二程全書卷之三十  外書第一

朱公掞錄拾遺

性靜者可以爲學。淳。
【読み】
性靜なる者は以て學を爲す可し。淳。

學在知其所有、又養其所有。淳。
【読み】
學は其の有る所を知り、又其の有る所を養うに在り。淳。

實是實非能辨、則循實是。天下之事歸於一是。是乃理也。循此理乃可進學至形而上者也。正。
【読み】
實に是實に非能く辨ずるときは、則ち實の是に循う。天下の事は一の是に歸す。是は乃ち理なり。此の理に循えば乃ち學に進む可くして形よりして上なる者に至る。正。

學如不及。猶恐失之。不得放過也。正。
【読み】
學は及ばざるが如くす。猶之を失わんことを恐る、と。放過することを得じ。正。

忠信爲基本、所以進德也。辭修誠意立、所以居業也。此乃乾道。由此二句可至聖人也。淳。
【読み】
忠信を基本とするは、德に進む所以なり。辭修まり誠意立つは、業に居る所以なり。此れ乃ち乾道なり。此の二句に由って聖人に至る可し。淳。

得意則可以忘言。然無言又不見其意。正。
【読み】
意を得るときは則ち以て言を忘る可し。然れども言無ければ又其の意を見ず。正。

心得之、然後可以爲己物。淳。
【読み】
心に之を得て、然して後に以て己が物とす可し。淳。

君子敬以直内、義以方外。爲學本。
【読み】
君子敬以て内を直くし、義以て外を方にす、と。學の本とす。

默而識之、吾不得而見之矣。得見善問者斯可矣。
【読み】
默して之を識すは、吾れ得て之を見ず。善く問う者を見ることを得ば斯れ可なり。

治其器必求其用。學道者當如何爾。
【読み】
其の器を治むるときは必ず其の用を求む。道を學ぶ者は當に如何にすべきのみ。

學始於不欺闇室。
【読み】
學は闇室に欺かざるに始まる。

學者多蔽於解釋注疏。不須用功深。
【読み】
學者多く解釋注疏に蔽わる。須く功を用うること深くすべからず。

大率把捉不定、皆是不仁。
【読み】
大率把捉し定まらざるは、皆是れ不仁なり。

去不仁則仁存。
【読み】
不仁を去るときは則ち仁存す。

仁載此四事。由行而宜之謂義、履此之謂禮、知此之謂智、誠此之謂信。
【読み】
仁は此の四事を載す。行に由って宜しくする之を義と謂い、此を履む之を禮と謂い、此を知る之を智と謂い、此を誠にする之を信と謂う。

神也者、妙萬物而爲言。若上竿弄瓶、至於斲輪、誠至則不可得而知。上竿初習數尺、而後至於百尺。習化其高。矧聖人誠至之事、豈可得而知。淳。
【読み】
神は、萬物に妙にして言を爲す。上竿瓶を弄して、輪を斲[き]るに至るが若き、誠至るときは則ち得て知る可からず。上竿初めて習うこと數尺にして、而して後百尺に至る。習い化すれば其れ高し。矧[いわ]んや聖人誠至るの事、豈得て知る可けんや。淳。

人必以忠信爲本。無友不如己者、無忠信者也。子以四敎。文・行・忠・信。忠信禮之本、人無忠信、則不可以爲學。
【読み】
人必ず忠信を以て本と爲す。己に如かざる者を友とすること無かれというは、忠信無き者なればなり。子四つを以て敎う。文・行・忠・信、と。忠信は禮の本、人忠信無きときは、則ち以て學を爲す可からず。

士大夫必建家廟。廟必東向。其位取地潔不喧處。設席坐位皆如事生。以太祖面東、左昭右穆而已。男女異位、蓋舅婦生無共坐也。姑婦之位亦同。太祖之設、其主皆刻木牌。取生前行第或銜位而已。婦各從夫。每月告朔、茶酒。四時、春以寒食、夏以端午、秋以重陽、冬以長至。此時祭也。每祭訖、則藏主於北壁夾室。拜墳則十月一日拜之。感霜露也。寒食則又從常禮祭之。飮食、則稱家有無。祭器坐席、皆不可雜用。廟門、非祭則嚴扃之、童孩奴妾皆不可使褻而近也。
【読み】
士大夫は必ず家廟を建つ。廟は必ず東に向かう。其の位は地潔くして喧しからざる處を取る。席坐位を設くるは皆生に事うるが如くす。太祖を以て東に面[む]かわしめ、昭を左にし穆を右にするのみ。男女位を異にするは、蓋し舅婦生きるに共に坐すること無ければならん。姑婦の位も亦同じ。太祖の設くる、其の主は皆木牌に刻む。生前の行第或は銜位[がんい]を取るのみ。婦は各々夫に從う。每月告朔、茶酒す。四時、春は寒食を以てし、夏は端午を以てし、秋は重陽を以てし、冬は長至を以てす。此れ時祭なり。每に祭訖[お]わるときは、則ち主を北壁の夾室に藏む。墳を拜するは則ち十月一日に之を拜す。霜露に感ずればなり。寒食には則ち又常禮に從って之を祭る。飮食は、則ち家の有無に稱う。祭器坐席、皆雜に用う可からず。廟門、祭に非ざれば則ち嚴しく之を扃[と]ぢて、童孩奴妾皆褻[な]れて近づかしむ可からず。

仁者在己、何憂之有。凡不在己、逐物在外、皆憂也。樂天知命故不憂、此之謂也。若顏子簞瓢、在他人則憂。而顏子獨樂者、仁而已。
【読み】
仁は己に在り、何の憂うることか之れ有らん。凡そ己に在らずして、物を逐って外に在るは、皆憂うるなり。天を樂しみ命を知る故に憂えずとは、此れ之の謂なり。顏子簞瓢の若き、他人に在っては則ち憂う。而るに顏子獨り樂しむ者は、仁なるのみ。

作詩者未必皆聖賢。當時所取者、取其意思止於禮義而已。其言未必盡善。如比君以碩鼠狡童之類。
【読み】
詩を作る者は未だ必ずしも皆聖賢ならず。當時取る所の者は、其の意思禮義に止まるを取るのみ。其の言未だ必ずしも盡く善ならず。君に比するに碩鼠狡童を以てするの類の如し。

詩有取其意思可取者、如無衣之詩。亦有時而迫切取興、有一事含數件事者、如瞻彼日月、悠悠我思。
【読み】
詩に其の意思取る可きを取る者有り、無衣の詩の如し。亦時にして迫切にして興を取る有り、一事に數件の事を含む者有り、彼の日月を瞻れば、悠悠たる我が思いというが如し。

詖辭偏蔽、淫辭陷溺深。邪辭信其說至於耽惑。遁辭生於不正、窮著便遁。如墨者夷之之辭。此四者楊・墨兼有。
【読み】
詖辭[ひじ]は偏蔽、淫辭は陷溺すること深し。邪辭は其の說を信じて耽惑に至る。遁辭は不正に生じて、窮著すれば便ち遁る。墨者夷之が辭の如し。此の四つの者は楊・墨兼ねて有り。

不以文害辭、文、文字之文。舉一字則是文、成句是辭。詩爲解一字不行、却遷就他說。如有周不顯、自是作文當如此。
【読み】
文を以て辭を害せずとは、文は、文字の文なり。一字を舉ぐるは則ち是れ文、句を成すは是れ辭なり。詩一字を解して行われざるが爲に、却って遷って他說に就く。有周不顯の如き、自づから是れ文を作ること當に此の如くなるべし。

子見南子。子路不說。以孔子本自見衛君行道、反以非禮見迫、孔子歎予所否者天厭之。天喪予之意。否、否泰之否、天厭吾道也。
【読み】
子南子に見ゆ。子路說びず。孔子本自ら衛の君に見えて道を行い、反って非禮を以て迫らるるを以て、孔子予が否なる所ならば天之を厭わんと歎ず。天予を喪ぼすの意なり。否は、否泰の否、天吾が道を厭うなり。

性與天道、此子貢初時未達、此後能達之。故發此歎辭。非謂孔子不言。其意淵奧如此。人豈易到。
【読み】
性と天道とは、此れ子貢初めの時未だ達せず、此れ後に能く之に達す。故に此の歎辭を發す。孔子言わずと謂うには非ず。其の意淵奧なること此の如し。人豈到り易からんや。

曰、山梁雌雉、時哉時哉。色斯舉矣、翔而後集。子路聞之、竦然共立後、三嗅而作。文如此順。恐後人編簡脫錯。嗅字又不知古作甚字。又近唄字(薄賣反)
【読み】
曰く、山梁の雌雉、時なるかな時なるかな。色のままに斯れ舉がり、翔[かけ]りて而して後に集[い]る。子路之を聞いて、竦然として共立して後、三たび嗅いで作[た]つ、と。文此の如く順[つい]づるならん。恐らくは後人編簡脫錯するならん。嗅の字も又古甚[なん]の字作[た]るかを知らず。又唄の字(薄賣反)に近からん。

日知其所亡、月無忘其所能、今人不爲也。
【読み】
日々に其の亡き所を知り、月々に其の能くする所を忘るること無きこと、今の人せざるなり。

信之不篤、執德無由弘。
【読み】
之を信ずること篤からざれば、德を執ること由って弘きこと無し。

立則見其參於前也、在輿則見其倚於衡也、然後可以祈益。
【読み】
立つときは則ち其の前に參[まじ]わるを見、輿に在るときは則ち其の衡に倚るを見て、然して後に以て益を祈る可し。

無衣、若以王道出軍行師、我則修我戈矛、與子同仇。
【読み】
無衣に、若し王道を以て軍を出し師を行[や]らば、我れ則ち我が戈矛を修めて、子と仇を同じくせんとなり。

七月、豳風大意、憂思深遠、有終久底意。不惟豳國當如此。又成王中變、自然發起。周公言終久意思。一之日、二之日、語辭如此。今人尙道甚時如何、又如何。不可謂變月言日。女心傷悲、采蘩女功之時、悲則思慮意、當女功事、思慮一家之所須、君子之奉、殆及君子同享。此不須執辭。此是終久底意思。
【読み】
七月、豳風[ひんふう]の大意、憂思深遠、終久底の意有り。惟豳國は當に此の如くなるべきにあらず。又成王中ごろ變じて、自然に發起す。周公終久の意思を言う。一の日、二の日、語辭此の如し。今の人尙甚の時如何、又如何と道う。月を變じて日と言うと謂う可からず。女の心傷み悲しむ、蘩[はん]を采る女功の時、悲しむは則ち思慮の意、女功の事に當たって、一家の須つ所、君子の奉を思慮し、殆ど君子と同じく享す。此れ須く辭を執るべからず。此は是れ終久底の意思なり。

鴟鴞、惡鳥。謂之旣取我子、無毀我室、言惜巢之甚。在鳥如此。在人則是不壞王室。不必以子爲管・蔡、鴟鴞是管・蔡。此一篇闕文難解。
【読み】
鴟鴞[しきょう]は、惡鳥なり。之を旣に我が子を取る、我が室を毀ること無かれと謂うは、巢を惜しむことの甚だしきを言う。鳥に在っては此の如し。人に在っては則ち是れ王室を壞らざれ、と。必ずしも子を以て管・蔡とせず、鴟鴞は是れ管・蔡なり。此の一篇闕文にて解し難し。

出車喓喓草蟲、意是南征西夷怨。薄伐西戎時如此。
【読み】
出車に喓喓[ようよう]たる草蟲とは、意うに是れ南征して西夷怨むならん。薄[いささ]か西戎を伐つ時此の如し。

采薇彼爾、戍役。戍役維何。維常之華。言與將帥相承副如常棣之華。路、路車也。君子、將帥也。君子所依、小人所腓、喩君子之憑依士衆、小人則腓也。易咸其腓。腓、腳肚動貌。作止、柔止、喩時。
【読み】
采薇に彼の爾[さか]んなるとは、戍役なり。戍役は維れ何ぞ。維れ常の華なり、と。言うこころは、將帥と相承副すること常棣の華の如し、と。路は、路車なり。君子は、將帥なり。君子の依る所、小人の腓[おお]わる所とは、君子は士衆に憑依し、小人は則腓するに喩う。易に其の腓[こむら]に咸ず、と。腓は、腳肚動く貌。作[お]いたり、柔らかなりとは、時に喩う。

皇華、送之以禮樂。君不能自行。故遣使以諭誠意於四方。若無忠信、安得誠意。言此詩是如此。不必詩中求。
【読み】
皇華は、之を送るに禮樂を以てす。君自ら行うこと能わず。故に使を遣わして以て誠意を四方に諭す。若し忠信無くんば、安んぞ誠意を得ん。言うこころは、此の詩是れ此の如し、と。必ずしも詩中に求めざれ。

九罭遵渚、不宜刺朝廷。言公之不歸、於女信安乎。得無以我公歸乎。
【読み】
九罭[きゅうよく]に渚に遵うとは、宜しく朝廷を刺るべからざるなり。言うこころは、公の歸らざる、女に於て信に安らかならんや。我が公を以[い]て歸ること無きことを得んや、と。

詩若還以樂天知命處之、則一時都無事。其中也有君子情意不到處。
【読み】
詩若し還って天を樂しみ命を知るを以て之に處せば、則ち一時都て事無し。其の中に君子の情意到らざる處有り。

詩可以怨。譏刺總是。
【読み】
詩は以て怨む可し。譏刺は總て是れなり。

小弁與舜之怨別。舜是自怨。小弁直怨我罪伊何。
【読み】
小弁[しょうはん]と舜の怨りとは別なり。舜は是れ自ら怨む。小弁は直に我が罪伊[こ]れ何ぞと怨む。

大要則止乎禮義。其情則是國人之情。
【読み】
大要は則ち禮義に止まる。其の情は則ち是れ國人の情。

考槃、觀其名早已可見君子之心、處之已安、知天下決然不可復爲。雖然如此退處、至於其心、寤寐閒永思念不得復告於君。畎畝不忘君之意。
【読み】
考槃は、其の名を觀て早く已に君子の心を見る可く、之に處すること已に安んじて、天下決然として復爲す可からざることを知る。然も此の如く退處すと雖も、其の心に至っては、寤寐の閒も永く復君に告ぐることを得ざることを思い念う。畎畝も君を忘れざるの意なり。

候人言不稱其君臣相遇。薈兮蔚兮、草木藂茂貌。山有薈蔚之草木、便朝躋而采之。室有婉孌之少女、人便斯飢而思之。薈蔚言其材、婉孌言其德。
【読み】
候人は其の君臣相遇うに稱わざるを言う。薈[わい]たり蔚たりとは、草木藂茂するの貌。山に薈蔚たる草木有れば、便ち朝に躋[のぼ]って之を采る。室に婉孌[えんれん]たる少女有れば、人便ち斯に飢えて之を思う。薈蔚は其の材を言い、婉孌は其の德を言う。

白華、自是漚之爲菅。白茅、自是爲束。各自爲用。如后妾各自有職分。之子却遠此義理。雲結爲雨露、所以均被菅茅。王之遇妃妾、貴賤亦當均被。我天運艱難、故之子不猶。碩人、幽王也。樵彼桑薪、薪之善者也。申后宜待之以禮、今反薄。鼓聲聞於外、我之誠意反不能感動於君、此有鶖得所之不若也。鴛鴦戢翼、其常如此。扁石、登高以升車。今舍此履卑。如舍申適褒。
【読み】
白華は、自ら是れ之を漚[ひた]して菅とす。白茅は、自ら是れ束ぬることをす。各々自ら用を爲す。后妾各々自ら職分有るが如し。之の子は却って此の義理に遠ざかる。雲結んで雨露と爲るは、均しく菅茅に被らしむる所以なり。王の妃妾に遇う、貴賤亦當に均しく被らしむべし。我が天運艱難、故に之の子猶[はか]らず。碩人は、幽王なり。彼の桑薪を樵[きこ]るとは、薪の善き者なり。申后宜しく之を待つに禮を以てすべく、今反って薄し。鼓して聲外に聞こゆとは、我が誠意反って君を感動すること能わず、此れ鶖[しゅう]所を得るに若かざること有るなり。鴛鴦[えんおう]翼を戢[おさ]むとは、其の常此の如し。扁石は、高きに登るに車に升るを以てす。今此を舍てて卑きを履む。申を舍てて褒に適くが如し。

丘中有麻、大都言丘、言阿、言山、多喩朝廷。丘中是物所生聚處、麻是亦生其閒。不謂丘中更豐美、但言丘中有麻。麻能衣人、有用底物。喩賢者有益於人。言朝廷當有賢者、今彼留乃小人、賢者却諮嗟不見用。將其來施施、思其來。當有賢者以施惠澤也。麥、人所賴以食。亦喩賢者。却反在郷國。故思其來食。李、徒能悅人口、而不足以濟人。如小人在位、徒能悅人、而無實效及於民。又貽我佩玖、止以其玩好而不切於用賢者、則如麻麥之衣食人。
【読み】
丘中有麻、大都丘と言い、阿と言い、山と言うは、多くは朝廷に喩う。丘中は是れ物の生じ聚まる所の處、麻は是れ亦其の閒に生ず。丘中更に豐美なることを謂わずして、但丘中に麻有りと言う。麻は能く人に衣して、用うること有る底の物。賢者の人に益有るに喩う。言うこころは、朝廷當に賢者有るべく、今彼に乃の小人を留めて、賢者却って諮嗟して用いられず、と。將[ねが]わくは其れ來りて施施たれとは、其の來らんことを思ってなり。當に賢者以て惠澤を施すこと有るべし。麥は、人の賴りて以て食する所。亦賢者に喩う。却って反って郷國に在り。故に其の來りて食せんことを思う。李は、徒能く人口を悅ばしめて、以て人を濟うに足らず。小人位に在って、徒能く人を悅ばしめて、實效民に及ぼすこと無きが如し。又我に佩玖[はいきゅう]を貽[おく]れとは、止其の玩好のみを以て賢者を用うるに切ならざるときは、則ち麻麥の人に衣食するに如からんや、と。

丘中有麻、不是所宜有處。(一本無不字。)
【読み】
丘中に麻有るは、是れ宜しく有るべき所の處にあらず。(一本に不の字無し。)

碩人頎頎、碩人敖敖、疑頎頎敖敖兩句先言莊公。衣褧衣、非婦人服。說於農郊、言其勤政。已下始言莊姜。翟茀以朝、勸勉莊公。使大夫夙退、無使君勞。不說使驕上僭、却言其勤政。見莊姜賢處。含怒不妒爭意。施罛濊濊、鱣鮪發發、言罛非取魚之意、不能得大魚、興莊姜不見答。徒有葭菼揭揭、似庶姜孽孽。驕且上僭。故庶士有朅。言國人閔而憂之也。罛、小器也。鱣鮪、大魚也。葭菼、冗雜貌。罛中又隱無子意。
【読み】
碩人頎頎[きき]、碩人敖敖、疑うらくは頎頎敖敖の兩句先づ莊公を言うならん。褧衣[けいい]を衣るは、婦人の服に非ず。農郊に說[やど]るとは、其の政を勤むるを言う。已下始めて莊姜を言う。翟茀[てきふつ]して以て朝して、莊公を勸め勉む。大夫をして夙に退いて、君をして勞せしむること無からしむ。驕りて上に僭せしむることを說かず、却って其の政を勤むることを言う。莊姜の賢なる處を見る。怒りを含んで妒[ねた]み爭わざるの意なり。罛[あみ]を施[もう]くること濊濊[かつかつ]たり、鱣鮪[てんい]發發たりとは、言うこころは、罛は魚を取るの意に非ず、大魚を得ること能わず、莊姜答えられざるに興[たと]う。徒葭菼[かたん]揭揭[けつけつ]たる有り、庶姜孽孽[げつげつ]たるに似れり。驕りて且つ上に僭す。故に庶士朅[けつ]たる有り。言うこころは、國人閔れんで之を憂うるなり。罛は、小器なり。鱣鮪は、大魚なり。葭菼は、冗雜の貌。罛の中又子無き意を隱す。

自牧歸荑。卑以自牧之意。荑、柔順意。自牧歸順、信美且異。此非是女能如此美、乃賢美人貽之。如此深美之、所以切責之。序言衛君無道、夫人無德。
【読み】
牧自り荑[つばな]を歸[おく]る。卑しくするに牧自りするの意を以てす。荑は、柔順の意。牧自り順を歸る、信に美しくして且つ異なり。此れ是の女能く此の如く美なるに非ず、乃ち賢美人之を貽[おく]る。此の如く深く之を美むるは、切に之を責むる所以なり。序に言う、衛君道無く、夫人德無し、と。

式微。式、辭。微衛君之故、故字、以其職而言。以其爲方伯連帥、故暴露於中野。微衛君之躬、指其人也。又切指其人者、以仁人君子望之。泥中、泥塗之中也。大率詩意貴優柔不迫切。此乃治詩之法。以爲君若不在此、我胡爲在此。斥黎君也。乃是脅君以歸、又迫切時幾乎罵。
【読み】
式微。式は、辭なり。衛君の故に微[あら]ずばの、故の字は、其の職を以て言う。其の方伯連帥爲るを以て、故に中野に暴露す。衛君の躬に微ずばとは、其の人を指すなり。又切に其の人を指す者は、仁人君子を以て之を望めばなり。泥中は、泥塗の中なり。大率詩の意優柔にして迫切せざるを貴ぶ。此れ乃ち詩を治むるの法なり。以爲えらく、君若し此に在らざれば、我れ胡ぞ此に在ることをせん、と。黎君を斥[そし]るなり。乃ち是れ君を脅すに歸ることを以てして、又迫切なること時に罵るに幾し。

旄丘、地名、前高後下。誕之節兮、言葛節短也。延蔓相屬。叔伯何故却不相救卹。何字之(一作文。)意、黎在衛之西、狄在衛之北。我黎之臣子非無車、但汝不與我同故也。
【読み】
旄丘[ぼうきゅう]は、地の名、前高く後下し。誕[さか]れる節あるは、葛の節短きを言うなり。延蔓相屬す。叔伯何が故に却って相救卹[きゅうじゅつ]せざる。何の字の(一に文に作る。)意、黎は衛の西に在り、狄は衛の北に在り。我が黎の臣子車無きに非ず、但汝我と與に同じくせざる故なり。

中谷有蓷。蓷菼葦、當在水、不當在谷中。是失所意。脩字非修長之修、疑同周禮脩脯之脩。過於乾底意。暵、暴也。其乾猶未甚、但遇爾艱難、我便不善。去濕則其性之濕都無。言其恩意已絕。啜其泣矣、何嗟及矣、嗟時也。
【読み】
中谷に蓷[たい]有り。蓷は菼葦[たんい]、當に水に在るべく、當に谷中に在るべからず。是れ所を失するの意なり。脩の字は修長の修に非ず、疑うらくは周禮脩脯の脩に同じからん。乾くに過ぎる底の意なり。暵[かん]は、暴[さら]すなり。其の乾くこと猶未だ甚だしからず、但爾の艱難に遇って、我れ便ち善からず。濕いを去るときは則ち其の性の濕い都て無し。其の恩意已に絕ゆることを言う。啜[せつ]として其れ泣く、何ぞ嗟[なげ]くこと及ばんとは、時を嗟くなり。

三英粲兮、粲然光明貌。英乃若五紽類。自是衣服禮數制度、非三德也。
【読み】
三英粲たりとは、粲然として光明なる貌。英は乃ち五紽[ごた]の類の若し。自づから是れ衣服禮數制度、三德に非ざるなり。

芄蘭、蔓生草、柔弱不能自立、須依附方成枝葉。興惠公柔弱童子、佩成人之服。雖佩人君成人之服、其才能却不我知。垂帶悸兮、臨朝悸悸然執心不定。甲、長也。才能却不能君長我庶民。
【読み】
芄蘭[がんらん]は、蔓生の草、柔弱にして自ら立つこと能わず、須く依附して方に枝葉を成すべし。惠公は柔弱の童子にして、成人の服を佩びるに興う。人君成人の服を佩びると雖も、其の才能却って我を知らず。帶を垂るること悸たりとは、朝に臨んで悸悸然として心を執ること定まらざるなり。甲は、長なり。才能却って我が庶民に君長たること能わざるなり。

兔爰、兔奔走意。詩序閔周由桓王失信、故諸侯背叛、構怨連禍、而使王師傷敗、却周人受其禍難。羅本以罝兔。今却雉離(徐本離作罹。)於羅。如諸侯不軌、周人受害。
【読み】
兔爰[とえん]は、兔奔走するの意。詩の序に周桓王信を失するに由りて、故に諸侯背き叛き、怨みを構え禍いを連ねて、王の師をして傷れ敗らしめて、却って周人其の禍難を受くることを閔れむ。羅は本以て兔を罝[あみ]せんとす。今却って雉羅[あみ]に離[かか](徐本離を罹に作る。)る。諸侯不軌にして、周人害を受くるが如し。

雄雉于飛、泄泄其羽、雙飛之意。此男怨之辭。言雄雉尙得其配匹、己反不如、我之懷思、自罹此阻隔。次章女怨。下上其音、相應和之辭。日月取其迭往迭來之意。又日月陰陽相配而不相見、又旦暮所見、動人情思。總意包其閒。百爾君子責爲政者。汝豈不知德行。戰國閒惟是報怨、不然貪人土地、未嘗有以義興師動衆。言汝但不忮不求、何所用而不臧。忮、報怨也。求、貪土地也。若以義發師、婦人何怨之有。婦人猶勉之、正也。若謂夫從役、婦便怨、成何義理。
【読み】
雄雉于[ここ]に飛ぶ、泄泄[えいえい]たる其の羽ありとは、雙[なら]び飛ぶの意なり。此れ男怨むの辭。言うこころは、雄雉すら尙其の配匹を得るに、己反って如らず、我が懷い思う、自ら此の阻隔に罹る、と。次の章は女怨むなり。下上其の音ありとは、相應和するの辭。日月は其の迭[たが]いに往き迭いに來るの意を取る。又日月陰陽相配して相見ず、又旦暮見る所、人の情思を動かす。總意其の閒に包む。百[およ]そ爾君子とは政を爲むる者を責む。汝豈德行を知らざらんや。戰國の閒惟是れ怨みを報い、然らざれば人の土地を貪って、未だ嘗て義を以て師を興して衆を動かすこと有らず。言うこころは、汝但忮[そこな]わず求[むさぼ]らずんば、何の用いる所にして臧[よ]からざらん、と。忮は、怨みを報ゆるなり。求は、土地を貪るなり。若し義を以て師を發せば、婦人何の怨むことか之れ有らん。婦人猶之を勉むるは、正しきなり。若し夫役に從い、婦便ち怨むと謂わば、何の義理を成さん。

狡童・褰裳、此兩篇都只一意、別無異義。然謂君爲狡童、於義有害。離騷之中、憂君之心則至。然謂之不合道者、後面比君爲禽。又況目之曰狡童、言不與我、卽是鄭國人臣罪當誅。天王聖明、文王之心以紂爲聖明。何可比君爲禽。又況目之狡童。但作詩者未必皆聖人。孔子各有所取、此則取其不能與賢人圖事。
【読み】
狡童・褰裳[けんしょう]、此の兩篇は都て只一意、別に異義無し。然れども君を謂いて狡童と爲すは、義に於て害有り。離騷の中、君を憂うるの心は則ち至れり。然れども之を道に合わずと謂う者は、後面君を比して禽とすればなり。又況んや之を目づけて狡童と曰って、我と與にせずと言うは、卽ち是れ鄭國の人臣罪當に誅すべし。天王聖明とは、文王の心紂を以て聖明とす。何ぞ君を比して禽とす可けん。又況んや之を狡童と目づけんや。但詩を作る者未だ必ずしも皆聖人ならず。孔子各々取る所有るは、此れ則ち其の賢人と與に事を圖ること能わざるに取る。

淸人一篇、却是詠歌其事、含情意在其閒。消・彭・軸、莫也是地名。左旋右抽、中軍作好、不必言射、猶言高克之進不以禮。
【読み】
淸人の一篇、却って是れ其の事を詠歌して、情意を含んで其の閒に在り。消・彭・軸は、莫[あるい]は是れ地の名ならんか。左に旋らし右に抽し、中軍好を作すとは、必ずしも射を言わず、猶高克が進むに禮を以てせずと言うがごとし。

摽有梅、汲汲惟恐不及時。
【読み】
摽有梅[ひょうゆうばい]は、汲汲として惟時に及ばざらんことを恐る。

有女同車、前說忽不娶齊女。後言齊女、却失却本意。忽不娶齊、謂齊大非偶、却不因色。此則是設辭、下言彼美結。他詩中似如此者亦多。
【読み】
有女同車、前說忽齊女を娶らず。後に齊女と言うは、却って本意を失却す。忽齊を娶らざるは、齊の大偶に非ざるを謂い、却って色に因らず。此れ則ち是れ辭を設けて、下に彼の美と言って結ぶ。他の詩中此の如きに似る者亦多し。

丰、以諸事豐備。此詩主意、言男則須言女。是俟我於巷、非不下我、又俟我於堂、非不有禮。將、迎、不可訓作送。但女家因事不得將迎也。衣錦、裳錦卽是丈夫。若婦人則惟欲其顯。安有惡其文之著。古之錦疑今之綾。是褧錦相副之物、如男女相配。叔兮伯兮、故駕予與行。都主男女怨思失期意。
【読み】
丰[ふう]は、諸事豐備なることを以てす。此の詩の主意、男を言うときは則ち須く女を言うべし。是れ我を巷に俟つは、我に下らざるに非ず、又我を堂に俟つは、禮有らざるに非ず。將は、迎、訓じて送と作す可からず。但女家事に因りて將迎することを得ざるなり。錦を衣て、錦を裳にするは卽ち是れ丈夫。若し婦人ならば則ち惟其の顯なることを欲せん。安んぞ其の文の著なるを惡むこと有らん。古の錦は疑うらくは今の綾ならん。是れ褧錦[けいきん]相副うるの物、男女相配するが如し。叔伯、故に駕せよ予れ與に行かんという。都て男女期を失わんことを怨み思う意を主とす。

東門之楊、言婚自昏時。今則明星煌煌而不至。楊、最得陽氣之先者。言人反不及時。
【読み】
東門の楊は、婚は自ら昏時なることを言う。今は則ち明星煌煌として至らず。楊は、最も陽氣を得るの先なる者。人反って時に及ばざることを言う。

凡說婚姻男女多言東。東取生育之意。人君多言南、凶喪多言北。又有各就其國所有而言者、如周詩多言南。
【読み】
凡そ婚姻男女を說くには多く東を言う。東は生育の意に取る。人君には多く南を言い、凶喪には多く北を言う。又各々其の國の有る所に就いて言う者有り、周の詩多く南を言うが如し。

羔裘豹袪、不是相稱。猶君臣民須一體、今反不相卹。民則惟惠之懷。言豈無他人、惟子之故。
【読み】
羔裘[こうきゅう]豹袪[ひょうきょ]は、是れ相稱わず。猶君臣民須く一體なるべくして、今反って相卹えざるがごとし。民は則ち惟惠みを之れ懷[おも]う。豈他人無けんや、惟子が故なりと言う。

汾沮洳。沮洳、水浸下濕之地、雖有生物、衆人亦棄之不采。而君去采之。言其儉嗇太過。衆人棄之如此、彼其之子反美愛之無度。公路・公行、非公道如此。非衆人所共取卽非公道。公族、公類。公路、衆人所共由之路。
【読み】
汾[ふん]の沮洳[しょじょ]。沮洳は、水浸す下[ひく]く濕[うるお]えるの地、生物有りと雖も、衆人亦之を棄てて采らず。而るに君之を采り去る。其の儉嗇太だ過ぎたるを言う。衆人之を棄つること此の如くなれども、彼の其の之の子反って美として之を愛すること度無し。公路・公行は、公道に非ざること此の如し。衆人共に取る所に非ざるは卽ち公道に非ず。公族は、公の類。公路は、衆人共に由る所の路なり。

伐檀。檀、材可適用者。言君子雖不得進、亦自致身於淸潔之地。檀美材、須是作梁棟、用至於輪輻、非檀可爲。
【読み】
伐檀。檀は、材用に適う可き者なり。言うこころは、君子進むことを得ずと雖も、亦自ら身を淸潔の地に致す、と。檀の美材、須く是れ梁棟に作るべく、用て輪輻に至るは、檀のす可きに非ず。

東門之墠。除地曰墠。茹蘆可以染色。言以禮則坦平如墠、以色則艱阻如阪。所以致民如此者、正謂其室家則邇、其人甚遠。大抵丰、東門之楊、盡是已許昏後、以禮不足、不能成昏、至於過時後、上又不能使人殺禮。故使人至淫奔。婦人脯脩棗栗若以禮時、則是踐履此室家之道。豈不思欲得以禮如此。但子不我卽。故待禮不得也。
【読み】
東門の墠[せん]。地を除[はら]うを墠と曰う。茹蘆[じょりょ]は以て色を染む可し。言うこころは、禮を以てするときは則ち坦平なること墠の如く、色を以てするときは則ち艱阻阪の如し。民此の如きことを致す所以の者は、正に謂えらく、其の室家は則ち邇くして、其の人甚だ遠ければなり、と。大抵丰、東門之楊は、盡く是れ已に許昏の後、禮足らざるを以て、昏を成すこと能わずして、時を過ぐるに至る後、上又人をして禮を殺がしむること能わず。故に人をして淫奔に至らしむ。婦人の脯脩棗栗若し禮時を以てせば、則ち是れ此の室家の道を踐み履まん。豈禮を以てすること此の如きことを得んと欲することを思わざらんや。但子我に卽かず。故に待禮得ざるなり。

葛屨、儉嗇便機巧計較所得也。糾糾、牢固意。言牢做葛屨、亦以履霜。摻摻、貴者。言衣服亦分貴賤。禮、諸母不漱裳。要之襋之、補綻意。提提、據字義勞意。宛然左辟、右插衣。古者短右袂、謂便於事。此皆賤者之事。却佩象揥貴者之服、此等總生於褊心。
【読み】
葛屨[かっく]は、儉嗇機巧を便なりとして計較して得る所なり。糾糾は、牢固の意。牢く葛屨を做し、亦以て霜を履むことを言う。摻摻[さんさん]は、貴き者。衣服亦貴賤を分かつことを言う。禮に、諸母裳を漱がず、と。之を要し之を襋[きょく]すとは、綻びを補うの意。提提は、字義に據るに勞するの意。宛然として左に辟くは、右に衣を插す。古右の袂を短くするは、事に便なるを謂う。此れ皆賤しき者の事。却って象揥[てい]貴者の服を佩びるは、此れ等は總て褊心より生ず。

無衣、武公始幷晉國而能請命於天子之使。故美其可美也。當時使來到國。故請之。七與六、衣中一箇數目。無以六爲節。此惟美其能請命一事、以簒國殺君不以爲羞、至於衣服僭侈何難。然其心不安、至於請命然後安。此意思却可取。又聖人不獨取其如此、亦以見當時之善。雖大惡有如此詩亦可取。魯風詩非無大惡。然聖人錄其頌、不錄其風、此則爲君諱也。觀其頌之善止於此、其他則可知。
【読み】
無衣は、武公始めて晉の國を幷せて能く命を天子の使に請う。故に其の美む可きを美むるなり。當時使來りて國に到る。故に之に請う。七と六とは、衣の中一箇の數目。六を以て節とすること無し。此れ惟其の能く命を請う一事を美め、國を簒い君を殺すを以て以て羞とせざれば、衣服に至っては僭侈何ぞ難からん。然れども其の心安んぜず、命を請うに至って然して後に安んず。此の意思却って取る可し。又聖人獨其の此の如くなるを取らず、亦以て當時の善を見す。大惡と雖も此の如きこと有れば詩も亦取る可し。魯風の詩大惡無きに非ず。然れども聖人其の頌を錄して、其の風を錄せざるは、此れ則ち君の爲に諱めばなり。其の頌の善此に止まることを觀て、其の他は則ち知る可し。

揚之水、白石鑿鑿、同介甫說。素衣朱襮、見其美於外。如桓叔在下、反見其德澤於民、使晉人從之。
【読み】
揚たる之の水、白石鑿鑿たりは、介甫が說に同じ。素衣朱襮[しゅはく]は、其の美を外に見すなり。桓叔下に在りて、反って其の德澤を民に見して、晉人をして之に從わしむるが如し。

采苓。苓是甘草。喩讒最好。若首陽之上却無。
【読み】
采苓。苓は是れ甘き草。讒に喩うるに最も好し。首陽の上の若きは却って無し。
 

二程全書卷之三十一  外書第二

朱公掞問學拾遺

在邦無怨、在家無怨。在理可使無怨。於事亦難。天地之大也、人猶有所憾。伯淳。
【読み】
邦に在っても怨むこと無く、家に在っても怨むこと無し、と。理に在っては怨むこと無からしむ可し。事に於ては亦難し。天地の大なる、人猶憾[うら]む所有り。伯淳。

子貢問爲仁。孔子告以爲仁之資。非極力言仁也。正叔。
【読み】
子貢仁を爲すことを問う。孔子告ぐるに仁を爲すの資を以てす。力を極めて仁を言うに非ざるなり。正叔。

知及之、仁不能守之、無得也。有始有卒、先後之序也。
【読み】
知之に及べども、仁之を守ること能わざれば、得ること無し。始め有り卒わり有るは、先後の序なり。

凡下學人事、便是上達天理。正叔。
【読み】
凡そ下も人事を學べば、便ち是れ上天理に達す。正叔。

毋意、毋私意也。毋必爲、毋固滯、毋彼我、乃曾子所言也。伯淳。
【読み】
意毋きは、私意毋きなり。必ずすること毋く、固滯すること毋く、彼我とすること毋きは、乃ち曾子の言う所なり。伯淳。

人無遠慮、必有近憂。思慮當在事外。正叔。
【読み】
人遠き慮り無ければ、必ず近き憂え有り、と。思慮は當に事の外に在るべし。正叔。

忠者天下大公之道、恕所以行之也。忠言其體。天道也。恕言其用。人道也。正叔。
【読み】
忠は天下大公の道、恕は之を行う所以なり。忠は其の體を言う。天道なり。恕は其の用を言う。人道なり。正叔。

其言之不怍、所爲言之不愧。伯淳。
【読み】
其の之を言うことを怍[は]ぢずとは、する所之を言いて愧ぢざるなり。伯淳。

畏天命、則可以不失付畀之重。畏大人、如此尊嚴而亦自可畏。畏聖人之言、則可以進德。伯淳。
【読み】
天命を畏るるときは、則ち以て付畀[ふひ]の重きを失わざる可し。大人を畏るるときは、此の如く尊嚴にして亦自ら畏る可し。聖人の言を畏るるときは、則ち以て德に進む可し。伯淳。

周、至也。君子周至而不阿比。正叔。
【読み】
周は、至るなり。君子は周至して阿比せず。正叔。

動容貌、舉一身而言也。動容周旋中禮、斯遠暴慢矣。正顏色則不妄、斯近信矣。出辭氣、正由中出、斯遠鄙倍矣。正身而不外求。故曰籩豆之事、則有司存。伯淳。
【読み】
容貌を動かすは、一身を舉げて言うなり。動容周旋禮に中れば、斯に暴慢を遠ざく。顏色を正しくするときは則ち妄ならず、斯に信に近し。辭氣を出して、正中由り出れば、斯に鄙倍を遠ざく。身を正しくして求に外めず。故に籩豆の事は、則ち有司存せりと曰えり。伯淳。

尊五美、屛四惡。爲政在己。伯淳。
【読み】
五美を尊び、四惡を屛[しりぞ]く、と。政を爲すこと己に在り。伯淳。

聞道、知所以爲人也。夕死可矣、是不虛生也。伯淳。
【読み】
道を聞くとは、人爲る所以を知るなり。夕に死すとも可なりとは、是れ虛しく生きざるなり。伯淳。

性與天道、非自得之則不知。故曰不可得而聞。伯淳。
【読み】
性と天道とは、之を自得するに非ずんば則ち知らず。故に得て聞く可からずと曰えり。伯淳。

如形而上者謂之道、不可移謂字在之字下。此孔子文章。伯淳。
【読み】
形よりして上なる者之を道と謂うが如き、謂の字を移して之の字の下に在[お]く可からず。此れ孔子の文章なり。伯淳。

弘、寬廣也。毅、奮然也。弘而不毅、則無規矩。毅而不弘、則隘陋。伯淳。
【読み】
弘は、寬廣なり。毅は、奮然なり。弘にして毅ならざるときは、則ち規矩無し。毅にして弘ならざるときは、則ち隘陋なり。伯淳。

君子以矜莊自持、不與人爭。正叔。
【読み】
君子は矜莊を以て自ら持して、人と爭わず。正叔。

九思各專其一。伯淳。
【読み】
九思各々其の一を專らにす。伯淳。

何莫由斯道也。可離非道。伯淳。
【読み】
何ぞ斯の道に由ること莫き、と。離るる可きは道に非ず。伯淳。

吾斯之未能信。不先自信、何以治人。伯淳。
【読み】
吾れ斯を未だ信ずること能わず、と。先づ自ら信ぜずんば、何を以て人を治めん。伯淳。

里仁爲美。里人之所止。伯淳。
【読み】
里は仁なるを美とす、と。里は人の止[お]る所なればなり。伯淳。

見賢便思齊。有爲者亦若是。見不賢而内自省。蓋莫不在己。伯淳。
【読み】
賢を見ては便ち齊しからんことを思う。すること有る者は亦是の若し。不賢を見ては内に自ら省みる。蓋し己に在らずということ莫し。伯淳。

生理本直。罔、不直也。亦生者、幸而免也。伯淳。
【読み】
生の理は本直。罔は、不直なり。亦生ける者は、幸いにして免れたるなり。伯淳。

知之者、在彼而我知之也。好之者、雖篤而未能有之。至於樂之、則爲己之所有。正叔。
【読み】
之を知る者は、彼に在って我れ之を知る。之を好む者は、篤しと雖も未だ能く之を有せず。之を樂しむに至っては、則ち己が所有と爲る。正叔。

民亦人也。務人之義乃知也。鬼神不敬則是不知、不遠則至於瀆。敬而遠之所以爲知。伯淳。
【読み】
民も亦人なり。人の義を務むるは乃ち知なり。鬼神敬せざるときは則ち是れ不知、遠ざけざるときは則ち瀆すに至る。敬して之を遠ざくは知と爲る所以なり。伯淳。

先難、克己也。伯淳。
【読み】
難きを先んずるは、己に克つなり。伯淳。

聖乃仁之成德。謂仁爲聖、譬猶雕木爲龍。木乃仁也。龍乃聖也。指木爲龍可乎。故博施濟衆乃聖之事。舉仁而言之、則能近取譬是也。伯淳。
【読み】
聖は乃ち仁の成德。仁を謂いて聖と爲るは、譬えば猶木を雕って龍とするがごとし。木は乃ち仁なり。龍は乃ち聖なり。木を指して龍とするは可ならんや。故に博く施して衆を濟うは乃ち聖の事。仁を舉げて之を言うときは、則ち能く近く取り譬えて是なり。伯淳。

能近取譬、反身之謂也。伯淳。
【読み】
能く近く取り譬うるは、身に反して謂うなり。伯淳。

以能問於不能、以多問於寡、有若無、實若虛、犯而不校。顏子當之。正叔。
【読み】
能を以て不能を問い、多を以て寡に問い、有れども無きが若く、實てれども虛しきが若く、犯せども校[はら]ず、と。顏子之に當たれり。正叔。

彼之事是、則吾當師之。彼之事非是、則吾又何校焉。是以君子未嘗校也。伯淳。
【読み】
彼が事是ならば、則ち吾れ當に之を師とすべし。彼が事是に非ずんば、則ち吾れ又何ぞ校らん。是を以て君子は未だ嘗て校らざるなり。伯淳。

司馬牛問仁。子曰、仁者其言也訒。司馬牛多言。故及此。然聖人之言、亦止此爲是。正叔。
【読み】
司馬牛仁を問う。子曰く、仁者は其の言や訒[じん]なり、と。司馬牛多言なり。故に此に及ぶ。然れども聖人の言、亦止此を是とす。正叔。

貧不怨則諂。諂尤甚於怨。蓋守不固而有所爲也。伯淳。
【読み】
貧しくして怨みざれば則ち諂う。諂うは尤怨むより甚だし。蓋し守ること固からずしてする所有ればなり。伯淳。

君子爲善、只有上達。小人爲不善、只有下達。伯淳。
【読み】
君子の善をするは、只上達有るのみ。小人の不善をするは、只下達有るのみ。伯淳。

古之學者爲己。爲己、在己也。伯淳。
【読み】
古の學者は己が爲にす、と。己が爲にするは、己に在り。伯淳。

不怨天、不尤人。在理當如此。伯淳。
【読み】
天をも怨みず、人をも尤めず、と。理に在っては當に此の如くなるべし。伯淳。

樂取於人爲善、便是與人爲善。與人爲善乃公也。正叔。
【読み】
人に取って善をすることを樂しむは、便ち是れ人と與に善をするなり。人と與に善をするは乃ち公なり。正叔。

