孟子卷之七     本文の読み下しは中村惕齋講述を参考とした、集註は我流。

盡心章句上 凡四十六章。

盡心章句上1
孟子曰、盡其心者、知其性也。知其性、則知天矣。心者、人之神明、所以具衆理而應萬事者也。性則心之所具之理、而天又理之所從以出者也。人有是心、莫非全體。然不竆理、則有所蔽、而無以盡乎此心之量。故能極其心之全體、而無不盡者、必其能竆夫理、而無不知者也。旣知其理、則其所從出、亦不外是矣。以大學之序言之、知性則物格之謂、盡心則知至之謂也。
【読み】
孟子曰く、其の心を盡くす者は、其の性を知る。其の性を知るときは、則ち天を知る。心は、人の神明にして、衆理を具えて萬事に應ずる所以の者なり。性は則ち心の具うる所の理にして、天も又理のよりて以て出る所の者なり。人是の心有るときは、全體に非ざること莫し。然れども理を竆めざるときは、則ち蔽わるる所有りて、以て此の心の量を盡くすこと無し。故に能く其の心の全體を極めて、盡くさざること無き者は、必ず其れ能く夫の理を竆めて、知らざること無き者なり。旣に其の理を知るときは、則ち其のよりて出る所も、亦是に外ならず。大學の序を以て之を言えば、性を知るは則ち物格るの謂、心を盡くすは則ち知至るの謂なり。

存其心、養其性、所以事天也。存、謂操而不舍。養、謂順而不害。事、則奉承而不違也。
【読み】
其の心を存し、其の性を養うは、天に事る所以なり。存は、操って舍てざることを謂う。養は、順って害わざることを謂う。事は、則ち奉承して違わざるなり。

殀壽不貳、脩身以俟之、所以立命也。殀壽、命之短長也。貳、疑也。不貳者、知天之至。脩身以俟死、則事天以終身也。立命、謂全其天之所賦、不以人爲害之。○程子曰、心也、性也、天也、一理也。自理而言、謂之天、自稟受而言、謂之性、自存諸人而言、謂之心。張子曰、由太虛、有天之名。由氣化、有道之名。合虛與氣、有性之名。合性與知覺、有心之名。愚謂、盡心知性而知天、所以造其理也。存心養性以事天、所以履其事也。不知其理、固不能履其事。然徒造其理而不履其事、則亦無以有諸己矣。知天而不以殀壽貳其心、智之盡也。事天而能脩身以俟死、仁之至也。智有不盡、固不知所以爲仁。然智而不仁、則亦將流蕩不法、而不足以爲智矣。
【読み】
殀壽貳[うたが]わず、身を脩めて以て之を俟つは、命を立つる所以なり、と。殀壽は、命の短長なり。貳は疑うなり。貳わずは、天を知るの至り。身を脩めて以て死を俟つは、則ち天に事えて以て身を終うるなり。命を立つは、其の天の賦す所を全うして、人爲を以て之を害わざることを謂う。○程子曰く、心、性、天は、一理なり。理よりして言えば、之を天と謂い、稟受[うまれつき]よりして言えば、之を性と謂い、人に存するよりして言えば、之を心と謂う、と。張子曰く、太虛に由り、天の名有り。氣化に由り、道の名有り。虛と氣とを合わせて、性の名有り。性と知覺とを合わせて、心の名有り、と。愚謂えらく、心に盡くし性を知りて天を知るは、其の理に造る所以なり。心を存し性を養い以て天に事るは、其の事を履む所以なり。其の理を知らざれば、固より其の事を履むこと能わず。然れども徒[ただ]其の理に造って其の事を履まざるときは、則ち亦以て諸を己に有つこと無し。天を知って殀壽を以て其の心を貳わざるは、智の盡くせるなり。天に事えて能く身を脩めて以て死を俟つは、仁の至りなり。智盡くさざること有れば、固より仁爲る所以を知らず。然れども智にして仁にあらざれば、則ち亦將に流蕩して法らず、以て智爲るに足らざらんとす。


盡心章句上2
○孟子曰、莫非命也。順受其正。人物之生、吉凶禍福、皆天所命。然惟莫之致而至者、乃爲正命。故君子脩身以俟之。所以順受乎此也。
【読み】
○孟子曰く、命に非ずということ莫し。順って其の正しきを受く。人物の生、吉凶禍福は、皆天の命ずる所なり。然れども惟之を致[まね]くこと莫くして至る者は、乃ち正命爲り。故に君子身を脩めて以て之を俟つ。此を順って受く所以なり。

是故知命者、不立乎巖牆之下。命、謂正命。巖牆、牆之將覆者。知正命、則不處危地以取覆壓之禍。
【読み】
是の故に命を知る者は、巖牆の下に立たず。命は正命を謂う。巖牆は、牆の將に覆らんとする者。正命を知るときは、則ち危地に處りて以て覆壓の禍を取らず。

盡其道而死者、正命也。盡其道、則所値之吉凶、皆莫之致而至者矣。
【読み】
其の道を盡くして死する者は、正命なり。其の道を盡くすときは、則ち値[あ]う所の吉凶、皆之を致くこと莫くして至る者なり。

桎梏死者、非正命也。桎梏、所以拘罪人者。言犯罪而死、與立巖牆之下者同、皆人所取、非天所爲也。○此章與上章、蓋一時之言。所以發其末句未盡之意。
【読み】
桎梏して死する者は、正命に非ざるなり、と。桎梏は、以て罪人を拘する所の者。言うこころは、罪を犯して死すと、巖牆の下に立つ者とは同じく、皆人の取る所にて、天のする所に非ず、と。○此の章と上章とは、蓋し一時の言ならん。其の末句未だ盡くさざるの意を發す所以なり。


盡心章句上3
○孟子曰、求則得之、舍則失之、是求有益於得也。求在我者也。舍、上聲。○在我者、謂仁義禮智、凡性之所有者。
【読み】
○孟子曰く、求むるときは則ち之を得、舍つるときは則ち之を失うは、是れ求めて得るに益有るなり。我に在る者を求むればなり。舍は上聲。○我に在る者は、仁義禮智、凡そ性の有る所の者を謂う。

求之有道、得之有命、是求無益於得也。求在外者也。有道、言不可妄求。有命、則不可必得。在外者、謂富貴利達。凡外物皆是。○趙氏曰、言爲仁由己、富貴在天。如不可求、從吾所好。
【読み】
之を求むるに道有り、之を得るに命有るは、是れ求めて得るに益無きなり。外に在る者を求むればなり。道有りは、言うこころは、妄りに求むる可からず、と。命有れば、則ち必ずしも得可からず。外に在る者は、富貴利達を謂う。凡そ外物は皆是れなり。○趙氏曰く、言うこころは、仁をするは己に由り、富貴は天に在り。如し求むる可からざるときは、吾が好む所に從わん、と。


盡心章句上4
○孟子曰、萬物皆備於我矣。此言理之本然也。大則君臣父子、小則事物細微、其當然之理、無一不具於性分之内也。
【読み】
○孟子曰く、萬物皆我に備わる。此れ理の本然を言うなり。大いは則ち君臣父子より、小しきは則ち事物の細微まで、其の當然の理の、一つとして性分の内に具わらずということ無し。

反身而誠、樂莫大焉。樂、音洛。○誠、實也。言反諸身、而所備之理、皆如惡惡臭、好好色之實然、則其行之、不待勉強而無不利矣。其爲樂、孰大於是。
【読み】
身に反って誠ある、樂しみ焉より大いなるは莫し。樂は音洛。○誠は實なり。言うこころは、諸を身に反して、備うる所の理、皆惡臭を惡み、好色を好むの實然の如きときは、則ち其の之を行うこと、勉め強いることを待たずして利にあらずということ無し。其の樂しみとすること、孰れか是より大いならん、と。

強恕而行、求仁莫近焉。強、上聲。○強、勉強也。恕、推己以及人也。反身而誠、則仁矣。其有未誠、則是猶有私意之隔、而理未純也。故當凡事勉強、推己及人、庶幾心公理得、而仁不遠也。○此章言、萬物之理、具於吾身。體之而實、則道在我、而樂有餘。行之以恕、則私不容、而仁可得。
【読み】
強[つと]め恕[おもんばか]って行う、仁を求むること焉より近きは莫し、と。強は上聲。○強は、勉め強いるなり。恕は、己を推して以て人に及ぼすなり。身に反って誠あるは、則ち仁なり。其れ未だ誠ならざること有るときは、則ち是れ猶私意の隔有りて、理未だ純ならず。故に當に凡そ事勉め強いて、己を推して人に及ぼすべくして、心公に理得られ、仁遠からざらんことを庶幾す。○此の章言うこころは、萬物の理は、吾が身に具わる。之を體して實あるときは、則ち道我に在りて、樂しみ餘り有り。之を行うに恕を以てするときは、則ち私容れられずして、仁を得可し、と。


盡心章句上5
○孟子曰、行之而不著焉。習矣。而不察焉。終身由之、而不知其道者衆也。著者、知之明。察者、識之精。言方行之、而不能明其所當然、旣習矣、而猶不識其所以然、所以終身由之、而不知其道者多也。
【読み】
○孟子曰く、之を行うときにして著[あき]らかならず。習えり。而も察[つまび]らかならず。身を終うるまで之に由れども、而も其の道を知らざる者衆し、と。著は、知ることの明らかなり。察は、識ることの精しきなり。言うこころは、方に之を行うときにして、其の當に然るべき所を明らかにすること能わず、旣に習って、猶其の然る所以を識らざるは、身を終うるまで之に由れども、而も其の道を知らざる者多き所以なり、と。

盡心章句上6
○孟子曰、人不可以無恥。無恥之恥、無恥矣。趙氏曰、人能恥己之無所恥、是能改行從善之人。終身無復有恥辱之累矣。
【読み】
○孟子曰く、人以て恥ずること無くんばある可らかず。恥ずること無きを恥ずるときは、恥無し、と。趙氏曰く、人能く己の恥ずる所無きことを恥ずるときは、是れ能く行いを改め善に從うの人なり。身を終うるまで復恥辱の累[わざわい]有ること無し、と。


盡心章句上7
○孟子曰、恥之於人大矣。恥者、吾所固有羞惡之心也。存之則進於聖賢、失之則入於禽獸、故所繫爲甚大。
【読み】
○孟子曰く、恥の人に於ること大いなり。恥は、吾固より有る所の羞惡の心なり。之を存するときは則ち聖賢に進み、之を失うときは則ち禽獸に入る。故に繫る所甚だ大いなりとす。

爲機變之巧者、無所用恥焉。爲機械變詐之巧者、所爲之事、皆人所深恥、而彼方且自以爲得計。故無所用其愧恥之心也。
【読み】
機變の巧をする者は、恥を用うる所無し。機械變詐の巧をする者は、する所の事、皆人の深く恥ずる所にして、彼方且に自ら以て計を得たりとす。故に其の愧恥の心を用うる所無し。

不恥不若人、何若人有。但無恥一事、不如人、則事事不如人矣。或曰、不恥其不如人、則何能有如人之事。其義亦通。○或問、人有恥不能之心如何。程子曰、恥其不能而爲之、可也。恥其不能而掩藏之、不可也。
【読み】
人に若かざるは恥じずして、何か人に若くこと有らん、と。但恥ずること無きの一事、人に如かざるときは、則ち事事人に如かず。或ひと曰く、其の人に如かざることを恥じざるときは、則ち何ぞ能く人に如く事有らん、と。其の義亦通ず。○或ひと問う、人不能を恥ずるの心有るときは如何、と。程子曰く、其の不能を恥じて之をするは、可なり。其の不能を恥じて之を掩い藏すは、不可なり、と。


盡心章句上8
○孟子曰、古之賢王好善而忘勢。古之賢士何獨不然。樂其道而忘人之勢。故王公不致敬盡禮、則不得亟見之。見且猶不得亟、而況得而臣之乎。好、去聲。樂、音洛。亟、去吏反。○言君當屈己以下賢、士不枉道而求利。二者勢若相反、而實則相成。蓋亦各盡其道而已。
【読み】
○孟子曰く、古の賢王は善を好みんじて勢を忘る。古の賢士も何ぞ獨[こと]に然らざらん。其の道を樂しんで人の勢を忘る。故に王公敬を致し禮を盡くさざるときは、則ち亟々[しばしば]之に見うことを得ず。見うことすら且つ猶亟々することを得ず、而るを況や得て之を臣とせんや、と。好は去聲。樂は音洛。亟は去吏の反。○言うこころは、君當に己を屈めて以て賢に下るべく、士は道を枉げて利を求めず。二つの者の勢相反くが若くして、實は則ち相成す。蓋し亦各々其の道を盡くすのみ、と。


盡心章句上9
○孟子謂宋句踐曰、子好遊乎。吾語子遊。句、音鉤。好・語、皆去聲。○宋、姓。句踐、名。遊、遊說也。
【読み】
○孟子宋句踐に謂って曰く、子遊を好むか。吾子に遊を語げん。句は音鉤。好・語は皆去聲。○宋は姓。句踐は名。遊は遊說なり。

人知之、亦囂囂。人不知、亦囂囂。趙氏曰、囂囂、自得無欲之貌。
【読み】
人之を知れども、亦囂囂[ごうごう]たり。人知らざれども、亦囂囂たり、と。趙氏曰く、囂囂は、自得して無欲の貌。

曰、何如斯可以囂囂矣。曰、尊德樂義、則可以囂囂矣。樂、音洛。○德、謂所得之善。尊之、則有以自重、而不慕乎人爵之榮。義、謂所守之正。樂之、則有以自安、而不徇乎外物之誘矣。
【読み】
曰く、何如してか斯ち以て囂囂たる可けん、と。曰く、德を尊び義を樂しむときは、則ち以て囂囂たる可し。樂は音洛。○德は、得る所の善を謂う。之を尊ぶときは、則ち以て自ら重んずること有りて、人爵の榮を慕わず。義は、守る所の正しきを謂う。之を樂しむときは、則ち以て自ら安んずること有りて、外物の誘いに徇わず。

故士竆不失義、達不離道。離、力智反。○言不以貧賤而移、不以富貴而淫。此尊德樂義、見於行事之實也。
【読み】
故に士は竆しても義を失わず、達しても道を離れず。離は力智の反。○言うこころは、貧賤を以てして移らず、富貴を以てして淫れず。此れ德を尊び義を樂しむことの、行事に見われたる實なり、と。

竆不失義。故士得己焉。達不離道。故民不失望焉。得己、言不失己也。民不失望、言人素望其興道致治、而今果如所望也。
【読み】
竆しても義を失わず。故に士己を得。達しても道を離れず。故に民望みを失わず。己を得は、己を失わざることを言う。民望みを失わずは、人素より其の道を興し治を致さんことを望んで、今果たして望む所の如くなるを言うなり。

古之人、得志、澤加於民。不得志、脩身見於世。竆則獨善其身、達則兼善天下。見、音現。○見、謂名實之顯著也。此又言士得己、民不失望之實。○此章言、内重而外輕、則無往而不善。
【読み】
古の人、志を得れば、澤民に加わる。志を得ざれば、身を脩めて世に見わる。竆するときは則ち獨り其の身を善くし、達するときは則ち兼ねて天下を善くす、と。見は音現。○見わるは、名實の顯著なるを謂うなり。此も又士己を得、民望みを失わずの實を言う。○此の章言うこころは、内重くして外輕きときは、則ち往くとして善からずということ無し、と。


盡心章句上10
○孟子曰、待文王而後興者、凡民也。若夫豪傑之士、雖無文王猶興。夫、音扶。○興者、感動奮發之意。凡民、庸常之人也。豪傑、有過人之才智者也。蓋降衷秉彝、人所同得。惟上智之資、無物欲之蔽。爲能無待於敎、而自能感發以有爲也。
【読み】
○孟子曰く、文王を待って而して後に興る者は、凡民なり。夫の豪傑の士の若きは、文王無しと雖も猶興る、と。夫は音扶。○興るは、感動して奮い發るの意。凡民は、庸常の人なり。豪傑は、人に過ぎたる才智有る者なり。蓋し衷を降し彝を秉ることは、人同じく得る所なり。惟上智の資のみ、物欲の蔽無し。能く敎を待つこと無くして、自ら能く感發して以てすること有らんとす。


盡心章句上11
○孟子曰、附之以韓魏之家、如其自視欿然、則過人遠矣。欿、音坎。○附、益也。韓魏、晉卿富家也。欿然、不自滿之意。尹氏曰、言有過人之識、則不以富貴爲事。
【読み】
○孟子曰く、之に附[ま]すに韓魏の家を以てすれども、如し其の自ら視ること欿然[かんぜん]たるときは、則ち人に過[こ]えたること遠し、と。欿は音坎。○附は益すなり。韓魏は、晉の卿の富家なり。欿然は、自ら滿たざるの意。尹氏曰く、言うこころは、人に過えたる識有れば、則ち富貴を以て事とせず、と。


盡心章句上12
○孟子曰、以佚道使民、雖勞不怨。以生道殺民、雖死不怨殺者。程子曰、以佚道使民、謂本欲佚之也。播穀乘屋之類是也。以生道殺民、謂本欲生之也。除害去惡之類是也。蓋不得已而爲其所當爲、則雖咈民之欲、而民不怨。其不然者反是。
【読み】
○孟子曰く、佚道を以て民を使わば、勞すと雖も怨みず。生道を以て民を殺せば、死すと雖も殺す者を怨みず、と。程子曰く、佚道を以て民を使うは、本より之を佚にせまく欲することを謂うなり。穀を播かせ屋に乘らしむるの類、是れなり。生道を以て民を殺すは、本より之を生かさまく欲することを謂う。害を除き惡を去るの類、是れなり。蓋し已むことを得ずして其の當にする所をするときは、則ち民の欲するに咈[もと]ると雖も、民怨みず。其の然らざるときは是に反す、と。


盡心章句上13
○孟子曰、霸者之民、驩虞如也。王者之民、皞皞如也。皞、胡老反。○驩虞、與歡娯同。皞皞、廣大自得之貌。程子曰、驩虞、有所造爲而然。豈能久也。耕田鑿井、帝力何有於我。如天之自然、乃王者之政。楊氏曰、所以致人驩虞、必有違道干譽之事。若王者則如天。亦不令人喜、亦不令人怒。
【読み】
○孟子曰く、霸者の民は、驩虞如たり。王者の民は、皞皞如たり。皞は胡老の反。○驩虞は歡娯と同じ。皞皞は、廣く大いにして自ら得るの貌。程子曰く、驩虞は、造爲する所有りて然り。豈能く久しからん。田を耕し井を鑿ち、帝力何か我に有らんは、天の自然の如く、乃ち王者の政なり、と。楊氏曰く、人の驩虞を致[まね]く所以は、必ず道に違いて譽を干むる事有ればなり。王者の若きは則ち天の如し。亦人を喜ばしめず、亦人を怒らしめず、と。

殺之而不怨、利之而不庸、民日遷善而不知爲之者。此所謂皞皞如也。庸、功也。豐氏曰、因民之所惡而去之。非有心於殺之也。何怨之有。因民之所利而利之。非有心於利之也。何庸之有。輔其性之自然、使自得之。故民日遷善而不知誰之所爲也。
【読み】
之を殺せども而も怨みず、之を利すれども而も庸[いさお]しとせず、民日々に善に遷れども而も之をする者を知らず。此れ所謂皞皞如なり。庸は功なり。豐氏曰く、民の惡む所に因りて之を去つ。之を殺すに心有るに非ず。何の怨むこと有らん。民の利とする所に因りて之を利する。之を利するに心有るに非ず。何の庸しとすること有らん。其の性の自然を輔け、自ら之を得さしむ。故に民日々に善に遷れども而も誰のする所なるかを知らず、と。

