二程全書卷之四十六  伊川經說第一

易說

繫辭

天尊、地卑。尊卑之位定、而乾坤之義明矣。高卑旣別、貴賤之位分矣。陽動陰靜、各有其常、則剛柔判矣。事有理(一本作萬事理也。)、物有形也。事則有類、形則有羣、善惡分而吉凶生矣。象見於天、形成於地、變化之跡見矣。陰陽之交相摩軋、八方之氣相推盪、雷霆以動之、風雨以潤之、日月運行、寒暑相推、而成造化之功。得乾者成男、得坤者成女。乾當始物、坤當成物。乾坤之道、易簡而已。乾始物之道易、坤成物之能簡。平易故人易知、簡直故人易從。易知則可親就而奉順、易從則可取法而成功。親合則可以常久、成事則可以廣大。聖賢德業久大、得易簡之道也。天下之理、易簡而已。有理而後有象、成位乎其中也。
【読み】
天は尊く、地は卑し。尊卑の位定まりて、乾坤の義明らかなり。高卑旣に別れて、貴賤の位分かる。陽は動陰は靜、各々其の常有るときは、則ち剛柔判る。事には理有り(一本に萬事理なりに作る。)、物には形有り。事は則類有り、形は則ち羣有り、善惡分かれて吉凶生ず。象天に見れ、形地に成って、變化の跡見る。陰陽の交わり相摩軋し、八方の氣相推盪し、雷霆以て之を動かし、風雨以て之を潤し、日月運行し、寒暑相推して、造化の功を成す。乾を得る者は男と成り、坤を得る者は女と成る。乾は當に物を始め、坤は當に物を成す。乾坤の道は、易簡のみ。乾は物を始むるの道易く、坤は物を成すの能簡なり。平易なるが故に人知り易く、簡直なるが故に人從い易し。知り易きときは則ち親しみ就いて奉[う]け順う可く、從い易きときは則ち法を取って功を成す可し。親しく合うときは則ち以て常久なる可く、事を成すときは則ち以て廣大なる可し。聖賢德業の久大なるは、易簡の道を得ればなり。天下の理は、易簡のみ。理有りて而して後に象有りて、位を其の中に成す。

聖人旣設卦、觀卦之象而繫之以辭、明其吉凶之理。以剛柔相推而知變化之道。吉凶之生、由失得也。悔吝者、可憂虞也。進退消長、所以成變化也。剛柔相易而成晝夜。觀晝夜、則知剛柔之道矣。三極、上中下也。極、中也。皆其時中也。三才、以物言也。三極、以位言也。六爻之動、以位爲義、乃其序也。得其序則安矣。辭所以明義、翫其辭義、則知其可樂也。觀象翫辭而能通其意、觀變翫占而能順其時、動不違於天矣。
【読み】
聖人旣に卦を設け、卦の象を觀て之に繫くるに辭を以てして、其の吉凶の理を明らかにす。剛柔相推すを以て變化の道を知る。吉凶の生ずるは、失得に由るなり。悔吝は、憂虞す可し。進退消長は、變化を成す所以なり。剛柔相易わって晝夜を成す。晝夜を觀るときは、則ち剛柔の道を知る。三極は、上中下なり。極は、中なり。皆其の時中なり。三才は、物を以て言う。三極は、位を以て言う。六爻の動、位を以て義とするは、乃ち其の序なり。其の序を得るときは則ち安し。辭は義を明かす所以、其の辭義を翫[なら]うときは、則ち其の樂しむ可きことを知るなり。象を觀辭を翫って能く其の意に通じ、變を觀占を翫って能く其の時に順うときは、動くこと天に違わず。

彖言卦之象。爻隨時之變、因失得而有吉凶。能如是、則得无咎。位有貴賤之分、卦兼小大之義。吉凶之道、於辭可見。以悔吝爲防、則存意於微小。震懼而得无咎者、以能悔也。卦有小大、於時之中有小大也。有小大則辭之險易殊矣。辭各隨其事也。
【読み】
彖は卦の象を言う。爻は時の變に隨い、失得に因って吉凶有り。能く是の如くなれば、則ち咎无きことを得。位に貴賤の分有り、卦に小大の義を兼ぬ。吉凶の道、辭に於て見る可し。悔吝を以て防ぐことをすれば、則ち意を微小に存す。震え懼れて咎无きことを得る者は、能く悔ゆるを以てなり。卦に小大有るは、時の中に於て小大有ればなり。小大有るときは則ち辭の險易殊なり。辭各々其の事に隨うなり。

聖人作易、以準則天地之道。易之義、天地之道也。故能彌綸天地之道。彌、徧也。綸、理也。在事爲倫、治絲爲綸。彌綸、徧理也。徧理天地之道、而復仰觀天文、俯察地理、驗之著見之跡。故能知幽明之故。在理爲幽、成象爲明。知幽明之故、知理與物之所以然也。原究其始、要考其終、則可以見死生之理。聚爲精氣、散爲游魂。聚則爲物、散則爲變。觀聚散、則見鬼神之情狀。萬物始終、聚散而已。鬼神、造化之功也。以幽明之故、死生之理、鬼神之情狀觀之、則可以見天地之道。易之義、與天地之道相似。故無差違。相似、謂同也。知周乎萬物而道濟天下、故不過、義之所包知也。其義周盡萬物之理、其道足以濟天下。故無過差。旁行而不流、旁通遠及而不流失正理。順乎理、樂天也。安其分、知命也。順理安分、故無所憂。安土、安所止也。敦乎仁、存乎同也。是以能愛。範圍、俗語謂之模量。模量天地之運化而不過差、委曲成就萬物之理而無遺失、通晝夜闢闔屈伸之道而知其所以然。如此、則得天地之妙用、知道德之本源。所以見至神之妙、無有方所、而易之準道、無有形體。道者、一陰一陽也。動靜無端、陰陽無始。非知道者、孰能識之。動靜相因而成變化。順繼此道、則爲善也。成之在人、則謂之性也。在衆人、則不能識。隨其所知、故仁者謂之仁、知者謂之知、百姓則由之而不知。故君子之道、人鮮克知也。運行之跡、生育之功、顯諸仁也。神妙無方、變化無跡、藏諸用也。天地不與聖人同憂、天地不宰、聖人有心也。天地無心而成化、聖人有心而無爲。天地聖人之盛德大業、可謂至矣。富有、溥博也。日新、無窮也。生生相續、變易而不窮也。乾始物而有象、坤成物而體備、法象著矣。推數可以知來物。通變不窮、事之理也。天下之有、不離乎陰陽。惟神也、莫知其郷、不測其爲剛柔動靜也。
【読み】
聖人易を作って、以て天地の道を準則す。易の義は、天地の道なり。故に能く天地の道を彌綸す。彌は、徧なり。綸は、理なり。事に在るを倫とし、絲を治むるを綸とす。彌綸は、徧く理[おさ]むるなり。徧く天地の道を理めて、復仰いで天文を觀、俯して地理を察して、之を著に驗み之を跡に見る。故に能く幽明の故を知る。理に在るを幽とし、象を成すを明とす。幽明の故を知るは、理と物との然る所以を知るなり。其の始めを原ね究め、其の終わりを要し考うるときは、則ち以て死生の理を見る可し。聚まるを精氣とし、散ずるを游魂とす。聚まれば則ち物を爲し、散ずれば則ち變と爲る。聚散を觀るときは、則ち鬼神の情狀を見る。萬物の始終は、聚散のみ。鬼神は、造化の功なり。幽明の故、死生の理、鬼神の情狀を以て之を觀るときは、則ち以て天地の道を見る可し。易の義は、天地の道と相似れり。故に差い違うこと無し。相似るとは、同じきを謂うなり。知萬物に周くして道天下を濟[すく]う、故に過たずとは、義の包[か]ね知る所なり。其の義周く萬物の理を盡くして、其の道以て天下を濟うに足れり。故に過ち差うこと無し。旁く行われて流れずとは、旁く通じ遠く及ぼして正理を流失せざるなり。理に順うは、天を樂しむなり。其の分に安んずるは、命を知るなり。理に順い分に安んず、故に憂うる所無し。土に安んずるは、止まる所に安んずるなり。仁に敦きは、同じきに存するなり。是を以て能く愛す。範圍は、俗語に之を模量と謂う。天地の運化を模量して過差せず、萬物の理を委曲成就して遺失すること無く、晝夜闢闔屈伸の道に通じて其の然る所以を知る。此の如くなるときは、則ち天地の妙用を得、道德の本源を知る。所以に至神の妙、方所有ること無くして、易の道を準[なぞら]うる、形體有ること無きことを見る。道は、一陰一陽なり。動靜端無く、陰陽始まり無し。道を知る者に非ずんば、孰か能く之を識らん。動靜相因って變化を成す。此の道に順い繼ぐときは、則ち善とす。之を成すこと人に在るときは、則ち之を性と謂う。衆人に在っては、則ち識ること能わず。其の知る所に隨う、故に仁者は之を仁と謂い、知者は之を知と謂い、百姓は則ち之に由って知らず。故に君子の道、人克く知ること鮮し。運行の跡、生育の功は、仁に顯る。神妙方無く、變化跡無きは、用に藏るる。天地聖人と憂えを同じくせざるは、天地宰らず、聖人は心有ればなり。天地は心無くして成化し、聖人は心有ってすること無し。天地聖人の盛德大業、至れりと謂う可し。富有は、溥博なり。日新は、無窮なり。生生相續くは、變易して窮まらざるなり。乾は物を始めて象有り、坤は物を成して體備わって、法象著る。數を推して以て來物を知る可し。變に通じて窮まらざるは、事の理なり。天下の有は、陰陽を離れず。惟神のみ、其の郷を知ること莫くして、其の剛柔動靜爲ることを測られず。

易道廣大、推遠則無窮、近言則安靜而正。天地之閒、萬物之理、無有不同。乾、靜也專、動也直。専、專一。直、直易。惟其專直、故其生物之功大。坤、靜翕動闢。坤體動則開、應乾開闔而廣生萬物。廣大、天地之功也。變通、四時之運也。一陰一陽、日月之行也。乾坤易簡之功、乃至善之德也。
【読み】
易道廣大、遠くを推せば則ち窮まり無く、近く言えば則ち安靜にして正し。天地の閒、萬物の理、同じからざること有ること無し。乾は、靜かなれば專、動けば直。専は、專一なり。直は、直易なり。惟其れ專直、故に其の物を生ずるの功大なり。坤は、靜かなれば翕[つづ]まり動けば闢く。坤の體動けば則ち開いて、乾に應じ開闔して廣く萬物を生ず。廣大は、天地の功なり。變通は、四時の運なり。一陰一陽は、日月の行なり。乾坤易簡の功は、乃ち至善の德なり。

易之道、其至矣乎。聖人以易之道崇大其德業也。知則崇高、禮則卑下。高卑順理、合天地之道也。高卑之位設、則易在其中矣。斯理也、成之在人則爲性(誠之者性也。)。人心存乎此理之所存、乃道義之門也。
【読み】
易の道は、其れ至れるかな。聖人易の道を以て其の德業を崇大にす。知は則ち崇高にし、禮は則ち卑下にす。高卑理に順えば、天地の道に合す。高卑の位設くるときは、則ち易其の中に在り。斯の理や、之を成すこと人に在れば則ち性とす(之を誠にする者は性なり。)。人心此の理の存する所を存するは、乃ち道義の門なり。

聖人見天下深遠之事。賾、深遠也。而比擬其形容、體象其事類。故謂之象。天下之動無窮也。必觀其會通。會通、綱要也。乃以行其典禮。典禮、法度也、物之則也。繫之辭以斷其吉凶者爻也。言天下之深遠難知也。而理之所有、不可厭也。言天下之動無窮也。而物有其方、不可紊也。擬度而設其辭、商議以察其動、擬議以成其變化也。變化爻之時義、擬議、議而言之也。舉鳴鶴在陰以下七爻、擬議而言者也。餘爻皆然也。
【読み】
聖人は天下深遠の事を見る。賾[さく]は、深遠なり。而して其の形容に比擬し、其の事類に體象す。故に之を象と謂う。天下の動は窮まり無し。必ず其の會通を觀る。會通とは、綱要なり。乃ち以て其の典禮を行う。典禮は、法度なり、物の則なり。之が辭を繫けて以て其の吉凶を斷ずる者は爻なり。天下の深遠にして知り難きを言うなり。而れども理の有る所は、厭う可からず。天下の動窮まり無きを言うなり。而も物に其の方有って、紊[みだ]る可からず。擬度して其の辭を設け、商議して以て其の動を察し、擬議して以て其の變化を成す。變化する爻の時義、擬[なぞら]えて議[はか]り、議りて之を言うなり。鳴鶴陰に在りという以下の七爻を舉ぐるは、擬議して言う者なり。餘爻も皆然り。

有理則有氣、有氣則有數。行鬼神者、數也。數、氣之用也。大衍之數五十。數始於一、備於五。小衍之而成十、大衍之則爲五十。五十、數之成也。成則不動。故損一以爲用。天地之數五十有五。成變化而行鬼神者也。變化言功、鬼神言用。
【読み】
理有れば則ち氣有り、氣有れば則ち數有り。鬼神を行うは、數なり。數は、氣の用なり。大衍の數五十。數は一に始まって、五に備わる。小しく之を衍[し]いて十と成り、大いに之を衍けば則ち五十と爲る。五十は、數の成るなり。成れば則ち動かず。故に一を損して以て用うることをす。天地の數五十有五。變化を成して鬼神を行う者なり。變化は功を言い、鬼神は用を言う。

顯明於道、而見其功用之神。故可與應對萬變、可贊祐於神道矣。謂合德也。人惟順理以成功、乃贊天地之化育也。
【読み】
道に顯明にして、其の功用の神を見る。故に與に應對萬變す可く、神道を贊祐す可し。德に合するを謂うなり。人惟理に順って以て功を成せば、乃ち天地の化育を贊するなり。

知變化之道、則知神之所爲也。與上文相連不合。在下言所以述理。以言者尙其辭、謂於言求理者則存意於辭也。以動者尙其變化、則變也、順變而動乃合道也。制器作事當體乎象、卜筮吉凶當考其占。受命如響、遂知來物、非神乎。曰感而通、求而得、精之至也。
【読み】
變化の道を知るときは、則ち神のする所を知る。上文と相連ぬれば合わず。下に在って言いて理を述ぶる所以なり。以て言う者は其の辭を尙ぶとは、謂ゆる言に於て理を求むる者は則ち意を辭に存するなり。以て動く者は其の變化を尙ぶとは、則ち變ずれば、變に順って動いて乃ち道に合うなり。器を制し事を作すには當に象に體すべく、卜筮吉凶には當に其の占を考うべし。命を受くること響きの如くにして、遂に來物を知るは、神に非ずや。感じて通じ、求めて得ると曰うは、精の至なり。

自天一至地十、合在天數五地數五上。簡編失其次也。天一生數、地六成數。才有上五者、便有下五者。二五合而成陰陽之功、萬物變化、鬼神之用也。
【読み】
天一自り地十に至るまで、合に天の數五つ地の數五つの上に在るべし。簡編其の次を失せり。天一は生數、地六は成數。才かに上の五つの者有れば、便ち下の五つの者有り。二五合して陰陽の功、萬物變化、鬼神の用を成す。

或曰、乾坤易之門、其義難知。餘卦則易知也。曰、乾坤、天地也。萬物烏有出天地之外者乎。知道者統之有宗則然也。而在卦觀之、乾坤之道簡易。故其辭平直。餘卦隨時應變、取舍無常、尤爲難知也。知乾坤之道者、以爲易則可也。
【読み】
或るひと曰く、乾坤は易の門ということ、其の義知り難し。餘卦は則ち知り易し、と。曰く、乾坤は、天地なり。萬物烏んぞ天地の外に出る者有らんや。道を知る者之を統べて宗有るときは則ち然り。而れども卦に在って之を觀れば、乾坤の道は簡易なり。故に其の辭は平直なり。餘卦は時に隨って變に應じ、取舍常無く、尤も知り難しとす。乾坤の道を知る者、以て易しとせば則ち可なり、と。


二程全書卷之四十七  伊川經說第二

書解

孔序、伏羲・神農・黃帝之書謂之三墳。言大道也。少昊・顓頊・高辛・唐・虞之書謂之五典。言常道也。又曰、孔子討論墳典、斷自唐・虞以下。以二典之言簡邃如此。其上可知。所謂大道、雖性與天道之說、固聖人所不可得而去也。如言陰陽四時七政五行之道、亦必至之要語、非後代之繁衍末術也。固亦常道、聖人所不去也。使誠有所謂羲・農之書、乃後世稱述當時之事、失其義理。如許行所謂神農之言、及陰陽醫方稱黃帝之說耳。此聖人所以去之也。或疑、陰符之類是、甚非也。此出戰國權變之術、竊窺機要、以爲變詐之用。豈上古至淳之道邪。又五典旣皆常道、去其三、何也。蓋古雖已有文字、而制立法度、爲治有迹、得以紀載、有史官之職以志其事、自堯始。其八卦之說、謂之八索、前世說易之書也。易本八卦、故以八名。夫子贊易道以黜去是書。所謂加我數年、五十以學易、可以無大過矣。舊書之過可見也。芟夷繁亂、翦截浮辭、舉其宏綱、撮其機要。人或疑、前代之書、聖人必無所刪改。此亦不然。若上古聖人之世、史官固當其人、其辭必盡善。若後世之史、未必盡當、其辭未必盡善。設如其書足以垂範、不可去之、而其或有害義、聖人不得不有芟除更易也。其不可更易者、其事耳。未必須曾刪改。但辭苟有害、有可刪改之理耳。或疑、血流漂杵之辭何不改。此乃非害義理之辭也。堯典爲虞書、蓋虞史所修。舜典已下、皆當爲夏書。故左氏傳引大禹・皐陶謨・益稷等、皆謂之夏書也。若以其虞時事當爲虞書、則堯典當爲唐書也。大抵皆是後世史所修。典、典則也。上古時淳朴、因時爲治、未立法度典制。至堯而始著治迹、立政有綱、制事有法。故其治可紀。所以有書而稱典也。揚子曰、法始乎伏羲、成乎堯。蓋伏羲始畫卦、造書契、開其端矣。至堯而與世立則、著其典常、成其治道、故云成也。書序、夫子所爲、逐篇序其作之之意也。
【読み】
孔が序に、伏羲・神農・黃帝の書之を三墳と謂う。言うこころは大道なればなり。少昊・顓頊・高辛・唐・虞の書之を五典と謂う。言うこころは常道なればなり、と。又曰く、孔子墳典を討論して、唐・虞自り以下を斷ずる、と。二典の言を以てするに簡邃[かんすい]なること此の如し。其の上は知る可し。所謂大道は、性と天道との說と雖も、固に聖人得て去る可からざる所なり。陰陽四時七政五行の道を言うが如き、亦必ず至る要語、後代の繁衍末術に非ず。固に亦常道も、聖人の去らざる所なり。使[たと]い誠に所謂羲・農の書有りとも、乃ち後世當時の事を稱述して、其の義理を失するのみ。許行が所謂神農の言、及び陰陽醫方に黃帝の說と稱するが如きのみ。此れ聖人の之を去る所以なり。或るひと疑う、陰符の類是なりとは、甚だ非なり。此れ戰國權變の術に出、竊かに機要を窺って、以て變詐の用とす。豈上古至淳の道ならんや。又五典は旣に皆常道なるに、其の三を去るは、何ぞや。蓋し古已に文字有りと雖も、而れども法度を制立して、治を爲すこと迹有りて、以て紀載することを得、史官の職有りて以て其の事を志すことは、堯自り始まればなり。其の八卦の說、之を八索と謂うというは、前世易を說くの書なればなり。易は八卦に本づく、故に八を以て名づく。夫子易道を贊して以て是の書を黜け去る。所謂我に數年を加して、五十にして以て易を學べば、以て大なる過ち無かる可し、と。舊書の過ち見る可し。繁亂を芟[か]り夷[たい]らげ、浮辭を翦り截ち、其の宏綱を舉げ、其の機要を撮るという。人或は疑う、前代の書、聖人必ず刪り改むる所無し、と。此れ亦然らず。上古聖人の世の若きは、史官固に其の人に當たり、其の辭必ず盡く善なり。後世の史の若きは、未だ必ずしも盡く當たらず、其の辭未だ必ずしも盡く善ならず。設如[も]し其の書以て範を垂るに足るときは、之を去る可からざれども、其の或は義を害すること有るときは、聖人芟り除き更め易うること有らざることを得ず。其の更め易う可からざる者は、其の事のみ。未だ必ずしも曾て刪り改むることを須いず。但辭苟も害有れば、刪り改む可きの理有るのみ。或るひと疑う、血流れて杵を漂わすという辭は何ぞ改めざる、と。此れ乃ち義理を害するの辭に非ざればなり。堯典を虞書とするは、蓋し虞史修むる所なればなり。舜典已下は、皆當に夏書とすべし。故に左氏傳に大禹・皐陶謨・益稷等を引いて、皆之を夏書と謂う。若し其の虞の時の事を以て當に虞書とすべくんば、則ち堯典は當に唐書とすべし。大抵皆是れ後世の史の修むる所なり。典は、典則なり。上古の時は淳朴、時に因って治を爲して、未だ法度典制を立てず。堯に至って始めて治迹を著して、政を立つること綱有り、事を制すること法有り。故に其の治紀す可し。書有りて典と稱する所以なり。揚子曰く、法は伏羲に始まりて、堯に成る、と。蓋し伏羲始めて卦を畫し、書契を造って、其の端を開く。堯に至って世の與[ため]に則を立て、其の典常を著し、其の治道を成す、故に成ると云う。書の序は、夫子のする所、逐篇は其の之を作るの意を序づるなり。

昔在帝堯、聰明文思、光宅天下、將遜於位、讓于虞舜。作堯典。
昔在、文連下文光宅天下己下。若與上文相連、則文勢當云在昔也。聽廣曰聰、視遠曰明。堯之神智所知所照、洞徹無不流通。故謂之聰明。文、文章也。謂倫理明順成文也。思、謀慮意思也。謂其含蓄。言堯之神智聰明、而其動作施爲、有條理文章、其發謀措事、意思深遠。以此聰明文思、臨治天下。故其道光顯。故云光宅。光顯居天下也。旣老而將遜避帝位。因禪讓於虞舜。故史官作此堯典之書、以載其事。此夫子之序。舉一篇所紀之大要也。
【読み】
昔在[むかし]帝堯、聰明文思、天下に光[あらわ]れ宅[い]たまい、將に位を遜らんとして虞舜に讓りたまう。堯典を作る。
昔在というは、文下の文天下に光れ宅たまいという己下に連なる。若し上の文と相連なるときは、則ち文勢當に在昔と云うべし。聽くこと廣きを聰と曰い、視ること遠きを明と曰う。堯の神智知る所照らす所、洞徹して流通せずということ無し。故に之を聰明と謂う。文は、文章なり。倫理明らかに順って文を成すを謂う。思は、謀慮の意思なり。其の含蓄を謂う。言うこころは、堯の神智聰明にして、其の動作施爲、條理文章有って、其の謀を發し事を措くこと、意思深遠なり。此の聰明文思を以て、天下を臨み治む。故に其の道光れ顯る。故に光れ宅たまうと云う。光れ顯れて天下に居たまうなり。旣に老いて將に帝位を遜き避けんとす。因りて虞舜に禪讓す。故に史官此の堯典の書を作って、以て其の事を載す。此れ夫子の序なり。一篇紀す所の大要を舉ぐ。

堯典(此題書之目也。)。曰若稽古帝堯。
史氏追紀前世之事。若考古之帝堯、其事云放勲以下是也。堯典字爲題。下加曰者、謂堯典之辭曰也。若、發語辭。如書中王若曰之類也。古史之體如此。下若稽古帝舜・大禹・皐陶、皆謂考古之某人、其事如此也。
【読み】
堯典(此れ書に題する目なり。)。曰若[ここ]に古の帝堯を稽[かんが]うるに。
史氏前世の事を追紀す。若[ここ]に古の帝堯を考うるに、其の事に云く放[よ]れる勲[いさおし]という以下是れなり。堯典の字を題とす。下に曰を加うる者は、堯典の辭に曰くと謂うなり。若は、發語の辭。書中に王若[か]く曰くというの類の如し。古史の體此の如し。下に若に古の帝舜・大禹・皐陶を稽うるにというも、皆古の某人を考うるに、其の事此の如しと謂うなり。

曰放勲、功迹之著也。放、依也。上古淳朴、隨事爲治、未立法度。至堯始明治道、因事立法、著爲典常。其施政制事、皆依循法則、著見功迹、可爲典常也。不惟聖人隨事之宜、亦憂患後世而有作也。放勲上更加曰字者、稽古之帝堯、其事曰如此也。古史之體、發論之辭也。前儒見云放勲、遂以爲堯之名。因而又以重華・文命爲舜・禹之名。若以其文同、則亦當以允迪爲皐陶之名。而獨不謂之名者。故或稱堯、或稱放勲、互稱之、如孟子曰堯事、而傳錄誤作放勲。亦如傳記中言仲尼、或作夫子、或作孔子之類、但舉其人耳。誤不足怪也。
【読み】
曰く放れる勲というは、功迹の著るなり。放は、依るなり。上古淳朴、事に隨って治を爲して、未だ法度を立てず。堯に至って始めて治道を明らかにして、事に因りて法を立て、著して典常とす。其の政を施し事を制すること、皆法則に依り循って、功迹を著し見して、典常とす可し。惟聖人事の宜しきに隨うのみならず、亦後世を憂え患えて作せること有り。放れる勲といって上に更に曰の字を加うる者は、古の帝堯を稽うるに、其の事に曰く此の如しとなり。古史の體、發論の辭なり。前儒放れる勲と云うを見て、遂に以て堯の名とす。因りて又重華・文命を以て舜・禹の名とす。若し其の文同じきを以てせば、則ち亦當に允迪を以て皐陶の名とすべし。而れども獨之を名と謂う者にあらず。故に或は堯と稱し、或は放勲と稱して、互いに之を稱すること、孟子堯の事を曰いて、傳錄に誤って放勲と作すが如し。亦傳記の中に仲尼を言いて、或は夫子と作し、或は孔子と作すの類の如き、但其の人を舉ぐるのみ。誤れること怪しむに足らず。

欽明文思安安、以此四德行放勲之事。欽、敬愼。明、聰明。文、文章。思、謀慮。有此四者、故其所爲、能得義理之至當。上安、其所處也。下安、得其理也。謂其所爲放勲之事、皆安於義理之安。(王介甫云、理之所可安者、聖人安而行之。)
【読み】
欽明文思にして安きに安んずとは、此の四德を以て放れる勲の事を行うなり。欽は、敬愼。明は、聰明。文は、文章。思は、謀慮。此の四つの者有り、故に其のする所、能く義理の至當を得。上の安は、其の處する所なり。下の安は、其の理を得るなり。謂ゆる其のする所の放れる勲の事は、皆義理の安きに安んずるなり。(王介甫云く、理の安んず可き所の者は、聖人安んじて之を行う、と。)

序言堯德、故云聰明文思。此言其立事、故云欽明文思。施各有所宜也。立事則欽愼爲大、舉德則聰明爲先。各因其宜。單言明則包聰。
【読み】
序には堯の德を言う、故に聰明文思と云う。此には其の事を立つることを言う、故に欽明文思と云う。施すこと各々宜しき所有り。事を立つるときは則ち欽愼を大なりとし、德を舉ぐるときは則ち聰明を先とす。各々其の宜しきに因る。單に明を言うときは則ち聰を包ぬ。

允恭克讓。光被四表格於上下。旣言其有欽明文思之德、故所以能立事成勲、安於義理之安。又言其允恭克讓、所以光被四表格於上下。允、當也。前儒訓信。信然乃當也。其實一義。恭謂欽愼。克、能也。禹曰朕德罔克是也。讓謂謙讓。不有其功之謂也。言堯其所爲至當、而能欽愼、其才至能、而不自有其能。夫常人之情、自處旣當、則無所顧慮、有能則自居其功。惟聖人至公無我。故雖功高天下而不自有、無所累於心。蓋一介存於心、乃私心也。則有矜滿之氣矣。故舜稱禹功能、天下莫與爭而不矜伐。乃聖人之心也。故堯・舜允而恭、克而讓。夫雖允雖克、足以立事成功而已。未足以光被四表而格上下也。必事當於彼、而欽愼於此、能高於己而讓弗自有。此天下所以感悅信服也。孟子曰、以善服人者、未有能服人者也。聖人與常人異。人知允當不可矜也、則爲恭巽、知能之不可眩也、則是謙讓。必悅而誠服也。然作爲於中而假之於外、欲常其德且難矣。況足以感人乎。孟子曰、不誠未有能動者也。聖人之公心、如天地之造化、生養萬物、而孰尸其功。故應物而允於彼、復何存於此也。故不害欽愼之神能。亦由乎理而已。故無居有之私。天下見其至當而恭、能高而讓。所以中心悅而誠服也。蓋一出於公誠而己。惟其志至誠。故能光顯及於四遠。先儒訓光作充。光輝照耀乃充塞也。其實一義。天下咸服其德、則是其德充塞、至於天地也。
【読み】
允[あ]たって恭[つつし]み克くして讓る。四表に光[あらわ]れ被[およ]び上下に格れり。旣に其の欽明文思の德有ることを言う、故に能く事を立て勲を成し、義理の安きに安んずる所以なり。又其の允たって恭み克くして讓ることを言うは、四表に光れ被び上下に格る所以なり。允は、當たるなり。前儒信と訓ず。信然として乃ち當たるなり。其の實は一義なり。恭は欽愼を謂う。克は、能なり。禹曰く朕が德克くすること罔しという是れなり。讓は謙讓を謂う。其の功を有せざるの謂なり。言うこころは、堯其のする所至當にして、能く欽み愼み、其の才至能にして、自ら其の能を有せざるなり。夫れ常人の情、自ら處すること旣に當たれば、則ち顧み慮る所無く、能有れば則ち自ら其の功に居す。惟聖人のみ至公にして我れ無し。故に功天下に高しと雖も自ら有せず、心に累わす所無し。蓋し一介も心に存すれば、乃ち私心なり。則ち矜滿の氣有り。故に舜禹の功能を稱して、天下與に爭うこと莫けれども而れども矜[ほこ]り伐[ほこ]らず。乃ち聖人の心なり。故に堯・舜允たって恭み、克くして讓る。夫れ允たると雖も克くすと雖も、以て事を立て功を成すに足れるのみ。未だ以て四表に光れ被ぼして上下に格るに足らず。必ず事彼に當たって、此に欽み愼み、能く己に高くして讓って自ら有せず。此れ天下感悅し信服する所以なり。孟子曰く、善を以て人を服する者は、未だ能く人を服する者有らず、と。聖人は常人と異なり。人允當を知れども矜る可からずとして、則ち恭巽を爲し、之を能くすることを知れども眩わす可からずとして、則ち是れ謙讓す。必ず悅んで誠に服すなり。然れども中に作爲して之を外に假れば、其の德を常にせんと欲すとも且難し。況んや以て人を感ずるに足らんや。孟子曰く、誠あらざれば未だ能く動かす者有らず、と。聖人の公心は、天地の造化、萬物を生養して、孰か其の功を尸[つかさど]れるが如し。故に物に應じて彼に允たれども、復何か此に存せん。故に欽愼の神能を害せず。亦理に由るのみ。故に居し有するの私無し。天下其の至當にして恭しく、能く高くして讓るを見る。所以に中心悅んで誠に服するなり。蓋し一に公誠に出るのみ。惟其の志至誠。故に能く光れ顯れて四遠に及ぶなり。先儒光を訓じて充つると作す。光輝照耀して乃ち充塞するなり。其の實は一義なり。天下咸[ことごと]く其の德に服するときは、則ち是れ其の德充塞して、天地に至るなり。

克明俊德、以親九族。九族旣睦、平章百姓。百姓昭明、協和萬邦。黎明於變時雍。前言堯之德、此言堯之治。其事有次序、始於明俊德。俊德、俊賢之德也。堯能辨明而擇任之也。帝王之道也。以擇任賢俊爲本。得人而後與之同治天下。天下之治、由身及家而治。故始於以睦九族也。
注云、或疑、親睦九族、豈待任俊德乎。蓋言得賢俊而爲治。治之始、自睦九族爲先。故以次序言之也。以王者親睦九族之道、豈不賴賢俊之謀乎。
【読み】
克く俊德を明らかにして、以て九族を親しむ。九族旣に睦まじくして、百姓を平章す。百姓昭明にして、萬邦を協和す。黎明於[ああ]變わり時[こ]れ雍[やわ]らげり。前には堯の德を言い、此には堯の治を言う。其の事次序有りて、俊德を明らかにするに始まる。俊德は、俊賢の德なり。堯能く辨じ明らかにして擇んで之に任ずるなり。帝王の道なり。賢俊を擇任するを以て本とす。人を得て而して後に之と同じく天下を治む。天下の治、身及び家由りして治む。故に以て九族を睦むに始まる。
注に云く、或るひと疑う、九族を親睦すること、豈俊德に任ずるを待たんや、と。蓋し言うこころは、賢俊を得て治を爲す。治の始めは、九族を睦む自り先とす。故に次序を以て之を言うなり。王者九族を親睦するの道を以てすること、豈賢俊の謀に賴らざらんや、と。

九族旣已親睦、以至於平治章明百姓庶民也。前云明俊德。旣明而用之、則任之之道包在其中矣。故便及庶民。王國百姓旣已昭明倫理而順治矣。則至於四方萬國、皆協同和從、天下黎庶於是變惡從善、化成善俗而時雍。
【読み】
九族旣已に親しみ睦まじくして、以て百姓庶民を平治章明するに至る。前に俊德を明らかにすと云う。旣に明らかにして之を用うるときは、則ち之を任ずるの道其の中に包在す。故に便ち庶民に及ぶ。王國の百姓旣已に昭明なれば倫理あって順治なり。則ち四方萬國に至るまで、皆協同和從し、天下の黎庶是に於て惡を變じて善に從い、化して善俗と成りて時れ雍らげり。

乃命羲・和、欽若昊天、曆象日月星辰、敬授人時。前言堯之治始於明俊德、而後由睦九族以至和萬邦變時雍。此復言其立政綱紀、分正百官之職、以成庶績。而事之最大最先、在推測天道、明曆象、欽若時令以授人也。天下萬事無不本於此。故最先詳載其事。聖人治天下之道、惟此二端而已。治身齊家以至平天下者、治之道也。建立治綱、分正百職、順天時以制事、至於創制立度、盡天下之事者、治之法也。作典者述堯之治、盡於此矣。自堯曰疇咨已下、皆紀其事、以明堯之聖耳。
【読み】
乃ち羲・和に命じて、欽んで昊天に若[したが]い、日月星辰を曆象して、敬んで人に時を授けしむ。前には堯の治俊德を明らかにするに始まりて、而して後に九族を睦まじくする由りして以て萬邦を和し變わり時れ雍らげるに至ることを言う。此には復其の政を立つるの綱紀、百官の職を分かち正して、以て庶績を成すことを言う。而して事の最大最先は、天道を推し測りて、曆象を明らかにし、欽んで時令に若って以て人に授くるに在り。天下の萬事此に本づかずということ無し。故に最も先に詳らかに其の事を載す。聖人天下を治むるの道、惟此の二端のみ。身を治め家を齊えて以て天下を平らかにするに至る者は、治の道なり。治綱を建立し、百職を分かち正して、天の時に順って以て事を制して、制を創り度を立てて、天下の事を盡くすに至る者は、治の法なり。典を作る者堯の治を述ぶること、此に盡くせり。堯曰く疇[だれ]か咨[と]わんという自り已下は、皆其の事を紀して、以て堯の聖を明かすのみ。

自上古之時、固已迎日推策矣。堯復考星以正四時。其法明而易準。乃命羲・和、使敬順天時曆、以象日月星辰之行次。疏云、逓中之星、日月所會之辰、定四時節候、以班隨時之政、授人時也。又分命羲・和二氏仲叔各主一時。分命羲仲居東方之官、主春時之政。嵎夷、東方之名。東方、陽之所生出、歲所起也。故云暘谷。主敬導出日之政、猶春氣之生、舉歲首之事、平均次序東作耕播之事。又察晝夜之中、鳥宿之見、以正仲春之候、使無差天時。當是時、民析散處田野耕作、鳥獸則交接孕育。上方察正其時、舉其時政。又言民物皆隨天時而然也。
【読み】
上古の時自り、固に已に日を迎え策を推せり。堯復星を考えて以て四時を正す。其の法明らかにして準[はか]り易し。乃ち羲・和に命じて、敬んで天の時曆に順って、以て日月星辰の行次を象らしむ。疏に云く、逓[たが]いに中[ひと]しき星は、日月會する所の辰、四時の節候を定めて、以て時に隨うの政を班ちて、人に時を授く、と。又羲・和二氏の仲叔に分かち命じて各々一時を主らしむ。分かちて羲仲に命じて東方の官に居らしめ、春の時の政を主らしむ。嵎夷[ぐうい]は、東方の名。東方は、陽の生出する所、歲の起こる所なり。故に暘谷[ようこく]と云う。敬んで出る日を導くの政を主らしむるは、猶春氣の生じて、歲首の事を舉げて、東作耕播の事を平均し次序するがごとし。又晝夜の中しく、鳥宿の見るを察して、以て仲春の候を正して、天の時に差うこと無からしむ。是の時に當たって、民析[わか]れ散じて田野に處して耕作し、鳥獸は則ち交接孕育す。上方に其の時を察し正して、其の時の政を舉す。又民物皆天の時に隨って然ることを言うなり。

羲氏主二時。又重命羲叔居南方之官、主夏時之政敎。孔云、訛、化也。釋文言、平序南方化育之事。凡順夏時所施政敎也。厥民因、謂春時播種在田、民因就居於野、收斂而後耕播也。
【読み】
羲氏二時を主る。又重ねて羲叔に命じて南方の官に居らしめ、夏の時の政敎を主らしむ。孔が云く、訛は、化するなり、と。釋文に言う、南方化育の事を平序す、と。凡そ夏の時施す所の政敎に順うなり。厥の民因れりとは、謂ゆる春の時播種して田に在り、民因りて野に就き居りて、收斂して而して後に耕播するなり。

寅餞納日。西、日入之方。秋、收成之時。敬隨時變、終歲之事。夷、平也。秋稼將熟、歲功將畢。民獲卒歲之食、心力平夷安舒也。毨、澤好也。
【読み】
寅[つつし]んで納る日を餞す。西は、日入るの方。秋は、收成の時。敬んで時の變に隨って、歲の事を終うるなり。夷は、平らぐなり。秋稼將に熟せんとし、歲功將に畢わらんとす。民歲を卒うるの食を獲て、心力平夷安舒なるなり。毨[もう]は、澤[うるお]い好きなり。

北方曰朔方者、朔、初也。陽生於子。謂陽初始生之方也。幽都、幽陰之處也。上云朔方、止言北方也。故須復云曰幽都。居北方之官、主順隆陰之候、布冬時之政也。平、均也。在、察也。平察終卒而反始所當更易之事也。冬一歲之事旣終、則平察改歲當更之事也。旣成今歲之終、又慮來歲之始、如彼北方、終其陰而復始其陽。故云朔易。或以爲、朔初也。平在其來歲初始變易之事耳。如此則不能包見其冬今歲之初也。或又以爲、來歲更易之事、自是春官所職。此亦不然。古者功作之事、皆於冬月閒隙之際。如修完室廬墻垣之類、非今歲之用、皆爲來歲計耳。皆是一歲之事旣終、則復慮其始也。若畜種實、修耒耜、備器用、不可俟來春農事旣興、而春官遽爲之也。
【読み】
北方を朔方と曰うは、朔は、初めなり。陽は子に生ず。陽初めて始まり生ずるの方を謂うなり。幽都は、幽陰の處なり。上に朔方と云うは、止北方を言うのみ。故に須く復幽都と曰うと云うべし。北方の官に居らしめ、隆陰の候に順って、冬の時の政を布くことを主らしむ。平は、均しきなり。在は、察らかにするなり。終え卒わって始めに反って當に更易すべき所の事を平しく察らかにするなり。冬一歲の事旣に終わるときは、則ち改歲當に更むべきの事を平しく察らかにするなり。旣に今歲の終わりを成すときは、又來歲の始まりを慮ること、彼の北方の、其の陰を終えて復其の陽を始むるが如し。故に朔易と云う。或るひと以爲えらく、朔は初めなり。其の來歲初始變易の事を平しく在らかにするのみ、と。此の如くならば則ち其の冬今歲の初めなることを包ね見ること能わざるなり。或るひと又以爲えらく、來歲更易の事は、自づから是れ春官の職[つかさど]る所、と。此も亦然らず。古は功作の事、皆冬月閒隙の際に於てす。室廬墻垣を修め完くするの類の如き、今歲の用には非ず、皆來歲の爲に計るのみ。皆是れ一歲の事旣に終われば、則ち復其の始めを慮る。種實を畜え、耒耜を修め、器用を備うるが若き、來春農事旣に興って、春官遽に之をすることを俟つ可からざればなり。

咨、釋詁云、嗟也。告與語之辭。
【読み】
咨は、釋詁に云う、嗟なり。告げて與に語るの辭なり。

以閏月定四時成歲。其法至堯而精密詳具。故舉其法以勑羲・和使職之。古之時分職、主察天運以正四時、遂居其方之官、主其時之政。在堯謂之四岳、於周乃卿之任、統天下之治者也。後世學其法者、不知其道。故以星曆爲工技之事、而與政分矣。
【読み】
閏月を以て四時を定めて歲を成す。其の法堯に至って精密にして詳らかに具わる。故に其の法を舉げて以て羲・和に勑して之を職らしむ。古の時職を分けて、天運を察して以て四時を正すことを主らしめ、遂に其の方の官に居らしめて、其の時の政を主らしむ。堯に在っては之を四岳と謂い、周に於ては乃ち卿の任、天下の治を統ぶる者なり。後世其の法を學ぶ者、其の道を知らず。故に星曆を以て工技の事と爲して、政と分かつなり。

允釐百工、庶績咸煕。自乃命羲・和以下、言堯設官分職、立正綱紀、以成天下之務。首舉其大者。是察天道、正四時、順時行政、使人遂其生養之道。此大本也。萬事無不本於此。天下之事無不順天時法陰陽者。律度量衡皆出於此。故首舉而詳載之。其他庶事、無不備言。故統云允釐百工。言百工之職各分命之也。各授其任、使行其治。是信使治也。允釐、信治也。百工各信治其職。故庶工皆和。史載堯治天下之治、盡於此矣。庶績咸煕、治之成也。自放勲至格于上下、堯之德也。自克明俊德至於變時雍、堯治天下之道也。自乃命羲・和至庶績咸煕、堯立治之法也。自帝曰疇咨已下至篇終、言堯之聖明能知人也。
【読み】
允[まこと]に百工を釐[おさ]めて、庶績咸[みな]煕[ひろ]まる。乃ち羲・和に命ずという自り以下は、堯官を設け職を分かち、綱紀を立て正して、以て天下の務めを成すことを言う。首めには其の大なる者を舉ぐ。是れ天道を察し、四時を正し、時に順って政を行って、人をして其の生養の道を遂げしむ。此れ大本なり。萬事此に本づかずということ無し。天下の事天の時に順い陰陽に法らざる者無し。律度量衡皆此より出づ。故に首めに舉げて詳らかに之を載す。其の他の庶事も、備え言わずということ無し。故に統べて允に百工を釐むと云う。言うこころは、百工の職各々之を分かち命ずるなり。各々其の任を授けて、其の治を行わしむ。是れ信に治めしむるなり。允に釐むとは、信に治むるなり。百工各々信に其の職を治む。故に庶工皆和せり。史堯天下を治むるの治を載すること、此に盡くせり。庶績咸煕まるは、治の成るなり。放れる勲という自り上下に格るというに至るまでは、堯の德なり。克く俊德を明らかにすという自り於變わり時れ雍らげりというに至るまでは、堯天下を治むるの道なり。乃ち羲・和に命ずという自り庶績咸煕まるというに至るまでは、堯治を立つるの法なり。帝曰く疇か咨わんという自り已下篇の終わりに至るまでは、堯の聖明能く人を知ることを言うなり。

帝曰疇咨若時登庸。咨、嗟。告與語之發辭。問、誰乎能順於是者、將登庸之。順是、謂順我之治也。辭不與前相連。此堯老將遜帝位、博求賢聖之意。故放齊對以胤子朱啓明。朱本不害。故云、明發而明通矣。又訪問、誰能若順我事。此又別一時、求人之事也。方鳩僝功、言方集其功。靜言庸違、王介甫云、靜則能言、用則違其言。象恭滔天、言其外貌恭而中心懷藏姦僞、滔天莫測。○蕩蕩乎、平漫之狀。懷山襄陵、故蕩蕩然也。
【読み】
帝曰く疇[だれ]か時[これ]に若[したが]わんものを咨[と]いて登[あ]げ庸[もち]いん。咨は、嗟。告げて與に語るの發する辭。問う、誰か能く是に順う者、將に之を登げ庸いん、と。是に順うとは、我が治に順うを謂う。辭前と相連ならず。此れ堯老いて將に帝位を遜らんとして、博く賢聖を求むるの意なり。故に放齊對うるに胤子朱啓け明けしというを以てす。朱本害あらず。故に云く、明發して明通ず、と。又訪ね問う、誰か能く我が事に若い順わん、と。此れ又別の一時、人を求むるの事なり。方に鳩[あつ]めて功を僝[あらわ]すとは、言うこころは、方に其の功を集むるなり。靜かなれば言い庸うれば違うとは、王介甫が云う、靜かなれば則ち能く言い、用うれば則ち其の言に違うなり。象[かたち]は恭しけれども天に滔[はびこ]るとは、言うこころは、其の外貌恭しけれども中心姦僞を懷藏して、天に滔って測ること莫きなり。○蕩蕩は、平漫の狀。山を懷[か]ね陵に襄[のぼ]る、故に蕩蕩然たるなり。

吁、疑歎之辭。方、不順也。命、正理也。謂其不循順正理、而毀圮族類。傾陷忌克之人也。汝能庸命、遜朕位、汝能用命、由正理也。其順行帝位之事。
【読み】
吁[ああ]は、疑歎の辭。方は、順わざるなり。命は、正理なり。其の正理に循い順わずして、族類を毀[やぶ]り圮[やぶ]ることを謂う。傾陷忌克の人なり。汝能く命を庸う、朕が位に遜えとは、汝能く命を用いて、正理に由る。其れ帝位の事を順い行えとなり。

明明揚側陋、使顯揚側陋之賢。
【読み】
明らかなるをも明らかにし側陋をも揚げよとは、側陋の賢を顯揚せしむるなり。

四岳、堯之輔臣、固賢者也。堯將禪帝位、固宜先。四岳不能當、復使之明揚在下之可當者。宜其得聖人也。後世多疑以爲、岳可授、則盍授之。不可授、則何命之也。夫將以天下之公器授人。堯其宜獨爲之乎。故先命之大臣百官、以至天下。有聖過於己者、必見推矣。逓相推讓、卒當得最賢者矣。事之次序、理自當然。
【読み】
四岳は、堯の輔臣、固に賢なる者なり。堯將に帝位を禪らんとするに、固に宜しく先にすべし。四岳當たること能わずして、復之をして下に在るの當たる可き者を明らかにし揚げしむ。宜なるかな其の聖人を得ること。後世多く疑って以爲えらく、岳授く可くんば、則ち盍ぞ之に授けざる。授く可からずんば、則ち何ぞ之に命ずる、と。夫れ將に天下の公器を以て人に授けんとす。堯其れ宜しく獨り之を爲すべきや。故に先づ之を大臣百官に命じて、以て天下に至る。聖己に過ぐる者有らば、必ず推されん。逓いに相推し讓らば、卒に當に最も賢なる者を得るべし。事の次序、理自づから當に然るべし。

瞽子、父頑、岳曰。所謂瞽叟之子也。其父頑、母嚚、象傲。烝、進也。釋詁云、蒸蒸、勉益漸進之義。其愚惡難化。故漸益進之使治、不至於姦凶之罪。自帝曰疇咨若時登庸己下、載帝堯求人之事。所以明其聖能知人也。親愛之至莫如朱。知其惡而弗授。共工之能言象恭、鯀之才智、天下之大姦佞也。能隱其惡而任其職、充朝之賢如四岳、且弗能辨而稱其才。況百官諸侯下民乎。是舉世莫不賢之也。堯獨聞舉而吁。旣而共工卒以惡誅、鯀績弗成。舜居微陋、其德始升聞。師舉則兪其言、遂授之位。非大聖獨見、其能然乎。其曰我其試哉、將試觀其聖德、暴之天下也。故女之以二女、命之尊位、使之愼徽五典、時敍百揆。固非未能信而試之也。或曰、共工・鯀之徒、堯旣知其惡矣。何不去也。曰、彼所謂大姦者、知惡之不可行也、則能隱其惡、立堯之朝、以助堯之治。何因而去之也。及將舉而進之、則堯知其不可。蓋用過其分則其惡必見。如王莽・司馬懿、若使終身居卿大夫之位、必不起簒逆之謀、而終身爲才能之臣矣。鯀居堯朝、雖藏方命圮族之心、飾善以取容。故舉朝莫知其惡。是其惡未嘗行也。及居治水之任、則其惡自顯矣。蓋治水、天下之大任也。非其至公之心、能舍己從人、盡天下之議、則不能成其功。豈方命圮族者所能乎。故其惡顯、而舜得以誅之矣。共工・驩兜之徒、皆凶惡之人也。及舜登庸之始、側陋之人顧居其上、又將使之臣之。此凶亂之人所以不能堪也。故其惡顯、而舜得以誅之。如管・蔡、在武王之世、何由作亂。當成王少、周公攝政、乘其事會有以發其凶慝之心也。或曰、堯知鯀不可大任、何爲使之。曰、舜・禹未顯。舜登庸時、始三十矣。禹幼可知。當時之人、才智無出其右者。是以四岳舉之也。雖九年而功不成、然其所治、固非他人所及也。惟其功有敍。故其自任益强、咈戻圮類益甚、公議隔而人心離矣。是以惡益顯而功卒不可成也。故誅之。當其大臣舉之、天下賢之、又其才力實過於人。堯安得不任也。若其時朝廷大臣才智有過鯀者、則堯亦不任之矣。
【読み】
瞽の子、父頑にとは、岳曰う。所謂瞽叟の子なり。其の父頑に、母嚚、象傲れり。烝は、進むるなり。釋詁に云く、蒸蒸は、勉益し漸進するの義、と。其の愚惡化し難し。故に漸益し進めて治めしめて、姦凶の罪に至らざらしむ。帝曰く疇か時に若わんものを咨いて登げ庸いんという自り己下は、帝堯人を求むるの事を載す。其の聖能く人を知ることを明かす所以なり。親愛の至り朱に如くは莫し。其の惡を知って授けず。共工の能く言い象恭しき、鯀の才智は、天下の大姦佞なり。能く其の惡を隱して其の職を任じて、朝に充たる賢四岳が如きも、且辨ずること能わずして其の才を稱す。況んや百官諸侯下民をや。是れ世を舉げて之を賢とせざるは莫し。堯獨り舉げよというを聞いて吁[なげ]く。旣にして共工は卒に惡を以て誅せられ、鯀は績成らず。舜微陋に居して、其の德始めて升り聞こゆ。師[もろもろ]舉ぐるときは則ち其の言を兪[しか]りとして、遂に之に位を授く。大聖の獨見に非ずんば、其れ能く然らんや。其の我れ其れ試みんやと曰うは、將に其の聖德を試み觀て、之を天下に暴さんとするなり。故に女[めあ]わすに二女を以てし、之に尊位を命じて、之をして愼んで五典を徽[よ]くせしめ、時に百揆を敍でしむ。固に未だ能く信ぜずして之を試みるには非ず。或るひと曰く、共工・鯀の徒、堯旣に其の惡を知らん。何ぞ去らざるや、と。曰く、彼の所謂大姦なる者は、惡の行わる可からざることを知って、則ち能く其の惡を隱して、堯の朝に立ち、以て堯の治を助く。何に因ってか之を去らん。將に舉げて之を進めんとするに及んでは、則ち堯其の不可なることを知る。蓋し用其の分に過ぐるときは則ち其の惡必ず見るればなり。王莽・司馬懿が如き、若し身を終うるまで卿大夫の位に居らしめば、必ず簒逆の謀を起こさずして、身を終うるまで才能の臣爲らん。鯀が堯の朝に居る、命に方[たが]い族を圮るの心を藏すと雖も、善を飾って以て容るることを取る。故に朝を舉げて其の惡を知ること莫し。是れ其の惡未だ嘗て行われざるなり。水を治むるの任に居するに及んでは、則ち其の惡自づから顯る。蓋し水を治むるは、天下の大任なり。其の至公の心、能く己を舍てて人に從って、天下の議を盡くすに非ずんば、則ち其の功を成すこと能わず。豈命に方い族を圮る者の能くする所ならんや。故に其の惡顯れて、舜以て之を誅することを得。共工・驩兜の徒は、皆凶惡の人なり。舜登げ庸うるの始めに及んで、側陋の人其の上に居るを顧みて、又將に之を使い之を臣とせんとす。此れ凶亂の人て堪うること能わざる所以なり。故に其の惡顯れて、舜以て之を誅することを得。管・蔡が如き、武王の世に在っては、何に由て亂を作さん。成王少く、周公政を攝するに當たって、其の事に乘じて會々以て其の凶慝の心を發すること有り。或るひと曰く、堯鯀の大任に可ならざることを知らば、何爲れぞ之をせしむる、と。曰く、舜・禹未だ顯れず。舜登げ庸うるの時、始めて三十なり。禹幼きこと知る可し。當時の人、才智其の右に出る者無し。是を以て四岳之を舉ぐ。九年までにして功成らずと雖も、然れども其の治むる所、固に他人の及ぶ所に非ず。惟其の功敍有り。故に其の自ら任ずること益々强くして、咈戻して類を圮ること益々甚だしく、公議隔たりて人心離る。是を以て惡益々顯れて功卒に成る可からず。故に之を誅す。其の大臣之を舉ぐるに當たっては、天下之を賢とし、又其の才力實に人に過ぐ。堯安んぞ任ぜざることを得んや。若し其の時朝廷の大臣才智鯀に過ぎたる者有らば、則ち堯も亦之に任ぜじ、と。

舜典

舜典、夏時所作。篇末載舜死。夏時所作可知。故史爲追紀之辭。與堯典同。
【読み】
舜典は、夏の時に作する所。篇末に舜の死を載す。夏の時に作する所知る可し。故に史追紀するの辭とす。堯典と同じ。

虞舜側微(側陋微賤。)、重華協于帝。盛德光華、與堯相襲、協宜于帝位。言以聖繼聖、宜於天下也。故云重華協于帝。此句總言舜事、曰若考古之帝舜、重華協于帝。自濬哲文明己下、重敍其德也。如堯典統言欽明文思安安、己復云允恭克讓以下事、重敍其德也。
【読み】
虞舜側微にして(側陋微賤。)、重ねし華[ひかり]は帝に協[かな]えり。盛德の光華、堯と相襲[かさ]なって、帝位に協い宜し。言うこころは、聖を以て聖に繼いで、天下に宜しとなり。故に重ねし華は帝に協えりと云う。此の句總て舜の事を言って、曰若[ここ]に古の帝舜を考うるに、重ねし華は帝に協えりといえり。濬哲文明という自り己下は、重ねて其の德を敍づるなり。堯典に統べて欽明文思にして安きに安んずと言って、己に復允たって恭み克くして讓るという以下の事を云って、重ねて其の德を敍づるが如し。

濬・哲・文・明・溫・恭・允・塞八事、濬、淵弘。哲、睿智。文、文章。明、聰明。溫、粹和。恭、恭敬。允、信當(去聲。)。塞、充實。八者以形容其聖德。凡稱聖人、取其德美之煥發者而稱之。繫其人所取、不必同也。如稱堯則曰欽明文思安安、稱仲尼則曰溫良恭儉讓。要之皆聖人之德美、稱之足以見其聖人耳。譬夫言玉之美者、或美其色之溫潤、或稱其聲之淸越、或取其堅貞、或美其精粹。要之舉一則足以知其寳矣。隨人之所稱、足以見其美則可也。
【読み】
濬[しゅん]・哲・文・明・溫・恭・允・塞の八事、濬は、淵弘。哲は、睿智。文は、文章。明は、聰明。溫は、粹和。恭は、恭敬。允は、信當(去聲。)。塞は、充實。八つの者は以て其の聖德を形容す。凡そ聖人を稱する、其の德の美の煥發する者を取って之を稱す。其の人に繫って取る所、必ずしも同じからず。堯を稱しては則ち欽明文思にして安きに安んずと曰い、仲尼を稱しては則ち溫良恭儉讓と曰うが如し。之を要するに皆聖人の德の美、之を稱して以て其の聖人を見るに足れるのみ。譬えば夫れ玉の美を言う者、或は其の色の溫潤を美とし、或は其の聲の淸越を稱し、或は其の堅貞を取り、或は其の精粹を美とす。之を要するに一を舉ぐるときは則ち以て其の寳を知るに足れり。人の稱する所に隨って、以て其の美を見すに足るときは則ち可なり。

玄德升聞。玄、幽遠之稱(穹玄是也。)。舜潛德幽遠之中。又其德深遠、故云玄德也。
【読み】
玄德升り聞こゆ。玄は、幽遠の稱(穹玄、是れなり。)。舜德を幽遠の中に潛む。又其の德深遠、故に玄德と云う。

愼徽五典、五典克從。堯旣命之以位、而舜敬美其五常之敎。五典謂父子有親、君臣有義、夫婦有別、長幼有序、朋友有信也。五者人倫也。言長幼則兄弟尊卑備矣。言朋友則郷黨賓客備矣。孔氏謂、父義、母慈、兄友、弟恭、子孝、烏能盡人倫哉。夫婦人倫之本。夫婦正而後父子親。而遺之可乎。孟子云、堯使契爲司徒。敎以人倫。五者人倫大典、豈舜有以易之乎。五典克從、則左氏所謂無違敎也。
【読み】
愼んで五典を徽[よ]くせば、五典克く從う。堯旣に之に命ずるに位を以てして、舜敬んで其の五常の敎を美とす。五典は父子親有り、君臣義有り、夫婦別有り、長幼序有り、朋友信有るを謂うなり。五つの者は人倫なり。長幼を言うときは則ち兄弟尊卑備わる。朋友を言うときは則ち郷黨賓客備わる。孔氏謂く、父義、母慈、兄友、弟恭、子孝という、烏んぞ能く人倫を盡くさんや。夫婦は人倫の本。夫婦正しくして而して後に父子親しむ。而るを之を遺てて可ならんや。孟子云く、堯契をして司徒爲らしむ。敎うるに人倫を以てす、と。五つの者は人倫の大典、豈舜以て之を易うること有らんや。五典克く從うとは、則ち左氏が所謂敎に違うこと無きなり。

納于百揆。謂進置之於揆度百事之任。而其所揆(裁處也。)皆時敍(順成也。)
【読み】
百揆に納る。進めて之を百事を揆り度るの任に置くを謂う。而して其の揆る所(裁く處なり。)皆時に敍づ(順い成るなり。)

賓于四門、四門穆穆。賓、禮接也。門、内外之限也。京師爲内、則四方皆外也。中國爲内、則夷狄爲外也。穆穆、和正之貌。舜禮待四方、而諸侯協和、四夷懷來、皆從其綏化也。
【読み】
四門に賓すれば、四門穆穆たり。賓は、禮接なり。門は、内外の限りなり。京師内とするときは、則ち四方は皆外なり。中國内とするときは、則ち夷狄は外とす。穆穆は、和正の貌。舜四方を禮待して、諸侯協和し、四夷懷き來りて、皆其の綏[やす]んじ化するに從うなり。

納于大麓、烈風雷雨弗迷。進置之大麓之任。謂總領庶政也。麓、山阜。草木百物所聚也。訓猶聚也。故孔氏云、錄也(錄亦總聚之義。)。前云納于百揆、又云納于大麓、何也。曰、百揆、揆度百事謀議之任也。大麓、總錄庶政、統領百職事之任也。非是歷遷數職也。各舉其事言耳。云使之敬美五典則克從、使之揆事則時敍、使之賓懷四方則穆穆、使之總庶政則陰陽和。或曰、序云、歷試諸難。安知非居數職也。曰、謂歷試如上諸難事耳。非歷居數官也。堯得舜則置之上位。自五典而下、皆非一司之事也。大麓者、總錄庶政之稱。故極其全功而言。不可止舉一事也。
【読み】
大麓に納るれば、烈風雷雨にも迷わず。進めて之を大麓の任に置く。庶政を總領するを謂うなり。麓は、山阜。草木百物の聚まる所なり。訓じて猶聚のごとし。故に孔氏が云く、錄なり、と(錄も亦總べ聚むるの義。)。前に百揆に納ると云い、又大麓に納ると云うは、何ぞや。曰く、百揆は、百事を揆り度って謀議するの任なり。大麓は、庶政を總錄して、百の職事を統べ領するの任なり。是れ數職を歷遷するに非ず。各々其の事を舉げて言うのみ。云[こ]れ之をして敬んで五典を美くせしむれば則ち克く從い、之をして事を揆らしむれば則ち時に敍で、之をして四方を賓懷せしむれば則ち穆穆たり、之をして庶政を總べしむれば則ち陰陽和す。或るひと曰く、序に云く、諸難を歷試す、と。安んぞ數職に居るに非ざることを知らん、と。曰く、歷試と謂うは上の諸々の難事の如きのみ。數官に歷居するには非ず。堯舜を得ては則ち之を上位に置く。五典自りして下は、皆一司の事に非ず。大麓は、庶政を總錄するの稱。故に其の全功を極めて言う。止一事を舉ぐる可からず。

庶績咸煕、黎民雍和、陰陽順序、風雨時若、無烈風雷雨之愆錯逆亂也。或曰、不止言風雨弗迷、而云烈風、何也。旣曰烈風矣、又曰弗迷、辭似不順。曰、謂無烈風雷雨之迷錯也。風、無時之物。故必言烈、乃見迷。若雷雨必順時。若當暘而降、冬發夏不震、則不必迅暴然後爲迷。所以獨風言烈也。
【読み】
庶績咸煕[ひろ]まり、黎民雍らぎ和らぎ、陰陽序に順い、風雨時に若いて、烈風雷雨の愆錯逆亂無し。或るひと曰く、止風雨迷わずと言わずして、烈風と云うは、何ぞや。旣に烈風と曰い、又迷わずと曰うは、辭順ならざるに似れり、と。曰く、烈風雷雨の迷錯無きを謂うなり。風は、時無きの物。故に必ず烈と言いて、乃ち迷うことを見す。雷雨の若きは必ず時に順う。若し暘に當たって降り、冬發して夏震せざれば、則ち必ずしも迅暴ならずして然して後に迷うとす。獨り風を烈と言う所以なり。

詢事考言、乃言底可績。詢謀汝所行之事、以考汝之前言、皆可致功實也。聞其言、則堯知其聖矣。見於事、至於三年、而後天下知其聖也。
【読み】
事を詢[はか]り言を考うるに、乃の言績とす可きことを底[いた]す。汝が行う所の事を詢り謀って、以て汝が前言を考うるに、皆功實を致す可し。其の言を聞かば、則ち堯其の聖を知らん。事を見ること、三年に至って、而して後に天下其の聖を知る。

在璿璣玉衡、以齊七政。在、察也。旣受終、則察七政之度不愆忒否、以觀天意。蓋聖人欽若昊天之道也。天意旣順。於是遂類上帝、禋六宗、望山川、徧羣神、告其受命攝治也。六宗、三昭三穆也。先己受終文祖矣。故止禋六廟也。堯之六廟。或曰、舜旣受終、始占天意、何也。如七政有愆、則如之何。曰、未受終、則天意何緣而有順逆。理必受而後有察也。如其有變、則天時不順、遜避而己。何疑焉。人苟誠焉、則感於天地、通於神明。豈有二聖授受之際、而有天意不順者乎。注云、或以爲、旣受終、則欽若昊天、乃所當先。故考齊七政。非謂察己之意合天否也。此則不然。自堯之欽若命官、乃舜納於大麓。其見之政久矣。旣受命而君。固宜察天意也。
【読み】
璿璣[せんき]玉衡を在[あき]らかにして、以て七政を齊う。在は、察らかにするなり。旣に終わりを受けては、則ち七政の度愆忒[けんとく]あらざるや否やということを察らかにして、以て天意を觀る。蓋し聖人欽んで昊天に若うの道なり。天意旣に順う。是に於て遂に上帝に類し、六宗に禋[いん]し、山川を望し、羣神に徧くして、其の命を受け治を攝することを告ぐ。六宗は、三昭三穆なり。先に己に終わりを文祖に受く。故に止六廟に禋するなり。堯の六廟なり。或るひと曰く、舜旣に終わりを受けて、始めて天意を占うは、何ぞや。如し七政愆[たが]うこと有らば、則ち之を如何、と。曰く、未だ終わりを受けざれば、則ち天意何に緣って順逆有らん。理必ず受けて而して後に察すること有り。如し其れ變有らば、則ち天の時順ならず、遜き避けんのみ。何ぞ疑わん。人苟も誠あれば、則ち天地を感ぜしめ、神明に通ず。豈二聖授受の際にして、天意順ならざる者有ること有らんや。注に云く、或るひと以爲えらく、旣に終わりを受くるときは、則ち欽んで昊天に若うこと、乃ち當に先んずべき所なり。故に七政を考え齊う。己の意天に合わんや否やということを察するを謂うに非ず、と。此れ則ち然らず。堯の欽んで若って官に命じて自り、乃ち舜大麓に納る。其の之を政に見すこと久し。旣に命を受けて君たり。固に宜しく天意を察すべし。

