二程全書卷之二十二  遺書伊川先生語第七上

師 說  門人張繹錄

宣仁山陵、程子往赴。呂汲公爲使。時朝廷以館職授子。子固辭。公謂子曰、仲尼亦不如是。程子對曰、公何言哉。某何人、而敢比仲尼。雖然、某學仲尼者。於仲尼之道、固不敢異。公以謂仲尼不如是、何也。公曰、陳恆弑其君、請討之。魯不用則亦已矣。子未及對。會殿帥苗公至、子辟之幕府、見公壻王讜。讜曰、先生不亦甚乎。欲朝廷如何處先生也。子曰、且如朝廷議北郊、所議不合禮、取笑天下。後世豈不曰有一程某、亦嘗學禮、何爲而不問也。讜曰、北郊如何。曰、此朝廷事、朝廷不問而子問之、非可言之所也。其後有問、汲公所言陳恆之事、是歟。曰、於傳、仲尼是時已不爲大夫。公誤言也。
【読み】
宣仁山陵に、程子往き赴く。呂汲公使爲り。時に朝廷館職を以て子に授く。子固く辭す。公子に謂いて曰く、仲尼も亦是の如くならじ、と。程子對えて曰く、公何をか言うや。某何人にして、敢えて仲尼に比する。然りと雖も、某は仲尼を學ぶ者なり。仲尼の道に於て、固より敢えて異ならず。公以て仲尼は是の如くならじと謂うは、何ぞや、と。公曰く、陳恆其の君を弑するとき、之を討ぜんと請う。魯用いざれば則ち亦已むなり、と。子未だ對うるに及ばず。會[たまたま]殿帥苗公至り、子辟[め]されて幕府に之きて、公の壻王讜[おうとう]に見ゆ。讜曰く、先生亦甚だしからずや。朝廷如何にか先生を處せんと欲する、と。子曰く、且朝廷北郊を議するが如き、議する所禮に合わず、笑を天下に取らん。後世豈一りの程某というもの有り、亦嘗て禮を學ぶ、何爲れぞ而も問わざると曰わざらんや、と。讜曰く、北郊は如何、と。曰く、此れ朝廷の事、朝廷問わずして子之を問うは、言う可きの所に非ず、と。其の後問うこと有り、汲公言う所の陳恆の事、是なるや、と。曰く、傳に於て、仲尼是の時已に大夫爲らず。公誤り言えるなり、と。

呂汲公以百縑遺子。子辭之。時子族兄子公孫在旁、謂子曰、勿爲已甚。姑受之。子曰、公之所以遺某者、以某貧也。公位宰相。能進天下之賢、隨才而任之、則天下受其賜也。何獨某貧也。天下貧者亦衆矣。公帛固多。恐公不能周也。
【読み】
呂汲公百縑[けん]を以て子に遺る。子之を辭す。時に子の族兄の子公孫旁に在り、子に謂いて曰く、已甚だしきをすること勿けんや。姑く之を受けよ、と。子曰く、公の某に遺る所以の者は、某が貧しきを以てなり。公は宰相に位す。能く天下の賢を進めて、才に隨いて之を任ぜば、則ち天下其の賜を受けん。何ぞ獨り某のみ貧しからん。天下貧しき者亦衆し。公の帛も固に多し。恐れらくは公周くすること能わざらんことを、と。

殿帥苗公問程子曰、朝廷處先生、如何則可。程子對曰、且如山陵事。苟得專處、雖永安尉可也。
【読み】
殿帥苗公程子に問いて曰く、朝廷先生を處すること、如何にせば則ち可ならん、と。程子對えて曰く、且山陵の事の如し。苟も專ら處することを得ば、永安の尉と雖も可なり、と。

