二程全書卷之十五  遺書明道先生語四

亥九月過汝所聞  劉絢質夫錄
【読み】
亥の九月汝を過りて聞く所  劉絢質夫錄

絢問、先生相別、求所以敎。曰、人之相愛者、相告戒。必曰凡事當善處。然只在仗忠信、只不忠信、便是不善處也。
【読み】
絢問う、先生相別る、敎うる所以を求む、と。曰く、人の相愛する者は、相告げて戒む。必ず曰く、凡そ事當に善處すべし、と。然も只忠信に仗[よ]るに在るのみ。只忠信ならざるは、便ち是れ不善なる處なり、と。

有人治園圃役知力甚勞。先生曰、蠱之象、君子以振民育德。君子之事、惟有此二者、餘無他爲。二者、爲己爲人之道也。(爲己爲人、吳本作治己治人。)
【読み】
人有り園圃を治めて知力を役して甚だ勞す。先生曰く、蠱の象、君子以て民を振[すく]い德を育う、と。君子の事は、惟此の二つの者有って、餘は他の爲[しわざ]無し。二つの者は、己を爲[おさ]め人を爲むるの道なり、と。(爲己爲人は、吳本治己治人に作る。)

博學而篤志、切問而近思、何以言仁在其中矣。學者要思得之。了此、便是徹上徹下之道。
【読み】
博く學んで篤く志し、切に問いて近く思う、何を以て仁其の中に在りと言うや。學者之を思い得んことを要す。此を了するは便ち是れ徹上徹下の道なり。

曾子曰、士不可以不弘毅、任重而道遠。先生曰、弘而不毅、則難立、毅而不弘、則無以居之。(西銘言弘之道。)
【読み】
曾子曰く、士は以て弘毅ならずんばある可からず、任重くして道遠し、と。先生曰く、弘にして毅ならざれば、則ち立ち難く、毅にして弘ならざれば、則ち以て之に居ること無し。(西の銘は弘の道を言う。)

讀書要玩味。
【読み】
書を讀むには玩味せんことを要す。

中庸始言一理、中散爲萬事、末復合爲一理。
【読み】
中庸始めには一理を言い、中は散じて萬事と爲り、末は復合して一理と爲る。

中庸曰、大哉聖人之道。洋洋乎發育萬物、峻極于天。優優大哉、禮儀三百威儀三千、待其人而後行。故曰、苟不至德、至道不凝焉。皆是一貫。
【読み】
中庸に曰く、大なるかな聖人の道。洋洋乎として萬物を發育し、峻[たか]きこと天に極[いた]れり。優優として大なるかな、禮儀三百威儀三千、其の人を待って後に行わる。故に曰く、苟も至德ならざれば、至道凝[な]らず、と。皆是れ一貫なり。

持國曰、若有人便明得了者、伯淳信乎。曰、若有人、則豈不信。蓋必有生知者。然未之見也。凡云爲學者、皆爲此以下論。孟子曰、盡其心者知其性也、知性則知天矣。存其心、養其性、所以事天。便是至言。
【読み】
持國が曰く、若[かくのごとき]人有り便ち明得し了わる者は、伯淳信ずるか、と。曰く、若人有らば、則ち豈信ぜざらんや。蓋し必ず生知の者有らん、然れども未だ之を見ざるなり。凡そ學を爲すと云う者は、皆此より以下と爲して論ず。孟子曰く、其の心を盡くす者は其の性を知る、性を知るときは則ち天を知る。其の心を存し、其の性を養うは、天に事うる所以なり、と。便ち是れ至言なり、と。

