二程全書卷之二十六  遺書伊川先生語第九

鮑若雨錄

今語小人曰不違道、則曰不違道。然卒違道。語君子曰不違道、則曰不違道、終不肯違道。譬如牲牢之味、君子曾嘗之。說與君子、君子須增愛。說與小人、小人非不道好、只是無增愛心。其實只是未知味。守死善道、人非不知。終不肯爲者、只是知之淺、信之未篤。
【読み】
今小人に語りて道に違わざれと曰えば、則ち道に違わじと曰う。然れども卒に道に違う。君子に語りて道に違わざれと曰えば、則ち道に違わじと曰いて、終に肯えて道に違わず。譬えば牲牢の味の如き、君子曾て之を嘗む。君子に說與すれば、君子須く增愛すべし。小人に說與すれば、小人好しと道わざるには非ず、只是れ增愛の心無し。其の實は只是れ未だ味を知らざればなり。死を守りて道を善くすること、人知らざるには非ず。終に肯えてせざる者は、只是れ知ることの淺く、信ずることの未だ篤からざればなり。

志不可不篤、亦不可助長。志不篤則忘廢。助長於文義上也且有益。若於道理上助長、反不得。杜預云、優而柔之、使自求之、厭而飫之、使自趣之、若江海之浸、膏澤之潤、渙然冰釋、怡然理順、然後爲得也。此數句煞好。
【読み】
志は篤からずんばある可からず、亦助長せしむ可からず。志篤からざるときは則ち忘廢す。文義の上に助長せしむれば且益有り。若し道理の上に於て助長せしむれば、反って得ず。杜預云う、優にして之を柔にし、自ら之を求めしめ、厭[あきた]るまでにして之を飫[あきた]るまでにし、自ら之に趣かしめ、江海の浸[うるお]い、膏澤の潤うが若く、渙然として冰のごとく釋け、怡然として理順い、然して後に得たりとす、と。此の數句煞だ好し。

論語是孔門高弟所撰、觀其立言、直是得見聖人處。如閔子侍側、誾誾如也、子路行行如也、冉有・子貢侃侃如也、子樂、不得聖人處、怎生知得子樂。誾誾・行行・侃侃、亦是門人旁觀見得。如子溫而厲、威而不猛、恭而安、皆是善觀聖人者。
【読み】
論語は是れ孔門高弟の撰する所、其の立言を觀るに、直に是れ聖人の處を見ることを得。閔子側に侍り、誾誾如たり、子路行行如たり、冉有・子貢侃[かん]侃如たり、子樂しめりというが如き、聖人の處を得ずんば、怎生ぞ子樂しむことを知り得ん。誾誾・行行・侃侃は、亦是れ門人旁[あまね]く觀て見得す。子溫にして厲、威あって猛からず、恭しくして安しというが如き、皆是れ善く聖人を觀る者なり。

夫子刪詩、贊易、敍書、皆是載聖人之道。然未見聖人之用。故作春秋。春秋、聖人之用也。如曰知我者、其惟春秋乎、罪我者、其惟春秋乎、便是聖人用處。
【読み】
夫子詩を刪り、易を贊し、書を敍ぐは、皆是れ聖人の道を載す。然れども未だ聖人の用を見ず。故に春秋を作る。春秋は、聖人の用なり。我を知る者は、其れ惟春秋か、我を罪する者は、其れ惟春秋かと曰うが如き、便ち是れ聖人の用なる處なり。

人謂盡己之謂忠、盡物之謂恕。盡己之謂忠固是。盡物之謂恕則未盡。推己之謂恕、盡物之謂信。
【読み】
人己を盡くす之を忠と謂い、物を盡くす之を恕と謂うと謂う。己を盡くす之を忠と謂うは固に是なり。物を盡くす之を恕と謂うは則ち未だ盡きず。己を推す之を恕と謂い、物を盡くす之を信と謂う。