程子曰、古之學者易、今之學者難。古人自八歲入小學、十五入大學、有文采以養其目、聲音以養其耳、威儀以養其四體、歌舞以養其血氣、義理以養其心。今則倶亡矣。惟義理以養其心爾。可不勉哉。
【読み】
程子曰く、古の學ぶ者は易く、今の學ぶ者は難し。古人八歲自り小學に入り、十五にして大學に入り、文采以て其の目を養い、聲音以て其の耳を養い、威儀以て其の四體を養い、歌舞以て其の血氣を養い、義理以て其の心を養うこと有り。今は則ち倶に亡し。惟義理以て其の心を養うのみ。勉めざる可けんや、と。

范公堯夫攝帥成都。程子將告歸、別焉。公曰、願少留。某將別。子曰、旣別矣。何必復勞輿衛。遂行。公使人要於路曰、願一見也。旣見、曰、先生何以敎我。子曰、公嘗言、爲將帥當使士卒視己如父母、然後可用。然乎。公曰、如何。子曰、公言是也。然公爲政不若是、何也。公曰、可得聞歟。子曰、舊帥新亡、而公張樂大饗將校於府門。是敎之視帥如父母乎。曰、亦疑其不可、故使屬官攝主之也。子曰、是尤不可也。公與舊帥同僚也。失同僚之義、其過小。屬官於主帥、其義重。曰、廢饗而頒之酒食、如何。曰、無頒也。武夫視酒食爲重事。弗頒、則必思其所以而知事帥之義。乃因事而敎也。公曰、若從先生言而不來、則不聞此矣。其喜聞義如此。
【読み】
范公堯夫成都に帥たることを攝す。程子將に告げて歸らんとして、別る。公曰く、願わくは少[しばら]く留まれ。某將に別れんとす、と。子曰く、旣に別る。何ぞ必ずしも復輿衛を勞せん、と。遂に行く。公人をして路に要せしめて曰く、願わくは一たび見えん、と。旣に見えて、曰く、先生何を以て我に敎えん、と。子曰く、公嘗て言う、將帥と爲って當に士卒をして己を視ること父母の如くならしめて、然して後に用う可し、と。然りや、と。公曰く、如何、と。子曰く、公の言は是なり。然れども公の政を爲むること是の若くならざるは、何ぞや、と。公曰く、得て聞く可けんや、と。子曰く、舊帥新たに亡くなって、公樂を張り大いに饗して將に府門に校せんとす。是れ之に帥を視ること父母の如くならしむるか、と。曰く、亦其の不可ならんことを疑う、故に屬官をして之を攝主せしむ、と。子曰く、是れ尤も不可なり。公と舊帥とは同僚なり。同僚の義を失するは、其の過ち小なり。屬官主帥に於るは、其の義重し、と。曰く、饗を廢して之に酒食を頒かたば、如何、と。曰く、頒かつこと無し。武夫は酒食を視て重事と爲す。頒かたずんば、則ち必ず其の所以を思って帥に事うるの義を知らん。乃ち事に因って敎うるなり、と。公曰く、若し先生の言に從いて來らずんば、則ち此を聞かじ、と。其の義を聞くことを喜ぶこと此の如し。

程子在講筵、執政有欲用之爲諫官者。子聞、以書謝曰、公知射乎。有人執弓於此、發而多中、人皆以爲善射也。一日、使羿立於其傍、道之以彀率之法。不從、羿且怒而去矣。從之、則戾其故習而失多中之功(一作巧。)。故不若處羿於無事之地、則羿得盡其言、而用舍羿不恤也。某才非羿也。然聞羿之道矣。慮其害公之多中也。
【読み】
程子講筵に在るとき、執政之を用いて諫官と爲さんと欲する者有り。子聞きて、書を以て謝して曰く、公射を知れりや。人有り弓を此に執って、發して多く中れば、人皆以爲えらく、善く射る、と。一日、羿をして其の傍に立て、之を道[みちび]くに彀率の法を以てせしめん。從わざれば、羿且怒って去らん。之に從わば、則ち其の故習に戾って多く中るの功(一に巧に作る。)を失せん。故に若かじ、羿を無事の地に處せしめて、則ち羿其の言を盡くすことを得て、用舍するも羿恤えざるには。某が才は羿に非ず。然れども羿の道を聞けり。其の公の多く中るを害せんことを慮るなり、と。

