二程全書卷之七  遺書二先生語六

(此卷閒有不可曉處、今悉存之、不敢刪去。)
【読み】
(此の卷閒[まま]曉る可からざる處有り、今悉く之を存して、敢えて刪去せず。)

質夫沛然。擇之茫然、未知所得。季明安。
【読み】
質夫は沛然たり。擇之は茫然として、未だ得る所を知らず。季明は安し。

兄厚臨終過西郊(一作洛。)。却相疑。平生不相疑。(兄、指明道。)
【読み】
兄厚終わりに臨んで西郊(一に洛に作る。)を過る。却って相疑う。平生相疑わず。(兄は、明道を指す。)

叔不排釋・老。(叔、指伊川。)
【読み】
叔は釋・老を排せず。(叔は、伊川を指す。)

惟善變通、便是聖人。
【読み】
惟善く變通するは、便ち是れ聖人。

聖人於天下事、自不合與、只順得(一作佗。)天理、茂對時、育萬物。
【読み】
聖人の天下の事に於るや、自ら與る合からず、只天理に順い得(一に佗に作る。)、茂[つと]めて時に對して、萬物を育[やしな]う。

堯・舜・共・鯀・皐陶(一作夔。)、時與孔子異。
【読み】
堯・舜・共・鯀・皐陶(一に夔[き]に作る。)は、時孔子と異なり。

正名。(養老。)荀文若。(利。)魏鄭公。(正當辨。)
【読み】
正名。(老を養う。)荀文若。(利し。)魏鄭公。(正當[まさ]に辨ずべし。)

學原於思。
【読み】
學は思うことに原[もとづ]く。

仁、人此。義、宜此。事親仁之實、從兄義之實、須去一道中別出。
【読み】
仁は、人此れなり。義は、宜此れなり。親に事うるは仁の實、兄に從うは義の實、須く一道中より去って別ち出すべし。

孔子言仁、只說出門如見大賓、使民如承大祭。看其氣象、便須心廣體胖、動容周旋中禮、自然(一無自然字。)。惟愼獨便是守之之法。聖人修己以敬、以安百姓。篤恭而天下平。惟上下一於恭敬、則天地自位、萬物自育、氣無不和。四靈何有不至。此體信達順之道、聰明睿智皆由是出。以此事天饗帝。故中庸言鬼神之德盛、而終之以微之顯、誠之不可掩如此。(一本聖人修己以下別爲一章。)
【読み】
孔子仁を言うに、只門を出でては大賓を見るが如く、民を使うには大祭を承くるが如しと說くのみ。其の氣象を看れば、便ち須く心廣く體胖かに、動容周旋禮に中りて、自然なるべし(一に自然の字無し。)。惟愼獨のみ便ち是れ之を守る法なり。聖人は己を修むるに敬を以てし、以て百姓を安んず。篤恭にして天下平かなり。惟上下恭敬に一ならば、則ち天地自ら位し、萬物自ら育われ、氣和せざること無し。四靈何ぞ至らざること有らん。此れ信を體し順を達する道にして、聰明睿知皆是れ由り出づ。此を以て天に事え帝を饗するなり。故に中庸に鬼神の德の盛んなることを言いて、之を終えるに微かなるが顯らかなる、誠の掩う可からざること此の如しというを以てす。(一本に聖人修己以下別に一章と爲す。)

博施濟衆、非聖不能、何曾干仁事。故特曰夫仁者達人立人、取譬、可謂仁之方而已。使人求之、自反便見得也。雖然、聖人未有不盡仁、然敎人不得如此指殺。(一本此下云、繞塔說相輪、不如便入塔登之。始登時雖不見、及上到頂、則相輪爲我有。)
【読み】
博く施して衆を濟うは、聖に非ずんば能わず、何ぞ曾て仁の事のみに干[あづか]らん。故に特夫れ仁者は人を達し人を立つ、取り譬うるを、仁の方と謂う可きのみと曰う。人をして之を求めしめ、自ら反れば便ち見得ん。然りと雖も、聖人未だ仁を盡くさずんば有らず、然も人を敎うること此の如く指殺することを得ず。(一本に此の下に云う、塔を繞[めぐ]りて相輪を說くは、便ち塔に入りて之に登るには如かず。始め登る時見えずと雖も、上りて頂に到るに及んでは、則ち相輪我が有と爲る、と。)

四體不仁。
【読み】
四體不仁。

鬼是往而不反之義。
【読み】
鬼は是れ往いて反らざるの義。

天人本無二、不必言合。
【読み】
天人本二つ無し、必ずしも合うことを言わず。

儼然、卽之溫、言厲。佗人溫則不厲、儼然則不溫。惟孔子全之。
【読み】
儼然として、之に卽けば溫にして、言厲。佗人溫なれば則ち厲ならず、儼然たれば則ち溫ならず。惟孔子のみ之を全うす。

大圭黃鍾、全沖和氣。
【読み】
大圭黃鍾は、沖和の氣を全うす。

李宏中力田養親。
【読み】
李宏中田を力め親を養う。

節嗜慾、定心氣。(卽是天氣下降、地氣上騰。心氣定、便和無疾。)
【読み】
嗜慾を節にし、心氣を定む。(卽ち是れ天氣下降し、地氣上騰す。心氣定まれば、便ち和して疾無し。)

看一部華嚴經、不如看一艮卦。(經只言一止觀。)
【読み】
一部の華嚴經を看るは、一つの艮の卦を看るに如かず。(經は只一止觀を言うのみ。)

論性、不論氣、不備、論氣、不論性、不明。(一本此下云、二之則不是。)
【読み】
性を論じて、氣を論ぜざれば、備わらず、氣を論じて、性を論ぜざれば、明らかならず。(一本に此の下に云う、之を二つにするは則ち是ならず、と。)

人自孩提、聖人之質已完。只先於偏勝處發。(或仁、或義、或孝、或弟。)
【読み】
人孩提自り、聖人の質已に完し。只先づ偏勝なる處に於て發す。(或は仁、或は義、或は孝、或は弟。)

