二程全書卷之三  遺書二先生語第二下

附東見錄後
【読み】
東見錄の後に附す

今許大西事、無一人敢議者。自古舉事、不能無可否是非、亦須有議論。如苻堅壽春之役、其朝廷宗室、固多有言者、以至宮女有張夫人者、猶上書諫西晉平吳當取也。主之者惟張華一人而已。然當時雖羊叔子建議、而朝廷亦不能無言。又如唐師取蔡州、此則在中國容其數十年恣睢。然當時以爲不宜取者、固無義理。然亦是有議論。今則廟堂之上無一人言者。幾何不一言而喪邦也。(元豐四年、用种諤・沈括之謀伐西夏。)
【読み】
今の許大の西事は、一人も敢えて議する者無し。古自り事を舉するに、可否是非無きこと能わず、亦須く議論有るべし。苻堅壽春の役の如き、其の朝廷の宗室、固より多く言う者有り、以て宮女張夫人という者有りて、猶上書して西晉吳を平らげ當に取るべしと諫むるに至る。之を主とする者は惟張華一人のみ。然れども當時羊叔子議を建ずと雖も、而して朝廷も亦言無きこと能わず。又唐の師が蔡州を取るが如き、此れ則ち中國其の數十年の恣睢[しき]を容るるに在り。然れども當時以て宜しく取るべからずとする者は、固に義理無し。然れども亦是れ議論有らん。今は則ち廟堂の上一人も言う者無し。幾何[いくばく]か一言にして邦を喪ぼさざらんや。(元豐四年、种諤[ちゅうがく]・沈括が謀を用いて西夏を伐つ。)

今日西師、正惟事本不正、更說甚去就。君子於任事之際、須成敗之由(一作責。)在己、則自當生死以之。今致其身、使禍福死生利害由人處之、是不可也。如昨軍興事務繁夥、是亦學也。但恐只了佗紛紛底、則又何益。如從軍者之行、必竟是爲利祿、爲功名。由今之舉、便使得人一城一國、又是甚功名。君子恥之。今日從宦、苟有軍事、不能免此、是復蹈前事也。然則旣如此、曷爲而不已也。
【読み】
今日の西師は、正に惟事本正しからず、更に甚[なん]の去就をか說かん。君子事を任ずるの際に於て、須く成敗の由(一に責に作る。)己に在るべく、則ち自ら當に生死之を以てすべし。今其の身を致すに、禍福死生利害をして人に由って之を處さしむるは、是れ不可なり。昨に軍興りて事務繁夥なるが如き、是れ亦學なり。但恐らくは只佗[か]の紛紛底を了せば、則ち又何の益あらん。軍に從う者の行の如き、必竟是れ利祿の爲にし、功名の爲にす。今の舉に由らば、便ち人の一城一國を得せしむとも、又是れ甚の功名ぞ。君子之を恥づ。今日從宦、苟も軍事有れば、此を免るること能わざるは、是れ復前事を蹈めばなり。然れば則ち旣に此の如くならば、曷の爲にか已めざるや。

胎息之說、謂之愈疾則可。謂之道、則與聖人之學不干事。聖人未嘗說著。若言神住則氣住、則是浮屠入定之法。雖謂養氣猶是第二節事、亦須以心爲主、其心欲慈惠安(一作虛。)靜。故於道爲有助、亦不然。孟子說浩然之氣、又不如此。今若言存心養氣、只是專爲此氣。又所爲者小。舍大務小、舍本趨末、又濟甚事。今言有助於道者、只爲奈何心不下。故要得寂湛而已。又不似釋氏攝心之術。論學若如是、則大段雜也。亦不須得道。只閉目靜坐爲可以養心。坐如尸、立如齊、只是要養其志。豈只待爲養這些氣來。又不如是也。
【読み】
胎息の說、之を疾を愈すと謂わば則ち可なり。之を道と謂わば、則ち聖人の學と干[あづか]らざるの事。聖人は未だ嘗て說著せず。神住するときは則ち氣住すと言うが若きは、則ち是れ浮屠入定の法なり。氣を養うと謂うと雖も猶是れ第二節の事にて、亦須く心を以て主と爲すべく、其の心慈惠安(一に虛に作る。)靜なることを欲す。故に道に於て助有りと爲すも、亦然らず。孟子浩然の氣を說くは、又此の如くならず。今心を存し氣を養うと言うが若きも、只是れ專ら此の氣の爲にす。又爲す所の者小なり。大を舍て小を務め、本を舍て末に趨らば、又甚事をか濟さん。今道に助有りと言う者は、只奈何とかする心下さず。故に寂湛を得んことを要するのみ。又釋氏攝心の術に似ず。學を論ずること若し是の如くならば、則ち大段雜なり。亦須く道を得るべからず。只目を閉ぢ靜坐するは以て心を養う可しと爲す。坐するときは尸の如くし、立つときは齊するが如くすとは、只是れ其の志を養わんことを要す。豈只這の些[こ]の氣を養い來すことを爲すことを待たんや。又是の如くならざるなり。

浮屠之術、最善化誘。故人多向之。然其術所以化衆人也、故人亦有向有不向者。如介甫之學、佗便只是去人主心術處加功。故今日靡然而同、無有異者。所謂一正君而國定也。此學極有害。以介甫才辯、遽施之學者、誰能出其右。始則且以利而從其說、久而遂安其學。今天下之新法害事處、但只消一日除了便沒事。其學化革了人心、爲害最甚。其如之何。故天下只是一箇風、風如是、則靡然無不向也。
【読み】
浮屠が術は、最も善く化誘す。故に人多く之に向かう。然も其の術衆人を化する所以に、故に人も亦向かうもの有り向かわざる者有り。介甫が學の如きは、佗[かれ]便ち只是れ人主心術の處に功を加え去る。故に今日靡然として同じて、異なる者有ること無し。所謂一たび君を正して國定まるなり。此の學極めて害有り。介甫が才辯を以て、遽に之を學者に施さば、誰か能く其の右に出でん。始めは則ち且利を以てして其の說に從い、久しくしては遂に其の學に安んず。今天下の新法の事を害する處、但只一日除くことを消い[もち]了わらば便ち事沒[な]けん。其の學人心を化革し了わりて、害を爲すこと最も甚だし。其れ之を如何。故に天下只是れ一箇の風、風是の如くなるときは、則ち靡然として向かわざること無し。

