二程全書卷之五  遺書二先生語四

游定夫所錄

善言治天下者、不患法度之不立、而患人材之不成。善修身(一作善言人材。)者、不患器質之不美、而患師學之不明。人材不成、雖有良法美意、孰與行之。師學不明、雖有受道之質、孰與成之。
【読み】
善く天下を治むることを言う者は、法度の立たざることを患えずして、人材の成らざることを患う。善く身を修むる(一に善く人材を言うに作る。)者は、器質の美ならざることを患えずして、師學の明らかならざることを患う。人材成らざれば、良法美意有りと雖も、孰と與にか之を行わん。師學明らかならざれば、道を受くるの質有りと雖も、孰と與にか之を成さん。

行之失、莫甚於惡、則亦改之而已矣。事之失、莫甚於亂、則亦治之而已矣。苟非自暴自棄者、孰不可與爲君子。
【読み】
行の失、惡に甚だしきこと莫きは、則ち亦之を改めんのみ。事の失、亂に甚だしきこと莫きは、則ち亦之を治めんのみ。苟も自暴自棄の者に非ずんば、孰か與に君子爲る可からざらん。

人有習他經、旣而舍之、習戴記。問其故。曰、決科之利也。先生曰、汝之是心、已不可入於堯・舜之道矣。夫子貢之高識、曷嘗規規於貨利哉。特於豐約之閒、不能無留情耳。且貧富有命。彼乃留情於其閒、多見其不信道也。故聖人謂之不受命。有志於道者、要當去此心而後可語也。(一本云、明道知扶溝縣事、伊川侍行。謝顯道將歸應舉。伊川曰、何不止試於太學。顯道對曰、蔡人鮮習禮記、決科之利也。先生云云。顯道乃止。是歲登第。注云、尹子言其詳如此。)
【読み】
人他の經を習うこと有り、旣にして之を舍て、戴記を習う。其の故を問う。曰く、決科の利あり、と。先生曰く、汝の是の心は、已に堯・舜の道に入る可からず。夫の子貢の高識、曷ぞ嘗て貨利に規規たらんや。特豐約の閒に於て、情を留むること無きこと能わざるのみ。且つ貧富命有り。彼れ乃ち情を其の閒に留め、多[まさ]に其の道を信ぜざることを見[しめ]す。故に聖人之を命を受けずと謂えり。道に志有る者は、當に此の心を去るべきことを要して而して後に語る可し、と。(一本に云う、明道扶溝縣の事に知たるとき、伊川侍し行く。謝顯道將に歸りて舉に應ぜんとす。伊川曰く、何ぞ試を太學に止めざる、と。顯道對えて曰く、蔡人禮記を習うこと鮮きは、決科の利あり、と。先生云云。顯道乃ち止む。是の歲登第す、と。注に云う、尹子の言其の詳らかなること此の如し、と。)

先生不好佛語。或曰、佛之道是也、其跡非也。曰、所謂跡者、果不出於道乎。然吾所攻、其跡耳。其道、則吾不知也。使其道不合於先王、固不願學也。如其合於先王、則求之六經足矣。奚必佛。
【読み】
先生佛語を好まず。或るひと曰く、佛が道は是なり、其の跡は非なり、と。曰く、謂う所の跡とは、果たして道に出でざるか。然も吾が攻むる所は、其の跡のみ。其の道は、則ち吾れ知らざるなり。其の道をして先王に合わざらしめば、固に學ぶことを願わず。如し其れ先王に合わば、則ち之を六經に求めて足れり。奚ぞ佛を必とせん、と。

