二程全書卷之一  遺書二先生語一

瑞伯傳師說

伯淳先生嘗語韓持國曰、如說妄說幻爲不好底性。則請別尋一箇好底性來、換了此不好底性著。道卽性也。若道外尋性、性外尋道、便不是。聖賢論天德、蓋謂自家元是天然完全自足之物。若無所汚壞、卽當直而行之。若小有汚壞、卽敬以治之、使復如舊。所以能使如舊者、蓋爲自家本質元是完足之物。若合脩治而脩治之、是義也。若不消脩治而不脩治、亦是義也。故常簡易明白而易行。禪學者總是强生事。至如山河大地之說、是他山河大地、又干你何事。至如孔子道、如日星之明。猶患門人未能盡曉。故曰、予欲無言。如顏子、則便默識。其他未免疑問。故曰、小子何述。又曰、天何言哉、四時行焉、百物生焉。可謂明白矣。若能於此言上看得破、便信是會禪。也非是未尋得。蓋實是無去處說、此理本無二故也。
【読み】
伯淳先生嘗て韓持國に語りて曰く、妄を說き幻を說くが如きは不好底の性と爲り。則ち請う、別に一箇の好底の性を尋ね來て、此の不好底の性に換了し著けよ。道は卽ち性なり。若し道の外に性を尋ね、性の外に道を尋ねば、便ち是ならず。聖賢天德を論ずるに、蓋し謂う、自家元是れ天然完全自足の物なり、と。若し汚壞する所無くば、卽ち當に直ちに之を行うべし。若し小しく汚壞有らば、卽ち敬以て之を治めて、復[また]舊の如くならしめよ。能く舊の如くならしむる所以は、蓋し自家の本質元是れ完足の物爲ればなり。合[まさ]に脩治すべくして之を脩治するが若き、是れ義なり。脩治することを消[もち]いずして脩治せざるが若きも、亦是れ義なり。故に常に簡易明白にして行い易し。禪學者總て是れ强いて事を生ず。山河大地の說の如きに至りては、是れ他の山河大地は、又你[なんじ]に干[かか]りて何事ぞ。孔子の道の如きに至りては、日星の明なるが如し。猶門人未だ盡く曉かすこと能わざることを患う。故に曰く、予言うこと無からんことを欲す、と。顏子の如きは、則便ち默識す。其の他は未だ疑問を免れず。故に曰く、小子何をか述べん、と。又曰く、天何をか言わんや、四時行われ、百物生[な]る、と。明白なりと謂う可し。若し能く此の言上に於て看得し破らば、便ち信[まこと]に是れ禪を會するなり。也[また]是れ未だ尋得せざるに非ず。蓋し實に是れ無去處の說にて、此の理本二つ無きが故なり。

王彥霖問立德進德先後。曰、此有二、有立而後進、有進而至於立。立而後進、則是卓然(一作立。)、定後有所進。立則是三十而立。進則是吾見其進也。有進而至於立、則進而至於立道處也。此進是可與適道者也。立是可與立者也。
【読み】
王彥霖德に立ち德に進む先後を問えり。曰く、此れ二つ有り、立ちて後に進む有り、進んで立つに至る有り。立ちて後に進むは、則ち是れ卓然(一に立に作る。)として、定まりて後進む所有り。立つときは則ち是れ三十にして立つというなり。進むは則ち是れ吾れ其の進むを見るというなり。進んで立つに至る有るは、則ち進んで道を立つる處に至るなり。此れ進むは是れ與に道に適く可しという者なり。立つは是れ與に立つ可しという者なり。

王彥霖以爲、人之爲善、須是他自肯爲時、方有所得、亦難强。曰、此言雖是人須是自爲善、然又不可爲如此却不管他。蓋有敎焉。脩道之謂敎。豈可不脩。
【読み】
王彥霖以爲えらく、人の善を爲すは、須く是れ他[かれ]自ら爲すことを肯ずる時に、方に得る所有るべく、亦强い難し、と。曰く、此の言是れ人須く是れ自ら善を爲すべしと雖も、然れども又此の如きは却って他に管せざることを爲す可からず。蓋し敎うること有り。道を脩むる之を敎と謂う。豈脩めざる可けんや。

王彥霖問、道者一心也。有曰仁者不憂、有曰知者不惑、有曰勇者不懼、何也。曰、此只是名其德爾。其理一也。得此道而不憂者、仁者之事也。因其不憂、故曰此仁也。知・勇亦然。不成却以不憂謂之知、不惑謂之仁也。凡名其德、千百皆然。但此三者、逹道之大也。
【読み】
王彥霖問う、道は一心なり。仁者は憂えずと曰うこと有り、知者は惑わずと曰うこと有り、勇者は懼れずと曰うこと有るは、何ぞや、と。曰く、此れ只是れ其の德を名づくるのみ。其の理は一なり。此の道を得て憂えざるは、仁者の事なり。其の憂えざるに因って、故に此れ仁なりと曰う。知・勇も亦然り。却って憂えざるを以て之を知と謂い、惑わざるを之を仁と謂うことを成さず。凡そ其の德を名づくること、千百皆然り。但此の三つの者は、逹道の大なるなり。

