何爲出此言也。曰、子來幾日矣。曰、昔者。曰、昔昔、則我出此言也、不亦宜乎。曰、舍館未定。曰、子聞之也。舍館定、然後求見長者乎。長、上聲。○昔者、前日也。館、客舍也。王驩、孟子所不與言者、則其人可知矣。樂正子乃從之行。其失身之罪大矣。又不早見長者、則其罪又有甚者焉。故孟子姑以此責之。
【読み】
樂正子孟子に見う。孟子曰く、子亦來て我に見うか、と。曰く、先生何爲れぞ此の言を出だせる、と。曰く、子が來れること幾日かぞ、と。曰く、昔者[きのう]、と。曰く、昔者ならば、則ち我が此の言を出すること、亦宜ならずや、と。曰く、舍館未だ定まらず、と。曰く、子之を聞けらし。舍館定まって、然して後に長者に見わんことを求むるか、と。長は上聲。○昔者は前日なり。館は客舍なり。王驩は、孟子與に言わざる所の者なれば、則ち其の人は知る可し。樂正子乃ち之に從いて行く。其の身を失うの罪大いなり。又早く長者に見わざるは、則ち其の罪又甚だしき者有り。故に孟子姑く此を以て之を責む。

曰、克有罪。陳氏曰、樂正子固不能無罪矣。然其勇於受責如此。非好善而篤信之、其能若是乎。世有強辯飾非、聞諫愈甚者。又樂正子之罪人也。
【読み】
曰く、克罪有り、と。陳氏曰く、樂正子固より罪無きこと能わず。然れども其の責めを受くるに勇めること此の如し。善を好みて篤く之を信ずるに非ざれば、其れ能く是の若くならんや。世に強辯にして非を飾り、諫めを聞きて愈々甚だしき者有り。又樂正子が罪人なり、と。


離婁章句上25
○孟子謂樂正子曰、子之從於子敖來、徒餔啜也。我不意子學古之道、而以餔啜也。餔、博孤反。啜、昌悦反。○徒、但也。餔、食也。啜、飮也。言其不擇所從、但求食耳。此乃正其罪而切責之。
【読み】
○孟子樂正子に謂って曰く、子が子敖に從って來るは、徒[ただ]に餔啜[ほせつ]するのみなり。我意[おも]わざりき、子古の道を學んで、以て餔啜せんとは、と。餔は博孤の反。啜は昌悦の反。○徒は但なり。餔は食らうなり。啜は飮むなり。言うこころは、其の從う所を擇ばず、但食を求むるのみ。此れ乃ち其の罪を正して切に之を責めり。


離婁章句上26
○孟子曰、不孝有三、無後爲大。趙氏曰、於禮有不孝者三事。謂阿意曲從、陷親不義、一也。家貧親老、不爲祿仕、二也。不娶無子、絶先祖祀、三也。三者之中、無後爲大。
【読み】
○孟子曰く、不孝三つ有り。後無きを大いなりとす。趙氏曰く、禮に於て不孝なる者三事有り。謂えらく、意を阿ねりて曲げて從い、親を不義に陷れる、一なり。家貧しく親老いたるに、祿仕せず、二なり。娶らず子無く、先祖の祀を絶つ、三なり。三つの者の中、後無きを大いなりとす、と。

舜不告而娶、爲無後也。君子以爲猶告也。爲無之爲、去聲。○舜告焉、則不得娶、而終於無後矣。告者禮也。不告者權也。猶告、言與告同也。蓋權而得中、則不離於正矣。○范氏曰、天下之道、有正有權。正者萬世之常、權者一時之用。常道人皆可守。權非體道者、不能用也。蓋權出於不得已者也。若父非瞽瞍、子非大舜、而欲不告而娶、則天下之罪人也。
【読み】
舜告げずして娶れるは、後無きが爲なり。君子以爲らく、猶告げたるがごとし、と。爲無の爲は去聲。○舜告げるときは、則ち娶ることを得ずして、終に後無し。告ぐるは禮なり。告げざるは權なり。猶告げたるがごとしは、告ぐると同じと言うなり。蓋し權りて中を得るときは、則ち正しきを離れざればなり。○范氏曰く、天下の道、正有り權有り。正は萬世の常、權は一時の用。常道は人皆守る可し。權は道に體する者に非ざれば、用うること能わず。蓋し權は已むことを得ざるに出る者なり。若し父瞽瞍に非ず、子大舜に非ず、而して告げずして娶らまく欲せば、則ち天下の罪人なり、と。


離婁章句上27
孟子曰、仁之實、事親是也。義之實、從兄是也。仁主於愛、而愛莫切於事親。義主於敬、而敬莫先於從兄。故仁義之道、其用至廣。而其實不越於事親從兄之閒。蓋良心之發、最爲切近而精實者。有子以孝弟爲爲仁之本。其意亦猶此也。
【読み】
孟子曰く、仁の實は、親に事る、是れなり。義の實は、兄に從う、是れなり。仁は愛を主として、愛は親に事るより切なるは莫し。義は敬を主として、敬は兄に從うより先なるは莫し。故に仁義の道、其の用至って廣し。而して其の實は親に事り兄に從うの閒を越えず。蓋し良心の發にて、最も切近にして精實なる者と爲す。有子孝弟を以て仁を爲[おこな]うの本とす。其の意亦猶此のごとし。

智之實、知斯二者弗去是也。禮之實、節文斯二者是也。樂之實、樂斯二者。樂則生矣。生則惡可已也。惡可已、則不知足之蹈之、手之舞之。樂斯・樂則之樂、音洛。惡、平聲。○斯二者、指事親從兄而言。知而弗去、則見之明、而守之固矣。節文、謂品節文章。樂則生矣、謂和順從容、無所勉強、事親從兄之意、油然自生、如草木之有生意也。旣有生意、則其暢茂條達、自有不可遏者。所謂惡可已也。其又盛、則至於手舞足蹈而不自知矣。○此章言事親從兄、良心眞切、天下之道、皆原於此。然必知之明、而守之固、然後節之密、而樂之深也。
【読み】
智の實は、斯の二つの者を知って去らざる、是れなり。禮の實は、斯の二つの者を節文する、是れなり。樂の實は、斯の二つの者を樂しむ。樂しむときは則ち生ず。生ずるときは則ち惡んぞ已む可けん。惡んぞ已む可きときは、則ち足の之を蹈み、手の之を舞うことを知らず、と。樂斯・樂則の樂は音洛。惡は平聲。○斯の二つの者は、親に事り兄に從うことをを指して言う。知って去らずは、則ち之を見ること明らかにして、之を守ること固し。節文は、品節文章を謂う。樂しむときは則ち生ずは、和順從容に、勉めて強いる所無く、親に事り兄に從うの意の、油然として自ら生ずること、草木の生意有るが如きを謂うなり。旣に生意有るときは、則ち其の暢茂條達して、自ら遏[とど]む可からざる者有り。所謂惡んぞ已む可けんなり。其の又盛んなるときは、則ち手舞い足蹈んで自ら知らざるに至る。○此の章言うこころは、親に事り兄に從うは、良心の眞切、天下の道は、皆此に原[もと]づく。然れども必ず之を知ること明らかにして、之を守ること固く、然して後に之を節すること密[きび]しくして、之を樂しむこと深し、と。


離婁章句上28
○孟子曰、天下大悦而將歸己。視天下悦而歸己、猶草芥也、惟舜爲然。不得乎親、不可以爲人、不順乎親、不可以爲子。言舜視天下之歸己如草芥、而惟欲得其親而順之也。得者、曲爲承順、以得其心之悦而已。順則有以諭之於道、心與之一、而未始有違。尤人所難也。爲人、蓋泛言之、爲子則愈密矣。
【読み】
○孟子曰く、天下大いに悦んで將に己に歸せんとす。天下悦んで己に歸するを視て、猶草芥のごとくするは、惟舜のみ然りとす。親に得ざれば、以て人爲る可からず、親に順わざれば、以て子爲る可からざればなり。言うこころは、舜天下の己に歸するを視ること草芥の如くして、惟其の親を得て之に順わまく欲するなり、と。得るは、曲げて承順を爲して、以て其の心の悦びを得るのみ。順うときは則ち以て之に道を諭すこと有り、心と之と一つにして、未だ始めより違うこと有らず。尤も人の難き所なり。人爲るは、蓋し泛く之を言い、子爲るは則ち愈々密[きび]し。

舜盡事親之道、而瞽瞍厎豫。瞽瞍厎豫、而天下化。瞽瞍厎豫、而天下之爲父子者定。此之謂大孝。底、之爾反。○瞽瞍、舜父名。厎、致也。豫、悦樂也。瞽瞍至頑、嘗欲殺舜。至是而厎豫焉。書所謂不格姦、亦允若是也。蓋舜至此而有以順乎親矣。是以天下之爲子者、知天下無不可事之親、顧吾所以事之者未若舜耳。於是莫不勉而爲孝。至於其親亦厎豫焉、則天下之爲父者、亦莫不慈。所謂化也。子孝父慈、各止其所、而無不安其位之意。所謂定也。爲法於天下、可傳於後世。非止一身一家之孝而已。此所以爲大孝也。○李氏曰、舜之所以能使瞽瞍厎豫者、盡事親之道、共爲子職、不見父母之非而已。昔羅仲素語此云、只爲天下無不是底父母。了翁聞而善之曰、惟如此而後、天下之爲父子者定。彼臣弑其君、子弑其父者、常始於見其有不是處耳。
【読み】
舜親に事るの道を盡くして、瞽瞍豫[よろこ]びを厎[いた]せり。瞽瞍豫びを厎して、天下化す。瞽瞍豫びを厎して、天下の父子爲る者定まる。此を大孝と謂う、と。厎は之爾の反。○瞽瞍は舜の父の名。厎は致すなり。豫は悦び樂しむなり。瞽瞍は至って頑、嘗て舜を殺さまく欲す。是に至って豫びを厎せり。書謂う所の姦に格らず、亦允に若[したが]う、是れなり。蓋し舜此に至って以て親に順うこと有り。是を以て天下の子爲る者は、天下に事る可からざるの親無きを知り、顧うに、吾の之に事る所以の者は未だ舜に若かざるのみ、と。是に於て勉めて孝を爲さざるということ莫し。其の親も亦豫びを厎すに至れば、則ち天下の父爲る者も、亦慈ならずということ莫し。所謂化すなり。子は孝に父は慈に、各々其の所に止まりて、其の位に安んぜざるの意無し。所謂定まるなり。法を天下に爲し、後世に傳う可し。一身一家の孝のみに止まるに非ず。此れ大孝爲る所以なり。○李氏曰く、舜の能く瞽瞍をして豫びを厎さしむる所以の者は、親に事る道を盡くし、子爲るの職を共[つと]め、父母の非を見さざるのみ。昔羅仲素此を語りて云く、只天下に不是底の父母無きが爲なり、と。了翁聞いて之を善しとして曰く、惟此の如くして後、天下の父子爲る者定まるべし。彼の臣其の君を弑し、子其の父を弑すは、常に其の不是の處有るを見るに始まるのみ、と。