夫君子所過者化、所存者神。上下與天地同流。豈曰小補之哉。夫、音扶。○君子、聖人之通稱也。所過者化、身所經歴之處、卽人無不化。如舜之耕歴山、而田者遜畔、陶河濱、而器不苦窳也。所存者神、心所存主處便神妙不測。如孔子之立斯立、道斯行、綏斯來、動斯和、莫知其所以然而然也。是其德業之盛、乃與天地之化同運並行、舉一世而甄陶之。非如霸者但小小補塞其罅漏而已。此則王道之所以爲大、而學者所當盡心也。
【読み】
夫れ君子は過ぐる所の者化し、存する所の者神なり。上下天地と流を同じうす。豈小しき之を補うと曰んや、と。夫は音扶。○君子は、聖人の通稱なり。過ぐる所の者化すは、身經歴する所の處は、卽ち人化せざること無し。舜の歴山に耕して、田つくる者畔を遜り、河濱に陶して、器苦窳せざるが如し。存する所の者神は、心の存主する所の處は、便ち神妙にして測れず。孔子の立つるときは斯に立ち、道[みちび]くときは斯に行い、綏[やす]んずるときは斯に來り、動かすときは斯に和らぐの如きは、其の然る所以を知ること莫くして然り。是れ其の德業の盛んなること、乃ち天地の化と同じく運り並びて行われ、一世を舉げて之を甄陶[けんとう]す。霸者の但小小として其の罅漏[かろう]を補塞するが如きのみに非ず。此れ則ち王道の大いなりとする所以にして、學者當に心を盡くすべき所なり。


盡心章句上14
○孟子曰、仁言、不如仁聲之入人深也。程子曰、仁言、謂以仁厚之言加於民。仁聲、謂仁聞。謂有仁之實、而爲衆所稱道者也。此尤見仁德之昭著。故其感人尤深也。
【読み】
○孟子曰く、仁言は、仁聲の人に入ること深きに如かず。程子曰く、仁言は、仁厚の言を以て民に加うることを謂う。仁聲は、仁聞を謂う。仁の實有りて、衆の稱道する所と爲る者を謂う。此れ尤も仁德の昭著なるを見る。故に其の人を感じせしむること尤も深し、と。

善政、不如善敎之得民也。政、謂法度禁令。所以制其外也。敎、謂道德齊禮。所以格其心也。
【読み】
善政は、善敎の民を得るに如かず。政は、法度禁令を謂う。其の外を制する所以なり。敎は、道德齊禮を謂う。其の心を格す所以なり。

善政民畏之。善敎民愛之。善政得民財。善敎得民心。得民財者、百姓足而君無不足也。得民心者、不遺其親、不後其君也。
【読み】
善政は民之を畏る。善敎は民之を愛す。善政は民の財を得。善敎は民の心を得、と。民の財を得は、百姓足りて君足らざること無きなり。民の心を得は、其の親を遺てず、其の君を後にせざるなり。


盡心章句上15
○孟子曰、人之所不學而能者、其良能也。所不慮而知者、其良知也。良者、本然之善也。程子曰、良知良能、皆無所由。乃出於天、不繫於人。
【読み】
○孟子曰く、人の學びずして能くする所の者は、其の良能なり。慮らずして知る所の者は、其の良知なり。良は、本然の善なり。程子曰く、良知良能は、皆由る所無し。乃ち天より出でて、人に繫らず、と。

孩提之童、無不知愛其親也。及其長也、無不知敬其兄也。長、上聲。下同。○孩提、二三歳之閒、知孩笑、可提抱者也。愛親敬長、所謂良知良能者也。
【読み】
孩提の童も、其の親を愛することを知らずということ無し。其の長[ひととなる]に及んで、其の兄を敬うことを知らずということ無し。長は上聲。下も同じ。○孩提は、二三歳の閒、孩笑することを知って、提抱す可き者なり。親を愛し長を敬うは、所謂良知良能なる者なり。

親親、仁也。敬長、義也。無他。達之天下也。言親親敬長、雖一人之私、然達之天下、無不同者。所以爲仁義也。
【読み】
親を親しんずるは、仁なり。長を敬うは、義なり。他無し。之を天下に達すればなり、と。言うこころは、親を親しみ長を敬うは、一人の私と雖も、然れども之を天下に達するときは、同じからざる者無し。仁義爲る所以なり、と。


盡心章句上16
○孟子曰、舜之居深山之中、與木石居、與鹿豕遊。其所以異於深山之野人者幾希。及其聞一善言、見一善行、若決江河。沛然莫之能禦也。行、去聲。○居深山、謂耕歴山時也。蓋聖人之心、至虛至明、渾然之中、萬理畢具。一有感觸、則其應甚速、而無所不通。非孟子造道之深、不能形容至此也。
【読み】
○孟子曰く、舜の深山の中に居り、木石と居り、鹿豕と遊ぶ。其の深山の野人に異なる所以の者幾希[すこ]しきなり。其の一善言を聞き、一善行を見るに及んでは、江河を決[さく]るが若し。沛然として之を能く禦むること莫し、と。行は去聲。○深山に居るは、歴山に耕す時を謂うなり。蓋し聖人の心は、至りて虛しく至りて明らかにて、渾然の中、萬理畢[ことごと]く具わる。一たび感觸すること有れば、則ち其の應甚だ速やかにして、通ぜざる所無し。孟子道に造ることの深きに非ざれば、形容此に至ること能わず。

盡心章句上17
○孟子曰、無爲其所不爲、無欲其所不欲、如此而已矣。李氏曰、有所不爲不欲、人皆有是心也。至於私意一萌、而不能以禮義制之、則爲所不爲、欲所不欲者多矣。能反是心、則所謂擴充其羞惡之心者、而義不可勝用矣。故曰如此而已矣。
【読み】
○孟子曰く、其のすまじき所をすること無く、其の欲[ねが]うまじき所を欲うこと無し。此の如くするのみ、と。李氏曰く、すまじく欲うまじき所有るは、人皆是の心有ればなり。私意一たび萌して、禮義を以て之を制すること能わざるに至るときは、則ちすまじき所をして、欲うまじき所を欲う者多し。能く是の心に反るときは、則ち所謂其の羞惡の心を擴充する者にして、義勝[あ]げて用う可からず。故に此の如くするのみと曰う、と。


盡心章句上18
○孟子曰、人之有德慧術知者、恒存乎疢疾。知、去聲。疢、丑刃反。○德慧者、德之慧。術知者、術之知。○疢疾、猶災患也。言人必有疢疾、則能動心忍性、增益其所不能也。
【読み】
○孟子曰く、人の德慧術知有ること、恒に疢疾[ちんしつ]に存り。知は去聲。疢は丑刃の反。○德慧は、德の慧[さと]きなり。術知は、術の知なり。○疢疾は、猶災患のごとし。言うこころは、人必ず疢疾有るときは、則ち能く心を動かし性を忍び、其の能わざる所を增益す、と。

獨孤臣孼子、其操心也危、其慮患也深。故達。孤臣、遠臣。孼子、庶子。皆不得於君親、而常有疢疾者也。達、謂達於事理。卽所謂德慧術知也。
【読み】
獨[ただ]孤臣孼子[げつし]、其の心を操ること危く、其の患えを慮ること深し。故に達す、と。孤臣は遠臣。孼子は庶子。皆君親に得ずして、常に疢疾有る者なり。達は、事理に達することを謂う。卽ち所謂德慧術知なり。


盡心章句上19
○孟子曰、有事君人者。事是君則爲容悦者也。阿徇以爲容、逢迎以爲悦。此鄙夫之事、妾婦之道也。
【読み】
○孟子曰く、君に事うる人という者有り。是の君に事うるときは則ち容悦をする者なり。阿り徇いて以て容れられんとし、逢迎して以て悦ばしむることをす。此れ鄙夫の事、妾婦の道なり。

有安社稷臣者。以安社稷爲悦者也。言大臣之計安社稷、如小人之務悦其君。眷眷於此而不忘也。
【読み】
社稷を安んずる臣という者有り。社稷を安んずるを以て悦ばしむることをする者なり。言うこころは、大臣の社稷を安んずることを計るは、小人の務めて其の君を悦ばしむるが如し。此に眷眷として忘れざるなり、と。

有天民者。達可行於天下、而後行之者也。民者、無位之稱。以其全盡天理、乃天之民、故謂之天民。必其道可行於天下、然後行之。不然、則寧沒世不見知而不悔。不肯小用其道以徇於人也。張子曰、必功覆斯民、然後出。如伊呂之徒。
【読み】
天民という者有り。達して天下に行わる可くして、而して後に之を行う者なり。民は、位無きの稱。其れ全て天理を盡くせば、乃ち天の民なるを以て、故に之を天民と謂う。必ず其の道の天下に行う可くして、然して後に之を行う。然らざるときは、則ち寧ろ世を沒するまで知られざれども悔いず。肯えて小しく其の道を用いて以て人に徇わず。張子曰く、必ず功斯の民に覆い、然して後に出づ。伊呂の徒の如し、と。

有大人者。正己而物正者也。大人、德盛而上下化之、所謂見龍在田。天下文明者。○此章言、人品不同、略有四等。容悦佞臣不足言。安社稷則忠矣。然猶一國之士也。天民則非一國之士矣。然猶有意也。無意無必、惟其所在而物無不化、惟聖者能之。
【読み】
大人という者有り。己を正しうして物正しき者なり、と。大人は、德盛んにして上下之に化す。所謂見龍田に在り。天下文明なる者なり。○此の章言こころは、人品同じからざること、略四等有り。容悦の佞臣は言うに足らず。社稷を安んずるは則ち忠なり。然れども猶一國の士なり。天民は則ち一國の士に非ず。然れども猶意有り。意無く必無く、惟其の在る所のままにして物化せずということ無きは、惟聖者のみ之を能くす、と。


盡心章句上20
○孟子曰、君子有三樂。而王天下不與存焉。樂、音洛。王・與、皆去聲。下並同。
【読み】
○孟子曰く、君子に三つの樂しみ有り。而して天下に王たるは與り存せず。樂は音洛。王・與は皆去聲。下も並同じ。

父母倶存、兄弟無故、一樂也。此人所深願、而不可必得者。今旣得之、其樂可知。
【読み】
父母倶に存し、兄弟故無きは、一つの樂しみなり。此れ人の深く願う所にして、必ずしも得可からざる者なり。今旣に之を得るときは、其の樂しみ知る可し。

仰不愧於天、俯不怍於人。二樂也。程子曰、人能克己、則仰不愧、俯不怍、心廣體胖。其樂可知。有息則餒矣。
【読み】
仰いで天に愧じず、俯して人に怍[は]じず。二つの樂しみなり。程子曰く、人能く己に克つときは、則ち仰いで愧じず、俯して怍じず、心廣く體胖かなり。其の樂しみ知る可し。息むこと有れば則ち餒[う]ゆ、と。

得天下英才而敎育之。三樂也。盡得一世明睿之才、而以所樂乎己者、敎而養之、則斯道之傳、得之者衆、而天下後世、將無不被其澤矣。聖人之心、所願欲者、莫大於此。今旣得之、其樂爲何如哉。
【読み】
天下の英才を得て之を敎育す。三つの樂しみなり。盡く一世の明睿の才を得て、己に樂しむ所の者を以て、敎えて之を養うときは、則ち斯の道の傳、之を得る者衆くして、天下後世、將に其の澤を被らざること無からんとす。聖人の心、願い欲する所の者は、此より大いなるは莫し。今旣に之を得るときは、其の樂しみ何如とかせんや。

君子有三樂。而王天下不與存焉。林氏曰、此三樂者、一係於天、一係於人。其可以自致者、惟不愧不怍而已。學者可不勉哉。
【読み】
君子に三つの樂しみ有り。而して天下に王たるは與り存せず、と。林氏曰く、此の三つの樂しみは、一つは天に係り、一つは人に係る。其の以て自ら致す可き者は、惟愧じず怍じざることのみ。學者勉めざる可けんや、と。


盡心章句上21
○孟子曰、廣土衆民、君子欲之、所樂不存焉。樂は音洛。下も同じ。○地闢民聚、澤可遠施。故君子欲之。然未足以爲樂也。
【読み】
○孟子曰く、廣土衆民、君子之を欲すれども、樂しむ所存せず。樂は音洛。下も同じ。○地闢け民聚まるときは、澤遠く施す可し。故に君子之を欲す。然れども未だ以て樂しみとするに足らず。

中天下而立、定四海之民。君子樂之、所性不存焉。其道大行、無一夫不被其澤。故君子樂之。然其所得於天者、則不在是也。
【読み】
天下に中して立ち、四海の民を定む。君子之を樂しめども、性たる所存せず。其の道大いに行われて、一夫も其の澤を被らずということ無し。故に君子之を樂しむ。然れども其の天に得る所の者は、則ち是に在せず。

君子所性、雖大行不加焉、雖竆居不損焉。分定故也。分、去聲。○分者、所得於天之全體。故不以竆達而有異。
【読み】
君子の性たる所、大いに行わると雖も加わらず、竆居すと雖も損せず。分定まれるが故なり。分は去聲。○分は、天に得る所の全體。故に竆達を以て異なること有らず。

君子所性、仁義禮智根於心、其生色也、睟然見於面、盎於背、施於四體、四體不言而喩。睟、音粹。見、音現。盎、烏浪反。○上言所性之分、與所欲所樂不同、此乃言其蘊也。仁義禮智、性之四德也。根、本也。生、發見也。睟然、淸和潤澤之貌。盎、豐厚盈溢之意。施於四體、謂見於動作威儀之閒也。喩、曉也。四體不言而喩、言四體不待吾言、而自能曉吾意也。蓋氣稟淸明、無物欲之累、則性之四德根本於心、其積之盛、則發而著見於外者、不待言而無不順也。程子曰、睟面盎背、皆積盛致然。四體不言而喩、惟有德者能之。○此章言、君子固欲其道之大行。然其所得於天者、則不以是而有所加損也。
【読み】
君子の性たる所、仁義禮智心に根ざし、其の色に生[な]ること、睟然[すいぜん]として面に見れ、背に盎[あふ]れ、四體に施し、四體言わずして喩る、と。睟は音粹。見は音現。盎は烏浪の反。○上は、性たる所の分は、欲する所樂しむ所と同じからざることを言い、此は乃ち其の蘊を言う。仁義禮智は、性の四德なり。根は本づくなり。生は、發見なり。睟然は、淸く和らぎて潤澤なる貌。盎は、豐かに厚くして盈ち溢るるの意。四體に施すは、動作威儀の閒に見るることを謂う。喩は曉すなり。四體言わずして喩るは、四體吾が言を待たずして、自ら能く吾が意を曉ることを言う。蓋し氣稟淸明にして、物欲の累い無ければ、則ち性の四德心に根本[もと]づき、其の積むこと盛んなれば、則ち發して外に著見する者、言を待たずして順わずということ無し。程子曰く、面に睟[あらわ]れ背に盎るるは、皆積むこと盛んにして然るに致る。四體言わずして喩るは、惟有德者のみ之を能くす。○此の章言うこころは、君子固より其の道の大いに行われんことを欲す。然れども其の天に得る所の者は、則ち是を以てして加損する所有らず、と。


盡心章句上22
○孟子曰、伯夷辟紂、居北海之濱、聞文王作、興曰、盍歸乎來。吾聞、西伯善養老者。太公辟紂、居東海之濱、聞文王作、興曰、盍歸乎來。吾聞、西伯善養老者。天下有善養老、則仁人以爲己歸矣。辟、去聲。下同。大、他蓋反。○己歸、謂己之所歸。餘見前篇。
【読み】
○孟子曰く、伯夷紂を辟けて、北海の濱に居り、文王の作[おこ]るを聞いて、興って曰く、盍ぞ歸せざらんや。吾聞く、西伯は善く老を養う者なり、と。太公紂を辟けて、東海の濱に居り、文王の作るを聞いて、興って曰く、盍ぞ歸せざらんや。吾聞く、西伯は善く老を養う者なり、と。天下に善く老を養う有るときは、則ち仁人以て己が歸[よんどころ]とす。辟は去聲。下も同じ。大は他蓋の反。○己が歸は、己の歸する所を謂う。餘は前篇に見ゆ。

五畝之宅、樹牆下以桑、匹婦蠶之、則老者足以衣帛矣。五母雞、二母彘、無失其時、老者足以無失肉矣。百畝之田、匹夫耕之、八口之家可以無飢矣。衣、去聲。○此文王之政也。一家養母雞五、母彘二也。餘見前篇。
【読み】
五畝の宅、牆下に樹うるに桑を以てして、匹婦之に蠶[こかう]ときは、則ち老者以て帛衣るに足る。五つの母雞、二つの母彘[てい]、其の時を失うこと無ければ、老者以て肉を失うこと無きに足る。百畝の田、匹夫之を耕せば、八口の家以て飢うること無かる可し。衣は去聲。○此れ文王の政なり。一家ごとに母雞五つ、母彘二つを養うなり。餘は前篇に見ゆ。

所謂西伯善養老者、制其田里、敎之樹畜、導其妻子、使養其老。五十非帛不煖、七十非肉不飽。不煖不飽、謂之凍餒。文王之民、無凍餒之老者、此之謂也。田、謂百畝之田。里、謂五畝之宅。樹、謂耕桑。畜、謂雞彘也。趙氏曰、善養老者、敎導之使可以養其老耳。非家賜而人益之也。
【読み】
所謂西伯善く老を養うとは、其の田里を制し、之に樹畜を敎え、其の妻子を導き、其の老を養わしむ。五十にしては帛に非ざれば煖かならず、七十にしては肉に非ざれば飽かず。煖かならず飽かざる、之を凍餒[とうたい]と謂う。文王の民、凍餒の老無しとは、此を謂うなり。田は、百畝の田を謂う。里は、五畝の宅を謂う。樹は、耕桑を謂う。畜は、雞彘を謂うなり。趙氏曰く、善く老を養う者は、之を敎導して、以て其の老を養う可からしむのみ。家々に賜して人々に之を益[ま]すに非ざるなり、と。


盡心章句上23
○孟子曰、易其田疇、薄其稅斂、民可使富也。易・斂、皆去聲。易、治也。疇、耕治之田也。
【読み】
○孟子曰く、其の田疇を易[おさ]め、其の稅斂を薄くせば、民富ましめつ可し。易・斂は皆去聲。易は治むなり。疇は、耕し治むる田なり。

食之以時、用之以禮、財不可勝用也。勝、音升。○敎民節儉、則財用足矣。
【読み】
之を食らうに時を以てし、之を用うるに禮を以てせば、財勝[あ]げて用う可からず。勝は音升。○民に節儉を敎うるときは、則ち財用足る。

民非水火不生活。昏暮叩人之門戶、求水火、無弗與者。至足矣。聖人治天下、使有菽粟如水火。菽粟如水火、而民焉有不仁者乎。焉、於虔反。○水火、民之所急、宜其愛之、而反不愛者、多故也。尹氏曰、言禮義生於富足。民無常產、則無常心矣。
【読み】
民水火に非ざれば生活せず。昏暮に人の門戶を叩いて、水火を求むるに、與えずという者無し。至って足ればなり。聖人天下を治むれば、菽粟有ること水火の如くならしむ。菽粟水火如くして、民焉んぞ不仁なる者有らんや、と。焉は於虔の反。○水火は、民の急なる所にして、宜しく其れ之を愛むべくして、反って愛まざるは、多き故なり。尹氏曰く、言うこころは、禮義は富み足るに生[な]る。民常の產無きときは、則ち常の心無し、と。