蘇季明嘗以治經爲傳道居業之實、居常講習、只是空言無益。質之兩先生。伯淳先生曰、脩辭立其誠、不可不子細理會。言能脩省言辭、便是要立誠。若只是脩飾言辭爲心、只是爲僞也。若脩其言辭、正爲立己之誠意。乃是體當自家敬以直内、義以方外之實事。道之浩浩、何處下手。惟立誠才(一作方。)、有可居之處。有可居之處則可以脩業也。終日乾乾。大小大事却只是忠信、所以進德爲實下手處、脩辭立其誠爲實脩業處。正叔先生曰、治經、實學也。譬諸草木、區以別矣。道之在經、大小遠近、高下精麤、森列於其中。譬諸日月在上。有人不見者、一人指之、不如衆人指之自見也。如中庸一卷書、自至理便推之於事。如國家有九經、及歷代聖人之迹、莫非實學也。如登九層之臺、自下而上者爲是。人患居常講習空言無實者、蓋不自得也。爲學、治經最好。苟不自得、則盡治五經、亦是空言。今有人心得識逹、所得多矣。有雖好讀書、却患在空虛者、未免此弊。
【読み】
蘇季明嘗て以えらく、經を治むるは道を傳え業に居るの實爲り、居常の講習は、只是れ空言益無し、と。之を兩先生に質[と]う。伯淳先生曰く、辭を脩めて其の誠を立つは、子細に理會せずんばある可からず。言うこころは能く言辭を脩省するは、便ち是れ誠を立てんことを要す。若し只是れ言辭を脩飾するを心と爲さば、只是れ僞を爲すなり。其の言辭を脩むるが若きは、正に己が誠意を立てんとす。乃ち是れ自家敬以て内を直くし、義以て外を方にするの實事に體當す。道の浩浩たる、何の處にか手を下さん。惟誠を立つれば才[わづか](一に方に作る。)に、居る可きの處有り。居る可きの處有るときは則ち以て業を脩む可し。終日乾乾す。大小の大事は却って只是れ忠信、所以に德に進むは實に手を下す處と爲し、辭を脩め其の誠を立つるは實に業を脩むる處と爲す。正叔先生曰く、經を治むるは、實學なり。諸を草木の、區々にして以て別あるに譬う。道の經に在る、大小遠近、高下精麤、其の中に森列す。諸を日月上に在るに譬う。人見ざる者有り、一人之を指すは、衆人之を指して自ら見るには如かざるなり。中庸一卷の書の如き、至理自り便ち之を事に推す。國家九經有り、及び歷代聖人の迹の如き、實學に非ずということ莫きなり。九層の臺に登るが如き、下自りして上る者を是と爲す。人居常の講習空言實無きことを患うる者は、蓋し自得せざればなり。學を爲[おさ]むるは、經を治むる最も好し。苟も自得せざるときは、則ち盡く五經を治むとも、亦是れ空言なり。今人有り心得識逹すれば、得る所多し。書を讀むことを好むと雖も、却って空虛に在ることを患うる者有るは、未だ此の弊を免れざるなり。

天地生一世人、自足了一世事。但恨人不能盡用天下之才。此其不能大治。
【読み】
天地一世の人を生じ、自ら一世の事を足了す。但恨むらくは人盡くは天下の才を用うること能わず。此れ其の大いに治むること能わざるなり。

天地生物、各無不足之理。常思天下君臣・父子・兄弟・夫婦、有多少不盡分處。
【読み】
天地物を生ずる、各々足らざるの理無し。常に思う、天下の君臣・父子・兄弟・夫婦、多少分を盡くさざる處有らん、と。

先生嘗論克己復禮。韓持國曰、道上更有甚克、莫錯否。曰、如公之言、只是說道也。克己復禮、乃所以爲道也。更無別處克己復禮之爲道。亦何傷乎公之所謂道也。如公之言、卽是一人自指其前一物、曰此道也。他本無可克者。若知道與己未嘗相離、則若不克己復禮、何以體道。道在己、不是與己各爲一物、可跳身而入者也。克己復禮、非道而何。至如公言、克不是道、亦是道也。實未嘗離得。故曰、可離非道也。理甚分明。又曰、道無眞無假。曰、旣無眞、又無假、却是都無物也。到底須是是者爲眞、不是者爲假、便是道、大小大分明。
【読み】
先生嘗て克己復禮を論ず。韓持國曰く、道の上更に甚しきの克つこと有らん、錯[たが]えること莫きや否や、と。曰く、公の言の如き、只是れ道を說くなり。己に克ちて禮に復るは、乃ち道を爲むる所以なり。更に別處に己に克ちて禮に復るの道爲ること無し。亦何ぞ公の所謂道を傷[やぶ]らん。公の言の如きは、卽ち是れ一人自ら其の前の一物を指して、曰く、此れ道なり、と。他は本克つ可き者無し。若し道と己と未だ嘗て相離れざることを知らば、則ち若し己に克ちて禮に復らずんば、何を以てか道を體せん。道は己に在り、是れ己と各々一物と爲りて、身を跳[おど]らして入る可き者にあらざるなり。己に克ちて禮に復る、道に非ずして何ぞ。公の言の如きに至りては、克是れ道にあらざれども、亦是れ道なり。實に未だ嘗て離れ得ず。故に曰く、離る可きは道に非ず、と。理甚だ分明なり。又曰く、道は眞も無く假も無し、と。旣に眞無しと曰い、又假無くば、却って是れ都て物無きなり。到底須く是れ是なる者を眞と爲すべく、是ならざる者を假と爲さば、便ち是れ道の、大小大[はなは]だ分明ならん。

古人見道分明。故曰、吾斯之未能信。從事於斯。無是餒也。立之斯立。
【読み】
古人道を見ること分明なり。故に曰く、吾れ斯を未だ信ずること能わず、と。事に斯に從う、と。是れ無ければ餒う、と。立つれば斯に立つ、と。