問、武未盡善處、如何。曰、說者以征誅不及揖讓。征誅固不及揖讓。然未盡善處、不獨在此、其聲音節奏亦有未盡善者。樂記曰、有司失其傳也。若非有司失其傳、則武王之志荒矣。孔子自衛反魯、然後樂正、雅・頌各得其所。是知旣正之後、不能無錯亂者。
【読み】
問う、武未だ善を盡くさざる處、如何、と。曰く、說く者以[おも]えらく、征誅は揖讓に及ばず、と。征誅は固に揖讓に及ばず。然れども未だ善を盡くさざる處は、獨り此に在るのみにあらず、其の聲音節奏も亦未だ善を盡くさざる者有り。樂記に曰く、有司其の傳を失えり、と。若し有司其の傳を失うに非ずんば、則ち武王の志荒れんや。孔子衛自り魯に反って、然して後に樂正しく、雅・頌各々其の所を得たり、と。是に知る、旣に正しきの後、錯亂する者無きこと能わざることを、と。

小人之怒在己、君子之怒在物。小人之怒、出於心、作於氣、形於身、以及於物、以至無所不怒。是所謂遷也。若君子之怒、如舜之去四凶。
【読み】
小人の怒りは己に在り、君子の怒りは物に在り。小人の怒りは、心に出、氣に作り、身に形れて、以て物に及び、以て怒らざる所無きに至る。是れ所謂遷るなり。君子の怒りの若きは、舜の四凶を去るが如し。

問、吾道一以貫之。而曰忠恕而已矣、則所謂一者、便是仁否。曰、固是。只這一字、須是子細體認。一還多在忠上、多在恕上。曰、不然。多在忠上。纔忠便是一。恕卽忠之用也。
【読み】
問う、吾が道は一以て之を貫く、と。而して忠恕のみと曰うときは、則ち所謂一なる者は、便ち是れ仁なりや否や、と。曰く、固に是なり。只這の一字、須く是れ子細に體認すべし、と。一は還って多く忠の上に在るか、多く恕の上に在るか、と。曰く、然らず。多く忠の上に在り。纔かに忠なれば便ち是れ一なり。恕は卽ち忠の用なり、と。

又問、令尹子文忠矣。孔子不許其仁、何也。曰、此只是忠、不可謂之仁。若比干之忠、見得時便是仁也。
【読み】
又問う、令尹子文忠あり。孔子其の仁を許さざるは、何ぞや、と。曰く、此は只是れ忠、之を仁と謂う可からず。比干の忠の若きは、見得する時便ち是れ仁なり、と。

螟蛉蜾臝、本非同類。爲其氣同、故祝則肖之。又況人與聖人同類者。大抵須是自强不息。將來涵養成就到聖人田地、自然氣貌改變。
【読み】
螟蛉[めいれい]蜾臝[から]は、本同類に非ず。其の氣同じきが爲に、故に祝するときは則ち之に肖[に]る。又況んや人と聖人と類を同じくする者をや。大抵須く是れ自ら强めて息まざるべし。將來涵養成就して聖人の田地に到らば、自然に氣貌改め變ぜん。

問、有殺身以成仁、無求生以害仁。竊謂苟所利者大、一身何足惜也。曰、但看生與仁孰重。夫子曰、朝聞道、夕死可矣。人莫重於生。至於捨得死道、須大段好如生也。曰、旣死矣。敢問好處如何。曰、聖人只賭(呂本・徐本賭作睹。)一箇是。
【読み】
問う、身を殺して以て仁を成すこと有り、生を求めて以て仁を害すること無し、と。竊に謂えらく、苟も利する所の者大ならば、一身何ぞ惜しむに足りん、と。曰く、但生と仁と孰れか重きと看よ、と。夫子曰く、朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり、と。人生より重きは莫し。捨てて死道を得るに至っては、須く大段好きこと生の如くなるべし、と。曰く、旣に死せり。敢えて問う、好き處如何、と。曰く、聖人は只一箇の是を賭く(呂本・徐本賭を睹に作る。)