肆類于上帝。肆、遂也。猶後之屬文者言於是也。
【読み】
肆[つい]に上帝に類す。肆は、遂になり。猶後の文を屬[つづ]る者是に於てと言うがごとし。

自上日受終、而類上帝、禋六宗、至徧羣神、輯斂五瑞、徴五等諸侯也。至月終則四方諸侯至矣。遠近不同、來有先後。故曰日見之。不如他朝會之同期於一日也。蓋欲以少接之、則得盡其詢察禮意也。旣見、則頒還其瑞玉。自歲二月己下、言巡狩之事。非是當年二月便往、亦非一歲之中、徧歷五岳也。所至協正時日、同其度量、正五等諸侯之秩序、制度之等差。是修五禮也。五等之制、古有之矣。防其亂、故巡狩所至、必修明也。正其五等制度、幷其君臣所執珪幣、皆使合理也。
【読み】
上日終わりを受けて、上帝に類し、六宗に禋して自り、羣神に徧くするに至って、五瑞を輯[あつ]め斂むるは、五等の諸侯を徴するなり。月の終わりに至っては則ち四方の諸侯至る。遠近同じからず、來るに先後有り。故に日々に之を見ゆと曰う。他の朝會の同じく一日に期するが如くならず。蓋し少なきを以て之に接するときは、則ち其の詢察の禮意を盡くすことを得ることを欲す。旣に見ゆるときは、則ち其の瑞玉を頒還す。歲二月という自り己下は、巡狩の事を言う。是れ當年二月便ち往くに非ず、亦一歲の中、徧く五岳を歷るに非ず。至る所時日を協え正し、其の度量を同じくし、五等の諸侯の秩序、制度の等差を正す。是れ五禮を修むるなり。五等の制は、古之れ有り。其の亂れを防ぐ、故に巡狩して至る所、必ず修め明らかにす。其の五等の制度、幷びに其の君臣執る所の珪幣を正して、皆理に合わしむ。

如五器卒乃復者、諸侯尊而贄重。故已覲則復還其玉。餘則否。所以禮答列辟也。五器卽五瑞、以其物言則玉、以其寶言則瑞、以成形言則器。
【読み】
五器の如きは卒えて乃ち復すとは、諸侯は尊くして贄重し。故に已に覲えては則ち其の玉を復還す。餘は則ち否[しか]せず。列辟に禮答する所以なり。五器は卽ち五瑞、其の物を以て言うときは則ち玉、其の寶を以て言うときは則ち瑞、成形を以て言うときは則ち器なり。

歸格於藝祖、用特。歸格告至於祖廟也。此記禮也。止言祖廟舉尊耳。實皆告也。如告朔太廟、亦不止告祖也。四時之祭、則各有牲。如告朔告至之類、非祭也、共用一牲而已。故云用特。若受終而禋、則是祭也。雖古禮不可詳知、恐薦新之類、亦止就廟耳。惟時祭設主、則各就其室。非祭不必設主也。
【読み】
歸りて藝祖に格りて、特を用ゆ。歸り格りて至ることを祖廟に告ぐるなり。此れ禮を記するなり。止祖廟を言うは尊を舉ぐるのみ。實は皆告ぐるなり。朔を太廟に告ぐるが如きも、亦止祖に告ぐるのみにあらず。四時の祭は、則ち各々牲有り。朔を告げ至を告ぐるの類の如きは、祭に非ず、共に一牲を用うるのみ。故に特を用ゆと云う。終わりを受けて禋するが若きは、則ち是れ祭なり。古禮詳らかに知る可からずと雖も、恐らくは新を薦むるの類も、亦止廟に就かんのみ。惟時祭主を設くるときは、則ち各々其の室に就く。祭に非ざれば必ずしも主を設けず。

每五載一巡狩、則一方之諸侯朝于岳下。故云四朝。敷奏以言、明試以功、車服以庸。巡狩、非能徧至諸國也。至方岳、則覲見一方之君、使各進陳其爲治之說。其言之善者則從之、而明考其功。有其功則賜車服以旌其功也。
注曰、民功曰庸。其言善則考而褒之。其言不善則固有以告飭之矣。
【読み】
五載に一たび巡狩する每に、則ち一方の諸侯岳下に朝す。故に四朝すと云う。敷[の]べ奏[すす]むるに言を以てし、明らかに試みるに功を以てし、車服は庸を以てす。巡狩は、能く徧く諸國に至るに非ず。方岳に至れば、則ち一方の君を覲見して、各々其の治を爲すの說を進め陳べしむ。其の言の善なる者は則ち之に從って、明らかに其の功を考う。其の功有れば則ち車服を賜って以て其の功を旌す。
注に曰く、民功を庸と曰う。其の言善なれば則ち考えて之を褒む。其の言不善なれば則ち固に以て之に告げ飭[いまし]むること有り。

肇十有二州。上古九州、治水之後、禹別正其九州之封界。舜始分爲十二州。在洪水旣平之後。此歷敍舜事。故肇十二州在四罪之前、言殛鯀在說用刑之中。非是先分十二州而後殛鯀也。禹貢云、別九州者、洪水治平而定九州之域。在後始分十二州。
【読み】
十有二州を肇む。上古九州、水を治むるの後、禹其の九州の封界を別ち正す。舜始めて分かちて十二州とす。洪水旣に平らぐの後に在り。此れ歷く舜の事を敍づ。故に十二州を肇むること四罪の前に在りて、鯀を殛[きょく]すと言うは刑を用うることを說くの中に在り。是れ先づ十二州を分かちて而して後に鯀を殛するには非ず。禹貢に云く、九州を別つことは、洪水治平にして九州の域を定む、と。後に在って始めて十二州を分かつなり。

封十有二山。孔傳云、封、大也。必非以人力增大其山使大也。蓋表其山爲一州之鎭耳。
【読み】
十有二山を封ず。孔傳に云く、封は、大なり、と。必ず人力を以て其の山を增大にして大ならしむるには非ず。蓋し其の山を表して一州の鎭とするのみ。

象以典刑。象罪之輕重、立爲常刑。鞭作官刑。治官之刑也。小過不用正刑。扑作敎刑。凡敎皆用。不必指在學校。流宥五刑。情之有宜矜貸、則流於遠以寬宥其刑。五刑分其遠近。眚災肆赦、怙終賊刑。眚、過也。謂過失入于罪者。災、害也。謂非人所致而至者。肆、緩也。今語有縱肆寬緩之義。赦、除釋之也。眚者肆之、災者赦之也。雖罪非固犯、失由於人。故必致法、矜其情而緩之耳。災非由人。宜加恤也。故直赦之。怙恃其惡、與終固其非者、凶惡之民也。故殘害之以刑、使不得爲人害也。是賊刑也。上云皆舜之制刑立法如此。欽哉欽哉、惟刑之恤哉。史官旣載舜制刑之法、而重明舜意云、舜之於刑欽哉欽哉、惟刑之爲憂恤哉。言其敬愼哀矜之至也。
注云、說者皆以爲、舜語、非也。
【読み】
象るに典刑を以てす。罪の輕重を象って、立てて常刑を爲すなり。鞭もて官刑を作す。治官の刑なり。小過は正刑を用いず。扑[ぼく]もて敎刑を作す。凡そ敎うるに皆用ゆ。必ずしも學校に在るを指さず。流もて五刑を宥[ゆる]む。情の宜しく矜貸すべきこと有れば、則ち遠くに流して以て其の刑を寬[ゆる]め宥むるなり。五刑もて其の遠近を分かつ。眚災[せいさい]は肆赦し、怙終は賊刑す。眚は、過ちなり。過失して罪に入る者を謂う。災は、害なり。人の致す所に非ずして至る者を謂う。肆は、緩むなり。今の語に縱肆寬緩の義有り。赦は、之を除釋するなり。眚[あやま]ちは之を肆[ゆる]め、災いは之を赦すなり。罪固に犯すに非ずと雖も、失人に由る。故に必ず法を致すに、其の情を矜れんで之を緩むるのみ。災いは人に由るに非ず。宜しく恤えを加うべし。故に直に之を赦す。其の惡を怙恃すると、終に其の非を固くする者は、凶惡の民なり。故に之を殘害するに刑を以てして、人の害を爲すことを得ざらしむ。是れ賊刑なり。上に云うは皆舜の刑を制し法を立つること此の如しとなり。欽めるかな欽めるかな、惟れ刑を恤えるかな。史官旣に舜刑を制するの法を載せて、重ねて舜の意を明らかにして云く、舜の刑に於る欽めるかな欽めるかな、惟れ刑之憂恤を爲すかな、と。其の敬愼哀矜の至れるを言うなり。
注に云く、說く者皆以爲えらく、舜の語とは、非なり。

流共工於幽州、放驩兜於崇山、竄三苗於三危、殛鯀於羽山。四罪而天下咸服。史官載述舜之制刑。因敍其所用刑也。四罪蓋肇十有二州之前。大抵流放統謂之流。故曰流宥五刑。而於流之中有輕重之稱。流者、去遠之也。如水流去。放者、屛斥之。竄者、投置之。以罪之輕重、地之善惡遠邇爲差。殛則誅死之也。四者、自輕及重而言。殛鯀必於羽山者非。時適在彼、則惡之彰著。或敗功害事於彼耳。
【読み】
共工を幽州に流し、驩兜[かんとう]を崇山に放ち、三苗を三危に竄[ざん]し、鯀を羽山に殛[きょく]す。四罪して天下咸服す。史官舜の刑を制することを載せ述ぶ。因りて其の用うる所の刑を敍づ。四罪は蓋し十有二州を肇むるの前なり。大抵流放統べて之を流と謂う。故に流もて五刑を宥むと曰う。而れども流の中に於て輕重の稱有り。流は、之を去り遠くるなり。水の流れ去るが如し。放は、之を屛[しりぞ]け斥くなり。竄は、之を投置するなり。罪の輕重を以て、地の善惡遠邇を差とす。殛は則ち之を誅死するなり。四つの者、輕き自り重きに及ぼして言う。鯀を殛すること必ず羽山に於てするとする者は非なり。時に適々彼に在って、則ち惡の彰れ著るならん。或は功を敗り事を害すること彼に於てするならんのみ。

百姓如喪考妣。百姓、庶民也。言庶民則君子可知矣。正月元日、舜格于文祖、三年喪畢、而朝廷公卿天下諸侯皆請舜正位。故復至文祖之廟、以告見焉。孟子云其避丹朱之事、蓋喪畢而不自有之、畏避也。朝廷諸侯請之、是天下從之也。推其事而言耳。故史官不載其事。或曰、舜往避於南河之南、迹之顯者。書不云、何也。曰、書之紀事、不如後史之繁悉也。若五載一巡狩、則舜之在位、其所往多矣。皆不記也。
【読み】
百姓考妣に喪するが如し。百姓は、庶民なり。庶民を言うときは則ち君子知る可し。正月元日、舜文祖に格り、三年の喪畢わって、朝廷の公卿天下の諸侯皆舜の正位を請う。故に復文祖の廟に至って、以て告げ見ゆ。孟子に云ゆる其の丹朱に避くるの事は、蓋し喪畢わって自ら之を有せずして、畏れ避くるなり。朝廷諸侯之を請うは、是れ天下之に從うなり。其の事を推して言うのみ。故に史官其の事を載せず。或るひと曰く、舜往いて南河の南に避くるは、迹の顯らかなる者なり。書に云わざるは、何ぞや、と。曰く、書の事を紀す、後史の繁悉なるが如くならず。若し五載に一たび巡狩せば、則ち舜の位に在り、其の往く所多からん。皆記さざるなり。

改正武成

武王伐殷、往歸獸、識其政事、作武成。武成。惟一月壬辰、旁死魄、越翼日癸巳、王朝步自周、于征伐商、底商之罪、告于皇天后土、所過名山大川曰、惟有道曾孫周王發、將有大正于商。今商王受無道、暴殄天物、害虐烝民、爲天下逋逃主。萃淵藪。予小子、旣獲仁人。敢祗承上帝、以遏亂略。華夏蠻貊、罔不率俾、恭天成命。惟爾有神、尙克相予、以濟兆民、無作神羞。旣戊午、師逾孟津。癸亥、陳于商郊、俟天休命。甲子昧爽、受率其旅若林、會于牧野。罔有敵于我師。前徒倒戈、攻于後以北。血流漂杵。一戎衣、天下大定。釋箕子囚、封比干墓、式商容閭、散鹿臺之財、發鉅橋之粟、大賚于四海、而萬姓悅服。厥四月哉生明、王來自商、至于豐。乃偃武修文、歸馬于華山之陽、放牛于桃林之野、示天下弗(徐本弗作咸。)服。丁未、祀于周廟。邦・甸・侯・衛、駿奔走執豆籩。越三日庚戌、柴望大告武成。旣生魄、庶邦冢君、曁百工、受命于周。王若曰、嗚呼羣后、惟先王建邦啓土、公劉克篤前烈、至于太王、肇基王迹、王季其勤王家。我文考文王、克成厥勲、誕膺天命、以撫方夏、大邦畏其力、小邦懷其德。惟九年大統未集。予小子、其承厥志。肆予東征、綏厥士女。惟其士女篚厥玄黃、昭我周王。天休震動、用附我大邑周。乃反商政、政由舊。列爵惟五、分土惟三。建官惟賢、位事惟能。重民五敎。惟食・喪・祭、惇信明義、崇德報功、垂拱而天下治。
【読み】
武王殷を伐ちて、往いて歸獸して、其の政事を識して、武成を作る。武成。惟れ一月壬辰、旁死魄、越[ここ]において翼日の癸巳、王朝[つと]に周自り步し、于[ゆ]いて商を征伐し、商の罪を底[いた]して、皇天后土、過ぐる所の名山大川に告して曰く、惟れ有道の曾孫周王發、將に大いに商に正すこと有らんとす。今商王受無道にして、天物を暴[し]い殄[た]ち、烝民を害い虐[やぶ]り、天下の逋逃の主爲り。淵藪に萃[あつ]まる。予れ小子、旣に仁人を獲たり。敢えて祗んで上帝に承けて、以て亂略を遏[た]つ。華夏蠻貊まで、率い俾[したが]って、天の成命を恭まざるは罔し。惟れ爾有神、尙わくは克く予を相け、以て兆民を濟い、神の羞を作すこと無けん、と。旣に戊午、師孟津を逾[こ]ゆ。癸亥、商郊に陳し、天の休命を俟つ。甲子の昧爽に、受其の旅を率い林の若くにして、牧野に會す。我が師に敵すること有ること罔し。前徒戈を倒[さかしま]にし、後を攻めて以て北[に]ぐ。血流れて杵を漂わす。一たび戎衣して、天下大いに定まれり。箕子の囚を釋[ゆる]し、比干の墓を封じ、商容の閭に式し、鹿臺の財を散じ、鉅橋の粟を發し、大いに四海に賚[たまもの]して、萬姓悅服せり。厥の四月の哉[さい]生明、王商自り來りて、豐に至る。乃ち武を偃せ文を修めて、馬を華山の陽[みなみ]に歸し、牛を桃林の野に放ち、天下に服[もち]いざる(徐本弗を咸に作る。)ことを示す。丁未、周の廟を祀る。邦・甸・侯・衛、駿[すみ]やかに奔り走りて豆籩を執る。越において三日庚戌、柴望して大いに武くして成れるを告す。旣に生魄、庶邦の冢君、曁[およ]び百工、命を周に受く。王若[か]く曰く、嗚呼羣后、惟れ先王邦を建て土を啓き、公劉克く前烈を篤くし、太王に至り、肇めて王迹を基し、王季其れ王家を勤めり。我が文考文王、克く厥の勲を成し、誕[おお]いに天命に膺[あた]り、以て方夏を撫して、大邦は其の力に畏れ、小邦は其の德に懷けり。惟れ九年まで大統未だ集[な]らず。予れ小子、其れ厥の志を承げり。肆[つい]に予れ東征して、厥の士女を綏んず。惟れ其の士女厥の玄黃を篚にし、我が周王を昭らかにす。天の休震い動いて、用て我が大邑周に附せり、と。乃ち商の政を反し、政舊に由る。列ぬる爵は惟れ五、分かてる土は惟れ三。建てる官は惟れ賢をし、位の事は惟れ能をす。民に五敎を重んぜしむ。惟れ食・喪・祭までに、信を惇くし義を明らかにし、德を崇び功を報ゆれば、垂拱して天下治まる。


二程全書卷之四十八  程氏經說第三

詩解(世傳胡氏本、辭多不同。疑後人刪潤。今悉從舊本也。)
【読み】
詩解(世に傳うる胡氏の本、辭多くして同じからず。疑うらくは後人刪り潤すならん。今悉く舊本に從うなり。)

周南 關雎
詩者、言之述也。言之不足而長言之、詠歌之所由興也。其發於誠感之深、至於不知手之舞、足之蹈。故其入於人也亦深至。可以動天地、感鬼神。虞之君臣、迭相賡和、始見於書。夏・商之世、雖有作者、其傳鮮矣。至周而世益文、人之怨樂、必形於言、政之善惡必見刺美。至夫子之時、所傳者多矣。夫子刪之、得三百篇。皆止於禮義、可以垂世。立敎。故曰、興於詩。又曰、誦詩三百、授之以政不逹、使於四方、不能專對、雖多亦奚以爲。古之人、幼而聞歌誦之聲、長而識刺美之意。故人之學、由詩而興。後世老師宿儒、尙不知詩義。後學豈能興起也。世之能誦三百篇者多矣。果能逹政專對乎。是後之人未嘗知詩也。夫子慮後世之不知詩也、故序關雎以示之。學詩而不求序、猶欲入室而不由戶也。天下之治、正家爲先。天下之家正、則天下治矣。二南、正家之道也。陳后妃夫人大夫妻之德。推之士庶人之家、一也。故使邦國至於郷黨皆用之、自朝廷至於委巷、莫不謳吟諷誦。所以風化天下。如小雅鹿鳴而下、各於其事而用之也。爲此詩者、其周公乎。古之人由是道者、文王也。故以當時之詩繫其後。其化之之成、至如一作。於麟趾・騶虞、乃其應也。天下之治、由茲而始、天下之俗、由此而成。風之正也。自衛而下、王道衰、禮義廢、今正風者無幾矣。其刺上、至指詆其惡。豈復有譎諫之義也。蓋發於人情怨憤。聖人取其歸止於禮義而已。惟雅亦然。所美者正也。所刺者變也。規誨者漸失而未至於刺也。爲詩之義有六。曰風、曰賦、曰比、曰興、曰雅、曰頌。風以動之。上之化下、下之風上、凡所刺美皆是也。賦者、詠述其事。蔽芾甘棠、勿翦勿伐、召伯所茇、是也。比者、以物相比。狼跋其胡、載疐其尾、公孫碩膚、赤舄几几、是也。興者、興起其義。采采卷耳、不盈傾筐、嗟我懷人、寘彼周行、是也。雅者、陳其正理。天生烝民、有物有則、民之秉彝、好是懿德、是也。頌者、稱美其事。假樂君子、顯顯令德、宜民宜人、受祿于天、是也。學詩而不分六義、豈知詩之體也。詩之別有四。曰風、曰小雅、曰大雅、曰頌。言一國之事、謂之風、言天下之事、謂之雅。事有大小、雅亦分焉。稱美盛德與告其成功、謂之頌。有是四端、所謂四始也。詩不出此四者。故曰詩之至也。得失之迹、刺美之義、則國史明之矣。史氏得詩、必載其事。然後其義可知。今小序之首是也。其下則說詩者之辭也。關雎・麟趾之化、王者之風。故繫之周南。化自周而南也。鵲巢・騶虞之德、諸侯之風。國君而下、正家之道、先王之所以敎天下也。故繫之召南。化自召而南也
(今本南字皆誤作公。)。召伯爲諸侯長。故諸侯之風主之於召南。二南者、正家之道、王化之所由興也。故關雎之義、樂得淑女、以爲后妃、配君子也。其所憂思、在於進賢淑、非說於色也。哀窈窕、思之切也。切於思賢才、而不在於淫色、無傷善之心也。是則關雎之義也。
【読み】
周南 關雎[かんしょ]
詩は、言の述ぶるなり。言の足らずして長く之を言う、詠歌の由って興る所なり。其の誠に發して感ずること深ければ、手の舞い、足の蹈むことを知らざるに至る。故に其の人に入ることも亦深く至る。以て天地を動かし、鬼神を感ぜしむ可し。虞の君臣、迭いに相賡[つ]ぎ和すること、始めて書に見る。夏・商の世、作者有りと雖も、其の傳鮮し。周に至って世益々文にして、人の怨樂、必ず言に形れ、政の善惡必ず刺美を見す。夫子の時に至って、傳うる所の者多し。夫子之を刪って、三百篇を得。皆禮義に止まって、以て世に垂る可し。敎を立つ。故に曰く、詩に興る、と。又曰く、詩三百を誦じて、之を授くるに政を以てするに逹せず、四方に使いして、專對すること能わずんば、多しと雖も亦奚を以てせん、と。古の人、幼にして歌誦の聲を聞き、長じて刺美の意を識る。故に人の學は、詩由りして興る。後世老師宿儒も、尙詩の義を知らず。後學豈能く興起せんや。世の能く三百篇を誦ずる者多し。果たして能く政に逹し專對せんや。是れ後の人未だ嘗て詩を知らざるなり。夫子後世の詩を知らざることを慮る、故に關雎に序して以て之を示す。詩を學んで序を求めずんば、猶室に入らんと欲して戶に由らざるがごとし。天下の治、家を正しくすることを先とす。天下の家正しきときは、則ち天下治まる。二南は、家を正しくするの道なり。后妃夫人大夫の妻の德を陳ぶ。之を士庶人の家に推すも、一なり。故に邦國より郷黨に至るまで皆之を用い、朝廷自り委巷に至るまで、謳吟諷誦せずということ莫からしむ。天下を風化する所以なり。小雅鹿鳴よりして下の如きは、各々其の事に於て之を用う。此の詩を爲る者は、其れ周公か。古の人是の道に由る者は、文王なり。故に當時の詩を以て其の後に繫ぐ。其の之を化するの成、一作の如きに至る。麟趾・騶虞に於ては、乃ち其の應なり。天下の治、茲れ由りして始り、天下の俗、此れ由りして成る。風の正しきなり。衛自りして下は、王道衰え、禮義廢れて、今の正風という者幾ばくも無し。其の上を刺[そし]る、其の惡を指し詆るに至る。豈復譎諫の義有らんや。蓋し人情怨憤に發す。聖人其の歸禮義に止まるに取るのみ。惟雅も亦然り。美する所の者は正なり。刺る所の者は變なり。規し誨[おし]うる者漸失すれども未だ刺るに至らず。詩を爲るの義六つ有り。曰く風、曰く賦、曰く比、曰く興、曰く雅、曰く頌なり。風は以て之を動かすなり。上の下を化し、下の上を風する、凡そ刺美する所は皆是れなり。賦は、其の事を詠述するなり。蔽芾[へいはい]たる甘棠[かんとう]、翦ること勿かれ伐[き]ること勿かれ、召伯の茇[やど]りし所という、是れなり。比は、物を以て相比するなり。狼其の胡を跋[ふ]む、載ち其の尾に疐[つまづ]く、公碩[おお]いなる膚[よ]きことを孫[ゆづ]りて、赤舄[せき]几几たりという、是れなり。興は、其の義を興起するなり。卷[けん]耳を采り采る、傾筐にも盈たず、嗟我れ人を懷[おも]って、彼の周行に寘[お]くという、是れなり。雅は、其の正理を陳ぶるなり。天烝民を生ず、物有れば則有り、民の彝[つね]を秉[と]る、是の懿德を好んずという、是れなり。頌は、其の事を稱美するなり。假樂の君子、顯顯たる令德あり、民に宜しく人に宜し、祿を天に受くという、是れなり。詩を學んで六義を分かたずんば、豈詩の體を知らんや。詩の別に四つ有り。曰く風、曰く小雅、曰く大雅、曰く頌なり。一國の事を言うは、之を風と謂い、天下の事を言うは、之を雅と謂う。事に大小有り、雅も亦分かつ。盛德を稱美すると其の成功を告ぐるとは、之を頌と謂う。是の四端有るは、所謂四始なり。詩は此の四つの者を出ず。故に曰く、詩の至り、と。得失の迹、刺美の義は、則ち國史之を明らかにせり。史氏詩を得れば、必ず其の事を載す。然して後に其の義知る可し。今の小序の首め、是れなり。其の下は則ち詩を說く者の辭なり。關雎・麟趾の化は、王者の風なり。故に之を周南に繫ぐ。周自りして南を化するなり。鵲巢・騶虞の德は、諸侯の風なり。國君よりして下、家を正しくするの道、先王の天下に敎うる所以なり。故に之を召南に繫ぐ。召自りして南を化するなり(今の本南の字を皆誤って公に作る。)。召伯は諸侯の長爲り。故に諸侯の風之を召南に主とす。二南は、家を正しくするの道、王化の由って興る所なり。故に關雎の義は、淑女を得て、以て后妃と爲して、君子に配することを樂しむなり。其の憂え思う所は、賢淑を進むるに在りて、色を說ぶに非ず。哀しんで窈窕[ようちょう]たるは、思いの切なるなり。賢才を思うに切にして、色に淫するに在ず、善を傷るの心無し。是れ則ち關雎の義なり。

漢廣
漢廣、言漢之廣大、猶云江永也。本言文王之道、南被江・漢之域。因取漢水爲興。水之爲限、不可踰也。以興禮義之爲閑、不可犯也。南國被文王之化、家齊俗厚、婦人知守禮義。旣以禮義爲防、則非僻之思自絕。雖有以非禮求之者、亦不可得而犯也。不可得而犯、則不思犯矣。夫人之休於木下、必攀枝跛倚。喬木不可攀及也。故人絕欲休之思。興女有高潔之行、非禮者自無求之之思也。重稱、漢水之廣、不可思游泳以濟、江之長永、不可思方而渡也。江大於漢。雖方尙不可濟。難於泳矣。興以禮自閑不可侵凌也。女之游者、謂曠僻獨行。可動之地、異乎閨門之内、姆傅之側也。錯薪翹翹然、必擇其端直者刈之。如是之女、豈所不願得哉。之子者、若得之以歸、則言秣其馬矣
(情切之意。)。惟其禮法之限、不可得也。不止無非禮之私思、又知其端直之美而願慕之也。
【読み】
漢廣[かんこう]
漢の廣きとは、漢の廣く大なるを言い、猶江の永きと云うがごとし。本文王の道、南のかた江・漢の域に被らしむることを言う。因りて漢水を取りて興[たと]えとす。水の限を爲す、踰ゆ可からず。以て禮義の閑ぐことを爲して、犯す可からざるに興う。南國文王の化を被って、家齊い俗厚くして、婦人禮義を守ることを知る。旣に禮義を以て防ぐことを爲せば、則ち非僻の思い自づから絕つ。非禮を以て之を求むる者有りと雖も、亦得て犯す可からず。得て犯す可からざるときは、則ち犯すことを思わず。夫人の木の下に休[いこ]う、必ず枝を攀[ひ]いて跛倚す。喬木は攀き及ぼす可からず。故に人休わんと欲するの思いを絕つ。女高潔の行い有って、非禮の者自づから之を求むるの思い無きに興う。重ねて稱す、漢水の廣き、游泳して以て濟ることを思う可からず、江の長く永き、方[いかだ]して渡ることを思う可からず、と。江は漢より大なり。方すと雖も尙濟る可からず。泳ぐより難し。禮を以て自ら閑いで侵し凌ぐ可からざるに興う。女の游ぶという者は、曠僻獨行を謂う、動かす可きの地、閨門の内、姆傅の側に異なり。錯薪翹翹然たり、必ず其の端直なる者を擇んで之を刈る。是の如きの女、豈得ることを願わざる所ならんや。之の子とは、若し之を得て以て歸らば、則ち言[ここ]に其の馬に秣[まぐさ]かわん(情切なるの意。)。惟其の禮法の限、得可からずとなり。止非禮の私思無きのみにあらず、又其の端直の美を知って之を願い慕うなり。

汝墳
關雎之化行、則天下之家齊俗厚、婦人皆由禮義、王道成矣。古之人有是道、使天下蒙是化者、文王是也。故以文王之詩附於周南之末。又周家風天下、正身齊家之道、貽謀自於文王。故其功皆推本而歸焉。漢廣、婦人之能安於禮義也。汝墳、則又能勉其君子以正也。君子從役於外、婦人爲樵薪之事、思念君子之勤勞、如久饑也。調作輖。重也。二章、自勉之意。伐肄、見踰年矣。言將見君子不遠棄我也。三章、勉君子以正言。其勤勞、猶魴魚之赬尾。蓋王室暴政如焚焰。雖則如是、文王之德如父母望之甚邇。被文王之德化、忘其勞苦也。
【読み】
汝墳[じょふん]
關雎の化行わるるときは、則ち天下の家齊い俗厚くして、婦人皆禮義に由って、王道成る。古の人是の道有りて、天下をして是の化を蒙らしむる者は、文王是れなり。故に文王の詩を以て周南の末に附く。又周家天下に風して、身を正し家を齊うるの道、謀を貽[のこ]すこと自ら文王に於てす。故に其の功皆推し本づけて歸す。漢廣は、婦人の能く禮義に安んずるなり。汝墳は、則ち又能く其の君子を勉めして以て正す。君子役に外に從い、婦人樵薪の事を爲して、君子の勤勞を思い念って、久しく饑ゆるが如しとなり。調は輖[しゅう]と作す。重きなり。二章は、自ら勉むるの意。肄[い]を伐るとは、踰年を見すなり。言うこころは、將に君子を見んとして我を遠ざけ棄てずとなり。三章は、君子を勉めしむるに正言を以てす。其の勤勞、猶魴魚の赬[あか]き尾あるがごとくにせよとなり。蓋し王室の暴政焚焰の如し。則ち是の如しと雖も、文王の德父母之を望むが如くにして甚だ邇[ちか]し。文王の德化を被って、其の勞苦を忘るるなり。

麟之趾
關雎而下、齊家之道備矣。故以麟趾言其應。關雎之化行、則其應如此、天下無犯非禮也。自衰世公子己下、序之誤也。以詩有公子字、故誤耳。麟趾之時、麟趾不成辭。言之時、謬矣。關雎始於衽席、及於子孫、至於宗族、以被天下。故自近而言之。麟取其仁厚。趾・角・定、皆於麟取之。皆有仁厚之象也。趾不踐生草、定之狀必有異常物、角端有肉。公子之仁厚如是也。旣言之、又嘆美之曰、吁嗟麟兮。
【読み】
麟之趾[りんしし]
關雎よりして下、家を齊うるの道備わる。故に麟趾を以て其の應を言う。關雎の化行わるるときは、則ち其の應此の如くにして、天下非禮を犯すこと無し。衰世の公子という自り己下は、序の誤りなり。詩に公子の字有るを以て、故に誤まれるのみ。麟趾の時とは、麟趾は辭を成さず。之を時と言うは、謬れり。關雎は衽席に始まって、子孫に及び、宗族に至って、以て天下に被らしむ。故に近き自りして之を言う。麟は其の仁厚に取る。趾・角・定[ひたい]は、皆麟に於て之を取る。皆仁厚の象有ればなり。趾生草を踐まず、定の狀必ず常物に異なること有り、角の端に肉有り。公子の仁厚是の如し。旣に之を言いて、又之を嘆美して曰く、吁嗟麟たり、と。

召南 江有汜
此亦文王時詩。因附於此。其嫡不使備嬪妾之數、以侍君也。汜、水之分。渚、水之岐。沱、水之別。歸、謂從君子也。美人君當使妾媵均承其澤。故以歸言。非謂是嫁來之歸也。汜、分之小。洲・渚之岐、則大矣。沱之爲言、別也。幾相類矣。言水之分流、興夫人之不專君子。前二章止言嫡不由是道、其後自悔。卒章則言不過我而無怨、笑歌順命。蓋言其所以致嫡之自悔也。處、得其所處也。過、及也。笑喜樂而已。歌之發於中也。
【読み】
召南 江有汜[こうゆうし]
此れ亦文王の時の詩。因りて此に附く。其の嫡嬪妾の數を備えて、以て君に侍せしめざるなり。汜は、水の分なり。渚は、水の岐なり。沱[だ]は、水の別なり。歸は、君子に從うを謂う。人君當に妾媵をして均しく其の澤を承けしむることを美む。故に歸を以て言う。是れ嫁し來るの歸を謂うには非ず。汜は、分の小なるなり。洲・渚の岐は、則ち大なり。沱の言爲る、別なり。幾ど相類せり。言うこころは、水の分流、夫人の君子を專らにせざるに興う。前の二章は止嫡是の道に由らずして、其後自ら悔ゆることを言う。卒わりの章は則ち我に過[およ]ばざれども而れども怨ること無くして、笑歌して命に順うことを言う。蓋し其の嫡の自ら悔ゆることを致す所以を言うなり。處は、其の處する所を得るなり。過は、及ぶなり。笑って喜樂するのみ。歌の中に發すればなり。

谷風
習習和風、陰陽交和、則感陰而成雨
(其感也陰、其成也雨。)。夫婦之道同、黽勉和同、不宜有怨怒也。蓋和則夫婦之道成而家室正、如陰陽和而成雨。采葑菲者、以其有下體也。無以、以也。夫婦之道、貴其有終。德音、好音也。當期好音無違、至於偕老。承上章意。我行道而遲遲者、中心念其有違乎此也。不遠伊邇、謂此道不遠而邇。何莫置我當其分乎。送、置也。畿、分也。所以疆畿者、所畫之界分耳。荼、至苦也。乃以爲甘。新昏、非禮之至也。反好之如弟。涇濁而渭淸。今涇反以渭爲濁。湜湜、淸貌。視於淺處則見淸。彼以爲濁、而其沚自湜湜。以言其惑而不得其正也。愛其新昏、而反不以我爲屑也。梁笱喩己所治家事。惜爲其毀敗。梁、所以壅蔽。使毋撤而逝之。笱、所以捕(徐本捕作在。)魚。使毋發而去之。我身之所爲、且不能省閱、暇惜我旣去之後乎。就其深矣己下、陳其躬所爲治家勤勞之事。隨事盡其心力而爲之、深則方舟、淺則泳游、不可計其有與亡也。强勉求爲之耳。不特如是治其家而已、又周睦其鄰里郷黨、莫不盡其道。我所爲者如是、不能心知念我、而反以我爲讎惡。慉、心所畜也。惟其心旣阻絕我之善。故雖勤勞如是、而不見取、如賈之不售。凡人所以憎而不知其善、由心阻絕其善也。昔惟恐養生之道窮困、及爾至於顚覆。今旣遂其生旣饒息矣、乃比我於毒。所以蓄藏美物者、以禦冬爲卒歲之備也。今乃止以我禦窮困之時、終乃見棄。肄、習也。貽我以武暴憤怨、習而爲常矣。塈、息也。不念昔之安息於我室家、心所歸息也。
【読み】
谷風[こくふう]
習習たる和風、陰陽交わり和するときは、則ち感ずれば陰[くも]りて成れば雨ふる(其の感ずるや陰り、其の成るや雨ふる。)。夫婦の道同じく、黽勉[びんべん]として和同すれば、宜しく怨み怒ること有るべからず。蓋し和すれば則ち夫婦の道成って家室正しきこと、陰陽和して雨と成るが如し。葑菲[ほうひ]を采る者は、其の下體有るを以てなり。以てすること無けんやとは、以てするなり。夫婦の道は、其の終わり有ることを貴ぶ。德音は、好き音なり。當に好き音違うこと無きことを期して、偕老に至るべし。上の章の意を承く。我が道を行くこと遲遲たる者は、中心其の此に違うこと有るを念ってなり。遠からずして伊[こ]れ邇しとは、此の道遠からずして邇きを謂う。何ぞ我を置くこと其の分に當たること莫きやとなり。送は、置くなり。畿は、分なり。所以に疆畿は、畫くる所の界分のみ。荼[にがな]は、至って苦し。乃ち以て甘しとす。新昏は、非禮の至りなり。反って之を好すること弟の如し。涇[けい]は濁って渭は淸む。今涇反って渭を以て濁れるとす。湜湜[しょくしょく]は、淸き貌。淺き處を視るときは則ち淸きを見る。彼以て濁れるとすれども、其の沚自づから湜湜たり。以て其の惑いて其の正しきを得ざることを言う。其の新昏を愛して、反って我を以て屑しとせざるなり。梁[やな]笱[うえ]は己が家を治むる所の事に喩う。其の毀敗を爲すことを惜しむ。梁は、壅蔽する所以。撤して之を逝かしむること毋からしめよ。笱は、魚を捕る(徐本捕を在に作る。)所以。發いて之を去らしむること毋からしめよ。我が身のする所すら、且つ省閱すること能わず、我が旣に去るの後を惜しむに暇あらんや。其の深きに就くというより己下は、其の躬ら家を治むることをする所の勤勞の事を陳ぶ。事に隨いて其の心力を盡くして之を爲して、深ければ則ち方[いかだ]し舟し、淺ければ則ち泳し游して、其の有と亡とを計る可からざるなり。强め勉めて之をすることを求むるのみ。特り是の如く其の家を治むるのみにあらず、又周く其の鄰里郷黨に睦まじくして、其の道を盡くさずということ莫し。我がする所の者是の如くなれども、心に我を知り念うこと能わずして、反って我を以て讎惡とす。慉[きく]は、心の畜うる所なり。惟其の心旣に我が善を阻絕す。故に勤勞すること是の如しと雖も、而れども取られざること、賈の售[う]られざるが如し。凡そ人憎んで其の善を知らざる所以は、心に其の善を阻絕するに由れり。昔惟生を養うの道窮困して、爾と顚覆するに至らんことを恐る。今旣に其の生を遂げて旣に饒息して、乃ち我を毒に比す。美物を蓄え藏むる所以は、冬を禦ぎ歲を卒うるの備えをするを以てなり。今乃ち止むるに我が窮困を禦ぐの時を以てして、終に乃ち棄てらる。肄は、習うなり。我に貽[おく]るに武暴憤怨を以てして、習いて常とせしむ。塈[き]は、息うなり。昔我が室家に安息することを念わずとは、心の歸息する所なり。

簡兮
賢才之人、可以爲王臣。而簡擇取之、方將使之爲萬舞。日之方中、明朗之時、又在前列而處上。見之宜可辨、而不能知之也。碩德之人、俁俁然、心廣體胖、在公庭爲萬舞也。次章又言其才藝之美。有力如虎、才武也。執轡如組、藝也。言其藝如此、非在公庭見之也。左執籥而右秉翟、言其能之備、羽籥二事皆能之也。其顔色如渥丹然。必言其顔色之充美者、以其在前易見。其才藝容色如是。而公錫之以爵而已。勞賤者之道也。榛之在山、苓之在隰、乃其宜也。賢者宜在王朝也。云誰之思。思彼王國之賢者、言彼美德之人、爲王朝之臣、乃得其所也。言之、所以嘆此之不得其所也。或云、美人蓋謂衛之賢者、文意不然。
【読み】
簡兮[かんけい]
賢才の人は、以て王臣と爲る可し。而るに簡び擇んで之を取って、方に將に之をして萬舞を爲さしめんとす。日の方に中するは、明朗の時、又前列に在りて上に處す。之を見ること宜しく辨ず可くして、之を知ること能わざるなり。碩德の人、俁俁[ぐぐ]然として、心廣體胖にして、公庭に在って萬舞せんとす。次の章は又其の才藝の美を言う。力有ること虎の如しとは、才の武きなり。轡を執ること組の如しとは、藝なり。其の藝此の如くなることを言いて、公庭に在って之を見ることを非[そし]るなり。左に籥[やく]を執って右に翟を秉るとは、言うこころは、其の能の備わって、羽籥の二事皆之を能くするなり。其の顔色渥丹の如く然り。必ず其の顔色の充美なるを言う者は、其の前に在って見易きを以てなり。其の才藝容色是の如し。而るに公之に錫うに爵を以てするのみ。賤者を勞[いたわ]るの道なり。榛[はじばみ]の山に在り、苓の隰[さわ]に在るは、乃ち其の宜しきなり。賢者は宜しく王朝に在るべし。云[ここ]に誰をか思う。彼の王國の賢者を思うとは、言うこころは、彼の美德の人、王朝の臣爲るは、乃ち其の所を得るなり。之を言うは、此が其の所を得ざることを嘆ずる所以なり。或るひと云う、美人は蓋し衛の賢者を謂うとは、文意然らず。

北風
序云竝爲威虐、謂君臣上下皆然。四時之風、春而自東、則生物也。夏而自南、則養物也。秋而自西、則成物也。冬而自北、則殺物也。以北風之殺害於物、故以興虐政。詩序謂、百姓不親、相攜持而去。乃述當時之事。然考詩之辭、乃君子見幾而作。相招無及於禍患者也。風旣涼冷、必將至於雨雪。旣尙威虐、必將殘暴於人也。以恩惠相好、則攜持而去耳。虚、寬貌。徐、緩也。雍容之狀。亟、急也。只且、辭也。言尙可寬容虚徐乎。旣急也哉。涼氣喈聲雱霏皆雨散之狀。行、去也。歸、擇所安而往也。同車亦偕行耳。但卒章辭意益迫切。同車、已有駕之意。莫赤者匪狐乎。莫黑者匪烏乎。以其色、則知其物矣。豈難辨哉。觀其爲政之道、則知暴虐禍難將及於人矣。君子全身遠害、惟恐去之不速。故其辭迫切。其虚其邪、旣亟只且是也。
【読み】
北風[ほくふう]
序に竝びに威虐を爲すと云うは、君臣上下皆然ることを謂う。四時の風、春にして東自りすれば、則ち物を生ず。夏にして南自りすれば、則ち物を養う。秋にして西自りすれば、則ち物を成す。冬にして北自りすれば、則ち物を殺すなり。北風の物を殺害するを以て、故に以て虐政に興う。詩の序に謂く、百姓親しまず、相攜持して去る。乃ち當時の事を述ぶ、と。然れども詩の辭を考うるに、乃ち君子幾を見て作つ。相招いて禍患に及ぶこと無き者なり。風旣に涼冷なれば、必ず將に雨雪に至らんとす。旣に尙威虐なれば、必ず將に人を殘暴せんとす。恩惠を以て相好んずれば、則ち攜持して去らんのみ。虚は、寬なる貌。徐は、緩きなり。雍容の狀なり。亟は、急なり。只且は、辭なり。言うこころは、尙寬容虚徐なる可けんや。旣に急[はや]くせよやとなり。涼氣喈聲[かいせい]雱霏[ほうひ]は皆雨散ずるの狀。行は、去るなり。歸は、安んずる所を擇んで往くなり。車を同じくすとは亦偕[とも]に行るのみ。但卒わりの章の辭意は益々迫切なり。車を同じくするは、已に駕するの意有り。赤き者狐に匪[あら]ざること莫けんや。黑き者烏に匪ざること莫けんや。其の色を以てするときは、則ち其の物を知る。豈辨じ難からんや。其の政をするの道を觀るときは、則ち暴虐禍難將に人に及ばんとすることを知る。君子身を全くして害を遠ざけば、惟去ることの速やかならざらんことを恐る。故に其辭迫切なり。其れ虚[ゆる]くせんや其れ邪[ゆる]くせんや、旣に亟やかにせよという、是れなり。

君子偕老
其德之深厚、如山如河、乃稱象德之服。服章之設、象其德位之宜。德尊位隆、乃稱盛服。今子之不淑、奈何。一章言人君之德、服飾之盛宜如是、而奈何反不稱。次章又言服章容貌之美、與德相稱、則可尊仰。故云、胡然而仰之如天乎。胡然而尊之爲君乎。帝、君也。帝言以其有德也。三章重陳衣服德容之美。誠如此之人、乃是邦人之媛也
(媛、美德之女。)
【読み】
君子偕老[くんしかいろう]
其の德の深く厚きこと、山の如く河の如くなれば、乃ち德に象るの服に稱う。服章の設けは、其の德位の宜しきに象る。德尊く位隆ければ、乃ち盛服に稱う。今子の淑[よ]からざる、奈何となり。一章には人君の德、服飾の盛んなるは宜しく是の如くなるべくして、奈何ぞ反って稱わざるということを言う。次の章には又服章容貌の美、德と相稱うときは、則ち尊び仰ぐ可きことを言う。故に云く、胡ぞ然[しか]くして之を仰いで天の如くせんか。胡ぞ然くして之を尊んで君とせんか、と。帝は、君なり。帝は言うこころは其の德有るを以てなり。三章には重ねて衣服德容の美を陳ぶ。誠に此の如きの人は、乃ち是れ邦人の媛なり、と(媛は、美德の女。)

定之方中
美建國之得其時制。一章言建國之事、次章言相土地之初。屬文之勢然也。今文首言其事、然後原其初者多矣。旣度其可、然後卜以決之。卜洛亦然。古人之爲皆是也。人謀臧、則龜筮從矣。卒章序其勤勞、以致殷富。塞、當也。淵、深也。當其深。所以成其富盛。
【読み】
定之方中[ていしほうちゅう]
國を建つるの其の時の制を得ることを美む。一章には國を建つるの事を言い、次の章には土地を相[み]るの初めを言う。文を屬[つづ]るの勢然り。今文首めに其の事を言いて、然して後に其の初めに原づく者多し。旣に其の可なるを度って、然して後に卜して以て之を決す。洛を卜するも亦然り。古人の爲[しわざ]皆是なり。人謀臧[よ]きときは、則ち龜筮從う。卒わりの章は其の勤勞して、以て殷富を致すことを序づ。塞は、當たるなり。淵は、深きなり。當たること其れ深し。其の富盛を成す所以なり。

蝃蝀
言奔則女就男。衛國化文王之道、淫奔人知恥而惡絕之。詩人道是意、以風止其事。蝃蝀、陰陽氣之交、映日而見。故朝西而暮東。在東者、陰方之氣就交於陽也。猶易之自我西郊。夫陽唱陰和、男行女隨、乃理之正。今陰來交陽、人所醜惡。故莫敢指之。今世俗不以手指者、因詩之言。女子之義、從於人也。必待父母之命、兄弟之議、媒妁之言、男先下之、然後從焉。不由是而奔就於男者、猶蝃蝀之東。故以興焉。人所醜而不敢指視也。奈何女子之行、而違背父母兄弟乎。違謂違背不由其命而奔也。朝隮升於西者、乃陽方之氣、來交於陰、則理之順。故和而爲雨。崇朝、不日之義。奈何女子反遠其父母兄弟乎。如是之人無他也、懷男女之欲耳。婚姻、男女之交也。人雖有欲、當有信而知義。故言其大無信、不知命、爲可惡也。苟惟欲之從、則人道廢而入於禽獸矣。女子以不自失爲信。所謂貞信之敎。違背其父母、可謂無信矣。命、正理也。以道制欲則順命。言此所以風也。
【読み】
蝃蝀[ていとう]
奔ると言うは則ち女男に就くなり。衛の國文王の道に化して、淫奔の人恥を知って之を惡み絕つ。詩人是の意を道いて、以て風して其の事を止む。蝃蝀は、陰陽の氣の交わり、日に映じて見るなり。故に朝には西にして暮には東にす。東に在るは、陰の方の氣就いて陽に交わるなり。猶易の我が西郊自りすというがごとし。夫れ陽唱え陰和し、男行き女隨うは、乃ち理の正しきなり。今陰來りて陽に交わるは、人の醜み惡む所。故に敢えて之を指すこと莫し。今世俗手を以て指さざる者は、詩の言に因れり。女子の義は、人に從うなり。必ず父母の命、兄弟の議、媒妁の言を待って、男先づ之に下りて、然して後に從う。是に由らずして奔って男に就く者は、猶蝃蝀の東するがごとし。故に以て興う。人醜んで敢えて指し視さざる所なり。奈何ぞ女子の行きて、父母兄弟に違い背くや。違うとは違い背いて其の命に由らずして奔るを謂うなり。朝に西に隮[のぼ]り升る者は、乃ち陽の方の氣、來りて陰に交わるは、則ち理の順なり。故に和して雨と爲る。朝を崇[お]わるとは、日あらざるの義。奈何ぞ女子反って其の父母兄弟に遠るや。是の如きの人は他無し、男女の欲を懷うのみ。婚姻は、男女の交わりなり。人欲有りと雖も、當に信有りて義を知るべし。故に其の大いに信無くして、命を知らざることを言いて、惡む可しとす。苟も惟欲に之れ從うときは、則ち人道廢れて禽獸に入る。女子は自ら失せざるを以て信とす。所謂貞信の敎なり。其の父母に違い背くは、信無しと謂う可し。命は、正理なり。道を以て欲を制すれば則ち命に順う。此を言いて風する所以なり。

相竄
相竄之爲物、貪而畏人、舉止驚攫、無體態。故以興人之無禮儀。視竄之有皮革以成其身、有牙以完其形、具形體以成物、而動作如此、猶有人之形質。而無禮儀容止、不若死也。
【読み】
相竄[しょうそ]
竄の物爲るを相[み]るに、貪りて人を畏れ、舉止驚攫して、體態無し。故に以て人の禮儀無きに興う。竄の皮革有りて以て其の身を成し、牙有りて以て其の形を完くし、形體を具えて以て物と成りて、動作すること此の如きを視るに、猶人の形質有るがごとし。而して禮儀容止無くんば、死するに若かじとなり。

干旄
卿大夫公子多好善者、賢者受其禮意之厚、當以善道告之。詩推其意、知樂告也。干旌、注旄干首。九旗皆然。九旗之物、所建各不同。若王建太常、諸侯建旗、而來就浚之郊、禮下賢者。素絲、束帛也。謂以束帛乘馬、行禮於賢者。彼姝美之人、謂有美德者。受其禮意如是、當何以畀之。知其必告以善道也。紕、疎布之狀。組、錯密之狀。祝、疑爲竺。厚積之意。馬四至於五六、馬帛之益多。見其禮之益加也。始畀之、畀與也。謂答之。中與之、謂交親之。終告之、謂忠告之。待之益至、報之益厚。是爲樂告也。郊、野外。都、邑。城、國中。好賢益篤、則賢者益至、不好賢、則士亦遠遯也。
【読み】
干旄[かんぼう]
卿大夫公子善を好する者多くして、賢者其の禮意の厚きを受けば、當に善道を以て之に告ぐべし。詩其の意を推すに、告ぐるを樂しむことを知るなり。干旌は、旄を首に注[つ]くるなり。九旗皆然り。九旗の物、建つる所各々同じからず。若し王太常を建て、諸侯旗を建てて、來りて浚の郊に就くは、賢者に禮し下るなり。素絲は、束帛なり。束帛乘馬を以て、禮を賢者に行うを謂う。彼の姝美[しゅび]の人は、美德有る者を謂う。其の禮意を受くること是の如くならば、當に何を以て之に畀[あた]えんとす。其の必ず告ぐるに善道を以てせんことを知る。紕は、疎布の狀。組は、錯密の狀。祝は、疑うらくは竺爲らん。厚積の意なり。馬四より五六に至るは、馬帛の益々多きなり。其の禮の益々加うることを見るなり。始めに之を畀うというは、畀は與うるなり。之に答うるを謂う。中に之に與うというは、交わりて之に親しくするを謂う。終わりに之に告ぐとは、忠をもって之に告ぐるを謂う。之に待すること益々至れば、之に報ずること益々厚し。是れ告ぐることを樂しむとするなり。郊は、野外。都は、邑。城は、國中なり。賢を好んずること益々篤ければ、則ち賢者益々至り、賢を好んじざれば、則ち士も亦遠ざかり遯[のが]るるなり。

淇澳 
淇澳之地、潤澤膏沃、而生綠竹。竹、生物之美者、興武公之美内充、而文章威儀著於外也。有斐、斐然文章貌。君子有文章、由其在學以自修。如切如磋、言學也。如琢如磨、自修也。以象治玉、譬人之治學修身。瑟兮僴兮、怐謹莊栗貌。赫兮喧兮、成德顯著於外也。故云威儀也。有斐君子、終不可諼兮、言文章君子盛德之至善、人不能忘也。此首章言德美文章、由善學自治而然。二章言其威儀之美、服飾之盛。三章言其成質之美、如金錫圭璧然。寬兮綽兮、寬弘裕也、綽開豁也。重較、大車。言其多容而任重如大車也。善戲謔、言其樂易而以禮自飾、防節不至於過。是不爲虐也。猗猗、言竹之態。靑靑、言其色。如簀、言其盛密、比爲簀。綠竹、竹也。淇澳所有。
【読み】
淇澳[きいく] 
淇澳の地は、潤澤膏沃にして、綠竹を生ず。竹は、生物の美なる者、武公の美内に充ちて、文章威儀外に著るに興う。斐たる有りとは、斐然として文章ある貌。君子文章有るは、其の學在りて以て自ら修むるに由れり。切るが如く磋[みが]くが如しとは、學を言うなり。琢[うが]つが如く磨くが如しとは、自ら修むるなり。以て玉を治むるに象って、人の學を治め身を修むるに譬うるなり。瑟[しつ]たり僴[かん]たりとは、怐謹莊栗なる貌。赫たり喧たりとは、成德外に顯著するなり。故に威儀なりと云う。斐たる君子有り、終に諼[わす]可からずとは、文章ある君子は盛德の至善、人忘るること能わざるを言う。此の首めの章には德の美文章は、善く學び自ら治むる由りして然ることを言うなり。二章には其の威儀の美、服飾の盛んなるを言うなり。三章には其の成質の美、金錫圭璧の如く然ることを言うなり。寬たり綽[しゃく]たりとは、寬は弘裕なり、綽は開豁なり。重較は、大車なり。其の多く容れて任重きこと大車の如くなることを言う。善く戲謔すとは、言うこころは、其の樂しみ易すれども禮を以て自ら飾って、防ぎ節すれば過ちに至らず。是れ虐[そこな]うことをせざるなり。猗猗は、竹の態を言う。靑靑は、其の色を言う。簀の如しとは、其の盛密を言いて、比して簀とするなり。綠竹は、竹なり。淇澳の有する所なり。

考槃
賢者之退、窮處澗谷閒、雖德體寬裕、而心在朝廷、寤寐不能忘懷、深念其不得以善道告君。故陳其由也。
【読み】
考槃[こうはん]
賢者の退いて、澗谷の閒に窮處する、德體寬裕なりと雖も、心朝廷に在りて、寤寐懷[こころ]に忘るること能わず、深く其の善道を以て君に告ぐることを得ざることを念う。故に其の由を陳ぶ。

碩人
碩人、大人尊賢之稱
(賢一作貴。)。頎頎、容質之偉盛。言其位尊服飾之美、又陳其家之貴盛、德容之如是。其來也、禮數之備、至近郊而說止、復整車服而後入於朝。君爲之早退、以與夫人燕處。見禮之之重。河水洋洋、北流活活、旣盡言夫人之尊位重。因以河水興。人情故縱難制。所以致嬖妾上僣、而薄於夫人。洋洋、浩蕩。活活、流激貌。河水如是。故施罛不安。强大之魚不能制也。君情放縱、故禮法不能制。葭菼興衆多。庶姜衆多、孽孽不順、如葭菼然。賢士大夫莫能正、有去而已。
【読み】
碩人[せきじん]
碩人は、大人尊賢の稱(賢は一に貴に作る。)。頎頎[きき]は、容質の偉[おお]いに盛んなるなり。其の位尊く服飾の美なるを言い、又其の家の貴く盛んに、德容の是の如くなることを陳ぶ。其の來れるや、禮數備わりて、近郊に至って說[やど]り止まりて、復車服を整えて而して後に朝に入る。君之が爲に早く退いて、以て夫人と燕處す。之に禮するの重きを見る。河水洋洋、北に流れて活活は、旣に盡く夫人の尊くして位重きことを言う。因りて河水を以て興う。人情故縱にして制し難し。所以に嬖妾上に僣して、夫人に薄[せま]ることを致す。洋洋は、浩蕩。活活は、流激する貌。河水是の如し。故に罛[あみ]を施[もう]くること安からず。强大の魚制すること能わず。君の情放縱、故に禮法制すること能わず。葭菼[かたん]は衆多に興う。庶姜衆多、孽孽[げつげつ]として不順なること、葭菼の如く然り。賢士大夫能く正すこと莫くして、去ること有るのみ。

君子陽陽
簧、爲樂之器。房、安息之所。苟自爲樂、又招其類、由安息之所也。翿、舞所持。自爲歌舞、又招其侶、由傲樂之道。陽陽、自得。陶陶、自樂之狀。皆不任憂責、全身自樂而已。君子居亂世、如是而已。
【読み】
君子陽陽[くんしようよう]
簧[ふえ]は、樂を爲すの器。房は、安息の所。苟も自ら樂を爲すは、又其の類を招いて、安息の所に由るなり。翿[とう]は、舞の持する所。自ら歌舞を爲すは、又其の侶を招いて、傲樂の道に由る。陽陽は、自得。陶陶は、自ら樂しむの狀。皆憂責に任ぜず、身を全くして自ら樂しむのみ。君子の亂世に居する、是の如きのみ。

揚之水
周人勞於戍申、而怨思諸侯有患。天子命保衛之、亦宜也。平王獨私其母家耳。非有王者保天下之心也。人怨宜也。況天子當使方伯鄰國保助之。豈當獨勞畿内之民。故周人怨諸侯之人不共戍申也。彼其之子、謂諸侯之人。申・甫・許、皆申之地名。揚之水、瀾也。淺故激力不足以流薪。興力不足也。楚・蒲益輕。言力不足愈深。
【読み】
揚之水[ようしすい]
周人申を戍[まも]るに勞して、諸侯患え有ることを怨み思う。天子命じて保んじ之を衛ること、亦宜なり。平王獨り其の母家に私するのみ。王者天下を保んずるの心有るに非ず。人の怨むること宜なり。況んや天子は當に方伯鄰國をして之を保助すべし。豈當に獨り畿内の民を勞すべけんや。故に周人諸侯の人共に申を戍らざることを怨むなり。彼の其の之の子とは、諸侯の人を謂う。申・甫・許は、皆申の地の名。揚たる之の水は、瀾なり。淺きが故に激す力以て薪を流すに足らず。力足らざるに興う。楚・蒲は益々輕し。言うこころは、力足らざること愈々深きなり。

中谷有蓷
蓷、谷中所生之物。待陰潤而後能生。故暵則乾矣。興夫婦樂歲則能相保、凶年則至相棄也。始章歎其遇艱難。次章歎其人之不善。歗、長吟也。悲恨深於歎矣。卒章笑其恩義之素薄、非由於今也。故云何嗟及矣。其怨益深也。暵其濕矣、當作隰矣。亦乾也。
【読み】
中谷有蓷[ちゅうこくゆうたい]
蓷は、谷中生ずる所の物。陰潤を待って而して後に能く生ず。故に暵[かわ]かせば則ち乾く。夫婦樂歲には則ち能く相保んじ、凶年には則ち相棄つるに至るに興う。始めの章には其の艱難に遇うことを歎ず。次の章には其の人の不善を歎ず。歗[しょう]は、長く吟ずるなり。悲しみ恨んで歎くより深し。卒わりの章には其の恩義の素より薄き、今に由るに非ざることを笑う。故に何ぞ嗟[なげ]くとも及ばんと云う。其の怨み益々深し。暵かせば其れ濕うとは、當に隰[しゅう]に作るべし。亦乾くなり。

丘中有麻
丘中、宛宛平窊之處、地之美者也。麻可衣、麥可食。宜植丘中。興賢者宜在朝、則能養於人。彼、謂不賢者、乃留於朝。子之賢反窮處而咨嗟。故思望其施施而來。次章云、彼乃留而子反歸郷國、思望其來食於朝。李者、徒能甘人之口、而不能養人之物。丘中反有李、乃比不賢之人也。佩者外飾、玖非眞玉。彼留之人所貽我者、徒文飾而無實。貽我及人者。
【読み】
丘中有麻[きゅうちゅうゆうば]
丘中は、宛宛たる平窊[へいわ]の處、地の美なる者なり。麻は衣る可く、麥は食す可し。宜しく丘中に植うべし。賢者宜しく朝に在るべく、則ち能く人を養うに興う。彼とは、不賢者、乃ち朝に留まるを謂う。子が賢反って窮處して咨嗟す。故に其の施施として來らんことを思い望むとなり。次の章に云う、彼乃ち留まりて子反って郷國に歸る、其の來りて朝に食せんことを思い望む、と。李は、徒に能く人の口を甘すれども、人を養うこと能わざるの物。丘中に反って李有りというは、乃ち不賢の人に比するなり。佩は外の飾り、玖[きゅう]は眞の玉に非ず。彼の留まる人我に貽[おく]る所の者、徒文飾にして實無しとなり。我に貽るとは人に及ぼす者なり。

緇衣 
武公父子相繼爲王司徒、善於其職。國人美其爲國君而能好善道、享服章宮室祿廪之報。緇衣、卿衣也。宜、言其稱。敝又改爲、言久其職、適其館、授之宮室、授之粲、賜之祿廪。予、謂王朝。還、更也。今人言還知・還解。若還、皆更義。還予、猶予還。旣授之居、復賜之祿也。蓆、安舒之義。服稱其德、則安舒。享此、皆善善之功也。
【読み】
緇衣[しい] 
武公父子相繼いで王の司徒と爲って、其の職を善くす。國人其の國君と爲りて能く善道を好み、服章宮室祿廪の報を享くることを美む。緇衣は、卿の衣なり。宜は、其の稱えるを言う。敝[やぶ]れば又改め爲るとは、其の職に久しく、其の館に適きて、之に宮室を授け、之に粲[さん]を授け、之に祿廪を賜うを言う。予とは、王朝を謂う。還は、更なり。今の人還知・還解と言う。還の若きは、皆更の義なり。還予は、猶予還のごとし。旣に之に居を授け、復之に祿を賜うとなり。蓆は、安舒なるの義。服其の德に稱えば、則ち安舒なり。此を享くるは、皆善の功を善してなり。

子衿
衿靑、學者之服。靑靑、舉家之辭。世亂、學校不修、學者棄業。賢者念之而悲傷。故曰、悠悠我心。縱我不可以反求於汝、謂往敎强聒也。子寧不思其所學、而繼其音問。遂爾棄絕於善道乎。世治、則庠序之敎行、有法以率之。不率敎者有至於移屛不齒。又禮義廉讓之風所漸陶、父兄朋友之義所勸督、故人莫不强於進學。及夫亂世、上不復主其敎、則無以率之、風俗雜亂浮偸、父兄所敎者趨利、朋友所習者從時。故人莫不肆情廢惰、爲自棄之人。雖有賢者、欲强之於學、亦豈能也。故悲傷之而已。佩、爲靑組綬。挑、輕躍。達、放恣。不事於學、則遨遊城闕而己。賢者念之、一日不見、如三月之久也。蓋士之於學、不可一日忘廢。一日忘之、則其志荒矣。放辟邪侈之心勝之矣。
【読み】
子衿[しきん]
衿[えり]の靑きは、學者の服。靑靑は、舉家の辭。世亂れて、學校修まらず、學者業を棄つ。賢者之を念って悲傷す。故に曰く、悠悠たる我が心、と。縱[たと]い我れ以て反って汝に求む可からずともというは、往いて敎え强いて聒[かまびす]しきを謂うなり。子寧ろ其の學ぶ所を思って、其の音問を繼がざらんや。遂に爾善道を棄て絕つや。世治まるときは、則ち庠序の敎行われて、法有って以て之に率わしむ。敎に率わざる者は移し屛[しりぞ]けて齒せざるに至ること有り。又禮義廉讓の風漸陶する所、父兄朋友の義勸督する所、故に人學に進むことを强めざるは莫し。夫の亂世に及んで、上復其の敎を主らざるときは、則ち以て之に率うこと無くして、風俗雜亂浮偸して、父兄敎うる所の者利に趨り、朋友習う所の者時に從う。故に人情を肆にして廢惰して、自ら棄つるの人と爲らざるは莫し。賢者有って、之を學に强めんと欲すと雖も、亦豈能くせんや。故に之を悲傷するのみ。佩は、靑き組綬を爲す。挑は、輕躍。達は、放恣なり。學を事とせざるときは、則ち城闕に遨遊するのみ。賢者之を念って、一日も見ざれば、三月の久しきが如しとす。蓋し士の學に於る、一日も忘れ廢す可からず。一日之を忘れば、則ち其の志荒せん。放辟邪侈の心之に勝たんとなり。

東方之日 
齊國政衰、君臣皆失道。故風俗敗壊、男女淫奔。日興君、月興臣。日月明照、則物無隱蔽、姦慝莫容、如朝廷明於上也。今君不明、故有淫奔之俗。詩人以東方之日、刺其當明而昏也。日出當明。而姝美之人在我室。所以在我室、履我卽而來也。卽、就也。謂行跡。履我跡而來奔也。月出亦當明照。而姝美之人在我門内。所以在我門内、履我發而來奔也。發、行步。履其行步而來奔也。由在上之人不明、容此姦慝也。
【読み】
東方之日[とうぼうしじつ] 
齊の國政衰えて、君臣皆道を失す。故に風俗敗壊し、男女淫奔す。日は君に興え、月は臣に興う。日月明らかに照らせば、則ち物隱し蔽うこと無く、姦慝容るること莫きこと、朝廷上に明らかなるが如し。今君明ならず、故に淫奔の俗有り。詩人東方の日を以て、其の當に明らかなるべくして昏きことを刺るなり。日出ては當に明らかなるべし。而るに姝美の人我が室に在り。所以に我が室に在れば、我を履んで卽いて來るとなり。卽は、就くなり。行跡を謂う。我が跡を履んで來り奔るとなり。月出ては亦當に明らかに照らすべし。而るに姝美の人我が門内に在り。所以に我が門内に在れば、我を履んで發して來り奔るとなり。發は、行步なり。履んで其れ行步して來り奔るとなり。上に在る人明ならざるに由って、此の姦慝を容るるとなり。

東方未明
政亂無節、動非其時、或早或暮、無常度也。挈壺氏司漏刻。而朝廷興居不時。是其職廢也。言其不能正時矣。非特刺是官也。折柳以樊圃、狂夫見之且驚躩、知其爲限也。柳、柔脆易折之物。折之以爲藩籬、非堅固也。狂夫以知其有限、見之則躩然而驚。晝夜之限、非不明也。乃不能知、而不早則晏。言無節之甚。樊、籬也。營營靑蠅、止於樊、是也。
【読み】
東方未明[とうぼうみめい]
政亂れて節無くして、動くこと其の時に非ず、或は早く或は暮[おそ]く、常度無し。挈壺氏漏刻を司る。而るに朝廷の興居時ならず。是れ其の職廢せるなり。其の時を正すこと能わざるを言う。特に是の官を刺るのみに非ず。柳を折って以て圃に樊[まがき]すれば、狂夫之を見て且つ驚躩[きょうかく]して、其の限り爲ることを知る。柳は、柔脆にして折れ易き物。之を折って以て藩籬とすれば、堅固なるに非ず。狂夫以て其の限り有ることを知って、之を見れば則ち躩然として驚く。晝夜の限りは、明らかならざるに非ず。乃ち知ること能わずして、早からざれば則ち晏[おそ]し。節無きの甚だしきを言う。樊は、籬なり。營營たる靑蠅、樊に止[い]るという、是れなり。