謝湜自蜀之京師、過洛而見程子。子曰、爾將何之。曰、將試敎官。子弗答。湜曰、如何。子曰、吾嘗買婢、欲試之。其母怒而弗許、曰、吾女非可試者也。今爾求爲人師而試之。必爲此媼笑也。湜遂不行。(一本云、湜不能用。又云、謝湜求見者三、不許。因陳經正以請。先生曰、聞其來問易、遂爲說以獻貴人。注云、獻祭卞、如用說桎梏之類。)
【読み】
謝湜[しゃしょく]蜀自り京師に之き、洛を過りて程子に見ゆ。子曰く、爾將に何くにか之かんとす、と。曰く、將に敎官に試[もち]いられんとす、と。子答えず。湜曰く、如何、と。子曰く、吾れ嘗て婢を買って、之を試みんと欲す。其の母怒って許さずして、曰く、吾が女は試す可き者に非ざるなり、と。今爾人の師爲らんことを求めて之に試いられんとす。必ず此の媼の爲に笑われん、と。湜遂に行かず。(一本に云う、湜用うること能わず、と。又云う、謝湜見えんことを求むる者三たび、許されず。陳經正に因りて以て請う。先生曰く、聞く其の來りて易を問うて、遂に說を爲して以て貴人に獻ず、と。注に云う、祭卞に獻ず、桎梏を說くことを用うるが如きの類なり、と。)

謝愔見程子。子留語。因請曰、今日將沐。子曰、豈無他日。曰、今日吉也。子曰、豈爲士而惑此也邪。曰、愔固無疑矣。在己庸何恤。第云不利父母。子曰、有人呼於市者曰、毀瓦畫墁則利父母也。否則不利於父母。子亦將毀瓦畫墁乎。曰、此狂人之言也。何可信。然則子所信者、亦狂言爾。
【読み】
謝愔[しゃいん]程子に見ゆ。子留め語る。因りて請いて曰く、今日將に沐せんとす、と。子曰く、豈他日無けんや、と。曰く、今日は吉なればなり、と。子曰く、豈士と爲りて此に惑わんや、と。曰く、愔固に疑うこと無し。己に在っては何を庸[も]ってか恤えん。第[ただ]云う、父母に利あらず、と。子曰く、人市に呼ぶ者有りて曰く、瓦を毀り墁[まん]に畫かば則ち父母に利あり、と。否らざれば則ち父母に利あらず、と。子亦將に瓦を毀り墁に畫かんとするか、と。曰く、此れ狂人の言なり。何ぞ信ず可けん、と。然らば則ち子が信ずる所の者も、亦狂言なるのみ、と。

先生謂繹曰、吾受氣甚薄、三十而浸盛、四十五十而後完。今生七十二矣。校其筋骨於盛年無損也。又曰、人待老而求保生、是猶貧而後蓄積。雖勤亦無補矣。繹曰、先生豈以受氣之薄而後爲保生邪。夫子默然曰、吾以忘生徇欲爲深恥。
【読み】
先生繹に謂いて曰く、吾れ氣を受くること甚だ薄く、三十にして浸[ようや]く盛んに、四十五十にして後に完し。今生くること七十二なり。其の筋骨を盛年に校[くら]ぶるに損すること無し、と。又曰く、人老を待って生を保たんことを求むるは、是れ猶貧しくして後に蓄積せんとするがごとし。勤むと雖も亦補うこと無けん、と。繹曰く、先生豈氣を受くるの薄きを以て而して後に生を保つことを爲せるや、と。夫子默然として曰く、吾れ生を忘れ欲に徇うことを以て深き恥と爲す、と。