今日西事要已、亦有甚難。前事亦何足恥。只朝廷推一寬大天地之量、許之自新、莫須相從。然此恐未易。朝廷之意、今日不得已、須著如此。但夏人更重有所要、以堅吾約、則邊患未已也。(一本通下章爲一段。)
【読み】
今日の西事は已[これ]を要するに、亦甚の難きこと有らん。前事も亦何ぞ恥づるに足らん。只朝廷一寬大なる天地の量を推して、之を許して自ら新たにせば、須く相從うべきこと莫きのみ。然れども此れ恐らくは未だ易からず。朝廷の意、今日已むことを得ざれば、須く此の如くなることを著すべし。但夏人更に所要有ることを重くして、以て吾が約を堅くせば、則ち邊の患い未だ已まじ。(一本に下章を通して一段と爲す。)

范希文前日西舉、以虛聲而走敵人。今日又不知誰能爲希文者。
【読み】
范希文前日の西舉に、虛聲を以てして敵人を走らしむ。今日又誰か能く希文爲らん者を知らず。

關中學者、以今日觀之、師死而遂倍之。却未見其人、只是更不復講。
【読み】
關中の學者、今日を以て之を觀るに、師死して遂に之に倍[そむ]く。却って未だ其の人を見ずは、只是れ更に復講ぜず。

餽運之術、雖自古亦無不煩民、不動搖而足者。然於古則有兵車、其中載糗糧、百人破二十五人。然古者行兵在中國、又不遠敵。若是深入遠處、則決無省力。且如秦運海隅之粟以饋邊、率三十鍾而致一石。是二百倍以來。今日師行、一兵行、一夫饋、只可供七日、其餘日必倶乏食也。且計之、須三夫而助一兵、仍須十五日便囘。一日不囘、則一日乏食。以此校之、無善術。故兵也者、古人必不得已而後用者、知此耳。
【読み】
餽運の術は、古自りすと雖も亦民を煩わさず、動搖せずして足る者無し。然も古に於ては則ち兵車有り、其の中に糗糧[きゅうりょう]を載せて、百人もて二十五人を破る。然も古の兵を行うは中國に在り、又遠く敵せず。若し是れ深く遠處に入るときは、則ち決して力を省くこと無し。且秦の海隅の粟を運んで以て邊に饋[おく]るが如き、率ね三十鍾にして一石を致す。是れ二百倍以て來るなり。今日の師行に、一兵行き、一夫饋るは、只七日に供す可く、其の餘日は必ず倶に食に乏し。且之を計るに、須く三夫にして一兵を助くべく、仍[よ]って須く十五日にして便ち囘るべし。一日も囘らずんば、則ち一日食に乏し。此を以て之を校[くら]ぶるに、善き術無し。故に兵とは、古人必ず已むことを得ずして後に用うる者は、此を知れるのみ。

目畏尖物。此事不得放過。便與克下。室中率置尖物、須以理勝佗。尖必不刺人也。何畏之有。
【読み】
目は尖れる物を畏る。此の事は放過することを得ず。便ち與[ため]に克ち下せ。室中に尖れる物を率置するに、須く理を以て佗に勝つべし。尖れるもの必ず人を刺さざるなり。何の畏るることか之れ有らん。

橫渠墓祭爲一位、恐難推同几之義。(同几唯設一位祭之。謂夫婦同牢祭也。)呂氏定一歲疏數之節。有所不及。恐未合人情(一本作呂氏歲時失之疏。)。雨露旣濡、霜露旣降、皆有所感。若四時之祭有所未及、則不得契感之意(一本作疏則不契感之情。)。今祭祀、其敬齊禮文之類、尙皆可緩。且是要大者先正始得。今程氏之家祭、只是男女異位。及大有害義者、稍變得一二、佗所未遑也。吾曹所急正在此。凡祭祀、須是及祖。知母而不知父、狗彘是也。知父而不知祖、飛鳥是也。人須去上面立一等、求所以自異始得。
【読み】
橫渠墓祭に一位を爲るは、恐らくは同几の義を推し難し。(同几は唯一位を設けて之を祭る。夫婦牢を同じくして祭るを謂うなり。)呂氏は一歲疏數の節を定む。及ばざる所有らん。恐らくは未だ人情に合わず(一本に呂氏歲時之を疏に失うに作る。)。雨露旣に濡い、霜露旣に降れば、皆感ずる所有り。若し四時の祭未だ及ばざる所有るときは、則ち感ずるの意に契[あ]うことを得ず(一本に疏なれば則ち感の情に契わずに作る。)。今の祭祀、其の敬齊禮文の類は、尙皆緩くす可し。且つ是れ大者の先づ正すことを要して始めて得。今程氏の家祭は、只是れ男女位を異にす。大いに義を害すること有る者に及んでは、稍一二を變じ得、佗は未だ遑[いとま]あらざる所なり。吾曹の急にする所は正に此に在り。凡そ祭祀は、須く是れ祖に及ぼすべし。母を知って父を知らざるは、狗彘[こうてい]是れなり。父を知って祖を知らざるは、飛鳥是れなり。人須く上面に去って一等を立て、自ら異にする所以を求めて始めて得べし。

