二程全書卷之十  遺書二先生語第九

少日所聞諸師友說
【読み】
少[わか]かりし日諸々の師友に聞く所の說

仁者公也、人(一作仁。)此者也。義者宜也、權量輕重之極。禮者別也(定分。)、知者知也。信者有此者也。萬物皆有性(一作信。)、此五常性也。若夫惻隱之類、皆情也。凡動者謂之情。(性者自然完具。信只是有此。因不信然後見。故四端不言信。)
【読み】
仁は公なり、此を人(一に仁に作る。)にする者なり。義は宜なり、權量輕重の極なり。禮は別なり(定分。)、知は知なり。信は此を有する者なり。萬物皆性(一に信に作る。)有り、此れ五常の性なり。夫の惻隱の類の若きは、皆情なり。凡そ動く者之を情と謂う。(性は自然に完具す。信は只是れ此を有するのみ。信ならざるに因りて然して後に見る。故に四端に信を言わず。)

先生曰、孔子曰、仁者己欲立而立人、己欲達而達人、能近取譬、可謂仁之方也已。嘗謂孔子之語仁以敎人者、唯此爲盡。要之不出於公也。
【読み】
先生曰く、孔子曰く、仁者は己立てんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す、能く近く取って譬うるを、仁の方と謂う可きのみ、と。嘗て謂えらく、孔子の仁を語りて以て人に敎える者、唯此れ盡くせりと爲す。之を要するに公に出でず、と。

孟子曰、天民者、達可行於天下而後行之者也。大人者、正己而物正者也。曰天民者、能盡天民之道者也。踐形者是也。如伊尹可當之矣。民之名則似不得位者。必達可行於天下而後行之者也。大人者、則如乾之九二、利見大人。天下文明者也。天民大人、亦繫乎時與不時爾。
【読み】
孟子曰く、天民は、達して天下に行わるる可くして而して後に之を行う者なり。大人は、己を正しくして物正しき者なり、と。天民と曰うは、能く天民の道を盡くす者なり。形を踐む者是れなり。伊尹の如き之に當つ可し。民の名は則ち位を得ざる者に似れり。必ず達して天下に行わるる可くして而して後に之を行う者なり。大人は、則ち乾の九二の、大人を見るに利ろしというが如し。天下の文明なる者なり。天民大人は、亦時なると時ならざるとに繫かるのみ。

君子不重則不威、學則不固、言君子不重則不威嚴、而學則亦不能堅固也。
【読み】
君子重からざれば則ち威あらず、學べども則ち固からずとは、君子重からざれば則ち威嚴あらずして、學べども則ち亦堅固なること能わざるを言えり。

信非義也。以其言可復、故曰近義。恭非禮也。以其遠恥辱、故曰近禮。因其事而不失其所親、亦可宗也。況於盡禮義者乎。
【読み】
信は義に非ず。其の言復す可きを以て、故に義に近しと曰う。恭は禮に非ず。其の恥辱に遠ざかるを以て、故に禮に近しと曰う。其の事に因りて其の親しむ所を失わざれば、亦宗とす可し。況んや禮義を盡くす者に於てをや。

思無邪、誠也。
【読み】
思い邪無きは、誠なり。

十有五而志於學、三十而立、四十而不惑、明善之徹矣。聖人不言誠之一節者、言不惑則自誠矣。五十而知天命、思而知之也。六十而耳順、耳者在人之最末者也。至耳而順、則是不思而得也。然猶滯於跡焉。至於七十從心所欲不踰矩、則聖人之道終矣。此敎之序也。
【読み】
十有五にして學に志し、三十にして立ち、四十にして惑わざるは、善を明らかにするの徹せるなり。聖人誠の一節を言わざる者は、言うこころは、惑わざるときは則ち自づから誠なればなり。五十にして天命を知るは、思って之を知るなり。六十にして耳順うは、耳は人に在るの最も末なる者なり。耳にして順うに至っては、則ち是れ思わずして得るなり。然れども猶跡に滯るなり。七十に至って心の欲する所に從いて矩を踰えざれば、則ち聖人の道終われり。此れ敎の序なり。

對孟懿子問孝、告衆人者也。對孟武伯者、以武伯多可憂之事也。子游能養、而或失於敬、子夏能直義、而或少溫潤之色。各因其人材高下與所失而敎之也。
【読み】
孟懿子孝を問うに對うるは、衆人に告ぐる者なり。孟武伯に對うる者は、武伯憂う可き事多きを以てなり。子游は能く養って、或は敬に失し、子夏は能く直義にして、或は溫潤の色少なし。各々其の人材の高下と失する所とに因りて之を敎うるなり。