盧令
君荒於田獵。故百姓苦之。詩人陳古之賢君畋狩以時、百姓見則善而美之。
【読み】
盧令[ろれい]
君田獵に荒む。故に百姓之を苦しむ。詩人古の賢君畋狩[でんしゅ]時を以てして、百姓見れば則ち善して之を美むることを陳ぶ。

園有桃 
觀此詩、可見其憂深思遠矣。所刺者、不能用其民耳。不能用其民、則不能治。豈復有德敎。其致侵削可知也。國無政事則亡。故詩人憂思之深也。桃、果之賤者。園有桃、亦知其實以爲殽。興國有民雖寡、能用則治。今不能用其民。故心憂之、至歌且謠。誦詠之爲謠。不知我者、謂我驕慢、彼人如是、子曰何哉。蓋未之知也。故言、我心之憂、人莫知之。重言人不知者、不思耳。其情至深切也。棘、尤賤物、可用以食也。行國、猶駕言出游。所以寫憂。罔極、不中也。
【読み】
園有桃[えんゆうとう] 
此の詩を觀て、其の憂え深く思い遠きことを見る可し。刺る所の者は、其の民を用うること能わざるのみ。其の民を用うること能わざれば、則ち治むること能わず。豈復德敎有らんや。其の侵し削らるることを致すこと知る可し。國に政事無ければ則ち亡ぶ。故に詩人憂え思うこと深きなり。桃は、果の賤しき者。園に桃有れば、亦其の實以て殽[こう]とすることを知る。國に民有れば寡しと雖も、能く用うれば則ち治まるに興う。今其の民を用うること能わず。故に心に之を憂えて、歌って且つ謠するに至る。誦詠する之を謠とす。我を知らざる者は、謂う、我れ驕慢なり、彼の人是の如し、子が曰えるは何ぞや、と。蓋し未だ之を知らざればなり。故に言う、我が心の憂え、人之を知ること莫し、と。重ねて人知らずと言うは、思わざるのみ。其の情至って深切なり。棘は、尤も賤しき物、用って以て食す可し。國に行くとは、猶駕して言[ここ]に出て游ばんというがごとし。憂えを寫[のぞ]く所以なり。極まり罔しとは、中ならざるなり。

無衣 
武公始有晉國、而能請命天子。故詩人美之。美其所可美也。六七、衣之數。或曰、繼世之君、比受封有降。然不知六七者何物也。燠煖亦謂安耳。
【読み】
無衣[ぶい] 
武公始め晉の國を有って、能く命を天子に請う。故に詩人之を美む。其の美む可き所を美むるなり。六七は、衣の數。或るひと曰く、世を繼ぐの君、封を受くること降ること有るに比す、と。然れども六七は何物ということを知らず。燠煖[いくだん]は亦安きを謂うのみ。

葛生
此詩思存者、非悼亡者。序爲誤矣。好攻戰則多離闊之恨。葛之生託於物、蘞之生依於地。興婦人依君子。誰與、獨處
(是兩句。)、誰與乎、獨處而己。獨旦、獨處至旦也。晝夜之永時、思念之情尤切。故期於死而同、穴乃不相離也。
【読み】
葛生[かつせい]
此の詩存者を思って、亡者を悼むに非ず。序誤れりとす。攻戰を好めば則ち離闊の恨み多し。葛の生ずるは物に託[つ]き、蘞[れん]の生ずるは地に依る。婦人君子に依るに興う。誰にか與にせん、獨り處らん(是れ兩句。)とは、誰にか與にせんや、獨り處らんのみ。獨り旦[あ]かさんとは、獨り處りて旦に至らんとなり。晝夜の永き時、思念の情尤も切なり。故に死して穴を同じくして、乃ち相離れざらんことを期するなり。

采苓
首陽山生堅實之物。故以興讒誣不實之人。山者物之所生。故采必於山。苓生於山顚、苦生於下。葑蓺山陽之平地。又各其所也。興采言必於誠實之人下。因誡於信讒之人。造爲巧言、且無用信之。又重誡曰、置之置之。且無以爲然。人之造爲言者、皆讒誣不實、何所得乎。謂不得實事也。
【読み】
采苓[さいれい]
首陽山は堅實の物を生ず。故に以て讒誣不實の人に興う。山は物の生ずる所。故に采ること必ず山に於てす。苓は山の顚に生じ、苦は下に生ず。葑[ほう]は山陽の平地に蓺[う]う。又各々其の所あるなり。言を采ること必ず誠實の人の下に於てするに興う。因りて讒を信ずる人を誡む。巧言を造り爲すは、且用って之を信ずること無かれ、と。又重ねて誡めて曰く、之を置け之を置け。且以て然りとすること無かれ。人の言を造り爲す者は、皆讒誣不實、何の得る所あらんや、と。實事を得ざるを謂うなり。

蒹葭 
蒹葭、蘆葦衆多而强。草類之强者、民之象也。葭待霜而後成。猶民待禮而後治。故以興焉。蒼蒼而成白露爲霜矣。伊人猶斯人。謂人情所在。人情譬諸在水之中。順而求之則易且近、逆而求之則艱且遠。淒淒、靑蒼之閒也。未晞、未凝也。猶禮敎之未至。采采、茂盛。未己、方濃之狀。未有禮敎也。禮敎未立、則人心不服而俗亂。國何以安乎。
【読み】
蒹葭[けんか] 
蒹葭は、蘆葦衆多にして强し。草類の强き者、民の象なり。葭は霜を待って而して後に成る。猶民禮を待って而して後に治まるがごとし。故に以て興う。蒼蒼として白露霜と爲るに成るとなり。伊[か]の人とは猶斯の人のごとし。人情の在る所を謂う。人情の諸を水の中に在るに譬う。順って之を求むれば則ち易くして且つ近く、逆って之を求むれば則ち艱くして且つ遠し。淒淒は、靑蒼の閒なり。未だ晞せざるは、未だ凝らざるなり。猶禮敎の未だ至らざるがごとし。采采は、茂盛[さか]んなるなり。未だ己まざるは、方に濃なるの狀。未だ禮敎有らず。禮敎未だ立たざるときは、則ち人心服せずして俗亂る。國何を以て安からんや。

終南
終南崇高厚大、以興君位之尊。山之高大、必生美材、人君尊崇、必有令德。條梅、美材也。有令德、故宜稱顯服。又美其容貎、稱人君之位。至止、在此耳。不必自外至也。紀、稜角。堂、平寬。紀興禮法、堂興德度。山必有紀堂、君必有禮德。故宜其服、稱其位。當修其身、修其德、保其位。故曰、壽考不忘也。
【読み】
終南[しゅうなん]
終南の崇高厚大、以て君位の尊きに興う。山の高大は、必ず美材を生じ、人君の尊崇は、必ず令德有るとなり。條梅は、美材なり。令德有り、故に宜しく顯服に稱うべし。又其の容貎を美しくして、人君の位に稱うとなり。至止は、此に在るのみ。必ずしも外自り至るにあらず。紀は、稜角。堂は、平寬。紀は禮法に興え、堂は德度に興う。山は必ず紀堂有り、君は必ず禮德有り。故に其の服に宜しく、其の位に稱う。當に其の身を修め、其の德を修めて、其の位を保んずべし。故に曰く、壽考にして忘れず、と。

晨風
序言、始棄其賢臣。詩中又見其不求賢之意。鴥、飛疾貎。以晨風興君子者、取其來去之疾。人君好賢、待士有道、則賢者歸之。禮貌不至、則浩然去矣、如晨風之疾也。林木茂盛、則飛鳥所集。興朝廷有道、則賢者所就也。故人君未見君子之時、當憂心欽欽然念、恐己之有未至也。人君當如此。而如何今乃忘我之多乎。此詩主賢者見棄之意而言。故云、忘我。欽欽、不懈之意。如何如何、歎其如是也。上章言朝廷有道、則賢者歸之、下章言當念下之有賢才也。櫟、山之所有也。而有茂盛而苞者、衆人之中固有秀異者矣。隰有六駁亦然。六、見其盛多也。義亦苞聚之類。如下之有賢、則當求而用之。故於未見、則憂而靡樂。如何反忘我乎。棣檖亦然。言樹、蓋其茂大者乃成樹耳。欽欽、靡樂、如醉、淺深之次、漸言其至也。
【読み】
晨風[しんふう]
序に言う、始め其の賢臣を棄つ、と。詩中又其の賢を求めざるの意を見す。鴥[いつ]は、飛ぶこと疾き貎。晨風を以て君子に興うる者は、其の來去の疾きに取る。人君賢を好み、士を待すること道有るときは、則ち賢者之に歸す。禮貌至らざるときは、則ち浩然として去ること、晨風の疾きが如し。林木茂盛は、則ち飛鳥の集[い]る所。朝廷道有れば、則ち賢者の就く所に興う。故に人君未だ君子を見ざるの時、當に憂うる心欽欽然として念うべし、恐れらくは己が未だ至らざること有らんことを。人君當に此の如くなるべし。而るに如何ぞ今乃ち我を忘るることの多きや。此の詩は賢者棄てらるるの意を主として言う。故に云く、我を忘る、と。欽欽は、懈らざるの意。如何ぞ如何ぞとは、其の是の如くなるを歎ずるなり。上の章は朝廷道有れば、則ち賢者之に歸することを言い、下の章は當に下の賢才有ることを念うべきことを言うなり。櫟は、山の有る所。而して茂盛にして苞[しげ]る者有るは、衆人の中固に秀異なる者有るなり。隰[さわ]に六駁有るも亦然り。六は、其の盛んに多きを見すなり。義も亦苞り聚まるの類。如し下に之れ賢有るときは、則ち當に求めて之を用うべし。故に未だ見ざるに於ては、則ち憂えて樂しむこと靡[な]し。如何ぞ反って我を忘るるや。棣[てい]檖[すい]も亦然り。言うこころは、樹、蓋し其の茂大なる者乃ち樹と成るのみ。欽欽たり、樂しむこと靡し、醉えるが如しとは、淺深の次、漸く其の至ることを言うなり。

無衣
不與民同欲、故民疾上之爲。詩人言爲君當與民同欲也。能同袍、則雖寒不怨矣。若推同袍之恩、則民亦同上之欲。王于興師、謂若以王道興兵、則百姓皆修其戈矛、與之同仇矣。澤、猶今謂汗衫之類。
【読み】
無衣[ぶい]
民と欲を同じくせざる、故に民上の爲[しわざ]を疾む。詩人君と爲らば當に民と欲を同じくすべきことを言う。能く袍を同じくすれば、則ち寒しと雖も怨みず。若し同袍の恩を推すときは、則ち民も亦上の欲に同じ。王于[ここ]に師を興すとは、謂うこころは、若し王道を以て兵を興さば、則ち百姓皆其の戈矛を修めて、之と仇を同じくせんとなり。澤は、猶今の謂ゆる汗衫[かんさん]の類のごとし。

墓門
人情不修治、則邪惡生、猶道路不修治、則荊棘生。故以興焉。墓門、墓道之門也。有荆棘、則當以斧斤開析之。他才不善、宜得賢師良傅以道義輔正之。今夫也不良、衆皆知之、而不去之。自昔誰如是乎。此追咎自他幼小、不擇師傅、致成其惡。誰昔然矣、猶云從來誰如是乎。前章言有棘、言他之不善。後章言有梅、深咎輔道之使然。梅、美木。雖美木生墓門荊棘荒蕪之處、則惡鳥萃矣。雖有良心善性、與不善人處、則惡歸矣。夫也不良、詩人作詩以告責之。告責之而不我顧、必待顚沛、當思我言。
【読み】
墓門[ぼもん]
人情修治せざれば、則ち邪惡生ずること、猶道路修治せざれば、則ち荊棘生ずるがごとし。故に以て興う。墓門は、墓道の門なり。荆棘有らば、則ち當に斧斤を以て之を開き析[さ]くべし。他[かれ]才かに不善ならば、宜しく賢師良傅を得て道義を以て之を輔正せしむべし。今夫や良ならず、衆皆之を知れども、而れども之を去らず。昔自り誰か是の如くなるや。此れ他幼小自り、師傅を擇ばずして、其の惡を成すことを致すことを追い咎むるなり。誰か昔より然るとは、猶從來誰か是の如きやと云うがごとし。前の章に棘有りと言うは、他の不善なるを言うなり。後の章に梅有りと言うは、深く輔道の然らしむることを咎むるなり。梅は、美木。美木と雖も墓門荊棘荒蕪の處に生ずるときは、則ち惡鳥萃[あつ]まる。良心善性有りと雖も、不善人と處するときは、則ち惡に歸す。夫や良ならず、詩人詩を作って以て之に告げ責む。之に告げ責むれども我を顧みず、必ず顚沛を待って、當に我が言を思うべしとなり。

防有鵲巢
起土爲防壟、以爲疆場之限、上植以木。於是鵲往巢焉。有叢林之蔽翳、則鵲巢之。興人心有敝昏、則讒誣者至。卭、丘也。謂丘原廣平之處、則有苕生之。美草。興人心高明平夷、則來善言。侜謂譸張。迂迴誣罔人者、必迂曲以致其惡。予美、心所賢者。憂讒誣賢善也。中唐、窊下之地、瓦礫所聚也。興處汙則不善者從焉。鷊、文草也。旨、言美也。惕惕、懼也。
【読み】
防有鵲巢[ぼうゆうじゃくそう]
土を起こして防壟と爲して、以て疆場の限りとし、上に植うるに木を以てす。是に於て鵲往いて巢くう。叢林の蔽翳有れば、則ち鵲之に巢くう。人心敝昏有れば、則ち讒誣の者至るに興う。卭[きょう]は、丘なり。謂ゆる丘原廣平の處には、則ち苕[ちょう]有りて之に生ず。美草なり。人心高明平夷なれば、則ち善言を來すに興う。侜[ちゅう]は譸[だま]し張るを謂う。迂迴して人を誣い罔[し]うる者は、必ず迂曲して以て其の惡を致す。予が美するとは、心の賢とする所の者なり。賢善を讒[そし]り誣うるを憂うるなり。中唐は、窊[わ]下の地、瓦礫の聚まる所なり。汙に處れば則ち不善の者從うに興う。鷊[げき]は、文草なり。旨は、美なるを言う。惕惕は、懼るるなり。

匪風 
亂極思治、人情所然。風者天之動、以興上政。車者人所爲。以興民俗。天氣順則風時、上德修則政舉。法制備則車成、政敎衰則民僻。故以興上下焉。匪風不和之風、匪車無法之車。發、迅烈。偈、軒輊不定。顧瞻、盼戀思而傷怛也。飄、回旋。嘌、輕搖。弔、傷憫。魚、美好之物、人所欲。興善政人所思。誰能烹魚以食人。人將喜而助之。誰能歸從周之道。人將樂而與之。懷、相要結也。好音、和聲。喜樂相從也。
【読み】
匪風[ひふう] 
亂極まって治を思うは、人情の然る所。風は天の動、以て上の政に興う。車は人の爲る所。以て民俗に興う。天氣順なれば則ち風時ない、上德の修まれば則ち政舉ぐ。法制備われば則ち車成り、政敎衰うれば則ち民僻す。故に以て上下に興う。風和せざるの風に匪ず、車無法の車に匪ず。發は、迅烈。偈[けつ]は、軒輊定まらざるなり。顧み瞻るとは、盼[かえり]みて戀い思って傷怛するなり。飄は、回り旋るなり。嘌[ひょう]は、輕く搖れるなり。弔は、傷憫なり。魚は、美好の物、人の欲する所なり。善政は人の思う所に興う。誰か能く魚を烹て以て人に食わせしめん。人將に喜んで之を助けん。誰か能く周の道に歸し從わん。人將に樂しんで之に與せんとなり。懷は、相要結するなり。好音は、和聲。喜び樂しんで相從うなり。

蜉蝣 曹
蜉蝣朝生而暮死。以興國將亡、不能久也。蜉蝣之羽、羽、翅稍、猶曹君之奢靡、衣裳楚楚然鮮美。胡能久乎。故憂其安所歸處也。翼、翅也。采采、華飾。息、止息。掘閱、升騰游翔之狀。如雪、潔白。(說、稅也)。經文說駕皆用說字。憩也。亦有悅義。故通用。
【読み】
蜉蝣[ふゆう] 曹
蜉蝣は朝に生じて暮に死す。以て國將に亡びんとして、久しきこと能わざるに興う。蜉蝣の羽とは、羽は、翅の稍、猶曹の君の奢靡、衣裳楚楚然として鮮美なるがごとし。胡ぞ能く久しからんや。故に其の安んぞ歸處する所あらんことを憂うるなり。翼は、翅なり。采采は、華飾。息は、止息。掘閱は、升騰游翔の狀。雪の如しとは、潔白なるなり。(說は、稅なり)。經文に駕を說[と]くを皆說の字を用う。憩うなり。亦悅の義有り。故に通用す。

候人
共公遠君子而好近小人、則所用多小人、其進者非一也。獨取候人而言者、蓋時用者、其微有自候人而升者。故取其甚者而言耳。彼候人者、使荷戈祋以守疆場、乃其宜也。如彼之人、乃使服大夫之服、又至於三百之多。所以刺也。三百、言其多爾。如三百廛、三百囷。曹國之小、豈容有三百之多。左傳乘軒者三百人、蓋因此詩也。鵜乃在梁、不濡而食、興無功受祿、不稱其服章之美、待遇之禮。遂、稱也。卒章興小人之無所取。薈蔚、草木之盛、鬱茂之狀。朝隮乎南山者、以草木之盛有所取也。饑渇乎季女者、謂其有婉孌之容也。今小人無德義可取、何爲而近乎。
【読み】
候人[こうじん]
共公君子を遠ざけて好んで小人を近づくるは、則ち用うる所多くは小人、其の進む者一に非ざるなり。獨り候人を取って言う者は、蓋し時に用いらるる者、其の微なるは候人自りして升る者有り。故に其の甚だしき者を取って言うのみ。彼の候人は、戈祋[かたい]を荷って以て疆場を守らしむること、乃ち其の宜しきなり。彼が如きの人、乃ち大夫の服を服せしめ、又三百の多きに至る。刺る所以なり。三百は、其の多きを言うのみ。三百廛[てん]、三百囷[きん]の如し。曹國の小さき、豈三百の多きこと有る容けんや。左傳に軒に乘る者三百人というは、蓋し此の詩に因れり。鵜乃ち梁に在り、濡らさずして食むは、功無くして祿を受け、其の服章の美、待遇の禮に稱わざるに興う。遂は、稱うなり。卒わりの章は小人の取る所無きに興う。薈蔚[わいい]は、草木の盛んに、鬱茂するの狀。南山に朝に隮[のぼ]る者は、草木の盛んにして取る所有るを以てなり。季女に饑渇する者は、謂ゆる其の婉孌の容有ればなり。今小人德義の取る可き無き、何の爲にして近づくるやとなり。

下泉
泉之潤物、猶政令膏澤之及人。泉寒冽、則不能潤物、在下則不能及物、浸漬則害物。苞、叢生之茂者。乃反害之、是皆不得其所也。稂・蕭・蓍、皆下澤所生。愾然旣寤而歎、念周道之衰也。所謂思明王之詩也。其卒也、又傷無賢伯以糾率之。故致如是。芃芃然盛之黍苗、蓋陰雨膏澤使然。四方諸侯能勤王事、由郇伯勞免之故也。郇伯、古方伯之有功者。
【読み】
下泉[かせん]
泉の物を潤すは、猶政令膏澤の人に及ぼすがごとし。泉寒冽なれば、則ち物を潤すこと能わず、下に在れば則ち物に及ぼすこと能わず、浸漬すれば則ち物を害す。苞[ほう]は、叢生の茂れる者。乃ち反って之を害するは、是れ皆其の所を得ざればなり。稂[ろう]・蕭[しょう]・蓍[し]は、皆下澤の生ずる所。愾[がい]然として旣に寤めて歎くは、周の道の衰えたるを念ってなり。所謂明王を思うの詩なり。其の卒わりは、又賢伯以て之を糾し率いること無し。故に是の如くなることを致すことを傷む。芃芃[ぼうぼう]然として盛んなる黍の苗は、蓋し陰雨の膏澤然らしむ。四方の諸侯能く王事を勤むるは、郇伯[しゅんはく]勞免するの故に由るとなり。郇伯は、古の方伯の功有る者。

豳七月
周公爲此詩、欲成王知先公先王致王業之由、民之勞力趨時、稼穡之艱難如此。大火流下、歲過中而行暮矣。當有卒歲之具、禦冬之備。故以七月流火爲首章也。一、一陽之月也。一之日、猶云冬之日、夏之日也。同我婦子、我婦子同來致餉也。盡室從事耕作、農官至而喜之也。春日遲遲、采蘩祈祈、女心傷悲、殆及公子同歸、再云春日遲遲
(上已云春日載陽。)、此道人情之感時也。女心之感、不由(缺一字。)而由遲遲。故重言之。蘩之用、云生蠶。正義云、今亦用之。應是也。祈祈、衆多(祈祈如雲。)。女勤力蠶事、勞且傷悲也。蓋所以爲衣裝之備。庶幾得如富貴之子、及時而行也。○八月萑葦、亦蠶備也。蠶月條桑、當蠶長之月也。計歲氣之早晩、不可指定幾月也。言蠶長之月、當枝落桑、則用斧斨。亦預備其器具也。伐遠揚以猗女桑、皆用斨斧。我朱孔陽、言染爲玄黃之色。我特致功於朱使鮮明、蓋所以供公上爲公子之衣裳故也。爲公子裘、獻豣於公、皆此義也。民之知義如此、則美俗成矣。○其同、謂會聚共事也。纘、繼續之義、謂修肄也。後我稼旣同、謂收聚也。斯螽・莎雞・蟋蟀、說者雖爲三物、然考詩意、恐是一物、隨時異名耳。動股始躍、振羽翅成穹窒(東山中已解。)。嗟我婦子、嘆其勤勞歲事旣終、又復爲改歲之事、歲暮入居室也。自六月食鬱及薁己下、果蔬棗酒、皆爲養老之具。七月食瓜己下、皆爲壯者之食。故云、食我農夫。○諸種皆入、農事畢矣。故嘆我農夫之勤勞、又復執宮功也。上入、遷入都邑之居也。乘屋、蓋治也。綯、所用蓋屋。鑿氷必在歲末、而藏之須待春至。故云三之日納於凌陰。藏氷所以備暑、而開氷必以仲春、所以順時氣也。其蚤用之於獻羔祭韭時、夏頒氷、是其後用時也。朋酒斯饗、歲功旣畢、朋聚以饗其樂。殺羔羊、謂盛禮。公堂、公爲衆人會集之所、郷校是也。稱兕觥、祝觴之辭。民相與爲樂、祝以壽考也。此詩多陳節物、大要言歲序之遷、人事當及時耳。所言或與月令異者、月令多舉其始、此但言其有時。不必始有也。
【読み】
豳七月[ひんしちげつ]
周公の此の詩を爲る、成王が先公先王王業を致すの由、民の力を勞し時に趨いて、稼穡の艱難此の如くなることを知らんことを欲してなり。大火流れ下るは、歲中を過ぎて暮に行くなり。當に歲を卒えるの具、冬を禦ぐの備え有るべし。故に七月流[くだ]れる火を以て首章とするなり。一とは、一陽の月なり。一の日とは、猶冬の日、夏の日と云うがごとし。我が婦子と同じくとは、我が婦子同じく來りて餉[かれいい]を致すとなり。室を盡[こぞ]って事に耕作に從って、農官至って之を喜ぶとなり。春の日遲遲たり、蘩[はん]を采ること祈祈[きき]たり、女の心傷み悲しむ、殆ど公子と同じく歸らんとは、再び春の日遲遲たりと云うは(上に已に春の日載[はじ]めて陽[あたた]かなりと云う。)、此れ人情の時を感ずるを道うなり。女の心の感ずる、(一字を缺[か]く。)に由らずして遲遲に由る。故に重ねて之を言う。蘩の用は、蠶を生ずるを云う。正義に云い今亦之を用う。應に是なるべし。祈祈は、衆多なり(祈祈たること雲の如し。)。女蠶事を勤め力めて、勞して且傷み悲しむ。蓋し衣裝の備えとする所以なり。庶幾わくは富貴の子の、時に及んで行うが如くなることを得んとなり。○八月萑葦[かんい]とるも、亦蠶の備えなり。蠶月に條ながら桑とるは、蠶長ずるの月に當たればなり。歲氣の早晩を計るに、幾月と指し定む可からず。言うこころは、蠶長ずるの月、當に枝ながら桑を落とすべきときは、則ち斧斨[ふしょう]を用う。亦預め其の器具を備うるなり。遠く揚がれるを伐って以て女[ちい]さき桑を猗[い]するは、皆斨斧を用う。我が朱孔[はなは]だ陽[あき]らかなりとは、染めて玄黃の色を爲すを言う。我れ特に功を朱に致して鮮明ならしむるは、蓋し公上に供し公子の衣裳を爲る所以の故なり。公子の裘を爲り、豣[けん]を公に獻るというは、皆此の義なり。民の義を知ること此の如きときは、則ち美俗成る。○其れ同[とも]にすとは、謂ゆる會聚して事を共にするなり。纘[さん]は、繼續の義、修め肄[なら]うを謂うなり。後の我が稼旣に同[あつ]まるというは、收め聚まるを謂うなり。斯螽[しちゅう]・莎雞[さけい]・蟋蟀[しっしゅつ]は、說く者三物とすと雖も、然れども詩の意を考うるに、恐らくは是れ一物、時に隨いて名を異にするのみ。股を動かして始めて躍り、羽翅を振って穹[あな]窒ぐことを成すなり(東山の中に已に解けり。)。嗟我が婦子とは、其の歲事を勤勞すること旣に終わって、又復改歲の事を爲して、歲暮に入って室に居することを嘆ずるなり。六月鬱と薁[いく]とを食うという自り己下は、果蔬棗酒は、皆養老の具爲り。七月瓜を食うより己下は、皆壯者の食爲り。故に云く、我が農夫を食[やしな]う、と。○諸種皆入って、農事畢う。故に我農夫の勤勞を嘆じて、又復宮功を執るというなり。上に入れるは、都邑の居に遷し入れるなり。屋に乘[のぼ]るとは、蓋い治むるなり。綯[とう]は、屋を蓋うに用うる所。氷を鑿つは必ず歲末に在って、之を藏めて須く春至るを待つべし。故に三の日凌陰に納むと云う。氷を藏むるは暑に備うる所以にして、氷を開くに必ず仲春を以てするは、時氣に順う所以なり。其れ蚤[つと]に之を羔を獻り韭[きゅう]を祭る時に用い、夏氷を頒かつは、是れ其の後用うる時なり。朋酒斯れ饗すとは、歲功旣に畢わって、朋聚まって以て其の樂に饗するなり。羔羊を殺すとは、盛禮を謂う。公堂は、公衆人會集を爲す所、郷校是れなり。兕觥[じこう]を稱[あ]ぐとは、觴を祝するの辭。民相與に樂を爲して、祝するに壽考を以てするなり。此の詩多くは節物を陳べ、大要は歲序の遷、人事當に時に及ぶべきことを言うのみ。言う所或は月令と異なる者は、月令は多くは其の始めを舉げ、此は但其の時有るを言う。必ずしも始めに有らざるなり。

鴟鴞
管・蔡流言及叛是亂也。成王幼而未知周公之志、公爲此詩、告以王業艱難、不忍其毀壊之意、以悟王心。此周公出征救亂之心、作詩之志也。此詩章句不完。莫可究其全體。據所存而言之可也。鴟鴞、惡鳥、呼而謂之。爾旣取我子矣、無更毀壊我室。鴟鴞喩爲惡者、子喩管・蔡、室喩王室。管・蔡骨肉、而與之爲亂。是旣取我子矣。毋更毀壞我王室也。恩斯、謂情愛。勤斯、謂篤厚。以骨肉情愛之心、篤厚之意、養鬻
(育字通用。)子之道、可憫惻也。今乃取之、其毒甚矣。此皆謂鴟鴞之言、不知謂之者主何物也。迨天之未陰雨而下、言自爲安固閑防之道、深至如此。而尙或侮之。興禽出而謂曰、汝下民、義不安。拮据、持捋貎。捋荼、披折貎。疑其義然。蓄租、積取也。卒瘏、致病也。所以如是勞苦、以未有室家也。興成王業之艱。予羽尾殘敝、然後成室。翹翹然高壯貎。旣其成就之勞如此。故爲風雨漂搖、則其聲憂懼。此周公之詩、所以辭哀而意切也。
【読み】
鴟鴞[しきょう]
管・蔡流言し及び叛くは是れ亂なり。成王幼にして未だ周公の志を知らず、公此の詩を爲って、告ぐるに王業の艱難、其の毀壊に忍びざるの意を以てして、以て王の心を悟らしむ。此れ周公出征して亂を救うの心、詩を作るの志なり。此の詩章句完からず。其の全體を究む可き莫し。存する所に據って之を言って可なり。鴟鴞は、惡鳥、呼んで之を謂う。爾旣に我が子を取る、更に我が室を毀壊すること無かれ、と。鴟鴞は惡を爲す者に喩え、子は管・蔡に喩え、室は王室に喩う。管・蔡骨肉にして、之と亂を爲す。是れ旣に我が子を取るなり。更に我が王室を毀壞すること毋かれとなり。斯を恩[いとおし]むとは、情愛を謂う。斯を勤[あつ]くすとは、篤厚を謂う。骨肉情愛の心、篤厚の意を以て、子を養鬻[よういく](育の字通用す。)するの道、憫惻す可し。今乃ち之を取る、其の毒甚だしとなり。此れ皆鴟鴞に謂う言、之を謂う者は何物を主とすということを知らず。天の未だ陰雨せざるに迨[およ]んでというより下は、自ら安固閑防を爲す道、深く至ること此の如し。而るに尙或は之を侮ることを言う。禽出て謂うに興えて曰く、汝下民、義安からず、と。拮据は、持ち捋[と]る貎。荼[と]を捋るとは、披[さ]き折る貎。疑うらくは其の義然らん。蓄租とは、積み取るなり。卒瘏[と]は、病を致すなり。是の如く勞苦する所以は、未だ室家有らざるを以てなり。王業を成すの艱きに興う。予が羽尾殘敝して、然して後に室を成す。翹翹[ぎょうぎょう]然は高く壯んなる貎。旣に其の成就するの勞此の如し。故に風雨の爲に漂搖せらるれば、則ち其の聲憂え懼る。此れ周公の詩、辭哀れんで意切なる所以なり。

東山
完、言其完師而歸、無死亡之患也。思、謂念其勤勞、思其廬室荒廢也。東山、所征之地、淮夷也。慆慆、紛紛不窮之狀。言其久也。陰雨則行役尤苦、濛濛之時、羇旅愁慘。我在東而念歸則西悲、謂懷西而悲也。制彼裳衣、治歸裝也。士、事也
(孔悝鼎銘曰作率慶士。)。枚、歷也(枚卜之枚。)。勿事行枚、言當歸也。蠋卷在葉中居、如士卒之獨處、自保其身、敦然獨宿於車下也。烝、上比也。猶云升也。蠋在葉中、故云烝在桑野。其在外之久、往來之勞、每章重言、見其感念之深。丁夫于役、田事廢、室廬遂荒。果臝己下是也。在彼思念其如此。町畽、廬傍畦壠、爲麋鹿之場也。不可以荒毀爲畏、當以爲懷也。此言與勿士行枚、皆人情之正當然、有自勉之意。垤、丘垤也。有陰雨之候、則婦思念其勞而悲嘆、又計其行之久、念其將至。我征聿至、謂我之行者其遂至也。穹窒、竄穴。穹、空也。窒、所壅土也。念其將至而灑●(注)(甫問切)、復恨其留繫之久。見其思望之情切也。有敦、圓成之狀。瓜苦、瓜之苦者、延蔓栗薪之上。栗薪、堅木。以其苦、人所不取、常在其所施於堅木。言繫之固、以比君子于役、久留滯不還。言如苦瓜而繫堅木也。自我不見、今三年矣。四章言歸、而及時成婚姻之禮。人情之所樂也。倉庚之羽鮮明、婚姻之時也。嫁女之歸、其馬皇駁、有文彩也。親結其縭、女之親結之。九十其儀、儀之多也。其歸而成新昏且甚嘉。其舊昏相見之歡、當如何也。
【読み】
東山[とうざん]
完は、其の師を完くして歸って、死亡の患え無きを言う。思は、其の勤勞を念うを謂い、其の廬室荒廢するを思うなり。東山は、征する所の地、淮夷なり。慆慆[とうとう]は、紛紛として窮まらざるの狀。其の久しきを言う。陰雨に則ち役に行けば尤も苦しむ、濛濛の時、羇旅愁慘することを。我れ東に在りて歸らんことを念えば則ち西悲しみありとは、西を懷って悲しむを謂うなり。彼の裳衣を制すとは、歸裝を治むるなり。士は、事なり(孔悝の鼎の銘に曰く、作[た]ちて慶士に率う、と。)。枚は、歷[あまね]くなり(枚卜の枚。)。行枚を事とすること勿かれとは、當に歸らんとすべきことを言うなり。蠋[しょく]は葉中に卷在して居ること、士卒の獨り處して、自ら其の身を保って、敦然[たいぜん]として車の下に獨り宿するが如しとなり。烝は、上の比[たぐい]なり。猶升ると云うがごとし。蠋は葉の中に在り、故に烝して桑野に在りと云う。其の外に在ることの久しき、往來の勞せる、每章重ねて言いて、其の感念の深きことを見す。丁夫役に于[ゆ]けば、田事廢し、室廬遂に荒る。果臝[から]己下是れなり。彼に在って思い念うこと其れ此の如し。町畽[ていたん]は、廬傍の畦壠[けいろう]、麋鹿[びろく]の場と爲る。荒毀を以て畏るることを爲す可からず、當に以て懷うことを爲すべし。此の言行枚を士[こと]とすること勿かれと、皆人情の正しき當に然るべく、自ら勉むるの意有り。垤は、丘垤なり。陰雨の候有れば、則ち婦其の勞を思い念って悲嘆し、又其の行くことの久しきことを計って、其の將に至らんとすることを念う。我れ征きて聿[つい]に至るとは、我が行く者其れ遂に至ることを謂うなり。穹窒とは、竄穴なり。穹は、空なり。窒は、土を壅ぐ所。其の將に至らんとするを念って灑●(注)(甫問切)し、復其の留繫の久しきを恨む。其の思い望むの情切なることを見すなり。敦たる有りとは、圓成の狀。瓜の苦きとは、瓜の苦き者、栗薪の上に延蔓するなり。栗薪は、堅木。其の苦きを以て、人の取らざる所、常に其の堅木に施する所に在り。之を固きに繫かるを言いて、以て君子役に于きて、久しく留滯して還らざるに比す。言うこころは、苦瓜にして堅木に繫かるが如し。我が見ざりし自り、今三年となり。四章は歸って、時に及んで婚姻の禮を成すことを言う。人情の樂しむ所なり。倉庚の羽鮮明なるは、婚姻の時なり。女を嫁するの歸、其の馬皇駁たりとは、文彩有るなり。親其の縭[り]を結ぶとは、女の親之を結べるなり。其の儀を九十にすとは、儀の多きなり。其の歸って新昏を成すも且甚だ嘉す。其の舊昏相見るの歡、當に如何にすべきとなり。
(注)●は手偏に弃。辞書に拌の俗字とある。詩経本文は埽の字。

破斧
是詩也、周大夫刺朝廷之不知周公也。而云惡四國。四國爲亂、何足云惡也。斧也、斨也、以及錡銶、皆人之所用。建國封親、制典禮、立政刑、皆爲天下之用。猶人之有器用也。故以斧爲興。言旣破毀我斧、又將缺我斨矣
(斨方孔而大者。)。商・奄始率管・蔡爲流言、遂以叛、將益動天下、以傷壊王業。惡日以滋、當速誅也。周公所以東征、四國是皇也(皇釋言匡正也。)。周公之心、勤勞王家如是。可哀也。其德亦甚大矣。將、大也。我人、猶云我公也。云斯人可哀、迫切之辭。錡、斧屬。言益將有害。訛與吪同、動也。或寢或吪、振動於四國、爲是四國之亂振動。恐其益亂天下。嘉、善也。銶、不知何物、要之器之大於錡者。遒、逕急也。加切於訛。休、美也。哀周公之忠勤、謂之甚美、所以刺朝廷之不知也。豳詩、七月陳王業、鴟鴞遺王、東山言東征、破斧・伐柯・九罭皆刺朝廷之不知周公。於刺也、復有淺深之異、觀詩可見。狼跋、美不失其聖。
【読み】
破斧[はふ]
是の詩は、周の大夫朝廷の周公を知らざることを刺るなり。而して四國を惡むと云う。四國亂を爲す、何ぞ惡むと云うに足らんや。斧や、斨[しょう]より、以て錡銶[ききゅう]に及ぶまで、皆人の用うる所。國を建つること親を封じ、典禮を制し、政刑を立つるは、皆天下の用爲り。猶人の器用有るがごとし。故に斧を以て興えとす。言うこころは、旣に我が斧を破毀し、又將に我が斨を缺かんとす(斨は方孔にして大なる者。)。商・奄始めて管・蔡を率いて流言を爲さしめ、遂に以て叛いて、將に益々天下を動かして、以て王業を傷り壊らんとす。惡日に以て滋く、當に速やかに誅すべし。周公所以に東征して、四國是れ皇[ただ]すとなり(皇は釋言に匡正、と。)。周公の心、王家を勤勞すること是の如し。哀れむ可し。其の德も亦甚だ大なりとなり。將は、大なり。我が人とは、猶我が公と云うがごとし。斯の人哀れむ可しと云うは、迫切の辭。錡は、斧の屬。言うこころは、益々將に害有らんとするなり。訛は吪[か]と同じ、動くなり。或は寢或は吪して、四國を振動して、是の四國の亂振動することをす。恐らくは其の益々天下を亂さんとなり。嘉は、善きなり。銶は、何物ということを知らず、之を要するに器の錡より大なる者ならん。遒[しゅう]は、逕急なり。加[ます]々訛より切なり。休は、美なり。周公の忠勤を哀れんで、之を甚だ美しと謂うは、朝廷の知らざることを刺る所以なり。豳の詩、七月は王業を陳べ、鴟鴞は王に遺り、東山は東征を言い、破斧・伐柯・九罭は皆朝廷の周公を知らざることを刺る。刺るに於て、復淺深の異なり有り、詩を觀て見る可し。狼跋は、其の聖を失わざるを美す。

伐柯
破斧言周公之忠勤、憂四國之亂天下。征之之急、如此伐柯。乃旣得罪人之後、周公遲留未歸、士大夫刺朝廷之不知所以還周公之道。斧也、柯也、二物合而後成用。故以興君臣夫婦之合。伐柯、匪斧則不能。娶妻、匪媒則不成、言各有其道。今欲周公之歸、亦必有其道也。二章言其道。伐柯、其取則不遠、所執而伐者乃柯也。以之爲則則是矣。今欲反周公、取則於周公可也。周公者、動必以禮者也。亦當以禮致之、則周公可得而覯見也。故云、我欲覯見之子、惟以禮乃可。籩豆、禮器、所以行禮。語云、俎豆之事。籩豆有踐、謂禮儀是用也。
【読み】
伐柯[ばっか]
破斧には周公の忠勤、四國の天下を亂ることを憂うることを言う。之を征することの急なること、此の柯を伐るが如し。乃ち旣に罪人を得るの後、周公遲留して未だ歸らず、士大夫朝廷の周公を還す所以の道を知らざることを刺る。斧や、柯や、二物合わせて而して後に用を成す。故に以て君臣夫婦の合うに興う。柯を伐ること、斧に匪ざれば則ち能わず。妻を娶ること、媒に匪ざれば則ち成らずとは、言うこころは、各々其の道有るなり。今周公の歸るを欲せば、亦必ず其の道有らんとなり。二章は其の道を言う。柯を伐るに、其の則を取ること遠からず、執って伐る所の者は乃ち柯なり。之を以て則とするは則ち是なり。今周公を反さんと欲せば、則を周公に取って可なり。周公は、動くに必ず禮を以てする者なり。亦當に禮を以て之を致さば、則ち周公得て覯[あ]い見ゆ可しとなり。故に云く、我れ之の子に覯い見えんと欲せば、惟禮を以て乃ち可なり、と。籩豆は、禮の器、禮を行う所以。語に云く、俎豆の事、と。籩豆踐たる有りとは、禮儀是れ用うることを謂うなり。

九罭
周公爲詩遺王、王未知周公之志。故公居東未反。士大夫始刺朝廷不知反周公之道
(伐柯是也。)。旣又思之切、刺之深、責在朝廷之人不速還公也。九罭、網之固密者也。鱒魴、魚之美者(詩云必河之魴。)。九罭之網、則得鱒魴之魚。用隆厚之禮、則得聖賢。我欲覯之子、當用上公之禮服往逆之。二章言公之不得其所也。鴻飛、戾天者也。今乃遵渚、言不得其所。公旣征而歸、則未得其所。蓋朝廷未以師保重禮往逆也。使公不得所於外、於汝信安處也矣。深責在朝廷之人也。宿、安息也。不復、謂未還舊職。四章祈反周公誠切之意。是以、猶所以。朝廷所以有袞衣之章、用尊禮聖賢。無以用也。無以是服逆我公歸來、無使士民之心悲思望公也。
【読み】
九罭[きゅうよく]
周公詩を爲って王に遺れども、王未だ周公の志を知らず。故に公東に居して未だ反らず。士大夫始めて朝廷の周公を反す道を知らざることを刺る(伐柯是れなり。)。旣に又之を思うこと切に、之を刺ること深くして、責め朝廷の人速やかに公を還さざるに在り。九罭は、網の固密なる者なり。鱒魴は、魚の美なる者(詩に必ず河の魴と云う。)。九罭の網は、則ち鱒魴の魚を得る。隆厚の禮を用うれば、則ち聖賢を得。我れ之の子に覯[あ]わんと欲すれば、當に上公の禮服を用いて往いて之を逆うべし。二章は公の其の所を得ざることを言う。鴻は飛んで、天に戾[いた]る者なり。今乃ち渚に遵うは、言うこころは、其の所を得ざるなり。公旣に征して歸るときは、則ち未だ其の所を得ず。蓋し朝廷未だ師保の重禮を以て往いて逆えざればなり。公をして所を外に得ざらしむ、汝に於て信安して處するとなり。深く責め朝廷の人に在るなり。宿は、安息なり。復せずとは、未だ舊職に還らざるを謂う。四章は周公を反さんことを祈って誠切なるの意。是を以てとは、猶所以にというがごとし。朝廷所以に袞衣の章有りて、聖賢を尊禮するに用う。以て用うること無し。是の服を以て我が公を逆えて歸り來ること無くんば、士民の心をして悲しみ思って公を望ましむること無けんとなり。

狼跋
周公攝政、居危疑之地、雖成王不知、四國流言、終不能損其聖德者、以其忠誠在於王家、無貪欲之私心也。狼、獸之貪者。猛於求欲。故檻於機穽、羅縶前跋後疐、進退困險。詩人取之以言、夫狼之所以致禍難危困如是者、以其有貪欲故也。若周公者、至公不私、進退以道、無利欲之蔽、以謙退自處、不有其尊、不矜其德。故雖在危疑之地、安步舒泰、赤舄几几然也。碩、大也。謂崇大之位。膚、美也。謂盛美之德。孫者、避而不居也。其謙遜不以崇高聖智自處。所以天下稱聖、處危而安也。几、安義。几之立名取其義也。此大舜所謂汝惟不矜、天下莫與汝爭能、汝惟不伐、天下莫與汝爭功也。使周公有貪欲崇高得名之心、其能得天下之與如是乎。唯其處己也夔夔然有恭畏之心、存誠也蕩蕩焉無顧慮之意。所以不失其聖、德音所以不瑕也。先儒以狼跋疐不失其猛、興周公不失其聖。不失其猛、奚若虎豹、胡獨取狼也。古之詩人、比興以類也。是以香草譬君子、惡鳥譬小人。豈有以豺狼興聖人乎。且上二句言跋言疐、實有几几不瑕之義。但此詩體與他詩不類。故不通耳。此詩在六義比。
【読み】
狼跋[ろうばつ]
周公政を攝して、危疑の地に居して、成王知らず、四國流言すと雖も、終に其の聖德を損すること能わざる者は、其の忠誠王家に在って、貪欲の私心無きを以てなり。狼は、獸の貪なる者。欲を求むるに猛なり。故に機穽[きせい]に檻して、羅縶[らちゅう]して前に跋[ふ]み後に疐[つまづ]いて、進退困險す。詩人之を取りて以て言う、夫の狼の禍難危困を致すこと是の如くなる所以は、其の貪欲有るを以ての故なり。周公の若きは、至公にして私あらず、進退道を以てして、利欲の蔽無く、謙退を以て自ら處して、其の尊きを有せず、其の德を矜[ほこ]らず。故に危疑の地に在りと雖も、安步舒泰にして、赤舄[せき]几几然たるなり、と。碩は、大なり。崇大の位を謂う。膚は、美なり。盛美の德を謂う。孫は、避けて居らざるなり。其の謙遜崇高聖智を以て自ら處せず。所以に天下聖と稱して、危うきに處して安きなり。几は、安きの義。几の名を立つる、其の義を取れり。此れ大舜の所謂汝惟れ矜らずとも、天下汝と能を爭うもの莫し、汝惟れ伐[ほこ]らずとも、天下汝と功を爭うもの莫しなり。周公をして貪欲崇高名を得るの心有らしめば、其れ能く天下の與すること是の如くなることを得んや。唯其の己を處すること夔夔[きき]然として恭み畏るるの心有り、誠を存すること蕩蕩焉として顧み慮るの意無し。所以に其の聖を失せずして、德音瑕あらざる所以なり。先儒狼跋み疐くを以て其の猛を失せずとして、周公の其の聖を失せざるに興う。其の猛を失せずとせば、奚ぞ虎豹に若かん、胡ぞ獨り狼を取らん。古の詩人、比興するに類を以てす。是を以て香草は君子に譬え、惡鳥は小人に譬う。豈豺狼を以て聖人に興うること有らんや。且つ上の二句跋むと言い疐くと言うは、實に几几不瑕の義有り。但此の詩の體は他の詩と類せず。故に通ぜざるのみ。此の詩六義の比に在り。

小雅 鹿鳴
自鹿鳴以下二十二篇、各賦其事、於其事而用之。其周公之謂乎、與二南同也。燕羣臣嘉賓、則用鹿鳴。鹿食則相呼。故以興燕樂。呦呦、和聲。和聲相呼、共食野之草、物情相樂也。君臣賓主相樂如此。云我有嘉賓、鼓瑟吹笙、言其相樂。又以幣帛將其誠意。故云承筐是將。承以藉之。筐以貯之。旣有誠樂之厚意、則人心感悅而相好。以此示我之列位。故人勸而得盡其懽心。次章又言所燕禮嘉賓、聞望昭明、示民以厚之之意、使儀法之。三章言其樂之長久無斁。
【読み】
小雅 鹿鳴[ろくめい]
鹿鳴自り以下の二十二篇、各々其の事を賦して、其の事に於て之を用う。其れ周公の謂かとは、二南と同じければなり。羣臣嘉賓を燕するには、則ち鹿鳴を用う。鹿食むときは則ち相呼ぶ。故に以て燕樂に興う。呦呦[ゆうゆう]は、和聲。和聲相呼んで、共に野の草を食むは、物情相樂しむなり。君臣賓主相樂しむこと此の如し。我に嘉賓有り、瑟を鼓し笙を吹くと云うは、其の相樂しむことを言う。又幣帛を以て其の誠意を將[おこな]う。故に承筐是れ將うと云う。承は以て之を藉[し]くなり。筐は以て之を貯うるなり。旣に誠に樂しむの厚意有れば、則ち人心感悅して相好す。此を以て我が列位に示す。故に人勸めて其の懽心を盡くすことを得。次の章も又燕禮する所の嘉賓、聞望昭明なることを言いて、民に示すに之を厚くするの意を以てして、之に儀[のっと]り法らしむ。三章は其の樂しみの長久にして斁[やぶ]るること無きことを言う。

四牡
四牡之義、憫使臣之勤勞。故云、有功而見知則說矣。上不知下之勞、則下不自盡其力。故四牡之義廢、則君臣缺矣。周道、猶通途也。倭遲、回遠。豈不懷歸乎。以王事不可廢敗。心傷悲念此也。騑騑、不止。嘽嘽、迅疾。駱馬、强而耐遠。鵻、翩翩能飛之物。蓋或飛或下集于所安之處、以興使臣之勤勞、乃不暇遂其私、至不遑將父。將、事也。卒章勸以義也。駕而馳驟不息。豈不懷歸。以王事不可廢敗也。是用以此義作歌、以告其母。父則知義、母主恩。故以義告之。豈不懷歸、言使臣之心。是用作歌、將母來諗、作是歌、使以此義告其母也。
【読み】
四牡[しぼ]
四牡の義は、使臣の勤勞を憫れむ。故に云く、功有りて知らるるときは則ち說ぶ、と。上下の勞を知らざれば、則ち下自ら其の力を盡くさず。故に四牡の義廢すれば、則ち君臣缺く。周道は、猶通途のごとし。倭遲は、回遠なり。豈歸ることを懷わざらんや。王事廢敗す可べからざるを以てなり。心傷み悲しむは此を念ってなり。騑騑[ひひ]は、止まらざるなり。嘽嘽[たんたん]は、迅疾なり。駱馬は、强くして遠きに耐う。鵻[すい]は、翩翩として能く飛ぶの物。蓋し或は飛び或は下って安んずる所の處に集[い]るは、以て使臣の勤勞、乃ち其の私を遂ぐるに暇あらずして、父に將[つか]うるに遑あらざるに至るに興う。將は、事うるなり。卒わりの章は勸むるに義を以てするなり。駕して馳せ驟[は]すこと息まず。豈歸ることを懷わざらんや。王事廢敗す可からざるを以てなり。是を用て此の義を以て歌を作って、以て其の母に告ぐるなり。父は則ち義を知り、母は恩を主とす。故に義を以て之に告ぐるなり。豈歸ることを懷わざらんやとは、使臣の心を言う。是を用て歌を作って、母に將うることを來り諗[つ]ぐとは、是の歌を作って、此の義を以て其の母に告げしむるなり。

皇皇者華
天子遣使四方、以觀省風俗、采察善惡、訪問疾苦、宣道化于天下、下國蒙被聲敎、是有光華。皇皇、猶煌煌。光采之狀。皇華之光明於野、猶王澤之流布光華天下也。故以爲興。於彼原隰、言高下皆同其光華。征夫、使人。駪駪、俊健之狀。惟恐不能宣達。是每懷靡及也。駒・騏・駱・駰、皆以俊言。濡、鮮澤。絲、條理。沃若、旣均、皆整順之狀。諏・謀・詢・度、前載雖各有義、要之詢訪耳。採察求訪、使臣之大務。
【読み】
皇皇者華[こうこうしゃか]
天子使いを四方に遣らしめ、以て風俗を觀省し、善惡を采察し、疾苦を訪問して、道化を天下に宣べて、下國聲敎を蒙り被れば、是れ光華有るなり。皇皇は、猶煌煌のごとし。光采の狀なり。皇華の野に光り明らかなるは、猶王澤の天下に流れ布き光り華[かがや]くがごとし。故に以て興えとす。彼の原隰[げんしゅう]に於てすとは、言うこころは、高下皆其の光華を同じくするなり。征夫は、使人。駪駪[しんしん]は、俊健の狀。惟恐れらくは宣達すること能わざわらんことを。是れ每に及ぶこと靡からんことを懷うなり。駒・騏・駱・駰は、皆俊を以て言う。濡は、鮮澤なり。絲は、條理なり。沃若なり、旣に均[ととの]えるとは、皆整順の狀。諏・謀・詢・度は、前に載すもの各々義有りと雖も、之を要するに詢訪するのみ。採察求訪は、使臣の大務なり。

常棣
此燕樂兄弟、親睦宗族之詩。不因管・蔡而作也。常棣、今所謂玉李花。花萼相承甚力。故以興兄弟。鄂不韡韡、韡韡、鮮華壯盛之貌。不當作拊亦可、如字亦可。以花萼相依生相親力相承、興人之莫如兄弟也。次章敍兄弟相賴之事。人當死生患難之事可畏、則思兄弟之助。方困窮離散、羣聚於郊野之時、則求所親以相依恃。三章言兄弟相須之急、猶鶺鴒首尾相應。急難之際、其相應如是也。每有良朋、猶豈無他人。每有猶亦有也。況也永歎、校之則可永歎也。骨肉不能相爲、而求他人、是可歎也。四章重明兄弟之親、義不能忘。譬之兄弟狠鬩於牆、雖有不睦之心、猶將外禦其侮。若他人、則衆人之分也。無兵戎之爲之義。五章言平時則皆可遂其私意、急難則莫如兄弟也。六章勸其相宴樂、養恩義。陳爾籩豆、飮食飫足、兄弟旣偕來、當和樂且孺也。小兒親慕父母、謂之孺子。孺、親慕之義、和樂而相親慕也。七章言兄弟相樂、則妻子好合、其和如鼓瑟琴。兄弟旣志意翕合。故其和樂久、而不厭。卒章言能如是親睦其宗族、則能宜其室家、樂其妻孥。窮究是理、圖念是事、信其然乎、言信然。此詩句少而章多。章多所以極其鄭重、句少則各陳一義故也。
【読み】
常棣[じょうてい]
此れ兄弟を燕樂し、宗族を親睦するの詩。管・蔡に因って作らず。常棣は、今の所謂玉李花。花萼相承[たす]けて甚だ力[つよ]し。故に以て兄弟に興う。鄂として韡韡[いい]たらざらんやとは、韡韡は、鮮華壯盛の貌。不は當に拊に作るも亦可、如の字も亦可なるべし。花萼[がく]相依り生じ相親しみ力くして相承くるを以て、人の兄弟に如くは莫きに興う。次の章には兄弟相賴る事を敍づ。人死生患難の事に當たって畏る可きときは、則ち兄弟の助けを思う。困窮離散して、郊野に羣聚する時に方っては、則ち親しむ所を求めて以て相依り恃むとなり。三章には兄弟相須[もと]むるの急なること、猶鶺鴒[せきれい]の首尾相應ずるがごとくなることを言う。急難の際、其の相應ずること是の如し。每に良朋有りとは、猶豈他人無からんやというがごとし。每に有りは猶亦有りというがごとし。況として永く歎くとは、之を校ぶれば則ち永く歎く可けんとなり。骨肉相爲すこと能わずして、他人に求むるは、是れ歎く可し。四章には重ねて兄弟の親、義忘るること能わざることを明かす。之を譬うるに兄弟牆に狠鬩[こんげき]して、睦まじからざるの心有りと雖も、猶將に外其の侮りを禦がんとするがごとし。他人の若きは、則ち衆人の分なり。兵戎の之が義を爲す無しとなり。五章には平時には則ち皆其の私意を遂ぐ可けれども、急難には則ち兄弟に如くは莫きことを言う。六章には其の相宴樂して、恩義を養わんことを勸む。爾の籩豆を陳ね、飮食飫[あ]き足り、兄弟旣に偕[とも]に來りて、當に和樂して且つ孺[した]うべしとなり。小兒父母を親み慕う、之を孺子と謂う。孺は、親しみ慕うの義、和樂して相親しみ慕うなり。七章には兄弟相樂しむときは、則ち妻子好く合って、其の和瑟琴を鼓するが如くなることを言う。兄弟旣に志意翕合[きゅうごう]す。故に其和樂久しくして、厭かず。卒わりの章には言うこころは、能く是の如く其の宗族を親睦するときは、則ち能く其の室家を宜しくし、其の妻孥を樂しましむ。是の理を窮め究めて、是の事を圖り念うに、信に其れ然るかなとは、信に然ることを言う。此の詩句少なくして章多し。章多きは其の鄭重を極むる所以、句少なきは則ち各々一義を陳ぶるが故なり。

伐木
山中伐木、非一人能獨爲、必與同志者共之。旣同其事、則相親好、成朋友之義。伐木之人、尙有此義。況士君子乎。故賦伐木之人、敍其情、推其義、以勸朋友之義、燕朋友故舊則歌之。所以風天下也。朋友故舊篤、則民德歸厚矣。二人伐木、更運斧斤聲丁丁相應、相須以成其事。賦此可以見朋友之義。繼言鳥鳴嚶嚶、又以物情興朋友之好。嚶嚶、相應和之和聲。鳥鳴相應和、自幽谷升喬木、相追隨、嚶嚶然其鳴。蓋求其應友。聲、謂應聲。猶人之朋友相從也。次章因鳥以興朋友之義。相鳥如是。豈人而不求友乎。朋友之信、常久不渝、可質于神明。和、謂相好。平、謂不變。三章陳伐木共力、因相聚飮食、見歡樂厚篤之意。許許、衆人共力之狀。因聚衆共力、而具酒食相樂也。先儒以藇爲美、未喩是否。伐木之際、尙釃酒相樂。況旣有肥羜、當以召諸父也。寧其不來、無使我恩意不至也。諸父・諸舅、謂朋友故舊也。四章陳厚意以具飮食。洒掃精潔、盛陳簋器。況旣有肥牡、當以召諸舅也。寧其不來、不可使我有不厚之罪。五章重陳此義之不可不然。伐木于峻阪、尤須衆力。故釃酒之多。況乎有盛具、籩豆成列、當以燕樂兄弟、無相疎遠。兄弟、朋友也。民之失德、故不能修親睦之道、厚朋友故舊之禮。乾餱不相及、蓋人之失德也。豈當然乎。卒章陳所當然者。有酒則我醑之、無酒則我酤之、以至鼓舞我。爲之我及暇時、則相與宴飮、以篤恩義。
【読み】
伐木[ばつぼく]
山中に木を伐るは、一人能く獨り爲すに非ず、必ず同志の者と之を共にす。旣に其の事を同じくすれば、則ち相親好して、朋友の義を成す。木を伐る人すら、尙此の義有り。況んや士君子をや。故に木を伐る人を賦して、其の情を敍で、其の義を推して、以て朋友の義を勸めて、朋友故舊を燕すれば則ち之を歌う。天下に風する所以なり。朋友故舊篤きときは、則ち民の德厚きに歸す。二人木を伐れば、更に斧斤を運ぶ聲丁丁[とうとう]として相應じて、相須けて以て其の事を成す。此を賦して以て朋友の義を見る可し。繼くに鳥の鳴くこと嚶嚶[おうおう]たりと言うは、又物情を以て朋友の好みに興う。嚶嚶は、相應和するの和聲。鳥鳴いて相應和して、幽谷自り喬木に升って、相追隨して、嚶嚶然として其れ鳴く。蓋し其の友に應ずることを求むるなり。聲は、應ずる聲を謂う。猶人の朋友相從うがごとし。次の章は鳥に因って以て朋友の義に興う。鳥を相[み]るに是の如し。豈人として友を求めざらんや。朋友の信は、常久にして渝[か]わらざれば、神明に質す可し。和とは、相好するを謂う。平とは、變ぜざるを謂う。三章には木を伐るに力を共にして、因りて相聚まって飮食して、歡樂厚篤の意を見ることを陳ぶ。許許[ここ]は、衆人力を共にするの狀。衆を聚め力を共にするに因りて、酒食を具えて相樂しむなり。先儒藇[じょ]を以て美とす。未だ是否を喩らず。木を伐るの際、尙酒を釃[こ]して相樂しむ。況んや旣に肥羜[ひちょ]有らば、當に以て諸父を召くべし。寧ろ其れ來らずとも、我が恩意をして至らざらしむること無けんとなり。諸父・諸舅は、朋友故舊を謂う。四章には意を厚くして以て飮食を具うることを陳ぶ。洒掃精潔して、盛んに簋器[きき]を陳ぬ。況んや旣に肥牡有らば、當に以て諸舅を召くべし。寧ろ其れ來らずとも、我をして厚からざるの罪有らしむ可からずとなり。五章には重ねて此の義の然らずんばある可からざることを陳ぶ。木を峻阪に伐るは、尤も衆力を須う。故に酒を釃すること多し。況んや盛んに具わりて、籩豆列を成すこと有らば、當に以て兄弟を燕樂して、相疎遠にすること無かるべし。兄弟は、朋友なり。民德を失える、故に親睦の道を修め、朋友故舊の禮を厚くすること能わず。乾餱[かんこう]相及ばざるは、蓋し人德を失えるなり。豈に當に然るべけんや。卒わりの章には當に然るべき所の者を陳ぶ。酒有れば則ち我れ之に醑[こ]し、酒無くば則ち我れ之に酤[か]って、以て我に鼓舞するに至る。之が爲に我れ暇ある時に及べば、則ち相與に宴飮して、以て恩義を篤くすとなり。

天保
恩惠周物、君之下下也。歸美于君、下之報上也。天保之詩、盛陳人君受天之祐、福祿之厚、蒙被臣民、由君德之所致也。天保定爾、君位甚安固也。俾爾單厚、何福不除。除、更新也。日益之義。俾之多增益、莫不繁庶。次章重陳其盛。旣保定爾、俾爾享福、至無所不宜。受天之百祿衆福、又降爾以遐遠之福、惟欲其長。三章言旣受天之福祿、莫不繁庶。如山阜崗陵、如川之流聚、莫不增盛。四章言旣享豐盛之福、用報祀其祖先、得無疆之壽。君曰卜爾、君使卜之設辭也。五章言其所獲。神之至、謂降監則錫爾多福。民所實有、則日用飮食、謂享其豐樂質實也。羣衆百族、皆化上德。六章言其德光顯無虧、庇覆生民。恆亦猶升。言光照遠廣、如南山之無虧崩、如松柏之茂盛、無不承其庇覆。
【読み】
天保[てんほう]
恩惠物に周きは、君の下を下とするなり。美を君に歸するは、下の上に報ずるなり。天保の詩は、盛んに人君天の祐[さいわい]を受け、福祿の厚き、臣民に蒙り被らしむるは、君德の致す所に由ることを陳ぶ。天爾を保んじ定むとは、君の位甚だ安固なるなり。爾をして單[ことごと]く厚からしめ、何の福か除[あら]たならざらんとは。除は、更め新たなるなり。日に益すの義なり。之をして多く增し益さしめば、繁庶ならずということ莫し。次の章には重ねて其の盛んなることを陳ぶ。旣に爾を保んじ定め、爾をして福を享けしめ、宜からざる所無きに至る。天の百祿衆福を受け、又爾に降すに遐遠の福を以てして、惟其の長からんことを欲す。三章には言うこころは、旣に天の福祿を受けて、繁庶ならずということ莫し。山阜崗陵の如く、川の流れ聚まるが如く、增し盛んならずということ莫しとなり。四章には言うこころは、旣に豐盛の福を享けて、用て其の祖先を報祀して、無疆の壽を得せしむ。君曰く爾に卜せしむとは、君卜せしむるの設くる辭なり。五章には其の獲る所を言う。神の至るとは、降鑒して則ち爾に多福を錫うを謂う。民の實に有する所は、則ち日に用うる飮食とは、其の豐樂質實を享くるを謂う。羣衆百族、皆上の德に化するなり。六章には其の德光顯して虧くること無くして、生民を庇覆することを言う。恆は亦猶升るのごとし。言うこころは、光照遠く廣きこと、南山の虧け崩るること無きが如く、松柏の茂ること盛んにして、其の庇覆を承けざる無きが如しとなり。