知性善以忠信爲本、此先立其大者。伯淳。
【読み】
性善なることを知って忠信を以て本とするは、此れ先づ其の大なる者を立つるなり。伯淳。

公孫丑問孟子、加齊之卿相、恐有所不勝而動心。北宮黝之勇氣、亦不知守也。孟施舍之勇、知守氣而不知守約也。曾子之所謂勇、乃守約。守約乃義也。與孟子之勇同。伯淳。
【読み】
公孫丑孟子に問う、齊の卿相を加えば、恐らくは勝えざる所有って心を動かさん、と。北宮黝が勇氣も、亦守ることを知らず。孟施舍が勇は、氣を守ることを知って約を守ることを知らず。曾子の所謂勇は、乃ち約を守る。約を守るは乃ち義なり。孟子の勇と同じ。伯淳。

告子不得於言、勿求於心。蓋不知義在内也。志帥氣也。持定其志、無暴亂其氣、兩事也。志專一則動氣、氣專一則動志。然志動氣爲多。且若志專在淫辟、豈不動氣。氣專在喜怒、豈不動志。故蹶者趨者反動其心。志者、心之所之也。伯淳。
【読み】
告子言に得ずんば、心に求むること勿かれ、と。蓋し義内に在ることを知らざるなり。志は氣を帥ぶ。其の志を持ち定め、其の氣を暴亂すること無きは、兩事なり。志專一なるときは則ち氣を動かし、氣專一なるときは則ち志を動かす。然も志氣を動かすを多しとす。且若し志專ら淫辟に在らば、豈氣を動かさざらんや。氣專ら喜怒に在らば、豈志を動かさざらんや。故に蹶[つまづ]く者趨る者は反って其の心を動かす。志は、心の之く所なり。伯淳。

自曾子守義、皆說篤實。自内正本之學、則觀人可以知言。蔽・陷・遁・窮、皆離本也。宰我・子貢善爲說辭、冉牛・閔子・顏淵善言德行、孔子兼之。蓋有德者必有言。而曰我於辭命不能者、不尙言也。易所謂尙口乃窮也。伯淳。
【読み】
曾子義を守る自り、皆篤實を說く。内自り本を正しくするの學は、則ち人を觀て以て言を知る可し。蔽・陷・遁・窮は、皆本を離るるなり。宰我・子貢は善く說辭を爲り、冉牛・閔子・顏淵は善く德行を言い、孔子は之を兼ぬ。蓋し德有る者は必ず言有り。而れども我れ辭命に於ては能わずと曰うは、言を尙ばざればなり。易に謂う所の口を尙べば乃ち窮するなり。伯淳。

宰我・子貢・有若其智足以知聖人、汙曲亦不至阿其所好。以孔子之道彌綸天壤、固賢於堯・舜。而觀生民以來、有如夫子者乎。然而未爲盡論、但不至阿其所好也。伯淳。
【読み】
宰我・子貢・有若は其の智以て聖人を知るに足れり。汙曲なりとも亦其の好む所に阿るに至らじ。孔子の道天壤に彌綸するを以て、固に堯・舜に賢れり。而して生民より以來、夫子の如くなる者有るを觀んや、と。然れども未だ盡く論ずることをせず、但其の好む所に阿るに至らざるのみ。伯淳。

所存者神、在己也。所過者化、及物也。伯淳。
【読み】
存する所の者神とは、己に在るなり。過ぐる所の者化すとは、物に及ぶなり。伯淳。

驩虞、有所造爲而然。豈能久也。耕田鑿井、帝力何有於我哉、如天之自然、乃王者之政。伯淳。
【読み】
驩虞は、造爲する所有りて然り。豈能く久しからんや。田を耕し井を鑿ち、帝力何ぞ我に有らんやとは、天の自然なるが如く、乃ち王者の政なり。伯淳。

色形、所有也。聖人人倫之至。故可以踐形。伯淳。
【読み】
色形は、有する所なり。聖人は人倫の至り。故に以て形を踐む可し。伯淳。

盎於背、厚也。正叔。
【読み】
背に盎[あふ]るるは、厚きなり。正叔。

此亦妄人也、是以義斷。在聖人如天地涵容。但哀矜而已。子厚。
【読み】
此れ亦妄人なりとは、是れ義を以て斷るなり。聖人に在っては天地の涵容するが如し。但哀矜するのみ。子厚。

自反而忠、而橫逆者猶若是。君子曰、又何難焉、此一事已處了。若聖人哀矜、又別一事。正叔。
【読み】
自ら反って忠あれども、橫逆する者猶是の若し。君子曰く、又何ぞ難[なや]まんとは、此の一事已に處し了わるなり。聖人の哀矜の若きは、又別に一事あり。正叔。

不下帶、言近也。正叔。
【読み】
帶より下らずとは、近きを言うなり。正叔。

不祥、凶也。君子好成物、故吉。小人好敗物、故凶。正叔。
【読み】
不祥は、凶なり。君子は好んで物を成す、故に吉。小人は好んで物を敗る、故に凶。正叔。

日月之明、但容光者無不照。正叔。
【読み】
日月の明、但容光の者照らさざること無し。正叔。

保民如赤子、此所以爲大人。謂不失嬰兒之心、不若保民如赤子爲大。
【読み】
民を保んずること赤子の如くすとは、此れ大人爲る所以なり。嬰兒の心を失わずと謂うは、民を保んずること赤子の如くすというの大なりとするに若かず。

湯・武反之也、湯・武身之也。身、踐履也。反、復也。復則至聖人之地。伯淳。
【読み】
湯・武之に反る、湯・武は之を身にす、と。身にすとは、踐み履むなり。反は、復るなり。復るときは則ち聖人の地に至る。伯淳。

羞惡則有所不爲。知所止、乃義之端。伯淳。
【読み】
羞惡するときは則ちせざる所有り。止まる所を知るは、乃ち義の端なり。伯淳。

舜明於庶物、察於人倫。然後由仁義行。正叔。
【読み】
舜庶物に明らかに、人倫に察らかなり。然して後に仁義に由って行う、と。正叔。

仁推之及人。若老吾老以及人之老、於民則可、於物則不可。統而言之則皆仁、分而言之則有序。正叔。
【読み】
仁は之を推して人に及ぼす。吾が老を老として以て人の老に及ぼすが若きは、民に於ては則ち可なり、物に於ては則ち不可なり。統べて之を言えば則ち皆仁、分けて之を言えば則ち序有り。正叔。

坤六二文言云云、坤道也。誠爲統體、敬爲用。敬則内自直。誠合内外之道。則萬物流形、故義以方外。
【読み】
坤の六二の文言に云云は、坤の道なり。誠を體を統ぶるとし、敬を用とす。敬すれば則ち内自づから直し。誠は内外を合するの道。則ち萬物形を流[し]く、故に義以て外を方にす。

聖人齋戒、敬也。以神明其德。惡人齋戒、亦敬也。故可以事上帝。
【読み】
聖人齋戒するは、敬なり。以て其の德を神明にす。惡人齋戒するも、亦敬なり。故に以て上帝に事うる可し。

先見則吉可知。不見故致凶。伯淳。
【読み】
先づ見るときは則ち吉なること知る可し。見ざるが故に凶を致す。伯淳。

幽贊於神明而生蓍。用蓍以求卦。非謂有蓍而後畫卦。伯淳。
【読み】
神明に幽贊して蓍を生ず、と。蓍を用いて以て卦を求む。蓍有りて而して後に卦を畫すと謂うには非ず。伯淳。

祗與底通。使底至也。無至於悔。伯淳。
【読み】
祗は底と通ず。底しむるは至るなり。悔に至ること無し。伯淳。

巽以行權。義理所順處、所以行權。伯淳。
【読み】
巽は以て權を行う、と。義理の順う所の處、權を行う所以なり。伯淳。

安安、安於理之所安者。伯淳。
【読み】
安きに安んずるは、理の安き所の者に安ずるなり。伯淳。

聖人無過。湯・武反之也。其始未必無過。所謂如日月之食、乃君子之過。
【読み】
聖人は過ち無し。湯・武は之に反るなり。其の始めは未だ必ずしも過ち無きにあらず。所謂日月の食の如き、乃ち君子の過ちなり。

人心、人欲。道心、天理。正叔。
【読み】
人心は、人欲。道心は、天理。正叔。

大學之道、在明其明德。明德、乃止於至善也。知旣至、自然意誠。顏子有不善未嘗不知、知之至也。知之至、故未嘗復行。他人復行、知之不至也。正叔。
【読み】
大學の道は、其の明德を明らかにするに在り。明德は、乃ち至善に止まる。知旣に至れば、自然に意誠あり。顏子不善有れば未だ嘗て知らずんばあらざるは、知至ればなり。知至る、故に未だ嘗て復行わず。他人復行うは、知至らざればなり。正叔。

致知在格物。格、至也。物、事也。事皆有理。至其理、乃格物也。然致知在所養。養知莫過於寡欲二字。正叔。
【読み】
知を致むるは物に格るに在り。格は、至るなり。物は、事なり。事皆理有り。其の理に至るは、乃ち物に格るなり。然して知を致むるは養う所在り。知を養うは寡欲の二字に過ぎたるは莫し。正叔。

君子所不可及者、其惟人之所不見乎。詩曰、相在爾室、尙不愧於屋漏。君子愼獨。伯淳。
【読み】
君子の及ぶ可からざる所の者は、其れ惟人の見ざる所か。詩に曰く、爾の室に在るを相[み]るに、屋漏に愧ぢざらんことを尙え、と。君子は獨りを愼む。伯淳。

敬則自然儼若思、安定辭。其德可以安民。伯淳。
【読み】
敬すれば則ち自然に儼として思うが若く、辭を安んじ定む。其の德以て民を安んず可し。伯淳。

有餘便是過。慥、篤實貌。
【読み】
餘有るは便ち是れ過ぐるなり。慥は、篤實なる貌。

正其理則萬事一。一以貫之也。正叔。
【読み】
其の理を正すときは則ち萬事一。一以て之を貫くなり。正叔。

君子而時中、無時不中。伯淳。
【読み】
君子にして時に中すとは、時として中ならずということ無きなり。伯淳。

荀子曰、養心莫善於誠。周茂叔謂、荀子元不識誠。伯淳曰、旣誠矣、心焉用養邪。荀子不知誠。
【読み】
荀子曰く、心を養うは誠より善きは莫し、と。周茂叔謂く、荀子は元誠を識らず、と。伯淳曰く、旣に誠あらば、心焉んぞ養うことを用いんや。荀子は誠を知らず、と。
 

二程全書卷之三十二  外書第三

陳氏本拾遺

朝聞道、夕死可矣、死得是也。
【読み】
朝に道を聞かば、夕に死すとも可なりとは、死して是を得ればなり。

三月不違仁、言其久。過此、則從心不踰矩聖人也。聖人則渾然無閒斷。故不言三月。此孔子所以惜其未止也。
【読み】
三月仁に違わずとは、其の久しきを言う。此を過ぎるときは、則ち心に從えども矩を踰えざるの聖人なり。聖人は則ち渾然として閒斷無し。故に三月と言わず。此れ孔子其の未だ止まらざるを惜しむ所以なり。

聖人、天地之用也。
【読み】
聖人は、天地の用なり。

養心莫善於寡欲。多欲皆自外來。公欲亦寡矣。
【読み】
心を養うは寡欲より善きは莫し、と。多欲は皆外自り來る。公欲は亦寡なり。

興於詩者、吟詠性情、涵暢道德之中而歆動之。有吾與點之氣象。
【読み】
詩に興るとは、吟詠性情、道德の中に涵暢して之を歆動[きんどう]す。吾れ點に與すの氣象有り。

老者安之、朋友信之、少者懷之、乃天道也。
【読み】
老者をば之を安んじ、朋友をば之を信じ、少者をば之を懷くるは、乃ち天道なり。

由孟子可以觀易。
【読み】
孟子に由って以て易を觀る可し。

復其見天地之心。一言以蔽之。天地以生物爲心。
【読み】
復は其れ天地の心を見るか、と。一言以て之を蔽う。天地は生物を以て心とす。

聖人無一事不順天時。故至日閉關。
【読み】
聖人は一事として天の時に順わずということ無し。故に至日に關を閉づ。

人之一肢病、不知痛癢、謂之不仁。人之不仁、亦猶是也。蓋不知仁道之在己也。知仁道之在己而由之、乃仁也。
【読み】
人の一肢病んで、痛癢を知らざる、之を不仁と謂う。人の不仁も、亦是の猶し。蓋し仁道の己に在ることを知らざればなり。仁道の己に在ることを知って之に由るは、乃ち仁なり。

克者、勝也。難勝莫如己。勝己之私則能有諸己。是反身而誠者也。凡言仁者、能有諸己也(一作凡言克者、未能有諸己也。)。必誠之在己、然後爲克己。禮亦理也。有諸己則無不中於理。君子愼獨、敬以直内、義以方外、所以爲克己復禮也。克己復禮則事事皆仁。故曰天下歸仁。人之視最先、非禮而視、則所謂開目便錯了。次聽、次言、次動、有先後之序。人能克己(一作克仁。)、則心廣體胖、仰不愧、俯不怍、其樂可知。有息則餒矣。
【読み】
克は、勝つなり。勝ち難きは己に如くは莫し。己が私に勝つときは則ち能く諸を己に有す。是れ身に反して誠ある者なり。凡そ仁を言う者は、能く諸を己に有するなり(一に凡そ克つと言う者は、未だ諸を己に有すること能わざるなりに作る。)。必ず誠己に在りて、然して後己に克つとす。禮は亦理なり。諸を己に有すれば則ち理に中らずということ無し。君子は獨りを愼んで、敬以て内を直くし、義以て外を方にするは、己に克って禮に復るとする所以なり。己に克って禮に復るときは則ち事事皆仁。故に天下仁に歸すと曰う。人の視は最も先、非禮にして視るときは、則ち所謂目を開けば便ち錯り了わる。次に聽、次に言、次に動、先後の序有り。人能く己に克つ(一に克く仁なるに作る。)ときは、則ち心廣く體胖かにして、仰いで愧ぢず、俯して怍[は]ぢず、其の樂しみ知る可し。息むこと有るときは則ち餒[う]ゆ。

一言可以興邦、公也。一言可以喪邦、私也。公生明。
【読み】
一言にして以て邦を興す可きは、公なり。一言にして以て邦を喪ぼす可きは、私なり。公は明を生ず。

極高明而道中庸、非二事。中庸、天理也。天理固高明。不極乎高明、不足以道中庸。中庸乃高明之極。伯淳。
【読み】
高明を極めて中庸に道[よ]るとは、二事に非ず。中庸は、天理なり。天理は固より高明なり。高明を極めざれば、以て中庸に道るに足らず。中庸は乃ち高明の極なり。伯淳。

君子有義有命。求則得之、舍則失之、是求有益於得也、求在我者也、此言義也。求之有道、得之有命、是求無益於得也、求在外者也、此言命也。至於聖人、則惟有義而無命。行一不義、殺一不辜、而得天下、不爲也。此言義不言命也。
【読み】
君子に義有り命有り。求むれば則ち之を得、舍つれば則ち之を失うは、是れ求めて得るに益有り、我に在る者を求むればなりとは、此れ義を言うなり。之を求むるに道有り、之を得るに命有り、是れ求めて得るに益無し、外に在る者を求むればなりとは、此れ命を言うなり。聖人に至っては、則ち惟義有って命無し。一つの義あらざるを行い、一つの辜あらざるを殺して、天下を得るとも、せず、と。此れ義を言って命を言わざるなり。

人心惟危、人欲也。道心惟微、天理也。
【読み】
人心惟れ危きは、人欲なり。道心惟れ微かなるは、天理なり。

爲惡之人未嘗知有思。有思則爲善矣。思至於再則已審。三則惑矣。
【読み】
惡をする人は未だ嘗て思うこと有ることを知らず。思うこと有れば則ち善をせん。思うこと再びに至れば則ち已に審らかなり。三たびすれば則ち惑う。

艮其背、止欲於無見。若欲見於彼而止之、所施各異。若艮其止、止其所也、止各當其所也。聖人所以應萬變而不窮(一作勞。)者、事各止當其所也。若鑑在此、而物之妍姸媸自見於彼也。聖人不與焉。時止則止、時行則行。時行對時止而言。亦止其所也。
【読み】
其の背に艮[とど]まるとは、止まること見ること無からんことを欲す。若し彼を見て之に止まらんと欲せば、施す所各々異なり。其の止に艮まるは、其の所に止まるなりというが若きは、止まること各々其の所に當たるなり。聖人萬變に應じて窮(一に勞に作る。)まらざる所以の者は、事各々止まること其の所に當たればなり。鑑此に在って、物の姸媸[けんし]自づから彼に見るが若し。聖人は與らず。時に止まるときは則ち止まり、時に行くときは則ち行く。時に行くは時に止まるに對して言う。亦其の所に止まるなり。

艮、思不出其位、乃止其所也。動靜不失其時、皆止其所也。艮其背、乃止也。背無欲無私也。故可止。
【読み】
艮は、思うこと其の位を出ずとは、乃ち其の所に止まるなり。動靜其の時を失わずというも、皆其の所に止まるなり。其の背に艮まるとは、乃ち止まるなり。背は欲無く私無し。故に止まる可し。

加我數年、五十以學易、時年未五十也。孔子未發明易道之時、如八索之類、不能無謬亂。旣贊易道、黜八索、則易之道可以無過謬。言學與大、皆謙也。
【読み】
我に數年を加うれば、五十にして以て易を學ばんとは、時に年未だ五十ならず。孔子未だ易道を發明せざるの時、八索の類の如き、謬亂無きこと能わず。旣に易道を贊して、八索を黜くときは、則ち易の道以て過謬無かる可し。學と大とを言うは、皆謙なり。

子貢善形容孔子德美。溫以接物、良乃善心、恭則不侮、儉則無欲、讓則不好勝。至於是邦、宜必聞政。
【読み】
子貢善く孔子の德の美なるを形容す。溫は以て物に接し、良は乃ち善き心、恭は則ち侮らず、儉は則ち欲無く、讓は則ち勝つことを好まず。是の邦に至れば、宜しく必ず政を聞くべし。

孔子、生而知之者也。自十五以下、事皆學而知之者、所以敎人也。三十有所立、四十能不惑、五十知天命而未至命、六十聞一以知百、耳順心通也。凡人聞一言則滯於一言、一事則滯於一事、不能貫通。耳順者、聞言則喩、無所不通。七十從心、然後至於命。
【読み】
孔子は、生まれながらにして之を知る者なり。十五自り以下、事皆學んで之を知るという者は、人を敎うる所以なり。三十にして立つ所有り、四十にして能く惑わず、五十にして天命を知って未だ命に至らず、六十にして一を聞いて以て百を知り、耳順い心通ずるなり。凡そ人一言を聞くときは則ち一言に滯り、一事は則ち一事に滯って、貫通すること能わず。耳順うとは、言を聞けば則ち喩って、通ぜずという所無きなり。七十にして心に從いて、然して後命に至る。

願無伐善、則不私矣。無施勞、則仁矣。顏子之志、則可謂大而無以加矣。然以孔子之言觀之、則顏子之言出於有心也。至於老者安之、朋友信之、少者懷之、猶天地之化、付與萬物、而己不勞焉。此聖人之所爲也。今夫羈靮以御馬、而不以制牛。人皆知羈靮之制在乎人、而不知羈靮之生由於馬。聖人之化、亦由是也。
【読み】
願わくは善を伐[ほこ]ること無しとは、則ち私あらざるなり。勞を施すこと無しとは、則ち仁なり。顏子の志は、則ち大にして以て加うること無しと謂う可し。然れども孔子の言を以て之を觀れば、則ち顏子の言は心有るに出るなり。老者をば之を安んじ、朋友をば之を信じ、少者をば之を懷くるに至っては、猶天地の化、萬物に付與して、己勞せざるがごとし。此れ聖人のする所なり。今夫れ羈靮[きてき]は以て馬を御して、以て牛を制せず。人皆羈靮の制の人に在ることを知って、羈靮の生の馬に由ることを知らず。聖人の化も、亦是に由るなり。

孔子之見南子、禮當見之也。南子之欲見孔子、亦其善心也。聖人豈得而拒之。子路不悅。故夫子陳之曰、予所否塞者天厭之。言使我至此者天命也。
【読み】
孔子の南子に見ゆる、禮として當に之に見ゆるべし。南子の孔子に見えんと欲するも、亦其れ善心なり。聖人豈得て之を拒まんや。子路悅びず。故に夫子之を陳べて曰く、予が否塞する所の者は天之を厭う、と。言うこころは、我をして此に至らしむる者は天命なり、と。

孔子曰、二三子以吾爲隱乎。吾無隱乎爾。無知之謂也。聖人之敎人、俯就之若此。猶恐衆人以爲高遠而不親也。聖人之言、必降而自卑。不如此則人不親。賢人之言、必引而自高。不如此則道不尊。觀孔子・孟子則可見矣。
【読み】
孔子曰く、二三子吾を以て隱すとするか。吾れ爾に隱すこと無し、と。知ること無きの謂なり。聖人の人を敎うる、俯して之に就くこと此の若し。猶衆人以て高遠と爲して親しまざらんことを恐る。聖人の言は、必ず降りて自ら卑くす。此の如くならずんば則ち人親しまず。賢人の言は、必ず引いて自ら高くす。此の如くせずんば則ち道尊からず。孔子・孟子を觀て則ち見る可し。

叩其兩端者、如樊遲問仁、子曰愛人。問知、子曰知人、舉其近者、衆人之所知、極其遠者、雖聖人亦如是矣。其與人莫不皆然、終始兩端、皆竭盡矣。
【読み】
其の兩端を叩くとは、樊遲仁を問い、子曰く、人を愛す、と。知を問い、子曰く、人を知るというが如き、其の近き者を舉ぐるは、衆人の知る所、其の遠き者を極むるは、聖人と雖も亦是の如し。其の人に與すること皆然らずということ莫くして、終始兩端、皆竭くし盡くす。

聖人愈自卑而道已高。賢人不高則道不尊。聖賢之分也。不爲酒困是也。
【読み】
聖人は愈々自卑して道已に高し。賢人高からざれば則ち道尊からず。聖賢の分なり。酒の困[みだれ]をせずというは是れなり。

子路・冉有・公西華皆欲得國而治之。故孔子不取。曾點狂者也。未必能爲聖人之事、而能知孔子之志。故曰浴乎沂、風乎舞雩、詠而歸。言樂而得其所也。孔子之志在於老者安之、朋友信之、少者懷之、使萬物莫不遂其性。曾點知之。故孔子喟然歎曰、吾與點也。
【読み】
子路・冉有・公西華皆國を得て之を治めんことを欲す。故に孔子取らず。曾點は狂者なり。未だ必ずしも能く聖人の事をせざれども、而れども能く孔子の志を知る。故に沂に浴し、舞雩に風して、詠じて歸らんと曰う。樂しんで其の所を得ることを言うなり。孔子の志は老者をば之を安んじ、朋友をば之を信じ、少者をば之を懷けて、萬物をして其の性を遂げずということ莫からしむるに在り。曾點之を知れり。故に孔子喟然として歎じて曰く、吾れ點に與せん、と。

仲尼三年有成。因周之舊。
【読み】
仲尼三年にして成すこと有らん、と。周の舊に因るなり。

喜怒在事、則理之當喜怒也。不在血氣、則不遷。
【読み】
喜怒事に在るは、則ち理の當に喜怒すべきなり。血氣に在らざれば、則ち遷らず。

於義理無害、雖貧亦樂、有害則慊慊(一有則字。)不樂。
【読み】
義理に於て害無くば、貧しきと雖も亦樂しみ、害有れば則ち慊慊として(一に則の字有り。)樂しまず。

桀溺言、天下衰亂、無道者滔滔皆是也。孔子雖欲行其敎、而誰可以化而易之。孔子言、如使天下有道、我則無所治、不與易之也。今所以周流四方、爲時無道故也。聖人不敢有忘天下之心、知其不可而猶爲之。故其言如此。
【読み】
桀溺が言うこころは、天下衰亂して、道無き者滔滔として皆是れなり。孔子其の敎を行わんと欲すと雖も、誰か以て化して之を易う可き、と。孔子言うこころは、如し天下をして道有らしめば、我れ則ち治むる所無くして、與に之を易えじ。今四方を周流する所以は、時の道無きが爲の故なり、と。聖人敢えて天下を忘るること有らざるの心、其の不可なることを知って猶之をす。故に其の言此の如し。

二帝・三王之道、後世無以加焉、孔子之所常言、故弟子聚而記之。夫子得邦家、亦猶是也。(堯曰篇。)
【読み】
二帝・三王の道、後世以て加うること無しとは、孔子の常に言う所、故に弟子聚まって之を記す。夫子邦家を得ても、亦猶是のごとし。(堯曰篇。)

語之而敬、故不惰。言其好學也。
【読み】
之に語れば敬す、故に惰らず。其の學を好むことを言うなり。

瞻之在前、過者。忽然在後、不及也。如有所立卓爾、聖人之中也。
【読み】
之を瞻るに前に在るは、過ぐる者なり。忽然として後に在るは、及ばざるなり。立つ所有りて卓爾たるが如きは、聖人の中なり。

子在、囘何敢死、死當爲先死、非囘之所當爲。所當爲者、上告天子、下告方伯、以討其罪爾。
【読み】
子在す、囘何ぞ敢えて死せんとは、死は當に先だち死すと爲すべく、囘の當に爲すべき所に非ず。當に爲すべき所の者は、上天子に告[もう]し、下方伯に告して、以て其の罪を討ぜんのみ。

舉前代之善者、準此以損益之、此成法也。鄭聲使人淫溺、佞人使人危殆。放遠之、然後可守成法。
【読み】
前代の善なる者を舉げて、此を準として以て之を損益す、此れ成法なり。鄭聲は人をして淫溺せしめ、佞人は人をして危殆ならしむ。之を放ち遠ざけて、然して後に成法を守る可し。

不踰閑者、不踰矩也。小德、出入於法度之中。大德如孔子。小德如顏子、有一不善、是亦出入也。
【読み】
閑を踰えずとは、矩を踰えざるなり。小德は、法度の中に出入す。大德は孔子の如し。小德は顏子の如く、一つの不善有るも、是れ亦出入するなり。

聖人之敎、未嘗私厚其子。學詩學禮、止可告之若此。學必待其自肯。
【読み】
聖人の敎は、未だ嘗て私に其の子に厚くせず。詩を學び禮を學ぶに、止之に告ぐること此の若くなる可し。學は必ず其の自ら肯ずるを待つ。

孔子與惡人言、故以遜辭免禍。言不必信、行不必果、惟義所在、此之謂也。然而孔子未嘗不欲仕、但仕於陽虎之時則不可。吾將仕矣、未爲非信也。
【読み】
孔子惡人と言うには、故[ことさら]に遜辭を以て禍いを免る。言信を必とせず、行果たすことを必とせず、惟義の在る所のままにすとは、此れ之の謂なり。然れども孔子未だ嘗て仕うることを欲せずんばあらず、但陽虎に仕うるの時は則ち不可なり。吾れ將に仕えんとすというは、未だ信に非ずとせず。

公山召我、而豈徒哉、是孔子意。他雖叛而召我、其心不徒然、往而敎之遷善、使不叛則已。此則於義直有可往之理。而孔子亦有實知其不能改而不往者。佛肸召亦然。
【読み】
公山我を召[よ]ぶ、豈徒[ただごと]ならんやとは、是れ孔子の意なり。他叛くと雖も我を召ぶ、其の心徒然ならず、往いて之を敎えて善に遷して、叛かざらしむるときは則ち已まん、と。此れ則ち義に於て直に往く可きの理有り。而も孔子亦實に其の改むること能わざることを知って往かざる者有り。佛肸が召ぶも亦然り。

禘自旣灌而往、皆不足觀、從首至末皆非也。知孔子不欲觀之說、則於天下知萬事各正其名。則其治如示諸掌。
【読み】
禘旣に灌して自り往[のち]は、皆觀るに足らずとは、首め從り末に至るまで皆非なればなり。孔子觀ることを欲せざるの說を知るときは、則ち天下に於て萬事各々其の名を正すことを知る。則ち其の治むること掌を示すが如し。

獲罪於天、時無所祈禱。何爲媚奧。何爲媚竈。奧、尊者所居、喩貴臣。竈、一家所切、喩當權。
【読み】
罪を天に獲れば、時として祈禱する所無し。何爲れぞ奧に媚びん。何爲れぞ竈に媚びん。奧は、尊者の居る所、貴臣に喩う。竈は、一家の切なる所、當權に喩う。

孔門弟子、自孔子沒後、各自離散。只有曾子便別。如子夏・子張欲以所事孔子事有若。獨曾子便道不可。自子貢以上、必皆不肯。某自涪陵歸、見門人皆已支離。不知他日身後又何如也。但得箇信時、便自有長進處。孔子弟子甚多、亦不能皆合於孔子。如子路言子之迂也、又曰末之也已、及其退思、終合於孔子。只爲他信、便自然思量到也。(此一段莆田本。)
【読み】
孔門の弟子、孔子沒して自り後、各々自ら離散す。只曾子のみ有りて便ち別なり。子夏・子張の如きは孔子に事うる所を以て有若に事えんと欲す。獨り曾子のみ便ち不可なりと道う。子貢自り以上は、必ず皆肯ぜじ。某涪陵自り歸って、門人皆已に支離なるを見る。知らず、他日身後又何如、と。但箇の信を得る時、便ち自づから長く進む處有り。孔子の弟子甚だ多くして、亦皆孔子に合すること能わず。子路子の迂なるやと言い、又之くこと末[な]からんのみと曰うが如き、其の退思に及んで、終に孔子に合す。只他信ずるが爲に、便ち自然に思量し到るなり。(此の一段は莆田が本。)

皆不及門、今不在焉。
【読み】
皆門に及ばずとは、今焉に在らざるなり。

德不孤、必有鄰、一德立而百善從之。
【読み】
德は孤ならず、必ず鄰有りとは、一德立って百善之に從うなり。

棠棣之華、偏其反而。豈不爾思。室是遠而、只取不遠之意。
【読み】
棠棣の華、偏として其れ反たり。豈爾を思わざらんや。室是れ遠ければなりとは、只遠からざるの意を取る。

山梁雌雉、時哉時哉、此聖人嘆雉在山梁得其時、而民不得其時也。子路不察、乃共之、三嗅而作。使子路知我意不在是也。
【読み】
山梁の雌雉、時なるかな時なるかなとは、此れ聖人雉山梁に在りて其の時を得て、民其の時を得ざることを嘆ず。子路察せずして、乃ち之を共えて、三たび嗅いで作[た]つ。子路をして我が意是に在らざることを知らしむるなり。

毋意、毋非禁止之辭。聖人絕此四者、何用禁止。毋意與毋我相近、毋固與毋必相近。須要分別不同。意與志別。志是所存處、意是發動處。如先意承志、自別也。意發而當、卽是理也。非意也。發而不當、是私意也。又問、聖人莫是任理而不任意否。曰、是。
【読み】
意毋しとは、毋は禁止の辭に非ず。聖人此の四つの者を絕てば、何ぞ禁止することを用いん。意毋しと我毋しとは相近く、固毋しと必毋しとは相近し。須く分別することの不同なるを要すべし。意と志とは別なり。志は是れ存する所の處、意は是れ發動する處。意に先だって志を承くというが如き、自づから別なり。意發して當たるは、卽ち是れ理なり。意に非ざるなり。發して當たらざるは、是れ私意なり。又問う、聖人は是れ理に任じて意に任ぜざること莫しや否や、と。曰く、是なり、と。
 

二程全書卷之三十三  外書第四・第五

程氏學拾遺 李參錄

格物者、格、至也。物者、凡遇事皆物也。欲以窮至物理也。窮至物理無他、唯思而已矣。思曰睿、睿作聖。聖人亦自思而得。況於事物乎。
【読み】
物に格るとは、格は、至るなり。物とは、凡そ事に遇うは皆物なり。以て物理に窮め至ることを欲するなり。物理に窮め至るは他無し、唯思うのみ。思うに睿と曰い、睿は聖と作る、と。聖人も亦自ら思って得る。況んや事物に於てをや。

惟聖人可以踐形者、人生稟五行之秀氣、頭圓足方以肖天地、則形色天性也。惟聖人爲能盡人之道。故可以踐形。人道者、君臣・父子・兄弟・夫婦之類皆是也。
【読み】
惟聖人のみ以て形を踐む可しとは、人生まれて五行の秀氣を稟けて、頭圓く足方にして以て天地に肖るときは、則ち形色は天性なり。惟聖人のみ能く人の道を盡くすことをす。故に以て形を踐む可し。人道は、君臣・父子・兄弟・夫婦の類皆是れなり。

唯仁者能好人、能惡人、仁者用心以公。故能好惡人。公最近仁。人循私欲則不忠、公理則忠矣。以公理施於人、所以恕也。
【読み】
唯仁者のみ能く人を好みし、能く人を惡むとは、仁者は心を用うること公を以てす。故に能く人を好惡す。公は最も仁に近し。人私欲に循うときは則ち忠ならず、公理なれば則ち忠なり。公理を以て人に施す、恕なる所以なり。

天下之言性也、則故而已矣。故者以利爲本。故者、舊也。言凡性之初、未嘗不以順利爲主。謂之利者、唯不害之謂也。一篇之義、皆欲順利之而已。
【読み】
天下の性を言うは、則ち故なるのみ。故は利を以て本とす、と。故は、舊なり。言うこころは、凡そ性の初め、未だ嘗て順利を以て主とせずんばあらず。之を利と謂う者は、唯害せざるの謂なり。一篇の義、皆之を順利することを欲するのみ。

文王望道而未之見、謂望天下有治道太平而未得見也。武王不泄邇、不忘遠者、謂遠邇之人之事也。
【読み】
文王道を望んで未だ之を見ずとは、天下治道太平有ることを望んで未だ見ることを得ざるを謂う。武王邇きに泄[な]れず、遠きを忘れずという者は、遠邇の人の事を謂うなり。

人心之所同然者何也。謂理也、義也。何謂理、何謂義。學者當深思。
【読み】
人心の同じく然る所の者は何ぞや。謂ゆる理なり、義なり。何を理と謂い、何を義と謂う。學者當に深く思うべし。

漢之儒者、所以從學者數百人、非惟風俗、亦皆篤行君子也。晉人高尙、不足道矣。
【読み】
漢の儒者、學に從う所以の者數百人、惟風俗のみに非ず、亦皆篤行の君子なり。晉人の高尙は、道うに足らず。

質夫曰、盡心知性、佛亦有至此者。存心養性、佛本不至此。先生曰、盡心知性、不假存養、其惟聖人乎。
【読み】
質夫が曰く、心を盡くし性を知ることは、佛も亦此に至る者有り。心を存し性を養うことは、佛本此に至らず、と。先生曰く、心を盡くし性を知って、存養を假らざるは、其れ惟聖人か、と。

質夫云、頻復不已、遂至迷復。
【読み】
質夫が云く、頻りに復して已まざれば、遂に復するに迷うに至る、と。


馮氏本拾遺

春秋書災異、蓋非偶然。不云霜隕、而云隕霜、不云夷伯之廟震、而云震夷伯之廟。分明是有意於人也。天人之理、自有相合。人事勝、則天不爲災、人事不勝、則天爲災。人事常隨天理、天變非應人事。如祁寒暑雨、天之常理。然人氣壯、則不爲疾、氣羸弱、則必有疾。非天固欲爲害、人事德不勝也。如漢儒之學、皆牽合附會、不可信。
【読み】
春秋に災異を書すること、蓋し偶然に非ず。霜隕つと云わずして、隕つる霜と云い、夷伯の廟震すと云わずして、夷伯の廟を震すと云う。分明に是れ人に意有るなり。天人の理、自づから相合すること有り。人事勝つときは、則ち天災いをせず、人事勝たざるときは、則ち天災いをす。人事常に天理に隨い、天變人事に應ずるに非ず。祁寒暑雨の如きは、天の常理。然も人の氣壯なるときは、則ち疾をせず、氣羸弱なるときは、則ち必ず疾有り。天固に害をせんと欲するに非ず、人事德勝たざればなり。漢儒の學、皆牽合附會するが如きは、信ずる可からず。

自孔子贊易之後、更無人會讀易。先儒不見於書者、有則不可知。見於書者、皆未盡。如王輔嗣・韓康伯、只以莊・老解之、是何道理。某於易傳、殺曾下工夫。如學者見問、盡有可商量。書則未欲出之也。
【読み】
孔子易を贊して自り後、更に人の易を讀むことを會すること無し。先儒書に見さざる者は、有りとも則ち知る可からず。書に見す者は、皆未だ盡くさず。王輔嗣・韓康伯が如き、只莊・老を以て之を解す、是れ何の道理ぞや。某易傳に於て、殺[はなは]だ曾て工夫を下せり。如し學者見問せば、盡く商量す可きこと有らん。書は則ち未だ之を出すことを欲せざるなり。

今時人看易、皆不識得易是何物、只就上穿鑿。若念得不熟與。就上添一德亦不覺多、就上減一德亦不覺少。譬如不識此兀子。若減一隻脚亦不知是少、添一隻脚亦不知是多。若識、則自添減不得也。
【読み】
今時の人易を看るに、皆易は是れ何物なるかを識得せず、只上に就いて穿鑿するのみ。若しくは念い得ること熟せざらんか。上に就いて一德を添うれども亦多きことを覺えず、上に就いて一德を減らせども亦少なきことを覺えず。譬えば此の兀子[ごっし]を識らざるが如し。若し一隻の脚を減らせども亦是れ少なきことを知らず、一隻の脚を添うれども亦是れ多きことを知らず。若し識らば、則ち自づから添減すること得ざるなり。

庶母亦當爲主、但不可入廟、子當祀於私室。主之制度則一。蓋有法象、不可增損。增損則不成矣。
【読み】
庶母は亦當に主と爲るべく、但廟に入る可からず、子は當に私室に祀るべし。主の制度は則ち一なり。蓋し法象有り、增損す可からず。增損するときは則ち成らず。

祭如在、言祭自己祖先。祭神如神在、言其他所祭者。如天地山川皆是也。
【読み】
祭ること在[いま]すが如くすとは、自己の祖先を祭るを言う。神を祭ること神在すが如くすとは、其の他の祭る所の者を言う。天地山川の如きは皆是れなり。

非其鬼、言己不當祭者。旣知其非、然且爲之、是無勇也。無勇雖因上文、然不止於此一事。
【読み】
其の鬼に非ずとは、己が當に祭るべからざる者を言う。旣に其の非を知って、然して且つ之をするは、是れ勇無きなり。勇無しとは上の文に因ると雖も、然れども此の一事に止まらず。

論語・孟子、只剩讀著便自意足。學者須是玩味。若以語言解著、意便不足。某始作此二書文字、旣而思之、又似剩。只有些先儒錯會處、却待與整理過。
【読み】
論語・孟子は、只剩讀し著くれば便ち自づから意足る。學者は須く是れ玩味すべし。若し語言を以て解し著くれば、意便ち足らず。某始め此の二書の文字を作り、旣にして之を思うに、又剩[あま]れるに似れり。只些かの先儒錯會する處有らば、却って與[ため]に整理し過ぐることを待たん。

某嘗謂、世間有三事工夫一般。國家之祈天永命、道家之長生久視、儒者之入於聖人、理道皆一。
【読み】
某嘗て謂えらく、世間に三事の工夫一般なる有り。國家の天の永命を祈る、道家の長生久視、儒者の聖人に入る、理道皆一なり、と。

釋氏之學、正似用管窺天。一直便見。道他不是不得、只是却不見全體。
【読み】
釋氏が學は、正に管を用いて天を窺うに似れり。一直に便ち見る。道他是れ得ざるにはあらず、只是れ却って全體を見ず。

不信神怪事、亦不得便放猛、須是知道理。若是直放猛、不知道理、撞出來後、如何處置。
【読み】
神怪の事を信ぜざれども、亦便ち放猛することを得ず、須く是れ道理を知るべし。若し是れ直に放猛して、道理を知らずんば、撞出し來りて後、如何にか處置せん。

月令儘是一部好書、未易破他。柳子厚破得他不是。若春行賞、秋行刑、只是舉大綱如此。如云湯執中、文王視民如傷、武王不泄邇、不忘遠、不成聖人各只有一事可稱也。且據一處言之耳。又如冬日則飮湯、夏日則飮水、不成冬日不得飮水、夏日不得飮湯也。
【読み】
月令は儘く是れ一部の好き書、未だ他を破り易からず。柳子厚他を破り得ること是ならず。春賞を行い、秋刑を行うというが若き、只是れ大綱を舉ぐること此の如し。湯中を執る、文王民を視ること傷めるが如し、武王邇きに泄[な]れず、遠きを忘れずと云うが如き、聖人各々只一事の稱す可き有りと成さず。且一處に據って之を言うのみ。又冬の日は則ち湯を飮み、夏の日は則ち水を飮むというが如き、冬の日は水を飮むことを得ず、夏の日は湯を飮むことを得ずと成さず。

四時改火、不得不然。蓋水之爲患常少、火之爲患常多。龍見而雩可見。寒食禁火、只是將出新火、必盡熄天下之火然後出之也。世間風俗、蓋訛謬之甚耳。四時取火、用木各異。必據時之所宜、不必盡考也。
【読み】
四時火を改むること、然らざることを得ず。蓋し水の患えを爲すことは常に少なく、火の患えを爲すことは常に多し。龍見えて雩すこと見る可し。寒食火を禁ずるは、只是れ將に新火を出さんとするに、必ず盡く天下の火を熄[け]して然して後に之を出すなり。世間の風俗、蓋し訛謬すること甚だしきのみ。四時火を取るに、用木各々異なり。必ず時の宜しき所に據り、必ずしも盡く考えず。

儒者只合言人事。不合言有數。直到不得已處、然後歸之於命可也。
【読み】
儒者は只合に人事を言うべし。合に數有りと言うべからず。直に已むことを得ざる處に到って、然して後に之を命に歸して可なり。

顏子有不善未嘗不知、知之未嘗復行。如顏子地位、豈有不善。所謂不善者、只是微有差失。纔差失便能知之。知之便更不萌作。顏子大率與聖人皆同。只這便有分別。若無則便是聖人。曾子三省、只是緊約束。顏子便能三月之久。到這些地位、工夫尤難、直是峻絕、又大段著力不得。
【読み】
顏子は不善有れば未だ嘗て知らずんばあらず、之を知れば未だ嘗て復行わず。顏子の地位の如き、豈不善有らんや。所謂不善とは、只是れ微しく差失有るなり。纔かに差失あれば便ち能く之を知る。之を知れば便ち更に萌し作さず。顏子は大率聖人と皆同じ。只這れ便ち分別有り。若し無くんば則ち便ち是れ聖人なり。曾子の三省は、只是れ約束を緊[かた]くするなり。顏子は便ち三月の久しきを能くす。這の些かの地位に到る、工夫尤も難くして、直に是れ峻絕し、又大段力を著けることを得ず。

合葬須以元妃。配享須以宗子之嫡母。此不易之道。
【読み】
合葬は須く元妃を以てすべし。配享は須く宗子の嫡母を以てすべし。此れ不易の道なり。
 

二程全書卷之三十四  外書第六

羅氏本拾遺

凡看書、各有門庭。詩・易・春秋不可逐句看、尙書・論語可以逐句看。
【読み】
凡そ書を看るには、各々門庭有り。詩・易・春秋は句を逐って看る可からず、尙書・論語は以て句を逐って看る可し。

赤舄几几、只是形容周公一箇氣象。乃孟子所謂睟面盎背、四體不言而喩之意。雍雍在宮、肅肅在廟、亦只是形容文王氣象。大抵古人形容聖人、多此類。如倬彼雲漢、爲章于天、亦是形容聖人也。
【読み】
赤舄几几たりとは、只是れ周公一箇の氣象を形容す。乃ち孟子の所謂面に睟[うるお]い背に盎[あふ]れ、四體言わずして喩るの意なり。雍雍として宮に在り、肅肅として廟に在りとは、亦只是れ文王の氣象を形容す。大抵古人聖人を形容すること、此の類多し。倬たる彼の雲漢、章を天に爲すというが如きも、亦是れ聖人を形容するなり。

不識不知、言文王化其民、日用不知。皆由天理也。
【読み】
識らず知らずとは、文王其の民を化して、日々に用いて知らざるを言う。皆天理に由るなり。

與子遊聞之、當作於子遊聞之。若兩人同聞、安得一箇知、一箇不知。
【読み】
子遊と與に之を聞くは、當に子遊に之を聞くに作るべし。若し兩人同じく聞かば、安んぞ一箇知り、一箇知らざることを得ん。

利字不聯牝馬爲義。如云利牝馬之貞、則坤便只有三德。
【読み】
利の字は牝馬に聯[つら]ねざるを義とす。如し牝馬の貞に利ろしと云わば、則ち坤は便ち只三德有るなり。

陰必從陽、然後乃終有慶也。
【読み】
陰は必ず陽に從って、然して後乃ち終に慶び有り。

黃、中色。裳、宜在下。則元吉。
【読み】
黃は、中の色。裳は、宜しく下に在るべし。則ち元吉なり。

他卦皆有悔凶咎、惟謙未嘗有。他卦有待而亨。惟謙則便亨。
【読み】
他の卦皆悔凶咎有って、惟謙のみ未だ嘗て有らず。他の卦は待って亨ること有り。惟謙は則ち便ち亨る。

謙、君子所以有終。故不言吉。裒取其多而增益其寡、天理也。六二鳴謙、處中得正而有德者。故鳴謙者、乃中心得也。上六鳴謙、乃有求者也。有求之小、止於征國邑而已。故曰志未得也。
【読み】
謙は、君子終わり有る所以。故に吉を言わず。其の多きを裒[あつ]め取って其の寡きを增し益すは、天理なり。六二の鳴謙は、中に處り正を得て德有る者なり。故に鳴謙する者は、乃ち中心得るなり。上六の鳴謙は、乃ち求むること有る者なり。求むること有るの小なるは、國邑を征するに止まるのみ。故に志未だ得ずと曰うなり。

