二程全書卷之四十  二先生粹言

粹言序

河南夫子書、變語錄而文之者也。余得諸子高子。其家傳以爲、是書成於龜山先生。龜山、河南之門高弟也。必得夫心傳之妙。苟非其人、差毫釐而千里謬矣。余始見之、卷次不分、編類不別、因離爲十編、篇標以目、欲其統而要。非求效夫語・孟之書也、昔文中子所得粹矣。中說類多格言。迺門弟子所錄。後之病中說者謂、其擬論語爲僭。是豈文中子意哉。余於是書、亦慮後世有以議夫子也。故輒記其始末。若夫子之道、日月其明、泰山其高、紅海其大也。豈後學所能形容。夫子姓程、諱某、字正叔。夫子之兄、諱某、謚明道先生。亦時有言行錄於其閒。乾道丙戌、正月十有八日、南軒張栻序。
【読み】
河南夫子の書、語錄を變じて之を文にする者なり。余諸を子高子に得たり。其の家傳えて以爲えらく、是の書龜山先生に成れり、と。龜山は、河南の門の高弟なり。必ず夫の心傳の妙を得ん。苟も其の人に非ずんば、毫釐を差えて千里に謬らん。余始め之を見るに、卷次分かたず、編類別たず、因りて離して十編と爲し、篇標目を以てして、其の統じて要ならんことを欲す。夫の語・孟の書に效[なら]うことを求むるに非ず、昔文中子が得る所の粹なり。中說類[おおむ]ね格言多し。迺[すなわ]ち門弟子の錄する所なり。後の中說を病む者謂えらく、其の論語に擬するを僭と爲す、と。是れ豈文中子の意ならんや。余是の書に於て、亦後世以て夫子を議すること有らんことを慮る。故に輒ち其の始末を記す。夫子の道の若きは、日月の其の明、泰山の其の高き、紅海の其の大なり。豈後學の能く形容する所ならんや。夫子姓は程、諱は某、字は正叔。夫子の兄、諱は某、明道先生と謚す。亦時に言行其の閒に錄する有り。乾道丙戌、正月十有八日、南軒の張栻序す。


論道篇

子曰、道外無物、物外無道。在父子則親、在君臣則敬。有適有莫、於道已爲有閒。又況夫毀髮而棄人倫者乎。
【読み】
子曰く、道の外に物無く、物の外に道無し。父子に在っては則ち親、君臣に在っては則ち敬なり。適有り莫有るは、道に於て已に閒有りとす。又況んや夫れ髮を毀[さ]って人倫を棄つる者をや、と。

子曰、立言、所以明道也。言之、而知德者厭之、不知德者惑之、何也。由涉道不深、素無涵蓄爾。
【読み】
子曰く、言を立つるは、道を明らかにする所以なり。之を言いて、而も德を知る者は之を厭い、德を知らざる者は之に惑うは、何ぞや。道を涉ること深からず、素より涵蓄すること無きに由るのみ、と。

子曰、傳道爲難。續之亦不易。有一字之差、則失其本旨矣。
【読み】
子曰く、道を傳うるを難しとす。之を續ぐことも亦易からず。一字の差有れば、則ち其の本旨を失す、と。

或謂、惟太虛爲虛。子曰、無非理也。惟理爲實。或曰、莫大於太虛。曰、有形則有小大。何小大之可言。
【読み】
或るひと謂う、惟太虛を虛とす、と。子曰く、理に非ずということ無し。惟理を實とす、と。或るひと曰く、太虛より大なるは莫し、と。曰く、形有れば則ち小大有り。何の小大をか之れ言う可けん、と。

子曰、有者不可謂之無。猶人知識聞見、歷數十年之後、一旦念之、昭昭然於心、謂之無者非也。謂之有者、果安在哉。
【読み】
子曰く、有は之を無と謂う可からず。猶人の知識聞見、數十年を歷るの後、一旦之を念えば、心に昭昭然たるがごとき、之を無と謂う者は非なり。之を有と謂う者、果たして安くにか在るや、と。

或問、誠者、專意之謂乎。子曰、誠者實理也。專意何足以盡之。呂大臨曰、信哉。實有是理、故實有是物。實有是物、故實有是用。實有是用、故實有是心。實有是心、故實有是事。故曰、誠者實理也。
【読み】
或るひと問う、誠は、意を專らにするの謂か、と。子曰く、誠は實理なり。意を專らにするは何ぞ以て之を盡くすに足らん。呂大臨曰く、信なるかな。實に是の理有り、故に實に是の物有り。實に是の物有り、故に實に是の用有り。實に是の用有り、故に實に是の心有り。實に是の心有り、故に實に是の事有り。故に曰く、誠は實理なり、と。

或問、介甫有言、盡人道謂之仁、盡天道謂之聖。子曰、言乎一事、必分爲二、介甫之學也。道一也。未有盡人而不盡天者也。以天人爲二、非道也。子雲謂通天地而不通人曰伎。亦猶是也。或曰、乾天道也。坤地道也。論其體則天尊地卑。其道則無二也。豈有通天地而不通人。如止云通天文地理、雖不能之、何害爲儒。
【読み】
或るひと問う、介甫言えること有り、人の道を盡くす之を仁と謂い、天の道を盡くす之を聖と謂う、と。子曰く、一事を言って、必ず分けて二つとするは、介甫が學なり。道は一なり。未だ人を盡くして天を盡くさざる者は有らざるなり。天人を以て二とするは、道に非ざるなり。子雲が謂える、天地に通じて人に通ぜさるを伎と曰う、と。亦猶是のごとし。或るひと曰く、乾は天道なり。坤は地道なり。其の體を論ずるときは則ち天は尊く地は卑し。其の道は則ち二つ無し。豈天地に通じて人に通ぜざること有らんや。止天文地理に通ずと云うが如きは、之を能くせずと雖も、何ぞ儒と爲るに害あらん、と。

子曰、上天之載、無聲無臭之可聞。其體則謂之易、其理則謂之道、其命在人則謂之性、其用無窮則謂之神、一而已矣。
【読み】
子曰く、上天の載は、聲も無く臭の聞く可き無し。其の體は則ち之を易と謂い、其の理は則ち之を道と謂い、其の命人に在るときは則ち之を性と謂い、其の用窮まり無きは則ち之を神と謂いて、一なるのみ、と。

子曰、陰之道、非必小人也。其害陽則小人也。其助陽成物則君子也。利非不善也。其害義則不善也。其和義則非不善也。
【読み】
子曰く、陰の道は、必ずしも小人に非ず。其れ陽を害するときは則ち小人なり。其れ陽を助けて物を成すときは則ち君子なり。利は不善に非ず。其れ義を害するときは則ち不善なり。其れ義に和するときは則ち不善に非ざるなり、と。

子曰、誠則無不敬。未至於誠、則敬然後誠。
【読み】
子曰く、誠なれば則ち敬ならずということ無し。未だ誠に至らざれば、則ち敬して然して後に誠なり、と。

子曰、誠無不動者。修身則身正、治事則事理、臨人則人化。無往而不得志之正也。
【読み】
子曰く、誠は動かさずという者無し。身を修むるときは則ち身正しく、事を治むるときは則ち事理あり、人に臨むときは則ち人化す。往くとして志の正しきを得ずということ無し、と。

或問、子所定昏禮、有壻往謝之儀、何謂也。子曰、是時也。以今視古、氣之淳漓不同矣。今人之壽夭貌象、與古亦異、而冕服俎豆、未必可稱也。聖人之主化、猶禹之治水耳。宜順之而不逆、宜遵之而不違。隨時之義、亦因於(徐本有以字。)此焉。
【読み】
或るひと問う、子定むる所の昏禮、壻往いて謝するの儀有るは、何の謂ぞや、と。子曰く、是れ時なり。今を以て古を視るに、氣の淳漓同じからず。今の人の壽夭貌象、古と亦異にして、冕服俎豆、未だ必ずしも稱う可からず。聖人の主化は、猶禹の水を治むるがごときのみ。宜しく之に順って逆わざるべく、宜しく之に遵って違わざるべし。時に隨うの義も、亦此(徐本以の字有り。)に因る、と。

子曰、天下之害、皆以遠本而末勝也。峻宇雕牆、本於宮室、酒池肉林、本於飮食、淫酷殘忍、本於刑罰、窮兵黷武、本於征伐。先王制其本者、天理也。後王流於末者、人欲也。損人欲以復天理、聖人之敎也。或曰、然則未可盡去乎。曰、本末、一道也。父子主恩、必有嚴順之禮、君臣主敬、必有承接之儀。禮遜有節、非威儀則不行、尊卑有序、非物采則無別。文之與質、相須而不可缺也。及夫末勝而本喪、則寧遠浮華、而質朴之爲貴爾。
【読み】
子曰く、天下の害は、皆本を遠ざけて末勝つを以てなり。峻宇雕牆は、宮室に本づき、酒池肉林は、飮食に本づき、淫酷殘忍は、刑罰に本づき、兵を窮め武を黷[けが]すは、征伐に本づく。先王其の本を制する者は、天理なり。後王末に流るる者は、人欲なり。人欲を損して以て天理に復るは、聖人の敎なり、と。或るひと曰く、然らば則ち未だ盡く去る可からざるか、と。曰く、本末は、一道なり。父子は恩を主として、必ず嚴順の禮有り、君臣は敬を主として、必ず承接の儀有り。禮遜の節有る、威儀に非ざれば則ち行われず、尊卑の序有る、物采に非ざれば則ち別無し。文と質と、相須って缺く可からず。夫の末勝って本喪ぶに及んでは、則ち寧ろ浮華にして、質朴なるの貴しと爲すに遠ければのみ、と。

子曰、純於敬、則己與理一、無可克者、無可復者。
【読み】
子曰く、敬に純らなるときは、則ち己と理と一にして、克つ可き者無く、復る可き者無し、と。

子曰、質必有文、自然之理也。理必有對、生生之本也。有上則有下、有此則有彼、有質則有文。一不獨立、二必爲文。非知道者、孰能識之。
【読み】
子曰く、質に必ず文有るは、自然の理なり。理に必ず對有るは、生生の本なり。上有れば則ち下有り、此れ有れば則ち彼有り、質有れば則ち文有り。一は獨立せず、二は必ず文を爲す。道を知る者に非ずんば、孰か能く之を識らん、と。

子曰、佛者之學、若有止則有用。
【読み】
子曰く、佛者の學、若し止まること有らば則ち用有り、と。

子曰、觀生理可以知道。
【読み】
子曰く、生理を觀れば以て道を知る可し、と。

子曰、至誠感通之道、惟知道者識之。
【読み】
子曰く、至誠感通の道は、惟道を知る者のみ之を識る、と。

子曰、仁道難名。惟公近之。非指公爲仁也。
【読み】
子曰く、仁道は名づけ難し。惟公は之に近し。公を指して仁とするには非ず、と。

子曰、聖人以生死爲常事、無可懼者。佛者之學、本於畏死。故言之不已。下愚之人、故易以其說自恐。至於學禪、雖異於是、然終歸於此。蓋皆利心也。或曰、本以利心得之耶、抑亦利心求之而有失也。子曰、本以利心得之。故學者亦以利心失之也。莊生所謂無常化者、亦若是爾。
【読み】
子曰く、聖人は生死を以て常事とし、懼る可き者無し。佛者の學は、死を畏るるに本づく。故に之を言いて已まず。下愚の人、故に易く其の說を以て自ら恐る。禪を學ぶに至っては、是に異なりと雖も、然れども終に此に歸す。蓋し皆利心なればなり、と。或るひと曰く、本利心を以て之を得るか、抑々亦利心之を求めて失有るか、と。子曰く、本利心を以て之を得。故に學者亦利心を以て之を失するなり。莊生が所謂常無くして化すという者、亦是の若きのみ、と。

韓侍郎曰、道無眞假。子曰、旣無眞、則是假爾。旣無假、則是眞矣。眞假皆無、尙何有哉。必曰是者爲眞、非者爲假、不亦顯然而易明乎。
【読み】
韓侍郎曰く、道は眞假無し、と。子曰く、旣に眞無きときは、則ち是れ假のみ。旣に假無きときは、則ち是れ眞なり。眞假皆無くんば、尙何か有らんや。必ず是なる者を眞と爲し、非なる者を假と爲すと曰わば、亦顯然として明からしめ易からざらんや、と。

子謂門人曰、於佛氏之說、不必窮也。苟欲窮之、而未能窮、則己與之倶化矣。曰、然則何以能不疑。曰、曷不以其迹考之。其迹如是、其心何如哉。豈可取其迹而不求其心、探其心而不考其迹也。心迹猶形影、無可判之理。王仲淹之言非也。助佛氏之說者、必曰不當以其迹觀之。吾不信也。
【読み】
子門人に謂いて曰く、佛氏の說に於て、必ずしも窮めざれ。苟も之を窮めんと欲して、未だ窮むること能わざるときは、則ち己之と倶に化せん、と。曰く、然らば則ち何を以て能く疑わざらん、と。曰く、曷ぞ其の迹を以て之を考えざる。其の迹是の如くんば、其の心何如ぞや。豈其の迹を取って其の心を求めず、其の心を探って其の迹を考えざる可けんや。心迹は猶形影のごとく、判つ可きの理無し。王仲淹の言は非なり。佛氏の說を助くる者は、必ず當に其の迹を以て之を觀るべからずと曰う。吾は信ぜざるなり、と。

子曰、義利云者、公與私之異也。較計之心一萌、斯爲利矣。
【読み】
子曰く、義利と云う者は、公と私との異なりなり。較計の心一たび萌せば、斯を利と爲す、と。

子曰、便儇佼厲之人、去道遠而。
【読み】
子曰く、便儇佼厲[べんけんこうれい]の人は、道を去ること遠し、と。

子曰、公者仁之理、恕者仁之施、愛者仁之用。子厚曰、誠一物也。
【読み】
子曰く、公は仁の理、恕は仁の施、愛は仁の用なり。子厚曰く、誠は一物なり、と。

子曰、苟非至誠、雖建功立業、亦出於事爲浮氣。其能久乎。
【読み】
子曰く、苟も至誠に非ずんば、功を建て業を立つると雖も、亦事爲浮氣に出づ。其れ能く久しからんや、と。

或問、學者多流於釋氏之說、何也。子曰、不致知也。知之旣至、孰得而移之。知玉之爲寶、則人不能以石亂之矣、知醴之爲甘、則人不能以櫱亂之矣。知聖人之爲大中至正、則釋氏不能以說惑之矣。
【読み】
或るひと問う、學者多く釋氏の說に流るるは、何ぞや、と。子曰く、知を致めざればなり。之を知ること旣に至らば、孰か得て之を移さん。玉の寶爲ることを知らば、則ち人石を以て之を亂ること能わず。醴の甘爲ることを知らば、則ち人櫱[げつ]を以て之を亂ること能わず。聖人の大中至正爲ることを知らば、則ち釋氏說を以て之を惑わすこと能わず、と。

或謂、佛氏所謂定、豈聖人所謂止乎。子曰、定則忘物而無所爲也。止則物自付物、各得其所、而我無與也。
【読み】
或るひと謂く、佛氏が謂う所の定は、豈聖人の謂う所の止ならんや、と。子曰く、定は則ち物を忘れてする所無し。止は則ち物自づから物に付して、各々其の所を得て、我れ與ること無し、と。

子曰、天地不相遇、則万物不生。君臣不相遇、則政治不興。聖賢不相遇、則道德不亨。事物不相遇、則功用不成。遇之道、大矣哉。
【読み】
子曰く、天地相遇わざるときは、則ち万物生ぜず。君臣相遇わざるときは、則ち政治興らず。聖賢相遇わざるときは、則ち道德亨らず。事物相遇わざるときは、則ち功用成らず。遇の道、大なるかな、と。

子曰、至公無私、大同無我。雖眇然一身、在天地之閒、而與天地無以異也。夫何疑焉。佛者厭苦根塵。是則自利而已。
【読み】
子曰く、至公は私無く、大同は我れ無し。眇然たる一身、天地の閒に在りと雖も、天地と以て異ること無し。夫れ何ぞ疑わん。佛は根塵を厭い苦しむ。是れ則ち自ら利するのみ、と。

子曰、能明善、斯可謂明也已。能守善、斯可謂誠也已。
【読み】
子曰く、能く善を明らかにす、斯を明と謂う可きのみ。能く善を守る、斯を誠と謂う可きのみ、と。

或問孝弟爲仁之本與。子曰、行仁自孝弟始。孝弟、仁之事也。仁、性也。孝弟、用也。謂孝弟爲行仁之本則可。直曰仁之本、則不可。
【読み】
或るひと孝弟は仁を爲すの本かというを問う。子曰く、仁を行うことは孝弟自り始まる。孝弟は、仁の事なり。仁は、性なり。孝弟は、用なり。孝弟は仁を行うの本と爲すと謂うときは則ち可なり。直に仁の本と曰うときは、則ち不可なり、と。

或問、仁與聖何以異。子曰、仁、可以通上下而言。聖、名其極也。有人於此、一言一行仁矣。亦可謂之仁、而不可謂之聖。至於盡人道者、必謂之聖、而亦可謂之仁。
【読み】
或るひと問う、仁と聖とは何を以て異なる、と。子曰く、仁は、以て上下に通じて言う可し。聖は、其の極を名づくなり。此に人有り、一言一行仁あり。亦之を仁と謂う可くして、之を聖と謂う可からず。人道を盡くす者に至っては、必ず之を聖と謂いて、亦之を仁と謂う可し、と。

子曰、仁者、天下之正理。失正理、則無序而不和。
【読み】
子曰く、仁は、天下の正理。正理を失するときは、則ち序無くして和せず、と。

或問敬。子曰、主一之謂敬。何謂一。子曰、無適之謂一。何以能見一而主之。子曰、齊莊整敕、其心存焉。涵養純熟、其理著矣。
【読み】
或るひと敬を問う。子曰く、一を主とす之を敬と謂う、と。何を一と謂う。子曰く、適無き之を一と謂う、と。何を以て能く一を見て之を主とせん。子曰く、齊莊整敕なれば、其の心存す。涵養純熟すれば、其の理著る、と。

子曰、忠恕猶曰中庸。不可偏舉。
【読み】
子曰く、忠恕は猶中庸と曰うがごとし。偏舉す可からず、と。

子曰、至誠事親則成人子、至誠事君則成人臣。無不誠者。故曰誠者自成也。
【読み】
子曰く、至誠親に事うるときは則ち人の子と成り、至誠君に事うるときは則ち人の臣と成る。誠あらずという者無し。故に誠は自ら成るなりと曰う、と。

或問、中庸可擇乎。子曰、旣博學之、又審問之、又謹思之、又明辨之、所以識中庸之理而不差忒、奚爲而不擇。
【読み】
或るひと問う、中庸は擇ぶ可けんや、と。子曰く、旣に博く之を學び、又審らかに之を問い、又謹んで之を思い、又明らかに之を辨うは、中庸の理を識って差忒[さとく]せざる所以、奚爲れぞ而も擇ばざらんや、と。

子曰、存道者、心無老少之異。行道者、身老則衰。故孔子曰、吾衰也久矣。
【読み】
子曰く、道を存することは、心老少の異なり無し。道を行うことは、身老するときは則ち衰う。故に孔子曰く、吾が衰えたること久し、と。

子曰、仁者必愛。指愛爲仁則不可。不仁者無所知覺。指知覺爲仁則不可。
【読み】
子曰く、仁者は必ず愛す。愛を指して仁とするは則ち不可なり。不仁者は知覺する所無し。知覺を指して仁とするは則ち不可なり、と。

子曰、可欲莫如善。以有諸己爲貴。若存若亡焉、而不爲物所誘、俗所移者、吾未之見也。
【読み】
子曰く、欲す可きは善に如くは莫し。諸を己に有するを以て貴しとす。存するが若く亡するが若くにして、物に誘われ、俗に移さるることをせざる者は、吾れ未だ之を見ざるなり、と。

子曰、敬以直内、義以方外、仁也。不可曰以敬直内、以義方外。謂之敬義者、猶曰行仁義云耳。何直之有。所謂直也者、必有事而勿正心是也。敬以直内、義以方外、與物同矣。故曰敬義立而德不孤。推而放諸四海而準。
【読み】
子曰く、敬以て内を直くし、義以て外を方にすとは、仁なり。敬を以て内を直くし、義を以て外を方にすと曰う可からず。之を敬義と謂う者は、猶仁義を行うと云うと曰うがごときのみ。何の直ということか之れ有らん。所謂直とは、必ず事とすること有りて心に正[あてて]すること勿かれという、是れなり。敬以て内を直くし、義以て外を方にするは、物と同じきなり。故に敬義立って德孤ならずと曰う。推して四海に放[いた]って準とす、と。

子曰、守道當確然而不變。得正則遠邪、就非則違是。無兩從之理。
【読み】
子曰く、道を守るには當に確然として變ぜざるべし。正を得るときは則ち邪を遠ざけ、非に就くときは則ち是に違う。兩つながら從うの理無し、と。

子謂學者曰、夫道恢然而廣大、淵然而深奧。於何所用其力乎。惟立誠然後有可居之地。無忠信、則無物。
【読み】
子學者に謂いて曰く、夫れ道は恢然として廣大、淵然として深奧なり。何に於て其の力を用うる所あらんや。惟誠を立てて然して後に居る可きの地有り。忠信無きときは、則ち物無し、と。

子曰、理素定、則能見幾而作。不明於理、何幾之能見。
【読み】
子曰く、理素より定まるときは、則ち能く幾を見て作[た]つ。理に明らかならざれば、何の幾をか之れ能く見ん、と。

或問、四端不言信、何也。子曰、有不信、故言有信。譬之四方、其位已定、何不信之有。若以東爲西、以南爲北、斯不信矣。是故四端不言信。
【読み】
或るひと問う、四端信を言わざるは、何ぞや、と。子曰く、信ならざること有り、故に信有ることを言う。之を四方に譬うるに、其の位已に定まらば、何の信ならざることか之れ有らん。若し東を以て西とし、南を以て北とせば、斯れ信ならず。是の故に四端信を言わず、と。

劉安節問、仁與心何異。子曰、於所主曰心、名其德曰仁。曰、謂仁者心之用乎。子曰、不可。曰、然則猶五穀之種、待陽氣而生乎。子曰、陽氣所發、猶之情也。心猶種焉。其生之德、是爲仁也。
【読み】
劉安節問う、仁と心とは何ぞ異なる、と。子曰く、主る所に於て心と曰い、其の德を名づけて仁と曰う、と。曰く、仁と謂う者は心の用か、と。子曰く、不可なり、と。曰く、然らば則ち猶五穀の種の、陽氣を待って生ずるがごときか、と。子曰く、陽氣の發する所は、猶之の情のごとし。心は猶種のごとし。其の生ずる德、是を仁とす、と。

子曰、敬則無閒斷。文王之純如此。
【読み】
子曰く、敬すれば則ち閒斷無し。文王の純此の如し、と。

子曰、禮者人之規範、守禮所以立身也。安禮而和樂、斯爲盛德矣。
【読み】
子曰く、禮は人の規範、禮を守るは身を立つる所以なり。禮を安んじて樂を和す、斯を盛德とす、と。

子曰、無道而得富貴、其爲可耻、人皆知之、而不處焉。惟特立者能之。
【読み】
子曰く、道無くして富貴を得る、其の耻づ可きとすること、人皆之を知れども、處らず。惟特立の者之を能くす、と。

子曰、子厚以淸虛一大名天道。是以器言。非形而上者。
【読み】
子曰く、子厚淸虛一大を以て天道と名づく。是れ器を以て言う。形よりして上なる者に非ず、と。

子曰、今之語道者、語高則遺卑、語本則遺末。孟子之書、雖所記不主一端、然無精麤之分、通貫言之、蔑不盡者。
【読み】
子曰く、今の道を語る者、高きを語るときは則ち卑きを遺[わす]れ、本を語るときは則ち末を遺る。孟子の書、記する所一端を主とせずと雖も、然れども精麤の分無く、通貫して之を言いて、盡くさざる者蔑[な]し、と。

子曰、凡志於求道者、可謂誠心矣。欲速助長而不中理、反不誠矣。故求道而有迫切之心、雖得之、必失之。觀天地之化、一息不留、疑於速也。然寒暑之變極微。曷嘗遽哉。
【読み】
子曰く、凡そ道を求むるに志す者は、誠心と謂う可し。速やかならんことを欲して助けて長ぜしめて理に中らざるは、反って誠ならず。故に道を求めて迫切の心有れば、之を得ると雖も、必ず之を失う。天地の化、一息も留まらざるを觀るに、速やかなるに疑いあり。然れども寒暑の變は極めて微なり。曷ぞ嘗て遽ならんや、と。

子曰、語默猶晝夜爾。死生猶古今爾。
【読み】
子曰く、語默は猶晝夜のごときのみ。死生は猶古今のごときのみ、と。

子曰、仁則一、不仁則二。
【読み】
子曰く、仁なれば則ち一、不仁なれば則ち二、と。

子曰、一德立而百善從之。
【読み】
子曰く、一德立って百善之に從う、と。

子曰、無一亦無三。故曰、三人行則損一人、一人行則得其友。是二而已。
【読み】
子曰く、一無ければ亦三無し。故に曰く、三人行くときは則ち一人を損し、一人行くときは則ち其の友を得、と。是れ二なるのみ、と。

子曰、天以生爲道。
【読み】
子曰く、天は生を以て道とす、と。

或問、理義何以異。子曰、在物爲理、處物爲義。
【読み】
或るひと問う、理義は何を以て異なる、と。子曰く、物に在るを理とし、物に處するを義とす、と。

子曰、形而上者、存於洒埽應對之閒。理無小大故也。
【読み】
子曰く、形よりして上なる者は、洒埽應對の閒に存す。理に小大無き故なり、と。

子曰、理有盛衰、有消長、有盈益、有虛損。順之則吉、逆之則凶。君子隨時所尙、所以事天也。
【読み】
子曰く、理に盛衰有り、消長有り、盈益有り、虛損有り。之に順うときは則ち吉、之に逆うときは則ち凶。君子時に隨い尙ぶ所は、天に事うる所以なり、と。

子曰、理善莫過於中。中則無不正者。而正未必得中也。
【読み】
子曰く、理の善は中に過ぎたるは莫し。中なれば則ち正ならざる者無し。而れども正は未だ必ずしも中を得ず、と。

或問仁。子曰、聖賢言仁多矣。會觀而體認之、其必有見矣。韓文公曰、博愛之謂仁。愛、情也。仁、性也。仁者固博愛。以博愛爲盡仁、則不可。
【読み】
或るひと仁を問う。子曰く、聖賢仁を言うこと多し。會し觀て之を體認せば、其れ必ず見ること有らん。韓文公曰く、博く愛する之を仁と謂う、と。愛は、情なり。仁は、性なり。仁者は固より博く愛す。博く愛するを以て仁を盡くすとするは、則ち不可なり、と。

或問、何謂忠、何謂恕。子曰、維天之命、於穆不已、忠也。天地變化草木蕃、恕也。
【読み】
或るひと問う、何を忠と謂い、何を恕と謂う、と。子曰く、維れ天の命、於穆として已まざるは、忠なり。天地變化して草木蕃るは、恕なり、と。

子曰、不偏之謂中。一物之不該、一事之不爲、一息之不存、非中也。以中無偏故也。此道也、常而不可易。故旣曰中、又曰庸也。
【読み】
子曰く、偏ならざる之を中と謂う。一物も該[か]ねざる、一事もせざる、一息も存せざるは、中に非ず。中は偏無きを以ての故なり。此の道や、常にして易う可からず。故に旣に中と曰い、又庸と曰う、と。

或問、商開丘之事、信乎。子曰、大道不明於天下。莊・列之徒窺測而言之者也。
【読み】
或るひと問う、商開丘が事、信なりや、と。子曰く、大道天下に明らかならず。莊・列が徒は窺い測って之を言う者なり、と。

或問、蹈水火白刃而無傷、巫師亦或能之。豈在誠乎。子曰、彼以邪心詭道爲之、常懷欺人之意。何誠之有。曰、然則其能者何也。子曰、西方有幻術焉、凡其所謂變化神通以駭衆人之耳目者、皆幻也。巫師所能、迺其餘緒耳。
【読み】
或るひと問う、水火白刃を蹈んで傷ること無きことは、巫師も亦或は之を能くす。豈誠在るか、と。子曰く、彼邪心詭道を以て之をして、常に人を欺く意を懷く。何の誠ということか之れ有らん、と。曰く、然らば則ち其の能くする者は何ぞや、と。子曰く、西方に幻術有り、凡そ其の所謂變化神通以て衆人の耳目を駭かす者は、皆幻なり。巫師の能くする所は、迺ち其の餘緒のみ、と。

子曰、異端之說、雖小道、必有可觀也。然其流必害。故不可以一言之中、一事之善、而兼取其大體也。夫楊・墨亦是堯・舜而非桀・紂。其是非豈不當乎。其所以是非之意、蓋竊吾之似、欲成其說耳。
【読み】
子曰く、異端の說、小道と雖も、必ず觀る可き有り。然れども其の流は必ず害あり。故に一言の中、一事の善を以て、其の大體を兼ね取る可からず。夫の楊・墨も亦堯・舜を是として桀・紂を非とす。其の是非豈當たらざらんや。其の是非する所以の意、蓋し吾が似れるを竊んで、其の說を成さんと欲するのみ、と。

子曰、介甫之言道、以文焉耳矣。言道如此、己則不能然。是己與道二也。夫有道者不矜於文學之門。啓口容聲、皆至德也。
【読み】
子曰く、介甫が道を言うは、文を以てするのみ。道を言うこと此の如くにして、己は則ち然ること能わず。是れ己と道と二つなり。夫れ道を有する者は文學の門に矜[ほこ]らず。口を啓き聲を容せば、皆至德なり、と。

子曰、世之學者、未嘗知權之義、於理所不可、則曰姑從權。是以權爲變詐之術而已也。夫臨事之際、稱輕重而處之以合於義、是之謂權。豈拂經之道哉。
【読み】
子曰く、世の學者は、未だ嘗て權の義を知らず、理に於て不可なる所は、則ち姑く權に從うと曰う。是れ權を以て變詐の術をするのみ。夫れ事に臨むの際、輕重を稱って之に處して以て義に合う、是れ之を權と謂う。豈經の道に拂[もと]らんや、と。

或問、信在四端、猶土王四季乎。子曰、信無在、無不在。在易則至理也。在孟子則配道義之氣也。
【読み】
或るひと問う、信の四端に在るは、猶土の四季に王とするがごときか、と。子曰く、信は在ること無く、在らずということ無し。易に在っては則ち至理なり。孟子に在っては則ち道義に配する氣なり、と。

或問、夫子曰、有已發之中、有未發之中。中有二耶。子曰、非也。發而中節、是亦中也。對中而言之、則謂之和可也。以其發故也。
【読み】
或るひと問う、夫子曰く、已發の中有り、未發の中有り、と。中は二つ有りや、と。子曰く、非なり。發して節に中るは、是れ亦中なり。中に對して之を言えば、則ち之を和と謂って可なり。其の發するを以ての故なり、と。

子謂子厚曰、道者天下之公也。而學者欲立私說、何也。子厚曰、心不廣也。子曰、彼亦是美事、好而爲之。不知迺所當爲、强私之也。
【読み】
子子厚に謂いて曰く、道は天下の公なり。而るに學者私說を立てんと欲するは、何ぞや、と。子厚曰く、心廣からざればなり、と。子曰く、彼も亦是れ美事は、好んで之をす。知らず、迺ち當にすべき所、强いて之を私するを、と。

子曰、因人情而節文之者、禮也。行之而人情宜之者、義也。
【読み】
子曰く、人情に因りて之を節文する者は、禮なり。之を行って人情之を宜しきとする者は、義なり、と。

或問、喜怒哀樂未發之時、耳無所聞、目無所見乎。曰、雖無聞見、而聞見之理自存。汝於靜也如何。對曰、謂之有物則不可。然昭昭乎有所知覺也。子曰、有是覺、則是動矣。曰、夫子於喜怒哀樂之未發也、謂靜而已乎。子曰、汝必從事於敬以直内、則知而得之矣。曰、何以未發言中。子曰、敬而無失、所以中也。凡事事物物皆有自然之中。若俟人爲布置、則不中矣。
【読み】
或るひと問う、喜怒哀樂の未だ發せざる時、耳聞く所無く、目見る所無きや、と。曰く、聞き見ること無きと雖も、聞き見るの理自づから存す。汝靜なるに於て如何、と。對えて曰く、之を物有りと謂うときは則ち不可なり。然れども昭昭乎として知覺する所有るなり、と。子曰く、是の覺有るときは、則ち是れ動なり、と。曰く、夫子喜怒哀樂の未だ發せざるに於て、靜と謂うのみか、と。子曰く、汝必ず敬以て内を直くすというに從事するときは、則ち知って之を得ん、と。曰く、何ぞ未發を以て中と言う、と。子曰く、敬して失無きは、中なる所以なり。凡そ事事物物は皆自然の中有り。若し人布置をすることを俟つときは、則ち中ならず、と。

子曰、或言方有内外、是有閒矣。道無閒。方無内外。
【読み】
子曰く、或るひと方に内外有りと言うは、是れ閒有るなり。道は閒無し。方は内外無し。

或問、何謂時中。子曰、猶之過門不入、在禹・稷之世爲中也。時而居陋巷、則過門不入非中也。居於陋巷、在顏子之時爲中也。時而當過門不入、則居於陋巷非中矣。蓋以事言之、有時而中。以道言之、何時而不中也。
【読み】
或るひと問う、何をか時に中すと謂う、と。子曰く、猶之れ門を過りて入らざるは、禹・稷の世に在っては中とす。時にして陋巷に居るときは、則ち門を過りて入らざるは中に非ず。陋巷に居るは、顏子の時に在っては中とす。時にして門を過りて入らざるに當たるときは、則ち陋巷に居るは中に非ず。蓋し事を以て之を言えば、時にして中する有り。道を以て之を言えば、何れの時にして中せざらん、と。

或問、外物宜惡諸。子曰、於道而無所見、則累與惡皆不得免焉。蓋亦原其當有當無爾。當有也、何惡之有。當無也、何絕之有。
【読み】
或るひと問う、外物は宜しく惡むべきや、と。子曰く、道に於て見る所無きときは、則ち累うと惡むとは皆免るることを得ず。蓋し亦其の當に有るべく當に無かるべきを原[たづ]ぬるのみ。當に有るべきときは、何の惡むことか之れ有らん。當に無きときは、何の絕つことか之れ有らん、と。

子曰、禮(徐本禮作理。)者、理(徐本理作禮。)也、文也。理(徐本理作禮。)者、實也、本也。文者、華也、末也。理文若二、而一道也。文過則奢、實過則儉。奢自文至、儉自實生。形影之類也。
【読み】
子曰く、禮(徐本禮を理に作る。)は、理(徐本理を禮に作る。)なり、文なり。理(徐本理を禮に作る。)は、實なり、本なり。文は、華なり、末なり。理文は二つの若くにして、一道なり。文過ぐるときは則ち奢、實過ぐるときは則ち儉。奢は文自り至り、儉は實自り生ず。形影の類なり、と。

子曰、昔聖人謂、立人之道曰仁與義。仁者人也。親親爲大。唯能親親、故自吾老幼以及人之老幼。義者宜也。尊賢爲大。唯能尊賢、故賢者在位、能者在職。仁義、盡人之道矣。
【読み】
子曰く、昔聖人謂く、人の道を立てて仁と義と曰う、と。仁は人なり。親を親しむを大なりとす、と。唯能く親を親しくす、故に吾が老幼自りして以て人の老幼に及ぼす。義は宜なり。賢を尊ぶを大なりとす、と。唯能く賢を尊ぶ、故に賢者位に在り、能者職に在り。仁義は、人の道を盡くせり、と。

子曰、視聽言動一於禮、謂之仁。
【読み】
子曰く、視聽言動の禮に一なる、之を仁と謂う、と。

子曰、信不足以盡誠、猶愛不足以盡仁也。
【読み】
子曰く、信以て誠を盡くすに足らざるは、猶愛以て仁を盡くすに足らざるがごとし、と。

子曰、晝夜者、死生之道也。知生之道、則知死矣。盡人之道、則能事鬼矣。死生・人鬼、一而二、二而一者也。
【読み】
子曰く、晝夜は、死生の道なり。生の道を知るときは、則ち死を知る。人の道を盡くすときは、則ち能く鬼に事うる。死生・人鬼は、一にして二、二にして一なる者なり、と。

子曰、仕止久速、惟其可不執於一。故曰、君子而時中也。喜怒哀樂之未發、寂然不動。故曰、天下之大本也。
【読み】
子曰く、仕止久速は、惟其れ一を執らずんばある可からず。故に曰く、君子にして時に中す、と。喜怒哀樂の未だ發せざるときは、寂然として動かず。故に曰く、天下の大本、と。

子曰、能盡飮食言語之道、則能盡出處去就之道矣。能盡出處去就之道、則能盡死生之道矣。其致一也。
【読み】
子曰く、能く飮食言語の道を盡くすときは、則ち能く出處去就の道を盡くす。能く出處去就の道を盡くすときは、則ち能く死生の道を盡くす。其の致は一なり、と。

子曰、有形皆器也。無形惟道。
【読み】
子曰く、形有るは皆器なり。形無きは惟道なり、と。

子曰、凡執守不定者、皆不仁也。
【読み】
子曰く、凡そ執り守ること定まらざる者は、皆不仁なり、と。

子曰、釋氏言定、異乎聖人之言止。夫於有美惡因而美惡之。美惡在物、我無心焉。苟曰吾之定、不預於物、然物未嘗忘也。聖人曰止、隨其所止而止之。止其所也。
【読み】
子曰く、釋氏が定と言うは、聖人が止と言うに異なり。夫れ美惡有るに於て因りて之を美惡す。美惡は物に在りて、我れ心無し。苟も吾が定、物に預からずと曰わば、然れども物未だ嘗て忘れず。聖人が止と曰うは、其の止まる所に隨って之に止まる。其の所に止まるなり、と。

子曰、中無定方。故不可執一。今以四方之中爲中、則一方無中乎。以中外之中爲中、則當外無中乎。故自室而觀之、有室之中、而自堂觀之、則室非中矣。自堂而觀之、有堂之中、而自庭觀之、則堂非中矣。
【読み】
子曰く、中に定方無し。故に一を執る可からず。今四方の中を以て中とするときは、則ち一方に中無けんや。中外の中を以て中とするときは、則ち外に當たって中無けんや。故に室自りして之を觀れば、室の中有れども、堂自り之を觀れば、則ち室は中に非ず。堂自りして之を觀れば、堂の中有れども、庭自り之を觀れば、則ち堂は中に非ず、と。

子曰、集義生氣。方其未養也、氣自氣爾。惟集義以生、則氣與義合、無非道也。合非所以言氣。自其未養言之也。
【読み】
子曰く、義を集めて氣を生ず。其の未だ養わざるに方っては、氣は自づから氣のみ。惟義を集めて以て生ずるときは、則ち氣と義と合して、道に非ずということ無し。合は氣を言う所以に非ず。其の未だ養わざる自りして之を言うなり、と。

或問、集義必於行事。非行事則無所集矣。子曰、内外一事。豈獨事欲合義也。
【読み】
或るひと問う、義を集むるは必ず行事に於てす。行事に非ざれば則ち集むる所無し、と。子曰く、内外は一事なり。豈獨り事のみ義を合することを欲せんや、と。

又問、敬以直内、其能不用意乎。子曰、其始、安得不用意也。久而成焉、意亡矣。又問、必有事焉者、其惟敬而已乎。子曰、敬以涵養也。集義然後爲有事也。知敬而不知集義、不幾於兀然無所爲者乎。
【読み】
又問う、敬以て内を直くせば、其れ能く意を用いざらんか、と。子曰く、其の始めは、安んぞ意を用いざらんことを得んや。久しくして成って、意亡ぶ、と。又問う、必ず事とすること有る者は、其れ惟敬のみか、と。子曰く、敬以て涵養するなり。義を集めて然して後に事とすること有りとす。敬を知って義を集むることを知らずんば、兀然としてする所無き者に幾からざらんや、と。

子曰、佛氏之道、一務上達而無下學。本末閒斷、非道也。
【読み】
子曰く、佛氏の道は、一に上達を務めて下學無し。本末閒斷して、道に非ざるなり、と。

子曰、楊・墨之害、甚於申・韓。佛氏之害、甚楊・墨。
【読み】
子曰く、楊・墨の害は、申・韓より甚だし。佛氏の害は、楊・墨より甚だし、と。

子曰、論語所載、其猶權衡尺度歟。能以是揆事物者、長短輕重較然自見矣。
【読み】
子曰く、論語載する所は、其れ猶權衡尺度のごときか。能く是を以て事物を揆[はか]る者は、長短輕重較然として自づから見ん、と。

子曰、敬則虛靜、而虛靜非敬也。
【読み】
子曰く、敬すれば則ち虛靜にして、虛靜は敬に非ざるなり、と。

子曰、一不敬、則私欲萬端生焉。害仁、此爲大。
【読み】
子曰く、一つも敬せざれば、則ち私欲萬端生ず。仁を害すること、此を大なりとす、と。

子曰、仁者以天地萬物爲一體。莫非我也。知其皆我、何所不盡。不能有諸己、則其與天地萬物、豈特相去千萬而已哉。
【読み】
子曰く、仁者は天地萬物を以て一體とす。我に非ずということ莫し。其れ皆我なることを知らば、何ぞ盡くさざる所あらん。諸を己に有すること能わざるときは、則ち其れ天地萬物と、豈特相去ること千萬のみならんや、と。

子曰、仁孝之理、備於西銘之言。學者斯須不在是、卽與仁孝遠矣。
【読み】
子曰く、仁孝の理は、西の銘の言に備わる。學者斯須も是に在らざれば、卽ち仁孝と遠ざかるなり、と。

子曰、無不敬者、對越上帝之道也。
【読み】
子曰く、敬せずということ無き者は、上帝に對越する道なり、と。

子曰、順理則無憂。
【読み】
子曰く、理に順えば則ち憂え無し、と。

子曰、老子語道德而雜權詐、本末舛矣。申・韓・張・蘇皆其流之弊也。申・韓原道德之意而爲刑名。後世猶或師之。蘇・張得權詐之說而爲縱橫。其失益遠矣。今以無傳焉。
【読み】
子曰く、老子道德を語りて權詐を雜え、本末舛[たが]えり。申・韓・張・蘇は皆其の流れの弊なり。申・韓は道德の意に原いて刑名を爲す。後世猶或は之を師とす。蘇・張は權詐の說を得て縱橫を爲す。其の失益々遠し。今以て傳わること無し、と。

或問、釋氏有事事無礙、譬如鏡燈、包含萬象、無有窮盡也。此理有諸。子曰、佛氏善侈大其說也。今一言以蔽之曰、萬物一理耳。夫百氏諸子、未有不善道德仁義者。考其歸宿、則異乎聖人也。佛氏、其辭皆善遁。今卽其言而究之、則必曰、吾不爲是也。夫已出諸其口、載之於書矣。遁將何之。
【読み】
或るひと問う、釋氏に事事礙[さまた]ぐること無し、譬えば鏡燈の、萬象を包含して、窮まり盡くること有ること無きが如しという有り。此の理有りや、と。子曰く、佛氏は善く其の說を侈大にするなり。今一言以て之を蔽いて曰く、萬物は一理のみ、と。夫れ百氏諸子、未だ道德仁義を善くせざる者は有らず。其の歸宿を考うるときは、則ち聖人に異なり。佛氏は、其の辭皆善く遁る。今其の言に卽いて之を究むるときは、則ち必ず曰く、吾れ是をせず、と。夫れ已に諸を其の口より出し、之を書に載す。遁れて將に何くに之かんとす、と。

子曰、佛之所謂世網者、聖人所謂秉彝也。盡去其秉彝、然後爲道、佛之所謂至敎也。而秉彝終不可得而去也。耳聞目見、飮食男女之欲、喜怒哀樂之變、皆其性之自然。今其言曰、必盡絕是、然後得天眞。吾多見其喪天眞矣。學者戒之謹之、至於自信、然後彼不能亂矣。
【読み】
子曰く、佛の所謂世網という者は、聖人の所謂秉彝なり。盡く其の秉彝を去って、然して後に道と爲すは、佛の所謂至敎なり。而れども秉彝は終に得て去る可からず。耳聞き目見る、飮食男女の欲、喜怒哀樂の變は、皆其の性の自然なり。今其の言に曰く、必ず盡く是を絕ちて、然して後に天眞を得る、と。吾れ多く其の天眞を喪うを見る。學者之を戒め之を謹んで、自ら信ずるに至って、然して後に彼亂ること能わじ、と。

或問、愛何以非仁。子曰、愛出於情。仁則性也。仁者無偏照。是必愛之。
【読み】
或るひと問う、愛は何を以て仁に非ざる、と。子曰く、愛は情に出づ。仁は則ち性なり。仁は偏照無し。是れ必ず之を愛す、と。

子曰、謙者、治益之道。
【読み】
子曰く、謙は、益を治むるの道なり、と。

子曰、離陰陽則無道。陰陽、氣也、形而下也。道、太虛也、形而上也。
【読み】
子曰く、陰陽を離るるときは則ち道無し。陰陽は、氣なり、形よりして下なり。道は、太虛なり、形よりして上なり、と。

子曰、道無體、而義有方。
【読み】
子曰く、道は體無くして、義は方有り、と。

或問、釋氏有言下覺、如何。子曰、何必浮屠氏。孟子言之矣。以先知覺後知、以先覺覺後覺。知者知此事也。覺者覺此理也。
【読み】
或るひと問う、釋氏言下に覺ること有るは、如何、と。子曰く、何ぞ必ずしも浮屠氏のみならん。孟子之を言えり。先知を以て後知を覺し、先覺を以て後覺を覺す、と。知は此の事を知るなり。覺は此の理を覺るなり、と。

或問、變與化何別。王氏謂、因形移易謂之變、離形頓革謂之化。疑其說之善也。子曰、非也。變、未離其體也。化、則舊迹盡亡、自然而已矣。故曰、動則變。變則化。惟天下至誠爲能化。
【読み】
或るひと問う、變と化とは何ぞ別なる。王氏謂く、形に因って移り易わる之を變と謂い、形を離れて頓[にわか]に革む之を化と謂う、と。疑うらくは其の說善なるや、と。子曰く、非なり。變は、未だ其の體を離れざるなり。化は、則ち舊迹盡く亡んで、自然なるのみ。故に曰く、動くときは則ち變ず。變ずるときは則ち化す。惟天下の至誠のみ能く化することをす、と。

子曰、盡己無歉爲忠、體物無違爲信。表裏之義也。
【読み】
子曰く、己を盡くして歉[あきた]らざること無きを忠とし、物に體して違うこと無きを信とす。表裏の義なり、と。

子曰、動靜無端、陰陽無始。非知道者、孰能識之。
【読み】
子曰く、動靜端無く、陰陽始まり無し。道を知る者に非ずんば、孰か能く之を識らん、と。

子曰、莫大於道、莫妙於神。至大至妙、宜若難言也。聖人語之、猶常事爾。使學者玩而索之。故其味長。釋氏之言、夸張閎侈、將以駭人耳目而動其心意。已盡而言未已。故其味短。
【読み】
子曰く、道より大なるは莫く、神より妙なるは莫し。至大至妙、宜しく言い難きが若くなるべし。聖人之を語ること、猶常事のごときのみ。學者をして玩んで之を索めしむ。故に其の味長し。釋氏が言、夸張閎侈にして、將に以人の耳目を駭かして其の心意を動かさんとす。已に盡きて言未だ已まず。故に其の味短し、と。

子曰、聖人公心盡天地萬物之理、各當其分。故其道平直而易行。佛氏厭苦棄捨、造作費力。皆非自然。故失之遠。
【読み】
子曰く、聖人の公心は天地萬物の理を盡くして、各々其の分に當たる。故に其の道平直にして行い易し。佛氏は厭苦棄捨して、造作力を費やす。皆自然に非ず。故に之を失すること遠し、と。

子曰、佛氏求道、猶以管窺天。惟務上見、而不燭四旁。是以事至則不能變。
【読み】
子曰く、佛氏が道を求むるは、猶管を以て天を窺うがごとし。惟上見を務めて、四旁を燭らさず。是を以て事至るときは則ち變ずること能わず、と。

子曰、中庸天理也。不極天理之高明、不足以道乎中庸。中庸乃高明之極耳。非二致也。
【読み】
子曰く、中庸は天理なり。天理の高明を極めずんば、以て中庸を道うに足らず。中庸は乃ち高明の極みのみ。二致に非ず、と。

子曰、予奪翕張、理所有也。而老子之言非也。與之之意、乃在乎取之。張之之意、乃在乎翕之。權詐之術也。
【読み】
子曰く、予奪翕張は、理の有る所なり。而れども老子が言は非なり。之を與うるの意は、乃ち之を取るに在り。之を張るの意は、乃ち之を翕[ちぢ]むるに在り。權詐の術なり、と。

子曰、禮樂大矣。然於進退之閒、則已得情性之正。
【読み】
子曰く、禮樂は大なり。然れども進退の閒に於てするときは、則ち已に情性の正しきを得る、と。

子曰、一二而合爲三。三見則一二亡矣。離三而爲一二、一二見而三亡矣。方爲一二而求三。旣已成三、又求一二、是不知理。
【読み】
子曰く、一二にして合するを三とす。三見るときは則ち一二亡ぶ。三を離して一二とすれば、一二見れて三亡ぶ。方に一二にして三を求むることをす。旣已に三と成って、又一二を求むるは、是れ理を知らざるなり、と。

子曰、善惡皆天理。謂之惡者、或過或不及。無非惡也。楊・墨之類是也。
【読み】
子曰く、善惡は皆天理。之を惡と謂う者は、或は過ぎ或は及ばざるなり。惡に非ずということ無し。楊・墨の類、是れなり、と。

子曰、以氣明道。氣亦形而下者耳。
【読み】
子曰く、氣を以て道を明らかにす。氣は亦形よりして下なる者のみ、と。

子曰、靜中有動、動中有靜。故曰、動靜一源。
【読み】
子曰く、靜中に動有り、動中に靜有り。故に曰く、動靜源を一にす、と。

子曰、氣充則理正、正則不私。不私之至則神。
【読み】
子曰く、氣充つるときは則ち理正しく、正しきときは則ち私ならず。私ならざるの至りは則ち神なり、と。

或問、何謂誠、何謂道乎。子曰、自性言之爲誠、自理言之爲道。其實一也。
【読み】
或るひと問う、何を誠と謂い、何を道と謂うや、と。子曰く、性自り之を言えば誠とし、理自り之を言えば道とす。其の實は一なり、と。

子曰、中無定體。惟達權然後能執之。
【読み】
子曰く、中は定まる體無し。惟權に達して然して後に能く之を執る、と。

子曰、至顯莫如理。昔有人鼓琴而見蟷蜋捕蟬者。或人聞之而曰、琴胡爲有殺聲也。夫殺在物、見在心、而聽者以聲知之。非至顯歟。
【読み】
子曰く、至顯は理に如くは莫し。昔人琴を鼓して蟷蜋の蟬を捕うるを見る者有り。或る人之を聞いて曰く、琴胡爲れぞ殺聲有るや、と。夫れ殺すこと物に在り、見ること心に在り、而して聽く者聲を以て之を知る。至顯に非ずや、と。

子曰、道不遠人。不可須臾離也、此特爲始學者言之耳。論道之極、無遠也、無近也、無可離不可離也。
【読み】
子曰く、道は人に遠からず。須臾も離る可からずとは、此れ特始學者の爲に之を言うのみ。道の極を論ずるときは、遠きこと無く、近きこと無く、離る可く離る可からざる無し、と。

子曰、使萬物無一失所者、斯天理中而已。
【読み】
子曰く、萬物をして一つも所を失うこと無からしむる者は、斯れ天理の中なるのみ、と。

子曰、人爲不善於幽隱之中者、謂人莫已知也。而天理不可欺。何顯如之。或曰、是猶楊震所謂四知者乎。子曰、幾矣。雖然、人我之知、猶有分也。天地則無二知也。
【読み】
子曰く、人不善を幽隱の中に爲す者は、人已に知ること莫しと謂えり。而れども天理は欺く可からず。何の顯か之に如かん、と。或るひと曰く、是れ猶楊震が所謂四知という者か、と。子曰く、幾し。然りと雖も、人我の知は、猶分有り。天地は則ち二知無し、と。