盡心章句上24
○孟子曰、孔子登東山而小魯、登太山而小天下。故觀於海者難爲水。遊於聖人之門者難爲言。此言聖人之道大也。東山、蓋魯城東之高山、而太山則又高矣。此言、所處益高、則其視下益小。所見旣大、則其小者不足觀也。難爲水、難爲言、猶仁不可爲衆之意。
【読み】
○孟子曰く、孔子は東山に登りて魯を小しきなりとし、太山に登りて天下を小しきなりとす。故に海を觀る者には水を爲し難し。聖人の門に遊ぶ者は言を爲し難し。此れ聖人の道の大いなることを言う。東山は、蓋し魯の城東の高山にして、太山は則ち又高し。此れ言うこころは、處る所益々高きときは、則ち其の下を視ること益々小しきなり。見る所旣に大いなるときは、則ち其の小しき者は觀るに足らざるなり、と。水を爲し難しと言を爲し難しは、猶仁には衆を爲す可からずの意のごとし。

觀水有術。必觀其瀾。日月有明。容光必照焉。此言道之有本也。瀾、水之湍急處也。明者、光之體。光者、明之用也。觀水之瀾、則知其源之有本矣。觀日月於容光之隙無不照、則知其明之有本矣。
【読み】
水を觀るに術有り。必ず其の瀾[せ]を觀る。日月明有り。容光必ず照らす。此れ道の本有ることを言うなり。瀾は、水の湍急なる處なり。明は、光の體。光は、明の用なり。水の瀾を觀れば、則ち其の源の本有ることを知る。日月の容光の隙に於ても照らさずということ無きを觀れば、則ち其の明の本有ることを知る。

流水之爲物也、不盈科不行。君子之志於道也、不成章不達。言學當以漸、乃能至也。成章、所積者厚、而文章外見也。達者、足於此而通於彼也。○此章言、聖人之道大而有本。學之者必以其漸、乃能至也。
【読み】
流水の物爲る、科[あな]に盈たざれば行かず。君子の道に志すも、章[あや]を成さざれば達せず、と。言うこころは、學は當に漸を以てすべくして、乃ち能く至るなり。章を成すは、積む所の者厚くして、文章外に見[あらわ]るなり。達すは、此に足りて彼に通ずるなり。○此の章言うこころは、聖人の道大いにして本有り。之を學ぶ者必ず其の漸を以てして、乃ち能く至る、と。


盡心章句上25
○孟子曰、雞鳴而起、孳孳爲善者、舜之徒也。孳孳、勤勉之意。言雖未至於聖人、亦是聖人之徒也。
【読み】
○孟子曰く、雞鳴いて起き、孳孳[しし]として善をする者は、舜の徒なり。孳孳は、勤勉の意。言うこころは、未だ聖人に至らずと雖も、亦是れ聖人の徒なり。

雞鳴而起、孳孳爲利者、蹠之徒也。蹠、盜蹠也。
【読み】
雞鳴いて起き、孳孳として利をする者は、蹠[せき]が徒なり。蹠は盜蹠なり。

欲知舜與蹠之分、無他。利與善之閒也。程子曰、言閒者、謂相去不遠、所爭毫末耳。善與利、公私而已矣。纔出於善、便以利言也。○楊氏曰、舜・蹠之相去遠矣。而其分乃在利善之閒而已。是豈可以不謹。然講之不熟、見之不明、未有不以利爲義者。又學者所當深察也。或問、雞鳴而起、若未接物、如何爲善。程子曰、只主於敬。便是爲善。
【読み】
舜と蹠との分を知らまく欲せば、他無し。利と善との閒なり、と。程子曰く、閒と言うは、相去ること遠からずして、爭う所毫末なることを謂うのみ。善と利とは、公私のみ。纔かに善を出れば、便ち利を以て言うなり、と。○楊氏曰く、舜・蹠の相去ること遠し。而して其の分は乃ち利善の閒に在るのみ。是れ豈以て謹まざる可けんや。然れども之を講ずること熟せず、之を見ること明らかならずば、未だ利を以て義とせざる者有らじ。又學者當に深く察すべき所なり。或ひと問う、雞鳴いて起き、若し未だ物に接わらずば、如何してか善をせん、と。程子曰く、只敬を主とす。便ち是れ善をするなり、と。


盡心章句上26
○孟子曰、楊子取爲我。拔一毛而利天下、不爲也。爲我之爲、去聲。○楊子、名朱。取者、僅足之意。取爲我者、僅足於爲我而已。不及爲人也。列子稱其言曰、伯成子高不以一毫利物、是也。
【読み】
○孟子曰く、楊子は我が爲にするに取る。一毛を拔いて天下を利することも、せず。我爲の爲は去聲。○楊子は、名は朱。取るは、僅かに足るの意。我が爲にするに取るは、僅かに我が爲にするに足るのみ。人の爲にするに及ばざるなり。列子其の言を稱して曰く、伯成子高、一毫を以ても物を利することをせず、是れなり。

墨子兼愛。摩頂放踵利天下、爲之。放、上聲。○墨子、名翟。兼愛、無所不愛也。摩頂、摩突其頂也。放、至也。
【読み】
墨子兼ね愛す。頂を摩して踵[きびす]に放[いた]るまで天下を利すること、之を爲す。放は上聲。○墨子は、名は翟。兼愛は、愛せざる所無きなり。頂を摩すは、其の頂を摩突するなり。放は至るなり。

子莫執中。執中爲近之。執中無權、猶執一也。子莫、魯之賢人也。知楊・墨之失中也。故度於二者之閒、而執其中。近、近道也。權、稱錘也。所以稱物之輕重而取中也。執中而無權、則膠於一定之中而不知變。是亦執一而已矣。程子曰、中字最難識。須是默識心通。且試言一廳、則中央爲中。一家、則廳非中而堂爲中。一國、則堂非中而國之中爲中。推此類可見矣。又曰、中不可執也。識得則事事物物皆有自然之中、不待安排。安排著則不中矣。
【読み】
子莫中を執る。中を執るは近しとす。中を執って權無きは、猶一を執るがごとし。子莫は魯の賢人なり。楊・墨の中を失えるを知れり。故に二つの者の閒を度って、其の中を執る。近は、近道なり。權は、稱錘なり。以て物の輕重を稱って中を取る所なり。中を執って權無ければ、則ち一定の中に膠して變ずることを知らず。是れ亦一を執るのみ。程子曰く、中の字最も識り難し。須く是れ默識心通すべし。且く試みに一廳を言えば、則ち中央を中とす。一家なれば、則ち廳は中に非ずして堂を中とす。一國なれば、則ち堂は中に非ずして國の中を中とす。此の類を推して見る可し、と。又曰く、中は執る可からず。識り得れば則ち事事物物に皆自然の中有り、安排するを待たず。安排著けば則ち中ならず、と。

所惡執一者、爲其賊道也。舉一而廢百也。惡・爲、皆去聲。○賊、害也。爲我害仁、兼愛害義、執中者害於時中。皆舉一而廢百者也。○此章言道之所貴者中、中之所貴者權。楊氏曰、禹稷三過其門而不入。苟不當其可、則與墨子無異。顏子在陋巷、不改其樂。苟不當其可、則與楊氏無異。子莫執爲我兼愛之中而無權。郷鄰有鬭、而不知閉戶、同室有鬭、而不知救之。是亦猶執一耳。故孟子以爲賊道。禹・稷・顏回、易地則皆然、以其有權也。不然、則是亦楊・墨而已矣。
【読み】
一を執るに惡む所の者は、其の道を賊[そこな]うが爲なり。一つを舉げんとして百を廢[す]つるなり、と。惡・爲は皆去聲。○賊は害うなり。爲我は仁を害い、兼愛は義を害い、執中は時中を害う。皆一つを舉げんとして百を廢つる者なり。○此の章、道の貴き所の者は中にして、中の貴き所の者は權なることを言う。楊氏曰く、禹稷三たび其の門を過ぎれども入らず。苟し其の可に當たらざるときは、則ち墨子と異なること無し。顏子陋巷に在りて、其の樂しみを改めず。苟し其の可に當たらざるときは、則ち楊氏と異なること無し。子莫爲我兼愛の中を執って權無し。郷鄰に鬭うこと有れども、而も戶を閉じることを知らず、同室に鬭うこと有れども、而も之を救うことを知らず。是も亦猶一つを執るがごときのみ。故に孟子以爲えらく、道を賊う、と。禹・稷・顏回、地を易るときは則ち皆然ること、其の權有るを以てなり。然らざるときは、則ち是も亦楊・墨ならくのみ、と。


盡心章句上27
○孟子曰、飢者甘食。渴者甘飮。是未得飮食之正也。飢渴害之也。豈惟口腹有飢渴之害。人心亦皆有害。口腹爲飢渴所害。故於飮食不暇擇、而失其正味。人心爲貧賤所害。故於富貴不暇擇、而失其正理。
【読み】
○孟子曰く、飢えたる者は食を甘んず。渴したる者は飮を甘んず。是れ未だ飮食の正しきを得ず。飢渴之を害すればなり。豈惟口腹飢渴之害有るのみならん。人心も亦皆害有り。口腹は飢渴の害する所と爲す。故に飮食に於て擇ぶに暇あらずして、其の正味を失う。人心は貧賤の害する所と爲す。故に富貴に於て擇ぶに暇あらずして、其の正理を失う。

人能無以飢渴之害爲心害、則不及人不爲憂矣。人能不以貧賤之故而動其心、則過人遠矣。
【読み】
人能く飢渴の害を以て心の害とすること無きときは、則ち人に及ばざること憂えと爲らず、と。人能く貧賤の故を以て其の心を動かさざるときは、則ち人に過[こ]えたること遠し。


盡心章句上28
○孟子曰、柳下惠不以三公易其介。介、有分辨之意。柳下惠進不隱賢、必以其道、遺佚不怨、阨竆不憫、直道事人、至於三黜。是其介也。○此章言、柳下惠和而不流。與孔子論夷・齊不念舊惡、意正相類。皆聖賢微顯闡幽之意也。
【読み】
○孟子曰く、柳下惠三公を以て其の介[みさお]を易えず。介は、分辨有るの意。柳下惠は進んで賢を隱さず、必ず其の道を以てし、遺佚すれども怨みず、阨竆すれども憫えず、道を直くして人に事え、三たび黜けらるるに至る。是れ其の介あるなり。○此の章言うこころは、柳下惠和して流れず、と。孔子の夷・齊の舊惡を念わずと論ずるのと、意は正に相類す。皆聖賢の顯を微にして幽[かく]れたるを闡[ひら]くの意なり。


盡心章句上29
○孟子曰、有爲者辟若掘井。掘井九軔、而不及泉、猶爲棄井也。辟、讀作譬。軔、音刃。與仞同。○八尺曰仞。言鑿井雖深、然未及泉而止、猶爲自棄其井也。○呂侍講曰、仁不如堯、孝不如舜、學不如孔子、終未入於聖人之域、終未至於天道。未免爲半塗而廢、自棄前功也。
【読み】
○孟子曰く、すること有る者は辟[たと]えば井を掘るが若し。井を掘ること九軔なれども、而も泉に及ばざれば、猶井を棄つとす、と。辟は讀んで譬に作る。軔は音刃。仞と同じ。○八尺を仞と曰う。言うこころは、井を鑿ること深しと雖も、然れども未だ泉に及ばずして止むときは、猶自ら其の井を棄つとす、と。○呂侍講曰く、仁堯に如かず、孝舜に如かず、學孔子に如かざれば、終に未だ聖人の域に入らず、終に未だ天道に至らず。未だ半塗にして廢てて、自ら前功を棄つるとすることを免れず、と。


盡心章句上30
○孟子曰、堯舜性之也。湯武身之也。五霸假之也。堯舜天性渾全、不假脩習。湯武脩身體道、以復其性。五霸則假借仁義之名、以求濟其貪欲之私耳。
【読み】
○孟子曰く、堯舜は之を性のままにす。湯武は之を身よりす。五霸は之を假れり。堯舜は天性渾全にして、脩習を假らず。湯武は身を脩め道を體し、以て其の性に復る。五霸は則ち仁義の名を假借し、以て其の貪欲の私を濟[な]さんことを求むるのみ。

久假而不歸、惡知其非有也。惡、平聲。○歸、還也。有、實有也。言竊其名以終身、而不自知其非眞有。或曰、蓋歎世人莫覺其僞者。亦通。舊說、久假不歸、卽爲眞有、則誤矣。○尹氏曰、性之者、與道一也。身之者、履之也。及其成功則一也。五霸則假之而已。是以功烈如彼其卑也。
【読み】
久しく假りて歸さず、惡んぞ其の有に非ざることを知らん、と。惡は平聲。○歸は還すなり。有は、實に有するなり。言うこころは、其の名を竊みて以て身を終えて、自ら其の眞に有に非ざることを知らず、と。或ひと曰く、蓋し世の人其の僞りを覺る者莫きを歎ず。亦通ず。舊說に、久しく假りて歸さざれば、卽ち眞に有と爲るとは、則ち誤りなり。○尹氏曰く、之を性のままにするは、道と一なり。之を身よりすは、之を履むなり。其の成功に及んでは則ち一なり。五霸は則ち之を假れるのみ。是を以て功烈彼が如くに其れ卑[ひく]きなり、と。


盡心章句上31
○公孫丑曰、伊尹曰、予不狎于不順、放太甲于桐。民大悦。太甲賢又反之。民大悦。予不狎于不順、太甲篇文。狎、習見也。不順、言太甲所爲、不順義理也。餘見前篇。
【読み】
○公孫丑曰く、伊尹曰く、予順わざるに狎れじといって、太甲を桐に放[お]く。民大いに悦ぶ。太甲賢にして又之を反す。民大いに悦ぶ。予順わざるに狎れじは、太甲の篇の文なり。狎は、習見なり。順わずは、太甲のする所、義理に順わざるを言うなり。餘は前篇に見ゆ。

賢者之爲人臣也、其君不賢、則固可放與。與、平聲。
【読み】
賢者の人臣爲る、其の君不賢ならば、則ち固[まこと]に放く可けんや、と。與は平聲。

孟子曰、有伊尹之志、則可。無伊尹之志、則簒也。伊尹之志、公天下以爲心、而無一毫之私者也。
【読み】
孟子曰く、伊尹の志有るときは、則ち可なり。伊尹の志無きときは、則ち簒[うば]えるなり、と。伊尹の志は、天下の公を以て心として、一毫の私無き者なり。


盡心章句上32
○公孫丑曰、詩曰、不素餐兮。君子之不耕而食、何也。孟子曰、君子居是國也、其君用之、則安富尊榮。其子弟從之、則孝弟忠信。不素餐兮、孰大於是。餐、七丹反。○詩、魏國風伐檀之篇。素、空也。無功而食祿、謂之素餐。此與告陳相・彭更之意同。
【読み】
○公孫丑曰く、詩に曰く、素[むな]しく餐[は]まず、と。君子の耕さずして食むは、何ぞ、と。孟子曰く、君子是の國に居る、其の君之を用うるときは、則ち安富尊榮なり。其の子弟之に從うときは、則ち孝弟忠信なり。素しく餐まざること、孰れか是より大いならん、と。餐は七丹の反。○詩は、魏國風伐檀の篇。素は空しきなり。功無くして祿を食む、之を素餐[そさん]と謂う。此れ陳相・彭更に告ぐ意と同じ。


盡心章句上33
○王子墊問曰、士何事。墊、丁念反。○墊、齊王之子也。上則公卿大夫、下則農工商賈、皆有所事。而士居其閒、獨無所事。故王子問之也。
【読み】
○王子墊[てん]問うて曰く、士は何をか事とす、と。墊は丁念の反。○墊は齊王の子なり。上は則ち公卿大夫より、下は則ち農工商賈まで、皆事とする所有り。而して士其の閒に居り、獨り事とする所無し。故に王子之を問うなり。

孟子曰、尙志。尙、高尙也。志者、心之所之也。士旣未得行公卿大夫之道、又不當爲農工商賈之業、則高尙其志而已。
【読み】
孟子曰く、志を尙[たか]くす、と。尙は高尙なり。志は、心の之く所なり。士旣に未だ公卿大夫の道を行うことを得ず、又當に農工商賈の業をすべからざれば、則ち其の志を高尙にするのみ。

曰、何謂尙志。曰、仁義而已矣。殺一無罪、非仁也。非其有而取之、非義也。居惡在。仁是也。路惡在。義是也。居仁由義、大人之事備矣。惡、平聲。○非仁非義之事、雖小不爲。而所居所由、無不在於仁義。此士所以尙其志也。大人、謂公卿大夫。言士雖未得大人之位、而其志如此、則大人之事、體用已全。若小人之事、則固非所當爲也。
【読み】
曰く、何をか志を尙くすと謂う、と。曰く、仁義のみ。一りの罪無きを殺すは、仁に非ず。其の有に非ずして之を取るは、義に非ず。居ること惡くにか在る。仁是れなり。路惡くにか在る。義是れなり。仁に居り義に由る、大人の事備われり、と。惡は平聲。○仁に非ず義に非ざる事は、小しきなりと雖もせず。而して居る所由る所、仁義に在ずということ無し。此れ士の其の志を尙くする所以なり。大人は、公卿大夫を謂う。言うこころは、士未だ大人の位を得ずと雖も、其の志此の如きときは、則ち大人の事、體用已に全し。小人の事の若きは、則ち固より當にすべき所に非ず、と。


盡心章句上34
○孟子曰、仲子不義與之齊國而弗受。人皆信之。是舍簞食豆羹之義也。人莫大焉、亡親戚君臣上下。以其小者信其大者、奚可哉。舍、音捨。食、音嗣。○仲子、陳仲子也。言仲子設若非義而與之齊國、必不肯受。齊人皆信其賢。然此但小廉耳。其辟兄離母、不食君祿、無人道之大倫、罪莫大焉。豈可以小廉信其大節、而遂以爲賢哉。
【読み】
○孟子曰く、仲子不義にして之に齊國を與うとも而も受けざらん、と。人皆之を信ず。是れ簞食豆羹を舍つるの義なり。人焉より大いなるは莫し、親戚君臣上下亡きこと。其の小しきなる者を以て其の大いなる者を信ぜば、奚んぞ可ならんや、と。舍は音捨。食は音嗣。○仲子は陳仲子なり。言うこころは、仲子設若[も]し義に非ずして之に齊國を與うれば、必ず肯えて受けず。齊人皆其の賢を信ず。然れども此れ但小廉なるのみ。其の兄を辟け母を離れて、君の祿を食まざれば、人道の大倫無くして、罪焉より大いなるは莫し。豈小廉を以て其の大節を信じて、遂に以て賢とする可けんや、と。


盡心章句上35
○桃應問曰、舜爲天子、皐陶爲士。瞽瞍殺人、則如之何。桃應、孟子弟子也。其意以爲舜雖愛父、而不可以私害公。皐陶雖執法、而不可以刑天子之父。故設此問、以觀聖賢用心之所極。非以爲眞有此事也。
【読み】
○桃應問うて曰く、舜天子爲り、皐陶士爲り。瞽瞍人を殺さば、則ち如之何、と。桃應は孟子の弟子なり。其の意以爲えらく、舜父を愛すと雖も、私を以て公を害す可からず。皐陶法を執ると雖も、以て天子の父を刑す可からず、と。故に此の問いを設けて、以て聖賢心を用うるの極まる所を觀る。以て眞に此の事有りとするには非ざるなり。