采薇
文王之時、有昆夷・玁狁之事、遣戍役以守衛。歌此詩以遣之、敍其勤勞悲傷之情。且風以義。當時之事也。後世因用之以遣戍役。采薇采薇、以薇爲遣戍役之候也。曰歸曰歸、深念歸時在歳暮也。作止、生出地。舍其室家、不遑暇起居、以玁狁之故也。毒民不由上、則人懷敵愾之心矣。薇始長而柔矣。行期將至也。念歸期之遠而憂也。憂心烈烈、如饑如渇。戍事未休、已念、誰使歸問安否。薇壯而剛矣。且當行也。歸期須歳之陽、王事不可盬也。故啓處不遑、憂心雖甚病、我行不可歸也。首章述事之由、次章三章極道勞苦憂傷之情。上能察其情、則雖勞而不怨、雖憂而能厲。四章五章則勸以義。彼爾、猶云於彼。亦與彼路同。常棣之華、華萼相親、興下盡力以爲上。言當如常棣然也。彼路何也。乃君子所乘之車也。君子則知義矣。總强盛之車甲、豈敢安居。當期成功之速
(一月而三捷言速。)。五章再言。騤騤、强盛貌、付與之重。依、依上所處也。腓、從動之義。人之腓、身行則從動也。腓是足肚也。言君子小人從其所處而動也。翼翼、行列整治之狀。旣臨其衆、則整練其車甲、修治其器械。弭服是也。日爲戒備、玁狁之事甚急故也。先言勞苦憂傷以盡其情、次陳之以義以堅其志。戍事盡於此矣。卒章言歸以憫其勞。春而往、冬而旋、行遠而時久。言行道遲遲、則見其思歸之切。心如饑渇、其傷悲甚哀、人莫知也。此據小序爲說。於義無害。然魚麗序云、文・武以天保以上治内、采薇以下治外。於義不然。則采薇等二篇或非文王時作、乃武王・成王時作。南仲不知何時人。古者戍役再期而還。今年春暮行、明年夏代者至。復留備秋至、過十一月而歸。又明年中春至、春暮遣次戍者。每秋與冬初兩番、戍者皆在疆圉。乃今之防秋也。
【読み】
采薇[さいび]
文王の時、昆夷・玁狁[げんいん]の事有り、戍役を遣わして以て守衛す。此の詩を歌って以て之を遣わして、其の勤勞悲傷の情を敍づ。且風するに義を以てす。當時の事なり。後世因りて之を用いて以て戍役を遣わす。薇を采る薇を采るとは、薇を以て戍役を遣わすの候とするなり。歸らんと曰い歸らんと曰うとは、深く歸る時歳暮に在ることを念うなり。作止とは、生いて地を出るなり。其の室家を舍てて、起居するに遑暇あらざるは、玁狁の故を以てなり。民を毒[そこ]なうこと上に由らざれば、則ち人敵愾の心を懷く。薇始めて長じて柔らかなり。行期將に至らんとす。歸期の遠きことを念って憂うるなり。憂うる心烈烈として、饑ゆるが如く渇するが如し。戍事未だ休まずして、已に念う、誰か歸って安否を問わしめん、と。薇壯にして剛し。且當に行くべし。歸期歳の陽[かんなづき]を須って、王事盬[もろ]かる可からず。故に啓[ひざまづ]き處るに遑[いとま]あらず、憂うる心甚だ病めんと雖も、我れ行きて歸る可からず。首めの章には事の由を述べ、次の章三章には極めて勞苦憂傷の情を道う。上能く其の情を察すれば、則ち勞すと雖も怨みず、憂うると雖も能く厲む。四章五章には則ち勸むるに義を以てす。彼爾とは、猶彼にと云うがごとし。亦彼の路と同じ。常棣の華、華萼相親しむは、下力を盡くして以て上の爲にするに興う。言うこころは、當に常棣の如く然すべし。彼の路は何ぞや。乃ち君子乘る所の車なり。君子は則ち義を知る。强盛の車甲を總ぶる、豈敢えて安居せんや。當に成功の速やかなるを期すべし(一月にして三たび捷[か]つを速やかと言う。)。五章には再び言う。騤騤[きき]は、强盛の貌、付與の重きなり。依は、上の處る所に依るなり。腓は、從い動くの義。人の腓は、身行けば則ち從い動く。腓は是れ足肚なり。言うこころは、君子小人其の處る所に從って動くなり。翼翼は、行列整治の狀。旣に其の衆に臨むときは、則ち其の車甲を整練し、其の器械を修治す。弭服是れなり。日に戒め備うることをするは、玁狁の事甚だ急なるが故なり。先づ勞苦憂傷を言って以て其の情を盡くし、次に之に陳ぶるに義を以てして以て其の志を堅くす。戍事此に盡く。卒わりの章には歸って以て其の勞を憫れむことを言う。春にして往き、冬にして旋れば、行くこと遠くして時久し。道を行くこと遲遲たりと言うは、則ち其の歸ることを思うの切なることを見す。心饑渇するが如くにして、其の傷み悲しむこと甚だ哀しけれども、人知ること莫しとなり。此れ小序に據って說を爲す。義に於て害無し。然れども魚麗の序に云う、文・武天保以上を以て内を治め、采薇以下は外を治む、と。義に於て然らず。則ち采薇等の二篇或は文王の時の作に非ず、乃ち武王・成王の時の作ならん。南仲は何れの時の人ということを知らず。古は戍役再期にして還る。今年春暮に行って、明年の夏代わる者至る。復留まって秋至るに備え、十一月を過ぎて歸る。又明年中春至り、春暮次戍の者を遣わす。每に秋と冬初と兩番、戍する者は皆疆圉に在り。乃ち今の防秋なり。

出車
勞將率之旋也。此詩所賦、自受命至還歸、其事有敍、大要在歸功將率。首章陳出車于牧。王命之征、赴事之急、不敢寧也。謂我、命我也。次章旣受命而行、有旗章之盛、見付與之重、憂勞其事也。于郊、行矣。旟旐斾斾華盛。斾斾、垂委之狀。胡不猶莫不。其憂念之深、僕夫左右之人亦爲之意瘁。三章指元帥之名、以顯其功。赫赫、德名顯盛。襄、上也。謂勝。彭彭、衆多。央央、華盛。主言城而勝玁狁。禦戎之道、守備爲本、不以攻擊爲先。其事卒矣。四章言其歸、敍其久戍也。以多難故、不遑啓居。豈無思歸之心。畏法令不敢自遂。五章復言出兵、而衆和爲一方所徯望。南仲之功、於此尤盛。草蟲・阜螽、其類相應。民心之望王師猶是也。此南仲之伐西戎也。觀此詩意、疑似當時西戎兵不加而服、玁狁兵加而服。或於于小大、亦不可知。卒章喜其歸。因敍歸時景物和妍。其歡樂可見也。訊其魁首、當訊問者。醜、徒衆。
【読み】
出車[すいしゃ]
將率の旋るを勞するなり。此の詩の賦する所、命を受けて自り還り歸るに至るまで、其の事敍有り、大要は功を將率に歸するに在り。首めの章には車を牧に出すことを陳ぶ。王之に征せよと命じて、事の急に赴いて、敢えて寧んぜずとなり。我に謂うとは、我に命ずるなり。次の章には旣に命を受けて行き、旗章の盛んなる有りて、付け與くこと重くして、其の事を憂勞することを見す。于郊は、行くなり。旟旐[よちょう]斾斾[はいはい]として華盛なり。斾斾は、垂委の狀。胡不は猶莫不のごとし。其の憂え念うの深き、僕夫左右の人も亦之が爲に意瘁[や]みぬ。三章には元帥の名を指して、以て其の功を顯らかにす。赫赫は、德名顯盛なるなり。襄は、上るなり。勝つことを謂う。彭彭は、衆多なり。央央は、華盛なるなり。城いて玁狁[げんいん]に勝つと言うを主とす。戎を禦ぐの道は、守備を本とし、攻擊を以て先とせず。其の事卒わりぬ。四章には其の歸ることを言い、其の久しく戍することを敍づ。多難を以ての故に、啓き居るに遑あらず。豈歸ることを思う心無からんや。法令を畏れて敢えて自ら遂げずとなり。五章には復兵を出して、衆和して一方の爲に徯望[けいぼう]せらるることを言う。南仲の功、此に於て尤も盛んなり。草蟲・阜螽は、其の類相應ず。民心の王の師を望むこと猶是のごとし。此れ南仲の西戎を伐つなり。此の詩の意を觀るに、疑うらくは當時西戎は兵加えずして服し、玁狁は兵加えて服するに似れり。或は止小大に於るか、亦知る可からず。卒わりの章には其の歸るを喜ぶ。因りて歸る時景物和妍[わけん]なることを敍づ。其の歡樂見る可し。訊は其の魁首、當に訊問すべき者。醜は、徒衆。

魚麗
美萬物盛多、能備禮也。太平之時、庶物繁盛、故能備禮。六月序云、魚麗廢則法令缺矣。物不足則不能備法度也。文・武以天保以上治内以下、傳詩者之言也。不可取。罶、魚笱之易作者。麗於罶者、亦美大之魚也。見其盛多。魚與君子之酒、皆美且多。多且旨、同旨且有。多、止云酒。多有、有富有之意。物多可嘉也。有而能備禮也。盛有及時也。明王在上養育、萬物莫不盛多。故美之也。
【読み】
魚麗[ぎょり]
萬物盛多にして、能く禮を備うることを美す。太平の時は、庶物繁盛、故に能く禮を備う。六月の序に云く、魚麗廢するときは則ち法令缺く。物足らざるときは則ち法度を備うること能わず、と。文・武天保以上を以て内を治むというより以下は、詩を傳うる者の言なり。取る可からず。罶[りゅう]は、魚笱の作り易き者。罶に麗[か]かる者は、亦美大の魚なり。其の盛多なるを見す。魚と君子の酒と、皆美しくして且多し。多くして且旨しというは、旨くして且有りというに同じ。多きは、止酒を云う。多有は、富有の意有り。物多きは嘉んず可し。有りて能く禮に備うればなり。盛んに有れば時に及ぶなり。明王上に在して養育すれば、萬物盛多ならずということ莫し。故に之を美す。

南山有臺
此詩樂君臣倶賢、邦家榮盛、爲福之長也。南山興君、北山興臣。臺・萊皆草。草之衣被於山、成薈蔚之美盛、猶君子爲邦家之基本、萬壽無期。重言爲福長久。桑・楊、充用之物。言山生財以濟用、興君子爲邦家之光榮。無疆猶無期。杞・李可食之物。興君子養人如父母。德音不已、言令聞無窮。栲・杻、木之高者。益山之高。興君子德音茂盛。遐不眉壽、猶云不遐遠眉壽乎。枸・楰、木之尤高大者。興君子德澤長遠。至施及後世。故云、保艾爾後。
【読み】
南山有臺[なんざんゆうだい]
此の詩は君臣倶に賢、邦家榮盛にして、福を爲すの長きことを樂しむなり。南山は君に興え、北山は臣に興う。臺・萊は皆草なり。草の山に衣被して、薈蔚[わいうつ]の美盛を成すは、猶君子邦家の基本と爲りて、萬壽期無きがごとし。重ねて言うは福を爲すこと長く久しければなり。桑・楊は、用に充つる物。言うこころは、山財を生じて以て用を濟すは、君子邦家の光榮を爲すに興う。疆り無しは猶期無きがごとし。杞・李は食う可きの物。君子人を養うこと父母の如きに興う。德音已まざるは、言うこころは、令聞窮まり無きなり。栲[こう]・杻[ちゅう]は、木の高き者。山の高きに益す。君子の德音茂盛なるに興う。遐[とお]く眉壽ならずやとは、猶遐遠の眉壽ならずやと云うがごとし。枸[く]・楰[ゆ]は、木の尤も高大なる者。君子の德澤長く遠きに興う。施して後世に及ぼすに至る。故に云く、爾の後を保んじ艾[やしな]わん、と。

湛露
湛湛、厚濃之狀。露之濃厚、匪日出則不晞。興燕樂恩惠之厚、不醉則不歸也。厭厭、足意之義。豐草、柔從而盛者。以興同姓之親。在宗載考、在同宗成歡樂禮數也。杞・棘、卑下之物。興小國諸侯。言諸國之君、皆明信君子、承王惠澤、莫不修德以奉上。忠順之心、溫克之容、皆令德也。其桐其梓、其實離離。桐・梓、高大之木。興大國諸侯。湛露在桐梓之上、二物之茂盛、其實離離然。言大國之君、承王惠澤、莫不皆修其令善之儀。先親、次小、後大。德澤所懷、其序然也。離離猶累累。
【読み】
湛露[たんろ]
湛湛は、厚濃の狀。露の濃厚、日出るに匪ざれば則ち晞[かわ]かず。燕樂恩惠の厚き、醉わざれば則ち歸らざるに興う。厭厭は、足る意の義。豐草は、柔らぎ從って盛んなる者。以て同姓の親に興う。宗に在りて載[すなわ]ち考[な]すとは、同宗に在りて歡樂の禮數を成すなり。杞・棘は、卑下の物。小國の諸侯に興う。言うこころは、諸國の君、皆明らかに信あるの君子、王の惠澤を承けて、德を修めて以て上に奉ぜずということ莫し。忠順の心、溫克の容は、皆令德なり。其の桐其の梓、其の實離離たり。桐・梓は、高大の木。大國の諸侯に興う。湛露桐梓の上に在り、二物の茂盛、其の實離離然たり。言うこころは、大國の君、王の惠澤を承けて、皆其の令善の儀を修めずということ莫し。親を先にし、小を次にし、大を後にす。德澤の懷う所、其の序然り。離離は猶累累のごとし。

采芑
芑、美菜。地方壯盛、則可植美菜。興文武之將、甲兵之强、則能成茂功。薄言、發語辭。采芑於新田菑畝、皆地力方盛處。方叔所總臨三千乘之衆。師干、猶今云兵甲。試、肄習也。衆且練也。率止、往征也。言四騏翼翼、壯健路車、儀飾之盛。次章重言之。中郷亦美田。旂旐央央言整肅。首章言肄習、次章言整肅、蓋其敍也。其行也受服章之尊美、言付之重。三章言雖將之才、士之衆且勇、進退得宜、趣舍有節。言隼之急疾、亦集于所止、以興兵雖强、用之有節而不過也。鉦人、擊鉦者。伐鼓、擊鼓者。方叔行師有鉦鼓、爲陳師鞠旅之節。鞠、止也。遂美之、言明信之方叔。其伐鼓也淵淵、平和不暴急。其振旅也鼓聲闐闐、整緩之狀。振旅之行、亦以鼓、止行則以鉦。卒章言成功。因言其致伐之由。蠢、動而無知之義。蠢爾之蠻、乃與大邦爲仇。方叔克壯其猶、故征而執獲。戎車之盛如雷霆。方叔之明信、自伐玁狁時聞于四方。故荆蠻畏威來服。
【読み】
采芑[さいき]
芑は、美菜。地方壯盛なるときは、則ち美菜を植う可し。文武の將、甲兵の强きときは、則ち能く茂功を成すに興う。薄[いささ]か言[ここ]にとは、發語の辭。芑を新田菑畝[しほ]に采るは、皆地力方に盛んなる處。方叔が總臨する所三千乘の衆あり。師干は、猶今兵甲と云うがごとし。試は、肄[なら]い習うなり。衆ありて且つ練れるなり。率止は、往き征するなり。四騏翼翼たりと言うは、路車を壯健にして、儀飾の盛んなるなり。次の章には重ねて之を言う。中郷も亦美田なり。旂旐[きちょう]央央たりとは整肅なるを言う。首めの章には肄習を言い、次の章には整肅を言うは、蓋し其の敍なり。其の行くに服章の尊美を受くるは、言うこころは、付することの重ければなり。三章には將の才あり、士の衆くありて且つ勇めると雖も、進退宜しきを得て、趣舍節有ることを言う。隼の急疾も、亦止まるべき所に集[い]ることを言いて、以て兵强しと雖も、之を用うること節有りて過たざるに興う。鉦[せい]人は、鉦を擊つ者。伐鼓は、鼓を擊つ者。方叔師を行[や]るに鉦鼓有り、師を陳ね旅を鞠[とど]むるの節を爲す。鞠は、止むるなり。遂に之を美して、明らかに信ある方叔と言う。其の鼓を伐つこと淵淵として、平和にして暴急ならず。其の旅を振すること鼓の聲闐闐[てんてん]たりとは、整緩の狀。旅の行を振するには、亦鼓を以てし、行を止むるには則ち鉦を以てす。卒わりの章には成功を言う。因りて其の伐つことを致すの由を言う。蠢は、動いて無知なるの義。蠢爾の蠻は、乃ち大邦と仇を爲す。方叔克く其の猶[はかりごと]を壯んにして、故に征して執え獲。戎車の盛なること雷霆の如し。方叔の明らかに信ある、自ら玁狁を伐つ時に四方に聞こゆ。故に荆蠻威を畏れて來り服すとなり。

車攻
文王撫有四方
(四方一作西。文一作武。)、至是蹙矣。故云、復文・武境土也。此詩美其修政事、治車甲、因田狩而簡車徒。諸侯順從、軍法肅治如此。故能成中興之功。先王之政、後嗣所當守、失則罪也。故詩・春秋於復古之事不加美辭。此詩但稱其復古也(吉日則言美矣。)。旣攻謂堅治。旣同謂調一。孔阜爲肥壯。之子猶云二三子。指所任者。囂囂盛衆貌。有繹聨屬。決拾、不知是一物是二物。助、射者傾助也。射夫、衆射者。同謂同力如此。故獲多。助我助斂禽者舉●(注)(土賣切)、衆射夫助舉、見其多。不倚不偏、不失持中範也。蕭蕭馬鳴、悠悠斾旌、詠肅靜如此。徒御不其警戒乎。庖厨不其充盈乎(承上言。)。有聞無聲、聞師之行而不聞其聲。言至肅。信哉君子之治戎、其成如此之善。
【読み】
車攻[しゃこう]
文王四方を撫で有ち(四方は一に西に作る。文は一に武に作る。)、是に至って蹙[せま]る。故に云く、文・武の境土に復す、と。此の詩は其の政事を修め、車甲を治め、田狩に因って車徒を簡[けみ]することを美す。諸侯順い從って、軍法肅[おごそ]かに治まること此の如し。故に能く中興の功を成す。先王の政は、後嗣の當に守るべき所、失するは則ち罪なり。故に詩・春秋に古に復する事に於ては美辭を加えず。此の詩は但其の古に復することを稱す(吉日は則ち言美す。)。旣に攻[かた]しとは堅く治むるを謂う。旣に同[ひと]しとは調一なるを謂う。孔だ阜[おお]しとは肥壯とす。之の子とは猶二三子と云うがごとし。任ずる所の者を指す。囂囂は盛んに衆き貌。繹たる有りとは聨屬するなり。決拾は、是れ一物是れ二物ということを知らず。助くとは、射る者傾き助くるなり。射夫は、衆の射る者。同は力を同じくすること此の如きを謂う。故に獲ること多し。我を助くとは、禽を斂むる者を助けて●(注)(土賣切)を舉ぐるなり。衆の射夫助け舉ぐるは、其の多きことを見す。倚ならざるは偏ならざるなり、中範を持することを失せざるなり。蕭蕭たる馬鳴、悠悠たる斾旌[はいせい]は、肅靜なること此の如きを詠ず。徒御其れ警戒せざらんや。庖厨其れ充盈せざらんや(上を承けて言う。)。聞くこと有りて聲無しとは、師の行を聞いて其の聲を聞かず。至って肅[しづ]めることを言う。信なるかな君子の戎を治むる、其の此の如きの善を成すとなり。
(注)●は上が此、下が手。

吉日
宣王將田而卜吉日、見其愼微。詩人因美之、更稱其接下、得羣下之自盡。詩中所陳是也。戊、剛日之吉。旣伯旣禱、祭馬祖而禱之。伯爲馬祖。據爾雅之文、戊日祭禱、庚午于田。漆沮之從、天子之所、悉率左右、以燕天子、皆羣下盡力奉上。以御賓客、且以酌醴、先王接下之誠意。發小豝、殪大兕、言所獲耳。不須爲多說也。大兕、牛類、今西方有之
(旄牛。)
【読み】
吉日[きつじつ]
宣王將に田[かり]せんとして吉日を卜し、其の微を愼むことを見る。詩人因りて之美し、更に其の下に接して、羣下の自ら盡くすことを得ることを稱す。詩の中に陳ぶる所是れなり。戊は、剛日の吉。旣に伯旣に禱るとは、馬祖を祭って之を禱るなり。伯は馬祖とす。爾雅の文に據るに、戊の日祭禱し、庚午田に于く。漆沮之れ從う、天子の所、悉く左右を率いて、以て天子を燕[たの]しましむとは、皆羣下力を盡くして上に奉ずるなり。以て賓客に御[すす]めて、且つ以て醴を酌むとは、先王下に接するの誠意。小豝[は]に發[はな]ちて、大兕[じ]を殪[たお]すとは、獲る所を言うのみ。多しとするの說を須いず。大兕は、牛の類、今西方に之れ有り(旄牛。)

庭燎
天下之事、貴乎得中而可常。是之謂宜。苟以意之所欲而已、靡不勤於始而怠於終。故其進銳者其退速。宣王之於始也、不守法以治、盡其力以勤於事。固可知其不能於終也。夙興視朝、固有常節。始自於夜之未央、任其勤而不知節也。無節則早晩不能常也。故次云未艾。向晨也。不惟見無常節、且知其必將怠矣。此所以方美其勤、而遂以箴之也。箴之於事、如鍼砭之刺病矣。央、中也。艾、向盡也。晨、曉也。將將、鸞鈴聲。噦噦、車軨會聚聲。光、明之盛。晰晰、明也。輝、光之散也。
【読み】
庭燎[ていりょう]
天下の事、中を得て常にす可きを貴ぶ。是を之れ宜しきと謂う。苟も意の欲する所のみを以てせば、始めを勤めざるは靡けれども終わりに怠る。故に其の進むこと銳き者は其れ退くこと速やかなり。宣王の始めに於る、法を守って以て治めず、其の力を盡くして以て事を勤む。固に其の終わりに能くせざらんことを知る可し。夙に興きて朝を視るは、固に常の節有り。夜の未だ央[なかば]ならざる自り始むるは、其の勤めに任じて節を知らざるなり。節無きときは則ち早晩常にすること能わず。故に次に未だ艾[つ]きずと云う。晨に向かうなり。惟常の節無きを見るのみにあらず、且其の必ず將に怠らんとすることを知る。此れ方に其の勤めを美して、遂に以て之を箴[いまし]むる所以なり。箴の事に於るは、鍼砭の病を刺すが如し。央は、中なり。艾は、盡くるに向[なんなん]とするなり。晨は、曉なり。將將は、鸞鈴の聲。噦噦[かいかい]は、車軨會聚する聲。光は、明の盛んなるなり。晰晰[せいせい]は、明らかなり。輝は、光の散ずるなり。

白駒
刺不能用賢、賢者去而不留也。皎皎、潔白也。駒、馬之俊者。古文千里駒。又曰、白駒過隙。白、色之貴者。以貴色之俊馬、興賢德之才士。場圃所食、非常苗、必美蔬也。白駒當食以美物、賢才當待以殊禮。白駒則維縶之不使去、留玩樂以永日。唐風云、且以永日。人暇樂則日永也。所謂伊人者、宜使於此逍遙。豈當使遠去也。藿、蔬之葉。夕猶朝也。賢人君子、當使於此爲嘉賓。賁然、光彩。來思、思其賁然而來也。上二章言賢者當在朝廷、此一章言思其來。思其來是不在位也。爾公爾侯、謂公卿在位者。但逸豫無期。度不思求賢致治之道乎。戒使欽愼優游、無所事之際、當勉强思天下之有潛遯之賢者而進用之也。三章思賢者之來。是不在位也。卒章言其遠遯而思之之意。遠遯空谷、處窮困而享淡薄、雖所享生芻
(徐本芻作蒭。)一束而已、然其人之美則如玉也。毋金玉爾音、而有遐心、賢者旣遠遯矣。國之好賢者、猶望其相聞問而不見絕也。曰、毋自貴重其音聲、而有遠棄我之心。
【読み】
白駒[はっく]
賢を用うること能わず、賢者去って留まらざることを刺るなり。皎皎[こうこう]は、潔白なり。駒は、馬の俊なる者。古文に千里の駒、と。又曰く、白駒隙を過ぐ、と。白は、色の貴き者。貴き色の俊馬を以て、賢德の才士に興う。場圃の食する所は、常の苗に非ず、必美蔬ならん。白駒は當に食するに美物を以てすべく、賢才は當に待するに殊禮を以てすべし。白駒は則ち之を維[つな]ぎ縶[まと]って去らしめず、留めて玩樂せしめて以て日を永[ひさ]しくせよとなり。唐風に云く、且つ以て日を永しくす、と。人暇樂すれば則ち日永し。所謂伊[か]の人は、宜しく此に於て逍遙せしむべし。豈に當に遠く去らしむべけんや。藿[かく]は、蔬の葉。夕は猶朝のごとし。賢人君子は、當に此に於て嘉賓爲らしむべし。賁然は、光彩なり。來ることを思うとは、其の賁然として來らんことを思うなり。上の二章には賢者當に朝廷に在るべきことを言い、此の一章には其の來らんことを思うを言う。其の來らんことを思うは是れ位に在らざればなり。爾の公爾の侯とは、公卿の位に在る者を謂う。但逸豫期無けん。度るに賢を求め治を致すの道を思わざらんか。戒めて優游として、事とする所無きの際を欽愼せしめて、當に勉强して天下に潛み遯るるの賢者有ることを思って之を進め用いしむべしとなり。三章には賢者の來らんことを思う。是れ位に在らざればなり。卒わりの章には其の遠く遯れて之を思うの意を言う。遠く空谷に遯れ、窮困に處して淡薄を享くるは、享くる所生芻(徐本芻を蒭に作る。)一束のみと雖も、然れども其の人の美は則ち玉の如しとなり。爾が音を金玉にして、遐[さか]れる心有ること毋かれとは、賢者旣に遠遯るなり。國の賢者を好する、猶其の相聞問して絕たれざらんことを望む。曰く、自ら其の音聲を貴重にして、我を遠ざけ棄つるの心有ること毋かれとなり。

白華
幽王寵褒姒而黜申后。周人爲之作詩以刺王。王字誤作后字。序自下國化之以下、言當時事如此。詩中所不及也。詩大意刺王專寵、失上下之分。白華則漚以爲菅。白茅則用之裹束。物之美惡、其用各有其所。興尊卑上下各有其分。今王亂貴賤之序、而遠棄我、俾我窮獨失所也。之子、謂王也。英英白雲、雲之貌。天之道雲蒸露降、則菅茅皆被其澤。王如以道、則嫡妾當均被其寵。今天運艱難、而之子不猶是道也。天步、時運也。猶、如也。滮池北流、小水微流也。尙能浸漑稻田。王之崇高尊大、而反不能通流其寵澤、念此所以嘯歌而傷懷也。滮、池名。無源易竭之水。樵彼桑薪、桑、薪之善者。樵彼桑薪不用、而我烘於煁竈、興王之捨嫡后之尊、而專寵于嬖人也。維彼王之崇大、而所爲如此。所以勞傷我心。言之子者、直謂是人也。言碩人者、言其居尊大之位、而所爲如是也。鼓鐘于宮。此章自傷其誠意之不能動王也。鼓鐘于宮中、而聲聞于外。今我中心念子、慘慘然憂蹙、而曾不感動。視我邁邁而去。邁邁、去遠不顧之意。鶖之在梁、鶴之在林、皆其所也。今王使我不得其所。是以傷心。鴛鴦、雌者右翼掩左。是雄之常也。今王爲夫之道乃不常。二三其德、謂初終改易也。扁、乘石之形。設乘石、以爲高也。而反覆卑。興王捨后之尊、而寵微賤之人也。之子見遠、使我困病。底
(徐本底作疷。)、病也。此詩八章、有次序、更不煩解。第四章中、卬字訓我也。謂幽王。我却烘于煁、今俗語如此。
【読み】
白華[はくか]
幽王褒姒を寵して申后を黜く。周人之が爲に詩を作って以て王を刺る。王の字誤って后の字に作る。序に下國之に化すという自り以下は、當時の事此の如きを言う。詩の中の及ばざる所なり。詩の大意は王寵を專らにして、上下の分を失することを刺る。白華は則ち漚[ひた]して以て菅とす。白茅は則ち之を用いて裹[つつ]み束ぬるなり。物の美惡、其の用各々其の所有り。尊卑上下各々其の分有るに興う。今王貴賤の序を亂りて、我を遠ざけ棄てて、我をして窮獨にして所を失せしむとなり。之の子とは、王を謂うなり。英英たる白雲とは、雲の貌。天の道雲蒸し露降るときは、則ち菅茅皆其の澤を被る。王如し道を以てせば、則ち嫡妾當に均しく其の寵を被るべし。今天運艱難にして、之の子猶是の道のごとくならずとなり。天步は、時運なり。猶は、如きなり。滮[ひょう]池北に流るとは、小水の微流なり。尙能く稻田を浸漑す。王の崇高尊大にして、反って其の寵澤を通流すること能わず、此を念って嘯[うそぶ]き歌って傷み懷う所以なり。滮は、池の名。源無くして竭し易きの水。彼の桑の薪を樵[こ]るとは、桑は、薪の善なる者。彼の桑の薪を樵りて用いずして、我れ煁竈[じんそう]に烘[た]くは、王の嫡后の尊きを捨てて、寵を嬖人に專らするに興う。維れ彼の王の崇大にして、する所此の如し。我が心を勞傷する所以なり。之の子と言うは、直に是の人を謂うなり。碩人と言うは、其の尊大の位に居して、する所是の如くなることを言うなり。鐘を宮に鼓つ。此の章自ら其の誠意の王を動かすこと能わざるを傷むなり。鐘を宮中に鼓って、聲外に聞こゆ。今我が中心子を念って、慘慘然として憂蹙すれども、曾て感動せず。我を視て邁邁として去るとなり。邁邁は、去り遠ざけて顧みざるの意。鶖[しゅう]の梁に在り、鶴の林に在るは、皆其の所なり。今王我をして其の所を得ざらしむ。是を以て心を傷ましむ。鴛鴦[えんおう]は、雌なる者右の翼左を掩う。是れ雄の常なり。今王夫爲るの道乃ち常ならず。其の德を二三にすとは、初終改易するを謂うなり。扁は、乘石の形。乘石を設けて、以て高しとす。而れども反覆すれば卑し。王后の尊きを捨てて、微賤の人を寵するに興う。之の子遠ざけられて、我をして困病せしむ。底(徐本底を疷に作る。)は、病むなり。此の詩八章、次序有り、更に煩わしく解せず。第四章の中、卬の字我と訓ず。幽王を謂う。我れ却って煁に烘けりとは、今の俗語此の如し。

大雅 旱麓
言周家承受先祖之業也。后稷・公劉積德於始、世修其業、至太王・王季、重修百福、以干天祿
(申重也。)。人爲善而獲福。修善乃福也。爲善而獲福、所謂自求多福、乃干祿也。瞻彼旱麓。旱、山名。麓、山足。高峻非生物之所。麓乃百物所聚生也。瞻彼旱麓之榛楛、草木得麓之氣、濟濟茂盛。興此周家之愷悌君子、承其祖先愷悌之道、所以興盛受福也(榛楛、旱山所有之木。)。瑟彼玉瓉。此章言先祖積德、必有善承之子孫也。瑟、密義。謂縝密。溫潤之玉瓉、其中所盛必黃流也。愷悌君子、則福祿所降、必有賢子孫也。瓉、圭瓉、玉器。黃流、鬱鬯也。鳶飛戾天。此章言先祖之德、可以作後人也。鳶飛至天、興上得其道。謂先祖。魚躍于淵、興下得其宜。謂後嗣。後嗣之賢、自先世之貽謀。故愷悌君子、遐不作人。作、興起之于善也。言不遠作人于善乎。淸酒旣載。此章言子孫承受其業、致其誠孝之報、先祖饗其成功也。載、事。謂造也。後人載酒備牲、以享祀其先君。祖先享報而子孫受福也。故云以介景福。介、至也。謂以來大福也。瑟彼柞棫。瑟然密茂之狀。前章言先祖享成功之報、此章重明成功由先祖之力。柞棫之所以密茂、由人焚燎而然。今之君子成其王業、亦猶神勞力於昔也。神指先祖。今人種楡、亦焚之使茂。莫莫葛藟。前章言由先祖之爲、此章重言率循先祖之道。莫莫、葛藟柔曼茂盛之狀。施者、謂依緣木之條幹。興君子率循先祖之道、以干天祿。不囘、謂無邪囘他道也。此詩所稱愷悌君子、或目先祖、或謂子孫。觀文意可辨。
【読み】
大雅 旱麓[かんろく]
周家先祖の業を承け受くることを言うなり。后稷・公劉德を始めに積み、世々其の業を修め、太王・王季に至って、重ねて百福を修めて、以て天の祿を干[もと]む(申ね重ぬるなり。)。人善を爲して福を獲。善を修むれば乃ち福なり。善を爲して福を獲るは、所謂自ら多福を求めて、乃ち祿を干むるなり。彼の旱の麓を瞻る。旱は、山の名。麓は、山の足[ふもと]。高峻は物を生ずる所に非ず。麓は乃ち百物の聚生する所なり。彼の旱の麓の榛楛[こ]を瞻るに、草木麓の氣を得て、濟濟として茂盛なり。此の周家の愷悌の君子、其の祖先愷悌の道を承く、所以に興盛にして福を受くるに興う(榛楛は、旱の山有する所の木。)。瑟たる彼の玉瓉[ぎょくさん]。此の章には先祖の積德、必ず善く承くるの子孫有ることを言う。瑟は、密なるの義。縝密を謂う。溫潤の玉瓉は、其の中の盛る所は必ず黃流なり。愷悌の君子は、則ち福祿の降る所、必ず賢子孫有りとなり。瓉は、圭瓉、玉器。黃流は、鬱鬯[うっちょう]なり。鳶飛んで天に戾[いた]る。此の章には先祖の德、以て後人を作す可きことを言う。鳶飛んで天に至るは、上其の道を得るに興う。先祖を謂う。魚淵に躍るは、下其の宜しきを得るに興う。後嗣を謂う。後嗣の賢は、先世の貽謀[いぼう]自りす。故に愷悌の君子、遐[とお]く人を作さずという。作は、之を善に興起せしむるなり。言うこころは、遠く人を善に作さざらんやとなり。淸酒旣に載る。此の章には子孫其の業を承け受け、其の誠孝の報を致し、先祖其の成功を饗することを言う。載は、事なり。造るを謂う。後人酒を載り牲を備えて、以て其の先君に享祀す。祖先享け報いて子孫福を受くるなり。故に以て景[おお]いなる福に介[いた]ると云う。介は、至るなり。以て大福を來すことを謂うなり。瑟たる彼の柞棫[さくよく]。瑟然は密茂の狀。前章には先祖成功を享くるの報を言い、此の章には重ねて成功は先祖の力に由ることを明かす。柞棫の密茂なる所以は、人焚燎するに由って然り。今の君子其の王業を成すは、亦猶神力を昔に勞すればなり。神とは先祖を指す。今の人楡を種うるも、亦之を焚いて茂らしむ。莫莫たる葛藟[かつるい]。前章には先祖の爲[しわざ]に由ることを言い、此の章には重ねて先祖の道に率い循うことを言う。莫莫は、葛藟柔曼茂盛の狀。施は、木の條幹に依り緣るを謂う。君子先祖の道に率い循って、以て天の祿を干むるに興う。囘ならずとは、他の道に邪囘すること無きを謂う。此の詩に稱する所の愷悌の君子、或は先祖に目づけ、或は子孫を謂う。文意を觀て辨ず可し。

皇矣
此詩美周家所以興王業。故言、天監代殷、莫若周。然此詩主意、在美王季、終言王業之成、而盛述文王之事。序因云世世修德、莫若文王也。皇矣上帝、臨下有赫。皇、大也。臨視天下、有赫赫威明也。下章云、王赫斯怒。監觀四方、求民之莫、求民所定也。此泛言天祐下民、作之君長、使得安定也。維此二國、其政不獲、維彼四國、爰究爰度、惟求民所定。故君不善則絕之、如彼夏・商二國。不得其政、謂失君道也。則於四方之國、求謀有德之君、使王天下。究、尋究也。度、謀度也。上帝耆之、增其式廓、耆、致也。頌云、耆定爾功。上帝耆之、謂天命所歸。式廓、謂規限也。猶云規模範圍也。天命所致、則增大其規限、自諸侯而升天子、由百里而撫四海。是增而大之也。憎字、與增同。憎、心有所超也。義與增通矣。乃眷西顧、此惟與宅、上泛言天道如此。上所云求德可安民者、大而王之。故其眷西顧而歸於周。此維與宅、謂使其居西土以王天下也。作之屛之、上章之末言天命歸周、此言其居西土所興之業。其去惡養善、生息其人民、皆以養治材木爲興。作之謂拔之。屛之謂去之。作屛之者、其菑其翳也。菑、立死。翳、自斃。意者、立死則全枯。翳謂枝幹之死耳。故菑上配作之、翳上配屛之
(作、幷根出之。屛、伐去而已。)。夫人之爲惡以自亡。故以自死之木興之。修之平之、修治之也。叢生曰灌、行生曰栵(故字以列。)。謂修治其叢列(徐本列作栵。)、使疎密正直得其宜。此興平治民物、各得其宜也。啓之辟之、謂芟除也。檉椐(檉、河柳也。椐、樻也。)、必芟除而後茂盛。此興養民也。上四句止言所當去者及行列(徐本行列作灌栵。)、至此言檉椐、乃興民也。二木、常木衆多者。故以興民。攘之剔之、謂穿剔去其繁冗、使成長也。檿柘、待用之木。以興養育賢才也。帝遷明德、串夷載路、上述其治矣、此云天監就其明德。其治如此。串夷載路也。串、循順之義。穿物一貫爲串。字形亦然。夷、平也。載路、猶滿路。謂充塞也。周家之治、順平之道、充塞也。天立厥配、受命旣固、言天以其德之配天、而立之使王、則其受命堅固而不易也。言天命終歸之、必成王業也。帝省其山。此章將言王季受命配天之事。故再言帝省其山、以見其所爲之可以配天也。帝省其山、言天視周家之治、以山爲興也。柞棫常木、興民。松柏良材、興賢才。拔長盛、興生民繁庶。兌潤澤、興賢才得其所。帝作、謂天道。邦作、謂人君之爲。人君之德、能與天對合者、自太伯與王季也。○太伯雖不爲人君、然其爲與王季相須、皆周家之事。王季之治、能對天、而由太伯與之固。故云自太伯・王季也。維此王季、因心則友、又述其事也。因心者、出其天性也。言王季天性友愛其兄。故其兄賢之而讓之國、卒受天命、興王業之篤厚、周家之福慶、又成其兄讓德之光顯也。載、辭也。錫、與也。謂與其兄之光顯。受天福祿、保而不失、以至奄有四方。奄字之義、在忽遂之閒。此詩本意、在美王季。故其言泰伯之讓、皆由王季、下言文王之事、亦歸本王季也。維此王季、帝度其心。此章述王季之德。帝度其心、謂天鑒其衷誠也。貊其德音、貊字之義、疑是大也。德音、德聲也。其德聲旣大、而其實德克明。非徒能明、又能類。類、肖也。今人能知而弗克踐之者、明及之、而行弗類也。是非誠有也。言王季旣明、又能類。所以爲至德。長、謂能居長上之道。君、謂能君撫人民、興王此大國。克順、又克俾順。謂順道。俾化民貽後皆是也。夫身不行道、不行於妻子。己能順道、然後能使人。王季所以能化民成俗、貽厥子孫也。故不特俾民遷善而已、又俾其子文王守其德而不失。故無悔也。旣受天福祿、而能施及於子孫。此二句結之、而下述文王之事也。帝謂文王、上章之末言王季之業施於子孫、此章言文王承王季之緒、復受天命、終成王業也。至文王而有救民征伐之事。畔援、黨比也、畔、近岸。援、攀援。歆、欲之動也。羨、愛羨。誕、與但同義。登岸、旣濟之義。天謂文王、無黨援以爲强、無以貪欲而動、惟是所先者、濟天下於險難。此謂順天征伐之道。於是密人不恭、拒我大邦之命、旣侵阮、而又往將侵共。文王赫然而怒、整其師旅、以遏止密人徂共之師、救亂安人、以厚周家之福、以答天下望周之心也。此文王征伐之始也。依其在京、依、憑也。京、周國。文王本據周地以興。侵廣土疆、自阮而始。謂密侵阮、文王救安之、遂歸服也。開地益廣、至於岐・隴。高山皆有之。陟我、猶云廣我疆宇、至登高岡也。矢、陳也。謂墾闢。言人無耕闢我陵阜乎。陵阜皆我之阿也。無飮我水泉乎。水泉皆我之池也。言皆屬其有也。其地旣廣。於是擇高明之處而安居之、度相其鮮原。鮮原、謂高明之地。得其地於岐山之南、渭水之傍。將、猶傍也。謂其傍建其都邑。其德爲萬國所歸向。是天下萬民之王也。帝謂文王、予懷明德。上章言文王開拓土宇、天下歸服、此章乃言其聖德所以化人如此。帝謂文王、予懷爾之明德。不大其聲色而人化。夫聖人之誠、感無不通。故所過者化、所存者神。豈暴著於形迹也哉。是不發見其大聲色也。故聖人曰、聲色之於化民末也。其化之感人、雖不大其聲色、而其應之疾、人之惡不及長大而革也。夏、大也。言不待遲久而化也。民由之、而不知日遷善、而不知爲之者。是不識不知、而順夫天理也。此聖人之神化、非文王孰能及之。帝謂文王、詢爾仇方。此章首言文王之化如此、章末言聖人之化如此。而天下有昏惡之甚、不能化者、伐而誅之、則天下皆善而王業成。帝謂文王、當謀與爾爲仇之方。詢、謀也。同爾兄弟之國、以爾攻伐之具、以伐爲仇之崇。鉤援、登城之梯。臨・衝、二車、皆兵車。臨衝閑閑。此章述伐崇而天下畏服也。閑閑、徐緩之狀。言言、猶齗齗也。校訟不服之狀。凡聖人之伐、未有不俟其革心順服者。旣不服、然後攻之。崇侯迷惡、當文王之徐緩之時、則齗齗不服。故文王遂加之兵。執訊連連之多。連連、屬續之狀。訊、生獲者也。安安、不輕暴也。馘、斬獲也。聖人之伐、殺其犯、順者非輕肆殺戮也。故於馘也安安然審重。又爲類・禡之祭。古者出征、類於上帝、禡於所征之地。所以暴明其罪、告之神明。言其當誅伐、伐而告之神明、其伐合神明之道也。又明其罪惡、以著逆順之理。是可致所不服而來附其人也。於是四方畏服、莫敢侮慢。伐而猶不服、於是力攻之。茀茀、盛强之狀。旣力攻之、崇乃仡仡然。仡仡、壯勇之狀。堅拒守。是其惡之終不革者也。於是攻伐之。肆、謂縱攻也。絕、滅之。忽、滅也。天誅旣行、四方畏服、無敢違拂者矣。文王之征始於密、王功之始也。終於崇、天下遂無不服、王功之成也。文王有聲言作豐在伐崇之後。而此言度居乃在前章者、蓋此章自侵自阮疆、言其廣疆宇、以至於及遠、建都邑一倂盡言之耳。非謂事在伐崇前也。
【読み】
皇矣[こうい]
此の詩は周家王業を興す所以を美す。故に言く、天監みるに殷に代わるは、周に若くは莫し、と。然して此の詩の主意は、王季を美するに在り、終わりに王業の成れることを言って、盛んに文王の事を述ぶ。序に因りて云う、世世德を修むること、文王に若くは莫し、と。皇[おお]いなるかな上帝、下を臨[み]て赫たること有り。皇は、大なり。天下を臨み視るに、赫赫たる威明有りとなり。下の章に云う、王赫として斯に怒るとなり。四方を監み觀て、民の莫[さだ]まらんことを求むとは、民の定まる所を求むるなり。此れ泛く天下民を祐けて、之が君長を作し、安定を得せしむることを言うなり。維れ此の二國、其の政獲ず、維れ彼の四國、爰に究[たづ]ね爰に度るとは、惟れ民の定まらん所を求む。故に君不善なれば則ち之を絕つこと、彼の夏・商の二國の如し。其の政を得ずとは、君道を失えるを謂うなり。則ち四方の國に於て、有德の君を求め謀って、天下に王たらしめんとす。究は、尋ね究むるなり。度は、謀り度るなり。上帝之を耆[いた]して、其の式廓[しょくかく]を增すとは、耆は、致すなり。頌に云う、爾の功を耆し定む、と。上帝之を耆すとは、天命の歸する所を謂う。式廓は、規限を謂うなり。猶規模範圍と云うがごとし。天命の致す所は、則ち其の規限を增大にして、諸侯自りして天子に升り、百里由りして四海を撫す。是れ增して之を大いにするなり。憎の字は、增と同じ。憎は、心の超ゆる所有るなり。義增と通ず。乃ち眷[かえり]みること西に顧みて、此れ惟れ與え宅[お]らしむとは、上には泛く天道此の如くなることを言う。上に云う所は德民を安んず可き者を求めて、大いにして之を王とす。故に其の眷みること西に顧みて周に歸す。此れ維れ與え宅らしむとは、其をして西土に居して以て天下に王たらしむるを謂うなり。之を作[ぬ]き之を屛[さ]るとは、上の章の末に天命周に歸することを言い、此には其の西土に居して興す所の業を言う。其の惡を去り善を養い、其の人民を生息すること、皆材木を養い治むるを以て興えとす。之を作くとは之を拔くを謂う。之を屛つとは之を去るを謂う。之を作き屛る者は、其の菑[し]し其の翳[えい]すればなり。菑は、立ち死[か]るるなり。翳は、自ら斃るるなり。意は、立ち死るれば則ち全く枯るるなり。翳は枝幹の死るるを謂うのみ。故に菑は上之を作くというに配し、翳は上之を屛るというに配す(作は、根と幷に之を出す。屛は、伐り去るのみ。)。夫れ人惡を爲して以て自ら亡ぶ。故に自ら死るるの木を以て之を興う。之を修め之を平らぐとは、之を修め治むるなり。叢生するを灌と曰い、行生するを栵[れい](故字列を以てす。)と曰う。其の叢列(徐本列を栵に作る。)を修め治めて、疎密正直其の宜しきを得せしむるを謂う。此れ民物を平らげ治めて、各々其の宜しきを得るに興う。之を啓き之を辟[ひら]くとは、芟[か]り除くことを謂う。檉[てい]椐[きょ]は(檉は、河柳なり。椐は、樻[き]なり。)、必ず芟り除いて而して後に茂盛す。此れ民を養うに興う。上の四句は止當に去るべき所の者及び行列(徐本行列を灌栵に作る。)を言い、此に至って檉椐を言って、乃ち民に興う。二木は、常木の衆多なる者。故に以て民に興う。之を攘[はら]い之を剔[き]るとは、穿ち剔って其の繁冗を去って、成長せしむるを謂う。檿[えん]柘[せき]は、用を待つの木。以て賢才を養育するに興う。帝明德を遷して、串夷路に載[み]つとは、上には其の治まることを述べて、此には天監みて其の明德に就くことを云う。其の治此の如し。串夷路に載つとなり。串は、循い順うの義。物を穿ちて一貫するを串とす。字形も亦然り。夷は、平らぐなり。路に載つとは、猶路に滿つというがごとし。充塞するを謂う。周家の治、順平の道、充塞するなり。天厥の配[たぐい]を立てて、命を受くること旣に固しとは、言うこころは、天其の德の天に配するを以て、之を立てて王たらしむるときは、則ち其の命を受くること堅固にして易わらざるとなり。天命終に之に歸して、必ず王業を成すことを言う。帝其の山を省る。此の章將に王季命を受けて天に配するの事を言わんとす。故に再び帝其の山を省ると言って、以て其のする所の以て天に配す可きことを見す。帝其の山を省るとは、天周家の治を視ることを言って、山を以て興えとするなり。柞棫[さくよく]は常木、民に興う。松柏は良材、賢才に興う。拔は長く盛んなり、生民繁庶に興う。兌は潤澤、賢才其の所を得るに興う。帝作すとは、天道を謂う。邦作すとは、人君の爲を謂う。人君の德、能く天と對合する者は、太伯と王季と自りなり。○太伯は人君爲らずと雖も、然れども其の王季と相須[もと]むることをするは、皆周家の事。王季の治、能く天に對して、太伯之に與にするに由って固し。故に太伯・王季自りすと云う。維れ此の王季、心に因って則ち友ありとは、又其の事を述ぶるなり。心に因るとは、其の天性に出るなり。言うこころは、王季の天性其の兄に友愛あり。故に其その兄之を賢として之に國を讓って、卒に天命を受けて、王業の篤厚、周家の福慶を興し、又其の兄讓德の光顯を成すとなり。載は、辭なり。錫は、與うるなり。其の兄の光顯を與うるを謂う。天の福祿を受けて、保んじて失わずして、以て奄[つい]に四方を有つに至る。奄の字の義、忽遂の閒に在り。此の詩の本意は、王季を美するに在り。故に其の泰伯の讓れるは、皆王季由りすることを言い、下に文王の事を言って、亦王季に歸し本づく。維れ此の王季、帝其の心を度る。此の章には王季の德を述ぶ。帝其の心を度るとは、天其の衷誠を鑒みるを謂う。其の德音を貊[おお]いにすとは、貊の字の義、疑うらくは是れ大いなるならん。德音は、德聲なり。其の德聲旣に大にして、其の實德克く明らかなり。徒能く明らかなるに非ず、又能く類すとなり。類は、肖るなり。今の人能く知って克く之を踐まざる者は、明之に及べども、行類せざるなり。是れ誠に有するに非ざるなり。言うこころは、王季旣に明らかに、又能く類す。至德爲る所以なり。長は、能く長上の道に居するを謂う。君は、能く君として人民を撫で、此の大國に王たることを興すことを謂う。克く順うとは、又克く順わしむるなり。道に順うを謂う。民を化し後に貽さしむるは皆是れなり。夫れ身道を行わざれば、妻子にも行われず。己能く道に順って、然して後に能く人をせしむ。王季能く民を化し俗を成して、厥の子孫に貽す所以なり。故に特民をして善に遷さしむるのみにあらず、又其の子文王をして其の德を守って失わざらしむ。故に悔ゆること無し。旣に天の福祿を受けて、能く施して子孫に及ぼす。此の二句之を結んで、下文王の事を述ぶるなり。帝文王に謂[つ]ぐとは、上の章の末に王季の業子孫に施[およ]ぼすことを言い、此の章に文王王季の緒を承け、復天命を受けて、終に王業を成すことを言う。文王に至って民を救い征伐する事有り。畔援は、黨比なり、畔は、近岸。援は、攀[かか]り援[ひ]く。歆[きん]は、欲の動くなり。羨は、愛羨。誕は、但と同義。岸[きわ]まれるに登るとは、旣に濟わるるの義。天文王に謂えらく、黨援して以て强を爲すこと無く、貪欲を以て動くこと無かれ、惟れ是れ先んずる所の者は、天下を險難に濟え、と。此れ天に順って征伐するの道を謂う。是に於て密人不恭にして、我が大邦の命を拒み、旣に阮を侵して、又往いて將に共を侵さんとす。文王赫然として怒って、其の師旅を整えて、以て密人共に徂くの師を遏め止め、亂を救い人を安んじて、以て周家の福を厚くして、以て天下周を望むの心に答う。此れ文王征伐の始めなり。依りて其れ京に在りとは、依は、憑るなり。京は、周の國。文王本周の地に據って以て興る。土疆を侵し廣むること、阮自りして始む。謂ゆる密阮を侵すに、文王之を救い安んじて、遂に歸服するなり。地を開くこと益々廣くして、岐・隴に至る。高山皆之れ有り。我れ陟[のぼ]るとは、猶我が疆宇を廣むること、高岡に登るに至ると云うがごとし。矢は、陳ぬるなり。墾[ほ]り闢くを謂う。言うこころは、人我が陵阜を耕し闢くこと無けんや。陵阜は皆我が阿[くま]なり。我が水泉を飮むこと無けんや。水泉は皆我が池なり、と。言うこころは、皆其の有に屬すとなり。其の地旣に廣し。是に於て高明の處を擇んで之に安居せんとして、其の鮮原を度り相る。鮮原は、高明の地を謂う。其の地を岐山の南、渭水の傍に得。將は、猶傍のごとし。謂ゆる其の傍に其の都邑を建つるなり。其の德萬國の爲に歸向せらる。是れ天下萬民の王なり、と。帝文王に謂えらく、予れ明德を懷う、と。上の章には文王土宇を開拓して、天下歸服することを言い、此の章には乃ち其の聖德人を化すること此の如くなる所以を言う。帝文王に謂えらく、予れ爾の明德を懷う。其の聲色を大いにせずして人化す、と。夫れ聖人の誠、感ずれば通ぜずということ無し。故に過ぐる所の者化し、存する所の者神なり。豈形迹を暴し著さんや。是れ其の聲色を大いにすることを發見せざるなり。故に聖人曰く、聲色の民を化するに於るは末なり、と。其の化の人を感ずる、其の聲色を大いにせずと雖も、其の應ずること疾やかにして、人の惡長大に及ばずして革むとなり。夏は、大なり。言うこころは、遲久を待たずして化すとなり。民之に由って、日に善に遷ることを知らずして、之を爲す者を知らず。是れ識らず知らずして、夫の天理に順うなり。此れ聖人の神化、文王に非ずんば孰か能く之に及ばん。帝文王に謂えらく、爾の仇方を詢[はか]れ、と。此の章首めに文王の化を言うこと此の如く、章末に聖人の化を言うこと此の如し。而れども天下に昏惡の甚だしくして、化すること能わざる者有れば、伐って之を誅すれば、則ち天下皆善して王業成るなり。帝文王に謂えらく、當に爾と仇を爲すの方を謀るべし、と。詢は、謀るなり。爾の兄弟の國を同じくして、爾の攻伐の具を以て、以て仇を爲すの崇を伐てとなり。鉤援[こうえん]は、城に登る梯。臨・衝は、二車、皆兵車。臨衝閑閑たり。此の章には崇を伐って天下畏服することを述ぶるなり。閑閑は、徐緩の狀。言言は、猶齗齗[ぎんぎん]のごとし。校訟して服せざるの狀。凡そ聖人の伐は、未だ其の心を革めて順い服することを俟たざる者有らず。旣に服せずして、然して後に之を攻む。崇侯惡に迷って、文王の徐緩の時に當たらば、則ち齗齗として服せず。故に文王遂に之に兵を加う。訊を執ること連連として之れ多きなり。連連は、屬續の狀。訊は、生きながら獲る者なり。安安は、輕暴ならざるなり。馘[かく]は、斬獲なり。聖人の伐は、其の犯すを殺して、順う者は輕々しく肆に殺戮するに非ず。故に馘するに於て安安然として審重にす。又類・禡[ば]の祭を爲す。古は出征するには、上帝に類し、征する所の地に禡す。其の罪を暴し明らかにして、之を神明に告ぐる所以なり。其の當に誅伐すべきことを言って、伐って之を神明に告ぐるは、其の伐神明の道に合えばなり。又其の罪惡を明らかにして、以て逆順の理を著す。是れ服せざる所を致して其の人を來し附かしむ可し。是に於て四方畏服して、敢えて侮り慢ること莫し。伐って猶服せず、是に於て力めて之を攻む。茀茀[ふつふつ]は、盛强の狀。旣に力めて之を攻むるに、崇乃ち仡仡[きつきつ]然たり。仡仡は、壯勇の狀。堅く拒み守るなり。是れ其の惡の終に革めざる者なり。是に於て之を攻め伐つ。肆は、縱に攻むるを謂う。絕は、之を滅ぼす。忽は、滅ぼすなり。天の誅旣に行われて、四方畏服して、敢えて違拂する者無し。文王の征密に始むるは、王功の始めなり。崇に終わって、天下遂に服せずということ無きは、王功の成れるなり。文王有聲に豐を作るは崇を伐つの後に在ることを言う。而れども此に居を度ることを言うこと乃ち前の章に在る者は、蓋し此の章侵すこと阮の疆自りして、其の疆宇を廣めて、以て遠くに及ぶに至ることを言うに自って、都邑を建つることも一に倂せて盡く之を言うのみ。事崇を伐つの前に在りと謂うには非ず。


二程全書卷之四十九  程氏經說第四

春秋傳序

天之生民、必有出類之才起、而君長之、治之而爭奪息、導之而生養遂、敎之而倫理明。然後人道立、天道成、地道平。二帝而上、聖賢世出、隨時有作、順乎風氣之宜、不先天(一作時。)、以開人、各因時而立敎。曁乎三王迭興、三重旣備、子丑寅之建正、忠質文之更尙、人道備矣、天運周矣。聖王旣不復作、有天下者、雖欲倣古之迹、亦私意妄爲而已。事之謬、秦至以建亥爲正、道之悖、漢專以智力持世。豈復知先王之道也。夫子當周之末、以聖人不復作也、順天應時之治不復有也、於是作春秋爲百王不易之大法。所以考諸三王而不謬、建諸天地而不悖、質諸鬼神而無疑、百世以俟聖人而不惑者也。先儒之論曰、游・夏不能贊一辭。辭不待贊也、言不能與於斯耳。斯道也、惟顏子嘗聞之矣。行夏之時、乘殷之輅、服周之冕、樂則韶舞。此其準的也。後世以史視春秋、謂褒善貶惡而已。至於經世之大法、則不知也。春秋大義數十、其義雖大、炳如日星、乃易見也。惟其微辭隱義、時措從宜者、爲難知也。或抑或縱、或與或奪、或進或退、或微或顯、而得乎義理之安、文質之中、寬猛之宜、是非之公。乃制事之權衡、揆道之模範也。夫觀百物然後識化工之神、聚衆材然後知作室之用。於一事一義而欲窺聖人之用心(一本無心字。)、非上智不能也。故學春秋者、必優游涵泳、默識心通、然後能造其微也。後王知春秋之義、則雖德非禹・湯、尙可以法三代之治。自秦而下、其學不傳。予悼夫聖人之志不明於後世也。故作傳以明之。俾後之人通其文而求其義、得其意而法其用、則三代可復也。是傳也、雖未能極聖人之蘊奥、庶幾學者得其門而入矣。有宋崇寧二年癸未四月乙亥、伊川程頤序。
【読み】
天の民を生ずる、必ず出類の才起こること有りて、之を君長として、之を治めて爭奪息み、之を導いて生養遂げ、之を敎えて倫理明らかなり。然して後人道立ち、天道成り、地道平らかなり。二帝よりして上、聖賢世々出、時に隨って作ること有って、風氣の宜しきに順い、天(一に時に作る。)に先んじて、以て人を開かず、各々時に因って敎を立つ。三王迭々興り、三重旣に備わり、子丑寅の正を建[さ]し、忠質文の更々尙ぶに曁んで、人道備わり、天運周し。聖王旣に復作らずして、天下を有つ者、古の迹に倣わんと欲すと雖も、亦私意妄爲なるのみ。事の謬てる、秦亥を建すを以て正とするに至り、道の悖れる、漢專ら智力を以て世を持す。豈復先王の道を知らんや。夫子周の末に當たって、聖人復作らず、天に順い時に應ずるの治復有せざるを以て、是に於て春秋を作って百王不易の大法とす。所以に諸を三王に考えて謬らず、諸を天地に建てて悖らず、諸を鬼神に質して疑い無く、百世以て聖人を俟って惑わざる者なり。先儒の論に曰く、游・夏は一辭を贊すること能わず、と。辭贊することを待たざるは、言うこころは、斯に與ること能わざるのみ。斯の道は、惟り顏子のみ嘗て之を聞けり。夏の時を行え、殷の輅に乘れ、周の冕を服せよ、樂は則ち韶舞せよ、と。此れ其の準的なり。後世史を以て春秋を視て、謂く、善を褒め惡を貶とすのみ。經世の大法に至っては、則ち知らず、と。春秋大義數十、其の義大なりと雖も、炳たること日星の如くにして、乃ち見易し。惟其の微辭隱義、時に措いて宜しきに從う者、知り難しとす。或は抑え或は縱[ゆる]し、或は與え或は奪い、或は進み或は退き、或は微かに或は顯らかにして、義理の安き、文質の中、寬猛の宜しき、是非の公を得。乃ち事を制するの權衡、道を揆[はか]るの模範なり。夫れ百物を觀て然して後に化工の神を識り、衆材を聚めて然して後に室を作るの用を知る。一事一義に於て聖人の用心(一本に心の字無し。)を窺わんと欲せば、上智に非ずんば能わざるなり。故に春秋を學ぶ者は、必ず優游涵泳、默識心通して、然して後に能く其の微に造るなり。後王春秋の義を知らば、則ち德は禹・湯に非ずと雖も、尙以て三代の治に法る可し。秦自りして下、其の學傳わらず。予れ夫の聖人の志後世に明らかならざることを悼む。故に傳を作って以て之を明らかにす。後の人をして其の文に通じて其の義を求め、其の意を得て其の用に法らしめば、則ち三代復す可し。是の傳や、未だ聖人の蘊奥を極むること能わずと雖も、庶幾わくは學者其の門を得て入らん。有宋の崇寧二年癸未四月乙亥、伊川程頤序す。


春秋

春秋、魯史記之名也。夫子之道旣不行於天下、於是因魯春秋立百王不易之大法。平王東遷、在位五十一年、卒不能復興先王之業、王道絕矣。孟子曰、王者之跡熄而詩亡。詩亡然後春秋作。適當隱公之初、故始於隱公。
【読み】
春秋は、魯の史記の名なり。夫子の道旣に天下に行われず、是に於て魯の春秋に因って百王不易の大法を立つ。平王東遷して、在位五十一年、卒に先王の業を復興すること能わずして、王道絕う。孟子曰く、王者の跡熄[き]えて詩亡ぶ。詩亡んで然して後に春秋作る、と。適々隱公の初めに當たる、故に隱公より始む。

○隱公、名息姑、惠公子。惠公元妃孟子。繼室以聲子生隱公。諡法、不尸其位曰隱。
【読み】
○隱公、名は息姑、惠公の子なり。惠公の元妃は孟子なり。室を繼ぐに聲子を以てして隱公を生む。諡法に、其の位を尸[つかさど]らざるを隱と曰う。

元年、春、王正月。
元年、隱公之始年。春、天時。正月、王正。書春王正月、示人君當上奉天時、下承王正。明此義、則知王與天同、大人道立矣。周正月、非春也。假天時以立義爾。平王之時、王道絕矣。春秋假周以正王法。隱不書卽位、明大法於始也。諸侯之立、必由王命。隱公自立。故不書卽位。不與其爲君也。法旣立矣。諸公或書或不書、義各不同。旣不受命於天子、以先君之命而繼世者、則正其始。文・成・襄・昭・哀是也。繼世者旣非王命、又非先君之命、不書卽位。不正其始也。莊・閔・僖是也。桓・宣・定之書卽位、桓弑君而立、宣受弑賊之立、定爲逐君者所立。皆無王無君。何命之受。故書其自卽位也。定之比宣、則又有閒矣。
【読み】
元年、春、王の正月。
元年は、隱公の始めの年。春は、天の時。正月は、王の正。春王正月と書するは、人君當に上天の時を奉じ、下王の正を承くべきことを示す。此の義を明らかにするときは、則ち王と天と同じきことを知って、大人の道立つ。周の正月は、春に非ず。天の時を假りて以て義を立つるのみ。平王の時、王道絕う。春秋周を假りて以て王法を正す。隱卽位を書さざるは、大法を始めに明かせばなり。諸侯の立つは、必ず王命に由る。隱公自ら立つ。故に卽位を書さず。其の君爲るに與らざればなり。法旣に立つ。諸公或は書し或は書さざるは、義各々同じからず。旣に命を天子に受けざれども、先君の命を以て世を繼ぐ者は、則ち其の始めを正す。文・成・襄・昭・哀是れなり。世を繼ぐ者旣に王命に非ず、又先君の命に非ざれば、卽位を書さず。其の始めを正さざればなり。莊・閔・僖是れなり。桓・宣・定の卽位を書すは、桓は君を弑して立ち、宣は弑賊の立つるを受け、定は君を逐う者の爲に立てらる。皆王無く君無し。何の命か之れ受けん。故に其の自ら位に卽くことを書す。定を宣に比すれば、則ち又閒有り。

三月、公及邾儀父盟于蔑。
盟誓以結信、出於人情。先王所不禁也。後世屢盟而不信、則辠也。諸侯交相盟誓、亂世之事也。凡盟、内爲主、稱及、外爲主、稱會。在魯地、雖外爲主、亦稱及。彼來而及之也。兩國已上則稱會。彼盟而往會之也。邾、附庸國。邾子克、字儀父。附庸之君稱字、同王臣也。夷狄則稱名、降中國也。
【読み】
三月、公邾[ちゅ]の儀父と蔑に盟う。
盟誓して以て信を結ぶは、人情に出づ。先王の禁ぜざる所なり。後世屢々盟って信あらざるは、則ち辠[つみ]なり。諸侯交々相盟誓するは、亂世の事なり。凡そ盟、内主爲れば、及と稱し、外主爲れば、會すと稱す。魯の地に在れば、外主爲りと雖も、亦及と稱す。彼來りて之に及べばなり。兩國已上は則ち會すと稱す。彼盟って往いて之に會すればなり。邾は、附庸の國。邾子克、字は儀父。附庸の君字を稱するは、王臣に同じければなり。夷狄は則ち名を稱するは、中國より降ればなり。

夏五月、鄭伯克段于鄢。
鄭武公娶于申。曰武姜。生莊公及共叔段。愛段、欲立之。亟請於武公。弗許。及莊公卽位、請京、使居之。謂之京城大叔段。失道、而公弗制、祭公諫而公弗聽。故詩人譏其小不忍以致大亂也。段完聚、繕甲兵、具卒乘、將襲鄭。夫人將啓之。公聞其期、命子封伐京。京叛段。段入于鄢。公伐諸鄢。大叔出奔共。書曰鄭伯克段于鄢。鄭伯失爲君之道、無兄弟之義。故稱伯而不言弟。克、勝也。言勝段之彊。使之彊、所以致其惡也。不書奔、義不繫於奔也。
【読み】
夏五月、鄭伯段に鄢[えん]に克ちぬ。
鄭の武公申に娶る。武姜と曰う。莊公及び共叔段を生む。段を愛して、之を立てんと欲す。亟[しばしば]武公に請う。許さず。莊公位に卽くに及んで、京を請い、之に居らしむ。之を京城の大叔段と謂う。道を失えども、而れども公制せず、祭公諫むれども而れども公聽かず。故に詩人其の小忍びずして以て大亂を致すことを譏るなり。段完くし聚め、甲兵を繕い、卒乘を具えて、將に鄭を襲わんとす。夫人將に之を啓かんとす。公其の期を聞いて、子封に命じて京を伐たしむ。京段に叛く。段鄢に入る。公鄢を伐つ。大叔出でて共に奔る。書して鄭伯段に鄢に克ちぬと曰う。鄭伯君爲るの道を失して、兄弟の義無し。故に伯と稱して弟と言わず。克は、勝つなり。言うこころは、段の彊きに勝つなり。之をして彊からしむるは、其の惡を致す所以なり。奔るを書さざることは、義奔るに繫からざればなり。