蹇以反身修德。故往者在外也。在外必蹇。來者在内也。在内則有譽。無尤、來連、朋來、來碩、皆反身修德之謂也。蹇蹇、不暴進、内顧之象也。暴進出外則無事矣。連音平。連則無窮也。朋來則衆來。言朋來未免於有思也。至於來碩、則來處於大人之事也。故曰從貴。
【読み】
蹇[けん]は以て身に反して德を修む。故に往くという者は外に在るなり。外に在れば必ず蹇[なや]む。來るという者は内に在るなり。内に在れば則ち譽れ有り。尤無し、來れば連なる、朋來る、來れば碩[おお]いなりというは、皆身に反して德を修むるの謂なり。蹇蹇は、暴[にわか]に進まずして、内に顧みるの象なり。暴に進んで外に出るときは則ち事無し。連は音平。連は則ち窮まり無きなり。朋來るは則ち衆來るなり。朋來ると言うは未だ思うこと有ることを免れず。來れば碩いなりというに至って、則ち來りて大人の事に處するなり。故に貴きに從うと曰う。

闔闢便是易。一闔一闢謂之變。
【読み】
闔闢は便ち是れ易。一闔一闢之を變と謂う。

堯之親九族、以明俊德之人爲先。蓋有天下國家者、以知人爲難、以親賢爲急。
【読み】
堯の九族を親しむは、俊德を明らかにするの人を以て先とす。蓋し天下國家を有つ者は、人を知るを以て難しとし、賢を親しむを以て急とす。

善學者、要不爲文字所梏。故文義雖解錯、而道理可通行者不害也。
【読み】
善く學ぶ者は、文字の爲に梏せられざらんことを要す。故に文義解し錯ると雖も、而れども道理通じ行う可き者は害あらざるなり。

論語、曾子・有子弟子論譔。所以知者、唯曾子・有子不名。伊川。
【読み】
論語は、曾子・有子の弟子論譔[ろんせん]するならん。知る所以の者は、唯曾子・有子のみ名いわず。伊川。

學而時習之、鷹乃學習之義。子路有聞、未之能行、唯恐有聞。說在心、樂主發散在外。伊川。
【読み】
學んで時に之を習うは、鷹乃ち學び習うの義。子路聞くこと有りて、未だ之を能行わざれば、唯聞くこと有らんことを恐る。說ぶは心に在り、樂しむは發散して外に在ることを主とす。伊川。

孝弟本其所以生、乃爲仁之本。孝弟有不中理、或至於犯上。然亦鮮矣。孟子曰、孰不爲事。事親、事之本也。孰不爲守。守身、守之本也。不失其身而事親、乃誠孝也。推此、亦可以知爲仁之本。明道。
【読み】
孝弟其の生ずる所以に本づけば、乃ち仁をするの本なり。孝弟理に中らざること有れば、或は上を犯すに至る。然れども亦鮮し。孟子曰く、孰れか事うることをせざらん。親に事うるは、事うるの本なり。孰れか守ることをせざらん。身を守るは、守るの本なり、と。其の身を失わずして親に事うるは、乃ち誠に孝なり。此を推して、亦以て仁をするの本を知る可し。明道。

敬事而信以下事、論其所存。未及治具。故不及禮樂刑政。伊川。
【読み】
事を敬して信ありというより以下の事は、其の存する所を論ず。未だ治の具に及ばず。故に禮樂刑政に及ばず。伊川。

行有餘力者、當先立其本也。有本而後學文。然有本則文自至矣。明道。
【読み】
行って餘力有りという者は、當に先づ其の本を立つるべし。本有りて後文を學ぶ。然れども本有るときは則ち文自づから至るなり。明道。

致身猶言致力。乃委質也。明道。
【読み】
身を致すとは猶力を致すと言うがごとし。乃ち質に委るなり。明道。

人安重則學堅固。伊川。
【読み】
人安重なるときは則ち學堅固なり。伊川。

禮之用貴爲和貴。有不可行者、偏也。伊川。
【読み】
禮の用は和を貴しとす、と。行わる可からざること有る者は、偏なり。伊川。

貧而能樂、富而能好禮。隨貧富所治當如此。子貢引切磋琢磨、蓋治之之謂也。若貧而言好禮、則至於卑。富而言樂、則至於驕。然貧而樂、非好禮不能。富而好禮、非樂不能。明道。
【読み】
貧しくして能く樂しみ、富みて能く禮を好む。貧富に隨いて治むる所當に此の如くなるべし。子貢切磋琢磨を引くは、蓋し之を治むるの謂なり。若し貧しくして禮を好むと言うときは、則ち卑しきに至る。富みて樂しむと言うときは、則ち驕れるに至る。然るに貧しくして樂しむは、禮を好むに非ずんば能わず。富みて禮を好むは、樂しむに非ずんば能わず。明道。

爲政以德、然後無爲。伊川。
【読み】
政を爲むるに德を以てして、然して後すること無し。伊川。

囘於孔子之道無所不說。故如愚。退而省其所自得、亦足以開發矣。故曰不愚。
【読み】
囘は孔子の道に於て說ばざる所無し。故に愚なるが如し、と。退いて其の自得する所を省みるに、亦以て開發するに足れり。故に愚ならずと曰う。

視其所以、所爲也。觀其所由、所從也。察其所安、所處也。察其所處、則見其心之所存。在己者能知言窮理、則能以此察人如聖人也。明道。
【読み】
其の以[す]る所を視みるとは、する所なり。其の由る所を觀るとは、從う所なり。其の安んずる所を察すとは、處る所なり。其の處る所を察せば、則ち其の心の存する所を見る。己に在る者能く言を知り理を窮むるときは、則ち能く此を以て人を察すること聖人の如し。明道。

君子不器、無所不施也。若一才一藝、則器也。伊川。
【読み】
君子は器ならずとは、施さずという所無きなり。一才一藝の若きは、則ち器なり。伊川。

子貢問君子。孔子告以先行其言而後從之、而可以爲君子。因子貢多言而發也。伊川。
【読み】
子貢君子を問う。孔子告ぐるに先づ其の言うことを行って而して後に之に從う、而して以て君子とす可しということを以てす。子貢多言なるに因りて發するなり。伊川。

先行其言而後從之、謂觀人者彼能先行其言、吾然後信之。伊川。
【読み】
先づ其の言うことを行って而して後に之に從うとは、人を觀る者は彼能く先づ其の言うことを行って、吾れ然して後に之を信ずるを謂う。伊川。

周謂周旋、不比謂不相私比也。伊川。
【読み】
周は周旋を謂い、比せずは相私比せざるを謂うなり。伊川。

學而不思則無得。故罔。思而不學則不進。故殆。博學之、審問之、愼思之、明辯之、篤行之。五者廢其一、非學也。伊川。
【読み】
學んで思わざるときは則ち得ること無し。故に罔し。思って學ばざるときは則ち進まず。故に殆し。博く之を學び、審らかに之を問い、愼んで之を思い、明らかに之を辯[わきま]え、篤く之を行う。五つの者其の一を廢せば、學に非ざるなり。伊川。

尤、罪自外至也。悔、理自内出也。修天爵則人爵至、祿在其中矣。子張學干祿、故告之以此、使定其心而不爲利祿動。若顏・閔則不然矣。君子謀道不謀食、學也祿在其中矣。然學不必得祿、猶耕之不必得食、亦有餒在其中矣。君子知其如此、故憂道不憂貧。此所以告干祿也。伊川。
【読み】
尤は、罪の外自り至るなり。悔は、理の内自り出るなり。天爵を修むるときは則ち人爵至って、祿其の中に在り。子張祿を干[もと]めんことを學ぶ、故に之に告ぐるに此を以てして、其の心を定めて利祿の爲に動かざらしむ。顏・閔の若きは則ち然らず。君子は道を謀って食を謀らず、學ぶときは祿其の中に在り。然れども學んで必ずしも祿を得ざるは、猶耕すの必ずしも食を得ずして、亦餒ゆること其の中に在ること有るがごとし。君子は其の此の如きことを知る、故に道を憂えて貧しきを憂えず。此れ祿を干むるに告ぐる所以なり。伊川。

奢自文生。文過則爲奢、不足則爲儉。文者稱實而爲飾。文對實已爲兩物。奢又文之過。則去本遠矣。儉乃文不足。此所以爲禮之本。伊川。
【読み】
奢は文自り生ず。文過ぎるときは則ち奢と爲り、足らざるときは則ち儉と爲る。文は實にして飾ることを爲すと稱す。文實に對すれば已に兩物とす。奢は又文の過ぎたるなり。則ち本を去ること遠し。儉は乃ち文足らざるなり。此れ禮の本爲る所以なり。伊川。

仁者如射。射而不中、不怨勝己者、反求諸己而已。豈有爭也。故曰其爭也君子。伊川。
【読み】
仁者は射るが如し。射て中らざれども、己に勝つ者を怨みず、反って己に求むるのみ。豈爭うこと有らんや。故に其の爭は君子なりと曰う。伊川。

下而飮、非謂下堂而飮。離去射位而飮也。若下堂而飮、則辱之甚、無此。伊川。
【読み】
下って飮ましむとは、堂を下って而して飮むと謂うには非ず。射位を離れ去って飮むなり。若し堂を下って飮むときは、則ち辱めの甚だしきこと、此れ無し。伊川。

素喩質、繪喩禮。凡繪、先施素地而加采。如有美質而更文之以禮。伊川。
【読み】
素は質に喩え、繪は禮に喩う。凡そ繪は、先づ素地を施して采を加う。美質有りて更に之を文[かざ]るに禮を以てするが如し。伊川。

灌以降神、禘之始也。旣灌而往者、自始以至終、皆無足觀。言魯祭之非禮也。不知者、蓋爲魯諱。如自此事而正之、其於天下、如指掌之易。伊川。
【読み】
灌して以て神を降すは、禘の始めなり。旣に灌して往[のち]という者は、始め自り以て終わりに至るまで、皆觀るに足ること無し。魯の祭の禮に非ざることを言うなり。知らずという者は、蓋し魯の爲に諱むなり。如し此の事自りして之を正さば、其の天下に於ること、掌を指すの易きが如くならん。伊川。

爲力猶言爲功。射有五善、爲功不一。故曰不同科。所謂五善者、觀德行、別邪正、辯威儀云云。伊川。
【読み】
力を爲すとは猶功を爲すと言うがごとし。射に五つの善有って、功を爲すこと一ならず。故に科を同じくせずと曰う。所謂五つの善とは、德行を觀、邪正を別ち、威儀を辯ずと云云。伊川。

事君盡禮。在他人言之、必曰小人以爲諂也。聖人道弘。故止曰人以爲諂也。伊川。
【読み】
君に事うるに禮を盡くす、と。他人に在っては之を言わば、必ず小人以て諂えりとすと曰わん。聖人は道弘し。故に止人以て諂えるとすと曰うなり。伊川。

樂得淑女以配君子、不淫其色、是樂而不淫。哀窈窕、思賢才、求之不得、展轉反側、是哀而不傷。明道。
【読み】
淑女を得て以て君子に配することを樂しんで、其の色に淫せざるは、是れ樂しんで淫せざるなり。窈窕[ようちょう]として、賢才を思い、之を求めて得ざることを哀しんで、展轉し反側するは、是れ哀しんで傷らざるなり。明道。

成事不說至旣往不咎者、大概相似。重言之、所以深責之也。如今人嗟惜一事、未嘗不再三言之也。伊川。
【読み】
成りし事は說かじというより旣に往きしをば咎めずという者に至るまで、大概相似れり。重ねて之を言うは、深く之を責むる所以なり。今の人一事を嗟惜するが如き、未だ嘗て再三之を言わずんばあらず。伊川。

成湯放桀、惟有慙德、武王亦然。故未盡善。堯・舜・湯・武、其揆一也。征伐非其所欲、所遇之時然耳。伊川。
【読み】
成湯桀を放つは、惟德に慙づること有りて、武王も亦然り。故に未だ善を盡くさず。堯・舜・湯・武は、其の揆一なり。征伐は其の欲する所に非ず、遇う所の時然るのみ。伊川。

里、居也。擇仁而處之爲美。明道。
【読み】
里は、居るなり。仁を擇んで之に處るを美とす。明道。

知者利仁、知者以仁爲利而行之。至若欲有名而爲之之類、皆是以爲利也。
【読み】
知者は仁を利とすとは、知者は仁を以て利として之を行う。名有らんことを欲して之をするが類の若きに至っては、皆是れ以て利とするなり。

知者知仁爲美、擇而行之。是利仁也。心有其仁。故曰利。伊川。
【読み】
知者は仁を美とすることを知って、擇んで之を行う。是れ仁を利とするなり。心に其の仁有り。故に利すと曰う。伊川。

君子懷德、惟善之所在。小人懷土、惟事之所在。君子懷刑、惟法之所在。小人懷惠、惟利之所在。伊川。
【読み】
君子德を懷[おも]うは、惟善の在る所。小人土を懷うは、惟事の在る所。君子刑を懷うは、惟法の在る所。小人惠を懷うは、惟利の在る所。伊川。

子貢問賜也何如、賜自矜其長。而孔子以瑚璉之器答者、但瑚璉可施禮容於宗廟。如子貢之才可使於四方、可使與賓客言而已。伊川。
【読み】
子貢賜は何如と問うは、賜は自ら其の長を矜[ほこ]るなり。而るに孔子瑚璉の器を以て答うる者は、但瑚璉は禮容を宗廟に施す可し。子貢の才は四方に使いす可く、賓客と言わしむ可きが如きのみ。伊川。

未能自信、不可以治人、孔子所以說漆雕開之對。明道。
【読み】
未だ自ら信ずること能わざれば、以て人を治むる可からずとは、孔子漆雕開の對えを說く所以なり。明道。

子貢常方人。故孔子答以不暇。而又問與囘也孰愈、所以抑其方人也。
【読み】
子貢常に人を方[くら]ぶ。故に孔子答うるに暇あらずというを以てす。而して又囘と孰れか愈[まさ]れると問うは、其の人を方ぶることを抑える所以なり。

聞一知十、聞一知二、舉多少而言也。曰吾與女弗如也、使子貢喩其言、知其在勉。不喩、則亦可使慕之。皆有敎也。
【読み】
一を聞いて十を知る、一を聞いて二を知るは、多少を舉げて言うなり。吾れ女が如かざるとすることを與[ゆる]すと曰うは、子貢をして其の言を喩って、其の勉むるに在ることを知らしむ。喩らずとも、則ち亦之を慕わしむ可し。皆敎うること有るなり。

不欲人之加諸我者、施諸己而不願者也。無加諸人者、己所不欲、勿施於人者也。此無伐善、勿施勞者能之。故非子貢所及。伊川。
【読み】
人の諸を我に加うることを欲せざる者は、諸を己に施して願わざる者なり。諸を人に加うること無き者は、己が欲せざる所を、人に施すこと勿き者なり。此れ善に伐[ほこ]ること無く、勞を施すこと勿き者之を能くす。故に子貢の及ぶ所に非ず。伊川。

夫子言性與天道、不可得而聞、唯子貢親達其理。故能爲是歎美之辭。言衆人不得聞也。伊川。
【読み】
夫子の性と天道とを言うは、得て聞く可からず、唯子貢のみ親しく其の理に達す。故に能く是の歎美の辭を爲す。衆人聞くことを得ざることを言うなり。伊川。

蔡與采同。大夫有采地、而爲山節藻梲之事、不知也。山節藻梲、諸侯之事也。伊川。
【読み】
蔡と采とは同じ。大夫采地有って、節[とがた]に山[やま]えり梲[うだち]に藻[も]がく事を爲すは、知らざるなり。節に山えり梲に藻がくは、諸侯の事なり。伊川。

三月不違仁、言其久也。然非成德之事。
【読み】
三月仁に違わずとは、其の久しきを言うなり。然れども成德の事には非ず。

祝鮀之佞、所謂巧言。宋朝之美、所謂令色。當衰世、非此難免。伊川。
【読み】
祝鮀の佞は、所謂言を巧みにするなり。宋朝の美は、所謂色を令するなり。衰世に當たっては、此に非ざれば免れ難し。伊川。

上知、高遠之事、非中人以下所可告。蓋踰涯分也。伊川。
【読み】
上知は、高遠の事、中人以下の告ぐる可き所に非ず。蓋し涯分に踰ゆるなり。伊川。

民之所宜者務之、所欲與之聚、所惡勿施爾也。人之所以近鬼神而褻之者、蓋惑也。故有非鬼而祭之、淫祀以求福。知者則敬而遠之。明道。
【読み】
民の宜しき所の者は之を務め、欲する所は之を與え聚め、惡む所は施すこと勿きのみ。人の鬼神に近づいて之に褻[けが]るる所以の者は、蓋し惑えるなり。故に鬼に非ずして之を祭り、淫祀して以て福を求むること有り。知者は則ち敬して之を遠ざく。明道。

知如水之流、仁如山之安。動靜、仁知之體也。動則自樂、靜則自壽。非體仁知之深者、不能如此形容之。伊川。
【読み】
知は水の流るるが如く、仁は山の安きが如し。動靜は、仁知の體なり。動くときは則ち自ら樂しみ、靜かなるときは則ち自ら壽し。仁知を體するの深き者に非ずんば、此の如く之を形容すること能わず。伊川。

觚之爲器、不得其法制、則非觚矣。舉一器而天下之物莫不皆然。天下之事亦猶是也。伊川。
【読み】
觚[こ]の器爲る、其の法制を得ざるときは、則ち觚に非ず、と。一器を舉げて天下の物皆然らずということ莫し。天下の事も亦猶是のごとし。伊川。

宰我言、如井中有人、仁者當下而從之否。子曰、君子可使之往。不可陷以非其所履。可欺以其方。難罔以非其道。明道。
【読み】
宰我言く、如し井中に人有らば、仁者當に下って之に從うべきや否や、と。子曰く、君子は之をして往かしむ可し。陷[おとしい]らしむに其の履む所に非ざるを以てす可からず。欺くに其の方を以てす可し。罔[し]ゆるに其の道に非ざるを以てし難し、と。明道。

博學於文、而不約之以禮、必至於汙漫。所謂約之以禮者、能守禮而由於規矩者也。未及知之也、止可以不畔而已。多聞擇其善者而從之、多見而識之、知之次也。與此相近。顏淵曰、博我以文、約我以禮。欲罷不能。是已知之而進不止者也。明道。
【読み】
博く文を學んで、之を約にするに禮を以てせざれば、必ず汙漫に至る。所謂之を約にするに禮を以てする者は、能く禮を守って規矩に由る者なり。未だ之を知るに及ばず、止以て畔かざる可きのみ。多く聞いて其の善者を擇んで之に從い、多く見て之を識すは、知るの次なり、と。此と相近し。顏淵曰く、我を博むるに文を以てし、我を約にするに禮を以てす。罷めんと欲すれども能わず、と。是れ已に之を知って進んで止まざる者なり。明道。

中庸之德、不可須臾離。民鮮有久行其道者也。伊川。
【読み】
中庸の德は、須臾も離るる可からず。民久しく其の道を行う者有ること鮮し。伊川。

聖則無大小、至於仁、兼上下大小而言之。博施濟衆亦仁也、愛人亦仁也。堯・舜其猶病諸者、猶難之也。博則廣而無極、衆則多而無窮。聖人必欲使天下無一人之惡、無一物不得其所。然亦不能。故曰病諸。修己以安百姓、亦猶是也。伊川。
【読み】
聖は則ち大小と無く、仁に至るとは於、上下大小を兼ねて之を言う。博く施して衆を濟うも亦仁なり、人を愛するも亦仁なり。堯・舜も其れ猶病めりとは、猶之を難んずるなり。博は則ち廣くして極まり無く、衆は則ち多くして窮まり無し。聖人は必ず天下をして一人の惡無く、一物も其の所を得ずということ無からしめんと欲す。然れども亦能わず。故に病めりと曰う。己を修めて以て百姓を安んずというも、亦猶是のごとし。伊川。

人於文采、皆不曰吾猶人也、皆曰勝於人爾。至於躬行君子、則吾未見其人也。伊川。
【読み】
人文采に於ては、皆吾れ猶人のごとしと曰わず、皆人に勝れりと曰うのみ。躬君子を行うに至っては、則ち吾れ未だ其の人を見ず。伊川。

泰伯知王季之賢、必能開基成王業。故爲天下而三讓之。言其公也。明道。
【読み】
泰伯王季の賢、必ず能く基を開き王業を成さんことを知る。故に天下の爲にして三たび之を讓る。言うこころは、其れ公なり、と。明道。

泰伯三以天下讓者、立文王則道被天下。故泰伯以天下之故而讓之也。不必革命。使紂賢、文王爲三公矣。伊川。
【読み】
泰伯三たび天下を以て讓る者は、文王を立つるときは則ち道天下に被らしむ。故に泰伯天下の故を以てして之を讓るなり。必ずしも命を革めず。紂をして賢ならしめば、文王は三公と爲らん。伊川。

凡人有所計校者、皆私意也。孟子曰、惟仁者爲能以大事小。仁者欲人之善而矜人之惡、不計校小大強弱而事之。故能保天下。犯而不校、亦樂天順理者也。伊川。
【読み】
凡そ人計校する所有る者は、皆私意なり。孟子曰く、惟仁者のみ能く大を以て小に事うることを爲す、と。仁者は人の善を欲して人の惡を矜[あわ]れみ、小大強弱を計校せずして之に事う。故に能く天下を保んず。犯せども而も校[はか]らざるは、亦天を樂しみ理に順う者なり。伊川。

人而不仁、君子當敎養之。不盡敎養、而惟疾之甚、必至於亂。明道。
【読み】
人として仁ならずんば、君子當に之を敎養すべし。敎養することを盡くさずして、惟之を疾むこと甚だしきは、必ず亂に至る。明道。

爲學三年、而不至於善、是不善學也。明道。
【読み】
學を爲すこと三年にして、善に至らざるは、是れ善く學ばざるなり。明道。

亂、治也。師摯始治關雎之樂。其聲洋洋乎盈耳哉。美之也。明道。
【読み】
亂は、治むるなり。師摯[しし]始めて關雎の樂を治む。其の聲洋洋乎として耳に盈つるかな、と。之を美むるなり。明道。

洋洋盈耳、美也。孔子反魯、樂正、雅・頌各得其所。其後自太師而下、入河蹈海。由樂正、魯不用、而放棄之也。伊川。
【読み】
洋洋として耳に盈つるは、美むるなり。孔子魯に反って、樂正しく、雅・頌各々其の所を得。其の後太師自りして下、河に入り海を蹈む。樂正に由って、魯用いずして、之を放ち棄つるなり。伊川。

禹、吾無閒然矣、言德純完、無可非閒。明道。
【読み】
禹は、吾れ閒然すること無きとは、德純ら完く、非閒す可きこと無きを言う。明道。

子罕言利、非使人去利而就害也。蓋人不當以利爲心。易曰、利者義之和。以義而致利斯可矣。罕言仁者、以其道大故也。論語一部、言仁豈少哉。蓋仁者大事、門人一一紀錄盡平生所言如此。亦不爲多也。伊川。
【読み】
子罕に利を言うは、人をして利を去って害に就かしむるに非ざるなり。蓋し人當に利を以て心とすべからざるなり。易に曰く、利は義の和なり、と。義を以て利を致さば斯れ可なり。罕に仁を言う者は、其の道大なるを以ての故なり。論語の一部、仁を言うこと豈少なからんや。蓋し仁は大事、門人一一平生言う所を紀錄し盡くすこと此の如し。亦多しとせざるなり。伊川。

吾有知乎哉。無知也者、盡以告人、他無知也。與吾無隱乎爾同。伊川。
【読み】
吾れ知ること有らんや。知ること無きなりとは、盡く以て人に告げて、他知ること無きなり。吾れ爾に隱すこと無しというと同じ。伊川。

叩、就也。兩端、猶言兩頭。謂始終告鄙夫也。伊川。
【読み】
叩は、就くなり。兩端は、猶兩頭と言うがごとし。始終鄙夫に告ぐるを謂うなり。伊川。

鳳鳥不至、河不出圖、吾已矣夫者、嗜欲將至、有開必先也。伊川。
【読み】
鳳鳥至らず、河圖を出さず、吾れ已んぬるかなというは、嗜欲將至らば、開くこと有って必ず先んぜんとなり。伊川。

可與共學、所以求之也。可與適道、知其所往也。可與立者、篤志固執而不變也。權與權衡之權同。稱物而知其輕重者也。人無權衡、則不能知輕重。聖人則不以權衡而知輕重矣。聖人則是權衡也。伊川。
【読み】
與に共に學ぶ可しとは、之を求むる所以なり。與に道に適く可しとは、其の往く所を知るなり。與に立つ可しという者は、篤く志し固く執って變ぜざるなり。權は權衡の權と同じ。物を稱って其の輕重を知る者なり。人權衡無きときは、則ち輕重を知ること能わず。聖人は則ち權衡を以てせずして輕重を知る。聖人は則ち是れ權衡なり。伊川。

寢食不當言語時、必齊如也。臨祭則敬也。明道。
【読み】
寢食は言語の時に當たらず、必ず齊如たり。祭に臨むときは則ち敬す。明道。

色斯舉矣、不至悔吝。翔而後集、審擇其處。明道。
【読み】
色のままに斯に舉がるとは、悔吝に至らざるなり。翔[ふるま]って後に集[い]るは、審らかに其の處を擇ぶなり。明道。

山梁雌雉得其時、遂其性、而人逢亂世、反不得其所。子路不達。故共具之。孔子俾子路復審言詳意。故三嗅而起。庶子路知之也。伊川。
【読み】
山梁の雌雉は其の時を得て、其の性を遂ぐれども、人亂世に逢って、反って其の所を得ず。子路達せず。故に之を共具す。孔子子路をして復言を審らかにし意を詳らかにせしむ。故に三たび嗅いで起つ。庶わくは子路之を知らんことを、と。伊川。

先進猶言前輩也。後進猶言後輩也。先進之於禮樂、有其誠意而質也。故曰野人。後進之於禮樂、習其容止而文者也。故曰君子。孔子患時之文弊、而欲救之以質。故曰如用之、則吾從先進。取其誠意之多也。明道。
【読み】
先進は猶前輩と言うがごとし。後進は猶後輩と言うがごとし。先進の禮樂に於るは、其の誠意有って質なり。故に野人と曰う。後進の禮樂に於るは、其の容止に習って文なる者なり。故に君子と曰う。孔子時の文の弊を患えて、之を救うに質を以てせんと欲す。故に如し之を用いば、則ち吾れ先進に從わんと曰う。其の誠意の多きを取るなり。明道。

先進於禮樂、野人也、謂其質朴。後進於禮樂、君子也、謂其得宜。周末文弊、當時之人自謂得宜、而以古人爲質朴。故孔子欲從古人。古人非質朴也。伊川。
【読み】
先進の禮樂に於るは、野人なりとは、其の質朴なるを謂う。後進の禮樂に於るは、君子なりとは、其の宜しきを得るを謂う。周の末文の弊ありて、當時の人自ら宜しきを得ると謂いて、古人を以て質朴とす。故に孔子古人に從わんと欲す。古人は質朴に非ず。伊川。

從我於陳・蔡者、皆不及門、言此時皆無及孔子之門者。思其人、故數顏子以下十人有德行者、政事者、言語者、文學者。皆從於陳・蔡者也。明道。
【読み】
我に陳・蔡に從う者は、皆門に及ばずとは、言うこころは、此の時皆孔子の門に及ぶ者無し、と。其の人を思う、故に顏子以下の十人德行有る者、政事の者、言語の者、文學の者を數う。皆陳・蔡に從える者なり。明道。

四科、乃從夫子於陳・蔡者爾。門人之賢者、固不止此。曾子傳道而不與焉。故知十哲、世俗之論也。明道。
【読み】
四科は、乃ち夫子に陳・蔡に從える者のみ。門人の賢者は、固に此に止まらず。曾子道を傳えて與らず。故に知る、十哲は、世俗の論なることを。明道。

閔子之於父母昆弟、盡其道而處之。故人無非閒之言。伊川。
【読み】
閔子の父母昆弟に於る、其の道を盡くして之に處す。故に人非閒の言無し。伊川。

過猶不及。如琴張・曾皙之狂、皆過也。然而行不掩焉。是無實也。明道。
【読み】
過ぎたるは猶及ばざるがごとし、と。琴張・曾皙の狂の如きは、皆過ぎたるなり。然して行うこと掩わず。是れ實無きなり。明道。

才高者過。過則一出一入。卑者不及、則怠惰廢弛。明道。
【読み】
才高き者は過ぐ。過ぐるときは則ち一たびは出一たびは入る。卑き者及ばざるときは、則ち怠惰廢弛す。明道。

師・商過不及、其弊爲楊・墨。楊出於義、墨出於仁。仁義雖天下之美、然如此者、失之毫釐、謬以千里。伊川。
【読み】
師・商の過不及、其の弊は楊・墨を爲す。楊は義に出、墨は仁に出づ。仁義は天下の美と雖も、然れども此の如くなる者は、之を毫釐に失すれば、謬るに千里を以てするなり。伊川。

曾子少孔子。始也魯。觀其後明道、豈魯也哉。明道。
【読み】
曾子は孔子より少[わか]し。始めは魯なりとす。其の後道を明らかにするを觀るに、豈魯ならんや。明道。

善人、非豪傑特立之士不能自達者也。苟不履聖賢之迹、則亦不入其奧。故爲邦必至於百年、乃可以勝殘去殺也。孟子以樂正子爲善人信人。有諸己之謂信。能充實之、可以至於聖賢。然其始必循轍迹而後能入也。論篤、言之篤厚者也。取於人者、惟言之篤厚者是與、君子者乎、色莊者乎、未可知也。不可以論篤遂與之。必觀其行事乃可也。明道。
【読み】
善人は、豪傑特立の士に非ずんば自ら達すること能わざる者なり。苟も聖賢の迹を履まずんば、則ち亦其の奧に入らず。故に邦を爲むること必ず百年に至って、乃ち以て殘を勝[つ]くし殺を去[す]つ可し。孟子樂正子を以て善人信人とす。己に有する之を信と謂う。能く之を充實せば、以て聖賢に至る可し。然れども其の始めは必ず轍迹に循って而して後に能く入るなり。論篤きは、言の篤厚なる者なり。人に取る者、惟言の篤厚なる者に是れ與せば、君子者ならんか、色莊者ならんか、未だ知る可からず。論篤きを以て遂に之に與する可からず。必ず其の行事を觀て乃ち可なり。明道。

一日克己復禮、天下歸仁者、言一旦能克己復禮、則天下稱其仁。非一日之閒也。伊川。
【読み】
一日も己に克ちて禮に復るときは、天下仁に歸すとは、一旦能く己に克ちて禮に復るときは、則ち天下其の仁を稱するを言う。一日の閒には非ざるなり。伊川。

子路之言信、故片言可以折獄。伊川。
【読み】
子路の言信あり、故に片言以て獄[うったえ]を折[さだ]む可し。伊川。

宿謂預也。非一宿之宿也。伊川。
【読み】
宿は預めを謂うなり。一宿の宿に非ず。伊川。

子張少仁、無誠心愛民、則必倦而不盡心者也。故孔子因問而告之。伊川。
【読み】
子張仁少なく、誠心無くして民を愛するときは、則ち必ず倦んで心を盡くさざる者なり。故に孔子問えるに因りて之を告ぐ。伊川。

先之勞之者、昔周公師保萬民。易曰、以左右民。師保左右、先之也。勞、勉也。又勞勉之。伊川。
【読み】
之を先んじ之を勞すという者は、昔周公萬民に師保たり。易に曰く、以て民を左右[たす]くと。師保として左右くるは、之を先んずるなり。勞は、勉むるなり。又勞して之を勉むるなり。伊川。

子路問政。孔子旣告之矣。及請益、則曰無倦而已。未嘗復有所告。姑使深思之也。明道。
【読み】
子路政を問う。孔子旣に之に告ぐ。益を請うに及んでは、則ち倦むこと無かれと曰うのみ。未だ嘗て復告ぐる所有らず。姑く深く之を思わしむるなり。明道。

凡有物有形則有名。有名則有理。如以大爲小、以高爲下、則言不順。至於民無所措手足也。伊川。
【読み】
凡そ物有り形有れば則ち名有り。名有れば則ち理有り。如し大を以て小とし、高きを以て下きとするときは、則ち言順ならず。民手足を措所無きに至る。伊川。

苟有用我者、期月而已可也。三年有成、如何。曰、昔在經筵時嘗說。因言、陛下若以期月之事問臣、臣便以期月之事對。若以三年之事問臣、臣便以三年之事對。期月而已者、整頓大綱也。若夫有成、則在三年也。然期月三年之說、今世又不同。須從頭整理可也。漢公孫弘言、三年而化、臣竊遲之。李石對唐文宗以謂、陛下責治太急。皆率爾之言、本不知期月三年之事。伊川。
【読み】
苟[も]し我を用いる者有らば、期月にして已に可ならん。三年にして成すこと有らんとは、如何、と。曰く、昔經筵に在る時嘗て說く。因りて言う、陛下若し期月の事を以て臣に問わば、臣便ち期月の事を以て對えん。若し三年の事を以て臣に問わば、臣便ち三年の事を以て對えん、と。期月にして已にとは、大綱を整頓するなり。夫の成すこと有るが若きは、則ち三年に在るなり。然れども期月三年の說は、今世又同じからず。須く頭從り整理して可なるべし。漢の公孫弘が言く、三年にして化すること、臣竊かに之を遲しとす、と。李石唐の文宗に對えて以謂えらく、陛下治を責むること太だ急なり、と。皆率爾の言、本期月三年の事を知らず、と。伊川。

三十年爲一世。三十壯有室也。必世而後仁、化浹也。伊川。
【読み】
三十年を一世とす。三十は壯にして室有り。必世にして後に仁なるは、化浹[あまね]きなり。伊川。

冉子謂季氏之所行爲政。孔子抑之曰、其事也。言季氏之家事、而已謂之政者僭也。如國有政、吾雖不用、猶當與聞之也。伊川。
【読み】
冉子季氏の行う所を謂いて政とす。孔子之を抑えて曰く、其れ事ならん、と。言うこころは、季氏の家事にして、已に之を政と謂う者は僭なり。如し國政有らば、吾れ用いられずと雖も、猶當に之を聞くに與るべし、と。伊川。

言不必信、行不必果、唯義所在、大人之事。言必信、行必果、硜硜然、小人之事。小人對大人爲小。非爲惡之小人也。故亦可以爲士。明道。
【読み】
言信を必とせず、行果たすことを必とせず、唯義の在る所にするは、大人の事。言信を必とし、行果たすことを必とするは、硜硜[こうこう]然たる、小人の事。小人は大人に對して小とす。惡を小人とするには非ず。故に亦以て士爲る可し、と。明道。

剛者堅之體、發而有勇曰毅。木者質朴、訥者遲鈍。此四者比之巧言令色則近於仁。亦猶不得中行而與狂狷也。伊川。
【読み】
剛は堅の體、發して勇有るを毅と曰う。木は質朴、訥は遲鈍。此の四つの者之を巧言令色に比すれば則ち仁に近しとす。亦猶中行を得ずして狂狷に與するがごとし。伊川。

切切如體之相磨。偲偲則以意。此言告子路。故曰切切偲偲怡怡如也。明道。
【読み】
切切は體の相磨するが如し。偲偲は則ち意を以てす。此の言子路に告ぐ。故に切切偲偲怡怡如たるなりと曰う。明道。

善人敎民七年、亦可以卽戎、聖人度其時可矣。如小國五年、大國七年云。伊川。
【読み】
善人民に敎うること七年にして、亦以て戎に卽く可しとは、聖人其の時の可なることを度るなり。小國は五年、大國は七年と云うが如し。伊川。

原憲、孔子高弟。問有所未盡。蓋克伐怨欲四者無、然後可以爲仁。有而不行、未至於無。故止告之以爲難。伊川。
【読み】
原憲は、孔子の高弟。問うこと未だ盡くさざる所有り。蓋し克伐怨欲の四つの者無くして、然して後に以て仁とす可しとす。有って行わざるは、未だ無きに至らず。故に止之に告ぐるに難しとするを以てす。伊川。

邦有道穀、邦無道穀、恥也、此汎舉也。直哉史魚、不若君子哉蘧伯玉。然則危言危行、危行言遜、乃孔子事也。危猶獨也。與衆異不安之謂。邦無道、行雖危而言不可不遜也。明道。
【読み】
邦道有るときも穀し、邦道無きときも穀するは、恥なりとは、此れ汎く舉ぐるなり。直なるかな史魚とは、君子なるかな蘧伯玉[きょはくぎょく]というに若かず。然らば則ち言を危くし行いを危くし、行いを危くし言遜うは、乃ち孔子の事なり。危は猶獨のごとし。衆と異にして安からざるの謂なり。邦道無きときは、行うこと危くすと雖も言遜わずんばある可からず。明道。

直哉史魚、不若君子哉蘧伯玉。卷而懷之、乃危行言遜也。危行者、嚴厲其行而不苟。言則當遜。伊川。
【読み】
直なるかな史魚とは、君子なるかな蘧伯玉というに若かず。卷[おさ]めて之を懷[かく]すは、乃ち行いを危くし言遜うなり。行いを危くすとは、其の行いを嚴厲にして苟もせざるなり。言は則ち當に遜うべし。伊川。

晉文公譎而不正、齊桓公正而不譎、此爲作春秋而言也。晉文公實有勤王之心、而不知召王之爲不順。故譎掩其正。齊桓公伐楚、責包茅。雖其心未必尊王、而其事則正。故正掩其譎。孔子言之以爲戒。正者正行其事耳。非大正也。亦猶管仲之仁、止以事功而言也。伊川。
【読み】
晉の文公は譎[いつわ]って正しからず、齊の桓公は正しくして譎らずとは、此れ春秋を作るが爲にして言うなり。晉の文公實に王を勤むるの心有れども、而れども王を召すの不順爲ることを知らず。故に譎り其の正しきを掩う。齊の桓公楚を伐つとき、包茅を責む。其の心未だ必ずしも王を尊ばずと雖も、而れども其の事は則ち正し。故に正しき其の譎るを掩う。孔子之を言って以て戒めとす。正は正しく其の事を行うのみ。大正には非ず。亦猶管仲が仁のごとき、止事功を以て言うのみ。伊川。

桓公殺公子糾、管仲不死而從之。殺兄之人、固可從乎。曰、桓公・子糾、襄公之二弟也。桓公兄而子糾弟也。襄公死、則桓公當立。此以春秋知之也。春秋書桓公、則曰齊小白。言當有齊國也。於子糾、則止曰糾、不言齊。以不當有齊也。不言子、非君嗣子也。公・穀竝注四處皆書納糾。左傳獨言子糾、誤也。然書齊人取子糾殺之者、齊大夫嘗與魯盟於蔇、旣欲納糾以爲君、又殺之。故書子。是二罪也。管氏始事糾、不正也。終從於正、義也。召忽不負所事、亦義也。如魏徵・王珪不死建成之難、而從太宗、可謂害於義矣。伊川。
【読み】
桓公公子糾を殺し、管仲死せずして之に從う。兄を殺す人、固に從う可けんや。曰く、桓公・子糾は、襄公の二弟なり。桓公は兄にして子糾は弟なり。襄公死するときは、則ち桓公當に立つべし。此れ春秋を以て之を知るなり。春秋に桓公を書しては、則ち齊の小白と曰う。當に齊の國を有つべきことを言うなり。子糾に於ては、則ち止糾と曰い、齊を言わず。當に齊を有つべからざるを以てなり。子と言わざるは、君の嗣子に非ざればなり。公・穀竝びに注四處に皆糾を納ると書す。左傳に獨り子糾と言うは、誤りなり。然れども齊人子糾を取えて之を殺すと書す者は、齊の大夫嘗て魯と蔇に盟って、旣に糾を納れて以て君とせんと欲して、又之を殺す。故に子と書す。是れ二つの罪あるなり。管氏の始め糾に事うるは、不正なり。終わりに正に從うは、義なり。召忽事うる所に負[そむ]かざるも、亦義なり。魏徵・王珪建成の難に死せずして、太宗に從うが如きは、義に害ありと謂う可し。伊川。

君子固窮者、固守其窮也。伊川。
【読み】
君子は固より窮すとは、固より其の窮まれるを守るなり。伊川。

知及之、仁不能守之、此言中人以下也。若夫眞知、未有不能行者。伊川。
【読み】
知之に及べども、仁之を守ること能わずとは、此れ中人以下を言うなり。若し夫れ眞知は、未だ行うこと能わざる者有らず。伊川。

民於爲仁、甚於畏水火、水火猶有蹈而死者、言民之不爲仁也。伊川。
【読み】
民の仁をするに於ること、水火を畏るるよりも甚だし、水火は猶蹈んで死する者有りとは、民の仁をせざることを言うなり。伊川。

爲仁在己、無所與讓也。明道。
【読み】
仁をすることは己に在り、與え讓る所無し。明道。

諒與信異、自大體是信。亮必爲也。明道。
【読み】
諒[まこと]と信とは異なり。大體自りすとは是れ信。亮[まこと]は必ずするなり。明道。

諒固執也。與亮同。古字通用。孟子曰、君子不亮、烏乎執。伊川。
【読み】
諒は固く執るなり。亮と同じ。古字通用す。孟子曰く、君子亮あらずんば、烏くにか執らん、と。伊川。

性相近、對習相遠而言。相近猶相似也。上智下愚才也。性則皆善。自暴自棄然後不可移。不然則可移。伊川。
【読み】
性は相近しとは、習って相遠しに對して言う。相近しとは猶相似るがごとし。上智下愚は才なり。性は則ち皆善なり。自ら暴[そこな]い自ら棄てて然して後に移る可からず。然らずんば則ち移る可し。伊川。

吾其爲東周乎、若用孔子、必行王道。東周衰亂、所不肯爲也。亦非革命之謂也。明道。
【読み】
吾れ其れ東周をせんかとは、若し孔子を用いば、必ず王道を行わん、と。東周の衰亂、肯えてせざる所なり。亦命を革むるの謂に非ざるなり。明道。

恭則不侮。蓋一恭則仁道盡矣。又寬以得衆、信爲人所任、敏而有功、惠以使人。行五者於天下、其仁可知矣。明道。
【読み】
恭なるときは則ち侮らず、と。蓋し一恭則ち仁道盡くせり。又寬以て衆を得、信にして人の爲に任ぜられ、敏にして功有り、惠以て人を使う。五つの者を天下に行う、其の仁なること知る可し。明道。

佛肸召子。必不徒然、其往義也。然終不往者、度其不足與有爲也。
【読み】
佛肸子を召[よ]ぶ。必ず徒然ならずして、其の往かんとするは義なり。然れども終に往かざる者は、其の與にすること有るに足らざることを度ればなり。

六言六蔽、正與恭而無禮則勞、寬而栗、剛而無虐之義。蓋好仁而不好學、乃所以愚。非能仁而愚、徒好而不知學乃愚。明道。
【読み】
六言六蔽は、正に恭にして禮無きときは則ち勞す、寬にして栗、剛にして虐すること無きの義と(同じ)。蓋し仁を好めども學を好まざるは、乃ち愚なる所以なり。能く仁にして愚なるに非ず、徒に好んで學を知らざれば乃ち愚なるなり。明道。

二南人倫之本、王化之基。苟不爲之、則無所自入。古之學者必興於詩。不學詩無以言。故猶正牆面而立。明道。
【読み】
二南は人倫の本、王化の基。苟も之を爲[まな]ばざるときは、則ち自って入る所無し。古の學者は必ず詩に興る。詩を學ばざれば以て言うこと無し。故に猶正しく牆に面[む]かって立つがごとし、と。明道。

孟子曰、敎亦多術矣。予不屑之敎誨也、是亦敎誨之而已矣。孔子不見孺悲、所以深敎之也。明道。
【読み】
孟子曰く、敎も亦術多し。予れ屑しとして敎誨せざること、是も亦之を敎誨するのみ、と。孔子孺悲に見わざる、深く之を敎うる所以なり。明道。

君子不施其親、施、與也。言其不私其親暱也。伊川。
【読み】
君子は其の親に施さずとは、施は、與うるなり。其の其の親暱[しんじつ]に私せざるを言うなり。伊川。

與人交際之道、則子張爲廣。聖人亦未嘗拒人。明道。
【読み】
人と交際する道は、則ち子張廣しとす。聖人も亦未だ嘗て人を拒まず。明道。

日知其所亡、月無忘其所能、此可以爲人師法矣。非謂此可以爲人師道。
【読み】
日々に其の亡き所を知り、月々に其の能くする所を忘るること無きは、此れ以て人の師法とす可し。此れ以て人師の道とす可しと謂うには非ず。

學不博則不能守約、志不篤則不能力行。切問近思在己者、則仁在其中矣。明道。
【読み】
學博らかざるときは則ち約を守ること能わず、志篤からざるときは則ち力め行うこと能わず。切に問いて近く思って己に在る者は、則ち仁其の中に在り。明道。