呂大臨曰、中者道之所由出也。子曰、非也。大臨曰、所謂道也、性也、中也、和也、名雖不同、混之則一歟。子曰、中卽道也。汝以道出於中。是道之於中也、又爲一物矣。在天曰命、在人曰性、循性曰道。各有當也。大本言其體、逹道言其用。烏得混而一之乎。大臨曰、中卽性也。循性而行、無非道者、則由中而出。莫非道也。豈爲性中又有中哉。子曰、性道可以合一而言。中不可幷性而一。中也者、狀性與道之言也。猶稱天圓地方、而不可謂方圓卽天地。方圓不可謂之天地、則萬物非出於方圓矣。中不可謂之性、則道非出於中矣。中之爲義、自過與不及而立名。而指中爲性可乎。性不可容聲而論也。率性之謂道、則無不中也。故稱中。所以形容之也。大臨曰、喜怒哀樂之未發、赤子之心、至虛無倚。豈非中乎。此心所發、無往而不中、大人不失赤子之心、所謂允執厥中也。子曰、赤子之心、已發而未遠於中者也。而爾指爲中、是不明大本也。大臨曰、聖人智周萬物、赤子未有所知。其心固不同也。孟子所言、特取其純一無僞、可與聖人同爾。非謂無毫髮之異也。無過不及之謂中。何從而知之乎。求之此心而已。此心之動、出入無時。何從而守之乎。求之喜怒哀樂未發之際而已。當是時也、至虛不倚、純一無僞、以應萬物之變。何往而非禮義哉。故大臨以赤子之心爲中、而曰中者道之所由出也。子曰、非謂無毫髮之異、斯異矣。大本則無異爾。於喜怒哀樂未發之際而求中之中、去中不亦遠乎。大臨曰、然則夫子以赤子之心爲已發者、而未發之時謂之無心可乎。子曰、心一也。有指體而言者、寂然不動是也。有指用而言者、感而遂通天下之故是也。在人所見何如耳。論愈析微、則愈易差失。言之未瑩、則亦擇之未精耳。大臨曰、此則淺陋之辠也。敢不承敎。
【読み】
呂大臨曰く、中は道の由って出る所なり、と。子曰く、非なり、と。大臨曰く、所謂道や、性や、中や、和や、名同じからずと雖も、之を混ずれば則ち一つか、と。子曰く、中は卽ち道なり。汝道を以て中に出づとす。是れ道の中に於るや、又一物とするなり。天に在っては命と曰い、人に在っては性と曰い、性に循うを道と曰う。各々當たること有り。大本は其の體を言い、逹道は其の用を言う。烏んぞ混じて之を一にすることを得んや、と。大臨曰く、中は卽ち性なり。性に循って行い、道に非ずという者無きときは、則ち中由りして出る。道に非ずということ莫し。豈性中又中有りとせんや、と。子曰く、性道は以て一に合して言う可し。中は性に幷せて一にす可からず。中は、性と道とを狀[かたど]るの言なり。猶天は圓地は方と稱して、方圓は卽ち天地と謂う可からざるがごとし。方圓は之を天地と謂う可からざるときは、則ち萬物は方圓に出るに非ず。中之を性と謂う可からざるときは、則ち道は中に出るに非ず。中の義爲る、過と不及と自りして名を立つ。而るに中を指して性と爲して可ならんや。性は聲を容して論ずる可からず。性に率う之を道と謂うときは、則ち中ならずということ無し。故に中と稱す。之を形容する所以なり、と。大臨曰く、喜怒哀樂の未だ發せざる、赤子の心は、至虛無倚なり。豈中に非ざらんや。此の心發する所、往くとして中ならずということ無く、大人赤子の心を失わざるは、所謂允に厥の中を執るなり、と。子曰く、赤子の心は、已に發して未だ中に遠からざる者なり。而るに爾指して中とするは、是れ大本を明らかにせざるなり、と。大臨曰く、聖人は智萬物に周く、赤子は未だ知る所有らず。其の心固より同じからず。孟子の言う所は、特に其の純一無僞、聖人と同じかる可きに取るのみ。毫髮の異なること無しと謂うには非ず。過不及無き之を中と謂う。何に從って之を知らんや。之を此の心に求むるのみ。此の心の動くや、出入時無し。何に從って之を守らんや。之を喜怒哀樂未だ發せざるの際に求むるのみ。是の時に當たって、至虛不倚、純一無僞にして、以て萬物の變に應ず。何くに往くとして禮義に非ざらんや。故に大臨赤子の心を以て中と爲して、中は道の由って出る所なりと曰う、と。子曰く、毫髮の異なること無しと謂うには非ずというは、斯れ異なり。大本は則ち異なること無きのみ。喜怒哀樂未だ發せざるの際に於て中を求むるの中は、中を去ること亦遠からずや、と。大臨曰く、然らば則ち夫子赤子の心を以て已に發する者と爲して、未だ發せざるの時は之を心無しと謂いて可ならんや、と。子曰く、心は一なり。體を指して言う者有り、寂然として動かずという、是れなり。用を指して言う者有り、感じて遂に天下の故に通ずという、是れなり。人の見る所何如というに在るのみ。論愈々微を析[わか]つときは、則ち愈々差失し易し。之を言うこと未だ瑩[あき]らかならざるときは、則ち亦之を擇ぶこと未だ精しからざるのみ、と。大臨曰く、此れ則ち淺陋の辠[つみ]なり。敢えて敎を承らざらんや、と。


論學篇

子曰、識道以智爲先、入道以敬爲本。夫人測其心者、茫茫然也。將治心而不知其方者、寇賊然也。天下無一物非吾度内者。故敬爲學之大要。
【読み】
子曰く、道を識るは智を以て先とし、道に入るは敬を以て本とす。夫れ人其の心を測る者は、茫茫然たり。將に心を治めんとして其の方を知らざる者は、寇賊然たり。天下に一物も吾が度内に非ざる者は無し。故に敬を學の大要とす、と。

子曰、學必先知仁、知之矣。敬以存之而已。存而不失者、心本無懈。何事於防閑也。理義益明。何事於思索也。斯道也、與物無對。大不足以明(徐本明作名。)之。天地之用、卽我之用也。萬物之體、卽我之體也。
【読み】
子曰く、學は必ず知仁を先にして、之を知る。敬以て之を存するのみ。存して失わざる者は、心本懈ること無し。何ぞ防閑を事とせん。理義益々明らかなり。何ぞ思索を事とせん。斯の道は、物と對無し。大いに以て之を明らかにする(徐本明を名に作る。)に足らず。天地の用は、卽ち我が用なり。萬物の體は、卽ち我が體なり、と。

子曰、行失卽惡、亦改之而已。事失卽亂、亦治之而已。苟非自棄、皆君子也。
【読み】
子曰く、行い失して卽ち惡くば、亦之を改めんのみ。事失して卽ち亂れば、亦之を治めんのみ。苟も自ら棄つるに非ずんば、皆君子なり、と。

子曰、犯而校者、私己也。不校者、樂天也。或曰、然則無當報者乎。子曰、其有報也、亦循理而已。
【読み】
子曰く、犯して校[はか]る者は、己に私するなり。校らざる者は、天を樂しむなり、と。或るひと曰く、然らば則ち當に報ゆべき者無きか、と。子曰く、其れ報ゆること有るも、亦理に循うのみ、と。

子曰、所處於貧賤、雖貧賤未嘗不樂。不然、雖富貴亦常歉然不自得。故曰、莫大於理、莫重於義。
【読み】
子曰く、貧賤に處する所、貧賤と雖も未だ嘗て樂しまずんばあらず。然らずんば、富貴と雖も亦常に歉然[けんぜん]として自得せず。故に曰く、理より大なるは莫し、義より重きは莫し、と。

子曰、彈琴而心不在焉、則不成聲。故曰、琴者、禁邪心也。
【読み】
子曰く、琴を彈じて心在らざるときは、則ち聲を成さず。故に曰く、琴は、邪心を禁ずるなり、と。

蘇昞問、脩辭何以立誠。子曰、苟以脩飾言語爲心、是僞而已。
【読み】
蘇昞問う、辭を脩めて何を以て誠を立つる、と。子曰く、苟も言語を脩飾するを以て心と爲さば、是れ僞りのみ、と。

子曰、視聽言動、無非天也。知其正與妄、斯善學矣。
【読み】
子曰く、視聽言動は、天に非ずということ無し。其の正と妄とを知らば、斯れ善く學ぶなり、と。

子曰、世俗之言多失正。如呉・楚失之輕、趙・魏失之重。旣通乎衆、盡正之而不得、則君子去其甚者而已。
【読み】
子曰く、世俗の言は多く正を失す。呉・楚は之を輕きに失し、趙・魏は之を重きに失するが如し。旣に衆に通じて、盡く之を正して得ざるときは、則ち君子は其の甚だしき者を去るのみ、と。

子曰、有過必改。罪己是也。改而已矣。常有歉悔之意、則反爲心害。
【読み】
子曰く、過ち有れば必ず改む。己を罪する、是れなり。改めて而して已む。常に歉悔の意有るは、則ち反って心の害と爲る、と。

子曰、學者欲得正、必以顏子爲準的。
【読み】
子曰く、學者正しきを得んと欲せば、必ず顏子を以て準的とせよ、と。

蘇洵曰、平居講習、殆空言也。何益。不若治經傳道、爲居業之實耳。子曰、講習而無益、蓋未嘗有得耳。治經固學之事。苟非自有所得、則雖五經、亦空言耳。
【読み】
蘇洵曰く、平居講習するは、殆ど空言なり。何の益あらん。經を治め道を傳うるを、居業の實とするに若かざるのみ、と。子曰く、講習して益無きは、蓋し未だ嘗て得ること有らざるのみ。經を治むるは固より學の事なり。苟も自ら得る所有るに非ずんば、則ち五經と雖も、亦空言なるのみ、と。

子曰、射法具而彀不滿、發不中、未正内志耳。
【読み】
子曰く、射法具わりて彀[は]って滿たず、發して中らざるは、未だ内志を正しくせざるのみ、と。

子曰、今之學者有三弊。溺於文章、牽於詁訓、惑於異端。苟無是三者、則將安歸。必趨於聖人之道矣。
【読み】
子曰く、今の學者に三つの弊有り。文章に溺れ、詁訓に牽かれ、異端に惑う。苟も是の三つの者無くんば、則ち將に安くにか歸せんとす。必ず聖人の道に趨かん、と。

或問、有反身而未誠者何。子曰、是視身之與誠、猶二物也。必以己合彼、非能誠矣。夫身旣不誠、則無樂矣。
【読み】
或るひと問う、身に反して未だ誠あらざる者有るは何ぞや、と。子曰く、是れ身と誠とを視ること、猶二物のごとし。必ず己を以て彼に合わせば、能く誠なるに非ず。夫れ身旣に誠ならざるときは、則ち樂しむこと無し、と。

子謂劉安節曰、善學者進德。不有異於綴文者耶。有德矣、動無不利、爲無不成。何有不文。若綴文之士、不專則不工、專則志局於此。又安能與天地同其大乎。呂大臨有言、學如元凱、未免成癖、文似相如、未免類俳。今之爲文者、一意於詞章藻繪之美、務悅人之耳目。非俳優而何。
【読み】
子劉安節に謂いて曰く、善く學ぶ者は德に進む。文を綴る者に異なること有らざるや。德有れば、動くこと利あらずということ無く、爲すこと成らずということ無し。何ぞ文ならざること有らん。文を綴る士の若きは、專らならざるときは則ち工ならず、專らなるときは則ち志此に局す。又安んぞ能く天地と其の大を同じくせんや。呂大臨言えること有り、學元凱が如きも、未だ癖を成すことを免れず、文相如に似るも、未だ俳に類することを免れず。今の文を爲る者、意を詞章藻繪の美に一にして、務めて人の耳目を悅ばしむ。俳優に非ずして何ぞ、と。

子曰、能守節、善矣。亦貴乎適中而已。節而過中、是謂苦節。安能常且久耶。
【読み】
子曰く、能く節を守るは、善なり。亦適中を貴ぶのみ。節して中に過ぐるは、是れ苦節と謂う。安んぞ能く常にして且つ久しからんや、と。

子曰、妄動由有欲。妄動而得者、其必妄動而失。一失也。其得之、必失之。二失也。況有凶咎隨之乎。是故妄得之福、災亦隨焉、妄得之得、失亦繼焉。苟或知此、亦庶幾乎不由欲而動矣。
【読み】
子曰く、妄りに動くは欲有るに由る。妄りに動いて得る者は、其れ必ず妄りに動いて失す。一の失なり。其の之を得るや、必ず之を失う。二の失なり。況んや凶咎之に隨うこと有るをや。是の故に妄りに之が福を得れば、災亦焉に隨い、妄りに之が得を得れば、失うこと亦焉に繼ぐ。苟も此を知ること或らば、亦庶幾わくは欲に由って動かざらんことを、と。

子曰、於上深有所望、於下深有所責、其處己則莫不恕也、而可乎。
【読み】
子曰く、上に於て深く望む所有り、下に於て深く責むる所有り、其の己に處するときは則ち恕ならずということ莫くして、可ならんや、と。

子曰、言行不足以動人、臨事而倦且怠、皆誠不至也。
【読み】
子曰く、言行以て人を動かすに足らず、事に臨んで倦み且つ怠るは、皆誠至らざればなり、と。

子曰、人之智思、因神以發。智短思敝、神不會也。會神必有道。
【読み】
子曰く、人の智思は、神に因って以て發す。智短く思敝[やぶ]るるは、神會せざればなり。神を會するに必ず道有り、と。

子曰、古人謂心廣、洪大無偏而不起之處。得見其人、亦可與語矣。
【読み】
子曰く、古人心廣と謂うは、洪大にして偏無くして起きざる處。其の人を見ることを得ば、亦與に語る可し、と。

韓公與子坐。惜日之暮、喟然而歎。子曰、常理也。古猶今也。而何歎。曰、老而將去也。子曰、勿去可也。曰、奈何而勿去。子曰、不能則去矣。
【読み】
韓公子と坐す。日の暮るるを惜しんで、喟然として歎ず。子曰く、常理なり。古は猶今のごとし。而るを何ぞ歎ずる、と。曰く、老いて將に去らんとす、と。子曰く、去ること勿くし可なり、と。曰く、奈何にして去ること勿からん、と。子曰く、能わずんば則ち去らん、と。

子曰、斟酌古今而去取之、非心有權度、卓然不疑者、未能無差忒。
【読み】
子曰く、古今を斟酌して之を去取するは、心權度有りて、卓然として疑わざる者に非ずんば、未だ差忒[さとく]無きこと能わず、と。

子曰、可觀莫如萬物之生意。
【読み】
子曰く、觀る可きは萬物の生意に如くは莫し、と。

子曰、處患難、知其無可奈何、遂放意而不反、是豈(徐本無豈字。)安於義命者。
【読み】
子曰く、患難に處して、其の奈何ともす可き無きことを知って、遂に意を放[いた]して反せざる、是れ豈(徐本豈の字無し。)義命に安んずる者ならんや、と。

子曰、知過而能改、聞善而能用、克己以從義、其剛明者乎。
【読み】
子曰く、過ちを知って能く改め、善を聞いて能く用い、己に克って以て義に從うは、其れ剛明なる者か、と。

子曰、飢而食、渴而飮、冬而裘、夏而葛。苟有一毫私意於其閒、卽廢天職。
【読み】
子曰く、飢えて食し、渴して飮み、冬にして裘し、夏にして葛す。苟も一毫の私意を其の閒に有せば、卽ち天職を廢せん、と。

子曰、學禮義、考制度、必求聖人之意、得其意、則可以沿革矣。
【読み】
子曰く、禮義を學び、制度を考え、必ず聖人の意を求め、其の意を得るときは、則ち以て沿革す可し、と。

或問入道之功。子曰、立志。志立則有本。譬之藝木。由毫末拱把、至於合抱干雲者、有本故也。
【読み】
或るひと道に入るの功を問う。子曰く、志を立つ。志立つときは則ち本有り。之を木を藝[う]うるに譬う。毫末拱把由り、合抱して雲を干すに至る者は、本有る故なり、と。

子曰、學者有所聞、而不著乎心、不見乎行、則其所聞固自他人之言耳。於己何與焉。
【読み】
子曰く、學者聞く所有って、心に著けず、行いに見れざるときは、則ち其の聞く所は固に自づから他人の言なるのみ。己に於て何ぞ與らんや、と。

子曰、思索經義、不能於簡策之外脫然有獨見、資之何由深、居之何由安。非特誤己、亦且誤人也。
【読み】
子曰く、經義を思索して、簡策の外に於て脫然として獨り見ること有ること能わずんば、之に資ること何に由って深く、之に居ること何に由って安からん。特己を誤るのみに非ず、亦且つ人を誤らん、と。

或問、有人少而勇、老而怯、少而廉、老而貪。何爲其然也。子曰、志不立、爲氣所使故也。志勝氣、則一定而不可變也。曾子易簀之際、其氣微可知也。惟其志旣堅定、則雖死生之際、亦不爲之動也。況老少之異乎。
【読み】
或るひと問う、人少くしては勇にして、老いては怯[よわ]く、少くしては廉にして、老いては貪ること有り。何爲れぞ其れ然るや、と。子曰く、志立たずして、氣の爲に使わるるが故なり。志氣に勝つときは、則ち一定して變ず可からず。曾子簀を易うるの際、其の氣微なること知る可し。惟其の志旣に堅く定まるときは、則ち死生の際と雖も、亦之が爲に動かされず。況んや老少の異なるをや、と。

或問、人有日記萬言、或妙絕技藝者。是可學乎。子曰、不可。才可勉而少進。鈍者不可使利也。惟積學明理、旣久而気質變焉、則暗者必明、弱者必立矣。
【読み】
或るひと問う、人日に萬言を記し、或は技藝に妙絕なる者有り。是れ學ぶ可きか、と。子曰く、不可なり。才は勉めて少しく進む可し。鈍者は利ならしむ可からず。惟學を積み理を明らかにすること、旣に久しくして気質變ずるときは、則ち暗き者必ず明らかに、弱き者必ず立つ、と。

或問、爲養而求仕、不免憂得失。將何以免此。子曰、志勝氣、義處命、則無憂矣。曰、在己可免也。而親不悅、奈何。子曰、爲己爲親、非二事也。其如命何。人苟不知命、見利必趨、遇難必避、得喪必動。其異於小人者幾希。聖人曰命云者、爲中人而設也。上智之士、惟義之安。雖曰求而得之、然安於義而無求。此樂天者之事也。至於聞有命而不能安之、則每下矣。
【読み】
或るひと問う、養の爲にして仕を求むれば、得失を憂うることを免れず。將に何を以て此を免れん、と。子曰く、志氣に勝ち、義命に處するときは、則ち憂え無し、と。曰く、己に在っては免る可し。而れども親悅ばずんば、奈何、と。子曰く、己が爲にし親の爲にするは、二事に非ず。其れ命を如何。人苟も命を知らざれば、利を見て必ず趨り、難に遇っては必ず避けて、得喪必ず動く。其の小人に異なる者幾ど希[な]し。聖人命と云うことを曰う者は、中人の爲にして設く。上智の士は、惟義のみ之れ安んず。求めて之を得ると曰うと雖も、然れども義に安んじて求むること無し。此れ天を樂しむ者の事なり。命有ることを聞いて之を安んずること能わざるに至っては、則ち每に下なり、と。

或問、爲文有害於大學之道乎。子曰、是其爲業也、不專則不工也、專則志局於此。其害也已。學以養心、奚以文爲。五經之言、非聖人有意於文也。至蘊所發、自然而成也。
【読み】
或るひと問う、文を爲るは大學の道に害有りや、と。子曰く、是れ其の業爲る、專らならざるときは則ち工ならず、專らなるときは則ち志此に局す。其れ害あること已[はなは]だし。學以て心を養う、奚ぞ文を以てすることをせん。五經の言は、聖人文に意有るに非ず。至蘊の發する所、自然にして成るなり、と。

或曰、游・夏以文學稱、何也。曰、汝謂其執簡秉筆、從事於詞章之技乎。
【読み】
或るひと曰く、游・夏文學を以て稱せらるるは、何ぞや、と。曰く、汝其の簡を執り筆を秉って、事に詞章の技に從うことを謂えるか、と。

子曰、讀書將以窮理、將以致用也。今或滯心於章句之末、則無所用也。此學者之大患。
【読み】
子曰く、書を讀むは將に以て理を窮めんとし、將に以て用を致さんとす。今或は心を章句の末に滯するときは、則ち用うる所無し。此れ學者の大患なり、と。

子曰、利者、衆之所同欲也。專欲利己、其害大矣。貪之甚、則昏蔽而忘理義。求之極、則争奪而致怨。
【読み】
子曰く、利は、衆の同じく欲する所なり。專ら己を利せんと欲するは、其の害大なり。之を貪ること甚だしきときは、則ち昏蔽して理義を忘る。之を求むること極まるときは、則ち争奪して怨みを致す、と。

子曰、學者自治、極於剛則守道愈固、勇於進則遷善愈速。
【読み】
子曰く、學者自ら治め、剛を極むるときは則ち道を守ること愈々固く、進むに勇むときは則ち善に遷ること愈々速やかなり、と。

子曰、達理故樂天而不競、内充故退遜而不矜。
【読み】
子曰く、理に達す故に天を樂しんで競わず、内充つ故に退遜して矜[ほこ]らず、と。

子曰、物聚而無以養之、則不能存息矣。故君子、動靜節宣、所以養生也。飮食衣服、所以養形也。威儀行動、所以養德也。推己及物、所以養人也。養道之所貴、惟正而已矣。
【読み】
子曰く、物聚まりて以て之を養うこと無きときは、則ち存息すること能わず。故に君子、動靜節宣は、生を養う所以なり。飮食衣服は、形を養う所以なり。威儀行動は、德を養う所以なり。己を推して物に及ぼすは、人を養う所以なり。道を養う貴き所は、惟正なるのみ、と。

子曰、言不可不謹。傷於易則誕、傷於煩則支。己肆則物忤、出悖則來違。君子所以非法不道也。
【読み】
子曰く、言は謹まずんばある可からず。易きに傷るときは則ち誕なり、煩わしきに傷るときは則ち支なり。己肆なるときは則ち物忤[さか]い、出ること悖るときは則ち來ること違う。君子法に非ざれば道わざる所以なり、と。

子曰、射中鵠、舞中節、御中度、皆誠也。
【読み】
子曰く、射鵠に中り、舞節に中り、御度に中るは、皆誠なり、と。

子曰、赴湯火、蹈白刃、武夫之勇可能也。克己自勝、非君子之大勇不可能也。
【読み】
子曰く、湯火に赴き、白刃を蹈むは、武夫の勇能くす可し。己に克って自ら勝つは、君子の大勇に非ずんば能くす可からず、と。

子曰、凡夫之過多矣。能改之者、猶無過也。惟識趣汙下之人、其改之爲最難。故其過最甚。
【読み】
子曰く、凡夫は之れ過ち多し。能く之を改むる者は、猶過ち無きがごとし。惟識趣汙下の人は、其の之を改むること最も難しとす。故に其の過ち最も甚だし、と。

子曰、始於致知、智之事也。行所知而極其至、聖之事也。
【読み】
子曰く、始めの知を致すに於るは、智の事なり。知る所を行って其の至りを極むるは、聖の事なり、と。

子曰、學者好爲高論、猶貧人談金、辨其體色、權其輕重、商其貴賤。其言未必非也。然終不如富人之有金、未嘗自言金之美也。
【読み】
子曰く、學者好んで高論を爲すは、猶貧人金を談じて、其の體色を辨じ、其の輕重を權り、其の貴賤を商るがごとし。其の言未だ必ずしも非ならず。然れども終に富人の金有りて、未だ嘗て自ら金の美を言わざるに如かざるなり、と。

子曰、進學莫先乎致知。養心莫大乎理義。
【読み】
子曰く、學に進むは知を致すより先なるは莫し。心を養うは理義より大なるは莫し、と。

王彥霖曰、人之於善也、必其誠心欲爲、然後有所得。其不欲、不可以强人也。子曰、是不然。任其自爲、聽其不爲、則中人以下、自棄自暴者衆矣。聖人所以貴於立敎也。
【読み】
王彥霖曰く、人の善に於るや、必ず其の誠心爲さんことを欲して、然して後に得る所有り。其の欲せざるは、以て人に强ゆ可からず、と。子曰く、是れ然らず。其の自ら爲すに任せ、其の爲さざるに聽くときは、則ち中人以下、自ら棄て自ら暴する者衆し。聖人敎を立つることを貴ぶ所以なり、と。

彥霖再問、立德進德當何先。子曰、有旣立而益進者、上也。有勇而至於立者、次也。
【読み】
彥霖再び問う、德を立て德に進むこと當に何を先にすべき、と。子曰く、旣に立つること有りて益々進む者は、上なり。勇有りて立つるに至る者は、次なり。

或問、必有事焉者、其敬而已乎。子曰、敬、所以涵養也。集義、所謂必有事也。不知集義、是爲無事也。曰、義者、中理之謂乎。子曰、中理見乎事。敬在心。義以方外、然後中理矣。曰、義與敬、何以異。子曰、敬、所以持守也。有是有非、順理而行者、義也。曰、敬猶靜歟。子曰、言靜則老氏之學也。
【読み】
或るひと問う、必ず事とすること有りという者は、其れ敬のみか、と。子曰く、敬は、涵養する所以なり。義を集むるは、所謂必ず事とすること有るなり。義を集むることを知らずんば、是れ事とすること無しとす、と。曰く、義は、理に中るの謂か、と。子曰く、理に中るは事に見る。敬は心に在り。義以て外を方にして、然して後理に中る、と。曰く、義と敬とは、何を以て異なる、と。子曰く、敬は、持守する所以なり。是有り非有るを、理に順って行う者は、義なり、と。曰く、敬は猶靜のごときか、と。子曰く、靜と言うときは則ち老氏の學なり、と。

子曰、處屯難之時、而有致亨之道、其惟正固乎。凡處難、能守正而不變者、鮮矣。
【読み】
子曰く、屯難の時に處して、亨る道を致すこと有るは、其れ惟正固か、と。凡そ難に處して、能く正しきを守って變ぜざる者は、鮮し、と。

子曰、百工治器、必貴於有用。器而不可用、工不爲也。學而無所用、學將何爲也。
【読み】
子曰く、百工器を治むるは、必ず用有ることを貴ぶ。器にして用う可からずんば、工爲らず。學んで用うる所無くんば、學將に何をせんとす、と。

子曰、學而未有所知者、譬猶人之方醉也。亦何所不至。及其旣醒、必惕然而恥矣。醒而不以爲恥、末如之何也。
【読み】
子曰く、學んで未だ知る所有らざる者は、譬えば猶人の方に醉えるがごとし。亦何ぞ至らざる所あらん。其の旣に醒むるに及んで、必ず惕然として恥づ。醒めて以て恥づることをせずんば、之を如何ともすること末[な]し、と。

子謂周行己曰、今之進學者、如登山。方於平易、皆能闊步而進。一遇峻險、則止矣。
【読み】
子周行己に謂いて曰く、今の學に進む者は、山に登るが如し。方に平易に於ては、皆能く闊步して進む。一たび峻險に遇えば、則ち止む、と。

子曰、根本旣立、然後可立趨向。趨向旣立矣、而所造有深淺不同者、勉與不勉故也。
【読み】
子曰く、根本旣に立って、然して後に趨向を立つる可し。趨向旣に立って、造る所深淺同じからざること有る者は、勉むると勉めざるとの故なり、と。

子曰、不誠則有累、誠則無累。
【読み】
子曰く、誠ならざれば則ち累い有り、誠なれば則ち累い無し、と。

子曰、學之而不養、養之而不存、是空言也。
【読み】
子曰く、之を學んで養わず、之を養って存せざるは、是れ空言なり、と。

子曰、重任、必强脊膂之人迺能勝。
【読み】
子曰く、重任は、必ず强脊膂[せきりょ]の人迺ち能く勝[た]う、と。

子曰、義有至精、理有至奧。能自得之、可謂善學矣。
【読み】
子曰く、義に至精有り、理に至奧有り。能く之を自得するは、善く學ぶと謂う可し、と。

子曰、自得而至於無我者、凡善言美行、無非所過之化也。
【読み】
子曰く、自得して我れ無きに至る者は、凡そ善言美行、過ぐる所の化に非ずということ無し、と。

子曰、學至涵養其所得而至於樂、則淸明高遠矣。
【読み】
子曰く、學其の得る所を涵養するに至って樂に至るときは、則ち淸明高遠なり、と。

子曰、學而不自得、則至老而益衰。
【読み】
子曰く、學んで自得せざるときは、則ち老に至って益々衰う、と。

子曰、力學而得之、必充廣而行之。不然者、局局其守耳。
【読み】
子曰く、力め學んで之を得れば、必ず充たし廣めて之を行う。然らざる者は、局局として其れ守るのみ、と。

子曰、語學者以其所未至、不惟所聞不深、亦易忽於理。
【読み】
子曰く、學者に語るに其の未だ至らざる所を以てすれば、惟聞く所深からざるのみにあらず、亦理を忽にし易し、と。

子曰、見之旣明、養之旣熟、泰然而行之、其進曷禦焉。
【読み】
子曰く、之を見ること旣に明らかに、之を養うこと旣に熟して、泰然として之を行わば、其の進むこと曷ぞ禦がれん、と。

子曰、識必見於行。如行道塗、涉暗阻、非日月之光、炬火之照、則不可進矣。故君子貴有識。力學窮理、則識益明照、知不惑、迺益敏矣。
【読み】
子曰く、識は必ず行に見る。道塗を行き、暗阻を涉るが如き、日月の光、炬火の照に非ずんば、則ち進む可からず。故に君子は識有ることを貴ぶ。力め學んで理を窮むるときは、則ち識益々明らかに照らし、知惑わずして、迺ち益々敏なり、と。

子曰、言而不行、自欺孰甚焉。
【読み】
子曰く、言いて行わずんば、自ら欺くこと孰か焉より甚だしからん、と。

子曰、動以人則有妄、動以天則无妄。
【読み】
子曰く、動くに人を以てするときは則ち妄有り、動くに天を以てするときは則ち妄无し、と。

子曰、敎人者、養其善心、則惡自消。治民者、導以敬遜、則爭自止。
【読み】
子曰く、人を敎うる者は、其の善心を養うときは、則ち惡自づから消ず。民を治むる者は、導くに敬遜を以てするときは、則ち爭い自づから止む、と。

子曰、學必激昂自進。不至於成德、不敢安也。
【読み】
子曰く、學は必ず激昂して自ら進む。成德に至らざれば、敢えて安んぜず、と。

或問、今有志於學、而知識蒙蔽、力不能勝其任、則如之何。曰、致知則明。明則無不勝其任者。在强勉而已。
【読み】
或るひと問う、今學に志有れども、知識蒙蔽にして、力其の任に勝うること能わずんば、則ち之を如何、と。曰く、知を致すときは則ち明らかなり。明らかなれば則ち其の任に勝えずという者無し。强勉に在るのみ、と。

子曰、人之於學、避其所難而姑爲其易者、斯自棄也已。夫學者必志於大道、以聖人自期。而猶有不至者焉。
【読み】
子曰く、人の學に於る、其の難き所を避けて姑く其の易きをする者は、斯れ自ら棄つること已だし。夫れ學は必ず大道に志し、聖人を以て自ら期す。而れども猶至らざる者有り、と。

子曰、以富貴驕人者、固不美矣。以學問驕人者、其害豈小哉。
【読み】
子曰く、富貴を以て人に驕る者は、固に美ならず。學問を以て人に驕る者は、其の害豈小しきならんや、と。

子曰、學者當務實。一有近名之心、則大本已失。尙何所學哉。或曰、不猶賢於爲利者乎。子曰、淸汚雖不齊、而其利心則一也。然則沒世而名不稱、孔子何爲而疾之也。子曰、非爲求名也。爲無善之可稱耳。
【読み】
子曰く、學者は當に實を務むべし。一ら名に近づくの心有るときは、則ち大本已に失す。尙何の學ぶ所あらんや、と。或るひと曰く、猶利を爲す者に賢らずや、と。子曰く、淸汚齊しからずと雖も、其の利心は則ち一なり、と。然らば則ち世を沒[お]うるまで名稱せられざる、孔子何の爲にか之を疾[にく]む、と。子曰く、名を求むるが爲に非ず。善の稱せらる可き無きが爲なるのみ、と。

或問、日新者、益進乎。抑謂無弊而已乎。子曰、有進意而求益者、必日新。
【読み】
或るひと問う、日に新たなる者は、益々進むか。抑々弊無きを謂うのみか、と。子曰く、進む意有りて益を求むる者は、必ず日に新たなり、と。

或問、有因苦學失心者、何也。子曰、未之聞也。善學者之於其心、治其亂、收其放、明其蔽、安其危。曾謂爲心害乎。
【読み】
或るひと問う、苦學に因りて心を失する者有るは、何ぞや、と。子曰く、未だ之を聞かず。善く學ぶ者の其の心に於る、其の亂るるを治め、其の放てるを收め、其の蔽わるるを明らかにし、其の危うきを安ず。曾て心の害を爲すと謂わんや、と。

子曰、不知天、則於人之賢否愚智、有所不知、雖知之、有所不盡。故學以知天爲本。不知人、則所親者或非其人、所由者或非其道。故学者以親賢爲急。
【読み】
子曰く、天を知らざるときは、則ち人の賢否愚智に於て、知らざる所有り、之を知ると雖も、盡くさざる所有り。故に學は天を知るを以て本とす。人を知らざるときは、則ち親しむ所の者或は其の人に非ず、由る所の者或は其の道に非ず。故に学は賢を親しむを以て急とす、と。

子曰、學不博者不能守約、志不篤者不能力行。
【読み】
子曰く、學博からざる者は約を守ること能わず、志篤からざる者は力め行うこと能わず、と。

或問、學、何如而謂之有得。子曰、其必默識心通乎。篤誠明理而涵養之者、次也。聞之知之、意億度之、舉非得也。
【読み】
或るひと問う、學は、何如にして之を得ること有りと謂う、と。子曰く、其れ必ず默識心通するか。誠を篤くし理を明らかにして之を涵養する者は、次なり。之を聞き之を知って、意之を億度するは、舉[みな]得るに非ず、と。

或問、學必窮理、物散萬殊、何由而盡窮其理。子曰、誦詩・書、考古今、察物情、揆人事、反覆研究而思索之、求止於至善。蓋非一端而已也。又問、泛然、其何以會而通之。子曰、求一物而通萬殊、雖顏子不敢謂能也。夫亦積習旣久、則脫然自有該貫。所以然者、萬物一理故也。
【読み】
或るひと問う、學は必ず理を窮めば、物散萬殊、何に由って盡く其の理を窮めん、と。子曰く、詩・書を誦じ、古今を考え、物情を察し、人事を揆[はか]り、反覆研究して之を思索して、至善に止まることを求む。蓋し一端のみに非ず、と。又問う、泛然たらば、其れ何を以て會して之に通ぜん、と。子曰く、一物を求めて萬殊に通ずることは、顏子と雖も敢えて能くせんと謂わじ。夫れ亦積習旣に久しきときは、則ち脫然として自づから該貫すること有り。然る所以の者は、萬物は一理なる故なり、と。

子曰、未有知之而不能行者。謂知之而未能行、是知之未至也。
【読み】
子曰く、未だ有らず、之を知って行うこと能わざる者は。之を知れども未だ行うこと能わずと謂うは、是れ知ることの未だ至らざるなり、と。

子曰、於所當爲者、用意而爲之、未免私心也。
【読み】
子曰く、當にすべき所の者に於て、意を用いて之をすれば、未だ私心を免れず、と。

子曰、致知則智明。智明然後能擇。
【読み】
子曰く、知を致むるときは則ち智明らかなり。智明らかにして然して後に能く擇ぶ、と。

或問、夫子之敎、必使學者涵養而後有所得。如何其涵養也。子曰、莫如敬。
【読み】
或るひと問う、夫子の敎は、必ず學者をして涵養せしめて而して後に得る所有りとす。如何にか其れ涵養せん、と。子曰く、敬に如くは莫し、と。

子曰、學者以屛知見、息思慮爲道、不失於絕聖棄智、必流於坐禪入定。夫鑑之至明、則萬物畢照、鑑之常也。而奚爲使之不照乎。不能不與萬物接、則有感必應。知見不可屛、而思慮不可息也。欲無外誘之患、惟内有主而後可。主心者、主敬也。主敬者、主一也。不一、則二三矣。苟繫心於一事、則他事無自入。況於主敬乎。
【読み】
子曰く、學者知見を屛[しりぞ]け、思慮を息むるを以て道とするときは、聖を絕ち智を棄つるに失せざれば、必ず坐禪入定に流る。夫れ鑑の至明なるときは、則ち萬物畢[ことごと]く照らすは、鑑の常なり。而るを奚爲れぞ之をして照らさざらしむるや。萬物と接せざること能わざるときは、則ち感有りて必ず應ず。知見屛く可からずして、思慮息む可からず。欲外に誘うの患え無くして、惟内に主有りて而して後に可なり。心に主たる者は、敬を主とするなり。敬に主たる者は、一を主とするなり。一ならざるときは、則ち二三なり。苟も心を一事に繫くるときは、則ち他事自って入ること無し。況んや敬を主とするに於てをや、と。

或問、致知力行、其功竝進乎。子曰、人謂非禮勿爲、則必强勉而從之。至於言穿窬不可爲、不必强勉而後能也。故知有淺深、則行有遠近。此進學之效也。循理而至於樂、則己與理一。殆非强勉之可能也。
【読み】
或るひと問う、致知力行は、其の功竝び進むや、と。子曰く、人禮に非ずんばすること勿かれと謂うときは、則ち必ず强勉して之に從う。穿窬[せんゆ]爲す可からずと言うに至っては、必ずしも强勉せずして而して後に能くす。故に知に淺深有るときは、則ち行いに遠近有り。此れ學に進むの效なり。理に循って樂しむに至るときは、則ち己と理と一なり。殆ど强勉の能くす可きに非ず、と。

子曰、閑邪則誠已存。非取誠於外、納諸中而存之也。故役役然於不善之中求善而爲之、必無入善之理。
【読み】
子曰く、邪を閑[ふせ]ぐときは則ち誠已に存す。誠を外に取るに非ず、諸を中に納めて之を存するなり。故に役役然として不善の中に於て善を求めて之をするは、必ず善に入るの理無し、と。

子曰、古之言知之非艱者、吾謂知之亦未易也。今有人欲之京師、必知所出之門、所由之道、然後可往。未嘗知也、雖有欲往之心、其能進乎。後世非無美材能力行者。然鮮能明道、蓋知之者、難也。
【読み】
子曰く、古の之を知ること艱きに非ずと言う者、吾れ謂えらく、之を知ること亦未だ易からず、と。今人有りて京師に之かんと欲せば、必ず出る所の門、由る所の道を知って、然して後に往く可し。未だ嘗て知らずんば、往かんと欲するの心有りと雖も、其れ能く進まんや。後世美材能く力め行う者無きに非ず。然れども能く道を明らかにすること鮮きは、蓋し之を知る者、難ければなり、と。

或問、使從俗、可以從歟。子曰、於義有害者、胡爲而可從。
【読み】
或るひと問う、俗に從わしめば、以て從う可きや、と。子曰く、義に於て害有る者は、胡爲れぞ從う可けん、と。

子曰、學者苟有朝聞道夕死可矣之志、則不肯安於所不安也。不能然者、不見實理故也。
【読み】
子曰く、學者苟も朝に道を聞かば夕に死すとも可なりの志有るときは、則ち肯えて安からざる所に安んぜず。然ること能わざる者は、實理を見ざる故なり、と。

或問、何謂實理。子曰、灼然見其是非可否也。古人有視死如歸者、苟不見死重於義、如見火之熱、水之深、無復疑、則其能者未矣。
【読み】
或るひと問う、何を實理と謂う、と。子曰く、灼然として其の是非可否を見るなり。古人死を視ること歸するが如き者有り、苟も死すべきを見ずして義より重しとして、火の熱く、水の深きを見て、復疑うこと無きが如くするときは、則ち其の能くする者未[な]し、と。

子曰、獨處而靜思者非難。居廣而應天下者爲難。
【読み】
子曰く、獨處して靜かに思う者は難きに非ず。廣きに居して天下に應ずる者を難しとす、と。

朱光庭問爲善之要。子曰、孜孜而爲之者、當其接物之際也。未與物接、則敬而已。自敬而動、所謂爲善也。
【読み】
朱光庭善をするの要を問う。子曰く、孜孜として之をする者は、其の物に接するの際に當たる。未だ物と接せざるときは、則ち敬のみ。敬自りして動く、所謂善をするなり、と。

子曰、有志於道、而學不加進者、是無勇也。
【読み】
子曰く、道に志すこと有りて、學進むことを加えざる者は、是れ勇無きなり、と。

伯淳與呉師禮論王氏所學之失。其爲我盡逹之介甫。理者天下之公、不可私有也。非敢必以爲是、介甫有以告我、則願反覆辨之。辨之而明、不有益於彼、斯有益於我矣。
【読み】
伯淳と呉師禮と王氏學ぶ所の失を論ず。其れ我が爲に盡く之を介甫に逹せよ。理は天下の公、私に有する可からず。敢えて必ずしも以て是とするに非ず、介甫以て我に告ぐること有らば、則ち願わくは反覆して之を辨ぜん。之を辨じて明らかならば、彼に益有らずとも、斯れ我に益有り、と。

子曰、學者所見所期、不可不遠且大也。及夫施於用、則必有其漸。
【読み】
子曰く、學者見る所期する所は、遠くして且つ大ならずんばある可からず。夫の用に施すに及んでは、則ち必ず其の漸有り、と。

子曰、責善之道、必也貴誠而不貴言、則於人有相長之益、在己無自辱之患。
【読み】
子曰く、善を責むるの道、必ず誠を貴んで言を貴ばざるときは、則ち人に於て相長ずるの益有りて、己に在って自ら辱むるの患え無し、と。

子曰、古之敎人、無一物不使之誠心。射與舞之類是也。
【読み】
子曰く、古の人を敎うる、一物として之をして誠心ならしめずということ無し。射と舞との類、是れなり、と。

子曰、怒在理而無所遷。動乎血氣則遷矣。
【読み】
子曰く、怒りは理に在って遷る所無し。血氣に動くときは則ち遷る、と。

或謂、舉子必精脩其所業、可以應有司之選。今夫子每止之使勿習、何也。子曰、設科以文詞取之。苟可以應科、則亦足矣。盡心力而爲之、以期乎必得、是惑也。
【読み】
或るひと謂く、舉子必ず精しく其の業とする所を脩めば、以て有司の選に應ず可し。今夫子每に之を止めて習うこと勿からしむるは、何ぞや、と。子曰く、科を設けて文詞を以て之を取る。苟も以て科に應ず可きときは、則ち亦足れり。心力を盡くして之を爲して、以て必ず得んことを期するは、是れ惑えるなり、と。

子曰、古者家有塾、黨有庠、三老坐于里門、察其長幼出入揖遜之序、詠歌諷誦、無非禮義之言。今也、上無所學、而民風日以偸薄、父子兄弟惟知以利相與耳。今里巷之語、不可以屬耳也。以古所習如彼、欲不善得乎。以今所習如此、欲其善得乎。
【読み】
子曰く、古は家に塾有り、黨に庠有り、三老里門に坐して、其の長幼出入揖遜の序を察し、詠歌諷誦、禮義の言に非ずということ無し。今や、上學ぶ所無くして、民風日に以て偸薄[とうはく]し、父子兄弟惟利を以て相與することを知るのみ。今の里巷の語、以て耳に屬す可からず。古の習う所彼が如きを以てせば、不善を欲すとも得んや。今の習う所此の如きを以てせば、其の善を欲すとも得んや、と。

或問、道不明於後世、其所學者爲何。子曰、敎之者能知之。學者之衆、不患其不明也。魯國一時賢者之衆、非特天授、由學致也。聖人旣沒、曠千有餘歲、求一人如顏・閔不可得。故敎不立、學不傳、人材不期壞而自壞。
【読み】
或るひと問う、道の後世に明らかならざるは、其の學ぶ所の者何をかせん、と。子曰く、之を敎うる者は能く之を知る。學者の衆き、其の明らかならざることを患えず。魯國一時賢者の衆き、特に天の授くるに非ず、學の致すに由れり。聖人旣に沒して、千有餘歲に曠[むな]しく、一人顏・閔の如くなるを求むるに得る可からず。故に敎立たず、學傳わらざるは、人材壞るることを期せずして自ら壞るればなり、と。

或問、燕處倨肆、心不怠慢、有諸。子曰、無之。入德必自敬始。故容貌必恭也、言語必謹也。雖然、優游涵泳而養之可也。拘迫則不能入矣。
【読み】
或るひと問う、燕處倨肆して、心怠慢せざること、有りや、と。子曰く、之れ無し。德に入るは必ず敬自り始む。故に容貌必ず恭しく、言語必ず謹む。然りと雖も、優游涵泳して之を養って可なり。拘迫なるときは則ち入ること能わず、と。

子曰、古所以成材之具、今舉無矣。惟出入於人心者猶在耳。學者其可不勉乎。
【読み】
子曰く、古の材を成す所以の具は、今舉[ことごと]く無し。惟人心に出入する者猶在るのみ。學者其れ勉めざる可けんや、と。

子曰、人多以子弟輕俊爲可喜、而不知其爲可憂也。有輕俊之質者、必敎以通經、學使近本、而不以文辭之末習。則所以矯其偏質、而復其德性也。
【読み】
子曰く、人多く子弟の輕俊なるを以て喜ぶ可しとして、其の憂う可しとすることを知らず。輕俊の質有る者は、必ず敎うるに經に通ずるを以てして、學は本に近づけしめて、文辭の末を以て習わしめざれ。則ち其の偏質を矯めて、其の德性に復らしむる所以なり、と。

子曰、凡人於事、有少自快、則其喜懌之意猶浹洽於心而發見於外。況學而見理者乎。雖然、至於窮理而切切焉不得其所可悅者、則亦何以養心也。
【読み】
子曰く、凡そ人の事に於る、少しく自ら快きこと有るときは、則ち其の喜懌[きえき]の意猶心に浹洽[しょうこう]して外に發見す。況んや學んで理を見る者をや。然りと雖も、理を窮むるに至って切切焉として其の悅ぶ可き所の者を得ざるときは、則ち亦何を以て心を養わん、と。

子曰、古之人、十五而學、四十而仕。其未仕也、優游養德、無求進之心。故其所學、必至於有成。後世之人、自其爲兒童、從父兄之所敎、與其壯長追逐。時習之所尙、莫不汲汲於勢利也。善心何以不喪哉。
【読み】
子曰く、古の人、十五にして學び、四十にして仕う。其の未だ仕えざるとき、優游として德を養って、進むことを求むるの心無し。故に其の學ぶ所は、必ず成ること有るに至る。後世の人は、其の兒童爲りし自り、父兄の敎うる所に從って、其の壯長と追逐す。時習の尙ぶ所、勢利に汲汲たらずということ莫し。善心何を以て喪びざらんや、と。

子曰、學佛者、於内外之道不備。
【読み】
子曰く、佛を學ぶ者は、内外の道に於て備わらず、と。

子曰、博弈小技也。不專心致志、猶不可得。況學聖人之道、悠悠焉、何能自得也。孔子曰、吾嘗終日不食、終夜不寢以思、無益。不如學也。又曰、朝聞道、夕死可矣。夫聖人何爲而迫切至於如是其極哉。善學者、當求其所以然之故。不當誦其文、過目而已也。學如不及。猶恐失之。苟曰姑俟來日、斯自棄也。
【読み】
子曰く、博弈は小技なり。心を專らにし志を致さざれば、猶得る可からず。況んや聖人の道を學んで、悠悠焉たらば、何ぞ能く自得せんや。孔子曰く、吾嘗て日を終うるまで食わず、夜を終うるまで寢ずして以て思えども、益無し。學ぶには如かず、と。又曰く、朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり、と。夫れ聖人何の爲にか迫切なること是の如く其れ極まれるに至るや。善く學ぶ者、當に其の然る所以の故を求むべし。當に其の文を誦じて、目を過ごすべからざるのみ。學は及ばざるが如くす。猶之を失わんことを恐る、と。苟も姑く來日を俟つと曰うは、斯れ自ら棄つるなり、と。

子曰、昏於天理者、嗜慾亂之耳。
【読み】
子曰く、天理に昏き者は、嗜慾之を亂すのみ、と。

子曰、子厚以禮立敎。使學者有所據守也。
【読み】
子曰く、子厚は禮を以て敎を立つ。學者をして據り守る所有らしむるなり、と。

子曰、學者於聖人無卓然之獨見、則是聞人之言云耳。因曰亦云耳而已。
【読み】
子曰く、學者聖人に於る卓然の獨見無きときは、則ち是れ人の言を聞いて云うのみ。因りて亦云うのみと曰うのみ、と。

子曰、學不純、則不得其所止。中無止、則不能不外求。譬夫家有藏寶者。豈復假人以爲玩乎。
【読み】
子曰く、學純ならざるときは、則ち其の止まる所を得ず。中に止まること無きときは、則ち外に求めざること能わず。夫の家に寶を藏むる者有るに譬う。豈復人に假して以て玩と爲さしめんや、と。

潘康仲問、學者於聖人之門、非願其有異也、惟不能知之。是以流於不同。敢問持正之道。子曰、知之而後可守。無所知、則何所守也。故學莫先乎致知。窮理格物、則知無不盡。知之旣盡、則守無不固。
【読み】
潘康仲問う、學者聖人の門に於る、其の異なること有ることを願うには非ず、惟之を知ること能わず。是を以て同じからざるに流る。敢えて正を持するの道を問う、と。子曰く、之を知って而して後に守る可し。知る所無きときは、則ち何の守る所あらん。故に學は知を致すより先なるは莫し。理を窮め物に格るときは、則ち知盡くさずということ無し。之を知ること旣に盡くるときは、則ち守ること固からずということ無し、と。

子曰、古之君子、脩德而已。德成而言、則不期於文而自文矣。退之固因學爲文章、力求其所未至、以至於有得也。其曰軻死不得其傳、非卓然見其所傳者、語不及此。
【読み】
子曰く、古の君子は、德を脩むるのみ。德成って言うときは、則ち文を期せずして自づから文なり。退之固より學に因りて文章を爲り、力めて其の未だ至らざる所を求めて、以て得ること有るに至る。其の軻死して其の傳を得ずと曰うは、卓然として其の傳うる所の者を見るに非ずんば、語此に及ばじ、と。

子曰、蘇・呂二子皆以知見聞見爲學之患。吾喜其近道。必欲堅叩明其辨、可與終其說矣。夫人之學、非自願其有差也。知之不至、則流別於殊塗、陷溺於異端、亦不得免焉耳。
【読み】
子曰く、蘇・呂の二子は皆知見聞見を以て學の患えとす。吾れ其の道に近きことを喜ぶ。必ず堅く叩いて、其の辨を明らかにせんと欲せば、與に其の說を終う可し。夫れ人の學は、自ら其の差い有ることを願うに非ず。之を知ること至らざるときは、則ち殊塗に流別し、異端に陷溺すること、亦免るることを得ざるのみ、と。

子曰、呂進伯老矣。慮學問之不進、憂年數之不足、恐無所聞而遂死焉。亦可謂之好學也。
【読み】
子曰く、呂進伯老いたり。學問の進まざらんことを慮り、年數の足らざることを憂え、聞く所無くして遂に死せんこと恐る。亦之を學を好むと謂う可し、と。

子曰、養勇之法、求之太急。故性氣輕軼而難御。凡長育人材也、敎之在寬、待之以久、然後化成而俗美。
【読み】
子曰く、勇を養うの法、之を求むること太だ急なり。故に性氣輕軼して御し難し。凡そ人材を長育するは、之を敎うること寬に在り、之を待つこと久しきを以てして、然して後に化成りて俗美なり、と。

或問、夫子有言、昔之惑人、因其迷闇、今之惑人、因其高明。竊(徐本竊作切。)有疑焉。夫旣曰高明。而可惑乎。子曰、語其質云爾。彼深於佛氏之學者、其質開透、亦必加於人數等、所謂智者過之也。非中庸所謂極高明者也。聖人極高明而道中庸。其照無偏。何過之有。
【読み】
或るひと問う、夫子言えること有り、昔の人を惑わすは、其の迷闇に因り、今の人を惑わすは、其の高明に因る、と。竊かに(徐本竊を切に作る。)疑うこと有り。夫れ旣に高明と曰う。而るに惑う可けんや、と。子曰く、其の質を語って爾か云う。彼の佛氏の學に深き者は、其の質開透して、亦必ず人に加うること數等、所謂智者は之に過ぐるというなり。中庸に所謂高明を極むという者に非ず。聖人は高明を極めて中庸に道[よ]る。其の照らすこと偏無し。何の過ぐることか之れ有らん、と。

子厚曰、十詩之作、將以驗天心於語默也。子曰、舍是有言、亦烏得已乎。
【読み】
子厚曰く、十詩の作は、將に以て天心を語默に驗さんとす、と。子曰く、是を舍てて言有り、亦烏んぞ已むことを得んや、と。