默而識之、乃所謂學也。惟顏子能之。故孔子曰、吾與囘言終日、不違如愚。退而省其私者、言顏子退而省其在己者、亦足以發此。故仲尼知其不愚。可謂善學者也。
【読み】
默して之を識すとは、乃ち所謂學ぶなり。惟顏子のみ之を能くす。故に孔子曰く、吾と囘と言うこと終日、違わざること愚なるが如し、と。退いて其の私を省るとは、顏子退いて其の己に在る者を省れば、亦以て此を發するに足ることを言う。故に仲尼其の愚ならざることを知る。善く學ぶ者と謂う可し。

夷狄之有君、不如諸夏之亡也、此孔子言當時天下大亂、無君之甚。若曰夷狄猶有君、不若是諸夏之亡君也。
【読み】
夷狄の君有るは、諸夏の亡きが如くならずとは、此れ孔子當時天下大いに亂れて、君無きの甚だしきを言う。夷狄すら猶君有り、是れ諸夏の君亡きが若くならずと曰うが若し。

君子無所爭。必也射乎。故曰揖讓而升、下而飮。其爭也君子。言不爭也。若曰其爭也、是君子乎。
【読み】
君子は爭う所無し。必ずや射にしてか。故に揖讓して升り、下って飮ましむ。其の爭いは君子なりと曰う。言うこころは、爭わざるなり。其れ爭わば、是れ君子ならんやと曰うが若し。

子曰禘自旣灌而往者、吾不欲觀之矣。禘者、魯僭天子之大祭也。灌者、祭之始也。以其僭上之祭、故聖人自灌以往、不欲觀之矣。或問禘之說。子曰不知也者、不欲斥言也。知其說者之於天下也、其如視諸斯乎、指其掌、此聖人言知此理者、其於治天下、如指其掌、甚易明也。蓋名分正則天下定矣。
【読み】
子曰く、禘旣に灌して自り往[のち]は、吾れ之を觀んことを欲せず、と。禘は、魯天子の大祭を僭するなり。灌は、祭の始めなり。其の上の祭を僭するを以て、故に聖人灌自り以往、之を觀ることを欲せざるなり。或るひと禘の說問う。子曰く、知らざるなりとは、斥[さ]し言うことを欲せざるなり。其の說を知る者の天下に於るや、其れ諸れ斯を視るが如きかといって、其の掌を指すは、此れ聖人此の理を知る者は、其れ天下を治むるに於て、其の掌を指すが如く、甚だ明かし易きを言う。蓋し名分正さば則ち天下定まらん。

子貢之器、如宗廟之中可觀之貴器。故曰瑚璉也。
【読み】
子貢の器は、宗廟の中觀る可きの貴器の如し。故に瑚璉なりと曰う。

或問辯。曰、或曰、雍也仁而不佞。子曰、焉用佞。禦人以口給、屢憎於人。不知其仁、焉用佞。苟仁矣、則口無擇言、言滿天下無口過。佞何害哉。若不知其仁、則佞焉用也。
【読み】
或るひと問辯す。曰く、或るひと曰く、雍は仁ありて佞ならず、と。子曰く、焉んぞ佞を用いん。人に禦[あた]るに口給を以てして、屢々人に憎まる。其の仁を知らず、焉んぞ佞を用いん、と。苟に仁あらば、則ち口に擇言無くして、言天下に滿つとも口の過無けん。佞何ぞ害あらんや。若し其の仁を知らずんば、則ち佞焉んぞ用いん、と。

子曰、由也好勇過我、無所取材。材與裁同。言由但好勇過孔子、而不能裁度適於義也。
【読み】
子曰く、由は勇を好むこと我に過ぎたり、取り材[はか]る所無し、と。材と裁とは同じ。言うこころは、由但勇を好むこと孔子に過ぎて、裁度して義に適うこと能わざるなり。

子路曰、願車馬・衣輕裘與朋友共、敝之而無憾。此勇於義者。觀其志、豈可以勢利拘之哉。蓋亞於浴沂者也。顏淵願無伐善、無施勞。此仁矣。然尚未免於有爲。蓋滯迹於此、不得不爾也。子曰、老者安之、朋友信之、少者懷之。此聖人之事也。顏子、大賢之事也。子路、有志者之事也。
【読み】
子路曰く、願わくは車馬・衣輕裘朋友と共にし、之を敝[やぶ]るとも憾むこと無けん、と。此れ義に勇なる者なり。其の志を觀るに、豈勢利を以て之に拘る可けんや。蓋し沂に浴するに亞[つ]ぐ者ならん。顏淵願わくは善に伐ること無く、勞を施すこと無けん、と。此れ仁なり。然れども尚未だすること有るを免れず。蓋し迹に此に滯り、爾[しか]らざることを得ざるなり。子曰く、老者をば之を安んじ、朋友をは之を信じ、少者をば之を懷けん、と。此れ聖人の事なり。顏子は、大賢の事なり。子路は、志有る者の事なり。