自古治亂相承、亦常事。君子多而小人少、則治、小人多而君子少、則亂。然在古、亦須朝廷之中君子小人雜進、不似今日剪截得直是齊整。不惟不得進用、更直憔悴善類、略去近道、則須憔悴舊日交遊。只改節者、便於世事差遂。此道理、不知爲甚。正叔近病。人有言之、曰、在佗人則有追駁斥放。正叔無此等事。故只有病耳。
【読み】
古自り治亂相承くるは、亦常の事なり。君子多くして小人少なきときは、則ち治まり、小人多くして君子少なきときは、則ち亂る。然れども古に在っては、亦須く朝廷の中に君子小人雜じり進むべく、今日剪截し得て直に是れ齊整なるに似ず。惟進用することを得ざるのみにあらず、更に直に善類を憔悴し、近道を略去するときは、則ち須く舊日の交遊を憔悴すべし。只節を改むる者は、便ち世事に於て差[やや]遂ぐ。此の道理、知らず、甚とかせんことを。正叔近ごろ病む。人之を言えること有り、曰く、佗人に在っては則ち追駁斥放有らん。正叔は此れ等の事無し。故に只病有るのみ、と。

介甫今日亦不必誅殺、人人靡然自從。蓋只消除盡在朝異己者。在古、雖大惡在上、一面誅殺、亦斷不得人議論。今便都無異者。
【読み】
介甫今日亦必ずしも誅殺せられずして、人人靡然として自ら從う。蓋し只朝に在って己に異なる者を消除し盡くす。古に在っては、大惡上に在ると雖も、一面して誅殺し、亦斷じて人をして議論することを得ざらしむ。今便ち都て異なる者無し。

卜筮之能應、祭祀之能享、亦只是一箇理。蓍龜雖無情、然所以爲卦、而卦有吉凶、莫非有此理。以其有是理也。故以是問(一作心向。)焉、其應也如響。若以私心及錯卦象而問之、便不應、蓋沒此理。今日之理與前日已定之理、只是一箇理、故應也。至如祭祀之享亦同。鬼神之理在彼、我以此理向之、故享也。不容有二三、只是一理也。如處藥治病、亦只是一箇理。此藥治箇如何氣、有此病服之卽應。若理不契、則藥不應。
【読み】
卜筮の能く應じ、祭祀の能く享くるは、亦只是れ一箇の理なり。蓍龜情無しと雖も、然れども卦を爲して、卦に吉凶有る所以は、此の理有るに非ざること莫し。其れ是の理有るを以てなり。故に是を以て問(一に心向に作る。)うに、其の應ずること響きの如し。若し私の心を以てし及び卦象を錯えて之を問えば、便ち應ぜざるは、蓋し此の理沒[な」ければなり。今日の理と前日の已に定まれるの理とは、只是れ一箇の理、故に應ずるなり。祭祀の享くるが如きに至っても亦同じ。鬼神の理彼に在って、我れ此の理を以て之に向かう、故に享くるなり。二三有る容[べ]からず、只是れ一理なり。藥を處して病を治すが如きも、亦只是れ一箇の理なり。此の藥箇の如何なる氣を治し、此の病之を服すれば卽ち應ずる有り。若し理契わざれば、則ち藥應ぜじ。

古之言鬼神、不過著於祭祀、亦只是言如聞歎息之聲、亦不曾道聞如何言語、亦不曾道見如何形狀。如漢武帝之見李夫人、只爲道士先說與在甚處、使端目其地、故想出也。然武帝作詩、亦曰、是耶非耶。嘗問好談鬼神者、皆所未曾聞見。皆是見說燭理不明、便傳以爲信也。假使實所聞見、亦未足信、或是心病、或是目病。如孔子言人之所信者目、目亦有不足信者耶。此言極善。
【読み】
古の鬼神を言うは、祭祀に著くるに過ぎず、亦只是れ歎息の聲を聞くが如しと言いて、亦曾て如何なる言語を聞くと道わず、亦曾て如何なる形狀を見ると道わず。漢の武帝の李夫人を見るが如きは、只道士先づ甚の處に在りと說與して、目を其の地に端ぜしむるが爲に、故に想出す。然も武帝詩を作りて、亦曰く、是か非か、と。嘗て好んで鬼神を談ずる者に問うに、皆未だ曾て聞見せざる所とす。皆是れ理を燭すること明らかならざるを說くを見て、便ち傳えて以て信と爲すなり。假使[たとい]實に聞見する所ありとも、亦未だ信ずるに足らず、或は是れ心病、或は是れ目病ならん。孔子人の信ずる所の者は目なり、目も亦信ずるに足らざる者有りと言うが如きか。此の言極めて善し。

今日雜信鬼怪異說者、只是不先燭理。若於事上一一理會、則有甚盡期。須只於學上理會。
【読み】
今日鬼怪異說を雜信する者は、只是れ先づ理を燭さざればなり。若し事上に於て一一理會せば、則ち甚の盡きる期か有らん。須く只學上に於て理會すべし。

師巫在此、降言在彼、只是抛得遠。決無此理。又言留下藥、尤知其不然。生氣盡則死。死則謂之鬼可也。但不知世俗所謂鬼神何也。聰明如邵堯夫、猶不免致疑。在此嘗言、有人家若虛空中聞人馬之聲。某謂、旣是人馬、須有鞍韉之類皆全、這箇是何處得來。堯夫言、天地之閒、亦有一般不有不無底物。某謂、如此說、則須有不有不無底人馬、凡百皆爾。深不然也。
【読み】
師巫此に在り、降りて彼に在りと言うは、只是れ抛[な]げ得ること遠し。決して此の理無し。又下藥を留むと言うは、尤も其の然らざることを知る。生氣盡きるときは則ち死す。死すときは則ち之を鬼と謂いて可なり。但知らず、世俗の所謂鬼神は何ぞや。聰明なる邵堯夫の如きも、猶疑を致すことを免れず。此に在りを嘗て言く、人家有り虛空の中の若くにして人馬の聲を聞く、と。某謂く、旣に是れ人馬ならば、須く鞍韉の類有りて皆全かるべく、這箇は是れ何れの處よりか得來る、と。堯夫言く、天地の閒には、亦一般に有ならず無ならざる底の物有り、と。某謂く、此の如く說くならば、則ち須く有ならず無ならざる底の人馬有るべく、凡百皆爾り。深く然らざるなり、と。

風肅然起於人心恐怖。要之、風是天地閒氣、非土偶人所能爲也。漢時神君、今日二郎廟、皆有之。
【読み】
風肅然として起これば人心に於て恐怖す。之を要するに、風は是れ天地の閒の氣、土偶人の能くする所に非ず。漢の時の神君、今日の二郎廟に、皆之れ有り。