孟子曰、執之而已矣。言皐陶之心、知有法而已。不知有天子之父也。
【読み】
孟子曰く、之を執[とら]えんのみ、と。言うこころは、皐陶の心、法有るを知るのみ。天子の父有ることを知らず、と。

然則舜不禁與。與、平聲。○桃應問也。
【読み】
然るときは則ち舜禁[いさ]わざらんか。與は平聲。○桃應問うなり。

曰、夫舜惡得而禁之。夫有所受之也。夫、音扶。惡、平聲。○言皐陶之法、有所傳受、非所敢私。雖天子之命、亦不得而廢之也。
【読み】
曰く、夫れ舜惡んぞ得て之を禁わん。夫れ之を受くる所有り、と。夫は音扶。惡は平聲。○言うこころは、皐陶の法、傳え受くる所有りて、敢えて私する所非ず。天子の命と雖も、亦得て之を廢てざるなり。

然則舜如之何。桃應問也。
【読み】
然るときは則ち舜如之何かせん。桃應問うなり。

曰、舜視棄天下、猶棄敝蹝也。竊負而逃、遵海濱而處、終身訢然、樂而忘天下。蹝、音徙。訢、與欣同。樂、音洛。○蹝、草履也。遵、循也。言舜之心、知有父而已、不知有天下也。孟子嘗言、舜視天下猶草芥、而惟順於父母、可以解憂。與此意互相發。○此章言、爲士者、但知有法、而不知天子父之爲尊。爲子者、但知有父、而不知天下之爲大。蓋其所以爲心者、莫非天理之極、人倫之至。學者察此而有得焉、則不待較計論量、而天下無難處之事矣。
【読み】
曰く、舜天下を棄つるを視ること、猶敝蹝[へいし]を棄つるがごとし。竊かに負うて逃れ、海濱に遵いて處り、身を終うるまで訢然[きんぜん]として、樂しんで天下を忘れん、と。蹝は音徙。訢は欣と同じ。樂は音洛。○蹝は草履なり。遵は循うなり。言うこころは、舜の心、父有ることを知るのみにて、天下有ることを知らず、と。孟子嘗て言う、舜天下を視ること猶草芥のごとくして、惟父母に順うのみ、以て憂えを解く可し、と。此の意と互いに相發す。○此の章言うこころは、士爲る者は、但法有ることを知りて、天子の父の尊しとすることを知らず。子爲る者は、但父有ることを知りて、天下の大いなりとすることを知らず。蓋し其の心とする所以の者、天理の極まり、人倫の至りに非ざるは莫し。學者此を察して得ること有らば、則ち較計論量を待たずして、天下に處し難き事無けん、と。


盡心章句上36
○孟子自范之齊、望見齊王之子、喟然歎曰、居移氣、養移體。大哉居乎。夫非盡人之子與。夫、音扶。與、平聲。○范、齊邑。居、謂所處之位。養、奉養也。言人之居處、所繫甚大。王子亦人子耳、特以所居不同、故所養不同、而其氣體有異也。
【読み】
○孟子范より齊に之いて、齊王の子を望み見て、喟然として歎じて曰く、居は氣を移し、養は體を移す。大なるかな居。夫れ盡く人の子なるに非ずや。夫は音扶。與は平聲。○范は齊の邑。居は、處る所の位を謂う。養は奉養なり。言うこころは、人の居處、繫る所甚だ大いなり。王子も亦人の子なるのみ。特[ただ]居る所同じからざるを以て、故に養う所も同じからずして、其の氣體異なること有り、と。

孟子曰、張・鄒皆云、羡文也。
【読み】
孟子曰く、張・鄒皆云う、羡文なり、と。

王子宮室車馬衣服、多與人同。而王子若彼者、其居使之然也。況居天下之廣居者乎。廣居、見前篇。尹氏曰、睟然見於面、盎於背、居天下之廣居者然也。
【読み】
王子の宮室車馬衣服、多く人と同じ。而るに王子彼が若きこと、其の居之をして然らしむ。況や天下の廣居に居る者をや。廣居は前篇に見ゆ。尹氏曰く、睟然[すいぜん]として面に見[あらわ]れ、背に盎[あふ]るること、天下の廣居に居る者のみ然り、と。

魯君之宋、呼於垤澤之門。守者曰、此非吾君也。何其聲之似我君也。此無他。居相似也。呼、去聲。○垤澤、宋城門名也。孟子又引此事爲證。
【読み】
魯の君宋に之いて、垤澤[てつたく]の門に呼ばう。守者曰く、此れ吾が君に非ず。何ぞ其の聲の我が君に似たる、と。此れ他無し。居相似ればなり、と。呼は去聲。○垤澤は、宋の城門の名なり。孟子又此の事を引いて證とす。


盡心章句上37
○孟子曰、食而弗愛、豕交之也。愛而不敬、獸畜之也。食、音嗣。畜、許六反。○交、接也。畜、養也。獸、謂犬馬之屬。
【読み】
○孟子曰く、食[やしな]うて愛せざるは、豕として之に交わるなり。愛して敬せざるは、獸として之を畜[やしな]うなり。食は音嗣。畜は許六の反。○交は接わるなり。畜は養うなり。獸は、犬馬の屬を謂う。

恭敬者、幣之未將者也。將、猶奉也。詩曰、承筐是將。程子曰、恭敬雖因威儀幣帛而後發見、然幣之未將時、已有此恭敬之心。非因幣帛而後有也。
【読み】
恭敬は、幣の未だ將[たてまつ]らざる者なり。將は猶奉るのごとし。詩に曰く、筐を承けて是れ將る、と。程子曰く、恭敬威儀幣帛に因って而して後に發見すると雖も、然れども幣未だ將らざる時より、已に此の恭敬の心有り。幣帛に因って而して後に有るには非ず、と。

恭敬而無實、君子不可虛拘。此言當時諸侯之待賢者、特以幣帛爲恭敬、而無其實也。拘、留也。
【読み】
恭敬して實無くば、君子虛しく拘[とど]む可からず、と。此れ當時の諸侯の賢者を待すること、特[ただ]幣帛を以て恭敬と爲して、其の實無きを言うなり。拘は留むなり。


盡心章句上38
○孟子曰、形色、天性也。惟聖人、然後可以踐形。人之有形有色、無不各有自然之理、所謂天性也。踐、如踐言之踐。蓋衆人有是形、而不能盡其理。故無以踐其形。惟聖人有是形、而又能盡其理、然後可以踐其形而無歉也。○程子曰、此言聖人盡得人道、而能充其形也。蓋人得天地之正氣而生。與萬物不同。旣爲人、須盡得人理、然後稱其名。衆人有之而不知、賢人踐之而未盡、能充其形、惟聖人也。楊氏曰、天生烝民、有物有則。物者、形色也。則者、性也。各盡其則、則可以踐形矣。
【読み】
○孟子曰く、形色は、天性なり。惟聖人にして、然して後に以て形を踐む可し、と。人の形有り色有るは、各々自然の理有らずということ無し。所謂天性なり。踐は、言を踐むの踐むの如し。蓋し衆人是の形有りて、其の理を盡くすこと能わず。故に以て其の形を踐むこと無し。惟聖人のみ是の形有りて、又能く其の理を盡くし、然して後に以て其の形を踐んで歉すること無かる可し。○程子曰く、此れ聖人人道を盡くし得て、能く其の形を充つることを言えり。蓋し人は天地の正氣を得て生ず。萬物と同じからず。旣に人爲らば、須く人理を盡くし得て、然して後に其の名に稱[かな]うべし。衆人は之れ有れども而も知らず、賢人は之を踐めども而も未だ盡くさず、能く其の形を充つるは、惟聖人なり、と。楊氏曰く、天の烝民を生[な]す、物有れば則有り、と。物は形色なり。則は性なり。各々其の則を盡くすときは、則ち以て形を踐む可し、と。


盡心章句上39
○齊宣王欲短喪。公孫丑曰、爲朞之喪、猶愈於已乎。已、猶止也。
【読み】
○齊の宣王喪を短くせまく欲す。公孫丑曰く、朞の喪をするは、猶已むに愈[まさ]れるか、と。已は猶止むのごとし。

孟子曰、是猶或紾其兄之臂、子謂之姑徐徐云爾。亦敎之孝弟而已矣。紾、之忍反。○紾、戾也。敎之以孝弟之道、則彼當自知兄之不可戾、而喪之不可短矣。孔子曰、子生三年、然後免於父母之懷。予也有三年之愛於其父母乎。所謂敎之以孝弟者如此。蓋示之以至情之不能已者、非強之也。
【読み】
孟子曰く、是れ猶或ひと其の兄の臂を紾[もと]らすときに、子之に姑く徐徐にせよと謂うと爾か云うがごとし。亦之に孝弟を敎えまくのみ、と。紾は之忍の反。○紾は戾らすなり。之に敎うるに孝弟の道を以てするときは、則ち彼當に自ら兄の戾らす可からずして、喪の短くす可からざることを知るべし。孔子曰く、子生まれて三年、然して後に父母の懷を免る。予も三年の愛、其の父母に有らんか、と。所謂之に敎うるに孝弟を以てすること此の如し。蓋し之に示すに至情の已むこと能わざる者を以てす。之を強いるに非ざるなり。

王子有其母死者。其傅爲之請數月之喪。公孫丑曰、若此者、何如也。爲、去聲。○陳氏曰、王子所生之母死。厭於嫡母而不敢終喪。其傅爲請於王、欲使得行數月之喪也。時又適有此事、丑問如此者、是非何如。按儀禮、公子爲其母練冠、麻衣、縓緣、旣葬除之。疑當時此禮已廢、或旣葬而未忍卽除、故請之也。
【読み】
王子其の母死する者有り。其の傅之が爲に數月の喪を請う。公孫丑曰く、此の若きは、何如、と。爲は去聲。○陳氏曰く、王子生ずる所の母死す。嫡母に厭われて敢えて喪を終えず。其の傅爲に王に請いて、數月の喪を行うことを得さしめまく欲するなり。時に又適々此の事有り、丑問うこと此の如きは、是非何如、と。儀禮を按ずるに、公子は其の母の爲に練冠麻衣縓緣し、旣に葬りて之を除く。疑うらくは當時此の禮已に廢たれ、或は旣に葬りて未だ卽除くことを忍びざる、故に之を請うならん、と。

曰、是欲終之、而不可得也。雖加一日愈於已。謂夫莫之禁而弗爲者也。夫、音扶。○言王子欲終喪而不可得。其傅爲請。雖止得加一日、猶勝不加。我前所譏、乃謂夫莫之禁而自不爲者耳。○此章言、三年通喪、天經地義、不容私意有所短長。示之至情、則不肖者有以企而及之矣。
【読み】
曰く、是れ之を終えまく欲すれども、而も得可からず。一日を加うと雖も已むに愈れり。夫の之を禁[いさ]うこと莫けれども而もせざる者を謂うなり。夫は音扶。○言うこころは、王子喪を終えまく欲すれども而も得可からず。其の傅爲に請う。止[ただ]一日を加うを得ると雖も、猶加えざるに勝れり。我前に譏る所は、乃ち夫の之を禁うこと莫けれども而も自らせざる者を謂うのみ。○此の章言うこころは、三年の通喪は、天の經地の義なれば、私意短長する所有るを容れず。之に至情を示すときは、則ち不肖の者も以て企てて之に及ぶこと有らん、と。


盡心章句上40
○孟子曰、君子之所以敎者五。下文五者、蓋因人品高下、或相去遠近先後之不同。
【読み】
○孟子曰く、君子の以て敎うる所の者五つ。下文の五つの者は、蓋し人品の高下、或は相去ることの遠近先後の同じからざるに因る。

有如時雨化之者。時雨、及時之雨也。草木之生、播種封植、人力已至、而未能自化、所少者、雨露之滋耳。及此時而雨之、則其化速矣。敎人之妙、亦猶是也。若孔子之於顏・曾是已。
【読み】
時雨の之を化するが如き者有り。時雨は、時に及んでの雨なり。草木の生ずるに、播種封植して、人力已に至りて、未だ自ら化すこと能わず、少[か]く所は、雨露の滋[うるお]いのみ。此の時に及びで之に雨ふるときは、則ち其の化すること速やかなり。人を敎うるの妙も、亦猶是のごとし。孔子の顏・曾に於るが若き、是れのみ。

有成德者。有達財者。財、與材同。此各因其所長而敎之者也。成德、如孔子之於冉・閔。達財、如孔子之於由・賜。
【読み】
德を成す者有り。財を達する者有り。財は材と同じ。此れ各々其の長ずる所に因りて之を敎うる者なり。德を成すは、孔子の冉・閔に於るが如し。財を達すは、孔子の由・賜に於るが如し。

有答問者。就所問而答之。若孔孟之於樊遲・萬章也。
【読み】
問うに答うる者有り。問う所に就きて之を答う。孔孟の樊遲・萬章に於るが若きなり。

有私淑艾者。艾、音乂。○私、竊也。淑、善也。艾、治也。人或不能及門受業、但聞君子之道於人、而竊以善治其身。是亦君子敎誨之所及、若孔孟之於陳亢・夷之是也。孟子亦曰、予未得爲孔子徒也、予私淑諸人也。
【読み】
私[ひそ]めて淑[よ]くし艾[おさ]むる者有り。艾は音乂。○私は竊かなり。淑は善しなり。艾は治むなり。人或は門に及びて業を受くること能わず、但君子の道を人より聞いて、竊かに以て其の身を善くし治む。是も亦君子の敎誨の及ぶ所、孔孟の陳亢・夷之に於るが若き是れなり。孟子亦曰く、予未だ孔子の徒爲るを得ず、予私めて諸を人に淑くす、と。

此五者、君子之所以敎也。聖賢施敎、各因其材。小以成小、大以成大。無棄人也。
【読み】
此の五つの者は、君子の以て敎うる所なり、と。聖賢の敎を施すこと、各々其の材に因る。小は以て小を成し、大は以て大を成す。人を棄つること無し。


盡心章句上41
○公孫丑曰、道則高矣、美矣、宜若登天然。似不可及也。何不使彼爲可幾及、而日孳孳也。幾、音機。
【読み】
○公孫丑曰く、道は則ち高し、美[うるわ]し、宜しく天に登るが若く然るべし。及ぶ可からざるに似たり。何ぞ彼をして幾ど及ぶ可くして、日々に孳孳[しし]たらしめざる、と。幾は音機。

孟子曰、大匠不爲拙工改廢繩墨、羿不爲拙射變其彀率。爲、去聲。彀、古候反。率、音律。○彀率、彎弓之限也。言敎人者、皆有不可易之法。不容自貶以徇學者之不能也。
【読み】
孟子曰く、大匠は拙工の爲に繩墨を改め廢てず、羿は拙射の爲に其の彀率[こうりつ]を變ぜず。爲は去聲。彀は古候の反。率は音律。○彀率は、弓を彎く限なり。言うこころは、人を敎うる者は、皆易う可からざるの法有り。自ら貶[おと]して以て學者の能わざるに徇うことを容れず。

君子引而不發、躍如也。中道而立。能者從之。引、引弓也。發、發矢也。躍如、如踊躍而出也。因上文彀率而言。君子敎人、但授以學之之法、而不告以得之之妙。如射者之引弓而不發矢。然其所不告者、已如踊躍而見於前矣。中者、無過不及之謂。中道而立、言其非難非易。能者從之、言學者當自勉也。○此章言、道有定體、敎有成法。卑不可抗、高不可貶。語不能顯、默不能藏。
【読み】
君子は引いて發たず、躍如たり。中道にして立てり。能者之に從う、と。引は弓を引くなり。發は矢を發つなり。躍如は、踊躍して出るが如し。上文の彀率に因りて言う。君子の人を敎うる、但授くるに之を學ぶの法を以てして、告ぐるに之を得るの妙を以てせず。射者の弓を引いて矢を發たざるが如し。然れども其の告げざる所は、已に踊躍して前に見[あらわ]るるが如し。中は、過不及無きの謂なり。中道にして立つは、言うこころは、其れ難きに非ず易きに非ず、と。能者之に從うは、言うこころは、學者當に自ら勉むべし、と。○此の章言うこころは、道に定體有り、敎に成法有り。卑きは抗[あ]ぐ可からず、高きは貶す可からず。語りて顯わるること能わず、默して藏すこと能わず、と。


盡心章句上42
○孟子曰、天下有道、以道殉身。天下無道、以身殉道。殉、如殉葬之殉。以死隨物之名也。身出則道在必行、道屈則身在必退。以死相從而不離也。
【読み】
○孟子曰く、天下道有れば、道を以て身に殉う。天下道無ければ、身を以て道に殉う。殉は、葬に殉うの殉の如し。死を以て物に隨うの名なり。身出でるときは則ち道必ず行われること在り、道屈するときは則ち身必ず退くこと在り。死を以て相從いて離れざるなり。

未聞以道殉乎人者也。以道從人、妾婦之道。
【読み】
未だ聞かず、道を以て人に殉う者を、と。道を以て人に從うは、妾婦の道なり。


盡心章句上43
○公都子曰、滕更之在門也、若在所禮。而不答、何也。更、平聲。○趙氏曰、滕更、滕君之弟。來學者也。
【読み】
○公都子曰く、滕更が門に在る、禮せん所に在るが若し。而して答えざること、何ぞ、と。更は平聲。○趙氏曰く、滕更は滕君の弟。來り學べる者なり、と。

孟子曰、挾貴而問、挾賢而問、挾長而問、挾有勳勞而問、挾故而問。皆所不答也。滕更有二焉。長、上聲。○趙氏曰、二、謂挾貴、挾賢也。尹氏曰、有所挾、則受道之心不專。所以不答也。此言、君子雖誨人不倦、又惡夫意之不誠者。
【読み】
孟子曰く、貴きを挾んで問い、賢を挾んで問い、長を挾んで問い、勳勞有るを挾んで問い、故を挾んで問う。皆答えざる所なり。滕更二つ有り、と。長は上聲。○趙氏曰く、二つは、貴きを挾み、賢を挾むを謂う、と。尹氏曰く、挾む所有るときは、則ち道を受くる心專らならず。答えざる所以なり、と。此れ言うこころは、君子人に誨えて倦まずと雖も、又夫の意の誠ならざる者を惡む、と。


盡心章句上44
○孟子曰、於不可已而已者、無所不已。於所厚者薄、無所不薄也。已、止也。不可止、謂所不得不爲者也。所厚、所當厚者也。此言不及者之弊。
【読み】
○孟子曰く、已む可からざるに於て已む者は、已まずという所無し。厚くする所の者に於て薄ければ、薄からずという所無し。已は止むなり。止む可からずは、せざるを得ざる所の者を謂うなり。厚くする所は、當に厚くすべき所の者なり。此れ及ばざる者の弊を言う。

其進銳者、其退速。進銳者、用心太過、其氣易衰。故退速。○三者之弊、理勢必然。雖過不及之不同、然卒同歸於廢弛。
【読み】
其の進むこと銳き者は、其の退くこと速やかなり、と。進むこと銳き者は、心を用うること太だ過ぎ、其の氣衰え易し。故に退くこと速やかなり。○三つの者の弊、理の勢い必ず然り。過不及の同じからずと雖も、然れども卒に同じく廢弛に歸す。