佛學(一作氏。)、只是以生死恐動人。可怪二千年來、無一人覺、此是被他恐動也。聖賢以生死爲本分事、無可懼。故不論死生。佛之學爲怕死生、故只管說不休。下俗之人固多懼、易以利動。至如禪學者、雖自曰異此、然要之只是此箇意見、皆利心也。籲曰、此學、不知是本來以公心求之、後有此蔽、或本只以利心上得之。曰、本是利心上得來、故學者亦以利心信之。莊生云不怛化者意亦如此也。如楊・墨之害、在今世則已無之。如道家之說、其害終小。惟佛學、今則人人談之。瀰漫滔天、其害無涯。舊嘗問學佛者、傳燈錄幾人、云千七百人。某曰、敢道此千七百人無一人逹者。果有一人見得聖人朝聞道夕死可矣與曾子易簀之理、臨死須尋一尺布帛裹頭而死、必不肯削髮胡服。而終是誠無一人逹者。禪者曰、此迹也、何不論其心。曰、心迹一也。豈有迹非而心是者也。正如兩脚方行。指其心曰、我本不欲行、他兩脚自行。豈有此理。蓋上下・本末・内外、都是一理也、方是道。莊子曰遊方之内、遊方之外者、方何嘗有内外。如此、則是道有隔斷、内面是一處、外面又別是一處。豈有此理。學禪者曰、草木鳥獸之生、亦皆是幻。曰、子以爲生息於春秋、及至秋冬便却變壞、便以爲幻、故亦以人性爲幻。何不付與他。物生死成壞、自有此理、何者爲幻。
【読み】
佛學(一に氏に作る。)は、只是れ生死を以て人を恐動す。怪しむ可し二千年來、一人も覺る無き、此は是れ他に恐動せらるればなり。聖賢は生死を以て本分の事と爲し、懼る可き無し。故に死生を論ぜず。佛が學は死生を怕るるが爲に、故に只管に說いて休まず。下俗の人固[まこと]に懼るること多く、利を以て動じ易し。禪學者の如きに至りては、自ら此に異なりと曰うと雖も、然れども之を要するに只是れ此箇の意見、皆利心なり。籲[やく]が曰く、此の學、是れ本來公心を以て之を求むることを知らず、後此の蔽有り、或は本只利心の上を以て之を得、と。曰く、本是れ利心の上より得來る、故に學者も亦利心を以て之を信ず。莊生が云う、化を怛[おど]さずという者の意も亦此の如きなり。楊・墨が害の如きは、今世に在りては則ち已に之れ無し。道家の說の如きは、其の害終に小さし。惟佛學は、今則ち人人之を談ず。瀰漫して天に滔[はびこ]る、其の害涯[かぎ]り無し。舊嘗て佛を學ぶ者に、傳燈錄は幾人ぞと問えば、云う、千七百人、と。某曰く、敢えて道[い]う、此の千七百人一人も逹する者無し。果たして一人も聖人朝に道を聞かば夕に死すとも可なりというと曾子簀を易えるの理とを見得すること有らば、死に臨みて須く一尺の布帛を尋[もち]いて頭を裹[つつ]みて死すべく、必ずしも肯えて髮を削って胡服せじ。而るに終に是れ誠に一人も逹する者無きなり、と。禪者が曰く、此れ迹なり、何ぞ其の心を論ぜざる、と。曰く、心迹一なり。豈迹非にして心是なる者有らんや。正に兩脚の方に行くが如し。其の心を指して曰ん、我れ本行くことを欲せざれども、他兩脚自ら行く、と。豈此の理有らんや。蓋し上下・本末・内外、都て是れ一理なり、方に是れ道なり。莊子が曰く、方の内に遊び、方の外に遊ぶという者、方に何ぞ嘗て内外有らん。此の如きときは、則ち是れ道隔斷有り、内面是れ一處、外面も又別に是れ一處なり。豈此の理有らんや、と。禪を學ぶ者が曰く、草木鳥獸の生も、亦皆是れ幻なり、と。曰く、子以て春秋に生息して、秋冬に至るに及びて便ち却って變壞するが爲に、便ち以て幻と爲す、故に亦人性を以て幻と爲せり。何ぞ他に付與せざる。物の生死成壞は、自づから此の理有り、何者をか幻と爲さん。

天地之閒、非獨人爲至靈、自家心便是草木鳥獸之心也。但人受天地之中以生爾。(一本此下云、人與物、但氣有偏正耳。獨陰不成、獨陽不生。得陰陽之偏者爲鳥獸草木夷狄。受正氣者人也。)
【読み】
天地の閒、獨り人のみ至靈なりと爲すに非ず、自家の心は便ち是れ草木鳥獸の心なり。但人は天地の中を受けて以て生ずるのみ。(一本に此の下に云う、人と物と、但氣に偏正有るのみ。獨り陰のみ成らず、獨り陽のみ生ぜず。陰陽の偏を得る者は鳥獸草木夷狄と爲る。正氣を受くる者は人なり。)

後漢人之名節、成於風俗。未必自得也。然一變可以至道。
【読み】
後漢の人の名節は、風俗に成る。未だ必ずしも自得せざるなり。然れども一たび變ぜば以て道に至る可し。

先王之世、以道治天下。後世只是以法把持天下。
【読み】
先王の世は、道を以て天下を治む。後世は只是れ法を以て天下を把持す。

語仁而曰可謂仁之方也已者、何也。蓋若便以爲仁、則反使不識仁、只以所言爲仁也。故但曰仁之方、則使自得之以爲仁也。
【読み】
仁を語りて仁の方[みち]と謂う可きのみと曰うは、何ぞや。蓋し若し便ち以て仁と爲すときは、則ち反って仁を識らず、只言う所を以て仁と爲さしむるなり。故に但仁の方と曰うときは、則ち自得して以て仁を爲さしむるなり。

忠信所以進德。終日乾乾。君子當終日對越在天也。蓋上天之載、無聲無臭。其體則謂之易、其理則謂之道、其用則謂之神、其命於人則謂之性、率性則謂之道、脩道則謂之敎。孟子去其中又發揮出浩然之氣。可謂盡矣(一作性。)。故說神如在其上、如在其左右。大小大事而只曰誠之不可揜如此。夫徹上徹下、不過如此。形而上爲道、形而下爲器。須著如此說。器亦道、道亦器。但得道在、不繫今與後、己與人。
【読み】
忠信は德に進む所以。終日乾乾す。君子當に終日天に在るに對越すべし。蓋し上天の載は、聲も無く臭も無し。其の體は則ち之を易と謂い、其の理は則ち之を道と謂い、其の用は則ち之を神と謂い、其の人に命ずるをば則ち之を性と謂い、性に率うをば則ち之を道と謂い、道を脩むるをば則ち之を敎と謂う。孟子其の中より去って又浩然の氣を發揮し出す。(一に性に作る。)盡くせりと謂う可し。故に說く、神其の上に在すが如く、其の左右に在すが如し、と。大小の大事にして只曰う、誠の揜う可からざること此の如し、と。夫れ徹上徹下、此の如きに過ぎず。形よりして上は道爲り、形よりして下は器爲り。須く此の如く說くことを著くべし。器も亦道なり、道も亦器なり。但道在ることを得ば、今と後と、己と人とに繫からず。

富貴驕人、固不善。學問驕人、害亦不細。
【読み】
富貴人に驕るは、固に不善なり。學問人に驕るも、害亦細からず。

義理與客氣常相勝。又看消長分數多少、爲君子小人之別。義理所得漸多、則自然知得客氣消散得漸少。消盡者是大賢。
【読み】
義理と客氣とは常に相勝つ。又消長分數の多少を看て、君子小人の別を爲す。義理の得る所漸く多きときは、則ち自然に客氣消散し得て漸く少なきことを知得す。消し盡くす者は是れ大賢なり。

興於詩、立於禮、自然見有著力處。至成於樂、自然見無所用力。(一本云、興於詩、便須見有著力處。立於禮、便須見有得力處。成於樂、便須見有無所用力處。)
【読み】
詩に興り、禮に立つは、自然に力を著く處有ることを見る。樂に成るに至りては、自然に力を用うる所無きことを見る。(一本に云う、詩に興るは、便ち須く力を著く處有ることを見るべし。禮に立つは、便ち須く力を得る處有ることを見るべし。樂に成るは、便ち須く力を用うる所無き處有ることを見るべし。)