問、夫子曰、吾不復夢見周公。聖人固嘗夢見周公乎。曰、不曾。孔子昔嘗寤寐閒思周公。後不復思爾。若謂夢見周公、大段害事。卽不是聖人也。又曰、聖人果無夢乎。曰、有。夫衆人日有所思、夜則成夢。設或不思而夢、亦是舊習氣類相應。若是聖人夢又別。如高宗夢傅說、眞箇有傅說在傅巖也。
【読み】
問う、夫子曰く、吾れ復夢にも周公を見ず、と。聖人固に嘗て夢に周公を見たるや、と。曰く、曾てせず。孔子昔嘗て寤寐の閒周公を思う。後に復思わざるのみ。若し夢に周公を見ると謂わば、大段事に害あり。卽ち是れ聖人にあらず、と。又曰く、聖人は果たして夢無きか、と。曰く、有り。夫れ衆人日[ひる]思う所有れば、夜則ち夢を成す。設[も]し或は思わずして夢るは、亦是れ舊習氣類相應ずるなり。若し是れ聖人の夢は又別なり。高宗傅說を夢みるが如き、眞箇に傅說傅巖に在る有り、と。

問、富貴・貧賤・壽夭、固有分定。君子先盡其在我者、則富貴・貧賤・壽夭、可以命言。若在我者未盡、則貧賤而夭、理所當然、富貴而壽、是爲徼倖。不可謂之命。曰、雖不可謂之命、然富貴・貧賤・壽夭、是亦前定。孟子曰、求則得之、舍則失之、是求有益於得也。求在我者也。求之有道、得之有命、是求無益於得也。求在外者也。故君子以義安命、小人以命安義。
【読み】
問う、富貴・貧賤・壽夭は、固に分定まること有り。君子先づ其の我に在る者を盡くすときは、則ち富貴・貧賤・壽夭、命を以て言う可し。若し我に在る者未だ盡くさざるときは、則ち貧賤にして夭[わかじ]にするは、理の當に然るべき所にて、富貴にして壽[いのちなが]きは、是れ徼倖[きょうこう]とす。之を命と謂う可からず、と。曰く、之を命と謂う可からずと雖も、然れども富貴・貧賤・壽夭は、是れ亦前に定まる。孟子曰く、求むるときは則ち之を得、舍つるときは則ち之を失うは、是れ求めて得るに益有るなり。我に在る者を求むればなり。之を求むるに道有り、之を得るに命有るは、是れ求めて得るに益無きなり。外に在る者を求むればなり、と。故に君子は義を以て命に安んじ、小人は命を以て義に安んず、と。

中庸之說、其本至於無聲無臭、其用至於禮儀三百、威儀三千、自禮儀三百威儀三千、復歸於無聲無臭。此言聖人心要處。與佛家之言相反。儘敎說無形迹、無色、其實不過無聲無臭、必竟有甚見處。大抵語論閒不難見。如人論黃金曰黃色、此人必是不識金。若是識金者、更不言。設或言時、別自有道理。張子厚嘗謂佛如大富貧子。橫渠論此一事甚當。
【読み】
中庸の說、其の本は聲も無く臭も無きに至り、其の用は禮儀三百、威儀三千に至り、禮儀三百威儀三千自り、復聲も無く臭も無きに歸す。此れ聖人心要の處を言う。佛家の言と相反す。儘く敎えて形迹無く、色無しと說き、其の實は聲も無く臭も無きに過ぎず、必ず竟に甚の見る處か有らん。大抵語論の閒見難からず。人黃金を論じて黃色と曰うが如きは、此の人必ず是れ金を識らず。若し是れ金を識る者は、更に言わず。設し或は言う時は、別に自づから道理有り。張子厚嘗て謂えらく、佛は大富貧子の如し、と。橫渠此の一事を論ずること甚だ當たれり。