漢儒之中、吾必以楊子爲賢。然於出處之際、不能無過也。其言曰、明哲煌煌、旁燭無疆。孫于不虞、以保天命。孫于不虞則有之、旁燭無疆則未也。光武之興、使雄不死、能免誅乎。觀於朱泚之事可見矣。古之所謂言遜者、迫不得已。如劇秦美新之類。非得已者乎。
【読み】
漢儒の中、吾れ必ず楊子を以て賢と爲す。然れども出處の際に於て、過ち無きこと能わざるなり。其の言に曰く、明哲煌煌として、旁く無疆を燭[て]らす。不虞に孫[しりぞ]きて、以て天命を保んず、と。不虞に孫くことは則ち之れ有り、旁く無疆を燭らすことは則ち未だし。光武の興る、雄をして死せざらしめば、能く誅を免れんや。朱泚が事を觀て見る可し。古の所謂遜くと言う者は、迫りて已むことを得ざればなり。劇秦美新の類の如し。已むことを得るに非ざる者か。

天下之習、皆緣世變。秦以棄儒術而亡不旋踵。故漢興、頗知尊顯經術、而天下厭之。故有東晉之放曠。
【読み】
天下の習は、皆世に緣りて變ず。秦儒術を棄つるを以て亡ぶること踵を旋らさず。故に漢興りて、頗る經術を尊顯することを知れども、天下之を厭う。故に東晉の放曠有り。

人有語導氣者、問先生曰、君亦有術乎。曰、吾嘗夏葛而冬裘、飢食而渴飮、節嗜欲、定心氣。如斯而已矣。
【読み】
人に導氣を語る者有り。先生に問いて曰く、君も亦術有りや、と。曰く、吾れ嘗て夏に葛して冬に裘し、飢うれば食いて渴すれば飮み、嗜欲を節し、心氣を定む。斯くの如きのみ、と。

世有以讀書爲文爲藝者。曰、爲文謂之藝、猶之可也。讀書謂之藝、則求諸書者淺矣。
【読み】
世に書を讀み文を爲るを以て藝とする者有り。曰く、文を爲る之を藝と謂うは、猶之れ可なり。書を讀む之を藝と謂うは、則ち書に求むる者淺し、と。

萬物本乎天、人本乎祖。故冬至祭天而祖配之。以冬至者、氣至之始故也。萬物成形於地、而人成形於父。故以季秋享帝而父配之。以季秋者、物成之時故也。
【読み】
萬物は天に本づき、人は祖に本づく。故に冬至に天を祭りて祖之に配す。冬至を以てする者は、氣至るの始めなる故なり。萬物は形を地に成して、人は形を父に成す。故に季秋を以て帝を享して父之に配す。季秋を以てする者は、物成すの時なる故なり。

世之信道篤而不惑異端者、洛之堯夫・秦之子厚而已。
【読み】
世の道を信ずること篤くして異端に惑わざる者は、洛の堯夫・秦の子厚のみ。

孟子之時、去先王爲未遠。其學比後世爲尤詳。又載籍未經秦火。然而班爵祿之制、已不聞其詳。今之禮書、皆掇拾於煨燼之餘、而多出於漢儒一時之傅會。奈何欲盡信而句爲之解乎。然則其事固不可一二追復矣。明道。
【読み】
孟子の時は、先王を去ること未だ遠からずと爲す。其の學は後世に比すれば尤も詳らかなりと爲す。又載籍未だ秦火を經ず。然れども爵祿を班けるの制、已に其の詳らかなることを聞かず。今の禮書は、皆煨燼の餘に掇拾して、多く漢儒一時の傅會に出づ。奈何ぞ盡く信じて句ごとに之が解をすることを欲せんや。然らば則ち其の事固に一二追復す可からず。明道。

人必有仁義之心、然後仁與義之氣睟然達於外。故不得於心、勿求於氣可也。明道。
【読み】
人必ず仁義の心有りて、然して後に仁と義との氣睟然として外に達す。故に心に得ざれば、氣に求むること勿くして可なり。明道。

君子之敎人、或引之、或拒之、各因其所虧者、成之而已。孟子之不受曹交、以交未嘗知道固在我而不在人也。故使歸而求之。
【読み】
君子の人を敎うる、或は之を引き、或は之を拒み、各々其の虧く所の者に因りて、之を成すのみ。孟子の曹交を受けざるは、交は未だ嘗て道を知らず固に我に在りて人に在らざるを以てなり。故に歸りて之を求めしむ。