程子與客語爲政。程子曰、甚矣、小人之無行也。牛壯食其力、老則屠之。客曰、不得不然也。牛老不可用、屠之猶得半牛之價、復稱貸以買壯者。不爾則廢耕矣。且安得芻粟養無用之牛乎。子曰、爾之言、知計利而不知義者也。爲政之本、莫大於使民興行。民俗善而衣食不足者、未之有也。水旱螟蟲之災、皆不善之致也。
【読み】
程子客と政を爲むることを語る。程子曰く、甚だしいかな、小人の行無きこと。牛壯にしては其の力を食み、老いては則ち之を屠る、と。客曰く、然らざることを得ざるなり。牛老いては用う可からず、之を屠れば猶半牛の價を得て、復稱貸して以て壯なる者を買わん。爾らずんば則ち耕を廢せん。且安んぞ芻粟もて無用の牛を養うことを得んや、と。子曰く、爾が言は、利を計ることを知って義を知らざる者なり。政を爲むるの本は、民をして行を興さしむるより大なるは莫し。民の俗善にして衣食足らざる者は、未だ之れ有らず。水旱螟蟲の災いは、皆不善の致せるなり、と。

邵堯夫謂程子曰、子雖聰明、然天下之事亦衆矣。子能盡知邪。子曰、天下之事、某所不知者固多。然堯夫所謂不知者何事。是時適雷起。堯夫曰、子知雷起處乎。子曰、某知之。堯夫不知也。堯夫愕然曰、何謂也。子曰、旣知之、安用數推也。以其不知、故待推而後知。堯夫曰、子以爲起於何處。子曰、起於起處。堯夫瞿然稱善。
【読み】
邵堯夫程子に謂いて曰く、子聰明なりと雖も、然れども天下の事亦衆し。子能く盡く知らんや、と。子曰く、天下の事、某が知らざる所の者固より多し。然るに堯夫の所謂知らずという者は何事ぞ、と。是の時適々雷起こる。堯夫曰く、子雷の起こる處を知るや、と。子曰く、某之を知れり。堯夫は知らじ、と。堯夫愕然として曰く、何の謂ぞ、と。子曰く、旣に之を知れば、安んぞ數を用って推さん。其の知らざるを以て、故に推すことを待って而して後に知る、と。堯夫曰く、子以て何れの處より起ると爲す、と。子曰く、起こる處より起こる、と。堯夫瞿然として善なりと稱す。

張子厚罷太常禮院歸關中。過洛而見程子。子曰、比太常禮院所議、可得聞乎。子厚曰、大事皆爲禮房檢正所奪。所議惟小事爾。子曰、小事謂何。子厚曰、如定諡及龍女衣冠。子曰、龍女衣冠如何。子厚曰、當依夫人品秩。蓋龍女本封善濟夫人。子曰、某則不然。旣曰龍、則不當被人衣冠。矧大河之塞、本上天降祐、宗廟之靈、朝廷之德、而吏士之勞也。龍何功之有。又聞龍有五十三廟。皆曰三娘子、一龍邪、五十三龍邪。一龍則不當有五十三廟、五十三龍則不應盡爲三娘子也。子厚默然。
【読み】
張子厚太常禮院を罷めて關中に歸る。洛を過りて程子に見ゆ。子曰く、比[このごろ]太常禮院の議する所、得て聞く可けんや、と。子厚曰く、大事は皆禮房檢正の爲に奪わる。議する所は惟小事のみ、と。子曰く、小事とは何を謂う、と。子厚曰く、諡及び龍女の衣冠を定むるが如し、と。子曰く、龍女の衣冠とは如何、と。子厚曰く、當に夫人の品秩に依るべし。蓋し龍女は本善濟夫人と封ずればなり、と。子曰く、某は則ち然らず。旣に龍と曰わば、則ち當に人の衣冠を被るべからず。矧[いわ]んや大河の塞は、本上天祐を降し、宗廟の靈は、朝廷の德にして、吏士の勞なり。龍に何の功か之れ有らん。又龍に五十三廟有りと聞く。皆三娘子と曰う。一龍なりや、五十三龍なりや。一龍ならば則ち當に五十三廟有るべからず、五十三龍ならば則ち應に盡く三娘子と爲すべからず、と。子厚默然たり。