秋七月、天王使宰咺來歸惠公仲子之賵。
王者奉若天道。故稱天王。其命曰天命。其討曰天討。盡此道者、王道也。後世以智力把持天下者、霸道也。春秋因王命以正王法、稱天王以奉天命。夫婦、人倫之本。故當先正。春秋之時、嫡妾僭亂。聖人尤謹其名分。男女之配、終身不變者也。故無再配之禮。大夫而下、内無主則家道不立。故不得已而有再娶之禮。天子諸侯、内職具備。后夫人已可以攝治、無再娶之禮。春秋之始、尙有疑焉。故仲子羽數特降。僖公而後、無復辯矣。春秋因其竊號而書之、以志僭亂。仲子繫惠公而言。故正其名、不曰夫人、曰惠公仲子。謂惠公仲子妾稱也。以夫人禮賵人之妾。不天亂倫之甚也。然春秋之始、天王之義未見。故不可去天而名咺、以見其不王。王臣雖微不名。況於宰乎。
【読み】
秋七月、天王宰咺[けん]をして來りて惠公仲子の賵[ぼう]を歸[おく]らしむ。
王は天の道に奉け若[したが]う。故に天王と稱す。其の命を天命と曰う。其の討を天討と曰う。此の道を盡くす者は、王道なり。後世智力を以て天下を把持する者は、霸道なり。春秋王命に因って以て王法を正し、天王を稱して以て天命を奉ず。夫婦は、人倫の本。故に當に先に正すべし。春秋の時、嫡妾僭亂せり。聖人尤も其の名分を謹む。男女の配は、身を終うるまで變ぜざる者なり。故に再び配するの禮無し。大夫よりして下は、内主無ければ則ち家道立たず。故に已むことを得ずして再び娶るの禮有り。天子諸侯は、内職具備す。后夫人已に以て攝治す可くして、再び娶るの禮無し。春秋の始め、尙疑しき有り。故に仲子の羽數特に降す。僖公よりして後は、復辯ずること無し。春秋其の竊號に因りて之を書して、以て僭亂を志す。仲子は惠公に繫けて言う。故に其の名を正して、夫人と曰わずして、惠公仲子と曰う。謂ゆる惠公の仲子は妾の稱なり。夫人の禮を以て人の妾に賵す。不天亂倫の甚だしきなり。然れども春秋の始め、天王の義未だ見されず。故に天を去る可からずして咺に名いいて、以て其の不王を見す。王臣は微なりと雖も名いわず。況んや宰に於てをや。

九月、及宋人盟于宿。
惠公之季年、敗宋師于黃。公立而求成焉。盟于宿、魯志也。稱及稱人、皆非卿也。
【読み】
九月、宋人と宿に盟う。
惠公の季の年、宋の師を黃に敗る。公立ちて成[たい]らぎを求む。宿に盟うは、魯の志なり。及と稱し人と稱するは、皆卿に非ざればなり。

冬十有二月、祭伯來。
祭伯、畿内諸侯、爲王卿士。來朝魯。不言朝、不與朝也。當時諸侯、不修朝覲之禮、失人臣之義。王所當治也。祭伯爲王臣、不能輔王正典刑、而反與之交、又來朝之。故不與其朝、以明其罪。先儒有王臣無外交之說、甚非也。若天下有道、諸侯順軌、豈有内外之限。其相交好、乃常禮也。然委官守而遠相朝、無是道也。周禮所謂世相朝、謂鄰國爾。
【読み】
冬十有二月、祭伯來る。
祭伯は、畿内の諸侯、王の卿士爲り。來りて魯に朝す。朝すと言わざることは、朝に與らざればなり。當時の諸侯、朝覲の禮を修めざれば、人臣の義を失う。王の當に治むべき所なり。祭伯王の臣として、王を輔け典刑を正すこと能わずして、反って之と交わり、又之に來朝す。故に其の朝に與らずして、以て其の罪を明かす。先儒に王の臣外に交わること無きの說有り、甚だ非なり。若し天下道有り、諸侯軌に順わば、豈内外の限有らんや。其の相交好するは、乃ち常禮なり。然れども官守を委[す]てて遠く相朝するは、是の道無し。周禮に所謂世ごとに相朝すとは、鄰國を謂うのみ。

公子益師卒。
諸侯之卿、必受命於天子。當時不復請命。故諸侯之卿、皆不書官。不與其爲卿也。稱公子、以公子故使爲卿也。惟宋王者後、得命官。故獨宋卿書官。卿者、佐君以治國。其卒、國之大事。故書。於此見君臣之義矣。或日、或不日、因舊史也。古之史、記事簡略日月或不備。春秋因舊史。有可損而不能益也。
【読み】
公子益師卒す。
諸侯の卿は、必ず命を天子に受く。當時復命を請わず。故に諸侯の卿は、皆官を書さず。其の卿爲るに與らざればなり。公子と稱するは、公子を以ての故に卿爲らしむればなり。惟り宋は王者の後にして、官を命ずることを得。故に獨り宋の卿のみ官を書す。卿は、君を佐けて以て國を治む。其の卒するは、國の大事なり。故に書す。此に於て君臣の義を見すなり。或は日いい、或は日いわざることは、舊史に因ればなり。古の史、事を記すこと簡略にして日月或は備わらず。春秋は舊史に因る。損す可き有りて益すこと能わざるなり。

二年、春、公會戎于潛。
周室旣衰、蠻夷猾夏、有散居中國者。方伯大國明大義而攘斥、之義也。其餘列國、愼固封守可也。若與之和好、以免侵暴、非所謂戎狄是膺、所以容其亂華也。故春秋華夷之辨尤謹。居其地、而親中國、與盟會者、則與之。公之會戎、非義也。
【読み】
二年、春、公戎に潛に會す。
周室旣に衰え、蠻夷夏を猾[みだ]りて、中國に散居する者有り。方伯大國大義を明らかにして攘斥するは、之れ義なり。其の餘の列國は、愼み固く封守して可なり。若し之と和好して、以て侵暴を免るは、所謂戎狄是れ膺[う]つに非ず、其の華を亂るを容[ゆる]す所以なり。故に春秋華夷の辨尤も謹めり。其の地に居して、中國を親しむと、盟會する者とは、則ち之に與す。公の戎に會するは、義に非ざるなり。

夏五月、莒人入向。
莒子娶于向。向姜不安莒而歸。莒人入向、以姜氏還。天下有道、禮樂征伐自天子出。春秋之時、諸侯擅相侵伐、舉兵以侵伐人。其罪著矣。春秋直書其事、而責常在被侵伐者。蓋彼加兵於己、則當引咎、或自辯、喩之以禮義、不得免焉、則固其封疆、告於天子方伯。若忿而與戰、則以與戰者爲主。處己絕亂之道也。書莒人、微者也。凡將尊師衆曰某帥師、將尊師少曰某伐某、將卑師衆曰某師、將卑師少曰某人、不知衆寡將帥名氏亦曰某人。書入、入其國也。侵人之境固爲暴。況入人之國乎。
【読み】
夏五月、莒[きょ]人向[しょう]に入る。
莒子向に娶る。向姜莒に安んぜずして歸る。莒人向に入って、姜氏を以[い]て還る。天下道有れば、禮樂征伐天子自り出づ。春秋の時、諸侯擅[ほしいまま]に相侵伐して、兵を舉げて以て人を侵伐す。其の罪著し。春秋直に其の事を書して、責め常に侵伐せらるる者に在り。蓋し彼兵を己に加えば、則ち當に咎を引いて、或は自ら辯じ、之を喩すに禮義を以てし、免るることを得ずんば、則ち其の封疆を固くして、天子方伯に告ぐ。若し忿って與に戰わば、則ち與に戰う者を以て主とす。己を處し亂を絕つの道なり。莒人と書すは、微なる者なればなり。凡そ將尊く師衆きを某師を帥ゆと曰い、將尊く師少なきを某某を伐つと曰い、將卑しく師衆きを某の師と曰い、將卑しく師少なきを某人と曰い、衆寡將帥の名氏を知らざるも亦某人と曰う。入ると書すは、其の國に入ればなり。人の境を侵すを固に暴とす。況んや人の國に入るをや。

無駭帥師入極。
古者卿皆受命於天子。春秋之時、諸侯自命也。賜族者則書族。不書族者未賜也。賜族者、皆命之世爲卿也。
【読み】
無駭師を帥いて極に入る。
古は卿皆命を天子に受く。春秋の時、諸侯自ら命ず。族を賜る者は則ち族を書す。族を書せざる者は未だ賜らざればなり。族を賜る者は、皆之を命じて世々卿とす。

秋八月庚辰、公及戎盟于唐。
戎猾夏。而與之盟非義也。
【読み】
秋八月庚辰、公戎と唐に盟う。
戎夏を猾る。而して之と盟うは義に非ざるなり。

九月、紀履繻來逆女。
非命卿皆書名。以君命來逆夫人也。在魯、故稱女。内女嫁爲諸侯夫人、則書逆、書歸。明重事也。來逆非卿、則書歸而已。見其禮之薄也。先儒皆謂、諸侯當親迎。親迎者、迎於所館。故有親御授綏之禮。豈有委宗廟社稷、遠適他國以逆婦者乎。非惟諸侯、卿大夫而下皆然。詩稱文王親迎于渭、未嘗出疆也。
【読み】
九月、紀の履繻來りて女を逆[むか]う。
命卿に非ざれば皆名を書す。君命を以て來りて夫人を逆うるなり。魯に在る、故に女と稱す。内女嫁して諸侯の夫人と爲るときは、則ち逆うと書し、歸[とつ]ぐと書す。重事を明かせばなり。來り逆うること卿に非ざれば、則ち歸ぐと書すのみ。其の禮の薄きを見すなり。先儒皆謂えらく、諸侯當に親迎すべし、と。親迎は、館する所に迎う。故に親ら御し綏[すい]を授くるの禮有り。豈宗廟社稷を委てて、遠く他國に適きて以て婦を逆うる者有らんや。惟諸侯のみに非ず、卿大夫よりして下も皆然り。詩に文王親ら渭に迎うと稱するも、未だ嘗て疆を出ざるなり。

冬十月、伯姬歸于紀。
送之者雖公子公孫、非卿則不書。
【読み】
冬十月、伯姬紀に歸ぐ。
之を送る者公子公孫と雖も、卿に非ざれば則ち書さず。

紀子伯・莒子盟于密。
闕文也。當云紀侯某伯・莒子盟于密。左氏附會作帛。杜預以爲裂繻之字。春秋無大夫在諸侯上者。公羊・穀梁皆作伯。
【読み】
紀の子伯・莒子密に盟う。
闕文なり。當に紀侯某伯・莒子密に盟うと云うべし。左氏附會して帛に作る。杜預以て裂繻の字とす。春秋に大夫諸侯の上に在る者無し。公羊・穀梁皆伯に作る。

十有二月乙卯、夫人子氏薨。
隱公夫人也。薨、上墜之聲。諸侯國内稱之小君同。婦人從夫者也。公在、故不書葬。於此見夫婦之義矣。
【読み】
十有二月乙卯、夫人子氏薨ず。
隱公の夫人なり。薨ずとは、上墜つるの聲。諸侯の國内之を小君と稱すること同じ。婦人は夫に從う者なり。公在す、故に葬を書さず。此に於て夫婦の義を見す。

鄭人伐衛。
聲其罪曰伐。衛服、故不戰。衛服、可免矣。鄭之擅興戎、王法所不容也。
【読み】
鄭人衛を伐つ。
其の罪を聲[な]らすを伐つと曰う。衛服す、故に戰わず。衛服せば、免る可し。鄭の擅に戎を興すは、王法の容さざる所なり。

三年、春、王二月己巳、日有食之。
月、王月也。事在二月、則書王二月、在三月、則書王三月。無事、則書時、書首月。蓋有事則道在事、無事則存天時。天時備則歲功成、王道存則人理立。春秋之大義也。日有食之、有食之者也。更不推求者、何也。太陽君也。而被侵食、君道所忌。然有常度、災而非異也。星辰陵歷亦然。
【読み】
三年、春、王の二月、己巳、日食すること有り。
月は、王の月なり。事二月に在るときは、則ち王の二月と書し、三月に在るときは、則ち王の三月と書す。事無きときは、則ち時を書し、首月を書す。蓋し事有るときは則ち道事に在り、事無きときは則ち天の時を存す。天の時備われば則ち歲功成り、王道存すれば則ち人理立つ。春秋の大義なり。日食すること有るは、食せしむる者有ればなり。更に推し求めざる者は、何ぞや。太陽は君なり。而るに侵し食せらるるは、君道の忌む所なり。然れども常度有り、災にして異に非ず。星辰の陵歷も亦然り。

三月庚戌、天王崩。
崩、上墜之形。四海之内、皆當奔赴。魯君不往、極惡罪大。不可勝誅、不書而自見也。
【読み】
三月庚戌、天王崩ず。
崩は、上墜つるの形。四海の内、皆當に奔り赴くべし。魯の君往かざるは、極惡罪大なり。勝げて誅す可からざること、書さずして自ら見るなり。

夏四月辛卯、尹氏卒。
尹氏、王之世卿。古者使以德、爵以功、世祿而不世官。是以俊傑在位、庶績咸煕。及周之衰、士皆世官、政由是敗。尹氏世爲王官。故於其卒書曰尹氏。見其世繼也。
【読み】
夏四月辛卯、尹氏卒す。
尹氏は、王の世卿。古は使うには德を以てし、爵には功を以てして、祿を世々して官を世々せず。是を以て俊傑位に在って、庶績咸く煕[ひろ]まる。周の衰うるに及んで、士皆官を世々して、政是に由って敗る。尹氏は世々王の官爲り。故に其の卒するに於て書して尹氏と曰う。其の世々繼ぐことを見すなり。

秋、武氏子來求賻。
武氏、王之卿士。稱武氏、見其世官。天王崩、諸侯不供其喪。故武氏遣其子徵求於四國。書之以見天子失道、諸侯不臣之甚也。
【読み】
秋、武氏の子來りて賻[ふ]を求む。
武氏は、王の卿士。武氏と稱して、其の官を世々するを見す。天王崩じて、諸侯其の喪に供せず。故に武氏其の子を遣して四國に徵し求む。之を書して以て天子道を失い、諸侯臣ならざるの甚だしきを見すなり。

八月庚辰、宋公和卒。
吉凶慶弔、講好修睦、鄰國之常禮、人情所當然。諸侯之卒、與國之大故。來告則書。
【読み】
八月庚辰、宋公和卒す。
吉凶慶弔、講好修睦は、鄰國の常禮、人情の當に然るべき所。諸侯の卒するは、國の大故に與る。來り告ぐれば則ち書す。

冬十有二月、齊侯・鄭伯盟于石門。
天下無王、諸侯不守信義、數相盟誓、所以長亂也。故外諸侯盟、來告者則書之。
【読み】
冬十有二月、齊侯・鄭伯石門に盟う。
天下王無く、諸侯信義を守らず、數々相盟誓するは、亂を長ずる所以なり。故に外の諸侯の盟、來り告ぐる者は則ち之を書す。

癸未、葬宋穆公。
諸侯告喪、魯往會葬、則書。春秋之時、皆不請諡。稱私諡、所以罪其臣子。
【読み】
癸未、宋の穆公を葬る。
諸侯喪を告げ、魯往いて葬に會すれば、則ち書す。春秋の時、皆諡を請わず。私の諡を稱するは、其の臣子を罪する所以なり。

四年、春、王二月、莒人伐杞、取牟婁。
諸侯土地有所受。伐之其辠、而奪取其土、惡又甚焉。王法所當誅也。
【読み】
四年、春、王の二月、莒人杞を伐ち、牟婁[ぼうろう]を取る。
諸侯の土地受くる所有り。之を伐つは其れ辠にして、其の土を奪い取るは、惡又甚だし。王法の當に誅すべき所なり。

戊申、衛州吁殺其君完。
衛莊公娶于齊。曰莊姜。無子。陳女戴嬀生桓公。莊姜以爲己子。公子州吁、嬖人之子也。有寵而好兵。公弗禁。石碏諫、弗聽。其子厚與州吁游。禁之不可。桓公立、乃老。州吁弑桓公而立。自古簒弑多公族。蓋謂先君子孫、可以爲君。國人亦以爲然、而奉之。春秋於此、明大義以示萬世。故春秋之初、弑君者皆不稱公子公孫。蓋身爲大惡、自絕於先君矣。豈復得爲先君子孫也。古者公族刑死則無服。況殺君乎。大義旣明於初矣。其後弑立者、則皆以屬稱。或見其以親而寵之太過、任之太重、以至於亂、或見其天屬之親而爲寇讐、立義各不同也。春秋大率所書、事同則辭同。後人因謂之例。然有事同而辭異者。蓋各有義。非可例拘也。
【読み】
戊申、衛の州吁[しゅうく]其の君完を殺す。
衛の莊公齊に娶る。莊姜と曰う。子無し。陳の女戴嬀桓公を生む。莊姜以て己が子とす。公子州吁は、嬖人の子なり。寵有りて兵を好む。公禁ぜず。石碏諫むれども、聽かず。其の子厚州吁と游ぶ。之を禁ずれども可[き]かず。桓公立って、乃ち老いたり。州吁桓公を弑して立つ。古自り簒弑多くは公族なり。蓋し謂く、先君の子孫、以て君爲る可し、と。國人も亦以て然りとして、之を奉ず。春秋此に於て、大義を明らかにして以て萬世に示す。故に春秋の初め、君を弑する者は皆公子公孫と稱せず。蓋し身ら大惡を爲して、自ら先君に絕つ。豈復先君の子孫爲ることを得んや。古は公族刑死すれば則ち服無し。況んや君を殺すをや。大義旣に初めに明らかにせり。其の後弑し立つ者は、則ち皆屬を以て稱す。或は其の親を以てして寵すること太だ過ぎ、任ずること太だ重くして、以て亂に至るを見、或は其の天屬の親しくして寇讐を爲すを見、義を立つること各々同じからず。春秋大率書す所、事同じければ則ち辭同じ。後人因りて之を例と謂う。然れども事同じくして辭異なる者有り。蓋し各々義有り。例拘す可きに非ざるなり。

夏、公及宋公遇于淸。
諸侯相見而不行朝會之禮、如道路之相遇。故書曰遇。非周禮冬見曰遇之遇也。
【読み】
夏、公宋公と淸に遇う。
諸侯相見えて朝會の禮を行わず、道路に相遇うが如し。故に書して遇うと曰う。周禮に冬見るを遇うと曰うの遇うには非ず。

宋公・陳侯・蔡人・衛人伐鄭。
宋以公子馮在鄭、故與諸侯伐之也。日摟諸侯以伐鄭、固爲辠矣。而衛弑其君、天下所當誅也。乃與修好而同伐人。其惡甚矣。
【読み】
宋公・陳侯・蔡人・衛人鄭を伐つ。
宋公子馮鄭に在るを以て、故に諸侯と之を伐つ。日に諸侯を摟[ひ]きて以て鄭を伐つは、固より辠とす。而して衛其の君を弑するは、天下當に誅すべき所なり。乃ち與に好を修して同じく人を伐つ。其の惡甚だし。

秋、翬帥師、會宋公・陳侯・蔡人・衛人伐鄭。
宋虐用其民、衛當誅之賊、而與之同伐人。其辠大矣。二國構怨、而他國與之同伐。其辠均也。再序四國、重言其辠。左氏以爲再伐妄也。翬不稱公子、弑逆之人、積其强惡、非一朝一夕、辨之宜早。故去其公子。隱公不能辨。是以及禍。
【読み】
秋、翬[き]師を帥いて、宋公・陳侯・蔡人・衛人に會して鄭を伐つ。
宋は虐にして其の民を用い、衛は當に誅すべきの賊にして、之と同じく人を伐つ。其の辠大なり。二國怨みを構えて、他國之と同じく伐つ。其の辠均し。再び四國を序で、重く其の辠を言う。左氏以て再び伐つは妄なりとす。翬公子と稱せざるは、弑逆の人、其の强惡を積むこと、一朝一夕に非ず、之を辨ずること宜しく早くすべし。故に其の公子を去る。隱公辨ずること能わず。是を以て禍に及ぶ。

九月、衛人殺州吁于濮。
州吁未能和其民、厚問定君於石子。石子曰、王覲爲可。曰、何以得覲。曰、陳侯方有寵於王。若朝陳使請、必可得也。厚從州吁如陳。石碏使告于陳曰、此二人者、實弑寡君。敢卽圖之。陳人執之、而請涖於衛。衛人使右宰醜涖殺州吁于濮。石碏使其宰獳羊肩涖殺石厚于陳。稱衛人、衆辭也。舉國殺之也。
【読み】
九月、衛人州吁を濮に殺す。
州吁未だ其の民を和すること能わず、厚君を定めんことを石子に問う。石子曰く、王に覲[まみ]えんことを可なりとす、と。曰く、何を以て覲ゆることを得ん、と。曰く、陳侯方に王に寵有り。若し陳に朝して請わしめば、必ず得る可し、と。厚州吁に從って陳に如く。石碏陳に告げしめて曰く、此の二人は、實に寡君を弑せり。敢えて卽いて之を圖れ、と。陳人之を執えて、涖[のぞ]めということを衛に請う。衛人右宰醜をして涖んで州吁を濮に殺さしむ。石碏其の宰獳羊肩[どうようけん]をして涖んで石厚を陳に殺さしむ。衛人と稱するは、衆の辭なり。國を舉げて之を殺せばなり。

冬十有二月、衛人立晉。
衛人逆公子晉于邢而立之。書曰、衛人立晉。衛人立之也。諸侯之立、必受命於天子。當時雖不受命於天子、猶受命於先君。衛人以、晉公子也、可以立。故立之。春秋所不與也。雖先君子孫、不由天子先君之命、不可立也。故去其公子。
【読み】
冬十有二月、衛人晉を立つ。
衛人公子晉を邢に逆えて之を立つ。書に曰く、衛人晉を立つ、と。衛人之を立てればなり。諸侯の立つは、必ず命を天子に受く。當時命を天子に受けずと雖も、猶命を先君に受く。衛人以えらく、晉は公子なり、以て立つ可し、と。故に之を立つ。春秋の與せざる所なり。先君の子孫と雖も、天子先君の命に由らざれば、立つ可からず。故に其の公子を去る。

五年、春、觀魚于棠。
諸侯非王事民事不遠出。遠出觀魚、非道也。
【読み】
五年、春、魚を棠[とう]に觀る。
諸侯王事民事に非ざれば遠く出ず。遠く出て魚を觀るは、道に非ざるなり。

夏四月、葬衛桓公。
衛亂。是以緩。稱桓公、見國人私諡也。魯往會。故書。送終大事也。必就正寢、不沒于婦人之手。曾子易簀而沒。豈苟然乎。死而加之不正之諡。知忠孝者肯爲乎。
【読み】
夏四月、衛の桓公を葬る。
衛亂る。是を以て緩[おこた]れり。桓公と稱するは、國人の私の諡を見す。魯往いて會す。故に書す。終わりを送るは大事なり。必ず正寢に就いて、婦人の手に沒せず。曾子簀を易えて沒す。豈苟も然くならんや。死して之に不正の諡を加う。忠孝を知る者肯えてせんや。

秋、衛師入郕。
晉乘亂得立、不思安國保民之道、以尊王爲先、居喪爲重、乃興戎修怨、入人之國。書其失道也。
【読み】
秋、衛の師郕[せい]に入る。
晉亂に乘じて立つことを得て、國を安んじ民を保んずるの道、王を尊ぶを以て先とし、喪に居るを重しとすることを思わず、乃ち戎を興し怨みを修めて、人の國に入る。其の道を失することを書すなり。

九月、考仲子之宮、初獻六羽。
諸侯無再娶。仲子不得爲夫人。春秋之初、尙以爲疑。故別宮以祀之。考、始成而祀也。書以見非禮。成王賜魯用天子禮樂祀周公。後世遂羣廟皆用。仲子別宮。故不敢同羣廟而用六羽也。書初獻、見前此用八之僭也。仲尼以魯之郊禘爲周公之道衰。用天子之禮祀周公、成王之過也。
【読み】
九月、仲子の宮を考[な]して、初めて六羽を獻ず。
諸侯再び娶ること無し。仲子夫人爲ることを得ず。春秋の初め、尙以て疑わしとす。故に宮を別にして以て之を祀る。考は、始めて成って祀るなり。書して以て非禮を見す。成王魯に天子の禮樂を用て周公を祀ることを賜う。後世遂に羣廟皆用う。仲子宮を別にす。故に敢えて羣廟に同じくせずして六羽を用う。初めて獻ずと書すは、此より前は八を用うるの僭を見すなり。仲尼魯之郊禘を以て周公の道衰うとす。天子の禮を用いて周公を祀らしむるは、成王の過ちなり。

邾人・鄭人伐宋。
宋人取邾田。邾人告於鄭曰、請、君釋憾於宋。敝邑爲道。邾人・鄭人伐宋、先邾人爲主也。
【読み】
邾人・鄭人宋を伐つ。
宋人邾の田を取る。邾人鄭に告げて曰く、請う、君憾みを宋に釋け。敝邑道[みちび]くことをせん、と。邾人・鄭人宋を伐つに、邾人を先にするは主爲ればなり。

螟。
書螟、書螽、皆爲災也。國之大事、故書。
【読み】
螟[めい]あり。
螟ありと書し、螽[しゅう]ありと書すは、皆災いを爲せばなり。國の大事、故に書す。

冬十有二月、宋人伐鄭、圍長葛。
伐國而圍邑、肆其暴也。
【読み】
冬十有二月、宋人鄭を伐ち、長葛を圍む。
國を伐って邑を圍むは、其の暴を肆にするなり。

六年、春、鄭人來輸平。
魯與鄭舊修好。旣而迫於宋・衛、遂與之同伐鄭。故鄭來絕交。輸平、變其平也。匹夫且不肯失信於人。爲國君而負約。可羞之甚也。
【読み】
六年、春、鄭人來りて平らぎを輸[か]う。
魯と鄭とは舊好を修す。旣にして宋・衛に迫って、遂に之と同じく鄭を伐つ。故に鄭來りて交わりを絕つ。平らぎを輸うとは、其の平らぎを變ずるなり。匹夫すら且つ肯えて信を人に失わず。國君と爲して約に負[そむ]く。羞づ可きの甚だしきなり。

夏五月辛酉、公會齊侯盟于艾。
始平于齊也。
【読み】
夏五月辛酉、公齊侯に會して艾[がい]に盟う。
始めて齊に平らぐ。

秋七月。
無事書首月、天時王月備而後成歲也。
【読み】
秋七月。
事無くして首月を書すは、天の時王の月備わりて而して後に歲を成せばなり。

冬、宋人取長葛。
宋之圍長葛、歲且周矣。其虐民無道之甚、而天子弗治、方伯弗征、鄭視其民之危困、而不能保有赴訴、卒喪其邑。皆辠也。宋之彊取、不可勝誅矣。
【読み】
冬、宋人長葛を取る。
宋の長葛を圍む、歲々且つ周し。其の民を虐し道無きの甚だしき、而るに天子治めず、方伯征せず、鄭其の民の危困を視て、保んじ有ち赴[つ]げ訴うること能わずして、卒に其の邑を喪ぼす。皆辠なり。宋の彊[し]い取る、勝げて誅す可からざるなり。

七年、春、王三月、叔姬歸于紀。
伯姬爲紀夫人。叔姬其娣也。待年於家。今始歸。娣歸不
(徐本無不字。)書、閔其無終也。
【読み】
七年、春、王の三月、叔姬紀に歸ぐ。
伯姬は紀の夫人爲り。叔姬は其の娣なり。年を家に待つ。今始めて歸ぐ。娣歸いで書さざる(徐本に不の字無し。)ことは、其の終わり無きことを閔れめばなり。

滕侯卒。
不名、史闕也。
【読み】
滕侯卒す。
名いわざるは、史闕きたればなり。

夏、城中丘。
爲民立君、所以養之也。養民之道、在愛其力。民力足則生養遂、生養遂則敎化行而風俗美。故爲政以民力爲重也。春秋、凡用民力必書。其所作興、不時害義、固爲罪也。雖時且義、必書、見勞民爲重事也。後之人君知此義、則知愼重於用民力矣。然有用民力之大、而不書者、爲敎之意深矣。僖公修泮宮、復閟宮、非不用民力也。然而不書二者、興廢復古之大事、爲國之先務。如是而用民力、乃所當用也。人君知此義、則知爲政之先後輕重矣。凡書城者、完舊也。書築者、創始也。城中丘、使民不以時、非人君之用心也。
【読み】
夏、中丘に城く。
民の爲に君を立つるは、之を養う所以なり。民を養うの道は、其の力を愛しむに在り。民力足るときは則ち生養遂げ、生養遂ぐるときは則ち敎化行われて風俗美なり。故に政を爲むるには民力を以て重きとす。春秋に、凡そ民力を用うるは必ず書す。其の作興する所、時ならず義を害すれば、固に罪とす。時あり且義ありと雖も、必ず書すは、民を勞するは重事爲ることを見せばなり。後の人君此の義を知らば、則ち民力を用うることを愼み重んずることを知らん。然れども民力を用うるの大なる有れども、而れども書さざるは、敎を爲すの意深し。僖公泮宮[はんきゅう]を修め、閟宮を復する、民力を用いざるには非ず。然れども二つの者を書さざることは、廢れたるを興すは古に復するの大事、國を爲むるの先務なり。是の如くにして民力を用うるは、乃ち當に用うべき所なればなり。人君此の義を知らば、則ち政を爲むるの先後輕重を知らん。凡そ城くと書すは、舊を完くするなり。築くと書すは、創め始むるなり。中丘に城いて、民を使うに時を以てせざるは、人君の用心に非ず。

齊侯使其弟年來聘。
凡不稱公子而稱弟者、或責失兄弟之義、或罪其以弟之愛而寵任之過。左氏公羊傳皆曰、年齊僖公之母弟。先儒母弟之說、蓋緣禮文有立嫡子同母弟之說。其曰同母弟、蓋謂嫡爾。非以同母爲加親也。若以同母爲加親、是不知人理、近於禽道也。天下不明斯義也久矣。僖公愛年、其子尙禮秩如嫡、卒致簒弑之禍。書弟、見其以弟之愛而寵任之過也。桓三年同。
【読み】
齊侯其の弟年をして來聘せしむ。
凡そ公子と稱せずして弟と稱する者は、或は兄弟の義を失することを責め、或は其の弟の愛を以てして寵任の過ぐることを罪するなり。左氏公羊の傳に皆曰く、年は齊の僖公の母弟、と。先儒母弟の說は、蓋し禮の文に嫡子同母弟を立つというの說有るに緣れり。其の同母弟と曰うは、蓋し嫡を謂うのみ。同母を以て加[さら]に親とするに非ず。若し同母を以て加に親とすれば、是れ人理を知らずして、禽道に近し。天下斯の義を明らかにせざること久し。僖公年を愛して、其の子尙禮秩嫡の如くにして、卒に簒弑の禍を致す。弟と書すは、其の弟の愛を以てして寵任の過ぐるを見すなり。桓三年同じ。

秋、公伐邾。
左氏傳、爲宋討也。擅興甲兵、爲人而伐人、非義之甚也。
【読み】
秋、公邾を伐つ。
左氏傳に、宋の爲に討ずるなり、と。擅に甲兵を興して、人の爲に人を伐つは、非義の甚だしきなり。

冬、天王使凡伯來聘。
周禮、時聘以結諸侯之好。諸侯不修臣職。而聘之、非王體也。
【読み】
冬、天王凡伯をして來聘せしむ。
周禮に、時に聘して以て諸侯の好を結ぶ、と。諸侯臣の職を修めず。而るに之を聘するは、王の體に非ざるなり。

戎伐凡伯于楚丘以歸。
初、戎朝于王、發幣於公卿。凡伯弗賓。王使凡伯來聘。戎伐之于楚丘以歸。楚丘、衛地。伐、見其以衆。天子之使、道由於衛、而戎得以衆伐之。衛不能衛。其辠可知。言以歸、則非執。凡伯有失節之辠。
【読み】
戎凡伯を楚丘に伐って以[い]て歸る。
初め、戎王に朝して、幣を公卿に發[いた]す。凡伯賓とせず。王凡伯をして來聘せしむ。戎之を楚丘に伐って以て歸る。楚丘は、衛の地。伐つというは、其の衆を以てすることを見すなり。天子の使い、道衛に由って、戎衆を以て之を伐つことを得。衛衛ること能わず。其の辠知る可し。以て歸ると言うときは、則ち執るに非ず。凡伯節を失するの辠有り。

八年、春、宋公・衛侯遇于垂。
齊侯將平宋・衛於鄭。有會期、宋公以幣請於衛、請、先相見。故遇於垂。宋忌鄭之深。故與鄭卒不成好。無諸侯相見之禮。故書曰遇。
【読み】
八年、春、宋公・衛侯垂に遇えり。
齊侯將に宋・衛を鄭に平らげんとす。會の期有り、宋公幣を以て衛に請うらく、請う、先づ相見えん、と。故に垂に遇えり。宋鄭を忌むこと深し。故に鄭と卒に好を成さず。諸侯相見ゆるの禮無し。故に書して遇えりと曰う。

三月、鄭伯使宛來歸祊。
魯有朝宿之邑、在王畿之内、曰許。鄭有朝宿之邑、近於魯、曰祊。時王政不修、天子不巡守、魯亦不朝。故欲以祊易許、各取其近者。故使宛來歸祊。歸、魯來言易也。朝宿之邑、先祖受之於先王。豈可相易也。鄭來歸而魯受之。其罪均也。
【読み】
三月、鄭伯宛をして來りて祊[ほう]を歸[おく]らしむ。
魯に朝宿の邑、王畿の内に在る有り、許と曰う。鄭に朝宿の邑、魯に近き有り、祊と曰う。時に王政修まらず、天子巡守せず、魯も亦朝せず。故に祊を以て許に易え、各々其の近き者を取らんと欲す。故に宛をして來りて祊を歸らしむ。歸るというは、魯に來りて易えんことを言うなり。朝宿の邑は、先祖之を先王に受く。豈相易う可けんや。鄭來り歸って魯之を受く。其の罪均し。

庚寅、我入祊。
入者、内弗受也。義不可而彊入之也。
【読み】
庚寅、我れ祊に入る。
入るというは、内受けざればなり。義不可にして彊いて之に入るなり。

秋七月庚午、宋公・齊侯・衛侯盟于瓦屋。
宋爲主也。盟與鄭絕也。
【読み】
秋七月庚午、宋公・齊侯・衛侯瓦屋に盟う。
宋主と爲る。鄭と絕つことを盟うなり。

八月、葬蔡宣公。
速也。諸侯五月而葬。不及期、簡也。
【読み】
八月、蔡の宣公を葬る。
速やかなるなり。諸侯は五月にして葬る。期に及ばざるは、簡なるなり。

九月辛卯、公及莒人盟于浮來。
鄰國之交、講信修睦可也。安用盟爲。公屈己與臣盟、義非安也。
【読み】
九月辛卯、公莒人と浮來に盟う。
鄰國の交わりは、信を講じ睦を修めて可なり。安んぞ盟を用うることをせん。公己を屈して臣と盟うは、義安きに非ざるなり。

螟。
爲災也。民以食爲命。故有災必書。
【読み】
螟あり。
災いを爲すなり。民は食を以て命とす。故に災い有れば必ず書す。

冬十有二月、無駭卒。
未賜族、書名而已。
【読み】
冬十有二月、無駭卒す。
未だ族を賜わらず、名を書すのみ。

九年、春、天王使南季來聘。
周禮、大行人時聘以結諸侯之好。王法之行、時加聘問、以懷撫諸侯、乃常禮也。春秋之時、諸侯不修臣職、朝覲之禮廢絕。王法所當治也。不能正典刑、而反聘之、又不見答。失道甚矣。
【読み】
九年、春、天王南季をして來聘せしむ。
周禮に、大行人時に聘して以て諸侯の好を結ぶ、と。王法の行、時に聘問を加えて、以て諸侯を懷け撫するは、乃ち常禮なり。春秋の時、諸侯臣の職を修めず、朝覲の禮廢絕す。王法の當に治むべき所なり。典刑を正すこと能わずして、反って之を聘し、又答ぜられず。道を失えること甚だし。

三月癸酉、大雨震電。庚辰、大雨雪。
陰陽運動、有常而無忒。凡失其度、皆人爲感之也。故春秋、災異必書。漢儒傅其說而不逹其理。故所言多妄。三月大雨震電、不時災也。大雨雪、非常爲大。亦災也。
【読み】
三月癸酉、大いに雨ふりて震電す。庚辰、大いに雪雨[ふ]る。
陰陽の運動、常有って忒[たが]うこと無し。凡そ其の度を失えば、皆人之に感ずることをす。故に春秋に、災異必ず書す。漢儒其の說を傅[し]いて其の理に逹せず。故に言う所多くは妄なり。三月大いに雨ふりて震電するは、時ならざるの災いなり。大いに雪雨るは、常に非ざること大なりとす。亦災いなり。

夏、城郎。
書不時也。
【読み】
夏、郎に城く。
時ならざるを書す。

冬、公會齊侯于防。
謀伐宋也。
【読み】
冬、公齊侯に防に會す。
宋を伐つことを謀ればなり。

十年、春、王二月、公會齊侯・鄭伯于中丘。
爲師期也。
【読み】
十年、春、王の二月、公齊侯・鄭伯に中丘に會す。
師の期を爲せばなり。

夏、翬帥師會齊人・鄭人伐宋。
三國先遣將致伐。齊・鄭稱人、非卿也。翬不稱公子、與四年同。
【読み】
夏、翬師を帥いて齊人・鄭人に會して宋を伐つ。
三國先づ將を遣して伐つことを致す。齊・鄭人と稱するは、卿に非ざればなり。翬公子と稱せざることは、四年と同じ。

六月壬戌、公敗宋師于菅(徐本菅作管。)
不言戰而言敗。敗者爲主。彼與戰而此敗之也。
【読み】
六月壬戌、公宋の師を菅(徐本菅を管に作る。)に敗る。
戰うと言わずして敗ると言う。敗る者を主とす。彼與に戰って此れ之を敗ればなり。

辛未、取郜。辛巳、取防。
取二邑而有之、盜也。
【読み】
辛未、郜[こう]を取る。辛巳、防を取る。
二邑を取って之を有つは、盜むなり。

秋、宋人・衛人入鄭。
鄭勞民以務外、而不知守其國。故二國入之。
【読み】
秋、宋人・衛人鄭に入る。
鄭民を勞して以て外を務めて、其の國を守ることを知らず。故に二國之に入る。

宋人・蔡人・衛人伐戴。鄭伯伐取之。
宋人・衛人入鄭。蔡人從之伐戴。鄭伯圍戴克之、取三師焉。戴、鄭所與也。故三國伐之。鄭・戴合攻、盡取三國之衆。其殘民也甚矣。
【読み】
宋人・蔡人・衛人戴を伐つ。鄭伯伐って之を取る。
宋人・衛人鄭に入る。蔡人之に從って戴を伐つ。鄭伯戴を圍み之に克って、三師を取る。戴は、鄭の與する所。故に三國之を伐つ。鄭・戴合い攻めて、盡く三國の衆を取る。其の民を殘[そこ]なえること甚だし。

冬十月壬午、齊人・鄭人入郕。
討不會伐宋也。宋以公子馮在鄭。故二國交惡。左氏傳云、宋公以王命討之。於春秋不見其爲王討也。王臣不行、王師不出。矯假以逞私忿耳。
【読み】
冬十月壬午、齊人・鄭人郕に入る。
宋を伐つに會せざるを討ずるなり。宋公子馮の鄭に在るを以てす。故に二國交々惡し。左氏傳に云く、宋公王命を以て之を討ず、と。春秋に於て其の王の爲に討ずということを見ず。王の臣行かざれば、王の師出ず。矯[いつわ]り假りて以て私の忿りを逞しくするのみ。

十有一年、春、滕侯・薛侯來朝。
諸侯雖有相朝之禮、而當時諸侯、於天子未嘗朝覲、獨相率以朝魯。得爲禮乎。
【読み】
十有一年、春、滕侯・薛侯來朝す。
諸侯相朝するの禮有りと雖も、當時の諸侯、天子に於て未だ嘗て朝覲せず、獨り相率いて以て魯に朝す。禮とすることを得んや。

夏、公會鄭伯于時來。
謀伐許也。
【読み】
夏、公鄭伯に時來に會す。
許を伐つことを謀ればなり。

秋七月壬午、公及齊侯・鄭伯入許。
書及、内爲主。非内爲主、則先書會、伐後書入也。
【読み】
秋七月壬午、公齊侯・鄭伯と許に入る。
及と書すは、内主爲ればなり。内主爲るに非ざれば、則ち先づ會すと書して、伐って後入ると書すなり。

冬十有一月壬辰、公薨。
翬譖于桓公、而請弑之。公祭鍾巫、館于寪氏。翬使賊弑公于寪氏、立桓公而討寪氏。有死者。人君終于路寢、見卿大夫而終、乃正終也。薨于燕寢、不正其終也。薨不書地、弑也。賊不討、不書葬、無臣子也。
【読み】
冬十有一月壬辰、公薨ず。
翬桓公に譖して、之を弑せんと請う。公鍾巫を祭り、寪氏[いし]に館る。翬賊をして公を寪氏に弑せしめ、桓公を立てて寪氏を討ず。死者有り。人君路寢に終え、卿大夫を見て終えるは、乃ち終わりを正しくするなり。燕寢に薨ずるは、其の終わりを正しくせざるなり。薨ずるに地を書さざることは、弑せられたればなり。賊討ぜざれば、葬を書さざることは、臣子無ければなり。

○桓公名軌、惠公子、隱公弟。桓王九年卽位。諡法、闢土服遠曰桓。
【読み】
○桓公名は軌、惠公の子、隱公の弟。桓王九年に位に卽く。諡法に、土を闢き遠きを服するを桓と曰う。

元年、春、王正月、公卽位。
桓公弑君而立、不天無王之極也。而書春王正月、公卽位、以天道王法正其罪也。
【読み】
元年、春、王の正月、公位に卽く。
桓公君を弑して立つは、不天無王の極みなり。而るに春王の正月、公位に卽くと書すは、天道王法を以て其の罪を正せばなり。

三月、公會鄭伯于垂。鄭伯以璧假許田。
隱公八年、鄭伯使宛來歸祊。蓋欲易許田。魯受祊而未與許。及桓弑立、故爲會而求之、復加以璧。朝宿之邑、先祖受之於先王。豈可相易也。故諱之曰假。諱國惡禮也。
【読み】
三月、公鄭伯に垂に會す。鄭伯璧を以て許の田を假る。
隱公八年、鄭伯宛をして來りて祊を歸らしむ。蓋し許の田に易えんと欲すればなり。魯祊を受けて未だ許を與えず。桓弑立するに及んで、故に會を爲して之を求め、復加うるに璧を以てす。朝宿の邑は、先祖之を先王に受く。豈相易うる可けんや。故に之を諱みて假ると曰う。國の惡禮を諱めばなり。

夏四月丁未、公及鄭伯盟于越。
桓公欲結鄭好以自安。故旣與許田、又爲盟也。弑君之人、凡民罔弗懟。而鄭與之盟以定之。其辠大矣。
【読み】
夏四月丁未、公鄭伯と越に盟う。
桓公鄭の好を結んで以て自ら安んぜんと欲す。故に旣に許の田を與え、又盟を爲す。君を弑する人は、凡そ民も懟[うら]みずということ罔し。而るに鄭之と盟って以て之を定む。其の辠大なり。

秋、大水。
君修德則和氣應而雨暘若。桓行逆德而致陰沴、乃其宜也。
【読み】
秋、大いに水あり。
君德を修むるときは則ち和氣應じて雨暘若[したが]う。桓逆德を行って陰沴[いんれい]を致すこと、乃ち其れ宜なり。

二年、春、王正月戊申、宋督弑其君與夷、及其大夫孔父。
桓公無王。而書王正月、正宋督之辠也。弑逆之罪、不以王法正之、天理滅矣。督雖無王、而天理未嘗亡也。人臣死君難。書及以著其節。父、名也。稱大夫、不失其官也。
【読み】
二年、春、王の正月戊申、宋の督其の君與夷、及び其の大夫孔父を弑す。
桓公王を無[なみ]す。而るを王の正月と書すは、宋の督の辠を正せばなり。弑逆の罪、王法を以て之を正さずんば、天理滅びん。督王を無すと雖も、而れども天理未だ嘗て亡びず。人臣君の難に死す。及と書して以て其の節を著す。父は、名なり。大夫と稱するは、其の官を失せざればなり。

滕子來朝。
滕本侯爵、後服屬于楚。故降稱子。夷狄之也。首朝、桓公之辠自見矣。
【読み】
滕子來朝す。
滕は本侯爵、後楚に服屬す。故に降して子と稱す。之を夷狄にするなり。首めて朝するは、桓公の辠自づから見るなり。

三月、公會齊侯・陳侯・鄭伯于稷、以成宋亂。
宋弑其君。而四國共成定之。天下之大惡也。
【読み】
三月、公齊侯・陳侯・鄭伯に稷に會して、以て宋の亂を成[たい]らぐ。
宋其の君を弑す。而るに四國共に之を成らぎ定む。天下の大惡なり。

夏四月、取郜大鼎于宋。戊申、納于太廟。
四國旣成宋亂。而宋以鼎賂魯、齊・陳・鄭皆有賂。魯以爲功而受之。故書取。以成亂之賂器、置于周公之廟。周公其饗之乎。故書納。納者、弗受而强致也。
【読み】
夏四月、郜[こう]の大鼎を宋に取る。戊申、太廟に納る。
四國旣に宋の亂を成らぐ。而して宋鼎を以て魯に賂い、齊・陳・鄭皆賂い有り。魯以て功と爲して之を受く。故取ると書す。亂を成らぐるの賂器を以て、周公の廟に置く。周公其れ之を饗[う]けんや。故に納ると書す。納るとは、受けずして强いて致すなり。

秋七月、杞侯來朝。
凡杞稱侯者、皆當爲紀。杞爵非侯、文誤也。及紀侯大去其國之後、紀不復稱侯矣。
【読み】
秋七月、杞侯來朝す。
凡そ杞侯と稱する者は、皆當に紀とするべし。杞の爵は侯に非ず、文の誤りなり。紀侯大いに其の國を去るの後に及んでは、紀も復侯と稱ぜざるなり。

蔡侯・鄭伯會于鄧。
始懼楚也。
【読み】
蔡侯・鄭伯鄧に會す。
始めて楚を懼れてなり。

九月入杞。
將卑師少、外則稱人、内則止云入某伐某。
【読み】
九月杞に入る。
將卑しく師少なきを、外は則ち人と稱し、内は則ち止某に入り某を伐つと云う。

公及戎盟于唐。冬、公至自唐。
君出而書至者有三。告廟也、過時也、危之也。桓公弑立、嘗與鄭・齊・陳會矣。皆同爲不義。及遠與戎盟。故危之而書至。戎若不如三國之黨惡、則討之矣。居夷浮海之意也。中國旣不知義。夷狄或能知也。
【読み】
公戎と唐に盟う。冬、公唐自り至る。
君出て至ると書す者三つ有り。廟に告ぐるなり、時を過ごすなり、之を危ぶむなり。桓公弑立して、嘗て鄭・齊・陳と會す。皆同じく不義とす。遠く戎と盟うに及ぶ。故に之を危ぶんで至ると書す。戎若し三國の黨惡の如くならずんば、則ち之を討ぜん。夷に居り海に浮かぶの意なり。中國旣に義を知らず。夷狄或は能く知ればなり。

三年、春、正月、公會齊侯于嬴。
桓公弑君而立元年、書王、以王法正其辠也。二年、宋督弑君。以王法正其辠也。三年不書王、見桓之無王也。會齊侯于嬴、成昏于齊也。
【読み】
三年、春、正月、公齊侯に嬴[えい]に會す。
桓公君を弑して立つの元年、王と書すは、王法を以て其の辠を正せばなり。二年は、宋の督君を弑す。王法を以て其の辠を正せばなり。三年王を書さざるは、桓の王を無することを見せばなり。齊侯に嬴に會するは、昏を齊に成せばなり。

夏、齊侯・衛侯胥命于蒲。
二國爲會、約言相命而不爲盟詛、近於理也。故善之。
【読み】
夏、齊侯・衛侯蒲に胥[あ]い命ず。
二國會を爲し、約言相命じて盟詛をせざるは、理に近し。故に之を善す。

六月、公會杞侯于郕。
自桓公簒立、無歲不與諸侯盟會。結外援以自固也。
【読み】
六月、公杞侯に郕に會す。
桓公簒立して自り、歲々諸侯と盟會せざるは無し。外援を結んで以て自ら固くせんとす。

秋七月壬辰朔、日有食之。旣。
旣、盡也。食盡、爲異大也。
【読み】
秋七月壬辰朔、日食すること有り。旣[つ]きたり。
旣は、盡くすなり。食し盡くすは、異爲ること大なり。

公子翬如齊逆女。
翬於隱世、不稱公子、隱之賊也。於桓世、稱公子、桓之黨也。卿逆夫人、於禮爲稱。翬雖尊屬、當官而行、亦無嫌也。
【読み】
公子翬齊に如いて女を逆う。
翬隱の世に於て、公子と稱せざるは、隱の賊なればなり。桓の世に於て、公子と稱するは、桓の黨なればなり。卿夫人を逆うるは、禮に於て稱えりとす。翬尊屬と雖も、官に當たって行けば、亦嫌うこと無し。

九月、齊侯送姜氏于讙。公會齊侯于讙。
齊侯出疆送女、公遠會之。皆非義也。
【読み】
九月、齊侯姜氏を讙[かん]に送る。公齊侯に讙に會す。
齊侯疆を出て女を送り、公遠く之に會す。皆義に非ず。

夫人姜氏至自齊。
見于廟也。齊侯使其弟年來聘、致夫人也。稱弟義、見隱七年。
【読み】
夫人姜氏齊自り至る。
廟に見ればなり。齊侯其の弟年をして來聘せしむるは、夫人を致さんとなり。弟と稱するの義は、隱の七年に見えたり。

有年。
書有年、紀異也。人事順於下、則天氣和於上。桓弑君而立、逆天理、亂人倫。天地之氣爲之繆戾、水旱凶災、乃其宜也。今乃有年。故書其異。宣公爲弑君者所立、其惡有閒。故大有年則書之。
【読み】
年有り。
年有りと書すは、異を紀すなり。人事下に順えば、則ち天氣上に和す。桓君を弑して立って、天理に逆い、人倫を亂る。天地の氣之が爲に繆戾して、水旱凶災、乃ち其の宜なり。今乃ち年有り。故に其の異を書す。宣公君を弑する者の爲に立てられ、其の惡閒有り。故に大いに年有れば則ち之を書す。

四年、春、正月、公狩于郎。
公出動衆皆當書。于郎、遠也。
【読み】
四年、春、正月、公郎に狩す。
公出て衆を動かすは皆當に書すべし。郎にとは、遠ければなり。

夏、天王使宰渠伯糾來聘。
桓公弑君而立。天子不能治、天下莫能討。而王使其宰聘之、示加尊寵。天理滅矣、人道無矣。書天王、言當奉天也。而其爲如此。名糾、尊卑貴賤之義亡也。人理旣滅、天運乖矣。陰陽失序、歲功不能成矣。故不具四時。
【読み】
夏、天王宰渠伯糾をして來聘せしむ。
桓公君を弑して立つ。天子治むること能わず、天下能く討ずること莫し。而るに王其の宰をして之を聘せしめ、尊寵を加うることを示す。天理滅び、人道無し。天王と書すは、當に天に奉ぐべきを言う。而るに其の爲[しわざ]此の如し。糾に名いうは、尊卑貴賤の義亡ぶればなり。人理旣滅ぶれば、天運乖く。陰陽序を失して、歲功成ること能わず。故に四時を具えず。

五年、春、正月甲戌。
下文闕。
【読み】
五年、春、正月甲戌。
下文闕く。

夏、齊侯・鄭伯如紀。
齊侯・鄭伯朝于紀、欲以襲之。紀人知之。齊爲諸侯、而欲爲賊於鄰國。不道之甚。鄭伯助之。其辠均矣。
【読み】
夏、齊侯・鄭伯紀に如く。
齊侯・鄭伯紀に朝して、以て之を襲わんと欲す。紀人之を知る。齊諸侯と爲して、賊を鄰國に爲さんと欲す。不道の甚だしきなり。鄭伯之を助く。其の辠均し。

天王使仍叔之子來聘。
古之授任、稱其才德。故士無世官。周衰、官人以世。故卿大夫之子代其父任事。仍叔受命來聘、而使其子代行也。
【読み】
天王仍叔[じょうしゅく]の子をして來聘せしむ。
古の任を授くるは、其の才德に稱う。故に士官を世々すること無し。周衰えて、官人世々を以てす。故に卿大夫の子其の父に代わって事を任ず。仍叔命を受けて來聘して、其の子をして代わり行かしむ。

秋、蔡人・衛人・陳人從王伐鄭。
王奪鄭伯政。鄭伯不朝。王以諸侯伐鄭。鄭伯禦之、戰于繻葛。王卒大敗。王師於諸侯、不書敗、諸侯不可敵王也。於夷狄、不書戰、夷狄不能抗王也。此理也。其敵其抗、王道之失也。
【読み】
秋、蔡人・衛人・陳人王に從って鄭を伐つ。
王鄭伯の政を奪う。鄭伯朝せず。王諸侯を以て鄭を伐つ。鄭伯之を禦いで、繻葛に戰う。王卒に大いに敗るる。王の師の諸侯に於る、敗るるを書さざることは、諸侯は王に敵す可からざればなり。夷狄に於る、不戰うと書さざることは、夷狄は王に抗[あ]たること能わざればなり。此れ理なり。其の敵し其の抗たるは、王道の失なり。

大雩。
成王尊周公。故賜魯重祭、得郊禘大雩。大雩、雩于上帝、用盛樂也。諸侯、雩于境内之山川耳。成王之賜、魯公之受、皆失道也。故夫子曰、魯之郊禘非禮也、周公其衰矣。大雩、歲之常祀、不能皆書也。故因其非時則書之。遇旱災、則非時而雩。書之所以見其非禮、且志旱也。郊禘亦因事而書。
【読み】
大いに雩[う]す。
成王周公を尊ぶ。故に魯に重祭を賜って、郊し禘し大いに雩することを得。大いに雩すというは、上帝に雩して、盛樂を用うるなり。諸侯は、境内の山川に雩するのみ。成王の賜うも、魯公の受くるも、皆道を失うなり。故に夫子曰く、魯の郊禘は禮に非ず、周公其れ衰えたるかな、と。大いに雩するは、歲の常祀、皆書すこと能わず。故に其の時に非ざるに因りて則ち之を書す。旱災に遇えば、則ち時に非ざれども雩す。之を書すは其の非禮を見し、且つ旱を志す所以なり。郊禘も亦事に因りて書す。

螽。
蝗也。旣旱又蝗、飢不在書也。
【読み】
螽あり。
蝗なり。旣に旱し又蝗あれば、飢うること書すに在らず。

冬、州公如曹。
州公嘗爲王三公。故稱公。不能保其國、去如曹遂不復。
【読み】
冬、州公曹に如く。
州公嘗て王の三公爲り。故に公と稱す。其の國を保つこと能わず、去って曹に如いて遂に復らず。

六年、春、正月、寔來。
五年冬如曹、尙爲君也。故以諸侯書之。今不能反國、則匹夫也。故名之。來、來魯也。忽稱鄭忽、明其正也。寔不稱州、亡其國也。
【読み】
六年、春、正月、寔[しょく]來る。
五年冬曹に如くは、尙君の爲にするなり。故に諸侯を以て之を書す。今國に反ること能わざるときは、則ち匹夫なり。故に之に名いう。來るというは、魯に來るなり。忽鄭の忽と稱するは、其の正を明かせばなり。寔州と稱せざるは、其の國を亡えばなり。

夏四月、公會紀侯于成。
謀齊難也。
【読み】
夏四月、公紀侯に成に會す。
齊の難を謀ればなり。

秋八月壬午、大閱。
爲國之道、武備不可廢、必於農隙講肄、保民守國之道也。盛夏大閱、妨農害人。失政之甚。無事而爲之、妄動也。有警而爲之、敎之不素。何以保其國乎。
【読み】
秋八月壬午、大いに閱す。
國を爲むるの道は、武備廢す可からず、必ず農隙に於て講じ肄[なら]わしむるは、民を保んじ國を守るの道なり。盛夏大いに閱すれば、農を妨げ人を害す。政を失することの甚だしきなり。事無くして之を爲すは、妄りに動くなり。警むこと有りて之を爲すは、敎の素よりせざるなり。何を以て其の國を保たんや。

蔡人殺陳佗。
佗弑世子而竊位、不能有其國。故書曰陳佗。陳厲公、蔡出也。故蔡桓侯殺佗而立之。佗、天下之惡人、皆得誅之。蔡侯殺之、實以私也。故書蔡人。見殺賊者衆人之公也。
【読み】
蔡人陳佗を殺す。
佗世子を弑して位を竊み、其の國を有つこと能わず。故に書して陳佗と曰う。陳の厲公は、蔡の出なり。故に蔡の桓侯佗を殺して之を立つ。佗は、天下の惡人、皆之を誅することを得。蔡侯之を殺すは、實に私を以てするなり。故に蔡人と書す。賊を殺す者衆人の公なることを見すなり。

九月丁卯、子同生。
冢嫡之生、國之大事。故書。
【読み】
九月丁卯、子同生まる。
冢嫡の生まるるは、國の大事なり。故に書す。

冬、紀侯來朝。
紀侯懼齊、來朝以求助。不能上訴於天子、近赴於諸侯、和輯其人民、効死以守、而欲求援於魯桓。不能保其國宜矣。
【読み】
冬、紀侯來朝す。
紀侯齊を懼れて、來朝して以て助けを求む。上天子に訴え、近く諸侯に赴げ、其の人民を和輯して、死を効[いた]して以て守ること能わずして、援けを魯桓に求めんと欲す。其の國を保つこと能わざること宜なり。

七年、春、二月己亥、焚咸丘。
古者昆蟲
(徐本有蟄字。)而後火田、去莽翳以逐禽獸。非竭山林而焚之也。咸丘地名。云焚咸丘、如盡焚其地。見其廣之甚也。
【読み】
七年、春、二月己亥、咸丘に焚[やきがり]す。
古は昆蟲(徐本蟄の字有り。)して後火田し、莽翳を去って以て禽獸を逐う。山林を竭くして之を焚くに非ず。咸丘は地の名。咸丘に焚すと云うは、盡く其の地を焚くが如し。其の廣きの甚だしきを見すなり。

夏、穀伯綏來朝、鄧侯吾離來朝。
臣而弑君、天理滅矣。宜天下所不容也。而反天子聘之、諸侯相繼而朝之。逆亂天道、歲功不能成矣。故不書春冬。與四年同。曰、然則十五年邾人・牟人・葛人來朝、何以書秋冬。曰、四年與此、明其義矣。三國之來、別立義也。
【読み】
夏、穀伯綏[すい]來朝し、鄧侯吾離來朝す。
臣として君を弑するに、天理滅ぶ。宜なるかな天下の容さざる所なり。而るに反って天子之を聘し、諸侯相繼いで之に朝す。天道を逆亂して、歲功成ること能わず。故に春冬を書さず。四年と同じ。曰く、然らば則ち十五年に邾人・牟人・葛人來朝すること、何を以て秋冬を書す、と。曰く、四年と此とは、其の義を明かす。三國の來るは、別に義を立つるなり。

八年、春、正月己卯、烝。
冬烝、非過也。書之以見五月又烝、爲非禮之甚也。
【読み】
八年、春、正月己卯、烝す。
冬烝するは、過ぐるに非ず。之を書して以て五月又烝するは、非禮の甚だしきとすることを見すなり。

天王使家父來聘。
魯桓公弑立、未嘗朝覲。而王屢聘之。失道之甚也。
【読み】
天王家父をして來聘せしむ。
魯の桓公弑立して、未だ嘗て朝覲せず。而るに王屢々之を聘す。道を失することの甚だしきなり。

夏五月丁丑、烝。
正月旣烝矣。而非時復烝者、必以前烝爲不備也。其瀆亂甚矣。
【読み】
夏五月丁丑、烝す。
正月旣に烝せり。而るに時に非ずして復烝すとは、必ず前の烝を以て備わらずとすればなり。其の瀆亂甚だし。

冬十月、雨雪。
建酉之月、未霜而雪。書異也。
【読み】
冬十月、雪雨る。
酉を建すの月、未だ霜ふらずして雪ふる。異を書すなり。

祭公來、遂逆王后于紀。
祭公受命逆后、而至魯先行私禮。故書來。而以逆后爲遂事。責其不虔王命、而輕天下之母也。
【読み】
祭公來りて、遂に王后を紀に逆う。
祭公命を受けて后を逆えて、魯に至って先づ私の禮を行う。故に來ると書す。而して后を逆うるを以て事を遂ぐとす。其の王命を虔[つつし]まずして、天下の母を輕んずることを責む。

九年、春、紀季姜歸于京師。
書王國之事、不可用無王之月。故書時而已。或曰、借如正月日食、則如何書之。曰、書春日食、則其義尤明也。王后之歸、天下當有其禮。諸侯莫至。是不能母天下也。故書紀女歸而已。
【読み】
九年、春、紀の季姜京師に歸ぐ。
王國の事を書すには、無王の月を用う可からず。故に時を書すのみ。或るひと曰く、借如[たと]い正月日食せば、則ち如何にか之を書さん、と。曰く、春日食すと書すときは、則ち其の義尤も明らかなり。王后の歸ぐは、天下當に其の禮有るべし。諸侯至ること莫し。是れ天下に母たること能わず。故に紀の女歸ぐと書すのみ。

冬、曹伯使其世子射姑來朝。
曹伯有疾、不能親行。故使其世子來朝。春秋之時、君疾而使世子出、取危亂之道也。
(先生作春秋傳、至此而終。舊有解說者、纂集附之於後。)
【読み】
冬、曹伯其の世子射姑をして來朝せしむ。
曹伯疾有り、親ら行くこと能わず。故に其の世子をして來朝せしむ。春秋の時、君疾んで世子をして出さしむるは、危亂を取るの道なり。(先生春秋傳を作る、此に至って終う。舊解說有る者、纂集して之を後に附す。)

十年、冬、齊侯・衛侯・鄭伯來戰于郎。
來戰于郎、三國爲主。
【読み】
十年、冬、齊侯・衛侯・鄭伯來りて郎に戰う。
來りて郎に戰うというは、三國主爲ればなり。

十有一年、突歸于鄭。
突不稱公子、不可以有國也。鄭忽出奔衛。忽
(徐本有以字。)國氏、正也。不能有其位。故不爵。
【読み】
十有一年、突鄭に歸る。
突公子と稱せざるは、以て國を有つ可からざればなり。鄭の忽出て衛に奔る。忽(徐本以の字有り。)は國氏、正しきなり。其の位を有つこと能わず。故に爵いわず。

十有四年、鄭伯使其弟語來盟。
使來盟、盟前定矣。與高子不同。
【読み】
十有四年、鄭伯其の弟語をして來りて盟わしむ。
來りて盟わしむるは、盟前に定むればなり。高子と同じからず。

十有五年、鄭伯突出奔蔡。
避祭仲而出。非國人出之也。
【読み】
十有五年、鄭伯突蔡に出奔す。
祭仲を避けて出づ。國人之を出すに非ざるなり。

鄭世子忽復歸于鄭。
稱世子、本當立者。不能保其位。故不稱爵。鄭人謂之狡童、又曰狂童。恣行其不肖可知。
【読み】
鄭の世子忽鄭に復歸す。
世子と稱するは、本當に立つべき者なればなり。其の位を保つこと能わず。故に爵を稱せず。鄭人之を狡童と謂い、又狂童と曰う。行いを恣にして其の不肖なること知る可し。

秋九月、鄭伯突入于櫟。
突、非正也。忽旣恣行。故國人君之、諸侯助之。書爵、所以戒居正者已不能保、則人取之矣。書入、以見義不容也。
【読み】
秋九月、鄭伯突櫟に入る。
突は、正に非ず。忽旣に行いを恣にす。故に國人之を君とし、諸侯之を助く。爵を書すは、正に居する者已に保つこと能わず、則ち人之を取ることを戒むる所以なり。入ると書して、以て義容されざることを見すなり。

十有六年、夏四月、公會宋公・衛侯・陳侯伐鄭。
突善結諸侯。故皆爲之致力屢伐鄭也。
【読み】
十有六年、夏四月、公宋公・衛侯・陳侯に會して鄭を伐つ。
突善く諸侯に結ぶ。故に皆之が爲に力を致して屢々鄭を伐つ。

秋七月、公至自伐鄭。
不惟告廟、又以見勤勞於鄭突也。
【読み】
秋七月、公鄭を伐ちて自り至る。
惟廟に告ぐるのみならず、又以て鄭の突を勤勞することを見す。

○莊公、名同、桓公子。莊王四年卽位。諡法、勝敵克亂曰莊。
【読み】
○莊公、名は同、桓公の子。莊王四年に位に卽く。諡法に、敵に勝ち亂を克くするを莊と曰う。

五年、冬、公會齊人・宋人・陳人・蔡人伐衛。
諸國稱人、違抗王命也。貶諸侯、則魯在其中矣。
【読み】
五年、冬、公齊人・宋人・陳人・蔡人に會して衛を伐つ。
諸國人と稱するは、王命に違い抗[あらが]えばなり。諸侯を貶とすときは、則ち魯其の中に在り。

六年、春、王正月、王人子突救衛。
雖微稱字、王人當尊也。
【読み】
六年、春、王の正月、王人子突衛を救う。
微なりと雖も字を稱するは、王人當に尊べければなり。

夏六月、衛侯朔入于衛。
朔搆其兄、而使至於死。其辠大矣。然父立之、諸侯莫得而治也。王治其舊惡而廢之宜也。故書名、書入。
【読み】
夏六月、衛侯朔衛に入る。
朔其の兄を搆えて、死に至らしむ。其の辠大なり。然れども父之を立て、諸侯得て治むること莫し。王其の舊惡を治めて之を廢すること宜なり。故に名を書し、入ると書す。

九年、八月庚申、及齊師戰于乾時。我師敗績。
及其師、非卿也。公戰諱敗。凡言敗績、大敗也。小小勝負不書。
【読み】
九年、八月庚申、齊の師と乾時に戰う。我が師敗績す。
其の師とというは、卿に非ざればなり。公の戰敗るることを諱む。凡そ敗績すと言うは、大いに敗るるなり。小小の勝負は書さず。