若不能存養、只是說話。
【読み】
若し能く存養せずんば、只是れ說話なり。

韓愈亦近世豪傑之士。如原道中言語、雖有病、然自孟子而後、能將許大見識尋求者、才見此人。至如斷曰孟子醇乎醇、又曰荀與楊擇焉而不精、語焉而不詳、若不是佗見得、豈千餘年後便能斷得如此分明也。如楊子看老子、則謂言道德則有取、至如搥提仁義、絕滅禮學、則無取。若以老子剖斗折衡、聖人不死、大盜不止、爲救時反本之言、爲可取、却尙可恕。如老子言失道而後德、失德而後仁、失仁而後義、失義而後禮、則自不識道、已不成言語。却言其言道德則有取、蓋自是楊子已不見道。豈得如愈也。
【読み】
韓愈も亦近世豪傑の士なり。原道の中の言語の如き、病有りと雖も、然れども孟子自りして後、能く許大の見識を將[もっ]て尋求する者は、才に此の人を見るのみ。斷りて孟子は醇乎として醇なりと曰い、又荀と楊とは擇びて精しからず、語りて詳らかならずと曰うが如きに至りては、若し是れ佗[かれ]見得せずんば、豈千餘年の後に便ち能く斷り得ること此の如く分明ならんや。楊子が如きは老子を看て、則ち謂う、道德を言うは則ち取ること有り、仁義を搥提[ついてい]し、禮學を絕滅するが如きに至りては、則ち取ること無し、と。老子斗を剖[わ]り衡を折り、聖人死せずんば、大盜止まじというを以て、時を救い本に反るの言と爲して、取る可しとするが若きは、却って尙恕す可し。老子道を失いて後に德あり、德を失いて後に仁あり、仁を失いて後に義あり、義を失いて後に禮ありと言うが如き、則ち自ら道を識らずして、已に言語を成さず。却って其の道德を言うは則ち取ること有りと言うときは、蓋し自ら是れ楊子も已に道を見ず。豈愈が如きことを得んや。

予天民之先覺者。謂我乃天生此民中盡得民道而先覺者也。旣爲先覺之民、豈可不覺未覺者。及彼之覺、亦非分我之所有以予之。皆彼自有此義理、我但能覺之而已。
【読み】
予は天民の先覺なる者なり、と。謂えらく、我は乃ち天此の民を生ずるの中に民の道を盡くし得て先覺なる者なり。旣に先覺の民と爲りて、豈未だ覺らざる者を覺さざる可けんや。彼が覺るに及んで、亦我が有る所を分かちて以て之に予うるに非ず。皆彼れ自ら此の義理有り、我れ但能く之を覺るのみ。

聖賢千言萬語、只是欲人將已放之心、約之使反、復入身來。自能尋向上去、下學而上達也。
【読み】
聖賢の千言萬語は、只是れ人の已に放たれし心を將[もっ]て、之を約にして反復して身に入り來らしめんことを欲す。自ら能く尋ねて上に向かい去[ゆ]くは、下學して上達するなり。

先生嘗語王介甫曰、公之談道、正如說十三級塔上相輪。對望而談曰、相輪者如此如此。極是分明。如某則戇直、不能如此、直入塔中、上尋相輪、辛勤登攀、邐迤而上。直至十三級時、雖猶未見相輪、能如公之言、然某却實在塔中、去相輪漸近。要之須可以至也。至相輪中坐時、依舊見公對塔談說此相輪如此如此。介甫只是說道、云我知有箇道、如此如此。只佗說道時、已與道離。佗不知道、只說道時、便不是道也。有道者亦(一作言。)、自分明、只作尋常本分事說了。孟子言堯・舜性之、舜由仁義行。豈不是尋常說話。至於易只道箇立人之道曰仁與義、則和性字由字、也不消道、自已分明。陰陽・剛柔・仁義、只是此一箇道理。
【読み】
先生嘗て王介甫に語りて曰く、公の道を談ずるは、正に十三級の塔上の相輪を說くが如し。對望して談じて曰く、相輪は此の如く此の如し、と。極めて是れ分明なり。某が如きは則ち戇[おろか]にして直に、此の如くなること能わず、直に塔中に入り、上りて相輪を尋ね、辛勤登攀[とはん]し、邐迤[りい]して上る。直に十三級に至る時、猶未だ相輪を見ること、公が言の如くなること能わずと雖も、然れども某却って實に塔中に在り、相輪を去ること漸く近し。之を要するに須く以て至る可きなり。相輪の中に至りて坐する時、舊に依りて公の塔に對して此の相輪を談說するを見て此の如し此の如し、と。介甫は只是れ道を說き、云[ここ]に我れ箇の道有ることを知ること、此の如し此の如し、と。只佗[かれ]道を說く時、已に道と離る。佗道を知らず、只道を說く時、便ち是れ道にあらず。道有る者は亦(一に言に作る。)、自ら分明に、只尋常本分の事と作して說了す。孟子言う、堯・舜は之を性のままにす、舜は仁義に由って行う、と。豈是れ尋常の說話にあらずや。易に只箇の人の道を立つに仁と義と曰うと道うに至っては、則ち性の字由の字に和して、也[また]道を消[もち]いざること、自づから已に分明なり。陰陽・剛柔・仁義、只是れ此の一箇の道理なり。

嘉禮不野合、野合則秕稗也。故生不野合、則死不墓祭。蓋燕饗祭祀、乃宮室中事。後世習俗廢禮、有踏靑、藉草飮食。故墓亦有祭。如禮望墓爲壇、竝墓人爲墓祭之尸、亦有時爲之、非經禮也。後世在上者未能制禮、則隨俗未免墓祭。旣有墓祭、則祠堂之類、亦且爲之可也。
【読み】
嘉禮は野合せず、野合するときは則ち秕稗なり。故に生まるるとき野合せざるときは、則ち死して墓祭せず。蓋し燕饗祭祀は、乃ち宮室の中の事なり。後世習俗禮を廢して、靑を踏み、草を藉いて飮食する有り。故に墓も亦祭有り。禮に墓を望みて壇と爲す、竝びに墓人墓祭の尸を爲[つく]るが如きも、亦時有りて之を爲せども、經禮には非ざるなり。後世上に在る者未だ禮を制すること能わざれば、則ち俗に隨いて未だ墓祭を免れず。旣に墓祭有るときは、則ち祠堂の類、亦且つ之を爲すも可なり。

