二程全書卷之二十七  遺書伊川先生語第十

鄒德久本

天下雷行、物與無妄、先天後天皆合於天理者也。人欲則僞矣。
【読み】
天の下に雷行き、物ごとに無妄を與うとは、先天後天皆天理に合う者なり。人欲は則ち僞りなり。

修身、當學大學之序。大學、聖人之完書也。其閒先後失序者、已正之矣。
【読み】
身を修むるには、當に大學の序を學ぶべし。大學は、聖人の完き書なり。其の閒先後序を失する者、已に之を正せり。

詩言后妃之德、非指人而言。或謂太姒、大失之矣。周公作樂章、欲(一作歌之。)以感化天下。其後繼以文王詩者、言古之人有行之者、文王是也。周南天子之事、故繫之周。周、王室也。召南諸侯之事、故繫之召。召、諸侯長也。曰公者、後人誤加之也。夫婦道一、關睢雖后妃之事、亦可歌於下。至若鹿鳴以下、則各主其事。皇華遣使臣之類是也。頌有二。或美盛德、則燕饗通用之、或告成功、則祭祀專用之。
【読み】
詩に后妃の德を言うは、人を指して言うに非ず。或は太姒と謂うは、大いに之を失せり。周公樂章を作りて、以て天下を感化せんと欲す(一に之を歌ってに作る。)。其の後繼ぐに文王の詩を以てする者は、言うこころは、古の人之を行う者有り、文王是れなり、と。周南は天子の事、故に之を周に繫ぐ。周は、王室なればなり。召南は諸侯の事、故に之を召に繫ぐ。召は、諸侯の長なればなり。公と曰うは、後人誤って之を加うるなり。夫婦の道は一なり、關睢は后妃の事と雖も、亦下に歌う可し。鹿鳴以下の若きに至っては、則ち各々其の事を主とす。皇華は使臣を遣るというの類是れなり。頌に二つ有り。或は盛德を美むるときは、則ち燕饗に通じて之を用い、或は成功を告ぐるときは、則ち祭祀に專ら之を用う。

詩有六義。曰風者、謂風動之也。曰賦者、謂鋪陳其事也。曰比者、直比之。溫其如玉之類是也。曰興者、因物而興起。關關雎鳩、瞻彼淇澳之類是也。曰雅者、雅言正道。天生蒸民、有物有則之類是也。曰頌者、稱頌德美。有匪君子、終不可諼兮之類是也。
【読み】
詩に六義有り。曰く風とは、風之を動かすを謂うなり。曰く賦とは、其の事を鋪陳するを謂なり。曰く比とは、直に之を比す。溫[おだ]やかなること其れ玉の如しというの類是れなり。曰く興とは、物に因りて興起す。關關たる雎[しょ]鳩、彼の淇[き]の澳を瞻るというの類是れなり。曰く雅とは、雅[ただ]しく正道を言う。天蒸民を生ず、物有れば則有りというの類是れなり。曰く頌とは、德の美を稱頌す。匪たる君子有り、終に諼[わす]る可からずというの類是れなり。

國風、大・小雅、三頌、詩之名也。六義、詩之義也。篇之中有備六義者、有數義者。(一本章首云、能治亂絲者、可以治詩。)
【読み】
國風、大・小雅、三頌は、詩の名なり。六義は、詩の義なり。篇の中六義を備うる者有り、數義なる者有り。(一本に章の首めに云う、能く亂絲を治むる者は、以て詩を治む可し、と。)

四始、猶四端也。
【読み】
四始は、猶四端のごとし。

十五國風、各有次序、看詩可見。
【読み】
十五國の風は、各々次序有り、詩を看て見る可し。

詩大序、孔子所爲、其文似繫辭。其義非子夏所能言也。小序、國史所爲、非後世所能知也。
【読み】
詩の大序は、孔子の爲る所、其の文は繫辭に似れり。其の義は子夏の能く言える所に非ざるなり。小序は、國史の爲る所、後世の能く知る所に非ざるなり。

人心私欲、故危殆。道心天理、故精微。滅私欲則天理明矣。
【読み】
人心は私欲、故に危殆なり。道心は天理、故に精微なり。私欲を滅ぼすときは則ち天理明らかなり。

太誓書曰、一月。曰、商厤已絕、周厤未建、故用人正。今之正月也。不書商厤、以見紂自絕於天矣。聖人一言一動、無不合於天理如此。
【読み】
太誓の書に曰く、一月、と。曰く、商の厤已に絕えて、周の厤未だ建[さ]さず、故に人正を用う。今の正月なり。商の厤を書せざるは、紂自ら天に絕たるるを見るを以てなり。聖人の一言一動、天理に合せずということ無きこと此の如し、と。