聖人與理爲一。故無過、無不及、中而已矣。其他皆以心處這箇道理。故賢者常失之過、不肖者常失之不及。
【読み】
聖人は理と一爲り。故に過無く、不及無く、中なるのみ。其の他は皆心を以て這箇の道理を處す。故に賢者は常に之を過に失し、不肖者は常に之を不及に失す。

陳恆弑其君、孔子沐浴而朝、請討之。左氏載孔子之言謂、陳恆弑其君、民之不與者半、以魯之衆加齊之半、可克也。恁地是聖人以力角勝、都不問義理也。孔子請伐齊、以弑君之事討之。當時哀公能從其請、孔子必有處置。須使顏囘使周、子路使晉、天下大計可立而遂。孔子臨老、有此一件事好做。奈何哀公不從其請。可惜。
【読み】
陳恆其の君を弑す、孔子沐浴して朝して、之を討ぜんことを請う。左氏孔子の言を載せて謂く、陳恆其の君を弑す、民の與せざる者半、魯の衆を以て齊の半に加えば、克つ可けん、と。恁地[かくのごとき]は是れ聖人力を以て勝つことを角[あらそ]って、都て義理を問わざるなり。孔子齊を伐たんことを請うは、君を弑するの事を以て之を討ぜんとす。當時哀公能く其の請に從わば、孔子必ず處置有らん。須く顏囘をして周に使いし、子路をして晉に使いせしむべく、天下の大計立[たちどころ]にして遂ぐ可し。孔子老に臨みて、此の一件の事好く做すこと有らん。奈何ぞ哀公其の請に從わざる。惜しむ可し。

問、橫渠言、由明以至誠、由誠以至明。此言恐過當。曰、由明以至誠、此句却是。由誠以至明、則不然。誠卽明也。孟子曰、我知言、我善養吾浩然之氣。只我知言一句已盡。橫渠之言不能無失、類若此。若西銘一篇、誰說得到此。今以管窺天、固是見北斗、別處雖不得見、然見北斗、不可謂不是也。
【読み】
問う、橫渠言く、明なるに由って以て誠に至り、誠に由って以て明なるに至る、と。此の言恐らくは過當ならん、と。曰く、明なるに由って以て誠に至るというは、此の句却って是なり。誠に由って以て明なるに至るというは、則ち然らず。誠は卽ち明なり。孟子曰く、我れ言を知る、我れ善く吾が浩然の氣を養う、と。只我れ言を知るという一句已に盡くせり。橫渠の言失無きこと能わざること、類[おおむ]ね此の若し。西の銘一篇の若きは、誰か說き得て此に到らん。今管を以て天を窺いて、固に是れ北斗を見るに、別の處見ることを得ずと雖も、然れども北斗を見ることは、是ならずと謂う可からず、と。

問、孔子對冉求曰、其事也、非政。政與事何異。曰、閔子騫不肯爲大夫、曾皙不肯爲陪臣、皆知得此道理。若季路・冉求、未能知此。夫政出於國君。冉求爲季氏家臣、只是家事。安得爲政。當時季氏專政。孔子因以明之。或問、季路・冉求稍明聖人之道。何不知此。曰、當時陪臣執國命、目見耳聞、習熟爲常、都不知有君。此言不足怪。季氏問、季路・冉求、可謂大臣與。孔子曰、所謂大臣者、以道事君。不可則止。今由與求也、可謂具臣矣。然則從之者與。曰、弑父與君、亦不從也。除却弑父與君、皆爲之。
【読み】
問う、孔子冉求に對えて曰く、其れ事なり、政に非ず、と。政と事とは何ぞ異なる、と。曰く、閔子騫肯えて大夫と爲らず、曾皙肯えて陪臣と爲らざるは、皆此の道理を知り得ればなり。季路・冉求の若きは、未だ此を知ること能わず。夫れ政は國君より出づ。冉求季氏が家臣爲るは、只是れ家事なるのみ。安んぞ政をすることを得ん。當時季氏政を專らにす。孔子因りて以て之を明らかにす、と。或るひと問う、季路・冉求稍聖人の道を明らかにす。何ぞ此を知らざる、と。曰く、當時陪臣國命を執りて、目に見耳に聞き、習熟して常と爲し、都て君有ることを知らず。此の言怪しむに足らず。季氏問う、季路・冉求は、大臣と謂う可きか、と。孔子曰く、所謂大臣は、道を以て君に事る。可ならざるときは則ち止む。今由と求とは、具臣と謂う可し、と。然らば則ち之に從わん者か、と。曰く、父と君とを弑するには、亦從わず、と。父と君とを弑することを除却しては、皆之を爲すなり、と。