十年、冬十月、齊師滅譚。
春秋之法、將尊師衆曰某帥師、將卑師衆曰某師、將卑師少曰人、將尊師少曰某伐某。齊自管仲爲政、莊十一年而後、未嘗興大衆也、其賦於諸侯亦寡矣。終管仲之身四十年、息養天下厚矣。惟救邢稱師、譏其次也。至於秦・晉、使之不竟而已。不强致也。是以其功卑而易成。
【読み】
十年、冬十月、齊の師譚[たん]を滅ぼす。
春秋の法、將尊く師衆きは某師を帥ゆと曰い、將卑しく師衆きは某の師と曰い、將卑しく師少なきは人と曰い、將尊く師少なきは某某を伐つと曰う。齊管仲政を爲して自り、莊の十一年より後、未だ嘗て大衆を興さず、其の諸侯に賦すること亦寡し。管仲が身を終うるまで四十年、天下を息養すること厚し。惟邢を救うに師と稱するは、其の次[やど]りすることを譏るなり。秦・晉に至っては、之をして竟[きわ]めざらしむのみ。强いて致さず。是を以て其の功卑しくして成り易し。

十有六年、冬十有二月、會齊侯・宋公・陳侯・衛侯・鄭伯・許男・滑伯・滕子同盟于幽。
齊桓始霸、仗義以盟。而魯叛盟。故諱不稱公。上無明王、下無方伯、諸侯交爭。齊桓始霸、天下與之。故書同。
【読み】
十有六年、冬十有二月、齊侯・宋公・陳侯・衛侯・鄭伯・許男・滑伯・滕子に會して幽に同盟す。
齊桓始めて霸として、義に仗[よ]りて以て盟う。而るに魯盟に叛く。故に諱みて公と稱せず。上明王無く、下方伯無くして、諸侯交々爭う。齊桓始めて霸として、天下之に與す。故に同と書す。

十有九年、秋、公子結媵陳人之婦于鄄。遂及齊侯・宋公盟。
鄄之巨室嫁女於陳人、結以其庶女媵之。因與齊・宋盟。挈之以往、結好大國。所以安國息民、乃以私事之小而取怒大國。故深辠之。書其爲媵、而往盟爲遂事。
【読み】
十有九年、秋、公子結陳人の婦を鄄[けん]に媵[よう]す。遂に齊侯・宋公と盟う。
鄄の巨室女を陳人に嫁して、結其の庶女を以て之に媵す。因りて齊・宋と盟う。之を挈[たづさ]えて以て往いて、好を大國に結ぶ。所以に國を安んじ民を息んずるに、乃ち私事の小を以てして怒りを大國に取る。故に深く之を辠す。其の媵するが爲にすることを書して、往いて盟うを事を遂ぐとす。

冬、齊人・宋人・陳人伐我西鄙。
齊桓始霸、責魯不恭其事。故來伐也。
【読み】
冬、齊人・宋人・陳人我が西鄙を伐つ。
齊桓始めて霸として、魯其の事を恭[うやま]わざることを責む。故に來りて伐つなり。

二十有二年、秋七月丙申、及齊高傒盟于防。
高傒上卿。魯無使微者與盟之理。蓋諱公盟。始與仇爲昏、惡之大也。
【読み】
二十有二年、秋七月丙申、齊の高傒と防に盟う。
高傒は上卿。魯微なる者をして與に盟わしむるの理無し。蓋し公の盟うことを諱めり。始めて仇と昏を爲すは、惡の大なるなり。

冬、公如齊納幣。
齊疑昏議。故公自行納幣。後二年方逆、齊難之也。
【読み】
冬、公齊に如いて幣を納る。
齊昏議を疑う。故に公自ら行きて幣を納る。後二年にして方に逆うることは、齊之を難んずればなり。

二十有三年、夏、公如齊觀社。
昏議尙疑。故公以觀社爲名、再往請議。後二年方逆、蓋齊難之。
【読み】
二十有三年、夏、公齊に如いて社を觀る。
昏議尙疑う。故に公社を觀るを以て名として、再び往いて議らんことを請う。後二年にして方に逆うることは、蓋し齊之を難んずればなり。

十有二月甲寅、公會齊侯盟于扈。
遇穀、盟扈、皆爲要結姻好。
【読み】
十有二月甲寅、公齊侯に會して扈[こ]に盟う。
穀に遇い、扈に盟うは、皆姻を結ぶ好を要するが爲なり。

二十有七年、夏六月、公會齊侯・宋公・陳侯・鄭伯、同盟于幽。
同志而盟。非率之也。
【読み】
二十有七年、夏六月、公齊侯・宋公・陳侯・鄭伯に會して、幽に同盟す。
志を同じくして盟うなり。之を率いるには非ず。

三十有一年、冬、不雨。
一歲三築臺、明年春城小穀。故冬書不雨。閔之深也。
【読み】
三十有一年、冬、雨ふらず。
一歲に三たび臺を築き、明年の春小穀に城く。故に冬雨ふらずと書す。之を閔れむこと深し。

○閔公、名啓方、莊公子。惠王十六年卽位。諡法、在國逢難曰閔。
【読み】
○閔公、名は啓方、莊公の子。惠王十六年に位に卽く。諡法に、國に在って難に逢うを閔と曰う。

二年、冬、齊高子來盟。
高子來省難、然後盟。盟未前定也。稱高子、善其能恤魯。
【読み】
二年、冬、齊の高子來りて盟う。
高子來りて難を省て、然して後に盟う。盟未だ前に定めず。高子と稱するは、其の能く魯を恤うるを善してなり。

○僖公、名申、莊公子、閔公庶兄。惠王十八年卽位。諡法、小心畏忌曰僖。
【読み】
○僖公、名は申、莊公の子、閔公の庶兄。惠王十八年に位に卽く。諡法に、心を小にして畏れ忌むを僖と曰う。

元年、春、王正月、齊師・宋師・曹師次于聶北救邢。
齊未嘗興大衆。此稱師、責其衆可救、而徒次以爲聲援、致邢之不保其國也。
【読み】
元年、春、王の正月、齊の師・宋の師・曹の師聶北[しょうほく]に次りして邢を救う。
齊未だ嘗て大衆を興さず。此に師と稱するは、其の衆救う可くして、徒に次りして以て援けを聲[な]らすことを爲して、邢の其の國を保たざることを致すことを責むるなり。

二年、虞師・晉師滅下陽。
虞假道而助晉伐虢。虢之亡、虞實致之。故以虞爲主。下陽、邑也。虢之立
(徐本立作亡。)由此。故卽書滅。
【読み】
二年、虞の師・晉の師下陽を滅ぼす。
虞道を假りて晉を助け虢[かく]を伐つ。虢の亡ぶることは、虞實に之を致す。故に虞を以て主とす。下陽は、邑なり。虢の立つこと(徐本立を亡に作る。)此に由れり。故に卽滅ぼすと書す。

四年、秋、及江人・黃人伐陳。
齊命也。
【読み】
四年、秋、江人・黃人と陳を伐つ。
齊の命なり。

五年、公及齊侯・宋公・陳侯・衛侯・鄭伯・許男・曹伯會王世子于首止。
世子、王之貳、不可與諸侯列。世子出、諸侯會之。故其辭異。
【読み】
五年、公齊侯・宋公・陳侯・衛侯・鄭伯・許男・曹伯と王の世子に首止に會す。
世子は、王の貳、諸侯と列す可からず。世子出て、諸侯之に會す。故に其の辭異なり。

冬、晉人執虞公。
書執而不書滅、自取也。
【読み】
冬、晉人虞公を執う。
執うと書して滅ぼすと書さざるは、自ら取ればなり。

九年、夏、公會宰周公・齊侯・宋子・衛侯・鄭伯・許男・曹伯于葵丘。
天子之宰、與世子禮異。
【読み】
九年、夏、公宰周公・齊侯・宋子・衛侯・鄭伯・許男・曹伯に葵丘[ききゅう]に會す。
天子の宰は、世子と禮異なり。

九月戊辰、諸侯盟于葵丘。
云諸侯盟、見宰不預。
【読み】
九月戊辰、諸侯葵丘に盟う。
諸侯盟うと云うは、宰預らざることを見す。

十有七年、夏、滅項。
滅人之國、辠惡大矣。在君則當諱。故魯滅國書取。滅項、君在會季孫所爲也。故不諱。
【読み】
十有七年、夏、項を滅ぼす。
人の國を滅ぼすは、辠惡大なり。君に在っては則ち當に諱むべし。故に魯國を滅ぼすは取ると書す。項を滅ぼすは、君會に在って季孫がする所なり。故に諱まず。

十有八年、五月戊寅、宋師及齊師戰于甗。齊師敗績。
書宋及、曲在宋也。奉少以奪長、其辠大矣。齊師敗績、書敗、責齊臣也。
【読み】
十有八年、五月戊寅、宋の師齊の師と甗[げん]に戰う。齊の師敗績す。
宋及と書すは、曲宋に在ればなり。少なきを奉じて以て長を奪う、其の辠大なり。齊の師敗績して、敗るると書すは、齊の臣を責めてなり。

二十有一年、秋、宋公・楚子・陳侯・蔡侯・鄭伯・許男・曹伯會于孟。執宋公以伐宋。
宋率諸侯爲會。而蠻夷執會主、而諸侯莫違。故以同執書之。
【読み】
二十有一年、秋、宋公・楚子・陳侯・蔡侯・鄭伯・許男・曹伯孟に會す。宋公を執えて以て宋を伐つ。
宋諸侯を率いて會を爲す。而るに蠻夷會主を執えども、諸侯違うこと莫し。故に執うるに同じきを以て之を書す。

二十有二年、秋八月丁未、及邾人戰于升陘。
公戰也。
【読み】
二十有二年、秋八月丁未、邾人と升陘に戰う。
公戰うなり。

二十有三年、冬十有一月、杞子卒。
杞、二王後而伯爵。疑前世黜之也。中閒從夷。故子之。後復稱伯。
【読み】
二十有三年、冬十有一月、杞子卒す。
杞は、二王の後にして伯爵なり。疑うらくは前世之を黜くならん。中閒夷に從う。故に之を子とす。後に復伯と稱す。

二十有七年、冬、楚人・陳侯・蔡侯・鄭伯・許男圍宋。
楚稱人、貶之、爲其合諸侯以圍宋也。
【読み】
二十有七年、冬、楚人・陳侯・蔡侯・鄭伯・許男宋を圍む。
楚人と稱して、之を貶とすは、其の諸侯を合わせて以て宋を圍むが爲なり。

二十有九年、夏、會王人・晉人・宋人・齊人・陳人・蔡人・秦人盟于翟泉。
晉文連年會盟、皆在王畿之側。而此盟復迫王城、又與王人盟。强迫甚矣。故諱公。諸侯貶稱人、惡之大也。
【読み】
二十有九年、夏、王人・晉人・宋人・齊人・陳人・蔡人・秦人に會して翟泉に盟う。
晉文連年の會盟、皆王畿の側に在り。而して此の盟復王城に迫って、又王人と盟う。强迫甚だし。故に公を諱む。諸侯貶として人と稱するは、惡の大なればなり。

三十有三年、夏四月辛巳、晉人及姜戎敗秦師于殽。
晉不稱君、居喪祔葬、不可從戎也。忘親背惠、其惡甚矣。秦爲無道。越晉踰周以襲人、衆所共憤。故稱晉人。其稱及姜戎、亦然。
【読み】
三十有三年、夏四月辛巳、晉人姜戎と秦の師を殽[こう]に敗る。
晉君と稱せざるは、喪祔葬に居しては、戎に從う可からざればなり。親を忘れ惠みに背く、其の惡甚だし。秦無道を爲す。晉を越え周を踰えて以て人を襲って、衆の共に憤る所。故に晉人と稱す。其の姜戎とと稱するも、亦然り。

○文公、名興、僖公子。襄王二十六年卽位。諡法、慈惠愛民曰文。
【読み】
○文公、名は興、僖公の子。襄王二十六年に位に卽く。諡法に、慈惠にして民を愛するを文と曰う。

二年、春、王正月甲子、晉侯及秦師戰于彭衙。秦師敗績。
越國襲人、秦罪也。忘親背惠、晉惡也。秦經人之國以襲人。雖憤、無以爲辭矣。故其來不稱伐。晉不諭秦而與戰。故書晉及。忿以取敗。故書敗績。
【読み】
二年、春、王の正月甲子、晉侯秦の師と彭衙[ほうが]に戰う。秦の師敗績す。
國を越えて人を襲うは、秦の罪なり。親を忘れ惠みに背くは、晉の惡なり。秦人の國を經て以て人を襲う。憤ると雖も、以て辭を爲すこと無し。故に其の來るは伐つと稱せず。晉秦を諭さずして與に戰う。故に晉及と書す。忿って以て敗れを取る。故に敗績すと書す。

冬、晉人・宋人・陳人・鄭人伐秦。
秦以憤取敗。晉可以已矣。而復伐秦、報復無已。殘民結怨。故貶稱人。
【読み】
冬、晉人・宋人・陳人・鄭人秦を伐つ。
秦憤りを以て敗れを取る。晉以て已む可し。而るに復秦を伐って、報復已むこと無し。民を殘ない怨みを結ぶ。故に貶として人と稱す。

三年、秦人伐晉。
構怨連禍、殘民以逞。晉人畏之而不敢出。秦人極其忿而後悔過。聖人取其能終改耳。
【読み】
三年、秦人晉を伐つ。
怨みを構えて禍を連ね、民を殘ない以て逞しくす。晉人之を畏れて敢えて出ず。秦人其の忿りを極めて而して後に過ちを悔ゆ。聖人其の能く終に改むるを取るのみ。

四年、夏、逆婦姜于齊。
納幣在喪中、與喪昏同也。稱婦姜、已成婦也。不稱夫人、不可爲小君奉宗廟也。不書逆者、雖卿亦失其職矣。
【読み】
四年、夏、婦姜を齊に逆う。
納幣喪中に在れば、喪に昏すると同じ。婦姜と稱するは、已に婦と成ればなり。夫人と稱せざるは、小君と爲して宗廟に奉ぜしむ可からざればなり。逆うる者を書さざるは、卿と雖も亦其の職を失えばなり。

晉侯伐秦。
秦逞忿以伐晉、晉畏而避之。其見報、乃常情也。秦至此、能悔過矣。故不復報晉。聖人取其遷善。悔過、乃其善也。
【読み】
晉侯秦を伐つ。
秦忿りを逞しくして以て晉を伐ち、晉畏れて之を避く。其の報を見すは、乃ち常の情なり。秦此に至って、能く過ちを悔ゆ。故に復晉に報ぜず。聖人其の善に遷るを取る。過ちを悔ゆるは、乃ち其れ善し。

冬十有一月壬寅、夫人風氏薨。
自成風已後、妾母稱夫人、嫡妾亂矣。仲子始僭、尙未敢同嫡也。
【読み】
冬十有一月壬寅、夫人風氏薨ず。
成風自り已後、妾母を夫人と稱して、嫡妾亂る。仲子始めて僭すれども、尙未だ敢えて嫡を同じくせず。

五年、春、王正月、王使榮叔歸含且賵。
天子成妾母爲夫人、亂倫之甚、失天理矣。不稱天、義已明。稱叔、存禮也。王使召伯來會葬。天子以妾母同嫡、亂天理。故不稱天。聖人於此尤謹其戒。
【読み】
五年、春、王の正月、王榮叔をして含且賵を歸らしむ。
天子妾母を夫人とすることを成すは、倫を亂るの甚だしき、天理を失せり。天と稱せざること、義已に明らかなり。叔と稱するは、禮を存すればなり。王召伯をして來りて葬に會せしむ。天子妾母を以て嫡に同じくするは、天理を亂る。故に天と稱せず。聖人此に於て尤も其の戒めを謹む。

七年、夏四月戊子、晉人及秦人戰于令狐。
晉始逆立公子雍。旣而悔之。故秦興兵以納之。晉不謝秦、秦納不正、皆罪也。故稱人。晉懼秦之不肯已而撃之。故書晉及。
【読み】
七年、夏四月戊子、晉人秦人と令狐に戰う。
晉始め公子雍を逆え立てんとす。旣にして之を悔ゆ。故に秦兵を興して以て之を納れんとす。晉秦に謝せず、秦不正を納るは、皆罪なり。故に人と稱す。晉秦の肯えて已まざるを懼れて之を撃つ。故に晉及と書す。

秋八月、公會諸侯・晉大夫盟于扈。
文公怠政、事多廢緩。旣納晉盟、而復後至。故書往會、而隱其不及。不序諸侯、以見其不在。故明年、公子遂再往與晉盟也。
【読み】
秋八月、公諸侯・晉の大夫に會して扈に盟う。
文公政を怠って、事多く廢緩す。旣に晉の盟を納れて、復後れて至る。故に往いて會することを書して、其の及ばざることを隱す。諸侯を序でずして、以て其の在らざることを見す。故に明年、公子遂再び往いて晉と盟うなり。

九年、春、毛伯來求金。
家父致命、以徵車也。故書使來求。毛伯風魯以欲金。故不云王使。
【読み】
九年、春、毛伯來りて金を求む。
家父命を致して、以て車を徵す。故に來り求めしむることを書す。毛伯魯に風して以て金を欲す。故に王せしむと云わず。

冬、秦人來歸僖公・成風之禭。
過時始至。故云來歸。雖子母、先君後、夫人體當然也。書秦人、不云君使、以失禮夷之也。言其尙夷也。蓋嫡妾之亂、自茲而始。
【読み】
冬、秦人來りて僖公・成風の禭[すい]を歸る。
時を過ぎて始めて至る。故に來りて歸ると云う。子の母、先君の後と雖も、夫人の體當に然るべし。秦人と書して、君せしむと云わざるは、禮を失するを以て之を夷にすればなり。言うこころは、其れ尙夷なればなり。蓋し嫡妾の亂る、茲れ自りして始まる。

十年、夏、秦伐晉。
晉舍嫡嗣而外求君、罪也。旣而悔之、正也。秦不顧義理之是非、惟以報復爲事、夷狄之道也。故夷之。
【読み】
十年、夏、秦晉を伐つ。
晉嫡嗣を舍てて外に君を求むるは、罪なり。旣にして之を悔ゆるは、正なり。秦義理の是非を顧みずして、惟報復を以て事とするは、夷狄の道なり。故に之を夷にす。

十有二年、冬十有二月戊午、晉人秦人戰于河曲。
凡戰皆以主人及客。秦曲、故不云晉及。
【読み】
十有二年、冬十有二月戊午、晉人秦人河曲に戰う。
凡そ戰は皆主人客とというを以てす。秦曲がる、故に晉及と云わず。

十有四年、夏六月、公會宋公・陳侯・衛侯・鄭伯・許男・曹伯・晉趙盾。癸酉、同盟于新城。
諸侯始會議、合而後盟。盟者志同。故書同。同懼楚也。
【読み】
十有四年、夏六月、公宋公・陳侯・衛侯・鄭伯・許男・曹伯・晉の趙盾に會す。癸酉、新城に同盟す。
諸侯始めて會議して、合って而して後に盟う。盟う者は志同じ。故に同と書す。同じく楚を懼るればなり。

十有五年、冬十有一月、諸侯盟于扈。
魯以備齊、不在會。故不序。又稱諸侯者、衆辭。見衆國無能爲也。此盟、爲齊亂也。
【読み】
十有五年、冬十有一月、諸侯扈に盟う。
魯齊に備うるを以て、會に在らず。故に序せず。又諸侯と稱する者は、衆の辭。衆國能くすること無きことを見すなり。此の盟は、齊亂るるが爲なり。

十有七年、春、晉人・衛人・陳人・鄭人伐宋。
行天討而成其亂、失天職也。故不卿之。
【読み】
十有七年、春、晉人・衛人・陳人・鄭人宋を伐つ。
天討を行って其の亂を成すは、天職を失するなり。故に之を卿とせず。

○宣公、名倭、文公子、子亦庶兄。匡王五年卽位。諡法、善問周達曰宣。
【読み】
○宣公、名は倭、文公の子、子亦の庶兄なり。匡王五年に位に卽く。諡法に、善く問い周く達するを宣と曰う。

元年、春、王正月、遂以夫人婦姜至自齊。
脱氏字。
【読み】
元年、春、王の正月、遂夫人婦姜を以[い]て齊自り至る。
氏の字を脱せり。

夏六月、齊人取濟西田。
宣公不義得國、賂齊以求助、齊受之以助不義。故書取。不義不能保其土。故不云我。非謂彼彊取。故不諱。不能有而失者、皆諱。
【読み】
夏六月、齊人濟西の田を取る。
宣公不義にして國を得、齊に賂して以て助けを求め、齊之を受けて以て不義を助く。故に取ると書す。不義にして其の土を保つこと能わず。故に我と云わず。彼彊いて取ると謂うには非ず。故に諱まず。有つこと能わずして失う者は、皆諱む。

十年、齊人歸我濟西田。
魯修好。故歸魯田。田、魯有也。齊非義取之。故云歸我。不足爲善也。
【読み】
十年、齊人我が濟西の田を歸す。
魯好を修す。故に魯の田を歸す。田は、魯の有なり。齊非義にして之を取る。故に我に歸すと云う。善とするに足らず。

十有一年、冬十月、楚人殺陳夏徵舒。
人、衆辭。大惡、衆所欲誅也。
【読み】
十有一年、冬十月、楚人陳の夏徵舒を殺す。
人は、衆の辭。大惡は、衆の誅せんことを欲する所なればなり。

丁亥、楚子入陳。
誅其罪、義也。取其國、惡也。入者、不受而彊之也。
【読み】
丁亥、楚子陳に入る。
其の罪を誅するは、義なり。其の國を取るは、惡なり。入るという者は、受けずして之を彊うるなり。

納公孫寧・儀行父于陳。
致亂之臣、國所不容也。故書納。
【読み】
公孫寧・儀行父を陳に納る。
亂を致すの臣は、國の容さざる所なり。故に納ると書す。

十有二年、冬、晉人・宋人・衛人・曹人同盟于淸丘。
晉爲楚敗。諸侯懼而同盟、旣而皆渝。故書人以貶之。宋伐陳、衛救之。楚伐宋、晉不救。
【読み】
十有二年、冬、晉人・宋人・衛人・曹人淸丘に同盟す。
晉楚の爲に敗らる。諸侯懼れて同盟して、旣にして皆渝[か]わる。故に人と書して以て之を貶とす。宋陳を伐つに、衛之を救う。楚宋を伐つに、晉救わず。

十有七年、夏六月己未、公會晉侯・衛侯・曹伯・邾子、同盟于斷道。
諸國同心欲伐齊。故書同盟。
【読み】
十有七年、夏六月己未、公晉侯・衛侯・曹伯・邾子に會して、斷道に同盟す。
諸國心を同じくして齊を伐たんと欲す。故に同盟すと書す。

○成公、名黒肱、宣公子。定王十七年卽位。諡法、安民立政曰成。
【読み】
○成公、名は黒肱、宣公の子。定王十七年に位に卽く。諡法に、民を安んじ政を立つるを成と曰う。

二年、冬十有一月丙申、公及楚人・秦人・宋人・陳人・衛人・鄭人・齊人・曹人・邾人・薛人・鄫人盟于蜀。
楚爲强盛、凌轢中國。諸侯苟能保固彊圉、要結鄰好、豈有不能自存之理。乃懼而服從、與之約盟。故皆稱人、以見其衰弱。責諸侯、則魯可知矣。
【読み】
二年、冬十有一月丙申、公楚人・秦人・宋人・陳人・衛人・鄭人・齊人・曹人・邾人・薛人・鄫[しょう]人と蜀に盟う。
楚强盛にして、中國を凌轢することをす。諸侯苟も能く彊圉を保んじ固め、鄰好を結ぶことを要せば、豈自ら存すること能わざるの理有らんや。乃ち懼れて服從して、之と約盟す。故に皆人と稱して、以て其の衰弱を見す。諸侯を責むるときは、則ち魯知る可し。

三年、冬、鄭伐許。
鄭附於楚、一年而再伐許。故夷之。
【読み】
三年、冬、鄭許を伐つ。
鄭楚に附き、一年にして再び許を伐つ。故に之を夷にす。

四年、冬、鄭伯伐許。
稱鄭伯、見其不復爲喪、以吉禮從戎。
【読み】
四年、冬、鄭伯許を伐つ。
鄭伯と稱するは、其の復喪を爲さずして、吉禮を以て戎に從うことを見す。

五年、冬十有二月乙丑、公會晉侯・齊侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・邾子・杞伯、同盟于蟲牢。
天王崩而會盟不廢。書同、見其皆不臣。
【読み】
五年、冬十有二月乙丑、公晉侯・齊侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・邾子・杞伯に會して、蟲牢に同盟す。
天王崩じて會盟廢せず。同と書すは、其の皆不臣なることを見す。

七年、秋八月戊辰、同盟于馬陵。
諸侯同心病楚。
【読み】
七年、秋八月戊辰、馬陵に同盟す。
諸侯心を同じくして楚を病む。

八年、冬、衛人來媵。
媵、小事、不書。伯姬之嫁、諸侯皆來媵之。故書、以見其賢。女子之賢、尙聞於諸侯。況君子乎。或曰、魯女之賢、豈能聞於遠乎。曰、古者庶女與非敵者、則求爲媵。因爲之擇賢小君、則諸侯國之賢女、當自聞也。
【読み】
八年、冬、衛人來りて媵す。
媵は、小事にして、書さず。伯姬の嫁する、諸侯皆來りて之に媵す。故に書して、以て其の賢を見す。女子の賢すら、尙諸侯に聞ゆ。況んや君子をや。或るひと曰く、魯女の賢、豈能く遠くに聞えんや、と。曰く、古は庶女と敵に非ざる者とは、則ち求めて媵とす。因りて之が爲に賢小君を擇ぶときは、則ち諸侯の國の賢女、當に自づから聞ゆべし、と。

九年、公會晉侯・齊侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・杞伯、同盟于蒲。
諸侯患楚之彊、同盟以相保。鄭旣盟復叛。深罪其反覆。
【読み】
九年、公晉侯・齊侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・杞伯に會して、蒲に同盟す。
諸侯楚の彊きを患えて、同盟して以て相保たんとす。鄭旣に盟って復叛く。深く其の反覆を罪す。

夏、季孫行父如宋致女。
女旣嫁、父母使人安之。謂之致女。古者三月而廟見、始成婦也。伯姬賢、魯國重之、使卿致也。
【読み】
夏、季孫行父宋に如いて致女す。
女旣に嫁して、父母人をして之を安んぜしむ。之を致女と謂う。古は三月にして廟見して、始めて婦と成る。伯姬の賢、魯國之を重んじて、卿をして致さしむ。

十有三年、春、晉侯使郤錡來乞師。
不以王命興諸侯師。故書乞。
【読み】
十有三年、春、晉侯郤錡[げきき]をして來りて師を乞わしむ。
王命を以て諸侯の師を興さず。故に乞うと書す。

三月、公如京師。
不書朝王、因會伐而行也。故不成其朝。
【読み】
三月、公京師に如く。
王に朝すと書さざるは、會に因りて伐って行けばなり。故に其の朝を成さず。

夏五月、公至自京師、遂會晉侯・齊侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・邾人・滕人伐秦。
以伐秦爲遂事、明朝爲重。
【読み】
夏五月、公京師自り至り、遂に晉侯・齊侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・邾人・滕人に會して秦を伐つ。
秦を伐つを以て事を遂ぐとして、朝を重しとすることを明らかにす。

十有五年、三月癸丑、公會晉侯・衛侯・鄭伯・曹伯・宋世子成・齊國佐・邾人、同盟于戚。
十三年、曹伯卒于師。負芻殺世子自立。旣三年、諸侯與之盟矣。方執之、稽天討也。故書同盟、見其旣同矣。
【読み】
十有五年、三月癸丑、公晉侯・衛侯・鄭伯・曹伯・宋の世子成・齊の國佐・邾人に會して、戚に同盟す。
十三年、曹伯師に卒す。負芻世子を殺して自立す。旣に三年にして、諸侯之と盟う。方に之を執うるは、天討を稽[いた]せばなり。故に同盟すと書して、其の旣に同じきことを見すなり。

宋殺其大夫山。
去族、害公族也。
【読み】
宋其大夫山を殺す。
族を去るは、公族を害すればなり。

冬十有一月、叔孫僑如會晉士燮・齊高無咎・宋華元・衛孫林父・鄭公子鰌・邾人、會呉于鍾離。
呉益强大、求會于諸侯。諸侯之衆往而從之。故書諸國往與之會、以見夷狄盛而中國衰也。時中國病楚。故與呉親。
(一本此下云、襄十年柤之會、與此同、十四年向之會亦同。)
【読み】
冬十有一月、叔孫僑如晉の士燮[ししょう]・齊の高無咎・宋の華元・衛の孫林父・鄭の公子鰌[しゅう]・邾人に會して、呉に鍾離に會す。
呉益々强大にして、會を諸侯に求む。諸侯の衆往いて之に從う。故に諸國往いて之と會することを書して、以て夷狄盛んにして中國衰うることを見す。時に中國楚に病む。故呉と親しむ。(一本に此の下に云う、襄の十年柤[さ]の會、此と同じく、十四年向の會も亦同じ、と。)

十有六年、六月、晉侯使欒黶來乞師。
時以穆姜・叔孫僑如將作難。故師出後期。
【読み】
十有六年、六月、晉侯欒黶[らんえん]をして來りて師を乞わしむ。
時に穆姜・叔孫僑如を以て將に難を作さんとす。故に師出て期に後る。

秋、公會晉侯・齊侯・衛侯・宋華元・邾人于沙隨。不見公。
晉侯怒公後期。故不見公。君子正己而無恤乎人。魯之後期、國難故也。晉不見爲非矣。彼曲我直。故不足爲恥也。
【読み】
秋、公晉侯・齊侯・衛侯・宋の華元・邾人に沙隨に會す。公を見ず。
晉侯公の期に後るるを怒る。故に公を見ず。君子己を正して人を恤うること無し。魯の期に後るるは、國難あるが故なり。晉見ざるを非とす。彼曲がり我れ直し。故に恥とするに足らず。

曹伯歸自京師。
曹伯不名、不稱復歸、王未嘗絕其位也。自京師、王命也。
【読み】
曹伯京師自り歸る。
曹伯名いわず、復歸すと稱せざるは、王未だ嘗て其の位を絕たざればなり。京師自りというは、王命ずればなり。

九月、晉人執季孫行父、舍之于苕丘。
寘之于苕丘也。
【読み】
九月、晉人季孫行父を執えて、之を苕丘[ちょうきゅう]に舍く。
之を苕丘に寘くなり。

十有七年、六月乙酉、同盟于柯陵。
諸侯同病楚也。
【読み】
十有七年、六月乙酉、柯陵に同盟す。
諸侯同じく楚を病めばなり。

○襄公、名午、成公子。簡王十四年卽位。諡法、因事有功曰襄。
【読み】
○襄公、名は午、成公の子。簡王十四年に位に卽く。諡法に、事に因りて功有るを襄と曰う。

二年、冬、遂城虎牢。
設險、所以守國也。有虎牢之險而不能守。故不繫于鄭、責其不能守也。
【読み】
二年、冬、遂に虎牢に城く。
險を設くるは、國を守る所以なり。虎牢の險有れども守ること能わず。故に鄭に繫からず、其の守ること能わざることを責む。

三年、六月乙未、同盟于雞澤。
楚彊、諸侯皆畏之而修盟。故書同。
【読み】
三年、六月乙未、雞澤に同盟す。
楚の彊き、諸侯皆之を畏れて盟を修す。故に同と書す。

五年、秋、公會晉侯・宋公・陳侯・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・邾子・滕子・薛伯・齊世子光・呉人・鄫人于戚。
呉來會。非爲主。
【読み】
五年、秋、公晉侯・宋公・陳侯・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・邾子・滕子・薛伯・齊の世子光・呉人・鄫人に戚に會す。
呉來りて會す。主爲るに非ず。

十年、冬、盜殺鄭公子騑・公子發・公孫輒。
盜殺三卿。不稱大夫、失卿職也。
【読み】
十年、冬、盜鄭の公子騑・公子發・公孫輒[こうそんちょう]を殺す。
盜三卿を殺す。大夫と稱せざるは、卿の職を失すればなり。

十有一年、秋七月乙未、同盟于亳城北。
鄭服而同盟也。隨復從楚伐宋。云同、見其反覆。
【読み】
十有一年、秋七月乙未、亳城[はくじょう]の北に同盟す。
鄭服して同盟するなり。隨って復楚に從って宋を伐つ。同と云うは、其の反覆を見す。

會于蕭魚。
諸侯數月之閒再伐鄭。鄭之反復可知。鄭又服而請會。不書鄭會、謂其不可信也。而晉悼公推至誠以待。人信之不疑。至哉、誠之能感人也。自此、鄭不背晉者二十四年。
【読み】
蕭魚に會す。
諸侯數月の閒再び鄭を伐つ。鄭の反復知る可し。鄭又服して會を請う。鄭の會を書さざるは、其の信ずる可からざるを謂う。而るに晉の悼公至誠を推して以て待つ。人之を信じて疑わず。至れるかな、誠の能く人を感ぜしむること。此れ自り、鄭晉に背かざる者二十四年。

公至自會。
兵不加鄭。故書自會。
【読み】
公會自り至る。
兵鄭に加えず。故に會自りと書す。

十有八年、冬十月、公會晉侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・邾子・滕子・薛伯・杞伯・小邾子、同圍齊。
書同圍、見諸侯之惡齊。
【読み】
十有八年、冬十月、公晉侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・邾子・滕子・薛伯・杞伯・小邾子に會して、同じく齊を圍む。
同じく圍むと書すは、諸侯の齊を惡むことを見す。

二十有五年、秋八月己巳、諸侯同盟于重丘。
諸侯同病楚也。
【読み】
二十有五年、秋八月己巳、諸侯重丘に同盟す。
諸侯同じく楚を病んでなり。

三十年、冬十月、晉人・齊人・宋人・衛人・鄭人・曹人・莒人・邾人・滕人・薛人・杞人・小邾人會于澶淵。宋災故。
左傳、叔孫豹會趙武而下、諸國之卿旣貶。魯卿諱而不書。
【読み】
三十年、冬十月、晉人・齊人・宋人・衛人・鄭人・曹人・莒人・邾人・滕人・薛人・杞人・小邾人澶淵[せんえん]に會す。宋の災いの故なり。
左傳に、叔孫豹趙武に會してより下、諸國の卿旣に貶せらる。魯の卿は諱みて書さず。

三十有一年、冬十有一月、莒人弑其君密州。
莒子虐。國人弑之而立展輿。展輿非親弑也。故書國人。
【読み】
三十有一年、冬十有一月、莒人其の君密州を弑す。
莒子虐なり。國人之を弑して展輿を立つ。展輿親ら弑するに非ず。故に國人と書す。

○昭公、名稠、襄公子。景王四年卽位。諡法、容儀恭明曰昭。
【読み】
○昭公、名は稠[ちゅう]、襄公の子。景王四年に位に卽く。諡法に、容儀恭明なるを昭と曰う。

元年、三月、取鄆。
乘莒之亂而取之。故隱避其辭。
【読み】
元年、三月、鄆[うん]を取る。
莒の亂に乘じて之を取る。故に其の辭を隱し避く。

秋、莒去疾自齊入于莒。
去疾假齊之力以入莒、討展輿之罪、正也。故稱莒。遂自立、無所禀命。故不稱公子。自以爲公子可立也。
【読み】
秋、莒の去疾齊自り莒に入る。
去疾齊の力を假りて以て莒に入る、展輿の罪を討ずるは、正しきなり。故に莒と稱す。遂に自立して、命を禀くる所無し。故に公子と稱せず。自ら公子にして立つ可しと以爲えり。

莒展輿出奔呉。
爲弑君者所立。而以國氏者、罪諸侯也。虢之會、雖國亂未預。然諸侯與其立矣。故欲執叔孫也。稱莒展輿、見諸侯之與其立也。
【読み】
莒の展輿呉に出奔す。
君を弑する者の爲に立てらる。而るに國氏を以てする者は、諸侯を罪してなり。虢の會、國亂ると雖も未だ預らず。然れども諸侯其の立つに與す。故に叔孫を執えんと欲す。莒の展輿と稱するは、諸侯の其の立つに與するを見すなり。

四年、夏、楚子・蔡侯・陳侯・鄭伯・許男・徐子・滕子・頓子・胡子・沈子・小邾子・宋世子佐・淮夷會于申。
晉平公不在諸侯。楚於是强爲霸者之事。
【読み】
四年、夏、楚子・蔡侯・陳侯・鄭伯・許男・徐子・滕子・頓子・胡子・沈子・小邾子・宋の世子佐・淮夷申に會す。
晉の平公諸侯に在らず。楚是に於て强いて霸者の事を爲す。

十有二年、冬、晉伐鮮虞。
晉假道於鮮虞、而遂伐之。見利忘義、夷狄之道也。
【読み】
十有二年、冬、晉鮮虞を伐つ。
晉道を鮮虞に假りて、遂に之を伐つ。利を見て義を忘るるは、夷狄の道なり。

十有三年、秋八月甲戌、同盟于平丘。
楚弃疾立。諸侯懼之。故同盟。公不與盟、晉不使與盟。雖欲辱公、然得不與同盟之罪、實爲幸也。
【読み】
十有三年、秋八月甲戌、平丘に同盟す。
楚の弃疾立つ。諸侯之を懼る。故に同盟す。公盟に與らず、晉盟に與らしめず。公を辱めんと欲すと雖も、然れども同盟の罪に與らざることを得ること、實に幸いとす。

十有九年、冬、葬許悼公。
蔡般・許止、疑同。故書葬。
【読み】
十有九年、冬、許の悼公を葬る。
蔡の般・許の止、疑うらくは同じ。故に葬ると書す。

○定公、名宋、襄公子、昭公弟。敬王十一年卽位。謚法、安民大慮曰定。
【読み】
○定公、名は宋、襄公の子、昭公の弟。敬王十一年に位に卽く。謚法に、民を安んじ大いに慮るを定と曰う。

三年、春、王正月、公如晉。至河乃復。
季孫意如上不請於天子、下不告於方伯、而立定公。故晉怒而公往朝焉。晉辭公而復。故明年因會而請盟于皐鼬。
【読み】
三年、春、王の正月、公晉に如く。河に至って乃ち復る。
季孫意如上天子に請わず、下方伯に告げずして、定公を立つ。故に晉怒って公往いて朝す。晉公を辭して復る。故に明年會に因りて請いて皐鼬[こうゆう]に盟う。

四年、三月、公會劉子・晉侯・宋公・蔡侯・衛侯・陳子・鄭伯・許男・曹伯・莒子・邾子・頓子・胡子・滕子・薛伯・杞伯・小邾子・齊國夏于召陵、侵楚。
楚恃其强、侵陵諸侯。晉上請于天子、大合諸侯以伐之。而不能明暴其辠、以行天討、無功而還。故書侵以罪之。
【読み】
四年、三月、公劉子・晉侯・宋公・蔡侯・衛侯・陳子・鄭伯・許男・曹伯・莒子・邾子・頓子・胡子・滕子・薛伯・杞伯・小邾子・齊の國夏に召陵に會して、楚を侵す。
楚其の强きを恃んで、諸侯を侵陵す。晉上天子に請いて、大いに諸侯を合わせて以て之を伐つ。而れども明らかに其の辠を暴して、以て天討を行うこと能わず、功無くして還る。故に侵すと書して以て之を罪す。

五月、公及諸侯盟于皐鼬。
公以不獲見於晉、故因會而求盟焉。則此盟公意也。故書公及。
【読み】
五月、公諸侯と皐鼬に盟う。
公晉に見ゆることを獲ざるを以て、故に會に因りて盟を求む。則ち此の盟は公の意なり。故に公及と書す。

十年、齊人來歸鄆・讙・龜陰田。
齊服義而來歸之。故書來歸。始失不書、解在哀公八年。
【読み】
十年、齊人來りて鄆・讙・龜陰の田を歸す。
齊義に服して來りて之を歸す。故に來りて歸すと書す。始め失えることを書さざることは、解哀公八年に在り。

○哀公、名蔣、定公子。敬王二十六年卽位。諡法、恭仁短折曰哀。
【読み】
○哀公、名は蔣、定公の子。敬王二十六年に位に卽く。諡法に、恭仁にして短折なるを哀と曰う。

六年、齊陽生入于齊。
稱齊陽生、見景公廢長立少、以啓亂也。
【読み】
六年、齊の陽生齊に入る。
齊の陽生と稱するは、景公長を廢し少を立て、以て亂を啓くことを見すなり。

八年、夏、齊人取讙及闡。
内失邑不書、君辱當諱也。不能保其土地民人、是不君也。已與之。彼以非義而受、則書取。此濟西田是也。魯入邾、而以其君來致齊怒。呉伐彼。故賂齊以說之。
【読み】
八年、夏、齊人讙及び闡[せん]を取る。
内邑を失して書さざるは、君の辱當に諱むべければなり。其の土地民人を保つこと能わざるは、是れ不君なり。已に之を與う。彼非義を以て受くるときは、則ち取ると書す。此れ濟西の田是れなり。魯邾に入って、其の君を以[い]て來りて齊の怒りを致す。呉彼を伐つ。故齊に賂して以て之を說く。

齊人歸讙及闡。
不云我田、旣歸邾子、亦歸其田、非以爲惠也。
【読み】
齊人讙及び闡を歸す。
我が田と云わざるは、旣に邾子を歸して、亦其の田を歸すは、以て惠みとするに非ざればなり。


二程全書卷之五十  二先生經說五

明道先生改正大學

大學之道、在明明德、在親民、在止於至善。知止而后有定。定而后能靜。靜而后能安。安而后能慮。慮而后能得。物有本末、事有終始。知所先後、則近道矣。康誥曰、克明德。大甲曰、顧諟天之明命。帝典曰、克明峻德。皆自明也。湯之盤銘曰、苟日新、日日新、又日新。康誥曰、作新民。詩曰、周雖舊邦、其命維新。是故君子無所不用其極。詩云、邦畿千里、惟民所止。詩云、緍蠻黃鳥、止于丘隅。子曰、於止知其所止、可以人而不如鳥乎。詩云、穆穆文王、於緝煕敬止。爲人君止於仁、爲人臣止於敬、爲人子止於孝、爲人父止於慈、與國人交止於信。古之欲明明德於天下者、先治其國。欲治其國者、先齊其家。欲齊其家者、先脩其身。欲脩其身者、先正其心。欲正其心者、先誠其意。欲誠其意者、先致其知。致知在格物。物格而后知至。知至而后意誠。意誠而后心正。心正而后身脩。身脩而后家齊。家齊而后國治。國治而后天下平。自天子以至於庶人、壹是皆以脩身爲本。其本亂而末治者、否矣。其所厚者薄而其所薄者厚、未之有也。此謂知本、此謂知之至也。
【読み】
大學の道は、明德を明らかにするに在り、民を親にするに在り、至善に止まるに在り。止まることを知って后に定まること有り。定まりて后に能く靜かなり。靜かにして后に能く安し。安くして后に能く慮る。慮りて后に能く得。物に本末有り、事に終始有り。先後する所を知るときは、則ち道に近し。康誥に曰く、克く德を明らかにす、と。大甲に曰く、諟[こ]の天の明命を顧みる、と。帝典に曰く、克く峻德を明らかにす、と。皆自ら明らかにするなり。湯の盤の銘に曰く、苟に日に新たなり、日日に新たにし、又日に新たにす、と。康誥に曰く、新たなる民を作す、と。詩に曰く、周は舊邦なりと雖も、其の命維れ新たなり、と。是の故に君子は其の極を用いざる所無し。詩に云く、邦畿千里は、惟民の止[お]る所、と。詩に云く、緍蠻[めんばん]たる黃鳥、丘隅に止[い]る、と。子曰く、止まるに於て其の止まる所を知る、以て人にして鳥にだも如かざる可けんや、と。詩に云く、穆穆たる文王、於[ああ]緝煕[しゅうき]にして敬して止る、と。人の君と爲っては仁に止まり、人の臣と爲っては敬に止まり、人の子と爲っては孝に止まり、人の父と爲っては慈に止まり、國人と交わっては信に止まる。古の明德を天下に明らかにせんと欲する者は、先づ其の國を治む。其の國を治めんと欲する者は、先づ其の家を齊う。其の家を齊えんと欲する者は、先づ其の身を脩む。其の身を脩めんと欲する者は、先づ其の心を正しくす。其の心を正しくせんと欲する者は、先づ其の意を誠にす。其の意を誠にせんと欲する者は、先づ其の知を致す。知を致すことは物に格るに在り。物格って后に知至る。知至って后に意誠なり。意誠にして后に心正し。心正しくして后に身脩まる。身脩まって后に家齊う。家齊って后に國治まる。國治まって后に天下平らかなり。天子自り以て庶人に至るまで、壹是[いっし]に皆身を脩むるを以て本とす。其の本亂れて末治まる者は、否[な]し。其の厚くする所の者薄くして其の薄くする所の者厚きことは、未だ之れ有らず。此を本を知ると謂い、此を知ること之れ至ると謂うなり。

所謂誠其意者、毋自欺也。如惡惡臭、如好好色、此之謂自謙。故君子必愼其獨也。小人閒居爲不善、無所不至。見君子而后厭然、揜其不善而著其善。人之視己、如見其肺肝。然則何益矣。此謂誠於中、形於外。故君子必愼其獨也。曾子曰、十目所視、十手所指、其嚴乎。富潤屋、德潤身。心廣體胖。故君子必誠其意。
【読み】
所謂其の意を誠にすとは、自ら欺くこと毋からんとなり。惡臭を惡むが如く、好色を好むが如き、此れ之を自ら謙[あきた]ると謂う。故に君子は必ず其の獨りを愼む。小人閒居して不善を爲すこと、至らざる所無し。君子を見て后に厭然として、其の不善を揜[おお]いて其の善を著す。人の己を視ること、其の肺肝を見るが如し。然らば則ち何の益かあらん。此を中に誠あれば、外に形ると謂う。故に君子は必ず其の獨りを愼む。曾子曰く、十目の視る所、十手の指す所、其れ嚴なるかな、と。富は屋を潤し、德は身を潤す。心廣く體胖かなり。故に君子は必ず其の意を誠にす。

所謂脩身在正其心者、身有所忿懥則不得其正、有所恐懼則不得其正、有所好樂則不得其正、有所憂患則不得其正。心不在焉、視而不見、聽而不聞、食而不知其味。此謂脩身在正其心。
【読み】
所謂身を脩むることは其の心を正しくするに在りとは、身忿懥[ふんち]する所有れば則ち其の正しきことを得ず、恐懼する所有れば則ち其の正しきことを得ず、好樂する所有れば則ち其の正しきことを得ず、憂患する所有れば則ち其の正しきことを得ず。心焉に在らざれば、視れども見えず、聽けども聞えず、食すれども其の味を知らず。此を身を脩むることは其の心を正しくするに在りと謂う。

所謂齊其家在脩其身者、人之其所親愛而辟焉、之其所賤惡而辟焉、之其所畏敬而辟焉、之其所哀矜而辟焉、之其所敖惰而辟焉。故好而知其惡、惡而知其美者、天下鮮矣。故諺有之曰、人莫知其子之惡、莫知其苗之碩。此謂身不脩不可以齊其家。
【読み】
所謂其の家を齊うることは其の身を脩むるに在りとは、人其の親愛する所に之[ゆ]きて辟し、其の賤惡する所に之きて辟し、其の畏敬する所に之きて辟し、其の哀矜する所に之きて辟し、其の敖惰する所に之きて辟す。故に好すれども其の惡しきことを知り、惡めども其の美を知る者は、天下鮮し。故に諺に之れ有り曰く、人其の子の惡しきことを知ること莫し、其の苗の碩[おお]いなるを知ること莫し、と。此を身脩まらずんば以て其の家を齊う可からずと謂う。

所謂治國必先齊其家者、其家不可敎、而能敎人者無之。故君子不出家而成敎於國。孝者所以事君也、弟者所以事長也、慈者所以使衆也。康誥曰、如保赤子。心誠求之、雖不中不遠矣。未有學養子而后嫁者也。一家仁、一國興仁。一家讓、一國興讓。一人貪戾、一國作亂。其機如此。此謂一言僨事、一人定國。堯・舜率天下以仁而民從之、桀・紂率天下以暴而民從之。其所令反其所好、而民不從。是故君子有諸己而后求諸人、無諸己而后非諸人。所藏乎身不恕、而能喩諸人者、未之有也。故治國在齊其家。詩云、桃之夭夭、其葉蓁蓁、之子于歸、宜其家人。宜其家人、而后可以敎國人。詩云、宜兄宜弟。宜兄宜弟、而后可以敎國人。詩云、其儀不忒、正是四國。其爲父子兄弟足法、而后民法之也。此謂治國在齊其家。
【読み】
所謂國を治むることは必ず先づ其の家を齊うとは、其の家敎う可からずして、能く人を敎うる者は之れ無し。故に君子は家を出ずして敎を國に成す。孝は君に事うる所以、弟は長に事うる所以、慈は衆を使う所以なり。康誥に曰く、赤子を保んずるが如し、と。心に誠に之を求むれば、中らずと雖も遠からず。未だ子を養うことを學んで而して后に嫁する者は有らず。一家仁あれば、一國仁を興す。一家讓あれば、一國讓を興す。一人貪戾なれば、一國亂を作す。其の機此の如し。此を一言事を僨[やぶ]り、一人國を定むと謂う。堯・舜天下を率いるに仁を以てして民之に從い、桀・紂天下を率いるに暴を以てして民之に從う。其の令する所其の好む所に反すれば、民從わず。是の故に君子は己に有って而して后に人に求め、己に無くして而して后に人を非る。身に藏むる所恕ならずして、能く人を喩す者は、未だ之れ有らず。故に國を治むることは其の家を齊うるに在り。詩に云く、桃の夭夭たる、其の葉蓁蓁[しんしん]たり、之[こ]の子于[ここ]に歸[とつ]ぐ、其の家人に宜し、と。其の家人に宜しくして、而して后に以て國人を敎う可し。詩に云く、兄に宜しく弟に宜し、と。兄に宜しく弟に宜しくして、而して后に以て國人に敎う可し。詩に云く、其の儀忒[たが]わず、是の四國を正す、と。其の父子兄弟爲ること法るに足りて、而して后に民之に法るなり。此を國を治むることは其の家を齊うるに在りと謂う。

所謂平天下在治其國者、上老老而民興孝、上長長而民興弟、上恤孤而民不倍。是以君子有絜矩之道也。所惡於上、毋以使下。所惡於下、毋以事上。所惡於前、毋以先後。所惡於後、毋以從前。所惡於右、毋以交於左。所惡於左、毋以交於右。此之謂絜矩之道。詩云、樂只君子、民之父母。民之所好好之、民之所惡惡之。此之謂民之父母。詩云、節彼南山、維石巖巖、赫赫師尹、民具爾瞻。有國者不可以不愼。辟則爲天下僇矣。詩云、瞻彼淇澳、菉竹猗猗。有斐君子、如切如磋、如琢如磨。瑟兮僴兮、赫兮喧兮。有斐君子、終不可諠兮。如切如磋者、道學也。如琢如磨者、自脩也。瑟兮僴兮者、恂慄也。赫兮喧兮者、威儀也。有斐君子、終不可諠兮者、道盛德至善、民之不能忘也。詩云、於戲、前王不忘。君子賢其賢而親其親、小人樂其樂而利其利。此以沒世不忘也。子曰、聽訟吾猶人也。必也使無訟乎。無情者不得盡其辭、大畏民志。此謂知本。詩云、殷之未喪師、克配上帝。儀監于殷。峻命不易。道得衆則得國、失衆則失國。
【読み】
所謂天下を平らかにすることは其の國を治むるに在りとは、上老を老として民孝を興し、上長を長として民弟を興し、上孤を恤えて民倍[そむ]かず。是を以て君子は絜矩[けっく]の道有り。上に惡む所を、以て下に使うこと毋かれ。下に惡む所を、以て上に事ること毋かれ。前に惡む所を、以て後に先んずること毋かれ。後に惡む所を、以て前に從うこと毋かれ。右に惡む所を、以て左に交わること毋かれ。左に惡む所を、以て右に交わること毋かれ。此れ之を絜矩の道と謂う。詩に云く、樂しき君子は、民の父母、と。民の好む所は之を好み、民の惡む所は之を惡む。此れ之を民の父母と謂う。詩に云く、節たる彼の南山、維れ石巖巖たり、赫赫たる師尹、民具に爾を瞻る、と。國を有つ者は以て愼まずんばある可からず。辟なれば則ち天下の僇[りく]と爲る。詩に云く、彼の淇[き]の澳[いく]を瞻れば、菉[りょく]竹猗猗[いい]たり。斐たる君子有り、切るが如く磋するが如く、琢[うが]つが如く磨くが如し。瑟[しつ]たり僴[かん]たり、赫[かく]たり喧[けん]たり。斐たる君子有り、終に諠[わす]る可からず、と。切るが如く磋するが如しとは、學を道うなり。琢つが如く磨くが如しとは、自ら脩むるなり。瑟たり僴たりとは、恂慄[じゅんりつ]なるなり。赫たり喧たりとは、威儀あるなり。斐たる君子有り、終に諠る可からずとは、盛德至善、民の忘るること能わざるを道う。詩に云く、於戲[ああ]、前王忘られず、と。君子は其の賢を賢として其の親を親とし、小人は其の樂しみを樂しみとして其の利を利とす。此を以て世を沒するまで忘られず。子曰く、訟を聽くこと吾れ猶人のごとし。必ずや訟無からしめんか、と。情無き者は其の辭を盡くすことを得ず、大いに民の志を畏れしむ。此を本を知ると謂う。詩に云く、殷の未だ師を喪わざるとき、克く上帝に配[かな]えり。儀[よろ]しく殷に監みるべし。峻命易からず、と。衆を得れば則ち國を得、衆を失えば則ち國を失うを道う。

是故君子先愼乎德。有德此有人、有人此有土、有土此有財、有財此有用。德者本也。財者末也。外本内末、争民施奪。是故財聚則民散。財散則民聚。是故言悖而出者、亦悖而入。貨悖而入者、亦悖而出。康誥曰、惟命不于常。道善則得之、不善則失之矣。楚書曰、楚國無以爲寳。惟善以爲寳。舅犯曰、亡人無以爲寳。仁親以爲寳。秦誓曰、若有一个臣、斷斷兮無他技、其心休休焉、其如有容焉。人之有技、若己有之、人之彥聖、其心好之。不啻若自其口出、寔能容之、以能保我子孫。黎民尙亦有利哉。人之有技、媢疾以惡之、人之彥聖、而違之俾不通。寔不能容、以不能保我子孫黎民、亦曰殆哉。唯仁人放流之、迸諸四夷、不與同中國。此謂唯仁人爲能愛人、能惡人。見賢而不能舉、舉而不能先、命也。見不善而不能退、退而不能遠、過也。好人之所惡、惡人之所好、是謂拂人之性。菑必逮夫身。
【読み】
是の故に君子は先づ德を愼む。德有れば此れ人有り、人有れば此れ土有り、土有れば此れ財有り、財有れば此れ用有り。德は本なり。財は末なり。本を外にし末を内にすれば、民を争わして奪うことを施す。是の故に財聚まれば則ち民散ず。財散ずれば則ち民聚まる。是の故に言悖って出る者は、亦悖って入る。貨悖って入る者は、亦悖って出づ。康誥に曰く、惟れ命常に于[おい]てせず、と。善なれば則ち之を得、不善なれば則ち之を失うことを道う。楚書に曰く、楚國は以て寳とすること無し。惟善以て寳とす、と。舅犯に曰く、亡人は以て寳とすること無し。親を仁するを以て寳とす、と。秦誓に曰く、若し一个[いっか]の臣有らん、斷斷として他の技無く、其の心休休焉として、其れ容るること有るが如し。人の技有る、己之れ有るが若くし、人の彥聖なる、其の心に之を好す。啻に其の口自り出すが若くなるのみならず、寔に能く之を容れて、以て能く我が子孫を保つ。黎民も亦利有ることを尙わんかな。人の技有る、媢[い]み疾[にく]みて以て之を惡み、人の彥聖なる、而も之に違いて通ぜざらしむ。寔に容るること能わず、以て我が子孫黎民を保つこと能わず、亦曰[ここ]に殆[あやう]いかな、と。唯仁人のみ之を放流して、諸を四夷に迸[しりぞ]けて、與に中國を同じくせず。此を唯仁人のみ能く人を愛し、能く人を惡むことをすと謂う。賢なるを見て舉ぐること能わず、舉げて先んずること能わざるは、命たり。不善を見て退くこと能わず、退いて遠ざくること能わざるは、過ちなり。人の惡む所を好み、人の好む所を惡む、是を人の性に拂[もと]ると謂う。菑[わざわい]必ず夫の身に逮ぶ。

是故君子有大道。必忠信以得之、驕泰以失之。生財有大道。生之者衆、食之者寡、爲之者疾、用之者舒、則財恆足矣。仁者以財發身、不仁者以身發財。未有上好仁、而下不好義者也。未有好義、其事不終者也。未有府庫財、非其財者也。孟獻子曰、畜馬乘不察於雞豚。伐冰之家不畜牛羊。百乘之家不畜聚斂之臣。與其有聚斂之臣、寧有盗臣。此謂國不以利爲利、以義爲利也。長國家而務財用者、必自小人矣。彼爲善之。小人之使爲國家、菑害竝至。雖有善者、亦無如之何矣。此謂國不以利爲利、以義爲利也。
【読み】
是の故に君子に大道有り。必ず忠信以て之を得、驕泰以て之を失う。財を生ずるに大道有り。之を生ずる者衆く、之を食する者寡く、之を爲る者疾く、之を用うる者舒[ゆる]やかなるときは、則ち財恆に足る。仁者は財を以て身を發[おこ]し、不仁者は身を以て財を發す。未だ上仁を好んで、下義を好まざる者は有らざるなり。未だ義を好んで、其の事終わらざる者は有らざるなり。未だ府庫の財、其の財に非ざる者は有らざるなり。孟獻子曰く、馬乘を畜っては雞豚を察せず。伐冰の家は牛羊を畜わず。百乘の家は聚斂の臣を畜わず。其の聚斂の臣有らん與[よ]りは、寧ろ盗臣有れ、と。此を國は利を以て利とせず、義を以て利とすと謂う。國家に長として財用を務むる者は、必ず小人に自る。彼之を善しとす。小人をして國家を爲めしめば、菑害[さいがい]竝び至る。善者有りと雖も、亦之を如何ともすること無し。此を國は利を以て利とせず、義を以て利とすと謂うなり。

伊川先生改正大學

大學之道在明明德、在親(當作新。)民、在止於至善。知止而后有定。定而后能靜。靜而后能安。安而后能慮。慮而后能得。物有本末、事有終始。知所先後、則近道矣。古之欲明明德於天下者、先治其國。欲治其國者、先齊其家。欲齊其家者、先脩其身。欲脩其身者、先正其心。欲正其心者、先誠其意。欲誠其意者、先致其知。致知在格物。物格而后知至。知至而后意誠。意誠而后心正。心正而后身脩。身脩而后家齊。家齊而后國治。國治而后天下平。自天子以至於庶人、壹是皆以脩身爲本。其本亂而末治者、否矣。其所厚者薄而其所薄者厚、未之有也。
【読み】
大學の道は明德を明らかにするに在り、民を親(當に新に作るべし。)たにするに在り、至善に止まるに在り。止まることを知って后に定まること有り。定まって后に能く靜かなり。靜かにして后に能く安し。安くして后に能く慮る。慮って后に能く得。物に本末有り、事に終始有り。先後する所を知るときは、則ち道に近し。古の明德を天下に明らかにせんと欲する者は、先づ其の國を治む。其の國を治めんと欲する者は、先づ其の家を齊う。其の家を齊えんと欲する者は、先づ其の身を脩む。其の身を脩めんと欲する者は、先づ其の心を正しくす。其の心を正しくせんと欲する者は、先づ其の意を誠にす。其の意を誠にせんと欲する者は、先づ其の知を致[きわ]む。知を致むることは物に格るに在り。物格りて后に知至る。知至って后に意誠なり。意誠にして后に心正し。心正しくして后に身脩まる。身脩まって后に家齊う。家齊って后に國治まる。國治まって后に天下平らかなり。天子自り以て庶人に至るまで、壹是に皆身を脩むるを以て本とす。其の本亂れて末治まる者は、否し。其の厚くする所の者薄くして其の薄くする所の者厚きことは、未だ之れ有らず。

子曰、聽訟吾猶人也。必也使無訟乎。無情者不得盡其辭、大畏民志。此謂知本。(四字衍)。此謂知本、此謂知之至也。康誥曰、克明德。太甲曰、顧諟天之明命。帝典曰、克明峻德。皆自明也。湯之盤銘曰、苟日新、日日新、又日新。康誥曰、作新民。詩曰、周雖舊邦、其命惟新。是故君子無所不用其極。詩曰、邦畿千里、惟民所止。詩云、緡蠻黃鳥、止於丘隅。子曰、於止知其所止、可以人而不如鳥乎。詩云、穆穆文王、於緝煕敬止。爲人君止於仁、爲人臣止於敬、爲人子止於孝、爲人父止於慈、與國人交止於信。
【読み】
子曰く、訟を聽くこと吾れ猶人のごとし。必ずや訟無からしめんか、と。情無き者は其の辭を盡くすことを得ず、大いに民の志を畏れしむ。此を本を知ると謂う。(四字衍なり)。此を本を知ると謂い、此を知ること之れ至ると謂うなり。康誥に曰く、克く德を明らかにす、と。大甲に曰く、諟の天の明命を顧みる、と。帝典に曰く、克く峻德を明らかにす、と。皆自ら明らかにするなり。湯の盤の銘に曰く、苟に日に新たなり、日日に新たにし、又日に新たにす、と。康誥に曰く、新たなる民を作す、と。詩に曰く、周は舊邦なりと雖も、其の命維れ新たなり、と。是の故に君子は其の極を用いざる所無し。詩に云く、邦畿千里は、惟民の止る所、と。詩に云く、緍蠻たる黃鳥、丘隅に止る、と。子曰く、止まるに於て其の止まる所を知る、以て人にして鳥にだも如かざる可けんや、と。詩に云く、穆穆たる文王、於緝煕にして敬して止る、と。人の君と爲っては仁に止まり、人の臣と爲っては敬に止まり、人の子と爲っては孝に止まり、人の父と爲っては慈に止まり、國人と交わっては信に止まる。

所謂誠其意者、毋自欺也。如惡惡臭、如好好色、此之謂自謙。故君子必愼其獨也。小人閒居爲不善、無所不至。見君子而后厭然、揜其不善而著其善。人之視己、如見其肺肝。然則何益矣。此謂誠於中、形於外。故君子必愼其獨也。曾子曰、十目所視、十手所指、其嚴乎。富潤屋、德潤身。心廣體胖。故君子必誠其意。
【読み】
所謂其の意を誠にすとは、自ら欺くこと毋からんとなり。惡臭を惡むが如く、好色を好むが如き、此れ之を自ら謙ると謂う。故に君子は必ず其の獨りを愼む。小人閒居して不善を爲すこと、至らざる所無し。君子を見て后に厭然として、其の不善を揜いて其の善を著す。人の己を視ること、其の肺肝を見るが如し。然らば則ち何の益かあらん。此を中に誠あれば、外に形ると謂う。故に君子は必ず其の獨りを愼む。曾子曰く、十目の視る所、十手の指す所、其れ嚴なるかな、と。富は屋を潤し、德は身を潤す。心廣く體胖かなり。故に君子は必ず其の意を誠にす。

所謂脩身在正其心者、身(當作心。)有所忿懥則不得其正、有所恐懼則不得其正、有所好樂則不得其正、有所憂患則不得其正。心不在焉、視而不見、聽而不聞、食而不知其味。此謂脩身在正其心。
【読み】
所謂身を脩むることは其の心を正しくするに在りとは、身(當に心に作るべし。)忿懥する所有れば則ち其の正しきことを得ず、恐懼する所有れば則ち其の正しきことを得ず、好樂する所有れば則ち其の正しきことを得ず、憂患する所有れば則ち其の正しきことを得ず。心焉に在らざれば、視れども見えず、聽けども聞えず、食すれども其の味を知らず。此を身を脩むることは其の心を正しくするに在りと謂う。

所謂齊其(其字衍。)家在脩其身者、人之其所親愛而辟焉、之其所賤惡而辟焉、之其所畏敬而辟焉、之其所哀矜而辟焉、之其所敖惰而辟焉。故好而知其惡、惡而知其美者、天下鮮矣。故諺有之曰、人莫知其子之惡、莫知其苗之碩。此謂身不脩不可以齊其家。
【読み】
所謂其の(其の字衍なり。)家を齊うることは其の身を脩むるに在りとは、人其の親愛する所に之きて辟し、其の賤惡する所に之きて辟し、其の畏敬する所に之きて辟し、其の哀矜する所に之きて辟し、其の敖惰する所に之きて辟す。故に好すれども其の惡しきことを知り、惡めども其の美を知る者は、天下鮮し。故に諺に之れ有り曰く、人其の子の惡しきことを知ること莫し、其の苗の碩いなるを知ること莫し、と。此を身脩まらずんば以て其の家を齊う可からずと謂う。