覺悟便是信。
【読み】
覺悟すれば便ち是れ信ず。

自幼子常視無誑以上、便是敎以聖人事。
【読み】
幼子には常に視すに誑くこと無しという自より以上は、便ち是れ敎うるに聖人の事を以てす。

人之知思、因神以發。
【読み】
人の知思は、神に因って以て發す。

成己須是仁、推成己之道成物便是智。
【読み】
己を成すは須く是れ仁なるべく、己を成すの道を推して物を成すは便ち是れ智なり。

怒驚皆是主心不定。(不遷怒。)
【読み】
怒驚は皆是れ主心定まらざればなり。(怒りを遷さず。)

非禮不視聽言動、積習儘有功、禮在何處。
【読み】
非禮に視聽言動せずして、積習儘く功有らば、禮何れの處にか在らん。

去氣偏處發、便是致曲。去性上修、便是直養。然同歸於誠。(一、此章連人自孩提章下爲一章。)
【読み】
氣の偏なる處より發し去るは、便ち是れ曲を致すなり。性上に修し去るは、便ち是れ直養なり。然れども同じく誠に歸す。(一に、此の章人自孩提の章の下に連ねて一章と爲す。)

不有躬、無攸利。不立己、後雖向好事、猶爲化物不得、以天下萬物撓己。己立後、自能了當得天下萬物。
【読み】
躬を有たず、利ろしき攸無し。己を立てざれば、後に好事に向かうと雖も、猶物に化し得ず、天下萬物を以て己を撓[たわ]むると爲す。己立ちて後、自ら能く天下萬物を了當し得ん。

地不改闢、民不改聚、只修治便了。
【読み】
地改め闢かず、民改め聚めず、只修治し便了す。

飢食渴飮、冬裘夏葛、若致(一作置。)些私吝心(吝心、一作意。)在、便是廢天職。
【読み】
飢うれば食し渴すれば飮み、冬には裘し夏には葛す。若し些かの私吝の心(吝心は、一に意に作る。)在ることを致さば(一に置に作る。)、便ち是れ天職を廢せん。

忠信進德、修辭立其誠、所以居業。修立在人。
【読み】
忠信もて德に進み、辭を修めて其の誠を立つるは、業に居る所以なり。修と立とは人に在り。

日月、陰陽發見盛處。
【読み】
日月は、陰陽發見して盛んなる處。

月受日光(父子。)、龍敏(撾鼓。)
【読み】
月は日の光を受け(父子。)、龍は敏し(撾鼓[たこ]。)

鼓動萬物、聖人之神知則不可名。
【読み】
萬物を鼓動する、聖人の神知は則ち名づく可からず。

凡物參和交感則生、不和分散則死。
【読み】
凡そ物參和交感するときは則ち生じ、和せず分散するときは則ち死す。

凡有氣莫非天、凡有形莫非地。
【読み】
凡そ氣有るは天に非ざること莫く、凡そ形有るは地に非ざること莫し。

氣有偏勝處。(勝一作盛。)
【読み】
氣は偏勝なる處有り。(勝は一に盛に作る。)

二氣五行剛柔萬殊、聖人所由惟一理。人須要復其初。
【読み】
二氣五行剛柔萬殊、聖人の由る所は惟一理のみ。人須く其の初に復らんことを要す。

元氣會則生聖賢。理自生。
【読み】
元氣會するときは則ち聖賢を生ず。理自づから生ず。

天只主施。成之者地也。
【読み】
天は只施すことを主る。之を成す者は地なり。

須要有所止。(止於仁、止於孝、止於大分。)
【読み】
須く止まる所有ることを要すべし。(仁に止まり、孝に止まり、大分に止まる。)

有形總是氣、無形只是(一作有。)道。
【読み】
形有るは總て是れ氣、形無きは只是れ(一に有に作る。)道。

咸六四言、貞吉悔亡、言感之不可以心也。(不得只恁地看過、更留心。)
【読み】
咸の六四に言く、貞なれば吉にして悔亡ぶとは、之を感ずるに心を以てす可からざることを言うなり。(只恁地[かくのごとく]看過することを得ざれば、更に心を留めんや。)

存養熟後、泰然行將去、便有進。
【読み】
存養の熟せし後、泰然として行い將[も]て去[ゆ]かば、便ち進むこと有らん。

艮卦只明使萬物各有止。止分便定。(艮其背、不獲其身、不見其人。)
【読み】
艮の卦は只明らかに萬物をして各々止まること有らしむ。止まれば分便ち定まる。(其の背に艮[とど]まり、其の身を獲ず、其の人を見ず。)

曾子疾病、只要以正、不慮死。與武王殺一不辜、行一不義、得天下不爲同心。
【読み】
曾子疾病なるとき、只正しきを以てすることを要め、死を慮らず。武王一りの辜あらざるを殺し、一つの不義を行いて、天下を得るともせじと心を同じくす。

百官萬務、金革百萬之衆、飮水曲肱、樂在其中。萬變皆在人、其實無一事。
【読み】
百官萬務、金革百萬の衆あるとも、水を飮み肱を曲ぐ、樂しみ其の中に在り。萬變皆人に在り、其の實は一事無し。

蜀山人不起念十年、便能前知。
【読み】
蜀山の人念を起こさざること十年にして、便ち能く前知す。

只是一箇誠。(天地萬物鬼神本無二。)
【読み】
只是れ一箇の誠のみ。(天地萬物鬼神本二無し。)

淸明在躬、志氣如神。(貴熟。○一作久且熟。)
【読み】
淸明躬に在り、志氣神の如し。(熟すを貴ぶ。○一に久しく且つ熟すに作る。)

觀天地生物氣象。(周茂叔看。)
【読み】
天地の物を生ずる氣象を觀よ。(周茂叔の看。)

在帝左右、帝指何帝。
【読み】
帝の左右に在すという、帝は何れの帝をか指す。

卜筮在精誠、疑則不應。(一本注云、疑心微生、便是不應。楊子江依憑事是此理。)
【読み】
卜筮は精誠に在り、疑うときは則ち應ぜず。(一本に注に云う、疑心微しく生ずれば、便ち是れ應ぜず。楊子江依憑の事是れ此の理なり、と。)

懈意一生、便是自棄自暴。(意、一作怠。)
【読み】
懈意一たび生ずれば、便ち是れ自棄自暴なり。(意は、一に怠に作る。)

勿忘勿助長、必有事焉、只中道上行。
【読み】
忘るること勿かれ助長すること勿かれ、必ず事とすること有り、只中道上に行うのみ。

忠信而入、忠信而出。(油火上竿禁蜈蚣。)
【読み】
忠信にして入り、忠信にして出づ。(油火上竿蜈蚣[ごこう]を禁[とど]む。)