禮經中旣不說墓祭。卽是無墓祭之文也。
【読み】
禮經の中旣に墓祭を說かず。卽ち是れ墓祭の文無きなり。

張横渠於墓祭合一、分食而祭之。故告墓之文有曰奔走荆棘、殽亂桮盤之列之語。此亦未盡也。如獻尸則可合而爲一。鬼神如何可合而爲一。
【読み】
張横渠墓祭に於て合一して、食を分けて之を祭る。故に墓に告ぐるの文に荆棘に奔走して、桮盤[はいばん]の列を殽亂[こうらん]すと曰うの語有り。此れ亦未だ盡くさざるなり。尸に獻[たてまつ]るが如きは則ち合して一と爲す可し。鬼神は如何にして合して一と爲す可けん。

墓人墓祭則爲尸。舊說爲祭后土則爲尸者非也。蓋古人祭社之外、更無所在有祭后土之禮。(如今城隍神之類、皆不當祭。)
【読み】
墓人墓祭するときは則ち尸を爲る。舊說に后土を祭りて則ち尸を爲る者は非なりと爲す。蓋し古人は祭社の外、更に所在后土を祭るの禮有ること無し。(今の城隍神の如きの類、皆當に祭るべからず。)

家祭、凡拜皆當以兩拜爲禮。今人事生、以四拜爲再拜之禮者、蓋中閒有問安之事故也。事死如事生、誠意則當如此。至如死而問安、却是瀆神。若祭祀有祝・有告・謝神等事、則自當有四拜六拜之禮。
【読み】
家祭は、凡そ拜すること皆當に兩拜を以て禮と爲すべし。今の人生に事うるに、四拜を以て再拜の禮と爲す者は、蓋し中閒安きを問うの事有るが故なり。死に事うることは生に事うるが如く、誠意あるときは則ち當に此の如くすべし。死して安きを問うが如きに至りては、却って是れ神を瀆す。祭祀に祝有り告有り神を謝す等の事の若きは、則ち自づから當に四拜六拜の禮有るべし。

古人祭祀用尸、極有深意、不可不深思。蓋人之魂氣旣散、孝子求神而祭、無尸則不饗、無主則不依。故易於渙・萃、皆言王假有廟。卽渙散之時事也。魂氣必求其類而依之。人與人旣爲類。骨肉又爲一家之類。己與尸各旣已潔齊、至誠相通、以此求神、宜其饗之。後世不知此(一本有道字。)、直以尊卑之勢、遂不肯行爾。(古人爲尸者、亦自處如何。三代之末、已是不得已而廢。)
【読み】
古人祭祀に尸を用うるは、極めて深き意有り、深く思わずんばある可からず。蓋し人の魂氣旣に散じ、孝子神を求めて祭るに、尸無きときは則ち饗けず、主無きときは則ち依らず。故に易に渙・萃に於て、皆王有廟に假[いた]ると言う。卽ち渙散の時の事なり。魂氣は必ず其の類を求めて之に依る。人と人と旣に類爲り。骨肉も又一家の類爲り。己と尸と各々旣已に潔齊すれば、至誠相通じて、此を以て神を求め、宜しく其れ之を饗くべし。後世此(一本に道の字有り。)を知らず、直に尊卑の勢を以て、遂に行うことを肯ぜざるのみ。(古人尸を爲る者、亦自ら處すこと如何せん。三代の末、已に是れ已むことを得ずして廢することを。)

宗子繼別爲宗。言別、則非一也。如別子五人、五人各爲大宗。所謂兄弟宗之者、謂別子之子、繼禰者之兄弟宗其小宗子也。
【読み】
宗子は繼別を宗と爲す。別と言うときは、則ち一に非ざるなり。別子五人あるが如き、五人各々大宗と爲る。所謂兄弟之を宗とすという者は、別子の子、禰[でい]に繼ぐ者の兄弟其の小宗の子を宗とするを謂うなり。

凡人家法、須令每有族人遠來、則爲一會以合族、雖無事、亦當每月一爲之。古人有花樹韋家宗會法、可取也。然族人每有吉凶嫁娶之類、更須相與爲禮、使骨肉之意常相通。骨肉日疏者、只爲不相見、情不相接爾。
【読み】
凡そ人家の法は、須く族人の遠く來ること有る每に、則ち一會を爲して以て族を合わせしむべく、事無きと雖も、亦當に每月一たび之を爲すべし。古人花樹韋家宗會の法有り、取る可きなり。然して族人吉凶嫁娶の類有る每に、更に須く相與に禮を爲して、骨肉の意をして常に相通ぜしむべし。骨肉日に疏なる者は、只相見ずして、情相接わらざるが爲なるのみ。

世人多愼於擇壻、而忽於擇婦。其實壻易見、婦難知。所繫甚重。豈可忽哉。
【読み】
世人多く壻を擇ぶことを愼みて、婦を擇ぶことを忽にす。其の實壻は見易く、婦は知り難し。繫かる所甚だ重し。豈忽にす可けんや。

籲問、每常遇事、卽能知操存之意。無事時、如何存養得熟。曰、古之人、耳之於樂、目之於禮、左右起居、盤盂几杖、有銘有戒、動息皆有所養。今皆廢此。獨有理義之養心耳。但存此涵養意、久則自熟矣。敬以直内是涵養意。言不莊不敬、則鄙詐之心生矣。貌不莊不敬、則怠慢之心生矣。
【読み】
籲問う、常に事に遇う每に、卽ち能く操存するの意を知る。事無き時、如何ぞ存養得て熟せん、と。曰く、古の人、耳の樂に於る、目の禮に於る、左右起居、盤盂几杖、銘り有戒有り、動息皆養う所有り。今皆此を廢す。獨り理義の心を養うこと有るのみ。但此の涵養の意を存すること、久しきときは則ち自ら熟す。敬以て内を直くするは是れ涵養の意。言うこころは、莊ならず敬せざるときは、則ち鄙詐の心生[な]る。貌莊ならず敬せざるときは、則ち怠慢の心生る。