孟子論三代之學、其名與王制所記不同。恐漢儒所記未必是也。
【読み】
孟子三代の學を論ずる、其の名王制に記する所と同じからず。恐らくは漢儒記する所未だ必ずしも是ならざるなり。

象憂亦憂、象喜亦喜。蓋天理人情、於是爲至。舜之於象、周公之於管叔、其用心一也。夫管叔未嘗有惡也、使周公逆知其將畔、果何心哉。惟其管叔之畔、非周公所能知也、則其過有所不免矣。故孟子曰、周公之過、不亦宜乎。
【読み】
象憂えば亦憂え、象喜べば亦喜ぶ。蓋し天理人情、是に於て至れりと爲す。舜の象に於る、周公の管叔に於る、其の心を用うること一なり。夫れ管叔は未だ嘗て惡有らず、周公をして逆[あらかじ]め其の將に畔かんとするを知らしむるは、果たして何の心ぞや。惟其れ管叔が畔くは、周公の能く知る所に非ざれば、則ち其の過免れざる所有り。故に孟子曰く、周公の過、亦宜ならずや、と。

孟子言舜完廩浚井之說、恐未必有此事。論其理而已。堯在上而使百官事舜於畎畝之中。豈容象得以殺兄、而使二嫂治其棲乎。學孟子者、以意逆志可也。
【読み】
孟子舜廩を完[おさ]め井を浚[ふか]くするの說を言うは、恐らくは未だ必ずしも此の事有らず。其の理を論ずるのみ。堯上に在して百官をして舜に畎畝の中に事えしむ。豈容に象以て兄を殺して、二嫂をして其の棲を治めしむることを得べけんや。孟子を學ぶ者、意を以て志を逆[むか]えて可なり。

或謂佛之理比孔子爲徑。曰、天下果有徑理、則仲尼豈欲使學者迂遠而難至乎。故外仲尼之道而由徑、則是冒險阻、犯荆棘而已。侍講。
【読み】
或るひと謂く、佛の理は孔子に比するに徑と爲す、と。曰く、天下果たして徑理有らば、則ち仲尼豈學者をして迂遠にして至り難からしむることを欲せんや。故に仲尼の道を外にして徑に由るは、則ち是れ險阻を冒し、荆棘を犯すのみ、と。侍講。

窮經、將以致用也。如誦詩三百、授之以政不達、使於四方、不能專對、雖多亦奚以爲。今世之號爲窮經者、果能達於政事專對之閒乎。則其所謂窮經者、章句之末耳。此學者之大患也。
【読み】
經を窮むるは、將に以て用を致さんとするなり。詩三百を誦して、之を授くるに政を以てすれども達せず、四方に使えして、專[ひとり]對うること能わず、多しと雖も亦奚ぞ以てせんというが如し。今の世の號して經を窮むとする者、果たして能く政事專對の閒に達せんや。則ち其の所謂經を窮むという者は、章句の末のみ。此れ學者の大患なり。

問、我於辭命則不能、恐非孟子語。蓋自謂不能辭命、則以善言德行自居矣。恐君子或不然。曰、然。孔子兼之、而自謂不能者、使學者務本而已。明道。
【読み】
問う、我れ辭命に於ては則ち能わずというは、恐らくは孟子の語に非ず。蓋し自ら辭命すること能わずと謂うときは、則ち善言德行を以て自居す。恐らくは君子或は然らじ、と。曰く、然り。孔子之を兼ねて、自ら能わずと謂う者は、學者をして本を務めしむるのみ、と。明道。

孟子曰、事親若曾子可也。吾以謂事君若周公可也。蓋子之事父、臣之事君、聞有自知其不足者矣。未聞其爲有餘也。周公之功固大矣。然臣子之分所當爲也。安得獨用天子之禮乎。其因襲之弊、遂使季氏僭八佾、三家僭雍徹。故仲尼論而非之、以謂周公其衰矣。侍講。
【読み】
孟子曰く、親に事えること曾子の若くせば可なり、と。吾れ以謂えらく、君に事えること周公の若くせば可なり、と。蓋し子の父に事え、臣の君に事えるは、自ら其の足らざることを知ること有る者を聞く。未だ其の餘有りとすることを聞かざるなり。周公の功は固に大なり。然れども臣子の分の當にすべき所なり。安んぞ獨り天子の禮を用うることを得んや。其の因襲の弊、遂に季氏をして八佾を僭し、三家をして雍徹を僭せしむ。故に仲尼論じて之を非って、以て周公其れ衰えたるかなと謂えり。侍講。