涵養著樂(一作落。)(一作意。)、養心便到淸明高遠。
【読み】
樂しむ(一に落に作る。)(一に意に作る。)を涵養し著け、心を養うときは便ち淸明高遠に到る。

天下之悅不可極、惟朋友講習、雖過悅無害。兌澤有相滋益處。(一本注云、兌澤有自相滋益之意。)
【読み】
天下の悅は極む可からず、惟朋友講習は、過悅すと雖も害無し。兌澤は相滋益する處有り。(一本に注に云う、兌澤は自ら相滋益するの意有り、と。)

凝然不動、便是聖人。
【読み】
凝然として動かざるは、便ち是れ聖人。

多驚多怒多憂、只去一事所偏處自克、克得一件、其餘自正(一作止。)
【読み】
多驚多怒多憂は、只一事の偏する所の處に去れば自づから克ち、一件に克ち得ば、其の餘は自づから正し(一に止に作る。)

人少長須激昂自進、中年已後、自至成德者事(一作漸至德成。)、方可自安。
【読み】
人は少長より須く激昂して自ら進むべく、中年已後は、自ら成德に至る者の事(一に漸く德成に至るに作る。)、方に自ら安んず可し。

致知在格物、物來則知起。物各付物、不役其知、則意誠不動。意誠自定則心正、始學之事也。
【読み】
知を致むることは物に格るに在りとは、物來れば則ち知起こる。物各々物に付して、其の知を役せざるときは、則ち意誠にして動かず。意誠にして自ら定まるときは則ち心正しきは、始學の事なり。

齋戒以神明其德。
【読み】
齋戒して以て其の德を神明にす。

明德新民、豈分人我。是成德者事。
【読み】
明德新民、豈人我を分かたんや。是れ成德の者の事なり。

天無形、地有形(一作體。)
【読み】
天は形無く、地は形(一に體に作る。)有り。

虛心實腹。
【読み】
心を虛しくして腹を實にす。

靜後、見萬物自然皆有春意。
【読み】
靜にして後、萬物を見れば自然に皆春意有り。

天之生物無窮、物之所成却有別。
【読み】
天の物を生ずるは窮まり無くして、物の成る所は却って別有り。

致曲不要說來大。
【読み】
曲を致むるは說き來りて大なることを要せず。

和平依磬聲。玉磬聲之最和平者養心。
【読み】
和平は磬[けい]の聲に依る。玉磬は聲の最も和平なる者にして心を養う。

羊頭山老子說一稃二米秬黍、則是天地氣和、十分豐熟。山上便有、山下亦或有之。
【読み】
羊頭山老子說く一稃[ふ]二米の秬黍とは、則ち是れ天地の氣和、十分豐熟す。山上に便ち有り、山下も亦或は之れ有らん。

八十四聲、淸者極吹盡淸、濁者極吹盡濁。就其中以中聲上生下生。(以、一作考。)
【読み】
八十四聲、淸める者は極め吹かば盡く淸み、濁れる者は極め吹かば盡く濁る。其の中に就いて中聲を以てすれば上に生じ下に生ず。(以は、一に考に作る。)

霜露、星之氣、異乎雨雪。
【読み】
霜露は、星の氣、雨雪に異なり。

密雲不雨、尚往則氣散。(先陰變風、氣隨風散。)
【読み】
密雲あれど雨ふらず、尚往くときは則ち氣散ず。(先づ陰風に變じ、氣風に隨いて散ず。)

苔木氣爲水土始發。(始、一作所。)
【読み】
苔は木氣水土の爲に始めて發す。(始は、一に所に作る。)

草類竹節可見。黃鍾牛鳴。
【読み】
草類竹節見る可し。黃鍾牛鳴。

意言象數(邵堯夫)、胎息氣。(此三字、一本作牛鳴下。)
【読み】
意言は象數(邵堯夫)、胎息は氣。(此の三字、一本に牛鳴の下に作る。)

周茂叔窮禪客。
【読み】
周茂叔禪客を窮む。

明善在明、守善在誠。
【読み】
善を明らかにするは明に在り、善を守るは誠に在り。

復卦非天地之心、復則見天地之心。聖人無復。故未嘗見其心。(無、一作未嘗。)
【読み】
復の卦は天地の心に非ず、復すれば則ち天地の心を見る。聖人は復すること無し。故に未だ嘗て其の心を見ず。(無は、一に未嘗に作る。)

管攝天下人心、收宗族、厚風俗、使人不忘本、須是明譜系世族與立宗子法。(一年有一年工夫。)
【読み】
天下の人心を管攝し、宗族を收め、風俗を厚くし、人をして本を忘れざらしむるには、須く是れ譜系世族と宗子を立つる法とを明らかにすべし。(一年に一年の工夫有り。)

忿欲忍與不忍、便見有德無德。
【読み】
忿欲忍ぶと忍びざるとは、便ち有德無德を見る。

周南・召南如乾・坤。
【読み】
周南・召南は乾・坤の如し。

今之祭祀無樂、今之樂又不可用、然又却不見得緩急之節。
【読み】
今の祭祀は樂無く、今の樂も又用う可からず、然も又却って緩急の節を得ることを見ず。

叔一生不曾看莊・列。非禮勿動勿視、出於天與。從幼小有如是才識。
【読み】
叔は一生曾て莊・列を看ず。非禮に動くこと勿く視ること勿きこと、天與に出づ。幼小從り是の如き才識有り。

夷・惠、其道隘與不恭。乃心無罪。(無、一作何。)
【読み】
夷・惠は、其の道は隘と不恭。乃ち心は罪無し。(無は、一に何に作る。)

孔子所遇而安、無所擇。自子路觀孔子、孔子爲不恭。自孔子觀吾輩、吾輩便隘。惟其與萬物同流、便能與天地同流。
【読み】
孔子は遇う所にして安んじて、擇ぶ所無し。子路自り孔子を觀れば、孔子を恭しからずとす。孔子自り吾輩を觀れば、吾輩は便ち隘し。惟其れ萬物と流を同じくすれば、便ち能く天地と流を同じくす。