韓持國帥許。程子往見、謂公曰、適市中聚浮圖、何也。公曰、爲民祈福也。子曰、福斯民者、不在公乎。
【読み】
韓持國許に帥たり。程子往いて見えて、公に謂いて曰く、適々市中に浮圖を聚むるは、何ぞや、と。公曰く、民の爲に福を祈るなり、と。子曰く、斯の民に福する者は、公に在らずや、と。

韓公持國使掾爲亭。成而蓮已生其前。蓋掾盆植而置之。公甚喜。程子曰、斯可惡也。使之爲亭。而更爲此以說公。非端人也。公曰、奈何人見之則喜。
【読み】
韓公持國掾をして亭を爲らしむ。成って蓮已に其の前に生ず。蓋し掾盆に植えて之を置けり。公甚だ喜ぶ。程子曰く、斯れ惡む可し。之をして亭を爲らしむ。而るに更に此を爲して以て公を說ばしむ。端人に非ざるなり、と。公曰く、奈何ぞ人之を見れば則ち喜ばん、と。

韓公持國與范公彝叟・程子爲泛舟之遊。典謁白有士人堅欲見公。程子曰、是必有故。亟見之。頃之、遽還。程子問、客何爲者。曰、上書。子曰、言何事。曰、求薦爾。子曰、如斯人者、公(缺一字。)無薦。夫爲國薦賢、自當求人。豈可使人求也。公曰、子不亦甚乎。范公亦以子爲不通。子曰、大扺今之大臣、好人求己、故人求之。如不好、人豈欲求怒邪。韓公遂以爲然。
【読み】
韓公持國と范公彝叟・程子と泛舟の遊を爲す。典謁白[もう]す、士人有り堅く公に見えんと欲す、と。程子曰く、是れ必ず故有らん。亟[すみ]やかに之に見えよ、と。頃[しばら]くありて、遽に還る。程子問う、客は何爲れの者ぞ、と。曰く、書を上[たてまつ]る、と。子曰く、何事を言う、と。曰く、薦を求むるのみ、と。子曰く、斯の如き人は、公(一の字を缺く。)薦むること無かれ。夫れ國の爲に賢を薦むるは、自ら當に人を求むべし。豈人をして求めしむ可けんや、と。公曰く、子亦甚だしからずや、と。范公も亦子を以て通ぜずとす。子曰く、大扺今の大臣は、人己に求めんことを好む、故に人之に求む。如し好まずんば、人豈怒りを求むることを欲せんや、と。韓公遂に以て然りとす。

韓持國罷門下侍郎、出帥南陽。已出國門。程子往見之。子時在講筵。公驚曰、子來見我乎。子亦危矣。程子曰、只知履安地。不知其危。坐頃之、公不言。子曰、公有不豫色、何也。公曰、在維固無足道。所慮者貽兄姊之憂耳。子曰、領帥南陽、兄姊何所憂。公悟曰、正爲定力不固耳。
【読み】
韓持國門下侍郎を罷めて、出て南陽の帥たり。已に國門を出づ。程子往いて之に見ゆ。子時に講筵に在り。公驚いて曰く、子來りて我に見ゆるか。子亦危うからん、と。程子曰く、只安き地を履むことを知る。其の危うきを知らず、と。坐すること頃[しばら]くありて、公言わず。子曰く、公不豫の色有るは、何ぞや、と。公曰く、維に在るは固に道うに足ること無し。慮る所の者は兄姊の憂えを貽[のこ]すのみ、と。子曰く、南陽に帥たることを領するに、兄姊何ぞ憂うる所あらん、と。公悟って曰く、正に力を定むること固ならずと爲すのみ、と。