子謂子厚曰、關中之士、語學而及政、論政而及禮樂兵刑之學。庶幾善學者。子厚曰、如其誠然、則志大不爲名、亦知學貴於有用也。學古道以待今、則後世之謬、不必屑屑而難之。舉而措之可也。
【読み】
子子厚に謂いて曰く、關中の士、學を語って政に及び、政を論じて禮樂兵刑の學に及ぶ。善く學ぶ者に庶幾す、と。子厚曰く、如し其の誠然るときは、則ち志大にして名の爲にせず、亦學は用有ることを貴ぶことを知る。古の道を學んで以て今を待つときは、則ち後世の謬り、必ずしも屑屑として之を難しとせず。舉げて之を措いて可なり、と。

或問、學者何習莊・老之衆也。子曰、謹禮而不逹者、爲其所膠固焉。放情而不莊者、畏法度之拘己也。必資其放曠之說以自適。其勢則然。
【読み】
或るひと問う、學者何ぞ莊・老を習うことの衆きや、と。子曰く、禮を謹んで逹せざる者は、其が爲に膠固せらる。情を放[ほしいまま]にして莊ならざる者は、法度の己に拘わることを畏る。必ず其の放曠の說に資って以て自適す。其の勢則ち然り、と。

或問、學者多溺於佛說、何也。子曰、學而無所得、其年齒老矣、智力屈矣、其心欲遽止焉、則又不自安、一聞超騰侈大之說。是以說而入之。然則可反乎。子曰、深固者亦難反。嘗譬之行人。履乎坦途、其進無難也。山高乎其前、水深乎其下、而進之爲難也。於是焉而有捷徑、則欣然而從之。其勢然也。夫托乎逆旅者、蓋不得家居之要爾。未有人旣安於家、而又樂舍於逆旅者也。
【読み】
或るひと問う、學者多く佛說に溺るるは、何ぞや、と。子曰く、學んで得る所無く、其の年齒老いたり、智力屈して、其の心遽に止めんと欲すれども、則ち又自ら安からず、一たび超騰侈大の說を聞く。是を以て說んで之に入る、と。然らば則ち反る可けんや、と。子曰く、深固なる者は亦反り難し。嘗て之を行人に譬う。坦途を履むときは、其の進むこと難きこと無し。山其の前に高く、水其の下に深くして、之に進むこと難しとす。是に於て捷徑有るときは、則ち欣然として之に從う。其の勢然り。夫れ逆旅に托する者は、蓋し家居の要を得ざるのみ。未だ人旣に家に安んじて、又逆旅に舍[やど]ることを樂しむ者は有らず、と。

子曰、林大節少戅。然得一言卽躬履。學者可畏、莫如聞斯行之。聞而不行、十蓋九矣。
【読み】
子曰く、林大節は少しく戅[おろ]かなり。然れども一言を得れば卽ち躬に履む。學者畏る可きは、聞くままに斯れ之を行うというに如くは莫し。聞いて行わざるは、十に蓋し九なり、と。

子謂門人曰、昨日之會、談空寂者紛紛、吾有所不能。噫、此風旣成。其何能救也。古者釋氏盛時、尙只是崇像設敎、其害小爾。今之言者、乃及乎性命道德、謂佛爲不可不學、使明智之士先受其惑。嗚呼、淸談甚、晉室衰。況有甚者乎。夫明智之士、中人以上之資也。其才足以自立、則反之難矣。學者必至於自信而不惑、則彼不能亂。不然、猶之淫言美色、戒而遠之、尙恐不免也。
【読み】
子門人に謂いて曰く、昨日の會、空寂を談ずる者紛紛として、吾れ能わざる所有り。噫、此の風旣に成れり。其れ何ぞ能く救わん。古釋氏盛んなりし時は、尙只是れ像を崇び敎を設けて、其の害小しきなるのみ。今の言者は、乃ち性命道德に及んで、謂えらく、佛は學ばずんばある可からずとして、明智の士をして先づ其の惑いを受けしむ。嗚呼、淸談甚だしくして、晉室衰う。況んや甚だしき者有るをや。夫れ明智の士は、中人以上の資なり。其の才以て自ら立つに足るときは、則ち反ること難し。學者必ず自ら信じて惑わざるに至るときは、則ち彼亂ること能わず。然らずんば、猶之を淫言美色のごとく、戒めて之を遠ざくとも、尙恐らくは免れざらん、と。

侯仲良曰、夫子在講筵、必廣引博喩、以曉人主。一日、講旣退。范堯夫揖曰、美哉。何記憶之富也。子對曰、以不記憶也。若有心於記憶、亦不能記矣。
【読み】
侯仲良曰く、夫子講筵に在るとき、必ず廣く引き博く喩えて、以て人主を曉す。一日、講じて旣に退く。范堯夫揖して曰く、美なるかな。何ぞ記憶することの富めるや、と。子對えて曰く、記憶せざるを以てなり。若し記憶に心有れば、亦記すること能わじ、と。

或人有自名導氣養生者問、子亦知之乎。子曰、吾夏葛而冬裘、渇飮而饑食、節嗜慾、定心氣。如此而已。
【読み】
或る人自ら氣を導き生を養うと名づくる者有りて問う、子も亦之を知るや、と。子曰く、吾れ夏には葛して冬には裘し、渇しては飮んで饑えては食し、嗜慾を節し、心氣を定む。此の如きのみ、と。

子曰、學莫大於知本末終始。致知格物、所謂本也、始也。治天下國家、所謂末也、終也。治天下國家、必本諸身。其身不正、而能治天下國家者、無之。格猶窮也、物猶理也。若曰窮其理云爾。窮理然後足以致知。不窮則不能致也。
【読み】
子曰く、學は本末終始を知るより大なるは莫し。知を致し物に格るは、所謂本なり、始めなり。天下國家を治むるは、所謂末なり、終わりなり。天下國家を治むるは、必ず身に本づく。其の身正しからずして、能く天下國家を治むる者は、之れ無し。格は猶窮むるがごとし、物は猶理のごとし。其の理を窮むと曰うが若しと爾か云う。理を窮めて然して後に以て知を致すに足れり。窮めざるときは則ち致すこと能わず、と。

子曰、格物、適道之始、思所以格物而已。近道矣、是何也。以收其心而不放也。
【読み】
子曰く、物に格るは、道に適く始め、物に格る所以を思うのみ。道に近しとは、是れ何ぞや。其の心を收めて放たざるを以てなり、と。

子曰、大學於誠意正心皆言其道。至於格物則不言、獨曰物格而後知至。此蓋可以意得、不可以言傳也。自格物而充之、然後可以至於聖人。不知格物而欲意誠心正而後身脩者、未有能中於理者也。
【読み】
子曰く、大學誠意正心に於ては皆其の道を言う。格物に至っては則ち言わず、獨物格りて後知至ると曰う。此れ蓋し意を以て得る可く、言を以て傳う可からざるなり。物に格る自りして之を充て、然して後に以て聖人に至る可し。物に格ることを知らずして意誠に心正しくして而して後に身脩めんことを欲する者は、未だ能く理に中る者は有らず、と。

子曰、學莫貴乎自得。非在人也。
【読み】
子曰く、學は自得するより貴きは莫し。人に在るに非ず、と。

子曰、見攝生者而問長生、可謂大愚。見卜者而問吉凶、可謂大惑。
【読み】
子曰く、攝生する者を見て長生を問う、大愚と謂う可し。卜者を見て吉凶を問う、大惑と謂う可し、と。

子曰、學貴乎成。旣成矣、將以行之也。學而不能成其業、用而不能行其學、則非學矣。
【読み】
子曰く、學は成ることを貴ぶ。旣に成れば、將に以て之を行わんとす。學んで其の業を成すこと能わず、用いて其の學を行うこと能わざるときは、則ち學に非ず、と。

子曰、君子莫進於學、莫止於畫、莫病於自足、莫罪於自棄。進而不止、湯・武所以反之而聖。
【読み】
子曰く、君子は學に進むこと莫く、畫に止まること莫く、自ら足るに病めること莫く、自ら棄つるに罪すること莫し。進んで止まらざるは、湯・武の之を反して聖なる所以なり、と。

子曰、古之學者爲己而成物。今之學者爲人而喪己。
【読み】
子曰く、古の學者は己が爲にして物を成す。今の學者は人の爲にして己を喪う、と。

子曰、無好學之志、則雖聖人復出、亦無益矣。然聖人在上而民多善者、習見之熟也、習聞之久也、涵泳其敎化深且遠也。
【読み】
子曰く、學を好む志無きときは、則ち聖人復出ると雖も、亦益無し。然れども聖人上に在りて民多く善なる者は、習い見ることの熟すればなり、習い聞くことの久しければなり、其の敎化に涵泳すること深くして且つ遠ければなり、と。

子曰、記問文章不足以爲人師。以其所學者外也。師者何也。謂理義也。學者必求師、從師不可不謹也。
【読み】
子曰く、記問文章は以て人の師とするに足らず。其の學ぶ所の者外なることを以てなり。師とは何ぞや。理と義とを謂う。學者必ず師を求め、師に從うこと謹まずんばある可からず、と。

子曰、君子之學貴一。一則明。明則有功。
【読み】
子曰く、君子の學は一を貴ぶ。一なれば則ち明らかなり。明らかなれば則ち功有り、と。

子曰、不思故有惑、不求故無得、不問故莫知。
【読み】
子曰く、思わざる故に惑うこと有り、求めざる故に得ること無く、問わざる故に知ること莫し、と。

子曰、進學不誠則學雜。處事不誠則事敗。自謀不誠則欺心而棄己。與人不誠則喪德而增怨。今末習曲藝、亦必誠而後精。況欲趨衆言、爲君子者乎。
【読み】
子曰く、學に進んで誠あらざるときは則ち學雜なり。事に處して誠あらざるときは則ち事敗る。自ら謀って誠あらざるときは則ち心を欺いて己を棄つ。人と與にして誠あらざるときは則ち德を喪って怨みを增す。今末習の曲藝すら、亦必ず誠ありて後精し。況んや衆言に趨き、君子と爲らんと欲する者をや、と。

子曰、不深思則不能造其學。或曰、學者亦有無思而得者乎。子曰、漠然未嘗思、自以爲得之者、未之有也。
【読み】
子曰く、深く思わざるときは則ち其の學に造ること能わず、と。或るひと曰く、學者も亦思うこと無くして得る者有りや、と。子曰く、漠然として未だ嘗て思わずして、自ら以て之を得たりとする者は、未だ之れ有らず、と。

子曰、德盛者、物不能擾而形不能病。臨震懼死生而色不變、當疾痛惨戚而心不動、由養之有素。非一朝一夕之力也。
【読み】
子曰く、德盛んなる者は、物擾[みだ]ること能わずして形病むこと能わず。震懼死生に臨んで色變ぜず、疾痛惨戚に當たって心動かざるは、養の素有るに由れり。一朝一夕の力に非ず、と。

子曰、學不貴博、貴於正而已。正則博。言不貴文、貴於當而已。當則文。政不貴詳、貴於順而已。順則詳。
【読み】
子曰く、學は博きを貴ばず、正しきを貴ぶのみ。正しきときは則ち博し。言は文を貴ばず、當たるを貴ぶのみ。當たるときは則ち文なり。政は詳らかなるを貴ばず、順うを貴ぶのみ。順うときは則ち詳らかなり、と。

子曰、學也者、使人求於内也。不求於内而求外、非聖人之學也。何謂求於外。以文爲主者是也。學也者、使人求於本也。不求於本而求於末、非聖人之學也。何謂求其末。考詳略、採同異是也(徐本是也作也是。)。二者無益於德。君子弗之學也。
【読み】
子曰く、學は、人をして内に求めしむ。内に求めずして外に求むるは、聖人の學に非ず。何を外に求むると謂う。文を以て主とする者、是れなり。學は、人をして本に求めしむ。本に求めずして末に求むるは、聖人の學に非ず。何を其の末に求むると謂う。詳略を考え、同異を採る、是れなり(徐本是也を也是に作る。)。二つの者は德に益無し。君子は之を學ばず、と。

子曰、自得者所守不變、自信者所守不疑。
【読み】
子曰く、自得する者は守る所變ぜず、自ら信ずる者は守る所疑わず、と。

子曰、隨時觀理、而天下之理得矣。
【読み】
子曰く、時に隨い理を觀て、天下の理得るなり、と。

子曰、人皆可以爲聖人。而君子之學必至聖人而後已。不至聖人而自已者、皆自棄也。孝者所當孝、弟者所當弟。自是而推之、是亦聖人而已矣。
【読み】
子曰く、人皆以て聖人と爲る可し。而して君子の學は必ず聖人に至って而して後に已む。聖人に至らずして自ら已む者は、皆自ら棄つるなり。孝は當に孝すべき所、弟は當に弟すべき所。是れ自りして之を推すは、是れ亦聖人のみ、と。

子曰、學以不欺闇室爲始。
【読み】
子曰く、學は闇室に欺かざるを以て始めと爲す、と。

子曰、多聞識者、猶廣儲藥物也。知所用爲貴。
【読み】
子曰く、多く聞いて識すは、猶廣く藥物を儲[たくわ]うるがごとし。用うる所を知るを貴しとす、と。

子曰、講說、非古也。學者必潛心積慮、涵養而自得之。今一曰盡講、是以博爲敎。非有益也。
【読み】
子曰く、講說は、古に非ず。學者必ず心を潛め慮りを積み、涵養して之を自得せよ。今一に盡く講ずと曰うは、是れ博きを以て敎とす。益有るに非ず、と。

子曰、學而爲名、内不足也。
【読み】
子曰く、學んで名を爲すは、内足らざればなり、と。

子曰、踐行其言、而人不信者有矣。未有不踐言而信之者。
【読み】
子曰く、其の言を踐み行って、人信ぜざる者有り。未だ言を踐まずして之を信ずる者は有らず、と。

子曰、恥不知而不問、終於不知而已。以爲不知而必求之、終能知之矣。
【読み】
子曰く、不知を恥ぢて問わざれば、不知に終わるのみ。以て不知と爲して必ず之を求むれば、終に能く之を知る、と。

子曰、有辯佞之才者、多入於不善。故學不貴。
【読み】
子曰く、辯佞の才有る者は、多く不善に入る。故に學貴からず、と。

子曰、有慾則不剛。剛者不屈於慾。
【読み】
子曰く、慾有れば則ち剛ならず。剛なる者は慾に屈せず、と。

子曰、克己之私旣盡一歸於禮、此之謂得其本心。
【読み】
子曰く、己が私に克って旣に盡く一に禮に歸する、此れ之を其の本心を得ると謂う、と。

子曰、學貴於通。執一而不通、將不勝其疑矣。通莫如理。
【読み】
子曰く、學は通ずるを貴ぶ。一を執りて通ぜざれば、將に其の疑に勝えざらんとす。通ずるは理に如くは莫し、と。

子曰、難勝莫如己私。學者能克之、非大勇乎。
【読み】
子曰く、勝ち難きは己が私に如くは莫し。學者能く之に克つは、大勇に非ずや、と。


論書篇

或問、坤者臣道也。在君亦有用乎。子曰、厚德載物。豈非人君之用。
【読み】
或るひと問う、坤は臣の道なり。君に在っても亦用うること有りや、と。子曰く、厚德にて物を載す、と。豈人君の用に非ずや、と。

子曰、堯夫曆差之法、妙絕乎古人矣。蓋於日月交感之際、以陰陽盈虛求之、是以不差。陰常虧、陽常盈、差之所由也。昔洛下閎之作曆也、謂數百年之後、當有一日之差乎。何承天慮其差也、則以所差之之分、均於所曆之年、以考每歲所差之多少、謂之歲差法。而差終不可定也。
【読み】
子曰く、堯夫の曆差の法は、古人に妙絕す。蓋し日月交感の際に於て、陰陽の盈虛を以て之を求むる、是を以て差わず。陰常に虧け、陽常に盈つるは、差の由る所なり。昔洛下閎が曆を作るや、謂く、數百年の後、當に一日の差有るべきか、と。何承天其の差を慮るや、則ち之に差う所の分を以て、曆する所の年に均しくして、以て每歲差う所の多少を考えて、之を歲差の法と謂う。而れども差は終に定むる可からず、と。

子曰、五經之言涵蓄渾然、無精麤之別。
【読み】
子曰く、五經の言は涵蓄渾然として、精麤の別無し、と。

子曰、春秋是是非非、因人之行事、不過當年數人而已。窮理之要也。學者不必他求。學春秋可以盡道矣。然以通論・孟爲先。
【読み】
子曰く、春秋の是を是とし非を非とすること、人の行事に因ること、當年の數人を過ぎざるのみ。理を窮むるの要なり。學者必ずしも他に求めざれ。春秋を學ばば以て道を盡くす可し。然れども論・孟に通ずるを以て先とせよ、と。

或問春秋發微。子曰、述法而不通意。
【読み】
或るひと春秋微を發するかを問う。子曰く、法を述べて意を通ぜず、と。

子曰、易、變易也。隨時變易以從道也。至微者理、至著者象。體用一源、顯微無閒。故善學者求之必自近。易於近、非知易者也。
【読み】
子曰く、易は、變易なり。時に隨いて變易して以て道に從うなり。至微なる者は理なり、至著なる者は象なり。體用源を一にし、顯微閒無し。故に善く學ぶ者は之を求むるに必ず近き自りす。近きを易しとするは、易に知る者に非ざるなり、と。

子曰、有謂六經爲六藝之文。何其求之於淺也。
【読み】
子曰く、六經を謂いて六藝の文とするもの有り。何ぞ其れ之を淺きに求むるや、と。

劉絢問、孔子何謂(徐本謂作爲。)作春秋。子曰、由堯・舜至於周、文質損益、其變極矣、其法詳矣。仲尼參酌其宜、以爲萬世王制之所折中焉。此作春秋之本意也。觀其告顏子爲邦之道、可見矣。
【読み】
劉絢問う、孔子何の謂[ため]に(徐本謂を爲に作る。)春秋を作れる、と。子曰く、堯・舜由り周に至って、文質損益、其の變極まり、其の法詳らかなり。仲尼其の宜しきを參酌して、以て萬世王制の折中する所とす。此れ春秋を作るの本意なり。其の顏子に告ぐるに邦を爲むるの道を觀て、見る可し、と。

子曰、春秋事在二月則書王二月、事在三月則書王三月。無事則書天時、書首月。蓋有事則道在事、無事則存天時、正王朔。天時備則歲功成、王道存則人理立。春秋之大義也。
【読み】
子曰く、春秋事二月に在るときは則ち王二月と書し、事三月に在るときは則ち王三月と書す。事無きときは則ち天の時を書し、首月を書す。蓋し事有るときは則ち道事に在り、事無きときは則ち天の時を存し、王朔を正す。天の時備わるときは則ち歲功成り、王道存するときは則ち人理立つ。春秋の大義なり、と。

子曰、春秋之法、中國而用夷道卽夷之。韓子謂春秋謹嚴、深得其旨矣。
【読み】
子曰く、春秋の法、中國にして夷の道を用うれば卽ち之を夷にす。韓子春秋謹嚴と謂うは、深く其の旨を得たり、と。

子曰、諸侯當上奉天時、下承王正。故春秋曰春王正月。明此義、則知王與天同大、而人道立矣。
【読み】
子曰く、諸侯は當に上天の時を奉じ、下王正を承くべし。故に春秋に春王正月と曰う。此の義を明らかにするときは、則ち王と天と同大なることを知って、人道立つ、と。

或問、易有大過、何也。子曰、聖人盡道而無過。故曰大過、亦當時之大耳。猶堯・舜禪遜、湯・武放伐之類也。道無不中也、無不常也。以世人所不常見、則謂之大過於常耳。是故立非常之大事、興不世之大功、成絕俗之大德、皆大過之事、而實無所過也。
【読み】
或るひと問う、易に大過有るは、何ぞや、と。子曰く、聖人道を盡くして過ぐること無し。故に大過と曰うも、亦時の大に當たるのみ。猶堯・舜の禪遜、湯・武の放伐するがごときの類なり。道中ならずということ無し、常ならずということ無し。世人常に見ざる所を以てするときは、則ち之を大いに常に過ぐると謂うのみ。是の故に非常の大事を立て、不世の大功を興し、絕俗の大德を成すは、皆大過の事にして、實に過ぐる所無きなり、と。

子曰、素問出於戰國之際。或以爲三墳者、非也。然其言亦有可取者。或問、何說也。子曰、善言天者、必有驗於人、善言古者、必有驗於今。豈不當哉。若運氣則不可用。
【読み】
子曰く、素問は戰國の際に出づ。或は以て三墳とする者は、非なり。然れども其の言も亦取る可き者有り、と。或るひと問う、何の說ぞや、と。子曰く、善く天を言う者は、必ず人に驗有り、善く古を言う者は、必ず今に驗有り、と。豈當たらざらんや。運氣の若きは則ち用うる可からず、と。

子曰、陰陽運動、有常而無忒。凡失其度、皆人爲感之也。故春秋災異必書。漢儒傅(徐本・呂本傅作傳。)其說而不得其理。是以所言多失。
【読み】
子曰く、陰陽運動、常有って忒[たが]うこと無し。凡そ其の度を失うは、皆人之に感ずることをすればなり。故に春秋に災異必ず書す。漢儒其の說を傅[し]いて(徐本・呂本傅を傳に作る。)其の理を得ず。是を以て言う所多くは失す、と。

子曰、禮記之文多謬誤者。儒行・經解、非聖人之言也。夏后氏郊鯀之篇、皆未可據也。
【読み】
子曰く、禮記の文は謬誤する者多し。儒行・經解は、聖人の言に非ず。夏后氏郊鯀の篇は、皆未だ據る可からず、と。

子曰、周禮之書多訛闕。然周公致太平之法亦存焉。在學者審其是非而去取之爾。
【読み】
子曰く、周禮の書は訛闕多し。然れども周公太平を致すの法も亦存す。學者其の是非を審らかにして之を去取するに在るのみ、と。

子曰、原道之作、其言雖未盡善、然孟子之後、識道之所傳者、非誠有所見、不能斷然言之如是其明也。其識大矣。
【読み】
子曰く、原道の作、其の言未だ善を盡くさずと雖も、然れども孟子の後、道の傳うる所を識る者は、誠に所見有るに非ずんば、斷然として之を言うこと是の如く其れ明らかなること能わじ。其の識大なり、と。

子曰、漢儒之談經也、以三萬餘言明堯典二字。可謂知要乎。惟毛公・董相有儒者氣象。東京士人尙名節、加之以明禮義、則皆賢人之德業矣。本朝經典、比之前代爲盛。然三十年以來、議論尙同。學者於訓傳言語之中、不復致思、而道不明矣。
【読み】
子曰く、漢儒の經を談ずる、三萬餘言を以て堯典の二字を明らかにす。要を知ると謂う可きか。惟毛公・董相は儒者の氣象有り。東京の士人名節を尙び、之に加うるに禮義を明らかにするを以てするときは、則ち皆賢人の德業なり。本朝の經典、之を前代に比するに盛んなりとす。然れども三十年以來、議論尙同じ。學者訓傳言語の中に於て、復思いを致さずんば、道明らかならじ、と。

子曰、魯威公弑君而自立。其無歲不及諸侯之盟會者、所以結外援而自固也。及(徐本及作齊。)遠與戎盟。春秋危之而書至者、以謂、戎也苟不知鄭・齊(徐本齊作眞。)・陳之黨惡而同爲不義、則必執之矣。此居夷浮海之意也。
【読み】
子曰く、魯の威公君を弑して自立す。其の歲々諸侯の盟會に及ばずということ無き者は、以て外援を結んで自ら固くする所なり。及び(徐本及を齊に作る。)遠く戎と盟う。春秋之を危ぶんで至ると書す者は、以謂えらく、戎は苟も鄭・齊・(徐本齊を眞に作る。)陳の黨惡なることを知らずして同じく不義を爲すときは、則ち必ず之を執る。此れ夷に居り海に浮かぶの意なり、と。

子曰、自古簒弑多出於公族。蓋其自謂曰、先君子孫也、可以君國。而國人亦以爲然、從而奉之也。聖人明大義以示萬世。故入春秋之初、其弑君者皆絕屬籍。蓋爲大惡、旣自絕於先君之世矣。豈得復爲子孫也。古者公侯刑死則無服。況於弑君乎。此義旣明矣。而或有以屬稱者、可見其寵之太過、任之太重、以階亂也。春秋所書、大概事同則辭(徐本辭作詞。)同。後之學者(徐本無者字。)因以謂之例。然有事同而辭(徐本辭作詞。)異者、其義各不同。蓋不可以例斷也。
【読み】
子曰く、古自り簒弑多く公族に出づ。蓋し其れ自ら謂いて曰く、先君の子孫なり、以て國に君たる可し、と。而して國人も亦以て然りと爲して、從いて之に奉ず。聖人大義を明らかにして以て萬世に示す。故に春秋に入るの初め、其の君を弑する者は皆屬籍を絕つ。蓋し大惡を爲さば、旣に自ら先君の世[つぎ]を絕つなり。豈復子孫爲ることを得んや。古は公侯刑死するときは則ち服無し。況んや君を弑するに於てをや。此の義旣に明らかなり。而れども或は屬を以て稱すること有る者は、其の寵の太だ過ぎ、任の太だ重くして、以て亂に階することを見る可し。春秋に書する所、大概事同じときは則ち辭(徐本辭を詞に作る。)同じ。後の學者(徐本者の字無し。)因りて以て之を例と謂う。然れども事同じくして辭(徐本辭を詞に作る。)異なること有る者は、其の義各々同じからず。蓋し例を以て斷[さだ]むる可からず、と。

子厚爲二銘、以啓學者。其一曰訂頑。訂頑曰云云。楊子問、西銘深發聖人之微意。然言體而不及用。恐其流至於兼愛。後世有聖賢、以(徐本無以字。)推本而亂(徐本・呂本亂作論。)、未免歸過。於横渠夫子、盍爲一言、推明其用乎。子曰、横渠立言誠有過、乃在正蒙。至若訂頑、明理以存義、擴前聖所未發、與孟子性善養氣之論同功。豈墨氏之比哉。西銘理一而分殊。墨氏則愛合而無分。分殊之蔽、私勝而失仁、無分之罪、兼愛而無義。分立而推理一、以止私勝之流、仁之方也。無別而迷兼愛、至於無父之極、義斯亡也。子比而同之、過矣。夫彼欲使人推而行之、本爲用也。反謂不及用、不亦異乎。楊子曰、時也昔從明道、卽授以此書。於是始知爲學之大方。固將終身服之。豈敢疑其失於墨氏比也。然其書、以民爲同胞、鰥寡孤獨爲兄弟。非明者默識、焉知理一無分之殊哉。故恐其流至於兼愛。非謂其言之發與墨氏同也。夫惟理一而分殊。故聖人稱物、遠近親疎各當其分。所以施之、其心一焉。所謂平施也。昔意西銘有平施之心、無稱物之義。疑其辭有未達也。今夫子開諭。學者當無惑矣。
【読み】
子厚二つの銘を爲りて、以て學者を啓く。其の一を訂頑と曰う。訂頑に曰く云云、と。楊子問う、西の銘は深く聖人の微意を發す。然れども體を言って用に及ばず。恐れらくは其の流れ兼愛に至らん。後世聖賢有りて、以て(徐本以の字無し。)本を推して亂れば(徐本・呂本亂を論ぜばに作る。)、未だ過ちに歸することを免れず。横渠夫子に於て、盍ぞ一言を爲して、其の用を推明せざるや、と。子曰く、横渠言を立つること誠に過ち有るは、乃ち正蒙に在り。訂頑の若きに至っては、理を明らかにして以て義を存し、前聖未だ發せざる所を擴めて、孟子性善養氣の論と功を同じくす。豈墨氏の比ならんや。西の銘は理一にして分殊なり。墨氏は則ち愛合して分無し。分殊の蔽は、私勝って仁を失い、無分の罪は、兼愛して義無し。分立って理一を推して、以て私勝つの流れを止むるは、仁の方なり。別無くして兼愛に迷い、父を無みするの極に至るは、義斯れ亡ぶるなり。子比して之を同じくするは、過れり。夫れ彼人をして推して之を行わしめんことを欲すれば、本用を爲すなり。反って用に及ばずと謂うは、亦異ならずや、と。楊子曰く、時や昔明道に從うとき、卽ち授くるに此の書を以てす。是に於て始めて學をするの大方を知る。固に將に身を終うるまで之を服せんとす。豈敢えて其の失を墨氏に疑って比せんや。然れども其の書、民を以て同胞と爲し、鰥寡孤獨を兄弟と爲す。明者默して識すに非ずんば、焉んぞ理一無分の殊を知らんや。故に其の流れ兼愛に至らんことを恐る。其の言の發が墨氏と同じと謂うには非ず。夫れ惟理一にして分殊なり。故に聖人物に稱って、遠近親疎各々其の分に當たる。之を施すこと、其の心一なる所以なり。所謂平[ひと]しく施すなり。昔意えらく、西の銘は平しく施すの心有りて、物に稱うの義無し、と。其の辭を疑って未だ達せざること有り。今夫子開諭す。學者當に惑うこと無かるべし、と。

或問、子厚立言、得無有幾於迫切者乎。子曰、子厚之爲人、謹且嚴。是以其言似之。方之孟子、則寬宏舒泰有不及也。然孟子猶有英氣存焉。是以未若顏子之懿、渾然無圭角之可見也。
【読み】
或るひと問う、子厚の言を立つること、迫切に幾き者有ること無きことを得んや、と。子曰く、子厚の人と爲り、謹にして且つ嚴なり。是を以て其の言之に似れり。之を孟子に方[くら]ぶるときは、則ち寬宏舒泰及ばざること有り。然れども孟子は猶英氣有りて存す。是を以て未だ顏子の懿、渾然として圭角の見る可き無きに若かず、と。

或曰、聖賢氣象、何自而見之。子曰、姑以其言觀之亦可也。
【読み】
或るひと曰く、聖賢の氣象は、何に自って之を見んや、と。子曰く、姑く其の言を以て之を觀て亦可なり、と。

子曰、訂頑言純而意備。仁之體也。充而盡之、聖人之事也。子厚之識、孟子之後、一人而已耳。
【読み】
子曰く、訂頑は言純にして意備わる。仁の體なり。充たして之を盡くさば、聖人の事なり。子厚の識、孟子の後、一人のみ、と。

子謂門弟子曰、昔吾受易於周子、使吾求仲尼・顏子之所樂。要哉此言。二三子志之。
【読み】
子門弟子に謂いて曰く、昔吾れ易を周子に受けしとき、吾をして仲尼・顏子の樂しむ所を求めしむ。要なるかな此の言。二三子之を志せ、と。

子曰、乾坤毀無以見易、聖人以此洗心退藏於密。夫所謂易也、此也、密也、果何物乎。聖人所以示人者、深且明矣。學者深思、當自得之。得之、則於退藏之密、奚遠乎。
【読み】
子曰く、乾坤毀るれば以て易を見ること無し、聖人此を以て心を洗い退いて密に藏るといえり。夫れ所謂易や、此や、密や、果たして何物ぞや。聖人人に示す所以の者、深くして且つ明らかなり。學者深く思わば、當に之を自得すべし。之を得るときは、則ち退藏の密に於て、奚ぞ遠からんや、と。

子曰、讀書而不留心於文義、則荒忽其本意。專精於文義、則必固滯而無所通逹矣。
【読み】
子曰く、書を讀んで心を文義に留めざるときは、則ち其の本意を荒忽す。專ら文義に精しきときは、則ち必ず固滯して通逹する所無し、と。

或問、王介甫有言、乾之九三、知九五之位可至而至之。如何。子曰、使人臣每懷此心、大亂之道也。且不識湯・武之事矣。然則謂何。子曰、知大人之道爲可至、則學而至之。所謂始條理者智之事也。
【読み】
或るひと問う、王介甫言えること有り、乾の九三、九五の位至る可きことを知って之に至る、と。如何、と。子曰く、人臣をして每に此の心を懷かしむるは、大亂の道なり。且つ湯・武の事を識らず、と。然らば則ち何を謂う。子曰く、大人の道の至る可しとすることを知って、則ち學んで之に至る。所謂條理を始むる者は智の事なり、と。

或問、胡先生以九四爲太子爻、可乎。子曰、胡爲而不可。當大臣則爲大臣、當儲貳則爲儲貳。顧用之如何耳。苟知其一而不知其變、則三百八十四爻止於三百八十四事而已矣。
【読み】
或るひと問う、胡先生九四を以て太子の爻とするは、可なりや、と。子曰く、胡爲れぞ不可ならん。大臣に當たるときは則ち大臣とし、儲貳に當たるときは則ち儲貳とす。用之れ如何と顧みるのみ。苟も其の一を知って其の變を知らざるときは、則ち三百八十四爻は三百八十四事に止まんのみ、と。

子曰、夫人之說、無可極者。惟朋友講習以相資益、爲說之至也。
【読み】
子曰く、夫れ人の說は、極む可き者無し。惟朋友講習して以て相資益せば、說の至りとす、と。

子曰、大學、孔子之遺書也。學者由是而學、則不迷於入德之門也。
【読み】
子曰く、大學は、孔子の遺書なり。學者是に由って學べば、則ち德に入るの門に迷わじ、と。

子曰、大學之道、明德新民不分物我、成德之事也。
【読み】
子曰く、大學の道、德を明らかにして民を新たにして物我を分かたざるは、成德の事なり、と。

或問、人以能立爲能賢、而易取於隨、何也。子曰、隨者、順理之謂也。人君以之聽善、臣下以之奉命、學者以之徙義、處事以之從長、豈不立哉。言各有當也。若夫隨時而動、合宜適變、不可以爲典要。非造道之深、知幾可與權者、不能與也。
【読み】
或るひと問う、人能く立つるを以て能く賢なりとして、易に隨に取るは、何ぞや、と。子曰く、隨は、理に順うの謂なり。人君之を以て善を聽き、臣下之を以て命を奉じ、學者之を以て義に徙り、處事之を以て長に從わば、豈立たざらんや。言うこころは各々當たること有ればなり。若し夫れ時に隨って動き、宜しきに合って變に適わば、以て典要とす可からず。道に造ることの深く、幾を知って與に權る可き者に非ずんば、與ること能わず、と。

子曰、由孟子可以觀物。
【読み】
子曰く、孟子に由って以て物を觀る可し、と。

或問、窮經旨、當何所先。子曰、於語・孟二書知其要約所在、則可以觀五經矣。讀語・孟而不知道、所謂雖多亦奚以爲。
【読み】
或るひと問う、經旨を窮むるには、當に何を先んずる所とすべき、と。子曰く、語・孟の二書に於て其の要約の在る所を知るときは、則ち以て五經を觀る可し。語・孟を讀んで道を知らずんば、所謂多しと雖も亦奚を以てせんというなり、と。

子曰、凡書載事、容有重輕而過其實。學者當識其義而已。苟信於辭(詞)、則或有害於義。曾不若無書之爲愈也。
【読み】
子曰く、凡そ書に事を載する、容に重輕ありて其の實に過ぐること有るべし。學者當に其の義を識るべきのみ。苟も辭(詞)を信ずるときは、則ち或は義に害有らん。曾て書無きの愈れりとするに若かず、と。

子曰、孟子言三代學制、與王制所記不同。王制有漢儒之說矣。
【読み】
子曰く、孟子三代の學制を言うと、王制に記する所は同じからず。王制は漢儒の說有り、と。

子曰、孟子養氣之論、學者所當潛心也。勿忘、勿助長、養道當然、非氣也。雖然、旣已名之曰氣、則非漠然無形體可識也。如其漠然無形體、尙何養之有。是故語其體則與道合、語其用則無非義也。
【読み】
子曰く、孟子養氣の論は、學者當に心を潛むべき所なり。忘るること勿かれ、助けて長ぜしむること勿かれというは、養の道當に然るべく、氣に非ざるなり。然りと雖も、旣已に之を名づけて氣と曰うときは、則ち漠然として形體無きに非ざること識る可し。如し其れ漠然として形體無くんば、尙何の養うことか之れ有らん。是の故に其の體を語るときは則ち道と合し、其の用を語るときは則ち義に非ずということ無し、と。

子曰、易之有象、猶人之守禮法也。
【読み】
子曰く、易の象有るは、猶人の禮法を守るがごとし、と。

子曰、春秋之時、諸侯不稟命天王、擅相侵伐。聖人直書其事、而常責夫被侵伐者。蓋兵加於己、則引咎自責、或辨諭之以禮、又不得免焉、則固其封疆、上告之天王、下告之方伯、近赴於鄰國、必有所直矣。苟不勝其忿、而與之戰、則以與之戰者爲主。責己絕亂之道也。
【読み】
子曰く、春秋の時、諸侯命を天王に稟けずして、擅[ほしいまま]に相侵伐す。聖人直に其の事を書して、常に夫の侵伐せらるる者を責む。蓋し兵己に加うるときは、則ち咎を引いて自ら責め、或は之を辨諭するに禮を以てし、又免るることを得ざるときは、則ち其の封疆を固くし、上は之を天王に告し、下は之を方伯に告し、近くは鄰國に赴[つ]げて、必ず直き所有り。苟も其の忿りに勝えずして、之と戰うときは、則ち之と戰う者を以て主とす。己を責むるは亂を絕つの道なり、と。

劉絢問、讀春秋、以何道爲準。子曰、其中庸乎。欲知中庸、其惟權乎。權之爲言、稱輕重之義也。權義而上、不可容聲矣。在人所見如何耳。
【読み】
劉絢問う、春秋を讀むに、何れの道を以て準とせん、と。子曰く、其れ中庸か。中庸を知らんと欲せば、其れ惟權か。權の言爲る、輕重を稱るの義なり。義を權ってより上は、聲を容する可からず。人の見る所如何というに在るのみ、と。

張閎中曰、易之義起於數。子曰、有理而後有象、有象而後有數。易者因象以明理、由象而知數。得其理、而象數在其中矣。必欲窮象之隱微、盡數之毫忽、迺尋流逐末、術家之所尙、管輅・郭璞之流是也。非聖人之道也。閎中曰、象數在理中、何謂也。子曰、理無形也。故因象以明理。理旣見乎辭、則可以由辭而觀象。故曰、得其理、則象數舉矣。
【読み】
張閎中曰く、易の義は數に起こるか、と。子曰く、理有りて而して後に象有り、象有りて而して後に數有り。易は象に因りて以て理を明らかにし、象に由りて數を知る。其の理を得て、象數其の中に在り。必ず象の隱微を窮め、數の毫忽を盡くさんと欲するは、迺ち流れを尋ね末を逐う、術家の尙ぶ所、管輅・郭璞が流、是れなり。聖人の道に非ず、と。閎中曰く、象數理の中に在りとは、何の謂ぞや、と。子曰く、理は形無し。故に象に因りて以て理を明らかにす。理旣に辭に見るときは、則ち以て辭に由りて象を觀る可し。故に曰く、其の理を得るときは、則ち象數舉す、と。

子曰、乾九三、言聖人之學也。坤六二、言賢人之學也。此其大致也。若夫敬以直内、義以方外、則雖聖人不越乎此。無異道故也。
【読み】
子曰く、乾の九三は、聖人の學を言う。坤の六二は、賢人の學を言う。此れ其の大致なり。若し夫れ敬以て内を直くし、義以て外を方にするときは、則ち聖人と雖も此に越えず。異道無きが故なり、と。

子爲易傳成。門人再三請傳、終不可。問其故。子曰、尙不祈有少進也乎。時年已七十餘矣。
【読み】
子易傳を爲りて成る。門人再三傳えんことを請えども、終に可[き]かず。其の故を問う。子曰く、尙少しく進むこと有らんことを祈[もと]めざらんや、と。時に年已に七十餘なり。

子曰、卜筮有疑心、則不應。
【読み】
子曰く、卜筮疑心有るときは、則ち應ぜず、と。

子曰、孔子之言、莫非自然。孟子之言、莫非實事。
【読み】
子曰く、孔子の言は、自然に非ずということ莫し。孟子の言は、實事に非ずということ莫し、と。

子曰、曆法之要、以日爲主。日正則餘皆可推矣。
【読み】
子曰く、曆法の要は、日を以て主とす。日正しきときは則ち餘は皆推す可し、と。

或問、蒙之上九、不利爲寇。夫寇亦可爲、而聖人敎之以利乎。子曰、非是之謂也。昏蒙之極、有如三苗者、征而誅之。若秦皇・漢武窮兵暴虐、則自爲寇也。
【読み】
或るひと問う、蒙の上九、寇を爲すに利あらずといえり。夫れ寇も亦爲す可しとして、聖人之に敎うるに利を以てするか、と。子曰く、是の謂に非ず。昏蒙の極、三苗の如き者有れば、征して之を誅す。秦皇・漢武兵を窮めて暴虐するが若きは、則ち自ら寇を爲すなり、と。

謝師直與明道言春秋。明道或可之。又言易。明道不可。師直無忤色。他日、又以問伊川。伊川曰、二君知易矣。師直曰、伯淳不我與、而子何爲有是言也。子曰、忘刺史之勢而屈以下問、忘主簿之卑而直言無隱。是固易之道也。
【読み】
謝師直と明道と春秋を言う。明道或は之を可とす。又易を言う。明道不可とす。師直忤う色無し。他日、又以て伊川に問う。伊川曰く、二君は易を知れり、と。師直曰く、伯淳我に與せず、而るに子何爲れぞ是の言有るや、と。子曰く、刺史の勢を忘れて屈して以て下問し、主簿の卑きを忘れて直言して隱すこと無し。是れ固に易の道なり、と。

子讀春秋、至蕭魚之會、歎曰、至哉、誠之能感人也。晉悼公推誠以待反覆之鄭、信而不疑。鄭自是而不復背晉者二十有四年。至哉、誠之能感人也。
【読み】
子春秋を讀んで、蕭魚の會に至って、歎じて曰く、至れるかな、誠の能く人を感ずること。晉の悼公誠を推して以て反覆の鄭を待ち、信じて疑わず。鄭是れ自りして復晉に背かざる者二十有四年。至れるかな、誠の能く人を感ずること、と。

子曰、春秋王師於諸侯不書敗、諸侯不能敵王也。於夷狄不書戰、夷狄不能抗王也。此理也。其敵其抗、王道之失也。
【読み】
子曰く、春秋に王の師諸侯に於て敗ると書せざるは、諸侯は王に敵すること能わざればなり。夷狄に於て戰うと書せざるは、夷狄は王に抗すること能わざればなり。此れ理なり。其の敵し其の抗するは、王道の失なればなり、と。

子旣老、門人屢請易傳敎而習之、得以親質諸疑。子曰、書雖未出、而易未嘗不傳也。但知之者鮮耳。其後黨論大興、門人弟子散而四歸。獨張繹受其書於垂絕之日。
【読み】
子旣に老いて、門人屢々易傳敎えて而して之を習って、以て親しく諸疑を質すことを得んことを請う。子曰く、書未だ出さずと雖も、易未だ嘗て傳えずんばあらず。但之を知る者鮮きのみ、と。其の後黨論大いに興って、門人弟子散じて四[よも]に歸る。獨り張繹其の書を垂絕の日に受く。

子曰、孟子之時、去先王爲未遠。其所學於古者、比後世爲未缺也。然而周室班爵祿之制、已不聞其詳矣。今之禮書、皆掇拾秦火之餘、漢儒所傅會者多矣。而欲句爲之解、字爲之訓、固已不可。又況一一追故迹而行之乎。
【読み】
子曰く、孟子の時、先王を去ること未だ遠からずとす。其の古を學ぶ所の者、後世に比するに未だ缺けずとす。然れども周室爵祿を班かつの制、已に其の詳らかなることを聞かず。今の禮書は、皆秦火の餘を掇拾[てっしゅう]して、漢儒傅會する所の者多し。而して句ごとに之が解を爲し、字ごとに之が訓を爲さんと欲するは、固に已に不可なり。又況んや一一故迹を追って之を行わんや、と。

子曰、禮儀三千、非拂民之欲而强其不能也、所以防其欲而使之入道也。多識於鳥獸草木之名、非敎人以博雜爲功也、所以由情性而明理物也。
【読み】
子曰く、禮儀三千は、民の欲を拂って其の能わざるを强うるに非ず、其の欲を防いで之をして道に入らしむる所以なり。多く鳥獸草木の名を識るは、人に敎うるに博雜を以てするを功とするに非ず、情性に由って理物を明らかにする所以なり、と。

子曰、讀書者、當觀聖人所以作經之意、與聖人所以爲聖人。而吾之所以未至者、求聖人之心、而吾之所以未得焉者、書誦而味之、中夜而思之、平其心、易其氣、闕其疑、其必有見矣。
【読み】
子曰く、書を讀む者は、當に聖人の經を作る所以の意と、聖人の聖人爲る所以とを觀るべし。而して吾が未だ至らざる所以の者は、聖人の心を求め、而して吾が未だ得ざる所以の者は、書誦して之を味わい、中夜にして之を思い、其の心を平らかにし、其の氣を易くし、其の疑いを闕くときは、其れ必ず見ること有らん、と。

子曰、詩・書之言帝、皆有主宰之意者也。言天、皆有涵覆之意者也。言王、皆公共無私之意也。上下數千年、若合符節。
【読み】
子曰く、詩・書の帝と言うは、皆主宰の意有る者なり。天と言うは、皆涵覆の意有る者なり。王と言うは、皆公共にして私無きの意なり。上下數千年、符節を合わせるが若し、と。

或問、嚴父配天、何以不言武王、而曰周公其人也。子曰、周家制作、皆自乎周公。故言禮必歸焉。
【読み】
或るひと問う、父を嚴にして天に配する、何を以て武王を言わずして、周公其の人なりと曰うか、と。子曰く、周家の制作は、皆周公に自る。故に禮を言えば必ず焉に歸す、と。

或問、周公旣禱三王、而藏其文於金縢之匱中。豈逆知成王之信流言、將以語之乎。子曰、以近世觀焉、祝册旣用、則或焚之、或埋之。豈周公之時未有焚埋之禮也。而欲敬其事、故若此乎。
【読み】
或るひと問う、周公旣に三王に禱って、其の文を金縢の匱の中に藏む。豈逆[あらかじ]め成王の流言を信ぜんことを知って、將以て之を語るや、と。子曰く、近世を以て觀るに、祝册旣に用うれば、則ち或は之を焚き、或は之を埋む。豈周公の時未だ焚埋の禮有らざらんや。而して其の事を敬せんと欲す、故に此の若きか、と。

子曰、禁人之惡者、獨治其惡、而不絕其爲惡之原、則終不得止。易曰豶豕之牙吉。見聖人處機會之際也。
【読み】
子曰く、人の惡を禁ずる者、獨其の惡を治めて、其の惡を爲すの原を絕たざるときは、則ち終に止むことを得ず。易に豶豕之れ牙あれども吉なりと曰う。聖人機會の際に處するを見るなり、と。

子曰、先儒有言、乾位西北、坤位東南。今以天觀之、無乎不在。何獨有於西北。又曰、乾位在六子、而自處於無爲之地。夫風雷山澤水火之六物者、迺天之用、猶人之身耳目口鼻各致其用。而曰身未嘗有爲也、則可乎。
【読み】
子曰く、先儒言えること有り、乾は西北に位し、坤は東南に位す、と。今天を以て之を觀るに、在らずということ無し。何ぞ獨り西北に於ること有らん。又曰く、乾は位六子に在って、自ら無爲の地に處す、と。夫れ風雷山澤水火の六物は、迺ち天の用、猶人の身耳目口鼻各々其の用を致すがごとし。而れども身未だ嘗てすること有らずと曰わば、則ち可ならんや、と。

子曰、盡天理、斯謂之易。
【読み】
子曰く、天理を盡くす、斯れ之を易と謂う、と。

子曰、作易者、自天地幽明、至於昆蟲草木之微、無一而不合。
【読み】
子曰く、易を作る者、天地幽明自り、昆蟲草木の微に至るまで、一つとして合せずということ無し、と。

子曰、退之作羑里操曰、臣罪當誅兮、天王聖明。可謂知文王之心矣。
【読み】
子曰く、退之羑里操を作りて曰く、臣の罪當に誅せらるべし、天王聖明、と。文王の心を知ると謂う可し、と。

子曰、作詩者未必皆聖賢。孔子之取也、取其止於禮義而已。然比君以碩鼠、目君爲狡童、疑於禮義有害也、不以辭害意可也。
【読み】
子曰く、詩を作る者未だ必ずしも皆聖賢ならず。孔子の取るは、其の禮義に止まるに取るのみ。然れども君を比するに碩鼠を以てし、君を目づけて狡童とするは、疑うらくは禮義に於て害有れども、辭を以て意を害せずんば可なり、と。

子曰、先儒以考槃不復見君、而告之永誓不諼吾心。實若是也、此非君子之心也。齊・梁之君陋矣、乃若孟子、則每有顧戀遲留而不忍去之意。今曰君一不我用、我則永誓而不見也。豈君子之心哉。或曰、然則爲此詩者何謂也。子曰、賢者退而窮處、雖去而不忘君。然猶慕之深也。君臣之義、猶父子之恩。安得不怨。故於寤寐而不忘。末陳其不得見君而告之、又自陳此情之不詐也。忠厚之至也。
【読み】
子曰く、先儒考槃を以て復君に見わずして、之に永く誓って吾が心に諼[わす]れざることを告すとす。實に是の若くならば、此れ君子の心に非ざるなり。齊・梁の君陋なれども、乃ち孟子の若きは、則に每に顧戀遲留して去るに忍びざるの意有り。今君一たび我を用いずんば、我れ則ち永く誓って見えずと曰う。豈君子の心ならんや、と。或るひと曰く、然らば則ち此の詩を爲る者は何の謂ぞや、と。子曰く、賢者退いて窮處して、去ると雖も君を忘れず。然れども猶慕うことの深きなり。君臣の義は、猶父子の恩のごとし。安んぞ怨みざることを得ん。故に寤寐に於て忘れず。末に其の君に見ゆることを得ざることを陳べて之に告げ、又自ら此の情の詐らざることを陳ぶ。忠厚の至れるなり、と。

子曰、上古世淳而人朴、順事而爲治耳。至堯、始爲治道、因事制法、著見功迹、而可爲典常也。不惟隨時、亦其憂患後世而有作也。故作史者、以典名其書。
【読み】
子曰く、上古は世淳にして人朴、事に順って治を爲すのみ。堯に至って、始めて治道を爲し、事に因って法を制し、功迹を著見して、典常と爲す可し。惟時に隨うのみにあらず、亦其れ後世を憂患して作すること有り。故に史を作る者、典を以て其の書に名づく、と。

或曰、大學在止於至善。敢問、何謂至善。子曰、理義精微、不可得而名言也。姑以至善目之。默識可也。
【読み】
或るひと曰く、大學、至善に止まるに在りといえり。敢えて問う、何を至善と謂う、と。子曰く、理義精微、得て名づけ言う可からず。姑く至善を以て之に目づく。默識して可なり、と。

或問、中庸九經、先尊賢而後親親、何也。子曰、道孰先於親親。然不能尊賢、則不知親親之道。故堯之治、必先克明峻德之人、然後以親九族。
【読み】
或るひと問う、中庸の九經に、賢を尊ぶを先にして親を親しむを後にするは、何ぞや、と。子曰く、道は孰れか親を親しむに先んぜん。然れども賢を尊ぶこと能わざるときは、則ち親を親しむの道を知らず。故に堯の治は、必ず克く峻德に明らかなる人を先んじて、然して後に以て九族を親しくす、と。

或曰、文中子答或人學易之問曰、終日乾乾可也。此盡道之言也。文王之聖、純亦不已耳。子曰、凡講經義、等次推而上之焉、有不盡者。然理不若是也。終日乾乾、未足以盡易。在九三可也。苟曰乾乾者不已也、不已者道也。道者易也。等次推而上之、疑無不可者。然理不若是也。
【読み】
或るひと曰く、文中子或る人易を學ぶの問いに答えて曰く、日を終うるまで乾乾すというも可なり、と。此れ道を盡くすの言なり。文王の聖、純も亦已まざるのみ、と。子曰く、凡そ經義を講ずる、等次推して之を上[のぼ]さば、盡くさざる者有らん。然れども理は是の若くならじ。日を終うるまで乾乾すというも、未だ以て易を盡くすに足らじ。九三に在っては可なり。苟も乾乾は已まざるなりと曰わば、已まざる者は道なり。道は易なり。等次推して之を上さば、疑うらくは不可なる者無けん。然れども理は是の若くならじ、と。

子讀易至履歎曰、上下之分明而後民志定、民志定而後可以言治也。古之時、公卿大夫而下、位各稱其德、終身居之、得其分也。有德而位不稱焉、則在上者舉而進之。士知脩其身、學成而君求之。皆非有預於己也。四民各勤其事、而所享有限。故皆有定志、而天下之心可一。後世自庶士至於公卿、日志乎尊榮、農工商賈日志乎富侈、億兆之心交騖於利、而天下紛然。欲其不亂、難矣。
【読み】
子易を讀んで履に至って歎じて曰く、上下の分明らかにして而して後民の志定まり、民の志定まって而して後以て治を言う可し。古の時、公卿大夫より下、位各々其の德に稱い、身を終うるまで之に居りて、其の分を得る。德有って位稱わざるときは、則ち上に在る者舉げて之を進む。士其の身を脩むることを知り、學成って君之を求む。皆己に預かること有るに非ず。四民各々其の事を勤めて、享くる所限り有り。故に皆志を定むること有りて、天下の心一なる可し。後世庶士自り公卿に至るまで、日に尊榮を志し、農工商賈日に富侈を志し、億兆の心交々利に騖せて、天下紛然たり。其の亂れざらんことを欲すとも、難からん、と。