子曰、中人以上可以語上也。中人以下不可以語上也。此謂才也。然則中人以下者終於此而已乎。曰、亦有可進之道也。
【読み】
子曰く、中人以上には以て上を語[つ]ぐ可し。中人以下には以て上を語ぐ可からず、と。此れ才を謂うなり。然らば則ち中人以下なる者は此に終えるのみならんか。曰く、亦進む可きの道有り、と。

子曰、齊一變至於魯、魯一變至於道。言魯國雖衰、而君臣父子之大倫猶在、愈於齊國。故可一變而至於道。
【読み】
子曰く、齊一變せば魯に至り、魯一變せば道に至る、と。言うこころは、魯の國衰うと雖も、君臣父子の大倫猶在り、齊の國に愈れり。故に一變して道に至る可し。

子曰、志於道。凡物皆有理、精微要妙無窮、當志之爾。德者得也。在己者可以據。依於仁者、凡所行必依著於仁。兼内外而言之也。
【読み】
子曰く、道に志す、と。凡そ物皆理有り、精微要妙窮まり無く、當に之を志すべきのみ。德は得なり。己に在る者以て據る可し。仁に依るとは、凡そ行う所は必ず仁に依著す。内外を兼ねて之を言うなり。

子在齊聞韶、三月不知肉味。曰、不圖爲樂之至於斯也。曰、聖人不凝滯於物。安有聞韶雖美、直至三月不知肉味者乎。三月字誤。當作音字。此聖人聞韶音之美、當食不知肉味、乃歎曰、不圖爲樂之至於斯也。門人因以記之。
【読み】
子齊に在りて韶を聞き、三月肉の味を知らず。曰く、圖らざりき、樂を爲ること斯に至らんとは、と。曰く、聖人は物に凝滯せず。安んぞ韶を聞いて美なりと雖も、直に三月に至るまで肉の味を知らざる者有らんや。三月の字誤れり。當に音の字に作るべし。此れ聖人韶音の美なるを聞いて、食するに當たりて肉の味を知らず、乃ち歎じて曰く、圖らざりき、樂を爲ること斯に至らんとは、と。門人因りて以て之を記せり、と。

子所雅言、詩・書・執禮、皆雅言也。雅、雅素之雅。禮、當時所執行而非書也。詩・書・執禮、皆孔子素所常言也。
【読み】
子雅[つね]に言う所は、詩・書・執禮、皆雅に言うなり、と。雅は、雅素の雅。禮は、當時執り行う所にして書に非ざるなり。詩・書・執禮は、皆孔子素より常に言う所なり。

人有斗筲之量者、有鍾鼎之量者、有江河之量者、有天地之量者。斗筲之量者、固不足算。若鍾鼎江河者、亦已大矣。然滿則溢也。唯天地之量、無得而損益。苟非聖人、孰能當之。
【読み】
人斗筲[としょう]の量なる者有り、鍾鼎の量なる者有り、江河の量なる者有り、天地の量なる者有り。斗筲の量なる者は、固に算うるに足らず。鍾鼎江河の若くなる者は、亦已に大なり。然も滿つるときは則ち溢る。唯天地の量は、得て損益すること無し。苟に聖人に非ずんば、孰か能く之に當たらん。

子曰、吾未見剛者。或曰、申棖。子曰、棖也慾、焉得剛。凡人有慾則不剛。至大至剛之氣、在養之可以至焉。
【読み】
子曰く、吾れ未だ剛なる者を見ず、と。或るひと曰く、申棖[しんとう]あり、と。子曰く、棖は慾なり、焉んぞ剛なることを得ん、と。凡そ人慾有るときは則ち剛ならず。至大至剛の氣、之を養いて以て至る可きに在り。

孟子曰、我知言。孟子不欲自言我知道耳。
【読み】
孟子曰く、我れ言を知る、と。孟子自ら我れ道を知ると言うを欲せざるのみ。

孟子常自尊其道而人不尊。孔子益自卑而人益尊之。聖賢固有閒矣。
【読み】
孟子は常に自ら其の道を尊べども而も人尊ばず。孔子は益々自ら卑くすれども而も人益々之を尊ぶ。聖賢固に閒有り。