望之儼然、秉天陽高明氣象。卽之也溫、中心和易而接物也溫。備人道矣。聽其言也厲、則如東西南北正定。地道也。蓋非禮勿言也。君子之道三才備矣。明道。
【読み】
之を望むに儼然たるは、天の陽高明の氣象に秉る。之に卽くに溫[おだ]やかなるは、中心和易して物に接わるや溫やかなり。人の道を備うるなり。其の言を聽くに厲なるは、則ち東西南北正に定まるが如し。地の道なり。蓋し禮に非ずんば言うこと勿かれなり。君子の道は三才備われり。明道。

大德不踰閑、指君臣父子之大義。小德如援溺之事、更推廣之。伊川。
【読み】
大德は閑[おり]を踰えずとは、君臣父子の大義を指す。小德は溺るるを援ける事の如き、更に之を推し廣む。伊川。

學旣優則可以仕。仕旣優則可以學。優裕、優閑、一也。伊川。
【読み】
學んで旣に優[ゆたか]なるときは則ち以て仕う可し。仕えて旣に優なるときは則ち以て學ぶ可し。優裕、優閑は、一なり。伊川。

子張旣除喪而見。予之琴。和(徐本・呂本和作扣。)之而和、彈之而成聲。作而曰、先王制禮、不敢不至焉。推此言之、子張過於薄。故難與竝爲仁矣。明道。
【読み】
子張旣に喪を除いて見ゆ。之に琴を予[あた]う。之を和して(徐本・呂本和を扣[たた]いてに作る。)和し、之を彈じて聲を成す。作[た]って曰く、先王の禮を制する、敢えて至らずんばあらず、と。此を推して之を言うに、子張は薄きに過ぎたり。故に與に竝んで仁を爲し難し、と。明道。

子貢言性與天道、以夫子聰明而言。綏之斯來、動之斯和、以夫子德性而言。伊川。
【読み】
子貢性と天道とを言うというは、夫子の聰明を以て言う。之を綏[やす]んずれば斯に來り、之を動かせば斯に和らぐというは、夫子の德性を以て言う。伊川。

因民之所利而利之、若耕稼陶漁、皆因其順利而道之。明道。
【読み】
民の利する所に因って之を利すというは、耕稼陶漁、皆其の順利に因って之を道うが若し。明道。

知言之善惡是非、乃可以知人。孟子所謂知言是也。必有諸己、然後知言。知之則能格物而窮理。伊川。
【読み】
言の善惡是非を知らば、乃ち以て人を知る可し。孟子の所謂言を知るというは是れなり。必ず己に有って、然して後に言を知る。之を知るときは則ち能く物に格って理を窮む。伊川。

今之城郭、不爲保民。明道。
【読み】
今の城郭は、民を保んずるが爲ならず。明道。

君子道弘。故可大受、而不可小了知測。此孟子所以四十不動心。小人反是。明道。
【読み】
君子は道弘し。故に大いに受く可くして、小了知測す可からず。此れ孟子四十より心を動かさざる所以なり。小人は是に反す。明道。

有若等自能知夫子之道。假使汙下、必不爲阿好而言。謂其論可信也。伊川。
【読み】
有若等は自ら能く夫子の道を知る。假使[たと]い汙下なりとも、必ず阿り好んで言うことをせず。其の論の信ず可きを謂うなり。伊川。

惻、惻然。隱、如物之隱應也。此仁之端緒。赤子入井、其顙有泚。推之可見。伊川。
【読み】
惻は、惻然なり。隱は、物の隱[ひそ]かに應ずるが如し。此れ仁の端緒なり。赤子井に入る、其の顙[ひたい]に泚[あせ]有り。之を推して見る可し。伊川。

墨子愛其兄之子猶鄰之子。墨子書中未嘗有如此等言。但孟子拔本塞源、知其流必至於是。故直之也。伊川。
【読み】
墨子其の兄の子を愛すること猶鄰の子のごとし、と。墨子の書中未だ嘗て此の如き等の言有らず。但孟子本を拔き源を塞いで、其の流必ず是に至らんことを知る。故に之を直すなり。伊川。

廣居、正位、大道、一也。不處小節、則是廣居。
【読み】
廣居、正位、大道は、一なり。小節に處らざる、則ち是れ廣居なり。

事親若曾子而曰可者、非謂曾子未盡善也。人子事親、豈有大過曾子。孟子之心、皆可見矣。明道。
【読み】
親に事うること曾子の若くにして可なりと曰う者は、曾子未だ善を盡くさずと謂うには非ず。人子の親に事うる、豈曾子に大過有らんや。孟子の心、皆見る可し。明道。

君仁莫不仁、君義莫不義、天下之治亂係乎人君仁不仁耳。離是而非、則生於其心、必害於其政。豈待乎作之於外哉。昔者孟子三見齊王而不言事。門人疑之。孟子曰、我先攻其邪心。心旣正、然後天下之事可從而理也。夫政事之失、用人之非、知者能更之、直者能諫之。然非心存焉、則一事之失、救而正之、後之失者、將不勝救矣。格其非心、使無不正、非大人其孰能之。伊川。
【読み】
君仁あれば仁あらずということ莫く、君義あれば義あらずということ莫しとは、天下の治亂は人君の仁不仁に係るのみ。是を離れて非なるときは、則ち其の心に生じて、必ず其の政に害あり。豈之を外に作すことを待たんや。昔孟子三たび齊王に見えて事を言わず。門人之を疑う。孟子曰く、我れ先づ其の邪心を攻む。心旣に正しくして、然して後に天下の事從いて理む可し、と。夫れ政事の失と、人を用うるの非は、知者は能く之を更め、直き者は能く之を諫む。然れども非心存するときは、則ち一事の失、救って之を正せども、後の失する者、將に勝えて救わざらんとす。其の非心を格して、正しからずということ無からしむるは、大人に非ずんば其れ孰か之を能くせん。伊川。

君子小人澤及五世者、善惡皆及後世也。伊川。
【読み】
君子小人の澤五世に及ぶ者は、善惡皆後世に及ぶなり。伊川。

可以仕則仕、可以止則止、可以久則久、可以速則速、此皆時也。未嘗不合中。故曰君子而時中。伊川。
【読み】
以て仕う可きときは則ち仕え、以て止む可きときは則ち止み、以て久しかる可きときは則ち久しく、以て速やかなる可きときは則ち速やかにすとは、此れ皆時なり。未だ嘗て中に合わずんばあらず。故に君子にして時に中すと曰う。伊川。

孔子於儒悲、所謂不屑之敎誨者也。伊川。
【読み】
孔子の儒悲に於る、所謂屑しとして敎誨せざる者なり。伊川。

命皆一也。莫之致而至者、正命也。桎梏而死者、君子不謂命。伊川。
【読み】
命は皆一なり。之を致すこと莫くして至る者は、正命なり。桎梏して死する者は、君子命と謂わず。伊川。

恕者入仁之門。伊川。
【読み】
恕は仁に入るの門なり。伊川。

仁、理也。人、物也。以仁合在人身言之、乃是人之道也。伊川。
【読み】
仁は、理なり。人は、物なり。仁を以て人身に合在して之を言う、乃ち是れ人の道なり。伊川。

充實而有光輝、所謂修身見於世也。伊川。
【読み】
充實して光輝有るは、所謂身を修めて世に見るなり。伊川。

帶、蓋指其近處。下、猶舍也、離也。古人於一帶、必皆有意義。不下帶而道存、猶云只此便有至理存焉。(此一段伊川語、得之馬時仲。(徐本・呂本仲作伸。))
【読み】
帶は、蓋し其の近き處を指す。下、猶舍つるなり、離るるなりのごとし。古人一つの帶に於て、必ず皆意義有り。帶より下らずして道存すとは、猶只此れ便ち至理有って存すと云うがごとし。(此の一段伊川の語、之を馬時仲に得。(徐本・呂本仲を伸に作る。))

經德不囘、乃敎上等人。禍福之說、使中人以下知所畏懼修省。亦自然之理耳。若釋氏怖死以學道、則立心不正矣。明道。
【読み】
經の德囘[まが]らざるは、乃ち上等の人に敎ゆ。禍福の說は、中人以下をして畏れ懼るる所を知って修省せしむ。亦自然の理なるのみ。釋氏死を怖れて以て道を學ぶが若きは、則ち心を立つること正しからず。明道。
 

二程全書卷之三十五  外書第七

胡氏本拾遺

明道曰、維天之命、於穆不已、不其忠乎。天地變化草木蕃、不其恕乎。
【読み】
明道曰く、維れ天の命、於[ああ]穆として已まざるは、其れ忠ならずや。天地變化して草木蕃[しげ]るは、其れ恕ならずや、と。

伊川曰、維天之命、於穆不已、忠也。乾道變化、各正性命、恕也。
【読み】
伊川曰く、維れ天の命、於穆として已まざるは、忠なり。乾道變化して、各々性命を正しくするは、恕なり、と。

心敬則内自直。
【読み】
心敬すれば則ち内自づから直し。

匹夫悍卒見難而能死者、有之。惟情慾之牽、妻孥之愛、斷而不惑者鮮矣。
【読み】
匹夫悍卒も難を見て能く死する者は、之れ有り。惟情慾の牽、妻孥の愛、斷じて惑わざる者は鮮し。

思慮、不得至於苦。
【読み】
思慮は、苦に至ることを得じ。

合天人、通義命、此大賢以上事。
【読み】
天人に合し、義命に通ずるは、此れ大賢以上の事。

人之多聞識、却似藥物。須要博識。是所切用也。
【読み】
人の聞識多きは、却って藥物に似れり。須く博く識ることを要すべし。是れ切に用うる所なり。

爲天下、安可求近效?才計較著利害、便不是。
【読み】
天下を爲むるに、安んぞ近效を求むる可けんや。才かに計較して利害を著するは、便ち是ならず。

程子與侯仲良語及牛・李事。因言溫公在朝、欲盡去元豐閒人。程子曰、作新人才難、變化人才易。今諸人之才皆可用。且人豈肯甘爲小人。在君相變化如何耳。若宰相用之爲君子、孰不爲君子。此等事敎他們自做、未必不勝如吾曹。仲良曰、若然、則無紹聖閒事也。(尹子親注云、此一段可疑。)
【読み】
程子侯仲良と語って牛・李が事に及ぶ。因りて言う、溫公朝に在るとき、盡く元豐の閒の人を去らんと欲す。程子曰く、人才を新たにすることを作すことは難く、人才を變化することは易し。今諸人の才皆用う可し。且つ人豈肯えて小人爲ることを甘んぜんや。君相變化すること如何とするに在るのみ。若し宰相之を用いて君子とせば、孰か君子と爲らざらん。此れ等の事他們[ら]をして自ら做さしめば、未だ必ずしも吾曹の如きに勝えずんばあらず、と。仲良曰く、若し然らば、則ち紹聖の閒の事無からん、と。(尹子親注に云く、此の一段疑う可し、と。)

世事與我了不相關。明道。
【読み】
世事我と了[つい]に相關らず。明道。

勇一也。而用不同。有勇於氣者、有勇於義者。君子勇於義、小人勇於氣。
【読み】
勇は一なり。而して用うること同じからず。氣に勇なる者有り、義に勇なる者有り。君子は義に勇にして、小人は氣に勇なり。

伊川在經筵、已聞、上盥漱噴水避蟻。他日先生進曰、願陛下推此心以及天下。
【読み】
伊川經筵に在るとき、已に聞く、上盥漱の水を噴くに蟻を避く、と。他日先生進んで曰く、願わくは陛下此の心を推して以て天下に及せ、と。

程子葬父、使周恭叔主客。客欲酒。恭叔以告。先生曰、勿陷人於惡。
【読み】
程子父を葬るとき、周恭叔をして客に主たらしむ。客酒を欲す。恭叔以て告す。先生曰く、人を惡に陷ること勿かれ、と。

風竹便是感應無心。如人怒我、勿留胸中。須如風動竹。
【読み】
風竹は便ち是れ感應無心なり。人我に怒るが如き、胸中に留むること勿かれ。須く風竹を動かすが如くなるべし。

或謂伊川曰、先生於上前委曲已甚。不亦過乎。曰、不於此致力盡心、而於何所。
【読み】
或るひと伊川に謂いて曰く、先生上の前に於て委曲已甚だし。亦過ぎざらんや、と。曰く、此に於て力を致し心を盡くさずして、何れの所に於てせん、と。

聖人之責人也常緩。便見只欲事正、無顯人過惡之意。
【読み】
聖人の人を責むるや常に緩し。便ち見る、只事正しからんことを欲して、人の過惡を顯すの意無きことを。

聖人、凡一言便全體用。
【読み】
聖人は、凡そ一言便ち體用を全くす。

聖人、責己感也處多。責人應也處少。
【読み】
聖人、己を責むるは感多きに處す。人を責むるは應少なきに處す。

有人疑祖殺其父、則告之、其罪如何。律、孫告祖當死。此不可告、明矣。然則父殺其子如何。律、徒一年。以理考之、當徒二年。雖是子、亦天子之民也。不當殺而專殺之、是違制也。違制徒二年。
【読み】
人有り疑う、祖其の父を殺して、則ち之を告ぐれば、其の罪如何、と。律に、孫告ぐれば祖死に當たる、と。此れ告ぐ可からざること、明らかなり、と。然らば則ち父其の子を殺さば如何、と。律に、徒一年、と。理を以て之を考うるに、當に徒二年なるべし。是れ子と雖も、亦天子の民なり。當に殺すべからずして專ら之を殺すは、是れ制に違うなり。制に違うは徒二年なり。

吾嘗見一貴人。吾進退以禮、而彼巍巍。其自視也惟恐不中節。豈不勞哉。
【読み】
吾れ嘗て一りの貴人を見る。吾れ進退禮を以てして、彼巍巍たり。其の自ら視ること惟恐れらくは節に中らざらんことを。豈勞せざらんや。

君子而時中、謂卽時而中。如禹・稷當顏子之時、不爲顏子所爲、非中也。顏子亦然。
【読み】
君子にして時に中すとは、時に卽いて中することを謂う。如し禹・稷顏子の時に當たって、顏子のする所をせずんば、中に非ざるなり。顏子も亦然り。

自信、則無所疑而不動心。公孫丑不知孟子、故問不動心有道。如數子者、皆中有主、便心不動。
【読み】
自ら信ずるときは、則ち疑う所無くして心を動かさず。公孫丑孟子を知らず、故に心を動かさざるに道有りやと問う。數子の如きは、皆中に主有りて、便ち心動かさず。

性無不善。其所以不善者才也。受於天之謂性、稟於氣之謂才。才之善不善由氣之有偏正也。乃若其性、則無不善矣。今夫木之曲直、其性也。或以爲車、或可以爲輪、其才也。然而才之不善、亦可以變之。在養其氣以復其善爾。故能持其志、養其氣、亦可以爲善。故孟子曰、人皆可以爲堯・舜。惟自棄自暴、則不可以爲善。
【読み】
性は不善無し。其の不善なる所以の者は才なり。天に受くる之を性と謂い、氣に稟くる之を才と謂う。才の善不善は氣の偏正有るに由る。乃ち其の性の若きは、則ち不善無し。今夫れ木の曲直は、其の性なり。或は以て車と爲し、或は以て輪と爲す可きは、其の才なり。然れども才の不善は、亦以て之を變ず可し。其の氣を養って以て其の善に復るに在るのみ。故に能く其の志を持ち、其の氣を養わば、亦以て善を爲す可し。故に孟子曰く、人皆以て堯・舜爲る可し、と。惟自ら棄て自ら暴うときは、則ち以て善を爲す可からず。

凡聲皆陽聲。大鳴則大震、小鳴則小震。
【読み】
凡そ聲は皆陽聲なり。大いに鳴るときは則ち大いに震し、小しく鳴るときは則ち小しく震す。

或問、維摩詰云、火中生蓮花、是可謂希有。在欲而行禪、希有亦如是。此豈非儒者事。子曰、此所以與儒者異也。人倫者、天理也。彼將其妻子當作何等物看、望望然以爲累者。文王不如是也。有生者、必有死。有始者、必有終。此所以爲常也。爲釋氏者、以成壞爲無常。是獨不知無常乃所以爲常也。今夫人生百年者常也。一有百年而不死者、非所謂常也。釋氏推其私智所及而言之、至以天地爲妄。何其陋也。張子厚尤所切齒者此耳。
【読み】
或るひと問う、維摩詰が云く、火中蓮花を生ず、是れ希有と謂う可し。欲在りて禪を行わば、希有亦是の如し、と。此れ豈儒者の事に非ずや、と。子曰く、此れ儒者と異なる所以なり。人倫は、天理なり。彼其の妻子を將て當に何等の物と作して看て、望望然として以て累いとする者ぞ。文王は是の如くならざるなり。生有る者は、必ず死有り。始め有る者は、必ず終わり有り。此れ常爲る所以なり。釋氏爲る者は、成壞を以て無常とす。是れ獨り無常は乃ち常爲る所以なるを知らざるなり。今夫れ人生百年は常なり。一りも百年にして死せざる者有れば、所謂常に非ざるなり。釋氏其の私智の及ぶ所を推して之を言って、天地を以て妄とするに至る。何ぞ其れ陋[せま]きや。張子厚尤も齒を切[くいしば]る所の者は此れのみ、と。

問、張子曰、陰陽之精、互藏其宅。然乎。曰、此言甚有味、由人如何看。水離物不得、故水有離之象。火能入物、故火有坎之象。
【読み】
問う、張子曰く、陰陽の精、互いに其の宅を藏む、と。然るか、と。曰く、此の言甚だ味有り、人如何と看るに由る。水は物を離るることを得ず、故に水に離の象有り。火は能く物に入る、故に火に坎の象有り。

作易自天地幽明至於昆蟲草木微物無不合。
【読み】
易を作るは天地幽明自り昆蟲草木に至るまで微物も合わずということ無し。

春秋有三傳及三本正經、共是六本。書子糾事、五處皆言糾。獨左氏言子糾。且糾與小白皆公子、非當立。而小白長則當立也。今糾爭立。故皆不言子、及殺之、然後言子糾。蓋謂旣已立之矣。故須以未踰年君稱之。以此校之、則管仲之去糾事小白、皆非正、去就輕也。非如建成旣爲太子、而秦王奪之、魏徵去建成而事秦王。不義之大也。
【読み】
春秋に三傳及び三本の正經有り、共に是れ六本なり。子糾が事を書すに、五處皆糾と言う。獨り左氏子糾と言う。且つ糾と小白とは皆公子、當に立つべきに非ず。而して小白長なるときは則ち當に立つべし。今糾爭い立つ。故に皆子と言わず、之を殺すに及んで、然して後子糾と言う。蓋し謂う、旣已に之を立つ。故に須く未だ踰年ならざる君を以て之を稱すべし、と。此を以て之を校ぶれば、則ち管仲が糾を去って小白に事うるは、皆正しきに非ず、去就輕きなり。建成旣に太子と爲り、而るに秦王之を奪い、魏徵建成を去って秦王に事うるが如きは非なり。不義の大なるなり。

學而時習之。所以學者、將以行之也。時習之、則所學者在我。故說。習如禽之習飛。
【読み】
學んで時に之を習う、と。學ぶ所以の者は、將に以て之を行わんとするなり。時に之を習うときは、則ち學ぶ所の者我に在り。故に說ぶ。習うとは禽の習飛するが如し。

孝弟也者、其爲仁之本與、非謂孝弟卽是仁之本。蓋謂爲仁之本當以孝弟。猶忠恕之爲道也。
【読み】
孝弟は、其れ仁を爲[おこな]うの本かとは、孝弟は卽ち是れ仁の本と謂うには非ず。蓋し仁を爲うの本は當に孝弟を以てすべきことを謂う。猶忠恕の道爲るがごとし。

飾過則失實、故寧儉。喪主於哀戚。
【読み】
飾り過ぐるは則ち實を失う、故に寧ろ儉せよ。喪は哀戚を主とせよ。

我不欲人之加諸我也、吾亦欲無加諸人、恕也。近於仁。故曰賜也、非爾所及也。然未至於仁也、以其有欲字爾。
【読み】
我れ人の諸を我に加うることを欲せざれば、吾も亦諸を人に加うること無からんことを欲するは、恕なり。仁に近し。故に賜や、爾が及ぶ所に非ずと曰う。然れども未だ仁に至らざるは、其の欲の字有るを以てのみ。

邦無道、則能沈晦以免禍。故曰不可及也。亦有不當愚者、比干是也。
【読み】
邦道無きときは、則ち能く沈晦して以て禍いを免る。故に及ぶ可からずと曰う。亦當に愚なるべからざる者有り、比干是れなり。

仁之方、方術也。
【読み】
仁の方とは、方は術なり。

三月不違仁。三月言其久。天道小變之節、蓋言顏子經天道之變、而爲仁如此。其能久於仁也。
【読み】
三月仁に違わず、と。三月は其の久しきを言う。天道小變の節、蓋し言う、顏子天道の變を經て、仁を爲うこと此の如し。其れ能く仁に久しき、と。

鮮于侁問伊川曰、顏子何以能不改其樂。正叔曰、顏子所樂者何事。侁對曰、樂道而已。伊川曰、使顏子而樂道、不爲顏子矣。侁未達、以告鄒浩。浩曰、夫人所造如是之深。吾今日始識伊川面。(胡文定公集記此事云、安國嘗見鄒至完、論近世人物。因問、程明道如何。至完曰、此人得志、使萬物各得其所。又問、伊川如何。曰、却不得比明道。又問、何以不得比。曰、爲有不通處。又問侍郎、先生言伊川不通處、必有言行可證。願聞之。至完色動、徐曰、有一二事、恐門人或失其傳。後來在長沙、再論河南二先生學術。至完却曰、伊川見處極高。因問、何以言之。曰、昔鮮于侁曾問、顏子在陋巷、不改其樂、不知所樂者何事。伊川却問曰、尋常說顏子所樂者何。侁曰、不過是說顏子所樂者道。伊川曰、若說有道可樂、便不是顏子。以此見伊川見處極高。又曰、浩昔在穎昌、有趙均國者、自洛中來。浩問、曾見先生、有何語。均國曰、先生語學者曰、除却神祠廟宇、人始知爲善。古人觀象作服便是爲善之具。又震澤語錄云、伊川問學者、顏子所樂者何事。或曰、樂道。伊川曰、若說顏子樂道、孤負顏子。鄒至完曰、吾雖未識伊川面、已識伊川心。何其所造之深也。)
【読み】
鮮于侁伊川に問いて曰く、顏子何を以て能く其の樂しみを改めざる、と。正叔曰く、顏子樂しむ所の者は何事ぞ、と。侁對えて曰く、道を樂しむのみ、と。伊川曰く、顏子にして道を樂しましめば、顏子爲らず、と。侁未だ達せず、以て鄒浩に告ぐ。浩曰く、夫の人の造る所是の如く之れ深し。吾れ今日始めて伊川の面を識る、と。(胡文定公の集に此の事を記して云く、安國嘗て鄒至完に見えて、近世の人物を論ず。因りて問う、程明道は如何、と。至完曰く、此の人志を得ば、萬物をして各々其の所を得せしめん、と。又問う、伊川は如何、と。曰く、却って明道に比することを得ず、と。又問う、何を以て比することを得ざる、と。曰く、通ぜざる處有るが爲なり、と。又侍郎に問う、先生言く、伊川通ぜざる處とは、必ず言行の證す可き有らん。願わくは之を聞かん、と。至完色動いて、徐[おもむろ]にして曰く、一二の事有り、恐らくは門人或は其の傳を失えり、と。後來長沙に在りて、再び河南二先生の學術を論ず。至完却って曰く、伊川の見處極めて高し、と。因りて問う、何を以て之を言う、と。曰く、昔鮮于侁曾て問う、顏子陋巷に在って、其の樂しみを改めず、知らず、樂しむ所の者は何事ぞ、と。伊川却って問いて曰く、尋常說く顏子樂しむ所の者は何ぞ、と。侁曰く、是れ顏子樂しむ所の者は道と說くに過ぎず、と。伊川曰く、若し道の樂しむ可き有りと說かば、便ち是れ顏子にあらず、と。此を以て伊川の見處極めて高きことを見る、と。又曰く、浩昔穎昌に在るとき、趙均國という者有り、洛中自り來る。浩問う、曾て先生に見えて、何の語有る、と。均國曰く、先生學者に語って曰く、神祠廟宇を除却して、人始めて善を爲すことを知らん。古人象を觀服を作るは便ち是れ善を爲すの具なり、と。又震澤語錄に云く、伊川學者に問う、顏子樂しむ所の者は何事ぞ、と。或るひと曰く、道を樂しむ、と。伊川曰く、若し顏子道を樂しむと說かば、顏子に孤負せん、と。鄒至完曰く、吾れ未だ伊川の面を識らずと雖も、已に伊川の心を識る。何ぞ其れ造る所之れ深きかな、と。)

樂山樂水、氣類相合。
【読み】
山を樂しみ水を樂しむは、氣類相合すればなり。

文莫吾猶人也、文皆欲勝人。至躬行則未嘗得也。
【読み】
文は吾れ人の猶くなること莫からんやとは、文は皆人に勝たんと欲す。躬に行うに至っては則ち未だ嘗て得ず。

古之學者、必先學詩。學詩則誦讀其善惡是非勸戒、有以起發其意。故曰興。人無禮以爲規矩、則身無所處。故曰立。此禮之文也。中心斯須不和不樂、則鄙詐之心入之。不和樂則無所自得。故曰成。此樂之本也。古者玉不去身、無故不徹琴瑟。自成童入學、四十而出仕、所以敎養之者備矣。理義以養其心、禮樂(一作舞蹈。)以養其血氣。故其才高者爲聖賢、下者亦爲吉士。由養之至也。
【読み】
古の學者は、必ず先づ詩を學ぶ。詩を學ぶときは則ち其の善惡是非を誦讀して勸め戒め、以て其の意を起發すること有り。故に興ると曰う。人禮以て規矩を爲すこと無ければ、則ち身處する所無し。故に立つと曰う。此れ禮の文なり。中心斯須[しばら]くも和せず樂しまざれば、則ち鄙詐の心之に入る。和樂せざれば則ち自得する所無し。故に成ると曰う。此れ樂の本なり。古は玉身を去らず、故無くば琴瑟を徹せず。成童自り學に入り、四十にして出て仕うるは、之を敎養する所以の者備われり。理義以て其の心を養い、禮樂(一に舞蹈に作る。)以て其の血氣を養う。故に其の才高き者は聖賢と爲り、下き者も亦吉士と爲る。養いの至るに由ってなり。

所謂利者一而已。財利之利與利害之利、實無二義。以其可利、故謂之利。聖人於利、不能全不較論、但不至妨義耳。乃若惟利是辨、則忘義矣。故罕言。
【読み】
所謂利は一なるのみ。財利の利と利害の利とは、實は二義無し。其の利す可きを以て、故に之を利と謂う。聖人の利に於る、全く較論せざること能わず、但義を妨ぐるに至らざるのみ。乃ち若し惟利のみ是れ辨ずれば、則ち義を忘る。故に罕に言う。

色斯舉矣、知幾莫如聖人。翔而後集、不止擇君、凡事必詳審也。
【読み】
色のままに斯に舉がるとは、幾を知るは聖人に如くは莫し。翔[ふるま]って後に集[い]るとは、止君を擇ぶのみにあらず、凡そ事必ず詳審するなり。

兼四人之所長、而又文之以禮樂、亦可以爲成人矣、成人之難也。武仲之智非正也。若文之以禮樂、則無不正者。今之成人者、見利思義、見危授命、謂忠也。久要不忘平生之言、信也。有忠信而不及禮樂、亦可以爲成人、又其次也。
【読み】
四人の長ずる所を兼ねて、又之を文[あや]どるに禮樂を以てせば、亦以て成人とす可しとは、成人の難ければなり。武仲が智は正しきに非ず。若し之を文どるに禮樂を以てせば、則ち正しからざる者無けん。今の成人は、利を見て義を思い、危きを見て命を授くとは、謂ゆる忠なり。久要にも平生の言を忘れずとは、信なり。忠信有りて禮樂に及ばざるも、亦以て成人とす可きこと、又其の次なり。

伊川先生將屬纊時、顧謂端中曰、立子。蓋指其適子端彥也。語絕而沒。旣除喪、明道之長孫昂、自以當立。侯師聖不可。昂曰、明道不得入廟耶。師聖曰、我不敢容私。明道先太中而卒。繼太中主祭者伊川也。今繼伊川、非端彥而何。議始定。或謂師聖曰、明道旣死。其長子不當立乎。曰、立廟自伊川始。又明道長子死已久。況古者有諸侯奪宗、庶姓奪嫡之說。可以義起矣。況立廟自伊川始乎。(尹子親注云、此一段差誤。)
【読み】
伊川先生將に纊を屬[つ]けんとする時、顧みて端中に謂いて曰く、子を立てよ、と。蓋し其の適子端彥を指せり。語絕えて沒せり。旣に喪を除いて、明道の長孫昂、自ら以て當に立つべしとす。侯師聖可[き]かず。昂曰く、明道廟に入ることを得ざらんや、と。師聖曰く、我れ敢えて私を容れじ。明道は太中に先だって卒す。太中を繼いで祭に主たる者は伊川なり。今伊川に繼ぐは、端彥に非ずして何ぞ、と。議始めて定まる。或るひと師聖に謂いて曰く、明道旣に死す。其の長子當に立つべからざるか、と。曰く、廟を立つること伊川自り始まる。又明道の長子死すること已に久し。況んや古諸侯宗を奪い、庶姓嫡を奪うの說有り。義を以て起こす可し。況んや廟を立つること伊川自り始まるをや、と。(尹子親注に云く、此の一段差誤あり、と。)

學者必知所以入德。不知所以入德、未見其能進也。故孟子曰、不明乎善、不誠其身。易曰、知至至之。
【読み】
學者は必ず德に入る所以を知れ。德に入る所以を知らざれば、未だ其の能く進むことを見ず。故に孟子曰く、善に明らかならざれば、其の身に誠あらず、と。易に曰く、至るを知って之に至る、と。

別本拾遺

明道見神宗論人材。上曰、朕未之見也。明道曰、陛下奈何輕天下士。上聳然曰、朕不敢、朕不敢。(此段見行狀。無上曰朕未之見也一句。)
【読み】
明道神宗に見えて人材を論ず。上曰く、朕未だ之を見ず、と。明道曰く、陛下奈何ぞ天下の士を輕んずる、と。上聳然として曰く、朕敢えてせず、朕敢えてせず、と。(此の段行狀に見る。上曰く朕未だ之を見ずという一句無し。)

子曰、遊酢得西銘誦之、卽渙然不逆於心。曰、此中庸之理也。能求於語言之外者也。(此一條已見於大全集。然頗有缺誤。故複出此。)
【読み】
子曰く、遊酢西の銘を得て之を誦して、卽ち渙然として心に逆わず。曰く、此れ中庸の理なり。能く語言の外に求むる者なり、と。(此の一條已に大全集に見る。然れども頗る缺誤有り。故に複此に出す。)

崇慶黨禁方嚴。子徙居龍門之南、止南方學者曰、苟能尊所聞、力行所知、則可矣。不必及門也。
【読み】
崇慶の黨禁方に嚴なり。子龍門の南に徙居して、南方の學者を止めて曰く、苟も能く聞く所を尊び、力めて知る所を行わば、則ち可なり。必ずしも門に及ばざれ、と。

或問范祖禹曰、或謂、夫子有言曰、人有篤志力行而不知道者。信乎。祖禹曰、吾嘗聞之。夫子有所指而言之也。(時范公在溫公通鑑局中。)
【読み】
或るひと范祖禹に問いて曰く、或るひと謂う、夫子言えること有り曰く、人篤く志し力め行いて道を知らざる者有り、と。信なりや、と。祖禹曰く、吾れ嘗て之を聞けり。夫子指す所有りて之を言えり、と。(時に范公溫公通鑑の局中に在り。)
 

二程全書卷之三十六  外書第八・第九

遊氏本拾遺

問文中子圓者動、方者靜。先生曰、此正倒說了。靜體圓、動體方。
【読み】
文中子の圓き者は動き、方なる者は靜かなりということを問う。先生曰く、此れ正に倒說し了わる。靜の體は圓く、動の體は方なり、と。

問、管仲設使當時有必死之理、管仲還肯死否。曰、董仲舒道得好。惟仁人正其義不謀其利、明其道不計其功。
【読み】
問う、管仲設[も]し當時必死の理有らしめば、管仲還って肯えて死せんや否や、と。曰く、董仲舒道い得ること好し。惟仁人は其の義を正しくして其の利を謀らず、其の道を明らかにして其の功を計らず、と。

問知崇禮卑。曰、崇的便是知、卑的便是禮。
【読み】
知崇く禮卑しということを問う。曰く、崇的は便ち是れ知、卑的は便ち是れ禮なり、と。

問、充塞乎天地之閒、莫是用於天地閒無窒礙處否。曰、此語固好。然孟子却是說氣之體。
【読み】
問う、天地の閒に充塞すれば、是れ天地の閒に用いて窒礙する處無きこと莫しや否や、と。曰く、此の語固に好し。然れども孟子は却って是れ氣の體を說けり、と。

問寢不尸。曰、毋不敬。
【読み】
寢ぬるときは尸のごとくせずということを問う。曰く、敬せざること毋きなり、と。

因論持其志。先生曰、只這箇也是私。然學者不恁地不得。
【読み】
因りて其の志を持することを論ず。先生曰く、只這箇也[また]是れ私なり。然れども學者は恁地[かくのごとく]せずんば得ず、と。

古者大享、夫人有見賓之禮。南子雖妾、靈公旣以夫人處之、使孔子見。於是時豈得不見。
【読み】
古は大享に、夫人賓に見ゆるの禮有り。南子妾と雖も、靈公旣に夫人を以て之に處して、孔子をして見えしむ。是の時に於て豈見ざることを得んや。

天且不違、況於鬼神乎、鬼神言其功用、天言其主宰。
【読み】
天すら且つ違わず、況んや鬼神に於てをやとは、鬼神は其の功用を言い、天は其の主宰を言う。

天下雷行、物與无妄、先天後天、皆合乎天理也。人欲則僞矣。
【読み】
天の下に雷行き、物ごとに无妄を與うとは、先天後天、皆天理に合うなり。人欲は則ち僞りなり。

古人善推其所爲而已矣、此特告齊王(徐本王作宣。)云爾。聖人則不待推。
【読み】
古人は善く其のする所を推すのみとは、此れ特齊王(徐本王を宣に作る。)に告げて爾か云うのみ。聖人は則ち推すことを待たず。

仲尼聖人、其道大、當定・哀之時、人莫不尊之。後弟子各以其所學行、異端遂起。至孟子時、不得不辨也。
【読み】
仲尼聖人、其の道大にして、定・哀の時に當たって、人之を尊ばずということ莫し。後弟子各々其の學ぶ所を以て行って、異端遂に起こる。孟子の時に至って、辨ぜざることを得ず。

歲寒然後知松柏之後彫、只取堅不變之義。
【読み】
歲寒くして然る後に松柏の彫[しぼ]むに後るることを知るとは、只堅く變ぜざるの義を取る。

鼓萬物而不與聖人同憂、聖人有爲之功、天地不宰之功。
【読み】
萬物を鼓して聖人と憂えを同じくせずとは、聖人はすること有るの功、天地は宰[つかさど]らざるの功なればなり。

孔子之時、周室雖微、天下諸侯尙知尊周爲美。故春秋之法、以尊周爲本。至孟子時、七國爭雄、而天下不知有周。然而生民塗炭。諸侯是時能行王道則可以王矣。蓋王者天下之義主也。故孟子所以勸齊之可以王者此也。
【読み】
孔子の時、周室微なりと雖も、天下の諸侯尙周を尊び美とすることを知る。故に春秋の法、周を尊ぶを以て本とす。孟子の時に至っては、七國雄を爭って、天下周有ることを知らず。然して生民塗炭す。諸侯是の時能く王道を行わば則ち以て王たる可し。蓋し王は天下の義主なり。故に孟子齊の以て王たる可きことを勸むる所以の者は此れなり。

初見先生、次日先生復禮。因問、安下飯食穩便。因謂、君子食無求飽、居無求安。顏子簞瓢陋巷不改其樂。簞瓢陋巷何足樂。蓋別有所樂以勝之耳。伊川。
【読み】
初めて先生に見え、次の日先生復禮す。因りて問う、安んぞ飯食を下すこと穩便ならん、と。因りて謂う、君子は食飽かんことを求むること無く、居安からんことを求むること無し、と。顏子簞瓢陋巷にて其の樂しみを改めず。簞瓢陋巷は何ぞ樂しむに足らん。蓋し別に樂しむ所有って以て之に勝うるのみ、と。伊川。

問、佛戒殺生之說如何。曰、儒者有兩說。一說天生禽獸、本爲人食。此說不是。豈有人爲蟣虱而生耶。一說禽獸待人而生。殺之則不仁。此說亦不然。大抵力能勝之者皆可食。但君子有不忍之心爾。故曰、見其生不忍見其死、聞其聲不忍食其肉、是以君子遠庖廚也。舊先兄嘗見一蝎不忍殺、放去。頌中有二句云、殺之則傷仁。放之則害義。伊川。
【読み】
問う、佛殺生を戒むるの說如何、と。曰く、儒者に兩說有り。一說は天の禽獸を生ずる、本人の爲に食わしむ、と。此の說是ならず。豈人蟣虱の爲にして生ずること有らんや。一說に禽獸は人を待って生ず。之を殺すは則ち不仁なり、と。此の說も亦然らず。大抵力能く之に勝つ者は皆食う可し。但君子は忍びざるの心有るのみ。故に曰く、其の生を見て其の死を見るに忍びず、其の聲を聞いて其の肉を食うに忍びず、是を以て君子は庖廚を遠ざく、と。舊先兄嘗て一蝎を見て殺すに忍びず、放ち去る。頌中に二句有りて云く、之を殺せば則ち仁を傷つく。之を放てば則ち義を害す、と。伊川。

敬以直内、義以方外、與德不孤、一也。爲善者以類應、有朋自遠方來。充之至於塞乎天地、皆不孤也。
【読み】
敬以て内を直くし、義以て外を方すると、德は孤ならざるとは、一なり。善を爲す者は類を以て應じて、朋遠方自り來ること有り。之を充たして天地に塞がるに至るは、皆孤ならざるなり。

伯夷、孟子言其迹得聖人之淸、孔子言淸而有量。故曰不念舊惡、怨是用希、又曰求仁而得仁、又何怨。若曰餓於首陽之下、但不食周粟、貧且餓爾。非謂不食周粟。至於采薇而食之、如史遷之說也。
【読み】
伯夷をば、孟子は其の迹聖人の淸を得ることを言い、孔子は淸くして量有るを言う。故に舊惡を念わず、怨み是を用[もっ]て希[すくな]しと曰い、又仁を求めて仁を得たり、又何ぞ怨みんと曰う。首陽の下に餓うと曰うが若きは、但周の粟を食せず、貧しくして且餓うるのみ。周の粟を食せずと謂うには非ず。薇を采って之を食するに至っては、史遷の說の如し。

樂隨風氣。至韶則極備。若堯之洪水方割、四凶未去、和有未至也。至舜以聖繼聖、治之極、和之至。故韶爲備。
【読み】
樂は風氣に隨う。韶に至っては則ち極めて備わる。堯の洪水方に割れ、四凶未だ去らざるが若きは、和未だ至らざること有り。舜聖を以て聖を繼ぐに至っては、治の極め、和の至りなり。故に韶備われりとす。

舜巡狩、每五載一方。
【読み】
舜の巡狩は、五載每に一方なり。

仁在己。讓不可也。若善名在外、則不可不讓。
【読み】
仁は己に在り。讓るは不可なり。若し善く名外に在らば、則ち讓らずんばある可からず。

管仲不死、觀其九合諸侯、不以兵車、乃知其仁也。若無此、則貪生惜死、雖匹夫匹婦之諒亦無也。
【読み】
管仲死せずして、其の九たび諸侯を合するに、兵車を以てせざることを觀て、乃ち其の仁を知るなり。若し此れ無くんば、則ち生を貪り死を惜しんで、匹夫匹婦の諒と雖も亦無けん。


春秋錄拾遺

詩・書・易言聖人之道備矣。何以復作春秋。蓋春秋聖人之用也。詩・書・易如律、春秋如斷案。詩・書・易如藥方、春秋如治法。
【読み】
詩・書・易に聖人の道を言うこと備われり。何を以て復春秋を作れる。蓋し春秋は聖人の用なり。詩・書・易は律の如く、春秋は斷案の如し。詩・書・易は藥方の如く、春秋は治法の如し。

始隱、周之衰也。終麟、感之始也。世衰道不行、有述作之意舊矣。但因麟而發耳。麟不出、春秋亦須作也。
【読み】
隱に始むるは、周の衰えたればなり。麟に終うるは、感の始めなればなり。世衰え道行われずして、述作の意有ること舊し。但麟に因りて發するのみ。麟出ずとも、春秋亦須く作るべし。

元年、標始年耳。猶家人長子呼大郎。先儒穿鑿、不可用。
【読み】
元年は、始年を標するのみ。猶家人の長子を大郎と呼ぶがごとし。先儒の穿鑿、用うる可からず。

或言絕筆後、王者可革命、大非也。孔子時、唯可尊周。孟子時、方可革命。時變然也。前一日不可、後一日不可。
【読み】
或るひと絕筆の後、王者命を革む可しと言うは、大いに非なり。孔子の時は、唯周を尊ぶ可し。孟子の時は、方に命を革む可し。時變然り。一日を前[さきだ]つも不可、一日を後るるも不可なり。

范文甫問趙盾弑其君夷皋、又問許世子弑其君買。皆從傳說。
【読み】
范文甫趙盾が其の君夷皋を弑することを問い、又許の世子が其の君買を弑することを問う。皆傳の說に從う。

春秋書戰、以戰之者爲客、受戰者爲主。以此見聖人深意。蓋彼無義來戰、則必上告於天子、次告於方伯、近赴於鄰國。不如是而與之戰者、是以聖人深責之也。若不得已而與之戰者則異文以示意。來戰於乾時是也。
【読み】
春秋に戰を書す、之に戰う者を以て客とし、戰を受くる者を主とす。此を以て聖人の深き意を見る。蓋し彼義無くして來り戰わば、則ち必ず上天子に告し、次に方伯に告げ、近くは鄰國に赴[つ]げん。是の如くならずして之と戰う者、是を以て聖人深く之を責む。若し已むことを得ずして之と戰う者は則ち文を異にして以て意を示す。來りて乾時に戰うというは是れなり。

公羊說春秋書弟謂母弟、此大害義。禽獸則知母而不知父。人必知本。豈論同母與不同母乎。
【読み】
公羊春秋に弟と書するを說いて母弟と謂うは、此れ大いに義を害す。禽獸は則ち母を知って父を知らず。人は必ず本を知る。豈同母と同母ならざるとを論ぜんや。

桓・宣與聞乎弑。然聖人如其意而書卽位。與僖・文等、同辭則其惡自見。乃所以深責之也。定公至六月方卽位、又以見季氏制之也。
【読み】
桓・宣與に弑するに聞こゆ。然れども聖人其の意の如くにして卽位を書す。僖・文等と、辭を同じくするときは則ち其の惡自づから見る。乃ち深く之を責むる所以なり。定公六月に至って方に位に卽くは、又以て季氏之を制することを見すなり。

始隱、孫明復之說是也。孫大概唯解春秋之法、不見聖人所寓微意。若如是看、有何意味乎。
【読み】
隱に始むるは、孫明復の說是なり。孫大概唯春秋の法を解して、聖人寓する所の微意を見ず。若し是の如く看ば、何の意味か有らんや。

蒯聵得罪於父、不得復立。輒亦不得背其父而不與其國。委於所可立、使不失先君之社稷、而身從父、則義矣。
【読み】
蒯聵[かいかい]罪を父に得て、復立つことを得ず。輒[ちょう]も亦其の父に背くことを得ずして其の國を與えず。立つ可き所に委ねて、先君の社稷を失わざらしめて、身父に從うときは、則ち義なり。

春秋大抵重嫡妾之分、及用兵土功。嘗因說伐顓臾事、對上言、春秋重兵、如來戰於郎。潞公甚喜。
【読み】
春秋は大抵嫡妾の分、及び用兵土功を重んず。嘗て顓臾を伐つ事を說くに因りて、上に對して言う、春秋に兵を重んずるは、來りて郎に戰うというが如し、と。潞公甚だ喜ぶ。
 

二程全書卷之三十七  外書第十

大全集拾遺

聖人未嘗無喜也。象喜亦喜。聖人未嘗無怒也。一怒而安天下之民。聖人未嘗無哀也。哀此煢獨。聖人未嘗無懼也。臨事而懼。聖人未嘗無愛也。仁民而愛物。聖人未嘗無欲也。我欲仁、斯仁至矣。但中其節、則謂之和。
【読み】
聖人は未だ嘗て喜ぶこと無くんばあらず。象喜べば亦喜ぶ。聖人は未だ嘗て怒ること無くんばあらず。一たび怒って天下の民を安んず。聖人は未だ嘗て哀しむこと無くんばあらず。此の煢獨[けいどく]を哀しむ。聖人は未だ嘗て懼るること無くんばあらず。事に臨んで懼る。聖人は未だ嘗て愛すること無くんばあらず。民を仁[いつく]しんで物を愛す。聖人は未だ嘗て欲すること無くんばあらず。我れ仁を欲すれば、斯に仁至る。但其の節に中るときは、則ち之を和と謂う。

