二程全書卷之三十三  外書第四・第五

程氏學拾遺 李參錄

格物者、格、至也。物者、凡遇事皆物也。欲以窮至物理也。窮至物理無他、唯思而已矣。思曰睿、睿作聖。聖人亦自思而得。況於事物乎。
【読み】
物に格るとは、格は、至るなり。物とは、凡そ事に遇うは皆物なり。以て物理に窮め至ることを欲するなり。物理に窮め至るは他無し、唯思うのみ。思うに睿と曰い、睿は聖と作る、と。聖人も亦自ら思って得る。況んや事物に於てをや。

惟聖人可以踐形者、人生稟五行之秀氣、頭圓足方以肖天地、則形色天性也。惟聖人爲能盡人之道。故可以踐形。人道者、君臣・父子・兄弟・夫婦之類皆是也。
【読み】
惟聖人のみ以て形を踐む可しとは、人生まれて五行の秀氣を稟けて、頭圓く足方にして以て天地に肖るときは、則ち形色は天性なり。惟聖人のみ能く人の道を盡くすことをす。故に以て形を踐む可し。人道は、君臣・父子・兄弟・夫婦の類皆是れなり。

唯仁者能好人、能惡人、仁者用心以公。故能好惡人。公最近仁。人循私欲則不忠、公理則忠矣。以公理施於人、所以恕也。
【読み】
唯仁者のみ能く人を好みし、能く人を惡むとは、仁者は心を用うること公を以てす。故に能く人を好惡す。公は最も仁に近し。人私欲に循うときは則ち忠ならず、公理なれば則ち忠なり。公理を以て人に施す、恕なる所以なり。

天下之言性也、則故而已矣。故者以利爲本。故者、舊也。言凡性之初、未嘗不以順利爲主。謂之利者、唯不害之謂也。一篇之義、皆欲順利之而已。
【読み】
天下の性を言うは、則ち故なるのみ。故は利を以て本とす、と。故は、舊なり。言うこころは、凡そ性の初め、未だ嘗て順利を以て主とせずんばあらず。之を利と謂う者は、唯害せざるの謂なり。一篇の義、皆之を順利することを欲するのみ。

文王望道而未之見、謂望天下有治道太平而未得見也。武王不泄邇、不忘遠者、謂遠邇之人之事也。
【読み】
文王道を望んで未だ之を見ずとは、天下治道太平有ることを望んで未だ見ることを得ざるを謂う。武王邇きに泄[な]れず、遠きを忘れずという者は、遠邇の人の事を謂うなり。

人心之所同然者何也。謂理也、義也。何謂理、何謂義。學者當深思。
【読み】
人心の同じく然る所の者は何ぞや。謂ゆる理なり、義なり。何を理と謂い、何を義と謂う。學者當に深く思うべし。

漢之儒者、所以從學者數百人、非惟風俗、亦皆篤行君子也。晉人高尙、不足道矣。
【読み】
漢の儒者、學に從う所以の者數百人、惟風俗のみに非ず、亦皆篤行の君子なり。晉人の高尙は、道うに足らず。

質夫曰、盡心知性、佛亦有至此者。存心養性、佛本不至此。先生曰、盡心知性、不假存養、其惟聖人乎。
【読み】
質夫が曰く、心を盡くし性を知ることは、佛も亦此に至る者有り。心を存し性を養うことは、佛本此に至らず、と。先生曰く、心を盡くし性を知って、存養を假らざるは、其れ惟聖人か、と。