看書、須要見二帝・三王之道。如二典、卽求堯所以治民、舜所以事君。
【読み】
書を看るには、須く二帝・三王の道を見ることを要すべし。二典の如きは、卽ち堯の民を治むる所以、舜の君に事うる所以を求めよ。

五年須暇者、聖人討伐、必不太早、自當緩之。非再駕之謂也。此周公所知、無顯迹可推也。
【読み】
五年まで須[ま]ち暇ありとは、聖人の討伐は、必ずしも太だ早からず、自づから當に之を緩くすべし。再び駕するの謂に非ず。此れ周公の知る所、顯迹の推す可き無し。

犬・牛・人、知所去就、其性本同。但限以形。故不可更。如隙中日光、方圓不移、其光一也。惟所稟各異。故生之謂性、告子以爲一、孟子以爲非也。
【読み】
犬・牛・人、去就する所を知ることは、其の性本同じ。但限るに形を以てす。故に更う可からず。隙中の日光の如き、方圓移らざれども、其の光は一なり。惟稟くる所は各々異なり。故に生まれしまま之を性と謂うを、告子以て一と爲し、孟子以て非と爲すなり。

庾公之斯遇子濯孺子、虛發四矢、甚無謂也。國之安危在此舉、則殺之可也。舍之而無害於國、權輕重可也。何用虛發四矢乎。
【読み】
庾公之斯[ゆこうしし]子濯孺子に遇って、虛しく四矢を發つこと、甚だ謂[いわれ]無し。國の安危此の舉に在らば、則ち之を殺して可なり。之を舍[ゆる]して國に害無くんば、輕重を權って可なり。何ぞ虛しく四矢を發つことを用いんや。

堯・舜性之、生知也。湯・武身之、學而知之也。
【読み】
堯・舜之を性のままにするは、生知なり。湯・武之を身よりするは、學んで之を知るなり。

仁之於父子、至知之於賢者、謂之命者、以其稟受有厚薄淸故也。然其性善、可學而盡。故謂之性焉。稟氣有淸濁。故其材質有厚薄。稟於天謂性、感爲情、動爲心、質幹爲才。
【読み】
仁の父子に於るより、知の賢者に於るに至るまで、之を命と謂う者は、其の稟受に厚薄淸有るを以ての故なり。然れども其の性善は、學んで盡くす可し。故に之を性と謂う。稟氣に淸濁有り。故に其の材質に厚薄有り。天に稟くるを性と謂い、感ずるを情を爲し、動くを心と爲し、質幹を才と爲す。

生之謂性與天命之謂性、同乎。性字不可一概論。生之謂性、止訓所稟受也。天命之謂性、此言性之理也。今人言天性柔緩、天性剛急。俗言天成、皆生來如此。此訓所稟受也。若性之理也則無不善。曰天者、自然之理也。
【読み】
生まれしまま之を性と謂うと天命之を性と謂うと、同じきか、と。性の字は一概に論ずる可からず。生まれしまま之を性と謂うは、止稟受する所を訓ずるなり。天命之を性と謂うは、此れ性の理を言うなり。今の人天性柔緩、天性剛急と言う。俗に天成と言うは、皆生來此の如し。此れ稟受する所を訓ずるなり。性の理の若きは則ち善ならざること無し。天と曰うは、自然の理なり、と。

天下言性、則故而已者、言性當推其元本。推其元本、無傷其性也。
【読み】
天下の性を言うは、則ち故なるのみとは、言うこころは、性は當に其の元本を推すべし、と。其の元本を推すときは、其の性を傷つくこと無し。

伊尹受湯委寄、必期天下安治而已。太甲如不終惠、可廢也。孟子言貴戚之卿與此同。然則始何不擇賢。蓋外丙二歲、仲壬四歲、惟太甲長耳。使太甲有下愚之質、初不立也。苟無三人、必得於宗室。宗室無人、必擇於湯之近戚。近戚無人、必擇於天下之賢者而與之。伊尹不自爲也。劉備託孔明以嗣子、不可、使自爲之。非權數之言、其利害昭然也。立者非其人、則劉氏必爲曹氏屠戮。寧使孔明爲之也。霍光廢昌邑、不待放、知其下愚不移也。始之不擇、則光之罪大矣。若伊尹與光是太甲・昌邑所用之臣、而不受先王之委寄、諫不用、去之可也。放廢之事、不可爲也。義理自昭然。
【読み】
伊尹湯の委寄を受けて、必ず天下の安治を期するのみ。太甲如し終に惠ならずんば、廢す可し。孟子貴戚の卿を言うは此と同じ。然らば則ち始めに何ぞ賢を擇ばざる。蓋し外丙二歲、仲壬四歲、惟太甲長ずるのみ。太甲をして下愚の質有らしめば、初めより立てじ。苟も三人無くんば、必ず宗室に得ん。宗室に人無くんば、必ず湯の近戚を擇ばん。近戚に人無くんば、必ず天下の賢者を擇びて之に與えん。伊尹は自らせじ。劉備孔明に託するに嗣子を以てして、不可なれば、自ら之をせよといわせしむ。權數の言に非ず、其の利害昭然たればなり。立つ者其の人に非ずんば、則ち劉氏必ず曹氏が爲に屠戮せられん。寧ろ孔明をして之をせしめんや。霍光昌邑を廢して、放つことを待たざるは、其の下愚の移らざることを知ればなり。始め之れ擇ばざるは、則ち光の罪大なり。若し伊尹と光と是れ太甲・昌邑の用うる所の臣にして、先王の委寄を受けざれば、諫めて用いられずんば、之を去って可なり。放廢の事は、す可からず。義理自づから昭然たり。