離婁章句下 凡三十三章。

離婁章句下1
孟子曰、舜生於諸馮、遷於負夏、卒於鳴條。東夷之人也。諸馮・負夏・鳴條、皆地名。在東方夷服之地。
【読み】
孟子曰く、舜は諸馮に生まれ、負夏に遷り、鳴條に卒[お]う。東夷の人なり。諸馮・負夏・鳴條は皆地名。東方夷服の地に在り。

文王生於岐周、卒於畢郢。西夷之人也。岐周、岐山下周舊邑、近畎夷。畢郢、近豐鎬、今有文王墓。
【読み】
文王は岐周に生まれ、畢郢[ひつえい]に卒う。西夷の人なり。岐周は、岐山の下の周の舊邑、畎夷[けんい]に近し。畢郢は、豐鎬[ほうこう]に近く、今文王の墓有り。

地之相去也、千有餘里、世之相後也、千有餘歳。得志行乎中國、若合符節。得志行乎中國、謂舜爲天子、文王爲方伯、得行其道於天下也。符節、以玉爲之、篆刻文字而中分之、彼此各藏其半、有故、則左右相合以爲信也。若合符節、言其同也。
【読み】
地の相去ること、千有餘里、世の相後れたること、千有餘歳。志を得て中國に行うことは、符節を合わせるが若し。志を得て中國に行うは、舜天子と爲り、文王方伯と爲り、其の道を天下に行うことを得るを謂うなり。符節は、玉を以て之を爲[つく]り、文字を篆刻して之を中分し、彼れ此れ各々其の半を藏し、故有るときは、則ち左右相合わせて以て信とするなり。符節を合わせるが若しは、其の同じきを言うなり。

先聖後聖、其揆一也。揆、度也。其揆一者、言度之而其道無不同也。○范氏曰、言聖人之生、雖有先後遠近之不同、然其道則一也。
【読み】
先聖後聖、其れ揆[はか]ること一なり、と。揆は度るなり。其れ揆ること一なりは、言うこころは、之を度って其の道同じからざること無し、と。○范氏曰く、言うこころは、聖人の生ずる、先後遠近の同じからざること有りと雖も、然れども其の道は則ち一なり、と。


離婁章句下2
○子產聽鄭國之政、以其乘輿濟人於溱・洧。乘、去聲。溱、音臻。洧、榮美反。○子產、鄭大夫公孫僑也。溱・洧、二水名也。子產見人有徒渉此水者、以其所乘之車載而渡之。
【読み】
○子產鄭國の政を聽きしとき、其の乘輿を以て、人を溱・洧[しん・い]に濟[わた]す。乘は去聲。溱は音臻。洧は榮美の反。○子產は鄭の大夫の公孫僑なり。溱・洧は二つの水の名なり。子產人の此の水を徒渉る者有るを見て、其の乘る所の車を以て載せて之を渡せり。

孟子曰、惠而不知爲政。惠、謂私恩小利。政、則有公平正大之體、綱紀法度之施焉。
【読み】
孟子曰く、惠ありて政をすることを知らず。惠は、私恩小利を謂う。政は、則ち公平正大の體、綱紀法度の施有り。

歳十一月徒杠成。十二月輿梁成。民未病渉也。杠、音江。○杠、方橋也。徒杠、可通徒行者。梁、亦橋也。輿梁、可通車輿者。周十一月、夏九月也。周十二月、夏十月也。夏令曰、十月成梁。蓋農功已畢、可用民力。又時將寒沍、水有橋梁、則民不患於徒渉。亦王政之一事也。
【読み】
歳十一月に徒杠[とこう]成る。十二月輿梁成る。民未だ渉ることを病[うれ]えず。杠は音江。○杠は方橋なり。徒杠は、徒行を通ず可き者。梁も亦橋なり。輿梁は、車輿を通ず可き者。周の十一月は、夏の九月なり。周の十二月は、夏の十月なり。夏の令に曰く、十月梁を成す、と。蓋し農功已に畢わり、民の力を用う可し。又時は將に寒沍ならんとして、水に橋梁有るときは、則ち民徒渉ることを患えず。亦王政の一事なり。

君子平其政、行辟人可也。焉得人人而濟之。辟、與闢同。焉、於虔反。○辟、辟除也。如周禮閽人爲之辟之辟。言能平其政、則出行之際、辟除行人、使之避己、亦不爲過。況國中水、當渉者衆。豈能悉以乘輿濟之哉。
【読み】
君子其の政を平かにせば、行くときに人を辟[ひら]くとも可なり。焉んぞを人人をして之を濟すことを得ん。辟は闢と同じ。焉は於虔の反。○辟は辟き除くなり。周禮閽人の、之が爲に之を辟くの辟が如し。言うこころは、能く其の政を平かにせば、則ち出行の際、行人を辟き除き、之に己を避かしむとも、亦過とせず。況や國中の水、當に渉るべき者衆し。豈能く悉く乘輿を以て之を濟さん、と。

故爲政者、每人而悦之、日亦不足矣。言每人皆欲致私恩以悦其意、則人多日少、亦不足於用矣。諸葛武侯嘗言、治世以大德、不以小惠。得孟子之意矣。
【読み】
故に政をする者、人每にして之を悦ばしめば、日も亦足らじ、と。言うこころは、人每に皆私恩を致して以て其の意を悦ばしめまく欲せば、則ち人多くして日少なく、亦用うるに足らず、と。諸葛武侯嘗て言う、世を治むるに大德を以てして、小惠を以てせず、と。孟子の意を得たり。


離婁章句下3
○孟子告齊宣王曰、君之視臣如手足、則臣視君如腹心。君之視臣如犬馬、則臣視君如國人。君之視臣如土芥、則臣視君如寇讎。孔氏曰、宣王之遇臣下、恩禮衰薄、至於昔者所進、今日不知其亡、則其於羣臣、可謂邈然無敬矣。故孟子告之以此。手足腹心、相待一體、恩義之至也。如犬馬、則輕賤之。然猶有豢養之恩焉。國人、猶言路人、言無怨無德也。土芥、則踐踏之而已矣、斬艾之而已矣。其賤惡之又甚矣。寇讎之報、不亦宜乎。
【読み】
○孟子齊の宣王に告げて曰く、君の臣を視ること手足の如くなるときは、則ち臣君を視ること腹心の如し。君の臣を視ること犬馬の如くなるときは、則ち臣君を視ること國人の如し。君の臣を視ること土芥の如くなるときは、則ち臣君を視ること寇讎[こうしゅう]の如し、と。孔氏曰く、宣王の臣下を遇する、恩禮衰薄に、昔者[きのう]進む所に至り、今日其の亡きを知らざるときは、則ち其の羣臣に於て、邈然として敬無しと謂う可し。故に孟子之に告ぐるに此を以てす。手足腹心は、相待って一體にして、恩義の至りなり。犬馬の如しは、則ち之を輕賤するなり。然れども猶豢養の恩有り。國人は、猶路人と言うがごとし、怨み無く德無きを言うなり。土芥は、則ち之を踐踏するのみにて、之を斬り艾[か]るのみ。其の之を賤しみ惡むことの又甚だしきなり。寇讎の報い、亦宜ならずや。

王曰、禮爲舊君有服、何如斯可爲服矣。爲、去聲、下爲之同。○儀禮曰、以道去君而未絶者、服齊衰三月。王疑孟子之言太甚。故以此禮爲問。
【読み】
王曰く、禮に、舊君の爲に服有り、何如なるか斯れ爲に服す可き、と。爲は去聲、下の爲之も同じ。○儀禮に曰く、道を以て君を去って未だ絶えざる者は、齊衰を服すこと三月、と。王孟子の言の太甚しきことを疑う。故に此の禮を以て問いとす。

曰、諫行言聽、膏澤下於民、有故而去、則君使人導之出疆。又先於其所往。去三年不反。然後收其田里。此之謂三有禮焉。如此、則爲之服矣。導之出疆、防剽掠也。先於其所往、稱道其賢、欲其收用之也。三年而後收其田祿里居、前此猶望其歸也。
【読み】
曰く、諫め行われ言聽かれ、膏澤民に下る。故有って去るときは、則ち君人をして之を導いて疆[さかい]を出ださしむ。又其の往く所に先んず。去って三年までに反らず。然して後に其の田里を收む。此を三有禮と謂う。此の如くなるときは、則ち之が爲に服す。之を導いて疆を出だすは、剽掠[ひょうりゃく]を防ぐなり。其の往く所に先んずるは、其の賢を稱道して、其の之を收め用いまく欲すればなり。三年にして後に其の田祿里居を收むるは、此より前は猶其の歸することを望めばなり。