師保之任、古人難之。故召公不說者、不敢安於保也。周公作書以勉之。以爲在昔人君所以致治者、皆賴其臣而使。召公謀所以裕己也。
【読み】
師保の任は、古人之を難しとす。故に召公說ばざる者は、敢えて保に安んぜざればなり。周公書を作り以て之を勉む。以爲えらく、在昔人君治を致す所以の者は、皆其の臣に賴ってせしむ。召公の謀は己を裕かにする所以ならん、と。

復子明辟、如稱告嗣天子王矣。
【読み】
子明辟に復[もう]すとは、嗣ぐ天子王に告[もう]すと稱するが如し。

工尹商陽自謂、朝不坐、宴不與、殺三人足以反命。慢君莫甚焉。安在爲有禮。夫君子立乎人之本朝、則當引其君於道、志於仁而後已。彼商陽者士卒耳。惟當致力於君命。而乃行私情於其閒。孔子蓋不與也。所謂殺人之中又有禮焉者、疑記者謬。
【読み】
工尹商陽自ら謂う、朝に坐せず、宴に與らず、三人を殺して以て反命するに足れり、と。君を慢ること焉より甚だしきは莫し。安んぞ禮有りとするに在らん。夫れ君子人の本朝に立つときは、則ち當に其の君を道に引き、仁に志して而して後に已む。彼の商陽は士卒なるのみ。惟當に力を君命に致すべし。而るに乃ち私情を其の閒に行う。孔子蓋し與せざるなり。所謂人を殺すの中に又禮有りというは、疑うらくは記者の謬りならん。

盟可用也。要之則不可。故孔子與蒲人盟而適衛者、特行其本情耳。蓋與之盟與未嘗盟同。故孔子適衛無疑。使要盟而可用、則(一作與。)賣國背君亦可要矣。
【読み】
盟は用う可きなり。之を要することは則ち不可なり。故に孔子蒲人と盟いて衛に適く者は、特其の本情を行うのみ。蓋し之と盟うと未だ嘗て盟わざると同じ。故に孔子衛に適くこと疑い無し。盟を要して用う可からしめば、則ち(一に與に作る。)國を賣り君に背くことも亦要す可し。

不知天、則於人之愚智賢否有所不能知、雖知之有所不盡。故思知人不可以不知天。不知人、則所親者或非其人、所由者或非其道、而辱身危親者有之。故思事親不可不知人。故堯之親九族、亦明俊德之人爲先。蓋有天下者、以知人爲難、以親賢爲急。
【読み】
天を知らざるときは、則ち人の愚智賢否に於て知ること能わざる所有り、之を知ると雖も盡くさざる所有り。故に人を知らんと思わば以て天を知らずんばある可からず。人を知らざるときは、則ち親しむ所の者或は其の人に非ず、由る所の者或は其の道に非ずして、身を辱め親を危うくする者之れ有らん。故に親に事えんと思わば人を知らずんばある可からず。故に堯は九族を親しみ、亦俊德を明らかにする人を先と爲す。蓋し天下を有つ者は、人を知るを以て難しと爲し、賢を親しむを以て急と爲す。