佛氏不識陰陽晝夜死生古今、安得謂形而上者與聖人同乎。
【読み】
佛氏は陰陽晝夜死生古今を識らず、安んぞ形よりして上なる者と聖人と同じと謂うことを得んや。

佛言前後際斷、純亦不已是也。彼安知此哉。子在川上曰、逝者如斯夫、不舍晝夜。自漢以來儒者、皆不識此義。此見聖人之心純亦不已也。詩曰、維天之命、於穆不已。蓋曰天之所以爲天也。於乎不顯、文王之德之純。蓋曰文王之所以爲文也。純亦不已、此乃天德也。有天德便可語王道、其要只在愼獨。
【読み】
佛は前後際斷と言い、純[もっぱ]らにして亦已まざる、是れなり、と。彼れ安んぞ此を知らんや。子川の上[ほとり]に在りて曰く、逝く者は斯の如きか、晝夜を舍かず、と。漢自り以來の儒者、皆此の義を識らず。此れ聖人の心純らにして亦已まざることを見る。詩に曰く、維れ天の命、於[ああ]穆として已まず、と。蓋し天の天爲る所以を曰うなり。於乎[ああ]顯らかならずや、文王の德の純らなる、と。蓋し文王の文爲る所以を曰うなり。純らにして亦已まざるは、此れ乃ち天德なり。天德有りて便ち王道を語る可く、其の要は只獨りを愼むに在り。

學要在敬也、誠也、中間便(一作更。)有箇仁。博學而篤志、切問而近思、仁在其中矣之意。(敬主事。)
【読み】
學の要は敬と誠とに在り、中間便ち(一に更に作る。)箇の仁有り。博く學んで篤く志し、切に問いて近く思う、仁其の中に在りの意なり。(敬主の事。)

人之學不進、只是不勇。
【読み】
人の學進まざるは、只是れ勇ならざればなり。

或問、繫辭自天道言、中庸自人事言。似不同。曰、同。繫辭雖始從天地陰陽鬼神言之、然卒曰、默而成之、不言而信、存乎德行。中庸亦曰、鬼神之爲德、其盛矣乎。視之而不見、聽之而不聞、體物而不可遺。使天下之人齊明盛服以承祭祀、洋洋乎如在其上、如在其左右。詩曰、神之格思、不可度思。矧可射思。夫微之顯、誠之不可揜、如此夫。是豈不同。
【読み】
或るひと問う、繫辭は天道自り言い、中庸は人事自り言う。同じからざるに似れり、と。曰く、同じ。繫辭は始め天地陰陽鬼神從り之を言うと雖も、然れども卒わりに曰く、默して之を成し、言わずして信あるは、德行に存す、と。中庸も亦曰く、鬼神の德爲る、其れ盛んなるかな。之を視れども見えず、之を聽けども聞こえず、物に體して遺す可からず。天下の人をして齊明盛服して以て祭祀に承らしめ、洋洋乎として其の上に在すが如く、其の左右に在すが如し、と。詩に曰く、神の格る、度る可からざる。矧[いわ]んや射[いと]う可けんや。夫れ微かなるが顯らかなる、誠の揜[おお]う可からざること、此の如し、と。是れ豈同じからずや。

人多言廣心浩大。然未見其人也。
【読み】
人多く言う、廣心浩大、と。然れども未だ其の人を見ず。

樂則行之、憂則違之。樂與憂皆道也。非己之私也。
【読み】
樂しむときは則ち之を行い、憂うるときは則ち之を違[さ]る。樂しむと憂うるとは皆道なり。己が私に非ざるなり。

聖人致公心、盡天地萬物之理、各當其分。佛氏總爲一己之私。是安得同乎。聖人循理。故平直而易行。異端造作、大小大費力、非自然也。故失之遠。
【読み】
聖人は心を公にすることを致し、天地萬物の理を盡くし、各々其の分に當たる。佛氏は總て一己の私を爲す。是れ安んぞ同じきことを得んや。聖人は理に循う。故に平直にして行い易し。異端は造作して、大小大に力を費やし、自然に非ず。故に之を失すること遠し。

易中只是言反復往來上下。
【読み】
易中は只是れ反復往來上下を言う。

伊尹曰、天之生斯民也、使先知覺後知、使先覺覺後覺。予天民之先覺者也。予將以斯道覺斯民也。釋氏之云覺、甚底是覺斯道、甚底是覺斯民。
【読み】
伊尹曰く、天の斯の民を生ずる、先知をして後知を覺さしめ、先覺をして後覺を覺さしむ。予は天民の先覺なる者なり。予將に斯の道を以て斯の民を覺さんとす、と。釋氏が覺と云うは、甚底[なに]をか是れ斯の道を覺し、甚底をか是れ斯の民を覺さん。

参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)