二程全書卷之三十六  外書第八・第九

遊氏本拾遺

問文中子圓者動、方者靜。先生曰、此正倒說了。靜體圓、動體方。
【読み】
文中子の圓き者は動き、方なる者は靜かなりということを問う。先生曰く、此れ正に倒說し了わる。靜の體は圓く、動の體は方なり、と。

問、管仲設使當時有必死之理、管仲還肯死否。曰、董仲舒道得好。惟仁人正其義不謀其利、明其道不計其功。
【読み】
問う、管仲設[も]し當時必死の理有らしめば、管仲還って肯えて死せんや否や、と。曰く、董仲舒道い得ること好し。惟仁人は其の義を正しくして其の利を謀らず、其の道を明らかにして其の功を計らず、と。

問知崇禮卑。曰、崇的便是知、卑的便是禮。
【読み】
知崇く禮卑しということを問う。曰く、崇的は便ち是れ知、卑的は便ち是れ禮なり、と。

問、充塞乎天地之閒、莫是用於天地閒無窒礙處否。曰、此語固好。然孟子却是說氣之體。
【読み】
問う、天地の閒に充塞すれば、是れ天地の閒に用いて窒礙する處無きこと莫しや否や、と。曰く、此の語固に好し。然れども孟子は却って是れ氣の體を說けり、と。

問寢不尸。曰、毋不敬。
【読み】
寢ぬるときは尸のごとくせずということを問う。曰く、敬せざること毋きなり、と。

因論持其志。先生曰、只這箇也是私。然學者不恁地不得。
【読み】
因りて其の志を持することを論ず。先生曰く、只這箇也[また]是れ私なり。然れども學者は恁地[かくのごとく]せずんば得ず、と。

古者大享、夫人有見賓之禮。南子雖妾、靈公旣以夫人處之、使孔子見。於是時豈得不見。
【読み】
古は大享に、夫人賓に見ゆるの禮有り。南子妾と雖も、靈公旣に夫人を以て之に處して、孔子をして見えしむ。是の時に於て豈見ざることを得んや。

天且不違、況於鬼神乎、鬼神言其功用、天言其主宰。
【読み】
天すら且つ違わず、況んや鬼神に於てをやとは、鬼神は其の功用を言い、天は其の主宰を言う。

天下雷行、物與无妄、先天後天、皆合乎天理也。人欲則僞矣。
【読み】
天の下に雷行き、物ごとに无妄を與うとは、先天後天、皆天理に合うなり。人欲は則ち僞りなり。

古人善推其所爲而已矣、此特告齊王(徐本王作宣。)云爾。聖人則不待推。
【読み】
古人は善く其のする所を推すのみとは、此れ特齊王(徐本王を宣に作る。)に告げて爾か云うのみ。聖人は則ち推すことを待たず。

仲尼聖人、其道大、當定・哀之時、人莫不尊之。後弟子各以其所學行、異端遂起。至孟子時、不得不辨也。
【読み】
仲尼聖人、其の道大にして、定・哀の時に當たって、人之を尊ばずということ莫し。後弟子各々其の學ぶ所を以て行って、異端遂に起こる。孟子の時に至って、辨ぜざることを得ず。

歲寒然後知松柏之後彫、只取堅不變之義。
【読み】
歲寒くして然る後に松柏の彫[しぼ]むに後るることを知るとは、只堅く變ぜざるの義を取る。

鼓萬物而不與聖人同憂、聖人有爲之功、天地不宰之功。
【読み】
萬物を鼓して聖人と憂えを同じくせずとは、聖人はすること有るの功、天地は宰[つかさど]らざるの功なればなり。

孔子之時、周室雖微、天下諸侯尙知尊周爲美。故春秋之法、以尊周爲本。至孟子時、七國爭雄、而天下不知有周。然而生民塗炭。諸侯是時能行王道則可以王矣。蓋王者天下之義主也。故孟子所以勸齊之可以王者此也。
【読み】
孔子の時、周室微なりと雖も、天下の諸侯尙周を尊び美とすることを知る。故に春秋の法、周を尊ぶを以て本とす。孟子の時に至っては、七國雄を爭って、天下周有ることを知らず。然して生民塗炭す。諸侯是の時能く王道を行わば則ち以て王たる可し。蓋し王は天下の義主なり。故に孟子齊の以て王たる可きことを勸むる所以の者は此れなり。