先生始看史傳、及半、則掩卷而深思之、度其後之成敗、爲之規畫、然後復取觀焉。然成敗有幸不幸、不可以一概看。
【読み】
先生始めて史傳を看るに、半に及べば、則ち卷を掩いて深く之を思いて、其の後の成敗を度って、之が規畫を爲して、然して後に復取り觀る。然れども成敗に幸不幸有り、以て一概に看る可からず。

看史必觀治亂之由、及聖賢修己處事之美。
【読み】
史を看るには必ず治亂の由、及び聖賢己を修め事を處するの美を觀よ。

孔明有王佐之心、道則未盡。王者如天地之無私心焉。行一不義而得天下不爲。孔明必求有成、而取劉璋。聖人寧無成耳。此不可爲也。若劉表子琮、將爲曹公所幷、取而興劉氏可也。
【読み】
孔明は王佐の心有り、道は則ち未だ盡くさず。王は天地の私心無きが如し。一つの不義を行って天下を得るともせず。孔明必ず成ること有るを求めて、劉璋を取る。聖人は寧ろ成ること無きのみ。此れ爲す可からず。劉表が子琮、將に曹公の爲に幷せられるに、取りて劉氏を興さんとするが若きは可なり。

孔明不死、三年可以取魏。且宣王有英氣、久不得伸、必沮死不久也。
【読み】
孔明死せずんば、三年にして以て魏を取る可し。且つ宣王英氣有り、久しく伸ぶることを得ざれば、必ず沮[やぶ]れ死すこと久しからざらん。

孔明庶幾禮樂。
【読み】
孔明は禮樂を庶幾うならん。

孔明營五丈原。宣王言、無能爲。此僞言安一軍耳。兵自高地來可勝。先生嘗自觀五丈原、非(非、一作日言。)此地不可據。英雄欺人、不可盡信。
【読み】
孔明五丈原に營ず。宣王言く、能くすること無し、と。此れ僞りて一軍を安んずと言うのみ。兵高地自り來りて勝つ可し。先生嘗て自ら五丈原を觀て、此の地據る可からざるには非ず(非は、一に日に言うに作る。)。英雄の人を欺く、盡くは信ずる可からず、と。

荀爽從董卓辟。遜迹避禍、君子亦有之。然聖人明哲保身、亦不至轉身不得處。如楊子投閣、失之也。荀爽自度其材、能興漢室乎、起而圖之可也。知不足而强圖之、非也。
【読み】
荀爽董卓に從いて辟せらる。迹を遜れて禍を避くることは、君子も亦之れ有り。然れども聖人は明哲身を保ちて、亦身を得ざる處に轉ずるに至らず。楊子閣に投ずるが如きは、之を失せり。荀爽自ら其の材を度るに、能く漢室を興さんとならば、起ちて之を圖りて可なり。知足らずして强いて之を圖るは、非なり。

西漢儒者有風度、惟董仲舒・毛萇・楊雄。萇解經雖未必皆當、然味其言、大概然耳。
【読み】
西漢の儒者風度有るは、惟董仲舒・毛萇・楊雄のみ。萇が經を解するは未だ必ずしも皆當たらずと雖も、然れども其の言を味わうに、大概然り。

東漢趙苞爲邊郡守、虜奪其母、招以城降。苞遽戰而殺其母、非也。以君城降而求生其母、固不可。然亦當求所以生母之方。奈何遽戰乎。不得已、身降之可也。王陵母在楚、而使楚質以招陵、陵降可也。徐庶得之矣。
【読み】
東漢の趙苞邊郡の守爲るとき、虜其の母を奪って、招くに城を以て降さんとす。苞遽に戰いて其の母を殺すは、非なり。君の城を以て降りて其の母を生かさんことを求むるも、固に不可なり。然れども亦當に母を生かす所以の方を求むべし。奈何ぞ遽に戰わんや。已むことを得ずんば、身之に降りて可なり。王陵が母楚に在り、而して楚に使いするとき質として以て陵を招かば、陵降って可なり。徐庶之を得たり。