今也爲臣、諫則不行、言則不聽、膏澤不下於民、有故而去、則君搏執之。又極之於其所往。去之日、遂收其田里。此之謂寇讎。寇讎何服之有。極、竆也。竆之於其所往之國、如晉錮欒盈也。○潘興嗣曰、孟子告齊王之言、猶孔子對定公之意也、而其言有迹、不若孔子之渾然也。蓋聖賢之別如此。楊氏曰、君臣以義合者也。故孟子爲齊王深言報施之道、使知爲君者不可不以禮遇其臣耳。若君子之自處、則豈處其薄乎。孟子曰、王庶幾改之、予日望之。君子之言蓋如此。
【読み】
今臣と爲って、諫むるときは則ち行われず、言うときは則ち聽かれず、膏澤民に下らず、故有って去るときは、則ち君之を搏執[はくしつ]す。又之を其の往く所に極む。之を去るの日、遂に其の田里を收む。此を寇讎と謂う。寇讎何の服することか有らん、と。極は竆むなり。之を其の往く所の國に竆むは、晉の欒盈[らんえい]を錮すが如し。○潘興嗣曰く、孟子齊王に告ぐるの言は、猶孔子定公に對うるの意のごとくして、其の言迹有り、孔子の渾然たるに若かざるなり。蓋し聖賢の別此の如し、と。楊氏曰く、君臣は義を以て合う者なり。故に孟子齊王の爲に深く報施の道を言い、君爲る者は禮を以て其の臣を遇せざることある可からざるを知らしむのみ。君子の自ら處するが若きは、則ち豈其の薄きに處[お]らん。孟子曰く、王庶幾わくは之を改めんことを、予日に之を望む、と。君子の言蓋し此の如し。


離婁章句下4
○孟子曰、無罪而殺士、則大夫可以去。無罪而戮民、則士可以徙。言君子當見幾而作、禍已迫、則不能去矣。
【読み】
○孟子曰く、罪無くして士を殺すときは、則ち大夫以て去る可し。罪無くして民を戮[りく]するときは、則ち士以て徙[うつ]る可し、と。言うこころは、君子當に幾を見て作[た]つべし。禍已に迫れるときは、則ち去ること能わず、と。


離婁章句下5
○孟子曰、君仁莫不仁。君義莫不義。張氏曰、此章重出。然上篇主言人臣當以正君爲急、此章直戒人君、義亦小異耳。
【読み】
○孟子曰く、君仁あれば仁あらずということ莫し。君義あれば義あらずということ莫し、と。張氏曰く、此の章重出なり。然れども上篇は主に人臣當に君を正すを以て急とすべきを言い、此の章は直ちに人君を戒め、義も亦小しく異なるのみ、と。


離婁章句下6
○孟子曰、非禮之禮、非義之義、大人弗爲。察理不精。故有二者之蔽。大人則隨事而順理、因時而處宜。豈爲是哉。
【読み】
○孟子曰く、非禮の禮、非義の義、大人はせず、と。理を察すること精しからず。故に二つの者の蔽有り。大人は則ち事に隨って理に順い、時に因って宜しきに處る。豈是をせんや。


離婁章句下7
○孟子曰、中也養不中、才也養不才。故人樂有賢父兄也。如中也棄不中、才也棄不才、則賢不肖之相去、其閒不能以寸。樂、音洛。○無過不及之謂中、足以有爲之謂才。養、謂涵育薰陶、俟其自化也。賢、謂中而才者也。樂有賢父兄者、樂其終能成己也。爲父兄者、若以子弟之不賢、遂遽絶之而不能敎、則吾亦過中而不才矣。其相去之閒、能幾何哉。
【読み】
○孟子曰く、中は不中を養い、才は不才を養う。故に人賢父兄有ることを樂しむ。如し中不中を棄て、才不才を棄てば、則ち賢不肖の相去ること、其の閒寸を以てすること能わず、と。樂は音洛。○過不及無きを中と謂い、以てすること有るに足るを才と謂う。養は、涵育薰陶して、其の自ら化すを俟つを謂うなり。賢は、中にして才ある者を謂うなり。賢父兄有ることを樂しむは、其の終に能く己を成すことを樂しむなり。父兄爲る者、若し子弟の不賢なるを以て、遂に遽に之を絶ちて敎うること能わざれば、則ち吾も亦中を過ぎて才ならず。其の相去るの閒、能く幾何[いくばく]ぞ。


離婁章句下8
○孟子曰、人有不爲也、而後可以有爲。程子曰、有不爲、知所擇也。惟能有不爲。是以可以有爲。無所不爲者、安能有所爲邪。
【読み】
○孟子曰く、人せざること有って、而して後に以てすること有る可し、と。程子曰く、せざること有るは、擇ぶ所を知ればなり。惟能くせざること有り。是を以て以てすること有る可し。せずという所無き者は、安んぞ能くする所有らん、と。


離婁章句下9
○孟子曰、言人之不善、當如後患何。此亦有爲而言。
【読み】
○孟子曰く、人の不善を言えば、當に後の患えを如何かす、と。此も亦すること有って言う。


離婁章句下10
○孟子曰、仲尼不爲已甚者。已、猶太也。楊氏曰、言聖人所爲、本分之外、不加毫末。非孟子眞知孔子、不能以是稱之。
【読み】
○孟子曰く、仲尼は已甚[はなは]だしきことをせざる者なり、と。已は猶太だのごとし。楊氏曰く、言うこころは、聖人のする所は、本分の外、毫末も加えず、と。孟子眞に孔子を知るに非ざれば、是を以て之を稱すること能わず、と。


離婁章句下11
○孟子曰、大人者、言不必信、行不必果、惟義所在。行、去聲。○必、猶期也。大人言行、不先期於信果。但義之所在、則必從之、卒亦未嘗不信果也。○尹氏云、主於義、則信果在其中矣、主於信果、則未必合義。王勉曰、若不合於義而不信不果、則妄人爾。
【読み】
○孟子曰く、大人は、言信[まこと]あらんことを必とせず、行果たさんことを必とせず、惟義の在る所のままにす、と。行は去聲。○必は猶期のごとし。大人の言行は、先ず信果を期せず。但義の在る所は、則ち必ず之に從えば、卒に亦未だ嘗て信果せずんばあらざるなり。○尹氏云う、義を主とするときは、則ち信果其の中に在り、信果を主とするときは、則ち未だ必ずしも義に合わず、と。王勉曰く、若し義に合わずして信あらず果たさざれば、則ち妄人ならくのみ、と。


離婁章句下12
○孟子曰、大人者、不失其赤子之心者也。大人之心、通達萬變。赤子之心、則純一無僞而已。然大人之所以爲大人、正以其不爲物誘、而有以全其純一無僞之本然。是以擴而充之、則無所不知、無所不能、而極其大也。
【読み】
○孟子曰く、大人は、其の赤子の心を失わざる者なり、と。大人の心は、萬變に通達す。赤子の心は、則ち純一にして僞り無きのみ。然れども大人の大人爲る所以は、正に其の物の爲に誘われずして、以て其の純一にして僞り無きの本然を全うすること有るを以てす。是を以て擴めて之を充たさば、則ち知らざる所無く、能わざる所無くして、其の大いなることを極む。


離婁章句下13
○孟子曰、養生者不足以當大事。惟送死可以當大事。養、去聲。○事生固當愛敬。然亦人道之常耳。至於送死、則人道之大變。孝子之事親、舍是無以用其力矣。故尤以爲大事、而必誠必信、不使少有後日之悔也。
【読み】
○孟子曰く、生を養うは以て大事に當たるに足らず。惟死を送るのみ以て大事に當たる可し、と。養は去聲。○生に事るは固より當に愛敬すべし。然れども亦人道の常なるのみ。死を送るに至りては、則ち人道の大變なり。孝子の親に事ること、是を舍[お]いて以て其の力を用うること無し。故に尤も以て大事として、必ず誠に必ず信にして、少しも後日の悔有らしめざるべきなり。


離婁章句下14
○孟子曰、君子深造之以道、欲其自得之也。自得之、則居之安。居之安、則資之深。資之深、則取之左右逢其原。故君子欲其自得之也。造、七到反。○造、詣也。深造之者、進而不已之意。道、則其進爲之方也。資、猶藉也。左右、身之兩旁、言至近而非一處也。逢、猶値也。原、本也。水之來處也。言君子務於深造。而必以其道者、欲其有所持循、以俟夫默識心通、自然而得之於己也。自得於己、則所以處之者、安固而不搖。處之安固、則所藉者深遠而無盡。所藉者深、則日用之閒、取之至近、無所往而不値其所資之本也。○程子曰、學不言而自得者、乃自得也。有安排布置者、皆非自得也。然必潛心積慮、優游饜飫於其閒、然後可以有得。若急迫求之、則是私己而已。終不足以得之也。
【読み】
○孟子曰く、君子深く之に造[いた]るに道を以てするは、其の自ら之を得まく欲してなり。自ら之を得るときは、則ち之に居ること安し。之に居ること安きときは、則ち之に資[よ]ること深し。之に資ること深きときは、則ち之を左右に取って其の原[もと]に逢う。故に君子其の自ら之を得まく欲す、と。造は七到の反。○造は詣[いた]るなり。深く之に造るは、進んで已まざるの意。道は、則ち其の進んでするの方なり。資は猶藉[よ]るのごとし。左右は、身の兩旁にて、至って近くして一處に非ざることを言うなり。逢は、猶値[あ]うのごとし。原は本なり。水の來る處なり。言うこころは、君子は深く造ることを務む。而して必ず其の道を以てするは、其の持循する所有り、以て夫の默して識り心に通じて、自然に之を己に得ることを俟たまく欲すればなり。己に自得するときは、則ち之に處る所以の者、安固にして搖がず。之に處ること安固なるときは、則ち藉る所の者深遠にして盡くること無し。藉る所の者深きときは、則ち日用の閒、之を至近に取り、往く所として其の資る所の本に値わざること無し、と。○程子曰く、學は言わずして自ら得るは、乃ち自得なり。安排布置すること有るは、皆自得に非ざるなり。然れども必ず心を潛め慮いを積み、其の閒に優游饜飫して、然して後に以て得ること有る可し。若し急迫して之を求むるときは、則ち是れ私己なるのみ。終に以て之を得るに足らざるなり、と。