荀卿才高學陋、以禮爲僞、以性爲惡、不見聖賢。雖曰尊子弓、然而時相去甚遠。聖人之道、至卿不傳。楊子雲仕莽賊。謂之旁燭無疆、可乎。隱可也。仕不可也。
【読み】
荀卿才高く學陋しくして、禮を以て僞りとし、性を以て惡として、聖賢を見ず。子弓を尊ぶと曰うと雖も、然れども時に相去ること甚だ遠し。聖人の道、卿に至って傳わらず。楊子雲莽賊に仕う。之を旁く無疆を燭[て]らすと謂いて、可ならんや。隱るるは可なり。仕うるは不可なり。

劉子之學甚支離。只立名做法語。便不是了。
【読み】
劉子の學甚だ支離す。只名を立て法語を做す。便ち是ならず。

遊酢於西銘、讀之已能不逆於心、言語之外、別立得這箇義理。便道中庸矣。(道、一作到。)
【読み】
遊酢西の銘に於て、之を讀んで已に能く心に逆わず、言語の外、別に這箇の義理を立て得。便ち中庸に道[よ]る。(道は、一に到るに作る。)

向日與向火意思別。火只是一箇酷烈底性。日則自然一般生底氣。便與人氣接。
【読み】
日に向かうと火に向かうとは意思別なり。火は只是れ一箇の酷烈底の性。日は則ち自然に一般生底の氣。便ち人氣と接す。

問星辰。曰、星是二十八宿、辰是日月五星。
【読み】
星辰を問う。曰く、星は是れ二十八宿、辰は是れ日月五星、と。

井泉之異、全由地脈一溜之別。伯淳在扶溝、扶溝水皆鹹。惟僧舍井小甘。不欲令婦女往汲之、乃禁之。旣禁之、又一縣無水。乃相一端鑿一井、其味適別。地脈是一溜也。又如在襄城、寺中水鹹、寺外卽甘。一日觀其牆下有地皮一旋裂。於是試令近牆鑿井、遂亦甘。只是要相地脈如何。
【読み】
井泉の異なるは、全く地脈一溜の別に由る。伯淳扶溝に在るとき、扶溝の水皆鹹[しおから]し。惟僧舍の井小しく甘し。婦女をして往いて之を汲ましむることを欲せずして、乃ち之を禁ず。旣に之を禁じて、又一縣に水無し。乃ち一端を相[み]て一井を鑿[ほ]るに、其の味適に別なり。地脈是れ一溜なればなり。又襄城に在るが如き、寺中は水鹹く、寺外は卽ち甘し。一日其の牆下を觀るに地皮一に旋り裂くる有り。是に於て試みに牆に近づいて井を鑿れば、遂に亦甘し。只是れ地脈如何と相んことを要す。

冬桃、今視之似先春。其實晩桃也。直到如今方發。
【読み】
冬桃は、今之を視るに春に先だつに似れり。其の實は晩桃なり。直に如今に到って方に發するなり。

南京三十六岡改葬、只是臺中人爲之。要得自振其術以營利也。
【読み】
南京の三十六岡葬ることを改むるは、只是れ臺中の人之をす。自ら其の術を振って以て利を營ずることを得んことを要す。

有人葬埋、至有毀伐其親之屍以祈福利。然偶獲禍。其事雖未必然、然據理、安得不招此禍。
【読み】
人葬埋するに、其の親の屍を毀ち伐って以て福利を祈ること有るに至る有り。然れども偶々禍いを獲。其の事未だ必ずしも然らずと雖も、然れども理に據れば、安んぞ此の禍いを招かざることを得ん。

冬至與諸友賀。先生不出。云有司法服慰乃出。
【読み】
冬至に諸友と與に賀す。先生出ず。云う、有司の法服慰して乃ち出づ、と。

子夏易雖非卜商作、必非杜子夏所能爲。必得於師傳也。
【読み】
子夏易は卜商の作に非ずと雖も、必ず杜子夏が能くする所に非ず。必ず師傳を得るならん。

易因爻象論變化、因變化論神、因神論人、因人論德行。大體通論易道、而終於默而成之、不言而信、存乎德行。
【読み】
易は爻象に因りて變化を論じ、變化に因りて神を論じ、神に因りて人を論じ、人に因りて德行を論ず。大體易道を通論して、默して之を成し、言わずして信あること、德行に存すというに終う。

復者反本也。本有而去之。今來復。乃見天地之心也。乃天理也。此賢人之事也。
【読み】
復は本に反るなり。本有って之を去る。今來り復る。乃ち天地の心を見るなり。乃ち天理なり。此れ賢人の事なり。

惟聖罔念作狂、如周官六德之聖。通明之謂也。
【読み】
惟れ聖も念うこと罔きときは狂と作るというは、周官六德の聖の如し。通明の謂なり。

徽柔懿恭、四事也。徽懿皆美也。懿、美中似有寬裕意。研其意味乃得之。若淵亦深也。淵則深中有奧意。
【読み】
徽柔懿恭は、四事なり。徽懿は皆美なり。懿は、美の中に寬裕の意有るに似れり。其の意味を研いて乃ち之を得。淵の若きも亦深し。淵は則ち深き中に奧意有り。

周禮不全是周公之禮法、亦有後世隨時添入者、亦有漢儒撰入者。如呂刑・文侯之命、通謂之周書。
【読み】
周禮は全くは是れ周公の禮法にあらず、亦後世時に隨いて添え入る者有り、亦漢儒撰し入る者有り。呂刑・文侯の命、通じて之を周書と謂うが如し。

學者有所得、不必在談經論道閒。當於行事動容周旋中禮得之。
【読み】
學者得る所有るは、必ずしも經を談じ道を論ずるの閒に在らず。當に行事に於て動容周旋禮に中りて之を得るべし。

學者不學聖人則已。欲學之、須是熟玩聖人氣象。不可止於名上理會。如是、只是講論文字。
【読み】
學者は聖人を學ばずんば則ち已まん。之を學ばんと欲せば、須く是れ聖人の氣象を熟玩すべし。止名の上に於て理會す可からず。是の如きは、只是れ文字を講論するのみ。

易學、後來曾子・子夏學得到上面也。
【読み】
易學は、後來曾子・子夏學び得て煞だ上面に到る。

君實近年病漸較、放得下也。
【読み】
君實近年病漸く較[い]えて、煞だ放ち得下す。

致知在格物、格、至也。窮理而至於物、則物理盡。
【読み】
知を致むるは物に格るに在りとは、格は、至るなり。理を窮めて物に至れば、則ち物理盡く。

先生曰、司馬遷爲近古。書中多有前人格言。如作紀本尙書。但其閒有曉不得書意、有錯用却處。嘉仲問、項籍作紀、如何。曰、紀只是有天下方可作。又問、班固嘗議遷之失、如何。曰、後人議前人固甚易。
【読み】
先生曰く、司馬遷は古に近しとす。書中多くは前人の格言有り。紀を作るが如きは尙書に本づけり。但其の閒に書の意を曉り得ざること有り、錯りて用却する處有り、と。嘉仲問う、項籍紀を作るは、如何、と。曰く、紀は只是れ天下を有たば方に作る可し、と。又問う、班固嘗て遷の失を議するは、如何、と。曰く、後人前人を議すること固に甚だ易し、と。

天下寧無魏公之忠亮、而不可無忠臣之義。昔事建成而今事太宗、可乎。
【読み】
天下寧ろ魏公の忠亮無くとも、而れども忠臣の義無くんばある可からず。昔建成に事えて今太宗に事うるは、可ならんや。

薛公言、黥布出上策、則關東非漢有、非也。使出上策、亦敗。
【読み】
薛公が言く、黥布上策を出さば、則ち關東は漢の有に非じとは、非なり。上策を出さしむとも、亦敗れん。

趙襄子姊爲代國夫人。襄子旣殺代王、將奪其國。夫人距戰、是也。身爲代國夫人、社稷無主、獨當其任。義不可棄社稷以與弟、則戰而殺之、非姊殺弟也、代國夫人殺賊也。
【読み】
趙襄子が姊は代國の夫人爲り。襄子旣に代王を殺して、將に其の國を奪わんとす。夫人距[ふせ]ぎ戰うは、是なり。身代の國夫人と爲りて、社稷主無くんば、獨り其の任に當る。義社稷を棄てて以て弟に與う可からざるときは、則ち戰って之を殺すとも、姊弟を殺すに非ず、代國の夫人賊を殺すなり。

陳寔見張讓、是故舊、見之可也。不然則非矣。此所謂太丘道廣。
【読み】
陳寔[ちんしょく]張讓に見ゆるは、是れ故舊ならば、之に見ゆること可なり。然らずんば則ち非なり。此れ所謂太丘道廣きなり。

唐之有天下數百年、自是無綱紀。太宗・肅宗皆簒也。更有甚君臣父子。其妻則取之不正。又妻殺其夫、簒其位、無不至也。若太宗、言以功取天下、此尤不可。最啓僭奪之端、其惡大。是殺兄簒位、又取元吉之妻。後世以爲聖明之主、不可會也。太宗與建成、史所書却是也。肅宗則分明是乘危而簒。若是、則今後父有事、安得使其子。
【読み】
唐の天下を有つこと數百年、自づから是れ綱紀無し。太宗・肅宗皆簒えばなり。更に甚の君臣父子か有らん。其の妻は則ち之を取ること正しからず。又妻其の夫を殺し、其の位を簒い、至らずということ無し。若し太宗、功を以て天下を取ると言わば、此れ尤も不可なり。最も僭奪の端を啓いて、其の惡大なり。是れ兄を殺して位を簒い、又元吉の妻を取る。後世以て聖明の主とすることは、會す可からず。太宗と建成と、史の書す所は却って是なり。肅宗は則ち分明に是れ危に乘じて簒えり。是の若くならば、則ち今より後父事有るとも、安んぞ其の子を使うことを得ん。

新書且未說義中否、且如與小人說能亦有主(徐本・呂本主作至。)言。然只是一箇氣象。今日新書讀之、便有一箇支離氣象。(疑有誤字。)
【読み】
新書は且未だ義中を說かざるや否や。且小人と說くが如きも能く亦主(徐本・呂本主を至に作る。)言有り。然れども只是れ一箇の氣象。今日新書之を讀むに、便ち一箇支離の氣象有り。(疑うらくは誤字有らん。)

觀太學諸生數千人、今日之學、要之亦無有自信者。如遊酢・楊時等二三人遊其閒、諸人遂爲之警動、敬而遠之。
【読み】
太學の諸生を觀るに數千人、今日の學、之を要するに亦自ら信ずる者有ること無し。遊酢・楊時等二三人の如き其の閒に遊べば、諸人遂に之が爲に警動して、敬して之を遠ざく。

先生自少時未嘗乘轎。頃在蜀、與二使者遊二峽。使者相强乘轎、不可。詰其故。語之曰、某不忍乘。分明以人代畜。若疾病及泥濘、則不得已也。二使者亦將不乘。某語之曰、使者安可不乘。旣至、留題壁閒。先生曰、毋書某名。詰其故。曰、以使者與一閒人遊、若錚客。當時竟不乘轎、亦不留名。
【読み】
先生少き時自り未だ嘗て轎に乘らず。頃[このごろ]蜀に在って、二使者と二峽に遊ぶ。使者相强いて轎に乘らしむるに、可[き]かず。其の故を詰[なじ]る。之に語って曰く、某乘るに忍びず。分明に人を以て畜に代う。疾病及び泥濘の若きは、則ち已むことを得ざればなり、と。二使者亦將に乘らず。某之に語って曰く、使者安んぞ乘らざる可けん、と。旣に至って、題を壁閒に留む。先生曰く、某の名を書すこと毋かれ、と。其の故を詰る。曰く、使者を以て一閒人と遊ぶは、客を錚するが若し、と。當時竟に轎に乘らず、亦名を留めず。

村酒肆、要之蠹米麥、聚閒人、妨農工、致詞訟、藏賊盜、州縣極有害。
【読み】
村の酒肆は、之を要するに米麥を蠹[そこな]い、閒人を聚め、農工を妨げ、詞訟を致し、賊盜を藏して、州縣極めて害有り。

正叔謂、子厚在禮院所定龍女衣冠、使依封號夫人品秩爲準。正叔語其非、此事合理會。夫大河之塞、莫非上天降鑒之靈、官吏勤職、士卒效命。彼龍、水獸也。何力焉。今最宜與他正人畜分、不宜使畜產而用人之衣服。
【読み】
正叔謂く、子厚禮院に在りて定むる所の龍女の衣冠、封號夫人の品秩に依りて準と爲さしむ。正叔其の非を語る、此の事合に理會すべし。夫れ大河の塞は、上天降鑒の靈、官吏職を勤め、士卒命を效すに非ずということ莫し。彼の龍は、水獸なり。何ぞ力めん。今最も宜しく他と人畜の分を正すべく、宜しく畜產をして人の衣服を用いしむべからず、と。

汝之多癭、以地氣壅滯。嘗有人以器雜貯州中諸處水、例皆重濁、至有水脚如膠者。食之安得無癭。治之之術、於中開鑿數道溝渠、洩地之氣、然後少可也。
【読み】
汝の癭[こぶ]多き、地氣壅滯するを以てなり。嘗て人器を以て州中諸處の水を雜え貯むること有り、例[おおむ]ね皆重濁にして、水脚膠の如くなる者有るに至る。之を食せば安んぞ癭無きことを得ん。之を治むるの術は、中に於て數道の溝渠を開鑿して、地の氣を洩らして、然して後に少しく可ならん。

介甫言、律是八分書、是他見得。又有學律者言、今之人析言破律。正叔謂、律便是此律否。但恐非也。學者以傳世來、未之或能改也。惟近年改了一字。舊言指斥乘輿言理惡者死。今改曰情理、亦非也。今有人極一場凶惡、無禮於上、猶不當死。須是反逆得死也邪。
【読み】
介甫が言く、律は是れ八分の書、是れ他見得せん、と。又律を學ぶ者有り言く、今の人言を析きて律を破る、と。正叔謂く、律は便ち是れ此の律なるや否や。但恐らくは非ならん。學者世に傳え來るを以て、未だ之を能く改むること或らず。惟近年一字を改め了わる。舊乘輿を指斥するを言って理惡しき者は死すと言う。今改めて情理と曰うは、亦非なり。今人有りて一場の凶惡を極め、上に禮無けれども、猶當に死すべからず。須く是れ反逆せば死を得るべけんや、と。

酒是麹糵爲之、以亂其氣。人苟持其志、則不到於亂。乃知飮酒須德持之、未有害也。志之爲力極可怪。
【読み】
酒は是れ麹糵[きくげつ]にて之を爲せば、以て其の氣を亂る。人苟も其の志を持せば、則ち亂に到らず。乃ち知る、酒を飮まば須く德之を持すべくして、未だ害有らざるなり。志の力爲る極めて怪しむ可し、と。

石炭穴中遺火、則連蔓火不絕。故有數百千年。今火山蓋爲山中時有火光。必是此箇火時發於山閒也。
【読み】
石炭穴中に火を遺すときは、則ち連蔓して火絕えず。故に數百千年有り。今の火山は蓋し山中時に火光有ることを爲す。必ず是は此れ箇の火時に山閒に發するならん。

昔聶覺唱不信鬼神之說。故身殺湫魚。其同行者有不食魚而病死者、有食魚亦不病不死者。只是其心打得過。或食而病、或不食而病。要之、山中陰森之氣、心懷憂思、以致動其氣血也。如太一湫魚、自唐以來、自不敢取、今當不可容。然亦只如此者、蓋自相食及亦有死傷也。若晉祠之魚則極多。必是呑魚之魚不衆也。伯淳嘗到其水濱、魚可俯拾。然衆人不取、以神爲畏、而特不殘及於此魚也。
【読み】
昔聶覺鬼神を信ぜざるの說を唱う。故に身ら湫の魚を殺す。其の同行の者魚を食せずして病死する者有り、魚を食して亦病まず死せざる者有り。只是れ其の心打し得過ぎればなり。或は食して病み、或は食せずして病む。之を要するに、山中陰森の氣、心に憂思を懷い、其の氣血を動かすことを致すを以てなり。太一湫の魚の如き、唐自り以來、自ら敢えて取らざるは、今當に容る可からず。然れども亦只此の如き者、蓋し自ら相食し及び亦死傷すること有り。晉祠の魚の若きは則ち極めて多し。必ず是れ魚を呑む魚衆からじ。伯淳嘗て其の水濱に到るに、魚俯して拾う可し。然れども衆人取らず、神を以て畏るることを爲して、特に此の魚を殘[そこ]ない及ぼさざるなり。

今人家買乳婢、亦多有不得已者。或不能自乳、須著使人。然食己子而殺人之子、不是道理。必不得已、用二乳而食二子、我之子、又足備他虞。或乳母病且死、則不能爲害。或以勢要二人、又不更爲己子而殺人子。要之只是有所費。若不幸致誤其子、害孰大焉。
【読み】
今の人家乳婢を買うは、亦多く已むことを得ざる者有り。或は自ら乳すること能わずんば、須く人をしむることを著すべし。然れども己が子を食[やしな]って人の子を殺すは、是れ道理にあらず。必ず已むことを得ずんば、二乳を用[もっ]て二子を食わば、我が子も、又他虞に備うるに足れり。或は乳母病み且つ死すとも、則ち害を爲すこと能わず。或は勢を以て二人を要せば、又更に己が子の爲にせずして人の子を殺さん。之を要せば只是れ費す所有るのみ。若し不幸にして其の子を誤つことを致さば、害孰れか大ならん。

今人居覆載中、却不知天地、在照臨之内、却不理會得日月。此冥然而行者也。
【読み】
今の人覆載の中に居て、却って天地を知らず、照臨の内に在りて、却って日月を理會し得ず。此れ冥然として行く者なり。

凡人有斗筲之量、有鍾鼎之量、有釜斛之量。江海亦大矣。然尙有限。惟聖人之量與天地竝。故至多不盈、至少不虛。凡人爲器量所拘、到滿後自然形見。本朝向敏中號有度量。至作相、却與張齊賢爭取一妻。爲其有十萬囊橐故也。王隨亦有德行。仁宗嘗稱王隨德行、李淑文章。至作相、蕭端公欲得作三路運使。及退、隨語室中人曰、何不以溺自照面看。做得三路運使無。皆量所動也。今人何嘗不動。只得綾寫一卷與便動。又干他身分甚事。
【読み】
凡そ人に斗筲の量有り、鍾鼎の量有り、釜斛の量有り。江海も亦大なり。然れども尙限り有り。惟聖人の量は天地と竝ぶ。故に多きに至れども盈てず、少なきに至れども虛しからず。凡そ人器量の爲に拘わられば、滿つる後に到って自然に形見す。本朝の向敏中度量有りと號す。相と作るに至って、却って張齊賢と爭って一妻を取る。其の十萬の囊橐[のうたく]有るが爲の故なり。王隨も亦德行有り。仁宗嘗て王隨の德行、李淑の文章と稱す。相と作るに至って、蕭端公三路の運使と作ることを得んことを欲す。退くに及んで、隨室中の人に語って曰く、何ぞ溺を以て自ら面を照らして看ざる。三路の運使と做り得る無[か]、と。皆量の動く所なり。今の人何ぞ嘗て動かざらん。只綾寫の一卷を得て與えば便ち動かん。又他の身分に干[かか]わること甚事ぞ。

程・蘇之姓傳於天下者不蕃、至於張・王・李・趙、雖其出不一、要之其姓蕃衍。此亦受姓之祖、其流之盛、固有定分也。
【読み】
程・蘇の姓天下に傳わる者蕃からず、張・王・李・趙に至っては、其の出ること一ならずと雖も、之を要するに其の姓蕃衍す。此れ亦姓を受くるの祖、其の流れの盛んなる、固に定分有ればなり。

日再中、只是新垣平詐言也。史冊實之、後世遂以爲誠然。如丁謂天書之類、當時人却未必全信、却是後世觀史者已信矣。
【読み】
日再び中すとは、只是れ新垣平が詐言なり。史冊之を實として、後世遂に以て誠に然りとす。丁謂天書の類の如き、當時の人却って未だ必ずしも全くは信ぜず、却って是れ後世史を觀る者已に信ず。

太行山千裏一塊、石更無閒。故於石上起峰。
【読み】
太行山は千裏一塊、石にして更に閒無し。故に石上に於て峰を起こす。

天下獨高處、無如河東上黨者。言上與天爲黨也。澤州北望有桑林村、蓋湯自爲犧牲處。湯十一遷、所居皆言亳。却似今言京師之比。
【読み】
天下獨り高き處は、河東上黨に如く者無し。言うこころは、上天と黨を爲す、と。澤州北望すれば桑林の村有り、蓋し湯自ら犧牲を爲す處ならん。湯の十一遷、居る所は皆亳[はく]と言う。却って今京師と言うの比[たぐい]に似れり。

佛畢竟不知性命。世之人相詆曰、爾安知性命、是果報知之。
【読み】
佛は畢竟性命を知らず。世の人相詆って曰く、爾安んぞ性命を知らん、是れ果報之を知らん、と。

問、古人所謂衣冠不正、無容止、爲身之恥。今學佛者反以爲幻妄。此誠爲理否。曰、只如一株樹、春華秋枯、乃是常理。若是常華、則無此理。却是妄也。今佛氏以死爲無常。有死則有常。無死却是無常。
【読み】
問う、古人の所謂衣冠正しからず、容止すること無きは、身に恥とす、と。今佛を學ぶ者反って以て幻妄とす。此れ誠に理とするや否や、と。曰く、只一株の樹、春華さき秋枯るるが如きは、乃ち是れ常理なり。若し是れ常に華さくときは、則ち此の理無し。却って是れ妄なり。今佛氏死を以て無常とす。死有るは則ち常有るなり。死無くば却って是れ常無きなり、と。

周茂叔謂、一部法華經只消一箇艮卦可了。
【読み】
周茂叔謂く、一部の法華經は只一箇の艮の卦を消[もち]いて了す可し、と。

要之、釋氏之學、他只是一箇自私奸黠、閉眉合眼、林閒石上自適而已。
【読み】
之を要すれば、釋氏の學は、他只是れ一箇の自私奸黠、眉を閉ぢ眼を合して、林閒石上に自適するのみ。

明言吾理、使學者曉然審其是非、始得。
【読み】
明らかに吾が理を言いて、學者をして曉然として其の是非を審らかにせしめば、始めて得ん。

釋氏之說、其歸欺詐。今在法、欺詐雖赦不原。爲其罪重也。及至釋氏、自古至今、欺詐天下、人莫不溺其說、而不自覺也。豈不謂之大惑耶。原釋祖只是一箇黠胡、亦能窺測因緣轉化。其始亦只似譬喩。其徒識卑、看得入於形器。故後來只去就上結果。其說始以世界爲幻妄、而謂有天宮、後亦以天爲幻、卒歸之無。佛有髮、而僧復毀形、佛有妻子舍之、而僧絕其類。若使人盡爲此、則老者何養、幼者何長。以至剪帛爲衲、夜食欲省、舉事皆反常、不近人情。至如夜食後睡、要敗陽氣。其意尤不美直如此。奈何不下。
【読み】
釋氏の說、其の歸欺詐す。今法に在りて、欺詐は赦すと雖も原[ゆる]さず。其の罪重きが爲なり。及び釋氏、古自り今に至るまで、天下を欺詐するに至っては、人其の說に溺れずということ莫くして、自ら覺らず。豈之を大惑を謂わざらんや。原[たづ]ぬるに釋祖は只是れ一箇の黠胡、亦能く因緣轉化を窺い測る。其の始めも亦只譬喩するに似れり。其徒識卑きは、形器に看得入る。故に後來只上に就いて果を結び去る。其の說始め世界を以て幻妄として、天宮有りと謂い、後に亦天を以て幻として、卒に之を無に歸す。佛髮有りて、僧復形を毀[さ]り、佛妻子有りて之を舍てて、僧其の類を絕つ。若し人をして盡く此を爲さしめば、則ち老者何ぞ養わん、幼者何ぞ長ぜん。以て帛を剪って衲[のう]と爲し、夜食省かんと欲するに至るまで、舉事皆常に反して、人情に近からず。夜食の後睡るが如きに至っては、陽氣を敗らんことを要す。其の意尤も美ならざること直に此の如し。奈何ぞ下さざらん。

大宗小宗圖子、六七年前被人將出。後來京師印却便是這本。
【読み】
大宗小宗の圖子、六七年前人に將出さるる。後來京師の印は却って便ち是れ這の本なり。
 

二程全書卷之三十八  外書第十一

時氏本拾遺

或問、老子言天地不仁、聖人不仁、如何。曰、謂天地不仁、以萬物爲芻狗、是也。謂聖人不仁、以百姓爲芻狗、非也。聖人豈有不仁。所患者不仁也。天地何意於仁。鼓舞萬物而不與聖人同憂。聖人則仁。此其爲能弘道也。
【読み】
或るひと問う、老子が天地不仁、聖人不仁と言うは、如何、と。曰く、天地不仁、萬物を以て芻狗とすと謂うは、是なり。聖人不仁、百姓を以て芻狗とすと謂うは、非なり。聖人豈不仁有らんや。患うる所の者は不仁なり。天地何ぞ仁に意あらんや。萬物を鼓舞して聖人と憂えを同じくせず。聖人は則ち仁なり。此れ其の能く道を弘むるが爲なり、と。

或問、記曰、康誥曰、若保赤子。心誠求之、雖不中不遠矣。未有學養子而後嫁者也。先生曰、今母保養赤子、其始何嘗學來。當保養之時、自然中所欲。若推此心保民、設不中其所欲、亦不遠。因說昔楊軾爲宣州簽判。一日差王某爲杖直。當日晩、有同姓名者來陳狀、乞分產。軾疑其杖直、便決替了。赤子不能言、尙能中其欲。民能言。却不知其情、大抵只是少察。
【読み】
或るひと問う、記に曰く、康誥に曰く、赤子を保んずるが若し、と。心誠に之を求めば、中らずと雖も遠からず。未だ子を養うことを學んで而る後に嫁ぐ者は有ず、と。先生曰く、今母赤子を保養する、其の始め何ぞ嘗て學び來らん。保養する時に當たって、自然に欲する所に中る。若し此の心を推して民を保んぜば、設[たと]い其の欲する所に中らずとも、亦遠からじ、と。因りて說く、昔楊軾宣州の簽判[せんはん]爲り。一日王某を差して杖直とす。日晩るるに當たって、同じ姓名の者來ること有りて陳狀して、分產を乞う。軾其の杖直を疑って、便ち決替し了わる。赤子の言うこと能わざるすら、尙能く其の欲するに中る。民は能く言う。却って其の情を知らざるは、大抵只是れ察すること少なければなり、と。

學者今日無可添、唯有可減。減盡便無事。
【読み】
學者今日添う可き無くして、唯減ず可き有り。減じ盡くさば便ち無事ならん。

大學舉而不能先、命也、命當作怠。字之誤也。
【読み】
大學に舉げて先んずること能わざるは、命なりというは、命は當に怠に作るべし。字の誤りなり。

窮理、盡性、至命、一事也。纔窮理便盡性、盡性便至命。因指柱曰、此木可以爲柱、理也。其曲直者、性也。其所以曲直者、命也。理、性、命、一而已。
【読み】
理を窮め、性を盡くし、命に至るは、一事なり。纔かに理を窮むれば便ち性を盡くし、性を盡くせば便ち命に至る。因りて柱を指して曰く、此の木以て柱とす可きは、理なり。其の曲直なる者は、性なり。其の曲直なる所以の者は、命なり。理、性、命は、一なるのみ、と。

或問忠恕之別。曰、猶形影也。無忠則不能爲恕矣。
【読み】
或るひと忠恕の別を問う。曰く、猶形影のごとし。忠無ければ則ち恕を爲すこと能わず、と。

尹子曰、伊川先生嘗言、中庸乃孔門傳授心法。
【読み】
尹子曰く、伊川先生嘗て言えり、中庸は乃ち孔門傳授の心法、と。

郭忠孝議易傳序曰、易卽道也。又何從道。或以問伊川。伊川曰、人隨時變易爲何。爲從道也。
【読み】
郭忠孝易傳の序を議して曰く、易は卽ち道なり。又何ぞ道に從わん、と。或るひと以て伊川に問う。伊川曰く、人時に隨って變易するは何の爲ぞ。道に從う爲なり、と。

范文甫問四象。子曰、左右前後。楊中立問四象。子言、四方。
【読み】
范文甫四象を問う。子曰く、左右前後、と。楊中立四象を問う。子言く、四方、と。

雋不疑說春秋則非。處事應機則不異於古人。董仲舒論事先引春秋。論事則是。引春秋則非。
【読み】
雋不疑[しゅんふぎ]春秋を說くことは則ち非なり。事に處し機に應ずることは則ち古人に異ならず。董仲舒事を論ずるに先づ春秋を引く。事を論ずることは則ち是なり。春秋を引くことは則ち非なり。

王道與儒道同。皆通貫天地。學純則純王純儒也。
【読み】
王道は儒道と同じ。皆天地に通貫す。學純なれば則ち純王純儒なり。

或問劉蕡曰、浚恆之凶、始求深也。曰、然則宜如何。曰、尺蠖之屈、以求伸也。疏遠小臣、一旦欲以新閒舊、難矣。
【読み】
或るひと劉蕡[りゅうふん]に問いて曰く、恆を浚[ふか]くするの凶とは、始めに求むること深ければなり、と。曰く、然らば則ち如何にす宜き、と。曰く、尺蠖[せきかく]の屈するは、以て伸びんことを求むるなり。疏遠の小臣、一旦新を以て舊を閒てんと欲せば、難からん、と。

或問、貞觀之治、不幾三代之盛乎。曰、關雎・麟趾之意安在。
【読み】
或るひと問う、貞觀の治は、三代の盛んなるに幾からずや、と。曰く、關雎・麟趾の意安くに在る、と。

德至於無我者、雖善言美行、無非所過之化也。
【読み】
德我無きに至る者は、善言美行と雖も、過ぐる所の化に非ずということ無し。

敎人者、養其善心而惡自消。治民者、導之敬讓而爭自息。
【読み】
人を敎うる者は、其の善心を養って惡自づから消す。民を治むる者は、之に敬讓を導いて爭い自づから息む。

天地之化、一息不留、疑其速也。然寒暑之變甚漸。
【読み】
天地の化、一息も留まらざること、其の速やかなることを疑う。然れども寒暑の變は甚だ漸なり。

世之人務窮天地萬物之理、不知反之一身、五臟六腑毛髮筋骨之所存、鮮或知之。善學者、取諸身而已。自一身以觀天地。
【読み】
世の人務めて天地萬物の理を窮むれども、之を一身に反すことを知らず、五臟六腑毛髮筋骨の存する所、之を知ること或ること鮮し。善く學ぶ者は、諸を身に取るのみ。一身自りして以て天地を觀る。

李朴(字先之。)請敎。先生曰、當養浩然之氣。又問。曰、觀張子厚所作西銘、能養浩然之氣者也。
【読み】
李朴(字は先之。)敎を請う。先生曰く、當に浩然の氣を養うべし、と。又問う。曰く、張子厚が作れる所の西の銘を觀るに、能く浩然の氣を養う者なり、と。

子謂、尹焞魯、張繹俊。俊、恐他日過之。魯者終有守也。
【読み】
子謂く尹焞は魯なり、張繹は俊なり。俊は、恐らくは他日過たん。魯なる者は終に守ること有らん。

尹子・張子見。先生曰、二子於某言如何。尹子對曰、聞先生之言、言下領意、焞不如繹。能終守先生之學、繹亦不如焞。先生欣然曰、各中其病。
【読み】
尹子・張子見ゆ。先生曰く、二子の某が言に於るは如何、と。尹子對えて曰く、先生の言を聞き、言下に意を領することは、焞繹に如かず。能く終に先生の學を守ることは、繹亦焞に如かず、と。先生欣然として曰く、各々其の病に中れり、と。

王信伯問學於伊川曰、願聞一言。先生曰、勿信吾言。但信取理。
【読み】
王信伯學を伊川に問いて曰く、願わくは一言を聞かん、と。先生曰く、吾が言を信ずること勿かれ。但理を取ることを信ぜよ、と。

先生過成都、坐於所館之堂讀易。有造桶者前視之、指未濟卦問。先生曰、何也。曰、三陽皆失位。先生異之、問其姓與居、則失之矣。易傳曰、聞之成都隱者。(酉室所聞云田夫釋耒者、誤。)
【読み】
先生成都を過り、館する所の堂に坐して易を讀む。桶を造る者有りて前より之を視て、未濟の卦を指して問う。先生曰く、何ぞや、と。曰く、三陽皆位を失う、と。先生之を異として、其の姓と居とを問えば、則ち之を失す。易傳に曰く、之を成都の隱者に聞けり、と。(酉室所聞に田夫耒を釋[す]つる者と云うは、誤りなり。)

朝廷議授遊定夫以正言。蘇右丞沮止、毀及伊川。宰相蘇子容曰、公未可如此。頌觀過其門者無不肅也。
【読み】
朝廷議して遊定夫に授くるに正言を以てす。蘇右丞沮止して、毀[そし]り伊川に及ぶ。宰相蘇子容曰く、公未だ此の如くす可からず。頌其の門を過ぐる者を觀るに肅[つつし]まずということ無し、と。

朱公掞以諫官召。過洛見伊川。顯道在坐、公掞不語。伊川指顯道謂之曰、此人爲切問近思之學。
【読み】
朱公掞諫官を以て召さる。洛を過りて伊川に見ゆ。顯道坐に在り、公掞語らず。伊川顯道を指して之に謂いて曰く、此の人切に問い近く思うの學をす、と。

張思叔請問、其論或太高。伊川不答、良久曰、累高必自下。
【読み】
張思叔請い問うに、其の論或は太だ高し。伊川答えず、良[やや]久しくして曰く、高きを累[かさ]ぬることは必ず下き自りす、と。

尹子問范淳夫之爲人。子曰、其人如玉。
【読み】
尹子范淳夫の人と爲りを問う。子曰く、其の人や玉の如し、と。

有死而復蘇者。故禮三日而斂。然趙簡子七日猶蘇。雖蛆食其舌鼻猶不害。唯伏地甚者、遂致幷腹腫背冷。故未三日而斂、皆有殺之之理。
【読み】
死して復蘇る者有り。故に禮に三日にして斂す、と。然れども趙簡子七日にして猶蘇る。蛆其の舌鼻を食むと雖も猶害あらず。唯地に伏すこと甚だしき者は、遂に幷びに腹腫背冷を致す。故に未だ三日ならずして斂するは、皆之を殺すの理有り。

知德斯知言。故言使不動。孟子知武王。故不信漂杵之說。
【読み】
德を知れば斯に言を知る。故に言動かざらしむ。孟子武王を知る。故に杵を漂わすの說を信ぜず。

學者要先會疑。
【読み】
學者先づ疑いを會せんことを要す。

邵堯夫詩曰、梧桐月向懷中照、楊柳風來面上吹。明道曰、眞風流人豪。
【読み】
邵堯夫の詩に曰く、梧桐の月は懷中に向かいて照らし、楊柳の風は面上に來りて吹く、と。明道曰く、眞に風流の人豪なり、と。

伊川曰、邵堯夫在急流中、被渠安然取十年快樂。
【読み】
伊川曰く、邵堯夫急流の中に在りて、渠[かれ]安然として十年の快樂を取らる、と。

石曼卿詩云、樂意相關禽對語、生香不斷樹交花。明道曰、此語形容得浩然之氣。(龜山語錄潘千之云、張師雍曾問伊川云、昔明道嘗與學者論浩然之氣。因舉古詩云云如何。伊川沈吟、看師雍曰、好。)
【読み】
石曼卿の詩に云く、樂意相關りて禽[とり]對語し、香を生じて斷えず樹花に交わる、と。明道曰く、此の語浩然の氣を形容し得たり、と。(龜山語錄に潘千之云く、張師雍曾て伊川に問いて云く、昔明道嘗て學者と浩然の氣を論ず。因りて古詩を舉げて云云とは如何、と。伊川沈吟して、師雍を看て曰く、好し、と。)

或問、孝、天之經、何也。曰、本乎天者親上。輕淸者是也。本乎地者親下。重濁者是也。天地之常、莫不反本。人之孝、亦反本之謂也。
【読み】
或るひと問う、孝は、天の經とは、何ぞや、と。曰く、天に本づく者は上を親しむ。輕淸なる者是れなり。地に本づく者は下を親しむ。重濁なる者是れなり。天地の常、本に反らずということ莫し。人の孝も、亦本に反るの謂なり、と。

元經、天子之史也。書帝正月、非也。
【読み】
元經は、天子の史なり。帝正月と書すは、非なり。

章氏之子與明道之子、王氏婿也。明道子死、章納其婦。先生曰、豈有生爲親友、死娶其婦者。他日、王氏來餽送。一皆謝遣。章來欲見其子。先生曰、母子無絕道。然君乃其父之罪人也。
【読み】
章氏の子と明道の子とは、王氏の婿なり。明道の子死して、章其の婦を納る。先生曰く、豈生きて親友と爲りて、死して其の婦を娶る者有らんや、と。他日、王氏來りて餽送す。一[ひとえ]に皆謝遣す。章來りて其の子を見んと欲す。先生曰く、母子道を絕つこと無し。然れども君は乃ち其の父の罪人なり、と。

范堯夫經筵坐睡。先生語人曰、堯夫胸中無事如此。有朝士入朝、倒執手板。先生曰、此人胸中不是無事。
【読み】
范堯夫經筵に坐して睡る。先生人に語りて曰く、堯夫の胸中事無きこと此の如し、と。朝士朝に入りて、倒るるに手板を執る有り。先生曰く、此の人の胸中是れ事無きにあらず、と。

陳經正問曰、據貴一所見、盈天地閒皆我之性、更不復知我身之爲我。伊川笑曰、他人食飽、公無餒乎。
【読み】
陳經正問いて曰く、貴一が所見に據るに、天地の閒に盈つるは皆我が性、更に復我が身の我れ爲ることを知らず、と。伊川笑って曰く、他人食飽くとも、公餒うること無けんや、と。

不能克己、則爲楊氏爲我。不能復禮、則爲墨氏兼愛。故曰親親而仁民、仁民而愛物、此之謂也。
【読み】
己に克つこと能わざるときは、則ち楊氏の爲我と爲る。禮に復ること能わざるときは、則ち墨氏の兼愛と爲る。故に親を親しんで民を仁し、民を仁して物を愛すと曰うは、此れ之の謂なり。

或問涵養。曰、若造得到、更說甚涵養。
【読み】
或るひと涵養を問う。曰く、若し造り得到らば、更に甚の涵養を說かん、と。

易无妄曰、天下雷行物與无妄。動以天理故也。其大略如此。又須研究之、則自有得處。
【読み】
易の无妄に曰く、天の下に雷行き物ごとに无妄を與う、と。動くに天理を以てするの故なり。其の大略此の如し。又須く之を研究せば、則ち自づから得る處有るべし。

三代忠質文、其因時之尙然也。夏近古、人多忠誠。故爲忠。忠弊。故捄之以質。質弊。故捄之以文。非道有弊也。後世不守。故浸而成弊。雖不可以一二事觀之、大概可知。如堯・舜・禹之相繼、其文章氣象亦自小異也。
【読み】
三代の忠質文は、其の時の尙ぶに因りて然り。夏は古に近くして、人多くは忠誠。故に忠とす。忠に弊あり。故に之を捄[すく]うに質を以てす。質に弊あり。故に之を捄うに文を以てす。道弊有るには非ず。後世守らず。故に浸[ようや]くにして弊を成す。一二の事を以て之を觀る可からずと雖も、大概知る可し。堯・舜・禹の相繼ぐが如き、其の文章氣象も亦自づから小しく異なり。

心定者其言重以舒。不定者其言輕以疾。
【読み】
心定まる者は其の言重くして以て舒[ゆる]やかなり。定まらざる者は其の言輕くして以て疾し。

立宗必有奪宗法。如卑幼爲大臣、以今之法、自合立廟、不可使從宗子以祭。
【読み】
宗を立つるに必ず宗を奪うの法有り。卑幼大臣と爲るが如き、今の法を以て、自ら合に廟を立つるべく、宗子に從りて以て祭らしむ可からず。

楊子曰、觀乎天地、則見聖人。伊川曰、不然。觀乎聖人、則見天地。
【読み】
楊子曰く、天地を觀るときは、則ち聖人を見る、と。伊川曰く、然らず。聖人を觀るときは、則ち天地を見る、と。

朱公掞爲禦史、端笏正立、嚴毅不可犯、班列肅然。蘇子瞻語人曰、何時打破這敬字。
【読み】
朱公掞禦史爲るとき、笏を端[ただ]しくして正しく立って、嚴毅犯す可からず、班列肅然たり。蘇子瞻人に語って曰く、何れの時に這の敬の字を打破せん、と。

尹子曰、馮理自號東皐居士。曰、二十年聞先生敎誨、今有一奇特事。先生曰、何如。理曰、夜閒宴坐、室中有光。先生曰、頤亦有奇特事。理請聞之。先生曰、每食必飽。
【読み】
尹子曰く、馮理自ら東皐居士と號す。曰く、二十年先生の敎誨を聞き、今一つの奇特の事有り、と。先生曰く、何如、と。理曰く、夜閒宴坐するに、室中に光有り、と。先生曰く、頤も亦奇特の事有り、と。理之を聞かんことを請う。先生曰く、食する每に必ず飽く、と。

崇寧初、范致虛言、程頤以邪說詖行、惑亂衆聽。尹焞・張繹爲之羽翼。遂下河南府體究。學者往別。因言世故。先生曰、三代之治、不可復也。有賢君作、能致小康、則有之。
【読み】
崇寧の初め、范致虛が言く、程頤邪說詖行を以て、衆聽を惑亂す。尹焞・張繹之が羽翼を爲す、と。遂に河南府に下して體究す。學者往き別る。因りて世故を言う。先生曰く、三代の治は、復す可からず。賢君作ること有らば、能く小康を致すことは、則ち之れ有らん、と。

尹子曰、邵堯夫家以墓誌屬明道、許之。太中・伊川不欲。因步月於庭。明道曰、顥已得堯夫墓誌矣。堯夫之學、可謂安且成。太中乃許。
【読み】
尹子曰く、邵堯夫の家墓誌を以て明道に屬して、之を許す。太中・伊川欲せず。因りて月に庭に步く。明道曰く、顥已に堯夫の墓誌を得たり。堯夫の學、安んじて且つ成れりと謂う可し、と。太中乃ち許す。

呂與叔作橫渠行狀、有見二程盡棄其學之語。尹子言之。先生曰、表叔平生議論、謂頤兄弟有同處則可。若謂學於頤兄弟則無是事。頃年屬與叔刪去。不謂尙存斯言。幾於無忌憚。(按行狀今有兩本。一本云、盡棄其學而學焉。一本云、於是盡棄異學、淳如也。恐是後來所改。)
【読み】
呂與叔橫渠の行狀を作るに、二程に見えて盡く其の學を棄つという語有り。尹子之を言う。先生曰く、表叔平生の議論、頤兄弟同じき處有りと謂わば則ち可なり。若し頤兄弟に學ぶと謂わば則ち是の事無し。頃年與叔に屬して刪り去らしむ。謂[おも]わざりき、尙斯の言を存せんとは。忌み憚ること無きに幾し、と。(按ずるに行狀に今兩本有り。一本に云う、盡く其の學を棄てて學ぶ、と。一本に云う、是に於て盡く異學を棄てて、淳如たり、と。恐らくは是れ後來改むる所ならん。)

酉室所聞云、聖人氣數順、無橫逆死。學入聖域、其數亦隨氣斡轉。先生曰、學而至聖、爲奪造化者、以此。
【読み】
酉室所聞に云く、聖人氣數順にして、橫逆の死無し。學聖域に入れば、其の數も亦氣に隨いて斡轉す、と。先生曰く、學んで聖に至るを、造化を奪う者とするは、此を以てなり、と。

又問、聰明如何磨去。曰、使之則有、不使則亡(一作無。)
【読み】
又問う、聰明如何にして磨し去らん、と。曰く、之をしむるときは則ち有り、しめざるときは則ち亡し(一に無に作る。)、と。

崇寧閒、言者范致虛攻先生爲元祐邪說、朝廷下河南府盡逐學徒。後數月、馬伸(時舉。)及門求見。先生辭之。伸欲先棄官而來。先生曰、近日盡逐學徒、恐非公仕進所利。公能棄官、則官不必棄也。建炎閒、伸爲御史論事。公論與之。
【読み】
崇寧の閒、言者范致虛先生を攻めて元祐の邪說と爲し、朝廷河南府に下して盡く學徒を逐う。後數月にして、馬伸(時舉。)門に及んで見えんことを求む。先生之を辭す。伸先づ官を棄てて來らんことを欲す。先生曰く、近日盡く學徒を逐うは、恐らくは公仕進の利なる所に非ず。公能く官を棄てんとならば、則ち官必ずしも棄てざるなり、と。建炎の閒、伸御史と爲りて事を論ず。公論之に與す。