子曰、農夫勤瘁播種五穀絲麻、吾得而衣食之。百工技藝作爲器械、吾得而用之。甲冑之士扞守疆圉、吾得而安之。惟有脩葺聖人之遺言、以待後之學者。玆爲小補耳。
【読み】
子曰く、農夫勤瘁[きんすい]して五穀絲麻を播種し、吾れ得て之を衣食す。百工技藝器械を作爲し、吾れ得て之を用う。甲冑の士疆圉[きょうぎょ]を扞守し、吾れ得て之を安んず。惟聖人の遺言を脩葺すること有りて、以て後の學者を待つ。玆を小補とするのみ、と。

或問、制器取諸象也。而象器以爲卦乎。子曰、象在乎卦、而卦不必先器也。聖人制器、不待見卦而後知象。以衆人由之而不能知之、故設卦以示之耳。
【読み】
或るひと問う、器を制するは象に取れり。而も器に象って以て卦を爲すや、と。子曰く、象は卦に在って、卦は必ずしも器に先んぜず。聖人の器を制する、卦を見ることを待たずして後象を知る。衆人之に由って之を知ること能わざるを以て、故に卦を設けて以て之を示すのみ、と。

或問、麟鳳和氣所生、太平之應也。鳳鳥不至、孔子曰、吾已矣夫。而麟見獲於春秋之季、何也。子曰、聖人之生、乃天地交感五行之秀會也。以仲尼元聖、尙生於春秋之時。而況麟乎。
【読み】
或るひと問う、麟鳳は和氣の生ずる所、太平の應なり。鳳鳥至らず、孔子曰く、吾れ已んぬるかな、と。而れども麟春秋の季に獲らるるは、何ぞや、と。子曰く、聖人の生ずるは、乃ち天地五行の秀會に交感するなり。仲尼の元聖を以て、尙春秋の時に生ず。而るを況んや麟をや、と。

子曰、論語一書、未易讀也。有旣讀之而漠然如未嘗讀者、有得一二而啓悅其心者、有通體誠好之者、有不知其手之舞之、足之蹈之者。
【読み】
子曰く、論語の一書、未だ讀み易からず。旣に之を讀んで漠然として未だ嘗て讀まざるが如くなる者有り、一二を得て其の心を啓悅する者有り、通體して誠に之を好む者有り、其の手の之を舞い、足の之を蹈むことを知らざる者有り、と。

子曰、讀論語而不知道、所謂雖多奚爲也。於是有要約精至之言、能深窮之而有所見、則不難於觀五經矣。
【読み】
子曰く、論語を讀んで道を知らざるは、所謂多しと雖も奚ぞせんというなり。是に於て要約精至の言有り、能く深く之を窮めて見る所有るときは、則ち五經を觀るに難からず、と。

子曰、艮、止其所也。萬物各止其所、分無不定矣。
【読み】
子曰く、艮は、其の所に止まる。萬物各々其の所に止まれば、分定まらずということ無し、と。


論政篇

子曰、孔子爲政、先正名、名實相須故也。一事苟、則無不苟者矣。
【読み】
子曰く、孔子政をするに、先づ名を正しくするというは、名實相須[もと]むる故なり。一事苟もするときは、則ち苟もせざる者無し、と。

子曰、善言治者、必以成就人才爲急務。人才不足、雖有良法、無與行之矣。欲成就人才者、不患其稟質之不美、患夫師學之不明也。師學不明、雖有美質、無由成之矣。
【読み】
子曰く、善く治を言う者は、必ず人才を成就するを以て急務とす。人才足らざれば、良法有りと雖も、與に之を行うこと無し。人才を成就せんと欲する者は、其の稟質の美ならざることを患えず、夫の師學の明らかならざることを患う。師學明らかならざれば、美質有りと雖も、之を成すに由無し、と。

子曰、八十四聲各盡其淸濁之極、然後可以考中聲。聲必本乎律。不得乎律、則中聲不可得矣。律者、自然之數也。今世有三命之術、以五行支幹納音推之。蓋律之遺也。而用之者末矣。欲度量權衡之得其正、必自律起。而律必取於黃鐘。以律管定尺。蓋準氣乎天地。非積秬黍比也。秬黍積數、在先王時、惟此物適與度量合。故可用也。今則不可矣。
【読み】
子曰く、八十四聲各々其の淸濁の極を盡くして、然して後以て中聲を考うる可し。聲は必ず律に本づく。律に得ざれば、則ち中聲得る可からず。律は、自然の數なり。今世三命の術有り、五行支幹納音を以て之を推す。蓋し律の遺りなり。而れども之を用うる者は末なり。度量權衡の其の正しきを得んと欲するときは、必ず律自り起こる。而れども律は必ず黃鐘に取る。律管を以て尺を定む。蓋し氣を天地に準[なぞら]う。積秬黍の比に非ず。秬黍の積數は、先王の時に在って、惟此の物適々度量と合す。故に用う可し。今は則ち不可なり、と。

子曰、養親之心、無有極也。貴貴尊賢之義、亦何有極乎。
【読み】
子曰く、親を養うの心、極まること有ること無し。貴きを貴び賢を尊ぶの義、亦何の極まること有らんや、と。

子曰、古之聖王所以能化姦惡爲善良、綏仇敵爲臣子者、由弗之絕也。苟無含洪之道、而與己異者一皆棄絕之、不幾於棄天下以讐君子乎。故聖人無棄物、王者重絕人。
【読み】
子曰く、古の聖王能く姦惡を化して善良と爲し、仇敵を綏[やす]んじて臣子と爲す所以の者は、之を絕たざるに由るなり。苟も含洪の道無くして、己と異なる者一に皆之を棄絕せば、天下を棄てて以て君子に讐するに幾からずや。故に聖人物を棄つること無く、王者人を絕つことを重んず、と。

子與韓公・范公泛舟於潁湖。有屬吏求見韓公。公旣已見之、退而不悅曰、謂其以職事來也。乃求薦舉耳。子曰、公爲州太守、不能求之、顧使人求君乎。范公曰、子之固、每若是也。夫今世之仕者、求舉於其人、蓋常事耳。子曰、是何言也。不有求者、則遺而不及知也。是以使之求之歟。韓公無以語、愧且悔者久之。子顧范公曰、韓公可謂服義矣。
【読み】
子と韓公・范公と舟を潁湖に泛べぬ。屬吏有りて韓公に見えんことを求む。公旣已に之を見、退いて悅ばずして曰く、其の職事を以て來らんと謂えり。乃ち薦舉を求むるのみ、と。子曰く、公州の太守と爲りて、之を求むること能わず、顧[かえ]って人をして君に求めしむるか、と。范公曰く、子の固きこと、每に是の若し。夫れ今世の仕うる者、舉を其の人に求むるは、蓋し常事なるのみ、と。子曰く、是れ何と言うことぞ。求むる者有らずんば、則ち遺れて知るに及ばず。是を以て之をして之を求めしむるか、と。韓公以て語ること無くして、愧ぢて且つ悔ゆる者久し。子范公を顧みて曰く、韓公義に服すと謂う可し、と。

李籲問、臨政無所用心。求於恕、如何。子曰、推此心行恕可也。用心求恕非也。恕、己所固有、不待求而後得。舉此加彼而已。
【読み】
李籲問う、政に臨むに心を用うる所無し。恕を求むれば、如何、と。子曰く、此の心を推して恕を行わば可なり。心を用いて恕を求むるは非なり。恕は、己に固有する所、求むることを待たずして後得。此を舉げて彼に加うるのみ、と。

子曰、事事物物各有其所。得其所則安、失其所則悖。聖人所以能使天下順治、非能爲物作則也。惟止之各於其所而已。止之不得其所、則無可止之理。
【読み】
子曰く、事事物物各々其の所有り。其の所を得れば則ち安く、其の所を失わば則ち悖[さか]う。聖人能く天下をして順治ならしむる所以は、能く物の爲に則を作るに非ず。惟之に止まること各々其の所に於てするのみ。之に止まること其の所を得ざるときは、則ち止まる可きの理無し、と。

子曰、養民者、以愛其力爲本。民力足則生養遂。然後敎化可行、風俗可美。是故善爲政者、必重民力。
【読み】
子曰く、民を養う者は、其の力を愛するを以て本とす。民の力足るときは則ち生養遂ぐ。然して後に敎化行わる可く、風俗美なる可し。是の故に善く政を爲す者は、必ず民の力を重んず、と。

子曰、爲治而不法三代、苟道也。虞・舜不可及已。三代之治、其可復必也。
【読み】
子曰く、治を爲して三代に法らざるは、道を苟もするなり。虞・舜は及ぶ可からざるのみ。三代の治は、其れ復必とす可し、と。

子曰、封禪本於祭天。後世行之、衹以自誇美而已。王仲淹曰、非古也。其秦・漢之侈心乎。斯言當矣。或曰、周頌告於神明、非乎。子曰、陳先王之功德、而非自誇美也。
【読み】
子曰く、封禪は天を祭るに本づく。後世之を行うは、衹[まさ]に自ら美に誇ることを以てするのみ。王仲淹曰く、古に非ず。其れ秦・漢の侈れる心か、と。斯の言當たれり、と。或るひと曰く、周頌神明に告ぐるは、非なるか、と。子曰く、先王の功德を陳べて、自ら美に誇るに非ず、と。

子曰、聖人爲戒、必於方盛之時。方盛慮衰、則可以防其滿極、而圖其永久。至於旣衰而後戒、則無及矣。自古天下之治、未有久而不亂者。蓋不能戒於其盛也、狃安富而驕侈生、樂舒肆則紀綱壞、忘禍亂則釁孼萌。是以浸淫滋蔓、而不知亂亡之相尋也。
【読み】
子曰く、聖人の戒めを爲す、必ず方に盛んなる時に於てす。方に盛んにして衰うることを慮るときは、則ち以て其の滿極を防いで、其の永久を圖る可し。旣に衰うるに至って而して後に戒むるときは、則ち及ぶこと無し。古自り天下の治、未だ久しくして亂れざる者は有らず。蓋し其の盛んなるに戒むること能わざれば、安富に狃れて驕侈生じ、舒肆を樂しむときは則ち紀綱壞れ、禍亂を忘るるときは則ち釁孼[きんげつ]萌す。是を以て浸淫滋蔓して、亂亡の相尋[つ]ぐことを知らず、と。

明道在鄠邑、政聲流聞。當路欲薦之朝、而問其所欲。對曰、夫薦士者、量才之所堪、不問志之所欲。
【読み】
明道鄠邑に在るとき、政聲流し聞こゆ。當路之を朝に薦めんと欲して、其の欲する所を問う。對えて曰く、夫れ士を薦むる者は、才の堪うる所を量って、志の欲する所を問わず、と。

明道守官京兆、南山有石佛、放光於頂上。遠近聚觀、男女族集。爲政者畏其神而莫敢止。子使戒其徒曰、我有官守、不能往也。當取其首來觀之耳。自是光遂滅、人亦不復疑也。
【読み】
明道京兆に守官たりしとき、南山に石佛有り、光を頂上に放つ。遠近聚まり觀、男女族集まる。政を爲す者其の神を畏れて敢えて止むること莫し。子使いして其の徒を戒めて曰く、我れ官守有りて、往くこと能わず。當に其の首を取り來て之を觀るべきのみ、と。是れ自り光遂に滅[き]えて、人亦復疑わず。

子曰、聖人感天下之心、如寒暑雨暘、無所不通、無所不應者、正而已矣。正者、虛中無我之謂也。以有繫之私心、膠於一隅、主於一事、其能廓然通應而無不徧乎。
【読み】
子曰く、聖人天下の心を感ぜしむること、寒暑雨暘の、通ぜずという所無く、應ぜずという所無きが如くなる者は、正なるのみ。正とは、虛中無我の謂なり。繫ること有るの私心を以て、一隅に膠し、一事を主とせば、其れ能く廓然として通應して徧からざること無からんか、と。

子曰、治蠱必求其所以然、則知救之之道。又慮其將然、則知備之之方。夫善救則前弊可革矣。善備則後利可久矣。此古聖人所以新天下垂後世之道。
【読み】
子曰く、蠱を治むるに必ず其の然る所以を求むるときは、則ち之を救う道を知る。又其の將に然らんとするを慮るときは、則ち之に備うる方を知る。夫れ善く救うときは則ち前弊革む可し。善く備うるときは則ち後利久しかる可し。此れ古の聖人天下を新たにし後世に垂る所以の道なり、と。

子曰、古之人重改作。變政易法、人心始以爲疑者有之矣。久而必信、乃其改作之善也。始旣疑之、終復不信、而能善治者、未之有也。
【読み】
子曰く、古の人は改作を重んず。政を變じ法を易うれば、人心始めて以て疑いを爲す者之れ有り。久しくして必ず信ずれば、乃ち其の改作の善なるなり。始め旣に之を疑い、終わり復信ぜずして、能く善く治むる者は、未だ之れ有らず、と。

子謂子厚曰、議法旣備、必有可行之道。子厚曰、非敢言也。顧欲載之空言。庶有取之者耳。子曰、不行於今、而後世有行之者、亡也。
【読み】
子子厚に謂いて曰く、議法旣に備われば、必ず行う可きの道有り、と。子厚曰く、敢えて言うには非ず。顧[あに]之が空言を載せんと欲せんや。庶わくは之を取る者有らんのみ、と。子曰く、今に行われずして、後世之を行うこと有る者は、亡[な]し、と。

子曰、聖王爲治、脩刑罸以齊衆、明敎化以善俗。刑罸立則敎化行矣、敎化行而刑措矣。雖曰尙德而不尙刑、顧豈偏廢哉。
【読み】
子曰く、聖王の治を爲す、刑罸を脩めて以て衆を齊え、敎化を明らかにして以て俗を善くす。刑罸立つときは則ち敎化行われ、敎化行われて刑措く。德を尙んで刑を尙ばずと曰うと雖も、顧[あに]豈偏廢せんや、と。

子曰、自古聖人之救難而定亂也、設施有未暇及焉者、旣安之矣、然後爲可久可繼之治。自漢而下、禍亂旣除、則不復有爲。姑隨時維持而已。所以不能髣髴於三代與。
【読み】
子曰く、古自り聖人の難を救って亂を定むるや、施を設くること未だ及ぼすに暇あらざる者有れば、旣に之を安んじて、然して後久しかる可く繼ぐ可きの治を爲す。漢自りして下、禍亂旣に除くときは、則ち復すること有らず。姑く時に隨って維持するのみ。三代に髣髴たること能わざる所以か、と。

劉安世問百世可知之道。子曰、以三代而後觀之、秦以反道暴政亡。漢興、尙德行、崇經術。鑒前失也。學士大夫雖未必知道、然背理甚者亦鮮矣。故賊莽之時、多仗節死義之士。世祖興而襃尙之勢當然也。節久而苦、視死如歸、而不明乎禮義之中也。故魏・晉一變而爲曠蕩浮虛之習。人紀不立、相胥爲夷、五胡亂華、行之弊也。陰極則陽生、亂極則治形。隋驅除之、唐混一之。理不可易也。唐室三綱不立、自太宗啓之。故後世雖子弟不用父兄之命。玄宗使其子簒、肅宗使其弟反。選武才人、以刺王妃入也、納壽王妃、以武才人進也。終唐之世、夷狄數爲中國患、而藩鎭陵犯、卒以亡唐。及乎五季之甚、人爲而致也。
【読み】
劉安世百世知る可きの道を問う。子曰く、三代よりして後を以て之を觀るに、秦は反道暴政を以て亡ぶ。漢興りて、德行を尙び、經術を崇ぶ。前失を鑒みればなり。學士大夫未だ必ずしも道を知らずと雖も、然れども理に背くこと甚だしき者亦鮮し。故に賊莽の時、節に仗[よ]り義に死するの士多し。世祖興って襃尙するの勢當然なり。節久しくして苦しみ、死を視ること歸するが如くにして、禮義の中に明らかならず。故に魏・晉一變して曠蕩浮虛の習と爲る。人紀立たず、相胥[ま]って夷と爲り、五胡華を亂るは、行の弊なり。陰極まるときは則ち陽生じ、亂極まるときは則ち治形る。隋は之を驅り除き、唐は之を混一す。理は易う可からず。唐室三綱立たざること、太宗自り之を啓く。故に後世子弟と雖も父兄の命を用いず。玄宗は其の子をして簒わしめ、肅宗は其の弟をして反かしむ。武才人を選んで、刺王の妃を以て入り、壽王の妃を納るるに、武才人を以て進む。唐の世を終うるまで、夷狄數々中國の患えを爲して、藩鎭陵犯して、卒に以て唐を亡ぼす。五季の甚だしきに及ぶまで、人爲にして致すなり、と。

子曰、守國者必設險。山河之固、城郭溝洫之阻、特其大端耳。若夫尊卑貴賤之分、明之以等威、異之以物采、凡所以杜絕陵僭、限隔上下、皆險之大用也。
【読み】
子曰く、國を守る者は必ず險を設く。山河の固くして、城郭溝洫[こうきょく]の阻なるは、特其の大端なるのみ。若し夫れ尊卑貴賤の分、之を明らかにするに等威を以てし、之を異にするに物采を以てするは、凡そ陵僭を杜絕し、上下を限隔する所以、皆險の大用なり、と。

子曰、三代而後、漢爲治、唐次之。漢大綱正、唐萬目擧。
【読み】
子曰く、三代よりして後、漢を治まるとし、唐は之に次ぐ。漢は大綱正しく、唐は萬目擧ぐ、と。

子曰、戰國之際、小國介乎强大之閒、而足以自持者、先王之分界約束未亡故也。今混一之形、如萬頃之澤、祖宗涵濡旣久矣。故人心弭然柔伏、雖有姦猾欲起而無端也。
【読み】
子曰く、戰國の際、小國强大の閒に介して、以て自ら持するに足る者は、先王の分界約束未だ亡びざる故なり。今混一の形、萬頃の澤の如きは、祖宗の涵濡旣に久しければなり。故に人心弭然[びぜん]として柔伏して、姦猾起きんと欲すること有りと雖も端無きなり、と。

子曰、善爲治者、莫善乎靜以守之。而或擾之、猶風過乎澤、波濤洶湧、平之實難。故一正則難傾、一傾則難正者、天下之勢也。
【読み】
子曰く、善く治を爲す者は、靜以て之を守るより善きは莫し。而れども或は之を擾[みだ]るは、猶風の澤に過りて、波濤洶湧するがごとく、之を平らかにすること實に難し。故に一たび正しきときは則ち傾き難く、一たび傾くときは則ち正しくし難きは、天下の勢なり、と。

子曰、古者使以德、爵以功、世祿而不世官。故賢才衆而庶績成。及周之衰、公卿大夫皆世官。政由是敗矣。
【読み】
子曰く、古は使德を以てし、爵功を以てし、祿を世々にして官を世々にせず。故に賢才衆くして庶績成る。周の衰うるに及んで、公卿大夫皆官を世々にす。政是に由って敗る、と。

子曰、今責罪官吏、無養廉恥之道。或曰、何類。子曰、如徒流杖使以銅贖之類也。古者責不廉、曰簠簋不飭而已。忠厚之至也。
【読み】
子曰く、今の罪を責むる官吏は、廉恥の道を養うこと無し、と。或るひと曰く、何の類ぞ、と。子曰く、徒流杖使銅を以て之を贖うの類の如し。古は不廉を責めて、簠簋[ほき]を飭[かざ]らずと曰うのみ。忠厚の至りなり、と。

子曰、賜進士第、使衛士掖之以見天子、不若使趨進而雍容也。大臣孰不由此塗出。立侍天子之側、曾無愧乎。子厚曰、先示以第名、使以次見、則亦可矣。
【読み】
子曰く、進士の第を賜うに、衛士をして之を掖[わきばさ]んで以て天子に見えしむるは、趨り進んで雍容たらしむるに若かず。大臣孰か此に由って塗に出ざらん。立って天子の側に侍るは、曾て愧づること無けんや、と。子厚曰く、先づ示すに第の名を以てして、次を以て見えしむるときは、則ち亦可なり、と。

有少監逮繫乎越獄。子曰、卿監以上無逮繫。爲其近於君也。君有一時之命、有司必執常法、而不敢從焉、君無是命、而有司請加之桎梏、下則叛法、上則無君。非之大也。子厚曰、獄情不得、則如之何。子曰、寧獄情之不得、而朝廷之大義不可虧也。
【読み】
少監越獄に逮繫せらるる有り。子曰く、卿監以上は逮繫すること無し。其の君に近きが爲なり。君一時の命有れども、有司必ず常法を執りて、敢えて從わず、君是の命無くして、有司請いて之が桎梏を加えば、下は則ち法に叛き、上は則ち君を無みす。非の大なるなり、と。子厚曰く、獄情得ずんば、則ち之を如何、と。子曰く、寧ろ獄情を之れ得ざるとも、而れども朝廷の大義虧く可からず、と。

子曰、後世有治獄而無治市。周公則有其政矣。曹參之治齊、以獄市爲寄。其時爲近古也。
【読み】
子曰く、後世は獄を治むること有りて市を治むること無し。周公は則ち其の政有り。曹參が齊を治むる、獄市を以て寄することをす。其の時は古に近きが爲なり、と。

子曰、舉措合義、則民心服。
【読み】
子曰く、舉措義に合するときは、則ち民の心服す、と。

子曰、治則有爲治之因、亂必有致亂之因。在人而已矣。
【読み】
子曰く、治は則ち治を爲すの因有り、亂は必ず亂を致すの因有り。人に在るのみ、と。

或問、敬者、威儀儼恪之謂乎。子曰、非也。是所以成敬之具爾。
【読み】
或るひと問う、敬は、威儀儼恪の謂か、と。子曰く、非なり。是れ敬を成す所以の具えのみ、と。

子曰、爲政必立善法、俾可以垂久而傳遠。若後世變之、則末如之何矣。
【読み】
子曰く、政を爲すには必ず善法を立て、以て久しきに垂れて遠くに傳う可からしむ。後世之を變ずるが若きは、則ち之を如何ともすること末し、と。

子曰、古之仕者爲人、今之仕者爲己。
【読み】
子曰く、古の仕うる者は人の爲にす、今の仕うる者は己が爲にす、と。

或人謀仕於子。邑尉責重、邑簿責輕。子曰、尉能治盜而已。不能使民不爲盜。簿佐令治邑。宜使民不爲盜也。而謂責輕可乎。
【読み】
或るひと人仕えんことを子に謀る。邑尉は責重し、邑簿は責輕し、と。子曰く、尉は能く盜を治むるのみ。民をして盜をせざらしむること能わず。簿は令を佐けて邑を治む。宜しく民をして盜をせざらしむべし。而も責輕しと謂いて可ならんや、と。

或曰、治獄之官不可爲。子曰、苟能充其職、則一郡無冤民矣。
【読み】
或るひと曰く、獄を治むる官はす可からず、と。子曰く、苟も能く其の職を充てば、則ち一郡に冤民無けん、と。

子曰、立治有體、施治有序、酌而應之、臨時之宜也。
【読み】
子曰く、治を立つるに體有り、治を施すに序有り、酌んで之に應ずるは、時に臨むの宜しきなり、と。

子曰、游文定公之門者、多知稽古而愛民、誠如是、亦可從政矣。
【読み】
子曰く、文定公の門に游ぶ者、多く古を稽えて民を愛することを知って、誠に是の如くならば、亦政に從わしむ可し、と。

或問、蠻夷猾夏。處之若何而後宜。子曰、諸侯方伯明大義以攘却之、義也。其餘列國、謹固封疆可也。若與之和好、以苟免侵暴、則亂華之道也。是故春秋謹華夷之辨。
【読み】
或るひと問う、蠻夷夏を猾[みだ]る。之を處すること若何にして後に宜しからん、と。子曰く、諸侯方伯大義を明らかにして以て之を攘却するは、義なり。其の餘の列國は、謹んで封疆を固くして可なり。若し之と和好して、以て苟も侵暴を免れんとするときは、則ち華を亂るの道なり。是の故に春秋華夷の辨を謹む、と。

子曰、今之度量權衡、非古法之正也。姑以爲準焉可耳。凡物不出於自然、必人爲之而後成。惟古人能得其自然也。
【読み】
子曰く、今の度量權衡は、古法の正しきに非ず。姑く以て準と爲して可なるのみ。凡そ物自然に出ざるときは、必ず人之を爲して而して後成る。惟古人は能く其の自然を得る、と。

子曰、明道臨政之邦、上下響應。蓋有以協和衆情、則風動矣。天地造化、風動而已。
【読み】
子曰く、明道政に臨むの邦、上下響應す。蓋し以て衆情を協和すること有るときは、則ち風動するなり。天地造化も、風動のみ、と。

子曰、今代之稅、視什一爲輕矣。但斂之無法而不均。是以疑於重也。
【読み】
子曰く、今代の稅、什一に視るは輕しとす。但之を斂[あつ]むること法無くして均しからず。是を以て重きに疑いあり、と。

子曰、世未嘗無美材也。道不明於天下、則無與成其材。古人之爲詩、猶今人之樂曲。閭閻童稚皆熟聞而樂道之。故通曉其義。後世老師宿儒尙未能明也。何以興於詩乎。古禮旣廢、人倫不明、治家無法、祭則不及其祖、喪必僧之是用。何以立於禮乎。古人歌詠以養其性情、舞蹈以養其血氣、行步有佩玉、登車有鸞和、無故而不去琴瑟。今也倶亡之矣。何以成於樂乎。噫、古之成材也易、今之成材也難。
【読み】
子曰く、世未だ嘗て美材無くんばあらず。道天下に明らかならざるときは、則ち與に其の材を成すこと無し。古人の詩を爲るは、猶今の人の樂曲のごとし。閭閻の童稚も皆熟聞して之を道うことを樂しむ。故に其の義を通曉す。後世老師宿儒も尙未だ明らかにすること能わず。何を以て詩に興らんや。古禮旣に廢して、人倫明らかならず、家を治むること法無く、祭るときは則ち其の祖に及ぼさず、喪は必ず僧のみ之れ是を用う。何を以て禮に立たんや。古人歌詠して以て其の性情を養い、舞蹈して以て其の血氣を養い、行步に佩玉有り、車に登るに鸞和有り、故無くして琴瑟を去らず。今や倶に之を亡えり。何を以て樂を成さんや。噫、古の材を成すことは易く、今の材を成すことは難し、と。

晉城縣有令宰書名石。明道記之曰、古者諸侯之國各有史、故其善惡皆見乎後世。自秦罷侯置守令、則史亦從而廢。其後惟有功德者或記之。循吏與夫凶殘之極者以酷見傳、其餘則泯然無聞矣。如漢・唐之有天下、皆數百年、其閒郡縣之政、可書宜亦多矣。然其所書大率纔十數人、使賢者之政不幸而無傳、其不肖者復幸而得傳。蓋其意斯與古史之意異矣。夫圖治於長久者、雖聖賢爲之、且不能倉卒苟簡而就。蓋必本之人情、而爲之法度、然後可使去惡而從善、則紀綱條敎必審定而後行、其民之服循漸漬、亦必待久而乃淳固而不變。今之爲吏、三歲而代者固已遲之矣。使皆知禮義、自其始至、卽皇皇然圖所施設、則敎令未熟、民情未孚、而吏書已至矣。儻後之人所志不同、復有甚者、欲新己之政而盡去其舊、則其迹固已無餘。而況因循不職者乎。夫以易息之政、而又無以託其傳、則宜其去、皆未幾而善惡無聞焉。故聞古史之善而不可得、則因今有書前政之名氏以爲記者尙近古。第其先後而記之、俾民觀其名而不忘其政、後之人得從而質其是非、以爲師戒云爾。
【読み】
晉城縣に令宰有りて名を石に書す。明道之に記して曰く、古諸侯の國各々史有り、故に其の善惡皆後世に見る。秦侯を罷め守令を置いて自り、則ち史も亦從りて廢す。其の後惟功德有る者或は之を記す。循吏と夫の凶殘の極まる者とは酷を以て傳えられ、其の餘は則ち泯然として聞こゆること無し。漢・唐の天下を有つが如き、皆數百年、其の閒郡縣の政、書す可きこと宜しく亦多かるべし。然れども其の書する所は大率纔かに十數人、賢者の政をして不幸にして傳うること無く、其の不肖者をして復幸いにして傳うることを得せしむ。蓋し其の意は斯れ古史の意と異なり。夫れ治を長久に圖る者は、聖賢之を爲すと雖も、且倉卒苟簡にして就[な]すこと能わず。蓋し必ず之を人情に本づけて、之が法度を爲して、然して後に惡を去って善に從わしむ可きときは、則ち紀綱條敎必ず審らかに定まって後行われ、其の民の服循漸漬も、亦必ず久しきを待って乃ち淳固にして變ぜず。今の吏爲る、三歲にして代わる者固に已に之を遲しとす。皆禮義を知らしむとも、其の始めて至って自り、卽ち皇皇然として施し設くる所を圖るときは、則ち敎令未だ熟せず、民情未だ孚ならずして、吏の書已に至らん。儻[も]し後の人志す所同じからず、復甚だしき者有りて、己が政を新ためんと欲して盡く其の舊を去るときは、則ち其の迹固に已に餘無し。而るを況んや因循として職とせざる者をや。夫れ息み易きの政を以てして、又以て其の傳を託すること無きときは、則ち宜しく其れ去るべく、皆未だ幾ならずして善惡聞こゆること無し。故に古史の善を聞いて得可からざるときは、則ち今に因りて前政の名氏を書して以て記を爲すこと有る者尙古に近し。其の先後を第[つい]で之を記して、民をして其の名を觀て其の政を忘れざらしめば、後の人從いて其の是非を質して、以て師戒とすることを得んと爾か云う、と。

子曰、兵以正爲本。動衆以毒天下而不以正、則民不從而怨敵生。亂亡之道也。是以聖王重焉。東征西怨、義正故也。子曰、行師之道、以號令節制。行師無法、幸而不敗耳。勝者時有之矣。聖人之所戒也。
【読み】
子曰く、兵は正しきを以て本とす。衆を動かして以て天下を毒して正しきを以てせざるときは、則ち民從わずして怨敵生ず。亂亡の道なり。是を以て聖王焉を重んず。東に征して西怨むは、義正しきが故なり、と。子曰く、師を行[や]るの道は、號令節制を以てす。師を行るに法無きは、幸いにして敗れざるのみ。勝者時に之れ有り。聖人の戒むる所なり、と。

靑苗之法初行。明道時居言職、言於上曰、明者見於未形、智者防於未亂。安危之本在人情、治亂之機係事始。衆心睽乖、則有言不信矣、萬邦協和、則所爲必成矣。今條例司劾不行之官、駮老成之奏。乃舉一偏而盡阻公議、因小事而先動衆心。難乎其能濟矣。
【読み】
靑苗の法初めて行わる。明道時に言職に居して、上に言いて曰く、明者は未だ形れざるに見、智者は未だ亂れざるに防ぐ。安危の本は人情に在り、治亂の機は事の始めに係る。衆心睽[そむ]き乖[そむ]くときは、則ち言有りとも信ぜられず、萬邦協和するときは、則ちする所必ず成る。今條例司不行の官を劾し、老成の奏を駮[ただ]す。乃ち一偏を舉げて盡く公議を阻み、小事に因りて先づ衆の心を動かす。難きかな其れ能く濟[な]ること、と。

子曰、唐朝政事付之尙書省。近乎六官之制。第法不具爾。宇文周官名度數、小有可觀者也。隋文之法無不善者、而多以臆決。故不足以持久。
【読み】
子曰く、唐朝の政事之を尙書省に付す。六官の制に近し。第[ただ]法具わらざるのみ。宇文周の官名度數、小しく觀る可き者有り。隋文の法は不善なる者無けれども、多く臆を以て決す。故に以て久しく持するに足らず、と。

或問、孔子何譏大閱。曰、爲國者武備不可廢、則農隙而講肄焉。有時有制、保國守民之道也。魯之秋八月、則夏六月也。盛夏閱兵、妨農害人、其失政甚矣。有警而爲之、無及也。無事而爲之、妄動也。是以聖人不與。
【読み】
或るひと問う、孔子何ぞ大いに閱するを譏れる、と。曰く、國を爲むる者武備廢す可からざるときは、則ち農隙にして講じ肄[なら]う。時有り制有るは、國を保ち民を守るの道なり。魯の秋八月は、則ち夏の六月なり。盛夏に兵を閱するは、農を妨げ人を害して、其の政を失すること甚だし。警有りて之をするは、及ぶこと無し。無事にして之をするは、妄動なり。是を以て聖人與せず、と。

子曰、居今之世、則當安今之法令。治今之世、則當酌古以處時制度。必一切更張而(徐本而字下有後字。)可爲也、亦何義乎。
【読み】
子曰く、今の世に居るときは、則ち當に今の法令を安んずべし。今の世を治むるときは、則ち當に古を酌んで以て時の制度を處すべし。必ず一切更め張って(徐本而の字の下に後の字有り。)爲す可しとは、亦何の義ぞや、と。

子曰、後漢名節之風旣成、未必皆自得也。然一變可至於道矣。
【読み】
子曰く、後漢名節の風旣に成るとも、未だ必ずしも皆自得せず。然れども一變せば道に至る可し、と。

子謂子厚曰、洛之俗難化於秦之俗。子厚曰、秦之士俗尤厚。亦和叔啓之有力焉。今而用禮漸成風化矣。子曰、由其氣質之勁、勇於行也。子厚曰、亦自吾規矩不迫也。
【読み】
子子厚に謂いて曰く、洛の俗は秦の俗よりも化し難し、と。子厚曰く、秦の士俗尤も厚し。亦和叔之を啓いて力有り。今よりして禮を用うれば漸く風化を成さん、と。子曰く、其の氣質の勁[つよ]くして、行うに勇あるに由れり、と。子厚曰く、亦吾が規矩迫らざる自りす、と。

子曰、先王以仁義得天下而敎化之、後世以智力取天下而糾持之。古今之所以相絕者遠矣。
【読み】
子曰く、先王は仁義を以て天下を得て之を敎化し、後世は智力を以て天下を取りて之を糾持す。古今の相絕ゆる所以の者遠し、と。

子曰、三代而後、有聖王者作、必四三王而立制矣。或曰、夫子云、三重旣備、人事盡矣。而可四乎。子曰、三王之治以宜乎今之世、則四王之道也。若夫建亥爲正、則事之悖繆者也。
【読み】
子曰く、三代よりして後、聖王者作ること有れば、必ず三王を四にして制を立てん、と。或るひと曰く、夫子云う、三重旣に備わって、人事盡く、と。而れども四にす可けんや、と。子曰く、三王の治以て今の世に宜しきときは、則ち四王の道なり。夫の亥を建[さ]して正とするが若きは、則ち事の悖繆なる者なり、と。

子曰、五帝公天下。故與賢。三王家天下。故與子。論善之盡、則公而與賢、不易之道也。然賢人難得、而爭奪興焉。故與子以定萬世。是亦至公之法也。
【読み】
子曰く、五帝は天下を公にす。故に賢に與う。三王は天下を家にす。故に子に與う。善の盡くるを論ずるときは、則ち公にして賢に與うるは、不易の道なり。然れども賢人得難くして、爭奪興る。故に子に與えて以て萬世を定む。是れ亦至公の法なり、と。

子曰、王氏之敎靡然而同、是莫大之患也。以彼之才之言、而行其學、故其敎易以入。人始也以利從、久則心化之。今而旣安矣、天下弊事一日而可革。若衆心旣定、風俗已成、其何可遽改也。
【読み】
子曰く、王氏の敎靡然として同ずるは、是れ莫大の患えなり。彼の才の言を以てして、其の學を行う、故に其の敎以て入り易し。人始め利を以て從い、久しくして則ち心之に化す。今にして旣に安んぜば、天下の弊事一日にして革む可し。若し衆の心旣に定まり、風俗已に成らば、其れ何ぞ遽に改む可けん、と。

子曰、赤子未有知、未能言、其志意嗜慾未可求。而其母知之、何也。愛之至謹、出於誠也。視民如父母之於赤子、何失之有。
【読み】
子曰く、赤子未だ知ること有らず、未だ言うこと能わず、其の志意嗜慾未だ求むる可からず。而るに其の母之を知るは、何ぞや。之を愛すること至って謹んで、誠より出ればなり。民を視ること父母の赤子に於るが如くならば、何の失か之れ有らん、と。

子曰、必井田、必肉刑、必封建、而後天下可爲、非聖人之達道也。善治者、放井田而行之而民不病、放封建而臨之而民不勞、放肉刑而用之而民不怨、得聖人之意而不膠其迹。迹者聖人因一時之利而利焉者耳。
【読み】
子曰く、井田を必とし、肉刑を必とし、封建を必として、而して後天下爲む可しとするは、聖人の達道に非ず。善く治むる者は、井田を放ちて之を行って民病まず、封建を放ちて之に臨んで民勞せず、肉刑を放ちて之を用いて民怨みず、聖人の意を得て其の迹に膠せず。迹は聖人一時の利に因りて焉を利する者のみ、と。

子曰、治道有自本而言、有就事而言。自本而言、莫大乎引君當道。君正而國定矣。就事而言、未有不變而能有爲者也。大變則大益、小變則小補。
【読み】
子曰く、治道に本自りして言うこと有り、事に就いて言うこと有り。本自りして言うは、君を引いて道に當たらしむるより大なるは莫し。君正しくして國定まる。事に就いて言うは、未だ變ぜずして能くすること有る者は有らず。大いに變ずるときは則ち大いに益し、小しく變ずるときは則ち小しく補う、と。

子曰、苻堅養民而用之、一敗不復振、無本故也。
【読み】
子曰く、苻堅民を養いて之を用い、一たび敗れて復振わざるは、本無きが故なり、と。

子曰、用兵以能聚散爲上。
【読み】
子曰く、兵を用うるは能く聚散するを以て上とす、と。

子曰、古無之而今有之者、一釋・老是也。
【読み】
子曰く、古之れ無くして今之れ有る者は、一の釋・老、是れなり、と。

子曰、有田則有民、有民則有兵。
【読み】
子曰く、田有るときは則ち民有り、民有るときは則ち兵有り、と。

侯仲良侍坐、語及牛李朋黨事。子曰、作成人材難、變化人才易。元豐諸人、其才皆有用、繫君相變化之耳。凡人之情、豈甘心以小人自爲也。在小人者用之於君子、則其爲用未必不賢於今之人也。
【読み】
侯仲良侍坐して、語牛李朋黨の事に及ぶ。子曰く、人材を作し成すことは難く、人才を變化することは易し。元豐の諸人、其の才皆用うること有るは、君相之を變化するに繫るのみ。凡そ人の情、豈小人を以て自らするに甘心せんや。小人に在る者之を君子に用うるときは、則ち其の用を爲すこと未だ必ずしも今の人に賢ならずんばあらず、と。

子曰、治道之要有三。曰立志、責任、求賢。
【読み】
子曰く、治道の要三つ有り。曰く、志を立て、任を責め、賢を求むる、と。

子曰、賢不肖之在人、治亂之在國、不可歸之命。
【読み】
子曰く、賢不肖の人に在る、治亂の國に在る、之を命に歸す可からず、と。

子曰、宗子無法、則朝廷無世臣。立宗子、則人知重本、朝廷之勢自尊矣。古者子弟從父兄。今也父兄從子弟。由不知本也。人之所以順從而不辭者、以其有尊卑上下之分而已。苟無法以聯屬之、可乎。
【読み】
子曰く、宗子法無きときは、則ち朝廷世臣無し。宗子を立つるときは、則ち人本を重んずることを知って、朝廷の勢自づから尊し。古は子弟父兄に從う。今や父兄子弟に從う。本を知らざるに由るなり。人の順い從って辭せざる所以の者は、其の尊卑上下の分有るを以てのみ。苟も法以て之を聯屬すること無くんば、可ならんや、と。

子曰、漢文誅薄昭。李衛公謂、誅之是。溫公曰、誅之非。考之於史、不見所以誅之之故、則未知昭有罪。漢遣使治之而殺漢使乎。抑將與漢使飮酒、因怒而致殺也。誅之不以罪、太后憂悒不食而至於大故、則如之何。如治其罪、而殺王朝之使者、雖寐不安席、食不甘味、昭之死不可免。必知權其輕重、然後可議其誅之當否也。
【読み】
子曰く、漢文薄昭を誅す。李衛公謂く、之を誅すること是なり、と。溫公曰く、之を誅すること非なり、と。之を史に考うるに、之を誅する所以の故を見ざるときは、則ち未だ昭罪有ることを知らず。漢使いを遣わして之を治めて漢の使いを殺すか。抑々將漢の使いと酒を飮んで、因りて怒って殺すことを致すか。之を誅するに罪を以てせず、太后憂悒して食せずして大故に至らば、則ち之を如何。如し其の罪を治めて、王朝の使者を殺さば、寐席を安んぜず、食味を甘しとせずと雖も、昭の死免る可からず。必ず其の輕重を權ることを知って、然して後其の誅の當否を議す可し、と。

子曰、論治者貴識體。
【読み】
子曰く、治を論ずる者は體を識ることを貴ぶ、と。

子曰、治身齊家以至平天下者、治之道也。建立綱紀、分正百職、順天揆事、創制立度、以盡天下之務、治之法也。法者、道之用也。
【読み】
子曰く、身を治め家を齊えて以て天下を平らかにするに至る者は、治の道なり。綱紀を建立し、百職を分正し、天に順って事を揆[はか]り、制を創り度を立てて、以て天下の務めを盡くすは、治の法なり。法は、道の用なり、と。

子曰、古之時分羲・和以職天運、以正四時、遂司其方、主其時政。在堯謂之四岳、周乃六卿之任、統天下之治者也。後世學其法者、不復知其道。故星曆爲一技之事、而與政分矣。
【読み】
子曰く、古の時羲・和に分かちて以て天運を職[つからど]らしめ、以て四時を正さしめて、遂に其の方を司らしめ、其の時の政を主らしむ。堯に在っては之を四岳と謂い、周は乃ち六卿の任、天下の治を統ぶる者なり。後世其の法を學ぶ者、復其の道を知らず。故に星曆を一技の事と爲して、政と分かつ、と。

呂進明爲使者河東。子問之曰、爲政何先。對曰、莫要於守法。子曰、拘於法而不得有爲者、舉世皆是也。若某之意、謂猶有可遷就。不害於法、而可以有爲者也。昔明道爲邑、凡及民之事、多衆人所謂於法有礙焉者、然明道爲之、未嘗大戾於法、人亦不以爲駭也。謂之得伸其志則不可。求小補焉則過之。與今爲政遠矣。人雖異之、不至指爲狂也。至謂之狂、則必大駭。盡誠爲之、不容而後去之。又何嫌乎。
【読み】
呂進明河東に使者爲り。子之に問いて曰く、政を爲むるは何を先にせん、と。對えて曰く、法を守るより要なるは莫し、と。子曰く、法に拘わって爲むること有るを得ざる者、世を舉げて皆是れなり。某の意の若きは、謂えらく、猶遷り就く可き有り。法に害あらずして、以て爲むること有る可き者なり。昔明道邑を爲むるとき、凡そ民の事に及ぶに、多くは衆人の所謂法に於て礙げ有りという者、然れども明道之を爲して、未だ嘗て大いに法に戾らず、人も亦以て駭くことをせず。之を得たりと謂いて其の志を伸ぶるは則ち不可なり。小補を求むるときは則ち之に過ぐ。今の政を爲むると遠し。人之を異[あや]しむと雖も、指して狂とするに至らず。之を狂と謂うに至っては、則ち必ず大いに駭く。誠を盡くして之を爲め、容れられずして後之を去る。又何の嫌あらんや、と。

子移書河東使者呂進明曰、王者父母天地(徐本父母天地作父天母地。)。昭事之道、當於嚴敬。漢武遠祀地示於汾陽、旣非禮矣。後世之人又建祠宇、其失亦甚。因唐人有妖人作韋安道傳、遂設以配食焉。誣瀆之惡、有大於此者乎。公爲使者。此而不正、尙何爲哉。宜以其象投之河流。不必請於朝、不必詢於衆、不必虞後患、幸勿疑也。
【読み】
子書を河東の使者呂進明に移[あた]えて曰く、王者は天地を父母とす(徐本天地を父母とすを天を父とし地を母とすに作る。)。事を昭らかにするの道、當に嚴敬に於てすべし。漢武遠く地示を汾陽に祀ること、旣に禮に非ず。後世の人の又祠宇を建つ、其の失亦甚だし。唐人妖人有りて韋安道の傳と作すに因りて、遂に設けて以て配食せしむ。誣瀆の惡、此より大なる者有らんや。公は使者爲り。此にして正さずんば、尙何をせんや。宜しく其の象を以て之を河流に投ずべし。必ずしも朝に請わず、必ずしも衆に詢[はか]らず、必ずしも後患を虞らずして、幸いに疑うこと勿かれ、と。

子移書河東帥曰、公蒞鎭之初、僉言交至、必曰、虜旣再犯河外、不復來也、可高枕矣。此特常言、未知奇勝之道也。夫攻必取者、攻其所不守也。謂其不來、乃其所以來也。今曰彼不徒興大衆、必不利於河外旣空之地、是大不然。彼誠得出吾不意、破蕩數壘、已足以勞敝一道。爲利大矣。何必負戴而歸然後爲利也。夫謀士悅其寬憂、計司幸於緩責。衆論旣一、公雖未信、而上下之心已懈矣。故爲今之計、寧捐力於不用、毋惜功而致悔。豈獨使敵人知我有備而不來。當使内地人信吾可恃而願往、則數年之内、遂致全實、疆場安矣。此長久之策也。自古乘塞禦敵、必用驍猛。招徠撫養、多在儒將。今日之事、則異於是。某以荷德之深、思所報也。是以有言。惟公念之。
【読み】
子書を河東の帥に移えて曰く、公鎭に蒞[のぞ]むの初め、僉[みな]交々至らんと言えば、必ず曰く、虜旣に再び河外を犯す、復來らず、枕を高くす可し、と。此れ特常の言、未だ奇勝の道を知らず。夫れ攻めて必ず取る者は、其の守らざる所を攻む。其の來らずと謂うは、乃ち其の來る所以なり。今彼徒に大衆を興さじ、必ず河外旣に空しきの地に利あらじと曰うは、是れ大いに然らず。彼誠に吾が不意に出ることを得て、數壘を破蕩せば、已に以て一道を勞敝するに足れり。利爲ること大なり。何ぞ必ずしも負戴して歸って然して後利とせん。夫れ謀士は其の寬憂を悅び、計司は緩責を幸いとす。衆論旣に一ならば、公未だ信ぜずと雖も、上下の心已に懈らん。故に今の計を爲すには、寧ろ力を用いざるに捐[す]つるとも、功を惜しんで悔いを致すこと毋かれ。豈獨敵人をして我が備え有ることを知って來らざらしむのみならんや。當に内地の人をして吾が恃む可きことを信じて往かんことを願わしむべきときは、則ち數年の内、遂に全實を致して、疆場安からん。此れ長久の策なり。古自り塞に乘じ敵を禦ぐには、必ず驍猛を用う。招徠撫養は、多く儒將に在り。今日の事は、則ち是に異なり。某德を荷うの深きを以て、報ぜん所を思う。是を以て言えること有り。惟公之を念え、と。


論事篇

子曰、行事在審己。不必恤浮議。恤浮議而忘審己、其心馳矣。
【読み】
子曰く、事を行うは己を審らかにするに在り。必ずしも浮議を恤えず。浮議を恤えて己を審らかにすることを忘るれば、其の心馳す、と。

子曰、息、止也、生也。一事息則一事生。生息之際、無一毫之閒。碩果不食、卽爲復矣。
【読み】
子曰く、息は、止み、生ず。一事息むときは則ち一事生ず。生息の際は、一毫の閒無し。碩[おお]いなる果食らわれざるを、卽ち復とす、と。

子曰、久閱事機、則機心生。方其閱時、而喜入其趣、則猶物之遺種。未有不生者也。
【読み】
子曰く、久しく事機を閱れば、則ち機心生ず。其の閱る時に方って、其の趣に入ることを喜ぶときは、則ち猶物の種を遺すがごとし。未だ生ぜざる者有らず、と。

子曰、天下之事、無一定之理。不進則退、不退則進。時極道窮、理當必變。惟聖人爲能通其變。於未窮使其不至於極、堯・舜時也。
【読み】
子曰く、天下の事は、一定の理無し。進まざれば則ち退き、退かざれば則ち進む。時極まり道窮まれば、理當に必ず變ずべし。惟聖人のみ能く其の變に通ずることをす。未だ窮まらざるに於て其をして極に至らざらしむるは、堯・舜の時なり、と。

子曰、或謂、賢者好貧賤而惡富貴。是反人之情也。所以異於人者、以守義安命焉耳。
【読み】
子曰く、或るひと謂く、賢者は貧賤を好んで富貴を惡む、と。是れ人の情に反するなり。人に異なる所以の者は、義を守り命を安んずるを以てのみ、と。

或人惡多事。子曰、莫非人事也。人而不爲、俾誰爲之。
【読み】
或る人多事を惡む。子曰く、人事に非ずということ莫し。人にしてせずんば、誰をして之を爲さしめん、と。

子曰、天下之事、苟善處之、雖悔、可以成功。不善處之、雖利、反以爲害。
【読み】
子曰く、天下の事、苟も善く之を處せば、悔ゆと雖も、以て功を成す可し。善く之を處せずんば、利すと雖も、反って以て害を爲す、と。

子曰、人以料事爲明、則駸駸乎逆詐而億不信。
【読み】
子曰く、人事を料るを以て明とするときは、則ち駸駸乎として逆詐して不信を億[おもんばか]らん、と。

或問无妄之道。子曰、因事之當然、順理而應之。或曰、聖人制作以利天下、皆造端而非因也。豈妄乎。子曰、因風氣之宜、未嘗先時而開人也。如不待時、則一聖人足以盡舉。又何必累聖繼聖而後備。時乃事之端、聖人隨時而已。
【読み】
或るひと无妄の道を問う。子曰く、事の當然に因って、理に順って之に應ず、と。或るひと曰く、聖人制作して以て天下を利する、皆端を造って因るに非ず。豈妄ならんや、と。子曰く、風氣の宜しきに因って、未だ嘗て時に先んじて人を開かず。如し時を待たずんば、則ち一聖人以て盡く舉ぐるに足らん。又何ぞ必ずしも聖を累ね聖を繼いで而して後に備わらん。時は乃ち事の端、聖人時に隨うのみ、と。

子曰、疾而委身於庸醫、比之不慈不孝。況事親乎。舍薬物可也、是非君子之言也。
【読み】
子曰く、疾んで身を庸醫に委ぬ、之を不慈不孝に比す。況んや親に事うるをや。薬物を舍いて可なりというは、是れ君子の言に非ず、と。

子曰、關中學者正禮文、乃一時之事爾。必也脩身立敎、然後風化及乎後世。
【読み】
子曰く、關中の學者の禮文を正すは、乃ち一時の事のみ。必ずや身を脩め敎を立て、然して後に風化後世に及ばん、と。

子曰、天地之生、萬物之成、合而後遂天下國家。至於事爲之末、所以不遂者、由不合也。所以不合者、由有閒也。故閒隔者、天下之大害、聖王之所必去也。
【読み】
子曰く、天地の生じ、萬物の成る、合して後天下國家に遂ぐ。事爲の末に至るまで、遂げざる所以の者は、合せざるに由る。合せざる所以の者は、閒有るに由る。故に閒隔は、天下の大害、聖王の必ず去る所なり、と。

子曰、惟篤實可以當大事。
【読み】
子曰く、惟篤實以て大事に當たる可し、と。

子曰、養不全固者、處事則不精、歷事則不記。
【読み】
子曰く、養全固ならざる者は、事を處するときは則ち精しからず、事を歷るときは則ち記せず、と。

子曰、豫、備也。豫、逸也。事豫備則(徐本則作故。)逸樂。
【読み】
子曰く、豫は、備なり。豫は、逸なり。事豫備すれば則ち(徐本則を故に作る。)逸樂す、と。

子曰、萬變皆在人爾。其實無一事。
【読み】
子曰く、萬變皆人に在るのみ。其の實は一事無し、と。

子曰、一世之才、足以周一世之事、不能大治者、由用之不盡耳。
【読み】
子曰く、一世の才、以て一世の事に周くするに足りて、大いに治むること能わざる者は、之を用うること盡くさざるに由るのみ、と。