漢儒如毛萇・董仲舒、最得聖賢之意。然見道不甚分明。下此、卽至楊雄、規模窄狹。道卽性也。言性已錯。更何所得。
【読み】
漢儒毛萇・董仲舒が如き、最も聖賢の意を得。然れども道を見ること甚だ分明ならず。此より下りて、卽ち楊雄に至りては、規模窄狹なり。道は卽ち性なり、と。性を言うこと已に錯[たが]える。更に何ぞ得る所あらん。

漢策賢良、猶是人舉之。如公孫弘者、猶强起之、乃就對。至如後世賢良、乃自求舉耳。若果有曰我心只望廷對、欲直言天下事、則亦可尙矣。若志在富貴、則得志便驕縱、失志則便放曠與悲愁而已。
【読み】
漢の賢良を策す、猶是れ人之を舉ぐ。公孫弘が如き者、猶强いて之を起てて、乃ち就對す。後世の賢良の如きに至りては、乃ち自ら舉を求むるのみ。若し果たして我が心只望むらくは廷對して、直に天下の事を言わんと欲すと曰うこと有らば、則ち亦尙ぶ可し。若し志富貴に在るときは、則ち志を得れば便ち驕縱し、志を失うときは則ち便ち放曠すると悲愁するとのみ。

周官醫以十全爲上、非爲十人皆愈爲上。若十人不幸皆死病、則奈何。但知可治不可治者十人皆中、卽爲上。
【読み】
周官に醫十ながら全[いや]すを以て上と爲すは、十人皆愈えるを上と爲すと爲すには非ず。若し十人不幸にして皆死病なるときは、則ち奈何せん。但治す可く治す可からざる者十人を知って皆中るを、卽ち上と爲す。

有人勞正叔先生曰、先生謹於禮四五十年、應甚勞苦。先生曰、吾日履安地。何勞何苦。佗人日踐危地。此乃勞苦也。
【読み】
人有り正叔先生を勞いて曰く、先生禮を謹むこと四五十年、應に甚だ勞苦すべし、と。先生曰く、吾れ日に安き地を履む。何をか勞し何をか苦にせん。佗人は日に危き地を踐む。此れ乃ち勞苦す。

憂子弟之輕俊者、只敎以經學念書、不得令作文字。
【読み】
子弟の輕俊なる者を憂えば、只敎うるに經學を以てし書を念[よ]みて、文字を作らしむることを得じ。

子弟凡百玩好皆奪志。至於書札、於儒者事最近。然一向好著、亦自喪心。如王・虞・顏・柳輩、誠爲好人則有之。曾見有善書者知道否、平生精力一用於此。非惟徒廢時日。於道便有妨處、足知喪志也。
【読み】
子弟凡百の玩好皆志を奪う。書札に至りては、儒者の事に於て最も近し。然れども一向に好著すれば、亦自ら心を喪う。王・虞・顏・柳が輩の如き、誠に好人爲ることは則ち之れ有り。曾て書を善すること有る者を見るに道を知らんや否や、平生の精力一に此に用う。惟徒に時日を廢するのみに非ず。道に於て便ち妨ぐる處有らば、志を喪うことを知るに足るなり。

王弼注易、元不見道、但却以老・莊之意解說而已。
【読み】
王弼易を注すに、元道を見ず、但却って老・莊の意を以て解說するのみ。

呂與叔嘗言、患思慮多、不能驅除。曰、此正如破屋中禦寇。東面一人來未逐得、西面又一人至矣。左右前後、驅逐不暇。蓋其四面空疏、盜固易入、無緣作得主定。又如虛器入水。水自然入。若以一器實之以水、置之水中、水何能入來。蓋中有主則實。實則外患不能入、自然無事。
【読み】
呂與叔嘗て言う、思慮多くして、驅除すること能わざることを患う、と。曰く、此れ正に破屋の中に寇を禦ぐが如し。東面より一人來りて未だ逐い得ざるに、西面より又一人至る。左右前後、驅逐するに暇あらず。蓋し其の四面空疏にして、盜固に入り易く、主を作り得て定むるに緣[よし]無ければなり。又虛器に水を入るるが如し。水は自然に入る。若し一器を以て之を實てるに水を以てし、之を水中に置かば、水何ぞ能く入り來らんや。蓋し中に主有るときは則ち實す。實するときは則ち外患入ること能わず、自然に無事なり。

孔子曰、其如示諸斯乎、指其掌。中庸便曰、明乎郊社之禮、禘嘗之義、治國其如示諸掌乎。蓋人有疑孔子之語。中庸又直指郊禘之義以發之。曾子曰、夫子之道、忠恕而已矣。中庸以曾子之言雖是如此、又恐人尙疑忠恕未可便爲道。故曰、忠恕違道不遠、施諸己而不願、亦勿施於人。此又掠下敎人。
【読み】
孔子曰く、其れ諸れ斯を示すが如しといって、其の掌を指す。中庸に便ち曰う、郊社の禮、禘嘗の義を明らかにするときは、國を治むること其れ諸れ掌を示[み]るが如くならんか、と。蓋し人孔子の語を疑うこと有り。中庸も又直に郊禘の義を指して以て之を發す。曾子曰く、夫子の道は、忠恕のみ、と。中庸に以えらく、曾子の言是れ此の如しと雖も、又恐れらくは人尙忠恕は未だ便ち道と爲す可からざることを疑わんことを。故に曰く、忠恕は道を違[さ]ること遠からず、諸を己に施して願わざるをば、亦人に施すこと勿かれ、と。此れ又下を掠して人を敎うるなり。

堯夫嘗言、能物物、則我爲物之人也。不能物物、則我爲物之物也。亦不消如此。人自人、物自物。道理甚分明。
【読み】
堯夫嘗て言う、能く物を物とするときは、則ち我れ物の人爲り。物を物とすること能わざるときは、則ち我れ物の物爲り、と。亦此の如きを消[もち]いず。人は自づから人なり、物は自づから物なり。道理甚だ分明なり。

伯淳近與呉師禮談介甫之學錯處、謂師禮曰、爲我盡達諸介甫。我亦未敢自以爲是。如有說、願往復。此天下公理、無彼我。果能明辨、不有益於介甫則必益於我。
【読み】
伯淳近が呉師禮と介甫が學の錯える處を談じて、師禮に謂いて曰く、我が爲に盡く諸を介甫に達せよ。我も亦未だ敢えて自ら以て是と爲さず。如し說有らば、願わくは往復せん。此れ天下の公理、彼我無し。果たして能く明らかに辨ぜば、介甫に益有らずんば則ち必ず我に益あらん。