范淳夫之女讀孟子出入無時、莫知其郷、惟心之謂與、語人曰、孟子不識心。心豈有出入。先生聞之曰、此女雖不識孟子、却能識心。(後嫁耿氏而卒。)
【読み】
范淳夫の女孟子の出入時無く、其の郷[ところ]を知ること莫きは、惟れ心を謂うかというを讀んで、人に語って曰く、孟子は心を識らず。心豈出入有らんや、と。先生之を聞いて曰く、此の女孟子を識らずと雖も、却って能く心を識れり、と。(後に耿氏に嫁いで卒す。)

或謂、孔子尊周、孟子欲齊王行王政、何也。先生曰、譬如一樹、有可栽培之理則栽培之、不然須別種。賢聖何心。視天命之改與未改爾。
【読み】
或るひと謂く、孔子周を尊び、孟子齊王の王政を行わんことを欲するは、何ぞや、と。先生曰く、譬えば一樹の如き、栽培す可きの理有らば則ち之を栽培し、然らずんば須く別に種[う]うべし。賢聖何の心ぞや。天命の改むると未だ改めざるとを視るのみ、と。

有患心疾、見物皆獅子。伊川敎之、以見卽直前捕執之、無物也。久之疑疾遂愈。
【読み】
心疾を患うるもの有り、物を見るに皆獅子なり。伊川之に敎うるに、見るときは卽ち直に前んじて之を捕え執えよ、物無からんというを以てす。久しくして疑疾遂に愈ゆ。

或問、世傳有人化虎。理有之乎。曰、有之。昔在涪、見村民爪甲漸變如虎、毛班班然通身。夜開關延虎、食其牢中之豕。化雖未成、而氣類相感、其情已通矣。
【読み】
或るひと問う、世に傳う、人虎に化する有り、と。理之れ有りや、と。曰く、之れ有り。昔涪に在るとき、村民爪甲漸く變じて虎の如く、毛班班然として通身なるを見る。夜關を開きて虎を延[ひ]きて、其の牢中の豕を食う。化未だ成らずと雖も、而れども氣類相感じて、其の情已に通ずるなり、と。

溫公薨。朝廷命伊川先生主其喪事。是日也、祀明堂禮成、而二蘇往哭溫公。道遇朱公掞、問之。公掞曰、往哭溫公。而程先生以爲慶吊不同日。二蘇悵然而反曰、鏖糟陂裏叔孫通也(言其山野。)。自是時時謔伊川。他日國忌、禱於相國寺。伊川令供素饌。子瞻詰之曰、正叔不好佛、胡爲食素。正叔曰、禮、居喪不飮酒食肉。忌日、喪之餘也。子瞻令具肉食曰、爲劉氏者左袒。於是范淳夫輩食素、秦・黃輩食肉。呂申公爲相。凡事有疑、必質於伊川。進退人才。二蘇疑伊川有力。故極口詆之云。
【読み】
溫公薨ず。朝廷伊川先生に命じて其の喪事を主らしむ。是の日、明堂に祀る禮成って、二蘇往いて溫公を哭せんとす。道にして朱公掞に遇って、之を問う。公掞曰く、往いて溫公を哭す、と。而るに程先生以て慶弔日を同じくせずとす、と。二蘇悵然として反って曰く、鏖糟陂裏の叔孫通なり、と(其の山野なるを言う。)。是れ自り時時伊川に謔[たわむ]る。他日國忌に、相國寺に禱る。伊川素饌を供せしむ。子瞻之を詰って曰く、正叔佛を好まず、胡爲[なんす]れぞ素を食せる、と。正叔曰く、禮に、喪に居りては酒を飮み肉を食わず、と。忌日は、喪の餘りなり、と。子瞻肉食を具えしめて曰く、劉氏の爲にせん者は左袒[かたぬ]げ、と。是に於て范淳夫の輩は素を食い、秦・黃の輩は肉を食う。呂申公相爲り。凡そ事疑い有れば、必ず伊川に質す。人才を進退す。二蘇伊川力有ることを疑う。故に口を極めて之を詆ると云う。

伊川主溫公喪事。子瞻周視無闕禮。乃曰、正叔喪禮何其熟也。又曰、軾聞居喪未葬讀喪禮。太中康寧、何爲讀喪禮乎。伊川不答。鄒至完聞之曰、伊川之母先亡。獨不可以治喪禮乎。
【読み】
伊川溫公の喪事を主る。子瞻周視するに闕禮無し。乃ち曰く、正叔の喪禮何ぞ其れ熟せるや、と。又曰く、軾聞く、喪に居りて未だ葬らざれば喪禮を讀む、と。太中康寧、何爲れぞ喪禮を讀むや、と。伊川答えず。鄒至完之を聞いて曰く、伊川の母先だって亡ぶ。獨以て喪禮を治むる可からざらんや、と。

范淳夫嘗與伊川論唐事。及爲唐鑑、盡用先生之論。先生謂門人曰、淳夫乃能相信如此。
【読み】
范淳夫嘗て伊川と唐の事を論ず。唐鑑を爲るに及んで、盡く先生の論を用う。先生門人に謂いて曰く、淳夫乃ち能く相信ずること此の如し、と。

或謂科舉事業奪人之功、是不然。且一月之中、以十日爲舉業、餘日足可爲學。然人不志此、必志於彼。故科舉之事、不患妨功、惟患奪志。
【読み】
或るひと科舉の事業は人の功を奪うと謂うは、是れ然らず。且一月の中、十日を以て舉業を爲さば、餘日は學を爲す可きに足れり。然れども人此に志さずして、必ず彼に志す。故に科舉の事、功を妨ぐことを患えず、惟志を奪うことを患う。

或謂、漢史天子建中和之極、學者甚病中與極之語。曰、此亦有理。中和猶木材也。極猶屋之極。有中和斯有極。如有木材斯可建屋之極。學者須識此氣象。(此一段、溫州傳錄。)
【読み】
或るひと謂く、漢史に天子中和の極を建つという、學者甚だ中と極との語を病む、と。曰く、此れ亦理有り。中和は猶木材のごとし。極は猶屋の極のごとし。中和有れば斯に極有り。木材有れば斯に屋の極を建つる可きが如し。學者須く此の氣象を識るべし、と。(此の一段は、溫州傳錄なり。)

程氏自先生兄弟、所葬以昭穆定穴、不用墓師、以五色帛埋旬日、視色明暗、卜地氣善否。
【読み】
程氏先生兄弟自り、葬る所昭穆を以て穴を定め、墓師を用いず、五色の帛を以て埋むること旬日、色の明暗を視て、地氣の善否を卜す。

官婢行酒。暢大隱力拒之。先生聞而不善之也。(暢字潛道。)
【読み】
官婢酒を行う。暢大隱力めて之を拒む。先生聞いて之を善しとせず。(暢の字は潛道。)

明道先生每與門人講論、有不合者、則曰更有商量。伊川則直曰不然。
【読み】
明道先生門人と講論する每に、合わざる者有れば、則ち更に商量有りと曰う。伊川は則ち直に然らずと曰う。

謝顯道崇寧閒上殿不稱旨。先生聞之喜。已而就監門之職。陳貴一問、謝顯道如何人。先生曰、由・求之徒。(或云、建中閒。)
【読み】
謝顯道崇寧の閒上殿旨に稱わず。先生之を聞いて喜ぶ。已にして監門の職に就く。陳貴一問う、謝顯道は如何なる人なるや、と。先生曰く、由・求の徒なり、と。(或るひと云う、建中の閒、と。)

尹子曰、先生謂侯師聖議論、只好隔壁聽。
【読み】
尹子曰く、先生謂く、侯師聖の議論は、只壁を隔てて聽くと好し、と。

尹子曰、先生年七十四、得風痺疾、服大承氣湯則小愈。是年九月、服之輒利。醫者語家人曰、侍講病不比常時。時大觀元年九月也。十六日入視、先生以白夾被被體、坐竹牀、舉手相揖。焞喜、以爲疾去。先生曰、疾去而氣復者安候也。頤愈覺羸劣。焞旣還。十七日有叩門者、報先生傾殂。
【読み】
尹子曰く、先生年七十四、風痺の疾を得て、大承氣湯を服するときは則ち小しく愈ゆ。是の年九月、之を服して輒ち利す。醫者家人に語って曰く、侍講の病常時に比せず、と。時に大觀元年九月なり。十六日入りて視るに、先生白夾被を以て體に被り、竹牀に坐し、手を舉げて相揖す。焞喜んで、以爲えり、疾去れり、と。先生曰く、疾去って氣復る者は安候なり。頤は愈々羸劣を覺う、と。焞旣に還る。十七日に門を叩く者有り、先生傾殂[けいそ]すと報[つ]げり、と。

司馬溫公辭副樞、名冠一時。天下無賢不肖、浩然歸重。呂申公亦以論新法不合、罷歸。熙寧末、申公起知河陽。明道以詩送行、復爲詩與溫公。蓋恐其以不出爲高也。及申公自河陽乞在京宮祠、神宗大喜、召登樞府。人以二公出處爲優劣。二先生曰、呂公世臣、不得不歸見上。司馬公諍臣、不得不退處。
【読み】
司馬溫公副樞を辭して、名一時に冠たり。天下賢不肖と無く、浩然として歸重す。呂申公も亦以て新法を論じて合わず、罷めて歸る。熙寧の末、申公起こりて河陽に知たり。明道詩を以て行を送り、復詩を爲って溫公に與う。蓋し其の出ざるを以て高しとせんことを恐れてなり。申公河陽自り乞いて京宮祠に在るに及んで、神宗大いに喜んで、召して樞府に登らしむ。人二公の出處を以て優劣を爲す。二先生曰く、呂公は世臣なり、歸りて上に見えざることを得ず。司馬公は諍臣なり、退處せざることを得ず、と。

酉室所聞云、顏子得淳和之氣、何故夭。曰、衰周天地和氣有限。養得仲尼已是多也。(聖賢以和氣生。須和氣養。常人之生、亦藉外養也。)
【読み】
酉室所聞に云く、顏子は淳和の氣を得るに、何故に夭せる、と。曰く、衰周天地の和氣に限り有り。仲尼を養い得ること已に是れ多ければなり、と。(聖賢は和氣を以て生ず。須く和氣養うべし。常人の生は、亦外の養に藉[か]るなり。)

問踧踖如也、與與如也。曰、恭而安。與與、容與之貌、有雍容氣象。(又王信伯語云、問踧踖如也。曰、恭而安。王信伯問伊川。又曰、與與容與之貌。又問、孔子言舜之韶盡善、武王之武未盡善、何也。曰、此聖人之心有所未足。)
【読み】
踧踖[しゅくせき]如たり、與與如たりというを問う。曰く、恭しくして安し。與與は、容與の貌、雍容の氣象有り、と。(又王信伯が語に云く、踧踖如たることを問う。曰く、恭しくして安し、と。王信伯伊川に問う。又曰く、與與は容與の貌、と。又問う、孔子舜の韶は善を盡くし、武王の武は未だ善を盡くさずと言うは、何ぞや、と。曰く、此れ聖人の心未だ足れりとせざる所有り、と。)

伊川以易傳示門人曰、只說得七分。後人更須自體究。
【読み】
伊川易傳を以て門人に示して曰く、只七分を說き得。後人更に須く自ら體究すべし、と。

釋氏談道、非不上下一貫。觀其用處、便作兩截。
【読み】
釋氏の道を談ずる、上下一貫せざるには非ず。其の用うる處を觀るに、便ち兩截と作す。

問、呂與叔云、不倚之謂中、先生謂近之、而詞未瑩、如何。曰、無倚著處。
【読み】
問う、呂與叔云く、倚らざる之を中と謂うは、先生之に近しと謂うは、詞未だ瑩[あき]らかならず、如何、と。曰く、倚著する處無きなり、と。

陳經邦問、詩說言、唐・魏已變先代之風。又言、先聖流風遺俗盡、故次以陳。兩意似不異。何以分先後。先生曰、聖人之都、風化所厚。聖人之國、典法所存。唐・魏、聖人之都、其風雖變、而典法尙在。陳、舜之後。聖人之國、亦被夷狄之風、則典法隨而亡矣。三代之後、有志之士、欲復先王之治而不能者、皆由典法不備。故典法尙存、有人舉而行之、無難矣。
【読み】
陳經邦問う、詩の說に言く、唐・魏已に先代の風を變ず、と。又言く、先聖の流風遺俗盡く、故に次ぐに陳を以てす、と。兩意異ならざるに似れり。何を以て先後を分かつ、と。先生曰く、聖人の都は、風化の厚き所。聖人の國は、典法の存する所。唐・魏は、聖人の都、其の風變ずと雖も、典法尙在り。陳は、舜の後。聖人の國も、亦夷狄の風を被るときは、則ち典法隨いて亡ぶ。三代の後、志有るの士、先王の治を復せんと欲すれども而れども能わざる者は、皆典法備わらざるに由る。故に典法尙存せば、人舉げて之を行うこと有らんこと、難きこと無し、と。

張思叔作商稅院題名記。先生以爲得體。李邦直卒。委思叔作祭文。多溢美。先生顧思叔曰、商稅院題名記、是公所爲乎。思叔唯唯。他日別製祭文用之曰、世推文章、位登丞輔。編簡見其才華、廊廟存其步武。
【読み】
張思叔商稅院題名の記を作る。先生以爲えらく、體を得たり、と。李邦直卒す。思叔に委ねて祭文を作らしむ。多く美に溢る。先生思叔を顧みて曰く、商稅院題名の記は、是れ公の爲る所か、と。思叔唯唯す。他日別に祭文を製して之を用て曰く、世文章を推し、位丞輔に登る。編簡其の才華を見、廊廟其の步武を存す、と。

范溫譏張思叔曰、買取錦屛三畝地、蒲輪未至且躬耕。先生聞之曰、於張繹有何加損也。
【読み】
范溫張思叔を譏って曰く、錦屛三畝の地を買い取り、蒲輪未だ至らず且躬ら耕す、と。先生之を聞いて曰く、張繹に於て何の加損か有らん、と。

范淳夫之葬、先生爲之經理。掘地深數丈、不置一物。葬之日、招左近父老犒以酒食示之。其後發塚者相繼、而淳夫墓獨完。
【読み】
范淳夫の葬、先生之が爲に經理す。地を掘ること深さ數丈、一物を置かず。葬る日、左近の父老を招いて犒[ねぎら]うに酒食を以てして之を示す。其の後塚を發く者相繼げども、而れども淳夫の墓獨り完し。

橫渠學堂雙牖、右書訂頑、左書砭愚。伊川曰、是起爭端。改之曰東銘・西銘。
【読み】
橫渠學堂の雙牖、右には訂頑と書し、左には砭愚と書す。伊川曰く、是れ爭端を起こす、と。之を改めて東の銘・西の銘と曰う。

内直則其氣浩然、養之則爲大人。
【読み】
内直ければ則ち其の氣浩然、之を養えば則ち大人と爲る。

孟子知言、卽知道也。詖淫邪遁是觀人之言而知之。亦可以考其書。然本意唯爲觀人之言也。
【読み】
孟子の言を知るは、卽ち道を知るなり。詖淫邪遁は是れ人の言を觀て之を知るなり。亦以て其の書を考う可し。然れども本意は唯人の言を觀るとす。

或問、旱乾水溢、則變置社稷。社稷土地之神、如何變置。曰、勾龍配食於社、棄配食於稷。諸侯之國、亦各以其有功水土者爲配。旱乾水溢、則變置所配之人。曰、所配者果能致力於水旱乎。曰、古之人作事、唯實而已。始以其有功水土、故祀之、今以其水旱、故易之。
【読み】
或るひと問う、旱乾水溢すれば、則ち社稷を變え置く、と。社稷は土地の神、如何ぞ變え置かん、と。曰く、勾龍社に配食せしめ、棄稷に配食せしむ。諸侯の國も、亦各々其の水土に功有る者を以て配とす。旱乾水溢すれば、則ち配する所の人を變え置く、と。曰く、配する所の者果たして能く力を水旱に致すや、と。曰く、古の人事を作すこと、唯實のみ。始め其の水土に功有るを以て、故に之を祀り、今其の水旱を以て、故に之を易うるなり、と。

精一便是執中底道理。
【読み】
精一は便ち是れ中を執る底の道理。

或問、孔子何譏大閱。曰、講武必於農隙。魯之八月、夏之六月也。盛夏閱兵、妨農害人、其失甚矣。有警而爲之、則無及也。無事而爲之、則妄動也。
【読み】
或るひと問う、孔子何ぞ大いに閱するを譏る、と。曰く、武を講ずることは必ず農隙に於てす。魯の八月は、夏の六月なり。盛夏に兵を閱すれば、農を妨げ人を害して、其の失甚だし。警め有りて之をするときは、則ち及ぶこと無し。事無くして之をするときは、則ち妄りに動くなり。

子言左傳非丘明作。虞不臘矣、幷庶長、皆秦官秦語。
【読み】
子左傳は丘明の作に非ずと言う。虞は臘せざらん、幷びに庶長は、皆秦の官秦の語なり。

子謂事親舍藥物可也、是非君子之言。
【読み】
子親に事うるに藥物を舍てて可なりと謂うは、是れ君子の言に非ず。
 

二程全書卷之三十九  外書第十二

傳聞雜記

可以死、可以無死、死傷勇、夫人之於死也、何以知可不可哉。蓋視義爲去就耳。予嘗曰、死生之際、惟義所在、則義所以對死者也。程伯淳聞而謂予曰、義無對。
【読み】
以て死す可し、以て死すること無かる可しといって、死するときは勇を傷うとは、夫れ人の死に於るや、何を以て可不可を知らんや。蓋し義を視て去就を爲すのみ。予嘗て曰く、死生の際、惟義の在る所は、則ち義は死に對する所以の者なり、と。程伯淳聞いて予に謂いて曰く、義に對無し、と。

禦史俸薄。故臺中有聚廳向火、分廳喫飯之語。熙寧初、程伯淳入臺爲裏行、則反之、遂聚廳喫食、分廳向火。伯淳爲予言。
【読み】
禦史俸薄し。故に臺中に廳に聚まりて火に向かい、廳を分かちて飯を喫するの語有り。熙寧の初め、程伯淳臺に入りて裏行を爲すときは、則ち之に反して、遂に廳に聚まりて食を喫し、廳を分かちて火に向かう。伯淳予が爲に言えり。

右二事見王氏麈史。(王得臣字彥輔。)
【読み】
右の二事王氏麈[しゅ]史に見る。(王得臣字は彥輔。)

程正叔先生曰、樞密院乃虛設、大事三省同議。其他乃有司之事、兵部尙書之職。然藝祖用此以分宰相之權。神宗改官製、亦循此意。
【読み】
程正叔先生曰く、樞密院は乃ち虛しく設けて、大事は三省同議す。其の他は乃ち有司の事、兵部尙書の職なり。然れども藝祖此を用て以て宰相の權を分かつ。神宗官製を改むるも、亦此の意に循う、と。

治平中、見正叔先生。云、今之守令、唯制民之產一事不得爲、其他在法度中、甚有可爲者。患人不爲耳。
【読み】
治平中に、正叔先生に見ゆ。云く、今の守令は、唯民の產を制して一事もすることを得ず、其の他は法度の中に在り、甚のす可き者有らん。人せざることを患うるのみ、と。

右二事見呂氏家塾記。(呂希哲字原明。)
【読み】
右の二事呂氏家塾記に見る。(呂希哲字は原明。)

二程之學、以聖人爲必可學而至而已。必欲學而至於聖人。
【読み】
二程の學は、聖人を以て必ず學んで至る可しとするのみ。必ず學んで聖人に至らんと欲するなり。

溫公薨。門人或欲遺表中入規諫語。程正叔云、是公平生未嘗欺人。可死後欺君乎。
【読み】
溫公薨す。門人或は遺表の中に規諫の語を入れんと欲す。程正叔云く、是の公平生未だ嘗て人を欺かず。死後君を欺く可けんや、と。

右二事見呂氏發明義理。(同上。)
【読み】
右の二事呂氏發明義理に見る。(上に同じ。)

程正叔言、同姓相見、當致親親之意、而不可敍齒以拜。蓋昭穆高下、未可知也。
【読み】
程正叔言く、同姓相見ゆるには、當に親を親しくするの意を致すべくして、齒を敍で以て拜する可からず。蓋し昭穆高下、未だ知る可からざればなり、と。

右一事見呂氏酬酢事變。(同上。)
【読み】
右の一事呂氏酬酢事變に見る。(上に同じ。)

元祐二年正月二十五日戊寅、内侍至資善傳旨、權罷講一日。二十七日庚辰、資善吏報馮(徐本・呂本馮作馬。)宗道云、上前日微傷食物、曾取動藥。恐未能久坐、令講讀少進說。是日、正叔略講畢、奏云、臣等前日臨赴講筵、忽傳聖旨權罷講。臣等甚驚。聖躬別無事否。上曰、別無事。自初御邇英至是、始發德音。
【読み】
元祐二年正月二十五日戊寅、内侍資善に至りて旨を傳えて、權[かり]に講を罷むること一日。二十七日庚辰、資善の吏馮(徐本・呂本馮を馬に作る。)宗道に報じて云く、上前日微しく食物に傷られ、曾ち藥を動することを取る。恐らくは未だ久しく坐して、講讀せしめて少しく說を進むること能わじ、と。是の日、正叔略[ほぼ]講じ畢わって、奏して云く、臣等前日講筵に臨み赴くに、忽ち聖旨を傳えて權に講を罷ましむ。臣等甚だ驚く。聖の躬別に事無きや否や、と。上曰く、別に事無し、と。初め邇英に御して自り是に至るまで、始めて德音を發す。

二月十五日戊戌、正叔講一言可終身行之、其恕乎。因言、人君當推己欲惡、知小民饑寒稼穡艱難。明宗年六十餘卽位。猶書田家詩二首於殿壁。其詩(云云。)、進說甚多。
【読み】
二月十五日戊戌、正叔一言にして身を終うるまで之を行う可きは、其れ恕かというを講ず。因りて言う、人君は當に己が欲惡を推して、小民の饑寒稼穡の艱難を知るべし、と。明宗年六十餘にして位に卽く。猶田家の詩二首を殿壁に書す。其の詩に(云云。)、說を進むること甚だ多し。

三月二十六日戊寅、正叔獨奏、乞自四月就寬涼處講讀。二十八日、移講讀就延和。
【読み】
三月二十六日戊寅、正叔獨り奏して、四月自り寬涼處に就いて講讀せんことを乞う。二十八日、講讀を移して延和に就く。

四月六日丁亥、講讀依舊邇英閣。顧子敦封駁、以爲延和執政、得一賜坐啜茶、已爲至榮。豈可使講讀小臣坐殿上。違咸造勿褻之義。持國・微仲進呈。令修邇英閣、多置軒窗。已得旨、而呂公方入、令修延義閣。簾内云、此待別有擘畫。未知何所也。
【読み】
四月六日丁亥、講讀舊に邇英閣に依る。顧子敦封駁して、以爲えらく、延和は執政、一たび坐して茶を啜ることを賜うことを得るすら、已に至榮とす。豈講讀の小臣をして殿上に坐せしむ可けんや。咸[みな]造り褻[な]るること勿しの義に違う、と。持國・微仲進呈す。邇英閣を修せしめて、多く軒窗を置く。已に旨を得て、呂公方に入りて、延義閣を修せしむ。簾内にして云く、此別に擘畫[はっかく]有るを待つ、と。未だ何れの所なることを知らず。

十五日丙申、邇英進講。文公以下預焉。邇英新修展御坐。比舊近後數尺、門南北皆朱漆、釣窗前簾設靑幕障日、殊寬涼矣。
【読み】
十五日丙申、邇英に講を進む。文公以下預かる。邇英新たに御坐を修展す。舊に比するに近後數尺、門の南北は皆朱漆、窗前の簾を釣り靑幕を設けて日を障って、殊に寬涼なり。

右范太史日記。(范祖禹字淳夫。)
【読み】
右范太史の日記。(范祖禹字は淳夫。)

先生離京、曾面言、令光庭說與淳夫。爲資善堂見畜小魚。恐近冬難畜、託淳夫取來、投之河中。數次朝中不遇、故因循至此、專奉手啓、幸便爲之。
【読み】
先生京を離るるとき、曾て面[まのあた]りに言いて、光庭をして淳夫に說與せしむ。資善堂を爲りて小魚を畜うを見る。近冬畜うこと難からんことを恐れて、淳夫に託して取り來りて、之を河中に投ぜしむることを。數次朝中不遇、故に因循して此に至り、專ら手啓を奉じて、幸いに便ち之を爲す。

右朱給事與范太史帖。(朱光庭字公掞。)
【読み】
右朱給事范太史に與えし帖。(朱光庭字は公掞。)

元符末、徽宗卽位、皇太后垂簾聽政。有旨、復哲宗元祐皇后孟氏位號。時有論其不可者曰、上於元祐后、叔嫂也。叔無復嫂之禮。伊川先生謂邵伯溫曰、元祐后之賢固也。論者之言、亦未爲無理。伯溫曰、子甚宜其妻、父母不悅出。子不宜其妻、父母曰是善事我、子行夫婦之禮焉。太后於哲廟、母也。於元祐后、姑也。母之命、姑之命、何爲不可。非上以叔復嫂也。先生喜曰、子之言得之矣。
【読み】
元符の末、徽宗位に卽き、皇太后簾を垂れて政を聽く。旨有りて、哲宗元祐の皇后孟氏の位號を復せんとす。時に其の不可なることを論ずる者有りて曰く、上の元祐后に於るは、叔嫂なり。叔嫂に復するの禮無し、と。伊川先生邵伯溫に謂いて曰く、元祐后の賢固し。論者の言も、亦未だ理無しとせず、と。伯溫曰く、子甚だ其の妻を宜しくすれども、父母悅ばざれば出す。子其の妻を宜しくせざれども、父母是れ善く我に事うると曰えば、子夫婦の禮を行う、と。太后の哲廟に於るは、母なり。元祐后に於るは、姑なり。母の命、姑の命、何爲れぞ不可ならん。上叔を以て嫂に復するに非ず、と。先生喜んで曰く、子の言之を得たり、と。

元豐八年、神宗升遐、遺詔至洛。程宗丞伯淳爲汝州酒官。以檄來舉哀、府治旣罷。謂留守韓康公之子宗師兵部曰、顥以言新法不便、忤大臣。同列皆謫官。顥獨除監司。顥不敢當念先帝見知之恩。終無以報。已而泣。兵部問、今日朝廷之事如何。宗丞曰、司馬君實・呂晦叔作相矣。兵部曰、二公果作相、當何如。宗丞曰、當與元豐大臣同。若先分黨與、他日可憂。兵部曰、何憂。宗丞曰、元豐大臣皆嗜利者。若使自變其已甚害民之法則善矣。不然、衣冠之禍未艾也。君實忠直、難與議。晦叔解事、恐力不足耳。旣而皆驗。宗丞論此時、范醇夫・朱公掞・杜孝錫・伯溫同聞之。
【読み】
元豐八年、神宗升遐し、遺詔洛に至る。程宗丞伯淳汝州の酒官爲り。檄來りて哀を舉ぐるを以て、府治旣に罷む。留守韓康公の子宗師兵部に謂いて曰く、顥新法の便ならざることを言うを以て、大臣に忤[さか]う。同列皆謫官たり。顥獨り監司に除せらる。顥敢えて當に先帝見知の恩を念わざらんや。終に以て報ずること無し、と。已にして泣く。兵部問う、今日朝廷の事如何、と。宗丞曰く、司馬君實・呂晦叔相と作らん、と。兵部曰く、二公果たして相と作らば、當に何如にかすべき、と。宗丞曰く、當に元豐の大臣と同じかるべし。若し先づ黨與を分かたば、他日憂う可し、と。兵部曰く、何を憂えん、と。宗丞曰く、元豐の大臣は皆利を嗜む者なり。若し自ら其の已甚だ民を害するの法を變ぜしめば則ち善ならん。然らずんば、衣冠の禍い未だ艾[おさ]まらず。君實は忠直にして、與に議り難からん。晦叔は事を解すること、恐らくは力足らざらんのみ、と。旣にして皆驗あり。宗丞此を論ずる時、范醇夫・朱公掞・杜孝錫・伯溫同じく之を聞けり。

荆公置條例司、用程伯淳爲屬。一日盛暑、荆公與伯淳對語。公子雱囚首跣足、携婦人冠以出、問荆公曰、所言何事。荆公曰、新法數爲人沮、與程君議。雱箕踞以坐、大言曰、梟韓琦・富弼之首於市、則新法行矣。荆公遽曰、兒誤矣。伯淳正色曰、方與參政論國事、子弟不可預。姑退。雱不樂去。伯淳自此與荆公不合。
【読み】
荆公條例司を置き、程伯淳を用いて屬とす。一日盛暑、荆公伯淳と對語す。公子雱[ほう]首を囚し足を跣[はだし]にし、婦人の冠を携えて以て出て、荆公に問いて曰く、言う所は何事ぞ、と。荆公曰く、新法數々人の爲に沮[やぶ]られて、程君と議す、と。雱箕踞して以て坐して、大言して曰く、韓琦・富弼の首を市に梟[さら]せば、則ち新法行われん、と。荆公遽に曰く、兒誤てり、と。伯淳色を正して曰く、方に參政と國事を論ずるに、子弟預る可からず。姑く退け、と。雱樂しまずして去る。伯淳此れ自り荆公と合わず。

元祐初、文潞公以太師平章軍國重事。召程正叔爲崇政殿說書。正叔以師道自居、侍上講色甚莊、以諷諫。上畏之。潞公對上甚恭、進士唱名、侍立終日。上屢曰、大師少休。頓首謝立不去。時年八十矣。或謂正叔曰、君之倨視潞公之恭、議者以爲未盡。正叔曰、潞公三朝大臣、事幼主、不得不恭。吾以布衣爲上師傅。其敢不自重。吾與潞公所以不同也。識者服其言。
【読み】
元祐の初め、文潞公太師を以て軍國の重事を平章す。程正叔を召して崇政殿の說書とす。正叔師道を以て自ら居して、上に侍して講色甚だ莊かにして、以て諷諫す。上之を畏る。潞公上に對して甚だ恭しくして、進士名を唱えて、侍立して日を終う。上屢々曰く、大師少しく休せよ、と。頓首して謝して立って去らず。時に年八十なり。或るひと正叔に謂いて曰く、君の倨は潞公の恭に視[くら]ぶるに、議する者未だ盡くさずと以爲えり、と。正叔曰く、潞公は三朝の大臣、幼主に事えて、恭しからざることを得ず。吾は布衣を以て上の師傅と爲る。其れ敢えて自重せざらんや。吾と潞公と同じからざる所以なり、と。識者其の言に服す。

伯淳先生嘗曰、熙寧初、王介甫行新法、竝用君子小人。君子正直不合。介甫以爲俗學不通世務、斥去。小人苟容諂佞。介甫以爲有才知變通、適用之。君子如司馬君實不拜副樞以去、范堯夫辭修注得罪、張天祺以御史面折介甫被責。介甫性狠愎、衆人以爲不可、則執之愈堅。君子旣去、所用小人爭爲刻薄。故害天下益深、使衆君子未與之敵。俟其勢久自緩、委曲平章、尙有聽從之理、則小人無隙可乘、其害不至如此之甚也。
【読み】
伯淳先生嘗て曰く、熙寧の初め、王介甫新法を行って、君子小人を竝び用う。君子は正直にして合わず。介甫以て俗學は世務に通ぜずと爲して、斥け去る。小人は苟も諂佞を容る。介甫以て才知變通有りと爲して、適に之を用う。君子司馬君實の如きは副樞を拜せずして以て去り、范堯夫は修注を辭して罪を得、張天祺は御史を以て介甫を面折して責めらる。介甫性狠愎[こんひょく]にして、衆人以て不可とすれば、則ち之を執ること愈々堅し。君子旣に去って、用うる所の小人爭って刻薄を爲す。故に天下を害すること益々深くして、衆君子をして未だ之と敵せざらしむ。其の勢久しくして自づから緩きを俟って、委曲平章して、尙聽從の理有らば、則ち小人隙の乘ず可きこと無くして、其の害此の如く甚だしきに至らじ、と。

伊川先生貶涪州、渡漢江。中流船幾覆。舟中人皆號哭。伊川獨正襟安坐如常。已而及岸。同舟有老父問曰、當船危時、君正坐色甚莊、何也。伊川曰、心存誠敬耳。老父曰、心存誠敬固善。然不若無心。伊川欲與之言、而老父徑去。
【読み】
伊川先生涪州に貶せらるるとき、漢江を渡る。中流にして船幾ど覆らんとす。舟中の人皆號哭す。伊川獨り襟を正して安坐すること常の如し。已にして岸に及ぶ。同舟に老父有り問いて曰く、船危うき時に當たりて、君正しく坐して色甚だ莊かなるは、何ぞや、と。伊川曰く、心誠敬を存するのみ、と。老父曰く、心誠敬を存するは固に善し。然れども心無きには若かず、と。伊川之と言わんと欲すれども、老父徑に去る。

宗丞先生謂伯溫曰、人之爲學、忌先立標準。若循循不已、自有所至矣。先人敝廬、廳後無門、由旁舍委曲以出。先人旣沒、伯溫鑿壁爲門。侍講先生見之曰、先生規畫必有理。不可改作。伯溫亟塞之。伯溫初入仕。侍講曰、凡所部公吏、雖有罪、亦當立案而後決。或出於私怒。比具案、怒亦散、不至倉卒傷人。每決人未經杖責者、宜愼之。恐其或有立也。
【読み】
宗丞先生伯溫に謂いて曰く、人の學を爲むる、先づ標準を立つることを忌む。若し循循として已まずんば、自づから至る所有らん、と。先人の敝廬、廳後に門無く、旁舍に由り委曲にして以て出づ。先人旣に沒して、伯溫壁を鑿ちて門を爲る。侍講先生之を見て曰く、先生の規畫必ず理有らん。改め作る可からず、と。伯溫亟[すみ]やかに之を塞ぐ。伯溫初めて入りて仕う。侍講曰く、凡そ所部の公吏、罪有りと雖も、亦當に案を立てて後に決すべし。或は私の怒りに出ん。案を具うるに比[およ]んでは、怒りも亦散じて、倉卒に人を傷るに至らじ。每に人未だ杖責を經ざる者を決するは、宜しく之を愼むべし。恐らくは其れ或は立つること有らん、と。

右七事見邵氏聞見錄。(邵伯溫字子文、康節先生之子。)
【読み】
右の七事邵氏聞見錄に見る。(邵伯溫字は子文、康節先生の子。)

孔子曰、天之將喪斯文也、後死者不得與於斯文也。天之未喪斯文也、匡人其如予何。於天之將喪斯文下、便言後死者不得與於斯文、則是文之興喪在孔子與天爲一矣。蓋聖人德盛、與天爲一。出此等語、自不覺耳。孟子地位未能到此。故曰、天未欲平治天下也。如欲平治天下、當今之世、舍我其誰。聽天所命、未能合一。(明道云。)
【読み】
孔子曰く、天の將に斯の文を喪ぼさんとせば、後に死する者斯の文に與ることを得じ。天の未だ斯の文を喪ぼさざるに、匡人其れ予を如何、と。天の將に斯の文を喪さんとすというの下に於て、便ち後に死する者斯の文に與ることを得じと言うは、則ち是の文の興喪は孔子と天とに在りて一爲り。蓋し聖人德盛んにして、天と一爲り。此れ等の語を出すこと、自ら覺えざるのみ。孟子は地位未だ此に到ること能わず。故に曰く、天未だ天下を平治せんことを欲せず。如し天下を平治せんことを欲せば、今の世に當たりて、我を舍いて其れ誰ぞや、と。天の命ずる所を聽いて、未だ一に合すること能わず。(明道云う。)

或問明道先生、如何斯可謂之恕。先生曰、充擴得去則爲恕。心如何是充擴得去底氣象。曰、天地變化草木蕃。充擴不去時如何。曰、天地閉、賢人隱。
【読み】
或るひと明道先生に問う、如何なる斯れ之を恕と謂う可き、と。先生曰く、充擴し得去るときは則ち恕と爲す、と。心如何にしてか是れ充擴し得去る底の氣象ぞ。曰く、天地變化して草木蕃る、と。充擴し去らざる時は如何。曰く、天地閉ぢて、賢人隱る、と。

敢問、何謂浩然之氣。孟子曰、難言也。明道先生云、只他道箇難言也、便知這漢肚裏有爾許大事。若是不理會得底、便撐拄胡說將去。
【読み】
敢えて問う、何を浩然の氣と謂う。孟子曰く、言い難し、と。明道先生云く、只他箇の言い難しと道えるは、便ち這の漢肚裏に爾[しか]く許大の事有ることを知るのみ。若し是れ理會し得ざる底は、便ち胡說を撐拄[とうちゅう]し將ち去らん、と。

橫渠嘗言、吾十五年學箇恭而安不成。明道曰、可知是學不成。有多少病在。
【読み】
橫渠嘗て言う、吾れ十五年箇の恭しくして安しというを學べども成らず、と。明道曰く、知る可し、是れ學成らざることを。多少の病在る有り。

明道嘗曰、吾學雖有所受、天理二字却是自家體貼出來。
【読み】
明道嘗て曰く、吾が學受くる所有りと雖も、天理の二字は却って是れ自家體貼し出し來る、と。

陝西曾有議欲罷鑄銅錢者。以謂官中費一貫鑄得一貫爲無利。伊川曰、此便是公家之利。利多費省、私鑄者衆。費多利薄、盜鑄者息。盜鑄者息、權歸公上。非利而何。又曾有議解鹽鈔欲高其價者、增六千爲八千。伊川曰、若增鈔價、賣數須減。鹽出旣衆、低價易之、人人食鹽、鹽不停積、歲入必敷。已而增鈔價、歲額果虧。減之而歲入溢。溫公初起時、欲用伊川。伊川曰、帶累人去裏。使韓・富在時、吾猶可以成事。後來溫公欲變法。伊川使人語之曰、切未可動著役法。動著卽三五年不能得定疊去。未幾變之。果紛紛不能定。
【読み】
陝西曾て議して銅錢を鑄ることを罷めんと欲する者有り。以謂えらく、官中一貫を費やして一貫を鑄り得ば利無しとせん、と。伊川曰く、此れ便ち是れ公家の利なり。利多く費え省けば、私に鑄る者衆からん。費え多く利薄ければ、盜み鑄る者息まん。盜み鑄る者息まば、權公上に歸せん。利に非ずして何ぞ、と。又曾て議して鹽鈔を解して其の價を高くせんと欲する者有り、六千を增して八千とす。伊川曰く、若し鈔價を增さば、賣數須く減ずべし。鹽出ること旣に衆くして、價を低くして之を易えば、人人鹽を食って、鹽停積せずして、歲入必ず敷[た]りん、と。已にして鈔價を增して、歲額果たして虧く。之を減じて歲入溢る。溫公初めて起こる時、伊川を用いんと欲す。伊川曰く、人を帶累し去らん。使[も]し韓・富在る時ならば、吾れ猶以て事を成す可し、と。後來溫公法を變ぜんと欲す。伊川人をして之に語らしめて曰く、切に未だ役法を動著す可からず。動著せば卽ち三五年にして定疊し去ることを得ること能わじ、と。未だ幾ならずして之を變ず。果たして紛紛として定むること能わず。

溫公作中庸解。不曉處闕之。或語明道。明道曰、闕甚處。曰、如强哉矯之類。明道笑曰、由自得裏、將謂從天命之謂性處便闕却。
【読み】
溫公中庸の解を作る。曉かさざる處は之を闕く。或るひと明道に語る。明道曰く、甚れの處を闕く、と。曰く、强なるかな矯たりというの類の如し、と。明道笑って曰く、自得裏に由って、將謂うに天の命之を性と謂う處從り便ち闕却せん、と。

明道嘗論呂微仲曰、宰相、呂微仲須做。只是這漢俗。
【読み】
明道嘗て呂微仲を論じて曰く、宰相は、呂微仲須く做すべし。只是れ這の漢俗なるのみ、と。

明道先生善言詩。佗又渾不曾章解句釋、但優游玩味、吟哦上下、便使人有得處。瞻彼日月、悠悠我思。道之云遠、曷云能來。思之切矣。終曰百爾君子、不知德行、不忮不求、何用不臧、歸於正也。
【読み】
明道先生善く詩を言う。佗又渾[すべ]て曾て章解句釋せず、但優游玩味して、上下を吟哦して、便ち人をして得る處有らしむるのみ。彼の日月を瞻れば、悠悠として我れ思いあり。道の云[ここ]に遠き、曷ぞ云に能く來らん、と。思いの切なるなり。終わりに百[およ]そ爾君子、德行を知らざらんや、忮[そこな]わず求[むさぼ]らず、何を用ってか臧[よ]からざらんと曰うは、正しきに歸するなり。

孟子曰、養心莫善於寡欲。此一句如何。謝子曰、吾昔亦曾問。伊川先生曰、此一句淺近、不如理義之悅我心、猶芻豢之悅我口、最親切有滋味。然須是體察得、理義之悅我心、眞箇猶芻豢始得。明道先生曰、操則存、舍則亡、出入無時、非聖人之言也。心安得有出入乎。
【読み】
孟子曰く、心を養うは欲を寡くするより善きは莫し、と。此の一句如何。謝子曰く、吾れ昔亦曾て問う。伊川先生曰く、此の一句淺近にして、理義の我が心を悅ばしむること、猶芻豢の我が口を悅ばしむるがごとしというの、最も親切にして滋味有るに如かず。然れども須く是れ體察し得るべく、理義の我が心を悅ばしむること、眞に箇の猶芻豢のごとくにして始めて得ん、と。明道先生曰く、操るときは則ち存し、舍つるときは則ち亡す、出入時無しとは、聖人の言に非ず。心安んぞ出入有ることを得んや、と。

問、莊周與佛如何。伊川曰、周安得比他佛。佛說直有高妙處。莊周氣象大、故淺近。如人睡初覺時、乍見上下東西、指天說地。怎消得恁地。只是家常茶飯、誇逞箇甚底。
【読み】
問う、莊周と佛と如何、と。伊川曰く、周安んぞ他の佛に比することを得ん。佛說は直に高妙なる處有り。莊周は氣象大なり、故に淺近なり。人睡り初めて覺る時、乍[たちま]ち上下東西を見て、天を指し地を說くが如し。怎[いか]んぞ恁地[かくのごと]きことを消[もち]い得ん。只是れ家常に茶飯、誇逞なるは箇の甚の底ぞ、と。

吾曾歷舉佛說與吾儒同處問。伊川先生曰、恁地同處雖多、只是本領不是。一齊差却。
【読み】
吾れ曾て歷[あまね]く佛說と吾儒と同じき處を舉げて問う。伊川先生曰く、恁地く同じき處多しと雖も、只是れ本領是ならず。一齊に差却せり、と。

謝子與伊川別一年、往見之。伊川曰、相別又一年、做得甚工夫。謝曰、也只去箇矜字。曰、何故。曰、子細檢點得來、病痛盡在這裏。若按伏得這箇罪過、方有向進處。伊川點頭。因語在坐同志者曰、此人爲學、切問近思者也。
【読み】
謝子と伊川と別るること一年、往いて之に見ゆ。伊川曰く、相別るること又一年ならば、甚の工夫を做し得る、と。謝曰く、也只箇の矜の字を去るのみ、と。曰く、何の故ぞ、と。曰く、子細に檢點し得來るに、病痛盡く這の裏に在り。若し這箇の罪過を按伏し得ば、方に向かい進む處有らん、と。伊川點頭す。因りて坐に在る同志の者に語りて曰く、此の人の學を爲むる、切に問い近く思う者なり、と。

問有鬼神否。明道先生曰、待向你道無來、你怎生信得及。待向你道有來、你且去尋討看。
【読み】
問う、鬼神有りや否や、と。明道先生曰く、你に向かって無しと道い來るを待たば、你怎生[いかん]ぞ信ずること得及ぼする。你に向かって有りと道い來るを待たば、你且つ尋討し去って看ん、と。

謝子曰、吾嘗習忘以養生。明道曰、施之養生則可、於道則有害。習忘可以養生者、以其不留情也。學道則異於是。必有事焉而勿正、何謂乎。且出入起居、寧無事者。正心待之、則先事而迎。忘則涉乎去念、助則近於留情。故聖人心如鑑。孟子所以異於釋氏、此也。
【読み】
謝子曰く、吾れ嘗て忘るることを習って以て生を養う、と。明道曰く、之を生を養うに施さば則ち可なり、道に於ては則ち害有り。忘るることを習って以て生を養う可き者は、其の情に留めざるを以てなり。道を學ぶことは則ち是に異なり。必ず事有って正[あてて]すること勿かれとは、何の謂ぞや。且つ出入起居、寧んぞ事とすること無き者あらんや。心に正して之を待つときは、則ち事に先だって迎う。忘るるときは則ち念を去るに涉り、助くるときは則ち情に留むるに近し。故に聖人の心は鑑の如し。孟子の釋氏に異なる所以は、此れなり、と。