子曰、君子之遇事、一於敬而已。簡細故以自崇、非敬也。飾私智以爲奇、非敬也。
【読み】
子曰く、君子の事に遇う、敬に一なるのみ。細故を簡[あなど]って以て自ら崇ぶは、敬に非ず。私智を飾って以て奇とするは、敬に非ず、と。

子曰、謝良佐因論求舉於方州、與就試於太學、得失無以異、遂不復計較。明且勇矣。
【読み】
子曰く、謝良佐舉を方州に求むると、試に太學に就くとを論ずるに因りて、得失以て異なること無しとして、遂に復計較せず。明らかにして且つ勇なり、と。

子曰、禮院關天下之事。得其人、則凡舉事可以考古而立制。非其人、未免隨俗而已。
【読み】
子曰く、禮院は天下の事に關わる。其の人を得るときは、則ち凡そ事を舉ぐること以て古を考えて制を立つる可し。其の人に非ざれば、未だ俗に隨うことを免れざるのみ、と。

子曰、較事大小、其弊必至於枉尺直尋。
【読み】
子曰く、事の大小を較ぶれば、其の弊は必ず尺を枉げ尋を直くするに至る、と。

子曰、西邊用師、非小故也。未聞一人勸止其事者。自古舉事、不以大小、必度其是非可否於衆庶而不敢專也。今雖公卿、惟其言而莫違。況其下者乎。逢合之智(除本智作習。)如此。幾何不至於一言喪邦。
【読み】
子曰く、西邊に師を用うるは、小故に非ず。未だ一人も其の事を止むることを勸むる者を聞かず。古自り事を舉ぐるには、大小を以てせず、必ず其の是非可否を衆庶に度って敢えて專らにせず。今公卿と雖も、惟其の言にして違うこと莫し。況んや其の下なる者をや。逢合の智(除本智を習に作る。)此の如し。幾何か一言邦を喪ぼすに至らざらんや、と。

子曰、凡避嫌處事者、皆内不足。所爲誠公矣、初何嫌之足避乎。
【読み】
子曰く、凡そ嫌を避けて事を處する者は、皆内足らざるなり。する所誠公ならば、初めより何の嫌か之れ避くるに足らんや、と。

新法將行。明道言於上曰、天下之理、本諸簡易、而行以順道、則事無不成者。故曰、智者如禹之行水。行其所無事也。捨而行之於險阻、則不足以言智矣。自古興治、雖有專任獨決、能就一事之功者、未聞輔弼之論乖、臣庶之心戾、而能有爲者也。況於施置失宜、沮廢公論、國政異出、名分不正、用賤陵貴、以不肖治賢者乎。凡此、皆理不克成、而智者之所不行也。設令由此僥倖就緒、而興利之臣日進、尙德之風浸衰、非朝廷之福也。今天時未順、地震連年、人心日益揺動。此陛下所宜仰觀俯察而深念者也。
【読み】
新法將に行われんとす。明道上に言[もう]して曰く、天下の理、簡易に本づいて、行うに道に順うを以てするときは、則ち事成らざる者無し。故に曰く、智は禹の水を行[や]るが如し。其の事無き所に行る、と。捨いて之を險阻に行るときは、則ち以て智と言うに足らず。古自り興治、專任獨決、能く一事の功を就[な]す者有りと雖も、未だ輔弼の論乖き、臣庶の心戾りて、能くすること有る者を聞かず。況んや施置宜しきを失し、公論を沮廢し、國政異出し、名分正しからず、賤しきを用いて貴きを陵ぎ、不肖を以て賢者を治むるに於てをや。凡そ此れ、皆理成ること克[あた]わずして、智者の行われざる所なり。設令[たと]い此に由って僥倖にして緒を就けて、利を興すの臣日に進み、德を尙ぶの風浸く衰うるは、朝廷の福に非ず。今天時未だ順ならず、地震連年、人心日に益々揺動す。此れ陛下宜しく仰いで觀俯して察して深く念うべき所の者なり、と。

子曰、至顯莫如事、至微莫如理。而事理一致也、微顯一源也。古之所謂善學、以其能通於此而已。
【読み】
子曰く、至顯なるは事に如くは莫し、至微なるは理に如くは莫し。而して事理は一致なり、微顯は一源なり。古の所謂善く學ぶというは、其の能く此に通ずるを以てのみ、と。

子曰、外事之不知、非患也。人患不能自見耳。
【読み】
子曰く、外事を知らざるは、患えに非ず。人の患えは自ら見ること能わざるのみ、と。

子曰、古之强有力者、將以行禮。今之强有力者、將以爲亂。
【読み】
子曰く、古の强にして力有る者は、將に以て禮を行わんとす。今の强にして力有る者は、將に以て亂をせんとす、と。

子曰、公天下之事、苟以私意爲之、斯不公矣。
【読み】
子曰く、天下を公にする事、苟も私意を以て之をせば、斯れ公ならず、と。

子曰、閱天下之事、至於無可疑、亦足樂矣。
【読み】
子曰く、天下の事を閱るに、疑う可き無きに至って、亦樂しむに足れり、と。

子曰、世以隨俗爲和、非也。流徇而已矣。君子之和、和於義。
【読み】
子曰く、世の俗に隨うを以て和とするは、非なり。流徇するのみ。君子の和は、義に和す、と。

子曰、官守當事、不可以苟免。
【読み】
子曰く、官守の事に當たる、以て苟も免る可からず、と。

子曰、籩豆簠簋不可用於今之世、風氣然也。不席地而椅桌、不手飯而匕筯、使其宜於世、而未有聖人亦必作之矣。
【読み】
子曰く、籩豆[へんとう]簠簋[ほき]今の世に用う可からざるは、風氣然ればなり。地に席せずして椅桌[いたく]し、手にて飯せずして匕筯[ひちょ]する、其をして世に宜しからしめて、而して未だ聖人亦必ずしも之を作すこと有らざるなり、と。

呂申公常薦處士常秩。秩旣起、他日稍變其節。申公謂、知人實難。以語明道、且告之悔。明道曰、然不可以是而懈於好賢之心也。申公矍然謝之。
【読み】
呂申公常に處士の常秩を薦む。秩旣に起って、他日稍其の節を變ず。申公謂えらく、人を知ること實に難し、と。以て明道に語って、且之に悔ゆることを告ぐ。明道曰く、然れども是を以て賢を好むの心を懈る可からず、と。申公矍然として之を謝す。

子曰、事以急而敗者、十常七八。
【読み】
子曰く、事は急を以てして敗るる者、十に常に七八なり、と。

子曰、好疑者、於事未至而疑端先萌。好周者、於事未形而周端先著。皆心之病也。
【読み】
子曰く、好んで疑う者は、事未だ至らざるに於て疑いの端先づ萌す。好く周る者は、事未だ形れざるに於て周るの端先づ著る。皆心の病なり、と。

二程全書卷之四十一  二先生粹言

天地篇

子曰、霜、金氣也。露、星月之氣也。露結爲霜、非也。雷由陰陽相薄而成。蓋沴氣也。
【読み】
子曰く、霜は、金氣なり。露は、星月の氣なり。露結んで霜と爲るというは、非なり。雷は陰陽相薄[せま]るに由って成る。蓋し沴氣[れいき]なり、と。

子曰、雨木冰、上溫而下寒也。隕霜不殺草、上寒而下溫也。
【読み】
子曰く、雨木冰るは、上溫かにして下寒ければなり。隕つる霜草を殺[か]らさざるは、上寒くして下溫かなればなり、と。

子曰、日月之爲物、陰陽發見之尤盛者也。
【読み】
子曰く、日月の物爲る、陰陽發見の尤も盛んなる者なり、と。

劉安節問、人有死於雷霆者、無乃素積不善、常歉然於其心、忽然聞震、則懼而死乎。子曰、非也。雷震之也。然則雷孰使之乎。子曰、夫爲不善者、惡氣也。赫然而震者、天地之怒氣也。相感而相遇故也。曰、雷電相因、何也。子曰、動極則陽形也。是故鑽木戛竹皆可以得火。夫二物者、未嘗有火。以動而取之故也。擊石火出亦然。惟金不可以得火。至陰之精也。然軋磨旣極、則亦能熱矣。陽未嘗無也。
【読み】
劉安節問う、人雷霆に死すること有る者は、無乃[むし]ろ素より不善を積んで、常に其の心に歉然として、忽然として震を聞くときは、則ち懼れて死するか、と。子曰く、非なり。雷之を震するなり、と。然らば則ち雷は孰か之をしむるや、と。子曰く、夫の不善を爲す者は、惡氣なり。赫然として震する者は、天地の怒氣なり。相感じて相遇うが故なり、と。曰く、雷電相因るは、何ぞや、と。子曰く、動極まるときは則ち陽形る。是の故に木を鑽[き]り竹を戛[う]てば皆以て火を得る可し。夫れ二物は、未だ嘗て火有らず。動を以て之を取る故なり。石を擊って火出るも亦然り。惟金は以て火を得る可からず。至陰の精なればなり。然れども軋磨旣に極まるときは、則ち亦能く熱す。陽未だ嘗て無くんばあらざればなり、と。

或問、五德之運、有諸。子曰、有之。大河之患少於唐、多於今、土火異王也。
【読み】
或るひと問う、五德の運は、有りや、と。子曰く、之れ有り。大河の患え唐に少なく、今に多きは、土火王を異にすればなり、と。

關子明推占吉凶、必言致之之由與處之之道。曰、大哉人謀。其與天地相終始乎。故雖天命可以人勝也。善養生者、引將盡之年、善保國者、延旣衰之祚。有是理也。
【読み】
關子明吉凶を推し占って、必ず之を致すの由と之に處するの道とを言う。曰く、大なるかな人の謀。其れ天地と相終始するか。故に天命と雖も人を以て勝つ可し。善く生を養う者は、將に盡きんとするの年を引き、善く國を保つ者は、旣に衰うるの祚を延ぶ。是の理有るなり、と。

子曰、冬至之前、天地閉塞。可謂靜矣。日月運行、未嘗息也、則謂之不動可乎。故曰動靜不相離。
【読み】
子曰く、冬至の前は、天地閉塞す。靜なりと謂う可し。日月の運行、未だ嘗て息まざるときは、則ち之を動かずと謂いて可ならんや。故に動靜相離れずと曰う、と。

子曰、致敬乎鬼神、理也。暱鬼神而求焉、斯不知矣。
【読み】
子曰く、敬を鬼神に致すは、理なり。鬼神に暱[なじ]んで求むるは、斯れ不知なり、と。

子曰、陰過之時必害陽、小人道盛必害君子。欲無害者、惟過爲防耳。弗過防之、從或戕之。
【読み】
子曰く、陰過ぐる時は必ず陽を害し、小人の道盛んなれば必ず君子を害す。害無きことを欲する者は、惟過防ぐことを爲すのみ。過ぎざるに之を防げば、從りて或は之を戕[そこ]なう、と。

或問天帝之異。子曰、以形體謂之天、以主宰謂之帝、以至妙謂之神、以功用謂之神鬼(徐本神鬼作鬼神。)、以情性謂之乾、其實一而已。所自而名之者異也。夫天、專言之則道也。
【読み】
或るひと天帝の異なることを問う。子曰く、形體を以て之を天と謂い、主宰を以て之を帝と謂い、至妙を以て之を神と謂い、功用を以て之を神鬼(徐本神鬼を鬼神に作る。)と謂い、情性を以て之を乾と謂い、其の實は一なるのみ。自る所にして之を名づくる者は異なり。夫れ天、專ら之を言うときは則ち道なり、と。

子曰、天地所以不已、有常久之道也。人能常於可久之道、則與天地合。
【読み】
子曰く、天地の已まざる所以は、常久の道有ればなり。人能く常に久しかる可きの道に於てするときは、則ち天地と合す、と。

或問、日月有定形乎、抑氣散而復聚也。子曰、難言也。然究其極致、則二端一而已。
【読み】
或るひと問う、日月は定形有るか、抑々氣散じて復聚まるか、と。子曰く、言い難し。然れども其の極致を究むるときは、則ち二端は一なるのみ、と。

范蜀公言鬼神之際曰、佛氏謂生爲此、死爲彼、無是理也。子曰、公無惑、則有是言也。蜀公曰、鬼神影響、則世有之。子曰、公有所見、則無是言也。
【読み】
范蜀公鬼神の際を言いて曰く、佛氏生を此とし、死を彼とすると謂うは、是の理無けん、と。子曰く、公惑うこと無きときは、則ち是の言有らん、と。蜀公曰く、鬼神の影響は、則ち世々之れ有り、と。子曰く、公所見有らば、則ち是の言無けん、と。

子曰、卜筮在我、而應之者蓍龜也。祭祀在我、而享之者鬼神也。夫豈有二理哉。亦一人之心而已。卜筮者以是心求之、其應如響。徇以私意及顚錯卦象而問焉、未有能應者。蓋無其理也。古之言事鬼神者、曰如有聞焉、如有見焉、則是鬼神答之矣。非眞有見聞也。然則如有見聞者、誰歟。
【読み】
子曰く、卜筮我に在って、之に應ずる者は蓍龜なり。祭祀我に在って、之を享くる者は鬼神なり。夫れ豈二理有らんや。亦一人の心のみ。卜筮する者是の心を以て之を求むれば、其の應響きの如し。徇[とな]うるに私意を以てし及び卦象を顚錯して問えば、未だ能く應ずる者有らず。蓋し其の理無ければなり。古の鬼神に事うると言う者、聞くこと有るが如く、見ること有るが如しと曰うは、則ち是れ鬼神之に答うるなり。眞に見聞くことを有るには非ず。然らば則ち見聞くこと有るが如き者は、誰ぞや、と。

子曰、天聰明自我民聰明、言理無二也。若夫天之所爲、人之所能、則各有分矣。
【読み】
子曰く、天の聰明は我が民の聰明に自るというは、言うこころは、理二つ無ければなり。若し夫れ天のする所と、人の能くする所は、則ち各々分有り、と。

子曰、天地之心以復而見。聖人未嘗復。故未嘗見其心。
【読み】
子曰く、天地の心は復を以て見る。聖人は未だ嘗て復せず。故に未だ嘗て其の心を見ず、と。

子曰、天地之道、至順而已矣。大人先天不違、亦順理而已矣。
【読み】
子曰く、天地の道は、至順のみ。大人天に先だって違わざるも、亦理に順うのみ、と。

或問鬼神之有無。子曰、吾爲爾言無、則聖人有是言矣。爲爾言有、爾得不於吾言求之乎。
【読み】
或るひと鬼神の有無を問う。子曰く、吾れ爾が爲に無しと言うときは、則ち聖人に是の言有り。爾が爲に有りと言うときは、爾吾が言に於て之を求めざることを得んや、と。

子曰、天地之閒、感應而已。尙復何事。
【読み】
子曰く、天地の閒は、感應のみ。尙復何事かあらん、と。

子曰、日月之在天、猶人之有目。目無背見、日月無背照也。
【読み】
子曰く、日月の天に在るは、猶人の目有るがごとし。目背き見ること無く、日月背き照らすこと無し、と。

子曰、氣化之在人與在天、一也。聖人於其閒、有功用而已。
【読み】
子曰く、氣化の人に在ると天に在るとは、一なり。聖人其の閒に於て、功用有るのみ、と。

子曰、天地日月、其理一致。月受日光而不爲之虧。月之光乃日之光也。地氣不上騰、天氣不下降。天氣下降至於地中、生育萬物者、乃天之氣也。
【読み】
子曰く、天地日月、其の理一致なり。月は日の光を受けて之が爲に虧けず。月の光は乃ち日の光なり。地氣は上騰せず、天氣は下降せず。天氣下降して地中に至って、萬物を生育する者は、乃ち天の氣なり、と。

或問、日食有常數者也。然治世少而亂世多、豈人事乎。子曰、天人之理甚微。非燭理明、其孰能識之。曰、無迺天數人事交相勝負、有多寡之應耶。子曰、似之。未易言也。
【読み】
或るひと問う、日食は常數有る者なり。然れども治世に少なくして亂世に多きは、豈人事なるか、と。子曰く、天人の理は甚だ微なり。理を燭すこと明らかなるに非ずんば、其れ孰か能く之を識らん、と。曰く、無迺[むし]ろ天數人事交々相勝負して、多寡の應有りや、と。子曰く、之に似れり。未だ言い易からず、と。

子曰、君子宜獲福於天。而有貧瘁夭折者、氣之所鐘有不周耳。
【読み】
子曰く、君子は宜しく福を天に獲るべし。而るに貧瘁夭折有る者は、氣の鍾[あつ]まる所周からざること有るのみ、と。

子曰、天地陰陽之運、升降盈虛、未嘗暫息。陽常盈、陰常虧。一盈一虧、參差不齊、而萬變生焉。故曰物之不齊、物之情也。莊周强齊之。豈能齊也。
【読み】
子曰く、天地陰陽の運、升降盈虛、未だ嘗て暫くも息まず。陽常に盈ち、陰常に虧く。一盈一虧、參差として齊しからずして、萬變生ず。故に物の齊しからざるは、物の情なりと曰う。莊周强いて之を齊しくせんとす。豈能く齊しからんや、と。

或謂張繹曰、吾至於閑靜之地、則洒然心悅。吾疑其未善也。繹以告子。子曰、然。社稷宗廟之中、不期敬而自敬、是平居未嘗敬也。使平居無不敬、則社稷宗廟之中、何敬之改修乎。然則以靜爲悅者、必以動爲厭。方其靜時、所以能悅靜之心、又安在哉。
【読み】
或るひと張繹に謂いて曰く、吾れ閑靜の地に至るときは、則ち洒然として心悅ぶ。吾れ其の未だ善ならざることを疑う、と。繹以て子に告ぐ。子曰く、然り。社稷宗廟の中、敬を期せずして自づから敬するは、是れ平居未だ嘗て敬せざればなり。平居をして敬せずということ無からしめば、則ち社稷宗廟の中、何の敬をか之れ改め修めんや。然らば則ち靜を以て悅ぶことをする者は、必ず動を以て厭うことをせん。其の靜なる時に方って、能く靜なることを悅ぶ所以の心は、又安くに在るや、と。

或問、人多惑於鬼神怪異之說、何也。子曰、不明理故也。求之於事、事則奚盡。求之於理則無蔽。故君子窮理而已。
【読み】
或るひと問う、人多く鬼神怪異の說に惑うは、何ぞや、と。子曰く、理を明らかにせざるが故なり。之を事に求むれば、事則ち奚ぞ盡きん。之を理に求むれば則ち蔽わるること無し。故に君子は理を窮むるのみ、と。

子曰、古今異宜。人有所不便者、風氣之異也。日月星辰皆氣也。亦自異於古耳。月何食、不受日光也。何爲不受、與日相當。陰盛亢陽、不下於日也。古者鼓以救日月之食。然則月之食亦可鼓者、以其助陽歟。
【読み】
子曰く、古今宜しきを異にす。人便ならざる所有る者は、風氣の異なればなり。日月星辰は皆氣なり。亦自づから古に異なるのみ。月何ぞ食して、日の光を受けざる。何爲れぞ受けずして、日と相當たる。陰盛んにして陽を亢[おお]って、日に下らざればなり。古は鼓って以て日月の食を救う。然らば則ち月の食も亦鼓つ可き者は、其の陽を助くるを以てか、と。

子曰、五祀非先王之典。以爲報邪、則遺其重而舉其輕者。夫門之用、顧大於井之功乎。祭門而不祭井、何說也。
【読み】
子曰く、五祀は先王の典に非ず。以て邪に報ずとするときは、則ち其の重きを遺れて其の輕きを舉ぐる者なり。夫れ門の用、顧[あに]井の功より大ならんや。門を祭って井を祭らざるは、何の說ぞや、と。

子曰、當大震懼、能自安而不失者、惟誠敬而已。
【読み】
子曰く、大いに震して懼るるに當たって、能く自ら安んじて失せざる者は、惟誠敬のみ、と。

子曰、靜動(徐本靜動作動靜。)者、陰陽之本也。五氣之運、則參差不齊矣。
【読み】
子曰く、靜動(徐本靜動を動靜に作る。)は、陰陽の本なり。五氣の運は、則ち參差として齊しからず、と。

子曰、史遷曰、天與善人、伯夷善人非耶。此以私意度天道也。必曰顏何爲而夭、跖何爲而壽、指一人而較之。非知天者也。
【読み】
子曰く、史遷が曰く、天善人に與せば、伯夷善人というは非なるか、と。此れ私意を以て天道を度るなり。必ず顏は何の爲にして夭なる、跖は何の爲にして壽なると曰うは、一人を指して之を較ぶ。天を知る者に非ず、と。

子曰、有理則有氣、有氣則有數。鬼神者數也、數者氣之用也。
【読み】
子曰く、理有るときは則ち氣有り、氣有るときは則ち數有り。鬼神は數なり、數は氣の用なり、と。

或謂、殺孝婦而旱、豈非衆冤所感邪。子曰、衆心固冤之耳。而一人之精誠、自足以動天地也。然則殺暴姑而雨、豈婦冤旣釋邪。子曰、冤氣固散矣。而衆心之憤亦平也。
【読み】
或るひと謂えらく、孝婦を殺して旱するは、豈衆冤の感ずる所に非ずや、と。子曰く、衆心固に之に冤するのみ。而れども一人の精誠、自ら以て天地を動かすに足れり、と。然らば則ち暴姑を殺して雨ふるは、豈婦の冤旣に釋けたるか、と。子曰く、冤氣固に散ず。而して衆心の憤りも亦平らぐなり、と。

子曰、天地之閒、善惡均於覆載。未嘗有意於簡別也。顧處之有道耳。聖人卽天地也。
【読み】
子曰く、天地の閒、善惡覆載するに均し。未だ嘗て簡別するに意有らず。顧[ただ]之に處するに道有るのみ。聖人は卽ち天地なり、と。

子曰、天地之化、雖蕩無窮。然陰陽之度、寒暑晝夜之變、莫不有常久之道。所以爲中庸也。
【読み】
子曰く、天地の化、蕩すと雖も窮まり無し。然れども陰陽の度、寒暑晝夜の變は、常久の道有らずということ莫し。中庸爲る所以なり、と。

子曰、萬物皆本乎天、人本乎祖。故以冬至祭天而祖配之。以冬至者、氣至之始也。萬物成形於帝、人成形於父。故以季秋享帝而父配之。以季秋者、物成之時也。
【読み】
子曰く、萬物は皆天に本づき、人は祖に本づく。故に冬至を以て天を祭って而して祖之に配す。冬至を以てする者は、氣至るの始めなればなり。萬物は形を帝に成し、人は形を父に成す。故に季秋を以て帝を享して而して父之に配す。季秋を以てする者は、物成るの時なればなり、と。

子曰、事鬼神易、爲尸難。孝子有思親之心、以至誠持之、則可盡其道矣。惟尸象神、祖考所以來格者也。後世巫覡、蓋尸之遺意、但流爲僞妄、不足以通幽明矣。致神必用尸。後世直以尊卑、勢遂不行。三代之末、亦不得已焉廢耳。
【読み】
子曰く、鬼神に事うることは易く、尸を爲ることは難し。孝子親を思うの心有りて、至誠を以て之を持するときは、則ち其の道を盡くす可し。惟尸は神を象って、祖考來格する所以の者なり。後世の巫覡[ふげき]は、蓋し尸の遺意、但流れて僞妄を爲して、以て幽明に通ずるに足らず。神を致すには必ず尸を用う。後世直に尊卑を以てして、勢遂に行われず。三代の末、亦已むことを得ずして廢するのみ、と。

子曰、物之名義、與氣理通貫。天之所以爲天、本何爲哉。蒼蒼焉耳矣。其所以名之曰天、蓋自然之理也。名出於理、音出於氣。字書由是不可勝窮矣。
【読み】
子曰く、物の名義は、氣理と通貫す。天の天爲る所以は、本何の爲ぞや。蒼蒼焉たるのみ。其の之を名づけて天と曰う所以は、蓋し自然の理なり。名は理に出、音は氣に出づ。字書は是に由って勝[あ]げて窮む可からず、と。

子曰、陰陽之氣、有常存而不散者、日月是也。有消長而無窮者、寒暑是也。
【読み】
子曰く、陰陽の氣、常に存して散ぜざること有る者は、日月是れなり。消長して窮まり無きこと有る者は、寒暑是れなり。

子曰、天理生生、相續不息、無爲故也。使竭智功而爲之、未有能不息也。
【読み】
子曰く、天理生生、相續いて息まざるは、すること無きが故なり。智功を竭くして之を爲さしめば、未だ能く息まざるは有らず、と。

子曰、在此而夢彼、心感通也。己死而夢見、理感通也。明乎感通、則何遠近死生古今之別哉。楊定神之說、其能外是乎。
【読み】
子曰く、此に在りて彼を夢みるは、心感通すればなり。己に死して夢に見るは、理感通すればなり。感通に明らかなるときは、則ち何ぞ遠近死生古今の別あらんや。楊定神の說、其れ能く是に外ならんや、と。

子曰、老氏言虛能生氣、非也。陰陽之開闔相因。無有先也、無有後也。可謂今日有陽而後明日有陰、則亦可謂今日有形而後明日有影也。
【読み】
子曰く、老氏虛能く氣を生ずと言うは、非なり。陰陽の開闔[かいこう]相因る。先んずること有ること無く、後るること有ること無し。今日陽有って而して後に明日陰有りと謂う可きときは、則ち亦今日形有って而して後に明日影有りと謂う可し、と。

或問、天地何以不與聖人同憂也。子曰、天地不宰而成化、聖人有心而無爲。
【読み】
或るひと問う、天地何を以て聖人と憂えを同じくせざる、と。子曰く、天地宰らずして成化し、聖人心有ってすること無し、と。

子曰、天地生物之氣象、可見而不可言。善觀於此者、必知道也。
【読み】
子曰く、天地生物の氣象は、見る可くして言う可からず。善く此に觀る者は、必ず道を知る、と。


聖賢篇

或問、聖人有過乎。子曰、聖人而有過、則不足以爲聖人矣。曰、夫子學易而後無大過者、何謂也。子曰、非是之謂也。猶刪詩定書正樂之意也。自期年至于五十、然後乃贊易、則易道之過誤者鮮矣。曰、易亦有過乎。曰、如八索之類、亂易者多矣。
【読み】
或るひと問う、聖人過ち有りや、と。子曰く、聖人にして過ち有るときは、則ち以て聖人とするに足らず、と。曰く、夫子易を學んで而して後に大いに過ち無しという者は、何の謂ぞや、と。子曰く、是の謂に非ず。猶詩を刪り書を定め樂を正すの意のごとし。自ら期すらく、年五十に至って、然して後乃ち易を贊するときは、則ち易道の過誤する者鮮し、と。曰く、易も亦過ち有りや、と。曰く、八索の類の如き、易を亂る者多し、と。

子曰、聖人之道猶天然。門弟子親炙而冀及之、然後知其高且遠也。使誠若不可及、則趨向之心不幾於怠乎。故聖人之敎、常俯而就之。曰、吾無隱乎爾。吾非生知、好古敏而求之者也。非獨使資質庸下者勉思企及、而才氣高邁者亦不敢躐等而進也。
【読み】
子曰く、聖人の道は猶天のごとく然り。門弟子親炙して之に及ばんことを冀って、然して後其の高く且つ遠きことを知る。誠に若し及ぶ可からざらしめば、則ち趨向の心怠るに幾からざらんや。故に聖人の敎、常に俯して之に就く。曰く、吾れ爾に隱すこと無し。吾れ生まれながらにして知るに非ず、古を好んで敏にして之を求むる者なり、と。獨資質庸下なる者をして勉思企及せしむるのみに非ずして、才氣高邁なる者も亦敢えて等を躐[こ]えて進ませず、と。

子曰、損益文質、隨時之宜、三王之法也。孔子告顏淵爲邦者、萬世不易之法也。
【読み】
子曰く、損益文質、時の宜しきに隨うは、三王の法なり。孔子顏淵に邦を爲むるを告ぐる者、萬世不易の法なり、と。

子曰、孟子論子濯孺子之事、特曰不背師可稱也。非言事君之道也。事君而若此、不忠之大也。
【読み】
子曰く、孟子子濯孺子の事を論ずるは、特師に背かざるを稱す可きことを曰うのみ。君に事うるの道を言うには非ず。君に事えて此の若くせば、不忠の大なるなり、と。

子曰、齊威之正、正舉其事爾。非大正也。管子之仁、仁之功爾。非至仁也。
【読み】
子曰く、齊威の正は、正しく其の事を舉ぐるのみ。大正には非ず。管子の仁は、仁の功のみ。至仁には非ざるなり、と。

或問泰伯之三讓。子曰、不立一也。逃焉二也。文身三也。
【読み】
或るひと泰伯の三讓を問う。子曰く、立たざる、一なり。逃ぐる、二なり。身に文す、三なり、と。

或問、趙盾越境、果可免乎。子曰、越境而反、且不討賊、猶不免也。必也越境而不反、然後可免耳。
【読み】
或るひと問う、趙盾境を越えば、果たして免る可けんや、と。子曰く、境を越えて反って、且賊を討たずんば、猶免れじ。必ずや境を越えて反らず、然して後に免る可きのみ、と。

子曰、泰山雖高矣、絕頂之外、無預乎山也。唐・虞事業、自堯・舜觀之、亦猶一點浮雲過於太虛耳。
【読み】
子曰く、泰山高しと雖も、絕頂の外、山に預ること無し。唐・虞の事業、堯・舜自り之を觀れば、亦猶一點の浮雲太虛を過るがごときのみ、と。

子曰、桓魋不能害己、孔子知矣、乃微服過宋。象將殺己、舜知之矣、乃同其憂喜。饑溺而死、有命焉、而禹・稷必救之。國祚修短、有數焉、而周公必祈之。知性命竝行而不相悖、然後明聖人之用。
【読み】
子曰く、桓魋己を害すること能わざること、孔子知れども、乃ち微服して宋を過ぐ。象將に己を殺さんとすること、舜之を知れども、乃ち其の憂喜を同じくす。饑溺して死する、命有れども、禹・稷必ず之を救う。國祚の修短、數有れども、周公必ず之を祈る。性命竝び行われて相悖らざることを知って、然して後聖人の用に明らかなり、と。

子曰、顏囘在陋巷、淡然進德、其聲氣若不可聞者、有孔子在焉。若孟子、安得不以行道爲己任哉。
【読み】
子曰く、顏囘陋巷に在りて、淡然として德に進んで、其の聲氣聞く可からざるが若き者は、孔子在すこと有ればなり。孟子の若きは、安んぞ道を行うを以て己が任とせざることを得んや、と。

或問、聖人亦有爲貧之仕乎。子曰、爲委吏乘田是也。或曰、抑爲之兆乎。曰、非也。爲魯司寇、則爲之兆也。或人因以是勉子從仕。子曰、至於饑餓不能出門戶之時、亦徐爲之謀耳。
【読み】
或るひと問う、聖人も亦貧しきが爲にするの仕え有りや、と。子曰く、委吏乘田と爲る、是れなり、と。或るひと曰く、抑々之が兆を爲すや、と。曰く、非なり。魯の司寇と爲るときは、則ち之が兆を爲す、と。或る人因りて是を以て子仕に從わんことを勉むるか、と。子曰く、饑餓して門戶を出ること能わざるの時に至って、亦徐[ようや]く之が謀をせんのみ、と。

子曰、子厚之氣似明道。
【読み】
子曰く、子厚の氣明道に似れり、と。

子曰、天子之職守宗廟。而堯・舜以天下與人。諸侯之職守社稷。而大王委去之。惟聖賢乃與於此。學者守法可也。
【読み】
子曰く、天子の職は宗廟を守る。而して堯・舜は天下を以て人に與う。諸侯の職は社稷を守る。而して大王之を委ね去る。惟聖賢のみ乃ち此に與る。學者は法を守って可なり、と。

子曰、聖賢在上、天下未嘗無小人也。能使小人不敢肆其惡而已。夫小人之本心、亦未嘗不知聖賢之可說也。故四凶立堯朝、必順而聽命。聖人豈不察其終出於惡哉。亦喜其面革畏罪而已。苟誠信其假善、而不知其包藏、則危道也。是以惟堯・舜之盛、於此未嘗無戒。戒所當戒也。
【読み】
子曰く、聖賢上に在れども、天下未だ嘗て小人無くんばあらず。能く小人をして敢えて其の惡を肆にせざらしむるのみ。夫れ小人の本心も、亦未だ嘗て聖賢の說ぶ可きことを知らざるにはあらず。故に四凶堯の朝に立って、必ず順いて命を聽く。聖人豈其の終に惡に出ることを察せざらんや。亦其の面[まのあた]りに革めて罪を畏るることを喜ぶのみ。苟も誠に其の假善を信じて、其の包藏を知らざるときは、則ち危うき道なり。是を以て惟堯・舜の盛んなる、此に於て未だ嘗て戒むること無くんばあらず。當に戒むるべき所を戒むるなり、と。

或問、伐國不問仁人。然則古之人不伐國、其伐者皆非仁人乎。子曰、展禽之時、諸侯以土地之故、暴民逞欲、不義之伐多矣。仁人所不忍見也。況忍言之乎。昔武王伐紂、則無非仁人也。
【読み】
或るひと問う、國を伐つに仁人に問わず、と。然らば則ち古の人は國を伐たず、其の伐つ者は皆仁人に非ざるか、と。子曰く、展禽の時、諸侯土地の故を以て、民を暴し欲を逞しくして、不義の伐多し。仁人見るに忍びざる所なり。況んや之を言うに忍びんや。昔武王紂を伐つときは、則ち仁人に非ずということ無し、と。

子曰、强者易抑。子路是也。弱者難强。宰我是也。
【読み】
子曰く、强なる者は抑え易し。子路是れなり。弱なる者は强くし難し。宰我是れなり、と。

子曰、信一也。而有淺深。七十子聞一言於仲尼、則終身守之、而未必知道、此信於人者也。若夫自信、孰得而移之。
【読み】
子曰く、信は一なり。而れども淺深有り。七十子一言を仲尼に聞いて、則ち身を終うるまで之を守れども、未だ必ずしも道を知らざるは、此れ人に信ずる者なり。若し夫れ自ら信ぜば、孰か得て之を移さん、と。

劉安節問曰、志篤於善而夢其事者、正乎、不正。子曰、是亦心動也。曰、孔子夢見周公、何也。子曰、聖人無非誠。夢亦誠、不夢亦誠。夢則有矣。夢見周公則有矣。亦豈寢而必夢、夢而必見周公歟。
【読み】
劉安節問いて曰く、志善に篤くして其の事を夢みる者は、正しきか、正しからざるか、と。子曰く、是れ亦心動くなり、と。曰く、孔子夢に周公を見るは、何ぞや、と。子曰く、聖人は誠に非ずということ無し。夢みるも亦誠、夢みざるも亦誠なり。夢も則ち有り。夢に周公を見ることも則ち有り。亦豈寢て必ず夢み、夢みて必ず周公を見んや、と。

子語楊迪曰、近所講問、設端多矣。而不失大概。夫二三子豈皆智不足以知之。由不能自立于衆說漂煦之閒耳。信不篤故也。仲尼之門人、其所見非盡能與聖人同也。惟不敢執己而惟師之信。故求而後得。夫信而加思、乃致知之方也。若紛然用疑、終亦必亡而已矣。
【読み】
子楊迪に語って曰く、近ごろ講問する所、端を設くること多し。而れども大概を失せず。夫れ二三子豈皆智以て之を知るに足らざらんや。衆說漂煦[ひょうく]の閒に自立すること能わざるに由るのみ。信篤からざるが故なり。仲尼の門人、其の見る所盡く能く聖人と同じきに非ず。惟敢えて己を執らずして惟師のみ之を信ず。故に求めて而して後に得る。夫れ信じて思うことを加うるは、乃ち知を致すの方なり。若し紛然として疑うことを用うれば、終に亦必ず亡びんのみ、と。

子曰、其亡其亡、繫于苞(徐本苞作包。)桑。漢王允・唐李德裕功未及成而禍敗從之者、不知苞桑之戒也。
【読み】
子曰く、其れ亡びなん其れ亡びなんとて、苞(徐本苞を包に作る。)桑に繫るといえり。漢の王允・唐の李德裕功未だ成ること及ばずして禍敗之に從う者は、苞桑の戒めを知らざればなり、と。

李觀有言、使管仲而未死、内嬖復六人、何傷威公之伯乎。子曰、管仲爲國政之時、齊侯之心未蠱也。旣蠱矣、雖兩管仲、將如之何。未有蠱心於女色、而盡心於用賢也。
【読み】
李觀言えること有り、管仲をして未だ死せざらしめば、内嬖復六人ありとも、何ぞ威公の伯を傷らんや、と。子曰く、管仲國政を爲むる時、齊侯の心未だ蠱せず。旣に蠱せば、兩管仲と雖も、將に之を如何にせん。未だ心を女色に蠱して、心を賢を用うるに盡くすことは有らず、と。

或問、郭璞以鳩占、何理也。子曰、舉此意、向此事、則有此兆象矣。非鳩可占也。使鳩可占。非獨鳩也。
【読み】
或るひと問う、郭璞鳩を以て占うは、何の理ぞや、と。子曰く、此の意を舉げて、此の事に向かうときは、則ち此の兆象有り。鳩の占う可きに非ず。鳩をして占う可からしむ。獨り鳩のみに非ず、と。

或問、孔子不幸而遇害於匡、則顏子死之可乎、不死乎。子曰、今有二人、相與遠行、則患難有相死之道。況囘於夫子乎。曰、親在則可乎。子曰、今有二人、相與搏虎、其致心悉力、義所當然也。至於危急之際、顧曰吾有親、則舍而去之、是不義之大者也。其可否、當預於未行之前、不當臨難而後言也。曰、父母存、不許友以死、則如此義何。子曰、有可者、遠行搏虎之譬也。有不可者、如游俠之徒以親旣亡、乃爲人報仇而殺身、則亂民也。
【読み】
或るひと問う、孔子不幸にして害に匡に遇わば、則ち顏子之に死して可ならんか、死せざらんか、と。子曰く、今二人、相與に遠く行くこと有るときは、則ち患難相死するの道有り。況んや囘の夫子に於るをや、と。曰く、親在すときは則ち可ならんや、と。子曰く、今二人、相與に虎を搏[と]ること有るときは、其の心を致し力を悉くすこと、義の當に然るべき所なり。危急の際に至って、顧みて吾れ親有りと曰いて、則ち舍てて之を去るは、是れ不義の大なる者なり。其の可否は、當に未だ行わざるの前に預めすべく、當に難に臨んで而して後に言うべからず、と。曰く、父母存するときは、友に許すに死を以てせざるときは、則ち此の義を如何、と。子曰く、可なる者有り、遠行搏虎の譬えなり。不可なる者有り、游俠の徒親旣に亡きを以て、乃ち人の爲に仇を報いて身を殺すが如きは、則ち亂民なり、と。

子曰、知幾者、君子之獨見、非衆人所能及也。穆生爲酒醴而去、免於胥靡之辱、袁閎(徐本袁閎作姜肱。)爲土室之隱、免於黨錮之禍、薛方守箕山之節、免於新室之汙、其知幾矣。
【読み】
子曰く、幾を知る者は、君子の獨見、衆人の能く及ぶ所に非ず。穆生が酒醴の爲にして去って、胥靡の辱を免れ、袁閎(徐本袁閎を姜肱に作る。)が土室の隱を爲って、黨錮の禍を免れ、薛方が箕山の節を守って、新室の汙を免るるは、其れ幾を知れり、と。

子曰、漢世之賢良、舉而後至。若公孫弘、猶强起之者。今則求舉而自進也。抑曰欲廷對天子之問、言天下之事、猶之可也。苟志於科目之美、爲進取之資而已。得則肆、失則沮。肆則悅、沮則悲。不賢不良孰加於此。
【読み】
子曰く、漢の世の賢良は、舉げられて後に至る。公孫弘の若き、猶强いて之を起こす者なり。今は則ち舉を求めて自ら進む。抑曰[ここ]に天子の問いに廷對して、天下の事を言わんと欲すれば、猶之れ可なり。苟も科目の美に志すは、進み取るの資爲るのみ。得れば則ち肆にし、失すれば則ち沮[やぶ]る。肆なれば則ち悅び、沮るれば則ち悲しむ。賢んらず良ならざること孰れ此に加えん、と。

子曰、守節秉義、而才不足以濟天下之難者、李固・王允・周顗・王導之徒是已。
【読み】
子曰く、節を守り義を秉って、才以て天下の難を濟うに足らざる者は、李固・王允・周顗・王導が徒、是れのみ、と。

劉安節問、高宗得傅說於夢、何理也。子曰、其心求賢輔、雖寤寐不忘也。故精神旣至、則兆見乎夢。文王卜獵而獲太公、亦猶是也。曰、豈夢之者往乎、抑見夢之者來乎。曰、猶之明鑑、有物必見。豈可謂與鑑物有來往哉。
【読み】
劉安節問う、高宗傅說を夢に得るは、何の理ぞや、と。子曰く、其の心賢輔を求めて、寤寐と雖も忘れず。故に精神旣に至るときは、則ち兆夢に見る。文王卜獵して太公を獲るも、亦猶是のごとし、と。曰く、豈之を夢みる者往くか、抑々之を夢みらるる者來るか、と。曰く、猶之れ明鑑の、物有れば必ず見るがごとし。豈鑑と與に物來り往くこと有りと謂う可けんや、と。

或問、周公欲代武王之死。其有是理邪、抑曰爲之命邪。子曰、其欲代其兄之死也、發於至誠。而奚命之論。然則在聖人、則有可移之理也。
【読み】
或るひと問う、周公武王の死に代わらんと欲す。其れ是の理有りや、抑曰[そもそも]之れ命とせんや、と。子曰く、其れ其の兄の死に代わらんと欲するは、至誠に發す。而も奚の命をか之れ論ぜん。然らば則ち聖人に在っては、則ち移す可きの理有り、と。

子曰、聖賢於亂世、雖知道之將廢、不忍坐視而不救也。必區區致力於未極之閒、强此之衰、難彼之進、圖其暫安、而冀其引久。苟得爲之、孔・孟之屑爲也。王允之於漢、謝安之於晉、亦其庶矣。
【読み】
子曰く、聖賢の亂世に於る、道の將に廢せんとするを知ると雖も、坐しながら視て救わざるに忍びず。必ず區區として力を未だ極まらざるの閒に致し、此の衰うるを强[つと]め、彼の進むを難[はば]み、其の暫く安んぜんことを圖りて、其の引久しからんことを冀う。苟に之をすることを得るは、孔・孟のすることを屑しとするなり。王允の漢に於る、謝安の晉に於るも、亦其れ庶し、と。

子曰、仲尼無迹。顏子之迹微顯、孟子之迹著見。
【読み】
子曰く、仲尼は迹無し。顏子の迹は微しく顯れ、孟子の迹は著しく見る、と。

子曰、顏子示不違如愚之學於後世。和氣自然、不言而化者也。孟子則顯其才用。蓋亦時焉而已矣。學者以顏子爲師、則於聖人之氣象類矣。
【読み】
子曰く、顏子違わざること愚なるが如きの學を後世に示す。和氣自然、言わずして化する者なり。孟子は則ち其の才用を顯す。蓋し亦時なるのみ。學者顏子を以て師とせば、則ち聖人の氣象に於て類せん、と。

子曰、古人以兄弟之子猶子也。而人自以私意小智觀之、不見其猶也。或謂、孔子嫁其女、異於兄弟之女。是又以私意小智觀之、不知聖人之心也。夫孔子蓋以因其年德相配而歸之。何避嫌之有。避嫌之事、賢者且不爲。而況聖人乎。
【読み】
子曰く、古人兄弟の子を以て猶子のごとしとす。而れども人自ら私意小智を以て之を觀て、其の猶を見ず。或るひと謂く、孔子其の女を嫁すること、兄弟の女に異なり、と。是れ又私意小智を以て之を觀て、聖人の心を知らざるなり。夫れ孔子は蓋し其の年德相配するに因るを以て之に歸す。何の嫌を避くることか之れ有らん。嫌を避くる事は、賢者すら且つせず。而るを況んや聖人をや、と。

子曰、陳平言宰相之職、近乎有學。
【読み】
子曰く、陳平宰相の職を言うこと、學有るに近し、と。

子曰、顏子非樂簞瓢陋巷也。不以貧累其心、而改其所樂也。
【読み】
子曰く、顏子は簞瓢陋巷を樂しむに非ず。貧しきを以て其の心を累わして、其の樂しむ所を改めざるなり、と。

子曰、伯夷不食周粟。其道雖隘、而又能不念舊惡。其量亦宏。
【読み】
子曰く、伯夷周の粟を食わず。其の道隘しと雖も、又能く舊惡を念わず。其の量亦宏し、と。

朱光庭問、周公仰而思之者、其果有所合乎。子曰、周公固無不合者矣。如其有之、則必若是其勤勞而不敢已也。
【読み】
朱光庭問う、周公仰いで之を思う者、其れ果たして合する所有りや、と。子曰く、周公は固より合せざる者無し。如し其れ之れ有らば、則ち必ず是の若く其れ勤勞して敢えて已まざらんや、と。

子曰、游酢・楊時始也爲佛氏之學、旣而知不足安也、則來有所請。庶乎其能變。
【読み】
子曰く、游酢・楊時始め佛氏の學を爲び、旣にして安んずるに足らざることを知って、則ち來りて請う所有り。庶わくは其れ能く變ぜんことを、と。

謝良佐旣見明道退。而門人問曰、良佐如何。子曰、其才能廣而充之、吾道有望矣。
【読み】
謝良佐旣に明道に見えて退く。而るに門人問いて曰く、良佐如何、と。子曰く、其の才能く廣めて之を充てば、吾が道望むこと有り、と。

子曰、顏子虛中受道、子貢億度而知之。
【読み】
子曰く、顏子は中を虛にして道を受け、子貢は億度して之を知る、と。

子曰、子厚・堯夫之學、善自開大者也。堯夫細行或不謹、而其卷舒運用亦熟矣。
【読み】
子曰く、子厚・堯夫の學は、善く自ら開き大にする者なり。堯夫は細行或は謹まざれども、而れども其の卷舒運用亦熟せり、と。

子曰、邦無道而自晦以免患、可以爲智矣。而比干則非不知也。
【読み】
子曰く、邦道無くして自ら晦まして以て患を免るるは、以て智とす可し。而れども比干は則ち不知に非ず、と。

子曰、顏・孟知之所至則同。至於淵懿溫淳、則未若顏子者。
【読み】
子曰く、顏・孟も知の至る所は則ち同じ。淵懿溫淳に至っては、則ち未だ顏子に若かざる者なり、と。

子曰、觀武帝問賢良、禹・湯水旱、厥咎何由、公孫弘曰、堯遭洪水、不聞禹世之有洪水。而不對所由、姦人也。
【読み】
子曰く、武帝賢良に、禹・湯の水旱、厥の咎何に由ると問うを觀るに、公孫弘曰く、堯洪水に遭う、禹の世の洪水有ることを聞かざるなり、と。而して由る所を對えざるは、姦人なり、と。

子曰、堯・舜、生而知之者也。湯・武、學而至之者也。文之德似堯・舜、禹之德似湯・武。雖然、皆聖人也。
【読み】
子曰く、堯・舜は、生なれながらにして之を知る者なり。湯・武は、學んで之に至る者なり。文の德は堯・舜に似、禹の德は湯・武に似れり。然りと雖も、皆聖人なり、と。

子曰、身之、言履也。反之、言歸乎正也。
【読み】
子曰く、之を身にすとは、履を言うなり。之に反すとは。正しきに歸することを言うなり。

子曰、仲尼元氣也。顏子猶春生也。孟子則兼秋殺見之矣。
【読み】
子曰く、仲尼は元氣なり。顏子は猶春生のごとし。孟子は則ち秋殺を兼ねて之を見すなり、と。

子曰、學聖人者、必觀其氣象。郷黨所載、善乎厥形容也。讀而味之、想而存之、如見乎其人。
【読み】
子曰く、聖人を學ぶ者は、必ず其の氣象を觀る。郷黨に載する所、厥の形容するに善し。讀んで之を味わい、想って之を存せば、其の人を見るが如くならん、と。

子曰、魯・衛・齊・梁之君、不足與有爲、孔・孟非不知也。然自任以道、則無不可爲者也。
【読み】
子曰く、魯・衛・齊・梁の君、與にすること有るに足らざること、孔・孟知らざるには非ず。然れども自ら任ずるに道を以てするときは、則ちす可からずとする者無し、と。

子曰、顏子具體。顧微耳。在充之而已。孟子生而大全。顧未粹耳。在養之而已。
【読み】
子曰く、顏子は體を具う。顧[ただ]微かなるのみ。之を充てるに在るのみ。孟子は生なれながらにして大いに全し。顧未だ粹ならざるのみ。之を養うに在るのみ、と。

子曰、傳聖人之道、以篤實得之者、曾子是也。易簀之際、非幾於聖者不及也。推此志也、禹・稷之功、其所優爲也。
【読み】
子曰く、聖人の道を傳うるに、篤實を以て之を得る者は、曾子是れなり。簀を易うるの際、聖に幾き者に非ずんば及ばじ。此の志を推さば、禹・稷の功も、其の優[ゆた]かにする所なり、と。

子曰、聖人無夢、氣淸也。愚人多夢、氣昏也。孔子夢周公、誠也。蓋誠爲夜夢之影也。學者於此、亦可驗其心志之定否、操術之邪正也。
【読み】
子曰く、聖人夢無きは、氣淸めばなり。愚人夢多きは、氣昏ければなり。孔子周公を夢みるは、誠なり。蓋し誠夜夢の影と爲るならん。學者此に於て、亦其の心志の定否、操術の邪正を驗す可し、と。

子曰、周勃入北軍、問士卒、如有右袒、將何處哉。已知其心爲劉氏者、不必問也。當是之時、非陳平爲之謀、亦不能濟矣。迎文帝於霸橋而請問、則非其時。見河東守尉於其國、而嚴兵、則非其事。幾於無所能者、由不知學也。
【読み】
子曰く、周勃北軍に入って、士卒に問うとき、如し右に袒ぐこと有らば、何を將て處せんや。已に其の心劉氏の爲にせんことを知らば、必ずしも問わじ。是の時に當たって、陳平之が謀をするに非ずんば、亦濟すこと能わじ。文帝を霸橋に迎えて請い問うは、則ち其の時に非ず。河東の守尉を其の國に見て、兵を嚴にするは、則ち其の事に非ず。能くする所無きに幾き者は、學を知らざるに由ってなり、と。

子曰、仲尼渾然、乃天地也。顏子粹然、猶和風慶雲也。孟子巖巖然、猶泰山北斗也。
【読み】
子曰く、仲尼は渾然として、乃ち天地なり。顏子は粹然として、猶和風慶雲のごとし。孟子は巖巖然として、猶泰山北斗のごとし、と。

周茂叔曰、荀卿不知誠。子曰、旣誠矣、尙何事於養心哉。
【読み】
周茂叔曰く、荀卿は誠を知らず、と。子曰く、旣に誠あらば、尙何ぞ心を養うことを事とせんや、と。

子曰、王仲淹隱德君子也。其書有格言。非其自著也。續之者勦入其說耳。所謂售僞必假眞也。通之所得、粹矣。非荀・楊所及。續經、其僞益甚矣。自漢以來、制詔之足紀者寡矣。晉・宋以後、詩之足采者微矣。
【読み】
子曰く、王仲淹は隱德の君子なり。其の書に格言有り。其の自ら著するに非ず。之を續ぐ者其の說を勦入[そうにゅう]するのみ。所謂僞を售るは必ず眞を假るなり。通の得る所は、粹なり。荀・楊の及ぶ所に非ず。續經は、其の僞益々甚だし。漢自り以來、制詔の紀するに足る者寡し。晉・宋以後、詩の采るに足る者微なり、と。

孫覺問、孔明何如人也。子曰、王佐。曰、然則何以區區守一隅、不能大有爲於天下也。子曰、孔明欲定中原、與先主有成說矣。不及而死、天也。曰、聖賢殺一不辜而得天下則不爲。孔明保一國、殺人多矣。子曰、以天下之力、誅天下之賊、義有大於殺也。孔子請討陳恆。使魯用之、能不戮一人乎。曰、三國之興、孰爲正。子曰、蜀之君臣、志在興復漢室、正矣。
【読み】
孫覺問う、孔明は何如なる人ぞ、と。子曰く、王佐なり、と。曰く、然らば則ち何を以て區區として一隅を守って、能く大いに天下にすること有らざるや、と。子曰く、孔明中原を定めんと欲して、先主と成說有り。及ばずして死するは、天なり、と。曰く、聖賢は一つの辜あらざるを殺して天下を得ることは則ちせず。孔明一國を保ちて、人を殺すこと多し、と。子曰く、天下の力を以て、天下の賊を誅するは、義殺より大なること有り。孔子陳恆を討ぜんと請う。魯をして之を用いしめば、能く一人をも戮せざらんや、と。曰く、三國の興、孰か正とせん、と。子曰く、蜀の君臣、志漢室を興復するに在るは、正なり、と。