人心作主不定、正如一箇翻車、流轉動搖、無須臾停。所感萬端。又如懸鏡空中、無物不入其中。有甚定形。不學則却都不察、及有所學、便覺察得是爲害。著一箇意思、則與人成就得箇甚好見識(一作無意於學、則皆不之察、曁用心自觀、卽覺其爲害。存此紛雜、竟與人成何見識。)。心若不做一箇主、怎生奈何。張天祺昔常言、自約數年、自上著牀、便不得思量事。不思量事後、須强把佗這心來制縛、亦須寄寓在一箇形象。皆非自然。君實自謂、吾得術矣。只管念箇中字。此則又爲中繫縛。且中字亦何形象。若愚夫不思慮、冥然無知。此又過與不及之分也。有人胸中常若有兩人焉、欲爲善、如有惡以爲之閒、欲爲不善、又若有羞惡之心者。本無二人、此正交戰之驗也。持其志、便氣不能亂。此大可驗。要之、聖賢必不害心疾。其佗疾却未可知。佗藏府、只爲元不曾養。養之卻在修養家(一作持其志、使氣不能亂。此大可驗。要之、聖賢必不病心疾。佗藏府有患、則不嘗專志於養焉。)
【読み】
人心の主定まらざることを作すは、正に一箇の翻車の、流轉動搖して、須臾も停まること無きが如し。感ずる所萬端なり。又鏡を空中に懸ければ、物として其の中に入らざること無きが如し。甚の定形か有らん。學ばざるときは則ち却って都て察せず、學ぶ所有るに及んで、便ち察し得て是の害爲ることを覺ゆ。一箇の意思を著けば、則ち人と與にするに箇の甚の好き見識をか成就し得ん(一に學に意無くば、則ち皆之を察せず、曁[およ]び心を用いて自ら觀れば、卽ち其の害爲ることを覺ゆ。此の紛雜を存せば、竟に人と與にするに何の見識をか成さんに作る。)。心若し一箇の主を做さずんば、怎生ぞ奈何せん。張天祺昔常に言う、自ら約すること數年、牀に上著して自り、便ち事を思量するを得ず。事を思量せざるの後、須く强いて佗の這の心を把り來りて制縛すべく、亦須く寄寓して一箇の形象在るべし、と。皆自然に非ず。君實自ら謂う、吾れ術を得たり。只管箇の中の字を念ず、と。此れ則ち又中の爲に繫縛せらる。且つ中の字は亦何の形象あらん。若し愚夫思慮せざれば、冥然として知ること無し。此れ又過と不及との分なり。人有り胸中常に兩人有るというが若きは、善を爲さんと欲すれば、惡有りて以て之を閒てることを爲すが如く、不善を爲さんと欲すれば、又羞惡の心有る者の若し。本二人無く、此れ正に交戰の驗なり。其の志を持すれば、便ち氣亂るること能わず。此れ大いに驗す可し。之を要するに、聖賢は必ず心疾に害せられず。其の佗の疾は却って未だ知る可からず。佗の藏府は、只元より曾て養わざるが爲なり。之を養うことは卻って修養家に在り(一に其の志を持すれば、氣をして亂るること能わざらしむ。此れ大いに驗す可し。之を要するに、聖賢は必ず心疾を病まず。佗の藏府に患有るは、則ち嘗て專ら養に志さざればなりに作る。)

仁祖時、北使進言、高麗自來臣屬北朝。近來職貢全缺、殊失臣禮。今欲加兵。又聞臣屬南朝。今來報知。仁祖不答。及將去也、召而前、語之曰、適議高麗事。朕思之、只是王子罪、不干百姓事。今旣加兵、王子未必能誅得、且是屠戮百姓。北使遂屈無答、不覺汗流浹背、俯伏於地、歸而寢兵。佗都不言彼兵事勢、只看這一箇天地之量、亦至誠有以格佗也。
【読み】
仁祖の時、北使進みて言く、高麗自ら來りて北朝に臣屬す。近來職貢全く缺けて、殊に臣の禮を失す。今兵を加えんと欲す。又聞く、南朝に臣屬す、と。今來報し知る、と。仁祖答えず。將に去らんとするに及んでや、召して前[すす]めて、之に語りて曰く、適に高麗の事を議さん。朕之を思うに、只是れ王子の罪にして、百姓の事に干[あづか]らず。今旣に兵を加えば、王子未だ必ずしも誅し得ること能わずして、且つ是れ百姓を屠戮せん、と。北使遂に屈して答うること無く、覺えず汗流れて背を浹[うるお]し、地に俯伏して、歸りて兵を寢[や]む。佗都て彼の兵事の勢を言わず、只這の一箇の天地の量を看るも、亦至誠以て佗を格すこと有るなり。

人心緣境、出入無時、人亦不覺。
【読み】
人心は境に緣って、出入時無く、人も亦覺えず。

人夢不惟聞見思想、亦有五藏所感者。
【読み】
人の夢は惟聞見思想のみにあらず、亦五藏感ずる所の者有り。

天下之或寒或燠、只緣佗地形高下。如屋陰則寒、屋陽則燠。不可言於此所寒、於此所熱。且以尺五之表定日中一萬五千里、就外觀未必然。
【読み】
天下の或は寒く或は燠[あたた]かなるは、只佗の地形の高下に緣るのみ。屋陰は則ち寒く、屋陽は則ち燠かなるが如し。此に於て寒き所、此に於て熱き所と言う可からず。且尺五の表を以て日中を定むること一萬五千里、外に就いて觀れば未だ必ずしも然らず。