董仲舒謂、正其義不謀其利、明其道不計其功。孫思邈曰、膽欲大而心欲小。智欲圓而行欲方。可以法矣。今人皆反之者也。(如臨深淵、如履薄冰、謂小心也。赳赳武夫、公侯干城、謂大膽也。不爲利囘、不爲義疚、行之方也。見幾而作、不俟終日、知之圓也。此言極有理。)
【読み】
董仲舒が謂く、其の義を正して其の利を謀らず、其の道を明らかにして其の功を計らず、と。孫思邈が曰く、膽は大ならんことを欲して心は小ならんことを欲す。智は圓ならんことを欲して行は方ならんことを欲す、と。以て法とす可し。今の人は皆之に反する者なり。(深淵に臨むが如く、薄冰を履むが如きとは、心を小にするを謂うなり。赳赳[きゅうきゅう]たる武夫、公侯の干城とは、膽を大にするを謂うなり。利の爲に囘[まど]わず、義の爲に疚まずとは、行の方なるなり。幾を見て作[た]ち、日を終うるを俟たずとは、知の圓なるなり。此の言極めて理有り。)

舍己從人、最爲難事。己者我之所有、雖痛舍之、猶懼守己者固而從人者輕也。
【読み】
己を舍[お]きて人に從うは、最も難き事と爲す。己とは我が有する所にして、痛く之を舍くと雖も、猶己を守る者の固くして人に從う者の輕からんことを懼るればなり。

參也魯。然顏子沒後、終得聖人之道者、曾子也。觀其啓手足之時之言、可以見矣。所傳者子思・孟子、皆其學也。
【読み】
參は魯なり。然れども顏子沒して後、終に聖人の道を得る者は、曾子なり。其の手足を啓く時の言を觀て、以て見る可し。傳うる所の者は子思・孟子、皆其の學なり。

毋意者、不妄意也。毋我者、循理不守己也。
【読み】
意毋しとは、妄意せざるなり。我毋しとは、理に循いて己を守らざるなり。

子曰、先進於禮樂、野人也。言其質勝文也。後進於禮樂、君子也、言其文質彬彬也。如用之、則吾從先進、言若用於時、救文之弊、則吾從先進。小過之義也。麻冕禮也。今也純儉。吾從衆。奢則不孫。儉則固。與其不孫也、寧固。此之謂也。不必惑從周之說。
【読み】
子曰く、先進の禮樂に於るは、野人なり、と。其の質の文に勝るを言うなり。後進の禮樂に於るは、君子なりとは、其の文質彬彬たるを言うなり。如し之を用いば、則ち吾れ先進に從わんとは、言うこころは、若し時に用いて、文の弊を救わば、則ち吾は先進に從わんとなり。小過の義なり。麻冕は禮なり。今純は儉なり。吾は衆に從わん、と。奢るときは則ち不孫なり。儉なるときは則ち固[いや]し。其の不孫與[よ]りは、寧ろ固しかれ、と。此れ之を謂うなり。必ずしも周に從うの說に惑わず。

子曰、賜不受命而貨殖焉。命謂爵命也。言不受爵命而貨殖者、以見其私於利之深。而足以明顏子屢空之賢也。
【読み】
子曰く、賜は命を受けずして貨殖す、と。命とは爵命を謂うなり。言うこころは、爵命を受けずして貨殖する者は、以て其の利に私するの深きを見る。而して以て顏子屢々空しきの賢を明らかにするに足れり。

子曰、論篤是與、君子者乎、色莊者乎、不可以言取人。今以其論篤而與之、是謂君子者乎、徒能色莊者乎。
【読み】
子曰く、論篤きのみに是れ與せば、君子者ならんか、色莊者ならんかとは、言を以て人を取る可からず。今其の論篤きのみを以て之に與せば、是を君子者と謂わんか、徒に能く色莊者ならんか。

仲弓之仁、安己而敬人。故曰、雍也可使南面。對樊遲之問、亦是仁之目也。然樊遲失於粗俗。聖人勉使爲仁、曰、雖之夷狄、不可棄也。司馬牛多言而躁。故但告以其言也訒。
【読み】
仲弓の仁は、己を安んじて人を敬す。故に曰く、雍は南面せしむ可し、と。樊遲の問いに對うるも、亦是れ仁の目なり。然れども樊遲は粗俗に失す。聖人勉めて仁を爲さしめて、曰く、夷狄に之くと雖も、棄つ可からず、と。司馬牛は多言にして躁がし。故に但告ぐるに其の言や訒[かた]しというを以てす。

克伐怨欲不行焉、可以爲仁矣。若無克伐怨欲、固爲仁已。唯顏子而上乃能之。如有而不行焉、則亦可以爲難、而未足以爲仁也。孔子蓋欲憲疑而再問之。而憲未之能問也。
【読み】
克伐怨欲行われざるは、以て仁とす可し。若し克伐怨欲無きときは、固に仁とするのみ。唯顏子より上にして乃ち之を能くせん。如し有れども行われざるは、則ち亦以て難しとす可くして、未だ以て仁とするに足らず。孔子蓋し憲疑いて再び之を問わんことを欲す。而れども憲未だ之を能く問わず。

管仲之仁、仁之功也。
【読み】
管仲が仁は、仁の功なり。

参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)