子曰、楊・墨學仁義而失之者。則後之學者有不爲仁義者、則其失豈特楊・墨哉。
【読み】
子曰く、楊・墨は仁義を學んで之を失する者なり。則ち後の學者仁義を爲めざる者有るときは、則ち其の失豈特楊・墨のみならんや、と。

子曰、與巽之語、聞而多礙者、先入也。與與叔語、宜礙而信者、致誠也。
【読み】
子曰く、巽之と語るに、聞いて礙[さまた]げ多き者は、先づ入ればなり。與叔と語るに、宜しく礙ぐべくして信ずる者は、誠を致せばなり、と。

子曰、君子正己而無恤乎人。沙隨之會、晉侯怒成公後期而不見。魯當是時、國家有難。彼曲我直、君子不以爲恥也。
【読み】
子曰く、君子は己を正して人を恤うること無し。沙隨の會に、晉侯成公の期に後れて見えざることを怒る。魯是の時に當たって、國家難有り。彼曲がり我れ直きは、君子不以て恥とせざるなり、と。

子曰、世云漢高能用子房、非也。子房用漢高耳。
【読み】
子曰く、世に漢高能く子房を用うと云うは、非なり。子房漢高を用うるのみ、と。

子曰、楊子雲去就無足觀。其曰明哲煌煌、旁燭無疆、則悔其蹈亂無先知之明也。其曰遜于不虞、以保天命、則欲以苟容爲全身之道也。使彼知聖賢見幾而作、其及是乎。苟至於無可奈何、則區區之命、亦安足保也。
【読み】
子曰く、楊子雲の去就は觀るに足ること無し。其の明哲煌煌として、旁く無疆を燭らすと曰うは、則ち其の亂を蹈んで先知の明無きことを悔ゆるなり。其の不虞に遜[しりぞ]きて、以て天命を保つと曰うは、則ち以て苟も容れらるることを欲して身を全くするの道を爲すなり。彼をして聖賢幾を見て作すことを知らしめば、其れ是に及ばんや。苟も奈何ともす可きこと無きに至っては、則ち區區の命も、亦安んぞ保つに足らん、と。

子曰、堯夫襟懷放曠、如空中樓閣、四通八達也。
【読み】
子曰く、堯夫は襟懷放曠にして、空中の樓閣、四通八達なるが如し、と。

子曰、楊子雲之過、非必見於美新投閣也。夫其黽勉莽・賢之閒而不能去。是安得爲大丈夫哉。
【読み】
子曰く、楊子雲の過ちは、必ずしも新を美め閣に投ずるに見るに非ず。夫れ其れ莽・賢の閒に黽勉[びんべん]として去ること能わず。是れ安んぞ大丈夫爲ることを得んや、と。

子曰、韓信多多益辨、分數明而已。
【読み】
子曰く、韓信多多益々辨ずるは、分數明らかなるのみ、と。

子曰、君實謂、其應世之具、猶藥之參苓。可以補養和平、不可以攻治沈痼。自處如是、必有救之之術矣。
【読み】
子曰く、君實謂えらく、其の世に應ずるの具は、猶藥の參苓のごとし。以て和平を補養す可く、以て沈痼を攻治す可からず、と。自ら處すること是の如くならば、必ず之を救うの術有らん、と。

或問、舜能化瞽・象於不格姦、而曷爲不能化商均也。子曰、舜以天下與人、必得如己者。故難於商均之惡。豈聞如瞽・象之甚焉。
【読み】
或るひと問う、舜能く瞽・象を姦に格らざるに化して、曷爲れぞ商均を化すること能わざる、と。子曰く、舜天下を以て人に與うるに、必ず己が如くなる者を得んとす。故に商均の惡を難しとす。豈瞽・象の甚だしきが如くなることを聞かんや、と。

子曰、張良進退出處之際皆有理。蓋儒者也。
【読み】
子曰く、張良進退出處の際皆理有り。蓋し儒者なり、と。

子曰、孔門善問、無若顏子、而乃終日如愚、無所問也。
【読み】
子曰く、孔門善く問うこと、顏子に若くは無くして、乃ち日を終うるまで愚なるが如きは、問う所無ければなり、と。

子曰、司馬君實能受盡言。故與之言必盡。
【読み】
子曰く、司馬君實能く言を受けて盡くす。故に之と言えば必ず盡くす、と。

子曰、顏子默識、曾子篤實。得聖人之道者、二子也。
【読み】
子曰く、顏子は默識、曾子は篤實。聖人の道を得る者は、二子なり、と。

或謂、顏子爲人、殆怯乎。子曰、孰勇於顏子。顏子曰、舜何人也。予何人也。有爲者亦若是。有而若無、實而若虛。孰勇於顏子。
【読み】
或るひと謂えらく、顏子の人と爲り、殆ど怯なるや、と。子曰く、孰か顏子より勇ならん。顏子曰く、舜は何人ぞや。予は何人ぞや。すること有らば亦是の若し、と。有れども無きが若く、實[み]てれども虛しきが若し。孰か顏子より勇ならん、と。

或問、漢文多災異、漢宣多祥瑞、何也。子曰、如小人日行不善、人不以爲言、君子一有不善、則羣起而議之、一道也。白者易汙、全者易毀、一道也。以風・雅考之、幽王大惡爲小惡、宣王小惡爲大惡、一道也。
【読み】
或るひと問う、漢文災異多く、漢宣祥瑞多きは、何ぞや、と。子曰く、小人日に不善を行えば、人以て言を爲さず、君子一たび不善有れば、則ち羣起して之を議するが如く、一道なり。白き者は汙し易く、全き者は毀ち易く、一道なり。風・雅を以て之を考うるに、幽王の大惡を小惡とし、宣王の小惡を大惡とするは、一道なり、と。

子曰、孟子言己志、有德之言也。論聖人之事、造道之言也。
【読み】
子曰く、孟子己が志を言うは、德有るの言なり。聖人の事を論ずるは、道に造るの言なり、と。

子曰、子貢之知、亞於顏子。知之而未能至之者也。
【読み】
子曰く、子貢の知は、顏子に亞ぐ。之を知って未だ之に至ること能わざる者なり、と。

或問、伊尹出處、有似乎孔子、而非聖之時、何也。子曰、其任也氣象勝。
【読み】
或るひと問う、伊尹の出處、孔子に似ること有りて、聖の時に非ざるは、何ぞや、と。子曰く、其の任や氣象勝ればなり、と。

子曰、人有顏子之德、則有孟子之事功。孟子之事功、與禹・稷竝。
【読み】
子曰く、人顏子の德有るときは、則ち孟子の事功有り。孟子の事功は、禹・稷と竝ぶ、と。

或問、孟子何以能知言。子曰、譬之坐乎堂上、則其辨堂下之聲如絲竹也。苟雜處乎衆言之閒、羣音囂囂然、己且不能自明。尙何暇他人之知乎。
【読み】
或るひと問う、孟子何を以て能く言を知る、と。子曰く、之を譬うるに堂上に坐するときは、則ち其の堂下の聲を辨ずること絲竹の如し。苟も衆言の閒に雜處して、羣音囂囂然たれば、己且つ自ら明らかにすること能わず。尙何ぞ他人を知るに暇あらんや、と。

子曰、孔子爲宰、爲陪臣、皆可以行大道。若孟子、必得賓師之位而後行也。
【読み】
子曰く、孔子宰爲り、陪臣爲るときは、皆以て大道を行う可し。孟子の若きは、必ず賓師の位を得て而して後に行わる、と。

子曰、明叔明辨有才氣、其於世務練習、蓋美材也。其學晩溺於佛。所謂日月至焉而已者、豈不可惜哉。
【読み】
子曰く、明叔明辨才氣有り、其の世務に於て練習するは、蓋し美材なり。其の學晩に佛に溺る。所謂日月至れるのみという者、豈惜しむ可からざらんや、と。

游酢得西銘誦之、則渙然於心曰、此中庸之理也。能求於語言之外也。
【読み】
游酢西の銘を得て之を誦じて、則ち心に渙然として曰く、此れ中庸の理なり、と。能く語言の外に求むるなり、と。

子曰、和叔任道、風力甚勁、而深潛縝密、則於與叔不逮。
【読み】
子曰く、和叔道を任じて、風力甚だ勁[つよ]けれども、而れども深潛縝密なることは、則ち與叔に逮ばず、と。

鮮于侁問曰、顏子何以不能改其樂。子曰、知其所樂、則知其不改。謂其所樂者何樂也。曰、樂道而已。子曰、使顏子以道爲可樂而樂乎、則非顏子矣。他日、侁以語鄒浩。浩曰、吾雖未識夫子、而知其心矣。
【読み】
鮮于侁問いて曰く、顏子何を以て其の樂しみを改むること能わざる、と。子曰く、其の樂しむ所を知るときは、則ち其の改めざることを知らん。謂ゆる其の樂しむ所の者は何の樂ぞや、と。曰く、道を樂しむのみ、と。子曰く、顏子をして道を以て樂しむ可しと爲して樂しましめば、則ち顏子に非ず、と。他日、侁以て鄒浩に語る。浩曰く、吾れ未だ夫子を識らずと雖も、其の心を知れり、と。

或謂、佛氏引人入道。比之孔子爲徑直乎。子曰、果其徑也、則仲尼豈固使學者迂曲其所行而難於有至哉。故求徑途而之大道、是猶冒險阻、披荆棘、以祈至于四達之衢爾。
【読み】
或るひと謂く、佛氏人を引いて道に入る。之を孔子に比するに徑直とせんか、と。子曰く、果たして其れ徑ならば、則ち仲尼豈固に學者をして其の行う所を迂曲にして至ること有るに難からしめんや。故に徑途を求めて大道に之かんとするは、是れ猶險阻を冒し、荆棘を披[ひら]いて、以て四達の衢に至ることを祈[もと]むるがごときのみ、と。

孟子曰、可以仕則任、可以止則止、可以久則久、可以速則速、孔子也。孔子聖之時者也。知易者莫如孟子矣。孟子曰、王者之迹熄而詩亡。詩亡然後春秋作。春秋天子之事也。知春秋者莫如孟子矣。
【読み】
孟子曰く、以って仕う可きときは則ち任え、以て止む可きときは則ち止み、以て久しかる可きときは則ち久しく、以て速やかなる可きときは則ち速やかなるは、孔子なり。孔子は聖の時なる者なり、と。易を知る者は孟子に如くは莫し。孟子曰く、王者の迹熄[き]えて詩亡ぶ。詩亡びて然して後に春秋作る。春秋は天子の事なり、と。春秋を知る者は孟子に如くは莫し。

子曰、孔子之道、著見於行、如郷黨之所載者、自誠而明也。由郷黨之所載而學之、以至於孔子者、自明而誠也。及其至焉、一也。
【読み】
子曰く、孔子の道、行いに著見すること、郷黨の載する所の如くなる者は、誠自りして明らかなるなり。郷黨の載する所に由って之を學んで、以て孔子に至る者は、明らかなる自りして誠なるなり。其の至るに及んでは、一なり、と。

子曰、聞善言則拜者、禹之所以爲聖也。以能問於不能者、顏子之所以爲賢也。後之學者、有一善則充然而自足。哀哉。
【読み】
子曰く、善言を聞けば則ち拜する者は、禹の聖爲る所以なり。能を以て不能に問う者は、顏子の賢爲る所以なり。後の學者、一善有れば則ち充然として自ら足れりとす。哀しいかな、と。

或問、舜不告而娶、爲無後也。而與拂父母之心孰重。子曰、非直不告也。告而不可、然後堯使之娶耳。堯以君命命瞽瞍。舜雖不告、堯固告之矣。在瞽瞍不敢違、而在舜爲可娶也。君臣父子夫婦之道、於是乎皆得。曰、然則象將殺舜、而堯不治焉、何也。子曰、象之欲殺舜、無可見之迹。發人隱慝而治之、非堯也。
【読み】
或るひと問う、舜告げずして娶るは、後無きが爲なり。而れども父母の心に拂[さか]うと孰れか重き、と
。子曰く、直に告げざるには非ず。告げて可[き]かずして、然して後に堯之をして娶らしむるのみ。堯君命を以て瞽瞍に命ず。舜告げずと雖も、堯固より之を告ぐ。瞽瞍に在っては敢えて違わずして、舜に在っては娶る可しとす。君臣父子夫婦の道、是に於て皆得、と。曰く、然らば則ち象將に舜を殺さんとして、堯治めざるは、何ぞや、と。子曰く、象の舜を殺さんと欲する、見る可き迹無し。人の隱慝を發して之を治むれば、堯に非ざるなり、と。

子曰、伊尹之耕于莘、傅說之築于巖。天下之事、非一一而學之、天下之賢才、非人人而知之也。明其在我者而已。
【読み】
子曰く、伊尹は莘に耕し、傅說は巖に築けり。天下の事、一一にして之を學ぶに非ず、天下の賢才、人人にして之を知るに非ず。其の我に在る者を明らかにするのみ、と。

子曰、董子有言、仁人正其誼不謀其利、明其道不計其功。度越諸子遠矣。
【読み】
子曰く、董子言えること有り、仁人は其の誼を正しくして其の利を謀らず、其の道を明らかにして其の功を計らず、と。諸子に度越すること遠し、と。

或問、陋巷、貧賤之人亦有以自樂。何獨顏子。子曰、貧賤而在陋巷、俄然處富貴、則失其本心者衆矣。顏子簞瓢由是、萬鍾由是。
【読み】
或るひと問う、陋巷は、貧賤の人も亦以て自ら樂しむこと有り。何ぞ獨り顏子のみならんや、と。子曰く、貧賤にして陋巷に在り、俄然として富貴に處するときは、則ち其の本心を失う者衆し。顏子は簞瓢も是に由り、萬鍾も是に由る、と。

子曰、有學不至而言至者、循其言可以入道。門人曰、何謂也。子曰、眞積力久則入、荀卿之言也。優而柔之、使自求之、饜而飫之、使自趨之、若江河之浸、膏澤之潤、渙然冰釋、怡然理順、杜預之言也。思之思之、又重思之。思而不通、鬼神將通之。非鬼神之力也。精誠之極也、管子之言也。此三者、循其言皆可以入道。而三子初不能及此也。
【読み】
子曰く、學至らずして言至る者有り、其の言に循わば以て道に入る可し、と。門人曰く、何の謂ぞや、と。子曰く、眞に力を積むこと久しきときは則ち入るというは、荀卿の言なり。優にして之を柔にし、自ら之を求めしめ、饜きるまでにして之を飫き、自ら之に趨かしめ、江河の浸し、膏澤の潤うが若くにして、渙然として冰のごとく釋け、怡然[いぜん]として理順うというは、杜預の言なり。之を思い之を思って、又重ねて之を思う。思って通ぜざれば、鬼神將に之を通ぜんとす。鬼神の力には非ず。精誠の極みなりというは、管子の言なり。此の三つの者、其の言に循わば皆以て道に入る可し。而れども三子初めより此に及ぶこと能わず、と。

子曰、孔子敎人、各因其才。有以文學入者、有以政事入者、有以言語入者、有以德行入者。
【読み】
子曰く、孔子の人を敎うるは、各々其の才に因る。文學を以て入る者有り、政事を以て入る者有り、言語を以て入る者有り、德行を以て入る者有り、と。

子曰、老氏之言雜權詐。秦愚黔首、其術蓋有所自。
【読み】
子曰く、老氏の言は權詐を雜じう。秦黔首[けんしゅ]を愚にすること、其の術蓋し自る所有らん、と。

或問、高宗之於傅說、文王之於太公、知之素矣、恐民之未信也。故假夢卜以重其事。子曰、然則是僞也。聖人無僞。
【読み】
或るひと問う、高宗の傅說に於る、文王の太公に於る、之を素に知って、民の未だ信ぜざらんことを恐る。故に夢卜を假りて以て其の事を重んず、と。子曰く、然れば則ち是れ僞りなり。聖人は僞り無し、と。

子曰、盟可用要之則不可。用要而盟、與不盟同。使要盟而可用、則賣國背君、亦可要也。是故孔子舍蒲人之約、而卒適衛。
【読み】
子曰く、盟之を要することを用う可きときは則ち不可なり。要することを用いて盟ずるは、盟ぜざると同じ。盟を要して用う可からしむるときは、則ち國を賣り君に背くとも、亦要す可し。是の故に孔子蒲人の約を舍てて、卒に衛に適く、と。

子曰、顏子之怒、在物而不在己。故不遷。
【読み】
子曰く、顏子の怒りは、物に在って己に在らず。故に遷らず、と。

子曰、仲尼之門、不任於大夫之家、惟顏・閔・曾子數人而已。
【読み】
子曰く、仲尼の門、大夫の家に任えざるは、惟顏・閔・曾子數人のみ、と。

或問、小白・子糾孰長。子曰、小白長。何以知之。子曰、漢史不云乎、齊威殺其弟。蓋古之傳者云爾。有如子糾兄也、管仲輔之爲得正。小白旣奪其國而又殺之、則管仲之於威公、乃不與同世之仇也。若計其後功而與其事威、聖人之言、無乃其害於義、而啓後世反復不忠之患乎。
【読み】
或るひと問う、小白・子糾孰れか長なる、と。子曰く、小白長なり、と。何を以て之を知る、と。子曰く、漢史云わずや、齊威其の弟を殺す、と。蓋し古の傳うる者爾か云う。子糾兄なるが如くなること有らば、管仲之を輔くること正しきを得たりとす。小白旣に其の國を奪って又之を殺さば、則ち管仲が威公に於る、乃ち與に世を同じくせざるの仇なり。若し其の後の功を計って其の威に事うることを與[ゆる]さば、聖人の言、乃ち其だ義を害して、後世反復不忠の患えを啓くこと無からんや、と。

子曰、生而知之者、謂理也、義也。若古今之故、非學不能知也。故孔子問禮樂、訪官名、而不害乎生知也。禮樂官名、其文制有舊、非可鑿知而苟爲者。
【読み】
子曰く、生まれながらにして之を知るという者は、謂ゆる理なり、義なり。古今の故の若きは、學ぶに非ざれば知ること能わず。故に孔子禮樂を問い、官名を訪ねて、而して生知に害あらず。禮樂官名は、其の文制舊有り、鑿知して苟もす可き者に非ず、と。

子曰、人所不可能者、聖人不爲也。或曰周公能爲人臣所不能爲、陋哉斯言也。
【読み】
子曰く、人の能くす可からざる所の者は、聖人せざるなり。或るひと周公能く人臣のすること能わざる所をすと曰うは、陋しいかな斯の言や、と。

子曰、荀子謂博聞廣見可以取道。欲力行堯・舜之所行、其所學皆外也。
【読み】
子曰く、荀子が謂ゆる博聞廣見以て道を取る可し、と。力めて堯・舜の行う所を行わんと欲すとも、其の學ぶ所は皆外なり、と。

子曰、工尹商陽追呉師、旣及之曰、我朝不坐、宴不與、殺三人足以反命。夫商陽惟當致力君命、而乃行私情於其閒。慢莫甚焉。孔子蓋不與也。其曰殺人之中又有禮焉、蓋記禮者之謬也。
【読み】
子曰く、工尹商陽呉の師を追って、旣に之に及んで曰く、我れ朝に坐せず、宴に與らず、三人を殺して以て反命するに足れり、と。夫れ商陽は惟當に力を君命に致すべくして、而るに乃ち私情を其の閒に行う。慢ること焉より甚だしきは莫し。孔子蓋し與せじ。其の人を殺すの中に又禮有りと曰うは、蓋し禮を記する者の謬りならん、と。

子曰、曾子易簀之際、志於正而已矣。無所慮也。與行一不義、殺一不辜而得天下不爲者、同心。
【読み】
子曰く、曾子簀を易うるの際は、正しきに志すのみ。慮る所無し。一つの義あらざるを行い、一つの辜あらざるを殺して天下を得るともせざる者と、心を同じくす、と。

子曰、孔子之道、得其傳者、曾子而已矣。時門弟子才辨明智之士非不衆也。而傳聖人之道者、乃質魯之人也。觀易簀之事、非幾於聖者不足以臻此。繼其傳者、有子思、則可見矣。
【読み】
子曰く、孔子の道、其の傳を得る者は、曾子のみ。時に門弟子才辨明智の士衆からざるには非ず。而れども聖人の道を傳うる者は、乃ち質魯の人なり。簀を易うるの事を觀るに、聖に幾き者に非ずんば以て此に臻[いた]るに足らず。其の傳を繼ぐ者、子思有るときは、則ち見る可し、と。

劉安節問、孔子未嘗以仁許人、而稱管仲曰如其仁、何也。子曰、闡幽之道也。子路以管仲不死於子糾爲未仁。其言仲者小矣。是以聖人推其有仁之功。或抑或揚、各有攸當。聖人之言類如此。學者自得可也。
【読み】
劉安節問う、孔子未だ嘗て仁を以て人に許すことあらずして、管仲を稱して其の仁に如かんと曰うは、何ぞや、と。子曰く、幽を闡[ひら]くの道なり。子路管仲子糾に死せざるを以て未だ仁ならずとす。其の仲を言う者小なり。是を以て聖人其の仁の功有るを推す。或は抑え或は揚げて、各々當たる攸有り。聖人の言は類ね此の如し。學者自得して可なり、と。

子曰、在邦家而無怨、聖人發明仲弓、使之知仁也。然在家而有怨者焉、舜是也。在邦而有怨者焉、周公是也。
【読み】
子曰く、邦家に在って怨み無しというは、聖人仲弓を發明して、之をして仁を知らしむるなり。然れども家に在って怨み有る者は、舜是れなり。邦に在って怨み有る者は、周公是れなり、と。

子曰、堯・舜・孔子、語其聖則不異。語其事功則有異。
【読み】
子曰く、堯・舜・孔子、其の聖を語るときは則ち異ならず。其の事功を語るときは則ち異なること有り、と。

子曰、象憂喜、舜亦憂喜、天理人情之至也。舜之於象、周公之於管叔、其用心一也。管叔初未嘗有惡。使周公逆度其兄將畔而不使、是誠何心哉。惟管叔之畔、非周公所能知也、則其過有所不免矣。
【読み】
子曰く、象が憂喜すれば、舜も亦憂喜するは、天理人情の至りなり。舜の象に於る、周公の管叔に於る、其の心を用うること一なり。管叔初めより未だ嘗て惡有らず。周公をして逆[あらかじ]め其の兄の將に畔かんとすることを度って使わざらしめば、是れ誠に何の心ぞや。惟管叔の畔くは、周公の能く知る所に非ざれば、則ち其の過ち免れざる所有り、と。

子曰、齊王欲養弟子以萬鍾、使夫國人有所矜式、其心善矣。於孟子有可處之義也。然時子以利誘孟子門人。故孟子曰、我非欲富也。如其欲富、則辭十萬而受萬乎。故當知孟子非不肯爲國人矜式者。特不可以利誘耳。
【読み】
子曰く、齊王弟子を養うに萬鍾を以てし、夫の國人をして矜[つつし]み式[のっと]る所有らしめんと欲するは、其の心善し。孟子に於て處す可きの義有り。然れども時子利を以て孟子の門人に誘う。故に孟子曰く、我れ富を欲するに非ず。如し其れ富を欲せば、則ち十萬を辭して萬を受けんや、と。故に當に孟子は國人矜み式ることをすることを肯んぜざる者に非ざることを知るべし。特利を以て誘う可からざるのみ、と。

子曰、不已則無閒、天之道也。純則不二、文王之德也。文王其猶天歟。
【読み】
子曰く、已まざるときは則ち閒無きは、天の道なり。純なるときは則ち二ならざるは、文王の德なり。文王は其れ猶天のごときか、と。

或問、莊周何如。子曰、其學無禮無本。然形容道理之言、則亦有善者。
【読み】
或るひと問う、莊周は何如、と。子曰く、其の學禮無く本無し。然れども道理を形容するの言は、則ち亦善なる者有り、と。

子曰、世之博聞强識者衆矣。其終未有不入於禪學者。特立不惑、子厚・堯夫而已。然其說之流、亦未免於有弊也。
【読み】
子曰く、世の博聞强識の者衆し。其の終に未だ禪學に入らざる者有らず。特立して惑わざるは、子厚・堯夫のみ。然れども其の說の流も、亦未だ弊有ることを免れず、と。

子曰、瞻之在前、未能及也。忽焉在後、則又過也。其差甚微、其失則有過不及之異。是微也、惟顏子知之。故興卓爾之歎也。
【読み】
子曰く、之を瞻るに前に在りというは、未だ及ぶこと能わざるなり。忽焉として後に在りというは、則ち又過ぐるなり。其の差は甚だ微なれども、其の失は則ち過不及の異なり有り。是の微なるや、惟顏子のみ之を知る。故に卓爾の歎を興す、と。

或問、後世有作、虞帝弗可及、何也。子曰、譬之於地、肇開而種之、其資毓於物者、如何其茂也。久則漸磨矣。虞舜當未開之時、及其聰明、如此其盛。宜乎後世莫能及也。胡不觀之、有天地之盛衰、有一時之盛衰、有一月之盛衰、有一辰之盛衰、一國有幾家、一家有幾人、其榮枯休戚未有同者。陰陽消長、氣之不齊、理之常也。
【読み】
或るひと問う、後世作ること有りとも、虞帝に及ぶ可からずというは、何ぞや、と。子曰く、之を地に譬うるに、肇めて開いて之を種うるときは、其の資って物に毓[いく]する者、如何にして其れ茂んなる。久しきときは則ち漸磨す。虞舜は未だ開かざるの時に當たって、其の聰明、此の如く其れ盛んなるに及ぶ。宜なるかな後世能く及ぶこと莫きこと。胡ぞ之を觀ざる、天地の盛衰有り、一時の盛衰有り、一月の盛衰有り、一辰の盛衰有り、一國に幾家有り、一家に幾人有り、其の榮枯休戚未だ同じき者有らざるを。陰陽消長、氣の齊しからざるは、理の常なり、と。

子曰、知之旣至、其意自誠、其心自正。顏子有不善未嘗不知、知之至也。知之至、是以未嘗復行。有復行焉者、知之不至耳。
【読み】
子曰く、知ること旣に至れば、其の意自づから誠に、其の心自づから正し。顏子不善有れば未だ嘗て知らずんばあらず、知ること至れるなり。知ること至る、是を以て未だ嘗て復行わず。復行うこと有る者は、知ること至らざるのみ、と。

子曰、善惡皆天理、謂之惡者、或過或不及。無非惡也。楊・墨之類是也。
【読み】
子曰く、善惡皆天理、之を惡と謂う者は、或は過ぎ或は不及。惡に非ずということ無し。楊・墨の類是れなり、と。

明道十五六時、周茂叔論聖道之要。遂厭科舉、慨然欲爲道學、而未知其方也、及泛濫於諸家、出入於釋・老者幾十年、反求諸六經、而後得之。
【読み】
明道十五六の時、周茂叔聖道の要を論ず。遂に科舉を厭いて、慨然として道學を爲めんと欲すれども、而れども未だ其の方を知らず、及び諸家に泛濫し、釋・老に出入する者幾十年、反って六經に求めて、而して後に之を得。

明道志康節之墓曰、先生少時、自雄其才、慷慨有大志。旣學、力慕高遠、謂先王之事爲可必致。及其學益老、德益邵、玩心高明、觀天地運化、陰陽消長、以逹乎萬物之變、然後頹然乎順、浩然乎歸、德氣粹然、望之可知其賢。然不事表暴、不設防畛、正而不諒、通而不汙、淸明坦夷、洞徹中外。其與人言、必依於孝弟忠信、樂道人之善、而未嘗及其惡。故賢者樂其德、不肖者服其化。所以厚風俗、成人材之功亦多矣。昔七十子學於仲尼、其傳可見者、惟曾子所以告子思、而子思所以授孟子者耳。其餘門人、各以其才之所宜爲。學雖同尊聖人、所因而入者、門戶則衆矣。況後此千有餘歲、師道不立、學者莫知所從來。獨先生之學、得之於李挺之、挺之得之於穆伯長。推其源流、遠有端緒。今李・穆之言及其行事、概可見也。而先生純一不雜、汪洋高大、乃其所自得者多矣。然而名其學者、豈所謂門戶之衆、各有所因而入者與。語成德者、昔難其居。若先生之道、以其所至而論之、可謂安且成矣。
【読み】
明道康節の墓に志[しる]して曰く、先生少かりし時、自ら其の才を雄として、慷慨として大いなる志有り。旣に學んで、力めて高遠を慕い、謂えらく、先王の事爲必ず致す可し、と。其の學益々老い、德益々邵[たか]きに及んで、心を高明に玩ばしめ、天地の運化、陰陽の消長を觀て、以て萬物の變に逹し、然して後頹然として順い、浩然として歸して、德氣粹然として、之を望んで其の賢を知る可し。然も表暴を事とせず、防畛を設けず、正しくして諒ならず、通じて汙れず、淸明坦夷、洞[あき]らかに中外に徹す。其の人と言うときは、必ず孝弟忠信に依り、人の善を道うことを樂しんで、未だ嘗て其の惡に及ばず。故に賢者は其の德を樂しみ、不肖者は其の化に服す。所以に風俗を厚くし、人材を成すの功も亦多し。昔七十子仲尼に學んで、其の傳見る可き者は、惟り曾子が子思に告ぐる所以にして、子思が孟子に授くる所以の者のみ。其の餘の門人は、各々其の才の宜しくすべき所を以てす。學は同じく聖人を尊ぶと雖も、因って入る所の者、門戶則ち衆し。況んや此より後千有餘歲、師道立たず、學者從って來る所を知ること莫し。獨り先生の學、之を李挺之に得、挺之は之を穆伯長に得。其の源流を推すに、遠く端緒有り。今李・穆の言及び其の行事、概ね見る可し。而るに先生純一にして雜じえず、汪洋として高大にして、乃ち其の自得する所の者多し。然れども其の學に名ある者、豈所謂門戶の衆き、各々因る所有って入る者か。成德を語る者、昔其の居を難ず。先生の道の若きは、其の至る所を以て之を論ぜば、安んじて且つ成れりと謂う可し、と。

伯淳旣沒、公卿大夫議以明道先生號之。子爲之言曰、周公死、聖人之道不行、孟軻死、聖人之學不傳。道不行、百世無善治、學不傳、千載無眞儒。無善治、士猶得以明夫善治之道、以淑諸人、以傳諸後。無眞儒、則天下貿貿焉莫知所之、人欲肆而天理滅矣。先生生千四百年之後、得不傳之學於遺經、天不憖遺、哲人早世。學者於道、知所嚮、然後見斯人之爲功、知所至、然後見斯名之稱情。山可夷、谷可堙、明道之名、亘萬古而長存也。
【読み】
伯淳旣に沒して、公卿大夫議して明道先生を以て之を號す。子之が言を爲して曰く、周公死して、聖人の道行われず、孟軻死して、聖人の學傳わらず。道行われずんば、百世善治無く、學傳わらずんば、千載眞儒無し。善治無きときは、士猶以て夫の善治の道を明らかにして、以て人に淑[よ]くし、以て後に傳うることを得ん。眞儒無きときは、則ち天下貿貿焉として之く所を知ること莫く、人欲肆にして天理滅ぶ。先生千四百年の後に生まれて、不傳の學を遺經に得、天憖[なまじ]いに遺さずして、哲人早世す。學者道に於て、嚮かう所を知って、然して後に斯の人の功爲ることを見、至る所を知って、然して後に斯の名の情[まこと]に稱うことを見ん。山は夷[たい]らかなる可く、谷は堙[うづ]まる可くとも、明道の名は、萬古に亘って長く存せん、と。


君臣篇

子曰、人君欲附天下、當顯明其道。誠意以待物、恕己以及人、發政施仁、使四海蒙其惠澤可也。若乃暴其小惠、違道干譽、欲致天下之親己、則其道狹矣。非特人君爲然也。臣之於君、竭其忠誠、致其才力、用否在君而已。不可阿諛逢迎、以求君之厚己也。雖朋友亦然。修身誠意以待之、疏戚在人而已。不可巧言令色、曲從苟合、以求人之與己也。雖郷黨親戚亦然。
【読み】
子曰く、人君天下を附けんと欲せば、當に其の道を顯明にすべし。意を誠にして以て物を待ち、己を恕して以て人に及ぼし、政を發し仁を施して、四海をして其の惠澤を蒙らしめて可なり。若し乃ち其の小惠を暴[さら]し、道に違いて譽れを干[もと]めて、天下の己に親しまんことを致さんと欲せば、則ち其の道狹からん。特に人君のみ然りとするに非ず。臣の君に於る、其の忠誠を竭くし、其の才力を致さば、用否は君に在るのみ。阿諛逢迎して、以て君の己に厚からんことを求むる可からず。朋友と雖も亦然り。身を修め意を誠にして以て之を待たば、疏戚は人に在るのみ。言を巧みし色を令[よ]くして、曲げ從い苟も合して、以て人の己に與せんことを求むる可からず。郷黨親戚と雖も亦然り、と。

子曰、君道以人心悅服爲本。
【読み】
子曰く、君道は人心悅服するを以て本とす、と。

子曰、君臣朋友之際、其合不正、未有久而不離者。故賢者順理而安行、智者知幾而固守。
【読み】
子曰く、君臣朋友の際、其の合うこと正しからずんば、未だ久しくして離れざる者は有らず。故に賢者は理に順って安んじ行い、智者は幾を知って固く守る、と。

子曰、君子有爲於天下、惟義而已。不可則止。無苟爲、亦無必爲。
【読み】
子曰く、君子天下にすること有るは、惟義のみ。可ならざれば則ち止む。苟もすること無きときは、亦必ずしもすること無し。

子曰、止惡當於其微。至盛而後禁、則勞而有傷矣。君惡旣甚、雖以聖人救之、亦不免咈違也。民惡旣甚、雖以聖人治之、亦不免於刑戮也。
【読み】
子曰く、惡を止むるは當に其の微なるに於てすべし。盛んなるに至って而して後禁ずるときは、則ち勞して傷[やぶ]ること有り。君の惡旣に甚だしきときは、聖人を以て之を救うと雖も、亦咈[たが]い違うことを免れじ。民の惡旣に甚だしきときは、聖人を以て之を治むと雖も、亦刑戮を免れじ、と。

子曰、人臣以忠信善道事其君者、必達其所蔽、而因其所明、乃能入矣。雖有所蔽、亦有所明。未有冥然而皆蔽者也。古之善諫者、必因君心所明、而後見納。是故訐直强果者、其說多忤、溫厚明辨者、其說多行。愛戚姬、將易嫡庶、是其所蔽也。素重四老人之賢而不能致、是其所明也。四老人之力、孰與夫公卿及天下之心、其言之切、孰與周昌・叔孫通也。高祖不從彼而從此者、留侯不攻其蔽而就其明也。趙王太后愛其少子長安君、不使爲質於齊、是其蔽也。愛之欲其富貴久長於齊、是其所明也。左師觸龍所以導之者、亦因其明爾。故其受命如響。夫敎人者、亦如此而已。
【読み】
子曰く、人臣忠信善道を以て其の君に事うる者は、必ず其の蔽わるる所を達して、其の明なる所に因って、乃ち能く入る。蔽わるる所有りと雖も、亦明なる所有り。未だ冥然として皆蔽わるる者は有らず。古の善く諫むる者は、必ず君の心の明なる所に因って、而して後納れらる。是の故に訐直强果なる者は、其の說多くは忤[さか]い、溫厚明辨なる者は、其の說多くは行わる。戚姬を愛して、將に嫡庶を易えんとするは、是れ其の蔽わるる所なり。素より四老人の賢を重んじて致すこと能わざるは、是れ其の明なる所なり。四老人の力、夫の公卿及び天下の心に孰れぞ、其の言の切なること、周昌・叔孫通に孰れぞ。高祖彼に從わずして此に從う者、留侯其の蔽を攻めずして其の明なるに就けばなり。趙王の太后其の少子長安君を愛して、齊に質爲らしめざるは、是れ其の蔽なり。之を愛して其の富貴にして齊に久長ならんことを欲するは、是れ其の明なる所なり。左師觸龍之を導く所以の者も、亦其の明なるに因るのみ。故に其の命を受くること響きの如し。夫の人を敎うる者も、亦此の如きのみ、と。

子曰、小人之於君、能深奪其志。未有由顯明以道合者。
【読み】
子曰く、小人の君に於る、能く深く其の志を奪う。未だ顯明に由って道を以て合う者は有らず、と。

子曰、王者奉若天道、動無非天者。故稱天王。命則天命也。討則天討也。盡天道者、王道也。後世以智力持天下者、霸道也。
【読み】
子曰く、王者は奉ずること天道の若く、動くこと天に非ざる者無し。故に天王と稱す。命は則ち天命なり。討は則ち天討なり。天道を盡くす者は、王道なり。後世智力を以て天下を持する者は、霸道なり、と。

子曰、人臣身居大位、功蓋天下、而民懷之、則危疑之地也。必也誠積於中、動不違理、威福不自己出、人惟知有君而已。然後位極而無逼上之嫌、勢重而無專權之過。斯可謂明哲君子矣。周公・孔明其人也。郭子儀有再造社稷之功、威震人主、而上不疑之也、亦其次歟。
【読み】
子曰く、人臣身大位に居して、功天下を蓋って、民之に懷くときは、則ち危疑の地なり。必ずや誠中に積み、動くこと理に違わず、威福己自り出ずんば、人惟君有ることを知るのみ。然して後位極まりて上に逼るの嫌無く、勢重くして權を專らにするの過ち無し。斯れ明哲の君子と謂う可し。周公・孔明其の人なり。郭子儀再び社稷を造すの功有り、威人主を震って、上之を疑わざるも、亦其の次か、と。

張子厚再召如京師、過子曰、往終無補也。不如退而閒居、講明道義、以資後學、猶之可也。子曰、何必然。義當往則往、義當來則來耳。
【読み】
張子厚再び召されて京師に如くとき、子に過りて曰く、往くとも終に補い無けん。如かじ、退いて閒居して、道義を講明して、以て後學を資[たす]けば、猶之れ可なり、と。子曰く、何ぞ必ずしも然らん。義當に往くべきときは則ち往き、義當に來るべきときは則ち來らんのみ、と。

子曰、剛健之臣事柔弱之君、而不爲矯飾之行者鮮矣。夫上下之交不誠而以僞也、其能久相有乎。
【読み】
子曰く、剛健の臣柔弱の君に事えて、矯飾の行いをせざる者は鮮し。夫れ上下の交わり誠ならずして僞りを以てせば、其れ能く久しく相有らんや、と。

或問、升卦有大臣之事乎。子曰、道何所不在。曰、大臣而猶升也、則何之矣。子曰、上則升君於道、下則升賢於朝、己則止其分耳。分則當止而德則當升也。盡是道者、文王也。
【読み】
或るひと問う、升の卦に大臣の事有りや、と。子曰く、道何ぞ在らざる所あらん、と。曰く、大臣にして猶升るときは、則ち何くにか之かん、と。子曰く、上は則ち君を道に升らせ、下は則ち賢を朝に升らせ、己は則ち其の分に止まるのみ。分は則ち當に止まるべくして德は則ち當に升るべし。是の道を盡くす者は、文王なり、と。

子曰、士有志在朝廷而才不足者、有才可以濟而誠不至者。誠苟至焉、正色率下、則用之天下治矣。
【読み】
子曰く、士志朝廷に在れども而れども才足らざる者有り、才以て濟す可けれども而れども誠至らざる者有り。誠苟も至って、色を正しくして下を率いるときは、則ち之を用いて天下治まらん、と。

劉安節問、賜魯天子禮樂以祀周公、可乎。子曰、不可。人臣而用天子之所用、周公之法亂矣。成王之賜、伯禽之受、皆過也。王氏謂人臣有不能爲之功、而周公能之、故賜以人臣不能用之禮樂、非也。人臣無不能爲之功。周公亦盡其分耳。人臣所當爲者而不爲、則誰爲之也。事親若曾子可也。其孝非過乎子之分也。亦免責而已。臣之於君、猶子之於父。苟不盡其責之所當爲、則事業何自而立。而謂人臣有不能爲之功、是猶曰人子有不能爲之孝也。而可乎。後世有恃功責報而怏怏於君者、必此之言夫。
【読み】
劉安節問う、魯に天子の禮樂を賜って以て周公を祀るは、可なりや、と。子曰く、可ならず。人臣にして天子の用うる所を用うれば、周公の法亂る。成王の賜うも、伯禽の受くるも、皆過ちなり。王氏謂えらく、人臣すること能わざるの功有って、周公之を能す、故に賜うに人臣用うること能わざるの禮樂を以てすとは、非なり。人臣すること能わざるの功無し。周公も亦其の分を盡くすのみ。人臣當にすべき所の者にしてせずんば、則ち誰か之をせん。親に事うること曾子の若くせば可なり。其の孝子の分に過ぎるに非ず。亦責めを免るるのみ。臣の君に於るは、猶子の父に於るがごとし。苟も其の責めの當にすべき所を盡くさずんば、則ち事業何に自って立たん。而るを人臣すること能わざるの功有りと謂うは、是れ猶人子すること能わざるの孝有りと曰うがごとし。而も可ならんや。後世有功を恃み報を責めて君に怏怏たる者、必ず此の言か、と。

子曰、當爲國之時、旣盡其防慮之道矣。而猶不免、則命也。苟唯致其命。安其然、則危塞險難無足以動其心者。行吾義而已。斯可謂之君子。
【読み】
子曰く、國を爲むるの時に當たって、旣に其の防慮の道を盡くす。而れども猶免れざるときは、則ち命なり。苟も唯其の命を致すのみ。其の然ることを安んずるときは、則ち危塞險難以て其の心を動かすに足る者無し。吾が義を行うのみ。斯れ之を君子と謂う可し、と。

子曰、君子之處高位也、有拯(徐本拯作極。)而無隨焉。在下位也、則有當拯(徐本拯作極。)、有當隨焉。
【読み】
子曰く、君子の高位に處る、拯[すく]うこと(徐本拯を極に作る。)有りて隨うこと無し。下位に在るときは、則ち當に拯う(徐本拯を極に作る。)べき有り、當に隨うべき有り、と。

或問、爲官僚而言事於長、理直則不見從也。則如之何。子曰、亦權其輕重而已。事重於去則當去、事輕於去則當留、事大於爭則當爭、事小於爭則當已。雖然、今之仕於官者、其有能去者、必有之矣。而吾未之見也。
【読み】
或るひと問う、官僚と爲りて事を長に言うに、理直なるときは則ち從わられず。則ち之を如何、と。子曰く、亦其の輕重を權るのみ。事去るに重きときは則ち當に去るべく、事去るに輕きときは則ち當に留むるべく、事爭[いさ]むるに大なるときは則ち當に爭むべく、事爭むるに小なるときは則ち當に已むべし。然りと雖も、今の官に仕うる者、其の能く去ること有る者は、必ず之れ有らん。而れども吾れ未だ之を見ず、と。

范公爲諫官、嘗諫上曰、今欲富國强兵、將何以爲。子聞之曰、野哉。烏足以格其君。周禮所記、亦有强富之術。惟孟子爲梁惠王言利之不可爲、至於不奪不饜、言兵之不可用、至於及其所愛也。庶乎其可矣。
【読み】
范公諫官爲るとき、嘗て上を諫めて曰く、今國を富まし兵を强くせんと欲せば、將に何を以てせんとす、と。子之を聞いて曰く、野なるかな。烏んぞ以て其の君を格すに足らん。周禮に記する所、亦强富の術有り。惟孟子梁惠王の爲に利のす可からざることを言いて、奪わずんば饜[あきた]らずというに至り、兵の用うる可からざることを言いて、其の愛する所に及ぼすというに至る。庶わくは其れ可なり、と。

子曰、凡諫說於君、論辯於人、理勝則事明、氣忿則招拂。
【読み】
子曰く、凡そ君に諫說し、人に論辯する、理勝つときは則ち事明らかに、氣忿るときは則ち拂を招く、と。

子曰、臣賢於君、則輔君以所不能。伊尹之於太甲、周公之於成王、孔明之於劉禪是也。臣不及君、則贊助之而已。
【読み】
子曰く、臣君に賢なるときは、則ち君を輔くるに能わざる所を以てす。伊尹の太甲に於る、周公の成王に於る、孔明の劉禪に於る、是れなり。臣君に及ばざるときは、則ち之を贊助するのみ、と。

子曰、君子之事君也、不得其心、則盡其誠以感發其志而已。誠積而動、則雖昏蒙可開也。雖柔弱可輔也。雖不正可正也。古之人、事庸君常主而克行其道者、以己誠上達、而其君信之之篤耳。管仲之相威公、孔明之輔後主是也。
【読み】
子曰く、君子の君に事うる、其の心に得られざるときは、則ち其の誠を盡くして以て其の志を感發するのみ。誠積んで動くときは、則ち昏蒙と雖も開く可し。柔弱と雖も輔く可し。正しからずと雖も正す可し。古の人、庸君常主に事えて克く其の道を行う者は、己が誠を以て上達して、其の君之を信ずることの篤きのみ。管仲が威公に相たる、孔明が後主に輔たる、是れなり、と。

或問、陳平當王諸呂時、何不諫。曰、王陵廷爭不從、則去其位。平自意復諫者、未必不激呂氏之怒也。夫漢初君臣、徒以智力相勝、勝者爲君。其臣之者非心說而臣事之也。當王諸呂時、而責平等以死節、庸肯苟死乎。
【読み】
或るひと問う、陳平諸呂を王とする時に當たって、何ぞ諫めざる、と。曰く、王陵廷爭して從わざるときは、則ち其の位を去る。平自ら意えらく、復諫むる者は、未だ必ずしも呂氏の怒りに激せずんばあらず、と。夫れ漢の初めの君臣、徒智力を以て相勝ち、勝者を君とす。其の之に臣たる者は心說んで之に臣とし事うるに非ず。諸呂を王とする時に當たって、平等を責むるに節に死することを以てすとも、庸[いづ]くんぞ肯えて苟も死なんや、と。

子曰、士方在下、自進而干君、未有信而用之者也。古之君子、必待上致敬盡禮而後往者、非欲崇己以爲大也。蓋尊德樂道之誠心、不如是不足與有爲耳。
【読み】
子曰く、士方に下に在って、自ら進んで君に干めば、未だ信じて之を用うる者は有らず。古の君子、必ず上敬を致し禮を盡くすを待って而して後に往く者は、己を崇んで以て大なりとせんと欲するに非ず。蓋し德を尊び道を樂しむの誠心、是の如くならざれば與にすること有るに足らざるのみ、と。

或謂、屯之九五曰、屯其膏。然則人君亦有屯乎。子曰、非謂其名位有損也。號令有所不行、德澤有所不下、威權去己而不識所收。如魯昭公・高貴郷公是也。或不勝其忿起而驟正之、則致凶之道。其惟盤庚・周宣乎。修德用賢、追先王之政、而諸侯復朝焉。蓋以道馴致、不以暴爲之也。若唐之僖宗・昭宗是也。恬然不爲。至於屯極、則有亡而已。
【読み】
或るひと謂く、屯の九五に曰く、其の膏[めぐみ]を屯[とどこお]らす、と。然らば則ち人君も亦屯ること有りや、と。子曰く、其の名位損すること有りと謂うには非ず。號令行われざる所有り、德澤下らざる所有り、威權己を去って收むる所を識らず。魯の昭公・高貴郷公の如き是れなり。或は其の忿起に勝えずして驟[にわか]に之を正さんとするは、則ち凶を致すの道なり。其れ惟盤庚・周宣か。德を修め賢を用いて、先王の政を追って、諸侯復朝す。蓋し道を以て馴致して、暴を以て之を爲めざればなり。唐の僖宗・昭宗の若き是れなり。恬然としてせざるなり。屯極まるに至っては、則ち亡ぶこと有るのみ、と。

昔有典選、其子當遷官、而固不之遷者、其心本自以爲公、而不知乃所以爲私也。或曰、古者直道而行。於嫌有所不必避。後世人僞競生。是以不免耳。
【読み】
昔典選有り、其の子當に官に遷すべくして、固に之を遷さざる者は、其の心本自づから以て公とすれども、而れども乃ち私とする所以を知らず。或るひと曰く、古は直道にして行う、と。嫌に於て必ずしも避けざる所有り。後世人僞競生す。是を以て免れざるのみ。

子曰、非無時也。時者人之所爲。蓋無其人耳。
【読み】
子曰く、時無きには非ず。時は人のする所。蓋し其の人無きのみ、と。

子曰、擇才而用、雖在君、以身許國、則在己。道合而後進、得正則吉矣。汲汲以求遇者、終必自失。非君子自重之道也。故伊尹・武侯救世之心非不切。必待禮而後出者以此。
【読み】
子曰く、才を擇んで用うることは、君に在りと雖も、身を以て國を許すことは、則ち己に在り。道合して而して後に進んで、正しきを得るときは則ち吉なり。汲汲として以て遇うことを求むる者は、終に必ず自ら失す。君子自ら重んずるの道に非ざるなり。故に伊尹・武侯世を救うの心切ならざるに非ず。必ず禮を待って而して後に出る者は此を以てなり、と。

子曰、事君者、知人主不當自聖、則不爲諂諛之言。知人臣義無私交、則不爲阿黨之計。
【読み】
子曰く、君に事うる者、人主當に自ら聖とすべからざることを知るときは、則ち諂諛の言をせず。人臣義私に交わること無きことを知るときは、則ち阿黨の計をせず、と。

或問、臣子加謚於君父、當極其美、有諸。曰、正終大事也。加君父以不正之謚、知忠孝者不爲也。
【読み】
或るひと問う、臣子謚を君父に加うるに、當に其の美を極むべきこと、有りや、と。曰く、終わりを正しくするは大事なり。君父に加うるに正しからざるの謚を以てすること、忠孝を知る者はせず、と。

子曰、人臣之義、位愈高而思所以報國者當愈勤。饑則爲用、飽則飛去、是以鷹犬自期也。曾是之謂愛身乎。
【読み】
子曰く、人臣の義、位愈々高くしては國に報ずる所以の者を思って當に愈々勤むべし。饑うるときは則ち用いらるることをし、飽くときは則ち飛び去るは、是れ鷹犬を以て自ら期するなり。曾て是れ之を身を愛すと謂わんや、と。

或謂、禮局設官、地淸而職閑、可居也。子曰、朝廷舉動有一違禮、則禮官當任其責。安得謂之閑。
【読み】
或るひと謂えらく、禮局官を設くる、地淸くして職閑ならば、居す可し、と。子曰く、朝廷の舉動一つも禮に違うこと有るときは、則ち禮官當に其の責めに任ずべし。安んぞ之を閑と謂うことを得ん、と。

或曰、未有大臣如介甫得君者。子曰、介甫自知之、其求去。自表於上曰、忠不足取信、事事待於自明。使君臣之契果深、而有是言乎。
【読み】
或るひと曰く、未だ大臣にして介甫が君を得るが如き者有らず、と。子曰く、介甫自ら之を知って、其れ去らんことを求む。自ら上に表して曰く、忠信を取るに足らず、事事自ら明らかにすることを待つ、と。君臣の契りをして果たして深からしめば、而も是の言有らんや、と。

子曰、君貴明、不貴察。臣貴正、不貴權。
【読み】
子曰く、君は明を貴んで、察を貴ばず。臣は正を貴んで、權を貴ばず、と。

子曰、君子不輕天下而重其身、不輕其身而重天下。凡爲其所當爲、不爲其所不可爲者而已。
【読み】
子曰く、君子は天下を輕んじて其の身を重んぜず、其の身を輕んじて天下を重んぜず。凡そ其の當にすべき所をし、其のす可からざる所の者をせざるのみ、と。

或問、孔子事君盡禮、而人以爲諂。禮與諂異矣。諂何疑於盡禮。子曰、當時事君者、於禮不能盡也。故以譏聖人。非孔子而言、必曰小人以爲諂也。孔子曰人以爲諂而已。聖人道大德宏。故其言如此。
【読み】
或るひと問う、孔子君に事うるに禮を盡くせば、人以て諂えりとす、と。禮と諂と異なり。諂何ぞ禮を盡くすに疑わん、と。子曰く、當時君に事うる者、禮に於て盡くすこと能わず。故に以て聖人を譏る。孔子に非ずして言わば、必ず小人以て諂えりとするなりと曰わん。孔子は人以て諂えりとすと曰うのみ。聖人は道大に德宏し。故に其の言此の如し、と。