二南之詩、蓋聖人取之以爲天下國家之法、使邦家郷人皆得歌詠之也。有天下國家者、未有不自齊家始。先言后妃、次言夫人、又次言大夫妻。而古之人有能修之身以化在位者、文王是也。故繼之以文王之詩。關雎詩所謂窈窕淑女、卽后妃也。故序以爲配君子。所謂樂而不淫、哀而不傷、蓋關雎之義如此。非謂后妃之心爲然也。
【読み】
二南の詩は、蓋し聖人之を取りて以て天下國家の法と爲し、邦家郷人をして皆之を歌詠することを得せしむ。天下國家を有つ者は、未だ家を齊うる自り始まらずんば有らず。先づ后妃を言いて、次に夫人を言い、又次に大夫の妻を言う。而して古の人能く之を身に修めて化を以て位に在る者有り、文王是れなり。故に之に繼ぐに文王の詩を以てす。關雎の詩に謂う所の窈窕[ようちょう]たる淑女とは、卽ち后妃なり。故に序に以て君子に配すとす。謂う所の樂しみて淫せず、哀しみて傷らずとは、蓋し關雎の義此の如し。后妃の心然りとすと謂うには非ず。

安定之門人往往知稽古愛民矣。則於爲政也何有。
【読み】
安定の門人往往に古を稽[かんが]え民を愛することを知る。則ち政を爲むるに於て何か有らん。

古者郷田同井、而民之出入相友。故無爭鬭之獄。今之郡邑之訟、往往出於愚民、以戾氣相搆。善爲政者勿聽焉可也。又時取強暴而好譏侮者痛懲之、則柔良者安、鬭訟可息矣。(昭遠本連上一段。)
【読み】
古は郷田井を同じくして、民の出入相友にす。故に爭鬭の獄無し。今の郡邑の訟は、往往に愚民、戾氣を以て相搆うに出づ。善く政を爲むる者は聽くこと勿くして可なり。又時に強暴にして好んで譏侮する者を取えて之を痛く懲らすときは、則ち柔良なる者は安んじ、鬭訟息む可し。(昭遠本上の一段に連ぬる。)

君子之遇事、無巨細、一於敬而已。簡細故以自祟、非敬也。飾私智以爲奇、非敬也。要之、無敢慢而已。語曰、居處恭、執事敬、雖之夷狄、不可棄也。然則執事敬者、固爲仁之端也。推是心而成之、則篤恭而天下平矣。
【読み】
君子の事に遇する、巨細と無く、敬に一なるのみ。細故を簡[えら]んで以て自ら祟るは、敬に非ざるなり。私智を飾って以て奇と爲すは、敬に非ざるなり。之を要するに、敢えて慢ること無きのみ。語に曰く、居處恭しく、事を執るに敬すること、夷狄に之くと雖も、棄つ可からず、と。然らば則ち事を執るに敬する者は、固に仁の端を爲すなり。是の心を推して之を成さば、則ち篤恭にして天下平らかならん。

士之所難者、在有諸己而已。能有諸己、則居之安、資之深、而美且大可以馴致矣。徒知可欲之善、而若存若亡而已、則能不受變於俗者鮮矣。
【読み】
士の難ずる所の者は、諸を己に有するに在るのみ。能く諸を己に有せば、則ち之に居ること安く、之に資ること深くして、美にして且つ大にして以て馴致す可し。徒に欲す可きの善を知っても、而れども存するが若く亡するが若くなるのみなるときは、則ち能く俗に變ぜらることを受けざる者鮮し。

馮道更相數主、皆其讐也。安定以爲當五代之季、生民不至於肝腦塗地者、道有力焉、雖事讐無傷也。荀彧佐曹操誅伐、而卒死於操。君實以爲東漢之衰、彧與攸視天下無足與安劉氏者。惟操爲可依。故俯首從之。方是時、未知操有他志也。君子曰、在道爲不忠、在彧爲不智。如以爲事固有輕重之權、吾方以天下爲心、未暇恤人議己也、則枉己者未有能直人者也。
【読み】
馮道の更々數主に相たる、皆其の讐なり。安定以爲えらく、五代の季に當たりて、生民肝腦地に塗るるに至らざる者は、道に力め有り、讐に事えると雖も傷ること無ければなり、と。荀彧曹操を佐けて誅伐して、卒に操に死す。君實以爲えらく、東漢の衰え、彧と攸と天下を視るに與に劉氏を安んずるに足る者無し。惟り操を依る可しと爲す。故に首を俯して之に從う。是の時に方りて、未だ操に他の志有ることを知らざればなり、と。君子曰く、道に在っては不忠と爲し、彧に在っては不智と爲す。如し以て事えること固に輕重の權有り、吾れ方に天下を以て心と爲し、未だ人の己を議するを恤うるに暇あらずと爲さば、則ち己を枉ぐる者は未だ能く人を直くする者には有らざるなり、と。