人有壽考者、其氣血脈息自深、便有一般深根固蔕底道理(一作氣象。)。人脈起於陽明、周旋而下、至於兩氣口、自然匀長。故於此視脈。又一道自頭而下、至足大衝、亦如氣口。此等事最切於身。然而人安然恬於不知。至如人爲人問你身上有幾條骨頭、血脈如何行動、腹中有多少藏府、皆冥然莫曉。今人於家裏有多少家活屋舍。被人問著、己不能知、却知爲不智。於此不知、曾不介意、只道是皮包裹、不到少欠。大小大不察。近取諸身、一身之上、百理具備。甚物是沒底。背在上故爲陽、胸在下故爲陰。至如男女之生、已有此象。天有五行、人有五藏。心、火也。著些天地閒風氣乘之、便須發燥。肝、木也。著些天地閒風氣乘之、便須發怒。推之五藏皆然。孟子將四端便爲四體。仁便是一箇木氣象、惻隱之心便是一箇生物春底氣象、羞惡之心便是一箇秋底氣象、只有一箇去就斷割底氣象、便是義也。推之四端皆然。此箇事、又著箇甚安排得也。此箇道理、雖牛馬血氣之類亦然。都恁備具。只是流形不同、各隨形氣、後便昏了佗氣。如其子愛其母、母愛其子、亦有木底氣象、又豈無羞惡之心。如避害就利、別所愛惡、一一理完。更如獼(原文は獮)猴尤似人。故於獸中最爲智巧、童昏之人見解不及者多矣。然而唯人氣最淸、可以輔相裁成。天地設位、聖人成能、直行乎天地之中、所以爲三才。天地本一物、地亦天也。只是人爲天地心。是心之動、則分了天爲上、地爲下。兼三才而兩之、故六也。
【読み】
人に壽考有る者は、其の氣血脈息自ら深くして、便ち一般に根を深くし蔕を固くする底の道理(一に氣象に作る。)有り。人の脈は陽明より起こりて、周旋して下りて、兩の氣口に至り、自然に匀長す。故に此に於て脈を視る。又一道頭自りして下りて、足の大衝に至るも、亦氣口の如し。此れ等の事は最も身に切なり。然れども人安然として知らざるに恬たり。人人の爲に你の身上に幾條の骨頭有り、血脈如何にして行動し、腹中に多少の藏府有ると問うが如きに至りて、皆冥然として曉[さと]ること莫し。今の人家の裏に於て多少の家有りて屋舍を活かす。人に問著せられては、己知ること能わず、却って不智爲ることを知る。此に於て知らざれども、曾て意に介せず、只道は是れ皮包裹[ほうか]して、少しく欠くるに到らず、と。大小大に察せず。近く諸を身に取るに、一身の上、百理具備す。甚物か是れ沒底ならん。背は上に在る故に陽と爲り、胸は下に在る故に陰と爲る。男女の生の如きに至っても、已に此の象有り。天に五行有り、人に五藏有り。心は、火なり。些かの天地の閒の風氣を著[もち]いて之に乘せば、便ち須く燥を發すべし。肝は、木なり。些かの天地の閒の風氣を著いて之に乘せば、便ち須く怒を發すべし。之を推すに五藏皆然り。孟子四端を將て便ち四體と爲す。仁は便ち是れ一箇の木の氣象、惻隱の心は便ち是れ一箇の生物春底の氣象、羞惡の心は便ち是れ一箇の秋底の氣象、只一箇の去就斷割底の氣象有るは、便ち是れ義なり。之を推すに四端皆然り。此れ箇の事も、又箇の甚の安排をか著け得んや。此れ箇の道理は、牛馬血氣の類と雖も亦然り。都て恁[かくのごと]く備わり具う。只是れ形を流[し]くこと同じからず、各々形氣に隨いて、後に便ち佗の氣を昏了す。其の子其の母を愛し、母其の子を愛するが如きも、亦木底の氣象有り、又豈羞惡の心無けんや。害を避け利に就き、愛惡する所を別つが如き、一一理完し。更に獼猴[びこう]の尤も人に似るが如し。故に獸中に於て最も智巧を爲して、童昏の人見解及ばざる者多し。然れども唯人の氣のみ最も淸にして、以て輔相裁成す可し。天地位を設け、聖人能を成し、直に天地の中に行うは、三才爲る所以なり。天地は本一物、地も亦天なり。只是れ人を天地の心と爲す。是の心の動くときは、則ち分了して天を上と爲し、地を下と爲す。三才を兼ねて之を兩にす、故に六なり。

天地之氣、遠近異像、則知愈遠則愈異。至如人形有異、曾何足論!如史册有鬼國狗國、百種怪異、固亦有之。要之這箇理則一般。其必(一作有。)異者、譬如海中之蟲魚鳥獸、不啻百千萬億、卒無有同於陸上之物。雖極其異、要之只是水族而已。
【読み】
天地の氣、遠近像を異にするときは、則ち愈々遠きときは則ち愈々異なることを知る。人の形に異なること有るが如きに至っても、曾て何ぞ論ずるに足らん。史册鬼國狗國、百種の怪異有るが如き、固より亦之れ有り。之を要するに這箇の理は則ち一般なり。其の必ず(一に有に作る。)異なる者は、譬えば海中の蟲魚鳥獸、啻[ただ]百千萬億のみならじとも、卒に陸上の物に同じきこと有ること無きが如し。其の異を極むと雖も、之を要するに只是れ水族なるのみ。

天地之中、理必相直、則四邊當有空闕處。空闕處如何、地之下豈無天。今所謂地者、特於(一作爲。)天中一物爾。如雲氣之聚。以其久而不散也、故爲對。凡地動者、只是氣動。凡所指地者、(一作損缺處。)只是土。土亦一物爾。不可言地。更須要知坤元承天、是地之道也。
【読み】
天地の中、理必ず相直[あ]たるときは、則ち四邊當に空闕する處有るべし。空闕する處如何となれば、地の下に豈天無けんや。今謂う所の地とは、特り天の中に於て(一に爲に作る。)一物なるのみ。雲氣の聚まるが如し。其の久しくして散ぜざるを以て、故に對を爲す。凡そ地動くは、只是れ氣動くなり。凡そ指す所の地は、(一に損缺する處に作る。)只是れ土。土も亦一物なるのみ。地と言う可からず。更に須く坤元天を承くるは、是れ地の道なるを知ることを要すべし。