所謂治國必先齊其家者、其家不可敎、而能敎人者無之。故君子不出家而成敎於國。孝者所以事君也、弟者所以事長也、慈者所以使衆也。康誥曰、如保赤子。心誠求之、雖不中不遠矣。未有學養子而后嫁者也。一家仁、一國興仁。一家讓、一國興讓。一人貪戾、一國作亂。其機如此。此謂一言僨事、一人定國。堯・舜率天下以仁而民從之、桀・紂率天下以暴而民從之。其所令反其所好、而民不從。是故君子有諸已而后求諸人、無諸已而后非諸人。所藏乎身不恕、而能喩諸人者、未之有也。故治國在齊其家。詩云、桃之夭夭、其葉蓁蓁、之子于歸、宜其家人。宜其家人、而后可以敎國人。詩云、宜兄宜弟。宜兄宜弟、而后可以敎國人。詩云、其儀不忒、正是四國。其爲父子兄弟足法、而后民法之也。此謂治國在齊其家。
【読み】
所謂國を治むることは必ず先づ其の家を齊うとは、其の家敎う可からずして、能く人を敎うる者は之れ無し。故に君子は家を出ずして敎を國に成す。孝は君に事うる所以、弟は長に事うる所以、慈は衆を使う所以なり。康誥に曰く、赤子を保んずるが如し、と。心に誠に之を求むれば、中らずと雖も遠からず。未だ子を養うことを學んで而して后に嫁する者は有らず。一家仁あれば、一國仁を興す。一家讓あれば、一國讓を興す。一人貪戾なれば、一國亂を作す。其の機此の如し。此を一言事を僨り、一人國を定むと謂う。堯・舜天下を率いるに仁を以てして民之に從い、桀・紂天下を率いるに暴を以てして民之に從う。其の令する所其の好む所に反すれば、民從わず。是の故に君子は己に有って而して后に人に求め、己に無くして而して后に人を非る。身に藏むる所恕ならずして、能く人を喩す者は、未だ之れ有らず。故に國を治むることは其の家を齊うるに在り。詩に云く、桃の夭夭たる、其の葉蓁蓁たり、之の子于に歸ぐ、其の家人に宜し、と。其の家人に宜しくして、而して后に以て國人を敎う可し。詩に云く、兄に宜しく弟に宜し、と。兄に宜しく弟に宜しくして、而して后に以て國人に敎う可し。詩に云く、其の儀忒わず、是の四國を正す、と。其の父子兄弟爲ること法るに足りて、而して后に民之に法るなり。此を國を治むることは其の家を齊うるに在りと謂う。

所謂平天下在治其國者、上老老而民興孝、上長長而民興弟、上恤孤而民不倍。是以君子有絜矩之道也。所惡於上、毋以使下。所惡於下、毋以事上。所惡於前、毋以先後。所惡於後、毋以從前。所惡於右、毋以交於左。所惡於左、毋以交於右。此之謂絜矩之道。詩云、樂只君子、民之父母。民之所好好之、民之所惡惡之。此之謂民之父母。詩云、節彼南山、維石巖巖、赫赫師尹、民具爾瞻。有國者不可以不愼。辟則爲天下僇矣。詩云、瞻彼淇澳、菉竹猗猗。有斐君子、如切如磋、如琢如磨。瑟兮僴兮、赫兮喧兮。有斐君子、終不可諠兮。如切如磋者、道學也。如琢如磨者、自脩也。瑟兮僴兮者、恂慄也。赫兮喧兮者、威儀也。有斐君子、終不可諠兮者、道盛德至善、民之不能忘也。詩云、於戯、前王不忘。君子賢其賢而親其親、小人樂其樂而利其利。此以沒世不忘也。康誥曰、惟命不于常。道善則得之、不善則失之矣。楚書曰、楚國無以爲寳。惟善以爲寳。舅犯曰、亡人無以爲寳。仁親以爲寳。秦誓曰、若有一个臣、斷斷兮無他技、其心休休焉、其如有容焉。人之有技、若己有之、人之彥聖、其心好之。不啻若自其口出、寔能容之、以能保我子孫黎民。尙亦有利哉。人之有技、媢疾以惡之、人之彥聖、而違之俾不通。寔不能容、以不能保我子孫黎民、亦曰殆哉。唯仁人放流之、迸諸四夷、不與同中國。此謂唯仁人爲能愛人、能惡人。見賢而不能舉、舉而不能先、命也(作怠之誤也。)。見不善而不能退、退而不能遠、過也。好人之所惡、惡人之所好、是謂拂人之性。菑必逮夫身。
【読み】
所謂天下を平らかにすることは其の國を治むるに在りとは、上老を老として民孝を興し、上長を長として民弟を興し、上孤を恤えて民倍かず。是を以て君子は絜矩の道有り。上に惡む所を、以て下に使うこと毋かれ。下に惡む所を、以て上に事ること毋かれ。前に惡む所を、以て後に先んずること毋かれ。後に惡む所を、以て前に從うこと毋かれ。右に惡む所を、以て左に交わること毋かれ。左に惡む所を、以て右に交わること毋かれ。此れ之を絜矩の道と謂う。詩に云く、樂しき君子は、民の父母、と。民の好む所は之を好み、民の惡む所は之を惡む。此れ之を民の父母と謂う。詩に云く、節たる彼の南山、維れ石巖巖たり、赫赫たる師尹、民具に爾を瞻る、と。國を有つ者は以て愼まずんばある可からず。辟なれば則ち天下の僇と爲る。詩に云く、彼の淇の澳を瞻れば、菉竹猗猗たり。斐たる君子有り、切るが如く磋するが如く、琢つが如く磨くが如し。瑟たり僴たり、赫たり喧たり。斐たる君子有り、終に諠る可からず、と。切るが如く磋するが如しとは、學を道うなり。琢つが如く磨くが如しとは、自ら脩むるなり。瑟たり僴たりとは、恂慄なるなり。赫たり喧たりとは、威儀あるなり。斐たる君子有り、終に諠る可からずとは、盛德至善、民の忘るること能わざるを道う。詩に云く、於戲、前王忘られず、と。君子は其の賢を賢として其の親を親とし、小人は其の樂しみを樂しみとして其の利を利とす。此を以て世を沒するまで忘られず。康誥に曰く、惟れ命常に于てせず、と。善なれば則ち之を得、不善なれば則ち之を失うことを道う。楚書に曰く、楚國は以て寳とすること無し。惟善以て寳とす、と。舅犯に曰く、亡人は以て寳とすること無し。親を仁するを以て寳とす、と。秦誓に曰く、若し一个の臣有らん、斷斷として他の技無く、其の心休休焉として、其れ容るること有るが如し。人の技有る、己之れ有るが若くし、人の彥聖なる、其の心に之を好す。啻に其の口自り出すが若くなるのみならず、寔に能く之を容れて、以て能く我が子孫を保つ。黎民も亦利有ることを尙わんかな。人の技有る、媢み疾みて以て之を惡み、人の彥聖なる、而も之に違いて通ぜざらしむ。寔に容るること能わず、以て我が子孫黎民を保つこと能わず、亦曰に殆いかな、と。唯仁人のみ之を放流して、諸を四夷に迸けて、與に中國を同じくせず。此を唯仁人のみ能く人を愛し、能く人を惡むことをすと謂う。賢なるを見て舉ぐること能わず、舉げて先んずること能わざるは、命たり(怠之に作るは誤りなり。)。不善を見て退くこと能わず、退いて遠ざくること能わざるは、過ちなり。人の惡む所を好み、人の好む所を惡む、是を人の性に拂ると謂う。菑必ず夫の身に逮ぶ。

是故君子有大道。必忠信以得之、驕泰以失之。詩云、殷之未喪師、克配上帝。儀監於殷。峻命不易。道得衆則得、國失衆則失國。是故君子先愼乎德。有德此有人、有人此有土、有土此有財、有財此有用。德者本也。財者末也。外本内末、爭民施奪。是故財聚則民散。財散則民聚。是故言悖而出者、亦悖而入。貨悖而入者、亦悖而出。
【読み】
是の故に君子に大道有り。必ず忠信以て之を得、驕泰以て之を失う。詩に云く、殷の未だ師を喪わざるとき、克く上帝に配えり。儀しく殷に監みるべし。峻命易からず、と。衆を得れば則ち國を得、衆を失えば則ち國を失うを道う。是の故に君子は先づ德を愼む。德有れば此れ人有り、人有れば此れ土有り、土有れば此れ財有り、財有れば此れ用有り。德は本なり。財は末なり。本を外にし末を内にすれば、民を争わして奪うことを施す。是の故に財聚まれば則ち民散ず。財散ずれば則ち民聚まる。是の故に言悖って出る者は、亦悖って入る。貨悖って入る者は、亦悖って出づ。

生財有大道。生之者衆、食之者寡、爲之者疾、用之者舒、則財恆足矣。仁者以財發身、不仁者以身發財。未有上好仁、而下不好義者也。未有好義、其事不終者也。未有府庫財、非其財者也。孟獻子曰、畜馬乘不察於雞豚。伐冰之家不畜牛羊。百乘之家不畜聚斂之臣。與其有聚斂之臣、寧有盜臣。此謂國不以利爲利、以義爲利也。長國家而務財用者、必自小人矣。彼爲善之。小人之使爲國家。菑害竝至。雖有善者、亦無如之何矣。此謂國不以利爲利、以義爲利也。(一本云、彼爲不善之小人、使之爲國家)。
【読み】
財を生ずるに大道有り。之を生ずる者衆く、之を食する者寡く、之を爲る者疾く、之を用うる者舒やかなるときは、則ち財恆に足る。仁者は財を以て身を發し、不仁者は身を以て財を發す。未だ上仁を好んで、下義を好まざる者は有らざるなり。未だ義を好んで、其の事終わらざる者は有らざるなり。未だ府庫の財、其の財に非ざる者は有らざるなり。孟獻子曰く、馬乘を畜っては雞豚を察せず。伐冰の家は牛羊を畜わず。百乘の家は聚斂の臣を畜わず。其の聚斂の臣有らん與りは、寧ろ盗臣有れ、と。此を國は利を以て利とせず、義を以て利とすと謂う。國家に長として財用を務むる者は、必ず小人に自る。彼之を善しとす。小人をして國家を爲めしめば、菑害竝び至る。善者有りと雖も、亦之を如何ともすること無し。此を國は利を以て利とせず、義を以て利とすと謂うなり。(一本に云く、彼の不善をする小人、之をして國家を爲めしむ、と)。


二程全書卷之五十一  伊川先生經說六

論語說

學而

學而時習之、不亦說乎、習、重習也。時復思繹、浹洽於中、則說也。有朋自遠方來、不亦樂乎、以善及人、而信從者衆、可樂也。人不知而不慍、不亦君子乎、雖樂於及人、不見是而無悶、乃所謂君子。
【読み】
學んで時々之を習[かさ]ぬ、亦說ばしからずやとは、習は、重習なり。時々復思繹して、中に浹洽すれば、則ち說ぶなり。朋遠方自り來ること有り、亦樂しからずやとは、善を以て人に及ぼして、信じ從う者衆きは、樂しむ可きなり。人知らずして慍[いきどお]らず、亦君子ならずやとは、人に及ぼすことを樂しむと雖も、是とせられずして悶ゆること無きは、乃ち所謂君子なり。

有子曰、其爲人也孝弟、孝弟、順德也。故不犯上。豈復有逆理亂常之事。德有本。本立則其道充大。孝弟於其家、而後仁愛及於物。所謂親親而仁民也。故爲仁以孝弟爲本。論性、則仁爲孝弟之本。
【読み】
有子曰く、其の人と爲りや孝弟とは、孝弟は、順德なり。故に上を犯さず。豈復理に逆い常を亂る事有らんや。德に本有り。本立てば則ち其の道充大なり。孝弟其の家に於てして、而して後仁愛物に及ぶ。所謂親を親として民を仁するなり。故に仁を爲うには孝弟を以て本とす。性を論ずるときは、則ち仁を孝弟の本とす。

巧言令色鮮矣仁、謂非仁也。知巧言令色之非仁、則知仁矣。
【読み】
言を巧[よ]くし色を令[よ]くするは鮮いかな仁というは、仁に非ざるを謂うなり。言を巧くし色を令くするの仁に非ざることを知るときは、則ち仁を知るなり。

曾子之三省、忠信而已。
【読み】
曾子の三たび省みるは、忠信のみ。

道千乘之國、今之諸侯能如是、足以保其國矣。
【読み】
千乘の國を道[おさ]むるというは、今の諸侯能く是の如くならば、以て其の國を保つに足らん。

子曰、弟子入則孝、出則弟、爲弟子之職、力有餘則學文。不脩其職而學(一作先文。)、非爲己之學也。
【読み】
子曰く、弟子入りては則ち孝、出ては則ち弟というは、弟子の職を爲って、力餘り有れば則ち文を學ぶ。其の職を脩めずして學ぶは(一に文を先にするはに作る。)、己が爲にするの學に非ざるなり。

子夏曰、賢賢易色、見賢改色、有敬賢之誠也。事親事君與朋友交、皆盡其誠。學求如是而已。
【読み】
子夏曰く、賢を賢として色を易うとは、賢を見て色を改むるは、賢を敬するの誠有るなり。親に事え君に事え朋友と交わるも、皆其の誠を盡くす。學は是の如くなることを求むるのみ。

子曰、君子不重則不威、不厚重則無威儀、所學不能安固。所主在於忠信。所親者必忠信、遷善不可不速。君子之自脩當如是也。
【読み】
子曰く、君子重からずんば則ち威あらずとは、厚重ならざれば則ち威儀無く、學ぶ所も安固なること能わず。主とする所は忠信に在り。親しむ所の者必ず忠信にして、善に遷ること速やかにせずんばある可からず。君子の自ら脩むること當に是の如くすべし。

曾子曰、愼終追遠、民德歸厚矣、居喪盡禮、祭祀致誠、愼終追遠之大者也。凡事能愼其終、不忘於遠、足以化民、歸於厚德矣。
【読み】
曾子曰く、終わりを愼み遠きを追うときは、民の德厚きに歸すとは、喪に居りて禮を盡くし、祭祀に誠を致すは、終わりを愼み遠きを追うの大なる者なり。凡そ事能く其の終わりを愼み、遠きを忘れずんば、以て民を化するに足りて、厚德に歸せん。

子貢曰、夫子溫良恭儉讓以得之、溫良恭儉讓、盛德之輝光接於人者也。溫、和厚也。良、易直也。恭、荘敬也。儉、節制也。讓、謙遜也。德容如是。是以諸侯敬而信之。
【読み】
子貢曰く、夫子は溫良恭儉讓以て之を得とは、溫良恭儉讓は、盛德の輝光人に接する者なり。溫は、和厚なり。良は、易直なり。恭は、荘敬なり。儉は、節制なり。讓は、謙遜なり。德容是の如し。是を以て諸侯敬して之を信ず。

三年無改於父之道、可謂孝矣、孝子居喪、志存守父在之道、不必主事而言也。
【読み】
三年父の道を改むること無きを、孝と謂う可しとは、孝子の喪に居る、志父在すの道を守るに存して、必ずしも事を主にせずして言うなり。

有子曰、禮之用、和爲貴、恭而安、別而和、爲可貴也。
【読み】
有子曰く、禮の用は、和を貴しとすとは、恭にして安く、別にして和するを、貴ぶ可しとするなり。

有子曰、信近於義、言可復也、信能守約、恭能遠恥、近於禮義也。因其不失於相近、亦可尙也。
【読み】
有子曰く、信義に近きときは、言復[ふ]む可しとは、信能く約を守り、恭能く恥に遠ざかるは、禮義に近し。因ること其の相近きを失わざるときは、亦尙ぶ可し。

敏於事、勇於行也。
【読み】
事に敏とは、行に勇むなり。

貧無諂、富無驕、能處其分也。樂與好禮、能自脩也。切磋琢磨、自脩各以其道也。告之以樂與好禮、而知爲自脩之道、知來者也。
【読み】
貧しくして諂うこと無く、富みて驕ること無きは、能く其の分に處するなり。樂しむと禮を好むとは、能く自ら脩むるなり。切磋琢磨は、自ら脩むるに各々其の道を以てするなり。之に告ぐるに樂しむと禮を好むとを以てして、自ら脩むることをするの道を知るは、來を知る者なり。

爲政

子曰、吾十有五而志于學、聖人言己亦由學而至、所以勉進後人也。立、能自立於斯道也。不惑、則無所疑矣。知天命、窮理盡性也。耳順、所聞皆通也。從心、則不勉而中矣。
【読み】
子曰く、吾れ十有五にして學に志すとは、聖人己に亦學に由って至ると言うは、後人を勉め進むる所以なり。立つとは、能く自ら斯の道に立つなり。惑わずとは、則ち疑う所無きなり。天命を知るとは、理を窮め性を盡くすなり。耳順うとは、聞く所皆通ずるなり。心に從うとは、則ち勉めずして中るなり。

溫故而知新、溫故則不廢、知新則日益。斯言可師也。所謂日知所亡、月無忘所能也。
【読み】
故きを溫ねて新しきを知るとは、故きを溫ぬるときは則ち廢せず、新しきを知るときは則ち日に益す。斯の言師とす可きなり。所謂日に亡[な]き所を知り、月に能くする所を忘るること無きなり。

先行其言、而後從之、踐言則可信。
【読み】
先づ其の言うことを行って、而して後に之に從うとは、言を踐むときは則ち信ず可し。

周而不比、周爲遍及之義。君子道弘、周及於物而不偏比。小人偏比。故不能周。
【読み】
周して比せずとは、周は遍く及ぼすの義とす。君子は道弘くして、周く物に及ぼして偏比せず。小人は偏比す。故に周きこと能わず。

學而不思則罔、學不思則無得、力索而不問學則勞殆。
【読み】
學んで思わざるときは則ち罔しとは、學んで思わざるときは則ち得ること無く、力め索めて問學せざるときは則ち勞殆するなり。

攻求異端、則害於正。
【読み】
異端を攻[おさ]め求むれば、則ち正しきに害あり。

人苟恥其不知、而不求問、是終不知也。以爲不知而求之、則當知矣。故云是知也。
【読み】
人苟も其の知らざることを恥ぢて、求問せずんば、是れ終に知らざるなり。以て知らずと爲して之を求むるときは、則ち當に知るべし。故に是れ知るなりと云う。

多見而闕其不安者、寡悔之道也。君子行己能愼、得祿之道也。
【読み】
多く見て其の安からざる者を闕くは、悔い寡きの道なり。君子己を行うこと能く愼むは、祿を得るの道なり。

舉直錯諸枉、舉錯得義則民心服。
【読み】
直きを舉げて諸々の枉れるを錯[お]くとは、舉錯義を得るときは則ち民の心服す。

書云孝乎、書之言孝。則曰、惟孝、友于兄弟、則能施於有政。
【読み】
書に孝を云うかとは、書の孝を言う。則ち曰く、惟れ孝あり、兄弟に友[むつ]まじければ、則ち能く政有るに施すとなり。

非其鬼而祭之、諂也、不當祭而祭之、諂於鬼神也。時多非禮之祀、人情狃於習俗。知義之不可而不能止、蓋無勇耳。
【読み】
其の鬼に非ずして之を祭るは、諂えるなりとは、當に祭るべからずして之を祭るは、鬼神に諂うなり。時に非禮の祀多くして、人情習俗に狃[なら]えり。義の不可なることを知って止むること能わざるは、蓋し勇無きのみ。

八佾

孔子謂季氏八佾舞於庭、是可忍也、孰不可忍也、忍爲是、則何所不能爲也。
【読み】
孔子季氏が八佾を庭に舞うことを謂く、是をも忍ぶ可けんば、孰れをか忍ぶ可からざらんとは、忍んで是をするときは、則ち何のすること能わざる所あらんとなり。

人而不仁、如禮何。人而不仁、如樂何、仁者天下之正理、失正理則無序而不和。
【読み】
人として仁あらずんば、禮を如何。人として仁あらずんば、樂を如何とは、仁は天下の正理、正理を失えば則ち序無くして和せず。

林放問禮之本。飾過則失實。故寧儉。喪主於哀。故寧戚。
【読み】
林放禮の本を問う。飾ること過ぐるときは則ち實を失う。故に寧ろ儉せよという。喪は哀を主とす。故に寧ろ戚すという。

夷狄之有君、夷狄且有君、不如諸夏之僭亂、無上下之分也。
【読み】
夷狄すら君有りとは、夷狄すら且つ君有り、諸夏の僭亂して、上下の分無きが如くならずとなり。

君子無所爭。必也如(一本無如字。)射乎、射者正己而已。非有爭也。其爭也君子、言君子其爭乎。
【読み】
君子は爭う所無し。必ずや(一本に如の字無し。)射かとは、射る者は己を正しくするのみ。爭うこと有るに非ず。其の爭うは君子ならんやとは、言うこころは、君子其れ爭わんやとなり。

巧笑倩兮、美質待禮以成德(一作法。)、猶素待繪以成絢。子夏能諭。故曰起予。
【読み】
巧みに笑うこと倩[せん]たりとは、美質禮を待って以て德(一に法に作る。)を成すこと、猶素繪を待って以て絢を成すがごとし。子夏く能諭す。故に予を起こすと曰う。

夏禮吾能言之、夏・商之禮未盡亡也。而杞・宋之文籍法度不足考證矣。故夫子不能成之。
【読み】
夏の禮吾れ能く之を言うとは、夏・商の禮未だ盡く亡びず。而れども杞・宋の文籍法度考え證するに足らず。故に夫子之を成すこと能わず。

禘自旣灌而徃者、灌者、祭之始也。自灌而徃、皆不欲觀、蓋非一事之失也。先儒皆謂、以魯逆祀而云。逆祀固失禮之大者。其節文皆失也。天下之事、苟能使之中禮、則治之如視諸掌也。不知也者、不欲顯言之也。非止禘也。因禘失禮之甚而言耳。
【読み】
禘旣に灌して自り徃[のち]とは、灌は、祭の始めなり。灌して自り徃は、皆觀ることを欲せざるは、蓋し一事の失に非ざればなり。先儒皆謂えらく、魯の逆祀を以て云う、と。逆祀は固より禮を失するの大なる者なり。其の節文も皆失せり。天下の事、苟も能く之をして禮に中らしめば、則ち之を治むること掌を視るが如しとなり。知らずとは、顯に之を言うことを欲せざればなり。止禘のみに非ず。禘の失禮の甚だしきに因りて言うのみ。

奥喩貴臣、竈喩用事者。夫子知其意、抑之云、若獲罪於天、求媚何益也。
【読み】
奥は貴臣に喩え、竈は事を用うる者に喩う。夫子其の意を知って、之を抑えて云く、若し罪を天に獲ば、媚を求むとも何の益あらん、と。

射不主皮、爲力不同科、射有五善、不必專以主皮爲工也。工力非一端、苟有可取、不必同科也。古者取善之周也。
【読み】
射ること皮を主とせず、力科[しな]を同じくせざるが爲なりとは、射に五つの善有り、必ずしも專ら皮を主とすることを以て工とせざるなり。工力一端に非ず、苟も取る可き有れば、必ずしも科を同じくせず。古善を取るの周きなり。

事君盡禮、人以爲諂也、當時事上之禮、簡也。
【読み】
君に事うるに禮を盡くせば、人以て諂えりとすとは、當時上に事うるの禮、簡なればなり。

關雎樂而不淫、哀而不傷、樂得淑女、非淫其色也。哀思之切、無傷善之心也。切於善(一作色。)、乃傷善也。
【読み】
關雎は樂しんで淫せず、哀しんで傷[やぶ]らずとは、淑女を得ることを樂しんで、其の色に淫するに非ず。哀しみ思うの切なる、善を傷るの心無し。善(一に色に作る。)に切なるは、乃ち善を傷るなり。

管仲之器小哉、謂管仲器小。非止謂不知禮也。或問其知禮乎。故答以不知。器大則自知禮矣。
【読み】
管仲の器小なるかなとは、管仲の器小なるを謂う。止禮を知らずと謂うには非ず。或るひと其れ禮を知るかと問う。故に答うるに知らざるを以てす。器大なるときは則ち自づから禮を知るなり。

樂始翕如、純如、皦如、至於繹如。非通於樂者、孰能知之。
【読み】
樂翕如[きゅうじょ]に始まり、純如、皦如[きょうじょ]より、繹如に至る。樂に通ずる者に非ずんば、孰か能く之を知らん。

子謂武、盡美矣、未盡善也、一有傳之失者。故未盡善。
【読み】
子武を謂く、美を盡くせり、未だ善を盡くさずとは、一つは傳の失せる者有り。故に未だ善を盡くさず。

居上不寬、爲禮不敬、臨喪不哀、吾何以觀之哉、居上以愛人爲本、主於寬厚。禮主於敬、喪主乎哀。不然、是無本也。何以觀乎。
【読み】
上に居て寬ならず、禮を爲して敬せず、喪に臨んで哀しまずんば、吾れ何を以て之を觀んとは、上に居ては人を愛するを以て本として、寬厚を主とす。禮は敬を主とし、喪は哀を主とす。然らずんば、是れ本無きなり。何を以て觀んや。

里仁

子曰、里仁爲美、居以親仁爲美。處不擇仁、焉得爲知。
【読み】
子曰く、里は仁を美とすとは、居るには仁に親[ちか]づくを以て美とす。處るに仁を擇びずんば、焉んぞ知とすることを得ん。

惟仁者能好人、能惡人、得其公正也。
【読み】
惟仁者は能く人を好し、能く人を惡むとは、其の公正を得ればなり。

苟志仁、無惡也、苟志於仁、則無不善也。
【読み】
苟に仁に志せば、惡しきこと無しとは、苟に仁に志せば、則ち不善無きなり。

君子去仁、惡乎成名、去仁、則不得名君子矣。
【読み】
君子仁を去って、惡くにか名を成さんとは、仁を去れば、則ち君子と名づくることを得ざればなり。

君子無終食之閒違仁、得善弗失也。道不可須臾離、可離非道、言道也。造次顚沛必於是、言守道也。
【読み】
君子は食を終うるの閒も仁に違うこと無しとは、善を得て失わざるなり。道は須臾も離る可からず、離る可きは道に非ずとは、道を言うなり。造次顚沛も必ず是に於てすとは、道を守ることを言うなり。

有能一日用其力於仁矣乎。我未見力不足者、欲仁則仁斯至矣。不繋乎力也。用力於仁者、固嘗(一作當。)有之己。未嘗見耳。豈敢謂天下無仁者也。
【読み】
能く一日も其の力を仁に用うること有らんかな。我れ未だ力の足らざる者を見ずとは、仁を欲すれば則ち仁斯に至るなり。力に繋からず。力を仁に用うる者、固に嘗て(一に當に作る。)之れ有らん。己未だ嘗て見ざるのみ。豈敢えて天下に仁者無しと謂わんや。

人之過也、各於其類、君子常失於厚、小人常失於薄。君子過於愛、小人傷於忍。
【読み】
人の過ちや、各々其の類に於てすとは、君子は常に厚きに失し、小人は常に薄きに失す。君子は愛に過ぎ、小人は忍に傷る。

朝聞道、夕死可矣、人不可以不知道。苟得聞道、雖死可也。
【読み】
朝に道を聞かば、夕に死すとも可なりとは、人以て道を知らずんばある可からず。苟も道を聞くことを得ば、死すと雖も可なり。

士志於道、而恥惡衣惡食者、未足與議也、志於道而心役乎外。何足與議也。
【読み】
士道に志して、惡衣惡食を恥づる者は、未だ與に議るに足らずとは、道に志して心外に役せらる。何ぞ與に議るに足らん。

君子之於天下也、無適也、無莫也、義之與比、君子之於天下、無必徃也、無莫徃也。惟義是親。
【読み】
君子の天下に於る、適も無く、莫も無し、義と與に比[した]しむとは、君子の天下に於る、必ず徃くことも無く、徃くこと莫きことも無し。惟義のみ是れ親しむ。

君子懷德、小人懷土、君子懷刑、小人懷惠、在上者志存於德、則民安其土。在上者志在嚴刑、則民思仁厚者而歸之。
【読み】
君子德を懷えば、小人土を懷い、君子刑を懷えば、小人惠みを懷うとは、上に在る者志德に存するときは、則ち民其の土を安んず。上に在る者志嚴刑に在るときは、則ち民仁厚の者を思って之に歸す。

放於利而行、多怨、心存乎利、取怨之道也。蓋欲利於己、必損於人。
【読み】
利に放[よ]って行うときは、怨み多しとは、心利に存するは、怨みを取るの道なり。蓋し己を利せんと欲すれば、必ず人を損す。

禮者爲國之本。能以禮讓、復何加焉。不能以禮、將如禮何。無禮讓、則不可以爲國也。
【読み】
禮は國を爲むるの本。能く禮讓を以てせば、復何をか加えん。禮を以てすること能わずんば、將に禮を如何。禮讓無きときは、則ち以て國を爲むる可からざればなり。

不患無位、患所以立。不患莫己知、求爲可知也、君子求其在己者。故患身無所立、不患無位。以行也。求爲可知之行、不患人之不知己也。
【読み】
位無きことを患えず、立つ所以を患う。己を知ること莫きことを患えず、知らる可きことをすることを求むとは、君子は其の己に在る者を求む。故に身の立つ所無きことを患えて、位無きことを患えず。行いを以てすればなり。知らる可きの行いをすることを求めて、人の己を知らざることを患えず。

曾子曰、夫子之道、忠恕而已、盡己之謂忠、推己之謂恕。忠、體也。恕、用也。孟子曰、盡其心者、知其性也。
【読み】
曾子曰く、夫子の道は、忠恕のみとは、己を盡くす之を忠と謂い、己を推す之を恕と謂う。忠は、體なり。恕は、用なり。孟子曰く、其の心を盡くす者は、其の性を知る、と。

君子喩於義、小人喩於利、惟其深喩、是以篤好。
【読み】
君子は義に喩り、小人は利に喩るとは、惟其れ深く喩る、是を以て篤く好む。

德不孤、必有鄰、事物莫不各以類聚。故德必有鄰。
【読み】
德は孤ならず、必ず鄰有りとは、事物各々類を以て聚まらずということ莫し。故に德には必ず鄰有り。

公冶長

斯焉取斯、斯助語。詩云、恩斯勤斯。
【読み】
焉んぞ取らんとは、斯は助語。詩云う、恩[いと]おしみ勤[あつ]くす、と。

子貢問曰、賜也何如。子曰、女器也。器者尙飭之物。子貢文勝。故云器也。復問、何器。曰、瑚璉也。瑚璉貴器。飭之盛者皆從玉。見其飭之美。
【読み】
子貢問いて曰く、賜は何如、と。子曰く、女は器なり、と。器は飭[かざ]りを尙ぶ物。子貢は文勝る。故に器なりと云う。復問う、何の器ぞ、と。曰く、瑚璉なり、と。瑚璉は貴器。飭りの盛んなる者は皆玉に從う。其の飭りの美なることを見す。

或曰、雍也仁而不佞、佞、辨才也。人有之、則多入於不善。故夫子云、焉用佞。
【読み】
或るひと曰く、雍は仁ありて佞ならずとは、佞は、辨才なり。人之れ有れば、則ち多くは不善に入る。故に夫子云く、焉んぞ佞を用いん、と。

子使漆雕開仕、使求祿也。對以己學且未能信。信謂自得。故夫子說其篤志。
【読み】
子漆雕開をして仕えしむとは、祿を求めしむるなり。對うるに己が學且つ未だ信ずること能わずというを以てす。信は自得を謂う。故に夫子其の篤く志すことを說ぶ。

子曰、道不行、乘桴浮于海、從我者其由也與。浮海居夷、譏天下無賢君也。子路勇於義。故謂其能從已。子路以爲實欲浮海也。故喜夫子與己。夫子許其勇而謂其不能量度事理也。取材、裁度也。材裁通用。
【読み】
子曰く、道行われず、桴[いかだ]に乘って海に浮かばん、我に從わん者は其れ由か、と。海に浮かび夷に居らんというは、天下に賢君無きことを譏るなり。子路義に勇めり。故に其れ能く從わんと謂うのみ。子路以て實に海に浮かばんと欲すとす。故に夫子の己に與することを喜ぶ。夫子其の勇を許して其の事理を量度すること能わざることを謂う。取り材[はか]るは、裁度なり。材裁通用す。

子謂子貢曰、女與囘也孰愈、子貢喜方人。故問其與囘孰愈。子貢旣能自謂、何敢望囘。故云、吾與女弗及。所以勉之進也。
【読み】
子子貢に謂いて曰く、女と囘と孰れか愈れるとは、子貢人を方[くら]ぶることを喜ぶ。故に其の囘と孰れか愈れると問う。子貢旣に能く自ら謂く、何ぞ敢えて囘を望まん、と。故に云く、吾と女と及ばず、と。之を勉めて進むる所以なり。

宰予晝寢、人旣耽惑難以語學矣。因責其不踐平日之言也。
【読み】
宰予晝寢たりとは、人旣に耽惑なれば以て學を語り難し。因りて其の平日の言を踐まざることを責む。

人有慾則無剛、剛則不屈於欲也。
【読み】
人慾有れば則ち剛無く、剛なれば則ち欲に屈せず。

我不欲人之加諸我、吾亦欲無加諸人、仁也。施諸己而不願、亦勿施於人、恕也。恕或能勉之。仁則非子貢所及。
【読み】
我れ人の我に加うることを欲せざれば、吾も亦人に加うること無からんことを欲するは、仁なり。己に施して願わずんば、亦人に施すこと勿しというは、恕なり。恕は或は能く之を勉めん。仁は則ち子貢の及ぶ所に非ず。

夫子之文章、可得而聞也、夫子之言性與天道、不可得而聞也、子貢聞夫子之至論、而歎美之言也。
【読み】
夫子の文章は、得て聞く可し、夫子の性と天道とを言うは、得て聞く可からずとは、子貢夫子の至論を聞いて、歎美するの言なり。

子路有聞、未之能行、唯恐有聞、子路果於行者。故有聞而未能行、惟恐復有聞也。
【読み】
子路聞くこと有りて、未だ之を能く行わざれば、唯聞くこと有らんことを恐るとは、子路行に果なる者なり。故に聞くこと有りて未だ能く行わざれば、惟復聞くこと有らんことを恐るるなり。

晏平仲善與人交、久而敬之、人之交久則敬衰。久而能敬、所以爲善與人交也。
【読み】
晏平仲善く人と交わる、久しくして之を敬すとは、人の交わり久しきときは則ち敬衰う。久しくして能く敬するは、善く人と交わるとする所以なり。

世謂臧文仲知。僭上失禮。安得爲知也。
【読み】
世に臧文仲を知ありと謂う。上を僭し禮を失す。安んぞ知とすることを得ん。

令尹子文三仕爲令尹、無喜色。三已之、無慍色。其然、豈其然乎。人不能見其色則可矣。謂其無喜慍則非也。苟無喜慍、何以知其未仁也。夫子獨稱其以政告新爲忠。斯可見矣。
【読み】
令尹子文三たび仕えて令尹と爲れども、喜色無く、三たび之を已めらるれども、慍[いか]れる色無し。其れ然り、豈其れ然らんや。人其の色を見ること能わずとせば則ち可なり。其の喜び慍ること無しと謂わば則ち非なり。苟に喜び慍ること無くんば、何を以て其の未だ仁ならざることを知らん。夫子獨其の政を以て新に告ぐるを稱して忠とす。斯れ見る可し。

季文子三思而後行、使晉時也。其再慮當矣。至於求遭喪之禮、則過矣。
【読み】
季文子三たび思って而して後に行うとは、晉に使いするの時なり。其の再び慮るは當たれり。喪に遭うの禮を求むるに至っては、則ち過ぎたり。

子在陳曰、歸與、夫子之刪詩書、使羣弟子編緝之也。
【読み】
子陳に在して曰く、歸りなんとは、夫子の詩書を刪る、羣弟子をして之を編緝せしむればなり。

伯夷・叔齊之節、至高峻也。然其居之以寬。故怨希。不然則不可以處世矣。
【読み】
伯夷・叔齊の節は、至って高峻なり。然れども其の之に居すること寬を以てす。故に怨み希[すく]なし。然らずんば則ち以て世に處す可からず。

孰謂微生高直、君子敬以直内。所枉雖小而害則大。
【読み】
孰か微生高を直しと謂うとは、君子は敬以て内を直くす。枉る所小なりと雖も害は則ち大なり。

足恭、過恭也。左丘明、古之聞人。
【読み】
足恭は、過恭なり。左丘明は、古の聞人なり。

顏淵・季路與夫子之言志。夫子安仁也。顏淵不違仁也。季路求仁也。
【読み】
顏淵・季路と夫子と志を言う。夫子は仁を安んずるなり。顏淵は仁に違わざるなり。季路は仁を求むるなり。

夫人能自知其過者鮮也。然知過非難也。能自訟之爲善。自訟不置、能無改乎。
【読み】
夫れ人能く自ら其の過ちを知る者は鮮し。然れども過ちを知るは難きに非ず。能く自ら訟[せ]むるを善とす。自ら訟めて置かずんば、能く改むること無けんや。

十室之邑、必有忠信如丘者焉。不如丘之好學也、忠信、質也。語生質則不異於人。人不若己之好學耳。所以勉人學也。
【読み】
十室の邑、必ず忠信丘が如き者有らん。丘が學を好むには如かずとは、忠信は、質なり。生質を語るときは則ち人に異ならず。人己が學を好むに若かざらんのみ。人に學を勉めしむる所以なり。

雍也

雍也可使南面、仲弓才德可使爲政也。
【読み】
雍は南面せしむ可しとは、仲弓の才德政を爲さしむ可ければなり。

子桑伯子内主於敬而簡、則爲要直。内存乎簡而簡、則爲疏略。仲弓可謂知旨者。子桑伯子之簡雖可取、而未盡善。故夫子云可也。
【読み】
子桑伯子内敬を主として簡なるときは、則ち要直と爲る。内簡を存して簡なるときは、則ち疏略と爲る。仲弓は旨を知る者と謂う可し。子桑伯子の簡は取る可しと雖も、而れども未だ善を盡くさず。故に夫子可なりと云う。

顏子之怒在物而不在己。故不遷。有不善未嘗不知、知之未嘗復行。不貳過也。
【読み】
顏子の怒りは物に在って己に在らず。故に遷さず。不善有れば未だ嘗て知らずんばあらず、之を知れば未だ嘗て復行わず。過ちを貳たびせざるなり。

子華使於齊。冉子爲其母請粟。子曰、與之釡。請益。曰、與之庾。冉子與之粟五秉。夫子之使子華、子華之爲夫子使、義也。而冉求乃欲資之而爲之請粟。夫子曰、與之釜者、所以示冉求以不當與也。求不達而請益、則與之庾。求猶未達夫子之意。故自與之粟五秉。故夫子非其繼富。蓋赤苟至乏、則夫子必周之矣。原思爲之宰、則與之粟九百。思辭其多。故謂之曰、苟有餘、則分諸鄰里郷黨。夫子之使子華、義也。原思爲宰、有常祿也。
【読み】
子華齊に使いす。冉子其の母の爲に粟を請う。子曰く、之に釡を與えよ、と。益を請う。曰く、之に庾を與えよ、と。冉子之に粟五秉を與う。夫子の子華を使い、子華の夫子の爲に使いするは、義なり。而るに冉求は乃ち之を資[たす]けんと欲して之が爲に粟を請う。夫子曰く、之に釜を與えよとは、冉求に示すに當に與うべからざることを以てする所以なり。求達せずして益を請えば、則ち之に庾を與えよという。求猶未だ夫子の意に達せず。故に自ら之に粟五秉を與う。故に夫子其の富を繼ぐことを非る。蓋し赤苟も乏しきに至らば、則ち夫子必ず之を周くせん。原思之が宰爲るとき、則ち之に粟九百を與う。思其の多きを辭す。故に之に謂いて曰く、苟も餘り有らば、則ち諸を鄰里郷黨に分かて、と。夫子の子華を使うは、義なり。原思宰爲るは、常祿有るなり。

子謂仲弓曰、犂牛之子騂且角。疑多曰字。角、始角也。可用時也。
【読み】
子仲弓に謂いて曰く、犂牛の子騂[あか]くして且角あり、と。疑うらくは曰の字多からん。角は、始めの角なり。時に用いらる可しとなり。

囘三月不違仁、得善則服膺弗失也。其餘則日月至焉、至謂心存於仁。非能至於仁也。
【読み】
囘三月仁に違わざるは、善を得れば則ち服膺して失わざればなり。其の餘は則ち日月至るとは、至るは心仁を存するを謂う。能く仁に至るには非ず。

季康子問、仲由・子貢・冉有其才可以從政乎。夫子答以各有所長。非唯三子者、人各有所長。能取其長、皆可用也。
【読み】
季康子問う、仲由・子貢・冉有其の才以て政に從わしむ可きや、と。夫子答うるに各々長ずる所有るを以てす。唯三子者のみに非ず、人各々長ずる所有り。能く其の長ずるを取らば、皆用う可し。

季氏使閔子騫爲費宰。閔子騫曰、善爲我辭焉。如有復我者、則吾必在汶上矣。仲尼之門、能不仕大夫之家者、閔子・曾子數人而已。
【読み】
季氏閔子騫をして費の宰爲らしめんとす。閔子騫曰く、善く我が爲に辭せよ。如し我に復たびする者有らば、則ち吾は必ず汶の上[ほとり]に在らん、と。仲尼の門、能く大夫の家に仕えざる者は、閔子・曾子數人のみ。

顏子之樂、非樂簞瓢陋巷也。不以貧窶累其心而改其所樂也。故夫子稱其賢。
【読み】
顏子の樂しむは、簞瓢陋巷を樂しむに非ず。貧窶を以て其の心を累わして其の樂しむ所を改むるにあらず。故に夫子其の賢を稱す。

冉有曰、非不說子之道、力不足也。夫子告以爲學由己、未有力不足者。所謂力不足者、乃中道而自廢耳。今女自止。非力不足也。
【読み】
冉有曰く、子の道を說びざるには非ず、力足らざればなり、と。夫子告ぐるに學をすることは己に由る、未だ力足らざる者有らずというを以てす。所謂力足らざる者は、乃ち中道にして自ら廢つるのみ。今女自ら止む。力足らざるには非ざるなり、と。

君子儒爲己、小人儒爲人。
【読み】
君子の儒は己が爲にし、小人の儒は人の爲にす。

行不由徑、動必從正道。
【読み】
行くときに徑に由らざるは、動けば必ず正道に從うなり。

不有祝鮀之佞、而有宋朝之美、無鮀之巧言與朝之令色、難免乎今之世、必見憎疾也。
【読み】
祝鮀の佞有りて、宋朝の美有るにあらずんばとは、鮀の巧言と朝の令色と無くんば、今の世に免れ難くして、必ず憎み疾まれんとなり。

道、不可離也。事必由其道、猶出入之必由戶也。
【読み】
道は、離る可からざるなり。事必ず其の道に由るは、猶出入の必ず戶に由るがごとし。

文質彬彬、然後君子、君子之道、文質得其宜也。
【読み】
文質彬彬として、然して後に君子なりとは、君子の道は、文質其の宜しきを得ればなり。

人類之生、以直道也。欺罔而免者、幸耳。
【読み】
人類の生まるるは、直道を以てす。欺き罔いて免るる者は、幸いなるのみ。

好之者、不如樂之者、非有所得、安能樂之。
【読み】
之を好む者は、之を樂しむ者に如かずとは、得る所有るに非ずんば、安んぞ能く之を樂しまん。

中人以上、可以語上、中人以下、不可以語上、才卑而語之高、安能入也。
【読み】
中人以上には、以て上を語る可し、中人以下には、以て上を語る可からずとは、才卑くして之に高きを語らば、安んぞ能く入らんやとなり。

樊遲問知。能從百姓之所義者、知也。鬼神當敬也。親而求之、則非知也。以所難爲先、而不計所獲、仁也。
【読み】
樊遲知を問う。能く百姓の義とする所に從う者は、知なり。鬼神は當に敬すべし。親しんで之を求むるは、則ち知に非ず。難んずる所を以て先として、獲る所を計らざるは、仁なり。

知者樂水、仁者樂山。樂者、(一本有喜字。)好也。知者樂於運動、若水之通流。仁者樂於安靜如山之定止。知者得其樂、仁者安其常也。
【読み】
知者は水を樂[この]み、仁者は山を樂む。樂は、(一本に喜の字有り。)好なり。知者は運動すること、水の通流するが若くなることを樂む。仁者は安靜なること山の定止するが如くなることを樂む。知者は其の樂を得、仁者は其の常に安んずるなり。

齊一變至於魯、魯一變至於道、夫子之時、齊强魯弱。孰不以爲齊勝魯也。然魯猶存周公之法制。齊由桓公之霸爲從簡尙功之治。太公之遺法。變、易盡矣。故一變乃能至魯。魯則脩廢舉墜而已。一變則至於先王之道也。
【読み】
齊一變せば魯に至らん、魯一變せば道に至らんとは、夫子の時、齊は强く魯は弱し。孰か以て齊魯に勝るとせざらんや。然れども魯は猶周公の法制を存す。齊は桓公の霸に由って簡に從い功を尙ぶの治を爲す。太公の遺法なり。變は、易え盡くすなり。故に一變せば乃ち能く魯に至らん。魯は則ち廢れたるを脩め墜ちたるを舉ぐるのみ。一變せば則ち先王の道に至らん。

觚不觚、觚哉。觚哉、觚而失其觚之形制、則非觚也。故君而失其君之道、則爲不君。臣而失其臣之職、則爲虚位。
【読み】
觚觚ならず、觚ならんや。觚ならんやとは、觚にして其の觚の形制を失うときは、則ち觚に非ざるなり。故に君にして其の君の道を失うときは、則ち君ならずとす。臣にして其の臣の職を失うときは、則ち虚位とす。

宰我問曰、仁者雖告之曰井有仁焉、其從之也、宰我問、仁者好仁、不避患難、雖告之以赴井爲仁、亦從之乎。夫子謂、不然。君子可使之有徃。不可陷之於不知。可欺以其方。不可罔以非其道。
【読み】
宰我問いて曰く、仁者之に告げて井に仁有りと曰うと雖も、其れ之に從わんやとは、宰我問う、仁者は仁を好んで、患難を避けず、之に告ぐるに井に赴くを仁というを以てすと雖も、亦之に從わんや、と。夫子謂く、然らず。君子は之をして徃くこと有らしむ可し。之を不知に陷らしむ可からず。欺くに其の方を以てす可し。罔ゆるに其の道に非ざるを以てす可からず、と。

子曰、君子博學於文約之以禮、亦可以弗畔矣夫、博學而守禮、雖未知道、亦可以弗違畔道矣。
【読み】
子曰く、君子博く文を學んで之を約にするに禮を以てせば、亦以て畔かざる可しとは、博く學んで禮を守れば、未だ道を知らずと雖も、亦以て道に違い畔かざる可し。

南子非正、而衛君以爲夫人、使見夫子。夫子雖不願見、安能拒之乎。子路以夫子之被强也、故不說。夫子爲陳不得已之故而謂之曰、吾道之否塞如是、蓋天厭之、猶天喪予也。
【読み】
南子正に非ざれども、衛の君以て夫人と爲して、夫子に見えしむ。夫子見ることを願わずと雖も、安んぞ能く之を拒まんや。子路夫子の强いらるるを以て、故に說びず。夫子爲に已むことを得ざるの故を陳べて之に謂いて曰く、吾が道の否塞是の如し、蓋し天之を厭うなり、猶天予を喪ぼすがごとし、と。

中庸、天下之正理。德合中庸、可謂至矣。自世敎衰、民不興於行、鮮有中庸之德也。
【読み】
中庸は、天下の正理。德中庸に合うは、至れりと謂う可し。世敎衰えて自り、民行を興さず、中庸の德有ること鮮し。

博施於民、而能濟衆、博施、厚施也。博而及衆、堯・舜病其難也。聖人濟物之心無窮已也。患其力不能及耳。聖人者、人倫之至。惟聖人爲能盡仁道。然仁可通上下而言。故曰、何事於仁。必也聖乎。恕者爲仁之方也。
【読み】
博く民に施して、能く衆を濟うとは、博く施すは、厚く施すなり。博くして衆に及ぼすことは、堯・舜も其の難きことを病めり。聖人物を濟うの心窮まり已むこと無ければなり。其の力及ぶこと能わざることを患うるのみ。聖人は、人倫の至り。惟聖人のみ能く仁道を盡くすことをす。然れども仁は上下に通じて言う可し。故に曰く、何ぞ仁のみを事とせん。必ずや聖か、と。恕は仁をするの方なり。

述而

傳述而不作、信古而好之、自比於老彭也。
【読み】
傳え述べて作らず、古を信じて之を好むこと、自ら老彭に比せり。

默而識之、學而不厭、誨人不倦、何有於我哉、默識而無倦者、有諸己者也。何有於我、勉人學當如是也。子貢曰、學不厭、知也。敎不倦、仁也。仁且知、夫子旣聖矣、以仁知而言也。
【読み】
默して之を識し、學んで厭わず、人を誨えて倦まざること、何れか我に有るやとは、默して識して倦むこと無きは、己に有する者なり。何れか我に有るとは、人の學當に是の如くすべきことを勉めしむるなり。子貢曰く、學んで厭わざるは、知なり。敎えて倦まざるは、仁なり。仁にして且つ知あらば、夫子は旣に聖かとは、仁知を以て言うなり。

子曰、德之不脩、學之不講、聞義不能徙、不善不能改、是吾憂也。憂如是、則德日新。
【読み】
子曰く、德の脩まらざる、學の講ぜざる、義を聞いて徙[うつ]ること能わざる、不善改むること能わざる、是れ吾が憂えなり、と。是の如くなることを憂うるときは、則ち德日新たなり。

申申、和適之貌。夭夭、溫裕之貌。
【読み】
申申は、和適の貌。夭夭は、溫裕の貌。

吾不復夢見周公、夢見周公、夫子盛時、寤寐常存行周公之道、及其老也、志慮衰矣。存道者、心無老少之異、行道者、身老則衰矣。
【読み】
吾れ復夢に周公を見ずとは、夢に周公を見るは、夫子盛んなりし時、寤寐常に周公の道を存し行い、其の老いたるに及んでや、志慮衰えぬ。道を存する者は、心老少の異なり無く、道を行う者は、身老ゆれば則ち衰う。

志於道、據於德、依於仁、游於藝。學者當如是、游泳於其中。
【読み】
道に志し、德に據り、仁に依り、藝に游ぶ。學者當に是の如くにして、其の中に游泳すべし。

子曰、自行束脩以上、吾未嘗無誨焉、苟以禮來者、無不受也。
【読み】
子曰く、束脩を行う自り以上は、吾れ未だ嘗て誨うること無くんばあらずとは、苟も禮を以て來る者は、受けずということ無きなり。

不憤不啓、不悱不發、待其誠至而後告也。舉一隅、不以三隅反、則不復也、旣告之、必待其自得也。憤悱、誠意見於辭色也。
【読み】
憤せずんば啓せず、悱せずんば發せずとは、其の誠至るを待って而して後に告ぐるなり。一隅を舉げて、三隅を以て反らざれば、則ち復せずとは、旣に之に告げて、必ず其の自得するを待つなり。憤悱は、誠意辭色に見るなり。

子食於有喪者之側、未嘗飽也、食甘矣、則飫飽。有喪者在側、豈能甘也。
【読み】
子喪有る者の側に食するときは、未だ嘗て飽くまでにせずとは、食甘んずれば、則ち飫飽す。喪有る者側に在り、豈能く甘んぜんや。

子謂顏淵曰、用之則行、舍之則藏、唯我與爾有是夫、用舍無所預於己、安於所遇者也。或曰、然則知命矣。夫曰、安所遇者、命不足道也。君子知有命。故言必曰命。然而安之不以命。知求無益於得而不求者、非能不求者也。
【読み】
子顏淵に謂いて曰く、之を用うれば則ち行い、之を舍つれば則ち藏[かく]る、唯我と爾と是れ有るかなとは、用舍己に預る所無くして、遇う所に安んずる者なり。或るひと曰く、然らば則ち命を知れるか、と。夫れ曰く、遇う所に安んずる者は、命道うに足らず。君子は命有ることを知る。故に言えば必ず命を曰う。然れども之を安んずるは命を以てせず。求めて得るに益無きことを知って求めざる者は、能く求めざる者には非ず。

子路曰、子行三軍、則誰與、子路自負其勇、謂夫子必與己。故夫子抑而敎之。
【読み】
子路曰く、子三軍を行わば、則ち誰に與せんとは、子路自ら其の勇を負[たの]んで、夫子必ず己に與せんと謂[おも]えり。故に夫子抑えて之を敎う。

子曰、富而可求也、雖執鞭之士、吾亦爲之、富、人之所欲也。苟於義可求、雖屈已可也。如義不可求、寧貧賤以守其志也。非樂於貧賤。義不可去也。
【読み】
子曰く、富而も求め可くんば、執鞭の士と雖も、吾れ亦之をせんとは、富は、人の欲する所なり。苟も義に於て求む可くんば、屈すと雖も已に可なり。如し義求む可からずんば、寧ろ貧賤にして以て其の志を守らんとなり。貧賤を樂しむに非ず。義去る可からざればなり。

子之所愼、齋・戰・疾、三者夫子所重愼。人之事爲多矣。能察知所愼、善觀聖人矣。
【読み】
子の愼む所は、齋・戰・疾とは、三つの者は夫子の重く愼む所なり。人の事爲多し。能く愼む所を察知せば、善く聖人を觀ん。

子在齊聞韶、三月不知肉味、當食而聞、忘味之美也。三月、乃音字誤分爲二也。不圖、爲樂之至於斯、歎其美也。作三月、則於義不可。
【読み】
子齊に在して韶を聞き、三月肉の味を知らずとは、食するに當たって聞いて、味の美を忘るるなり。三月は、乃ち音の字誤って分けて二とす。圖らざりき、樂を爲ること斯に至らんとはというは、其の美を歎ずるなり。三月と作すときは、則ち義に於て不可なり。

夫子爲衛君乎、問與輒否乎。二人者讓國而逃、諫伐而餓、終無怨悔。夫子以爲賢。故知其不與輒也。
【読み】
夫子衛の君を爲[たす]けんかとは、輒[ちょう]に與せんや否やと問う。二人は國を讓って逃れ、伐を諫めて餓えて、終に怨み悔ゆること無し。夫子以て賢なりとす。故に其の輒に與せざらんことを知る。

飯疏食、飮水、曲肱而枕之、樂亦在其中矣。不義而富且貴、於我如浮雲、雖疏食飮水、不能改其樂。故云、樂亦在其中矣。非樂疏食飮水也。不義而富貴、視之輕如浮雲也。
【読み】
疏食を飯[くら]い、水を飮み、肱を曲げて之を枕にす、樂しみ亦其の中に在り。不義にして富み且つ貴きは、我に於て浮かべる雲の如しとは、疏食飮水と雖も、其の樂しみを改むること能わず。故に云く、樂しみ亦其の中に在り、と。疏食飮水を樂しむに非ず。不義にして富貴なるは、之を視るに輕きこと浮かべる雲の如しとなり。

子曰、加我數年、五十以學易、可以無大過矣、此未贊易時言也。更加我數年、至五十、以學易道、無大過矣。古之傳易、如八索之類、皆過也。所以易道未明。聖人有作、則易道明矣。云學、云大過、皆謙辭。
【読み】
子曰く、我に數年を加えて、五十にして以て易を學ばば、以て大なる過ち無かる可しとは、此れ未だ易を贊せざる時の言なり。更に我に數年を加え、五十に至って、以て易道を學ばば、大なる過ち無けんとなり。古の易を傳うる、八索の類の如き、皆過ちなり。所以に易道未だ明らかならず。聖人作ること有らば、則ち易道明らかならん。學と云い、大なる過ちと云うは、皆謙の辭。

子所雅言、詩・書・執禮、皆雅言也、世俗之言、失正者多矣。如呉・楚失於輕、趙・魏失於重。旣通於衆君子、正其甚者、不能盡違也。惟於詩・書・執禮、必正其言也。
【読み】
子の雅[ただ]しく言う所は、詩・書・執禮、皆雅しく言うとは、世俗の言、正しきを失する者多し。呉・楚輕きに失し、趙・魏重きに失するが如し。旣に衆君子に通じて、其の甚だしき者を正して、盡く違うこと能わず。惟詩・書・執禮に於ては、必ず其の言を正しくするなり。

葉公不知仲尼、故問於子路。子路以其不能知聖人也、故不對。子曰、女奚不曰、其爲人也、發憤忘食、樂以忘憂、不知老之將至云爾。發憤至於忘食、自樂能忘其憂、老將至而不知、好學之篤耳。聖人未嘗自居於聖也。惟自謂好學耳。
【読み】
葉公仲尼を知らず、故に子路に問う。子路其の聖人を知ること能わざるを以て、故に對えず。子曰く、女奚ぞ曰わざる、其の人と爲り、憤を發して食を忘れ、樂しんで以て憂えを忘れ、老いの將に至らんとすることを知らずと爾か云う、と。憤を發して食を忘るるに至り、自ら樂しんで能く其の憂えを忘れ、老い將に至らんとして知らざるは、學を好むの篤きのみ。聖人未だ嘗て自ら聖に居せず。惟自ら學を好むと謂うのみ。

我非生而知之者、好古敏以求之者也、亦自謂好學也。所以勸人學也。敏、速也。謂汲汲也。
【読み】
我れ生まれながらにして之を知る者に非ず、古を好んで敏にして以て之を求むる者なりとは、亦自ら學を好むことを謂うなり。人に學を勸むる所以なり。敏は、速やかなり。汲汲たるを謂うなり。

子不語怪・力・亂・神、怪異・勇力・悖亂・鬼神之事、皆不以語人也。
【読み】
子怪・力・亂・神を語らずとは、怪異・勇力・悖亂・鬼神の事は、皆以て人に語らざるなり。

子曰、天生德於予、桓魋其如予何、人莫不知有命也。臨事而不懼者鮮矣。惟聖人爲能安命。
【読み】
子曰く、天德を予に生[な]せり、桓魋其れ予を如何とは、人命有ることを知らざること莫し。事に臨んで懼れざる者は鮮し。惟聖人のみ能く命に安んずることをす。

子曰、二三子以我爲隱乎、孔・孟之道一也。其敎人則異。孔子常俯而就之。孟子則推而高之。孔子不俯就、則人不親。孟子不推高、則人不尊。聖賢之分也。二三子不能窺見聖人。故夫子告之以無隱也。
【読み】
子曰く、二三子我を以て隱すとするかとは、孔・孟の道は一なり。其の人に敎うることは則ち異なり。孔子は常に俯して之に就く。孟子は則ち推して之を高くす。孔子俯して就かずんば、則ち人親しまじ。孟子推して高くせずんば、則ち人尊ばじ。聖賢の分なり。二三子聖人を窺い見ること能わず。故に夫子之に告ぐるに隱すこと無しというを以てするなり。

子以四敎、文・行・忠・信、敎人以學文脩行而存忠信也。忠・信、本也。一心之謂誠。盡心之謂忠。存於中、謂之孚。見於事、謂之信。
【読み】
子四つを以て敎う、文・行・忠・信とは、人に敎うるに文を學び行いを脩めて忠信を存することを以てするなり。忠・信は、本なり。心を一にする之を誠と謂う。心を盡くす之を忠と謂う。中に存する、之を孚と謂う。事に見る、之を信と謂う。

聖人吾不得而見之矣、得見君子者、斯可矣。善人吾不得而見之矣、得見有恆者、斯可矣、才德出衆、謂之君子。善人、良善之人也。有常、雖無善、守其常分者也。若實無而爲有、以虚而爲盈、處約而爲泰、則妄人也。難謂之有常矣。
【読み】
聖人は吾れ得て之を見ず、君子者を見ることを得ば、斯れ可なり。善人は吾れ得て之を見ず、恆有る者を見ることを得ば、斯れ可なりとは、才德衆に出るを、之を君子と謂う。善人は、良善の人なり。常有りとは、善無しと雖も、其の常分を守る者なり。實に無けれども有りとし、以て虚しけれども盈てりとし、約[せわ]しきに處れども泰[ゆた]かなりとするが若きは、則ち妄人なり。之を常有りと謂い難し。

子釣而不綱、弋不射宿、聖人之仁、不盡物、不驚衆也。
【読み】
子釣すれども綱[つなあみ]せず、弋[いぐるみ]すれども宿[ねとり]を射ずとは、聖人の仁、物を盡くさず、衆を驚かさせざるなり。

子曰、蓋有不知而作之者、我無是也、不知而作、妄作也。聖人固無不知也。在衆人雖未能知之、若能多聞擇善而從、多見而記識之、亦可次於知之者也。
【読み】
子曰く、蓋し知らずして之を作る者有らん、我は是れ無しとは、知らずして作るは、妄りに作るなり。聖人は固より知らずということ無し。衆人に在っては未だ之を知ること能わずと雖も、若し能く多く聞いて善を擇んで從い、多く見て之を記し識せば、亦之を知る者に次ぐ可きなり。

互郷之人、習於不善、難與言善也。今四方之俗、有頑惡難治者、皆習使之然也。互郷之童子、見夫子、而門人怪之。子曰、與其進之志善、不與其退而不善也。拒絕之、則大甚矣。人潔己而來、當與其潔也。豈保其徃而不善乎。聖人待物之弘也。
【読み】
互郷の人は、不善に習って、與に善を言い難し。今四方の俗、頑惡治め難き者有るは、皆習い之をして然らしむるなり。互郷の童子、夫子に見えて、門人之を怪しむ。子曰く、其の進むの志善なるを與[ゆる]して、其の退いて不善なるを與さず、と。之を拒絕することは、則ち大いに甚だし。人己を潔[おさ]めて來らば、當に其の潔むるを與すべし。豈其の徃いて不善なるを保せんや、と。聖人物を待つの弘きなり。

子曰、仁遠乎哉、我欲仁、斯仁至矣、爲仁由己。欲之則至。未有力不足者也。
【読み】
子曰く、仁遠からんや、我れ仁を欲すれば、斯に仁至るとは、仁をすることは己に由れり。之を欲すれば則ち至る。未だ力足らざる者有らざるなり。

陳司敗問、昭公知禮乎。夫子以知禮答司敗之問、而以爲黨、在所不答也。而復自云有過者、蓋巫馬期約以復告也。
【読み】
陳の司敗問う、昭公禮を知れりや、と。夫子禮を知れるを以て司敗の問いに答えて、以て黨すとするは、答えざる所に在り。而るに復自ら過ち有りと云う者は、蓋し巫馬期約して以て復告ぐればなり。

子與人歌而善、必使反之、而後和之。歌必全章也。與割不正不食、席不正不坐同也。
【読み】
子人と歌って善きときは、必ず之を反せしめて、而して後に之を和す。歌は必ず全章ならん。割して正しからざれば食せず、席正しからざれば坐せずと同じ。

子曰、文莫吾猶人也、常人於文飭則皆欲勝人、實行則未之見也。
【読み】
子曰く、文は吾れ猶人のごとくなること莫けんやとは、常人文飭に於ては則ち皆人に勝たんことを欲し、實行は則ち未だ之を見ざればなり。

子曰、若聖與仁、則吾豈敢、夫子謙自謂不敢當仁聖。然行之而不厭、以誨人而不倦。不厭不倦、非己有不能也。公西華見聖人之道遠、而誨人不倦。故歎曰、正唯弟子不能學耳。
【読み】
子曰く、聖と仁との若きは、則ち吾れ豈敢えてせんやとは、夫子謙して自ら敢えて仁聖に當たらざることを謂う。然れども之を行って厭わず、以て人を誨えて倦まず、と。厭わず倦まざることは、己能わざること有るに非ず。公西華聖人の道遠くして、人を誨えて倦まざるを見る。故に歎じて曰く、正に唯弟子學ぶこと能わざるのみ、と。

子疾病。子路請禱。子曰、有諸、謂有是理乎。子路以古人之誄告。夫禱者、悔過遷善、祈神之祐也。聖人未始有過、無善可遷。故云丘之禱久矣。
【読み】
子疾病なり。子路禱らんと請う。子曰く、有りやとは、是の理有りやと謂うなり。子路古人の誄[るい]を以て告ぐ。夫れ禱は、過ちを悔い善に遷って、神の祐[たす]けを祈るなり。聖人は未だ始めより過ち有らず、善の遷る可き無し。故に丘の禱ること久しと云う。

奢則不孫、儉則固、奢儉皆失禮也。而奢之害大。
【読み】
奢るときは則ち不孫なり、儉なるときは則ち固[いや]しとは、奢儉は皆禮を失うなり。而れども奢の害は大なり。

君子坦蕩蕩、小人長戚戚、君子循理。故舒泰蕩蕩然。小人役於物。故多憂戚。
【読み】
君子は坦[たい]らかにして蕩蕩たり、小人は長にして戚戚たりとは、君子は理に循う。故に舒泰にして蕩蕩然たり。小人は物に役せらる。故に憂戚多し。

子溫而厲、威而不猛、恭而安、德容之盛也。善哉、門人之能觀聖人也。
【読み】
子は溫やかにして厲[おごそ]かなり、威ありて猛からず、恭にして安しとは、德容の盛んなるなり。善きかな、門人の能く聖人を觀ること。

泰伯

泰伯其可謂至德也已矣。三以天下讓、民無得而稱焉。泰伯之讓、非謂其弟也。爲天下也。其事深遠。故民不能識而稱之。而聖人謂之至德。不立、一讓也。逃之、二讓也。文身、三讓也。
【読み】
泰伯は其れ至德と謂う可きのみ。三たび天下を以て讓れども、民得て稱すること無し。泰伯の讓るは、其の弟を謂うには非ず。天下の爲にするなり。其の事深遠なり。故に民識って之を稱すること能わず。而して聖人之を至德と謂う。立たざる、一の讓るなり。之を逃る、二の讓るなり。身を文す、三の讓るなり。

恭而無禮、則不安。故勞。愼而無禮、則多懼。故葸。勇而無禮、則不順。故亂。直而無禮、則好訐。故絞。
【読み】
恭にして禮無きときは、則ち安からず。故に勞す。愼んで禮無きときは、則ち多くは懼る。故に葸[おそ]る。勇にして禮無きときは、則ち順ならず。故に亂る。直にして禮無きときは、則ち訐[あば]くことを好む。故に絞す。

君子篤於親、則民興而樂仁。故舊不遺、則民化而篤厚。
【読み】
君子親に篤きときは、則ち民興って仁を樂しむ。故舊遺[わす]れざるときは、則ち民化して篤厚なり。

曾子有疾。召門弟子曰、啓予足、啓予手、君子曰終、小人曰死、君子保其身以歿、爲終其事也。故以全歸爲免矣。
【読み】
曾子疾有り。門弟子を召んで曰く、予が足を啓け、予が手を啓けとは、君子は終と曰い、小人は死と曰うは、君子は其の身を保って以て歿して、其の事を終えるが爲なり。故に全くして歸すを以て免るるとす。