苗履見伊川、語及一武帥。苗曰、此人舊日宣力至多。今官高而自愛、不肯向前。伊川曰、何自待之輕乎。位愈高則當愈思所以報國者。饑則爲用、飽則揚去、是以鷹犬自期也。
【読み】
苗履伊川に見えて、語一武帥に及ぶ。苗曰く、此の人舊日力を宣ぶること至って多し。今官高くして自愛して、肯えて前に向かわず、と。伊川曰く、何ぞ自ら待つことの輕きや。位愈々高きときは則し當に愈々國に報ずる所以の者を思うべし。饑うれば則ち爲に用いられ、飽けば則ち揚がり去るは、是れ鷹犬を以て自ら期するなり、と。

二十年前往見伊川(一本作伯淳。)。伊川曰、近日事如何。某對曰、天下何思何慮。伊川曰、是則是有此理、賢却發得太早在。伊川直是會鍛錬得人。說了又恰道、恰好著工夫也。
【読み】
二十年前往いて伊川(一本に伯淳に作る。)に見ゆ。伊川曰く、近日事如何、と。某對えて曰く、天下何をか思い何をか慮らん、と。伊川曰く、是れ則ち是れ此の理有れども、賢は却って發得すること太だ早し、と。伊川は直[ただ]是れ人を鍛錬し得るを會す。說き了わって又恰道、恰好なるは工夫を著ければなり。

明道初見謝、語人曰、此秀才展托得開、將來可望。
【読み】
明道初めて謝を見て、人に語って曰く、此の秀才展托して開くことを得ば、將來望む可し、と。

每進語相契。伯淳必曰、更須勉力。
【読み】
進み語る每に相契[あ]う。伯淳必ず曰く、更に須く勉め力むべし、と。

昔伯淳敎誨、只管著他言語。伯淳曰、與賢說話、却如扶醉漢。救得一邊、倒了一邊。只怕人執著一邊。
【読み】
昔伯淳敎誨するに、只管他の言語に著す。伯淳曰く、賢と說話するは、却って醉漢を扶くるが如し。一邊を救い得れば、一邊に倒れ了わる。只怕[おそ]れらくは人一邊に執著せんことを、と。

明道先生坐如泥塑人。接人則渾是一團和氣。
【読み】
明道先生坐しては泥塑人の如し。人に接するときは則ち渾[すべ]て是れ一團の和氣なり。

正叔視伯淳墳、嘗侍行、問佛儒之辨。正叔指牆圍曰、吾儒從裏面做。豈有不見。佛氏只從牆外見了。却不肯入來做。不可謂佛氏無見處。
【読み】
正叔伯淳の墳を視るとき、嘗て侍行して、佛儒の辨を問う。正叔牆圍を指して曰く、吾が儒は裏面從り做す。豈見ざること有らんや。佛氏は只牆外從り見了わる。却って肯えて入り來らずして做す。佛氏は見處無しと謂う可からず、と。

學者先學文、鮮有能至道。至如博觀泛覽、亦自爲害。故明道先生敎余嘗曰、賢讀書、愼不要尋行數墨。
【読み】
學者先づ文を學ぶは、能く道に至ること有ること鮮し。博く觀泛く覽るが如きに至って、亦自ら害を爲す。故に明道先生余に敎えて嘗て曰く、賢が書を讀む、愼んで行いを尋[つ]ぎ墨を數うることを要せざれ、と。

謝子見河南夫子、辭而歸、尹子送焉、問曰、何以敎我。謝子曰、吾徒朝夕從先生、見行則學、聞言則識。譬如有人服烏頭者。方其服也、顏色悅澤、筋力强盛。一旦烏頭力去、將如之何。尹子反以告夫子。夫子曰、可謂益友矣。
【読み】
謝子河南の夫子に見え、辭して歸るとき、尹子送って、問いて曰く、何を以て我に敎うる、と。謝子曰く、吾れ徒に朝夕先生に從いて、行いを見れば則ち學び、言を聞けば則ち識す。譬えば人烏頭を服する者有るが如し。其の服するに方っては、顏色悅澤し、筋力强盛なり。一旦烏頭の力去らば、將之を如何にせん、と。尹子反って以て夫子に告す。夫子曰く、益友と謂う可し、と。

昔錄五經語作一冊。伯醇見謂曰、玩物喪志。
【読み】
昔五經の語を錄して一冊と作す。伯醇見て謂いて曰く、物を玩べば志を喪う、と。

明道見謝子記問甚博、曰、賢却記得許多。謝子不覺身汗面赤。先生曰、只此便是惻隱之心。(惻然有隱於心。)
【読み】
明道謝子の記問甚だ博きを見て、曰く、賢却って記し得ること許多なり、と。謝子覺えず身汗し面赤し。先生曰く、只此れ便ち是れ惻隱の心なり、と。(惻然として心に隱[いた]むこと有り。)

伯醇謂正叔曰、異日能尊師道、是二哥。若接引後學、隨人才成就之、則不敢讓。
【読み】
伯醇正叔に謂いて曰く、異日能く師道を尊ぶは、是れ二哥ならん。後學を接引して、人才に隨って之を成就するが若きは、則ち敢えて讓らじ、と。

伯醇常談詩、竝不下一字訓詁、有時只轉却一兩字、點(平聲。)掇地念過、便敎人省悟。又曰、古人所以貴親炙之也。
【読み】
伯醇常に詩を談ずるに、竝びに一字の訓詁を下さず、時有りて只一兩字を轉却して、點(平聲。)掇地[てつち]に念じ過ぎ、便ち人をして省悟せしむ。又曰く、古人の之に親炙することを貴ぶ所以なり、と。

邢七云、一日三點檢。伯醇曰、可哀也哉。其餘時多、會甚事。蓋倣三省之說錯了。可見不曾用功。又多逐人面上說一般話。伯醇責之。邢曰、無可說。伯醇曰、無可說、便不得不說。
【読み】
邢七云く、一日に三たび點檢す、と。伯醇曰く、哀しむ可きかな。其の餘は時多し、甚事を會する、と。蓋し三省の說に倣いて錯り了わる。見る可し曾て功を用いざることを。又多く人を逐って面上に一般の話を說く。伯醇之を責む。邢曰く、說く可き無し、と。伯醇曰く、說く可き無くんば、便ち說かざることを得ざらんや、と。

張橫渠著正蒙時、處處置筆硯、得意卽書。伯醇云、子厚却如此不熟。
【読み】
張橫渠正蒙を著す時、處處に筆硯を置いて、意を得れば卽ち書す。伯醇云く、子厚は却って此の如く熟せず、と。

或舉伯醇語云、人有四百四病、皆不由自家。則是心須敎由自家。
【読み】
或るひと伯醇の語を舉げて云く、人には四百四病有りて、皆自家に由らず。則ち是れ心は須く自家に由らしむべし、と。

伊川與君實語、終日無一句相合。明道與語、直是道得下。
【読み】
伊川君實と語るに、日を終うるまで一句も相合えること無し。明道與に語れば、直に是れ道い得下す。

堯夫易數甚精。自來推長曆者、至久必差。惟堯夫不然。指一二近事、當面可驗。明道云、待要傳與某兄弟。某兄弟那得工夫。要學、須是二十年功夫。明道聞說甚熟。一日因監試無事、以其說推算之、皆合。出謂堯夫曰、堯夫之數、只是加一倍法。以此知太玄都不濟事。堯夫驚撫其背曰、大哥你恁聰明。伊川謂堯夫、知易數爲知天、知易理爲知天。堯夫云、須還知易理爲知天。因說、今年雷起甚處。伊川云、堯夫怎知某便知。又問、甚處起。伊川云、起處起。堯夫愕然。他日、伊川問明道曰、加倍之數如何。曰、都忘之矣。因歎其心無偏繫如此。
【読み】
堯夫易の數甚だ精し。自來長曆を推す者、久しきに至って必ず差う。惟堯夫のみ然らず。一二の近事を指すに、當面に驗す可し。明道云く、某兄弟に傳與せんことを待要す。某兄弟那[なん]ぞ工夫を得ん。學ばんことを要せば、須く是れ二十年の功夫なるべし、と。明道說を聞くこと甚だ熟せり。一日監試事無きに因りて、其の說を以て之を推し算[はか]るに、皆合えり。出て堯夫に謂いて曰く、堯夫の數は、只是れ一倍を加うる法なり。此を以て太玄を知るも都て事を濟さず、と。堯夫驚いて其の背を撫でて曰く、大哥你恁[か]く聰明なり、と。伊川堯夫に謂えらく、易の數を知るを天を知るとするか、易の理を知るを天を知るとするか、と。堯夫云く、須く還って易の理を知るを天を知るとするべし、と。因りて說く、今年雷起こるは甚[いづ]れの處ぞ、と。伊川云く、堯夫怎[いか]んぞ知らん、某は便ち知る、と。又問う、甚れの處に起こる、と。伊川云く、起こる處に起こる、と。堯夫愕然たり。他日、伊川明道に問いて曰く、加倍の數は如何、と。曰く、都て之を忘れり、と。因りて歎ず、其の心偏繫無きこと此の如くなることを。

舉明道云、忠恕兩字、要除一箇除不得。
【読み】
舉す、明道云く、忠恕の兩字、一箇を除かんと要すとも除くこと得じ、と。

明道語云、病臥於牀、委之庸醫、比於不慈不孝。事親者、亦不可不知醫。
【読み】
明道の語に云く、病みて牀に臥するに、之を庸醫に委ぬるは、不慈不孝に比す。親に事うる者は、亦醫を知らずんばある可からず、と。

伯醇先生云、別人喫飯從脊皮上過。我喫飯從肚裏去。
【読み】
伯醇先生云く、別人飯を喫すれば脊皮上從り過ぐ。我れ飯を喫すれば肚裏從り去る、と。

范夷叟欲同二程去看劚地黃。明道率先生。先生以前輩爲辭。明道云、又何妨。一般是人。
【読み】
范夷叟二程と同じく去って地黃を劚[ほ]るを看んと欲す。明道先生を率う。先生前輩を以て辭を爲す。明道云く、又何ぞ妨げん。一般是れ人、と。

右三十七條見上蔡語錄。(謝良佐字顯道、二先生門人。)
【読み】
右の三十七條上蔡語錄に見る。(謝良佐字は顯道、二先生の門人なり。)

明道云、必有關雎・麟趾之意、然後可行周公法度。
【読み】
明道云く、必ず關雎・麟趾の意有って、然して後に周公の法度を行う可し、と。

先生曰、明道嘗言、學者不可以不看詩。看詩便使人長一格價。
【読み】
先生曰く、明道嘗て言く、學者は以て詩を看ずんばある可からず。詩を看れば便ち人をして一格の價を長ぜしむ、と。

明道在穎昌、先生尋醫、調官京師。因往穎昌從學。明道甚喜、每言曰、楊君最會得容易。及歸、送之出門、謂坐客曰、吾道南矣。先是、建安林志寧出入潞公門下求敎。潞公云、某此中無相益。有二程先生者、可往從之。因使人送明道處。志寧乃語定夫及先生。先生謂、不可不一見也。於是同行。時謝顯道亦在。謝爲人誠實、但聰悟不及先生。故明道每言、楊君聰明。謝君如水投石。然亦未嘗不稱其善。伊川自涪歸、見學者凋落、多從佛學。獨先生與謝丈不變。因歎曰、學者皆流於夷狄矣。唯有楊・謝二君長進。
【読み】
明道穎昌に在るとき、先生醫を尋ねて、官に京師に調[うつ]る。因りて穎昌に往いて從い學ぶ。明道甚だ喜んで、每に言いて曰く、楊君は最も會し得ること容易なり、と。歸るに及んで、之を送って門を出て、坐客に謂いて曰く、吾が道南す、と。是れより先、建安の林志寧潞公の門下に出入して敎を求む。潞公云く、某此の中相益する無し。二程先生という者有り、往いて之に從う可し、と。因りて人をして明道の處に送らしむ。志寧乃ち定夫及び先生に語る。先生謂く、一見せずんばある可からざるなり、と。是に於て同じく行く。時に謝顯道亦在り。謝の人と爲り誠實、但聰悟先生に及ばず。故に明道每に言う、楊君は聰明なり。謝君は水に石を投ずるが如し。然れども亦未だ嘗て其の善を稱せずんばあらず、と。伊川涪自り歸って、學者凋落して、多くは佛學に從うを見る。獨り先生と謝丈と變ぜず。因りて歎じて曰く、學者皆夷狄に流る。唯楊・謝二君のみ有って長く進む、と。

明道先生作縣、凡坐處皆書視民如傷四字。常曰、顥常愧此四字。
【読み】
明道先生縣と作るとき、凡そ坐する處に皆民を視ること傷めるが如しという四字を書す。常に曰く、顥常に此の四字を愧づ、と。

伊川二十四五時、呂原明首師事之。
【読み】
伊川二十四五の時、呂原明首めて之に師とし事う。

右四條見龜山語錄。(楊時字中立、二先生門人也。)
【読み】
右の四條龜山語錄に見る。(楊時字は中立、二先生の門人なり。)

扶溝地卑、歲有水旱。明道先生經畫溝洫之法以治之。未及興工而先生去官。先生曰、以扶溝之地盡爲溝洫、必數年乃成。吾爲經畫十里之閒、以開其端。後之人知其利、必有繼之者矣。夫爲令之職、必使境内之民、凶年饑歲免於死亡、飽食逸居有禮義之訓、然後爲盡。故吾於扶溝、興設學校、聚邑人子弟敎之。亦幾成而廢。夫百里之施至狹也。而道之興廢繫焉。是數事者、皆未及成。豈不有命與。然知而不爲、而責命之興廢、則非矣。此吾所以不敢不盡心也。
【読み】
扶溝は地卑くして、歲ごとに水旱有り。明道先生溝洫の法を經畫して以て之を治めんとす。未だ工を興すに及ばずして先生官を去る。先生曰く、扶溝の地を以て盡く溝洫を爲さば、必ず數年にして乃ち成らん。吾れ十里の閒を經畫することを爲して、以て其の端を開く。後の人其の利を知らば、必ず之を繼ぐ者有らん。夫れ令の職爲る、必ず境内の民をして、凶年饑歲に死亡に免れ、飽食逸居して禮義の訓有らしめて、然して後に盡くせりとす。故に吾れ扶溝に於て、學校を興し設けて、邑人の子弟を聚めて之を敎う。亦幾ど成らんとして廢せり。夫れ百里の施は至って狹し。而れども道の興廢は焉に繫れり。是の數事の者、皆未だ成るに及ばず。豈命有らざらんや。然れども知って爲さずして、命の興廢を責むるは、則ち非なり。此れ吾が敢えて心を盡くさずんばあらざる所以なり、と。

右一事見庭聞藁錄。(楊公之子迥所記。)
【読み】
右の一事庭聞藁錄に見る。(楊公の子迥が記する所。)

朱公掞來見明道於汝。歸謂人曰、光庭在春風中坐了一箇月。遊・楊初見伊川、伊川瞑目而坐。二子侍立。旣覺、顧謂曰、賢輩尙在此乎。日旣晩、且休矣。及出門、門外之雪深一尺。
【読み】
朱公掞來りて明道に汝に見ゆ。歸りて人に謂いて曰く、光庭春風の中に在って坐了すること一箇月、と。遊・楊初めて伊川に見ゆるとき、伊川目を瞑して坐す。二子侍立せり。旣に覺めて、顧みて謂いて曰く、賢が輩尙此に在るや。日旣に晩れぬ、且つ休せよ、と。門を出るに及んで、門外の雪深きこと一尺なり。

伊川先生在經筵、每進講、必博引廣喩以曉悟人主。講退、范堯夫曰、先生怎生記得許多。先生曰、只爲不記、故有許多。若還記、却無許多也。
【読み】
伊川先生經筵に在るとき、進講する每に、必ず博く引き廣く喩して以て人主を曉悟せしむ。講じ退くとき、范堯夫曰く、先生怎生ぞ記し得ること許多なる、と。先生曰く、只記せざるが爲に、故に許多なること有り。若し還って記せば、却って許多なること無からん、と。

明道先生謂、謝子雖少魯直、是誠篤。理會事有不透、其顙有泚。其憤悱如此。
【読み】
明道先生謂く、謝子は少しく魯直なりと雖も、是れ誠篤なり。事を理會するに透らざること有れば、其の顙に泚[せい]すること有り。其の憤悱此の如し、と。

右三事見侯子雅言。(侯仲良字師聖、二先生之内弟。)
【読み】
右の三事侯子雅言に見る。(侯仲良字は師聖、二先生の内弟なり。)

和靖嘗以易傳序請問曰、至微者理也、至著者象也、體用一源、顯微無閒、莫太洩露天機否。伊川曰、如此分明說破、猶自人不解悟。(祁寬錄云、伊川曰、汝看得如此甚善。呂堅中錄云、伊川曰、亦不得已言之耳。)
【読み】
和靖嘗て易傳の序を以て請問して曰く、至微なる者は理なり、至著なる者は象なり、體用一源、顯微閒無しとは、太だ天機を洩露すること莫しや否や、と。伊川曰く、此の如く分明に說破するとも、猶自づから人解悟せざらん、と。(祁寬が錄に云く、伊川曰く、汝看得ること此の如く甚だ善し、と。呂堅中が錄に云く、伊川曰く、亦已むことを得ずして之を言うのみ、と。)

和靖嘗請曰、某今日解得心廣體胖之義。伊川正色曰、如何。和靖曰、莫只是樂否。伊川曰、樂亦沒處著。
【読み】
和靖嘗て請いて曰く、某今日心廣く體胖[ゆた]かなるの義を解し得たり、と。伊川色を正して曰く、如何、と。和靖曰く、只是れ樂しむこと莫しや否や、と。伊川曰く、樂しむは亦著くるに處沒[な]し、と。

和靖偶學虞書。伊川曰、賢那得許多工夫。
【読み】
和靖偶々虞書を學ぶ。伊川曰く、賢那[なん]ぞ許多の工夫を得る、と。

思叔詬詈僕夫。伊川曰、何不動心忍性。思叔慙謝。
【読み】
思叔僕夫を詬詈[こうり]す。伊川曰く、何ぞ心を動かし性を忍びざる、と。思叔慙ぢ謝す。

暇日靜坐、和靖・孟敦夫(名厚、潁川人。)・張思叔侍。伊川指面前水盆語曰、淸靜中一物不可著。才著物便搖動。
【読み】
暇日靜坐するに、和靖・孟敦夫(名は厚、潁川の人。)・張思叔侍せり。伊川面前の水盆を指して語って曰く、淸靜の中一物も著く可からず。才かに物を著くれば便ち搖動す、と。

一日置酒。伊川曰、飮酒不妨、但不可過。惟酒無量、不及亂。聖人豈有作亂者事。但恐亂其氣血致疾、或語言錯顚、容貌傾側。皆亂也。
【読み】
一日置酒す。伊川曰く、酒を飮むことは妨げず、但過ごす可からず。惟酒は量り無し、亂るるに及ばず、と。聖人豈亂を作す者事有らんや。但恐れらくは其の氣血を亂して疾を致し、或は語言錯顚し、容貌傾側せんことを。皆亂るるなり、と。

伊川歸自涪州、氣貌容色髭髮皆勝平昔。門人問、何以得此。先生曰、學之力也。大凡學者學處患難貧賤。若富貴榮達、卽不須學也。
【読み】
伊川涪州自り歸って、氣貌容色髭髮皆平昔に勝れり。門人問う、何を以て此を得る、と。先生曰く、學の力なり。大凡學者は患難貧賤に處することを學ぶ。富貴榮達の若きは、卽ち學ぶことを須いず、と。

鮑若雨・劉安世・劉安節數人自太學謁告來洛、見伊川問、堯・舜之道、孝弟而已矣。堯・舜之道、何故止於孝弟。伊川曰、曾見尹焞否。曰、未也。請、往問之。諸公遂來見和靖、以此爲問。和靖曰、堯・舜之道、止於孝弟、孝弟非堯・舜不能盡。自冬溫夏淸、昏定晨省、以至聽於無聲、視於無形。又如事父孝、故事天明、事母孝、故事地察、天地明察、神明彰矣、直至通於神明、光於四海。非堯・舜大聖人、不能盡此。復以此語白伊川。伊川曰、極是。縱使某說、亦不過此。
【読み】
鮑若雨・劉安世・劉安節の數人太學に謁告して自り洛に來りて、伊川に見えて問う、堯・舜の道は、孝弟なるのみ、と。堯・舜の道は、何故に孝弟に止まる、と。伊川曰く、曾て尹焞を見るや否や、と。曰く、未だし、と。請う、往いて之を問え。諸公遂に來りて和靖を見て、此を以て問うことを爲す。和靖曰く、堯・舜の道、孝弟に止まるは、孝弟は堯・舜に非ざれば盡くすこと能わず。冬は溫め夏は淸[すず]しくし、昏は定めて晨は省みる自りして、以て聲無きに聽き、形無きに視るに至る。又父に事うること孝なり、故に天に事うること明らかなり、母に事うること孝なり、故に地に事うること察らかなり、天地明察にして、神明彰らかなりというが如き、直に神明に通じ、四海に光るに至る。堯・舜の大聖人に非ずんば、此を盡くすこと能わじ、と。復此の語を以て伊川に白[もう]す。伊川曰く、極めて是なり。縱使[たと]い某說くとも、亦此に過ぎじ、と。

右八事涪陵記善錄。(馮忠恕所記尹公語。尹名焞、字彥明、伊川先生門人。)
【読み】
右の八事涪陵記善錄。(馮忠恕が記する所の尹公の語。尹名は焞、字は彥明、伊川先生の門人。)

遊定夫酢問伊川曰、戒愼乎其所不睹、恐懼乎其所不聞、便可馴致於無聲無臭否。伊川曰、固是。後謝顯道(良佐。)問伊川、如定夫之問。伊川曰、雖卽有此理、然其閒有多少般數。謝曰、旣云可馴致、更有何般數。伊川曰、如荀子謂始乎爲士、終乎爲聖人、此語有何不可。亦是馴致之道。然他却以性爲惡、桀・紂性也、堯・舜僞也。似此馴致、便不錯了。
【読み】
遊定夫酢伊川に問いて曰く、其の睹ざる所に戒愼し、其の聞かざる所に恐懼せば、便ち聲も無く臭も無きを馴致す可きや否や、と。伊川曰く、固に是なり、と。後に謝顯道(良佐。)伊川に問うこと、定夫の問いの如し。伊川曰く、卽ち此の理有りと雖も、然れども其の閒多少般の數有り、と。謝曰く、旣に馴致す可しと云わば、更に何般の數有らん、と。伊川曰く、荀子士と爲るに始まり、聖人と爲るに終わると謂うが如き、此の語何の不可なること有らん。亦是れ馴致するの道なり。然れども他却って性を以て惡と爲して、桀・紂を性とし、堯・舜を僞りとす。此れ似[よ]り馴致せば、便ち錯り了わらざらんや、と。

楊子安侍郎學禪、不信伊川、每力攻其徒。又使其親戚王元致問難於和靖先生曰、六經蓋藥也。無病安所用乎。先生曰、固是。只爲開眼卽是病。王屈服以歸。伊川自涪陵歸。過襄陽、子安在焉。子安問、易從甚處起。時方揮扇。伊川以扇柄畫地一下曰、從這裏起。子安無語。後至洛中、子安舉以告和靖先生。且曰、某當時悔不更問此畫從甚處起。和靖以告伊川。伊川曰、待他問時、只與嘿然得似箇子安更喜懽也。先生舉示子安。子安由此遂服。
【読み】
楊子安侍郎禪を學んで、伊川を信ぜず、每に力めて其の徒を攻む。又其の親戚王元致をして和靖先生に問難せしめて曰く、六經は蓋し藥なり。病無くんば安んぞ用うる所あらんや、と。先生曰く、固に是なり。只眼を開くことをすれば卽ち是れ病む、と。王屈服して以て歸る。伊川涪陵自り歸る。襄陽を過るとき、子安焉に在り。子安問う、易は甚れの處從り起こる、と。時に方に扇を揮う。伊川扇の柄を以て地に畫して一下して曰く、這の裏從り起こる、と。子安語無し。後に洛中に至りて、子安舉げて以て和靖先生に告ぐ。且つ曰く、某當時更に此の畫は甚れの處從り起こると問わざることを悔ゆ、と。和靖以て伊川に告す。伊川曰く、他問う時を待って、只與に嘿然[もくぜん]たらば箇の子安更に喜び懽[よろこ]ぶに似ることを得ん、と。先生子安に舉示す。子安此に由って遂に服す。

伊川與和靖論義命。和靖曰、命爲中人以下說。若聖人只有箇義。伊川曰、何謂也。和靖曰、行一不義、殺一不辜而得天下、皆不爲也。奚以命爲。伊川大賞之。又論動靜之際、聞寺僧撞鍾。和靖曰、說著靜、便多一箇動字。說動亦然。伊川頷之。和靖每曰、動靜只是一理、陰陽死生亦然。
【読み】
伊川と和靖と義命を論ず。和靖曰く、命は中人以下の爲に說く。聖人の若きは只箇の義有るのみ、と。伊川曰く、何の謂ぞや、と。和靖曰く、一つの不義を行い、一つの辜あらざるを殺して天下を得るとも、皆せざるなり、と。奚んぞ命を以てすることをせん、と。伊川大いに之を賞す。又動靜の際を論ずるに、寺僧鍾を撞くを聞く。和靖曰く、靜と說著すれば、便ち一箇の動の字多し。動と說くも亦然り、と。伊川之に頷く。和靖每に曰く、動靜は只是れ一理、陰陽死生も亦然り、と。

謝顯道習舉業、已知名。往扶溝見明道先生受學、志甚篤。明道一日謂之曰、爾輩在此相從、只是學某言語。故其學心口不相應。盍若行之。請問焉。曰、且靜坐。伊川每見人靜坐、便歎其善學。
【読み】
謝顯道舉業を習って、已に名を知らる。扶溝に往いて明道先生に見えて學を受けて、志甚だ篤し。明道一日之に謂いて曰く、爾が輩此に在りて相從うに、只是れ某が言語を學ぶのみ。故に其の學は心口相應ぜず。盍[なん]ぞ若[かくのごと]く之を行わざる、と。請い問う。曰く、且く靜坐せよ、と。伊川人の靜坐するを見る每に、便ち其の善く學ぶことを歎ず。

先生曰、伊川常愛衣皁、或塼褐紬襖。其袖亦如常人。所戴紗巾、背後望之如鍾形。其製乃似今道士謂之仙桃巾者。然不曾傳得樣。不知今人謂之習伊川學者、大袖方頂何謂。(先生在洛中、常裹昌黎巾。)
【読み】
先生曰く、伊川常に衣の皁[そう]、或は塼褐[せんかつ]紬襖[ちゅうおう]を愛す。其の袖も亦常人の如し。戴[おお]う所の紗巾、背後より之を望めば鍾の形の如し。其の製は乃ち今の道士之を仙桃巾と謂う者に似れり。然れども曾て樣を傳え得ず。知らず、今人之を伊川に習う學者は大袖方頂すと謂うは何の謂ぞや、と。(先生洛中に在るとき、常に昌黎巾を裹[くる]む。)

先生嘗問伊川、鳶飛戾天、魚躍于淵、莫是上下一理否。伊川曰、到這裏只得點頭。
【読み】
先生嘗て伊川に問う、鳶飛んで天に戾[いた]り、魚淵に躍るとは、是れ上下一理なること莫しや否や、と。伊川曰く、這の裏に到れば只點頭を得るのみ、と。

郭忠孝每見伊川問論語。伊川皆不答。一日、伊川語之曰、子從事於此多少時、所問皆大。且須切問而近思。
【読み】
郭忠孝伊川に見ゆる每に論語を問う。伊川皆答えず。一日、伊川之に語りて曰く、子事に此に從うこと多少の時、問う所皆大なり。且須く切に問いて近く思うべし、と。

先生曰、張思叔一日於伊川坐上理會盡心、知性、知天事天。伊川曰、釋氏只令人到知天處休了、更無存心養性事天也。思叔曰、知天便了、莫更省事否。伊川曰、子何似顏子。顏子猶視聽言動、不敢非禮、乃所以事天也。子何似顏子。
【読み】
先生曰く、張思叔一日伊川の坐上に於て心を盡くし、性を知り、天を知り天に事うることを理會す。伊川曰く、釋氏は只人をして天を知る處に到って休了せしめて、更に心を存し性を養い天に事うること無し、と。思叔曰く、天を知って便了せば、更に事を省ること莫しや否や、と。伊川曰く、子何ぞ顏子に似[し]かん。顏子すら猶視聽言動、敢えて非禮せざるは、乃ち天に事うる所以なり。子何ぞ顏子に似かん、と。

先生嘗問於伊川、如何是道。伊川曰、行處是。
【読み】
先生嘗て伊川に問う、如何なるか是れ道、と。伊川曰く、行う處是れなり、と。

先生曰、有人問明道先生、如何是道。明道先生曰、於君臣父子兄弟朋友夫婦上求。
【読み】
先生曰く、人有り明道先生に問う、如何なるか是れ道、と。明道先生曰く、君臣父子兄弟朋友夫婦の上に於て求めよ、と。

昔劉質夫作春秋傳、未成。每有人問伊川、必對曰、已令劉絢作之。自不須某費工夫也。劉傳旣成、來呈伊川。門人請觀。伊川曰、却須著某親作。竟不以劉傳示人。伊川沒後、方得見今世傳解至閔公者。昔又有蜀人謝湜提學字持正、解春秋成。來呈伊川。伊川曰、更二十年後、子方可作。謝久從伊川學、其傳竟不曾敢出。
【読み】
昔劉質夫春秋傳を作って、未だ成らず。人伊川に問うこと有る每に、必ず對えて曰く、已に劉絢をして之を作らしむ。自ら某工夫を費やすことを須いず、と。劉が傳旣に成って、來りて伊川に呈す。門人觀んことを請う。伊川曰く、却って須く某が親作を著すべし、と。竟に劉が傳を以て人に示さず。伊川沒して後、方に今の世傳の解閔公に至る者を見ることを得。昔又蜀人謝湜提學字は持正というもの有り、春秋を解し成す。來りて伊川に呈す。伊川曰く、更に二十年の後、子方に作る可し、と。謝久しく伊川に從って學んで、其の傳竟に曾て敢えて出さず。

張思叔三十歲方見伊川、後伊川一年卒。初以文聞於郷曲、自見伊川後、作文字甚少。伊川每云、張繹朴茂。
【読み】
張思叔三十歲にして方に伊川に見え、伊川に後るること一年にして卒す。初め文を以て郷曲に聞こえ、伊川に見えて自り後は、文字を作ること甚だ少なし。伊川每に云う、張繹は朴茂なり、と。

先生曰、初見伊川時、敎某看敬字。某請益。伊川曰、主一則是敬。當時雖領此語、然不若近時看得更親切。寬問、如何是主一。願先生善喩。先生曰、敬有甚形影。只收斂身心便是主一。且如人到神祠中致敬時、其心收斂、更著不得毫髮事、非主一而何。又曰、昔有趙承議從伊川學。其人性不甚利、伊川亦令看敬字。趙請益。伊川整衣冠、齊容貌而已。趙舉示先生。先生於趙言下有箇省覺處。
【読み】
先生曰く、初めて伊川に見えし時、某をして敬の字を看せしむ。某益を請う。伊川曰く、一を主とすれば則ち是れ敬なり、と。當時此の語を領すと雖も、然れども近時看得すること更に親切なるに若かず、と。寬問う、如何にしてか是れ一を主とする。願わくは先生善く喩せ、と。先生曰く、敬に甚の形影有らん。只身心を收斂すれば便ち是れ一を主とするなり。且人神祠の中に到って敬を致す時の如き、其の心收斂して、更に毫髮の事を著くること得ざること、一を主とするに非ずして何ぞ、と。又曰く、昔趙承議というもの有りて伊川に從いて學ぶ。其の人性甚だ利ならず、伊川亦敬の字を看せしむ。趙益を請う。伊川衣冠を整え、容貌を齊うるのみ。趙先生に舉示す。先生趙が言下に於て箇の省覺する處有り、と。

謝收問學於伊川。答曰、學之大無如仁。汝謂仁是如何。謝久之無入處。一日再問曰、愛人是仁否。伊川曰、愛人乃仁之端、非仁也。謝收去。先生曰、某謂仁者公而已。伊川曰、何謂也。先生曰、能好人、能惡人。伊川曰、善涵養。
【読み】
謝收學を伊川に問う。答えて曰く、學の大なるは仁に如くは無し。汝謂え、仁は是れ如何、と。謝久しくして入る處無し。一日再び問いて曰く、人を愛するは是れ仁なるや否や、と。伊川曰く、人を愛するは乃ち仁の端、仁には非ず、と。謝收去る。先生曰く、某謂えらく仁は公なるのみ、と。伊川曰く、何の謂ぞや、と。先生曰く、能く人を好し、能く人を惡む、と。伊川曰く、善く涵養せよ、と。

先生曰、司馬溫公平生用心甚苦、每患無著心處。明道・伊川常歎其未止。一日、溫公謂明道、某近日有箇著心處甚安。明道曰、何謂也。溫公曰、只有一箇中字、著心於中、甚覺安樂。明道舉似伊川。伊川曰、司馬端明、却只是揀得一箇好字。却不如只敎他常把一串念珠、却似省力。試說與時、他必不受也。又曰、著心、只那著的是何。
【読み】
先生曰く、司馬溫公平生心を用うること甚だ苦しみ、每に心を著くる處無きことを患う。明道・伊川常に其の未だ止まざることを歎ず。一日、溫公明道に謂えらく、某近日箇の心を著くる處甚だ安きこと有り、と。明道曰く、何の謂ぞや、と。溫公曰く、只一箇の中の字有り、心を中に著くれば、甚だ安樂なるを覺う、と。明道伊川に舉似す。伊川曰く、司馬端明、却って只是れ一箇の好の字を揀得す。却って只他をして常に一串の念珠を把らしめて、却って力を省くに似るに如かず。試みに說與せん時、他必ず受けじ、と。又曰く、心を著くるとは、只那の著的か是れ何ぞ、と。

謝顯道久住太學、告行於伊川云、將還蔡州取解、且欲改經禮記。伊川問其故。對曰、太學多士所萃、未易得之。不若郷中可必取也。伊川曰、不意子不受命如此。子貢不受命而貨殖、蓋如是也。顯道復還、次年獲國學解。
【読み】
謝顯道久しく太學に住して、行を伊川に告げて云く、將に蔡州に還って解を取り、且禮記を改經せんと欲す、と。伊川其の故を問う。對えて曰く、太學は多士の萃[あつ]まる所にて、未だ之を得易からず。郷中必ず取る可きに若かず、と。伊川曰く、意わざりき子命を受けざること此の如くならんとは。子貢命を受けずして貨殖すること、蓋し是の如し、と。顯道復還って、次の年國學の解を獲たり。

韓持國與伊川善。韓在穎昌、欲屈致伊川・明道、預戒諸子姪、使置一室、至於修治窗戶、皆使親爲之。其誠敬如此。二先生到暇日、與持國同遊西湖。命諸子侍行。行次、有言貌不莊敬者。伊川囘視、厲聲叱之曰、汝輩從長者行、敢笑語如此、韓氏孝謹之風衰矣。持國遂皆逐去之。(先生聞於持國之子彬叔、名宗質。)
【読み】
韓持國と伊川と善し。韓穎昌に在るとき、伊川・明道を屈致せんと欲して、預め諸々の子姪を戒め、一室を置かしめ、窗戶を修治するに至るまで、皆親ら之を爲さしむ。其の誠敬此の如し。二先生暇日に到って、持國と同じく西湖に遊ぶ。諸子に命じて侍行せしむ。行次、言貌莊敬ならざる者有り。伊川囘視して、聲を厲して之を叱して曰く、汝が輩長者に從って行くに、敢えて笑語すること此の如くならば、韓氏孝謹の風衰えん、と。持國遂に皆之を逐去す。(先生持國の子彬叔、名は宗質に聞けり。)

王介甫爲舍人時、有雜說行於時。其粹處有曰、莫大之惡、成於斯須不忍。又曰、道義重、不輕王公、志意足、不驕富貴、有何不可。伊川嘗曰、若使介甫只做到給事中、誰看得破。
【読み】
王介甫舍人と爲る時、雜說有りて時に行わる。其の粹處に曰えること有り、莫大の惡も、斯須忍びざるに成らん、と。又曰く、道義重くして、王公を輕んせず、志意足りて、富貴に驕らずんば、何の不可なること有らん、と。伊川嘗て曰く、若し介甫をして只給事中に到ることを做さしめば、誰か看得し破せん、と。

伊川歸自涪陵。謝顯道自蔡州來洛中、再親炙焉。久之、伊川謂先生及張思叔繹曰、可去同見謝良佐問之、此囘見吾、有何所得。尹・張如所戒。謝曰、此來方會得先生說話也。張以告伊川。伊川然之。
【読み】
伊川涪陵自り歸る。謝顯道蔡州自り洛中に來りて、再び親炙す。久しくして、伊川先生及び張思叔繹に謂いて曰く、去って同じく謝良佐に見えて之を問う可し、此囘[このたび]吾に見えて、何の得る所か有る、と。尹・張戒むる所の如くす。謝曰く、此來方に先生の說話を會得せり、と。張以て伊川に告す。伊川之を然りとす。

周恭叔(行己。)自太學早年登科。未三十、見伊川。持身嚴苦、塊坐一室、未嘗窺牖。幼議母黨之女。登科後其女雙瞽。遂娶焉、愛過常人。伊川曰、某未三十時、亦做不得此事。然其進銳者其退速。每歎惜之。周以官事求來洛中、監水南糴場、以就伊川。會伊川有涪陵行。後數年、周以酒席有所屬意、旣而密告人曰、勿令尹彥明知。又曰、知又何妨、此不害義理。伊川歸洛、先生以是告之。伊川曰、此禽獸不若也。豈得不害義理。(又曰、以父母遺體偶倡賤、其可乎。)
【読み】
周恭叔(行己。)太學自り早年に登科す。未だ三十ならずして、伊川に見ゆ。身を持すること嚴苦、一室に塊坐して、未だ嘗て牖を窺わず。幼なりしとき母黨の女を議す。登科の後其の女雙瞽す。遂に娶って、愛常人に過ぐ。伊川曰く、某未だ三十ならざる時、亦此の事を做し得ず。然れども其の進むこと銳き者は其の退くこと速やかなり。每に之を歎惜す。周官事を以て洛中に來らんことを求め、水南の糴場[てきじょう]に監として、以て伊川に就く。會々伊川涪陵の行有り。後數年、周酒席を以て意を屬する所有り、旣にして密かに人に告げて曰く、尹彥明をして知らしむること勿かれ、と。又曰く、知るとも又何の妨げあらん、此れ義理を害せず、と。伊川洛に歸るとき、先生是を以て之に告ぐ。伊川曰く、此れ禽獸にも若かず。豈義理を害せざることを得んや、と。(又曰く、父母の遺體を以て賤に偶倡す、其れ可ならんや、と。)

溫州鮑若雨(商霖。)與郷人十輩、久從伊川。一日、伊川遣之見先生。鮑來見、且問、堯・舜之道孝弟而已矣、如何。先生曰、賢懣、只爲將堯・舜做天道、孝弟做人道、便見得堯・舜道大、孝弟不能盡也。孟子下箇而已字、豈欺我哉。孝經事父孝、故事天明、事母孝、故事地察。只爲天地父母只一箇道理。諸公尙疑焉。先生曰、曲禮視於無形、聽於無聲、亦是此意也。諸公釋然、歸以告伊川。伊川曰、敎某說、不過如是。次日、先生見伊川。伊川曰、諸人謂子靳學、不以敎渠果否。先生曰、某以諸公遠來依先生之門受學。某豈敢輒爲他說。萬一有少差、便不誤他一生。伊川頷之。
【読み】
溫州の鮑若雨(商霖。)郷人十輩と、久しく伊川に從う。一日、伊川之をして先生に見えしむ。鮑來り見え、且つ問う、堯・舜の道は孝弟なるのみとは、如何、と。先生曰く、賢懣[もん]して、只堯・舜を將て天道と做し、孝弟を人道と做して、便ち堯・舜の道の大なるを見得して、孝弟は盡くすこと能わざらんとす。孟子箇の而已の字を下す、豈我を欺かんや。孝經に父に事うること孝なり、故に天に事うること明らかなり、母に事うること孝なり、故に地に事うること察らかなり、と。只天地父母は只一箇の道理なるが爲なり、と。諸公尙疑う。先生曰く、曲禮に形無きに視、聲無きに聽くというも、亦是れ此の意なり、と。諸公釋然として、歸って以て伊川に告す。伊川曰く、某をして說かしむるとも、是の如くなるに過ぎじ、と。次の日、先生伊川に見ゆ。伊川曰く、諸人子に靳[かた]く學ばんと謂う、以て渠[かれ]をして果たさしめざらんや否や、と。先生曰く、某以えらく、諸公遠く來りて先生の門に依りて學を受く。某豈敢えて輒[たやす]く他の爲に說かんや。萬一少しく差うこと有らば、便ち他の一生を誤らざらんや、と。伊川之を頷く。

王介甫與曾子固鞏善。役法之變、皆曾參酌之。晩年亦相暌。伊川常言、今日之禍、亦是元祐做成。以子瞻定役法。凡曰元豐者、皆用意更改。當時若使子固定、必無損益者。又是他黨中、自可杜絕後人議也。因其暌、必能變之。況又元經他手、當知所裁度也。此坐元祐術故也。伊川每曰、靑苗決不可行。舊役法大弊、須量宜損益。(此段可疑。)
【読み】
王介甫曾子固鞏と善し。役法の變、皆曾之を參酌す。晩年亦相暌[そむ]く。伊川常に言う、今日の禍いも、亦是れ元祐做し成す。子瞻役法を定むるを以てなり。凡そ元豐と曰う者は、皆意を用いて更に改む。當時若し子固をして定めしめば、必ず損益する者無けん。又是れ他の黨中、自づから後人の議を杜絕す可し。其の暌くに因りて、必ず能く之を變ぜん。況んや又元他の手を經ば、當に裁度する所を知るべし。此れ元祐の術を坐する故なり、と。伊川每に曰く、靑苗は決して行わる可からず。舊役法の大弊、須く量って宜しく損益すべし、と。(此の段疑う可し。)

伊川論國朝名相、必曰李文靖。
【読み】
伊川國朝の名相を論ずるときは、必ず李文靖を曰う。

伊川與韓持國善。嘗約、候韓年八十一往見之。□□閒、正月一日、因弟子賀正、乃曰、某今年有一債未還、春中須當暫往穎昌見韓持國。蓋韓八十也。春中往造焉。久留穎昌。韓早晩伴食、體貌加敬。一日、韓密謂子彬叔曰、先生遠來、無以爲意。我有黃金藥楪一、重二十兩、似可爲先生壽。然未敢遽言。我當以他事使子侍食。因從容道吾意。彬叔侍食、如所戒、試啓之。先生曰、某與乃翁道義交。故不遠而來。奚以是爲。詰朝遂歸。韓謂彬叔曰、我不敢面言、政謂此爾。再三謝過而別。
【読み】
伊川と韓持國と善し。嘗て約す、韓の年八十一なるを候[ま]って往いて之を見ん、と。□□の閒、正月一日、弟子正を賀するに因りて、乃ち曰く、某今年一債有りて未だ還さず、春中須く當に暫く穎昌に往いて韓持國に見ゆべし。蓋し韓八十ならん、と。春中に往き造る。久しく穎昌に留まる。韓早晩食に伴って、體貌敬を加う。一日、韓密かに子彬叔に謂いて曰く、先生遠く來る、以て意を爲すこと無し。我れ黃金の藥楪一つ、重さ二十兩なる有り、先生の爲に壽くす可きに似れり。然れども未だ敢えて遽に言わず。我れ當に他事を以て子をして侍食せしむべし。因りて從容にして吾が意を道え、と。彬叔侍食して、戒むる所の如く、試みに之を啓[もう]す。先生曰く、某と乃が翁とは道義の交わりなり。故に遠しとせずして來る。奚ぞ是れを以てすることをせん、と。詰朝遂に歸る。韓彬叔に謂いて曰く、我れ敢えて面りに言わざるは、政に此を謂わんとするのみ、と。再三過ちを謝して別る。

王子眞(佺期。)來洛中、居於劉壽臣園亭中。一日、出謂園丁曰、或人來尋、愼勿言我所向。是日、富韓公來見焉。不遇而還。子眞晩歸。又一日、忽戒灑掃、又於劉丐茶二杯、炷香以待。是日、伊川來、款語終日。蓋初未嘗夙告也。劉詰之。子眞曰、正叔欲來、信息甚大。又嵩山前有董五經隱者也。伊川聞其名、謂其爲窮經之士。特往造焉。董平日未嘗出庵。是日不値。還至中途、遇一老人負茶果以歸。且曰、君非程先生乎。伊川異之。曰、先生欲來、信息甚大。某特入城置少茶果、將以奉待也。伊川以其誠意、復與之同至其舍。語甚款、亦無大過人者。但久不與物接、心靜而明也。先生問於伊川。伊川曰、靜則自明也。
【読み】
王子眞(佺期。)洛中に來りて、劉壽臣が園亭の中に居す。一日、出るとき園丁に謂いて曰く、或は人來り尋ぬるとも、愼んで我が向かう所を言うこと勿かれ、と。是の日、富韓公來り見る。遇わずして還る。子眞晩に歸る。又一日、忽ち灑掃を戒め、又劉に茶二杯を丐[こ]い、炷香[しゅこう]以て待つ。是の日、伊川來りて、款語して日を終う。蓋し初めより未だ嘗て夙に告げず。劉之を詰る。子眞曰く、正叔來らんと欲するは、信息甚だ大なり、と。又嵩山の前に董五經という隱者有り。伊川其の名を聞いて、謂えらく、其れ經を窮むる士爲らん、と。特り往いて造る。董平日未だ嘗て庵を出ず。是の日値[あ]わず。還って中途に至りて、一老人茶果を負って以て歸るに遇う。且つ曰く、君は程先生に非ずや、と。伊川之を異[あや]しむ。曰く、先生來らんと欲するは、信息甚だ大なり。某特に城に入りて少しく茶果を置いて、將に以て奉待せんとす、と。伊川其の誠意を以て、復之と同じく其の舍に至る。語甚だ款[うちと]け、亦大いに人に過ぎたる者無し。但久しく物と接せず、心靜かにして明らかなり。先生伊川に問う。伊川曰く、靜かなれば則ち自づから明らかなり、と。