盡心章句上45
○孟子曰、君子之於物也、愛之而弗仁。於民也、仁之而弗親。親親而仁民、仁民而愛物。物、謂禽獸草木。愛、謂取之有時、用之有節。○程子曰、仁、推己及人。如老吾老以及人之老。於民則可。於物則不可。統而言之則皆仁。分而言之則有序。楊氏曰、其分不同。故所施不能無差等。所謂理一而分殊者也。尹氏曰、何以有是差等。一本故也。無僞也。
【読み】
○孟子曰く、君子の物に於る、之を愛[あわ]れんで仁[いつく]しまず。民に於る、之を仁しんで親しまず。親を親しんで民を仁しみ、民を仁しんで物を愛れむ、と。物は、禽獸草木を謂う。愛は、之を取るに時有り、之を用うるに節有るを謂う。○程子曰く、仁しむは、己を推して人に及ぼす。吾が老を老として以て人の老に及ぼすが如し。民に於るは則ち可なり。物に於るは則ち不可なり。統べて之を言うときは則ち皆仁なり。分けて之を言うときは則ち序有り、と。楊氏曰く、其の分同じからず。故に施す所差等無きこと能わず。所謂理一にして分殊なる者なり、と。尹氏曰く、何を以てか是の差等有る。本を一にする故なり。僞り無し、と。


盡心章句上46
○孟子曰、知者無不知也。當務之爲急。仁者無不愛也。急親賢之爲務。堯舜之知而不徧物、急先務也。堯舜之仁不徧愛人、急親賢也。知者之知、並去聲。○知者固無不知。然常以所當務者爲急、則事無不治、而其爲知也大矣。仁者固無不愛。然常急於親賢、則恩無不洽、而其爲仁也博矣。
【読み】
○孟子曰く、知者は知らずということ無し。當に務むべきを急とす。仁者は愛せずということ無し。賢を親しんずるに急なるを務めとす。堯舜の知にしても物に徧からずして、先務に急なり。堯舜の仁にしても人を愛するに徧からずして、賢を親しんずるに急なり。知者の知は並去聲。○知者は固より知らずということ無し。然れども常に當に務むべき所の者を以て急とするときは、則ち事治まらずということ無くして、其の知爲るや大いなり。仁者は固より愛せずということ無し。然れども常に賢を親しんずるに急なるときは、則ち恩洽[あまね]からずということ無くして、其の仁爲るや博し。

不能三年之喪、而緦・小功之察、放飯流歠、而問無齒決。是之謂不知務。飯、扶晩反。歠、昌悦反。○三年之喪、服之重者也。緦麻三月、小功五月。服之輕者也。察、致詳也。放飯、大飯。流歠、長歠。不敬之大者也。齒決、齧斷乾肉。不敬之小者也。問、講求之意。○此章言、君子之於道、識其全體、則心不狹。知所先後、則事有序。豐氏曰、智不急於先務、雖徧知人之所知、徧能人之所能、徒弊精神、而無益於天下之治矣。仁不急於親賢、雖有仁民愛物之心、小人在位、無由下達。聰明日蔽於上、而惡政日加於下。此孟子所謂不知務也。
【読み】
三年の喪を能くせずして、緦[し]・小功を察らかにし、放飯流歠[りゅうせつ]して、齒決無からんことを問う。是を務めを知らずと謂う、と。飯は扶晩の反。歠は昌悦の反。○三年の喪は、服の重き者なり。緦麻は三月、小功は五月。服の輕き者なり。察は、詳らかなることを致すなり。放飯は、大飯す。流歠は、長く歠[すす]る。不敬の大いなる者なり。齒決は、乾肉を齧み斷つ。不敬の小しき者なり。問うは、講求の意。○此の章言うこころは、君子の道に於る、其の全體を識るときは、則ち心狹からず。先後する所を知るときは、則ち事に序有り、と。豐氏曰く、智先務に急ならざれば、徧く人の知る所を知り、徧く人の能くする所を能くすと雖も、徒[ただ]に精神を弊[つい]やして、天下の治に益無し。仁賢を親しんずるに急ならざれば、民を仁[いつく]しみ物を愛[あわ]れむの心有りと雖も、小人位に在りて、下に達するの由無し。聰明日々に上に蔽われて、惡政日々に下に加わる。此れ孟子の所謂務めを知らずなり、と。


盡心章句下 凡三十八章。

盡心章句下1
孟子曰、不仁哉、梁惠王也。仁者以其所愛、及其所不愛。不仁者以其所不愛、及其所愛。親親而仁民、仁民而愛物。所謂以其所愛、及其所不愛也。
【読み】
孟子曰く、不仁なるかな、梁の惠王。仁者は其の愛する所を以て、其の愛せざる所に及ぼす。不仁者は其の愛せざる所を以て、其の愛する所に及ぼす、と。親を親しんで民を仁[いつく]しみ、民を仁しんで物を愛[あわ]れむ。所謂其の愛する所を以て、其の愛せざる所に及ぼすなり。

公孫丑曰、何謂也。梁惠王以土地之故、糜爛其民而戰之。大敗。、將復之。恐不能勝。故驅其所愛子弟以殉之。是之謂以其所不愛、及其所愛也。梁惠王以下、孟子答辭也。糜爛其民、使之戰鬭、糜爛其血肉也。復之、復戰也。子弟、謂太子申也。以土地之故及其民、以民之故及其子、皆以其所不愛及其所愛也。○此承前篇之末三章之意、言仁人之恩、自内及外、不仁之禍、由疏逮親。
【読み】
公孫丑曰く、何と謂うことぞ、と。梁の惠王土地の故を以て、其の民を糜爛[びらん]して之を戰わしむ。大いに敗る。將に之を復びせんとす。勝つこと能わざらんことを恐る。故に其の愛する所の子弟を驅って以て之に殉[したが]わしむ。是を其の愛せざる所を以て、其の愛する所に及ぼすと謂う。梁の惠王より以下、孟子の答辭なり。其の民を糜爛すは、之をして戰鬭して、其の血肉を糜爛せしむるなり。之を復びすは、復び戰うなり。子弟は、太子申を謂うなり。土地の故を以て其の民に及ぼし、民の故を以て其の子に及ぼすは、皆其の愛せざる所を以て其の愛する所に及ぼすなり。○此れ前篇の末三章の意を承けて、仁人の恩は、内より外に及び、不仁の禍は、疏[うと]きより親しきに逮ぶことを言えり。


盡心章句下2
○孟子曰、春秋無義戰。彼善於此、則有之矣。春秋每書諸侯戰伐之事、必加譏貶、以著其擅興之罪。無有以爲合於義而許之者。但就中彼善於此者則有之、如召陵之師之類是也。
【読み】
○孟子曰く、春秋に義戰無し。彼此より善きは、則ち之れ有り。春秋諸侯戰伐の事を書く每に、必ず譏貶を加え、以て其の擅[ほしいまま]に興せるの罪を著[あらわ]す。以て義に合うとして之を許す者有ること無し。但就中彼此より善きは則ち之れ有り、召陵の師の類の如き是れなり。

征者上伐下也。敵國不相征也。征、所以正人也。諸侯有罪、則天子討而正之。此春秋所以無義戰也。
【読み】
征は上下を伐つなり。敵國相征せず、と。征は、人を正す所以なり。諸侯罪有るときは、則ち天子討って之を正す。此れ春秋の義戰無き所以なり。


盡心章句下3
○孟子曰、盡信書、則不如無書。程子曰、載事之辭、容有重稱而過其實者。學者當識其義而已。苟執於辭、則時或有害於義。不如無書之愈也。
【読み】
○孟子曰く、盡く書を信ぜば、則ち書無からんに如かず。程子曰く、事を載す辭は、重く稱して其の實に過ぐる者有る容[べ]し。學者當に其の義を識るべきのみ。苟し辭を執れば、則ち時に或は義を害うこと有り。書無きの愈れるに如かざるなり、と。

吾於武成、取二三策而已矣。武成、周書篇名、武王伐紂、歸而記事之書也。策、竹簡也。取其二三策之言、其餘不可盡信也。程子曰、取其奉天伐暴之意、反政施仁之法而已。
【読み】
吾武成に於て、二三策を取るらくのみ。武成は、周書の篇の名、武王紂を伐ち、歸りて事を記せる書なり。策は竹簡なり。其の二三策の言を取るは、其の餘は盡くは信ずる可からざるなり。程子曰く、其の天を奉り暴を伐つの意、政を反して仁を施すの法を取るのみ、と。

仁人無敵於天下。以至仁伐至不仁。而何其血之流杵也。杵、舂杵也。或作鹵。楯也。武成言、武王伐紂。紂之前徒倒戈、攻于後以北。血流漂杵。孟子言此則其不可信者。然書本意、乃謂商人自相殺、非謂武王殺之也。孟子之設是言、懼後世之惑、且長不仁之心耳。
【読み】
仁人は天下に敵無し。至仁を以て至不仁を伐つ。而るに何ぞ其れ血の杵を流せる、と。杵は舂杵なり。或は鹵に作る。楯なり。武成言う、武王紂を伐つ。紂が前徒戈を倒[さかさま]にし、後を攻めて以て北[に]ぐ。血流れて杵漂わす、と。孟子言う、此れ則ち其の信ずる可からざる者なり、と。然れども書の本意は、乃ち商人自ら相殺せることを謂い、武王之を殺せりと謂うに非ざるなり。孟子是の言を設けるは、後世の惑い、且つ不仁の心の長ぜんことを懼れてのみ。


盡心章句下4
○孟子曰、有人曰、我善爲陳、我善爲戰。大罪也。陳、去聲。○制行伍曰陳、交兵曰戰。
【読み】
○孟子曰く、人有りて曰く、我善く陳を爲し、我善く戰うことを爲す、と。大いなる罪なり。陳は去聲。○行伍を制するを陳と曰い、兵を交えるを戰と曰う。

國君好仁、天下無敵焉。好、去聲。
【読み】
國君仁を好めば、天下に敵無し。好は去聲。

南面而征北狄怨、東面而征西夷怨。曰、奚爲後我。此引湯之事以明之。解見前篇。
【読み】
南面して征すれば北狄怨み、東面して征すれば西夷怨む。曰く、奚爲[なんす]れぞ我を後にす、と。此れ湯の事を引いて以て之を明らかにす。解は前篇に見ゆ。

武王之伐殷也、革車三百兩、虎賁三千人。兩、去聲。賁、音奔。○又以武王之事明之也。兩、車數。一車兩輪也。千、書序作百。
【読み】
武王の殷を伐てる、革車三百兩、虎賁三千人。兩は去聲。賁は音奔。○又武王の事を以て之を明らかにするなり。兩は車數。一車兩輪なればなり。千は、書の序に百に作る。

王曰、無畏。寧爾也。非敵百姓也。若崩厥角稽首。書太誓文與此小異。孟子之意當云。王謂商人曰、無畏我也。我來伐紂、本爲安寧汝。非敵商之百姓也。於是商人稽首至地。如角之崩也。
【読み】
王曰く、畏るること無かれ。爾を寧んぜんとなり。百姓に敵するに非ず、と。厥の角を崩[おと]すが若く稽首す。書の太誓の文と此と小しく異なり。孟子の意當に云うべし。王商人に謂って曰く、我を畏るること無かれ。我來りて紂を伐つは、本より汝を安寧にせんが爲なり。商の百姓に敵するに非ず、と。是に於て商人稽首して地に至る。角崩すが如し、と。

征之爲言、正也。各欲正己也。焉用戰。焉、於虔反。○民爲暴君所虐、皆欲仁者來正己之國也。
【読み】
征の言爲る、正なり。各々己を正さまく欲す。焉んぞ戰うことを用いん、と。焉は於虔の反。○民暴君に虐げらるるが爲に、皆仁者來りて己が國を正さまく欲するなり。


盡心章句下5
○孟子曰、梓匠輪輿、能與人規矩。不能使人巧。尹氏曰、規矩、法度可告者也。巧則在其人。雖大匠、亦末如之何也已。蓋下學可以言傳、上達必由心悟。莊周所論斲輪之意、蓋如此。
【読み】
○孟子曰く、梓匠輪輿は、能く人に規矩を與う。人をして巧[たくみ]ならしむること能わず、と。尹氏曰く、規矩は、法度告ぐ可き者なり。巧は則ち其の人に在り。大匠と雖も、亦如之何ともすること末[な]きのみ。蓋し下學は言を以て傳う可く、上達は必ず心悟るに由る。莊周論ずる所の輪を斲[き]るの意、蓋し此の如し。


盡心章句下6
○孟子曰、舜之飯糗茹草也、若將終身焉。及其爲天子也、被袗衣、鼓琴、二女果、若固有之。飯、上聲。糗、去久反。茹、音汝。袗、之忍反。果、說文作婐。烏果反。○飯、食也。糗、乾糒也。茹、亦食也。袗、畫衣也。二女、堯二女也。果、女侍也。言聖人之心、不以貧賤而有慕於外、不以富貴而有動於中、隨遇而安、無預於己。所性分定故也。
【読み】
○孟子曰く、舜の糗[かれい]を飯い草を茹[くら]うときに、將に身を終えんとするが若し。其の天子と爲るに及んで、袗衣を被[き]、琴を鼓[ひ]き、二女果[は]べり。固より之れ有るが若し、と。飯は上聲。糗は去久の反。茹は音汝。袗は之忍の反。果は、說文に婐に作る。烏果の反。○飯は食らうなり。糗は乾糒なり。茹も亦食らうなり。袗は畫衣なり。二女は堯の二女なり。果は、女侍べるなり。言うこころは、聖人の心、貧賤を以て外を慕うこと有らず、富貴を以て中を動かすこと有らず、遇うところに隨って安んじ、己に預かること無し。性たる所の分定まれる故なり。


盡心章句下7
○孟子曰、吾今而後知殺人親之重也。殺人之父、人亦殺其父。殺人之兄、人亦殺其兄。然則非自殺之也、一閒耳。閒、去聲。○言吾今而後知者、必有所爲而感發也。一閒者、我往彼來、閒一人耳。其實與自害其親無異也。范氏曰、知此則愛敬人之親、人亦愛敬其親矣。
【読み】
○孟子曰く、吾今にして後に人の親を殺すことの重きことを知る。人の父を殺せば、人も亦其の父を殺す。人の兄を殺せば、人も亦其の兄を殺す。然るときは則ち自ら之を殺すに非ざれども、一り閒[へだ]つるのみ、と。閒は去聲。○吾今にして後に知ると言うは、必ずする所有りて感發するなり。一閒は、我往いて彼來り、一人を閒つのみ。其の實は自ら其の親を害するに異なること無し。范氏曰く、此を知るときは則ち人の親を愛敬し、人も亦其の親を愛敬す、と。


盡心章句下8
○孟子曰、古之爲關也、將以禦暴。譏察非常。
【読み】
○孟子曰く、古の關を爲[つく]ること、將に以て暴を禦がんとす。非常を譏察するなり。

今之爲關也、將以爲暴。征稅出入。○范氏曰、古之耕者什一、後世或收大半之稅。此以賦斂爲暴也。文王之囿、與民同之。齊宣王之囿、爲阱國中。此以園囿爲暴也。後世爲暴、不止於關。若使孟子用於諸侯、必行文王之政、凡此之類、皆不終日而改也。
【読み】
今の關を爲ること、將に以て暴をせんとす、と。出入に征稅す。○范氏曰く、古の耕す者什一にして、後世或は大半の稅を收む。此れ賦斂を以て暴をするなり。文王の囿は、民と之を同じうす。齊の宣王の囿は、阱[おとしあな]を國中に爲る。此れ園囿を以て暴をするなり。後世の暴をすること、關に止まらず。若し孟子をして諸侯に用いらるれば、必ず文王の政を行い、凡そ此の類は、皆日を終えずして改めん、と。


盡心章句下9
○孟子曰、身不行道、不行於妻子。使人不以道、不能行於妻子。身不行道者、以行言之。不行者、道不行也。使人不以道者、以事言之。不能行者、令不行也。
【読み】
○孟子曰く、身道を行わざれば、妻子にも行われず。人を使うに道を以てせざれば、妻子にも行うこと能わず、と。身道を行わずは、行を以て之を言う。行われずは、道行われざるなり。人を使うに道を以てせずは、事を以て之を言う。行うこと能わずは、令行われざるなり。


盡心章句下10
○孟子曰、周于利者、凶年不能殺。周于德者、邪世不能亂。周、足也。言積之厚、則用有餘。
【読み】
○孟子曰く、利に周[た]れる者は、凶年も殺すこと能わず。德に周れる者は、邪世も亂ること能わず、と。周は足るなり。言うこころは、之を積むこと厚きときは、則ち用うるに餘り有り、と。


盡心章句下11
○孟子曰、好名之人、能讓千乘之國。苟非其人、簞食豆羹見於色。好・乘・食、皆去聲。見、音現。○好名之人、矯情干譽。是以能讓千乘之國。然若本非能輕富貴之人、則於得失之小者、反不覺其眞情之發見矣。蓋觀人不於其所勉、而於其所忽、然後可以見其所安之實也。
【読み】
○孟子曰く、名を好む人は、能く千乘の國を讓る。苟し其の人に非ざれば、簞食豆羹も色に見[あらわ]る、と。好・乘・食は皆去聲。見は音現。○名を好む人は、情を矯めて譽を干む。是を以て能く千乘の國を讓る。然れども若し本より能く富貴を輕んずる人に非ざれば、則ち得失の小しき者に於て、反って其の眞情の發見を覺えず。蓋し人を觀ること其の勉むる所に於てせずして、其の忽せにする所に於てし、然して後に以て其の安んずる所の實を見る可し。


盡心章句下12
○孟子曰、不信仁賢、則國空虛。空虛、言若無人然。
【読み】
○孟子曰く、仁賢を信ぜざるときは、則ち國空虛なり。空虛は、言うこころは、人無きが若く然り、と。

無禮義、則上下亂。禮義、所以辨上下、定民志。
【読み】
禮義無きときは、則ち上下亂る。禮義は、上下を辨け、民の志を定むる所以なり。

無政事、則財用不足。生之無道、取之無度、用之無節故也。○尹氏曰、三者以仁賢爲本。無仁賢、則禮義政事、處之皆不以其道矣。
【読み】
政事無きときは、則ち財用足らず、と。之を生ずるに道無く、之を取るに度無く、之を用うるに節無き故なり。○尹氏曰く、三つの者は仁賢を以て本とす。仁賢無きときは、則ち禮義政事、之を處するに皆其の道を以てせざるなり、と。


盡心章句下13
○孟子曰、不仁而得國者、有之矣。不仁而得天下、未之有也。言不仁之人、騁其私智、可以盜千乘之國、而不可以得丘民之心。鄒氏曰、自秦以來、不仁而得天下者有矣。然皆一再傳而失之、猶不得也。所謂得天下者、必如三代、而後可。
【読み】
○孟子曰く、不仁にして國を得る者、之れ有らん。不仁にして天下を得ること、未だ之れ有らず、と。言うこころは、不仁の人、其の私智を騁[は]せ、以て千乘の國を盜む可く、而れども以て丘民の心を得可からず、と。鄒氏曰く、秦より以來、不仁にして天下を得る者有り。然れども皆一再傳にして之を失い、猶得ざるがごとし。所謂天下を得るは、必ず三代の如くして、而して後に可なり、と。


盡心章句下14
○孟子曰、民爲貴。社稷次之。君爲輕。社、土神。稷、穀神。建國則立壇壝以祀之。蓋國以民爲本。社稷亦爲民而立。而君之尊、又係於二者之存亡。故其輕重如此。
【読み】
○孟子曰く、民を貴しとす。社稷之に次ぐ。君を輕しとす。社は土の神。稷は穀の神。國を建つるときは則ち壇壝[だんい]を立てて以て之を祀る。蓋し國は民を以て本とす。社稷も亦民の爲にして立つる。而して君の尊きも、又二つの者の存亡に係る。故に其の輕重此の如し。