義訓宜、禮訓別、智訓知。仁當何訓。說者謂訓覺、訓人、皆非也。當合孔・孟言仁處、大概研窮之。二三歲得之、未晩也。
【読み】
義は宜と訓じ、禮は別と訓じ、智は知と訓ず。仁は當に何と訓ずべき。說く者謂く、覺と訓じ、人と訓ずとは、皆非なり。當に孔・孟仁を言う處を合して、大概之を研窮すべし。二三歲にして之を得るも、未だ晩からじ。

先生云、吾四十歲以前讀誦。五十以前研究其義。六十以前反覆紬繹。六十以後著書。(著書不得已。)
【読み】
先生云く、吾れ四十歲以前は讀誦す。五十以前は其の義を研究す。六十以前は反覆紬繹す。六十以後は書を著す、と。(書を著すは已むことを得ざればなり。)

人思如湧泉。浚之愈新。
【読み】
人の思いは湧泉の如し。之を浚えば愈々新たなり。

釋道所見偏、非不窮深極微也。至窮神知化、則不得與矣。
【読み】
釋道の所見偏に、深きを窮め微を極めざるには非ず。神を窮め化を知るに至っては、則ち與ることを得ず。

先生在經筵時、上服藥。卽日就醫官問動止。天子方幼。建言選宮人四十以上者侍左右。所以遠紛華、養心性。
【読み】
先生經筵に在る時、上藥を服す。卽日醫官に就いて動止を問う。天子方に幼し。言を建て宮人四十以上の者を選んで左右に侍せしむ。紛華を遠ざけ、心性を養う所以なり。

盡己爲忠、盡物爲信。極言之、則盡己者盡己之性也。盡物者盡物之性也。信者、無僞而已。於天性有所損益、則爲僞矣。易無妄曰、天下雷行、物與無妄、動以天理故也。其大略如此。更須研究之、則自有得處。
【読み】
己を盡くすを忠と爲し、物を盡くすを信と爲す。極めて之を言えば、則ち己を盡くすとは己が性を盡くすなり。物を盡くすとは物の性を盡くすなり。信とは、僞り無きのみ。天性に於て損益する所有るときは、則ち僞りと爲す。易の無妄に曰く、天の下に雷行き、物ごとに無妄を與うとは、動くに天理を以てする故なり。其の大略此の如し。更に須く之を研究するときは、則ち自づから得る處有るべし。

韓文不可漫觀。晩年所見尤高。
【読み】
韓文は漫[みだ]りに觀る可からず。晩年の所見尤も高し。

在天曰命、在人曰性。貴賤壽夭命也、仁義禮智亦命也。
【読み】
天に在るを命と曰い、人に在るを性と曰う。貴賤壽夭は命なり、仁義禮智も亦命なり。

動物有知、植物無知。其性自異。但賦形於天地、其理則一。
【読み】
動物は知有り、植物は知無し。其の性自づから異なり。但形を天地に賦す、其の理は則ち一なり。

四端不言信者、旣有誠心爲四端、則信在其中矣。
【読み】
四端に信を言わざる者は、旣に誠心有りて四端爲るときは、則ち信は其の中に在ればなり。

充實而有光輝、所謂修身見於世也。
【読み】
充實して光輝有るは、所謂身を修めて世に見るればなり。

昏禮執鴈者、取其不再偶爾。非隨陽之物。
【読み】
昏禮に鴈を執る者は、其の再び偶せざるに取るのみ。陽に隨うの物には非ず。

亞夫夜半軍擾、直至帳下、堅臥不動、安在其持重也。
【読み】
亞夫夜半に軍擾[みだ]れて、直に帳下に至りて、堅く臥して動からざるは、安んぞ其の重きを持するに在らんや。

聖人無優劣。有則非聖人也。
【読み】
聖人には優劣無し。有れば則ち聖人に非ず。

主一者謂之敬。一者謂之誠。主則有意在。
【読み】
一を主とする者之を敬と謂う。一なる者之を誠と謂う。主とするときは則ち意在ること有り。

荀氏八龍、豈盡賢者。但得一二賢子弟相薰習皆然耳。
【読み】
荀氏が八龍、豈盡く賢者ならんや。但一二の賢子弟を得て相薰習して皆然るのみ。

犬吠屠人。世傳有物隨之、非也。此正如海上鷗爾。
【読み】
犬屠る人を吠う。世に傳う物有りて之に隨うとは、非なり。此れ正に海上の鷗の如きのみ。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)