期月而已、三年有成、何也。曰、公孫弘謂、三年有成、臣切遲之。唐文宗時、李石責以宰相之職謂、臣猶以爲太速。二者皆不是。須是知得遲速之理。昔嘗對哲宗說此事曰、陛下若問如何措置、三年有成、臣卽陳三年有成之事。若問如何措置、期月而已、臣卽陳期月之事。當時朝廷無一人問著。只李邦直但云稱職。稱職、亦不曾問著一句。
【読み】
期月にして已み、三年にして成ること有らんとは、何ぞや、と。曰く、公孫弘が謂う、三年にして成ること有らんというは、臣切に之を遲しとす、と。唐の文宗の時、李石責むるに宰相の職を以てして謂う、臣猶以て太だ速やかなりとす、と。二つの者皆是ならず。須く是れ遲速の理を知り得べし。昔嘗て哲宗に對して此の事を說いて曰く、陛下若し如何にか措置して、三年にして成ること有らんと問わば、臣卽三年にして成ること有るの事を陳べん。若し如何にか措置して、期月にして已むならんと問わば、臣卽期月の事を陳べん、と。當時朝廷一人も問著する無し。只李邦直但云う、職に稱う、と。職に稱うとも亦曾て一句を問著せず、と。

春秋書隕石隕霜。何故不言石隕霜隕。此便見得天人一處。昔嘗對晢宗說、天人之閒甚可畏。作善則千里之外應之、作惡則千里之外違之。昔子陵與漢光武同寢。太史奏客星侵帝座甚急。子陵匹夫、天應如此。況一人之尊、舉措用心、可不戒愼。
【読み】
春秋に隕つる石隕つる霜と書す。何故か石隕ち霜隕つと言わざる。此れ便ち天人一なる處を見得す。昔嘗て晢宗に對して說く、天人の閒は甚だ畏る可し。善を作すときは則ち千里の外之に應じ、惡を作すときは則ち千里の外之に違う。昔子陵と漢の光武と同寢す。太史奏すらく、客星帝座を侵すこと甚だ急なり、と。子陵の匹夫すら、天の應此の如し。況んや一人の尊、舉措心を用うること、戒愼せざる可けんや、と。

暴其民甚、則身弑國亡。不甚、則身危國削。名之曰幽・厲。雖孝子慈孫、百世不能改也。漢之君、都爲美諡。何似休因問、桀・紂是諡否。曰、不是。天下自謂之桀・紂。
【読み】
其の民を暴うこと甚だしきときは、則ち身弑せられ國亡ぼさる。甚だしからざるときは、則ち身危うく國削らる。之を名づけて幽・厲と曰う。孝子慈孫と雖も、百世改むること能わず、と。漢の君、都て美諡を爲す。何似休因りて問う、桀・紂は是れ諡なるや否や、と。曰く、是ならず。天下自ら之を桀・紂と謂う、と。

王天下有三重、三重卽三王之禮。三王雖隨時損益、各立一箇大本、無過不及。此與春秋正相合。
【読み】
天下に王たるに三重有りとは、三重は卽ち三王の禮なり。三王時に隨いて損益すと雖も、各々一箇の大本を立てて、過不及無し。此れ春秋と正に相合す。