是故得乎丘民而爲天子。得乎天子爲諸侯。得乎諸侯爲大夫。丘民、田野之民、至微賤也。然得其心、則天下歸之。天子至尊貴也。而得其心者、不過爲諸侯耳。是民爲重也。
【読み】
是の故に丘民に得て天子と爲る。天子に得れば諸侯と爲る。諸侯に得れば大夫と爲る。丘民は、田野の民にして、至りて微賤なり。然れども其の心を得るときは、則ち天下之に歸す。天子は至りて尊貴なり。而して其の心を得る者は、諸侯と爲るに過ぎざるのみ。是れ民を重しとするなり。

諸侯危社稷、則變置。諸侯無道、將使社稷爲人所滅、則當更立賢君。是君輕於社稷也。
【読み】
諸侯社稷を危くするときは、則ち變置す。諸侯無道にして、將に社稷人に滅されんとせしむるときは、則ち當に更めて賢君を立つべし。是れ君は社稷よりも輕きなり。

犧牲旣成、粢盛旣潔、祭祀以時。然而旱乾水溢、則變置社稷。盛、音成。○祭祀不失禮、而土穀之神不能爲民禦災捍患、則毀其壇壝而更置之。亦年不順成、八蜡不通之意。是社稷雖重於君、而輕於民也。
【読み】
犧牲旣に成り、粢盛旣に潔く、祭祀時を以てす。然れども旱乾水溢するときは、則ち社稷を變置す、と。盛は音成。○祭祀禮を失わずして、土穀の神民の爲に災を禦ぎ患を捍[ふせ]ぐこと能わざるときは、則ち其の壇壝を毀ちて更めて之を置く。亦年順成せざれば、八蜡[はっさ]通ぜずの意なり。是れ社稷は君より重しと雖も、而して民よりも輕きなり。


盡心章句下15
○孟子曰、聖人、百世之師也。伯夷・柳下惠是也。故聞伯夷之風者、頑夫廉、懦夫有立志。聞柳下惠之風者、薄夫敦、鄙夫寬。奮乎百世之上、百世之下、聞者莫不興起也。非聖人而能若是乎。而況於親炙之者乎。興起、感動奮發也。親炙、親近而熏炙之也。餘見前篇。
【読み】
○孟子曰く、聖人は、百世の師なり。伯夷・柳下惠是れなり。故に伯夷の風を聞く者は、頑夫も廉に、懦夫も志を立つること有り。柳下惠の風を聞く者は、薄夫も敦く、鄙夫も寬[ゆたか]なり。百世の上に奮って、百世の下、聞く者興起せずということ莫し。聖人に非ずして能く是の若くならんや。而るを況や之に親炙する者に於てをや、と。興起は、感動して奮發するなり。親炙は、親しく近づきて之を熏炙するなり。餘は前篇に見ゆ。


盡心章句下16
○孟子曰、仁也者、人也。合而言之、道也。仁者、人之所以爲人之理也。然仁、理也。人、物也。以仁之理、合於人之身而言之、乃所謂道者也。○程子曰、中庸所謂率性之謂道、是也。或曰、外國本、人也之下、有義也者宜也、禮也者履也、智也者知也、信也者實也、凡二十字。今按、如此、則理極分明。然未詳其是否也。
【読み】
○孟子曰く、仁は、人なり。合わせて之を言えば、道なり、と。仁は、人の人爲る所以の理なり。然れども仁は、理なり。人は、物なり。仁の理を以て、人の身に合わせて之を言えば、乃ち所謂道なる者なり。○程子曰く、中庸の所謂性に率う之を道と謂う、是れなり。或ひと曰く、外國の本に、人也の下に、義は宜なり、禮は履なり、智は知なり、信は實なりの、凡て二十字有り、と。今按ずるに、此の如きときは、則ち理は極めて分明なり。然れども未だ其の是否は詳らかならず。


盡心章句下17
○孟子曰、孔子之去魯曰、遲遲吾行也。去父母國之道也。去齊、接淅而行。去他國之道也。重出。
【読み】
○孟子曰く、孔子の魯を去るときに曰く、遲遲として吾行[さ]らん。父母の國を去るの道なり。齊去るときに、淅[かしみず]を接[う]けて行る。他國を去るの道なり、と。重出。


盡心章句下18
○孟子曰、君子之戹於陳・蔡之閒、無上下之交也。君子、孔子也。戹、與厄同。君臣皆惡、無所與交也。
【読み】
○孟子曰く、君子の陳・蔡の閒に戹[くるし]めるは、上下の交わり無ければなり。君子は孔子なり。戹は厄と同じ。君臣皆惡しくして、與に交わる所無きなり。


盡心章句下19
○貉稽曰、稽大不理於口。貉、音陌。○趙氏曰、貉姓、稽名。爲衆口所訕。理、賴也。今按、漢書無俚。方言亦訓賴。
【読み】
○貉稽[はくけい]曰く、稽大いに口に理[たの]もしからず、と。貉は音陌。○趙氏曰く、貉は姓、稽は名。衆口の訕[そし]る所と爲す。理は賴むなり。今按ずるに、漢書に俚無し、と。方言にも亦賴と訓ず。

孟子曰、無傷也。士憎茲多口。趙氏曰、爲士者、益多爲衆口所訕。按此、則憎當從土。今本皆從心。蓋傳寫之誤。
【読み】
孟子曰く、傷[そこな]うこと無し。士は憎々[ますます]茲れ多口なり。趙氏曰く、士爲る者は、益々多く衆口の訕る所と爲す。此を按ずるに、則ち憎は當に土によるべし。今の本は皆心による。蓋し傳寫の誤りならん。

詩云、憂心悄悄。慍于羣小、孔子也。肆不殄厥慍、亦不隕厥問、文王也。詩、邶風柏舟、及大雅緜之篇也。悄悄、憂貌。慍、怒也。本言衛之仁人、見怒於羣小。孟子以爲孔子之事、可以當之。肆、發語辭。隕、墜也。問、聲問也。本言太王事昆夷、雖不能殄絶其慍怒、亦不自墜其聲問之美。孟子以爲文王之事、可以當之。○尹氏曰、言人顧自處如何、盡其在我者而已。
【読み】
詩に云く、憂うる心悄悄たり。羣小に慍らるとは、孔子なり。肆[つい]に厥の慍りを殄[た]たざれども、亦厥の問[ほまれ]を隕[おと]さずとは、文王なり、と。詩は邶風柏舟、及び大雅緜の篇なり。悄悄は憂うる貌。慍は怒るなり。本は衛の仁人の、羣小に怒られしことを言えり。孟子以爲えらく、孔子の事、以て之に當たる可し、と。肆は發語の辭。隕は墜つなり。問は聲問なり。本は太王の昆夷に事えて、其の慍怒を殄絶すること能わずと雖も、亦自ら其の聲問の美を墜とさざりしことを言えり。孟子以爲らく、文王の事、以て之に當たる可し、と。○尹氏曰く、言うこころは、人自處すること如何と顧みて、其の我に在る者を盡くさまくのみ、と。


盡心章句下20
○孟子曰、賢者以其昭昭、使人昭昭。今以其昏昏、使人昭昭。昭昭、明也。昏昏、闇也。尹氏曰、大學之道、在自昭明德、而施於天下國家。其有不順者寡矣。
【読み】
○孟子曰く、賢者は其の昭昭たるを以て、人をして昭昭たらしむ。今は其の昏昏を以て、人をして昭昭たらしむ、と。昭昭は明らかなり。昏昏は闇きなり。尹氏曰く、大學の道は、自ら明德を昭らかにして、天下國家に施すことに在り。其の順わざること有る者は寡なし、と。


盡心章句下21
○孟子謂高子曰、山徑之蹊閒、介然用之而成路。爲閒不用、則茅塞之矣。今茅塞子之心矣。介、音戛。○徑、小路也。蹊、人行處也。介然、倏然之頃也。用、由也。路、大路也。爲閒、少頃也。茅塞、茅草生而塞之也。言理義之心、不可少有閒斷也。
【読み】
○孟子高子に謂って曰く、山徑の蹊閒、介然[かつぜん]として之に用[よ]るときにして路と成る。爲閒[しばら]くも用らざるときは、則ち茅之を塞ぐ。今茅子が心を塞げり、と。介は音戛。○徑は小路なり。蹊は人の行く處なり。介然は、倏然[しゅくぜん]の頃なり。用は由るなり。路は大路なり。爲閒は、少頃[しばら]くなり。茅塞ぐは、茅草生じて之を塞ぐなり。言うこころは、理義の心、少しも閒斷有る可からず、と。


盡心章句下22
○高子曰、禹之聲、尙文王之聲。尙、加尙也。豐氏曰、言禹之樂、過於文王之樂。
【読み】
○高子曰く、禹の聲は、文王の聲に尙[まさ]れり、と。尙は、加尙するなり。豐氏曰く、言うこころは、禹の樂は、文王の樂に過ぐ、と。

孟子曰、何以言之。曰、以追蠡。追、音堆。蠡、音禮。○豐氏曰、追、鐘紐也。周禮所謂旋蟲是也。蠡者、齧木蟲也。言禹時鐘在者、鐘紐如蟲齧而欲絶。蓋用之者多。而文王之鐘不然。是以知禹之樂、過於文王之樂也。
【読み】
孟子曰く、何を以てか之を言う、と。曰く、追[たい]の蠡[むしは]めるを以てなり、と。追は音堆。蠡は音禮。○豐氏曰く、追は鐘の紐なり。周禮謂う所の旋蟲、是れなり。蠡は、木を齧[か]む蟲なり。言うこころは、禹の時の鐘の在る者、鐘の紐蟲の齧めるが如くして絶えまく欲す。蓋し之に用うる者多し。而れども文王の鐘然らず。是を以て禹の樂の、文王の樂に過ぐれることを知る、と。

曰、是奚足哉。城門之軌、兩馬之力與。與、平聲。○豐氏曰、奚足、言此何足以知之也。軌、車轍跡也。兩馬、一車所駕也。城中之涂容九軌、車可散行。故其轍跡淺。城門惟容一車、車皆由之。故其轍跡深。蓋日久車多所致、非一車兩馬之力、能使之然也。言禹在文王前千餘年。故鐘久而紐絶。文王之鐘、則未久而紐全。不可以此而議優劣也。○此章文義本不可曉。舊說相承如此。而豐氏差明白。故今存之。亦未知其是否也。
【読み】
曰く、是れ奚んぞ足らんや。城門の軌[わだち]は、兩馬の力か、と。與は平聲。○豐氏曰く、奚んぞ足らんやは、言うこころは、此れ何ぞ以て之を知るに足らんや、と。軌は、車の轍の跡なり。兩馬は、一車駕する所なり。城中の涂[みち]九軌を容れ、車散行す可し。故に其の轍の跡淺し。城門は惟一車を容れ、車皆之に由る。故に其の轍の跡深し。蓋し日久しく車多くして致す所にて、一車の兩馬の力、能く之を然らしむるに非ず。言うこころは、禹は文王の前に在ること千餘年なり。故に鐘久しくして紐絶ゆ。文王の鐘は、則ち未だ久しからずして紐全し。此を以て優劣を議す可からず、と。○此の章の文義本より曉る可からず。舊說相承くること此の如し。而して豐氏差[やや]明白なり。故に今之を存す。亦未だ其の是なるか否かを知らず。


盡心章句下23
○齊饑。陳臻曰、國人皆以、夫子將復爲發棠。殆不可復。復、扶又反。○先時齊國嘗饑、孟子勸王發棠邑之倉、以振貧竆。至此又饑。陳臻問、言齊人望孟子復勸王發棠、而又自言恐其不可也。
【読み】
○齊饑ゆ。陳臻[ちんしん]曰く、國人皆以[おも]えらく、夫子將に復爲に棠[とう]を發[ひら]かんとす、と。殆ど復す可からざらんか、と。復は扶又の反。○先時齊國嘗て饑ゆるとき、孟子王に勸めて棠邑の倉を發き、以て貧竆を振[すく]えり。此に至りて又饑ゆ。陳臻問うて、齊人孟子の復王に勸めて棠を發くことを望むと言い、而して又自ら其の不可なることを恐れて言うなり。

孟子曰、是爲馮婦也。晉人有馮婦者、善搏虎。卒爲善士。則之野。有衆逐虎。虎負嵎。莫之敢攖。望見馮婦、趨而迎之。馮婦攘臂下車。衆皆悦之。其爲士者笑之。手執曰搏。卒爲善士、後能改行爲善也。之、適也。負、依也。山曲曰嵎。攖、觸也。笑之、笑其不知止也。疑此時齊王已不能用孟子、而孟子亦將去矣。故其言如此。
【読み】
孟子曰く、是れ馮婦をするなり。晉人馮婦という者有り、善く虎を搏[てうち]にす。卒に善士と爲る。則ち野に之く。衆有り虎を逐う。虎嵎[ぐう]に負[よ]る。之に敢えて攖[ふ]るること莫し。馮婦を望み見て、趨って之を迎う。馮婦臂を攘[かか]げて車より下る。衆皆之を悦ぶ。其の士爲る者之を笑う、と。手で執るを搏と曰う。卒に善士と爲るは、後に能く行いを改めて善と爲るなり。之は適くなり。負は依るなり。山の曲[くま]を嵎と曰う。攖は觸れるなり。之を笑うは、其の止むことを知らざるを笑うなり。疑うらくは此の時齊王已に孟子を用うること能わずして、孟子も亦將に去らんとす。故に其の言此の如し。


盡心章句下24
○孟子曰、口之於味也、目之於色也、耳之於聲也、鼻之於臭也、四肢之於安佚也、性也。有命焉。君子不謂性也。程子曰、五者之欲、性也。然有分、不能皆如其願、則是命也。不可謂我性之所有、而求必得之也。愚按、不能皆如其願、不止爲貧賤、蓋雖富貴之極、亦有品節限制、則是亦有命也。
【読み】
○孟子曰く、口の味に於る、目の色に於る、耳の聲に於る、鼻の臭に於る、四肢の安佚に於るは、性なり。命有り。君子は性と謂わず。程子曰く、五つの者の欲は、性なり。然れども分有り、皆其の願いの如くすること能わざるは、則ち是れ命なり。我が性の有る所を謂いて、必ず之を得んことを求むる可からず、と。愚按ずるに、皆其の願いの如くすること能わざるは、止[ただ]貧賤爲るのみならず、蓋し富貴の極と雖も、亦品節限制有るは、則ち是も亦命有ればなり。

仁之於父子也、義之於君臣也、禮之於賓主也、智之於賢者也、聖人之於天道也、命也。有性焉。君子不謂命也。程子曰、仁義禮智天道、在人則賦於命者、所稟有厚薄淸濁、然而性善可學而盡。故不謂之命也。張子曰、晏嬰智矣。而不知仲尼。是非命邪。愚按、所稟者厚而淸、則其仁之於父子也至、義之於君臣也盡、禮之於賓主也恭、智之於賢否也哲、聖人之於天道也、無不吻合、而純亦不已焉。薄而濁、則反是。是皆所謂命也。或曰、者、當作否。人衍字。更詳之。○愚聞之師。曰、此二條者、皆性之所有、而命於天者也。然世之人、以前五者爲性、雖有不得、而必欲求之。以後五者爲命、一有不至、則不復致力。故孟子各就其重處言之、以伸此而抑彼也。張子所謂養則付命於天、道則責成於己。其言約而盡矣。
【読み】
仁の父子に於る、義の君臣に於る、禮の賓主に於る、智の賢者に於る、聖人の天道に於るは、命なり。性有り。君子は命と謂わず、と。程子曰く、仁義禮智天道は、人に在るときは則ち命を賦す者にて、稟く所に厚薄淸濁有り。然りして性善は學んで盡くす可し。故に之を命とは謂わざるなり、と。張子曰く、晏嬰は智なり。而して仲尼を知らず。是れ命に非ずや、と。愚按ずるに、稟く所の者厚くして淸きときは、則ち其の仁の父子に於るや至れり、義の君臣に於るや盡くせり、禮の賓主に於るや恭しく、智の賢否に於るや哲く、聖人の天道に於るや、吻合せざるということ無く、而して純にして亦已まず。薄くして濁れるときは、則ち是に反す。是れ皆所謂命なり。或ひと曰く、者は、當に否に作るべし。人は衍字なり、と。更に之を詳らかにすべし。○愚之を師に聞けり。曰く、此の二條は、皆性の有する所にして、天より命ぜらるる者なり。然れども世の人、前の五つの者を以て性として、得ざること有ると雖も、而して必ず之を求めまく欲す。後の五つの者を以て命として、一つも至らざること有れば、則ち復力を致さず。故に孟子各々其の重き處に就いて之を言い、以て此を伸べて彼を抑う。張子謂う所の、養は則ち命を天に付し、道は則ち成るを己に責むは、其の言約にして盡くせり、と。


盡心章句下25
○浩生不害問曰、樂正子何人也。孟子曰、善人也、信人也。趙氏曰、浩生、姓。不害、名。齊人也。
【読み】
○浩生不害問うて曰く、樂正子は何人ぞ、と。孟子曰く、善人なり、信人なり。趙氏曰く、浩生は姓。不害は名。齊人なり。

何謂善。何謂信。不害問也。
【読み】
何をか善と謂う。何をか信と謂う。不害問うなり。

曰、可欲之謂善。天下之理、其善者必可欲。其惡者必可惡。其爲人也、可欲而不可惡、則可謂善人矣。
【読み】
曰く、欲す可きを善と謂う。天下の理、其の善なる者は必ず欲す可し。其の惡なる者は必ず惡む可し。其の爲人[ひととなり]や、欲す可くして惡む可からざれば、則ち善人と謂う可し。

有諸己之謂信。凡所謂善、皆實有之、如惡惡臭、如好好色。是則可謂信人矣。○張子曰、志仁無惡之謂善、誠善於身之謂信。
【読み】
己に有るを信と謂う。凡そ所謂善は、皆實に之に有りて、惡臭を惡むが如く、好色を好むが如し。是れ則ち信人と謂う可し。○張子曰く、仁に志して惡無きを善と謂い、善を身に誠にするを信と謂う。

充實之謂美。力行其善、至於充滿而積實、則美在其中、而無待於外矣。
【読み】
充實するを美と謂う。力めて其の善を行い、充滿して積實するに至るときは、則ち美其の中に在りて、外に待つこと無し。

充實而有光輝之謂大。和順積中、而英華發外。美在其中、而暢於四支、發於事業、則德業至盛而不可加矣。
【読み】
充實して光輝有るを大と謂う。和順中に積んで、英華外に發[あらわ]る。美其の中に在りて、四支に暢び、事業に發るときは、則ち德業至盛にして加う可からず。

大而化之之謂聖。大而能化、使其大者泯然無復可見之跡、則不思不勉、從容中道、而非人力之所能爲矣。張子曰、大可爲也、化不可爲也、在熟之而已矣。
【読み】
大にして之を化するを聖と謂う。大にして能く化し、其の大なる者泯然として復見る可き跡無からしむときは、則ち思わず勉めず、從容して道に中り、而して人力の能くする所に非ざるなり。張子曰く、大はしつ可し。化はしつ可からず。之を熟するに在るのみ、と。

聖而不可知之之謂神。程子曰、聖不可知、謂聖之至妙、人所不能測。非聖人之上、又有一等神人也。
【読み】
聖にして之を知る可からざるを神と謂う。程子曰く、聖にして知る可からずは、聖の至妙は、人の測ること能わざる所なるを謂う。聖人の上に、又一等の神人有るに非ず、と。