古者百畝、今四十一畝餘。若以土地計之、所收似不足以供九人之食。曰百畝九人固不足、通天下計之則亦可。家有九人、只十六已別受田、其餘皆老少也。故可供。有不足者、又有補助之政、又有郷黨賙捄之義、故亦可足。
【読み】
古の百畝は、今四十一畝餘。若し土地を以て之を計れば、收むる所以て九人の食に供するに足らざるに似れり。百畝九人と曰うは固に足らざれども、天下を通じて之を計れば則ち亦可なり。家に九人有れども、只十六なれば已に別に田を受け、其の餘は皆老少なり。故に供す可けん。足らざる者有れば、又補助の政有り、又郷黨賙捄[しゅうきゅう]の義有り。故に亦足る可けん。

後世雖有作者、虞帝不可及也。猶之田也。其初開荒蒔種甚盛、以次遂漸薄。虞帝當其盛時故也。其閒有如夏衰、殷衰、周衰。有盛則有衰。又是其閒之盛衰、推之後世皆若是也。如一樹、方其榮時、亦有發生、亦有彫謝、桑楡旣衰矣、亦有發生、亦有彫謝、又如一歲之中、四時之氣已有盛衰、一時之中又有盛衰。推之至如一辰、須有辰初・辰正・辰末之差也。今言天下之盛衰、又且只據書傳所有、聞見所及。天地之廣、其氣不齊、又安可計。譬之一國有幾家、一家有幾人、人之盛衰休戚未有齊者。姓之所以蕃庶者、由受姓之祖、其流之盛也。
【読み】
後世作者有りと雖も、虞帝には及ぶ可からざるなり。猶之の田のごとし。其の初め荒を開き種を蒔くこと甚だ盛んにして、次を以て遂に漸く薄し。虞帝は其の盛んなる時に當たる故なり。其の閒に夏衰え、殷衰え、周衰えるが如き有り。盛有れば則ち衰有り。又是れ其の閒の盛衰、之を後世に推すに皆是の若し。一樹、其の榮ずる時に方りて、亦發生有り、亦彫謝有り、桑楡旣に衰えども、亦發生有り、亦彫謝有るが如くに、又一歲の中、四時の氣已に盛衰有り、一時の中又盛衰有るが如し。之を推すに一辰の如きに至りても、須く辰初・辰正・辰末の差有るべし。今天下の盛衰を言えば、又且只書傳に有る所、聞見の及ぶ所に據るのみ。天地の廣、其の氣齊しからず、又安んぞ計る可けんや。之を譬うるに一國に幾家有り、一家に幾人有るとも、人の盛衰休戚未だ齊しき者有らず。姓の蕃庶なる所以は、姓を受くるの祖、其の流の盛んなるに由ればなり。

内則謂請靧請浴之類、雖古人謹禮、恐不如是之煩。
【読み】
内則に謂ゆる靧[かい]を請い浴を請うの類、古人禮を謹むと雖も、恐らくは是の如く煩わしからず。

古人乘車、車中不内顧、不親指、不遠視、行則鳴環佩、在車則聞和鸞、式則視馬尾、自然有箇君子大人氣象。自五胡亂華以來、惟知鞍馬爲便利、雖萬乘之尊、猶執鞭上馬。執鞭非貴人事。
【読み】
古人車に乘るに、車中にては内に顧みず、親しく指さず、遠く視ず、行くときは則ち環佩を鳴らし、車に在るときは則ち和鸞を聞き、式するときは則ち馬尾を視、自然に箇の君子大人の氣象有り。五胡華を亂して自り以來、惟鞍馬の便利爲ることを知って、萬乘の尊と雖も、猶鞭を執って馬に上る。鞭を執るは貴人の事に非ず。

使人謂之啞御史猶可。且只是格君心。
【読み】
人をして之を啞御史と謂うも猶可なり。且只是れ君の心を格すのみ。

正叔嘗爲葬說、有五事相地。須使異日決不爲路、不置城郭、不爲溝渠、不爲貴人所奪、不致耕犁所及。此大要也。其穴之次、設如尊穴南向北首、陪葬者前爲兩列、亦須北首、各於其穴安夫婦之位。坐於堂上、則男東而女西、臥於室中、則男外而女内也。推此爲法觀之。葬、須爲坎室爲安。若直下便以土實之、則許大一塊虛土、壓底四向、流水必趨土虛處、大不便也。且棺椁雖堅、恐不能勝許多土頭、有失比化者無使土親膚之義。
【読み】
正叔嘗て葬說を爲りて、五事の地を相[み]る有り。須く異日決して路と爲らず、城郭を置かず、溝渠と爲らず、貴人の爲に奪われず、耕犁の及ぶ所を致さざらしむべし、と。此れ大要なり。其の穴の次、設[も]し尊穴の如きは南向北首して、陪葬の者前に兩列と爲り、亦須く北首すべく、各々其の穴に於て夫婦の位を安んず。堂上に坐するときは、則ち男は東にして女は西、室中に臥すときは、則ち男は外にして女は内なり。此を推して法と爲して之を觀よ。葬は、須く坎室を爲りて安んずることを爲すべし。若し直下に便ち土を以て之を實てば、則ち許大の一塊虛土、底を壓[お]して四向し、流水必ず土の虛しき處に趨き、大いに便ならじ。且つ棺椁堅しと雖も、恐らくは許多の土頭に勝ること能わずして、化する者の比[ため]に土をして膚に親づかしむること無しという義を失すること有らん。

心所感通者、只是理也。知天下事有卽有、無卽無、無古今前後。至如夢寐皆無形、只是有此理。若言涉於形聲之類、則是氣也。物生則氣聚、死則散而歸盡。有聲則須是口、旣觸則須是身。其質旣壞、又安得有此。乃知無此理。便不可信。
【読み】
心の感通する所の者は、只是れ理なり。知んぬ、天下の事有なれば卽ち有、無なれば卽無、古今前後無し。夢寐の如きに至るまで皆形無くして、只是れ此の理有るのみ。形聲に涉ると言う類の若きは、則ち是れ氣なり。物生ずるときは則ち氣聚まり、死するときは則ち散じて歸り盡く。聲有らば則ち須く是れ口なるべく、旣に觸れば則ち須く是れ身なるべし。其の質旣に壞れば、又安んぞ此れ有ることを得ん。乃ち此の理無きことを知る。便ち信ずる可らかず。