質夫云、頻復不已、遂至迷復。
【読み】
質夫が云く、頻りに復して已まざれば、遂に復するに迷うに至る、と。


馮氏本拾遺

春秋書災異、蓋非偶然。不云霜隕、而云隕霜、不云夷伯之廟震、而云震夷伯之廟。分明是有意於人也。天人之理、自有相合。人事勝、則天不爲災、人事不勝、則天爲災。人事常隨天理、天變非應人事。如祁寒暑雨、天之常理。然人氣壯、則不爲疾、氣羸弱、則必有疾。非天固欲爲害、人事德不勝也。如漢儒之學、皆牽合附會、不可信。
【読み】
春秋に災異を書すること、蓋し偶然に非ず。霜隕つと云わずして、隕つる霜と云い、夷伯の廟震すと云わずして、夷伯の廟を震すと云う。分明に是れ人に意有るなり。天人の理、自づから相合すること有り。人事勝つときは、則ち天災いをせず、人事勝たざるときは、則ち天災いをす。人事常に天理に隨い、天變人事に應ずるに非ず。祁寒暑雨の如きは、天の常理。然も人の氣壯なるときは、則ち疾をせず、氣羸弱なるときは、則ち必ず疾有り。天固に害をせんと欲するに非ず、人事德勝たざればなり。漢儒の學、皆牽合附會するが如きは、信ずる可からず。

自孔子贊易之後、更無人會讀易。先儒不見於書者、有則不可知。見於書者、皆未盡。如王輔嗣・韓康伯、只以莊・老解之、是何道理。某於易傳、殺曾下工夫。如學者見問、盡有可商量。書則未欲出之也。
【読み】
孔子易を贊して自り後、更に人の易を讀むことを會すること無し。先儒書に見さざる者は、有りとも則ち知る可からず。書に見す者は、皆未だ盡くさず。王輔嗣・韓康伯が如き、只莊・老を以て之を解す、是れ何の道理ぞや。某易傳に於て、殺[はなは]だ曾て工夫を下せり。如し學者見問せば、盡く商量す可きこと有らん。書は則ち未だ之を出すことを欲せざるなり。

今時人看易、皆不識得易是何物、只就上穿鑿。若念得不熟與。就上添一德亦不覺多、就上減一德亦不覺少。譬如不識此兀子。若減一隻脚亦不知是少、添一隻脚亦不知是多。若識、則自添減不得也。
【読み】
今時の人易を看るに、皆易は是れ何物なるかを識得せず、只上に就いて穿鑿するのみ。若しくは念い得ること熟せざらんか。上に就いて一德を添うれども亦多きことを覺えず、上に就いて一德を減らせども亦少なきことを覺えず。譬えば此の兀子[ごっし]を識らざるが如し。若し一隻の脚を減らせども亦是れ少なきことを知らず、一隻の脚を添うれども亦是れ多きことを知らず。若し識らば、則ち自づから添減すること得ざるなり。

庶母亦當爲主、但不可入廟、子當祀於私室。主之制度則一。蓋有法象、不可增損。增損則不成矣。
【読み】
庶母は亦當に主と爲るべく、但廟に入る可からず、子は當に私室に祀るべし。主の制度は則ち一なり。蓋し法象有り、增損す可からず。增損するときは則ち成らず。

祭如在、言祭自己祖先。祭神如神在、言其他所祭者。如天地山川皆是也。
【読み】
祭ること在[いま]すが如くすとは、自己の祖先を祭るを言う。神を祭ること神在すが如くすとは、其の他の祭る所の者を言う。天地山川の如きは皆是れなり。

非其鬼、言己不當祭者。旣知其非、然且爲之、是無勇也。無勇雖因上文、然不止於此一事。
【読み】
其の鬼に非ずとは、己が當に祭るべからざる者を言う。旣に其の非を知って、然して且つ之をするは、是れ勇無きなり。勇無しとは上の文に因ると雖も、然れども此の一事に止まらず。

論語・孟子、只剩讀著便自意足。學者須是玩味。若以語言解著、意便不足。某始作此二書文字、旣而思之、又似剩。只有些先儒錯會處、却待與整理過。
【読み】
論語・孟子は、只剩讀し著くれば便ち自づから意足る。學者は須く是れ玩味すべし。若し語言を以て解し著くれば、意便ち足らず。某始め此の二書の文字を作り、旣にして之を思うに、又剩[あま]れるに似れり。只些かの先儒錯會する處有らば、却って與[ため]に整理し過ぐることを待たん。