人以料事爲明、便駸駸入逆詐億不信去也。
【読み】
人事を料るを以て明と爲すときは、便ち駸駸として詐を逆[むか]え不信を億[おもんばか]るに入り去るなり。

射中鵠、舞中節、御中度、皆誠也。古人敎人以射御象勺、所養之意如此。
【読み】
射鵠に中り、舞節に中り、御度に中るは、皆誠なり。古人人に敎うるに射御象勺を以てす、養う所の意此の如し。

凡物之名字、自與音義氣理相通。除其他有體質可以指論而得名者之外、如天之所以爲天。天未名時、本亦無名。只是蒼蒼然也。何以便有此名。蓋出自然之理、音聲發於其氣、遂有此名此字。如今之聽聲之精者、便知人性、善卜者知人姓名、理由此也。
【読み】
凡そ物の名字、自づから音義と氣理相通ず。其の他體質以て指論す可き有りて名を得る者の外を除いて、天の天爲る所以の如し。天未だ名づけざる時、本亦名無し。只是れ蒼蒼然たり。何を以てか便ち此の名有る。蓋し自然の理より出で、音聲其の氣を發して、遂に此の名此の字有り。今の聲を聽くの精しき者の、便ち人の性を知り、卜を善する者の人の姓名を知るが如き、理此に由るなり。

籲言、趙澤嘗云、臨政事不合著心、惟恕上合著心。是否。曰、彼謂著心勉而行恕則可。謂著心求恕則不可。蓋恕、自有之理、舉其心加諸彼而已。不待求而後得。然此人之論、有心爲恕、終必恕矣。
【読み】
籲言う、趙澤嘗て云う、政に臨んでは事心に著く合[べ]からず、惟恕上に心を著く合し、と。是なりや否や、と。曰く、彼れ心を著けて勉めて恕を行うと謂わば則ち可なり。心を著けて恕を求むと謂わば則ち不可なり。蓋し恕は、自ら有するの理、其の心を舉げて諸を彼に加うるのみ。求めて後に得ることを待たず。然れども此の人の論、恕を爲すに心有らば、終に必ず恕ならん。

誠者合内外之道、不誠無物。
【読み】
誠は内外を合するの道、誠ならざれば物無し。

持國曰、凡人志能使氣者、能定其志、則氣爲吾使。志壹則動氣矣。先生曰、誠然矣。志壹則動氣。然亦不可不思。氣壹則動志。非獨趨蹶、藥也、酒也、亦是也。然志動氣者多、氣動志者少。雖氣亦能動志、然亦在持其志而已。
【読み】
持國が曰く、凡そ人志能く氣を使う者は、能く其の志を定むるときは、則ち氣吾が爲に使わる。志壹なるときは則ち氣を動かすなり、と。先生曰く、誠に然り。志壹なるときは則ち氣を動かす。然れども亦思わずんばある可からず。氣壹なるときは則ち志を動かす。獨り趨蹶するのみに非ざるは、藥なり、酒なりとは、亦是なり。然れども志氣を動かす者は多く、氣志を動かす者は少なし。氣も亦能く志を動かすと雖も、然れども亦其の志を持するに在るのみ。

持國曰、道家有三住。心住則氣住。氣住則神住。此所謂存三守一。伯淳先生曰、此三者、人終食之頃未有不離者。其要只在收放心。
【読み】
持國が曰く、道家に三住有り。心住[とど]まるときは則ち氣住まる。氣住まるときは則ち神住まる。此れ所謂三を存し一を守るなり、と。伯淳先生曰く、此の三つの者、人食を終えるの頃も未だ離れざる者有らず。其の要は只放心を收むるに在り。

持國常患在下者多欺。伯淳先生曰、欺有三。有爲利而欺、則固可罪。有畏罪而欺者、在所恕。事有類欺者、在所察。
【読み】
持國常に下に在る者多く欺くことを患う。伯淳先生曰く、欺くに三つ有り。利の爲にして欺くこと有るときは、則ち固に罪す可し。罪を畏れて欺くこと有る者は、恕す所在り。事欺くに類すること有る者は、察する所在り。

人於外物奉身者、事事要好、只有自家一箇身與心、却不要好。苟得外面物好時、却不知道自家身與心却已先不好了也。
【読み】
人は外物の身に奉ずる者に於て、事事に好けんことを要す。只自家一箇の身と心とに有っては、却って好きことを要せず。苟も外面の物の好きを得る時は、却って自家の身と心と却って已に先づ好了ならざることを道うことを知らざるなり。

先生曰、范景仁論性曰、豈有生爲此。死又却爲彼。儘似見得。後却云、自有鬼神。又却迷也。
【読み】
先生曰く、范景仁性を論じて曰く、豈生有りて此と爲すのみならんや。死も又却って彼と爲す、と。儘見得するに似たり。後却って云う、自ら鬼神有り、と。又却って迷えり。

少年時見物大、食物美。後不能然者、物自爾也。乃人與氣有盛衰爾。
【読み】
少年の時は物を見ること大に、物を食すること美なり。後然ること能わざる者は、物自づから爾り。乃ち人と氣と盛衰有るのみ。