樂正子、二之中、四之下也。蓋在善信之閒。觀其從於子敖、則其有諸己者或未實也。張子曰、顏淵・樂正子皆知好仁矣。樂正子志仁無惡、而不致於學。所以但爲善人信人而已。顏子好學不倦、合仁與智、具體聖人。獨未至聖人之止耳。○程子曰、士之所難者、在有諸己而已。能有諸己、則居之安、資之深、而美且大、可以馴致矣。徒知可欲之善、而若存若亡而已、則能不受變於俗者鮮矣。尹氏曰、自可欲之善、至於聖而不可知之神、上下一理。擴充而至於神、則不可得而名矣。
【読み】
樂正子は、二つが中、四つが下なり、と。蓋し善信の閒に在らん。其の子敖に從うことを觀れば、則ち其の己に有る者或は未だ實ならず。張子曰く、顏淵・樂正子は皆仁を好むことを知る。樂正子は仁に志し惡無くして、學を致さず。但善人信人爲る所以のみ。顏子學を好んで倦まず、仁と智とを合して、聖人の體を具う。獨[ただ]未だ聖人の止に至らざるのみ、と。○程子曰く、士の難きとする所は、諸を己に有[たも]つに在るのみ。能く諸を己に有つときは、則ち之に居ること安く、之に資[よ]ること深くして、美且つ大なること、以て馴致す可し。徒[ただ]欲す可き善を知りて、存するが若く亡するが若きのみなるときは、則ち能く變を俗に受けざる者鮮し、と。尹氏曰く、可欲之善より於聖而不可知之神に至るまでは、上下一理なり。擴充して神に至るときは、則ち得て名づく可からず、と。


盡心章句下26
○孟子曰、逃墨必歸於楊。逃楊必歸於儒。歸斯受之而已矣。墨氏務外而不情、楊氏太簡而近實。故其反正之漸、大略如此。歸斯受之者、憫其陷溺之久、而取其悔悟之新也。
【読み】
○孟子曰く、墨を逃れては必ず楊に歸す。楊を逃れては必ず儒に歸す。歸せらば斯ち之を受けまくのみ。墨氏は外を務めて情あらず、楊氏は太だ簡[おろそ]かにして實に近し。故に其の正しきに反るの漸、大略此の如し。歸せらば斯ち之を受くは、其の陷溺することの久しきを憫れみて、其の悔悟の新たなるを取るなり。

今之與楊・墨辯者、如追放豚。旣入其苙、又從而招之。放豚、放逸之豕豚也。苙、闌也。招、罥也。羈其足也。言彼旣來歸、而又追咎其旣往之失也。○此章、見聖賢之於異端、距之甚嚴、而於其來歸、待之甚恕。距之嚴。故人知彼說之爲邪。待之恕。故人知此道之可反。仁之至、義之盡也。
【読み】
今の楊・墨と辯ずる者は、放てる豚を追うが如し。旣に其の苙[おり]に入れるを、又從って之を招[ほだ]す、と。放てる豚は、放逸したる豕豚なり。苙は闌[おり]なり。招は罥[からめと]るなり。其の足を羈[つな]ぐなり。言うこころは、彼旣に來歸するを、又其の旣往の失を追い咎むるなり、と。○此の章、聖賢の異端に於る、之を距むこと甚だ嚴しくして、其の來歸するに於ては、之を待すること甚だ恕[ゆたか]なることを見[しめ]す。之を距むこと嚴。故に人彼の說の邪爲ることを知る。之を待すること恕。故に人此の道の反る可きことを知る。仁の至り、義の盡くせるなり。


盡心章句下27
○孟子曰、有布縷之征、粟米之征、力役之征。君子用其一、緩其二。用其二而民有殍。用其三而父子離。征賦之法、歳有常數、然布縷取之於夏、粟米取之於秋、力役取之於冬。當各以其時。若幷取之、則民力有所不堪矣。今兩稅三限之法、亦此意也。尹氏曰、言民爲邦本。取之無度、則其國危矣。
【読み】
○孟子曰く、布縷の征、粟米の征、力役の征有り。君子其の一つを用いて、其の二つを緩くす。其の二つを用いて民殍[ひょう]有り。其の三つを用いて父子離る、と。征賦の法は、歳に常數有り。然れども布縷は之を夏に取り、粟米は之を秋に取り、力役は之を冬に取る。當に各々其の時を以てすべし。若し幷せて之を取るときは、則ち民力堪えざる所有り。今の兩稅三限の法も、亦此の意なり。尹氏曰く、言うこころは、民は邦の本爲り。之を取るに度無きときは、則ち其の國危し、と。


盡心章句下28
○孟子曰、諸侯之寶三。土地・人民・政事。寶珠玉者、殃必及身。尹氏曰、言寶得其寶者安、寶失其寶者危。
【読み】
○孟子曰く、諸侯の寶三つ。土地・人民・政事。珠玉を寶とする者、殃[わざわい]必ず身に及ぶ、と。尹氏曰く、言うこころは、寶たる其の寶を得る者は安んじ、寶たる其の寶を失う者は危し、と。


盡心章句下29
○盆成括仕於齊。孟子曰、死矣盆成括。盆成括見殺。門人問曰、夫子何以知其將見殺。曰、其爲人也小有才、未聞君子之大道也。則足以殺其軀而已矣。盆成、姓。括、名也。恃才妄作、所以取禍。徐氏曰、君子道其常而已。括有死之道焉。設使幸而獲免、孟子之言猶信也。
【読み】
○盆成括齊に仕う。孟子曰く、死なん、盆成括、と。盆成括殺さる。門人問うて曰く、夫子何を以てか其の將に殺されんとすることを知る、と。曰く、其の爲人[ひととなり]小しき才有って、未だ君子の大道を聞かず。則ち以て其の軀[み]を殺すに足らくのみ、と。盆成は姓。括は名なり。才を恃んで妄りに作すは、禍を取る所以なり。徐氏曰く、君子は其の常を道うのみ。括に死の道有り。設使[たと]い幸にして免れんことを獲ても、孟子の言は猶信[まこと]なり。


盡心章句下30
○孟子之滕、館於上宮。有業屨於牖上。館人求之弗得。館、舍也。上宮、別宮名。業屨、織之有次業而未成者。蓋館人所作、置之牖上而失之也。
【読み】
○孟子滕に之いて、上宮に館す。牖上に業屨有り。館人之を求むれども得ず。館は舍なり。上宮は別宮の名。業屨は、之を織りて次の業有りて未だ成らざる者。蓋し館人の作れる所、之を牖上に置いて之を失えるなり。

或問之曰、若是乎從者之廋也。曰、子以是爲竊屨來與。曰、殆非也。夫子之設科也、往者不追、來者不距。苟以是心至、斯受之而已矣。從・爲、並去聲。與、平聲。夫子、如字。舊讀爲扶余者非。○或問之者、問於孟子也。廋、匿也。言子之從者、乃匿人之物如此乎。孟子答之、而或人自悟其失、因言、此從者固不爲竊屨而來。但夫子設置科條以待學者。苟以向道之心而來、則受之耳。雖夫子亦不能保其往也。門人取其言有合於聖賢之指。故記之。
【読み】
或ひと之を問うて曰く、是の若きか從者の廋[かく]せること、と。曰く、子是れ屨を竊まんが爲にして來ると以[おも]えるか、と。曰く、殆ど非なり。夫子の科を設くること、往く者は追わず、來る者は距まず。苟し是の心を以て至らば、斯ち之を受けまくのみ、と。從・爲は並去聲。與は平聲。夫子は字の如し。舊讀んで扶余とするは非なり。○或ひと之を問うは、孟子に問うなり。廋は匿すなり。言うこころは、子の從者、乃ち人の物を匿すこと此の如きか、と。孟子之に答えて、或人自ら其の失を悟り、因りて言う、此の從者は固より屨を竊む爲に來るにはあらず。但夫子は科條を設け置きて以て學ぶ者を待つ。苟し道に向かう心を以て來れば、則ち之を受くのみ。夫子と雖も亦其の往を保[うけあ]うこと能わず、と。門人其の言の聖賢の指に合うこと有るを取る。故に之を記せり。


盡心章句下31
○孟子曰、人皆有所不忍。達之於其所忍、仁也。人皆有所不爲。達之於其所爲、義也。惻隱羞惡之心、人皆有之。故莫不有所不忍不爲。此仁義之端也。然以氣質之偏、物欲之蔽、則於他事或有不能者。但推所能、達之於所不能、則無非仁義矣。
【読み】
○孟子曰く、人皆忍びざる所有り。之を其の忍ぶ所に達すれば、仁なり。人皆せざる所有り。之を其のする所に達すれば、義なり。惻隱羞惡の心、人皆之れ有り。故に忍びざる、せざる所有らずということ莫し。此れ仁義の端なり。然れども氣質の偏、物欲の蔽を以て、則ち他事に於て或は能わざる者有り。但能くする所を推して、之を能わざる所に達するときは、則ち仁義に非ずということ無し。

人能充無欲害人之心、而仁不可勝用也。人能充無穿踰之心、而義不可勝用也。勝、平聲。○充、滿也。穿、穿穴。踰、踰牆。皆爲盜之事也。能推所不忍、以達於所忍、則能滿其無欲害人之心、而無不仁矣。能推其所不爲、以達於所爲、則能滿其無穿踰之心、而無不義矣。
【読み】
人能く人を害せまく欲すること無きの心を充てて、仁勝[あ]げて用う可からず。人能く穿踰すること無きの心を充てて、義勝げて用う可からず。勝は平聲。○充は滿つなり。穿は穴を穿つ。踰は牆を踰ゆる。皆盜みをする事なり。能く忍びざる所を推して、以て忍ぶ所に達するときは、則ち能く其の人を害せまく欲すること無きの心を滿てて、仁にあらずということ無し。能く其のせざる所を推して、以てする所に達するときは、則ち能く其の穿踰すること無きの心を滿てて、義にあらずということ無し。

人能充無受爾汝之實、無所往而不爲義也。此申說上文充無穿踰之心之意也。蓋爾汝、人所輕賤之稱。人雖或有所貪昧隱忍而甘受之者、然其中心必有慚忿而不肯受之之實。人能卽此而推之、使其充滿無所虧缺、則無適而非義矣。
【読み】
人能く爾汝を受くること無きの實を充つれば、往く所として義爲らずということ無し。此れ申[かさ]ねて上文の穿踰すること無きの心を充たすの意を說く。蓋し爾汝は、人の輕んじ賤しむ所の稱なり。人或は貪昧隱忍にして甘んじて之を受く所の者有りと雖も、然れども其の中心は必ず慚じ忿りて之を受くることを肯ぜざるの實有り。人能く此に卽いて之を推し、其の充滿して虧缺する所無からしむときは、則ち適くとして義に非ずということ無し。

士未可以言而言、是以言餂之也。可以言而不言、是以不言餂之也。是皆穿踰之類也。餂、音忝。○餂、探取之也。今人以舌取物曰餂、卽此意也。便佞隱默、皆有意探取於人。是亦穿踰之類。然其事隱微、人所易忽。故特舉以見例、明必推無穿踰之心、以達於此而悉去之、然後爲能充其無穿踰之心也。
【読み】
士未だ以て言う可からずして言うは、是れ言うを以て之を餂[さぐりと]るなり。以て言う可くして言わざるは、是れ言わざるを以て之を餂るなり。是れ皆穿踰の類なり、と。餂は音忝。○餂は、之を探り取るなり。今人舌を以て物を取るを餂と曰うは、卽ち此の意なり。便佞隱默は、皆人を探り取る意有り。是も亦穿踰の類なり。然れども其の事隱微にして、人の忽せにし易き所なり。故に特に舉げて以て例を見[しめ]し、必ず穿踰すること無きの心を推して、以て此に達して悉く之を去り、然して後に能く其の穿踰すること無きの心を充たさんとすることを明らかにす。


盡心章句下32
○孟子曰、言近而指遠者、善言也。守約而施博者、善道也。君子之言也、不下帶而道存焉。施、去聲。○古人視不下於帶、則帶之上、乃目前常見、至近之處也。舉目前之近事、而至理存焉。所以爲言近而指遠也。
【読み】
○孟子曰く、言近くして指[むね]遠き者は、善言なり。守ること約[つづま]やかにして施すこと博き者は、善道なり。君子の言、帶より下らずして道存す。施は去聲。○古人視ること帶より下らざれば、則ち帶の上は、乃ち目前常に見る、至りて近き處なり。目前の近き事を舉げて、至理存す。言近くして指遠しとする所以なり。

君子之守、脩其身而天下平。此所謂守約而施博也。
【読み】
君子の守りは、其の身を脩めて天下平かなり。此れ所謂守ること約やかにして施すこと博きなり。

人病舍其田而芸人之田、所求於人者重、而所以自任者輕。舍、音捨。○此言不守約、而務博施之病。
【読み】
人の病[うれえ]は其の田を舍てて人の田を芸[くさぎ]らせ、人に求むる所の者重くして、自ら任ずる所以の者輕きなり。舍は音捨。○此れ守ること約やかならずして、博く施すことを務むるの病を言うなり。


盡心章句下33
○孟子曰、堯舜、性者也。湯武、反之也。性者、得全於天、無所汙壞、不假脩爲。聖之至也。反之者、脩爲以復其性、而至於聖人也。程子曰、性之反之、古未有此語。蓋自孟子發之。呂氏曰、無意而安行、性者也、有意利行、而至於無意、復性者也。堯舜不失其性、湯武善反其性。及其成功則一也。
【読み】
○孟子曰く、堯舜は、性のままなる者なり。湯武は、之に反れり。性のままは、天の全きを得て、汙壞する所無く、脩爲を假らず。聖の至りなり。之に反るは、脩爲以て其の性に復りて、聖人に至るなり。程子曰く、之を性のままにすと之に反るは、古は未だ此の語有らず。蓋し孟子より之を發せり、と。呂氏曰く、意無くして安んじ行うは、性のままなる者なり。意有りて利し行いて、意無きに至るは、性に復る者なり。堯舜は其の性を失わず、湯武は善く其の性に反る。其の功を成すに及んでは則ち一なり、と。

動容周旋中禮者、盛德之至也。哭死而哀、非爲生者也。經德不回、非以干祿也。言語必信、非以正行也。中・爲・行、並去聲。○細微曲折、無不中禮、乃其盛德之至。自然而中、而非有意於中也。經、常也。回、曲也。三者亦皆自然而然。非有意而爲之也。皆聖人之事、性之之德也。
【読み】
動容周旋禮に中る者は、盛德の至りなり。死を哭して哀しむは、生者の爲にするに非ず。經德回[まが]らざるは、以て祿を以めんとに非ず。言語必ず信なるは、以て行を正さんとに非ず。中・爲・行は並去聲。○細微曲折、禮に中らずということ無きときは、乃ち其れ盛德の至りなり。自然にして中り、而も中るに意有るに非ず。經は常なり。回は曲るなり。三つの者も亦皆自然にして然り。意有りて之をするに非ず。皆聖人の事、之を性のままにするの德なり。

君子行法、以俟命而已矣。法者、天理之當然者也。君子行之、而吉凶禍福有所不計。蓋雖未至於自然、而已非有所爲而爲矣。此反之之事。董子所謂正其義、不謀其利、明其道、不計其功、正此意也。○程子曰、動容周旋中禮者、盛德之至。行法以俟命者、朝聞道夕死可矣之意也。呂氏曰、法由此立、命由此出、聖人也。行法以俟命、君子也。聖人性之、君子所以復其性也。
【読み】
君子は法を行って、以て命を俟てるのみ、と。法は、天理の當然なる者なり。君子之を行いて、吉凶禍福計らざる所有り。蓋し未だ自然に至らずと雖も、已にする所有りてするに非ず。此れ之に反るの事なり。董子謂う所の其の義を正して、其の利を謀らず、其の道を明らかにして、其の功を計らずは、正に此の意なり。○程子曰く、動容周旋禮に中る者は、盛德の至りなり。法を行って以て命を俟てる者は、朝に道を聞いて夕べに死すとも可なりの意なり、と。呂氏曰く、法は此に由って立ち、命は此に由って出るは、聖人なり。法を行って以て命を俟つは、君子なり。聖人之を性のままにするは、君子の其の性に復る所以なり、と。


盡心章句下34
○孟子曰、說大人、則藐之、勿視其巍巍然。說、音稅。藐、音眇。○趙氏曰、大人、當時尊貴者也。藐、輕之也。巍巍、富貴高顯之貌。藐焉而不畏之、則志意舒展、言語得盡也。
【読み】
○孟子曰く、大人に說くときは、則ち之を藐[かろん]じて、其の巍巍然たるを視ること勿かれ。說は音稅。藐は音眇。○趙氏曰く、大人は、當時の尊貴なる者なり。藐は、之を輕んずるなり。巍巍は、富貴にして高く顯らかなるの貌。藐焉として之を畏れざるときは、則ち志意舒展して、言語盡くすことを得、と。

堂高數仞、榱題數尺、我得志弗爲也。食前方丈、侍妾數百人、我得志弗爲也。般樂飮酒、驅騁田獵、後車千乘、我得志弗爲也。在彼者、皆我所不爲也。在我者、皆古之制也。吾何畏彼哉。榱、楚危反。般、音盤。樂、音洛。乘、去聲。○榱、桷也。題、頭也。食前方丈、饌食列於前者、方一丈也。此皆其所謂巍巍然者、我雖得志、有所不爲。而所守者皆古聖賢之法、則彼之巍巍者、何足道哉。○楊氏曰、孟子此章、以己之長、方人之短。猶有此等氣象。在孔子則無此矣。
【読み】
堂高きこと數仞、榱題[すいてい]數尺、我志を得るともせじ。食前に方丈、侍妾數百人、我志を得るともせじ。般樂して酒を飮み、驅騁[くへい]して田獵し、後車千乘、我志を得るともせじ。彼に在る者は、皆我のせざる所なり。我に在る者は、皆古の制なり。吾何ぞ彼を畏れんや、と。榱は楚危の反。般は音盤。樂は音洛。乘は去聲。○榱は桷[たるき]なり。題は頭なり。食前に方丈は、饌食の前に列ぬる者、方一丈なり。此れ皆其の所謂巍巍然たる者にして、我志を得ると雖も、せざる所有り。而して守る所の者は皆古聖賢の法なれば、則ち彼の巍巍たる者、何ぞ道うに足らんや。○楊氏曰く、孟子の此の章、己が長きを以て、人の短きを方ぶ。猶此等の氣象有り。孔子に在りては則ち此れ無し、と。


盡心章句下35
○孟子曰、養心莫善於寡欲。其爲人也寡欲、雖有不存焉者、寡矣。其爲人也多欲、雖有存焉者、寡矣。欲、如口鼻耳目四支之欲。雖人之所不能無、然多而不節、未有不失其本心者。學者所當深戒也。程子曰、所欲不必沈溺。只有所向便是欲。
【読み】
○孟子曰く、心を養うには欲を寡なくするより善きは莫し。其の爲人[ひととなり]欲寡なきは、存せざる者有りと雖も、寡なし。其の爲人欲多きは、存する者有りと雖も、寡なし、と。欲は、口鼻耳目四支の欲の如し。人の無きこと能わざる所と雖も、然れども多くして節せざれば、未だ其の本心を失わざる者有らず。學者の當に深く戒むべき所なり。程子曰く、欲する所は必ずしも沈溺するにあらず。只向かう所有れば便ち是れ欲なり、と。