某嘗謂、世間有三事工夫一般。國家之祈天永命、道家之長生久視、儒者之入於聖人、理道皆一。
【読み】
某嘗て謂えらく、世間に三事の工夫一般なる有り。國家の天の永命を祈る、道家の長生久視、儒者の聖人に入る、理道皆一なり、と。

釋氏之學、正似用管窺天。一直便見。道他不是不得、只是却不見全體。
【読み】
釋氏が學は、正に管を用いて天を窺うに似れり。一直に便ち見る。道他是れ得ざるにはあらず、只是れ却って全體を見ず。

不信神怪事、亦不得便放猛、須是知道理。若是直放猛、不知道理、撞出來後、如何處置。
【読み】
神怪の事を信ぜざれども、亦便ち放猛することを得ず、須く是れ道理を知るべし。若し是れ直に放猛して、道理を知らずんば、撞出し來りて後、如何にか處置せん。

月令儘是一部好書、未易破他。柳子厚破得他不是。若春行賞、秋行刑、只是舉大綱如此。如云湯執中、文王視民如傷、武王不泄邇、不忘遠、不成聖人各只有一事可稱也。且據一處言之耳。又如冬日則飮湯、夏日則飮水、不成冬日不得飮水、夏日不得飮湯也。
【読み】
月令は儘く是れ一部の好き書、未だ他を破り易からず。柳子厚他を破り得ること是ならず。春賞を行い、秋刑を行うというが若き、只是れ大綱を舉ぐること此の如し。湯中を執る、文王民を視ること傷めるが如し、武王邇きに泄[な]れず、遠きを忘れずと云うが如き、聖人各々只一事の稱す可き有りと成さず。且一處に據って之を言うのみ。又冬の日は則ち湯を飮み、夏の日は則ち水を飮むというが如き、冬の日は水を飮むことを得ず、夏の日は湯を飮むことを得ずと成さず。

四時改火、不得不然。蓋水之爲患常少、火之爲患常多。龍見而雩可見。寒食禁火、只是將出新火、必盡熄天下之火然後出之也。世間風俗、蓋訛謬之甚耳。四時取火、用木各異。必據時之所宜、不必盡考也。
【読み】
四時火を改むること、然らざることを得ず。蓋し水の患えを爲すことは常に少なく、火の患えを爲すことは常に多し。龍見えて雩すこと見る可し。寒食火を禁ずるは、只是れ將に新火を出さんとするに、必ず盡く天下の火を熄[け]して然して後に之を出すなり。世間の風俗、蓋し訛謬すること甚だしきのみ。四時火を取るに、用木各々異なり。必ず時の宜しき所に據り、必ずしも盡く考えず。

儒者只合言人事。不合言有數。直到不得已處、然後歸之於命可也。
【読み】
儒者は只合に人事を言うべし。合に數有りと言うべからず。直に已むことを得ざる處に到って、然して後に之を命に歸して可なり。

顏子有不善未嘗不知、知之未嘗復行。如顏子地位、豈有不善。所謂不善者、只是微有差失。纔差失便能知之。知之便更不萌作。顏子大率與聖人皆同。只這便有分別。若無則便是聖人。曾子三省、只是緊約束。顏子便能三月之久。到這些地位、工夫尤難、直是峻絕、又大段著力不得。
【読み】
顏子は不善有れば未だ嘗て知らずんばあらず、之を知れば未だ嘗て復行わず。顏子の地位の如き、豈不善有らんや。所謂不善とは、只是れ微しく差失有るなり。纔かに差失あれば便ち能く之を知る。之を知れば便ち更に萌し作さず。顏子は大率聖人と皆同じ。只這れ便ち分別有り。若し無くんば則ち便ち是れ聖人なり。曾子の三省は、只是れ約束を緊[かた]くするなり。顏子は便ち三月の久しきを能くす。這の些かの地位に到る、工夫尤も難くして、直に是れ峻絕し、又大段力を著けることを得ず。

合葬須以元妃。配享須以宗子之嫡母。此不易之道。
【読み】
合葬は須く元妃を以てすべし。配享は須く宗子の嫡母を以てすべし。此れ不易の道なり。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)