謝公師直與程子論易。程子未之許也。公曰、昔與伯淳、亦謂景溫於春秋則可。易則未也。程子曰、以某觀之、二公皆深於易者也。公曰、何謂也。子曰、以監司論學、而主薄敢以爲非、爲監司者不怒。爲主薄者敢言、非深於易而何。
【読み】
謝公師直と程子と易を論ず。程子未だ之に許さず。公曰く、昔伯淳と、亦謂う、景溫春秋に於ては則ち可なり。易は則ち未だし、と。程子曰く、某を以て之を觀るに、二公は皆易に深き者なり、と。公曰く、何の謂ぞや、と。子曰く、監司學を論ずるを以てして、主薄敢えて以て非と爲し、監司爲る者怒らず。主薄爲る者敢えて言うは、易に深きに非ずして何ぞや、と。

張閎中以書問易傳不傳、及曰易之義本起於數。程子答曰、易傳未傳、自量精力未衰、尙冀有少進爾。然亦不必直待身後、覺老耄則傳矣。書雖未出、學未嘗不傳也。第患無受之者爾。來書云、易之義本起於數。謂義起於數則非也。有理而後有象、有象而後有數。易因象以明理、由象以知數。得其義則象數在其中矣。必欲窮象之隱微、盡數之毫忽、乃尋流逐末、術家之所尙、非儒者之所務也。管輅・郭璞之學是也。又曰、理無形也。故因象以明理。理見乎辭矣。則可由辭以觀象。故曰、得其義則象數在其中矣。
【読み】
張閎中書を以て易傳傳えざることを問い、及び易の義は本數に起こると曰う。程子答えて曰く、易傳未だ傳えざるは、自ら精力未だ衰えず、尙冀わくは少しく進まんこと有らんと量れるのみ。然れども亦必ずしも直に身後を待たず、老耄を覺えば則ち傳えん。書未だ出さずと雖も、學は未だ嘗て傳えずんばあらず。第[ただ]之を受くる者無きことを患うるのみ。來書に云う、易の義は本數に起こる、と。義數に起こると謂わば則ち非なり。理有りて而して後に象有り、象有りて而して後に數有り。易は象に因りて以て理を明らかにし、象に由って以て數を知る。其の義を得るときは則ち象數其の中に在り。必ず象の隱微を窮め、數の毫忽を盡くさんと欲するは、乃ち流を尋ね末を逐う、術家の尙ぶ所にて、儒者の務むる所に非ず。管輅・郭璞の學是れなり、と。又曰く、理は形無し。故に象に因りて以て理を明らかにす。理は辭に見る。則ち辭に由りて以て象を觀る可し。故に曰く、其の義を得るときは則ち象數其の中に在り、と。

子言范公堯夫之寬大也。昔余過成都、公時攝帥、有言公於朝者、朝廷遺中使降香峨眉。實察之也。公一日訪予款語。子問曰、聞中使在此。公何暇也。公曰、不爾則拘束。已而中使果怒、以鞭傷傳言者耳。屬官喜謂公曰、此一事足以塞其謗。請聞於朝。公旣不折言者之爲非、又不奏中使之過也。其有量如此。
【読み】
子范公堯夫の寬大なることを言う。昔余成都を過るとき、公時に帥を攝らば、公を朝に言う者有り、朝廷中使をして香を峨眉に降さしむ。實は之を察するなり。公一日予を訪ねて款語す。子問いて曰く、聞く、中使此に在り、と。公何ぞ暇ある、と。公曰く、爾らずんば則ち拘束せよ。已にして中使果たして怒りて、鞭を以て言を傳うる者を傷らんのみ、と。屬官喜んで公に謂いて曰く、此の一事以て其の謗りを塞ぐに足れり。請う朝に聞かん、と。公旣に言う者の非爲ることを折[くじ]かず、又中使の過ちを奏せず。其の量有ること此の如し、と。