生之謂性。性卽氣。氣卽性。生之謂也。人生氣稟、理有善惡。然不是性中元有此兩物相對而生也。有自幼而善、有自幼而惡。(后稷之克岐克嶷、子越椒始生、人知其必滅若敖氏之類。)是氣稟有然也。善固性也。然惡亦不可不謂之性也。蓋生之謂性。人生而靜以上不容說。才說性時、便已不是性也。凡人說性、只是說繼之者善也。孟子言人性善是也。夫所謂繼之者善也者、猶水流而就下也。皆水也。有流而至海、終無所汚。此何煩人力之爲也。有流而未遠、固已漸濁。有出而甚遠、方有所濁。有濁之多者、有濁之少者。淸濁雖不同、然不可以濁者不爲水也。如此、則人不可以不加澄治之功。故用力敏勇則疾淸、用力緩怠則遲淸。及其淸也、則却只是元初水也。亦不是將淸來換却濁、亦不是取出濁來置在一隅也。水之淸、則性善之謂也。故不是善與惡在性中爲兩物相對、各自出來。此理、天命也。順而循之、則道也。循此而脩之、各得其分、則敎也。自天命以至於敎、我無加損焉。此舜有天下而不與焉者也。
【読み】
生を之れ性と謂う。性は卽ち氣なり。氣は卽ち性なり。生の謂なり。人氣稟に生じて、理に善惡有り。然れども是れ性の中に元此の兩物有りて相對して生ずるにあらざるなり。幼自りして善なる有り、幼自りして惡なる有り。(后稷の克く岐に克く嶷なる、子越椒始めて生まれて、人其の必ず若敖氏を滅ぼさんことを知るの類。)是れ氣稟に然るもの有るなり。善は固に性なり。然れども惡も亦之を性と謂わざる可からざるなり。蓋し生之を性と謂う。人生まれて靜なる以上は說く容[べ]からず。才[わづか]に性を說く時は、便ち已に是れ性にあらざるなり。凡そ人の性を說く、只是れ之に繼ぐ者は善なりというを說くなり。孟子の人の性は善なりと言うは是れなり。夫れ所謂之に繼ぐ者は善なりというは、猶水の流れて下に就くがごとし。皆水なり。流れて海に至るまで、終に汚るる所無き有り。此れ何ぞ人力煩わすことを之れ爲さん。流れて未だ遠からずして、固に已に漸く濁る有り。出でて甚だ遠くして、方に濁る所有る有り。濁ることの多き者有り、濁ることの少なき者有り。淸濁同じからずと雖も、然れども濁る者を以て水と爲さずんばある可からず。此の如きときは、則ち人以て澄治の功を加えずんばある可からず。故に力を用うること敏勇なるときは則ち疾く淸み、力を用うること緩怠なるときは則ち遲く淸む。其の淸むに及んでは、則ち却って只是れ元初の水なり。亦是れ淸を將[も]ち來りて濁れるに換却するにあらず、亦是れ濁れるを取り出し來りて一隅に置在するにあらず。水の淸めるは、則ち性善の謂なり。故に是れ善と惡と性の中に在りて兩物と爲りて相對して、各々自ら出で來るにあらず。此の理は、天命なり。順いて之に循うは、則ち道なり。此に循いて之を脩め、各々其の分を得るは、則ち敎なり。天命自り以て敎に至るまで、我において加損すること無し。此れ舜天下を有ちて與らざる者なり。

邢和叔言、吾曹常須愛養精力。精力稍不足則倦。所以臨事皆勉强而無誠意。接賓客語言尙可見。況臨大事乎。
【読み】
邢和叔言う、吾曹は常に須く精力を愛養すべし。精力稍[やや]足らざるときは則ち倦む。所以に事に臨んで皆勉强して誠意無し。賓客に接する語言も尙見る可し。況んや大事に臨むをや。

嘗與趙汝霖論。爲政切忌臨事著心。曰、此誠是也。然唯恕上合著心。
【読み】
嘗て趙汝霖と論ず。政を爲むるは切に事に臨んで心を著くことを忌む。曰く、此れ誠に是なり。然れども唯恕の上に心を著く合[べ]し。

拾 遺

浩然之氣、天地之正氣。大則無所不在、剛則無所屈、以直道順理而養、則充塞於天地之閒、配義與道、氣皆主於義而無不在道、一置私意則餒矣。是集義所生、事事有理而在義也。非自外襲而取之也。告子外之者、蓋不知義也。(楊遵道所錄伊川語中、辨此一段非明道語。)
【読み】
浩然の氣は、天地の正氣。大なるときは則ち在らずという所無く、剛なるときは則ち屈する所無く、直道を以て理に順いて養うときは、則ち天地の閒に充塞し、義と道とに配すれば、氣皆義を主として道に在らずということ無く、一も私意を置くときは則ち餒[う]う。是れ義を集めて生ずる所、事事理有りて義に在るなり。外自り襲いて之を取るに非ざるなり。告子之を外にする者は、蓋し義を知らざればなり。(楊遵道が錄する所の伊川の語の中、此の一段は明道の語に非ざることを辨ず。)

壹與一字同。一動氣則動志。一動志則動氣。爲養氣者而言也。若成德者、志已堅定、則氣不能動志。
【読み】
壹と一の字とは同じ。一たび氣を動かすときは則ち志を動かす。一たび志を動かすときは則ち氣を動かす。氣を養う者の爲にして言うなり。成德の者、志已に堅定するが若きには、則ち氣志を動かすこと能わず。

北宮黝之勇、在於必爲。孟施舍之勇、能於無懼。子夏、篤志力行者也。曾子、明理守約者也。
【読み】
北宮黝[ほくきゅうゆう]が勇は、必ず爲すに在り。孟施舍が勇は、懼るること無きことを能くす。子夏は、篤く志し力め行う者なり。曾子は、理を明らかにし約を守る者なり。

必有事者、主養氣而言。故必主於敬。勿正、勿作爲也。心勿忘、必有事也。助長、乃正也。
【読み】
必ず事有りとは、氣を養うを主として言う。故に必ず敬を主とす。正[あてて]すること勿かれとは、作爲すること勿かれとなり。心に忘るること勿かれとは、必ず事有るなり。助長するは、乃ち正するなり。

北方之强、血氣也。南方之强、乃理强。故聖人貴之。
【読み】
北方の强は、血氣なり。南方の强は、乃ち理强きなり。故に聖人之を貴ぶ。

人患乎懾怯者、蓋氣不充、不素養故也。
【読み】
人の懾怯[しょうきょう]を患うる者は、蓋し氣充たず、素より養わざる故なり。

忿懥、怒也。治怒爲難。治懼亦難。克己可以治怒。明理可以治懼。
【読み】
忿懥[ふんち]は、怒なり。怒を治むること難しと爲す。懼を治むるも亦難し。己に克つときは以て怒を治む可し。理を明らかにするときは以て懼を治む可し。

侯世與云、某年十五六時、明道先生與某講孟子。至勿正心勿忘勿助長處云、二哥以必有事焉而勿正爲一句、心勿忘勿助長爲一句。亦得因舉禪語爲況云、事則不無、擬心則差。某當時言下有省。
【読み】
侯世與が云う、某年十五六の時、明道先生某が與[ため]に孟子を講ず。勿正心勿忘勿助長の處に至りて云う、二哥必ず事有りて正[あてて]すること勿かれというを以て一句と爲し、心に忘るること勿かれ、助長すること勿かれというを一句とせよ、と。亦因りて禪語を舉げて況[たと]えとすることを得て云う、事は則ち無くんばあらず、心に擬すれば則ち差う、と。某當時言下に省すること有り。

参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)