去健羨、毋意、義之與比。(親於其身爲不善、直是不入。)
【読み】
健羨を去りて、意毋く、義と與に比[したが]う。(其の身を親しみて不善をすれば、直に是れ入らず。)

山林之士、只是意欲不出。
【読み】
山林の士は、只是れ意出でざらんことを欲す。

重、主道也。士大夫得有(一作設。)重、應當有主。旣埋重、不可一日無主。故設苴。及其已作主、卽不用苴。
【読み】
重は、主の道なり。士大夫重有る(一に設に作る。)ことを得ば、應當[まさ]に主有るべし。旣に重を埋めては、一日も主無くんばある可からず。故に苴[しょ]を設く。其の已に主を作すに及んでは、卽ち苴を用いず。

有廟卽當有主。
【読み】
廟有らば卽ち當に主有るべし。

技擊不足以當節制、節制不足以當仁義。使人人有子弟衛父兄之心、則制梃以撻秦・楚之兵矣。
【読み】
技擊は以て節制に當たるに足らず、節制は以て仁義に當たるに足らず。人人をして子弟父兄を衛るの心有らしめば、則ち梃を制して以て秦・楚の兵を撻たん。

不應爲、總是罪過。
【読み】
爲す應からざるは、總て是れ罪過なり。

詩興起人志意。
【読み】
詩は人の志意を興起す。

小人小丈夫、不合小了、他本不是惡。
【読み】
小人小丈夫は、合に小了すべからずして、他本是れ惡ならず。

語默猶晝夜、晝夜猶生死、生死猶古今。(消息。)
【読み】
語默は猶晝夜のごとく、晝夜は猶生死のごとく、生死は猶古今のごとし。(消息。)

愼終追遠。(不止爲喪祭。)
【読み】
終わりを愼み遠きを追う。(止喪祭を爲すのみならず。)

鉛鐵性殊、點化爲金、則不辨鉛鐵之性。
【読み】
鉛鐵性殊にして、點化して金と爲るときは、則ち鉛鐵の性を辨ぜず。

民須仁之、物則愛之。
【読み】
民は須く之を仁すべく、物は則ち之を愛せよ。

聖人緣人情以制禮、事則以義制之。
【読み】
聖人は人情に緣って以て禮を制し、事は則ち義を以て之を制す。

息、止也、生也。止則便生、不止則不生。(艮、始終萬物。)
【読み】
息は、止むなり、生ずるなり。止むときは則便ち生じ、止まざるときは則ち生ぜず。(艮は、萬物を始終す。)

不常其德、則所勝來復、正常其理、則所勝同化。(素問。)
【読み】
其の德を常にせざるときは、則ち勝つ所來復し、正に其の理を常にするときは、則ち勝つ所同化す。(素問。)

曾點・漆雕已見大意。故聖人與之。
【読み】
曾點・漆雕已に大意を見る。故に聖人之に與す。

顏子所言不及孔子。無伐善、無施勞、是他顏子性分上事。孔子言安之、信之、懷之、是天理上事。
【読み】
顏子の言う所孔子に及ばず。善に伐[ほこ]ること無く、勞を施すこと無けんとは、是れ他の顏子性分上の事。孔子之を安んじ、之を信じ、之を懷けんと言うは、是れ天理上の事。

大抵有題目事易合。
【読み】
大抵題目有るの事は合し易し。

心風人力倍平常。將死者識能預知。只是他不著別事雜亂、兼無昏氣。(人須致一如此。)
【読み】
心風人力平常に倍[ま]す。將に死なんとする者は識能く預め知る。只是れ他別事の雜亂を著けず、兼ねて昏氣無ければなり。(人須く一を致すこと此の如くすべし。)

孔子之時、事雖有不可爲、孔子任道、豈有不可爲。魯君・齊君、孔・孟豈不知其不足與有爲。
【読み】
孔子の時、事す可からざること有りと雖も、孔子の道を任ずる、豈す可からざること有らんや。魯君・齊君、孔・孟豈其の與にすること有るに足らざることを知らざらんや。

人雖睡著、其識知自完。只是人與喚覺、便是他自然理會得。
【読み】
人睡著すと雖も、其の識知自づから完し。只是れ人與に喚覺せば、便ち是れ他自然に理會し得ん。

誠則自然無累、不誠便有累。
【読み】
誠なれば則ち自然に累い無く、誠ならざれば便ち累い有り。

貧子寶珠。
【読み】
貧子寶珠。

君實篤厚、晦叔謹嚴、堯夫放曠。
【読み】
君實は篤厚、晦叔は謹嚴、堯夫は放曠。

根本須是先培壅、然後可立趨向也。趨向旣正(一作立。)、所造有淺深、則由勉與不勉也。正。
【読み】
根本は須く是れ先づ培壅[ばいよう]すべく、然して後に趨向を立つ可し。趨向旣に正しければ(一に立に作る。)、造[いた]る所淺深有るは、則ち勉むると勉めざるとに由れり。正。

人多昏其心。聖賢則去其昏。
【読み】
人多くは其の心を昏ず。聖賢は則ち其の昏を去る。

以富貴爲賢者不欲、却反人情。
【読み】
富貴を以て賢者欲せずとするは、却って人情に反く。

聞見如登九層之臺。
【読み】
聞見は九層の臺に登るが如し。

中說有後人綴緝之。
【読み】
中說は後人之を綴緝すること有り。

觀兩漢已前文章、凡爲文者皆似。
【読み】
兩漢已前の文章を觀るに、凡そ文を爲る者皆似れり。

楊子之學實、韓子之學華。華則涉道淺。
【読み】
楊子の學は實、韓子の學は華。華なれば則ち道に涉ること淺し。

祭而立尸、只是古人質。
【読み】
祭って尸を立つるは、只是れ古人の質。

顏子簞瓢、非樂也、忘也。
【読み】
顏子の簞瓢は、樂しみに非ざるなり、忘れたるなり。

孟子知言、則便是知道。
【読み】
孟子言を知るというは、則便ち是れ道を知るなり。

夷・惠聖人、傳者之誤。不念舊惡、此淸者之量。
【読み】
夷・惠聖人というは、傳者の誤りならん。舊惡を念わざるは、此れ淸者の量。

思與郷人處、此孟子拔本塞源。
【読み】
郷人と處ることを思うというは、此れ孟子本を拔いて源を塞ぐなり。

庾公之斯、取其不背學而已。
【読み】
庾公之斯は、其の學に背かざるに取るのみ。

楊・墨、皆學仁義而流者也。墨子似子張、楊子似子夏。
【読み】
楊・墨は、皆仁義を學んで流るる者なり。墨子は子張に似、楊子は子夏に似れり。

伊尹不可(一本無可字。)言蔽、亦是聖之時。伯夷不蔽於爲己、只是隘。
【読み】
伊尹は蔽わると言う可からず(一本に可の字無し。)、亦是れ聖の時なるなり。伯夷が己を爲すに蔽われざるは、只是れ隘し。