初見先生、次日先生復禮。因問、安下飯食穩便。因謂、君子食無求飽、居無求安。顏子簞瓢陋巷不改其樂。簞瓢陋巷何足樂。蓋別有所樂以勝之耳。伊川。
【読み】
初めて先生に見え、次の日先生復禮す。因りて問う、安んぞ飯食を下すこと穩便ならん、と。因りて謂う、君子は食飽かんことを求むること無く、居安からんことを求むること無し、と。顏子簞瓢陋巷にて其の樂しみを改めず。簞瓢陋巷は何ぞ樂しむに足らん。蓋し別に樂しむ所有って以て之に勝うるのみ、と。伊川。

問、佛戒殺生之說如何。曰、儒者有兩說。一說天生禽獸、本爲人食。此說不是。豈有人爲蟣虱而生耶。一說禽獸待人而生。殺之則不仁。此說亦不然。大抵力能勝之者皆可食。但君子有不忍之心爾。故曰、見其生不忍見其死、聞其聲不忍食其肉、是以君子遠庖廚也。舊先兄嘗見一蝎不忍殺、放去。頌中有二句云、殺之則傷仁。放之則害義。伊川。
【読み】
問う、佛殺生を戒むるの說如何、と。曰く、儒者に兩說有り。一說は天の禽獸を生ずる、本人の爲に食わしむ、と。此の說是ならず。豈人蟣虱の爲にして生ずること有らんや。一說に禽獸は人を待って生ず。之を殺すは則ち不仁なり、と。此の說も亦然らず。大抵力能く之に勝つ者は皆食う可し。但君子は忍びざるの心有るのみ。故に曰く、其の生を見て其の死を見るに忍びず、其の聲を聞いて其の肉を食うに忍びず、是を以て君子は庖廚を遠ざく、と。舊先兄嘗て一蝎を見て殺すに忍びず、放ち去る。頌中に二句有りて云く、之を殺せば則ち仁を傷つく。之を放てば則ち義を害す、と。伊川。

敬以直内、義以方外、與德不孤、一也。爲善者以類應、有朋自遠方來。充之至於塞乎天地、皆不孤也。
【読み】
敬以て内を直くし、義以て外を方すると、德は孤ならざるとは、一なり。善を爲す者は類を以て應じて、朋遠方自り來ること有り。之を充たして天地に塞がるに至るは、皆孤ならざるなり。

伯夷、孟子言其迹得聖人之淸、孔子言淸而有量。故曰不念舊惡、怨是用希、又曰求仁而得仁、又何怨。若曰餓於首陽之下、但不食周粟、貧且餓爾。非謂不食周粟。至於采薇而食之、如史遷之說也。
【読み】
伯夷をば、孟子は其の迹聖人の淸を得ることを言い、孔子は淸くして量有るを言う。故に舊惡を念わず、怨み是を用[もっ]て希[すくな]しと曰い、又仁を求めて仁を得たり、又何ぞ怨みんと曰う。首陽の下に餓うと曰うが若きは、但周の粟を食せず、貧しくして且餓うるのみ。周の粟を食せずと謂うには非ず。薇を采って之を食するに至っては、史遷の說の如し。

樂隨風氣。至韶則極備。若堯之洪水方割、四凶未去、和有未至也。至舜以聖繼聖、治之極、和之至。故韶爲備。
【読み】
樂は風氣に隨う。韶に至っては則ち極めて備わる。堯の洪水方に割れ、四凶未だ去らざるが若きは、和未だ至らざること有り。舜聖を以て聖を繼ぐに至っては、治の極め、和の至りなり。故に韶備われりとす。

舜巡狩、每五載一方。
【読み】
舜の巡狩は、五載每に一方なり。

仁在己。讓不可也。若善名在外、則不可不讓。
【読み】
仁は己に在り。讓るは不可なり。若し善く名外に在らば、則ち讓らずんばある可からず。

管仲不死、觀其九合諸侯、不以兵車、乃知其仁也。若無此、則貪生惜死、雖匹夫匹婦之諒亦無也。
【読み】
管仲死せずして、其の九たび諸侯を合するに、兵車を以てせざることを觀て、乃ち其の仁を知るなり。若し此れ無くんば、則ち生を貪り死を惜しんで、匹夫匹婦の諒と雖も亦無けん。