離婁章句下15
○孟子曰、博學而詳說之、將以反說約也。言所以博學於文、而詳說其理者、非欲以誇多而鬭靡也。欲其融會貫通、有以反而說到至約之地耳。蓋承上章之意而言。學非欲其徒博。而亦不可以徑約也。
【読み】
○孟子曰く、博く學んで詳らかに之を說くは、將に以て反って約を說かんとすればなり、と。言うこころは、博く文を學んで、詳らかに其の理を說く所以は、以て多きに誇りて靡を鬭わせまく欲するに非ざるなり。其れ融會貫通し、以て反って說いて至約の地に到ること有らんことを欲するのみ、と。蓋し上章の意を承けて言う。學は其の徒[ただ]に博からまく欲するに非ず。而して亦以て徑[ただ]ちに約[つづま]やかなる可からず。


離婁章句下16
○孟子曰、以善服人者、未有能服人者也。以善養人、然後能服天下。天下不心服而王者、未之有也。王、去聲。○服人者、欲以取勝於人、養人者、欲其同歸於善。蓋心之公私小異、而人之嚮背頓殊。學者於此不可以不審也。
【読み】
○孟子曰く、善を以て人を服する者は、未だ能く人を服する者有らず。善を以て人を養うて、然して後に能く天下を服す。天下心服せずして王たる者、未だ之れ有らず、と。王は去聲。○人を服する者は、以て勝を人に取らまく欲し、人を養う者は、其の同じく善に歸せまく欲す。蓋し心の公私小しく異なりて、人の嚮背すること頓[とみ]に殊なり。學者此に於て以て審らかにせずんばある可からず。


離婁章句下17
○孟子曰、言無實不祥。不祥之實、蔽賢者當之。或曰、天下之言、無有實不祥者。惟蔽賢爲不祥之實。或曰、言而無實者不祥。故蔽賢爲不祥之實。二說不同。未知孰是。疑或有闕文焉。
【読み】
○孟子曰く、言實に不祥なる無し。不祥の實は、賢を蔽[かく]す者之に當たる、と。或ひと曰く、天下の言、實に不祥なる者有ること無し。惟賢を蔽すことのみ不祥の實とす、と。或ひと曰く、言いて實無き者は不祥なり。故に賢を蔽すことを不祥の實とす、と。二說同じからず。未だ孰れか是なるかを知らず。疑うらくは或は闕文有らん。


離婁章句下18
○徐子曰、仲尼亟稱於水曰、水哉、水哉。何取於水也。亟、去吏反。○亟、數也。水哉水哉、歎美之辭。
【読み】
○徐子曰く、仲尼亟々[しばしば]水を稱して曰く、水なるかな、水なるかな、と。何ぞ水に取れる、と。亟は去吏の反。○亟は數々なり。水なるかな水なるかなは、歎美するの辭。

孟子曰、原泉混混、不舍晝夜。盈科而後進、放乎四海。有本者如是。是之取爾。舍・放、皆上聲。○原泉、有原之水也。混混、湧出之貌。不舍晝夜、言常出不竭也。盈、滿也。科、坎也。言其進以漸也。放、至也。言水有原本、不已而漸進、以至於海、如人有實行、則亦不已而漸進、以至於極也。
【読み】
孟子曰く、原泉混混として、晝夜を舍かず。科[あな]に盈ちて後進んで、四海に放[いた]る。本有る者は是の如し。是を取れるのみ。舍・放は皆上聲。○原泉は、原有る水なり。混混は、湧き出るの貌。晝夜を舍かずは、言うこころは、常に出でて竭きず、と。盈は滿つるなり。科は坎なり。言うこころは、其の進むに漸くを以てす、と。放は至るなり。言うこころは、水に原本有り、已まずして漸く進み、以て海に至るは、人に實行有るときは、則ち亦已まずして漸く進み、以て極に至るが如し、と。

苟爲無本、七八月之閒雨集、溝澮皆盈。其涸也、可立而待也。故聲聞過情、君子恥之。澮、古外反。涸、下各反。聞、去聲。○集、聚也。澮、田閒水道也。涸、乾也。如人無實行、而暴得虛譽、不能長久也。聲聞、名譽也。情、實也。恥者、恥其無實而將不繼也。林氏曰、徐子之爲人、必有躐等干譽之病。故孟子以是答之。鄒氏曰、孔子之稱水、其旨微矣。孟子獨取此者、自徐子之所急者言之也。孔子嘗以聞達告子張矣、達者、有本之謂也。聞、則無本之謂也。然則學者其可以不務本乎。
【読み】
苟し本無しとせば、七八月の閒雨集りて、溝澮皆盈つ。其の涸るること、立ちどころにして待つ可し。故に聲聞情[まこと]に過ぐること、君子之を恥ず、と。澮は古外の反。涸は下各の反。聞は去聲。○集は聚るなり。澮は、田閒の水道なり。涸は乾くなり。如し人に實行無くして、暴[にわか]に虛譽を得るとも、長久なること能わざるなり。聲聞は名譽なり。情は實なり。恥ずは、其の實無くして將に繼がざらんとせんことを恥ずるなり。林氏曰く、徐子が爲人[ひととなり]、必ず等を躐え譽を干[もと]むるの病有り。故に孟子是を以て之に答う、と。鄒氏曰く、孔子の水を稱すること、其の旨微なり。孟子獨[ただ]此を取るは、徐子の急なる所の者によって之を言えるなり。孔子嘗て聞達を以て子張に告ぐ。達は本有るの謂なり。聞は則ち本無きの謂なり。然れば則ち學者は其れ以て本を務めざる可けんや、と。


離婁章句下19
○孟子曰、人之所以異於禽獸者幾希。庶民去之、君子存之。幾希、少也。庶、衆也。人物之生、同得天地之理以爲性、同得天地之氣以爲形。其不同者、獨人於其閒得形氣之正、而能有以全其性。爲少異耳。雖曰少異、然人物之所以分、實在於此。衆人不知此而去之、則名雖爲人、而實無以異於禽獸。君子知此而存之。是以戰兢惕厲、而卒能有以全其所受之正也。
【読み】
○孟子曰く、人の禽獸に異なる所以の者幾希[すこ]しきなり。庶民之を去り、君子之を存す。幾希しきは、少しきなり。庶は衆なり。人物の生まるる、同じく天地の理を得て以て性と爲り、同じく天地の氣を得て以て形と爲る。其の同じからざるは、獨[ただ]人のみ其の閒に於て形氣の正しきを得て、能く以て其の性を全くすること有り。少しき異なりとするのみ。少しき異なりと曰うと雖も、然れども人物の分かるる所以は、實に此に在り。衆人此を知らずして之を去るときは、則ち名は人爲りと雖も、而して實は以て禽獸に異なること無し。君子此を知って之を存す。是を以て戰兢として惕[おそ]れ厲[はげ]み、卒に能く以て其の受く所の正を全くすること有り。

舜明於庶物、察於人倫。由仁義行。非行仁義也。物、事物也。明、則有以識其理也。人倫、說見前篇。察、則有以盡其理之詳也。物理固非度外、而人倫尤切於身。故其知之有詳略之異。在舜則皆生而知之也。由仁義行、非行仁義、則仁義已根於心、而所行皆從此出。非以仁義爲美、而後勉強行之。所謂安而行之也。此則聖人之事、不待存之、而無不存矣。○尹氏曰、存之者、君子也、存者、聖人也。君子所存、存天理也。由仁義行、存者能之。
【読み】
舜庶物に明らかに、人倫に察[つまび]らかなり。仁義に由って行う。仁義を行うに非ず、と。物は事物なり。明らかなれば、則ち以て其の理を識ること有り。人倫は、說は前篇に見ゆ。察らかなれば、則ち以て其の理の詳らかなることを盡くすこと有り。物の理は固より度外に非ざれども、而して人倫は尤も身に切なり。故に其の之を知るに詳略の異なり有り。舜に在りては則ち皆生まれながらにして之を知れるなり。仁義に由って行う、仁義を行うに非ずは、則ち仁義已に心に根ざして、行う所は皆此より出づ。仁義を以て美として、後に勉め強いて之を行うに非ず。所謂安んじて之を行うなり。此れ則ち聖人の事にて、之を存することを待たずして、存せざること無し。○尹氏曰く、之を存する者は君子なり。存する者は聖人なり。君子の存する所は、天理を存するなり。仁義に由って行うは、存する者のみ之を能くす、と。


離婁章句下20
○孟子曰、禹惡旨酒、而好善言。惡・好、皆去聲。○戰國策曰、儀狄作酒。禹飮而甘之。曰、後世必有以酒亡其國者、遂疏儀狄而絶旨酒。書曰、禹拜昌言。
【読み】
○孟子曰く、禹旨酒を惡んで、善言を好む。惡・好は皆去聲。○戰國策に曰く、儀狄酒を作る。禹飮んで之を甘しとす。曰く、後世必ず酒を以て其の國を亡ぼす者有らん、と。遂に儀狄を疏んじて旨酒を絶てり、と。書に曰く、禹昌言を拜す、と。

湯執中。立賢無方。執、謂守而不失。中者、無過不及之名。方、猶類也。立賢無方、惟賢則立之於位、不問其類也。
【読み】
湯中を執る。賢を立つること方無し。執は、守りて失わざるを謂う。中は、過不及無きの名。方は猶類のごとし。賢を立つること方無しは、惟賢なれば則ち之を位に立て、其の類を問わざるなり。