孔子免匡人之圍、亦苟脫也。
【読み】
孔子匡人の圍を免るるは、亦苟も脫するなり。

四端不言信、信本無在。在易則是至理、在孟子則是氣。
【読み】
四端に信を言わざるは、信は本在ること無ければなり。易に在っては則ち是れ至理、孟子に在っては則ち是れ氣。

子產語子太叔、因其才而敎之。
【読み】
子產子太叔に語るは、其の才に因って之を敎うるなり。

序卦非易之蘊。此不合道。(韓康伯注。)
【読み】
序卦は易の蘊に非ず。此れ道に合せず。(韓康伯の注。)

仰之彌高、見其高而未能至也。鑽之彌堅、測其堅而未能達也。此顏子知聖人之學而善形容者也。
【読み】
之を仰げば彌々高しとは、其の高くして未だ至ること能わざるを見るなり。之を鑽れば彌々堅しとは、其の堅くして未だ達すること能わざるを測るなり。此れ顏子聖人の學を知って善く形容する者なり。

義之精者、須是自求得之。如此則善求義也。
【読み】
義の精しき者は、須く是れ自ら求めて之を得べし。此の如くなるときは則ち善く義を求むるなり。

讀論語・孟子而不知道、所謂雖多亦奚以爲。
【読み】
論語・孟子を讀みて道を知らざるは、所謂多しと雖も亦奚ぞ以てせんというなり。

湯旣勝夏、欲遷其社、不可。聖人所欲不踰矩、旣欲遷社、而又以爲不可。欲遷是、則不可爲非矣。不可是、則欲遷爲非矣。然則聖人亦有過乎。曰非也。聖人無過。夫亡國之社遷之、禮也。湯存之以爲後世戒。故曰欲遷則不可也。記曰、喪國之社屋之、不受天陽也。又曰、亳社北牖、使陰明也。春秋書亳社災。然則皆自湯之不遷始也。
【読み】
湯旣に夏に勝ちて、其の社を遷さんと欲して、不可とす。聖人の欲する所は矩を踰えず、旣に社を遷さんと欲して、又以て不可と爲す。遷さんと欲すること是ならば、則ち不可とするを非とせん。不可とすること是ならば、則ち遷さんと欲するを非とせん。然らば則ち聖人も亦過有るや。曰く、非なり。聖人は過無し。夫れ亡國の社は之を遷すは、禮なり。湯之を存して以て後世の戒めとす。故に遷さんと欲するは則ち不可と曰う。記に曰く、喪國の社之を屋にするは、天の陽を受けざるなり、と。又曰く、亳[はく]の社牖[まど]を北にするは、明を陰にせしむるなり(亳[はく]の社北牖あるは、陰をして明ならしむるなり)、と。春秋に亳の社災ありと書す。然らば則ち皆湯の遷さざる自り始まるなり、と。

五畝之宅(田二畝半、郭二畝半、耕則居田、休則居郭。)、三易、再易、不易(三易三百畝、三歲一耕。再易二百畝、二歲一耕。不易歲歲耕之。此地之肥瘠不同也。)
【読み】
五畝の宅(田二畝半、郭二畝半、耕すときは則ち田に居り、休むときは則ち郭に居る。)、三易、再易、不易す(三易は三百畝、三歲に一たび耕す。再易は二百畝、二歲に一たび耕す。不易は歲歲之を耕す。此れ地の肥瘠同じからざればなり。)

古者百步爲畝。百畝當今之四十一畝也。古以今之四十一畝之田、八口之家可以無飢。今以古之二百五十畝、猶不足。農之勤惰相懸乃如此。
【読み】
古は百步を畝と爲す。百畝は今の四十一畝に當たれり。古は今の四十一畝の田を以て、八口の家以て飢えること無かる可し。今は古の二百五十畝を以て、猶足らずとす。農の勤惰相懸なること乃ち此の如し。

古之時、民居少、人各就高而居。中國雖有水、亦未爲害也。及堯之時、人漸多、漸就平廣而居。水泛濫、乃始爲害。當是時、龍門未闢、伊闕未析、砥柱未鑿、堯乃因水之泛濫而治之、以爲天下後世無窮之利。非堯時水特爲害也、蓋已久矣。上世人少、就高而居則不爲害。後世人多、就下而處則爲害也。
【読み】
古の時、民居少なくして、人各々高きに就いて居す。中國水有りと雖も、亦未だ害を爲さざるなり。堯の時に及んで、人漸く多くして、漸く平廣に就いて居す。水の泛濫、乃ち始めて害を爲す。是の時に當たりて、龍門未だ闢けず、伊闕未だ析けず、砥柱未だ鑿てず、堯乃ち水の泛濫に因りて之を治めて、以て天下後世無窮の利と爲す。堯の時水特に害を爲すに非ず、蓋し已に久し。上世は人少なくして、高きに就いて居せば則ち害を爲さず。後世は人多くして、下に就いて處せば則ち害を爲すなり。

四凶之才皆可用。堯之時聖人在上、皆以其才任大位、而不敢露其不善之心。堯非不知其不善也。伏則聖人亦不得而誅之。及堯舉舜於匹夫之中而禪之位、則是四人者始懷憤怨不平之心而顯其惡。故舜得以因其跡而誅竄之也。
【読み】
四凶が才皆用う可し。堯の時聖人上に在し、皆其の才を以て大位に任じて、敢えて其の不善の心を露さず。堯は其の不善を知らざるに非ず。伏するときは則ち聖人も亦得て之を誅せず。堯舜を匹夫の中に舉げて之が位を禪るに及んで、則ち是の四人の者始めて憤怨不平の心を懷いて其の惡を顯す。故に舜得て以て其の跡に因りて之を誅竄[ちゅうざん]せり。