子進講至南容三復白圭、中侍謂講至南字、請隱之。子不聽。講畢進曰、人君居兆人之上、處天下之尊。只懼怕人過爲崇奉、以生驕慢之心。此皆近習諂媚以養之耳。昔仁宗之世、宮嬪謂正月爲初月、易蒸餅曰炊餅、皆此類。天下至今以爲非。嫌名舊名、請勿復諱也。翼日、孫覺講曰、子畏於正。子曰、以諱之故、獨無地名可稱也。謂畏於正、此何義也。
【読み】
子進講して南容白圭を三復するに至って、中侍謂えらく、講じて南の字に至って、請う、之を隱せ、と。子聽かず。講畢わって進んで曰く、人君兆人の上に居し、天下の尊に處する。只人過って崇奉を爲して、以て驕慢の心を生ぜんことを懼れ怕る。此れ皆近習諂媚して以て之を養うのみ。昔仁宗の世に、宮嬪正月を謂いて初月と爲し、蒸餅を易えて炊餅と曰うは、皆此の類なり。天下今に至って以て非とす。嫌[うたが]わしき名舊き名、請う復諱むこと勿かれ、と。翼日、孫覺講じて曰く、子正に畏る、と。子曰く、諱むことを以ての故に、獨地の名稱す可き無し。正に畏ると謂うは、此れ何の義ぞ、と。

司馬溫公・呂申公・韓康公上子行義於朝、遂命以官典西都之敎子。辭不聽。又辭曰、上嗣位之初、方圖大治、首拔一人於畎畝之中、宜得英材、使天下聳動、知朝廷之急賢也。今乃官使庸常之人、則天下何望。後世何觀。朝廷之舉何爲。臣之受也何義。臣雖至愚、敢貪寵祿以速戾於厥躬。是以罔虞刑威、而必盡其說。願陛下廣知人之明以照四方、充取臣之心以求眞賢、求之以其方、待之以其道、雖聖賢亦將爲陛下出矣。況如臣者、何足道哉。又不聽而召之至京師、且使校讐館閣。子以布衣造朝也。則曰、草萊之臣蒙召而至。未見君、先受命、非禮也。旣見于庭、又命之陛對、遂有講筵之除。子退而上疏曰、知人則哲、堯・舜所難。臣進對於頃刻之閒、陛下見臣何者而遽加擢任也。今之用臣、蓋非常之舉、必將責其報效。此天下之所觀聽也。苟或不然、則失望於今、而貽笑於後。可不謹哉。臣請有所言焉。古之人君、守成業而致盛治者、莫如周成王。其所以成德、則由乎周公。周公之輔成王也、幼而習之。所見必正事、所聞必正言、左右前後皆正人。故習與性長、化與心成。今陛下春秋方富。輔養之道不可不至也。所謂輔養之道、非謂告詔以言、過而後諫也。尤在涵養薫陶之而已矣。今夫一日之閒、接賢士大夫之時多、親寺人宦官之時少、則氣質自化、德器自成。臣欲謹選賢德之士、以侍勸講。講讀旣罷、常留以備訪問、從容燕語、不獨漸磨德義、至於人情物態、稼穡艱難、日積旣久、自然通逹。比之深處宮闈、爲益多矣。夫傅德義者、在乎防聞見之非、節嗜慾之過。保身體者、在乎適起居之宜、存畏謹之心。故左右近侍、宜選老成重厚小心之人。服飾器用、皆須朴實之物。俾華巧靡麗不至於前、淺俗之言不入於耳。凡動作言語、必使勸講者知之、庶幾隨事箴規、應時諫正、調護聖躬、莫過乎此矣。人君居崇高之位、持威福之柄、百官畏懼而莫敢仰視、萬方崇奉而所欲必得。苟非知道畏義、所養如此、其惑可知(徐本其惑可知作其成。)、則中常之君、無不驕肆。英明之主、自然滿假。此古今同患、治亂所由也。所以周公告成王、稱前王之德、以寅畏祗懼爲首云。夫儒者得以經術進說於人君、言聽則志行。自昔抱道之士、孰不願之。顧恨弗獲。然自古君臣道合、靡不由至誠感通、信以發志。臣也道未行於室家、善未孚於郷黨、而何足以動人主之心乎。苟不度其誠之未至、而姑善辭說於進退之閒。爲一時之觀則可矣。必欲通于神明、光于四海、久而無斁、臣知其不可也。是以欲進而思義、喜時而(徐本而作以。)愧己。夫海宇至廣、賢俊非一人。願博謀羣臣、旁加收擇、期得出類之賢、寘諸左右、輔成聖德、則爲宗社生靈之福矣。久之、意有不合、上書太后曰、臣鄙人也。少不喜進取、以讀書求道爲事、于玆幾三十年。昔在兩朝、累爲當塗者薦揚。臣於是時、自顧道學之不足、不願仕也。及上嗣位、陛下臨朝、大臣仰體求賢願治之心、捜揚巖穴、首及微臣。以爲、召而不往、子思・孟軻則可。蓋二人者處賓師之位、不往所以規其君也。如臣微賤、食土之毛而爲王民。召而不至、則邦有常憲矣。是以奔走承命、甫至闕廷(徐本廷作庭。)之外。又有館職之除、方且表辭、遂蒙賜對。臣於是時、尙未有意於仕也。進至簾陛、咫尺天光、未嘗一言及於朝政。陛下視臣、豈求進者哉。旣而親奉玉音、擢寘經筵。事出望外、惘然驚惕。臣於斯時、雖以不才而辭、然許國之心已萌矣。辭不獲命、於是服勤厥職。夫性朴而言拙、臣之所短也。若夫愛上之心、事上之禮、告上之道、則不敢不盡也。陛下心存至公、躬行大道、開納忠言、委用耆德、直欲舉太平、不止於因循苟安而已。苟能日謹一日、天下之事、誠不足慮。而方今所謂至急爲長久之計、則莫若輔養上德。歷觀前古、成就幼主、莫備於周公、爲萬世之法。願陛下擴高世之見、以聖人之言爲必可信、以先王之道爲必可行、勿狃滯於近規、勿遷惑於衆口、然後知周公誠不我欺也。考之立政之書、其言常伯常仕之尊、與綴衣虎賁之賤、同以爲戒、要在得人、以爲知恤者鮮也。終篇反覆、惟此一事而已。夫僕臣正、厥后克聖、左右侍御僕從、罔匪正人、旦夕承弼、然後起居出入無違禮也。發號施令無不善也。後世不復知此、以謂人主就學、所以涉書史覽古今也。夫此一端而已。苟曰如是而足、則能文宮人可以備勸講、知書内侍可以充輔導。又何必置官設職、求賢德之士哉。自古帝王才質、鮮不過人。然完德有道之君至少、其故何哉。皆輔養不得其道、而勢位使之然也。臣服職以來、六侍扆御。但見諸臣拱手默坐、當講說者竦立案傍、解釋數行、則已肅退。如此、雖彌年積歲、所益幾何也。亦已異於周公輔成王之道矣。或以謂上方幼沖。宜爾者、不知本之論也。古之人、自能食能言而敎之。是故大學之法、以豫爲先。蓋人之幼也、智愚未有所主、則當以格言至論、日陳於前、盈耳充腹、久自安習、若固有之者、日復一日、雖有讒說搖惑、不能入也。若爲之不豫、及乎稍長、私慮偏好生於内、衆口辯言鑠於外、欲其純全、不可得已。故所急在先、而不憂其太早也。或又曰、聖上天資至美、自無違道、則尤非也。莫聖於禹、而益以丹朱傲游慢虐爲之戒。禹豈不知是也。以唐太宗之聰睿、躬歷艱難、力平禍亂、年亦長矣。其始也、惡隋煬帝之侈麗、毀其層觀。未六七年、乃欲治乾陽殿矣。人心奚常之有。所以聖賢處崇高之位、當盛明之際、不忘規戒、爲慮至深遠也。況幼沖之君、而可懈於閑邪拂違之道乎。夫開發之道有方、而朋(徐本朋作明。)習之益至切。夫學悅而後入。宜使上心泰而體舒、然後有所悅懌。今也前對大臣、動虞違謬、一言之出、史必書之、非所以遜人主之志而樂於學也。凡侍講讀、皆使兼視他職、比於輔導、則弗專矣。夫告於人者、非積其誠意則不能感發。古人以蒲盧喩敎、謂以誠化也。今夫鐘、怒而擊之則聲武、悲而擊之則聲哀。誠意之入也、其於人亦猶是矣。若使營營於職事、紛紛於心思、及至上前、然後責功於簡册、望化於頰舌、不亦淺乎。道衰學廢、世不得聞此言也久矣。雖聞之、必笑之、以爲迂且誕也。陛下高識遠見、當蒙鑒采。聖學不傳、臣幸得之於遺經、不自量度、方且區區駕其說於學以示天下後世。不虞幸會得備講說於人主之側。誠使臣得以所學上沃帝聽、則聖人之道有可行之望。豈特臣之幸哉。
【読み】
司馬溫公・呂申公・韓康公子の行義を朝に上[たてまつ]り、遂に命じて官を以て西都の敎子を典らしむ。辭して聽かず。又辭して曰く、上位を嗣ぐ初め、方に大いに治むることを圖って、首めて一人を畎畝の中に拔き、宜しく英材を得て、天下をして聳動して、朝廷の賢に急なるを知らしむべし。今乃ち官庸常の人を使わば、則ち天下何をか望まん。後世何をか觀ん。朝廷の舉は何の爲ぞ。臣が受くるは何の義ぞ。臣至愚なりと雖も、敢えて寵祿を貪って以て戾ることを厥の躬に速やかにせんや。是を以て刑威を虞ること罔くして、必ず其の說を盡くす。願わくは陛下人を知るの明を廣めて以て四方を照らし、臣を取るの心を充たして以て眞賢を求め、之を求むるに其の方を以てし、之を待つに其の道を以てせば、聖賢と雖も亦將に陛下の爲に出んとす。況んや臣が如き者、何ぞ道うに足らんや、と。又聽かずして之を召して京師に至らしめ、且つ館閣に校讐せしむ。子布衣を以て朝に造る。則ち曰く、草萊の臣召を蒙って至る。未だ君に見えずして、先づ命を受くるは、非禮なり、と。旣に庭に見え、又之に陛對を命じて、遂に講筵の除有り。子退いて上疏して曰く、人を知るは則ち哲なり、堯・舜も難しとする所なり。臣進んで頃刻の閒に對し、陛下臣を見ること何者にして遽に擢任を加うるや。今の臣を用うるは、蓋し非常の舉、必ず將に其の報效を責めんとす。此れ天下の觀聽する所なり。苟も或は然らずんば、則ち望みを今に失して、笑いを後に貽[のこ]さん。謹まざる可けんや。臣請う、言う所有り。古の人君、成業を守って盛治を致す者は、周の成王に如くは莫し。其の德を成す所以は、則ち周公に由れり。周公の成王を輔くる、幼にして之を習わす。見る所は必ず正事、聞く所は必ず正言、左右前後皆正人。故に習って性と長じ、化して心と成る。今陛下春秋方に富めり。輔養の道至らずんばある可からず。所謂輔養の道は、告げ詔ぐるに言を以てし、過って後諫むるを謂うに非ず。尤も之を涵養薫陶するに在るのみ。今夫れ一日の閒、賢士大夫に接する時多くして、寺人宦官に親しくする時少なきときは、則ち氣質自づから化し、德器自づから成らん。臣謹んで賢德の士を選んで、以て勸講に侍せしめんと欲す。講讀旣に罷めて、常に留めて以て訪問に備え、從容として燕語せば、獨漸く德義を磨すのみにあらず、人情物態、稼穡艱難に至るまで、日に積むこと旣に久しくして、自然に通逹せん。之を宮闈に深處するに比ぶるに、益多しとす。夫れ德義を傅くる者は、聞見の非を防ぎ、嗜慾の過ぐるを節するに在り。身體を保つ者は、起居の宜しきに適い、畏謹の心を存するに在り。故に左右近侍は、宜しく老成重厚小心の人を選ぶべし。服飾器用は、皆朴實の物を須[もち]いん。華巧靡麗前に至らず、淺俗の言耳に入らざらしむ。凡そ動作言語は、必ず勸講の者をして之を知らしめば、庶幾わくは事に隨って箴規し、時に應じて諫正して、聖躬を調護すること、此より過ぎたるは莫からん。人君崇高の位に居て、威福の柄を持せば、百官畏れ懼れて敢えて仰ぎ視ること莫く、萬方崇奉して欲する所必ず得ん。苟も道を知り義を畏れ、養う所此の如く、其の惑い知る可き(徐本其惑可知を其れ成すに作る。)に非ずんば、則ち中常の君は、驕肆ならざること無く、英明の主も、自然に滿假せん。此れ古今同患、治亂の由る所なり。所以に周公成王に告ぐるに、前王の德を稱して、寅[つつし]み畏れ祗[つつし]み懼るるを以て首めとすと云う。夫れ儒者は經術を以て進んで人君に說くことを得て、言聽くときは則ち志行わる。昔自り道を抱く士、孰か之を願わざらん。顧みるに獲ざることを恨む。然れども古自り君臣の道の合する、至誠感通して、信じて以て志を發するに由らざるは靡し。臣や道未だ室家に行われず、善未だ郷黨に孚あらずして、何ぞ以て人主の心を動かすに足らんや。苟も其の誠の未だ至らざるを度らずして、姑く辭說を進退の閒に善くす。一時の觀ものと爲せば則ち可なり。必ず神明に通じ、四海に光[み]つること、久しくして斁[いと]うこと無らんことを欲せば、臣其の不可なることを知る。是を以て進まんと欲して義を思い、時を喜んで(徐本而を以に作る。)己を愧づ。夫れ海宇の至廣、賢俊一人に非ず。願わくは博く羣臣に謀り、旁く收擇を加え、出類の賢を得んことを期して、諸を左右に寘[お]き、聖德を輔成せば、則ち宗社生靈の福爲らん、と。之を久しくして、意合わざること有り、太后に上書して曰く、臣は鄙人なり。少くして進取を喜ばず、書を讀み道を求むるを以て事とすること、玆に幾ど三十年なり。昔兩朝に在って、累[しき]りに當塗の者の爲に薦揚せらる。臣是の時に於て、自ら道學の足らざることを顧みて、仕えんことを願わず。上位を嗣ぐに及んで、陛下朝に臨み、大臣仰いで賢を求め治を願うの心に體して、巖穴を捜揚して、首めて微臣に及ぶ。以爲えらく、召されて往かざることは、子思・孟軻は則ち可なり。蓋し二人は賓師の位に處して、往かざるは其の君を規す所以なり。臣が微賤なるが如き、土の毛を食って王の民爲り。召されて至らずんば、則ち邦に常の憲有らんや。是を以て奔走して命を承け、甫[はじ]めて闕廷(徐本廷を庭に作る。)の外に至る。又館職の除有り、方に且表辭すれども、遂に對を賜ることを蒙る。臣是の時に於て、尙未だ仕に意有らず。進んで簾陛に至り、咫尺[しせき]天光、未だ嘗て一言も朝政に及ばず。陛下臣を視ること、豈進むることを求むる者ならんや。旣にして親しく玉音を奉って、擢[あ]げられて經筵に寘く。事望外に出、惘然として驚惕す。臣斯の時に於て、不才を以て辭すと雖も、然れども國に許すの心已に萌す。辭するに命を獲ず、是に於て厥の職に服勤す。夫の性朴にして言拙きは、臣の短なる所なり。夫の上を愛するの心、上に事うるの禮、上に告ぐるの道の若きは、則ち敢えて盡くさずんばあらず。陛下心至公を存し、躬大道を行い、忠言を開納し、耆德を委用して、直に太平を舉せんと欲せば、因循して苟も安んずるに止まらざらんのみ。苟に能く日に一日より謹むときは、天下の事、誠に慮るに足らざらん。而して方に今所謂至急にして長久の計を爲すは、則ち上の德を輔養するに若くは莫し。前古を歷觀するに、幼主を成就することは、周公より備わるは莫くして、萬世の法爲り。願わくは陛下高世の見を擴め、聖人の言を以て必ず信ず可しとし、先王の道を以て必ず行う可しとし、近規に狃滯すること勿く、衆口に遷惑すること勿くして、然して後に周公誠に我を欺かざることを知らん。之を立政の書に考うるに、其の言常伯常仕の尊と、綴衣虎賁の賤と、同じく以て戒めを爲し、要は人を得るに在りとして、以て恤いを知る者鮮しとす。終篇反覆、惟此の一事のみ。夫れ僕臣正しく厥の后克く聖に、左右侍御僕從、正人に匪ずということ罔くして、旦夕承[たす]け弼[たす]けて、然して後起居出入禮に違うこと無し。號を發し令を施すこと善ならざること無し。後世復此を知らずして、以謂えらく、人主學に就くは、書史に涉り古今を覽る所以なり、と。夫れ此は一端のみ。苟も是の如くにして足れりと曰わば、則ち文を能くする宮人以て勸講に備う可く、書を知る内侍以て輔導に充つ可し。又何ぞ必ずしも官を置き職を設けて、賢德の士を求めんや。古自り帝王の才質、人に過ぎざるは鮮し。然れども完德有道の君至って少なきことは、其の故何ぞや。皆輔養其の道を得ずして、勢位之をして然らしむるなり。臣職に服してより以來、六たび扆御[いぎょ]に侍す。但諸臣手を拱して默坐するを見、講說に當たる者案傍に竦立して、數行を解釋すれば、則ち已に肅退す。此の如くならば、年を彌り歲を積むと雖も、益する所幾何ならん。亦已に周公の成王を輔くるの道に異なり。或るひと以謂えらく、上方に幼沖なり、と。爾ることを宜しとする者は、本を知らざるの論なり。古の人、能く食し能く言いて自りして之に敎う。是の故に大學の法、豫めするを以て先とす。蓋し人の幼きや、智愚未だ主とする所有らざるときは、則ち當に格言至論を以て、日に前に陳べて、耳に盈ち腹に充たしむべく、久しくして自ら安習して、之を固有する者の若くにして、日に一日より復るときは、讒說搖惑すること有りと雖も、入ること能わじ。若し之をするに豫めせざれば、稍[やや]長ずるに及んでは、私慮偏好内に生じ、衆口辯言外に鑠[しゃく]して、其の純全を欲すとも、得可からざらんのみ。故に急にする所先に在って、其の太だ早きことを憂えず。或るひと又曰く、聖上天資至美、自づから道に違うこと無しというは、則ち尤も非なり。禹より聖なるは莫けれども、而れども益丹朱が傲游慢虐を以て之が戒めをす。禹豈是を知らざらんや。唐の太宗の聰睿を以て、躬ら艱難を歷、力めて禍亂を平らげて、年亦長ず。其の始めや、隋の煬帝の侈麗を惡んで、其の層觀を毀つ。未だ六七年ならずして、乃ち乾陽殿を治めんと欲す。人心奚の常か有らん。所以に聖賢は崇高の位に處し、盛明の際に當たって、規戒を忘れず、慮りをすること至って深遠なり。況んや幼沖の君にして、邪を閑ぎ違を拂うの道に懈る可けんや。夫れ開發の道方有って、朋(徐本朋を明に作る。)習の益至って切なり。夫れ學は悅んで而して後に入る。宜しく上をして心泰にして體舒ならしむべく、然して後に悅懌する所有らん。今や前に對する大臣、動けば違謬を虞り、一言出れば、史必ず之を書すは、人主の志を遜[うやま]って學に樂しましむる所以に非ず。凡そ講讀に侍するは、皆他の職を兼視せしめて、輔導に比ぶれば、則ち專らならず。夫の人に告ぐる者は、其の誠意を積むに非ずんば則ち感發すること能わず。古人蒲盧を以て喩し敎うるは、誠を以て化するを謂うなり。今夫れ鐘、怒って之を擊つときは則ち聲武く、悲しんで之を擊つときは則ち聲哀し。誠意の入るや、其の人に於るも亦猶是のごとし。若し職事に營營として、心思に紛紛たらしめて、上の前に至るに及んで、然して後功を簡册に責め、化を頰舌に望めば、亦淺からずや。道衰え學廢れて、世に此の言を聞くことを得ざること久し。之を聞くと雖も、必ず之を笑って、以て迂にして且つ誕なりとす。陛下の高識遠見、當に鑒采を蒙るべし。聖學傳わらず、臣幸いに之を遺經に得、自ら量り度らず、方に且區區として其の說を學に駕して以て天下後世に示す。虞らずして幸いに會々講說に人主の側に備わることを得。誠に臣をして學ぶ所を以て上帝聽に沃することを得せしめば、則ち聖人の道行わる可きの望み有り。豈特臣の幸いのみならんや、と。

神宗首召伯淳、首訪致治之要。子對曰、君道稽古正學、明善惡之歸、辨忠邪之分、曉然趨道之至正。君志定而天下之治成矣。上曰、定志之道何如。子對曰、正心誠意、擇善而固執之也。夫義理不先定、則多聽而易惑。志意不先定、則守善而或移。必也以聖人之訓爲必當從、以先王之治爲必可法、不爲後世駮雜之政所牽滯、不爲流俗因循之論所遷改、信道極於篤、自知極於明、去邪勿疑、任賢勿貳、必期致治如三代之隆而後已也。然患常生於忽微、而志亦戒乎漸習。故古之人君、雖從容燕閒、必有誦訓箴諫、左右前後、罔匪正人、輔成德業。臣願尊禮老成、訪求儒學之士、不必勞以官職、俾日親便座、講論道義、又博延俊彥、陪侍法從、朝夕延見、講磨治體、則睿智益明、王猷允塞矣。今四海靡靡、日益偸薄、末俗曉曉、無復廉恥。蓋亦尊德楽義之風未孚、而篤誠忠厚之化尙鬱也。惟陛下稽聖人之訓、法先王之治體、乾剛健而力行之、則天下之幸。上嘉納焉。
【読み】
神宗首めて伯淳を召して、首めて治を致すの要を訪う。子對えて曰く、君道は古の正學を稽え、善惡の歸を明らかにし、忠邪の分を辨え、曉然として道の至正に趨く。君の志定まりて天下の治成るなり、と。上曰く、志を定むるの道何如、と。子對えて曰く、心を正し意を誠にして、善を擇んで固く之を執る。夫れ義理先づ定まらざるときは、則ち多く聽いて惑い易し。志意先づ定まらざるときは、則ち善を守れども或は移る。必ずや聖人の訓を以て必ず當に從うべしとし、先王の治を以て必ず法とす可しとし、後世駮雜の政の爲に牽滯せられず、流俗因循の論の爲に遷改せられず、道を信ずること篤きを極め、自ら知ること明を極め、邪を去って疑うこと勿く、賢に任じて貳[うたが]うこと勿くして、必ず治を致すこと三代の隆んなるが如くなることを期して後已む。然れども患えは常に忽微に生じて、志は亦漸習に戒む。故に古の人君は、從容燕閒と雖も、必ず誦訓箴諫有り、左右前後、正人に匪ずということ罔くして、德業を輔成す。臣願わくは老成を尊禮し、儒學の士を訪ね求めて、必ずしも勞するに官職を以てせず、日に親しく便座せしめて、道義を講論せしめ、又博く俊彥を延いて、陪侍法從せしめ、朝夕延見せしめて、治體を講磨するときは、則ち睿智益々明らかに、王猷允に塞がらん。今四海靡靡として、日に益々偸薄し、末俗曉曉として、復廉恥なること無し。蓋し亦德を尊び義を楽しむの風未だ孚あらずして、篤誠忠厚の化尙鬱たり。惟陛下聖人の訓えを稽え、先王の治體に法り、乾の剛健にして力めて之を行わば、則ち天下の幸いならん、と。上嘉して焉を納る。

明道告神宗曰、人主當防未萌之欲。上拱手前坐曰、當爲卿戒之。因論人才。上曰、朕未之見也。曰、陛下奈何輕天下士。上聳然曰、朕不敢、明道之未爲臺諫也、察荆公已信用矣。明道每進見、必陳君道以至誠仁愛爲本、未嘗一言及功利。上始疑其迂闊、而禮貌不少替也。一日、極論治道。上斂容謝曰、此堯・舜之事也。朕何敢當。明道愀然曰、陛下此言、非天下之福。上益敬之。荆公畫策寖行。子意多不合。令出有不便者、卽論奏之。其尤有益、則論大臣不同心、謂小臣預大計、謂靑苗收二分之息、謂鬻祠部度牒良民爲僧、謂民情怨咨而公論壅遏、謂興利之臣日進而尙德之風寖衰。上不敢用子、遂以罪去。
【読み】
明道神宗に告して曰く、人主は當に未だ萌さざるの欲を防ぐべし、と。上手を拱して前に坐して曰く、當に卿の爲に之を戒むべし、と。因りて人才を論ず。上曰く、朕未だ之を見ず、と。曰く、陛下奈何ぞ天下の士を輕んずる、と。上聳然として曰く、朕敢えてせざるは、明道の未だ臺諫せざれば、荆公を察して已に信用す、と。明道進み見る每に、必ず君道を陳べて至誠仁愛を以て本とし、未だ嘗て一言も功利に及ばず。上始め其の迂闊なることを疑って、禮貌少しも替わらず。一日、極めて治道を論ず。上容を斂めて謝して曰く、此れ堯・舜の事なり。朕何ぞ敢えて當たらん、と。明道愀然として曰く、陛下の此の言、天下の福に非ず、と。上益々之を敬す。荆公の畫策寖[ようや]く行わる。子の意多くは合わず。令出て便ならざる者有れば、卽ち論じて之を奏す。其の尤も益有るは、則ち大臣心を同じくせざることを論じ、小臣大計に預ることを謂い、靑苗二分の息を收むることを謂い、祠部の度牒を鬻[ひさ]ぎ良民の僧と爲ることを謂い、民情怨咨して公論壅遏[ようあつ]することを謂い、利を興すの臣日に進んで德を尙ぶの風寖く衰うることを謂う。上敢えて子を用いず、遂に罪を以て去る。

明道補外官入辭。上猶眷眷問政。他日、明道曰、當是時、吾不能感動君心、顧吾學未至、德未成也。雖然、河濱之人捧土塞孟津。亦復可笑。人力不勝、以至于今。豈非命哉。
【読み】
明道外官に補せられて入りて辭す。上猶眷眷として政を問う。他日、明道曰く、是の時に當たって、吾れ君の心を感動すること能わざるは、顧みるに吾が學未だ至らず、德未だ成らざればなり。然りと雖も、河濱の人土を捧げて孟津を塞がんとす。亦復笑う可し。人力勝たずして、以て今に至る。豈命に非ずや、と。


心性篇

劉安節問、心有限量乎。曰、天下無性外之物。以有限量之形氣、用之不以其道、安能廣大其心也。心則性也。在天爲命、在人爲性、所主爲心。實一道也。通乎道、則何限量之有。必曰有限量、是性外有物乎。
【読み】
劉安節問う、心は限量有りや、と。曰く、天下に性外の物無し。限量有るの形氣を以て、之を用うるに其の道を以てせずんば、安んぞ能く其の心を廣大にせん。心は則ち性なり。天に在っては命とし、人に在っては性とし、主る所を心とす。實は一道なり。道に通ずるときは、則ち何の限量か之れ有らん。必ず限量有りと曰わば、是れ性外に物有るか、と。

子曰、耳目能視聽而不能遠者、氣有限也。心無遠近。
【読み】
子曰く、耳目能く視聽すること遠きこと能わざる者は、氣に限り有ればなり。心は遠近無し、と。

子曰、占出於自然之理、聲發於自然之氣。聽聲者知其資之善惡、善卜者知其人之姓氏。是一道也。
【読み】
子曰く、占は自然の理に出、聲は自然の氣に發す。聲を聽く者は其の資の善惡を知り、卜を善くする者は其の人の姓氏を知る。是れ一道なり、と。

子曰、論性而不及氣、則不備。論氣而不及性、則不明。
【読み】
子曰く、性を論じて氣に及ばざるときは、則ち備わらず。氣を論じて性に及ばざるときは、則ち明らかならず、と。

子曰、沖漠無朕、而萬象森然、未應不爲先、已應不爲後。如百尋之木、本根枝葉則一氣也。若曰高明之極、無形可見、必也形諸軌轍之閒、非也。高明之極、軌轍之閒、皆一貫耳。
【読み】
子曰く、沖漠無朕にして、萬象森然たり、未だ應ぜざるを先とせず、已に應ずるを後とせず。百尋の木、本根枝葉則ち一氣なるが如し。若し高明の極、形の見る可き無く、必ずや軌轍の閒に形ると曰わば、非なり。高明の極、軌轍の閒、皆一貫のみ、と。

子曰、見聞之知、乃物交而知、非德性所知。德性所知、不待於聞見。
【読み】
子曰く、見聞の知は、乃ち物交わって知って、德性の知る所に非ず。德性の知る所は、聞見を待たず、と。

子曰、告子言生之謂性、通人物而言之也。孟子道性善、極本原而語之也。生之謂性、其言是也。然人有人之性、物有物之性、牛有牛之性、馬有馬之性。而告子一之、則不可也。使孟子不申問、告子不嗣說、烏知告子之未知義、孟子爲知言。
【読み】
子曰く、告子生まれしまま之を性と謂うと言うは、人物に通じて之を言うなり。孟子性善と道うは、本原を極めて之を語るなり。生まれしまま之を性を謂う、其の言是なり。然れども人は人の性有り、物は物の性有り、牛は牛の性有り、馬は馬の性有り。而るを告子之を一にするは、則ち不可なり。孟子をして申ねて問わしめず、告子をして嗣說せざらしめば、烏んぞ告子の未だ義を知らず、孟子の言を知れりとすることを知らんや、と。

子曰、凡物旣散則盡。未有能復歸本原之地也。造化不窮、蓋生氣也。近取諸身、於出入息氣見闔闢往來之理。呼氣旣往。往則不返。非吸旣往之氣而後爲呼也。
【読み】
子曰く、凡そ物旣に散ずるときは則ち盡く。未だ能く本原の地に復歸すること有らず。造化窮まらざるは、蓋し生氣なればなり。近く諸を身に取るに、出入の息氣に於て闔闢往來の理を見る。呼氣旣に往く。往けば則ち返らず。旣に往くの氣を吸って而して後呼[は]くとするに非ず、と。

子曰、上天之載、無聲無臭之可聞。其體則謂之易、其理則謂之道、其命在人則謂之性、其用無窮則謂之神、一而已矣。
【読み】
子曰く、上天の載は、聲も無く臭いの聞く可きも無し。其の體は則ち之を易と謂い、其の理は則ち之を道と謂い、其の命じて人に在るを則ち之を性と謂い、其の用窮まり無きは則ち之を神と謂いて、一なるのみ、と。

或問、性與天道、是誠不可得而聞乎。子曰、可自得之、而不可以言傳也。他日、謝良佐曰、子貢卽夫子之文章而知性與天道矣。使其不聞、又安能言之。夫子可謂善言。子貢可謂善聽。
【読み】
或るひと問う、性と天道と、是れ誠に得て聞く可かららざるか、と。子曰く、之を自得す可くして、言を以て傳う可からざればなり、と。他日、謝良佐曰く、子貢夫子の文章に卽いて性と天道とを知る。其をして聞かざらしめば、又安んぞ能く之を言わん。夫子善く言うと謂う可し。子貢善く聽くと謂う可し、と。

子曰、人心必有所止。無止則聽於物。惟物之聽、何所往而不妄也。或曰、心在我。旣已入於妄矣。將誰使之。子曰、心實使之。
【読み】
子曰く、人心は必ず止まる所有り。止まること無きときは則ち物に聽[したが]う。惟物に之れ聽うときは、何の往く所として妄ならざらん、と。或るひと曰く、心我に在り。旣已に妄に入る。將に誰か之をせしむる、と。子曰く、心實に之をせしむ、と。

子曰、視聽言動、身之用也。由中而應乎外。制乎外所以養其中也。
【読み】
子曰く、視聽言動は、身の用なり。中由りして外に應ず。外に制するは其の中を養う所以なり、と。

子曰、心本至虛。必應物無迹也。蔽交於前、其中則遷。故視聽言動、必復於禮。制於外所以安其中也。久則誠矣。
【読み】
子曰く、心は本至虛なり。必ず物に應じて迹無し。前に蔽交すれば、其の中則ち遷る。故に視聽言動は、必禮に復す。外に制するは其の中を安んずる所以なり。久しきときは則ち誠なり、と。

張子曰、性通極於無。氣其一物爾。命同稟於性。遇其適然爾。力行不至、難以語性。可以言氣。行同報異、難以語命。可以言遇也。或問、命與遇異乎。子曰、遇不遇卽命也。曰、長平死者四十萬、其命齊乎。子曰、遇白起則命也。有如四海九州之人、同日而死也、則亦常事爾。世之人以爲是駭然耳。所見少也。
【読み】
張子曰く、性は極を無に通ず。氣は其の一物なるのみ。命は稟を性に同じくす。遇は其の適然なるのみ。力行至らずんば、以て性を語り難し。以て氣を言う可し。行い同じく報異なるは、以て命を語り難し。以て遇を言う可し、と。或るひと問う、命と遇とは異なるか、と。子曰く、遇と不遇とは卽ち命なり、と。曰く、長平の死者四十萬、其の命齊しきか、と。子曰く、白起に遇うは則ち命なり。四海九州の人、同日にして死するが如きこと有るは、則ち亦常事なるのみ。世の人以て是が爲に駭然たるのみ。見る所少なければなり、と。

或問、韓文公・揚雄言性如何。子曰、其所言者才耳。
【読み】
或るひと問う、韓文公・揚雄性を言うこと如何、と。子曰く、其の言う所の者は才のみ、と。

或問、盡心之道、豈謂有惻隱之心而盡乎惻隱、有羞惡之心而盡乎羞惡也哉。子曰、盡則無不盡。苟一一而盡之、烏乎而能盡。
【読み】
或るひと問う、心を盡くすの道、豈惻隱の心有って惻隱を盡くし、羞惡の心有って羞惡を盡くすを謂うや、と。子曰く、盡くすときは則ち盡くさずということ無し。苟も一一にして之を盡くさば、烏にか而も能く盡くさん、と。

韓侍郎曰、凡人視聽言動、不免幻妄者、蓋性之不善也。子哂之曰、謂性不善者、則求一善性而易之可乎。
【読み】
韓侍郎曰く、凡そ人の視聽言動、幻妄を免れざる者は、蓋し性は之れ不善なればなり、と。子之を哂[わら]って曰く、性不善と謂う者は、則ち一つの善性を求めて之を易えて可ならんや、と。

子曰、君子慮及天下後世、而不止乎一身者、窮理而不盡性也。小人以一朝一夕之忿、曾身之不遑恤、非其性之盡也。
【読み】
子曰く、君子慮り天下後世に及ぼして、一身に止まらざる者は、理を窮めて性を盡くさざればなり。小人一朝一夕の忿りを以て、曾て身を恤うるに遑あらざるは、其の性を盡くすに非ざればなり、と。

子曰、天人無二。不必以合言。性無内外。不可以分語。
【読み】
子曰く、天人に二無し。必ずしも合うを以て言わず。性に内外無し。分かつを以て語る可からず、と。

子曰、理與心一、而人不能會爲一者、有己則喜自私。私則萬殊。宜其難一也。
【読み】
子曰く、理と心とは一にして、人會して一とすること能わざる者は、己を有して則ち自ら私することを喜べばなり。私は則ち萬殊。宜なるかな其の一にし難きこと、と。

子曰、氣質沈靜、於受學爲易。
【読み】
子曰く、氣質沈靜なるは、學を受くるに於て易しとす、と。

子曰、志御氣則治、氣役志則亂。人忿慾勝志者有矣。以義理勝氣者鮮矣。
【読み】
子曰く、志氣を御するときは則ち治まり、氣志を役するときは則ち亂る。人忿慾志に勝つ者は有り。義理を以て氣に勝つ者は鮮し、と。

王介甫曰、因物之性而生之、直内之敬也。成物之形而不可易、方外之義也。子曰、信斯言也、是物先有性、然後坤因而生之、則可乎。
【読み】
王介甫曰く、物の性に因りて之を生ずるは、内を直くするの敬なり。物の形を成して易う可からざるは、外を方にするの義なり、と。子曰く、斯の言を信ぜば、是れ物先づ性有って、然して後坤因りて之を生ずとせば、則ち可ならんや、と。

子曰、動以人則妄、動以天則无妄。
【読み】
子曰く、動くに人を以てするは則ち妄、動くに天を以てするは則ち无妄、と。

子曰、言愈多、於道未必明。故言以簡爲貴。
【読み】
子曰く、言愈々多ければ、道に於て未だ必ずしも明ならず。故に言は簡を以て貴しとす、と。

子曰、不知性善、不可以言學。知性之善而以忠信爲本、是曰先立乎其大者也。
【読み】
子曰く、性善を知らざれば、以て學を言う可からず。性の善を知って忠信を以て本とす、是を先づ其の大なる者を立つと曰う、と。

或曰、窮理、智之事也。盡性、仁之事也。至於命、聖人之事也。子曰、不然也。誠窮理、則性命皆在是。蓋立言之勢、不得不云爾也。
【読み】
或るひと曰く、理を窮むるは、智の事なり。性を盡くすは、仁の事なり。命に至るは、聖人の事なり、と。子曰く、然らず。誠に理を窮むるときは、則ち性命は皆是に在り。蓋し言を立つるの勢、爾か云わざることを得ざるなり、と。

子曰、有爲不善於我之側而我不見、有言善事於我之側而我聞之者、敬也。心主於一也。
【読み】
子曰く、不善を我が側にすること有って我れ見ず、善事を我が側に言うこと有って我れ之を聞く者は、敬なり。心一を主とすればなり、と。

或曰、惟閉目靜坐、爲可以養心。子曰、豈其然乎。有心於息慮、則思慮不可息矣。
【読み】
或るひと曰く、惟目を閉ぢて靜坐して、以て心を養う可しとす、と。子曰く、豈其れ然らんや。慮りを息むるに心有るときは、則ち思慮息む可からず、と。

子曰、人之知識未嘗不全。其蒙者猶寐也。呼而覺之、斯不蒙矣。
【読み】
子曰く、人の知識は未だ嘗て全からずんばあらず。其の蒙なる者は猶寐るがごとし。呼んで之を覺ませば、斯れ蒙ならず、と。

子曰、有得無得、於其心氣驗之、裕然而無不充悅者、實有得也。切切然心勞而氣耗、謂己有得、皆揣度而知之者也。
【読み】
子曰く、得ること有ると得ること無きと、其の心氣に於て之を驗せば、裕然として充悅せずということ無き者は、實に得ること有るなり。切切然として心勞して氣耗して、己得ること有りと謂うは、皆揣[はか]り度って之を知る者なり、と。

子曰、所守不約、則泛然而無功。約莫如敬。
【読み】
子曰く、守る所約ならざるときは、則ち泛然として功無し。約にするは敬に如くは莫し、と。

子曰、守之必嚴、執之必定。少怠而縱之、則存者亡矣。
【読み】
子曰く、之を守ること必ず嚴にし、之を執ること必ず定む。少しく怠りて之を縱にするときは、則ち存する者亡ぶ、と。

子曰、義理客氣相爲消長者也。以其消長多寡、而君子小人之分、日以相遠矣。
【読み】
子曰く、義理と客氣は消長を相爲す者なり。其の消長多寡を以て、君子小人の分、日に以て相遠る、と。

子曰、公則同、私則異。同者天心也。
【読み】
子曰く、公なれば則ち同じく、私なれば則ち異なり。同じき者は天心なり、と。

或問、人有恥不能之心、可乎。子曰、恥不能而爲之、可也。恥不能而隱之、不可也。至於疾人之能、又大不可也。若夫小道曲藝、雖不能焉、君子不恥也。
【読み】
或るひと問う、人不能を恥づるの心有らば、可ならんや、と。子曰く、不能を恥ぢて之をするは、可なり。不能を恥ぢて之を隱すは、不可なり。人の能を疾むに至っては、又大いに不可なり。若し夫れ小道曲藝は、能くせずと雖も、君子恥ぢざるなり、と。

或問、君子存之、何所存也。子曰、存天理也。天理未嘗亡、而庶民則亡之者衆矣。
【読み】
或るひと問う、君子之を存するは、何の存する所ぞ、と。子曰く、天理を存するなり。天理未だ嘗て亡びずして、庶民は則ち之を亡ぼす者衆し、と。

或問、志乎道、而玩之不樂、居之不安、何也。子曰、無乃助之長歟。
【読み】
或るひと問う、道に志して、之を玩んで樂しまず、之に居りて安んぜざるは、何ぞや、と。子曰く、乃ち之を助けて長ぜしむること無からんか、と。

子曰、人莫不知命之不可遷也。臨患難而能不懼、處貧賤而能不變、視富貴而能不慕者、吾未見其人也。
【読み】
子曰く、人命の遷る可からざることを知らざるは莫し。患難に臨んで能く懼れず、貧賤に處して能く變ぜず、富貴を視て能く慕わざる者、吾れ未だ其の人を見ず、と。

或問敬忠孚信之別。子曰、一心之謂敬、盡心之謂忠、存之於中之謂孚、見之於事之謂信。
【読み】
或るひと敬忠孚信の別を問う。子曰く、心を一にする之を敬と謂い、心を盡くす之を忠と謂い、之を中に存する之を孚と謂い、之を事に見す之を信と謂う、と。

子曰、自得而動者、猶以手舉物。無不從也。慮而後動者、猶以物取物。有中有不中矣。
【読み】
子曰く、自得して動く者は、猶手を以て物を舉ぐるがごとし。從わずということ無し。慮って而して後に動く者は、猶物を以て物を取るがごとし。中ること有り中らざること有り、と。

或問、人情本明。其有蔽、何也。子曰、性無不善。其偏蔽者、由氣稟淸濁之不齊也。
【読み】
或るひと問う、人情は本明らかなり。其の蔽わるること有るは、何ぞや、と。子曰く、性は不善無し。其の偏蔽する者は、氣稟淸濁の齊しからざるに由ってなり、と。

子曰、德性云者、言性可貴也。性之德、言性所有也。
【読み】
子曰く、德性と云う者は、性の貴ぶ可きを言う。性の德は、性の有する所を言う、と。

張子曰、太虛至淸。淸則無礙。無礙故神。反淸則濁。濁則有礙。礙則形窒矣。子曰、神氣相極、周而無餘。謂氣外有神、神外有氣、是兩之也。淸者爲神、濁者何獨非神乎。
【読み】
張子曰く、太虛は至淸なり。淸ければ則ち礙[さまた]ぐこと無し。礙ぐこと無きが故に神なり。淸きに反するは則ち濁るなり。濁れば則ち礙ぐこと有り。礙ぐれば則ち形窒がる、と。子曰く、神氣相極まり、周って餘り無し。氣の外に神有り、神の外に氣有りと謂うは、是れ之を兩にするなり。淸き者を神として、濁れる者何ぞ獨り神に非ざらんや、と。

或問、獨處夜行而多懼心、何也。子曰、燭理不明也。明理則知所懼者皆妄。又何懼矣。知其妄而猶不免者、氣不充也、敬不足也。
【読み】
或るひと問う、獨り處り夜行って懼るる心多きは、何ぞや、と。子曰く、理を燭らすこと明らかならざればなり。理を明らかにすれば則ち懼るる所の者は皆妄なることを知る。又何ぞ懼れん。其の妄を知って猶免れざる者は、氣充たざればなり、敬足らざればなり、と。

子曰、以私己爲心者、枉道拂理、諂曲邪佞、無所不至。不仁孰甚焉。
【読み】
子曰く、以て己に私するを心とする者は、道を枉げ理に拂[そむ]いて、諂曲邪佞、至らざる所無し。不仁なること孰れか焉より甚だしからん、と。

子曰、盡性至命、必本於孝弟。窮神知化、由通於禮樂。劉安節曰、孝弟之行、何以能盡性至命也。子曰、世之言道者、以性命爲高遠、孝弟爲切近、而不知其一統。道無本末精粗之別。灑掃應對、形而上者在焉。世豈無孝弟之人。而不能盡心至命者、亦由之而弗知也。人見禮樂壞崩、則曰禮樂亡矣。然未嘗亡也。夫盜賊、人之至不足道者也。必有總屬、必有聽順、然後能羣起。而謂禮樂一日亡、可乎。禮樂無所不在、而未嘗亡也、則於窮神知化乎何有。
【読み】
子曰く、性を盡くし命に至るは、必ず孝弟に本づく。神を窮め化を知るは、禮樂に通ずるに由る、と。劉安節曰く、孝弟の行、何を以て能く性を盡くし命に至るや、と。子曰く、世の道を言う者、性命を以て高遠とし、孝弟を切近として、而して其の一統なることを知らず。道に本末精粗の別無し。灑掃應對にも、形よりして上なる者焉に在り。世豈孝弟の人無からんや。而れども心を盡くし命に至ること能わざる者は、亦之に由って知らざるなり。人禮樂の壞崩を見れば、則ち禮樂亡ぶと曰う。然れども未だ嘗て亡びず。夫れ盜賊は、人の道うに足らざるに至る者なり。必ず總屬有り、必ず聽順有って、然して後能く羣起す。而るを禮樂一日亡ぶと謂って、可ならんや。禮樂在らずという所無くして、未だ嘗て亡びざるときは、則ち神を窮め化を知るに於て何か有らん、と。

子曰、未有不能體道而能無思者。故坐忘則坐馳。有忘之心、是則思而已矣。
【読み】
子曰く、未だ道を體すること能わずして能く思うこと無き者は有らず。故に坐忘は則ち坐馳なり。忘るること有るの心は、是れ則ち思うのみ、と。

或問、性之成形、猶金之爲器歟。子曰、氣比之金可也。不可以比性。
【読み】
或るひと問う、性の形を成すは、猶金の器を爲すがごときか、と。子曰く、氣は之を金に比して可なり。以て性に比す可からず、と。

子曰、言不足以得意。得意則言可忘矣。非心自得之、終非己物。
【読み】
子曰く、言は以て意を得るに足らず。意を得るときは則ち言忘る可し。心之を自得するに非ずんば、終に己が物に非ず、と。

子曰、泛乎其思之、不如守約。思則來、捨則去、思之弗熟也。
【読み】
子曰く、泛乎として其れ之を思うは、約を守るに如かず。思えば則ち來り、捨つれば則ち去るは、思うこと熟せざればなり、と。

子曰、天德云者、謂所受於天者未嘗不全也。苟無汚壞、則直行之耳。或有汚壞、則敬以復之耳。其不必治而修、則不治而修、義也。其必治而修、則治而修、亦義也。其全天德一也。
【読み】
子曰く、天德と云う者は、天に受くる所の者未だ嘗て全からずんばあらざるを謂う。苟も汚壞すること無ければ、則ち直に之を行うのみ。或は汚壞すること有れば、則ち敬以て之を復するのみ。其の必ずしも治めずして修むるときは、則ち治めずして修むるも、義なり。其の必ず治めて修むるときは、則ち治めて修むるも、亦義なり。其の天德を全くするは一なり、と。

或問、性善而情不善乎。子曰、情者性之動也。要歸之正而已。亦何得以不善名之。
【読み】
或るひと問う、性は善にして情は善ならざるか、と。子曰く、情は性の動なり。之を正しきに歸することを要するのみ。亦何ぞ不善を以て之を名づくることを得ん、と。

子曰、受於天之謂性、稟於氣之謂才。才有善否、由氣稟有偏正也。性則無不善。能養其氣以復其正、則才亦無不善矣。
【読み】
子曰く、天に受くる之を性と謂い、氣に稟くる之を才と謂う。才に善否有るは、氣稟に偏正有るに由ってなり。性は則ち不善無し。能く其の氣を養って以て其の正しきに復すときは、則ち才も亦不善無し、と。

或問、赤子之心與聖人之心何以異。子曰、赤子之心、已發。發而去道未遠也。聖人之心、如明鏡、如止水。
【読み】
或るひと問う、赤子の心と聖人の心と何を以て異なる、と。子曰く、赤子の心は、已に發す。發して道を去ること未だ遠からざるなり。聖人の心は、明鏡の如し、止水の如し、と。

或問志意之別。子曰、志自所存主言之。發則意也。發而當、理也。發而不當、私也。
【読み】
或るひと志意の別を問う。子曰く、志は存主する所自り之を言う。發するときは則ち意なり。發して當たるは、理なり。發して當たらざるは、私なり、と。

子曰、弘而不毅、則難立、毅而不弘、則無以居之。
【読み】
子曰く、弘にして毅ならざれば、則ち立ち難く、毅にして弘ならざれば、則ち以て之に居ること無し、と。

楊迪言於子曰、心迹固夫子以爲無可判之理。迪也疑焉。子曰、然則舜同象之憂喜、孟子不以爲僞。卽是宜精思以得之。而何易言也。
【読み】
楊迪子に言いて曰く、心迹は固に夫子以て判ず可きの理無しとす。迪や疑う、と。子曰く、然らば則ち舜が象の憂喜に同じき、孟子以て僞りとせざらんや。卽ち是れ宜しく精しく思って以て之を得るべし。而れども何ぞ言い易からんや、と。

子曰、與叔昔者之學雜。故常以思慮紛擾爲患。而今也求所以虛而靜之、遂以養氣爲有助也。夫養氣之道、非槁形灰心之謂也。人者生物也。不能不動、而欲槁其形、不能不思、而欲灰其心。心灰而形槁、則是死而已也。其從事於敬以直内、所患則亡矣。
【読み】
子曰く、與叔の昔の學は雜なり。故に常に思慮紛擾を以て患えとす。而して今や虛しくして之を靜かにする所以を求めて、遂に氣を養うを以て助有りとす。夫れ氣を養う道は、槁形灰心の謂に非ず。人は生物なり。動かざること能わずして、而して其の形を槁[か]らさんと欲し、思わざること能わずして、其の心を灰にせんと欲す。心灰にして形槁らせば、則ち是れ死なるのみ。其れ事に敬以て内を直くするに從わば、患うる所則ち亡からん、と。

游酢曰、能戒謹於不覩不聞之中、則上天之載、可循序而進矣。子曰、是則然矣。雖然、其序如之何、循之又如何也。荀卿曰、始乎爲士、終也爲聖。其言是也。而曰性者惡也、禮者僞也。然則由士而聖人者、彼亦不知其所循之序矣。可不深思而謹擇乎。
【読み】
游酢曰く、能く覩ざる聞かざるの中に戒謹するときは、則ち上天の載、序に循って進む可し、と。子曰く、是れ則ち然り。然りと雖も、其の序之を如何、之に循うこと又如何。荀卿曰く、始め士と爲り、終わりは聖と爲る、と。其の言は是なり。而れども性は惡なり、禮は僞りなりと曰う。然らば則ち士由りして聖人となる者、彼亦其の循う所の序を知らざるなり。深く思って謹み擇ばざる可けんや、と。

子曰、有能全體此心、學雖未盡、但隨分以應事物、雖不中不遠矣。
【読み】
子曰く、能く全く此の心を體すること有れば、學未だ盡くさずと雖も、但分に隨って以て事物に應ずれば、中らずと雖も遠からじ、と。

子曰、西北與東南、人材不同、氣之厚薄異也。
【読み】
子曰く、西北と東南と、人材同じからざるは、氣の厚薄異なればなり、と。

或問、心有存亡乎。子曰、以心無形體也。自操舍言之耳。夫心之所存、一主乎事、則在此矣。子因以目視地曰、過則無聲臭矣。其曰放心者、謂心本善而流於不善。是放也。心則無存亡矣。
【読み】
或るひと問う、心は存亡有りや、と。子曰く、心を以てするに形體無し。操舍自り之を言うのみ。夫れ心の存する所、一に事を主とするときは、則ち此に在り、と。子因りて目を以て地を視て曰く、過ぐるときは則ち聲臭無し。其の放心と曰う者は、心は本善なれども而れども不善に流るを謂う。是れ放つなり。心は則ち存亡無し、と。

子曰、佛者平居高談、自謂見性得盡。至其應物處事、則有惘然不知者。是實未盡所得也。
【読み】
子曰く、佛者平居高談して、自ら性を見て盡くすことを得ると謂う。其の物に應じ事に處するに至っては、則ち惘然として知らざる者有り。是れ實に未だ得る所を盡くさざるなり、と。

或問有言、求中於喜怒哀樂未發之前可也。子曰、求則是有思也。思則是已發也。然則何所據依、何以用功哉。子曰、存養而已矣。及其久也、喜怒哀樂之發、不期中而自中矣。
【読み】
或るひと問いて言えること有り、中を喜怒哀樂未發の前に求めて可なるや、と。子曰く、求むるときは則ち是れ思うこと有るなり。思うは則ち是れ已發なり、と。然らば則ち何の據依する所にして、何を以て功を用いんや、と。子曰く、存養のみ。其の久しきに及んでや、喜怒哀樂の發、中を期せずして自づから中ならん、と。

子曰、不欲則不惑。惑者由有所欲也。欲、非必盤樂也。心有所向、無非欲也。
【読み】
子曰く、欲せざるときは則ち惑わず。惑う者は欲する所有るに由る。欲は、必ずしも盤樂のみに非ず。心の向かう所有る、欲に非ざること無し、と。

或曰、心未有所感之時、何所寓也。子曰、莫知其郷。何爲而求所寓。有寓、非所以言心也。惟敬以操之而已。
【読み】
或るひと曰く、心未だ感ずる所有らざる時、何の寓する所ぞ、と。子曰く、其の郷を知ること莫し。何爲れぞ寓する所を求めん。寓すること有るは、心を言う所以に非ず。惟敬以て之を操るのみ、と。