文王視民如傷、望道而未之見。而、讀爲如。古字通用。○民已安矣。而視之猶若有傷。道已至矣。而望之猶若未見。聖人之愛民深、而求道切如此。不自滿足、終日乾乾之心也。
【読み】
文王民を視ること傷[いた]めるが如し。道を望んで未だ之を見ざるが而[ごと]し。而は讀んで如しとす。古字通用す。○民已に安んず。而して之を視ること猶傷めること有るが若し。道已に至れり。而して之を望むこと猶未だ見ざるが若し。聖人の民を愛すること深くして、道を求むることの切此の如し。自ら滿足せず、終日乾乾たるの心なり。

武王不泄邇、不忘遠。泄、狎也。邇者、人所易狎而不泄。遠者、人所易忘而不忘。德之盛、仁之至也。
【読み】
武王邇[ちか]きに泄[な]れず、遠きを忘れず。泄は狎れるなり。邇きは人の狎れ易き所にして泄れず。遠きは人の忘れ易き所にして忘れず。德の盛ん、仁の至りなり。

周公思兼三王、以施四事。其有不合者、仰而思之、夜以繼日。幸而得之、坐以待旦。三王、禹也、湯也、文武也。四事、上四條之事也。時異勢殊。故其事或有所不合。思而得之、則其理初不異矣。坐以待旦、急於行也。○此承上章言舜、因歴敘群聖、以繼之。而各舉其一事、以見其憂勤惕厲之意。蓋天理之所以常存、而人心之所以不死也。○程子曰、孟子所稱、各因其一事而言。非謂武王不能執中立賢、湯卻泄邇忘遠也。人謂各舉其盛、亦非也、聖人亦無不盛。
【読み】
周公三王を兼ねて、以て四事を施さんことを思う。其れ合わざること有れば、仰いで之を思い、夜以て日に繼ぐ。幸にして之を得れば、坐[い]て以て旦[あした]を待つ、と。三王は、禹なり、湯なり、文武なり。四事は、上の四條の事なり。時異なり勢い殊なり。故に其の事或は合わざる所有らん。思いて之を得るときは、則ち其の理初めより異ならざるなり。坐て以て旦を待つは、行うことに急なり。○此れ上章に舜を言うに承けて、因りて群聖を歴敘して、以て之に繼ぐ。而して各々其の一事を舉げて、以て其の憂え勤め惕[おそ]れ厲[はげ]むの意を見[しめ]せり。蓋し天理の常に存する所以にして、人心の死せざる所以なり。○程子曰く、孟子稱する所は、各々其の一事に因って言えり。武王は中を執り賢を立つること能わず、湯は卻って邇きに泄れ遠きを忘るると謂うに非ず。人の各々其の盛んなることを舉ぐと謂うも、亦非なり。聖人は亦盛んならざること無し、と。


離婁章句下21
○孟子曰、王者之跡熄而詩亡。詩亡然後春秋作。王者之跡熄、謂平王東遷、而政敎號令、不及於天下也。詩亡、謂黍離降爲國風而雅亡也。春秋、魯史記之名。孔子因而筆削之。始於魯隱公之元年。實平王之四十九年也。
【読み】
○孟子曰く、王者の跡熄[き]えて詩亡ぶ。詩亡びて然して後に春秋作[おこ]る。王者の跡熄ゆは、平王東遷して、政敎號令、天下に及ばざるを謂うなり。詩亡ぶは、黍離降って國風と爲りて雅亡ぶことを謂うなり。春秋は、魯の史記の名。孔子因りて之を筆削す。魯の隱公の元年に始まる。實に平王の四十九年なり。

晉之乘、楚之檮杌、魯之春秋、一也。乘、去聲。檮、音逃。杌、音兀。○乘義未詳。趙氏以爲興於田賦乘馬之事。或曰、取記載當時行事而名之也。檮杌、惡獸名。古者因以爲凶人之號、取記惡垂戒之義也。春秋者、記事者必表年以首事。年有四時。故錯舉以爲所記之名也。古者列國皆有史官、掌記時事。此三者皆其所記册書之名也。
【読み】
晉の乘、楚の檮杌[とうこつ]、魯の春秋、一なり。乘は去聲。檮は音逃。杌は音兀。○乘の義未だ詳らかならず。趙氏以て田賦乘馬の事より興るとす。或ひと曰く、當時の行事を記載するに取って之を名づく、と。檮杌は惡獸の名。古は因りて以て凶人の號とす。惡を記して戒めを垂るる義に取る。春秋は、事を記すには必ず年を表して以て事を首[はじ]む。年に四時有り。故に錯[まじ]え舉げて以て記す所の名とす。古は列國皆史官有り、時事を記すことを掌る。此の三つ者は皆其の記す所の册書の名なり。

其事則齊桓・晉文、其文則史。孔子曰、其義則丘竊取之矣。春秋之時、五霸迭興、而桓・文爲盛。史、史官也。竊取者、謙辭也。公羊傳作其辭則丘有罪焉爾。意亦如此。蓋言斷之在己。所謂筆則筆、削則削。游・夏不能贊一辭者也。尹氏曰、言孔子作春秋、亦以史之文載當時之事也。而其義則定天下之邪正、爲百王之大法。○此又承上章歴敘羣聖、因以孔子之事繼之。而孔子之事、莫大於春秋。故特言之。
【読み】
其の事は則ち齊桓・晉文、其の文は則ち史。孔子曰く、其の義は則ち丘竊かに之を取れり、と。春秋の時、五霸迭[たが]いに興りて、桓・文盛んとす。史は史官なり。竊かに取るは謙辭なり。公羊傳に其の辭は則ち丘に罪有るのみと作る。意は亦此の如し。蓋し言うこころは、之を斷ずること己に在り、と。所謂筆すべきは則ち筆し、削るべきは則ち削る。游・夏も一辭も贊すること能わざる者なり。尹氏曰く、言うこころは、孔子春秋を作るは、亦史の文を以て當時の事を載するなり。而して其の義は則ち天下の邪正を定め、百王の大法とす、と。○此れ又上章に羣聖を歴敘するを承けて、因りて孔子の事を以て之を繼げり。而して孔子の事、春秋より大いなるは莫し。故に特に之を言えり。


離婁章句下22
○孟子曰、君子之澤五世而斬。小人之澤五世而斬。澤、猶言流風餘韻也。父子相繼爲一世。三十年亦爲一世。斬、絶也。大約君子小人之澤、五世而絶也。楊氏曰、四世而緦。服之竆也。五世袒免。殺同姓也。六世親屬竭矣。服竆則遺澤寖微。故五世而斬。
【読み】
○孟子曰く、君子の澤も五世にして斬[た]ゆ。小人の澤も五世にして斬ゆ。澤は、猶流風餘韻と言うがごとし。父子相繼ぐを一世とす。三十年も亦一世とす。斬は絶ゆなり。大約[おおよそ]君子小人の澤は、五世にして絶ゆ。楊氏曰く、四世にして緦[し]す。服の竆まりなり。五世は袒免す。同姓を殺ぐなり。六世にて親屬竭[つ]く。服竆まるときは則ち遺澤寖[ようや]く微たり。故に五世にして斬ゆ、と。

予未得爲孔子徒也。予私淑諸人也。私、猶竊也。淑、善也。李氏以爲方言是也。人、謂子思之徒也。自孔子卒至孟子游梁時、方百四十餘年、而孟子已老。然則孟子之生、去孔子未百年也。故孟子言、予雖未得親受業於孔子之門、然聖人之澤尙存、猶有能傳其學者。故我得聞孔子之道於人、而私竊以善其身。蓋推尊孔子而自謙之辭也。○此又承上三章、歴敘舜禹、至於周孔、而以是終之。其辭雖謙、然其所以自任之重、亦有不得而辭者矣。
【読み】
予未だ孔子の徒爲ることを得ず。予私[ひそ]めて諸を人に淑[よ]くせり、と。私は猶竊かのごとし。淑は善しなり。李氏以て方言とするは是なり。人は、子思の徒を謂うなり。孔子卒してより孟子の梁に游ぶ時に至るまで、方に百四十餘年にして、孟子已に老いたり。然れば則ち孟子の生まるるは、孔子を去ること未だ百年ならざるなり。故に孟子言う、予未だ親しく業を孔子の門に受くることを得ざると雖も、然れども聖人の澤尙存して、猶能く其の學を傳うる者有るがごとし。故に我孔子の道を人に聞いて、私竊[ひそ]めて以て其の身を善くすることを得、と。蓋し孔子を推し尊びて自ら謙るの辭なり。○此れ又上三章に、舜禹を歴敘して、周孔に至るに承けて、是を以て之を終えり。其の辭謙ると雖も、然れども其の以て自ら任ずる所の重きも、亦得て辭せざる者有り。


離婁章句下23
○孟子曰、可以取、可以無取、取傷廉。可以與、可以無與、與傷惠。可以死、可以無死、死傷勇。先言可以者、略見而自許之辭也。後言可以無者、深察而自疑之辭也。過取固害於廉。然過與亦反害其惠、過死亦反害其勇。蓋過猶不及之意也。林氏曰、公西華受五秉之粟、是傷廉也。冉子與之、是傷惠也。子路之死於衛、是傷勇也。
【読み】
○孟子曰く、以て取る可し、以て取ること無かる可しとして、取るときは廉を傷[そこな]う。以て與う可し、以て與うること無かる可しとして、與うるときは惠を傷なう。以て死す可し、以て死すること無かる可しとして、死するときは勇を傷なう、と。先に以てす可しと言うは、略見て自ら許すの辭なり。後に以て無かる可しと言うは、深く察して自ら疑うの辭なり。過ぎて取るは固より廉を害う。然れども過ぎて與うるも亦反って其の惠を害い、過ぎて死するも亦反って其の勇を害う。蓋し過ぎたるは猶及ばざるがごとしの意なり。林氏曰く、公西華五秉の粟を受くは、是れ廉を傷うなり。冉子の之を與うるは、是れ惠を傷うなり。子路の衛に死するは、是れ勇を傷うなり、と。