草木、土在下、因升降而食土氣。動物却土在中、脾在内也。非土則無由生。
【読み】
草木は、土下に在り、升降に因りて土氣を食す。動物は却って土中に在り、脾内に在るなり。土に非ざれば則ち由りて生ずること無し。

禮言、惟天地之祭爲越紼而行事。此事難行。旣言越紼、則是猶在殯宮、於時無由致得齋。又安能脫喪服衣祭服。此皆難行。縱天地之祀爲不可廢、只(一作則。)消使冢宰攝爾。昔者英宗初卽位、有人以此問。先生答曰、古人居喪、百事皆(此有闕字。)如常。特於祭祀廢之、則不若無廢爲愈也。子厚正之曰、父在爲母喪、則不敢見其父、不敢以非禮見也。今天子爲父之喪、以此見上帝、是以非禮見上帝也。故不如無祭。
【読み】
禮に言く、惟天地の祭は紼を越えて事を行うことを爲す、と。此の事行い難し。旣に紼を越えると言うときは、則ち是れ猶殯宮に在り、時に齋を致し得るに由無し。又安んぞ能く喪服を脫いで祭服を衣ん。此れ皆行い難し。縱[たと]い天地の祀廢す可からずとせば、只(一に則に作る。)冢宰をして攝せしむ消[べき]のみ。昔英宗初めて位に卽くとき、人有り此を以て問う。先生答えて曰く、古人の喪に居る、百事皆(此に闕字有らん。)常の如し。特祭祀に於て之を廢せば、則ち廢すること無きの愈れりと爲すには若かず、と。子厚之を正して曰く、父在して母の喪を爲すときは、則ち敢えて其の父に見えず、敢えて非禮を以て見えず、と。今天子父の喪を爲して、此を以て上帝に見えば、是れ非禮を以て上帝に見ゆるなり。故に祭ること無きに如かず、と。

萬物皆備於我、此通人物而言。禽獸與人絕相似、只是不能推。然禽獸之性卻自然、不待學、不待敎。如營巢養子之類是也。人雖是靈、却椓喪處極多。只有一件、嬰兒飮乳是自然、非學也。其佗皆誘之也。欲得人家嬰兒善、且自小不要引佗、留佗眞性。待他自然。亦須完得些本性須別也。
【読み】
萬物皆我に備わるというは、此れ人物に通じて言えり。禽獸は人と絕[はなは]だ相似れども、只是れ推すこと能わず。然も禽獸の性は卻って自然にて、學を待たず、敎を待たず。巢を營み子を養うの類の如き是れなり。人は是れ靈なりと雖も、却って椓喪する處極めて多し。只一件、嬰兒の乳を飮むこと有るは是れ自然にして、學に非ざるなり。其の佗は皆之を誘うなり。人家嬰兒の善を得んことを欲せば、且小より佗を引き佗を留めることを要せず。眞性は他の自然を待つ。亦須く些の本性を完うし得べく須く別つべし。

勿謂小兒無記性。所歷事皆能不忘。故善養子者、當其嬰孩、鞠之使得所養、全其和氣、乃至長而性美、敎之示以好惡有常。至如養犬者、不欲其升堂、則時其升堂而扑之。若旣扑其升堂、又復食之於堂、則使孰從。雖日撻而求其不升、不可得也。養異類且爾。況人乎。故養正者、聖人也。
【読み】
謂うこと勿かれ、小兒記性無し、と。歷る所の事は皆能く忘れず。故に善く子を養う者は、其の嬰孩に當たって、之を鞠[やしな]うに養う所を得せしめて、其の和氣を全くし、乃ち長じて性の美なるに至りて、之に敎うるに示すに好惡常有るを以てす。犬を養う者の如きに至っては、其の堂に升ることを欲せざるときは、則ち其の堂に升るを時[うかが]って之を扑[う]つ。若し旣に其の堂に升るを扑ちて、又復之を堂に食ましめば、則ち孰か從わしめん。日に撻[むちう]ちて其の升らざらんことを求むと雖も、得可からざるなり。異類を養うこと且つ爾り。況んや人をや。故に養い正しき者は、聖人なり。

極、須爲天下之中。天地之中、理必相直。今人所定天體、只是且以眼定視、所極處不見、遂以爲盡。然向曾有於海上見南極下有大星十、則今所見天體蓋未定。雖似不可窮、然以土圭之法驗之、日月升降不過三萬里中。故以尺五之表測之、每一寸當一千里。然而中國只到鄯善・莎車、已是一萬五千里。若就彼觀日、尙只是三萬里中也。天下之或寒或煖、只緣地形高下。如屋陰則寒、屋陽則燠。不可言於此所寒矣。屋之西北又益寒。伯淳在澤州、嘗三次食韭黃。始食懷州韭、次食澤州、又次食并州、則知數百里閒氣候爭三月矣。若都以此差之、則須爭半歲。如是、則有在此冬至、在彼夏至者。雖然、又沒此事。只是一般爲冬爲夏而已。
【読み】
極は、須く天下の中と爲すべし。天地の中、理必ず相直たる。今の人定むる所の天の體は、只是れ且眼を以て定め視て、極むる所の處を見ずして、遂に以て盡くすと爲す。然も向[さき]に曾て海上に於て南極の下に大星十有るを見ること有るときは、則ち今見る所の天の體は蓋し未だ定まらず。窮む可からざるに似れりと雖も、然れども土圭の法を以て之を驗みるに、日月の升降は三萬里の中に過ぎず。故に尺五の表を以て之を測るに、一寸每に一千里に當たる。然れども中國は只鄯善・莎車に到りて、已に是れ一萬五千里なり。若し彼に就いて日を觀れば、尙只是れ三萬里の中なり。天下の或は寒く或は煖かきは、只地形の高下に緣るのみ。屋陰は則ち寒く、屋陽は則ち燠[あたた]かなるが如し。此に於て寒き所と言う可からず。屋の西北も又益々寒し。伯淳澤州に在り、嘗て三次韭黃を食う。始め懷州の韭を食い、次に澤州を食い、又次に并州を食うときは、則ち知んぬ、數百里の閒氣候三月を爭[へだ]てることを。若し都て此を以て之に差わば、則ち須く半歲を爭てるべし。是の如きときは、則ち此に在りて冬至り、彼に在りて夏至る者有らん。然りと雖も、又此の事沒[な]し。只是れ一般に冬爲り夏爲るのみ。