人無父母、生日當倍悲痛、更安忍置酒張樂以爲樂。若具慶者可矣。
【読み】
人父母無くんば、生日には當に倍[ますます]悲痛すべく、更に安ぞ酒を置き樂を張って以て樂しみを爲すに忍びんや。具慶の者の若きは可なり。

今人以影祭、或畫工所傳、一髭髮不當、則所祭已是別人、大不便。
【読み】
今の人の影を以て祭る、或は畫工傳うる所、一髭髮も當たらざれば、則ち祭る所は已に是れ別人にて、大いに便ならず。

今之稅實輕於什一。但斂之無法與不均耳。
【読み】
今の稅は實に什一より輕し。但之を斂するに法無きと均しからざるとのみ。

有一物而可以相離者、如形無影不害其成形、水無波不害其爲水。有兩物而必相須者、如心無目則不能視、目無心則不能見。
【読み】
一物にして以て相離る可きこと有る者は、形影無くとも其の形を成すことを害せず、水波無くとも其の水爲ることを害せざるが如し。兩物にして必ず相須うること有る者は、心は目無ければ則ち視ること能わず、目は心無ければ則ち見ること能わざるが如し。

古者八十絲爲一升。斬衰三升、則是二百四十絲、於今之布爲已細。緦麻十五升、則是千有二百絲、今蓋無有矣。
【読み】
古は八十絲を一升と爲す。斬衰三升なるときは、則ち是れ二百四十絲、今の布に於て已に細しと爲す。緦麻十五升なるときは、則ち是れ千有二百絲、今は蓋し有ること無けん。

古之學者爲己、今之學者爲人。古之仕者爲人、今之仕者爲己。古之强有力者將以行禮、今之强有力者將以爲亂。
【読み】
古の學者は己が爲にし、今の學者は人の爲にす。古の仕うる者は人の爲にし、今の仕うる者は己が爲にす。古の强にして力有る者は將に以て禮を行わんとし、今の强にして力有る者は將に以て亂を爲さんとす。

方今有古之所無者二、兵與釋・老也。
【読み】
方に今古の無き所の者二つ有り、兵と釋・老となり。

言而不行、是欺也。君子欺乎哉。不欺也。
【読み】
言いて行わざるは、是れ欺くなり。君子欺かんや。欺かざるなり。

汎乎其思、不若約之可守也。思則來、舍則去、思之不熟也。
【読み】
汎乎として其れ思うは、約の守る可きに若かざるなり。思うときは則ち來り、舍くときは則ち去るは、思うことの熟せざるなり。

二經簡編、後分者不是。
【読み】
二經の簡編、後に分かつ者是ならず。

詩大率後人追作、馬遷非。
【読み】
詩は大率後人追作すという、馬遷は非なり。

聖人於憂勞中、其心則安靜、安靜中却是有至憂。
【読み】
聖人は憂勞の中に於て、其の心則ち安靜にし、安靜の中に却って是れ至憂有り。

聖人之言遠如天、賢者小如地。
【読み】
聖人の言は遠きこと天の如く、賢者は小なること地の如し。

天之付與之謂命、稟之在我之謂性、見於事業(一作物。)之謂理。
【読み】
天の付與する之を命と謂い、之を稟けて我に在る之を性と謂い、事業(一に物に作る。)に見る之を理と謂う。

事君有犯無隱、事親有隱無犯。有時而可分。
【読み】
君に事うるは犯すこと有りて隱すこと無く、親に事うるは隱すこと有りて犯すこと無し。時有りて分かつ可し。

治必有爲治之因、亂必有爲亂之因。
【読み】
治は必ず治を爲すの因有り、亂は必ず亂を爲すの因有り。

受命之符不足怪。
【読み】
命を受くるの符は怪しむに足りず。

射則觀其至誠而已。
【読み】
射は則ち其の至誠を觀るのみ。

學行之上也、名譽以祟之、皆楊子之失。
【読み】
學之を行うは上なり、名譽以て之を祟ぶというは、皆楊子が失なり。

由之瑟奚爲於丘之門、言其聲之不和、與己不同。
【読み】
由が瑟奚爲[なんす]れぞ丘が門に於てするとは、其の聲の和せずして、己と同じからざることを言う。

視其所以、觀人之大概。察其所安、心之所安也。
【読み】
其の以[す]る所を視るとは、人の大概を觀るなり。其の安んずる所を察すとは、心の安んずる所なり。

子絕四、毋自任私意、毋必爲、毋固執、毋有己。
【読み】
子四つを絕つとは、自ら私意に任ずること毋く、必ず爲すこと毋く、固く執ること毋く、己を有すること毋きなり。

居是邦也、不非其大夫、此理最好。
【読み】
是の邦に居れば、其の大夫を非らずという、此の理最も好し。

出入可也。出須是同歸。
【読み】
出入するも可なり。出づれば須く是れ同じく歸るべし。

博施濟衆、仁者無窮意。
【読み】
博く施して衆を濟うは、仁者無窮の意。

知和而和、執辭時不完。
【読み】
和を知って和するは、辭を執る時完からず。

無欲速、心速。七年、理速。
【読み】
速やかならんと欲すること無かれとは、心速やかなればなり。七年とは、理速やかなり。

養親之心則無極く外事極時須爲之極。莫若極貴貴之義、莫若極尊賢之宜。
【読み】
親を養うの心は則ち極まり無く、外事極むる時は須く之が爲に極むべし。貴を貴ぶの義を極むるに若くは莫く、賢を尊ぶの宜を極むるに若くは莫し。

發於外者謂之恭、有諸中者謂之敬。
【読み】
外に發する者之を恭と謂い、中に有する者之を敬と謂う。

誠然後能敬。未及誠時、却須敬而後能誠。
【読み】
誠ありて然して後に能く敬す。未だ誠に及ばざる時は、却って須く敬して而して後に能く誠なるべし。

無妄之謂誠。不欺其次矣。(一本云、李邦直云、不欺之謂誠。便以不欺爲誠。徐仲車云、不息之謂誠。中庸言至誠無息、非以無息解誠也。或以問先生。先生曰云云。)
【読み】
無妄之を誠と謂う。欺かざるは其の次なり。(一本に云う、李邦直云う、欺かざる之を誠と謂う。便ち欺かざるを以て誠と爲す、と。徐仲車云う、息まざる之を誠と謂う。中庸に至誠は息むこと無しと言うは、息むこと無きを以て誠を解くに非ざるなり、と。或るひと以て先生に問う。先生曰く、云云、と。)