先生前日敎某思君子和而不同。某思之數日、便覺胸次廣闊。其意味有不可以言述。竊有一喩、願留嚴聽。今有人焉、久寓遠方。一日歸故郷。至中途、適遇族兄者、倶抵旅舍。異居而食、相視如途人。彼豈知爲族弟、此亦豈知爲族兄邪。或告曰、彼之子、公之族兄某人也、彼之子、公之族弟某人也。旣而懽然相從、無有二心。向之心與今之心、豈或異哉。知與不知而已。今學者苟知大本、則視天下猶一家、亦自然之理也。先生曰、此乃善喩也。
【読み】
先生前日某をして君子は和して同ぜずということを思わしむ。某之を思うこと數日にして、便ち胸次廣闊せることを覺う。其の意味言を以て述ぶる可からざる有り。竊に一つの喩え有れば、願わくは嚴聽に留めん。今人有り、久しく遠方に寓す。一日故郷に歸る。中途に至って、適々族兄なる者に遇って、倶に旅舍に抵[いた]る。居を異にして食し、相視ること途人の如し。彼豈族弟爲ることを知らんや、此れ亦豈族兄爲ることを知らんや。或るひと告げて曰く、彼の子は、公の族兄某人なり、彼の子は、公の族弟某人なり、と。旣にして懽然として相從いて、二心有ること無し。向[さき]の心と今の心と、豈異なること或らんや。知ると知らざるとのみ。今の學者苟に大本を知るときは、則ち天下を視ること猶一家のごときも、亦自然の理なり。先生曰く、此れ乃ち善き喩えなり、と。

先生敎某思孝弟爲仁之本。某竊謂、人之初生、受天地之中、稟五行之秀。方其稟受之初、仁固已存乎其中。及其旣生也、幼而無不知愛其親、長而無不知敬其兄、而仁之用於是見乎外。當是時、唯知愛敬而已。固未始有事物之累。及夫情欲竇於中、事物誘於外、事物之心日厚、愛敬之心日薄、本心失而仁隨喪矣。故聖人敎之曰、君子務本。本立而道生。孝弟也者、其爲仁之本與。蓋謂、修爲其仁者、必本於孝弟故也。先生曰、能如此尋究、甚好。夫子曰、敬親者不敢慢於人、愛親者不敢惡於人。不敢慢於人、不敢惡於人、便是孝弟。盡得仁、斯盡得孝弟。盡得孝弟、便是仁。又問、爲仁先從愛物上推來、如何。曰、不敬其親而敬他人者、謂之悖禮、不愛其親而愛他人者、謂之悖德。故君子『親親而仁民、仁民而愛物。能親親、豈不仁民。能仁民、豈不愛物。若以愛物之心推而親親、却是墨子也。因問、舜與曾子之孝、優劣如何。曰、家語載耘瓜事。雖不可信、却有義理。曾子耘瓜、誤斬其根。曾皙建大杖以擊其背。曾子仆地、不知人事、良久而蘇、欣然起、進曰、大人用力敎參。得無疾乎。乃退、援琴而歌、使知體康。孔子聞而怒。曾子至孝如此、亦有這些失處。若是舜、百事從父母、只殺他不得。又問、如申生待烹之事、如何。曰、此只是恭也。若舜、須逃也。
【読み】
先生某をして孝弟は仁を爲[おこな]うの本ということを思わしむ。某竊に謂えらく、人の初めて生ずる、天地の中を受け、五行の秀を稟く。其の稟受の初めに方って、仁固に已に其の中に存す。其の旣に生ずるに及んでや、幼にして其の親を愛することを知らざること無く、長じて其の兄を敬することを知らざること無くして、仁の用是に於て外に見る。是の時に當たりて、唯愛敬を知るのみ。固に未だ始めより事物の累い有らず。夫の情欲中に竇[き]れ、事物外に誘うに及んで、事物の心日に厚く、愛敬の心日に薄くして、本心失って仁隨いて喪ぶ。故に聖人之を敎えて曰く、君子は本を務む。本立ちて道生[な]る。孝弟は、其れ仁を爲うの本か、と。蓋し謂えらく、其の仁を修爲する者は、必ず孝弟に本づく故なり、と。先生曰く、能く此の如く尋ね究むるは、甚だ好し。夫子曰く、親を敬する者は敢えて人を慢らず、親を愛する者は敢えて人を惡まず、と。敢えて人を慢らず、敢えて人を惡まざるは、便ち是れ孝弟なり。仁を盡くし得れば、斯に孝弟を盡くし得ん。孝弟を盡くし得るは、便ち是れ仁なり、と。又問う、仁をするに先づ物を愛する上從り推し來らば、如何、と。曰く、其の親を敬せずして他人を敬する者、之を禮に悖ると謂い、其の親を愛せずして他人を愛する者、之を德に悖ると謂う。故に君子は親を親しんで民を仁[いつく]しみ、民を仁しんで物を愛す。能く親を親しめば、豈民を仁しまんや。能く民を仁しめば、豈物を愛せざらんや。若し物を愛するの心を以て推して親を親しめば、却って是れ墨子なり、と。因りて問う、舜と曾子の孝と、優劣如何、と。曰く、家語に瓜を耘[くさぎ]る事を載す。信ずる可からずと雖も、却って義理有り。曾子瓜を耘るとき、誤って其の根を斬る。曾皙大杖を建てて以て其の背を擊つ。曾子地に仆れて、人事を知らず、良[やや]久しくして蘇り、欣然として起き、進んで曰く、大人力を用いて參に敎う。疾無きことを得んか、と。乃ち退いて、琴を援[ひ]いて歌って、體康きことを知らしむ。孔子聞いて怒る。曾子の至孝此の如きも、亦這の些かの失する處有り。若し是れ舜は、百事父母に從って、只他を殺すことを得ず、と。又問う、申生烹らるることを待つの事の如きは、如何、と。曰く、此は只是れ恭なり。舜の若きは、須く逃るべし、と。