世之議子雲者、多疑其投閣之事。以法言觀之、蓋未必有。又天祿閣世傳以爲高百尺、宜不可投。然子雲之罪、特不在此、黽勉於莽・賢之閒、畏死而不敢去。是安得爲大丈夫哉。
【読み】
世の子雲を議する者、多くは其の閣に投ずるの事を疑う。法言を以て之を觀るに、蓋し未だ必ずしも有らず。又天祿閣も世々傳わりて以て高さ百尺と爲れば、宜しく投ずる可からざるべし。然も子雲が罪は、特り此のみに在らず、莽・賢の閒に黽勉[びんべん]して、死を畏れて敢えて去らず。是れ安んぞ大丈夫爲ることを得んや。

公山弗擾以費叛、不以召叛人逆黨而召孔子、則其志欲遷善侮過、而未知其術耳。使孔子而不欲往、是沮人爲善也。何足以爲孔子。
【読み】
公山弗擾費を以て叛き、叛人逆黨を召ぶことを以てせずして孔子を召ぶは、則ち其の志善に遷り過を侮ゆることを欲すれども、未だ其の術を知らざるのみ。孔子をして往くことを欲せざらしめば、是れ人の善をするを沮むなり。何ぞ以て孔子とするに足らん。

道之外無物、物之外無道。是天地之閒無適而非道也。卽父子而父子在所親、卽君臣而君臣在所嚴(一作敬。)。以至爲夫婦、爲長幼、爲朋友、無所爲而非道。此道所以不可須臾離也。然則毀人倫、去四大者、其分於道也遠矣。故君子之於天下也、無適也、無莫也、義之與比。若有適有莫、則於道爲有閒。非天地之全也。彼釋氏之學、於敬以直内則有之矣。義以方外則未之有也。故滯固者入於枯槁、疏通者歸於肆恣(一作放肆。)。此佛之敎所以爲隘也。吾道則不然。率性而已。斯理也、聖人於易備言之。
【読み】
道の外に物無く、物の外に道無し。是れ天地の閒適くとして道に非ざること無きなり。父子に卽いては父子は親しむ所に在り、君臣に卽いては君臣は嚴なる(一に敬に作る。)所に在り。以て夫婦爲り、幼長爲り、朋友爲るに至るまで、爲る所として道に非ざるは無し。此れ道の須臾も離る可からざる所以なり。然らば則ち人倫を毀ち、四大を去る者、其の道に分かるや遠し。故に君子の天下に於るや、適も無く、莫も無く、義と與に比[したが]う。若し適有り莫有らば、則ち道に於て閒有りと爲す。天地の全きに非ざるなり。彼の釋氏の學は、敬以て内を直くするに於ては、則ち之れ有り。義以て外を方にするは、則ち未だ之れ有らざるなり。故に滯固なる者は枯槁に入り、疏通なる者は恣肆(一に放肆に作る。)に歸す。此れ佛の敎の隘爲る所以なり。吾が道は則ち然らず、性に率うのみ。斯の理や、聖人易に於て備[つぶさ]に之を言えり。