贊馬遷巷伯之倫、此班固微詞。
【読み】
馬遷を巷伯が倫[たぐい]と贊えるは、此れ班固の微詞なり。

石奢不當死。然縱法當固辭乞罪。不罪他時、可以堅請出踐更錢。此最義(一作最沒義。)
【読み】
石奢は當に死すべからず。然れども縱[はな]てば法當に固辭して罪を乞うべし。罪あらざれば他時、以て堅く請いて出踐錢を更[か]う可し。此れ最も義あり(一に最も義沒しに作る。)

易爻應則有時而應。又遠近相取(呂本・徐本取作感。)而悔吝生。
【読み】
易爻應ずるときは則ち時有りて應ず。又遠近相取りて(呂本・徐本取は感に作る。)悔吝生ず。

王通家人卦是。(易傳言明内齊外、非取象意。疑此是字上脫一不字也。)
【読み】
王通は家人の卦是なり。(易傳に言う、内を明らかにして外を齊うとは、象を取るの意に非ず、と。疑うらくは此れ是の字の上に一つの不の字を脫するならん。)

詩序必是同時(一作國史。)所作。然亦有後人添者。如白華只是刺幽王、其下更解不行。緜蠻序不肯飮食敎載之、只見詩中云飮之食之、敎之誨之、命彼後車、謂之載之。便云敎載、絕不成言語也。又如高子曰、靈星之尸也、分明是高子言。更何疑。
【読み】
詩の序は必ず是れ同時に(一に國史に作る。)作る所ならん。然れども亦後人添える者有り。白華の如きは只是れ幽王を刺し、其の下更に解くこと行わず。緜蠻の序に肯えて飮食敎載せずというは、只詩中を見るに云く、飮し食し、敎し誨し、彼の後車に命じて、之を載せよと謂わんや、と。便ち敎載と云いて、絕[まった]く言語を成さざるなり。又高子が曰く、靈星の尸なりというが如きは、分明に是れ高子が言なり。更に何ぞ疑わん。

文王望至治之道而未之見、若曰民雖使至治、止由之而已、安知聖人。二南以天子在上、諸侯善化及民、安得謂之至。其有不合周公之心固無此。設若有不合者、周公之心必如是勤勞。
【読み】
文王至治の道を望むも未だ之を見ず、若し民至治ならしむと雖も、止之に由るのみと曰わば、安んぞ聖人を知らん。二南の天子上に在すを以て、諸侯の善化民に及ぶとならば、安んぞ之を至と謂うことを得ん。其れ周公の心に合わざること有らば固に此れ無し。設若[も]し合わざる者有らば、周公の心必ず是の如く勤勞せん。

五世、依約。君子小人在上爲政、其流澤三四世不已、五世而後斬。當時門人只知闢楊・墨爲孟子之功。故孟子發此一說、以推尊孔子之道。言予未得爲孔子徒也。孔子流澤至此未五世、其澤尚在於人。予則私善於人而已。
【読み】
五世は、約に依る。君子小人上に在りて政を爲す、其の流澤三四世までに已まず、五世にして後に斬[た]ゆ。當時の門人は只楊・墨を闢ぐを孟子の功と爲すことを知るのみ。故に孟子此の一說を發して、以て孔子の道を推し尊ぶ。予れ未だ孔子の徒爲ることを得ずと言う。孔子の流澤此に至って未だ五世ならざるに、其の澤は尚人に在り。予れ則ち私[ひそ]かに人に善くするのみ、と。

邪說則終不能勝正道。人有秉彝。然亦惡亂人之心。
【読み】
邪說は則ち終に正道に勝つこと能わず。人彝[い]を秉[と]ること有り。然れども亦人の心を亂すを惡む。

無恥之恥。(注是。)
【読み】
恥無きの恥。(注是。)

行之不著、如此人多。若至論、雖孔門中亦有由而不知者。又更有不知則不能由。
【読み】
之を行って著らかならず、此の如き人多し。至論の若きは、孔門の中と雖も亦由って知らざる者有り。又更に知らざるときは則ち由ること能わざる有り。

送死、天下之至重。人心苟能竭力盡此一事、則可以當天下之大事。養生、人之常、此相對而言。若舜・曾子養生、其心如此。又安得不能當大事。(人未有自致、必也親喪乎。)
【読み】
死を送るは、天下の至重。人心苟[まこと]に能く力を竭くして此の一事を盡くすときは、則ち以て天下の大事に當たる可し。生を養うは、人の常、此れ相對して言う。舜・曾子の生を養うが若きは、其の心此の如し。又安んぞ大事に當たること能わざることを得ん。(人未だ自ら致すこと有らざるは、必ずや親の喪か。)

王者之詩亡、雅亡、政敎號令不及於天下。
【読み】
王者の詩亡び、雅亡んで、政敎號令天下に及ばず。

仁言、爲政者道其所爲。仁聲、民所稱道。
【読み】
仁言は、政を爲す者の其の爲す所を道う。仁聲は、民の稱し道う所なり。

不得於言、勿求於心、不可、養氣以心爲主。若言失中、心不動亦不妨。
【読み】
言を得ざれば、心に求むること勿かれというは、不可なりとは、氣を養うには心を以て主と爲すなり。若し言中を失すとも、心動かざれば亦妨げあらず。

一言而可以折獄者、其由也與、言由之見信如此。刑法國人尚取(一作可。)信。其他可知。
【読み】
一言にして以て獄を折[さだ]む可き者は、其れ由なるかとは、言うこころは、由の信ぜらるること此の如し。刑法すら國人尚信を取る(一に可に作る。)。其の他は知る可し。

若臧武仲之知、又公綽之不欲、卞莊子之勇、冉求之藝、合此四人之偏、文之以禮樂、方成聖人。則盡之矣。
【読み】
臧武仲が若きの知、又公綽[こうしゃく]が不欲、卞莊子[べんそうし]が勇、冉求が藝、此の四人の偏を合わせて、之を文[あや]なすに禮樂を以てせば、方に聖人と成らん。則ち之を盡くすなり。