春秋錄拾遺

詩・書・易言聖人之道備矣。何以復作春秋。蓋春秋聖人之用也。詩・書・易如律、春秋如斷案。詩・書・易如藥方、春秋如治法。
【読み】
詩・書・易に聖人の道を言うこと備われり。何を以て復春秋を作れる。蓋し春秋は聖人の用なり。詩・書・易は律の如く、春秋は斷案の如し。詩・書・易は藥方の如く、春秋は治法の如し。

始隱、周之衰也。終麟、感之始也。世衰道不行、有述作之意舊矣。但因麟而發耳。麟不出、春秋亦須作也。
【読み】
隱に始むるは、周の衰えたればなり。麟に終うるは、感の始めなればなり。世衰え道行われずして、述作の意有ること舊し。但麟に因りて發するのみ。麟出ずとも、春秋亦須く作るべし。

元年、標始年耳。猶家人長子呼大郎。先儒穿鑿、不可用。
【読み】
元年は、始年を標するのみ。猶家人の長子を大郎と呼ぶがごとし。先儒の穿鑿、用うる可からず。

或言絕筆後、王者可革命、大非也。孔子時、唯可尊周。孟子時、方可革命。時變然也。前一日不可、後一日不可。
【読み】
或るひと絕筆の後、王者命を革む可しと言うは、大いに非なり。孔子の時は、唯周を尊ぶ可し。孟子の時は、方に命を革む可し。時變然り。一日を前[さきだ]つも不可、一日を後るるも不可なり。

范文甫問趙盾弑其君夷皋、又問許世子弑其君買。皆從傳說。
【読み】
范文甫趙盾が其の君夷皋を弑することを問い、又許の世子が其の君買を弑することを問う。皆傳の說に從う。

春秋書戰、以戰之者爲客、受戰者爲主。以此見聖人深意。蓋彼無義來戰、則必上告於天子、次告於方伯、近赴於鄰國。不如是而與之戰者、是以聖人深責之也。若不得已而與之戰者則異文以示意。來戰於乾時是也。
【読み】
春秋に戰を書す、之に戰う者を以て客とし、戰を受くる者を主とす。此を以て聖人の深き意を見る。蓋し彼義無くして來り戰わば、則ち必ず上天子に告し、次に方伯に告げ、近くは鄰國に赴[つ]げん。是の如くならずして之と戰う者、是を以て聖人深く之を責む。若し已むことを得ずして之と戰う者は則ち文を異にして以て意を示す。來りて乾時に戰うというは是れなり。

公羊說春秋書弟謂母弟、此大害義。禽獸則知母而不知父。人必知本。豈論同母與不同母乎。
【読み】
公羊春秋に弟と書するを說いて母弟と謂うは、此れ大いに義を害す。禽獸は則ち母を知って父を知らず。人は必ず本を知る。豈同母と同母ならざるとを論ぜんや。

桓・宣與聞乎弑。然聖人如其意而書卽位。與僖・文等、同辭則其惡自見。乃所以深責之也。定公至六月方卽位、又以見季氏制之也。
【読み】
桓・宣與に弑するに聞こゆ。然れども聖人其の意の如くにして卽位を書す。僖・文等と、辭を同じくするときは則ち其の惡自づから見る。乃ち深く之を責むる所以なり。定公六月に至って方に位に卽くは、又以て季氏之を制することを見すなり。

始隱、孫明復之說是也。孫大概唯解春秋之法、不見聖人所寓微意。若如是看、有何意味乎。
【読み】
隱に始むるは、孫明復の說是なり。孫大概唯春秋の法を解して、聖人寓する所の微意を見ず。若し是の如く看ば、何の意味か有らんや。

蒯聵得罪於父、不得復立。輒亦不得背其父而不與其國。委於所可立、使不失先君之社稷、而身從父、則義矣。
【読み】
蒯聵[かいかい]罪を父に得て、復立つことを得ず。輒[ちょう]も亦其の父に背くことを得ずして其の國を與えず。立つ可き所に委ねて、先君の社稷を失わざらしめて、身父に從うときは、則ち義なり。

春秋大抵重嫡妾之分、及用兵土功。嘗因說伐顓臾事、對上言、春秋重兵、如來戰於郎。潞公甚喜。
【読み】
春秋は大抵嫡妾の分、及び用兵土功を重んず。嘗て顓臾を伐つ事を說くに因りて、上に對して言う、春秋に兵を重んずるは、來りて郎に戰うというが如し、と。潞公甚だ喜ぶ。


参考文献
『和刻本漢籍 二程全書』(中文出版社)
『二程集』(里仁書局)