程子過成都。時轉運判官韓宗道議減役、至三大戶亦減一人焉。子曰、只聞有三大戶。不聞兩也。宗道曰、三亦可、兩亦可。三之名不從天降地出也。子曰、乃從天降地出也。古者朝有三公、國有三老。三人占則從二人之言、三人行、則必得我師焉。若止兩大戶、則一人以爲是、一人以爲非、何從而決。三則從二人之言矣。雖然、近年諸縣有使之分治者、亦失此意也。
【読み】
程子成都を過る。時に轉運判官韓宗道役を減ぜんことを議して、三大戶も亦一人を減ずるに至る。子曰く、只三大戶有ることを聞く。兩を聞かざるなり、と。宗道曰く、三も亦可なり、兩も亦可なり。三の名は天從り降り地に出づるにもあらざるなり、と。子曰く、乃ち天從り降り地に出づるなり。古は朝に三公有り、國に三老有り。三人占うときは則ち二人の言に從い、三人行うときは、則ち必ず我が師を得る。若し止兩大戶ならば、則ち一人以て是と爲し、一人以て非と爲さば、何に從って決せん。三ならば則ち二人の言に從わん。然りと雖も、近年諸縣之をして分かち治めしむる者有り、亦此の意を失えり、と。

繹曰、鄒浩以極諫得罪、世疑其賣直也。先生曰、君子之於人也、當於有過中求無過、不當於無過中求有過。
【読み】
繹が曰く、鄒浩は極めて諫むるを以て罪を得、世其の直を賣ることを疑うなり、と。先生曰く、君子の人に於る、當に過ち有る中に於て過ち無からんことを求むべく、當に過ち無き中に於て過ち有らんことを求むべからず、と。

程子之盩厔。時樞密趙公瞻持喪居邑中、杜門謝客。使侯騭語子以釋氏之學。子曰、禍莫大於無類。釋氏使人無類、可乎。騭以告趙公。公曰、天下知道者少、不知道者衆。自相生養、何患乎無類也。若天下盡爲君子、則君子將誰使。侯子以告。程子曰、豈不欲人人盡爲君子哉。病不能耳。非利其爲使也。若然、則人類之存、不賴於聖賢、而賴於下愚也。趙公聞之、笑曰、程子未知佛道弘大耳。程子曰、釋氏之道誠弘大。吾聞傳者以佛逃父入山、終能成佛。若儒者之道、則當逃父時已誅之矣。豈能俟其成佛也。
【読み】
程子盩厔[ちゅうちつ]に之く。時に樞密趙公瞻喪を持して邑中に居して、門を杜ぢて客を謝す。侯騭[こうしつ]をして子に語るに釋氏の學を以てす。子曰く、禍は類無きより大なるは莫し。釋氏人をして類無からしむるは、可ならんや、と。騭以て趙公に告ぐ。公曰く、天下道を知る者は少なく、道を知らざる者は衆し。自ら相生養せば、何ぞ類無きことを患えん。若し天下盡く君子爲らば、則ち君子將に誰をか使わんとす、と。侯子以て告ぐ。程子曰く、豈人人盡く君子爲らんことを欲せざらんや。能わざることを病めるのみ。其の使わんとすることを利とするに非ず。若し然らば、則ち人類の存する、聖賢に賴まずして、下愚に賴むなり、と。趙公之を聞いて、笑って曰く、程子は未だ佛道の弘大なることを知らざるのみ、と。程子曰く、釋氏の道は誠に弘大なり。吾れ聞き傳うる者は佛父を逃れ山に入りて、終に能く成佛すということを以てす。儒者の道の若きは、則ち父を逃るる時に當たって已に之を誅せん。豈能く其の成佛することを俟たんや、と。

韓公持國與程子語。歎曰、今日又暮矣。程子對曰、此常理從來如是。何歎爲。公曰、老者行去矣。曰、公勿去可也。公曰、如何能勿去。子曰、不能則去可也。
【読み】
韓公持國と程子と語る。歎じて曰く、今日も又暮れぬ、と。程子對えて曰く、此れ常理從來是の如し。何ぞ歎くことをせん、と。公曰く、老いたる者は行き去る、と。曰く、公去ること勿くして可なり、と。公曰く、如何にしてか能く去ること勿けん、と。子曰く、能わずんば則ち去って可なり、と。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)