離婁章句下24
○逢蒙學射於羿、盡羿之道。思天下惟羿爲愈己。於是殺羿。孟子曰、是亦羿有罪焉。公明儀曰、宜若無罪焉。曰、薄乎云爾、惡得無罪。逢、薄江反。惡、平聲。○羿、有竆后羿也。逢蒙、羿之家衆也。羿善射、簒夏自立、後爲家衆所殺。愈、猶勝也。薄、言其罪差薄耳。
【読み】
○逢蒙射を羿に學んで、羿が道を盡くす。思えらく、天下に惟羿のみ己に愈[まさ]れりとす、と。是に於て羿を殺す。孟子曰く、是れ亦羿も罪有り、と。公明儀曰く、宜しく罪無きが若くなるべし、と。曰く、薄しと爾か云う。惡んぞ罪無きことを得ん。逢は薄江の反。惡は平聲。○羿は、有竆の后の羿なり。逢蒙は、羿の家衆なり。羿は射を善くし、夏を簒って自ら立ち、後に家衆の爲に殺さる。愈は猶勝つのごとし。薄は、其の罪差[やや]薄しと言うのみ。

鄭人使子濯孺子侵衛。衛使庾公之斯追之。子濯孺子曰、今日我疾作、不可以執弓。吾死矣夫。問其僕曰、追我者誰也。其僕曰、庾公之斯也。曰、吾生矣。其僕曰、庾公之斯衛之善射者也。夫子曰、吾生。何謂也。曰、庾公之斯學射於尹公之他。尹公之他學射於我。夫尹公之他端人也、其取友必端矣。庾公之斯至。曰、夫子何爲不執弓。曰、今日我疾作。不可以執弓。曰、小人學射於尹公之他。尹公之他學射於夫子。我不忍以夫子之道反害夫子。雖然、今日之事君事也。我不敢廢。抽矢扣輪、去其金、發乘矢而後反。他、徒何反。矣夫・夫尹之夫、並音扶。去、上聲。乘、去聲。○之、語助也。僕、御也。尹公他亦衛人也。端、正也。孺子以尹公正人、知其取友必正。故度庾公必不害己。小人、庾公自稱也。金、鏃也。扣輪出鏃、令不害人、乃以射也。乘矢、四矢也。孟子言、使羿如子濯孺子得尹公他而敎之、則必無逢蒙之禍。然夷羿簒弑之賊、蒙乃逆儔。庾斯雖全私恩、亦廢公義。其事皆無足論者。孟子蓋特以取友而言耳。
【読み】
鄭人子濯孺子をして衛を侵さしむ。衛庾公之斯[ゆこうしし]をして之を追わしむ。子濯孺子曰く、今日我疾作[おこ]り、以て弓を執る可からず。吾死なんか、と。其の僕に問うて曰く、我を追う者は誰ぞ、と。其の僕曰く、庾公之斯なり、と。曰く、吾生きなん、と。其の僕曰く、庾公之斯は衛の善く射る者なり。夫子曰く、吾生きなん、と。何と謂うことぞ、と。曰く、庾公之斯射を尹公之他に學ぶ。尹公之他射を我に學ぶ。夫れ尹公之他は端人なり。其の友を取ること必ず端[ただ]しからん。庾公之斯至る。曰く、夫子何爲れぞ弓を執らざる、と。曰く、今日我疾作れり。以て弓を執る可からず、と。曰く、小人射を尹公之他に學ぶ。尹公之他射を夫子に學ぶ。我夫子の道を以て反って夫子を害するに忍びず。然りと雖も、今日の事は君事なり。我敢えて廢[す]てじ、と。矢を抽[ぬ]き輪を扣いて、其の金[やじり]を去[す]て、乘矢を發[はな]って而して後に反る、と。他は徒何の反。矣夫・夫尹の夫は並音扶。去は上聲。乘は去聲。○之は語助なり。僕は御なり。尹公他も亦衛人なり。端は正しきなり。孺子、尹公正しき人なるを以て、其の友を取ること必ず正しきを知る。故に庾公は必ず己を害さざらんと度る。小人は、庾公自ら稱せり。金は鏃なり。輪を扣き鏃を出すは、人を害さざらしめて、乃ち以て射るなり。乘矢は四矢なり。孟子言う、羿、子濯孺子の尹公他を得て之に敎うるが如くすれば、則ち必ず逢蒙の禍無からん、と。然れども夷羿は簒弑の賊、蒙は乃ち逆儔[ぎゃくちゅう]なり。庾斯私恩を全うすと雖も、亦公義を廢つ。其の事皆論ずるに足る者無し。孟子蓋し特[ただ]友を取るを以て言うのみ。


離婁章句下25
○孟子曰、西子蒙不潔、則人皆掩鼻而過之。西子、美婦人。蒙、猶冒也。不潔、汙穢之物也。掩鼻、惡其臭也。
【読み】
○孟子曰く、西子も不潔を蒙るときは、則ち人皆鼻を掩うて之を過ぐ。西子は美婦人。蒙は猶冒[おお]うのごとし。不潔は、汙穢の物なり。鼻を掩うは、其の臭を惡めばなり。

雖有惡人、齊戒沐浴、則可以祀上帝。齊、側皆反。○惡人、醜貌者也。○尹氏曰、此章戒人之喪善、而勉人以自新也。
【読み】
惡人有りと雖も、齊戒沐浴するときは、則ち以て上帝を祀る可し、と。齊は側皆の反。○惡人は醜き貌の者なり。○尹氏曰く、此の章人の善を喪うことを戒めて、人に勉めしむるに自ら新たにすることを以てす、と。


離婁章句下26
○孟子曰、天下之言性也、則故而已矣。故者以利爲本。性者、人物所得以生之理也。故者、其已然之跡。若所謂天下之故者也。利、猶順也。語其自然之勢也。言事物之理、雖若無形而難知、然其發見之已然、則必有跡而易見。故天下之言性者、但言其故而理自明。猶所謂善言天者、必有驗於人也。然其所謂故者、又必本其自然之勢。如人之善、水之下、非有所矯揉造作而然者也。若人之爲惡、水之在山、則非自然之故矣。
【読み】
○孟子曰く、天下の性を言うは、則ち故ならくのみ。故は利を以て本とす。性は、人物の得て以て生まるる所の理なり。故は、其の已に然るの跡なり。所謂天下の故なる者の若し。利は猶順のごとし。其の自然の勢いを語るなり。言うこころは、事物の理は、形無くして知り難きが若しと雖も、然れども其の發見の已に然るときは、則ち必ず跡有りて見易し、と。故に天下の性を言うは、但其の故を言うのみにして理自ら明らかなり。猶所謂善く天を言う者は、必ず人に驗有りというがごとし。然れども其の所謂故は、又必ず其の自然の勢いに本づく。人の善たるべく、水の下るが如きは、矯揉造作する所有りて然る者に非ざるなり。人の惡を爲し、水の山に在るが若きは、則ち自然の故に非ず。

所惡於智者、爲其鑿也。如智者若禹之行水也、則無惡於智矣。禹之行水也、行其所無事也。如智者亦行其所無事、則智亦大矣。惡・爲、皆去聲。○天下之理、本皆順利。小智之人、務爲穿鑿。所以失之。禹之行水、則因其自然之勢而導之、未嘗以私智穿鑿而有所事。是以水得其潤下之性、而不爲害也。
【読み】
智に惡む所の者は、其の鑿てるが爲なり。如し智者禹の水を行[や]るが若くなるときは、則ち智に惡むこと無し。禹の水を行るは、其の事無き所に行る。如し智者も亦其の事無き所に行うときは、則ち智も亦大いなり。惡・爲は皆去聲。○天下の理は、本皆順利なり。小智の人は、務めて穿鑿をす。之を失う所以なり。禹の水を行るときは、則ち其の自然の勢いに因りて之を導き、未だ嘗て私智を以て穿鑿して事とする所有らず。是を以て水其の潤下の性を得て、害を爲さざるなり。

天之高也、星辰之遠也、苟求其故、千歳之日至、可坐而致也。天雖高、星辰雖遠、然求其已然之跡、則其運有常。雖千歳之久、其日至之度、可坐而得。況於事物之近。若因其故而求之、豈有不得其理者。而何以穿鑿爲哉。必言日至者、造暦者、以上古十一月甲子朔夜半冬至、爲暦元也。○程子曰、此章專爲智而發。愚謂、事物之理、莫非自然。順而循之、則爲大智。若用小智而鑿以自私、則害於性而反爲不智。程子之言、可謂深得此章之旨矣。
【読み】
天の高き、星辰の遠き、苟し其の故を求むるときは、千歳の日至も、坐[い]ながらにして致す可し、と。天高しと雖も、星辰遠しと雖も、然れども其の已に然るの跡を求むれば、則ち其の運に常有り。千歳の久しきと雖も、其の日至の度は、坐ながらにして得可し。況や事物の近きに於てをや。若し其の故に因りて之を求むれば、豈其の理を得ざる者有らんや。而して何ぞ穿鑿を以てせん。必ず日至と言うは、暦を造る者は、上古十一月甲子の朔夜半冬至を以て、暦元とすればなり。○程子曰く、此の章專ら智の爲に發せり、と。愚謂えらく、事物の理は、自然に非ざること莫し。順にして之に循うときは、則ち大智と爲る。若し小智を用いて鑿ち以て自ら私するときは、則ち性を害いて反って不智と爲る。程子の言、深く此の章の旨を得と謂う可し。


離婁章句下27
○公行子有子之喪。右師往弔。入門、有進而與右師言者。有就右師之位而與右師言者。公行子、齊大夫。右師、王驩也。
【読み】
○公行子子の喪有り。右師往いて弔す。門に入って、進んで右師と言う者有り。右師の位に就いて右師と言う者有り。公行子は齊の大夫。右師は王驩なり。

孟子不與右師言。右師不悦曰、諸君子皆與驩言。孟子獨不與驩言。是簡驩也。簡、略也。
【読み】
孟子右師と言わず。右師悦びずして曰く、諸君子皆驩と言う。孟子獨り驩と言わず。是れ驩を簡[おろそ]かにするなり、と。簡は略なり。