子曰、邪說雖熾、終不能勝正道、以人之秉彝不可亡也。然亦惡其善惑人心。是以孟子欲正人心、息邪說。
【読み】
子曰く、邪說熾んなりと雖も、終に正道に勝つこと能わざるは、人の彝を秉ること亡ぶ可からざるを以てなり。然れども亦其の善く人の心を惑わすことを惡む。是を以て孟子人の心を正し、邪說を息めんと欲す、と。

子曰、人必有仁義之心、然後仁義之氣睟然逹於外。
【読み】
子曰く、人必ず仁義の心有りて、然して後仁義の氣睟然として外に逹す、と。

子曰、善惡云云者、猶杞柳之論也。善惡混云者、猶湍水之說也。
【読み】
子曰く、善と惡と云云は、猶杞柳の論のごとし。善惡混ずと云うは、猶湍水の說のごとし、と。

子曰、性果惡耶、則聖人何爲能反其性、以至於斯也。
【読み】
子曰く、性果たして惡かとならば、則ち聖人何爲れぞ能く其の性に反って、以て斯に至らんや、と。

子曰、命受於天、或者服餌致壽。是天命而可增益也。
【読み】
子曰く、命を天に受くるに、或は服餌壽きを致す。是れ天命なれども增益す可し、と。

子曰、卜筮將以決疑也。今之人獨計其一身之窮通而已。非惑夫。
【読み】
子曰く、卜筮は將に以て疑いを決せんとす。今の人は獨其の一身の窮通を計るのみ。惑えるに非ざらんや、と。

子曰、君子以識爲本、行次焉。今有人、力能行之、而識不足以知之、則有異端之惑、將流蕩而不知反。好惡失其宜、是非亂其眞、雖有尾生之信、曾子之孝、吾弗貴也。
【読み】
子曰く、君子は識を以て本とし、行いは焉に次ぐ。今人有り、力めて能く之を行えども、而れども識以て之を知るに足らざれば、則ち異端の惑い有りて、將に流蕩して反ることを知らざらんとす。好惡其の宜しきを失し、是非其の眞を亂れば、尾生の信、曾子の孝有りと雖も、吾れ貴ばじ、と。

子厚曰、必有事焉而勿正、心勿忘、勿助長者、其入神之奧乎。學者欲以思慮求之、旣以自累其心於不神矣。烏得而求之哉。子曰、有所事、乃有思也。無思則無事矣。孟子於是論養氣之道、而未遽及夫神也。子厚曰、勿忘者、亦不捨其靈明、善應之耳。子曰、存不捨之心、安得謂之靈明。然則其能善乎。子曰、意必固我旣亡之後、必有事焉。此學者所宜盡心也。
【読み】
子厚曰く、必ず事とすること有って正[あてて]すること勿かれ、心に忘るること勿かれ、助け長ぜしむること勿かれとは、其れ神に入るの奧か。學者思慮を以て之を求めんと欲して、旣に以て自ら其の心を神ならざるに累わす。烏んぞ得て之を求めんや、と。子曰く、事とする所有るときは、乃ち思うこと有るなり。思うこと無きときは則ち事とすること無きなり。孟子是に於て氣を養うの道を論じて、未だ遽に夫の神に及ばざるなり、と。子厚曰く、忘るること勿かれとは、亦其の靈明を捨てず、善く之に應ずるのみ、と。子曰く、捨てざるの心を存す、安んぞ之を靈明と謂うことを得ん、と。然らば則ち其れ能く善ならんや、と。子曰く、意必固我旣に亡ぶるの後、必ず事とすること有り。此れ學者の宜しく心を盡くすべき所なり、と。

子曰、夜氣之所存者、良知也、良能也。苟擴而充之、化旦晝之所梏、爲夜氣之所存、然後有以至於聖人也。
【読み】
子曰く、夜氣の存する所の者は、良知なり、良能なり。苟も擴めて之を充たせば、旦晝の梏する所を化して、夜氣の存する所と爲して、然して後に以て聖人に至ること有らん、と。

子曰、甚矣、慾之害人也。人爲不善、慾誘之也。誘之而不知、則至於滅天理而不知反。故目則欲色、耳則欲聲、鼻則欲香、口則欲味、體則欲安。此皆有以使之也。然則何以窒其慾。曰思而已矣。覺莫要於思。惟思爲能窒慾。
【読み】
子曰く、甚だしきかな、慾の人を害すること。人不善を爲すは、慾之を誘えばなり。之を誘って知らざれば、則ち天理を滅ぼして反ることを知らざるに至る。故に目は則ち色を欲し、耳は則ち聲を欲し、鼻は則ち香を欲し、口は則ち味を欲し、體は則ち安きを欲す。此れ皆以て之をせしむること有ればなり。然らば則ち何を以て其の慾を窒がん。曰く、思うのみ。覺るは思うより要なるは莫し。惟思うこと能く慾を窒ぐことをす、と。

子曰、自性得者皆善也。而有仁義禮智之名者、以其所施之不同。合而言之、一道也。舍而行之、是悖理而違道也。而世言道與性者、必曰超然眇乎四端之外、是亦不學之過也。
【読み】
子曰く、性自り得る者は皆善なり。而して仁義禮智の名有る者は、其の施す所の同じからざるを以てす。合わせて之を言わば、一道なり。舍てて之を行うは、是れ理に悖り道に違うなり。而れども世の道と性とを言う者、必ず超然として四端の外に眇なりと曰うは、是れ亦學ばざるの過ちなり、と。

子曰、聞見之知非德性之知。德性所知、不假聞見。
【読み】
子曰く、聞見の知は德性の知に非ず。德性の知る所は、聞見を假りず、と。

子曰、世之人樂其所不當樂、不樂其所當樂、慕其所不當慕、不慕其所當慕、皆由不思輕重之分。不知求放心而求放雞犬者也。
【読み】
子曰く、世の人其の當に樂しむべからざる所を樂しみ、其の當に樂しむべき所を樂しまず、其の當に慕うべからざる所を慕わず、其の當に慕うべき所を慕わざるは、皆輕重の分を思わざるに由れり。放心を求むることを知らずして放てる雞犬を求むる者なり、と。

子曰、有一物而相離者、如形無影、不害其成形、水無波、不害其爲水。有兩物而必相須者。心無目不能視、目無心不能識也。
【読み】
子曰く、一物にして相離るる者有り、形の影無き、其の形を成すことを害せず、水の波無き、其の水爲ることを害せざるが如し。兩物にして必ず相須うる者有り。心目無ければ視ること能わず、目心無ければ識ること能わず、と。

子曰、莫大於性。小人云者、非其性然也。自溺於小而已。是故聖人閔之。
【読み】
子曰く、性より大なるは莫し。小人と云う者は、其の性然るに非ず。自ら小に溺るるのみ。是の故に聖人之を閔れむ、と。

子曰、人之性猶器受光於日。佛氏言性、猶置器日下、傾此於彼爾。日固未嘗動也。
【読み】
子曰く、人の性は猶器の光を日に受くるがごとし。佛氏性を言うは、猶器を日の下に置いて、此を彼に傾むけるがごときのみ。日は固より未だ嘗て動かず、と。

子曰、心具天德。心有不盡、則於天德不盡。其於知天難矣。
【読み】
子曰く、心は天德を具う。心盡くさざること有れば、則ち天德に於て盡きず。其の天を知るに於て難し、と。

子曰、眞元之氣、氣所由生、外物之氣、不得以雜之。然必資物之氣而後可以養元氣。本一氣也。人居天地一氣之中、猶魚之在水。飮食之眞味、寒暑之節宣、皆外氣涵養之道也。
【読み】
子曰く、眞元の氣は、氣の由って生ずる所、外物の氣、以て之に雜じることを得ず。然れども必ず物の氣に資って而して後に以て元氣を養う可し。本一氣なり。人の天地一氣の中に居するは、猶魚の水に在るがごとし。飮食の眞味、寒暑の節宣は、皆外氣涵養の道なり。

子曰、神與氣未嘗相離、不以生存、不以死亡。而佛言有一物不亡而常存、能盜胎奪陰、則無是理也。
【読み】
子曰く、神と氣とは未だ嘗て相離れず、生を以て存せず、死を以て亡せず。而れども佛が一物亡せずして常に存する有りて、能く胎を盜み陰を奪うと言うは、則ち是の理無し、と。

子曰、不誠不莊、而曰盡性者、無之。性之德無僞慢。不免乎僞慢者、未嘗知其性也。
【読み】
子曰く、誠ならず莊ならずして、性を盡くすと曰う者は、之れ無し。性の德は僞慢無し。僞慢を免れざる者は、未だ嘗て其の性を知らず、と。

子曰、體會必以心。謂體會非心、於是有心小性大之說。聖人之心、與天爲一。或者滯心於智識之閒、故自見其小耳。
【読み】
子曰く、體會は必ず心を以てす。體會は心に非ずと謂う、是に於て心小性大の說有り。聖人の心は、天と一爲り。或は心を智識の閒に滯らす、故に自ら見ること其れ小なるのみ、と。

或問、克伐怨欲不行而非仁、何也。子曰、無是四者、非仁而何。原憲之問、在於止而不行、未免於有是心也。故曰可以爲難而已。蓋將以起原憲之問而進之。而憲不能也。
【読み】
或るひと問う、克伐怨欲行わずして仁に非ざるは、何ぞや、と。子曰く、是の四つの者無くんば、仁に非ずして何ぞ。原憲の問い、止めて行わざるに在って、未だ是の心有ることを免れず。故に以て難しとす可しと曰うのみ。蓋し將に以て原憲の問いを起こして之を進めんとす。而れども憲能わず、と。

或問、君子存之、如何其存也。子曰、必有事焉而勿正、心勿忘勿助長、乃存之之道也。
【読み】
或るひと問う、君子之を存するは、如何にしてか其れ存する、と。子曰く、必ず事とすること有りて而して正すること勿かれ、心に忘るること勿かれ助けて長ぜしむること勿かれというは、乃ち之を存するの道なり、と。

子曰、无妄、天性也。萬物各得其性、一毫不加損矣。
【読み】
子曰く、无妄は、天性なり。萬物各々其の性を得ること、一毫も加損せず、と。

子曰、感而遂通、感非自外也。
【読み】
子曰く、感じて遂に通ずとは、感ずること外自りするに非ず、と。

子曰、退藏於密者、用之源也。
【読み】
子曰く、退いて密に藏るとは、用の源なり、と。

子曰、人心、私欲也。危而不安。道心、天理也。微而難得。惟其如是。所以貴於精一也。精之一之、然後能執其中。中者極至之謂也。
【読み】
子曰く、人心は、私欲なり。危うくして安からず。道心は、天理なり。微にして得難し。惟其れ是の如し。精一を貴ぶ所以なり。之を精にし之を一にして、然して後に能く其の中を執る。中は極至の謂なり、と。

子曰、鳶飛戾天、魚躍于淵、言其上下察也、此子思開示學者切要之語也。孟子曰、必有事焉而勿正、心勿忘、其意亦猶是也。有得於此者、樂則生、生則烏可已也。無得於此者、役役於見聞知思、爲機變之功而已。
【読み】
子曰く、鳶飛んで天に戾[いた]り、魚淵に躍る、其の上下察らかなることを言えりとは、此れ子思學者に開示する切要の語なり。孟子曰く、必ず事とすること有りて而して正すること勿かれ、心に忘るること勿かれとは、其の意亦猶是のごとし。此に得ること有る者は、樂しむときは則ち生じ、生ずるときは則ち烏んぞ已む可き。此に得ること無き者は、見聞知思に役役として、機變の功をするのみ、と。

子曰、知命者達理也。受命者得其應也。天之應若影響然。得其應者常理也。致微而觀之、未有不應者、自淺狹之所見、則謂其有差矣。天命可易乎。然有可易者、惟其有德者能之。
【読み】
子曰く、命を知る者は理に達するなり。命を受くる者は其の應を得るなり。天の應は影響の若く然り。其の應を得る者は常理なり。微を致して之を觀るときば、未だ應ぜざる者有らず、淺狹の見る所自りするときは、則ち其れ差い有りと謂う。天命易う可けんや。然れども易う可きこと有る者は、惟其れ有德の者之を能くす、と。

韓康公曰、今有人頓然明盡者、子信諸。子曰、必也生而知之。然未之見也。凡所貴乎學者、不謂生而知之者也。孟子曰、盡其心者、知其性也。存其心、養其性、所以事天也。言其至也。佛氏於陰陽生死古今、未之識也。而謂得夫形而上者與吾聖人無二致、可乎。人才智愈明、其所陷溺愈深。可不戒乎。
【読み】
韓康公曰く、今人頓然として明らかに盡くす者有らば、子信ぜんや、と。子曰く、必ずや生まれながらにして之を知るならん。然れども未だ之を見ざるなり。凡そ學に貴ぶ所の者は、生まれながらにして之を知る者を謂わざるなり。孟子曰く、其の心を盡くす者は、其の性を知る。其の心を存し、其の性を養うは、天に事うる所以なり、と。其の至れるを言うなり。佛氏陰陽生死古今に於て、未だ之を識らず。而も夫の形よりして上なる者を得ること吾が聖人と二致無しと謂わば、可ならんや。人の才智愈明らかなれば、其の陷溺する所愈々深し。戒めざる可けんや、と。

子曰、學必知自慊之道。有一毫不自慊、則子厚所謂有外之心、不足以合天心也。
【読み】
子曰く、學は必ず自ら慊るの道を知るべし。一毫も自ら慊らざること有るときは、則ち子厚の所謂外に有るの心、以て天心に合するに足らず、と。

子曰、率氣在志、養氣在直内。有私意則餒、無不義則浩然。
【読み】
子曰く、氣を率いることは志に在り、氣を養うことは内を直くするに在り。私意有るときは則ち餒え、不義無きときは則ち浩然たり、と。

子曰、心活則周流無窮、而不滯於一隅。
【読み】
子曰く、心活するときは則ち周流窮まり無くして、一隅に滯らず、と。

子曰、質之美者、一明卽盡、濁滓渾化。斯與天地同體矣。莊敬持養、抑其次也。及其至、則一也。
【読み】
子曰く、質の美なる者は、一たび明らかにして卽ち盡くして、濁滓渾化す。斯れ天地と體を同じくするなり。莊敬持養は、抑々其の次なり。其の至れるに及んでは、則ち一なり、と。

或問、多怒多驚、何也。子曰、主心不定也。
【読み】
或るひと問う、多く怒り多く驚くは、何ぞや、と。子曰く、心を主とすること定まらざればなり、と。

子曰、心盡乎智周萬物、而不盡乎如死灰。形盡乎動容周旋、而不盡乎如槁木。以寂滅湛靜爲道者、其分遠矣。
【読み】
子曰く、心は智萬物に周きに盡きて、死灰の如きに盡きず。形は動容周旋に盡きて、槁木の如きに盡きず。寂滅湛靜を以て道とする者は、其の分遠し、と。

張子厚問伯淳曰、定性未能不動、猶累於外物、何也。子曰、所謂定者、靜亦定、動亦定、無將迎、無内外。苟以物爲外、牽己而從之、是以性爲有内外也。性爲隨於外、則當其在外時、何者在内也。是有意於絕外誘、而不知性之無内外也。旣以内外爲二本、則又烏可語定哉。夫天地之常、以其心普萬物而無心、聖人之常、以其情順萬事而無情。故君子之學、莫若廓然而大公、物來而順應。苟規規於外誘之除、將見滅於東、生於西也。非其日之不足。顧其端無窮、不可得而除也。人之情各有所蔽。故不能適道。其害在於是内、而自私也、用智也。自私則不能以有爲爲應迹、用智則不能以明覺爲自然。今以惡外物之心、而求照無物之地、是反鑑而索照也。與其非外而是内、不若内外之兩忘也。兩忘、則澄然無事矣。無事則定、定則明。明則何者之爲累哉。聖人之喜、以物之當喜、聖人之怒、以物之當怒。喜怒不繫於心而繫於物。聖人未嘗絕物而不應也。人之情易發而難制者、惟怒爲甚。能以方怒之時、遽忘怒心、而觀理之是非、亦可見外誘之不足惡、而於道亦思過半矣。
【読み】
張子厚伯淳に問いて曰く、性を定むれども未だ動かざること能わず、猶外物に累わさるるは、何ぞや、と。子曰く、所謂定とは、靜も亦定まり、動も亦定まり、將迎無く、内外無し。苟も物を以て外とし、己を牽いて之に從わば、是れ性を以て内外有りとするなり。性外に隨うことを爲せば、則ち其の外に在る時に當たって、何者か内に在らん。是れ外誘を絕つに意有りて、性の内外無きことを知らざるなり。旣に内外を以て二本とせば、則ち又烏ぞ定を語る可けんや。夫れ天地の常は、其の心萬物に普きを以て心無く、聖人の常は、其の情萬事に順うを以て情無し。故に君子の學は、廓然として大公、物來りて順應するに若くは莫し。苟も外誘を除くに規規たらば、將に東に滅び、西に生ずるを見んとす。其の日の足らざるのみに非ず。顧みるに其の端窮まり無くして、得て除く可からざればなり。人の情は各々蔽わるる所有り。故に道に適くこと能わず。其の害内を是とするに在りて、自私するなり、智を用うるなり。自私するときは則ちすること有るを以て應迹とすること能わず、智を用うるときは則ち明覺を以て自然とすること能わず。今外物を惡むの心を以て、物無きの地を照らさんことを求むるは、是れ鑑に反いて照らさんことを索むるなり。其の外を非として内を是とせん與りは、内外の兩ながら忘れんには若かず。兩ながら忘るるときは、則ち澄然として事無し。事無きときは則ち定まり、定まるときは則ち明らかなり。明らかなるときは則ち何者か之れ累うことをせんや。聖人の喜ぶは、物の當に喜ぶべきを以てし、聖人の怒るは、物の當に怒るべきを以てす。喜怒は心に繫らずして物に繫る。聖人は未だ嘗て物を絕って應ぜずんばあらず。人の情の發し易くして制し難き者は、惟怒りを甚だしとす。能く方に怒る時を以て、遽に怒る心を忘れて、理の是非を觀ば、亦外誘の惡むに足らざることを見る可くして、道に於て亦思い半ばに過ぎん、と。


人物篇

子曰、萬物之始、氣化而已。旣形氣相禪、則形化長而氣化消。
【読み】
子曰く、萬物の始めは、氣化のみ。旣に形氣相禪るときは、則ち形化長じて氣化消ず、と。

子曰、人以累物爲患、必以忘物爲賢。其失一也。
【読み】
子曰く、人物に累わさるるを以て患えとし、必ず物を忘るるを以て賢とす。其の失は一なり、と。

子曰、物固有是理、因而充長之、不俟乎造爲。故曰、益長裕而不設。設則僞矣。
【読み】
子曰く、物固より是の理有りて、因りて之を充長して、造爲を俟たず。故に曰く、益は長裕して設けず、と。設くるときは則ち僞りなり、と。

子曰、觀物理、於察己之理明、則無往而不識矣。
【読み】
子曰く、物理を觀ること、己を察するの理に於て明らかにするときは、則ち往くとして識らずということ無し、と。

子曰、君子循理。故常泰。小人役於物。故多憂戚。
【読み】
子曰く、君子は理に循う。故に常に泰なり。小人は物に役せらる。故に多く憂戚す、と。

子曰、時者、聖人之所不能爲也。而人之智愚、世之治亂、聖人必示以可易之道者、豈徒爲敎哉。蓋有其理也。
【読み】
子曰く、時は、聖人のすること能わざる所なり。而るに人の智愚、世の治亂、聖人必ず示すに易う可きの道を以てする者は、豈徒に敎を爲すのみならんや。蓋し其の理有ればなり、と。

子曰、物形有小大精粗之不同。神則一而已。
【読み】
子曰く、物の形は小大精粗の不同有り。神は則ち一なるのみ、と。

子曰、物相入則相說。說則相入。說以正爲貴。君子之道、致說於民、如天地之施焉。
【読み】
子曰く、物相入るときは則ち相說ぶ。說ぶときは則ち相入る。說ぶは正を以て貴しとす。君子の道、說びを民に致すは、天地の施しの如し、と。

子曰、君子之自尙、蓋非一致。有抱道不偶、而高潔自守者焉。有知止足之戒、退而保身者焉。有量能度分、安於不求者焉。有淸介遠引、不屑世故者焉。孔子所謂志可則者、進退合道者也。
【読み】
子曰く、君子の自ら尙ぶは、蓋し一致に非ず。道を抱いて偶せずして、高潔にして自ら守る者有り。足るに止まるの戒めを知って、退いて身を保つ者有り。能を量り分を度って、求めざるに安んずる者有り。淸介にして遠く引いて、世故を屑しとせざる者有り。孔子の所謂志則る可き者は、進退道に合う者なり、と。

子曰、二氣五行、剛柔萬殊、聖人由一理復其初也。
【読み】
子曰く、二氣五行、剛柔萬殊、聖人は一理に由って其の初めに復るなり、と。

子曰、非仁無以見天地。
【読み】
子曰く、仁に非ざれば以て天地を見ること無し、と。

子曰、感慨殺身、常人之所易。處死生之際、雍容就義、君子之所難。
【読み】
子曰く、感慨して身を殺すは、常人の易しとする所。死生の際に處して、雍容として義に就くは、君子の難しとする所、と。

子曰、觀物於靜中、皆有春意。
【読み】
子曰く、物を靜中に觀れば、皆春意有り、と。

子曰、聖賢之處世、莫不於大同之中有不同焉。不能大同者、是亂常拂理而已。不能不同者、是隨俗習汚而已。
【読み】
子曰く、聖賢の世に處する、大いに同じきの中に於て同じからざること有らずということ莫し。大いに同じきこと能わざる者は、是れ常を亂り理に拂[もと]るのみ。同じからざること能わざる者は、是れ俗に隨い汚に習うのみ、と。

子曰、一行非所以名聖人。
【読み】
子曰く、一行は聖人と名づくる所以に非ず、と。

子曰、有志之士、不以天下萬物撓己。己立矣、則運天下、濟萬物、必有餘裕。
【読み】
子曰く、志有るの士は、天下萬物を以て己を撓[たわ]めず。己立つときは、則ち天下を運らし、萬物を濟すに、必ず餘裕有り、と。

或問、凡人辨論、自直其說、求勝人而無含容之氣、何也。子曰、識量狹也。聖人之有量、天資也。君子之有量、學識也。聖人與日月竝明。故天地同量。下此者、猶之紅海也、鐘鼎也、釜斛也、斗筲也。其涯雖異、其受也不齊、而未有不滿者也。惟道無限量。知道者量必宏。學而充之、則亦隨其知之所至而已。人有受一薦而滿者、有得一官而滿者、推而上之、至於爲公輔而滿者。方其未滿、猶可蔽也。旣不能承、則必盈溢、不可掩也。鄧艾位登三公、年七十矣。其自處亦善。及破蜀有功、則心動矣。謝安聞苻堅之敗、不形喜色。及折屐齒、則心動矣。有飮酒旣醉而執禮愈恭者。雖賢於顚沛、而爲酒所動、一也。富貴公子折身過於謙抑。視驕傲者亦賢矣。亦爲富貴所動也。
【読み】
或るひと問う、凡そ人辨論するに、自ら其の說を直しとして、人に勝たんことを求めて含容の氣無きは、何ぞや、と。子曰く、識量狹ければなり。聖人の量有るは、天資なり。君子の量有るは、學識なり。聖人は日月と明を竝ばす。故に天地に量を同じくす。此より下なる者は、猶之れ紅海なり、鐘鼎なり、釜斛なり、斗筲のごときなり。其の涯異なりと雖も、其の受くること齊しからずして、未だ滿たざる者は有らず。惟道は限量無し。道を知る者は量必ず宏し。學んで之を充つるときは、則ち亦其の知の至る所に隨うのみ。人一薦を受けて滿つる者有り、一官を得て滿つる者有り、推して之を上げては、公輔と爲りて滿つる者に至る。其の未だ滿たざるに方っては、猶蔽う可し。旣に承くること能わざるときは、則ち必ず盈ち溢れて、掩う可からず。鄧艾位三公に登り、年七十なり。其の自ら處するも亦善し。蜀を破って功有るに及んでは、則ち心動く。謝安苻堅の敗るるを聞いて、喜色を形さず。屐齒[げきし]を折るに及んでは、則ち心動く。酒を飮んで旣に醉って禮を執って愈々恭しき者有り。顚沛に賢なりと雖も、酒の爲に動かさるることは、一なり。富貴の公子身を折って謙抑に過ぐ。驕傲の者に視ぶるに亦賢なり。亦富貴の爲に動かさるるなり、と。

或問、視朋友之過、不告則不忠。善告之不聽、則當何如。子曰、誠意交孚於未言之前、雖不言而人信之矣。不信者、誠不至也。
【読み】
或るひと問う、朋友の過ちを視て、告げざるときは則ち不忠なり。善く之に告げて聽かずんば、則ち當に何如にすべき、と。子曰く、誠意にして交々未だ言わざるの前に孚あらば、言わずと雖も人之を信ぜん。信ぜざる者は、誠至らざればなり、と。

子曰、匹夫悍卒、見難而能死者、多矣。惟妻孥之牽、情慾之愛、能斷而不惑者、鮮矣哉。
【読み】
子曰く、匹夫悍卒、難を見て能く死する者は、多し。惟妻孥の牽、情慾の愛、能く斷って惑わざる者は、鮮いかな、と。

子曰、勇一也。而用不同。勇於氣者、小人也。勇於義者、君子也。
【読み】
子曰く、勇は一なり。而して用うること同じからず。氣に勇める者は、小人なり。義に勇める者は、君子なり、と。

劉安節問、人有少而勇、老而怯、少而廉、老而貪、何爲其然也。子曰、志不立、爲氣所使故也。志勝氣、則一定而不可變也。曾子易簀之際、其氣微可知也。惟其志旣堅、則雖死生之際、亦不爲之動。況老少之異乎。
【読み】
劉安節問う、人少くして勇み、老いて怯え、少くして廉に、老いて貪ること有るは、何の爲に其れ然る、と。子曰く、志立たず、氣の爲に使わるるが故なり。志氣に勝つときは、則ち一定して變ずる可からず。曾子簀を易うるの際、其の氣の微なること知る可し。惟其の志旣に堅きときは、則ち死生の際と雖も、亦之が爲に動かされず。況んや老少の異なりをや、と。

子曰、以己及物、仁也。推己及物、恕也。
【読み】
子曰く、己を以て物に及ぼすは、仁なり。己を推して物に及ぼすは、恕なり、と。

子曰、天下之聚、貴以正。聚不以正、於人則爲苟合、於財則爲悖入。
【読み】
子曰く、天下の聚むるは、正しきを以てすることを貴ぶ。聚むること正しきを以てせざれば、人に於ては則ち苟も合うとし、財に於ては則ち悖り入るとす、と。

子曰、學者必識聖賢之體。聖人猶化工也、賢人猶巧工也。翦綵以爲花、設色以畫之。非不宛然肖之、而欲觀生意之自然、則無之也。
【読み】
子曰く、學者は必ず聖賢の體を識れ。聖人は猶化工のごとく、賢人は猶巧工のごとし。綵[あや]を翦って以て花を爲り、色を設けて以て之を畫く。宛然として之に肖らざるに非ざれども、生意の自然を觀んと欲するときは、則ち之れ無し、と。

子曰、不以己待物、而以物待物、是謂無我。
【読み】
子曰く、己を以て物を待たずして、物を以て物を待つは、是を我れ無しと謂う、と。

子曰、聖人之明猶日月不可過也。過則不明矣。
【読み】
子曰く、聖人の明は猶日月の過ぐる可からざるがごとし。過ぐるときは則ち明ならず、と。

子曰、一介之士、苟存心於愛物、亦必有所濟。
【読み】
子曰く、一介の士、苟も心を物を愛するに存せば、亦必ず濟す所有らん、と。

子曰、氣之所鍾、有偏正故有人物之殊。有淸濁故有智愚之等。
【読み】
子曰く、氣の鍾[あつ]まる所、偏正有るが故に人物の殊有り。淸濁有るが故に智愚の等有り、と。

劉安節問、太古之時、人物同生。子曰、然。純氣爲人、繁氣爲物乎。子曰、然。其所生也、無所從受、則氣之所化乎。子曰、然。
【読み】
劉安節問う、太古の時、人物同じく生ずるか、と。子曰く、然り、と。純氣人と爲り、繁氣物に爲るか、と。子曰く、然り、と。其の生ずる所、從受する所無きときは、則ち氣の化する所か、と。子曰く、然り、と。

子曰、物窮而不變、則無不易之理。易者、變而不窮也。
【読み】
子曰く、物窮まって變ぜざるときは、則ち不易の理無し。易は、變じて窮まらざるなり、と。

子曰、萬物始生也、鬱結未通、則實塞於天地之閒。至於暢茂、則塞意亡矣。
【読み】
子曰く、萬物の始めて生ずるや、鬱結して未だ通ぜざるときは、則ち天地の閒に實ち塞がる。暢茂するに至っては、則ち塞意亡ぶ、と。

子曰、哲人知幾、誠之於思乎。志士勵行、守之於爲乎。順理則裕、而從欲則危乎。
【読み】
子曰く、哲人幾を知るは、之を思に誠にするか。志士行いを勵するは、之をするに守るか。理に順うときは則ち裕にして、欲に從うときは則ち危うきか、と。

子曰、君子之敎人、或引之、或拒之、或各因所虧者成之而已。
【読み】
子曰く、君子の人を敎うる、或は之を引き、或は之を拒み、或は各々虧くる所の者に因って之を成すのみ、と。

張子曰、洪鐘未嘗有聲、由扣乃有聲。聖人未嘗有知、由問乃有知。子曰、謂聖人無知、則當不問之時、其猶木石乎。張子曰、有不知則有知、無不知則無知。故曰聖人未嘗有知、由問乃有知也。
【読み】
張子曰く、洪鐘は未だ嘗て聲有らず、扣[たた]くに由って乃ち聲有り。聖人未だ嘗て知ること有らず、問うに由って乃ち知ること有り、と。子曰く、聖人知ること無しと謂うときは、則ち問わざる時に當たって、其れ猶木石のごときか、と。張子曰く、知らざること有るときは則ち知ること有り、知らざること無きときは則ち知ること無し。故に聖人未だ嘗て知ること有らず、問うに由って乃ち知ること有りと曰う、と。

或問、天民與大人之道何以異。子曰、順天而行道者、天民也。順天而爲政者、天吏也。大人則進乎此矣。
【読み】
或るひと問う、天民と大人の道と何を以て異なる、と。子曰く、天に順って道を行う者は、天民なり。天に順って政を爲むる者は、天吏なり。大人は則ち此に進む、と。

子曰、君子處難、貴守正而不知其他也。守正而難不解、則命也。遇難而不固其守、以自放於邪濫、雖使苟免、斯亦惡德也。知義命、不爲也。
【読み】
子曰く、君子の難に處する、正しきを守ることを貴んで其の他を知らず。正しきを守って難解けざるは、則ち命なり。難に遇って其の守りを固くせずして、以て自ら邪濫に放[ほしいまま]にすれば、苟も免れしむと雖も、斯れ亦惡德なり。義命を知るものは、せざるなり、と。

子曰、先儒母弟之說、非也。禮云立嫡子母弟者謂嫡也。非以同母爲加親也。以同母爲加親、是知母而不知父、非人道也。
【読み】
子曰く、先儒母弟の說は、非なり。禮に嫡子母弟を立つと云う者は嫡を謂うなり。同母を以て親を加うることをするに非ざるなり。同母を以て親を加うることをするは、是れ母を知って父を知らず、人の道に非ざるなり、と。

子曰、聖人之德、無所不盛。古之稱聖人者、自其尤盛而言之。尤盛者、見於所遇也。而或以爲聖人有能有不能、非知聖人者也。
【読み】
子曰く、聖人の德は、盛んならずという所無し。古の聖人と稱する者は、其の尤も盛んなる自りして之を言う。尤も盛んなる者は、遇う所に見る。而るを或は以て聖人と爲るには能有り不能有りとするは、聖人を知る者に非ざるなり、と。

子曰、厚責於吾所感、薄責於吾所應、惟君子能之。
【読み】
子曰く、厚く吾が感ずる所に責め、薄く吾が應ずる所に責むることは、惟君子のみ之を能くす、と。

子曰、聖人責人緩而不迫。事正則已矣。
【読み】
子曰く、聖人の人を責むるは緩くして迫らず。事正しきときは則ち已む、と。

或問、君子之與小人處也、必有侵陵困辱之患、則如之何。曰、於是而能反己、兢謹以遠其禍、則德益進矣。詩不曰、他山之石、可以攻玉。
【読み】
或るひと問う、君子と小人と處するに、必ず侵陵困辱の患え有るときは、則ち之を如何、と。曰く、是に於て能く己に反して、兢謹して以て其の禍を遠ざくるときは、則ち德益々進む。詩に曰わずや、他山の石、以て玉を攻[みが]く可し、と。

子曰、人各親其親、然後能不獨親其親。
【読み】
子曰く、人各々其の親を親として、然して後能く獨り其の親を親とするのみにあらず、と。

子曰、君子常過於厚、小人常過於薄。君子常過於愛、小人常過於忍。
【読み】
子曰く、君子は常に厚きに過ぎ、小人は常に薄きに過ぐ。君子は常に愛に過ぎ、小人は常に忍に過ぐ、と。

子曰、欲利己者必損人、欲利財者必斂怨。
【読み】
子曰く、己を利せんと欲する者は必ず人を損し、財を利せんと欲する者は必ず怨みを斂[あつ]む、と。

子曰、今之世、稱曰善人者、豈如無惡可欲也哉。殆亦昏棄無立之異名。
【読み】
子曰く、今の世、稱して善人と曰う者は、豈惡むこと無く欲す可きが如くならんや。殆ど亦昏棄無立の異名なり、と。

子曰、聖人之心未嘗有、志亦無不在。蓋其道合内外、體萬物。
【読み】
子曰く、聖人の心未だ嘗て有らず、志も亦在らずということ無し。蓋し其の道内外に合し、萬物に體す、と。

子曰、聖人之心、雖當憂勞、未嘗不安靜。其在安靜、亦有至憂、而未嘗勞也。
【読み】
子曰く、聖人の心、憂勞に當たると雖も、未だ嘗て安靜ならずんばあらず。其の安靜に在って、亦至憂有りとも、未だ嘗て勞せず、と。

子曰、萬物之理皆至足。而人於君臣父子之閒、不能盡其分者多矣。
【読み】
子曰く、萬物の理皆至って足る。而れども人君臣父子の閒に於て、其の分を盡くすこと能わざる者多し、と。

子曰、無物無理。惟格物可以盡理。
【読み】
子曰く、物無ければ理無し。惟物に格って以て理を盡くす可し、と。

或問聖人之道、其難知也。子曰、聖人未嘗言易以驕人之志、亦未嘗言難以阻人之進。蓋曰未之思也、夫何遠之有。是言也、涵蓄無窮之旨。學者宜深思也。
【読み】
或るひと聖人の道、其の知り難きことを問う。子曰く、聖人未だ嘗て易しと言いて以て人の志を驕らしめず、亦未だ嘗て難しと言いて以て人の進むを阻まず。蓋し未だ之を思わざるなり、夫れ何の遠いことか有らんと曰う。是の言や、窮まり無きの旨を涵蓄す。學者宜しく深く思うべし、と。

子曰、羈靮以御馬、而不以制牛。人皆知羈靮之制在人、而不知羈靮之用本於馬也。聖人之化亦如之。
【読み】
子曰く、羈靮[きてき]は以て馬を御して、以て牛を制せず。人皆羈靮の制人に在ることを知れども、而れども羈靮の用馬に本づくことを知らず。聖人の化も亦之の如し、と。

子曰、君子之道、貴乎有成。有濟物之用、而未及乎物、猶無有也。
【読み】
子曰く、君子の道は、成ること有ることを貴ぶ。物を濟すの用有れども、而れども未だ物に及ばざれば、猶有ること無きがごとし、と。

子曰、天地萬物之理、無獨必有對。
【読み】
子曰く、天地萬物の理、獨無くして必ず對有り、と。

子曰、聖人、天地之用也。
【読み】
子曰く、聖人は、天地の用なり、と。

子曰、聖人盡道、以其身之所行者敎人、是欲天下之人皆至於聖人之域也。佛氏逃父棄家、毀絕倫類、獨處山林之下、乃以所輕所賤者施諸人。豈聖人君子之心哉。
【読み】
子曰く、聖人道を盡くして、其の身の行う所の者を以て人を敎うるは、是れ天下の人皆聖人の域に至らんことを欲してなり。佛氏父を逃れ家を棄て、倫類を毀絕し、山林の下に獨處して、乃ち輕んずる所賤しくする所の者を以て人に施す。豈聖人君子の心ならんや、と。

子曰、凡物有形、則聲色臭味具焉。四者之虛實均而實勝也。意言數象亦然。
【読み】
子曰く、凡そ物形有るときは、則ち聲色臭味具わる。四つの者の虛實均しくして實勝てり。意うに數象を言うも亦然り、と。

子曰、夢之所接無形聲、而心所感通則有形聲之理。物生者氣聚也。物死者氣散也。
【読み】
子曰く、夢の接する所形聲無けれども、心の感通する所は則ち形聲の理有り。物生ずる者は氣聚まるなり。物死する者は氣散ずるなり、と。

子曰、君子在蹇則有以處蹇、在困則有以處困。道無時而不可行也。不以蹇而蹇、困而困也。
【読み】
子曰く、君子蹇に在っては則ち以て蹇に處すること有り、困に在っては則ち以て困に處すること有り。道は時として行う可からざること無し。以て蹇にして蹇し、困にして困するにあらず、と。

子曰、元者物之先也。物之先、未有不善者。成而後有敗、興而後有衰、得而後有失、事無不然者。故孔子贊之曰、元者善之長也。
【読み】
子曰く、元は物の先なり。物の先は、未だ不善なる者有らず。成って後に敗るること有り、興って後に衰うること有り、得て後に失うこと有り、事然らざる者無し。故に孔子之を贊して曰く、元は善の長なり、と。

子曰、凡人有己、必用才。聖人忘己。何才之足言。
【読み】
子曰く、凡そ人己を有するは、必ず才を用う。聖人は己を忘る。何の才か之れ言うに足らん、と。

或問、符瑞之事有諸。子曰、有之。聖人不道焉、何也。曰、因災異而修德則無損、因禎祥而自恃則有害。是以不道也。
【読み】
或るひと問う、符瑞の事有りや、と。子曰く、之れ有り、と。聖人道わざるは、何ぞや、と。曰く、災異に因って德を修むるときは則ち損なうこと無く、禎祥に因って自ら恃むときは則ち害有り。是を以て道わざるなり、と。

子曰、堯夫云、能物物、則我爲物之人也。不能物物、則我爲物之物也。夫人自人、物自物、其理昭矣。
【読み】
子曰く、堯夫云う、能く物を物とするときは、則ち我れ物の人爲り。能く物を物とせざるときは、則ち我れ物の物爲り。夫れ人は自づから人、物は自づから物なれば、其の理昭らかなり、と。

子曰、合而生、非來也。盡而死、非往也。然而精氣歸於天、形魄歸於地、謂之往亦可矣。
【読み】
子曰く、合して生ずるも、來るに非ず。盡きて死するも、往くに非ず。然れども精氣天に歸し、形魄地に歸する、之を往くと謂うも亦可なり、と。

子曰、與昧者語、如持掖醉人。左扶之則右仆、右扶之則左仆。欲其卓立中塗、不可得也。
【読み】
子曰く、昧者と語るは、醉人を持掖するが如し。左に之を扶くれば則ち右に仆れ、右に之を扶くれば則ち左に仆る。其の中塗に卓立せんことを欲すとも、得る可からず、と。

子曰、莊周言神人者、非也。聖而不可知、則不可得而名。故以神稱之。非謂神人加於聖人一等也。
【読み】
子曰く、莊周が神人と言う者は、非なり。聖にして知る可からざるときは、則ち得て名づく可からず。故に神を以て之を稱す。神人聖人に加うること一等と謂うには非ず、と。

子嘗言、昔游乎雍・華之閒、關西學者六七人從予行。一日亡千錢。僕者曰、非晨裝遺失(徐本無失字。)。必涉水沈之矣。子曰、惜哉。有謂子曰、是誠可惜也。又有曰、微哉千錢。亦何足惜也。又有曰、水中囊中、人亡人得。可以一視。何歎可惜也。子曰、人苟得之、則非亡矣。今迺墜諸水、則無用。我是以歎之。及語呂與叔曰、人之器識、乃如是之不同也。與叔曰、夫三子之言如何。子曰、最後者善。與叔曰、善則善矣。觀夫子之言、則見其有體而無用也。予因善誌之。旣十有五年、閱故編見之、思與叔。不幸而蚤死。爲之隕涕。
【読み】
子嘗て言く、昔雍・華の閒に游ぶとき、關西の學者六七人予に從って行く。一日千錢を亡う。僕者曰く、晨裝に遺失(徐本失の字無し。)するに非ず。必ず水を涉って之を沈むるならん、と。子曰く、惜しいかな、と。子に謂えるもの有って曰く、是れ誠に惜しむ可し、と。又曰えるもの有り、微なるかな千錢。亦何ぞ惜しむに足らん、と。又曰えるもの有り、水中の囊中、人亡えば人得る。以て一視す可し。何ぞ惜しむ可きことを歎ぜん、と。子曰く、人苟も之を得ば、則ち亡うには非ず。今迺ち水に墜とすときは、則ち用うること無し。我れ是を以て之を歎ず、と。呂與叔に語るに及んで曰く、人の器識は、乃ち是の如く同じからず、と。與叔曰く、夫の三子の言如何、と。子曰く、最後なる者善し、と。與叔曰く、善きことは則ち善し。夫子の言に觀れば、則ち其の體有って用無きことを見る、と。予因りて善く之を誌す。旣に十有五年にして、故編を閱て之を見て、與叔を思う。不幸にして蚤[はや]く死す。之が爲に涕を隕とす、と。

子曰、君子之學、必日進則日新。不日進者必日退。未有不進而不退者。惟聖人之道無進退。以其所造者極也。
【読み】
子曰く、君子の學、必ず日に進むときは則ち日に新たなり。日に進まざる者は必ず日に退く。未だ進まずして退かざる者は有らず。惟聖人の道は進退無し。其の造る所の者極まれるを以てなり、と。

子曰、聖人之言、其遠如天、若不可階而升也。其近若地、則亦可以履而行也。
【読み】
子曰く、聖人の言、其の遠きこと天の如きは、階して升る可からざるが若し。其の近きこと地の若きは、則ち亦以て履んで行く可し、と。

子曰、有求爲聖人之志、然後可以共學。學而善思、然後可以適道。
【読み】
子曰く、聖人と爲ることを求むるの志有りて、然して後に以て共に學ぶ可し。學んで善く思って、然して後に以て道に適く可し、と。

子曰、多權者害誠、好功者害義、取名者賊心。
【読み】
子曰く、權多き者は誠を害し、功を好む者は義を害し、名を取る者は心を賊なう、と。

子曰、君子好成物、故吉。小人好敗物、故凶。
【読み】
子曰く、君子は物を成すことを好む、故に吉。小人は物を敗ることを好む、故に凶、と。

子曰、萬物皆備於我。心與事遇、則内之所重者更互而見。此一事重、則此一事出。惟能物各付物、則無不可矣。
【読み】
子曰く、萬物皆我に備わる。心と事と遇うときは、則ち内の重き所の者更に互いして見る。此の一事重きときは、則ち此の一事出づ。惟能く物各々物に付するときは、則ち不可なること無し、と。

子曰、爲有爲而以無爲爲之、是乃有爲耳。聖人無爲異於是。
【読み】
子曰く、有爲を爲して無爲を以て之を爲すは、是れ乃ち有爲のみ。聖人の無爲は是に異なり、と。

子曰、元氣會則生聖賢。
【読み】
子曰く、元氣會するときは則ち聖賢を生ず。

子曰、凡物參和交感則生、離散不和則死。
【読み】
子曰く、凡そ物參和交感するときは則ち生じ、離散して和せざるときは則ち死す、と。

子曰、君子之於義、猶小人之於利也。唯其深喩、是以篤好。
【読み】
子曰く、君子の義に於るは、猶小人の利に於るがごとし。唯其れ深く喩る、是を以て篤く好む、と。

子曰、聖人濟物之心無窮、而力或有所不及。
【読み】
子曰く、聖人物を濟すの心窮まり無くして、力或は及ばざる所有り、と。

子曰、聚爲精氣、散爲游魂。聚則爲物、散則爲變。觀聚散、則鬼神之情狀著矣。萬物之始終、不越聚散而已。鬼神者、造化之功也。
【読み】
子曰く、聚まるを精氣とし、散ずるを游魂とす。聚まるときは則ち物と爲り、散ずるときは則ち變と爲る。聚散を觀るときは、則ち鬼神の情狀著る。萬物の始終は、聚散を越えざるのみ。鬼神は、造化の功なり、と。

子曰、才高者多過。過則一出焉、一入焉。才卑者多不及。不及者殆且弛矣。
【読み】
子曰く、才高き者は多く過ぐ。過ぐるときは則ち一たびは出、一たびは入る。才卑き者は多くは及ばず。及ばざる者は殆ど且つ弛む、と。

或曰、凡物之出、各自其氣之所勝而化焉。子曰、何以見之。曰、如木之生、新根旣大、則舊根化矣。子曰、是克也。或曰、克則非木化爲土而何。子曰、非化也、克也。物無一定、盛衰相因。古之人以迭王言五行盡之矣。或曰、五行一氣也。其本一物耳。子曰、五物也。五物備、然後生。猶五常一道也、無五則亦無道。然而旣曰五矣、則不可渾而爲一也。
【読み】
或るひと曰く、凡そ物の出る、各々其の氣の勝つ所に自って化す、と。子曰く、何を以て之を見る、と。曰く、木の生ずるが如き、新根旣に大なるときは、則ち舊根化す、と。子曰く、是れ克つなり、と。或るひと曰く、克つときは則ち木化して土と爲るに非ずして何ぞ、と。子曰く、化するに非ず、克つなり。物は一定無く、盛衰相因る。古の人迭いに王するを以て五行を言うこと之を盡くせり、と。或るひと曰く、五行は一氣なり。其の本は一物のみ、と。子曰く、五物なり。五物備わって、然して後生ず。猶五常は一道なれども、五つ無きときは則ち亦道無きがごとし。然して旣に五と曰いえば、則ち渾じて一とす可からず、と。

子曰、物有本末、而本末非二道也。
【読み】
子曰く、物の本末有り、而して本末は二道に非ず、と。

子曰、致中和、天地位焉、萬物育焉。曰致曰位、非聖人不能言。子思蓋得之云爾。
【読み】
子曰く、中和を致して、天地位し、萬物育す、と。致すと曰い位すと曰う、聖人に非ずんば言うこと能わず。子思蓋し之を得ること云爾[かくのごとし]、と。

子曰、聖人無私無我。故功高天下、而無一介累其心。蓋有一介存焉、未免乎私己也。
【読み】
子曰く、聖人は私無く我無し。故に功天下に高けれども、一介も其の心を累わすこと無し。蓋し一介も存すること有れば、未だ己を私することを免れず、と。

子曰、聖人之心、如天地之造。生養萬物而不尸其功。應物而見於彼、復何存於此乎。
【読み】
子曰く、聖人の心は、天地の造るが如し。萬物を生養して其の功を尸[つかさど]らず。物に應じて彼に見るれども、復何ぞ此に存せんや、と。

子曰、輕浮功利之人、去仁遠矣。
【読み】
子曰く、輕浮功利の人は、仁を去ること遠し、と。

子曰、天理無私。一入於私、雖欲善其言行、皆非禮。
【読み】
子曰く、天理は私無し。一たび私に入れば、其の言行を善くせんと欲すと雖も、皆非禮なり、と。

子曰、不履聖賢之行、則亦不能入其閫奧。
【読み】
子曰く、聖賢の行いを履まざるときは、則ち亦其の閫奧に入ること能わず、と。

子曰、不可爲而爲之、聖人無忘天下之心也。
【読み】
子曰く、す可からずして之をするは、聖人天下を忘るること無きの心なり、と。

子曰、隘與不恭、君子不由、拔本塞源之敎也。
【読み】
子曰く、隘と不恭とは、君子由らざるなりとは、本を拔き源を塞ぐの敎なり、と。

子曰、因是人有可喜則喜之。聖人之心本無喜也。因是人有可怒則怒之。聖人之心本無怒也。譬諸明鏡。試懸、美物至則美、醜物至則醜。鏡何有美醜哉。君子役物、小人役於物。今人見可喜可怒之事、必容心其閒。若不啻在己者、亦勞矣。
【読み】
子曰く、是の人喜ぶ可きこと有るに因るときは則ち之を喜ぶ。聖人の心は本喜ぶこと無し。是の人怒る可きこと有るに因るときは則ち之を怒る。聖人の心は本怒ること無し。諸を明鏡に譬う。試みに懸けるに、美物至るときは則ち美しく、醜物至るときは則ち醜し。鏡何ぞ美醜有らんや。君子は物を役し、小人は物に役せらる。今の人喜ぶ可く怒る可きの事を見れば、必ず心を其の閒に容る。若しくは啻己に在らざる者も、亦勞す、と。

子曰、上下一於敬、則天地自位、萬物自育。氣無不和、四靈何所不至。此聖人修己以安百姓之道也。
【読み】
子曰く、上下敬に一なるときは、則ち天地自づから位し、萬物自づから育す。氣和せざること無くんば、四靈何の至らざる所あらん。此れ聖人己を修めて以て百姓を安んずるの道なり、と。

子曰、爲惡之人、原於不知思。有思則心悟。
【読み】
子曰く、惡を爲す人は、思うことを知らざるに原づく。思うこと有れば則ち心悟る、と。

子曰、物未嘗不齊也。强欲齊之者、非物不齊也。汝自不齊耳。
【読み】
子曰く、物未だ嘗て齊しからずんばあらず。强いて之を齊しくせんと欲する者は、物齊しからざるに非ず。汝自ら齊しからざるのみ、と。

子曰、上竿而戲者、自數尺至百尺、習化其高也。況聖人至誠妙物之功乎。
【読み】
子曰く、竿に上って戲る者、數尺自り百尺に至るは、習い化して其れ高きなり。況んや聖人の至誠物に妙なるの功をや、と。

子曰、聖人一言、卽全體用。不期然而然也。
【読み】
子曰く、聖人の一言は、卽ち體用を全くす。然ることを期せずして然り、と。

子曰、人之所以爲人者、以有天理也。天理之不存、則與禽獸何異矣。
【読み】
子曰く、人の人爲る所以の者は、天理有るを以てなり。天理存せざるときは、則ち禽獸と何ぞ異ならん、と。

或問、於傳有言、太古之時人有牛頭蛇身者。信乎。子曰、謂之人、則無是矣。或言其賦形之有肖焉、則可謂云爾已矣。
【読み】
或るひと問う、傳に於て言えること有り、太古の時人牛頭蛇身の者有り、と。信なりや、と。子曰く、之を人と謂えば、則ち是れ無し。或は其の形を賦すること肖ること有りと言うことは、則ち爾か云うと謂う可きのみ、と。

子曰、物我一理、明此則盡彼、盡則通此。合内外之道也。語其大、至天地之所以高厚、語其小、至於一草木所以如此者、皆窮理之功也。
【読み】
子曰く、物我は一理、此を明らかにするときは則ち彼を盡くし、盡くすときは則ち此に通ず。内外を合するの道なり。其の大を語って、天地の高厚なる所以に至り、其の小を語って、一草木の此の如くなる所以に至る者は、皆理を窮むるの功なり、と。

子曰、窮物理者、窮其所以然也。天之高、地之厚、鬼神之幽顯、必有所以然者。苟曰天惟高耳、地惟厚耳、鬼神惟幽顯耳、是則辭而已。尙何有哉。
【読み】
子曰く、物理を窮むる者は、其の然る所以を窮むるなり。天の高き、地の厚き、鬼神の幽顯は、必ず然る所以の者有り。苟も天は惟高きのみ、地は惟厚きのみ、鬼神は惟幽顯なるのみと曰わば、是れ則ち辭なるのみ。尙何か有らんや、と。

子曰、惟聖人凝然不動。
【読み】
子曰く、惟聖人は凝然として動かず、と。

子曰、惟聖人善通變。
【読み】
子曰く、惟聖人は善く變に通ず、と。

子曰、五行在天地之閒、有則具有、無生出先後之次也。或水火金木土之五者爲有序不可也。然則精神魂魄意之五者爲序亦不可也。
【読み】
子曰く、五行の天地の閒に在る、有れば則ち具に有りて、生出先後の次無し。或は水火金木土の五つの者序有りとするは不可なり。然らば則ち精神魂魄意の五つの者序とするも亦不可なり、と。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)