曾子有疾。孟敬子問之。曾子言曰、鳥之将死、其鳴也哀。不問而自言。故曰言曰。鳥畏死。故鳴哀。人將死而言出於誠也。故善。君子所貴者、愼之於身。言動之閒、皆有法則。容貌荘敬、則可以遠暴慢。顏色正、則自知其信。辭氣之出、不使至於鄙倍。鄙謂偏僻。倍謂違咈義理。倍與背字通用。孟子曰、師死而遂倍之。籩豆之事、則有司存焉、政在脩己。身正則官治。若乃事物器用之細、則有司存焉。
【読み】
曾子疾有り。孟敬子之を問う。曾子言いて曰く、鳥の将に死なんとする、其の鳴くこと哀し、と。問われずして自ら言う。故に言いて曰くと曰う。鳥は死を畏る。故に鳴くこと哀し。人將に死なんとして言うは誠より出づ。故に善し。君子貴ぶ所の者は、之を身に愼む。言動の閒、皆法則有り。容貌荘敬なれば、則ち以て暴慢を遠ざく可し。顏色正しければ、則ち自ら其の信を知る。辭氣の出る、鄙倍に至らしめず。鄙は偏僻を謂う。倍は義理に違い咈[もと]るを謂う。倍は背の字と通用す。孟子曰く、師死して遂に之に倍く、と。籩豆の事は、則ち有司存せりとは、政は己を脩むるに在り。身正しければ則ち官治まる。乃ち事物器用の細の若きは、則ち有司存せりとなり。

曾子曰、以能問於不能、顏子能無我矣。
【読み】
曾子曰く、能を以て不能に問うとは、顏子能く我無ければなり。

曾子曰、可以託六尺之孤、節操如是、可謂君子矣。
【読み】
曾子曰く、以て六尺の孤を託す可しとは、節操是の如きは、君子と謂う可し。

曾子曰、士不可以不弘毅、任重而道遠、弘大剛毅、而後能勝重任而遠到。
【読み】
曾子曰く、士は以て弘毅ならずんばある可からず、任重くして道遠しとは、弘大剛毅にして、而して後能く重任に勝えて遠く到るなり。

子曰、興於詩、立於禮、成於樂、詩發於人情、止於禮義、言近而易知。故人之學、興起於詩。禮者、人之模範。守禮所以立其身也。安之而和樂、德之成也。
【読み】
子曰く、詩に興り、禮に立ち、樂に成るとは、詩は人情に發し、禮義に止まって、言近くして知り易し。故に人の學は、詩に興起す。禮は、人の模範。禮を守るは其の身を立つる所以なり。之を安んじて和樂するは、德の成れるなり。

民可使之由是道。不能使之皆知也。
【読み】
民は之をして是の道に由らしむ可し。之をして皆知らしむること能わず。

子曰、好勇疾貧、亂也。人而不仁、疾之已甚、亂也、好勇而不安其分、與不仁而無所容、皆必爲亂也。
【読み】
子曰く、勇を好んで貧しきを疾[にく]むは、亂るるなり。人として不仁なる、之を疾むこと已甚だしきも、亂るるなりとは、勇を好んで其の分に安んぜざると、不仁にして容るる所無きは、皆必ず亂を爲すなり。

子曰、如有周公之才之美、使驕且吝、其餘不足觀也已、居貴富而驕吝、無德之甚也。雖才美奚爲。才美謂威儀技藝。
【読み】
子曰く、如し周公の才の美有りとも、驕り且つ吝からしめば、其の餘は觀るに足らざるのみとは、貴富に居りて驕り吝なるは、德無きの甚だしきなり。才美なりと雖も奚をか爲さん。才美なりとは威儀技藝を謂う。

子曰、篤信好學、守死善道。危邦不入、亂邦不居。天下有道則見、無道則隱。邦有道、貧且賤焉、恥也。邦無道、富且貴焉、恥也、君子處身如是、知無道而富貴爲可恥而不處。特立者能之。
【読み】
子曰く、信を篤くして學を好み、死を守って道を善くす。危邦には入らず、亂邦には居らず。天下道有れば則ち見れ、道無ければ則ち隱る。邦道有るときに、貧しくして且つ賤しきは、恥なり。邦道無きときに、富み且つ貴きも、恥なりとは、君子身を處すること是の如くならば、道無くして富貴なるは恥づ可きとして處らざることを知らん。特立の者之を能くせん。

不在其位、不謀其政、不在其位、則不任其事也。若君大夫問而告者、則有矣。
【読み】
其の位に在らざれば、其の政を謀らずとは、其の位に在らざれば、則ち其の事を任ぜざるなり。若し君大夫問いて告ぐることは、則ち有り。

師摯之始、關雎之亂、洋洋乎盈耳哉、師摯之始、必定公始。仲尼自衛反魯時也。哀公之世、則摯適齊矣。
【読み】
師摯の始め、關雎の亂、洋洋乎として耳に盈つるかなとは、師摯の始は、必ず定公の始めならん。仲尼衛自り魯に反る時なり。哀公の世には、則ち摯齊に適く。

子曰、狂而不直、侗而不愿、悾悾而不信、吾不知之矣、狂則必直。侗則必愿。悾悾則必信。自當然也。而有不然者、僞妄之甚、不可得而知也。謂非常理也。
【読み】
子曰く、狂にして直ならず、侗[どう]にして愿ならず、悾悾として信ならざるは、吾れ之を知らずとは、狂なれば則ち必ず直なり。侗なれば則ち必ず愿なり。悾悾なれば則ち必ず信なり。自づから當に然るべし。而るに然らざること有る者は、僞妄の甚だしき、得て知る可からざるなり。常理に非ざるを謂う。

巍巍乎、舜・禹之有天下也、舜・禹得天下、而己不與求。巍巍、其德之高也。
【読み】
巍巍たるかな、舜・禹の天下を有つこととは、舜・禹天下を得て、己與り求めざるなり。巍巍は、其の德の高きなり。

大哉、堯之爲君也。巍巍崇高、其大與天同也。蕩蕩、其德之廣大、不可得而名言也。其成功可見者、則巍巍崇高、其文章、則煥然至盛。
【読み】
大なるかな、堯の君爲ること。巍巍として崇高なること、其の大天と同じ。蕩蕩は、其の德の廣大、得て名づけ言う可からざるなり。其の成功見る可き者は、則ち巍巍として崇高に、其の文章は、則ち煥然として至って盛んなり。

舜有臣五人、而武王有亂臣十人。以唐・虞之際方之、周爲盛也。然又有婦人焉。惟九人耳。才之難得如此。婦人邑姜也。
【読み】
舜に臣五人有りて、武王に亂臣十人有り。唐・虞の際を以て之を方ぶれば、周を盛んなりとす。然れども又婦人有り。惟九人のみ。才の得難きこと此の如し。婦人は邑姜なり。

三分天下有其二、而尙服事於殷。可謂至德也。
【読み】
天下を三分にして其の二つを有ちて、尙殷に服事す。至德と謂う可し。

子曰、禹、吾無閒然矣、禹德之至、不可復有加矣。再言無閒、稱美之深也。
【読み】
子曰く、禹は、吾れ閒然すること無しとは、禹の德の至れること、復加うること有る可からず。再び閒すること無しと言うは、稱美するの深きなり。

子罕

子罕言利與命與仁、計利則害義。命之理微。仁之道大。皆所罕言也。
【読み】
子罕に利と命と仁とを言うとは、利を計れば則ち義を害す。命の理は微なり。仁の道大なり。皆罕に言う所なり。

達巷黨人曰、大哉孔子、博學而無所成名、常人之學、多以一長而得稱成名也。達巷黨人大夫子之博學、而怪不以一善得名於時。蓋其不知聖人也。故夫子聞之、而謂門人曰、欲使我何所執。執御乎、執射乎。吾執御矣。御、藝之最下者。
【読み】
達巷黨の人曰く、大なるかな孔子、博く學んで名を成す所無しとは、常人の學は、多くは一長を以て稱せらるることを得て名を成す。達巷黨の人夫子の博く學ぶを大なりとして、一善を以て名を時に得ざることを怪しむ。蓋し其れ聖人を知らざればなり。故に夫子之を聞いて、門人に謂いて曰く、我をして何の執る所あらしめんと欲するや。御を執らんや、射を執らんや。吾は御を執らん、と。御は、藝の最も下なる者なり。

子曰、麻冕、禮也。今也純儉。吾從衆。拜下、禮也。今拜乎上、泰也。雖違衆、吾從下、麻冕用純儉而無害。從衆可也。拜乎上、泰也、泰謂簡慢。事君不可泰也。寧違衆也。君子處世、事之無害於義者、從俗可也。害於義則不可從。
【読み】
子曰く、麻冕は、禮なり。今純は儉なり。吾は衆に從わん。下に拜するは、禮なり。今上に拜するは、泰[おご]れり。衆に違うと雖も、吾は下に從わんとは、麻冕純を用うるは儉にして害無し。衆に從って可なり。上に拜するは、泰れりとは、泰は簡慢なるを謂う。君に事うるには泰る可からず。寧ろ衆に違わんとなり。君子の世に處す、事の義に害無き者は、俗に從って可なり。義に害あらば則ち從う可からず。

按時氏本、伊川先生作論語解、止此。然以大全集校之閤本、詳畧不同。後人又自子絕四以下、至堯曰、纂集遺書・外書之有解者、以附益之。今因重出。故從閤本云。
【読み】
按ずるに時氏の本、伊川先生の作れる論語の解、此に止まる。然れども大全集を以て之を閤本に校ぶるに、詳畧同じからず。後人又子四つを絕つという自り以下、堯曰に至るまで、遺書・外書の解有る者を纂集して、以て之を附益す。今因りて重出す。故に閤本に從うと云う。


二程全書卷之五十二  經說第七

孟子解

按、晁昭德讀書志、程氏孟子解十四卷、大全集止載一卷。又按、近思錄及時氏本無之。校之閤本、又止載盡信書不如無書一章。及反覆通考、則皆後人簒集遺書・外書之有解者也。故今亦不複載、因存其目云。
【読み】
按ずるに、晁昭德が讀書志に、程氏の孟子解十四卷、大全集に止一卷を載すのみ、と。又按ずるに、近思錄及び時氏が本に之れ無し。之を閤本に校ぶるに、又止盡く書を信ぜば書無からんに如かずの一章を載すのみ。反覆通考するに及べば、則ち皆後人遺書・外書の解有る者を簒集するなり。故に今亦複載せず、因りて其の目を存すと云う。


二程全書卷之五十三  經說八

中庸解

天命之謂性。率性之謂道。修道之謂敎。
此章先明性道敎三者。所以名性與天道一也。天道降而在人、故謂之性。性者、生生之所固有也。循是而之焉。莫非道也。道之在人、有時與位之不同。必欲爲法於後、不可不修。
【読み】
天の命之を性と謂う。性に率う之を道と謂う。道を修むる之を敎と謂う。
此の章は先づ性道敎の三つの者を明かす。性と天道と一なるを名づくる所以なり。天道降って人に在り、故に之を性と謂う。性は、生生の固有する所なり。是に循って之く。道に非ずということ莫し。道の人に在る、時と位との不同有り。必ず法を後に爲さんと欲せば、修めずんばある可からず。

道也者不可須臾離也、故君子必愼其獨也。
此章明道之要、不可不誠。道之在我、猶飮食居處之不可去。可去皆外物也。誠以爲己。故不欺其心。人心至靈、一萌于思、善與不善、莫不知之。他人雖明、有所不與也。故愼其獨者、知爲己而已。
【読み】
道は須臾も離る可からざるなりより、故に君子は必ず其の獨りを愼むに止[いた]る。
此の章は道の要、誠あらずんばある可からざることを明かす。道の我に在るは、猶飮食居處の去る可からざるがごとし。去る可きは皆外物なり。誠は以て己が爲にす。故に其の心を欺かず。人心の至靈、一たび思いを萌せば、善と不善と、之を知らずということ莫し。他人は明なりと雖も、與らざる所有り。故に其の獨りを愼む者は、己が爲にすることを知るのみ。

喜怒哀樂之未發謂之中、萬物育焉。
此章明中和及言其效。情之未發、乃其本心。本心元無過與不及。所謂物皆然、心爲甚。所取準則以爲中者、本心而已。由是而出、無有不合。故謂之和。非中不立、非和不行。所出所由、未嘗離此。大本根也。逹道、衆所出入之道。極吾中以盡天地之中、極吾和以盡天地之和。天地以此立、化育亦以此行。
【読み】
喜怒哀樂の未だ發せざる之を中と謂うより、萬物育すに止る。
此の章は中和を明かして其の效を言うに及ぶ。情の未だ發せざるは、乃ち其の本心なり。本心は元過と不及と無し。所謂物皆然り、心を甚だしとするなり。準則を取って以て中とする所の者は、本心のみ。是に由って出れば、合わざること有ること無し。故に之を和と謂う。中に非ざれば立たず、和に非ざれば行われず。出る所由る所、未だ嘗て此を離れず。大本根なり。逹道は、衆出入する所の道。吾が中を極めて以て天地の中を盡くし、吾が和を極めて以て天地の和を盡くす。天地此を以て立ち、化育も亦此を以て行わる。

仲尼曰、君子中庸、小人而無忌憚也。
此章言中庸之用時中者、當其可而已。猶冬飮湯、夏飮水而已。之謂無忌憚、以無所取則也。不中不常、妄行而已。
【読み】
仲尼曰く、君子は中庸なりより、小人にして忌み憚ること無しに止る。
此の章は中庸の時に中することを用うる者は、其の可に當たることを言うのみ。猶冬に湯を飮み、夏に水を飮むがごときのみ。之を忌み憚ること無しと謂うは、則を取る所無きを以てなり。中ならず常ならざるは、妄行なるのみ。

子曰、中庸其至矣乎。民鮮能久矣。
人莫不中庸。鮮能久而已。久則爲賢人、不息則爲聖人。
【読み】
子曰く、中庸は其れ至れるかな。民能く久しきこと鮮し。
人中庸ならずということ莫し。能く久しきこと鮮きのみ。久しきときは則ち賢人と爲り、息まざるときは則ち聖人と爲る。

子曰、道之不行也、我知之矣、道其不行矣夫。
此章言失中之害。必知所以然、然後道行、必可常行、然後道明。知之過、無徵而不適用、不及、則卑陋不足爲。是取不行之道也。行之過、不與衆共、不及、則無以異於衆。是不明之因也。行之不著、習矣不察、是皆飮食而不知味者。如此而望道之行、難矣夫。
【読み】
子曰く、道の行われざること、我れ之を知れりより、道其れ行われざらんかに止る。
此の章は中を失するの害を言う。必ず然る所以を知って、然して後に道行われ、必ず常に行う可くして、然して後に道明らかなり。之を知ること過ぐれば、徵無くして用に適わず、及ばざれば、則ち卑陋にしてするに足らず。是れ行われざるの道に取るなり。之を行うこと過ぐれば、衆と共ならず、及ばざれば、則ち以て衆に異なること無し。是れ明らかならざるの因なり。之を行って著らかならず、習って察せざるは、是れ皆飮食して味を知らざる者なり。此の如くにして道の行われんことを望むとも、難きかな。

子曰、舜其大知也與、其斯以爲舜乎。
此章言舜所以用中。舜之知所以爲大者、樂取諸人以爲善而已。好問而好察邇言、隱惡而揚善。皆樂取諸人者也。兩端、過與不及也。執其兩端、乃所以用其時中。猶持權衡而稱物輕重、皆得其平。故舜之所以爲舜、樂取諸人、用諸民、皆以能執兩端而不失中也。
【読み】
子曰く、舜は其れ大知なるかより、其れ斯を以て舜爲るかに止る。
此の章は舜中を用うる所以を言う。舜の知大爲る所以の者は、人に取って以て善をすることを樂しむのみ。問うことを好んで好んで邇言を察し、惡を隱して善を揚ぐ。皆人に取ることを樂しむ者なり。兩端は、過と不及となり。其の兩端を執るは、乃ち其の時に中することを用うる所以なり。猶權衡を持して物の輕重を稱って、皆其の平らかなることを得るがごとし。故に舜の舜爲る所以は、人に取ることを樂しんで、民に用うる、皆能く兩端を執って中を失わざらしむを以てなり。

子曰、人皆曰、予知、則拳拳服膺而弗失之矣。
此章辨惑。陷阱之可避、中庸之可守、人莫不知之、鮮能蹈之。烏在其爲知也歟。惟顏子擇中庸而守之。此所以爲顏子也。衆人之不能期月守、聞見之知、非心知也。顏子服膺而弗失、心知而已。此所以與衆人異。
【読み】
子曰く、人皆曰く、予れ知あり、とより、則ち拳拳として膺[むね]に服[つ]けて之を失わずに止る。
此の章は惑いを辨ず。陷阱の避く可く、中庸の守る可き、人之を知らずということ莫くして、能く之を蹈むこと鮮し。烏んぞ其の知爲るに在らんや。惟り顏子のみ中庸を擇んで之を守る。此れ顏子爲る所以なり。衆人の期月も守ること能わざるは、聞見の知にして、心知に非ざればなり。顏子膺に服けて失わざるは、心知なるのみ。此れ衆人と異なる所以なり。

子曰、天下國家可均也、中庸不可能也。
此章言中庸之難能。均、平治也。一事之能、一節之廉、一朝之勇、有志者皆能之。久於中庸、惟聖者能之。
【読み】
子曰く、天下國家をも均[おさ]む可しより、中庸は能くす可からずに止る。
此の章は中庸の能くし難きことを言う。均は、平治なり。一事の能、一節の廉、一朝の勇は、志有る者皆之を能くす。中庸に久しきは、惟聖者のみ之を能くす。

子路問强、至死不變、强哉矯。
此章言强之中。南方之强、不及强者也。北方之强、過强者也。南方、中國也。雖不及强、然犯而不校、未害爲君子。北方任力。故止爲强者。能矯以就中、乃得君子之强。自和而不流以下、皆君子自矯其强者也。塞、未通也。不變未達之所守。所謂富貴不能淫也。
【読み】
子路强を問うより、死に至るまで變ぜず、强なるかな矯たりに止る。
此の章は强の中を言う。南方の强は、强に及ばざる者なり。北方の强は、强に過ぐる者なり。南方は、中國なり。强に及ばずと雖も、然れども犯せども校[はか]らずして、未だ君子爲ることを害せず。北方は力に任す。故に止强者爲り。能く矯以て中に就けば、乃ち君子の强を得。和して流れず自り以下は、皆君子自ら其の强を矯とする者なり。塞は、未だ通ぜざるなり。未達の守る所を變ぜず。所謂富貴も淫すること能わざるなり。

子曰、素隱行怪、惟聖者能之。
此章言行之中。素隱行怪、未當行而行。行之過者也。半塗而廢、當行而不行。行之不及者也。惟君子依乎中庸、自信不悔。聖人之事也。
【読み】
子曰く、隱れたるを素[もと]めて怪しきを行うより、惟聖者のみ之を能くすに止る。
此の章は行の中を言う。隱れたるを素めて怪しきを行うは、未だ當に行うべからずして行う。行の過ぎたる者なり。半塗にして廢つるは、當に行うべくして行わず。行の及ばざる者なり。惟君子は中庸に依って、自ら信じて悔いず。聖人の事なり。

君子之道費而隱、及其至也察乎天地。
此已上論中、此已下論庸。此章言常道之終始。費、用之廣也。隱、微密也。聖人有所不知不能、所謂隱也。費則常道、隱則至道。惟能盡常道、乃所以爲至道。天地之大、亦有所不能。故人猶有憾。況聖人乎。天地之大猶有憾、語大者也。有憾於天地、則大於天地矣。此所以天下莫能載。愚不肖之夫婦所常行、語小者也。愚不肖所常行、雖聖人亦有不可廢、此所謂天下莫能破。上至乎天地所不能、下至於愚不肖之所能、則至道備矣。自夫婦之能、至察乎天地、則常道盡矣。
【読み】
君子の道は費にして隱より、其の至れるに及んでは天地に察らかなりに止る。
此より已上は中を論じ、此より已下は庸を論ず。此の章は常道の終始を言う。費は、用の廣きなり。隱は、微密なり。聖人も知らず能くせざる所有るは、所謂隱なり。費は則ち常道、隱は則ち至道。惟能く常道を盡くす、乃ち至道爲る所以なり。天地の大なるも、亦能くせざる所有り。故に人猶憾むること有り。況んや聖人をや。天地の大なるも猶憾むること有るは、大を語る者なり。天地に憾むること有るときは、則ち天地より大なり。此れ天下能く載すること莫き所以なり。愚不肖の夫婦常に行う所は、小を語る者なり。愚不肖の常に行う所、聖人と雖も亦廢つる可からざること有り、此れ所謂天下能く破ること莫きなり。上天地の能くせざる所に至り、下愚不肖の能くする所に至るときは、則ち至道備われり。夫婦の能くする自り、天地に察らかなるに至るときは、則ち常道盡くせり。

子曰、道不遠人、君子胡不慥慥爾。
言治人治己之常道。苟非其人、道不虛行。人能弘道、非道弘人。故道而遠人、是爲外物。一人之身、而具有天地之道、遠而古今、大而天下、同之。是理無毫釐之差。故君子之治人、治其不及人者使及人而已。將欲治人、必先治己。故以忠恕自治。責子之孝、而自知乎未能事父。責臣、責弟、責朋友、皆然。故惟安常守中務實、是乃治己之務。
【読み】
子曰く、道は人に遠からずより、君子胡ぞ慥慥爾ならざらんやに止る。
人を治め己を治むるの常道を言う。苟も其の人に非ざれば、道虛しく行われず。人能く道を弘む、道人を弘むるに非ず。故に道にして人に遠ざかるは、是れ外物爲り。一人の身にして、天地の道を具有するは、遠くして古今、大にして天下、之に同じ。是の理毫釐の差無ければなり。故に君子の人を治むる、其の人に及ばざる者を治めて人に及ぼさしむるのみ。將に人を治めんと欲せば、必ず先づ己を治む。故に忠恕を以て自ら治む。子の孝を責めて、自ら未だ父に事うること能わざることを知る。臣を責め、弟を責め、朋友を責むるも、皆然り。故に惟常を安んじ中を守り實を務むる、是れ乃ち己を治むるの務めなり。

君子素其位而行、子曰、父母其順矣乎。
此章言安土順命。乃所以守常。素其位、不援上、不陵下、不怨天、不尤人、居易俟命、自邇自卑、皆安土順命之道。
【読み】
君子は其の位に素して行うより、子曰く、父母は其れ順ならんかなに止る。
此の章は土を安んじ命に順うことを言う。乃ち常を守る所以なり。其の位に素して、上を援[ひ]かず、下を陵がず、天をも怨みず、人をも尤めず、易きに居て命を俟ち、邇き自りし卑き自りするは、皆土を安んじ命に順うの道なり。

子曰、鬼神之爲德、其盛矣乎、誠之不可揜、如此夫。
此章論誠之本。惟誠所以能中庸。神以知來、知
(徐本知作鬼。)以藏往。往者屈也。來者伸也。所屈者不亡、所伸者無息。雖無形聲可求、而物物皆體。弗聞弗見、可謂微矣。然體物弗遺。此之謂顯。不亡不息、可謂誠矣。因感必見。此之謂不可揜。
【読み】
子曰く、鬼神の德爲る、其れ盛んなるかなより、誠の揜う可かざること、此の如きかなに止る。
此の章は誠の本を論ず。惟誠のみ中庸を能くする所以なり。神は以て來を知り、知(徐本知を鬼に作る。)は以て往を藏む。往は屈するなり。來は伸ぶるなり。屈する所の者亡びず、伸ぶる所の者息むこと無し。形聲の求む可き無しと雖も、物物皆體す。聞かず見ず、微なりと謂う可し。然れども物に體して遺さず。此れ之を顯と謂う。亡びず息まず、誠なりと謂う可し。感に因りて必ず見る。此れ之を揜う可からずと謂う。

子曰、舜其大孝也與、故大德者必受命。
中庸之行、孝弟而已。如舜之德位、皆極流澤之遠、始可盡其孝。故祿位名壽之皆得、非大德其孰能致之。故夫婦之不肖、可以能焉。及其至也、雖聖人亦有所不能焉。
【読み】
子曰く、舜は其れ大孝なるかより、故に大德は必ず命を受くるに止る。
中庸の行は、孝弟のみ。舜の德位の如き、皆流澤の遠きを極めて、始めて其の孝を盡くす可し。故に祿位名壽の皆得ること、大德に非ずんば其れ孰か能く之を致さん。故に夫婦の不肖なるも、以て能くす可し。其の至れるに及んでは、聖人と雖も亦能くせざる所有り。

子曰、無憂者其惟文王乎、治國其如示諸掌乎。
此章亦言庸行本於孝。文・武・周公皆盡孝者也。所以父作子述而無憂者、文王之所致、猶舜之德爲聖人、尊爲天子、武王之孝、能不失顯名、而尊爲天子、周公則逹孝於天下。是皆盡孝者也。武王・周公蓋善繼文王之志、善述文王之事。故修其祖廟、所以繼文王事親之志。序爵序事所以述文王事親之事也。追王之禮、下逹於士庶人、繼志述事、上逹乎祖。此之謂逹孝。
【読み】
子曰く、憂え無き者は其れ惟文王かより、國を治むること其れ掌を示[み]るが如きかに止る。
此の章も亦庸行は孝に本づくことを言う。文・武・周公は皆孝を盡くす者なり。父作し子述べて憂え無き所以の者は、文王の致す所、猶舜の德聖人爲り、尊きこと天子爲り、武王の孝、能く顯名を失わずして、尊きこと天子爲り、周公は則ち天下に逹孝するがごとし。是れ皆孝を盡くす者なり。武王・周公蓋し善く文王の志を繼ぎ、善く文王の事を述ぶ。故に其の祖廟を修むるは、文王親に事うるの志を繼ぐ所以なり。爵を序で事を序づるは文王親に事うるの事を述ぶる所以なり。追王の禮は、下士庶人に逹し、志を繼ぎ事を述べて、上祖に逹す。此れ之を逹孝と謂う。

哀公問政、思知人、不可以不知天。
此章言爲政、蓋本於庸行也。盡修身之行、至於以道以仁、行之至也。思修身、至於事親、知人知天、知之至也。
【読み】
哀公政を問うより、人を知らんことを思わば、以て天を知らずんばある可からずに止る。
此の章は政を爲むること、蓋し庸行に本づくことを言う。身を修むるの行を盡くして、道を以てし仁を以てするに至るは、行の至りなり。身を修めんことを思って、親に事え、人を知り天を知るに至るは、知の至りなり。

天下之達道五、則知所以治天下國家矣。
天下古今之所共由、謂之逹道。所謂逹道者、天下古今之所共行。所謂逹德者、天下古今之所共有。雖有共行之道、必知之、體之、勉之、然後可行。雖知之、體之、勉之、不一於誠、則有時而息。求之有三、知之則一。行之有三、成功則一。所入之塗、則不能不異、所至之域、則不可不同。故君子論其所至、則生知與困知、安行與勉行、未始有異也。旣不有異、是乃所以爲中庸。若乃企生知安行之資爲不可幾及、輕困知勉行爲不能有成、此道之所以不明不行、中庸之所以難久也。愚者自是不求、自私者以天下非吾事、懦者甘爲人下而不辭。有是三者、欲修之身、未之有也。故好學非知、然足以破愚。力行非仁、然足以忘私。知恥非勇、然足以起懦。知是三者、未有不能修身者也、天下之理、一而已。小以成小、大以成大、無異事也。舉斯心以加諸彼、遠而推之四海而準、久而推之萬世而準。故一修身而知所以治人、知所以治人而知所以治天下國家、皆出乎此也。此者何。中庸而已。
【読み】
天下の達道五つより、則ち天下國家を治むる所以を知るに止る。
天下古今の共に由る所、之を逹道と謂う。所謂逹道は、天下古今の共に行う所。所謂逹德は、天下古今の共に有する所なり。共に行うの道有りと雖も、必ず之を知り、之を體し、之を勉めて、然して後に行う可し。之を知り、之を體し、之を勉むると雖も、誠に一ならざるときは、則ち時として息むこと有り。之を求むるに三つ有り、之を知るときは則ち一なり。之を行うに三つ有り、功を成すときは則ち一なり。入る所の塗は、則ち異ならざること能わざれども、至る所の域は、則ち同じからずんばある可からず。故に君子其の至る所を論ずるときは、則ち生知と困知と、安行と勉行と、未だ始めより異なること有らず。旣に異なること有らざるは、是れ乃ち中庸爲る所以なり。若し乃ち生知安行の資を企てて幾ど及ぶ可からずとし、困知勉行を輕んじて成ること有ること能わずとするは、此れ道の明らかならず行われざる所以、中庸の久しくし難き所以なり。愚なる者は自ら是として求めず、自私する者は天下を以て吾が事に非ずとし、懦なる者は人の下爲ることを甘んじて辭せず。是の三つの者有れば、之が身を修めんと欲すとも、未だ之れ有らず。故に學を好むは知に非ざれども、然れども以て愚を破るに足れり。行いを力むるは仁に非ざれども、然れども以て私を忘るるに足れり。恥を知るは勇に非ざれども、然れども以て懦を起こすに足れり。是の三つの者を知れば、未だ身を修むること能わざること有らざる者は、天下の理、一なるのみなればなり。小以て小を成し、大以て大を成すは、異事無し。斯の心を舉げて以て彼に加え、遠くして之を四海に推して準り、久しくして之を萬世に推して準る。故に一たび身を修めて人を治むる所以を知り、人を治むる所以を知って天下國家を治むる所以を知ること、皆此より出づ。此とは何ぞ。中庸のみ。

凡爲天下國家有九經、凡爲天下國家有九經。所以行之者一也。
此章言庸行至于九經盡矣。自知天至於九經、無精粗之別必備。乃所以爲常道。經者、百世所不變也。九經之用、皆本於德懷。無一物不在所撫、而刑有不與焉。修身、九經之本。必親友、然後修身之道進。故次之以尊賢。道之所進、莫先其家。故次之以親親。由親親以及朝廷。故敬大臣、體羣臣。由朝廷以及其國。故子庶民、來百工。由其國以及天下。故柔遠人、懷諸侯。此九經之序。視羣臣猶吾四體、視庶民猶吾子、此視臣視民之別。禮義由賢者出。尊賢則不爲異端所惑。大臣、人所瞻仰、所以取法。非其人、黜之可也。在其位、不可不敬。不敬則民眩、不知所從。讒・色・貨、皆害德。舍是三者、惟德之貴、則人勸而爲賢。尊之欲其貴、愛之欲其富。所欲與之聚之、所惡勿施爾。而不責以善。此所以諸父兄弟相勸而親。官盛任使、如注說。注云、大臣皆有屬官所任使、不親小事也。待之以忠信、養之以厚祿、士無有不勸者也。遠人惟可以柔道馭之。送往迎來、嘉善而矜不能者、柔道也。厚往薄來、不爲歸己者厚也。一說、謂燕賜厚而納貢薄。一以貫九者誠也。故其下論誠。
【読み】
凡そ天下國家を爲むるに九經有りより、凡そ天下國家を爲むるに九經有り。之を行う所以の者は一なりに止る。
此の章は庸行九經に至って盡くせることを言う。天を知る自り九經に至って、精粗の別無くして必ず備わる。乃ち常道とする所以なり。經は、百世變ぜざる所なり。九經の用は、皆德懷に本づく。一物として撫する所に在らずということ無くして、刑與らざること有り。身を修むるは、九經の本。必ず友を親しくして、然して後に身を修むるの道進む。故に之に次ぐに賢を尊ぶを以てす。道の進む所、其の家より先なるは莫し。故に之に次ぐに親を親しむを以てす。親を親しむ由りして以て朝廷に及ぼす。故に大臣を敬し、羣臣を體す。朝廷由りして以て其の國に及ぼす。故に庶民を子のごとくし、百工を來す。其の國由りして以て天下に及ぼす。故に遠人を柔[やす]んじ、諸侯を懷く。此れ九經の序なり。羣臣を視ること猶吾が四體のごとくし、庶民を視ること猶吾が子のごとくするは、此れ臣を視民を視るの別なり。禮義は賢者由り出づ。賢を尊ぶときは則ち異端の爲に惑わされず。大臣は、人の瞻仰する所にして、法を取る所以なり。其の人に非ずんば、之を黜けて可なり。其の位に在れば、敬せずんばある可からず。敬せざれば則ち民眩[まど]いて、從う所を知らず。讒・色・貨は、皆德を害す。是の三つの者を舍てて、惟德のみ之れ貴ぶときは、則ち人勸めて賢と爲る。之を尊んで其の貴からんことを欲し、之を愛して其の富まんことを欲す。欲する所は之を與え之を聚め、惡む所は施すこと勿きのみ。而して責むるに善を以てせず。此れ諸父兄弟相勸めて親しむ所以なり。官盛んに任使するは、注に說くが如し。注に云く、大臣は皆屬官の任使する所有りて、小事を親らせざるなり。之を待つに忠信を以てし、之を養うに厚祿を以てすれば、士勸めざる者有ること無し、と。遠人は惟柔道を以て之を馭[おさ]む可し。往を送り來を迎え、善を嘉して不能を矜れむ者は、柔道なり。往に厚くし來に薄くすとは、己に歸する者厚きことをせざるなり。一說に、燕賜厚くして納貢薄きを謂う。一以て九を貫く者は誠なり。故に其の下に誠を論ず。

凡事豫則立、道前定則不窮。
豫、謂成己素定也。成而素定、非誠而何。有諸己之謂信。無信不立、有信不廢。如誠有之、何往而不可。苟無其實、幾何不窮。言前定、如宰我・子貢以說辭成。事前定、如冉有・季路以政事成。行前定、如顏淵・仲弓以德成。道前定、如孔子之集大成。此章論在事之誠。
【読み】
凡そ事豫めするときは則ち立つより、道前に定まるときは則ち窮まらざるに止る。
豫は、己に成して素より定まるを謂う。成して素より定まるは、誠に非ずして何ぞ。己に有する之を信と謂う。信無ければ立たず、信有れば廢れず。如し誠之れ有れば、何くに往くとして不可ならん。苟も其の實無きときは、幾何か窮まらざらん。言前に定まるとは、宰我・子貢說辭を以て成るが如し。事前に定まるとは、冉有・季路政事を以て成るが如し。行前に定まるとは、顏淵・仲弓德を以て成るが如し。道前に定まるとは、孔子の集めて大成するが如し。此の章は事に在る誠を論ず。

在下位不獲乎上、不誠乎身矣。
自治民而造約、必至於明善而後已。明善者、能明其善而已。如明仁義、則知凡在我者、以何爲仁、以何爲義、能明其情狀、而知所從來、則在我者、非徒說之而已。在吾身誠有是善。故所以能誠其身。此章論在身之誠。
【読み】
下位に在って上に獲ざるより、身に誠あらずに止る。
民を治むる自りして約に造って、必ず善を明らかにするに至って而して後に已む。善を明らかにするは、能く其の善を明らかにするのみ。仁義を明らかにするが如きは、則ち凡そ我に在る者、何を以て仁とし、何を以て義とすることを知って、能く其の情狀を明らかにして、從來する所を知るときは、則ち我に在る者、徒之を說くに非ざるのみ。吾が身誠に是の善有る在り。故に能く其の身に誠ある所以なり。此の章は身に在る誠を論ず。

誠者天之道也、雖柔必强。
誠者、理之實然、致一而不可易者也。天下萬古、人心物理、皆所同然、有一無二。雖前聖後聖、若合符節。是乃所謂誠。誠卽天道也。天道無勉無思、然其中其得、自然而已。聖人誠一於天。天卽聖人、聖人卽天。由仁義行。何思勉之有。故從容中道而不迫。誠之者、以人求天者也。思誠而復之。故明有未窮、於善必擇、誠有未至、所執必固。善不擇、道不精、執不固、德將去。學問思辨、所以求之也。行、所以至之也。至之、非人一己百、人十己千、不足以化氣質。
【読み】
誠は天の道なりより、柔なりと雖も必ず强なりに止る。
誠は、理の實然、一を致して易う可からざる者なり。天下萬古、人心物理、皆同じく然る所にして、一有りて二無し。前聖後聖と雖も、符節を合わせたるが若し。是れ乃ち所謂誠なり。誠は卽ち天道なり。天道は勉むること無く思うこと無くして、然して其の中り其の得ること、自然なるのみ。聖人は天に誠一なり。天は卽ち聖人、聖人は卽ち天。仁義に由って行う。何の思い勉むることか有らん。故に從容として道に中って迫らず。之を誠にするは、人を以て天を求むる者なり。誠を思って之に復る。故に明未だ窮まらざること有れば、善に於て必ず擇び、誠未だ至らざること有れば、執る所必ず固くす。善擇ばざれば、道精しからず、執ること固からざれば、德將に去らんとす。學問思辨は、之を求むる所以なり。行は、之に至る所以なり。之に至るは、人一たびすれば己百たびし、人十たびすれば己千たびするに非ずんば、以て氣質を化するに足らず。

自誠明謂之性、明則誠矣。
謂之性者、生之所固有以得之。謂之敎者、由學以復之。理之實然者、至簡至易。旣已至之、則天下之理、如開目睹萬象、不假思慮而後知。此之謂誠則明。致知以窮天下之理、則天下之理皆得、卒亦至于簡易實然之地、而行其所無事。此之謂明則誠。
【読み】
誠に自って明らかなる之を性と謂うより、明らかなれば則ち誠なりに止る。
之を性と謂う者は、生の固有する所にして以て之を得るなり。之を敎と謂う者は、學に由って以て之に復るなり。理の實然なる者は、至簡至易。旣已に之に至るときは、則ち天下の理、目を開けて萬象を睹、思慮を假らずして後に知るが如し。此れ之を誠なれば則ち明らかなりと謂う。知を致して以て天下の理を窮むるときは、則ち天下の理皆得て、卒に亦簡易實然の地に至って、其の事無き所に行わる。此れ之を明らかなれば則ち誠なりと謂う。

唯天下至誠、爲能盡其性、則可以與天地參矣。
至于實理之極、則吾生之所固有者、不越乎是。吾生所有、旣一於理、則理之所有、皆吾性也。人受天地之中。其生也、具有天地之德。柔强昏明之質雖異、其心之所同者皆然。特蔽有淺深。故別而爲昏明。稟有多寡。故分而爲强柔。至於理之所同然、雖聖愚有所不異。盡己之性、則天下之性皆然。故能盡人之性。蔽有淺深。故爲昏明。蔽有開塞。故爲人物。稟有多寡。故爲强柔。稟有偏正。故爲人物。故物之性與人異者幾希。惟塞而不開。故知不若人之明。偏而不正。故才不若人之美。然人有近物之性者、物有近人之性者、亦係於此。於人之性、開塞偏正、無所不盡、則物之性、未有不能盡也。己也、人也、物也、莫不盡其性、則天地之化幾矣。故行其無事、順以養之而已。是所謂贊天地之化育。天地之化育、猶有所不及、必人贊之而後備、則天地非人不立。故人與天地竝立爲三才。此之謂天地參。
【読み】
唯天下の至誠のみ、能く其の性を盡くすことをするより、則ち以て天地と參となる可しに止る。
實理の極に至るときは、則ち吾が生の固有する所の者、是に越えず。吾が生の有する所、旣に理に一なるときは、則ち理の有する所は、皆吾が性なり。人は天地の中を受く。其の生まるるや、天地の德を具有す。柔强昏明の質異なりと雖も、其の心の同じき所の者は皆然り。特り蔽わるるに淺深有り。故に別れて昏明と爲る。稟くるに多寡有り。故に分かれて强柔と爲る。理の同じく然る所に至っては、聖愚と雖も異ならざる所有り。己が性を盡くすときは、則ち天下の性皆然り。故に能く人の性を盡くす。蔽わるるに淺深有り。故に昏明と爲る。蔽わるるに開塞有り。故に人物と爲る。稟くるに多寡有り。故に强柔と爲る。稟くるに偏正有り。故に人物と爲る。故に物の性と人と異なる者幾も希[な]し。惟塞がれて開かず。故に知人の明なるに若かず。偏って正しからず。故に才人の美なるに若かず。然して人物の性に近き者有り、物人の性に近き者有ること、亦此に係る。人の性に於て、開塞偏正、盡くさざる所無きときは、則ち物の性、未だ盡くすこと能わざること有らず。己、人、物、其の性を盡くさざること莫きときは、則ち天地の化幾[つ]きぬ。故に其の事無きに行って、順って以て之を養うのみ。是れ所謂天地の化育を贊くるなり。天地の化育、猶及ばざる所有って、必ず人之を贊けて而して後に備わるときは、則ち天地も人に非ざれば立たず。故に人と天地と竝び立って三才と爲る。此れ之を天地と參となると謂う。

其次致曲、惟天下至誠爲能化。
人具有天地之德。自當徧覆包含、無所不盡。然而稟於天、不能無少偏曲、則其所存所發、在偏曲處必多。此謂致曲。雖曰致曲、如專壹於是、未有不成德之成矣、未有不見乎文章。致曲至於成章、無以加矣。無以加、則必能知類通逹、見其所不盡。幾者、動之微也。知至而不能至之、不可與幾。故知至、未有不動者也。君子豹變、其文蔚也。大人虎變、其文炳也。有心乎動、動而不息。雖文有大小、未有不變者也。變者、復之初。復于故、則一於理、不知其所以變。故惟至誠爲能化。
【読み】
其の次は曲を致すより、惟天下の至誠のみ能く化することをするに止る。
人は天地の德を具有す。自づから當に徧覆包含して、盡くさざる所無かるべし。然れども天に稟くること、少しも偏曲なること無きこと能わざるときは、則ち其の存する所發する所、偏曲する處在ること必ず多し。此を曲を致すと謂う。曲を致すと曰うと雖も、如し是に專壹なれば、未だ德の成るを成さざること有らず、未だ文章を見さざること有らず。曲を致して章を成すに至れば、以て加うること無し。以て加うること無きときは、則ち必ず能く類を知って通逹して、其の盡くさざる所を見る。幾は、動の微なり。至ることを知って之に至ること能わざれば、幾を與にす可からず。故に至ることを知れば、未だ動かざる者は有らず。君子豹變するは、其の文蔚たればなり。大人虎變するは、其の文炳たればなり。動に心有り、動いて息まず。文に大小有りと雖も、未だ變ぜざる者は有らず。變は、復の初め。故に復るときは、則ち理に一にして、其の變ずる所以を知らず。故に惟至誠のみ能く化することをす。

至誠之道、可以前知、故至誠如神。
誠一於理、無所閒雜、則天地人物、古今後世、融徹洞逹、一體而已。興亡之兆、今之有思慮、如有萌焉、無不前知。蓋有方所、則有彼此先後之別。旣無方所、彼卽我也、先卽後也。未嘗分別隔礙。自將逹乎神明、非特
(徐本特作時。)前知而已。
【読み】
至誠の道は、以て前知す可しより、故に至誠は神の如しに止る。
理に誠一にして、閒雜する所無きときは、則ち天地人物、古今後世、融徹洞逹して、一體なるのみ。興亡の兆し、今の思慮有って、如し萌すこと有れば、前知せずということ無し。蓋し方所有るときは、則ち彼此先後の別有り。旣に方所無ければ、彼も卽ち我なり、先も卽ち後なり。未だ嘗て分別隔礙せず。自ら將に神明に逹せんとすれば、特(徐本特を時に作る。)に前知するのみに非ず。

誠者自成也、故時措之宜也。
誠不爲己、卽誠爲外物。道不自道、而其道虛行。旣曰誠矣。苟不自成就、如何致力。旣曰道矣。非己所自行、將誰與行乎。實有是理、乃有是物。有所從來、有以致之、物之始也。有所從亡、有以喪之、物之終也。皆無是理、雖有物象接於耳目、耳目猶不可信。謂之非物可也。天大無外、造化發育、皆在其閒、不有内外生焉。性生内外之別。故與天地不相似。若性命之德、自合乎内外。故具仁與知、無己無物、誠一以貫之、合大德而施化育。故能時措之宜也。理義者、人心之所同然者也。吾信乎此、則吾德實矣。故曰誠者自成也。吾用乎此、則吾道行矣。故曰道自道也。夫誠者、實而已矣。實有是理。故實有是物。實有是物。故實有是用。實有是用
(徐本用作理。)。故實有是心。實有是心。故實有是事。是皆原始要終而言也。箕不可以簸揚、則箕非箕矣。斗不可以挹酒漿、則斗非斗矣。種禾於此、則禾之實可收也。種麥於此、則麥之實可收也。如未嘗種而望其收、雖荑稗且不可得。況禾麥乎。是所謂誠者物之終始、不誠無物也。故君子必明乎善、知至意誠矣。旣有惻怛之誠意、乃能竭不倦之强力、然後有可見之成功。苟不如是、雖博聞多見、舉歸於虛而已。是則誠之爲貴也。誠雖自成也、道雖自道也、非有我之得私也、與天下同之而已。故思成己、必思所以成物。乃謂仁知之具也。性之所固有、合内外而無閒者也。夫天大無外、造化發育、皆在其閒、自無内外之別。人有是形、而爲形所梏。故有内外生焉。内外一生、則物自物、己自己、與天地不相似矣。反乎性之德、則安有物我之異、内外之別哉。故時措之宜者、凡以反乎性之德、而得乎喜怒哀樂未發之中、發而皆中節者也。
【読み】
誠は自ら成すなりより、故に時に措くことの宜しきなりに止る。
誠己の爲にせざるときは、卽ち誠は外物爲り。道自ら道[みちび]かずして、其の道虛しく行われんや。旣に誠と曰う。苟も自ら成就せずんば、如何ぞ力を致さん。旣に道と曰う。己が自ら行う所に非ずんば、將に誰と與に行わんや。實に是の理有って、乃ち是の物有り。從って來る所有って、以て之を致すこと有るは、物の始めなり。從って亡ぶる所有って、以て之を喪ぼすこと有るは、物の終わりなり。皆是の理無きときは、物象耳目に接すること有りと雖も、耳目猶信ずる可からず。之を物に非ずと謂って可なり。天は大にして外無く、造化發育、皆其の閒に在って、内外生ずること有らず。性は内外の別を生ず。故に天地と相似ず。性命の德の若きは、自づから内外を合す。故に仁と知とを具えて、己無く物無く、誠一にして以て之を貫き、大德を合わせて化育を施す。故に能く時に措くの宜しきなり。理義は、人心の同じく然る所の者なり。吾れ此を信ずるときは、則ち吾が德實なり。故に誠は自ら成すと曰う。吾れ此を用うるときは、則ち吾が道行わる。故に道は自ら道くと曰う。夫れ誠は、實なるのみ。實に是の理有り。故に實に是の物有り。實に是の物有り。故に實に是の用有り。實に是の用(徐本用を理に作る。)有り。故に實に是の心有り。實に是の心有り。故に實に是の事有り。是れ皆始めを原[たづ]ね終わりを要して言うなり。箕以て簸揚[はよう]す可からずんば、則ち箕は箕に非ず。斗以て酒漿を挹[く]む可からずんば、則ち斗は斗に非ず。禾を此に種うるときは、則ち禾の實收む可し。麥を此に種うるときは、則ち麥の實收む可し。如し未だ嘗て種えずして其の收むることを望まば、荑稗[ていはい]と雖も且つ得る可からず。況んや禾麥をや。是れ所謂誠は物の終始、誠あらざれば物無きなり。故に君子は必ず善を明らかにして、知至り意誠あり。旣に惻怛の誠意有って、乃ち能く倦まざるの强力を竭して、然して後に見る可きの成功有り。苟も是の如くならずんば、博聞多見と雖も、舉[ことごと]く虛に歸するのみ。是れ則ち誠の貴き爲るなり。誠は自ら成すなりと雖も、道は自ら道くなりと雖も、我が得て私すること有るに非ず、天下と之を同じくするのみ。故に己を成すことを思えば、必ず物を成す所以を思う。乃ち謂ゆる仁知の具われるなり。性の固有する所、内外を合わせて閒無き者なり。夫れ天は大にして外無く、造化發育、皆其の閒に在って、自づから内外の別無し。人は是の形有って、形の爲に梏せらる。故に内外有って生ず。内外一たび生ずれば、則ち物は自づから物、己は自づから己にして、天地と相似ず。性の德に反るときは、則ち安んぞ物我の異なり、内外の別有らんや。故に時に措くの宜しき者は、凡そ以て性の德に反って、喜怒哀樂未發の中を得、發して皆節に中る者なり。

故至誠無息、故曰、苟不至德、至道不凝焉。
此章言至約之理、惟至誠而已。盡天地之道、亦不越此。窮盡實理、得之有之、其勢自能至於悠久・博厚・高明。但積之而已。蓋實理不二、則其體無雜。其體無雜、則其行無閒。故至誠無息、非使之也。機自動爾。乃乾坤之所以開闔。如使之非實、則有時而息矣。久、堪任也。徵、驗也。悠久、長也。凡物用之不窮者、其才堪任是用也。如有所窮、則其用必息。故誠之所以久者、不息而已。不能堪任、廢敝必矣。又安所效驗於外哉。不息至於有徵、則傳之百世、亦猶是也。能傳百世而不已、則其積必多、博者能積衆狹、厚者能積衆卑。有如是廣博、其勢不得不高。有如是深厚、其積不得不明。是皆積之之效也。所以覆物、載物、成物者、其能也。所以章、所以變、所以成者、其功也。能非力之所任、非用而後有、其勢自然、不得不爾。是乃天地之道也。天地所以生物不測者、止於至誠而已。天地之所以神者、積之無疆而已。如使無天地爲物不貳、則必有已。積之有已、則其積不多。昭昭撮土之微、不同乎衆物、又烏有博厚・高明・悠久之功能哉。天之爲天、不已其命而已。聖人之爲聖人、不已其德而已。其爲天人德命則異、其所以不已則一。故聖人之道、可以配天者、如此而已。禮儀威儀、道也。所以行之者、德也。小德可以任大道、至德可以守至道。故道不虛行、必待人而後行。故必有人而行、然後可名之道也。
【読み】
故に至誠は息むこと無しより、故に曰く、苟も至德ならずんば、至道凝[な]らずに止る。
此の章言うこころは、至約の理は、惟至誠のみ。天地の道を盡くすも、亦此に越えず。實理を窮め盡くして、之を得之を有すれば、其の勢自づから能く悠久・博厚・高明に至る。但之を積むのみ。蓋し實理二ならざるときは、則ち其の體雜じること無し。其の體雜じること無きときは、則ち其の行閒無し。故に至誠息むこと無きは、之をせしむるに非ず。機自づから動くのみ。乃ち乾坤の開闔する所以なり。如し之をせしめて實に非ずんば、則ち時として息むこと有らん。久は、堪え任[た]うるなり。徵は、驗なり。悠久、長きなり。凡そ物之を用いて窮まらざる者は、其の才是の用に堪え任うるなり。如し窮まる所有らば、則ち其の用必ず息まん。故に誠の久しき所以の者は、息まざるのみ。堪え任うること能わざれば、廢敝必せり。又安んぞ外に效驗する所あらんや。息まずして徵有るに至るときは、則ち之を百世に傳えても、亦猶是のごとし。能く百世に傳えて已まざるときは、則ち其の積むこと必ず多くして、博き者能く衆狹を積み、厚き者能く衆卑を積む。是の如く廣博なること有れば、其の勢高からざることを得ず。是の如く深厚なること有れば、其の積むこと明らかならざることを得ず。是れ皆之を積むの效なり。物を覆い、物を載せ、物を成す所以の者は、其の能なり。章らかなる所以、變ずる所以、成す所以の者は、其の功なり。能く力の任うる所に非ず、用いて而して後に有するに非ず、其の勢自然に、爾らざることを得ず。是れ乃ち天地の道なり。天地物を生ずること測られざる所以の者は、至誠に止まるのみ。天地の神なる所以の者は、之を積むこと疆り無きのみ。如し天地の物を爲ること貳あらざること無からしめば、則ち必ず已むこと有らん。之を積むこと已むこと有らば、則ち其の積むこと多からず。昭昭撮土の微、衆物に同じからざれば、又烏んぞ博厚・高明・悠久の功能有らんや。天の天爲るは、其の命を已まざればのみ。聖人の聖人爲るは、其の德を已まざればのみ。其の天人の德命爲ることは則ち異なれども、其の已まざる所以は則ち一なり。故に聖人の道、以て天に配す可き者は、此の如きのみ。禮儀威儀は、道なり。之を行う所以の者は、德なり。小德は以て大道を任ず可く、至德は以て至道を守る可し。故に道虛しく行われず、必ず人を待って而して後に行わる。故に必ず人有りて行われて、然して後に之を道と名づく可し。

故君子尊德性而道問學、敦厚以崇禮。
德性・廣大・高明、皆至德。問學・精微・中庸、皆至道。惟至德所以凝至道也。雖有問學、不尊吾自德之性、則問學失其道矣。雖有精微之理、不致廣大以自求、則精微不足以自信矣。雖有中庸之理、不極高明以行之、則同汚合俗矣。雖知所未知、不溫故以存之、則德不可積。雖有崇禮之志、不敦厚以持之、則其行不久。此皆合德與道而言、然後可以有成矣。
【読み】
故に君子は德性を尊んで問學に道[よ]るより、敦厚にして以て禮を崇くすに止る。
德性・廣大・高明は、皆至德なり。問學・精微・中庸は、皆至道なり。惟至德は至道を凝す所以なり。問學有りと雖も、吾が自德の性を尊ばざれば、則ち問學其の道を失う。精微の理有りと雖も、廣大を致して以て自ら求めざれば、則ち精微以て自ら信ずるに足らず。中庸の理有りと雖も、高明を極めて以て之を行わざれば、則ち汚に同じく俗に合す。未だ知らざる所を知ると雖も、故きを溫ねて以て之を存せざれば、則ち德積む可からず。禮を崇くするの志有りと雖も、敦厚にして以て之を持せざれば、則ち其の行い久しからず。此れ皆德と道とを合わせて言い、然して後に以て成ること有る可し。

是故居上不驕、其此之謂與。
居上不驕、知上而不知下。爲下不倍、知下而不知上。國有道、不知言之足興、國無道、知藏而不知行。
【読み】
是の故に上に居て驕らずより、其れ此の謂かに止る。
上に居て驕らざれば、上を知って下を知らず。下と爲して倍[そむ]かざれば、下を知って上を知らず。國道有れば、言の興すに足ることを知らず、國道無ければ、藏るることを知って行うことを知らず。

子曰、愚而好自用、其寡過矣乎。
無德爲愚、無位爲賤。有位無德、而作禮樂、所謂愚而好自用。有德無位、而作禮樂、所謂賤而好自專。生周之世、而從夏・殷之禮、所謂生今世、反古之道。三者有一焉、取烖之道也。故王天下者、有三重焉。議禮所以制行。故行必同倫。制度所以爲法。故車必同軌。考文所以合俗。故書必同文。惟王天下者行之、諸侯有所不與。故國無異政、家不殊俗。蓋有以一之也。如此則寡過矣。
【読み】
子曰く、愚にして自ら用うることを好むより、其れ過ち寡いかなに止る。
德無きを愚とし、位無きを賤とす。位有り德無くして、禮樂を作るは、所謂愚にして自ら用うることを好むなり。德有り位無くして、禮樂を作るは、所謂賤しくして自ら專[ほしいまま]にすることを好むなり。周の世に生まれて、夏・殷の禮に從うは、所謂今の世に生まれて、古の道に反るなり。三つの者一つも有れば、烖[わざわい]を取るの道なり。故に天下に王たる者、三重有り。禮を議するは行いを制する所以。故に行いは必ず倫を同じくす。度を制するは法を爲す所以。故に車は必ず軌を同じくす。文を考うるは俗に合する所以。故に書は必ず文を同じくす。惟天下に王たる者のみ之を行って、諸侯與らざる所有り。故に國政を異にすること無く、家俗を殊にせず。蓋し以て之を一にすること有るなり。此の如くなるときは則ち過ち寡し。

仲尼祖述堯・舜、此天地之所以爲大也。
祖述堯・舜、善有所尊。憲章文・武、善有所徵。上律天時、如祖述堯・舜。下襲水土、如憲章文・武。蓋稱堯・舜者、以道言之。天時者道之所由出也。稱文・武者、以政事言之。水土者人之所有事也。律之言法。襲之言服也。此言仲尼之中庸、如是之大、如是之備。故譬言天地之大也。其博厚、足以任天下、其高明、足以冒天下、其化循環而無窮、逹消息之理也。其用照鑒而不已、逹晝夜之道也。尊賢容衆、嘉善而矜不能、竝育不相害之理也。貴貴尊賢、賞功罰罪、各當其理、竝行不相悖之義也。禮儀三百、威儀三千、此小德所以川流。洋洋乎發育、峻極于天、此大德所以敦化也。
【読み】
仲尼堯・舜を祖述すより、此れ天地の大なりとする所以なりに止る。
堯・舜を祖述するは、善く尊ぶ所有るなり。文・武を憲章するは、善く徵[もと]むる所有るなり。上天時に律[のっと]るは、堯・舜を祖述するが如し。下水土に襲するは、文・武を憲章するが如し。蓋し堯・舜を稱する者は、道を以て之を言う。天時は道の由って出る所なり。文・武を稱する者は、政事を以て之を言う。水土は人の事とすること有る所なり。律の言は法るなり。襲の言は服すなり。此れ仲尼の中庸、是の如く之れ大に、是の如く之れ備われることを言う。故に譬えて天地の大なるを言う。其の博厚、以て天下を任ずるに足り、其の高明、以て天下を冒[おお]うに足り、其の化循環して窮まり無きは、消息の理に逹すればなり。其の用照鑒して已まざるは、晝夜の道に逹すればなり。賢を尊び衆を容れ、善を嘉して不能を矜れむは、竝び育われて相害せざるの理なり。貴を貴び賢を尊び、功あるを賞し罪あるを罰して、各々其の理に當たるは、竝び行われて相悖らざるの義なり。禮儀三百、威儀三千は、此れ小德の川流する所以なり。洋洋乎として發育し、峻く天を極むるは、此れ大德の敦化する所以なり。

惟天下至聖、爲能聰明睿知、故曰配天。
此章言聖人成德之用、其效如此。聖人成德、非萬物皆備、足以應物而已。其停蓄充盛、至深至大、出之以時、人莫不敬信悅服、至於血氣之類、莫不尊親。惟天德爲能配。
【読み】
惟天下の至聖のみ、能く聰明睿知なることをすより、故に天に配すと曰うに止る。
此の章は聖人の成德の用、其の效此の如くなることを言う。聖人の成德、萬物皆備わるに非ざれども、以て物に應ずるに足れるのみ。其の停蓄充盛、至深至大、之を出すに時を以てして、人敬信し悅服せずということ莫く、血氣の類に至っては、尊親せずということ莫し。惟天の德能く配することをす。

惟天下至誠、爲能經綸天下之大經、其孰能知之。
大經、庸也。大本、中也。化育、化也。莫非經也。親親、長長、貴貴、尊賢、其大經歟。莫非本也。致公平、極廣大、不偏倚、不係累、其大本歟。莫非化也。陰陽、合散、屈伸、其化育歟。誠者、實有是理
(徐本是理作理是。)也。反而求之、理之所固有而不可易者、是謂庸。體其所固有之義、則經綸至矣。理之所自出而不可易者、是謂之中。尊其所自出、則立之至矣。理之所不得已者、是謂化育。明其所不得已之機、則知之至矣。至誠而至於此、則至誠之事盡矣。天德全矣。夫天德無所不覆者、不越不倚於物而已。有倚於物、則覆物也有數矣。由不倚、然後積而至(徐本有於至字。)厚。厚則深、深則大。厚也、深也、大也、不至於天則不已。卒所以浩浩者、天而已。故非逹天德、不足以知之。
【読み】
惟天下の至誠のみ、能く天下の大經を經綸することをすより、其れ孰か能く之を知らんに止る。
大經は、庸なり。大本は、中なり。化育は、化するなり。經に非ずということ莫し。親を親とし、長を長とし、貴を貴び、賢を尊ぶは、其の大經か。本に非ずということ莫し。公平を致し、廣大を極め、偏倚ならず、係累せざるは、其の大本か。化に非ずということ莫し。陰陽、合散、屈伸は、其の化育か。誠は、實に是の理(徐本是理を理是に作る。)有るなり。反って之を求むるに、理の固有する所にして易う可からざる者、是を庸と謂う。其の固有する所の義を體するときは、則ち經綸至れり。理の自って出る所にして易う可からざる者、是れ之を中と謂う。其の自って出る所を尊ぶときは、則ち立つるの至りなり。理の已むことを得ざる所の者、是を化育と謂う。其の已むことを得ざる所の機を明らかにするときは、則ち知るの至りなり。至誠にして此に至るときは、則ち至誠の事盡くせり。天德全し。夫れ天德覆わずという所無き者は、物に倚らざるに越えざるのみ。物に倚ること有るときは、則ち物を覆うこと數有り。倚らざるに由って、然して後に積んで(徐本に至の字有り。)厚に至る。厚きときは則ち深く、深きときは則ち大なり。厚き、深き、大なる、天に至らざれば則ち已まず。卒に浩浩たる所以の者は、天のみ。故に天德に逹するに非ざれば、以て之を知るに足らず。

詩曰、衣錦尙絅。惡其文之著也、無聲無臭、至矣。
自此至終篇、言德成反本。自内省至於不動而敬、不言而信、自不動不言至於不大聲色、自不大聲色至於無聲無臭。聲臭微矣。有物而不可見、猶曰無之、則誠一於天可知。闇然而日章、中有本也。的然而日亡、暴於外而無實以繼之也。故君子貴乎反本。君子之道、深厚悠遠而有本。故淡而不厭、簡而文、溫而理。本我心之所固有也。習矣而不察、日用而不知、非失之也、不自知其在我爾。故君子之學、將以求其本心。本心之微、非聲色臭味之可得、此不可得而致力焉。惟循本以趣之、是乃入德之要。推末流之大小、則至於本源之淺深。其知遠之近歟。以見聞之廣、動作之利、推所從來、莫非心之所出。其知風之自歟。心之精微、至隱至妙、無聲無臭。然其理明逹暴著、若懸日月。其知微之顯歟。凡德之本、不越是矣。如此、則入德其幾矣。反本之要、吾心誠然而已。心誠然之、豈係乎人之見與不見。惟内省不疚可矣。其中有本、不待言動、而人敬信。天何言哉。四時行焉、百物生焉。不必賞罰、而人知勸沮。其盛德之盛、足以使人愛敬。愛之則樂從。故不待勸。敬之則不敢慢。故不待懲。其斯之謂歟。君子之於天下、正己斯可矣。正己、則物孰與不正。篤恭而天下平、正己而已。自明之德、若日月有明、容光必照。何聲色之用乎。德之端、夫婦之愚可以與知、其不肖也、可以能行。其輕而易舉、豈特毛之比乎。故毛輶有倫。如誠一於天、則無聲無臭之閒、得其實理、斯盡之矣。
【読み】
詩に曰く、錦を衣て絅を尙[くわ]う。其の文の著[あらわ]なることを惡んでなりより、聲も無く臭も無しというは、至れりに止る。
此れ自り終篇に至るまで、德成って本に反ることを言う。内に省みる自り動かずして敬あり、言わずして信あるに至り、動かず言わざる自り聲色を大にせざるに至り、聲色を大にせざる自り聲も無く臭も無きに至る。聲臭は微なり。物として見る可からざること有り、猶之れ無しと曰うときは、則ち天に誠一なること知る可し。闇然として日に章らかなるは、中に本有るなり。的然として日に亡ぶるは、外に暴[あらわ]れて實以て之に繼ぐこと無きなり。故に君子は本に反ることを貴ぶ。君子の道は、深厚悠遠にして本有り。故に淡にして厭わず、簡にして文に、溫にして理なり。本は我が心の固有する所なり。習って察せず、日に用いて知らざるは、之を失するに非ず、自ら其の我に在ることを知らざるのみ。故に君子の學は、將に以て其の本心を求めんとす。本心の微、聲色臭味の得る可きに非ず、此れ得て力を致す可からず。惟本に循って以て之に趣く、是れ乃ち德に入るの要なり。末流の大小を推すときは、則ち本源の淺深に至る。其の遠きが近きを知るか。見聞の廣き、動作の利を以て、從來する所を推すに、心の出る所に非ずということ莫し。其の風の自ることを知るか。心の精微、至隱至妙にして、聲も無く臭も無し。然れども其の理明逹暴著すること、日月を懸くるが若し。其の微の顯らかなることを知るか。凡そ德の本、是に越えず。此の如くなるときは、則ち德に入ること其れ幾し。本に反るの要は、吾が心の誠然のみ。心之を誠然にせば、豈乎人の見ると見ざるとに係らんや。惟内に省みて疚しからずして可なり。其の中本有れば、言動を待たずして、人敬信す。天何をか言うや。四時行われ、百物生ず。必ずしも賞罰せざれども、人勸み沮むことを知る。其の盛德の盛んなる、以て人をして愛敬せしむるに足れり。之を愛するときは則ち樂しみ從う。故に勸むることを待たず。之を敬するときは則ち敢えて慢らず。故に懲らすことを待たず。其れ斯の謂か。君子の天下に於る、己を正しくして斯れ可なり。己を正しくすれば、則ち物孰と與にか正しからざらん。篤恭にして天下平らかなるは、己を正しくするのみ。自ら明らかなるの德は、日月明有り、容光必ず照らすが若し。何の聲色をか之れ用いんや。德の端は、夫婦の愚も以て與り知る可く、其の不肖も、以て能く行う可し。其の輕くして舉げ易きこと、豈特毛の比ならんや。故に毛の輶[かろ]きは倫[たぐい]有り。如し天に誠一なるときは、則ち聲も無く臭も無きの閒に、其の實理を得て、斯れ之を盡くせり。

按晁昭德讀書志、有明道中庸解一卷、伊川大全集亦載此卷。竊(徐本竊作切。)嘗考之、中庸、明道不及爲書。伊川雖言已成中庸之書、自以不滿其意、已火之矣。反復此解、其卽朱子所辨藍田呂氏講堂之初本・改本無疑矣。用仍其舊、以備參考。
【読み】
按ずるに晁昭德の讀書志に、明道の中庸の解一卷有り、伊川大全集にも亦此の卷を載す。竊かに(徐本竊を切に作る。)嘗て之を考うるに、中庸は、明道書を爲るに及ばじ。伊川已に中庸の書を成すと言うと雖も、自ら以て其の意に滿たずとして、已に之を火く。此の解を反復するに、其れ卽ち朱子辨ずる所の藍田呂氏の講堂の初本・改本なること疑い無し。用て其の舊に仍りて、以て參考に備う。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)