孟子聞之曰、禮、朝廷不歴位而相與言、不踰階而相揖也。我欲行禮。子敖以我爲簡、不亦異乎。朝、音潮。○是時齊卿大夫以君命弔、各有位次。若周禮、凡有爵者之喪禮、則職喪涖其禁令、序其事。故云朝廷也。歴、更渉也。位、他人之位也。右師未就位、而進與之言、則右師歴己之位矣、右師已就位、而就與之言、則己歴右師之位矣。孟子右師之位又不同階。孟子不敢失此禮。故不與右師言也。
【読み】
孟子之を聞いて曰く、禮に、朝廷は位を歴て相與に言わず、階を踰えて相揖せず、と。我禮を行わまく欲す。子敖我を以て簡かなりと爲す、亦異[あや]しからずや、と。朝は音潮。○是の時齊の卿大夫君命を以て弔い、各々に位次有り。周禮に、凡て爵有る者の喪禮は、則ち職喪其の禁令に涖[のぞ]んで、其の事を序するというが若し。故に朝廷と云うなり。歴は、更わり渉るなり。位は、他人の位なり。右師未だ位に就かずして、進めて之と言うは、則ち右師己の位を歴るなり。右師已に位に就いて、就いて之と言うは、則ち己右師の位を歴るなり。孟子と右師の位は又階を同じくせず。孟子敢えて此の禮を失せず。故に右師と言わざるなり。


離婁章句下28
○孟子曰、君子所以異於人者、以其存心也。君子以仁存心、以禮存心。以仁禮存心、言以是存於心而不忘也。
【読み】
○孟子曰く、君子の人と異なる所以の者は、其の心に存するを以てなり。君子は仁を以て心に存し、禮を以て心に存す。仁禮を以て心に存すは、言うこころは、是を以て心に存して忘れざるなり、と。

仁者愛人。有禮者敬人。此仁禮之施。
【読み】
仁者は人を愛す。禮有る者は人を敬す。此れ仁禮の施しなり。

愛人者人恆愛之。敬人者人恆敬之。恆、胡登反。○此仁禮之驗。
【読み】
人を愛する者は人恆に之を愛す。人を敬する者は人恆に之を敬す。恆は胡登の反。○此れ仁禮の驗なり。

有人於此。其待我以橫逆、則君子必自反也。我必不仁也。必無禮也。此物奚宜至哉。橫、去聲。下同。○橫逆、謂強暴不順理也。物、事也。
【読み】
此に人有り。其の我を待するに橫逆を以てするときは、則ち君子必ず自ら反る。我必ず不仁ならん。必ず無禮ならん。此の物[こと]奚んぞ宜しく至るべけんや、と。橫は去聲。下も同じ。○橫逆は、強暴にして理に順わざることを謂うなり。物は事なり。

其自反而仁矣。自反而有禮矣。其橫逆由是也、君子必自反也。我必不忠。由、與猶同。下放此。○忠者、盡己之謂。我必不忠、恐所以愛敬人者、有所不盡其心也。
【読み】
其れ自ら反って仁あり。自ら反って禮有り。其の橫逆由[なお]是のごとくんば、君子必ず自ら反る。我必ず不忠ならん、と。由は猶と同じ。下も此に放え。○忠は、己を盡くすを謂う。我必ず不忠ならんは、以て人を愛敬する所の者、其の心を盡くさざる所有らんことを恐るるなり。

自反而忠矣。其橫逆由是也、君子曰、此亦妄人也已矣。如此則與禽獸奚擇哉。於禽獸又何難焉。難、去聲。○奚擇、何異也。又何難焉、言不足與之校也。
【読み】
自ら反って忠あり。其の橫逆由是のごとくなれば、君子曰く、此れ亦妄人ならくのみ。此の如くば則ち禽獸と奚んぞ擇ばんや。禽獸に於て又何ぞ難[なや]まん、と。難は去聲。○奚んぞ擇ばんは、何ぞ異ならんとなり。又何ぞ難まんは、言うこころは、之と校ぶるに足らず、と。

是故君子有終身之憂、無一朝之患也。乃若所憂則有之。舜人也。我亦人也。舜爲法於天下、可傳於後世。我由未免爲郷人也。是則可憂也。憂之如何。如舜而已矣。若夫君子所患則亡矣。非仁無爲也。非禮無行也。如有一朝之患、則君子不患矣。夫、音扶。○郷人、郷里之常人也。君子存心不苟。故無後憂。
【読み】
是の故に君子は終身の憂え有って、一朝の患え無し。乃ち憂うる所の若きんば則ち之れ有り。舜も人なり。我も亦人なり。舜法を天下に爲し、後世に傳う可し。我由未だ郷人爲ることを免れず。是れ則ち憂う可し。之を憂えば如何。舜の如くせんのみ。夫の君子の患うる所の若きんば則ち亡し。仁に非ざればすること無し。禮に非ざれば行うこと無し。如し一朝の患え有るときは、則ち君子患えず、と。夫は音扶。○郷人は、郷里の常人なり。君子は心を存して苟もせず。故に後の憂え無し。


離婁章句下29
○禹・稷當平世、三過其門而不入。孔子賢之。事見前篇。
【読み】
○禹・稷平世に當たって、三たび其の門を過ぐれども入らず。孔子之を賢なりとす。事は前篇に見ゆ。

顏子當亂世、居於陋巷、一簞食、一瓢飮。人不堪其憂。顏子不改其樂。孔子賢之。食、音嗣。樂、音洛。
【読み】
顏子亂世に當たって、陋巷に居り、一簞の食、一瓢の飮。人は其の憂えに堪えず。顏子は其の樂しみを改めず。孔子之を賢なりとす。食は音嗣。樂は音洛。

孟子曰、禹・稷・顏回同道。聖賢之道、進則救民、退則脩己。其心一而已矣。
【読み】
孟子曰く、禹・稷・顏回は道を同じうす。聖賢の道、進むときは則ち民を救い、退くときは則ち己を脩む。其の心は一ならくのみ。

禹思天下有溺者、由己溺之也。稷思天下有飢者、由己飢之也。是以如是其急也。由、與猶同。禹・稷身任其職。故以爲己責而救之急也。
【読み】
禹は天下に溺るる者有るを、由[なお]己之を溺らすがごとしと思えり。稷は天下に飢うる者有るを、由己之を飢やすがごとしと思えり。是を以て是の如く其れ急[すみ]やかなり。由は猶と同じ。禹・稷身ら其の職を任ず。故に以て己が責めと爲して之を救うに急やかなり。

禹・稷・顏子易地則皆然。聖賢之心、無所偏倚。隨感而應、各盡其道。故使禹・稷居顏子之地、則亦能樂顏子之樂。使顏子居禹・稷之任、亦能憂禹・稷之憂也。
【読み】
禹・稷・顏子地を易えば則ち皆然らん。聖賢の心は、偏倚する所無し。感に隨いて應じ、各々其の道を盡くす。故に禹・稷をして顏子の地に居らしめば、則ち亦能く顏子の樂しみを樂しまん。顏子をして禹・稷に任に居らしめば、亦能く禹・稷の憂えを憂えん。

今有同室之人鬭者。救之、雖被髮纓冠而救之、可也。不暇束髮、而結纓往救、言急也。以喩禹・稷。
【読み】
今同室の人鬭う者有らん。之を救うに、髮を被り冠を纓して之を救うと雖も、可なり。髮を束ねる暇あらずして、纓を結びて往いて救うは、急やかなるを言うなり。以て禹・稷に喩う。

郷鄰有鬭者。被髮纓冠而往救之、則惑也。雖閉戶可也。喩顏子也。○此章言、聖賢心無不同。事則所遭或異、然處之各當其理。是乃所以爲同也。尹氏曰、當其可之謂時。前聖後聖、其心一也。故所遇皆盡善。
【読み】
郷鄰に鬭う者有らん。髮を被り冠を纓して往いて之を救うは、則ち惑えるなり。戶を閉ずと雖も可なり、と。顏子を喩うなり。○此の章言うこころは、聖賢の心同じからざること無し、と。事は則ち遭う所或は異なれども、然れども之を處するは各々其の理に當たれり。是れ乃ち同じとする所以なり。尹氏曰く、其の可に當たるを時と謂う。前聖後聖、其の心は一なり。故に遇う所皆善を盡くせり、と。


離婁章句下30
○公都子曰、匡章、通國皆稱不孝焉。夫子與之遊、又從而禮貌之。敢問何也。匡章、齊人。通國、盡一國之人也。禮貌、敬之也。
【読み】
○公都子曰く、匡章は、通國皆不孝と稱す。夫子之と遊び、又從って之を禮貌す。敢えて問う、何ぞ、と。匡章は齊人。通國は、一國の人を盡くすなり。禮貌は、之を敬うなり。

孟子曰、世俗所謂不孝者五。惰其四支、不顧父母之養、一不孝也。博弈好飮酒、不顧父母之養、二不孝也。好貨財、私妻子、不顧父母之養、三不孝也。從耳目之欲、以爲父母戮、四不孝也。好勇鬭狠、以危父母、五不孝也。章子有一於是乎。好・養・從、皆去聲。狠、胡懇反。○戮、羞辱也。狠、忿戾也。
【読み】
孟子曰く、世俗の所謂不孝という者五つ。其の四支を惰って、父母の養いを顧みざる、一つの不孝なり。博弈し酒を飮むことを好んで、父母の養いを顧みざる、二つの不孝なり。貨財を好み、妻子に私して、父母の養いを顧みざる、三つの不孝なり。耳目の欲を從[ほしいまま]にして、以て父母の戮[はずかし]めを爲す、四つの不孝なり。勇を好み鬭狠[とうこん]して、以て父母を危くす、五つの不孝なり。章子是に一つも有りや。好・養・從は皆去聲。狠は胡懇の反。○戮は羞辱なり。狠は忿戾なり。