先進於禮樂、質也。後進於禮樂、文也。文質彬彬、然後君子。其下則史。孔子從之、矯枉欲救文之弊。然而吾從周、此上(疑當作尚。)文一事、又有不從處、乘商之輅。
【読み】
先進の禮樂に於るは、質なり。後進の禮樂に於るは、文なり。文質彬彬として、然して後に君子なり。其の下は則ち史なり。孔子之に從うは、枉れるを矯めて文の弊を救わんと欲するなり。然れども吾れ周に從わんとは、此れ文の一事を上[たっと]んで(疑うらくは當に尚に作るべし。)、又從わざる處は、商の輅に乘ると有り。

中庸首先言本人之情性、次言學、次便言三王酌損以成王道、餘外更無意。三王下到今、更無聖人。若有時、須當作四王。王者制作時、用先代之宜世者。今也法當用周禮。自漢以來用。
【読み】
中庸首めに先づ人の情性に本づくことを言い、次には學を言い、次には便ち三王酌損して以て王道を成すことを言い、餘外は更に意無し。三王より下今に到るまで、更に聖人無し。若し時有れば、須當[まさ]に四王と作るべし。王者制作する時、先代の世に宜しき者を用う。今や法當に周の禮を用うべし。漢自り以來用う。

有愛人之心、然而使民亦有不時處、此則至淺。言當時治千乘之國若如此時、亦可以治矣。聖人之言、雖至近、上下皆通。此三句若推其極、堯・舜之治亦不過此。若常人之言近時、便卽是淺近去。
【読み】
人を愛するの心有れども、然れども民を使うに亦時あらざる處有りとは、此れ則ち至って淺し。言うこころは、當時千乘の國を治むるに若し此の如く時あらば、亦以て治む可し、と。聖人の言は、至近と雖も、上下皆通ず。此の三句若し其の極を推さば、堯・舜の治も亦此に過ぎじ。常人の近きを言うが若き時は、便卽ち是れ淺近し去る。

齊經管仲霸政之後、風俗尚權詐、急衣食。魯之風俗不如此。又仲尼居之、當時風俗亦甚美。到漢尚言齊・魯之學天性。此只說風俗。若謂聖賢、則周公自不之魯、太公亦未可知。又謂齊經田恆弑君、無君臣上下之分、也不然。
【読み】
齊は管仲が霸政を經ての後、風俗權詐を尚び、衣食を急にす。魯の風俗は此の如くならず。又仲尼之に居りて、當時の風俗亦甚だ美なり。漢に到りて尚齊・魯の學は天性と言う。此れ只風俗を說けり。若し聖賢を謂わば、則ち周公自ら魯に之かざれば、太公も亦未だ知る可からず。又齊田恆君を弑するを經て、君臣上下の分無しと謂うは、也[また]然らず。

色難形下面有事服勞而言、服勞更淺。若謂諭父母於道、能養志使父母說、却與此辭不相合。然推其極時、養志如曾子・大舜可也。曾元是曾子之子、尚不能。
【読み】
色難しとは下面の事有るときは勞に服すというに形[くら]べて言い、勞に服すことは更に淺し。若し父母を道に諭し、能く志を養いて父母をして說ばしむと謂わば、却って此の辭と相合わず。然れども其の極を推す時、志を養うこと曾子・大舜の如くせば可なり。曾元は是れ曾子の子なれども、尚能わず。

在邦而己心無怨、孔子發明仲弓、使知仁字。然舜在家亦怨、周公狼跋亦怨。(又引文中子。)
【読み】
邦に在りて己が心怨み無しとは、孔子仲弓を發明して、仁の字を知らしむ。然れども舜家に在りて亦怨み、周公狼跋して亦怨む。(又文中子を引く。)

不有祝鮀之佞與宋朝之美(才辯。)難免世之害矣。
【読み】
祝鮀[しゅくた]の佞と宋朝の美(才辯。)と有らずんば、世の害を免れ難し。

當孔子時、傳易者支離。故言五十以學易。言學者謙辭。學易可以無大過差。易之書惟孔子能正之、使無過差。
【読み】
孔子の時に當たりて、易を傳える者支離す。故に五十にして以て易を學ぶと言う。學ぶと言う者は謙の辭なり。易を學べば以て大なる過差無かる可し。易の書は惟孔子のみ能く之を正して、過差無からしむ。

詩・書、統言。執禮、人所執守。
【読み】
詩・書は、統べて言う。執禮は、人の執り守る所。

賢者能遠照。故能避一世事。其次避地、不居亂邦。
【読み】
賢者は能く遠く照らす。故に能く一世の事を避く。其の次は地を避けて、亂邦に居らず。

不愧屋漏、則心安而體舒。
【読み】
屋漏に愧ぢざるときは、則ち心安んじて體舒[ゆる]やかなり。

子曰、君子博學於文、約之以禮、亦可以弗畔矣夫、此非自得也、勉而能守也。多聞、擇其善者而從之、多見而識之、知之次也、以勉中人之學也。
【読み】
子曰く、君子博く文を學んで、之を約にするに禮を以てせば、亦以て畔かざる可しとは、此れ自得するに非ず、勉めて能く守るなり。多く聞いて、其の善き者を擇んで之に從い、多く見て之を識すは、知るの次なりとは、以て中人の學を勉むるなり。

經所以載道也、器所以適用也。學經而不知道、治器而不適用。奚益哉。(一本云、經者載道之器、須明其用。如誦詩須達於從政、能專對也。)
【読み】
經は道を載する所以なり、器は用に適う所以なり。經を學んで道を知らざるは、器を治めて用に適わざるなり。奚んぞ益あらんや。(一本に云う、經は道を載するの器、須く其の用を明らかにすべし。詩を誦するが如きは須く政に從いて、能く專對するに達すべし、と。)

今之學者、岐而爲三。能文者謂之文士、談經者泥爲講師。惟知道者乃儒學也。
【読み】
今の學は、岐れて三と爲る。文を能くする者は之を文士と謂い、經を談ずる者は泥んで講師と爲る。惟道を知る者は乃ち儒學なり。

夫内之得有淺深、外之來有輕重。内重則可以勝外之輕。得深則可以見誘之小。
【読み】
夫れ内の得ること淺深有り、外の來ること輕重有り。内重きときは則ち以て外の輕きに勝つ可し。得ること深きときは則ち以て誘の小さきを見る可し。

参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)