乾、聖人之分也。可欲之善屬焉。坤、學者之分也。有諸己之信屬焉。
【読み】
乾は、聖人の分なり。欲す可きの善焉に屬す。坤は、學者の分なり。己に有するの信焉に屬す。

仲尼言仁、未嘗兼義、獨於易曰立人之道曰仁與義。而孟子言仁必以義配。蓋仁者體也。義者用也。知義之爲用而不外焉者、可與語道矣。世之所論於義者多外之、不然則混而無別。非知仁義之說者也。
【読み】
仲尼仁を言うに、未だ嘗て義を兼ねず、獨易に於て人の道を立つるを仁と義と曰うと曰う。而るに孟子仁を言えば必ず義を以て配す。蓋し仁は體なり。義は用なり。義の用爲ることを知って焉を外にせざる者は、與に道を語る可し。世の義を論ずる所の者多くは之を外にし、然らずんば則ち混じて別つこと無し。仁義の說を知る者に非ざるなり。

門人有曰、吾與人居、視其有過而不告、則於心有所不安、告之而人不受、則奈何。曰、與之處而不告其過、非忠也。要使誠意之交通在於未言之前、則言出而人信矣。
【読み】
門人曰えること有り、吾人と居り、其の過有るを視て告げずんば、則ち心に於て安んぜざる所有り。之を告げて人受けずんば、則ち奈何、と。曰く、之と處りて其の過を告げざるは、忠に非ざるなり。誠意の交通をして未だ言わざる前に在らしむるを要めば、則ち言出でて人信ぜん、と。

剛毅木訥、質之近乎仁也。力行、學之近乎仁也。若夫至仁、則天地爲一身、而天地之閒、品物萬形爲四肢百體。夫人豈有視四肢百體而不愛者哉。聖人、仁之至也。獨能體是心而已。曷嘗支離多端而求之自外乎。故能近取譬者、仲尼所以示子貢以爲仁之方也。醫書有以手足風頑謂之四體不仁。爲其疾痛不以累其心故也。夫手足在我、而疾痛不與知焉、非不仁而何。世之忍心無恩者、其自棄亦若是而已。
【読み】
剛毅木訥は、質の仁に近きなり。力行は、學の仁に近きなり。若し夫れ至仁は、則ち天地を一身と爲して、天地の閒、品物萬形四肢百體と爲す。夫れ人豈四肢百體を視て愛せざる者有らんや。聖人は、仁の至りなり。獨能く是の心を體するのみ。曷ぞ嘗て支離多端にして之を求むること外自りせんや。故に能く近く取って譬うる者は、仲尼子貢に示して以て仁の方と爲す所以なり。醫書に手足風頑を以て之を四體不仁と謂うこと有り。其の疾痛の爲に以て其の心を累わさざる故なり。夫れ手足我に在りて、疾痛與り知らざれば、不仁に非ずして何ぞ。世の心を忍び恩を無にする者、其の自棄も亦是の若きのみ。

一物不該、非中也。一事不爲、非中也。一息不存、非中也。何哉。爲其偏而已矣。故曰、道也者、不可須臾離也。可離非道也。修此道者、戒愼乎其所不睹、恐懼乎其所不聞而已。由是而不息焉、則上天之載、無聲無臭、可以馴致也。
【読み】
一物も該[か]ねざるは、中に非ざるなり。一事も爲さざるは、中に非ざるなり。一息も存ぜざるは、中に非ざるなり。何ぞや。其の偏なるが爲なるのみ。故に曰く、道なる者は、須臾も離る可からざるなり。離る可きは道に非ざるなり、と。此の道を修むる者は、其の睹ざる所を戒め愼み、其の聞かざる所を恐れ懼るるのみ。是に由って息まざるときは、則ち上天の載は、聲も無く臭も無し、以て馴致す可きなり。

君子之於中庸也、無適而不中、則其心與中庸無異體矣。小人之於中庸、無所忌憚、則與戒愼恐懼者異矣。是其所以反中庸也。
【読み】
君子の中庸に於るや、適くとして中らざること無きときは、則ち其の心中庸と體を異にすること無し。小人の中庸に於る、忌憚する所無きときは、則ち戒愼恐懼する者と異なり。是れ其の中庸に反する所以なり。

責善之道、要使誠有餘而言不足、則於人有益、而在我者無自辱矣。
【読み】
善を責むるの道、誠餘り有りて言足らざらしめんことを要するときは、則ち人に於て益有りて、我に在る者も自ら辱しむること無し。

参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)