貴姓子弟於飮食玩好之物之類、直是一生將身伏事不懈。如管城之陳醋瓶、洛中之史畫匣是也。更有甚事。伯淳與君實嘗同觀史畫、猶能題品奈煩。伯淳問君實、能如此與佗畫否。君實曰、自家一箇身、猶不能事持得、更有甚工夫到此。
【読み】
貴姓の子弟飮食玩好の物の類に於て、直に是れ一生身を將て伏事すること懈らず。管城の陳醋瓶、洛中の史畫匣の如き是れなり。更に甚事か有らん。伯淳と君實と嘗て同じく史畫を觀るに、猶能く題品煩わしきを奈[た]う。伯淳君實に問う、能く此の如く佗と畫せんや否や、と。君實曰く、自家一箇の身すら、猶持得することを事とすること能わず、更に甚の工夫有ってか此に到らん、と。

電者陰陽相軋、雷者陰陽相擊也。軋者如石相磨而火光出者、電便有雷擊者是(一作甚。)也。或傳京師少聞雷。恐是地有高下也。
【読み】
電は陰陽相軋るなり、雷は陰陽相擊つなり。軋るとは石相磨して火光出づるが如き者、電すれば便ち雷擊つこと有る者是れなり(一に甚に作る。)。或るひと傳う、京師雷を聞くこと少なし、と。恐らくは是れ地に高下有ればならん。

神農作本草。古傳一日食藥七十死。非也。若小毒、亦不當嘗。若大毒、一嘗而死矣。安得生。其所以得知者、自然視色嗅味、知得是甚氣、作此藥便可攻此病。須是學至此、則知自至此。
【読み】
神農本草を作る。古に傳う、一日藥を食い七十にして死す、と。非なり。若し小毒ならば、亦當に嘗むべからず。若し大毒ならば、一たび嘗めて死せん。安んぞ生きることを得ん。其の知ることを得る所以は、自然に色を視味を嗅いで、是れ甚の氣ということを知り得て、此の藥は便ち此の病を攻む可しと作す。須く是れ學此に至らば、則ち知も自づから此に至るべし。

或以謂原壤之爲人、敢慢聖人、及母死而歌。疑是莊周。非也。只是一箇郷里粗鄙人、不識義理。觀夫子責之辭、可以見其爲人也。(一本此下云、若是莊周、夫子亦不敢叩之責之、適足以啓其不遜爾。彼亦必須有答。)
【読み】
或るひと以謂えらく、原壤が爲人、敢えて聖人を慢り、及び母死して歌う。疑うらくは是れ莊周か、と。非なり。只是れ一箇の郷里粗鄙の人、義理を識らず。夫子責むるの辭を觀て、以て其の爲人を見る可し。(一本に此の下に云う、若し是れ莊周ならば、夫子も亦敢えて之を叩かず之を責めず、適に以て其の不遜を啓くに足らんのみ。彼も亦必ず須く答えること有るべし、と。)

古人適異方死、不必歸葬故里。如季子是也。其言骨肉歸於土。若夫魂氣、則無不之也。然觀季子所處、要之非知禮者也。
【読み】
古人異方に適きて死なば、必ずしも故里に歸葬せず。季子が如き是れなり。其れ言うこころは、骨肉は土に歸す。夫の魂氣の若きは、則ち之かざること無し。然れども季子が處する所を觀るに、之を要するに禮を知る者に非ざるなり。

古人之法、必犯大惡則焚其屍。今風俗之弊、遂以爲禮、雖孝子慈孫、亦不以爲異。更是公方明立條貫、元不爲禁。如言軍人出戍、許令燒焚、將骨殖歸、又言郊壇須三里外方得燒人、則是別有焚屍之法。此事只是習慣、便不以爲事。今有狂夫醉人、妄以其先人棺櫬一彈、則便以爲深讐巨怨。及親拽其親而納之火中、則略不以爲怪。可不哀哉。
【読み】
古人の法、必ず大惡を犯せば則ち其の屍を焚く。今風俗の弊、遂に以て禮と爲して、孝子慈孫と雖も、亦以て異と爲さず。更に是れ公方明條貫を立て、元より禁を爲さず。軍人出戍すれば、燒焚して、骨を將て殖歸せしむることを許すと言い、又郊壇須く三里の外方に人を燒くことを得べしと言うが如くなるときは、則ち是れ別に屍を焚くの法有らん。此の事は只是れ習い慣れて、便ち以て事と爲さず。今狂夫醉人有りて、妄りに其の先人の棺櫬[かんしん]を以て一彈せば、則便ち以て深讐巨怨と爲さん。親ら其の親を拽いて之を火中に納るるに及んでは、則ち略以て怪と爲さず。哀しまざる可けんや。

英宗欲改葬西陵。當是時、潞公對以禍福、遂止。其語雖若詭對、要之却濟事。
【読み】
英宗西陵に改葬せんと欲す。是の時に當たりて、潞公對うるに禍福を以てして、遂に止む。其の語詭り對うるが若しと雖も、之を要するに却って事を濟う。

父子異宮者、爲命士以上、愈貴則愈嚴、故父子異宮。猶今有逐位、非如異居也。
【読み】
父子宮を異にする者は、命士以上、愈々貴きときは則ち愈々嚴なるが爲に、故に父子宮を異にす。猶今逐位有るがごとき、異居の如きには非ざるなり。

参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)