盡心章句下36
○曾皙嗜羊棗。而曾子不忍食羊棗。羊棗、實小黑而圓。又謂之羊矢棗。曾子以父嗜之、父歿之後、食必思親。故不忍食也。
【読み】
○曾皙羊棗[ようそう]を嗜む。而して曾子羊棗を食らうに忍びず。羊棗は、實小しく黑くして圓し。又之を羊矢棗とも謂う。曾子父の之を嗜むことを以て、父歿するの後、食らえば必ず親を思う。故に食らうに忍びざるなり。

公孫丑問曰、膾炙與羊棗孰美。孟子曰、膾炙哉。公孫丑曰、然則曾子何爲食膾炙而不食羊棗。曰、膾炙所同也。羊棗所獨也。諱名不諱姓。姓所同也。名所獨也。肉聶而切之爲膾。炙、炙肉也。
【読み】
公孫丑問うて曰く、膾炙と羊棗と孰れか美[うま]き、と。孟子曰く、膾炙なるかな。公孫丑曰く、然るときは則ち曾子何爲れぞ膾炙を食らいて羊棗を食らわざる、と。曰く、膾炙は同じうする所なり。羊棗は獨りする所なり。名を諱んで姓を諱まず。姓は同じうする所なり。名は獨りする所なり、と。肉を聶[そ]いで之を切るを膾とす。炙は炙った肉なり。


盡心章句下37
○萬章問曰、孔子在陳曰、盍歸乎來。吾黨之士狂簡、進取、不忘其初。孔子在陳、何思魯之狂士。盍、何不也。狂簡、謂志大而略於事。進取、謂求望高遠。不忘其初、謂不能改其舊也。此語與論語小異。
【読み】
○萬章問うて曰く、孔子陳に在[いま]して曰く、盍[なん]ぞ歸らざらんや。吾が黨の士の狂簡、進み取って、其の初めを忘れず。孔子陳に在して、何ぞ魯の狂士を思える、と。盍は何不なり。狂簡は、志大いにして事を略するを謂う。進み取るは、高遠なるを求め望むを謂う。其の初めを忘れずは、其の舊を改むること能わざるを謂う。此の語と論語と小しき異なり。

孟子曰、孔子不得中道而與之、必也狂獧乎。狂者進取。獧者有所不爲也。孔子豈不欲中道哉。不可必得。故思其次也。獧、音絹。○不得中道、至有所不爲、據論語亦孔子之言。然則孔子字下、當有曰字。論語道作行、獧作狷。有所不爲者、知恥自好、不爲不善之人也。孔子豈不欲中道以下、孟子言也。
【読み】
孟子曰く、孔子中道を得て之に與せずんば、必ず狂獧[きょうけん]か。狂者は進み取る。獧者はせざる所有り、と。孔子豈中道を欲せざらんや。必ずしも得可からず。故に其の次を思えり。獧は音絹。○不得中道より、有所不爲に至るまでは、論語に據れば亦孔子の言なり。然れば則ち孔子の字の下に、當に曰の字有るべし。論語は道を行に作り、獧を狷に作る。せざる所有りは、恥を知って自ら好み、不善をせざる人なり。孔子豈不欲中道以下は、孟子の言なり。

敢問、何如斯可謂狂矣。萬章問。
【読み】
敢えて問う、何如なるか斯れ狂と謂いつ可き、と。萬章問う。

曰、如琴張・曾皙・牧皮者、孔子之所謂狂矣。琴張、名牢、字子張。子桑戶死、琴張臨其喪而歌。事見莊子。雖未必盡然、要必有近似者。曾皙見前篇。季武子死、曾皙倚其門而歌。事見檀弓。又言志異乎三子者之撰。事見論語。牧皮、未詳。
【読み】
曰く、琴張・曾皙・牧皮が如きは、孔子の所謂狂なり、と。琴張は、名は牢、字は子張。子桑戶死すとき、琴張其の喪に臨みて歌う。事は莊子に見ゆ。未だ必ずしも盡く然はあらずと雖も、要せば必ず近似する者有り。曾皙は前篇に見ゆ。季武子死すとき、曾皙其の門に倚りて歌う。事は檀弓に見ゆ。又志を言うときは三子者の撰は異なり。事は論語に見ゆ。牧皮は未だ詳らかならず。

何以謂之狂也。萬章問。
【読み】
何を以てか之を狂と謂う。萬章問う。

曰、其志嘐嘐然曰、古之人、古之人。夷考其行、而不掩焉者也。嘐、火交反。行、去聲。○嘐嘐、志大言大也。重言古之人、見其動輒稱之、不一稱而已也。夷、平也。掩、覆也。言平考其行、則不能覆其言也。程子曰、曾皙言志、而夫子與之。蓋與聖人之志同、便是堯舜氣象也。特行有不掩焉耳。此所謂狂也。
【読み】
曰く、其の志嘐嘐然[こうこうぜん]として曰く、古の人、古の人、と。夷[たいら]かに其の行を考うれば、掩わざる者なり。嘐は火交の反。行は去聲。○嘐嘐は、志大いにして言大いなり。古の人と重ね言うは、其の動[やや]もすれば輒ち之を稱し、一たび稱するのみにあらざることを見[しめ]すなり。夷は平かなり。掩は覆うなり。言うこころは、平かに其の行を考うれば、則ち其の言を覆うこと能わず、と。程子曰く、曾皙志を言うて、夫子之に與す。蓋し聖人の志と同じく、便ち是れ堯舜の氣象なり。特[ただ]行に掩わざるところ有るのみ。此れ所謂狂なり、と。

狂者又不可得。欲得不屑不潔之士而與之。是獧也。是又其次也。此因上文所引、遂解所以思得獧者之意。狂、有志者也。獧、有守者也。有志者能進於道、有守者不失其身。屑、潔也。
【読み】
狂者又得可からず。潔からざるを屑しとせざるの士を得て之に與せまく欲す。是れ獧なり。是れ又其の次なり、と。此れ上文引く所に因りて、遂に獧者を得んと思う所以の意を解く。狂は、志有る者なり。獧は、守ること有る者なり。志有る者は能く道に進み、守ること有る者は其の身を失わず。屑は潔しなり。

孔子曰、過我門而不入我室、我不憾焉者、其惟郷原乎。郷原、德之賊也。曰、何如斯可謂之郷原矣。郷原、非有識者。原、與愿同。荀子原愨字、皆讀作愿。謂謹愿之人也。故郷里所謂愿人、謂之郷原。孔子以其似德而非德、故以爲德之賊。過門不入而不恨之、以其不見親就爲幸、深惡而痛絶之也。萬章又引孔子之言而問也。
【読み】
孔子曰く、我が門を過ぎて我が室に入らざれども、我憾[うら]みざる者は、其れ惟郷原か。郷原は、德の賊なり、と。曰く、何如なるか斯れ之を郷原と謂いつ可き、と。郷原は、識有る者に非ず。原は愿と同じ。荀子原愨の字を、皆讀んで愿に作る。謹愿の人を謂うなり。故に郷里謂う所の愿人は、之を郷原と謂う。孔子其の德に似て德に非ざるを以て、故に以て德の賊とす。門を過ぎて入らずして之を恨みざるは、其の親就されざるを以て幸とし、深く惡んで痛く之を絶つなり。萬章又孔子の言を引いて問うなり。

曰、何以是嘐嘐也。言不顧行、行不顧言、則曰、古之人、古之人。行何爲踽踽涼涼。生斯世也、爲斯世也。善斯可矣。閹然媚於世也者、是郷原也。行、去聲。踽、其禹反。閹、音奄。○踽踽、獨行不進之貌。涼涼、薄也。不見親厚於人也。郷原譏狂者曰、何用如此嘐嘐然。行不掩其言、而徒每事必稱古人邪。又譏狷者曰、何必如此踽踽涼涼、無所親厚哉。人旣生於此世、則但當爲此世之人。使當世之人皆以爲善、則可矣。此郷原之志也。閹、如奄人之奄。閉藏之意也。媚、求悦於人也。孟子言、此深自閉藏、以求親媚於世。是郷原之行也。
【読み】
曰く、何以てか是れ嘐嘐たる。言行を顧みず、行言を顧みざるに、則ち曰く、古の人、古の人、と。行何爲れぞ踽踽[くく]涼涼たる。斯の世に生まれては、斯の世爲らん。善みんぜられば斯れ可なり、と。閹然[えんぜん]として世に媚ぶる者は、是れ郷原なり、と。行は去聲。踽は其禹の反。閹は音奄。○踽踽は、獨り行きて進まざるの貌。涼涼は、薄きなり。人に親厚されざるなり。郷原は狂者を譏って曰く、何を用て此の如く嘐嘐然たる。行其の言を掩わずして、徒らに事每に必ず古人を稱すや、と。又狷者を譏って曰く、何ぞ必ずしも此の如く踽踽涼涼として、親厚される無きや。人旣に此の世に生まれては、則ち但當に此の世の人と爲るべし。當世の人皆以て善しとせしむれば、則ち可なり、と。此れ郷原の志なり。閹は、奄人の奄の如し。閉藏の意なり。媚は、人に悦ばるることを求むるなり。孟子言うこころは、此れ深く自ら閉藏し、以て世に親媚されんことを求む。是れ郷原の行なり。

萬章曰、一郷皆稱原人焉、無所往而不爲原人。孔子以爲德之賊、何哉。原、亦謹厚之稱。而孔子以爲德之賊。故萬章疑之。
【読み】
萬章曰く、一郷皆原人と稱し、往く所として原人爲らずということ無し。孔子以て德の賊とすること、何ぞや、と。原も、亦謹厚の稱になり。而して孔子以て德の賊とす。故に萬章之を疑う。

曰、非之無舉也。刺之無刺也。同乎流俗、合乎汙世、居之似忠信。行之似廉潔。衆皆悦之、自以爲是、而不可與入堯舜之道。故曰、德之賊也。呂侍講曰、言此等之人、欲非之則無可舉、欲刺之則無可刺也。流俗者、風俗頹靡、如水之下流、衆莫不然也。汙、濁也。非忠信而似忠信、非廉潔而似廉潔。
【読み】
曰く、之を非[そし]るに舉ぐること無し。之を刺[そし]るに刺らんこと無し。流俗に同じく、汙世に合い、之を居くこと忠信に似たり。之を行うこと廉潔に似たり。衆皆之を悦び、自ら以て是なりとすれども、而も與に堯舜の道に入る可からず。故に曰く、德の賊なり、と。呂侍講曰く、言うこころは、此等の人は、之を非らんと欲すれば則ち舉ぐ可きこと無く、之を刺らんと欲すれば則ち刺る可きこと無し。流俗は、風俗の頹靡すること、水の下に流るるが如く、衆然らずとすること莫し。汙は濁るなり。忠信に非ずして忠信に似、廉潔に非ずして廉潔に似る、と。

孔子曰、惡似而非者。惡莠、恐其亂苗也。惡佞、恐其亂義也。惡利口、恐其亂信也。惡鄭聲、恐其亂樂也。惡紫、恐其亂朱也。惡郷原、恐其亂德也。惡、去聲。莠、音有。○孟子又引孔子之言以明之。莠、似苗之草也。佞、才智之稱。其言似義而非義也。利口、多言而不實者也。鄭聲、淫樂也。樂、正樂也。紫、閒色。朱、正色也。郷原不狂不獧。人皆以爲善、有似乎中道而實非也。故恐其亂德。
【読み】
孔子曰く、似て非ざる者を惡む。莠[はぐさ]を惡むは、其の苗を亂らんことを恐れてなり。佞を惡むは、其の義を亂らんことを恐れてなり。利口を惡むは、其の信を亂らんことを恐れてなり。鄭聲を惡むは、其の樂を亂らんことを恐れてなり。紫を惡むは、其の朱を亂らんことを恐れてなり。郷原を惡むは、其の德を亂らんことを恐れてなり。惡は去聲。莠は音有。○孟子又孔子の言を引いて以て之を明らかにす。莠は、苗に似たる草なり。佞は、才智あるの稱。其の言義に似て義に非ざるなり。利口は、多言にして實あらざる者なり。鄭聲は、淫らな樂なり。樂は、正樂なり。紫は閒色。朱は正色なり。郷原は狂ならず獧ならず。人皆以て善とすれども、中道に似ること有りて實は非らず。故に其の德を亂らんことを恐る。

君子反經而已矣。經正、則庶民興。庶民興、斯無邪慝矣。反、復也。經、常也。萬世不易之常道也。興、興起於善也。邪慝、如郷原之屬是也。世衰道微、大經不正。故人人得爲異說以濟其私、而邪慝幷起、不可勝正。君子於此、亦復其常道而已。常道旣復、則民興於善、而是非明白、無所回互。雖有邪慝、不足以惑之矣。○尹氏曰、君子取夫狂獧者、蓋以狂者志大、而可與進道、獧者有所不爲、而可與有爲也。所惡於郷原、而欲痛絶之者、爲其似是而非、惑人之深也。絶之之術無他焉。亦曰、反經而已矣。
【読み】
君子は經に反らまくのみ。經正しきときは、則ち庶民興る。庶民興るときは、斯ち邪慝無し、と。反は、復るなり。經は常なり。萬世不易の常道なり。興は、善に興起するなり。邪慝は、郷原の屬の如き、是れなり。世衰え道微にして、大經正しからず。故に人人異說を爲りて以て其の私を濟[な]すことを得て、邪慝幷び起き、正に勝つ可からず。君子此に於て、亦其の常道に復らまくのみ。常道旣に復るときは、則ち民善に興って、是非明白に、回互する所無し。邪慝有りと雖も、以て之を惑わすに足らず。○尹氏曰く、君子夫の狂獧を取るは、蓋し狂者は志大いにして、與に道に進む可く、獧者はせざる所有りて、與にすること有る可きを以てなり。郷原を惡みて、痛く之を絶たまく欲する所は、其の是に似て非、人を惑わすことの深きが爲なり。之を絶つの術は他無し、亦曰く、經に反らまくのみ、と。


盡心章句下38
○孟子曰、由堯舜至於湯、五百有餘歳、若禹・皐陶、則見而知之。若湯、則聞而知之。趙氏曰、五百歳而聖人出、天道之常。然亦有遲速、不能正五百年。故言有餘也。尹氏曰、知、謂知其道也。
【読み】
○孟子曰く、堯舜より湯に至るまで、五百有餘歳、禹・皐陶の若きは、則ち見て之を知る。湯の若きは、則ち聞いて之を知る。趙氏曰く、五百歳にして聖人出づるは、天道の常なり。然れども亦遲速有り、正しく五百年なること能わず。故に有餘と言うなり、と。尹氏曰く、知は、其の道を知ることを謂う、と。

由湯至於文王、五百有餘歳。若伊尹・萊朱、則見而知之。若文王、則聞而知之。趙氏曰、萊朱、湯賢臣。或曰、卽仲虺也。爲湯左相。
【読み】
湯より文王に至るまで、五百有餘歳。伊尹・萊朱の若きは、則ち見て之を知る。文王の若きは、則ち聞いて之を知る。趙氏曰く、萊朱は湯の賢臣なり、と。或ひと曰く、卽ち仲虺[ちゅうき]なり。湯の左相爲り、と。

由文王至於孔子、五百有餘歳。若太公望・散宜生、則見而知之。若孔子、則聞而知之。散、素亶反。○散、氏。宜生、名。文王賢臣也。子貢曰、文武之道、未墜於地、在人。賢者識其大者、不賢者識其小者。莫不有文武之道焉。夫子焉不學。此所謂聞而知之也。
【読み】
文王より孔子に至るまで、五百有餘歳。太公望・散宜生の若きは、則ち見て之を知る。孔子の若きは、則ち聞いて之を知る。散は、素亶の反。○散は氏。宜生は名。文王の賢臣なり。子貢曰く、文武の道、未だ地に墜ちずして、人に在り。賢者は其の大いなる者を識し、不賢者は其の小しきなる者を識す。文武の道有らずということ莫し。夫子焉[いずく]にか學びざらん、と。此れ所謂聞いて之を知るなり。

由孔子而來至於今、百有餘歳。去聖人之世、若此其未遠也。近聖人之居、若此其甚也。然而無有乎爾、則亦無有乎爾。林氏曰、孟子言、孔子至今時未遠。鄒・魯相去又近。然而已無有見而知之者矣、則五百餘歳之後、又豈復有聞而知之者乎。愚按、此言、雖若不敢自謂已得其傳、而憂後世遂失其傳、然乃所以自見其有不得辭者、而又以見夫天理民彝、不可泯滅、百世之下、必將有神會而心得之者耳。故於篇終、歴序羣聖之統、而終之以此、所以明其傳之有在、而又以俟後聖於無竆也。其指深哉。○有宋元豐八年、河南程顥伯淳卒。潞公文彦博題其墓曰明道先生。而其弟頤正叔序之曰、周公歿、聖人之道不行。孟軻死、聖人之學不傳。道不行、百世無善治。學不傳、千載無眞儒。無善治、士猶得以明夫善治之道、以淑諸人、以傳諸後。無眞儒、則天下貿貿焉、莫知所之、人欲肆而天理滅矣。先生生乎千四百年之後、得不傳之學於遺經、以興起斯文爲己任。辨異端、闢邪說、使聖人之道、渙然復明於世。蓋自孟子之後、一人而已。然學者於道不知所向、則孰知斯人之爲功。不知所至、則孰知斯名之稱情也哉。
【読み】
孔子より而來[このかた]今に至るまで、百有餘歳。聖人の世を去ること、此の若く其れ未だ遠からず。聖人の居に近きこと、此の若く其れ甚だし。然れども爾[しか]ること有ること無くば、則ち亦爾ること有ること無けん、と。林氏曰く、孟子言うこころは、孔子より今に至るまで、時未だ遠からず。鄒・魯相去ること又近し。然して已に見て之を知る者有ること無くば、則ち五百餘歳の後も、又豈復聞いて之を知る者有らんや、と。愚按ずるに、此の言、敢えて自ら已に其の傳を得て、後世遂に其の傳を失わんことを憂うと謂うにあらざるが若しと雖も、然れども乃ち自ら其の辭することを得ざる者有るを見[しめ]す所以にして、又以て夫の天理民彝の、泯滅す可からず、百世の下、必ず將に神會して心に之を得る者有らんとするを見すのみ。故に篇の終わりに於て、羣聖の統を歴序して、之を終えるに此を以てするは、其の傳の在ること有るを明らかにして、又以て後聖を無竆に俟つ所以なり。其の指深きかな。○有宋の元豐八年、河南の程顥伯淳卒す。潞[ろ]公文彦博其の墓題して明道先生と曰う。而して其の弟頤正叔之に序して曰く、周公歿して、聖人の道行われず。孟軻死して、聖人の學傳わらず。道行われざるときは、百世善治無し。學傳わらざるときは、千載眞儒無し。善治無きときは、士は猶以て夫の善治の道を明らかにして、以て諸を人に淑[よ]くし、以て諸を後に傳えんことを得。眞儒無きときは、則ち天下貿貿焉として、之く所を知ること莫く、人欲肆にして天理滅す。先生千四百年の後に生まれ、不傳の學を遺經に得、斯文を興起するを以て己が任とす。異端を辨じ、邪說を闢き、聖人の道を、渙然と復世に明らかにせしむ。蓋し孟子よりの後、一人のみ。然れども學者道に於て向かう所を知らざれば、則ち孰か斯の人の功爲ることを知らんや。至る所を知らざれば、則ち孰か斯の名の情[まこと]に稱うことを知らんや、と。