夫章子、子父責善、而不相遇也。夫、音扶。○遇、合也。相責以善而不相合。故爲父所逐也。
【読み】
夫の章子は、子父善を責めて、相遇わざればなり。夫は音扶。○遇は合うなり。相責むるに善を以てして相合わず。故に父が爲に逐わるるなり。

責善、朋友之道也。父子責善、賊恩之大者。賊、害也。朋友當相責以善。父子行之、則害天性之恩也。
【読み】
善を責むるは、朋友の道なり。父子善を責むるは、恩を賊[そこな]うの大いなる者なり。賊は害うなり。朋友は當に相責むるに善を以てすべし。父子之を行えば、則ち天性の恩を害うなり。

夫章子、豈不欲有夫妻子母之屬哉。爲得罪於父、不得近、出妻屛子、終身不養焉。其設心以爲不若是、是則罪之大者、是則章子已矣。夫章之夫、音扶。爲、去聲。屛、必井反。養、去聲。○言章子非不欲身有夫妻之配、子有子母之屬。但爲身不得近於父、故不敢受妻子之養、以自責罰。其心以爲不如此、則其罪益大也。○此章之旨、於衆所惡而必察焉。可以見聖賢至公至仁之心矣。楊氏曰、章子之行、孟子非取之也。特哀其志而不與之絶耳。
【読み】
夫の章子、豈夫妻子母の屬有らまく欲せざらんや。罪を父に得て、近づくことを得ざるが爲に、妻を出だし子を屛[しりぞ]け、身を終うるまで養われず。其の心を設くるに以爲えらく、是の若くせざれば、是れ則ち罪の大いなる者なり、と、是れ則ち章子なるのみ、と。夫章の夫は音扶。爲は去聲。屛は必井の反。養は去聲。○言うこころは、章子身に夫妻の配有り、子に子母の屬有らまく欲せざるには非ず。但身父に近づくことを得ざるが爲に、故に敢えて妻子の養いを受けず、以て自ら責め罰[とが]む。其の心以爲えらく、此の如くせざれば、則ち其の罪益々大いなり、と。○此の章の旨、衆の惡む所に於ても必ず察す。以て聖賢の至公至仁の心を見る可し。楊氏曰く、章子の行、孟子之を取るに非ず。特[ただ]其の志を哀れんで之と絶たざるのみ。


離婁章句下31
○曾子居武城、有越寇。或曰、寇至。盍去諸。曰、無寓人於我室、毀傷其薪木。寇退則曰、脩我牆屋、我將反。寇退、曾子反。左右曰、待先生、如此其忠且敬也。寇至則先去、以爲民望、寇退則反。殆於不可。沈猶行曰、是非汝所知也。昔沈猶有負芻之禍。從先生者七十人、未有與焉。與、去聲。○武城、魯邑名。盍、何不也。左右、曾子之門人也。忠敬、言武城之大夫事曾子、忠誠恭敬也。爲民望、言使民望而效之。沈猶行、弟子姓名也。言曾子嘗舍於沈猶氏。時有負芻者作亂、來攻沈猶氏。曾子率其弟子去之、不與其難。言師賓不與臣同。
【読み】
○曾子武城に居り、越の寇有り。或ひと曰く、寇至れり。盍ぞ去らざる、と。曰く、人を我が室に寓[よ]せて、其の薪木を毀[そこな]い傷[やぶ]ること無けん。寇退くときは則ち曰く、我が牆屋を脩[おさ]めよ、我將に反らんとす、と。寇退いて、曾子反る。左右曰く、先生を待すること、此の如く其れ忠ありて且敬あり。寇至るときは則ち先ず去って、以て民望と爲り、寇退くときは則ち反る。不可なるに殆[ちか]し。沈猶行曰く、是れ汝の知る所に非ず。昔[さき]に沈猶負芻の禍有り。先生に從う者七十人、未だ與ること有らず、と。與は去聲。○武城は魯の邑の名。盍は何不なり。左右は曾子の門人なり。忠敬は、武城の大夫の曾子に事うること、忠誠恭敬なるを言うなり。民望と爲るは、民に望みて之を效わしむることを言う。沈猶行は、弟子の姓名なり。言うこころは、曾子嘗て沈猶氏に舍[やど]る。時に負芻なる者有りて亂を作し、來りて沈猶氏を攻む。曾子其の弟子を率いて之を去り、其の難に與らず、と。師賓は臣と同じからざることを言う。

子思居於衛、有齊寇。或曰、寇至。盍去諸。子思曰、如伋去、君誰與守。言所以不去之意如此。
【読み】
子思衛に居り、齊の寇有り。或ひと曰く、寇至れり。盍ぞ諸を去さらざる、と。子思曰く、如し伋去らば、君誰と與にか守らん、と。言うこころは、去らざる所以の意此の如し。

孟子曰、曾子・子思同道。曾子、師也、父兄也。子思、臣也、微也。曾子・子思易地則皆然。微、猶賤也。尹氏曰、或遠害、或死難。其事不同者、所處之地不同也。君子之心、不繫於利害、惟其是而已。故易地則皆能爲之。○孔氏曰、古之聖賢、言行不同、事業亦異、而其道未始不同也。學者知此、則因所遇而應之、若權衡之稱物、低昂屢變、而不害其爲同也。
【読み】
孟子曰く、曾子・子思道を同じうす。曾子は師なり、父兄なり。子思は臣なり、微[いや]し。曾子・子思地を易えば則ち皆然らん、と。微は猶賤しのごとし。尹氏曰く、或は害に遠ざかり、或は難に死せんとす。其の事同じからざるは、處る所の地同じからざればなり。君子の心は、利害に繫らず、惟其れ是なるのみ。故に地を易うときは則ち皆能く之をす、と。○孔氏曰く、古の聖賢、言行同じからず、事業も亦異なり、而して其の道未だ始めより同じからずんばあらず。學者此を知るときは、則ち遇う所に因って之に應ずること、權衡の物を稱るに、低昂屢[しばしば ]變ずれども、而して其の同[ひと]しくするを害さざるが若し。


離婁章句下32
○儲子曰、王使人瞯夫子、果有以異於人乎。孟子曰、何以異於人哉。堯舜與人同耳。瞯、古莧反。○儲子、齊人也。瞯、竊視也。聖人亦人耳。豈有異於人哉。
【読み】
○儲子[ちょし]曰く、王人をして夫子を瞯[うかが]わしむ。果たして以て人に異なること有りや、と。孟子曰く、何を以てか人と異ならんや。堯舜も人と同じきのみ、と。瞯は古莧の反。○儲子は齊人なり。瞯は竊かに視るなり。聖人も亦人ならくのみ。豈人と異なること有らんや。


離婁章句下33
○齊人有一妻一妾而處室者。其良人出、則必饜酒肉而後反。其妻問所與飮食者、則盡富貴也。其妻告其妾曰、良人出、則必饜酒肉而後反。問其與飮食者、盡富貴也。而未嘗有顯者來。吾將瞯良人之所之也。蚤起、施從良人之所之。徧國中無與立談者。卒之東郭墦閒之祭者、乞其餘。不足、又顧而之他。此其爲饜足之道也。其妻歸、告其妾曰、良人者、所仰望而終身也。今若此。與其妾訕其良人、而相泣於中庭。而良人未之知也。施施從外來、驕其妻妾。施、音迤。又音易。墦、音燔。施施、如字。○章首當有孟子曰字。闕文也。良人、夫也。饜、飽也。顯者、富貴人也。施、邪施而行、不使良人知也。墦、冢也。顧、望也。訕、怨詈也。施施、喜悦自得之貌。
【読み】
○齊人一妻一妾にして室に處る者有り。其の良人出るときは、則ち必ず酒肉に饜[あ]いて後に反る。其の妻與に飮食する所の者を問うときは、則ち盡く富貴なり。其の妻其の妾に告げて曰く、良人出るときは、則ち必ず酒肉に饜いて後に反る。其の與に飮食する者を問うときは、盡く富貴なり。而れども未だ嘗て顯者の來ること有らず。吾將に良人の之く所を瞯わんとす。蚤[つと]に起きて、施[なな]めに良人の之く所に從う。國中を徧うすれども與に立って談[かた]る者無し。卒に東郭墦閒の祭る者に之いて、其の餘りを乞う。足らざれば、又顧[のぞ]んで他に之く。此れ其の饜足をするの道なり。其の妻歸って、其の妾に告げて曰く、良人は、仰ぎ望んで身を終うる所、今此の若し、と。其の妾と其の良人を訕[そし ]って、中庭に相泣く。而るを良人未だ之を知らず。施施として外より來って、其の妻妾に驕る。施は音迤。又音易。墦は音燔。施施は字の如し。○章の首に當に孟子曰の字有るべし。闕文ならん。良人は夫なり。饜は飽くなり。顯者は富貴の人なり。施は、邪施して行き、良人に知らしめざるなり。墦は冢なり。顧は望むなり。訕は怨み詈るなり。施施は、喜悦自得するの貌。

由君子觀之、則人之所以求富貴利達者、其妻妾不羞也、而不相泣者、幾希矣。孟子言、自君子而觀今之求富貴者、皆若此人耳。使其妻妾見之、不羞而泣者少矣。言可羞之甚也。○趙氏曰、言今之求富貴者、皆以枉曲之道、昏夜乞哀以求之、而以驕人於白日。與斯人何以異哉。
【読み】
君子より之を觀るときは、則ち人の富貴利達を求むる所以の者、其の妻妾羞じずして、相泣かざる者、幾希[すく]なけん。孟子言う、君子よりして今の富貴を求むる者を觀れば、皆此の人の若きのみ。其の妻妾に之を見せしめば、羞じて泣かざる者少なし、と。羞ず可きの甚だしきを言うなり。○趙氏曰く、言うこころは、今の富貴を求むる者は、皆枉曲の道を以て、昏夜には哀れみを乞い以て之を求め、而して以て人に白日に驕る。斯の人と何を以て異ならんや、と。