問、先生曰、盡其道謂之孝弟。夫以一身推之、則身者資父母血氣以生者也。盡其道者則能敬其身、敬其身者則能敬其父母矣。不盡其道則不敬其身、不敬其身則不敬父母。其斯之謂歟。曰、今士大夫受職於君、尙期盡其職事。又況親受身於父母、安可不盡其道。
【読み】
問う、先生曰く、其の道を盡くす之を孝弟と謂う、と。夫れ一身を以て之を推すときは、則ち身は父母の血氣に資りて以て生ずる者なり。其の道を盡くす者は則ち能く其の身を敬し、其の身を敬する者は則ち能く其の父母を敬す。其の道を盡くさざるときは則ち其の身を敬せず、其の身を敬せざるときは則ち父母を敬せず。其れ斯を之れ謂うか、と。曰く、今士大夫職を君に受くるすら、尙其の職事を盡くさんことを期す。又況んや親しく身を父母に受く、安んぞ其の道を盡くさざる可けんや、と。

夫民、合而聽之則聖、散而聽之則愚。合而聽之、則大同之中、有箇秉彝在前、是是非非、無不當理。故聖。散而聽之、則各任私意、是非顚倒。故愚。蓋公義在、私欲必不能勝也。
【読み】
夫れ民は、合して之を聽くときは則ち聖なり、散じて之を聽くときは則ち愚なり。合して之を聽くときは、則ち大同の中、箇の秉彝前に在ること有りて、是を是とし非を非とすること、理に當たらざること無し。故に聖なり。散じて之を聽くときは、則ち各々私意に任じて、是非顚倒す。故に愚なり。蓋し公義在るときは、私欲必ず勝つこと能わざるなり。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)