先生嘗問伊川春秋解。伊川每曰、已令劉絢去編集、俟其來。一日、劉集成、呈於伊川。先生復請之。伊川曰、當須自做也。自涪陵歸、方下筆、竟不能成書。劉集終亦不出。
【読み】
先生嘗て伊川の春秋の解を問う。伊川每に曰く、已に劉絢をして編集し去らしむ、其の來るを俟つ、と。一日、劉が集成って、伊川に呈す。先生復之を請う。伊川曰く、當に須く自ら做すべし、と。涪陵自り歸って、方に筆を下せども、竟に書を成すこと能わず。劉が集終に亦出さず。

孟敦夫(厚。)來伊川、又從王氏、而舉業特精、獨處一室糞穢不治。嘗獻書於伊川。伊川曰、孟厚初時說得也似。其後須沒事生事。一日、語之曰、子胡不見尹焞・張繹。朋友閒最好講學。然三公皆同齒也。敦夫來見先生曰、先生令某來見二公。若彥明則某所願見。如思叔莫不消見否。先生曰、只不消見思叔之心、便是不消見某之心也。伊川嘗謂學者曰、孟厚不治一室、竟亦何益。學不在此。假使埽灑得潔淨、莫更快人意否。
【読み】
孟敦夫(厚。)伊川に來り、又王氏に從って、舉業特に精しく、一室に獨處して糞穢も治めず。嘗て書を伊川に獻ず。伊川曰く、孟厚初めの時說得ること也似れり。其の後須く事を沒し事を生すべし、と。一日、之に語って曰く、子胡ぞ尹焞・張繹を見ざる。朋友の閒最も講學を好す。然も三公は皆同齒なり、と。敦夫來りて先生に見えて曰く、先生某をして來りて二公を見せしむ。彥明の若きは則ち某見ることを願う所なり。思叔の如きは見ることを消いざること莫けんや否や、と。先生曰く、只思叔を見ることを消いざるの心は、便ち是れ某を見ることを消いざるの心なり、と。伊川嘗て學者に謂いて曰く、孟厚一室を治めずして、竟に亦何の益かある。學此に在らず。假使[も]し埽灑して潔淨を得ば、更に人意を快くすること莫しや否や、と。

寬因問伊川、謂永叔如何。先生曰、前輩不言人短。每見人論前輩、則曰、汝輩且取他長處。
【読み】
寬因りて伊川に問う、永叔は如何と謂える、と。先生曰く、前輩人の短を言わず、と。人の前輩を論ずるを見る每に、則ち曰く、汝が輩且つ他の長ずる處を取れ、と。

横渠昔在京師、坐虎皮、說周易。聽從甚衆。一夕、二程先生至、論易。次日、横渠撤去虎皮曰、吾平日爲諸公說者、皆亂道。有二程近到。深明易道。吾所弗及。汝輩可師之。(逐日虎皮出、是日更不出虎皮也。)横渠乃歸陝西。
【読み】
横渠昔京師に在りしとき、虎皮に坐し、周易を說く。聽從するもの甚だ衆し。一夕、二程先生至って、易を論ず。次の日、横渠虎皮を撤去して曰く、吾れ平日諸公の爲に說く者は、皆道を亂る。二程近ごろ到る有り。深く易道に明らかなり。吾れ及ばざる所なり。汝が輩之を師とす可し、と。(逐日虎皮出し、是の日更に虎皮を出さず。)横渠乃ち陝西に歸る。

先生曰、昔與范元長同見伊川。偶有幹、先起下階。伊川謂范曰、君看尹彥明。他時必有用於世。
【読み】
先生曰く、昔范元長と同じく伊川に見ゆ。偶々幹有り、先づ起ちて階を下る。伊川范に謂いて曰く、君尹彥明を看よ。他時必ず世に用いらるること有らん、と。

明道說、仁宗一日問、折米折幾分。曰、折六分。怪其太甚也、有旨、只令折五分。次供進偶覺。藏府曰、習使然也。却令如舊。又禁中進膳、飯中有砂石、含以密示嬪御曰、切勿語人。朕曾食之、此死罪也。又一日思生荔枝。有司言已供盡。近侍曰、市有鬻者、請買之。上曰、不可令買之。來歲必增上供之數、流禍百姓無窮。又一日、夜中甚饑、思燒羊頭。近侍乞宣取。上曰、不可。今次取之、後必常備。日殺三羊、暴殄無窮。竟夕不食。
【読み】
明道說く、仁宗一日問う、米を折[へ]ぐに幾分を折ぐ、と。曰く、六分を折ぐ、と。其の太甚だしきを怪しんで、旨有りて、只五分を折がしむ。次の供進のとき偶覺る。藏府曰く、習いて然らしめん、と。却って令すること舊の如し。又禁中膳を進むるに、飯中に砂石有り、含んで以て密かに嬪御に示して曰く、切に人に語ること勿かれ。朕曾て之を食せば、此れ死罪なり、と。又一日生荔枝[れいし]を思う。有司已に供し盡くすと言す。近侍曰く、市に鬻[ひさ]ぐ者有り、請う之を買わん、と。上曰く、之を買わしむ可からず。來歲必ず上供の數を增さば、禍いを百姓に流すこと窮まり無し、と。又一日、夜中甚だ饑えて、燒羊頭を思う。近侍宣べ取らんと乞う。上曰く、不可なり。今次之を取らば、後必ず常に備えん。日に三羊を殺さば、暴殄[ぼうてん]窮まり無し、と。夕を竟うるまで食せず。

先生曰、楊中立答伊川論西銘書云云。尾說、渠判然無疑。伊川曰、楊時也未判然。
【読み】
先生曰く、楊中立伊川西の銘を論ずるに答うる書に云云。尾に說く、渠判然として疑い無し、と。伊川曰く、楊時也未だ判然たらじ、と。

先生曰、某纔十七八歲、見蘇季明敎授。時某亦習舉業。蘇曰、子修舉業、得狀元及第便是了也。先生曰、不敢望此。蘇曰、子謂狀元及第便是了否。唯復這學更有裏。先生疑之、日去見。蘇乃指先生見伊川。後半年、方得大學・西銘看。
【読み】
先生曰く、某纔かに十七八歲のとき、蘇季明に見えて敎授せらる。時に某亦舉業を習う。蘇曰く、子舉業を修めて、狀元及第を得ば便ち是れ了わるなり、と。先生曰く、敢えて此を望まず、と。蘇曰く、子狀元及第は便ち是れ了わると謂うや否や。唯復這の學更に裏有らんや、と。先生之を疑って、日に見え去る。蘇乃ち先生を指して伊川に見えしむ。後半年、方に大學・西の銘を得て看る。

先生與思叔共學之久。一日、伊川問二子、尋常見處同否。爲我言之。先生曰、某不逮思叔。如凡有請問未逹、必三四請益、尙有未得處、久之乃得。如思叔、則先生才說、便點頭會意、往往造妙。只是某雖愚鈍、自保守得。若思叔、則某未敢保他。伊川笑曰、也是、也是。自後每同請益退、伊川必謂諸郎曰、張秀才如此不待、尹秀才肯待。
【読み】
先生と思叔と共に之を學ぶこと久し。一日、伊川二子に問う、尋常見る處同じきや否や。我が爲に之を言え、と。先生曰く、某思叔に逮ばず。凡そ請い問うこと有りて未だ逹せざるが如き、必ず三四益を請えども、尙未だ得ざる處有り、之を久しくして乃ち得。思叔の如きは、則ち先生才かに說けば、便ち點頭會意して、往往に妙に造る。只是れ某は愚鈍なりと雖も、自ら保ち守り得。思叔の若きは、則ち某未だ敢えて他を保たず、と。伊川笑って曰く、也是なり、也是なり、と。自後同じく益を請いて退く每に、伊川必ず諸郎に謂いて曰く、張秀才は此の如く待たず、尹秀才は肯えて待つ、と。

南方學者從伊川旣久、有歸者。或問曰、學者久從學於門。誰最是有得者。伊川曰、豈便敢道他有得處。且只是指與得箇岐徑、令他尋將去不錯了、已是忒大曬。若夫自得、尤難其人。謂之得者、便是己有也。豈不難哉。若論隨力量而有見處、則不無其人也。
【読み】
南方の學者伊川に從うこと旣に久しくして、歸る者有り。或るひと問いて曰く、學者久しく門に從い學ぶ。誰か最も是れ得ること有る者ぞ、と。伊川曰く、豈便ち敢えて他得る處有りと道わんや。且つ只是れ箇を得る岐徑を指與して、他をして尋ね將ち去って錯り了わらざらしめば、已に是れ忒[はなは]だ大いに曬[さつ]なり。夫の自得するが若きは、尤も其の人に難し。之を得ると謂う者は、便ち是れ己が有するなり。豈難からざらんや。若し力量に隨って見處有るを論ぜば、則ち其の人に無くんばあらず、と。

司馬溫公修通鑑。伊川一日問、修至何代。溫公曰、唐初也。伊川曰、太宗・肅宗端的如何。溫公曰、皆簒也。伊川曰、此復何疑。伊川曰、魏徵如何。溫公曰、管仲、孔子與之。某於魏徵亦然。伊川曰、管仲知非而反正、忍死以成功業。此聖人所取其反正也。魏徵只是事讐。何所取耶。然溫公竟如舊說。(管仲雖初有過、善補者也。魏徵初實無過者也。功業雖多、何足法乎。)
【読み】
司馬溫公通鑑を修す。伊川一日問う、修すること何れの代に至れる、と。溫公曰く、唐の初めなり、と。伊川曰く、太宗・肅宗は端的如何、と。溫公曰く、皆簒えるなり、と。伊川曰く、此れ復何ぞ疑わん、と。伊川曰く、魏徵は如何、と。溫公曰く、管仲は、孔子之に與す。某魏徵に於るも亦然り、と。伊川曰く、管仲は非を知って正しきに反り、死を忍んで以て功業を成す。此れ聖人其の正しきに反るを取る所なり。魏徵は只是れ讐に事うるのみ。何ぞ取る所あらんや、と。然れども溫公竟に舊說の如し。(管仲は初め過ち有りと雖も、善く補う者なり。魏徵は初めより實に過ち無き者なり。功業多しと雖も、何ぞ法るに足らんや。)

與叔問伊川曰、某見孟子亦有疑處。舜爲法於後世。我猶未免爲郷人。憂之如何。如舜而已。伊川曰、聖人憂則有之。疑則無。夫何故。人所當憂、不得不憂。如孔子是吾憂也。若疑則無之矣。
【読み】
與叔伊川に問いて曰く、某孟子も亦疑う處有ることを見る。舜法を後世に爲す。我れ猶未だ郷人爲ることを免れず。之を憂えば如何。舜の如くせんのみ、と。伊川曰く、聖人憂うることは則ち之れ有り。疑うことは則ち無し。夫れ何故ぞ。人の當に憂うべき所は、憂えざることを得ず。孔子の是れ吾が憂えなりというが如し。疑うが若きは則ち之れ無し、と。

先生曰、近有人說伊川自比孔・孟。先生曰、某不識明道。每見伊川說學問、某豈敢比先兄。由是推之、決無此語也。
【読み】
先生曰く、近ごろ人有り伊川自ら孔・孟に比すと說く、と。先生曰く、某明道を識らず。每に伊川學問を說くを見るに、某豈敢えて先兄に比せんという。是に由って之を推せば、決して此の語無けん、と。

先生曰、悟則句句皆是這箇道理。道理已明後、無不是此事也。如孔子謂六十而耳順、聞無不通、然後可至不踰矩也。明道作洛河竹木務時、過一寺。門牆上有人題要不悶、守本分。時田明之隨行。明道每過、必曰好語。一日明之問之。明道曰、只被人守本分也。後先生聞此語、復問伊川。伊川曰、只爲人不能盡分。先生謂寬曰、看伊川此語、豈不是悟則句句是。凡一言一句便推到極處。看盡分字是大小氣象。又謂寬曰、才說盡分、便不消說悶也。
【読み】
先生曰く、悟るときは則ち句句皆是れ這箇の道理なり。道理已に明らかなるの後、是れ此の事にあらずということ無し。孔子六十にして耳順うと謂うが如き、聞いて通ぜずということ無くして、然して後に矩を踰えざるに至る可し。明道洛河竹木務と作る時に、一寺を過る。門牆の上に人の題する、悶えざらんことを要す、本分を守れという有り。時に田明之隨い行く。明道過る每に、必ず好語を曰う。一日明之之を問う。明道曰く、只人本分を守らざることを被る、と。後に先生此の語を聞いて、復伊川に問う。伊川曰く、只人分を盡くすこと能わざるが爲なり、と。先生寬に謂いて曰く、伊川の此の語を看るに、豈是れ悟るときは則ち句句是なるにあらずや。凡そ一言一句便ち推して極處に到る。分を盡くすの字を看るに是れ大小の氣象なり、と。又寬に謂いて曰く、才かに分を盡くすと說かば、便ち悶うることを說くことを消いず、と。

先生曰、伊川易序旣成。其中有曰、體用一源、顯微無閒。先生告伊川曰、似太洩漏天機。伊川曰、汝看得如此甚善。伊川作詩序二篇。昔人傳之不眞。先生一日請問、曾作否。伊川曰、有之。但不欲示人。再三請、乃得之。曰、爲子出此二篇。今傳之者是也。
【読み】
先生曰く、伊川の易の序旣に成る。其の中に曰える有り、體用源を一にし、顯微閒無し、と。先生伊川に告げて曰く、太だ天機を洩漏するに似れり、と。伊川曰く、汝看得すること此の如く甚だ善し、と。伊川詩の序二篇を作る。昔人之を傳えて眞ならずとす。先生一日請い問う、曾て作れるや否や、と。伊川曰く、之れ有り。但人に示すことを欲せず、と。再三請いて、乃ち之を得。曰く、子が爲に此の二篇を出す、と。今之を傳うる者是れなり。

先生一日看大學有所得、欲舉似伊川。伊川問之。先生曰、心廣體胖只是自樂。伊川曰、到這裏、和樂字也著不得。
【読み】
先生一日大學を看て得る所有り、伊川に舉似せんと欲す。伊川之を問う。先生曰く、心廣く體胖かなるは只是れ自ら樂しむなり、と。伊川曰く、這の裏に到らば、和樂の字も也著くること得ず、と。

右四十一條見祁寬所記尹和靖語。(寬字居之。)
【読み】
右の四十一條祁寬記す所の尹和靖の語に見る。(寬字は居之。)

先生云、初見伊川先生、一日有江南人鮑某、守官西京、見伊川問仁曰、仁者愛人便是仁乎。伊川曰、愛人、仁之事耳。先生時侍坐。歸、因取論語中說仁事致思久之忽有所得、遂見伊川請益曰、某以仁惟公可盡之。伊川沈思久之曰、思而至此、學者所難及也。天心所以至仁者、惟公爾。人能至公、便是仁。
【読み】
先生云く、初めて伊川先生に見えしとき、一日江南の人鮑某というもの有り、西京に守官たり、伊川に見えて仁を問いて曰く、仁者は人を愛すというは便ち是れ仁か、と。伊川曰く、人を愛するは、仁の事のみ、と。先生時に侍坐せり。歸って、因りて論語の中仁の事を說くを取って思いを致すこと久しくして忽ち得る所有り、遂に伊川に見えて益を請いて曰く、某以[おも]うに、仁は惟公之を盡くす可し、と。伊川沈思すること久しくして曰く、思って此に至る、學者の及び難き所なり。天心至仁なる所以の者は、惟公のみ。人能く至公ならば、便ち是れ仁なり、と。

伊川使人抄范純夫唐鑑。先生問曰、此書如何。伊川曰、足以垂世。唐鑑議論、多與伊川同。(如中宗在房陵事之類。)
【読み】
伊川人をして范純夫の唐鑑を抄せしむ。先生問いて曰く、此の書如何、と。伊川曰く、以て世に垂るに足れり、と。唐鑑の議論、多く伊川と同じ。(中宗房陵に在るときの事の如きの類。)

伊川自涪陵歸、易傳已成、未嘗示人。門弟子請益、有及易書者、方命小奴取書篋以出、身自發之、以示門弟子。非所請不敢多閱。一日出易傳序示門弟子。先生受之歸、伏讀數日後、見伊川。伊川問所見。先生曰、某固欲有所問。然不敢發。伊川曰、何事也。先生曰、至微者理也、至著者象也。體用一源、顯微無閒、似太露天機也。伊川歎美曰、近日學者何嘗及此。某亦不得已而言焉耳。
【読み】
伊川涪陵自り歸って、易傳已に成り、未だ嘗て人に示さず。門弟子益を請いて、易の書に及ぶ者有れば、方に小奴に命じて書篋を取って以て出さしめ、身自ら之を發いて、以て門弟子に示す。請う所に非ざれば敢えて多くは閱せしめず。一日易傳の序を出して門弟子に示す。先生之を受けて歸って、伏讀すること數日にして後、伊川に見ゆ。伊川見る所を問う。先生曰く、某固に問う所有らんことを欲す。然れども敢えて發せず、と。伊川曰く、何事ぞ、と。先生曰く、至微なる者は理なり、至著なる者は象なり。體用源を一にし、顯微閒無しというは、太だ天機を露すに似れり、と。伊川歎美して曰く、近日學者何ぞ嘗て此に及ばん。某亦已むことを得ずして言うのみ、と。

明道嘗謂人曰、天下事只是感與應耳。先生初聞之、以問伊川。曰、此事甚大。人當自識之。先生曰、綏之斯來、動之斯和、是亦感與應乎。曰、然。
【読み】
明道嘗て人に謂いて曰く、天下の事は只是れ感と應とのみ、と。先生初めて之を聞いて、以て伊川に問う。曰く、此の事甚だ大なり。人當に自ら之を識るべし、と。先生曰く、之を綏[やす]んずれば斯に來り、之を動かせば斯に和らぐとは、是れ亦感と應とか、と。曰く、然り、と。

門弟子請問易傳事、雖有一字之疑、伊川必再三喩之。蓋其潛心甚久、未嘗容易下一字也。
【読み】
門弟子易傳の事を請い問えば、一字の疑い有りと雖も、伊川必ず再三之を喩す。蓋し其の心を潛むること甚だ久しくして、未だ嘗て容易に一字を下さざればなり。

先生又云、見王信伯云、昔時問鼓萬物而不與聖人同憂之意於張思叔。思叔對曰、堯・舜其猶病諸。後因侍伊川、伊川問鼓萬物而不與聖人同憂、如何說、則對以思叔之語。伊川曰、不然。天地以無心、故不憂。聖人致有爲之事、故憂。
【読み】
先生又云く、王信伯を見て云う、昔萬物を鼓して聖人と憂えを同じくせずの意を張思叔に問う。思叔對えて曰く、堯・舜も其れ猶病めり、と。後伊川に侍するに因りて、伊川萬物を鼓して聖人と憂えを同じくせずというは、如何に說かんと問うに、則ち對うるに思叔の語を以てす。伊川曰く、然らず。天地は無心を以て、故に憂えず。聖人はすること有る事を致す、故に憂う、と。

游定夫問伊川、戒愼乎其所不睹、恐懼乎其所不聞、及其至也、至於無聲無臭乎。伊川曰、馴此可以至矣。後先生與周恭叔以此語問伊川。伊川曰、然。其閒亦豈無事。恭叔請問。伊川曰、如荀子云學者始乎爲士、終乎爲聖人、可以明之。
【読み】
游定夫伊川に問う、其の睹ざる所に戒愼し、其の聞かざる所に恐懼すとは、其の至れるに及ぶや、聲も無く臭も無きに至るや、と。伊川曰く、此に馴るれば以て至る可し、と。後先生周恭叔と此の語を以て伊川に問う。伊川曰く、然り。其の閒に亦豈事無からんや、と。恭叔請い問う。伊川曰く、荀子學は士に爲るに始まり、聖人に爲るに終うと云うが如き、以て之を明かす可し、と。

昔嘗請益於伊川曰、某謂動靜一理。伊川曰、試喩之。適聞寺鐘聲。某曰、譬如此寺鐘、方其未撞時、聲固在也。伊川喜曰、且更涵養。
【読み】
昔嘗て伊川に益を請いて曰く、某謂うに動靜一理、と。伊川曰く、試みに之を喩せ、と。適々寺鐘の聲を聞く。某曰く、譬えば此の寺鐘の如き、其の未だ撞かざる時に方って、聲固より在り、と。伊川喜んで曰く、且更に涵養せよ、と。

有人說無心。伊川曰、無心便不是。只當云無私心。
【読み】
人無心を說く有り。伊川曰く、無心とは便ち是ならず。只當に私心無しと云うべし、と。

游定夫忽自太學歸蔡、過扶溝見伊川。伊川問、試有期、何以歸也。定夫曰、某讀禮太學、以是應試者多、而郷舉者實少。伊川笑之。定夫請問。伊川曰、是未知學也。豈無義無命乎。定夫卽復歸太學、是歲登第。(定夫字誤。當作顯道。)
【読み】
游定夫忽ち太學自り蔡に歸るに、扶溝を過って伊川に見ゆ。伊川問う、試に期有り、何を以て歸る、と。定夫曰く、某禮を太學に讀む、是を以て試に應ずる者多くして、郷舉の者實に少なし、と。伊川之を笑う。定夫請い問う。伊川曰く、是れ未だ學を知らざるなり。豈義無く命無からんや、と。定夫卽復太學に歸って、是の歲登第す。(定夫の字誤れり。當に顯道に作るべし。)

昔見伊川問、易乾・坤二卦斯可矣。伊川曰、聖人設六十四卦、三百八十四爻、後世尙不能了。乾・坤二卦、豈能盡也。旣坐、伊川復曰、子以爲何人分上事。對曰、聖人分上事。曰、若聖人分上事、則乾・坤二卦亦不須。況六十四乎。
【読み】
昔伊川に見えて問う、易は乾・坤の二卦にして斯れ可ならん、と。伊川曰く、聖人六十四卦、三百八十四爻を設けれども、後世尙了すること能わず。乾・坤の二卦、豈能く盡くさんや、と。旣に坐して、伊川復曰く、子以て何人分上の事とする、と。對えて曰く、聖人分上の事なり、と。曰く、聖人分上の事の若きは、則ち乾・坤二卦も亦須いず。況んや六十四をや、と。

伊川所戴帽、桶八寸、簷七分四直。
【読み】
伊川戴く所の帽、桶八寸、簷[えん]七分四直。

鮑若雨與同志數人見伊川問、堯・舜之道、孝弟而已矣。恐孝弟不足以盡堯・舜之道。伊川令與和靖商量。諸人見和靖。和靖對曰、此何所疑。孝以事親、弟以事長、能盡孝弟之道者、惟堯・舜能之。諸人未喩。和靖曰、且如孝子視於無形、聽於無聲、孝弟之至、通於神明、且道此箇道理如何。鮑復見伊川。伊川曰、某亦不過如此說。鮑又曰、尹秀才直是秘此道、不肯容易說。伊川後問之。和靖曰、此道衆所公共。某何敢秘其說。但恐一語有差、則有累學者。伊川曰、某思慮不及。
【読み】
鮑若雨同志數人と伊川に見えて問う、堯・舜の道は、孝弟なるのみ、と。恐らくは孝弟は以て堯・舜の道を盡くすに足らじ、と。伊川和靖と商量せしむ。諸人和靖に見ゆ。和靖對えて曰く、此れ何ぞ疑う所あらん。孝以て親に事え、弟以て長に事えて、能く孝弟の道を盡くす者は、惟堯・舜のみ之を能くす、と。諸人未だ喩さず。和靖曰く、且つ孝子形無きに視、聲無きに聽く、孝弟の至り、神明に通ずるが如き、且つ道え、此れ箇の道理如何、と。鮑復伊川に見ゆ。伊川曰く、某も亦此の如く說くに過ぎず、と。鮑又曰く、尹秀才直に是れ此の道を秘して、肯えて容易に說かず、と。伊川後に之を問う。和靖曰く、此の道衆く公共にする所なり。某何ぞ敢えて其の說を秘せん。但恐れらくは一語も差うこと有らば、則ち學者を累わすこと有らんことを、と。伊川曰く、某思慮及ばず、と。

張思叔與和靖侍伊川。伊川問曰、賢輩尋常商量事、有疑處否。對曰、張某所說、某不疑。某所說、張某不疑。張某聰明、道頭知尾。某必待再三問然後曉然。但恐張某守不定如某。伊川喜。
【読み】
張思叔と和靖と伊川に侍す。伊川問いて曰く、賢輩尋常商量の事、疑う處有りや否や、と。對えて曰く、張某が說く所、某疑わず。某が說く所、張某疑わず。張某は聰明にして、頭を道えば尾を知る。某は必ず再三問うことを待って然して後に曉然たり。但恐れらくは張某が守るは、定むること某が如くならざらんことを、と。伊川喜ぶ。

右十四條見呂堅中所記尹和靖語。(堅中字景實。)
【読み】
右の十四條呂堅中記す所の尹和靖の語に見る。(堅中字は景實。)

問、將孔・孟之言切要處思索如何。曰、須是熟看語・孟、玩味咀嚼。伊川云、若熟看語錄、亦自得者此也。當時門人、有問且將語・孟緊要處看如何。伊川曰、固是好。若有得、終不浹洽。蓋吾道非如釋氏一見了便從空寂去。
【読み】
問う、孔・孟の言切要なる處を將て思索せば如何、と。曰く、須く是れ語・孟を熟看して、玩味咀嚼すべし。伊川云く、語錄を熟看して、亦自得する者の若き此れなり、と。當時門人、問うこと有れば且つ語・孟の緊要なる處を將て看せしむるは如何、と。伊川曰く、固に是れ好し。若し得ること有るとも、終に浹洽せず。蓋し吾が道は釋氏の一見了して便ち空寂に從い去るが如きには非ず、と。

問、伊川說、人之生也直、是天命之謂性。謝顯道云、順理之謂直。竊謂順理是率性之事、天命之性無待於順理也。二說異同。曰、伊川說上一截、顯道說下一截。
【読み】
問う、伊川說く、人の生まるるや直しとは、是れ天の命之を性と謂うなり、と。謝顯道云く、理に順う之を直しと謂う、と。竊かに謂うに理に順うは是れ性に率うの事、天命の性は理に順うことを待つこと無からん。二說異なるや同じきや、と。曰く、伊川は上の一截を說き、顯道は下の一截を說く、と。

先生曰、明道猶有謔語。若伊川則全無。問、如何謔語。曰、明道聞司馬溫公解中庸、至人莫不飮食、鮮能知味、有疑遂止、笑曰、我將謂、從天命之謂性便疑了。伊川直是謹嚴、坐閒無問尊卑長幼、莫不肅然。
【読み】
先生曰く、明道は猶謔語有り。伊川の若きは則ち全く無し、と。問う、如何なるか謔語とは、と。曰く、明道司馬溫公の中庸を解するに、人飮食せずということ莫し、能く味を知ること鮮しというに至って、疑うこと有りて遂に止むを聞いて、笑って曰く、我れ將に謂う、天の命之を性と謂う從り便ち疑い了わるならん、と。伊川は直に是れ謹嚴にして、坐閒問うこと無ければ尊卑長幼、肅然とせずということ莫し、と。

一日、偶見秦少游問、天若知也和天痩、是公詞否。少游意、伊川稱賞之。拱手遜謝。伊川云、上穹尊嚴、安得易而侮之。少游面色騂然。
【読み】
一日、偶々秦少游を見て問う、天若知也和天痩とは、是れ公の詞なりや否や、と。少游意えらく、伊川之を稱賞せん、と。手を拱して遜謝す。伊川云く、上穹の尊嚴、安んぞ易[あなど]って之を侮ることを得ん、と。少游面色騂然[せいぜん]たり。

先生曰、伊川年四十以後、記性愈進。今人年長則健忘。豈可不知其故哉。
【読み】
先生曰く、伊川年四十以後、記性愈々進む。今の人年長ずれば則ち健忘す。豈其の故を知らざる可けんや、と。

伊川涪陵之行、過灔澦、波濤洶湧。舟中之人皆驚愕失措。獨伊川凝然不動。岸上有樵者、厲聲問曰、舍去如斯、達去如斯。欲答之而舟已行。
【読み】
伊川涪陵の行、灔澦を過るとき、波濤洶湧す。舟中の人皆驚愕して措くことを失う。獨り伊川凝然として動かず。岸上に樵者有り、聲を厲して問いて曰く、舍て去るも斯の如く、達し去るも斯の如きか、と。之に答えんと欲すれども舟已に行く。

右五條見震澤語錄。(王蘋信伯門人信州周憲所記。)
【読み】
右の五條震澤語錄に見る。(王蘋信伯の門人信州の周憲が記す所。)

說之見伊川先生論曾子易簀事。先生曰、是禮也。君子所以貴乎禮者、爲其以之而生、以之而死。如此其明也。說之曰、是禮、古人孰不然。蓋曾子獨有傳焉爾。後世之士自賤其身而絕於禮、此事始廢。或者似有得於此、而蔽於浮屠老子虛誕之說、乃不謂之禮而謂之達。安知吾道之所以貴哉。先生曰、然。
【読み】
說之伊川先生に見えて曾子簀を易うるの事を論ず。先生曰く、是れ禮なり。君子禮を貴ぶ所以の者は、其の之を以て而して生まれ、之を以て而して死するが爲なり。此の如く其れ明らかなり、と。說之曰く、是の禮、古人孰か然らざらん。蓋し曾子獨り傳有るのみ。後世の士自ら其の身を賤しくして禮を絕ちて、此の事始めて廢る。或は此に得ること有るに似れども、浮屠老子虛誕の說に蔽われて、乃ち之を禮と謂わずして之を達と謂う。安んぞ吾が道の貴き所以を知らんや、と。先生曰く、然り、と。

右一事見晁詹事文集。(說之以道。)
【読み】
右の一事晁詹事文集に見る。(說之は以道。)

神宗問明道以張載・邢恕之學。奏云、張載臣所畏、邢恕從臣游。
【読み】
神宗明道に問うに張載・邢恕の學を以てす。奏して云く、張載は臣が畏るる所、邢恕は臣に從って游ぶ、と。

伊川謂明道曰、吾兄弟近日說話太多。明道曰、使見呂晦叔、則不得不少。見司馬君實、則不得不多。
【読み】
伊川明道に謂いて曰く、吾が兄弟近日說話太だ多し、と。明道曰く、使し呂晦叔を見れば、則ち少なからざることを得ず。司馬君實を見れば、則ち多からざることを得ず、と。

張子正蒙云、氷之融釋、海不得而與焉。伊川改與爲有。
【読み】
張子正蒙に云く、氷の融釋、海得て與らず、と。伊川與を改めて有とす。

游定夫問伊川陰陽不測之謂神。伊川曰、賢是疑了問。是揀難底問。
【読み】
游定夫伊川に陰陽測られざる之を神と謂うことを問う。伊川曰く、賢是れ疑い了わって問うか。是れ揀難底の問いか、と。

元祐中、客有見伊川者。几案閒無他書、惟印行唐鑑一部。先生曰、近方見此書、三代以後無此議論。
【読み】
元祐中に、客伊川に見ゆる者有り。几案の閒他の書無く、惟印行の唐鑑一部なり。先生曰く、近ごろ方に此の書を見るに、三代以後此の議論無し、と。

右五條見晁氏客語。(不知何人所錄。)
【読み】
右の五條晁氏客語に見る。(何人の錄する所なるかを知らず。)

正獻公旣薦常秩、後差改節。嘗對伯淳有悔薦之意。伯淳曰、願侍郎寧百受人欺、不可使好賢之心少替。公敬納焉。
【読み】
正獻公旣に常秩を薦めて、後差[やや]節を改む。嘗て伯淳に對して薦を悔ゆるの意有り。伯淳曰く、願わくは侍郎寧ろ百[もも]人の欺きを受くるも、賢を好むの心をして少しも替えしむ可からず、と。公敬して納る。

伊川嘗言、今僧家讀一卷經、便要一卷經中道理受用。儒者讀書、却只閒了、都無用處。
【読み】
伊川嘗て言く、今僧家一卷の經を讀めば、便ち一卷の經中の道理受用することを要す。儒者書を讀むときは、却って只閒了にして、都て用うる處無し、と。

伊川先生言、人有三不幸。年少登高科、一不幸。席父兄之勢爲美官、二不幸。有高才能文章、三不幸也。
【読み】
伊川先生言く、人に三つの不幸有り。年少にして高科に登る、一の不幸なり。父兄の勢いに席[よ]って美官と爲る、二の不幸なり。高才有りて文章を能くす、三の不幸なり、と。

明道先生嘗至禪寺。方飯、見趨進揖遜之盛、歎曰、三代威儀、盡在是矣。
【読み】
明道先生嘗て禪寺に至る。飯するに方って、趨進揖遜の盛んなるを見て、歎じて曰く、三代の威儀、盡く是に在り、と。

右四條見呂氏童蒙訓。(呂本中字居仁、原明侍講之孫。)
【読み】
右の四條呂氏童蒙訓に見る。(呂本中字は居仁、原明侍講の孫なり。)

有言鬼物於伊川先生者。先生云、君曾親見邪。伊川以爲、若是人傳、必不足信。若是親見、容是眼病。
【読み】
鬼物を伊川先生に言う者有り。先生云く、君曾て親ら見るや。伊川以爲えらく、若し是れ人傳えば、必ず信ずるに足らず。若し是れ親ら見ば、容に是れ眼病なるべし、と。

尹彥明與思叔同時師事伊川先生。思叔以高識、彥明以篤行、倶爲先生所稱。先生沒、思叔亦病死。彥明窮居敎學、未嘗少自貶屈。常以先生敎人、專以敬以直内爲本。彥明獨能力行之。
【読み】
尹彥明と思叔と同時に伊川先生に師とし事う。思叔は高識を以てし、彥明は篤行を以てして、倶に先生の爲に稱せらる。先生沒して、思叔も亦病死す。彥明窮居敎學、未だ嘗て少しも自ら貶屈せず。常に先生人を敎うるに、專ら敬以て内を直くするを以て本とすることを以てす。彥明獨り能く力めて之を行う。

彥明嘗言、先生敎人、只是專令用敬以直内。若用此理、則百事不敢輕爲、不敢妄作、不愧屋漏矣。習之旣久、自然有所得也。因說、往年先生歸自涪陵、日日見之。一日、因讀易至敬以直内處、因問先生、不習無不利時、則更無睹當、更無計較也耶。先生深以爲然。且曰、不易見得如此。且更涵養。不要輕說。
【読み】
彥明嘗て言く、先生人に敎うる、只是れ專ら敬以て内を直くするを用いしむ。若し此の理を用うれば、則ち百事敢えて輕々しくせず、敢えて妄りに作さず、屋漏にも愧じざらん。習うこと旣に久しければ、自然に得る所有らん。因りて說く、往年先生涪陵自り歸るとき、日日之に見ゆ。一日、易を讀むに因りて敬以て内を直くすという處に至って、因りて先生に問う、習わざれども利あらざる時無きときは、則ち更に睹當すること無く、更に計較すること無けんや、と。先生深く以て然りとす。且つ曰く、見得し易からざること此の如し。且つ更に涵養せよ。輕々しく說くことを要せざれ、と。

晁以道常說、頃嘗以書問伊川先生云、某平生所願學者、康節先生也。康節先生沒、不可見。康節之友惟先生在。願因先生問康節之學。伊川答書云、某與堯夫同里巷居三十年餘、世閒事無所不論。惟未嘗一字及數耳。
【読み】
晁以道常に說く、頃[このごろ]嘗て書を以て伊川先生に問いて云く、某平生學ばんことを願う所の者は、康節先生なり。康節先生沒して、見る可からず。康節の友は惟先生のみ在す。願わくは先生に因りて康節の學を問わん、と。伊川答うる書に云く、某と堯夫と里巷を同じくして居ること三十年餘、世閒の事論ぜざる所無し。惟未だ嘗て一字も數に及ばざるのみ、と。

崇寧初、家叔舜從、以黨人子弟補外官、知河南府鞏縣。請見伊川先生、問當今新法初行、當如何做。先生云、只有義命兩字。當行不當行者義也。得失禍福命也。君子所處、只說義如何耳。
【読み】
崇寧の初め、家叔舜從、黨人の子弟を以て外官に補せられて、河南府鞏縣に知たり。伊川先生に請い見えて、當今新法初めて行わる、當に如何にか做すべしということを問う。先生云く、只義命の兩字有るのみ。當に行うべく當に行うべからざる者は義なり。得失禍福は命なり。君子處する所は、只義如何と說くのみ、と。

以道見伊川先生、論難反復。以道曰、如此、是先生亦欲人同己也。先生不答。門人云、先生所欲同者、非同己也、正欲道之同耳。
【読み】
以道伊川先生に見えて、論難反復す。以道曰く、此の如きは、是れ先生も亦人己に同じからんことを欲するなり、と。先生答えず。門人云く、先生同じからんことを欲する所の者は、己に同じからんとには非ず、正に道の同じからんことを欲するのみ、と。

崇寧元年、叔父舜從至洛中、請見伊川先生。先生召食。食五品、亦甚豐潔。坐閒問事甚衆。先生一一酬答。臨行、又請敎。語甚詳。旣而微笑云、只被公家學佛。
【読み】
崇寧元年、叔父舜從洛中に至りて、伊川先生に請い見ゆ。先生召し食せしむ。食五品も、亦甚だ豐潔なり。坐閒事を問うこと甚だ衆し。先生一一酬答す。行くに臨んで、又敎を請う。語ること甚だ詳らかなり。旣にして微笑して云く、只公が家佛を學ぶことを被る、と。

伊川先生甚愛表記中說君子莊敬日强、安肆日偸。蓋常人之情才放肆則日就曠蕩、自檢束則日就規矩。
【読み】
伊川先生甚だ表記の中に君子莊敬なれば日に强く、安肆なれば日に偸[おこた]ると說くを愛す。蓋し常人の情才かに放肆なるときは則ち日に曠蕩に就き、自ら檢束するときは則ち日に規矩に就く。

右八事呂氏雜志。(同上。)
【読み】
右の八事呂氏雜志。(上に同じ。)

伊川先生自涪州順流而歸、峽江峻急、風作浪湧。舟人皆失色、而先生端坐不動。岸旁有問者云、達後如此、舍後如此。先生意其非凡人也、欲起揖之、而舟去遠矣。(親見呂舍人十一丈說。按此段已見邵氏聞見錄及震澤語錄。恐當以邵氏所記爲正。)
【読み】
伊川先生涪州自り流れに順って歸るとき、峽江峻急にして、風作り浪湧く。舟人皆色を失すれども、先生端坐して動ぜず。岸の旁らに問う者有りて云く、達して後此の如くするか、舍てて後此の如くするか、と。先生其の凡人に非ざることを意って、起ちて之を揖せんと欲すれども、舟去ること遠し。(親しく呂舍人十一丈に見る說。按ずるに此の段已に邵氏聞見錄及び震澤語錄に見る。恐らくは當に邵氏が記する所を以て正とすべし。)

伊川先生自涪州歸、過襄州、楊畏爲守、待之甚厚。先生曰、某罪戾之餘、安敢當此。畏曰、今時事已變。先生曰、時事雖變、某安敢變。(此乃劉子駒處見其祖所錄。今省記此。)
【読み】
伊川先生涪州自り歸って、襄州を過るとき、楊畏守と爲して、之を待すること甚だ厚し。先生曰く、某罪戾の餘、安んぞ敢えて此に當たらん、と。畏曰く、今の時事已に變ぜり、と。先生曰く、時事變ずと雖も、某安んぞ敢えて變ぜん、と。(此れ乃ち劉子駒其の祖の錄する所を見る處。今省いて此を記す。)

右二事汪端明記。
【読み】
右の二事汪端明が記。

左諫議大夫孔文仲言、謹按通直郎崇政殿說書程頤、人物纖汙、天資憸巧、貪黷請求、元無郷曲之行、奔走交結、常在公卿之門、不獨交口褒美、又至連章論奏。一見而除朝籍、再見而升經筵。臣頃任起居舍人、屢侍講席、觀頤陳說、凡經義所在、全無發明、必因藉一事、汎濫援引、借無根之語、以搖撼聖聽、推難考之迹、以眩惑淵慮。上德未有嗜好、而常啓以無近酒色、上意未有信向、而常開以勿用小人。豈惟勸導以所不爲。實亦矯欺以所無有。每至講罷、必曲爲卑佞附合之語。借如曰雖使孔子復生、爲陛下陳說、不過如此、又如曰伏望陛下燕閒之餘、深思臣之說、無忘臣之論、又如曰臣不敢子細敷奏、慮煩聖聽、恐有所疑、伏乞、非時特賜宣問、容臣一一開陳、當陛下三年不言之際、頤無日無此語以感切上聽。陛下亦必黽勉爲之應答。又如陛下因咳嗽罷講、及御邇英、學士以下侍講讀者六七人、頤官最小、乃越次獨候問聖體。橫僭過甚。竝無職分、如唐之王伾・王叔文・李訓・鄭注是也。
【読み】
左諫議大夫孔文仲が言く、謹んで按ずるに通直郎崇政殿の說書程頤は、人物纖汙、天資憸巧[せんこう]、貪黷[たんとく]して請い求めて、元郷曲の行い無く、奔走して交わり結んで、常に公卿の門に在り、獨り口を交わして褒美するのみにあらず、又連章論奏するに至る。一たび見えて朝籍に除せられ、再び見えて經筵に升らる。臣頃起居舍人に任じて、屢々講席に侍して、頤が陳說を觀るに、凡そ經義の在る所は、全く發明すること無くして、必ず一事に因藉して、汎濫援引して、根無きの語を借りて、以て聖聽を搖撼し、考え難きの迹を推して、以て淵慮を眩惑す。上の德未だ嗜み好むこと有らざれども、常に啓くに酒色に近づくこと無しというを以てし、上の意だ未だ信向すること有らざれども、常に開くに小人を用うること勿かれというを以てす。豈惟勸め導くにせざる所を以てするならんや。實に亦矯[いつわ]り欺くに有ること無き所を以てす。講罷むに至る每に、必ず曲げて卑佞附合の語を爲す。借[たと]い孔子をして復生じて、陛下の爲に陳說せしむと雖も、此の如きに過ぎずと曰うが如き、又伏して望むらくは陛下燕閒の餘、深く臣の說を思い、臣の論を忘るること無かれと曰うが如き、又臣敢えて子細に敷奏せず、聖聽を煩わせんことを慮る、恐らくは疑う所有らんことを、伏して乞うらくは、非時特に宣問を賜い、臣を容れて一一に開陳せしめよと曰うが如き、陛下三年言わざるの際に當たって、頤日として此の語以て上聽を感切すること無きは無し。陛下も亦必ず黽勉[びんべん]として之が爲に應答す。又陛下咳嗽に因りて講を罷め、及び邇英に御するが如き、學士以下講讀に侍する者六七人、頤の官最小にして、乃ち次を越えて獨り聖體を候問す。橫僭すること過ぎて甚だし。竝びに職分無きこと、唐の王伾[おうひ]・王叔文・李訓・鄭注が如き是れなり、と。

右孔文仲章疏。(按文仲所言、雖極其誣詆、然所載經筵進說、尤見先生所以愛君之心、有門弟子不及聞者、故今特附于此。呂申公家傳云、文仲本以伉直稱。然惷不曉事、爲浮薄輩所使、以害善良。晩乃自知爲小人所紿、憤鬱嘔血而死。然則此疏、不掩防微納忠之善言、乃其伉直所發、而凡醜詆無根之語、則爲浮薄輩所使、而晩乃悔之者也。)
【読み】
右孔文仲章疏。(按ずるに文仲が言う所、其の誣詆を極むと雖も、然れども載する所の經筵の進說、尤も先生君を愛する所以の心を見て、門弟子聞くに及ばざる者有り、故に今特に此に附す。呂申公家傳に云く、文仲本伉直を以て稱せらる。然れども惷[おろ]かにして事に曉らかならず、浮薄の輩の爲に使われて、以て善良を害す。晩に乃ち自ら小人の爲に紿[あざむ]かるることを知って、憤鬱して血を嘔いて死す、と。然れば則ち此の疏、微を防ぎ忠を納るるの善言を掩わざるは、乃ち其の伉直の發する所、而して凡そ無根の語を醜詆するは、則ち浮薄の輩の爲に使われて、晩に乃ち之を悔ゆる者なり。)


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)